春香「欲しい物が何でも手に入る館?」 (277)

P「……」ピッ

春香「プロデューサーさん、その、竜宮のみんなは?」

P「……だめだ、電話に出ない」

春香「そう…ですか……」

くぐもったような暗い空が印象的な日でした。



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───
──

真美「兄ちゃん兄ちゃーん!」

亜美「狩りに出ようYO!」

律子「こーら、亜美はこれから竜宮の撮影でしょ!早く支度しなさい!」

亜美真美「「えー」」

律子「『えー』じゃない!ほら、もう行くわよ!」

亜美「わわ、待ってよー」

律子「それじゃプロデューサー殿、後お願いしますね」

P「ああ、気をつけてな」

伊織「今日は生放送なんだから、この天才美少女アイドル伊織ちゃんの活躍をちゃんとテレビで見ておくのよ!いいわね!」

P「はいはい、見逃さないようにするよ」

あずさ「うふふ、では、行ってきますね」

P「はい、あずささんも気をつけて」

───
──

しかし、竜宮小町がその番組に出ることはなく、

向こうのディレクターさんからは竜宮小町がいつまで経っても到着しないと連絡を受けた。

P「頼む、律子。出てくれ……」

やよい「ううー、伊織ちゃん、全然電話に出ないです」

千早「あずささんもダメね……」

真美「亜美……」

春香「……」

響「うー、みんな大丈夫かな……」

貴音「響、今は竜宮の皆を信じるのです」

雪歩「心配ですぅ……」

真「雪歩……」

美希「事故とかじゃなければいいけど……」

一同「……」

春香「プロデューサーさん、私、やっぱり探しに行ってきます!」

P「お、おい、春香!?」

春香「だって、なんかあったら嫌だもん!このまま帰ってこなかったら、私……」

千早「春香……」

美希「春香が行くなら、美希も探しに行く!」

P「美希!?」

雪歩「真ちゃん……私……」

真「うん!ボク達も探しにいこう!」

やよい「うっうー、私もいきますー!」

真美「真美もー!」

響「うがー!自分、心配なのに待ってるだけなんてできないぞ!」

貴音「そうですね」

P「……そうか。うん、わかった!」

9時くらいから続き書きます。
長文になります。
胸糞になると思うんで、苦手な人は注意です。

LTLかな?
期待

再開


P「とはいえ全員は車に乗れないぞ?」

千早「たしか、収録場所はそんなに遠くないですよね?」

真「だったらボクは走っていくよ!」

響「自分も走るさー!」

みんなで手分けをして捜索しましたが、一向に見つからず。

美希「はぁ、美希もう疲れたのー」

春香「そこの公園のベンチで少し休もうか」

美希「うん」

美希「それにしても律子がいながらどうして連絡もなしにいなくなるかなー」

春香「そうだね……」

美希の言いたいことはすぐに分かった。

律子さんの性格上、何かあったのなら連絡があるはず。

連絡もなく突然いなくなるということは、何か事件に巻き込まれたのかもしれない。

美希「あふぅ、美希、なんだか眠くなってきたのー」

春香「美希ちゃん?」

美希「ん、はにぃ……」ムニャムニャ

春香「ホントに寝ちゃった……」

この時点で何かおかしいと気づくべきでした。

春香「あれ、なんだか、わた、し……も……」

春香「……」スヤスヤ

「   」

「    」

「     」

春香「……ん」

?「……か」

春香「……んん?」

伊織「ちょっと、春香!」

春香「……ん?」

伊織「春香!目を覚ました!?」

春香(いつの間に寝ちゃったんだろう?)

春香(って)

春香「伊織!?」

春香「よかった!無事だったんだね!」

伊織「ええ。まあ、今のところはね」

春香「え?」

伊織の煮え切らない返事。

春香(あれ、そういえばここはどこだろう?)

春香「ねえ、ここって?」

伊織「さあ?とりあえず私の家じゃないわよ」

春香「そう、なんだ」

広い洋館?のような落ち着いた雰囲気のある、ここは、エントランスかな?

大きな扉が一つと左右に階段。

階段の上の踊り場の先には個室があるのかな?等間隔で扉が見える。

そして異常に高い天井。なんだか慣れない違和感がある。

ピアノの静かな旋律が聞こえるけど、ピアノそのものは見当たらない。どこかから流しているのかな?

階段の脇の台の上には黒電話や蓄音機のようなものが置いてある。

春香(ここは、一体……?)

美希「……あふぅ」

亜美「ミキミキー、早く起きてよー」

春香「亜美!」

あずさ「あらあら、春香ちゃんも来たのね?」

伊織「とりあえず、竜宮小町の四人はここにいるわ」

春香「よかった!何か事件や事故に巻き込まれたのかと思って心配したよ」

亜美「……」

伊織「……はぁ。まあ、巻き込まれたといえばそうなのかもしれないわね」

春香「え?」

律子「春香!美希!」

二階から律子さんの声が聞こえた。

そちらに目を向けると、手にはペットボトルの水を持っている。

律子「目を覚ましたみたいね、よかった」

美希「あふぅ、律子……さん、ここはどこなの?」

律子「……それは」

伊織「……私から説明するわ」

春香(気まずそうな表情。それに知らない場所。もしかしてやっぱり事件に巻き込まれたのかな?)

伊織「落ち着いて聞いて。いい?まずはここには私達以外誰もいない」

美希「誰もいない?事件に巻き込まれたなら誘拐犯とかいるんじゃないの?」

伊織「いいえ、本当に『私たち以外誰もいない』わ」

はっきりと断言した。まるでそう確信しているかのように。

美希「でも、もしかしたらお出掛けしてるだけかもよ?」

伊織「残念ながらそれはないわ。だってここ、出口が無いんだもの」

頭が真っ白になった。

そこで、私は違和感の正体に気づいた。

あるはずのもの、つまり、出入り口がない。

気づいてしまえばそれは明らかな欠陥とも言える造りだった。

美希「え?どういうこと?」

伊織「知らないわよ。無いものは無いんだから」

律子「とりあえずこの館について色々と説明していくわ。私達も全部が分かっているわけではないけど」

そう言いながら律子さんは私達にペットボトルを手渡し、再び階段をのぼりだした。

なんだろう?

この館に来てから違和感だらけ。

美希ちゃんのほうを見ると、なにやら黙って考え込んでいる様子。

沈黙の中、ピアノの音だけがこの空間を包んでいた。

二階の踊り場の先は、六つの扉が廊下を挟んで対面になるようにならんでいて、一番奥の突き当たりにもう一つ扉、計十三の扉が並んでいた。

あずさ「あら?」

伊織「……やっぱり」

そのうち一つの扉の前で伊織ちゃん足は止まった。

美希「ネームプレート?」

春香「でもなんで、私の名前が?」

他の扉のネームプレートを確認すると、竜宮小町の四人と美希の名前もあった。

それ以外の扉には何も書いてない、白紙の状態だった。

律子「二人が来る前はこの部屋のネームプレートも白紙だったのよ」

春香「え?」

伊織「まあいいわ。とりあえず先に説明だけ終わらせましょ」

伊織が急かすように続ける。

伊織「扉を開ける前に、普段の自分の部屋を想像してみてくれる?」

LTL?

春香「なんで、急に?」

伊織「いいから!」

自分の部屋。

ベッドがあって本棚があって、机と小さなテーブル。

何の変哲もない普通の部屋。

だけどこんなことさせて何の意味があるんだろう?

伊織「できたかしら?」

春香「うん」

伊織「じゃあ、その扉を開けてもらえる?」

>>8>>23
はい、飽食の館ベースです。

言われるがままドアノブに力を込める。

ギギっという音を立てながら扉が開く。

春香「これって……」

想像していたのと何ら変わらない、普通で平凡な部屋だった。

ただ気になったのは、物の位置だけでなく絨毯やベッドカバーの色まで一緒だった。

私の部屋を覗いてそのまま移したような状態に、なんだか気味の悪さを感じた。

伊織「やっぱり、開いたわね」

伊織が呟いた。

その様子を見る限り、この部屋は今までは開かなかったみたい。

伊織「じゃあ、そのまま扉を閉めて」

春香「え?う、うん」

この動作も言われるがまま従った。

伊織「じゃあ次は、」

あずさ「伊織ちゃんのお部屋を想像してみて」

伊織「ちょ、ちょっとあずさ!?」

あずさ「うふふ、いいからいいから」

春香「……はい」

なんでこんなことさせるんだろう?

伊織の部屋?

春香(やっぱりこう、華やかな感じかな?)

伊織の部屋に入ったことはないけど、なんとなくイメージとして赤い絨毯が頭に浮かんだ。

カーテン付きのふかふかなベッド。

変な絵も飾ってそう。

それから

伊織「……もういいかしら?」

春香「え?」

伊織「ほら、さっさと開けて!」

あずさ「あら、急かさなくてもいいじゃない~」

伊織「うるさいわねー」

春香「伊織、何を怒っているんだろう?」

とりあえず私は扉を開いた。

春香「え?」

美希「うそ!?」

赤い絨毯にカーテン付きのベッド、それに変な絵画。

そこにはさっきまでの平凡な部屋はなく、想像していた通りの光景が広がっていた。

あずさ「あらあら、春香ちゃんの想像する伊織ちゃんの部屋はこんな感じなのね~」

春香「これって……」

伊織「これがこの館の秘密よ」

伊織「想像したものがなんでも出る。欲しい物がなんでも手に入る」

美希「なんでも……?」

春香「欲しい物がなんでも手に入る館?」

律子「厳密にはそうじゃなさそうだけどね。亜美が真美を出そうとしても出なかったから、人間や生き物は無理なのかも」

伊織「そこらへんの詳しいところはまだ調査中よ」

春香「は、はは……」

理解が追いつかない。

伊織「とりあえず分かっていることは全部説明するわ。着いてきて」

しかし伊織は、そんな私のことなどお構いなしに歩き出す。

律子「広そうに見える屋敷だけど、二階のこの廊下と部屋、踊り場、一階のエントランスと食堂だけで実際は結構狭いところなのよ」

階段をおりながら館の内装の説明をうける。

あずさ「ここなら私も迷わないわ~。あら?」

エントランスに人が倒れているのが見えた。

あれは……

とりあえず今日はここまで
明日、日が落ちた頃に再開しようかなと思います。

あ、とりつけとく

面白そう 期待。

あと春香は美希にちゃん付けしない

>>35
すまぬ
書き溜めてる途中で気づいて修正したはずだったが残ってたみたいorz
今後もそういうミスあったらじゃんじゃん指摘してください

そういやこれ、出口を望んだらどうなるのかな? この世からの出口が出てくるの?

日が落ちる頃と言いましたが、多分昨日と同じくらいの時間から再開します。
>>39
原作知ってる方なら想像つくかもですが、おそらく無理or出せてもリンク切れで現実での死に繋がる可能性があります。
詳しく話すとネタバレになるかもなんでやめときますが、とりあえずここでは誰もその発想に至らないという流れで進めます。

原作とかあるのか

再開します。
>>42
原作、というより元ネタですね。

春香「やよい!千早ちゃん!」

慌てて階段を駆け下りる。

が、最後の一段で転んでしまった。

律子「まったく、怪我でもしたらどうするのよ」

春香「えへへ」

伊織「ちょっとやよい!やよい!」

伊織がやよいを揺さぶっている。

するとやよいも目を覚ましたようで。

やよい「あれぇ、伊織ちゃん?」

目をごしごしと擦りながら、ぽかんとした表情で伊織を見つめている。

やよい「伊織ちゃん!?それに皆さんも!うっうー、みんな無事だったんですねぇ!」

千早「……うぅ」

遅れて千早ちゃんも目を覚ます。

千早「あれ、ここは?」

律子「二人とも目を覚ましたばかりで悪いんだけど、落ち着いて聞いて頂戴」

律子さんが私と美希にしたような説明をしていくが、やはり二人ともわけが分からないという顔をしている。

律子「部屋のことについては後でいいわね。とりあえず着いてきて」

そう言いながら、一階の大きな扉を開けた。

やよい「わー!大きなテーブルですぅ!」

そこには縦長の大きなテーブルに赤いテーブルクロス、そして部屋の数と同じ十三の椅子と。

テーブルの上には椅子の位置に合わせて銀の蓋が同じく十三個置いてある。

春香(あの蓋が閉じているってことは、中に料理でも入ってるのかな?)

伊織「もう一つの館の秘密が、この銀の蓋よ」

美希「ねえ、それってもしかして」

そう言うと美希は一番手前の蓋を開けた。

すると、中から見覚えのあるイチゴのババロアが姿をあらわした。

美希「やっぱり」

なんとなくだけど理解した。

つまりこの蓋も、開ければ想像した食べ物が出てくるということなのだろう。

千早ちゃんとやよいは目の前で起きている事が理解できていない様子。。

伊織「やよい。あなたにとってのごちそうを想像しながらこの蓋を開けてみて」

やよい「ごちそうですかぁ?うーん」

あずさ「なんでもいいのよ~、想像できるものであればね」

やよい「はい!」

やよいが勢いよく蓋を開けると、中から大量のもやし炒めが出てきた。

千早「……どういう、こと?」

やよい「うっうー、もやしパーティーですぅ!」

律子「食べたいものを想像して開けると、その通りのものが出てくるのよ」

千早「そんな……」

千早ちゃんは納得がいかないような表情で近くの蓋を開ける。

中からは二本のカロリーメイトが出てきた。

千早「……」

千早ちゃんはカロリーメイトに手をつけずにそっと蓋閉じ、再び蓋を開けた。

すると今度はウイダーinゼリーが現れた。

千早「これは一体……」

千早ちゃんは頭に手を添えながら、はぁ、とため息をついた。

春香(なんとなく気持ちは分かるけど)

───
──

食堂から出ると、今度は真と雪歩がエントランスに倒れていた。

私と美希は『千早とやよい、真、雪歩に部屋の説明と銀の蓋の説明をもう一度するからしばらく部屋で待機してて』と律子さんに言われ、おとなしく二人で待つことにした。

美希「春香、どう思う?」

春香「どう、って……」

美希からの突然の投げかけ。

どう思うかって、そんなの分からないことだらけだよ。

なぜ突然この館につれてかれたのか。

部屋や銀の蓋の不思議。

美希「とりあえず美希の思ったことを言うよ」

春香「……うん」

美希「まず、ここは現実の世界ではないの」

春香「え?」

美希「五感が働いてるから現実のような感覚があるけど、実際の世界ではこんなのありえないの」

春香「たしかに、そうだけど」

美希「だからここは現実とは切り離された世界。これは断言できるの」

春香「うん」

美希「とはいえここが何なのかまでは分からないけど。集団催眠や精神だけが切り離された世界、そんなような感じのあやふやな所、かな?」

美希「とりあえずはそんな認識なの。現実のようで現実ではないの」

美希「それから次に、あの四人、なんか怪しいの」

春香「え?」

それは、どういう……?

美希「美希はね、とりあえずハニーのいる世界に帰れればそれでいいなって思うの。春香もそうでしょ」

春香「うん」

美希「だったらあんな説明は不要。帰る方法だけ教えてくれればいいの」

たしかにそう。

でもそれを言わないってことは、単にその方法があの四人にも分かっていないだけなのでは?

美希「帰る方法を言わない理由は、『帰る方法が分からない』か『帰りたくない』『帰らせたくない』、あるいはその全部」

春香「帰りたくない?」

美希「うん。だって、帰る方法が分からないならそれを探すことに全力を注ぐのが普通だって、美希的には思うの」

美希「なのにあの四人の説明は、まるでこの世界で生活することを前提に進んでるの」

美希「ここにいたってハニーには会えない。キラキラしたステージで輝くことも出来ない。美希たちは帰る必要があるの」

美希「そもそも竜宮小町がいなくなったのは今日の朝のことでしょ?あの四人はここに来てまだ半日程度しか経ってないはずなのに、あそこまで館の不思議を理解しているってことがまずありえないの」

美希「絶対何か、美希たちには言っていない四人だけの秘密があるの」

言われてみればそうだ。

ここに来てから感じていた違和感の正体。

それは竜宮小町の四人の態度。

春香「美希、すごいね」

美希「え?」

春香「だって、いつもの美希ならこんなところにきたらはしゃいだり寝て過ごしたりしそうなのに」

美希「たしかにここは楽しそうなところだけど、ここじゃあ美希、キラキラ出来ないなって思ったから色々考えちゃったの」

美希「それにしても……あふぅ。頭使ったら眠くなってきちゃったの」

うん、いつもの美希だ。

やらなくていいことはやらない。

でも必要だと思ったことには思考をフル回転させて理解する。

美希が天才だと言われる理由はここ。

必要なこととそうでないことの拾捨が一瞬でき、なおかつそれを頭の中で整理できる。

だからこそ普段レッスンを適当に流していても、ここぞというところで最高のパフォーマンスが出来る。

春香(私も見習わなくちゃな)

コンコン

律子「私だけど、開けていい?」

ノックの後に律子さんの声が聞こえてきた。

心臓が跳ねる。

さっきの話、聞かれていないだろうか?

美希はこちらに無言で頷いた。

平静を装え、ということだろう。

春香「……はい」

美希「いいよー」

余計な心配かもだけど、死人が出るならsage進行の方が良いかもしれない

>>59
了解です&ありがとうございます。
では、ここからはsage進行でいくことにします。

返事をしたが扉を開ける様子がない。

律子「開けるわよ?」

再びの律子さんの声とともに、ガチャっと扉が音を立てた。

律子「あら、美希もいたのね」

美希「うん。一応美希も返事したのにな」

律子「あ、そうだった」

何か思い出したような表情。

律子「説明し忘れてたけど、どういうわけか部屋の中の音は外には聞こえないみたいなのよ。部屋の中からは廊下の音も聞こえるんだけど」

なるほど、ということはさっきの会話も返事も律子さんには聞こえていなかったということか。

無意識に安堵の息が漏れる。

律子「人が増えてきたみたいだから、とりあえず食堂に集まって館の不思議をみんなで再度確認しようと思ってきたんだけど」

春香「はい」

律子「他のみんなはもう食堂に集まってるわ。すぐ来れるかしら」

春香「大丈夫ですよ」

美希「あふぅ、美希は眠いの~」

春香「とりあえず行こうよ、ね」

美希「む~」

───
──


伊織「遅い!」

食堂にいくと、既に他のみんなは席に着いていた。

先にこの館に来ていた伊織、亜美、あずささん。

それから千早ちゃん、やよい、真、雪歩。

私と美希が長い時間待機している間に来たのか、真美、響ちゃん、貴音さんも席に着いていた。

私と美希と律子さんで、ちょうど十三人分の席が埋まる。

みんな不安そうな表情だ。

律子「とりあえず、状況とこの館の不思議をざっと確認するわ」

律子さんが一番端の席着くなり話しだした。

律子「私達765プロの十三人は、気がついたら突然この館にいた」

律子「それぞれには説明したけど、この館には出入り口がない」

律子「そして必要なものは部屋をなぜか開けると出る」

律子「食べ物も飲み物もここの銀の蓋を開けると出る」

伊織「五日間ここで過ごしたけど、生活に困ることはないわね」

五日間ここで過ごした?

美希「それって!?」

律子「質問する時間はあとで設けるわ。とりあえず、私達の分かっていることを全部聞いてちょうだい」

美希「……」

美希は静かに頷いた。

五日間ここで過ごしたって、どういう意味なのだろう?

律子「部屋の中からは廊下の音が聞こえるわ。しかし、廊下側からは部屋の中の音がなぜか聞こえない」

律子「部屋や壁を壊すこともできない。ここは完全に密室された空間みたい」

律子「また、部屋に備え付けられているトイレやシャワー室などの位置は変えられない」

律子「時計は誰が出しても同じ時間だったことから、一応時間の流れはあるみたいね。窓一つない館だから、時間の感覚が分かりづらいけど」

律子「出せないものもあるようで、人間や他の生き物は出せないみたい」

律子「部屋を散らかしてしまった場合は、一度部屋を出てから入りなおすと片付いているわ。廊下に出したものも、全員が廊下から出た時点で消えていることがほとんどよ」

律子「試した人がいるかもしれないけど、携帯はつながらないわ。インターネットもエントランスにある電話も使えない。完全に電波は届いてないみたいね」

律子「以上、私達がここに来てから分かったことはこれくらい。何か質問はあるかしら?」

しん、と静まりかえる。

それから一呼吸、美希が手を挙げる。

美希「律子、竜宮の四人がここで五日間過ごしたって言ったけど、それはどういう意味?」

律子「律子『さん』ね」

美希「むぅ、律子……さん」

律子「よろしい。とはいえ、どういう意味って聞かれてもそのままの意味よ」

律子「私達がここに来てから五日間過ごした。そして六日目の昼に春香と美希が向こうのエントランスに倒れていた。それだけよ?」

美希「……」

食堂にざわざわと動揺が広がった。

竜宮小町の四人の行方が分からなくなったのは今日の朝のことだった。

なのに、四人はここに来てから五日以上経っている?

美希「もう少し詳しく教えて。ここに来る前のことも」

亜美「……」ビクッ

律子「ここに来る前は……」

伊織「朝から生放送の収録に出たわよ」

伊織が割って入った。

伊織「その途中あずさがトイレに行きたいって言うから車を止めて、近くの公園に行ったのよ。それでベンチに座って待ってたら、気づいたときにはここにいた」

ふんふん、と頷きながら美希は伊織の話しを聞いていた。

美希「真くんは?」

真「え、ボク?」

真は突然話しを振られて驚いていたが、ゆっくり思い出しながらといったふうに言葉を繋げていく。

真「みんなで手分けして竜宮小町の四人の捜索しようってなって、ボクは雪歩と一緒に探してて」

真「そしたら春香と美希、千早、やよいの四人が公園で寝ているのを見つけて、雪歩と二人で起こしに行こうと思ったら意識が遠くなって……」

美希「うん、分かったの。ということは、千早さんとやよいは美希と春香を起こそうとしてたらここにいたってことね?」

千早「え、ええ」

貴音「全て、今日起きたことの話しですね」

真美「でもでもー、この館に着くまでに相当な時間差があるよー?」

美希「真くんの話では美希たちはほとんど同じ時間に同じところにいたはずなのに、ここに着くまでにタイムラグがあったの。それから竜宮小町がここで五日間過ごしたことを合わせて考えると、ここは現実の世界より時間の流れが早いの。多分現実の1時間がここの24時間ぐらいのペースで」

律子「たしかに、みんなの話を聞く限りそれが一番つじつまが合うわね」

貴音「つまり、ここは現実世界とは似て異なる場所というわけですね」

なるほど、と思った。

『ここは現実とは離れた世界』という美希の前提があるからこそ、美希にはその発想ができる。

正確には自分を無理やり納得させることができる。

美希「じゃあもう一つ質問なの。どうやったら元の世界に帰れるの?」

律子「それは……私達にもまだ分からないわ」

やよい「でも、ここに来れたってことは帰ることも出来るんじゃないですかぁ?」

律子「そうね。やよいの言うとおり帰る手段はあるはずよ。だからみんなでその方法を探していきましょう」

伊織「他に質問がないようならこの話しはおしまい。そのまま夕飯にしましょう」

あずさ「そうねぇ。久しぶりにみんなで食事が出来るんですもの。今は楽しみましょう」

のんびりとあずささんが答える。

一応生活には困ることはなさそうだし、慌てることはないのかもしれない。

それに765プロ全員で食事というのも久しぶりのことだし、今は今で楽しむことにしよう。

真美「なんでも出せるんだよね?だったら一人一品大量に出してパーチーといこうじゃないかー!」

そう言って真美が蓋を開けると、中から大量のから揚げが出てきた。

やよい「わー、おいしそう!私にとってのパーティーといえばやっぱりこれですぅ!」

やよいの蓋からは大量のもやし炒め。

響「だったら自分はゴーヤチャンプルーだぞ!」

真「パーティーといえばやっぱりケーキが必要でしょ!」

重かった空気は一変して、みんな思い思いの料理を出して楽しんでいる。

律子「みんな勝手に始めて……」

伊織「いいじゃない。他に説明することもないでしょ」

律子「そうだけど……」

伊織「だったらディナーを楽しみましょう!私はこれよ!」

伊織が蓋を開けると、中から大きな七面鳥が姿を現した。

やよい「わー、伊織ちゃんの大きいですぅ!」

伊織「にひひ、パーティーするならこれくらいはなくっちゃ!」

美希「美希は美希が食べたいものを出すよ」

そう言って出てきたのはこれでもかと言わんばかりの数のおにぎりだった。

雪歩「自分が食べたいもの……」

雪歩が蓋を開けると、大きな鉄板とつやつやとした生の牛肉が出てきた。

真美「おー、雪歩くん!これは焼肉セットですな!」

雪歩「うん!」

貴音「食べたいものが出る。ならば私は」

やっぱり。

貴音さんの蓋からはラーメンが何皿も出てきた。

貴音「ふふ、面妖な」ジュルリ

真美「あれあれー!?亜美は何も出さないのー?」

亜美「え?い、いや、出すよ!それ、亜美のとっておきー!」

亜美の蓋からはポテチにポッキーと大量のお菓子が出てきた。

真美「えー、デザート系ならまこちんも出したじゃんよー!」

亜美「何を言っているー!?パーチーに摘まめるお菓子は必要不可欠っしょ!」

真美「うーむ、言われてみればたしかに。ケーキと別にお菓子もあったほうが華やかですな!」

律子「もう!みんなして好きなものばかり出さないの!」

そう言うと律子さんは大量のサラダを出した。

亜美「うぐぐ……」

真美「りっちゃんキツイよー」

亜美「ま、亜美はサラダなんて食べないけどねー」

真美「じゃあ真美もー」

律子「こら、しっかり野菜も食べなさい。じゃなきゃお菓子もケーキ食べさせないからね」

亜美真美「「うへー……」」

千早「みんな食べ物ばかりだから、こういうのはどう?」

千早ちゃんはたくさんの種類の飲み物を出した。

炭酸飲料やオレンジジュース、なかにはお酒まで混じってる。

あずさ「あらあら千早ちゃん、気が利くわねぇ」

あずさ「じゃあ私は、まだ出てないスープ類でも出そうかしらぁ」

真美「さーて、残るははるるんだけだよー!」

春香「あっ」

ずっとみんなの様子を眺めていたせいで出遅れてしまった。

亜美「さてさて、はるるんは一体何を出してくれるのかなー?」

春香「うう……」

みんなが出したもの。

揚げ物にもやし傷め、七面鳥、ゴーヤチャンプルー、焼肉と、おかずになりそうなものは大体揃ってる。

おにぎりやラーメンと主食になりそうなものはあるし、ケーキやお菓子もある。

さらに飲み物やサラダ、スープと、パーティーに必要なものは既に全部出ちゃってる。

真美「さあさあ、はるるん!早くあけなよー!」

亜美も真美もこの状況を分かってて急かしてくる。

うー、どうしよう?

あずさ「とりあえず開けてみたらいいんじゃないかしら~?」

真「そうだよ、とりあえず開ければ何か出るかもよ」

春香「ううー、わかった。じゃあ開けるよ?えい!」

目を瞑って、勢いよくあけてみた。

しん、と静まり返る食堂。

伊織「なにこれ?」

千早「これは……、『間違えは成功のもと肉じゃが』ね。ゲロゲロキッチンのときの」

途端、食堂が笑いの渦に。

あずさ「あらあら~」

亜美「いやーはるるん、良いセンスしてるよー!たしかにまだ肉じゃがは出てなかったからねー!」

真美「ま、パーチーに肉じゃがっていうのもどうかと思うけどねーん」

真美の言葉で再びどっと笑いが起きる。

伊織「飲み物はみんな回ったかしら?それじゃ春香、乾杯の音頭をお願い」

春香「私が?」

伊織「ええ、こういうのはいつも春香がやってるじゃない。765プロファイトーって」

春香「乾杯にファイトって……」

千早「いいんじゃないかしら?みんなで脱出目指してってことで」

春香「うーん、じゃあそういうことで。館脱出を目指して、765プロファイトー!」

一同「おー!!」

美希「おにぎり食べ放題なのー」

亜美「ミキミキはそればっかですなー」

貴音「この濃厚なすぅぷ、真に美味」

真美「お姫ちんも相変わらずですなー」

真「雪歩、お肉分けて!」

雪歩「あ、ダメだよ!タン塩ひっくり返しちゃ!」

やよい「うっうー、ゴーヤおいしいですー!」

響「やよいのもやしもおいしいぞー!」

あずさ「あらあら、伊織ちゃんは七面鳥に苦戦中みたいねぇ」

伊織「ちょっと話しかけないでよ!今、集中してるんだから」

律子「伊織、肉の繊維を無視して切るとうまく解体できないわよ」

伊織「これは、タレが上手くからまるように切ってるのよ!」

律子「もう、見てらんないわ」

千早「春香、肉じゃが少しもらっていい?」

春香「うん、もちろん」

千早「じゃあいただくね。うん、懐かしい味」

春香「ははっ……」

千早「それにしても、みんな楽しそうね」

春香「そうだね。こうやってみんなで食事するの久しぶりだもんね」

千早「ええ」

こうして夕食(パーティー?)の時間は楽しく過ぎていった。

───
──


律子「美希!こんなとこで寝たら風邪ひくわよ」

美希「んんー、はにぃ」ムニャムニャ

あずさ「あらあらあら~、りっちゃん、飲んでる~?」ヨロヨロ

律子「あずささん、そんなに飲んで……。とりあえず部屋に戻りますよ」

春香「美希は私が連れていくんで、律子さんはあずささんをお願いします」

律子「ありがと、春香。じゃあ美希は任せたわ。伊織、こっち手伝って」

伊織「はぁ。分かったわ」

あずさ「あれぇ、伊織ちゃんがいっぱぁい」

律子「ほら、あずささん。自分で歩いて」

伊織「ほんと、なんでこんなになるまで飲むのかしら」

春香「あはは、あっちは大変そうだね」

千早「そうね」

春香「さて、と。美希、起きて」

美希「んん?春香ぁ?」

春香「春香だよ。ほら、寝るなら自分の部屋で寝よ」

美希「うーん、みんなは?」

春香「もうほとんど部屋に戻ったよ」

美希「そっか。じゃあ、春香の部屋に行っていい?」

千早「え?」

春香「は?」

美希「少しお話したいの。千早さんも一緒に」

貴音「そのお話しとやらに、私も混ぜてはいただけないでしょうか?」

美希「もちろんなの」

───
──

ガチャン

春香「美希、部屋に着いたよ」

美希「あふぅ、ちゃんとドア閉めた?」

貴音「ええ、しっかりと閉まっています。あの話しが本当なら会話が外に漏れることはないでしょう」

美希「そ、ならいいの」

と言うと、横になっていた美希が起き上がる。

美希「やっぱりあの四人、何か隠してるの」

そして気がつくと美希の顔つきは真剣なものに変わっていた。

貴音「美希、あなたがなぜそう思うかとは問いません。わたくしにも竜宮の四人に関しては見ていて思うところはあります。しかしながら、なぜそれがあなたにとって問題なのです?」

美希「だって、美希たちに言えない隠し事があるってことは、言ったら何か不都合があることだからに決まってるの。もしかしたら帰るのだって邪魔してくるかも」

貴音「そうですか、あなたはそう捉えますか」

美希「そうじゃないならなんなの?言う必要もないようなことだから隠してるっていうの?」

貴音「その可能性もあります。ですがわたくしは、『言いたいけど言えない、伝えたいけど伝えられない事情』が彼女らにあるのではないかと思います」

美希「じゃあ何、あの四人は美希たちの知らないところで思い悩んでるっていうの?」

貴音「かもしれませんね」

千早「だったら尚更、相談に乗ってくれても!」

貴音「例えばそれが、わたくし達では到底及ばない内容だとしても?」

千早「それは……」

貴音「今のはあくまでわたくしの推測でしかありません。ですが、彼女らが自ら話してくれる時まで待つ、というのも一つの選択ではないかと思います」

美希「……わかった、貴音がそこまで言うなら待つの」

春香「美希……」

美希「でも美希は完全に信用したわけじゃないの。美希はハニーのもとに帰る。邪魔するなら律子だろうと容赦しないの」

貴音「……」

なんだか険悪な雰囲気。

春香(何か別な話題は……)

千早「あの……、帰る方法って本当にあるのかな?」

春香「そ、そうだよ。とりあえずここから出る方法を考えようよ」

千早「出入り口がなくて壁も壊せない、となるとどうやって……」

美希「本当に壁は壊せないのかな?」

春香「え?」

美希「なんでも出せる館。その気になればショベルカーでも出せるんじゃないかなって」

春香「それは、分からないけど……」

美希「まあいいの。壊せるかどうかは後で美希が自分で調べてみるの」

千早「じゃあとりあえずは『壁を壊せない』ということを前提に考えて……」

貴音「脱出に関係あるかわかりませんが、この館について思うことがあるのですが」

春香「なんですか?」

もしかしたら貴音さんは何か知ってるのかも。

そう思ったが、貴音さんの口からは私の期待の斜め上をゆく発言が飛び出した。

貴音「ずばり、ここは『幽霊屋敷』なのでは?」

春香「へ?」

千早「四条さん、一体何を」

美希「待って!……貴音、続けてなの」

貴音「はい。過去に読んだ文献の中に、そのようなものの目撃情報が記してありました。なのでこれはもしや、と思ったのですが」

千早「それは……」

春香「さすがに……」

美希「……いや、無くは無いと思うの」

春香「え?」

春香「美希、幽霊屋敷なんてさすがに非現実的すぎじゃ……」

美希「じゃあ春香は、ここで体験したことすべてが現実的だった?」

春香「いや、そう言われると言葉に詰まるけど」

美希「言ったはずだよ、ここは現実とは違う世界。美希たちの知る世界での常識は通用しないの。だから貴音のような意見も間違ってないかもしれないの」

千早「じゃあ、私達はその幽霊とやらに食い殺されてしまうの?」

貴音「いえ、そうは考えにくいと思います」

春香「なんで?」

貴音「まだ来て間もないですが、今のところ館がわたくし達に危害を加えようとはしていません。むしろ、望む物を無償で与えるところから歓迎しているようにも見えます」

千早「『無償』で。……それ、本当に『無償』なのかな?」

春香「え?」

千早「望む物を与える。でも本当は無償なんかじゃなくて、いつか対価を差し出さなくてはいけないとしたら……」

貴音「幽霊が望むもの。……対価というよりは、わたくし達に何か役目が与えられてるのでは?」

美希「役目?」

貴音「はい。幽霊となったものがこの世に残した未練。それを生きているわたくし達に解決してもらいたかった」

千早「だから、ここでの生活には困らないように私達をもてなす」

春香「でもこの館ってそんな広くないし、私達にやれることなんて大してないよ?」

美希「それでも本当に未練を払うことが望みなら、この狭い空間の中にも必ずヒントがあるはずなの」

千早「なんとなくだけど、脱出の糸口は見えてきたのかしら?」

美希「それにしても、あふぅ、美希眠くなってきたの」

手持ちぶさの状態からある程度推理が進んだことで緊張が解けたのか、美希は大きなあくびをした。

千早「あら、もうこんな時間」

貴音「窓一つないここでは、月を眺めることは出来そうにないですね」

春香「じゃあ、明日から成仏になりそうなことを考えていこう」

千早「そうね」

美希「あ、これは私達だけの秘密にしておいてほしいの」

春香「え、なんで?」

美希「竜宮小町の四人に知れたら邪魔をしてくるかもしれない」

千早「さすがにそれは無いと思うけど……」

貴音「……分かりました。ではここで話した内容は外へは漏らさないようにしましょう」

美希「分かってくれて嬉しいの。じゃあ、美希はもう寝るね。ばいばい」

貴音「わたくしもおいとまするといたします」

千早「また明日ね、春香」

春香「うん、おやすみなさい」

三人が部屋を出ると、しん、と静かになった。

聞こえてくるのは、来たときから聞こえているピアノの小さな音楽だけ。

部屋から外に音が漏れないということは、誰かが廊下で騒がない限りは部屋の中にも他の音が聞こえてこないということ。

それを理解した途端、余計に静かさが増したような気がした。

春香「さて、私ももう寝よう」

私はこの静かさを掻き消すよう声に出し、それからベッドについた。

───
──


春香「……ん」

今何時だろう?

廊下がドタドタと騒がしい。

時計は……あった、朝の八時。

こんな朝早くに誰かが廊下を走り回ってるのかな?

私は寝ぼけ眼を擦りながら部屋の扉を開けた。

律子「あ、春香。ごめん、起こしちゃったかしら」

律子さんが息を切らしながら早口に言う。

動揺を表に出さないように、なるべく平静を装うように、そうしている律子さんを見てどこか嫌な予感がした。

春香「何か……あったんですか?」

律子「……今は部屋を出ないほうがいいわ」

やっぱり、何かあったんだ。

そう思ったと同時に身体が動き出していた。

律子「ちょ、春香!?」

律子さんの言葉を無視して廊下をかける。

そして二階の踊り場に出たところ。

一階のエントランス、ちょうど階段の横にある棚の隣。

春香「ッ!?」

その光景は一生忘れることが出来ないと思う。

亜美「ねえ、起きてよ!お願いだから!」

真美「みんなで事務所に帰るんでしょ!」

一面の血の海。

一目で『もう生きてはいないだろうな』と分かる出血量。

その中心に横たわっていたのは……





やよいだった。

今日はここまでです。
書き溜めてた分のほとんど消費してしまったので、続きは一週間以内に投下できればいいなと思います。
また、再開できそうだなと思ったらいつの何時頃に更新すると予告してからにしようと思います。
とりあえず今日はここまで、ありがとうございました。

やよいには苦しい思いも悲しい思いもさせたくなかったんや……
だから早めに退場してもらった。



クローズドサークル連続殺人もので一番最初に殺した理由の一つが怖い思いをさせたくなかったってのがあったなあ

猛烈な勢いで書き溜めてる。
早ければ明日(今日?)日曜の夜には投下できるかもです。

筆が速いですね

とりあえず今日の20時~21時の間くらいには投下できそうです。
>>106
これも一つの愛のかたちなのでしょうね。
>>108
一応終わりまでの話の流れと裏で起きていること等の細かい部分は頭の中で既に出来ているので、書き始めてしまえばそんなに時間はかかりません。
後はリアルとの兼ね合い。

元ネタ知らんから死ぬとは思わんかった

再開。
>>111
元ネタのほうは知ってる人も少ないだろうなと思いながら書いてるので、知らないまま読んでも問題ないです。
また、こういうものが苦手だったら注意書きもなく進めてごめんなさいです。

律子「春香!」

後ろから律子さんが駆け寄ってくる。

手には包帯などの救急セットのような物があった。

亜美「やよいっち!目を覚ましてよ!」

真美「りっちゃん!やよいが!やよいがぁ!」

律子「……」

律子さんの足が止まる。

きっと悟ってしまったのだろう。

あの出血量は助からない、と。

それでも亜美と真美はなんとかやよいを助けようと声を張り上げている。

特に亜美は普段からは想像もつかないほど必死になっている。

相当気が動転しているようだった。

真「朝から騒がしいなぁ」

雪歩「あのぅ……」

響「どうかしたのか~?」

騒ぎのせいか、三人が部屋から顔を出した。

そして亜美と真美の悲痛な叫びを聞き、一気に顔色を変えた。

律子「……はっ、みんな、見ちゃだめ!!」

真「これは……!?」

響「ひぃ……」

雪歩「あぁ……、いやあぁぁぁぁぁ!!」

───
──


一体どうして?

昨日まで普通に一緒で、笑顔でいたはずなのに。


私は今、律子さんの指示で部屋に一人でいる。

あの後、雪歩の悲鳴を聞いて真っ先に出てきたのは美希。

そして貴音さん、伊織、千早ちゃんが続いて部屋を出てきた。

律子さんはやよいの脈が既になくなっていることを確認すると、全員に部屋で待機するよう命じた。

それに反発したのは三人。美希、真、そして意外にも千早ちゃんだった。

美希は『誰がやったの!?』と疑いを露骨に出し、真は『まだ助かるかもしれないのにそれは出来ない』と律子の言葉は拒否した。

医学の知識など皆無な私でもやよいは助からないと分かってしまう状態だったが、真はそう言ってきかなかった。

千早ちゃんはというと、『嫌……。高槻さん……』としか言わず、その場から一切動かなかった。

現実が受け入れられず、ただただ、この状況を理解することから逃げていたのかもしれない。

そんな千早ちゃんを見て私は、こんな時だというのに驚くくらい冷静になっている自分に嫌気が差したのを覚えている。

コンコン

律子「私よ……。その、やよいについて、今から食堂に集まれないかしら……?」

律子さんの声。

私は気だるく重い身体を無理やり起こし、扉を開けた。

廊下には既にみんな出ていた。

しかし会話は一切なく、沈黙とピアノの音だけがその空間に流れていた。

───
──


食堂の席に着く。

ただ一つの空席にどうしても目がいってしまう。

そして、他の全員が揃っているところを見て、ようやく実感する。

もうやよいはいないんだ、と……。

今まで通り話すことも出来ない。

やよいの帰りを待っているたくさんの家族だっているのに。

美希「春香……」

春香「あ、れ?」

美希に呼ばれて気づいた。

いつの間にか私は涙をこぼしていた。

響「うぅ……」

真「あ……」

千早「く……」

それにつられて、他のみんなも涙を流し出した。

そうか、みんな我慢してたんだ。

喋ると涙が抑えられないから、黙って食いしばっていたんだ。

だというのに私は……。

律子「みんな……」

律子さんは何か言いかけたが、みんなの様子を見てそれをやめた。

会話はなく、みんなの啜り声だけが食堂をつつんでいた。

何時間という長い時間が流れたのか、それともたったの数分程度だったのか。

律子「……みんな聞いて!」

律子さんの芯の通った声が響く。

目を赤く腫らしてはいたが、キリっとした表情だ。

律子「亜美はとても話せる状態じゃなかったから、真美から聞いたわ」

律子「これは事故だった。亜美真美やよいの三人で食堂まで競争している途中、足を滑らせたやよいが階段から転倒。運悪く、階段の横にある棚の角に頭をぶつけてしまい……」

律子さんの言葉が止まる。

この先は言えないが、つまりは死んでしまったということだろう。

律子「ここで怪我をしてしまった場合、救急車や病院を呼ぶことが出来ない。くれぐれもみんな気をつけるように。本当は、もっと早く、言っておくべ、き、だったの……に……」

律子さんは再び大粒の涙をこぼした。

それから長いこと、無言の時間が続いた。

伊織が『話すことはそれだけ?なら、私は部屋に戻るわ』と気丈に言い放ち、食堂を出ていった。

それにつられ、他のみんなも一人二人と席を立ちはじめた。

伊織、本当は誰よりも悲しいはずなのに。

食堂でも唯一涙を流さなかった。

きっと、部屋に戻ったら人知れず悲しみを爆発させるのだろう。

私はみんなの様子をただ呆然と眺めていた。

そしてその目が千早ちゃんで止まる。

虚ろな目をして、下を向いたままブツブツと何かを呟いている。

春香「……千早ちゃん?」

千早「高槻さん、どうして……」

返事はなく、依然下を向いたままの千早ちゃん。

春香「……とりあえず部屋に戻ろう?ね?」

私は無理やり千早ちゃんを引き上げる。

その身体にはまるで力が入っておらず、ガクンと椅子からづり落ちた。

美希「千早さん!」

倒れそうになる千早ちゃんに美希が肩を回す。

春香「ありがとう、美希」

美希「ううん、いいの」

二人で千早ちゃんを担いで部屋に向かう途中、やよいの部屋が目に入る。

春香「やよい……」

すると千早ちゃんに力が戻り、ふっと立ち上がった。

千早「高槻さん……」

千早ちゃんがやよいの部屋のドアノブに手をかける。

しかし扉は開かず、ガチャガチャと音を立てるだけだった。

千早「……どうして?」

美希「これって……?」

美希はネームプレートに目を向けていた。

やよいの名前があったはずのネームプレートだが、今は白紙になっている。

千早「どうして?なんで開かないの!?」

春香「一体、どういうこと……?」

律子「どうやら、宿主を失った部屋は再び開かなくなるみたいね」

美希「律子……さん、いつの間に?」

律子「千早の様子がおかしかったから心配になって追いかけたのよ」

千早「高槻さん……」

春香「千早ちゃん……」

───
──


あれから、なんとか千早ちゃんを部屋に帰した私たちは、何も会話を交わすことなく自室へと戻った。

気がつけば結構な時間が経っていたが、眠ることは出来ないし食欲も湧かない。

何もやる気が起きなくて、ただベッドで横になっていた。

春香「やよい……」

『みんなでパーティーですぅ!』と笑うやよいの顔が浮かび、その後すぐ変わり果てた姿が脳裏をよぎる。

そのたびに私は首を振り、その映像を掻き消そうとする。

そんなことをもう何時間繰り返しただろうか。

やよい。

やよい……。

───
──


気がついたら寝てしまっていたみたい。

時計を見ると既に日付が変わって朝になっていた。

さすがにいつまでも部屋に閉じこもるわけにもいかない。

私は食欲は無いながらも朝食を摂ろうと、ベッドから出たときだった。

ドンドンドン!

乱暴なノック。

一瞬身体がビクッと縮こまる。

真「ボクだよ!真だよ!お願い、部屋を開けて!」

真の泣きそう声が部屋に響く。

ただごとでは無い何かが起きていること悟り、私は慌てて扉を開けた。

真「春香!」

春香「何があったの?」

真「あれ……」

真が廊下の先に視線をやる。

その先を見ると、千早の部屋の扉が僅かに開いているのが見えた。

しかし真が言っているのはそのことではない。

問題はその僅かに開いた扉から、廊下にまで赤い液体がのびていたということ。

今更だが、真美も「やよいっち」って呼んだと思う

真「春香、どうする……?」

春香「どうするって……」

私たちがその場から動けないでいると、隣の部屋の扉が開いた。

美希「あふぅ、朝からドンドンうるさいの」

春香「美希!」

美希「……何があったの?」

私と真の様子を見てただごとじゃないと察したのか、美希は顔つきを変えた。

真「あ、あれ……」

真が問題の部屋を指差す。

美希「千早さん!?」

美希はそれに気づくと、私たちを置いて駆け出した。

美希「なに……これ……」

美希に遅れて千早ちゃんの部屋につくと、そこには変わり果てた千早ちゃん『だったもの』があった。

身体中がこれでもかと切り刻まれ、血は流しつくし、見るも無残な姿がそこにあった。

真「うっぷ、ふ、ううぅぅぅう!」

それを見た真はうずくまり嘔吐した。

春香「ま、真!?」

吐しゃ物と涙と鼻水でどろどろになっている真は、とても話せる状態じゃなかった。

美希「春香、みんなの安全確認をお願い!無事だったら律子と貴音をこっちに呼んで!他の竜宮の三人は律子の部屋に、響、雪歩、真美の三人は貴音の部屋に待機するよう伝えて!」

春香「わ、わかった!」

今出来る最善のこと。

それは他のみんなの安全の確保。

美希の言葉でそれを理解した私は、ガクガクとした足をもつらせながら律子さんの部屋へ急いだ。

とりあえず今日はここまでです。
続きは今週中に開始できればなと思います。
多分明日は無理なんで。
>>128
この状況でも『やよいっち』なんて呼んでられるのかな?とすごく迷った結果、中途半端に亜美だけ呼ばせてしまいました。
とはいえなんか余計不自然な感じになってしまいましたね。難しい。

とりあえず今までと同じくらいのペースで問題なければ、今日(火曜)の日が落ちるころには再開できます。
終わりまで一気に投下しろよ、というのならばもう少し時間が必要ですが……

では21時前後あたりに再開しようと思います。
やりやすい方というか、自分としては書いたさきからどんどん投下していきたいです(だったら全部書き終わってからスレ立てろって話ですが)。
ですがそれだとさすがに読みづらいでしょうし、とりあえずは一区切りついたら投下という形でこれからもいこうと思います。

春香「律子さん!律子さん!」

ドンドンと力いっぱい扉を叩く。

まもなく律子さんは顔色を変えて扉を開けた。

律子「春香!?どうしたの!?」

春香「千早ちゃんがっ!今、美希が!」

言葉が上手く出ない。

しかしそれだけでも異常事態だと律子さんは察してくれたみたいで、廊下に出て千早ちゃんの部屋を確認する。

春香「竜宮はこの部屋に!あと貴音さんを!」

律子「……なんとなくわかったわ!とりあえず一緒についてきて!」

それだけ言うと、律子さんは貴音さんの部屋へ急いだ。

貴音「どうしました?」

騒ぎを聞き、みんなが部屋から顔を覗かせていた。

律子「貴音、緊急事態よ。今は詳しく話せないから言われたとおりにして。今すぐ他の部屋を回って、伊織、亜美、あずさは私の部屋に。響、雪歩、真美は貴音の部屋に待機させて頂戴。それが出来たら両部屋に施錠をするように伝えてから千早の部屋に来て」

貴音「……わかりました」

貴音さんはチラリと千早ちゃんの部屋のほうを見てから短く答えると、各部屋へ駆け出した。

律子「春香はあの部屋の中を見たのよね?戻るのが辛かったら春香も待機してていいのよ?」

春香「……!」

言葉こそ出なかったが、私はブンブンと首を横に振った。

律子「……わかったわ。それじゃ急ぎましょう」

千早ちゃんの部屋に着くと、中で美希がウロウロとしていた。

真は部屋に入らず、千早ちゃんに背を向けて泣きじゃくっている。

律子「う、これは!?」

美希「律子、見ての通りなの。調べてはみたけど凶器のような物は見つからないの。それと、千早さんはもう既に……」

そう言い美希が俯くと、律子さんはスッと美希を抱き寄せた。

律子「美希、もういいわ。辛かったでしょうに、よくやってくれたわ。ありがとう」

美希「りつ、こ……」

それを聞くと美希は、律子さんの胸でワンワンと泣き出した。

ここに来てからずっと頼りになってた美希だってまだ中学生。

私より年下なのにここまで冷静に対処していたということに無理があるし、少なからず溜め込んでいたものがあったのだろう。

私はただ黙って二人の様子を眺めていることしか出来なかった。

美希「……ふぅ、律子さん、もう大丈夫。その、ありがとう」

律子「いいのよ、こんなときはいつでも頼ってくれて」

美希が律子さんから離れる。

美希の口から自然と律子『さん』と出たあたり、本当に心から感謝してるんだなと感じた。

律子「じゃあ、扉を閉めるわよ」

扉を閉めるということ。

つまりおそらくはやよいの部屋と同じように、この部屋も二度と開かなくなる。

今が千早ちゃんの姿を見る最後のとき。別れの瞬間。

美希「ほら、真くん。いつまでも泣いてないで、千早さんとちゃんとお別れしよう」

真「うぐ、う、うん」

真はドロドロになった顔をゴシゴシと拭きながら立ち上がった。

そして律子さんがゆっくりと扉を閉める。

別れを惜しむように、ゆっくりと、ゆっくりと。

───
──


律子さんが待機してる他のみんなを呼んでくると言ったので、私たち三人は食堂で待つことにした。

真「春香、美希、ごめん。ボク、全然頼りにならないよね」

美希「そんなことないの。最初に発見したとき一人で行かずに春香を呼ぶところとか、冷静に判断できてたと思うの」

真「違うんだよ、ボクはそんなんじゃ……」

真が俯きながら語りだす。

真「ボクは冷静なんかじゃなかったんだよ。ただとにかく怖くて、一人じゃ何もできないから春香を呼んだんだ」

春香「でも、真のおかげで美希も出て来れたわけだし、結果的には」

真「それでも、ダメなんだ。やよいのときもそう。律子さんにはああ言ったけど、本当は怖くて足が動かなかっただけで……。人の死に近づくことが怖いんだ」

真「笑っちゃうよね。普段は『王子様』なんて呼ばれているのに。こんな弱いボクを見たらファンも幻滅しちゃうよ、はは……」

美希「……怖いのは真くんだけじゃないよ」

真「え?」

美希「美希だって本当は怖いの。多分律子も、他のみんなも。誰でも人の死を近くで感じたら怖くなるのは当たり前だって美希は思うな」

美希「だから真くんは弱くない。ただ人より心の内側が表に出やすいだけなの」

真「美希……。うん、ありがとう」

美希「ううん、こういうときはお互い様なの。それより問題は……」

コンコン

美希が何か話そうとしたタイミングでノックの音が聞こえた。

律子「春香、美希、真、とりあえず他のみんなは無事だったわ」

律子さんが他の七人を連れて食堂にやってきた。

貴音「すみません、わたくしも現場に呼ばれていたみたいでしたが、待機する側の収集をつけるので精一杯でした」

美希「ううん、いいの」

貴音「千早の件についてはここにいる皆で聞きました」

美希「そ、なら話は早いの。とりあえずみんな座ってほしいの」

律子「美希が現場の確認してくれたのよね。思い出すのは辛いでしょうけど、何か分かったことがあったら教えてちょうだい」

美希「うん、もう大丈夫なの」

美希は全員の顔を見回しながら話し始めた。

美希「千早さんは全身をズタズタに切り裂かれて死んでいたの。おそらく鋭利な刃物か何かで。死因は多分、失血死かショック死あたりじゃないかと思う」

美希「凶器となった物は見つからなかったの。とはいえ何でも出せるこの場所で凶器を見つけたとしても、素人の美希たちじゃ指紋を調べたりといった専門的なことが出来ないから多分意味はないと思うけど」

美希「問題は『その場に凶器が見つからなかった』ということなの。これは殺人事件で、犯人はこの中にいるの」

律子「ちょ、美希!?」

食堂全体にザワザワとした動揺が広がる。

律子「自殺の可能性だってあるじゃない!どうしてそんな」

美希「もし千早さんが自殺だったなら、凶器だってその場に残ってるはずなの。そもそもそれなら、どうやって自分であそこまで身体中を切り刻むことが出来るの?これは他殺で間違いないの」

律子「でも……、そうだ、十四人目!私たち以外の十四人目がやったのよ!」

美希「それも考えにくいの。部屋の数は十三しかないし、その十四人目とやらが来たなら空室となったやよいの部屋のネームプレートに名前が出るはずなの。美希、食堂に来る途中確認したけどそんなことはなかったよ」

美希「それに来て間もない人間がすぐに自力で館の不思議を理解し、刃物を出して、見ず知らずの人をあそこまでズタズタにするなんて思えないの。だから犯人はこの中の誰か」

雪歩「うそ……?」

真「そんな……」

伊織「ちょっと美希!私たちの中に殺人者がいるなんて本気で言ってるつもり!?」

美希「美希は本気だよ」

美希は冷たい口調で言い放った。

美希「さらに言えば、竜宮小町の誰かが怪しいと思ってるの」

律子「なっ!?」

亜美「そんな……」

あずさ「……」

伊織「美希、バカも休み休み言いなさい!私たちが、千早を殺した!?ふざけるんじゃないわよ!私たちが犯人だなんて証拠はないし、あんたや他の人間が犯人じゃないなんて確証もないじゃない!」

美希「ふざけてなんかないの!だって四人ともここに来てから様子がおかしいの!絶対美希たちに隠し事してる!千早さんを殺したのはぜったい」

パチンッ!

乾いた音が食堂に響いた。

乾いた音が食堂に響いた。

美希は一瞬何が起こったかわからないといった表情をし、頬に自分の手をあてた。

響「美希、言っていいことと悪いことがあるぞ!」

美希をビンタした響は、立ち上がったままボロボロと涙を流していた。

響「やよいがいなくなって、千早もいなくなって。それなのに自分たちは誰が犯人だとか言って。そんなの、悲しすぎるぞ……」

貴音「響……」

律子「……響の言うとおり、今は疑い合ってる場合じゃないわ。こんなことが起きてしまった以上、それぞれの安全を確保することが最優先よ」

律子「これからは部屋にいるときは施錠を徹底すること。ノックがあっても相手が誰か分かるまでむやみに扉を開けないこと。食事の時間はあらかじめ決め、全員で行動すること。これを徹底しましょう」

律子「それと美希。あなたは私たちが何か隠し事をしていると思ってるみたいだけど、私から話せることは何もないわ」

律子さんは念を押すかのように言った。

律子「他に何か言いたい人はいない?いないならこれで解散。夕飯は午後の七時、廊下に集まるようにしましょう」

一方的にそう告げると律子さんは立ち上がった。


亜美「……ありがとう、りっちゃん」ボソッ

竜宮小町の四人が先に食堂を出て、それを追いかけるように真と雪歩も出て行った。

それから少し遅れて、貴音が響を慰めながら食堂を後にした。

真美「ねえミキミキ、ちょっとお話したいんだけど」

美希「うん、いいよ。じゃあ春香の部屋でお話しようなの」

春香「え、また私の部屋?」

美希「いいでしょー?春香とは少しでも情報を共有しておきたいの。普段はアレだけど、本当にいざとなったときは春香しか頼れないの」

春香「普段はアレって……」ニガワライ

───
──


部屋に扉を閉める。それから律子さんの言いつけ通り施錠をした。

美希「で、話したいことって?」

真美「……亜美のことなんだけどね」

真美は力ない声で話し始める。

真美「亜美、ここに来てから変なんだ。やよいっちが死んじゃう前からずっと上の空っていうか、楽しい心はナスって感じ?」

春香「魂ここにあらず、ね」

真美「うん、それそれ。んでね、ときどきぼーっと宙を見てるの。『おじさん、どうしたの?』『なんで何も喋らないの?』ってわけ分かんない独り言まで言って……」

言われてみれば、ここに来てから亜美の存在感はほとんどなかった。

普段は真美以上に活発な印象だが、ここにきてからはというと妙に言葉数が少なかった気がする。

真美が美希に話したいこと、それは。

美希「ふむぅ、つまりそれが竜宮小町の秘密に関係あるかもってことね」

真美「……うん」

美希「で、真美はどうしたいの?」

真美「そんなの、わからないよ」

真美「真美が『どうしたの?なんかあった?』って聞いても教えてくれないし、亜美のことが分からないなんて初めてだから、真美にはどうすればいいかわからないんだよ……」

美希「真美……」

春香「……真美、貴音さんが昨日言ってたことなんだけど。もしかしたら亜美も悩んでるのかもよ?話したくても話せないことがあるのかもしれない。だから貴音さんは話してくれる時がくるまで待つ、って」

春香「だからね、その時が来るまで私たちも信じて待ってみようよ?」

真美「はるるん……。……真美、また亜美と一緒ゲームしたりできるかな?」

春香「うん、きっとできるよ!」

真美「そっか。だったら、いいかな。今は亜美を信じて待つことにするよ。ありがと、ミキミキ、はるるん」

多少は元気を取り戻したみたいで、真美はニカッと笑った。

真美「じゃあ、真美は部屋に戻るね」

美希「なら美希も行くの。今一人で廊下に出るのは危険だから」

真美「うん!」

美希「ということで春香、またねーなの!」

ガチャン

部屋の扉が閉まり、一人になる。

そういえばやよいが亡くなってから千早ちゃんが亡くなるまで、ほとんど誰とも会話をしてこなかった。

それまではただずっと落ち込んでただけだったけど、誰かと話をするってこんなに安心できることなんだな。

食堂でのこと、さっき部屋で話したことも合わせて、これまでのことを思い出す。

美希はここにきてから一貫して竜宮が怪しいと疑っている。

犯人かどうかはともかく、何か裏があるという点では真美と貴音さんも同意見だった。

響は疑い合うことそのものが嫌だと言っており、真は自分のことで精一杯といった様子。

雪歩からは具体的にどう思っているかまだ聞いていない。

ショックが大きかったのか、やよいのことがあってから雪歩はほとんど口を開いていない。

意見が見えないといえば、あずささんと亜美にもそれが言える。

あとは伊織が自分らは犯人ではないと感情的になったことと、律子さんの犯人探しより安全の確保が最優先だと言ったことくらいか。

律子さんといえば、十四人目の存在を主張していたけど、その可能性はどうだろうか?

もし本当にそれがありえるのならそうであってほしい。

この仲間たちの中に殺人犯がいるなんて考えたくも無い。

───
──


ピピピピピ!


十八時五十分。

セットしていたアラームがなり響く。

昨日はちゃんと寝れなかったせいか、いつの間にかこんな時間まで寝てしまった。

髪をさっと整えて、急いで廊下へ出る。

すると、真、雪歩、響、伊織の四人が一点を見つめて固まっていた。

真「は、春香!あれって……」

また扉が僅かに開いてる。

あの部屋は……

春香「……真、律子さんを呼んで」

真「わ、わかった!」

私は隣の美希の部屋をノックする。

春香「美希、私、春香だよ。今すぐ起きて……」

また私より年下の美希に頼ってしまう、そんな自分が情けなくなる。

それでもここにきてからの美希のすごさは近くで見てきたし、本能的に今は美希を呼ぶ必要があると感じた。

ガチャン

程なくして扉が開く。

美希「春香、みんな……。まさか!?」

春香「まだ、分からない」

律子「春香!」

廊下の奥から律子さんが駆け寄ってくる。

律子「ねえ、あれって!?」

春香「まだ分かりません。一人では心もとなかったから二人を呼びました」

貴音「わたくしも同行してよろしいですか?」

振り向くと、いつの間に部屋から出てきたのか、貴音さんが立っていた。

律子「え、ええ、構わないけど」

美希「早く、行くよ」

美希が先頭きって歩き出す。

そして問題の部屋にたどり着く。

美希「……やっぱり」

やはり既に手遅れだった。

そこには、首元がぱっくりと横一文字に割れ、血を流し、虚ろな目で宙を見つめて倒れている……



……真美の遺体があった。

亜美「ねぇ、これはなぁに?」

しまった、と思ったときには既に遅かった。

他の三人も近づく亜美に気づかなかったことから、落ち着いてるように見せて本当は心に余裕なんてなかったんだと思う。

律子「亜美、これは……」

亜美「みんなしてここで何してんの?」

亜美「それに真美も、イタズラにしてはさすがにタチが悪すぎっしょー」

亜美「フキンシンにも程があるっての」

亜美「今ならまだみんな許してくれると思うから、早く起きなYO!」

亜美「なんでも出せるからって、服をそんな血糊でべったりにしちゃダメだよー」

貴音「……」

春香「亜美……」

亜美「ねぇ真美……、真美ったらぁ……。早く起きなよぉ……」

亜美「ぅうっ……真美ぃ……」

亜美「……ま……みぃ……」ボロボロ

これ真美は首つながってるの? 切れて真美ってるの?

今日はここまでです。
続きはまた今週中、出来れば三日以内に投下できればいいなと思います。

>>164
一応つながっています。

律子「…………みんな、ちょうど全員廊下に出ているわね。このまま食堂で話し合いましょ」

響「……自分は……行かない。部屋で待ってる」

春香「え?」

響「だって、食堂行ったってまた誰が犯人とか言い合うんでしょ?自分はみんながそうやって疑い合うところなんて見たくない、聞きたくないぞ」

響「だから、自分は部屋で待ってる。ちゃんと部屋に鍵かけるし、みんなが帰ってくるまで絶対開けないぞ」

律子「ちょっと響!」

響「そういうわけだから、ごめん!」

バタン!

勢いよく扉が閉まる。

雪歩「あのぅ……だったら私も、部屋で待ってていいですか?」

おずおずと雪歩が手をあげる。

美希「そんな!?」

そこで真が一歩前に出る。

真「雪歩にはボクがつくよ。こんなときに一人にさせるわけにはいかないし、正直、ボクももう限界だから……」

美希「真くん……」

真「ごめん……本当に……」

そう呟き、真は雪歩の部屋に入っていった。

おそらくもう鍵もかかっているだろう。

美希「安心したいなら早く犯人を見つける必要があるのに、どうしてみんな分からないの……」

美希がうなだれながら呟いた。

律子「亜美も、この状態じゃ無理そうね……」

あずさ「なら亜美ちゃんには私がつきますよ」

律子「あずささん、お願いします」

話し合いに残ったのは私と美希、伊織、貴音さん、律子さんのたった五人。

律子「……この人数だったら部屋で話し合うことも可能ね」

美希「……」

───
──

結局私たち五人は、律子さんの部屋で話し合うことになった。

律子さんの部屋はなんというか、無駄のないというか、私の部屋以上にすっきりとしていた。

最低限のベッドとデスク、それから今出したのだろうか、椅子が五つ並べられていた。

律子「状況確認は……するまでも無いわね」

伊織「ええ……」

律子「美希、あなたは私たちが犯人じゃないかと思ってるのよね?」

美希「……うん」

律子「その根拠は?」

美希「前にも言ったはずなの。竜宮小町の四人はここにきてから明らかに様子がおかしいの」

律子「……はぁ」

律子さんが小さくため息をついた。

貴音「……隠していること、話してはいただけないですか?」

伊織「貴音まで、まだそんなことを」

律子「伊織、もういいわ」

律子さんは諦めたように言った。

律子「たしかに美希や貴音の言うとおり、私たちはみんなに隠していることがあるわ」

伊織「ちょっと律子!?」

律子「仕方ないじゃない!私たちのせいで余計な混乱を招いてるのよ、これ以上は隠し通せないわ」

美希「……やっぱり」

律子「とはいえその内容は今ここでは話せないわ。少なくとも今は……。ごめんなさいね」

律子「でもそのことと今回の殺人とは何も関係ないことなのよ、それだけは信じて……」

貴音「そうですか、なら仕方がありませんね」

美希「……」

春香「……ねえ、これまでのみんなの行動を一回整理しようよ」

なんとなくこの雰囲気が苦しくて、私は違う話題を振った。

美希「そうだね。千早さんのときも真美のときも、誰一人最期の瞬間を見ていないわけだし、その時その前後に何をしてたか一応確認してみるの」

律子「やよいは事故が起きる前から最期の瞬間までの一部始終を亜美と真美が見ていたことから、本当に事故だったと考えてよさそうね」

伊織「となると千早と真美の第一発見者と、殺される前に最後に会っていた人。それからその時の状況を確認する、ということでいいの?」

貴音「そうですね。それに加えて、他の人もその時間に誰と何をしていたか整理する必要がありそうです」

春香「じゃあまずは千早ちゃんと最後に会った人は?」

伊織「私はやよいのことで食堂に集まった時が最後よ。解散してからは部屋から出ていないわ」

貴音「わたくしも同じく」

律子「あんなことがあった後だし、みんな解散してからは部屋から出ていないんじゃないかしら?」

美希「となると、最後に会ってたのって美希と春香と律子さん?」

律子「この中だとそういうことになるわね」

春香「あのときの千早ちゃん、ものすごく落ち込んでたね……」

律子「そうね。それこそ本当に自殺してしまうんじゃないかと心配するくらい……」

美希「でもあれは絶対に自殺なんかじゃなくて、千早さん以外の誰かの仕業だよ。それも相当千早さんを憎んでいた人による、ね」

貴音「如月千早は憎まれていた?」

美希「貴音と伊織は遺体を見てないんだったね」

貴音「ええ、話は聞きましたが」

律子「それはもう、ひどい有様だったわ……」

貴音「そんなだったとは……面妖な……」

伊織「第一発見者は?」

春香「真が異変に気づいて私を起こしに来たよ。そのときに隣の部屋の美希も起きてきて」

美希「真くんが気づいたときに部屋を覗いたりしてない限り、遺体の第一発見者は美希になるのかな」

律子「そのときは、その、どんな状態だった?」

美希「律子さんが駆けつけたときと状態はほとんど一緒なの」

律子「そう……」

貴音「では双海真美は?」

春香「千早ちゃんのことで食堂から解散した後、美希と一緒に私の部屋で話しをしていたよ」

伊織「話しって、どんな?」

美希「真美は亜美の様子が変だって心配していたの。それで、美希と春香で相談に乗ってたの」

美希「それから真美は部屋に戻るって言うから、一人で行かすのは危険だなって思って美希も部屋まで見送って別れたの」

伊織「ふうん。他に食堂で別れてから真美に会った人は?」

貴音「わたくしはずっと響と共に部屋にいたので会ってないですね。おそらく響も」

律子「私も部屋にいたから会ってないわ」

伊織「ここにいない真、雪歩、亜美、あずさは分からないけど、今のところ最後に会ったのは美希ということね。そのとき何か変わった様子はなかった?」

美希「おかしな様子は特になかったの。思ってたことが話せて少しは元気を取り戻していたの」

伊織「そう……。で、第一発見者は……ある意味全員ね」

律子「遺体を最初に見たのは私と春香、美希、貴音の四人で合ってるわよね?」

伊織「多分そうね。私が部屋に出た時とほとんど同時に真と雪歩、響が出てきたから。それから少し遅れて春香が出てきて、あとは知っての通りよ」

律子「うーん、特に新しく分かったこととかはなさそうね……」

伊織「いえ、そんなことないわよ?そうねぇ……春香。ここまで話して分かること、あんたは何か気づかない?」

春香「え?」

なんで急に?

ここまでの話しで分かること?

春香「……誰にもアリバイがない、ってこと?」

伊織「それもあるわ。半分正解ってとこね」

美希「……デコちゃん、何が言いたいの?」

伊織「あら、美希。あんたが気づいてないとは言わせないわよ」

美希「……」

伊織「千早と真美が殺される前に最後に会っていて、常に第一発見者でもある人物が一人いるわ。つまりそいつが今一番怪しい人物ってことね」

それって、まさか……

美希「違うよ!美希はやってない!」

伊織「でも現状で一番犯行しやすかったのはあんたでしょ?」

美希「それは、そうかもしれないけど……。でも違うの!」

言われてみれば、扉が開いているのを見つけたとき、美希はいつも先頭にいた。

千早ちゃんのときも私を律子さんの所へ行かせ、真は背を向けていた。

細工をする時間も証拠を隠す時間もあったということだ。

でも……

美希「絶対に美希じゃないの!美希はただ、ハニーの所に帰りたいだけなの!」

伊織「口でならどうとでも言えるわ。それに私たちを最初に疑ってきたのは美希の方じゃない」

美希「う……」

伊織「もしかしたらあれも自分から周囲の意識を逸らすために言ったんじゃない?」

美希「違うの!そんなことないの!……は、春香!春香なら美希のこと、信じてくれるよね!?」

美希は目に涙を溜めながら助けを求める。

伊織の言うとおり、状況だけで言えば美希が一番怪しいのかもしれない。

でも、だからって犯人であるという決定的なものがあるわけでもない。

春香「……証拠がないのに美希が犯人だなんて決めつけることは出来ないよ」

美希「春香ぁ!」

伊織「……ふん、もういいわ」

伊織が立ち上がる。

伊織「これ以上何を話しても時間の無駄よ。私は部屋に戻る」

そしてドアノブに手をかける。

律子「ちょっと、伊織!」

伊織「私は殺人者と一緒にいる趣味はもちあわ……せ……」

伊織が扉を開けると、一気に顔が青ざめていった。

貴音「……どうしました?」

律子「……まさか!?」

律子さんが伊織に駆け寄る。

それにつられて私たちも廊下へ飛び出した。

伊織「嘘……でしょ……」

廊下の向こう側の一部屋が僅かに開いている。

貴音さんがそこへ向かって一番に駆け出す。

貴音「…………響」

私たちも慌ててそこに駆け寄ると、首から大量の血を流す響の姿があった。

真美との違いをいえば

律子「……首を一突き。即死だったみたいね」

横に薙がれた真美と違って、響の遺体は首が貫通していた。

美希「……伊織、不本意な形で互いの無実が証明されちゃったの」

伊織「……うるさい」

貴音「……」

春香「その、貴音さん、大丈夫?」

貴音「……そういうことですか」

春香「え?」

貴音「ふ……うふふふふ」

貴音さんの様子がおかしい。

貴音「思えばここにきた時からたくさんヒントはあったのですね、ふふふ」

美希「ちょっと、貴音!?」

貴音「ふふふふふ。響、あなたがそんな姿になるまで気づかないとは、わたくしも無能ですね。うふふふふふふふ」

春香「貴音さん!貴音さん!!」

虚ろな目をした貴音さんがフッとこちらに視線を向けた。

貴音「春香、犯人探しなんて無意味なことはやめて、一秒でも早くここから脱出するのです。わたくしにはその方法は分かりませんが、必ずやこの館にヒントがあるはず」

そう言うと貴音さんはフラフラと歩き出した。

律子「貴音!少し落ち着いて!」

貴音「ふふ、私は落ち着いてますよ?わたくしはこれからやらなくてはならないことがあるので失礼します。ふふ、うふふふふ」

明らかに貴音さんがおかしい。

止めなくては。

そう分かっていながら私たちは、貴音さんの迫力に圧倒されて動くことができなかった。

バタン

扉が閉まる音。

貴音さんが狂った笑いをあげながら自室へと消える。

真「う、嘘……!?響!?」

美希「真くん!?」

振り向くといつからそこにいたのか、真が立ち尽くしていた。

雪歩「真ちゃん?」

真「雪歩、来ちゃダメだ!」

雪歩「え?」

真の制止も間に合わず、雪歩が部屋の中を覗いてしまう。

雪歩「ひっ、きゃあぁぁぁぁぁ!!」

雪歩はやよいの最期を遠くから見た。

とはいえ間近で、しかも他人の手によって殺された遺体を見るのはこれが初めてだった。

雪歩「こんなことが!?わた、私、もうダメですぅ!」

雪歩が自室に向かって走り出す。

律子「待って、雪歩!」

雪歩「……もう、ダメなんですぅ。この中の誰かがこんなことをしているなんて、想像するだけで……もう……」

真「雪歩、落ち着いて」

雪歩「だから私は、ここでみんなとお別れです。もう部屋からは出ません。みんな、こんなダメダメな私でも仲良くしてくれて、今まで本当にありがとうございました」

真「部屋から出ないって、一生その部屋にいる気!?」

雪歩「うん、友達の誰かにこんなにされちゃうくらいなら、私は一人で飢え死にするほうがマシ。だから……」

真「待ってよ!雪歩!」

雪歩「ごめんね、真ちゃん。さようなら」

ガチャン

真「待ってよ……雪歩……」

ついに、本当の意味でみんながバラバラになってしまった。

今までなんとか繋ぎとめていたものが、この一瞬で。

あずさ「みんな……」

騒ぎを聞いて出てきたのか、あずささんと亜美が扉から顔を出していた。

律子「……仕方ないわ。私たちだけでも一緒に行動しましょう。七人だから一部屋三人と四人で、廊下へ出るときも必ず行動を共にすること。それでリスクはかなり減らせるはずよ」

律子さんが大粒の涙をこぼしながら言った。

美希「じゃあ、美希と春香と真くんの三人でいい?」

春香「美希、まだそんなことを!?」

美希「だって、美希はまだ四人を信用しきれないの……」

律子「構わないわ。少しでも心が落ち着ける組み合わせにする必要があるし、他のみんながそれで問題ないなら」

伊織「……」

真「……」

あずさ「……」

亜美「……」

律子「……異論はないようね。じゃあその組み合わせで。もう夜だし、休めるうちに休んだほうがいいわ。夕飯はみんな喉を通らないでしょうし、明日の朝、七時半に廊下に集まって食事を摂りにいくことにしましょう」

美希「うん。……律子さん。ありがとう」

律子「いいのよ、気にしないで。それじゃ、おやすみ」

───
──

美希「まさか寝袋で夜を過ごすことになるとはなぁ……」

春香「しょうがないよ。この部屋、そんなに広くないし」

美希「……春香、さっきはありがとうなの」

春香「さっき?」

美希「伊織に美希が犯人じゃないか、って言われたとき」

春香「あぁ。いいよ、美希が一番頑張ってるって、私は知ってるから」

美希「春香……」

春香「さ、もう寝よ。休めるうちに休むようにって、律子さんに言われたでしょ」

美希「うん。おやすみ」

春香「おやすみ、美希、真」

真「……」

今日はここまでです。
続きは明日か明後日の夜に投下できればなと思います。

今日の21時~22時くらいに再開しようと思います。

現在の生存者の状況
春香部屋:春香、美希、真
律子部屋:律子、伊織、亜美、あずさ
雪歩部屋:雪歩のみ
貴音部屋:貴音のみ

お待たせしました。
再開します。

翌朝。

目を覚ますと、既に真が起きていた。

様子を見る限り、シャワーを浴びて一息ついていたところだったみたい。

真「あ、春香。……おはよう」

春香「おはよう、真。早いね」

真「うん、その……心配でよく眠れなくて」

心配。

おそらく雪歩のことを言っているのだろう。

春香「でも、部屋を開けなければ、その、最悪のことは起きないはずだよ」

真「うん……そうだね」

真は寂しそうに笑った。

気の利いた言葉が浮かばない。

真「響は、きっと心から信じてたんだろうね。十四人目の存在を。765プロの仲間がこんなことするはずないって信じてた。だから扉を開けたんだ」

春香「……真」

真が何を言いたいのかすぐ分かった。

『だから、自分は部屋で待ってる。ちゃんと部屋に鍵かけるし、みんなが帰ってくるまで絶対開けない』

響の言葉が脳内で繰り返される。

響が殺されたということは、つまり十四人目という可能性の否定。

真「……ボク、犯人は複数人いるんじゃないかと思ってる」

春香「え?」

真「というより、誰にもバレることなく人を殺し続けるなんて一人じゃ不可能だと思うんだ」

真「誰がいつ部屋から出てくるか分からない。だから行動を起こすときはなるべく迅速に行う必要がある」

真「響は『みんなが』帰ってくるまでは開けないと言った。それなのに扉の向こうが一人しかいなかったらさすがに怪しむと思う」

真「それに、一対一で相手を一撃ですばやく、確実に殺すことなんて可能なのだろうか」

春香「……」

真「それでも複数人いれば簡単に警戒を解くことができる」

真「一対一だと時間がかかることでも、誰かが抑えていれば一撃で済ますことも出来るかもしれない」

真「当然、万が一に備えて見張り役も必要だ。それでもあくまで迅速に行う必要がある」

真「警戒されている中、単独で三人を殺すことなんて不可能なんじゃないかって思うんだ」

複数犯。

真っ先に竜宮小町の四人が頭に浮かんだ。

美希は常に『竜宮の誰か』という言い方をしていたけど、全員が犯人だった場合。

律子さんはきっちり確実に人の急所を。

あずささんに声をかけられたら警戒も解けるかも。

カンの鋭い亜美と伊織が見張りをしていたら。

いけない、こんなことを考えては。

私の中で黒い何かが湧いてくるのを感じ、私はブンブンと首を振った。

美希「あふぅ、もう朝なの?」

春香「あ……、美希、おはよう」

いつもならこの程度の物音では絶対に起きない美希だが、この状況とあってはそうもいかないみたい。

美希「んー、なんだかちゃんと眠れた気がしないのー」

なんとかこの話を終わらせたいと思っていたから、美希の起床は私にとってちょうど良いタイミングだった。

時計を確認すると、もう待ち合わせの五分前。

春香「もう待ち合わせの時間だし、とりあえず廊下に出よ?」

真「……うん」

美希「あふぅ」

扉を開けるとちょうど奥の部屋からもドアノブを捻る音が聞こえた。

私たちが部屋を出るのとほとんど同時に、律子さんたちも出てきたみたいだ。

……しかし私たちの意識は、そんなことよりももっと別のところに向いていた。

美希「う……そ……!?」

私の部屋と律子さんの部屋とは別に二部屋、扉が僅かに開いているのが見える。

真「雪歩!!」

真が雪歩の部屋に飛び込む。

私と美希も慌ててそれを追いかけた。

真「あ、ああぁぁ、あああ……」

雪歩はベッドの上で仰向けに寝ていた。

真「雪歩、ゆきほぉ……」

美希「……足跡が……ない?」

美希の言葉で気づいた。

これだけ血を流しているのに、足跡が一つもないのだ。

犯人は雪歩を殺したのち、ベッドまで痕跡ひとつ残さずに運んだ……!?

思えば他の三人のときも足跡のようなものはなかった気がする。

一体どうやって……?

真「……す」

春香「え?」

真「殺す。絶対に許さない。犯人は必ず、ボクの手で……」

真はそのまま自分の部屋へ駆け出した。

真「ボクは他のみんなとは違う!油断もしない!来るなら来てみろ!犯人は、ボクが殺してやる!」

真は誰だか分からない犯人に対してそう言い放ち、叩きつけるように扉を閉めた。

伊織「いやあああぁぁぁ!!」

今度は伊織の声が廊下に響く。

そうだ、もうひとつ扉が開いている部屋があった!

律子「そんな……貴音……」

駆け寄ると、部屋の中心で浮いている貴音さんの姿があった。

浮いている理由はあの、首から上に伸びているロープだろう。

『春香、犯人探しなんて無意味なことはやめて、一秒でも早くここから脱出するのです。わたくしにはその方法は分かりませんが、必ずやこの館にヒントがあるはず』

『ふふ、私は落ち着いてますよ?わたくしはこれからやらなくてはならないことがあるので失礼します。ふふ、うふふふふ』

貴音さんの最後の言葉が頭を通り抜ける。

そんな……。

やらなきゃいけないことがこれって、こんなの、ないよ……。

美希「律子!!……話さなきゃいけないことがあるの!」

律子「ええ、私たちからも話さなくてはならないことがあるわ……。亜美、いいわね?」

亜美「うん」

律子「悲しいことに、六人ならなんとか一部屋に納まるわ。多少狭くなるでしょうけど……」

美希「それは認めないの。そっちからは二人まで。それ以外は別室で待機してもらうの」

律子「美希、まだそんなことを」

美希「それから部屋は美希の部屋で。異論は認めないの!」

律子「……はぁ、わかったわ。伊織、あずささん、部屋で少し待っていてください。今のところ二人以上でいれば殺されることはなさそうですから」

あずさ「はい、わかりましたぁ」

伊織「……亜美、頑張って」

亜美「……うん」

扉を開け、美希は先に部屋に入る。

とそのとき、グイッと腕を引っ張られる。

美希「春香、コレ。ばれないように」ヒソヒソ

春香「え?」

手渡されたのはスタンガンだった。

それを律子さんと亜美に気づかれないように渡してきた。

つまり美希は、そういうことが起きるかもしれないということまで想定している。

美希「真くんの話し、実は聞いてたの。響のとき律子と伊織が私たちに対しての見張り役だったとしたら、全部つじつまが合うの」ヒソヒソ

春香「そんな!?」

律子「美希、入るわよ?」

美希「……うん」

美希「とりあえずそこらへん適当に座って」

律子「ええ」

美希「さて、単刀直入に言うの。犯人はあなたたちでしょ?」

律子「え?それはどういう」

美希「質問に答えて!」

律子「はぁ……違うわ」

亜美「……」

春香「……」

美希「ふーん、まだしらばっくれるつもりなの」

律子「『話がある』っていうから何か分かったのかと思ったらそれだけ?だったらこっちの用件を先に済ませていいかしら?」

美希「……いいよ」

キッと睨みつける美希を、律子さんはひたすら受け流すように続ける。

律子「そ。じゃあ、亜美、大丈夫?」

亜美「……うん」

律子「辛かったら私から二人に話してもいいのよ?」

亜美「ううん、亜美から話すよ。……真美を見て、決心はついてた」

律子さんは『わかったわ』とだけ呟いて目を伏せた。

亜美「はるるん、ミキミキ、聞いてほしいことがあるの。ここに来る前のことで」

なんとなく二人の雰囲気で何を話そうとしてるのか察しがついた。

美希が竜宮小町を不審に思っている原因、美希の言葉で言うなら『竜宮小町の秘密』のことだろう。

美希「ここに来る前のこと?」

亜美「……うん」

亜美の目から窺えること。

動揺、悲しみ、恐怖、そして決心。

亜美「亜美たちはね、あの日の朝りっちゃんの車で撮影に向かってたんだ」

亜美「途中、亜美はどうしてもトイレに行きたくなって」

亜美「車を途中で止めてもらったの。それで近くの公園のトイレに向かった」

亜美「……亜美の不注意がいけなかった。公園の前の道路を渡ろうとしたとき、亜美ね、車に轢かれたの」

亜美「りっちゃんの話だと、その車はスピードを上げて逃げてっちゃったんだって」

亜美「でも亜美にはそんなこと分からないくらい身体が熱くて」

亜美「ああ、もう死ぬんだな、って思った」

亜美「もうダメだと思って亜美は目を閉じて、それから次に目を覚ましたときにはここにいた。なぜか外傷が全く無い状態で」

亜美「最初はりっちゃんもみんな驚いてた。もちろん、亜美が一番驚いたけど」

亜美「それから帰る方法を四人で探しているうちに思っちゃったんだ」

亜美「……帰ったら亜美、今度こそ死んじゃうんじゃないかって」

亜美「それに気づいて三人に話した頃、はるるんとミキミキがここに来た」

春香「……」

美希「……」

律子「当然、あなたたちは帰る方法を探すでしょう。だから、誰も言えなかったのよ」

唖然とした。

帰ったら亜美は死んでる?

そんな……

美希「……どうして、今になって話そうとしてくれたの?」

亜美「……こっちの世界で真美が死んじゃったのを見て、亜美もうそんなことどうでもよくなっちゃった。それに、いつまでも逃げてちゃいけないって思ったから」

美希「……」

美希はなにやら考え込みはじめた。

律子「……美希?」

美希「……亜美、こっちにきたとき、外傷は全くなくなってたんだよね?」

亜美「え?う、うん」

美希「律子、ここに来てから飢えを感じたことはある?」

律子「え?何を急に?」

美希「いいから!」

律子「……普通にあったわよ。やよいのことがあってからは今日まで全く感じないけど」

美希「美希も、この二日間は何も感じなかった」

美希が何を言おうとしているのか分からない。

美希「もしかしたら、まだみんな助かるかもしれない」

春香「え?」

そのときだった。

廊下から大きな破裂音が部屋にまで響く。

春香「何!?」

律子「まさか!?」

美希「律子、この音に何か覚えがあるの!?」

亜美「いおりんとあずさお姉ちゃんに、護身用で銃を渡してあるんだよー!」

銃を使わなくてはいけない状況。

今、伊織とあずささんが犯人と対峙している?

美希「律子さん!?」

気がつくと、律子さんは既に部屋を飛び出していた。

美希「待って!律子!」

私たちもすぐさまそれを追いかける。

だらしなく開いた扉。

首を切り落とされているあずささん。

胸に長めのナイフが突き刺さっている伊織。

二人のそばに黒い銃が煙をあげて地面に落ちている。

まさか銃対ナイフ、それも二対一の状況で。

亜美「そんな……」

美希「はっ、真くん!」

美希が真の部屋に向かって走り出す。

春香「美希!?」

美希「こっちは美希一人で大丈夫だから!春香は脱出の方法を考えて!」

美希「さっきの話の続き!誰か一人でも脱出できればみんな助かるかもしれない!だから!」

律子「だったら私は真以外が犯人だった場合のための時間稼ぎをするわ。美希、そっちはよろしくね」

そう言って律子さんは銃を片手にエントランスへ歩いていく。

美希「了解!律子さんも、気をつけて」

律子さんは黙って頷いた。

美希「春香!亜美を連れて早く部屋に!」

春香「わ、わかった!亜美、こっち!」

私は状況が理解できないまま、それでも二人に何か考えがあるのだと信じて、亜美の手を引き自室へと急いだ。

ここからは少し視点が変わります。

また書き溜めももう無いので、書きながら投下していこうと思います。
故に、更新ペースが下がることや誤字脱字があるかもしれないことをご了承下さい。
では、続けます。

美希「真くん!お願い、部屋を開けて!」

返事がないの。

そういえば、廊下側じゃ中の音が聞こえないんだっけ。

と考えてたとき、突然扉が開いた。

美希「まこ、え!?」

それと同時に美希の腕が掴まれ、力づくで部屋にひきづりこまれる。

美希「きゃっ!!」

倒れる美希の頭に、冷たい感触がある。

それはガチャリと音を立てて、いつでも美希を殺せるようにしていた。

真「……美希、何しに来たの?」

美希「ま、真くん」

真「今ここに来るってことは、美希が犯人ってことでいいのかな?」

美希「違うの!!」

真くんの冷たい声が、殺意を明確に表している。

美希「美希、真くんに話があるの!」

真「ふうん、でもボクからは美希と話すことなんてないよ」

美希「廊下の声、真くんにも聞こえていたはずなの。もうこの中に容疑者がいないの!」

これは詭弁。

容疑者が完全にいないわけではない。

だってほら、目の前に銃を構えてるアリバイの無い人間が一人だけいるの。

真「それも全部演技だったんでしょ。ボクを騙すための」

美希「どうして!?」

勢いで顔をあげると、思わずぎょっとした。

……部屋の状態がめちゃくちゃなの。

まず最初に目に付いたのは、大量の武器。

刀や銃器、グローブ、中には武器とは呼べないような代物まで。

そして次に、部屋の内装。

道場の畳の床に事務所の壁。

帰りたいという思いと犯人を許さないという思いがごちゃごちゃと入り乱れ、それは真の心の状態を表しているみたいなの。

事務所に飾ってあった賞状や自宅にあったのか鷲の剥製まである。

美希「……あれ?」

なんかおかしい。

ひっかかる。

なんなの?この違和感。

真「動くな!……動いたら、たとえ美希でも撃つよ」

真くんの声が耳を通り過ぎる。

でもそんなことは関係ない。

今はこの違和感の正体のほうが大事。

美希はフラフラとした足取りも気にせず、鷲の剥製の方へ歩く。

真「動くなって、言ってるだろう!」

美希「うるさいの!ちょっと黙ってて!」

剥製が出せる。

そういえば雪歩は初日に牛の生肉を出していた。

あぁ、分かった!

……完全に、美希のミスなの。

犯人は一人しかいない。

それから落ち着いて部屋を見回す。

美希「もう一つ、違和感の正体も分かったの」

真「え?」

一つ解ければ後は全部繋がっていく。

これらは真くんが意図して出そうとした物じゃないの。

心が反映されている。

つまりここは、イメージの世界。

美希「……そういうことだったの」

真「なんだよ!?なんなんだよぉ!?」

後は脱出の方法のみ。

思い出すの、貴音さんの言葉を。

多分、貴音さんはあの時全てに気づいていたの。

ヒントはこの館の中。

そして館の主の未練となりうるもの。

食堂、エントランス、二階踊り場、廊下、十三の部屋。

それからこの館にあるものは、階段横の棚に黒電話、蓄音機。

なぁんだ、考えてみれば簡単なことだったの。

こんなにも無駄の無い館で、明らかに無駄なもの。

そして来た時から流れている音楽。

多分答えは、想像していたものよりもっと簡単でシンプルなこと。

真「ああもう!いい加減にしろよ美希!」

美希「真くん!!」

早く、春香と律子さんに知らせなきゃ。

真くんが犯人じゃないことも分かったし、もうここに長居は無用なの。

美希「美希、もう行かなきゃいけないから」

真「……なんで、美希は銃を向けられてるのに、怖くないの?」

美希「美希、真くんが本当に撃つ人じゃないって知ってるから」

真「う、うぅ……」ボロボロ

美希「じゃあね、真くん。元の世界に戻ったらまたよろしくなの」

そう言って後ろ手で扉を開ける。

美希「え?」

突然の後ろからの衝撃。

あぁ、油断したの。

まさかここまで来て、詰めが甘かったの。

やっぱり、犯人はあなただったね。

でももうダメ。

呼吸しようにも喉から空気がヒューヒューと漏れる。

多分真くんも助からない。

たしかに、これなら足跡もつかないはずなの。

でも最後の抵抗だけは。

最後の力を振り絞り、ぱっくりと開いた喉元に手を持っていく。


……春香、後は任せたの。

今日はここまでです。
今日で完結しきれなかったのは残念ですが、明日にはしっかり締めたいと思います。

とりあえずは昨日と同じくらいに再開を目標にします。
完結まで書ききれちゃえば早めに再開できるかもです。

とりあえず今日で完結できそうです。
急いで書いたので、誤字脱字、また変な言い回しになっている部分があるかもしれませんがお許し下さい。
では、昨日より少し早いですが再開します。

私と亜美は言われた通り、部屋でおとなしくしていた。

あの時、美希と律子さんは何か気づいて動き出した。

というのに私は何一つ追いついていない。

二人の力になれない自分が不甲斐ない。

それでも、美希はたしかに言った。

『こっちは美希一人で大丈夫だから!春香は脱出の方法を考えて!』

『さっきの話の続き!誰か一人でも脱出できればみんな助かるかもしれない!だから!』

これは私に与えられた役割。

きっと美希と律子さんは何か自分の役割をこなす為にあの場で別れ、今もそれに全力をあげていることだろう。

だとすれば私が今すべきことは一つ。

亜美「……はるるん、亜美、まだ話してないことがあるの」

春香「え?」

亜美「りっちゃんや他のみんなは誰も信じてくれなかったんだけどね、亜美、この館に来てからずっと知らないおじさんに見られてる……」

亜美「そのおじさんはね、いつも悲しい目で亜美を見てるだけ。喋るわけでもなければ、何かするわけでもなく、ただじっとこっちを見ているだけ」

亜美「……その様子だと、はるるんも見えてなかったんだね。多分、見えるのは亜美だけ」

春香「まさか、その人が!?」

亜美「ううん、多分違う。なんというか、あれは人の形をしているけど人じゃない。実態のない何か……」

人じゃない何か……?

貴音さんが言ってた『幽霊屋敷』の主?

亜美「ごめんね、急にこんな話しして」

春香「ううん、気にしないでいいよ」

亜美「それより、ミキミキが言ってた脱出の方法を考えないと」

春香「そう、だね……」

でも、もし脱出したら亜美は。

そのとき、聞き覚えのある大きな破裂音が再び響いた。

春香「あの音は……」

亜美「行こ!はるるん!」

春香「でも、私は」

亜美「今行かなかったら絶対に後悔するはずだよ!だから!」

春香「亜美……わかった!絶対に私から離れちゃダメだよ!」

亜美「うん!」

私と亜美は意を決して扉を開けた。

春香「美希……真……」

玄関のそばで首から血を流す美希。

部屋の奥には美希と同じようにして殺されている真。

765プロでもトップクラスの運動神経を持つ二人が同時に殺されてしまうなんて……。

しかも真は銃を手にしている。

この二人を相手に刃物で挑み、なおかつ二人とも一撃で殺すことなんてまず不可能だ。

春香「もう、わけが分からないよ」

俯き、視線が下がる。

あれ、美希の手。

何か不自然な位置に……?

その手どかしてみると、血で『うた』と床に書かれていた。

きっと美希が最後の力を振り絞って、私に何かメッセージを残してくれていた。

でも、『うた』って……。

これが脱出の鍵、ということ?

ダン!ダンダン!!

突然の発砲音が私の思考を遮った。

今度はエントランスの方から。

おそらく律子さんが犯人と対峙しているのだろう。

私は考えることをやめて、そこへと駆ける。

律子「春香!亜美!来ちゃダメ!!」

身体中から血を流し、ボロボロになって倒れている律子さんの姿が見えた。

私はそのまま踊り場へと出る。

するとその向こうにいたのは……







死んだはずの千早ちゃんだった。

春香「な……」

亜美「うそ……」

言葉を失った。

千早ちゃんは踊り場の向こう側で浮いているのだ。

そして私たちを見下ろし、クスッと笑った。

千早「遅かったね、春香。春香ならすぐに私の犯行だって分かってくれると思ってたのに」

春香「千早ちゃん……」

どうして?

どうして死んだはずの千早ちゃんが、

宙に浮いて、

律子さんをいたぶっているの?

千早「わけが分からない、って顔ね」

千早「どこから説明してあげればいいかしら?」

春香「……」

千早「いいわ、全部説明してあげる。馬鹿な春香のためにね」

───
──

高槻さんが死んでしまった日、私は部屋で泣いたわ。

どうして?

どうして高槻さんが……って。

そして思ったの。

もしかしたら高槻さん、向こうで一人寂しがっているかもしれない。

向こうなら優もいる。

なら私が行かなくちゃ、って。


でも、出来なかった。

何度死のうとしても、怖くて出来なかった。

ナイフを手に、何度も何度も首に近づけては離して。

そうしている自分がまた嫌になって、私は泣いた。

それから目を開けた時、驚愕したわ。

だって、私がなろうとしていた『物』がそこにあったんですもの。

私は確かにそうなることを望んだわ。

でも、『私の死体』が欲しかったわけではない。

そこで気づいたの。

『欲しい物が出る』というのは間違っている、と。

正確には『ここはイメージを具現化する世界』。

そもそも私は部屋を出入りしたわけでもなく、ただ目を瞑って死んだ私を想像するだけでそれがそこにあったんですもの。

嫌でも気づく。

それからは色々試したわ。

『イメージを具現化』出来るのなら、身体を浮かすこともできるのではないか?

目にも映らないほどの速さで動くことは?

何でも持ち上げられるほどの力は?

そう、思いつく限り試した。

そして成功してしまった。

多分もう、この頃には私の感覚は麻痺してたんだと思う。

そのとき私は、思いついてしまった。

『もし、死んだ私を見たらみんなはどんな反応をするか?』

みんな、悲しんでくれるかしら?

それでもきっと、みんななら力を合わせて乗り越えていくはず。

それだけ見れたら満足。

安心して死ねる。

……そう思ってた。


でも、実際は違った。

食堂で犯人探しに疑い合う765プロのみんながいた。

絆なんてものはありゃしない、醜く争う姿。

じゃあ、今まで過ごしてきた時間はなんだったの?

仲間?なにそれ?って感じ。

こんな密室空間で帰る方法も分からず疑い合う。

それはもうひどい有様だったわ。

だから、殺してあげた。

生きて疑い合って辛い思いするくらいなら、死んでやよいのいる世界にいったほうが幸せでしょ。

ノックして私の名前を告げると、真美はあっさり扉を開けたわ。

『千早お姉ちゃん!』って、嬉しそうな声をあげてね。

かわいそうに。

こんな子が疑いの渦中の巻き込まれるなんて。

嘘の『仲間』なんて言葉に踊らされてたなんて。

だから、苦しまないように一撃で殺してあげた。

そこから先はみんな同じ手口で、簡単だったわ。

『もう部屋から出ない』なんて言ってた雪歩も、私の名前を聞いたら開けてくれたわ。

変な希望を持ってしまったのかしら。

『もしかしたら全部嘘かもしれない』『本当はみんな生きてるのかもしれない』って。

せっかくの『仲間』なんですもの。

『仲間はずれ』なんて嫌よね。

だから、みんな殺してあげるつもり。

───
──

千早「これが全ての真相。……貴音さんが自殺したのは驚いたけど、あとは全部私がやったことよ」

春香「……どう、して」

千早「あら春香、今の説明じゃわからなかったかしら?」

春香「……全然……分からないよ!」

春香「どうして何も相談してくれなかったの!?」

春香「どうして、一人で背負い込むの……」


律子「ち……はや……」

ボロボロな状態の律子さんが立ち上がる。

律子「あなたが一番、悲しい思いをしてたのね。気づいてあげられなくて、ごめん」

千早「な!?」

律子「だから、帰ろう。プロデューサー殿のいる、みんなの家へ」

千早「ふ、ふざけないで!」

目にも留まらぬ速さで千早ちゃんが律子さんを切りつける。

律子「う、ぐ!!」

千早「今さら何を言っているの?もう後戻りできるわけないじゃない!」

春香「千早ちゃん!」

千早「だから、みんな殺す。そして私も死ぬ。これで万事解決よ」

春香「そんなことないよ!千早ちゃん!」

千早「うるさい!春香、まずはあなたから殺してあげる!」


千早ちゃんの姿が消える。

ああ、私、死んじゃうんだ。

そう思い、目を閉じる。

…………。

あれ?

何も、ない?

千早「な、んで?」

春香「あ、亜美!?」

目を開けると、亜美が私の前に立ちはだかっていた。

お腹の辺りにナイフが食い込んでいる。

亜美「はる、ん、……まだ」

そう言って亜美が崩れ落ちる。

『まだ』。

そう、私にはまだ、やるべきことがある。

なんとかしてここから脱出するんだ。

私は走り出していた。

千早「逃がさないわよ、春香!」

しかし千早ちゃんが一瞬で回り込み、私を踊り場から投げ飛ばす。

春香「うぐっ!?」

エントランスに叩きつけられる。

身体中が熱い。

千早「さあ、春香。終わりよ」

上から千早ちゃんの声がする。


「させません」

カキンという金属のぶつかり合う音が響く。

千早「な、なぜ、あなたが!?」

貴音「ふふ、とっぷしーくれっとです。それに如月千早、あなたならどうしてわたくしが生きているか分かるはずだと思ったのですが?」

千早「くっ、まさか!?」

貴音「ええ、あなたと同じ方法で、『わたくしの死体』を出していました」

貴音さんの背中。

日本刀のようなものを手に、千早ちゃんとの攻防を繰り返している。

貴音「春香、遅くなって申し訳ありません。さあ、早く答えを!」

春香「あ、えっと」

答え、つまり脱出の方法。

でもそんなの、思いつくわけないよ……。

そういえば、貴音さんはこの館にヒントがあるって。

そのときエントランスで横になる私の目に、ちょうど階段横の棚が写った。

あの上にある物は、蓄音機?

そういえばここに来てからずっと音楽が流れていた。

あ、美希の最後のメッセージに『うた』って!

まさか、この曲に歌を乗せることが!?

私は全身悲鳴をあげている状態で、なんとかそこまで這いずっていく。

届いた。

後はこの館内で聞こえる曲に歌をのせるだけ。

蓄音機の針を合わせる。

『まさかそんなことで!?』なんて思ったりしたけど、今はとやかく言っていられない。

やるんだ!

ねえ今 見つめているよ 離れていても
Love for you 心はずっと 傍にいるよ
もう涙を拭って微笑って
一人じゃないどんな時だって
夢見ることは生きること 悲しみを超える力

歩こう 果て無い道
歌おう 天(そら)を越えて
思いが届くように
約束しよう 前を向くこと
Thank you for smile

ねえ目を 閉じれば見える 君の笑顔
Love for me そっと私を 照らす光
聞こえてるよ君のその声が
笑顔見せて輝いていてと
痛みをいつか勇気へと 想い出を愛に変えて

歩こう 戻れぬ道
歌おう 仲間と今
祈りを響かすように 
約束するよ 夢をかなえる
Thank you for love

あどけないあの日のように
両手を空に広げ
夢を追いかけてゆく まだ知らぬ
未来へ

歩こう 果て無い道
歌おう 天(そら)を越えて
思いが届くように
約束しよう前を向くこと
涙拭いて 歩いて行こう
決めた道 歌って行こう
祈りを 響かすように
そっと誓うよ 夢を叶える
君と仲間に
約束

そのとき、ブウンと空間が歪みだした。

千早「な、何!?」

貴音「やったのですね!?」

ああ、もうだめ。

もう動けないし喋る力も残ってない。

これで……

───
──

映像が流れる。

一人の作曲家の男がいた。

その作曲家は、いつも一人で曲をかいていた。

曲もそこそこ売れ出した頃、大きな病に侵されていることが発覚する。

作曲家の男は全てに絶望し、持っていたピアノもパソコンも全て売り払ってしまった。

男の住む館に残ったのは、幼少時代から大切に扱ってきた蓄音機だけだった。

そしていよいよ死を迎える直前、男は突然衝動に駆られ、曲を書き出した。

人生で最期の曲。

これだけはどうにか残したい。

ただそれだけの思いで。

そして曲が完成したとき、男は満足した。

しかし、そのとき重大なことを思い出す。

これを、誰かに歌ってもらいたい。

でなければ本当の意味で完成したとは言えない。

しかし、最期の力を振り絞って曲を書いた男にそんな力は残っておらず、ついに曲を完成させることなく人生を閉じてしまった。

───
──

場面が切り替わる。

目の前には、昔と変わらない千早ちゃんの姿がある。

千早「春香」

春香「千早ちゃん!」

千早「春香、ごめんなさい。私、本当にどうかしていて……」

春香「ううん、いいよ!それより、早く帰ろう!」

千早「それは……出来ないわ」

春香「どうして!?」

千早「みんなに会わせる顔がないもの」

春香「そんなこと、みんな気にしないよ!」

千早「いいえ、できない。それに、私は自分が許せないから」

春香「千早ちゃん……」

千早「みんなに伝えて、絶対トップアイドルになってねって。私、いつでもみんなのこと見てるから」

千早「私たちは、いつだって仲間だから」

春香「待ってよ、千早ちゃん!」

千早「さようなら、春香」

春香「やだよ!待って!千早ちゃん!!」

───
──

「  」

「  か」

「春香!」

春香「……ん」

目を覚ますと、プロデューサーさんの顔があった。

P「よかった!目を覚ましたんだな!」

春香「あれ、ここは?」

病院のベッド?

あぁ、帰ってきたんだ。

P「公園近くでみんなが気を失って倒れてるのが見つかったんだ」

春香「公園で……あっ!?」

私は思い出した。

春香「亜美は!?千早ちゃんは!?」

P「亜美はまだ目を覚ましていない。けど、手術は成功したから、時期に目を覚ますだろうってさ」

春香「……千早ちゃんは?」

P「千早は……まだ見つかっていない。捜索願いは出したんだけどな……」

春香「そう、ですか……」

P「その、心配なのは分かる。でも今は自分の身体のことも大事に、な」

春香「……はい」

P「じゃあ俺はもう行くから。今回のことで事務所は大忙しだよ。今ごろ音無さんと社長がてんやわんやしてるだろうから」

そう言ってプロデューサーさんはそそくさと出ていった。

道端でアイドルの集団が気絶している状態で見つかったら、忙しくなるのも当然か。

美希「はーるか!」

春香「美希!?」

美希「やっと目が覚めたって、看護婦さんに聞いて来ちゃったの」

白衣姿の美希が病室に入ってきた。

美希「無事、解いてくれたみたいだね」

春香「うん、なんとか」

美希「その後のこと、律子に全部聞いたの」

春香「そっか……」

美希「……ねえ、ちょっと外の空気吸いに行かない?」

春香「え?」

美希は立ち入り禁止の札を無視して屋上へ出た。

美希「ねえ春香、千早さん、何か言ってた?」

春香「……『こっちには帰れない』って。それから『いつでも見てる、私たちはいつでも仲間だから』」

美希「そう……」


美希「ねえ、春香」

春香「なぁに?」

美希「あのときの歌、美希にも聞かせて?」

春香「え?やだよ」

美希「なんで?律子さんも良い曲だったって言ってたよ?」

春香「えー」

───
──

春香「みんなー、今日はライブに来てくれて、本当にありがとう!!」

大きな歓声が返ってくる。

美希「じゃあ次の曲は、765プロ全員で歌うのー!」

伊織「みんなの知っての通り、いまだ行方不明の如月千早に向けて歌った曲よ」

やよい「千早さーん!早く帰って来てくださいー!」

雪歩「私、精一杯歌いますー!」

真「ボクも、千早のことを思って」

響「全力で歌うさー!」

亜美「さあ、盛り上がっていくよー!」

真美「みんな遅れるなー!」

あずさ「あらあら、そういう曲でしたっけ?」

貴音「大切な仲間がいつか帰ってくること願って」

春香「みんなで歌います!『約束』」



おわり

以上で完結です。
後半かなり急ぎ足になってしまって申し訳ない。
LOOP THE LOOPという作品の世界にアイマスが紛れ込んでしまったら、という設定で書いたのですが、アイドルたちに殺人やらは想像しづらくて難しかったです。
こんな駄文ですが、つきあっていただきありがとうございました!

乙!LOL知らないけど楽しめたよ!
ところでやよいを殺したのって結局誰だったの?

やよいは事故でしょ?

>>261>>262
やよいは事故死です。
何か大きなきっかけが無ければ殺人なんて起こせないと思ったので、無理やりですがこうしました。

乙。 真美が死ぬまで亜美真美の共犯だと思ってた… なぜ好きなキャラには殺しをさせたくなるのか

>>266
分かります!
ものすごく不思議

ではもうコメントも無さそうなんでHTML化の依頼してきます。
初スレ立て初SSでどうなることかと思いましたが、無事完結できてよかったです。
お付き合いありがとうございました。


貴音と千早は死後どこに潜んでたんだ?そこが気になる

>>269
遺体が発見されたときはベッドの下やクローゼット、トイレ等隠れるところは部屋の中にいくらでもあります。
その後はやよいの時に発見された『死んだ人の部屋は開かなくなる』というルールを利用して、白紙のネームプレートに付け替え、自室に鍵をかけて潜んでいました。
設定はあったのに説明し忘れていましたorz

なるほどな
結局どうやってあの空間に全員呼ばれた?のか
何日間寝てたのかとかなんで一人脱出出来たら全員助かれたのかってのも聞ければ

割と序盤からそうだったけど、呼称間違えまくってるのが残念だったな……
一度ちゃんとアイドル同士の呼称くらいは確認しておくといい

>>271
元々館があった場所が取り壊されて今の公園が出来た。
しかしその霊とやらの未練はそこに残っていて、たまたま近くにいた竜宮や春香たちを自分の空間に引き込んでやり残したことを達成してもらおうとした。
基本的には皆発見から一日以内に目を覚ましましたが、なぜか春香はぐっすりと二日近くおやすみしていました。
館の霊とやらも殺すことが目的ではなかったので、それが達成されたら帰すつもりだった。
途中美希が『空腹を~うんぬん』の話しで気づいていましたが、館の世界は実世界の肉体とは別であった。
本当の身体はどこかオカルト的空間に保管されていて、館で動き回っていたのはその人の精神だった=イメージの世界ってな感じですかね。
だから美希と貴音は脱出の方法を探すことが先決、と最後に春香に言い残していました。
その後、未練が達成されたことで肉体と精神を実世界に戻された。
しかし、千早はそれを強く拒絶したため、そのまま何もなくなってしまった空間に取り残されたまま。

ってな感じです。
厳密なところまで知りたいとあらばLTLを見てみてください。

>>272
うう、すいません……
一応wiki開きっぱなしで確認しながら書いてはいたんですが、それでも間違えまくりでしたorz
次からは気をつけます。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年09月14日 (日) 17:24:51   ID: RuY4hNar

三部作になるかなぁ・・・

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