阿良々木暦「みきスロウス」 (55)

・化物語×アイドルマスターのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・かなりのネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
・アイドルマスターは箱マス基準

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書き込み時間は不定期になりますが、今日中に終わらせます。



001


僕と彼女は夢を見る。
夢。夢とは、睡眠時に見る幻覚や心象の総称、または将来的な実現を望む願望とふた通りの意味に分類される。
両方とも直接的な干渉が及びにくいという点では似ているのかも知れない。
睡眠時に見る夢を自分の望み通りに展開させることは困難だし、すぐに叶えられる願望であれば人はそれを夢とは呼ばない。
極論として語ってしまえば、人の手が届きにくい神聖なもの、とも言える。

夢を見たことのない人間はいないだろうし、将来の夢――希望と言い換えてもいい、望みを生涯一度も持たない者も恐らくはいないだろう。
これは僕の持論になるが、両方とも生きて行く上で必要不可欠なものだからだ。
前者の夢はともかく、人間が生きて行くには目標が必要だ。
例えそれがどんなに不純で醜いものであろうと、人は希望があるから今日という日を渡り歩くことが可能になる。
どちらの夢が先に夢と呼ばれ、もう片方が夢と名付けられたのかは僕にはわからないが、こうなると睡眠時の夢にも何か特別な意義があるのでは、と類推したくなる。

「やれやれ、相変わらずの愚か者ですねえ阿良々木先輩は。
 そんな識者ぶっても誰も評価なんてしてくれませんよ?」

いつの間にか僕は扇ちゃんに膝枕されていた。女子高生の膝枕。最高だ。

ところでここは何処だ?
なぜ僕は扇ちゃんに膝枕されている?
周囲を見回すが、真っ暗闇で何も見えない。
扇ちゃんの姿はくっきりと輪郭まで明瞭としてい るのに、おかしな話だ。
扇ちゃんに現状を聞こうかとも思ったが、思考が上手く回らない。何から話せばいいのかを考えると、靄がかかったように意識が朦朧とし口を開くのも煩雑になる。

「ですがまあ、友達のいない阿良々木先輩のことですから、可愛い後輩である私がお付き合いしてあげましょう」

それはどうも、と心中で返す。
どうせ扇ちゃんのことだ。この状況も理解しているだろうし、説明が無いのなら大丈夫なのだろう、等と勝手に思い込む。
僕の頭を優しく撫でながら扇ちゃんは続ける。
冷たい手だったが、それが逆に気持ちがいい。


「愚かな阿良々木先輩に国語の授業です。
 本来、夢というものは『寝ている間に見る幻』という意味、つまり睡眠中の夢を指すだけのものです。
  人生の目標や願望を夢と呼ぶようになったのは最近のことですね。
 そもそも、 夢と言う漢字は草冠に目 、そして夕……薄暗い状態をワ冠で蓋をしている、という象形文字です。
 意味としては、草むらで目を凝らして何かを見ようとするも、暗くてよく見えない――といった感じでしょうか。
 すなわち眠る間に見る朧げではっきりとしない、幻のことを夢と呼んだのでしょう」

それに、と扇ちゃんは続ける。

「元々夢という漢字の語源はですね、はっきりしない、という意味です。
 いやあ、これって本当に洒落が効いていますよね。
 ほら、人偏に夢と書いて儚いと読むではないですか。
 直訳すると人の夢ははっきりしない、ですよ。
 つまりは夢に人間の手を加えてしまうと、ただの価値も無いゴミになる、と言いたいんでしょうか?
 昔の人もブラックジョークが好きだったんでし ょうかね?
 それともただの偶然?
 でも偶然にしちゃあ、出来すぎてますよね。
 人の夢は叶いませんよ、って暗に言っているようなものではないですか」

確かに、それは僕もそう思う。
皮肉なのか何なのか知らないが、現代人に対する嫌味で作ったとしか思えない漢字だ。
僕にも明確な夢があると自覚している訳ではないが、それでも朧げな『こうなりたい』という将来設計のようなものはある。
恐らくはそれが夢と呼ばれるものなのだ。
何かになりたい、何かを成し遂げたい、という明確でピンポイントな願望でなくとも夢は夢として成立する。
そして夢が無ければ人は生きていけない。


「そうなんですよね。人間は余計なことを考え過ぎる生き物ですから。
 『自分の生きている理由』なんてくだらないものを無意識化で無理やり決めなければならない。
 それを夢と呼ぶかどうかは人それぞれですけれど、意味合いとしてはほぼ同じでしょう。
 動物みたいに何も考えずに生きる事だけ考えていられたら、幸せなんですけどねえ」

はっはー、と自棄にも皮肉にも聞こえる笑いを湛える扇ちゃん。
しかし、それはどうなんだろう。
人間が知恵の実を口にして知識と自意識を持ったことは不幸だとは思いたくない。
人間ほど多くの感情を持つ生物も他にはいないだろう。
感情の多さ故に苦しむ事も多いが、逆に言えば幸せだって他の生物よりも多い筈なのだ。
悩みもせず、苦しみも喜びも一切なく無感情に生を全うするのが生物の最終進化形態だとするのなら、そんなものはロボットに任せておけば いい。

「人間は苦しみ、喜び、不完全でも一生懸命生きるから美しい、ですか。
 流石は阿良々木先輩です。綺麗事を言わせたら世界一ですね」

相変わらずの扇ちゃんの返しに、口許が緩んでしまう。
いつまで経っても彼女だけは変わらない、という安心感を彼女に見出しているからか、それとも――。
さてオチもついたところで、と扇ちゃんは言った。

「そろそろお目覚めですよ阿良々木先輩。
 彼女の夢にお気を付けて」

そんな扇ちゃんの思わせぶりな言葉と共に、僕の意識は覚醒に至った。



002


「ただいまー」

正午を少し過ぎた頃、僕はレッスンや収録のあるアイドル達を無事現場まで送り届け事務所に戻る。
午後からの予定は二時から再びアイドルの送迎、四時から出版社への営業、その後は直帰の予定だ。

「お帰りなさい、プロデューサー。 昼食は摂りましたか?」

ブロック形状の固形栄養調整食品を齧りながら、秋月が事務仕事をこなしていた。
僕の心配をしてくれるのはありがたいが、食事の時間も惜しんで仕事にかかる秋月の方が心配だ。

「ああ、車の中で済ませたよ――秋月こそ、少しは休めよ」

「お気遣いありがとうございます」

ですがこちらの方が楽なので、と秋月。
元アイドルとは思えない働きっぷりだ。
実際、秋月がいなかったら765プロは潰れかねない。文字通り事務所を支えている屋台骨だ。
年下の秋月がこれだけ頑張っている以上、年上で男の僕が役立たずという訳にもいくまい。

「星井はいるか?」

「ええ、ソファーで寝てますよ」

僕は秋月に礼を言うと、アイドル達が待機するのに使っている部屋へと向かう。
そこに他のアイドルはおらず、ただ一人星井がソファーで寝息を立てていた。

星井美希。十五歳。
僕の担当のアイドルの一人であり、個性的な765プロのアイドル達の中でも一際目立っている少女だ。
まず星井と言えば、その到底中学生とは思えない容姿とプロポーションが一番に挙げられる(僕だけかも知れないが)。
一日に何十人から告白されたことがある、という過去があるだけはあって、正直言って僕が神として崇拝する羽川に引けを取っていない。
未だ中学生の時点でこれなのだから、あと三年もしたらどうなってしまうのか、少々親父臭いが予想するだに恐ろしいと同時に楽しみでもある。

次に、そのマイペースな性格が大きく印象に残る。
彼女は言ってしまえば天才肌 の人間であり、勉強からスポーツまで、あらゆる分野で器用にこなす。
アイドルの仕事に関してもダンスや歌も常人以上、『何でも出来る人』にありがちな器用貧乏ということもなく、そのゆるいキャラと高いスペックでアイドルの仕事をこなしている。

また、星井を語る上で欠かせない特徴の一つとして、何も知らない人が素の星井を見るとやる気が無いように見えるであろう点がある。
彼女は三度の飯よりも寝ることが好きで、加えてのび太くんのように何処でも寝ることができるのだ。
実際に事務所で昼寝していることはしょっちゅうだし、それを秋月に怒られているのが日常茶飯事とまでなっている。
だが彼女は自分の決めた事柄に関しては徹底的に一途であり、アイドルという仕事への情熱は誰にも負けていないと僕は考えている。
秋月もそれは理解している上で星井を叱っている節があるようだ。
どんなに素質のあるアイドルでも、芸能界という世界はひとつ間違えるだけであっという間に闇に葬られることは珍しくない。
秋月も星井ほどの原石を元アイドルとして放ってはおけないのだろう。

これは余談となるが、彼女は以前、765プロダクションのライバル的な存在である961プロダクションに所属していた、言ってしまえば元敵のアイドルである。
敵とは言ってもそんな確執のあるものではなく、ライバルというのも勝手にあちらの社長が張り合っていたというのが正しい見解だ、と秋月に聞いたが、その頃僕は765プロにいなかったので詳しい事はわからない。
その直後、星井を含めたプロジェクト・フェアリー組――我那覇と四条も765プロに移籍し今に至る、という顛末らしい。
現在では961プロはジュピターという男性三人のユニットを中心に売り出している。僕は男のアイドルなんぞに興味は無いが。


「星井、起きろー」

眠っている星井に声を掛ける。
これくらいでは起きないのは承知の上だが、声も掛けずにいきなり叩き起こすのも失礼と思った上での配慮だ。

「……すぅ……」

「星井ー、起きないと揉むぞー」

なお眠り続ける星井の身体を揺さぶる。
結構な力で揺するが、星井はこれくらいやらないと起きない。
ちなみに胸を、とは言っていない。
英国紳士よりも紳士レベルの高い僕が中学生の胸なんて揉む訳ないじゃないか。肩に決まっている。

しかし……本当に中学生なのかと疑いた くなる レベルの身体つきをしているな。
しかも容姿も染めた金髪のせいで少々日本人離れしているものの、少女のあどけなさを残しているお陰でフランス人形のような可愛さがある。
これじゃあ同級生から全員告白されても誇張じゃないと納得できる訳だ。
僕だって星井がクラスメイトだったら告白はまだしも、絶対に惚れていると断言できる。
こんな子がクラスにいたら男子生徒は確実に全員落第しちゃうよ。
思春期の男子の人生までも狂わせるとは恐ろしい女だ。

「うぅん……」

鬱陶しそうに身をよじるも、やっぱり起きない。
やっぱりあれか、揉むしかないのか?  いや、肩だよ。


ここで肩とか言いつつ胸を触るのがいつもの僕とか思われているけど、実際に僕が触った胸って月火ちゃんと八九寺のものくらいなんだぜ?
小学生と当時中学生だ。そう言う意味では僕は中学生である星井の胸に触っても大丈夫なのかも知れない。何が大丈夫なのか僕もわからないけれど。
でもなあ、八九寺とのイベント以来、公式でも僕=変態みたいな風潮だものなあ。
それにわざわざ乗ってあげるって言うのも僕らしくないよな、うん。
ここはセオリーとは逆に肩でも揉んでおこう。
もみもみもみもみ。

「う……ん……」

「……」

やっべ、超やらけぇ。
ストレスフリーな中学生ぱねぇ。

「……何をやっているんですか」

危うくキャラが崩壊しかけていると、様子を 見に来たのかいつの間にか秋月が立っていた。

「いや、起きないから」

「肩を揉んでも起きませんよ」

肩なら小鳥さんのでも揉んであげて下さい、と秋月は星井に近付き肩を掴む。

「ほら美希! とっとと起きなさい!」

「はいなの! 美希は起きてますなの!」


秋月の声を聞いた途端に飛び起きるようにして敬礼する星井。さすがは秋月……。
ちなみに765プロにおいて熟睡した星井を一発で起こせるのは秋月をおいて他にはいない。
どうやら星井は秋月を尊敬しつつも畏怖の対象としているらしい。
まあ、確かに怒った秋月はキレた影縫さんくらい怖いからな……。

「遅れないでくださいよ」

「星井、二時からリップグロス宣伝のスチール撮りだ、用意してくれ」

「あふぅ……うん……」

まだ半分眠っているようだ。
視点も定まらず、眼をこすりながらふらふらしている。

「おにぎりの夢見たから……おなかすいたの……」

「痛っ……!」

いきなり頭部に鋭い痛みが走る。
あまりの唐突さに情けない声をあげてしまった。

「大丈夫ですかプロデューサー?」

「あ、あぁ大丈夫。ちょっと頭痛がして」


「身体を壊しては元も子もないんですから、健康管理には気を付けて下さいよ」

気を遣ってくれている秋月に礼を言い、改めて星井に向き直った。

「星井、後でコンビニでおにぎり買ってやるから、な?」

「うん……ありがと、プロデューサーさん……」

僕が765プロのプロデューサーになってはや半年が経つ。
半年もすればアイドル達とそこそこに打ち解けることは出来たのだが、未だに微妙な壁を感じるのが星井だった。
他には萩原あたりも少し距離を取っているが、彼女の場合は僕個人が、と言うよりは男性全般が苦手なのだから仕方のない所だろう。
星井とは、これでも一応仲は良くなった方だと思う。
はっきり言って最初はもっと冷たかった。プロデューサーとすら呼んでくれなかったし。
と言うよりは、星井は誰に対してもどこか無意識に壁を作っている感がある。
同僚のアイドル相手には同姓だからか割と心を開いているようだが、僕はまだそこまで至っていないらしい。
特別に嫌われている、ということではないのだが、微妙なラインで余所余所しいのだ。
そこら辺も含めて、改めて頑張らないとな。

「よし行くか……星井?」

「……くぅ」

人の心などいざ知らず、星井は器用にも立ったまま寝ていた。



003


「おにぎりおいしいの!」

それはよかった、と無難に返す。
さすがの僕も運転中にアイドルと戯れる程非常識ではない。
フォルクスワーゲンの後部座席に座った星井は、コンビニ謹製のおにぎりを食みながらご機嫌だった。
コンビニのおにぎりって冷たいのに下手をしたら自分で作るより美味しいよな……なんでだろう。
ちなみに星井の好物、おにぎり、いちごババロア、キャラメルマキアート。
後者二個はまだしも、おにぎりが好物って女の子も珍しいと思う。

話は前章に戻るのだが、僕は星井と仲良くなりたいと切に感じている。
プロデューサーとしての責務、という観点からも勿論のこと、何よりも星井ほどの可愛い女の子と仲良くなりたいじゃないか!
というわけで阿良々木会議だ。
アララギカイギ。是非とも八九寺に噛んで欲しい、早口言葉のような響きだ。
百戦錬磨の過去の阿良々木くんたちの様々な経験から最適な解答を導き出すのだ。
今までのアイドルたちと仲良くなった経緯を紐解いて、応用できるか検討してみようか。

まずは天海。天海の場合は状況が状況だったからはじめから除外だ。
同じ理由で如月も除外。この二人は怪異絡みであり、結果的に良かったものの別に僕でなくともよかったとも言える。
次に菊地。菊地は元々取っ付きやすい性格だったし、気付いたら打ち解けていた、という印象だったな。参考にはならない。
萩原は――未だにちょっと距離がある。
親しく話もしてくれるし、信用もされているようだが、述懐したように萩原は根本的な部分で男性が 苦手、という問題がある。
他人には適応できない個人の問題であるため除外。
双海姉妹は入社した当日にイタズラをされたのを契機に仲良くなったし、水瀬はいつも怒ってるから(九割僕のせいだけど)未だに嫌われているのかも知れないのでアウト。
秋月と音無さんは別枠で、あずささんはその迷子の特技のおかげでコミュニケーションの機会が増えたことに起因するから参考にはならないだろう。
高槻は天使だし、残るは我那覇と四条だが――そうか、我那覇と四条だ。
我那覇はペットを沢山飼っていることから動物関連の会話を糸口に仲良くなったし、四条の場合も彼女の趣味であるラーメン探訪の旅に付き合っているうちに距離は縮まった。
いや待て、そう考えてみればあずささんの迷子を星井の居眠り癖に置き換えてみればいいのではないか?
よし、今後は積極的に星井を起こすことにしよう。

今はまず初歩的な質問、趣味関係から攻めようか。


「なあ星井、星井って趣味とかあるのか?」

「寝ることかな……あと先生に会いに行ったり」

先生……?
星井の学校の担任の先生か?

「へえ、そうなんだ。僕も寝るのは好きだよ」

「そうなの……あふぅ……」

「……」

話が続かない……。
女子中学生と話が弾まないなんて、ひょっとして僕はもういわゆる一つの『おっさん』と化してしまったのか?
いや待て、僕はまだ新卒だぞ?
社会人階級で言えば、音無さんを軍鶏とすれば僕はピヨピヨのひよこだ。
いやしかし、十五歳の少女にとって二十三歳の男はもうおっさんなのだろうか?
僕も年齢を重ねればいつしか忍野や貝木のようにおっさんになるのは時間の問題なのは百も承知なのだが……まだおっさんではないと信じたい。
二十三と言えば僕だってアイドルをやってもいい年齢だ。

「星井は――」

それは単純に素朴な疑問だった。

「星井は、なんでアイドルをやっているんだ?」


他のアイドルたちにも、あまり聞かない質問。
日常において別世界の住人とも言えるアイドルを目指そうとする彼女たちにはそれぞれ理由があるのだろう。
それは菊地やあずささんのようにわかりやすいものから、接していくうちに何となく理解出来たりする子もいる。
けれど、星井だけは半年経った今でも僕には到底理解が及ばなかったのだ。
何でも出来て、それでいてマイペースにアイドルと日常をこなす彼女には、土台と呼べるべく骨子が見当たらないのだ。
だからだろうか、ふと口を突いて出てしまった。

「ミキはね、キラキラしたいんだ」

「キラキラ?」

「うん、誰よりもキラキラしたいの……いちばん……」

夢うつつでそう呟くと、星井は座りながら船を漕ぎ始めた。良く寝る奴だ。
スタジオに着くまでは寝かせておいてあげよう。

キラキラしたい、か。
一見菊地の女の子らしくなりたい、というそれに似通っている気もするけれど、恐らくは全く別の指向性を持っている。
星井はきっと、何でも出来るが故に更なる困難へと臨んでいく類の人間なのだろう。
アイドルという職業は思い通りに行く確率の方が遥かに低い。
何せ、飲食店や書店のように、明確な商品と価値が見当たらない。
そりゃあCDや写真集、テレビやライブ出演などを商品とすればいくらでも挙げられるが、どれにしたって最終的に評価されるのは自分自身に準じたものとなる。
価値にしたって、他人を準拠にしなければならない。非常に曖昧なものだ。
結果的にものを言うのが、自分への自信の強さがイコールとなる。
それがアイドルという職業でもあるのだ。
星井が言いたいのは『自分の価値を高めたい』と、そういうことなのだろう。

まるで太陽だな、と陳腐な比喩が思い浮かんだ。
自分勝手で眩しく光り輝いていて、それでいて周囲に力を与えてくれる。
お気楽な外面に反して強い意志を持つ星井の事が少しだけながらも理解出来た気がして、その日の営業は何となくだが、上手く行く気がしたのだった。



004


「なるほどなるほど、その星井ちゃんとかいう子、とってもいい子ですねえ。
 最近の若者は何をするにも楽な方楽な方へ流れて行く傾向にありますから。
 自ら困難に身を投げ込み自己研磨に身を窶す――いやはや、最近の軟弱な中学生とは思えませんねえ」

感心感服、私も見習いたいものですよ、と思ってもいない事をつらつらと並べる扇ちゃん。
場所はまたあの暗闇の中だ。
今回は膝枕してくれないらしく、対面にさもそこに椅子があるかのように座っている。一見、空気椅子だ。
僕も同じように座っていた。
何もない空間に椅子の感触だけ存在している。不思議な気分だ。

今日は割と記憶がはっきりしていた。
営業に行った後直帰して、そのまま家で少し仕事をして眠ったのだ。そこまでは憶えている。
と言う事はこれは夢か。
何故扇ちゃんが僕の夢に出てくるのか良く分からないが、扇ちゃんなら自分の意志で僕の夢に出て来るくらいはやってのけるだろう。

「何ですか、可愛い後輩を化物か何かのように。
 いえ、化物なんですけれどね。
 でも私の出生を辿れば阿良々木先輩の兄妹みたいなものなんですから、可愛い妹だと思ってくれてもいいんですよ?
 齢を取らない義理の妹。超萌えるじゃないですか。
 お兄ちゃんって呼んであげましょうか?
 それともお兄様? アニキ? 兄上? 兄者?」

扇ちゃんに兄と呼ばれるのも悪くないけれど、やっぱり僕の妹は火憐ちゃんと月火ちゃん以外にはいないよ。


「そうですねえ。残念ですがメメ叔父さんで我慢します。
 今度メメお兄ちゃんと呼んであげましょう。
 ところで先程のお話ですが、これは阿良々木先輩の予想通り、夢の中ですよ。
 阿良々木先輩の夢ではありません。私の夢です。
 と言うか、こちら側からしたら阿良々木先輩が勝手に私の夢に土足で上がり込んで来ている形なのですが。
 愚か者の上に無礼者ですか。救いようが無いですね」

そんな事を怒られても困る。
僕が好きで扇ちゃんの夢に入り込んでいるなんてことある訳ないだろう。
仮にそうだったとしても自覚はないんだから。

「なんとまあ、自覚が無ければ何をしても許されると仰いますか阿良々木先輩。
 無自覚なら人を殺めても罪にならないと。
 さすが阿良々木先輩は常人とは一味もふた味も違いますねえ」

ともかく、毎晩のように扇ちゃんに付き合わされていたらこちらの身がもたない。
扇ちゃんが嫌いな訳でもなければ特に危害を加えてきたりする訳でもないのは分かりきっているが、精神的にちょっと辛い。

「やれやれ、私も嫌われたものですね。
 あの時私の味方をしてくれたのは、ひょっとして私が年下の女の子だったからじゃないんですか?」

はっはー、と人を嘲るように笑う。
と、扇ちゃんは何かを感じたのか、今日はここまでです、と立ち上がった。
無論、こんな上下すら確かでない場所に地面があるのかどうかも怪しいが。
軽快な足取りで何処かへ行こうとする扇ちゃんは、僕がいた事を思い出したかのように振り返る。

「私の夢に、気を付けて下さいね」



005


次の日も、その次の日も扇ちゃんは夢に出て来た。
今日で一週間になる。ここまで来たらもう偶然では済まされないだろう。
毎回、どうでもいい話をして行くだけなので意図は未だに理解出来ないけれど。
とりあえずは悪事を働くような子じゃないだろうし、何かしら意味があると思いたい。

「プロデューサー、衣装はー?」

「あっちで用意してる、着替えは持っていけよ」

「あ、あなた様……その両手に持っているものは一体……」

四条が口元をひくつかせながら言い放つ。クールな四条の貴重な表情だ。
今日は元フェアリー組の野外ミニライブの予定だ。
天気も快晴だし、ライブも恙無く行われることだろう。
四条の言うところの『もの』を振りかざし彼女の質問に答える。

「見ればわかるだろう。765メガホンとハチマキ、そして765アイドル法被だ」

本来ならば十二色からなるスティックライトも全色私物として所持しているのだが、今日は昼間のライブなので必要ないだろう。
メガホンには星井、我那覇、四条の三人がプリントされている。今日のためのようなアイテムだ。
そして僕のお手製ハチマキには『765命』と達筆で書いてある。
字の達者そうな萩原に筆と墨汁で書いてもらった。
それをお願いした時の萩原の反応は推して量るべし、だ。
そして青色を基調に作られた法被には、765プロアイドル全員の写真が確認できる。


「いや、貴音が言ってるのはなんでそれを今この場所でプロデューサーが持ってるか、ってことだと思うぞ……」

「今日は客席からお前たちを応援することにした」

「……ものすごくくだらない答えが返ってきそうだけど、なんでだ?」

「プロデューサーとしてお前たちのライブを客席からの視点で観察することも今後のことを考えて重要だと判断した。
 お前たちがアイドルとして全力で戦っている中で僕だけ傍観する訳には行かない!」

「…………」

「…………」

二人とも呆れとも諦観とも取れる表情で僕を見ていた。
それっぽい理由はつけているものの、要するにライブが見たいだけである。
プロデューサーだから舞台裏から見ることは可能なのだが、やはりファンの皆さんと一緒にアイドルへの情熱を燃やしながら全力で戦うのとではテンションとやり切った後の達成感が全然違う。
振り付けも完璧に覚えているし、何より親衛隊にもエントリーしている。

「それより星井はどうした」

「あっちで寝てるぞ」

またか……元々よく寝るやつだったが最近、輪をかけて寝ている気がする。

「おい星井、もうすぐ出発だぞ」

「うゅ……プロデューサーさん……?」

ちょっと乱暴に星井の身体を揺すると、眠そうに目を開けた。
今度、秋月の声でも録音してこようかな……。


「野外ミニライブだぞ、覚えてるか?」

「あふぅ……あれ? 今日、雨で中止じゃなかったっけ……?」

「何を言ってるんだ星井?」

目をこすりながらあくびをする星井。
雨も何も、今日は驚く程の快晴だ。
降水確率もニュースが0%と報じている。

「寝ぼけてるのか……ほら、準備しろ」

「はぁいなの……」

よく眠るとは言え仮にもプロのアイドル。
星井は早急に準備を整え、僕たちは現場入りするのだった。
車内で理由を聞くところによると、先程はライブが雨で中止になる夢を見たらしい。
ライブの準備は着々と進み、待ち時間にまた星井が寝ていたことを除けば順調だ。

そして一通りの手続きや挨拶、仕事その他諸々を全て終わらせた僕は法被とハチマキを装備し、メガホンを片手に客席の最前列に陣取っていた。
ライブ開始まであと一時間。


「やあ阿良々木殿、今日は雲ひとつなくまさに765日和でござるな」

「そうですね、それも皆765神の加護の賜物です」

彼は何も忍の第一の眷属、死屍累生死郎の真似をしている訳ではない。
他のものには目もくれず、手の届かないアイドルを追い掛け、応援し続けるという苦行を繰り返した賢者のみに話すことが許される聖なる言語だ。
そういう意味では、何百年とキスショットの追っ掛けをしていた死屍累もその資格があったと言う訳だ。
僕ではまだ到底話す事も出来ないだろう。
今、僕に話しかけてきた彼は765非公式ではあるが親衛隊の隊長だ。
今年で四十路になるという彼は765アイドル関係のイベントへの出席率が九割を越えるという歴戦の猛者だ。
僕などまだ足元にも及ばない。

「さて阿良々木殿、今日は貴殿に提案があって来たでござるが」

「提案ですか?」

「左様、今日は阿良々木殿に親衛隊の指示を任せようと思い立ちましてな」

「な……そんな大役、僕には荷が重いですよ」

「阿良々木殿になら出来るでござるよ」

「隊長……!」

感動の涙に頬を濡らさんとした瞬間、その前に僕の顔を濡らすものがあった。


「……ん?」

ぽつり、と冷 たい感触を額に感じたのも束の間、突如として豪雨が降り出した。
それは異様な光景だった。
雲ひとつない空から桶を引っ繰り返したかのように雨が降っている。
雨は為す術もなく全身を濡らして行く。
混乱する暇もなく、ライブの中止を告げるアナウンスが会場に響いた。

「何故だあああああぁぁぁぁぁぁ!!」

悲痛な叫び声も虚しく、僕の涙は大量の雨に流され、ライブ会場の地面に吸い込まれて行ったのであった。


「ううっ……なんでだよ……」

「泣くなよプロデューサー……たまにはこういうこともあるって」

「ええ、自然の理には逆らえません」

その後、ライブ会場控室で僕は我那覇と四条によって慰められていた。
今日のライブが楽しみだっただけあってかなりのショックだ。 萩原の掘った穴に埋まりたい。
さめざめと女々しくも雄々しく大量の涙を流していると、星井が控室に入って来た。

「お疲れ様なのー」

「星井……」

「残念だったね、ミキもライブ楽しみだったのに」

さすがに集中豪雨並の大雨の中でライブをやる訳にもいくまい。
多少の雨ならば続行という選択肢もあったのだろうが、ライブは機材やアイドル共にデリケートなものでいっぱいなのだ。

「ま、なっちゃったものはどうしようもないさ。今日は帰ろうよプロデューサー」

「そうですね、この後は予定もありませんし。食事でもどうですか?」

「そうだな……せめて経費で高いもの食べて心の傷を癒そう」

「律子に怒られても知らないぞ……自分お肉がいいな!」

「わたくしはらぁめんを」

「ミキはおにぎり!」

「頼むからせめて店くらい統一してくれ」


仕方が無い、三人と一緒に中華でも食べに行こうか。
中華飯店におにぎりが置いてあるとは思えないが、そこは星井に我慢して貰おう。

「しかし、美希の夢通りになっちゃったなー」

「予知夢、というものでしょうか」

「なんかミキのせいみたいに聞こえるの」

「あっはっは、そんなことある訳ないだろー?」

そう言えば出かけるときに星井が雨で中止、とか言っていたな。
夢で見たから勘違いしただけだったようだけれど。

「あ、そういえば」

「ん?」

「ミキね、さっき控室で変な夢見たの」

「変な夢?」

「うん、プロデューサーさんが金髪のぼいんぼいんな美人の女の人といちゃいちゃする夢」

「僕が?」

何だよそれは。僕にとってはものすごく嬉しい夢だが、そんな美女にも心当たりはなければフラグも立ちそうにない。
待てよ、金髪の美女?


「それって星井のことじゃないのか?」

星井は金髪だし齢不相応にぼいんぼいんだ。
ならば是非もなし!

「ミキじゃなかったよ」

それにプロデューサーさんといちゃつく夢なんて見るわけないの、と微妙に傷つくことを言ってくれた。

しかし、他に金髪の美女と言えば……忍、は有り得ないしな。
忍が美女と呼ばれる程に成長するには、僕の血が限りなくゼロになるレベルで必要だ。
過去を顧みても忍が必要に応じて血を吸って大きくなったのも、影縫さんや千石と戦った時で高校生くらいの成長である。
そんな、完全体のキスショットまで戻る、なんて今までにもなかった事態に今日明日でなるとは到底思えないし……。
いや、よく考えたら単なる星井の夢じゃないか。
こんなこと深く考えてどうするんだ。

と、思考を強制的に中断させるかのように大きな音が控室に鳴り響いた。
形容するまでもなく、腹の音だ。
四条の方から聞こえたが、当の本人はけろりとしていた。

「おや、失礼いたしました」

「た、貴音の腹の音か!?」

「すごいの……本当にぐーって言った……」

「わかったよ、じゃあ帰る準備をしてくれ」

その折は 大した懸念もなく三人と食事をして帰ったのだったが、その夜になって僕は事の重大さを知ることになる。

何故って、仕事を終え家に帰り風呂に入り、口笛なんかを吹いてご機嫌だった僕の前に現れたのは、

「ようお前様、ご一緒してよろしいかの?」

いつもの幼女体型の忍野忍ではなく、キスショットそのものだったのだから。



006


「プロデューサー!」

次の日、いつも通りアイドルの送迎を終え事務所に帰るなり、凄い剣幕の秋月に出迎えられた。
その顔はいつになく嬉しそうで、年相応にはしゃいでいるようにも見える。かなり珍しいことだ。
いくら事務所内で一番のしっかり者でも実年齢は十九だ。

「ニュースです、大ニュースですよ!」

「星井に何かあったのか?」

「へ?  何で知ってるんですか?」

あんなことがあった翌日に、しかも秋月がはしゃぎ出すくらいの出来事と言ったらもう限られている。
秋月は首を傾げながらも嬉しさの方が大きいのか、早々とまくし立てる。

「実はですね、美希に大きなオファーが舞い込みまして!」

「へえ、凄いじゃないか」

「はい、なんと月九のドラマの主演 女優ですよ!」

「月九か、それは凄いな」

「はい!」

まるで自分のことのように喜ぶ秋月を前に、僕は何処か冷めていた。
すまないな秋月、何もお前や星井が悪い訳じゃないんだ。
けれど、このままじゃ星井が危ない。


「星井は何処にいる?」

「いつもの部屋にいますけど」

「伝えたのか?」

「はい、それはもう真っ先に」

「わかった。ちょっと星井と話をして来るから、誰も入れないでくれ」

「……プロデューサー?」

「頼む」

いつもと違う僕の雰囲気に気圧されたのか、秋月は一歩引いて小さく頷いた。
混乱している秋月を後目に、ノブを回して部屋に入る。
中では星井が、珍しく眠らずにソファーに座っていた。

「……星井」

昨日の夜――束の間の再会、とは言え中身は変わらないのだが、キスショットの姿を持った忍はそのまま湯舟に浸かってきた。
元々狭い風呂に大の大人二人が入ることでぎゅう詰めになる。お湯もだいぶ流れてしまった。


『忍……っ、お前、なんで……』

『さあのう、気付いたらこの有様じゃ。
 幸か不幸か、中身は幼女の頃と全く変わらんがの』

ほれ、儂のあばらで遊ばんか、と胸を近付けて来る忍。無茶言うな。
外見こそキスショットだが、力や僕との関係は以前と同じ、という旨のことを言いたかったようだ。

『あの金髪娘のせいじゃろうな』

『……星井のことか?』

『応、今のあやつは規格外の願望達成機、と言ったところかの』

うーん、と抜群のプロポーションで伸びをする忍。やめろ、僕を何だと思ってるんだ。

『願望達成機……』

『まあ儂は、どちらでも構わんがの』


背広を脱ぎ、適当な椅子に掛けて腰掛ける。

「月九の主演だってな、まずはおめでとう」

「…………プロデューサーさん」

「どうした星井? 嬉しくないのか?」

星井の顔は、この鈍感オブ765と呼ばれる僕でさえ解る位に青ざめていた。
どう考えても、アイドルとして大役を任された者の表情ではない。

「あ、あのね……プロデューサーさん」

「うん?」

「ミキね、昨日……」

「主演女優になる夢を見たのか?」

「――――っ!?」

なんでそれを、と言いたげに星井は眼を見開く。

「忍」

彼女の名を呼ぶ。
影から音もなく現れるは、かつて鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの全盛期の姿。

「ひ……っ」

「彼女に見覚えがあるだろう?
 彼女が、お前が夢で見た吸血鬼だ」

星井美希は、樹懶と夢を見た。



007


「やあやあ阿良々木先輩、またしても会いましたね。
 そろそろ私の事がウザくなって来たんじゃないんですか?
 どうなんですか? その辺り詳しく教えて下さいよ阿良々木先輩?」

時間を戻すこと、半日前。
今日もまた夢に出て来た扇ちゃんを前に、忍がキスショットの姿に戻ったという事実がありつつも、僕はやけに冷静にいられた。

「前置きはいいよ、扇ちゃん」

「おや、ようやく気付きましたか」

遅いですねえ、そんなのだから私なんかに愚か者なんて言われるんですよ、と何もかもを見通したかのような物言いをする彼女は、果たして僕の命の恩人と同じ軽薄な笑みを浮かべた。

「『君は僕だ。』
 やり方や考え方は違っても、最終的に辿り着く場所は絶対に同じなんだ。
 僕はこの夢を終わらせに来たし、君は星井の夢を終わらせようとしていたんだろう?」

「――そう期待されるのは勝手ですけどね、私は私ですよ。
 忍野メメが姪であるところの、ちょっと危ない瞳孔の開いたキュートな少女、忍野扇です。
 この眼、ヤンデレみたいだって叔父さんには好評なんですよ。
 もちろん、ヤンデレちゃんなんて言われた日にはぶっ飛ばしてやりますけれど。
 話は逸れましたが、私は阿良々木先輩の澱のようなものなんですよ?
 いつしか、阿良々木先輩たちを纏めて嵌めようとしたのをお忘れですか?」

「忘れるわけがないだろう。
 だからこそ信じられる」


「本当、阿良々木先輩は愚かですねえ。
 どうしたらそこまで自分を信じられるんですか。
 ナルシストなんですか?」

「自分が大好きなのさ」

「はあ――私の負けです」

わかりましたよ、と降参のつもりか両手を上げる扇ちゃん。
そもそも、この対話に結論なんて一つしか存在し得ないのだ。
言ってしまえば、一人で自問自答を続けているだけのようなものなのだから。

「メメ叔父さんから今日承った伝言です」

「忍野から?」

それは珍しい。と言うか、まだ生きていたのかあいつ。
定住地を持たずに日本中をふらふらと歩き回っている風来坊な上に連絡手段を持たない奴だから、生きているかどうかも怪しい奴だ。
一応僕の命の恩人だし、未だ健在なことに少々安堵する。
と言うか、扇ちゃんはどうやってあいつと連絡を取り合っているのか、それが一番謎だ。
今の扇ちゃんは忍野ありきの存在だから、忍が僕に縛られているように、扇ちゃんは忍野に引っ張られているのかも知れない。
扇ちゃんは見えない手紙でも読み上げるかのように、流暢に伝言を連ねる。


『阿良々木くん、久しぶりだね。元気かな?
 アイドルのプロデューサーになったそうだね、まずは就職おめでとう。
 積もる話もあるだろうけれど、今は結構な緊急事態だからすぐに本題に入るよ。
 君が担当するアイドルの一人、星井美希はこのままだと放っておけば世界を滅ぼす。
 しかも君のせいだ。社会人なら責任を持って、僕の姪っ子と協力して何とかするんだよ。
 臥煙先輩からのお達しだ、君が何とかしないと強制的に是正されるから、早めにね。

 PS.良かったら僕の姪っ子をアイドルにしてあげておくれよ』

だそうです、アイドルは御免ですが。と扇ちゃんは締めた。
忍野の声色を真似したつもりだったのだろうが、全く似ていなかった。
そんなことよりも、

「世界を滅ぼす……!?」

しかもあの星井が!?
おかしな事になっているのは昨日の時点で百も承知だが、そんな大それた段階にまで来ていたのか。

「と言う訳でして、これは正式なメメ叔父さんからの命令です。
 私、叔父さんには逆らえないんですよね」

命の恩人ですから、と扇ちゃんは続ける。


「わかち懶。
 懶はライと読み、恐らくナマケモノのことでしょう。ナマケモノって樹懶と書きますしね。
 本来ならばここで愚か者の阿良々木先輩にナマケモノに関する雑学を小説で言う50頁分くらい聞かせてあげたいんですが、今は急ぎですしやめておきましょうか。
 簡潔に一言でまとめてしまうのなら、わかち懶は『夢と現実を入れ替える怪異』です。
 正しく表すのならば夢と現実の比率を変える怪異、とでも言いましょうか。
 主に大きな夢を持つ者が取り憑かれる傾向にあると言われていますが詳細は不明、です。
 取り憑かれた者は最終的に、一日のほとんどを眠って過ごすようになるそうです――今の星井ちゃんのように。
 このままでは星井美希にとっての現実は夢、夢は現実となり、永遠に眠り続けることになるでしょう。
 その特性から別れ懶、分かち懶などとも呼ぶそうですね」

確かに、ここ一ヶ月ほどの星井は病気じゃないかと疑う程によく眠っていた。
さすがに仕事中や人目のある場所では起きていたが、事務所や待合室、果てには学校でも授業中に寝ていたらしい。
出会った頃からよく眠る子だとは思っていたが。

「わかち懶は宿主が眠っている間、一緒に眠りについて夢を見ます。
 ここで問題になるのが、彼の夢は宿主の夢と共有しており、しかもその夢は現実において実現する、という点にあります。
 つまり宿主――星井ちゃんの見た夢は現実において本物となる。
 阿良々木先輩も心当たり、あるでしょう?」

扇ちゃんが指すのは、あの頭痛のことだろう。
あれは怪異が現実を強制的に修正した結果だ。
おにぎりを食べる夢を見た結果、僕に買わせることで実現させた。
僕自身に違和感を感じさせないまま、だ。


「さて、ここまで散々すごい怪異みたいにわかち懶を語りましたが、実際はそうでもないんです。
 文字通り世界に干渉するレベルの怪異なのですが、そこは文字通り怠け者のやること。
 本来ならば何十年とかけて少しずつ人間の夢を侵食し、発動することすら稀だと聞きます。
 叶える内容も可愛いものばかりです。
 現実にあまりに大きな影響を与える夢は、わかち懶が面倒くさがるためにスルーされる。
 予知夢、なんて呼ばれているのは大抵彼の仕業だなんて言われていますが、どうなんでしょうね?
 何度も夢で起こった出来事が現実に反映されると気付いた宿主は、やがて夢と現実の区別がつかなくなり、その多くが夢の世界を選択し、眠ったまま夢を見続ける。
 夢の叶わない現実よりは、ある程度自分の願望通りに事が進む夢の世界の方が楽しいですからね。
 最後にはさっき言ったように、宿主が永遠におやすみなさい、で終わりの話なんです。
 まあ、その段階になる頃にはもう既に寿命を全うする頃なのがほとんどだそうなので、老衰と判断されることがほとんどで、大して有害とは言えない怪異だそうです」

めでたしめでたし、ではないですけれどね。と余計なひと言を付け足し、扇ちゃんは続ける。

「――ですが、今回は手違いがあった」

「……僕たちか」

「ご名答です」

怪異に関わった者は、怪異を寄せる――。
最初にわかち懶に取り憑かれたのは、僕だったと言う訳だ。
だが僕は阿良々木暦という一人の人間である と同時に、忍野忍と忍野扇――二人の怪異と手を繋いでいる。
僕に取り憑いたところで怪異は夢を見せることが出来ない。
昼は僕が、夜は忍が起きている上に、無意識下に扇ちゃんという影が落ちている。
無論、自分の仕事を全う出来ない怪異は戸惑い、僕の側にいた人間に移った。
怪異に女の子の好みがあるのかどうかは不明だが、よく眠る彼女が好ましかったのか、星井の夢が好ましかったのか、あるいは両方か――ともかく星井に移ってしまったという訳だ。


「一番の問題は何よりも、怪異が私たちにあてられて進化しまったことです」

病気に罹った身体が免疫抗体を生成するように、一度骨折した箇所が次は折れにくくなるように――あろうことか怠け者が働き者になってしまった。
更に相乗効果でこちらには忍野扇という『前例』がいる。
あらゆる怪異を取り込み進化した扇ちゃんという存在は、さぞやわかち懶にとっていい手本となったことだろう。

「さっきの話に戻りますね。
 大抵の人間は夢の世界を選んで楽しい夢の中で幸せな夢を見ながら逝去されるのですが――。
 けれど稀に、夢を選択しない宿主が現れる。
 それが今回の件、星井ちゃんですね。
 例外の上にまた例外の上乗せです」

そりゃメメ叔父さんもびっくりしますよ、と扇ちゃん。
星井は、きっと夢はそう簡単に叶わないと知っている。
だから都合のいい世界を信用せずに、ひたすらに自分の力で頑張ろうとしている。

けどな、星井――。
お前は間違えているよ。

「彼女は何でも思い通りになる夢よりも、思い通りにならない現実を選んでしまった。
 そうするとどうなるか、聡明な阿良々木先輩のことですから理解されているとは思いますが」

「――夢が、過剰に現実を侵食し始める」

夢を叶える怪異と、夢を望まない少女。
この二つが揃うことにより、『本来叶えない筈の夢まで現実に反映してしまう』ことになる。
例えば、夢とは言えないただの願望や、意味のない幻であるところの夢までもが対象として扱われてしまうのだ。
先日、野外ミニライブの日に星井が望んでもいないのに雨が降ったり、知る由もない忍の昔の姿を現実のものにしてしまった結果がそれを物語っている。

付け足すのなら、忍の夢は僕の夢の残滓とでも言うべきものだ。
寝ている間に見る夢というものは、あくまで個人内で完結していなければならない。
知り得ないことは夢で見ることは出来ないのだ。
つまり、忍はおろかキスショットを知らない星井が、キスショットの夢を見る筈がないのだ。


「この段階にまで来てしまうと、星井ちゃんが何かの切っ掛けで世界の破滅を望むだけでアルマゲドンが起こるでしょうねえ」

それだけは何としてでも、止めないといけない。
何よりも、星井の為に。

「それで 、どうやったら星井を助けられる?」

それを聞いた扇ちゃんは一瞬目を丸くして、はっはー、と快活に笑った。

「阿良々木先輩? ちょっと待ってくださいよねえ阿良々木先輩?
 ちょっとどころじゃなく百年くらい待ってくださいよ。
 まさかとは思いますが万が一であって欲しいんですがそれを私に言わせるつもりですか?」

「ああ、扇ちゃんに言って欲しい」

「…………」


マジですか、と乾いた笑いをこぼす扇ちゃん。
虚ろとも映る笑顔がデフォルトな彼女相手には感情の機微はわからないことがほとんどなのだが、ここまで感情を露わにする扇ちゃんも珍しい。
いつか泣かせたり怒らせたりしてみたいな。
よし、新しい目標ができた。

まあ、言ってしまえば自分の黒歴史をもう一度言 えと言っているようなものだから気持ちは分かるけれど。
でも扇ちゃんは僕で、僕だって扇ちゃんなんだからおあいこだ。

「分かり切っていることを可愛い後輩に無理やり言わせるなんて、さては阿良々木先輩、ドSですね?」

メメ叔父さんに怒られても知りませんよ、と冗談なのか分かり辛い事を言う扇ちゃん。
忍野が扇ちゃんの為だけに現れたらそれはそれで面白いと思うけれど。

「で、僕はどうしたらいいのかな、扇ちゃん?」

もう一度、親しみを込めて問う。

扇ちゃんはもう開き直ったのか最初から満更でもなかったのか、いつも通りの笑顔で言うのだった。

「それはあなたが知っているんですよ、阿良々木先輩」



008


『何とかして星井ちゃんと一緒の部屋で寝て下さい。後は私が接続しますから』

との扇ちゃんの言葉通り、あの後有無も言わせず忍の力も借りて星井を強制的に眠らせると、僕も同じくして眠った。

「起きろ、星井」

「ん……な、何なの?」

ごつごつとした感触のもと、僕と星井は目覚めた。
夢の中で目覚めるというのもおかしな話だが、どうやらここが、扇ちゃんが接続したというわかち懶の夢の中なのだろう。
見上げると、ここは大木の下だったらしい。
見上げど見上げど天辺の見えない巨大な樹――そして、

「プロデューサーさん、あれ!」

枝にぶら下がる、これまた巨大な樹懶の姿があった。
ただでさえ遠近法がめちゃくちゃになっていてよく分からないが、相当に大きい。
あれが、わかち懶。

「どこなのここ! 何なのあれ!」

「落ち着け星井、ちゃんと説明するから」

樹懶とは元々そういう生き物なのか、枝にぶら下がったまま動く気配すら見せない。
これを機に、とまずは現状を全て星井に話す。


怪異の存在。
星井に取り憑いた怪異。
怪異となった僕の昔話。
眠る前に見せた忍のこともあったからだろう、星井は混乱しながらも納得してくれたようだった。
と言うか世の中不思議なこともあるんだね、で済ませてるし。
こちらとしては大いにありがたいが、最近の中学生は適応力が高すぎて困る。

「結論から言おう。今、星井が望むことは大抵叶う」

素敵な恋人が欲しいでもいい、トップアイドルになりたいでもいい、世界の王にすらなれる。

「だが――あれはあまりにも危険な願望機だ。
 星井がほんの少し嫌な思いをする――それだけで」

それだけで、世界そのものが崩れる恐れがある。
それら一連の僕の話を、星井は黙って聞いていた。

「星井、お前はどうなんだ?」

「どうって?」

確かにいきなりこんな言葉通りの夢物語を言われても、答えられないのが普通だろう。

「星井がこのまま、何でも望みを叶える世界に居たいと言うのなら――」

星井がアイドルなら、僕はプロデューサーだ。
すまないな、忍野。
でもこれだけは譲れないんだ。
これだけは星井にわかって欲しい。


「止めはしない」

「え?」

「止めはしないが、星井のプロデューサーにはもうなれない。
 何でも願いが叶うのなら、プロデュースする必要もないしな。
 お前が都合のいい世界を選ぶのなら、それはそれでいいさ。
 アイドルの意向を取り入れるのもプロデューサーの仕事だ」

「あはっ」

……笑われた。僕は結構シリアスに迫ったつもりだったんだけれど……。

「何言ってるのプロデューサーさん、要はミキが夢を自分で叶えるか、人に叶えてもらうかって話でしょ?」

「まぁ……」

極論を言ってしまえばそうなるのか。

「ミキの夢はミキのものだよ。誰にも渡さないんだから」

そう星井が言った瞬間、怪異の夢が崩れ始めたのか、地面が胎動を始めた。
わかち懶を退ける方法、それは夢の中で彼の消滅を望むこと。
夢を共有するわかち懶は、自身を否定するという矛盾の下に消えていく。
今のは完全に偶然だが、星井のようにお前なんか要らない、と言ってしまえばいい。

「ああ、わかってるよ。そう言うと思っていた」

崩れる世界の中、星井の手を取る。
けどな、星井。

「でもお前は間違っている、星井」


「……?」

それは、一体どちらの言葉だったのだろうか。

「僕はお前が羨ましいんだ、星井」

僕の言葉だったのか。

「僕からしたら、お前の姿は眩し過ぎる」

もしくは僕と対を為す、あの少女の言葉だったのか。

「でも、だからこそお前の夢は僕が叶えてやりたいんだ。
 星井、お前は一人で何でも出来るが故に、人に頼ることを知らない」

どちらの言葉でもあって、どちらの言葉でもなかったのか。

「頼る?」

「人の力を借りずに達成できる夢なんてたかが知れている。
 どうせなら、周囲の人間を全員巻き込んで世界一のアイドルになって見せろ!」

僕だって、事務所の皆だって、いくらでも頼ればいいんだ。
むしろ最大限に利用して、一人で出来ない夢まで叶えてしまえばいい。
少なくとも僕はそれを、迷惑や責務とは感じない。

「お前に頼られることは栄誉だ、アイドル星井美希!」


「世界一の、アイドル……」

星井の顔が次第に笑顔に変わっていく。
新しい玩具を見つけた子供のような、無邪気な笑顔。
それでいい。
お前はそうだからこそ、誰よりも輝けるんだ。

「ああ、世界で一番キラキラできるぞ!」

「うん! ミキなりたい!」

「ようし星井! あのKYに止めの一言を言ってやれ!」

未だにぶら下がっているでかい樹懶を指して言う。
命の危険が迫っても尚動かないとは怠惰の代名詞通りだ。

「うんっ!」

「星井! お前の夢はなんだ!」

「キラキラしたい! たくさんキラキラしたいの! だから――」

「あなたの夢なんて、いらない!」

その一言を最後に、僕と星井は優しい金色の光に包まれた――なんてアニメ的な洒落の効いた演出はなく、

「……あれ?」

「きゃあああぁぁぁ!?」

「うわあああぁぁぁ!?」

足場が崩れて無くなり、高所から落ちていく感覚と共に目が覚めたのであった。



009


後日談というか、今回のオチ。

いつだって眠りと覚醒の狭間は至福の時だ。
そこには睡眠欲を満たす、自分は今眠っている、という自覚が存在するからだ。
落ちる夢を見ると精神的に良くない、と何処かで聞いたことがあるような気がするが今回はカウントしなくても良いだろう。
そもそも僕の夢じゃないし。

『プロデューサーは誰も入れるなって言ってたけど……』

『甘いですよ律子さん、相手はあのプロデューサーですよプロデューサー!』

意識の覚醒に伴い目を開ける――が、視界は開けずに暗いままだった。
おかしいな、そんな真っ暗になるほど時間は経っていない筈なんだけれど。
単に目を開けたつもりで、目を開けるという夢を見ている、ということはある。
朝起きて、朝食を食べ出勤する――という夢を見て安心してしまうことは過去にもあった。
あの夢だと気付いて飛び起きた時の絶望感といったら無い。

『でもなんだか真に迫っていたし……』

『そんな事言って、美希がキズモノになったらどうするんですか!』

それに、とても心地良い。
こういう時に細やかに表現できる語彙が少ない自分が悔やまれる。
温かくて、いい匂いがして、何とも言えない至福の心地だ。
少々息苦しい気もするが、それを差し引いてもお釣りが有り余るほどの境地であった。


『さすがにない……とは言えないのが彼の凄いところね……』

『様子だけでも見ましょうよ。ここまで静かだと逆に怖いですよ』

『確かにそうね……』

がちゃり、と開錠する音で意識が更なる覚醒域まで浮上する。
さっきから耳に届いていたのは、秋月と天海か。
きっと僕と星井が心配になって様子を見に来たのだろう。
安心しろよ、星井は無事だ。

「プロデューサー? 大丈夫で――」

「美……希……?」

二人が入室したことによって、完全に目が覚める。
さて、時間的には昼間だし、いつまでも寝ているわけにも行くまい。

僕は身体を起こして――って、身体が動かない。
って言うか頭が固定されている。
なんとか身をよじって頭を出すと、

「むぐ……んん?」

「むにゃ……」

「――――!?」

初めに視界に入って来たのは、星井の無邪気な寝顔だった。
どうやら星井に抱き枕代わりにされて眠っていたらしい。


今も星井の腕は僕の首に回されている。
という事は……位置的にさっきまで僕の顔の位置にあったのは……星井の胸!?

「ぷ、プロデューサー……!?」

ちょっと待て、そんなトラブルな展開は必要ないんだ。
確かに僕の一生分の運を使用しても足りない位のラッキーイベントだが、それ以上に死亡フラグが立つじゃないか!
二人にしてくれと言っておいてアイドルと必要以上に仲良く寝てるプロデューサーに未来はあるのか!? いやない!
その証拠に顔こそ見えないが、秋月と天海から殺気を感じる。

「起きろ! 頼むから起きてくれ星井!
 それと天海、秋月! こんな状況で説得力がないのは億も承知だが、これは誤解以外の何物でもない!」

とりあえず、張れるだけの予防線を張って全力で星井を引き剥がして離れる。
流石の星井もそれで起きたらしく、むずがるように顔をこすって目を覚ました。

「いいか二人とも、星井は怪異に取り憑かれていて――」

「あふぅ……」

僕が必死で言い訳を積み重ねるも、二人の信じられないものを見たという表情は崩れない。
星井は状況がわかっているのかいないのか、可愛くあくびなんてしてるし。

「星井! お前も二人に説明してやってくれ! 僕は無罪だ!」

「ハニーは悪くないよ。ハニーはミキを助けてくれたの」


「――――」

三人揃って絶句する。

「は、ハニー?」

「ミキをいっぱいキラキラさせてくれるんでしょ?」

確かに、そうは言ったけれども。

「これからも改めてよろしくね、ハニー!」

「うわっ!?」

なんて言いながら抱きついて来る星井。
呼称については後から聞いた星井の話によると、『ミキをわかってくれた上で更に突っ込んできたお人よしは初めてだから』ということだ。
褒められているのか微妙な言い回しだったが、彼女もやはり誰かに頼ることを無意識で抑えてはいても、何処かで望んでいたのだろう。
一通り何でも出来ると言ったって彼女はまだ十五歳だ。
誰かに甘えたいに決まっている。
その対象が僕なのは嬉しい悲鳴と表現するしかないのだが――。

その後、二時間近くをかけて二人の誤解を解いた僕だが、星井はどうやら僕が思う以上に一途な少女だったらしい。
愛称までつけてもらって彼女の信頼を勝ち得たのは喜ぶべきことだが、星井がアイドルだということを考えれば注意を超えて警告が必要なのは火を見るよりも明らかだ。
それに何よりも――。


「かかっ、ツンデレ娘と引き合わせたら面白そうじゃのう」

体型も元に戻った忍が、八重歯と見紛う小さな犬歯を見せてそんな事を言う。

「やめてくれ……想像するだけで心臓が止まりそうだ」

火に油、助長や煽動どころの表現じゃとても足りない。
言うならば斧乃木ちゃんに核爆弾の発射スイッチを託すようなものだ。
彼女のことだから絶対適当に管理するだろう。
それどころか普通に意味もわからないまま押しそうだ。危険すぎる。

ひたぎと星井だけは絶対に会わせてはならない――。
そう、固く決意した日だった。



みきスロウス END

拙文失礼いたしました。
支援してくれた方、読んでくれた方ありがとうございます。

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