少女「Ring-a-Ring-o' Roses」(22)


元ネタ:Plague inc.
知らなくても普通に読める上に知っていることで面白くなることも無い。


少年「……うーん」

 暗く深い森の中、一人の少年が立ちすくみ、声を漏らす。
 ぽん、ぽんと跳ねるリスとそれに揺らされる枝のほかには、動くものは無かった。

少年「どうやって帰ろう」

 少年は、道に迷っていた。
 探検をしてみようだとか、木の実を取ろうだとか、そういった目的も無くなんとなく入った森でこれである。

 しかし延々とその場に立ち竦んでいても事態は進展しない。
 それを知ってか、少年は重い足取りで前に進み始める。

 が、

少年「う、わぁっ!」

 日の光が届かず、ぬかるんだ地面に足を取られたと少年が察したとき。
 既に彼は、坂を転がり落ちている最中であった。


 僅かな段差や木の枝で跳ね、時には動物の死骸にぶつかりながら少年は転げ落ちる。
 結局、その下り坂の最後まで転がり続ける羽目になったが、太い幹や岩にぶつかることが無かったのは幸いといえよう。

 坂の下、傾斜のない場所で止まってからも、少年はその場でうずくまっていた。
 骨折までの怪我はなくとも、彼の身体には鈍痛が残っているのだ。

 服は千切れた枯れ草と泥にまみれ、その下も擦り傷と痣で汚れていることだろう。
 目に涙を溜め、誰に聞かれるわけではないが、嗚咽をかみ殺し、彼は痛みを抱え込む。

 痛みに身を震わせながらその場から動けない少年。
 そんな彼の耳に、突如、

「Ring-a-Ring-o' Roses, A pocket full of posies,」

 透き通るような声が、届く。


少年「……、?」

 綺麗な声だ、と少年は素直な感想を抱く。
 ただ、少年はまだその言語について学校で習っていないこともあり、歌詞は分からなかった。

 少年はふらりと立ち上がり、声のするほうに向かって歩き出した。
 痛みはまだ引いていないが、しかしそれでも、なにかに導かれるようにして少年は歩く。

「Atishoo! Atishoo! We all fall down.」

 透き通るような声が、少年の周囲を満たす。
 乾いた風のような、小川を流れる水のような、そんな声だ。

 重い身体を引きずりながら進む少年。
 そんな彼が、大きな木を避けると、そこには陽光で照らされた小さな舞台があった。


 背の高い木が堂々と葉を広げ、他の草木の成長を考慮していないこの森の中。
 唯一そこだけ、天井にぽっかりと穴が空いたかのように、日の光が差していた。

 許された唯一の楽園に篭るようにして、青々とした背の低い草が身を寄せ合う。
 そしてそれらを踏みながら、くるくると回るのは、女の子。

 真っ白で、生地の薄い服をふわふわと舞わせながら回る少女。
 先程少年が転げまわっていたところとは、違う世界が、そこにある。

少女「Ring-a-Ring-o' Roses, A pocket full of posies,――」

 少女は自分を凝視している少年に気づくと、歌を止めた。
 そして自らも少年をじっと眺めた後、彼に向かって微笑んで見せた。

少女「こんにちは。どうしたの?」


少年「あ、いや、えっと」

 明るく優しく微笑む少女に対し、けれども少年は返事ができない。
 赤面し、もぞもぞと口を動かすばかりだ。

少年「道に、迷って」

 なんとか声に出して、少年は後悔する。
 道に迷って、転んで泥だらけになった姿を隠すように、彼は少しだけ背筋を丸めた。

少女「そっか。ここから出るなら、そこを真っ直ぐ進んでいくといいよ」

少女「靴の跡があるから、きっと外に繋がっている」

 少女が指差すほうには、たしかに誰かの靴底の形がくっきりと残っているが、少年は首をかしげる。
 恥ずかしがり、混乱していた少年であったが、その言葉から違和を感じることは出来た。
 
少年「君は、どこから来たの?」

 案内をするのであれば、自分が来た道を示せばいい。
 にもかかわらず、少女はその場の状況のみから、外へ繋がる可能性が高い道を示した。


 一瞬目を丸くした少女であったが、直ぐにまた微笑をみせ、くるりと回る。

少女「そんなことどうだっていいよ。直ぐにどこも同じになるんだから」

少年「どういう、意味?」

少女「ひみつっ」

 少女は回り、また歌う。
 彼女の言うことをまるで理解できない少年は、ただそこに座りこみ、舞う姿を見るほか無かった。

少女「Ring-a-Ring-o' Roses, A pocket full of posies,――」

……

 それから、少年は時間をみつけては少女のところに通うようになる。
 放課後に行っても、休日の昼に行っても、同じところでくるくる回って歌う少女を彼は見ていた。

少女「そういえば、ニュースは見てる?」

 新聞でも、テレビでもいいよと少女は続けるが、少年は軽く首を振った。
 食後になんとなく親と一緒にニュース番組を見ているが、内容はあまり頭に入っていない。

少女「そう。じゃあ夕方のニュースは見てみるといいよ。これから暫くは」

 くすくすと笑った後、少女はまた歌い始める。

少年「……りんがりんごろーぜす」

 聞いたままの歌詞を少年がつぶやくと、少女はまたくすりと笑う。
 そして、ゆっくりと、少年に歌詞を教えるかのようにして歌うのだ。

少女「Ring-a-Ring-o' Roses,」

少年「りんがりんごろーぜす」

少女「A pocket full of posies,――」

少年「あぽっけふるおぽーぜす――」

……

 数日の後、新種の病原菌が発見されたというニュースを少年は目にする。
 少女にニュースを見るようにといわれてからそれまで、目を惹くニュースはそれくらいであったため、恐らく少女が言っていたのはこのことなのだろうかと彼は思う。

 専門用語と漢字に塗れていてよく中身は分からなかった。
 分かったのは、エジプトで発見され、その後他の国にも感染者がいたということ。

 いつものように森の中に行き、少女にそのことを伝えると、彼女はにんまりと笑って見せた。

少女「慣れたものでしょう? 咳と嘔吐で散らした菌が、風邪と水に乗っていくの」

少年「慣れた、って、どういうこと?」

 少年が首を傾げると、満足げに釣り上げた口角をそのままに、少女は胸を張る。
 
少女「これね、全部私がやっているの」

 堂々と言い放ち、少女はくるくる踊りだす。
 いつものように不思議に踊り、いつものように不思議に歌う。

 そんな姿を眺めていた少年は、彼女の発言を真に受けることは無かった。
 そういったごっこあそびなのかな、と自分も参加する方法を考えたけれど、彼は結局、いつものように彼女を眺める。

……

 数ヶ月の後、件の新種の病気は瞬く間に多くの国に広がっていく。
 ニュースでそのことを取り上げない日はなく、拡大を防ぐために、空港や港、国境を封鎖する国まで現れ始めた。

 目だった症状は、咳やくしゃみ、嘔吐のみならず皮膚に湿疹、膿などが出るらしい。
 人のみでなく家畜にも感染し、空気中、水中での生存率が高く、温度変化にも強い病原菌だ。

 しかしながら、それらを知っていても他所の畑の事として、少年は少女のごっこ遊びを見に来ていた。

少女「抗生物質も効かないんだよ。解析もしづらくなってるし」

少女「不眠症と貧血もあるから、薬は間に合わないだろうね」

 少年が相槌を打つと、少女は満足げに踊りだす。
 そうして、少年も立ち上がり、その場でくるくる回りだす。

少女「Ring-a-Ring-o' Roses,」

少年「あぽっけふるおぽーぜす――」

……

 少年が少女と会って十ヶ月ほど。とうとうその時が来た。
 感染者が、全ての国で確認されたのだ。

 そしてそれを見計らっていたかのように、病はその姿を変える。
 ただの下痢が紅く染まり、咳をするたびに肺に激痛が走り、身体の一部の血が止まって肉が腐る。

 少年の通う学校では少し前から各所に消毒液が設置されるようになっていた。
 しかし一日ごとに、マスクの着用が義務付けられたり、他の人が触れたものに触らないようにと呼びかけたりと対策は強化されていく。

 真剣な表情で注意を促す教師の姿に、日常の変化を感じながらも少年は少女の下に来ていた。
 特に何をするわけでもないが、ただ彼女を見ていると楽しいし、彼女と共に居るのが幸せに思えて仕方なかったのだ。

少女「Atishoo! Atishoo! We all fall down.」

少女「――ねえ、こっちにおいでよ。手を繋いで遊ぼうよ」


 少女は手を差し伸べ、少年を光の舞台へと誘う。
 だが、少年は考えるよりも早く、ゆるやかに首を振っていた。

 少年は今まで、少女の踊る光の中に入った事が無い。
 いつも日陰の中で、ぬかるんだ地面に座って彼女を見て、話して、たまに歌っていた。

少女「どうして? ここはとっても気持ちがいいよ」

 確かに少年が居る場所は居心地がいいとはとても言えず、日の当たる場所のほうがいいのは明確だ。
 ついでに少女にも近づけるとあればいいこと尽くめなのであるが、それでも彼は動かない。

少年「なんだか、そこには入っちゃいけないっていうか、入れない気がする」

少女「――ふぅん、そっか」

 不機嫌に言い放つ少女を見て少年は少し戸惑ったが、彼女がいつものように踊りだすと、彼もいつものようにそれを観た。

……

少女「Ring-a-Ring-o' Roses,」

少年「あぽっけふるおぽーぜす」

少女「Atishoo!」

少年「あーてぃしゅ」

少女「We all fall down.」 少年「うぉーふぉーだーん」

 いつものように歌う少女、見よう見まねで歌う少年。
 学校が休みになってから、少年は隠れるように森の中で少女と過ごしていた。

 どこに行っても皆おびえたように過ごしているけれど、この森だけはいつもと変わらず穏やかだった。
 だから少年はそこに篭り、少女と歌うのだが、

少年「――けほっ」

 たった一つの咳で、それはぐるりと変わる。

少女「――、!?」

 一拍開けて、少女は血相を変える。
 少年はそれに気づかず、続けてこほ、こほと咳をし、鼻を啜った。

少女「……来て」

少女「早く、来て!」

 少女の叫び声を聞いて、少年はびくりと肩を震わせ、そこで初めて異変に気づいた。
 しかし何かが違うことに気づけど、少年は何をするべきか判断できず目を白黒させる。

少女「早く、こっちに、ねえ!」

 少女の絶叫が響くが、少年はその場から動けない。
 呼ばれるがままに少女の下へと駆け出したいが、そうしようとすると途端に足が動かなくなる。

少年「――っ」

 混乱した少年は、気づけば駆け出していた。
 初めて彼女と会った日に、教えてもらった帰り道を。

……

少女「……」

少女「……」

 少女は一人、佇む。


少女「――Ring-a-Ring-o' Roses,」

 くるりくるりと、舞う少女。
 ふわふわと遊ぶ白い服は、まるで御伽噺の妖精のよう。

少女「――A pocket full of posies,」

 さんさんと日の光が注ぐ舞台。
 暗い森の中からそこだけが切り取られた異世界のよう。

少女「――Atishoo! Atishoo!」

 少女は止まり服は遊ばず、
 日は雲に隠れ陰になる。


少女「――I only fall down.」

 少女は遠くを眺めた後、倒れこんで空を見た。

 全世界を苦しめていた病原菌が一斉に消滅したのと彼女が倒れこんだのが同時であることは、もう誰も知らない。

終わり。
世界の危機とか関係無しに日常が進んで、大層な理由も無く危機が去る話が書きたかった

質問等あれば脳食い虫たんに食わせておいてください。
あとPlague inc.はとてもよいゲーム

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