穂乃果「時の旅人」 (840)



キーンコーン

 カーンコーン


先生「はい、今日はここまでー、ちゃんと復習しておくようにねー」


「「 はーい 」」


「お昼だ、おっひる~♪」

「屋上に行こう」

「今日は中庭で食べない?」

「いいねー、そうしよっか」



「黒板消してもいい~?」


「あ、ちょっと待ってー!」


「また穂乃果~?」


穂乃果「ご、ごめんね~、私が消すからそのままにしておいて」


「いいよいいよ、すぐ終わるでしょ?」


穂乃果「すぐ写すから! ……えっと、倹約令は」


「勉強熱心なのはいいけど、真面目過ぎるよね、穂乃果は……」

「うん……でも、そこが穂乃果ちゃんのいいところ~」

「わぁ……ノートに文字がびっしり……」


穂乃果「終わったー! 待っててくれてありがと~!」


「いえいえ~、それでは消し消し~」


穂乃果「……ふぅ、……また迷惑かけちゃった」



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「お昼、一緒に食べよ?」


穂乃果「あ、ヒデコ……」

「いつもテストで満点だよね、穂乃果ちゃん。これが私との違いかな……フミコ」

フミコ「まぁねぇ……。気づいたなら頑張ろうね、ミカ」

ミカ「……はい」

ヒデコ「ちょっとは気を緩みなよ、穂乃果。そんなんで疲れない?」

穂乃果「あはは、これだけが私の取り柄だから」

ミカ「そのメガネも様になってきたね」

穂乃果「ミカが選んでくれたからだよ~」

ミカ「……うん」

フミコ「馴染んできたね、って意味なんだけどね……」

穂乃果「……そうなんだ」

ヒデコ「ほら、はやく弁当を出しなよ、あっという間にお昼休み終わっちゃうよ」

穂乃果「あ、う、うん……えっと……」

ガサガサ

フミコ「慌て過ぎ……」

穂乃果「あわ、あわわっ」

ポロッ

ミカ「わぁっ!」

ガシッ

ヒデコ「危ない……弁当がひっくり返るところだったね」

穂乃果「あ、ありがと……ミカ……」

ミカ「いいよ、これくらい」

穂乃果「……っ」

ミカ「あの、穂乃果ちゃん……そんなに気にしないで?」

穂乃果「……うん」

ミカ「……」

ヒデコ「……その弁当の中身は、今日も日本食?」

穂乃果「……うん、お父さんが作ってくれた」

ミカ「穂乃果ちゃんのお父さんって和菓子以外にも日本食も作れるんだ? すっごいな~」

穂乃果「うん、小さいころから和菓子を食べてるけど……好きなんだ」

フミコ「いいよね、そういうの」

ヒデコ「…………」

ミカ「それじゃ、いただきまーす」

穂乃果「いただきまーす」

ヒデコ「落ち着いているときは普通なんだけどねぇ」


……




ヒデコ「はーい、ただいま、ミカの手元にババが入りました~!」

ミカ「ちょっと!? それ言っちゃババ抜きの意味がないよ!?」

ヒデコ「そういうスリルもありってことでね~」ニヤリ

ミカ「ひどいよー!」

穂乃果「じゃあ、取るよ、ミカ」

ミカ「さぁ、来~い」

穂乃果「……」ゴクリ

ミカ「……」

穂乃果「これっ」スッ

ミカ「……」

穂乃果「……あ」

フミコ「渡ったね……」

ヒデコ「渡ったよね……」

穂乃果「…………」

ミカ「……?」

フミコ「?」

ヒデコ「どうしたの?」

穂乃果「……その」

ミカ「ちょ、ちょっと穂乃果ちゃん、ババを引いたくらいで凹まないで」

穂乃果「……ババの位置がわかったら、ババ抜きの意味がないよね」

ヒデコ「まぁ、それはそうだけど」

穂乃果「……ごめんなさい」

フミコ「…………」

ミカ「ヒデコがさっき言ってたでしょ? スリルがあって面白いって」

穂乃果「……うん」

ヒデコ「あのさぁ、穂乃果」

穂乃果「?」

ヒデコ「どうしてそんなところで気を遣っちゃうの?」

穂乃果「……っ」ビクッ

バサーッ

フミコ「あらら……捨て札と混ざっちゃった」

ミカ「……時間も無いから、今日はこれでお終いだね」


穂乃果「…………ごめん」


ヒデコ「穂乃果、今日の放課後……暇でしょ?」

穂乃果「え?」

ヒデコ「どうせ図書館に寄って勉強するだけだよね」

ミカ「ちょっと、そんな言い方……」

穂乃果「……」

フミコ「でも、いくら誘っても……放課後は私たちと寄り道とかしないよね」

穂乃果「それは……」

ヒデコ「穂乃果と出会って、この春でちょうど一年……」

穂乃果「……」

ヒデコ「だけど、私は穂乃果のこと、全然知らない」

フミコ「そうだね……私もよく知らないな」

ミカ「……うん、私も」

穂乃果「……っ」

ヒデコ「だからさ、お話しようよ」

穂乃果「え……?」

ヒデコ「放課後、屋上で待ってるから、ちゃんと来てよ?」


穂乃果「…………」


……



―― 放課後:屋上


ミカ「来てくれるかな……?」

ヒデコ「来てくれないと、困る」

フミコ「そうだね……私たちは来年で卒業、再来年には……この学校無くなっちゃうんだから」

ヒデコ「今のままの寂しい関係は私、嫌なの」

ミカ「……うん」

フミコ「強引に引き寄せるしかないよね」

ヒデコ「これが正しいことなのかどうか分からないけど」

ミカ「……」

フミコ「……話変わるけど。廃校が決定したこと、みんな受け入れてるよね」

ヒデコ「どうしようもないからね」

ミカ「生徒会長だって……なんだか、流れに合わせるっていうか」

ヒデコ「あまり熱血って感じでもなさそうだし……純和風の大和撫子~ってタイプ?」

フミコ「それって、嫌味~?」

ヒデコ「まぁね。あんな日本美人、京都にでも行かないと会えないよ」

ミカ「正解、生徒会長は京都出身なんだって」

ヒデコ「いや、喋り方で分かるでしょ……思いっきり京都弁なんだから……」


……




ミカ「10分経過……」

ヒデコ「あぁー、もう!」

フミコ「迎えに行ったほうがいいよね……」

ヒデコ「絶対に教室で考え過ぎてるんだよ! さっさと来たらいいのに!」

ミカ「もう少し待ってみようよ、こういうのは自分から動かないと……」

ヒデコ「そうなんだけど……タイミング逃したら動けなくなるでしょ」

フミコ「……穂乃果ちゃんならそうなるかもね」



……




ミカ「更に10分……」

ヒデコ「……行ってくる!」

タッタッタ


フミコ「穂乃果ちゃんも穂乃果ちゃんなら、ヒデコもヒデコだね……」

ミカ「……私たちも行こうか」


―― 教室


ヒデコ「穂乃果!」


「うわっ、びっくりした」


ヒデコ「……あれ、穂乃果は?」


「……さっき、帰ったけど」


ヒデコ「……なに、それ」


― 校門前


穂乃果「……むり…だよ」


穂乃果「…………また……」



「穂乃果ー!」



穂乃果「!」


ヒデコ「どうして帰るの!? ずっと待ってたんだよ!!」


穂乃果「あ、えっと……!」


フミコ「ま、待ってヒデコ!」

ヒデコ「!」

ミカ「穂乃果ちゃん……私たち、……これでも本気だったんだよ?」


穂乃果「……っ」


ミカ「誰とでも打ち解けて、笑顔で話をしてくれて、
   分け隔てない関係を持ってくれる穂乃果ちゃんだけど」

穂乃果「……」

ミカ「深く付き合えてる人って……いないよね」

穂乃果「……うん」

フミコ「……理由を聞いてもいい?」

ヒデコ「…………私も聞きたい」

穂乃果「だって――……」



穂乃果「うみちゃんのように……離れていったら嫌だから!」

タッタッタ


ヒデコ「あ、穂乃果!」

フミコ「……ヒデコ、もうこれ以上は」

ヒデコ「……ふぅ、なんだかなぁ」

ミカ「ウミ……ちゃん……?」

フミコ「その名前、聞いたこと……ある?」

ヒデコ「ない。……でも、その人と何かあって、トラウマになってることは分かった」


……



―― 高坂邸:穂乃果の部屋



「おねーちゃん~?」


コンコン


穂乃果「……」


「いるのぉ?」

コンコン


穂乃果「……いるよ」


「いるなら返事してよぉ、ご飯どうするの~?」


穂乃果「いらないから」


「また勉強? もぅ……無理してると体壊すよ~?」


穂乃果「……」


穂乃果「私のこと、心配してくれているのに……」


『深く付き合えてる人って……いないよね』


穂乃果「……ッ」


穂乃果「相談できる人が……いない……っ」




……




『身勝手すぎます! これからもずっとそんな調子でいるのですか!?』

『だって……楽しそうだよ?』

『私にはそうは思えません』

『やってみないと分からないよ! ほら、行くだけ行ってみようよ~』

『嫌です』

『もぉ~、うみちゃん~』

『嫌ったら、嫌です』

『大丈夫、なんとかなるよー』

『穂乃果、一つ言っておきますが――』


穂乃果「――ッ!?」


カチ カチ

 カチ カチ


穂乃果「なんで……あんな夢……」


「……」


穂乃果「胸が……落ち着かない……」


「…………」


穂乃果「はぁ……ふぅ……はぁぁ……うぅっ」


「聞こえますか?」


穂乃果「…………?」


「貴女は、後悔しているのですね」


穂乃果「……え、……だれ?」


「過去はすべて夢の彼方へ――……」


穂乃果「な、なに……だれ……なの……」


「未来はすべて幻の狭間へと――……」


穂乃果「……ぅ……うぅ……」


「……」


穂乃果「すぅ……」


「おやすみなさい」


穂乃果「……すぅ……すぅ」


―― 翌日


コンコン

「穂乃果ー、朝よー」


穂乃果「……」


スーッ


「ほら、朝だから起きなさ――……って、起きてるのね」

穂乃果「……今、起きたところ」

「体調、悪いの?」

穂乃果「ううん……」

「……それなら、さっさと顔を洗って朝ごはん食べて、学校へ行く!」

穂乃果「……うん」



……




―― 学校・屋上


穂乃果「…………」


「教室に居ないと思ったら、ここにいたんだ」


穂乃果「ヒデコ……」

ヒデコ「……昨日の今日だから、気まずい?」

穂乃果「……」

ヒデコ「私は、少しだけ……気まずい」

穂乃果「……っ」

ヒデコ「でもさ、これってチャンスかと思って」

穂乃果「?」

ヒデコ「穂乃果と、本当の意味で友達になれる……チャンス」

穂乃果「……!」

ヒデコ「ミカとフミコも、私と同じ気持ち」

穂乃果「…………」

ヒデコ「踏み込むなら今しかないって思ってるから」

穂乃果「……」

ヒデコ「ごめんね、身勝手で……」

穂乃果「ううん……身勝手なのは、私のほう……」

ヒデコ「……」

穂乃果「いつも、いつも……私の我侭で、周りに愛想を尽かされる」

ヒデコ「……ウミ、って子も?」

穂乃果「っ!」ビクッ

ヒデコ「……ごめん、ちょっと焦りすぎた」

穂乃果「……っ」

ヒデコ「あぁ……本当にごめん。……なにやってんだろ、私」

穂乃果「…………」

ヒデコ「……あのさ、穂乃――」


穂乃果「私……!」


ヒデコ「……?」



穂乃果「この学校が、好きなの」



穂乃果「だから……――うみちゃんと一緒に来たかった」

ヒデコ「……」

穂乃果「一緒に入学したかったっ」

ヒデコ「……そっか」


穂乃果「それなのに……っ」

ヒデコ「喧嘩でも……したの?」

穂乃果「……うん。……入試の前に…」

ヒデコ「その子は今どこにいるの?」

穂乃果「行きたい大学があるからって……進学校へ……」

ヒデコ「進学校といったら……あそこかな」

穂乃果「だから、私も……うみちゃんと同じ大学へ入って……謝りたい」

ヒデコ「……それが、勉強に一生懸命な理由?」

穂乃果「……」コクリ

ヒデコ「穂乃果の胸のうちを聞けたから、私も思ったことを言うね」

穂乃果「……?」


ヒデコ「今のままの、穂乃果なら……そのウミちゃんって子に許してもらえないと思う」


穂乃果「え――……?」

ヒデコ「我侭で喧嘩した穂乃果と、今の穂乃果って大して変わりないよ」

穂乃果「――ッ!」

ヒデコ「だから――」


穂乃果「放っておいて」


ヒデコ「え?」


穂乃果「私と……海未ちゃんの……時間を知らないくせにッ! 勝手なこと言わないでよッ!」

タッタッタ


ヒデコ「あ、穂乃果!!」


ヒデコ「最後まで……聞いてよ……」


「話には順序があるって思うな」


ヒデコ「う……」

ミカ「もぅ、ヒデコも勝手だよ」

ヒデコ「……はい」

フミコ「これから、どうする?」

ヒデコ「穂乃果とは話し合うよ。こうなったらとことん」

ミカ「でも、避けられるかもね」

ヒデコ「そこは、二人が取り持ってくれれば」

フミコ「しょうがない、私たちの学校生活のためにも、がんばりますか」

ミカ「頑張りますか」

ヒデコ「私は、これから……穂乃果の為に、なんでも協力していくつもりだから」

フミコ「しょうがない、付き合ってあげますか」

ミカ「あげますか」

ヒデコ「ありがと、二人とも」


――……

―……


―― 保健室


保険医「それじゃ、横になってなさい。担任には私から伝えておくから」

穂乃果「……はい、すいません」


シャー


穂乃果「……」


穂乃果(こういう時、一人になれる場所があればいいけど)


穂乃果(私には……無い)


穂乃果「……はぁ」


「高坂さん、私は少し出ているから、
  誰か来ても対応しないでいいので、そのまま寝ててね」


穂乃果「……はい」


スタスタスタ


穂乃果(少し寝て……教室へ戻ろう……)


穂乃果(……そして、ヒデコに……謝ろう)


穂乃果(私のことを考えてくれたのに……私が突き放しちゃったら……)


穂乃果「はぁ……、私……何も変われてないんだなぁ……」


穂乃果(……こんな時だから……できれば、夢はみたくないよ――)


……




「起きてください」


穂乃果「すぅ……すぅ」


「起きてください、高坂穂乃果」


穂乃果「ん……せんせ……?」


「……」


穂乃果「……」


「目は覚めましたか?」


穂乃果「……ネコ?」


「この姿が何かと都合がいいのですが、私はネコではありません」


穂乃果「……?」


「私のことはなんとでもお呼びください」


穂乃果「……」


「まだ呆けているようですね」


穂乃果「……この声」


「はい、昨晩、あなたの部屋にお邪魔しました」


穂乃果「……」モゾモゾ


「……?」


穂乃果「……すぅ」


「夢ではありませんよ、高坂穂乃果」


穂乃果「……ん?」


「中々、手強いですね」


穂乃果「……ネコだよね?」

猫「……」

穂乃果「なんで保健室に猫がいるの……?」

猫「あなたと話がしたくてここまで――」

穂乃果「……うぅん」ゴソゴソ

猫「私の声を聞いた時の反応として、幾つか予想をしていましたが。どれも外れました……」

穂乃果「すぅ……」

猫「寝ぼけているわけでも、夢の中でもありませんよ」

穂乃果「……?」

猫「あなたにひとつ、叶えて欲しい願いがあるのです」

穂乃果「…………」

猫「ですが、今の貴女では叶えることが不可能――……」

穂乃果「今の私……」

猫「先ずは願いから聞きましょう」

穂乃果「私の願い……?」

猫「貴女の願いと私の願い、これは等価交換です」

穂乃果「……」


猫「高坂穂乃果」


穂乃果「…………」


猫「貴女の願いはなんですか?」


穂乃果「私の――……」


猫「……」


穂乃果「私の願い――……」


猫「……」


穂乃果「この学校を――、音ノ木坂学院を守りたい」


猫「……おかしいですね」

穂乃果「え?」

猫「失礼ながら、あなたの行動を観察させてもらいました」

穂乃果「……」

猫「あなたには強い後悔の念があるはずです」

穂乃果「……うん」

猫「しかし、願いはその後悔を解消することではなく、――この学校を守ること」

穂乃果「……」

猫「理由を聞かせてもらえますか?」

穂乃果「今の一年生が卒業したら、この学校は無くなっちゃうの」

猫「……」

穂乃果「音ノ木坂学院があったから、ヒデコたちと出会った」

猫「……」

穂乃果「人の繋がりが生まれるこの場所を、私は失いたくない」

猫「……後悔はどうするのです?」

穂乃果「このまま私の胸に置いておく……、だって……無かったことにしたくないから」

猫「……」

穂乃果「私の過ちで、うみちゃんと離れ離れになってしまったけど……、これは私の責任――」


『今のままの、穂乃果なら……そのウミちゃんって子に許してもらえないと思う』


穂乃果「――ッ」ズキッ


猫「やはりあなたには、可能性を感じます」

穂乃果「……可能性?」

猫「意思の強さ、それは確かな未来への道標」

穂乃果「……」

猫「今までの話の結論付けとして、先に言っておきます」

穂乃果「?」


猫「『学校を守りたい』というあなたの願いは、私には叶えられません」

穂乃果「……!」

猫「人の意識や考えを変えることは私にとって不可能だからです」

穂乃果「そう……だよね……」

猫「ですが、そのきっかけを作ることなら可能かもしれません」

穂乃果「きっかけ……?」

猫「今のあなたに、この学校は救えますか?」

穂乃果「!」

猫「過去の責任を負ったあなたが、この難題を乗り越えられますか?」

穂乃果「……ううん、無理だよ」

猫「……」

穂乃果「勉強するだけで……精一杯だから……」

猫「それでは、暗中模索といきましょう」ピョン

穂乃果「……?」

猫「少し、頭を下げてもらえますか」

穂乃果「……なにを、するの?」

猫「私の額とくっつけるだけですよ」

穂乃果「う、うん……」

猫「……」


ピタ


穂乃果(こんなに近くにいる……)


猫「…………」


穂乃果「猫の額って言葉があるけど、本当に狭いね」


猫「……」


穂乃果「なんだかくすぐったい……ひっくしゅっ」


猫「……!」


穂乃果「あ、ごめんね」


猫「気にしないでください」クシクシ


穂乃果「……それで、なにが分かったの?」


猫「あなたには、仲間が必要です」


穂乃果「仲間……?」


猫「あなたの願いを叶えるため、一緒に歩いてくれる仲間が」


穂乃果「……」

猫「そのヒントを見つけるためにも、少し眠っていてください」

穂乃果「……ヒント?」

猫「これからどうするべきか、自ずと見えてくるはずですから」

穂乃果「……でも、寝るって言っても……目が覚めちゃったよ」

猫「高坂穂乃果」

穂乃果「……?」

猫「おやすみなさい」

穂乃果「…………うん」

猫「……」

穂乃果「……すぅ……すぅ」


猫「私はもう少し調べてみましょう」


穂乃果「すぅ……すぅ」



猫「この『時』は必然でしょうか」


猫「必ず、あなたを目覚めさせますから、待っていてください……――様。」



………

……




『う~みちゃん!』

『……なんですか?』

『まだ怒ってるの~?』

『当然です。勝手に進路希望を書いて提出したのですから』

『あはは、ごめんごめん~』

『……』

『でも、第二志望に書いたから、問題ないよね』

『それはそうですが……』

『第一志望って、あの進学校でしょ? どうしてあの学校なの?』

『少し、勉強に力を入れてみようと思いまして……。弓道も強いみたいです』

『ふぅん……』

『穂乃果とは小さいころから一緒でしたが……中学までのようですね』

『……うん』

『どうしました?』


『うみちゃんって、私と離れるの……寂しくないの?』

『……高校が違うだけで、住むところは変わらないのです。だから――』

『……また、離れていっちゃうなんて、やだよ』

『仕方の無いことです。……進路が違うとはそういうことですから』

『割り切りすぎだよ』

『わ、私だって……』

『……?』

『いえ、なんでも……』

『……』

『……』

『帰ろっか』

『そうですね』



……




穂乃果「すぅ……すぅ…………んん……っ」

猫「想い出は必ずしもいいものとは限りません」

穂乃果「……ん……すぅ……」

猫「記憶の中にいたもう一人の女の子――彼女は誰でしょうか」


……




『音ノ木坂のオープンキャンパスがあるんだよ! 明日の朝、遅れないでね!』

『え?』

『うみちゃんの分、申し込みしちゃった~』

『な……!?』

『うひひ』

『ほのか……』

『う……怒ってる』

『当然です!』

『入試の申し込みじゃないんだよ……?』

『身勝手すぎます! これからもずっとそんな調子でいるのですか!?』

『だって……楽しそうだから』

『私にはそうは思えません』

『やってみないと分からないよ! ほら、行くだけ行ってみようよ~』

『嫌です』


『もぉ~、うみちゃん~』

『嫌ったら、嫌です』

『大丈夫、なんとかなるよー』

『穂乃果、一つ言っておきますが――』

『ん?』

『あなたのその言動、いい加減にしてほしいです』

『――え?』

『いつでも笑ってすませると思ったら大間違いですよ』

『……うみ…ちゃん……?』

『もういいです、明日は一人で行ってください。私は絶対に行きませんから』

『あ、待って、ごめん! 悪かったから!』

『……――ほのか』

『え、なに……?』

『私とあなたの道は、ここから別々に進むことになります。私は私で……頑張ってみますから』

『あ――……!』

『あなたも、頑張ってください』

『うみ……ちゃん……!』

『それでは……』


『まって……』


……




穂乃果「まって……!」

ガバッ


猫「……」


穂乃果「……っ」


猫「……どうでしたか?」

穂乃果「あれから、うみちゃんは……勉強と部活に一生懸命になって……」


穂乃果「私と会話することもなくなって……離れていっちゃった」

猫「…………」

穂乃果「……はぁ…」

猫「それでは、『過去』を変えてみましょう」

穂乃果「……っ……そんなこと……できるの?」

猫「厳密に言えば、少し事実が異なるのですが……人間にとっての『時間』は同義ですから、可能です」

穂乃果「何を言ってるのか分からないけど……どう変わるの……?」

猫「貴女の後悔を取り除いてしまうのです」

穂乃果「うみちゃん……」


猫「それが、貴女の夢への第一歩」

穂乃果「夢の……?」

猫「仲間が必要だと私は言いましたね」

穂乃果「あ、うん……」

猫「それでは、この選択をどうしますか?」


穂乃果「過去を変えるか、どうかの選択……?」


猫「そうです」

穂乃果「この、『今』はどうなるの?」

猫「!」

穂乃果「ヒデコが私に言ってくれた言葉……あれも無かったことになっちゃうの?」


猫「…………」


穂乃果「そんなこと……できない……よ」

猫「それでは、その後悔を持っていてください」

穂乃果「……持って?」

猫「その想いはあなたの強みです」

穂乃果「……」

猫「まだ、迷っているようですね。
  私の話が信じられない、といった表情ではなさそうですが」

穂乃果「…………さっきの、答えになってないよ」

猫「……」

穂乃果「『今』を失ったら、私がうみちゃんに謝るっていう『未来』はどうなるの?」

猫「……先ほども言いましたが、人間にとっての『時間』の解釈は私たちとは異なります」

穂乃果「……」

猫「後悔を持つということは、決して無かったことにはなりません」

穂乃果「……」

猫「優しくなく、厳しくもない。時間はただ、流れるだけ」

穂乃果「流れる……」

猫「そこに身を委ねるかどうか、それは貴女の意思に任せます」

穂乃果「……」


穂乃果「うみちゃんと一緒に……この学校へ通える……のかな」


猫「あなたが真に望めば」


穂乃果「…………」


猫「……」


穂乃果「どうして、そこまで私に……?」

猫「最初に言いましたが、私にも願いがあるのです」

穂乃果「それって……?」

猫「いずれ話すことになるでしょう。今は自分のことを考えるべきです」

穂乃果「……」


穂乃果「……すぅ……はぁ」

猫「……」

穂乃果「お願いします」

猫「はい」


穂乃果「怖いけど……ッ」


猫「……そのまえに、ひとつ訊きたいことがあります」


穂乃果「……?」

猫「貴女の記憶を探ったとき、二人の少女がいましたが?」

穂乃果「さっき額をくっつけた時だね……うみちゃんと、……――ことりちゃんだよ」

猫「その彼女は?」

穂乃果「私たちが小さいころ……海外へ引っ越して行っちゃった」

猫「…………」

穂乃果「……懐かしいな、ことりちゃん」

猫「私の推測ですが、その引っ越していった彼女、
  『今』を変える糸口になるかもしれません」

穂乃果「ことりちゃんが?」

猫「今のままのあなたでは、『過去』へ行ってもなにもできないでしょう」

穂乃果「…………そう、だね。……きっと、変わらない、変えられない」

猫「彼女の力が必要になってくるはずです」

穂乃果「でも……どうするの?」

猫「引越しを阻止するのです」

穂乃果「え!?」


ガラガラ


穂乃果「先生が戻ってきた……布団の中に隠れて!」

猫「失礼します」モゾモゾ


「高坂さん、起きてるの?」


穂乃果「ごほごほっ、はい」


「咳? 薬出しましょうか?」


穂乃果「大丈夫ですぅ」


「安静にしててね」


穂乃果「はぁい」


猫「……」ヒョコ


穂乃果「ふぅ……」

猫「まずは……その彼女からですね」

穂乃果「うん……、彼女の名前は――……南ことり」

猫「まずは、南ことりを仲間にしてください」

穂乃果「わかった」

猫「それでは、跳ばします」

穂乃果「ま、待って……跳ばすって、この姿のまま?」

猫「説明が難しいのですが、幼少の頃――、南ことりの『分岐点』へ跳ぶということです」

穂乃果「……このままの記憶で行けるの……?」

猫「ほとんどの記憶は持っていくことができません」

穂乃果「じゃ、じゃあ、どうやって阻止するの?」

猫「それは、貴女の判断でしか行動を起こせませんから、あなた次第です」

穂乃果「そんな……!」

猫「大丈夫ですよ、可能性は無限にあるのですから」

穂乃果「……!」

猫「そのことを忘れないでください」

穂乃果「……うん……わかった」



猫「高坂穂乃果」


穂乃果「…………」


猫「みらいで待っています」


穂乃果「――」


穂乃果「―」


穂乃果「」


「」



…………


………


……




―― 高坂穂乃果 小学4年生 ――



「ことりちゃ~ん、遊ぼ~!」


「ちょっと待ってて~、おかあさんがお話があるって~」


「わかったー!」


「すぐ行くから、公園で待ってて~」


「はいよー!」


……




「おそいなぁ……ことりちゃん」

「……」

「うわっ、びっくりした!」

「……ほのかちゃん」

「あれ、どうしたの?」

「…………」

「もうすぐうみちゃんも来るはずだから、ブランコに乗って待っていようよ」

「あのね……ほのかちゃん」

「うん?」

「わたし……引越しすることになったの……」

「え……どこに?」

「遠い、遠いところだって……」

「うそ……」

「……いやだって言ったけど……しょうがない、って」

「や、やだよ……」

「うん……わたしも……いや……」

「……っ」

「どうしよ……ほのかちゃん……っ」

「うーん……うーん……そうだなぁ……うーん……」

「ほのかちゃんと、うみちゃん……私、はなれたくないのに……っっ」

「ことりちゃん……っ」


「一緒にいたいよぉ……ぐすっ」

「そ、そうだっ、家出だよ!」

「家出……?」

「そう! こーぎするんだよ! 私は引越しに反対しますって!」

「……お母さんも分かってくれるかな?」

「絶対に分かってくれるよー!」

「わかった!」

「じゃあ、今日は私の家にお泊りだね!」

「うん、そうする! ありがとう、ほのかちゃん!」


……




―― 夜:高坂邸


「おかあさーん」

「なにー?」

「今日、ごはんは部屋で食べるからー」

「……」

「おねーちゃんといっしょに食べるーっ」

「ゆきほはダメっ」

「えー、なんでー!」

「ダメッたらダメ!」

「ずるいよぉー!」

「穂乃果……また、犬か猫を連れてきたんじゃないでしょうね」

「ち、ちがうよー、犬や猫じゃないもん?」

「……ふぅん、じゃあ違う何かなのね……って、それはそれで怖いわね」


プルルルル


「あ、雪穂、電話に出てちょうだい」

「はーい」

「ね、お母さん、ご飯は大盛りでお願いね。それと、ピーマンはいらないからね」

「注文が多いわねぇ、どうしたのかしらぁ?」

「それは……っ」


「おかーさーん、南さんってー」


「あら、ことりちゃんのお母さん……?」

「ぎくっ」

「……どうしたの、穂乃果?」

「な、なんでもないよー? ことりちゃんが部屋にいるわけないでしょー?」

「……はぁ、そういうことね」

スタスタスタ


「よかった、ばれてない」

「おねーちゃん、一緒にごはん~」

「ゆきほはお母さんたちと食べて」


「……すいません、穂乃果がことりちゃんを連れ回しているみたいで……
 え……はい……そうですか……分かりました……今日は家に泊まってもらいますから」


「もういいや、勝手に持っていっちゃおー」

「いっしょ、いっしょに食べるー!」

「もぅ、ダメだってばゆきほ!」


「……まだ作りかけなんだけど、それでもいいなら持っていっていいわよぉ?」

「う……」

「ほら、ことりちゃんも連れてらっしゃい。みんなで食べましょう」

「え、なんで分かったの!? お母さんエスパー?」






……


………


…………


―― 高坂穂乃果 高校2年生 ――


穂乃果「あ……」


穂乃果「……懐かしい夢……だったな」


猫「……にゃー」


穂乃果「……ネコ?」

猫「にゃー」

穂乃果「どうして学校の保健室に……?」

猫「にゃ? にゃー」

穂乃果「……?」

猫「うにゃ?」

穂乃果「変な仔……」


「高坂さん、動物でもいるの?」


穂乃果「はい、銀猫の――……」

猫「以前は聞こえたはずなのに……。どうして私の声が……?」

穂乃果「あ、ケータイの着信音でした」


「あら、そう。体調はどう? まだ横になってる?」


穂乃果「いま、休み時間ですか?」


「あと10分くらいで2時限目が終わるから、それまで横になってて」


穂乃果「はい、分かりました」


猫「聞こえているようですね」

穂乃果「あなたは……誰?」

猫「記憶も断裂しているようです……困りました」

穂乃果「?」

猫「早く記憶の引継ぎができる人物を見つけなくてはいけません」

穂乃果「なにを言ってるの?」

猫「ネコの姿である私が喋るという事実に、あなたはどう受け止めているのですか?」

穂乃果「え、えっと……なんとなく、前にも似たようなことがあった気がして……」

猫「恐怖心はないのですか?」

穂乃果「……うん。私のことを考えてくれてるって……思ったから」

猫「全てを忘れたわけではないようですね……、分かりました」

穂乃果「……」


猫「では、結論を言います」

穂乃果「結論って?」

猫「貴女の『今』が変わったのかどうか」

穂乃果「…………」


猫「変化はありません」


穂乃果「……」


猫「南ことり、そして、仲違いをした彼女。二人ともこの学校へ入学していないという事実」

穂乃果「……うん、そうだよ。……二人は、私から離れて行っちゃった」

猫「……」

穂乃果「うみちゃんは……会おうと思えば逢える距離なのに……」

猫「私は思い違いをしていたのかもしれません」

穂乃果「……?」

猫「……」ピョン

穂乃果「どこへ……行くの?」

猫「放課後に、校門で待っています」

テッテッテ

穂乃果「…………」



……



―― 放課後:音ノ木坂学院校門前


穂乃果「……」


穂乃果「いない……」


穂乃果「放課後って言ってたよね……?」


猫「お待たせしました」

穂乃果「あ……、どこ行ってたの?」

猫「このまちを散策していました。それでは参りましょう」

穂乃果「どこへ……?」

猫「後悔を少しでも解消しに、です」



―― 駅前


穂乃果「……やっぱり、怖いよ」

猫「ですが、『今』を少しでも変えない限り、『未来』は変えられませんよ」

穂乃果「当たり前のこと言ってる……」

猫「……」

穂乃果「『過去』を変えるって言ってたけど……本当にできるの?」

猫「可能です」

穂乃果「……」

猫「仲違いをした彼女との後悔、
  それを少しでも解消しない限り、貴女は先へと進めないのかもしれません」

穂乃果「……どうして」

猫「貴女の想いは強いですから」

穂乃果「……」


……



猫「現れませんね」

穂乃果「……」

猫「……」

穂乃果「忙しいんだよ……」

猫「それでは、明日にしましょう」

穂乃果「……」

猫「恐怖心がありますか?」

穂乃果「……うん」

猫「……」

穂乃果「いつも……、一緒にいた人が離れていくって……とても怖いよ」

猫「……」

穂乃果「私はあれから何も変わってないんだよ……、繰り返すだけだよ……」

猫「高坂穂乃果」

穂乃果「……っ」

猫「自分自身を信じて」

穂乃果「……――!」

猫「恨んだって、悔やんだって、羨んだって、決して昨日には戻れません」

穂乃果「……」

猫「だけど、『今』ならまだ間に合います」


穂乃果「…………」


猫「……」


穂乃果「来た……」

猫「……?」


「……」


穂乃果「うみちゃん……」

猫「……」

穂乃果「『過去』を変えるとか、『未来』を信じるとか……よくわからないけど」

猫「……」

穂乃果「……怖いけど、叶えたい願いがあるから……!」

タッタッタ


猫「それが、『全て』を変える一歩」


穂乃果「海未ちゃん!」


海未「……ほのか……!」


穂乃果「ひ、ひさしぶり……だね」


海未「びっくりしました……」


穂乃果「中学卒業して以来……だよね」

海未「…………はい」

穂乃果「……」

海未「その眼鏡は……どうしたのですか……?」

穂乃果「あ、これは……視力が落ちて……」

海未「……いえ、そういうことではなく……」

穂乃果「ちょ、ちょっと……勉強を……してて……」

海未「……」

穂乃果「……うん、それだけなんだ」

海未「……そう……ですか」

穂乃果「…………うん」

海未「……」

穂乃果「……」

海未「…………その制服、似合ってますね」

穂乃果「……そうかな。……ありがと」

海未「どうですか、……えっと、音ノ坂……でしたっけ」

穂乃果「音ノ木坂学院、だよ」

海未「……」

穂乃果「それなりに……楽しく過ごしてるよ」

海未「……そうですか。……少し、気がかりでしたから……よかったです」

穂乃果「うみちゃん……」

海未「……私も、それなりに楽しんでいます」

穂乃果「……」

海未「今まで……あなたの後を追っていましたが、
   『今』は自分の力で進んでいると実感しています」

穂乃果「そっか……」


海未「……」

穂乃果「……」


海未「ことりは、元気にしていますか……?」

穂乃果「連絡……取ってないの?」

海未「……はい。……月に一度の連絡も……今は途絶えてしまいました」

穂乃果「そうなんだ……。実は私も、なんだ」

海未「……連絡、取っていないのですか?」

穂乃果「あ、そうじゃないんだよ……。ただ、……最近は……」

海未「……」

穂乃果「忙しいみたいで……返事が……遅いかな」

海未「……そう…ですか」

穂乃果「……うん」


海未「……」


穂乃果「……あ、あのね――」


海未「ほのか」

穂乃果「う、うん……?」

海未「私は、穂乃果と別々の道を選んだことに後悔はありません」

穂乃果「ぁ……」

海未「人見知りをして、臆病で、怖がりな私が、穂乃果から離れていることが……少しだけ誇りに思えるのです」

穂乃果「そう……なんだ……っ」

海未「……」

穂乃果「私と離れて……それで良かったんだ……」

海未「新しい友達もできて、それなりに充実した高校生活です」

穂乃果「……っ」

海未「ですが――……物足りなさが大きいです」

穂乃果「――……?」

海未「小さいころから一緒だった、ことりが遠くへ行って」


海未「いつも一緒にいた、ほのかが傍に居なくなって」


海未「……寂しさを感じない日はありませんでした……ッ」

穂乃果「うみちゃん……!」

海未「駄目ですね……、この選択をしたのは私自身なのに……」

穂乃果「……」

海未「急いでいるので、失礼します」

スタスタ


穂乃果「まって……」


穂乃果「待って!」


海未「……?」


穂乃果「ごめんね、うみちゃん! 私……勝手なことばかりしてうみちゃんを困らせて!」

海未「穂乃果……」

穂乃果「小さいころからこんな私に付き合ってくれてた……ごめんね……!」

海未「……いえ」

穂乃果「今日、来たのは謝りたかったから……」

海未「…………」

穂乃果「あの日の……ううん、今までの自分勝手を謝りたかった」

海未「……」

穂乃果「本当は、うみちゃんと同じ大学に入ってから、言うつもりだったんだけど……」

海未「その為に……勉強を……?」

穂乃果「うん……。おかげで視力も落ちちゃって……あはは」

海未「ほのか……っ」

穂乃果「……そうだ、ことりちゃんにも聞いてみる」

海未「……ことり……?」

穂乃果「日本に戻ってきて、同じ大学へいけるかどうか」

海未「…………」

穂乃果「なんて……」


海未「ふふっ」


穂乃果「?」


海未「ふふふっ、あなたは……ちっとも変わってない……」

穂乃果「あ……、また……」

海未「いえ、あなたは――……穂乃果はそれでいいのです」

穂乃果「……」

海未「私とことりはいつも、それに付き合っていたのですから」

穂乃果「……そうだね、ごめ――」

海未「私はさっき、穂乃果のことを考えていました」

穂乃果「え?」

海未「だから、目の前に本人が現れてびっくりしたのです」

穂乃果「……」

海未「考えていたのは、元気にやっているのかな、と……そんなことですが」

穂乃果「……うん、学校の友達もいい人ばかりだから、元気にやっていけてる」

海未「そうですか……。今日は一目逢えて、良かった」

穂乃果「……私も」

海未「また、三人で……遊びたいものですね」

穂乃果「うん……!」


海未「……それでは」

スタスタ


穂乃果「うみちゃん……! また、ね……!」


海未「私も勉強、頑張りますから、穂乃果も頑張ってくださいね」


穂乃果「うん……!」


「近いうちに、また逢いましょう」


穂乃果「うん……うん……っ」


穂乃果「……っ」


猫「……」


穂乃果「よかった……っ……仲直りできたよ……ッ」グスッ


猫「…………」


……



―― 翌日:公園


穂乃果「あの後メール送ったら……すぐに返事が来たんだよ」

猫「……」

穂乃果「『私も頑張るね』って」

猫「……」

穂乃果「変わった、よね?」

猫「はい、貴女は変わりました。これから先も進んでいけるでしょう」

穂乃果「うん……! 進めて良かった!」


猫「……」


猫「それでは、どうしますか」


穂乃果「え?」


猫「この『今』を変えるかどうか、です」


穂乃果「……」


猫「和解をした彼女との『未来』を、歩んで行きたいのではありませんか?」

穂乃果「それは、もちろん」

猫「……」

穂乃果「だけど、うみちゃん……言ってた」


穂乃果「『寂しい』って」


穂乃果「きっと、ことりちゃんも同じ気持ちのはず。……だって、いつも一緒にいたんだから」


猫「……」


穂乃果「だから……!」

猫「…………」


穂乃果「三人で音ノ木坂に通いたい!」

猫「分かりました」


穂乃果「お願い、猫ちゃん」

猫「それでは、『今』を変えるための助言をします」

穂乃果「助言?」

猫「貴女が先日、時間を跳んでいる間に私は私で調べていました」

穂乃果「なにを?」

猫「学校のことです」

穂乃果「音ノ木坂学院のこと……?」

猫「そうです。……状況を把握することで何かヒントになるのではないかと」


穂乃果「あの……、どうしてそこまで手伝ってくれるの?」

猫「私の願いを叶えるため、貴女の願いを叶えるのです。
   これは等価交換なので気にしないでください」

穂乃果「……うん」

猫「理事長が誰か、存じていますか?」

穂乃果「もちろんだよ。ことりちゃんの――……叔母さん、だったかな」

猫「いえ、伯母です」

穂乃果「違わないよ」

猫「……そこは問題ではありません。代々、あの学校は南家の一族が支えています」

穂乃果「そうなんだ。……よくそこまで調べられたね」

猫「私の『時間』は無限ですから」

穂乃果「無限?」

猫「あまり関係性の無いところに疑問を持たないでください」

穂乃果「わかった!」

猫「話を戻します。南ことりが海外へ引っ越した事実、
  これを変化させるにはどうするべきかを考えるのです」

穂乃果「うーん……」

猫「さて、貴女は学校へ行ってください」ピョン

穂乃果「あれ、『過去』へ跳ぶんじゃなかったの?」

猫「タイミングが悪いといいますか、今は止めておきましょう」

穂乃果「それじゃあ、いつ?」

猫「そうですね……、放課後に貴女の教室で」

穂乃果「わかった。待ってるね」


……




―― 放課後:教室


穂乃果「ふぁぁ……」


猫「誰もいませんよね?」


穂乃果「あ、やっと来た……」

猫「この姿で校内を歩くのは色々と危険が付きまといますから」

穂乃果「かわいいもんね」

猫「机の上に移動してもよろしいでしょうか」

穂乃果「うん」

猫「よいしょ」ピョン

穂乃果「……」

猫「『過去』へ跳んで、自分がどうするべきか、分かりましたか?」

穂乃果「なんとなく」

猫「結構です。……準備はできていますね」

穂乃果「うん」


猫「自分を信じてください」


穂乃果「うん……――私、この学校を守りたい」


穂乃果「ううん、守る」


穂乃果「怖い気持ちが大きいけど……――」


穂乃果「私、やっぱりやる。やるったらやる」



猫「高坂穂乃果」


穂乃果「……!」


猫「みらいで待っています」


穂乃果「――」


穂乃果「―」


穂乃果「」


「」


…………


………


……



―― 高坂穂乃果 小学4年生 ――


「ことりちゃ~ん、遊ぼ~!」


「ちょっと待ってて~、おかあさんがお話があるって~」


「わかったー!」


「すぐ行くから、公園で待ってて~」


「はいよー!」



……




「おそいなぁ……ことりちゃん」

「……」

「うわっ、びっくりした!」

「……ほのかちゃん」

「あれ、どうしたの?」

「…………」

「もうすぐうみちゃんも来るはずだから、ブランコに乗って待っていようよ」

「あのね……ほのかちゃん」

「うん?」

「わたし……引越しすることになったの……」

「え……どこに?」

「遠い、遠いところだって……」

「うそ……」

「……いやだって言ったけど……しょうがない、って」

「や、やだよ……」

「うん……わたしも……いや……」

「……っ」

「どうしよ……ほのかちゃん……っ」

「うーん……うーん……そうだなぁ……うーん……」

「ほのかちゃんと、うみちゃん……私、はなれたくないのに……っっ」

「ことりちゃん……っ」

「一緒にいたいよぉ……ぐすっ」

「わたしも、ことりちゃんと一緒にいたいよっ」

「うぅぅ……っ……やだ、やだぁ……ぐすっ」


「どうして、行かなくちゃいけないの……!?」

「わかんないけど……お母さんが……知り合いの関係で……って……」

「うーん……うーーん……なにか、いいあいでぃあが出そう……なんだけど」

「ぐすっ」

「そうだっ!」

「……?」

「こーぎすればいいんだよ!」

「こー……ぎ?」

「わたしは一人でも平気ですって」

「無理だよぉ」

「だいじょうぶだよ! わたしとうみちゃんが居るもん!」

「ほのかちゃぁんっ」

「じりつしますって言うの!」

「もぉっ、まじめに考えてよ~!」

「まじめだよー! ほら、ことりちゃんのお母さんに言って来て!」

「えっ、今から……?」

「そうだよ! すぐに伝えなきゃ!」

「……」

「だいじょうぶだよ、わたしも一緒にいくから……ね?」

「……うん」

「……あ、うみちゃんが来た」


「そうだね、言ってみる! 離れるのいやだもん!」







……


………


…………


―― 高坂穂乃果 中学3年生 ――


「音ノ木坂のオープンキャンパスがあるんだよ! 明日の朝、遅れないでね!」

「え?」

「うみちゃんの分、申し込みしちゃった~」

「な……!?」

「うひひ」

「ほのか……」

「う……怒ってる」

「当然です!」

「入試の申し込みじゃないんだよ……?」

「身勝手すぎます! これからもずっとそんな調子でいるのですか!?」

「だって……楽しそうだから」

「私にはそうは思えません」

「やってみないと分からないよ! ほら、行くだけ行ってみようよ~」

「嫌です」

「もぉ~、うみちゃん~」

「嫌ったら、嫌です」

「大丈夫、なんとかなるよー」

「穂乃果、一つ言っておきますが――」

「ん?」

「あなたのその言動、いい加減にしてほしいです』

「――え?」

「いつでも笑ってすませると思ったら大間違いですよ」

「……うみ…ちゃん……?」

「もういいです、明日は一人で行ってください。私は絶対に行きませんから」

「あ、待って、ごめん! 悪かったから!」

「……――ほのか」

「え、なに……?」

「私とあなたの道は、ここから別々に進むことになります。私は私で……頑張ってみますから」

「あ――……!」

「あなたも、頑張ってください」

「うみ……ちゃん……!」

「それでは……」


「まって……」


「待って、海未ちゃん」


「え……?」


「穂乃果ちゃんのそういうところ、今更って気がしない?」





……


………


…………



―― 高坂穂乃果 高校2年生 ――



穂乃果「すやすや」


「よく寝ていますね……」


穂乃果「……ん…」


「起きてください、ほのか」


穂乃果「……ん……ん?」


「もう放課後ですよ、私たちも帰りましょう」


穂乃果「……あっ」


「?」


穂乃果「……うみ……ちゃんッ!」


海未「はい、私ですが……?」


穂乃果「うみちゃん……ッ」


海未「穂乃果……?」


穂乃果「うみちゃん~ッ!」

ガバッ

海未「うわっ!」

穂乃果「うぅ……ぅ……っ」

海未「ど、どうしたのですか……」

穂乃果「うぅ~ッ」

海未「穂乃果……泣いているの……?」

穂乃果「ううんっ、泣いてないッ……うれしくて胸がいっぱいなんだからっ」

海未「……」

穂乃果「……嬉しい……嬉しいッ」

ギュウウ


海未「よ、よく分かりませんが……そろそろ離れてください」

穂乃果「やだっ」

海未「……一体どうしたというのですか」


ガラガラ


「穂乃果ちゃん、海未ちゃん、衣装を描いてみたんだけど――……あれ?」


穂乃果「ことりちゃん……!」

海未「……」


ことり「あはは……失礼しましたぁ……」


ガラガラ

 ピシャ


海未「何を勘違いしているのですか!?」

穂乃果「良かった……っ」

海未「……いったい、何があったのです、穂乃果?」

穂乃果「…………」

海未「?」

穂乃果「……なにが良かったの?」

海未「……ほのか」

穂乃果「うぅ、視線が痛い」



ことり「じぃー……」



海未「隙間から覗いていないで入ってきてください」



……



―― 音ノ木坂学院校門前


穂乃果「よぉーっし、寄り道しよう~!!」

海未「今日はやけに元気ですね」

穂乃果「『今』は『今』しかないんだよ!!」

海未「分かりましたから、少し落ち着きなさい」


ことり「おまたせ~!」


穂乃果「ことりちゃ~ん!」

ガバッ

ことり「ほ、ほのかちゃん……!?」

穂乃果「嬉しいよぉ~!」

ギュウウ

ことり「く、苦しいよっ、ほのかちゃんっ」

穂乃果「~ッ!」

ことり「もぉ……どうしちゃったの?」

穂乃果「分からないけど、うれしいのっ」

海未「やれやれ、ですね。部はもう終わったのですか?」

ことり「うん、今日は顔を出すだけだから」


穂乃果「今日という日が嬉しいっ」


……




穂乃果「寄り道は放課後の醍醐味だよね!」

ことり「テンションが高いよぉ~」

海未「……」


猫「……」


海未「ネコ?」


猫「にゃ」

穂乃果「どこかで見たネコちゃんだね」

ことり「あ、小さいころに見た仔に似てないかな?」

海未「確かに覚えがありますが、あれは私たちが小学校5年生のとき……だったような。
    他人の――……いえ、他猫の空似です」

穂乃果「たびょう、って……」


猫「にゃー」


穂乃果「ごめんね、ネコちゃん。これから喫茶店に寄るから連れて行けないんだ」


猫「……」


―― メイド喫茶


「いらっしゃいませ、お嬢様~、にこ♪」


穂乃果「なぜメイド喫茶!?」

ことり「ここのオムレツが美味しいと評判だから♪」

穂乃果「そうなんだ……」

海未「居心地が悪いですね……」

「ご注文はお決まりになりましたか?」

海未「アイスコーヒーを」

穂乃果「アップルティーをひとつ」

ことり「私はアイスティーを」

「かしこまりました♪ 少々お待ちくださいませ♪」

穂乃果「あれ、オムレツは?」


猫「……」


海未「……あ」

ことり「付いてきちゃったんだね……」

穂乃果「店員さんに見つかったら怒られちゃうよ」


猫「…………」


穂乃果「しょうがない、連れ出さないとね」


猫「にゃっ」ピョン

穂乃果「あ、逃げたっ」


海未「え……っ!」

穂乃果「あ、ひざの上に……」

猫「にゃー」

海未「どうして私のところへ……?」

ことり「海未ちゃんが守ってくれるって思ってるみたいだね」


猫「にゃ」

スリスリ

海未「くすぐったい……っ」

穂乃果「懐かれちゃったね」

ことり「うーん、銀色の毛並み……やっぱり見たことある……」

穂乃果「他猫の空似だよ」

ことり「そうなんだけど……」


猫「……」

海未「瞳が黄金の三日月ですね……」


猫「……――。」

海未「……――え!?」

ガタッ


猫「……」ピョン


穂乃果「うみちゃん……?」

猫「……」

海未「え……ぇ…――!?」

ことり「どうしたの……?」

海未「しゃ……しゃべりました……!」

穂乃果「喋った?」

ことり「う、海未ちゃん……?」


猫「にゃー」

海未「ひっ……!?」


店員「お嬢様、店内ではお静かにお願いしますにこ♪」


穂乃果「あ、すいません」

ことり「えっと……」


海未「あわわ……っ」

猫「にゃー」

海未「……え……穂乃果…が?」

穂乃果「?」


店員「ペットのご同伴はお断りしていますぅ」


ことり「あ、これは……ぬいぐるみなんですぅ」

穂乃果「そんな、いまさら誤魔化せるわけないよ……出て行かないと――」


店員「ぬいぐるみなら問題ないですね。おしずかに願いしまぁす♪」


穂乃果「……誤魔化せた」

海未「ほのか……穂乃果!」

穂乃果「え?」

海未「この猫……覚えがあるはずです……!」

猫「……」

穂乃果「5年くらい前にでしょ? なんとなく覚えているけど……」

猫「にゃー」


海未「……額と額をくっつけてみてください」

穂乃果「???」

猫「にゃ」

海未「……ほら、顔を寄せて」

穂乃果「な、なんでそこまで強引なの……?」

海未「あなたがこの現象の中心人物、だそうです」

穂乃果「……うみちゃんがおかしくなった」

ことり「えっと、もう少しアクセントを加えて~♪」

穂乃果「ことりちゃん、衣装を描いてないでこっちに関心をもってよっ」

海未「ほら、穂乃果」

猫「にゃう」

穂乃果「近っ」


コツン


猫「手強いですね」

穂乃果「あ、本当だ」

猫「降ろしてもらって結構ですよ、園田海未」

海未「……はい」

穂乃果「喋ってるね」

海未「普通の反応ですか」

ことり「え、本当に喋って――……」


店員「おまたせしました~♪」


穂乃果「あ……」


店員「アイスティーに、アイスコーヒー、アップルティーになりま~す」

ことり「あ、ありがとうございます」

海未「話は後で、ですね」

猫「……」

穂乃果「そだね」


店員「お嬢様方、音ノ木坂学院の生徒ですよね」

ことり「は、はい。知っているんですね」

店員「私もそこへ行こうと思っていたから。……でも、それだとこのお店で働けなくて~♪」

ことり「そ、そうなんですかぁ」

店員「ここの服かわいいでしょ~? 受験前に見つけて着てみたかったの~♪」

穂乃果「……」

店員「ちょぉ~っと勉強が大変だったけどぉ、頑張ってよかった♪」

海未「……」

店員「あ、ごめんなさい、余計なことをつい……てへ☆」

ことり「……」

店員「それでは、ごゆっくり~♪」

テッテッテ


猫「……」

穂乃果「あれがメイド喫茶の心得なんだね……」

海未「私には無理ですね」

ことり「衣装がかわいい♪」


……




店員「ありがとうございましたぁ~、また来て下さいね、お嬢様っ♪」

穂乃果「ごちそうさまでしたぁ」



海未「さて、帰りましょうか」

穂乃果「そうだね、明日も学校だ!」

海未「その気合の意味が分かりませんが……、なんにせよ悪いことではありませんね」

穂乃果「これからも頑張るよー!」

海未「今日は特別おかしいですね……」

穂乃果「うーん、いい日だー!」ノビノビ

ことり「あ、あの……穂乃果ちゃん? ネコちゃんが喋ったって話は……?」

穂乃果「おっと、そうだった」

猫「……」

海未「どうして喋っているのですか……?」

穂乃果「私に聞かれても……」


猫「園田海未」

海未「は、はい?」

猫「見送りをした店員の名を調べてきてくれませんか?」

海未「名前を?」

猫「少し、気になることがあります」

海未「え、えぇ……私がですか……?」

穂乃果「名札があったけど……?」

猫「本名が知りたいのです」

穂乃果「わかった、ちょっと待ってて」

テッテッテ


海未「……気になること……とは?」

猫「いえ、少しでも情報を収集したいだけです」


ことり「私も聞こえるようになりたいっ」


―― 公園


ことり「額をくっつければいいの?」

海未「はい」


猫「……」

ことり「……」


猫「どうですか?」

ことり「あ、本当だ」


海未「私はとても驚いたのですが……」

穂乃果「まさかネコちゃんがあのメイドさんに恋をするなんてね」

猫「私たちには性別がありませんから、その感情はありません」

穂乃果「そうなんだ……名前を知りたがっていたからてっきり……。がっかりだよ」

猫「……貴女は変わりましたね」

穂乃果「?」

猫「いえ、なんでもありません」



ことり「どうして……喋ることができるの……?」

海未「穂乃果が、この現象の中心人物……つまりは、穂乃果のせいです」

穂乃果「私のせい……!?」


猫「そろそろ本題に入りたいのですが」

穂乃果「ほ、本題……?」

猫「貴女の願いを叶えるための話です」

穂乃果「……」

海未「穂乃果の願い……?」

ことり「それって……?」

穂乃果「音ノ木坂学院を廃校から守ること」

猫「そうです」

海未「……」

ことり「……」


猫「次の段階へ進みましょう」


ことり「次って……?」

猫「願いを叶えるためにはどうするべきか、です」

海未「……」

穂乃果「そうだなぁ、うーん……」


海未「ひとつ、訊いてもよろしいですか?」

猫「どうぞ」

海未「……『前の段階』というのは、どういう状況だったのでしょうか」

猫「……」

ことり「私も、知りたい……」

猫「あなた方二人が、高坂穂乃果と今でも一緒に居られる分岐点があったはずです」

海未「分岐点?」

猫「その地点が『今』へと紡がれている。話せるのはここまでです」

穂乃果「秘密にしてるってこと?」

猫「いえ、重要なのは過ぎ去った『過去』ではなく、訪れる『未来』」

ことり「……」

猫「それでは、高坂穂乃果」

穂乃果「?」

猫「ゆっくりでいいですから、どうするべきなのか考えてください」ピョン

穂乃果「どこ行くの?」

猫「ただの散策です」

テッテッテ


穂乃果「行っちゃった……」


海未「分岐点、ですか……」

ことり「私は、引越しが決まりそうな日だと思う……」

海未「私と穂乃果と三人で一緒に、ことりの家へと行った時ですね。私も覚えています」

ことり「穂乃果ちゃんがお母さんに『学校の先生になって』と言ったんだよね」

穂乃果「……そうだっけ?」

ことり「うん、そうだよ~。だからお母さん、理事長になったんだから」

穂乃果「ふぅん……随分と適当なこと言ったね、そのときの私……」

ことり「今でもたまに言うの『穂乃果ちゃんの言葉で人生が変わった』って」

穂乃果「でも……それっていいことなのかな……」

ことり「いいことだよ。だって、そのおかげで一緒にいられるんだん♪」

穂乃果「そうだね!」

海未「……ことりがいたから、私はあの時……少し冷静になれたんですよね」

穂乃果「冷静?」

海未「いえ、なんでも。……結局同じ道を歩んでいるのですから可笑しな話です」

穂乃果「うみちゃん、何が面白いの?」

海未「ふふ、いえ、別になんでもありませんよ」

穂乃果「???」

ことり「……ということは、ネコちゃんが言ってたのって……?」

穂乃果「私がそれを言ったから……?」

海未「ですが、あの時には……あの猫はいませんでしたよね」

穂乃果「そうだよねぇ……」

ことり「……不思議だね」

穂乃果「うん、不思議だぁ」

海未「不思議で片付けていいことなのでしょうか……」


……



―― 翌日:校庭


穂乃果「今日もパンがうまいっ」

海未「穂乃果、考えてきましたか?」

穂乃果「ふぁんのふぉほ?」

海未「いいです。食べ終えてから話をしましょう」

穂乃果「ふぁふぁっふぁ」

海未「……」

ことり「お待たせ~、ごめんね」

海未「手芸部の集まりですよね、気にしないでください」

ことり「うん。昨日の衣装の下書きね、褒められちゃった~」

海未「それはよかったですね」

穂乃果「もぐもぐ」

ことり「演劇部からの依頼も入って、最近忙しくなってるの」

海未「嬉しい悲鳴、ですね」

ことり「ですね♪」

穂乃果「……あ」


猫「……」


穂乃果「おいでおいで」


猫「いえ、ここで」


穂乃果「ネコらしくないよね」

猫「ネコではありませんから。……それより、考えてきましたか?」

穂乃果「それなんだけどねぇ……」


「ま、まってよぉ」

「ほら、はやくはやく~、練習に遅れちゃうよ~」

「うぅっ……ごめんねっ」

「謝らなくてもいいのに~、ほら、引っ張ってあげるにゃ!」


海未「一年生ですね」

ことり「……うん」


穂乃果「部に入って、全国優勝して、学校を有名にするのはどうかな」

猫「それはいい案です」


海未「穂乃果……あなたは料理部に入りましたよね?」

穂乃果「そうだけど……?」

海未「料理部でどうやって全国優勝するのですか」

穂乃果「……おぉ」

ことり「全国大会、なんてないよね」

穂乃果「うっかり」

猫「…………」

穂乃果「なんだか呆れられているような」

猫「運動部ではないのですか……?」

穂乃果「ちょっと、やってみたくなって」

猫「……」

ことり「そうだよね、穂乃果ちゃんが文化部に入るなんて私も予想してなかった」

海未「……今更ですが、どうして料理部に?」

穂乃果「だ、だから……料理をしてみようかなって」

海未「……」

ことり「……」

猫「……困りましたね。行き詰ってしまいました」

穂乃果「まだ考え始めたばかりだよ、詰まるのはやいよー」


―― 放課後:教室


ことり「ネコちゃんは来ないのかな?」

穂乃果「人目を忍んで来るから、時間がかかるのかも」


海未「…………」


ことり「海未ちゃん、何を考えているの?」

海未「はい……、全国大会で思いついたことがありまして」

穂乃果「うん……聞かせて?」

海未「ことり、昼に中庭を走っていた一年生を覚えていますか?」

ことり「えっと……眼鏡の子と、ショートカットの子……だよね?」

海未「そうです。確か……眼鏡の子が、合唱部に入っていたはずです」

穂乃果「合唱部……?」


ガラッ


猫「失礼します」

ピョン
 ピョン
  ピョン


穂乃果「軽い身のこなし!」

ことり「どうしたの?」


猫「私のことは秘密です」


海未「隠れるみたいに棚の上へ移動しましたね……」


「あ、あれ~? ここに来たと思ったけど~?」


ことり「噂をすれば、だね」

海未「ですね」


「あ、先輩方、ごめんなさい」


穂乃果「どうしたの?」


「こっちに猫が入ってきたと思ったんだけど……知りませんか?」

穂乃果「……」チラッ


猫「…………」


穂乃果「シラナイヨ」


「うーん……おかしいにゃ~?」

「だ、駄目だよっ、二年生の教室に勝手に入っちゃっ」


穂乃果「眼鏡の子とショートカットの子」


「?」

「?」


海未「ちょっと穂乃果、失礼ですよっ」

ことり「あの……」


「他のところ探そう、それでは失礼しました~!」

「ご、ごめんなさいっ」


ガラガラ

 ピシャ


「どこ行ったかな~、必ず捕まえるにゃ~!」

「ま、待って凛ちゃん!」


ことり「行っちゃった……」

穂乃果「元気だね」

海未「そうですね。新入生は一クラスしかありませんが、十人十色で魅力的だそうです」

猫「よいしょ」ピョン

穂乃果「おいでおいで、私の膝の上においで~」

猫「それより、考えは纏まりましたか?」

穂乃果「無視されたっ」

ことり「えっと、海未ちゃん」

海未「はい。活用性があるかどうか怪しいですが」

猫「聞かせてください」

海未「合唱部で全国へ進出するという案です」


……



ガラガラ


穂乃果「行ってきたよ~」

猫「どうでしたか?」

ことり「去年、ピアノを伴奏していた3年生が卒業しちゃって、今年は危険なんだって」

海未「部活動は行えるのですが、コンクール出場は難しいそうです」

猫「……そうですか」

穂乃果「そう簡単にはいかないね」

猫「…………」

穂乃果「眼鏡のあの子――……花陽ちゃんもいたね」

ことり「私たちを見て驚いてたね」

海未「……あの子は部員というより、仮入部のようなポジションでしたが」


猫「ピアノを弾ける人物がいればいいのですね」

穂乃果「当てがあるんだ?」

猫「いえ」

穂乃果「がくっ」

海未「ピアノの演奏者……」



「こんばんわぁ」


穂乃果「あ、生徒会長……」


生徒会長「帰宅の時間やさかい、はよ帰らんと」

ことり「は、はい」

海未「……!」

穂乃果「わ、わかりましたぁ」

生徒会長「何か隠しとるん?」

穂乃果「い、いいえー」

生徒会長「……くしゅんっ」

穂乃果「風邪ですか……?」

生徒会長「うち、ネコアレルギーやさかい。……ほなぁ」


ガラガラ


猫「……」

穂乃果「びっくりした」

海未「公園へ移動しましょうか」

ことり「そうだね」


―― 公園


穂乃果「水とか、飲み物いる?」

猫「いえ、結構です」

穂乃果「食べ物とかどうしてるの?」

猫「私のことより、これからのことを話しましょう」

ことり「……ピアノ、かぁ」

海未「……そういえば」

穂乃果「なにか、いい案が浮かんだ?」

海未「そういうわけではないのですが、
    小さいころに通った病院で……トロフィーを持った子がいたような」

ことり「とろふぃー?」

海未「はい。ピアノのコンクールがどうとかで、
    なんだか嬉しそうだったのが印象的で覚えています」

穂乃果「ふぁぁ……」

海未「会話に参加してください!」

穂乃果「わ、分かってるよぉ」

猫「それでは暗中模索といきましょう」ピョン

海未「え?」


猫「頭を下げてもらえますか」

海未「それはいいのですが、何を……?」

猫「記憶を探ります」

海未「え!?」

猫「安心してください、その病院の子の部分しか探りません」

海未「で、ですが……『過去』を視られるなんて……恥ずかしぃですょ……!」

穂乃果「恥ずかしがることなんてないよ、相手はネコだよ~?」

猫「ネコではないのですが……、同等のものと思ってくだされば」

海未「……わ、わかりました」

猫「……」

海未「……っ」


ことり「わ……! 近いっ」


猫「…………」

海未「なんだかくすぐったい…………、くしゅっ」

猫「……!」

海未「す、すいません!」

猫「いえ、お気になさらず」クシクシ


穂乃果「なにか分かった?」

猫「はい。その子は、院長の娘のようですね」

穂乃果「そこまで分かるの!?」

海未「私はあまり覚えていないのですが……?」

ことり「どうしてそこまで探れるの?」

猫「記憶というのは眠っているだけで忘れたわけではないのです」

穂乃果「ふぅん……」

猫「名前までは分かりませんでしたが、苗字は掴めました」

ことり「わぁ、さすがネコちゃん!」

海未「苗字ですか……少しずつ近づけているようですね」

穂乃果「どこにいるのかな、その子……」

猫「病院へ行けば、会えるかもしれません」

穂乃果「それじゃ、行ってみよう~」

スタスタ

海未「どこへ行くのですか!」

ことり「まだ病院名を聞いてないよ~?」


穂乃果「あはは、気持ちが急いじゃって」

猫「それでは向かいましょう――……西木野病院へ」


―― 西木野病院


穂乃果「……あ」


「……?」


穂乃果「あなた! 合唱部の伴奏者になりませんか!?」

「は、はぁ……!?」

ことり「穂乃果ちゃん、いきなりすぎ……」

「な、なんなのあなたたち……?」

海未「私たちは音ノ木坂学院の生徒です」

「ふぅん……って、他校の生徒が私に何の用?」

穂乃果「あれ? あなたも音ノ木坂じゃないの?」

「今は私服だから分からないかもだけど……違うから」

ことり「あ、あれぇ?」

「だから合唱部にも入らない。というか、入れない」

スタスタ

穂乃果「そんなぁ……!」

海未「当然の結果ですね……」

ことり「あの……?」

猫「私が知っているのはこの場所と、彼女の存在だけですよ」

ことり「そうだよね……私たち、早合点したんだよね……」

穂乃果「今から転校してもらおう!」

海未「ほのか!」


「……?」


穂乃果「あ、あはは。ばいばーい」


「……」


穂乃果「うみちゃんが大きな声出すからびっくりしてたよ」

海未「……そういう反応ではなかったような」

ことり「首をかしげてたね」

猫「……」


……



猫「高坂穂乃果」

穂乃果「うん?」

猫「貴女はあの人物を存じていたようですね」

穂乃果「え……?」

猫「私が指し示す前に声をかけました」

穂乃果「それは……勘?」

ことり「勘、なんだ。私も知ってるのかと思った」

海未「あの時、穂乃果も一緒に病院へ行きましたっけ?」

穂乃果「……わかんない」

海未「私の記憶に穂乃果は……?」

猫「あの場に、高坂穂乃果はいません」

ことり「それじゃ、たまたまなんだね」

穂乃果「そうだね~、すごいね、私って」

海未「自画自賛ですか」

猫「…………」

海未「どうかしましたか?」

猫「気になります」

穂乃果「あの子?」

猫「……はい。高坂穂乃果、あなたは迷わずあの人物に話しかけました」

穂乃果「……うん、そうだね」

猫「園田海未、記憶の中の少女は彼女で間違いありませんね」

海未「あなたも記憶を探っているのですから、よく知っているのでは?」

猫「今、逢ってみて、どう感じたのかを知りたいのです」

海未「そうですね……少し、記憶が曖昧ですが……いえ、他人の空似かもしれません。
   目つきがもう少し柔らかかった気がしますし……」


ことり「会話に参加できない私が仲間はずれな気分だよっ……」


猫「高坂穂乃果と園田海未の記憶……『過去』にあの人物が存在している理由が気になります」

穂乃果「私が声をかけたのはたまたまだってば」

猫「あまり、使いたくはない力なのですがやむを得えないでしょう」

穂乃果「何かするの?」

猫「高坂穂乃果、あなたの記憶を探らせてください」

穂乃果「えっ、そ、そんな……恥ずかしいよっ」

海未「さっきと言っていることが違うような……」

ことり「あの……話を覆すようで悪いんだけど……」

猫「なんでしょう?」

ことり「あの子に拘らなくてもいいんじゃないかな」

海未「そうですね……他校の生徒でもありますから」


穂乃果「……どう思うの、猫ちゃん?」

猫「貴女方がそう言うのであれば、無理にとは言いませんが……」

ことり「……話がどんどん複雑になっているみたいで、よくわからなくて」

海未「そうですね……あの子に拘る理由がありません」

穂乃果「……」

猫「わかりました。それでは他の方を探しましょう」

穂乃果「まって」

猫「?」

穂乃果「猫ちゃん、言ったよね。
     私とうみちゃんの『過去の記憶』にあの子が存在している理由が気になるって」

猫「はい」

穂乃果「それって、どういうこと?」

猫「……」

穂乃果「私とはすれ違っただけで記憶に残っているのかもしれないんだよ?」

猫「貴女は迷いもなく彼女に声をかけた、それが気になるのです」

穂乃果「どうして?」

猫「人との出会いは貴女方、人間が思っている以上に複雑……。故に秘めた力を発揮します」

穂乃果「……」

海未「袖触れ合うも他生の縁、といいますからね……」

ことり「だから、穂乃果ちゃんの記憶を探って確かめるの?」

猫「そうです」

穂乃果「私の質問に答えてないよね」

猫「もし、貴女と彼女が、『過去』に出会っていたのなら、これは可能性が大きく広がるのです」

海未「可能性……」

猫「彼女が貴女の仲間になれば心強いと、私は思います」

穂乃果「うん、わかった」

ことり「……」


穂乃果「本当に出会っていて……忘れていたとしたら嫌だから、ちゃんと思い出したい」

ことり「でも、さっきも言ったけれど……」

海未「他校の生徒なら、どうしようもありません」

穂乃果「だから『過去』を変える……?」

猫「そうです」

ことり「『過去』を……どうやって?」

穂乃果「それは猫ちゃんの力を借りて。そして、あの子を――……」

猫「彼女を音ノ木坂へ入学してもらうのです」

海未「……そんなことが可能なのですか?」

猫「不可能ではありません」

海未「……」

穂乃果「記憶を探って、その為のヒントを見つけるんだね」

猫「はい」

穂乃果「よし、それじゃあどうぞ」

猫「夜に、貴女の夢の中で」

穂乃果「わかった」


……



―― 夜:穂乃果の部屋


穂乃果「寝るだけでいいの?」

猫「はい」

穂乃果「じゃあおやすみ~」

猫「……」

穂乃果「すぅ……すぅ」

猫「少しずつですが、大きく変化しています」

穂乃果「……すぅ…」

猫「この違和感」


猫「……私はなにか、見落としているのでしょうか」


……




ガシャン!


『今の音……なにかな?』

『こ、こわいよ……早くいこう、ほのかちゃん』

『まって……あっちだよ!』

『ま、まってよ~!』



『こんなものっ、もういらないっ!』


ガシャンガシャン!


『なに、してるの?』


『ぅぇぇっ!?』

『驚かせてごめんね。ダメだよ、こんなところにゴミを捨てちゃ』

『い、いいの……こんなもの』

『あー……、こういうのこっぱみじん、っていうんだよね』

『……ほめてくれると思ったのに……おめでとう、って言ってほしかったのにっ』

タッタッタ

『……?』


『ほのか……ちゃん……』

『かくれてないでこっちおいでよ~』

『……うん』

『みて、金ぴかぴか』

『ほんとだ……』

『この漢字、なんて読むのかな。ことりちゃん、わかる?』

『えっと……――』


……




穂乃果「……うん……ん?」

猫「『最優秀賞』」

穂乃果「…………おやすみ」モゾモゾ

猫「話は明日、ですね」


……



―― 翌日:音ノ木坂学院


穂乃果「ふぁぁ…ぁ……」

海未「大きなあくびですね」

ことり「海未ちゃん、私……考えてきたんだけど」

海未「昨日の話ですね」

ことり「お母さんになんとなく聞いてみたんだ」

海未「ことりママ――……理事長にですか?」

ことり「うん……西木野病院って、学校の身体検査とか依頼しているみたい」

海未「……なるほど」

ことり「私も、あの子と会ってる……かもしれなくて」

海未「その可能性、なくはないですね……」

穂乃果「しまった……」

海未「ほ、穂乃果……?」

ことり「どうしたの? もしかして、すでに『過去』へ跳んでたりするの?」

穂乃果「……あぁ…!」

海未「跳んだのに、『今』を変えられなかったということですか……!?」

穂乃果「パン……買ってないよ」

海未「……」

ことり「……それでね、今日、もう一度あの子に会いに行こうと思ってて」

海未「…………」

ことり「海未ちゃん、聞いてる?」

海未「え、あ……はい。行くのは賛成ですが、部はどうするのですか?」

ことり「うん、今日は大事な話があるから休めなくて……どうしよう?」

穂乃果「うみちゃん……私のお昼ごはん、どうしよう?」

海未「時間の融通が利くのか、猫と相談してみましょう。
    穂乃果は今日のお昼、我慢しなさい」

ことり「わかった!」

穂乃果「わかった! って、ひどいよっ!」


―― お昼:中庭


猫「貴女方の『今』を大事にしてください」

ことり「でも……」

猫「時間は有限です。『過去』のために、『未来』を疎かにすることはお勧めできません」

ことり「……うん」

穂乃果「当たり前のこと言ってる」

海未「ですが、当たり前のことをするのは難しいですよ」

猫「高坂穂乃果、あなたはどうですか?」

穂乃果「ごめんね、今日はデートがあって♪」

海未「――え!?」

ことり「相手は……!?」

猫「妹と夕飯の材料を買いに、ですね」

海未ことり「「 …… 」」

穂乃果「な、なぜそれを……!」

猫「何度か貴女を観察していますから、行動パターンは読めます」ピョン

穂乃果「わ、私の行動パターンって……そんなに単純なの……?」ガクッ

ことり「あはは……」

海未「どこへ行くのですか……?」

猫「彼女のところへ。……これも観察です」

テッテッテ

ことり「明日なら、行けると思うから」

穂乃果「じゃあ、明日にしよう~」

海未「……」

ことり「料理部は大丈夫なの?」

穂乃果「明後日に活動するから平気~。意外とのんびりだからね、うちの部」

海未「ほのか」

穂乃果「……?」

海未「そんな、軽い調子でいいのですか?」

穂乃果「……え…」

海未「あの猫は……あなたの願いを叶えるために行動してくれているのですよ」

穂乃果「あ……うん」

海未「当事者であるあなたが真剣にならないのでは、
    行動を起こしてくれている相手に失礼だと思うのですが」

穂乃果「……」

ことり「海未ちゃん、そこまで言わなくてもいいと思うよ」

海未「……ことりは甘やかしすぎです」

ことり「……」


海未「穂乃果がこの現象の中心にいると言っていました」

穂乃果「……」

海未「これから先、私とことりが傍にいられない状況で、過酷な選択を迫られるかもしれません」

ことり「それは……考えすぎだと思うけど……」

海未「確かに……、私は深読みをしすぎて行動の遅れを取ってしまうことがあります」

穂乃果「……」

海未「ですが、本当にその状況になったとき、あなたは自分の意志で『未来』を選べますか?」

穂乃果「……!」

海未「『過去』を変えるとはそういうことです。
    猫が言っていた『前の段階』……私はそれが少し怖いのです」

穂乃果「うん……そうだね」

ことり「……知らなくていいと言ってたから、気にしないほうがいいよ」

海未「……ことり?」

ことり「海未ちゃんの言うとおり、私もそれを意識すると……ちょっと怖かったりするけど」

海未「……」

ことり「猫ちゃん、さっき言ってたもん。『過去』のために『未来』を疎かにしてはいけないって」

穂乃果「……」

海未「…………そうですね」

ことり「だから、私達は私達のまま――……穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんのままでいてほしい」

穂乃果「ことりちゃん……」

ことり「どんな『未来』でも、……私は二人と一緒にいたい…………ううん、一緒にいようね?」

穂乃果「……うん!」

海未「はい。もちろんです」

ことり「……っ」

海未「……」


穂乃果「どんな『未来』が待っていても、私は願いを諦めないから」


穂乃果「絶対に」


……




―― 夜:穂乃果の部屋


猫「そんな話を……」

穂乃果「……ことりちゃん、少し泣いちゃって」

猫「少し、記憶が残っているのかもしれませんね」

穂乃果「……」

猫「『前の段階』が気になりますか?」

穂乃果「ううん。私は気にならないし、怖くないよ」

猫「……そうですか」

穂乃果「それで、どうだったの、あの子は」

猫「特別な情報は得られませんでした」

穂乃果「そっか……。もしかして、あの子と額をくっつければ……話は早く済むのかな」

猫「どうでしょう。私は、その力を使いたくないと言いましたが……、
   それは『過去を覗く』という行為に抵抗があるからです」

穂乃果「私とあの子を観察しているのに?」

猫「なるほど、言い得て妙ですね」

穂乃果「難しい言葉を知ってるね」

猫「伝達手段ですから、学習しました」

穂乃果「ふぅん……。やっぱり、ネコとお喋りしてるって面白いことだよね」

猫「……弊害もあるのですが」

穂乃果「へーがい?」


「ほら、お姉ちゃんがネコを連れ込んで……」

「話しかけてるわね……」


猫「他の人には、私の声はただの鳴き声にしか聞こえていません」

穂乃果「はっ!?」ガバッ

ダダダッ


「違うよ、お母さん、雪穂! 私は正常だからね!!」

「お姉ちゃん……私は何があってもお姉ちゃんの妹だからね」

「穂乃果……明日、何が食べたい?」

「えっと……和食がいいな」

「分かった。穂乃果の好きなきんぴらごぼうとか、肉じゃがとかたくさん作るから」

「私も手伝うから、楽しみにしててね」

「その優しさがチクチクと刺さってるよ!」


猫「……園田海未の予兆と南ことりの不安。……やはり私は何かを見落としているようです」


……



―― 二日後:音ノ木坂学院


穂乃果「おはよう、うみちゃん」

海未「おはようございます。……昨日の丸一日、あの猫は現れませんでしたね」

穂乃果「そうだね……。家にも来なかったんだよ……どこへ行ったのかな」

海未「穂乃果以外にも時間を跳んでいる人物がいるのでしょうか?」

穂乃果「おぉ、そういう考えはなかった」

海未「会った時、聞いてみてください」


「海未ちゃ~ん、穂乃果ちゃ~ん!」


穂乃果「おはよー、ことりちゃん!」




―― 放課後:音ノ木坂学院校門前


猫「いませんよ」

穂乃果「本当に~?」

猫「はい。可能性を秘めた人とはそう簡単には出会えませんから」

穂乃果「ふぅん」

海未「昨日はどこへ?」

猫「少し足を伸ばして、遠くの町まで散策をしてきました」

ことり「散策?」

猫「建築物や植物を把握しておけば、何か役立てるのではないかと思いまして」

海未「その情報収集は意味があるのですか?」

猫「たとえ細かなことでも情報を集めるに越したことはありません」

海未「『前の段階』でもそのような情報収集を?」

猫「……園田海未、貴女は私を疑っているようですね」

ことり「え……?」

海未「……」

猫「貴女方に危害を与えるほど、私には時間と余力がありません」

海未「変化を生み出す危険性を、穂乃果に伝えているのですか?」

猫「なぜそれを伝える必要があるのでしょうか」

海未「穂乃果が間違った選択を行った時、
    あなたがこの状況から離脱してしまえば、どうなるのか」

猫「……高坂穂乃果は苦しみから抜け出せなくなる」

ことり「……!」

穂乃果「はい、どうぞ。猫ちゃんに、今日の部活で料理したシシャモ焼きだよ~」

猫「私に食事は必要ないと伝えたはずですが……?」

穂乃果「まぁまぁいいから、食べてみてよ」

猫「……」

海未「……」


穂乃果「うみちゃん、大丈夫だよ」

海未「しかし……」

穂乃果「なんとなく、だけどね……」

海未「?」

ことり「……?」

穂乃果「私と海未ちゃんとことりちゃん、三人でいられることって、特別だと思うから」

海未「……」

ことり「いつか、話してたことだね」

穂乃果「うん、そう。……猫ちゃんのおかげだって思うんだ」

猫「……ハグハグ」

穂乃果「どう?」

猫「味が分かりません」

穂乃果「あ、そうなんだ。……残念」

海未「あなたを、信用してもいいのですか?」

猫「私を信じる高坂穂乃果を信じてください」

ことり「……」

海未「言葉で誘導して誤魔化さないでください。
    あなたはいつもそうやって肝心な話を避けようとします」

猫「失礼しました。会話をすることに慣れていないものですから」

ことり「慣れてない……?」

猫「いいですか、私の素性を気にする前にすることが――」

穂乃果「また話を逸らした」

猫「無責任かもしれませんが、それが近道なのです。
   話の重要性を考えれば、今は私の事より、彼女のことを考える方が先決です」

海未「……では、二つだけ約束をしてください」

猫「内容によりますが、聞きましょう」

海未「穂乃果を傷つけることだけはしないと、
    穂乃果が正しい場所へと辿り着けるように全力を尽くすと、私に誓ってください」

穂乃果「うみちゃん……」

猫「二つの内、前者は約束をしかねます」

海未「なぜですか」

猫「私の見た限りでは、高坂穂乃果は痛みによって強さを手に入れているからです」

ことり「……」

海未「……」

猫「ですが、――『私は高坂穂乃果を正しい場所へと導く』――と誓います」

海未「約束です」

猫「はい」


穂乃果「…………」


―― 西木野病院


ことり「もう受付は終わってるから、中へは入れないね」

海未「日も暮れてきました。……明日も学校ですから帰りましょう」

穂乃果「……」

猫「高坂穂乃果、どうしました?」

穂乃果「うーん……夢で見た景色って、どこだったかなぁって考えてるの」

猫「彼女がトロフィーを投げ捨てた場所ですね」

海未「トロフィーを……?」

ことり「どうしてそんなこと……」

猫「彼女なりに考えがあってのことでしょう」

穂乃果「……こっち、来て」

タッタッタ


ことり「行ってみよう」

海未「……彼女なりの……ですか」


―― ゴミ捨て場


穂乃果「……ここだ」

海未「よく覚えていますね」

穂乃果「最近、夢で見たから」

猫「彼女は昨日もここへ来ていました」

ことり「ここに……?」

猫「何か、袋を捨てていましたね。……探してみましょう」

穂乃果「こら! ダメだよそういうことしちゃ!」

猫「捨てた時の物音は、夢で見たトロフィーと同じようでしたが」

穂乃果「え……?」

猫「恐らく、今までのコンクールで手に入れた物」

穂乃果「……」

海未「探してみますか?」

穂乃果「……」コクリ


猫「ありました……これ、です」グイッ


ガシャン
 ガシャン


穂乃果「……」

海未「確認してみましょう。……失礼して」

ガサゴソ

ことり「……本当にトロフィーだね。これ、ピアノのコンクールだよ」

猫「名前が書かれています」

海未「えっと――……」

穂乃果「西木野――……真姫」


……



―― 夜:穂乃果の部屋


穂乃果「つい、持って来ちゃったけど……」

猫「その捨てた物をどうするのですか?」

穂乃果「うん……どうしよっか」

猫「後悔させるのも、ひとつの手、かもしれません」

穂乃果「後悔……させる?」

猫「貴女が前進したように、彼女も前へ進むことを信じるのです」

穂乃果「……どうするの?」

猫「それは、あなたが考えてください」

穂乃果「肝心なところはそれだよね、猫ちゃん……」

猫「……『前の段階』の記憶が戻ったのですか?」

穂乃果「……ううん、違うけど?」

猫「そうですか」

穂乃果「なんでそんなことを聞いたの?」

猫「今の言葉のやりとりは、『前』を知らないとできないはずなので」

穂乃果「そうなんだ……」

猫「4人目、かなり難航していますね」


穂乃果「後悔をさせるって、どうすればいいのぉ……」





―― 同時刻:ゴミ捨て場


「ない……、無いッ!」


「まさか……誰かが持っていった……!?」


「なんで、なんであんなものを持っていくの……!?」


「……な…っ……なんで……私は……捨てたりなんて…ことっ……」


「約束……」


「……ううん、諦めが……ついて……いいかも」


「…………」


「……ッッ」



……



―― 翌日:教室


穂乃果「人を後悔させるって嫌だよね」

海未「そうですね、気持ちのいいものではありませんから」

ことり「……ねぇ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「……なに?」

ことり「後悔をさせる……ってことは、あの子を傷つけるってことだよね?」

穂乃果「……」

ことり「『未来』のために、誰かを傷つけてもいいのかな……」

穂乃果「ううん、違うよことりちゃん」

ことり「……違う?」

穂乃果「間違った選択をしたことに気づかせるってことだよ」

海未「……トロフィーを捨てたことが間違った選択、なのですか?」

穂乃果「うん……多分」

海未「言い切らないところが穂乃果らしいですが……。
    本心で、不必要だと思って捨てたのなら、私達のしようとしていることは正しいと言えるのでしょうか?」

ことり「そうだよね……」

穂乃果「あぁ、もう! 二人とも深く考え過ぎだよ!」

海未「ですが、これは慎重に事を運んだほうが……」

穂乃果「考えてる間にチャンスを逃したらそれこそもったいないよ! どうせなら当たって砕けよう!」

ことり「そうだね、砕けても穂乃果ちゃんと海未ちゃんがいるから大丈夫だよね!」

海未「結局砕けるのですね……」

ことり「猫ちゃんとはいつ合流するの?」

穂乃果「それが……、朝起きたら居なくなってて……どうするんだろうね」

海未「渦中の人である穂乃果が他人事だと、こっちが焦ります……」

穂乃果「だって、戸締まりはちゃんとしてるのに、ガキを開けた形跡がないんだもん」

ことり「鍵を外から閉めた……?」

穂乃果「なるほど。鍵は中にあったから、あの猫ちゃんならできるかもしれないね」

海未「マジシャンですか」


―― 放課後:音ノ木坂学院校門前


猫「違いますよ。手品ではありません」

海未「知っています」

穂乃果「じゃあ、どうやって家から出て行ったの?」

猫「驚かせることになりますが、それでも聞きたいのですか?」

ことり「そう言われると……なんだかワクワクしてきちゃう」

穂乃果「わ、私も。……教えてよ猫ちゃん!」ワクワク

猫「異空間を移動しているのです」

穂乃果「なぁんだ……」

猫「それでは、病院へ参りましょう」

テクテク

穂乃果「会えるかな~?」

スタスタ


ことり「異空間を移動……って?」

海未「分かりません。もうあの猫の素性を詮索するのは止めましょう」

ことり「そ、そうだね」


―― 西木野病院


海未「すでに『過去』へは跳んでいるのですか?」

穂乃果「ううん、まだ。……今、跳んでも……何も変えられないから」

ことり「分岐点が見つからないってことでいいのかな?」

穂乃果「うん。……あの子……――真姫ちゃんが音ノ木坂学院に入学させるきっかけがなんなのか、
     それがハッキリとしないことには、同じ『今』を繰り返すだけ……なんだって」

海未「例え、彼女が入学してきたとしても、私とことりには知りようがないと思うのですが……
    変化を知るにはどうすればいいのです?」

穂乃果「猫ちゃんが教えてくれるよ」

海未「……全てはあの猫次第、ですか」

穂乃果「うみちゃん、まだ疑ってる?」

海未「いいえ。穂乃果が信じるのであれば、私はもう口を挟みません。約束もしましたから」

穂乃果「そっか」

ことり「……」

穂乃果「……あ、真姫ちゃんが来た」


「……」


海未「あの制服は……私の第一志望だった進学校ですね」

穂乃果「そうなんだ……」

海未「……なんだか、目つきが前よりも鋭くなったような気がします」

ことり「……」

穂乃果「話しかけてくるね」

タッタッタ

ことり「猫ちゃんは?」

海未「彼女……――真姫さんの後ろにいます」



穂乃果「ねぇ、真姫ちゃん!」

真姫「……なに?」

穂乃果「あ、えっと……こ、こんばんは」

真姫「……」

穂乃果「覚えてないかな、四日前にも逢ったんだけど……」

真姫「四日……?」

穂乃果「忘れちゃったんだね……。えぇっと……学校生活はどうかな? なんて……」

真姫「……」スッ

スタスタスタ


穂乃果「ちょ、ちょっと待って」

真姫「くだらない話に付き合ってる暇はないんだけど」

穂乃果「い、忙しいんだ……?」

真姫「これから家庭教師が来るのよ。明日も勉強、明後日も勉強、これからずっと勉強……」

穂乃果「う、うわぁ……私なら……ムリ……」

真姫「そうよ、あなたに無理なことを私はやってるの。やっていかなきゃいけないの」

穂乃果「……」

真姫「だから、私に構わないで」スッ

穂乃果「まって」

真姫「……ごめん……ほの――。」

穂乃果「え――……」


真姫「……」

スタスタ


穂乃果「あ――……あぁ……!」

猫「……思い出しましたか?」

穂乃果「知ってたの猫ちゃん!?」

猫「貴女が寝ている間に、記憶を探らせてもらいました」

穂乃果「どうして教えてくれなかったのッ!!」

猫「後悔をさせると、私は言いました」

穂乃果「真姫ちゃんじゃなくて……私に後悔させるってこと……!?」

猫「……」

ことり「ど、どういうこと……?」

穂乃果「私と真姫ちゃん、小さい頃に会ってた……」

海未「……本当ですか?」

穂乃果「会ってただけじゃない……約束もしてた」

猫「……」

穂乃果「それなのに、私だけ忘れていたなんて……!」

猫「彼女も思い出が蘇ったのはトロフィーをゴミとして捨てた日です」

穂乃果「え……」

猫「あの、特別なトロフィーも一緒に」

海未「特別な……?」

穂乃果「あのトロフィーも……」

猫「随分と迷っていたようですが。結局は捨てたのです」

穂乃果「わ、私……ひどいことした……」

猫「思い出は時として、裏切りになるのですね」

穂乃果「あぁ……! 私は……っ!!」

ことり「穂乃果ちゃん……!」


猫「嘆いている暇はないはずですよ、高坂穂乃果」


海未「いい加減にしなさい。これ以上の無神経な発言は私が赦しません」


猫「高坂穂乃果が西木野真姫を忘れていたのは事実。
   私が介入して二人の道を示すのは筋違いです」

海未「方法はいくらでもあったはずです。
    穂乃果と真姫さんを傷つけるこのやり方は認められない」

穂乃果「猫ちゃんの言うとおりだよ、うみちゃん……」

海未「穂乃果……」

穂乃果「ことりちゃん……私と一緒に砕かれたトロフィーを直したの覚えてる……?」

ことり「え…………、…………」

穂乃果「覚えてないよね……。だって、会ったのは『あの時』の一度きりなんだもん……」

海未「先日、夢を見たのですよね。その時に猫が穂乃果に伝えない姑息なやり方が――」

穂乃果「違うの! もう真姫ちゃんは私達と交わらない道に進んでるの!」

海未「……どういうことですか?」

穂乃果「私とことりちゃんで直したトロフィー……それも捨てたってことは……そういうことなんだよ」

ことり「あ――……! あのトロフィー!!」

穂乃果「どうして気付かなかったんだろうっ……!」

海未「……」

猫「高坂穂乃果、これからどうしますか?」

穂乃果「……今度は私が真姫ちゃんを後悔させる番…」

猫「……」

穂乃果「お願い、猫ちゃん。……真姫ちゃんに、あの日の夢を見させてあげて」

猫「貴女はどうするのですか?」

穂乃果「あの日をもう一度、取り戻してみせる」


……



―― 西木野邸


真姫「……」

先生「そこ、間違えてるわよ」

真姫「……」

先生「集中力が欠けてるわね。しっかりしなさい」

真姫「今日はもうダメ……帰っていいわよ」

先生「西木野さんの成績が落ちたら私の評価が――」

真姫「わかってるから。……遅れた分も取り戻すから」

先生「でもねぇ」

真姫「……わかったわよ」

先生「公式は正しいんだけど、絶対値の外し方が間違えてるのよ」

真姫「……こうでしょ」

先生「できるじゃないの、どうして間違えたりしたの?」

真姫「いつまでも進まないからうんざりしてたの。自習のほうが捗ったりしてね」

先生「な……!」

真姫「時間通り受けたことにするから、担当を変えてほしくなければ帰って」

先生「っ……!」

スタスタスタ


バタン


真姫「年下にからかわれてあの態度……くだらない」


真姫「……」


真姫「…………」


真姫「約束、守れなかった……」


真姫「……ごめん……ね……、……――ほのちゃん」


……



『でーきたー!』

『できたっ」


『なに、してるの?』


『きゃっ』

『おぉっ、びっくりしたー』

『……』

『ほ、ほのかちゃんっ』

『だいじょーぶだよ、怖くないよことりちゃん』

『う、うん……』

『……』

『ほら、直してあげたよ』

『なおさなくていいのっ』

『ちゃーちゃーちゃちゃーん。どうぞ、さいゆうしゅーしょーです!』

『いらない』

『えっと……名前が読めない』

『……』

『ま……ひめ……?』

『ことりちゃん、頭いいね! まひめちゃんだね!』

『まきですっ!』

『じゃあ、まきちゃん! どうぞー!』

『いらないってば』

『せっかく直したんだから受け取ってよー』

『……』

『まきちゃん、がんこだね』

『……うん』

『どうしてなおしたの?』

『金ぴかだから……もったいないと思って』

『……』

『だ、大事なもの……じゃないのかな?』

『はやく受け取ってよ、つかれるぅー!』

『……』

『はぁ……やっと受け取ってくれた……重いものを持つと腕がしびれるなぁ』

『そんなに長く持ってないよぉ』

『えへへ、お父さんのまねー』

『明日は筋肉痛ですね、お父さん』

『そうですね、お母さん』

『『 あははは 』』


『なにがおかしいの?』

『面白くなかった?』

『……』

『自己紹介しないとね。わたしの名前は、こうさかほの――』


『ことり、穂乃果ちゃん、おまたせ』


『あ、お母さん』

『あ、戻ってきた~、はやく帰ってむぎちゃをギューと飲みたい!』

『ほの……ちゃん?』

『付き合ってくれたお礼にオレンジジュースをごちそうしましょうね』

『やったー!』

『……』

『あら、あなたは……』

『お母さん、知ってるの?』

『もちろん。前にピアノを聞かせてもらったのよ』

『……』

『そのトロフィーって、ピアノのトロフィー?』

『……うん』

『じゃあ、すごいんだ、まきちゃんのえんそう!』

『……ううん、褒めてもらえなかったから……すごくない』

『私は、いい演奏だと思ったけどなぁ?』

『……』

『じゃあじゃあ、今度、ほのかにも聞かせてね』

『……ことりも、聞きたいな』

『……うん』

『じゃあ、約束だからね!』

『約束ね!』

『……』

『それじゃ私達は帰るから、お母さんによろしくね、真姫ちゃん』

『…………うん』


『またこんど逢ったときに必ず聞かせてね、約束だからねー!』

『約束ぅ~!』


『……うん。……約束』



……




真姫「……」


真姫「……嫌な……夢」


猫「……」


真姫「……? 誰かいるの……!?」


猫「……――」スゥ


真姫「だ、誰……!?」


カチッ


真姫「……」


真姫「はぁ……神経質になってるみたいで……いや」


真姫「……」


真姫「…………再会なんて……しなくてよかったのに」



……



―― 翌日:2年生の教室


穂乃果「おはよう、うみちゃん!」

海未「朝早くから呼び出すなんて……」

穂乃果「うみちゃんも手伝って、トロフィーを直すの!」

海未「それはいいのですが……、直して返す、ということですよね」

穂乃果「オフコース!」

ことり「忘れてたこと、謝らなくちゃ……」

海未「やはり、慎重に――」

穂乃果「ダメだよ、時間は待ってくれない。『今』できることを『今』やらなくちゃ」

海未「……」

穂乃果「パズルの組み立ては得意なんだけど、慎重に……」


海未「ことり」

ことり「……?」

海未「穂乃果は、あの猫に誘導させられているのではないですか?」

ことり「トロフィーを直すことが、猫ちゃんの思惑ということ……?」

海未「……はい」

ことり「それはないよ、海未ちゃん」

海未「なぜ、そう言い切れるのですか」

ことり「穂乃果ちゃんの意志だって、見ていればわかるはずだよ」


穂乃果「よし、これで……!」


穂乃果「あぁっ、ズレたぁ!」



海未「……」

ことり「穂乃果ちゃんの行動って真っ直ぐで……その想いも真っ直ぐなんだから」

海未「……そうでしたね。……私は穂乃果とことりの行為を否定してしまいました」

ことり「ううん。海未ちゃんがそうやって考えてくれるから、私達は迷わず真っ直ぐ見ていられるの」

海未「ことり……」

ことり「海未ちゃんのそういうところ、私達には必要なことだよ」

海未「……いつも思いますが、ことりが居てくれてよかった」

ことり「えへへ」

海未「今日中に返すのですか?」

ことり「うん……、『あの時』は二人で直したけど、『今』は三人で直して……」


穂乃果「あ……」

ポロポロ

穂乃果「ああぁぁーーっ!?」


海未「焦りすぎです。貸してください」

穂乃果「はやく真姫ちゃんに会いたいから……えへへ」

海未「的を射るのは私の得意分野なので、任せて下さい」

ことり「関係無いような気がするけど……」

海未「……」

ポロッ

穂乃果「私より不器用っ」

海未「ふ、二人が見ているから緊張したんです!」

穂乃果「えぇー……」

ことり「今日は部活無いからじっくりやろうねっ!」

海未「……はい」


……



―― 夕方:西木野病院前


ことり「じっくりしすぎたね……」

穂乃果「まさか、海未ちゃんが足を引っ張るなんて……」

海未「夕陽をみていると、少しだけ切なくなりますね」

穂乃果「切ないのは時間を無駄にしたからだよ、話を逸らさないでよ」

ことり「ね、猫ちゃんはどこ行ったのかなぁ?」

海未「真姫さんの近くにいるのではないでしょか」

ことり「穂乃果ちゃんは聞いてる?」

穂乃果「ううん。……猫ちゃんって行き先をあまり伝えないんだよね」

ことり「やっぱりネコなだけあって、気ままなんだね」

海未「それで、どうしますか? 中へ入ってみます?」

穂乃果「うーん……、どうしよっかな」

ことり「ゴミ捨て場に行ってみない?」

海未「そうですね、行ってみましょう」

穂乃果「猫ちゃんと連絡取れれば便利なんだけどねぇ」



―― ゴミ捨て場


穂乃果「あ、ここにいたんだ?」

猫「今日はもう、来ないのだと思っていました」

ことり「ちょっと、時間がかかっちゃって」

穂乃果「真姫ちゃんは?」

猫「自宅へ帰られたようです」

海未「ここに、居たのですか?」

猫「少し足を止めていました。ですが、未練を断ち切ったようです」

穂乃果「……!」

ことり「どうしよう、穂乃果ちゃん……」

穂乃果「……」

海未「未練、とは?」

猫「彼女は、約束を捨て、自分の自由な意志をも捨てたということです」

穂乃果「……」

海未「観察にしては、深く知りすぎのような気がしますが」

猫「人ではない私が、西木野真姫へと踏み込み過ぎ、ということでしょうか……?」

海未「そうです。人づてに聞くより、本人から聞くことの方が大切な場合もあります」

猫「心得ます」

海未「忘れないで下さい」


穂乃果「もぅ、なんで喧嘩モードになるの!」

海未「ケンカではありませんよ」

猫「人との関わりを学ばせてもらっています」

穂乃果「あ、あれ……意外と打ち解けてる……」

ことり「真姫ちゃんの自宅って分かるの?」

猫「はい」

ことり「……『今』からでも、行ってみる?」

穂乃果「うん、そうしよう」

猫「突然押しかけても不審者に思われるのでは?」

海未「この中の誰よりも不審な存在のあなたがそれを言わないでください」

猫「失礼しました」

ことり「海未ちゃん、言い方が厳しいよっ」

海未「ちょっとした冗談ですよ」

猫「戯れです」

ことり「意外と信頼関係が強い……?」


穂乃果「真姫ちゃんのお家かぁ……。
     どうせなら『あの時』に行っておけばよかったかも」




―― 西木野邸


穂乃果「うわ……」

海未「豪邸ですね……」

ことり「……」

猫「南ことり、どうしました?」

ことり「何を話せばいいのかな、って思うと……緊張してきちゃって」

穂乃果「……」

海未「なんだか、私も緊張してきました……」

猫「躊躇している暇はないはずです」ピョン


ピンポーン


海未「インターホンを押した!」

ことり「ま、待ってよぉ」

穂乃果「猫ちゃん、私と駅前で手品師としてやってみないかな?
     そうすれば知名度が上がると思うんだけど」

猫「……」

穂乃果「無視された……?」


『はい、どちら様でしょう』


穂乃果「わ、私、高坂穂乃果といいます。
     えっと……真姫さんはいらっしゃいますでしょうか?」

『少々お待ちください』


海未「……」

ことり「……」

穂乃果「猫ちゃん」

猫「なんでしょう」

穂乃果「もう、『未来』のこととか、私の願いとか、その為じゃなくて……」

猫「……?」

穂乃果「私は真姫ちゃんと……友達になりたい。……ただそれだけだから……」

猫「分かりました」

穂乃果「ごめんね。……猫ちゃんの願いを……叶えられないかもしれない」

猫「西木野真姫と友人になることで、貴女の願いは終えてしまうのですか?」

穂乃果「ううん、それとこれとは別だよ」

猫「それなら、問題はないはずです。私に気遣いなど無用ですから」

穂乃果「……ありがと、猫ちゃん」

猫「まだ何も、成し遂げてはいません」

穂乃果「でも――」


『お待たせしました。真姫はまだ帰っていないようです』


海未「え……?」

ことり「……どういうこと?」

猫「おかしいですね、こちらへと歩いて行ったのですから……てっきり帰宅したのかと」


『ネコの鳴き声……?』


穂乃果「あ……戻りはいつ頃になるでしょう?」

『とっくに過ぎているのですが……』


穂乃果「わかりました。私達はこれで失礼します」

『上がっていきませんか? 申し遅れましたが私は真姫の母です』


海未「どうします?」

ことり「えっと……」

穂乃果「ありがとうございます。でも……遅くなるといけませんので、これで」


『分かりました。……また、来てくださいね』

穂乃果「……はい。そうさせてもらいます」


プツッ


穂乃果「……ふう、敬語で喋るのって疲れるぅ」

海未「その割にはしっかりとした受け答えでしたね」

穂乃果「うみちゃんのまねー」

海未「な……」

ことり「それでは、真姫さんを探しましょうか」

穂乃果「ですね」

海未「二人とも、私をからかわないでくださいっ」

穂乃果ことり「「 あははは 」」

猫「……」


真姫「なにがおかしいの?」


穂乃果「は……はは……」

海未「気まずそうにしてないで、さっきのようにしっかりとお願いしますよ」

穂乃果「わ、分かってるよぉ」


真姫「……」

穂乃果「え、えっと……その……」

真姫「忙しいから……それじゃ」

穂乃果「まって」

真姫「悪いけど、付き合ってられないの」

穂乃果「うん……。それじゃ、用件を済ませちゃうね。これを受け取って」


真姫「それ……どうして――!」


穂乃果「海未ちゃんのせいで、原型を留めてないけど……」

海未「……」

穂乃果「でも、トロフィーはトロフィーだから。おめでとうの、形だから」

真姫「まったく……」

穂乃果「よかった。……受け取ってくれないかと思ったよ」

真姫「……――けいなこと、しないでよ」

穂乃果「え……?」

真姫「余計なこと、しないで」

ことり「……!」

猫「……」


真姫「……」クルッ

スタスタスタ


穂乃果「ま、真姫ちゃん……どこ行くの?」


「……」

スタスタ


猫「……?」

ことり「どうしたんだろう?」

海未「ゴミ捨て場へ向かったのでは……」

穂乃果「そ、そんな!」




―― ゴミ捨て場


真姫「こんなもの――」


「待って、真姫ちゃん!」


真姫「――いらない!!」


ガシャンッ


真姫「……」


海未「なんてことを……」

ことり「真姫ちゃん……」


穂乃果「どうしてそんなことするの!?」

真姫「頼んでない」

穂乃果「そうじゃないよ!」

真姫「どうして拾ったりなんかしたのよ」

穂乃果「そ、それは……!」

真姫「いまさら思い出しても、もう遅い」

穂乃果「ごめんね……。今の今まで……」

真姫「べつに……」

穂乃果「でも、このトロフィーを持っていたってことは、そういうことなんでしょ」

真姫「どういうことよ」

穂乃果「約束を、守ってくれていたんでしょ?」

真姫「な、なにを言ってるのよ。……本当に忘れて――」

穂乃果「でも、ちゃんと思い出した。忘れてなんてなかった」

真姫「……――るさい」

穂乃果「真姫ちゃんは私とことりちゃんの約束を守ってくれていた――」

真姫「うるさい!」

穂乃果「――!」


真姫「その約束のせいで私は辛い思いしかしてないのよ!」


穂乃果「……え」


真姫「表彰台でそれを受け取った時、とても嬉しかった。
    好きなモノが形となって返ってきたことだから……!」


真姫「でも、近くで聞いていた父でさえ褒めてくれなかった。
    母でさえ『次も頑張りましょう』だった」


真姫「だから頑張ったのに……『時間』を捨てて、演奏を頑張ったのに……!」


真姫「それでも私の望んだ言葉は聞けなかった! だから『あの時』捨てたのよ!」


真姫「それに――!」

ことり「……!」

穂乃果「……」

真姫「約束だけを残して、あなた達二人とは逢えなかったじゃない」

穂乃果「だからって、音楽まで捨てること無い」

真姫「……」

穂乃果「全部捨てて、終わらせようとしてるんでしょ! ダメだよ!」

真姫「……分かってない」

穂乃果「……え?」

真姫「私が……どれだけ鍵盤を弾いてきたか……『時間』を無駄にしてきたか……わかってない」

穂乃果「……無駄って……」

真姫「ピアノと向き合ってる間、辛いとしか感じなかった。
    楽しいから、好きだから続けていたことが、いつしか苦痛に変わってた」


真姫「私にはこれしかないって知ってしまったから。
    コンクールの他の演奏者には仲間がいた。私に勝っても負けても褒め称えて、慰め合える仲間がいた」


真姫「私には誰もいなかった。だから、もう一度――……捨てたの」

穂乃果「……っ」


真姫「ピアノも処分した、部屋にあったCDも楽譜もプレーヤーも捨てた。これから一生、弾くことはない」


真姫「全部捨てて、部屋を掃除したら……心の整理も付いた」

穂乃果「…………」


真姫「約束を守ろうとしてピアノを弾いてたとしたら、私はそのせいで『時間』を無駄にしたの」

穂乃果「そんな……さびしいこと……」


真姫「もう無理なのよ。……ピアノの前に座るだけで手が震えて……録に弾けやしないんだから」

穂乃果「そんな……」

真姫「べつに、重く受け取って欲しいわけじゃない。これは……」


真姫「決別、だから」


穂乃果「そんなことって……ッ」


真姫「……ごめんね……――ほのちゃん」


穂乃果「!」


真姫「さようなら」


穂乃果「あ……」


真姫「……っ」


穂乃果「まって」


真姫「もう、決めたから……病院を継ぐ為……この道を進むって。……決めちゃったから」


穂乃果「ピアノを――……音楽を捨てたとしてもっ、私は真姫ちゃんと友達になりたいから!」


真姫「『時間』がないから……無理」

スタスタスタ


穂乃果「無いなら……作ればいいよっ」


真姫「そう言ってくれるだけでいい。……もう、いいから」


穂乃果「……っ」


「約束……守れなくてごめんね」


穂乃果「あ――……」


「もっと早くに……逢えたら……よかった……」


穂乃果「……また、来るから! ……何度でも来るから!」



……



―― 翌日:教室


穂乃果「……」


海未「こんな朝早くに……どうしたのですか」


穂乃果「……うん、ちょっとね」


海未「穂乃果のことですから、勉強に励んで……真姫と同じ大学へ入るのかと思いました」


穂乃果「それも……アリだよね」


海未「これから勉強しても間に合うかは分かりませんが……付き合いますよ」

穂乃果「……いいの?」

海未「もちろんです。……そのトロフィー、もう修復不可能なのでは?」

穂乃果「だけど……もう一度だけ、直したい」

海未「わかりました。それも付き合います」

穂乃果「ありがと、うみちゃん」

海未「無駄にしたのなら、取り戻せばいいのです」

穂乃果「……うん」

海未「……」

穂乃果「約束って、相手を縛ることにもなるんだね……」

海未「後悔、していますか?」

穂乃果「約束自体には、ないんだけど」

海未「思い出せなかったことに、ですか」

穂乃果「……うん」

海未「それはしょうがないことだと思います」

穂乃果「……」

海未「人は万能ではありませんから」

穂乃果「……私のしたことって間違ってたかな」

海未「穂乃果はまっすぐ見ていてください。迷いは判断を誤らせます」

穂乃果「……」

海未「……なにか?」

穂乃果「今日のうみちゃん……猫ちゃんみたいなこと言うんだね」


海未「やはり気づかれましたか」


穂乃果「え――……?」

海未「さすがです、高坂穂乃果」

穂乃果「え、えぇ!? うみちゃんに変身した猫ちゃんなの!?」

海未「その通りです」


ガラガラ

ことり「おはよう~」


穂乃果「ことりちゃん! 猫ちゃんが海未ちゃんになって、……そこにもいる!?」


猫「?」

ことり「一緒に来たんだけど……どういうこと?」


穂乃果「あれ?」

海未「ぷっ……ふふふっ」

穂乃果「騙したんだね……もぅ、ひどいよぉ~!」

海未「落ち込んでいるようでしたから、からかってみたのです」

穂乃果「そ、そんな励まし方って……――あぁ、……そっか」

海未「?」

ことり「どうしたの?」

穂乃果「……真姫ちゃんって、こういうやりとりをしてくれる人がいなかったんだよね」

海未「……そうですね」

ことり「……」

猫「『過去』は『過去』です。『次』へ進む時ですよ」

穂乃果「……『次』ってことは」

猫「高坂穂乃果、貴女には分岐点が分かったはずです」

穂乃果「……うん」

海未「それでは……」

ことり「……過去へ?」

猫「そうです」

穂乃果「これを直してからでもいい?」

猫「それは二人に任せましょう」

ことり「あ、あのぅ……」

海未「私とことりは『過去』へは跳べないのですか?」

猫「高坂穂乃果一人になります。私の力不足で申し訳ありません」

ことり「そっか……それなら仕方ないよね」

猫「ですが、『その時』には貴女方もいるのです。それを忘れないでください」

ことり「……うん。……よく分からないけど」

海未「……」


穂乃果「えっと、どうするんだっけ?」

猫「心の準備だけで結構です」

穂乃果「よしきた」

海未「ほのか」

穂乃果「な、なに?」

海未「『過去』を変えて、『今』が変わるのですよね」

穂乃果「うん、そうだよ」

海未「真姫の『未来』を変えてもいいのでしょうか……」

穂乃果「……」

海未「決して『今』が良いというわけではありませんが、
    これから私達が友人としてやっていくことも重要なのではありませんか?」

ことり「……私も、真姫ちゃんと友達になる方が大切な気がする」

穂乃果「うん。……私も『過去』を変えて、それで解決していいのかな、とは思う」

猫「貴女方がその気持ちを持ってさえいれば、西木野真姫に想いは届きます」


海未「……」

ことり「……」


穂乃果「真姫ちゃん言ってた。『もっと早くに逢えたらよかった』って」


穂乃果「だから、逢いに行くよ」


猫「……」


穂乃果「それじゃ、行ってくるね!」

海未「……お気をつけて」

ことり「い、いってらっしゃい……で、いいのかな」


猫「それではよろしいですね」


穂乃果「うん。よろしく」


猫「高坂穂乃果」


穂乃果「…………」


猫「みらいで待っています」


穂乃果「――」


穂乃果「―」


穂乃果「」


「」


…………


………


……




―― 高坂穂乃果 小学5年生 ――


「でーきたー!」

「できたっ」


「なに、してるの?」


「きゃっ」

「おぉっ、びっくりしたー」

「……」

「ほ、ほのかちゃんっ」

「だいじょーぶだよ、怖くないよー」

「う、うん……」

「……」

「ほら、直してあげたよ」

「なおさなくていいのっ」

「ちゃーちゃーちゃちゃーん。どうぞ、さいゆうしゅーしょーです!」

「いらない」

「えっと……名前が読めない」

「……」

「ま……ひめ……?」

「ことりちゃん、頭いいね! まひめちゃんだね!」

「まきですっ!」

「じゃあ、まきちゃん! どうぞー!」

「いらないってば」

「せっかく直したんだから受け取ってよー」

「……」

「まきちゃん、がんこだね」

「……うん」

「どうしてなおしたの?」

「金ぴかだから……もったいないと思って」

「……」

「だ、大事なもの……じゃないのかな?」

「はやく受け取ってよ、つかれるぅー!」

「……」

「はぁ……やっと受け取ってくれた……重いものを持つと腕がしびれるなぁ」

「そんなに長く持ってないよぉ」

「えへへ、お父さんのまねー」


「明日は筋肉痛ですね、お父さん」

「そうですね、お母さん」

「「 あははは 」」

「なにがおかしいの?」

「面白くなかった?」

「……」

「自己紹介しないとね。私の名前は、こうさかほの――」


「ことり、穂乃果ちゃん、おまたせ」


「あ、お母さん」

「あ、戻ってきた~、はやく帰ってむぎちゃをギューと飲みたい!」

「ほの……ちゃん?」

「ほのか、だよー!」

「付き合ってくれたお礼にオレンジジュースをごちそうしましょうね」

「やったー!」

「……」

「あら、あなたは……」

「お母さん、知ってるの?」

「もちろん。前にピアノを聞かせてもらったのよ」

「……」

「そのトロフィーって、ピアノのトロフィー?」

「……うん」

「じゃあ、凄いんだ、まきちゃんのえんそう!」

「……ううん、褒めてもらえなかったから……すごくない」

「私は、いい演奏だと思ったけどなぁ?」

「……」

「じゃあじゃあ、ほのか聞かせてよー!」

「……ことりも、聞きたいな」

「……うん」

「よし、まきちゃんのお家へレッツゴー!」

「い、いまから行くの……?」

「そうだよ」

「ほ、ほのかちゃんっ、迷惑だよっ」

「えー、善は急げって、お母さんがいつも言ってるよー?」

「私も西木野さんにはお会いしておきたいわね」

「……」


「い、いいのかな?」

「いいでしょ、行こうよ」

「つまらないと思うけど……」

「あ、わかった。まきちゃんの部屋、散らかってるんだね」

「片付けてます!」

「そうなんだ……偉いね」

「ほのかちゃんのお部屋、前行った時に散らかってたね……」

「それは言わないでよっ。そうそう、雪穂のせいなんだから!」

「雪穂ちゃんのせいにしたー、ひどーい」

「ひどい」

「本当だよっ、私の部屋で桜吹雪ごっこしたんだから!」

「早く行かないと日が暮れてしまうわよ?」

「ほら、お部屋の掃除手伝ってあげるから、早く行こうよ」

「散らかってないって言ってるでしょっ」





……


………


…………



―― 高坂穂乃果 中学3年生 ――



「もう勉強なんてやだー!!」

「猛勉強なんて、したことないじゃないですか」

「言葉遊びなんてしなくていいよ! カラオケ行こうよ! ボーリングでも可!」

「可! ではありません。早く座りなさい」

「やーだー! 歌を歌いたいー! 音を楽しみたいー!!」

「はぁ……ダダをこね始めましたね……」

「受験勉強なんて明日もできるよ! ね、ね!?」

「『今』やっておかないと後悔することになりますよ」

「う……」

「ほら、どこが分からないのですか?」

「こっちとこっちと……こ~れ全部」

「頭が痛くなってきました……参考書を持ち上げるなんて……」

「勉強のしすぎで全部わからなくなったよ! もうヤダヤダ!」



コンコン


「穂乃果ちゃ~ん」


「どうぞ入ってー! ヤダヤダ―!」


スーッ


「なにをしてるの、穂乃果ちゃん……?」

「床に転がって暴れる子供がいる……」


「そうだっ! 時間を止めて遊びに行けばいいんだよ!」

「その時には電気も停止して、遊べないはずですが」

「理屈屋ー!」

「もう私の手に負えません……」


「ほのちゃんの部屋っていつも綺麗なのね」

「昨日、勉強会するからって。……慌てたみたいだけど」


「こんなものがあるから!」

「な、なにしてるの!?」


「参考書よ、さらばっ」

「ちょっと! 窓から捨てないでください!」

「ストレスの溜まりすぎだね……」






……


………


…………


―― 高坂穂乃果 高校2年生 ――



穂乃果「すやすや」


「よく寝ていますね……」


穂乃果「……ん…」


「起きてください、ほのか」


穂乃果「……ん……ん?」


「いい加減、私たちも帰りましょう」


穂乃果「……あっ」


「?」


穂乃果「……うみ……ちゃんッ!」


海未「はい、私ですが……?」


穂乃果「……あれ? 私の部屋じゃないの?」


海未「寝ぼけていますね」

穂乃果「あぁ、良かった。受験勉強という苦行を強いられるとこだった」


海未「大丈夫ですか?」

穂乃果「何を心配しているのかな……?」


ガラガラ


「あ、良かった、まだ居てくれて」


穂乃果「ことりちゃん?」

海未「先に帰ると言っていませんでしたか?」

ことり「そうだけど、戻ってきたの」

穂乃果「どうして?」

ことり「寄り道したお店でね、美味しいマカロンがあって、食べてきたの~♪」

穂乃果「自慢するために戻ってきたの!?」

海未「……ことり」

ことり「ち、ちがうよっ。……二人とも部活で疲れてるだろうからって」

穂乃果「うん……そのせいで少し寝ちゃった」

海未「一人で戻ってきたのですか?」

ことり「ううん……あれ?」

穂乃果「美味しい話なんて聞きたくなかったね」

海未「そうですね……」


ことり「ほら、早く入って~」


「で、でも……2年生の教室になんて……っ」


ことり「遠慮しなくていいから~」

海未「……?」

穂乃果「ひどい……二人して自慢しようってことなんだね」


「えっと……そうじゃなくて」


穂乃果「もういいよ、帰ろうようみちゃん!」

海未「帰ることは帰りますが……。その怒りはなんなのですか」

穂乃果「二人が意地悪で、嫌な夢見たから!」

海未「引きずらないでください。……その手に持ってるものは?」


「ことちゃんと一緒に食べてきたお店の……マカロン」

ことり「お土産に持って行こうって言うから♪」

穂乃果「さっすが私達の妹よ~」スリスリ

「ちょ、ちょっとっ、くすぐったいからっ」

海未「さっきまで怒っていたのに、調子のいいことを……」

ことり「あはは……」

穂乃果「では、さっそくいただきます」

「部活、忙しいの?」

穂乃果「おぉー、美味しそう」

海未「穂乃果……質問されてますよ。夢中になりすぎです……」

ことり「忙しいの?」

海未「大会も近いですから。先鋒である穂乃果は重要です」

ことり「そっか……すごいね穂乃果ちゃん」

海未「私も驚いています」


穂乃果「美味しいよ、――真姫ちゃん!」


真姫「よかった……」



穂乃果「えへへ」

真姫「そんなに美味しいの?」

穂乃果「美味しいよ。真姫ちゃんの優しさが詰まってて」

真姫「そ、そんなわけないでしょっ」

ことり「海未ちゃんもどうぞ」

海未「では、いただきます」

穂乃果「真姫ちゃんの部は?」

真姫「合唱コンクールはまだ先だから、余裕よ」

穂乃果「ふぅん……、しんにゅふせふぃでふぃあのえんふぉうなんふぇすふぉいね」

真姫「なんて言ったの?」

海未「新入生でピアノの演奏なんてスゴイね、と」

ことり「よく聞き取れたね」

真姫「……それくらい普通でしょ」

穂乃果「すいふぉうふぁふぶのふぇんしゅうもいっふぇるんふぇふぉ?」

真姫「口に物を入れて喋らない」

海未「吹奏楽部の練習にも参加しているんですか?」

真姫「うん……手伝ってって言われてて……」

ことり「私も手芸部がんばらないとっ」

海未「おいしいですね、真姫の優しさが詰まってて」

真姫「うーちゃんまでっ」


―― 帰り道


真姫「ことちゃん、今週の日曜日だけど……」

ことり「うん、いいよ」

真姫「まだなにも言ってないんだけどっ」

ことり「買い物じゃないの?」

真姫「うん……そうなんだけど……。言う前に答えられると……困る」

ことり「じゃあ、やり直そう~」

真姫「も、もういいわよ。それより、日曜日ね」

ことり「うん♪」


海未「……」

穂乃果「明日も朝練かぁ……、ご飯たくさん食べないと……」

海未「それはいいのですが、穂乃果」

穂乃果「体重計が怖い?」

海未「違います。……いまさらですが、真姫が私達を呼ぶとき、一文字足りないのはどうしてでしょうか」

穂乃果「あれ、『あの時』って……海未ちゃんいなかったっけ?」

海未「『あの時』とは……?」

穂乃果「真姫ちゃんと最初に出会った日だけど」

海未「私はいませんでしたよ」

穂乃果「あ、そっか……」

海未「記憶力が弱くなってますね……、やはり勉強会をしましょう。今週の日曜日にでも」

穂乃果「……」

海未「……」

穂乃果「私の事、ほのちゃんって呼んだの。自己紹介の時、こうさかほの……で止まったから間違えちゃって」

海未「ことりと私は……?」

穂乃果「ことちゃん、うーちゃん。……アダ名っていうか、愛称?」

海未「……」

穂乃果「呼び続けて、それが地になっちゃったんだと思う」

海未「そうですか。……とりあえず、スルーできてると思っているようですが、
    勉強会は穂乃果の部屋でやります」

穂乃果「あぁっ、……あ、そうだ、日曜日は試合があったんだぁ。そうだそうだ」

海未「私は聞いていませんが?」

穂乃果「……個人戦なんだって、主将が言ってたような気がする」

海未「曖昧ですね。それでは確認しますから、嘘をついていた場合、罰として来週も勉強会です」

穂乃果「……シマッタ」

海未「まったく……」

真姫「勉強会……するんだ」

海未「真姫とことりも、用事が済んだら顔を出してください」

真姫「……」


ことり「真姫ちゃん、どうする?」

真姫「一緒に行きたかったけど……しょうがないわよね」


穂乃果「ふむふむ、ありがとう主将!」


海未「電話していたのですか?」

穂乃果「うん。試合は私の勘違いだったから、日曜日は大丈夫だよ真姫ちゃん!」

真姫「本当……?」

穂乃果「もっちロン!」

海未「穂乃果、携帯電話の発信記録をみせてください」

穂乃果「疑いすぎだよッ! 試合も最初から無いし、主将に連絡もとってないよ! 一人芝居だよー!」

海未「一度嘘をつくと、嘘を隠すためにまた嘘をつくはめになるのです」

穂乃果「実践教育だね……」

海未「なんだか今日の穂乃果は浮かれすぎのような気がしますね……」

ことり「そうだね……。いいことでもあったのかな……?」

真姫「うーちゃんは?」

海未「……特に用事はありませんが」

真姫「じゃあ……行きましょ?」

海未「それはいいのですが。……真姫」

真姫「?」

海未「私達と真姫は小学校からの付き合いですが――」


ことり「どうしたんだろ?」

穂乃果「……厳しいなぁ」


海未「穂乃果とことりが甘やかすからこうなるのです。
    もう高校生ですよ。その呼び方は改めましょう」

真姫「……」

海未「中学校までは気になりませんでしたが、同じ高校へ通うのですから――」

真姫「だめ……?」

海未「突然変えろと言われても無理な話。徐々にでいいです」

真姫「うん……。そうだよね、うーちゃん」

海未「練習をしていきましょうね」


穂乃果「あまっ、甘々だようみちゃん!?」



……



―― 月曜日:道場


穂乃果「おはようございます……主将」

主将「おはよう、って……元気ないな高坂?」

穂乃果「勉強会……してまして」

主将「おいおい、練習に支障をきたさない程度にしてくれよ?」

穂乃果「うみちゃんに言ってください!」

主将「どういうことだよ……。それより、団体戦の布陣が決まったぞ」

穂乃果「私が先鋒で……後は……中堅と大将がまだでしたよね」

主将「中堅は私が。そして、大将は……――園田にやってもらう」

穂乃果「おぉ……!」


海未「おはようございます」


主将「お、話をすればなんとやら」

穂乃果「おめでとう、うみちゃん!」

海未「なにがですか?」

穂乃果「大将はうみちゃんなんだって!」

海未「またそんな嘘を……。いいですか、穂乃果。
   これから嘘をついた場合、素振りを100本追加することにしますよ?」

穂乃果「本当だってば!」

海未「わかりました。無理なんて言葉、絶対に使わせませんので覚悟していてください」

主将「高坂が言ったことは本当だぞ。剣道部、団体戦の大将は園田海未に決定だ」

海未「そ、そんなっ……わ、私には無理ですょ……!」

穂乃果「あ、使った」


……



―― 朝:神社


真姫「いつもここで練習を?」

ことり「そうみたい。私も参加するのは初めてなんだけどね」

真姫「ふぅん……」

ことり「……真姫ちゃん」

真姫「なに?」

ことり「学校、楽しい?」

真姫「……まぁまぁね。……クラスに居るより、ことちゃん達と放課後遊ぶ方が気楽でいいし」

ことり「クラスの子達と遊んだりしないの?」

真姫「いいわよ、そんなの……。
    それより、吹奏楽部の人たちにコンクールに見に来て欲しいって言われてて」

ことり「うん……」ニコニコ

真姫「それで……その……、ね?」

ことり「うん?」ニコニコ

真姫「わかるでしょ?」

ことり「ううん、わからないよ。どうしたの?」ニコニコ

真姫「えっと……その……一緒に行って欲しい……」

ことり「うん、いいよ♪」

真姫「よかった……。一人だと、ちょっと居心地悪くて……」

ことり「真姫ちゃん、最初に出会った頃より……素直に話すようになったよね」

真姫「そ、それは……ほのちゃんのせいよ」

ことり「そうだね、穂乃果ちゃんのおかげだね♪」

真姫「も、もぅ……!」

ことり「あ、噂をすれば……」


海未「あれ、どうしてことりと真姫も……?」

穂乃果「おはよ~」


真姫「おはよ」

ことり「おはよう~。真姫ちゃんが二人の練習に参加したいっていうから」

真姫「ち、ちがっ」

海未「それは構いませんが、練習は厳しいですよ」

穂乃果「よーし、まずは巫女さんに挨拶してくるね!」

タッタッタ



穂乃果「おはようございます!」

巫女「あら、おはよう。今日も早いのね」

穂乃果「うみちゃんが、『体力は基本です』っていうものですから」

巫女「ふふ、それは正しいわね。学校に遅刻しない程度に頑張ってね」

穂乃果「ありがとうございます!」

巫女「あ、そうだ」

穂乃果「?」

巫女「穂乃果ちゃんたちの学校で、この神社で巫女をしてくれる子っていないかしら」

穂乃果「うーん……そうですねぇ」

巫女「なんなら、穂乃果ちゃんでもいいんだけど」

穂乃果「ごめんなさい~、これから忙しくなるので」

巫女「忙しくって?」

穂乃果「剣道部、全国大会出場を目指して!」

巫女「あら、それは凄い。……残念だけど、しょうがないわよね」

穂乃果「すいません。一応、友達にも聞いてみます」

巫女「そうしてくれると助かるわ。穂乃果ちゃんのお友達なら大歓迎よ」

穂乃果「あはは、それでは~」


……



―― 通学路


ことり「結構ハードなんだね……」

真姫「……」

穂乃果「真姫ちゃん、足が震えてるよ」

真姫「そ、そんなこと……気のせいじゃないの?」

海未「全部に付き合う必要はないのですが……。真姫らしいですね」

ことり「自主トレの後に、部の朝練もするの……?」

海未「そうです。穂乃果は遅れを取っていますから、補わないといけません」

真姫「こんなに体を動かして……ほのちゃん、大丈夫?」

穂乃果「大丈夫! 目標があるから頑張りたいんだ!」

真姫「……応援、してるから」

穂乃果「おぉ、真姫ちゃんが応援してくれるなら100人力だよ」

真姫「じゃあ、もっと応援……してあげるから」

穂乃果「1000人力!」

真姫「もっと……もっと、応援する」

穂乃果「よぉーし! 今日も頑張っちゃうよ!」

タッタッタ

海未「ちょっと、穂乃果!」

ことり「置いて行かれちゃったね」

海未「いつも気持ちが先走り過ぎなんですよ。……私も部へ行ってきます」

真姫「うーちゃんも、頑張ってね」

海未「……はい。……あ、それと」

真姫「う、海未先輩も」

海未「いえ、そっちではなく……自主トレの方は、無理して付き合う必要はありませんから」

真姫「ううん、付き合いたいから。……邪魔じゃなかったら、だけど」

海未「穂乃果は人の多い方が頑張れるので、それはありませんよ」

真姫「……よかった」

海未「変わりましたね、真姫は」

ことり「うん」

真姫「うーちゃんまで……」



「うーみーちゃーん! はやくー!」


海未「それでは、行ってきます。……真姫、先輩を付けるのを忘れずに」

タッタッタ

真姫「う……」

ことり「早めに学校着いちゃったけど、真姫ちゃんはすることってある?」

真姫「合唱部に……」

ことり「そっか。……それじゃ、私も部へ行ってこようかな」

真姫「あ、ことちゃ――……ことり先輩が暇だったら……付き合うけど」

ことり「ううん、真姫ちゃんは真姫ちゃんの『時間』を大切にして」

真姫「……」

ことり「それじゃ、放課後に、またね」

真姫「……うん」


真姫「……」


……



―― 水洗い場


穂乃果「~っ!」


ジャブジャブ


穂乃果「ぷはぁー! 気持ちいい~!」

海未「はい、タオルです」

穂乃果「ありがとう~」

海未「……」

穂乃果「うーんッ! そろそろ春も終わって初夏だよ。待ち遠しいね!」

海未「その前に梅雨がありますよ」

穂乃果「あ、そっか……ジメジメの季節があったんだ」

海未「……穂乃果、一つ聞いてもいいですか」

穂乃果「うん、いいけど……なに?」

海未「中学まで何かに集中してこなかった穂乃果が、
    どうして……高校入学と同時に剣道部へ入ったのか……」

穂乃果「……それは」

海未「……」

穂乃果「真姫ちゃんが、ピアノを弾いてるの聞いて……」

海未「……」

穂乃果「一つのことに打ち込めるって、凄いなって思ったんだ」

海未「そうですね。真姫はその演奏で、合唱部と吹奏楽部に信頼を得ましたから」

穂乃果「うん。……でもね、私には何もなかった」

海未「……」

穂乃果「うみちゃんのお家、剣道を教えてるでしょ。
     小さい頃からなんとなく、そんなうみちゃんの姿を見てたけど……」

海未「……」

穂乃果「中学に入っても、ピンとこなかったんだ」

海未「……?」

穂乃果「どうして、うみちゃんは剣道を続けているんだろうって」

海未「……」

穂乃果「どうして?」

海未「い、今聞くのですか。……物心ついた時から始めていましたから、これと言った理由がないのですが」

穂乃果「……」

海未「そうですね……、真っ直ぐ相手と向き合って……、
    一対一の真剣勝負が楽しいから、だと思います」

穂乃果「楽しいの?」

海未「はい。……幾つもの試合をしてきましたが……
    勝っても負けても自分を見つめなおすことができます」

穂乃果「真面目だねぇ」

海未「穂乃果との手合わせの時も、真っ直ぐ向き合えているようで楽しいですよ」

穂乃果「……そうなんだ」


海未「穂乃果はどう思いますか?」

穂乃果「最初に私とうみちゃんが試合をした時って覚えてる?」

海未「もちろんです。小学校3年生の時……出鱈目に打ってきた穂乃果に一本を取られてとても悔しい思いをしました」

穂乃果「あ、……そんなに前なんだ」

海未「忘れていたのですか!?」

穂乃果「あはは、ごめんごめん」

海未「……結構、ショックですよ」

穂乃果「あ、えっと……一番最初は忘れちゃったけど。
     受験前にストレス発散の為って理由で、試合したよね」

海未「……はい」

穂乃果「その時にうみちゃんのお父さんに『筋がいい』って褒められて、だからやってみようって思ったの」

海未「……それだけ、ですか?」

穂乃果「うん……それだけ、だよ」

海未「そうですか」

穂乃果「大した理由で始めた訳じゃなくて、ガッカリさせたよね! ごめんね、うみちゃんっ!」

海未「……いえ、物事を始めるときは大抵そんなものかもしれません」

穂乃果「それで、この学校が……――廃校になるかもしれないって時……ピンときたんだ」

海未「?」

穂乃果「剣道で、全国大会へ出て、知名度を上げる。……そしたら、入学希望者を増やせるんじゃないかって」

海未「……」

穂乃果「だから、頑張るっ!」

海未「……穂乃果は、どうしてそこまで……この学校のために頑張れるのですか?」

穂乃果「え……?」

海未「頼まれた訳でもなく、誰かのためでもないはずです。穂乃果の高校生活と引き換えにしてまですること?」


穂乃果「私……この学校、好きだよ」


海未「……」

穂乃果「いい先輩たちに、入学してきた後輩たち。……真姫ちゃん、ことりちゃん、海未ちゃんがいるこの学校が好き」

海未「……」

穂乃果「この気持ちって、私だけじゃない……よね?」

海未「そうですね、私も……好きです。きっと、ことりも同じはず」

穂乃果「うん。……そんな人達が集まる……この学校が大好きだから」

海未「……!」

穂乃果「だから、守りたいって思った」

海未「穂乃果……そこまで……」

穂乃果「私は、わがままだから。……ああしたい、こうしたいってばかりで……迷惑かけるけど」

海未「長い付き合いですから、そんなことは分かっています。……付き合いますよ」

穂乃果「ありがとう、うみちゃん!」

海未「というか、もう巻き込まれています」

穂乃果「あはは、だよねぇ」


海未「まずは全国を目指す為にも……穂乃果が私から一本を取ることが課題ですね」

穂乃果「選抜の全国三位に取れるわけないよ!」

海未「あの成績は、正直……運が良かったというだけですが……
    肩書に恐れているようではその願いも遠のいていくだけですよ」

穂乃果「あぁっ、言ったなうみちゃん!」

海未「ふふ」

穂乃果「あ、笑った! もうー! 絶対に強くなるんだからぁ!!」

海未「期待していますよ。全国へは穂乃果の肩にかかっているんですから」

穂乃果「絶対に勝つ! まずは、うみちゃんに勝つ!!」

海未「その意気です」


「うにゃ~」


穂乃果「ネコ?」

海未「一年生ですね」


「いい汗かいた~!」

「はい、タオルだよ」

「ありがと~、ホッカホカで気持ちがいいにゃ~!」

「ちゃんとクールダウンしたよね?」

「うん、バッチリ~」

「ごめんね……遅れちゃって」

「気にしないでいいにゃ~」

「……うん。気をつけるから」


穂乃果「……うみちゃんが持ってきてくれたタオル……温められてないよね」

海未「気が利かなくて悪かったですね。……マネージャーでありませんから」ムスッ


……



―― 試合会場


穂乃果「他校にお邪魔するってやっぱりワクワクするよね」

海未「私達は遊びに来たわけではありません」

穂乃果「わかってるってぇ」


「集合ー!」


海未「副主将が呼んでますね……いよいよです」

穂乃果「あ、真姫ちゃんがいる! 応援に来てくれてんだよ!」

海未「ほ、穂乃果、少しは緊張感を持ってください!」

穂乃果「そうだね、よぉーっし!」


副主将「気合入っているわね、高坂さん」

穂乃果「もちろんです、気合だけは負けません!」

副主将「頼もしいわ。……それじゃ、みんな集まったようなので、主将」


主将「出発前にも伝えたことだが、今日から夏まで全国の高校生たちが各競技に参加する」


穂乃果「あの学校の制服、可愛い……ことりちゃんがチェックしてるね」

海未「……」

主将「だから、高坂のように目移りして集中を切らさないよう試合に望んで欲しい」

穂乃果「もちろんであります!」

海未「話を聞いていないようで聞いているんですから……まったく」


後輩たち「「 クスクス 」」


主将「まぁ、言いたいことは昨日のうちに全部言ってしまったから……
    後は精神を統一して時間が来るのを待つだけだ」

副主将「まずは、先鋒の高坂さんからね」

穂乃果「はいっ、精一杯頑張りますッ!」

主将「次鋒もこの勢いにのれば、流れはつかめる」

次鋒「はい!」

主将「そして、中堅の私。……その次は副将のおまえ」

副主将「はい」

主将「そんで、大将の園田」

海未「は、はいっ」

主将「緊張してるな」

海未「……はぃ」


穂乃果「肩に力が入りすぎだよ、リラックスリラックス~」

海未「こういう時だけはやはり、穂乃果が羨ましく思います」

穂乃果「脳天気ってこと!?」

海未「そこまでは言いませんが……、穂乃果は私と逆で入れ込み過ぎですよ」

穂乃果「そ、そだね……よし、深呼吸だ。……すぅぅ……ふぅぅ~」

海未「すぅぅ……ふぅぅ」


主将「両方、極端だけど……バランスいいな」

副主将「そうね。……選抜の時も今のように園田さんを励ましていたから」

次鋒「二人とも、私より年下なのになんだか場慣れしてるみたい……」

主将「高坂はともかく、園田はあぁ見えて結構大会に出場しているからな」

副主将「そろそろ時間よ、着替えに行きましょう」


次鋒「うぅ……緊張するっ」

後輩「せ、先輩っ、頑張ってください!」

次鋒「う、うん……!」

後輩「私達、応援してますからね!」

次鋒「よ、よろしく……!」


穂乃果「ここからスタートだ……!」

海未「……」


主将「全国、行けるかもな」

副主将「勝負は時の運。まずはここからよ、主将」

主将「そうだな……おし、行くか!」

副主将「えぇ」


―― 試合会場:西側応援席

真姫「ほのちゃんの実力ってどのくらいなの?」

ことり「うーん……私もよくはわからないんだけど……
    海未ちゃんに毎日稽古をつけてもらってるって言ってたから……強いと思う!」

真姫「……そうよね、レギュラーに選ばれるくらいだから」

ことり「……あ、生徒会長さんも来ていたんだね」

真姫「どこ?」

ことり「反対側だよ。……副会長さんも一緒……?」



―― 応援席:東側


生徒会長「2年生の頑張り次第やって聞いてるんやけど、実力はどないなん?」

副会長「大将の園田海未ちゃんは、選抜でいい成績を収めとるから……期待されとるようや」

生徒会長「もう一人んほうは?」

副会長「高坂穂乃果ちゃん……、未知数やね」

生徒会長「おもろいなぁ、今年の剣道部」

副会長「ウチは剣道部だけやなくて、陸上部も期待してるんよ」

生徒会長「なんでぇ?」

副会長「一年生に、穂乃果ちゃんと同じく期待されとる子がいてな、
      楽しそうにグラウンドで練習しててん」

生徒会長「知らんかったわぁ……、競技場はどこぉ?」

副会長「えっと……隣の高校やな」

生徒会長「ほな、見ていきましょ」

副会長「うちはこの試合を見ていくわ」

生徒会長「ウチは行くけど、体調は?」

副会長「今日は調子がええから、気にせんでもええよ。ありがとう」

生徒会長「そんならよかった。おさきに~」

スタスタスタ


副会長「高坂穂乃果……ほのか……? 遠足で聞いた覚えがあるような……」 


副会長「……きっと、気のせいやな」


副会長「こほっ、こほ」



―― 応援席:西側



真姫「口に手を当ててるけど……咳してるの……?」

ことり「副会長さん、体の弱い人みたいだから……」

真姫「生徒会長は帰ったみたいだけど……」

ことり「ちょっと心配だから、向こうから応援しよっか」

真姫「……そうね、そうしましょ」



―― 応援席:東側


ことり「こんにちは~」

真姫「……どうも」


副会長「おぉ、二人も応援に来たんやね」

ことり「一緒に応援してもいいですか?」

副会長「一人で寂しかったところやから、大歓迎~」

真姫「私たち私服なのに、よくわかりましたね」

副会長「ふふ、君たち二人は自覚ないようやけど、結構有名なんよ?」

ことり「真姫ちゃんはともかく……私もですか?」

真姫「ど、どうして私が……?」

副会長「真姫ちゃんは二つの部で活躍しとるようやし、
    ことりちゃんは演劇部と茶道部に重宝されとるようやね」

ことり「重宝だなんて……♪」

真姫「茶道部……?」

ことり「おもてなしの心、というのが楽しくて」

真姫「ふぅん……」

副会長「選手が出てきたようやな」



―― 試合会場:試合場


海未「よ、よし……気合は十分です……!」

主将「個人戦より緊張してるな」

海未「私が負けたらと思うと……」

主将「今までの自分を信じればいいさ」

海未「……そうですね。……精神を鍛えてもらいましたから……行けます」

次鋒「鍛えてもらったのはこっちのほうだったり……」

副主将「弱気にならないで」

穂乃果「あれ、ことりちゃんと真姫ちゃんがいない……?」


「穂乃果ちゃ~ん、海未ちゃ~ん、ふぁいと~!」


穂乃果「あ、後ろ……? ありがとー、ことりちゃーん!」

海未「……本当に勝てるのでしょうか」

副主将「時間ね」

主将「……高坂」

穂乃果「はいっ、先鋒――高坂穂乃果、行ってきます!」

次鋒「が、頑張って!」

主将「気を抜くなよ」

副主将「期待してるからね」

海未「いつもどおり、ですよ」

穂乃果「うん!」



審判「……」


穂乃果「……ふぅ」


対戦相手「……」



審判「始め!」


……





穂乃果「か、勝っちゃった……!」

主将「よくやったな、高坂」


次鋒「……行ってきます」

副主将「あまり気負わないで。初戦なんだから」

海未「……」



……




次鋒「……」

主将「実力の半分も出せてない、力が入りすぎだ」

次鋒「……くぅ」

副主将「お互い一勝一敗ね」

主将「剣道は勝ち負けより大事なのは礼節だ」

スタスタスタ

副主将「よく言うわよ、この中の誰よりも全国行きたがってるくせに」

穂乃果「へぇ、そうなんですかぁ」

海未「……」



……



主将「二勝一敗。次で決めてこい」

副主将「……ほら、ね?」

次鋒「うん……」

穂乃果「本当ですね」

主将「ん……?」

副主将「それじゃ、行ってくるわね」

海未「……」


……




副主将「ただいま」

主将「これで、二回戦進出か」

次鋒「ふぅ……よかった」

穂乃果「よしよし。……次はうみちゃんの番だね」

海未「はい。……それでは」

主将「気を抜くなよ」

副主将「いつもどおり、ね」

次鋒「ガンバッ!」

穂乃果「ふぁいとっ」

海未「……」



―― 応援席


真姫「……勝ち?」

ことり「勝ちだよ。団体戦のルールで、勝敗は勝者数法で決めるみたい」

副会長「3人勝てばいいんやね」

真姫「じゃあ、うーちゃんはリラックスして試合に望めるのね」

ことり「……どうかな。……穂乃果ちゃんと違って、団体戦は苦戦しそう」

副会長「どうして?」

ことり「穂乃果ちゃんはみんなで一つのことに取り組むのを楽しむタイプで、
     海未ちゃんは、それにプレッシャーを感じるタイプだから……です」

副会長「両極端やな……こほっ」


……




真姫「……勝負着いたの?」

副会長「みたいやね」

ことり「負けちゃった……」


―― 試合場


海未「……すいません」

穂乃果「どんまいっ」

主将「園田は、あれか。……責任を感じるタイプなのか?」

海未「…………」

穂乃果「そうです」

次鋒「代わりに答えたね」

副主将「明日は学校なんだから、用が済んだらさっさと帰りましょ」


海未「大将という重要な役を与えられたというのに……」


穂乃果「うみちゃん……」

主将「次で挽回すればいい。……布陣を変える気はないぞ」

海未「は、はい……」


……



―― 音ノ木坂学院


主将「今日は解散!」

次鋒「あれ、練習は?」

主将「明日だ明日。全員に言っとくけど、トレーニングはサボるなよー!」

副主将「それじゃ、明日の朝ね」

穂乃果「お疲れ様でした~!」

海未「お疲れ様でした」


後輩たち「「 お疲れ様でした! 」」


穂乃果「あ、真姫ちゃんとことりちゃん~! 応援ありがとー!」

ことり「おつかれさま~」

真姫「おつかれさま」

海未「……」

真姫「これからトレーニングに?」

穂乃果「トレーニングというより、うみちゃんに稽古をつけてもらうんだけど……」

海未「……悪いのですが、今日は主将につけてもらってください」

穂乃果「え……用事でもあるの?」

海未「そうです。……それでは、明日」

スタスタスタ

穂乃果「あ……」


「高坂ー!」


穂乃果「は、はいー!」

タッタッタ

ことり「私達はどうしよっか?」

真姫「ほのちゃんの見学していきたいんだけど……いい?」

ことり「もちろん」


主将「園田から話は聞いてる」

穂乃果「えっと……?」

主将「なんだ、あたしじゃ不満か?」

穂乃果「いいえ……その……、うみちゃんから話って……?」

主将「高坂に稽古をつけてやってくれってさ。……ほら、行くぞ」

穂乃果「は、はい! よろしくお願いします!」


―― 園田邸・道場


海未「……」


「おりゃぁぁぁッ!!」

「やぁぁッ!!」


パシンッ パシッ


海未「師範代、お話があります」

師範「昨日の話か」

海未「はい」

師範「場所を変えよう」



―― 園田邸・庭


師範「道場の中で、おまえが一番強いのはみんなが認めている」

海未「……」

師範「だが、強くなりたいから男性との試合を臨みたいという」

海未「お願いします」

師範「それほど、全国大会への想いがあるのだな」

海未「……はい。必ず、優勝しなくてはいけません」


師範「……」

海未「……」


師範「女性には女性特有の剣道というものがある。そんな付け焼刃で勝てるほど甘くはない」

海未「わかっているつもりです。
    ですが、もう一つ、私の武器を持たなくては全国にすら届かないと、今日……実感しました」

師範「相手が格下でも負ける試合はある」

海未「……」

師範「今までの経験を活かすことが重要なのだ。……焦って怪我でもしたら元も子もない」


海未「勝ちたい相手がいます」


師範「……」

海未「越えたい壁があるのです。……――だから、私は強くなりたい」


師範「……」

海未「お願いします、お父さん」


師範「自分を見失えばどうなるのか、わかっているな」

海未「見失いません、私が……――相手を追い続ける限り」


……



―― 夜:音ノ木坂学院・校門前


穂乃果「うぅ……うみちゃんより厳しい……っ」

真姫「大丈夫……?」

穂乃果「うん、だいじょうぶ」

ことり「試合は明後日だけど……」

穂乃果「小さい頃から体だけは丈夫だから、平気!」」

真姫「それならいいけど……」

ことり「無理しないでね?」

穂乃果「心配してくれてありがと! でも、頑張りたいから!」


穂乃果「明日も頑張るぞー! おー!」



……




―― 二日後:準々決勝・大将戦


主将「……」

副主将「3勝1敗で、準決勝進出は決まったけど……」

次鋒「雰囲気が変だね……」

穂乃果「うみちゃん……」



対戦相手「りゃぁぁッッ!」

海未「……!」

バシィッッ


対戦相手「めええぇぇぇんんッ!」

海未「……くッ!」


ガシッ


ギシギシッ


海未「――ッ!」

対戦相手「……!?」


海未「小手――ッ!」


パシィンン



……



―― 昼・休憩室


主将「おまえは何のために剣道をしている」

海未「……っ」

副主将「苦戦していたけど、勝ちは勝ちでしょ」

主将「勝てばそれでいいのかよ」

副主将「結果が全てよ」

主将「……」


海未「……」


副主将「園田さん、私の目から見ても、今日の試合は違和感があったわ」

海未「……はい」

副主将「自覚はあるのね?」

海未「……」

副主将「試合に勝ち、勝負に勝っても満足していないみたい」

海未「……それは…」

主将「……」

副主将「それは?」


海未「……」


主将「確実に言えるのは、弱くなってるってことだ」

海未「……っ」

副主将「そのくらいにして」

主将「……」

副主将「ほら、高坂さんのところへ行って。ちゃんとご飯を食べるのよ?」

海未「……はい」


主将「大将という役が重荷になってる……ってわけでもなさそうだけど、どうなんだ?」

副主将「私が知るわけ無いでしょう。あなたは物の言い方を考えなさい」


―― 試合会場・中庭


穂乃果「うみちゃん、こっちこっちー!」


海未「……」

穂乃果「早く食べないと、時間なくなちゃうよ」

海未「……そうですね」

穂乃果「白身魚のバター焼き……食べる?」

海未「いただきます」

穂乃果「……どうぞ」

海未「ありがとうございます。代わりに卵焼きと鶏の唐揚げをどうぞ」

穂乃果「ありがとー」

海未「お父さんが作ってくださったのですか?」

穂乃果「うん、朝忙しいのにね~」

海未「……そうですか。……午後の試合も頑張れそうですね」

穂乃果「うん!」

海未「……」

穂乃果「おいしぃ~」

海未「一昨日の、主将の稽古はどうでした?」

穂乃果「え? 昨日も聞いたよね、それ」

海未「私との稽古と違って、なにか見えてきたのではないかと」

穂乃果「うーん……そうだなぁ。……一つ一つの動作をチェックしてくれるから。
      無駄な動きができないっていうのかな。……あ、もちろん海未ちゃんの時も気を抜いてないけどね」

海未「それはわかっています。真剣にやっていますから、穂乃果は」

穂乃果「トマトも食べる?」

海未「気を遣わなくても結構ですよ。……主将に叱られたわけではありません」

穂乃果「そうなんだ」

海未「……穂乃果は、強いってなんだと思いますか?」

穂乃果「……強い?」

海未「常に勝ち続けることでしょうか、それとも安定した勝利を得ることでしょうか」

穂乃果「それって、2つとも同じじゃないの?」

海未「……そうですね。……変なことを言いました」

穂乃果「……」

海未「忘れてください。……おいしいですね、焼き魚」

穂乃果「お父さんに言っておくよ」

海未「……もぐもぐ」


穂乃果「誰かに勇気を与えるってことじゃないかな」


海未「勇気……?」


穂乃果「うん、頑張ろうって気にさせてくれる人」


海未「……憧れ、のようなこと?」

穂乃果「ちょっと違うかな。……うみちゃんが言ってることって、力でいう強さじゃないよね」

海未「……はい。精神的なこと……ですね」

穂乃果「テレビのヒーローとかじゃなくて、もっと身近な……そう、ことりちゃんとか、真姫ちゃんとか」

海未「ことりと……真姫……」

穂乃果「中学校のころだったかな……、コンクールに行ったことあったでしょ?」

海未「あれは、私達が小学6年生の時です。……穂乃果は他の人の演奏に飽きて寝ていましたが」

穂乃果「あはは……それで、みんなの前で演奏する真姫ちゃんは、強いと思った」

海未「……」

穂乃果「ことりちゃんも、好きなことに夢中になって……一生懸命で、強いと思う」

海未「……」

穂乃果「そんな二人の強さは、私にとって励みになるから……それが、私の勇気の理由」


海未「…………」


穂乃果「だから、頑張れるっ!」


海未「さすが、この大会で連勝しているだけはありますね」

穂乃果「もぅ~、そんな言い方しないでよ~」

海未「ふふっ」

穂乃果「きんぴらごぼう、もらいっ」

海未「あっ、勝手に取るのは失礼ですよ!」

穂乃果「うーん、おいしぃ~」

海未「……まったく」

穂乃果「うみちゃんのお母さんって、うちのお母さんの次にきんぴらを作るの上手だよね」

海未「お喋りしてないで、はやく食べましょう。……少し、精神統一をしたいので」

穂乃果「うみちゃんがいつもやってる、正座して背筋を伸ばす、あれ?」

海未「そうですよ」

穂乃果「そういえば、大会が始まってからやってなかったよね」

海未「……そういえばそうですね」

穂乃果「じゃあ、私も隣でやっていい?」

海未「それは構いませんが、寺の座禅と同じようにしずかにするんですよ」

穂乃果「座禅って……動いたら肩を叩かれるアレ?」

海未「そう、それです」

穂乃果「えっと……どうしようかな」

海未「どうしてそこで迷うのですか!?」


……



―― 試合場


穂乃果「眠くなってきちゃった……」

海未「集中力が足りないのです。これから毎日、稽古の前にすることにします」

穂乃果「えぇ~……」

海未「なぜ今までやってこなかったのかが不思議なくらいですよ」


主将「ふむ……」

副主将「もう、無駄に気負ったりはしてないみたいね」

次鋒「うぅ……」

主将「おまえはおまえで、何を背負ってるんだ?」

次鋒「私だけ1勝もできてないから……あぁっ、もう……」

主将「準決勝の次鋒戦、かなり舐められてるぞ」

次鋒「え、どういうこと?」

主将「相手校の大将、副将、先鋒の三人はよく聞く名前だ」

次鋒「え、……じゃあ、次鋒と中堅は……?」

主将「あたしの相手は知らない名前だな。……次鋒は1年生だ」

次鋒「……」

主将「経験を積ませたいって理由だろうな」

次鋒「むっか……!」

副主将「……」



―― 準決勝戦 


穂乃果「よし、行きましょう」

主将「あ、待ってくれ高坂」

穂乃果「?」

主将「始まる前に言っておきたいことがある」

穂乃果「わかりました、聞きます!」

海未「反応に困る姿勢ですね……」

主将「準決勝まで来ることができた。ここまでは、あたしの予想通りだ」

穂乃果「……!」

主将「相手は全国の常連校。一筋縄じゃいかない……――格上の相手だと思ってた」

海未「……?」

次鋒「思ってた……?」

主将「昨日までは、な」

副主将「時間がないのでお早めに」

主将「盛り上げるための演出だってのに」

副主将「それはいいから、続けて」

穂乃果「シビアだ……!」


主将「勝てる相手だ、全国へ行くぞ」


穂乃果「はい!」

次鋒「……!」

副主将「……」

海未「……」


主将「なんだよ、返事したの高坂だけかよ……」

スタスタスタ

海未「あぁ……私、頷きましたよ……!」

穂乃果「肩を落としちゃった……」

次鋒「私もやる気が満ちたのに……」

副主将「一人で盛り上がってどうするのよ……まったく」

海未「私たちも気分を高めて行きたかったですね」

穂乃果「私は盛り上がったよ!」

次鋒「……あの人が次鋒……新入生……期待されてるってことかぁ」


副主将「……園田さん」

海未「は、はい?」

副主将「自分を試すには不足のない相手よ、勝って満足できそう?」

海未「……いえ」

副主将「勝ち負けには拘らない?」

海未「勝ちたいです。全国優勝したいです」

副主将「まぁ……随分と遠くを見てるのね」

海未「私は一つ一つ越えていくしかないのです。――あまりにも壁は高すぎますから」

副主将「……壁、ね。……昼休みに何があったか、聞いてもいい?」

海未「勇気の理由を教えてもらいました」

副主将「……」

海未「どうかしましたか?」

副主将「ううん、なんでもない。……事実上の決勝戦、頑張りましょう」

海未「はい!」


……



穂乃果「それでは、行ってきます!」

海未「気を抜かないように」

穂乃果「うん!」


次鋒「堂々としてるなぁ……」

副主将「本当、相手に怯むことはないのね」

主将「釈然としないな……」

副主将「園田さんに聞こえるわよ」

主将「おっと……」

次鋒「なにが釈然としないの?」

主将「相手の大将だよ。……あたしより園田を選びやがった」

副主将「まるで拗ねた子供ね……」

次鋒「あぁ……、1年の時に主将に負けた人……」

副主将「そう、主将が相手校に唯一黒星を付けた人」

主将「……まぁいいか」

副主将「足をすくわれないように」

主将「わかってるよ」


海未「……」


副主将「見なさい、園田さんの姿勢を。
     本来主将であるあなたが取っていなくちゃいけないのよ」

主将「はぁ……口うるさい姑かよ……」

次鋒「……」



穂乃果「……ふぅ」


対戦相手「……」


審判「始め!」


……



穂乃果「あ、危なかった……!」

海未「よく相手の攻撃を受け流せましたね」

穂乃果「一瞬だけスローになったよ、あはは」

主将「あはは、って……凄いな」

次鋒「……行ってきます」

スタスタスタ

副主将「あら、意外と落ち着いてるのね」

主将「当て馬だって吹き込んだから、リラックスしてるんだろう」

副主将「相手は中学の大会でいい成績を残してるんだけど」


穂乃果「……ふぅ、やれることはやったかな」

海未「……」


……




次鋒「……思わずガッツポーズをしそうになった」

主将「よくやった」

副主将「……」

次鋒「私の高校・剣道部で培った全てを出したつもり。……新入生に負けられないってね」

海未「……あの」

副主将「黙っててあげて」

海未「は、はい」

次鋒「うん?」

海未「いえ、なんでもありませんよ」

穂乃果「二連勝……!」


主将「……私の番か」

スタスタスタ


副主将「みんなが一生懸命なのに……まったく……」

穂乃果「いつもより力が入ってないようにみえますね」

副主将「ごめんね、あぁ見えて物凄く子供だから」

海未「……どうして主将は個人戦に出ないのでしょうか」

副主将「……団体戦の方が盛り上がって楽しいんだって」

穂乃果「わかります、とてもわかります」

次鋒「音ノ木坂学院じゃなかったら、簡単に全国行けるレベルなのにね……」


――


審判「始め!」


対戦相手「……」

主将「……」


対戦相手「……」スッ

主将「……」ススッ


――


穂乃果「あれ、仕掛けない……?」

海未「いつもなら、前に出て行くのに……?」

次鋒「……ひょっとして、舐めてる?」

副主将「あまり参考にしないでね……」



――



対戦相手「めぇぇぇんんッッ!!」

主将「……」


ガシッ


主将「……――!」バッ


――


穂乃果「よし――、一本……って、あれ?」

海未「……打たない?」


――


主将「……」スッ

対戦相手「……!」ムカッ


――


次鋒「うわ……いつでも打てますって動きしてる……」

副主将「……後でちゃんと言っておくから」


――


対戦相手「胴ッ!!」バッ

バシッ


審判「……」


主将「……」

対戦相手「……ッ!」


主将「……!」バッ

対戦相手「――!」


主将「こてぇぇええ!!!」

バシィィン

対戦相手「……ッ」


審判「……」スッ



――


穂乃果「一本……ですけど、動きが変ですよね?」

副主将「これは相手校へのメッセージなのよ。『いつでも勝てるぞ』って」

次鋒「うわ……」

副主将「相手を煽ってるだけ……に見えるけど、強いものが正義なのよね」

海未「……」


……




次鋒「決勝進出……!」

穂乃果「よし……!」


主将「気合入れてやったから、気をつけろよ」

副主将「楽しそうで羨ましい限りだわ……行ってきます」

スタスタスタ


主将「――園田」

海未「……はい」

主将「あたしは今、剣道の精神に背くことをした」

海未「……」

主将「大将戦、相手は意地でも勝ちにくるぞ」

海未「…………」

主将「高校生でトップレベルだ。全力で試してみろ」


海未「――はい」


……



副主将「……ごめんね、黒星をつけちゃった」

海未「……いえ、……それでは」スクッ

穂乃果「ふぁいとっ」


海未「……」


穂乃果「……?」


海未「追いつくのは、中々骨が折れますね」

スタスタ


穂乃果「……」


………

……





―― 同時刻:音ノ木坂学院・2年生の教室


真姫「……あの」


生徒「あぁ、ちょっと待ってて。……南さ~ん!」


「は~い?」


生徒「お客さん~」


タッタッタ

ことり「どうしたの、真姫ちゃん?」

真姫「連絡……来た?」

ことり「まだだよ。放課後には必ず来るから、もうちょっと待っててね」

真姫「うん……」


……



―― 放課後:2年生の教室


真姫「お邪魔します……」

ことり「あ、ちょうどメールが来たところだよ」

「どれどれ」

真姫「ぅぇぇっ!?」

「驚かせてごめんね」

真姫「な、なな……!?」

ことり「えっと……確か、新聞部の……」

新聞部長「そう、新聞部の部長です。ネタを探しきたのだ」

真姫「……ネタって」

新聞部長「まぁ、あたしのことはいいからさ。剣道部の決勝トーナメント、どうなった?」

真姫「……どうだった?」

ことり「ほら、見て」

真姫「……」

新聞部長「……おぉ」


『 全国大会出場決定!! いえい! 』


ことり「わぁ……凄いよね!」

真姫「いえい、って……」

新聞部長「試合の勝敗を聞き出してくれない?」

ことり「わ、わかりました」

ピッピッッピ

新聞部長「あ、準決勝も一緒にお願いね」

ことり「は~い」


『 決勝は以下のとおりだよ。

  先鋒 ― ◯
  次鋒 ― ●
  中堅 ― ◯
  副将 ― ◯
  大将 ― ◯

  4勝1敗。次は準決勝ね。

  先鋒 ― ◯
  次鋒 ― ◯
  中堅 ― ◯
  副将 ― ●
  大将 ― ●

  3勝2敗で勝ったんだよ~、って、なんでこんなこと聞くの? 』


真姫「すごい、ほのちゃんが全勝で、うーちゃんも決勝で勝ってる」

ことり「やっぱり大将戦って厳しいんだね」


新聞部長「この予選で一番強い相手かもしれなくて、注目されてる人物だったから」

ことり「……」

新聞部長「なんにせよ全国はいいネタだよ、美味しい情報ありがとね! そいじゃあね~!」

テッテッテ

真姫「まるで子犬みたいな人ね……」

ことり「海未ちゃん、大丈夫かな……」

真姫「少し様子が変だったけど、決勝で勝ってるから心配ないと思う」

ことり「そうだね」

真姫「戻ってくるまで待っていい?」

ことり「うん♪」



……





新聞部長「全国への課題はなんでしょう?」

主将「あたし達5人の底上げと勝ちへの執念かな。……相変わらず耳が早いな」

新聞部長「準決勝の大将戦、試合内容に関してどうですか?」

主将「一本取ってるから、問題ない。夏までの伸びが期待できる試合だった」

新聞部長「燃えてるね~、珍しいんじゃない? これは個人的質問」

主将「2年生の二人が勢いづけてくれてるからな。……全国へ行けるんだ、燃えないでどうする」

新聞部長「おっけ、おっけ~。そんじゃ、全国優勝期待してるから、頑張って~」

主将「おうよ。……高坂ー!」


「はーい!」


新聞部長「準決勝の大将戦、負けちゃったのか……、期待してたんだけどなぁ」

真姫「どういうこと?」

新聞部長「この予選で一番強い相手かもしれなくて、注目されてる人物だったから」

ことり「……」

新聞部長「なんにせよ全国はいいネタだよ、美味しい情報ありがとね! そいじゃあね~!」

テッテッテ

真姫「まるで子犬みたいな人ね……」

ことり「海未ちゃん、大丈夫かな……」

真姫「少し様子が変だったけど、決勝で勝ってるから心配ないと思う」

ことり「そうだね」

真姫「戻ってくるまで待っていい?」

ことり「うん♪」



……





新聞部長「全国への課題はなんでしょう?」

主将「あたし達5人の底上げと勝ちへの執念かな。……相変わらず耳が早いな」

新聞部長「準決勝の大将戦、試合内容に関してどうですか?」

主将「一本取ってるから、問題ない。夏までの伸びが期待できる試合だった」

新聞部長「燃えてるね~、珍しいんじゃない? これは個人的質問」

主将「2年生の二人が勢いづけてくれてるからな。……全国へ行けるんだ、燃えないでどうする」

新聞部長「おっけ、おっけ~。そんじゃ、全国優勝期待してるから、頑張って~」

主将「おうよ。……高坂ー!」


「はーい!」




―― 園田邸・道場


師範「戻ったか」

海未「……」

師範「続けるのか」

海未「はい、お願いします」

師範「二日の稽古で何か掴めたのならそれでいい。だが、週に一日だ」

海未「……」

師範「向こうの時間を優先しなさい」

海未「――はい」


……



―― 翌朝:音ノ木坂学院


『 全国大会 出場おめでとう! 』


穂乃果「わぁ……昨日の今日で凄いね……」

ことり「垂れ幕なんて……いつの間に用意したんだろう……」


副会長「知らせを聞いて、昨日の内に用意させてもらったんよ」


穂乃果「あ……、えっと……?」

ことり「副会長さんだよ」

副会長「おめでとう。全国なんて凄いやん」

穂乃果「ありがとうございます! でも、これだけじゃないです! 優勝します!」

副会長「ふふ、それは期待やね。……こほっ」

穂乃果「風邪、ですか?」

副会長「ううん、小さい頃から病弱で……喘息持ちなんよ」

穂乃果「ぜんそく……ですか」

副会長「中々治ってくれなくて……って、うちのことはええやん」

ことり「あ、海未ちゃんが来たよ」


海未「おはようございます」


穂乃果「おはよう~、昨日はどこ行ったの?」

海未「い、いいではありませんか。プライベートですよ」

穂乃果「プライデート……デート!?」

海未「違います」

ことり「プライってなにかな……?」

副会長「キミたち、見ていて飽きひんなぁ」


海未「それより、今日から夏まで猛特訓ですよ、穂乃果」

穂乃果「どんとこーい!」



……



―― 初夏:音ノ木坂学院・道場


穂乃果「あづい……っ」

海未「心頭滅却すれば火もまた涼し、といいます。だらけているから暑さを感じるのです」

穂乃果「剣道着が暑いんだよ~、蒸し蒸しするぅ……」

海未「あまりそういう単語を使わないでください、余計に暑く感じるじゃないですか」

穂乃果「わかったよぉ……」


主将「おーい、集まれ~」


海未「ほら、しゃきっとする」

穂乃果「しゃきっ」

海未「口だけじゃなくて体もです」

穂乃果「シャキッ!」


主将「来週から期末テストが始まる。
    ということで、明日から部活休みだぞー、以上」


「「 はい! 」」


穂乃果「そんなっ、全国が控えているんですよ! 明日も稽古をお願いします!」

主将「赤点取ったらどの道、全国へは行けないんだぞ」

穂乃果「……うーん…」

主将「毎日の基礎トレは怠るなよ。それじゃ、今日もお疲れ様」


「「 お疲れ様でした~! 」」


副主将「高坂さんの成績は?」

海未「穂乃果は、やればできるんです。……やらないので、できないんです」

副主将「謎かけみたいね」

海未「毎日の練習を見ているのでわかると思いますが……」

副主将「そうね、飲み込みも早いし、集中力も高い。
    素直な性格だから反省して次へ活かせる。挑戦心も無くさない」

海未「……ですから、毎日、授業の復習さえしていればテストで高得点を取れて、
   文武両道を目指せるはずなんです」

副主将「ふぅん……」

海未「しかし、当の本人は勉強嫌いなので……」

副主将「勉強嫌い、か……それなら治すのは難しいわね」

海未「……はい。……まるで――」


穂乃果「……どうしよ」


海未「――勉強のしすぎで、アレルギー反応を起こしたかのような」


……



―― 図書館


穂乃果「ことりちゃん、採点をお願い」

ことり「任せて!」


海未「……えっと、ここは……」

穂乃果「この公式だよ」

海未「あぁ、なるほど」

真姫「……」

ことり「はい、75点~」

穂乃果「よしっ、勉強終わりっ」

海未「まだです。2教科しか手をつけていないではないですか」

穂乃果「……明日でいいよ」

海未「では、同じ教科をもう少し――」

穂乃果「明後日でいいよ」

海未「……それなら」

穂乃果「来週にしよう!」

海未「テストを過ぎても勉強をするのですか、いい心がけです。
   私も負けてはいられません」

穂乃果「わかったよぉ……」

真姫「ほのちゃんって、勉強面白いとは思はないの?」

穂乃果「思えないよ」

真姫「なんだかもったいない気がする……」

穂乃果「真姫ちゃんは面白いと思えるんだ?」

真姫「面倒だとは思うけど、数学を解いていくのは……まぁ、割りと」

穂乃果「スゴイね」

真姫「そういうものだと思うけど、勉強なんて」

ことり「穂乃果ちゃん、国語は好きだったよね」

穂乃果「うん」

海未「……初耳ですね」

穂乃果「登場人物の心情を考えましょうって、小学校の頃は楽しかったかな」

真姫「それなら、古典なんてどう?」

穂乃果「古文かぁ……俳句はいいよね」

海未「残念ながら、テストには出ませんが」

穂乃果「『あかあかと 日はつれなくも 秋の風』とか
     『白鳥や 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』とか好き」

ことり「松尾芭蕉と若山牧水だね」

海未「次は国語に力を入れましょう」

穂乃果「……はぁい」


……



―― 数日後:教室


穂乃果「お、おわった……」

海未「お疲れさまです」

穂乃果「ん、ん~っと……!」

海未「早く体を動かしたくてしょがないみたいですね」

穂乃果「うん……! じゃあ行こっか!」


……




―― 夏休み前日:剣道部部室


後輩「先輩たちだけずるい~」

穂乃果「こっちはこっちで大変なんだよ~?」

後輩「でも、海合宿ですよね」

穂乃果「むふふ」

後輩「楽しみなんじゃないですか、羨ましいですよ~!」

海未「海に続いて4日目にはに山合宿となります。ハードなスケジュールなんですよ」

後輩「うー……」

穂乃果「強化合宿だからね、遊んではいられないよ」

海未「……」


……



―― 夏休み初日:西木野家別荘


穂乃果「おぉ……すごい!」

主将「豪華だな……」

副主将「ごめんね、押しかけちゃって」

真姫「別に……ほのちゃんの頼みだから……」

主将「いい後輩を持ったな、高坂!」

穂乃果「ただの後輩ではありません、大切な友人であり幼なじみです!」

主将「幼馴染多いな……。まぁいいや、着替えたら砂浜に集合な!」

海未「はい!」

次鋒「……えっと、どっちに着替えればいいのかな」

ことり「練習着じゃないのかな……?」


穂乃果「ありがとう、真姫ちゃん、ことりちゃん」

真姫「ううん、全国大会だから、今まで以上の練習と気分転換が必要だと思うし」

ことり「サポート役は任せて!」

海未「助かります」

真姫「私は料理なんてできないけど……」

ことり「夕飯は何が食べたいかな……バーベキューとか?」

穂乃果「カレーで!」



―― 砂浜


主将「よーし、着替えたな」

穂乃果「はい! バッチリです!」

次鋒「……なんで」

海未「水着に着替えているのですか」

副主将「あなた達二人だけ海に入る気?」

主将「何言ってんだ、遠泳をやるんだよ」

海未「あぁ、そういうことでしたか」

穂乃果「遠泳……?」

次鋒「初めて聞いたって顔してるけど、高坂さんはどういうつもりで水着を……?」

穂乃果「少しくらいは遊んでもいいのかなぁ、なんて思った次第で……」

海未「ほのか、あなた……後輩に『遊んではいられないよ』と言いましたよね」

穂乃果「ほら、気分転換!」

海未「…………」

穂乃果「む、無言の圧力……!」


……



―― 夜:砂浜


ザザァーン

 ザザーン


主将「……ふぅ、食った食った。あの子、料理上手だなぁ」

副主将「高坂さんも手伝ったそうよ」

主将「高坂って、意外となんでもできるよな……」

副主将「それにしても、初日の半分を遊びで使ってしまうなんて……」

主将「部活での稽古は文句も言わずに付いてきてるんだ、最初くらいはいいだろ?」

副主将「私もそう思ったから強くは言わなかったのよ。全国へ行けるのは二人のおかげでもあるし」

主将「そうだそうだ」

副主将「それで、主将はどこまで行けると思うの?」

主将「もちろん、優勝。……副主将として、は?」

副主将「私の予想は外れてしまってるから、わからないわ」

主将「なんだよ、準決敗退ってところか?」

副主将「そう、……準決勝の相手、予想以上に強かった」

主将「……」

副主将「三人が勝って、私も勢いに乗って勝てると思ってた。だけど――」

主将「甘くないわな」

副主将「……高坂さんが入部してきて、剣道部内の雰囲気がガラリと変わったわ」

主将「あぁ、それまでは普通の部活だったのにな」

副主将「まっすぐな姿勢に刺激されて、部は活気に溢れた」

主将「……」

副主将「みんなには悪いけど……正直な話、全国に興味はなかったのよ」

主将「知ってたけど」

副主将「準決勝までトントンと進んで、相手に一本も取れずに負けても、次があるなんて思ってた……」

主将「……」

副主将「大将戦で、自分より格上の相手から一本を取った園田さんを見て初めて気づいた」

主将「……」

副主将「悔しいって」

主将「……そっか」


副主将「私は、勢いだけで勝ってたのよね……きっと」

主将「全国はあんなのがゴロゴロいるからな、これからはそうはいかない」

副主将「わかってる。そのための強化合宿でしょ」

主将「その通り」

副主将「明日は真面目にやるわよ」

主将「おまえはいつも熱が入るのが遅い」

副主将「そっちだって、今日は思いっきり遊んでいたくせに」

主将「あたしは10km遠泳をちゃんとやったっての。それに、砂浜もダッシュで――」


「主将ー! 対戦相手の分析しないんですかー!?」


主将「おっと、そうだった。……分かったー、今行くー!」

副主将「……周りを変えていくのね、高坂さんは」


……



―― 全国大会前日:京都


穂乃果「京都駅って近代的だねぇ」

海未「そうですね、大ガラスの屋根……」

副会長「ほんまやねぇ……大きな建物で迫力あるわぁ」

穂乃果「はっ!? どうして副会長がここに!?」

副会長「特急列車の中で説明したと思うんやけど……?」

穂乃果「え?」

海未「すいません、穂乃果は寝ていましたから」

副会長「そうなん。……じゃあ、説明は海未ちゃんに任せて、
     うちは向こうへ行ってくるね」

ことり「それじゃ、後でね、真姫ちゃん」

真姫「……うん」

穂乃果「どういうこと?」

海未「副会長は陸上部の子の付き添いです。理由は顧問が不在の為です」

穂乃果「あれ、ちゃんと居たよね、陸上部の顧問……」

海未「急な用で来られなくなったので、代わりに副会長が来ることになったそうですよ」

穂乃果「ふぅん……って、なんでことりちゃんも向こうに行ったの?」

海未「副会長は体が弱いため、無理をしないためですよ」

穂乃果「…体が……」

海未「気になることでもあるのですか?」

穂乃果「……あるようでないような」

海未「はっきりしませんね」

真姫「ことちゃんが一緒なら問題ないでしょ。
   ほのちゃんは試合に集中した方がいいと思う」

穂乃果「……そだね」


「高坂ー、園田ー、集合~!」


海未「あ、早く行きましょう!」

穂乃果「……」


穂乃果「これって、デジャヴかな……前にも同じことがあったような……?」


……



―― 夕方:ホテル



穂乃果「わぁーい!」

モフッ


穂乃果「うぅ~ん、モフモフ布団~」

海未「戻って早々にベッドへ飛び込むなんて……」

穂乃果「いいでしょー、長旅で疲れちゃったんだからぁ」

海未「横になっていてはご飯の前に寝てしまいますよ」

穂乃果「そだねぇ……」

海未「ほら、体を起こして」

穂乃果「すぅ……すぅ……」

海未「寝てる!?」


コンコン


海未「……?」


ガチャ


海未「真姫でしたか」

真姫「一人で退屈だから……」

海未「中へどうぞ」

真姫「お邪魔します……」

海未「ことりはまだ?」

真姫「あと1時間くらいかかりそうって」

海未「付き添いという名目で旅費を出してもらっていますからね」

真姫「私は何もしていないんだけど……ね」

海未「陸上部の子は一年生、でしたよね」

真姫「……うん」

海未「よく知っているのではありませんか?」

真姫「名前だけ。……後はよく知らない」

海未「……」


穂乃果「あの二人の名前はなんていうの?」


海未「穂乃果……起きたのですか……」

穂乃果「気になる話してるから起きちゃった」

真姫「選手の星空凛、マネージャーの小泉花陽って名前」


穂乃果「凛ちゃんに花陽ちゃんかぁ……」


真姫「……」

海未「向こうの応援に行ってみては?」

真姫「ううん、ほのちゃんたちの応援するから」

海未「……」


穂乃果「せっかく京都に来たんだから旅館に泊まりたかったね~、露天風呂とかさぁ」

モフモフ


海未「だらけすぎです」


……




コンコン


海未「きっと、ことりですね」

スタスタ

穂乃果「うぅ……眠い……」

真姫「ご飯より先にお風呂に入る?」

穂乃果「そうしよっかな」


ことり「ただいま~」

穂乃果「あ、どうだった、凛ちゃん」

ことり「良いタイムが出てるって言ってた!」

穂乃果「そっかぁ。頑張ってほしいね」

海未「そうですね……」

真姫「……」

穂乃果「ことりちゃん、これからお風呂行かない?」

ことり「うん、いいよ。それじゃ、部屋に一度戻るから浴場でね」

真姫「私も部屋に戻るから、後でね」


ガチャ


穂乃果「ゆっくりと体を休めないとね~」

海未「……真姫は、このままでいいのでしょうか」

穂乃果「うん、大丈夫だよ」

海未「私たちと一緒に過ごすのはいいのですが……同学年の子たちとも……」

穂乃果「もう『あの頃』とは違うんだから。うみちゃんが過保護すぎるんだよ~」

海未「……そうかもしれませんね」


……



―― 翌日:試合会場


穂乃果「――」

海未「――」



―― 応援席


副会長「あの二人、正座してなにをしてるん?」

真姫「精神統一、……だって」

ことり「これをすると力が入るって言っていました」

副会長「ふぅん……願掛けのようなものやろか」


副会長「……こほっ」



―― 試合場


海未「行きましょう」

穂乃果「――うん!」




―― 全国大会1回戦


穂乃果「それでは、行ってきます!」

次鋒「がんばって!」

主将「初陣を飾ってこい」

副主将「あなたは、いつもどおりに、ね」

穂乃果「はい!」


海未「私たちも居ますから」


穂乃果「……うん!」




審判「……」


対戦相手「……」


穂乃果「……すぅぅ……はぁぁ」


審判「始め!」



……



穂乃果「な、なんとか……」

主将「よくっやたな。相手の雰囲気に呑まれたか?」

穂乃果「そうかもしれません……いつもと違って動きづらかったです」

主将「……」

次鋒「では、行ってきます」

スタスタ

主将「……落ち着いてるな」

副主将「後輩たちが頑張ってるのに、って言ってたけど……もうそういうのは背負ってないみたいね」

海未「…………」


……




次鋒「くぅ……!」

主将「今までより一番いい動きだったぞ」

次鋒「……」

主将「実力を出せないで負けるよりずっといい」

スタスタ

次鋒「それで、チームに貢献できないなら……」

副主将「居なくてもいいって? そんな弱音聞きたくないわよ」

次鋒「言わないっ」

穂乃果「……」

海未「……」


……




穂乃果「主将が一本取られたとこ、初めて見た……」

海未「……これが全国、ですね」


主将「……ふぅ、あぶなかった」

次鋒「おつかれっ」

副主将「さて、行ってきますか」

スタスタスタ

海未「……?」

穂乃果「珍しいですね、副主将があんな台詞を言うなんて……」

主将「テンションが上ってんな……確かに珍しい」


海未「……」


主将「そうさせたのは園田、かな……」


……


副主将「勝ち♪」

次鋒「ちょっ、ブイサインとかしちゃダメっ」

主将「私たちにしか見えてないけどな」

穂乃果「こ、これは……!」

海未「抑えてください、私たちはまだ次の試合があるんですから」

穂乃果「そ、そだね。……早く試合がしたいよっ」

海未「抑えられていませんね。……行ってきます」

スタスタスタ

次鋒「なんだか、貫禄が付いてきたような……」

主将「もともと、練習量は他の人よりこなしてたからな。大将戦を重ねて自信が付いたか」

穂乃果「……」


……




海未「……負けてしまいました」

穂乃果「どんまいっ」

主将「ムラがあるな……」

副主将「安定した勝ちを取れないわね」

次鋒「もう一息だったんだけどね……惜しい」




―― 応援席


副会長「……こほっ、……こほッ」


ことり「負けちゃったね、海未ちゃん……」

真姫「相手が強すぎるんじゃない?」


副会長「……ッ……コホッ」


ことり「……?」


副会長「……っ……っっ」


ことり「あ……!」

真姫「発作治療薬は?」


副会長「……ッ」スッ

ことり「鞄ですね!」

真姫「…………」


……



―― 休憩中:外


海未「話とは……?」

主将「準決勝であたしが聞いたこと、覚えているか?」

海未「は、はい……。何のために剣道をしている、と」

主将「答えられるか?」

海未「……はい」

主将「聞かせてくれ」

海未「……」


主将「……」


海未「勝ちたい相手が居ます」


主将「……」


海未「最近、その気持ちが大きくなっていて……」

主将「わかった」

海未「え……?」

主将「園田、次の試合……始まると同時に2歩後ろへ下がってみろ」

海未「……」

主将「今、園田がどうして相手に勝てないのかが分かるはずだから」


海未「……――はい」


「うーちゃ――……、海未先輩」


海未「……真姫?」

真姫「えっと……その」

主将「副会長のことか?」

真姫「……」コクリ

海未「……?」

主将「さっき、発作が起きていたみたいだったからな」

海未「え……!?」

真姫「ごめんね……ここまで応援しに来たのに……」

海未「こういう時は謝らない。ほら、待たせているのなら早く行ってください」

真姫「う、うん……!」

タッタッタ

主将「次……勝たないとな」

海未「……はい」

主将「副会長が気になって負けました、って……言い訳にもならない」

海未「そうですね」


―― 全国大会2回戦


次鋒「あれ、気合入ってない?」

主将「いつも入れてるっての」

副主将「……」

穂乃果「じゃ、行ってくるね!」

海未「ほのか」

穂乃果「え、え……なに?」

海未「少し力み過ぎですよ」

穂乃果「う、うん……。ちょっとテンション上がっちゃって」

海未「穂乃果は穂乃果のペースで。……それがあなたの強さの秘訣です」

穂乃果「……わかった」


穂乃果「先鋒――高坂穂乃果、行ってきます!」


……




―― 夕方:副会長の部屋


副会長「……はぁ……はぁ……っ」

ことり「……」

真姫「……」


コンコン


ことり「あ……」

真姫「私が出るから」

ことり「うん、お願いね」




ガチャ

真姫「あ……」


「あれ?」

「西木野……さん……?」


真姫「……どう…したの?」


「副会長さんが会場に来なかったから様子を見に来たんだけど、どうして西木野さんがいるの~?」

真姫「えっと……それは……その」

「……?」

「うん~?」

真姫「……」

ことり「ここじゃなんだから、下のラウンジへ行こう?」


―― ホテル・ラウンジ


「南先輩と西木野さんって幼馴染だったんですね~」

ことり「うん、そうなの。小学校からの付き合いだよ」

「あの……それで……」

ことり「副会長さん、体調を崩しちゃって……明日の朝に帰る予定なの」

「体調って……大丈夫……なんですか?」

「……」

ことり「本人はいつものこと、って言ってるから……安静にしていればすぐ良くなるよ」

「……それなら、よかった」

「…………」

ことり「それじゃ、私は部屋に戻るね」

「はい……」

「……」


「うーん……どうしよっか、かよちん」

「……」

「どうしたの?」

「お見舞いに行ったほうがいいよね……?」

「行きたいけど……行かない方がいいと思うよ?」

「どうして……?」

「なんとな~く」

「……行こうよ」

「あのね、かよちん」

「……?」


「副会長さんは、凛たちのために京都まで来てくれたんだよね?」

「うん……そうだね」

「だから、今、凛とかよちんがお見舞いに行くと、心配というか……」

「迷惑……?」

「ううん、そうじゃなくて。……余計に負担をかけると思う」

「……」

「だからね、今度学校で……来週にでも挨拶して、ありがとうございましたっていうの」

「……うん、そうだね。……凛ちゃんが言いたいこと、分かった」

「一緒に京都ラーメンでも食べに行きたかったね」

「うん……一緒に――」


主将「ふぅ、京都って暑いな」

副主将「盆地だからね」

次鋒「汗が……」


海未「あれ、ソファに座っている二人は……」

穂乃果「凛ちゃんと花陽ちゃん……だよね」


凛「あ、高坂先輩にゃ」

花陽「あ……」


主将「じゃあ、あとは副主将に任せた」

副主将「そうはいかないでしょ、ちゃんとこの後の予定を伝えなさい」

次鋒「お風呂……」


……



―― 夜:副会長の部屋



穂乃果「勝ちましたよ」

副会長「……おめでとう。すごいやん」


穂乃果「お喋りしていても平気なんですか……?」

副会長「さっきまで眠っていたから……傍に居てくれると嬉しいんよ」

穂乃果「それなら、少しだけお話をしていましょう」

副会長「……」

穂乃果「?」

副会長「穂乃果ちゃん、小学校5年生の頃の遠足ってどこやった……?」

穂乃果「山です」

海未「……どうしてそんなことを?」

副会長「気にせんでもええよ……。……ただ、聞いただけやから……」

穂乃果「……」

副会長「ごめんね……、こんな格好で……」

穂乃果「いえいえ、気にしないでください。体の調子はどうですか?」

副会長「京都に着いてから……どうも良くなくて。東京へ帰れば楽になると思うんよ」

穂乃果「旅疲れ……かな……?」

海未「そういえば、右足を変に意識していたような気がします」

副会長「そうなんよ……ずっと痛みが取れなくて……」

穂乃果「?」

副会長「京都は昔から云われのある街やからね……」

穂乃果「???」

副会長「相性、言うんかな。……うち、寺とか神社にトラウマがあるんよ」

穂乃果「あ、だから巫女の件を……」

副会長「うん、興味はあるんやけど……ね」


副会長「……ふぅ、……悪いけど……ちょっと寝かせてもらう……ね」

穂乃果「はい、おやすみなさい」

海未「……」


……




―― 翌朝:穂乃果と海未の部屋


穂乃果「う……、ん……」


海未「ほのか、……ほのか」


穂乃果「うん……?」

海未「目が覚めましたか」

穂乃果「……ん……うん……おはよ」

海未「少しうなされてるようでしたが……」

穂乃果「……私が?」

海未「はい」

穂乃果「…………」

海未「悪い夢でも見ましたか?」

穂乃果「……わかんない。……忘れちゃった」

海未「……顔を洗ってきてください、ランニングに行きますよ」

穂乃果「はぁい……ふぁぁあ」



……




真姫「決勝トーナメント進出、おめでとう」

ことり「おめでとう~!」

穂乃果「ありがとうー!」

海未「ありがとうございます」


コツン


穂乃果「ごくごく……ぷはぁー、お祝いのジュースがうまいっ」

海未「小さな祝勝会ですね」

ことり「明日で決まるんだよね」

海未「はい。今日は個人戦ですから。団体戦の優勝校は明日、決定します」

真姫「よくここまで勝ち進んで……すごい」

穂乃果「応援の……ごくごく……おかげ……ごくごく」

海未「飲むのか喋るのかどっちかにしなさい」


穂乃果「ぷふぅ……うまいっ。……応援してくれたおかげだよ」

真姫「そう言ってくれると嬉しい……」

穂乃果「だから、もっと応援してね!」

真姫「……うん」

海未「陸上部の子は惜しかったですね……」

ことり「うん、健闘してたみたいだけどね」

穂乃果「凛ちゃんだよ、うみちゃん」

海未「星空凛、小泉花陽……」

真姫「どうかしたの?」

海未「いえ……ただ、あの二人を見ていると、何かを忘れているような気がして」

ことり「……それは、私も同じかな」

真姫「何かって……?」

海未「気のせい……ですね、なんでもありません」

ことり「そうだよね……」

真姫「……」


穂乃果「よぉし、副会長に良い報告ができるように頑張っちゃうよ!」


……



―― 翌日:試合会場・応援席


凛「ベスト16なんて、すごいにゃ~!」

花陽「……お、おはようございます」

ことり「おはよう~」

真姫「……」

ことり「二人とも応援に来てくれたんだね」

凛「東京に帰る前に、高坂先輩の勇姿を見に来ました!」

ことり「ありがと~♪」


花陽「え、えっと……試合はこれからですよね」

真姫「……そうよ」

花陽「……」

真姫「……」

花陽「あ、あの……合唱部……」

真姫「え?」

花陽「が、合唱部は…………えっと……」

真姫「なに?」

花陽「う、ううん……なんでもない……です」

真姫「……そう」


凛「あ、選手が出来てた」

ことり「穂乃果ちゃん、海未ちゃん……頑張って!」


―― 試合場


穂乃果「…………」

海未「ほのか……?」

穂乃果「うん? どうしたの?」

海未「緊張しているのですか?」

穂乃果「……緊張というより、武者震い?」

海未「……」

穂乃果「……勝って、優勝したら……注目してくれるよね」

海未「……はい」

穂乃果「音ノ木坂学院、守っていけるよね」

海未「……」

穂乃果「今までのように、勝っていくだけ……!」

海未「あの、……ほの――」


主将「集まれー、試合の前に気合入れるぞー」


穂乃果「はい!」


海未「あ……ちょっと待って……!」


穂乃果「ほら、うみちゃん早く!」


海未「は、はい」




―― 応援席


凛「高坂先輩、予選から全勝なんですか?」

ことり「うん、そうだよ」

凛「おぉ~」


花陽「……」

真姫「惜しかったって、聞いてるけど」

花陽「凛ちゃんのこと……?」

真姫「……」コクリ

花陽「とても頑張ってた……」

真姫「あなたは、心残りがあるみたいだけど」

花陽「マネージャーとして、もうちょっと上手くフォロー出来たかなって……」

真姫「……」


ことり「頑張って、穂乃果ちゃん……!」

凛「がんばれ……!」


―― 試合場


審判「始め!」



穂乃果「……」

対戦相手「……」スッ


穂乃果「……!?」

対戦相手「めえぇぇぇんん!!」

バシィィン


審判「……」スッ



副主将「一本取られた……」

主将「出鼻をくじかれたか」

次鋒「……」

海未「ほのか……」




対戦相手「……」ススッ

穂乃果「……っ」


対戦相手「……」スッ

穂乃果「!」サッ


対戦相手「胴ッッ!」

バシィィィン


穂乃果「――ッ!」


審判「……」スッ



―― 応援席


凛「あ……」

花陽「……?」

真姫「二本取られて……負けちゃった」

ことり「……」


―― 試合場


穂乃果「……」

副主将「大分研究されたみたいね」

穂乃果「なにも……できませんでした」

主将「……」

次鋒「行ってきます」

スタスタ


穂乃果「…………」


主将「今の試合、どう思う?」

海未「相手が強かった、の一言です」



審判「始め!」


次鋒「……」

対戦相手「……」



―― 応援席



ことり「……」

凛「勝負に負けても試合に勝てばおっけ~だよね!」

花陽「……うん」

真姫「ほのちゃんのあんな表情……初めて見た……」

ことり「とても悔しいんだと思う……」

凛「音ノ木坂ファイトー!」

ことり「り、凛ちゃん、掛け声は禁止だよぉ!」


……




穂乃果「……」


次鋒「……なんとか」

主将「よし、続くか」

スタスタ


副主将「……声、かけなくてもいいの?」

海未「前を見ていますから」

副主将「……」

海未「私も相手を見ていなくてはいけません」


穂乃果「……」


……




次鋒「2勝1敗……!」


主将「うし、続け」

副主将「簡単に言ってくれるわね」

スタスタ


穂乃果「……」


海未「……」


……




次鋒「2勝2敗……」


副主将「悔しいな……」

主将「取得本数で負けてる」

海未「私が勝つしかありません」

スタスタ


副主将「……」

穂乃果「……」

主将「うちの大将を信じよう」



審判「始め!」


対戦相手「……」


海未「……」ススッ




―― 応援席


花陽「?」

凛「二歩……後ろへ下がった……?」

真姫「この行動の意味は……?」

ことり「うーん……?」


―― 試合場


対戦相手「こてぇぇええ!!」バッ

海未「――!」

バシィィン


審判「……」スッ



次鋒「あ……!」

主将「……疾い」

副主将「……」

穂乃果「うみちゃん……!」



海未「……ふぅ」


対戦相手「……?」


海未「すぅぅ……はぁぁ」


対戦相手「……」


海未「……」


対戦相手「……!」



主将「……」

次鋒「園田さんの空気が……変わった?」

副主将「後がないっていうのに、冷静ね」

穂乃果「…………」



海未「……」


対戦相手「……」

ザッ


海未「……!」


対戦相手「めぇぇええんん!!」バッ


海未「っ……!」

ガシッ


主将「時間をかけるどころか」

副主将「積極的に勝ちに来てる」

次鋒「が、がんばれ……!」

穂乃果「…………」



対戦相手「……ッ」

海未「……ッッ」

ギシギシッ


海未「……!」バッ


対戦相手「――!?」


海未「胴ッッ!!!」


バシィィイイン


審判「……」スッ




―― 応援席


ことり「やった……!」

花陽「一本……?」

凛「うん、そうだよ!」

真姫「時間は後……、一分もない……」

ことり「もう一本取らないと……!」

凛「うぅ……声援が禁止なんて辛いにゃ……!」


―― 試合場



対戦相手「……」


海未「……」



対戦相手「めぇぇええん!」バッ

海未「……ッ!」

ギシィッ



穂乃果「あ……!」

次鋒「チャンス……!」

主将「いや、面への誘いだ」

副主将「危ない……!」



海未「……」スッ

対戦相手「……ッ」バッ


海未「――胴ッ!!」

対戦相手「――!?」

バシィィンン



主将「――!」

穂乃果「うみちゃん……!!」


審判「……」スッ



海未「……ふぅ」



穂乃果「やった……やった……!」


……



―― 休憩:中庭


凛「もっと応援したいにゃ~!」

花陽「だ、ダメだよ、駅に向かわないと!」

凛「うぅ……せっかく準決勝まで進出したのにぃ……」

花陽「わたしも……応援したいけど、仕方がないよ……」


真姫「……」


ことり「あ、二人が出て……あれ?」


海未「……」ブルブル

穂乃果「なんで今さら……?」

ことり「どうしたの?」

穂乃果「今になって、さっきの試合の緊張が出てきたんだって」

ことり「あ、そうなんだ……」

海未「よく……勝てましたね、私は……」ブルブル

真姫「うーちゃんが頑張ってたの知ってるから、……実力よ」

海未「真姫……」

真姫「おめでとう」

海未「コホン。……その言葉は優勝してから聞きます」

穂乃果「えぇー? さっきまで震えてたうみちゃんはどこへ行ったの?」

ことり「あはは……」


凛「残念ですけど、凛たちは先に帰ってますね……」

穂乃果「最後まで応援してくれないの?」

花陽「ち、チケットの変更ができないみたいで……」

穂乃果「そうなんだ……残念……」

凛「でも、応援してますから頑張ってくださいね、高坂先輩! 園田先輩!」

花陽「わ、わたしも……応援……してます」

海未「はい、頑張ります」

穂乃果「ありがとう、頑張るね」

花陽「それでは」

凛「学校で~!」フリフリ


穂乃果「ばいば~い!」


ことり「一緒に応援してくれたんだよ」

海未「そうですか……」

真姫「うーちゃん、一つ聞いていい?」

海未「はい……、なんですか?」

真姫「試合が始まると同時に二歩下がったのは……どういう意味……?」

穂乃果「前の試合でもやってたよね。……願掛けとか?」

海未「いえ、あれは……相手をちゃんと見るためにしているのです」

ことり「相手を……?」

海未「えっと……」

穂乃果「……ん?」

海未「いえ、なんでも。……勝利への道を示すための願掛けですね」

ことり「それをするようになってから、勝ってるよね」

真姫「ただの願掛けじゃないような……」

海未「そ、それは……」

穂乃果「他に意味があるんだ? 教えて、教えて?」

海未「コホン。……ほのか、あなたは研究されてることを自覚してください」

穂乃果「え?」

海未「今までの試合のようでは勝てないと言っているんです」

穂乃果「い、今から姿勢を変えろってこと……?」

海未「……そうですね……それはとても酷な話」

穂乃果「うーん……」

海未「主将に相談しましょう」

穂乃果「わかった!」

ことり「それじゃ、私たちは応援席に戻ってるね」

真姫「……頑張って」


海未「はい」

穂乃果「うん!」


―― 休憩室


主将「うーん……高坂は圧倒的に他の選手より経験が足りないからなぁ」

穂乃果「そんなっ」

主将「これから対戦する相手だって、高坂を止めにくるはずだ」

次鋒「どして?」

副主将「高坂さんの作る勢いを危険視してるのね」

海未「……だから、研究されているんですね」

主将「だけど、もう遅いってな。さっきの試合のように、
    今のあたしたちは高坂の勢いだけじゃ無い。実力が備わっているんだ」

副主将「それで、どうするの?」

主将「おい、もうちょっと褒めさせろよ」

副主将「それは優勝してからでいいでしょ。対策を考えないと」

穂乃果「シビアだ……!」

次鋒「私は、今までの高坂さんのようにした方がいいと思う」

主将「今まで以上にならないと厳しいんだけど……ふむ」

副主将「癖とか、なくせばいいんじゃないの?」

主将「言って治せるほど時間があるわけじゃないしな」

副主将「じゃあ、どうするの?」

主将「やっぱり、基本を忠実に、だな」

穂乃果「……」

主将「今の高坂の強さはそれだ」

穂乃果「は、はい!」


海未「……」


副主将「園田さん? ……どうしたの?」

海未「いえ……気になっていたことがあったのですが、ただの気のせいだったようです」

副主将「そう……」

次鋒「高坂さんに集中されてる今、私はノーガード……?」

主将「……」

次鋒「私の強さってなにかな?」

主将「おまえはもうちょっと威張っていい」

次鋒「イバル?」

主将「かかって来いやオラァ、みたいな」

次鋒「意味がわからない」

副主将「威勢を張るってことじゃないかな」

次鋒「威勢っていうか、虚勢……」

主将「そうやって卑屈になるのヤメロッ!」ワシャワシャ

次鋒「ちょっと、止めて……髪が乱れるでしょ!」

副主将「ふふっ」


海未「…………」


穂乃果「うみちゃん、私って癖とかあるの?」

海未「え、は、はい。ありますよ」

穂乃果「どうして笑ってるの?」

海未「い、いえ。先輩方が頼もしくて」

穂乃果「……」

海未「穂乃果は素直すぎるんです。それが強さでもありますが……」

穂乃果「うーん……難しいぃ……!」

海未「先程、主将に言われたではないですか。基本を忠実に、と」

穂乃果「……うん」

海未「強い選手はみんなそれを守っています。穂乃果もそれに従うだけですよ」

穂乃果「そっか……、うん、そうだよね!」


―― 準決勝



穂乃果「……」


対戦相手「……」


審判「始め!」


……





―― 休憩:中庭



穂乃果「……」


海未「こんな所に居たのですか……」


穂乃果「うん……」


海未「気にしているのですね」


穂乃果「だって……」


海未「私も負けてしまいましたが、先輩方が勝利を掴んでくれたではないですか」


穂乃果「…………」


海未「……」


穂乃果「私が……勝たないと」


海未「一人で背負わないでください」


穂乃果「……」


海未「ほのか」


穂乃果「……?」


海未「迷いは判断を誤らせ、自分自身を弱くします」


穂乃果「……」


海未「武道精神に反しますが――」


穂乃果「?」


海未「――次の試合、必ず勝ちますよ」


穂乃果「……――うん」


―― 決勝


主将「よぉし、よく此処まで――」

次鋒「これは、夢?」

主将「冷めること言ってんな!」ムニー

次鋒「ご、ごふぇんなふぁい」

副主将「あのね、観客席にもたくさん人がいるんだから」

主将「ふん」

次鋒「あ、後輩たちが笑ってる」ヒリヒリ

海未「笑われているのです……」

穂乃果「……」


主将「あたしが個人戦に出ない理由、副主将に聞いたんだってな」

海未「は、はい」

主将「個人戦でいい成績をおさめても、大して得るものを感じなかったからだ」

穂乃果「……」

主将「団体戦は、みんなが強くなっていくだろ」

副主将「……」

主将「次鋒だって、最初は負け続けたけど、決勝トーナメントで勝っている」


主将「普段、冷めた顔をしている副主将でも、勝利のために必死になった」


主将「剣道を始めて1年とちょっとの短期間で急成長をみせた高坂。
    そんな高坂を見て更に強くなっていく園田」


主将「それがあたし自身をも強くしてくれた」

海未「……」


主将「だから、団体戦が好きだ」

穂乃果「!」


主将「相手は三連覇のかかった学校だ」

次鋒「……!」

主将「中堅を除いた4人が3年生……つまり、高校最強の布陣――……って、なんでだよ!」

穂乃果「え」

次鋒「なんでキレた?」

副主将「自分の相手が2年生だから、納得いかないそうよ」

海未「……」



―― 応援席


真姫「?」

ことり「主将さんが怒ってる?」

後輩「なんか、対戦校にふてくされてました」


―― 試合場


次鋒「ちょっと、注目されてるから」

主将「……すまん」

副主将「あなた、これで負けたら面子が立たないわよ?」

主将「負けるかよ」

副主将「あら……」

次鋒「意外と冷静……」

穂乃果「でも、大将と中堅は……全試合2本勝ちですよ」

主将「え、本当か?」

穂乃果「はい、マネージャーから聞きました」

次鋒「つ、強い……」

主将「相手がどうであれ、試合に臨む気持ちはいつでも変わらないはずだ」

副主将「……」

次鋒「……」

主将「おい、なんだその、おまえが言うなみたいな目は」

副主将「相手の情報を知って態度を変えるからでしょ」

穂乃果「……」

海未「……」



―― 応援席


真姫「なんだか、空気がだらけてる」

ことり「そうだね……緊張感が……」

後輩「お、音ノ木坂……ふぁ、ファイトー……」


―― 試合場


海未「あ……」

副主将「ほら、私たちの最後の試合でもあるんだから」

次鋒「有終の美を飾ろう」

主将「そうだな」


穂乃果「…………」


主将「よぉし、行――」


穂乃果「先輩」

主将「……?」


海未「?」

次鋒「主将じゃなくて……先輩?」

副主将「……」


穂乃果「音ノ木坂学院での生活は……どうでしたか」

主将「……」

穂乃果「……」


主将「最高だった。……って、言わせてくれ」


穂乃果「……!」

海未「……!」


次鋒「そのためにも勝たないとね」

副主将「さぁ、時間よ、並びましょう」



―― 応援席


真姫「いよいよ、ね……」

ことり「頑張って、穂乃果ちゃん、海未ちゃん……!」



―― 試合場



穂乃果「先鋒、高坂穂乃果、行ってきます」

主将「おう」

副主将「……」

次鋒「……」

海未「……」


穂乃果「……すぅぅ…」


対戦相手「……」


審判「始め!」


穂乃果「はぁぁ……」


対戦相手「……」


穂乃果「やぁぁあああ!!」ダッ

対戦相手「――!?」


穂乃果「面――ッ!!」ブンッ

対戦相手「ぐっ……!」

ガシッ


ギシギシッ


穂乃果「……ッ」ギシッ

対戦相手「……ッッ」ギシッ


穂乃果「――!」バッ

対戦相手「――っ!」バッ


穂乃果「胴ッ!」

対戦相手「小手ッ!」

バシィィン


審判「……」


―― 応援席


真姫「ほとんど同時だったけど……どっちが取ったの?」

後輩「審判に注目して……!」

ことり「穂乃果ちゃんっ」


―― 試合場


審判「……」スッ


オォー

 オォー

パチパチパチパチ


対戦相手「……っ」

穂乃果「……」



副主将「一本取られたけど、高坂さんの集中は途切れてないわね」

主将「情報以上の動きで、相手の方が驚いてるみたいだな」

次鋒「試合をしている二人にしかわからないことってあるからね」

海未「……ほのか」



穂乃果「……」スッ

対戦相手「……!?」



海未「上段の構え……?」

主将「おい、初めて見たぞ……?」

副主将「わ、私もよ」

次鋒「……作戦、なのかな?」



穂乃果「――ッ!」バッ

対戦相手「……」スッ


穂乃果「――面ッッ!!」

バシィィンン

対戦相手「ッ!?」


審判「……」スッ



次鋒「一本取った……!」

副主将「奇をてらった作戦……だと思ったみたいね」

主将「あぁ。……高坂はそんな性格じゃないんだけどな」

海未「そうです。あの素直な性格が、相手の判断を遅らせました」

副主将「……」

次鋒「だけど、もう通用しないよね」

主将「元々、あの構えは作戦なんかじゃない」

海未「穂乃果自身が辿り着いた、勝つための答え」


―― 応援席


真姫「あの構えは……?」

後輩「上段の構え。……見ての通り、振り下ろすだけで相手に攻撃を与える」

ことり「攻撃的な構え……」

後輩「避けられたらそこで終わりと思えるくらい、覚悟のいる構えだよ」

真姫「…………」

後輩「高坂先輩は剣道を始めてまだ1年とちょっと。
    格上の相手には失礼とされる構えだけど……」

真姫「だけど?」

後輩「相手は高坂先輩の実力を認めてるみたい……」

ことり「……?」

後輩「どうして、あの構えに違和感がないんだろ……」



―― 試合場



穂乃果「……」スッ


対戦相手「……」スッ



次鋒「間合いを取ってる……」

副主将「一撃で勝負は決まるから、両方とも神経使ってるわよ」

主将「……園田、どういうことだ」

海未「?」

主将「道具に慣れて3、40年の者……つまり、
  名人達人にして初めて把握し得る構えと云われている」

海未「はい」

主将「本格的に竹刀を握ったのが入部してからのはず……だな」

海未「そうです、――私の知る限りでは」

主将「それなのに、あの構えが馴染んで見えるのは……あたしの気のせい、か?」

海未「…………」



穂乃果「……――ッ」


対戦相手「……――!」



主将「動く……」

海未「……」



穂乃果「やぁぁああああああ!!!」

対戦相手「りゃぁぁああああ!!!」


穂乃果「面――ッ!!」

対戦相手「胴――ッッ!!」


バシィィィンン



穂乃果「……っ」


対戦相手「……っっ」


審判「……」スッ




―― 応援席


真姫「あ――……」

ことり「穂乃果ちゃん……っ!」

後輩「勝負あり……」


パチパチパチパチ

 パチパチパチパチ




―― 試合場


穂乃果「…………」


主将「いい試合だった」


穂乃果「……勝ちたかった」


海未「……」


次鋒「行ってきます」


副主将「……」


穂乃果「……っ」


海未「前を見なさい、穂乃果」


穂乃果「……!」


海未「まだ、試合は終わっていません」


次鋒「……」

対戦相手「……」


審判「始め!」



次鋒「……!」

対戦相手「どぉぉぉうう!!!」


バシィィン


審判「……」スッ


パチパチ

 パチパチ


次鋒「……っ」



副主将「疾い……」

主将「……」



次鋒「……」スッ

対戦相手「……」ススッ


次鋒「……」

対戦相手「……」


次鋒「――面ッ!」バッ

対戦相手「……ッ!」バッ


ギシギシ


次鋒「小手ッッ!」


バシィッ


審判「……」スッ


オォォー

 パチパチパチパチ


―― 応援席


後輩「わ、わわっ、凄い凄いっ!」

真姫「……」

ことり「……」

後輩「負けてない! ……って、あれ?」

真姫「?」

後輩「私の先輩なんだから応援してよ西木野さんっ」

真姫「う、うん……してるから」

ことり「……」



―― 試合場


対戦相手「めぇぇええんん!!」バッ

バシィィン


次鋒「――!」


審判「……」


対戦相手「……っ」

次鋒「……ふぅぅ」


対戦相手「……」

次鋒「……」


対戦相手「めぇぇええん!!」

次鋒「……ッ」


バシッ



次鋒「――!」ダッ


対戦相手「――!?」


次鋒「面ッ!」

バシィィン


審判「……」スッ


パチパチパチパチ

 パチパチパチパチ



主将「1勝1敗、か」スクッ


次鋒「はぁぁ……」

副主将「お疲れさま」

次鋒「もう、あんな試合できないよ……」

主将「流れはこっちにあるな。……よしよし」

スタスタ

次鋒「こんな時でも楽しそうなんだけど……」

海未「……」

穂乃果「……」

副主将「……こんな場面だから、ね」




主将「……」スッ

対戦相手「……」


審判「始め!」


主将「……」ダッ

対戦相手「……!」


主将「りゃぁぁあああ!!!」

対戦相手「やぁぁああああああ!!」


主将「面――ッ!」

バシッ

対戦相手「……ッ」


審判「……」



―― 応援席


真姫「いまのは、有効じゃないの?」

後輩「有効打突には色々と条件があるから……」

ことり「……」

後輩「主将、いつもと違う気がする……」


―― 試合場


主将「小手――ッ!」

対戦相手「……ッ」サッ

バシッ


主将「突き――ッッ!」グッ

対戦相手「……!」バシンッ


主将「小手ぇぇええ!!!」バシッ

対戦相手「……ッッ!」バッ


主将「胴――ッッ!!!」バシッ

対戦相手「~ッッ!!!」バシンッ


主将「めぇぇええんん!!!」

バシィィンン

対戦相手「――ッ!?」


審判「……」スッ



次鋒「怒涛の攻め……!」

副主将「……」

穂乃果「……」

海未「……」



主将「小手ぇぇッ!」バシッ

対戦相手「くっ……!」


主将「胴ッ!!」バシッ

対戦相手「……ッ!」バッ

主将「……ッ!?」

対戦相手「どうッ!!!」バシッ

主将「……」ギシッ

対戦相手「……」バッ


主将「面――ッ!!!」

対戦相手「……ッ!」バッ

ガシッ

主将「突きぃぃいいッ!!!」グッ

対戦相手「――ッ!」バッ

主将「胴ッッ!」

バシィィンン


審判「……」スッ


パチパチパチパチ

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次鋒「すご……」

海未「気迫が凄まじいですね……」


副主将「……」

穂乃果「……」


主将「……ふぅ」

副主将「お疲れさま」

次鋒「あんな攻め、初めて見たけど」

主将「一瞬でも手を止めたらやられたからな……」

海未「……」

主将「剣道にかけた全ての時間を置いてきた」

穂乃果「……」



副主将「……」

スタスタスタ


次鋒「あ、何も言えなかった……」

主将「戦いはもう始まってる……ってな」

穂乃果「……」


海未「……」



審判「始め!」


副主将「……」

対戦相手「……」



―― 応援席


真姫「一転して静かな試合ね……」

後輩「園田先輩もそうだけど、
    女性の剣道の特質が部の中で最も秀でてるのが副主将なの」

ことり「……」

真姫「特質?」

後輩「防衛本能、直感力とか」


―― 試合場


副主将「……」

対戦相手「……ッ」スッ



副主将「……!」


対戦相手「小手――」

副主将「面――ッ!」バシッ


審判「……」スッ



―― 応援席


後輩「やった! ……今のが、小手抜き面という応じ技」

真姫「打たれる前に打つ、という技ね。……これまでの試合でもみたけど」

後輩「副主将の十八番だから。……あと一本で優勝……!」

ことり「……」

真姫「……ことちゃん?」


ことり「…………」

真姫「……」



―― 試合場


対戦相手「……」スッ

副主将「……」



主将「相手、えらく落ち着いてんな」

次鋒「一本取られて冷静になったみたい……」


穂乃果「……」

海未「……」



対戦相手「…………」

副主将「……」


対戦相手「……」スッ

副主将「……!」


対戦相手「こてぇぇええ!!」

バシィィンン

副主将「――ッ!?」


審判「……」スッ


パチパチパチパチ

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次鋒「疾ッ……!」

主将「反応できないな、今のをやられると……」

海未「恐らく、副主将より上手い応じ技をする相手と戦ったことがあるのでしょう」

主将「あいつより上がいんのかよ……」

海未「私も実践で活かす為に稽古をしましたが、
    躱せないほどの疾さで打たれると……」

次鋒「今のようになる……と」

主将「……園田、もしかして」

海未「異性との地稽古を週に一度……」

主将「……そうか」


穂乃果「…………」

 
海未「……」



副主将「……」

対戦相手「……」




―― 応援席


ことり「……」


真姫「あと一本なのに……」

後輩「時間が少なくなってきたのに、後がない相手校も冷静……」

真姫「この副将戦、引き分けになったら……どうなるの?」

後輩「えっと……仮に、次の大将戦で負けても、一本取っていれば取得本数で勝ち。
    取れなくても延長の代表戦がある」

真姫「……」

後輩「こういう展開の時、先鋒の一本がとても大きい……」


ことり「……穂乃果ちゃん」



―― 試合場


対戦相手「……」

副主将「……」


対戦相手「――!」ダッ

副主将「――ッ!」ダッ


対戦相手「小手――ッ!」

副主将「小手――」


バシィッ


審判「……」スッ



パチパチパチパチ

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次鋒「お疲れさま」


副主将「…………」


穂乃果「……」

海未「それでは」スクッ


主将「園田、――勝て」


海未「はい」


穂乃果「…………」



審判「始め!」


海未「……」

対戦相手「……」



―― 試合場



真姫「これで、引き分け以上で優勝になる……のね」

後輩「……うん」


真姫「……」


ことり「……」


―― 試合場


穂乃果「……」


主将「高坂」

穂乃果「……はい」

主将「園田は、今まで勝てる相手でも勝てなかった。
    その理由は大きすぎる壁を見上げていたからだ」

穂乃果「……」

主将「だから、試合が始まると同時に、二歩下がって、今越えるべき存在を意識させた」

穂乃果「……」


主将「でも、今は下がらなかった」


主将「高坂に対して、とても厳しくしていた園田」


主将「そして、誰よりも自分に厳しくしていたうちの大将だ」


主将「あたしが知る選手の中で……園田海未は、一番強い」


穂乃果「…………」




―――― 高坂穂乃果 高校2年生の夏 ――――



全国優勝のかかった試合場で二人の少女が向かい合う。



「りゃぁぁああああ!!!」



選手が気合の掛け声を上げた。


「……」



大きな会場に生まれる緊張。

――園田海未は向けたままの剣先を微動だにせず、姿勢を保ち相手を見据える。



「…………」


包まれた緊張が少しづつ解かれていく。


少女の持つ空気がそれを晴らしていく。




雨上がりの夜空に月が浮かぶように。

水たまりを輝かす朝日のように。


華奢な体に大きな心を。

大きな心に確かな意志を。



「……ッ」


相手はその意志に飲み込まれないよう、もう一度気合を入れ直す。



「……――ッ!」


「……」


園田海未に飛び込む

何度も稽古をした精神が少女の体を動かした


「――。」


右斜め前に踏み出すと同時に鋭く強い呼気が吐出される


バシィィンン


高々と相手の銅を打ち鳴らす音が響く


「……」


少女は振り向きざまに相手に剣先を押さえた



「……っ」


がくりと膝をついた瞬間

  審判の旗が上がった――



――




音ノ木坂学院 剣道部の部員達が会場を後にする。

大会の閉会式で授与された旗とトロフィーを主将が後輩に押し付ける。

困り顔の後輩を部員みんなが笑う。


3年生の部活が終わりを告げようとしていた。


その光景を4人の少女達が見守る。


少女たちは名残惜しい気持ちのまま帰路に就く。


「……」

「……」


高坂穂乃果、園田海未が並んで歩く。

南ことり、西木野真姫がその後ろを歩く。



「……ありがとう、うみちゃん」

「どうして、お礼を?」

「私だけじゃ……届かなかったから」

「……」

「だから、ありがとうって」

「思い違いをしていますよ、穂乃果」

「……え?」

「私一人じゃ届かない場所でした」


前を歩く3人の先輩を見てそうつぶやく。

その意味を、高坂穂乃果は理解していた。


「……そうだね」

「強くなれたのは、穂乃果――……あなたが居たからです」

「……?」

「あなたを最大のライバルとして意識していたから、私は強くなれたのです」

「うみちゃん……」

「お礼を言うのは、私の方ですよ」


彼女は笑った。

綺麗な空気を纏って、美しく、眩しく。


「うみちゃん……!」

「うわっ!」


感謝の気持を抑えきれずに抱きしめた。



「ありがとー!」

「もぅ……」


呆れ声とともにため息が零れる。

二人は目指した場所に辿り着いたことが何よりも嬉しかった。

叶えたい願い。

手が届くと信じて疑わなかった。


「……」


南ことりは後ろからその二人を見つめる。

懸念が振り払われたことで、ようやく彼女の表情にも笑顔が戻るのだった。


「……」


その三人を見つめる西木野真姫。


「嬉しい……うれしいっ」

「分かりましたから、離れてください。置いて行かれますよ」


いつまでも抱きしめる少女に、園田海未はやや疲れ気味に諭す。


「もうちょっと!」

「いい加減にしなさい」


「祝勝会、どこでやろう~」

「また、うちの別荘使う?」

「でも、部員の人たちもいっぱいいるよ?」

「いいんじゃない? ほのちゃんはそっちのほうが楽しいと思うし」


立ち止まったままの二人を追い越す二人。


「どうして置いていくのですか!?」


「あはは……」

「もう少し時間がかかりそうだから」


「ま、待ってください、ことり、真姫!」


手を伸ばすがそのまま進んでいく二人。



少女はもう一度、感謝の言葉を伝えた。




「――ありがとう、うみちゃん」




そして、

ゆっくり、

 ゆっくりと刻まれていた時が、

  動き出す――



―― 季節は流れ、秋も深まった頃。


「寒くない?」

「……うん、少し冷えるね」

「太陽が出ているから、と……油断していると風邪ひきそうですね」

「もぐもぐ」



中庭で昼食を取っていた四人。

そこへ一人の生徒が近づいていった。


「こんなところにいたんやね」

「もぐもぐ?」


音ノ木坂学院 副会長が高坂穂乃果に話かける。


「理事長が話があるんやって、ちょっと時間をもらってもええ?」

「理事長が……?」

「うん、伝えておきたいことがあるとか」

「……?」


副会長の言葉に四人は首を傾げる。


「穂乃果だけ……ですか?」

「うん、……他には、うちと生徒会長やな」

「ことちゃん……?」

「……ううん、私はなにも聞いてないけど」


僅かな不安が広がる。


「なんだろね?」

「話はあとです、早く食べてしまわないと……待たせていますよ」

「そだねぇ……もぐもぐ」

「ゆっくりでええよ、……こほっ」

「大丈夫ですか?」


口を抑えて軽く咳をした動作に南ことりが心配そうに尋ねた。


「うん……平気平気」

「ごちそうさま!」

「私たちは教室に戻っていますから」


園田海未が差し出した手に、少女は弁当袋を置いた。


「ほな、行こか」

「はい」


二人は中庭を後にする。


「……」

「……」

「今夜は冷えそうですね……」


秋の終わりを告げる空につぶやいた言葉は予感と共に溶けていった。




理事長室の前で待っていた生徒会長。


「……」


二人の姿を確認すると同時に、部屋の扉を叩いた。


コンコン


「――どうぞ」


「失礼します」

「……」

「……」


扉を開けると、一人の女性が窓から外を眺めている姿が目に入った。


南ことりの母であり、音ノ木坂学院の理事長である彼女。


「……」


高坂穂乃果は、その後姿に胸の突き刺す思いがした。



「ごめんなさいね、お昼休みに急に呼び出したりなんかして」

「いえ……」


戸惑いを隠し切れない少女が応える。


「話とはなんでしょ?」


生徒会長が話を促す。

三人に向かい合い、話し始めた。


「明日、全校生徒へ伝える前に、先に伝えておきたくて」

「――あの」


話を遮り、少女は疑問を投げかける。



「どうして……私も……?」


なぜこの場にいるのか、違和感と少しの不安を解消しておきたかった。


「高坂さん、あなたが剣道部を全国優勝に導いたと聞いています」

「……」

「そして、その先にある願いも――」

「――ッ!」


音ノ木坂学院 廃校の危機。

学校を守りたいから頑張った。

みんなと繋がった場所を守りたいから努力をした。


その成果が全国優勝という最高の形で実った。


世間に注目され、入学希望者が増えることを夢にした。


――だが、

今、少女の前にいる女性の表情は明らかに善い報せを伝えるものではなかった。



「音ノ木坂学院は――」



耳を塞ぎたかった



「再来年度――……今の一年生が卒業すると同時に――」



現実を認めたくなかった



「――廃校となります」



願いは遠退き、夢は消えた



「――。」


何かを伝えていたが、少女の耳には届いていない。


「……」


気が付くと、生徒会長と副会長が部屋を後にし、理事長と二人だけになっていた。


「――さん、――さん」

「……ぁ」

「こんな報告をしなくてはいけないことを、残念に思うわ」

「…………」


自分がどこに立っているのか、どこに存在しているのか。

ぼやけていく意識の中で、声を聞いた。


「――穂乃果ちゃん」


優しい声。親友と似た声。


「……!」


「ことりから聞かされていたのよ、学校の為に頑張っているって」


「……ッ」


その見返りがこんな現実だった。


「この学校の理事長として、穂乃果ちゃんが想ってくれていたことを嬉しく思う」


「……ッッ」


その想いは意味を持たなかった。


「ことりの母として、あなたが友達でいてくれることを嬉しく思う」


支えられる側だった。

迷惑ばかりかけていた。

時間を削って面倒を見てくれていた。


しかし、その全てが無駄になった。



「ありがとう、穂乃果ちゃん」



その言葉が、今はただ、胸に深く突き刺さるだけだった――



教室に戻っても少女は何も考えられない。

二人の親友に心配されても答えられない。


信じていた時間の全てが裏切られた。


大会から家に帰り、妹に伝えられた言葉――


『お姉ちゃんは私の自慢のお姉ちゃんだよ!』


「~~ッッ!」


顔を覆い、悔しさで潰されそうになる。


「私は負けたんだよ、雪穂――」


そうつぶやいた声は誰にも届かない。



その日、部活を休み、近くの公園で一人過ごし、家につく。


無邪気に話しかけてくる妹に、いつものように笑って話せなかった。


決勝戦で勝ったのは園田海未であり、私ではないと。

『あの時』勝てていたら『今』は変わっていたのではないか、と。


考えずにはいられなかった。

もっと、もっと、大きな勝利を掴めていたのなら――と、ありもしない『未来』への希望に縋りつく。



決勝の先鋒戦、あの勝負に負けた事実が後悔となった。


―― 翌日。


全校生徒の前で、廃校の事実が伝えられた。


その日も、次の日も、その次の日も少女は部活を休んだ。

毎日続けていたトレーニングも止めた。


全てが意味の無いことに思えた。


南ことりがあの決勝戦で懸念していたことが現実となった。

信じていたことが裏切られた時、素直で無邪気な親友はどうなってしまうのだろうか。



―――― 少女の心は真っ白になっていた。



「ほのか」

「……」

「いつまでそうしているつもりですか」

「……」

「主将に後を任されたではありませんか」

「……」

「今日こそは――」

「……ごめん」

「……え?」

「…………もう……」

「……」

「竹刀を……握りたくない……」

「…………」

「ごめん……うみちゃん……」


「……わかりました」


受け入れてくれた。

いつも厳しかった親友が、今はそっとしておいてくれた。

そう思った。



「では、剣道を辞める前に、私の勝負を受けてください」

「――え?」

「始まりが私なら、終わりも私であって欲しいですから」

「…………」



始まりと、終わり。


その言葉に少女の胸がチクリと痛んだ。


―― 放課後。


部活の練習も終わり、下校時間となる。

しかし、誰も去ろうとはしない。


何も知らないはずの後輩たち、たまたま様子を見に来た引退した3年生たち。


南ことりと西木野真姫。


その視線が集まった先にいるのは、園田海未、少女ただ一人。


活動中、熱気の篭っていた道場内は少しづつ初冬の風に流されていく。


そんな中でも姿勢を崩さず、正座して待つ彼女。


目を瞑り、精神を統一させ、静かにその時を待つ。



そして――


 少女が姿を現す。



「……」


気配を感じて、ゆっくりと目を開いた。


「帰ったのかと思いました」


「……」


冗談でもなく、本音でもなく、ただそう言った。


「ほら、時間も無いですから、はやく着替えてきてください」

「……」


淡々と、いつもと変わらない親友の言葉に従う少女。


「…………」


入部してから、ほぼ毎日着続けた袴、防具。


「……っ」


少し震える手で竹刀を握る。


試合場では、3年生との言葉が交わされていた。


「園田、あたしらが居てもいいのか?」

「ご自由に」


主将を務めていた彼女だが、初めての空気にどう対応したらいいのかわからずにいる。

隣にいる二人の3年生は、彼女が移動しないことを確認してそのまま居ることにした。


「高坂さんが部を休んでいるって話は聞いていたけどさ……」

「まさか辞めるとこまできていたとはね」

「見届けるしか無いか」


「先に言っておきますが――」


彼女は言明する。


「――これから私のすることは、ただの八つ当たりです」


「止めるな、と言ってるんだな」


「そうです」


事態が重くなっていくことを後輩たちは3年生を頼りにしたが、彼女はそれを制した。



「……」

「……」


両手を握って涙を零しそうな表情で見つめる南ことり。

そんな彼女にかける言葉を見つけては失う西木野真姫。



「…………」

「…………」


道着を着た少女を確認して、園田海未は立ち上がる。


そして、一筋。

竹刀を振り下ろした。


「……勝負の前に一つ訊いてもいいですか、穂乃果」

「……」


少女は面を装着しながら彼女をじっと見つめる。


「どうして、来たのですか?」

「……?」


この道場に来いといったのは、彼女。

その彼女がどうして来たのかと、問う。

訳が分からなかった。


「今のあなたでは、そのまま帰ってもおかしくはなかった」

「……」

「無礼を承知で言っています。……心の折れたあなたに立ち向かう意志はないと思っていました」

「…………」


面――物見の奥の瞳が少女――高坂穂乃果を映す。

本音と、微かに湧き起こってきた怒りが彼女にそう言わせた。


少女は応える。


「ここで逃げたら……――もう戻ってこれなくなるから」


「……この部に未練でも?」


「違う。……みんなの場所へ……戻れなくなると思ったから」


「――!」


その言葉に心が揺れそうになる。

本当は、しょうがないことだから、元気を出して。と、言いたかった。

剣道を辞めてしまっても、他に楽しいことはたくさんあるから。と、励ましたかった。


西木野真姫や後輩たちが良い思い出を作っていけるよう提案したかった。

そうすれば、親友である高坂穂乃果は自分を取り戻せるはずだから。


だけど、それではダメだと考えなおす。


心を鬼にして、たとえ恨まれたとしても今のままではいけないと――悟った。


「ここは――、あなたの逃げ場ではありません」

「――ッ」


そんなことは解ってる。と、彼女を睨みながら面を被る。


「そんな言い方――!」

「まって、真姫ちゃん」

「だって……!」

「……まって」


声を出した西木野真姫を止める南ことり。

二人の親友が睨み合っているこの先に、どんな『未来』が待っているのか。

怖い気持ちが大きい。

だけど、二人を止めてはいけないと思った。



お互いに剣先を突きつける。


「……行きます」

「……」


試合開始の合図を出したが動かない。

少女もまた、動かなかった。


「……」

「……」


少女は構えているのではなく、ただ竹刀を持っているだけ。

抑えていた怒りが彼女を動かす。


「何度も言ったはずですよ、穂乃果ッ!」

「――っ!」


手に痺れを感じると同時に竹刀が弾かれた。


竹刀が床に転がる。


「自分の身を守る道具だと!」

「……っ」


拾い上げ、もう一度彼女に剣先を向ける。

しかし、


「――ッ」

「……!」


巻き上げで竹刀を飛ばされ、無防備になる少女。


「……」

「……」


剣先を向けられたまま動かない。



「拾わないのですか」

「……なにが……したいの」


声は弱く、頼りない。

それでも彼女は剣先を少女に向け続ける。


「……」


「勝負がしたかったんじゃ……ないの……?」


「……ッッ」


虚しさを覚える前に怒りを湧かせ奥歯を噛みしめる。



「こんなの……意味ない……よ……」


「――そんな……っ……あなたと」


震える声で、竹刀を震わせる手で。


「そんなあなたと勝負をしたかったわけじゃありませんッ、早く取りなさい穂乃果ッッ!!!」


声を張り上げ怒りをあらわにする。


「……」


それでも少女は動かなかった。


「――ッ!」


飛び込み竹刀を振り下ろす。


「……っ」


身を守ろうともしない少女の肩に置かれた竹刀。

彼女は鬼にはなれなかった。



「竹刀を持たない剣士。――今のあなた、そのもの」


「……」


「なんのために剣道を始めたのですか」


「……っ」


「此処まで来た割に、その姿……意味の無いことをしてきましたね」


「――ッ」


全てを否定される。

少女自身が培ってきた時間の全てを。


「……」


彼女は――園田海未は待つ。


「…………――。」


少女が――高坂穂乃果が言い返してくるのを。


「本当に――、意味がなかった――」

「……」


「全部、全部っ、全部意味がなかった!」

「……」


「私一人ッ、思い込んでただけだよ! 優勝すれば注目されるってッ!」

「……」


「注目されれば入学希望者が増えるってッッ!」

「……」


「希望者が増えれば……! 廃校はっ……なくなるって……ッ」

「……」


「全部……全部……妄想してただけ……」

「……」


「なんの……意味もなかっ――」

「虚しいですね」


吐き出した言葉を遮る。


「……虚しいよ、あれだけの努力が……ムダだったなんて」

「穂乃果」

「……?」

「――ッ!!」


向けられた剣先が振り下ろされた。


「痛ッ――!」


「……」


手首を押さえ崩れる少女。

それを見下ろす彼女。




「もういいでしょ!」

「だめ、ダメだよ真姫ちゃん」

「なんで黙ってみてるのっ、酷いよ今の――」

「痛いのは海未ちゃんも一緒だよ!」


「……っ」




「虚しいのは私の方ですよ、穂乃果」

「……?」


少女は見上げる。

面の奥で微かに声が震えた彼女の姿を。


「小さい頃に取られた一本が悔しくて、剣道を続けました」

「……」


「入学とともに剣道を始めて……同じ道を進めると、喜んでいたのです」

「……」


「教えた事をどんどん吸収して強くなっていくあなたに私は――憧れていたのですよ」

「……!」


「あなたに追い越されないため必死になって稽古をしてきました」

「……」


「無謀なことをして、周りに迷惑をかけました」

「……」


「それでも、ほのか……あなたに勝ちたいが為」

「……」


「それなのに――」

「……」


「あなたは私を見ていなかった――」


乾いた声が響く。



「それで構わなかった。その先にある願いを追いかけているのだから」


弱くなっていく声が寂しさを伝える。


「あなたはきっと、こう思っているはず」

「……」


「決勝戦、『あの時』勝っていれば何かが変わっていたのではないか」

「――!」


見透かされた言葉に肩を震わせる。


「変わり得ないのです。なぜなら、あの試合が私たちの持てる全てなのですから」

「そんなこと――」


手首を押さえたまま立ち上がる。

が、視線はまっすぐ見ることができなかった。


「……」

「分かってるよ」


「……」

「『あの時』怖かった」


「……」

「私が負けて、優勝が遠のいていったら……って……」


「……」

「だけど、うみちゃんが……みんなが優勝を……掴んでくれた」


「……」

「本当に嬉しかった……けど!」


「……」

「それでも廃校が決まったんだよっ!」


「……仕方のない事です」

「割り切れないよッ!」


「勝負の世界に、たられば、がないように……不確かな『未来』にもそれはありません」

「だから割り切れないってッッ」


「駄々を捏ねているだけです」

「――ッ!」


少女の拳に力が入る。

頭では理解していること。

それが心のなかでは整理できなかった。


「例えば、あなたが『あの時』勝っていたとします」

「……?」


「それでも廃校が決まった場合、どうなるのですか」

「……それは…」


今の自分と変わらない。

優勝しても願いが届かないのなら意味が無いのだから。

そう思った。


「恐らく、今のあなたではないはず」

「え……」


「あの決勝戦の試合、それがあなたの鎖になっているのですから」

「……意味が……分からない……。……廃校は嫌だよ」


「いいえ。あなたはなぜ、『あの時』負けたのか分かっているはずです」

「――ッ」


「勝つことへの執念は誰よりも強かった。――ただ」



「相手を見ていなかった」



見ていたのは優勝の向こうにある理想。

それだけだった。


「その僅かな差が、勝負の明暗を分けたのです」

「なんでそんなことが言えるの……!」


「私も同じでしたから」

「――……」


「あなたしか、見ていなかったのですから」

「~~ッッ!」


だけど、園田海未は乗り越えた。

そして、勝利をおさめ、全国優勝を手にした。

勝った者と負けた者。

園田海未の言葉が全てだと痛いほど感じていた。


「ほのか」

「……っ」


彼女の声に少女は肩を震わせる。


「これからも沢山、辛いことが起きますよ」

「……」

「痛いこと、悲しいこと、悔しいこと」

「……」

「耳を塞いでも、目を閉じても――どうしようもないことが次々と起きますよッ!」

「……っ」

「それでもあなたは俯いているのですかッ――高坂穂乃果ッ!」 

「――ッ!」


しゃがんで竹刀を掴み、力いっぱい握る。

剣先を親友である彼女に向けた。


「戦えないことだってあるよッ!!」


力任せに竹刀を振るう。


「前を見ていられないことだって、立ち止まることだってあるよッッ!!」

「……」


稽古で習った太刀筋、姿勢、呼吸、構え、間合い、

それらを全て捨て、出鱈目に竹刀を振るう。


「だって、叶わなかったんだよッ!?」

「……」


高い音を立ててそれらを全て受け流す。


「届かなかったんだよッ!?」

「……」


竹刀が悲鳴を上げる。


「悔しさだけが残るなんて……ッ!」

「……」


「信じていたのに……!」

「……」


「……信じたから……裏切られたの……?」

「……」


力ない一振りが彼女の肩に降りる。


「なんで……ここまで一生懸命にならないといけなかったんだろ……」

「ダメです」


「どうにもならないんなら……最初から――」

「それ以上言わないでください、ほのかッ!」


肩に降りた竹刀を左腕で振り払う。


「始めるんじゃなかっ――」


「あなたが辛い時に支えられない私たちはどうなるのですかッ!?」


「――ッ!」


抑えきれなかった。


竹刀を振り捨て、彼女に背を向け走りだす。


「いいのですか、このままで!」


「顔を洗ってくるだけだよっ!」


そう言い残し、少女はこの場所から姿を消した――



蛇口を捻り、面を脱ぎ捨て、手ぬぐいを払って、水飲み場の上に両手を乗せる。

赤く晴れた右手首。


「……っ」


痛みがじわりじわりと広がっていく。


「…………っっ」



全て自分の為にしてくれたこと。


彼女の怒りが、怖れが、厳しさが少女の胸を締め付ける。



そして

彼女が言ってくれた言葉を思い出して、少女は



「……うぅっ……ぁぁああっ…」



優しさを思い出し



「ああぁぁぁっ……あああぁっぁぁあっっ」



大粒の涙を零した


残された彼女は、後輩や先輩、幼馴染から視線を避けるように背を向ける。


「……」


少女の右手に放った一撃。

あの感触を思い出し、恐怖に陥る。

親友にしてしまったことを強く後悔していた。


「……っ」


次第に俯いていく視線と心。


胸の内で嫌悪感が彼女を覆い尽くそうとした時



「……海未ちゃん」


もう一人の親友の声を聞いた。


「……っ」


「……」


後ろで彼女が振り返るのを待っている。

一呼吸置いて向き直った。


「怒りに任せて、私はやってはいけないことをしてしまいました」

「……」


「ほのかも……きっと……」

「戻ってくるよ」


「……っ」


その言葉に息を呑む。


「まだ勝負は終わってないもんね」


それは彼女の持つ一縷の望み。

あれだけのことをしたのだから、離れていっても仕方がないと思っていた。


大切な親友を失ってでもぶつけたい怒り。

憧れていた存在が居なくなったことへの虚無感をなくすため、怒りを湧かせた。



「穂乃果が私を見ていないことに、腹を立てたのです」


「今まで何を目指していたのかと、それまでの努力が虚しさに変わる前に八つ当たりをしただけ……」


「結局、自分の事しか考えていなかった……」


「私は――……」



「……――醜い」



一筋の涙が頬を伝う


自責の念にかられた彼女を

南ことりが包んだ


「ううん――……」

「……!」


「穂乃果ちゃんの悔しさを受け止めたんだよね……」

「……」


「海未ちゃん…が……っ……穂乃果ちゃん……の為に……してきたこと……全部わかってるからっ」

「……っ」


「だから……っ」

「……ことり…?」


しゃくり上げながら言葉を紡ぐ


「そんなこと……いわないで……っ」

「…………」


大粒の涙が零れる。


「……うぅ……っ……ううぅぅ……っ」

「私の代わりに泣いているのですか……?」


ボロボロと流れる。


「わかんない……けど……止まら…ないから……っ」

「……」


抱きしめられた体から今まで感じていた醜悪な気持ちが晴れていく。


「……」


背を向けているのに感じる、少女の存在。


「ことり、もう大丈夫です」

「……うん……っ」


そっと体を離し、大丈夫、と、少し笑って彼女に伝える。


そして振り返り――


「その右手で続けられますか」


「……平気」


少女と対峙する


向けられた剣先に対向するため、竹刀を握り、もう一度向き合う。


「……」

「……」


彼女は立会人として、主将に目線を送った。


「じゃあ、始め」


その言葉と共に、二人の勝負が始まった。


「……」

「……」


二人とも掛け声はない。


「……」


少女――、高坂穂乃果は上段の構えを取る。


「……廃校が決まって、悔しいのはあなただけではないのですよ」


「……うん、……そうだよね」


「ことりだって、真姫だって、生徒会長だって、副会長だって――」


「学校のみんなが……寂しいんだよね……」



目指した夢が遠くへ

叶うと信じ続けてた願いが消えた


「もう説教はいりませんね」


「……」


自嘲気味に笑う彼女は――



「私は今日、あなたを越えます」



今まで以上に集中力を高め、、園田海未は上段の構えをとる。



「……」


「……」



少女の心に確かな意志が宿る。


雨上がりの夜空に月が浮かぶように。

水たまりに反射して輝く朝日のように。


華奢な体に大きな心を。

大きな心に確かな意志を。


「……ッ!」

「……ッ!」


二人同時に踏み込み


そして――


「やぁぁッッ!」

「はぁぁッッ!」


竹刀が振り下ろされ


二つの音が響き渡った。


ひとつの音は、僅かに早く。



――――

―――

――



季節は巡る。


寒く厳しい冬を越え、暖かく穏やかな季節が巡る。


公園の砂場で子どもたちが駆けまわる


「きゃっきゃ!」


「まてまて~!」


「こっちだよ~!」



そこへ一つの意志が光から降りた


「……」


「うわっー!」


驚いて尻餅をつく男の子


「……にゃ?」


「どこから来たのー!?」

「ネコだ~!」

「わーい!」


尻尾を掴もうとする無邪気な手を躱し、滑り台の階段を昇る


「……」


右左と辺りを見回し


「……?」


違和感の正体を探す。


「まってよ~」


「まてまて~い」


女の子と男の子が階段を昇ってくる。


「にゃ」


鳴き声とともに滑り降り、走り去っていった。


「あ~、にげちゃった~」

「にゃ~にゃ!」

「ちぇ~」




――

―――

―――― 季節は春





―― 高坂穂乃果 高校3年生 ――





―― 放課後:音ノ木坂学院校門前


猫『やはり、時間のズレが起こったようですね』


「あれ……?」


猫『……星空凛』


凛「ネコにゃ~!」

タッタッタ


猫『どうしていつも私を追ってくるのですか』

テッテッテ


凛「あ、逃げた! 待て~!」



―― 部室棟前


「かよち~ん!」


花陽「凛ちゃん……?」


猫『小泉花陽……? なぜそんな格好を……』


凛「そのネコを捕まえるにゃ~!」

花陽「え、えぇ!?」


猫『情報を収集するためにも早く合流しなくてはいけませんね』

テッテッテ


花陽「あ、あぁ……行っちゃった」

凛「待つにゃ~!」

ダダダダッ

花陽「り、凛ちゃん! 集合の時間だよぉ~!」


「すぐ捕まえるから平気~!」


花陽「……何が平気なんだろ?」


―― 中庭


猫『あのベンチで――』

ササッ


凛「よいしょー」ピョン

スタッ

凛「待て待て~!」

タッタッタ


猫『軽く飛び越えましたね。……身体能力は上がっているようです』



「ほのちゃんは?」

「図書館かな?」

「え、どうして」

「料理の本を借りるんだって」


猫『西木野真姫と南ことり』


凛「……」ソローリ


猫『二人が一緒に並んでいるということは……関係に変化はないということ――』

凛「にゃー!」

猫「にゃ!?」

凛「つ~かまえた~♪」

猫『不覚です……』


真姫「あ……」

ことり「あ、凛ちゃん」


凛「西木野さんにことり先輩……今帰るんですかぁ?」


真姫「……」

ことり「うん、今日は部活無いから」

凛「そうですかぁ」

猫「……」

真姫「ネコ?」

凛「うん、ネコ」

ことり「……?」

猫『はやく、情報の分析をしたいのですが』

真姫「餌が欲しいのね」

ことり「残念だけど、何も持っていないんだよ~」

猫『時間のズレは1年といったところでしょうか』


凛「あ、そろそろ時間だから行かないと」

猫『……降ろすのならなぜ捕まえたのですか』

凛「それじゃあね~、ばいばーい」

タッタッタ

ことり「ばいば~い」

真姫「……」

猫『西木野真姫にはまだ意志の疎通は早いですね。
   やはり、他の二人にしておきましょう』

テッテッテ

真姫「……なんなの、あのネコ?」

ことり「……どこかで見たような……?」

真姫「空似じゃない?」

ことり「うーん…………」

真姫「それより、早く行きましょ」

ことり「……」

真姫「ことちゃん?」


ことり「あ、思い出した……。遠足の時だ」


―― 図書館前



猫『木々の配置も変化していますね』


「まったく……主将として自覚が足りないんですよ」


猫『園田海未』


海未「やはり、強引に連れ戻したほうが……」


猫「……」


海未「いえ……右手のこともありますから、やはりここは私が会議に参加を」


猫「……」


海未「しかし、物事は最初が肝心と言いますから……困りました」

ウロウロ


猫『記憶の引き継ぎは彼女が適任、ということでしょうか』


海未「そうですね、副主将として、私が会議に――」

猫「にゃー」

海未「……ネコ?」

猫「にゃう」

海未「……?」

猫「……」

海未「なんでしょう……」

猫『屈んでください』

海未「妙な感覚ですね」

猫『仕方がありません』ゴロン

海未「……?」

猫「にゃー」

海未「お腹を撫でて欲しいのでしょうか」

猫「にゃ」

海未「犬みたいなネコですね……」ナデナデ

猫『失礼します』ピョン

海未「うわっ!?」

猫『少しでいいですから、思い出してください』

海未「……!?」

猫『今までの時の流れを、時間の変化を』スリスリ


海未「……うっ」


猫「『前の段階』の記憶を引き継いだはずです」


海未「うぅ……頭が……ッ」


猫「記憶とは情報。やはり多量の情報は脳へのダメージになるようですね」


海未「うぁっ……あぁぁっ……ッ」


猫「……」


海未「いっ…っ……ぁ……」


猫「多すぎたようです、失礼」ピョン


海未「痛い……頭が割れそう……ッ」


猫「少しだけ返してもらいます」

コツン


海未「はぁ……うぅ……ぅっ」


猫「――これは」


海未「はぁっ……はぁッ……」


猫「大変失礼しました、大丈夫でしょうか」


海未「平気……です。……遅いのではありませんか」


猫「申し訳ありません、先ほど地上に降りたものですから」


海未「はぁ……はぁ……ぁ……ふぅぅ……」


猫「……」


海未「……責めるようなことを言いましたが、……遅れてよかったのかもしれません」


猫「記憶を少しだけ覗きました」


海未「かけがえのない時間がありましたから……」


猫「『無駄な時間』など無いということですね」


海未「……ふぅ」


猫「本題に入ってもよろしいでしょうか」

海未「凛と花陽のことですね」

猫「はい」

海未「凛は陸上部へ。花陽はそのマネージャーになりました」

猫「やはり、合唱部へは」

海未「一時期仮入部した後、陸上部へ移動したのです」

猫「……やはり、ここにも影響が…」

海未「穂乃果を呼んできますか?」

猫「いえ、少し考えがあります」

海未「考え……とは?」

猫「『この時間』をもう少しだけ分析したいのです」

海未「……」

猫「7人目にもまだ逢えていない様子」

海未「それより、あなたは、私との約束を……」

猫「分かっているつもりです。
  ですが、そうすることで、高坂穂乃果は『この時間』を忘れてしまいます」

海未「……」

猫「それは――貴女との勝負を忘れてしまうということ」

海未「……」

猫「貴女方、人間にとって酷な選択になるのではないでしょうか」

海未「そう思うのなら、なぜ私たち――いえ、穂乃果に近付いたのですか」

猫「……」

海未「あまり、人の人生を翻弄するような真似をしないでください」

猫「……」

海未「人は皆、『その時、その時』を懸命に生きているのです」

猫「……はい」


海未「……やはり、穂乃果の能力は」

猫「私と行動を共にすることで、知識と経験を重ねているようです」


海未「つまり、高校生活を何度も繰り返し、その過程で能力を身につけた、と」

猫「そう考えるのが妥当です」


海未「……」

猫「ズルだと、思いますか」

海未「当たり前です。……穂乃果の人生をなんだと思っているのですか」

猫「……」

海未「なぜ、穂乃果はあなたと出会ってしまったのですか」

猫「……」

海未「普通の高校生活を享受できていないのでは……」

猫「…………」


海未「……っ」


猫「『時の巡り合わせ』」


海未「……」


猫「かつて、私は高坂穂乃果にしたように、話しかけた人物がいます」

海未「……」


猫「ですが、その人は可能性を秘めていても、私の声は聞こえませんでした」

海未「……」


猫「そして、私は高坂穂乃果を見つけたのです」

海未「……他の人ではダメだったのですか?」


猫「はい。……試みましたが、無駄でした」

海未「……」


猫「……」

海未「もう一つ」

猫「?」

海未「私の家は、『前の段階』では……――日舞の家元で生まれ育っていました」

猫「はい、そうです」

海未「ですが、『今の段階』では……――剣道家の家に生まれています」

猫「そして、弓道部ではなく剣道部へ所属している……」

海未「この違い、まるで夢でも見ているようですが」

猫「その変化を調べるためにも、もう少し情報が欲しいのです」

海未「部へ入る前提がおかしいですよね」

猫「それを伝えるには、『時間の秘密』を教えなければいけません」

海未「『秘密』……?」

猫「後々話すことにします」

海未「……わかりました。穂乃果を呼んできます」


猫「少し、よろしいでしょうか」

海未「……はい?」

猫「もう少し、情報を渡したいので屈んで欲しいのです」

海未「渡したい情報……とは?」

猫「肩へ失礼します」ピョン

海未「……」

猫「記憶を返させてもらいます」スリスリ


海未「え――?」


猫『こちらの身勝手で申し訳なく思います』


海未「――……」


猫『貴女との約束は必ず――』

テッテッテ


海未「ネコ……?」


海未「えっと……私はこれから……どうするんでしたっけ……」


海未「そうです、部長会議へ行かなくては……」


……



―― 3週間後:2年生教室


キーンコーン

 カーンコーン



凛「かーよちん、部活行こ~」

花陽「もうちょっとノートまとめたいから、先に行ってて?」

凛「すぐ終わるよね、廊下で待ってるにゃ~」

テッテッテ

花陽「えっと……倹約令は……」


真姫「……」

スタスタスタ


花陽「あ……西木野さん……」


花陽「……」



……




凛「……」


花陽「おまたせ、凛ちゃん」


凛「……」

花陽「凛ちゃん……?」

凛「あ、終わった?」

花陽「うん……、なにか見えるの?」

凛「ううん、ただ……中庭を見てただけだよ~」

花陽「……」

凛「3年生が卒業して、新入生がいなくて……人が少なくなったなぁ……って」

花陽「……うん」

凛「……」

花陽「……」


凛「行こうっか」

花陽「……うん」


……



―― 梅雨入り:3年生教室


ザァァー---


ことり「雨、降り出して来ちゃったね」

海未「そうですね……」

ことり「……」

海未「……」

ことり「穂乃果ちゃんが……学校を守ろうと頑張ってた理由が、やっと分かった気がする」

海未「……」

ことり「3年生の3クラス、入学してきたかもしれない新1年生のクラス。
    その分の人たちが、居なくなったから」

海未「……そうですね。……来年は、真姫たちの1クラスだけ」

ことり「今よりももっと……」

海未「……はい」

ことり「人が少なくなって、実感するなんて……遅いよね」

海未「それは私も同じですよ」


「……失礼します」


ことり「あ……」

海未「真姫……」

真姫「……?」

ことり「穂乃果ちゃんは部長会議だよ」

真姫「……そう」

海未「合唱部の活動は?」

真姫「……明日からって。……あまり活動的じゃなくなってきたし」

海未「……」

真姫「座ってもいい?」

ことり「どうぞ」

真姫「……ほのちゃん、いつもここから外を眺めているのね」

海未「……」

真姫「うーちゃん?」

海未「……?」

真姫「なんだか、雰囲気が……」

ことり「ちょっと、センチメンタルなの」

海未「否定はしませんが」

真姫「……」


ことり「近いうちに、みんなで寄り道しない?」

海未「……そうですね。最近はそういう息抜きがなくなってきていましたから」

真姫「……」

ことり「真姫ちゃんはどう?」

真姫「……え?」

海未「話を聞いていませんでしたね。……考え事ですか?」

真姫「うん……。ほのちゃんには悪いんだけど……私は、人が少なくなって気が楽だと思ってたの」

ことり「……」

真姫「……だけど、……ね」

海未「……だけど?」

真姫「去年は、……廊下を歩いているだけで人の話し声が聞こえた」

ことり「……」

真姫「……だけど、……最近は……その声が聞こえなくなってる」

海未「……」

真姫「賑やかなのって……苦手だけど、嫌いじゃないから」

ことり「……うん」

海未「…………」


真姫「はぁ……どうして、私まで感傷的になってるのよ


海未「……こういう時は、穂乃果の元気を分けてもらいましょう」

ことり「うん、そうだね……そうしよう!」

真姫「……」コクリ


……




―― 2日後:2年生教室


「星空さ~ん」


凛「?」


「お客さ~ん」


凛「はーい」


テッテッテ


花陽「?」


真姫「……あ」


ことり「ごめんね、突然」

凛「いいですよ~。どうしたんですか?」

ことり「明日か明後日、みんなで遊びに行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?」

凛「凛もですか?」

ことり「もちろん、花陽ちゃんも一緒に」

凛「……」

ことり「急でごめんね、穂乃果ちゃんの提案だからいつも……」

凛「それはいいんですけど……」

ことり「部活で忙しいかな?」

凛「そうでもないんですけど……。……えっと」

ことり「真姫ちゃんと花陽ちゃんを仲直りさせようって計画だから」

凛「そうですよね……」

ことり「どうかな?」

凛「分かりました! かよちんの方は凛がなんとかします!」

ことり「うん、ありがとう~」

凛「お礼を言うのはこっちですよ~。それじゃあ、日にちが決まったらまた教えてください」

ことり「うん……、それじゃ……真姫ちゃんをお願い」

凛「は~い。……西木野さ~ん!」


真姫「次は私……?」


ことり「あのね――」


花陽「……」

凛「かーよちん! 明日か明後日のお休み、予定空けておいてね」

花陽「うん……?」

凛「みんなで遊びに行こうって」

花陽「……西木野さんも……だよね」

凛「そろそろ仲直りした方がいいよ?」

花陽「……け、ケンカしてるわけじゃないんだけど……」

凛「でも、苦手意識持っちゃってるよね」

花陽「…………」

凛「何があったか、今まで聞かなかったけど……高校生活、あと2年しかないんだよ?」

花陽「……うん」

凛「ことり先輩たちが卒業しちゃったら……もっと――」

花陽「……」

凛「……」

花陽「……ごめんね」

凛「どうして謝るの?」

花陽「……」


……




―― 2日後:駅前


ことり「どこ行っちゃったんだろ、穂乃果ちゃん……」

海未「まさか、私たちを置いて先に行ったのでは……!」

真姫「電話してみる……」

ピッピッピ


ことり「あ、凛ちゃん花陽ちゃん! こっちだよ~!」

凛「おはようございま~す」

花陽「お、おはようございます」

海未「はい、おはようございます」


真姫「……」


真姫「……あ、もしもし……いまどこ――え?」

海未「どこに居るのですか?」

真姫「どうして……うん……あ、そうなの……」

ことり「?」

凛「初めてだね、こうやって遊ぶの~」

花陽「うん……」


真姫「わかった。……今から行くね」

ピッ

海未「何かあったのですか?」

真姫「なんか、……変な人に絡まれてるみたい」


海未ことり「「 え!? 」」

凛「にゃ?」

花陽「変な人……?」


―― ファーストフード店


真姫「うーちゃん、これを使って」

海未「傘ですか……、そうですね、備えておいた方がよさそうです」

ことり「あぶないよっ」

花陽「あ、いた……」

海未「どこの誰ですか、穂乃果に絡んでいる人はっ」


「いいわね、学生はお気楽で」

「そっちだって、去年まで学生だっんでしょ?」


凛「……女性だね」

海未「……」

真姫「誰なの……?」

ことり「さ、さぁ……?」

花陽「……?」


「私は立派な社会人よ」フフン

「さっき、フリーターって言ってなかった?」

「うぐ……」


海未「穂乃果……?」

穂乃果「あ、うみちゃん……みんな来たんだ?」

真姫「あんな事言われたらみんな気になるから……」

穂乃果「あんなって?」

「あんた、私の事を変な人、って言ったでしょ」

穂乃果「だって、本当に変な人だと思ったんだもん」

「失礼ね!」

ことり「そちらの方は……?」

穂乃果「あ、えっと……お名前は?」

「私の名前は、やざ――」

真姫「早く行きましょ」

凛「楽しみが待ってるにゃ」

「人が自己紹介してるのに、あんたたち本ッ当に失礼ね!」

穂乃果「まぁまぁ」

「類は友を呼ぶのよ、ふんっ」ガタッ

穂乃果「あ、帰るの?」

「これから面接よ。……それじゃ、ちゃんと返すから」

穂乃果「気にしなくていいのに。……えっと、携帯電話の番号、交換しとこうか」

「信用しなさいって。一週間後に、ここでね」

スタスタスタ

穂乃果「ばいばーい」


海未「デジャヴでしょうか、どこかで会ったような……?」

ことり「……うん」

真姫「どうしてこんな店に入ったの?」

穂乃果「待ち合わせより早く来ちゃって……のんびり待っていようと」

真姫「……あの人は?」

穂乃果「お会計の時に、隣で困ってたから。財布を忘れてきちゃったんだって」

海未「妙な縁ですね……」

花陽「……」

ことり「来週に返すって……」

穂乃果「ジュース代だけだから、払ってもいいかなって」

凛「お人好しすぎるにゃ」

穂乃果「悪い人には見えないから。……じゃあ、行こうっか!」

真姫「行くって、どこに行くの?」

凛「あれ、決めてないの?」

真姫「ほのちゃんに任せてあるから」


穂乃果「……」


ことり「忘れてた、って顔をしてるね……」

花陽「あはは……」

穂乃果「だって、部活で忙しかったんだもんっ」

海未「仕方がないですね。……飲み物買ってきますから、ここで決めましょう」

凛「あ、凛が行きま~す」

花陽「そ、それじゃわたしも……」

ことり「お願いね~」

真姫「……」

穂乃果「カラオケとかいいよね~……ごくごく」

海未「ほのか……右手に痛みは……」

穂乃果「もぅ……半年以上も前の話だよ、完治してるよ!」

海未「お、大きな声で言わなくても……」

穂乃果「毎日毎日毎日毎日言わなくてもいいでしょ……!?」

ことり「す、ストレスになってるみたいだよ」

海未「しかし……」

穂乃果「しかしじゃないよ……文字も書けるし、稽古にだって全然問題無いんだから」

海未「やはり……」

穂乃果「やはりじゃないよ! うみちゃん、次言ったら本当に怒るよ?」

海未「……」


真姫「うーちゃん」

海未「……?」

真姫「本当に、ほのちゃんの右手に痛みが出てきたら、言えなくなると思う」

ことり「うん、海未ちゃんに心配させないようにって、痛みを我慢して言わなくなるよ」

穂乃果「……」

海未「……」

穂乃果「あの後、うみちゃんが手当してくれて、色々とフォローしてくれたでしょ」

海未「…………」

穂乃果「『あの時』を思い出すと、右手首が痛くなる気がするけど……」


穂乃果「うみちゃんが言ってくれたこと、してくれたことを思い出せるから」


穂乃果「もう、大丈夫だから」

海未「……」

穂乃果「心配なんてしなくていいんだよ?」

海未「……はい、分かりました」

穂乃果「うん」

海未「……」

穂乃果「それより、あの勝負って、どっちが勝ったの?」

海未「わからないのですか?」

穂乃果「主将が卒業式に教えてやる、って言ってたけど、言わずに卒業しちゃったし」

海未「……そうですか」

ことり「ポテトも買ってくるね。真姫ちゃんも行こう?」

スタスタ

真姫「う、うん……?」


ことり「~♪」

真姫「ことちゃんは、知ってるみたいだけど……?」

ことり「勝負の結果?」

真姫「……うん」

ことり「海未ちゃんを見ていたら分かるよ~」

真姫「……」


穂乃果「ねぇ、うみちゃん」

海未「……?」

穂乃果「もし、あの決勝戦で私が勝っていたら……変わっていたのかな?」

海未「『あの時』にも言いましたが、あの試合は持てる力の全てを出した結果だと思いますよ」

穂乃果「そうじゃなくて。……えっと」

海未「穂乃果が……いえ、私たち5人が圧倒的な差で勝つことができれば、
    注目度が上がるのではないかと、言うことですか?」

穂乃果「う、うん……」

海未「私たち、音ノ木坂学院の剣道部はどの学校もノーマークでした。
    そんな5人が最強と云われる相手校を下したのです。注目を集めるには十分ですよ」

穂乃果「……」

海未「例え、穂乃果の言う勝利を掴んだとしても、
    廃校を阻止することはできなかったのではないかと」

穂乃果「……そっか」

海未「……」

穂乃果「そうだね、うん」

海未「どうして、そこまで拘るのですか?」

穂乃果「どうしてだろうね。……『分岐点』のような気がして」

海未「……」

穂乃果「気にせずにはいられないんだよねぇ……」

海未「いま気にするのは、そのことより……中間試験のことだと思いますが?」

穂乃果「……また、授業のノートを写してくれると嬉しいな~♪」

海未「甘えないでください。もう右手は治ったと聞いたばかりですよ」

穂乃果「あはは、そうだよねぇ……」

海未「今回だけですよ」

穂乃果「あまっ、甘すぎるようみちゃん!?」


凛「何を盛り上がっているのにゃ?」

花陽「……?」

穂乃果「なんでもない、どこ行くか考えた?」

凛「凛は、ボウリング!」

花陽「わ、わたしは……温泉とか」

穂乃果「高校生が休日に行くところじゃない気がするけど……」

ことり「私は浅草の遊園地~♪」

真姫「……」

海未「顔に何かついてますか……?」

真姫「あ、ううん、なんでもない」

海未「……?」

穂乃果「それでそれで、どっちが勝ったの?」

海未「あの時の感覚を思い出してください。そうしない限り教えません」

穂乃果「もう忘れちゃったよぉ……!」

真姫「ほのちゃん」

穂乃果「ま、いいや。早く決めちゃおう」

真姫「……うん」

穂乃果「よぉーし! 今日はたくさん遊ぼう~!」



海未「そうでなくては……悔しいじゃないですか」



……



―― 1週間後:道場


海未「……あれ?」


穂乃果「よぉーっし、次ー!」

後輩「お願いします!」


海未「ほ、穂乃果……? どうしてここにいるのですか」

穂乃果「え?」

海未「先週、約束をしましたよね」


穂乃果「……――あ」


海未「忘れていたのですか……」

穂乃果「ど、どうしよう」

後輩「主将?」

穂乃果「ご、ごめん、ちょっと待ってて!」

タッタッタ


海未「仕方がありません。代わりに私が引き受けます」

後輩「よ、よろしくお願いします!」

海未「……?」

後輩「……」ゴクリ

海未「どうしてそんなに緊張するのですか?」


同学年「園田さん、普段は落ち着いてるけど、竹刀を持たせたら……ねぇ?」

同学年「ねぇ?」


後輩「……っ」ビクビク

海未「え、……怯えている!?」ガーン



―― 更衣室


穂乃果「お願い真姫ちゃん!」


『放っておいていいんじゃないの?』


穂乃果「一応、約束だから……待たせるのも悪いよ」


『ほのちゃんの頼みだから、一応行ってみるけど……』

穂乃果「ありがと~! 今度埋め合わせするからね、お願いね!」

『……うん』


プツッ


穂乃果「はぁー、よかった」



―― ファーストフード店


真姫「……そういえば、相手の顔……覚えてない」


―― 店内


「そろそろ来ると思うんだけど……」


―― 外


真姫「まぁ、あの髪型を見ればすぐ分かるわね」


―― 店内


「雑誌持ってきたっけ……?」ガサゴソ


―― 外


真姫「……店内にも居ないし」


―― 店内


「ふむふむ」


―― 外


真姫「ふぅ……」



―― 店内


「なるほど、私に足りないのは話題なのね」



―― 外


真姫「ほのちゃん……、気にしなくてもいいのに……」


―― 店内


「ふむふむ」



……




―― 30分後:ファーストフード店・外


真姫「遅すぎ……」



―― 店内


「遅いわね……。名前は確か……ホノ……ホノ……ホノルル」


―― 外


真姫「……」


―― 店内


「暇すぎてバカなこと言ってしまったわ……」


―― 外


真姫「帰ってもいいわよね……」


―― 店内


「あの子、ずっと誰かを待ってるみたいだけど……」



―― 外


真姫「でも……ほのちゃんの頼みだし……」



―― 店内


「カレシでも待ってるのね……、きっと」



―― 外


真姫「はぁ……」



―― 店内


「ため息吐いてる……?」


―― 外


猫「にゃ」

真姫「?」

猫「にゃー」

真姫「餌なんてないわよ?」

猫「にゃーにゃ」フルフル

真姫「そうじゃないって?」

猫「にゃー」

真姫「言葉がわかるみたいね。って、そんな訳ない……なにしてんのよ、私は」


―― 店内


「急にしゃがみこんで……――体調を悪くしたの!?」ガタッ


―― 外


真姫「撫でてほしいのね」

猫「にゃーにゃ」フルフル

真姫「違うの?」

猫「にゃー」コクリ

真姫「え……もしかして、本当に言葉がわかるの?」

猫「……」

真姫「……?」


「ちょっと! 大丈夫!? って、猫と話してたんかーい!」


真姫「な、何この人……」


「ぐっ……つい、ツッコミを……」


猫「にゃー」ペシペシ

「ちょっと、なにすんのよ……?」

真姫「飼い主を迎えに来たのね」

「私のネコじゃないわよ」

真姫「?」

猫「……」

テッテッテ


真姫「……なんなの、あのネコ?」

「あんた、待ち合わせしてたんでしょ?」

真姫「……」

「お互い振られた者同士、ちょうどいいわ。奢るから中に入りましょ」

真姫「…………」


―― 店内


「振り回されて、あんたも大変ね」

真姫「べつに……」

「待っている人はどういう人なの?」

真姫「……ツインテールよ」

「え……そういう趣味があるの!?」

真姫「……人の髪型にどうこう言うのおかしいんじゃない?」

「そ、そうね……。意外と寛大なのね、あんた」

真姫「?」

「今日は髪を下ろしてきて正解だったわ……」

真姫「これだけ待っても来ないってことは、すっぽかされたみたいね……」

「高校生よね、何年生?」

真姫「2年」

「青春真っ盛りじゃないの」

真姫「……」

「……学校楽しい?」

真姫「はぁ……?」

「変なこと聞いたわ……」

真姫「いくつ?」

「今年高校を卒業したばかりよ」

真姫「ふぅん……」

「駅を幾つか渡ると、有名な進学校があるでしょ?」

真姫「見かけによらず頭いいのね」

「その隣の……高校なんだけど」

真姫「あ、そう……」

「あんた一言余計よ。無駄に傷ついたじゃないの」

真姫「このジュースおいしい」

「誤魔化し方も一流ね」

真姫「ほのちゃんの真似……。高校生活、楽しくなかったの?」

「あんた、いちいち傷を抉ってくるわね……!」

真姫「話題を振ったのはそっちでしょ……!」

「まぁいいわ。……バイトばっかりだったから、高校生活なんてあってないようなもんだったわ」

真姫「……」

「これから先、『あの時間』を思い出そうとしても……思い出せない。それほど希薄な高校生活よ」

真姫「…………」


「……悪かったわね、変に愚痴っちゃって」

真姫「べつに……いいけど」

「見かけによらず、いい子ね、あんた」

真姫「話を聞いただけでしょ」

「見ず知らずの人の話なんて聞かないでしょ、普通」

真姫「……そっちだって、見ず知らずの人に奢ったりなんかしないでしょ、普通」

「じゃあ、普通じゃないのよ。先週、同じように普通じゃない人に出会ったけど」

真姫「…………」

「そろそろ帰るわ」ガタ

真姫「待ち合わせはいいの?」

「時間の指定してなかったから、もう帰ったのかも。
 またどこかで逢えるでしょ。……それじゃ」

真姫「……さっきの」

「……?」

真姫「さっきの質問だけど……」

「……」

真姫「楽しいわよ」

「そう、よかったじゃない」

真姫「……」

「じゃあね」

スタスタスタ


真姫「……」


……




―― 翌日:2年生の教室


真姫「来なかった」

穂乃果「あ、そうなんだ……ありがとね」

真姫「ううん、それくらい……」

穂乃果「……」

真姫「どうしたの?」

穂乃果「ううん、なんでもない。しょうがないよね」



……



―― 夏休み初日:駅前


穂乃果「集合~!」


海未「……」

穂乃果「えっと……今日から強化合宿が始まります! 気合入れて頑張りましょう!」


部員「「 はい! 」」


穂乃果「よし、それじゃあ出発ー!」


後輩「今年もありがとうございます、南先輩っ!」

ことり「部外者の人が付いて行って邪魔じゃないかな……って……」

後輩「いえいえ、とんでもないです! 新入部員もいなくて人が少ないから助かるくらいですよ!」

ことり「そう言ってくれると嬉しい」

真姫「……私はなにもできないけど」

穂乃果「ことりちゃんと一緒に居てくれるだけでいいよ~」

真姫「……邪魔じゃない?」

穂乃果「ううん、人の多い方がいいから」

真姫「……うん。よかった」

穂乃果「まさか2年連続で全国へ行けるなんてね!」

海未「そうですね、日々の鍛錬の賜物でしょうか」

穂乃果「ついでに2連覇なんかしちゃったり~」

海未「調子に乗りすぎです」

穂乃果「あはは、だよねぇ」


「……――あ、ちょっと」


穂乃果「?」


「私よ私!」


穂乃果「……?」

海未「誰です?」

ことり「誰?」


「あ、あんた……『あの時』の……!」


真姫「私……? あなたは誰?」


「少し話ししたでしょ?」


真姫「?」


穂乃果「なんだ、真姫ちゃんの知り合いなんだね」

海未「穂乃果に話しかけたような気がしますが……」

ことり「邪魔しちゃ悪いから、先に行ってるね」

穂乃果「乗り遅れないでね~」

海未「真姫に限ってそれはありませんよ」

スタスタ


真姫「お、置いていかないでっ」

タッタッタ


「こらー! 名前知らないけど、あんたよあんた!」


穂乃果「夜は肝試しもしようね」

ことり「去年は怖かった~」

後輩「主将が本気出して怖がらせにきましたからね」

海未「言っておきますが、遊びに行くわけではありませんよ」

穂乃果「その台詞、去年も聞いた」


「お願い! 無視しないでっ!」


穂乃果「……え? 私?」

「そうよ、私のこと忘れたの?」

穂乃果「……あぁ!」

「やっと思い出した?」

穂乃果「去年の大会で私と試合をした――」

「違うわよ! 誰と勘違いしてるのよ!」

真姫「なんなのこの人……変な人」

穂乃果「変な人? ……あ、あぁ、財布を忘れた人」

海未「あぁ……」

ことり「思い出した」

「ちょっと待って、変な人ってキーワードで思い出してない?」


後輩「あの、主将?」

穂乃果「あ、ごめんね。先にホームへ行っててくれるかな」

後輩「わ、分かりましたぁ」


「あんたが主将? 人は見かけによらないわね」

穂乃果「フフン。ちなみに音ノ木坂学院の剣道部です」フフン

「ふぅん……」

穂乃果「あ、あれ……、あまり知られてない?」

海未「こういうものだと思いますよ」


穂乃果「あんまり注目されないんだね……」

「……?」

ことり「去年、全国優勝したんだけど……」

「へぇ、凄いじゃない」

真姫「バイトで忙しかったから……だから知らないのよきっと」

穂乃果「フォローありがと、真姫ちゃんっ」

真姫「べ、べつにフォローじゃなくて……」

「……あんたたちって、仲いいのね」

穂乃果「幼馴染だからね」

「……」

穂乃果「……?」

「待たせてるでしょ、早く行かなくてもいいの?」

穂乃果「おっと、そうだった」

「今度逢った時は、私が奢るから予定空けておきなさいよ」

穂乃果「そんなの気にしなくてもいいのに。それじゃあね~」

海未「それでは」

ことり「それでは~」

真姫「……それじゃ」

「あ、ちょっと待って、つり目のあんた」

真姫「……なによ」

「ネコ見なかった?」

真姫「……ネコ?」

「『あの時』のネコよ。……私の目の前に現れて、追いかけてきたらあんたたちが居たのよ」

真姫「……見てないけど」

「偶然にしちゃ出来すぎだと思って。……それだけだから気にしなくていいわ」

真姫「……」

「じゃあね」

スタスタスタ


真姫「ネコ……ね」



……




―― 秋:剣道部道場


後輩「高坂先輩ぃぃ~!」

穂乃果「引退といっても去年の主将みたいに、たまに顔を出すから」

後輩「お願いします! たまにじゃなくて毎日でもいいですから!」

穂乃果「それじゃ、引退にならないよ」

後輩「引退しないでくださいっ!」

穂乃果「……」

後輩「本音を言うと、寂しいです。3年生が引退しちゃったら、部員は3人だけ……」

穂乃果「……うん」

後輩「あ……ごめんなさい、勝手なこと言って。……たまにでいいので、必ず顔を出してくださいね」

穂乃果「……うん!」


海未「……」


……



―― クリスマス:穂乃果の部屋


穂乃果「雪振らないかなぁ」

ことり「夜更け過ぎに降るかもしれないよ」

穂乃果「ホント?」

ことり「あ、でも……期待しない方がいいかも。降水量低かったし」

穂乃果「なぁんだ……」

ことり「2年前……私たちが1年生の頃、大雪降ったよね」

穂乃果「うん、降った降った」

ことり「その時も……、私たち一緒だった」

穂乃果「うん、一緒だった」

ことり「今年は……二人だけだね」

穂乃果「うん……、海未ちゃんと真姫ちゃんがいないね」

ことり「……」

穂乃果「……」

ことり「出かけようか?」

穂乃果「そうしよっか!」


コンコン

「おねーちゃん~?」


穂乃果「雪穂も連れて行こう」

ことり「そうしよう~♪」


「あ、居るんだ」


ピンポーン



「今日はお客さん多いな~。中へどうぞ」

タッタッタ


穂乃果「誰か居るの?」


コンコン

「……お邪魔するね」


ことり「この声……」

穂乃果「真姫ちゃん?」


スーッ


真姫「……」

ことり「外せない用があるって……」

真姫「こっちのほうがいい」

穂乃果「お家のパーティ、抜け出してきたんだ?」

真姫「……うん。だって、つまらないから」


穂乃果「そっかそっか~」

ことり「えへへ~」


真姫「……な、なに?」


穂乃果ことり「「 なんでもない~♪ 」」


真姫「二人より、三人がいいでしょ?」

穂乃果「うん!」

ことり「あ――……」


海未「三人より、四人はどうですか?」


穂乃果「うみちゃんまで!」

ことり「道場は?」

海未「父が、手は足りてるというので」


穂乃果「来たばっかりで悪いけど、出かけるよ!」

真姫「どこへ?」

ことり「イルミネーションが綺麗なところがあるから、そこに行こう~!」

海未「それはいいですね」


穂乃果「雪穂ー! 出かける準備してー!」


「わかったー」


……



―― 正月:神社


穂乃果「どうか、どうか今年こそは――……」ブツブツ

海未「みんなが平穏無事に過ごせますように」

ことり「いつまでも一緒に居られますように」

真姫「……――。」



「変やなぁ、どこ行ったんやろ、あのネコ……」

スタスタスタ


ことり「……あれ?」

海未「どうかしたのですか?」

ことり「いま、副会長さんの声が聞こえたような……」

真姫「参拝が終わったなら移動しましょ」

穂乃果「よぉっし! お願いします神様!」パンパン


ことり「やっぱり居ないよね……、久しぶりに逢えると思ったんだけど」

海未「確か、神社のような場所は相性が悪いと言っていたので、勘違いだと思いますよ」

ことり「……うん、そうだよね」


穂乃果「次はおみくじだっ!」

タッタッタ

真姫「ほのちゃんっ、ちょっと待って!」


……



―― 2月21日:2年生の教室


凛「卒業式までもう少しだね……」

花陽「……うん」

凛「……」

花陽「『時間』はたくさんあったはずなのに……」

凛「かよちん……」

花陽「色んな選択を間違えちゃった気がする……」

凛「そんなことないよ」

花陽「…………」

凛「かよちん、マネージャーとして頑張ってたの、凛知ってるよ?」

花陽「……」

凛「勉強も、うさぎの世話も……とっても頑張ってたよ」

花陽「……」

凛「間違えてないよ、ぜったい」

花陽「でも……」

凛「でも?」

花陽「……ううん、なんでもない」

凛「もぅ! かよち――」


猫「にゃ」


凛「え?」

花陽「ど、どうして学校にネコが……?」


猫「……」


凛「……?」

花陽「……?」

猫「……」チョンチョン

凛「どうして凛の足を……?」

花陽「遊んで欲しいのかな……?」

猫「……」

テクテク

凛「ん~?」

花陽「……」


猫「にゃ」

テッテッテ


凛「付いて来いって言ってるにゃ!」

タッタッタ

花陽「り、凛ちゃん!」


―― 音楽室


~♪


凛「あれ……この曲……」

花陽「はぁっ……はぁ……こ、これは――」


花陽「――西木野さんのピアノ」



~♪


凛「中学の卒業式で流れた曲だよね」

花陽「うん……、主よ人の望みの喜びよ……という曲」

凛「……かよちん」

花陽「……」


凛「合唱部で歌いたかったでしょ?」

花陽「……っ」


凛「音楽、今でも好きだよね」

花陽「好き……だけど――」


……~♪


凛「曲が変わった……」

花陽「カノン……」


凛「かよちん、穂乃果先輩たちが卒業するまであと1周間しかないよ」

花陽「……」

凛「言い方を変えたら……1周間もある」

花陽「……うん」


凛「……」

花陽「……」


凛「一人で扉を開けないなら、凛と一緒に開こう?」

花陽「……うんっ」


凛「じゃあ、開けるよ」

花陽「……」


ガラガラ


真姫「…………」

~♪


ことり「……?」

海未「……」

穂乃果「……あ」


凛「……」

花陽「……」


真姫「……?」


穂乃果「続けて、真姫ちゃん」

真姫「う、うん……」


~♪


ことり「こっちに座って、二人とも」

凛「はぁい」

花陽「……」


……




真姫「……ふぅ」

穂乃果「おぉ、いつ聞いても真姫ちゃんの演奏はいいよぉー」パチパチパチ

海未「よかったですよ」パチパチ

ことり「素敵♪」パチパチ

真姫「あ、ありがと」

凛「いい音色だったにゃ~」パチパチ

花陽「……」パチパチ

真姫「……」


穂乃果「じゃあ、次は~」

海未「ショパンのノクターンをお願いします」

穂乃果「あぁっ、待ってよ、ドビュッシーの月の光だよ!」

海未「ほのか……あなた、その曲を真姫の演奏以外で聞いたことないですよね」

穂乃果「そ、そうだけど?」

海未「曲に対しての思い入れが浅いのです」

穂乃果「そんなことないよ!?」

ことり「トロイメライをお願い♪」

真姫「……うん」

穂乃果海未「「 ……え 」」


凛「卒業式のピアノの練習ですか?」

ことり「そうだよ。卒業証書授与式で真姫ちゃんが生演奏を弾くことになってるの」

花陽「……すごい」


真姫「……」


穂乃果「その次は、ちゃっちゃっちゃちゃらら~って曲ね!」

海未「それは卒業式に向いていません」


真姫「……」


ことり「真姫ちゃん?」

凛「?」


真姫「どうして、合唱部を辞めたの?」

花陽「……!」


穂乃果「……?」


真姫「……」

花陽「ひ、人前で……歌うの……怖くて……っ」

真姫「……そう」

花陽「……ご、ごめんなさい」

真姫「べつに……」

花陽「……」


凛「……」


真姫「……」


穂乃果「……」

海未「?」

ことり「……」


真姫「去年の……夏前」

花陽「……?」


真姫「ある人に言われたの。学校は楽しいか、って」


真姫「その時は楽しい、って答えたけど……」

穂乃果「けど?」

真姫「合唱部と吹奏楽部の練習に参加してたけど……物足りなかった」

穂乃果「……」

花陽「……」

真姫「部の人達はみんな、練習熱心だったけど、私は客人扱いだったから、
    一緒に頑張ってるって気がしなくて」


真姫「苦手なものがあるのなら――」

花陽「……っ」ビクッ

真姫「一緒に克服できたらよかったのに……ね」

花陽「――!」


真姫「……ほのちゃんとうーちゃん、ことちゃんたちのように――」


真姫「かけがえのない、何かが手に入ったのかも」スッ

~♪


凛「……」

花陽「西木野さん……」


海未「……」

ことり「……」

穂乃果「……」


~♪


猫「……」


穂乃果「……ん?」


猫「……」ピョン


穂乃果「ね、ネコ!?」


猫「……」スリスリ

穂乃果「ちょ、ちょっとくすぐった――」


猫「高坂穂乃果、貴女には『分岐点』が見つかったはずです」

穂乃果「わっ!?」


海未「穂乃果……真姫の演奏中にネコと遊んで……――ネコ?」

ことり「あれ……どうしてネコちゃんが?」

猫「……」

穂乃果「あれ、今喋らなかった?」

猫「はい」

穂乃果「喋った!?」


海未「穂乃果……」

ことり「穂乃果ちゃん……」

凛「穂乃果先輩……」

花陽「……っ」

真姫「ほのちゃん……」


穂乃果「寂しい目で見られてる!?」

猫「この場にいる全員に意思の疎通を図ります。手を貸していただけますか、高坂穂乃果」

穂乃果「え、……うん」


……




真姫「ちょ、ちょっとやだっ」

穂乃果「うひひ、大丈夫だからぁ」

真姫「ほ、ほのちゃんやめてっ」

穂乃果「うっひひひひ」

猫「……」


海未「遊んでいないで、はやく額を合わせてください」


穂乃果「だって、怖がる姿が可愛いんだもん」

真姫「やぁぁっ」


凛「猫とお喋りできるなんて夢のようにゃ~」

花陽「ひょっとしたら……夢なのかも……」


穂乃果「ほら、動かないで」

猫「……」

真姫「ひっ」

穂乃果「ほらほら~」

猫「失礼します」


コツン

真姫「ち、近い……――くしゅっ」

猫「!」

穂乃果「どう?」

真姫「……聞こえないけど」

穂乃果「あれ?」

海未「個人差があるのでしょうか?」

猫「どうして貴女方は毎回くしゃみをするのでしょうか……」クシクシ


真姫「ぅぇぇぇっ!?」


穂乃果「あ、聞こえているみたい」

海未「それで、あなたは何者なのですか?」

猫「私の話は一先ず置いておきましょう。
   次は、7人目の居る場所へ移動します」

穂乃果「7人目?」

猫「話はその途中で」


……




―― 駅前


花陽「人が多いね……」

凛「この中から誰かを探すなんて無理にゃ~」

海未「……そうですね」

ことり「猫ちゃん、その人の特徴は?」

猫「最近、彼女は髪を切りましたから、特徴が無くなったので伝えられません」

ことり「その人の特徴って髪型だけなんだね」


真姫「ね、猫が……喋って…っ」

穂乃果「怖くないよ~?」

真姫「お、おかしいわよ、この現象っ」


凛「西木野さんが穂乃果先輩の後ろに隠れてる~」

花陽「……」

真姫「――!」ハッ


穂乃果「それで、その7人目さんから『もう一つの分岐点』を聞き出せばいいんだね?」

猫「そうです」

海未「『過去』を変えるなんて……」

ことり「うーん……」

凛「難しいことは分からないにゃ」

花陽「……」

凛「かよちんは、『過去』が変わればいいって思う?」

花陽「……わたしの世界が変わるなら――」



猫「斜め向かいにいる人物がそうです」

穂乃果「……?」


「……」


猫「高坂穂乃果、彼女を近くの公園へ連れてきてもらえますか」

穂乃果「わ、わかった!」

テッテッテ


穂乃果「えっと、すいません」

「……なに?」

穂乃果「えっとぉ……お話を聞いて欲しいんですけどぉ」

「絵なら買わないわよ?」

穂乃果「そうじゃなくって……」

「高校生じゃないの? ダメじゃないそんなバイト、今すぐ辞めなさい!」

穂乃果「説教されちゃった……」


猫「……」

海未「なんだか、話が面倒な方向へ流れているようですが……」

ことり「あの人……どこかで……」

真姫「……あ、変な人」

凛花陽「「 変な人? 」」



―― 公園


穂乃果「高坂穂乃果と言います」

「ふぅん……ホノカ……ほのか……どこかで聞いた名ね」

穂乃果「今年度の全国大会で3位を掴みました音ノ木坂学院の剣道部主将です!」

「あぁ……それそれ。……って、『あの時』の!」

穂乃果「『あの時』……って、どの時?」

「去年の夏に逢ったでしょ! あんたにすっぽかされたこともあるわよ!」

穂乃果「……?」

「なんでいつも忘れてるのよ……えっと……髪をこうして、ツインテールしてたのよ」

穂乃果「あぁ……変な人」

「……帰る」

穂乃果「あぁっ、ちょっと待って!」

「なんなのよ?」

穂乃果「えっと……どうするの?」

猫「先ほど話したと思いますが」

穂乃果「そうそう、私たちの学校――……音ノ木坂学院へ入学するにはどうすればいいか、だよね」

「……はぁ?」

海未「すいません、話が見えないと思いますが、とりあえず、自己紹介から」

ことり「南ことりです」

海未「園田海未といいます」

真姫「……西木野真姫」

凛「星空凛!」

花陽「こ、小泉花陽……です」

穂乃果「高坂穂乃果です!」

「なにコレ」



穂乃果「いきなり自己紹介されても困るよねぇ……、それで、あなたの名前は?」


「――矢澤にこ……」


穂乃果「にこさんですね」

にこ「……」

穂乃果「話を戻しますけど……、えっとぉ……にこさんが高校を選択した決めてってなんですか?」

にこ「なんのアンケート?」

穂乃果「にこさんに音ノ木坂学院へ入学して欲しくて」

にこ「ちょっと……なんなのこの子!?」

海未「いえ、穂乃果は至って正常です」

にこ「わ、悪いんだけど、用事があるからっ」

真姫「ま、待って、今帰られたらほのちゃんが変な人扱いされたままになるからっ」

にこ「十分変よ! あんたたち怖いわよー!」

タッタッタ

花陽「あ、逃げた……」

穂乃果「えぇー……」

ことり「……しょうがないよね」

猫「手強いですね。……星空凛、追いましょう」

凛「う、うん……どうして凛なのか分からないけど」

タッタッタ


にこ「あの人達……こわいっ……」


「待て~!」


にこ「ひっ!?」

タッタッタ


にこ「ぜぇ……っ……ぜぇっ」

凛「つ~かまえた!」ダキッ

にこ「体力……付けておけばよかった……」ゼェゼェ

穂乃果「逃げないでよ~、私たち怪しい者じゃないよ?」

にこ「わ、わかったから……離して」

凛「は~い」

にこ「……ふぅ……ふぅ~…………今だ」ダッ


タッタッタ


穂乃果「……」


にこ「ぜぇ……ぜぇ……っ」


穂乃果「もぅ……」

にこ「回りこまれた!?」

穂乃果「私だって、凛ちゃんほどじゃないけど、鍛えてるんだから」

にこ「ごめんなさい」ペコリ

穂乃果「なんで謝るの!?」


……




にこ「額を……?」

穂乃果「うん、そうすれば話が早く済むから」

にこ「……」

穂乃果「そんな顔しないでよ~、ほらほら」

猫「揺らさないでください」

穂乃果「あ、ごめんね」

にこ「そういえば、この猫……」

真姫「見たことあるでしょ?」

にこ「……」

穂乃果「えいっ」

猫「!」


ゴツン


にこ「いたっ……くないけど……」

ことり「穂乃果ちゃんっ、猫ちゃんの方が衝撃大きいよっ」

穂乃果「あ! ごめん猫ちゃん!」

猫「大丈夫です……」

にこ「……喋った!?」

猫「時間がないので手短に――」

にこ「いやぁー!」

タッタッタ

花陽「また逃げた……」

海未「……凛」

凛「はぁーい」

タッタッタ


……




にこ「……」

穂乃果「何度も聞くけど、にこちゃんが音ノ木坂学院に入学するにはどうすればいいの?」


にこ「……」

穂乃果「黙秘権?」

ことり「頭の中がぐるぐると回ってるんじゃないかな?」

花陽「……うん」

凛「猫が喋るなんて現実的じゃないからね~」

海未「困りましたね、話が進みません」

猫「……」

真姫「どうして、この人を音ノ木坂学院に入学させたいのよ?」

猫「高坂穂乃果の味方に相応しい人物だからです」

真姫「……そうは思えないけど」

猫「矢澤にこ――彼女には高坂穂乃果と幾つか接点がありましたから」

海未「接点……ですか」

ことり「えっと……みんなで遊びに行った日と、夏休み初日だよね」

猫「『それ以外の時間』にも、彼女とは僅かな繋がりが見えました」

花陽「……それじゃあ、わたしと凛ちゃんも……穂乃果先輩と繋がりが……?」

猫「そうです。ただの先輩後輩という関係に留まらない、深い繋がりがあります」

花陽「……」

猫「実感しないのは、『この時間』で未経験な為です」

花陽「よく……分からない……」

猫「それが当たり前なのです。気にしないでください」

花陽「……」

真姫「…………」


にこ「それで、私にどうさせたいのよ?」

穂乃果「なんか、態度が変わった……」

にこ「どうせ夢よ、こんなの」

穂乃果「じゃあ、教えて欲しいんだけど、高校を選ぶ決め手ってなんだったかな?」

にこ「そうねぇ。私が通った学校は距離と制服、あとバイト先が近いからよ」

猫「……」

穂乃果「ふむふむ。……その学校生活はどうだった?」

にこ「そこにいる、つり目の子にも話したけど」


真姫「……」


にこ「いい思い出も、悪い思い出もない。……ただ、『時間』が過ぎただけだったわ」

穂乃果「……そっか」

にこ「……」

穂乃果「……」


にこ「あなた達、6人ってなんの集まりなの?」

穂乃果「仲間だよ」

にこ「……仲間?」

穂乃果「そう、大切な友達」

にこ「…………」

穂乃果「ねぇ、にこちゃん」

にこ「……なによ」

穂乃果「私たちの学校ね、廃校になるんだ」

にこ「知ってる」

穂乃果「……私、来週にはもう、卒業しちゃうの」

にこ「……」

穂乃果「『時間』が足りなくて、やっておきたかったことが沢山ある」

にこ「そう……」

穂乃果「だけど、私一人じゃ、限界があるから……」


穂乃果「私だけじゃ無理だから……みんなに、仲間に助けてもらってるの」


にこ「……話が見えないんだけど」

穂乃果「うん……私も……何を言ってるのか……分からないや」

にこ「……」


猫「高坂穂乃果」

穂乃果「……?」


猫「音ノ木坂学院を卒業しますか?」

穂乃果「…………」


猫「皆さんに伝えておきます」


穂乃果「……」

ことり「……」

海未「……」

真姫「……」

凛「……」

花陽「……」

にこ「……」


猫「高校生活をもう一度やり直せます」

にこ「……どういうことよ」

猫「『今』を変えるため、『過去』を変えるのです」

にこ「……できるの、そんなこと」

猫「はい、可能です。しかし、その選択は彼女次第――」


穂乃果「……」


猫「選ぶのは、高坂穂乃果、貴女です」

穂乃果「……決められないよ」


猫「卒業式まで、まだ時間があります。それまでに決めておいてください」

穂乃果「……」


猫「『この時間』を進むのも貴女の意思です」

穂乃果「……」


猫「私はその日まで、貴女方との接触を避けますので」

テッテッテ


花陽「あ……」

凛「行っちゃった……」

真姫「……」


ことり「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「ど、どうしたんだろうね、私……廃校を阻止できるチャンスなのに……」

海未「ひょっとして、諦めているのでは……?」

穂乃果「ううん……それは違うよ」

海未「……」

穂乃果「今だって、考えずにはいられないから。――音ノ木坂を守りたいって」

海未「それではどうしてすぐに返事をしなかったのですか?」

穂乃果「それは……」

ことり「……」


穂乃果「うみちゃんが私にしてくれた、たくさんのこと……無くしたくないよ……っ」


海未「――!」


穂乃果「私一人じゃ、絶対に手を伸ばせなかった……っ……だけど、一緒に居てくれたから……っ」


穂乃果「ことりちゃんに支えてもらって……真姫ちゃんに応援されて……だから頑張れたのにっ」


海未「穂乃果……」

ことり「穂乃果ちゃん、『今』私たちは7人居るよ?」


穂乃果「え……?」

ことり「もっと、もっと出来ることが増えると思う」

穂乃果「……!」

海未「私でよければ、これからも手伝います。――例え『時間』が異なったとしても」

穂乃果「ことりちゃん……っ……うみちゃんっ」

海未「穂乃果が居なければ、私たちは繋がっていられません」

ことり「そうだよ。……その意味が分かるよね?」

穂乃果「うん……! うん!」


にこ「……なんで私も入ってるのよ」

海未「これも何かの縁です」

にこ「……」


穂乃果「猫ちゃーん! 決めたよー!!」

海未「ちょ、ちょっと待って下さい穂乃果!」

穂乃果「え?」

ことり「にこさんを入学させるためにはどうすればいいのか、考えないと」

穂乃果「あ、うん……」

にこ「……」

穂乃果「どうすればいのかな」

にこ「しょうがないわね。まずは制服よ制服」

ことり「この制服?」

にこ「そうよ、地味すぎるでしょ」

穂乃果「え、そうかな……?」

凛「凛は気に入ってるんだけどな~」

ことり「……」

真姫「ことちゃんはそうでもないみたい」

穂乃果「そうなの!?」

ことり「あ、……えっとぉ……あはは」

にこ「デザインはまぁまぁだけど、色が薄いし、ネクタイってのもピンと来ないわ」

花陽「そ、そうかな……?」

にこ「可愛かったら、進路希望に書いてたかもね」

スタスタ

穂乃果「どこ行くの?」


「帰るのよ。バイトが入ってるから」


穂乃果「あ、うん……ばいばーい」

海未「この制服が変われば、あの人が入学してくるのでしょうか?」

ことり「そうみたいだけど……出来るのかな?」

穂乃果「出来そうだよ。……ことりちゃん、衣装書くの上手だよねぇ」

ことり「え?」

穂乃果「ことりちゃんに音ノ木坂学院の制服をデザインしてもらうよ!」


凛「この制服を変えちゃうのかな……?」

花陽「高校生活を……やり直せる……」

真姫「……」


……



―― 卒業式まであと、4日


ことり「どうかな?」

穂乃果「おぉー! 可愛いよぉー!」

海未「そうですね、胸元のリボンがいいと思います」

ことり「ありがとう~♪」

穂乃果「それじゃあ、にこちゃんに見てもらおう!」

海未「合否を決めてもらえば、成功しやすそうですからね」



―― 駅前


にこ「……」コソコソ

「そんなとこでなにしてますのん?」

にこ「ひっ!?」ビクッ

「ひっ、……って、ニコラウスは誰かに追われてるんだ? 楽しそうだから仲間に入~れて」

にこ「遊んでいるわけじゃないわよ……鈴音」

鈴音「いいじゃん、いいじゃん~! 放ったらかしにすると拗ねちゃうぞ~!」

にこ「うるさいわね……。あんた、今日の仕事はどうしたのよ」

鈴音「終わらせてきたっす。もう帰るだけっす、社長は取引先とまだ仕事中っす」

にこ「あのね……いい加減にキャラをブレさせるのやめなさいよ、長く持たないわよ?」

鈴音「それで、愛しの彼はどなたん?」

にこ「そういうのじゃないの。いいから、あんたは帰りなさい、面倒はもう増やさないで欲しいわ」

鈴音「帰れないって言ったのに……ニコラウスは冷たいよ」

にこ「そんな長ったらしいアダ名で呼んでるのあんただけよ。……やっぱり来たわね、穂乃果」コソコソ

鈴音「……?」


穂乃果「いるかなぁ?」

海未「どうでしょう、忙しいみたいですから」


にこ「どうしてそこまで私に……」

鈴音「あの子から逃げてるんだ……?」


にこ「……」

鈴音「フッ」

にこ「ひゃっ! って、なにしてんのよ!」

鈴音「耳に息を――」

にこ「いい加減にしなさいよ!」


穂乃果「あ、いた」


にこ「――!」ビクッ

穂乃果「一人で騒いでどうしたの?」

にこ「ひ、一人じゃないわよ――って、居ないわね……鈴音……!!」


……





―― 公園


にこ「ふぅん、いいんじゃない?」

穂乃果「ほんと!?」

にこ「胸元のリボンが可愛い」

ことり「ありがとう~♪」

にこ「というか、制服のデザインを変えるなんてことできるの?」

穂乃果「多分!」

にこ「……」


穂乃果「にこちゃんにも音ノ木坂学院へ入学してもらうから」


にこ「…………」


穂乃果「一度、学校へおいでよ」


にこ「……考えとく」


穂乃果「……うん」


……



―― 卒業式まで、あと2日


ことり「昨日は来なかったね……」

穂乃果「今日来るかもしれないよ」

海未「そうだといいのですが……」


……




―― 駅前


真姫「……」


にこ「今日はあんたなのね」


真姫「少し、話をしたくて」

にこ「……話?」



―― 公園


にこ「それで、歴史を変えるようなことはしたの?」

真姫「多分、まだしてない。……ほのちゃんはあなたが来ないと動かないと思うから」

にこ「どうしてよ、あんなに強引気味に言ってたのに」

真姫「強引だけど、ちゃんと相手の事を考えてるから……」

にこ「……あ、そう」

真姫「あなたが来なくても誰も文句は言わない。だけど、好奇心だけでは決めないで欲しい」

にこ「……それが言いたかったの?」

真姫「ううん、聞いて欲しかったのは……前に聞いたことの私の答え」

にこ「……」

真姫「前は、ほのちゃんに遠慮して……楽しかったって答えたけど」

にこ「楽しくなかった、と」

真姫「……楽しかったに決まってるでしょ」

にこ「はぁ?」

真姫「何年か経って、高校の『時間』を思い出した時、多分……元気になれる」

にこ「……!」

真姫「そんな『時間』があった、って……そのことを言いたかった……ただ、それだけ」

にこ「……」

真姫「じゃあね」

スタスタ


にこ「…………」


……



―― 卒業式、当日


真姫「はい、どうぞ」

穂乃果「ありがとう、真姫ちゃん」

真姫「……」

穂乃果「変かな……?」

真姫「ううん、似合ってる」

穂乃果「ふふん」


海未「何をしたり顔しているのですか」

花陽「で、出来ました」

海未「ありがとうございます」


ことり「コサージュを付けると……いよいよって気がしてくるね」

凛「そうですね~……っと、はい出来上がり~」

ことり「ありがと、凛ちゃん」


穂乃果「桜……もう少しで咲きそうなのにね」

ことり「来週から蕾は開くだろうって、ニュースで言ってたよ」

海未「咲いて欲しかったですね」


真姫「……」

凛「……」

花陽「……」


穂乃果「ことりちゃん、この3年間どうだった?」

ことり「とっても楽しかったよ。海未ちゃんはどう?」

海未「辛いこともありましたが、かけがえのない日々でした」

穂乃果「そうだね……うん、楽しかった!」


花陽「西木野さん……」

真姫「……なに?」

凛「?」

花陽「わたし……3年生になったら……合唱部に入ろうと思ってて……」

真姫「何言ってるのよ、もう廃部で……部員は一人もいないのよ?」

花陽「……うん」

真姫「……」

花陽「それでも……やってみたい……から」

凛「かよちん……っ」

真姫「……わかったわよ」

花陽「……?」


真姫「私も付き合ってあげる。……伴奏者がいないでどうやって歌うつもりよ」

花陽「……ありがとう」

真姫「……べつに」

凛「うぅ~!」

真姫「?」

凛「よかったね、かよちん!」ダキッ

花陽「り、凛ちゃんっ」


穂乃果「……まだ1年、あるもんね」

海未「そうです。時間は充分にあります」

ことり「……ねぇ、ここからの風景、覚えてる?」

穂乃果「私もそれを思い出してた。入学式の日に、3人でここから校舎を眺めたんだよね」

海未「ハッキリと覚えています。あの日の桜が綺麗でした」

ことり「まるで昨日のことみたい……」


穂乃果「……」


にこ「……」


穂乃果「式が終わったら、みんなでたくさん写真を撮ろうね!」

海未「それはいいですね」

ことり「そういえば、雪穂ちゃんの姿が見えなかったけど……?」

穂乃果「なんか頭が痛いって。……風邪みたいだから、家でゆっくり休んでるよ」

ことり「そうなんだ……必ず行くって言ってたのに、残念だね」

穂乃果「残念のような、……複雑な気分だよ」


にこ「…………」


海未「穂乃果の答辞、期待していますからね」

穂乃果「そうそう、答辞をしなくちゃいけないからねぇ」

凛「感動のハンカチを用意するにゃ!」

花陽「うぅ……っ」グスッ

真姫「なんでもう泣いてるのよ……っ」

凛「西木野さんもちょっと声が潤んで――」

真姫「うるさい」

穂乃果「でも、どうして私なんだろうね?」

ことり「お母さんが――」


にこ「ちょっと、あんたたち……いい加減に気づきなさいよ……」


穂乃果「……?」

ことり「……あれ?」

海未「なぜあなたがここに?」


にこ「来いって言ったのはあんたたちでしょ」

穂乃果「……学校を案内したかったけど」

海未「時間がありませんね。式が始まってしまいます」

にこ「タイムマシンとか、あるの?」

凛「無いよ」

にこ「それじゃ、どうやって『過去』に?」

花陽「この前聞いた話では、穂乃果先輩だけ……」

にこ「なによそれ……?」

海未「それにしても、あの猫は姿を現しませんね」

穂乃果「どこかで、観察してるのかな?」

ことり「うーん……?」キョロキョロ

にこ「あんたたち、騙されてるんじゃないの?」

凛「どうして騙すの?」

にこ「魂の契約とかさせられようとしてるのよ」

真姫「何の話よ」

花陽「うぅ……そう考えると怖いっ」

穂乃果「そんな訳ないでしょ~?」

海未「……穂乃果、そろそろ整列しないと」

穂乃果「……あ……うん」

ことり「…………」


凛「それじゃ、凛たちは体育館に入ってま~す」

花陽「……」

真姫「……行ってるね」


穂乃果「うん、あとでね」

海未「……」

ことり「……」

にこ「式が終わるのを待っていればいいの?」

穂乃果「た、多分……」


「穂乃果~! そろそろ時間だよー!」


穂乃果「あ、分かったー!」

にこ「じゃあ、近くの公園で待ってる……」

穂乃果「あ、待って」

にこ「?」

穂乃果「これ、私の携帯電話。番号を教えてる暇もないから……持ってて」

にこ「……わかった」

海未「式が終わったらかけますので、もう一度ここへ来てください」

にこ「……?」


ことり「みんなで写真を撮ろうって話をしてて……、よければ、にこさんも一緒に」

にこ「……うん……わかった」

穂乃果「あとでね」

にこ「うん……あとでね」

スタスタ


穂乃果「……」


ことり「なんだか、寂しそうな表情してたね……」


穂乃果「……うん」


海未「行きましょうか」


穂乃果「そうだね――」


「よいしょっ」ピョン


穂乃果「あ、やっと来た」

海未「木から飛び降りたということは……」

ことり「隠れてたの?」


猫「様子を伺っていました。『分岐点』を教えて貰えますか」


穂乃果「そんな時間ないよ~」


猫「時間は取らせません。そして、そのまま跳んでもらいます」

穂乃果「えぇ?」

猫「あのベンチへ」

テッテッテ

穂乃果「もぅ~、いきなりすぎるよー」

タッタッタ


海未「なんだか、慌ただしいですね」

ことり「どうしたのかな?」


穂乃果「ここでいいの?」

猫「はい、座ってください」

穂乃果「……うん」


猫「記憶を覗かせてもらいます」スッ

穂乃果「……くすぐったい」

猫「……制服、ですね」

穂乃果「変えること、できるよね?」

猫「……」


ことり「あれ……?」

海未「不可能、なのでしょうか」


猫「矢澤にこ――彼女が今日この学校へ来たことは、運命です」


穂乃果「ん……?」

猫「高坂穂乃果――貴女が今日、卒業の証を手にした時、恐らく……願いや意思が薄れるでしょう」

穂乃果「……何を言ってるのか、わからないよ?」


猫「卒業することは終わること」


ことり「……」

海未「……」


猫「終わりを一度迎えてしまえば、決意は鈍ってしまうのです」

穂乃果「……」


猫「音ノ木坂学院を守れるはずがない――と、諦めが残ります」


穂乃果「…………」


猫「ですから、矢澤にこが今日、此処へ来たことは運命と呼べるのです」


海未「その話をするということは……」

ことり「……制服のデザインを変えることは、できない……の?」


猫「今まで、高坂穂乃果が行動を起こすことで『過去』は変わりました」

穂乃果「私が……」

猫「ですが――」

海未「制服のデザインが変わるのは……にこさんが入学する前じゃないといけません……」

穂乃果「『その時』……私はどう行動すればいいの……?」

猫「制服が変わる時、貴女は小・中学生という可能性が非常に高いのです」

穂乃果「あ――……」


「高坂さーん、南さーん、園田さーん」


海未「いけません、『時間』が……!」

ことり「えっと、どうするの……!?」

猫「まだ、貴女を卒業させるわけには……」

穂乃果「猫ちゃん……」


猫「分かりました。私が行動を起こしてみます」

ことり「行動を……?」

海未「具体的には?」

猫「制服が変わるタイミングを調べて当時の理事長へ、今受け取ったイメージを伝えます」

穂乃果「……夢で伝えるってこと?」

猫「そうです。西木野真姫に『過去の思い出』の夢を見させたように」

穂乃果「……」

猫「それで変化がなければ……『その時』は――……卒業です」

穂乃果「もう、守れないって判断になるんだね」

猫「そうなります」

穂乃果「――うん、それでいいよ」

猫「申し訳ありません、私の準備不足です」

穂乃果「猫ちゃんが謝ること無い。一度は途切れた願いだもん」


猫「……」


穂乃果「でも、まだ……繋げることができるかもしれない」


穂乃果「にこちゃんが今日、此処へ来てくれたのが運命なら」


穂乃果「私たち7人、みんなで学校生活を送ることができるはず」


穂乃果「私はその運命を信じるよ」


猫「わかりました」


穂乃果「それじゃ、お願いします」


ことり「……」

海未「……」



猫「高坂穂乃果」


穂乃果「…………」


猫「みらいで待っています」


穂乃果「――」


穂乃果「―」


穂乃果「」


「」


…………


………


……






―― 高坂穂乃果 幼稚園生 ――




「おかあさん……」


「あら、どうしたの?」


「……っ」


「怖い夢でも見た?」


「うん……っ」


「おいで」


「おかあさんっ」


「あらら、珍しいわね」


「~っっ」


「大丈夫よ、もう怖くない」


「ぐすっ」


「こわくない」


「…………うん」


「久しぶりに本を読んであげましょうね。……よいしょ」


「……」


「穂乃果も重くなったわね~。さぁ、お父さんにおやすみなさいしましょ」


「……おはなし」


「……?」


「おばあちゃんの……」


「ふふ、おばあちゃんとネコちゃんの話ね。穂乃果はこの話好きよね」


「……」


「この話には続きがあるのよ」


「つづき……?」


「そう、おばあちゃんの大切な――」



………


……





―― 高坂穂乃果 小学5年生 ――


「遠足、えんそっく~♪」

「楽しそうだね、穂乃果ちゃん」

「楽しいよ~、あ、山だ!」

「本当だ、葉っぱが赤くて綺麗~♪」

「うぅ……」

「大丈夫、うみちゃん?」

「はい……」

「海未ちゃん、冷たい水だよ」

「ありがとうございます……」


「海未さんの体調は?」


「まだ気分が悪そうです」

「車酔いするなんて……意外ね」

「……すいません…先生」

「責めてるわけじゃないからね、……遠くを見てたほうがいいわよ」

「……はい」


「楽しくなれば気分もよくなるよ! よぉーし、カラオケだっ」

「穂乃果さんは元気ね~」


「ほら見て、海未ちゃん、あの山に行くんだよ」

「……はい。……楽しみで――……あれ?」

「どうしたの?」

「狸……?」

「あれは……ネコだね」


『ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る~♪』

「「「 鈴が鳴るー! 」」」

「盛り上がってるけど、クリスマスにはまだ早いのよ……穂乃果さん」



………


……




―― 高坂穂乃果 高校1年生 ――



穂乃果「すやすや」


「よく寝ていますね……」


穂乃果「……ん…」


「起きてください、ほのか」


穂乃果「……ん……ん?」


「春だからといってこんなところで寝ていると風邪をひきますよ」


穂乃果「……あっ」


「?」


穂乃果「……うみ……ちゃんッ!」


海未「はい、私ですが……?」


穂乃果「……あれ? 私の部屋じゃないの?」

海未「外で寝ていてその台詞はどうなのですか……」

穂乃果「……んん?」

海未「ベンチで寝ていたのです。先輩方に笑われていましたよ」

穂乃果「あはは。……うみちゃんも座ってよ」

海未「確かに、今日は暖かくて気持ちのいい日ですからね」

穂乃果「うん……っ……くぅー!」ノビノビ

海未「穂乃果、部活はどうしますか?」

穂乃果「どうしよっかなって、迷ってるところ」

海未「今、玄関前は部の勧誘で賑わってますよ」

穂乃果「ふぅん……ふぁぁぁ」

海未「……」

穂乃果「うみちゃんは何部に入るの?」

海未「剣道部です」

穂乃果「そっかぁ、小さい頃から稽古に頑張ってるもんね」

海未「ほのか……」

穂乃果「?」

海未「よろしければ、私と――」


「穂乃果ちゃ~ん」


穂乃果「ことりちゃんだ」


ことり「穂乃果ちゃん、どの部に入るか決めた?」

穂乃果「ううん、まだ」

ことり「それなら、一緒に手芸部に入らない?」

穂乃果「手芸部?」

ことり「ほら、穂乃果ちゃん、手先器用だし、洋服のセンスもよくて――」

海未「穂乃果、一緒に剣道部はどうですか」ズイッ

ことり「あぁっ、遮られたっ」

穂乃果「剣道部?」

海未「穂乃果は勉強もできて、運動神経もいいですから、文武両道を目指しましょう」

穂乃果「その言葉、私には合わないよ~」

海未「いいえ、そんなことはありませんよ。より集中力を高めれば――」

ことり「海未ちゃんっ、最初に誘ったのは私なのに~!」

海未「穂乃果に文芸は向いていません」

穂乃果「なんか傷ついた!」

ことり「文芸部じゃなくて手芸部だよ~!」

海未「やはり運動部で心身ともに健康にあるべきかと」

ことり「健康でいてもらうのはもちろんだけど、穂乃果ちゃんにはもっと女の子らしくあって欲しいんだもん!」

穂乃果「……傷ついた」


海未「剣道部です」

ことり「手芸部っ!」

穂乃果「えっと……今何時だろ……」ゴソゴソ


穂乃果「あれ?」

海未ことり「「 穂乃果(ちゃん)!! 」」

穂乃果「え?」

ことり海未「「 どっちに入るの(ですか)!? 」」

穂乃果「それより、携帯電話落としちゃったみたいで……」

海未「え……?」

ことり「落とした……?」

穂乃果「どこに落としたんだろ」

海未「待ってください、今かけてみますから」ピッピッピ

穂乃果「ありがと」

ことり「穂乃果ちゃん、去年のクリスマスに編み物してたよね、楽しかったって言ってたよね」

穂乃果「な、なんか必死だ……!」

海未「……もしもし?」

穂乃果「?」

海未「……そうですか、わかりました。今向かいます」

ピッ

穂乃果「誰かが持っていてくれてるんだね」

海未「そうみたいですね。玄関前で勧誘しているそうです」


―― 玄関前


「吹奏楽部でーす!」

「サッカー部に入りませんかー!」


穂乃果「本当だ、賑わってる」

海未「えっと……確か……」

ことり「こっちだよ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「……?」


「手芸部でーす」

ことり「はい、座って」

穂乃果「……」

海未「ことり……」

ことり「独りじゃ心細くてっ」


手芸部員「あ、入部してくれるの?」

穂乃果「とりあえず、ことりちゃんが」

ことり「あ、えっと」


海未「少し歩いてみましょう、穂乃果」

穂乃果「……うん」


手芸部員「手芸部ってこういう時、アピール出来るものがなくて地味なんですよねー」

ことり「そ、そうなんですかぁ……」


穂乃果「置いてきちゃったけど……」

海未「えっと……」

穂乃果「なんだか楽しい雰囲気だね」

海未「穂乃果はこういう雰囲気は好きですよね……。電話の人はどこでしょうか」


「……まったく、私一人に任せるなんて」


穂乃果「?」


「はぁ……」


穂乃果「ここは、何部なんですか?」


「ボランティア部よ」


穂乃果「ボランティア……」


「なに? 興味あるの?」


穂乃果「あるような、ないような」


「部員は二人しか居ないから、仲間と楽しく、なんて思っていたら止めたほうがいいわよ」


穂乃果「そうですか……」


「はぁ……――入る学校、間違えたかも」


穂乃果「…………」


海未「もう一度かけてみましょう」

ピッピッピ


「……」

pipipipipi


穂乃果「あ……」


「はい、もしもし」


海未「すいません、その場所はどこですか?」


「場所を伝えてなかったわね。……えっと、椅子に座って髪を両端で纏めたのが私だから」


海未「分かりました」

プツッ


「……ドジな子が居るわね、顔を見せてもらおうじゃない」


穂乃果「……」


海未「えっと……どこ……?」


穂乃果「うみちゃん、そっち」


海未「あ……居ました」


「……人は見かけによらないのね。しっかりしてそうだけど」


海未「?」


「携帯電話を落とすなんてどれだけ注意力が足りないのよ、しっかりしなさい」


穂乃果「お説教されちゃったね」

海未「……私の持ち物ではないのですが」

「?」

海未「……こっちの友人のものです」

穂乃果「あはは……ドジな子は私でした」


「あ、そう……ほら、携帯電話」

穂乃果「ありがとうございます。えっと……先輩、ですよね」

「胸のリボンがあるでしょ。色分けされてるから、それみて学年を判断するのよ。私は2年生」

穂乃果「なるほどぉ」

海未「穂乃果、時間があるのなら剣道部の見学をしてみませんか?」

穂乃果「そうだね、そうしよっかな」

海未「それでは行きましょう」


穂乃果「携帯電話拾ってくれてありがとうございました、先輩」


「……」



「…………」


「お待たせ」

「……やっと戻ってきたわね。あんたが部の勧誘をしようって言ったのに」

「悪いんやけど、うちは退部しなくちゃいけないんよ」

「はぁ?」

「今年から生徒会に入って、書記をすることになってん」

「ちょっと!? 私独りになるじゃないの!」

「ごめんね♪」

「私への気遣いが全く見えないんだけど?」

「これから新入生歓迎会の打ち合わせがあるから、ほなぁ」

スタスタスタ

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ――希!」


「伝統のある部やから、辞めたらあかんよぉ? 猫ちゃんの面倒もよろしくぅ~」


「なんでそうなるのよー!?」


……



―― 翌日:1年生の教室


穂乃果「……」


海未「……穂乃果?」


穂乃果「あ、うみちゃん」

海未「どうしました?」

穂乃果「どうしたって……なにが?」

海未「なんだか、寂しそうな表情を……」

穂乃果「私が?」

海未「そうです、あなたが」

穂乃果「ぼんやりしてただけだよ」

海未「……」

穂乃果「春眠暁を覚えず。……いい季節だよね」

海未「そうですね」

穂乃果「秋も好きだなぁ……」


海未「……」

ことり「どうしたの、海未ちゃん……?」

海未「あ、いえ……。また、穂乃果が……」

ことり「……?」


穂乃果「…………」


ことり「……」

海未「最近、よくあんな表情をしていますから……」

ことり「うん……」

海未「小さい頃は、嫌な夢を見たと言って沈んだりしていました……」

ことり「うん、やっぱり何か始めたほうがいいよね」

海未「……そうですね、そうすることで気も紛れるでしょう」


ことり「穂乃果ちゃん~」

穂乃果「……?」


海未「まるで……大切な何かを失くしたような――」


……



―― 3日後:教室


キーンコーン

 カーンコーン


ことり「穂乃果ちゃん、どうするか決めた?」

穂乃果「部活の話だよね?」

ことり「うん、そうだよ」

海未「一昨日は手芸部、昨日は合唱部の見学で何か入るきっかけを見つけられたと思うのですが」

穂乃果「うーん、そうだなぁ」

ことり「じゃあ、はい」

ヒラヒラ

穂乃果「紙?」

海未「……」

ことり「手芸部の入部届」

穂乃果「まだ迷ってる途中だよ!?」

海未「ことり、強引すぎます」

ことり「こういうのは勢いだよ穂乃果ちゃんっ」

穂乃果「これは勢いじゃないような……」

海未「穂乃果、少し占いをしてみませんか」

穂乃果「いきなりだね」

海未「この紙に、私のいう言葉から連想される文字を書いてください」

穂乃果「うん……」

海未「その枠の中にですよ。……まず最初、低いの反対」

穂乃果「高い……と」カキカキ

海未「漢字一文字で結構です」

穂乃果「……うん」ゴシゴシ

ことり「じぃー……」

海未「傘の反対」

穂乃果「さか……だから、坂だよね」カキカキ

海未「長い茎の先に花や実が群がりついたもの」

穂乃果「穂……って、これ……二枚重ねになってるけど!」

ペラッ

穂乃果「剣道部の入部届けじゃん!」

海未「気づかれましたか」

ことり「手が込んでる……」

穂乃果「危うくフルネームを書くとこだよ!」


……



―― 放課後:廊下


ことり「気になる部があるの?」

穂乃果「うん……まぁね」

海未「それはどこです?」

穂乃果「さっき先生に言われたのは……この辺りだと思うんだけど」

海未「初めての校舎ですから迷いますね」

ことり「慣れるまで時間がかかりそう」

穂乃果「えっと……ここかな」

コンコン


「……だれ?」


穂乃果「あ、えっと……部の見学に来ました」


「え、え? どうぞ?」


海未「なんだか動揺しているような」

穂乃果「失礼しまーす」

ガラガラ


「あ……」


穂乃果「……あ」


「『あの時』の……」


穂乃果「えっと……携帯電話先輩」


「にこ、よ」


穂乃果「にこ先輩ですね」


にこ「何しに来たの?」

穂乃果「ボランティア部の見学に来ました!」

にこ「……珍しいわね、本当」

海未「珍しい……?」

にこ「見ての通り、今この部には私一人しかいないわ。
    高校生活をこんな部で過ごそうって人はいないのよ」

穂乃果「……」

ことり「……」

海未「……」


「……」スヤスヤ


にこ「まぁ、一人と一匹なんだけど」

穂乃果「一匹?」

にこ「ほら、そこの掃除道具棚の上で寝てる仔がいるでしょ」

ことり「棚の……」

海未「上……?」

穂乃果「あ、本当だ……ネコがいる」


猫「……」スヤスヤ




――――…………



『…………――ノス』


『……』


『聞こえますか――……』


『はい』


『言葉のやりとりなんて、面白いわね』


『……』


『力を少し分け与えます。一度此処へ戻って来なさい』


『いえ、今離れるわけにはいかないのです』


『あなたの思考が読めないわ』


『……』


『失くしたことを伝えても彼女は理解できないわよ』


『しかし――』


『時間の修正も出来ない。そのくらいわかるでしょ』


『可能性はあるはずです――』


『可能性という言葉に縋っているだけ』


『――……』


『時の残酷さに、あなたは何も出来ない』


『なぜこのようなことが……起こったのでしょうか』




『あなたが高坂穂乃果と出会ってしまったから。理由があるとすればそれだけ――……』



『……』


『……――私の為に、……悪い……――こと……――を…………――』


『力を使いすぎたようです。いまはただ、お眠りください』


『……――』


『…………』



…………――――



猫「……」スヤスヤ


穂乃果「あんな高いところで寝てる……届かないよ」

にこ「……?」

海未「穂乃果はネコが好きなんです」

にこ「ふぅん……」

穂乃果「寝る子と書いてネコって呼ぶんだって」

にこ「誰も聞いていない情報をありがと」

海未「どうして学校にネコが……?」

にこ「去年から居座ってるらしいのよ。
    悪さもしないし、手もかからないから放置気味にしてあるんだけど」

ことり「不思議な仔ですね」

にこ「……」

穂乃果「ボランティア部って、どういう活動をしているんですか?」

にこ「去年は、街の空き缶拾いとか、学校周辺のゴミ掃除とか」

海未「イメージ通りの活動ですね」

にこ「言っておくけど、この部の活動は内申に影響しないからね」

穂乃果「うん、決めたよ、ことりちゃん、うみちゃん」


ことり「……?」

海未「決めた、とは?」

にこ「?」


穂乃果「私、この部に入る!」


にこ「私の話、ちゃんと聞いてた?」


……



穂乃果「よいしょっ」ヒョイ

猫「……」スヤスヤ


にこ「……」


穂乃果「かわいい~」ナデナデ

猫「……」スヤスヤ

にこ「ほら、起きなさいよ」ツンツン

猫「……?」

穂乃果「あ、起きちゃった」

猫「……!」ピョン

シュタッ

穂乃果「そんな、拒絶するかのように逃げなくても……!」

猫「……」

にこ「抱っこされるのを嫌がるのよね」

穂乃果「ほら、おいで~」

猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン


穂乃果「軽い身のこなし!」

にこ「あの場所がお気に入りなのよ」

穂乃果「……なんだろ、この光景を見たことがあるような……、デジャヴ?」


海未「予想外ですね、この部に入るなんて」

ことり「でも、穂乃果ちゃん自身が決めたのならしょうがないよね」

海未「……そうですね」

ことり「……」


穂乃果「ほーら、降りておいで~」

猫「……」



海未「にこ先輩、少しよろしいでしょうか?」

にこ「……?」


にこ「……なによ、離れてコソコソと」

海未「すいません、部のことで話を聞きたくて」

にこ「なに?」

ことり「部の掛け持ちは認められているんでしょうか?」

にこ「もちろん。この部に入るならむしろそうしたほうがいいくらいだから。
    活動なんて月に一度あるかないかだし」

海未「……よく存続していますね」

にこ「伝統のある部だから、色々と優遇されてるのよ。
   生徒にとっては魅力の無い部なんだけど」

ことり「……」

にこ「話ってそれだけ?」

ことり「あ、えっと……はい」

にこ「……あの子に聞かせたくない話なの?」

海未「そういう訳ではないのですが……」

にこ「なんか、変ね……」

スタスタ


ことり「私たち、変だよね」

海未「そうですね。……穂乃果のあの寂しそうな表情が気になっていましたが……」

ことり「気にし過ぎ……だね」

海未「……」


穂乃果「猫ちゃんの名前はなんですか?」

にこ「名前なんて無いわよ。誰も名づけてないはずだから」

穂乃果「それじゃあ、クロちゃんって呼んでもいいですか?」

にこ「別にいいけど。……黒猫だからクロって安直すぎない?」


猫「……」


穂乃果「いい名前だよね、クロ?」


猫「…………」


にこ「微動だにしないわね」

穂乃果「なんだか、ジッとこっちを見ているよな……?」


……



―― 下校時刻:音ノ木坂学院校門前


にこ「本当にボランティア部に入るの?」

穂乃果「ダメ、ですか?」

にこ「拒んでいるわけじゃないんだけど、理由が聞きたいのよ」

穂乃果「……なんとなくです」

にこ「あ、そう……」


海未「……」

ことり「……」


にこ「それじゃ、私はここで」

穂乃果「また明日です」


ことり「そういえば、あの猫ちゃんは?」

海未「玄関で走り去ったのを見ましたが……どこへ行ったのでしょうね」



……



―― 高坂邸


「いただきまーす」


「もぐもぐ」

「どう、学校は」

「楽しめそうだよ」

「そう、よかったじゃない」


「……」モグモグ


「焼き魚、美味しい~♪」

「部活には入るの?」

「ボランティア部に入ったよ」

「あら……その部、まだあったのね」

「お母さん、知ってるの?」

「ふふ、もちろん」

「……?」

「そうねぇ……西側の棚にあるモノを調べたら、面白いものが見つかるわよ」

「面白いもの?」

「それは見つけてからのお楽しみ。今もまだあると思うけど」

「ふぅん……、なんか楽しみになってきた」


「……」モグモグ



……



―― 翌日:ボランティア部


にこ「ふぁぁ……、今日も暇ねぇ」


にこ「来ると思う?」


猫「……にゃ」


にこ「……」


にこ「そうだ……今日は大掃除しないと……」



ガラガラ


「こんにちはー」


にこ「来たのね」

穂乃果「今日からよろしくお願いします!」

にこ「とりあえず、ちゃんと自己紹介をしとくわ」

穂乃果「はい!」


にこ「ボランティア部の部長、矢澤にこよ」

穂乃果「高坂穂乃果です!」

猫「……」


にこ「じゃあ、さっそくだけど……大掃除を始めるから」

穂乃果「了解であります!」

にこ「別に体育会系でなくてもいいんだけど」

穂乃果「はぁい」

にこ「この部には、な ぜ か、卒アルが貯蔵されてんのよ」

穂乃果「……なぜ?」

にこ「知らないわよ。だから、週に一度は掃除して埃を落とさなきゃいけないの」

穂乃果「分かりました。では、西側のあの棚から始めましょう」

にこ「そうね」


……




穂乃果「結構人が居たんですね、この学校」

にこ「……今は在学生が減ったけど、こういう時代もあったのね」


猫「……」


コンコン


にこ「……?」

穂乃果「はぁーい」


「失礼してもよろしいでしょうか」


穂乃果「うみちゃんだ」

にこ「希はノックなんてしないわよね……。どうぞ」


ガラガラ


海未「ほの――、なんですか、この部屋は!?」


穂乃果「あ……」

にこ「卒アルを見てたら散らかってしまったわ……」

穂乃果「あはは」


海未「足の踏み場がありません……」


穂乃果「どうしたの?」


海未「ほのか……話を忘れたのですか?」

穂乃果「……あ、剣道部の仮入部だっけ」

海未「主将が稽古をつけてくれるそうですよ」

穂乃果「えっと……どうしよう」

にこ「続きは明日でいいわよ。適当に片しとくから」

穂乃果「すいませぇん。……それでは」

海未「失礼しました」


ガラガラ


にこ「……しょうがないわよね」


猫「……」チョイチョイ


にこ「あ、こら……大切な物なんだから悪戯しちゃダメじゃないの」


猫「……にゃ」


スッ

 パタン


にこ「あ……!」


にこ「落として傷でもつけたら、あんたは此処にいられないのよ?」

猫「……」


にこ「随分と古いアルバムね……」

ペラペラ


猫「にゃー」スッ

にこ「……?」

猫「……」

にこ「この人……なんだか……穂乃果に似てる?」


……




にこ「こんなものね……続きは明日にしましょ。……希、来なかったし」

猫「……」

にこ「ほら、帰るわよ」

猫「にゃー」

にこ「剣道部……、そっちのほうがお似合いよ」


ガラガラガラ


ガチャリ


「最近、色々と忙しくなってきたわ……」

「にゃ」

「部長って大変……」

「にゃー」



……




「主将があんなに褒めるとは思いませんでした」

「才能があるのかもね、私」

「自画自賛ですか。……ですが、そうかもしれませんよ」

「あはは、そんなことない――」


ガチャ


「あれ?」


ガチャガチャ


「鍵がかかってる……」

「にこ先輩は帰ってしまったのでしょうか」

「どうしよ……」


「どうしたん、こんなところで」


「あ……」

「えっと……この部屋に用があって」


「ふぅん……。あ、もしかして新入部員?」



「そうです」

「にこっちが言ってたのはキミだったんやね」

「?」


「ちょっと待ってて」


ガチャリ


「はい、どうぞ」


ガラガラガラ



穂乃果「どうして鍵を持っているんですか……?」

「うちも部員やったから」

海未「……」

「自己紹介がまだだったね。うちの名前は……――東條希、言うんよ」

穂乃果「高坂穂乃果です」

海未「園田海未です」


希「よろしくね、二人とも」


穂乃果海未「「 よろしくお願いします 」」


希「猫ちゃんもいないから、帰ったようやな」

穂乃果「鞄、鞄……あった」

海未「……なんでしょうか、このアルバム」

希「……?」

穂乃果「古いアルバムだね。白黒写真だよ」

海未「この学校の歴史、ですね」


穂乃果「あ……」

海未「どうしました?」

穂乃果「おばあちゃんだ」

希「おぉ~」

海未「小さい頃にお会いして以来ですね……、穂乃果に似ています」

穂乃果「そ、そうかな……?」

希「……」

穂乃果「もしかして、お母さんが言ってたのはコレだったんじゃ……」

希「?」

穂乃果「ウチのお母さんも、この学校に通っていたんです」

希「へぇ……面白い家系やな」


穂乃果「…………」



……




―― 夜:高坂邸


「ただいまー」


「おかえりー」


「お母さん、昨日言ってたのって、おばあちゃんのアルバムのこと?」

「そうよ。ちゃんと見つけられたのね」

「じゃあ、お母さんのもあるんだ?」

「あるかもね~。手を洗ってきたら店番をお願いね」

「はぁい」



……




―― 翌日:ボランティア部


穂乃果「いっせーので、で持ち上げますよ」

にこ「いいわよ」

穂乃果「いっせーの――」

にこ「よいしょ」グイッ

穂乃果「――で!」グイッ


グラッ


にこ「あ、ちょっと!」

穂乃果「い、一旦おろします!」


にこ穂乃果「「 ……ふぅ 」」


にこ「の、で持ちあげるんでしょ?」

穂乃果「で、で持ちあげるんですよ?」


にこ「……」

穂乃果「……」


にこ「じゃあ、もう一度」

穂乃果「わかりました」


にこ穂乃果「「 いっせー―― 」」

穂乃果「――の!」グイッ

にこ「――で!」グイッ

グラッ

にこ穂乃果「「 あわわわっ 」」


猫「……」


……




ガラガラガラ


海未「失礼します」

ことり「失礼しま~す……、散らかってるね」

海未「昨日よりひどい有様ですね……」


にこ「穂乃果が要領悪すぎるのよ……」

穂乃果「にこ先輩が突然配置換えしようっていうからっ」

にこ「なに、私が悪いっていうの?」

穂乃果「う……そうじゃないですけど……」

にこ「そうでしょ、上級生がいつも正しいのよ」


希「……にこっち、先輩風吹かすんならちゃんとせな」

にこ「う……希……」


希「悪いんやけど、二人とも掃除、手伝ってくれる?」

ことり「お任せ♪」

海未「二人では無理ですからね」


穂乃果「た、助かるよ!」

にこ「……」


希「穂乃果ちゃんは本を棚に戻して。並びは後で揃えるから適当でええよ」

穂乃果「はい!」

希「海未ちゃんはそっちにある道具で埃を落として」

海未「はい」

希「その後に、ことりちゃんが軽く掃いてくれれば」

ことり「は~い」

希「とりあえず、今日は軽く。本格的にするんは、来週やな」

にこ「……あの、私は?」

希「バケツに水を入れてきてな」

にこ「それをどうするのよ?」

希「廊下の窓を拭いて欲し――」

にこ「それは今じゃなくてもいいでしょ! なんで重要性が低いのよ!!」


……



ピカピカ


穂乃果「希先輩の的確な指示であっという間に綺麗になったなぁ」

にこ「……うるさいわね」

海未「ほ、穂乃果……先輩に対して失礼ですよ」

希「そんなん、気にせんでええよ」

にこ「なんであんたが言うのよ。……まぁ、いいんだけど」

ことり「……」


猫「……にゃ」


にこ「戻ってきたわね」

穂乃果「綺麗でしょ~?」


猫「……」

テクテク


穂乃果「無視された」

海未「応えるわけないじゃないですか」

ことり「学校の教室にネコが居るなんて、珍しい光景なんだけど……馴染んでるね」


希「……ワシっ」

ワシッ

猫「にゃ!?」

希「ふふ、油断は禁物やん?」

猫「にゃー!」ジタバタ

希「暴れても無駄やな。大人しくしとかんと」

猫「……」


穂乃果「おぉ……捕らえられた」

にこ「希なりのスキンシップなのよ。
   いつもは警戒してるんだけど、たまに捕まるのよね」


……



穂乃果「にこ先輩は帰らないんですか?」

にこ「もう少ししてから帰るから、気にしないで帰りなさい」

穂乃果「はーい」

希「気ぃつけて帰るんよ?」

海未「はい、それでは」

ことり「さようなら~」

穂乃果「また明日~」


にこ「じゃあね」

希「……」

猫「……」


にこ「来週の掃除、あんたも参加しなさいよ?」

希「にこっちがみんなを引っ張らな」

にこ「引っ張るって言っても、そういうの、向いてないっていうか」

希「……」

にこ「……」

希「穂乃果ちゃんもそうやけど、海未ちゃんもことりちゃんもいい子やな」

にこ「……まぁね」

希「にこっち」

にこ「……なによ?」

希「楽しめそう?」

にこ「……」

希「今だから言えるんやけど、去年のにこっち、少し退屈そうにしてたから」

にこ「……」

希「だから、この部に誘ったんよ」

にこ「……ボランティアで楽しめるかって言えば、微妙なんだけど」

希「この部は最初、ボランティア部じゃなかったんよ」

にこ「……どういうことよ?」

希「部の名前が違っててな」

にこ「改名したってこと?」

希「そう。当初は――」


……



―― 高坂邸


「なんでも部?」

「そうよ、なんでも引き受けるっていう、大まかな部だったの」

「ふぅん……もぐもぐ」


「……」モグモグ


「生徒の落し物を探したり、他の部の助っ人として活躍したり、ね」

「どうしてそんな部ができたの?」

「最初は相談を受けたりしてたんだけど、その内に依頼に変わったんだって」

「誰から聞いたの……?」

「部を設立したの、おばあちゃんよ」

「そ、そうなんだ……!」


「……」モグモグ



……



―― 翌日:ボランティア部


穂乃果「にこ先輩、この部が設立した時の活動内容を知ってますか?」

にこ「希から聞いた」

穂乃果「……あ、そうですか」

にこ「なんでもやるって部が、いつの間にかボランティア部に変わったって」


猫「……」スヤスヤ


ガラガラ


希「失礼しまぁす。……よいしょ」


穂乃果「……?」

にこ「希……なによ、それ?」

希「給湯器やな」

にこ「……なんで、この部に持ち込んでいるのかって聞いているんだけど」

希「ふぅ……。空き教室に放置されていたのを持ってきたんよ」

穂乃果「うわ……カビが……」

希「ちゃんと洗ったら使えると思うんやけど」

穂乃果「分かりました、洗ってきます」

希「助かるわ」

にこ「だから、なんで持ってきたのよ」

希「去年の3年生に聞いたことを思い出して、せっかく新しい部員が入ったから」

にこ「あんた辞めたでしょ」

希「たまに顔を出すんやし、細かいこと気にせん方がええよ~」

スタスタ

にこ「どこ行くのよ?」


「生徒会~」


にこ「自由すぎるわね……」


……




シュゥゥゥウウウ


穂乃果「沸騰してる……」

にこ「まだ使えるみたいね」

穂乃果「えーっと……茶葉はどこですか?」

にこ「あるわけないでしょ」

穂乃果「……」


にこ「……コップも当然ながら無いわよ」

穂乃果「じゃあ、明日家にあるものを持ってきます」

にこ「そうしてちょうだい。私も自分の持ってくる」

穂乃果「お客さん用の分、買ってきたほうがいいですか?」

にこ「雀の涙ほどの部費があるから、それ使って」

穂乃果「雀のって……それを使っても……?」

にこ「交通費とかは別で出るから気にしないでいいの」

穂乃果「交通費?」


コンコン


にこ「?」

穂乃果「うみちゃんかな?」


ガラガラ

理事長「失礼するわね」


穂乃果「あ……」

理事長「高坂さんがこの部に入るなんて、数奇な運命を感じるわね」

穂乃果「……?」

にこ「ひょっとして……」

理事長「そう、前回は春休みだったから欠席になったけど、来週の日曜日よ」

にこ「……わかりました」

理事長「詳しい時間と場所はこの紙に書いてあるから、よろしくね」

スタスタ


理事長「……いつも寝ているのね」

猫「……」スヤスヤ


ガラガラ


にこ「そろそろだとは思ってたけど、来週なのね」

穂乃果「なにがあるんですか?」

にこ「自治会の清掃。……今回は公園になってる」

穂乃果「ボランティア部っぽい!」

にこ「月に一度の活動がこれよ」

穂乃果「ふむふむ」

にこ「予定が入ってたら欠席でいいから」

穂乃果「無いから、出席で」

にこ「……」

穂乃果「クロちゃんって黙認? されてるんですねぇ」

にこ「優遇されてるって言ったでしょ」

穂乃果「そっか、……頑張らないと!」


……



―― 翌週:ボランティア部


にこ「ふむふむ、私に足りないのは個人の能力を引き出すこと……」


ガラガラ

希「お邪魔~……なに読んどるん?」

にこ「べ、別に何も読んでないわよ?」サッ

希「ふぅん……」

にこ「希も来たことだし、掃除の準備をしなくちゃ。これもリーダーとしての役割よ」

スタスタ


希「……」


希「……隠したんは、これやな」


希「リーダーシップのとりかた。……真面目やん」


猫「……」スヤスヤ


……





穂乃果「遅れてすいません!!」

にこ「日直だったんでしょ。ほら、手袋」

穂乃果「おぉ、本格的だ!」


希「見えない場所の埃が結構溜まってる……」


にこ「今日と明日で終わらせるわよ!」

穂乃果「あ、明日も……?」

にこ「なによ」

穂乃果「明日は……剣道部に……」

にこ「……しょうがないわね。それなら明日の分まで頑張りなさいよ」

穂乃果「はい!」

にこ「希と二人で終わらせておくから」

希「悪いんやけど、明日は生徒会なんよ」

にこ「……それが終わってでいいから、来てよ?」

希「悪いんやけど、その後用事があるんよ」

にこ「えぇー……、事務的に答えたけど、本当に悪いと思ってるのぉ?」

穂乃果「練習が終わったら急いで駆けつけますからっ」

にこ「いいわよ、私一人でやるわよ。……ふぅんだ」

希「拗ねてしまったわ……」


……




―― 日曜日:公園


穂乃果「あまり人は集まってないですね」

にこ「大人は色々と忙しいのよ」

猫「……」

にこ「他の人の邪魔をするんじゃないわよ?」

猫「にゃ」


穂乃果「クロちゃんとにこ先輩……小さい頃に読んだ本の登場人物みたい」



……



―― 高坂邸


「ただいまー」


「あら、おかえり。遅かったじゃない」

「掃除が終わった後、お菓子食べながら色んな人と話をしてたから」

「ふぅん……」

「ね、お母さん」

「なぁに?」

「私が小さい頃に読んだ本って、どこにある?」

「とっくに処分しちゃってるわよ」

「……だよねぇ」

「どうしたの?」

「気になることがあって」

「手が空いてるなら料理の続きをお願い」

「わかった」

「出来上がったら呼んで、お昼にしましょ」

「じゃあ、準備しとくね」

「うん」

スタスタ

「お父さんの好きな野菜ばっかり……」


「ちなみに、その本の内容は?」


「ネコと人間の仲のいい話~」


「……多分、それは本じゃないと思う」


「……え?」


「穂乃果が小さいころ、よく聞かせてた話があって……」


「思い違いしてたんだ」


「おばあちゃんの話なんだけど、覚えてない?」


「……おばあちゃんの……うーん?」


「思い出してみて。……最近はよくおばあちゃんの話が出てくるわね」

スタスタ


「……なんとなく、覚えているような」



……



―― 翌日:ボランティア部


海未「随分と綺麗になりましたね」

穂乃果「頑張ったからね、にこ先輩が!」

にこ「ふふん。私だってやれば出来るのよ」

ことり「はい、どうぞ~」

にこ「悪いわね」

ことり「はい、海未ちゃんも」

海未「……お茶、ですか」

穂乃果「のんびりしていってよ」

海未「それでは、時間まで」

ことり「お茶うけとか持ってきてもいいのかな?」

にこ「それは止めたほうがいいわね」

ことり「やっぱり、学校にお菓子はダメですよね~」

穂乃果「お茶と言ったら和菓子だよね。……まんじゅう持ってくるんだけどなぁ」

にこ「まんじゅう?」

穂乃果「私の家、和菓子屋で、とっても美味しいんです」

ことり「穂乃果ちゃん、和菓子すきだよね」

穂乃果「お父さんの作るまんじゅうが美味しくて美味しくて~♪」

海未「よく飽きませんね……」

穂乃果「美味しいものは飽きが来ないんだよ!」

にこ「そこまでのものなのね……食べたくなってきたわ」


ガラガラ


希「お邪魔~。くつろいでるようやね」

海未ことり「「 こんにちは 」」

穂乃果「その包はなんですか?」

にこ「今度はまた何を持ってきたのよ」

希「お茶うけ」

にこ「あんた生徒会の人間でしょ!?」


……



ことり「ね、いいでしょ、穂乃果ちゃんっ」

穂乃果「でも……剣道部にも入ってるし……」

海未「ことり、あまり無理をさせないほうがいいのでは」

ことり「海未ちゃんだけずるいっ」

海未「なぜそうなるのですか……」

にこ「週に3回の剣道で……今度は手芸部までやるの?」

穂乃果「うーん……そんなことしたら、どっちも疎かになりそうで」

ことり「……そう……だよね」ションボリ

穂乃果「う、うーん……」

にこ「ボランティア部は週一でいいわよ」

穂乃果「……」

ことり「あ、やっぱりいいよ。ごめんね、わがまま言って」

穂乃果「ことりちゃん……」

ことり「穂乃果ちゃんと一緒に何かできたらいいなって……思ってただけだから」

海未「……」

にこ「……」

ことり「……」ウルウル

穂乃果「うーん……」

にこ「諦めがいいんだか悪いんだか……」


猫「……」スヤスヤ


……




―― 夕方:帰り道


穂乃果「じゃあ、優先するのはボランティア部で、その次は剣道部ってことでいい?」

ことり「うんっ! ありがとう穂乃果ちゃん!」

海未「忙しくなりますね」

穂乃果「迷惑かけないといいけど……」

にこ「そこまでうちの部を優先する必要はないわよ?」

穂乃果「……」

にこ「……なに?」

穂乃果「最初に入った部だから……」

にこ「……」

穂乃果「……それに」

にこ「?」

穂乃果「いえ……なんでもないです」


……



―― 2週間後:ボランティア部


にこ「どうなのよ、調子は」

希「最近は体の具合がいいみたいで、発作もないんよ」

にこ「……そう」

希「にこっちの調子はどう?」

にこ「……体調は変わりないわよ」

希「この部のこと」

にこ「……」

希「まだ退屈?」

にこ「そんなわけないでしょ、いつも――……」

希「……」

にこ「なんでもない」

希「ふふ」

にこ「なによ?」

希「べつに~」

にこ「……」


猫「……」


希「日が沈みそうや。……帰らんの?」

にこ「剣道部が終わって顔を出してくるから」

希「……ふぅん」

にこ「早く帰れなくて迷惑なのよね~」

希「ふふ……そうなんや」

にこ「私も何か始めてみようかしら」

希「それもいいかもね」

にこ「ことりに編み物でも教えてもらうとか……、そうね、そうしましょ」


猫「……」スヤスヤ


希「もうすぐ梅雨やな、にこっち」


……



―― 梅雨:ボランティア部


ザァァァー--


穂乃果「こんにちはー」

にこ「来たわね」チクチク

穂乃果「……え?」

にこ「なによ?」

穂乃果「あ、編み物してる……!」

にこ「そのリアクションはなんなの?」

穂乃果「なんというか、違和感が……」

にこ「棒針を持つ姿が似合わないっていうんでしょ……なによ、なによ」

穂乃果「……」


にこ「……」チクチク

ボロッ

穂乃果「縫い目が……」

にこ「初心者だからいいの」

穂乃果「お茶淹れますか?」

にこ「いい」チクチク


穂乃果「クロちゃんと遊ぼうかな……」


猫「……」スヤスヤ


穂乃果「いつも寝てますね」

にこ「ネコだからね」チクチク


穂乃果「今のうちに写真撮ろうっと……」

ガタガタ

にこ「そんなところに上がって、落ちるんじゃないわよ?」チクチク

穂乃果「はぁい」


猫「……」スヤスヤ


穂乃果「……」

パシャ

猫「……?」


穂乃果「ちょっと近付き過ぎたかな……もう一回」

パシャッ

猫「……!」サッ

穂乃果「あ……!」


シュタッ

猫「……」


穂乃果「もぅ! なんで逃げるの!」

猫「……」

テッテッテ

穂乃果「に、逃げた……!」

にこ「人に懐かないくせに、学校に来るから……謎なのよね」チクチク

穂乃果「……そういえば、もうそろそろじゃないですか?」

にこ「自治会の清掃?」

穂乃果「そうです」

にこ「……雨で中止になればいいけど」


……



―― 日曜日:公民館


にこ「晴れたわね……」

穂乃果「晴れましたね……」


海未「日頃の行いですね」

ことり「そうだね」


にこ「それはいい方に捉えるべきなの?」

ことり海未「「 ………… 」」


ことり海未「「 はい 」」

にこ「その溜めはなんなの」

穂乃果「二人ともありがとー!」

海未「いつも部室でくつろがせてもらってますから」

ことり「私も。だから気にしないで」

穂乃果「よぉーし、今日も頑張ってゴミ拾い、だっ!」

にこ「まだ3回目だから張り切っていられるけど、回を重ねるうちにそうはいかなくなるわよ」

穂乃果「そんなことないですよー」


海未「……最近はあの表情をしなくなりましたね」

ことり「……うん」


猫「…………」


……




―― 高坂邸


「ただいま~」


「おかえり。今まで清掃活動してたの?」

「ううん、終わった後に、みんなで遊びに行ってた」

「あら、そう。どこに行ってたの?」

「カラオケだよ。海未ちゃんは恥ずかしがってて、ことりちゃんが楽しそうで~、
 にこ先輩が音程外してて、って私もそんなに上手くないけど」

「……」

「今日の夕飯、私が作る?」

「準備はできてるから、いいわよ。それより明日の準備でもしておきなさい」

「わかった、そうする~」

スタスタスタ


「……」


「……」トントントン


「なんだか、最近の穂乃果は楽しそう」


「……」コクリ


「にこ先輩ってどんな人なのか、気になるわ」


「……」トントントン



……



―― 3日後:ボランティア部


ザァァァー--


ことり「すごい雨……」


穂乃果「……わしっ」

猫「……」サッ

スカッ


穂乃果「あぁっ、避けられた!」


希「どうしたん?」

穂乃果「クロちゃんが、抱っこさせてくれなくて」

希「そうやな、ネコだけあって俊敏性も高いし、
  月に一度の不意打ちが成功するかどうかや」

穂乃果「なんてハードルが高いんだろう……!」


猫「……」

希「もう警戒心が強うなっとるから、我慢せな」

穂乃果「そんなぁ……」


にこ「他のネコを抱っこすればいいでしょ」チクチク

ことり「あ、そこは左指を使うとスムーズにできますよ」

にこ「……難しいわね」

穂乃果「だって、他にネコなんていないんだもん」

希「まぁまぁ、ムキになると余計に抱っこできなくなるよ」


猫「……」

テクテクテク


穂乃果「あの場所……棚の上が好きなんですね」

希「そうやな――!」

ワシッ

猫「にゃ!?」

穂乃果「捕まえた!」

希「今日はもう安全やと思ったはず」

穂乃果「なるほど」メモメモ

希「隙は作るもの、やん?」

猫「にゃー!」ジタバタ


ことり「いまさらですけど、なにを作っているんですか?」

にこ「マフラーよ」

穂乃果「……どうしてこの季節に?」

にこ「ただの気まぐれ」

ことり「春夏の素材だから平気だよ」

穂乃果「そうなんだ……」

希「完成したら誰に渡すの?」

にこ「誰だっていいでしょ」チクチク


猫「……」


……



―― 翌週:ボランティア部


ザァァァ


穂乃果「昨日は幼馴染と買い物へ行って、その後にゲームセンターでぬいぐるみを」

にこ「ことりと海未以外にも幼なじみがいるの?」

穂乃果「一つ下に」

にこ「ふぅん……よし、できた!」

穂乃果「……」

ボロッ

穂乃果「……」

にこ「なに?」

穂乃果「いえ」

にこ「わかったわよ、認めるわよ。これはマフラーとは呼べない失敗作よ」

穂乃果「……」


にこ「……」

スタスタ


穂乃果「?」


にこ「よいしょ」

穂乃果「クロちゃんに……?」

にこ「そうよ。寝床にはちょうどいいでしょ」

穂乃果「気に入ると思うな~」

にこ「どうかしらね……、よいしょっと」ピョン


猫「……?」


穂乃果「あ、ちょうどいい所に」

にこ「……」


猫「……」


穂乃果「なんか、警戒してるような……」

にこ「穂乃果、ちょっといい?」

穂乃果「?」

にこ「この部の活動について、ちょっと聞きたいことがあるのよ。そこ座って」

穂乃果「……はい」


猫「……」


―― 廊下


「この部の活動について、ちょっと聞きたいことがあるのよ。そこ座って」

「……はい」


希「……?」


「あんた、どうしてこの部に入ったの?」


希「……」



―― ボランティア部


穂乃果「どうして……って……」

にこ「居るのは2年生の私一人。活動内容は月に一度の定例清掃だけ」

穂乃果「……」

にこ「海未に剣道部を誘われてたでしょ」

穂乃果「……」

にこ「ことりにも手芸部に誘われてた。……この部に入るより先に、やるべきことがあるんじゃない?」

穂乃果「……」


猫「……」


にこ「べつに、穂乃果が……その、邪魔だって言ってるわけじゃなくて……」

穂乃果「……」

にこ「あんたなら……どこでも上手くやっていける」

穂乃果「……」

にこ「こんなトコに居ないで、もっとふさわしい場所っていうか……
   優先するべきことがある気がするのよ」

穂乃果「……もし、ですよ」

にこ「……?」

穂乃果「もし、私が……じゃあ、剣道部でやっていきます。と言ったら……どうします?」

にこ「しょうがないって思うけど」

穂乃果「…………」

にこ「……なによ」

穂乃果「入部して……、音ノ木坂学院に入学して3ヶ月」

にこ「……」


穂乃果「一緒に活動してきました」



猫「……」


―― 廊下


希「……」


―― ボランティア部


穂乃果「それなのに、しょうがない、って片付けられると……」

にこ「あのね、私とあんたはたった3ヶ月なのよ? 海未やことりと一緒に――」

穂乃果「言ってほしくないです」

にこ「何を……?」

穂乃果「入る学校間違えた、って……」

にこ「……なに、それ?」

穂乃果「にこ先輩が言った言葉」

にこ「……いつよ」

穂乃果「部の勧誘をしている日」

にこ「……」

穂乃果「……」


猫「……」


にこ「そうね、新入生に聞かせていいセリフじゃなかったわ」

穂乃果「いえ、そうじゃなくて」

にこ「……?」


穂乃果「私……この学校が好きだから」


にこ「……」


穂乃果「にこ先輩にも、好きになってほしいから」


にこ「……」


穂乃果「だから、言ってほしくないって……思いました」

にこ「…………」


―― 廊下


希「…………」


―― ボランティア部


猫「…………」


にこ「……」

穂乃果「私……わがままだから……」

にこ「……もし……もしよ?」

穂乃果「……?」


にこ「あんたがこの部で3年間過ごしたとして」

穂乃果「……」

にこ「有意義に過ごせなかったら……後悔しないって言える?」

穂乃果「はい」

にこ「どうしてよ」

穂乃果「この3ヶ月間、楽しかったから」

にこ「――!」



―― 廊下


希「ふふ」



希「……不思議な子、やな」



―― ボランティア部


穂乃果「にこ先輩は……どうでしたか、この3ヶ月」

にこ「……退屈はしなかった」

穂乃果「……よかった」

にこ「楽しかった、とは言ってないのに……どうして、よかった、って言えるのよ?」

穂乃果「楽しめる可能性があるかな、って」


にこ「……」


猫「……」



―― 廊下


希「……にこっち」


海未「どうしたのですか?」

ことり「……?」


希「なんでもない」


ガラガラ


―― ボランティア部


ガラガラ


猫「……」

希「おっとっと……危ない」


穂乃果「そんなとこにいたら蹴られちゃうよ」


猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン


猫「……?」


穂乃果「にこ先輩が作ってくれたんだよ」


猫「……」


ことり「あれ、マフラーは……?」

にこ「失敗したから、猫にあげたのよ」


猫「……」


海未「戸惑ってますね」


にこ「……」

希「……どうしたん?」

にこ「別に」


猫「……」モゾモゾ


穂乃果「……あ、使うみたいですよ」

にこ「当然でしょ、私が心を込めて作ったんだから」

穂乃果「心を込めて、誰に渡すつもりだったんですか……?」

ことり「穂乃果ちゃんっ」

海未「あまり触れないほうがいいです」

にこ「はぁ?」

希「相手はきっと、大切な人やから」

穂乃果「そういう人が居るんですか……!」

にこ「な、なにを勘違いしてんのよ!?」



……




―― 帰り道


希「雨、止んだみたいやね」

にこ「……」



穂乃果「二人とも、掛け持ちでボランティア部に入ったらどうかな?」

ことり「私は、それもいいかなって思ってたよ」

海未「活動に参加できるかどうか、不安が残りますが……」

穂乃果「ほんと!?」



にこ「……私のことなんて、置いていけばいいのよ」

希「……」

にこ「そうすれば、きっと……忘れられない高校生活ってやつが、残るのに」

希「……」



穂乃果「にこ先輩! うみちゃんとことりちゃんが入部してくれるそうですよ!」

にこ「……敬語じゃなくてもいいわよ」

穂乃果「え……?」

にこ「私たち……先輩後輩じゃなくて……友達、でしょ」

穂乃果「あ……」

にこ「……」


穂乃果「じゃあ……にこ…ちゃん?」

にこ「なによ」

穂乃果「……!」

にこ「……」

穂乃果「二人が入部してくれるって!」


にこ「あ、そう……」


穂乃果「他にも活動しようよ!」

にこ「他にって……なにを始める気よ」

穂乃果「おばあちゃんがやってたような……そう、他の部の助っ人とか!」

にこ「あー、もう、うるさい。さっさと先を歩きなさいよ」

穂乃果「えぇー……」

にこ「二人に置いて行かれるわよ」

穂乃果「大丈夫だよ~。うみちゃーん! ことりちゃーん!」


海未「……なにか?」

ことり「どうしたの?」


穂乃果「今日から4人で……違った……5人と一匹で頑張って行こうー!」

ことり「わかった!」

穂乃果「うみちゃんは!?」

海未「わかりましたから、落ち着きなさい」


にこ「置いて……先を歩けば……いいのに」

希「それは違うよ」

にこ「……?」

希「うまく合わない、足でも――……ゆっくり歩けば揃うから」

にこ「……」

希「みんなで一緒に、進んでいけばいいと思うんよ」


にこ「…………」


猫「……」


希「雨上がりの空が綺麗やなぁ」


……



―― 夏


にこ「涼しいからって、図書館に来たけど……」


穂乃果「……」カリカリ

ことり「穂乃果ちゃん……ここ」

穂乃果「えっと……この本に詳しく書かれてたような……」


海未「……手が止まってますよ」

にこ「なんで夏休みにまで勉強できるのよ」

海未「勉強でも穂乃果に負けたくはありませんから」

にこ「……」

海未「わからないところでもありますか?」

にこ「あんたたちのたまに見せる、その生真面目さがわからないわよ」

穂乃果「上手いこと言ったね」

ことり「そうかな……?」


にこ「……ねぇ、海未」

海未「はい……?」

にこ「穂乃果って、学年で何位なの?」

海未「三位ですが」

にこ「えぇー!? 嘘でしょ!?」

穂乃果「静かにしてよにこちゃんっ」

にこ「あ、ごめん……」

海未「驚く気持ちは分かりますが……」

にこ「私と同じタイプだと思ってたのに……むむむっ」ワナワナ


ヴヴヴヴ


にこ「……希?」ガタ

穂乃果「電話?」

にこ「うん、ちょっと外出てくる」


―― 図書館・中庭


ピッ


にこ「もしもし」

『出るのに時間掛かったようやけど、忙しい?』

にこ「図書館で勉強してたのよ」

『勉強、ね』

にこ「どうしたの?」

『いま、学校におるんやけど、クロちゃんの姿が見えないんよ』

にこ「部室は閉まってるから、校外にいるんでしょ」

『去年は学校の周りに必ずいたんよ?』

にこ「え、そうなの? って、あんた夏休みの学校で何してんのよ」

『部の管理やな。副会長と一緒に』

にこ「副会長って、あの京都の……?」

『そうや』

にこ「大変ね」

『そうでもないよ。人の少ない学校ってノスタルジアを感じるから』

にこ「……去年も部の管理ってことはないでしょ?」

『去年は――……って、うちのことはええやん。
 もしかしたら、にこっちが面倒見てると思ってたんやけど』

にこ「そんなわけないでしょ」

『ふむ……』

にこ「まぁ、見つけたら連絡するから」

『そうして。……穂乃果ちゃんと一緒に勉強、頑張ってな?』

にこ「な、なんで分かったのよ……?」

『にこっちが一人で行くわけ無いと思って。ほなぁ』

プツッ


にこ「見透かされてるわね。……あの猫と同じくらい妙なのよね……希は」

スタスタ



―― 図書館・屋上


猫「……」



……



―― 1週間後:にこの部屋


にこ「くかー……」


pipipipipi


にこ「……ん…?」


pipipipipipipi


にこ「ん……んー」モゾモゾ


ピッ


にこ「……もひ……もひ」


『おはよう、にこちゃん』


にこ「穂乃…果……?」


『あれ、今起きたの? もう9時だよ?』


にこ「まだ9時よ……」


『私はうみちゃんと朝練してたのに!』


にこ「知らないわよ……それで、用はなによ」


『にこちゃんの声が聞きたくなって♪』


にこ「……切るわよ」


『わっ、待ってっ。……明日なんだけど、暇でしょ?』


にこ「決めつけないでくれる?」


『暇だよね。明日の10時にバス停に集合ね』

『どこのバス停か伝えないと』


にこ「……」


『駅前のバス停ね』


にこ「今度はどこに連れて行こうっていうの……?」


『それは、明日のお楽しみ~』

『コンクールだと、伝えたほうがいいのでは』


にこ「コンクール?」


『あぁっ、うみちゃんの声が……!』

『なんです?』


にこ「なんのコンクールなの……? 編み物?」


『編み物のコンクールって……なに?』

『寝ぼけているのですよ』


にこ「……わかったから」


『うん、それじゃあね!』


プツッ


にこ「コンクール……ねぇ……。興味ないんだけど……」

モゾモゾ


にこ「理由つけて……行くのやめよ……」


にこ「……すぅ」


pipipipi


にこ「…………」


ピッ


にこ「……なに?」


『二度寝しちゃダメだよ?』


にこ「うるさーいっ」ブンッ

ボフッ


にこ「思わず投げてしまったじゃないの……穂乃果のせいよ……まったく」ブツブツ

モゾモゾ


にこ「……すぅ」



……



―― 翌日:バス停


穂乃果「にこちゃーん、ここだよー!」

ことり「おはよう~」

海未「おはようございます」


にこ「あ、あんたたち……代わり代わりに電話してくるの止めなさいよ……!」

穂乃果「だって、そうしないと寝ちゃうでしょ」

にこ「夏休みは二度寝が出来る幸福な期間なのよ?」

穂乃果「怠惰な生活は不健全な精神を作ってしまうよ!」

にこ「小難しいこと言うんじゃないわよ。……私はこれでも忙しいの」

海未「夜更かししているだけなのでは」

にこ「見たいテレビがあるんだからしょうがないでしょー」

穂乃果「忙しいってそれなの……?」

にこ「ふん」

ことり「深夜の通販ってそんなに面白いのかな?」

海未「私は見たことがありませんが」

にこ「通販じゃなくて映画よ、映画」

穂乃果「そんなことより、早く乗るよ。出発しちゃう」

にこ「……はいはい」


ことり「あれ、その鞄は……?」

にこ「あぁ……これは」

海未「?」

にこ「着いたらみせるから」

穂乃果「ほら、はやくー」


―― 会場


にこ「ピアノ……?」

ことり「そうなの。中学の発表会がここで開かれてて」

にこ「なんで中学生の演奏なんて……」

穂乃果「私の妹がいるから」

にこ「ふぅん……あんたに妹がいるなんて初耳だわ」

海未「楽屋に寄りますか?」

穂乃果「ううん、演奏が終わってからにしよう」

ことり「それで、その鞄って……?」

にこ「な ぜ か、玄関の扉を開いたらこの仔がいたのよ」


ジーッ


猫「にゃ」


海未「クロ……?」

ことり「え……?」

穂乃果「えぇー!?」

にこ「鞄に入れて電車で移動したこともあるから――」

穂乃果「にこちゃん! 狭い鞄に入れるなんてひどいよー!」

にこ「わ、私は悪く無いわよ」


猫「……」


海未「それで、どうするのですか?」

にこ「本人に聞きなさいよ」

海未「それで、どうするのですか、クロ?」

にこ「本当に聞いてるわね」


猫「……」スッ


ことり「動く気はないみたい……」

にこ「物凄く強情なのよ、この猫」

穂乃果「置いては行けないよね……」

海未「時間もありませんから……仕方がないですね」

にこ「ほら、海未が持ちなさい」

海未「……」


……



―― 会場内


穂乃果「あっちの席に座ろうか」

ことり「そうだね」

にこ「……」

海未「よく見える位置ですね――」



―― 鞄の中


猫「……」スゥ



―― 会場内


海未「――あれ、なんだか軽くなったような」

にこ「たまに外へ連れ出してね」

海未「……わかりました」


―― 会場内:2階席


猫「……」



……




パチパチパチパチ


穂乃果「上手だね」

ことり「うん」

海未「……」

にこ「くかー……」

海未「こんな寝息を立てて眠る人、初めてみました……」

ことり「いよいよだね」

穂乃果「起きてよ、にこちゃんっ」

海未「起きてください、にこ」

ユサユサ

にこ「……ん、……ん? 終わった?」

穂乃果「これからだよっ」

ことり「クロちゃんも聞いてるかな?」

海未「様子を見てみましょう」

ゴソゴソ


―― 会場内・2階


猫「……!」スゥ


―― 鞄の中


猫「――……にゃ」


海未「大人しくしていますね……」

ことり「どうして付いて来たんだろ……?」

にこ「ふぁぁ……」

穂乃果「深夜の通販よりこっちの方が健康的でいいのに」

にこ「通販じゃないっての……」

ことり「あ、出てきたよ」


「……」

スタスタ


にこ「姉妹にしては似てないわね……」


「……」スッ


~♪


―― 会場・2階


「素敵な演奏……」

「同じ3年生なのに、凄いにゃ」



猫「…………」



……



―― 楽屋


穂乃果「紹介するね。私の妹です」

「ほのちゃん……っ」

にこ「複雑な事情があるのね……」

海未「何か想像しているようですが、違います」

にこ「?」

ことり「西木野真姫ちゃん」


真姫「……はじめまして」


にこ「……どうも」


穂乃果「演奏、とってもよかったよ――真姫!」

真姫「本当? 嬉しい……っ」


にこ「……なにあれ」

海未「本当の妹のように可愛がっていますから」

にこ「ふぅん……」


ことり「……?」


猫「……」


ことり「わっ、出てきちゃ駄目だよっ」


猫「…………」



……




―― 会場外


「たまにはこういうのもいいよね」

「ありがとね」

「お礼なんていいよ~。かよちんも何か始めたらよかったよね」

「……遅すぎたね」

「演奏した人たちは小さい頃からピアノを弾いていたんだろうね~」

「……」


猫「……」


「あ、ネコ!」


猫「……」

テッテッテ


「待て~!」

タッタッタ


「どうして追いかけるの!?」



穂乃果「どこ行ったんだろ、クロちゃん」

真姫「クロちゃんって……?」

穂乃果「黒っぽい銀色の猫ちゃんだよ」

真姫「……もしかして、アレ?」

穂乃果「?」


猫「……」

テッテッテ


「ま~て~!」

タッタッタ


にこ「さっさと帰るわよ~、限りある夏休みをもっと有意義に過ごさないと――」

ことり「あ……」

にこ「なに?」

海未「にこ、足を止めないと危ないですよ」


「わーっ」

にこ「?」

ドンッ

にこ「ふぎゃっ」

「あいたたた」


猫「……」


真姫「曲名を変えろって担任の先生に言われてたんだけど、
   どうしてもあの曲を弾きたくて」

穂乃果「トロイメライだよね」

真姫「うん……! ほのちゃんとの思い出の曲だから」


「ごめんなさい~」

にこ「あいたたた、肋骨にひびが……」

「あわわっ、大変だにゃー!」

にこ「ふぅ……罪を償ってもらおうじゃない」

「な、何でも聞きます……」

にこ「フフ」

海未「どこの悪人ですか」


穂乃果「『あの時』演奏してくれたよね」

真姫「うん。初めて逢った日」

穂乃果「……とってもよかった」

真姫「ありがとう……ほのちゃんに褒めてもらえるのが……嬉しい……」


にこ「ちょっと、そこの二人」


穂乃果真姫「「 ? 」」


にこ「こっちに関心持ちなさいよ、真後ろで事件が起きてんのよ?」

「うぅ……」

ことり「……」スリスリ

にこ「……?」

ことり「ほら、見て」

「?」

ことり「さすっても痛がらないから」スリスリ

にこ「……あ、あいたっ……立っていられない」

海未「にこ……バカみたいですよ」

にこ「ば、バカって……」


「ちゃんと前を見ていませんでしたぁ、ごめんなさい」ペコリ

にこ「……べつにいいけど」

「ご迷惑をかけたお詫びをします……」

にこ「じゃあ、ポテトを――」

海未「年下にたからないでください。
   ただぶつかっただけですよ、あまり気にしないで」

ことり「にこちゃんって大袈裟だから」

にこ「……どうして猫を追いかけたの?」

「ただ……なんとなく?」

猫「……」


真姫「演奏中ね、一緒に遊んでいた頃を想い出してた」

穂乃果「私も、なんだか情景が広がっていくようで――」


にこ「な、なんなのこの二人……」

海未「久しぶりに会う時は大体あんな風ですよ」

にこ「近寄りがたいわね……」


「り、凛ちゃん……」


「あ、それでは、失礼します!」

タッタッタ


にこ「私たちも帰りましょ」

海未「……そうですね」

ことり「……」


真姫「ほのちゃんのリクエストがあれば、いつでも弾くから」

穂乃果「ありがとう――真姫!」


……




にこ「ほら、出てきなさい」

猫「……」ピョン

海未「電車で移動したこともあるって言いましたが、どこへ行ったのですか?」

にこ「希と、ボランティア部の活動で山の方まで」

ことり「山?」

にこ「自治会の遠足みたいなものよ。
   ずっと付いてくるから、希が連れて行こうって」

猫「にゃ」

海未「本当に不思議なネコですね」

にこ「そうよね……希のせいでそういう感覚が麻痺してたわ」


真姫「今度はいつ逢えるの?」

穂乃果「明日――は、登校日だから……明後日は?」

真姫「うん」

穂乃果「どこか行きたいところとかある?」

真姫「どこでもいい。ほのちゃんたちと一緒なら……」

穂乃果「わかった。こっちで考えておくね」

真姫「……うん」

穂乃果「帰ったらメールするから」

真姫「うん」


にこ「……え、明日って登校日なの……?」

海未「日にちを確認していないとは……相当堕落した生活を送っているのですね」

にこ「う……」

ことり「もしかして、来週の全国大会のことも忘れてたり……?」

にこ「それは忘れてないわよ。穂乃果に嫌というほどメールもらってるから」


猫「……」


真姫「ことちゃん、うーちゃん」


海未「……はい?」

ことり「……?」


真姫「また明後日、ね」

海未「はい、おやすみなさい、真姫」

ことり「今日はお疲れさま♪」


真姫「うん。おやすみ」

穂乃果「気をつけて帰るんだよ~」


「……うん」



にこ「今日は早起きしたから、夜は眠れるはず」

海未「演奏中寝ていたではないですか」

ことり「私たちも帰ろう~」


穂乃果「……」


猫「…………」



……




穂乃果「……」

スタスタ



にこ「ねぇ、穂乃果の様子……おかしくない?」

海未「……」

ことり「……」


にこ「何かあった?」

海未「……いえ、何もありません」

ことり「海未ちゃん」

海未「……そうですね。ことりは穂乃果のところへ」

ことり「……うん」

タッタッタ

にこ「?」

猫「……」


ことり「穂乃果ちゃん」

穂乃果「……?」

ことり「にこちゃんが明日、登校日だってこと忘れてたんだって」

穂乃果「えぇー……?」


にこ「ちょっと、なんなのよ、その話題の入り方!」

海未「……」

にこ「ひ、日にちが一日ずれてただけよ」


海未「いま思い起こしてみれば――」

にこ「……?」


海未「――穂乃果は小さい頃から、あんな表情をしていたのかもしれません」

にこ「……あんな……表情?」

海未「さっき、ことりが話しかけるまで沈みがちでした」

にこ「……」

猫「……」


海未「どこか遠くをみるような……、胸に穴が空いたかのような顔をするのです」

にこ「……」


海未「その理由を聞いても穂乃果は答えません。いえ……恐らく、答えられない」

にこ「どうしてそう言えるのよ?」

海未「ことりと私がいくら聞いても、返ってくるのは普通の返事」

にこ「……」

海未「隠している素振りもありません」

にこ「……」

海未「だから、ことりは……明るく振る舞って穂乃果と接しているのです」

にこ「……」

海未「手芸部に強く誘ったのも、それが理由でもあるんです」


にこ「……どうして、その話を私にするのよ」

海未「ボランティア部に入って、その表情をすることが無くなりました」

にこ「……」

海未「にこと出逢って、穂乃果が持つ本来の性格に戻った――と思ったのですが」

にこ「……」

猫「……」


海未「真姫と別れて、またあの表情を……」


にこ「……あの子が原因なんじゃないの?」

海未「真姫が……ですか?」

にこ「別れたその後に沈んでるなら、そうとしか考えられないじゃない」

海未「いえ……それはないかと」

にこ「どうしてよ」

海未「むしろその逆で、穂乃果を元気づけてる……気がします」

にこ「……」

海未「この話をしたのは、今まで通り接してほしいと思ったからです」

にこ「……」

海未「……」


猫「……」

テッテッテ


にこ「クロ……?」


穂乃果「ことりちゃんとにこちゃんも応援に行けたらいいのにね」

ことり「仙台は遠いよ~」

猫「にゃ」

穂乃果「?」

猫「……」

穂乃果「どうしたの?」

猫「……にゃぁ」

ことり「抱っこして欲しいんじゃないかな」

穂乃果「いいの……?」

猫「……」

穂乃果「じゃあ……」

猫「……」

穂乃果「……」ヒョイ

猫「……にゃ」

穂乃果「クロちゃんが抱っこさせてくれた……!」


にこ「むむむ……! 私のほうが付き合い長いのに……!」

海未「……嫉妬ですか」


猫「……」ピョン

穂乃果「え、もう終わり!?」


猫「……」

穂乃果「もうちょっとだけ~」スッ

猫「……」サッ

ことり「華麗に避けたね」

穂乃果「なんか余計に傷ついた!」


……



―― 高坂邸


「……ただいま」


「……」


「……」


「……?」


「?」


「うわっ、びっくりしたぁ……。ただいまくらい言いなさい、穂乃果……」


「言ったよ」


「そう……」


「……」


「……どうかしたの?」


「……ううん」


「なんだか、元気が無いわね」


「……そんなことないよ?」


「それならいいんだけど……」


「……手、洗ってくるね」

スタスタスタ


「……」



「最近は、あんな表情しなかったのに……」


……



―― 秋:音ノ木坂学院


にこ「……夏が……夏が…」

トボトボ


「おっはよー、にこちゃん!」


にこ「夏が――……終わった」

穂乃果「どうしたの?」

にこ「あぁ……あんなに沢山あった時間が……」

穂乃果「過ぎ去った時間を羨んでいるんだね」

にこ「おかしいわよ、誰かが『時間を早めた』に違いないわ」

穂乃果「楽しい時間は早く過ぎるから。相対性理論だよ」

にこ「難しい言葉を使わないで」


猫「……」


穂乃果「クロちゃんおはよー」

猫「にゃ」

にこ「……猫はお気楽でいいわね。寝ていればいいんだから」

猫「……」

穂乃果「この夏、クロちゃんと私の絆がぐっと深まって――」スッ

猫「……」サッ

穂乃果「――ない! 深まってない!」

にこ「一人で騒がしいわね……」


……



―― 放課後:ボランティア部


ガラガラ

にこ「……」


猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン

猫「……」モゾモゾ


にこ「そうだ、編み物……また一から始めないと……」


猫「……」スヤスヤ


にこ「えっと……どこにしまったっけ……」


……


にこ「……」チクチク


猫「……」スヤスヤ


ガラガラ

海未「こんにちは」

にこ「……海未一人?」

海未「すぐに穂乃果も来ますよ」

にこ「ふぅん……」チクチク

海未「……」

にこ「……ここ、難しいわね」

海未「あの、つかぬことをお伺いしますが……」

にこ「なに?」

海未「それを……誰に渡すのですか……?」

にこ「誰だっていいでしょ」

海未「私にですか?」

にこ「結構図々しいわね」

海未「それでは、ことり……?」

にこ「消去法で探っても教えないわよ。……隠す必要もないんだけど」チクチク

海未「……なるほど、自分で使うために編んでいるわけではない、と」

にこ「……」

海未「渡す相手は聞きませんが、渡す理由は教えてください」

にこ「どうしてよ」

海未「気になります」

にこ「……なにかと面倒を見てくる人がいるのよ」チクチク

海未「……?」

にこ「自分のことより、まず相手のためにって……」

海未「……」


にこ「去年の冬にね、その人にマフラーを借りたの」

海未「……」

にこ「そしたら、次の日……その人は風邪を引いてしまって」

海未「……」

にこ「元々、体の弱い人だったから」

海未「……」

にこ「だけど、謝れなくて……まだ、マフラーを貸してくれたお礼も言ってなくて」

海未「……」


にこ「……それだけよ」

海未「そうですか……」


にこ「……」チクチク


―― 生徒会室


希「……――くちゅっ」

副会長「風邪?」

希「違うと思うんやけど……」

副会長「体調はどもない?」

希「……誰かが噂しとるんよ」

副会長「そないなんや」


希「この感覚――……にこっちやな」



―― ボランティア部


にこ「ひっくしゅっ!」

海未「風邪ですか? 規則正しい生活に戻さないと、免疫力が弱ったままですよ」

にこ「……」

海未「今日から学校が始まったのですから、夜は早く寝ましょう」

にこ「うるさいわね……あんたは私の母親なの?」


ガラガラ


穂乃果「よいしょ」


にこ「……?」

海未「穂乃果……それは?」

穂乃果「将棋盤だよ。将棋部から借りてきちゃった」

にこ「なんで借りてくるのよ」

穂乃果「此処においてっと……」

にこ「本当になんでもあり部、にしようとしてるわね」

穂乃果「なんでも部、だよ~。……えっと、これかな」

海未「アルバム、ですか?」


猫「……?」


穂乃果「これだ。みてみて」

海未「?」

にこ「あんたのおばあちゃん、よね」

穂乃果「そうだよ、そして……この写真をよくみるとぉ」

海未「……これは」

にこ「将棋してる……?」

穂乃果「おばあちゃん強かったんだから」

にこ「ふぅん……」


穂乃果「久しぶりに指したくなっちゃって」

にこ「将棋部で打ってきなさいよ」

穂乃果「私の相手をしてくれる人が居なくて……うみちゃん、覚えてる?」

海未「……はい、一応は」

にこ「二人とも打てるの?」

海未「駒の動き程度ですが」

穂乃果「私たちに教えてくれたのがおばあちゃん」

海未「懐かしいですね」

にこ「……」

穂乃果「うみちゃんと指すのも久しぶりだね」

パチ

海未「小学校以来です」

パチ

にこ「娯楽部って感じになってるわね……」チクチク


穂乃果「それでは、お願いします」

海未「お願いします」


猫「……」


……




海未「王手です」

パチ

穂乃果「……」

パチ

海未「……」

パチ

穂乃果「銀、飛車取り」

にこ「……? 二つ取れるの?」

穂乃果「にこちゃん、将棋を知らなさすぎるよ!」

にこ「な、なによ……」

穂乃果「ひと駒一回しか動けないのにどうやって二つ取るの!?」

にこ「そんなに怒らなくても……」


海未「……」

パチ

穂乃果「銀、取り」

パチ

海未「……飛車を取られたくないため、引かせましたが……防御が薄くなりましたね」

にこ「……」

海未「……」

パチ

穂乃果「……」

パチ


猫「……」


海未「もう後がありませんね。詰みです」

穂乃果「はぁー、気を抜けなかった」

にこ「まだ動けるでしょ」

海未「さっき取られた銀が控えていますから」

にこ「……逃げればいいでしょ」

パチ

穂乃果「こう動くよ」

パチ

にこ「これを取る」

パチ

穂乃果「角がいるよ」

にこ「角?」

穂乃果「こうやって、王を狙ってる」

にこ「……じゃあ、やり直して……金で守ればいいのよ」

パチ

穂乃果「ここで銀を……王手」

パチ

にこ「……」

パチ

海未「金は斜め下に動かせませんよ」

にこ「……」

パチ


海未「ちょっと……なぜ、香車を横に動かすのですか」

にこ「出来ないの?」

穂乃果「できないよ。にこちゃんが動きの知ってる駒ってどれ?」

にこ「えっと……飛車……と、角と……銀と歩?」

海未「よくそれで代わりをしようと思いましたね……」

穂乃果「最初から教えるから、一緒にやろう?」

にこ「眠れる獅子を起こすことになるわよ」

穂乃果「はいはい」

にこ「流さないでっ」

海未「ふふ」


猫「…………」



……




パチ

穂乃果「王手」

にこ「むむむ……!」

海未「詰み、ですね」

にこ「穂乃果、最初に外した飛車と角を私にちょうだい」

穂乃果「ハンデが大きすぎるよ!」


猫「……」


海未「珍しいですね、クロがこんな近くで……」

穂乃果「将棋に興味あるの?」

猫「にゃ」

穂乃果「無いよね~」

にこ「今日始めたばかりの初心者なんだから、もっとハンデをくれてもいいでしょ?」

穂乃果「じゃあ……六枚落ちでいい?」

にこ「六枚?」

穂乃果「飛車と角、香車と桂馬を外すの」

にこ「よしよし」

海未「獅子の片鱗が少しも見当たりませんね……」


ガラガラ

ことり「お待たせ~♪」

海未「あ、もうそんな時間ですか」


穂乃果「明日にしよっか」

にこ「明日は剣道部でしょ」

穂乃果「あ、そうか……どうしよ?」

にこ「最後に一回だけやりましょ」

穂乃果「うん!」


ことり「将棋……?」

海未「そうです、穂乃果が借りてきて……。その紙は?」

ことり「お母さんから渡されたの」

海未「……定例清掃ですね」


穂乃果「……あれ?」

にこ「なに?」

穂乃果「どうして私が落とした香車たちがそっちにあるの?」

にこ「クロが動かしたのよ」

猫「……」

穂乃果「獅子ってもっと、格好いいものだと思ってたよ」



……




―― 帰り道


海未「まさか、6枚も貰って負けるとは思いませんでした」

にこ「……」

穂乃果「でも、にこちゃんの攻めは面白かったよ」

にこ「面白いってなによ?」

穂乃果「奇抜な動きっていうのかな、読みが全然当たらないの」

にこ「聞いた、海未?」

海未「したり顔ですね」

にこ「ほら、私の後ろに見えるでしょ、獅子の姿が」

ことり「……うん、見える」

にこ「?」


猫「……」

希「にゃぁ~」


穂乃果「獅子っていうより、子猫。可愛いよ!」

にこ「強いから可愛いへクラスチェンジしたの☆」キャピ

海未「……」ジー

にこ「なに?」

海未「いえ、なんでもありません」


猫「……」ジタバタ

希「おっとっとぉ」


穂乃果「また捕まっちゃったんだ」

猫「……」

希「みんなの後ろを歩いてて、隙だらけやった」

ことり「去年から一緒にいるんですよね」

希「そうや……。ほら」

猫「……」ピョン

希「にこっちが入部した頃と……大体同じ頃なん」

穂乃果「にこちゃんの事が好きなんじゃない?」

にこ「おいで~」ポンポン

猫「……」シーン

にこ「これで好意を持たれてるって思えないんだけど」

海未「こちらの言葉が分かっているような素振りをみせますし……何者なのでしょうか」

希「まぁ、悪意は感じられないから好きにさせてるんやけど……、詮索するだけ無駄な気もするんよ」

にこ「どうせその内、居なくなったりするのよ。全部きまぐれよ」

希「何かを待っているような気もするんやけどなぁ?」

猫「…………」

ことり「……不思議だね」

穂乃果「うん、不思議だぁ」

海未「不思議で片付けていいことなのでしょうか……」


……



―― 晩秋:音ノ木坂学院


希「……ふぅ」


にこ「おはよ」

希「あぁ……にこっち……、おはよう」

にこ「ちゃんと目を覚まして歩かないと人にぶつかるわよ」

希「ふふ、そうやな」

にこ「……」

希「……ふぅ」


ビュゥゥウウ


希「風が冷たくなって来た……っ」

にこ「……」

希「すぅ……ふぅ……」

にこ「ちょっと震えてない?」

希「うちが?」

にこ「……」

希「冷たい風に身を震わせてるんよ」

にこ「……」

希「にこっちは寒くない?」

にこ「我慢できるくらいだけど」

希「そうなん……」

にこ「……」

希「……ふぅ」


にこ「…………」

ギュ


希「おぉ……、にこっち……」

にこ「……」

希「他にも登校中の生徒がおるんやから……手を握られると……うち恥ずかしい」

にこ「汗ばんでる……」

希「……」

にこ「あんた、風邪ひいてるんじゃないの?」

希「微熱……やから、心配いらへんよぉ?」

にこ「保健室に行くわよ」グイッ

希「…………」


猫「……」


……


―― 保健室


ピピピピピ


希「……」

にこ「ほら、体温計、出しなさいよ」

希「……微熱や言うたやん」

にこ「……37度2分」

希「意外と心配性やなぁ」

にこ「あんた、体弱いんだから……」

希「……くしゅっ」

にこ「担任には私が言っておくから、ちゃんと寝てなさいよ?」

希「大丈夫や言うてるのにぃ」

にこ「いいから寝てなさい」

スタスタスタ


ガラガラ


穂乃果「おぉっ、びっくりした」

にこ「……どうしたのよ?」

穂乃果「にこちゃんが希先輩を引っ張っていくのを見たから」

にこ「ちょっとした風邪よ」

穂乃果「風邪……」


……




希「すぅ……すぅ……」


猫「…………」



……




希「……ん……ん」


にこ「……」チクチク


希「ん……?」

にこ「あ、起きた?」サッ

希「うん……いま、何を隠したん?」

にこ「隠してないわよ。寝ぼけてるんじゃないの?」

希「うん~……?」


にこ「ほら、体温を計ってみて」

希「……にこっち……ずっと居てくれたの?」

にこ「ううん、今の休み時間だけ」

希「……」

にこ「どうしたのよ?」

希「ずっと……誰かが傍に居てくれた気が……」

にこ「ふぅん……」

希「ミステリーやな」

にこ「元気そうじゃない」

希「少し寝たらスッキリしたみたい」

にこ「よかったわね」

ピピピピピ

希「……36度7分」

にこ「……」

希「教室に戻ってもええやろ?」

にこ「どうして私に聞くのよ」


……




―― 放課後:ボランティア部


にこ「……」チクチク


猫「……」スヤスヤ



ガラガラ


穂乃果「こんにちはー」

ことり「こんにちは~」


にこ「……」チクチク


穂乃果「一所懸命だね」

ことり「わぁ、上手になってる」


にこ「ペース上げないといけないんだけど、どうしたらいい?」

ことり「えっと……、集中すること、かな」

にこ「……そう」チクチク


穂乃果「そういえば、この部屋って暖房器具がないよね」

にこ「……」チクチク

穂乃果「集中してる……。ことりちゃん、希先輩に相談してこようよ」

ことり「わかった」


にこ「……」チクチク


……




穂乃果「ここでいいよね。よいしょっ」

ことり「あ……、コンセントに届かない。延長コードも借りてくるね」

穂乃果「うん、お願いね。……えっと、ポットのお湯は……」

カパッ

穂乃果「空っぽだ。……水を入れてから行けばよかったよ」

にこ「……」チクチク


猫「……」


穂乃果「使われてない電気ストーブ、借りてきたよ」

にこ「……うん」チクチク

穂乃果「そうだ、点ける前に埃を落としておかないと」

にこ「……」チクチク


……




ことり「……」


穂乃果「……」


猫「……」


にこ「……」チクチク


にこ「……?」


にこ「静かすぎると思ったら……なにしてんの、あんたたち?」

ことり「本を読んでいます。小説です」

穂乃果「アルバムを見ています。過去を遡るのです」

にこ「そう。……ちょっと休憩」

ことり「お茶を淹れます」

穂乃果「まんじゅうを添えます」

にこ「あ、持ってきてくれたの? このまんじゅう美味しいのよね」

穂乃果「にこちゃんはつぶあん派? それともこしあん派?」

にこ「こしあん派」

穂乃果「じゃあ、こっちを」

ことり「はい、お茶をどうぞ」

にこ「ありがと。……目が疲れた」


猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン

猫「……」


穂乃果「クロちゃん、こっちおいでよ」


猫「……」


にこ「構うと離れてくわよ」

穂乃果「そんなことないよ、こういうのはこっちから動かないと」


穂乃果「よいしょ」


猫「?」


穂乃果「うひひ、もう逃げられないよ~」

猫「……」

穂乃果「大人しくしててね~」ヒョイ

猫「……」

穂乃果「あ、あれ……? 意外と大人しく捕まった」


ことり「そこで暴れたら穂乃果ちゃんが危ないから……」

にこ「落ちたら大変でしょ……もぐもぐ」


穂乃果「気を遣われてる……?」

猫「……」

穂乃果「それならいつも気を遣っててよ。……なんて」

猫「にゃ」


ガラガラ


海未「くつろいでいますね」

希「平和やなぁ」


にこ「希も一緒なのね……」サッ


ことり「希先輩、こっちに座ってください」

希「ありがとう~。ストーブ、使えてるようやね」

ことり「温かいですよ」

穂乃果「見てください、クロちゃんが私の膝の上に――」

猫「……」ピョン

穂乃果「あぁ、そんな……」

希「恥ずかしがり屋やな、にこっちに似て」

にこ「勝手に言ってなさいよ」


希「照れ屋でもあるんよ。そして、寂しがり屋でおっちょこちょいで素直じゃなくて」

にこ「言い過ぎよ!」

穂乃果「あはは」

猫「……」

ことり「はい、海未ちゃん。今日はココアだよ」

海未「ありがとうございます。……温まりますね」

穂乃果「外は雨が降りそう……傘持ってきてたかな?」

にこ「私は置いてあるのがあるから平気」

希「もう、冬……やな」

穂乃果「だけど、ここはあったかいよね」

ことり「5人も居れば暖まるよね♪」

穂乃果「来年は、真姫も一緒だから、6人!」

にこ「あのつり目の子も入部させるつもり?」

穂乃果「もちろん!」

にこ「好きにすればいいけど」


希「来年は6人、か……」

猫「……」

希「去年の夏まではうちらだけやったのになぁ?」

猫「にゃ」


海未「これからの定例清掃は気合入れていかないといけませんね」

ことり「そうだね、重装備で行かないと」

穂乃果「にこちゃんも朝のトレーニングに参加しようよ」

にこ「絶対に嫌ッ!!!」


希「ふふ……、よかった」

猫「……」


……



―― 3日後:音ノ木坂学院


ビュウウウウウ


希「っ……」


希「こほっ」


にこ「ほら、これ使いなさいよ」

ボロッ

希「……? 雑巾?」

にこ「ま、マフラーよ……ッ」

希「あ……」

にこ「……っ」グスッ

希「手作りなんやな……」

にこ「……そうよ」

希「最近、何か隠してると思ったら……」

にこ「い、いいから使いなさいよ」

希「……うん」

にこ「……急ぎすぎたせいで、網目も綺麗じゃないし、長さもおかしいけど」


希「……」


にこ「雑巾のような……不出来な物になったけど……」


希「…………あったかい」


にこ「来年はもっと良いのを作ってみせるから、今年はこれで我慢しなさ――」


希「ありがと、にこっち」

ギュウウ


にこ「――!」


希「あったかいんよ」

にこ「う、うん……」

希「内からポカポカ……温まる」

にこ「わ、わかったから……離れなさいよ……」

希「雑巾なんて、言ってしまって……ごめん……ね」

にこ「いいわよ、そんなの。……だから、離れなさいよ」

希「……」

ギュウウウ


穂乃果「今日は白餡だよ」

ことり「私も、今日は厳選茶葉を持ってきちゃった♪」

海未「……太りますよ、二人とも」

穂乃果「私は朝練してるもん!」

ことり「……」

海未「ことりも……参加しますか?」

ことり「よろしくお願いします」

穂乃果「じゃあ、明日から――」


にこ「ちょっと! 素通りはやめて!?」


穂乃果「いやぁー……」

ことり「ご、ごゆっくりぃ~」

海未「……」

スタスタスタ


にこ「海未は至ってはこっちすら見ないってなんなのー!?」

希「登校途中に、うちらは何をしとるんやろな」

ギュウウ

にこ「そう思うんならさっさと離れなさいよ!」

希「もうちょっと~」


……



―― 正月:神社


カランカラン

パンパン

穂乃果「今年も楽しい1年でありますように……!」

ことり「今年もみんなと一緒にいられますように」

海未「平穏無事でありますように」

にこ「……」


巫女「おけましておめでとう」


穂乃果ことり海未「「「 おめでとうございます 」」」

にこ「?」

穂乃果「いつも、この神社でトレーニングしてるの」

にこ「あぁ、だから顔見知りなのね」

巫女「さ、おみくじをどうぞ」

穂乃果「よぉーし」

にこ「去年は末小吉だったから、今年はもう少しランクを上げて欲しいわね」


海未「忙しそうですね」

巫女「正月だからね。……人出も足りなくて」

ことり「バイトの人、中々見つけられなくて……」

巫女「いいのよ、気にしないで。こっちが勝手に頼んだことなんだから」

海未「私たちの周りに、巫女ができる人はいないようです」

巫女「しょうがないわよね、高校生なんだから、忙しいだろうし」


穂乃果「中吉!」

にこ「半凶!?」


海未「恋愛運はどうですか?」

穂乃果「そこが気になるの? えっと……待ち人……まだ来ず」

海未「……来年がありますよ」

穂乃果「鬼が笑うよ!」

ことり「にこちゃん……半凶って……」

にこ「な、なにこれ……大凶の方がスッキリしていいわよ……!」


「稲作文化の基本はお米で、お米をおにぎりにしたのがおむすびと呼んでて」

「ふむふむ」

「願い事がしっかり結びますように、と……その由来でおみくじを結ぶようになったそうだよ」

「なるほど~、お米に関してかよちんの右に出る人は居ないにゃ!」


にこ「半凶……むむむ……中途半端に嫌な結果だわ」

穂乃果「ほら、さっさと結んでよ~。希先輩が待ってるよ~?」

海未「希先輩はどうして神社が苦手なのでしょうか……?」

ことり「なんだか、トラウマがあるって言ってたけど……」

海未「トラウマ……」


……



―― 立春:廊下


穂乃果「年の暮れは、大雪降ったのに……」

ことり「年が明けたら降らなくなったね」

海未「札幌の雪まつりに行きたいですね」

穂乃果「どうして突拍子もない事を……?」

海未「穂乃果が雪の話をするからです……!」

ことり「北海道かぁ……、私は青森がいいな。りんご♪」


「あったかい」

「あんたね……いい加減にしなさいよ」


穂乃果「希先輩とにこちゃん?」

ことり「どうしたんだろう?」

海未「……?」


ガラガラ

穂乃果「こんにちは――」



希「寒いんよ、にこっち~」

ギュウウ

にこ「……鬱陶しい」



穂乃果「おじゃましました――」

ガラガラ


ことり「図書館にでも行こうか」

海未「そうですね」

穂乃果「今日の復習しておこうかな」


「変な気遣いしてないでさっさと入ってきなさいよー!!」


……




―― 春


「おはよう、お母さん」


「あら……学校は明日からでしょ?」


「うん、そうだよ」


「どうして制服を着てるの?」


「ちょっと、用事があるから」


「今日は入学式のはず……もしかして、手伝い?」


「そうだよ。ボランティア部に依頼があってね」


「なにか、良いことがあるって顔ね」


「うん。とっても大切な日だから」


「そう……。それじゃ、お父さんの手伝いしてくるから」


「わかってるって」


「あまり浮かれすぎないで、行ってらっしゃい」


「行ってきます!」



……



―― 音ノ木坂学院


穂乃果「似合ってるよ、真姫の制服姿」

真姫「あ、ありがとう……」


にこ「まったく……なんで手伝いなんてしなきゃいけないのよ」

海未「部活動の一つですから」

ことり「えっと、私たちは何を……?」

希「簡単に言えば案内役やね。迷ってる生徒がいたら教えてあげて」

ことり「わかりました!」

にこ「あ、そうだ~、クロが気になるから部室に戻ってみるね!」

希「クロちゃんならそこにおるよ」


猫「……」


にこ「あれぇ? にこにはみえないよぉ~? どこにいるのぉ?」

スタスタ

希「……待ち」

ガシッ

にこ「わ、わかったから。サボらないでちゃんと働くから……」

海未「なんですか、今のキャラは……」

ことり「か、可愛かった!」

海未「あ、そういう……。そうですね、いいと思います、はい!」

にこ「あのね、前から言おうと思ってたけど……その奇妙な気遣いは止めなさい」


穂乃果「式までまだ時間があるね」

真姫「あの……ね。……ほのちゃんにお願いが……」

穂乃果「うん?」

真姫「少し、歩きたいって……」

穂乃果「わかった、案内してあげる」

真姫「う、うん……」


希「そうやな、周りを歩いて、困ってる子がいないか探してみるんよ」

海未「わかりました」

ことり「……あれ、クロちゃんが居ない?」

にこ「猫の気まぐれに付き合ってたら疲れるだけよ、放っておきなさい」

海未「さっきと言ってることが違いますね」


―― 校舎内


「あ、あれ……ここ……どこ……?」


猫「……」



―― グランド


「あれ~、かよちん~?」


穂乃果「困ってる子、発見!」

真姫「……」




―― 花壇


にこ「……忘れてた」


キュッキュ


ジャー


希「…………」


にこ「希に見つからない内に、はやく終わらせないと」


希「理事長に言われたんは、春休み前やったな」

にこ「!」ギクッ

希「うちらが春休み中に花壇の水やりをしたから、心配いらんよ?」

にこ「……」


ジャーー


にこ「……新入生に、潤った花々を見て欲しいじゃない?」

希「そうやなぁ。にこっちは優しいんやねぇ」

にこ「ごめんなさい。すっかり忘れていました……」

希「うん、素直が一番やな」

にこ「なんで私だけなのよ! 穂乃果たちもいるでしょ!?」

希「開き直った……。うちら言うたやん、穂乃果ちゃんたちも水やりをしとったよ?」

にこ「……」

希「ほとんど毎日、部活前に花壇に水をやって――」

にこ「悪かったわよぉ」


―― うさぎ小屋


穂乃果「ここがうさぎ小屋だよ、――凛ちゃん」


凛「うーん……いない……」


真姫「どうしてこんなところに?」

凛「かよちんなら、ここで眺めていると思ったから……」

穂乃果「それらしい人物はいないね」

真姫「……」



―― 玄関


猫「……」

「あ……玄関に戻ってこれた……」



―― 花壇


希「そろそろ時間やね」

にこ「式に出席しないといけないなんて、生徒会は大変ねぇ」

希「登校しとるにこっちも参加しとるようなもんやけどね。……ほな」

スタスタ


にこ「……希なら副会長にでもなれるのに、どうして遠慮なんて…」


ジャー


猫「にゃ」


にこ「あまりウロウロするんじゃないの。そこで大人しくしてなさい」

猫「にゃー」

にこ「なによ?」

猫「……」

にこ「?」


「あ、あの……」


にこ「あ……人がいたのね。……迷ったの?」


「は、はい……」


にこ「しょうがないわね~、案内してあげるから待ってなさい」

「……お、お願いします」


猫「にゃ」

にこ「ほら邪魔よ、どきなさい」

猫「……」

にこ「なによ、反抗期? ……ホースは後で片付けましょ」

猫「にゃー」

にこ「だから、なによ? 邪魔だからどきなさいって」


「ね、ネコと喧嘩してる……」


猫「……」ピョン

にこ「あ、こら! 今花壇に入ったら泥だらけに――」


猫「……」ゴロン


にこ「あんた、喧嘩売ってんの!?」

「泥だらけだ……」


猫「……にゃ」

テクテク

にこ「な、何考えてるの……?」

「こ、こっちに来る……!」

猫「……」

テクテク

にこ「ちょ、ちょっと止まりなさいよっ」

「……あわわっ」

にこ「えいっ」

ジャーッ

猫「……」サッ


「ひどい!?」

にこ「ドロで汚れたら、あなたは入学式に出られないのよ? 背に腹は変えられないの」


ジャーッ

猫「……」ササッ

にこ「ほら、洗ってあげるからジッとしてなさい」

ジャーッ

猫「……」サッ

にこ「素早い……。私と遊んで欲しかっただけなのね」


ジャーッ

猫「……」ササッ


ジャーッ

猫「……」サッ


ジャーッ

猫「……」ササッ


にこ「横に逃げるだけじゃ、私に近付けないわよ」

猫「……」サササッ


ジャーッ

バシャァ


真姫「……」


にこ「あ……」

「あ……」


凛「ここに居たんだね、かよちん」

「り、凛ちゃん……」

穂乃果「花陽ちゃんが見つかってよかったね」

凛「はい、ありがとうございましたぁ!」

穂乃果「一件落着……――と言いたいところだけど!」


真姫「信じられない……」ポタポタ


穂乃果「なんで水をかけるのにこちゃん!?」

にこ「違うのよ、クロが悪いのよ」


ジャー

猫「……」ブルブル


花陽「自分で泥を洗い落としてる……!」

凛「あれ、もしかしてポテトの人にゃ?」


ことり「どうして真姫ちゃんがびしょぬれになってるのかな……?」

海未「とりあえず、部室へ――」


―― ボランティア部


凛「かよちん! 入学式が始まっちゃう~!」

花陽「で、でも……」


穂乃果「はい、真姫。このタオル使うといいよ」

真姫「ありがと……」

穂乃果「そこに座って。髪を拭いてあげる」

真姫「……うん」


海未「それで、他に言うことはありますか?」

にこ「無罪よ、無罪を主張するわ」

ことり「クロちゃんの泥を落とそうとしたっていうけど、汚れてないよ?」


猫「……」


にこ「自分で泥だらけになって、自分で落としたのよ」


穂乃果「にこちゃん!」

にこ「本当なんだって……。ね、あなたも見たでしょ? 見たわよねぇ?」

花陽「……はい」

穂乃果「新入生を脅してどうするの!?」

凛「凛は、ネコが自分でそんなことをするとは思えないな~?」

海未「そうですね、意味が分かりません」

ことり「無罪は遠いみたいです」

にこ「信じてよぉ~……!」


真姫「……はぁ」

穂乃果「真姫は私と制服を交換しよ?」

真姫「……ありがとう、ほのちゃん」

にこ「原因は私にあるんだから、私と交換するわよ」

穂乃果「サイズが合わないよ」

にこ「む……!」カチーン


―― 体育館


~♪


海未「あ……!」

ことり「入場しちゃってる!」


凛「あぁー!」

花陽「そ、そんな……!」

真姫「……まったくぅ!」


にこ「こ、こういうこともあるわよ」

穂乃果「ないよ!!」



……




にこ「……ふぅ、なんとか席に着いたみたいね」

海未「希先輩が気づいてくれたからですよ」

ことり「後でお礼言わないとね」


穂乃果「……」


猫「……」


海未「ほのか……?」

穂乃果「?」

ことり「部室に戻ろう?」

穂乃果「あ、うん……そうだね」


にこ「どうして、寂しそうな顔してるのよ?」


穂乃果「え?」

海未「に、にこ……!」

ことり「……っ」


穂乃果「寂しそうって……私が?」

にこ「……そうよ」

穂乃果「そんな、嬉しい日なのに寂しい訳がないよ~」

にこ「……」

海未「……」

ことり「……」


猫「にゃ……」

穂乃果「?」

猫「にゃぁ」

穂乃果「部室に戻ろっか」

猫「……にゃ」


……





―― ボランティア部


希「にこっち」

にこ「あ、あんたたち、余計なこと言ったわね!?」


真姫「事実でしょ」

凛「……」

花陽「……」


穂乃果「事実だよね」

ことり「……」

海未「……」


希「新入生の三人は、罰としてボランティア部で1ヶ月の活動ね」


真姫「私はほのちゃんたちがいるから、別にいいけど」

花陽「しょうがないよね……」

凛「ポテト先輩のせいにゃー!」

にこ「誰がポテトよ!」

海未「ポテト?」

ことり「ぽてと?」

穂乃果「なんでポテト?」

凛「初めて逢った日、覚えてませんか?」

穂乃果「あれ、今日が初めてじゃないの?」

花陽「……去年の夏の演奏会で、お逢いしました」

穂乃果「あ、クロちゃんを追いかけた子?」

凛「そうで~す」

真姫「そんなことあった……?」

花陽「入学式の途中で思い出したの……」

海未「あぁ、そういえば、凛にポテトをたかっていましたね。だからポテトなんですか」

ことり「なるほどぽてと~」

希「ポテっち、なんの話なん?」

にこ「変なアダ名付けないで」


猫「……」スヤスヤ


……



―― 翌日:ボランティア部


にこ「さぁ、今日は大掃除をするわよ! みんな気合入れなさい!」

真姫「昨日の今日で、すぐ?」

にこ「当然でしょ。これからお世話になる部屋なのよ、綺麗にするのが礼儀ってものよ」

凛「良いこと言ったにゃ!」

海未「そうですね、部屋に対しても心遣いを忘れないでいたいものです」

穂乃果「希先輩は?」

にこ「生徒会よ。今日は私が指揮を執るから安心しなさい」

ことり「じゃあ、水を汲んでくるね」

にこ「つり目のあんたは、本を棚に戻して。並びは後で揃えるから適当で」

真姫「真姫よ!」

にこ「凛はそっちにある道具で埃を落として」

凛「は~い」

にこ「その後に、花陽が軽く掃いてくれればいいから」

花陽「わ、わかりました」


にこ「よし、完璧な指示だわ」

穂乃果「希先輩の真似しただけだよね……」

海未「ほのか、いい機会ですから、模様替えをしましょう」

穂乃果「よしきた!」


にこ「ちゃんと頑張りなさいよ~?」

真姫「……あなたは、何をしてるの?」

にこ「誰が一番働いているのか見守っているのよ」

真姫「……」

スタスタ


にこ「ちゃんと見守るのもリーダーとしての努めね。……えっと、持ってきた雑誌はどこだっけ」ガサゴソ


真姫「ほのちゃん」

穂乃果「うん? どうしたの?」

真姫「あの人……サボってる」

穂乃果「にこちゃん!」


にこ「告げ口された……」


穂乃果「希先輩に言いつけるよ!?」


にこ「さらに告げ口する気なのね……わかったわよ」


……




ガラガラ

希「おぉ~、掃除は順調やね~」


にこ「あんたも手伝いなさいよ」

希「うちはもう、必要無いやん」

にこ「……」

希「生徒会で決まったことを報告しに来たんよ」

にこ「……なによ?」

希「新入生歓迎球技大会の話~」

にこ「また私たちをこき使う気?」

希「一緒に盛り上げようって気持ちなんよ? 生徒会長も頼りにしとるようやし」

にこ「……」

希「この大会では特別なチームを編成――」

にこ「どうして、副会長に立候補しなかったの?」

希「え……?」


穂乃果「?」

真姫「あの人、またサボって……」

穂乃果「待って、真姫」

真姫「?」


希「どうしてって……」

にこ「3年生になって、私はあんたが副会長になると思ってた」

希「……」

にこ「希なら、生徒会長の補佐として最適な役だと思うから……」

希「買いかぶりすぎ」

にこ「……」

希「でも、にこっちがうちをそんな風に認めてくれていたなんて――」

にこ「じゃあ、どうして最近、この部に通わなくなったのよ」

希「書記や言うても、色々忙しいんよ?」

にこ「……」

希「生徒会に戻るわ」

にこ「あ、ちょっと、話はまだ――」


「……――ほなぁ」


ガラガラ


にこ「……」

穂乃果「どうしたの、にこちゃん?」

にこ「なんていうか、様子が変なのよね」

穂乃果「……」



―― 廊下


希「……こほっ」


猫「……」


希「……?」


猫「にゃ」

希「付いてきたんやね」

猫「……」

希「にこっちは、たまに鋭いから困ってしまうわ」

猫「……」

希「それはそうと、……――創立記念に写ってたのはキミなんかな?」

猫「にゃ」

希「なんて、それはないね。……60年も前の写真やし」

猫「……」

希「もし、子孫だったら……それは運命やなぁ」

スタスタ


「こほっ、こほ」


猫「……」


……



―― 3日後:グラウンド


凛「今日の占い?」

穂乃果「そうだよ。趣味なんだって」

花陽「タロット占いなんて……本格的」


希「はい、引いて」

にこ「……」スッ

海未「ちょっと待ってください、どうしてにこが引くのです」

にこ「え……私がこのチームのキャプテンであり、部長だから……」

海未「今年のおみくじ、半凶でしたよね」

にこ「そ、それとこれとは話が別でしょ……?」

ことり「じゃあ、クロちゃんが引いてみて?」

猫「……」スッ

真姫「ほ、本当に引いた……」

希「……ふむ」

穂乃果「結果は?」


希「THE SUN……――太陽」

猫「……」


希「全ての生命に熱と光によってエネルギーとパワーを与え、
  また、生きる歓びと力強い生命力を与えてくれることを暗示している」

にこ「……」

希「――生きるもの全てに平等に明るい未来を与えてくれることを示すカード」


穂乃果「『未来』……」

にこ「みらい、ね」


真姫「ねぇ、ほのちゃん」

穂乃果「うん?」

真姫「本当に、このメンバーで野球なんてするの?」

凛「野球じゃなくてソフトボールにゃ!」

花陽「わたしも……スポーツはあまりしないから……足を引っ張っちゃうよぉ」

ことり「歓迎球技大会なんだから、楽しもう~!」

穂乃果「そうだよ!」


「いや、勝負は勝たないと面白く無いだろ」

「あなたはまた、そういうこと言って……」


真姫「……誰?」

穂乃果「剣道部の主将と副主将だよ。去年の全国大会でも活躍してたでしょ?」

真姫「……あ」

にこ「どうしてその二人がここに居るのよ」

希「にこっち達は7人やから」

にこ「希を入れて8人でしょ」

希「うちは見学」


主将「これでボランティア部のメンバーが揃ったのか?」

穂乃果「そうです!」

主将「ふむ……、矢澤が部長ねぇ」

にこ「な、なによ」

副主将「ほら、矢澤さん、対戦相手を抽選で決めるみたいよ」

海未「いえ、ここは他の人に」

にこ「私が行くわよ! なによ、おみくじの結果が悪かっただけで……」

スタスタ

凛「嫌な予感が……」

花陽「うん……」

真姫「……」

ことり「なんだか……不安になってきた……っ」

穂乃果「相手が誰であっても楽しめばいいんだよ~」

猫「……」


……




海未「相手はソフト部……ですか」

真姫「負け決定ね」

花陽「うぅ……」

凛「……」

ことり「えっと……」

穂乃果「にこちゃん……引き運悪すぎ……」

にこ「あんた、楽しもうって言ってたじゃないのよ……」


希「はい、にこっち」

にこ「なによ、この紙は?」

希「それぞれのポジションをうちが決めとったんよ。みんな確認しといて~」

穂乃果「どれどれ~?」

主将「あたしがファーストか」

副主将「私はセカンドね」

海未「サードですね」

ことり「れふと……?」

凛「センターにゃ!」

真姫「しょーと……?」

花陽「らいと……?」

穂乃果「ピッチャー!」

にこ「キャッチャー!?」


希「何人か、自分のポジションが解ってないみたいやな」

猫「……」



……




審判「プレイボール!」


新聞部長「さぁ、試合が始まりました! 注目の一戦です!」


新聞部長「実況はあたし、新聞部の部長がお送りしまーっす」


新聞部長「そして、解説には今年の活躍が期待される剣道部の主将をお呼びしました!」

主将「あたしも選手なんだが」

新聞部長「この放送は学校内、全てに流れているのでーっす!」


「主将ー!」


主将「……守備に付くか」

スタスタ



新聞部長「ボランティア部チームは後攻なので、主将には後で解説してもらいましょう」


タッタッタ


新聞部長「おっと、プレイボールと宣言されて間もなく、
       ピッチャーの高坂穂乃果選手がこちらに向かって走ってきました~」


穂乃果「クロキャッツです!」

新聞部長「え?」


穂乃果「私たちのチームはクロキャッツです!」

タッタッタ

新聞部長「そういい残し、高坂選手はマウンドへ戻って行きました」


新聞部長「では改めて……。ソフト部対クロキャッツの試合開始です!」



穂乃果「よーし、新入生のためにも盛り上げよう」


にこ「なんで私がキャッチャーなのよ……」


穂乃果「いくよ、にこちゃん!」ザッ


にこ「……」グッ


新聞部長「ピッチャー振りかぶって、第一球……投げましたぁ!」


シュッ


にこ「……!」

バシッ


新聞部長「おぉっと、キャッチャー、ボールを受け止めきれず弾いてしまいましたー」


打者「……」


穂乃果「に、にこちゃん!」


にこ「た、タイム……」

審判「ターイム!」


新聞部長「試合開始早々、第一球目でタイムが入りましたー」


にこ「ちょっと集まって」


穂乃果「大丈夫?」

にこ「今ので、怪我とかはないんだけど」

海未「意外と早いですからね、穂乃果の投球は」

真姫「昨日の練習サボるからこうなるのよ」

にこ「う、うるさいわね。なんで私にだけトゲがあるのよあんたは……」

副主将「それで、どうするの?」

にこ「……あんたがキャッチャーしなさいよ。主将なんだから、穂乃果との息は合うでしょ」

主将「高坂はそれでいいのか?」

穂乃果「……」

にこ「勝負は勝たないと面白くないって言ったでしょ」

主将「あたしら二人はあくまで助っ人だからな」

穂乃果「……」


主将「高坂がいいって言うなら、引き受けるよ」

穂乃果「……にこちゃんがいい」

にこ「……」

穂乃果「もし、無理なら――」

にこ「わかったわよ」

穂乃果「……」

にこ「ほら、守備に付きなさい」

スタスタ


主将「打たせて取る。でもいいぞ」

副主将「えぇ」

穂乃果「……」

真姫「どういう意味?」

海未「バッターに打たせて、私たちが守るって意味です」

真姫「外野は……」



凛「?」


花陽「?」


ことり「どうしたのかな?」


真姫「打たせても……取れない……?」



新聞部長「さぁ、試合再開です」


にこ「遠慮なんかしなくていいわよ!」


穂乃果「それじゃあ――」ザッ


穂乃果「遠慮なくっ!」


シュンッ


にこ「……!」

バシッ


新聞部長「あぁっとぉ……また弾いてしまったぁ」


にこ「むぅ……」


穂乃果「……」


にこ「……」グッ


穂乃果「にこちゃん……!」



主将「へぇ……矢澤って、意外と熱いやつなんだな」


新聞部長「バッテリーは変わらず、そのまま続行のようです!」



希「昨日は……うちのせいで練習に参加できなかったんよ」

猫「……」


……




新聞部長「一回の表を4点に止め、クロキャッツの攻撃に移ります」


にこ「素人相手に……ちょっとは遠慮しなさいよ」

穂乃果「遠慮するなって言ったよ!?」

海未「いざとなれば、私が代わりますから」

にこ「じゃあ、次からお願い」

穂乃果「いざって意味、解ってないよね」


ことり花陽「「 ごめんなさい 」」

真姫「ほのちゃん、二人が……」

穂乃果「うーん、凛ちゃんがフォローしてくれてたけど……」

凛「一人で外野を走ってたにゃー」

副主将「ずっとは無理ね」

海未「にこがフォローすればいいのでは?」

ことり「それは助かるけど……ホームからライトまで走るの?」

真姫「ずっとは無理よ」

にこ「一回でも無理よ。上級生を酷使するんじゃないわよ」


穂乃果「じゃあ、先頭バッター行ってくるね」

真姫「頑張って、ほのちゃん」

穂乃果「うん!」


新聞部長「先頭打者の高坂選手」

主将「期待してもいい打順だな」


にこ「私が4番!?」

凛「かよちん、袋に土を入れるにゃ」

花陽「ど、どうして……?」

凛「記念になるからだよ」

にこ「あ、あんた……新入生なのに……!」


カキーン


真姫「やった!」

ことり「穂乃果ちゃーん!」


新聞部長「高坂選手が出塁しました」

主将「本当になんでも出来るな、高坂」


穂乃果「へへー」ブイッ


海未「ことりも続きましょう!」

ことり「わかった!」


投手「……」


ことり「よぉし!」


投手「……」ザッ

シュンッ


ことり「えいっ」

コツン


投手「!」


新聞部長「おっとぉ、これは送りバントだー!」

主将「おぉ、虚を突いたな。打つぞっていう気合が相手を引っ掛けた」

新聞部長「ランナーは2塁へ進み、1塁はアウトです!」


ことり「アウトになっちゃった」

海未「上出来ですよ。では、私も続いて」


穂乃果「うみちゃーん! かっとばせー!」


主将「園田ー! ホームランだー!」


花陽「ほ、ホームラーン」

凛「ホームラーン!」


海未「ちょ、ちょっと、やめてください!」


スパァン

海未「あ……」

審判「ストライーック!」


穂乃果「あらら……」


にこ「なんで、私が4番なのよ」

希「にこっちならやれると信じてるんよ」

にこ「勝手なことを……」

希「にこっち」

にこ「……?」

希「穂乃果ちゃんと、キャッチボールする気持ちでええんと違うかな」

にこ「打たれちゃうでしょ」

希「思い出になるなら、それでもいいと思うんよ」

にこ「……」

希「みんなが……楽しく遊んでいる姿を……見たいから」

にこ「……わかったわよ」

希「……うん」

猫「……」

にこ「こんなとこに居ないで、ベンチで座ってなさいよ」

希「こっちの方が見渡せるから」

にこ「……」


カキーン


希「おぉ……大根切りや」

にこ「剣道部だから、あの打ち方が攻撃力高いのよ、きっと」

スタスタ


希「続いてほーむらーん」


「無理に決まってるでしょ」


希「ふふ」

猫「……」

希「うちは……いい友だちに、めぐり逢えたね」

猫「…………」


希「……こほっ」


……



新聞部長「1回の裏、園田選手のホームランで2点を返しました」


新聞部長「その後の期待が高まった矢澤選手の三振に続いて、
       新入生、星空選手のセカンドフライによりチェンジです」


主将「この打順に法則とかあるのか……?」

副主将「どうでしょうね」

にこ「助っ人のあんたには悪いけど、私たちはこれから、勝負に拘らないわよ」

主将「そうか、分かった」

にこ「……あれ? 勝たないと面白くないって言ってなかった?」

主将「勝つから面白いんだろ」

スタスタ

にこ「どういうことよ?」

副主将「勝ち負けよりも大切なことがあるってことじゃないかな。
     そうじゃなかったら後輩に慕われないわよ」


にこ「……よくわからないわね。体育会系のノリ?」


穂乃果「にこちゃん、やっぱり手を痛めたりしたの?」

にこ「違うわよ。希がみんなで楽しくやれって」

穂乃果「そっか……」

にこ「希も一緒に楽しめるような試合をしましょ」

穂乃果「えへへ」

にこ「な、なによ」

穂乃果「にこちゃんのそういうところ――」

にこ「言っておくけど、勝つから面白いのよ? 手を抜けってことじゃないんだからね」

穂乃果「主将と同じこと言ってる~」

にこ「いいから、笑ってないで向こうに行きなさいよ」

穂乃果「はぁい」


にこ「……まったく」


新聞部長「2回の表、ソフト部の攻撃です」


穂乃果「えいっ」


打者「……!」

カキーン


副主将「……」

パシッ


オォー!


新聞部長「歓声が上がりました。打った先は剣道部、副主将の真ん前。
       ファーストへ送球してワンアウトです」


新聞部長「難しい球でしたが、持ち前の運動能力で対応しました」


穂乃果「そりゃっ!」


打者「……!」

カキーン


新聞部長「打ち上げましたー! ボールはライトまで伸びて行きます!」


凛「かよちーん!」


花陽「わ、わわっ……こっち来る!」


海未「凛!」


凛「はいー!」

ダダダダッ


新聞部長「小泉選手のフォローへ全速力で走る星空選手!」


「はやっ!」

「あの子疾い!!」

「部長、掘り出し者ですよ」

陸上部長「そうね、試合が終わったら勧誘してみましょう」


花陽「えっと……こっちかな」

ウロウロ


凛「もっと後ろにゃー!」


花陽「こ、こっち……!?」


凛「多分!」


真姫「当たっても痛くないから平気よ」


シュー

ボスッ

花陽「あいたっ!」


タッタッタ

凛「任せてかよちん!」ガシッ


主将「セカンド!」


凛「よいしょー!」ブンッ


新聞部長「しかしノーコン! サードへと送球され、ランナーは2塁へ!」


穂乃果「ナイスフォローだよ、凛ちゃん!」


凛「難しいにゃ……」

花陽「ご、ごめんね……」

凛「いつでもフォローするから。凛が困ったらフォローして!」

タッタッタ

花陽「うん……。でも、凛ちゃんが困ることってあるのかな……」


にこ「こらー! ちゃんと取りなさいよー!」


花陽「ご、ごめんなさい」ペコリ


穂乃果「それじゃあ、次、行くよにこちゃん!」


にこ「……!」グッ


穂乃果「それっ」

シュンッ


バシッ


にこ「あ……」


主将「こらー! ちゃんと取れよ矢澤ー!」


希「ちゃんと取らなー!」


にこ「ぐ……っ」


海未「しっかりしてください」


副主将「バッテリーにかかってるのよー」


凛「ちゃんと取るにゃー」


新聞部長「ここぞとばかりに、キャッチャーへの叱咤が飛びます」


真姫「ちゃんと取りなさいよ」


ことり「あはは……真姫ちゃんだけ本気で言ってる……」


にこ「真姫は私に恨みでもあ――……る、あるわね、水かけちゃったし」


穂乃果「えいっ!」

シュッ


カキーン


新聞部長「また打ち上げました。今度はレフトへ流れます」


ことり「あれ、こっちに来る……?」


海未「凛!」


凛「はーい!」

ダダダダッ


主将「つり目の――……えっと、西木野! 中継入れ!」


真姫「チュウケイ?」


走者「……」ジー


新聞部長「2塁ランナー、落とすと予想して大幅に足を進めております!」


ことり「おーらい、おーらい~」


猫「……」


ボスッ

ことり「あうっ」


走者「……!」ダッ


新聞部長「ランナー走ったぁー! ホームまで駆け抜ける勢い!」


コロコロコロ

猫「にゃー」チョイチョイ


にこ「クロなにやってんのよー!?」


猫「にゃ」チョイチョイ

コロコロコロ


花陽「あ、遊んでる……」


海未「遊んでますね……」


ことり「クロちゃんっ、ボール返してっ」

猫「にゃー」チョイチョイ

コロコロコロ


穂乃果「あはは、しょうがないな~」


アハハハ

 ハハハハ


新聞部長「和やかな空気に包まれるグラウンド内!」


走者「……!」

ダダダダッ


新聞部長「そして3塁を蹴り、ホームへ一直線です!」


凛「おいたしちゃ駄目ッ!」

猫「……」


副主将「バックホーム……は、間に合わないわね」


凛「それーっ!」ブンッ


真姫「あれ?」


主将「なぜこっちに来たんだ……」


走者「なっ!?」


主将「まぁいいか。はい、アウト」


新聞部長「結果オーライ。西木野選手への中継のはずがファーストへ送られ、
       塁を離れていたランナーへタッチアウトです」


……





新聞部長「ソフト部に2点追加され、2回の裏、4点のビハインド」

主将「センターの星空に負担がかかってるな」


凛「ふぅ~」

花陽「大丈夫?」

凛「だいじょうぶ~」

花陽「……」

凛「楽しいから、平気」

花陽「うん……私も」

凛「えへへ~」

花陽「ふふ」


海未「和やかなところ悪いのですが」

穂乃果「次、花陽ちゃんだよ?」

花陽「え!?」


にこ「あんた、最近悪さばっかりするわね。なんなの?」

猫「……」


……



新聞部長「剣道部二人と高坂選手のヒットで2点を返したクロキャッツの攻撃が終わり、
       ソフト部の攻撃に移ります」


ザワザワ

 ザワザワ


新聞部長「あたしの実況の効果でしょうか、観客が増えてまいりました」


「「 主将~! 」」

「高坂せんぱ~い!」

「園田せんぱーい!」


希「黄色い声援やな……こほっ」

猫「……」

希「はぁ……ふぅ……」

猫「にゃ」

希「ちょっと、寒い……かな……」


……




新聞部長「ソフト部最後の攻撃が終わりました。
       歓迎球技大会の特別ルールで、試合は5回まで」


主将「点差は3点、面白いじゃないか」


新聞部長「バッターは西木野選手から始まります」


穂乃果「真姫、ファイト!」

真姫「うん……」

穂乃果「ボールをよく見て、力いっぱい振ればいいから」

真姫「……うん、行ってくるね」

にこ「必ず出塁しなさいよ~?」

真姫「……」

スタスタ


にこ「む…無視された……」

海未「あんな言い方するからです」


投手「……」


真姫「……」ギュッ


投手「……ッ!」

シュンッ


真姫「……よく見て」


スパァン


審判「ストライーック」


真姫「……」


投手「……ッ!」

シュンッ


真姫「振る!」ブンッ


カキン!


真姫「あ……!」


穂乃果ことり「「 やった! 」」

海未「やりました!」

にこ「……中々やるじゃない」

凛「にこ先輩、まだノーヒ――むぐ」

花陽「だ、駄目だよ、先輩に対して」


新聞部長「ライト前ヒット! 西木野選手、初めてのヒットです!」

主将「やるなぁ……このタイミングでよく打ったもんだ」


投手「……ッ!」

シュンッ


副主将「……」

カキーン


新聞部長「続く副主将もライトへ飛ばしました! ノーアウトランナー、1,2塁です!」


新聞部長「そして――!」


主将「よーし!」


新聞部長「本日、打率10割! 剣道部主将の登場だぁー!」


「「 主将ー!! 」」

穂乃果「ホームラン!」

ことり「ホームラン♪」


主将「とりあえず、二人は返しておくか」


投手「……」

シュッ


主将「敬遠……だと……?」


新聞部長「これでノーアウト満塁!」


新聞部長「そしてー、現在、最も勢いのある高坂穂乃果選手ー!」


穂乃果「よーし、全員返して同点にしちゃうよー!」


新聞部長「実力に裏打ちされた自信!」


投手「……」コクリ

捕手「……」グッ


新聞部長「ここは勝負をしかけるソフト部のバッテリー!」


にこ「当然ね。主将はともかく、穂乃果にまで勝負を避けたらソフト部の面子が立たないわ」

凛「もっともらしいこと言ってる!」

花陽「頑張ってください、穂乃果先輩!」


投手「……ッ!」

――シュン

スパァン

審判「ストライーック」


穂乃果「は、はやい……」ゴクリ


新聞部長「ここへ来て、本気を出してきたようです」


投手「……ッ!」

――シュンッ


穂乃果「負けない――!」

ブンッ

カキン!


新聞部長「意地で当てました――が!」


穂乃果「~っ!」

ダダダダッ


真姫「……っ」

タッタッタ


ショート「……」パシッ


新聞部長「ショートゴロ!」


主将「ちっ」


副主将「あら……」


新聞部長「ホームへの送球を止め、サードへ」


新聞部長「そしてセカンドへ送られ、ダブルプレイ!」


真姫「1点は返したけど……」

凛「あと、2点もある……」

花陽「……」



希「……――、……――」

猫「にゃ」

希「――……、――………――…」

生徒会長「希はん……?」

希「……あ」

生徒会長「こないなトコで寝たら……」

希「寝てないんよ。ちょっと、ぼんやりしとっただけ」

生徒会長「……」


希「クロちゃんが抱っこさせてくれるなんて、珍しいなぁ」

ギュウ

猫「……」

希「おかげで……――、……――暖かいわぁ……」



新聞部長「試合も終盤です。ツーアウト、ランナー1塁。
       続いてのバッターは南ことり選手でーす!」


ことり「よぉし、どうしよ~」

海未「爽やかに困ってますね」


穂乃果「ことりちゃーん! ファイトーっ!」


ことり「うん、わかった!」


投手「……」


ことり「……」ギュッ


投手「……ッ!」

シュッ


ことり「打つ!」ブンッ

スカッ


ことり「ふぅ……」


穂乃果「かっとばせー!」


ことり「わかった!」


投手「……」

シュッ


ことり「えいっ」

コツン


投手捕手「「 っ!? 」」


新聞部長「セーフティーバントだー!」


ことり「~っ!」

ダダダッ


投手「……ッ」ガシッ


にこ「滑り込めー!」


主将「いや、駆け抜けろー!」


シュンッ


一塁手「……!」バシッ


ことり「――っ!」

ダダダッ


審判「セーフ!」


オォォー


穂乃果「やったぁ!」


海未「やりました!」


ことり「わっ、っとっと」


花陽「あ、危ない!」

凛「転んじゃう!」

真姫「ことちゃん!」


ことり「わ……わわっ!」

猫「……」

ことり「クロちゃ――むぎゅう」


ズサーッ


穂乃果「ことりちゃんッ!」


海未「ことりッ!」


にこ「た、タイム!」


新聞部長「南ことり選手、勢いのあまり足を取られて転んでしまいました」


新聞部長「仲間たちが南選手に集まります」


ことり「あいたたた……」


穂乃果「ことりちゃん!」


ことり「だ、大丈夫だよ……」


海未「あ、頭から地面に倒れたように見えましたが……」

ことり「クロちゃんが居たから、怪我もない……いたっ」

真姫「膝を擦りむいてる……」

花陽「救急箱ですっ」

穂乃果「ありがと、花陽ちゃん」

真姫「私がやる」

穂乃果「お願い、真姫」

真姫「染みるけど、我慢してね」


シュッ


ことり「いたい~っ」グスッ


にこ「こうなったらしょうがないわね、代――」

主将「代走、星空だ」

凛「わかりました!」

にこ「わ、私の台詞なのにっ」


ことり「クロちゃんは……?」

穂乃果「えっと……希先輩のところにいるよ?」

ことり「……クロちゃんがクッションになってくれたから」

穂乃果「え!?」

海未「く、クロは大丈夫なのでしょうか……?」

審判「試合を続けても平気かな」

穂乃果「は、はい……」


真姫「掴まって、ことちゃん。希先輩のところへ」

ことり「ありがとう~」


ことり「よいしょ、よいしょ」


副主将「大事にならなくてよかった……」

にこ「クロが守ってくれたみたいね……」


希「だいじょうぶ?」

ことり「はい、大丈夫です」

猫「……」

ことり「クロちゃん……」

猫「にゃ」

ことり「……平気みたいだね、よかった」



新聞部長「怪我の方は大丈夫なのでしょうか」

主将「浅い擦り傷で済んだみたいだ」

新聞部長「不幸中の幸いですね。……選手の無事が判明したところで試合が再開されます」

主将「初回と同じく、奇をてらう行動だった」

新聞部長「南選手の代わりに星空選手が1塁走者となります。そして――」


海未「……」


新聞部長「園田選手の打順となりました」


海未「……」ギュッ


新聞部長「気迫が伝わってきますね」

主将「何事にも真剣に向き合う園田だが……」


スパァン

審判「ストライーック」


海未「……」ススッ


新聞部長「どういうことでしょう、バッターボックスの後ろへと下がりました」

主将「なにか面白いことをやるみたいだな」


投手「……ッ!」

シュンッ


海未「――ッッ!」

ブンッ


スパァン

審判「ストライーック」


海未「……」


新聞部長「今の動きはなんでしょうか」

主将「剣道で、相手に飛び込むような姿勢だな……――矢澤、チームのキャプテンだろ」


にこ「だ、だからなによ」


主将「園田にそんな付け焼刃で打てるわけがないと、教えてやれ」


にこ「全校放送なんだから、言葉を中継する意味無いでしょ」


海未「……」


にこ「そんな付け焼刃で打てないわよ、海未!」


海未「打ちます」


にこ「穂乃果たちを返すことは考えなくていいから、塁に出ることだけを考えなさい」


海未「……?」


にこ「私が三人をホームに返して、試合終了よ」


海未「……!」


新聞部長「これは……! クロキャッツのキャプテンがサヨナラ宣言しました!」


投手「これで――」ザッ


凛「……!」ダッ


穂乃果「……!」ダッ


新聞部長「ランナー走ったー!」


投手「終わりよ!」

シュンッ


海未「――!」ブンッ

カキン!


投手「――!?」


新聞部長「打ったぁ――!」


ことり「ほ、ホームラン!?」

希「おぉ~……」

猫「……」



主将「いや、浅いな……」

新聞部長「それでもセンターヒット!」


副主将「高坂さん、ストップ!」


穂乃果「おっとっとぉ」


凛「やったにゃー!」


海未「ふぅ……」



主将「園田がヒットを打つと読んで深い守備をされたか」

新聞部長「さすがソフト部です。しかし、これでランナー満塁!」


新聞部長「点差は2点! 全員返れば逆転サヨナラでーっす!」


新聞部長「次の打者は、クロキャッツのキャプテンであり、4番!」


新聞部長「矢澤にこ選手――!」


にこ「ふふん、主役は遅れてくるものよ」


新聞部長「打率0割の矢澤選手! 豪語! 豪語です!」

主将「0割ってなんだよ」


穂乃果「にこちゃーん! 信じてるからねぇー!」


にこ「任せなさい!」ドン


投手「実力を隠してた……!?」


捕手「……今までどおりでいい」グッ


投手「そうよね……!」ザッ


にこ「……」


投手「……ッ!」

シュンッ


にこ「やぁ!」ブンッ

カキン!


真姫「あ……!」

花陽「や、やった――」


審判「ファール!」


花陽「――おしいっっ」

副主将「期待できそうね」


にこ「ふふ」


希「したり顔やな」

ことり「したり顔だね」


新聞部長「したり顔です!」


にこ「脳ある虎は爪を隠すのよ」


投手「トラ……?」


海未「前は獅子で……今度は虎ですか」


穂乃果「なぜかネコ科なんだよね。ネコ被ってたって言えばいいのに」


投手「……ッ!」

シュンッ


にこ「やぁっっ!」

カキン!


審判「ファール!」




投手「……ッ!」

シュンッ


にこ「えいっ!」

カキン!


審判「ファール!」




投手「……ッ!」

シュンッ


にこ「そりゃっ!」

カキン!


審判「ファール!」



穂乃果「おぉ……! だんだんタイミングが合ってきてるっ!」


ことり「にこちゃーん!」


海未「頑張ってください!」


凛「にこ先輩~!」


真姫「……」

花陽「頑張れ~!」


穂乃果「にーこーちゃん!」


穂乃果「にーこちゃん!」


「にーこ!」

 「にーっこ!」

  「にーこ先輩!」


真姫「こ、これは……?」


新聞部長「会場が矢澤選手をコールしております!」


「「 にこ先輩! 」」

 「にーこ!」

  「にこちゃん!」


   「「「 にぃこ! 」」」


    「「「「 にぃこっ!! 」」」



穂乃果「にーこちゃん!」


新聞部長「湧き上がるグラウンド! 凄い盛り上がりを見せております!」



にこ「希の為にも……勝って終わらせてやるんだから……」ギュッ


希「にこっち……」


穂乃果「ボールをしっかり見て! ホームランだよ、にこちゃんっ!」


にこ「見てなさいよぉ~!」


投手「……ッ!」

シュンッ



にこ「よく――」


―― シュッ ――


にこ「見て――!」



スパァン!


にこ「振るっ!」ブンッ


穂乃果「え?」


捕手「え?」

投手「え?」


にこ「――あれ?」


審判「す、ストライーック! バッターアウト! ゲームセット!」


「「「「 だぁぁぁあああああ 」」」」


新聞部長「会場全体がズッコケたぁあー!!!」



穂乃果「な、なな……!?」


にこ「…………」


穂乃果「に、にこちゃん……?」


にこ「あ、あんたがじっくり見ろっていうから」


穂乃果「見過ぎだよ!?」


希「ふふっ」

ことり「あはは」


海未「ふふ、私たちらしい終わり方ですね」


凛「楽しかったにゃ~!」


真姫「……」

花陽「うん……楽しかった」


主将「あっはっは! 矢澤おもしろいな!」


副主将「あの人が大口開けて笑うなんて……初めて見た」



新聞部長「これにて、ソフト部対クロキャッツの試合終了!」


主将「あー、面白かった」


新聞部長「おっと、最後に今年の剣道部の目標を教えてもらいましょう」


主将「もちろん、全国制覇だ」



……



野球部長「高坂さん、ソフトボールの経験は?」

穂乃果「ありません……けど?」

野球部長「そ、それなら……今年から本格的にやってみない?」

穂乃果「え……ソフト部にですか?」

野球部長「そう、今の試合を見る限りじゃ、うちのソフト部の戦力になるから」

穂乃果「え、えっとぉ」

副主将「はい、そこまで」

野球部長「う……剣道部の……」

副主将「高坂さんはうちの大事なメンバーなのよ。悪いわね」

野球部長「そこをなんとか……!」

副主将「ならないわよ?」


陸上部長「星空さん、陸上部に入らない?」

凛「?」


花陽「か、勧誘されてる……」


吹奏楽部長「西木野さん、確か、中学校でコンクールに出場していたわよね」

真姫「……そうだけど」


希「ボランティア部は、優秀やな……」

ことり「希先輩……?」

希「?」

ことり「少し、様子が……」

希「……」

猫「……」


にこ「負けてしまったわ……」

希「楽しかった?」

にこ「まぁね」

希「それならええやん」

にこ「……まったく、あんたが『あの時』ことりの邪魔をしなければ……」

猫「……」

希「勝負の世界に、たられば、はないんよ……よいしょ」

にこ「それで、私たちは次、どうすればいいのよ」

希「……にこっちは、うちとキャッチボールやな」

にこ「?」


穂乃果「まさか、サッカー部にまで声をかけられるなんて……」

海未「穂乃果の身体能力の高さに注目されたのですよ」

穂乃果「色んな部で体験するのはいいかもしれないね」

海未「やるからには本気でやらないといけません。
    それだと穂乃果の負担が大きいはずです」

穂乃果「そうだよねぇ……」

海未「穂乃果のやりたいようにやるのが一番ですが――」


シュー

パシッ

希「最後……どうして、空振りなん?」シュッ


パシッ

にこ「穂乃果の声を聞いたら、気が抜けてしまったのよ」シュッ


パシッ

希「ふぅん……」シュッ


パシッ

にこ「というか、このキャッチボールはなんなのよ」


希「深い意味はないよ。ほら、ボール返して」


にこ「……」シュッ


パシッ

希「にこっち」シュッ


パシッ

にこ「……なに?」シュッ


パシッ

希「……楽しかった?」シュッ


パシッ

にこ「さっきも聞いたでしょ。まぁまぁよ、まぁまぁ」シュッ


パシッ

希「そう……なんや……」


にこ「……」


希「……」


にこ「ほら、返しなさいよ」


希「……」シュッ


パシッ

にこ「……希」シュッ


パシッ

希「……ん?」


にこ「その……、あんたに言っておきたいことが……あって」


希「……」シュッ


パシッ

にこ「……えっと」


希「……」


凛「生徒会長が手伝ってほしいことがあるんだって」

花陽「う、うん……」

真姫「次の試合の邪魔になる……」

ことり「……そうだね」

海未「……」

穂乃果「……」


にこ「……やっぱり、また今度にする」シュッ


パシッ

希「変な、にこっちやなぁ」

にこ「ほら、生徒会長が呼んでるみたいよ」


希「……」


にこ「置いて行かれるわよ?」


希「それは困るね」


猫「……」


穂乃果「にこちゃん、私たち、ことりちゃんを保健室に連れて行くから」

にこ「わかった。じゃあ、手当が済んだら部室に来て」

穂乃果「……うん」

タッタッタ


にこ「……」

希「ことりちゃん、大丈夫やろか」

にこ「大丈夫でしょ。あんたは人のことより自分の心配しなさいよ」

希「?」

にこ「熱が出てるでしょ」

希「……少しだけね。どうしてわかったん?」

にこ「じっとして動かないからよ」

希「鋭いなぁ、にこっちは……」

にこ「まったく……。ほら、行くわよ、クロ」

猫「にゃ……」


希「……」

にこ「希……?」


希「先に行っててええよ」

にこ「どうしてよ」

希「ちょっと、歩くの遅いから」

にこ「いいわよ、ゆっくりで」

希「部室の鍵を開けな」

にこ「待たせておけばいいの」

希「冷たいリーダーやなぁ」

にこ「あんたが言ったのよ?」

希「え?」

にこ「うまく合わない、足でも――……ゆっくり歩けば揃う、って」

希「……」

にこ「みんなで一緒に、進んでいけばいいって」

希「今の状況と、違うと思うんやけど」

にこ「一緒よ」

希「……」

にこ「あんたも居なくちゃいけないの」

希「……」

にこ「最近、体の調子……悪いでしょ」

希「うん……――しばらく、休むかも……」


にこ「……」


希「にこっち」

にこ「?」

希「いつか見た、空のようで、綺麗やな」

にこ「……そう?」

猫「……」


希「あの日と……同じ空。…………きれいな、そら」


……




―― 翌日:ボランティア部


にこ「いたたたた……!」

穂乃果「ここが痛いの?」ギュウ

にこ「痛いって言ったでしょッ!」

真姫「マッサージしていれば治るわよ」

海未「筋肉痛ですか……」

猫「……」


ガラガラ


ことり「……」


海未「ことり……?」

真姫「どうしたの……?」


ことり「にこちゃん……希先輩が今日、休んでいるって」

にこ「そうよ」

穂乃果「え……どうして……?」

にこ「体の調子が悪いのよ。1年の時も、何度かそういうのあったから」

穂乃果「……」

にこ「ほら、マッサージ続けなさいよ」

穂乃果「戻って……くるよね」

にこ「当然でしょ」


ことり「……」

海未「……」

真姫「……」


凛「にゃー!」

花陽「こ、こんにちは……?」

凛「あれ、どうしたんですか?」


にこ「希が休んでいるって話をしてたのよ」


花陽「え……」

凛「……」


にこ「深刻になられると、希が嫌がるわよ?」

穂乃果「そ、そうだね」

ことり「……うん」

海未「心配ですが、私たちはいつものままでいましょう」

真姫「……」

凛「……精神的支柱が……」

花陽「む、難しい言葉使ったね」


にこ「なんか、部長の私に対して聞き捨てならない台詞が聞こえたけど。
    とりあえず、今月の定例清掃、全員参加よ」

真姫「清掃?」

凛「うん~?」

花陽「定例……」

穂乃果「掃除の後に子供たちと遊んだり、お喋りしたりできるんだよ」

凛「楽しそう~!」

海未「お菓子やジュースも出ますから、気楽に参加しましょう」

花陽「は、はい……」

真姫「ことちゃん、足は……?」

ことり「すぐ治りそうだよ」


にこ「……」


猫「にゃ」


にこ「ん?」


猫「……」


にこ「なに?」


猫「……」スッ

テッテッテ


にこ「……?」


……




―― 翌日:登校途中


穂乃果「おはよう」


ことり「おはよ~」

海未「おはようございます」

真姫「おはよう、ほのちゃん」

穂乃果「真姫と一緒に登校できるって嬉しいよね、やっぱり」

真姫「あ、……うん……っ」

ことり「それもそうだね」

海未「中学は別々でしたから、新鮮ですね」


……




穂乃果「去年は定例清掃が中心だったけど、今年はなにかできないかな~って」

真姫「なにかって……?」

穂乃果「今は7人……じゃなかった、
      8人居るからもっと手広く活動ができると思うんだよね」

真姫「……」

穂乃果「生徒会に許可とか取ったほうがいいのかな」

海未「活動内容によりますが、穂乃果はどうしたいのですか?」

穂乃果「吹奏楽部に入ってトランペットを吹くとか」

海未「前にも言いましたが、真面目にやってる部員としては迷惑ですよ」

穂乃果「そうだよねぇ、部外者が隣で変な演奏した日には怒られちゃうよね」

ことり「じゃあ、手芸部に来たらいいんだよ。部長さんも歓迎してたよ」

海未「じゃあってなんですか、ことり……」

穂乃果「私じゃなくて、真姫とか凛ちゃん花陽ちゃんの活動だよ」

真姫「わ、私も……?」

海未「また人を巻き込むのですか」

ことり「あ……噂をすれば」


花陽「陸上部に入るの?」

凛「うん、入ってみたかったから」

花陽「ボランティア部は……?」

凛「1ヶ月の約束だから、それでおしまいかな~?」


穂乃果「えぇ!? 凛ちゃん辞めちゃうの!?」


凛「わっ、びっくりしたにゃ」

花陽「あわわっ」


穂乃果「驚かせちゃってごめんね。それで、ボランティア部、辞めちゃうの?」

凛「その予定ですけど~」

穂乃果「花陽ちゃんも?」

花陽「わ、わたしは……その」

海未「あまり強引に引き止めてはいけませんよ。それぞれの学校生活がありますから」

ことり「そうだよ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「そう……だよね……」

真姫「わ、私は残って――」

穂乃果「あ、にこちゃーん!」

タッタッタ


真姫「あ……」


穂乃果「おはよう~!」

にこ「……」

穂乃果「朝の挨拶しようよ~」

にこ「なんでそんなに元気なのよ……」

穂乃果「なんでそんなに元気がないの?」

にこ「オウム返ししないで放っておいてよ……まったく、朝から騒がしい」

穂乃果「また深夜の通販見てたんだね」

にこ「通販じゃないって何度言えばわかるのよ。
   夜更かしもしていない、普通のテンションよ」

穂乃果「目の下にクマができてるよ」

にこ「うそっ!?」

穂乃果「嘘だよ~」

にこ「こらっっ!」


真姫「……」


海未「こら、って怒る人そうそういませんよね」

ことり「うん……そうだね……」

海未「どうかしましたか?」

ことり「ちょっと、気になることがあって……えへへ」

海未「?」

花陽「わたしも、ボールをうまくキャッチできなくて怒られちゃった」

凛「あれは注意しただけ、怒ってないにゃ」


……



―― 教室


穂乃果「全校朝礼なんて珍しいよね」

海未「そうですね……なにかあるのでしょうか」

ことり「はやく行こう?」



……



―― 放課後:ボランティア部


穂乃果「……」


にこ「珍しいわね、机に突っ伏して……どうしたっていうのよ」

穂乃果「にこちゃん平気なの? 廃校だよ?」

にこ「生徒数が減少してるんだから、しょうがないじゃない」

穂乃果「冷静だ……、はぁぁぁ」

にこ「あれ、クロはまだ来てないのね」

穂乃果「……一緒じゃないんだ?」

にこ「なんで一緒だと思ったのよ。今日は私がお茶を淹れてあげ――」

穂乃果「私が淹れるからにこちゃんは座ってて!」

にこ「一度失敗しただけで、そんな嫌がらなくてもいいじゃない……」

穂乃果「お茶にジャムを入れるなんて信じられないよ」

にこ「どこかの国にそんな文化があるでしょ」

穂乃果「紅茶であって、お茶ではないよ」

にこ「穂乃果はそういうの詳しいわよね。ことりに教えてもらったとか?」

穂乃果「ううん、小さい頃におばあちゃんに教えてもらったんだ」

にこ「ふぅん……」

穂乃果「おばあちゃんには大切な――友達が居たんだって。その人から沢山のことを学んだって」

にこ「この学校での話しよね」

穂乃果「そう……だよ……」


穂乃果「はぁぁ……、その学校が……廃校、だなんて……」


にこ「私たち3年生が3クラス、穂乃果たち2年生が2クラス、花陽たち1年生が1クラス」

穂乃果「……」

にこ「来年は……0で、廃校……。これも時代の流れね」


穂乃果「私……この学校……好きなんだけどなぁ」

にこ「……」


穂乃果「にこちゃんと出逢えて……みんなで楽しく過ごせてるのがこの学校でしょ」

にこ「……そんなに嫌なら、なにか行動してみればいいじゃない」


穂乃果「行動……?」

にこ「どうして廃校になるのか、それを調べて……
    その原因を解消するためにはどうしたらいいのかを考えるの」

穂乃果「…………」

にこ「なに? 私がリーダーとして頼りになることを言ってるから驚いてるわけ?」

穂乃果「ううん……そうじゃなくて……」

にこ「なによ」

穂乃果「にこちゃんも、廃校になるのが嫌だって思うんだ?」

にこ「……さぁ?」

穂乃果「大切なところなんだから誤魔化さないでよ~」

にこ「いいから、どうするか考えなさいよ。それとまんじゅう」

穂乃果「今日は持ってきてないよ」

にこ「……あ……そう」

穂乃果「なんてね、じゃん!」

にこ「なんでいちいち嘘をつくのよ」

穂乃果「にこちゃんをからかいたくなって~」

にこ「忘れてるようだから教えてあげるけど、私は一応上級生なのよ、上 級 生 !」

穂乃果「わかった」

にこ「今頃わかったの?」

穂乃果「そうじゃなくて……部活動を盛んにすればいいのかも」

にこ「何の話?」

穂乃果「廃校を阻止するためにはどうすればいいのか」

にこ「話がコロコロと変わるわね……」


穂乃果「よし、みんなで相談だっ」


……




穂乃果「みんなに集まってもらったのは他でもありません」

ことり「……」

穂乃果「我が音ノ木坂学院は廃校の危機に直面しております」

海未「……」

穂乃果「そこで、廃校を阻止するためにはどうすればいいのか、みんなで考えたいと思います」

真姫「……」

凛「はい! 質問です」

穂乃果「凛ちゃん、どうぞ」

凛「廃校になる原因ってなんですか?」

穂乃果「張り紙にもありましたが、主な原因としては生徒数の減少が挙げられると思います」

花陽「生徒数を増やせば……いいんだよね」


海未「手っ取り早いのは、注目を集めること、ですね」

ことり「学校の名前を広めると言ったら、部活でいい成績を収めるか……」

真姫「偏差値を上げたりして、有名校にする……とか」

穂乃果「ことりちゃんの案が一番の手、かもしれないね」


にこ「すやすや」


穂乃果「ちょっと、なんで寝てるのにこちゃん~!」

ユサユサ

にこ「ん……、んん……?」

穂乃果「熟睡してた!?」

にこ「……変な夢を見てたわ」

海未「夢……ですか」

凛「どんな夢にゃ?」

にこ「私がメイド喫茶で働いてる夢……」

穂乃果「なぜメイド喫茶?」

にこ「……ぅ…ぃ…」

花陽「目がうつろです……」

穂乃果「にこちゃんも真剣に考えてよ~」

にこ「生徒数を増やせばいいのよ……簡単でしょ……?」

穂乃果「口で言うのは簡単だよ! 具体案だしてよ!」


コンコン


花陽「お客さん……?」

ことり「あ……もしかして」

穂乃果「どうぞ?」


ガラガラ


「失礼します」


真姫「誰?」

ことり「演劇部の部長さん」

演劇部長「ボランティア部に……依頼というか、相談というか」

穂乃果「相談?」


にこ「すやすや」


穂乃果「お客さん来てるのに寝ないでよ~」

にこ「ん……」

穂乃果「今日から通販番組は禁止だからね!」

にこ「……ん」


凛「穂乃果先輩とにこ先輩、どっちが上級生なのかわからないにゃ」

花陽「……仲がいい証拠だよね」

海未「物は言いようですね」

真姫「……」


ことり「こっちに座ってください」

演劇部長「……ありがとう、南さん」


……




にこ「演劇部の助っ人……ねぇ」

演劇部長「1年生から3年生、全員が揃った演劇を完成させたいんです」

穂乃果「おぉ……」

にこ「それで、どうして欲しいのよ?」

演劇部長「人を貸していただければ」

にこ「雑用?」

演劇部長「いえ、ステージに上る人を」

にこ「ステージ? 演劇をしろってことよね」

演劇部長「手芸部である南さんに、演劇部の衣装作成を依頼していて、
       その時にボランティア部の話を聞いて」

ことり「にこちゃん、演技上手だよね」

にこ「……は?」

花陽「初耳って顔してる……自分のことなのに……」

ことり「適任かなって思いました」

海未「たしかに……少し前に、可愛いキャラを演じていましたね」

にこ「演じたわけじゃなくて、あれは素な私よ」

真姫「じゃあ、今は演技をしているのね」

凛「器用にゃ」

にこ「減らず口が止まらないわね1年生……!」

穂乃果「やってみようよ、にこちゃん!」

にこ「人事だと思って……。あんたがやればいいでしょ」

穂乃果「剣道部と手芸部、ボランティア部でいっぱいいっぱいだよ」

にこ「というか、どうして私なのよ。花陽、やりなさい」

花陽「ゑ……!?」

凛「ちなみに、演目はなんですか?」

演劇部長「まだ確定ではないんだけど……――ロミオとジュリエットを」


にこ「……」


……




―― 体育館・舞台上


にこ「ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなのっ?」



穂乃果「ノリノリだ……!」


部員「どうですかね」

演劇部長「まだ荒削りだけど……いいもの持ってるんじゃないかな?」


海未「意外に高評価ですね……」

ことり「あはは……」



……



―― 3日後:ボランティア部


ガチャガチャ


「あれ……、鍵がかかってる?」


ガチャリ

ガラガラ


穂乃果「あ……そっか、にこちゃん……演劇部に行ってるんだった」


穂乃果「まんじゅう……置いておこうかな。……気付くよね」


穂乃果「……」


ガラガラ

花陽「こ、こんにちは」

穂乃果「花陽ちゃん……」

花陽「どうかしたんですか?」

穂乃果「ううん……ただね、誰もいないから寂しくなって」

花陽「さびしい……?」

穂乃果「此処にはにこちゃんが必ず居たから。……クロちゃんも最近見てないし」

花陽「……どこに行ったのでしょう」

穂乃果「その内戻ってくると思うけど……。……おっと、私も道場に行かないと」

花陽「……」

穂乃果「花陽ちゃんは部に入らないの?」

花陽「どの部に入るか迷ってて……」

穂乃果「そっか。……それじゃ、決まるまで此処に居てよ」

花陽「は、はい……」

穂乃果「終わったらまた来るけど、暇なら帰っていいからね」

花陽「……はい」

穂乃果「じゃあね~」


ガラガラ



花陽「……どうしよう」


……




花陽「……」

ペラ

花陽「色んな人が居たんだ……」


ガラガラ


花陽「っ!」ビクッ


にこ「あれ、花陽だけ……?」

花陽「は、はい……」

にこ「何見てんの? 卒アル?」

花陽「そうです。暇だったので……」

にこ「これも、都立図書館に移動することになるのね……」

花陽「……」

にこ「ずっと此処に居たんでしょ?」

花陽「はい……そうです」

にこ「クロは来てないの?」

花陽「来てないです」

にこ「……今日で3日目」

花陽「?」

にこ「毎日欠かさず来てたのに……」


……



―― 翌日:ボランティア部


穂乃果「うーん、お茶とまんじゅうが美味いっ」

にこ「おいひぃわ」モグモグ

海未「絶品ですね」

ことり「凛ちゃんは今日、来ないのかな?」

花陽「あ、えっと……もうそろそろ来ると思います」


真姫「……」


穂乃果「にこちゃん」

にこ「ふぁによ?」モグモグ

穂乃果「こっちも食べてよ」

にこ「どうひへ?」

穂乃果「こしあんばっかり食べてる」

にこ「好き好きよ」

穂乃果「つぶあんも美味しいから食べてよ~」

にこ「その内ね」スッ

穂乃果「またこしあん取って……」

にこ「だから、人それぞれよ、しょうがないの」

穂乃果「お子様」

にこ「なにか言った?」

穂乃果「いいえ」

海未「あなたがピーマンを食べられないのと同じですよ、ほのか」

にこ「お子様ねぇ~」

穂乃果「もう克服してるよ!」


真姫「……」

ことり「どうしたの、真姫ちゃん?」

真姫「……べつに、なんでもない」

ことり「……」


穂乃果「クロちゃん、今日も来てないよね……」

にこ「他にお気に入りの場所を見つけたのよ」

海未「そうだといいのですが……、なにか事件に遭ったのではないかと」

花陽「心配……ですね」

穂乃果「大丈夫だよ、クロちゃん素早いから。……戻ってくるよ」

にこ「私はどっちでもいいんだけど」

穂乃果「素直じゃないよね……」


ことり「穂乃果ちゃん、こっちにもおまんじゅうを~」

穂乃果「あ、ごめんね。どうぞ」

ことり「ありがとう」

穂乃果「はい、真姫も取って」

真姫「……うん」

穂乃果「そういえば、吹奏楽部に入ったんだよね、真姫」

真姫「入ってない……手伝いだから」

穂乃果「手伝い?」

真姫「ピアノの音で練習がしたいっていうから……仕方なく」

穂乃果「そうなんだ……、いいよね、そういうの」

真姫「どういうの?」

穂乃果「なんていうか……世界が広がっていく感じで」

真姫「……」

穂乃果「よし、吹奏楽部も全国目指して頑張ろうっ」

海未「勝手に目標を作らないでください」

穂乃果「言ってみただけだよぉ」

真姫「……あ、あのね……ほの――」


穂乃果「にこちゃんの演劇部はどう?」

にこ「まぁまぁよ」

穂乃果「楽しんでいるんだね。……そうだ」

にこ「なに?」

穂乃果「明後日の休み、カラオケに行こうよ!」

にこ「定例清掃の後でいいでしょ……」

穂乃果「それだと来週になっちゃうでしょ」

にこ「別に慌てて遊ぶ必要もないでしょ」

穂乃果「そうだけど、いいでしょ?」

海未「会話がおかしいですね……」

花陽「……語尾が……」


真姫「……」

ことり「あぁ、もぅ……穂乃果ちゃん……」


ガラガラ


凛「お邪魔するにゃ~」


穂乃果「あ、いらっしゃい凛ちゃん」

凛「あ、おまんじゅうだ~!」

穂乃果「凛ちゃんの分もあるよ」

凛「やったー!」


穂乃果「グラウンドにクロちゃん居なかった?」

凛「見てないですよ~?」

穂乃果「そっか……」

海未「こっちに座ってください」

凛「はーい、失礼しまーす」

穂乃果「凛ちゃんはつぶあんでも平気?」

凛「はい~♪」

花陽「どっちも食べられるよね」

穂乃果「ふぅん、そっかぁ……大人だなぁ」チラ

にこ「そういう派閥を作ると争いが起こるわよ」

穂乃果「じゃあ、今度牛乳持ってくるから食べてみてよ」

にこ「はいはい、わかりました」

穂乃果「話を流したっ」


真姫「……」



……



―― 2日後:街中


にこ「……ここにも居ない」



―― 物陰


穂乃果「ほら、ね?」

海未「ほら、と言われても……」

ことり「にこちゃんは何をしてるの?」

穂乃果「クロちゃんを探しているんだよ、きっと」

海未「隠れて見てないで、一緒に探せばいいのでは?」

穂乃果「それだとにこちゃんが探すの止めちゃうでしょ」

ことり「うーん……」

真姫「それより、早く集合場所へ行かないと……」

穂乃果「あともうちょっとだけ観察していようよ」

真姫「……」

海未「あまり、良い行いとは言えませんが……」

ことり「海未ちゃん、私たちは先に行こう?」

海未「……そうですね」

穂乃果「観察しないの?」

海未「しません」

スタスタ

ことり「真姫ちゃんも、時間には遅れないでね」

スタスタ

穂乃果「面白いのになぁ~」

真姫「……」



―― 日向


にこ「……なにか、視線を感じるわね」


―― 物陰


穂乃果「キョロキョロしだした」

真姫「あのね……、ほのちゃん……」

穂乃果「うん?」

真姫「吹奏楽部の話なんだけど……」

穂乃果「うん」


―― 日向


にこ「……話しくらい……できるわよね」

ピッピッピ


―― 物陰


穂乃果「……?」

真姫「私一人じゃ……その……ね」

穂乃果「誰に電話してるんだろ……」

真姫「…………」

穂乃果「あ、ごめん。なにかな?」

真姫「だから……吹奏楽部の話で……」

穂乃果「うん」

真姫「私、まだ新入生だから、色々と……」

穂乃果「そうだよね、萎縮っていうか……難しいところだよね」

真姫「……うん。練習の時、最初だけでいいから……」

穂乃果「……」



―― 日向


にこ「じゃあ、来週辺り見舞いに行くから、しっかり休んで――……え?」


―― 物陰


穂乃果「?」

真姫「一緒に……その……居てくれない……?」

穂乃果「……」

真姫「……ほのちゃん?」


―― 日向


にこ「な、なんで演劇部のこと知ってんのよ? どこからの情報よ!」


―― 物陰


穂乃果「希先輩かな……」

真姫「……」


―― 日向


にこ「あ、ちょっと、希!」


にこ「まだ話は終わってないのに……」


穂乃果「希先輩、なんて言ってたの?」

にこ「見舞いには来なくていいって……なんなのよ、まったく」


穂乃果「体の調子はどうなのかな」

にこ「声はいつもと変わらないんだけど――……って、いつからそこに居たのよ?」

穂乃果「さっきだよ」

にこ「あ、そう」

穂乃果「どのくらい探してたの?」

にこ「えっと……今は10時だから……30分位――……って、なんで探してたの知ってるのよ」

穂乃果「5分位まえから観察してたから~」

にこ「ち、違うわよ、クロを探してたわけじゃないんだから……」

穂乃果「クロちゃんって、一言も言ってないよ?」

にこ「うるさーい!」

タッタッタ

穂乃果「逃げた」

真姫「……」

穂乃果「私たちも行こうか」

真姫「……」

穂乃果「あ、それで……話の続きなんだけど」

真姫「ううん、いい」

穂乃果「え、本当にいいの?」

真姫「……うん」


……




―― 待ち合わせ場所


ことり「話した?」

真姫「うん……。だけど、いいから」

ことり「……」

真姫「頼らないで、自分でやってみる」

ことり「真姫ちゃんがそういうなら……」

真姫「……」


凛「初めてだね、こうやって遊ぶの~」

花陽「そうだね……」

海未「この会話……前にも聞いたことがあるような……」

にこ「ほら、早く行くわよ。時間は限られているんだから」

スタスタ

穂乃果「そっちじゃないよ」


にこ「……」

……



―― 翌日


穂乃果「おはよう~」

海未「おはようございます」

ことり「おはよう、穂乃果ちゃん」

穂乃果「昨日は楽しかったね~」

海未「そうですね。久しぶりに羽を伸ばせたと思います」

ことり「凛ちゃんと花陽ちゃんも楽しんでたみたいだし」

穂乃果「良かった、よかった~」

海未「……思いのほか、元気ですね」

穂乃果「え、なにが?」

海未「学校が廃校になる、と聞いて……落ち込んでいるのかと」

穂乃果「廃校の危機、だから……まだ決定じゃないよ」

海未「それはそうですが」

ことり「やっぱり、部の活性化しかないのかな?」

穂乃果「うん、色々話し合ってみたけど……それが一番の近道かなって」

海未「『時間』はあるようで、ありませんからね」

ことり「……ねぇ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「うん?」

ことり「真姫ちゃんのことなんだけど」

穂乃果「あ、そういえば……昨日、なにか言いかけて止めちゃったんだよね」

海未「相談事ですか?」

穂乃果「たぶん、そうだと思うけど……大丈夫じゃないかな」

ことり「……」

穂乃果「ちゃんと自分の意志を持ってる子だもん」

海未「……」

穂乃果「あ、噂をすれば~」


真姫「?」


穂乃果「おはよう、真姫」

真姫「おはよう、ほのちゃん」


……



―― 放課後:ボランティア部


花陽「……」


ガラガラ


にこ「あれ……花陽だけ?」

花陽「は、はい……お邪魔してます」

にこ「お邪魔って……あんたも部員の一人でしょ……あと1週間だけど」

花陽「……」

にこ「私はお客さん扱いしないわよ?」

花陽「そ、そうですか」

にこ「よいしょ」

ギシッ

花陽「お茶淹れますか?」

にこ「お願いね」


にこ「……ふぅ」ガサゴソ

花陽「?」

にこ「これは台本。台詞を覚えてこいって」

花陽「ロミオとジュリエットの……」

にこ「まさか、本格的に役を与えられるなんて思わなかったわ……」

花陽「ジュリエット役ですか?」

にこ「モンタギュー夫人よ」

花陽「……」

にこ「そうだ、暇なら手伝いなさいよ」

花陽「はぁ……」


……




花陽「おのれキャピュレットめ、多勢でうちの若い者を取り囲みおって。このモンタギューが成敗してくれる。
    皆、卑怯者に鉄槌を食らわせてやるのだ」

にこ「あなた、止めてください。大公との約束を忘れたのですか」

花陽「えい、止めるな、約束よりも怨みを晴らすのが先だ。みな、かかれ」

にこ「……花陽の方がセリフ多いわね」

花陽「そうですね……」

にこ「それにしても、台詞がスラスラと出てるけど……」

花陽「本を読んでるだけですけど……」

にこ「どこの部に入るか決めてるの?」

花陽「いえ……まだ……」


にこ「それじゃあ、演劇部にしましょう」

花陽「ゑ」

にこ「大丈夫、始めは誰もが素人だから。行くわよ」グイッ

花陽「い、今からですか!?」

にこ「善は急げって穂乃果がたまに言うでしょ」グイグイ

花陽「ちょ、ちょっと待って下さいっ」ズルズル


―― 廊下


にこ「いい声してるんだから勿体無いわよ。昨日のカラオケも良かったし」グイグイ

花陽「だ、誰か助けてっ」ズルズル


真姫「なにしてるの?」


にこ「人材を発掘したからふさわしい場所へ連れて行くのよ。適材適所ね」

花陽「に、西木野さんっ、たすけてっ」

真姫「怯えているんだけど」

にこ「え?」

花陽「む、無理ですっ、舞台であんな……っ」

にこ「……」

花陽「……ご、ごめんなさいっ」

にこ「無理にとは言わないけど……行くわよ」グイッ

花陽「っ!?」

真姫「言ってることとやってることが真逆なんだけど」

にこ「こういうのは踏み込んでみた方がいいの。待ってるだけじゃ何も変わらないわよ?」

花陽「そ、それは……」

真姫「まるで経験者のような言い方ね」

にこ「……」

花陽「……ごめんなさい…」

にこ「なにか、やりたいことでもあるの?」

花陽「えっと……」

にこ「毎日ボランティア部に来るってことはそういう事なんじゃないの?」

花陽「え……」

真姫「なによ、それ」

にこ「月に一度の活動しかないんだから……毎日来る必要はないのに」

花陽「……」

にこ「それでも来るってことは……なにか変えたいから来てるんだと思って」

花陽「……」

真姫「……」

にこ「入学してまだ1ヶ月だけど――……」


海未「あれは……」

穂乃果「なにしてるんだろ?」

ことり「……?」


にこ「――部室に来るのは、なにか理由があるんだと思ってたから」

花陽「……」

真姫「勝手な押し付けじゃない?」

にこ「……」

真姫「他にやることがないから、あの部室に行った、じゃダメなわけ?」

にこ「……そうね、私の勝手な思い込みだったわ。……悪かったわね」

花陽「い、いえ……」


にこ「…………」


穂乃果「にこちゃん、今日もまんじゅう持ってきたよ」

にこ「牛乳は?」

穂乃果「あ……忘れてた」

にこ「しょうがないから、こしあんだけでいいわね」

穂乃果「料理部へ行って分けてもらってこよう」

海未「図々しいですよ」

ことり「あはは……」


穂乃果「はい、真姫はこれもって部室へ行っててね」

真姫「……うん」

穂乃果「ほら、行くよにこちゃん」

にこ「そこまでしてつぶあんを食べさせたいわけ……?」

穂乃果「食べなれたら美味しいんだから」

にこ「この強引さはなんなの……はぁぁ」


花陽「ため息が深い……」

海未「休憩時間は限られているんですから、ゆっくりできませんよ、穂乃果」


「分かってるって~」

「なんで休憩中にまで部室に来るのよ……」

「だって、あそこが一番落ち着くんだもん」

「変な人ね、あんた」

「にこちゃんに言われたくないよ!」

「どういう意味よ!」


海未「本当に分かっているのでしょうか……」

花陽「それが袴……ですか?」

海未「そうです。……あまりこの姿で校内を歩きたくはないのですが」

真姫「……」

ことり「行こう、真姫ちゃん」

真姫「……うん」


……





―― 翌日:1年生の教室



「おはよう~」

「おはよー」


真姫「……」


凛「昨日はボランティア部に行けなかったけど、なにか楽しいことあった?」

花陽「あったような……なかったような……。いつもと同じだったよ」

凛「そうなんだぁ……、今日は行けるかな~……」

花陽「忙しいの?」

凛「ちょっとだけ」

花陽「……」


……



―― 休み時間:中庭


真姫「こんな所で何してるの?」

花陽「西木野さん……」

真姫「ひょっとして……昨日、あの人に言われたことを気にしてるとか」

花陽「…………うん」

真姫「そんなの、気にするだけムダよ。思い込みの激しい人みたいだから」

花陽「でも、わたしの為に……言ってくれたことだから」

真姫「……」

花陽「……」

真姫「本当にやりたいことがあるの?」

花陽「…………うん」

真姫「それはなによ」

花陽「……がっしょう」

真姫「合掌?」

花陽「合唱部……に」

真姫「そういえば、カラオケでいい点取ってたわね。……そんなに歌ってなかったけど」

花陽「……」

真姫「入ればいいじゃない」

花陽「でも……人前で歌うの……恥ずかしくて」

真姫「あ、そう」

花陽「西木野さんは……人前で演奏するの……怖くないの?」

真姫「小さい頃からコンクールに出てたから……そういうの忘れたわ。慣れよ、慣れ」

花陽「楽しそうに演奏してた」

真姫「?」

花陽「去年のコンクール」

真姫「そういえば、会場に来てたんだったわね」

花陽「素敵な演奏だった……」

真姫「あなた、音楽が好きなの?」

花陽「うん」

真姫「それなら、演劇部に入るより合唱部に入ったほうが絶対に良い」

花陽「……」


―― 渡り廊下


凛「うにゃ~……昨日の晩御飯、ちゃんと食べればよかったにゃ~……」

どんっ

にこ「ふぎゃっ」

凛「いたっ」

にこ「あいたたた……」

凛「ご、ごめんなさい……って、にこ先輩?」

にこ「なにフラフラして歩いてんのよ……」

凛「お腹すいてて……」

にこ「お昼まで後1時間あるけど……大丈夫なの?」

凛「ポテト……ポテトが食べたい」

にこ「持ってないわよ。……持ってたとしてもあげないけど」

凛「ふぇ~ん……ひどいにゃ~」


穂乃果「にこちゃんが凛ちゃんをいじめてるっ」

海未「討ちましょう」

ことり「だ、ダメだよ」



―― 中庭


花陽「穂乃果先輩たちとの……想い出……」

真姫「――そう。『あの時』の演奏は昔を思い出しながら弾いてたから」

花陽「なんだか……素敵」

真姫「音楽の大切さを教えてくれた」

花陽「……」

真姫「今でもピアノを弾いていられるのは、ほのちゃんのおかげなの」

花陽「……ふふ」

真姫「な、なによ」

花陽「ご、ごめんなさい……笑ったりして……」

真姫「……」

花陽「とっても……優しい顔してたから……羨ましいなって……」

真姫「な、なに言ってるのよっ」

花陽「…………」

真姫「その……だから、……花陽」

花陽「……?」


真姫「やりたいなら、やってみた方がいい」

花陽「……でも」


真姫「苦手があって、怖いかもしれないけど……」

花陽「……」


真姫「音楽はもっと、自由だから」

花陽「――!」



凛「……」

穂乃果「あれは……花陽ちゃんと……真姫だね」

ことり「……邪魔しちゃいけないみたい」

海未「見てください、にこ」

にこ「矢?」

海未「いつも常備している破魔の矢です。あなたの悪の心を取り除くために譲りますよ」

にこ「そういう気遣い、いらないんだけど。というか、悪ってなによ!」



花陽「あ……凛ちゃん」

凛「どうしたの、こんなところで?」

花陽「お話……してたの」

穂乃果「お話って?」

真姫「そ、それは……その」

花陽「あのね――……凛ちゃん」

凛「なぁに?」

花陽「わたし……その……」

凛「……」

花陽「合唱部に……入ろう……と思ってて」

凛「うん」

花陽「あの……だから、陸上部のマネージャーは……」

凛「ううん、気にしなくていいよ」

花陽「……ご、ごめんね」

凛「謝ることなんてないよ。かよちんが、やりたいことをやるのが一番なんだから」

花陽「凛ちゃん……」

凛「凛もね、頑張る」

花陽「?」

凛「陸上部で、全国大会目指しちゃう!」

花陽「ぜ、全国……?」

凛「部長さんに、目指してみないかって、言われてたんだけど……あまり気乗りしなかったんだよね」

花陽「……」

凛「だけど、かよちんが頑張るなら、凛も……なにか一生懸命になってみたいって思った」

花陽「……うん」


穂乃果「…………」


にこ「あれ、演劇部には?」

花陽「あ、えっと」

真姫「入るわけ無いでしょ」


穂乃果「よーっし、部を盛り上げていこう、凛ちゃん!」

凛「はい!」

穂乃果「頑張るぞー、おー!」

凛「おー!」

穂乃果「海未ちゃんも、おー! ってするの!」

海未「遠慮しておきます」

穂乃果「にこちゃんも!」

にこ「穂乃果って、勉強も運動もできるけど、根っこは子供っていうか、子供よね」

真姫「あなたが言わないで欲しいんだけど」

にこ「……なんで私にだけ風当たりが強いのよあんたは」


ことり「その理由……なんとなく、わかった気がする」

花陽「理由……?」

ことり「ううん、なんでもない~」


……




―― 放課後:ボランティア部


真姫「どうしてあなたが鍵を……?」

花陽「穂乃果先輩に持ってて、って言われて……」

真姫「合唱部は……?」

花陽「すぐ行くつもり」

真姫「何しにここへ来たのよ」

花陽「クロちゃんが来ているかもしれないからって」

真姫「……」

花陽「今日も来てないね」

真姫「相手はネコだから、気まぐれなのよ」

花陽「――真姫ちゃんは」

真姫「……?」

花陽「が、合唱部に入らないの……?」

真姫「どうして私が……」

花陽「昨日、部長さんに聞かれちゃって……あの子は入らないのかって」

真姫「……」

花陽「一緒にどう……かな?」

真姫「べつに……」


花陽「部長さん、わたしたちがボランティア部で一緒なの知ってるから……」

真姫「私が入るよう、頼まれたってわけね」

花陽「ご、ごめんなさい」

真姫「なんで謝るのよ」

花陽「……」

真姫「……考えておくけど」

花陽「あ、ありがとう……」

真姫「……べつに」

花陽「真姫ちゃんが……ピアノを弾く理由ってあるのかな……?」

真姫「え……?」

花陽「昨日の……穂乃果先輩との話を聞いてて……気になっちゃって」

真姫「理由って言われても……」

花陽「わたしも……その、音楽が好きだから……
    何か楽器を演奏できたらよかったなって、時々思うの」

真姫「……そう」

花陽「声なら……楽器を必要としないから……」

真姫「その理由で合唱部に?」

花陽「う、うん……」

真姫「あ、そう……」

花陽「た、大した理由じゃなくて……ごめんなさい」

真姫「だから、なんで謝るのよ」

花陽「呆れられた……よね」

真姫「何かを始める理由なんて、大抵そんなものかもしれないじゃない」

花陽「……そうかな?」

真姫「私だって……今でもピアノを弾いていられるのは、ほのちゃんと出逢えたからで……」

花陽「……」

真姫「私の演奏を聞くとね、必ず褒めてくれるの」


真姫「専門的なことじゃなくて……気持ちを、感情を伝えてくれる」


真姫「だから、とても嬉しくて……もっと、もっと弾きたいって思えるの」

花陽「…………」

真姫「私がピアノを弾く理由は……それかもしれないわね」

花陽「……――そうなんだ」


「褒められたいから弾いてるってわけ?」


真姫「――!」


にこ「まるであんた達、二人だけの世界って感じ」

真姫「な、なんで……あなたにそんなことを……」

にこ「ま、別にどうでもいいんだけど……。今日も来てないみたいね」


真姫「人のために弾くってことが……悪いみたいに聞こえたんだけど」

にこ「人のためっていうより、自分のためだったりして」

真姫「そ、それのどこが悪いって言うの――!」

にこ「二人だけの世界って言ったでしょ。閉鎖的なのよ、あんたが特に」

真姫「な……!」

花陽「あ、あの……ケンカは……っ」

真姫「あ、あんたに私たちの――……私の何が分かるっていうのよ!」

にこ「……」

花陽「ま、真姫ちゃん……っ」

真姫「音楽を捨てたけど……ッ……もう一度……取り戻せたからっ」

にこ「……」

真姫「嬉しいから続けていられるのにッ」

にこ「それは『過去』の話でしょ」

真姫「…………」

にこ「穂乃果があんたから離れたら……もう一度、音楽を捨てるの?」

真姫「な、なにを……」

にこ「あんたは甘やかされて、守られているだけじゃないの?」

真姫「……ッ!」

にこ「私も、そうだったから……何となく分かるのよ」

花陽「……」

にこ「だけど、『今』はそうじゃない。自分で変えていくわ」

真姫「人の真似をして?」

にこ「え……」

真姫「あなたがしてることって、希先輩の真似でしょ」

にこ「…………」

真姫「やっぱりね。昨日、花陽を強引に連れて行こうとしたのもそれなのね」

にこ「……」

真姫「そんなんでよく、人に説教できるわね」

花陽「ま、真姫ちゃんっ、言い過ぎだよっ」

にこ「……そうね」

真姫「……」

にこ「海未やことりに言われるならまだしも……新入生のあんたに言われるなんて……」

スタスタ

花陽「にこ先輩……?」


にこ「……」


ガラガラ

ピシャッ


真姫「…………」

花陽「……」


「あれ、にこちゃんも部室に――……どうしたの?」

「べつに」

「どこ行くの?」

「どこへ行こうと私の勝手でしょ」

「ちょっと、にこちゃん!」

「何かあったようですね……」


ガラガラ


花陽「あ……」

海未「花陽と……真姫……?」

穂乃果「ねぇ、いったい何が――」


真姫「……っ」


穂乃果「――真姫、なにがあったの?」

真姫「そ、それは……」

穂乃果「にこちゃんがあんな表情するなんておかしいよ」

海未「穂乃果、話をちゃんと聞かなくては」

穂乃果「真姫が、なにか言ったんだね」

花陽「……っ」

真姫「……」

穂乃果「何を言ったかは知らないけど、人を傷つけるようなこと言っちゃ駄目だよ」

真姫「わ、私たちの――ッ」

穂乃果「にこちゃん、痛そうな顔してたよ」

真姫「な、なんで……あの人ばっかり……!」

海未「穂乃果……!」

真姫「…………っ」

スタスタ

花陽「ま、真姫ちゃん……!」


真姫「……帰る」


ガラガラ

ピシャ


穂乃果「……」

海未「どうして、真姫の話をちゃんと聞かないのですか」

穂乃果「悪いことをしちゃ駄目だっていうの、おかしいこと?」

海未「一方的に真姫に非がある決めつけていませんか?」

穂乃果「うみちゃんは知らないんだよ、あんなに辛そうな顔をするにこちゃんのこと」

海未「それを理由に真姫を傷つけてもいいことにはなりません」

穂乃果「……」

海未「追わないのですか」

穂乃果「『今』は、真姫より……――にこちゃんだよ」

タッタッタ


ガラガラッ


タッタッタ......


海未「花陽、何があったのです?」

花陽「そ、それは……」


ことり「穂乃果ちゃん、走っていったけど……なにかあったの?」



……





―― うさぎ小屋


にこ「……」


にこ「あんた達はいいわね……悩みがなさそうで」


うさぎ「もしゃもしゃ」


にこ「ほら、人参よ」


うさぎ「もしゃもしゃ」


にこ「あ、こら……独り占めしたらダメじゃないの」


うさぎ「もしゃもしゃ」


にこ「…………」


にこ「はぁ……うさぎになりたい」


穂乃果「センチメンタルすぎるよ……」


―― 音ノ木坂学院校門前


「待って!」


真姫「あ……」


ことり「ごめんね、穂乃果ちゃんじゃなくて」

真姫「……」

ことり「かよちゃんから聞いたよ」

真姫「……」

ことり「穂乃果ちゃんが怒ることって、そうそうないから……驚いたよね」

真姫「……うん」

ことり「私も、話を聞いて驚いちゃった」

真姫「……私が、悪いの?」

ことり「それは分からない」


ことり「真姫ちゃんが大切なことに触れられて怒ったように……」


ことり「にこちゃんも大切なことを触れられたんだと思うから」


真姫「……」


ことり「覚えてるかな、真姫ちゃんが私たちと同じ高校へ進学するって決めた日のこと」

真姫「……?」

ことり「『あの時』の穂乃果ちゃん、とっても嬉しそうにしてたでしょ?」

真姫「……でも、それは」

ことり「嬉しい事、楽しいことを全身で表現する穂乃果ちゃんだから、
    いつものことみたいに見えたかもしれないけど――」


ことり「それから暫くの間、ずっとこの学校での話ばっかりしてた」


ことり「穂乃果ちゃんがこの学校へ進学するって決めて、私もそうしようと決めて。
    海未ちゃんは……少し迷ってたけど、結局一緒にいてくれることに決めてくれて」


ことり「そして、真姫ちゃん」

真姫「……」

ことり「楽しい高校生活が待ってるって、すごく楽しみにしてたの」

真姫「……」

ことり「だから、穂乃果ちゃんが真姫ちゃんを嫌いになるなんて絶対にないからね」

真姫「……ほんと?」

ことり「もちろん♪」


―― うさぎ小屋


にこ「私のところより、真姫の所に行きなさいよ」

穂乃果「どうして?」

にこ「あんた達、幼馴染でしょ。私の事よりあっちをフォローしたほうがいいんじゃないの」

穂乃果「ケンカらしいケンカはしたことないけど、大丈夫だよ」

にこ「……」

穂乃果「真姫は真姫だから」

にこ「……なによ、それ」

穂乃果「……」

にこ「……」


にこ「最初はね、希とネコ――……クロだけだったのよ」


穂乃果「?」


にこ「ボランティア部のこと」

穂乃果「……希先輩がだいたい同じ頃って言ってた」

にこ「そう、私が入部したのはクロの後ってことになるわね」

穂乃果「……」

にこ「時期は、夏休みが終わった9月の頭……」

穂乃果「……」


にこ「今でもハッキリと覚えてる。……だって、学校でネコと一緒に歩く生徒がいるんだから」


穂乃果「…………」


にこ「そして、あの笑顔でいうのよ、うちの部に入らないかって」

穂乃果「……」

にこ「ボランティア部って聞いて、すぐ遠慮したのに……しつこく勧誘してくるの」


にこ「楽しめるかもしれないよ、って」


穂乃果「……」


にこ「『あの時』の私は……退屈してた。どうしてこの学校に入ったんだろうって、毎日思ってた」

穂乃果「にこちゃん……」

にこ「この制服が気に入ったから、っていうのもあるんだけど……それだけじゃなかったのよ」

穂乃果「……?」

にこ「なんとなくね、受験前に、この学校の資料を見て……惹かれたから。
   何かが待ってるような気がするって……そんな感じ」

穂乃果「……」

にこ「でも、そんなことはなくて。……それは気のせいで」


にこ「『今』思い返してみれば、それは当然なのかもしれないわ」


穂乃果「当然って……?」

にこ「待ってるだけだったから。……楽しい高校生活が、私の所へ勝手に来るものだと思ってたから」

穂乃果「……」

にこ「だから、部にも入らないで、バイトもしないで……ひたすら待ってた」

穂乃果「……」

にこ「退屈するのは当たり前よ」

穂乃果「…………」

にこ「だけど、そんな私の声を掛けたのが希だった」

穂乃果「……どうして誘ったのかな?」

にこ「あんたが入部した頃に言われた。退屈そうにしてたから、って」

穂乃果「……そっか」

にこ「定例清掃なんかにも仕方なく参加して、あの部室で二人と一匹で過ごして」


にこ「今思えば……少しずつだけど、私の世界は広がっていってたのよ」

穂乃果「……」

にこ「それなのに、去年の春まで、私はそれに気づかなかった」

穂乃果「……どうして?」

にこ「あんたが入ってきたから」

穂乃果「私……?」

にこ「希は辞めてしまったけど……穂乃果が入部して、一気に部室の雰囲気が変わった」

穂乃果「……」


にこ「退屈だなんて思う暇はなかった」

穂乃果「……!」


にこ「……私、いつも気付くのが遅いのよね。……考えて行動するから」

穂乃果「……」

にこ「あんたは、私と違って……行動してから考えるでしょ?」

穂乃果「そうかな……?」

にこ「そうよ。……私はその逆で、
   ボールがキャッチャーミットに収まってから、バットを振るような遅さ」

穂乃果「……」

にこ「だけどね……」


穂乃果「……」


にこ「希は……そんな私にいつも合わせてくれてたのよ」

穂乃果「……」

にこ「歩くのが遅い私の……歩幅を合わせてくれた」


にこ「そのおかげで、『今』……高校生活を楽しめてるの」


穂乃果「にこちゃん……」


にこ「――だから、悩んでいる花陽を見ていると、私と被ってしまって」


にこ「無理矢理にでも何かを始めさせようって気になってしまったの」

穂乃果「……」

にこ「でもそれは、希の真似なんだから……私じゃ……無理なのよね」

穂乃果「そうだよ、にこちゃんは希先輩とは違うんだから」

にこ「……」

穂乃果「にこちゃんが、どうしてボランティア部に入ったのかって、聞いたことあるよね」

にこ「学校の選択を間違えたんじゃないかって、零しからだったわよね」

穂乃果「それもあるんだけどね……。……もう一つ理由があるの」

にこ「……?」

穂乃果「うみちゃんと電話で話してたでしょ?」

にこ「……うん」

穂乃果「そのやりとりを見て、思ったんだ。……面白い人だなって」

にこ「……間抜けね、私は」

穂乃果「ちがうよ。滑稽に見えたわけじゃなくて、楽しい気分になるって意味だよ」

にこ「……」

穂乃果「球技大会で、最後……空振りで終わって、みんな笑ってたよね」

にこ「笑われてたのよ……」

穂乃果「そうじゃなくてね」

にこ「……?」

穂乃果「もし、『あの時』ヒットを打って、同点……もしくは、逆転勝ちしてたとしても」


穂乃果「みんなのヒーローになっていたとしても」


穂乃果「私は……空振りをして、みんなを笑顔にした――」


穂乃果「にこちゃんが好きだよ」


にこ「――!」


穂乃果「愛嬌がある、とは少し違う……にこちゃんが持つ、にこちゃんだけの雰囲気」


穂乃果「希先輩は、それに気付いていたんだと思う」

にこ「……だから、私を誘ったってこと?」

穂乃果「うん。……間違いないよ」

にこ「それはただの憶測でしょ」

穂乃果「そうなんだけど……」

にこ「そこを認めると、今まで言ってきたことがブレちゃうでしょ」

穂乃果「えへへ」

にこ「真姫にそれを指摘されたのよね。……希の真似をしているだけだろう、って」

穂乃果「……」

にこ「図星だったから」


穂乃果「花陽ちゃんのために、したことでしょ?」

にこ「さぁね。……結局、花陽を変えたのは真姫だから、私は意味が無いことをしたのよ」

穂乃果「きっかけを作ったのはにこちゃんだよ」

にこ「……あのね、あんたが私を励まそうとしてるのはわかるけど」

穂乃果「真姫も、にこちゃんも、花陽ちゃんにとっては大切な『分岐点』になったと思う」

にこ「……」

穂乃果「だから、意味はあったんだよ」

にこ「……そう、かもね」

穂乃果「うん、そうだよ」

にこ「……あ…――がと」

穂乃果「え?」


にこ「ありがと……って言ったの」

穂乃果「……」


にこ「あ、あんただから言ったのよ……他の人に言うんじゃないわよ、こういうこと」

穂乃果「言わないよ」

にこ「……それなら、いいけど」

穂乃果「部室に戻ろ」

にこ「…………うん」


―― ボランティア部・部室前


にこ「……」

穂乃果「あ……」


真姫「……」

ことり「あ……」


にこ「演劇部に行かないといけないから」

スタスタ

穂乃果「ちょっと、にこちゃん!」


真姫「……あの、ほの――」


穂乃果「行ってくるね……もう、しょうがないんだから」

テッテッテ


ことり「部室で待ってよう……?」

真姫「……もういい、帰る」

スタスタ


ことり「……あぁ……穂乃果ちゃん……」


ガラガラ


海未「どうかしたのですか?」

ことり「うまくいかないね……」

花陽「……」


……



―― 翌日:ボランティア部


『試合の勝敗を左右させたり、彼女の怪我を軽くしたりと、試行錯誤を重ねているみたいね』


「これだけの変化があるのですから、慎重に判断しなくてはいけません」


『それで、見通しは?』


「高坂穂乃果を中心にした、8人への干渉では大した変化は起きませんでした」


『彼女――、園田海未の家柄についてはどう説明するの?』


「それも大きな変化ではないと判断します」


『彼女の人生には影響しないと言うのね』


「はい。彼女の人間関係に変化があれば異常とみなしますが」


『……異常、ね』


「西木野真姫の夢へ干渉したことで、園田海未の環境は一変しました」


『……』


「そして私が、矢澤にこを入学させるため、前理事長への干渉したことで――……」


『高坂穂乃果は大切なモノを失った』


「――そうです」


『そして、東條希の変化』


「はい。この二つは大きな異常をきたしていると判断できます」


『……――……なにも……――知らない……高坂――』


「……」


『――は……幸か不幸か……――……』


「……」


『――……』


「目覚めさせる力はあと僅か……」


『――』


「人と人との絡みあう糸が、これ程のものとは思いもよりませんでした」



「しかし、だからこそ大きな力を発揮するのです」


「あと少し、それがとてつもなく大きい」


「……」


「そろそろ時間ですね」



ガチャ

「あれ、鍵がかかってる」


「……――」スゥ


ガチャリ


ガラガラ


穂乃果「……誰もいない」


穂乃果「みんな忙しいよね……」


穂乃果「いつも……にこちゃんとクロちゃんが居たのになぁ……」



……



―― 翌日:登校中


海未「……真姫は、昨日に続いて来ませんでしたね」

ことり「ねぇ、穂乃果ちゃん……真姫ちゃんと話をした?」

穂乃果「ううん、してない」

海未「年上のあなたから動くべきではありませんか?」

穂乃果「動くって?」

海未「それは……」

穂乃果「真姫が、いつもにこちゃんによくない態度を取ってたのも事実だよ」

海未「……真姫の性格、だとも言えますが」

ことり「にこちゃんに……贔屓しすぎ……なんじゃないかな」

穂乃果「贔屓……?」

ことり「私から見て、今までの穂乃果ちゃん、真姫ちゃん、にこちゃんを見てると、
    やっぱり穂乃果ちゃんがにこちゃんに寄って行ってる気がする」

穂乃果「そうかな」

ことり「心当たり、あると思うけど」

穂乃果「……そんな、真姫はもう子供じゃないんだから」

海未「穂乃果」

穂乃果「な、なに……?」

海未「真姫に限らず、私たちはまだ子供ですよ。あなたも例外ではありません」

穂乃果「……」

海未「周りを見えていないのがその証拠です」

穂乃果「そんなこと……」

海未「……先に行っています」

スタスタスタ


穂乃果「……」

ことり「……真姫ちゃんを見ていなかったという点では、海未ちゃんと同意見かな」

穂乃果「見ていなかったわけじゃないよ」

ことり「……」

穂乃果「真姫には真姫の……学校生活があるから」

ことり「かよちゃんや、凛ちゃんたちと過ごす学校生活?」

穂乃果「うん。……今まで一緒だったから、私たちとだけじゃなくて、もっと……」


穂乃果「自分の世界を広げていけたらいいなって……」


ことり「そっか……」

穂乃果「自分勝手かな……」

ことり「ううん、きっと……言葉が足りてないだけなんだよ」

穂乃果「……そうだね、ゆっくり話をしないと」


……


―― お昼:1年生の教室


真姫「……」

スタスタスタ


花陽「あ……西木野さ――」


凛「行っちゃったね」

花陽「……お昼、一緒にって思ったんだけど……」

凛「おぉ~」

花陽「?」

凛「かよちんが積極的にゃ!」

花陽「そ、そうかな……?」

凛「いつも引っ込み思案で、遠慮してしまうかよちんが……っ」

花陽「り、凛ちゃん?」

凛「とっても嬉しい気持ちと少しの寂しさで胸がいっぱいにゃ」ウルウル

花陽「……そ、そうなんだ」

凛「あれ? でも……かよちんって、西木野さんのこと、名前で呼んでいなかった?」

花陽「そうなんだけど……や、やっぱり……その、迷惑かなって」

凛「そこで遠慮してちゃダメだよ~」

花陽「うん……」

凛「どうする? 追いかける?」

花陽「でも、西木野さんにも都合が……」

凛「断られたらその時に考えればいいにゃ、行くよ!」グイッ

花陽「ま、待ってぇっ!」



―― 廊下


穂乃果「――送信、と」

ピッ

穂乃果「もうちょっと内容を増やせばよかったかな……」


凛「あれ、穂乃果先輩?」

穂乃果「あ、凛ちゃん……花陽ちゃんも」

花陽「こ、こんにちは」

穂乃果「どうしたの?」

凛「ここを西木野さんが通りませんでしたか?」

穂乃果「真姫?」

花陽「……はい」


穂乃果「あ、気付かなかった」

凛「そうですかぁ」

穂乃果「メール打つのに集中してたから。……先生に内緒ね」

花陽「……メール?」

穂乃果「希先輩にね。……それより、追いかけているんなら急いだほうがいいんじゃない?」

凛「そーですね。それでは~」

花陽「し、失礼します」

穂乃果「……うん。……真姫のことよろしくね」



―― 中庭


trrrrrrrr......


にこ「……」

ピッ

にこ「……まだ寝てるのね、きっと」


真姫「……」


にこ「……あ」


真姫「……」

スタスタスタ


にこ「……」


にこ「……気まずいわね」



花陽「西木野――……真姫ちゃん!」

真姫「?」

花陽「や、やっと追いついた……っ」

真姫「何か用? ……というか、どうしてフルネームで呼ぶのよ」

花陽「えっと……お昼……まだだよね?」

真姫「……そうだけど」

花陽「一緒に……どうかなって……」

真姫「……」


凛「にこ先輩、ここでなにをしてるんですか?」

にこ「電話をかけてたのよ」

凛「あー、放課後まで使用禁止なのにー」

にこ「だから隠れて使用してたんじゃないの」


―― 廊下


穂乃果「……」


ことり「何を見てるの?」

穂乃果「ほら、見て」

ことり「あ……真姫ちゃんたち……」

穂乃果「…………」

ことり「ふふ」

穂乃果「?」

ことり「穂乃果ちゃん、真姫ちゃんを見守るお姉さんみたい」

穂乃果「えー、そんなことないよ」

ことり「うん、それはいいとして……ほら、みて」

穂乃果「?」


海未「……」ジー


ことり「海未ちゃんが気にしてる」

穂乃果「あ……」


海未「――ッ!」サッ


ことり「どうして隠れるの~」

穂乃果「もう怒ってないのかな……?」

ことり「それは分からないけど……多分、
    朝のこと言い過ぎたって気にしてるんだと思う」

穂乃果「私も……言葉が足りないね」

タッタッタ


穂乃果「うみちゃ~ん!」


ことり「想っていることは、ちゃんと伝えないとね」


……




―― 休み時間:3年生の教室


にこ「はぁ?」

穂乃果「うん、そうしよう」

にこ「待って、まだ頷いたわけじゃないから」

穂乃果「善は急げだよ」

にこ「嫌よ。……なんで私から動いて真姫と仲直りしなくちゃいけないのよ」

海未「先延ばししていては余計に修復が難しくなるものです」

穂乃果「そうだよ」

にこ「いやよ! いーや!」

ことり「頑なだね……」

穂乃果「廊下ですれ違ったら挨拶するだけだよ?」

にこ「だけって言うけど、ハードルが高いって気付いてる?」

ことり「そうかなぁ……?」


女生徒「なになに、またボランティア部で面白いこと考えてるの?」

にこ「そうじゃないわよ。ややこしくなるからあっち行ってて」

穂乃果「冷たっ!」

海未「もう少し、人には優しく接する心がけを――」

にこ「だから、あんたは私の母親なの?」

女生徒「くすくす」

女生徒「にこさん達って面白いよね~」

海未「お、面白い……ですか」

穂乃果「いやー、照れちゃうね」

ことり「あはは……」

にこ「あの球技大会以来、私はお笑いみたいな接し方されるんだけど」

穂乃果「それのどこがおかしいの?」

にこ「私はお笑い芸人とは違うの。もっとこう……違った魅力があるのよ」

海未「……たとえば?」

にこ「そうねぇ……ほら、可愛さとか☆」キャピ

ことり「……」

穂乃果「話を戻すけど、ちゃんと挨拶しないとダメだからね」

にこ「えー、にこってば、ちょっと困っちゃう~」キャピ


主将「お、ちょうどいいところに」

海未「あ……」

穂乃果「部活の用ですか?」

にこ「……」キャピ

主将「それもあるけど、東條のことで――……って、なにしてんだ、矢澤?」

にこ「なんでもないわよ」

女生徒「あははは」



―― 放課後:廊下


にこ「……」

スタスタ


真姫「……」

スタスタ


にこ「ぁ……ぅ……」


真姫「……」スッ


スタスタスタ


にこ「……」



―― 物陰


穂乃果「……ダメだ」

ことり「海未ちゃん、今の……」

海未「真姫に問題がありますね。……にこは足を止めたのに」

ことり「……そうだよね」




―― 廊下


にこ「あーもう、やってらんない」

穂乃果「も、もう一回だけ!」

にこ「なんで私が恋する相手に勇気を振り絞るような雰囲気出さなくちゃいけないのよ」

穂乃果「なんか物語性を感じるね」

にこ「もうやだ、演劇部に行ってくるから! じゃあね!
    今日はボランティア部に顔出さないから、じゃあね!」

タッタッタ

穂乃果「……」


穂乃果「じゃあね、って二回も言った……」


―― 合唱部


真姫「……」

ガラガラ


ことり「待って!」

海未「真姫!」


真姫「……?」

ことり「今から……部活、だよね」

真姫「……うん」

海未「それでは、下校時間に玄関で待ち合わせをしましょう」

真姫「どうして?」

海未「話をするだけですよ」


……




―― 下校時間:玄関


穂乃果「先に帰ってるね」

ことり「え……?」

穂乃果「私は居ないほうがいいと思うから」

海未「わかりました。それでは、また明日」

穂乃果「うん、ばいばーい」

タッタッタ


ことり「話をしないのかな……」

海未「私たちに任せる、ということです」

ことり「……そうだね」

海未「……来ましたか」


真姫「……」


……



―― 公園


海未「にこが苦手、ですか?」

真姫「話って、それなの?」

海未「今話すことは他にないはずですが」

真姫「……」


ことり「…………」


真姫「もうどうでもいい」


海未「え?」

真姫「……帰る」

スタスタ


海未「ちょっと、真姫!」

ことり「海未ちゃんっ」

海未「こ、ことり……?」

ことり「……いまは、そっとしておこうよ」

海未「な、なぜですか……!」

ことり「真姫ちゃんは……――嫉妬してるんだよ」

海未「は……? シット?」

ことり「うん。……ずっと一緒にいた穂乃果ちゃんが、にこちゃんと楽しそうにしてて」


ことり「それが嫌なんだよ」


海未「それは……いくらなんでも」

ことり「ありえない、って思う?」

海未「……」

ことり「私たちは一年間、ボランティア部でにこちゃんと一緒だったから、
    立場的ににこちゃんの味方をしているって感じているんだと思う」

海未「…………」

ことり「高校生にもなってそんなことで……って、思う?」

海未「そんなことは……」

ことり「……本当に?」

海未「いえ、正直に言います。思いました」

ことり「……」

海未「穂乃果と真姫の距離が近かった分、
    穂乃果とにこの距離に戸惑いを感じている、と言いたいのですね」

ことり「うん」

海未「確かに、私も……にこを擁護するような言い方をしていましたから」

ことり「……」

海未「真姫は拗ねているのですか?」

ことり「うん、そうだよ、きっと――」


……




―― 3日後:ボランティア部


「にゃー!」

ガッ


「あいたぁっ!?」

「だ、大丈夫?」

「うぅ……思いっきり引いたからダメージも大きいにゃ」クスン

「鍵かかってるから……ちょっと待ってて」

ガチャリ

 ガラガラ


凛「放課後に誰もいないなんて珍しいよね……?」

花陽「最近は、いつもこんな感じだけど……」

凛「ふぅん」

花陽「……やっぱり、今日も来てないよね……クロちゃん」

凛「かよちんの分もお茶淹れるね~」

花陽「あ、今日はわたしが……」

凛「うん?」

花陽「玄米茶を持ってきたの」

凛「……凛は遠慮するにゃ」

花陽「お、美味しいよ?」

凛「……」

花陽「……おいしいのに」


ガラガラ

穂乃果「開いてる……?」


花陽「こ、こんにちは」

凛「お邪魔してるにゃ~」

穂乃果「昨日の定例清掃、お疲れさま。ご褒美のまんじゅう!」

凛「わーい!」

花陽「いま、お茶を淹れます」

穂乃果「ありがとう」

凛「海未先輩たちは?」

穂乃果「すぐ来ると思うよ。にこちゃんも」

凛「なんだか久しぶりにゃ~」

花陽「そうだね……たった数日だけど……みんな集まらなかったから」

穂乃果「そして、特別ゲストー!」

凛花陽「「 ? 」」


希「やっほー」


凛花陽「「 希先輩! 」」

希「良いリアクションしてくれるやん」

凛「体調は大丈夫なんですか?」

希「平気平気~」

花陽「よかった……」

穂乃果「うんうん」

希「心配かけたようやね……」


ダダダダッ

にこ「希ッ!」


希「?」


にこ「だ、大丈夫なの?」

希「見ての通り~」

にこ「主将から……病院で見かけたって聞いて……」

希「ちょっとした診察やから。……主将も居たんやね」

穂乃果「軽い怪我をしたそうです。稽古にも全然問題は――」

にこ「来るなら来るって連絡しなさいよ!」

希「学校に来るだけやのに、わざわざにこっちに連絡を?」

にこ「そ、それは……そうだけど」

穂乃果「にこちゃん、とっても心配してたから」

にこ「ち、違うわよ。そんなんじゃなくて……、
   そう、先生に気に留めておくようにって言われてるだけよ」

穂乃果「さっき、走って来たよね。急いでたんだよね」

にこ「廊下で運動することもあるでしょ」

穂乃果「ないよ」


希「二人とも、昨日の定例清掃で1ヶ月の活動は終わりのはずやけど?」

凛「凛とかよちんは、かけもちで入部することにしました~」

花陽「よ、よろしくお願いします」

希「ふふ、そうなん」


にこ「部長として把握しておかなくちゃいけないから」

穂乃果「いい加減、素直になればいいのに」

にこ「勘違いしているようだけど、私は心配なんてしてなかったんだから」

穂乃果「元気になるって信じていたんだよね」

にこ「ちが……くないけど、なんなのよ、そのポジティブさは」

穂乃果「よかったね」

にこ「さぁ……?」

穂乃果「もぅ! どうしてそこでとぼけちゃうの!?」


海未「二人とも邪魔です」

ことり「中に入れないよ~」


穂乃果「あ、ごめん」

にこ「ことり、お茶を淹れてちょうだい」

ことり「はい、ただいま~」

花陽「あ、私が淹れます」

ことり「?」

花陽「玄米茶を持ってきたんです!」キラキラ

にこ「……あ、私はいいわ」

花陽「え?」

にこ「穂乃果に牛乳を持ってきてもらう約束だから」

穂乃果「初耳なんだけど……」


希「いつの間にか、名コンビになっとるみたいやなぁ」

海未「他の生徒達にも笑われています……」

希「それはそうと、真姫ちゃんは?」

ことり「あ……」

海未「……あれ?」

希「ん?」

ことり「……もぅ~」

スタスタ


凛「まんじゅう美味しいにゃ~」

にこ「もぐもぐ……やっぱり、お茶が欲しいわね」

花陽「わかりました」ガタ

にこ「玄米茶以外にないの?」

花陽「……おいしいのに」ションボリ


ことり「ほら、真姫ちゃん~」

真姫「あ、ちょっと……ことちゃんっ、引っ張らないでっ」


希「ん~? どうして恥ずかしそうなんやろなぁ~?」

にこ「もぐもぐ」

穂乃果「……」


真姫「えっと……っ」

海未「そこに座ってください」

真姫「う……うん」

希「全員揃ったね」

穂乃果「あ、でも……クロちゃんが最近、姿を見せなくて」

希「そこにおるよ。いつもの場所に」

穂乃果にこ「「 え? 」」


猫「……」


穂乃果「いつの間に!?」

花陽「さっきは居なかったよね、凛ちゃん?」

凛「うん、居なかった」モグモグ


にこ「まったく……あんたもいい加減ね」

猫「……」


希「真姫ちゃんはどうするん?」

真姫「……なに?」

希「この、ボランティア部のこと。吹奏楽部と合唱部で活動しとるんやろ?」

真姫「……」


穂乃果「……」


真姫「残る……つもりだけど――」


穂乃果「そっか」


真姫「あ……」


穂乃果「そっかそっかぁ! よかったー!」


海未「……」

ことり「……」


穂乃果「辞めるって言うのかと思ってヒヤヒヤしてたよー」

真姫「……そんなこと」

穂乃果「これから、楽しもうね、真姫」

真姫「あ――……うん」

穂乃果「それと、ごめんね。あまり構ってあげられなくて」

真姫「そ、そんなこと……べつに」

ことり「ね?」

真姫「あ、うん……こっちこそ、ごめん……なさい」

穂乃果「真姫……」


希「楽しくなりそうやな、にこっち?」

にこ「……さぁね」


穂乃果「よしっ、ボランティア部、全員揃ったところで、パーティだ!」

凛「賛成、だ!」

海未「うるさくしては駄目ですよ」

穂乃果「もぅ、お母さんみたいなこと言わないでよ~!」

花陽「あ、じゃあ、わたしがお茶を」

にこ「ことりぃ! あの煎茶はどこよぉ!?」

ことり「えっと……」

花陽「……おいしいのに」ウルウル

ことり「ごめんなさい、ちょっと切らしてて」

にこ「しょうがないわね」

花陽「あ、それじゃあ」

にこ「誰か、買い出し行って来なさい」

花陽「……」

凛「あぁっ、かよちんが今までにないダメージを受けてるにゃ!」

真姫「あなた、これ全部飲みなさいよ」

ドン

にこ「ポットごと!?」

穂乃果「まんじゅうだけじゃ足りないね」

希「そうやな、うちと真姫ちゃんとにこっちで買い出し行こか」

にこ「はぁ?」

真姫「……二人で充分でしょ」

希「それもそうやな。ほな、頼んだよ?」

にこ「……」

真姫「……」

希「ん?」

にこ「い、行くわよ、希」

希「最初からそのつもりやったのに~」

真姫「……」

穂乃果「ほら、真姫も行ってらっしゃい」

真姫「……どうして」

穂乃果「真姫が、ピアノの演奏で私を励ましてくれたように――」


海未「え――」

ことり「……!」


穂乃果「にこちゃんも私を元気にしてくれたんだよ」

真姫「ほのちゃん……?」

穂乃果「私……どうしてかわからないけど、テンションっていうのかな……」


穂乃果「気持ちがもの凄く落ちる時があるの」


にこ「え……?」

希「……」


穂乃果「寂しくて、胸にぽっかり穴が空いたような……、
     悲しくて……心が寒く冷えたような……気分になるの」


穂乃果「だけど……そんな時は、うみちゃんが話しかけてくれて、
      ことりちゃんに気分を明るくしてもらって」


穂乃果「真姫が、素敵な音を奏でてくれて」

真姫「……」

穂乃果「それと同じように、にこちゃんが楽しませてくれるの」


穂乃果「凛ちゃんと花陽ちゃん、希先輩……みんなが胸に空いたモノを埋めてくれるようで」


穂乃果「私……この部で、みんなと一緒で、楽しくてしょうがないんだ」


真姫「……」


穂乃果「だから、真姫も……にこちゃんと仲良くして欲しいって思う」

にこ「……」

真姫「……」

穂乃果「わがままだってことは、分かってるけど――」

真姫「――うん、わかった」

穂乃果「え?」

真姫「私に……何が出来るかわからないけど、ほのちゃんには笑っていて欲しいから」

穂乃果「真姫……!」

真姫「……行ってくるね」

穂乃果「うん、気をつけてね!」

にこ「というか、なんで部長の私が……」


希「ひょっとして、何か知ってるん?」

猫「……」


にこ「希、行くわよ」


希「話は後、やな」

猫「……」


穂乃果「希先輩が戻ってきて、クロちゃんも戻ってきた!」


穂乃果「今日はいい日だっ!」


凛「クロ猫はどうやって入ったのかな?」

花陽「動物だから、気配を消した……とか」

凛「なるほどにゃ」

花陽「……」

凛「この学校に入って良かったね、かよちん」

花陽「うん……よかった」


海未「無意識的に、あの表情をしているのだと思っていましたが……」

ことり「……自分でも気付いていたなんて」


猫「…………」



……




希「真姫ちゃん、そんなに離れないでこっちにおいで~」


真姫「べつに、ここでいいでしょ」


にこ「……のぞみ」

希「?」

にこ「その……助かった」

希「いろいろと、複雑そうやなぁ」

にこ「……なんか、事情を知ってそうね」

希「穂乃果ちゃんから、少し聞いてるから」

にこ「……」

希「ほんと、素直になれないんやね」

にこ「上級生でしょ、弱いとこなんてみせたくないわよ」

希「ま、それもにこっちやし、ええと思うけど」

にこ「……安心する」

希「え?」

にこ「希がいると、やっぱり安心できる」

希「……同い年やからね」

にこ「そういうことじゃなくて……、もういいわよ」

希「ふふ」


真姫「……」


……



穂乃果「えー、それでは、パーティの音頭を部長にとってもらいたいと思います」


にこ「えっと、よく分からない催し物だけど……」


にこ「この部は最初、希と、ネコのクロだけだったわ」


希「……」

猫「……」


にこ「私が入っても、大した変化は起きなかったけど」


穂乃果「……」


にこ「穂乃果が入部して少しずつ、この部は変わり始めた」


ことり「……」

海未「……」


にこ「ことり、海未が入って、大きく変わっていった」


真姫「……」

凛「……」

花陽「……」


にこ「そして、どういう縁かは分からないけど、
    新入生も入部して……8人が集まって、いま此処にいる」


にこ「これからも、もっとこの部は変化していく。ぼんやりしている暇はないわよ、花陽」

花陽「は、はい!」

希「……」

にこ「今思えば、希と二人だけで定例清掃に参加した日々は――」


希「かんぱーい!」

穂乃果ことり海未「「「 乾杯! 」」」

真姫「……」

凛花陽「「 かんぱーい 」」

にこ「ちょっとー! これからがいいところなのに!!」

穂乃果「長いよっ!」

海未「これはなんでしょうか……?」

ことり「人生……ふんだり蹴ったり菓子……?」

真姫「あの人が買ってみようって」

希「パーティ用のおもしろお菓子やな」

凛「えっと……9個のお菓子の中にそれぞれバラエティに富んだ味が隠されています」

花陽「どんな味かは食べてみてからのお楽しみ……?」


希「8人しかおらんのやけど」

穂乃果「9人目は――……クロちゃん?」

猫「……」フルフル

花陽「首を振って」

穂乃果「拒否した!」

希「にこっち、部長権限で二つ食べてええよ」

にこ「わーい、スリルがあって胸がドッキドキ☆」

穂乃果「じゃあ開けるね」

バサッ

にこ「って、冗談じゃないわよ!? ハズレの可能性が高くなるじゃない!」

真姫「私が止めたのに聞かないからよ」

穂乃果「今日のにこちゃん、テンションが高いよね」

海未「希先輩が居て、嬉しいのでしょう」


ことり「見た目は普通のマカロン? だね」

凛「もぐもぐ」

海未「もう食べてますね……度胸があります」

凛「っ!?」

真姫「ハズレ?」

凛「マシュマロが入ってたにゃ」

穂乃果「このお菓子の方向性がわからないね」

海未「選択の余地がある、今のうちにいただきましょう」

真姫「もぐもぐ」

穂乃果「真姫はどう?」

真姫「チョコクリーム、ね」

花陽「当たりだね」

海未「私のは……せんべいですか」

凛「反応に困るにゃ」

にこ「なんかもう、グダグダね」

希「うちは、虹色マカロン~」

ことり「わぁ、綺麗~」

海未「希先輩の中身だけが本格的ですね」

凛「かよちんは?」

花陽「抹茶だった」

にこ「からっ、辛いっ!」

ことり「にこちゃんのはハズレだね」

穂乃果「くんくん……甘くていい匂いだ。いただきま――」

にこ「……っ」サッ

穂乃果「あっ……ちょっと! 人の取らないでよ!」


にこ「弱肉強食よ」パクッ

真姫「その内、天罰がくだるわよ」

にこ「か、からっ、すっぱ……苦いっ」

希「早々に下ったようや」

にこ「舌が痺れてきたっ……みずっ、水!」

花陽「ど、どうぞ」

にこ「ごくごくっ――うっ、なにこれ、ドロドロしてるっ」

花陽「玄米ドリンクです」

にこ「なんでこんなの用意してんのよぉっ」

穂乃果「ふんだり蹴ったりだね」

真姫「自業自得よ」

凛「用意しておいてよかったね、かよちん」

花陽「あまり、喜ばれてないけど……」

ことり「お口直しにマカロンをどうぞ~」

海未「またですか?」

真姫「……7つしかない」

希「早い者勝ちやな」

サッ

にこ「ごくごく――……ふぅ、ただの水がこれほど美味しいなんて」

穂乃果「これは……!」

ことり「美味しい~♪」

海未「とろけるような恋のようですね」

真姫「うーちゃん、もしかして……?」

海未「いえっ、違いますよ!」

凛「うまうま」

花陽「おいしいっ♪」

にこ「ちょっと待って、みんな何を食べてんの?」

穂乃果「マカロン」

にこ「わ……私のは?」

凛「そっちに一つ余ってるにゃ」

にこ「これふんだり蹴ったりの方でしょ!」


希「楽しそうやな、にこっち」

猫「……」


希「うちも頑張らないと……」


……




―― 梅雨


凛「負けたにゃ~!」

穂乃果「ふふん」

海未「素人相手に手を抜くという考えはないようですね」

穂乃果「おばあちゃんだって、子供の私に手加減なんてしなかったんだから!」

にこ「じゃあ、次は私と勝負よ」

穂乃果「負けた方は、駅前のパン屋さんで限定一日10個の焼きそばパンを買ってくる」

にこ「臨むところよ!」


希「……けほっ」

猫「……」


……




―― 初夏


穂乃果「のど自慢大会に出ることになったんだ」

希「君たち、アクティブやね。ボランティア部、全員?」

穂乃果「そうです」

海未「……私は聞いていませんが?」

穂乃果「あ、……参加することになったからね」

海未「……」

ことり「全員って、8人で?」

穂乃果「そうだけど……。希先輩はどうですか?」

希「そうやな、思い出になりそうでええやん。……でも、うち……歌は得意じゃないんよ」

穂乃果「大丈夫です! 私も得意じゃありませんから!」

ことり「それは大丈夫って言わないよ~」

穂乃果「真姫と花陽ちゃんに歌い方を教わればいいんだよ」

ことり「……そうだね」

希「ふぅむ」

穂乃果「どうですか?」

希「うちより先に、説得するべき相手がいるんと違うかな?」

穂乃果「え?」


穂乃果「……えっと?」

ことり「あ……」


穂乃果「うみちゃんが居ない!?」


ガラガラ......ピシャ

タッタッタッタ......


ことり「走り去っていく足音が……」

穂乃果「逃げた!?」ガタッ

タッタッタ


ガラガラッ


「うみちゃ~ん!」

タッタッタ......



……




海未「嫌です! 人前で歌うなんてっ!」

穂乃果「ほ、ほら……旅の恥は掻き捨てっていうでしょ?」

海未「地元で何を言っているのですか!」

穂乃果「可愛い子には旅をさせよって――」

海未「私の指摘が耳に入らないのですか?」ズイッ

穂乃果「ち、近いよ……!」


希「にこっちはどう言うとるん?」

ことり「それが……」


ガラガラッ


にこ「さぁ、発声練習するわよー!」


ことり「と、ノリノリで」

希「なにか、裏がありそうやな」


海未「絶対に嫌です」

穂乃果「うみちゃんの歌声、綺麗なのになぁ」

海未「……」

穂乃果「みんなに聞いて欲しいって思ったんだけどなぁ」

海未「……本当に?」

穂乃果「うん!」

海未「……」

穂乃果「ね、参加しようよ」

海未「お断りします」

穂乃果「あれっ、心が揺れたように見えたんだけどっ!?」

にこ「なによ、まだ海未を落としてないわけ~?」

穂乃果「難攻不落なんだよぉ」

にこ「私に任せなさいって」


海未「……誰が何を言おうと私は参加しません」

にこ「いいから聞きなさい。のど自慢大会の優勝者には豪華賞品がプレゼントされるのよ」

海未「豪華賞品……ですか?」

にこ「そうよ。とても注目されてて、
   都内の強者たちが参加するとかしないとかもっぱらの噂よ」

希「……それはなんなん?」

海未「も、もしかして……北海道旅行とか……?」

穂乃果「あれ、心が揺れてる」

ことり「北海道に行きたいのかな……」

にこ「優勝者には……なんと!」

海未「……」ゴクリ

にこ「ジャラジャラジャラジャラ……」

海未「口ドラムはいいですから、さっさと言ってください」

にこ「どこでも歌えるカラオケマイクが贈呈されるのよー!」

海未「……」

希「……」

にこ「あまりにも衝撃的で声が出ないみたいね。だけど、驚くのはこれからよ。
   なんと、6万5000曲が内蔵された――」

海未「そろそろ剣道部の時間です。遅れないでください、穂乃果」ガタ

穂乃果「あ、うん……」

ことり「私もそろそろ……」

希「プレゼン、下手やな……にこっち」

にこ「どこでも歌えるなんてとっても魅力的じゃない。
   学校の屋上でも、中庭でも体育館でも、場所があれば問題ないわ」


ガラガラ......ピシャ


にこ「海でも山でも歌えちゃうのがいいわよね。ストレス解消に持ってこいよ」


にこ「まぁ、私にストレスなんて縁のないものなんだけど」


にこ「誰もが小さい頃から憧れてるアイテムの一つよね~」


にこ「あんた達が貸して欲しいってどうしても頼むのなら、一緒に歌ってあげてもいいけど――」


にこ「――って、誰もいないんかーい!」


……




―― のど自慢大会の日


凛「あ、あれ……? カラオケ大会じゃなかったの?」

花陽「……そうだよ?」

凛「どうして人がたくさん集まってるの?」

花陽「のど自慢だから……」

凛「えー!? 聞いてないにゃー!?」

花陽「わ、わたしも怖いけど……みんなと一緒なら」

凛「かよちんは人前で歌の練習してるから慣れてるだろうけど、凛は……!」

花陽「でも、全国大会に出場するんだから……」

凛「人の前で歌うのと走るのとでは全然違うよー!」

花陽「い、一緒に歌の練習したよね」

凛「あれは、合唱部で役立つのかと思って参加しただけだよ。
  凛は、のど自慢大会に出るって一言も聞いてないのに……」

花陽「凛ちゃん、歌上手だったよ?」

凛「そんなことないよ……」

花陽「真姫ちゃんも……褒めてた」

凛「……」

花陽「人前で何かをするって……勇気がいるよね」

凛「……」

花陽「凛ちゃんが陸上部で頑張ってるから……わたしも頑張ろうって思って……」

凛「…………」

花陽「本当に嫌なら――」

凛「ううん、凛も勇気を出すよ!」

花陽「凛ちゃん……」

凛「かよちんに負けないにゃ!」


にこ「意外とあっさり壁を乗り越えたわね」

真姫「あっさりなわけ無いでしょ。
    花陽の努力を知っている凛だからできることなのよ」

にこ「……相変わらず冷たい風を吹かせるわね」


希「頑張ってな、みんな」

海未「頑張ってください」

穂乃果「なんで海未ちゃんも応援側に回ってるの! こっちでしょ!」グイッ

海未「や、やっぱり無理ですっ」

穂乃果「うみちゃんの歌声、私すきだよ?」

海未「……」

穂乃果「芯のある強くて優しい声」

海未「……ほのか…」

穂乃果「だから、みんなに聞かせてあげようよ」

海未「……」


穂乃果「本当に嫌なら――」

海未「いやです」

穂乃果「あぅ」

海未「……どうなっても、知りませんからね」

穂乃果「うみちゃん!」ダキッ

海未「ちょ、ちょっと穂乃果!」

穂乃果「そんな勇気を出すところ、大好きだよっ」

海未「……もぅ……怖いんですからね」

穂乃果「私たちがいるから大丈夫だよ!」

ことり「想像以上の人が集まってる……」

希「そうやなぁ……」

猫「……」


にこ「優勝は私たちのものよー!」


……




カーン


 ワハハハハ

アハハハハ



……




―― 翌日:ボランティア部


にこ「……」ズドーン


希「お笑い枠にされてたね」

真姫「誰かさんが最初に外すから、審査員が勘違いしたのよ」

穂乃果「鐘一つ……」

凛「凛も外しちゃったから、勢いに任せたにゃ」

花陽「それも原因だね……」

海未「こうなると思っていました」

ことり「海未ちゃんは、そんなに気にしていないんだね」

海未「会場のお客さんを羊だと思えば、どうということはありません」

穂乃果「なぜ羊?」

ことり「ほら、ジンギスカンってラム肉を使った料理があるから」

穂乃果「?」

ことり「北海道の定番なんだよ」

穂乃果「そんなに北海道に行きたいの!?」


にこ「私の……カラオケマイク……っ」ズドーン

真姫「あの優勝者、やるわね」

花陽「うん、上手だった」

穂乃果「確か、鈴音って名前だった」

にこ「覚えてなさいよぉ……!」

海未「逆恨みですか」

ことり「思い出にはなった……かな?」


希「……ふぅ」

猫「にゃ?」

希「だいじょうぶ」


……



―― 午後:ボランティア部


希「夏がすぐそこやな……」

にこ「午前中で授業が終わるって開放感、たまんないわねー」

希「うん……」

にこ「今年の夏は、それとなく盛り上がってるわね、この学校」

希「……そうやなぁ」

にこ「私たち演劇部を筆頭に、剣道部、陸上部、合唱部……活躍が目覚ましいわ」

希「この力は、……なんやろな」チラッ


猫「……」スヤスヤ


希「……ふぅ」

にこ「ねぇ、のぞみ」

希「ん?」

にこ「どこか、出かける?」

希「どこか、って?」

にこ「映画とか、ショッピングとか?」

希「珍しいやん、そんな誘いなんて」

にこ「じっとしていられないっていうか。……せっかくだから、いいでしょ?」

希「うーん……、どこか行きたいところでもあるん?」

にこ「そういうわけじゃないけど。私と二人で出かけたことってないじゃない」

希「あるよ。山にピクニックへ行ったことが」

にこ「あの時はクロがいたでしょ。というか、自治会の集まりでしょ!」

希「そうやったな」

にこ「なによ、反応が鈍いわね……私とじゃ嫌なの?」

希「逆に、にこっちは積極的やな……どうしたん?」

にこ「だから、じっとしていられないのよ。なんか、胸がむず痒いっていうか」

希「……」

にこ「あぁ、もう! 『時間』がもったいないから、ほら、行くわよ!」ガタ

希「にこっち……」

にこ「?」

希「おいで」

にこ「なによ……?」


希「そのまま――」

にこ「?」


スルスル


にこ「ちょっと!?」

希「……」


にこ「な、なんでリボンを外すのよ!?」

希「ふふ、……ええから」


ぷちぷち


にこ「ちょちょちょ!?」

希「ボタン、かけ間違えてるよ」

にこ「え?」

希「そそっかしいなぁ」

にこ「……体育の時間に慌ててて……って! なにボタンまで外してんのよ!?」

希「うちが直してあげる」


ぷちぷち


にこ「脱がされてるようで恥ずかしいわよ……!」

希「ウブやなぁ……。Tシャツは着とるんやし、女の子同士やから平気やん?」

にこ「~~ッ!」

希「そんな、照れると……うちも恥ずかしくなってくるわぁ」


ぷちぷち


にこ「やぁぁ……っ」

希「動かないで」


にこ「……っ」

希「……ふぅ」

にこ「……?」

希「……にこっちの肌、白くて綺麗」

にこ「あ、あのね……そういうこと言わないでよ」

希「……」


ぷちぷち


にこ「ま、まだぁ?」

希「もうちょっと」

にこ「こういうところ、穂乃果に見られたら――」


ガラガラ


穂乃果「あっつぅー、もうすっかり夏だよねー」

海未「心頭滅却すれば火も――え」

ことり「――っ!?」


希「……」

にこ「ち、ちがっ!」


穂乃果「……」

海未「まさか、そう来るとは思いましませんでした」

ことり「い、いくらなんでもっ……場所を選んだほうがいいと……思うよっ!」


希「……」

にこ「待って、待って!」


穂乃果「クロちゃん、おいで」


猫「……」ピョン

シュタッ

猫「……」チラッ


にこ「……」


猫「……」

テッテッテ


にこ「なによ!?」


穂乃果「私たち……邪魔だったんだよね」

海未「それでは、ごきげんよう」

ことり「さ、さようならっ」

穂乃果「今まで楽しかったよ!」


ガラガラッ

ピシャッ


にこ「あ……あれ? お別れなの?」

希「はい、出来た」

にこ「あんたはあんたで続けてたわけ……?」

希「ふぅ……」

にこ「希……あんたまさか……」

希「追わんの?」

にこ「そ、そうだった!」

タッタッタ


ガラガラッ


「待ってよーっ!!」



希「…………」


希「はしゃぎすぎたかな……」


希「もうちょっと……一緒に居たかったのに……」


希「……はぁ……はぁっ」


希「みんなと……学校で……過ごして……っ」


希「……ッ」


希「…っはぁ……はぁっ……うぅ……っ」


……



穂乃果「だよねー」

にこ「あんた、さっきまで目を合わせてくれなかったじゃない」

穂乃果「もう、あの頃には戻れないんだなぁって思っちゃって」

ことり「あはは……」

にこ「……海未?」

海未「あ、えっと、空が綺麗ですネ」

にこ「なによその外国人ばりの発音!」


「にゃー!」


穂乃果「クロちゃん?」

にこ「部室からね」

海未「そういえば……」

ことり「いつの間にか居なくなってたね」


「にゃーー!!」


穂乃果「……!」ダッ

タッタッタ

にこ「穂乃果……?」

海未「ただ事ではない、という声です!」

ことり「え、え!?」


穂乃果「希先輩!」


希「――」


海未「ど、どうして寝て……?」

穂乃果「倒れたんだよ! 先生呼んできてッ!」

にこ「のぞみ……?」


穂乃果「はやく!!」


ことり「あ、うん!」

タッタッタ


にこ「な、なによ……これ……」

海未「ほ、ほのか……」


希「はぁ――はぁ――ッ」

穂乃果「凄い熱……」


猫「……」


……



―― 翌日:生徒会室


生徒会長「――そう」

穂乃果「……」

生徒会長「……わざわざ、報告……ありがとう」

穂乃果「いえ……」


生徒会長「…………」


副会長「書類の方、目を通しておいてください」

生徒会長「……ん」


穂乃果「それでは、失礼します」



―― 廊下


「高坂さん!」


穂乃果「?」

副会長「私からもお礼を言うわね」

穂乃果「……希先輩が伝えて欲しいって言われてたことを……言っただけです」

副会長「東條さんが……」

穂乃果「……」

副会長「生徒会長ね、東條さんのこととても心配していたの」

穂乃果「……はい。いつも……二人が話をしているところ、みていました」

副会長「あなた達、ボランティア部のように、仲良く……とはいかなくても、
     生徒会の中で、誰よりも信頼していたのね」

穂乃果「……」

副会長「書記という肩書だけど……実質、副会長のような働きをしてて」


副会長「二人とも、此処……東京では馴染みのないしゃべり方するでしょ?」

穂乃果「……はい」

副会長「だからかな、私たちには分からない、共通のナニカがあったんだと思う」

穂乃果「……」

副会長「高坂さんの報せを聞いて、今……相当ショックを受けているのよ」

穂乃果「……」

副会長「変なことを言うようだけど」

穂乃果「……?」

副会長「私たちの分まで……、えっと……うーん……上手く言えないわね」

穂乃果「大切な人ですから、また戻ってくるって、信じます」

副会長「うん。……私たち、生徒会も……東條さんが戻ってくるの待ってるって伝えてね」

穂乃果「……はい、必ず」


―― 2年生の教室


穂乃果「……あ」


凛「穂乃果先輩……」

花陽「……」

真姫「……」


穂乃果「今、ここでは話せないから……放課後に、部室でね」


……




―― 放課後:ボランティア部


穂乃果「元々、体の弱い体質だってことは知ってるよね」

凛「……うん」

穂乃果「球技大会が終わって、
     しばらく休んでたけど……その時は改善してたって」

花陽「……」

真姫「まだ、ちゃんと回復していなかったってこと?」

穂乃果「……うん。……平気だからって、家族の人にそう言ってたみたいで」

海未「……どうして、そんなことを」

穂乃果「…………」

ことり「それで、希先輩は……」

穂乃果「昨日、私が病院で聞いた話では――」


穂乃果「当分、学校には通えないだろうって」


ことり「え……」

海未「そんな……」

真姫「……当分って…」

凛「な、夏休みが終わったらまた逢えるにゃ!」

花陽「……っ」

穂乃果「うん、そうだよ。きっと」

ことり「……」

海未「……」

真姫「……あの人には?」

穂乃果「ううん、言ってない」

凛「そういえば、どうして居ないの?」

穂乃果「にこちゃんには、聞かせないほうがいいと思って」

花陽「どうして……?」

穂乃果「私がね、希先輩に……学校の状況を伝えてて……」

海未「……?」


穂乃果「その日にあったこととか、楽しかったこと、面白かったこと、……不安に思ってること」

ことり「……それって、もしかして」

穂乃果「うん。――真姫とにこちゃんのことも相談してた」

真姫「……!」

穂乃果「にこちゃんのこと、よく知ってる希先輩なら、どうするんだろうと思って」

花陽「……」

穂乃果「だけどね、……昨日、病院で……無理していたんじゃないかって話を聞いて……」


穂乃果「頼りすぎていたのかなぁって……」


海未「いえ、それは違いますよ」

穂乃果「……」

海未「確かに、希先輩がこの部室に顔を出したことで……ボランティア部はいつもの雰囲気に戻りました」


海未「穂乃果を中心とした、にこと真姫のわだかまりも……解消したと言っていいでしょう」


海未「ですが、希先輩が学校へ来たのは、希先輩自身の意志です」

穂乃果「……」

海未「その意志を、穂乃果が気に病むのは間違いですよ」

穂乃果「でも……私が……もっと真姫やにこちゃんに――」

海未「ほのか……、それを言ってしまったら、真姫やにこの行動を否定することになるんですよ?」

穂乃果「……!」

海未「ハッキリと言わせてもらいますけど――……真姫」

真姫「え……?」

海未「『あの時』のあなたの行いは、幼い子供、そのものでした」

真姫「――!」

ことり「……」

海未「ですが、それは穂乃果との間にある大切なモノがあるからこそです」


海未「それと同じく、にこにも思っていたことがあるはず」


穂乃果「あ――……」

海未「思い当たる節が?」

穂乃果「うん……ある」

海未「……『その時』、『その時』の行動をああすればよかった等と、
   思い返すのは意味の無い事だと私は思います」

穂乃果「……」

海未「さっも言いましたが、あなたは真姫の行動を否定するのですか?」

穂乃果「ううん、しない」

真姫「……」

穂乃果「もっと早くに……希先輩の様子に気づけなかったのかなって……思うけど」

ことり「今考えるのは、それじゃないんじゃないかな?」

穂乃果「え――?」


ガラガラッ


にこ「よしっ、みんな揃ってるわね!」

穂乃果「にこちゃん……?」

にこ「さぁ、やるわよ!」

凛「え?」

花陽「なにを……?」

にこ「まずは穂乃果!」ビシッ

穂乃果「はい!」

にこ「あんたと海未は剣道部でいい成績を……全国優勝しなさい!」

穂乃果「はい!」

海未「……?」

にこ「凛も陸上部で全国一位になるのよ!」

凛「にゃ?」

にこ「花陽と真姫も合唱部で頑張って一位!」

花陽「?」

真姫「待って、いきなりなんなの?」

にこ「ことりは私と演劇部で全国大会、最優秀賞よ!」

ことり「はい……?」

にこ「よし、完璧な指示だわ」

海未「あの、穂乃果以外の6人がよく分かっていないのですが」

にこ「まったく、鈍いわねぇ」

海未「……」

にこ「夏休みが終わって、学校に来た時に垂れ幕が下がってたら凄いでしょ」

ことり「スゴイです」

穂乃果「私たちで、その偉業を成し得ようってことだよ!」

にこ「そうよ」


真姫「どうしてよ」

にこ「……それは……その」

海未「なぜそこで口ごもるのですか」

凛「なぜ~?」

花陽「もしかして……希先輩のため……?」

にこ「近からず遠からずね」

穂乃果「ううん、ピンポイントだよ、花陽ちゃん」

にこ「……」

穂乃果「希先輩が戻ってきた時に驚かせよう!」


ことり「そういう意図だったんだね」

海未「にこと穂乃果は、思考回路が似ているところがありますね」


真姫「……」

凛「凛も、もっと頑張るにゃ!」

花陽「わ、わたしも……!」


にこ「……」


……




―― 夏休み前日:ボランティア部


にこ「合宿?」

穂乃果「うん。真姫のおかげで、海の合宿に行くんだ」

にこ「学校でやりなさいよ」

穂乃果「学校と海とじゃ、環境が全然違うよね」

にこ「……ことりも?」

ことり「はい、そうです」

にこ「……」

真姫「……なによ」

にこ「一人くらい空いてるでしょ?」

真姫「そんなことないわ」

にこ「みんなで全国へ行こうって誓ったわよね」

真姫「あなたが勝手に誓わせたんでしょ」

にこ「……」

凛「う~っ、海で合宿なんて、楽しみにゃ!」

花陽「り、凛ちゃんっ」

にこ「花陽はともかく、どうして凛まで……」

真姫「陸上部だから、ついでよ、ついで」

凛「頑張るよ~!」

にこ「わ、私一人だけ……お留守番……?」

真姫「そういうことね」


穂乃果「――真姫」

真姫「……」


……



―― 夏休み初日:西木野家別荘


花陽「ご、豪華な建物……」

凛「すっごいにゃ~!」

にこ「な、中々ね」

穂乃果「にこちゃんも、ちゃんと練習するんだよ?」

にこ「わかってるわよ。遊びに来たんじゃないんだから」


真姫「……どうして、いつもいつも……あの人ばっかり」

ことり「まぁまぁ」

海未「穂乃果に言われて断れる真姫でもありませんからね」


……




凛穂乃果にこ「「「 海だー! 」」」

テッテッテ


海未「あ、こらっ!」

花陽「えっと、買い出しは……?」

真姫「もう知らない」

主将「どうして矢澤がいるんだ?」

副主将「今更、何を言ってるのよ」

次鋒「みんな元気だなぁ……重圧とかないのかなぁ」


……



―― 夜:波打ち際


ザザーン

 ザザーン


にこ「……」


主将「びっくりした……こんなところにいたのか」

にこ「……ボンヤリしてただけよ」

主将「矢澤も料理できるのな」

にこ「……まぁね」

主将「どうした?」

にこ「……べつに」

主将「?」

副主将「主将、ミーティングをするから、こっちに」

主将「おう」

スタスタ

副主将「……」

スタスタ


にこ「……気を遣われたわね」



にこ「…………」


にこ「なんで……ここに居ないのよ……」


「にこちゃーん」


にこ「……こっちよ」


穂乃果「あぁ、いたいた。副主将が……」


にこ「なに?」

穂乃果「ううん、なんでもない。……独りでどうしたの?」

にこ「……月を見てた」

穂乃果「綺麗だね……、蒼白い光」

にこ「同じこと言ってる」

穂乃果「え?」

にこ「自治会の遠足があったって、言ったでしょ?」

穂乃果「うん」

にこ「その帰りにね、この月を見たのよ。……二人と一匹で」

穂乃果「……」

にこ「月の光を受けて……今にも消えそうな雰囲気で」

穂乃果「……」


にこ「綺麗な光……って」

穂乃果「……そっか」

にこ「……」

穂乃果「『今度は』……8人で来ようね」

にこ「『今度』って?」

穂乃果「いつの日か、必ずって意味」

にこ「……足りないけど」

穂乃果「じゃあ、訂正。8人と一匹で、一緒にいよう」

にこ「……あんた、年下なのに……よくわからない安心感があるわね」

穂乃果「初めて言われた」

にこ「念を押すようだけど、こんなこと他の人にいうんじゃないわよ?」

穂乃果「あ……もう、遅いかも」

にこ「え?」


花陽「そういえば、またクロちゃんが居ない……よね」

凛「うん、学校の周りにも居なかったよ」

海未「また、来なくなったのでしょうか」

ことり「もしかして、希先輩と一緒にいる……のかな?」

真姫「……」


にこ「――ッ!?」

穂乃果「あはは、みんな後ろにいたんだよねぇ」

にこ「今のは演技の一つなんだから、誤解しないでね」

海未「はい」

ことり「分かってます」

にこ「物分かりいいのがすごく嫌なんだけど」

凛「ふにゃぁぁ……ネムい」

花陽「明日もあるから、早く寝ようね」

真姫「…………」


……



―― 8月6日:東京駅


ガヤガヤ

 ガヤガヤ


穂乃果「なにかのイベントをやってるみたいだよ」

にこ「結構な人だかりね」

ことり「なにかな?」


「みんな~っ! きてくれてありがとね!」


穂乃果「あ……、テレビによく出てる子だ」

花陽「たしか、同い年だったはず……」

にこ「イベントねぇ……」

ことり「あまり興味なさそうだね」

にこ「まぁね。……知り合いに頑張ってる子がいるけど、辛いことばっかりで楽しそうじゃないのよね」

海未「知り合い……ですか」

にこ「ほら、のど自慢で優勝した子よ。あの後に会って、少し話をしたの。
   知名度が低いから、苦労してそうだったわ」

穂乃果「ふぅん……。やっぱり芸能界って大変なんだね」


「早く行かないと……」


どんっ


にこ「おっとっとと」

「あ、すいません。前をよく見ていませんでした」ペコリ


穂乃果「同じ髪型だ……」


にこ「こっちも前を見ていなかったから、気にしないでいいわよ」

「……はい。……それでは」

テッテッテ


にこ「……」

穂乃果「観光客かな?」


「どうした、私たちの縄張りへ入ってくるんじゃないって絡まれたか?」

「何を言っているんですか、ぶつかっただけです」

「本当に、何を言っているんだおまえは」

「いやぁ、東京って恐ろしいトコだって聞いてるからさぁ」

「それより、早く行きましょう。乗り遅れたら大変ですよ」

「そうだな。おバカな部長は置いていこう」


「都会は怖ぇなぁ、牛さ歩いてねぇべ、って……ちょっと待ってぇー!」


穂乃果「愉快な人達だね」

にこ「……そうね」

花陽「仲良さそうです」

にこ「私たちも移動しましょ。主将たちが待っているんでしょ?」

穂乃果「待ち合わせの時間よりまだ早いから、もう少しのんびりできるよ」

海未「そういえば……真姫と凛は?」

ことり「お手洗い」



「みんな待って~」

スッ

にこ「?」


「あ、あれ? 先に行ったと思ってたけど」

「お土産を買ってたの。雷おこし! 略してかみおこ~!」

「略し方、たぶん間違えてる」

「逆に都会で牛が歩いてたら、そっちのほうが怖いよなー」

「まだ言ってるのか。そんな事考えているお前のほうが怖い」


にこ「……」


にこ「私もそろそろ、この髪型を卒業したほうがいいのかもしれないわね」

穂乃果「そんなっ、そんなことしたらにこちゃんだと判別できなくなるよ!」

にこ「……」バサッ

花陽「解いちゃった……」

ことり「いまのは失礼だよ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「あはは、ごめんごめん」

にこ「……」

穂乃果「あ、ごめん! にこちゃんはにこちゃんだよ!」

にこ「ふん」プィッ

穂乃果「あぁっ、そっぽ向いた! 
     にこちゃんの好きなアイス、買ってあげるから機嫌直して~!」

にこ「うるさいわね。髪を解いたから、私はもうにこじゃないわよ」

穂乃果「あぁ……」

海未「へそを曲げてしまいましたね」

花陽「わ、わたしもアイス追加しちゃいます!」

にこ「……」チラ

穂乃果「アタリが出たら3本だよ!」

にこ「……」ソワソワ

穂乃果「もうちょっとだ……うみちゃんもフォローしてよ、お願い!」

海未「4本も食べるのですか、お腹を壊さないか心配です」

ことり「当たりは確実なんだね」


凛「お待たせしたにゃ」

真姫「どうして騒いでいるの?」

ことり「にこちゃんが……」

穂乃果「じゃあ、じゃあ……私のもう片方を結って~……」

にこ「?」

穂乃果「にこにこにーこ♪」

にこ「あんたバカじゃないの?」

穂乃果「」ピシッ

海未「石化しましたね……」

ことり「笑顔のままで……」

真姫「バカはないんじゃない?」ギロ

にこ「ふーんだ」


海未「あ、主将たちが来ましたよ」

ことり「穂乃果ちゃん~」ユサユサ

穂乃果「うぅ……結構なダメージが……ひどいよにこちゃん」


真姫「バカ」

にこ「バカとはなによ、バカ!」


凛「子供が二人いるにゃ」

花陽「……うん」

海未「今日から全国大会です。気を引き締めて行きますよ、穂乃果」

穂乃果「そうだね。一つ一つ、相手を見て……うん」


穂乃果「よぉっし!」


……



―― 8月31日:音ノ木坂学院



生徒会長「頑張ったんやね」

副会長「はい。吹奏楽部は全国とはなりませんでしたが、健闘していました」

生徒会長「……」

副会長「秋には合唱部と演劇部の全国コンクールがあります」

生徒会長「あと1年早ければ、何か変わっとったんやろか」

副会長「……それは、誰にも分からないことです」


凛「わぁー! ちゃんと用意してあるにゃー!」

穂乃果「本当だー!」


生徒会長「二人ともおめでとう」


穂乃果凛「「 ありがとうございます! 」」


副会長「陸上部、凛さんは全国三位。剣道部、全国制覇……」


凛「言い訳じゃないけど、あの時、頭痛がなかったら一位になってたのに……!」

穂乃果「三位でも凄いよ凛ちゃん!」


生徒会長「ウチは生徒会室に戻ってるわ」

副会長「わかりました」


生徒会長「……」

穂乃果「……?」


スタスタ......


凛「穂乃果先輩を見てたような?」

穂乃果「……」

副会長「ボランティア部に所属する生徒が活躍してるって、注目してるのね」

穂乃果「でも、なんだか寂しそうな表情でした……」

副会長「東條さんが、生徒会であなた達のことをよく話してたから……」

穂乃果「そうですか……」

凛「戻ってきたら、褒めてくれるよね?」

穂乃果「……うん!」


……



―― 9月中旬:ボランティア部


にこ「穂乃果と凛が頑張って誓いを守ったんだから、私も頑張らないとね……」

穂乃果「頑張るのはいいけど、楽しまないとだよ?」

にこ「全国経験者は言うことが違うわね」

穂乃果「なんていうのかな……私は、剣道部での活動も楽しかったから」

にこ「……」

穂乃果「主将に稽古つけてもらって……うみちゃんと本番さながらの練習試合をして……」
     みんなで合宿に行って。一つ一つの時間を、ちゃんと楽しんでた」

にこ「……」

穂乃果「にこちゃんは、演劇部楽しいでしょ?」

にこ「……そうね。……舞台に立って注目を浴びるのは楽しいかも」

穂乃果「うん。それが大事なんだよ、きっと」

にこ「……」

穂乃果「それで……入学希望者が増えて、
     廃校を阻止できたらもっと嬉しいなぁ、なんて」

にこ「欲張りねぇ」

穂乃果「だって、失いたくないもん」

にこ「……そうね」

穂乃果「……」

にこ「演劇部のみんなも、真剣に取り組んでるし、ことりも手伝ってくれてる」


にこ「やっぱり、参加して終わりじゃ嫌。……最優秀賞取らないとね」

穂乃果「頑張ってね!」

にこ「まぁ、ちょい役なんだけど」

穂乃果「希先輩もきっと応援してくれてるよ」

にこ「……」

穂乃果「希先輩、まだ……?」

にこ「うん……、出席日数が危なくなってきてるのに」

穂乃果「そうなんだ……。お見舞いには……?」

にこ「行ってない。……部活を優先しろって言うから」

穂乃果「……」


にこ「……」


……



―― 10月上旬:中庭


ピッピップ

にこ「……明日が本番だってのに……連絡もよこさないなんて」


『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』


にこ「え……?」


にこ「番号変えた……?」


にこ「う、嘘でしょ……?」


ピッピッピッピッ

ピップッピップップ


にこ「…………」


ピッ


にこ「……」


pipipipipipipi


にこ「……な、なによそれ!」


にこ「メールも送れないってどういうことよ……希ぃッ!」


……




―― 放課後:ボランティア部


穂乃果「ここにもいない……」


穂乃果「……」

ピッピッピ


trrrrrr


『はい』

穂乃果「部室にもいないよ」

『……そうですか。電話はかけてみましたか?』

穂乃果「何度かかけてるんだけど……」

『繋がるということは、どこかに置き忘れたか……或いは――』

穂乃果「……」

『出たくない、という意思表示かもしれません』


穂乃果「にこちゃん……何かあったのかな……」

『それは見つけてから聞きましょう』

穂乃果「そうだね……」

『あまり、悪い方向に考えないでくださいね』

穂乃果「うん……ありがとう、うみちゃん」

『いえ。こっちはことりと合流して一緒に探しますから』

穂乃果「うん。……お願い」


プツッ


穂乃果「もぅ……みんな心配して――」


pipipipipi


穂乃果「あ――! もしもし!」

『……』

穂乃果「どこに居るの、にこちゃん!」

『希の……家の前』

穂乃果「ど、どうして……?」

『見舞いよ、見舞い。……みんなから着信があったけど、なんなの?』

穂乃果「なんなのじゃないよ! 突然いなくなるからみんな心配してたんだよ!?」

『……そう。……悪かったわね』

穂乃果「……なにかあったの?」

『…………』


穂乃果「にこちゃん……?」

『ねぇ、穂乃果……』

穂乃果「な、なに?」

『とても辛いことがあったら、あんたならどうする?』

穂乃果「え――」

『……』

穂乃果「……」

『……聞かせて』

穂乃果「ことりちゃんが居る。うみちゃんが居る。真姫が居る」

『……』

穂乃果「凛ちゃん、花陽ちゃん……そして、にこちゃんが居る」

『……』

穂乃果「だから、乗り越えられる」

『……そう』

穂乃果「ね、にこちゃん、話を聞かせて?」

『……どうしてよ』

穂乃果「ふつうじゃないからだよ」

『……大丈夫だから』

穂乃果「大丈夫って声じゃないよ」

『ありがと、穂乃果』

穂乃果「ちょ、ちょっとにこちゃん?」

『今は独りでいたいから……。また、明日ね』

プツッ


穂乃果「にこちゃん!?」


ピッピッ


『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか――』


穂乃果「……!」


……



―― 夜:高坂邸


『まだ連絡が?』

穂乃果「うん……ずっと切ったままみたい……」

『……』

穂乃果「なにあったんだよね……」

『にこは、「また、明日」と言ったんですよね』

穂乃果「うん……」

『それなら大丈夫です。明日を待ちましょう』

穂乃果「……」

『その時に、心配させるなと、穂乃果が怒ってやればいいんです』

穂乃果「……そうだね」

『それでは、また明日』

穂乃果「うん、おやすみ」


プツッ


穂乃果「…………」


穂乃果「……なにが、あったんだろ」


猫「……」


穂乃果「気になって眠れそうにな――」


猫「……」


穂乃果「ネコ? ……あれ、クロちゃん?」


猫「私の声が聞こえますか?」


穂乃果「どこから入っ――……えっ!?」

猫「聞こえるようですね。意思の疎通を図ったわけではないのに」

穂乃果「ネコがしゃべった!?」

猫「『その時が来た』ということでしょうか――」


……



―― 翌日:ボランティア部


真姫「しょうがないわよ、ことちゃん」

ことり「……うん」


ガラガラ


花陽「あ、あれ……?」

凛「ことり先輩がいるにゃ」

ことり「いらっしゃい」

花陽「演劇部の応援に行ったはずでは……?」

ことり「うん、さっき戻ってきたんだよ」

花陽「そうですか……。あの、それで……」

真姫「残念な結果よ」

凛「残念……?」

ことり「にこちゃんが出られなくなったから、代役が入ったんだけどね……」

花陽「……」

凛「にこ先輩……、朝、見かけたのに……」

真姫「様子はどうだった?」

凛「話しかけられなかった……」

真姫「……そう」

ことり「……」

花陽「穂乃果先輩は……?」

ことり「……生徒会長と一緒に、理事長室へ」

凛「理事長室……?」

花陽「ど、どうして……?」

真姫「さぁね……」

ことり「……」


チクッ


ことり「――っ!」

真姫「ことちゃん……頭抑えてるけど……どうしたの?」

ことり「なんだろう、この痛み……」

真姫「風邪……?」

ことり「ううん、たまにチクッてするだけだから……平気だよ」

真姫「なにかあったら、すぐに言ってね?」

ことり「うん、ありがとう、真姫ちゃん」


ガラガラ


海未「……にこはまだ来ていないのですね」

真姫「あ……うーちゃん……」

ことり「穂乃果ちゃんは……?」

海未「少し、学校内を歩きたいと言っていました」

真姫「……どうして?」

海未「理事長との話にショックを受けているようでしたが……わかりません」

花陽「な、なにがあったのかな……」

ことり「話の内容って……海未ちゃんは?」

海未「知りません。理事長室に入ったのは穂乃果と生徒会長だけでしたから」

ことり「…………」

凛「わからないことだらけで、モヤモヤするにゃ……」

真姫「希先輩のこともあるし……」

ことり「……そうだよね」


ことり「……」

海未「……」

真姫「……」

凛「……」

花陽「……」


ガラガラッ


穂乃果「みんなお待たせー! にこちゃん捕まえてきたよ~!」


ことり海未「「 え――? 」」


にこ「ちょっと、離しなさいよ!」

穂乃果「離したら逃げちゃうでしょ」

にこ「今は、そっとしておいてってば!」

穂乃果「にこちゃん、ボランティア部の部長なんだから」

にこ「だからなによ」

穂乃果「ちゃんと、みんなに伝えなきゃ駄目だよ」

にこ「……っ」

穂乃果「みんな、心配してたんだからね」

にこ「……」


花陽「演劇部の舞台……どうして……」

にこ「悪いとは思ったけど……演技なんてできなかったから……」

海未「理由を聞いてもいいですか?」

にこ「……」


穂乃果「にこちゃん」

にこ「集中できないんだから、舞台に立ってもしょうがないじゃない」

真姫「なによ、それ」

にこ「今の私が――……演劇部として、中途半端な私が役をこなせられるわけ無いでしょ」

真姫「怖気づいたってこと?」

にこ「……そうよ」


穂乃果「どうして嘘をつくの!?」

にこ「……」

穂乃果「にこちゃん、言ってたよ! 舞台に立つの楽しいって!」

にこ「……っ」

穂乃果「なにかあったんでしょ、それなのにどうして教えてくれないの!?」

にこ「……ッ」

穂乃果「私たちを……もっと頼ってよ……!」

にこ「だって……嫌じゃない……こんな……情けない姿見せるのッ」

穂乃果「――!」


にこ「希――……引っ越して行ったわ……」


ことり「え――」

海未「な、なぜ……」

にこ「空気の綺麗な所で療養させるって……」

真姫「…………」

凛「そ、そんな……」

花陽「で、電話に繋がらないのは……!?」

にこ「解約したって……手紙が」

穂乃果「手紙……?」

にこ「生徒会宛に届けられたって……これ」


――

   東條希です。

   療養のため、通信機器は一時解約することにしました。

   せやから、手紙で伝えるね。


   いきなりやけど報告があって、事後報告になるんかな。

   うちは、休学することになりました。

   音ノ木坂学院へは通えなくなってしまったんよ。

   残念やけど、しばらくお別れになるね。

   うちは居なくなるけど、その分、穂乃果ちゃん達と高校生活楽しんで欲しい。

   また、手紙書きます。


―― 


穂乃果「……」

ことり「嘘……」

海未「そ、そんな……」

真姫「……文章、明るめだけど……」

凛「こんな別れ、嫌だよ……っ」

花陽「……っ」グスッ

にこ「まだ続きがあるから……」


穂乃果「……」


―― 

   うちな、とっても楽しかったんよ。

   毎日顔を出してくれる、ことりちゃん、海未ちゃん。

   賑やかにしてくれる、凛ちゃん、花陽ちゃん。

   真姫ちゃんは、いい刺激になってるみたいやし、

   なにより、穂乃果ちゃんがにこっちを変えていった。

   みんなが楽しそうにしてるだけで、嬉しかった。

   こんな気持になれたのは、にこっちが居てくれたからだと思う。

   だから、お礼を言うね。


   ありがとう、にこっち。

――


穂乃果「希先輩……っ!」

にこ「…………」


海未「……ことり」

ことり「……うん」

花陽「……」

凛「……」


真姫「……」

ことり「真姫ちゃん」

真姫「……うん」


海未「わたし達、少し外へ出ていますから」

ガラガラ


穂乃果「……」

にこ「なによ、それ……」

穂乃果「にこちゃん、辛そうにしてるから」

にこ「……」

穂乃果「……」


にこ「はぁ……。……――結局、ちゃんとしたマフラー渡せなかった」

穂乃果「……」

にこ「……お礼も言ってないし。……自分で自分が嫌になるわ」


穂乃果「……」


にこ「まったく……いつもいつも、自分のことは後回しで……人のために……」


にこ「そのせいで、――私のせいで」

穂乃果「自分を責めないで」

ギュウウ

にこ「――!」

穂乃果「きっと、誰も悪くないから」

にこ「違う、あんたはわかってない……」

穂乃果「にこちゃん、悪くないよ」

にこ「ううん……希は私のせいで体を悪くしたの……。
   万全じゃないのに学校に来て、此処へ様子を見に来てた」

穂乃果「……」

にこ「真姫とのことがあって、心配させてたからっ、無理して来たのよっ」

穂乃果「にこちゃんこそ、希先輩の事解ってないよ」

にこ「え――?」


ギュウウ


穂乃果「希先輩、此処に居たかったんだよ。
     にこちゃんが居て、みんなが居る、此処に……」

にこ「……っ」グスッ

穂乃果「無理してでも、『同じ時間』を過ごしたかったんだと思う」

にこ「……一緒に」ボロボロ

穂乃果「……」

にこ「一緒に……卒業したかったっ」ボロボロ

穂乃果「――うん」

にこ「一緒に、歩いて行きたかったのにっ」ボロボロ


穂乃果「私もだよ――」



穂乃果「だから――、私が『今を変える』」


にこ「ぐすっ……?」
   

穂乃果「クロちゃん、お願い」


にこ「え……?」


猫「……」ピョン


猫「最後の確認です。意志は揺らぎませんね」

穂乃果「うん。……だって、嫌だもん」

猫「……」

穂乃果「8人、みんなで、過ごしたい」


にこ「な、なに……?」


穂乃果「音ノ木坂学院は、廃校が決定したよ」


穂乃果「来年の新入生はいない。
     真姫、凛ちゃん、花陽ちゃん、1年生が卒業すると同時に廃校になる」


にこ「それじゃ……希は……、休学が長引けば……卒業……」


穂乃果「卒業できないかもしれない」


穂乃果「そんな不安が残る『未来』はいやだから」


穂乃果「だから、『今を変える』」


猫「……」


にこ「……どういうこと?」

穂乃果「クロちゃんの力を借りる」

にこ「……話が見えない」

穂乃果「やっぱり、ただのネコじゃなかったんだよ」


穂乃果「クロちゃん、お願いします」


猫「わかりました」


猫「先に伝えておくべきことは三つです」

穂乃果「?」


猫「一つ、――私の力はもう残り少ないということ」

穂乃果「あまり頼れないって意味?」

猫「そうです。余力が無いため、この先、願いを叶えるための確実な判断が必要になるということです」

穂乃果「……」


猫「二つ、――高坂穂乃果、あなたの直感を疑うこと」

穂乃果「疑う……?」

猫「まっすぐではなく、脇道へそれてください。それが『分岐点』なのです」

穂乃果「……」

猫「東條希のトラウマを消し去ることが、『今を変える』ことに繋がります」

穂乃果「……よくわからないけど、わかった」


猫「……」

穂乃果「もう一つは?」

猫「それは――、伝えません」

穂乃果「え?」

猫「『今』は伝えられません」

穂乃果「……」

猫「それでは、そこに座ってください」


穂乃果「……」


にこ「クロと話してるの……?」

穂乃果「うん。そうだよ」

にこ「……」

穂乃果「待っててね、にこちゃん」

にこ「……」



猫「高坂穂乃果」


穂乃果「…………」


猫「みらいで待っています」


穂乃果「――」


穂乃果「―」


穂乃果「」


「」


…………


………


……





―― 高坂穂乃果 小学5年生 ――



「遠足、えんそっく~♪」

「楽しそうだね、穂乃果ちゃん」

「楽しいよ~、あ、山だ!」

「本当だ、葉っぱが赤くて綺麗~♪」

「うぅ……」

「大丈夫、うみちゃん?」

「はい……」

「海未ちゃん、冷たい水だよ」

「ありがとうございます……」


「海未さんの体調は?」


「まだ気分が悪そうです」

「車酔いするなんて……意外ね」

「……すいません…先生」

「責めてるわけじゃないからね、……遠くを見てたほうがいいわよ」

「……はい」


「楽しくなれば気分もよくなるよ! よぉーし、カラオケだっ」

「穂乃果さんは元気ね~」


「ほら見て、海未ちゃん、あの山に行くんだよ」

「……はい。……楽しみで――……あれ?」

「どうしたの?」

「狸……?」

「あれは……ネコだね」


『ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る~♪』

「「「 鈴が鳴るー! 」」」

「盛り上がってるけど、クリスマスにはまだ早いのよ……穂乃果さん」


……




―― 山


穂乃果「山だっ!」


先生「穂乃果さん、私より先にバスから降りないでね」

穂乃果「は~い!」

先生「注意事項があるから、整列して待ってて」

穂乃果「せいれつ~!」

テッテッテ


海未「うぅ……」フラフラ

ことり「だいじょうぶ、海未ちゃん……?」

海未「はい……だいじょうぶです……」

ことり「あれ……、あのバスは……」


ブォォォォオオオン


先生「はーい、みんなこれから大切な話をするから、ちゃんと聞いてね~!」


男子1「なぁなぁ、おまえお菓子持ってきたか?」

男子2「もちろんだ、ほら」

男子1「おぉ~、って、おもちゃ付きじゃん! すっげ!」


先生「はい、没収~」


男子1.2「「 あぁー!? 」」


先生「話をちゃんと聞かない人はお菓子も没収しますからね~」


男子「……」

女子「……」


し ー ん


先生「ここから少し離れた場所に、神社があります。
    今はもう使われていないそうなんだけど、建物が老朽化していて――」

穂乃果「ろーきゅーか?」

先生「古いってことよ。危険だから近づかないようにね~!」

男子3「面白そうだな」

男子4「よし、度胸試しだな」

先生「はい、リュックサック没収~!」

男子3.4「「 えぇー!? 」」

先生「お弁当食べたかったら、先生と一緒にいましょうね」

男子3「行かないから、神社に行かないから!」


先生「みんな、わかったかなー?」


生徒たち「「「 わかりました! 」」」

先生「うん、いい返事ね」


海未「穂乃果さん……」

ことり「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「い、行かないよっ」


先生「それともう一つ、別の学校の生徒たちも遠足に来てるから、
    会ったらちゃんと挨拶をして仲良くするのよ~?」


女子1「あれだよね?」

女子2「そうみたい……」

女子1「何年生だろ……」

穂乃果「6年生だね」

ことり「どうして分かるの?」

穂乃果「勘だよ」

海未「少し、頭も痛い……」


先生「みんな、返事がないわね~?」

生徒たち「「「 はい、わかりました! 」」」

先生「それじゃ、少し休憩してから湖に出発しま~す」

生徒たち「「「 はい、わかりました! 」」」


運転手「神社の件、伝えないほうがよかったのではありませんか……?」

先生「そうですね、好奇心を煽ったみたいになりましたから。
    ですけど……昨日、変の夢をみまして」

運転手「夢……?」

先生「古い神社に迷い込む生徒たちの夢です。
    これはきっと、神の啓示なのではないかと――」


……



―― お昼:憩いの場


穂乃果「きんぴらごぼうがうまいっ」

ことり「あ……天気が悪くなってきたみたい……」

海未「本当ですね……。あ、ことりさん……ほっぺたにご飯粒が」

ことり「え、どこかな?」

海未「取りますから、ジッとしててください」

穂乃果「ごちそうさまっ!」


ガサガサ


穂乃果「キツネだっ!」

ことり「ありがとう、海未ちゃん~」

海未「いえ……これくらい……って、穂乃果さんっ!?」


穂乃果「キツネだよ!」

タッタッタ

海未「エキノコックスという怖い寄生虫がいるんですよ、触ってはダメですぅ!」

ことり「……それは北海道のキツネじゃなかったかなぁ?」


シトシト


穂乃果「あ、雨だ……」


ことり「集合場所に戻ったほうがいいよね?」

海未「……そうですね」


穂乃果「キツネの嫁入りだっ!」


……




―― 集合場所


シトシト


ことり「止まないね……」

穂乃果「もぅ! どうして降るの!?」

海未「私に言われても困ります……」


先生「山の天候は変わりやすいっていうけど……せっかくの遠足日に降らなくてもいいのにねぇ」


ことり「真姫ちゃんも一緒に来られたらよかったね」

穂乃果「うん! あーもう! どうして違う学校なんだろう!」

海未「あ、誰か来ますよ……」


......タッタッタ

「すいません~!」


先生「他校の……?」


「私、佐士巣瀬小学校の者ですが」

先生「はい……」

佐士巣瀬「うちの生徒、みかけませんでしたか?」

先生「いえ、こっちでは見ていませんが……」

佐士巣瀬「そうですか……」

先生「穂乃果さん達は、見た?」

穂乃果ことり海未「「「 いいえ 」」」

先生「綺麗にハモったわね。……見当たらないのは何人ですか?」

佐士巣瀬「一人です。生徒の名は――東條希さん」

穂乃果「……?」

先生「わかりました。うちの生徒たちにも聞いてみます」

佐士巣瀬「手間かけてすいません」

先生「いいえ、こういう時はお互い様ですよ」

佐士巣瀬「特徴は、髪を二つにまとめて下げている子なので、すぐにわかるかと」

先生「わかりました」

佐士巣瀬「何かありましたら連絡をお願いします!」

タッタッタ......

先生「ということだから、先生、みんなに聞いてくるわね」

ことり「は~い」

海未「雲がどんよりしています……」

穂乃果「……」

ことり「穂乃果ちゃん……?」

穂乃果「独りでいるのかな……」

海未「……?」

穂乃果「……ちょっと探してこようかな?」


……




ザァーー


男子1「うわっ」

女子8「雨が!」

先生「ちょっと早いけど、今日はもう帰りましょうか」


生徒たち「「「 えぇー!? 」」」


先生「だって、しょうがないじゃない」

男子6「全然遊んでないのにー!」

男子12「そうだそうだー!」

先生「じゃあ、ちょっとだけ待ちます。さ、みんなはバスに乗って雨宿りよ」

男子8「嘘だ! みんなが乗ったら出発する気だ!」

男子4「だまされないぞー!!」

男子7「俺は乗らないぞぉぉぉおお!!」

女子2「男子しずかにして!」

先生「あれ、穂乃果さんは?」

海未「え、えっと……」

ことり「その……」

先生「……?」



―― 同時刻:山の中


穂乃果「あれ……ここはどこ?」



―― バス停留所


先生「穂乃果さんも迷子!?」

海未「は、はぃ……」

男子14「いーけないんだ、いけないんだー! 高坂はみんなに迷惑――」

女子4「男子うるさいっ」

ドゴッ

男子14「ぐはっ」

男子8「やべえ、回し蹴りやべえ!」


先生「東條さんを探しに……?」

海未「……はぃ」

ことり「穂乃果ちゃん……」



―― 山の中


穂乃果「えっと……真っ直ぐに進むか……左に曲がるか……どうしよ」



穂乃果「よし、ここを真っ直ぐだね!」

テッテッテ


「にゃー」


穂乃果「ん?」


猫「にゃー!」


穂乃果「おぉ、ネコちゃん!」

猫「……」

穂乃果「あなたも迷子……?」


ザァーーー

ピカッ


穂乃果「うわっ、光った!」

猫「にゃー」

テッテッテ

穂乃果「あ、ネコちゃん!」


穂乃果「付いて行けばいいのかな……?」


ゴロゴロゴロ


穂乃果「雷だっ! ま、待ってよー!」

タッタッタ



―― バス停留所


海未「……」

ことり「……」

女子7「二人とも、乗らないの?」

海未「……ここで待ってます」

ことり「ことりも、探してくる……」

テッテッテ

海未「ことりさん! 危ないですよ、待ってください!」

テッテッテ


運転手「あ、駄目だ!」


女子2「あぁ……二人とも……」

女子5「先生に動くなって言われてるのに……」

女子2「……どうしよう」

女子5「待ってるしかないよ……」

ハンサム男子「なんだってぇ、南さんと園田さんがっ!?」

ボス男子「あぁ、さっき走って行ったぜ」

ハンサム男子「女子を危険な目に遭わせるわけにはいかない!」ガタッ

女子たち「「 きゃーかっこいー 」」

ボス男子「俺も付き合うぜ」

ハンサム男子「心配はいらない。僕は空手を習っているんだから」

ボス男子「こんな面白いこと、おまえだけにさせるかよ」


運転手「……」


ウィーン バタン


ボス男子「しまった!」

ハンサム男子「扉がっ!」


運転手「これ以上、生徒たちを降ろすわけにはいかない」


……




―― 神社


猫「にゃー」

穂乃果「……ここ、行っちゃ駄目だって言われてるとこだよね」

猫「……」

テッテッテ


穂乃果「中に入っちゃった……」


「けほっ……けほッ」


穂乃果「誰か居る……」



―― 山の中


犬「ガルルルル」


ことり「きゃっ」

海未「ことりさんっ!」


猫「……――」スゥ


犬「っ!?」


猫「……」


犬「バウバウッ! バウバウッ!!」


ことり「こ、怖いよぉ!」

海未「うぅ……っ」


猫「……」チョンチョン


海未「え、ネコ……?」

猫「……」スッ

コロンコロン


海未「木の枝……?」

猫「にゃー」

海未「……」


犬「バウバウ!」


ことり「ひっ!」


海未「ことりさんから――……ことりから離れなさい! 私が相手です!」

犬「ガルルルル!」

海未「……」

犬「ガルルル……」

海未「…………」

犬「クゥーン……」

海未「そこをどいてください」

犬「きゃいんきゃいん!」

テッテッテ

海未「……何もしていないのに、あの怯えよう……?」

ことり「ありがとうっ、海未ちゃんっ」ガバッ

海未「わっ!」


猫「……」


……



―― 神社


「……っ……ッ」

穂乃果「ど、どうしよ……」

「っはぁ……はぁ……ッ」

穂乃果「だ、大丈夫だからね!」

「く……っ……はぁッ……っぅ」

穂乃果「うぅ……!」


穂乃果「そうだ……!」


「はぁっ……はぁッ」


穂乃果「お願いです、神様。この人を――……東條希さんを助けて下さい」


希「ッ……っ……ぅっ……」


穂乃果「辛そうにしているんです、お願いですから助けてください!」


ピカッ


ゴロゴロゴロゴロ



希「……どう……して……」


穂乃果「助けてください神様!」


......タッタッタ


ギイィィ


ことり「穂乃果ちゃん!」

海未「穂乃果!」


穂乃果「あ――!」



………


……




―― 高坂穂乃果 高校2年生 ――



穂乃果「すやすや」


「よく寝ていますね……」


穂乃果「……ん…」


「起きてください、ほのか」


穂乃果「……ん……ん?」


「コタツだからといって油断していると風邪をひきますよ」


穂乃果「……あっ」


「?」


穂乃果「……うみ……ちゃんッ!」


海未「はい、私ですが……?」


穂乃果「……あれ? ここはどこ?」

海未「部室です」

穂乃果「うん?」

海未「寝ぼけているようですね……」


「うぅん……海未ちゃん……」

ギュウウ

「くる…し……っ」


海未「……」

穂乃果「それは真姫だよ、ことりちゃん」


ことり「ふ…ぇ……?」

真姫「う……うん……ん……」

ことり「……」

真姫「……う……うぅ」


海未「うなされていますね……」

穂乃果「真姫も寝るなんて……珍しいね」

海未「……そうですね」


ことり「ま、いっか♪」

ギュウウウ

真姫「ん……んん……っ」


穂乃果「ふぁぁぁ……」

海未「ほら、ちゃんと毛布をかけないと」

ファサ

穂乃果「ありがと……」

海未「コタツは人を駄目にするといいますが……本当ですね」

「人がコタツを駄目にしているように見えますが」

海未「文明に頼りすぎということですか……言い得て妙ですね」

穂乃果「ん?」


ガラガラッ

「こったつにゃ~♪」

「こ、こんにちは」


穂乃果「あ、凛ちゃんに花陽ちゃん……部活は?」

凛「今日は雨が降りそうだから、お休みになりました~。あったか~い!」

花陽「合唱部の今年の活動終わってるから……」

穂乃果「あ、そうなんだ」

海未「降っている雨が雪に変わりそうな寒さですね……」


ことり「でも、ここはあったかい♪」

ギュウ

真姫「う……ぅぅ……ん……」


花陽「うなされてる……」

凛「すやすや」

花陽「もう寝ちゃったの!?」


海未「ネコはコタツで丸くなるといいますからね」

「……」

海未「あなたは丸くならないのですか?」

「いいえ」

穂乃果「ねぇ、うみちゃん……誰と話をしてるの?」

海未「え?」

穂乃果「にこちゃんの声じゃないよね……」

海未「昨日の今日でもう忘れてしまったのですか!?」

穂乃果「?」


ガラガラッ


「うぅっ、寒い寒い!」


凛「誰かさんの……小芝居……みたいに……寒い……にゃ」ムニャムニャ

海未「上手い例えですね」

「なんか言った?」

凛「すぅすぅ」

花陽「今の寝言だったの!?」

穂乃果「あ、ついでにココア淹れてほしいな、にこちゃん♪」

にこ「もうここまで来たから無理よ、自分でやりなさい……って、なにしてんのあんた達」

ことり「真姫ちゃんあったかくて」

真姫「ん……んん……ぅ」

にこ「悪夢見てるって表情してるけど……。ことり、お茶をお願い」

ことり「もうちょっとぉ~♪」

ギュウ

真姫「ぅ……だめ……髪の毛が……離れない……っ」

穂乃果「愉快な夢を見てるんだね」

海未「愉快というか、ホラーのようですが」

にこ「どんな夢よ……」

スッ

にこ「はぁ、あったかぁい」

穂乃果「にこちゃん、演劇部は?」

にこ「今日は休み」ゴロン

穂乃果「さっそく寝た!」

海未「やはり……コタツは撤去したほうが良さそうですね……」

にこ「それはダメよ。部長として認めないわ」ゴロゴロ

海未「威厳が少しも見当たらないのですが」


にこ「……ちょっと」

「なんですか?」

にこ「くすぐったいから少し離れてくれない?」

海未「あなたが後から来たのですよ?」

にこ「ひっくしゅっ!」

「――!」

にこ「ほらみなさい」

「わかりました」クシクシ


穂乃果「ねぇ、誰と話してるの……?」

海未「ネコですよ」

穂乃果「うみちゃんがおかしくなった」

猫「私です」

穂乃果「本当だ、ネコがしゃべって……ネコがしゃべった!?」


凛「うんん……静かにしてほしいにゃ」

花陽「だめだよ、寝るために集まったわけじゃないんだから」


真姫「うん……ん……ことちゃん?」

ことり「すぅ……すぅ……」

ギュウウ

真姫「どうしてぇ!?」 


にこ「真姫、うるさいわよ」


凛「もぅ、うるさいにゃぁ」


海未「……話をする気はなさそうですね」

猫「何か当てはありましたでしょうか」

海未「いいえ、さっぱりです」

猫「そうですか……」


穂乃果「うみちゃんが……猫ちゃんと普通に話をしてる……!」

花陽「……穂乃果先輩、どうしてびっくりしているんですか?」

穂乃果「驚くよ! だって、ネコがしゃべっているんだヨ!?」


にこ「今、ちょっと外国人風なしゃべり方しなかった?」

凛「したよねぇ」


猫「来たようですね」

海未「?」


穂乃果「えぇ……どうしてみんな普通に受け入れてるの?」


ガラガラ


「お邪魔~」


穂乃果「あ――……」

「みんな、のんびりくつろいでるね」


穂乃果「――希ちゃん」


希「うちも入らせてもらうわ~」



にこ「こっち、こっちが空いてるわよ」

希「穂乃果ちゃんの周りは埋まってしまってるようやね」

花陽「代わりますか?」

希「うん、ありがと――」

にこ「ちょっと!? こっちが空いてるって言ったでしょ!」

希「あ、にこっちが寂しそうやから」

花陽「……そうですか」

にこ「誰が寂しがってるのよ」

希「にこっち」

にこ「わざわざ花陽をどかせる意味ないでしょって言ってんの!」


穂乃果「それで、あなたは誰?」

猫「そうですね、私の正体を説明するのは難しいことです」

穂乃果「ふぅん……」

海未「ほら、ことりも目を覚まして」

ことり「う…ん……?」

真姫「ふぅ……やっと離してくれた」

にこ「真姫、お茶を淹れてちょうだい」

真姫「嫌よ」

にこ「つめたいっ!」

真姫「あなたね、髪を切りなさいよ。迷惑よ迷惑」

にこ「誰に迷惑をかけたっていうのよ?」

真姫「夢の中で、私に巻き付いてたでしょ」

にこ「なにを言ってるのこの子……」

花陽「巻き付いてた……真姫ちゃんだけに」

希「……」スッ

凛「かよちん! 希先輩が手をワキワキさせながら近付いてるにゃ!」

花陽「ひゃっ!?」

希「気づかれたか……可愛いこと言ってるからワシワシしよう思ったんやけど」

にこ「下級生いじめるのやめなさいよね~」

真姫「いつ切るの?」

にこ「切らないわよ!」


海未「はぁ……話ができません……」

穂乃果「話って……?」

猫「昨日、話したと思いますが」

穂乃果「えっと……ごめん、覚えてないや」

海未「夢だと思っていたのでしょうね……」

穂乃果「あはは……正解」

ことり「猫ちゃんがしゃべるなんて、現実的じゃないよね」


猫「わかりました。今まで話したことを踏まえた上で、
  私の願いをお伝えしましょう」


花陽「凛ちゃん、起きて」

凛「むぅ……せっかくの休みなのにぃ」


希「にこっちも起きな」

にこ「聞いてるから、このままでいいわよ」


ことり「昨日のおさらいをしている間、お茶を淹れますね」

海未「私も手伝います」

真姫「ほのちゃん、なにがいい?」

穂乃果「えっと……それじゃ、ココアで」

真姫「うん」

にこ「私もココアで」

真姫「お茶って言ってたでしょ」

スタスタ

にこ「……つれない子ね、ほんと」


希「うちは、いい情報を手に入れたんよ」

猫「期待しています」

穂乃果「いい情報?」

希「音ノ木坂学院を廃校から救う方法やな」

穂乃果「……」

猫「8人目、東條希が仲間になっても、廃校を回避することはできませんでした」

穂乃果「……8人目?」

猫「2人目、――南ことり

  3人目、――園田海未

  4人目、――西木野真姫」


凛「ふむふむ」

花陽「順番があったんだね」


猫「5人目、――星空凛

  6人目、――小泉花陽」


にこ「順番って言われてもピンとこないわね」

希「うちは、なんとなくわかる気がする」


猫「7人目、――矢澤にこ

  そして、8人目――東條希」


穂乃果「…………」

猫「高坂穂乃果、貴女の仲間が増えていく毎に、
  この学校への想いは強まり、力が蓄えられていました」


穂乃果「チカラ?」

猫「想いのチカラ。私の願いを叶えるために必要な力です」

希「その願いを聞く前に、何が足りないのか伝えたほうがいいね」

穂乃果「足りないもの……?」

猫「高坂穂乃果、貴女の願いはこの学校を守ること」

穂乃果「……うん」

猫「しかし、8人の仲間でも、その願いは届いていません」


猫「『この時間』でも、全国制覇をした、高坂穂乃果、園田海未の所属する剣道部」


猫「陸上部、全国大会で上位入賞を果たした星空凛」

凛「頑張ったにゃ!」

希「誰にでもできることじゃないんよ、凛ちゃん」

凛「あ――、うんっ!」

希「会場で見てて、とても勇気がもらえた」

凛「うぅっ、希先輩に褒められるとくすぐったいにゃぁ」

希「ふふ、えらいえらい」ナデナデ

凛「ふにゃぁぁ」


猫「上位入賞は逃しましたが、特別賞を獲得した、南ことりと矢澤にこが所属する演劇部」

にこ「褒めて」

希「偉い偉い」

にこ「凛とは違って、この雑な感じ」


猫「全国コンクールで賞を逃しましたが、特別合唱団に選ばれた、西木野真姫、小泉花陽」

花陽「あ、あの時は緊張したよぉ……」

真姫「私は演奏だけだけど……。はい、ほのちゃんのココア」コト

穂乃果「……花陽ちゃんと二人で、とてもいい音楽を聞かせてくれたよ」

真姫「あ――……」

穂乃果「素敵な音楽だった」

真姫「……うん。ありがとう、ほのちゃん」

穂乃果「お礼を言うのはこっちだよ」

真姫「……っ」

穂乃果「頑張ってたのも知ってるから」ナデナデ

真姫「ほ、ほのちゃんっ、みんながいるのにっ」

にこ「にこも褒めてあげる」ナデナデ

真姫「ちょっと、やめて?」

にこ「この温度差、温度差!!」

穂乃果「脈絡のないことするから」

花陽「にこちゃんの好感度が低いのはどうしてかな……」

希「穂乃果ちゃんとにこっち、たまに仲良くしてるからね」

花陽「あ……なるほど」


猫「話を続けます。それらの部活動を陰から支えた生徒会」

希「……」


猫「注目を集めたにもかかわらず、それでも入学希望者が増えることはありませんでした」

穂乃果「……うん」

猫「その足りないものは何か。……それを考えて欲しかったのです」

穂乃果「……そっか。……わかった」

凛「凛は考えるのに~がて!」

花陽「考えること止めちゃダメだよっ」

海未「どうぞ、饅頭です」

穂乃果「……ありがと」

海未「どうしました?」

穂乃果「……話を聞いてて思ったんだけどね……」


ことり「どうぞ~」コト

希「ありがとう~」


真姫「ほら」コト

にこ「ありがとう、にこ☆ ……って、なんかドロドロしてない?」

真姫「花陽が持って来た、玄米ドリンクよ」

にこ「ねぇ、これって嫌がらせよね?」


凛「甘くてあったかいにゃ~」

花陽「……うん……あったかい」


穂乃果「――遅いのかなって」

海未「遅い?」

穂乃果「うん……1年早ければ……もっと大きく変化していたんじゃないかって」

ことり「大きな変化って……?」

穂乃果「例えば、私とうみちゃんが1年生の時に全国制覇していたら、
     音ノ木坂学院の知名度はもっと維持できるよね」

凛「ん~?」

希「全国制覇して、廃校が決定するまでの時間が短すぎるってことやんな」

海未「私たちが1年生の時に全国制覇ですか……。それは可能なのですか?」

猫「不可能です」

にこ「言い切ったわね……ごくごく」

穂乃果「どうして?」

猫「高坂穂乃果、貴女の剣士としての成長が全国制覇の鍵となりますが、
  剣道を始める時期を早めたとしても、それだけでは全国制覇には届きません」

海未「……」

猫「『今のこの時間』……主将と副主将の役割が大きいからです」

穂乃果「……そうだね。……主将の全勝と」

海未「副主将の縁の下の力持ち……二人は剣道部にとって必要不可欠です」


猫「こういったことが複雑に絡み合い、
  高坂穂乃果が高校2年生である『今の時間』がとても重要になるのです」

花陽「……」

猫「1年生である、貴女方も重要ですから」

凛「重要って、そんな、照れるにゃ」

真姫「楽天的ね、凛は」

凛「えへへ」

真姫「褒めてない」

にこ「ごくごく……ドロドロしてるけど……意外と……?」


ことり「……部活以外で……なにか方法はないのかな?」


猫「高坂穂乃果を中心として行動を起こすことが必要ですから、それは難しいかと」

穂乃果「私……?」

猫「私の声が聞こえるのは、貴女だけでしたから」

穂乃果「どういう意味?」

猫「全ての時間を改変することが出来るのは、貴女だけだということです」

にこ「私は?」

猫「違います」

にこ「即否定されたわ」

真姫「そうね……、私も……ほのちゃんが居なければ……ピアノを続けれられなかった」

希「うちもやな。……穂乃果ちゃんが『あの時』助けてくれなかったら……此処には居なかったかも」

ことり「私も。お母さんを説得してくれたの、穂乃果ちゃんだから」

海未「ことりが居なければ……私はどうしていたのでしょうか……」


花陽凛「「 あれ……? 」」

猫「どうしました?」

凛「凛とかよちんは……穂乃果先輩とあまり関わってない……?」

花陽「……と思う」

猫「西木野真姫、矢澤にこ、東條希がいなければ、貴女方は此処には居られなかったでしょう」

真姫「なんか、無理やり話を繋げているみたいだけど」


猫「星空凛、小泉花陽。二人の『分岐点』が非常に困難でした」

凛花陽「「 ? 」」

猫「先ほど挙げた3名の繋がりが重要になるからです」

凛「よく分からないよ」

花陽「……うん」


猫「高坂穂乃果の想い――それは信念にも通じるものがあります」

穂乃果「……」


猫「信念は恐怖や愛と同じく受け入れるしかないもの。

  相対性理論や不確定性原理を理解し、受け入れるように

  信念は人生の航路を決定づけます」


凛「にゃ?」

にこ「早退生……?」


猫「星空凛、小泉花陽の人生は今とは違う、別の方向へ向かっていました。

  それが、高坂穂乃果と出会うことで別の方向へ向かいます。

  先日までの二人なら、決して行うことはなかったであろう行動があったはず」


花陽「……うん……あった」


猫「時間や空間さえ変えてしまうこれらの力は人の将来像まで変えてしまいます。

  その力は人が生まれる前から存在し、死後も消えることはありません。

  貴女方の人生や選択は量子の奇跡ごとに、瞬間毎に意味づけられます」


希「……」


猫「人生が交差する瞬間
  
  それぞれの出会いが新たな方向を指し示すのです」


穂乃果「…………」

ことり「……」

海未「……」


真姫「ふぅん……」

凛「出会いが人生を変えるってことだよね」

花陽「……うん」


にこ「ということは、穂乃果が居なければ……
    このボランティア部でコタツに温まっている時間はなかったってことよね?」

猫「はい」

ことり「なるほどです」

希「それだけじゃないよ。
  うちら8人が揃ったのは意味があって、これからも変化が起こせるってことやな」

猫「重要な手がかりを見つけたようですね」

希「確認なんやけど、『現時点』で行き詰まってるってことでええんやな?」

猫「はい」

穂乃果「行き詰まってるって?」

海未「そこまで忘れてしまったのですか」

穂乃果「えっと……なんだっけ」


ことり「穂乃果ちゃんの願い――音ノ木坂学院の廃校を阻止する手立てがもう無いってことだよ」

穂乃果「……え」

海未「ですから、各自、新たな可能性がないか考えてくるという宿題を与えられたのです」

にこ「そんな宿題、ポイッよ」

凛「あー、考えるの止めてるにゃー」

真姫「しょうがないわよ。考えるの苦手みたいだし」

花陽「凛ちゃん、考えてきたの?」

凛「ポイッ」

希「話を戻すけど、猫ちゃんは……穂乃果ちゃんの可能性を見い出せないってことやな」

猫「そうです」

希「それで、うちらに相談……になるのかな? 
  話をして、考えてくるよう頼んだ、と」

猫「……」


希「さっき、猫ちゃんは言うたよね、

  人生が交差する瞬間
  
  それぞれの出会いが新たな方向を指し示すのです。って」


猫「……はい」

希「ここまで言っても、わからへん?」

猫「生憎ですが……」

にこ「もったいぶらずにさっさと教えなさいよ。なにか案があるんでしょ?」

希「昨日な、猫ちゃんとうちの部屋で話をしててん」

穂乃果「……ん?」

猫「そうですね」

穂乃果「猫ちゃん、希ちゃんの部屋に行ったの?」

猫「はい。彼女とは話が合います」

穂乃果「話の流れで、一番付き合いが長いのは私ってことになるよね!?」

海未「穂乃果、話の腰を折らないでもらえますか?」

猫「私と貴女方との過ごした時間は刹那的です。
  園田海未や南ことり、西木野真姫の方がよほど長いのですよ?」

穂乃果「でも、希ちゃんとは――むぐっ」

海未「いいから、黙っていてください」

ことり「えっと、話の続きをお願いします」

希「ほんでな、猫ちゃんから聞いた話がひっかかってて、学校の歴史を調べてみたんよ」スクッ

スタスタ

にこ「話って、どんな話よ?」


希「――神話になるんかな」



花陽「神話……?」

猫「この星にも受け継がれている話です」

凛「どんな話なのにゃ?」

猫「星の神話、異世界の伝説、馴染みの昔話など」

穂乃果「私にはしてくれなかったのに」

海未「この星、と言いましたが……あなたは宇宙人のような者なのですか?」

猫「そうです。私は地球上の生物ではありません」

にこ「サラッと爆弾発言したわね」


希「うちがひっかかったのは、ギリシャ神話なんよ」スッ


真姫「何をしてるの?」


希「昔の卒アルを取ってるだけよ」

スタスタ

猫「夢を壊すようですが、その話は創作です」

希「まぁ、そうやろな。……人が生み出した話しやし」

猫「ですが、その話をした幾つかは事実があり、実話があります」

希「星の話にも実話が?」

猫「はい。創作が先か、実話が先か、ですね」

希「よう分からんのやけど……。人が想像できることは、必ず人が実現できる。ってことなん?」


穂乃果「フランスの作家の言葉だね」

ことり「ついて行けないっ」


猫「そうですね。これから先、新たな神話が生まれる可能性もあるということ」

希「ふぅん……神秘的で面白いなぁ。……うぅ……さむぃ」

にこ「ほ、ほら……ちゃんと毛布かけなさいよ」

希「ありがと、にこっち」


海未「地球外生命体と言いますが、ネコの姿をしているのですね。模しているだけでしょうか」

猫「そうです。この姿は何かと都合がいいので」

真姫「ねぇ、話を早く進めてくれない?」

海未「真姫は猫の存在理由が気になりませんか?」

真姫「気になるけど、話の順番が大切だと思うから……」

海未「……そうですね」

凛「なんの話だったかな?」

花陽「えっと……神話から、なにかヒントを得たんだよね」

希「そう。新たな出会いが必要ってところが重要なんよ」

穂乃果「新たな出会い……」


希「――9人目、やな」


穂乃果「9人目……?」

にこ「誰よ、それは」

希「猫ちゃん、その9人目の心当たりは?」

猫「ありません」

花陽「言い切っちゃった……」

凛「もしかして、あの人が~とかはないの?」

猫「はい」

真姫「えらく言い切るわね」

猫「高坂穂乃果の周辺人物を徹底的に調べていましたが、該当する方は居ませんでした」

穂乃果「そっかぁ……、ちょっと胸がドキドキしたんだけどなぁ」

海未「ここに、もう一人……ですか」

ことり「あ……、穂乃果ちゃんの言うとおり、少しドキドキする」

凛「その卒アルがヒント?」

希「そう、凛ちゃんは鋭いなぁ」

凛「えへへ」

にこ「コホン。……ひょっとしてぇ、その卒アルに9人目のヒントがあるのかなぁ?」

希「そう、にこっちは鋭いなぁ」

にこ「ふふん」

真姫「なに澄ましてんのよ、パクリじゃないの」

海未「あの、ちょっといいですか」

猫「なんでしょう」

海未「その9人目……穂乃果の部活仲間はどうなのでしょうか」

ことり「あ、それは私も思いました」

猫「人それぞれには役割があるようです」

凛「役割?」

猫「主将には高坂穂乃果を剣道部で鍛え、全国へ連れて行くという役割が」

海未「……」

猫「他の人物も同じような役割がありますが、
   この場にいる高坂穂乃果を除いた7人は、そのような役割から外れているようです」

穂乃果「へぇ……そうなんだ」

ことり「外れているって……よくわからないよ」

猫「それぞれの役割も重要ですが、高坂穂乃果と繋がる、最も重要な存在だということです」

ことり「……ふむふむ」

海未「……」

真姫「海未先輩、まだひっかかるの?」

海未「あ、いえ……。私たちを輪の外から見ると、そんな風に見えるものだと思って」

穂乃果「なんだか面白いよね」

海未「……といいますか、どうして私だけ先輩付けなのですか」

真姫「……」


にこ「古い写真ね」

希「そうやな。……なぁ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「なぁに?」

希「この方が、穂乃果ちゃんのお祖母ちゃんでええんやな」

穂乃果「そうだよ」

猫「……」

希「そして、隣に写ってるこの人は?」

穂乃果「お祖母ちゃんの友達。……たぶん、親友だったと思う」

希「それや」

穂乃果「どれ?」

希「その親友さんに、孫はおらんの?」

穂乃果「……それはわからないけど」

希「どうなん?」

猫「わかりません。――彼女は、祖国へと帰ってしまいましたから」

にこ「ソコク?」

真姫「……外国人なの?」

猫「そうです。ソビエト連邦という国でした」

にこ「ソビエト?」


希「今の……――ロシア」


穂乃果「そうそう、そのお友達にロシアンティーの淹れ方を教わったって」

海未「……」

穂乃果「お祖母ちゃん、その人の話をする時とても楽しそうな顔してた」

ことり「……」

穂乃果「えっと……希ちゃん、その人のお孫さんが9人目?」

希「うん。……前に、穂乃果ちゃんから聞いたお祖母ちゃんの話が頭の隅に残ってて、
  猫ちゃんの神話を聞いて、ナニカが繋がった気がしたんよ」

凛「ほぇ~」

花陽「……穂乃果先輩と同じ年……じゃないといけないよね」

海未「そうです。穂乃果が高校2年である『今』が重要なのですから、一つ下か、一つ上、もしくは――」

にこ「モスクワ?」

真姫「くだらないこと言わないで」

海未「同い年でなくてはいけませんよね」

希「そうやね、可能性に過ぎないわけやから、候補の一つにしかならないかも」


猫「…………」


希「うちな、小学6年生の遠足で、穂乃果ちゃんに助けてもらって……
  ずっと感謝してたんよ」

穂乃果「私じゃなくて、ことりちゃんとうみちゃんだけどね」

希「ううん、穂乃果ちゃんが助けてくれた」

穂乃果「?」

希「6年生の『あの時』……引っ越してきたばかりで、クラスに馴染めてなかったんよ」


希「それで遠足やんな。一人で居ることが自然になってしまってて、
  独りで散歩してたら道に迷って……気がついたら神社の前にいた」


希「雨が降り出してきたから、喘息持ちのうちは雨にぬれるわけにもいかなくて、
  少しだけお邪魔することにしたんよ」


希「だけど、発作が起きてしまって……薬を落としてしまってて……」


希「苦しくて……、独りで寂しくて……怖くて怖くて仕方がない時――」


希「穂乃果ちゃんが現れた」


穂乃果「……」


希「うちのために、神様にお祈りしてくれたやん?」

穂乃果「あ……うん……」

希「見知らぬうちのため、一生懸命の姿に……とても救われたんよ」

穂乃果「えへへ……ちょっと恥ずかしいね」

希「そして、この学校で再会した時――運命ってあるんやなって思った」

にこ「……」

真姫「……」

希「穂乃果ちゃんから、この学校が好きな理由を聞いて、お祖母ちゃんの話を聞いて、
  そして、猫ちゃんから話を聞いた時、点と点が結ばれた気がして」


希「そのためにうちは、穂乃果ちゃんと出逢ったんやろなって感じたんよ」


穂乃果「ううん、それは違うよ」


希「え……?」

穂乃果「希ちゃんと出逢ったのは、そういうことじゃなくて」

希「……」

穂乃果「私たちは仲間になるために出逢ったんだよ」

希「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「順番が逆だからね」

希「あぁもぅ、可愛いなぁ~!」

ギュウウ

穂乃果「の、のぞみちゃ――むぎゅう」


真姫「あ……!」

にこ「ちょ、ちょっと……希!」


希「はぁ~、あったかいわぁ」

ギュウ

穂乃果「の、希ちゃん……っ」


真姫「ほら、ほのちゃんも困ってるから、離れて!」


希「もう少し~」


にこ「まったく、年下に甘えて……なんなのよ」


希「ええやん~、うち、人に甘えるの下手やから~」

ギュウウ

穂乃果「く、くるしいよっ」

希「あ、ちょっと強く抱きしめすぎたようやね」

穂乃果「……ふぅ」


真姫「まったくぅ」


穂乃果「『あの時』、ことりちゃんが持ってた薬のおかげなんだよ」

希「そうなん?」

ことり「うん……、猫ちゃんが持ってたの」

猫「……」

海未「やはり、あの時の不思議な猫はあなたでしたか」

猫「……」


花陽「……ん」

凛「かよちん、どうしたの?」

花陽「ちょっと、頭が痛くて……」

凛「大変にゃ! にこ先輩、その毛布貸して!」

にこ「私が今使っているんだけど……」


希「それじゃ、ソフトハグ……」

ギュ

穂乃果「う、うーん……」


真姫「ちょっと、なにしてるのよっ!」


希「真姫ちゃんも混ざる?」


真姫「……」


真姫「何言ってるの!?」


ことり「ちょっと考えたね」

海未「考えましたね」


真姫「ことちゃんも海未先輩もからかわないでっ」

海未「……ですから、どうして私だけ先輩付けなのですか」

ことり「海未ちゃんが言ったんだよ、呼び方を変えなさいって」

海未「言いましたが、なぜ二人はそのままで、私だけ変わったのかが疑問なのです」

ことり「海未ちゃんは、厳しいお姉さん♪」

海未「本当でしょうか。……距離を感じるのですが」


希「穂乃果ちゃんとの出逢いは運命なんよ」

穂乃果「……そうだね」


真姫「そ、そういうことは男の人に使いなさいって!」


希「ええやんなぁ、女の子同士でも」

穂乃果「……そうだね」

希「あ……、嫌われる前にやめとこ」

スッ


にこ「……」

希「どうしたん、にこっち?」

にこ「……べつにぃ~」


海未「なんだか、面倒な人間関係ですね」


真姫「だいじょうぶ、ほのちゃん……?」

穂乃果「うーん……なんというか、弾力、圧力が……」


凛「すやすや」

花陽「すやすや」


ことり「二人とも寝ちゃった……」


猫「……」


――……

―…


『――ノス』

「……はい」


『焦っているみたいね』

「残された時間は僅かです。使える力も同じく」


『高坂穂乃果を誘導したり、薬を南ことりに渡したり、戦う道具を園田海未に――』

「そうするしか他に、東條希を仲間にする手立てがありませんでした」


『担任の夢への干渉するしか、方法は――ったのね――』

「確実に変えなければいけませんでした」


『あなた――……介在することで――……』

「はい。大きな変化が生まれるでしょう」



『成し遂――……うなの?』

「東條希が微かな光を導きました」


『――……――……』

「……」


――……

―…


穂乃果「猫ちゃん」


猫「……はい」


穂乃果「何度も呼んでたのに……どうしたの?」

猫「いえ、なんでもありません」

穂乃果「猫ちゃんって、名前とかあるの?」

猫「名付けてくださった名があります」

穂乃果「なんて言うの?」

猫「それより、私の願いを伝えておきます」

穂乃果「う、うん」


にこ「希、体をこっちに向けてくれる?」

希「ん~?」

にこ「動かないでね」

スルスル

希「……?」


海未「なにを……」

ことり「大胆です」


にこ「体育の時間、着替えに急いでたでしょ」

ぷちぷち

希「……そうやけど、どうしてボタンを外してるん?」

にこ「ボタンかけ間違えてるわよ」

ぷちぷち

希「脱がされてるみたいで恥ずかしぃ」

にこ「女の子同士でしょ、なに恥ずかしがってんのよ。って、
   間近で見ると迫力あるわね」

希「触ってもええよ?」


海未「場所をわきまえて欲しいのですが」


にこ「あ、あれ……ボタンが閉まらない……」

希「コツがあるんよ」


真姫「なにをしてるの、この人達……」

ことり「知らぬが仏だよ」


にこ「やましいことしてないわよっ」

希「今日のにこっち優しいやん……どうしたん?」

にこ「私はいつでも優しいでしょ」

希「そんなことないよ」

にこ「肯定しなさいよ……!」

希「たまに、優しいんやね。でも、そこがいいんよ♪」

にこ「そ、そうでしょぉ?」


海未「自分で肯定しろと言っておいて動揺してますね」

穂乃果「仲がいいのが一番だよね~。って、猫ちゃんの願いってなんだっけ?」

猫「とある方を目覚めさせて欲しいのです」

穂乃果「とある方って?」

猫「貴女の力が満ちた時、お連れします」

穂乃果「……どこへ?」

猫「その御方が眠る場所です」

穂乃果「……」

猫「まずは貴女の願いを叶えましょう」

穂乃果「……うん」


にこ「眠い……」

ことり「また深夜の?」

にこ「通販じゃないってば!」

ことり「映画かなって……」

真姫「ことちゃんを苛めないでくれる?」

希「みんなに優しくしないと、また凛ちゃんにカラオケマイク隠されるで~」

にこ「なんなのよあんたたちは、誰か私に優しくしてよぉ、もぉ……!」


海未「希先輩の案を採用した、ということでいいのですか?」

猫「そうです。他に何かあれば教えてください」

海未「残念ながら、私には思いつきません……」

ことり「9人目……」

穂乃果「お祖母ちゃんの友達の孫に当たる人だよね。
     日本に留まらせるってこと、できるのかな?」

猫「可能性が無いわけではないのです」


穂乃果「どうして?」

猫「彼女もまた、悩んでいたのですから」

ことり「後押しができるかもしれないんだね」

希「創立記念の写真に写ってたのはキミだったんや?」

猫「そうです」


海未「そろそろ下校時間ですね、二人を起こしましょう」

ことり「かよちゃん、凛ちゃん、起きて~」

凛「……う……にゃ」

花陽「……う……んん」


にこ「くかー」

真姫「この人は放っておきましょ」


穂乃果「可能性があるんだ?」

猫「はい。私が最初に声をかけたのが、貴女の祖母である、彼女ですから――」


……



―― 夜:高坂邸


穂乃果「お祖母ちゃんには、猫ちゃんの声が聞こえなかったの?」

猫「そうです。その因果関係は私には理解できていませんが」

穂乃果「そっかぁ……お祖母ちゃんが……。
     ひょっとして、お母さんにも声をかけたりした?」

猫「鋭いですね。一度だけ試しましたが、無駄だと判断したためすぐに離れました」

穂乃果「お祖母ちゃんの傍にはずっといたんだよね?」

猫「はい。彼女との『時間』が、高坂穂乃果――貴女との意思疎通に繋がったのだと思いますから」

穂乃果「なんだか難しいけど……。
     お祖母ちゃんからよく、猫ちゃんの話をきかせてもらってたから、そういうことなのかな」

猫「恐らくは」

穂乃果「ふぅん……」


猫「それでは、よろしいですか?」


穂乃果「9人目だよね!」


猫「そうです」


穂乃果「くぅ~、ワクワクする!」


猫「……」


穂乃果「まだ見ぬ人に、――早く逢いたい」



穂乃果「お願いします!」


猫「高坂穂乃果」


猫「みらいで待っています」


穂乃果「――」


穂乃果「―」


穂乃果「」


「」


…………


………


……





―― 60年前 ――


「……――」


「……」


「?」


「おかしいですね、此処は……」


「まさか!?」

テッテッテ


……




―― 空き地


「このような変化を生み出してしまうとは……」


「迂闊でした……」


「…………」


「高坂穂乃果の守りたい物、そのものが消えてしまうなんて――」



………

……



―― 45年前 ――



「……」


「……」


「……」


「……」



………

……




―― 35年前 ――



「……」


「……」


「……」


「……」



………

……




―― 25年前 ――



「ねぇ、お母さん」

「なぁに?」

「よくこの公園に連れてくるけど、なにかあるの?」

「私、この公園好きなのよ」

「それは分かるんだけど……」

「ほら、あの木……ずっと倒れずにいるの」

「ふぅん……」



「……」



………

……




―― 16年前 ――



「……」


「……」


「……」


「……」



………

……




―― 14年前 ――



「うわぁぁああん」

「あらら、転んじゃったのね」

「うぇぇええん」

「ほら、痛いの痛いの飛んでいけ~」

「わぁぁあああん」

「あ、ほら、ネコちゃんよ~」

「ぐすっ?」

「あら、泣き止んだ」



「……」



………

……




―― 10年前 ――



「奥さん、聞きましたぁ~?」

「あら、なにかしらぁ~」

「なんでも、この公園を潰して、図書館を建てる計画が出てるらしいのよぉ~」

「まぁ~」


「!」


「うちの旦那が役所に勤めてて、その話を聞いたらしいのよぉ~」

「この公園、小さい子供たちが集まってくるのに、残念ねぇ~」

「ほんとよねぇ~」

「しょうがないことなのかしらぁ~」



『動くべきでしょうか……』


「あら、ネコがいるわよぉ~」

「あらほんとぉ~」


『しかし、これ以上の力を使うわけには……」


『場所の力を信じるしか、他にありませんね』



………

……




―― 8年前 ――



「わぁ~い」

タッタッタ


「転ばないように気をつけてね~」


「だいじょー……わぁぁ!」

ドテッ


「あらあら」

「ふぇ……っ」

「いたいのいたいの、とんでいけ~」

「うぅ……ぐすっ……だいじょうぶっ」

「あなたは強い子ね」

「……ぐす」

「ほら、つかまって」

「……うん」

「ふふ、今日も素敵な想い出が出来たわ」

「……?」

「おばあちゃんね、ここが好きなの」

「……すき?」

「そうよ。……本当は、学校が建つはずで、お友達と通っていたのかもしれない場所なの」

「……」

「だから、あなたにも好きになってくれたらいいな、って思う」

「……」

「少し、難しかったわね」

「……すき」

「……?」

「ここ、すき!」

「ふふ、そう。……嬉しいわ」

「えへへ」

「――守れてよかった」



「……」



………

……



―― 5年前 ――



「「 えぇっ!? 」」

「登ってみようよ!」

「無理ですぅ、こんな大きな樹ぃ!」




「……」



………

……




―― 3年前 ――


「おやっさん、無理を言ってくれるぜ……」


「……」


「記事だから、適当にってわけにもいかないしなぁ」


「……」


「お、いい被写体」


「……?」


「とりあえず、一枚」

パシャ


「――!」サッ


「あれ、タイミングが悪かったな」


「……」


「動くなよ~……、もう一枚……」


パシャッ


「……」サッ

「なにぃ!?」


「……」

「こんにゃろぉ」

パシャ

「……」サッ

「ぐぅ……! いい度胸してるな!」

パシャパシャ

 パシャパシャッ


サッ サッ

ササッ サッ


「はぁ……!?」


「……」


「必ず写真に収めてやる……!」


「……」



………

……




―― 1年前 ――



『そろそろ……ですか……』


『来なかった時は……それも運命だと思って……』


『諦めましょう』


「……」


「……」


「……」



………

……



―― 現在 ――



「ここで待ち合わせ、ですか」

「そうだよ」

「まったく……、待たせるのはいいのですが、
 待たせる理由を言わないのは困ります」

「海未ちゃん、気持ちは分かるけど、怒っちゃ駄目だよ?」

海未「怒ってなど……、いえ……またテストで負けてしまいました」

「悔しいんだよね」

海未「ことりは悔しくないのですか?」

ことり「どうして?」

海未「運動もできて、勉強もできる。……それはいいんです」

ことり「……」

海未「 で す が ! 私と比べて、勉強量は少ないはずなんです!」

ことり「そうだね。勉強時間はそんなに取ってないはずだよね」

海未「それなのに……! それなのに……!」

ことり「でも、私は……二人に勉強を教えてもらったから、
     同じ高校に入れた訳ですから……」

海未「……」

ことり「そんな風にケンカできる二人を見てると……複雑です」

海未「……よくわかりませんが。……わかりました、負けたことはもう、忘れます」

ことり「うん、それが一番だよ」

海未「やっぱり悔しいです! なぜ……! なぜ!?」

ことり「そう簡単に忘れられないみたいだね……」


「……」


ことり「今度一緒に勉強の仕方を教えて貰ったほうが――……あ、ネコちゃんだ」

海未「……?」


猫「……」


ことり「なにか、食べ物あったかなぁ?」ガサゴソ

海未「駄目ですよ、簡単に餌を与えては」

ことり「だってぇ」

海未「暇つぶしに、遊び相手くらいにはなってあげてもよさそうですね」


「ねぇ、いいでしょぉ? 行こうよぉ~」

「別の日ならええよ?」

「その日じゃないとぉ、だぁめぇなのぉ」

「その猫なで声はなんなん?」


猫「……」


ことり「おいで~、ちぃ、ちっちっち」

海未「ことり、それは違うと思います」


「おねがぁい、いいでしょぉ?」

「なにか企んでそうやな」

「こんなに甘えてるのに駄目なの?」

「普通にしてくれたら考えるんやけど」

「ね、いいでしょ、希……行きましょうよ」

希「その日は予定があるんよ、ごめんね」

「結局駄目なんじゃないのよー!」



猫「……」


ことり「動かないね」

海未「……そうですね。……ひょっとしたら置物かもしれません」ツンツン


猫「……」


海未「この感触は……いきもののようです」

ことり「……」


「おねがぁい、希ちゃん~」スリスリ

希「歩きにくいから、ちょっと離れて欲しいんよ」

「結構ドライなのね、あんた……」

希「……あ」


ことり「抱っこしてみようかな」

海未「急に暴れるかもしれませんから、気をつけてください」


希「なぁ、そこのお二人さん」


ことり海未「「 ? 」」


希「間違ってたらごめんやけど……――小学校の遠足で逢わなかった?」

ことり「小学校の……」

海未「遠足……ですか?」

希「あ――うん、間違いない、『あの時』の二人や~!」

「なに、なにを急にテンション上げてんのよ?」

希「うちの命の恩人なんよ」

「……恩人?」

ことり「……――あ!」

海未「『あの時』……神社の!」


希「そうなんよ、嬉しいなぁ~!」

ことり「わぁ、こんなところで逢えるなんて!」

海未「あの後、体の様子は……?」

希「おかげさまでな、あれから発作も軽くなって、
  運動も少しやけど、できるようになったんよ」

ことり「よかった……!」

海未「……はい、本当に」

希「ありがとう」

ことり「いえ……」

海未「再会出来てよかったです」

希「あれ、もう一人んほうは?」

ことり「すぐ来ると思いますよ」

希「ちゃんとお礼を言いたかったからよかったわぁ」

海未「きっと、喜びます」

希「自己紹介しとくね、うちは――東條希」

ことり「――南ことりです」

海未「――園田海未です」

「……」

希「こっちはにこっち」

海未「外国の方ですか?」

ことり「こんにちは、コッチハニコッチさん」

「生粋の日本人なんだけど……」

ことり「?」

「――矢澤にこ、よ」


猫「……」


……




「――星空凛です!」

「こ、――小泉花陽……ですっ」

ことり「初めまして」

海未「初めまして」

希「凛ちゃんはうちの学校の陸上部エースで、花陽ちゃんは合唱部のエースなんよ」

にこ「私は演劇部のエースよ」

凛「二人とも、あの進学校の生徒なんですね」

ことり「うん、そうだよ」

花陽「勉強、できるんですね……」

海未「いえ、それほどでは……」

にこ「謙遜ね、ふーんだ」


海未「勉強できると……いえるのでしょうか、私は……」

希「落ち込んだ?」

ことり「ちょっと、悩みがあるみたいで」

海未「星空さんの活躍は、私のところまで届いていますよ」

凛「えっへん」

にこ「私の名声は?」

海未「……えっと、園芸部でしたっけ」

にこ「演劇部よ」

花陽「少しも届いてない……!」

希「2人はここに、何しに来たん?」

凛「ただ、かよちんと、なんとな~く散歩してました~」

希「なんとなく、ね……」

花陽「希先輩は……?」

希「うちは、この雑誌に気になる記事があって、実際に見に来たんよ」

海未「雑誌……?」


猫「……」


希「まぁ、ちょっとした好奇心やな」

にこ「帰りましょ。ずっと居る理由もないし、……なにかとスルーされるし」

凛「かよちん、ラーメン食べに行こ!」

花陽「で、でも……太っちゃうよぉ」


ことり「それじゃ、また」

海未「さようなら」


希「あの子に逢えなかったのは残念やけど。また今度、必ず逢おうな~」

にこ「……いつっ」

希「どうしたん?」

にこ「なんか、頭に痛みが……」

希「だいじょうぶ? 病院行こか?」

にこ「……平気よ」


「――ほのちゃん」

「……うん?」

「ふふ、なんでもない」

「どうしたの、今日は嬉しそうだけど」

「2人で歩くことってそんなにないから」

「そういえば、そうだね」


海未「あ、希さん!」


希「?」


海未「穂乃果が来ました」


希「おぉ~!」

にこ「……え、なに? 戻るの?」


花陽「あ、西木野真姫さんだ……」

凛「かよちん、ラーメン~!」


真姫「……あ、ひょっとして」

花陽「は、はい……合唱コンクールでお逢いしましたね……」

真姫「へぇ……こんなところで逢えるなんて、奇遇ね」

凛「にゃ?」


希「ありがと~!」ダキッ

「わぁ!?」

希「逢いたかったんよ……!」

ギュウウ

「むぎゅう――」

真姫「ちょ、ちょっと、なんなのっ、ほのちゃんから離れてっ」

にこ「ちょ、ちょっと、なんなのっ、希から離れてっ」

真姫「真似しないでっ!」

にこ「どう、私の演技力」

海未「人をバカにする演技は認めたくありません」

ことり「……うん」

にこ「うぐっ……しまった」


猫「全員、揃いました」


穂乃果「ん?」

希「どうしたん?」

穂乃果「あれ、今……」

海未「穂乃果……?」


穂乃果「……違和感のある声が聞こえたような」


猫「希望が見えたようです」


穂乃果「あれ、ネコ?」


猫「かつて、この場所には学校が存在していました」


穂乃果「……」


猫「音ノ木坂学院という名の、
  貴女が守りたいと願った学校が存在していたのです」


穂乃果「……ネコがしゃべった!?」



……



猫「――どうですか?」


希「くちゅん!」


猫「――!」


希「あ、ごめんなぁ」

猫「いえ、大丈夫です」クシクシ


にこ「あわわっ、ねっ、ネコがしゃべってる!?」

凛「……これは夢にゃ」

花陽「ううん、現実だよ」

凛「かよちんの精神が強いにゃー!」

にこ「み、みんな離れてっ、魂が抜かれてしまうわ!」

真姫「じゃあ、確かめてみて」グイッ

にこ「押さないでよ!? いくら可愛いからって、にこを生贄に捧げないでっ!」

希「楽しそうやんなぁ」


穂乃果「……うぅん……頭が痛い……」

猫「少しだけ、『前の段階』の記憶を渡しました」

穂乃果「……これは……教室……? コタツ?」

猫「そうです。ここにいる全員で、コタツの中で温まっていた『時間』が存在するのです」

穂乃果「…………」

ことり「穂乃果ちゃん……?」

穂乃果「……うん、わかる。……みんな、いる」

海未「みんな……?」

穂乃果「ここにいる、――ことりちゃん、海未ちゃん、
     真姫、凛ちゃん、花陽ちゃん、にこちゃん、希ちゃん」

にこ「……あれ、私……自己紹介した?」

真姫「自分で自分の名を言ってたでしょ」

穂乃果「にこちゃん……演劇部だよね」

にこ「え……?」

希「穂乃果ちゃんには伝えてなかったことやな」


穂乃果「あぁ――……うん、――温かい時間が、そこにある」


猫「……」


穂乃果「ちゃんと説明して、猫ちゃん」


猫「わかりました」


穂乃果「……どうして、学校が消えちゃったの?」


猫「恐らく、8人全員を揃える為に私が起こした行動の結果が、
  この事態を招いたのだと考えます」


穂乃果「……」


猫「高坂穂乃果――」


穂乃果「……はい」


猫「ここが『最終分岐点』です」


穂乃果「最後なの……?」


猫「そうです」


穂乃果「どうして?」


猫「私の力が限界に近いということ」


穂乃果「……」


猫「この選択をどうしますか」


穂乃果「選択……」


猫「学校を再建させるか否か――」


ことり「なんだか、難しい話をしてるね」

海未「……はい。最後、ということは……今までも『分岐点』というものがあったのですね」


真姫「よく分からないけど、選択させるってことは……そんなに悪意はなさそうね」

凛「8人みんなで、一緒に居たってことだよね」

花陽「うん……。……楽しそう」


にこ「みんな鵜呑みにしすぎじゃないの? 
   年上である私たちが注意を促さないとね」

希「……」


穂乃果「……――みんなと一緒に、学校へ通いたい」


猫「わかりました」


穂乃果「無くなった学校を再建させるなんて、できるの?」

猫「これから調べた上で判断をしますが、可能性は高いと思います」

穂乃果「……」

猫「そして、――9人目を探してきます」

穂乃果「9人目……」

猫「全ての情報を得た後、また貴女のところへ伺い、その時に跳んでもらいます」

穂乃果「……」


希「話の腰を折るようで悪いんやけど」

猫「なんでしょう」


希「話しを聞く限りでは、猫ちゃんは、
  穂乃ちゃんを『過去』へ跳ばして『今』を変えているんやな?」

猫「そうです」

希「それっておかしない?」

猫「あなた方、人間の解釈と、私たちの時間の解釈が異なるのでそう感じるのです」

希「詳しく教えて?」

真姫「ちょっと待って」

猫希「「 ? 」」

穂乃果「どうしたの、真姫……? 今の話について行けないなら、聞き流してもいいんだよ?」

真姫「そうじゃなくて、どうしてあなたがほのちゃんって呼んでいるのよ」

希「ええやん」

真姫「よくない。その呼び方は私――むぐっ」

海未「真姫、少ししずかにしていてもらえますか」

真姫「むぐぐ」

凛「凛はついていけないにゃ~」

ことり「……私も」

にこ「わけ分かんない!」


猫「園田海未」

海未「は、はい」

猫「貴女が現在、所属している部を教えて下さい」

海未「……弓道部ですが」

猫「ここにも変化が起きたようです」

希「どういう意味?」

穂乃果「……『前の段階』では、うみちゃんと私……剣道部に入ってたよ」

海未「剣道……、私がですか?」

穂乃果「そうだよ。うみちゃんに稽古つけてもらってたもん」

海未「私が……穂乃果に剣道の稽古を……」

ことり「……私は?」

穂乃果「手芸部」

ことり「今と変わりないみたいです」

希「まだ時間の解釈のズレを教えてもらってないんやけど」

猫「園田海未の家柄がとても重要になります」

海未「……」


猫「この宇宙に流れる時間には秘密があり、

  それがこのズレを引き起こしているのです」


希「……秘密、ね」


猫「人の生命に始まりと終りがあるように、この宇宙にも終わりがあります」

希「終わった後、どうなるん?」

猫「再生します。始まりが訪れ、再び同じ時間が流れ、終へ向かう」

希「なるほどね。時間が生まれ変わったから、海未ちゃんの家柄が変化したんやな」

猫「そうです。同じ時間を行き来しているわけではありません」

穂乃果「これって……相対性理論……?」

猫「その数式を見つけ出した人物も、
  宇宙の秘密を解き明かしたといえるでしょう」

穂乃果「おぉ……!」

希「天才と言われるだけあるね」

海未「……なるほど」

真姫「秘密って言ったけど、簡単に伝えてもいいの?」

猫「貴女方、人間がその秘密に気付いたとしても、大きな変化は生み出せないでしょう」

凛「なるほどにゃ」

花陽「凛ちゃん、わかったの?」

凛「わかった気がするだけだよ」

にこ「解ってないじゃないの。これはサイエンス・フィクションよ」

猫「フィクションではありません」

真姫「そっちは無視してもいいから」

猫「わかりました」

にこ「ないがしろにしないでくれる?」


猫「それでは、私は移動します」

穂乃果「学校のことを調べるんだよね……、その後どうするの?」

猫「――ロシアへ向かいます」

穂乃果「ロシア……?」

猫「貴女の祖母である、彼女の友人がいる土地」

穂乃果「お祖母ちゃんの……」

希「そのお孫さんが、うちらの9人目になるんやね」

猫「孫が居ればの話になりますが」


希「はやく……会いたいかも」

穂乃果「うん……、会いたい!!」


猫「それでは、後は高坂穂乃果のお任せして……私はこれで失礼します――」スゥ


穂乃果「あ――……消えちゃった」


ことり「もうちょっと聞きたかったことがあったけど……」

海未「なんだか、いろんな事が起きて、頭がパンクしそうです」

穂乃果「それじゃ、私が教えてあげるよ。――ボランティア部での、楽しかった時間を」

真姫「私も……いたの?」

穂乃果「もちろん」

真姫「よかった……」

穂乃果「凛ちゃんや、花陽ちゃん、にこちゃん、希ちゃん」


穂乃果「ここにいるみんなが一緒にいたんだよ」


凛「なんだか、胸がムズムズしてきたにゃ」

花陽「うん……、ワクワクする……ドキドキする」

にこ「……そうね、なんだか……落ち着かないわ」

希「……っ」

にこ「どうしたの、希……?」

希「ちょっと、頭が……」

にこ「た、大変! 穂乃果、その話はまた今度よ!」

穂乃果「え、あ……うん」

にこ「ほら、帰るわよ!」

希「大丈夫やから。ちょぉっと刺激が走った程度なんよ」

にこ「そう言って、また学校を休まれたら困るじゃないの!」

希「……うん、ごめんね、にこっち」

にこ「べ、べつに謝る必要は――」

希「穂乃ちゃん、一緒に帰ろ?」ギュ

穂乃果「うん……って、どうして腕を……」

希「ええやん、今日は特別な日やし♪」

穂乃果「そうだね!」

真姫「ちょ、ちょっと!」

にこ「ちょ、ちょっと希!?」


ことり「穂乃果ちゃんが遠くへ行ってしまう……」グスン

海未「まだ近くにいるではありませんか」


凛「これから楽しくなりそうだね、かよちん!」

花陽「うん……、新しい出会い……じゃなくて……再会したんだよね、わたしたち」


……




花陽「ライブ……?」

にこ「そう、ミニコンサートがあるのよ。鈴音って子、知ってる?」

花陽「ううん、知らない」

にこ「まぁ、そんなもんよね。……2枚の招待券貰ったんだけど、一緒に行ってくれる人がいないのよ」

花陽「……どうしよう」

真姫「いいんじゃない? 一緒に行ってきたら?」

花陽「……」

真姫「そういうのを見て勉強することもあるし、あなたならもっと歌の幅が広がりそう」

花陽「……そうかな?」

真姫「えぇ」

にこ「あなた……いい事言うじゃない! 券は譲らないけど」

真姫「いらないわよ」

凛「凛にもちょうだい! かよちんと行きたいにゃ!」

にこ「いいわよ、ほら。って、これ私の分よ!」

凛「むぅ~! ちょうだい!」

にこ「私が貰ったから、だ~め」

凛「ケチ~!」

にこ「ケチで結構よ、チケットだけに……」

真姫「それはない」

にこ「……」

花陽「傷ついちゃった」


希「仲良くなるの早いね」

海未「真姫がすぐに打ち解けるなんて……」

ことり「珍しいよね」

穂乃果「希ちゃん、どうしてこの公園に来たの?」

希「これも運命なのかもしれないね」

穂乃果「?」

希「この雑誌に、公園を守った人の記事が書かれているんよ」

穂乃果「ふうらい……?」

希「主に旅をテーマにした内容なん。……この公園でおかしな猫がいたって、触れられててな」

穂乃果「あの猫ちゃんのことだよね」

海未「ずっと待っていたのですね」

ことり「たった独りで……」

穂乃果「守ったって、どういうこと……?」

希「この公園を無くして、図書館を建てるという計画があったそうなんよ」

穂乃果「え……そうだったんだ。
    小さい頃から連れてきてもらってた場所だから、無くなってたら寂しかったかもしれないよ」

希「その、守った人が……この写真に写る人」

穂乃果「――お祖母ちゃん!?」


海未「本当ですか?」

穂乃果「間違いないよ!」

ことり「ほぇ~……」

希「名前に、高坂さん、ってあるやろ? 
  それで穂乃ちゃんを思い出して、来てみたら、大当たり」

穂乃果「……確かに、運命だ」


にこ「ほら、希~、帰るわよー」


希「おっと、もうこんなとこまで来たんやね」

穂乃果「また、逢えるよね」

希「明日でも、明後日でも、毎日でもええよ?」

穂乃果「えへへ」

希「ずっと、逢いたかったから」

穂乃果「――うん」

希「それじゃ、またね」

穂乃果「うん、またね」


にこ「じゃあね」

穂乃果「にこちゃんも、またね!」

にこ「うん、……また、逢いましょ」


……




凛「それじゃ、凛たちはここで!」

花陽「さ、さようなら」

穂乃果「凛ちゃん、花陽ちゃん、またね」


凛「またね~!」

花陽「またお逢いしましょう」


……




真姫「……」

穂乃果「今度、いつ逢おうっか?」

真姫「明日、学校で逢えるじゃない」

穂乃果「あはは、そうだよね」

真姫「……また、明日ね。――穂乃果先輩」

穂乃果「え……?」

真姫「なんて……一度、呼んでみたかった……から」

穂乃果「そっか……」


真姫「――ッ!」ズキィ


穂乃果「真姫……?」


真姫「ん……なに、今の……」

穂乃果「どうしたの、頭が痛いの?」

真姫「あ、うん……だけど大丈夫」

穂乃果「本当に?」

真姫「本当に、大丈夫だから」

穂乃果「うん……それならいいんだけど」

真姫「それじゃ……」

穂乃果「うん、それじゃ」

真姫「またね、ほのちゃん」

穂乃果「また、明日ね」


……



海未「頭の整理が必要ですね……」

ことり「そうだね。……明日、学校でおさらいしてみよう」


穂乃果「希ちゃんと再会できて、にこちゃんと出逢えて、凛ちゃんと花陽ちゃんにも出逢えた」


穂乃果「うーん、なんていい日なんだろ!」


海未「――ほのか」


穂乃果「うん?」


海未「私はここで失礼します」


穂乃果「あ、うん。……また明日ね!」

海未「はい。……――また、明日」


ことり「私もここで」

穂乃果「うん、バイバイ!」


ことり「……あ、そうだ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「?」


ことり「みんなと……ずっと一緒に居たいよね」

穂乃果「うん、もちろんだよ!」


ことり「――それじゃあね、穂乃果ちゃん」

穂乃果「うん、また明日~!」



穂乃果「……」



穂乃果「みんな、またね」



………

……




一つの意志が、その土地へ舞い降りる。


「……」


遠い記憶を辿る。


かつて、二人が肩を並べて歩いた日々を。

交わした言葉の数々を。

ともに過ごした時間を。


「……」


しかし、その者の足取りは頼りない。


少しずつ、歩を進める速度が落ちていく。



そして、姿を消した。



深い地下。


「……」


深い眠りにつく。



―― そして。


目を覚ました時は、冬。


数ヶ月の眠り。


「……」


力を蓄えた意志を持つ者。


地上へと戻り、再び歩を進めた。


深い雪の上を歩く。

凍てつく大地を歩く。


かつて、交わした約束を守るため。


自らの願いと、少女の願いをかなえるため。


終わりの近い時間の中を、唯一の希望を見つけるため。


歩いていく。


何度目かの、夜。


キラキラと瞬く星。


降り積もった雪が月の光を反射させる。


白い世界。






「――……xopoшo」






少女が空を仰いでいた。


光のカーテンがそこにあった。



「……」



輝く星と、オーロラを。


一人、白い世界の中で眺める。



同じ空の下。


同じ時。


違う場所で、もう一人の少女もまた、空を仰ぐ。



「――9人目かぁ」


「はやく、会いたいな」



時は流れる。


最後の時を。



…………

………

……



……

………

…………

………

……



……

………

…………

……………

………………

…………………

……………………

………………………

…………………………

……………………………

…………………………

………………………

……………………

………………

……………

…………

………

……





穂乃果「すやすや」


「よく寝ているわね……」


穂乃果「……ん…」


「起きて、ほのか」


穂乃果「……ん……ん?」


「おはよう」


穂乃果「……あと、5分」


「……」


穂乃果「すやすや」


「……しょうがないわね」



……




―― 台所


「おはようございます、おばさま」


「あら、おはよう。……穂乃果はまだ寝てるのね」


「はい。一度起きたけど、また寝てしまいました」


「まったく、しょうがないわね」


「……いつものことですけど」


「いつも起こしてもらって、悪いわね」


「いいえ、これくらい」


「あ、お父さんの手伝いしてくるから、料理の続きお願いできる?」


「はい、任せて下さい」


「穂乃果と一緒に、ちゃんと食べてね」


「いつも、すいません」


「いいのよ、これくらい。娘が二人になって、私も嬉しいんだから」


「ふふ、ありがとうございます。おばさま」


「穂乃果のことよろしくね」


「はい」


―― 5分後


「あ、そろそろ起こさないと」


スタスタ


穂乃果「おはよう~」


「おはよう、穂乃果。ちゃんと一人で起きられたのね」


穂乃果「ふぁぁ……顔洗ってくる……」


スタスタ


「きっかり5分で起きるのね」


「それにしても、穂乃果と私の好きな食材ばかり……」


ドタドタドタッ


「気づいたわね」


穂乃果「――絵里ちゃん!」


絵里「朝からそんな大声出さないの」


穂乃果「おでこに落書きしたでしょ!?」


絵里「自分の持ち物には自分の名前を書きなさいって、教わったでしょ?」


穂乃果「もぉー! これ油性だよぉー!」


絵里「え?」


―― 洗面所


ジャー


絵里「……落ちないわね」

ゴシゴシ

穂乃果「どうするのこれ! 絶対に笑われるよ!」

絵里「ちょっと、動かないで」

穂乃果「って、近いよ」

絵里「こうしないと落ちないでしょ?」

穂乃果「もぉ……」

絵里「……」

ゴシゴシ

穂乃果「い、いたいっ」

絵里「あ、ごめん……」

ゴシゴシ

穂乃果「……」

絵里「……諦めましょう」

穂乃果「もぉー!!」

絵里「ほら、早くしないと、ジョギングに行けなくなるわよ」

穂乃果「これを落とすほうが先だよ!」

絵里「帰ってきてからでいいじゃない。今日から2年生。学校に遅刻はできないわよ?」

穂乃果「絵里ちゃんのせいでしょ!」

絵里「ほーら、怒ると可愛い顔が台無――」

穂乃果「誤魔化さないでよ」

絵里「……最近、この手が通じなくなってきたわね」


……




―― 学校


上級生「おはよう、絢瀬さん」

絵里「おはよう」

穂乃果「おはようございまーす」

上級生「高坂さんはそんな髪型だった? 前髪揃えてたかな……?」

穂乃果「これは、その……」

上級生「進級したから雰囲気を変えてみたのね」

穂乃果「そういうわけじゃないんですけど。……じぃー」

絵里「……」

上級生「?」

絵里「ほら、クラスを確認してこないと」

穂乃果「すぐ話題を変えるんだから。……絵里ちゃんは?」

絵里「春休み中に確認してあるのよ」

穂乃果「そうなんだ。……えっと、一緒に帰れるの?」

絵里「えぇ、今日は平気よ。終わったら迎えに行くわね」

穂乃果「わかった。それじゃあね」

絵里「最初が肝心よ、穂乃果。……しっかりね」

穂乃果「はーい」

スタスタ


上級生「可愛い妹って雰囲気ね」

絵里「つい、そういう風に接してしまうのよね……」


……



―― 放課後:2年生教室


「高坂さん、高坂さん!」

穂乃果「な、なにかな?」

「絢瀬先輩と一つ屋根の下で暮らしてるって本当なの!?」

穂乃果「えっと……あなたは……」

「自己紹介は後でするから、どうなの!?」

穂乃果「そうだよ」

「えぇー!?」

穂乃果「そんな驚くこと?」

「いや、確かに今のリアクションは大袈裟だったけどさ。
 失礼なこと聞くかもだけど……」

穂乃果「?」

「複雑な家庭環境ってヤツ……?」

穂乃果「そうだねぇ……絵里ちゃんは、ちょっと複雑かも」

「……そっか」

穂乃果「絵里ちゃんの家族は、ロシアに住んでて……絵里ちゃん一人だけ日本にいるから」

「あ、意外と単純だった。それっていつからなの?」

穂乃果「小学校……4年生……あれ、5年生だったかな?」

「ふぅん……」

穂乃果「考えてみたら、そんなに経ってないんだよね。……感覚的にはもっと長く居るものだと思ってた」

「高坂さんって面白いね。友達になろうよ」

穂乃果「うん。私は高坂穂乃果、よろしくね」

友人「私の名は――」

穂乃果「あ……」

友人「?」

穂乃果「迎えに来たみたい」

友人「おぉ、噂をすれば。……まぁいいや、明日ね」

穂乃果「うん、明日ね~」

テッテッテ


友人「ふむふむ……ようやく友達になれたぞ」


―― 廊下


穂乃果「お待たせ!」

絵里「話をしていたみたいだけど、よかったの?」

穂乃果「平気だよ」

絵里「真っ直ぐ帰る? それとも、寄り道する?」

穂乃果「じゃあ、近くの公園で――」

絵里「あ、お店の手伝いしないとね」

穂乃果「選択肢ないじゃん!」



……




―― 下校中


穂乃果「ねぇ、絵里ちゃん」

絵里「?」

穂乃果「その……家族に会いたいって思う?」

絵里「どうしたの、急に……」

穂乃果「さっきね、その話してて……どうなのかなって、気になっちゃって」

絵里「そうね、今の私の状況って、特殊だものね」

穂乃果「……寂しくない?」

絵里「寂しくない、って言ったら嘘になるけど……」


絵里「おばさまやおじさまは穂乃果と別け隔てなく接してくれるし、
    間違ったら叱ってくれて、家での役割も与えてくれる」


絵里「……穂乃果も居るから、両親に会いたいっていう寂しさは、そんなにないかな」

穂乃果「そっか……」

絵里「でも、そろそろ身の振り方を考えないとね」

穂乃果「え――……」


……




―― 高坂邸


ガラガラ


絵里「ただいま戻りました」

穂乃果「ただいま……」


「あら、お帰り」


絵里「店番、代わります」

「助かるわ。……穂乃果は店前の掃除を……どうしたの?」

穂乃果「……えっと、お母さんに話があるんだけど」

母「いいけど、今すぐ?」

穂乃果「……うん」

母「それじゃ、居間で待ってて。……絵里は鞄を置いたらお願いね」

絵里「は、はい」


絵里「……話?」



……



―― 夜:穂乃果の部屋


コンコン

「私だけど」


穂乃果「どうぞー」


絵里「話があるんだけど、いい?」

穂乃果「うん、いいよー」

絵里「勉強していたのね」

穂乃果「ちょっと、予習をしとこうかと思って。話ってなに?」

絵里「そこに座って」

穂乃果「う、うん……真面目な話なんだね」


絵里「おばさまに相談したそうね」

穂乃果「あ……うん」

絵里「怒られちゃったわ。――まだ子供なのに何を遠慮しているのかって」

穂乃果「……」

絵里「本当言うとね、来年には出ていかなくちゃいけないって思ってたの」

穂乃果「来年……」

絵里「いつまでも迷惑かけているのは悪いな、って」

穂乃果「……」

絵里「他人の家に転がり込んでいる私は早く出て行かないと、って考えてた」


穂乃果「…………」


絵里「だけど、言ってくれたわ。――私たち家族でしょ、って」


穂乃果「……!」


絵里「だから、もう少し。……自立出来るその日まで、居させてもらうことにしたの」


穂乃果「絵里ちゃん……!」


絵里「そういうことだから、これからもよろしくね、穂乃果」


穂乃果「うん……、うん! よろしくね絵里ちゃん!」


絵里「ふふ、そんなに喜んでくれるの?」

穂乃果「もちろんだよ!」

絵里「なんだか、照れるわね」

穂乃果「そうだ、コレを機会に呼び方変えてみようかな」

絵里「え?」

穂乃果「絵里姉ちゃん。絵里お姉ちゃん。絵里ねぇ。絵里姉さま」

絵里「今までどおりでいいわよ」


……




―― 翌日:学校


友人「おはよー、穂乃果」

穂乃果「おはよう。……って、あなたの名前、なんだっけ?」

友人「私の名前は――」


「高坂さーん、お客さん~」


穂乃果「え……、あ、絵里ちゃんだ」

テッテッテ


穂乃果「どうしたの?」

絵里「ごめん、お弁当渡すの忘れてて。……はい」

穂乃果「あ、こっちこそごめんね。持たせたままだった」

絵里「それくらいいいわよ。それじゃあね」

穂乃果「お昼、一緒に食べようよ」

絵里「……友達と一緒に食べたほうがいいんじゃない?」

穂乃果「……そうかもしれないけど、絵里ちゃんと一緒に食べたい」

絵里「やっぱりダメよ。学級を優先して。……それじゃ」

穂乃果「わかった。ありがとね~」


友人「弁当?」

穂乃果「そうだよ。お父さんが作ってくれたんだ」

友人「へぇ……、羨ましいなぁ」

穂乃果「いいでしょー」

友人「お父さんって、なにしてる人?」

穂乃果「和菓子作ってるよ」

友人「それじゃ、弁当の中身も和菓子……とか」

穂乃果「そんなわけないよ。日本食だから」

友人「いいなぁ」

穂乃果「いつも二人分作ってくれるんだよ。感謝しないとね」

友人「出来た娘だね。穂乃果って姉妹はいるの?」

穂乃果「ううん、私も絵里ちゃんも一人っ子だよ」


……



―― 梅雨:穂乃果の部屋


コンコン


穂乃果「どうぞー」


スーッ

絵里「穂乃果、お風呂の掃除当番なんだけど、交代してくれないかしら」

穂乃果「いいけど、どうしたの?」

絵里「おばあさまから連絡があって、調べ物しなくちゃいけないのよ」

穂乃果「ロシアから、わざわざ調べてくれって?」

絵里「……そう。悪いけどよろしくね。次は私が掃除するから」

穂乃果「あ、どこ行くの?」

絵里「都立図書館よ。夕方には戻ると思うから」

穂乃果「わかった。気をつけてね~」


……




―― お風呂


穂乃果「数星霜のストーリー 忘れてるだけ~♪」

ゴシゴシ


母「穂乃果、電話よ」

穂乃果「後でかけ直すから、放っておいていいよ~」

ゴシゴシ

母「携帯電話じゃなくて……ほら、子機持ってきたから、出て」

穂乃果「だれ?」

母「おばあちゃん」


穂乃果「もしもし……どうしたの、お祖母ちゃん?」


……



―― 夜:絵里の部屋


コンコン

「絵里ちゃーん」


絵里「どうぞ」


スーッ

穂乃果「昼に調べたことってなんだったの?」

絵里「大したことじゃないから、気にしないで」

穂乃果「お祖母ちゃんが、ロシアのおばあちゃんに連絡したんでしょ?」

絵里「……どうしてそう思うの?」

穂乃果「電話があったんだよ。偶然とは思えなくて」

絵里「……鋭いわね」

穂乃果「言えないことなの?」

絵里「というより、伝える必要のないことだから。
    時期が来たら教えてあげる」

穂乃果「わかった。……それでね、お祖母ちゃんと話をして思い出したことがあるんだ」

絵里「?」

穂乃果「一緒に押入れで探しもの手伝って欲しいんだけど、いいかな」

絵里「いいけど、なにを探すの?」

穂乃果「将棋盤。小さいころ教えてもらったよね」

絵里「……そうね。……久しぶりに指しましょうか」

穂乃果「やったっ!」


……



―― 翌朝


穂乃果「行ってきまーす」

絵里「行ってきます」


母「行ってらっしゃーい」


穂乃果「……やっぱり悔しい」

絵里「まだ言ってるの?」

穂乃果「だって、駒を触ってないのって同じくらいでしょ?」

絵里「そうよ」

穂乃果「それなのに、全然敵わなかったんだもん」

絵里「穂乃果に負けるわけにはいかないものね」

穂乃果「むぅ……」


……



―― 夏休み前日:2年生の教室


友人「ねぇ穂乃果、夏休みって予定あったりする?」

穂乃果「うーん、……そうだなぁ……これといってないかも」

友人「それならさ、たまにでいいから私と遊ぼうよ」

穂乃果「いいよ」

友人「あっさりオーケーしたけど……穂乃果って、夏休みどう過ごしてるの?」

穂乃果「どうして?」

友人「だってさ、学校で話す人はたくさんいるのに、誰かと遊んだりしてないでしょ?」

穂乃果「あ……うん、そうだね」

友人「他に遊ぶ人とか、約束は?」

穂乃果「……無い、ね」

友人「じゃあ、私が誘わなかったら、この夏休みどうするつもりだったの?」

穂乃果「うーん……絵里ちゃんとどこか行ったり、してたと思う」

友人「それだ」

穂乃果「どれ?」

友人「穂乃果と絢瀬先輩、ほとんど一緒に居るでしょ」

穂乃果「……うん」

友人「だから、他のみんなが遠慮しちゃうんだよ」

穂乃果「えぇー、なにそれ?」

友人「例えばさ、私にこの学校の彼氏が居たとするよ。
    そして、毎日一緒に登下校してたら……穂乃果は私と下校しようって、誘える?」

穂乃果「難しいよね」

友人「そういうこと。……あ、別に一緒にいるのが悪いってわけじゃないからね」

穂乃果「……うん」

友人「多分だけど、私以外にも、穂乃果と一緒に遊びたい人はいると思うよ」

穂乃果「そ、そうかな?」

友人「さぁ、どうでしょ」

穂乃果「もぅ……適当言って!」

友人「あはは、ごめんごめん」

穂乃果「そういうあなたこそ、遊びに行く友達とか居ないの?」

友人「私の事、色眼鏡なしに見てくれるのって、穂乃果くらいだから」

穂乃果「……」

友人「まぁ、そういうことなんで、電話番号、教えてよ」

穂乃果「うん」


……



―― 夏休み:高坂邸


絵里「王手」パチ

穂乃果「う……!」

絵里「……」

穂乃果「……ま、待った」

絵里「それはダメよ」

穂乃果「うぅ……」

絵里「……ここを」

穂乃果「それもダメ!」

絵里「わかったわ。じっくり考えて」

穂乃果「むぅぅ……」


絵里「……」


……




穂乃果「参りました」

絵里「はい、お疲れさまでした」


穂乃果「あぁーもぅー! 勝てないー!」ジタバタ

絵里「ちょっと、子供みたいにしないの」

穂乃果「プロ棋士の人生、諦めるよ」

絵里「目指していたのね」

穂乃果「うぅー、あぁー! 悔しい~!」

絵里「穂乃果の指し方、結構好きよ?」

穂乃果「……?」

絵里「私は、ほら……守りを重視してしまうでしょ」

穂乃果「うん、とても固い守りだよ」

絵里「でもね、穂乃果は……自由っていうのかな、自在に駒が動いていくの」

穂乃果「……」

絵里「そういうの、私にはできないことだから」

穂乃果「隙だらけってことだよね」

絵里「そうじゃなくて……、常識を覆すってニュアンスね」

穂乃果「勝てなきゃ意味ないよ」

絵里「そんなに勝ちたい?」

穂乃果「うん!」

絵里「たとえ、セオリー通りの知識を持って、私に勝ったとしてもね、
   それはもったいないことだと思うのよ」

穂乃果「……」

絵里「これは、穂乃果の強みだと思うから」


穂乃果「でも、勝たないと……」

絵里「穂乃果は穂乃果の強さを持ってて欲しい」

穂乃果「……」

絵里「これは、私のわがままになるけどね」

穂乃果「……もう一回」

絵里「えぇ、いいわよ」


穂乃果「……」

パチ

絵里「……」

パチ


穂乃果「強いって、なにかな」

絵里「それは……」

穂乃果「……」

絵里「そうね、偉そうに言ってみたけど、
    私にもよく解ってないのかもしれない」

穂乃果「……」

絵里「私と一緒に、探してみましょ」

穂乃果「……うん」


……




穂乃果「……」

パチ

絵里「……」

パチ

穂乃果「絵里ちゃん、進路どうするの?」

絵里「あれ、言ってなかった?」

穂乃果「聞いてないよ?」

絵里「おかしいわね、てっきり知ってるものだと思ってたわ」


穂乃果「よしっ、ここで!」

パチッ

絵里「……」

パチ

穂乃果「あ……」

絵里「攻める時こそ、周りをよく見ないとね」

穂乃果「あぁ……、チャンスだと思ったのに」

絵里「ちょっと待ってて、学校の資料取ってくるから」

穂乃果「……うーん」


穂乃果「香車を横に移動しておけば……なんて、香車は横に動けない――」


穂乃果「……」


穂乃果「……あれ、今の……デジャヴ?」


絵里「ほら、ここへ受験するのよ」


穂乃果「えっと……――音ノ木坂学院?」


絵里「そう、おばあさま達が通った学校」


……



―― 新学期:2年生の教室


友人「いやぁ、夏休みは楽しかったねぇ~」

穂乃果「うん……」

友人「なに、悩みごとでもあるの?」

穂乃果「あなたって、進路決めてる?」

友人「ううん、全然。まだ早いでしょ」

穂乃果「そんなことないよ」

友人「穂乃果はいいよね、選択肢が広くて。あの進学校でも余裕じゃない?」

穂乃果「うん……そうだね」

友人「嫌味だったんだけど」

穂乃果「よしっ、先生に相談してこよう!」ガタッ

友人「えぇ、今から!?」

穂乃果「善は急げ!」

タッタッタ


友人「……」

女生徒「ねぇ、あなた」

友人「……なに?」

女生徒「夏休みに、高坂さんと一緒に居るところ見たけど……」

友人「それがどうしたってのよ?」

女生徒「あまり、高坂さんに悪影響を与えるようなことしないでね」

友人「……どういう意味?」

女生徒「自分がどういう風に見られているのか、知らないわけじゃないでしょ」

友人「……」

女生徒「来年には高校受験なんだから、変なことにならないようにしてってこと」

友人「…………」


……



―― 夜:絵里の部屋


穂乃果「私も音ノ木坂学院に受験するよ!」

絵里「……」

穂乃果「あれ、喜んでくれてない……?」

絵里「穂乃果、その進路を決めたのは私に影響されたからじゃないわよね」

穂乃果「えっと……」

絵里「やっぱり……。あのね、穂乃果……」

穂乃果「絵里ちゃんと一緒に通いたいんだもん」

絵里「先生に相談した?」

穂乃果「したよ」

絵里「なんて言ってたの?」

穂乃果「……高坂なら、他の学校でも通用するとかなんとか」

絵里「そうでしょうね。……それを聞いてどう思った?」

穂乃果「絵里ちゃん、私が同じ学校に通うの嫌なの?」

絵里「いいから、答えて」

穂乃果「そうなんだ。って、思ったけど……よくわからないよ」

絵里「高校を決めるということは、将来を決めるということでもあるのよ?」

穂乃果「……」

絵里「それなのに、私の――」

穂乃果「一緒に同じ学校に通いたいって思うのはいけないこと?」

絵里「……」

穂乃果「小学校、中学校も一緒だったから、高校も一緒に居たいって……」

絵里「ほのか……」

穂乃果「そう、思ったんだよ」

絵里「できれば、自分の意志で決めて欲しい。
    人に左右されないで、穂乃果自身で決めて欲しい」

穂乃果「……」


絵里「取ってつけた理由で決めたりしてない?」

穂乃果「してない。一緒に通いたいって思うのは本当だから」


絵里「後悔しない?」

穂乃果「しない」

絵里「……」

穂乃果「やっぱり、いや……かな?」

絵里「そんなことないわ。……本音を言うとね」

穂乃果「?」

絵里「穂乃果が、そう言ってくれて……とっても嬉しい」

穂乃果「――!」

絵里「ありがとう、ほのか」

穂乃果「絵里ちゃん!」


……




―― 翌日:学校


「おはよー」

「おはよう~。今日も暑いね~!」


穂乃果「進路を決めたはいいけど、これからどうすればいいのかな」

絵里「とりあえず、今までどおりね。特に変化は要らないわよ、穂乃果の場合」

穂乃果「うーん……決めてしまったから、なんか、落ち着かない」

絵里「?」

穂乃果「ジッとしていられないっていうか……なんだろう、この気持ち」

絵里「自分でもわかってないのね。……今は中学校生活を楽しみなさい」

穂乃果「そうだね」


友人「……」


穂乃果「あ、それじゃあね、絵里ちゃん」

絵里「今日は一緒に帰れないから、先に帰ってて」

穂乃果「わかった~」

テッテッテ


穂乃果「おーはよう~」

友人「あぁ、穂乃果か……」

穂乃果「どうしたの?」

友人「……べつにぃ?」

穂乃果「元気ないよね」

友人「朝だからテンション低いだけ」

穂乃果「ふぅん……」


絵里「……」


上級生「おはよう、絢瀬さん」

絵里「おはよう」

上級生「穂乃果さん、あの子とよく一緒にいるわよね」

絵里「……そうね。仲がいいみたい」

上級生「……あの子の噂話って知ってる?」

絵里「えぇ、聞いてるわ」

上級生「いいの?」

絵里「なにを心配しているの?」

上級生「その……良い噂じゃないから。
     穂乃果さんも先生方に目をつけられるんじゃないかって」

絵里「そんなこと気にする子じゃないわ」

上級生「……」

絵里「行きましょ」


……





―― 秋:絵里の部屋


コンコン


絵里「どうぞ」


穂乃果「もう寝ちゃう?」

絵里「まだ起きてるわよ。話でもあるの?」

穂乃果「……うん。友達のことで」

絵里「そう……。そこ座って」

穂乃果「うん。……くしゅっ」


絵里「またそんな格好して……」

穂乃果「えへへ、暑くなったりするから、つい」

絵里「風邪ひいたら大変よ、これを着て」

穂乃果「ありがとー。……絵里ちゃんの匂いがする」

絵里「何言ってるのよ。……それで?」

穂乃果「うん……。2年に上がってから友達になった人がいるんだけど、
     最近、登校してもすぐ帰っちゃって……」

絵里「……」

穂乃果「理由をクラスのみんなに聞いても知らないって。……どうしよ?」

絵里「穂乃果は、その子が周りからなんて呼ばれてるか、知ってる?」

穂乃果「不良だって、みんなが言ってた」

絵里「……」


穂乃果「でも、不良って……なんて言うんだろ、悪いってイメージがあるでしょ?」

絵里「……そうね」

穂乃果「その人は、そんなイメージじゃないから」

絵里「穂乃果はどうしたい?」

穂乃果「学校に居て欲しい。また、一緒に遊んだりしたい」

絵里「それじゃ、それを伝える方が先ね」

穂乃果「……でも、そんなこと言われて迷惑かも」

絵里「そこで遠慮してはダメよ」

穂乃果「……うん」

絵里「私と最初に出会った日のこと覚えてる?」

穂乃果「絵里ちゃんと……?」

絵里「穂乃果ったら、おばさまの後ろにずっと隠れていたのよ」

穂乃果「あ……そうだっけぇ?」

絵里「ふふ、私が怖かったのね」

穂乃果「そうだったかなぁ……」

絵里「でも、私に……声をかけてくれた」

穂乃果「……」

絵里「子供だったから、とても勇気がいると思うわ」

穂乃果「……」

絵里「今必要なのはそれじゃないかしら」

穂乃果「いいのかな……?」

絵里「穂乃果は穂乃果でいて。それが一番よ」

穂乃果「……うん、わかった」


……



―― 翌朝:台所


絵里「おはようございます、おばさま」


母「おはよう、絵里。弁当箱出してくれる?」

絵里「はい。……いつも用意してくださいますけど、大変ではありませんか?」

母「夜のうちに大体は準備してあるから、それほどでもないわよ」

絵里「そうですか……。私も料理を始めたほうがいいかな……」

母「それはいいけど、受験生なんだから支障がない程度にしてね」

絵里「はい、わかっています」

母「……こうやって、台所で二人、料理をしてるのって楽しいのよ」

絵里「あ――……、はい、私も」


母「そうそう、懐かしい夢をみたのよ」


絵里「……?」

母「絵里と穂乃果、二人が初めて会った日のこと」

絵里「……昨日も、穂乃果とその話をしていました」

母「あら、偶然ね」

絵里「あの頃の私、無愛想だったから……穂乃果を怖がらせてしまって」

母「……怖がってないわよ?」

絵里「え……?」

母「あの時の穂乃果は、恥ずかしがってたんだから」

絵里「……そう、でした?」

母「えぇ、嬉しそうにして、でも恥ずかしくて、どうしようって」

絵里「嬉しそう……」

母「新しい友だちが出来るってことじゃないかな……、
  でも、恥ずかしいって、もぞもぞさせて」

絵里「……」

母「その本人はまだ寝てるのね」

絵里「……はい」


―― 穂乃果の部屋


コンコン

「穂乃果、入るわよ?」


スーッ

絵里「10分経ってるけど――」


穂乃果「えり…ちゃん……」


絵里「どうしたの?」

穂乃果「からだ……おもい」

絵里「……」スッ

穂乃果「かぜかな……」

絵里「熱があるから、風邪ね」

穂乃果「……んん」

絵里「なにしてるの?」

穂乃果「きがえ……」

絵里「今日は休んで、安静にしてなさい」

穂乃果「……」

絵里「どうしたの?」

穂乃果「また、あした……って、言った」

絵里「昨日の友達の話?」

穂乃果「……うん」

絵里「私から言っておくから……、ほら、早く横になって」

穂乃果「……」

絵里「言うこと聞きなさい」

穂乃果「…………うん」


……



―― 学校


友人「あれ、穂乃果は一緒じゃ……?」

絵里「風邪をひいてしまって、今日は休みよ」

友人「……あ、そうですか」

絵里「あなたのこと気にして、登校しようとしてたのよ」

友人「え……?」

絵里「この意味、わかるわよね」

友人「……」

絵里「今日も学校をサボった、なんてこと、穂乃果に報告させないでね」

友人「…………」


……




―― 夕方:高坂邸


絵里「…………ただいま」


穂乃果「おかえり~。今日は早かったね」


絵里「……なにをしてるの?」

穂乃果「病院行って、薬飲んだら治っちゃった」

絵里「……」

穂乃果「本当だよ? ほら……体温計みて」

絵里「37度2分……まだ微熱じゃないの」

穂乃果「大丈夫だよ、体は軽――」

絵里「いいから来なさい」グイッ

穂乃果「あう……」


―― 穂乃果の部屋


穂乃果「大丈夫なのに」

絵里「薬を飲んで、熱が一時ひいてるだけかもしれないでしょ」

穂乃果「だって、今日一日暇で」

絵里「だってじゃないわよ、まったく……おばさまの目を盗んでテレビ見るなんて」

穂乃果「盗んでないよぉ、人聞きの悪い。……ちょっと隙を狙っただけ」

絵里「はいはい」

穂乃果「流さないでよっ」

絵里「いいから、大人しくしてなさい」

穂乃果「はぁい」

絵里「それと、これ」

穂乃果「……漫画? 買ってきてくれたの?」

絵里「違うわよ。あの子が見舞いにって」

穂乃果「学校……来てたんだ」

絵里「えぇ、一日ずっといたわ。
   学校に持ち込んでいることは一応、注意したけど」

穂乃果「あはは……そっか」

絵里「この本、穂乃果が読みたがっていたって」

穂乃果「うん、ちょっと読んでみたら面白くて」

絵里「……そう。……あまり字を追い過ぎると気分を悪くするから、ほどほどにね」

穂乃果「うん、わかった」

絵里「安静にしてるのよ?」

穂乃果「わかってるって」

絵里「……本当に?」

穂乃果「もぉ、信じてよぉ」

絵里「さっき、テレビを見ていたのは誰だったかしら」

穂乃果「……私です」

絵里「またあとで、様子を見に来るからね」

穂乃果「はぁい」


……



―― 冬


友人「ふぅ……さぶっ」


穂乃果「それーぃ」

パシッ


友人「こんな日でも元気だよね、穂乃果って」

パシッ


穂乃果「体動かしてたら温まるって~」

パシッ

友人「バトミントンってそんな動かないでしょ」

パシッ

穂乃果「じゃあ――」スッ

パシッッ

友人「うわっと!?」

パシッ

穂乃果「もう一丁!」

パシッッ

友人「くっ……!」

パシッ

穂乃果「これなら――どうだ!」

パシッッ

友人「……っ!」

スカッ


トントン


穂乃果「ふふん、私の勝ち~」

友人「はぁ~ぁ、体育で本気出しちゃって~」

穂乃果「本気出さないで負けたらつまらないでしょ」

友人「……嫌味も通じない」

穂乃果「ほら、もう一回勝負」

友人「穂乃果ってさ、どうして運動部に入んないの?」

穂乃果「え?」

友人「運動神経良いんだから、活躍できるよ、きっと」

穂乃果「……これと言って、やりたいものもなくて」

友人「なんか、もったいない気がする」

パシッ


穂乃果「……そっちこそ、部に入らないの?」

パシッ

友人「私が? いやぁ、邪魔でしょ」

パシッ

穂乃果「邪魔って……」


トントン


友人「勝ち~」

穂乃果「どうして自分のことそういう風に言うの?」

友人「え?」

穂乃果「寂しいよ」

友人「……」

穂乃果「ねぇ……学校サボって、どこ行ってたの?」

友人「それ聞くかな、普通」

穂乃果「聞くよ。友達だから」

友人「穂乃果と私はさ、育った環境が違うんだよ」

穂乃果「え……?」

友人「きっと、両親や絢瀬先輩に大切に育てられたんだ。見ていたら分かる」

穂乃果「……」

友人「こんな私でも、普通に接してくれる。貴重な人物だよ」

穂乃果「……?」

友人「きっと、世界が認めてる。
    高坂穂乃果を中心に世界が回ってる、みたいな」

穂乃果「……意味がわからないよ?」

友人「逆に私は、居てもいなくても同じ。世界の隅で振り回される人物」

穂乃果「哲学?」

友人「かもね」

穂乃果「それで、学校をサボってどこに行ってたの?」

友人「いや、今の話しでわかってよ。どうでもいいことなんだって」

穂乃果「私にとってはどうでもいいことじゃないよ」

友人「私の噂話、聞いてるでしょ?」

穂乃果「……うん」

友人「黒い話も色々あったよね」

穂乃果「……」

友人「本当の事を言って、距離を取られるのが嫌なの。だから言わないの」

穂乃果「……」

友人「誰にでも分け隔てなく接して、楽しそうにしてる穂乃果を見て、和んでいたりしてね」

穂乃果「……でも」

友人「?」

穂乃果「……でもね、私――」


穂乃果「絵里ちゃん以外に……深く付き合えている友達っていないんだよ」


友人「……」


穂乃果「絵里ちゃんは、友達っていうか、お姉ちゃんっていうか……」

友人「……」

穂乃果「同学年で、親しくしてくれる人っていない」

友人「……そっか」

穂乃果「……」


キーンコーン

 カーンコーン


穂乃果「着替えに戻ろ」

友人「そだね」


穂乃果「……」

友人「写真、撮ってた」

穂乃果「?」

友人「風景とか、人とか、建物とか、動物とか、色んなの」

穂乃果「学校休んでまで?」

友人「面白くてしょうがないんだよね。……それが理由で補導されたこともある」

穂乃果「呆れた……、土日に行けばいいのに」

友人「その日がいい天候になるとは限らないでしょ。思い立ったが吉日っていうじゃん」

穂乃果「絵里ちゃんに相談しよ」

友人「……なにを?」

穂乃果「友達が写真撮るために学校サボってるって」

友人「やめて?」


……



―― 夜:絵里の部屋


絵里「困った子ね」

穂乃果「本当だよね~」

絵里「……」

穂乃果「あ、今度見せてもらおう、そうしよう」

絵里「嬉しそうね」

穂乃果「そうかな……?」

絵里「噂が外れたから?」

穂乃果「……ううん、違う。……ちゃんと話してくれたから」

絵里「……そう。良かったわね」

穂乃果「……うん」


……




―― 3日後:学校


女生徒A「……無い」

女生徒B「なにが?」

女生徒A「腕時計が無くなってる」

女生徒B「どこかに置き忘れたんじゃないの?」

女生徒A「ちゃんと、ここに置いたよ……」

女生徒B「しょうがない、ほら、探しに行くよ」

女生徒A「……きっと、アイツだ」


……




―― 教室


女生徒A「ほら、もう居ない!」

女生徒B「……」

女生徒A「先生に言ってくる」

女生徒B「ちょっと待って」

女生徒A「え、なに?」

女生徒B「本当にやったっていう証拠がないよ?」

女生徒A「じゃあ、どうして居ないのよ」

女生徒B「それは……知らないけど」


穂乃果「もぉ……またサボってるし」


女生徒B「あ、穂乃果さん」

穂乃果「?」

女生徒B「最近、あの人と仲いいよね」

穂乃果「あの人って?」

女生徒A「あの不良よ!」

穂乃果「……」

女生徒B「ちょっと、落ち着いて。それでね、今どこに居るのか知らないかな?」

穂乃果「知らないけど、何かあったの?」

女生徒A「私の腕時計が無くなってるのよ!」

穂乃果「……ちゃんと探した?」

女生徒A「当たり前でしょ! 大事なものなんだから!」

女生徒B「だから、落ち着きなさいって!」

女生徒A「っ!」ビクッ


女生徒B「大切な時計失くして焦るのはわかるけど……ちゃんと判断しないと」

女生徒A「……」

穂乃果「ちょっと待ってて、電話してみるから」

女生徒B「……お願い」

女生徒A「アイツが盗ったに決まってる」

女生徒B「私は……そうは思えない……」

女生徒A「どうしてよ?」

女生徒B「穂乃果さんと一緒のところを見てると……どうしてもね……」

女生徒A「…………」


穂乃果「あ……出た」

『えっと、今日は線路を撮りに行こうかなぁなんて』

穂乃果「それはいいから、今どこ?」

『……バスの中だけど?』

穂乃果「戻ってきて。大事な話があるから」

『話し……?』

穂乃果「……うん」

『……』

穂乃果「ちゃんと戻ってきてよ?」

『なにがあったの?』

穂乃果「それは……」

女生徒B「貸して」

穂乃果「……」

女生徒B「私の友達が腕時計を失くしたんだって」

『……なるほどね、わかった』

女生徒B「急いでね」

『はいはい』


穂乃果「……」


……



―― 昼休み:2年生の教室


絵里「えっと、穂乃果は……」

クラスメイト「あっ、絢瀬先輩っ」

絵里「見当たらないんだけど……どこに行ったか知らない?」

クラスメイト「高坂ですかっ、し、知らないです」

絵里「……そう。ありがと」

スタスタ


クラスメイト「あ…絢瀬先輩と話が出来た……」

女生徒「なに鼻の下伸ばしてんのよ」

クラスメイト「この学校の有名人だぞ……嬉しいに決まってる」

ハンサム男子「キミには高値の花だよ」

女生徒「あんたもね」


……




―― 中庭


絵里「あら?」



女生徒A「ほら、言ったとおりじゃない!」

友人「……」

穂乃果「どうして……」

女生徒B「どうして盗ったりなんか……」

友人「さぁね」

女生徒A「信じられない……。謝るどころかこの態度……」


絵里「穂乃果」

穂乃果「あ……」

絵里「なにがあったの?」

穂乃果「……」


友人「これで停学かな?」

女生徒B「あなたね、今自分がどういう立場にあるか分かってるの!?」

友人「……」

女生徒A「もういいよ! 先生に言ってくるから!」

友人「……」


絵里「ちょっと待って」


女生徒A「な、なんですか?」

絵里「一つ聞きたいことがあって。先生に報告するのはその後でいいわよね」

女生徒A「え……」


絵里「ねぇ、あなた」

友人「……はい?」

絵里「どうして戻ってきたりしたの?」

友人「え……?」

絵里「反省したのなら、ちゃんと謝るはずよね」

友人「……」


女生徒A「泥棒なんだから、常識なんて持っていないんですよ!」


絵里「滅多なこと口にしないで」


女生徒A「――!」

穂乃果「……」


絵里「穂乃果から話を聞いただけだけど、あなたの行動がおかしいわ」

友人「……」

絵里「魔が差したのなら……物は処分してくるはず」

友人「……そ、それは」

絵里「本当はあなた、盗ってないんじゃない?」


女生徒A「なにを言っているんですか!」

女生徒B「本人が持ってたんですよ……?」


絵里「私はその本人に聞いてるの」


女生徒A「……」


絵里「答えて?」

友人「……」

絵里「それじゃ、質問を変えるわね。……その腕時計、どこにあったの?」

友人「……水飲み場です」


女生徒A「は――?」

女生徒B「どういうこと?」

穂乃果「……」


友人「いつも、体育の時間……顔を洗ってるの見てたから」

絵里「そこに置いてあるだろうって思ったわけね」

友人「……」


女生徒B「ちょっと!?」

女生徒A「えっと……」

穂乃果「なぁんだ」


絵里「――どうして、本当のことを言わなかったの?」

友人「……えっと」

絵里「あなた――……穂乃果を試したわね」

友人「っ!」ビクッ


絵里「――ッ!」

パァン

友人「――っ」


女生徒A.B「「 っ!? 」」

穂乃果「絵里ちゃん!?」


絵里「……」

穂乃果「どうして叩くの!?」

絵里「どいて、穂乃果」

穂乃果「いやだよ!」

絵里「……」

友人「どいて」

穂乃果「え……」

友人「絢瀬先輩の言うとおり……私が停学になったら……穂乃果はどうするんだろうって思ってた」

絵里「……」

友人「友達でいてくれるのかなって……」

絵里「あなたがどういう境遇に居るのかは知らないけど――」


絵里「穂乃果の信頼を裏切るようなことだけは、絶対に許さないわよ」


友人「――はい、すいませんでした」


絵里「謝るのは私じゃないわよね」


友人「……ごめん、穂乃果」

穂乃果「い、いいよ別に。……というか、どうして私が謝られないといけないの」

友人「いや、だって……」

穂乃果「気にしてないから、ね?」


絵里「あなた達も、この子に謝りなさい」


女生徒B「は、はい……」

女生徒A「いえ、謝るのは私です。……ごめんなさい。泥棒扱いして」

友人「……」


絵里「……これで、一件落着かしら」

穂乃果「……じぃー」

絵里「な、なに?」

穂乃果「叩かなくてもいいよね」

絵里「つい、ね」

穂乃果「……」


……



―― 夜:穂乃果の部屋


コンコン

「ほのか」


穂乃果「……」


「ちょっと、居るんでしょ? 返事して?」


穂乃果「穂乃果はもう寝ました」


「やっぱりまだ怒ってるのね」


穂乃果「叩かなくてもよかったよ」


「それは……、感情的になってしまって」


穂乃果「そうですか、わかりました」


「どうして敬語なのよ……」


穂乃果「おやすみ」


「あ、ちょっと、開けるわよ?」


穂乃果「ダメ」


「……どうしてそこまで怒るの」


穂乃果「謝ってないよね」


「あそこで私が謝るのは違うでしょ」


穂乃果「でも、フォローは出来たはずだよ?」


「それは、そうだけど……」


穂乃果「おやすみ」


「あぁ、穂乃果ってば……」


「なにしてるの、あなた達……」


「お、おばさま……」


穂乃果「……」



……



―― 居間


母「――それで引っ叩いてしまったと」

絵里「……はい」

母「気にすることないわよ。放っておけばそのうち出てくるでしょ」

絵里「でも……」

母「絵里が怒っているところをみて、ちょっと驚いているだけだから」

絵里「……」

母「これを機に、お互い距離を置いたほうがいいのかもね」

絵里「……そうですね」


……




―― 翌日:2年生の教室


友人「お、おはよう」

穂乃果「……おはよう」

友人「その……昨日はごめんね?」

穂乃果「いいよ、別に」

友人「あ……怒るよね、それはもちろん」

穂乃果「ねぇ、どうして写真に拘るの?」

友人「え……?」

穂乃果「だって、学校をサボってまですることなんでしょ?」

友人「まぁ……うん」

穂乃果「理由を聞かせてよ」

友人「えっと……」

穂乃果「言いにくいかもしれないけど、昨日の今日だから。
     これからはサボれないんだよ?」

友人「……そうだよね」

穂乃果「……」

友人「私の家、色々と複雑でさ……。家族とあまり、話をしてないんだよね」

穂乃果「…………」

友人「だから、気を紛らわす為に……色んなとこに行ったりしてた」

穂乃果「色んなとこって?」

友人「そこは、穂乃果が知らなくていいとこ。
    ……まぁ、常識はずれのことはしてないから」

穂乃果「……うん」

友人「それでも、私の年齢の子が居るような場所じゃなくて…
   注意されたりするんだよね」

穂乃果「……」


友人「そこでさ、私が持ってる……その、写真を……見られてしまって」

穂乃果「……うん」

友人「いい写真だって、褒められた」

穂乃果「……」

友人「初めて他人に……自分の……なんだろ、趣味……実力……能力?」

穂乃果「特技?」

友人「そう、それ。……自分の持ってるモノを褒められたから嬉しくて」


友人「写真を撮っては、そこへ持って行ったりしてた」


友人「だけど、もう来るなって言われて。
   その写真を撮ることで、人生やり直せーみたいなこと言われて」

穂乃果「……」

友人「行くことをやめても……見せられる人が居ないから、撮るだけしかなくて」

穂乃果「……」

友人「どんな写真なら、人に認められるのかなって考えたら……ちょっと楽しくて」


友人「色んな写真撮ってみたくて……、だから……サボって行ってました」

穂乃果「そっか」

友人「昨日、絢瀬先輩に怒られて……ちょっと、嬉しかったりして……あはは」

穂乃果「すぐ素直になったよね」

友人「先生や人に怒鳴られることはしょっちゅうあるけど、みんな、所詮は他人事なんだよね」

穂乃果「……」

友人「だから、何のために怒っているんだろって……一歩引いて見ちゃって」


友人「誰のために怒っているんだろ、って冷めちゃう」


友人「だけど、絢瀬先輩は……穂乃果の為に怒ってたから……怖かった」

穂乃果「……」

友人「そういう怒りって、わかるでしょ?」

穂乃果「うん」

友人「……」

穂乃果「そっか……そういうことだったんだ」

友人「呆れた?」

穂乃果「ううん、そんなことないよ」

友人「そっか……」

穂乃果「一つ気になるんだけど、どうして写真を撮ってること隠してたの?」

友人「そ、それは……その……」

穂乃果「いつから撮ってるの?」

友人「えっとぉ……中学に……入ってから、かなぁ」

穂乃果「大体2年位まえだよね。
     その持ってる写真って、今でも持ってる?」

友人「……見せないよ?」


穂乃果「どうして? 褒められるくらい良い写真なんでしょ、見せてよ」

友人「いやぁ……穂乃果には見せらんないわ」

穂乃果「どういう意味?」

友人「友達でいられなくなるかも……」

穂乃果「……?」

友人「でも……本人に、承諾を得ないとダメだよね……」

穂乃果「???」


友人「……ごめん、穂乃果。これなんだ!」

スッ


穂乃果「……」


穂乃果「いつ撮ったの?」


友人「入学して、少し経った頃。
   二人、楽しそうだったから……パシャッって」

穂乃果「…………」


女生徒B「穂乃果さんと、絢瀬先輩……か」

女生徒A「……隠し撮り?」

友人「ちがっ、くないけど……!」


穂乃果「そっかそっか……」


友人「ほ、穂乃果……?」


穂乃果「写真……撮られてて……知らないトコで褒められてたんだ……びっくりだねぇ」


友人「あの、距離を取らないでくれるかな……」

女生徒B「普通は引くよね」

女生徒A「……うん」

友人「だから見せたくなかったのに……!」


穂乃果「えっと、次の授業は……」

友人「ごめんって、これあげるから!」

穂乃果「他にも撮ってたりしないよね」

友人「まぁ、その……すいません」

穂乃果「……」スッ

友人「目をそらさないで……、今、結構キツイ!」

女生徒A「……良い写真だよね」

女生徒B「そうだね。……二人並んで、笑顔で」

穂乃果「そう言われると……ちょっと恥ずかしい」

友人「……」


穂乃果「……どうして言ってくれないの?」

友人「?」

穂乃果「言ってくれたら……よかったのに」

友人「穂乃果と絢瀬先輩ってさ、二人一緒に居る時が……自然っていうか、
   良い空気を出しているんだよね」

女生徒B「それは……わかるかも」

女生徒A「二人でいる時のほうが笑ってるって気がする」

穂乃果「……そうかな?」

友人「そうなんだよ。……その空気を壊したくなかったからさ」

穂乃果「ふぅん……」

友人「ほんと、ごめん! 穂乃果!」

穂乃果「わたし達、芸能人じゃないんだからね」

友人「はい、そうですね」

穂乃果「絵里ちゃんにも、ちゃんと自分で話ししてよ?」

友人「――え!?」

穂乃果「当たり前のことだよ?」

友人「ま、マジで……?」

女生徒A「昨日の絢瀬先輩……怖かったからね」

穂乃果「いつもはあんな風じゃないから、平気だよ」

友人「いやいや、穂乃果だからでしょ」

穂乃果「いいから、ちゃんと話ししてね」

友人「……わかった」


女生徒A「それから、私からも。本当にごめんなさい」

女生徒B「私も……ごめん」

友人「……いいって。……そういう、疑われるようなことしてたんだから」

穂乃果「これからは、ちゃんと授業に出ないとダメだよ?」

友人「……そうだね」


……



―― 冬休み前


友人「穂乃果って、もう進路を決めてるんでしょ?」

穂乃果「うん。――音ノ木坂学院」

友人「そこってどんなとこ?」

穂乃果「資料でしか見たことないから……上手く説明できない」

友人「資料ってどこにあるの?」

穂乃果「進路室。興味あるなら先生に相談してみたら?」

友人「そうしてみる」


……




友人「渋い顔された」

穂乃果「……そっか」


……




―― 高坂邸


穂乃果「ねぇ、お母さん……絵里ちゃんは?」

母「図書館に行ったわよ」

穂乃果「勉強?」

母「そうだと思うけど」

穂乃果「私も行ってこようかな……」

母「せっかくの冬休みなんだから、手伝って」

穂乃果「……帰ってからでいい?」

母「受験生の邪魔をしないの」


……




―― 夜:穂乃果の部屋


穂乃果「……」


コンコン

「私だけど、ちょっといい?」


穂乃果「どうぞー」

絵里「……勉強してるのかと思ったら、漫画読んでるのね」

穂乃果「さっきまでしてたんだよ」

絵里「それなら、別にいいんだけど」

穂乃果「……なにか用?」

絵里「なんだかトゲがあるような気がするんだけど、気のせいかしら」

穂乃果「最近……置いていくよね」

絵里「なにを?」

穂乃果「私を」

絵里「拗ねてるの?」

穂乃果「拗ねてなんかないよー」

絵里「一人でゆっくり勉強したかったのよ。気分転換にもなるから」

穂乃果「ふぅん、穂乃果がいると邪魔なんだ」

絵里「そうは言ってないでしょ」

穂乃果「そう言ってるように聞こえた」

絵里「なんだか虫の居所が悪いみたい。……邪魔したわね」


スーッ

 パタン


穂乃果「……」


……



―― 絵里の部屋


絵里「……やっぱり、おばあさまの危惧していた通りなのかしら」


絵里「このままだと、穂乃果が入学する頃には……」


絵里「私一人じゃ、どうにもならないけど……」


コンコン


絵里「はい」


「……」


絵里「……穂乃果?」


「えっと……」


絵里「……」


「あのね……」


絵里「ふぅ……まったく」


「開けていい……?」


絵里「今日は機嫌が悪いみたいだから、話なんてできないわね」


「そんなことない……よ」


絵里「今、勉強中なのよ」


「邪魔……しないから」


絵里「もぅ……しょうがないわね。入っていいわよ」


スーッ

穂乃果「ごめんね……?」

絵里「どうして謝るの?」

穂乃果「なんか、態度……悪かったよね」

絵里「……」

穂乃果「……嫌な気分にさせたよね」

絵里「はぁ……、私も、まだまだダメね」

穂乃果「?」

絵里「そこ座って。久しぶりに話しをしましょ」

穂乃果「勉強は……?」

絵里「今日はお終い。ついでに明日……、一日中ってわけにもいかないけど」

穂乃果「……?」


絵里「明日のお昼、どこか出かけましょうか」

穂乃果「いいの?」

絵里「えぇ。穂乃果の言う通り、最近は一緒に居る時間が少なかったから」

穂乃果「……!」

絵里「どこ行きたい?」

穂乃果「あ…明日って、クリスマスイヴだよ? 本当にいいの?」

絵里「変な気を遣わないで。そんなこと言ってると、行くの止めるわよ?」

穂乃果「じゃ、じゃあ商店街に行こうよ! イルミネーションが綺麗だって」

絵里「お昼って言ったでしょ」

穂乃果「あ……そっか」

絵里「わかったわ、夕方に変更しましょうか」

穂乃果「――うん!」


……



―― クリスマス・イブ


穂乃果「うわっ、綺麗……!」

絵里「……――。」

穂乃果「凄いね、光が溢れてる!」

絵里「えぇ、本当に綺麗……」

穂乃果「ついでに雪も降ればいいのにねぇ~」

絵里「それは贅沢よ」

穂乃果「あはは、そうだよね……」


絵里「……」

穂乃果「……」


絵里「あと、何回……こうして、穂乃果と一緒にイルミネーションを見られるのかしら」

穂乃果「?」

絵里「少なくとも、私が高校を卒業するまでの……3回よね」

穂乃果「……そう考えたら、少ない気がするね」

絵里「あ、でも……穂乃果に素敵な人が現れるかもしれない」

穂乃果「えぇ~?」

絵里「そうなったら、これが最後かも?」

穂乃果「もぅ~、変なこといわないでよ~」

絵里「ふふっ」


……




絵里「寒くない?」

穂乃果「だいじょうぶ~、暖かいよ~」

絵里「なんだか、急に冷え込んできたわね……」

穂乃果「そうかな? マフラー借りる?」

絵里「まだ平気よ」

穂乃果「我慢しなくていいからね?」

絵里「してないわよ。……穂乃果こそ、私に貸して風邪ひいちゃいそうじゃない」

穂乃果「そんなことないよ!」

絵里「ふふっ」

穂乃果「……今日の絵里ちゃん、よく笑うね」

絵里「え、そう?」

穂乃果「うん。だから、暖かい」

絵里「もぅ、なんだか恥ずかしいじゃない……」

穂乃果「えへへ」


絵里「あ――……」


穂乃果「?」


絵里「雪よ、穂乃果……」


穂乃果「あ、本当だ……」


絵里「…………」


穂乃果「ホワイト・クリスマスだ」


絵里「…………」


穂乃果「ラッキーだね」


絵里「ねぇ、穂乃果」


穂乃果「?」


絵里「どこか、遠くにね……、綺麗なオーロラの見える場所があるんだって」


穂乃果「オーロラ……」


絵里「おばあさまが生まれた、ロシアでも見られるそうよ」


穂乃果「絵里ちゃん、見たことあるの?」


絵里「ううん、まだ見たことないわ」


穂乃果「そっかぁ……見てみたいね」


絵里「そうね……」


穂乃果「見てみたい、じゃなくて……見に行こうよ」


絵里「……オーロラを?」


穂乃果「オーロラを!」


絵里「そうね……穂乃果と一緒に……、オーロラを見られたら、素敵ね」


穂乃果「うん! きっと、宝物になるよ!」


絵里「えぇ、きっとね――」


……



―― 大晦日


絵里「穂乃果、そっち持って」

穂乃果「はーい」

絵里「いい? せーので、持ち上げるのよ?」

穂乃果「わかった」


絵里穂乃果「「 せーの 」」


絵里「よいしょ」

穂乃果「よいしょー」


絵里「後ろ気をつけて」

穂乃果「大丈夫だよー」


母「あ、こっちに持ってきて」


絵里穂乃果「「 はーい 」」


母「ゆっくり、ゆっくりね」


絵里「だいじょうぶ、穂乃果?」

穂乃果「余裕余裕~」


母「はい、ストップ」


絵里「それじゃ、ゆっくり降ろすわよ」

穂乃果「うん」


母「気をつけてよ、二人とも」


絵里「よいしょ、っと」

穂乃果「……ふぅ」


母「箒でちゃんと掃いてね」

絵里「わかりました」

穂乃果「箒ってどこ?」

絵里「廊下の隅よ」

穂乃果「わかった、取ってくる!」

テッテッテ

母「蕎麦を用意してるから、掃除が終わったら食べましょ」

絵里「はい」


絵里「今年も、もう終わりなんですね……」


……



―― 節分


穂乃果「鬼はーうちー」

パラパラ


絵里「ちょっと、穂乃果! 私は鬼じゃないわよ?」


母「なんで豆まきなんかしてるの、片付け大変なのよ」

穂乃果「季節を体験」

母「子供じゃないんだから、――って、この豆、小豆じゃないの!」

穂乃果「ちゃんと洗って返すから」

母「商売品なんだから……もう使えないじゃない……」

絵里「だから言ったのに」

穂乃果「じゃあじゃあ、おやつに作ってもらおう、そうしよう~」

母「反省の色、ゼロね……。希望通り、飽きるまでまんじゅうを食べさせてあげる」

穂乃果「やった! 好きなモノは飽きることはないよ」

絵里「それはどうかしらね」


絵里「あ、おばさま。先日話した件ですけど」

母「あぁ、うん。どうだった?」

絵里「出席してくれるそうです。入学式も」

母「そう、よかったじゃない」

絵里「……――はい」

穂乃果「絵里ちゃんのおばあちゃんとお母さんが来てくれるんだ!」

母「穂乃果、おばあちゃんに連絡しておいてね」

穂乃果「わかった!」


……



―― 高校入試当日:学校


友人「絢瀬先輩、大丈夫かな?」

穂乃果「大丈夫だよ、絵里ちゃんなら余裕余裕~」

友人「穂乃果がそう言うんなら、そうなんだろうけどさ」

穂乃果「やっと試験が終わる……ということは」

友人「……ということは?」

穂乃果「いっぱい遊べる!」

友人「本当、穂乃果って絢瀬っ子だよね」

穂乃果「……なにそれ?」

友人「さぁ……? 言った自分でも分からん」


男生徒「こ、高坂っ! こ、これをっ」

穂乃果「手紙……?」

友人「もしかして、ラブレター……?」


「おぉー! アイツ本当にやりやがった!」

「すげー」


穂乃果「え?」

男生徒「あ、違くて……その、絢瀬先輩に……」

友人「渡せって?」

男生徒「女子高に受験してるんだろ、来年にはもう会えないから……た、頼むっ」

穂乃果「…………」

友人「いやぁ、わざわざ穂乃果を中継しないで自分で渡しなよ」

男生徒「これに場所を書いてあるから……!」

穂乃果「うーん……」

友人「下駄箱にでも入れておけばいいんじゃないの?」


女生徒B「似たような手紙が零れ落ちたの見たことある」

女生徒A「え、本当に……?」

女生徒B「うん、凄い人気だよね」

女生徒A「……へぇ」


友人「そういうこと?」

男生徒「……あぁ」

穂乃果「……」

友人「まぁ、決めるのは絢瀬先輩だよね」

男生徒「恥をしのんで頼む、高坂!」

穂乃果「多分ね――……」


……



―― 夜:穂乃果の部屋


絵里「悪いんだけど、返しておいてくれる?」

穂乃果「……そういうと思って、受け取ってないよ」

絵里「あら、そう……」

穂乃果「下駄箱にも手紙が入ってるって、本当?」

絵里「……誰から聞いたの?」

穂乃果「クラスの友達から」

絵里「……」

穂乃果「それで、どうなの?」

絵里「あのね、穂乃果……」

穂乃果「?」

絵里「私、明日も試験なのよ」

穂乃果「そだね」

絵里「わざわざ呼び出して、それなの?」

穂乃果「うん」

絵里「…………部屋に戻るわね」

穂乃果「リラックスする為にも話し聞かせてよ!」ガシッ

絵里「あ、ちょっと! 余計なストレス感じるわよ!」

穂乃果「本当なんだ!?」

絵里「……まぁね」

穂乃果「ふぅん……」

絵里「でもね、私はそういう手段、どうなのかと思うのよ」

穂乃果「直接渡せってこと?」

絵里「そうよ。気持ちを伝えるなら直接がいいと思うわ」

穂乃果「……なるほど」

絵里「でも、今はそんなこと考えられないんだけど」

穂乃果「どうして?」

絵里「やりたいことがあるからよ」


……



―― 中学卒業式


穂乃果「はい、どうぞ」

絵里「ありがとう」

穂乃果「ついに卒業だね」

絵里「えぇ。……コサージュを付けると、いよいよって気がしてくる」

穂乃果「……」

絵里「?」

穂乃果「……?」

絵里「どうしたの、首なんか傾げて……」

穂乃果「ううん、なんでもない」

絵里「……?」


穂乃果「あ、お母さんたちだ」

絵里「あ……来てくださったのね」


穂乃果「先に言っておくね」

絵里「?」


穂乃果「卒業おめでとう、絵里ちゃん」

絵里「……――ありがとう」


……



―― 春休み


友人「お邪魔します」


絵里「あら、いらっしゃい」

友人「……」

絵里「どうしたの?」

友人「普段着の絢瀬先輩を見るのって初めてだから、なんか、変な感じです」

絵里「…………」

友人「?」

絵里「隠し撮りはもうやめてね?」


友人「…………」

ガクッ


友人「」


穂乃果「あれ、どうして膝をついてるの……?」

絵里「ちょっと苛め過ぎたみたい」


……




絵里「あなたも音ノ木坂学院に?」

友人「……はい」

絵里「なんだか、元気が無いわね」

穂乃果「会うたびに隠し撮りの話しされたら、それは落ち込むよ」

友人「」

絵里「隠し撮りって、表現は悪いけど……割りと正面からの画が多いのよね」

穂乃果「うん……私たちが気づかないのも変だよね」

友人「二人って、意外と周りを見てないんですよね。話に夢中って感じで」

絵里「……そう?」

穂乃果「そうなのかな?」

友人「……そうだよ」


……



絵里「それじゃ、勉強頑張ってね。私は出かけてくるから」

穂乃果「どこ行くの?」

絵里「友達と遊びに行くのよ」

穂乃果「そっか……気をつけてね」

絵里「帰るのは夕方になるから、おばさまに伝えておいて」

穂乃果「うん、行ってらっしゃい」

絵里「行ってきます」

スタスタ


友人「家族って感じだね」

穂乃果「……家族だよ?」

友人「いやぁ、血が繋がってないのに、より家族らしいって意味」

穂乃果「そんな風に見えるんだ……」

友人「よし、それじゃ、穂乃果先生……よろしくお願いします」

穂乃果「うん、任せて。……と言いたいけど、今日は少しだけにしよう」

友人「え、なんで?」

穂乃果「まだ勉強を初めてそんなに経ってないでしょ。少しずつだよ」

友人「……わかった」


……



―― 高校入学式当日


絵里「どうかしら?」

穂乃果「凄い似合ってる! 胸元のリボンがカワイイよ!」

絵里「ふふ、私も気に入ってるのよね」

穂乃果「……うん、私も頑張るよ!」

絵里「ほら、早く行かないと、学校に遅刻するわよ」

穂乃果「あ……そうだった。絵里ちゃんと登校できないんだよね」

絵里「何を今更……」

穂乃果「はぁ~あ、早く1年過ぎないかなぁ」

絵里「油断してると、取り返しの付かないことになるわよ」

穂乃果「脅かさないでよ~」

絵里「本当のことよ。これからの1年、穂乃果にとって大事な時期なんだから」

穂乃果「はぁい」

絵里「見送ってあげるから、外に出ましょ」

穂乃果「おばぁちゃんたちは?」

絵里「後から来るって。今日中に帰るから、ちゃんと挨拶してね?」

穂乃果「わかってるよぉ。……帰っちゃうんだよね」

絵里「えぇ、残念だけど」

穂乃果「おばぁちゃん達、数年ぶりのはずなのに……なんだか、変わらないって雰囲気だった」

絵里「……そうね、ずっと変わらない、友達の関係」

穂乃果「その二人の孫が、こうして一緒に居るって、不思議だよね」

絵里「本当にね。……不思議で済ませていいことなのかなって思うけど」

穂乃果「……?」

絵里「運命、っていうのかしら」

穂乃果「おぉ、絵里ちゃんからそんな言葉が聞けるとは」

絵里「もぅ、茶化すなんて……置いていくからね」

スタスタ

穂乃果「あ、待って!」


……



―― 初夏


友人「どうよ?」

穂乃果「結構間違えてる」

友人「くはっ……もうダメだ」

穂乃果「少しずつだけど、確実に点数上がってるよ」

友人「ほんと?」

穂乃果「うん」

友人「……よし、頑張ろ」

穂乃果「私も頑張らないと」



……





―― 初秋


女生徒A「ねぇ、来週の日曜日、遊びに行かない?」

穂乃果「先週もそう言ってたよね」

女生徒A「息抜きも大事」

穂乃果「それも言ってた」

女生徒A「穂乃果は余裕でしょ?」

穂乃果「油断大敵だけど……どうしよっかな」

友人「私は気にしなくていいから、遊んできてよ」

穂乃果「……やっぱり止めとく」

女生徒A「あぁ、もう……あんたも来てよ」

友人「私は余裕がないの。2年間のツケを払ってるところだから」

女生徒A「はぁ……わかったよ。……じゃあ、来月には行こうね」

穂乃果「うん……来月なら、いいよ」


……



―― 初冬


穂乃果「今日は寒いねぇ~」

友人「うわっ、もうこんな季節!?」

穂乃果「そんな驚くこと?」

友人「この間まで暑いって言ってたのに……」

穂乃果「そうだね、あっという間だった」

友人「あぁー、なんか焦ってきた……」

穂乃果「じゃあ、寄り道しようよ」

友人「いいけど……どこに行くのさ?」

穂乃果「ここからだとちょっと距離あるけど、神社があって」

友人「神社ねぇ……。……知り合いでもいんの?」

穂乃果「そうじゃないけど。……あ、巫女さんとは顔見知り」

友人「やっぱりか。……穂乃果って顔広いよね」

穂乃果「色んなとこ行くから、たまたまだよ」

友人「あ、そこでさ、バイト募集とかしてないかな? 高校入ったらバイト始めたいから」

穂乃果「バイトしてどうするの?」

友人「カメラ買う」

穂乃果「……カメラなら、部に入ればいいんじゃないかな」

友人「あぁ、それはいい考え!」

穂乃果「それに、巫女のバイトは、高校生不可だって」

友人「なぁんだ……結局ダメなんじゃん」

穂乃果「……うん」

友人「どうかした?」

穂乃果「ううん、なんでもない」


……



―― 高校入試:当日


友人「オープンキャンパスでも来たけど……やっぱり緊張する」

穂乃果「……」

友人「集中してるね……」

穂乃果「…………」


友人「……?」


友人「穂乃果?」

穂乃果「……?」

友人「どこか痛いの?」

穂乃果「どうして?」

友人「顔色悪いっていうか……」

穂乃果「緊張してるみたい……あはは」

友人「穂乃果なら大丈夫だって、今までの時間を信じなよ」

穂乃果「……うん、ありがと」

友人「二人で合格するよ」

穂乃果「――うん」


……




―― 合格発表


穂乃果「……っ」

友人「あのさ、穂乃果……」

穂乃果「な、なに?」

友人「緊張しすぎじゃない……?」

穂乃果「緊張するよっ……だってっ、だって!」

友人「落ち着いて、深呼吸」

穂乃果「すぅぅ……はぁぁ」

友人「先に見てこようか?」

穂乃果「う、ううんっ、一緒に、一緒にっ!」

友人「……うん」

穂乃果「~~っ!」

友人「…………」


穂乃果「どうか、どうかっ!」


穂乃果「合格していますように――」


……




―― 高坂穂乃果 高校1年生 ――



絵里「それじゃ、改めて」



絵里「入学おめでとう、穂乃果」

穂乃果「――うん」


絵里「あら、意外と普通ね」

穂乃果「今を忘れないようにしようと思って」


絵里「じゃあ、忘れられない風景を見せてあげる」

穂乃果「……?」

絵里「振り返ってみて」

穂乃果「うん……」


ザァァァ


穂乃果「……うわ」

絵里「…………」


穂乃果「桜が綺麗……」

絵里「――願いが一つ、叶った」


穂乃果「……願い?」

絵里「穂乃果と一緒に、此処――音ノ木坂学院を二人で並ぶという私の願い」


穂乃果「…………」

絵里「私のおばあさまと、穂乃果のお祖母様、二人がこの学校の設立に貢献したの」


穂乃果「……」

絵里「そして、私たちが……此処へ通い、おばあさま達と同じ高校生活を送る」


穂乃果「~~っ」

絵里「時を超えて、世代を越えて、私たちがいま、此処に居る」




絵里「音ノ木坂学院へようこそ、穂乃果――」



穂乃果「絵里ちゃん!」

ガバッ

絵里「うわっ」


穂乃果「嬉しいよっ」

ギュウウ

絵里「……うん、私も」


穂乃果「……っ」

絵里「でも、ここからなのよ、穂乃果」


穂乃果「?」

絵里「穂乃果が入学して、ようやくスタートなの」

穂乃果「学校生活が?」

絵里「そう、楽しい学校生活が」


穂乃果「うん……そうだね!」

絵里「わかったら、離してくれる? 他にも入学生が居て、少し恥ずかしいのよ」

穂乃果「もうちょっと!」

ギュウウ

絵里「もぅっ、穂乃果ったら!」


友人「喜び合う先輩後輩。……よし」


パシャッ


……




―― 1年生の教室


キーンコーン
 
 カーンコーン


穂乃果「……ここからの景色、夢で見たような?」


友人「穂乃果ぁ~」


穂乃果「?」

友人「どうして穂乃果と別のクラスなわけ~?」

穂乃果「神のみぞ知っている」

友人「あんなに勉強したんだからさ、おまけで一緒のクラスにしてもよくない?」

穂乃果「あはは、そうだねぇ」

友人「2分の1で外れるって、そりゃないよ」

穂乃果「そっちはどう?」

友人「……まぁ、ボチボチって感じ」

穂乃果「そっか……」

友人「これからどうすんの?」

穂乃果「絵里ちゃんに学校を案内してもらう!」

友人「出たな、絢瀬っ子」

穂乃果「今日を楽しみにしてたんだから~♪」

友人「まぁ、いいや。それじゃ、明日ね」

穂乃果「一緒に行かないの?」

友人「ちょっと用があるからさ。バイバイ」

穂乃果「ばいば~い」


……




穂乃果「校庭に戻ってきたね」

絵里「こんなものね」

穂乃果「うん、ありがとう、絵里ちゃん」

絵里「これくらい、礼を言われるまでもないから、気にしないで」

穂乃果「えへへ」

絵里「どうしたの?」

穂乃果「楽しい」

絵里「……そう」

穂乃果「そういえば、絵里ちゃんは部活に入ってるの?」

絵里「入ってないわよ」

穂乃果「でも、帰ってくるの、遅いよね」

絵里「生徒会に入ってるから」

穂乃果「そっか、……生徒会に……――生徒会? 1年生の時から!?」

絵里「そうよ。書記にしてくれって頼んだの」

穂乃果「ほ、ほほぅ」

絵里「なによ、そのリアクションは……」

穂乃果「エリートですね」

絵里「あのね……。いえ……それはいいかも。……そうね、うん」

穂乃果「一人で納得してる?」

絵里「穂乃果、あなたも……――生徒会に入りましょう」

穂乃果「ゑ!?」


……



―― 翌週:生徒会室


絵里「彼女を生徒会の書記に推薦します」

穂乃果「…………」ボケー


先生「なんだか、心ここにあらず、って顔してるけど」


絵里「彼女は成績、人柄、判断力、どれを取っても遜色ないと思います」


先生「絢瀬さんがそういうのなら、問題はないのだけれど」

絵里「……」

先生「わかったわ。理事長にも私から伝えておくから」

絵里「お願いします」



……




―― 夜:高坂邸


母「ごほっ」

穂乃果「お母さん、味噌汁吹き出すなんて……!」

母「絵里が変なこと言うから……っ……ごほごほっ」

絵里「変ですか?」

母「なんで穂乃果なんかを推薦したのよ」

穂乃果「なんか、って……ひどいっ」

絵里「素質は充分にあると思いますけど」

母「あのねぇ……いつも絵里の傍に居たがるような甘えん坊さんに務まるわけ無いでしょ?」

穂乃果「重ね重ね、ひどいっ」


……




―― 翌日:音ノ木坂学院


絵里「昨日の夜、言ったこと、ちゃんと覚えているわよね?」

穂乃果「わかってるよぉ」

絵里「本当かしら」

穂乃果「信じてよっ」

絵里「じゃあ、私のこと、呼んでみて」

穂乃果「絵里先輩」

絵里「……ちゃんと続けるのよ?」

穂乃果「わかってるよ、絵里ちゃん」

絵里「穂乃果?」

穂乃果「じょ、冗談だよっ」


……



―― 1年生の教室


友人「生徒会!?」

穂乃果「そうだよ」

友人「絵里先輩も思い切ったことしたねぇ」

穂乃果「……それについては、同感だけど」

友人「まぁ、学校生活を楽しくしてくれそうだし、私も応援するよ」

穂乃果「うん、やるからには頑張る」

友人「……」

穂乃果「……どうしたの、人の顔ジッと見て……?」

友人「ううん、なんでもない」

穂乃果「写真部に入ったの?」

友人「うん。ほら、見て、貸してもらったカメラ」

穂乃果「……凄いね」

友人「一眼レフなんだよね~」

穂乃果「ふぅん」

友人「リアクション薄……。あのね、画像素子も今までとは全然違――」


キーンコーン

 カーンコーン


穂乃果「チャイム鳴ったよ」

友人「いいよ、そんなの。分かってないから教えるけど。
    ピント合わせをAFで行わないし、AE無しだから自分で露出調整しなきゃいけないんだよ!」

穂乃果「……」

友人「撮りたい瞬間を見逃さない技術をこのカメラに合わせなきゃいけないの!」
   
穂乃果「……うん」

友人「これからもっと勉強しないとだけど、今まで以上の写真が撮れちゃうんだから!」

穂乃果「……そうだね」

友人「ちょっと、わかろうとしてないでしょ! シャッタースピードも――」


先生「いつまで続けるつもり?」


友人「じゃあね、穂乃果」

穂乃果「……うん」

先生「変わり身早いのね」


……




―― 放課後


絵里「穂乃果、ちょっといいかしら」


穂乃果「あ、絵里ちゃ――先輩」

絵里「理事長から話があるの」

穂乃果「……私も?」

絵里「そうよ」

穂乃果「???」

絵里「待たせているから、話は途中でね」


……




絵里「去年からこの学校の理事長に就任された方なのよ」

穂乃果「……そうなんだ」

絵里「私も、この方が居たから……色々と連携が取れてるのよね」

穂乃果「ふぅん……。連携……?」



絵里「ここが理事長室」

穂乃果「……」

絵里「緊張してる?」

穂乃果「ううん」

絵里「……」


コンコン


「どうぞ」


絵里「失礼します」

ガチャ


理事長「高坂穂乃果、だな」

穂乃果「は、はい」

理事長「急に呼び出してすまない。早めに話をしておきたくてな」

穂乃果「?」

絵里「……」


理事長「とある理由で、現在の生徒会長を絢瀬に頼んである」

絵里「……」

穂乃果「生徒会――……長!?」

理事長「話していなかったのか?」

絵里「決定だとは思いませんでしたから」


理事長「こっちも色々と立て込んでいてな。
     連絡が遅れたが、そういうことになった」

絵里「はい、わかりました」

穂乃果「あっさり引き受けた……!?」


理事長「さっそくだが、本題に入る」


穂乃果「あ、……はい」

絵里「……」


理事長「この学校は代々、神北家の一族が支えていたのだが」


穂乃果「かみきた……」


理事長「事情があって、この学校の経営から一時離れることになり、
     家柄の都合で私が就任することになった」

穂乃果「……」

理事長「名を神凪という」

穂乃果「……かんなぎ……神繋がりですか?」

理事長「そうだ。……先にキミの疑問に答えておこう」

穂乃果「?」

理事長「私は現在二十歳で、一昨年までは学生でありながら学園の理事長をしていた」

穂乃果「え……!?」

理事長「今は相棒に任せているが、時々は様子を見に向こうへ戻るだろう」

穂乃果「通りで若いと……あれ? でも、入学式の時……」

理事長「あぁ、君たち、新入生を迎え入れたのは私の秘書にあたる人物だ」

穂乃果「……えっと、どうしてこんなことに?」

理事長「表向きは彼女が理事長だが、裏事情では私が理事長を勤めることになる」

穂乃果「理由を答えていません……」

理事長「話には順序がある、少しずつ話そう」

穂乃果「は、はい」

絵里「……」

理事長「このことを知るのはこの場にいる三人と、私の秘書、計四人になる」

穂乃果「……」

理事長「教師たちに伝えていないのは、面倒を増やさないためだ。
     二十歳の私が理事長に就くというのはやはり異例だろう。
     反発を避けるという理由もある」

絵里「……」

理事長「実際、去年でも面倒があったからな」

絵里「……はい」

穂乃果「……」

理事長「そして、この事実を公にしたくない理由がもう一つ」

穂乃果「……?」

理事長「余計な話題を集めたくない」


穂乃果「話題を……? 注目を集めることに問題があるんですか?」

理事長「……そうだ。予定では来年で此処を去り自分の学園へ戻るつもりだからな」

穂乃果「……」

理事長「話題性が無くなったその時、この学校の入学希――」

絵里「理事長」

理事長「……?」

絵里「その話は今、必要ありません」

理事長「……ふむ」

穂乃果「?」

理事長「生徒の自主性に任せる意味も込めて、私は君たちにこの学校を支えて欲しいと思っている」

穂乃果「……」

理事長「高坂穂乃果、キミにこの話をしたのは信用に足る人物だと絢瀬に聞いたからだ」

穂乃果「……」

理事長「他に、質問があれば聞くとしよう」

穂乃果「この事実を私に話す理由が信用だと言いましたけど、それだけでは納得できません」

理事長「……なぜそう思う?」

穂乃果「他の生徒と同じように、私にも秘密にしておけばよかったのではないかと思って」

理事長「なるほど、そういう考えにたどり着くか……」チラ

絵里「……」コクリ

理事長「その質問には時期が来たら答えよう。今は絢瀬に従っていてくれ」

穂乃果「……」


コンコン


理事長「……」


ガチャ


「失礼します」

理事長「今はおまえが理事長なのだから、この部屋にノックするのはおかしいだろ」

「あ……、はい。すいません」

理事長「生徒に見られていないだろうな」

「はい。それは平気かと」


穂乃果「あ……入学式の……」

理事長「そうだ、彼女が表向きの理事長ということになる」

「秘書の夕月と申します」ペコリ

穂乃果「は、はい……」

理事長「おい、理事長が丁寧に挨拶をしてどうする」

夕月「しかし、莉都様の前ではこうなってしまいます」

理事長「それなら、せめてこの部屋だけにしてくれ」

夕月「はい、かしこまりました」


穂乃果「なんだか面白い人達だね」ヒソヒソ

絵里「……そんなこと言っては失礼よ」


……




穂乃果「それでは失礼します」

絵里「それでは」


理事長「絢瀬は少し残っていてくれ、話がある」

絵里「はい」


穂乃果「そ、それでは」


バタン


夕月「やはり、スーツは着なれません」

理事長「1年もこの状況なのにまだ慣れないのか、……困ったものだな」

夕月「そうみたいです……困りました」

絵里「……」

理事長「なぜ高坂に伝えていない?」

絵里「彼女には彼女の高校生活があります。この問題に触れてほしくはありません」

理事長「このままだと来年には全校生徒に伝えなくてはならない」

絵里「……」


理事長「はっきり言っておくが、私はこの学校への愛着を微塵も感じていない」

絵里「――!」


理事長「所詮、私たち二人は外部の者」

絵里「……ッ」


理事長「守りたかったら自分たちで守れ。話は以上だ」

絵里「……失礼します」


バタン


夕月「そうお思いになられるのなら、就任を拒否すればよかったのでは」

理事長「私が居て邪魔にならないようにはする」

夕月「……1年居たのに、沸きませんか?」

理事長「さぁな。……この件に関して、私たちが手を貸すと碌な事にならないだろう」

夕月「傍観なさるおつもりですか」

理事長「……なにかと突いてくるな」

夕月「あの方――絢瀬さんは莉都様のこと、少しは信用なさっていたようです」

理事長「この学校の運命はもう決まりつつある。
     それを生徒たち自身で変えなくては意味が無い」

夕月「なるほど」

理事長「なにを理解した」

夕月「縁とは不思議なものですね」

理事長「まぁいい。私は明日からの2週間、留守にする」

夕月「来週の歓迎会は欠席ということですね」

理事長「あぁ、あとは任せる」

夕月「歓迎会にて、高坂さんの実力を知ることができそうですが」

理事長「……どういうことだ」

夕月「先日、絢瀬さんから生徒会を通して企画書を提出していただきました」

理事長「なぜそれを早く言わない」

夕月「私が理事長ですから。それとも……愛着が?」

理事長「……うるさい」



……




―― 廊下


絵里「心強い人だと思っていたけれど……」


―― 生徒会室


穂乃果「理事長の話しってなんだったの?」

絵里「生徒会長として正式な話をしただけよ」

穂乃果「そうなんだ」

絵里「……」

穂乃果「どうしたの?」

絵里「ちょと考え事をね」

穂乃果「何を考えているの?」

絵里「これからのこと」

穂乃果「一緒に考えようよ」

絵里「……」

穂乃果「絵里ちゃんがなにを考えているのか、聞かせて」

絵里「わかったわ。それと先輩を忘れずに」

穂乃果「わ、わかった」


……




―― 廊下


絵里「――学校を知ること、ね」

穂乃果「うん、学校のみんなが楽しんでもらえるよう企画するのは、それが最初だよ」

絵里「穂乃果らしい発想ね」

穂乃果「そうかな?」

絵里「えぇ、私には思いつかないわ」

穂乃果「そんなことないと思うけど」


絵里「今からだと、部活の勧誘してるから、そこへ行ってみましょうか」

穂乃果「うん!」


……



―― 玄関先


「吹奏楽部でーす!」

「サッカー部に入りませんかー!」


穂乃果「賑わってるね」

絵里「どこも部員を増やそうと一生懸命ね」


「手芸部でーす」


穂乃果「……」

絵里「手芸部に興味あるの?」

穂乃果「ちょっとだけ」

絵里「……」


「あ、入部してくれるの?」

穂乃果「あ……えっと」

絵里「残念だけど、この子は生徒会役員なのよ」

「掛け持ちすれば大丈夫」

穂乃果「……掛け持ちかぁ、それはいいかも」


「手芸部ってこういう時、アピール出来るものがなくて地味なんですよねー」

穂乃果「そ、そうなんですかぁ」

絵里「掛け持ち……ね」

穂乃果「どうしようかな……」

絵里「とりあえず、他の部も見てみましょ」

穂乃果「そうだね」

「興味があったらいつでも来てね~」


……




絵里「大体こんなものね」

穂乃果「……」

絵里「気になる部でもあった?」

穂乃果「演劇部、合唱部、茶道部、料理部……?」

絵里「多いわね。意外と文化系……?」

穂乃果「陸上部と弓道部が……気になる。……あと、剣道部」

絵里「剣道部?」

穂乃果「ねぇ、絵里ちゃ――先輩……剣道部ってどこかな?」

絵里「それはやっぱり……道場でしょうね」

穂乃果「見学していい?」

絵里「それは構わないけど……」


―― 道場


穂乃果「あれ、人が居ない」

絵里「この時間だからね」


上級生「あら、絢瀬さん……何か用?」


絵里「用というほどじゃないけど、見学をさせてもらおうと思って」

上級生「残念だけど、今日は部活ないのよ」

絵里「また機会を改めることにするわ」

上級生「えぇ、そうしてちょうだい」


穂乃果「…………」


上級生「そっちは、入部希望者?」

穂乃果「あ、えっと……少し……興味があって」

上級生「それなら、参考になるかわからないけど、
     今から試合をするから、よかったら見ていって」

絵里「試合?」

上級生「そう。……不満があるらしくてね」


「始めるぞ」


上級生「そういうことだから」

絵里「こっちのことは気にしないでね」

穂乃果「……」


……




バシィィンン


上級生「……っ」

「もういい、お疲れ。付き合ってもらって悪かったな」

上級生「まだよ……今度は私の気が収まらない」

「手は抜かないからな」

上級生「そんなことしたら、辞めてやるわ」

「……」


絵里「力の差は歴然ね」

穂乃果「…………」


……



上級生「……はぁっ、はぁっ」

「そう熱くなるな。冷静に相手を見ろ」

上級生「……ッ」

「それがおまえの持ち――」

上級生「ふぅ――……」

「お……?」

上級生「……」

「……」


穂乃果「今度は動かないね……」

絵里「考えがあるのかしら」


「小手――」スッ

上級生「……っ!」バッ

「遅い――!」

バシィィン

上級生「……くっ」

「小手抜き面か……応じ技が出来るほどの技術はまだまだ備わってないな」


穂乃果「……」


「今日はもうお終いだ」


絵里「厳しいのね、主将さんは」

主将「嫌味かよ。……というか、どうしてそれを」

絵里「部長会で報告を受けているわ」

主将「あぁ、そうか……絢瀬は生徒会だったな」

絵里「主将という役に不満があるの?」

主将「当たり前だ。中学の肩書だけで主将にされたんだぞ。
    この学校に入ってなんの成績も残してないのに」

絵里「それじゃ、全国を目指してみない?」

主将「……無理だな、戦力が足りない」

絵里「そう……」


穂乃果「団体戦じゃないとダメなんですか……?」


主将「剣道に興味あるのか?」

穂乃果「えっと……どうでしょ」

主将「はっきりしないな……。個人戦は限界が見えてる」

絵里「見かけによらず、自分を過小評価するのね」

主将「気持ちが盛り上がらなかったのは事実だからな」

絵里「確か、全国2位だったわね」

主将「よく知ってるな……」

絵里「一応、生徒会長だから」


穂乃果「ここが……道場……」


絵里「あ、穂乃果! 勝手に上がってはダメよ!」

主将「いや、いいって。今日はもう使わないから」


上級生「ふぅ……」

穂乃果「お疲れ様です」

上級生「え、えぇ……」

穂乃果「お面をかぶると、視界が狭くなりそう……」

上級生「相手だけを見て集中できるから、それがメリットね」

穂乃果「ふむふむ」

上級生「被ってみる?」

穂乃果「いいんですか?」

上級生「実際見てみたほうが早いからね。ちょっと待ってて、手ぬぐい持ってくるから」

スタスタ


……




上級生「どう?」

穂乃果「わぁ……凄い……景色が変わった」


主将「景色……か」

絵里「穂乃果ったら……結局全部着ちゃって……」


穂乃果「見て絵里ちゃん! 私の剣道着姿!」


絵里「またそんな呼び方して……」

上級生「二人は……どういう関係?」

絵里「幼馴染というか、親友というか……家族というか」

上級生「絢瀬さんと高坂さん……ね。思い出した」

絵里「?」

上級生「二人の噂話を聞いてるから」

絵里「噂って……穂乃果が悪いこと言われてたり……?」

上級生「ううん、逆よ。とても仲の良い二人ってね」

絵里「……そう、良かった」

上級生「……噂通りね」


主将「高坂、ちょっと構えてみろ」

穂乃果「……こう、ですか?」

主将「おまえ、剣道の経験があるのか?」

穂乃果「まったくありません」

主将「結構、様になってるな……」


上級生「そうね……素人には見えないわ」

絵里「あの子、運動神経がいいから」


主将「よし、稽古をつけてやる」

穂乃果「え……?」


絵里「あ、ちょっと!」


主将「勝負は、高坂から五本を取るまでに、あたしから一本でも取れば勝ちだ」

穂乃果「よぉっし!」


絵里「素人が試合なんてしてはいけないわ!」


穂乃果「楽しそうだから、やる!」


絵里「穂乃果!」

上級生「怪我をさせることはないから」

絵里「……本当でしょうね?」

上級生「えぇ、あの人はそれくらい弁えているわ」

絵里「……」



主将「絢瀬に守られてるんだな」

穂乃果「そうだよ」

主将「闘争心を煽ったんだが……無駄なのか?」

穂乃果「よろしくお願いします」

主将「いつでも来い」


穂乃果「……――」

スッ


主将「――!」


穂乃果「やぁぁあああ!!!」

バシッ

主将「なっ……!?」


穂乃果「一本?」


上級生「いえ、素人相手に厳しいようだけど……有効打突ではないから」


穂乃果「そっか……」


絵里「気をつけてよ……」ハラハラ


主将「……」

穂乃果「――えいっ!」バッ

主将「――!」スッ

バシィン

穂乃果「あうっ」


上級生「一本」


穂乃果「まだまだぁ……」


バシイッ

穂乃果「くぅ……」


バシィィンン

穂乃果「……っ」


バシィィッ

穂乃果「……ッ」



穂乃果「はぁ……はぁっ」

主将「あと一本だぞ……」

穂乃果「むぅ……!」


上級生「……」

絵里「……」ハラハラ



友人「絵里先輩がいるってことは……あれは……穂乃果?」



穂乃果「すぅ……はぁ……」

主将「……」

穂乃果「すぅぅ……」

主将「……」

穂乃果「……」スッ

主将「――ッ!?」


絵里「あれは……?」

上級生「上段の構え……!?」


穂乃果「面――ッ!」バッ

主将「――!」

ガッ

主将「胴――!」バッ

バシィィンン


穂乃果「……っ」

ガクッ


絵里「穂乃果!」

タッタッタ


穂乃果「うぅ……」

絵里「大丈夫!?」

穂乃果「だ、大丈夫……びっくりしただけだから」

絵里「痛みは?」

穂乃果「そんなにないよ……」


上級生「あなたねぇ……」

主将「……あり得ない。まるで経験者のような……気迫だった」


絵里「……無茶しすぎよ?」

穂乃果「ちょっと、楽しくなってきて」

絵里「まったく……」


主将「おい、高坂」

穂乃果「?」

主将「本当に未経験なのか?」

穂乃果「は、はい……そうです」


絵里「痛むの……?」


穂乃果「うん?」


絵里「右手首……抑えているけど……」


穂乃果「え――……?」


絵里「ちょっとあなた、なんてことを!」

主将「いや、マジか!? すまん!」

上級生「胴だけだと思ってたけど……」


穂乃果「い、痛くないよ、絵里ちゃん!」

絵里「でも……」

穂乃果「顔……洗ってくるね……」

絵里「穂乃果……?」

穂乃果「あはは……負けちゃったぁ……っ」

タッタッタ


絵里「…………」


―― 水洗い場


穂乃果「主将だもんね……強いの……当たり前……だよね」


穂乃果「悔しいのかな……」


穂乃果「……はは」ホロリ


穂乃果「あれ、なんで……っ」ボロボロ


穂乃果「なんで……っ……涙が……?」ボロボロ


穂乃果「うぅっ……ぅぅっ」ボロボロ


穂乃果「どうして……右手が……いたいの……?」ボロボロ


……



―― 道場


絵里「遅いわね……」


上級生「あなた……」

主将「わかった。怪我が残るようなら責任を取るよ」


友人「絵里先輩……」

絵里「あら、どうしたの?」

友人「その……えっと……」

絵里「?」

友人「穂乃果の変化に気付いて――」


穂乃果「お待たせ~って、どうしてカメラ持って此処に!?」


友人「……」

穂乃果「ん?」

絵里「穂乃果、手は大丈夫?」

穂乃果「うん、大丈夫だよ。ほら、自由自在」

上級生「はぁ……よかった」

主将「悪かったな、高坂」

穂乃果「いえいえ、本当に怪我なんてないですから~」

絵里「いつまでお面を被っているつもり?」

穂乃果「あはは……そうだねぇ」


穂乃果「ふぅ……」


絵里「……」


穂乃果「ねぇ、写真撮ったの?」

友人「……あ、うん。主将と対決してる写真を」

穂乃果「良く撮れた?」

友人「現像してみないことには……」

穂乃果「そっか……」

友人「目、赤いよ」

穂乃果「う……」


絵里「…………」


……



―― 下校中


絵里「悔しかったの?」

穂乃果「な、何の話?」

絵里「初心者なんだから、気にすることないのに」

穂乃果「……うん。なんだかね、気持ちが……昂ぶっちゃって」

絵里「……そう」

穂乃果「……変だよね」

絵里「穂乃果のその負けず嫌いは……私のせいかもしれないわね」

穂乃果「どうして……?」

絵里「手を抜くことをしなかったからよ」

穂乃果「……違うよ」

絵里「?」

穂乃果「絵里ちゃんが手を抜いて、私が勝っても……絶対につまらないよ」

絵里「……」

穂乃果「勝負ってそういうことだよね」

絵里「そうね……、穂乃果が正しい」

穂乃果「だから、これからも遠慮しないでね」

絵里「えぇ、そうさせてもらう」

穂乃果「じゃあ、今度の休み、一局勝負しようよ」

絵里「いいわよ」


穂乃果「よぉし、今度こそ~!」

絵里「もぅ、心配したんだから」

穂乃果「あ……うん、ごめんね、無謀なことして」

絵里「ううん……、私に心配をかけても、大きな怪我が無ければそれでいいのよ」

穂乃果「えぇー……それって、なんかやだよ」

絵里「あら、嫌なの?」

穂乃果「いつまでも絵里ちゃんに守られてるのは嫌だ」

絵里「じゃあ、私を守れるくらいになってくれないと」

穂乃果「もちろん!」

絵里「ふふ」

穂乃果「えへへ」


……



―― 新入生歓迎球技大会:体育館


『高坂選手のシュート!』


パサッ

 オォーー!


『歓声が沸きます! 絶好調の高坂選手、すでに13点目!』



絵里「さすがね……、頑張って、穂乃果」



―― コート



穂乃果「へへーっ!」ブイッ



―― ギャラリー


絵里「あ……私に気付いていたのね」


友人「目立ってますね、穂乃果」

絵里「あなたは試合に出ないの?」

友人「私はコレの仕事がありますんで」

絵里「写真? 1年生のする仕事じゃないでしょ」

友人「前に撮った、主将との試合画像が新聞部に評価されちゃって」

絵里「写真部に依頼されたのね」

友人「そういうことです。……私も写真好きだから、役に立てて嬉しいですよ」

絵里「ダメよ、今日は新入生のための球技大会なんだから」

友人「う……」

絵里「カメラは私が預かるから」ヒョイ

友人「あぁ……っ」

絵里「ほら、あなたも参加する」

友人「……でも」

絵里「新聞部には言っておくわね」

友人「……はぁい」

スタスタ


絵里「困ったものね、新聞部の部長は……」


『おっとぉ! パスカット! そしてそのまま駆け出したー!』


絵里「……」


夕月「スリーポイントも決めましたね」

絵里「え、……あ……夕月さん」

夕月「この運動能力の高さ……生徒会だけではもったいない気がします」

絵里「……そうですね。……もう一度、本人に意志を聞かないと」


理事長「高坂を生徒会に入れた理由を聞いてもいいか?」


絵里「……私たちの祖母二人がこの学校の創立に携わっています」


理事長「――守るのはその孫の二人、という思想か」


絵里「そうです」


理事長「二人で守れるほど容易ではない」


絵里「…………」


理事長「彼女の――……高坂の特質をちゃんと見ていろ」


絵里「穂乃果の特質……?」


『ナイスアシストです、高坂選手ー!』


絵里「……」


理事長「まさかとは思うが、傍においておきたいからではあるまいな」


絵里「……!」


夕月「莉都様」

理事長「……」


絵里「失礼します」

スタスタ


夕月「相手は16歳の女の子です。もう少し発言には気をつけてください」

理事長「……わかっている」

夕月「わかっていません。先日から、絢瀬さんに対する言葉の数々、少しは――」

理事長「私はこれから学園に戻る。後は任せたぞ」

スタスタ

夕月「まだ話は終わっていません……!」


「生徒たちがいる場所で私に敬語を使うな」


夕月「もぅ……」


―― コート


仲間「ナイス、穂乃果!」スッ

穂乃果「いえーい!」スッ

パァン

「はやく守備に戻ってー!」

仲間「行くよ!」

タッタッタ

穂乃果「あれ、絵里ちゃんがいない……?」


……



―― 翌週:写真部


絵里「へぇ、綺麗に撮れてるじゃない」

友人「ふふん」

穂乃果「ふぅん……」

友人「あのさ、穂乃果……私はこの一眼レフで、この一眼レフで撮ったんだよ!」

穂乃果「うん、凄いね」

友人「私の腕はともかく、このカメラの性能を知らないだろうから教えてあげるけど――」

穂乃果「えぇ……またぁ?」

友人「反射鏡が跳ね上がってしまって、ファインダーから像が消えてしまうから――」


絵里「これが、新聞部に評価されたという……?」

写真部長「そうよ。少しピントがブレてるけど。
       でも、この一枚で彼女はより一層、写真に対する情熱は上がったのよね」

絵里「変わったわね……」

写真部長「え?」

絵里「なんでもないわ」

写真部長「最初は苦戦していたけど、ここへ来ては教えてくれって聞かなくて」

絵里「好きこそものの上手なれ、ね」

写真部長「えぇ。今では自分のカメラを持ちたいって毎日言ってる」


……



―― 演劇部


「ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」


穂乃果「……」

絵里「練習、頑張っているみたいね」

演劇部長「はい。全国コンクールに向けて、鍛錬の日々です」


穂乃果「……なんだか、あのジュリエット……気持ちが入ってないみたい」

絵里「え?」

演劇部長「そうなのよね。他の演目をやりたいって……。よくわかったわね」

穂乃果「……なんとなく」

演劇部長「素質あるかもね、どう?」

絵里「ダメよ、穂乃果は生徒会役員なんだから」

演劇部長「興味あったらいつでも歓迎するわ」

絵里「穂乃果の気持ち次第だけど」

穂乃果「……」


演劇部長「はい、ストップ! ジュリエット!
       気持ちを切り替えないと役を変えるわよ!?」

ジュリエット「は、はい……すいません」


穂乃果「…………」

絵里「行きましょ、穂乃果」

穂乃果「……うん」


……



―― 生徒会室


穂乃果「あのポニーテールの人、もっと大袈裟に動いてもいいよねぇ……」

絵里「何の話?」

穂乃果「さっきの演技の練習だよ」

絵里「あの静かな演技もいいと思うけど」

穂乃果「……そうだね」

絵里「ねぇ、穂乃果」

穂乃果「なに?」

絵里「他にもやってみたいことがあったら、遠慮しないでいいのよ?」

穂乃果「うん?」

絵里「生徒会だけじゃなくて、他の部に入ってもいいってこと」

穂乃果「絵里ちゃんは?」

絵里「私は生徒会長だから、難しいわね」

穂乃果「じゃあ、私も生徒会で頑張る」

絵里「あのね、穂乃果……」

穂乃果「?」

絵里「今の話の流れだと、私が居るから生徒会以外に入らないって意味になるわよ?」

穂乃果「そうだよ?」

絵里「だから……その……ね?」

穂乃果「ん?」

絵里「うーん……」

穂乃果「そんなに悩むこと?」

絵里「穂乃果の能力をもっと活かせる気がするのよ」

穂乃果「そんなことないよ。私はそんなに能力ないよ」

絵里「過小評価しすぎ。もっと自信を持って」

穂乃果「絵里ちゃんも入るなら入るよ」

絵里「私に左右されてちゃ意味無いでしょ?」

穂乃果「どこでもやっていく自信あるよ。絵里ちゃんと一緒なら」

絵里「うぅん……」

穂乃果「また何か企画しようよ~。文化祭とか、レクリエーションとか」

絵里「それは会議で決めることよ。案があれば聞くけど」

穂乃果「よぉし」


絵里「私が穂乃果に甘えているのかしら……?」


……



―― 梅雨:絵里の部屋


絵里「ん……うん……」


カチ カチ

 カチ カチ


絵里「2時……変な時間に目が覚めたわ……」



―― 居間


絵里「……あら?」


『さぁ、今日紹介するのはこれ! 人生ふんだり蹴ったりボクササイズ!』

『人生ふんだり蹴ったり? そんなので痩せるわけないじゃないのトニー』

『いいかい、エリザベス。人生は山あり谷ありっていうんだ。
 それが人の精神を強くも弱くもする。それがどういうことか分かるはずだね?』

『ボクササイズもふんだり蹴ったりしていけば……?』

『そうさ! 僕のようにスリムになること間違いなし!』

『まぁトニー! なんて魅力的な商品なのかしら!』


穂乃果「すごい……まるで嘘のようだ……」

絵里「過剰に言ってるだけよ。言ってることも無茶苦茶」

穂乃果「うわっ!?」

絵里「驚くほど集中してたのね……。
   通販番組なんて、穂乃果らしくないじゃない」

穂乃果「あはは……眠れなくて……。絵里ちゃんは?」

絵里「喉が渇いたから、台所へ。……穂乃果もなにか飲む?」

穂乃果「あ、じゃあ……ココアを。ホットで」

絵里「わかったわ。温めるから時間かかるけど」

穂乃果「いいよー、まだ眠くないから」

絵里「明日もちゃんと走るわよ?」

穂乃果「雨降ってるよ」

絵里「……あ、そうだった」

穂乃果「明日休みだし、映画見ようか?」

絵里「それもいいわね。ちょっと待ってて」

穂乃果「はぁ~い」


『そして、なんと! 今日は特別に、DVDセットのおまけとして、更に!』

『ワクワクしちゃう!』

『人生ふんだり蹴ったりゲームもつけよう!』

『まぁ! ゲームをしながらボクササイズができちゃうの!? なんてお得!』


穂乃果「誰が買うんだろ……」


『さぁ、今すぐお電話を!』

『深夜だから、番号のおかけ間違いに気をつけて。エリザベスからのお願いよ』


穂乃果「通販……かぁ……」


穂乃果「……なんだろ……胸が……痛い」


……




『それでは今日のお天気です。えー、今日は、珍しいところから中継です』

『おはようございまーす! 私は今、海の上にいます! ごらんください太平洋~!』


絵里「すぅ……すぅ……」

穂乃果「すぅ……う……み……」


母「……どうしてこんなところで寝てるの?」


絵里「……ん……んん?」

母「おはよう」

絵里「ハッ……!」

母「たまにはいいわよね」

スタスタ


絵里「そのまま寝てしまったのね……」

穂乃果「ん……ぅん……」

絵里「穂乃果、ほら起きて」

穂乃果「……ん」

絵里「映画も途中から覚えてない……」

穂乃果「見なおせばいいよ……ね」

ギュウ

絵里「あ、ちょっと?」

穂乃果「なんか、いい夢みてたよ。……あと5分…」

絵里「……それより穂乃果、離して?」

穂乃果「……すぅ」

絵里「あ、こら……!」


……




―― 翌週:生徒会室


穂乃果「ボランティア部?」

絵里「そうよ。一昨年で廃部になってしまったけどね」

穂乃果「ふぅん……」

絵里「部が設立されたのは、なんでも部、という名称だったみたい」

穂乃果「……なんでも部」

絵里「おばあさま達、二人が設立したのよ」

穂乃果「私たちもやろうよ!」

絵里「ふふ、そう言うと思ったわ」


……




―― 放課後:1年生の教室


穂乃果「ね、いいでしょ?」

友人「悪いけど、写真部があるから……他の人誘ってよ」

穂乃果「誰も入ってくれないんだよね」

友人「何をする部なの?」

穂乃果「学校で困った人や部を助けるという部」

友人「ふぅん……じゃあね」

穂乃果「あ、ちょっと待って! 話を聞いたら興味沸くから!」

友人「急がないと天気が崩れる……」

穂乃果「いつもカメラの話し聞いてるから、私の話も聞いてよ!」

友人「聞き流してるでしょ?」

穂乃果「そ、ソンナコトナイヨ!?」

友人「うわ……声が上ずった……。ちょっとショック」

穂乃果「えっと……スピードシャッターが3秒で降りるんだっけ?」

友人「シャッタースピードね。それが3秒もかかるってどんな機材よ!」

穂乃果「うわ、怒った!」


……



―― ボランティア部


穂乃果「みんな興味ないって……」

絵里「張り紙をしてきたから、それで集まるのを待ちましょう」

穂乃果「さすが絵里ちゃん!」

絵里「先輩、でしょ?」

穂乃果「他に人が居ないからいいよー」

絵里「そういう問題じゃ――」


コンコン


穂乃果「来た!」ガタッ

絵里「どうぞ」


ガラガラ


主将「張り紙を見たんだが」

穂乃果「なぁんだ、主将かぁ……」ガッカリ

主将「なんだ、そのガッカリは」

絵里「もしかして、依頼?」

主将「そうだ。剣道部に入れ、高坂」

穂乃果「それ依頼じゃないよね!?」

絵里「勧誘ね」


……




―― 道場


穂乃果「やぁぁああ!!」

バシッ

部員「くっ……!」


絵里「あなたが副主将になっているなんて」

副主将「あの人に指名されてね」

絵里「穂乃果は週に3回だけの参加よ?」

副主将「えぇ、それで充分――」


穂乃果「えぇっ、3日も!?」


絵里「相手に集中しなさい」


穂乃果「は、はい!」


副主将「厳しいわね」

絵里「相手に失礼でしょ。やるからには真剣にやらないと」

主将「体力あるよな」

絵里「朝のランニングは欠かさないようにしてるから」

主将「どうしてだ?」

絵里「……こういう時の為、ね」


……




―― 帰宅時間:ボランティア部


絵里「わかりました。それでは、明日」

「お願いします」


ガラガラ


穂乃果「おっと」

「失礼」

スタスタ


穂乃果「……今の人は?」

絵里「将棋部の部長よ。相談されてたの」

穂乃果「ふぅん……って、絵里ちゃん!」

絵里「先輩」

穂乃果「先に戻るなんてひどいよー!」

絵里「仕方がないでしょ、私が道場にいてもすることがないんだから」

穂乃果「それならそれでなにか言ってよ!」

絵里「副主将に伝えてあったでしょ」

穂乃果「それはそうだけど……」

絵里「生徒会にも用があったから。……私たちも帰りましょ」

穂乃果「……うん」


……



―― 翌日・放課後:将棋部


将棋部長「天狗……というのかな」

絵里「強さゆえ、周りを見ない。と言うことですか?」

将棋部長「そうなのよ。部長である私より強いから、何も言えなくてね」

穂乃果「どれくらいの強さなんだろ?」


ガラガラ


「こんにちはー……、ん?」


将棋部長「彼女がそうよ」

穂乃果「おぉ、ツインテール」

「なんですか、この人」

将棋部長「同じ1年生よ」

絵里「あなたが瑞芽さん?」

瑞芽「そうですけど」

穂乃果「私と勝負しようよ」

瑞芽「部長……?」

将棋部長「私ではあなたの相手にならないでしょ。
       二人は強いって聞いてるから」

瑞芽「そうですか……」

穂乃果「私なんて強いとは言えないけどね」

瑞芽「……」


穂乃果「はい、座って座って」

瑞芽「……棋譜を並べていた方が有意義かも」


絵里「穂乃果」

穂乃果「?」

絵里「一昨年の夏、私が言ったこと思い出して」

穂乃果「うん、わかった」

瑞芽「……?」

穂乃果「それじゃ、よろしくお願いします」

瑞芽「……よろしく」


……



絵里「勝負あったみたいね」


穂乃果「……お疲れ様でした」

瑞芽「……っ」

穂乃果「いやぁ、強いね~。
     他の人と指したことあまりないから新鮮だったよ」

瑞芽「負けたのに、悔しくないの?」

穂乃果「悔しいよ」

瑞芽「それなのにどうして、笑って……」

穂乃果「楽しかったから」

瑞芽「……!」

穂乃果「楽しかったけど悔しいって、変だね」

瑞芽「何度も勝てるチャンスはあったのに……どうして?」

穂乃果「……それは気づかなかった。それが私の実力なんだよ」

瑞芽「…………」

穂乃果「絵里ちゃんは私より強いよ?」

瑞芽「……」


……




―― ボランティア部


将棋部長「いい刺激になったみたいで」

絵里「そうですか。……それはよかった、と言ってもいいのかどうか」

将棋部長「あとは私の役目ね。……いつか、絢瀬さんとも指したいと言っているわ」

絵里「時間が合えば、いつでも――」


……



―― 初夏:廊下


瑞芽「絵里先輩っ、いつ私と指してくれるんですか!」

絵里「悪いんだけど、最近忙しくてね」

瑞芽「時間を作って欲しいです!」

穂乃果「瑞芽ちゃん……昨日、私に負けたよね」

瑞芽「……だから、なに?」

穂乃果「私といい勝負なのに絵里ちゃんと一局なんてダメだよ!」

瑞芽「勝てないからって勝負を避けることはしたくない」

穂乃果「格好良いこと言ってるけど、ダメなものはダメだよ!」

瑞芽「幼馴染だからって、絵里先輩の行動を縛らないでくれる?」

穂乃果「縛ってないでしょ! 幼馴染じゃないよ! 家族!」

瑞芽「フッ」

穂乃果「鼻で笑った!?」


絵里「二人でケンカしていなさい……」

スタスタ


瑞芽「一緒に住んでるだけで家族なんて……呼べる……!」

穂乃果「ふふん」

瑞芽「いつでも指せるの?」

穂乃果「もちのロン」

瑞芽「……いいな」

穂乃果「絵里ちゃんに勝てたことないけどね~」

瑞芽「じゃあ、私が指してもいい?」

穂乃果「しょうがないなぁ。一局だ――……なんでそうなるの!?」

瑞芽「一局勝負して、勝ったほうが絵里先輩と勝負できるってことで」

穂乃果「いいよ。今日は他の部に行ってくるから明日になるけど」

瑞芽「それまで絵里先輩と一局でも指したらズルだから」

穂乃果「わかった。それでいいよね、絵里ちゃん――って」

瑞芽「いない!?」


……



―― 休日:居間


絵里「そういえば、勝負はどうなったの?」

パチ

穂乃果「私の勝ち~」

パチ

絵里「それ以外にも幾つか指してるでしょ?」

パチ

穂乃果「あぅ……痛いとこ攻められた。そうだよ」

パチ

絵里「仲いいわね」

パチ

穂乃果「あぁっ」

絵里「……」

穂乃果「ちょいとお待ちを」

絵里「えぇ。じっくり考えて」

穂乃果「むむ……」

絵里「結局、誰も部に入って来なかったわね」

穂乃果「そだね……。お祖母ちゃん達も二人だったのかな?」

絵里「そう聞いているわ」

穂乃果「……どうして、なんでも部を作ったんだろ?」

絵里「部を設立した当時は、戦後ということもあって、自由のきかない時代だったの」

穂乃果「それでも、規律が厳しいってことはない……よね?」

絵里「そんなことないわよ。
    今の私たちからじゃ想像もつかないようなことがたくさんあったに違いないわ」

穂乃果「……ピンとこないよ」

絵里「そうね、例えば……穂乃果が毎朝言う、あと5分、だって怒られるようなことだったのよ」

穂乃果「う……それは嫌だなぁ……」

絵里「今のはちょっと極端だけど。
    この将棋だって、危険思想があるという理由で禁止行為にされるところだったんだから」

穂乃果「もしかしたら、お祖母ちゃんたちはこうやって遊ぶことが出来なかったかもしれないんだね」

絵里「そう。だからこそ、自由な部を作って学生生活を楽しもうとしていたんだと思う」

穂乃果「そっか……。お祖母ちゃん達の気持ち、分かる気がする」

絵里「……私も。学校という場所をとても大切に想っていたからこその、なんでも部なのよね」

穂乃果「……うん、ありません」

絵里「はい、お疲れ様でした」

穂乃果「絵里ちゃんが入学式の時に言った言葉の意味がわかったよ」

絵里「ふふ、それなら嬉しいわ」


穂乃果「紅茶淹れるね」

絵里「イチゴジャムも忘れないでね」

穂乃果「はーい」

スタスタ


絵里「……今のうちに……」ガサゴソ


絵里「……」

ピロリン♪


穂乃果「絵里ちゃん、イチゴの――……なにしてるの?」


絵里「えっ!?」

穂乃果「……どうして、ケータイで写真を?」

絵里「な、なんでもないのよ?」サッ

穂乃果「なんで隠すの?」

絵里「それより、なぁに?」

穂乃果「イチゴのジャムが切れてて……」

絵里「ハチミツがあったでしょ? それでお願い」

穂乃果「……」

絵里「ちょっと穂乃果……台所は向こうよ?」

穂乃果「うん……」

絵里「ど、どうしてこっちに来るのよ?」

穂乃果「動揺してるねぇ」

絵里「してない」

穂乃果「どっちでもいいんだけど」ズイッ

絵里「ち、近いわよ、穂乃果」

穂乃果「後ろに隠したケータイ……見せて!」スッ

絵里「だ、ダメでしょ人のモノを……!」サッ

穂乃果「将棋盤を写して……どうするの!」スッ

絵里「どうもしないわよ!」サッ

穂乃果「いつも片付けてくれるから……変だとは思ってたけどっ!」スッ

絵里「……」サッ

穂乃果「他にも撮ってたんだ……?」スッ

絵里「いい加減にしないと……ね?」サッ

穂乃果「一人で検討してたんだね」

絵里「……」シラー

穂乃果「目を逸らした! そういうことだったんだ!?」

絵里「ふぅ……、別に悪いことじゃないでしょ?」

穂乃果「悪いよ! 研究されていたなんて!」

絵里「勝つためなら手段を選ばないわ」

穂乃果「なに悪役みたいなこと言ってるの! ずるいよ!」


……




―― 夏:ボランティア部


絵里「ありません」

瑞芽「……あれっ!?」

絵里「私は……穂乃果にだけ強いみたいね」

瑞芽「あ、……そうなんですか」

将棋部長「力関係がおかしいわね……」


ガラガラ


穂乃果「ふぅ、今日も暑い~……あ、将棋部の……」


瑞芽「……」ササッ

絵里「?」


穂乃果「ふぅん、一局指してたんだ?」


瑞芽「うん、今終わったところ」

穂乃果「瑞芽ちゃん、負けたんだね」

瑞芽「まぁね……。ありがとうございました」

絵里「こちらこそ」


将棋部長「向きを変えて、絢瀬さんの面子を保ったのね」


穂乃果「絵里ちゃん、私と勝負しようよ」

絵里「合唱部の手伝いはいいの?」

穂乃果「終わったよ。剣道部の練習まで時間あるから」

絵里「それじゃ、急ぎましょうか」

穂乃果「うん!」


将棋部長「私は戻るけど」

瑞芽「少し見ていきます」


……



穂乃果「参りました」

絵里「はい、お疲れ様でした」


瑞芽「私の時より駒の動きがぜんぜん違う……どうして?」

絵里「負ける訳にはいかないから、意地なのよ」

瑞芽「……」

穂乃果「イジ?」

絵里「こっちの話」


瑞芽「……失礼します」

スタスタ


穂乃果「……なんか、怒ってない?」

絵里「手を抜いたつもりはないんだけどね」

穂乃果「?」

絵里「さっきの勝負ね、負けたの私なのよ」

穂乃果「え!?」

絵里「あの子が気を利かせてくれたの」

穂乃果「……そうなんだ」


……



―― 理事長室


理事長「将棋部、演劇部、合唱部、陸上部……そして剣道部が全国出場か」

夕月「吹奏楽部は惜しかったと聞いています」

理事長「何が足りなかった?」

夕月「部長は団結力だと」

理事長「全国出場を果たした部はなにが後押しとなったのか、分かるか」

夕月「そこまでは。……部員の士気が高かったのでは?」

理事長「腑に落ちん」

夕月「そうですね、一昨年まではそれほど活発化していませんでしたら」

理事長「ふむ……、学園に戻っている場合じゃなかったな」

夕月「これはただの推測ですが」

理事長「?」

夕月「去年、絢瀬さんが生徒会へ書記として入りました」

理事長「……」

夕月「そして、今年……高坂さんが入学し、二人はボランティア部を設立しています」

理事長「そのボランティア部の活動内容は?」

夕月「他の部へ助っ人として参加されているようです。主に、今挙げた部を中心に」


理事長「絢瀬が蒔いた種を、高坂が芽を出させた。……と言いたいのか」

夕月「そうです」

理事長「絢瀬と話がしたい」

夕月「少々お待ちを」


コンコン


夕月「どうぞ」


絵里「失礼します」


理事長「……」

夕月「先にお呼びしていました」

理事長「……優秀だな」

夕月「長年、秘書をしていますから」

絵里「?」

夕月「理事長から訊きたいことがあるそうです」

絵里「はい、なんでしょう」

理事長「全国出場を果たした、5つの部に共通する点はなんだ?」

絵里「穂乃果が出入りしている部です」

理事長「文化部はある程度理解できる。だが、陸上部で何をしている?」

絵里「特に何もしていません」

理事長「?」


夕月「足を運ぶ理由はなんですか?」

絵里「練習風景を眺めているだけです。あと、部員たちとの会話を少し」

理事長「部員の菊地との仲は?」

絵里「話をする程度で、それ以上でもそれ以下でもありません」

理事長「ふむ……」

夕月「では、私からも質問を」

絵里「……はい」

夕月「剣道部の布陣に高坂さんが入っていないようですが」

絵里「正式な部員ではありませんから」

夕月「私も練習風景を見ていますが、
    高坂さんが入れば全国制覇に近付けるのではないでしょうか?」

絵里「あの、この質問はなんでしょうか?」

理事長「理由は後で話す。答えてくれ」

絵里「……確かに、全国制覇の可能性は高くなるかもしれません。
    贔屓目なしに見ても、穂乃果の能力は必要だと思います」

夕月「ではなぜ?」

絵里「穂乃果はあくまで、刺激を与える存在です」


理事長「…………」


絵里「本人も、自ら出場したいとは考えていないようですから」

夕月「わかりました」

絵里「……」


理事長「絢瀬、どこまで見ている?」

絵里「え……?」

理事長「私は去年就任してから、
     大体半年くらいでこの学校の存在が危ぶまれていることに気付いたわけだが」

絵里「……」

理事長「おまえは入学してすぐ、生徒会に入ったな」

絵里「はい」

理事長「知っていたのか」

絵里「……はい。祖母から連絡を受けていましたから」

理事長「なるほど。……それでは、高坂を生徒会に入れた理由を聞こう」

絵里「質問の意図がわかりません」

理事長「高坂の立ち位置はまるで――」


理事長「――この学校を救うかのような存在になっている。僅か4ヶ月で」


理事長「そこが私には腑に落ちない」


絵里「……」


夕月「今年の春までは、生徒会との――……いえ、絢瀬さんとの連携がありました」


夕月「絢瀬さんが積極的だった理由が今なら理解出来ます」


夕月「ですが、高坂さんを生徒会に入るよう提案したと聞きます」


絵里「はい」


夕月「去年まで成績が今一つな学校が、
    今年に入って全国へ出場する部が5つも出てきました」


夕月「その理由を莉都様は知りたいのです」

理事長「……」


絵里「私は、10の頃から穂乃果と一緒です」


絵里「その一番近い場所で、穂乃果を見ていて気付いたこと」


絵里「運動能力の高さ、素直で明るい性格から繋がる友人関係、
    努力して学ぼうとする勤勉さと簡単に諦めない精神」


絵里「これは恐らく――……人を惹きつける力、憧れだと思います」

理事長「……」

夕月「……」

絵里「一つの部に入り、そこで活躍できると確信していましたが、
   他の部にも影響を与えるとは思ってもみませんでした」

理事長「……」

絵里「ですから、お二人の期待に添える答えは持っていません」

理事長「そうか、わかった」

夕月「……」

理事長「私の悪い癖で、物事の本質が見えないと気が済まなくてな」

絵里「……」

理事長「自己満足のために付き合わせて悪かった」

絵里「……いえ」


夕月「莉都様」

理事長「あぁ、そうだな」

絵里「?」


理事長「絢瀬の祖母は、いつからこの学校のことに気がついていた?」

絵里「私が中学3年生の梅雨時になります」

夕月「生徒数の著しい変化が表れたのが、ちょうどその年ですね」

理事長「いや、違う。もう少し前からだ」

絵里「おばあさまもそう言っています。このままでは――」


絵里「――廃校の危険性が出てくると」


夕月「この僅かな変化で、ですか? 時代の流れと判断されてもおかしくないのに」

理事長「いや、もう追求するのはよそう。今考えるのは学校の存続のみだ」

夕月「……はい」

絵里「……」

理事長「来年の春にはこの学校の運命が決まる」

絵里「――!」

理事長「その運命を変えられるのは、秋までだと思ってくれ」

絵里「……はい」

理事長「最低限の協力はしよう。だが、表立って動くことはしない」

絵里「分かっています。外から来た人にこの学校を救ってもらっても、意味がありませんから」

理事長「……」

絵里「生徒である私たちが変えなければ、また同じ問題が起こります」

夕月「……」

絵里「話が終わりなら失礼してもよろしいでしょうか」

理事長「最後に一つ」

絵里「……」

理事長「絢瀬、おまえの学校生活を捨ててまでするべきことなのか?」

絵里「……!」

理事長「臨時とはいえ、理事長である私が協力的じゃないんだ」


理事長「高校生活という、大切な時間を学校存続のために費やしてもいいのか?」


絵里「――はい」


理事長「全てがうまくいくとも限らない」


絵里「……――それが私の役割だから、です」


理事長「学校の運命に翻弄されてはいないか」

絵里「いえ、これは私の意志です」

理事長「……そうか」

絵里「それに――」

理事長「……それに?」


絵里「学校生活を捨てたつもりはありません」


夕月「……」


絵里「それでは、失礼します」

スタスタ

 バタン


理事長「……捨てたつもりはない、か」

夕月「それが彼女なりの青春、なのかもしれませんね」


―― 廊下


絵里「…………」


穂乃果「あ、絵里ちゃん」


絵里「穂乃果……、こんなところで待っていたの?」

穂乃果「うん。話ってなんだったの?」

絵里「退屈な話よ」

穂乃果「理事長との話を退屈だなんて……!」


絵里「ねぇ、穂乃果――」


穂乃果「うん?」


絵里「学校、楽しい?」


穂乃果「もちろん」


絵里「……そう」


穂乃果「こうやって、夏休みに登校するくらい、楽しいよ」


絵里「その楽しいが……みんなに伝わっているのかもしれないわね」


穂乃果「?」

絵里「なんでもないわ」


穂乃果「まだお昼だけど、どうしよっか」

絵里「穂乃果はどうしたい?」


穂乃果「そうだな~……、えっと……」

絵里「ふふ、そんなに悩むこと?」


穂乃果「やりたいこと、いっぱいあるから」

絵里「そうね、沢山……ある」


穂乃果「とりあえず、部室に行こうよ」

絵里「えぇ……そうしましょ」


穂乃果「いつも、誰かがいる場所だけど、今は誰も居ないね」

絵里「生徒は私たち二人だけよ」

穂乃果「なんだか、不思議な気分だね」

絵里「……そうね。ノスタルジアを感じる」


穂乃果「あ、そうだ……今からでも剣道部の応援に行けるよね」

絵里「名古屋まで行くの?」

穂乃果「やっぱり、遠いよね」


絵里「ねぇ、穂乃果」

穂乃果「今度はなに?」


絵里「手を、繋ぎましょうか」


穂乃果「えぇ~? 汗ばんじゃうよ」

絵里「いいから」

ギュ


穂乃果「……どうしたの?」

絵里「変?」

穂乃果「……いつもと違う」

絵里「たまにはいいでしょ?」

穂乃果「……うん」

絵里「どうして警戒してるのよ」

穂乃果「なにもない?」

絵里「ないから、安心して」

穂乃果「えへへ、そっか」

絵里「こうやって歩くの、久しぶりよね」

穂乃果「小学校以来だよね」

絵里「そんなに前だった?」

穂乃果「そうだよ~」

絵里「穂乃果と出会って、結構経つのね」

穂乃果「……」


絵里「なんだか、遠い昔のような気がする」


穂乃果「絵里ちゃん……?」

絵里「なに?」

穂乃果「どこか、遠くに行っちゃう……とかじゃないよね」

絵里「ふふ、なによそれ」

穂乃果「……じゃないよね?」

絵里「そんなわけないでしょ。学校はどうするの?」

穂乃果「……」

絵里「……?」

穂乃果「…………」

ギュッ

絵里「少なくとも、あと半分。……高校生活の半分は、穂乃果と一緒よ」

穂乃果「……うん、そうだね」

絵里「時間はたくさんあるから――」


……


―― 立秋:写真部


友人「あれ、無くなってる」


友人「部長、こっちにあった写真って……」


写真部長「理事長が見せてくれっていうから、貸したよ」

友人「理事長が? ……もしかして、全部ですか?」

写真部長「うん、そうだけど……まずかった?」

友人「見られてまずいものは無いんですけど……」

写真部長「急がないと、ホームルーム始まるよ」

友人「はい……」


友人「あの入学式の写真……使わないよね、まさか」



―― 理事長室


理事長「ふむ……」


夕月「どうでしょう」

理事長「いい写真が撮れてる。厳選のしがいがあるな」

夕月「やはり、入学案内のパンフレットですから……」

理事長「校外の画像は使えないな」


夕月「……これは」


理事長「?」

夕月「莉都様、これはいかがでしょう」

理事長「あぁ、それは私も気に入っている」


夕月「桜と、喜びあう、先輩と、後輩」


理事長「いい一枚だ」


夕月「はい。……二人、互いに想いが通じるように――」



……



―― 1年生の教室


友人「見て穂乃果! 学校新聞!」

穂乃果「主将だ!」

友人「……じゃなくて、この写真ね、私が撮ったんだよ」

穂乃果「え、名古屋まで行ったの?」

友人「うん、新聞部のお供として~」

穂乃果「いいなぁ……」

友人「……じゃなくて、この写真の出来をみてよ」

穂乃果「出来って言われても……私、素人ダヨ」

友人「なんで外国人風に喋るのさ」


……




―― 放課後:グラウンド


菊地「なぁ、走ろうよ、穂乃果」

穂乃果「これから演劇部に行かないといけないんだよ」

菊地「……穂乃果が演技を?」

穂乃果「そうじゃないよ。見学させてもらってるだけ」

菊地「面白いの?」

穂乃果「観客が居たほうが真剣になれるって、言ってた。
     見てるのも楽しいよ」

菊地「そっか。……それでさ、走ろうよ」


「穂乃果ー」


穂乃果「全国4位に勝てるわけないよ。絵里ちゃんが呼んでるから、じゃあね~」

菊地「あ、ちょっと! 授業で負けた借りをまだ返してないんだけど!」


……



―― 白露:生徒会室


穂乃果「絵里ちゃーん」

絵里「先輩、でしょ」

穂乃果「絵里ちゃん先輩」

絵里「あのねぇ」

穂乃果「理事長が渡してくれって」

絵里「なにかしら?」

穂乃果「大きな包だね」


副会長「会長、よろしいでしょうか」


絵里「はい、なんでしょう」

副会長「先日行われたオープンキャンパスの内容です」

絵里「ありがとう」


穂乃果「開けちゃおうかな」

絵里「ダメよ、穂乃果。そこに置いておいてね」


副会長「二人はホント、仲がいいよね」


……



―― 秋分:生徒会室


絵里「私たちの記事を?」

新聞部長「そうだよ。穂乃果ちゃんと絢瀬ちゃんって、
       この学校の有名人だから」

絵里「穂乃果一人でも充分な内容になりそうだけど」

新聞部長「メインは絢瀬ちゃんね」

絵里「メインって……言われてもね」

新聞部長「入学案内の二人だから、これからも有名になるよ」

絵里「……何の話?」

新聞部長「あれ、知らないの?」

絵里「入学案内……もしかして、前に届いた包かしら」


絵里「……えっと、確かここに」ガサゴソ


絵里「あった……」

新聞部長「会長は意外とうっかり屋さんである、と」メモメモ

絵里「言葉が出ないわね……」


絵里「これは――……」

新聞部長「いい写真だよね」

絵里「いつの間にこんな写真を……――あぁ、あの子ね」


ガチャ

穂乃果「過ごしやすい時期だねぇ……あれ?」

新聞部長「お邪魔してま~す」

絵里「見て、穂乃果」

穂乃果「パンフレット?」

絵里「そうよ」


穂乃果「あ――……」

絵里「入学式の時、撮られていたみたい」


穂乃果「絵里ちゃんと私……」

絵里「ちょっと照れるわね」


新聞部長「桜を背景に抱きしめあって喜び合う二人……うんうん、いい記事が書けそうだよ」

絵里「もう過ぎた話でしょ」

新聞部長「入学時を想い返すって内容でいいよね」


穂乃果「…………」


新聞部長「穂乃果ちゃんは感動してるね」


絵里「さて……仕事をするから、遠慮して欲しいんだけど」

穂乃果「あ、……どうして新聞部の部長が?」

新聞部長「取材だよ、取材~」

絵里「困った人ね……」

新聞部長「ほら~、あの有名な進学校の生徒会長知ってるでしょ?」

絵里「えぇ、京都の方ね。会って話をしたことあるけど」

穂乃果「……」

新聞部長「彼女といい勝負が出来るのは絢瀬ちゃんだけなのだ」

絵里「知らないわよ、そんなこと……」

穂乃果「その学校の副会長って、どんな人?」

新聞部長「え?」

絵里「?」

穂乃果「気になっちゃって」

新聞部長「えっとねぇ、……地元、東京の人だって」

穂乃果「関西弁……じゃないの?」

新聞部長「そんな話聞いたことないけど、どこからの情報?」

穂乃果「なんとな~く、どこかで聞いたことがあったような」

新聞部長「ふぅん……。でも、あたしの情報だと、副会長で、
       そんな独特なしゃべり方の人はこの近辺の学校には居ないよ」

穂乃果「じゃあ、気のせいだね」

絵里「ほら、仕事の邪魔しないで?」

新聞部長「しょうがない。今日のところは身を引くけど、明日はちゃんと取材を受けてもらうからね」

絵里「あのねぇ……」

新聞部長「あははっ、そいじゃあね~」

テッテッテ

ガチャ

 バタン

絵里「もぅ、勝手なんだから。……でも、なぜか憎めないのよね」

穂乃果「ここの書類、まとめちゃうね」

絵里「あ、5つに分けて――」

穂乃果「ホッチキスでとめるんだね」

絵里「そうよ。お願いね」

穂乃果「任せて」

絵里「……さっきの」

穂乃果「?」

絵里「副会長がどうとかって」

穂乃果「よく分かんないんだけど……引っかかっちゃって」

絵里「そう……。話に出た京都の方ね、のんびりしてて、和むような雰囲気だったわ」

穂乃果「……そうですか、それは良かったですね」

絵里「……なんで敬語になるのよ」


……



―― 寒露:ボランティア部


瑞芽「絵里先輩っ、一局お願いします!」

絵里「私じゃ相手にならないでしょ?」

瑞芽「真剣勝負じゃなくて、勉強したいんです!」

絵里「それなら穂乃果と指したほうがいいわよ」

瑞芽「……穂乃果は」


ガラガラ

穂乃果「だんだん寒くなって――って! また来てる!」


瑞芽「いいでしょ、ここはボランティア部なんだから」

絵里「そうね、出入りは誰でも自由よ」

穂乃果「じゃあ、来週の定例清掃、参加してよ?」

瑞芽「さ、絵里先輩、準備できましたよ」

穂乃果「無視しないでよ、瑞芽ちゃん」ムニー

瑞芽「ふぁにふるの!」ムニー

穂乃果「むひふるふぁられふぉ!」


絵里「仲が良いんだか悪いんだか……」


ガラガラ

友人「失礼しまーす」

絵里「あら、いらっしゃい」

友人「この間、取材受けましたよね。その新聞が出来たので持ってきました」

絵里「新聞部でも無いのに……悪いわね」


瑞芽「ふぁなひて」ムニー

穂乃果「ふぉっちふぉそ」ムニー


友人「なにしてんの、この二人……」

絵里「冬休みの予定を考えないといけないんだけど」

友人「なにかあるんですか?」

絵里「自治会の清掃と、クリスマス会ね。他にも小さい件がいくつか」

友人「予定がぎっしりですねぇ」

絵里「あなたも参加する?」

友人「面白そうだから乗ります。日にち次第ですけど」

絵里「予定はね――」


コンコン


絵里「どうぞ」


ガラガラ


主将「高坂もここにいたのか。……なにしてんだ」


穂乃果「ほぉぇ?」

瑞芽「ほ?」


絵里「どうしたの?」

主将「ちょっと相談事があってな」

絵里「珍しいわね。なにかしら」

主将「高坂を正式な部員にしたくてな」


穂乃果「本人、こっち!」

友人「なんで瑞芽がここにいんの?」

瑞芽「絵里先輩に一局受けてもらおうと思ってたんだけど……」


主将「全国に行ったはいいけど、初戦敗退だろ。
    高坂が入ればもっと上を目指せそうなんだよ」

絵里「こればっかりは本人の意志だから。……どうなの、穂乃果?」

穂乃果「…………」

絵里「……?」

主将「部員達も、初心者だった高坂に影響されてるんだよ。
    だけど、今年の全国進出は運の要素が大きくてな」


友人「……」

瑞芽「どうしたの?」

友人「穂乃果の表情、なんか変」

瑞芽「……?」


主将「高坂、本気でやってみないか?」

穂乃果「……」

主将「素質は充分にある」

穂乃果「でも……」

主将「?」

穂乃果「そう言ってくれるのは嬉しいですけど――……」

絵里「……」


穂乃果「物足りなくて」


主将「……」

絵里「どういうこと……?」


穂乃果「主将に稽古をつけてもらって、みんなで、練習してるのは楽しいです。
     だけど、……それだけじゃ……満足できないっていうか」


主将「大会に出て、試合に勝てば変わる」

穂乃果「多分、そうじゃなくて……」

主将「……」

絵里「穂乃果自身も、その足りないものに気付いてないの?」

穂乃果「……うん」


友人「……」

瑞芽「……どうしたの、さっきまでの雰囲気……穂乃果の雰囲気じゃないよ」

友人「だよね……」


主将「競い合う仲間が居ない、ってことか」

穂乃果「……はい」

主将「……そうか」

絵里「……」

友人「横から口出して悪いんですけど。
    穂乃果と同じレベルか、それ以上の1年生って居ないんですか?」

主将「居ないな。経験者はいるが、高坂を引き上げるような存在にはなってないのか」

絵里「……」

主将「うん、わかった。……まぁ、一緒に全国を目指そうとは言わないが、
    今までの部活動が楽しいと思ったのなら、これからも参加してくれると助かる」

穂乃果「それは、もちろん」

瑞芽「え、そんな……諦めていいんですか? 全国制覇がかかっているんですよ?」

主将「高坂の目的がそれじゃないんだから、しょうがない。……邪魔したな」

絵里「……えぇ」

瑞芽「主将さんが穂乃果を引き上げることはできないんですか?」

主将「その役はあたしじゃないっていう話だな」

スタスタ


ガラガラ

 ピシャ


穂乃果「……主将に悪いことしたかな?」

絵里「穂乃果が本気になれないって、ちゃんと理解していたわ」

穂乃果「……」

絵里「残念に思っているだろうけど、しょうがないわよ」

穂乃果「でも……こんな中途半端な気持ちで剣道部に参加しても……迷惑だよね」

絵里「楽しいと思えるのなら、大丈夫よ。これから、試合に出たいって思えるかもしれないでしょ」

穂乃果「……うん、そうだね」


友人「…………」


……



―― 霜降:ボランティア部


友人「……失礼します」


絵里「いらっしゃい。……穂乃果は剣道部にいるわよ?」

友人「はい、知ってます。今日は絵里先輩に相談を」

絵里「えぇ、いいわよ。お茶、ロシアンティー、紅茶、色々あるけど」

友人「お構いなく。話が済んだら部に戻らないといけないんで」

絵里「あら、そう」


友人「……」

絵里「穂乃果に聞かせたくない話し?」

友人「はい……。というか、穂乃果のことで」

絵里「?」

友人「えっと……なにから話せばいいのか」

絵里「時間の許すかぎりじっくり聞くから」

友人「ありがとうございます。……じゃあ、写真のことから」

絵里「……」


友人「あの……入学案内のパンフレットの件ですけど」

絵里「撮られていたのはびっくりだけど、気にしていないから」

友人「勝手に撮ってすいません……。いつか渡そうと思っていたんですけど」

絵里「あなたも気にしないの。いい一枚だと思う」

友人「そう、思いますか?」

絵里「えぇ、――最高の一枚ね」

友人「最高の……。それって、穂乃果もいい写真だと思っていますかね……?」

絵里「それはどうかしら。……それについてコメントしてなかったのよね」

友人「……やっぱり」

絵里「?」


友人「穂乃果って、私の写真……褒めてくれないんですよ」

絵里「…………」

友人「その一枚だって、結構自信があったから……
    私の写真を認めてくれるようになった、その時に見てもらおうと思ってて」

絵里「……」

友人「部長や、絵里先輩が褒めてくれた画でも、穂乃果はあまりリアクションしてくれなくて」

絵里「……」

友人「ひょっとして……嫌われてるんじゃないか――」

絵里「それは無いわ」

友人「……」

絵里「家でも、あなたのこと話すし、一緒にいて楽しそうなのも知ってる」

友人「……」


絵里「あなたが写真を撮りだしたきっかけってなにかしら」

友人「……えっと、……写真を褒めてもらって……色んな場所へ行くようになって」

絵里「それは穂乃果と出会った中学の頃の話よね。その前は?」

友人「……まえ?」

絵里「その褒めてもらえた写真――……私と穂乃果の写真を撮った時、カメラを持っていたわけでしょ?」

友人「……はい」

絵里「どうしてその時も、カメラを持っていたのか、気になっていたのよ」

友人「……」

絵里「中学生の女子がカメラを持って歩くなんて、少し違和感があったのね」

友人「……」

絵里「その理由があるんじゃない?」

友人「それと、穂乃果が褒めてくれないことと、関係があるんですか?」

絵里「あるかもしれないし、ないかもしれない。
    少なくとも、私は穂乃果ほどにあなたを知らない」

友人「……そうですね」

絵里「……」


友人「父の趣味が……写真を撮ることだったんです」

絵里「……」


友人「お世辞にも、いい写真とは言えないほどの腕前なんですけど」

絵里「……」


友人「それで、私が小さい頃に……一枚だけ撮らされたことがあって」


友人「父と私の二人が撮った写真……、それを母がえらく褒めてくれたんですよね」
   被写体がなんだったのか、忘れてしまったけど……」


友人「うまく撮れてる。って、笑ってくれて」

絵里「……」

友人「……小学校高学年までは、普通の家族だったんです」

絵里「……」

友人「だけど、ある日……両親がケンカを始めてしまって
   次の日も、その次の日も、ケンカをするようになってて」


友人「それで、……父のカメラが床に叩きつけられたんです」

絵里「……どうして?」

友人「わかりません。その場に居なかったからどっちがやったのかも知らない」

絵里「……」

友人「言えるのは、二人の仲が冷え切ったこと。
    父は趣味を捨てて、家では喋ることがなくなりました。
    母も同じ雰囲気で……、同じ家に他人が住んでるって感じになって」


絵里「……」


友人「それが嫌で、外に出て、色んなところを歩いてて……」

絵里「カメラを持った理由は……」

友人「……家族で話す、きっかけになればいいなって」

絵里「……」
  
友人「ただ、それだけです」

絵里「そう……」

友人「私のためかどうかは知らないけど、……戸籍の上ではまだ家族です」

絵里「…………」

友人「って、余計なことまで……」

絵里「あなたは、ご両親のことどう思っているの?」

友人「どうなんでしょう、……よくわかりません」

絵里「ちゃんと考えてみて」

友人「あの、私のことじゃなくて、穂乃果のことを……」

絵里「穂乃果はあなたの家族のこと、どれだけ知ってるの?」

友人「関係が良くないってくらいです。詳しくは話してないので」

絵里「……少し、私の話になるけど、いいかしら」

友人「はい。……?」

絵里「今、私は穂乃果の家にお世話になっているんだけど」

友人「……」


絵里「私が10歳の頃から……だから、もう7年になるわ」

友人「7年……」

絵里「結構な年月よね」

友人「……」

絵里「穂乃果とおばさま、おじさまの3人家族。
    他人の私が高坂家に転がり込んでいるのね」

友人「……」

絵里「繋がりといえば、私たちの祖母が友人だったというだけ」

友人「……」

絵里「私と穂乃果が最初に出会ったのが、その2年前。その間は交流がなかったのよ」

友人「ということは……、8歳の時と、10歳の……2回で……?」

絵里「そうよ。たった2回の対面なのに、私と一緒に暮らしていこうって決めてくれたの」

友人「その2回目……10歳の頃に、……なにがあったんですか?」

絵里「気になる?」

友人「もちろんです。数奇な運命じゃないですか」

絵里「そうね、滅多にあることじゃない。特別な人生なのかもね」

友人「ご両親はロシアで暮らしているんですよね」

絵里「えぇ、おばあさまと一緒に。本当は私もロシアへ移住することになってたのよ」

友人「……!」


絵里「最初は私、その引越に納得がいかなくて、ずっと機嫌が悪かったのよ。
    久しぶりに逢う穂乃果にも、態度を悪くしてた」

友人「……」

絵里「穂乃果はそんな私の機嫌を直そうと、あの手この手を使ってね」


絵里「お気に入りのオルゴールや、大好きな饅頭、
    手作りのトロフィー、ネコのぬいぐるみ、カラオケマイク」


絵里「一つ一つ持ってきたけど、笑うことすらしない私に肩を落としては、次の手を考えてた」

友人「……」

絵里「可笑しな話しでね、自分のご飯茶碗を持ってきたりして……」

友人「はは」

絵里「物が無くなったら、今度は歌をうたって。
    それでも無愛想な私を見て、おばあさまが言ったの」


絵里「――そんなに嫌なの? って」


絵里「当たり前よね。友達と離れなきゃいけなくて。海外なんて不安も大きいんだから」

友人「……」

絵里「そう、言ったの。ありのままの気持ちをおばあさまにぶつけた」


絵里「おばあさまと両親は黙って聞いてたけど……」


絵里「穂乃果が泣いちゃって」


友人「びっくりした……んですか?」


絵里「私も最初はそう思った」


絵里「大声で怒りをぶつけたんだから、怖がらせてしまったって」


絵里「だけどね、私の手を取って言ったの」


絵里「離れちゃいやだって」


絵里「泣きじゃくる一つ年下の子に……私はどうすることもできなかった」


友人「……」


絵里「そして、おばあさまがもう一度訊いたの」


絵里「――そんなに嫌?」


絵里「私が応えるより先に穂乃果が答えたわ」


絵里「――いやだ、って」


絵里「まるで、大切なモノを守るかのように」


絵里「私の手を、ぎゅっと握りしめてくれたの」


絵里「その様子を、穂乃果のお祖母様と私のおばあさまが微笑んで見守ってくれていた」

友人「……」

絵里「それが分岐点となって、私は一人、日本に残ることになったのよ」

友人「……」

絵里「血の繋がっていない私でも家族として迎え入れてくれた」

友人「…………」


絵里「家族をとても大切にする子なの」

友人「…………」

絵里「これは、ただの予想なんだけどね」 

友人「……はい」

絵里「見たい一枚があるんじゃないかしら」 

友人「もしかして……家族の?」

絵里「えぇ、そうよ。あなたの事情を知ってるから、
    はっきりとは言えないんでしょうね」

友人「無理……ですよ」

絵里「無理と思うなら無理よ。だけど、認められたいなら努力しないと」

友人「……」

絵里「あなたが両親をどう思っているかが重要なのよ」

友人「私が……」

絵里「勝手な言い方をしたけど、これは、あなたの分岐点なんだと思う」

友人「……」

絵里「穂乃果と出会って、この学校に入学して、認めてほしいと思った今が選択の時」

友人「……選択の」

絵里「私は、日本に居たい……私のために泣いている穂乃果と一緒に居たいって思ったから、此処にいるの」

友人「……!」

絵里「ゆっくりでいいから考えてみて。自分がどうしたいのか――」


……




―― 中庭


友人「……」


友人「…………」


友人「あ、私のことばっかりで、穂乃果のこと言いそびれた……」


……




― 歳末:高坂邸


穂乃果「うわ、すごい雪だよ、絵里ちゃん」

絵里「本当……。こんな日に限って登校しなくちゃいけないのよね」

穂乃果「でも、いつもと違った風景だよ」

絵里「穂乃果も付き合うことないのに」

穂乃果「ううん、行きたいから行くよ」

絵里「それじゃ、風邪をひかないように暖かくして行きましょ」



― 登校途中


ザクザク

穂乃果「よっ、はっ」 

ピョンピョン

絵里「そんなに跳ねたりしたら危ないわよ」

穂乃果「だいじょーぶ~!」

絵里「ほら、ちゃんと傘をさして」

穂乃果「はぁい~」 

絵里「楽しいのはわかるけど、危ないから少し落ち着きなさい」

穂乃果「でも嬉しくて~」 

絵里「ふふ、しょうがないわね」

穂乃果「見て、絵里ちゃん、私たちの足跡しかないよ」 

絵里「二人だけの軌跡ね」

穂乃果「綺麗なこと言った!」

絵里「私たち二人は、どこまでいけるのかしらね」

穂乃果「もちろん、ずっとだよ」 

絵里「ずっと、ね」


ブオオン


穂乃果「どのくらい積もるかなぁ」

絵里「のんびりしてないで、はやく用事を済ませて帰るわよ」

穂乃果「雪合戦しようよ」

絵里「話聞いてる?」


ブオオオオン


穂乃果「あ、絵里ちゃん危ない!」

バシャァッ 

絵里「――っ!?」

穂乃果「ふぅ、危ない。でも傘があってよかった」

絵里「水たまりが出来てたのね……穂乃果がいなかったらずぶ濡れになってたわ

穂乃果「こういう事故もあるんだね」

絵里「ありがとう、穂乃果。助かったわ」

穂乃果「どういたしまして~」



―― 学校・生徒会室


絵里「穂乃果、そっちにマジックペンがあるでしょ?」


絵里「あら、穂乃果……?」


絵里「どこに行ったのかしら」




―― ボランティア部


絵里「ここにもいない……」




―― 1年生の教室


絵里「……ここでもない」




―― 廊下


絵里「誰も居ない学校に独りで居るのって、ちょっと……」


「――里ちゃ~ん」


絵里「あ、どこに行ってたの?」

穂乃果「屋上だよ。面白いから来てよ!」

絵里「探したのよ?」

穂乃果「ごめ~ん」



―― 屋上


「一面真っ白――……」


「すごいよね~」

 ザクザクザクッ

「穂乃果! 転ぶわよ!」

「転んでも平気~! だって雪だもん!」

「それでも危ないんだから、気をつけて……」

「雪だ、雪だ~!」


「でも、本当に素敵……」

「絵里ちゃん」

「?」

「隙あり!」

 ガバッ

「きゃぁっ!?」

「おっとっとぉ!?」

 バフッ

「もぅ、穂乃果……はしゃぎすぎよ」

「だって、楽しいんだもん」

「まったくもう……ほら、降りて?」

「もうちょっと――」

ぎゅう

「――こうしてていい?」

「……」

「背中、冷たい?」

「はしゃいだり、甘えたり……、一体どうしたの?」

「どうもしない――」

ぎゅうう

「――――あったかい」

「……」

「白い世界に、たった二人きりだよ」

「……」

「絵里ちゃんは? 暖かいでしょ?」

「……背中が冷たくなってきたわ」

「じゃあ、交代しよっか」

「起き上がるという発想はないのね……」

「こうしていたい」

「……なにか良いことでもあった?」

「うん」


「なにがあったの?」

「クリスマス会が楽しかった」

「自治会の催し物なのに、みんな来てくれたわね」

「主将たちも、瑞芽ちゃんも、部長さんたちも」

「……」

「楽しかった、って……言ってくれた」

「他の人たちもそう言ってくれてたわよ」

「ほんと?」

「自治会長さんたちも、保育園の園長さんも、子供たちもね」

「そっか……」

「……」

「写真をね、見せてくれたよ。家族の写真」

「……そう」

「バツの悪い顔してた」

「……それはそうでしょうね」

「あ、背中冷たいよね」

「さ、起こして?」

「よいしょっ」

「早く中に入りましょ。もう少しで終わるから」

「……」

「止みそうにないわね、この雪――」

「……絵里ちゃん」

ぎゅっ

「……今日の穂乃果は、甘えん坊さんね」

「……えへへ」

「離れてくれる?」

「あ、……うん。ちょっと鬱陶しかったよね」

「そうじゃなくて、私が穂乃果を抱きしめられないでしょ?」

ぎゅうう

「あ……」

「まだなにかあるのね」

「背中を温めようと思っただけだよ」

「あら、それじゃ……穂乃果の心遣いを無にしちゃったわね」

「じゃあ、背中向けてよ」

「このままがいいわ」

「……」

「私に話したいことがあるんでしょ?」

「うん」


「言ってみて」

「あのね――……絵里ちゃん」

「なぁに?」


「ありがとう」


「?」


「いつもいつも、ありがとう」

ぎゅううう


「……」


「絵里ちゃんが居てくれてよかったよ」


「穂乃果……」


「……よか…った」


「泣いてるの?」


「どうして?」


「声が震えてる」


「泣いてないよ――……」


「……」


「ごめんね、もう少しだけ――……」


「ねぇ、穂乃果」


「ん……?」


「初めて会った日のこと、覚えてる?」


「……うん」


「あの頃の私は、いつも母から言われてたの。愛想のない子ねって」


「……」


「単に人見知りしていただけなんだけど」


「絵里ちゃんは一度気を許すと、誰にでも優しくなるのにね」


「余計なこと言わないの」


「えへへ」


「それで、私が8歳、穂乃果が7歳の時。おばあさまに連れられて、遊びに行った日のこと」


「……」


「おばさまが言ってたわ。穂乃果は恥ずかしがっていたって」


「……」


「今までずっと怖がらせていたと思っていたんだけど、
 どうして恥ずかしかったの?」


「……忘れちゃった」


「それは、嘘ね」


「……」


「穂乃果」


「……ん?」


「この話になると、いつも誤魔化すのはどうして?」


「……」


「そして、黙ってしまうのよね」

ぎゅうう


「……うぅ、苦しい」


「理由を聞くまで離さないわよ?」


「いいよ、それで」


「……」


「日が暮れるまで、時間があるから」


「……」


「太陽出ていないのに、日が暮れるって変だよね」


「……じゃあ、これでお終い」

スッ


「あ――……」


「警備員の人にも迷惑かけるから、早く仕事を終わらせ――」


「……っ」

ガバッ


「…………」


「今日だけ、この時だけでいいから――……」


「……」


「お願い、絵里ちゃん……、もう少しだけ――……」

ぎゅうう


「……」


「私……、小さい頃から本当の友達って出来なかった」


「……おばさまから聞いてる」


「なんかね、知らないうちに距離を取ってしまうの」


「……」


「近付いて来られると、怖くなる。だから、深く付き合えない」


「……」


「誕生日会に誘われても断って、遊びに行くのも……断って……っ」


「穂乃果……」


「いつか……離れていくんだ……と思ったら……――とても怖くなるんだよ」


「……」


「どうしてか……分からないけど……っ……怖くて……仕方がなかったっ」グスッ


「……ほのか」

ぎゅうう


「でもっ……あの時……っ……絵里ちゃんと出会ったあの時っ」グスッ


「……」


「とっても嬉しかったから……っ」


「……だから、恥ずかしかった?」


「う…うん……っ」


「私は離れてなんかいかない」


「……うんっ」


「私は一緒に居たいわ。――穂乃果が許す、その時まで」

ぎゅううう


「じゃあ……じゃあ、ずっとだよ?」


「えぇ。私たちのおばあさまのように、ずっとね」


「……うん、ずっとだよ」


「ほら、泣かないで」


「ぐすっ」


「穂乃果には笑っていて欲しいから」


「……うんっ」


「拭いてあげるから、じっとしててね」


「本当に、甘えてばっかりだね」


「いいわよ、もっと甘えても」


「ううん、もっと……強くならなきゃ」


「……」


「……すぅぅ、はぁ」


「そろそろ戻りましょうか」


「……」


「それとも、もう少しこのままでいる?」


「もう少し!」

ガバッ


「泣いてた子がもう笑ってる」


「それを言わないでよ~」


「ふふ」



「……――怯えるのはこれでおしまいだから」



「自分にも、これからのことにも負けないから――」



……




―― 元旦:神社


絵里「あけましておめでとう」

友人「おめでとうございます」

母「似合ってるわよ、巫女服姿」

友人「ありがとうございます~」

絵里「すごい人の数だけど、やっていけてる?」

友人「はい、なんとか。バイトなんてやったことないから右往左往してます~」

母「偉いのね」

友人「今年から高校生はオッケーだったんで、運がいいですよ~。
    あ、穂乃果なら向こうに居ますよ」
  
母「こっちではおみくじ引けないの?」

友人「引けますけど、どうせなら穂乃果のところで引いた方がご利益あるんじゃないかと」

絵里「また、適当なこと言って」

友人「あはは」

客「すいませ~ん」

友人「あ、はーい! それでは~」

タッタッタ

母「頑張ってるみたいね」

絵里「……はい。欲しいものを買うためにバイトを始めたそうです」

母「穂乃果はその付き合いなのね」

絵里「それだけじゃないみたいで。巫女のバイトに興味があったと聞きました」

母「小さいころから、変なことに興味を持つのよね、穂乃果は」

絵里「変なこと……?」

母「ほら、絵里の機嫌を取ろうとトロフィーを渡したでしょ?」

絵里「はい……」

母「私とお父さんと穂乃果で作ったんだけど、意図がはっきりしてないのよね」

絵里「……そうなんですか」

母「あとは、占いなんてできないのに、タロットカードを買ったり」

絵里「……不思議なことするんですね」

母「そうなのよね。その本人はどこかしら」

絵里「あ、居ました」


穂乃果「いらっしゃ~い」


母「迷惑かけてないでしょうね」

穂乃果「自分の娘なのに失礼しちゃうよ!」

母「自分の娘、だからよ」

絵里「……」


穂乃果「お父さんは?」

母「人ごみは苦手だから」

穂乃果「せっかくなんだから初詣くらい我慢したらいいのにね」

絵里「……」

穂乃果「おみくじだよね、絵里ちゃん?」

絵里「えぇ、おねがい」


……




絵里「それじゃ、バイト頑張ってね」

穂乃果「うん、それじゃあね~」

母「このまま帰るのも味気ないから、なにか甘いものを食べに行きましょ」

絵里「はい」

母「何が食べたい?」

絵里「そうですね……、あんみつとか」

母「いいわね。もちろん穂乃果には内緒ね」

絵里「ふふ」


穂乃果「聞こえてるよ!」



……




―― 啓蟄:理事長室


理事長「入学者数は変わらず、か……」

夕月「学院の知名度は上がっている、との認識でよろしいのでしょうか」

理事長「楽観視はできないが、そう捉えてもいいだろう」

夕月「では、全校生徒への発表はいかがなさいましょう」

理事長「伝えないことにする」

夕月「時間をおくと、生徒たちの衝撃も大きくなるかと思いますが」

理事長「だが、廃校の運命を生徒たちが変えようとしている。
     それに余計な水を差したくない」

夕月「かしこまりました」


……




―― 新学期:校庭


友人「また別のクラスって……ありえない……」

瑞芽「私は一緒だ……」

穂乃果「2年連続で生徒会長なんてすごいね」

絵里「あなたのお祖母さんは3年連続なのよ?」

穂乃果「知らなかった!」


ワイワイ

 ガヤガヤ


絵里「なんだか、注目を集めてるみたい……」

穂乃果「注目……?」

友人「パンフレットの二人でもあるから……、ちょっとした有名人だね」

瑞芽「ねぇ、持ってきた?」

友人「あのさ、しつこいよ。撮ってないんだから持ってこれるわけないでしょ」

穂乃果「何の話?」

瑞芽「穂乃果には関係の無いことだから」

穂乃果「ふぅん……」

友人「絵里先輩の写真を持って来いってうるさいんだよね」

瑞芽「ちょっ」

絵里「なんで私なんかの……」

穂乃果「自分で撮ればいいのに」

瑞芽「あれ……意外な反応……」

友人「……うん。もっと騒ぐかと思ってたのに」

穂乃果「騒ぐって……。私たち、もう2年生なんだから~」

友人瑞芽「「 …… 」」


絵里「ほら、早く教室に行きなさい。1年生に示しがつかないわよ」

穂乃果「わかった。それじゃ、また放課後ね、絵里先輩」

絵里「えぇ、それじゃ」

スタスタ


瑞芽「……呼び方も変わったまま」

友人「けじめ、なんだって」


穂乃果「今日もポカポカしてていい日だ!」

友人「あんたさ、私と変わってよ」

瑞芽「できるならするけど?」


「高坂穂乃果、ですか……」


……


―― 穀雨:生徒会室


絵里「穂乃果、そろそろ時間よ。行きましょ」

穂乃果「あ、うん……」ガタ


書記「会長と副会長、なにか予定でもあるんですか?」


絵里「えぇ、理事長室に」

穂乃果「修学旅行の件でね~」

書記「あぁ、あの企画書ですか」


……





―― 立夏:道場


主将「よし、これから練習試合を行う。
    結果によっては布陣の変更もあるから気合入れてけよ!」


部員「「 はい! 」」


穂乃果「よぉし!」グッ


新聞部長「ちょぉっと取材いいですか~?」

副主将「本当にちょっとだけならいいわよ」

新聞部長「もぅ、クールなんだからぁ。……えっとねぇ、穂乃果ちゃんのことで」

副主将「まぁ、そうでしょうね。……それで?」

新聞部長「生徒会の副会長でありながら、今年から本格的に剣道部への活動を行っていますが、
       多忙な学校生活の中でうまく時間のやりくりはできているのでしょうか」

副主将「それは、高坂さんの剣道部員としての実力を訊いているの?」

新聞部長「率直に言えば」

副主将「元々素質があったから。本気で打ち込めば剣士としての能力は更に伸びるでしょうね」

友人「メンバーの構成に、穂乃果は……?」

副主将「あなたも取材?」

友人「付き合わされてて」

副主将「苦労するわね、あなたも。……高坂さんは、先鋒よ」

友人「決定ですか?」

副主将「それを決めるのが、この練習試合ね」

友人「……」

新聞部長「話題に欠かない存在だから、新聞部としてはありがたいよ~」


主将「高坂、一応聞くが、希望はあるか?」

穂乃果「大将を」

主将「……!」


部員「え……!」

部員「大将!?」

ザワザワ


主将「理由は?」

穂乃果「強くなりたいからです」

主将「ふむ……」



新聞部長「おぉ、いいねいいね! 面白い展開!」

副主将「驚いた……。あんな事言うなて」

友人「穂乃果の練習内容って、副主将からみてどうなんですか?」

副主将「……そうね、去年とは違って、真剣味が増していたわ」

友人「……去年とは違う…」


「待ってください!」


穂乃果「?」

主将「どうした?」



「主将をおいて、穂乃果が大将の座につくなんて納得がいきません!」

穂乃果「うん、そうだね」

主将「じゃあ、あたしは中堅やるわ」

「な……!?」

主将「高坂を大将と認めたくないなら、試合をして結果を見せろ」

「……わかりました」

穂乃果「……」


部員「どうなるんだろ」

部員「穂乃果さんの実力って、未知数だよね」

ザワザワ


友人「穂乃果の相手は……?」

副主将「去年の全国大会、三位の実力者よ」

新聞部長「ふむふむ」メモメモ


「いつか、あなたと試合をしたいと思っていました」

穂乃果「……」

「あなたの実力は聞いています。稽古をしている姿も見ています」

穂乃果「……」

「剣道を始めたのが去年だと聞きます。
 そんなあなたが大将を務めるなんて、私には許せません」

穂乃果「……すぅ、ふぅ」

「剣道を舐めないでください」

穂乃果「確かにそうかもしれない。
     私の言動って、経験者を侮辱しているのかもしれない」

「……やっと気付いたのですか」

穂乃果「だけどね――」

「……?」


穂乃果「強くなるって決めたから」


穂乃果「だから、負けない」


「…………」


主将「じゃあ、始め!」


……




穂乃果「はぁ……っ……はぁっ」

「……っ」


主将「はい、そこまで」


穂乃果「ふぅ……」

「そ、そんな……私が……小さい頃から剣道を続けていた私が……!」


次鋒「引き分けかぁ、凄いなぁ」

副主将「あなた、他人事じゃないのよ?」


主将「高坂、まだやれるな?」

穂乃果「は、はい……」

主将「じゃあ、五人掛けでもするか」

穂乃果「……?」



友人「なにを……?」

次鋒「五人続けて試合をするんだよ」

新聞部長「ふむふむふむふむ」メモメモメモメモ

副主将「絢瀬さんに怒られるわね……」


主将「それくらいの実力がなきゃ大将は任せられん。いいな?」

穂乃果「はい!」



主将「おまえ、一人目な」

部員「は、はい」

主将「二人目だ」

次鋒「わ、私も……?」

主将「三人目」

副主将「……わかったわ」

主将「四人目があたしだ」


友人「うわ……」


「五人目、もう一度私にさせてください」

主将「まぁ、いいだろう」


穂乃果「――ふぅ」


主将「準備はいいか?」


穂乃果「はい――……いつでも」


主将「よし、それじゃあ、一人目!」


……





穂乃果「……はぁ……はぁっ……ッ」

ガクッ

副主将「……」


主将「二人に勝っただけ上出来だが、そう甘くはないな」


穂乃果「次……お願いします……ッ」

副主将「私から一本取らないと、次はないわよ」

穂乃果「……わかりました」

副主将「……」スッ

穂乃果「すぅ……はぁぁ……」


穂乃果「やぁぁあああ!」


―― ボランティア部


絵里「編み物って結構難しいのね」チクチク


コンコン


絵里「どうぞ」


ガラガラ

友人「失礼します」

絵里「もう剣道部の取材は終わったの?」

友人「いえ……、それより――」



―― 道場


バシィンン


副主将「……――!?」

穂乃果「……っ」


主将「一本」


穂乃果「はぁ……っ……はぁ……やった」


主将「油断したか?」

副主将「するわけないでしょ」

主将「ふむ……」


穂乃果「すぅぅ、はぁ……すぅぅ」

主将「緊張の連続で疲れたか?」

穂乃果「まだ平気です」

主将「よし。それじゃ、勝負だ」

穂乃果「お願いします!」

主将「……気迫は衰えてないな」


「穂乃果!」


穂乃果「あ――……」


絵里「なにやってるのよ! こんな無謀なことして!」


穂乃果「絵里先輩――」

絵里「あなた達! たった1年の経験者になんてことさせてるの!」


主将「……」

副主将「……」


穂乃果「――どいて、絵里ちゃん」

絵里「え――……?」

穂乃果「負けたくないから」

絵里「負けず嫌いもいいけど、
    自分の実力を測り損ねて勝負を仕掛けるなんて間違ってるわよ」

穂乃果「自分に負けたくない」

絵里「……」

穂乃果「絵里ちゃんに頼っていたら、この――……右手の痛みも取れないよ」

絵里「痛み……?」

穂乃果「此処にいると、どうしてか痛くなる。そして、胸が苦しくなる……っ」

絵里「穂乃果……」

穂乃果「多分、それは私の弱さだから」

絵里「……」

穂乃果「五人目のあの子に勝たないと、強さが遠のいていく気がするから」


「…………」


穂乃果「だから、試合をさせてよ、絵里ちゃん」

絵里「……」

穂乃果「お願い」

絵里「…………いつの間にか、呼び方が戻ってるのね」

穂乃果「自分を変えるためにも……絵里先輩って呼んでたけど……」

絵里「……」

穂乃果「やっぱり、こっちがいい」

絵里「……それが穂乃果らしさなのかもね」

穂乃果「ごめんね……いつも、心配ばっかりかけて」

絵里「……いいわよ、それが私の役目でもあるんだから」

穂乃果「……ありがと」

絵里「やるからには、中途半端な結果はダメよ?」

穂乃果「……うん」


主将「あたしも、いつかは高坂と試合がしてみたかったんだ」

穂乃果「……!」

主将「それは、まだ先の話だと思ってたんだがな」

穂乃果「……」


副主将「始め」


主将「……」

穂乃果「……」スッ

主将「その構えに特別な意味でも込められてるのか?」

穂乃果「たぶん」


主将「期待した答えじゃないのが残念だ」

穂乃果「……――!」ザッ


主将「……!」

穂乃果「面――ッ!」

バシッ


主将「……ッ」

穂乃果「胴――ッ!!」

バシッッ


主将「この……ッ!」

穂乃果「面――ッッ!」ブンッ

ガシッ


次鋒「圧されてる……」

部員「私の時と全然違う……」


絵里「……」

友人「……」


主将「小手ぇぇええッ!」

バシィィン

穂乃果「――ッ!?」


副主将「一本」


主将「そんなに自分を越えたいか?」

穂乃果「違います」

主将「……?」

穂乃果「弱い自分、臆病な自分、全ての私を受け入れないと強くなれない」

主将「……」

穂乃果「そんな気がするだけです」

主将「その先に何がある」

穂乃果「分からないけど。どうしてこんな気分になるのか全然分からないけど」


穂乃果「そうしなきゃいけない。『今までの時間』を無駄にしないためにも!」

ダッ


絵里「……」


穂乃果「めぇぇえんん――ッ!」


主将「――!」


バシィィンン


副主将「一本」


穂乃果「……ッ!」スッ

主将「高坂、おまえは何の為に剣道をしている」スッ

穂乃果「……」

主将「他の部でも活躍できるだろう。なぜ剣道を選んだ?」

穂乃果「……」

主将「なんだ、目的はないのか?」

穂乃果「……」

主将「それとも言えないのか?」

穂乃果「誰かを――……」

主将「?」

穂乃果「誰かを探しているのかもしれません」


主将「……」


穂乃果「……」


主将「行くぞ」


穂乃果「……!」グッ


主将「胴――!」

バシィィン


穂乃果「――!」


副主将「一本。そこまで」


穂乃果「負け…た……」


主将「言っていることが漠然としすぎだな。
    そんなんで強くなれるわけがない」

穂乃果「~~ッ!」

主将「この勝負、高坂に預ける」

穂乃果「え……?」

主将「剣道の頂点に立てば何か分かるかもしれないな」

穂乃果「……全国制覇?」

主将「あぁ。目的を持てば強くなれる。頂点に立てば視野も広がる」

穂乃果「……」


主将「個人戦にでも、出るか?」

穂乃果「……団体戦がいいです」

主将「そうか。……制覇したその後にまた、試合を受けてくれ」

穂乃果「は、はい」


絵里「…………」


主将「まぁ、次に勝てればの話なんだが」

穂乃果「……」

「みなさん、甘いですね」

次鋒「そうでもないけどね。負けた私が言うのもなんだけど」

副主将「……高坂さん、用意はいい?」

穂乃果「はい」

「私は認めませんよ。そんな理由で剣道を志すなど」


穂乃果「……」

「……」


主将「始め」


……




バシィィン

主将「一本。そこまで」


穂乃果「……――ふぅ」フラリ


絵里「穂乃果!」


穂乃果「はぁ……疲れたぁ……」

絵里「……おつかれさま」

副主将「風に当たったほうがいいわね」

絵里「ほら、立てる?」

穂乃果「ん……」フルフル

友人「手を貸すから、しっかりしてよ」

穂乃果「ありがと~」


「……ッ!」ダッ

タッタッタ


次鋒「あ……」

主将「プライドがズタズタだな」

副主将「油断はなかったけど、ね」

主将「フォローしてくるか」


……




ソヨソヨ


穂乃果「ふぅ~、いい風~」

絵里「凄い汗よ」フキフキ

穂乃果「ありがとう~」

友人「ほら、水」

穂乃果「ありがと~……ごくごく」


「あの……穂乃果……先輩」


穂乃果「ごくごく?」


「色々と……すいませんでした」


穂乃果「どうして謝るの?」

「失礼な態度……でしたから」

穂乃果「剣道好きなんだよね?」

「……はい」

穂乃果「大切なモノを守りたいってことだから。私にもわかるよ」

「でも、年下なのに……呼び捨てまでしてしまって」

穂乃果「そんなの関係ないよ」

「……」


絵里「……」


穂乃果「それじゃ、これからもよろしくね。やまちゃん」

「私の名は、摩耶です」

友人「え、なんでそこで間違える?」

穂乃果「間違えてないよ。わざと呼んでるだけだから」

友人「あ、そう」

摩耶「……さっきまでの空気が無くなったしまいました」

絵里「こういう子だからね」


……



―― 夏至:ボランティア部


ガラガラ

摩耶「こんにちは……」


友人「ん?」

摩耶「穂乃果先輩は……ここに居ないのですね」

友人「穂乃果なら、グラウンドにいるよ」

摩耶「なぜです?」

友人「練習風景を眺めてるだけ。……理由は分からないけど」

摩耶「……そうですか。困りましたね」

友人「いや、困るくらいならグランドに行きなよ」

摩耶「それもそうですね。失礼しました」


ガラガラ

 ピシャ


友人「よく分からない子だなぁ」


ガラガラ


瑞芽「絵里先輩は?」

友人「今度はあんたか……。生徒会だけど」

瑞芽「待ってようかな……」

友人「今日は来られないって言ってたよ」

瑞芽「そうなんだ。……それじゃあ、帰ろうっと」

友人「ばいばーい」

瑞芽「じゃあね」

ガラガラ

 ピシャ


友人「まぁ、嘘なんだけど」


ガラガラ

絵里「あら、あなた一人なの?」

友人「客が二人来ましたけど、依頼はないみたいで」

絵里「悪いわね、留守番みたいなことさせちゃって」

友人「いいですよ、時間を持て余してたんで。それじゃ、私も部に行きます」

絵里「えぇ、ありがと」

友人「……絵里先輩、変なこと聞きますけど」

絵里「?」

友人「穂乃果が色んな部へ顔を出してる理由ってなんですか?」

絵里「興味があるって、そう言ってたわ」


友人「……興味はあっても、軽く部に参加してる程度ですよね」

絵里「私もたまに参加させてもらってるわよ」

友人「穂乃果、最近……変わりましたよね」

絵里「……そうね。今までとは、変わってきてる」

友人「多分、私の言ってることと、絵里先輩が言ってること……違うと思う」

絵里「?」

友人「絵里先輩の前だと、普通なんですけど……普通というか、楽しそうなんですけど」

絵里「……」


友人「絵里先輩の居ないところでは、心に穴が空いたような顔をするんですよ」


絵里「え……、どういうこと?」


友人「この前の、摩耶との練習試合をした時、やっぱり変だと思ったんです」

絵里「やっぱり、ってことは……前からあったのね」

友人「はい……」

絵里「いつからなのか……詳しく教えて」

友人「中学校の頃は、あまり……というか、全然そんな気配は無かったです」

絵里「……」

友人「高校入試の時から、かもしれない」

絵里「入試……?」

友人「プレッシャーなんだと思ってたけど、意気込みが尋常じゃなかったんですよ」

絵里「…………」

友人「この学校に入らないと人生が終わる、かのような。追い詰められたような顔をして」

絵里「……そう」

友人「早く伝えたかったんですけど、機会が無くて――」


ガラガラ


穂乃果「あつい……あついよ絵里ちゃん!」

絵里「……」

友人「……」

穂乃果「あ、あれ……?」

友人「後はお願いします」

絵里「えぇ、わかったわ」


スタスタ

 ピシャ


穂乃果「……大事な話の途中だった?」

絵里「そうよ。とっても大事な話」

穂乃果「そっか……。邪魔しちゃってごめんね?」

絵里「謝るほどじゃないわ」


……




―― 夜:高坂邸


穂乃果「う~ん、今日の焼き魚もうまいっ」

絵里「……」ジー

穂乃果「もぐもぐ?」

絵里「……」サッ

穂乃果「なんで目を逸らすの?」

絵里「なんでも ない。焼き魚 おいしい」

穂乃果「なんで片言?」

母「お父さん、醤油をどうぞ」

父「……」コクリ


……




―― 台所


ガチャガチャ

母「えっと、後は……」


絵里「おばさま、少し話がしたいのですが」

母「いいわよ。なぁに?」

絵里「穂乃果のことで」

母「それじゃ、居間に行きましょ」


―― 居間


母「話しって?」

絵里「小さいころの穂乃果って、変なところありませんでしたか?」

母「変なところ?」

絵里「急に気分が沈んだりとか……泣きそうな顔になったりとか」

母「あ――……そうよ、あるわ」


絵里「……!」


母「ちょっと待ってて。アルバム持ってくるから」


……




母「これ見て」

絵里「……」


母「穂乃果がおばぁちゃんっ子だったのは知ってるでしょ」

絵里「……はい」

母「この写真のように、おばぁちゃんと一緒なら笑ってるのよ。
  だけど――」

ペラ

絵里「……これは」

母「たまたま穂乃果が写ったんだけどね」

絵里「穂乃果……っ」

母「親戚の子たちが遊んでいるそばで……穂乃果一人だけ、膝を抱えて俯いてるでしょ……」

絵里「……っ」

母「最初、この写真を見た時はつまらないから、こうしてるんだと思ってたけど……」


母「8歳の頃まで、夜中に泣き出したりしてたのよ」


絵里「え……」


母「怖い夢をみたからって、私の部屋に来てね」

絵里「…………」

母「ひどい時は、1週間くらい塞ぎこんでたりして」

絵里「そんなに……」

母「私とお父さんにも心当たりがなくて。
   お母さん……おばぁちゃんのところへ連れて行ったりしたのよ」

絵里「……」

母「今の穂乃果とは考えられないでしょ」

絵里「……はい」

母「それがきっかけかもしれない。絵里と出会えたのが」

絵里「…………」


―― 穂乃果の部屋


穂乃果「……」カリカリ


コンコン

「穂乃果、入っていい?」


穂乃果「いいよー」


スーッ

絵里「勉強してるの?」

穂乃果「うん……予習をね~」カリカリ

絵里「今日はもうおしまいにしたら? 部活で疲れてるでしょ?」

穂乃果「うん~、そだね~」カリカリ

絵里「……」

穂乃果「えっと……ここの数式は……確か、ここら辺に」ペラペラ


穂乃果「あったあった……。……――あ、絵里ちゃん」

絵里「私の存在を忘れそうになってたわね」

穂乃果「あはは……ごめ~ん」

絵里「今日はもうおしまい」

パタン

穂乃果「あぁっ、もうちょっとで解けそうだったのに!」

絵里「ねぇ、ほのか……」

穂乃果「……?」

絵里「どうしてそんなに勉強熱心なの?」

穂乃果「ん?」

絵里「なにか、目的でもある? 国立大学に入る……とか。学校の先生になりたい、とか」

穂乃果「えっと……うーん……」

絵里「悩むってことは、それほど強い意志があるわけじゃないのね」

穂乃果「……うん」

絵里「それなのに、どうして熱心になれるの?」

穂乃果「勉強してると……落ち着くというか……」

絵里「おばさまは、穂乃果に勉強しなさいって言ったことがないそうね」

穂乃果「……うん、無い」

絵里「どうしてか知ってる?」

穂乃果「自発的にするから!」

絵里「偉そうにしないの。……いえ、それは偉いんだけど。
    そういうことじゃなくて」

穂乃果「どうしたの? なんか変だよ」

絵里「おばさまが穂乃果を自由にさせてるのは、手のかからない子だからって言ってた」

穂乃果「なんか、照れるね」


絵里「ほのか……おばさまがどういう表情でそう言ってたのか、分かる?」

穂乃果「え……?」

絵里「少しだけ、寂しそうにしてたわ」

穂乃果「……」

絵里「手のかからないってことは、
    それだけ触れている時間が少なくなるってことでもあるから」

穂乃果「……そう、だったんだ」

絵里「あぁ、ごめんなさい。親子の関係に口を挟むつもりはなかったのに……」

穂乃果「ううん、言いたいことわかってるから」

絵里「……そう?」

穂乃果「別にね、いい子でいようとは思ってないんだよ」

絵里「……」

穂乃果「ただ……ね。……勉強していないと、落ち着かないから」

絵里「……その理由が知りたいのよ」

穂乃果「自分でもわからないよ……」

絵里「ほのか……」

穂乃果「なにかに、一生懸命になってなくちゃいけない気がして」

絵里「……」

穂乃果「なにかに、打ち込んでいないと……焦ってきちゃって」


絵里「ねぇ、ほのか」

ぎゅうう

穂乃果「――!」


絵里「今は私が居るから」

穂乃果「絵里……ちゃん……?」


絵里「私だけじゃない。
    学校には友だちがいる。
    部活で頼りになる先輩、頼ってくれる後輩がいる」

穂乃果「……」


絵里「自治会の人たちだって、街の人達だって、穂乃果のことを知ってる」

穂乃果「……」


絵里「ひとりじゃないから」

ぎゅうう

穂乃果「――うん」


絵里「ゆっくり、行きましょう」

穂乃果「うん、そうだね」

絵里「焦る必要はないから」

穂乃果「うん、わかった」


絵里「ほんとに?」

穂乃果「……どうして疑うの?」

絵里「たまに、我慢するでしょ」

穂乃果「……じゃあ、今日は一緒に寝ようよ」

絵里「……」

穂乃果「言ってみただけです」

絵里「私、真面目に話してるんだけど」

穂乃果「ちょっとふざけ過ぎたね。ごめんなさい」

絵里「まったく、もう!」

ワシャワシャ

穂乃果「あぁっ、絵里ちゃんっ、髪がっ!」

絵里「心配してるのに、おふざけなんて許せないわ!」

穂乃果「じゃあ、久しぶりに甘えるよっ」

絵里「じゃあって何よ――」

ガバッ

絵里「きゃぁっ!?」

ドサッ

穂乃果「ね、いいよね?」

絵里「……降りなさい」

穂乃果「いいじゃん、小さい頃はいつも一緒に寝てたんだから」

絵里「小さいころの話でしょ。私はいま、怒っているのよ?」

穂乃果「だから、機嫌を取ろうとして~」

絵里「……どきなさい」

穂乃果「怒らないでよ~」スリスリ

絵里「ちょ、ちょっと穂乃果っ」


―― 居間


母「確かに最近は……あんな表情しなくなってた……」


母「ううん……絵里が来てから、ね」


ドタドタ

 バタバタ


「ちょと――、いい加減に――」

「あぁっ――反撃する――」


母「……」


ドタドタ

 バタバタ


「私に勝てると思って――」

「――剣道で鍛えて――だから」


母「こらー! 今何時だと思ってるの!」


「……」

「……」


シ ー ン


「「 ごめんなさーい 」」


母「まったく……。って、私も大声出しちゃった」


……



―― 翌朝:絵里の部屋


絵里「すぅ……すぅ……」


穂乃果「しつれいしまーす」


絵里「……すぅ……すぅ」


穂乃果「えっと……あった」


穂乃果「よし、油性ペンだ」ウヒヒ


絵里「ん……んん……」


穂乃果「!」


絵里「すぅ……すぅ……」


穂乃果「ふぅ……びっくりした」


穂乃果「自分の持ち物には自分の名前だよね? 絵里ちゃん」


絵里「すぅ……」


穂乃果「ほのか、のほ~」スッ


ガシッ

穂乃果「ひやっ!?」


絵里「何してるの?」

穂乃果「お、起きてたの!?」

絵里「えぇ、あなたがこの部屋に入った時からね」

穂乃果「エスパーどころじゃないよ、特殊な訓練を受けたスパイだよ!」

絵里「朝早いんだから、静かにしなさい」

穂乃果「ほ、穂乃果は……絵里ちゃんを起こしに来ただけだもん!」

絵里「何を可愛く言ってるの。そのペンはなに?」

穂乃果「これは……サインの練習を……」

絵里「どこに書くつもりだったの? 私の前髪を上げてたけど?」

穂乃果「起きていたのに、そこまでさせるなんて……!」

絵里「昨日といい、今といい……穂乃果は少し、私を見くびっているみたいね」

穂乃果「そんなことないよ?」

絵里「…………」

穂乃果「む、無言の圧力……!」


……



―― 音ノ木坂学院


上級生「おはよ~」

絵里「おはよう」

後輩「おはようございます、絢瀬先輩!」

絵里「えぇ、おはよう」

穂乃果「おはようございます、生徒会長!」

絵里「……」

スタスタ

穂乃果「無視された!?」


友人「今日はテンション高いなぁ」

穂乃果「あ、おはよう」

友人「おはよう。なにか良いことでもあった?」

穂乃果「――うん!」


絵里「おはよう」

瑞芽「あ! おはようございます、絵里ちゃん先輩! 鞄持ちます!」

絵里「それはいいから」


友人「瑞芽のやつ……、付き人っぽいことしてる」

穂乃果「あはは」


……




―― 3年生の教室


絵里「おはよう」

副主将「おはよう――……朝からご機嫌ね」

絵里「え?」

副主将「楽しいことがあった……もしくは、
     これから楽しいことがあるって顔してる」

絵里「私が?」

副主将「そう、あなたが」

絵里「そ、そんな顔してたのね……」

主将「どうせ、駅前の喫茶店に美味しいパフェがあるから高坂と行くとか、そんなんだろ」

絵里「……」

主将「当たりか」

副主将「あなたはもうちょっと、空気を読んでね」


……



―― 七夕:校庭


穂乃果「よーし、こんなものかなぁ?」

友人「笹なんて、よく手に入ったね」

穂乃果「清掃ボランティアで知り合った人が居て、一本だけ分けてもらったんだよ」

友人「あ、もしかして……あの人?」

穂乃果「そうだよ。……なんか、ファーストフードの店長代理まで貰ってたけど」

友人「顔広いな」

瑞芽「というか、どうして私まで……」

友人「いつもボランティア部に出入りしてるんだから、これくらい手伝いなよ」

瑞芽「絵里ちゃん先輩、居ないし」ブー

友人「絢瀬っ子というより、ただのおっかけだな、コヤツ……」

穂乃果「それじゃあ、短冊を飾ろう~」

友人「短冊って言っても、私たち3人分じゃあねぇ」


穂乃果「よいしょっ」

瑞芽「穂乃果の願いってなんなの?」

穂乃果「素敵な学校になりますようにって」

ピカー!


瑞芽「爽やかすぎて……ま、眩しい……っ」

友人「そういう瑞芽は……なになに、絵里先輩とデートがしたい? バカか?」

瑞芽「バカっていうな! というか勝手に読まないで!」


ビュウウウ


穂乃果「うわっ、風がっ」


ヒラヒラ

瑞芽「あぁっ、短冊がっ」

タッタッタ


「待ってー!」


友人「……」


―― うさぎ小屋


瑞芽「えっと……この辺りに……あった」


うさぎ「モシャモシャ」


瑞芽「食べないでー!」


友人「あれはもう、コントだな」


穂乃果「遊んでないでちゃんとやってよー!」

友人「あれはあれで真剣なんだからさ」


摩耶「……こんなところで何をしているのですか?」

穂乃果「あぁ、いいところに。やまちゃんも短冊に願いごと書いてよ」

摩耶「願い事……ですか」

友人「私はもう、願いは達成できたからいいんだけどね~」

穂乃果「凄いね」

友人「ちょっと! 私がこのカメラ手に入れるのにどれだけ頑張ったか知ってるでしょ!」

穂乃果「だから、凄いって……言ったのに」

友人「いつも思うんだけど、軽いんだよ、穂乃果の言う、凄いね、って!」

摩耶「……」カキカキ

穂乃果「全国制覇……うん! やまちゃんらしいね!」

摩耶「か、勝手に読まないでください」


菊地「穂乃果じゃないか、こんな所で何をしてるの?」

穂乃果「七夕だから、願い事を書いてもらってるの」

菊地「へぇ~、いいね、こういうの!
    織姫と彦星が年に一度出会う日……くぅ、ロマンチックぅ~」

友人「夏の大三角形だよね。たしか……アルタイルと、デネブと……なんだっけ」

穂乃果「ベガ」

友人「そうそう、ベガ」

穂乃果「……」

菊地「よぉし、ボクも素敵な王子様に出会えるようにお願いしちゃおうっと」

瑞芽「夏の海で絵里先輩と素敵なひと時を過ごせるように」カキカキ

摩耶「ここでいいのでしょうか」

友人「うん、好きなトコでいいよ」

次鋒「宝くじが当たりますように」カキカキ

副主将「私利私欲に走ると碌な事にならないわよ?」

主将「合宿、どこでするかな……」

副主将「あなたもせっかくだから書いてみたらいいのに」

穂乃果「海! うみがいいです、主将!」

主将「それはいいな」

瑞芽「!」キラン

友人「なんか、センサーに引っかかったような顔してる」

主将「……だけど、経費がな」

穂乃果「うぅん……せっかくの全国出場なのにぃ」

主将「というか、高坂は副会長なんだから、そこら辺なんとかしろよ」

穂乃果「おぉ、その手があった!」ポン

副主将「あなたたちねぇ……」


―― 理事長室


夕月「賑わっていますね」

理事長「ふむ……」


絵里「以前、理事長が仰っていた、穂乃果の特質ですね」


理事長「そうだ。ああいう人物は貴重だ」

夕月「……」


理事長「呼び出したのは他でもない。先日提出された件についてだが」

絵里「はい」

理事長「結論から言うと、認めることになった」

夕月「全学年で、7クラスの修学旅行になります」

絵里「……!」

理事長「あとは、行き先だな。3日以内に――」

絵里「北海道か、京都・奈良へ希望します」

理事長「第一候補が北海道なのか?」

絵里「はい。生徒会の会議でその二つに絞りました」

理事長「わかった。検討しよう」

絵里「よろしくお願いします」


……




―― 校庭


絵里「穂乃果」オイデオイデ


穂乃果「どうしたの?」

絵里「前に、理事長へ提出した件だけどね」

穂乃果「修学旅行だよね。どうだった?」

絵里「いい方向に話は進んでるわ」

穂乃果「本当!? やった!」

絵里「ふふ」

穂乃果「あ、でも……よく通ったよね」

絵里「理事長はかなりのやり手だから」

穂乃果「そうだよね。学生でありながら理事長もしていたんだよね~」

絵里「分析力も長けてるそうよ」


主将「生徒会長がいいところに」

絵里「?」

穂乃果「絵里ちゃん~、じゃなくて、生徒会長~」スリスリ

絵里「ダメよ、穂乃果」

穂乃果「まだ何も言ってないよ!?」

絵里「なにか、自分たちだけ特別扱いして欲しいってことでしょ?」

穂乃果「見透かされてる!」

主将「ちっ、甘かったか」

副主将「ふぅ……この二人は……」


瑞芽「絵里ちゃん先輩~!」

友人「絵里先輩も短冊をどうぞ」

瑞芽「私が渡そうと思ってたのに!」

絵里「願い事ね。みんなは書いたの?」

穂乃果「もちロン!」

絵里「へぇ……どれどれ」

穂乃果「あ、駄目だよ、人の見ちゃ」

絵里「そうね。……それじゃ、……穂乃果のだけ」


瑞芽「あ、なんか悔しい」

友人「自分のも見せたらいいよ」

瑞芽「引かれるかもしれない……」

友人「そういうのは分かるんだ」


……



―― 夏休み:東京駅前


主将「……なんの集まりだ、これは」

副主将「……さぁ?」


瑞芽「なんであなたがここにいるの?」

友人「その台詞、そっくりそのまま返すよ」

菊地「よっし、頑張るぞ!」

摩耶「場を乱さないでください。しっかりしてもらわないと困りますよ」


穂乃果「全国大会出場組だよね」

絵里「そうよ。まとめて合宿にしてしまおうって、理事長の案ね」

次鋒「まとまりがないんだけど、大丈夫かな」

絵里「ちゃんとマネージャーもいるし、各々でトレーニングもできるでしょう」


主将「高坂、まとめ役頼むぞ」

穂乃果「えぇっ、どうして?」

主将「剣道部以外の面子は、どうまとめたらいいのか分からん」

穂乃果「分からんって……。絵里ちゃんが」

瑞芽「そうです。絵里ちゃん先輩がいいと思います!」

絵里「穂乃果が適任よ」

瑞芽「ほら、早くしてよ」

穂乃果「コロコロ態度を変えないでよ!」


友人「それじゃあ、出発前に一枚撮りますよ~!」


……



―― 海


ザザァーン


友人「合同合宿。砂浜を走る生徒たち。うん、いい被写体だ」

パシャ

 パシャッ



主将「はっ、はっ」

次鋒「ふっ、ふっ」

副主将「……」


ザッザッザ


穂乃果「やまちゃん、手を貸そうか?」

摩耶「私を侮らないでください」


瑞芽「うぅ……私は文化系なのにっ」


友人「アホが居る」

パシャッ


瑞芽「ぜぇっ、ぜぇっ」

絵里「手を貸しましょうか?」

瑞芽「お願いします!」

菊地「よいしょー!」グイッ

瑞芽「あなたじゃないから!」


……




―― 夜:民宿


一同「「「 ごちそうさまでした 」」」


菊地「はぁ~、美味しかった」

瑞芽「え、穂乃果が作ったの?」

友人「うん、あんたがへばって寝てる間にね」

瑞芽「うそ……穂乃果って完璧人間なの?」

友人「そうなんだよね。手芸部でも編み物してたし」


摩耶「洗い物しておきます」

穂乃果「待った!」

摩耶「?」


穂乃果「こういうのは平等にしなきゃだめだよ」

絵里「そうね。……だけど、どうやって決めるの?」

穂乃果「じゃん、くじ引き~!」

絵里「列車の中で作ってたのはそれだったのね」

穂乃果「そうだよ! さぁ、みんな引いて~!」


主将「こういうのは強いんだよな、あたし」スッ

副主将「任せっきりだったから、私がやりたいんだけど」スッ

次鋒「……嫌な予感」スッ

摩耶「……」スッ


瑞芽「……」スッ

菊地「じゃあ、これ!」スッ

友人「洗い物終わったらどうすんの?」スッ

穂乃果「それぞれに別れてミーティングだね」

絵里「穂乃果、私にも一本ちょうだい」

穂乃果「どうぞ」

絵里「……」スッ

穂乃果「みんな。まだ見ちゃ駄目だよ~」

マネジャ「全員、引きました」

穂乃果「それでは、確認!」


次鋒「やっぱりか!」

絵里「あら」

菊地「しょうがないか」


穂乃果「それじゃ、三人は洗い物よろしく~!」


……




―― 台所


瑞芽「手伝いますね」

絵里「こっちはいいから、棋譜でも並べていなさい。
    空いた時間を有効に使ったほうがいいわ」

瑞芽「いえ~、せっかくの合同合宿ですから。代わりますよ」

次鋒「え、こっち? 絢瀬さんと代わるんじゃないのね」

菊地「早く終わらせて遊びましょう」

ジャブジャブ

 ガチャガチャ


絵里「遊ぶのはまだ早いわよ。ミーティングがあるんだから」

菊地「はぁ~い」

瑞芽「いいですね、こうやって並んで台所に立つって」ルンルン

絵里「そうね。いつもは穂乃果と家事をしてるから、
   こうやって他の子と作業をするのは新鮮でいいわ」

瑞芽「……」シーン


友人「なんか、ショック受けてる。絵里先輩、代わります」

瑞芽「ちょっと! なんでいつも邪魔するの!?」

絵里「……どうしたの?」

友人「穂乃果が見当たらなくて――」



―― 海辺


ザザーン

 ザザァーン


穂乃果「…………」


「こんな所に居たのね」


穂乃果「あ……絵里ちゃん」

絵里「どうしたの? みんなと一緒に居るのが好きなはずでしょ」

穂乃果「うん……そうだよ」

絵里「……」

穂乃果「月が……蒼く光って綺麗だったから」

絵里「……本当……綺麗」

穂乃果「波の音と、星の光と、潮の香り……」

絵里「ロマンチックね」

穂乃果「よくここに居るってわかったね」

絵里「なんとなくね。私も座っていい?」

穂乃果「もちろん」


ソヨソヨ

絵里「……いい風」

穂乃果「海から渡って来る風が、少し冷たくていいよね」

絵里「いいわね、こういう時間を楽しむのも」

穂乃果「……うん」

絵里「あのね、穂乃果」

穂乃果「?」

絵里「穂乃果に隠してることがあるの」

穂乃果「……」

絵里「今はまだ言えないんだけど……その内にきっと――」


穂乃果「学校のことだよね?」

絵里「え――?」


穂乃果「絵里ちゃんが学校のために頑張ってるって、傍で見ていたら分かるよ」

絵里「…………」


穂乃果「詳しいことは分からないけど……。
    多分、ロシアのおばぁちゃんからの電話が始まり……だと思う」

絵里「それだけで判断するのは足りないでしょ?」


穂乃果「理事長の話しと、絵里ちゃんの話し。絶対繋がってるよね」

絵里「参ったわね……そこまで鋭いなんて」


穂乃果「ずっと一緒にいるんだから」

絵里「……そうね。……そうだったわね」


穂乃果「思い当たる節はあったんだけど……、
     今年の1年生が2クラスになって……予想が外れたんだ」

絵里「そこまで……」

穂乃果「?」

絵里「ううん、なんでもないわ」

穂乃果「……ねぇ、絵里ちゃん」

絵里「なに?」

穂乃果「無理してない?」

絵里「……」

穂乃果「学校のことで……頑張ってるのは分かるけど――」

絵里「無理なんてしてないわよ」

穂乃果「……本当に?」

絵里「本人がそう言ってるのに、疑うの?」

穂乃果「絵里ちゃんはたまに無理するから」

絵里「人のこと言えないでしょ、あなたは」

穂乃果「あはは……」

絵里「でも、本当に……無理なんてしてない」

穂乃果「……」

絵里「それだけはハッキリと言える」

穂乃果「……そっか。……よかった」

絵里「優しいのね、穂乃果は」

穂乃果「ううん、絵里ちゃんの方が優しいんだよ」

絵里「……」

穂乃果「……あ、照れた?」

絵里「やっぱり私を軽く見てるのね、穂乃果は」

穂乃果「えぇっ、なんでそうなるの!?」


絵里「姉をからかうなんて、10年早いわよ!」

ガバッ

穂乃果「うわっ!?」


絵里「ちゃんと年上を敬いなさい」


穂乃果「絵里ちゃんっ、髪に砂が! お風呂入った後なんだよ!?」


絵里「……――。」


穂乃果「え、なに?」


絵里「……あともう少しで、私の願いは届くから」


穂乃果「願い……?」


絵里「……」


穂乃果「ねぇ、絵里ちゃ――」


絵里「ほら、起きて」

ぎゅっ


穂乃果「ねぇ、さっきのどういう意味?」


絵里「だから、その内に話すことになるって言ってるでしょ」グイッ


穂乃果「わっ、ちょっと引っ張らないでよっ」


絵里「みんなが待ってるわよ。ミーティングして、明日のために早く寝ないと」


穂乃果「もぅ~、いっつもそうやって話を有耶無耶にするんだから~」


絵里「ふふっ、穂乃果は穂乃果のままで楽しんでいて。それが一番なんだから――」



ザザァーン

 ザザーン


……



―― 処暑:ボランティア部


穂乃果「……」

パチ

絵里「……」

パチ

穂乃果「瑞芽ちゃん、どんな試合してるのかな」

パチ

絵里「今までと変わらなさそうだけどね。あの子」

パチ

穂乃果「応援に行けなくて残念……」

絵里「その場に居なくても、応援は出来るわよ」

穂乃果「それはそうだけど。勝ったらすぐにおめでとうって言いたい」

絵里「結果を待って、ちゃんと伝えればいいのよ」

穂乃果「そうだね」


ガラガラ


友人「こんにちはー」

絵里「あら、夏休みに登校なんて、珍しいわね」

友人「全国大会の写真を理事長に頼まれているんで」

穂乃果「届けてきたの?」

友人「うん。もう渡してきた」

絵里「……」


……




―― 理事長室


理事長「……ふむ」

夕月「躍動感がありますね」

理事長「オープンキャンパスの状況も問題はなかった」

夕月「はい」

理事長「そして、剣道部の全国制覇に続いて他の部も好成績を残している」

夕月「それでは……」


理事長「まだ不安要素は残るが――……」


理事長「生徒数の減少を止めることが出来たと見なしていいだろう」


……



―― 9月1日:音ノ木坂学院


キーンコーン

 カーンコーン


穂乃果「お昼だおっひる~♪」

瑞芽「どこ行くの?」

穂乃果「ちょっと、野暮用で」

瑞芽「絵里ちゃん先輩のところ? 私も行くよ」ガタッ

穂乃果「えっと、その……駄目だよ?」

瑞芽「どうして?」

穂乃果「だ、大事な話があるんだって」

瑞芽「……」

穂乃果「ごめんね?」

瑞芽「迷惑かけないから」

穂乃果「うぅん……どうしよ」


友人「……」グイッ

瑞芽「わっ!?」


友人「ほら、行ってきなよ」

穂乃果「う、うん!」

タッタッタ


「ちょっと! 穂乃果ーッ!」

「大事な話に首を突っ込むなっての」


穂乃果「申し訳ない!」

タッタッタ


―― 屋上


ガチャ

穂乃果「えっとぉ……絵里ちゃんは……」


「……」


穂乃果「あ、居た」


絵里「…………」


穂乃果「絵里ちゃん」

絵里「あ、穂乃果……」

穂乃果「何を見てるの?」

絵里「学校よ」

穂乃果「……」

絵里「屋上から眺めると、こんな風に見えるのね」

穂乃果「……あまり屋上に来ないから、知らなかったね」

絵里「うん……知らなかった風景」

穂乃果「話ってなに?」

絵里「最初から話すわね」

穂乃果「……うん」


絵里「合宿の海辺で話したこと、覚えているわよね」

穂乃果「絵里ちゃんの願い……だよね……」


絵里「そう……私の、願い――」


絵里「それは――……この学校を守ること」


穂乃果「……守る?」


絵里「音ノ木坂学院は、廃校の危機に直面していたの」


穂乃果「え――!?」


絵里「原因は生徒数の減少になるわ」

穂乃果「で、でも……!」

絵里「そう、今年の1年生は2クラス。2年生と同じ人数だから、減少はしていないわね」

穂乃果「……」

絵里「それでも楽観視は出来なかった。ここ数年の入学者数を比べれば分かることだから」

穂乃果「それって……」

絵里「そうよ。中学3年生の時、おばあさまが調べてくれって頼んだこと。
    それを知った私は……看過できなかった」

穂乃果「……」


絵里「この学校へ入学して、生徒数を増やすための提案を理事長に提出していたの」

穂乃果「……」

絵里「書記の私が直接、理事長に提出するなんて認められることじゃなかった」

穂乃果「……」

絵里「だけど、理事長は受け取ってくれた。私は彼女を信用することができたわ」

穂乃果「……」

絵里「そして、穂乃果が入学して……この学校の運命が大きく変わった」

穂乃果「――!」


絵里「穂乃果は布陣に入っていなかったけど、剣道部が全国出場を果たした」


絵里「その効果で、摩耶が入学した。
    そして、穂乃果が大将を務めた剣道部団体戦で全国制覇を成し遂げた」


絵里「それだけじゃない。瑞芽にも刺激を与えて、視界を広げたわ」

穂乃果「視界……?」

絵里「将棋部の部長が仰っていたの。より先を見られるようになったって」

穂乃果「……」

絵里「瑞芽だけじゃない。陸上部、演劇部、合唱部……それぞれの部が穂乃果に刺激を受けた」

穂乃果「……」

絵里「その部活動が、音ノ木坂学院に感心を集めたのよ」

穂乃果「……」

絵里「それと、大切なことが一つ」


絵里「パンフレットの写真」


穂乃果「あの写真……?」


絵里「あの子が撮った写真。その幾つかが入学を希望する生徒の心を掴んだの」


穂乃果「…………」


絵里「ごめんなさい、前置きが長くなったわね」

穂乃果「……」


絵里「ほのか!」

ガバッ

穂乃果「――!」


絵里「音ノ木坂学院は存続が決定したの!」

ぎゅううう


穂乃果「存続……」

絵里「えぇ、そうよ! 廃校の危機は回避されたわ!」


穂乃果「廃校を――……阻止――……できた……」ホロリ


絵里「全てあなたが居たから。穂乃果無しでは、成し得なかった」

ぎゅうう

穂乃果「あ……あぁぁ……っ」ボロボロ

絵里「ありがとう、穂乃果」

穂乃果「あぁぁ……ぁぁあああっ……」ボロボロ

絵里「ほの……か……?」

穂乃果「えりちゃんっ……涙が……っ……止まらないっ……」ボロボロ

絵里「嬉しいの……?」

穂乃果「わかんないっ……だけどっ……胸が…苦しい……っ」ボロボロ

絵里「ほのか……」


穂乃果「なんでっ……なんでこんなに苦しいのっ」ボロボロ


……




絵里「……」

穂乃果「ぐすっ……」

絵里「ごめんね、穂乃果」

穂乃果「っ……?」

絵里「いろんな事を一気に伝えたから、頭が混乱しちゃったのかもしれない」

穂乃果「……うん」

絵里「穂乃果はこの学校、大好きだからね」

穂乃果「うん……」

絵里「さぁ、立って穂乃果!」グイッ

穂乃果「なに……?」グスッ


絵里「来月の修学旅行が待っているわ。そのまとめをしないと」

穂乃果「うん……そうだね」

絵里「私の卒業式のその日まで、楽しみましょ」

穂乃果「……うん!」


絵里「やっぱり、穂乃果には笑顔が似合ってる」

穂乃果「もぅ、恥ずかしいよ~」

絵里「ふふ」

穂乃果「えへへ」


絵里「穂乃果の希望だった北海道、叶わなくて残念ね」

穂乃果「ううん、学校のみんなで修学旅行出来るんだもん、文句はないよ!」

絵里「どうして、北海道なの?」

穂乃果「クリスマス・イヴの約束、覚えてる?」

絵里「えぇ、もちろん」


穂乃果「北海道でもね、オーロラの見える場所があるんだって」

絵里「……でも、それってかなりの確率じゃない?」

穂乃果「そうなんだけど、まずはその土地に行かないと見られないでしょ?」

絵里「それはそうだけど……」

穂乃果「だから、北海道!」

絵里「約束のために、その場所を選んだのね」

穂乃果「食べ物も美味しいって聞いたからね~!」

絵里「もぅ、ちょっと嬉しかったのに」

穂乃果「あはは、ごめんごめん」


絵里「京都――、楽しみね」


……



―― 10月:京都


穂乃果「紅葉はまだ早かったね」

絵里「見頃は11月中旬だそうだから」


穂乃果「清水寺かぁ」

絵里「写真で見たことは何度かあるけど、実際に見るのとでは違うわね」

穂乃果「うん……いい景色~」

絵里「もうすっかり秋ね」


摩耶「また二人一緒にいますね……」

友人「……」

瑞芽「絵里ちゃ――」

友人「ちょっとまって」


瑞芽「な、なに?」

友人「あんたさ、どうしてこの学校に入ったの?」

瑞芽「……家から歩いて通える距離だから」

友人「あ、物凄い単純だった」

瑞芽「それと、お母さんがこの学校の出身だからってのもあるけど」

友人「へぇ、そうなんだ」

瑞芽「将棋部がそこそこ強かったって聞いてて。理由はそれだけ」

友人「絵里先輩のおっかけしてるけど、実際には穂乃果との勝負が多いよね」

瑞芽「おっかけって、人聞きの悪い。……それがどうしたの?」

友人「あんたが全国5位になったのって、穂乃果のおかげだよね」

瑞芽「……」

友人「否定しないんだ?」

瑞芽「去年卒業した部長が、穂乃果と絵里ちゃん先輩を部室に連れてきたんだけど」

友人「うん」

瑞芽「こうなることを予想してたのかなって」

友人「ん?」

瑞芽「ひょっとして……あの人、私にわざと負けてた……?」

友人「……どういうこと?」

瑞芽「違和感なくすんなり負けるって簡単にできない」

摩耶「強いってことですか」

瑞芽「確認してくる!」

タッタッタ 


絵里「穂乃果、下に降りてみましょ」

穂乃果「あの水って飲めるの?」

絵里「どうかしら」

瑞芽「絵里ちゃん先輩!」

絵里「?」

瑞芽「生八ツ橋、一緒に食べませんか?」

穂乃果「もうお土産買っちゃったの? というか、今食べるの!?」


摩耶「目的を忘れていますね」

友人「あんたは?」

摩耶「なにがですか?」

友人「オトノキに入った理由」

摩耶「……」

友人「私は穂乃果が居たから入学したわけさ。そして、瑞芽も穂乃果に影響を受けてる。
    摩耶は1年生なのに自由行動を共にしてるってことは、
    少なからず影響を受けているんじゃないかと思って」

摩耶「本人に言わないでくださいね」

友人「うん」

摩耶「オープンキャンパスで、私は剣道部の見学をしたんです。
    その時、穂乃果先輩が稽古を受けていたわけですが、他の部員よりひときわ目立ってて、
    この人は強いと思っていました」

友人「……そういうのわかるんだ?」

摩耶「小さいころから剣道に携わっていましたから。
    ですが、他校との練習試合、穂乃果先輩は居ませんでした」

友人「……」

摩耶「公式な試合にも出場していなかったので、何か事情があるんだと思っていたのです」

友人「……」

摩耶「ところが、オトノキへ入学して、剣道部へ入部すると、穂乃果先輩はまだ1年の経験しかなくて、
   それでも問題はないわけですが……、練習試合にすら出ない理由を知った時、ガッカリしたんです」

友人「理由?」

摩耶「本気じゃなかったんです。剣道に対して」

友人「……なるほど。それは、摩耶の気持ち分かるわ」

摩耶「更に、今年になって大将を努めたいと言い出して」

友人「認めたくなかった、と。なるほどねぇ」

摩耶「いい加減な気持ちだと思っていたのです」

友人「摩耶ってさ、穂乃果のファンだよね」

摩耶「はっ?!」

友人「憧れてたわけでしょ?」

摩耶「なにを言っているのですか! そんなわけありません!」

友人「好きなミュージシャンが音楽性を変えてしまって、それで人気が爆発しちゃったのと同じさ」

摩耶「意味がわからないのですが」

友人「裏切られた~、って思っても、結局はミュージシャン自身が好きなことをして売れたわけだから、無関心にはなれなくてね」

摩耶「……」


友人「穂乃果だって、いい加減なことしてたわけじゃないから、全国制覇を果たしたんでしょ?」

摩耶「……はい」

友人「修学旅行の自由行動でも一緒にいるから、本当は――」

摩耶「私は穂乃果先輩に憧れていたのですか……そうですか」スタスタ

友人「……あれ?」


瑞芽「絵里ちゃん先輩、次はどこへ行くんですか?」

絵里「祇園へ行ってみるわ」

摩耶「その後は?」

穂乃果「金閣と銀閣、両方に行きたいんだけど、どっちかにしか行けないみたい」

絵里「穂乃果はどっちに行きたい?」

穂乃果「やっぱり金閣寺かな?」

絵里「じゃあ、そうしま――」

摩耶「一緒に行きましょう」

穂乃果「う、うん……?」


瑞芽「絵里ちゃん先輩は私と一緒に銀閣寺へ」

絵里「え……?」


摩耶「私たちは金閣寺ですね。さぁ、行きますよ」グイッ

穂乃果「あ、ちょっと待ってっ」


瑞芽「行きましょう、行きましょう」グイグイ

絵里「ま、待って、穂乃果と一緒に」


穂乃果「え、絵里ちゃんっ」


絵里「穂乃果……!」



友人「引き裂かれたか……」


友人「……」


友人「やっぱり、穂乃果を中心に世界は回ってたんだ」


「おーい、こっちの写真も撮って~」


友人「はいよー」


……




―― 11月:ボランティア部


穂乃果「はい、絵里ちゃん!」

絵里「今度は手袋を編んでくれたのね」

穂乃果「自分で言うのもなんだけど、上手く出来たと思うんだ~」

絵里「えぇ、網目も綺麗でとっても上手よ。ありがとう」

穂乃果「えへへ、どういたしまして~。ちょっと早いけどね」

絵里「お返しになにか欲しいものはない?」

穂乃果「う~ん、特にないからいいよ」

絵里「そんなこと言わないで。……一応私も編んではいたんだけど」

穂乃果「なにを?」

絵里「ううん、なんでもない。それで、欲しいものは?」

穂乃果「ずっと一緒に居てくれれば、それでいいから」

絵里「……それは当たり前のことでしょ?」

穂乃果「うん……! あ、でも……当たり前のことするのって難しいんだよ?」

絵里「……そうね。難しいことだけど、二人なら――」


主将「絢瀬は、なんか雰囲気が変わったな」

副主将「あ、ちょっと」


絵里「――はっ!?」

穂乃果「いつからそこに?」

主将「手袋渡したところからな」

副主将「ほ、ほら、邪魔しちゃ悪いから行くわよ」

絵里「ゆ、ユックリシテイッタラ?」

主将「動揺してんな」

副主将「ちょっと顔を出しただけだから、それじゃあね」

主将「おいっ、引っ張るな――」

副主将「いいから」


ガラガラ

 ピシャッ


絵里「あ、あぁ……見られてたなんて……」

穂乃果「気にすること?」

絵里「気にするわよ……」


……



―― 12月:2年生の教室


友人「このアングルがいいかな……」


友人「もうちょっと、こっちかな」


穂乃果「……何してるの?」


友人「放課後の教室、ってテーマで撮ってみようと思ってさ」

穂乃果「ふぅん……」

友人「あえて、黒板は写さないほうがいいかな……」

穂乃果「冬の夕焼けって綺麗だよね」

友人「そう、だから急いでるんだけど、中々決まらない」

穂乃果「とりあえず撮ってみればいいのに」

友人「渾身の一枚を撮りたいからさ、とりあえずってのは嫌なんだよ」

穂乃果「こだわりだね」

友人「そういうこと」

穂乃果「その一枚が撮れたら見せてよ」

友人「…………」

穂乃果「?」

友人「私って、穂乃果一人だけを撮ったことない」

穂乃果「……そうだっけ?」

友人「いつも、絵里先輩が一緒で……他には部活動の光景だから」

穂乃果「……」

友人「穂乃果、窓際に立ってくれない?」

穂乃果「えぇ~、恥ずかしいよ~」


友人「お願い、穂乃果」


穂乃果「う、うん……」


友人「……好きなポーズでいいよ」


穂乃果「好きなって言われても……」


友人「穂乃果って結構写真うつりいいんだよね」


穂乃果「照れるってば」


友人「……」


穂乃果「撮らないの?」


友人「その時を待ってる」


穂乃果「カメラ構えられてると、なんか落ち着かないよ」


友人「いいから、自然でいてよ」


穂乃果「自然って言われても困るよ」


友人「……」


穂乃果「写真のことになると本当に真面目になるんだから……」


「穂乃果ー!」


穂乃果「あ、絵里ちゃん」


「そこで何をしてるの?」


穂乃果「何もしてないよ~!」


友人「やっぱそうなるか、穂乃果は……」

パシャッ


「そろそろ日が暮れるわよ。帰りましょう」


穂乃果「分かった!」


「ここで待ってるわね」


穂乃果「はいよー!」

友人「じゃあ、帰ろうか」

穂乃果「あれ、写真は?」

友人「もう撮ったよ」


―― 玄関


穂乃果「今日は温かいけど、明日から寒くなるんだって」

友人「もうすっかり冬だなぁ、早いなぁ」

穂乃果「本当、あっという間だよね」

友人「……」

穂乃果「もっと時間があればいいのに」

友人「……」

穂乃果「そうすれば、もっともっと楽しいことが――」

友人「ありがとね、穂乃果」

穂乃果「え?」

友人「この学校に入ってよかった」

穂乃果「うん……どうしたの、急に?」

友人「前から言いたかったことだからさ」

穂乃果「……そっか」

友人「穂乃果と友達になれて、よかった」

穂乃果「うん、私も」

友人「……うん。……それじゃ」

穂乃果「一緒に帰らないの?」

友人「今の気持ちを写真に収めたいから、色んなとこ行ってみる」

穂乃果「すぐ暗くなるから、気をつけてよ?」

友人「うん。……それじゃ、また明日」

穂乃果「また明日ね」


……



―― 1月:神社


絵里「恋愛運はどう?」

穂乃果「えっと……待ち人、まだまだ来ず」

絵里「去年より遠ざかってるわね……」

穂乃果「遠ざかってるよね」


……




―― 2月1日:生徒会室


穂乃果「あぁっ、あと1ヶ月しかないっ!!」

絵里「……なにが?」

穂乃果「卒業までだよ!」

絵里「そうだったわね。もう2月……早いものね」

穂乃果「そんな悠長な……!」

絵里「そんなことより、仕事の続きをしないと」

穂乃果「いやだ!」

絵里「そう、その意気――……え?」

穂乃果「この仕事が終わったら絵里ちゃんが卒業しちゃうからいやだよ!」

絵里「久しぶりに聞いたわね、その駄々っ子のような……」

穂乃果「絵里ちゃんが来年も生徒会長やってよ! 私には無理だよ!」

絵里「私に留年しろと言ってるのね?」

穂乃果「オフコース!」

絵里「そうね、穂乃果ともう1年だけ音ノ木坂学院に通えるのは、魅力的――」

穂乃果「だよね!」

絵里「と、言うとでも思った?」

穂乃果「言ったよ! この学校の先生でも可!」

絵里「可! じゃないわよ。色々と時間を無視してるじゃないの」

穂乃果「ヤダヤダ!」

絵里「はぁ……私の手に負えないわ」


……




穂乃果「あ、これ……理事長のサインが無い」

絵里「よく気付いたわね。要領は掴めたみたい」

穂乃果「――……ハッ!? 生徒会長の仕事を教わってる!」

絵里「今日はこんなものね、帰りましょ」


……



―― 下校中


穂乃果「むぅ……」

絵里「まだ膨れてるの?」

穂乃果「生徒会長は、絵里ちゃんがいいよ」

絵里「あのねぇ……」

穂乃果「この時間の早さに、穂乃果は納得がいかない」

絵里「時間は誰にでも平等でしょ」

穂乃果「そんなことないよ。楽しい時こそゆっくり流れるべきなのに」

絵里「それは人の感覚がそうさせるのよ。相対性理論ね」

穂乃果「難しい言葉使わないで」

絵里「ほら、膨れていると、可愛い顔が台無しよ?」

穂乃果「もぅ~」

絵里「ふふ」

穂乃果「でも、本当にあっという間だったね」

絵里「えぇ。穂乃果が入学してきてから……本当に」

穂乃果「ずっと、――この時が続けばいいのになぁ」


チクッ

絵里「……っ」


穂乃果「……どうしたの?」

絵里「ちょっと頭痛が……」

穂乃果「大変だ! ほら、私のマフラー使ってよ!」

絵里「大丈夫よ。穂乃果が作ってくれたマフラーと手袋があるから、風邪じゃないわ」

穂乃果「ほんとに?」

絵里「えぇ、ちょっと刺激があっただけだから」

穂乃果「それならいいけど。……続くようだったらちゃんと言ってね?」

絵里「うん、わかってる」

穂乃果「本当に?」

絵里「疑うのなら、私を温めて」

ギュッ

穂乃果「お安いご用だ」

絵里「……」

穂乃果「どう?」

絵里「温かい」

穂乃果「手を握っただけだよ? 腕を組んだほうがいいよね?」

絵里「穂乃果がそうしたいだけでしょ」

穂乃果「バレたか」

絵里「ふふ」

穂乃果「えへへ」


絵里「……――ねぇ、穂乃果」

穂乃果「うん?」


絵里「これからはあなたが音ノ木坂学院を守っていくのよ」

穂乃果「――うん」


絵里「そうやって、受け継がれていくの。
    学校を好きだという想いが、学校を守りたいという意志が、
    次へ、次へと……渡されていくの」

穂乃果「……」

絵里「おばあさま達からのそのバトンが途切れそうになったけど……
    それでも、ちゃんと次へ――穂乃果へと渡された」

穂乃果「……うん」

絵里「私はそれがとても誇りに思えるわ」

穂乃果「……」

絵里「ありがとう、穂乃果」

穂乃果「ううん、こっちがありがとう、だよ」

絵里「……そうね、お互いがあってこそよね」

穂乃果「うん!」


……





―――― 卒業まで、あと14日 ――――




……



―― 生徒会室


絵里「えっと……これは……理事長へ。……これは」


絵里「……ふぅ」


絵里「穂乃果と一緒に処理するつもりだったのに、
    それが仇になってしまったわ」


絵里「ぼやいていても仕方がないわね……」ガタッ

スタスタ


ガラッ


絵里「……」

ソヨソヨ


絵里「気持ちのいい風……」


絵里「……春はすぐそこね」


ソヨソヨ


絵里「穂乃果……主将に勝てるのかしら」


絵里「ちょっと見学に――……あら?」


絵里「あれは――」




―― 校庭


「……」




―― 生徒会室


絵里「……――ネコ?」


絵里「どうして学校に……」


絵里「なんだか、足がおぼつかないわね……」




―― 校庭


猫「……」





―― 生徒会室


絵里「……こっちを見てる?」




……




―― 夜:高坂邸


穂乃果「ねぇ、お母さん……絵里ちゃん、まだ帰ってないよね?」

母「そうだけど……。連絡はないの?」

穂乃果「うん……無い」

母「珍しいわね……」


ガラガラ


「ただいま戻りました」


母「噂をすればなんとやら」


穂乃果「おかえり。寄り道してたの?」

絵里「……えぇ。公園で話しを、ね」

穂乃果「ふぅん……相手は誰?」

絵里「穂乃果をよく知る……人物よ」

穂乃果「絵里ちゃん……顔色悪い」

絵里「……そうね、……ちょっと疲れちゃった」

穂乃果「お風呂、沸かしておくから」

絵里「うん……お願い……」

スタスタ


穂乃果「……」


「ねぇ、穂乃果」


穂乃果「な、なに?」


「主将と勝負をして、あなたが探しているモノを見つけることが出来た?」


穂乃果「……ううん、全然」


「……そう」


穂乃果「……気のせいだったんだよ」


「……そんなことはないわ」


穂乃果「……?」

母「……様子が変ね」


……



―― 絵里の部屋


チクッ

絵里「……っ」


絵里「この頭痛は……そういうことだったのね……」


絵里「……」



絵里「此処に、私が居たこと」


絵里「其処に、あなたが居たこと」


絵里「当然のことが、当然ではなかった」



「絵里ちゃ~ん、お風呂沸いたよ~」



絵里「……」


絵里「そこに、私が居なかったこと――」


……



―――― 卒業式まで、あと7日 ――――


……




―― 理事長室


理事長「式の段取りはこんなものだな」

夕月「はい」

理事長「改めて。3年間ご苦労だったな、絢瀬絵里」


絵里「……いえ」


理事長「来年度からは神北家の者が引き継ぐことになっている。
     私と小夜璃は学園へ戻る」

夕月「……」


絵里「……」


理事長「この3年間は、何か大きな力が働いていたように思えてならない」


絵里「……そうですね」


理事長「なにか知っているのか?」


絵里「……いえ」


夕月「先日も思いましたが、顔色が悪いようです。体調不良ですか?」


絵里「平気です。話の続きを」


夕月「この学院での業務は私と莉都様にとって貴重な時間になりました」

絵里「そう言っていただけると、こちらとしても嬉しい限りです」


理事長「それではな」

夕月「莉都様、何も言っていないではないですか」

理事長「いいではないか、これが最後というわけでもあるまい」

夕月「申し訳ありません、絢瀬さん」


絵里「こちらこそ、お二人の力添えがあったからこそです」


理事長「……」

夕月「……」


絵里「ありがとうございました」


……



―― ボランティア部


絵里「話は終わったわよ。行きましょうか」

穂乃果「うん……」

絵里「どうしたの、みんな待っているんでしょ?」

穂乃果「そうだね。パーッと騒ごう!」

絵里「……」

穂乃果「絵里ちゃんもだよ?」

絵里「……えぇ、そうね」

穂乃果「これがみんなで遊べる最後なんだから!」

絵里「分かってる」

穂乃果「最近、笑ってないよ?」

絵里「……そう?」

穂乃果「そう……だよ!」

コチョコチョ


絵里「ちょっと、止めなさい穂乃果!」


穂乃果「笑うまで止めないよ!」

コチョコチョ


絵里「穂乃果ってば!」


……




―――― 卒業式まで、あと2日 ――――


……




―― 高坂邸


穂乃果「――聞いてない」


絵里「……」

母「絵里自身が決めたことよ」


穂乃果「そんな話、一言も聞いてないよ! なんでっ、なんで一人で決めたのッ!?」

絵里「一人で決めたかったからよ」

穂乃果「そんな大事なこと……!」

母「二人でちゃんと話し合って」

絵里「……はい」


穂乃果「お母さん、前から知ってたんだ……」

絵里「本当は、もっと早くに相談するつもりだったけど」

穂乃果「いつ……決めたの?」

絵里「考えていたのは半年くらい前。
    そうしようと決めたのは……1週間前ね」

穂乃果「……お母さんは、なんて」

絵里「背中を押してくれたわ」

穂乃果「……っ」

絵里「もう決めたことよ」

穂乃果「なんでっ、こんな急にッ!」

絵里「急じゃないわ。……遅すぎたくらいなんだから」

穂乃果「だからッ! なんで何も言ってくれなかったの!?」

絵里「……堂々巡りね」

穂乃果「少なくとも、あと1年……私が卒業するまでは一緒に居るって言ってたのに!」

絵里「もう自立できる歳よ、私も」

穂乃果「ちゃんと答えてよ!」

絵里「……」

穂乃果「この家を出て行くのは、一緒だって話してたのにッ!」

絵里「……」

穂乃果「いつか離れる日が来るのは分かってるけど、こんな急じゃなかったよ!」

絵里「もう、決めたことだから」

穂乃果「~~ッ!」



絵里「私は……卒業式の日に、この家を出て行くから」

穂乃果「――ッ!」


絵里「こんな形で伝えることに――」

穂乃果「そんなこと聞きたくないよッ! 馬鹿!」

タッタッタ


絵里「…………」


……




―― 穂乃果の部屋


絵里「……」


コンコン


「……」


絵里「穂乃果、聞いて」


「うるさい」


絵里「……」


「……」


絵里「私は……今までずっと、穂乃果に甘えていたの」


「……」


絵里「生徒会長に立候補しても、ちゃんとやっていけるか不安だったから、
    だから穂乃果を書記に推薦したりして」


「……」


絵里「穂乃果が傍にいてくれれば、それだけで心強かった」


「……」


絵里「私、しっかりしてる様に振る舞ってるけど……臆病だから」


「……」


絵里「失敗することだってある。変化を生み出すことに、恐怖を感じたりもする」


「……」


絵里「だけどね、穂乃果の前では――……、妹の前では、格好つけたいじゃない」


「……っ」


絵里「将棋で負けるわけにもいかないから、一人で検討したりして」


絵里「編み物もやってみたけど、出来が悪いから隠したままで……」


絵里「勉強だって、なんだって……」


絵里「ずっと……穂乃果に頼られていたいから」


絵里「支えている様に見えて、実は支えられていたのよ」


スーッ


穂乃果「なんで、そんな話するの」


絵里「伝えておきたいことだから」


穂乃果「聞きたくない」


絵里「何れはこうなること」


穂乃果「だから! なんで隠していたのかって聞いてるのに!」


絵里「客観的に考えてもみて。他人の家の子が――」


穂乃果「なにその、取ってつけた理由」


絵里「そんな言い方しないで」


穂乃果「自分に嘘ついてる」


絵里「え――?」


穂乃果「私にも嘘ついて、自分にも嘘ついて、なにがしたいの?」


絵里「……穂乃果」


穂乃果「お母さんが言ってたでしょ、家族だって。
     絵里ちゃんも含めた、私たちは家族だって」


絵里「……」


穂乃果「それなのに、どうして今更、他人の子なんて言葉が出てくるの」


絵里「その時が来たから」


穂乃果「言ってることが滅茶苦茶だよ。もう聞きたくない」

スッ


絵里「……どこに行くの?」


穂乃果「関係ないでしょ」

スタスタ


絵里「ま、待って穂乃果!」

ガシッ


穂乃果「離して!」バッ


絵里「――!」


穂乃果「いつかは一緒に居られなくなるって、分かってたよ!」


絵里「……」


穂乃果「たとえ、その時が来たとしても――……今じゃないはずだよ」


絵里「ほのか……」


穂乃果「2週間前に、何があったの」


絵里「…………」


穂乃果「言えないんならいいよ。

     学校の時みたいに、

     一人で抱えていればいいよ」


絵里「……ッ」


穂乃果「……」


絵里「――……」


穂乃果「どうして、叱ってくれないの?」


絵里「……わたし……は……」


穂乃果「……もういい、知らない」

タッタッタ


絵里「あ――……」


……



―― 神社


絵里「……悪かったわね、こんな時間に」


絵里「……ううん、大丈夫だから、気にしないで」


絵里「うん……それじゃ」


プツッ


絵里「……あとは」


pipipipipipi


絵里「もしもし」


絵里「……はい。……まだ」


絵里「いえ、私が見つけ出しますから。……はい」


絵里「見つけたら連絡します。……はい。……すいません」


プツッ


絵里「……」



……





―― 音ノ木坂学院



絵里「…………」




―― ボランティア部


ガラガラ......


絵里「……」


「……」


絵里「この場所がそんなに好き?」


「……」


絵里「それとも、他に理由があるのかしら」


「どうでもいいよ」


絵里「どうでも良くない。大切なことよ」


「……」


絵里「ねぇ、穂乃果」


穂乃果「……」


絵里「素敵な話があるの」


穂乃果「……?」


絵里「遠い遠い昔のお話。この世界が生まれる前のお話」


穂乃果「……」


絵里「とある場所に、とある時間の中で、とても素敵な人達が居たというお話よ」


穂乃果「……」


絵里「その素敵な人達が、素敵な時間を過ごして――」


穂乃果「聞きたくない」


絵里「……」


穂乃果「もういいよ」


絵里「……」


穂乃果「結局……離れていくんだから」


絵里「……」


穂乃果「寂しいだけだよ」


絵里「私は――……穂乃果と出会えてよかった」


穂乃果「……」


絵里「色んな時を過ごせてよかった」


穂乃果「……」


絵里「隣に、座ってもいい?」


穂乃果「ダメ」


絵里「じゃあ、座るわね」


穂乃果「……」


絵里「私も、ずっと続けばいいって思ってた」


穂乃果「じゃあ、ずっと続けようよ」


絵里「……」


穂乃果「楽しいのなら、それがいいでしょ?」


絵里「穂乃果は本当にそれでいいって思うの?」


穂乃果「……」


絵里「音ノ木坂学院で、たくさんの人に出逢えた。

    その意味を、穂乃果はもう気付いているはず」


穂乃果「何を言っているのかわからないよ」


絵里「今度は穂乃果が自分に嘘をついてる」


穂乃果「……」


絵里「私が穂乃果に、廃校のことを伝えなかったのは……」


穂乃果「……知ってるよ」


絵里「?」


穂乃果「私に、学校生活を楽しんで欲しかったからでしょ」


絵里「……正解」


穂乃果「生徒たちが自然と楽しいと思える学校なら、学校存続も不可能じゃないから」


絵里「正解」


穂乃果「本当は、言って欲しかった。絵里ちゃんと一緒に、その問題を抱えたかった」


絵里「うん、そう言うと思ってた」


穂乃果「……」


絵里「ありがとう」


穂乃果「なんでお礼なんて……」


絵里「解ってくれているのが嬉しいから」


穂乃果「わからないよ。絵里ちゃんが何を考えているのか」


絵里「穂乃果は強いから、大丈夫よ」


穂乃果「そんなことない」


絵里「そんなことある」


穂乃果「……」


絵里「一人では無理なことでも、きっと乗り越えていけるわ」


穂乃果「そんなに強くない」


絵里「だって、私の自慢の妹だから――」


……




穂乃果「すぅ……すぅ……」

絵里「泣き疲れたのね……」


穂乃果「……すぅ……すぅ」

絵里「ごめんね、穂乃果……」


穂乃果「すぅ……」

絵里「――До свидания.」



……




―― 翌日:高坂邸


母「穂乃果は?」

絵里「まだ、口を聞いてくれなくて……」

母「はぁ、しょうがない子ね……」

絵里「……」

母「でも、それだけのことだから」

絵里「……はい」


父「……」

母「……」


絵里「おじさま、おばさま――」


絵里「日本に残りたいという、私のわがままを、家族という形で受け入れたこと、

    それから、穂乃果と別け隔てなく育ててくれたこと、

    とても感謝しています」


父「……」

母「……うん」


絵里「本当に――……ありがとうございました」


……




―― 卒業式 ――



絵里「穂乃果、これをお願い」


穂乃果「……」


絵里「まだ、怒ってるの?」


穂乃果「怒ってないよ。……寂しいだけだよ」


絵里「穂乃果には、たくさんの仲間がいるじゃない」


穂乃果「……」


絵里「ほーら、そんな膨れた顔してるとぉ」

コチョコチョ


穂乃果「ちょ、ちょっと絵里ちゃんっ」


絵里「笑うまで止めないわよ~?」

コチョコチョ


穂乃果「も、もうっ、やめへっ」


絵里「ほらほら」

コチョコチョ


穂乃果「ふへ……ふっ……はははっ」


絵里「穂乃果の弱点くらい、私にはお見通しよ」


穂乃果「もう!」


絵里「ふふ」


穂乃果「……やっと笑った」


絵里「……それはあなたでしょ」


穂乃果「そうだね」


絵里「ほら、コサージュを付けてくれる?」


穂乃果「うん」


絵里「……」


穂乃果「……出来たよ」


絵里「ありがとう」


穂乃果「……」


絵里「ありがとう、穂乃果」


穂乃果「……お礼を言いすぎだよ」


絵里「……――あ」


穂乃果「?」



猫「……」



絵里「時間、なのね」


猫「にゃ」


穂乃果「ネコ?」


猫「……」


穂乃果「どうしてこんな所に……?」


絵里「せめて、穂乃果の送辞を――……」


猫「…………」


絵里「…………」


穂乃果「?」


絵里「穂乃果、こっちに来て」


穂乃果「う、うん……?」


絵里「……――ありがとう」

ぎゅうう


穂乃果「……絵里、ちゃん?」


絵里「ずっと、幸せだった」


穂乃果「……」


絵里「あなたがいる毎日は……とても輝いていた」


穂乃果「…………」


絵里「わ…私は……っ」ホロリ


穂乃果「えりちゃん……?」


絵里「忘れたくない……っ、穂乃果と過ごした日々を……っ」


穂乃果「ど、どうしたの?」


絵里「将棋で負けても、楽しそうにしていてくれるあなたを……っ」


絵里「一緒に買物に行った時のこと、その帰りに夕陽をみたことをっ」


絵里「朝の空気に包まれながら走ったこと……

    一緒に歩いた季節をっ……全部全部忘れたく……ないっ」グスッ

ぎゅううう


穂乃果「……絵里ちゃんっ」


絵里「オーロラを見に行くって約束もっ」ボロボロ


絵里「忘れたくないっ……ずっと、一緒に居たいのに……ッ」ボロボロ


穂乃果「絵里ちゃんッ」


絵里「ぐすっ」


穂乃果「なにがあったの!?」


絵里「ごめん、最後は……笑って別れたかったのに……っ」


穂乃果「え――」


絵里「これ以上、私はわがままを言えない。

    私じゃないの、あのお家に居るべきなのは」


穂乃果「な、なにを――」


絵里「穂乃果、笑って?」


穂乃果「え、……え?」


絵里「あなたの笑顔が好きだから」


穂乃果「え、な、なに?」


絵里「ほら、笑ってよ」


穂乃果「わ、わけが分からない」


絵里「頭の中がいっぱいで……自分でも何を言ってるのか――」


猫「……」


絵里「あなたの深い寂しさは、私では埋められないのよ――……」ホロリ


穂乃果「……」


絵里「ううん、埋めてはいけないの――」ボロボロ


穂乃果「…………」


絵里「あぁ、もぅっ、こんな情けない姿、穂乃果には見せたくな――」ボロボロ


穂乃果「絵里ちゃん」

ぎゅうう


絵里「っ!」


穂乃果「きっと、大丈夫だから」


絵里「……」


穂乃果「絵里ちゃんの中にある不安も、
     全部……私が……なんとかしてあげるから」

ぎゅうううう


絵里「……うんっ」


穂乃果「ね、絵里ちゃんこそ、笑ってよ」


絵里「……ありがとう、穂乃果」


穂乃果「えへへ」


絵里「たとえ、何が起こっているのか分からないとしても――」


絵里「そう言ってくれたのが嬉しい」


穂乃果「……」


絵里「穂乃果――、――」


穂乃果「?」


絵里「――、――。」


穂乃果「え、絵里ちゃん?」


「――――」


穂乃果「絵里ちゃん!?」


「だ――い――」


穂乃果「絵里ちゃんッ!」



―――

――





―― 大好きよ、穂乃果。



―――

――




穂乃果「え…絵里…ちゃん……」


「――」


穂乃果「ねぇ、どうしたの?」


「――」


穂乃果「絵里ちゃん……」


「――」



猫「今、この時をもって、全ての時間は停止しました」


穂乃果「え――?」


猫「高坂穂乃果、私の願いを叶えてもらいます」


穂乃果「ネコが喋った!?」


猫「目を閉じて――」


穂乃果「ん――?」


――



―― 時の狭間


「あれ……」


「……」


「夜……?」


「光が必要ですが、ここにはまだ届きません」


「目を開いているのか、閉じているのか……わからないよ」


「そのまま……3歩進んでください……」


「ねぇ、その声は……さっきの猫ちゃん……?」


「……そう……です」


「どうして喋っているの?」


「歩いて……」


「う、うん……」


「あと、2歩」


「時間が停止したって……猫ちゃんがやったの?」


「あと、1歩」


「答えてよ! 絵里ちゃんはどうなるの!?」


「右手を……かざしてください……」


「答えるまでやらないから」


「……もう……力……が」


「早く答えてよ!」


「……」


「あれ、どこに居るの?」


「――」


「あ、あれ? 置いてかれた……!?」


「――」


「もぅっ、悪いことは起こらないって信用してたのに! 酷いよー!!」


「――」


「猫ちゃーん!! 戻ってきてー!!」


「――」


「……」


「――」


「嘘……でしょ」


「――」


「そんなっ、こんなところ……って、どこか分からないけど、怖くなってきた」


「――」


「はやく絵里ちゃんの所に戻してよ!」


「――」


「辛そうにしてたんだから、寂しそうにしてたんだから!!」


「――」


「お願いだから、猫ちゃん!!」


「――」


「……お願い……」


「――」


「…………」



「――」


「えっと……右手……」スッ


「――」


「……なにこれ、ガラス……?」

ナデナデ


パリィン!


「うわっ!?」


カランカラン


「わ、割れた……?」


「――解かれたようですね」


「だ、誰!?」


「光が必要でしたね。えっと、これくらい?」


パァァアアア


穂乃果「うぅっ、眩しいッ」


「あら、ごめんなさい。もうちょっと抑えないと」


穂乃果「……うぅ、……だ、誰?」


「Hora――と」


穂乃果「ほーら?」

「時を司る者よ。そして此処は、時の回廊とも呼ばれる場所」

穂乃果「……」

Hora「あら、無反応」

穂乃果「どこかで逢ったような……」

Hora「この姿は、貴女の記憶から無意識的に反映されているの」

穂乃果「……」

Hora「貴女の力で私は封印から解かれたのよ」

穂乃果「……」

Hora「……?」

穂乃果「あ――」


猫「」


穂乃果「ちょっと、猫ちゃん! はやく戻してよ!!」


猫「」


穂乃果「起きてよ、ねぇってば!」


猫「」


Hora「その仔は、力を使いはたした為に眠っているのよ」

穂乃果「えぇっ!?」

Hora「心配しないで。私がちゃんと元の時間へ戻してあげるから」

穂乃果「……本当?」

Hora「一応、恩人ですから当然よ」

穂乃果「じゃあ、お願い」

Hora「確認だけど、『今の時間』へ戻るということでいいのね」

穂乃果「?」

Hora「ごめんなさい。ちょっとお節介だったわね」

穂乃果「……どういう意味?」

Hora「気にしないで。……さぁ、もう一度目を閉じて」

穂乃果「……待って」

Hora「どうしたの?」

穂乃果「最後に、猫ちゃんと話がしたい……」

Hora「どうして?」

穂乃果「全部、この猫ちゃんが関わっているんだよね」

Hora「なぜそう思うの?」

穂乃果「此処に連れてきたの猫ちゃんだから」

Hora「話をしてどうするの?」

穂乃果「話をしてから考える。質問が多いよ、はやくしてっ」

Hora「ごめんなさい、貴方に興味があってね。
    私とこの仔は同じ存在……分身とも言えるわ」

穂乃果「……」

Hora「だから、私に聞いて」

穂乃果「……」

Hora「どうしたの?」

穂乃果「時間が停止したって言ってたけど、どういうこと?」

Hora「時を司る私が封印されていたから、時間そのものが止まってしまったの」

穂乃果「『元の時間』って、絵里ちゃんが止まった時間の続きってことだよね」

Hora「そうよ」

穂乃果「『前の時間』って、存在するの?」

Hora「どうしてそんなことに疑問を持つの?」

穂乃果「聞いてるのはこっちだよ。いいから答えて」

Hora「存在した」

穂乃果「遠い昔とか、そんなことじゃないよね」

Hora「その通り。貴女の居る宇宙には秘密があってね――」


Hora「人の生命に始まりと終りがあるように、
   
    貴女の居た宇宙にも始まりと終わりがあるの」


穂乃果「……」


Hora「終わりがあれば始まりがあるように、その時間は幾度と無く繰り返されてきた。

    その中で、人や植物、動物、ありとあらゆる生命は、

    繰り返される宇宙の時間の中で生まれては死んでいった」

穂乃果「……」

Hora「それは宇宙も例外じゃなくてね。この過程は正確に、僅かなズレもなく再生されてきたのよ」

穂乃果「再生……?」

Hora「緻密に再現される事柄は、正しいことも間違ったことも全てが繰り返されているの」

穂乃果「……」

Hora「貴女とこの仔が出会う前まではね」


穂乃果「……」


猫「」


Hora「人は誰でも、気付いたその時にやり直すことができる」


穂乃果「……」

Hora「そして、貴女はこの仔が関わったことで、たくさんのモノを得た」

穂乃果「……それって」


Hora「一つは、音ノ木坂学院の存続」


穂乃果「…………」


Hora「そして、――絢瀬絵里」


穂乃果「…………」


Hora「もう伝えることはないけど、まだ訊きたいことがあるなら言ってみて」

穂乃果「あなたが言っていることは本当だと思う。信じることもできる」


Hora「……」


穂乃果「だけど、全部伝えてない。話に穴が多すぎるよ」

Hora「そうよ。伝えてはいない。伝える必要がないもの」

穂乃果「どうして?」

Hora「貴女はきっと後悔するから」

穂乃果「…………」

Hora「貴女の願いは叶ったでしょ?」

穂乃果「……音ノ木坂学院を守ること」

Hora「少しづつ思い出しているみたいね」

穂乃果「……」

Hora「どれだけの時間が流れても、
    学校を守りたいという貴女の願いは失われることがなかった」

穂乃果「……」


Hora「私は、この仔の目を通して見ている。
    貴女が願いを信じて進んで来た時間を」

穂乃果「願いを……信じて……」

Hora「願いの叶った時間が待ってるわ。――絢瀬絵里と共に」

穂乃果「絵里ちゃんと……」

Hora「さぁ、振り返って進みなさい。貴女が今までそうしてきたように、まっすぐに」

穂乃果「……」

Hora「私がいるから、もう時間のズレを起こすことにはならない。
    貴女が大切にしたいと思う時間を守ってみせるから」

穂乃果「……本当に?」

Hora「もちろんよ。この仔の願いを叶えてくれたんだもの。それくらいはしてあげられる」

穂乃果「……絵里ちゃんと一緒に」

Hora「そう――、二人でずっと一緒に過ごしていける――」


穂乃果「……」


Hora「……」


穂乃果「私は……」


Hora「……?」


穂乃果「――私はそんなに強くないよ」


Hora「それはどういう意味?」

穂乃果「絵里ちゃんと出会う前の時間のことが聞きたい」

Hora「言ったでしょ、――後悔するって」

穂乃果「じゃあ、あなたには聞かないから。猫ちゃんを今すぐ起こしてよ」

Hora「わかったわ」



穂乃果「……私一人で、此処まで来られるわけがない」


穂乃果「絵里ちゃんの言ってた言葉――……深い寂しさの意味が知りたい」



Hora「起きなさい、クロノス」


猫「……」


Hora「この先を、あなたはどうするつもりなの?」

猫「最後の選択をしてもらいます」


穂乃果「『前の時間』って、なに?」

猫「絢瀬絵里と出会う前、貴女には大切な仲間がいました」

穂乃果「仲間……?」

猫「そうです。貴女と共に過ごした大切な仲間が」

穂乃果「……私たちの写真を」

猫「いえ、写真を撮る人物はいません」

穂乃果「……将棋の」

猫「いいえ、貴女に勝てる人物はいません」

穂乃果「……剣道部の」

猫「……」

穂乃果「……陸上部の」

猫「……」

穂乃果「……演劇部」

猫「……」

穂乃果「合唱部……手芸部……生徒会……――ボランティア部」

猫「そうです」

穂乃果「な、名前……を……教えてよ……」


猫「――南ことり

  ――園田海未

  ――西木野真姫

  ――星空凛

  ――小泉花陽

  ――矢澤にこ

  ――東條希 」


穂乃果「ち、違う……だれ、誰なの……その人達……ッ」


猫「貴女の仲間です」


穂乃果「知らないっ、知らないよッ! 

     だって、名前を聞いても顔が浮かばないんだからッッ!」


猫「それは仕方のない事です。

   存在が消えてしまったのですから」


穂乃果「――え――――」


猫「その存在が認識できるのは、私と女神様だけになります」


穂乃果「消え――た――?」



Hora「緻密に再現される時間の中で、
    貴女と彼女たちが起こす時間の変化が大きすぎた為に、
    時間という生き物が整合性をとろうとしたの」


Hora「起きてしまった変化を元に戻そうとする反動で彼女たちの存在を消してしまった」


穂乃果「存在を――」


猫「そして、もう一人」


穂乃果「や――だ――いや――聞きたくない――」


猫「貴女には、妹がいたのです」


穂乃果「え――り――ちゃんが――言ってた――」

     あのお家に居るべきなのは――って」


猫「そうです、その妹になります」


穂乃果「猫ちゃん――伝えたんだ――?」


猫「はい。絢瀬絵里に全て伝えました」


穂乃果「だから――急にお別れをしたんだ――」

猫「……」


穂乃果「そっか――やっと――わかった――絵里ちゃんの行動の意味――」


猫「……」

Hora「精神的に危険な状態よ。心が壊れてしまうわ」

猫「いえ――」


穂乃果「やだ……ヤダ……嫌ダ――」


穂乃果「ドウシタラ、取リ戻セルノ?」


猫「『今の時間』では不可能です」


穂乃果「アァ……アァァァ……ッ」


Hora「一度、記憶を消すわよ」


猫「それはいけません」

Hora「もう二度と立ち直れない。そんな状態で『元の時間』へ戻せないでしょ」


穂乃果「ヤダヤダヤダヤダ」


穂乃果「イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダヨ」


Hora「もう取り戻せないのに、それを伝えた理由は?」

猫「彼女の想いの強さが必要だからです」


穂乃果「嫌だよこんなのッッ!」


猫「!」


穂乃果「名前を聞いただけだけどッ! 顔も思い出せないけどッッ!!」


穂乃果「想い出なんて、無いけど――ッ!」


穂乃果「消えてしまったなんて嫌だッッ!!」


猫「……」


穂乃果「元に戻してよ!」

猫「私には不可能です」


穂乃果「……!」


Hora「私にも、それは不可能。だけど、同じ時を繰り返すことはできる。

    貴女と絢瀬絵里と、願いの叶った世界の時間を繰り返すことができる」


穂乃果「その……人たちが居ないのなら意味が無い……!」


Hora「緻密に繰り返される時間の中で、失われた物は決っして取り戻すことはできない」


穂乃果「そんな……本当なの……?」


猫「はい。『今の時間』へ戻れば、二度と彼女たちには逢えないでしょう」


穂乃果「な、なんでっ」


Hora「一度動き出した時間は、止まらないから」


穂乃果「……――」


Hora「この仔に出会ったからこうなってしまったのよ」


猫「……」


Hora「聞いたこと、後悔してる?」


穂乃果「……」


Hora「彼女たちの存在を知ったことに、後悔してる?」


穂乃果「しない。私の願いが届いたのは、みんなのおかげだから」


猫「やはり、貴女には可能性を感じます」


Hora「可能性という言葉を――」



穂乃果「どうすればいいの、猫ちゃん」


猫「私を信じるのですか?」


穂乃果「さっき、選択がどうとかって言ったよ」


Hora「……」


猫「二つの選択があります」


穂乃果「……」


猫「一つは、振り返って、『今の時間』へ戻ること」


穂乃果「もうひとつは?」


猫「『全ての時間を無かったことにする』こと」


穂乃果「それはどうなるの?」


猫「貴女方が培ってきた時間の全てが無に還します。

   貴女が音ノ木坂学院を救った全ての能力も消えます」


穂乃果「そうじゃなくて」


猫「『今の時間』へ戻ると、絢瀬絵里との時間は守れますが、

   彼女たちの存在は未来永劫消え去ります」


穂乃果「――ッ」


猫「『全ての時間を無かったことにする』と、

   絢瀬絵里との時間が消える代わりに――」


穂乃果「みんなに逢えるの?」


猫「可能性はあります」


穂乃果「それが一番だよ。お願いします」


猫「私にはその力がありません」


穂乃果「じゃあ、どうするの?」


猫「女神様の御力をお借りします」


穂乃果「お願い」


Hora「クロノス、あなたはまた全てのことを伝えないのね」


猫「伝える必要がありません」


Hora「可能性という言葉を無限定に使ってはいけないわ。

    彼女たちに逢えるという確証があるわけじゃない。   

    絢瀬絵里と過ごした時間を捨ててまで、賭けをするには代償が大きすぎるでしょ」


穂乃果「賭け……なの?」


猫「いいえ。私は確率に賭けているわけではありません」


Hora「あなたの考えを説明してちょうだい」


猫「音ノ木坂学院が消失した時間の中で、貴女と7人の仲間はあの場所へ集まりました」


穂乃果「……」


猫「私は彼女たちの運命を信じます」


Hora「絢瀬絵里はどうなるの? 8人ということは彼女は居なかったということでしょ」


猫「9人が揃った時、それは運命ではなく奇跡と呼べるでしょう」


穂乃果「……」


Hora「妹のことは?」


猫「絢瀬絵里と同じです」


Hora「その自信の表れが私には理解できないのだけれど」


猫「想いが強いのは高坂穂乃果、彼女だけではありません。

  彼女たちもお互いを想い合う気持ちが相応にあります」


穂乃果「……っ」


Hora「そこまで言うのなら私も信じましょう」


猫「お願いします」


Hora「本当にいいのね?」


穂乃果「~~っ!」


Hora「躊躇っているの?」


穂乃果「だって……っ」


Hora「失ったものは大きいけれど、これから失うものも大きい」


穂乃果「『今までの時間』を覚えているわけじゃないけどっ、胸が苦しい……っ」


Hora「過酷な選択になるわね」


穂乃果「私一人じゃ……絶対に辿りつけなかったっ……絶対に!」



猫「そうです」


猫「彼女たち、一人ひとりに出逢った意味がありました」


猫「彼女に支えられ、彼女に勇気をもらい、彼女に慕われ――」



穂乃果「うぅぅぅっ」ボロボロ



猫「彼女の陽気さに楽しさを貰い、彼女に勇気を与え、彼女に救われました」


猫「そして、彼女に運命を導かれ」


猫「――絢瀬絵里とめぐり逢えました」



穂乃果「うあああぁああっ!」ボロボロ



猫「彼女がいなければ、貴女はここまで進んでこられなかったでしょう」



穂乃果「ああぁぁっ、ぁああああ!!!」ボロボロ



猫「私は力が無くなったので動くことができませんでした」


猫「彼女たちを失った世界では、
   私の願いを叶えることは不可能だと一度は諦めました」


猫「ですが、絢瀬絵里が、高坂穂乃果をこの場所へと誘ったのです」


猫「それだけ、貴女の想いは強くなったのです」


Hora「…………」



穂乃果「あぁぁっ……苦しい……っ……苦しいよぉっ」ボロボロ


猫「進みましょう、高坂穂乃果」


穂乃果「うぅぅっっ――」ボロボロ


猫「みらいで、彼女たちが貴女に逢えるのを、待っています」


穂乃果「――ッ!」


穂乃果「うんっ、泣いてる……場合じゃない……っ」


猫「……」


穂乃果「進まなくちゃ……っ」


穂乃果「私も――……みんなに早く逢いたい!」


猫「女神様、お願いします」


Hora「――……」


穂乃果「待ってて、みんな――……、絵里ちゃんっ」


Hora「全ての時間をリセットしたわ。もう後戻りは出来ないわよ」


穂乃果「するつもりもない!」


Hora「……」


穂乃果「二人とも、今までありがとう」


Hora「どうしてお礼を言うの? ……貴女は巻き込まれたのよ?」


穂乃果「また、一から……じゃないよね、ゼロから始められる」


穂乃果「出逢える喜びを知ることが出来る」


Hora「……」


猫「それでは、行きましょう」


穂乃果「付いてきてくれるの?」


猫「見届ける義務がありますから」


穂乃果「そっか……。って、どこに行けばいいのかな」


猫「まっすぐにある、光が見えるでしょうか」


穂乃果「ん~?」


猫「そのまま進んでください」


穂乃果「わかった!」


猫「それでは、女神様」


Hora「分かっているわね?」


猫「はい。これからは時間への干渉ができないでしょう」


Hora「強制的に人の意識や考えを変えることが、時間にとってどれだけ危険なのか」


猫「はい、学習しました」


Hora「うん、それじゃ、私は此処であなたの帰りを待つことにします」


猫「……」


穂乃果「それじゃ、行くよ、猫ちゃん!」


猫「実際には、貴女一人で進むことになるのですが」


穂乃果「もぅ、そんな言い方しないでよ~」


猫「……」


穂乃果「楽しみだな~。さっき聞いた名前を忘れちゃったけど、楽しい時間だったんだよね」


猫「私が見る限りでは」


穂乃果「そっか、よぉっし!」


猫「もう一つ、教えておくことがあります」


穂乃果「なに?」


猫「『リセットされた時間』の中で、音ノ木坂学院へ集まった生徒達が居ますが、
  その彼女たちは他校へ分散することになるでしょう」


穂乃果「…………」


猫「ですが、存在が消えるわけではありません」


穂乃果「道ですれ違ったり……するのかな」


猫「はい。その可能性は高いです」


穂乃果「高いの?」


猫「一度は繋がった縁ですから」


穂乃果「そっかぁ……、それなら、嬉しいかな。縁まで消えちゃったら寂しいよ」


猫「…………彼女たちもまた、自らの運命を開いていけるでしょう」


穂乃果「よぉし、思う存分楽しむよ~」


猫「一つ聞いてもいいですか?」


穂乃果「なに?」


猫「妹の名を、知りたくはないのでしょうか。一度も訊ねないのが不思議で……」


穂乃果「だって、消えてしまった8人の中で一番最初に逢えるんだもん」


猫「……」


穂乃果「早く……逢いたいよ」


猫「……」


穂乃果「振り返らないって言ったけど……ね……やっぱり……心残りがある」


猫「それは?」


穂乃果「絵里ちゃんにお別れ言えてない……、酷い言葉かけて謝ってもいない」グスッ


猫「少しだけ、休みますか?」


穂乃果「ううんっ、進む! 今すぐ歩くよ!」グスッ


猫「……」


穂乃果「だけどっ、絵里ちゃんの優しさが、苦しいよっ」ボロボロ


穂乃果「突き放してっ……私がこの選択をしやすいようにってっ」ボロボロ


穂乃果「ほんと……不器用なんだからっ」ボロボロ


猫「……」


穂乃果「そしてっ……沢山の約束も消えてしまった――」ボロボロ


猫「彼女の言葉を思い出して」


穂乃果「――ッ!」


猫「……」


穂乃果「うんっ、もう泣かないからっ」ゴシゴシ


猫「……」


穂乃果「あはは、結局私は……何も変わってないんだね」グスッ


猫「……」


穂乃果「音ノ木坂学院を守ったの、私じゃなくて絵里ちゃんなんだもん」グスッ


猫「ここで一度、足を止めてくれますか」


穂乃果「……?」


猫「ここから先は、貴女一人で進んでください」


穂乃果「うん、わかった」


猫「私のことは忘れてしまうでしょうから、ここでお別れをしておきましょう」


穂乃果「……わかった」


猫「幸運を祈ります」


穂乃果「――ありがとう、クロちゃん」


猫「……お礼を言ってくれるのですか」


穂乃果「どうして?」


猫「結論から言えば、貴女の願いは叶っていないも同然なのです」


穂乃果「でも、猫ちゃんが居たから、みんなと出逢えたんでしょ?」


猫「……」


穂乃果「感謝することはあっても、恨んだりすることは絶対にないよ」


猫「……」


穂乃果「それに……」



穂乃果「私は夢に願いを乗せて、進んでいくんだから」



穂乃果「これからなんだよ! 全部!」



猫「……そうですね、貴女は、最初から何も変わっていません」


穂乃果「すぅぅぅ、はぁぁぁ」


猫「?」


穂乃果「すぅぅぅぅ!」



穂乃果「みんな待っててねぇぇええーーーー!!!!」



穂乃果「すぐ逢えるからぁぁあーーーー!!!!」



猫「!」



穂乃果「絵里ちゃんに、みんなと出逢って欲しいから!」



穂乃果「――今度は9人で一緒になにか始めるよ!」



穂乃果「それじゃ、行ってくる!」


ピョン



シュウウウウウウウ......





猫「また、その名で呼んでくれるとは思いませんでした」


ピョン


シュウウウウウウウ......



Hora「……」


Hora「これで、彼女の物語は終りを迎え、始まりを告げた」


Hora「興味深いわね、人の想いとは」





End





……

………

…………

……………

………………

…………………

……………………

…………………

………………

…………

……



……



 ……

  ………

   …………
 
    ……………

     ………………

      …………………

       ……………………

      …………………
 
     ………………
 
    ……………

   …………

  ………
 
 ……






―― 保健室


キーンコーン

 カーンコーン



ガバッ


穂乃果「――ハッ」



穂乃果「夢!?」



穂乃果「なぁんだ~」



……




―― 廊下



穂乃果「らんらんらら~ん♪」

スキップ

 スキップ


穂乃果「おはよう~♪」


生徒「……」

生徒「……」


穂乃果「ヒデコ、フミコ、ミカ、おっはよう~♪」


「あ……」

「……?」

「……」


穂乃果「今日もいい天気~♪」

スキップ

 スキップ


「ついにおかしくなっちゃったのかな?」

「穂乃果ちゃん、元気一杯なのはいいけど」

「なんか、勘違いしてるよね……」




穂乃果「そりゃそうだよね、いきなり廃校なんて――」

スキップ

 スキップ


『廃校』 『廃校』 『廃校』


穂乃果「いくらなんでも、そんな急に決まるわけが――」


『     
   廃 校
         』


穂乃果「ああぁぁぁあああーーー!?」



―― 2年生の教室


ガラガラガラ


穂乃果「…………」


「あ……」

「……」


スタスタスタ


穂乃果「……」ズドーン


「ほ、穂乃果ちゃん……大丈夫?」


穂乃果「うん……」


ガチャ


穂乃果「学校が失くなる……学校が失くなる……」ブツブツ


穂乃果「うぅぅ……」


「穂乃果ちゃん、すごい落ち込んでる……」

「……」

「そんなに学校が好きだったなんて……」

「違います。あれは多分、勘違いしているんです」

「かんちがい?」


穂乃果「うぅ!」ガタッ


「!」

「!」


穂乃果「どぉしよぉ~! 全然勉強してないよぉ~~! うぅ~!」


「え?」


穂乃果「だって、学校失くなったら別の学校に入らなきゃいけないんでしょ!?」


穂乃果「受験勉強とか! 編入試験とか!」


「やはり……」

「穂乃果ちゃん、落ち着いて――」


穂乃果「ことりちゃんとうみちゃんはいいよー!
     そこそこ成績いいし、でも私は~!」


「だから、落ち着きなさい」


穂乃果「うぅ、うぅ~」シクシク


「私たちが卒業するまで、学校は失くなりません」


穂乃果「え……?」


……



―― 中庭


穂乃果「はむっ」

「学校が失くなるにしても、今いる生徒が卒業してからだから」

穂乃果「もぐもぐ」 

「早くても3年後だよ」

穂乃果「よかったぁ~、いやぁ~、今日もパンが美味い! はむっ」

「太りますよ」


「でも、正式に決まったら、次から生徒は入ってこなくなって、
 来年は2年と3年だけ」

「今の1年生は後輩がずっと居ないことになるのですね」

穂乃果「……そっか…」


スタスタスタ


「ねぇ」


穂乃果「?」


「ちょっといい?」

「……」


穂乃果「「「 は、はい 」」」


穂乃果「だ、だれ?」ヒソヒソ

「生徒会長ですよ」


「南さん」

「はいっ」

「あなた確か、理事長の娘よね」

「は、はい」

「理事長、なにか言ってなかった?」

「いえ、私も今日知ったので……」

「そう……ありがとう」

「……ほなぁ」

スタスタ


穂乃果「あの!」

「……?」

穂乃果「本当に学校、失くなっちゃうんですか?」

「あなた達が気にすることじゃないわ」

スタスタスタ


穂乃果「……」

「……」

「……」


……



―― 2年生の教室


穂乃果「歴史がある!」

「あぁ……! 他には?」

穂乃果「他に!? えっと……伝統がある!」

「それは同じです」

穂乃果「えぇっ、じゃあじゃあ……えぇ~? ことりちゃ~ん!」

「強いて言えば……古くからあるってことかなぁ?」

穂乃果「……」ジー

「ことり、はなし聞いていましたか?」

「あ、でもさっき調べて、部活動では少しいいとこみつけたよ」

穂乃果「本当!?」

「と言っても、あんまり目立つようなものはなかったんだぁ。
 うちの高校の部活で最近一番目立った活動というとぉ……」


「珠算関東大会6位!」

穂乃果「うへぇ……微妙すぎ……」

「合唱部地区予選、奨励賞」

「もう一声欲しいですね」

「最後は……ロボット部、書類審査で失格」

穂乃果「だぁめだぁ~!」

「考えてみれば、目立つ所があるなら、生徒ももう少し集まっているはずですよね」

「そうだね……」

穂乃果「……」

「家に帰ったら、お母さんに聞いて、もう少し調べてみるよ」

穂乃果「私――……この学校好きなんだけどなぁ」

「……私も好きだよ」

「私も……」

穂乃果「…………」


……



―― 高坂邸


「……お姉ちゃんお帰り~」

穂乃果「ただいま……」

「……?」

穂乃果「はぁ……」

「……チョコいる?」

穂乃果「いる……」

「あんこ入りだけど……」

穂乃果「ありがと」カサカサ

「……え」

穂乃果「もぐもぐも……んぐっ!? これあんこ入ってんじゃん!」

「言ったよ!?」

穂乃果「あぁ~ん! あんこもう飽きた~!」ジタバタ

「白餡もあるよぉ?」

穂乃果「もっと飽きた~!」ジタバタ


ガラガラ


「穂乃果!」


「和菓子屋の娘が餡こ飽きたとか言わないの! お店に聞こえるじゃない」


「うしし……」

穂乃果「ごめんなさ~い……」


穂乃果「はぁ……」


穂乃果「……ん?」


穂乃果「雪穂……それ……」

「あぁ……UTX? 私、来年受けるんだぁ」

穂乃果「ふぅん……」

ペラペラ

穂乃果「……こんなことやってんだ」

「知らないのぉ?」

穂乃果「……?」

「いま、一番人気のある学校で……どんどん生徒を集めているんだよ?」

穂乃果「はぁ……すごいなぁ……」


穂乃果「……ん?」


穂乃果「――って!」


穂乃果「雪穂!」

ガタッ

「ひぃっ!?」

穂乃果「あんた、音ノ木坂受けないの!?」

「時間差すぎだよ!」


ガラガラ

穂乃果「お母さん、お母さん~!!」


「なぁに~?」


穂乃果「雪穂、音ノ木坂受けないって言ってるよ~!」

「聞いてる」

穂乃果「そんなっ、ウチはお祖母ちゃんもお母さんも音ノ木坂でしょー!?」


「っていうかさ」


穂乃果「……?」


「音ノ木坂、失くなっちゃうんでしょ」


穂乃果「え、もう噂が!?」


「みんな言ってるよ、そんな学校受けてもしょうがないって」

穂乃果「……しょうがないって――」

「だってそうでしょ、お姉ちゃんの学年なんて、2クラスしかないんだよ?」

穂乃果「でも、3年生は3クラスあるし……!」

「1年生は?」

穂乃果「1クラス……」

「ほら、来年はもう0ってことじゃない!」

穂乃果「そんなことない! ことりちゃんとうみちゃんで失くならないように考えてるもん!」


穂乃果「だから失くならない!」


「頑固なんだから……」

穂乃果「……」

「でも、どう考えても、お姉ちゃんがどうにかできる問題じゃないよ」

穂乃果「……っ」


……



―― 翌朝


ガラガラ


穂乃果「行ってきま~す!」


「ふぁぁ……」


穂乃果「雪穂ー!」


「……?」


穂乃果「これ、借りてくね~!」


「うぇ!?」


「……」


「お姉ちゃんがあんな早起きなんて!」


「遠足の時以来ね……」



……



―― UTX


穂乃果「す、すごいっ!」


キャーキャー

 キャーキャー


穂乃果「お?」


穂乃果「おっ、ほっ、ほ?」


『 UTX高校にようこそー! 』


穂乃果「あ……」

ペラペラ

穂乃果「この人達だぁ……」

スッ

「…………」

穂乃果「?」

「……」

穂乃果「うぃ!?」

「……」ジー

穂乃果「あ、あのぉ」

「なに?」

穂乃果「ひっ」

「今忙しいんだけど!」

穂乃果「あ、あの……質問なんですけど」

「……」

穂乃果「あの人達って芸能人とかなんですか?」

「はぁっ!?」

穂乃果「ひぃっ!?」

「あんた、そんなことも知らないの!?」

穂乃果「ひぃぃっ」ビクビク

「そのパンフレットにも書いてあるわよ。どこ見てんの」

穂乃果「す、すびばせぇ~ん!」

「A-RISEよ、A-RISE」

穂乃果「あらいず……?」

「スクールアイドル」

穂乃果「……あいどる…」


ズンズン♪


「そ、学校で結成されたアイドル。聞いたことないの?」

穂乃果「へぇ……」



穂乃果「……?」

......タッタッタ

「かよちんっ、遅刻しちゃうよ~」

「ちょっとだけ待ってっ」


「はぁっ、はぁっ」

「はぁっはぁ」



穂乃果「……」



『 そう、行っちゃうの? 

  追いかけないけど 

  基本だね 群れるのキライよ』


『 孤独の切なさ 分かる人だけど―― 』


キャーキャー

 キャーキャー


穂乃果「……」


「……」

「わぁぁ……!」キラキラ

「ぐぐぐぐ……ぐぐぐぐ……」

穂乃果「はぁ……」


パサッ

 パサッ

  パサッ


穂乃果「……」ヨロヨロヨロ


―― この時、私の中で最高のアイディアが閃いた!


穂乃果「これだ……!」ワナワナ


穂乃果「――見つけた!」



……




―― 2年生の教室


穂乃果「見てみてみて~!」

「?」

「?」



穂乃果「アイドルだよ、アイドル!」


穂乃果「こっちは、大阪の高校で! これは福岡のスクールアイドルなんだって!」


「……」

「……」


穂乃果「スクールアイドルって、最近どんどん増えているらしくて、
     人気の子がいる高校は入学希望者も増えているんだって!」


穂乃果「それで私、考えたんだ――」


「……」


穂乃果「……あれ?」


―― 廊下


「……」

スタスタ


穂乃果「うみちゃん!」

「っ!」ビクッ

穂乃果「まだ話終わってないよ~!」

「あはは……」

「わ、私はちょっと用事が……」

穂乃果「いい方法が思いついたんだから、聞いてよ~!」モジモジ

「……――ハァ」


「私たちでスクールアイドルをやるとか言い出すつもりでしょ?」


ガタッ

穂乃果「ハッ? うみちゃんエスパー!?」

「誰だって想像付きます!」

穂乃果「だったら話は早いね~」スリスリ

「……」

穂乃果「今から先生のところへ行って、アイドル部を――!」

「お断りします」

穂乃果「なぁんで?」


―― 理事長室


「思いつきで行動しても、簡単に状況は変わりません。

 生徒会は、今いる生徒の学院生活をよりよくすることを考えるべきです」


「……」

「……」



―― 廊下



穂乃果「だって、こんなに可愛いんだよ!?
     こぉんなにキラキラしてるんだよ!?」

「……」

穂乃果「こんな衣装、普通じゃ絶対に着れないよ!?」

「そんなことで本当に生徒が集まると思いますか!?」

穂乃果「……そ、それは……人気が出なきゃだけど」

「その雑誌に出てるスクールアイドルたちはプロと同じくらい努力し、
 真剣にやってきた人たちです。
 穂乃果みたいに好奇心だけで始めても上手く行くはずないでしょ!」



―― 理事長室


「でもッ! このままなにもしないわけには!」

「エリち……!」

「……っ!」


「ありがとう、絢瀬さん。
 その気持だけ、ありがたく受け取っておきます」


「……っ」
 


―― 廊下


「ハッキリ、言います」


穂乃果「……」


「――アイドルは、無しです!」


穂乃果「…………」


……




―― 屋上


穂乃果「……」



「……」ソォー



穂乃果「はぁ~ぁ、いい考えだと思うんだけどなぁ……」



「~♪」


穂乃果「……ん?」



……




―― 音楽室


「――育て~♪」


穂乃果「……」


「さぁ、大好きだ、ばんざーい 負けない勇気 

 私たちの今を 楽しもう

 大好きだ ばんざーい 頑張れるから」

 
穂乃果「……」


「昨日に手を振って、ほら、前向いて――」


「……ふぅ」


パチパチパチパチ


「……?」


穂乃果「……」パチパチパチパチ


「ぅぇぇぇ!?」


ガラッ


穂乃果「すごいすごいすごい! 感動しちゃったよー!」


「べ、べつに……」


穂乃果「歌上手だね! ピアノも上手だね!」


「…………」


穂乃果「それにっ、アイドルみたいに、可愛い!」


「……!」カァァ


ガタッ


穂乃果「あ……」


「……」

スタスタスタ



穂乃果「あ、あの……」


「……」


穂乃果「いきなりなんだけど……、あなた、アイドルやってみたいと思わない!?」


「……なにそれ、意味わかんない!」

スタスタ



穂乃果「だよね……あははは……はぁ」


……



―― 弓道場


「……」ググググ


「…………」


『みんなのハート、撃ち抜くぞぉ~! ばぁーん!』

 『ばぁーん』

  『ばぁーん』


ザクッ


「なにを考えているのです……私は……!」フルフル

「外したの!? 珍しい!」

「あ、いえ、たまたまです!」


「……」ググググ


『ラブアローシュート!』


ザク ザク ザクッ


「あぁっ」ヘナリ


「いけませんっ、余計なことを考えてはっ」


「海未ちゃ~ん……ちょっと来てぇ~」


……




『『 えぇっ!? 』』

『登ってみようよ!』

『無理ですぅ、こんな大きな樹ぃ!』

『……えいっ』

ガシッ


「私たちが尻込みしちゃうところをいつも引っ張ってくれて――」


『『 うぇ~ん、うぇ~ん 』』


「そのせいで散々な目に何度も遭ったじゃないですか」


バキバキッ

『『 きゃぁ~!! 』』


「……そうだったね」

「穂乃果はいつも強引すぎます」


「でも、海未ちゃん……後悔したこと、ある?」

「………え…」


『ふぇ~ん、怖いよぉ~!』

『わぁ……!』

『……――!』


「……――!」


穂乃果「はっ!」


「……みて」

「……」


穂乃果「……!」

ザッザッ


「……!」

「ふふ♪」


穂乃果「よっ、はっ」

ザッザッ

クルッ

穂乃果「わっ……」

ドサッ

穂乃果「あいたぁ~いっ」


穂乃果「はぁ、本当に難しいや……はは、みんなよく出来るなぁ」


穂乃果「よし、もう一回……!」


穂乃果「せーの!」


「ねぇ、海未ちゃん」

「……?」

「私、やってみようかな」

「……!」

「海未ちゃんはどうする?」

「…………」


穂乃果「うわっ!」

ドテッ


穂乃果「あいたたたた……くぅ~」


スッ

穂乃果「うみちゃん……?」

「一人で練習しても意味がありませんよ。

 やるなら、三人でやらないと」


穂乃果「うみちゃん……!」


……




―― 生徒会室


「……これは?」

穂乃果「アイドル部、設立の申請書です!」

「それは見れば分かります」

穂乃果「では、認めていただけますね!」

「いいえ」

「「 え……? 」」

「部活は同好会でも最低五人は必要なの」

穂乃果「えっ?」

「ですが、校内には部員が五人以下のところもたくさんあるって聞いてます」

「設立した時は、みんな五人以上居たはずよ」

「――あと、二人やね」

穂乃果「あと二人……。分かりました。……行こ」


ガタッ

「待ちなさい」

穂乃果「……?」

「どうしてこの時期にアイドル部を始めるの?
 あなたたち、二年生でしょ」

穂乃果「廃校をなんとか阻止したくて……
     スクールアイドルって、いま凄い人気があるんですよ。
     だから……!」

「……だったら、例え五人集めてきても、認めるわけにはいかないわね」

穂乃果「えっ、どうして……!」

「部活は生徒を集めるためにやるものじゃない」

「……」

「思いつきで行動した所で、状況は変えられないわ」


穂乃果「……」

「……」

「……」


「変なこと考えていないで、残り2年、
 自分のためになにをするべきかよく考えるべきよ」


……





――  音ノ木坂学院  ――



穂乃果「……」


「がっかりしないで、穂乃果ちゃんが悪いわけじゃないんだから」

「生徒会長だって、気持ちは分かってくれているはずです」






「さっきの、誰かさんに聞かせたい台詞やったなぁ」

「いちいち一言多いのよ……希は」

「うふっ、それが副会長の仕事やし」

「……」





「でも、部活として認められなければ、講堂は借りられないし、
 部室もありません。なにもしようがないです」

「そうだよね……」


ザァァァ

 ザァァァ



「あぁ、これから一体、どうすれば……」

「どうすれば……!」



「「 どうすればいいの……? 」」





穂乃果「だって、可能性感じたんだ、そうだ…ススメ!」



穂乃果「後悔したくない 目の前に僕らの道がある……」



前向こう 上を向こう 何かを待たないで

 今行こう 早く行こう どこでもいいから

太陽きらめいて 未来を招いてる

 さあ行こう 君も行こう ススメ→トゥモロウ




「……」


「わしっ」

「にゃ!?」

「隙だらけやんなぁ」

「東條希!? 迂闊でした! 早く離れなくては!!」

「なんてね、私よ私」

「……? 私の声が聴こえる……?」

「奇跡は起こったみたいね」

「女神様ですか……?」

「そうよ」

「……」

「あの人に頼んで、人間にしてもらったの」

「は……は……?」

「ふふ、あなたの今の精神状態、面白いわね」

「な、なにを考えているのですか……?」

「私も退屈してたの」

「それだけの理由で……地上に降りたのですか……?」

「悪い?」

「そんなことだから全知全能の父であるあの御方の怒りに触れ、
 封印されてしまうのですよ!」

「うるさいわね。女の子を陰で覗いてたくせに」

「……」

「言い過ぎたわね、ごめんなさい」

「あなたの身に何かが起これば、彼女たちが……」

「力はそのままだから大丈夫。時間を戻して危険を避けるから平気よ」

「……」

「創作話が実話となり神話となったのね。
 私の封印を解いたのだから当然といえば当然なのだけれど」

「…………」

「9人の女神。自らその名を受け継ぐみたい……とても面白いわ」


「どうするおつもりですか?」

「あなたは私の守護者でしょ」

「……はい」

「私に付いてきなさい」

「……?」

「先ずはこの星を歩いて見ようと思っているの」

「……」


「――彼女たちはもう大丈夫だから」

「……そうですか」


「饅頭を持って、はらしょーって言う子もいる」

「……?」

「絢瀬絵里の妹よ」

「……」

「……どうしたの?」

「私の役目はもう、終わっていたのですね」


「ちゃんと、彼女との約束も守れている」

「……」


「だから、これからは、私と旅をしましょう」

「旅……?」

「あなたの仲間、シロと呼ばれた仔が、そう言っていたの」

「……」

「その仔は、人の心に魅了されて、すでに旅を終えてしまっているけれど」

「わかりました。お供します」

「いままで、本当によくやってくれたわ」

「当たり前のことです。あなたが居なければ、時間は存在しないのですから」

「じゃあ、行きましょうか」

「はい」

「最後にお別れは?」

「もう済ませています」

「……そう」

「彼女たちのみらいは、彼女たちだけのものです」


「……あなたも人間にしてもらって、あの子とラブロマンスを体験してみたら?」

「私にその感情はないこと、知っているはずですが」

「言ってみただけよ」

「それに、彼女には特定の人がいますから。
 女神様、その表現は今の流行りではありませんよ」

「私たちに流行り廃りなんてものないでしょ」

「ムキにならないでください。それよりどこへ行くのか、決まっていますか?」

「そうねぇ、エジプトへ行きましょう。そして、次はオーロラを見に」

「わかりました」

「あのスフィンクスはあなたがモデルなの?」

「そうみたいです。少し、知恵を貸しただけなのですが」

「祀り建てられたのね」

「ネコという種族は、古来より人と深い関わりがあり――」

「この体、お腹が空くから……ちょっと不便なのよね」

「聞いていませんね。……一つお願いしてもいいですか、女神様」


「なんでも言って。なんでも叶えてあげる」


「シシャモを食してみたいのです――」




Let's go 変わんない世界じゃない

Do! I DO! I live!

Let's go 可能性あるかぎり

まだまだあきらめない

Let's go 自然な笑顔なら

Do! I DO! I live!(Hi hi hi!)

Let's go 可能性みえてきた

元気に耀ける 僕らの場所がある


Let's go! Do! I DO! I live!

Yes. DO! I do! I live!

Let's go! Let's go! Hi!!






穂乃果「私、やっぱりやる、やるったらやる!」






終わり


これで終わりです。

猫「不確定性原理、云々~」は映画:クラウドアトラスという作品から引用しました
宇宙が繰り返えされている、という設定は映画:光の旅人という作品が元になっています

長編になってしまいましたが、ここまで読んでくださった方、
ありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年04月17日 (木) 22:22:04   ID: x2qKe3Jt

お疲れ様です。
凄く面白かったです。

2 :  SS好きの774さん   2014年04月18日 (金) 22:22:50   ID: h4Jj4CLc

感動しました

3 :  SS好きの774さん   2014年08月25日 (月) 03:22:24   ID: OCG6eTaX

これは本当に面白かった

4 :  SS好きの774さん   2014年10月03日 (金) 00:16:24   ID: FOoEQJWh

良い話すぎて泣いてしまったよ

5 :  SS好きの774さん   2015年01月26日 (月) 21:05:25   ID: 3V_Z_s8B

何度も感動で薄い鳥肌がたったけど、えりちとの最後のシーンと最後の猫との会話のところでとうとう泣いてしまった。SSで泣いたのは初めてです。お疲れ様

6 :  SS好きの774さん   2015年01月28日 (水) 06:50:20   ID: NGL2DW0r

夢中になって読んでしまった!
最高の奇跡でした
感動をありがとう!

7 :  SS好きの774さん   2015年06月07日 (日) 23:46:10   ID: Nfe_jL57

真姫が性悪過ぎて笑ってしまう

8 :  SS好きの774さん   2015年06月18日 (木) 09:22:32   ID: EmMawsPo

これは良いSS

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