阿良々木暦「あずさジェリー」 (57)

・化物語×アイドルマスターのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・そこそこのネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
・アイドルマスターは2基準。平常運転です

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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1397116222



001


私、三浦あずさという人間を、一言で固有名詞ではない呼称で表現するとすれば、「アイドル」の一言で片付いてしまうのでしょう。

アイドルなんて言うと大抵の人は凄いと褒めてくれて、次はサインや握手を求めてきます。
その場は笑顔でお礼を言って――ありがとう、応援してくださいね、なんて対応するのだけれども、その度に思うことがあります。

『私はそんなにすごくない』と。
私はアイドルという生き方を選んだだけであって、普通の人とほとんど変わりません。
空を飛べる、とか魔法が使える、なんて事なら特別扱いも分かりますが、私には歌って踊るくらいしか出来ません。そしてそれは、誰だって練習すれば出来ることです。

結局何が言いたいのかと問われると、私はごく普通の女子大生に過ぎません。
同じ事務所の仲間たちも、口にこそ出さないけれどそう思っているはずです。
伊織ちゃんや響ちゃんだって、あの自信は自らを研磨してきたからこその矜持なのですから。

そして私がアイドルなった理由は、やっぱり普通なんです。


『運命の人と出会うため』。

この事を話すと、友達なんかは大抵、乙女だね、等と冷やかして笑います。
春香ちゃんややよいちゃんは素敵です、と言ってくれて、それはとても嬉しかったけれど、私も夢見がちだと思います。

だって私はもう二十歳です。
一般的には確実に大人のカテゴリに分類されるでしょう。
小学生が言うならばまだしも、さすがにちょっと夢を見すぎかなあ、と。

でも、ありふれたテンプレートのような女の子の夢です。
運命の男性と出会って、ドラマチックな恋をして、ウェディングドレスを着て結婚する。それはとても素敵なことだと思うのです。

最近、私には気になる人が出来ました。
それは奇行が目立つとか嫌な性格だとか否定的な意味ではなく、異性として気になる人、です。
いきなり結論から言ってしまえば、この想いは始まることさえ許されなかったのですが。
なぜなら彼には数年来の彼女がいて、私も略奪愛なんて望んでいなかったからです。
それはひょっとしたら、好きと呼ばれる感情にまで辿り着いていなかったのかも知れません。
ただ、近しいだけの男性。
それだけだったのかも知れません。
それでも――私にもそれらしきものはあった、というお話です。

私が普通の女子大生と何ら変わることのない、そんな証を示すかのような、そんな話を。

私、三浦あずさの、最初で最後の、恋らしき何かのお話を。



002


「はい……はい、すいません。お願いしますね?」

携帯電話の通話ボタンを押し、鞄に仕舞い誰にともなく独りごちます。

「いい天気ねぇ」

海猫が鳴いています。
海猫ってはじめて見るけれど、本当にネコみたいに鳴くんだなあ。
帰ったら響ちゃんに話そう。

海沿いの堤防のテトラに腰を掛けながら空を仰いでみると、雲ひとつない青空が広がっています。
今日はいいことがありそうです。
いえ、既にもういいことはありました。
今からプロデューサーさんが迎えに来てくれるのです。
今年の春から新しいプロデューサーとして入社した、歳がふたつ上の男性。
いつもやる気のなさそうな態度と、人を食ったような口調と、そこはかとなくセクシーなアホ毛でみんなの人気者。
本人曰く、僕は男に嫌われる代わりに女の子の友達が多いんだ、とのこと。
何だか誤解されそうな台詞だけど……。
私もその例外には含まれなかったらしいです。


実は私、彼にちょっとだけ気があるのでした。
最近なんて、今日みたいに半ばわざと迷って迎えに来てもらっています。
いや、迷うのはわざとではなく、私の悪癖なのですけれど。

初めて行く場所は必ず辿り着けた試しがないし、いつも通っている道も時々わからなくなってしまうのです。
どうして? と周囲の人には時折問われますが、それがわかるのならこんなに迷ったりしていません。
あえて言うのなら、面白そうなものを見つけるとふらりと行ってみたくなるのが原因かも知れません。
今日もロケ先で仕事を終えたあと、潮の匂いにつられて歩いていたら本当に海に着いてしまったのです。
その困った特技も今ではちょっと感謝してもいいかも。

迷ったらプロデューサーさんが迎えに来てくれるから。

「ばかみたい――だけど」

いいですよね、これくらい。
彼にはもう彼女がいる。
だからこれは元々叶うはずのない願いなんです。
でも、ちょっとくらいならいいですよね?
ちょっとの間だけ、恋人気分くらいなら――。


「……あら?」

その時、ふと視界の端に妙なものが映ったのです。

「何かしら、これ……」

半透明で、球状の何か。
そして中心には 向こうの景色が鮮明に見通せることから、ドーナツのように穴が開いているのがわかります。
一見水風船のように見えますが、水風船に穴を開けて球状を保てるわけないですし……。
海沿いだしクラゲかしら、と思いましたけれど、穴の開いたクラゲなんて寡聞にして聞いたことがありません。

「それに触ったらダメですよ、美人なお姉さん」

手を伸ばして確認しようとした瞬間、背後から声を掛けられました。
振り返ると、大きなリュックサックを背負ったツインテールの小学生くらいの女の子がいました。
亜美ちゃん真美ちゃんより少し年下、くらいでしょうか。

「それは毒クラゲです。触るとおっぱいが小さくなりますよ」

「あらぁ……」

それはちょっと困ります。
たまに重くて邪魔だと思うことはあるけれど、だからと言ってなくなったら寂しい気もしますし。


「実は私もお姉さんくらいの巨乳だったのですが、そのにっくきクラゲに刺されて小さくなってしまったのです」

さすがに嘘だろうが、見ず知らずの私に忠告した以上、危険なのは本当なのでしょう。

「忠告してくれてありがとう、えっと――」

「私は八九寺真宵と申します」

「真宵ちゃん、ね。私は三浦あずさって言うの」

「三浦、あずささん」

ふむ、と噛み締めるように私の名前を呟いています。
どうしたのでしょう。
そんなに珍しい名字でも名前でもないと思いますが。

「ああ――アイドルの方ですね?」

「あら、知ってるの? 嬉しいな」

女子小学生に知られているということは、実は結構嬉しいのです。

「いえ、私の知り合いが事ある度に三浦さんのことを女神だアテナだアフロディーテだガブリエルだと申しておりまして」

「あらあら女神だなんてそんな、大袈裟ね」

「いえいえ、私も実際に出会って思いましたよ!
 三浦さんのおっぱいはまさに女神です!」

「私自身じゃなくておっぱいなのね……」

「失礼、間違えました。しかしご立派なおっぱいですね……羨ましい限りです」

「真宵ちゃんも大きくなったらこれくらいになるわよ」

「いえ、私は世の業深き性癖を持つ殿方の為に永遠の女子小学生、という大役を背負った身なので」

これ以上は身も心も成長しません、と言い切りました。
なんだか別次元のお話をしている気がするなあ……。


「見れば見るほど神々しいおっぱい……ちょっと触ってみてもよろしいですか?」

「……えっ」

「お願いします! 後学のためにも!」

おっぱいを触ることが真宵ちゃんの為になるのでしょうか……。
まあ、女の子だし助けてくれたし、そんなに抵抗はないのですけれど。

「べ、別にいいけど……」

「では、失礼します」

「おーい、三浦さーん」

真宵ちゃんが両手を中国拳法のように構えていざタッチ、としようとした瞬間、離れた場所から聞き覚えのある声が聞こえました。

プロデューサーさんです。
愛車のニュービートルを背に、アホ毛を左右に揺らしながらこちらに小走りで近付いてきます。

「はぁ……お待たせしました」

「ありがとうございます~、プロデューサーさん」

「いえいえ、この程度なら――あれ?」

「あ」


「――八九寺? なんでこんなところに」

「これはこれは、阿良木々さんではないですか」

「僕を某三倍速で動く仮面の男が搭乗する赤いMSみたいな名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「亜美は見た」

「亜美ちゃんが殺人事件の目撃者に!?」

「でもアララギ、って片仮名で書くとMSっぽいですよね」

「確かにそうだが、あまり強そうではないな」

「更にアラ=ラギと書くと人物名っぽく!」

「壺が好きそうな響きだ」

なんという呼吸の一致でしょうか。
二人の漫才(?)はある意味神がかっているようにも見えます。


「と言うか阿良々木さん、私が三浦さんのおっぱいを触るのを邪魔するとはどういう了見ですか」

「そんな状況だったの!? 僕も混ぜてくれよ!」

プロデューサーさんは本音を隠す、という理性を持ち合わせていないようです。
まあ、陰でいやらしい想像をされたりするよりはマシ……な気はしますが、考えたらダメですよね。

「阿良々木さんが私のおっぱいをいくらでも触っていい代わりに私が他人のおっぱいを触るのを邪魔しない、とこの間、阿良八おっぱい条約を締結したじゃないですか」

「なにその僕が超得する条約!」

「あれだけ私のおっぱいをもみくちゃに触って揉みしだいてこね回しておきながら邪魔するとは、男の風上にも置けませんね」

「あらぁ…………」

「おい! 三浦さんに誤解されるだろうが!
僕はそんなことは一切していません!」

「そ、そんなっ、『僕は十二歳以下の女の子にしかときめかないんだ、だから結婚しよう』なんて言われたから触らせたのに!
もうお嫁に行けません!」

「そんなに僕の評判を貶めたいのか!?
よーし、何が目的だ八九寺!」

「今ふと気付いたのですが、『揉みしだく』って動詞、おっぱい以外に使うことってほぼないですよね」

「確かに……肩や漬物を揉みしだくとは言わないな」

「うふふ、仲がいいんですねぇ」

「それなりに長い付き合いですしね」

プロデューサーさんは亜美ちゃんや真美ちゃん相手でもこんな感じなのです。
天性のツッコミ気質を持つ逸材、と律子ちゃんも言っていたくらい。

「はてさてマハ良木さん」

「僕を敵全体対象の炎系弱威力魔法のような名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「マミられた?」

「僕の首は無事だよ!?
――って言うかさ、八九寺」

「はい?」

「話を戻すけど、なんでこんなところにいるんだ? 仕事はどうした?」

「仕事? ああ……部下に任せてきましたよそんなもの」

「部下!? そんなのいたの!?」

「斧乃木さんです。部下兼秘書兼幹部兼SP兼お茶汲み兼パシリですよ」

「すぐにやめさせろ、あの街が破滅する」

「大丈夫ですよ、例え何かあっても秘書がやったことです、と切り抜けますから」

「お前は汚職を生業としてるのか!?
責任の所在を問うているんじゃないよ!」


「まったくうるさいですねぇ……いいんですよ、いいですか阿良々木さん、これは二次創作、すなわち同人なんですよ?」

「まあ、そうだな」

「ええ、西尾氏本人やバンナムが書いた創作物ならばまだしも、このようなどこの馬の骨が書いたかもわからないような小説なんて誰も真剣に読んでいませんよ」

「ぶっちゃけすぎる! あと全国の二次創作作者に謝れ!」

「ですから、同人誌において原作の設定なんてものはないものと思ってもいいくらいです」

「いや、だがな……いくら二次創作と言えど設定は必要だろうし、限度と言うものがあるだろう?」

「そんなことを言ったら三浦さんなんて様々な理由で百人単位で犯されてますよ?」

「あらまぁ」

「ちょっ、待て! ストップだ八九寺!」

「私だって同人誌では鬼畜な阿良々木さんに幾度となく犯されてるんです。
私なんてマシな方です。
戦場ヶ原さんや羽川さん、千石さんなんて私よりひどいですよ?
映像化する、ということはそういうことなんです。いちいち気にしていたらキリがありません」

「あの……その辺にしておかないと……」

「そうですね」


「よし、わかったよ八九寺。お前がそこまで言うのなら僕も譲歩しようじゃないか」

「譲歩とは?」

「僕がお前の代わりに三浦さんのおっぱいを触ろう」

「……はい?」

変な声が出てしまいました。
彼らは何を言っているのかしら。
どうしよう、ひょっとしたら私の耳が腐ってしまったのかも知れません。
譲歩ってなんでしたっけ。

「仕方ありませんね、今回だけですよ阿良々木さん」

「と言う訳です、三浦さん。非常に心苦しくはありますが――」

「はい」

「その……おっ……胸を、ですね」

「はい」

「触ら……せて……」

「はい」

「…………」

「どうぞ?」

胸をつき出して柔和に笑って見せます。
なに、プロデューサーさんの性格はここ半年でほぼ把握しています。
彼はセクハラに糸目はつけませんが、女の子に手を出す勇気はないのです。
積極的に手を出しているのは伊織ちゃんと響ちゃんくらいでしょう。
理由はたぶん、反応が面白いから。


「どうしたんですか? 触らないんですかプロデューサーさん?」

「あ、あの」

「プロデューサーさん?
どうしたんですかプロデューサーさん?
男が一度吐いた唾を飲み込むような真似をするなら最初からしない方がいいんじゃないんですか?」

「三浦さん、つかぬ事をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう?」

「おこですか?」

「激おこです」

「……すいませんでした」

「誰が謝ってくださいと言いました?」

「たいへん申し訳ございませんでしたー!」

土下座でした。ある意味男らしい。
こんなやり取りにも何だか慣れてしまった自分がちょっと怖いような……。


「行きましょうか、プロデューサーさん」

「あっ、はい。じゃあな、八九寺」

「ばいばい、真宵ちゃん」

「はい、またお会いしましょう、あずさお姉さん」

「うふ、妹が出来たみたい」

「三浦さんの弟でしたら僕が喜んでなりましょう。
いつでも性格の違う十二人の僕が全力で三浦さんを姉と慕います」

阿良々木プリンスです、と笑う彼。
このどっち付かずの関係なんて、本当はいけないって気付いているんです。
中途半端に曖昧な距離を保ち続けるくらいなら、きっぱり諦めるか、玉砕してしまった方がいい。
選択肢がその二択しかないのは悲しいけれど、元より勝算なんてないのですから。

「…………」

明らかにおかしいことをしている――何がしたいんだろう、私。

でも。
この関係が。
誰も傷付かず傷付けられない距離が、いつまでも続いてしまえばいいのに――。


「あ、ら――?」

助手席に乗り込んだ瞬間、ぐにゃり、と視界がモノクロに彩られ歪んだ気がしました。
それも一瞬のことで、すぐ元に戻ります。

「…………?」

「三浦さん?」

「あ……はい、何でしょう」

「何だか調子悪そうですけど、大丈夫ですか?」

「いえ……何とも、ありません」

気のせいでしょうか。
体調も何ともないみたいだし……。

「何かあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ戻りましょうか」

と、プロデューサーさんがエンジンをふかしたと同時にスマホが鳴ります。

「ちょっとすいません……もしもし?」

エンジンを切りスマホを耳にあてるプロデューサーさん。
こういうところは律儀な人だ。

「どうしたんだ? ……いや、仕事中だけど。
え、女の子? 担当のアイドルがいるけど……なんでそんなことまでわかるんだよ!?」

電話でまで突っ込みをしてる……。

「わかったよ、今度の日曜な」

そう約束であろう予定を言い残し、通話ボタンを切る彼。

「……彼女さんですか?」


ふと口を突いて出た言葉は、否定して欲しい意志が込められていたのだと思う。

「ええ、僕の扱いはひどい癖に心配性な彼女でして」

やめて。

「まあでも、五年近く付き合ってますから――」

やめて。

「三浦さんは、恋人に出会う為にアイドルになったんですよね?」

やめて。

「アイドルに恋愛はご法度ですけど、女の子に恋をするなって言うのも酷な話ですよね――」

「やめて」

「えっ――三浦さん!!」

プロデューサーさんの声に反応し顔を上げると、目の前には巨大なトラックが猛スピードで突っ込んでくるところだった。

もう避けることも逃げることもできない、どうしようもない距離。
プロデューサーさんが、無駄だとわかっていても私を庇うように覆い被さってくる。
その行為を、迫り来る確定的な死を待つ間 、少しだけ嬉しいと思ってしまう私は、やっぱり最低だ。

ひとつの恋もせず終わりかぁ――ちょっと、寂しいな。

「――――あら?」

時間が止まったかと錯覚する程にゆっくりと動く景色の中、目の前に突如として先程のクラゲが現れたのです。
誘われるように手を伸ばすと、私の意識はぷつりと途切れるのでした。



×××


「はい……はい、すいません。お願いしますね?」

携帯電話の通話を切り、鞄に仕舞い誰にともなく独りごちました。

「いい天気ねぇ」

海猫が鳴いています。
海猫ってはじめて見るけれど、本当にネコみたいに鳴くんだなあ。
帰ったら響ちゃんに自慢しよう。

今日はいいことがあります。
今からプロデューサーさんが迎えに来てくれるのです。

「うふふ……あら?」

「こんにちは、美人なお姉さん」

「あらあら、お姉さんに何か用?」

防波堤に座っていると、可愛い女の子に声を掛けられました。
登山用と見紛うほど大きなリュックサックを背負った、小学生くらいの女の子。

あれ?
私、この子にどこかで会ったことありませんでしたっけ?

「いえ、ちょっとお姉さんが気になりまして……私の名前は八九寺真宵と申します」

「礼儀正しいいい子ね?、真宵ちゃん。私は三浦あずさって言うの」

「三浦、あずささん」

ふむ、と可愛く首を傾げる真宵ちゃん。

「失礼ですが、以前会ったことありましたか?」

「ない……と思うけど……」


でも確実にない、とも言えない不思議な気分です。

「そうですよね――不思議です、何だか初めて会った気がしません」

「実は私もなのよ~、不思議ねぇ」

こんな可愛い女の子だったら、一度会えば忘れないと思うのだけれど。

「ああ、あずささんはアイドルでしたね。それで会ったことあると勘違いしたのかも知れません」

「あらぁ、知ってるの? 嬉しいなぁ」

「私も――」

「おーい、三浦さーん」

「あれは……」

プロデューサーさんが愛車に乗ってやって来ました。
手を振りながらこちらに向かって来ます。

「迎えに――八九寺?」

「これはこれは、無良々木さんではないですか」

「僕をそんな常時ムラムラしていそうな名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「狩りました」

「首を!?」


ひとしきり二人でコントらしきものを繰り広げた後、事務所に戻ることになりました 。
ちなみに二人の息は怖いほど合っていて、このままお笑い芸人としてデビュー出来るんじゃないのかしら、と感心したほどでした。

「じゃあな、八九寺」

「ばいばい、真宵ちゃん」

「はい、また会いましょう」

ニュービートルの助手席に乗り込み、ふと思い付く。

私、何を忘れているんだろう?
それは、ほぼ確信に近い予感でした。
いけない。

このままだと、『プロデューサーさんが恋人からの電話に出た後にトラックが突っ込んでくる気がする。』

「プロデューサーさん、ちょっとお手洗いに行きたいので、早めに……」

「え? ああ、わかりました」

コンビニに寄りますね、と車を発進させるプロデューサーさん。
雑談を交わしながら一キロメートルほど走ると、コンビニエンスストアは見えました。


「僕は待ってますね」

「はい、ありがとうございます」

実際にトイレに行きたかったわけではないのですが、言ってしまった嘘はつき通すのが嘘をついた者の責任です。
トイレで数分時間を潰した後、コンビニエンスストアを出ます。
お店に申し訳ないのでミネラルウォーターを買っていくのも忘れません。
トイレを借りるだけの為にコンビニに行くのに抵抗があるのは私だけでしょうか?

「プロデューサーさん、お待たせ――」

「――す、好きだよ、ひたぎ……これでいいのか?」

携帯電話を耳に、彼女とお話しているプロデューサーさんの姿。

どろり、と私の胸の内から形状し難い感情が溢れ出していく気がします。

この感触は知っている――。

そう、人間の七つ大罪とも呼ばれている醜い感情――嫉妬。

と、目の前にいつの間にか球状のクラゲが現れました。
そうすることが当然であるように、手を伸ばします。

「三浦さん?」

プロデューサーさんの声を最後に、私の世界は終わったのです。



××××


「……あらぁ?」

「どうしました、あずささん?」

目の前には、一定の速度で動く景色がありました。
どうやら私は車内の助手席で、私は船を漕いでいたようです。

「えーっと……」

「いいですよ、事務所までまだしばらくかかりますし、あずささんもお疲れでしょう」

「やだ、恥ずかしい……」

寝顔を見られてしまいました……。

「阿良々木さんったら、寝ているあずささんにイタズラしてましたよ」

「あらあら」

後ろの席に視線を向けると、リュックサックを降ろした真宵ちゃんがいました。
そう言えば、一緒に事務所まで行くのでしたっけ。


「誤解を招くような発言はよしてもらおうか、八九寺」

「私は事実を述べたままです、ロリリ木さん」

「僕をそんな性的嗜好がやや行き過ぎた年下に限定されている人間みたいな名前で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「まきますか?」

「双子なら巻こう!」

「で、何をしたんですかプロデューサーさん?」

ノリで誤魔化そうとしているプロデューサーさんに、なるべく平静を装って訊きます。
伊織ちゃん曰く、『あずさは怒った顔より笑顔で怒った方が百倍怖いわよ』だそうなので、笑顔も忘れません。


「……いえ、法に触れるようなことは、何も」

「ということは法に触れない何かはしたんですね?」

「……何もしていません、なあ八九寺!」

「ええ、阿良々木さんは清廉潔白ですよ。この私が保証しましょう」

「ほら、八九寺もああ言っているじゃないですか」

あやしい……。
財布から野口さんを取り出します。

「真宵ちゃん、お小遣いをあげるわね」

「阿良々木さんは『ヒャッハー! 女神の寝顔だー!』と叫びながら写メってました!」

「八九寺! さっき五百円あげたじゃないか!
それに僕はそんな世紀末な叫び声はあげていない!」

「資本主義では額が多い方が勝つんですよ。大学まで出ておいてそんなことも知らないんですか阿良々木さん」

「確かにそうだけど、裏切った奴の台詞じゃないぞそれ!」


「あらあら」

早速、運転中のプロデューサーさんの鞄を漁り、携帯を取り出します。

「あ、あずささん!」

「人の寝顔を勝手に撮っちゃ、めっ、ですよ?」

本当は写メくらい、撮られてもいいんですけど……さすがに寝顔は……ねえ?

プロデューサーさんのスマホを操作し、画像フォルダ内にある私の写真を発見。
私ってこんな顔で寝てるんだ……。
自分の寝顔なんて見る機会ありませんし、少々新鮮です。
プロデューサーさんが運転しながら悲痛な声を響かせました。

「お願いですあずささん! その画像を消すのだけは許してください!」

僕のアイドルコレクションが!とも。
コレクション、ということは他のアイドルにも似たようなことしてそうですね。
あ、響ちゃんの寝顔発見。かわいい♪
後でみんなにチクっちゃいましょう。

「天誅です♪」

消去。

「ああっ!」

「プロデューサーさんだって自分の寝顔なんて撮られたくないでしょう?」

「うう……僕の青春が……」

「残念でした」

「阿良々木さん、もうちょっと大人になった方がよろしいのでは……」

ふと、画像フォルダの中の一枚が目につきます。


「????」

プロデューサーさんと、知らない、気の強そうで美人な女の人のツーショット。

自分たちで撮ったのでしょう、ちょっといびつな構成の写真のプロデューサーさんは、笑顔で、二人仲睦まじく肩を抱いて??。

「あずささん?」

「????いやだ」

「え?」

「阿良々木さん!」

真宵ちゃんが叫びます。
すぐ目の前には猛スピードで反対車線から突っ込んでくるスポーツカー。
あり得ません。
さっきまで普通に安全運転をしていたのに、突然現れるなんて。

「なっ……!?」

信じられない、といった表情でハンドルを切るプロデューサーさんですが、間に合わないでしょう。
妙に冷静な私は自分に違和感を覚えつつ、視界の端に球状のクラゲの姿を捉えるのでした。

>>29
ごめんなさい、文字化けしました。再掲載。

――――――――――――――――――――――――――――

「――――」

プロデューサーさんと、知らない、気の強そうで美人な女の人のツーショット。

自分たちで撮ったのでしょう、ちょっといびつな構成の写真のプロデューサーさんは、笑顔で、二人仲睦まじく肩を抱いて??。

「あずささん?」

「――――いやだ」

「え?」

「阿良々木さん!」

真宵ちゃんが叫びます。
すぐ目の前には猛スピードで反対車線から突っ込んでくるスポーツカー。
あり得ません。
さっきまで普通に安全運転をしていたのに、突然現れるなんて。

「なっ……!?」

信じられない、といった表情でハンドルを切るプロデューサーさんですが、間に合わないでしょう。
妙に冷静な私は自分に違和感を覚えつつ、視界の端に球状のクラゲの姿を捉えるのでした。



××××××


「――と言う訳なのです、阿良々木さん」

「…………」

私がお手洗いから戻ると、プロデューサーさんと真宵ちゃんがおしゃべりをしていました。

「阿良々木さん?」

「……なあ八九寺、何か、違和感がないか?」

「違和感、ですか?」

「ああ、確信して言えるものじゃないんだが……何かがおかしい気がする」

「うーん、私は特に何も感じませんが」

「……そうか、僕の勘違いかな」

「おや、三浦さんがお戻りですよ」

二人は私に気付くとこちらに向き直ります。
プロデューサーさんは過去にこのような怪奇現象に遭遇する機会が多かったと聞きます。
そのせいでしょうか、僅かながら気付き始めているようです。

気付き始めている?
何を?

「…………?」

プロデューサーさんの言う通りかも知れません。

今のわたしは何かがおかしい。

真宵ちゃんを従来の友達のように知っている。
プロデューサーさんが迎えに来てくれる時間を知っている。
これから何が起こってどうなるのか、大体の予想がついてしまう。


例えば、車を発車させる前に私がお手洗いに行かなければ、ほぼ鉄板で私たちは死ぬことになります。
死因は十割の確率で事故死です。
そんな予感ーーと言うよりは既に用意されている台本を読む感覚です。

恐らくここは、可能性を無限に内包した世界なのでしょう。
可能性と言う名の選択肢をただひたすらに選び続けている自分が脳裏に浮かびました。
小さな選択肢は、歩き出す時にどちらの足から踏み出すか、手は組むか、振るか、腰に当てるか。
大きなものではどこに行くか、何を目的とするか。
私たちは常に無数の選択肢の結果の上に生きていることになります。
その中で何度も繰り返しているから、結果が確信となってわかるのでしょう。
そして死んだらやり直し、生きていても日付が変わるとやり直し。
これがゲームだとしたら、最高の結果を出したらゲームクリアでしょうか?

私もこの繰り返しを何回かは分かりません、数回か、数百回か、数万回か、数億回かは知る由もありませんが、その過程でそれに気付いたのでしょう。

でも。
けれど。
この世界においては、無限大の選択肢の中から最良を選び続けたとしてもハッピーエンドは訪れないような気がします。

わたしは知っているから。


「それでは阿良々木さん、またお会いしましょう」

「いいのか? 送って行かなくて」

「ええ、歩きたい気分なのです」

では、と元気良く手を振って真宵ちゃんは去って行きました。
私も振りかえします。
プロデューサーさんと真面目なお話をするには、真宵ちゃんがいないことが条件です。

「お待たせしました、三浦さん」

プロデューサーさんは車のエンジンを点けると私の側まで寄せました。
私が無言で助手席に座ると、プロデューサーさんはしばらく車を走らせた後に言います。

「…………何かあったなら、相談に乗りますよ」

「何故ですか?」

「実は、八九寺は人間じゃありません。
普通の人には見えません。
八九寺が見えると言うことは、三浦さんが何かしら問題を抱えているんだと思います」

「ばかみたいなお話かも知れませんが、聞いてもらえますか?」

私の様子にただならぬものを感じたのか、はい、と表情を引き締めるプロデューサーさん。


「――最近、ちょっとおかしいんです」

「おかしい、とは?」

私はプロデューサーさんに全てを話しました。
真宵ちゃんと会ったことがある気がすること。
前にも同じ場所で迷った気がすること。
この先起こることが確信に近い標準で予想出来てしまうこと。
丸くて穴の空いたクラゲが関連していること。

「三浦さん、それ――明日以降のことはわかりますか? 何となくでいいです」

「いえ、今日のことだけです。それも長くて、家に帰るまでくらいで……」

「…………!」

辛辣な台詞で、苦虫を噛み下したような表情を見せるプロデューサーさんでした。

「――僕が、天海の異変に関わったのは聞いていますね?」

「はい、何でも不思議なことがあったとか……」

「普段は滅多に接することも見ることもない、時折人に害や影響を与えるもの――それらを総じて、怪異と呼びます」

――怪異。

「僕は高校生の時に怪異に襲われ、怪異との関わりを持ちました。
大学時代も怪異に関して色々調べたりして――だからこそ、天海に手を貸すこともできたんです」

それは置いておいて、とプロデューサーさん。


「今、三浦さんに取り憑いているかも知れない怪異の名前は――『環海月』、幻と呼ばれている怪異です」

「たまき、くらげ?」

海月。
やっぱりあの球状の物体はクラゲだったようです。

「環海月の特徴は、『時間』を餌とすることです。
願いを持つ人間に取り憑き、約半日から一日を半永久的にループさせることで『人間が生きる時間』を喰う――取り憑かれた人間が、願いを叶えるまで」

「でも、叶えるまで繰り返すのなら――」

いいんじゃないですか? と返す。
プロデューサーさんが言うところの『私の願い』はとても叶いそうにないけれど、下手な鉄砲もなんとやらと言いますし。

「環海月は、可能性の極めて低い願いにしか反応しないんです。そこがたちの悪いところで――」

自分の餌を無尽蔵に産み出すために、叶いっこない願いを叶えさせるために時間を無限に消費させる怪異――それが、環海月。

ああ――そうか。
そうなんだ。

「取り憑かれている本人すら異変に気付けない。
気の遠くなるような繰り返しの中で偶然気付いたとしても、その時に解決出来なければまた最初に『戻されて』しまう」

だから幻と呼ばれている所以です、とプロデューサーさんは締めました。
私は目を閉じて考えを巡らせます。

「そうですか」

親切に説明してくれたプロデューサーさんに対し出てきた言葉は、それだけでした。

それだけで十分だったんです。


「三浦さん……環海月から逃れる為には、すぐにでも願いを叶えないといけません。僕も協力しますから――」

「いりません」

「え……?」

だって。

この願いは。

「プロデューサーさんには、絶対に叶えられませんから」

いえ、明確に言えば、終わらせられるのはプロデューサーさんだけなんですが……でも、そんな結末はこちらからお断りです。

だから、ね。

ふよふよと中空に浮かぶクラゲが、前触れもなく唐突に目の前に現れました。
プロデューサーさんが息を飲むのがわかります。

「これが環海月……」

「うふふ」

クラゲに手を伸ばします。
ありがとう。
きっとあなたは、私を助けてくれたんだね。
あなたはご飯のためかも知れないけれど、それでも私は救われました。

もう、けりをつけるから――。

次で、最後にしようね。
クラゲに触れると、視界にノイズがかかり、歪みます。
さあ、そろそろ今日を終わらせましょう。



002


そして、また私は海沿いの防波堤に腰を降ろしていました。潮風が気持ちいい。

その後すぐに真宵ちゃんに会い、プロデューサーさんがやって来ます。
もう数え切れない程なぞってきた軌跡でした。

「何かあったなら、相談に乗りますよ」

車に乗り込むなり、微笑んでそんなことを言うプロデューサーさん。
その笑顔が何より残酷だって、わかっているんですか?

「――そうですね」

可能性があるから、と前回の彼は言った。
可能性があるのなら。
本当に、天文学的な確率でも存在すると言うのなら――。

「好きです、プロデューサーさん。
私と結婚を前提に付き合ってください」

プロデューサーさんは、一瞬面食らったように目を見開いて、すぐに顔を引き締めました。

時折見せる、 彼の真面目な表情。

私が、一番好きな彼。


「すみません、三浦さん」

彼は律儀にも深々と九十度、頭を垂れて――。

「僕には大切な人がいます。
三浦さんにそんなことを言ってもらえたのは身に余る光栄ですが――応えることは、出来ません」

私は目を閉じ、深呼吸するよう息を吸い込みます。

「そうですか――あーあ、フラれちゃった」

前回のプロデューサーさんの話には間違っている箇所がありました。

そんな、何度も同じ時を繰り返す怪異がいたのなら、『どうして私は前回のことを知っていた』のでしょうか?
前回までの記憶を残すことは、異変に気付く可能性を増やすことでしかありません。
それとも何回も繰り返したおかげでお腹がいっぱいになったんでしょうか?
終わらせたくて私にわざと記憶を?

でも、それも多分違います。


そもそも最初の私の願いは、『この関係を続けること』だったんです。

これは現在の状況を見るにクラゲが願いを叶えたように見えますが、この願いは恒常的なものであり、環海月には実現不可能な願いと言えます。
一日なんて枠に収まるものではありませんから。
だからクラゲは、二次的な願いだったプロデューサーさんとの関係を願いとして捉えた――でもやっぱり、綻びはあったんですね。

このふたつの願いは、絶対的にお互い相容れないものだからです。

どっちつかずのままでいたい私と、プロデューサーさんと結ばれたい私。願いの矛盾――。
結果、私に記憶が残ってしまったりと、色々不備が出ています。
クラゲさんからしたら、私は船底に穴の空いた船みたいなものでしょうね。
あちらを治せばこちらから浸水。
ふたつの矛盾を両立させることは不可能です。
もう沈むのは目に見えている。

だから――だから、『わざと少しずつ記憶を残した』んだと思います。
そうしたら、このままの関係を一番に望んでいる私は、変だとわかっていても、続けるかも知れませんから。

でも、もういいんです。


「冗談ですよ、プロデューサーさん」

そう言って、笑って見せます。
プロデューサーさんは、ちょっと安堵したように顔を綻ばせ、

「そ、そうですよね……三浦さんみたいな女神様が僕なんかに惚れる訳ないですしね」

「うふ」

この体験は、誰にも内緒にしておこう。
私だけの秘密のお話だ。

「ねえプロデューサーさん、私を振ったお詫びにひとつだけお願い、聞いてくれますか?」



003


後日談と言うか、今回のオチです。

以前より――それこそプロデューサーさんが入社してから約半年の間、真偽を問われてきた問題が今、明るみに出ようとしています。
その内容は至って単純明快。

「それでは――

会議室に全アイドルが勢揃いし、ホワイトボードの前に立つ司会役は春香ちゃん。
書記は律子ちゃん。

「ん――! んん――――!」

その横には、ロープで椅子にくくりつけられ、口をガムテープで塞がれたプロデューサーさんがいます。
抜け出そうと必死にもがいていますが、雪歩ちゃんが念入りに結んだ縄はそう簡単には解けません。

「今より『プロデューサーさんの彼女は実在するのか』会議を開!催!します!」

「いぇ→い!」

「ひゅ→ひゅ→!」

「んん――――――!」


「何ですかプロデューサーさん、うるさいですよ」

べり、とプロデューサーさんの口を塞いでいるガムテープを剥がす春香ちゃん。

「ぶはっ――な、何のつもりだお前ら!」

「だってアンタみたいな朴念人に彼女が本当にいるなんて信じられないじゃない?」

「もしかしたら『えあがあるふれんど』かも知れない、と言う噂が皆の間で持ちきりなのです」

「エア彼女って! 僕はそんな悲しい人間だと思われていたのか!?」

「まあまあ、百論より一証拠。
ボクが神原さんに協力してもらって、今日はご本人に登場してもらいます!」

「……………………え?」

「幻と言われてきたプロデューサーさんの彼女さんです! どーぞ!」

「ちょ、ちょっと待て!」

真ちゃんの声と共に扉が開き、入ってきたのは、

「こんにちは、765プロの皆さん」

恐ろしい程、という形容詞がぴったり来る程に綺麗な女性でした。

「戦場ヶ原ひたぎです」


「ひ……ひたぎ……」

「いい格好ね、暦」

私は、いの一番に彼女――戦場ヶ原さんに歩み寄ります。

「はじめまして、戦場ヶ原さん。私、三浦あずさと申します」

「知っています。お噂はかねがね」

「実は私、プロデューサーさんのことが好きだったのかも知れません」

「そう。それは割と最高にいい気分だわ」

「心配ですか?」

「いえ? 私は彼をそれなりに信頼しているし、浮気したら相手共々殺してやるんだから」

「ひたぎさん……怖いよ」

うん。
やっぱり、こうでなくちゃいけませんよね。

「戦場ヶ原さん、私とお友達になってくれますか?」

「はい、喜んで。ひたぎ、と呼び捨てでいいわよ」

「ではひたぎさん、今度二人でプロデューサーさんの悪口で盛り上がりましょう」

「ええ、楽しみだわ、あずさ」

ひたぎさんとは親友になれる。
海月への皮肉ではありませんが、そんな確信に近い予感がします。


「あ、あずささん……」

「…………『あずささん』?」

「え――? ひぎぃ!?」

「あら暦、ひぎぃ、だなんていやらしい悲鳴をあげるのね」

「お前がいきなり縄で首を締め上げるからだろうが!」

「暦――いえ、それとも浮気野郎と呼んだ方がいいかしら?
私はあなたの女性交遊関係には寛容だけど、決して浮気を許容しているわけではないのよ?」

「あのな……ひたぎ」

「あらごめんなさい、暦に男性の交遊関係なんてなかったわね」

「何気なく傷口を抉るような真似をするな!」

「私のことですら、人前で名前で呼ぶのに一年以上かかったのに。
八九寺ちゃんと神原も羽川さんも千石ちゃんもみんなみんな名字で呼ぶのに、一体全体どうしてこうして何故なのかしら?」

「そ、それは――」

そう言われるとそうだ、プロデューサーさんはみんな苗字で呼んでいる。
亜美ちゃんと真美ちゃんだけは苗字が一緒でややこしいから例外だけれど。


「…………秘密だ。だがやましいことは何もない」

「やっぱりおっぱいなのかしら?
 暦も若い男性の御多分に漏れずおっぱい星人だったのね」

「その理屈だととっくに僕は羽川に傾倒していることになるけどな」

「『僕はひたぎさんのおっぱいに一番劣情を催します』と言えたら許してあげるわ」

「お前はそれでいいのか!?」

「そう、ではせめて苦しむように殺してあげるわ」

「普通逆だろ!」

「では苦しむように殺してあげない」

「より猟奇性が増しちゃった!?」

「釈明があるのなら言ってみなさい。良かったわね、私がジーザスクライストのように寛容で」

「僕が浮気なんてするわけないだろう、僕はひたぎ一筋だ!」


「あらあら」

「わぁ……」

「あらやだ阿良々木くんったら、こんなところでのろけるだなんて」

「誰のせいだと思ってるんだ……」

「でもいいわ、その男気に免じて許してあげます」

「そいつはどうも……」

その後、私はひたぎさんと連絡先を交換し、一緒にご飯を食べる約束をしました。
仲良くなれるといいなあ。

「ね→ね→、二人はどうやって付き合ったの?」

「そうね……話せば長くなるのだけれど」

「あ、それわたしも興味あります!」

「やめてくれー! これ以上僕を辱めてどうする気だー!」

「もう諦めるさー、男らしくないぞプロデューサー」

「観念するのね、にひひっ」

一連の流れの後、その日は説明するまでもなく狂乱の折となったのでした。



あずさジェリー END


終了です。
見てくれた方々ありがとうございました。
ちなみに書き溜めはもうない!

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