雪歩「季節外れの雪」 (17)

うだるような暑さ。

空から降り注がれる光は地を焼き、世界を歪ませる。

私は雪で作られた偶像。

その暑さで少しずつ溶けていく。

指先から、髪の毛から、雫は垂れて、美しさはすでに醜さに変わり、水たまりになる。

そして、いつしかそれは気体になる。まるで、最初からなにもなかったかのように。

世界から忘れられた私は、どこへ行く?

――――あなたの元へ戻りたい。

季節外れの雪を降らせて、今度はあなたと共に輝きたい。

また、1から私に手を差し出してくれますか?

また、1から私を作ってくれますか?

あなたと共に新しい夢を見てみたい。

私はもう2度と消えないから。

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「ふぅ、できた」

日課としている自作詩の作成を終え、ゆっくりと机の上に置いてあるお茶に手を伸ばす。

うん、美味しい。

冷たいお茶が私に安らぎと余裕を与えてくれる。

今日の詩は夏の暑さと私をイメージして書いてみた。

もう一度、最初から最後まで推敲してみては、なかなかいい出来だと自画自賛してみる。

これを、プロデューサーや真ちゃんに見せたらどんな反応をするのだろう。

恥ずかしいけど……褒めてくれるかな?

「暑いよぉ……」

今日は夜になっても暑いままで。

冷たいお茶がくれた心地よさはすぐに熱に変わり、汗が頬を沿って落ちてくる。

再び、お茶を口に含ませる。さっき飲んだときより、満足のいく安らぎは与えてくれなかった。

本当にこのまま溶けてしまいそう……。

この詩のように消えた存在になってしまいそう……。

そんな中、窓越しから空を見上げている女性が事務所にいた。

銀色の髪の毛を持った女性、四条貴音さん。

暑さなんてものとしないまま、月を眺めている。

「凄い……綺麗……」

思ったことが口に出てしまう。

お淑やかで可憐でそして、ミステリアスで……。

銀色の髪からして、本当に月から来たお姫様のような感じがして。

彼女は彼女自身の行動に自信が溢れているのが感じ取れる。

私はどうだろうか。

正反対の人間。

彼女が月なら、私は雪。

月が出ているときは雪は降らない。

そう、空ではどうやっても交わらない存在。

地上に落ちた雪は夜になると月を見上げて羨むしかない。

本当に、羨ましい……。

「雪歩、どうしたのです?」

「!? い、いや、なんでもないですぅ」

び、びっくりしたぁ……。

いつの間にか四条さんの顔が私の顔の近くに来ていた。

独特の香りが鼻を通って……、綺麗な女性ってこんなにもいいにおいがするの……かな?

「まさか、また、雪歩自身のことを蔑んでいるのですか?」

心の奥底に生まれた気持ちが四条さんに読み取られる。

じっと、私の顔を見てくる四条さん。

猫の前の鼠、鵜の前の鮎。

体が強張って震え、視線を外したくなる。

「どうなのです、雪歩?」

「……はい」

彼女を見ていると自信をなくしてしまう。

彼女みたいに自信を持ちたい、けどなれるわけがない。

一生かかっても無理だ……。

そう決めつけてしまっている私がいる。

そして、一瞬の静寂が流れる。

「では、雪歩。少し散歩に行きませんか?」

部屋の中は暑かったのに、外はほどよい冷たさの風が流れていて、

体からあふれ出ていた汗は知らない間に引いていた。

「どこにいくのですか?」

「……」

「あ、あの四条さん?」

「……」

答えてくれない。もしかして、嫌われた……とか?

この後、人がいないところで罵倒され、終いには……。

良くないことが頭をよぎる。

少しずつ、少しずつ、人影が無くなっていき――。

「着きましたよ」

「あ、あの、すみません! わた――」

「しっ、静かに」

四条さんの指が私の唇の止まり、発言を制する。

「もうすぐですよ」

そう言った瞬間だった。

「……!!」

言葉を失った。

形容できない世界が目の前に広がっていた。

黄緑の光が不規則な軌道で宙に浮きながら点滅し、私を魅了させる。

「蛍の光とは、まこと、雪のようですね……。静かにそして力強く輝く、あなたのようです……」

夏に降る雪と月が一緒に存在している。

月光浴を楽しんでいるように、小さな光たちが踊っていた。

「どうですか、雪歩。貴女は決して弱い光ではありません。 
 貴女自身の力で輝いているのです。
 どうか、自信を持ってください」

四条さんが笑顔で私に囁いた。

四条さんは私を認めてくれている。

それだけで嬉しかった。

その言葉を心の奥底に、目の前に広がる風景をじっくりと脳裏に焼き付けた。

ずっと、ずっと、時間が経つのを忘れて……。

「あの、四条さん。ありがとうございます。
 私、自信を持てるようになりました! 
 あ、あれ?」

辺りを見渡すと、四条さんの姿は無くなっていた。

ど、どこにいったの!?

と、とりあえず、事務所に戻ろう……。

「し、四条さん!」

「雪歩、どうでしたか?」

「はい、とっても綺麗でした……。
 って、なんで私を置いてくんですかぁ!?」

「雪歩が見惚れていましたので。
 雪歩の満足いくまで、待っていようと思っていましたが、
 らっぷらぁめんのお湯が出来上がる時間でしたので、
 先に帰らせてもらいました」

「……」

……四条さんらしい。

「雪歩、このお湯でお茶を入れてくれませんか?」

「はい、わかりました」

私はまだ何もできないけど、これから四条さんに少しずつお返しをしていこう。

万が一、四条さんに何かあったら、真っ先に私が駆けつけよう。

「雪歩のお茶はとても心地いいですね」

「そうですか?」

「ええ。飲んでみては?」

四条さんに勧められて、私も飲んでみる。

熱いお茶なのに、不思議と心地よかった。

その心地よさはずっと体から離れず、心を潤してくれているようで。

「ありがとうございます、雪歩」

「こちらこそ、ありがとうございます」

微笑んだ四条さんの表情に反応するかのように、笑顔を返した。

これから、もっと自信を持とう。

これから、頑張って、もっと四条さんに認めてもらう。


だから、今日見た、季節外れに降る雪を私は決して忘れない。

おわり

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