咲「お覚悟を」池田「そうはいかないし!」 (71)

それは闇に乗じて行われる。


夜の暗闇が支配する町中で、人がいなくなった瞬間の路地で今宵も血飛沫があがる。

地面に首から血を流し倒れ伏した男の傍に立つのは忍び装束の女。

『猫』と呼ばれる金を払えば誰でも[ピーーー]といわれるスゴ腕のくのいちだった。

本名は池田華菜。


池田は息絶えた男を無感情な表情で冷たく見下ろす。

池田「こいつ、自分が恨み買いまくりなことしてる自覚なかったのかよ」

共の一人も付けずにのうのうと明かり少ない路地を酔って歩いていた相手。

悪徳な高翌利貸し屋のため、恨みの一つ二つどころじゃないだろうに

よくもまぁ平然と歩けたものだと池田は感心した。

そのおかげで簡単に殺せたのだが、あまりにも拍子ぬけ過ぎた。

池田「せめてもうちょっと手ごたえっつーか……まぁ、楽して金が手に入るんだからいっか」

ため息とともに己に言い聞かせるように池田はそういうと

再び布で口元を覆い、顔を隠すようにすると死んだ男の上に

己が殺した証として一枚の猫のカードを落とし、そのまま闇の中へと消えた。


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それは闇に乗じて行われる。


夜の暗闇が支配する町中で、人がいなくなった瞬間の路地で今宵も血飛沫があがる。

地面に首から血を流し倒れ伏した男の傍に立つのは忍び装束の女。

『猫』と呼ばれる金を払えば誰でも[ピーーー]といわれるスゴ腕のくのいちだった。

本名は池田華菜。


池田は息絶えた男を無感情な表情で冷たく見下ろす。

池田「こいつ、自分が恨み買いまくりなことしてる自覚なかったのかよ」

共の一人も付けずにのうのうと明かり少ない路地を酔って歩いていた相手。

悪徳な高翌利貸し屋のため、恨みの一つ二つどころじゃないだろうに

よくもまぁ平然と歩けたものだと池田は感心した。

そのおかげで簡単に殺せたのだが、あまりにも拍子ぬけ過ぎた。

池田「せめてもうちょっと手ごたえっつーか……まぁ、楽して金が手に入るんだからいっか」

ため息とともに己に言い聞かせるように池田はそういうと

再び布で口元を覆い、顔を隠すようにすると死んだ男の上に

己が殺した証として一枚の猫のカードを落とし、そのまま闇の中へと消えた。

和「咲さん、知っていますか?どうやら昨晩も『猫』が現れたらしいですよ」

クスクスと笑いをこぼしつつ、目の前の机にある数多の嘆願書等に目を通しながら

現将軍である原村和が言う。

そんな彼女の後ろに控えるようにひっそりと、まるで空気に溶け込むようにして座っている人物が一人。

名を宮永咲。

目の前にいる原村和の影武者である。

一人の天下人が戦乱の世に終止符を打ってから早数百年。

もはや戦乱の世などはるか昔といわれる時代。

国の全ては一人の将軍が握っているようなものだった。

そしてその将軍家も代を重ね、今は数年前に10代目となった和がその手腕を振るっている。

まだ将軍の座について10年にも満たない年数にも関わらず

歴代の将軍の誰よりも聡明で頭が切れるといわれている。

彼女にはできないことなどないのではないか、といわれるくらい優秀なのだ。

勉学にしても、武芸にしても彼女に勝てるものなどいなかったのだ。

しかし、その優秀さ以上にその冷徹な性格も畏怖の対象だった。

己にとって使えぬ者は容赦なく切り捨てるその非情さに何人の家臣たちが消えていったことか。

だが、和の恐ろしさを知っているだけに誰一人として

彼女の決定に抗議の声を上げるものはいなかった。

そんな和が今より昔、将軍の座につく前の幼き頃に見染め、

己の影武者としてこの城に連れてきたのが咲である。

咲はクスクスと笑う己の主の背をまっすぐに見つめ、口を開く。

咲「『猫』とは確かスゴ腕の殺し屋ではありませんでしたか。あまり愉快は話とは思えません」

淡々と、主に対して言うにはあまりにも無礼な物言いだったが、

和は気分を害した風なくゆっくりと咲の方を振り返る。

そして目を細めながら笑みを深めると

和「この『猫』はどうやら悪い評判の立っている商人や武家の者たちを殺しているらしいです」

和「まぁ、金を積めばだれでも殺すというだけで、ようはそういう相手ばかりの依頼がくるだけだろうけれど」

和「人の恨みを買ったがために、己の命が売られたようなものですね」

咲「それが…どうかされましたか?」

和「どうやら、その『猫』の次の狙いは私らしいです」

楽しげに口を吊り上げて和がそう言った瞬間、

今まで無表情を貫いてきていた咲が驚いたように目を丸くする。

ようやく表情を変えた咲の顔を見て、和が満足そうに頷く。

咲はすぐに小さく首を振ると

咲「どなたがおっしゃったのかはわかりませんが、それは無理でしょう…」

咲「たとえいかなる腕のいい殺し屋であろうと、私が和様を害させるわけがありません」

ご安心ください、と両手をついて頭を下げた咲を見て、

和がこれ以上なく満足したような表情でゆっくりと立ち上がり、

咲の前へとやってきて頭を下げている咲を撫でる。

和「その通りです咲さん。あなたは私が見出した最高の影武者です。私を失望させないで下さいね?」

咲「仰せのままに」

頭を下げたまま咲がそう言えば、和は満足したようにまた咲から離れていく。

そのまま机のそばも通り過ぎ、和が部屋を出ていく気配を感じて

咲が顔を上げて和を追いかけようと腰を上げようとした。

しかし、それを和が手で制す。

和「すぐに戻ります。咲さんはそこにいて下さい」

咲「…はい」

咲の返事を聞いて和がゆっくりと襖を閉める。

和の去る足音すら聞こえなくなった将軍の部屋で一人残された咲は

どこか悲しみを含んだ息をついた。

そしてゆっくりと立ち上がり、窓辺へと近づく。

天守閣のように高い場所にある将軍の部屋から見える景色は、

城を取り囲む高い壁の向こうの城下町すら一望できるほどだ。

そして咲にとってはその景色だけがすべてだ。

10にも満たない頃に城に連れて来られてから今まで、咲は一度たりとも城の外へと出させてもらったことはない。

和がそれを許さないからだ。

一度、どうしても城下町を間近に見たくて城を抜け出そうとしたのがばれた時、

咲は和から激しい折檻を受けた。

一週間も続く折檻の果て、咲は和から絶対に城の壁に近づかないことを誓わされた。

それゆえに咲の知る世界は、将軍である和が住まうこの城と

時折和と共に歩く園庭ぐらいのものだった。

咲「…なんて狭い世界なんだろう」

目の前に広がる景色を見て咲は呟く。

咲にとって、城を守るための壁は罪人を囲う格子と同じだった。

無駄だと分かりながらも、咲はそっと窓から外へと手を伸ばす。

宙に浮いた手がそっと遠くに見える城下町の風景を撫でる。

この城の世界を知らぬまま生きる民を想像し、咲はどこか自嘲気味に口元を歪めた。

その時だった。

和「何をしているんです」

背後からこれ以上なく低く冷たい声が向けられる。

怯えるように体を縮込ませ、伸ばしていた手を引っ込めて

咲が勢いよく振り返れば、そこには冷たい表情をした和が立っていた。

咲「和様……」

一目見ただけで怒っていることがわかる和の姿に、咲が震える声で名を呼ぶ。

和がまっすぐに咲を見て、そして笑みを浮かべる。

しかし、射抜いてくる瞳は冷たい怒りを湛えたままのため、

咲は小さく体を震わせることしかできない。

和が一歩また一歩とゆっくりと窓辺にいる咲へと近づく。

そして、咲の目の前までやってきてその歩みを止める。

咲の頬に、和の冷たい掌が添えられた。

和「咲さん、下々の町のことなど気にしてはいけない、興味も持つな、と私は言ったはずですが?」

咲「和…様…」

和「悪い子ですね」

そう言った瞬間、乾いた音が部屋に響き、咲の体が床に倒れる。

和が咲の頬を強く叩いたのだ。

床に倒れた咲を仰向けにし、和は右手を咲の首にかけて咲を床に押し付ける。

ギリギリと軽く首を締められる苦しみに、咲は目に涙をたたえて

主である和に許しを乞うために「ごめんなさい」と何度も呟く。

和「咲さん、あなたは誰のものですか?」

咲「わ、たしは……和さま、の…ものです」

和「そうです、あなたは私の物です」

和「私の傍にいて私のことだけ見ていればいいと、この城にきたときにそう教えた筈です」

咲「は…い」

和「ならそうしなさい。私に逆らわないで。私以外のものに一欠けらの心すら傾けないでください」

いいですね、と念を押してくる和の言葉に

咲は呼吸困難により意識を遠ざけつつも何度も頷いた。

その咲の答えに満足したのか、和の手が咲の首から離れていく。

一気に空気を取り込めるようになったためか、咲が床に倒れ伏したまま激しくせき込む

そんな咲の姿すら愛おしげに和は見つめ、そしてゆっくりと膝をついて

床に倒れている咲を己の胸元へと抱え、そのせき込んでいる背を優しく撫でる。

和「ああ、咲さん。私の可愛い咲さん。あなたは永遠に私のものです」

ぞっとするような声音で言われるそれを、咲はせき込みながらどこか遠い意識の中で聞いていた。

とりあえずここまで

城下の街に、まことしやかに流れる噂が一つ。

もしも『猫』に殺しを依頼したいならば、町はずれの朽ちた小屋へと行けばいい。

その小屋の近くにある枯れた古井戸に依頼の手紙を入れておいておけば、次の日返事の手紙が入っている。

その手紙に書かれた日時に、またそこを訪れれば、どこからともなく『猫』の声がして依頼の内容を聞いてくる。

内容と金額に『猫』が満足すれば仕事を受け、依頼に対して金額が合わなければ『猫』は去ってしまう。

そして、『猫』と話している時に決して小屋の扉を開けてはならない。

さもなくば、己が殺されてしまうから。

池田「さ~って、今日は入っているかな~っと」

水の枯れ切った古井戸の桶を口笛を吹きつつ池田は引き上げる。

古井戸の底はあまり深くなく、すぐに桶が姿を見せ、

その中に白い手紙を見つけ池田はにんまりと笑みを深めた。

桶からそれを取ると、すぐに桶をほおり出す。

カターンッと足もとに落ちた桶の音を聞きながら、池田が手紙を開いた。

手紙の中身は当然のように殺しの依頼だった。

それを見て、池田はどこか呆れたように息をついた。

池田「世知辛い世の中だし。べつに私は殺し専門ってわけじゃないのにな」

そう、池田自身は何でも屋的な意味合いでこういうことをしているのだが、

池田の働きぶりから殺し専門と勘違いされているらしい。

まぁ、人を殺すだけあって得られる金銭も段違いなのだからいいか、と楽観的に考えた。

そして池田は手紙を見て思案する。

この依頼受けるべきか受けざるべきか。

正直、昨日の依頼達成で得た金銭でしばらくは暮らしていける。

が、ふと池田は思い出す。

遠くで離れて暮らしている妹の誕生日がもうすぐであることを。

それを思い出し、出来れば奇麗な髪飾りと何か祝い菓子でも送ってやりたいと考えた池田は

今回の依頼を受けることに決めた。

すぐに朽ち果てた小屋に隠してある筆で落ち合う日時を紙に書いて

落ちていた桶の中に入れると古井戸の中へと放り込んだ。

そして数日後、池田は約束の時刻よりも早く来て裏手から朽ちた小屋の中に入り、

扉付近にしゃがみこみ、かすかに開いた穴から依頼主の姿を探す。

しばらくしてやってきたのは随分といい身なりをした女武士らしき人物だった。

小屋の近くにきてきょろきょろと辺りをうかがうように見る様子から、依頼主であろうと断定した。

池田『あんたが昨日の手紙の依頼主か?』

小屋の中からそう言えば、相手がこちらに視線を向けてくる。

とはいっても、扉があるので池田の姿が相手に見えることはない。

相手は戸惑いゆえか少し沈黙した後、「そうだ」と頷いた。

池田『じゃあ、さっさと聞くけど、誰を殺せばいいわけ?』

単刀直入な池田の問いに、女は緊張した面持ちでしばし沈黙する。

だが、しっかりとした声で言った。

菫「十代目将軍…原村和を」

池田『え!?』

女の口から出てきた名前に池田は思わず声を上げた。

池田自身今までそれなりに有名どころの武士を手にかけたことがないわけではなかったが、

今回言われた人物はそれの比ではない。

なにせ、この世をおさめる天下人だ。

まさかの殺し依頼に池田は声を無くす。

池田『本気か?』

菫「ああ、本気だ。金は弾む。あの女を殺してくれ」

そういって女が腰につけていた大きい袋を朽ちて半分ない窓から中へと投げ入れた。

投げ入れられた拍子に飛び出てきたのはまさかの小判で

しかも姿を見られないよう身を屈めてそれを引き寄せて中を見てみればどうやら中身すべてが小判らしい。

これには池田も驚いた。

しかし、女の言葉に池田はさらに驚く。

菫「それは手付金だ。成功すればもっと払おう」

池田『マジで?』

まさかの言葉に池田は耳を疑う。

そして手の中の袋の中身を見て考える。

確かに依頼内容はかなり難しい。

下手をすれば自分の命が危ない。

が、成功すれば、もはや妹の祝いどころか一生暮らしていける程度の金が手に入る。

池田はそれを己の頭の両てんびんにかけ、そして決めた。

池田『わかった。引き受けるし』

菫「本当か!」

池田『ああ、でも時間がかかるかもしれない。なにせ相手は将軍様だからな』

菫「わかった。期待している」

そういうと女が足早にその場を去っていく。

池田はそれを見送ると手の中の袋から小判を一枚取り出して上に掲げる。

どう見ても本物の小判だ。

さすがの池田もため息をつく。

池田「一体誰からの依頼なんだろうな。多分今のやつ下っ端っぽいけど…ま、どーでもいっか」

池田「こっちは金さえ手にはいりゃあ将軍だろうが誰だろうがどうでもいいし」

そういってカリッと小判に軽く歯を立てた。

月明かりすらない新月の夜。

その闇に乗じるように池田は易々と城へと潜り込んでいた。

上手い具合に天井裏に潜り込み、目的の殺す相手がいるであろう部屋を目指す。

そうしてやってきたとある部屋の前からこっそりと部屋の中をうかがえば、

ピンク髪の人物がこちらの背を向けた状態で、ろうそくの明かりを頼りに書物を読んでいる姿があった。

己が狙われていると露とも思ってなさそうな無防備な姿に、

名君といわれているけどそういう危機感ないもんなのかな、なんて心の中で呟いた時だった。

不意に見えていたはずの相手の背中が消えていた。

「え」と驚きに声を上げるより先に、体が動いた。

勢いよく一歩後ろに下がったその瞬間に、目の前の襖が小太刀の刃によって斜めに切られ倒れたのだ。

あと一歩反応が遅ければ、その刃にやられていただろう。

持ち前の本能によって助かった命だ。

咲「まさか、よけられるとは思いませんでした」

切られ、倒れた襖の奥からゆっくりと人が現れる。

絹を使った豪華な衣に身を包み、ピンク髪をした人物は確かに背格好は将軍である和にかすかに似ていた。

後ろからでは気付かないくらいに似ている背格好であるが、

正面から見ればそれは明らかに違うことがすぐに分かった(おもち的な意味で)。

池田「影武者か…」

池田がそう言えば、偽の和…咲はこくりと頷いた。

咲「はい、将軍原村和様の影武者、咲といいます」

咲「まぁ知ったところで今から死ぬあなたには余計な情報でしょうけど」

そういうと咲は右手に持っていた小太刀で池田に襲いかかる。

これまた人の死角に入りこみ切りつけてくるそれを、

池田はなんとか見きって己の持っていた小太刀でその刃を受け止める。

攻撃を止められたことに咲は心底驚いたように目を丸くし、次いで一歩引いてジッと池田を見る。

咲「随分と俊敏なんですね」

池田「あんたこそ、人の死角に入るのが上手いじゃん。今の私じゃなかったら確実に殺られてたし」

咲「そうですか。ならさっさと殺されて下さい」

池田「お断りだし!」

そう言い合いながら二人は刃を合わせあう。

最初こそ互角ではあったそれは、徐々に咲が劣勢へとなる。

最後には池田が咲を畳の上に押し倒す形で決着がつく。

咲の首元に小太刀の刃を添えながら、池田は尋ねる。

池田「で?本物の将軍はどこだし?」

咲「答えると思いますか?」

池田「ま、そーだよな」

影武者がそう簡単に主を売るわけがないことなど重々承知だった。

ため息をつきつつ、己を睨んでくる咲を見つめる。

池田の下にいる咲の瞳はまっすぐでとても綺麗だ。

それでいてピンク髪が異様に似合っていない。

池田「…なぁ、あんたのその頭…地毛じゃないだろ?」

咲「それが、なんですか?」

池田「いや、せっかく綺麗な目してんのに髪が合ってないなって思ったんだし」

池田「つーか、あんた自体がここにいるのが不釣り合いっつーか…」

池田のその言葉に、咲の目が大きく見開かれる。

次いで、どこか悲しげに細められながら

咲「そんなの…あなたにはどうでもいいことでしょう…」

そう呟くように言われた。

悲しみを含んだその声に、池田はなんだか胸がうずく。

殺そうとしている相手であるはずなのに、泣いてほしくないと思った。

できれば、彼女の本当の姿が見てみたいと思い…

池田がそっと咲の髪へと触れた時だった。

和「咲さんから離れてください」

そんな声とともに凄まじい殺気が向けられ、

次いで視界の端にきらめく刃が見えて池田は勢いよく咲の上から飛びのく。

しかし、刃は池田の肩口を深く傷つけ、血が舞った。

咲「和様……」

咲が身を起こしながら驚いたように新たに現れた人物を見る。

池田も同じように視線を向ければ、うわさ通りの将軍の姿がそこにはあった。

和は一振りの日本刀を手にまずは咲を見て、ついで池田を見ると

殺気を隠さぬまま笑みを浮かべる。

和「なるほど…随分と機敏なんですね。これでは確かに咲さんの分が悪い」

和「咲さんは人の死角を利用して相手を殺すのを得意としていて、切り合いにはとんと弱いですからね」

日本刀の刃先に微かに滴る池田の血を振り払うように軽く刀を払いながら、

先ほどの池田の行動を冷静に分析しつつ和はそう言った。

思いのほか深く切りつけられたらしく血が止まらない肩。

池田は脂汗を顔にうかべて和を睨む。

池田「あんたが将軍様かよ」

和「そうです。あなたが『猫』ですね。噂は私の耳にも届いていますよ」

和「どうですか?私を殺せますか?」

刀を手に持ったまま構えることなくゆったりとほほ笑む和に

池田は「じょうだん…」と己の分の悪さを感じ、逃げるために煙玉を畳に投げつけた。

その煙に乗じて池田が窓から外へと飛び出していく。

あまり多くなかった煙幕が収まれば、その場には和と咲が残される。

和「咲さん、追いかけてください」

咲「はい…」

暗にトドメを刺してこいと言われた咲は、池田の後を追うように窓から飛び下りた。







池田「なんだよ……影武者なんて必要ないじゃん」

いまだ血の流れる肩に手を当てながら、城の裏手の人気のないところでうずくまりながら毒づく。

思い出すだけでぞくりと背中を這うほどの冷たい殺気を持つ将軍和の姿に

池田は依頼を受けたことを後悔した。

とりあえず、今は逃げようと痛む肩を押さえて進もうとしたとき、

池田の前に人影が現れた。

顔を上げてその人物を確認して、池田は思わず呟いた。

池田「やば…」

咲「残念でしたね…城の外に出ていれば、まだ生き延びれたでしょうに」

小太刀を手にした咲がそこにはいた。

いつのまにか鬘は取り払ったのか、本来の髪らしき栗色の髪がかすかに風になびいている。

そのまま咲は勢いよく池田を地面へと押し倒す。

池田は抵抗することなく、その体を地面へと横たわらせる。

そんな池田に、咲は怪訝な表情を見せる。

咲「いやにあっさりしてますね」

そう言ってくる咲に池田は苦笑いを浮かべる。

池田「そりゃ死にたくないけどな。でも、人間諦めも肝心だし」

池田「それに、あんたみたいな綺麗な人間に殺されんなら……いいかなって」

咲「綺麗…?私が、ですか…?」

池田の言葉に咲が信じられないとばかりにそう言う。

咲「私は綺麗なんかじゃないですよ。あなたと同じく、数多に血を浴びている」

池田「いーや、綺麗だし。たとえ手が血に染まってても、あんたの心はまったく穢れてない」

思わず振り上げた小太刀の手が止まる咲に、

池田がふと思い出したように懐から何かを取り出す。

池田「あのさ、悪いんだけど一つ頼みごとしていい?」

咲「頼みごと…ですか?」

池田「これを、私の妹に届けてほしいんだし」

そういって池田が懐から出してきたのは、随分と値の張るであろう美しい髪飾りだった。

咲は一度振り上げた小太刀を下し、ゆっくりとそれを受け取る。

咲「……妹……?」

池田「妹がもうすぐ誕生日なんだし。もう両親も死んで唯一の肉親なんだ」

咲「家族が…いるんですね…」

池田「一緒に暮らせてはいないけどな…」

でも大切な家族だ、と呟けば、咲が何やら思案するように沈黙する。

そしてゆっくりと首を振ると

咲「残念ですが、その頼みごとは聞けません」

きっぱりとそう言われ、池田はどこか残念そうに「そっか」といった。

仕方なく諦めたようにゆっくりと目を閉じる。

次にくるであろうとどめの一撃を待つ。

しかし、待てど暮らせどその痛みはやってこない。

それどころか、なにやら肩あたりの服が破かれる気配を感じ

ゆっくりと目を開ければ、咲が傷つけられた池田の肩に布を巻いていた。

池田「え?………なんで?」

咲「…気が変わりました。あなたは殺しません」

池田「は?え?」

咲「これでいいでしょう。とりあえずの応急処置です」

咲「無事に逃げのびたらこの傷薬を毎日きちんと傷に塗ってください」

そういいながら咲は池田の無事な方の腕を引っ張り立ち上がらせると、その手に傷薬を手渡す。

突然の変わり様に池田は驚きに目を丸くする。

そんな池田を気にすることなく、咲は淡々と事を進める。

咲「着いてきてください。抜け道を教えます」

池田「ちょっちょっと待て!」

咲「早くしてください。人が来ます」

池田「いやいや!私は殺し屋で、あんたの主狙ったんだし!」

咲「ええ、それは褒められたことではありません。ですが和様は無事でしたので…」

池田「そうだけど!でもあんたあの将軍様から私にとどめを刺すように言われてきたんだろ!」

池田「逃がしたら逆にあんたがお仕置きっつーか下手したら殺されるし!」

咲「大丈夫です。私は殺されません」

池田「大丈夫なんてどうして言い切れ…」

咲「大丈夫なんです、本当に……」

池田の言葉を遮るように、咲はギュッを手を握り、そう言いきった。

その表情はどこか辛く悲しみを含んでいるように見えて、池田は思わず声を失った。

静かになった池田の手を咲は引きながら「こっちです」と池田を逃がすための抜け道を歩く。

肩はまだ痛むが、手当てをされて血が止まったせいか、先ほどよりも幾分かは調子がいい。

しばらく草木の間を歩いていれば、一本の大きな木の前にやってくる。

城の塀すら軽々と越えるくらいに伸びているその木の前で、咲は立ち止まった。

咲「この木を伝っていけば逃げれます」

池田「あ、うん…」

咲「…なにか?」

池田「なぁ、あんたはなんでここにいんの?」

池田は逃げるよりも先に、そう咲に訊ねた。

その質問に咲はゆっくりと目を閉じて沈黙した。

長い沈黙の後、ゆっくりと目を開けると

咲「…私は10にも満たない時に、和様に見染められここにきました」

池田「きたって一人で?…あんたの家族は?」

咲「殺されました」

池田「え…」

咲「私を連れて行かれることに反対した両親は…将軍家に惨殺されました」

だから私にはもう帰る場所も家族もないんです、と咲は悲しげな笑みを浮かべて池田を見る。

その表情を見て、池田はようやく咲が自分を逃がしてくれる理由が分かった気がした。

そして同時に、咲にそんな悲しい表情をさせる和に激しい怒りを覚えた。

思わずギュッと手を握る池田だが、咲はそれに気づかずに話を続ける。

咲「それ以来、私はこの城から出たことがありません。出ることも許されていません」

咲「なので、先ほどのあなたの頼みごとを叶えることができません」

池田「……」

咲「だから、どうか……妹さんへの贈り物は貴方の手で渡してあげてください」

咲「それと、出来れば妹さんのためにもこんな危険なことはもうしないであげてください」

まるで子供を諭すように優しい笑みを浮かべながら咲がそう言った。

その儚げで悲しげな、それでいて綺麗な笑みに池田はこれ以上なく胸が締め付けられるのを感じる。

こんなところにいては彼女が可哀想だと、池田は去っていこうとする咲の手を掴んだ。

池田「逃げよう!あんたはここにいたら駄目だ!」

咲「…いいえ、私はここから去ることはできません」

池田「なんでだし!家族を殺したやつの傍になんで居続けるんだよ!」

咲「…姉が…城下にあるとある店で奉公しているんです…」

池田「え…」

咲「私がいなくなれば、お姉ちゃんが殺されてしまう…だから…」

そう言うと咲は池田に頭を下げて夜の闇に消えるように去って行った。



咲が消え、一人になった暗闇の中で、池田は握りしめ震える拳で

感情のままに木にぶつけると「くそっ!」と激しい怒りを口にした。



和「…それで、『猫』を逃がしたと?」

一本のろうそくのみが光源の広い部屋の中、

上座に座る和に膝をつき頭をたれながら咲が「はい」と返事を返す。

咲「血の後を追いかけたところ、城壁にまでたどりつきましたが」

咲「和様との約束があり、その先へは追いかけられず……逃げられてしまいました」

申し訳ありません、と咲は頭を垂れたままそう言った。

すると途端に和が愉快そうに笑い声を上げる。

何事かと、咲は顔を上げることなく疑問を抱く。

ゆっくりと和が咲のもとへと降りてくるのを気配で察する。

次いで、和の手に持たれた扇子が咲の顎へと添えられ、

そのままグッと顔を上げさせられる。

顔を上げさせられた咲の視界に入ったのは、冷たい目をした和の顔だった。

和「咲さん、あなたが冗談を言うなんて珍しいですね」

咲「え…」

次の瞬間、和が咲の顔を扇子で強く叩く。

突然のことに咲はそのまま畳へと倒れこむ。

驚いて和を見上げれば、咲の嘘などお見通しだというように冷たい眼差しの和がそこにいた。

和「逃げられた?逃がしたの間違いでしょう」

咲「っ…」

和「優しさは咲さんの美点であり、私も気に入っている所ではありますが…」

和「あんな野良猫にまで情けをかけるのは許せませんね」

咲「和…さま…」

和それとも甘い言葉でも囁かれたんですか?」

和「一体何を言われたんです?あなたが思わず逃がしてしまうくらい優しい言葉ですか?」

咲「も…しわけ…ゆる、して…だ、さ…」

和の只ならぬ雰囲気に、咲許しを懇願するように涙を湛えた眼で和を見上げる。

その目を真正面から受けた和は、それはそれは嬉しそうに笑みを深める。

愛しい愛しい己の影武者。

けれども、よりにもよって殺し屋を逃がして、さらに己に嘘までついた。

これはいただけない。

躾はきっちりとしないと、と和は呟く。

和「照さん…と言いましたか」

咲「っ!?」

和が口にした名を聞いて、咲の表情が一変する。

咲「あ…あ…」

体を震わせ、震える声を漏らすその姿に和はより一層笑みを深める。

和「咲さんの、たった一人の大切な姉の名前でしたね?」

咲の両親を殺し、攫うようにこの城へと連れて行こうとした時

まるで咲を守るかのように抱きしめて離さなかった照。

最初こそ切り捨てようと思った和だが、必死で姉の助命を懇願する咲を見て逆にそれを利用した。

己の息のかかった商家へ奉公先を斡旋し、咲が己から逃げようとするそぶりを見せれば

その姉の命を盾に脅すのだ。

そう、今のように。

和「ねぇ咲さん、今宵のあなたの不始末は彼女に償ってもらいましょうか」

咲「や、やめてください!お姉ちゃんを殺すのは!」

咲「お叱りもお仕置きもすべて受け入れますから!お願いします和様!」

咲は和の足元に跪き、必死に頭を下げて懇願する。

和「叱りも仕置きも受ける…ですか…」

咲「はい!どんなことも受け入れます。ですから…姉には…」

震える体、震える声で必死に懇願する咲の姿は

和の目にはこの上なく愛らしく映っていた。

が、それが己ではなく幼き日に引き離された姉のためと思うといささか苛立ちが襲う。

それでも、その姉は二度と咲に会わせることはしまいと決めているからこそ

和はそれ以上に怒りを覚えることなく、ただ愉悦に口元を歪める。

和「では、咲さん。もう二度と私を裏切りませんね」

咲「はい…」

和「嘘もつくのは許しませんよ」

咲「…はい」

和「なら…」

そこで和は手に持っていた扇子をパチンと鳴らす。

和「次に相見えた時は、確実に仕留めなさい」

あの『猫』を…

その言葉に咲は頭を下げたまま、衝撃を受けたように目を大きく見開く。

咲の脳裏に蘇るのは、血で穢れた己を綺麗と言ってくれたくのいちの姿。

それを押し殺すように強く目を閉じ、苦悶の表情を浮かべたまま

咲「…仰せのままに。和様」

そうはっきりとした声で告げた。

その咲の答えに満足したのか、和はいまだ頭を下げる咲の元に膝をつくと

ゆっくりと咲の肩に手をかけて顔を上げさせる。

それに逆らうことなく咲はゆっくりと顔を上げ、和を見上げる。

ようやく顔を上げた咲を見て、和はその指でそっと咲の微かに赤くなった頬を撫でると

そのままその指を咲の身に纏う衣の合わせ目に滑らせる。

和「いい子ですね咲さん…でも、お仕置きは当然しますよ」

わかっていますね、とどこか優しげな、それでいてとても冷たい声音で咲に告げる。

その言葉に、咲はかすかに体を震わせた後「はい」と小さく頷きながら返事をすると

和の指が掛かる衣の合わせ目に手をかけ、一枚…また一枚とその身から衣を剥いでいく。

そんな光景を、和はとても楽しげに眼を細めて見つめる。

そうして、脱げる衣がなくなり生まれたままの姿になった咲は

どこか恥じらい気に顔をかすかに赤らめつつ、それでも手で体を隠すようなことはしない。

その生まれたままの姿で和の前に立つと

咲「和様…どうか、私に罰を…お仕置きを…してください」

そう言いながら、和の胸の中へとその身を預けた。



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目覚めた夜半は肌寒く、薄い一重へとおざなりに包まっていただけの体が震えた。

淫虐を強いられ、ここ半月の間一歩と寝所から出ることが叶わなかった体が酷く軋む。

和「目が覚めましたか、咲さん」

傍らからしていた気配が、咲へと語りかけた。

咲「…はい。和様」

和「あなたが気を失っていた間、面白いものを拾いました」

咲「…?」

和「見せてあげましょう。ついてきなさい」

咲「はい…」

和に連れてこられた牢門に人の姿はなく、代わりに両脇へと掛けられた松明が赤々と盛っていた。

施錠のされぬ門扉を開き、暗い回廊を黙々と下っていく。

その先の石室に、彼女はいた。

咲「…!」

縄で縛られた池田は満身創痍だった。

和「身の程知らずにも、昨夜また忍び込んできたのですよ。咲さんが気絶していた間にね」

咲「…っ」

和「ですからこの私直々に相手をしました。久々に本気を出したので少々疲れましたよ」

咲「…どうして。逃げてって、言ったのに…」

ぽつりと呟く咲に、それまで伏せていた池田が顔を上げた。

池田「あんたを、逃がしてやりたかったんだし」

咲「 え… 」

池田「ほんの一時の間だけでも外の世界を見せてやりたかった。自由にしてやりたかったんだ」

咲「そんな…私なんかのために…」

池田「でも無理だったし。こうして無様に捕まっちまった」

はは、と明るく笑う池田をやるせない表情で見つめる。

和「さあ、咲さん。私の命令を覚えていますね」

咲「っ!」

和「次に会ったときは確実に仕留めなさいと、私は言いましたね」

咲「…あ……」

和「はい。咲さんの武器です」

すい、と差し出された小太刀を、咲は受け取れずに首を横に振る。

和「逆らうとあなたのお姉さんがどうなるか。何度も言い聞かせたはずですが」

咲「…っ」

池田「良いんだし。私は勝負に負けたんだから」

池田「敗者は消えるが定め。だからあんたが気にすることはないし!」

ためらう咲に向かって、池田は努めて明るい声で語りかける。

咲「でも、私はあなたに…死んでほしくはないです…」

うっすらと涙を浮かべながら、主君の目の前でそう言ってのける咲。

池田が綺麗だと思った朱色の瞳がきらきらと揺れている。

それが見れただけで、もう満足だ。

いや、結局咲を自由にしてやれなかったのは悔やまれるが。

池田「…なあ。私はどの道もう助からない」

池田「だから、せめてあんたの手で殺してほしいんだし」

咲「…っ、わかり、ました…」

池田の覚悟を悟った咲は、和の手から漸く小太刀を受け取る。

池田「咲って言うんだったな。私は華菜。池田華菜」

咲「池田、華菜さん…」

池田「あんたには、覚えていてほしいんだし」

咲「…分かりました。絶対に、忘れません…」



和「――さあ、私の咲さん。一思いに殺してしまいなさい!」

和の狂気の眼光を受けながら、咲は小太刀を振りかぶった。



咲「華菜さん。来世で、また逢いましょう…」

池田「ああ。約束だし、咲!」



ざしゅ!!



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池田「今日から新学期ですね、キャプテン」

美穂子「そうね。新入部員が沢山入ってきてくれると良いのだけど」

照「あ、そうそう。私の妹も今年この風越に入学するんだ」

未春「ええっ、宮永先輩の妹さん?」

美穂子「まあ、それは楽しみね」

池田「それで、その妹さんも麻雀するんですか?」

照「うん。妹は私と同格ぐらいだよ」

未春「ええーっ!?そんなに強いんですか!?」

美穂子「さすがは照さんの妹さんね」

池田「そんな実力者が入ってくるんだったら、今年のIHもうちらが頂きですね!」

未春「そうだね華菜ちゃん!」

照「それにしても遅いなぁ…あの子方向音痴だから道に迷ってないと良いけど…」


咲「あのぉ、麻雀部はここでしょうか…」ガラッ

深堀「ここ相撲部…」ドスコイ

咲「し、失礼しました!」ピシャッ


咲「あ、あの…麻雀部の部室はこちらで…」ガラッ

文堂「カードゲーム部へようこそ!バトルしようぜ!」

咲「す、すみません間違えました!」ピシャッ


咲「麻雀部部室…あった!やっと見つかったよぉ…」

咲「すみません、入部希望なんですけど…」ガラッ

照「お。やっと来たね」

美穂子「いらっしゃい。あなたが照さんの妹さんね」

池田「歓迎するし!名前はなん…て………」

咲「あ…あなたは………」



池田「やっと会えたな。咲」

咲「はい、華菜さん。 約束しましたから――」


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