幼女「ねーねー」男「なんですか」(65)

001

幼女「ねぇ、いったい何時になったら着くのよ」

男「さぁ」

幼女「さぁ…って、いい加減にしなさいよ!さっきからそんな返事ばっかりじゃない!」

男「あーあー…疲れてるんだから静かにしてくださいよ…」

幼女「まったくだらしないわね」

男「いったいどこにそんな元気があるんですか…僕にも少し分けてくださいよ…」

幼女「元気!?あたしのどこが元気だって言うのよ!!もうヘロヘロで倒れそうだって言うのに!」

男「はいはい…」



一部R-18G描写があるので注意


幼女「いい?日が暮れる前に綺麗なベッドと、お風呂と、ハニーカシスサワーがある場所に着くわよ」

男「それ、どっちに行ったらあると思います?」

幼女「んー…あっち?」

男「…本当にあってる?」

幼女「たぶん」

男「たぶん、ねぇ…」

幼女「さ、ウダウダ言ってないで行くわよ。遅れちゃ嫌いになるからね!」


キーキーと鳴き続ける幼女は大きく足音を立てて歩いていく。

こうなったら、このまま彼女を無視して別の方向に進んでしまってもいいかと思ったが、
後々面倒くさそうなことになりそうだったのでやめることにする。


僕たち(といっても2人だけだが)は、砂漠を歩いていた。

ジリジリと照りつける太陽の光、不安定な砂の地面、巻き上がる砂埃、水はもうほとんど残っていない。
本当ならば、こんなことにはならなかった。というのも、この砂漠を抜ける際には、普通パム車という乗り物を使う。

パムは砂漠地帯を中心に生息する体長2mもある大型の草食獣で、ここで暮らす人々の重要な足である。
まぁ、パム車はあまり居心地のいい乗り物ではない。が、砂漠を地道に歩いていくよりはいくらか、いや、天地の差で楽である。


僕らもこの砂漠を越えるために少ない身持ちを削り、一台のパム車と飼い師を雇ったはず、だった。
がしかし、一夜明け待ち合わせた場所に行ってみてもその飼い師は一向に現れなかった。

ありていに言ってしまえば、詐欺である。

そう、あの時、彼女にに任せたのがいけなかった。
彼女が自信満々に、飼い師を探しに行くから金をくれ、なんて言うから任せたけれど、
今思えば果たして本当に飼い師を雇ったのかどうかも疑わしい。

普通パム車を借りる際は口頭での取引が一般的なのに、彼女はケイヤクショなるものを持ってきただけだった。
「最近じゃ、これがハヤリなのよ」と目をパチパチと瞬かせていたあの顔はそう考えるとどうも嘘っぽい。


ところで、彼女がさっき言っていたハニーカシスサワーとは、
この土地の名産品で、カシスの実とハニーロイヤルで作られる銘酒である。

これは祭りなどで飲まれ、普段は滅多なことが無い限り飲む機会はない。
金銭的にも僕たちのような旅人が頂けるような代物ではないのだ。

そう、僕たちのような旅人が飲めるようなモノではないのだ。


男「ねぇ、そのハニーカシスなんちゃらって美味しいんですか?」

幼女「…なによ、とつぜん」

男「いや、僕飲んだこと無いんですよ」

幼女「そうなの?まったくそれは残念なことね。あの美味しさを知らないだなんて。あの飲み物はね、一言で言ってしまえば最高よ。今まで飲んだお酒の中でもピカイチの美味しさね。カシスの軽い酸味、苦味、爽やかさがハニーの独特の甘み、と言ってもこれは全然嫌な意味ではないわ。その熟成されたハニーの甘みは例えるなら花の蜜、透明な水あめ、いいや、違うわね。うん、例えようのない甘さよ。そのハニーの甘みとカシスの青春の風味が巧みの手によって」

男「君、それどこで飲みました?」

幼女「…え?」


男「そんな美味しい、とーっても美味しいお酒、君いったい何時何処で、誰のお金を使って飲んだんです?」

幼女「えーっと、昔?」

男「ずっと昔から、君と居るんだけど」

幼女「あ、あなたが生まれる前よ!」

男「君は何歳なんだよ」


幼女「と、とにかく、急ぐわよ。話をしている暇があったら足を動かしなさいな」

男「美味しかった?」

幼女「最高」

男「やっぱり飲んだんじゃないか!!答えろ!僕の金で飲んだんだろ!さぁ吐け!」

幼女「む、無理よ。もうおなかの中には無いと思うわ…」

男「そういう意味じゃないっ!」


しばらく鬱憤を小言にして発散していると、ふと遠くからパム車の滑車の音が聞こえてきた。
半べそになりながらジメジメと落ち込んでいた幼女(着る服も新調していたらしい)もスッと顔を上げる。

幼女「ねぇ、これって…」

男「…あぁ、きっとパム車だ。丘の向こうにいるね」

幼女「まさに好機ね、さぁ行きなさい!何とかしてパム車を手に入れるのよ!生死は問わないわ!」

男「問わないわ、じゃないから。君も一緒に行くんです」


幼女「走りたくない…」

男「早くしないと置いていきます」

幼女「いい考えがあるわ。どちらかがもう一方を背負えば、一方が疲れるだけでお得じゃないかしら」

男「全然お得じゃない!」

幼女「勝負はポーカーでいいかしら」

男「あぁ、もう!」


幼女(ハニーカシスサワーは3度お代わりしたらしい)を脇に抱え、パム車の音がするほうへ走り出す。
ザクザクと砂を蹴るが、2人分の重さに足を取られなかなか思うように進まない。

幼女「パム車より乗り心地は悪いわね」

男「姫、申し訳ないのですが黙って運ばれててくれませんかねコノヤロウ」

幼女「よきにはからえ」

ブラブラと足を揺らす幼女を捨てたいと思ったが、後々面倒くさそうになりそうだったのでやめることにする。
いや、本当に捨てたかったのだけれど我慢することにする。


002

男「ハァハァ…」

幼女「そこのパム車待てーい!神妙にお縄に着けー!!」

男「それ…使うところ…間違ってるから…」


ノシノシと歩くパム車の前に、堂々と彼女が立ち、行く手をふさいだ。
パム車は暫く足踏みを鳴らした後、面倒くさそうにゆっくりと止まる。


幼女「どーうどうどう。よくやったわポチ。ご褒美に撫でてあげる」

男「僕は君のペットじゃないのだけれど…」

幼女「あー、中に居るんでしょう。今すぐ出てこないと死ぬわよ、ポチが」

男「水をください…」


暫くの沈黙の後、パム車の中から一人の若者が顔を出した。
肌の色から見て、きっとこの土地の人間だろう。土色の皮膚の奥にある青い瞳がギラリと光った。


少年「…お前ら、何が目当てだ」

幼女「気に喰わないわね。まずはちゃんと姿を見せなさい、話しはそれからよ」

男「ちょ、なんで高圧的なんですか。お願いをする態度じゃないでしょうに」

幼女「第一印象が大事って、父さまに習ったんだもん」

男「はぁー…すいません、突然止めてしまって。あの、僕たちはですね…」


そういってパム車の上を見ると、すでに褐色の少年はいなかった。
その瞬間、隣にいた彼女のけたたましい叫び声が響いた。


幼女「きゃああああああああ何よ!いったいなんなのよ!」

少年「動くな。動くと切る」

幼女「ひっ…」

男「っ…!?」


少年の手には鋭いナイフが握られており、彼女の首筋に当てられている。
ギラギラと鋭い目線を少年は僕に向ける、人を殺したことのある者の眼光であった。


少年「残念だが、お前ら砂賊に渡すモノはない。黙って武器を捨てろ」


砂賊、砂漠を中心に強奪を繰り返す集団だったと記憶している。
噂には聞いていたが、そんな奴らに間違われるのだと思うと、いささか腑に落ちない。


男「…話を聞いてください。我々は砂族とやらではありません、まずは」

少年「黙れ。無駄なことをしゃべるな、切るぞ」

幼女「ひっ…うぅ…」

男「くっ…!!」


ブルリと震えたかと思うと、彼女は失禁した。
羞恥と恐ろしさから顔を苦渋の表情に歪ませている。
彼女と目が合ってしまった。まずい、これは非常にまずい。命の危機かもしれない。


男「…よく聞いて下さい。それ以上彼女に被害を加えると、取り返しのつかないことになります」

少年「ふっ、この期に及んでそんなことを言うのか?」

男「そういうことではありません。僕が、ひどい目にあうんです」

少年「?…脅すにしても、もう少しなにか別の言い方があったんじゃないか?意味が分からないぞ」

暫くの間、睨み合いが続く。
汗が滝のように流れ落ちていく一方で、少年は汗ひとつかかずこちらを睨み続けている。


?「お兄ちゃん…大丈夫?」

少年「っ!来るんじゃない!」


そのとき、ガタンと物音がして、中から小柄な女の子がパム車から降りて来た。
どうやらこの少年の妹なのだろう、同じ褐色で青色の瞳を持っていた。

少年の視線が自分から外れた。
僕はその一瞬の隙を見計らい、その妹の元へと飛び出した、腕と首を掴み、少しばかり締める。
軽く捻っただけで潰れてしまいそうな細い腕と首、ゴワゴワになった黒髪、青い目の奥は濁っている。どうやら盲目らしい。


少女「くっ…!!」

男「…すまない。少しの間我慢してくれ」

少年「クソ!クソ!クソ!やめろ!手を出したら殺すぞ!」

男「まずは、落ち着くんだ。冷静になることが和解への第一歩だよ」

少年「クソッタレ…!!」

男「…見たところによると、どうやらこの子は目が見えないらしいね」


少年「だったらなんだって言うんだ」

男「僕はこの子の病を治すことが出来るかもしれない」

少年「できもしないことを…!!」

男「嘘じゃない。僕は医者だ。この病は見たことがある、きっと治せる」

少年「……!」

男「言っただろう?僕達は砂賊じゃあない。道に迷ったただのしがない医者なんだ」


少年は先ほどと打って代わり、狼狽した表情を見せている。
どうやら彼にとってこの子はよほど大切な存在らしい。
心苦しいが、僕もまた彼と同じ状況なのだ。手段を選んでいる暇は無い。

少年「本当に、治せるんだろうな」

男「全力を尽くすよ」

少年「…わかった、こいつを放す。約束は守れよ」

男「…あぁ」

少年「……」


少年はナイフの持つ手を下ろし、僕の人質を開放した。
のがいけなかった。

だらりと両腕をぶら下げて、まるで人形のように虚空を見つめる幼女、僕の姫様はダラダラと口から涎を垂れ流したまま、動かなかった。

幼女「………」

少年「…おい、なんなん」

男「やめろ!!!!見るな!!!!」


その瞬間、少年の頭が存在していた場所は綺麗に何もなくなっていた。

1秒2秒後、首から上が無くなった、少年だったモノから血が噴水のように噴出していた。

砂漠に血の雨が降る。
暑く熱された砂の上に降り注ぐ血はジュッと音を立てて蒸発し、辺り一面を血の匂いで包んだ。


003

少女「えっ…?」

男「…クソ、遅かった」

少年の死体を片足で踏みつけ、姫様はニィとこちらを眺めた。
グチャグチャ少年の頭を咀嚼している。その表情は愉悦と狂気が入り混じったこの世のものとは思えないモノだった。


男「…目が見えなくて、幸運だったね。君」

少女「い、いったい何が起こったの!?お兄ちゃんは!?」

男「っと、ごめんね。ゆっくり話してる暇はないんだ」

少女「きゃっ!!」



人質にしていた少女をパム車の影に投げ捨て、食事を続けている幼女と向かい合う。
血糊でべったりと顔中を汚して肉塊を齧っている彼女の姿は、赤ん坊が離乳食を手づかみで食べるそれとよく似ていた。


男「美味しいですか、それ」

幼女「………」

男「ハニーカシスサワーとどっちが美味しいですかね」

幼女「ギャッギャッギャッ」


獣のような下品で粗悪な笑い声を上げた後、少年の腕を引きちぎり、お前も食べてみるか?と言わんばかりに差し出してくる。
痛々しいほど綺麗な少年の鮮血が滴り落ちていく。


男「たぶんですけれど、きっとサワーのほうが美味しいですよね、これ」

幼女「ギャッギャッギャッ」


嬉しそうに笑う。見ていると吐き気を催すその笑みに、心を無にしながら微笑み返す。
嘘でも笑顔を絶やしてはいけない。狂気は泣き顔に、腑抜けた心に、よく馴染むのだ


男「いい加減にしてください、いくらなんでも悪趣味すぎます。血を取られて苛立っていたのは分かりますが、これはいくらなんでもやりすぎです」

幼女「ウギッ?」

男「これの何処が愉快なんですか。約束しましたよね、罪人以外は食わないって」

幼女「ガーグッガーグッ」

男「さ、そろそろおしまいです。お片づけの時間ですよ」

幼女「ウーウーグ」


彼女は少し物足りなさそうな顔をして、食べかけの少年を投げ捨てた。
そして、あんぐりと口を空けて、彼女は僕の頭を噛み潰した。



004

目を覚ますと、そこには気絶した少年とその妹、そして凛とした表情でこちらを見る美しい幼女の姿があった。

幼女「おはよう」

男「…おはようございます」

熱された砂の上に寝そべっていたのだろう、右の頬がヒリヒリと痛い。
立ち上がり体中に着いた砂を掃うと、クラクラとめまいがした。
懐に隠しておいたベール酒を取り出し、気付け代わりにグイッと一口飲み干す。


男「ゲホッ!ゲホッ!」

幼女「なにやってんの…って、それお酒じゃない。あたしにもちょうだいよ」

男「ゲホッ…これは薬だから」

幼女「くすりはきらーい。おさけはすきー」

彼女はひょいと酒瓶を僕から奪い取り、チビチビと嬉しそうに飲み始めた。
褐色の少年のほうに目を向けると、苦い表情をしながらうんうんと唸り眠っている。


男「さて、どういう言い訳を聞かせてくれるんですか」

幼女「うぐ」

男「幻視見せるだけなら、あの少年だけでもよかったですよね。何で僕まで見せたんですか」

幼女「うぎぎ、このおさけからい…」

男「幼女ぶっても駄目です。僕は怒ってるんですからね」

幼女「うぅ…」

男「……」

幼女「き、着替えの…じかん」

男「へ?」

幼女「濡れた下着を交換してたのよ!悪い!?」


顔を真っ赤にさせて、彼女は恥ずかしそうに俯いている。
そういえば、彼女のスカートが新しいものに着替えられている。

あぁ、なるほど。恥ずかしかったのか。


男「別に恥ずかしがることないのに、君のおねしょならもう何回も…」

幼女「わーわーわー!!!」

バタバタと腕を振り回して突進してくる。姫の必殺技のひとつ、幼女ぱんちである。
ポカポカと腰のあたりを叩かれながら、ため息をひとつ。

男「ハニーライムサワー…」

幼女「ふえ?」


男「飲みたくなってきました。早く行きましょう」

幼女「そ、そうね」

男「この子らは…うん、一応パム車の影に移動させて…放って置きましょう」

幼女「えーまた歩くのー」

男「仕方ないでしょう。起きたら今度こそ襲い掛かってきますよ、君に」

幼女「私だけ!?」

男「自業自得です」

幼女「むー…いいの?干上がってミイラになっちゃわないかしら」

男「まぁ、平気でしょう。医者じゃないのでよく分かりませんが」

幼女「あー嘘ついてたんだー」

男「うそつき?その口がよく言えますね…!」

幼女「ごめんなさいっ!!」

彼女は、足取り軽く、砂の丘を走っていく。


幼女「ねーはやく!置いて行っちゃうわよー!」

男「また、歩きか…はぁ」


僕はもうひとつ大きなため息を吐いて、あどけなく笑う彼女を追った。

ここまで。
途中、描写で気分を害された人がいらっしゃったら、申し訳ない。


続くかもしれません。

005


幼女「何ですって!?」


店の中に甲高い破裂音のような叫び声が響き渡る。


店員「本当に申し訳ありません…カシスの出荷が遅れていて、ハニーカシスサワーは販売中止なんです…」

幼女「ふざけんじゃないわよ!このあっつーい砂漠の中を私がどれだけ…」

男「ほら、もういいじゃないですか。諦めましょう」

幼女「こらっ!!離しなさい!私を持ち上げるなー!!」

男「僕も飲めなくてがっかりしてるんです。子供じゃないんだからそう騒がないでください」

幼女「私は子供サイズだからこういう時ワガママ言っていいのよ!」

男「子ども扱いすると怒るくせに…」


じたばたする幼女を抱え、無理やり席に座らせる。

しばらくの間ネチネチと愚痴と罵詈雑言を僕に浴びせていたが、
頼んでおいたパップルジュースとアイスバニラが運ばれてくると、ケロリと表情を変えて嬉しそうに食べ始めた。


幼女「それで?これからどうするの」

男「しばらくこの町に滞在します。あとは資金集めですかね、誰かさんのせいでお財布が軽いので」

幼女「まったくちゃんと管理しておきなさいよ」

男「……」

幼女「あー!あー!私のアイス!」

男「美味しいですね。これ」

幼女「かーえーせー!」


男「さて、僕はちょっと出かけてきます。宿は先にとっておいたので…」

幼女「私も行く」

男「私用ですから、別に着いて来なくていいです。というか着いて来ないでください」

幼女「あっ!わかったエッチなお店に行くんでしょ」

男「違います」

幼女「むっちりぷよぷよなお姉さんにイイことしてもらうんでしょ!?ねぇそうなんでしょ!?」

男「……」

幼女「あー!!私のジュースが!!」

男「こっちは、あんまりおいしくないですね!」

幼女「うー!笑顔でいうな!」


男「それじゃあ夕方まで別行動ということで。ホテルの場所はメモに書いておきましたので」

幼女「はいはい。せっかくだから楽しんでらっしゃいな」

男「…なんですかその手は」

幼女「お小遣い、ちょーだい?」

男「…無駄遣いしないでくださいね」

幼女「いやっほい!すいませーんアイスお代わり!」


006

幸せそうにアイスを頬張る幼女を横目に店を後にする。
ドアを開けると、熱された空気が体を包み込んだ。太陽の光が痛いくらい眩しい。

砂の町、バレンジュール。この広い砂漠の土地に存在する唯一の町。

かつて奴隷貿易によって栄えたこの町には、魔法を使う人間が存在しない。
いや、厳密に言えば魔法を使う者を人間として見ない、といったほうが正しい。


この町の人々は魔法をカミと認識し、魔法を使う人をカミと認識する。

魔法を使うモノ。広い大地に存在する小さな町は、閉ざされたまま独自の文化と人々を生み出す。
歴史にはあまり興味がない僕でさえも、酷く血塗られた過去がこの町に存在していることは知っている。

そう、閉ざされたままでは、狂っていることにも気付かないのである。人も町も。


暫く歩いていると、広い路地に出る。
どうやらここがメインストリートのようだ。

商人「はいはい見てらっしゃい!寄ってらっしゃい!当店自慢のガリオン鉱石だよ!」

男「あの、すいません」

商人「おっ、どうだい兄ちゃんひとつ。お安くしておくよ?この石はカミ様のご加護があってだな」

男「いや、あの買いたい訳じゃなくて…」

商人「かーッ!!こりゃまいった冷やかしかい!気温が暑いのは分かるけど、冷やかしちゃあいけないよ兄ちゃん」

男「あ、あの」


商人「ったく、最近よく来るよそモンはたーっぷり買っていくのになぁ。この兄ちゃんは、買わない?ああ、そうかい」 

男「…ひとつください」

商人「おっありがとね。あれ、ひとつでいいのかい?なぁひとつじゃ寂しくないかい?」

男「ひとつでいいです。それで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

商人「おっと、値切ろうって言うんなら無駄だぜ兄ちゃん。おれっちはここ何年も…」

男「ある男を捜してるんです。背が小さくて、長髪で癖毛の黒髪」

商人「あぁん?外見だけじゃあ、ちっとわかんねぇなー、もうひとつ買ってくれれば…」

男「あと…魔法を使います。そいつ」


商人「あー、なんだそういうアレ?んじゃここにはねぇな」

男「えっと、心当たりとか…」

商人「えーっと、入り口は何処だっけ…?あれだ。あのマンホールの下だ」

男「マンホール?」

商人「ささ、用が済んだらさっさと帰りな。あ、ちゃんと金は払えよ」

男「おいくらですか?」

商人「冥土の土産だ。あんたが決めてくれよ、よそモノの兄ちゃん」


007

マンホールを空けて、長い梯子を降りていく。
下をちらりと覗くと、何処までも続く闇がこちらを見返してきて思わず息を呑んだ。

1時間ほど下り続け、ようやく到着。
カツンと足を下ろした地面は、光沢のあるグランスラム。
主にハリオルム地域で用いられる鉱石の一種だ。

近代技術化に伴い普及されたこの素材は、安価で加工しやすく強度もそれなりにあるモノで、
ハリオルムを発展させてきた要因のひとつと言っても過言ではない。


ハリオルム。近代魔法都市。学問、研究、そして魔法。
豊かな資源と人材に溢れた魔法都市は、失われた魔法技術を復活させ国を創った。

失ったものを再び生み出すのに、どれほどの犠牲と崩壊があったのか我々は知らない。
まぁ知らないこと自体が、問題なのかもしれないけれど。


人一人分が通れるくらいの狭い通路を暫く歩くと、黒くて大きな扉がひとつ。
ドアノブが無い。困惑していると扉の一部が開き、扉の置くから面倒くさそうな声が聞こえる。

「いらっしゃい。ごチュウモンは?」

男「えっ、あっ、あの?」

「……ごチュウモンは?」

男「あー…ご注文?」

「…ったく、ジョウダンが通じねェぼっちゃんだなァ。魔法使いならもうちょっとボキャブラリー持ったほうがいいぜェ?」


男「魔法使い…僕が?」

「あり?違うの?魔力がないとあのマンホールからここまで来れナインよ」

男「そ、そうだったんですか」

「ふつーのヤツだったら、真っ逆さまに落ちてベチャッだ。あぁオイタワシヤ」

男「とにかく、中には入れるんですか?」

「んーまぁいいだロ。はいれ、ハイレ」


ゆっくりと、扉が開く。
扉の奥は純粋な闇で満たされていて、入った瞬間ロクなことにはならないな、と直感が告げる。

「オイどうした、はやクはいれヨ」

男「……」


渋々扉の内側に足を踏み入れる。
その瞬間、扉がバネを弾いたように勢いよく閉まり、


僕の体および頭は扉に押し潰されて木端微塵に破裂した。


008

幼女「………」

目が覚めると、我らの主である姫様が僕の頭を裸足で踏んでいた。

男「…おはようございます」

幼女「あたしのいないとこでなにしてるの?」

男「いやぁ、やっぱり駄目でしたね」

幼女「そんなあっさり言うな!」

ゲシゲシと幼女の柔らかい足裏で何度も踏みつけられる。
姫の必殺技のひとつ、幼女キックである。


幼女「あんたを殺していいのは、あたしだけなんだからね」

男「…すいません」

幼女「ん、許す」

そういうと、横になっている僕に向かって思い切り飛び乗ってくる。
彼女は僕の胸に顔を押し付けて、小さく呟いた。

幼女「…あんたは、あたしのものなんだから、あんま心配させるな、ばか」

男「…そうでしたね。本当に反省しています」


涙声で鼻水を服にこすり付けてくる幼女の頭を、ポンポンと撫でる。
我らの姫は泣き虫で寂しがりなことを忘れていた。

幼女「うがー!!子ども扱いスンナー!!」

男「…さて、そろそろ本題に入りましょう」

起き上がり、幼女を体から下ろす。


幼女「本題?」

男「探していたアイツ、どうやらこの町にいるみたいです」

幼女「アイツって?」


男「えぇ、あの腐れ魔術師、この町でもロクなことしてませんよ」

今日はここまで。
保守ありがとうございます。

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