唯「神国(じんこく)」 (88)

神々の屍骸の腐臭の消えることのなく
高天原は八百万の屍骸に埋まりて
屍骸はただ踏み固められるのみ

琵琶を奏で、少女は屍骸を踏み歩む
奏でられる弦の、一節々々に屍骸は応ずる事なき

「つちぐも」

「はっせのみこ」

五指のもっとも短き指にて弦を弾けば
そう口伝う言葉(ことは)も現象(かりそめ)となりぬ

かくして神と神はまた互いに喰らいあいて
喰らいあうゆえ、この神とあの神々は一となりぬ

人の目に反美とうつるを
纏うもの無く少女は踏み進む

喰らいあう神ども塵となりてさらに喰わるる





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「唯ちゃん、紅茶をどうぞ♪」

「唯先輩、ちゃんと練習してください!」

神々の肉より作り直しては、愛しきものたちの形を歩ましめ
歩んでは崩れ、塵に帰りて、また造られる
少女が踏む歩むとともに愛しきもの達の姿は造られ
琵琶を弾くごと、愛しきものたちの姿は、語り、歌い、そして崩れる

下肢の歩みと、弦引く指、愛しきものたちを思う心は、一にて進むも、
屍骸の踏み固めらるる音だけが、少女の心に落ちぬ

皆人は何ものであったのか
頑是無き子の、道祖(みちびき)子の
焼き殺さるるあの童の
討たれたる族父(おじ)の
舌垂れた首級の

かのものらとともに
愛しきものたちも隠れて見えぬ

遠地(おち)、落ち、復(お)ち
思はゆるこころももまた、造られては、覚えぬうちに潰え
また覚えぬうちにつくられるのではないかと

怪しむことなく、友のかたちどもを造りては、その姿の崩れる
愛しき少女のかたちの、愛らしき
触れては、かえされる
偽の因みごと


紬「あの子が消えた…」

九相画思わせる苦界を歩む少女たち

律「これでどうにかなる…わけないか…」

少女たちはこの場所を地獄と思う
足元を超え、目に見える限りのところには、骨と肉に見えるものと、その両方。
それらを踏み固めるながら歩み続ける
もう嘔吐感も、怖れることも無くなった



梓「ここは…どこなんでしょう…」

空しい自問句
空は大地の色形とふさわしいように酷く赤い

先導していた妖し子は、気がついたときには消えていた
踏み入ることを禁じられた野所に入り込みどれほどか歩いたか
友の消息を探し求めるために
その少女の姿はいまだつかめない






人とも思われぬあの子、では何者なのか?
それは、ふたたび、今居るここはどこなのか、というという問いに立ち戻る

倦み疲れることにすら飽きたころ
少女たちの一人が足元に目を向ける
ひとつの頭骨がある

律「なんだ、これ?」

しゃがみこんで、それに右手を差し伸べる
恐怖は覚えなくなって久しい





人とも思われぬあの子、では何者なのか?
それは、ふたたび、今居るここはどこなのか、というという問いに立ち戻る

倦み疲れることにすら飽きたころ
少女たちの一人が足元に目を向ける
ひとつの頭骨がある

律「なんだ、これ?」

しゃがみこんで、それに右手を差し伸べる
恐怖は覚えなくなって久しい











頭骨から眩い光の帯が噴出すようにしてあふれ
伸ばした手を透き通すように
その光は少女の手に写りこんだところだけ屈折を歪にする

はじめは大きく高く湧き上がるような勢いを見せたが
少しずつ小さくなって、人の背丈ほどに落ち着く
光の色は白色からエメラルドグリーンへゆっくりと変わり
そのかたちは次第に人に似た姿をとった

唖とされた少女は、差し伸べた片手をゆっくりと、その光像から引き戻す




"Diogenes Laertiadee,polumeexan'Odusseoo"

"Du, Odusseou..."

人形の光が搾り出すように、音声を発する
そのかたちは漠然とであるが、年かさの男性
頭部だと判別される辺りには、豊かに蓄えられた髭のようなもの
そこに刻まれた陰影は、この人物?の苦悶を表すものだと分かるほどに、はっきりしている

律「な、なに、なんだってんだ…?」

少女たちは、恐怖と不安に馴れたわけではなく、無感覚に陥っていただけであった




発する光の輝色とは比べるべくもなく
この物体がいみじく怪しいものであることが分かる

先ほどの言葉は解さないが、人語であり
苦痛に耐えかねる様子が見て取れるほどに打ち震えている

そして、この少女たちには為すすべも、為すべきことも、まったく無い
少女たちと、この人とも思えぬ何かは
あらゆる意味において距離を取り過ぎている









"Hoc est, in infernum;
Nulla.
Sed quid huc factum."

怪しき人形とは別の方向より
別の声音の、少女たちに知られない言語がさらに響いた

『いや、乙女子(をとめご)たちよ』

同じ声音が続ける
少女たちが声のほうを向けば、
この人は人間だ、人間の男性、加えて東洋人
剃頭に僧姿、落ち着いた眉と高貴さを思わせる
小さからぬ、やや下向きの鼻

澪「日本人…?」

『言葉(ことは)のかたちはあなた方のかたちになるべく近づけましょう』

『初にお目にかかります』

『紬どのと、その女(をんな)友達がた』

『拙僧は、吉水の僧正と申します』

紬「!!!」

紬だけを名指しして、挨拶の言葉をかける僧侶

紬「こ、ここは、やっぱりあの世…なのですね…?」

『似て非なるものです、紬どの』

『ここは彼岸ではありませぬ』

律「お、おい、ムギ、おまえなんかしってんのか?」

紬「私の考えてることが正しいのなら、この法主さまは…」

紬「私のおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまのおじいさまの…の弟君にあたられるかた…ということになるの…」

梓(長い…)

澪「え、そんな、う、うそ…」

『お気づき遊ばされましたか、紬どの。ままなりますよう』

『ともかくも、今はそれより、この方をどうにかせねばなりますまい』

淡い緑色に輝く人形に皆が向き直る

澪「この人は、”ひと”なんですよね?!」

『いかにも、人でありました』

『けれど、人にあるまじき行いを為したため、死後苦しみ続けた…』

『ということになっております』

律「"ということになってる??"」

『この方はアカイアとかダナーンと呼ばれる民の王でした』

『この方とその一族は、ラーオメドンの子プリアモスという王の国に攻め入るために』

『自らの娘を神に捧げました』

梓「それって…生贄!?」

『…その通りです』

『許婚に会わせると誘い出し』

『犠牲獣の証である結び目を娘の髪に結びつけ』

『自ら、わが子の首を…』

『…掻き切りました』

律「ッッ!」

なぜかは分からないが、短髪の少女は
久しぶりに、生きているという感覚を覚えた

小休止

吉永の僧正…慈円大僧正、12世紀~13世紀の人
      関白であった藤原兼実の弟で、藤原道長の七代孫
      歴史書『愚管抄』の著者  

アカイアとかダナーンと呼ばれる民の王…アトレウスの子、アガメムノーン
                   トロイア戦争時のギリシア方のトップ

イピゲネイアー…トロイア攻めのため父親アガメムノーンによって
        女神アルテミスヘの犠牲にされた

プリアモス…最後のトロイア王、ラーオメドンの息子

『王女は兵(つわもの)たちの先導、神所のうちを進み』

『その奥、神祭りの壇の前には、陰鬱に面を下げる父王』

『その右手には抜き身の小刃』

『王女の心のうちは、いかばかりであったでしょう…』

梓「ひどい…ひどい話…」

『かの大王は諸王諸大夫と民を治める者』

『そして、人は道理から多く反れるものです』

澪「それで、今でもこのように苦しみ続けてるのか、
  それとも、罰を受けているのか…」

律「ずっと昔のひと、なんだろ?」

紬「この方は、トロイア戦争のとき、ギリシア方の一番偉い王様だった…はず」

紬「伝えられているお話も、どこまでが本当に起こったことで、
  どこまでがフィクションなのか分からないけれど」
  
紬「たしか3000年ぐらい前の話のような…」

『釈尊入滅の二百年ほど前になりましょうか』※

律(シャクソン??アメリカのアーティスト?)

澪(ちがう、お釈迦さまのことだ!)

※その著作で慈円は釈迦入滅を神武天皇即位の290年前としている
 加えて、神武天皇の即位を周の僖王(釐王)三年(紀元前679~678)、
 ないし周の恵王十七年(紀元前660~659)としているので
 慈円の年代観を基にすれば釈迦入滅は紀元前969年頃ないし前950年頃となる
 現在においても、釈尊の生没年にの比定にはいくつかの説があるが、
 そのうち優勢な説のいずれとも、慈円のものとはかなりの差がある

『Iphigeneia....klutaimneestra...』

少女たちと僧の前では、相変わらず、怪しく輝く人の形が苦悶し、
よく分からない言葉をたれ続ける

『さて、それでは…』

僧侶は両手を胸の前に持っていくと、掌をあわせ、
口ごもるように読経をはじめる

律(さすが坊さん…てかベタな……んっ!?)

律は周囲での異変に気づく
地表の屍骸片、骨片から様々な色の光の柱が無数に立ち昇りはじめる

立ち上った光は様々な色を帯びながら
アガメムノンのそれと同じように、人のかたちをとる

胸甲を着けたモノ、加えて兜を戴いているモノ、ローブのような衣服を纏っているもの
男女の別があるようであり、身に着けているものの形と装飾も様々

相貌をはっきりと捉えることは出来ないが、
その顔に浮かぶのは、あるモノには苦痛の、別のモノどもには享楽、忿怒、虚仮、懇請、哀嘆…
表情の無い、または読めないモノも多い

梓「な、なにこれ…」

和らいだはずの恐怖が、少女たちに再び湧き上がりはじめる

『この方々が、亡者、亡霊の類か否かは、愚僧にもわかりませぬ』

『けれど、この方々の相(いまある姿)は、有漏の世(この世)での
 この方々の相と縁起(関係)するものではあるようです』

そして、地縛されていたようにみえた数百、いやそれ以上の”亡者”たちは
見えざる風力に押され、入り乱れるようにして飛び交い、
あるいは彷徨き、あるいは不動で…

そして、"亡者"たちは他の"亡者"たちとぶつかり合い、武器を捌き合い、
あるいは抱擁し、何か口上を交す
その手に槍、剣、丸楯、巨大な長楯を持つモノもある

『アカイア方とトロイア方の勇士と妻子(つまこ)です、
 両者の祖先末裔の方々もおられます』

澪「あは、あははは…あははははははは」

律「お、おい、みお!みおっ!!」

紬「…」

梓「む、ムギせんぱい?」

紬「この人たち…」

紬「わたしたちの体を透りぬけていくわ…」

"亡者"たちは少女たちと物理的に衝突することなく、影のようにするりと抜けて去っていく

梓「あ…ほんとうだ…」

『乱された心を落ち着けられますよう。
 この方々と紬どのたちでは、因果の流れが違います』

『心をかき乱されなければ、何も怖れることはありませぬ』

『さて、もうすぐ降りてきましょう』

紬「え…?」

『そのまま、そのまま。乱されることのないように』

そのとき、あたりが昏さを帯びる
上空から吹き降ろす突風

紬「きゃっ!」

律「うおっ!?」

突風のあとを目で追ってみれば、それは、いくつもの巨大な"影"だった
急降下しては"亡者"どもをひっさらって、遠くへ飛び去っていく
巨大な"影"たちには四肢と頭部があるのがわかる

澪「」

律「こ、これはなんだよ、いったい!?」

『ティターンの子ら、アカイア方とトロイア方の神々です』

紬「え、え!?」

数十の影たちが次々と"亡者"たちを"奪い"去る

最後に残ったのは、アカイア方の大王ひとり
その前に一際大きな影が降り立つ、右手には黒い、棒状のものが握られている

『menin(怒り)....hippodamoio(馬馴らす)...』

アガメムノンの"亡霊"がそう口にすると、
最後の影は、左手でアガメムノンの亡霊をつかみ、どこかへさらっていった

"亡者"どもも神々も、消え去ってしまった

かたや、呆けたままの少女たち

澪「」

梓「あ、あぅぅ…」

律「なんだよ、あれ…」

律「ここは、どこなんだよ!?」

紬「そうよ!この場所はいったい!」

澪「う…うぅ…」

紬「澪ちゃん、だいじょうぶ??」

澪「う、ぅん…」

律「澪が行方不明になって、あたしたち、禁足地の入り口に入って…」

律「澪とは合流できたけどさ…」

律「でも、変な化け物みたいな子供につきまとわれて、
  それで、さっきからそいつもいなくなって…」

律「と思ったら、さっきのあれだぜ!!
  いったい何がどうなって…」

梓「そういえば、なんで先輩たちはここに?」

律「あたしは、あの林の前でムギと偶然会って、一緒になかに入ったんだ」

紬「うん、そうよ!りっちゃんと禁足地の入り口で会って、それで、そこから入ったら、ここにいて…」

梓「わたしは、澪先輩があの林のあたりで消えたって聞いたから、探しに行って…」

梓「あとは律先輩たちと同じように…」

澪「えと、じゃあ、わたしは…」
 
澪「あれ…なんでだろう!?」

澪「私はどうやって…どうして…」

澪「どうやってここにきたんだろう…」

紬「それに、唯ちゃん以外は全員そろってるのね…」

梓「ゆい、せんぱい…」

律「ムギのご先祖様!」

律は慈円和尚に向き直る

『愚僧は紬どのの、遠き族父(おじ)にはあたりますが…
 いえ、些細なことでしょうな』

『田井中どの、この場所についてですが』

『ここは、あのような方々で、限りなく満ちております』

『ここは三災に見舞われた地』

『嫉妬、忿怒、貪欲にかぎりなく飾られた地です』

『みえざる神の国でもあります』

紬「その表現を聞くと、まるで…地獄みたいですね…」

『地獄…、沙門※の愚僧(わたし)が言うのもですが、”造られた地獄”
 とでも申しましょうか…』

『高天原でもあり、黄泉でもあり、地獄でもある…』

『ともかく、参りましょう』

『紬どのたちに、お見せしたいものがあります』

赤い空の下、夕暮れのような昏さと薄明のなか
僧侶の先導のもとに少女たちは進みはじめる


※沙門…僧侶のこと

梓「ほんとうに、荒んだ…世界…」

先ほどの亡者どもの為業挙動
少女たちは、恐怖や嘔気にまつわる感情に慣れつつある

律(なあ、ムギ、この坊さんってどういう人なんだ?)

律は先導する僧を瞥見しながら紬に耳打ちする

紬(平安末期から鎌倉時代に生きた、私の遠いご先祖様の弟君にあたられて、
  天台座主をつとめられて…歴史家、歌人として特に名高い方よ)

律(てんだいざす??)

紬(比叡山延暦寺と天台宗っていう宗派で一番偉いお坊様ってこと)

律(それって信長に焼き討ちされた寺…だよな確か)

紬(うん、そうよ)

『ふむ、織田内府どの…』

律の話題に引かれたのか、僧はやや歩みを緩くすると、そう呟いた




少女たちの方を振り返らずに、僧は続ける

『信長、織田内府どの、本朝(わがくに)おいて最も魏武※に似た、そして法敵であり…』

『堕ちた道理、道理なき理(ことわり)のもと、その才を発揮した方』

『相国入道どの、つまり平清盛の才を思わせ、また、それを超えるほどの方。
 入道どのはじめ平家一門も無道を行い、寺社を焼いた方もありましたが…』、

『ただ、入道どのには神仏への崇敬がありました』

『かたや、内府どのにはこれがない。卿※以上に任ぜられた者としては、本朝にて稀なる修羅です。
 下々の者ではそのような者も、ままありましょうが…』

律(修羅ってことはほめてるんだよな?)

紬(たぶん、貶されてると思うわ…)


※魏武…中国は三国時代の魏の武帝いわゆる曹操
※卿…日本では、参議および三位以上の太政官の位を指す
   ようするに身分が特に高い人

法敵…仏教に対する敵

『そして、入道どのも、内府どのも、この地で、
 苦しんで、あるいは愉しんで、おりまする』

『どこにおわすかまでは分かりませぬが…』

澪「えっと、あの、苦しんで…」

澪「あるいは、たのしんでる、というのは?」

『この地は地獄ではないのです、秋山どの』

『苦しむのも愉しむのも、その者たちが、そう欲するからなのです』

『だいぶ進みましたが、もう少しです』

少女たちはどのくらい進んだのだろうか?
この世界に来てより、時間の流れを掴むことができない

紬「崖、それとも丘?」

一行は見晴らしのよい場所に出る
このあたりが特に高地であることが分かる
目下は緩やかな下り坂で、その先の低地のほうを窺い知ることが出来る

>>40

○先ほどの亡者どもの為業挙動も慣れて薄れ
×先ほどの亡者どもの為業挙動

>>40>>41>>43
○右府
×内府

少女たちの目下もまた荒涼とした場所
けれど、数百メートル四方の範囲のなか、数十の物体が臨める
この距離ではまだ、点としか認識できないが
各点から成る総体は、一定の図形を形成しているようにみえる

梓「何かありますね…」

澪「一定の間隔で、何十個か並んでるみたいだ」

『八十一尊になります』

紬「はちじゅういちそん?」

『はい』

僧は首肯すると、坂下へと歩みを進める

『まずは、ここを下りましょう』

下り坂を少女たちは続く

そして、降りはじめて数十歩来たとき

『水辺傍に…伸び…る、実りの時節に…豊か…な…果実を…生む木…ではなく…
 物事を…飲み…込んでは…決して…吐き戻すこと…なき…、すべてを呑む…渦流…』

澪の耳元に聞こえてくる声
先導する僧のものではない

澪「え…??」

律「ん、なんかあった…か?」

警戒心を少し強くして、律は体に力を込める

澪「あ、ええと…声が聞こえたんだ、私たちや和尚様のとは別人の…」

『乱されることのないように』

これは澪だけに聞こえた先ほどのものではなく、僧の声だ
振り向かず、歩みを止めぬまま、僧は続ける

『この地においては、目に見えるものだけではありません』

『六処(五感と意識)すべてに訴えかけてきましょう』

下るにつれ、風はいよいよ砂塵を巻き上げるが
視界を妨げられるほどではない
先ほど高所から眺めた物体に近づいていく
数百メートルの範囲で、まず正面に七つが、水平かつ等間隔に並んでいる
そしてその後方に、点々といくつもの物体が控えるようにして見える

紬「真ん前のは、人のかたちをした像?」

梓「傘みたいなのを持ってますね」

澪「他のも、人型をとってるような…」

律「…」

律は数秒視線を凝らし、

律「!!」

目を剥いた

律「ちがう、そんなんじゃない、あれは骸骨だ」

梓「り、りつせんぱい…?」

律「よくみろ、あれは、何かの像なんかじゃない」

律「服だか布だかを着てるけど…人の骨だ」

律「並んでるほかのも、たぶん…」

目をさらに細める律

律「たぶん似たようなもんだ」



律「坊さん、あれをあたしたちに見せたかったのか?」

律「あれは…なんなんだよ?」

僧は足を止め、体を返し、少女たちに向き直る

『田井中どのの申されるとおり』

『かの方々は、愚僧が紬どのたちに見ていただこうとしたもの』

『この地におわします、無量の御仏(みほとけ)のうちの…』

『八十一の御尊です』

干からびた姿を眺め通すことに耐えかねて
少女のうちの一人は、顔と視線を上空のほうへ逸らした

梓「…」

雲のなく、やや暗い、夕暮れのような空
不安をいや増すような空も、今はそれほど目に重くはない

梓「?」

空を望洋するうちに、少女が何事かに気づく

梓「あ…」

梓「なにかが…動い、てる?」

雲なく赤い空に、透き通すような半透明ともいえぬ
何か、が蠢いていた

梓「あれは…何?」

律「…ん?」

紬「?」

澪「…」

他の少女たちも空を見上げる

かたちあるようで、かたちなく
緩やかに、けれど領(し)り踏むように

梓「何か、分からないものが動いてるんです…」

澪「…」

何ものとも分からないのは、この地も、この地にある/いるものたちも、また同じく

紬「透明なアメーバみたいな…」

「メタモルフォーシス」

「今朝の足元の夏蝉の抜け殻と屍骸の」

「八年瀬の殯から這い出て、八日のうちにに死する」

「八苦を覚えるものなく」

「咲いては枯れ、鳴いては朽ちる」

「君(きみ)が覚えぬのなら、童(わたし)が覚えましょう…」

大和人の古里、我々の想うアルカディアがあるならば、それは今ここ

木々の覚めやらぬ新緑、そのいろかたちの映えること

木々の連なる森、林に沿うように低木と葦の栄える

一季には花々が、また一季にはその果実(くだもの)が成し生える

七五歌にうまく納まるような景色

紬「…」

紬「ここは…」

紬「…」

紬「みんなが…いない!?」

そこは世界のかたちだけでなく、その中身、中のかたちさえも、
先ほどに少女たちがいた場所とは違う

『ここは未だ踏まざる美神の在る野所(ところ)』

紬「慈円和尚さま!?」

聞いたことのある声

紬が振り向くと、そこには族父とは姿似つかぬ男が立っていた

『紬どの、ままなりませ』

声こそは慈円和尚そのものであったが、
姿かたちは髪は金色で顔かたちは彫り深く、縦に細い
明らかにヨーロッパ人種のそれであった

紬「あなたは…?」

紬は体を向きかえると、そう尋ねた

『私は、ティトゥス・ルクレティウス・カルス』

『貴方の母君の遠き父祖の、弟にあたるものです』

紬「!?」

紬「お母さんの、ご先祖様…!?」

『正しくは、あなたやあなたのお母様の族父(おじ)でありますが、
 些細なことでしょう』

ティトゥス・ルクレティウス・カルス…大カエサル(ジュリアス・シーザー)とほぼ同時代の人
                  エピクロスの哲学を叙事詩のかたちでまとめあげた

『Homo homini lupus(人間は人間に対し狼である)』

『と、世間に膾炙しております』

『人間の尊厳、これがために、テオスマキアは一層激しく繰り返されてきました』

紬「…」

この男の口にすることを、少女はほとんど理解できない

紬「それよりも、みんなはどこに…」

深い緑と、所々の花々や果実の彩り
周りの木々、花々が友人たちの居所を教えてくれるはずもなく

紬「みんな…」

『紬どの、それでは参りましょうか』

紬「え、えっと…」

『友人方のところへ』

律「あぁ…、ロミオ、ロミオ…どうしてあなたはロミオなの…?」

律「あなたのお父様に屈せずに、その家名をどうか捨ててください…
それとも、あなたがその名を捨てぬというのなら、
あなたが私を愛すると誓ってくれるのなら…
私がキャピレットの名を捨てましょう」

少女が独白する中、もう一人の少女は物陰で自問する

澪「このまま聞きつづけようか?、
  いや…すぐさま声をかけようか?」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年09月12日 (金) 21:13:48   ID: X9QTrSSh

続きを書いてくんなましぃ

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