桃子「桃が咲くまで」春「春を待てない」【咲SS】 (249)

照「清澄にも麻雀部はあるのか・・・」【咲-saki-】

こちらのスレの>>289から始めた『tell you that I love ...』の後日談になります

できればこちらを読んでいただけるとより楽しめますが、読んでいなくても分かるように心がけていきます
また少しずつ書いていければと思いますのでよろしくお願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368369059

【あらすじ】

咲キャラ全員が雀士養成校である白糸台高校に通っています
監督・プロ・アナウンサーは教師として学校に勤めています

『tell you that I love ...』にて、春のクラス対抗戦を書いています
今回は夏フェス(文化祭)の様子を書いていきます

夏フェス中には部活対抗戦も行われていますが、今回は麻雀描写はしない予定です
スレタイの通り、メインは桃子と春です

部活については、原作の学校を部活に置き換えたと考えてください
詳しくは、次の【部活編成】【主なクラス編成】にて

【部活編成】

清澄 → 文芸部(顧問:福与恒子)
龍門渕 → キャッチボール部(顧問:藤田靖子)
風越 → 家庭科部(顧問:久保貴子)
鶴賀 → 演劇部(顧問:針生えり)
白糸台 → アーチェリー部(顧問:瑞原はやり)
阿知賀 → ボウリング部(顧問:赤土晴絵)
千里山 → ソフトボール部(顧問:愛宕雅枝)
姫松 → サッカー部(顧問代行:赤阪郁乃)
宮守 → 美術部(顧問:熊倉トシ)
永水 → 書道部(顧問:戒能良子)
新道寺 → 陸上部(顧問:吉村みさき)
劍谷 → 茶道部(顧問:三尋木咏)
三箇牧他 → 手芸部(顧問:野依理沙)
(荒川憩、霜崎絃、藤原利仙、百鬼藍子、対木もこ)



【主なクラス編成】
1年5組
担任:赤土晴絵
宮永咲/高鴨穏乃/原村和/新子憧/大星淡

1年11組
担任:瑞原はやり
片岡優希/南浦数絵/滝見春/東横桃子/二条泉

2年10組
担任:赤阪郁乃
荒川憩/松実玄/神代小蒔/愛宕絹恵/天江衣/上重漫/花田煌

3年1組
担任:三尋木咏
松実宥/臼沢塞/園城寺怜/宮永照/姉帯豊音/真瀬由子

3年2組
担任:久保貴子
福路美穂子/弘世菫/愛宕洋榎/清水谷竜華/石戸霞

3年13組
担任:吉村みさき
小瀬川白望/エイスリン/江口セーラ/薄墨初美/末原恭子

3年18組
担任:針生えり
小走やえ/椿野美幸/竹井久/蒲原智美/加治木ゆみ

【桃子「桃が咲くまで」春「春を待てない」】


-side 桃子

-6月末
-1年11組


「それじゃあ、夏フェスのクラスの出し物について、意見をお願いしますっ」

学級委員のいずみんが仕切り、みんなが意見を言う声をBGMにして、私はぼんやり外を眺めていた

ホームルームの時間
夏フェス、いわゆる文化祭のようなもののクラスの出し物について決めるらしい

9月の初旬に行われる、夏フェス。いわゆる文化祭だ
けれど、こういうクラスでのイベントにはあまり興味が湧かない

4月に行われたクラス対抗戦も、初めは出るつもりなんてなかった
ただ、隣に座る春に見つかって、さらに優希に付きまとわれたから、仕方なく出ただけ

まあ、出るからには全力でやったっすけど、それはもう済んだ話…

「ねえ」
「……話しかけないでほしいっす、ステルス中なんすから」
「私も退屈だから」

滝見春…

ステルスしている私を、平然と見つけてしまう彼女。霊感が鋭いのかなんなのか分からないっすけど、とにかくマイペースで、こっちのリズムが狂ってしまう

「あ、桃子。ステルスしとらんと意見出しや」

ヒソヒソと会話していたところを、いずみんに見つかってしまった

「春のせいで見つかったっすよ!」
「…知らんし」
「三尋木先生の真似して誤魔化さないでほしいっす」
「ええから意見出しや!」
「意見なんて考えてないっすよ」

正直に言う
変につくろっても仕方ないし

黒板を見る
喫茶店とかベタなものが並ぶ中、真っ先に書かれていたタコス屋の文字

「タコス屋でいいんじゃないっすか?」
「おお、さすがだじぇ! タコス屋にしようじぇ!!」

思った通り優希がはしゃぎだし、それを隣に座る数絵がたしなめる
この騒ぎに乗じて、私は再びステルスを決め込んだ

まったく、私はクラスの出し物なんてやってる暇なんてないっす

加治木先輩が演劇部に入っていたので、私も同じく演劇部に入った
演劇なんてやったことはないし、役者になって目立つつもりもない
小道具とかを作るだけでも、先輩と同じ部活にいられればそれでいいのだから

それに夏フェスでは、麻雀での部活対抗戦もあるっす
演劇部は私を入れても5人しかいないっすけど、それでも先輩と同じチームで打てるなんて滅多にないこと

だから、クラスの出し物なんてどうでもいいっす

「ねえ…」
「…だから話しかけないでほしいって言ってるんっすけど」

また指名されたらめんどくさいのに…
いつでも春に見つけられるってのは、やっぱり居心地が悪いっすね

まあ、悪いことばかりでもないっすけど
先輩ですら、私を見つけるは簡単ではない
だから、どこかで普通に接してもらえることへの安心感みたいなもののあったりする

その春は、ポリポリと好物の黒糖を食べていた

「いや、もう終わったから」

え?

気が付くと、いつの間にかみんながバラバラと席を立っていた

「何に決まったんすか?」
「明後日に持越し。それで多数決で決めるんだって」

ああ、ホームルームが終わったから黒糖を食べていたのか

「でも、一人熱心な人がいるから、みんなつられてタコス屋になる気がする…」
「まあ、それなら楽っすね」

優希のタコス狂いも凄まじいものがある
ただ、あれだけ食べて育っていないというのは、タコスというのは栄養のバランスは悪いのだろうかなどと考えてしまう。深く追及する気もないけれど

「じゃあ私は部活にいくっす。声を掛けてくれてありがとうっす」
「うん」

春が小さくコクリとうなずいた

-side 智美

-演劇部部室


ゆみちんは、ペラ、ペラと、確かめるように1枚1枚原稿をめくっていく

夏フェスのための演目として昨日むっきーが書き上げてきたばかりの原稿
そのむっきーは、緊張の面持ちでゆみちんの表情を見守っていた

まあ、全部読むまでゆみちんが表情を出すことないんだろうけれど

「お疲れ様っす」

そこに、モモが入ってきた

「あれ、いやに静かっすけど、なんかまずかったっすか」
「ワハハ、今ゆみちんが原稿呼んでたからなぁ」
「あ、じゃあ大人しくしてるっす」
「その必要はない。今読み終わったからな」

原稿を持ち、トントンとまとめる
そうしてようやく、ゆみちんはほほを緩めた

「細かい推敲は後にするとして、本筋は問題ないと思う。よかったよ」
「ありがとうございます」

お褒めの言葉を戴き、むっきーはようやく緊張から解き放たれたようだ

「問題は、誰を演者にするかだが…」

ゆみちんは、モモに視線をやった

「モモ、役者をしてみないか?」
「はっ!?」

まるでシャープシュートを食らったかのように驚きの表情を浮かべるモモ

「ななななな、何を言ってるんすか? 私にそんなの無理っす無理っすよ!」
「だが、この台本を読むと一番しっくりくるのは、モモ、お前なんだ」
「いくら先輩の言葉でも、それは無理っす」

まあ、目立たないモモが、嫌でも注目を浴びる舞台に上りたがらないのは当然と言えば当然だった
でもきっと、ゆみちんはそれを克服してほしいなんて思ってるんじゃないかなぁと思う

当のモモは、そんなことは望んでいないのだろうけれど

「こんにちわぁ。ホームルーム長引いちゃったぁ」

少々疲れた表情で、かおりんが部室に入ってきた

「あ、それ睦月ちゃんが書いた台本ですか?」
「ああそうだ。あとでみんなで読んで、細かい推敲をしたい」
「じゃあ採用なんですね。よかったね、睦月ちゃん」
「うむ」
「ちょっと待ってください、私は舞台になんて立てないっすよ」

台本が採用されたら自分が演じなければならないと思ったのか、モモが慌てて大声を上げた

「ワハハ、落ち着けモモ。別にモモに演じろって決まったわけじゃないんだからな」
「でも、しっくりくるのは私だって言ってるじゃないっすか」
「とりあえずモモも読んでみたらいい」

ゆみちんは、まとめた原稿をモモの前に置いた

「読めば、少しは考えも変わるかもしれないしな」
「……変わらないっすよ。今日は帰るっす」

そう言うとモモは原稿用紙を取ると、スッと消えてしまった


「ゆみちん、いきなりあれはないんじゃないか?」

たぶんモモは外に出ただろうと察して、私はゆみちんをたしなめた
ゆみちんはため息をつく

「…モモを見ていると不安になるんだ」
「不安?」
「私が卒業したら、残りの2年間、ちゃんとやっていけるんだろうかとな」
「ワハハ、なるようになるさ」

保護者じゃあるまいにと思わないでもない
けれど、モモの慕いっぷりを見るとあながち心配しすぎというわけでもないってのが悩みどころなんだよなぁ…

「津山、蒲原と妹尾にはデータを送ってあげてくれ」
「はい、分かりました」

ゆみちんは話題を変えた
もう気持ちを切り替えているのか、それとも無理やり切り替えようとしているのか…

そして、かおりんが心配そうに呟く

「智美ちゃん…。桃子ちゃん、大丈夫かな?」
「まあ、なんとかなるだろ。それより、部活対抗戦の用紙をそろそろ出さないといけないんだが」

とりあえず台本を読まないことには始まらない
それは寮に帰ってから読めばいいだろう

今までは部員数が少なく、部活対抗戦には出られなかった
けれど今年はようやく5人になった

しかし、ゆみちんは首を振る

「対抗戦は、見送ろうと思う」
「…む、そうか」
「な、なぜですか?」

出るか出ないかは半々かなぁと思っていた私はそれほど動揺しなかったが、むっきーが立ち上がって尋ねた

「この演目を成功させるためだ。対抗戦に出ている余裕はない」

…さてはて、これは荒れそうだなぁ

-side 塞


登録メンバーは5人。これでよしっと

「塞ー、部活行こー」
「ごめん、生徒会室寄ってから行くから先に行ってて」
「部活対抗戦の登録票?」
「うん、提出日近いから」

同じクラスの豊音が声をかけてくれる
まあ今日じゃなくてもいいんだけど、もうすぐだしね

そもそも人数がいる部活と違ってちょうど5人しかいない美術部
全員の名前を書いて終わりなんだから、特に迷うこともない。だったら早く出した方がいい

「部活対抗戦か…」

近くに座っていた照が暗くつぶやく。毎年部活対抗戦に出ていた照からすれば、それほど大きなイベントではないのかもしれない
対して、その隣にいた宥は微笑んでいた

「ボウリング部でやっと出られるから嬉しいなぁ」
「でも、宥と敵になるのは寂しい」
「こればっかりは仕方ないよ」

ああそういうことか、このバカップルめ!
そこに、人の悪そうな表情を浮かべて怜がやってきた

「照、それやったら助っ人枠使ってボウリング部に入れてもらったらええんちゃうの?」
「助っ人枠?」
「こら怜、変なこと言っちゃダメ。だいたい、アーチェリー部が照を手放すわけ無いでしょうに」

照は部活には入っているもののほとんど活動していない幽霊部員
部活対抗戦のルールについて知らなくても無理は無い

私は簡単に説明してあげた

基本的には春のクラス対抗戦と同じ、先鋒から大将まで5人で戦う団体戦
ただしオーダーの組み換えは自由

そして、去年までは無かったけれど今年から追加された『助っ人枠』

部活の成立要件は基本的に3人以上。だけど、3人しかいない部活は、5人で戦う部活対抗戦にはこれまで出られなかった
そこで、それぞれの部活がまず10人出場登録する
そこから漏れた部員、もしくは部活に所属していない人であれば、助っ人として3人まで登録していいことになっている

ただし、実際に本番でオーダーできるのは助っ人2人まで
半分以上、つまりは3人は本来の部員が出なければならない

「10人まで登録できて、登録されたら他の部活の助っ人にはなれない。照が登録から外れるわけないから無理だよ」
「まあ、そうだよね…」
「ちっ、アーチェリー部の弱体化計画が…」
「怜がちょー怖い顔してるよー」

まあわざとなんだろうけど、怜が舌打ちして
豊音も笑いながら、ちょっと引いてみせた

だけど照がボウリング部に入ったら、それはそれで別の脅威が誕生するだけな気がするけどなぁ…

「ま、とにかく私は登録票を出してくるからね」
「うん、分かったよー」

豊音にそう言い残して、私は教室を出た

美術部としては助っ人を誰かに頼むつもりもないし、5人で楽しめたらいいなくらいにしか思ってないけど

-side 桃子


はぁ…

勢いで部室を飛び出してきてしまったけれど、そう簡単に先輩が諦めるとは思えない
でも舞台の上に立つなんて…

もらった原稿に視線を落とす

『桃が咲くまで、春を待てない』

去年見学に来たときの演目も、むっきー先輩が書いたらしい
部員が少ないから登場人物も2人だけだったけれど、それでも面白かった

今回もそんな展開なんだろう…
ということは、演目の半分はしゃべっていないといけなくなる

やっぱりそんなこと、できるわけない

ドン!

「いったぁい…」
「あ、ごめんなさいっす」

不注意で誰かにぶつかってしまった
慌てて顔を上げると、そこにいたのは

「あ、会長っすか」
「ああ、モモちゃんか。気をつけなさいよ、あなた人から見えないんだから」
「…申し訳ないっす」

生徒会長、竹井久
先輩が副会長をしている関係で演劇部の部室にもたまに顔を出すため、少しは話をしたことがあった

「どうしたの、考え事でもしてた?」

立ち上がる会長の視線が、私の手元に移る

「台本? モモちゃん、ついに舞台デビューするのかしら?」
「しないっすよ。してくれとは言われましたけど」
「ゆみはなかなか諦めないから、どうしても嫌なら相談に乗るわよ」

あの先輩をして一目置かれている会長
けど、相談したらしたで、事態がややこしくなりそうではある…

まあ、頼るにしても最終手段っすかね…

「それにしても、夏フェスで演劇するなら、ゆみはあまり当てにしない方がよさそうね」

うーんと少し考え込む会長

「…当てにしないって、なんすか?」
「いや、だって夏フェスは生徒会が運営するから、副会長のゆみにはそれなりに仕事があるし…」

クラスの出し物は学級委員がバスケ部部長の小走さんという人だからそこまで負担にはならないにしても、生徒会の負担を0にすることはできない
さらに演劇までしたらかなりハードになるだろう、というのが会長の話だった

「去年の劇は私も暇だったから照明係として手伝ったんだけど、今年は無理だろうし」
「そうだったんすか」
「それに演劇したら部活対抗戦とかぶるかもしれないし、対抗戦はどうするつもりなのかしら?」
「えっ…」

当然、対抗戦には出ると思っていた
けど、演劇を優先して対抗戦には出ない?

「対抗戦に出ないんっすか…」
「直接は聞いてないわよ。演劇部の登録票は出てなかったと思うけど、まだ提出日まで何日かあるから」

そんなの…
そんなの嫌だっ

「あ、モモちゃん!」

会長の声を背にして、私は部室に向かって走り出した

どうしてっすか、どうしてなんっすか、先輩…

今日はここまでです
書き溜めするよりも、ちょっとずつ投下していく方が合っているような気がする今日この頃

前回あまり書けなかったキャラを中心にしたいなぁと思ってます
ではまた

-side 春

-書道部部室


部室に来ると、姫様たちを中心にして何人かが集まっていた

「…何してるの?」
「部活対抗戦のメンバー決めよ」

姫様の隣にいた霞が答えてくれた

「はるるももちろんメンバー入りですよー」
「一緒に頑張りましょうねっ」

初美と姫様も声をかけてくれた

「巴は?」
「巴ちゃんなら、生徒会室に行ってるわよ。登録票受け取りの当番なんですって」
「そう…」

登録票を覗き込むと、確かに私の名前が書いてあった

「でも、私1年…。他の先輩たちもいるのに」

書道部はそれなりに人数がいる
部活対抗戦自体にそこまでの思い入れもないし、出たい上級生がいるならそちらを優先してくれた方がいい

「大丈夫よ、全員に出たいかどうか聞いて、ちょうどいい人数だったから。クラスの出し物で忙しい人もいるし、書道部の展示をお願いしている人もいるから」
「ならいいけど…」

あとから私も出たかったのにとか言われるのも面倒…

書道部の展示も、作品を書いて並べておくだけだから当日は当番で座っているだけだろうし
クラスの出し物も、タコス屋ならこちらも当番でタコスを作り置いておけばいいだけだろう
対抗戦に出ても、それなりに余裕はありそうだ

「うん、分かった…」

こういうイベントも、思い出の一端くらいにはなるのだろう
今はまだ、そのくらいにしか思っていなかった

-side 桃子

-演劇部部室


また部室に戻ってきた
存在を示すために、思いっきりドアを開ける

「ワハハ、モモかぁ。びっくりしたぞ」
「そんなに強く開けなくても分かるぞ…」

部長がいつも通りにのんきに笑い、先輩が少し顔をしかめた

私はお構いなしに先輩に詰め寄る

「対抗戦、出るんですよね?」
「……出ないつもりだが」

珍しく、一瞬だけ言葉を詰まらせた先輩
まだ、迷うだけの余地はあるんすか?

だったらっ…

「なんでっすか。同じチームで打てるなんて、高校ではこれが最後かもしれないのに」
「ああそうだな。そんな機会はないかもしれないな」
「だったら、私は一緒に出たいっすよ」
「だが、演劇もこれが最後だ」

だから対抗戦を諦めるんすか…
どっちもやるって選択肢はないんすか…

でも先輩の瞳は、私に対抗戦を諦めろと言っているようだった

「どっちもやるってのは、無理なんすか?」
「日程上、ダブルブッキングが起こりうるからな」

ただ展示をするだけの部活だったら問題なかっただろう
けれど演劇だから、誰かが抜けながら演じるなんて難しいのは分かる…

分かるけど…

「ワハハ。2人とも、ここは私に預けてくれないか」

部長が私と先輩の間に入った

「…預けるも何も、結論は出ている」
「ゆみちんの中では、な。私はまだ結論を出すには早いと思ってるぞ」

まあなんとかなるだろと笑いながら、今度は私に対して、

「モモ、とりあえず台本を読んでから考えてみてくれないか。ゆみちんにだって、譲れないものはあるんだ」
「……分かったっす」

カバンにしまい込んだ台本…
先輩を揺り動かす何かが、この中にあるんだろうか

それとも…

「じゃあ今日は解散だ。各自、台本を読み込んでくるように」

パンパンと手をたたき、部長は率先して片づけを始めた
先輩は私と目を合わさないまま、自分の荷物をまとめていく

一緒に打ちたいって思うのは、いけないことなんっすか、先輩

-side 春


対抗戦のメンバー確認が主で今日はそれといって活動もなく、早めに部活を切り上げることになった

「何しよう…」

期末テストがそろそろあるから勉強でもしようか
そう考えて図書室に向かうことにした

図書室にはあまり人がいなかった
テストが近いといっても、まだ切羽詰まるような時期ではないのかもしれない

「あ…」

静けさの中に溶け込むように、一番隅に座っていたのは

「モモ、勉強?」
「…ホントに、一人になりたい時に限って話しかけてくるんすね」

そう言われても、空気の読み方なんて知らない

誰にも悟られずにひっそりと何かの原稿を読んでいた桃子は、大きくため息をついた

「勉強? …のようには見えないけど」
「…台本っすよ。演劇の」

ああ、確か演劇部に入っているんだった
台本を読んでいるということは、役者として舞台に立つんだろうか

でも目立たないのに舞台の上に立って、ちゃんと視覚してもらえるんだろうかと思うけれど

「主役なの?」
「…やらないっすよ。読めって言われてるから読んでるだけ…。裏方でも台本は読むっすよ?」

そういうものなんだ
劇なんてやった記憶がないからよく分からない

「…面白くないの?」
「別の意味で」

暗い表情をしながら読んでいるから聞いてみたけど、返事はそっけなくて。そして意味も分からなかった
真剣な表情って感じじゃなくて、ほんとに渋々読んでいる感じがしたから聞いてみたけど

まあ、いいか

私は気にせず、教科書とノートをカバンから取り出した

「…他にも席は空いてると思うんすけど」
「なんとなく」

本当になんとなく…

けれど、これもなんとなく思う
誰かがモモを繋ぎ止めておかないと、そのまま誰にも気づかれることなくどこかに消えてしまうんじゃないかって

モモからすればただのおせっかいでしかないのだろうし…
めんどくさいやつって思われてるだろうけど

私は空気なんて読まないから、好きなようにさせてもらう
ただそれだけ

「変な人っす…」

モモが呟くのが聞こえた

-side 淡

-文芸部部室


「ふんふむ、ここは1ピンより8ソウかな」
「そうですね。牌効率は瞬時に分かるようになってきましたね」
「私の実力は高校100年生だからね!」

今日も今日とて、ノドカとデジタル講座に勤しむ私

スミレから一応確認はされたけど、私は部活対抗戦には出ないことに決めた
まだまだ私はデジタルを習得したとは言えない。正直、まだ絶対安全圏とか使いたくなっちゃうし

「淡ちゃん、熱心だね…」

サキが手元の文庫本から視線を私の手元に移した

「正直、すぐに飽きちゃうかと思ってたよ」
「サキもデジタルを学ぶべきだよ。最近のプロリーグ、電王戦って言ってネットで対局するシリーズも出てきたしさ」

不思議なことに、実際の牌には支配力が働いたりするのに、ネット上の麻雀ではそんな支配が効かない
サキはネット麻雀やるとボロボロだし、テルだってネット麻雀だと連続和了できない

正直、デジタルなんて無能力者のあがきくらいにしか思ってなかったけどさ
ネットでも麻雀をするときのことを考えるとデジタルを学ぶことは無駄じゃないって思えてきたんだよね

「私、パソコン自体よく分からないから」
「そんなんじゃ小学100年生止まりになっちゃうよ?」
「単位の意味はよく分からないけど、参考にするね…」

苦笑を浮かべて、サキはまた文庫本を読み始めた
むう、逃げたな…

「ところで、ノドカたちは部活対抗戦出るの?」

文芸部には会長と2年生、そしてノドカとサキと、

「もっちろんだじぇ、優勝したら部費でタコス焼き器を買うんだじぇ」
「ゆーき、そんなもの買いませんよ…」

タコス大好きなユーキの5人
ギリギリだけど、とりあえず出場はできる

「っていうか、そもそもタコス焼き器なんてあるの? タコ焼き器なら聞いたことあるけど」
「業者に特注で作らせるじぇ!」
「だからそんなもの買いませんよ、ゆーき」

たとえ優勝したってユーキに部費をどうこうする権利なんてないんだろうけどさ…

「まあ、勝つのはテルだと思うけど、応援してるからね」
「チャンピオンは咲ちゃんが抑えてくれるから大丈夫だじぇ」
「ええっ、お姉ちゃんを抑えるのはすっごく大変なんだよ」

テル相手でも、サキなら±0をやってのけるだろうけど
自分が±0だとしても、テルが何万点も稼いでいたら意味ないしね…

「オーダー変更が自由というのが難しいところですね。もっとも、固定制だったとしてもクラス対抗戦では副将だったので簡単には読ませてくれないのでしょうけれど」

ああ思い出すなぁ、副将がテルだと分かった時のアコの慌てっぷり
それでもなんとか立ち向かってみせたけど

テルに対して対抗策をうまくぶつけられるかどうかが対抗戦の肝になる
そういえば、テルに対しても消えてのけたっていうあの地味な子、名前なんて言ったっけ…


思い出そうとしたけれど、それは部室の扉が開く音に阻まれた

「お疲れさま。大星さん、今日も来てたのね」
「お邪魔してます」
「もういっそ文芸部に入ってくれてもいいのよ?」

入ってきたのは生徒会長だった。そして文芸部の部長でもある、竹井久

「えー、むしろノドカがアーチェリー部に入ればいいと思いますけど」
「……大星さん、和にアーチェリーなんて無理に決まってるじゃない」
「あっ…」

私は、ノドカの大きなおもちに視線をやった
サキやユーキの視線も同じように向けて

「ああ…」

と、納得の声を上げた
表情は、若干複雑そうだったけれど

「なんですか、みんなして!」

分かっているのかいないのか、ノドカが大きな声を出す

「だから大星さん。和をアーチェリー部に入れようなんて考えちゃダメよ」
「私が浅はかでした、ごめんなさい」
「だからなんで私を置いて話が進んでますか!」

ああ、この様子だとほんとに分かってないのかなぁ…

「和ちゃん、ほんとに分かってないの?」
「じゃあ私がのどちゃんに分からせてやるじぇ」

ユーキがワキワキと手を動かした
むう、いやらしい手つきしてからに。ノドカは渡さないんだからっ

「ちょっとユーキ、私のノドカに手を出すんじゃない」
「なんだとー、のどちゃんは私の嫁なんだじぇ」
「私の人権はどこにありますか!」

そんな私たちのいつものやり取りを、他の2人は遠目に眺めていた

「…平和ですね、部長」
「そうだわねぇ」
「ところで染谷先輩は?」
「今日はバイトですって」

今日はここまでです
いつも14日前後に鯖落ちする気がするんですが、何かあるんでしょうか…

ではまた

-side まこ

-雀荘


「いらっしゃいませ」

多治比真佑子が空いている卓へ案内する

バイト先の雀荘
いつもの4人組のお客さんが入ってきたところだった

「フリードリンクは、いつものでええんか?」
「おう、よろしく」

常連ゆえ、それぞれ好みは把握している

「染谷さん凄いよね、私はまだ誰が何を飲むかとか覚えられないよ」
「実家が雀荘じゃったからの」

案内を終えた真佑子がそんな感想をもらした
卓の表情を覚えるのも、客の好みを覚えるのもさして変わりはない

「真佑子ちゃん、かつ丼運んで」
「了解です、マスター」

奥の厨房から声がかかった

この店の主人はもともとシェフをしていたので、料理はなかなかのもの
よく藤田先生が来るが、果たして麻雀をしに来ているのかかつ丼を食べに来ているのかよく分からない

「そういえば、まこは部活対抗戦に出るんだよね」

かつ丼を運び終わった真佑子がそう尋ねた

「ああ、そうじゃのう」
「私部活入ってないけど、結構助っ人頼まれてさ」

真佑子はこの雀荘にほぼ毎日入っている
なんでも、自分の生活費くらいは自分で稼ぎたいらしい。だから部活には入ってない
だからこそ、今回の助っ人制度によって一躍脚光を浴びることになった

「どこから頼まれたんじゃ?」
「一番早かったのは手芸部かな」
「荒川か、相変わらず顔が広いの」
「手芸部自体はとりあえず5人でメンバー足りてるんだけど、3年の霜崎先輩が生徒会で抜けるかもしれないから助っ人探してるんだって」

そんなことを言ったら生徒会長かかえとるウチもなかなか大変なんじゃろうけど、まあその辺は本人がなんとかするんだろうと楽観的に考えていた

真佑子は微笑む

「部活とか考えたこともなかったけど、こうやって誘われてみると、部活してもいいかなぁなんて思うよ」
「じゃあ、わしも文芸部の助っ人に来んかって頼んでみるか?」
「ん、まあギリギリまで考えるつもり。どうせ助っ人するなら、人数足りてないところを助けてあげたいかなって思うから」

去年のことを思う
久とわししかいなかったけれど、辛うじて名前だけ貸してくれた3年生がいてなんとか部活の体面は保つことができた

それが今年は、なんとか3人の新入生を確保できた…
久も張りきっとったし、いいところまで行けたらええがの

「おーい、注文頼むわー」
「はーい」

思考を遮るように客が手を上げ、真佑子がすぐに反応した

「何になさいますか?」
「かつ丼2つとカツカレー2つ。あと真佑子ちゃんの顔芸」
「ひぃっ…。って、何させるんですか!」
「真佑子ちゃんの恐怖におののく顔は何度見てもいい」

真佑子の表情に、卓を囲む4人全員が親指をグッと立てた
スマイル0円じゃあるまいに…

これ、有料にしたら稼げるんじゃないかとか考えてしまうわしは、ちょっとひねくれとるんかのう…

-side ダヴァン


「両手に花というのは、慣用句の意味としては実際に花を持っているということではない」

智葉が黒板に向かい、私たちがメモを取る

「辞書では、『二つのよいものを同時に手に入れるたとえ。また、一人の男性が二人の女性を伴っていること』とあるが、日常では一人を囲んで女性が二人いるという意味で使うことが多いな」

留学生を集めて、個人的に日本語の勉強をしてくれる智葉
智葉に言わせれば、逆に留学生が海の向こうでどんな生活をしているのか聞きたいからギブアンドテイクだよと言うけれど

私以外には、4人の留学生が一緒に勉強している

明華、ハオ、ネリー、そして、

「リョウテにハナ」

さっとイラストを描いた、エイスリン
そのイラストには、明華とハオに挟まれた智葉が書かれていた

「…まあ、おおむねそういうことだな」
「えー、ネリーも智葉の隣にいたいのに!」
「デモ、リョウテは二本…」

描かれなかったネリーが文句を言うと、エイスリンはしゅんとしてしまった
ため息をつく智葉

「じゃあ真ん中にネリーを描いてやれ」
「それじゃあ意味ないよ!」
「そもそも、中央に描かれるべきは男なんだがな…」
「それはそれでひどいよ!」
「マァマァ、ただのたとえですカラ」

仕方なく仲介に入る
明華やハオは、特に気にしていないのかただ見守っていた

「じゃあ、今日のところはこのへんにしておくか」
「ところで智葉、質問がありマス」
「分からないところでもあったか?」
「イエ、そうではなく」

前々から思っていたこと
そして今、学校中で話題になっていること

「部活対抗戦は、どうするツモリですか?」
「どうも何も、生徒会優先だろうな。助っ人してくれという話は来ているが…」

生徒会で会計をしている智葉。部活対抗戦が行われる夏フェスは生徒会主催、当日はいろいろと仕事があるのだろう

けれど、その返事を受けて明華がゆっくり立ち上がった

「……この部活では、出ないのですか?」
「あー、勘違いさせてしまったなら申し訳ないが、これ部活じゃないからな」

そう、これはあくまでも智葉が個人的に開いているただの集まり。部活として活動しているわけではない
私はそうと知っているけれど、それでも他の3人は納得できなかった

「でも、エイスリンさんは美術部ですけど、私たちは他の部活には入ってませんから、なんとか一緒に出れないんすか?」

今度はハオも尋ねる、智葉は首を振った

「今更部活申請、か。顧問を見つけないといけないし、難しいだろうな」

なんとなく、智葉はそれだけで否定してるのではないような気もしますが

「まあともかく、助っ人として出てみたいならどこかの部に口利きくらいはしてもいいが。私自身は出場するつもりはない」

そう言い切ると、智葉はスタスタと教室を出ていってしまった
残された私たちは、誰も何も言えずにお互いを見つめあった

そんな沈黙に耐えかねたのか、ホワイトボードにキュッキュとマジックが走る音がした

「エイスリンさん?」
「リョウテにハナハナ」

描かれたイラストには、智葉を中心に、私とネリー、ハオと明華が描かれていた
ハナハナと言ったのは、両手に花を2本ずつ持っている、ということだろうか…

「そうだよ、やっぱり智葉と一緒に打ちたいよ!」
「けど、私たちでなんとかできるでしょうか…」

ネリーの言葉に皆がうなずく、けれど簡単にできることでもないことも分かっている

「誰かに相談できればいいですけど、どうですかダヴァンさん」

ハオの問いかけに、私は難しい表情をしてしまう

「困りましたネ。担任の先生にでも聞いてみまショウか…。智葉以外には生徒会の知り合いはいまセンし」

どういう手順を踏めば対抗戦に出られるのか、さっぱり見当がつかなかった
この中では最上級生だというのに、情けない限りですね…

「…サエ」
「え?」

エイスリンがつぶやくと、携帯電話を取り出して、どこかへかける

「サエ、ドコ?」

相手はすぐに出たようだ

「ブシツ、イク。マッテテ」

サエ、ブシツ…。美術部の誰かだろうか
そう考えているとエイスリンが突然私の手を取った

「ダヴァン、イコウ」
「どこへデスカ?」
「ブシツ!」

事態についていけないまま走り出す
唖然とする3人を残して、私とエイスリンは教室を飛び出した

-side 塞


生徒会室に入ると、中にいるのは狩宿さんだけだった

「あれ、一人だけ?」
「持ち回りで登録票の受け取りをしてるから」

確かに、全員で待ちかまえられてもビビるな

「じゃあこれ、美術部の分ね」
「はい、名簿と確認しますから待ってください」
「まあ、確認するまでもないんだろうけどね」

名簿にも5人しか名前はないし
案の定、確認は一瞬で終わった

「はい、OKです」
「ありがと。ところで、今どのくらい出てるの?」
「まだ半分もいってないかな。受け付け初日、一番乗りで来た人がいたけど、あとはぼちぼちって感じで」
「そうなんだ、ちなみに誰?」
「龍門渕さん、キャッチボール部の」
「……ああ」

妙に納得してしまう
直接話したことはないけれど、部長会議でも目立ちたがりな性格はよく伝わってきた

「提出順に対戦決めるくじ引きするんだよね」
「そう、だから一番に出せば、一番最初に引ける」

目立つなら、やっぱり一番に引きたいだろうなぁ
どうせくじなんだから、何番目に引こうとそんなに変わらない気はするけどね…

「じゃあそういうことで、よろしく」
「はい、お疲れ様でした」

用も済んだので、私は部室に向かうことにした

「おつかれー」

そう言って部室に入ると、中にいるのは3人だった。エイスリンがいない…

「あれ、エイちゃんは?」
「今日は辻垣内さんのとこだよ」
「そっか」

胡桃の返事に、今日は留学生が集まる日だったのを思い出した

相変わらず、シロは椅子に座ってぼーっとしている
豊音と胡桃が向かい合って座って、何かの冊子を開いていた

「何見てるの?」
「部活の名簿だよー」
「豊音が作戦会議がしたいって聞かなくって」
「まだ早いのに…。ダル」

大げさにため息をつく胡桃と、いつものように関心の無いシロ
おおかた、部活対抗戦に誰が出てくるかとかそういうことを話してたんだろうな…

「まだ登録票半分も出てないって言ってたよ。次の部長会議の時には大体わかってくるから、作戦会議はそのあとでいいよ」
「じゃあ私たちのオーダーを決めようよー」
「それも相手によりけり、状況のよりけりだけどなぁ…」

基本オーダーを決めておいてもいいけど、勝っているから先に豊音を出すとか、いろいろ考えられるだろうし
それでも納得していなさそうな豊音に、胡桃が言う

「豊音、当日のオーダーはシロが迷いながら決めるから」
「そっか、迷った結果ならきっといいオーダーになるよね」
「……そんな都合よくいかない」

オーダー決めにもシロのマヨイガは通用するんだろうか…
まあ、そうでなくてもシロに丸投げしたっていいけどさ。その方が確かにいい方向に転がるような気もするし

そんなこんなでダラダラとしゃべっていると、エイちゃんから電話がかかってきた


「ん、終わったのかな?」

終わったからといって、その報告が入るってこともなかった気がするけれど…
そう思いながら電話をとる

電話の向こうのエイちゃんはやけに焦っている感じで居場所を尋ねてきた

「どこって、部室にいるけど?」

そう答えると、すぐに行くといって切られてしまった

「……エイスリン、なんて言ってたの?」
「こっちに来るから待っててって」

なんだったんだろ…
まあ、待ってれば来るみたいだからいいか

そしてしばらくすると、エイちゃんが部室にやってきた。なぜか、もう一人留学生を連れて
すごい勢いで走ってきたのか、2人とも息が上がっていた

「いや、そんなに慌てなくてもよかったのに…」
「サエ、ソウダン」

息も切れ切れに、それでもエイちゃんは言葉を紡ぐ

「はぁ、はぁ…。えっと、エイスリン…。この方に相談すればいいのデスカ?」

こちらも何とか息を整えながら、困惑顔を見せる留学生
えっと、見たことあるけど名前なんだったかな…

「メガン・ダヴァンと申しマス。ちょっとお尋ねしたいコトがアリマス」

ああそうだ、ダヴァンだ
それにしても、見たことがあるくらいの面識の私に相談なんてなんだろう…

「サエ、コレ」

そういってエイちゃんがホワイトボードを持ち上げた

ええっと…。5人いるけど、誰だろ

「…左から、ダヴァン、ネリー、辻垣内、ハオ、雀明華」
「おおー、さすが解読班だねー」

シロが名前をあげると、エイちゃんがコクコクとうなずいた。どうやら間違いないらしい
んー、辻垣内さんが真ん中にいて、あと留学生ってことは、今日の留学生の集まりで何かあったってことか…

「実は、この5人で部活対抗戦に出たいのデス」
「辻垣内さん、生徒会でしょ。なんで私に相談を?」

辻垣内さんは会計をしているはず、手続きはむしろ辻垣内さんの方が詳しいはずじゃ…
けれど私の質問に、彼女は首を振る

「いえ、智葉は部活を作る気がないようナノデス」
「…それ、私じゃどうにもならなくない?」

仮に部活の申請が通ったとしても、辻垣内さんが出る気が無かったら5人で打ちたいって前提からしておかしくなるわけで…


「はぁ、またダルそうな相談が来たね…」

そう言って、シロが左手で頭を押さえた
これは…

「ちょいタンマ」
「シロのちょいタンマが来た。相手は死ぬっ」
「死んだらダメだよー」

胡桃の謎解説に豊音が苦笑する
みんなが注目する中、ようやくシロが顔を上げた

「…辻垣内さんの説得はそっちですること、それはいいね?」
「ええ、ロンオブモチ」
「塞、ここ数年で作られた部活なかったっけ?」
「ええっと…」

そんな部活あったかな、だいだい昔からあるはずだけど…
と、今さっき狩宿さんとした会話を思い出した

「キャッチボール部、去年出来たばかりだよ」
「天江さんの部活だよね、龍門渕さんの連絡先なら分かるよ」

豊音が大きく手を上げた
部長会議には龍門渕さんが出てくるから、部長は彼女で間違いないだろう

「でも豊音、なんで天江衣の方じゃなくて龍門渕さんなの?」
「天江さん、携帯電話持ってないんだって」

胡桃の質問に答えながら、豊音は自分の携帯電話を取り出した

「さっそく電話してみる?」
「実際に部活を立ち上げた人なら、手続きも分かるでしょ。あとは自分たちでなんとかして…」

シロはそう言うと、またいつものようにだらっと体勢を崩してしまった
まったく、いざって時には頼りになるけど普段がこれだからなぁ…

「龍門渕さん、協力してくれるって!」

電話を終えた豊音が、自分のことのように喜んだ
結局私は何にも出来なかったなぁ

「なんとか道筋が見えてきマシタ。サンキューです」

ぺこりと頭を下げるダヴァン

「力になれるかどうか分からないけど、また何か困ったら言いに来てね」
「よーし、じゃあ龍門渕さんのところに出発するよー」

今度は豊音がダヴァンを連れていく
彼女も結構身長があるはずなんだけど、やっぱり豊音と並んじゃうと少し小さく見えるなぁ…

上手くいったらライバルが増えるだけだけど…
それでも、みんなで出られたらいいね

そう思いながら、2人の背中を見送った

今日はここまでです

サーバー代金で落ちるとは知りませんでした、教えていただいてありがとうございます
それにしてもまた風呂敷を広げてしまった…、なんとかしないとと思いつつ書いてしまう

ではまた

長編になる予感
続きめっちゃ期待してますー!

-side やえ

-体育館


「よーし、じゃあ今日の練習は終わりだ。十分にクールダウンするように」

練習を終え、私はタオルで汗をぬぐう

「部長、ドリンクです」
「ああ、すまないな由華」

後輩の巽由華からドリンクを受け取る
そのとき、ふと体育館の外を見た

「……あれは?」
「どうかしました、先輩?」
「片づけを頼む」
「え、はい」

あまり体育館には来ないはずの人影を見かけ、私は外に向かう

そこにいたのは、同じクラスの加治木ゆみだった
…なぜこんなところにいる?
それに、表情もいつもより暗いように見える

「おい、ゆみ」
「…ああ、やえか」

声をかけると、ゆっくりと振り返った
いつもならもう少しキビキビ動くと思うのだが、やはり様子がおかしいようにみえる

「こんなところに来てどうした? 寮は反対方向だろう?」

文科系の部活と体育系の部活は部室が反対側になる
だから部活の帰りにしてもこんな方には来ない

「ああ、気晴らしにな」
「気晴らし、ねぇ。相当な悩みのようだな、ただでさえ辛気臭い顔をしているというのに」
「普段から辛気臭いみたいな言い方だな」
「ふふ、言い返すくらいの元気はあるか」

お互いに肩をすくめる
そして私は、ゆみの隣の空間を指さした

「さて。隠れていないで出てくるといい、ステルスモモ」
「……いや、今日はいないぞ」
「そうか…」

適当に指させばだいたい出てくるのだが、今日はいないらしい
だが、いないということは…

「なら気晴らしをしないといけない理由は、かわいい後輩に関わることかな?」
「久といいお前といい、察しが良すぎるな…」
「気晴らしをしたいというのなら、私に愚痴ってくれても構わないぞ」

どうせ一人で抱え込んでしまって、無駄に問題を大きくしてしまっているのだろう
久のように振る舞えとは言わないけれど、それでももう少し周りを頼ればいいのにな…

ゆみはため息をつく

「じゃあ、着替えが終わったら少し付き合ってもらえるか?」
「いいだろう」

-学食

「ブラックか、イメージ通り過ぎてつまらんな…」
「パフェでも頼めば良かったのか?」

私が軽口をたたいても、ゆみは簡単に受け流した
私は運動後ということもあってカフェオレを注文した

窓際の席に座る
この時間帯はあまり人はいない。寮生であればもう夕食が始まっている時間だし、勉強をするなら図書館や自習室もある
だからこそ、飲み物の一杯でも飲んで落ち着くにはちょうど良い場所と言えた

「それじゃあ、あることないこと話すといい」
「いや、あることしか話さないが…」

ゆみはコーヒーを口に含み、小さく息を漏らした

「最近、モモが見えないんだ…」
「あの子が見えないのは日常茶飯事じゃないのか?」
「…それでも中学の時は他の人よりも見えていた。けれど、モモが高校に入ってきてからは、下手をすれば他の人よりも発見が遅いときがある」
「ふむ…」

どうせおのろけか痴話げんかか何かと思っていた私は、思った以上に厄介そうな事案だなと心でため息をつく

「心は離れていないつもりだったんだが、距離も時間も残酷に私の心を蝕んでくれたようだ」
「だが3か月一緒にいるんだろう、見え方にどんな変化があったんだ」

4月に入学して今は6月末
3か月一緒にいれば出会ったときは見えなくてもだんだん見えてくるようになるように思う、少なくとも中学の時に見えていたのなら

まあそもそも、人から存在を悟られないなんてなかなかにオカルトではあるが…
この学校でそんなオカルトにケチをつけても仕方ないことだろう

「4月に会った時から、もう以前のように見えることはなかった。そして少しずつだが、だんだんと見えなくなってきている気がするんだ」
「視力が落ちていくようなものか…」

ステルスモモ専用のメガネやらコンタクトやらがあればいいが、そんなものは存在しない
見える見えないが何に起因しているかが分からないことには、手の打ちようもないのだろうか

ゆみは最初に一口飲んだきりのコーヒーに視線を落としたままだった

「いろいろ考えた。そしてクラス対抗戦で、宮永照に対してモモが消えたことを思い出した」

クラス対抗戦か…
私たちのクラスは準決勝で敗退した

そのもう一方の準決勝で、宮永照と東横桃子は対局した
その時は自分たちのクラスを応援していたため直接は見ていないが、あとで牌譜を確認した

確かに宮永照は、東横桃子を見失っていた…

だが、それがなんだというのだろう…
ゆみは、再びコーヒーを口に運んだ

「モモは、私が強いと思い込んでいる。自分をことさらに卑下するつもりもないが、それでも私は凡庸の域は出ない。もう力量差は歴然だよ」
「つまり、あの子がお前を超えたから、それで見えなくなったと言いたいのか?」
「それもある。だが、モモはまだ私の方が上だと思っている。これからも私を超えようとして、ステルスを高めていくだろう…」

ゆみに追いつくために、誰からも見られないようなステルスを目指して…
それでゆみから見えなくなったとするのなら、なんという皮肉だろう

「私は、卑怯者だ…」
「…少しは落ち着け。いきなり卑怯者を名乗られても脈絡がないぞ」
「今日、部活対抗戦に出ないのかとモモに聞かれた。私は出ないと答えた…」
「なぜだ、出てやればいいじゃないか?」

まあ理由は大方予想できるが、誰かに話せば少しは気が楽になるかもしれない
もっとも、聞くだけで具体的にどうすればいいのか、今はまだ浮かばないけれど…

「同じチームで戦えば嫌でも感じるだろう、お互いの力量差を。私は逃げたんだ」
「卑怯者というよりは、臆病者だな…」
「そうかもしれない」

まったく、悪い方向に考え出すとどんどん深みにはまる典型だな…
さて、どうしたものか…

「あれー、やえさんじゃないですか!」

そう考えようとした矢先、底抜けに明るい声が学食中に響いた

「穏乃、静かにしなさい…」
「いや、だってこんなところで会うなんて珍しいなぁって思ってさ」

そう言い合うのは高鴨穏乃と、もう一人穏乃と同じように黒髪をポニーテールにした1年生だった

穏乃は同郷のよしみということで何度か話す機会があったので知っていた
かなり体力があるし、脚力もある。できればそのスピードをバスケに生かしてほしかったが…

並んでいる2人を見ると、髪をリボンでまとめているかゴムでまとめているかくらいの違いしかないので、まるで姉妹のように見える
身長の差もあって、どうしても穏乃が妹に見えてしまうが…

「南浦さんか、こうして会うのは久しぶりだな」

ゆみが顔を上げて微笑む
さすがに表情の切り替えは早いようだ

南浦、か。そういえば牌譜を見た記憶があるがどこでだったろう
そう考える間もなく、彼女自身が答えをくれた

「そうですね、桃子とは毎日会っていますけど」

そうだった、桃子と同じクラスだったからだ
今はその名前を出してほしくなかったが、そんなことは分かるわけがないしな

ゆみは一瞬だけ表情を暗くしたが、2人がそれに気づいた様子はなかった

「モモは見つからなくて大変だろう?」
「そうでもないですよ、滝見さんが見つけてくれますから」
「滝見さん?」

また聞いたことがあるようなないような名前
同じクラスなのだからおそらくクラス対抗戦の牌譜を見たこともあるのかもしれないが、あまり印象には残って

いないようだ。あるいは出ていなかった人物なのかもしれないが…

「その、滝見さんという人にはモモが見えるのか?」
「ええ、ご存じなかったんですか?」

そう問い返されたゆみの心境たるやいかばかりだろうか…
自分が見えなくて苦しんでいるというのに、その桃子を簡単に見つけてしまう人物がいるというのだから

「…そうか。きっと誰かに簡単に見つかるなんて、私には恥ずかしくて言わなかったんだろうな」
「そうかもしれませんね」
「それにしても、お二人はこんなところで何をしてたんですか?」

空気を読んでか読まずか、穏乃が話題を変えてくれた

まあ、本当のことを言ってもしょうがないな…

「なに、クラスの出し物について相談をしていたんだよ。私は学級委員だからな」
「そうなんですか、何やるか決まりました? うちのクラスもまだ決まってなくて」
「それが決まらないから相談してたんだよ。なあ、ゆみ」
「…そういうことだ」

一瞬会話の流れについていけていなかったゆみだったが、私が話を振ると慌ててうなずいた
まったく、普段なら平然と誤魔化すだろうに…

これ以上深く聞かれても面倒なことになりそうだと感じ、私は話題をさらに変えた

「そういうお前たちこそ、どういうつながりだ?」
「数絵をボウリング部の助っ人に勧誘していたんですよ!」
「そうか、南浦さんは部活に入っていないのか?」
「ええ、興味が有りませんので」

話題を変えたのに今度は部活の話か…
これは早めに切り上げないと深みにはまるな

私は飲みかけだったカフェオレを一気に飲み干した
それを見て、ゆみも残りのコーヒーを飲み干す

「ゆみ、そろそろ帰るとするか」
「そうだな」
「お邪魔をしてしまったみたいですね、失礼しました」
「すいません、つい声をかけちゃって」

1年2人が小さく頭を下げる
気にするなと手を上げて、私とゆみは席を立った

「なあ、ゆみ…」
「すまない、今日のことは聞かなかったことにしてくれ」
「…それは私が判断することだ」

まったく、聞かなかったことになんてできるわけないだろう…

かといって、すぐにどうこうできるわけでもない。
これは少し考える必要がありそうだな…



認めてほしくて消えゆく少女と…

認められなくて見失う少女と…

二人が交差する世界は、まだ残されているか?
まだあるのなら、どうすればそこに至る?

今日はここまでです

>>34
長編と書いて、短くまとめられないと読みます…

-side 桃子

-自室


先輩からもらった台本を読み終えて、ため息をついた
先輩の言葉を思い出す


『この台本を読むと一番しっくりくるのは、モモ、お前なんだ』


確かに、この台本は私を意識して書かれたように思えた

――人から存在を感じられない

物語の題材としては、悪くはないのだろう
真実は小説よりも奇なりなんて言うけれど…

「…私にこれを演じろっていうんすか」

人から見てもらえない、触れてももらえない少女――桃花(とうか)
その少女を唯一見ることができるもう一人の少女――つぼみ

この2人を中心に進む物語。というかほとんどこの2人だけで話が進む

「……これが、先輩の答えなんすか」

私が桃花を演じ、先輩がつぼみを演じるのだとしたら…

何が足りないんだろう
どうしたら先輩の隣に並ぶだけの資格を得られんだろう

どれだけ必死に走っても追いすがっても、先輩はどんどん先に行ってしまう
この距離は埋められない…

離れていた時間
離れていた距離、それを埋めたくて私は必死だった

高校に入って、先輩は生徒会の副会長をやっていて
先輩は少ない人数だけど演劇部をまとめていて
みんなに頼られて、その信頼に応えていく…

私だけを見てほしいなんて、そんな病んだことを考えているわけじゃない
ただ、先輩にふさわしいと思える自分になりたい、それだけ

麻雀で強くなって…
誰からも見破らないステルスを身に着けて…

そしたら先輩にふさわしい私でいられると思っていたのに…

「違うんすか……」

それ以外の生き方なんて知らないのに

誰でもいいから教えてほしい
どうしたら、先輩の隣にいられるのか……


今のままでは、2人の世界は交わらない

-side 穏乃

-翌朝


早朝のランニングは欠かせない
誰よりも早く起きて、寮を飛び出す

寝起きの頭を無理やりに起動させるには、これが一番いい

今日は雲一つない快晴、絶好のランニング日和だ

初めはゆっくり、けれどすぐにスピードを上げていく
体とともに回りだした頭で、昨日のことを思い出し、今日のことを考える

ボウリング部の活動回数は少ない
サッカー部とか人数の多い部活だと毎日グラウンドで練習しているけど、最悪ボール1つあればなんとかなるサッカー部と違って、ボウリングはボウリング場に行かないと練習できないし…
基礎練習を週に何回かして、あとは自由だった

憧は空いた時間にバイトを始めたようだけど、私はなんかピンと来なかった
それに最近の憧は、咲とばっかり一緒にいるし…

寂しくないわけじゃないけれど、咲といる憧は楽しそうだし、それでいいのかなって思う
あと、淡が和にべったりで、私はその2組をちょっと離れた位置で見ていることが多くなった

そんな事情もあって最近の私は、数絵と一緒にいることが多くなった



きっかけは照さんに、姉妹に間違われたこと
確かに髪型は同じだし、似ていると言えば似ていた

照さんは私が「お姉ちゃんなんていませんよ」って何気なく言った言葉に激昂してしまった


――お姉ちゃんがいないなんて、そんな悲しいこと言わないで


後から聞いたことだけど、咲と照さんは一時期ギクシャクしていたこともあったらしい…

なかなか納得してくれない照さんに、数絵が出したアイディアは、私が姉で数絵が妹ってことすることだった

私が姉なら、確かに「お姉ちゃんなんていません」って言葉も嘘ではない
でも、一人っ子の私に姉らしさなんてよく分からなかった
それに照さんでなくても、私たちが姉妹だと聞いたら私を妹と思うだろう

ぎこちなく姉を名乗る私を、数絵は平然とリードしてくれた
後から誤解を解きに行ったけれど、それ以来数絵と話すようになった

数絵は部活には興味がないようだったけれど、今回の部活対抗戦の助っ人制度があれば部活に入っていない数絵でも参加できる
そう思った私は、灼さんの了解を得て数絵の勧誘をした

返事は、そっけなかった

「……興味はないわ」
「でも、私は数絵と一緒に打ちたいよ」
「私が入っても、部活の雰囲気を壊すだけ」
「そんなことないよ、みんないい人だから」
「…あまり私を困らせないで」

それで話は終わってしまった
そのあとは普通に話して、帰りに何か飲もうとした学食でやえさんたちに会った
やえさんたちはすぐに帰ってしまったけれど

でも…

「諦めないからな、数絵!」

拒む理由なんて分からないけれど、絶対に一緒に打ってよかったって思わせてみせるからね

-side 数絵

-1年11組


今日は日直ということもあるが、それ以上に落ち着かずにいつもより早く登校する

「まったく…」

昨日、穏乃に部活対抗戦に誘われた
それが落ち着かない原因なのは間違いないだろう…
早く登校すれば解決するわけではないけれど

教室につく、どうせ誰もいないだろうと思いながら扉を開けた

「…早いっすね」

けれど先客はいた。それも、かなり意外な…

「おはよう、桃子。普段からこんなに早くいるのかしら?」

普通に登校していても、桃子の姿を確認することなどできない
向こうから声をかけてくれば別だが、普段の桃子は春に見つかるまでだんまりを決め込んでいた

だからこんなに早くいるのも意外だし、声をかけてくるのも意外だった
自分の席に座る桃子は、笑みをのぞかせた

「…なんか、落ち着かなくって早く来ちゃったっす」
「奇遇ね、私もよ…」
「数絵もなんかあったんすか?」
「まあ、ね」

どうせ早く来てもすることもなかったし、時間つぶしにはちょうどいいかもしれない
私は自分の席にカバンを置くと桃子の隣に移動する。そして、隣の春の椅子を拝借した

「5組の高鴨穏乃は知っている?」
「話したことはあんまりないっすけど」
「ちょっとしたきっかけで話すようになったのだけど、その彼女から部活対抗戦の助っ人になってくれって言われてね」
「…そういえば、部活には入ってなかったっすね」
「私は、断ったわ」

桃子が目を見開く

「なんでっすか? 出たらいいじゃないっすか?」
「私は団体戦には向いていない、クラス対抗戦の時、それを感じた」

準決勝、先鋒の優希は大きく失点した
次鋒の私は区間では1位だったが、クラスとしては3位にするのが精いっぱいだった

次鋒とはいえ、失点を取り返すために多少は無理をしなければならなかった
自分の失点なら開き直りもできる、けれど中学から知っている優希の失点ですら私は取り戻す行為が億劫だと感じてしまった
まして、穏乃以外知らない部活の助っ人など…

「自分が負けて誰かに迷惑がかかるのも、誰かが負けて自分に負担がかかるのも、私の性には合わない」

だから、よく知りもしない部活の助っ人などできるわけがない
穏乃とのペア戦とかそういうことなら考えないでもないけれど…

けれど桃子は衝撃を受けたように顔を青ざめさせていた

「…どうかしたの?」
「私が負担…」
「あ、いや。いまさら済んだことを責めるつもりで言ったわけじゃない」

準決勝は最終的に、桃子がチャンピオンに振り込んでトビ終了となってしまった
そのことを責められたと思ったのだろう

そう思ったけれど、実際には違うようだった


「じゃあ先輩が出てくれないのは、私が負担だから…」
「先輩?」

桃子が先輩と慕っているのは一人しかいない
昨日会った、加治木ゆみ

けれど、出てくれないとはなんだろう…

「出ないって、部活対抗戦?」
「そうっす。先輩は演劇に専念したいから対抗戦には出ないって言ったっす。でも本当は私が弱くて負担になるからなんじゃ…」
「…そんなことはないと思うけど」

演劇部員が何人で誰がいたかは正直よく覚えていない

それでも客観的に見て、加治木さんと桃子を比べて桃子が劣るとは思えない
相性もあるからどちらが強いとは一概には言えないけれど、それでも桃子の方が上ではないかと思う

だから、そんな理由ではないと思うのだけれど…
けれど、どんどん悪い方向へ考えてしまっているのか、桃子の表情はさっきよりもどんどん青ざめていった

「やっぱりそうっす…。それ以外考えられないっす」
「桃子、聞いてる?」
「おっはよーさん!」

教室の扉が勢いよく開いた
振り返ると、そこにいたのは泉だった

「お、数絵早いなぁ」
「…おはよう、泉」
「日直にしても早すぎんで、1番乗りやと思ったけど2番乗りやったな」
「いえ、3番乗りよ」

けれど、もう桃子はいなかった
果たしていないのか、それとも存在感が無いのか分からないけど…

さっきまで話していたのにちょっと振り返っただけで見失ってしまった
やっぱりこのステルスは凄いと思う。今来たばかりの泉はキョロキョロと教室を見まわした

「んー、誰もおらへんように見えるけど、桃子おるん?」
「さっきまでいたのだけれどね。それより泉も早いのね」
「ソフト部の朝練や」
「朝からご苦労様」

…やっぱり部活だなんて面倒なだけだと思ってしまう私は、団体行動には向いていないのだろう

ねえ穏乃、だから私なんて助っ人に入れてはいけないのよ

でも、あなたは諦めないのだろうけれど…
これから勧誘が続くのだろうと思うと、少し憂鬱になる

「桃子、私の言ったことなんて気にしてはダメよ」

そこにいるのかどうか分からないけれど、言わずにはいられなかった

私は加治木さんとは違うのだから
傍から見たって、あなたは十分に大切にされているはずだから…

昨日は寝落ちしておりました
今日はビッグガンガンの発売日ですね、新道寺日和ということで楽しみです

では、また

-side 春


「遅れるじぇぇぇぇ」

始業ギリギリで下駄箱に到着する
その途中、後ろから優希がダッシュして校舎内に入ってきた

「おう春ちゃん、おはようだじぇ。って、もうヤバイじぇ!?」
「まだ大丈夫。ここから歩いてもギリギリ間に合う」

春ちゃんがそう言うなら安心だじぇと言って、優希はカバンの中から紙袋を取り出した

「朝ごはんも食べれなかったの?」

取り出したのは案の定タコスだった
むしろそれ以外が出てきたらその方が驚きだけど…

「寝坊しちゃってな。でもタコスはいつでもどこでも食べられる万能栄養食だじぇ!」

そこまで賛美するのはどうかと思うけれど、まあ実害もないからそっとしておこう

2人して歩いていくと、ちょうど担任の瑞原先生が教室に向かうところだった

「おはよう。でも、ギリギリだぞ☆」
「おはようだじぇ!」
「…おはようございます」
「優希ちゃんは特に、ちゃんと朝ご飯食べてこないと大きくなれないぞ」

タコスを食べ歩いていた優希に注意する先生
ただ、先生ほどに大きくなる必要もないとは思うけれど…

3人で教室に入り、自分の席に着くとちょうど予鈴が鳴る
けれど、隣の席にいるべきはずのモモがいなかった

休みなんだろうか…

「それじゃあ出席を取るけど、みんないるよね?」

ちょっとくらいの遅刻なら誤魔化せる
私はモモを見つけられるけど、他の人はモモがわざと音を立てたりしないと気が付けない

いちいち確認するのも面倒になった瑞原先生は、私が黙っていればモモはいるという判断をするようになってしまっていた
そうしてホームルームが終わると、数絵が少し浮かない表情をして近寄ってきた

「春、桃子はそこにいる?」
「……いない」
「そう、やっぱり」

何かあったのかと問うと、朝に会話をしたのだけれどそれで落ち込ませてしまったらしい

「でもそれは、数絵は悪くない…」
「それでもね、私の言葉で傷つけてしまったようなものだから」

演劇部の先輩という人がどんな人かはよく知らないけれど、モモが唯一関わりを持とうとしている人物というのはモモ自身からも聞いていた

私は部活対抗戦には別に出ても出なくてもどちらでもいいから、誰かと出たいみたいな感覚はよくわからない
まあ、出たら出たで楽しいとかそんな感情も浮かぶのだろうけれど…

私から見えるのでなければ、モモはこの教室にいるのかいないのかすら誰にも分からない

いるけれど、いない
いないけれど、いるかもしれない

東横桃子という人間は、確かに存在しているのに…

「午前中は合同対局だからいないと困るんだけど」
「…どことだっけ?」
「5組と8組。第一対局室でね」

合同対局、基本的に同学年のいくつかのクラスが集まって対局する
いろんなクラスと戦うことになり、そこでの対局のデータはランク付けの参考にされる

プロを目指す人にとっては学年ランクはアピール材料になるから必死になるけど、私はプロになろうとは思ってない
モモも、きっとプロを目指しているわけじゃないのだろうから…

「最悪、途中で保健室に行ったって言えばいいか…」

良子に事情を説明すれば口裏は合わせてくれるだろう、たぶん

-第一対局室


「それじゃあ、対局表が用意してあるからそれに沿って対局してくれ」

5組の担任の赤土先生が対局表を配っていく


『第7卓』
対局者:原村和・高鴨穏乃・南浦数絵・東横桃子
記録係:滝見春 他3名


牌譜を取ったり書いたりするのも勉強のうちということで、生徒同士の対局でも牌譜の記録係を誰かがしないといけない
もっとも、この前のクラス対抗戦とかだと映像で保存してあとから牌譜を作成することになる

ちなみに、この学校には牌譜の作成や整理をする事務員の人も常駐していたりする

「……いない」

授業が始まってもモモが対局室に現れることはなかった
仕方ない…

私は赤土先生のところに向かった

「先生、7卓なんですけど…」
「ん、なんか問題あったか?」
「東横さん、保健室に行きました」
「そうか…」

先生は対局表に目を落とし、少し思案した後

「憧がフリーだな。おーい、憧!」
「ん、どうしたの?」

近くにいた新子さんに声をかけた。代わりに入ってもらうのだろう
けれど赤土先生の思惑は違ったようだ

「憧、7卓の記録係やってくれ」
「えー、記録係? 咲の打つところ見たかったのに…」
「しょうがないだろ、東横さんの代わりにお前が入ったら5組が3人になっちゃうからな」

話が良く見えなかった
どうして対局者であるモモが抜けているのに、記録係を補充しようとしているのか

赤土先生は私の微笑んだ

「滝見さん、東横さんの代わりに入ってくれるかな?」
「え、私?」
「クラスのバランスがあるから」
「…分かりました」

ここで拒む理由もない
最後の一人が座るのを待っていた7卓に向かう


「…よろしく」
「ええ、よろしくお願いしますね」

原村さんはいつも通りのようだけど、残りの2人が問題だった

「穏乃、あまりじろじろ見ないでくれる?」
「なんで?」
「…なんでと言われても」

数絵は気まずそうにしていた
けれど、高鴨さんの方は目をキラキラさせて数絵を見ている

少し話は聞いたけれど、高鴨さんの方は一回振られても全然諦めていないようだった
それどころか、目を輝かせて言う

「数絵、じゃあこの半荘で決めようよ。私が勝ったら助っ人になってよ」
「……私が勝ったら勧誘を諦めてくれるのかしら?」
「勝負だからね!」

…そういうことなら大人しくしていようかと考えると、原村さんが食って掛かった

「穏乃、これは授業です。そんな個人的な勝負は他の場所でやってください」
「えー、だってせっかく数絵と打てるのに」
「…まあ、これは原村さんに一理あるな」

数絵は大人しく引き下がったけれど、高鴨さんは食い下がった

…しょうがない

「…私は構わない」
「春?」
「サシウマが行われていようと、いつも通り打てばいいだけ。違う?」

原村さんに視線を向ける。それでもまだ納得はしていないようだった

「ですから、これは授業だと言っているでしょう?」
「けど、その方が2人は麻雀に集中できると思うけど?」

少なくとも数絵は、ずっと勧誘が続くよりもここで白黒つくならその方がいいのだろうし
高鴨さんも、自分から言い出したことだから負けてなお勧誘をするということはしないだろう
なら、とっとと白黒つけた方がお互いのため

原村さんは、一度天井を眺めて大きくため息をつく

「まったく…。私がどんな上りをしても文句は言いませんね?」

高鴨さんを見つめる原村さんはもう気持ちが切り替わっているようだった

「うん、ありがとう和。役満直撃されてもラス確上がりされても文句なんて言わないよ」
「迷惑をかける、原村さん。あと、春も付き合わせてすまない」

私は小さく首を振る

「…気にしないでいい」

高鴨さんと数絵で、得点の多い方が勝ち
ただし少なくとも勝者は配給原点(25000点)を超えていること、2人とも原点以下に沈んでいたらノーゲームとする

2万点と1万点で決着しても勝ったって感じがしないから、らしい…

2人でそんなルールを決めて、対局が始まった

-side 憧


仕方なく、滝見さんの後ろに座る

はぁ、せっかく人数余ってフリーだったから咲の対局を見ようと思ってたのにな…
まあ授業だから仕方ないか

滝見さんは割と私に近い打ち方をするけど、攻めるために鳴く私に対して、流すというか守るために鳴くって印象かな
他のクラスの人の打ち筋をじっくり見る機会もなかなかないし、参考にさせてもらおう

「ロン、3900!」
「…はい」

東1、立ち親の南浦さんがしずに振り込んだ

しずがボウリング部に助っ人として入れようとしている、南浦さん
灼さんは許可したみたいだけど、実際のところしず以外とは面識がないのに入れて大丈夫なのかなって不安はある

まあ、その打ち筋も含めて確認させてもらうわよ

東2、親は滝見さんになる
…うーん、これは逆に凄いな。10種12牌、国士狙うしかないって感じの手だわ

けどそのあとサクサクと入って、5巡でまさかの国士テンパイ
しかも1枚は被った北を捨ててるから、この巡目で国士を張っているとは思わないだろう

一萬が出れば国士
ヤバイなぁ、後ろで見てるから顔に出さないようにしないと
でも他人の役満テンパイでもドキドキしちゃうのよねぇ

と思ってたら…

「ロン」
「え、もう?」
「国士無双、48000」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

しずが振り込んだ。これは流石に止まらないかな、それに南場になれば稼げなくなるから東場のうちにって気持ちもあっただろうし
そんなしずの叫び声にみんなが振り返る

「しず、あんまり大声出さないの」
「あっ、ううっ…」

回りが自分に注目しているのに気づいて、うつむいてしまうしず
まあショックなのはわかるけど…

それを見て、滝見さんはゆっくりと頭を下げた

「えっと、ごめんなさい。邪魔しちゃって」
「あはは、まさかほんとに役満直撃されるとは思わなかったよ…」

これで、しずのトビで終了
けど南浦さんも最初に振り込んで配給原点以下だから、結局二人の勝負の決着は付かなかったことになる

「……ちゃんと向き合って決着をつけなさいってことなのかしらね」

南浦さんがため息をつく

「何もできないまま2着でしたね…」

和は拍子抜けした感じだった
渋々サシウマ勝負を了解したのに、あっという間に終了。しかも結局サシウマの決着がつかなかったとなればそうなってしまうのもしょうがないか

「うわぁ国士か、すごいね☆」

いろんな卓を見て回っていた瑞原先生が滝見さんの手を覗き込んだ

「あ、先生。早く終わってしまったんですが、どうしましょうか?」
「とりあえず記録を取って考査に使う対局は回数決まってるから、次の対局になるまでは東風とかで回しておけばいいよ☆ 他の人の対局を見てもいいしね」
「分かりました」

和の質問に先生が答える
ん、じゃあもう記録係のお役は御免ってことだよね

「じゃあ私は咲のところに行くから」

結局南浦さんの打ち方を見る間もなく終わってしまったけど。でもそれは、きっと近いうちに見ることになると思うんだ
だって、あのしずが一緒に打ちたがってるんだから。しずはそう簡単には諦めたりしないわよ、南浦さん

-side 春


…私の空気の読まなさは異常

変に手を抜くのも失礼だし、かといって張り切ってもしょうがないし
だから手なりで国士を目指して誰かからリーチでも入ったらオリたらいいや、くらいにしか考えていなかった

普通に国士をテンパイするとも、あんなにあっさり出てくるとも思わなった
まあ、きっと肝心な場面で出なくて、どうでもいいときに出るのが役満なんだろう…

「さて、どうしようかな」

他の卓は当然まだ終わっていない
原村さんと高鴨さんは他の開いている人を見つけて打ち始めたので、私は特にすることが無くなってしまった

「春…」

気づくと、隣には数絵がいた

「気を使わせたみたいで、申し訳なかったわ」

私は首を振る

「別に、そんなんじゃない」

いつまでも数絵が高鴨さんに誘われて憂鬱そうにしているのは、めんどくさいし…

そう思ってただ高鴨さんの提案に乗っただけ
けどそれを邪魔してしまって、かえって変な空気にしてしまった。やっぱり余計なことはしない方がいいのかもしれない…

「むしろ、ややこしくしただけ」
「そんなことはない。ありがとう」

数絵が微笑む
そんなんじゃないのにと思いながら、ふと外を眺める

「いた…」
「…え?」

校舎と校舎に挟まれた中庭
そこは自由に出入りできて昼休みにはお弁当を食べたりする人もいる場所で、ベンチもいくつか置いてある

そのベンチにモモは腰かけていた

ここからは流石に表情まではうかがえないけれど…
それでも胸が締め付けられるような気持ちになる

私にすら見えなかったら、本当にあなたは消えてしまうんじゃないかって
昨日も抱いた気持ちが、どんどん強くなっていく

「いたって、桃子のこと?」

私はコクリとうなずく

「…なんだか、急にお腹が痛くなってきたような気がする」
「それは大変」

わざと棒読みをすると、それに応えるように数絵も棒読みした
これで意図は伝わっただろう

「先生、ちょっとトレイに行ってきます」
「ああ」

近くにいた赤土先生に告げ、私は教室を出る

中庭に行って何と声をかけたらいいかなんて、全然思い浮かばないけれど…
それでも、私は中庭に向けて歩き出した

今日はここまでです

咲安価見てるとやりたくなるけど、単発の即興が限界だろうなぁと思う今日このごろ


ではまた

-side 桃子


中庭のベンチに腰掛けて、静かに台本を読み込む
今頃は他のクラスと合同で麻雀をしていることだろう

いつもだったらステルスを磨くために張り切っていたのかもしれないけれど…

「………そんな気分じゃないっすよ」

数絵の言葉…

――誰かが負けて自分に負担がかかるのも

なんでもこなす先輩なら、演劇だって生徒会だって対抗戦だって全部かっこよく片付けていくはず

だけどそれが叶わないというのなら
そして真っ先に切ったのが対抗戦だというのなら…

先輩の中で答えは出ているんだ
私と戦うのは負担にしかならないって

先輩の後をひたすらに追いかけてきたけれど、それは先輩の迷惑にしかならなかった
でも、それでも…

「……っ!」

ふと、空気が動いた
隣を見ると、春が座っていた

いつのまに近づいてきたのか分からなかった。それは考え事をしていたからだろうけど、こんなに近くに来るまでまったく気が付かなかったなんて

「………………」
「………………」

なぜか、春は一言もしゃべらないで無表情のまま私をじっと見つめていた

見えていない?
そんな考えはすぐに打ち消す、だったら私を見つめるなんて無理なはず

しゃべるのを待っているんだろうか…
でも、何もしゃべることなんてない
私は無視して再び台本に集中することにした

…ポリポリポリ

しばらくすると、隣からそんな乾いた音が響く
顔を上げると案の定、春はどこから取り出したのか黒糖をつまんでいた

「食べる?」
「第一声がそれっすか…」


なんで授業をさぼったんだとか、何を読んでるのとか、そんな言葉が来るのだろうと思っていただけに拍子抜けする
まあ、それが春らしいのかもしれないけれど

「…おいしいから」
「いただくっす」

ニコリと春が微笑む
張りつめていたものが緩んでしまった私は、黒糖を受けとると口に放り込んだ

「おいしいけど、よく飽きないっすよね?」
「それが自慢」

何が自慢なのかよくわからないけれど…

「ほんとに、変な人っす」
「…それは心外」
「いや、ちゃんと自覚した方がいいっすよ」

本当に何を考えているのかよく分からない
でも、分からないからこそ助かっている部分もある
分からないことを考えても仕方ないって、そう感じてしまうから

先輩みたいに論理的に考える人の思考は、その論理を手繰ればたどりつけてしまう
それが正解かどうかは分からないけど…

「いいんっすか、授業?」
「モモに代わって国士を直撃しておいたから、次の対局まで少し時間はある」

なんか今さらっと凄いこと言った気がするっすけど…

「いやいや、私そんな国士使いみたいなキャラじゃないっすけど」
「国士気配は消したから」
「えー、あー。そうっすか」

淡々と言われると簡単なことのように聞こえるけど、直撃された人はご愁傷様っすね…

「…モモ」
「なんすか?」
「一応、保健室に行こう。良子に口裏合わせてもらわないと」

保険医の戒能先生は春のいとこらしいというのは聞いたことがある
でも、私は首を振る

「…いいっす。サボったのは事実っすから」
「でも…」
「それより、そろそろ次の対局始まるんじゃないっすか?」

気分はまぎれたけれど、それでもまだ麻雀をする気分じゃない

「……午後は、来る?」
「普通の授業は受けるっすよ」
「分かった…」

再び無表情になった春は、黒糖の袋をベンチに置いたまま立ち上がった

「春、忘れ物…」

私はまだ半分くらい残っている黒糖の袋を春に差し出した。けど、春は受け取らずにまたニコリと笑った

「…あげる」
「いや、こんなに食べれないっすけど」
「あげる」

かすかに強くなった口調に、私は手をひっこめた
すぐに全部食べないといけないわけじゃないし、いいか…

「…ごめんね」
「なんで春が謝るんすか…」
「口下手だから、大したこと言えなくて」

心配して来てくれたんだろう、それくらい私にも伝わるから

「ありがとう、ここまで来てくれて」

素直に、感謝の言葉があふれた


春が去っていくのを見守ると、私は黒糖をつまんだ

「ほんとに、変な人っす」

ポリポリと口の中で黒糖が砕ける音が響く
そうして私は、また台本に視線を落とした

この台本だけが、いま先輩とのつながりを感じられる唯一のモノ

私と麻雀を打つことが先輩の負担になるのなら…
先輩が私に演劇を望むのなら…

「いいっすよ」

私は、麻雀なんて捨てたっていい
ステルスなんてできなくていい…

舞台の真ん中で注目を浴びるなんて、ステルスとは真逆の行為
それを先輩が望むなら、私はそれに従おう

「じゃないと、先輩のそばにいられないんすよね…」

先輩に必要とされなければ、私は消えてしまうから

「じゃないと、私は存在できないっすから」

先輩が私を見つけてくれなかったら、私は誰にも見つからないまま静かに暮らしていただろう

煩わしくも、楽しいコミュニケーションも…
そうやって得られるこの感情の高ぶりも…

全部全部、先輩がくれたものだから
だから、先輩が私に何かを求めるなら、それに応えないと

何気なく、もう一つ黒糖を口に入れた

「………春」

対局中に私を見破る人はいる
でも、普段の生活で見破れる人はいないと、ずっと思っていた

けど、春は…。春だけは、私をいつでも見つけられる
どういう理由なのかは未だにわからない、でもどんなに気配を消しても見破られてしまうのは事実

だからこそ、自分の限界を感じたりもする
どんなに消えようとしても、その上を行く人はきっといるということ
私は麻雀では、きっと先輩の望む高みには到達できない…

春にも見破れないステルスを習得できればいいのかもしれない。でもそれはきっと無理


――春にすら見つけられなくなったら、寂しい


そんなことを思ってしまう自分がいる
こんな思考をしてしまうようになったから、私は弱いのだろうか…

口の中で広がる黒糖の味を噛みしめて

私は立ち上がる
誰にも見られるはずはないのに、この涙だけは誰にも見られない場所で流さなくちゃって、そう思うから

今日はここまでです

穏乃と南浦さんは、対局をがっつり書くとまた収拾がつかなくなるので…
ただ、実際にはいい勝負になるんじゃないかと思いますけど

東場は穏乃もそこまで稼げないので、南浦さんがひたすら耐える
南場に入って追い上げるも、南3、南4くらいに裏ドラが乗らなくなって得点力が落ちる
南浦さんが追い上げきれるか?という展開になるんじゃないかと

では

-side ゆみ

-生徒会室


昼休みになり、私は生徒会室に向かった
部活対抗戦の登録票の受付当番が回ってきたからだ

普段は学食で食べているが、今日は弁当を持参して生徒会室に待機する
もっとも、昼休みに持ってくる人はあまりいないが、これも仕事のうちだ

ゆっくり脚本のチェックをできると思えば、それもいいだろう

誰もいない生徒会室に入ると、弁当を広げた

それにしても、昨日はしゃべりすぎたな…
やえが聞き上手なのか、つい話し込んでしまった

今日になってやえが何か聞いてくるのかと思っていたが、そんな動きはなかった
蒲原に相談とか、そういうこともしているようには見えなかった
もしかしたら陰で余計な気遣いをみせているのかもしれないが…

まあ、やえなら下手なことはしないだろう

食べ終わり、弁当箱を片付けていると、扉をノックする音がした

「どうぞ」

登録票の提出だろうか?

開かれた扉の向こうから入ってきたのは、3人

「失礼したしますわ!」
「失礼シマス」
「おじゃましまーす」

それも、かなり予想外なメンバーだった

「…なかなか珍しい組み合わせだな」
「それは目立つという意味ですわね。大変結構ですわ」

龍門渕透華、メガン・ダヴァン、そして姉帯豊音
おおよそ共通点が見受けられない…

「それでご用件は? キャッチボール部は初日に提出されているはずだが…」
「本日伺ったのは、こちらのダヴァンさんの件ですわ」

そう言いつつ、龍門渕さんが私に茶封筒を差し出してきた
なんだかんだで仕切りたがりだから、結局全部自分でしゃべってしまうのだろう…

ただの付き添いできたのか、ダヴァンさんと姉帯さんは黙ってその様子を見つめていた

「これは?」

尋ねながら、封筒の中身を取り出す

『部活動 新設届』
『部活対抗戦 登録票』

入っていたのは2枚の用紙

「御覧の通り、部活動の新設を申込みいたしますわ」
「…なるほど、じゃあ確認させてもらおう」

すでに部活が充実しているということもあるが、新しい部活を作ろうという動きはほとんどない
最近できた部活と言えば、去年できたキャッチボール部と、一昨年できた手芸部くらいだろう


ESS部

顧問:藤田靖子
部長:メガン・ダヴァン
部員:雀明華、ハオ・ホェイユー、ネリー・ヴィルサラーゼ 

計4名


ふむ、書類に不備はない
藤田先生の署名もされている


確か藤田先生はキャッチボール部の顧問もしていたと思うが…
サッカー部などの対外的に試合があって引率をしないといけない部活と違って、どちらも学内で活動が収まる部活という判断なのだろう

「問題はなさそうだな…。これは、部活対抗戦に出るために急ぎの申請ということでいいかな?」
「ハイ、よろしくお願いシマス」

ダヴァンさんが頭を下げる

「分かった、通常なら部費や部室をどうするかとか決めることもあるのだが、まずは部活としての登録を先に済ませよう」
「よかったねー、ダヴァンさん!」

姉帯さんが自分のことのように喜ぶ
と、その姉帯さんがポケットから何か紙切れを取り出した

「そうそう、シロがちゃんと確認してって言ってたの聞かないと」
「…確認?」
「そう、部活対抗戦のルールについて」

部長会議で一通りは説明してあるはずだが…
なにか特別な事情でもあるのだろうか

「えっと、部員4人の部活がとりあえず登録票に4人登録したけど、助っ人が集まらなかったらどうなるか?」
「なるほど、まだ助っ人の当てはないということか」

それにしてもよくよく見ればこの部活メンバー
智葉が集めている留学生の集まりじゃないのか…

智葉から留学生たちが部活を立ち上げるなんて話は聞いていない
だがそもそも、智葉は部活対抗戦には出ないと言っていなかったか?

「明後日に部長会議が行われるが、そこまでに出してもらう登録票では4人でも問題ない。最終的に助っ人を集める期限は夏休み明けの部長会議まで」
「あ、じゃあ余裕はあるんだね」
「そうだな。そこで最終的なメンバーを決定してもらう。それ以降は病気等の理由がない限り原則変更は認めないことになるから、夏休み中にメンバーを集められなければ出場できない」
「夏休みが終わるまでに智葉を説得しないとイケナイということデスネ」

決意に満ちた表情をするダヴァンさんから察するに、やはり智葉は部活対抗戦に出るつもりはないのだろう

どういう経緯かは分からないが、留学生たちが智葉と部活対抗戦に出るためにはどうしたらいいかを脇の2人に相談した、というところだろうか

「ところで、加治木さん」
「ん、なにかな?」
「辻垣内さんが対抗戦に出られないと言っている理由、ご存じではありませんの?」
「いや、知らないな…」

出ないとだけ聞いていたが、それは単に忙しいからくらいにしか思っていなかった
けれど、どうにも頑なに拒否しているような感じだな

「ただ、1年の時は出ていたはずだ。それも、ESS部として」
「…エ?」
「昔もあったの?」

知らないのも当然か…
姉帯さんは転校生、ダヴァンさんも日本に来たのは去年から、龍門渕さんも2年
ESS部は私が1年の時に無くなっている

2年前、部活対抗戦の決勝戦…

戒能先生がいた書道部が3連覇をかけて戦い
そしてそれを破ったのが宮永照が入ったアーチェリー部
その時の卓にいたのは、ソフトボール部とESS部だった

「なぜ、無くなってしまったのデスカ?」
「顧問の先生が10月で別業務にあたることになったからだ。ダヴァンさんは会ったことがあるんじゃないかな」

ほとんど接点が無かったから名前も忘れてしまったが、スレンダーな人だったのは覚えている

「あ、もしかして留学の手続きをしてくれた人デスカ」
「そう、今は海外で留学生の勧誘などをしているはずだ。私も詳しくは知らないが、先生がいなくなるのがきっかけでESS部は無くなったはずだ」
「そんなことがあったのデスカ…」

その辺のことで智葉にも思うことがあるのかもしれないが…
これは本人に聞いてみないと分からないことだろうな

「とりあえず、部活新設の件は承った。明後日の部長会議には出席してくれ」
「分からないことがあれば、わたくしに聞いてくださいまし」

龍門渕さんは1年の時から部長会議に出ているから、適任だろうな


用件が済んだ3人が生徒会室から出ていく
私は受け取った対抗戦の登録票の処理を始める

7番/美術部
8番/書道部

昨日出たのはここまでか…
なら、ESS部は9番目になるか

なんとなく、書道部のメンバーを眺める

――滝見春(1年11組)

その名前を、見つけてしまった
昨日、南浦さんが言っていた「滝見さん」
クラスはモモと同じ1年11組。同姓の人でもいない限り、この子で間違いないだろう

「書道部か…」

神代小蒔をはじめとして、特殊な打ち方をする者が多い部活だ
モモを見つけられる人がいても、不思議ではないのかもしれない…

「巴に聞いてみるか」

書道部で一番接点があるのは、同じ生徒会の狩宿巴だ

「聞いて、どうしようというのか…」

その滝見さんに会って、モモを見つける方法を教えてくださいとでも聞けばいいのか?

けれど…
私にもモモが見えれば、もっと自信をもって接することができるんだろうか

部活対抗戦か…

「一緒に出たいに、決まってるじゃないか!」

下らないプライドがそれを邪魔する
そしてそんな愚かな自分には、とてもモモの隣に並ぶ資格などないとまた自分を縛る

演劇部のメンバーでは、初戦突破も難しいだろう
もし仮に出るのなら、全力を尽くすことには変わりないだろうが…

それでもな、モモ
私が無様に破れる姿なんて、見たくないだろう?

私は無力なんだよ…

今日はここまでです

臨海の監督の名前が分かればもうちょっと書きようがあるものを…

では

-side 優希

-放課後
-1年11組


「それじゃあ、ホームルームおしまい。気を付けて帰るんだぞ☆」

瑞原先生が教室を出ていく
さっそく私はロビー活動に勤しむことにした

まずはしっかりと足元を固めるのが大事!

「モモ! モモはいるか!」
「……なんすか?」
「おおぅ、ほんとにいたじぇ」
「呼んでおいてそれもないと思うっすけど…」

ため息をつくモモ
けど、私はそんなのお構いなしで用件を伝える

「明日のクラスの出し物の投票にはタコス屋をお願いするじぇ!」
「……何かと思えば、そんなことっすか?」
「そんなこととはなんだじぇ、これは聖戦だじょ!」

なんでもいいやという空気に流されてタコス屋以外の何かに決まることは許されない
クラスの出し物をタコス屋にすることは私の使命!

だというのにモモはまったくやる気のない表情
まあやる気があろうとなかろうと、とにかくタコス屋にさえ投票してくれれば問題ない

「やる気があって結構やなぁ」

そこにカバンを背負った泉がやってきた
学級委員の泉にもしっかり根回ししておかないと、だじぇ

「いずみんもタコス屋に1票入れるといいじぇ!」
「そんなに熱心なら、うちの代わりに仕切ってくれてもええで」
「それはお断りするじぇ」

私がやりたいのはタコスの味見係であって、別に屋台を仕切りたいわけじゃないからな!
けれど、私の即答を見て泉はため息をつく

「…単にタコス食べたいだけやろ」
「それ以外の理由があるというのか?」
「食べてばっかりで働かへんのやったら、タコス屋には入れられへんなぁ」
「そんな非人道的な脅迫は許されないじぇ!」
「働かざる者、食うべからずや!」

くっ、泉のくせに正論を言うとは生意気な…

「わ、わかったじぇ。味見係として精いっぱい働くじぇ」
「結局食うとるやないか!」
「他にいったいどんな仕事をしろというんだじぇ!」
「屋台の設営、材料の手配、機材の手配、看板作り、いろいろあるやろ!」
「そんなのは他の人がやってくれるじぇ」
「だから働かへんなら食わせへんで」
「モモぉ、いずみんがいじめるじぇ…」
「100%、泉が正論っすよ」

モモに泣きつこうとしたけれど、冷たくあしらわれた
くう、なんて世知辛い世の中なんだじぇ…

けどこれくらいで、諦めるわけがないじぇ!

「と、とにかく他にやりたいことがなければタコス屋に入れるべきだじぇ。モモだって昨日はタコス屋がいいって大絶賛だったしな」
「別にそこまで絶賛はしてないっすけど」
「む、じゃあ中絶賛だったのか!?」
「絶賛に中とか小とかあるんすか? っていうかそもそも絶賛もしてないっすけど」
「裏切り者!」

うう、昨日タコス屋がいいって言ってたのに
重大な裏切り行為だじぇ…

このままだと他のどうでもいい出し物になってしまうじぇ…
モモは興味なさそうにカバンに教科書とかノートをしまっていた

「っていうか、私は部活で忙しいから別にクラスの出し物なんてどうでもいいっすけど…」
「どうでもいいならタコス屋に入れるべきだじぇ!」

カバンを閉じると、モモは立ち上がった

「私に当番が回ってこないなら入れてもいいっすよ?」
「部活とかは考慮するけど、多少の持ち回りはしてもらうで」
「いずみん、余計なこと言うんじゃないじぇ!」

そんなことを言ったら入れてくれなくなるじゃないか
案の定、モモはいつの間にか席を立って消えていた

「ほら、いずみんのせいでいなくなったじょ」
「知らんわ」
「…そもそも、モモって部活なんだったけ?」
「演劇部やなかったか?」

そういえばそうだったな…
でも、そんなに部活に熱心なイメージなかったけどな

そこに数絵がやってきた

「桃子はいないの?」

数絵がキョロキョロしていた
春がいればわかるけど、春はいないから分からない

でもきっと、いても今日は私の前には姿を現さないと思う
そう思い、私は首を振った

「んー、もういないと思うじぇ」
「…そう」
「なんか用でもあったん?」
「急ぎではないからいいけど…」

んー、だったらこっちの用事を済ませてしまうじぇ!

「数絵っちは当然タコス屋に入れてくれるよな?」
「入れるわけないでしょう?」
「な、なんでだじぇ!!」

まさか数絵っちにまで裏切られるとは!
その数絵は、深くため息をついた

「優希、あなたは一つ失念しているわ」
「なんだじぇ、我がタコス屋計画に抜かりなどないじぇ!?」
「じゃあ聞くけど、うちのクラスで誰がまともにタコスを作れるというの?」
「はっ…」

そう言われてみればそうだじぇ…
私の舌を満足させるタコスクリエイターなど、このクラスには存在しない?

「なんということだじぇ…。もう私の人生は終わった」
「…そこまで大げさに落ち込まなくても」

地面に力なく膝をつく私に、また数絵の溜息が降り注いだ

短いですが、今日はここまでです

咲ポータブルの予約がもう始まっていたので予約してみました
剣谷使えたらいいなぁ…

-side 智葉

-生徒会室


部活対抗戦の登録票の受付当番が回ってきた
私が生徒会室に入ると、しかしすでに先客がいた

「…どうした、ゆみ。お前の担当は昼休みだっただろう?」
「その昼休みの処理が残っていてな。それに、ちょうど智葉にも告げておくべきだろうと思うしな」

ゆみがわざわざ私に告げておくべきこと?
悪い予感しかしないな

そして往々にして、悪い予感ほどよく当たるものだ

ゆみは一枚の紙を私に見せた

「部活動の新設届が提出された。部活対抗戦に向けて、登録票もな…」
「そうか」

ダヴァンたちの名前の書かれた、部活動の新設届
まさか昨日の今日で提出してくるとは思わなかった

期限は明後日まで。ダヴァンたち留学生だけでは部活を立ち上げるのは無理だろうと高をくくっていたが…

「まったく、誰の入れ知恵だかな…」
「ダヴァンさんと一緒に来たのは、龍門渕さんと姉帯さんだったが」
「…臼沢、いや小瀬川か?」

ゆみの返事に、入れ知恵した相手が浮かぶ

龍門渕は去年部活を作っている、手続きを助けてもらうなら適任だろう

全く関係のないと思える姉帯だが…。姉帯とつながるのは、エイスリン
そして2人をつなぐのは美術部であるということ

臼沢、鹿倉、小瀬川…
昨日の今日で最適解を導き出せるのは、おそらく小瀬川だろう

「どうやら私は、あいつらを見くびっていたようだな」

私は自嘲する
まったく、あのころから少しは成長したつもりでいたが、今も私は未熟なままか

「智葉、彼女たちは君を説得しようとしているようだったぞ」
「それは百も承知だ…」
「だが、対抗戦に出る気はないんだろう」
「……どうなんだろうな。ただ少し、意地になっているだけかもしれない」

1年の時に出た部活対抗戦
結果は伴わなかったが、自分としては悔いのない戦いだった

だからこそ、もうそこで終わりにしておこうなどと、感傷的になっていたのかもしれない

2年前…

当時の私は、他人と群れるのは自分を弱くするだけだと思っていた
誰よりも強くなるのに、仲間など、味方などいらないなどと考えていた

宮永照と同じクラスになり、クラス対抗戦を共に戦った

宮永が先鋒で稼ぎ、次鋒の弘世が4着をさらに削るなり2着を引き離すなり状況に合わせて狙い撃つ
中堅の私に回ってくるときには、もう私の仕事はほとんどない状況だった

確かに頼もしくも感じたが…

私には別の感情も渦巻いていた


――こんなもの、私の力じゃない
――こんな勝利に、何の意味がある?


宮永照を倒したい、そんな一心だった

次に大々的に戦えるとしたら、部活対抗戦
しかし私は部活に入るつもりはなかった。誰かと群れるなんて、真っ平御免だと思っていたから

そんな風に孤高を気取っていた折だった

「なあ智葉。お前はそんな狭い場所にいていいのか?」

全く接点はなかった先生
ESS部の顧問だというのは後で知ったことだった

「なんですか、突然…」
「クラス対抗戦の打ち筋、気に入ったよ。うちの部活に来い、智葉」
「部活になど入る気はありません」

何部か知らないから、当然断るに決まっている
けれど先生は何食わぬ顔して続ける

「いいね、ますます気に入った。なあ智葉、お前自分一人だけで強くなれると思っているのか?」
「……なります」
「無理だね」

迷いはあった

このままで強くなれるのだろうか、と
それを見透かしたように、先生はきっぱりと言い切った

「こんな学校内で、宮永照ごとき倒したくらいでそれが何になる。もっと世界を見ろ」
「宮永照、ごとき…」

この学校内において、宮永照に対してそんな評価をできるのは小鍛治先生くらいかと思っていた
当時は宮永照を倒すことしか興味のなかった私は相当にイライラした

「先生は、宮永照に勝てるとでも?」
「いや、私なんかが戦ったらトラウマ抱えて二度と牌が握れないレベルだな」
「それはそれは…」

謙遜ではなく素直に先生は言った
けれどその時の私は、真意を測りかねて先生をにらみつけた

「そんな実力で宮永照ごときとは、滑稽ですね」
「そうか? こんな学校内で汲々としているお前の方が滑稽だろう。世界は広いんだからな」
「世界…」

ことさらに世界を強調する
今にして思えば当然だったのだが、そのときは妄言にしか聞こえなかった…

「私は智葉よりも麻雀は弱いだろうな。でも、見れば分かるんだ、その人がどれくらい伸びしろがあるのか」
「伸びしろ?」
「たとえばインターミドルで活躍したやつでも高校では伸び悩んだり、逆に高校に入ってから活躍しだしたりするだろ。私には分かるんだよ、その子がこの先成長できるかどうか」
「それで、私には伸びしろがあると?」
「ああ、そうだ。でも今のお前は、宮永照という蓋に押さえつけられている。今のままでは伸び悩む」

思えばこのとき先生に声をかけてもらえなかったら、私はいつまでも宮永照を見上げ続けていただろう

「お前に世界を見せてやるよ、智葉」
「そこまで言うなら、見せてもらいましょうか」


今もまだ、宮永照に追いついたとは思わない
けれど、私は宮永照だけが倒すべき相手ではないと知った

世界は広く、数多くの打ち手が頂点を目指して駆け上がる
宮永照でさえ、その頂点を目指して走る、一人のランナーに過ぎない
そう考えることができるようになって、私にも余裕ができた

先生には感謝している
そして、先生がいないのに部活対抗戦に出てもな、なんて思ったりするんだ…

「なあ、ゆみ。お前は出ないんだったよな、対抗戦」
「……ああ」

言い淀みつつも、首肯するゆみ

「他の奴らは出るらしいから、私くらいは出ないでおいた方がいいだろうと思ってもいたんだが…」

久はやっと対抗戦に出られると意気込んでいた
絃も久と同じで人数ギリギリの部活だから、この二人は勝ち進む限りは常に出場していることになるだろう

巴もメンバーとして登録されている。もっとも書道部は10人登録されているから出るかどうかは分からないと言っていたが
花田も10人の中には入ったが、出られるかどうかは分からないらしい

5月に1年庶務として生徒会に入った安福も茶道部の10人の中に入るらしい
まあそもそも1年にあれこれ任せるというのも荷が重いだろう…

残るは、私とゆみだけ
けれど…

「お前は演劇に専念したいから対抗戦に出ないんだったよな」
「そうだな」

だから、実質ゆみも対抗戦に出るのと同程度には忙しい

「やっぱり、私くらいはフリーでいた方がいいのかもしれないな…」
「生徒会にそこまで気を使う必要ない」
「……というか、他の奴らが気を使わなすぎだろう」
「せっかく部活を立ち上げてまで出ようとしてくれているんだ。出てあげたらいいじゃないか」

ゆみは一通り書類を書き終わったのか、茶封筒に何枚か紙を入れ込んだ

微笑むゆみから感じられるのは、なぜか自嘲だった

「智葉には、期待に応えられるだけの力があるだろう」
「引っかかる言い方をするな…」
「じゃあ、私は針生先生のところに寄って部活に行く」

反論を封じるかのように、ゆみはさっさと生徒会室を出ていった

「………期待に応える、か」

まるでお前は、期待に応えられないみたいじゃないか、ゆみ…

「そんなに回りを気にしてどうする」

気を遣いすぎるのは、体に毒だぞ
別に期待に応えたくて部活対抗戦に出るとか出ないとか、そういう次元でもないのだがな…

期待に応えるなんて言葉が出てくるのは、お前の方が何かの期待に押しつぶされそうになっているからじゃないか?

思い入れは2年前に置いてきた
だから部活対抗戦に関しては出なくてもどうということはなかった

「さて、どうしたものか…」

考えることなんて、自分がどうしたいのかだけだ

確かに、生徒会は口実にすぎないのかもしれない
久だって、生徒会の仕事を放棄してまで対抗戦に出ることはないだろう。そこは調整次第でどうとでもなる

だから、私があいつらと打ちたいか否か、それだけだ

夜9時に寝て3時に起床しました
早朝の方が早く書けるかもしれない

ではまた

-side 智美

-演劇部部室


ゆみちんからメールが来る
その直後に、モモからもメールが来た

内容は同じ、少し遅れる…

「これはちょうどいいかもしれないな」
「何がちょうどいいの、智美ちゃん?」

部室にいるのは、むっきーと智美と私の3人

「ワハハ、ちょっと対抗戦の件で話があるんだ」
「まだそろってませんよ?」

むっきーが不思議そうにしているけど、ゆみちんやモモには聞かせられないからなぁ…

私は部室の扉に鈴の付いた自分のキーホルダーを挟み込んだ
これで、モモが知らないうちに入ってきて盗み聞きされることもないだろう

その様子を見て、むっきーは悟ったようだ

「私たち3人だけで話したいということですか?」
「え、どういうこと?」
「察しが悪いなぁ、佳織は。ゆみちんやモモには聞かれたくないってことだよ」

まだ分かっていない佳織は首をかしげる
あまり時間もないので、さっさと本題に入ることにした

「たぶんモモも、部活対抗戦には出ないって言うと思うんだ。けれど、私は出たい。むっきーや佳織がどう考えているのか聞きたくてな」
「え、でも桃子さんあんなに出たがってたのに?」
「モモが折れると思う、きっとな」

私は昨日のあの一件を、夏休み中くらいで解決できればいいと思っていた
けど、昨日の夜にかかってきた電話から、考えを改める必要に迫られた


――智美、ゆみは対抗戦に出ないつもりらしいが、どこまで聞いている?


そんな電話がやえちんからかかってきた

詳しく聞くと、放課後にゆみちんの愚痴を聞いてくれたらしい
まあ同じ部活の私には言えないこともあるんだろう…

ゆみちんがそこまでモモとの距離を感じているのなら、すぐに動いておかないと取り返しがつかなくなるかもしれない

まったく、こういう根回しこそゆみちんにやってもらいたいもんだけど
まあ私は部長だし、ひと肌脱ぎますか

「ワハハ、もしむっきーや佳織が出たいんだったら、私にも考えがあるからな」
「私は、出たいです。来年、出られるか分かりませんし」

そう答えたのはむっきーだった
うちの部、慢性的な部員不足だからなぁ。確かに来年は難しいかもしれない

「えっと、私はどちらでも…。出ても足を引っ張っちゃうと思うし」

佳織はおどおどとそう答えた
こんな学校にいるのにいつまでたっても麻雀がへたっぴだからなぁ、佳織は…

「よし、じゃあ佳織も出たくて仕方ないってことだな」
「え、そんなこと言ってないけど」
「少なくとも、反対はしないな?」
「まあ、それはそうだけど…」

佳織は我を張らないから、こうやって強く言ってしまえば反論はしない
ともかく時間がない、いつ2人が部室に来るか分からないからな

「対抗戦に出るために、助っ人制度を最大限に使おうと思う」
「うむ…。具体的には?」
「3人まで助っ人を頼んでいいんだ。仮にゆみちんやモモが出ないと言い張っても、助っ人2人と私たち3人でオーダーを組めば演劇部として出場できる」

できれば演劇部5人で出るのが理想だけども、それが叶わなくても最低限参加できる条件は整えておきたい
それに、対抗戦が演劇のスケジュールとかぶっても、その間だけ助っ人に出てもらえればダブルブッキングを回避できる

「2年とかで、誰か出てくれそうな人いないかな?」

3年は大体部活に入っていて出場する人が多い
もう少し当たってみる必要はあるだろうけれど、めぼしい人がいないのが現状だ

まあ最悪やえちんに泣きついてバスケ部で余ってる人いない?とでも聞いてみるのもいいけれど
それはそれでなんだかなぁ…

「同じクラスの多治比さんは、今私モテモテで困ってるって言ってたよ…」
「やっぱり競争率高そうだなぁ」

佳織の言う多治比さんというのは、2年の学年ランクでは10位以内に入っている帰宅部の優良物件、多治比真佑子のことだろうな
助っ人なんていらないと考えていたからあまり競争率の高そうなところは獲得の見込みは薄そうである

「…じゃあ、私のクラスの本内さんとか」
「本内さん?」

むっきーの口から出てきたのは、知らない名前

「部活には入っているんですけど、その部活自体が対抗戦には出ないって聞きました」
「なるほど、それは掘り出し物かもしれないな」

部長会議でも誰を助っ人に入れるかみたいな雑談が始まったりしていたが、そのときも部活に入っていなくて強い人は誰かみたいな話題が多かった

部活に入っていてそこそこ打てる人は10人の中のメンバーとして登録されてしまう
登録されれば助っ人を頼むことはできない。その10人から漏れたメンバーでは、戦力として考えるのは少々心もとない

「よし、じゃあ2人はそれぞれのクラスから当たってくれ。私ももうちょっと探してみる」

ここらが潮時だろう。私は扉に仕掛けたキーホルダーを回収する
そしてその数秒後には、ゆみちんがこちらに向かって廊下を歩いてくるが見えた

「ふぅ、ギリギリだったな」

それにしても、ここからでもゆみちんの表情が硬いのが分かった
まったく、そんなに思いつめたって解決しないだろうに…

「遅くなってすまないな、みんな。…モモは?」
「まだ来てないはずだぞー」
「今来たっすよ」
「おお、いたのかモモ」

まったく油断ならないなぁ…
まあ聞かれてはいなかったと思うけど

そのモモも、やっぱり表情は硬かった
ゆみちんもそれを知ってか知らずか、それとも単に気まずいのか、あまりモモの方を見ようとはしなかった
その様子を感じて、またモモもうつむいてしまう

はぁ、なんで1日でここまで悪化するかなぁ…。これは想像以上だなぁ

「ワハハ、そろったようだし始めるか」
「みんな、脚本は読んできたか?」

むっきーの脚本はよくできていたと思う。あまり手直しの必要はなさそうに感じた
それでも、ここは良かった、ここは良くないなんて意見を言い合っていく

モモも、この意見出しには積極的だった
相当読み込んできたんだろう

ある程度意見がまとまったところで、モモが言う

「先輩、私演劇やるっす」
「おお、そうか」
「対抗戦は、諦めるっす…」

決心をしても、それでもなお心残りはあるんだろう
諦めると言ったモモの表情は、僅かに悔しそうに歪んでいた

「…モモ」

私が何と言ったらいいのか逡巡している間に、

「ありがとうモモ。いい作品にしような」

宮永照の営業スマイルよろしく、完璧な笑顔でゆみちんが答えた
まったく、そんな作ったような笑顔にモモがそんな簡単につられるわけないだろうに…

「は、はいっす。頑張るっす」

が、モモは顔を赤らめてあっさり陥落していた

おおい、ゆみちんだったら何でもいいのか!?
でも、モモはゆみちんを追いかけてこの学校に入ったようなもんだからな。ゆみちんに必要とされたいって一心なんだろうな
それは悪くないとは思うけど、本当にしたいことは、そうじゃないんだろう?

まあ、今それを声高に言ったところで、今の状態じゃ通じはしないだろうけど
まったく、めんどくさいことになったなぁ…

「ワハハ、話はまとまったようだな。それで、もう一人は誰が演じるんだ?」
「異論がなければ、私がやるつもりだ」

ゆみちんがそう答えるが、異論などあるはずもなかった
じゃあ私はいつも通り大道具だなぁ、桃の木の張りぼてがメインになるから気合を入れないとな

演劇は演劇で、みんなで力を合わせて作り上げていくもの
だから、演劇をほっぽり出してまで対抗戦に力を入れようとは私も思ってない

でも参加することに意義があるじゃないけど、軽い気持ちで部活対抗戦に出たって、別にいいと思うけどな
それに本当はゆみちんもモモも、対抗戦に出たいはずなんだよな…

「じゃあ今日の話し合いを踏まえて、むっきーには手直ししてもらうってことで、今日は解散」

私はそう言って、むっきーと佳織に目くばせした

頼むぜ2人とも、私は他の学年にはあんまり顔広くないからなぁ
でも、できることはやるつもりさ


なあ、ゆみちん、モモ…
もっと気楽に打とうぜ。意地張っても疲れるだけだろうに

お互いがお互いを慮って、結局間違った方向に進むなんて、虚しいだけだろう

今日はこれまでです

うーむ、なかなか話が進まない…

-side 誠子

-翌朝
-2年11組


今日は朝練もないので、ゆとりをもって登校する
教室に入ると、もう半分くらいは教室にいて、思い思いに雑談したり本を読んだりしていた

「おはよう、灼」
「おはよ…」

今来たばかりなのか、カバンからノートやらを机に入れている鷺森灼に声をかけた

「今日は部活じゃないんだ?」
「テストも近いしね。それに対抗戦でちょっとずつピリピリしてきたし」

アーチェリー部の三連覇がかかっていることもあって、部活対抗戦への意識は半端ないものがある
でも、宮永先輩のクラス対抗戦・部活対抗戦・個人戦の9冠がかかっているというプレッシャーの方が大きかったりする

ここで負けでもしたら、あいつのせいで宮永先輩は前人未到の9冠が達成できなかったなんて言われるのは目に見えている
それを部員みんなが感じている…

「もうそんな空気なんだ…。さすが連覇中の王者アーチェリー部は違…」
「茶化さなくてもいいよ。それに今年はかなり危なそうだし」
「…そう?」
「やばそうな部活筆頭の部長さんが何を言ってますやら」
「うち、そんな評価なんだ…」

心底意外そうにつぶやく灼
まあ、一介の挑戦者という立場なら気楽なのかもしれないけれど

「客観的にも主観的にも戦いたくない部活筆頭だよ」
「そうなんだ…」
「ういーっす」

そこに井上純が声をかけてきた

「ん、もう対抗戦の話か? 気が早いんじゃねーの?」
「こっちはいろいろ大変なんだよ、昨日も10人の枠に誰を入れるかで会議があったし」
「本格的だな、こちとらフルで5人だから会議も何もありゃしねーよ」

あきれた表情の純
人数が多い部活なら、会議とか開かないまでにしても部長と近い人が数人で、誰を入れようかみたいな話はしているはずだ

逆に純とか灼みたいに少ない人数の部活だったらそんな問題もないのだろうけれど

「特に部長が一番ピリピリしてて、絶対に連覇するって意気込んでるから」
「ああ、別の連覇もかかってるからなおさらか。そういう空気はかったりーな」

ただ部活としての連覇がかかっているだけならそこまででもなかったかもしれない

「それで、さっきの続き…」
「ん、ああ。ボウリング部とは戦いたくないって話か」

客観的、主観的とわざわざ分けたのには理由がある

「客観的ってのは、クラス対抗戦の決勝戦に出た人数。もちろんこれだけじゃあ強さは測れないと思うけど、それでもボウリング部は4人」
「私だけ行けなかったから…」
「そういうことを言いたかったんじゃないんだけど」

灼を落ち込ませるつもりで言ったんじゃなかったのになぁ
うちのクラスは2日目で負けてしまったから、ボウリング部は灼だけ行けなかったみたいに聞こえたかもしれない

「そんなこと言ったら、俺たちなんて衣だけだぜ。それが強い弱いの指標にはならくねーか?」
「まあそうなんだけどさ…。でも、ボウリング部を警戒する指標にはなるだろ」

うーん、なんか変に脱線してしまってる感じだな…
でも確かに、決勝戦にメンバーが出てない部活は弱いと聞こえても仕方ないか…

説明の仕方が悪かったかな
でも昨日の会議でも、そんな理由も含めて部長が結構警戒してたし、普通に通る理由なのかと思ったけど…

「とりあえず客観的な方は分かった…。それで、主観的な方は?」
「ホントに主観的っていうか、個人的な意見だからな」
「それでいいから…」

あらかじめ断っておく
灼も純も興味深そうに私を見た。うーん、そんなに期待されると言いづらくもあるけれど…


「個人的に、松実さんと対局したくないなと思ってさ」
「…松実さんって、玄、宥姉?」
「え、ああ。お姉さんの方」
「なんでまた、あのドラローの方がやりにくくねーか?」

純の言いたいことも分かる
私も純も基本的には鳴き麻雀。ドラが無い状態で鳴いてもなかなか打点は上がらないから

「宮永先輩と付き合ってるだろ、松実さん」
「たまにボウリング場に来るね…」
「負けたら当然気が重いけど、勝っても宮永先輩がどんなリアクションを見せるかと思うと気が重くなりそう」

松実さんがアーチェリー部に来たことはない
ただ宮永先輩も幽霊部員だから、昨日の会議には顔を出したけど基本的には週1回くらいしかこない

けど、部活対抗戦の部内の練習が始まってからは普段よりは顔を出してくれるようになった

「携帯の待ち受けも松実さんと一緒に写ってたの見せてきて、私が『夏でもマフラーなんですね?』って軽く聞いたのに大真面目に反論してくるし」
「夏マフラーに関しては、誰もが一度は通る道…」

灼がそう言う。さすがに慣れてしまっているんだろう

「去年の夏フェスで、国広君と松実のねーさんがデコボコペアで優勝してたよな、確か」

ああ、そういえばそんなのもあったなぁ…
デコボコというか、2人1組で出場してそのギャップの大きさを競う恒例のイベントだ

学校にいるときはそうでもないけど、私服では紐を着ているのではないかというくらいの国広さん
そして夏でもマフラーとかで着ぶくれている松実さん
季節感が真逆の2人の組み合わせはまさに圧巻だった

「話が脱線しちゃったけど、とにかくそんなことで対局したくないってこと」

どんどん話がずれていくな…

「おはよう」
「おはようございます」

声をかけてきたのは津山睦月に本内成香の2人だった

「うぃーっす」
「おはよう…」
「おはよう、そういえば2人のところは対抗戦出る?」

参加表明している部活もあれば、まだ態度を明確にしていない部活もある
出ると言っていても助っ人の当てがなくて出れないところもあるかもしれない

それぞれの部活の動向を可能な限りで探っておくこと、というのが昨日の会議で言われたことだった
明日には部長会議があり、それで出場できる部活は確定する
けれどギリギリまで情報収集は怠らないように…

そんな指示が出るくらい、今の部長は神経質になっている
可能な限りでって話だし、世間話程度で聞き込みすればいいよね、たぶん

「うむ、助っ人次第ということかな。当日は演劇をする予定だから、日程次第で助っ人に出てもらってつないでもらうってことになりそう」
「…私のところは出ないですね。部長が当日所用で不在ということで、助っ人呼んでまで出なくてもいいかって話になりました」

睦月は演劇部だったか
確か去年までも対抗戦に出た実績はないはず。そこまで問題にはならないかな?

「成香って何部だったっけ?」
「え、私ですか?」
「それより成香さん、対抗戦出ないなら演劇部の助っ人になってもらないだろうか?」

私の質問を遮って、睦月がいきなり頭を下げた
それを見て成香がビクッと震える

「え、意味が分からないのですけど…。私なんかが助っ人?」
「昨日部活で誰かに助っ人頼めないかって話になって、真っ先に浮かんだのが成香さんだったから」
「そ、そうですか…。急に言われても、困ります」
「結論はすぐじゃなくてもいいから、考えてほしい」

そこでチャイムが鳴ってしまう
結局私の質問には答えてもらえなかったけど、それはまたでいいか。出ない部活のことを調べても意味はないだろうし

それよりも、演劇部の助っ人に成香が入るかもしれないって方が情報としては有用かな

助っ人次第では人数ギリギリの部活が突然参加してくるかもしれないのは間違いない
出なかった部活の有力選手は、今度はどこに助っ人に入るかなんてことにも注意が必要なのは分かる

でも…

――去年突然現れたキャッチボール部という例もある、突然部活が新設されるかもしれないからその動向にも注意を払うこと

部長はそんなこと言っていたけれど、影も形もないものをどうやって注意を払えばいいというんだろう


なんにせよ、気が重い日々が続きそうだ

今日はここまでです

成香ちゃんはなんか、睦月と同じでとりあえず先鋒的な空気が漂いますよね…

では

-side 智葉

-昼休み
-職員室


所用のため、私は職員室に向かった

「遅い昼食ですね、藤田先生」
「おお、辻垣内か。どうした?」

いつものごとくかつ丼を掻き込む藤田先生
よくもまあ、毎度毎度飽きないものだ…

ああ、そういえばこの学校には飽きもせず同じものを食べている生徒がいたか…
昼休みが始まってすぐにどこかへと走り去っていく片岡優希とすれ違ったのを思い出した

「第三対局室の予約に伺いました」
「ああ、ちょっと待ってろ」

予約ノートをパラパラとめくる先生にお構いなく、私はついでに気になっていたことを尋ねた

「ESS部の顧問になられたそうですね?」
「ああ、龍門渕に頼まれてな。2週間かつ丼の昼食宅配で手を打ってやった」
「……それは教育者としてどうなんですか」
「ギブアンドテイク、立派な社会勉強だ」

まったく悪びれない藤田先生

これ以上追及しても無駄だろう。特に悪意もなく、ただ目の前の餌につられただけということ
まあそれはそれで、少々腹立たしくもあるけれど。済んでしまったことを嘆いてもしかたない…

「第三対局室だな、今日は空いているぞ」
「では放課後は私の名前で予約を」
「名前書いといてくれ」

ポンとこちらにノートを突き出し、また藤田先生はかつ丼を掻き込み始めた
それにしても、いつも思うがどうしてかつ丼を三杯も食べて平気なんだろうか…

空になった2つの丼と、もうすぐ空になりそうなもう一つの丼
それを横目に見ながら、私はノートに自分の名前を書いた

静かな対局室だ、ひそかに打つにはちょうどいい

「お前、対抗戦には出ないんだろう?」
「どこかの誰かのおせっかいのおかげで、出ないための手間が増えたんですよ」
「……出ないための手間、か」

コトンと、空になった丼が置かれた
って、もう食べたのか…

「放課後、何をするつもりだ?」
「…それを言う必要を感じません」
「まあいい、好きにしたらいいさ」
「ええ、もとよりそのつもりです」

人の悪い笑みを浮かべる藤田先生を背にして、私は職員室を出た

-side 浩子


昼休み、データの整理と同時に、情報収集に動く
そのうちの一つが、対局室の予約状況

今年初めて導入された助っ人制度
その動向を知る一つとして、どこで誰が練習しているのかが分かる対局室の予約状況のチェックは欠かせない

「ふむ、辻垣内智葉か…」

助っ人市場において最強と思われる、辻垣内智葉
それを意識してか、早々に部活対抗戦に助っ人として参加しないと表明していた

なら、なぜこの時期に対局室の予約をしているのだろうか…

「何かありそうやな」

その時間にこそこそ覗きに行ってもええけれど、今日の放課後はソフト部の部活対抗戦のメンバー決めがある
なら、直接聞いたろうか…

広い学校だから目的の一人を探すのはなかなか難しいが、部員などに電話しまくって目撃情報を探る

そしてようやく、食堂で本を読んでいる辻垣内さんを見つけた
図書館で本を読まれていたら話しかけにくかったが、食堂なら周囲も雑談しているから問題ない

私はコーヒーを買って辻垣内さんの斜め向かいに座った

「コーヒー、いかがですか?」
「この程度で買収のつもりなら、安く見られたものだな」
「私なんかがあなたの勧誘だなんて、荷が重すぎますわ」

いきなりの牽制。覚悟はしとったけど眼光も鋭くて腰が引けそうやな
けれど、情報収集のためには泣き言は言っていられない

「…用件は何だ?」
「今日の放課後、第三対局室で何をされるのかと思いましてね」
「それを言う必要があるのか?」
「まあ世間話やと思って気軽にお付き合いくださいな」

直接聞きだすのは難しいだろう
時間も限られているが、少しでも推測のヒントが得られればいい

辻垣内さんは、私の差し出したコーヒーに口をつけた
少なくとも、会話は拒否しないとみてええやろうか…

「辻垣内さん、なぜ部活対抗戦に出ないんですか?」
「黙秘する」
「では、宮永照の9冠をみすみす達成させることについては?」
「なんだ、対抗馬筆頭のソフト部はもう負ける気でいるのか?」

そう返してきたか…。やっぱり一筋縄ではいかへんようやな

「うちの部の誰よりも学年ランクの高い辻垣内さんが出場されないとなれば、宮永照の連覇は可能性は高いと見ます。データに基づいたシミュレーションは何百回としとりますから」

予想されるそれぞれの部活の戦力とその予想オーダーを組み合わせ、対局シミュレーションのプログラムは構築済み
もちろん、それだけではまだまだデーター不足やし、本番一発勝負ではどう転ぶか分からない

けれど、やはり最強のカードを持つアーチェリー部の勝利はかなり高確率と出ている

それを揺さぶるためには、今はまだデーター外の助っ人の存在が必要やろう
特に部活無所属では最強の、辻垣内智葉の存在が…

「シミュレーション、ね…。あまり意味があるとは思えないが」
「正直、趣味の範疇であることは認めますよ」

ありとあらゆるデーターを集め、それを解析する楽しみは、他の人には理解されないかもしれない
ただの寄せ集めの数字や牌の並びが、集計や分析によって意味を持たせることができた瞬間の喜びがある限り、私はデータ収集を止めることはないだろう

「…宮永照については、個人戦で雪辱を果たす。団体戦で倒すよりも、その方がいい」
「宮永照自身がプラス収支でも、チーム全体ではマイナスということもありえますからね」

それは気持ちとして分からないでもない。直接対決で勝ってこそ、真に倒したと言える
逆にどうしても宮永照を負けさせたくて、クラス対抗戦では学校全体を巻き込んだ騒動になったわけやしな…

「じゃあ、逆に宮永照には部活対抗戦にも勝利してもらって、9冠リーチの状態で倒したいとかそういうことですか?」
「……なんだ、その餌を太らせてから食おうみたいな発想は?」

むう、外れか
その矜持からしたらそのくらいのことは考えそうかと思ったが…

あきれ果てたように大きくため息をつく

「さっきから宮永照を絡めて話をして挑発でもしているつもりなのだろうが、別に私はあいつを倒すために生きているわけではない」

…確かに挑発含みだったのは否めない
けれど、この程度の仕掛けではびくともしない、か

ふふ、まだまだ研究が足らんようようやな

「まあいずれにせよ、私がどこかの部活の助っ人になることはない。それで満足か?」
「…はい、ええ話を聞かせてもらいましたわ」

そろそろ潮時やろう…
探すのに手間取ったこともあってあまり時間が残されていない

「最後にええですか?」
「…なんだ?」
「コーヒー、150円です」
「金とるのか!」

最後に1つくらいボケとかんとな

私は冗談ですよと付け加えて、食堂を後にした
第三対局室で何をするかは気になるけど、それは誰かソフト部の1年でも使って様子見させたらええか


部活対抗戦、ソフトボール部はシードとはいえ、決勝に残るのはなかなかしんどそうやな…

今日はここまでです
フナQの書きやすやはなんなんだろう…

ではまた

-side 桃子


放課後のホームルームになる

「じゃあ前に出た出し物の案を書いていくんで、とりあえずやってもいいかなってやつに手を上げてな」

いずみんが黒板に前に出たらしい案を書いていく

正直クラスの出し物には興味なんてない。けど完全に逃げるわけにもいかないだろう
できれば前日までに準備して、当日は何もしなくていい展示みたいなものの方がいいんだろうと思う

「その前に、ちょっといいか?」

勢いよく挙手したのは、優希だった

「ん、なんかあるん、優希?」
「ちょっとプレゼンをさせてほしいじぇ!」

その優希は、ちょっとばかり緊張した面持ちで紙袋を取り出した
中から出てきたのは、ラップに包まれた……タコス?

「人数分作るのは無理だったから、少ししかないけど…」
「え、自分で作ったんか?」

びっくりした表情を浮かべるいずみんに、優希がタコスを手渡した

「食べるばかりで自分で作ったことなんてほとんどないから、あんまり出来は良くないけどな」
「あー、確かに盛り付けも雑やんな」

遠目では分からないけど、今まで作ったことがないというのならそんなものだろう
それにしても、わざわざタコスを作ってくるなんて…

「モモ、モモはいるか!?」

優希が突然声を張り上げた
…なんでここで私を指名するんすかね

私が無視を決め込んでいると、春が私の手をつかんだ

「ここに…」
「春っ!!」
「おお、隠れてないで食うといいじぇ!」

そして私と春にも、不格好なタコスが渡された

あー、確かに具の大きさがバラバラであんまり美味しそうには見えなかった
包んでる皮もなんか焦げてるし…

私が食べるのをためらっていると、春がラップをとって一口食べた

「どうだじぇ?」
「…40点」

きっぱりと言う春
40点っすか。あんまり食べたくなくなる評価…

「春は辛口だじょ」
「黒糖を超える食べ物なんて、この世に無し」
「なにをー、私のタコスは美味しくないかもしれないけど、この世で最強の食べ物はタコスだじぇ」
「…世迷い言を」

……ダメだ、この2人の食べ物論議なんて当てにならないし、エンドレスに平行線を辿るだけだろう

「40点はさすがに辛口やで、春」

そこに試食を終えたのか、いずみんが声をかけてきた

「せめて、53点くらいは上げたらな」
「結局赤点じゃないか!」

いずみんもそのくらいの評価ということは、やっぱりそんなに美味しくないのだろう
っていうか53点ってなんて半端な…

「そもそも、真に最強の食べ物はたこ焼やしな」
「確かにたこ焼は4天王に入れる食べ物には違いないけど、頂点に君臨するのはタコスだじぇ!」

あー、今度はたこ焼っすか
好きな食べ物で争っても平行線になるだけだというのに…

「モモ、早く食べるといいじぇ!」
「はぁ、しょうがないっすね…」

ラップをはいで、私は意を決してタコスをほおばった

サルサソースがちょっとしょっぱい…
皮も焦げてるし、お世辞にも美味しいと言えるものではなかった

「じゃあ40点で」

めんどくさいので春に合わせておく
隣の春が、ニコリと笑った

「私と同じ点数。すなわち、黒糖が最強」
「なんでそうなるんすか…」
「違うの?」

不思議そうに小首をかしげてくれるっすけど、逆になんでそうなるのかこっちの方が不思議なんだけど…

「それで、タコスを配ったりしてどうしたいの?」

同じくタコスを配られた数絵が聞くと、優希はいずみんのいる黒板の前に移動した

「昨日は私が他人任せにしてたから、ここままじゃタコス屋にならないと思ったんだ…」

真面目な表情で、優希が教室を見まわした

「本当は美味しいタコスを人数分出せたらいいと思ったけど、買ってきたタコスを配っても私がタコス屋をやりたいって気持ちが伝わらないと思って」

それで家庭科部の人に頼んで調理室を借り、昼休みに作ったらしい
よくそこまでやるっすね…

「私、ちゃんと準備とかするから。だからタコス屋をやりたいです!」

そう言って、勢いよく頭を下げた

静まり返る教室

しばらくして、パチパチパチと手を叩く音がした
教室の隅で様子を見守っていた、瑞原先生がにっこりと笑っていた

「自分のやりたいことのためにちゃんと準備してきたんだね、先生感動したぞ☆」
「先生…」
「決めるのはあくまで多数決だからね。みんなが、タコス屋やりたいって気持ちになってくれたらいいね」
「…じゃあ、多数決に入るで」

それでも、ここまでされてタコス屋以外になるわけもなく…
結果、クラスの出し物はタコス屋に決まった


「………やりたいことのため、か」

どうしてまたこんな気持ちになるんだろう
もう、諦めたはずなのに

やりたいこと――先輩と、対抗戦に出たかった

そのために、何かできたんじゃないかって
こんな美味しくないタコスでも、人の心を動かすことができたのに
私は何もせずに諦めてしまったんじゃないかって…

「モモ」

出し物が決まってからもうつむいて座ったままの私に、春が声をかけてきた
その手には、例のごとく黒糖

「お口直し」
「ありがとう…」

とりあえず黒糖を口に放り込む
甘い香りが口の中に広がった

「やっぱり黒糖が最強」
「最強議論はキリがないっすよ…」

そもそも、食べ物に対して強い弱いって議論はおかしいと思うけど…
春は、私を見て言う

「…部活、大変なの?」
「どうしてそんなこと聞くんすか?」
「助っ人いないなら、まだ間に合うから」
「え?」

どうして助っ人の話になるんだろう…

よくよく聞くと、蒲原部長が助っ人を探しているらしく、人数を余らせているであろう部活の部長に声をかけているらしい
書道部にも声をかけてそれが春の耳に入ったらしい

「なんでっすか、対抗戦には出ないんじゃ…」
「出ないの?」
「先輩は出ないって言ってたのに」
「……その先輩が出なくても、演劇部3人と助っ人2人なら出られる」

……私は助っ人の話なんて知らない
当然、先輩が出るとも思えない

なら、部長とかおりん先輩とむっきー先輩の3人で出ようとしているんだ…

どれだけ先輩が反対しても、部長を含む3人と助っ人2人が揃っていれば対抗戦には出られる
私が知らないのは、たぶん私に言えばすぐに先輩に伝わるからだろう

…まだ、可能性は残されているんだろうか
やりたことを、やるために


「モモ、私は書道部のメンバーから外してもらおうと思う」
「いや、そこまでしなくてもいいっすよ」
「必要ないなら、私は書道部の助っ人枠で書道部として出ることもできる」
「どういうことっすか?」

最初の出場部員として登録する10人は明日が締切
そして助っ人枠には、誰を入れてもOKらしい

つまり、10人の中から外れてしまった同じ部活の部員でも入れることができる
10人の書道部員+助っ人としての3人の書道部員で、合計13人まで同じ部員で登録できることになる

そしてその許可も書道部の部長さんからもらっているらしい

「助っ人の締め切りは夏休みが終わるまでだから、まだ時間はある」
「……でも、なんでそこまで」

意味が分からない
春は自分の部活の対抗戦に出られなくてもいいんだろうか…

ニコリと春が微笑む

「なんとなく、そうした方がいいと思って…」
「なんとなくって…」

理由を知りたいのに、なんとなく…
本当に、何を考えているのかよく分からない

「…私は、対抗戦には特に思い入れはないから。でも、モモにはある」

思い入れ…

諦めたはずの感情が、また胸の中で暴れだそうとする
抑えなきゃって気持ちと、このまま衝動に任せてしまえばいいのにって気持ちがせめぎあう

このまま諦めた方が、きっと楽なのに…

「考えさせてほしいっす…」
「うん、時間はまだあるから」

諦めという名の檻に閉じ込めたはずの感情が、また光を求めて暴れだす…
光に届かずに、また絶望するだけなのかもしれないのに

私は、どうしたいんだろう…
何が正しいんだろう

-side ダヴァン

智葉に呼び出されたのは、第三対局室

「ねー、ダヴァンは何か聞いてるのー?」
「ミンナがもらったメール以上のことは、私も知りマセン」

ネリーの問いかけに、私は首を振るしかない

私とネリー、ハオ、明華
この4人に智葉から送られた一斉メール

『放課後、第三対局室にて待つ』

これだけの内容。私は真意を測りかねて直接電話をしてみたけれど、来れば分かるというだけで内容までは教えてもらえなかった
エイスリンは来なくていいのかと尋ねたときに、あいつは美術部だろうという返事だったので、立ち上げた新しい部活についてのことかもしれない…

「ここデスね、第三対局室…」

あまり使われていない小さな対局室だ
私が扉を開けると、中には智葉が一人

卓上には、場決めをするためか裏返された4枚の牌

「わざわざこんなところに呼んで悪かったな」
「どういったご用件なんでしょうか?」

明華の質問に、智葉は伏せられた4枚の牌を指さした

「今から私と2半荘打ってもらう。一度でも私をラスに出来ればお前たちの勝ち、できなければお前たちの負けだ」
「…何に対する勝ち負けデスカ?」
「ESS部を立ち上げて、私と対抗戦に出たいんだろう?」

やはり部活対抗戦のことはもう智葉も知っている
そして私たちが説得に行くことも分かってたのだろう

先手を打たれましたか…

できればもう少し出たくないという理由を探ってから勧誘をと思っていたけれど、智葉相手にそんなぬるい手は通用しないということでしょう

「ねえ智葉、それって私たちが勝てば対抗戦に出てくれるってこと?」
「お前たちが勝てばな。逆にここで私が勝てば、今後どんな泣き脅しを受けようが、私は対抗戦には出ない」

その真剣な表情は、けっしてブラフなどではないだろう
戸惑うハオが私を見た

「どうします?」
「どうもこうも、智葉がそう言っているのデスカラ、乗るしかないでしょう…」

構図としては3対1。3人がかりで智葉をラスに出来るか否か…
いかに3人がかりとはいえ、あの智葉をラスにできるかどうかはなかなか厳しいところだろう

けれど、智葉自身がチャンスをくれると言っているのだ、これを逃せばもうチャンスはやってこないだろう

「1半荘打ってラスだった者が、抜けている誰かと交代すること。私がラスなら、それで終わりだがな」
「1人抜けないといけないですね、誰にします?」

智葉の説明を受けて、明華が尋ねる

「私は最初から入るよ!」

そう言ってネリーは牌を引いてしまった
まあネリーは人の対局を見ているだけというがあまり好きでないようだから、始めに抜けるというのは選択肢にないのだろう

「私が抜けマス。ハオ、明華、頼みマス」

実力的には、誰が抜けても大差はないはず…
なら智葉の真意を探るためにも、ここはしっかり見定めるべきでしょう

もちろん、この3人なら案外あっさり智葉にラスを引かせられるかもしれない…

けれど、そんな心を見透かすように智葉が私を射抜く

「その選択、後悔しなければいいがな」

…智葉が本気なのが嫌でも伝わってくる
いや、それでも勝負が決するまで何が正着であったかなんて分からない

場決めが終わり、対局が始まる

今日はここまでです

やっぱり成香ちゃんはダメだったか…
ではまた

-side 美穂子


調理実習室で部活を始めようとすると、ゆっくりと扉が開けられた

「失礼するじぇ」
「あら、片岡さん」

片岡さんが満面の笑みを浮かべて中に入ってくる
そして力強くVサインを出した

「無事にタコス屋になったじぇ!」
「よかったわね」

思わず微笑みながら、私は昨日のことを思い出した…



昨日の放課後、突然片岡さんが『タコスの作り方を教えてほしい』と言ってきた
その後すぐに久さんもやってきた

「悪いわね美穂子、ちょっと優希が落ち込んでたから事情を聞いてみたら…」

クラスの出し物でどうしてもタコス屋がやりたい片岡さんだけど、どうも雲行きを怪しくしてしまったらしい
そこでクラスへのプレゼンとしてタコスを自作したいという

「私もレシピを見ながらになるけれど、いいのかしら?」

タコスを作ったことはなかったような気がする

「…それにしても、タコスのレシピ本なんてあったかしら?」
「部長、それならネットで探してプリントアウトしますよ」
「ありがとう、吉留さん」

未だに理屈はよく分からないけれど、パソコンの中にレシピがあってそれを印刷することができるらしい…
吉留さんがパソコンに向かうと、あっという間にカラーのレシピが出てきた

「本当に、プリントアウトさんには感謝ね」
「どうやったら美穂子にパソコンその他について理解してもらえるのかしら」
「それはうちの部の永遠の課題ですね…」

なぜか久さんがため息をついて、吉留さんが苦笑した

レシピを見るけれど、調理室にある道具で調理可能なようだ
問題はタコスの皮が市販品で手に入るか、それとも自分で作らないといけないのか…

明日の放課後に出したいとなると、今日中に材料をそろえて、作るのは明日の昼休みになる
朝のうちに材料を仕込んでおくことも必要になるかもしれない



そうして部活が終わった後に待ち合わせて一緒に材料を買い揃え、朝も昼も手伝いをして…
正直あまり出来のいいものではないけれど、気持ちを伝えるには十分なタコスができたと自負できる

「ありがとうだじぇ、おねーさん!」
「いいえ。でも、お客さんに食べてもらえるレベルになるには、まだまだ練習が必要よ」
「これからもがんばるじぇ!」

そう言って片岡さんは部屋を出ていった

「そういえば、昨日のもう一つの件、どうするんですか?」
「そうね、何とかしてあげたい気持ちもあるけれど、こればかりは個人の気持ちに任せるしかないわね…」

吉留さんの問いかけに、私はまた昨日のことを思い返す


昨日の放課後、少し遅めの時間にまた来客があった

「ワハハ、みっぽはいるかー」
「あら、智美さん」

入ってきたのは蒲原智美さん。今日はお客さんの多い日ね

「どうされました?」
「実はちょっとお願いがあってなー」

話を聞くと、部活対抗戦の助っ人を探しているらしい
人数がギリギリな部活は大変なんだろう

「もちろん、とりあえずは自分たちで探すつもりだけど、見つからなかった場合には家庭科部で出られない人に出てもらえないかと思ってな」
「そうですか」

紹介することはできるけれど、出るかどうかは本人次第…
それにオーダーはギリギリまで考えてから決めようと思っていたから、まだ誰が出て誰が出ないのか分からない

その旨を伝えると、智美さんはまたいつものように笑う

「ワハハ、まあまた来るかもしれないけど、そのときはよろしく」



そんなやり取りがあって…
そして今日が家庭科部の部活対抗戦オーダーを最終決定する日だった

「華菜はまだ来ないのかしら?」
「もしかしたらクラスの出し物決めが長引いているかもしれませんね…」
「そうね…」

今までは部活対抗戦のオーダーをこんなに早く決めることはなかったから、クラスの出し物決めと同時になってしまうことはなかった…
例年ならば、夏休み明けの部長会議でメンバーを提出すればよかった

助っ人制度、一応混乱の無いように十分周知はされていると思うけれど、それでもいろいろと変化は大きい…

その変化に一番戸惑っているように見えるのは、連覇を狙うアーチェリー部部長、菫さんのように思う


「美穂子ちゃん、ちょっといいかしら?」

今日の午前中、授業の合間の休み時間、私は霞さんに声をかけられた

「はい、なんでしょうか?」
「あなたのところにも、蒲原さん来た?」
「ええ、来ましたけど」

聞けば同じように放課後に書道部の部室にも智美さんが訪れたらしい

「でも、気になることがあるのよね」
「気になること?」
「巴ちゃんから聞いたんだけど、加治木さんは部活対抗戦には出ないって言っていたらしいの。でも部長の蒲原さんは助っ人を探している…。どういうことなのかしらと思って」
「……心当たりはないですね」

昨日はそんな話は聞かなかったので分からない、単に助っ人を探しているという話だけだったはず…
そんな話をしていると、そこに菫さんがやってきた

「演劇部の話か?」
「菫ちゃんは何か聞いてます?」
「いや、だた2年の後輩から演劇部が助っ人を探しているというメールが来ていたからな」

…ということは、演劇部としては助っ人を探しているというのは間違いないのだろう

「加治木が、やっぱり出る気になっただけじゃないのか?」
「そうなのかもしれないわね。巴ちゃんが聞いたのはちょっと前だったようだし」
「ゆみさんが、そんなに簡単に自分の意見を曲げるとも思えないんですけど」
「そう言われてもな…。こればっかりは本人に聞くしかないんじゃないか?」

副会長も務める加治木ゆみさん
その決断力や行動力は会長である久さんも随分助けられていると言っていた

結局この場では結論が出るわけもなく…
菫さんは大きくため息をついた

「まったく、この助っ人制度というのは本当に悩ましいな…」
「あら、誰か助っ人を頼むのかしら?」
「逆だよ…。誰がどの部に入るのか、気になって仕方ない」

霞さんが尋ねると、また菫さんがため息で答える

「確かに、この助っ人制度によって今まで人数が足りなかったところも出てくるとなると、思わぬ伏兵も出てきそうですね」
「そういうことだ。竹井も余計なことをしてくれる…」

助っ人制度の発案は久さん
ただ部活の連覇がかかるだけでなく、宮永照さんの連覇もかかっているだけに菫さんの心労もひとしおなのだろう…
連覇への重圧がどれほどのものか私には分からないけれど、それでもいつもの対抗戦とは様子が違ってくるのは間違いない

久さんたちの文芸部はとりあえず5人集まって助っ人は必要ないはずなのに
それでもそんな助っ人制度を作って敵を増やすかもしれないのに…

「それでこそ、久さんなんでしょうね」
「こんなところでも悪待ちか…。勘弁してくれ」

辟易する菫さんに、私と霞さんは苦笑した



「ごめんなさい、遅れました!」

大慌てで華菜が入ってきた

「ぜんぜん出し物決まらなかったし!」
「大変だったんだね、華菜ちゃん」
「じゃあ、オーダー決めを始めましょうか」

ある程度決めてはあるけれど、できるだけみんなが納得できるメンバーを選びたい

明日までに登録するのは10人までだけど、助っ人枠を部活内でも適応すれば最終的なメンバーは合計13人まで選ぶことができる
それでもまだ選ばれない人は出てしまうけれど…

演劇部に協力が必要なら、またそのあとに考えることだろう

背中が痛くなるわ、お腹を壊すは散々な1週間でした…

来週もこんなペースかと思います

-side ダヴァン

-第三対局室

-1半荘目
-東3局2本場
-親 辻垣内智葉


確かに智葉は強い
けれど、どうしてここまでの差がつく…

対局前に、通しでもなんでもすればいいと言っていたけれど、その自信も頷ける

「ツモ、4200オール」
「うー、またツモられた…」

ネリーが悔しそうに点棒を差し出した
ハオと明華も同じく点棒を出す

ここまでは智葉の独走
このままでは南場にすら回らないかもしれない


東 智葉   51400
南 ネリー  16200
西 ハオ    6200
北 明華   26200


東1こそ、明華の親満ツモがあったものの、親っかぶりをしたのはハオ
さらにそのハオが東2局で智葉に満貫の振り込み

ここから智葉はずっと上がり続けている
流石にここからの逆転は厳しいだろうか…

「まったく、本当にお前たちは私と打ちたいと思っているのか?」

失望したかのように冷たい眼光を放つ智葉

卓の外にいるからこそ感じることができる温度差
卓に座る他の3人と智葉では、明らかに気迫が違っていた

「とりあえず、智葉さんの親を流すしかないようですね」
「…やれるものならな」

それでも簡単にひるむような3人ではない
明華の言葉に、智葉は冷たいままだった

-東3局3本場
-9巡目

ハオのツモがいまいちだ…
対する明華はすでに3副露、手を覗いてはいないがパッと見る限りでは喰いタンというところだろうか

ネリーと智葉はまた動きを見せていない
智葉がこの局は少し大人しい気がする…
これはチャンスなのだろうか。いや、そんな甘いはずはない

ハオの手番になり、まだイマイチまとまらない2向聴
もうオリを考えるべき頃合いだろう…

この勝負は智葉をラスにしなければならない
2着の明華でさえ、今現在は25000点以上の差をつけられている。現在ラスのハオは智葉にだけ的をしぼって狙い撃ちをするしかない

これほどのリードを許せば、全員が智葉を抜くのは現実的にはかなり厳しい…
けれど、チャンスは2半荘しかない。初めに抜けたのは失敗だったのだろうか

ツモ番が智葉に回る

わずかに手を止め、そして打ったのは

「ドラ切りデスカ…」

ドラ表示は四萬
赤ではないが、智葉が切ったのは五萬
しかも明華にはかなり厳しそうに見える牌…

明華の手牌を覗き見る


明華手牌:三四五六  副露:②④-③ ⑦⑦-⑦ 88-8 


食い仕掛けのタンヤオドラ1
智葉はかなり紙一重のところを通してきた

ネリーにツモが回る
いつもはスパスパ切っていく彼女の手も、さすがに止まった

-side ネリー

うーん、流石に智葉はテンパイだよね
明華に差し込んだ方がいいかなぁ…。私はまだテンパイしてないし、とりあえずこの辺かな?

「じゃあこれで」
「…ロンです」

私が切ったのは六萬。そして明華の手牌が倒れた

「タンヤオドラ1。2000の3本場、2900です」

流すには十分の手。次の親は私だからそこでできるだけ稼げばいい
そう、思ってた

「ネリー、対抗戦ルールはダブロンありだぞ」
「え?」
「ロン、三暗刻ドラ2。12900」

パタリと倒れる智葉の手牌


智葉手牌:①①①三三三五(赤)七九九南南南


「…って、なんで四暗刻崩してそんな待ちしてるの!?」

直前のドラの五萬は手出しだった
七萬を切ればツモリ四暗刻まで見えていたし、出上がりでも跳満の手…

智葉は淡々と告げる

「もっとも和了の見込める手を選んだだけだ」
「和了が見込めるって…」

私が差し込むのがわかったってこと?
確かに智葉自身で明華の上がり牌の一つである三萬はすべて押さえてしまっている
差し込みがあるなら六萬しかない

そこまで見切ってたってこと?

「ネリー、とりあえず点棒を」
「あ、うん…」

ダヴァンに促されて、私は智葉と明華に点棒を出した

残り、400点
リーチも出来ない、でも飛ばなかった、まだ続けられるっ

「さぁ、次は上がるよ!」

智葉が4本目の積み棒を置いた
でも、さいころを振らない

対局者の誰でもなく、智葉はハオの後ろに立つダヴァンに鋭い視線を放った

「なあダヴァン、私は対局前何と言った?」
「…通しでもなんでもしたらいい、デスカ?」
「そうだな、だったら何故そんなところに突っ立っている?」
「…意味がワカラナイですが。それに通しナンテしないと言ったはずデス」
「あきれるな、平和ボケにもほどがある」

大きくため息をつく智葉…
横で聞いていても、智葉の真意はまるで分からない

通しとかそんなズルして勝とうなんて思わない
正々堂々と勝たなきゃ

「智葉、サイコロ振ってよ?」
「…まあいい」

サイコロが回る。さあ、今度こそ智葉の親を止めるよ!


-東3局4本場、開始

東 智葉   64300

南 ネリー   400
西 ハオ    6200
北 明華   29100

-side 久

-生徒会室


「ああ、すまない。今日は部活には行けない」

ゆみが智美に電話を入れる
通話終えると、表情の硬いままでゆみが私を見た

「それで、わざわざ生徒会室に呼び出したのはどういう用件なんだ?」
「いえね、今日は私が対抗戦のオーダー受け取りの当番なんだけど、一人で待ってても暇だなぁと思って」
「それで私に付き合えと?」
「まあ、それは口実だけどね」

とりあえず座ったらと、私は目の前の椅子を指さす
ゆみは特に何も言わず、おとなしく席に着いた

「それで、本題は?」
「もう、そんなにあわてなくてもゆっくり雑談でも交えてお話ししましょうよ。紅茶でも入れる?」
「こっちは部活を休んでいるんだ、大した用事じゃないなら帰るぞ」
「せっかちね…」

やれやれと言わんばかりにため息をついてみせた
ゆみの複雑な表情は、やれやれと言いたいのはこっちだとでも言いたげだった

「仕方ないわね。じゃあ本題に入るけど」

瞬間、私は気を引き締めて、真剣な表情を浮かべた
ゆみはそんな私の変化を読み取ったのか、身構える

「演劇部、大丈夫なの?」

私の切り出しに、ゆみの理解は追いついていないようだった

「大丈夫とは、どういう意味だ?」
「ゆみ、あなたは演劇部は部活対抗戦に出ないって言ってたわよね」
「ああ…」
「でも、智美が助っ人を探しているみたいなのよ」
「なんだと…」

ゆみの表情が驚きにゆがむ

「美穂子に、家庭科部にメンツ余ってないかって聞きに行ったらしいわよ」

私がこのことを知ったのは今日の昼休み
優希のタコス作りの様子を見に行ったときに美穂子から聞いた

聞けば書道部にも同じことを聞きに行ったらしい
ただ3年2組の部長は5人いるけれど、智美に昨日会ったのは美穂子と霞の2人だけだったらしい
まあ文化系の部活と体育系の部活は部室が離れているから、まずは文化系の部活から攻めただけだと思うけれど

「その様子だと、どうやら知らないようね」
「ああ、恥ずかしながらな」
「別に助っ人を探すのはいいんだけど、そんなバラバラでちゃんと演劇成り立つの」

返事を返さず、ゆみはうつむいてしまう
私はパラパラと、これまでに提出された部活対抗戦の登録票をめくる

「まだ演劇部は提出されていないみたいだけど、きっとギリギリには出すつもりなんでしょうね」
「久、なぜこのタイミングで私にこのことを伝えたんだ?」
「智美は、美穂子に口止めしていないのよ」

何の算段があるのか、それともそんなものは無いのかは分からない
美穂子に、そんなに簡単に私に口外していいのと聞いたら、智美は口止めする気はないと言っていたようだ

遅かれ早かれ、ゆみの耳に助っ人を探していることが伝わるのは分かっているだろう…

――でも、そんな危ない橋を渡らなくてもいいのに

情報を放し飼いにしたとき、どんな尾ひれがついて広まっていくか分からない
そして、ゆみの耳に入るタイミングによってはとんでもないことになっていたかもしれない

「たとえば部長会議の時に突然のこのことを知らされたら、あなた冷静でいられるかしら…」

副会長であるゆみは部長会議には直接は関係ないから、絶対に出ないといけないわけではない

会長である私と、会議では主に部費の話が多いので会計の智葉は出席するが、必ず出るのはこの2人だけ
あとは書記を手の空いている人にその都度お願いする。基本的には書記の絃に頼むし、明日もそのつもりだったけれど…


「私は部長会議には呼ばれてもいないし、出るつもりもないが」
「たとえばの話よ。絃が書記出来ないから代わりに来てよってなったかもしれないじゃない」
「…正直、それはそのときになってみないと分からないな」

否定できないところを見ると、やはり冷静でいられる自信はないのだろう
まったく、人の気持ちなんてどう転ぶものかわかったもんじゃない…

「智美がその気なら、演劇部3人と助っ人2人で出場できる。あなたにそれを止める術はない」
「そうだな…」
「モモちゃんはあなたに付いてくるんだろうけど、部内が真っ二つに分かれてそれで演劇が成立するとは思えないわよ」

去年は私も照明係として手伝ったけど、今年はさすがにそこまでは手は回らない

それにしても、どうしてこうなったのだろう…

おととい、モモちゃんと廊下でぶつかって…
あのときのモモちゃんの様子も変だったし

その時から少しずつ、ゆみたちの周りで不協和音が奏で始められたような気がする

ゆみがうつむいたまま、つぶやく

「どうなんだろうな…」
「え?」
「モモが無条件で私についてくると、どうして言える?」

ゆみが顔を上げる
その表情は、この世の終わりかのように悲壮に塗りつぶされていた

「最近、モモが見えなくなってきて。そこから全部崩れるように、モモのこと自体が分からなくなってきた…」
「え、見えないって…」
「おとといは一緒に打ちたいと言われたよ。私は意地を張って、打たないと言ってしまった」

おとといってことは、やっぱり私がぶつかってからかな?

…やっぱり私が変なこと言ったのがきっかけになっちゃったのかな
でも遅かれ早かれ、問題にはなっていただろうと思うけれど

それにしても、なんだか相当ややこしいことになっているみたいね…

「昨日、モモは対抗戦を諦めると言ってきた。私を説得に来るかと思っていたのに」
「んー、だからモモちゃんはあなたの言うようにしちゃうんじゃないの?」
「モモの中の私は、すでに私を超えた誰かなんだ。憧れが強すぎて、私がなんでもできると思い込んでいる。そして私は、その私を超えた誰かを演じなければならない…」

確かに、モモちゃんのゆみへの気持ちは強い

自分を暗闇から救ってくれた恩人だからというのもあるだろう…
けれど、離れていた2年間というのはモモちゃんの中で『加治木ゆみ』という人物を過剰に飾り立ててしまった

ゆみはおそらく、モモちゃんの中にいる『加治木ゆみ』と、本来の自分とのギャップに苦しんでいるのだろう

モモちゃんに嫌われたくないから…
だったら、『加治木ゆみ』を演じるしかない

「…ねえ、ゆみ。二人の問題だからとやかくは言える立場じゃないけど」

でも、私は知っている
そうやって偽りを演じたところで、永遠の愛を誓い合ったはずの2人がボロボロになっていく姿を

「仮面舞踏会は、1夜限りの夢でしかないのよ」
「そうだな…。本当に、そうだ」


『加治木ゆみ』という仮面をかぶる、ゆみ
その『加治木ゆみ』に相応しい後輩でいようとする、モモちゃん


お互いを偽った世界じゃ、破綻は目に見えている
本当の二人が交差する世界は、もう残されていないのかもしれない…

今日はここまでです
しばらく週末1回の更新になろうかと思います

有珠山の名前出てきましたね
でもどちらかといえば臨海の監督の名前が知りたかった…

ではまた

-side 成香

放課後、部室に行くと私が最後でした

「遅くなってごめんなさい」
「んー、別に何をしているってわけでもないからいいけど」

獅子原先輩が私のほうをチラッと見て、そして部屋の奥に視線を戻した

「ユキは身長伸びないのに、おもちはまだ成長してるよね」
「打倒、はやりん先生!」
「何をもって倒したことになるんですか?」

奥では、また揺杏ちゃんがユキちゃんの採寸をしているところでした
もう何部なんだか分からなくなりそうです…

本来ならここはボランティア部
週末に教会とか、町内会とかのお手伝いをするのが目的の部活です

逆に言えば、平日は特に何もすることがないとも言えます。ときどき学校の周りの清掃活動とかをしますが

だから揺杏ちゃんは平日は趣味の衣装作りにこの部室を使っています
でも、同じ趣旨の手芸部もあるのだから、そちらに行けばいいのにと思わなくもないです

それを一度聞きいたことがあるんですけど

――んー、ちょっと方向性が違うんだよね。あの人たち、どちらかというと自分で着ることがメインっぽくてさ

よく分からなかったですけど…
多分、自分の好きな服を着たい人と、相手に自分の好みの服を着せたい人では、ケンカになってしまうということでしょうか

「なるかちゃん」
「ちかちゃん…」

私が採寸の様子を眺めていると、ちかちゃん――桧森誓子――が手招きしていました
私は隣に座ります

「やっぱり、教会に1日だけでもいいから来てほしいって言われちゃったから、対抗戦は無理だね」
「いえ、それは別にいいんですけど…」

昨日、そのことについて話し合って助っ人を頼もうかという話にもなったのですが…


 ◇ ◇

「わ、私は、どちらでも…」
「私も特に希望はないです」

私とユキちゃんは、どちらでもいいという返事をして
ちかちゃんはちょっと出たそうにしていました

「私は、最後だし出れるなら出たいかな。たぶん教会の用事は1日で済むし」
「んー、でも呼ばれてるのが私と誓子だからなぁ…」

獅子原先輩も教会に来てほしいと言われているようです

「揺杏はどう?」
「去年は出てませんけど、クラスの出し物ですっごい忙しかったから別に出なくてもいいかな」

そうなると、積極的に出たいのはちかちゃんだけで…

「んじゃ、とりあえずボランティア部としては不参加ってことで」

でも、と獅子原先輩は付け足しました

「助っ人として参加するかどうかは自由にしてくれていいから」

 ◇ ◇


というようなことがあって…

「あの、ちかちゃん…」
「どうかした、なるか?」
「私、演劇部の人から助っ人になってくれないかって誘われたんです」
「あ、そうなんだ。すごいね、出たらいいと思うよ」
「でも、私そんなに強くないし…」

助っ人というくらいだから、大活躍を期待されてしまうはずです
それでヘマしたら、本内さんなんて誘うんじゃなかったとか言われてしまうに決まってます…


「へー、成香は演劇部から誘われたんだ」

採寸が終わったのか、揺杏ちゃんが話に加わりました

「どこから聞いたんだろうね、ボランティア部で出ないって話し合った次の日には憩ちゃんから誘いがあったよ」
「憩ちゃんって、荒川さんですか?」
「そうそう、似たような趣味を持ってるからときどき話はするんだけどね」

方向性が多少違うとはいえ、服を作るという点では同じだから共通する部分は多いってことですよね

「それにしても演劇部かぁ、そっちも興味はあったんだよね」
「そうなんですか…」
「去年の劇、面白かったよ。でも、衣装がなってない!」
「…岩館先輩の語りが長くなりそうなのでお茶を入れてきますね」

そそくさと離れていくユキちゃんを、けれど今日の揺杏ちゃんは逃がす気はないようです

「ユキ、これはユキにも関係あることだよ」
「…私は演劇部に知り合いはいません」
「大丈夫、これから知り合えば問題ないって」
「何を言ってるんですか?」
「お、なんだか面白そうな展開。揺杏、続けて」

獅子原先輩も加わり、事態がややこしくなる予感しかしない…
私はちかちゃんを見るけれど、ちかちゃんも困ったように微笑んでいるだけだった

「いい、去年の演劇部に足りなかったもの、それは衣装!」
「はあ、そうですか」

心底興味がなさそうにつぶやくユキちゃんを尻目に、揺杏ちゃんは力説する

「そこで成香が助っ人を頼まれた縁ということで私とユキも助っ人として登録してもらう」
「いや、まだ私は助っ人になるのを受けたわけじゃないです…」
「さらに、衣装の作成の助っ人に登りつめ、ユキには通行人Aとか村人Bとか木の枝Cとか、そんな役でいいから何度も衣装を変えて登場させる」
「いいね、ユキの衣装も楽しめて見所満載の劇になるね」

獅子原先輩が大きくうなずく
何を言っても無駄と思っているのか、ユキちゃんはただあきれたように話の成り行きを見つめていた

なんだか勝手に話が進んでいます、怖いです…
それにまだ私は助っ人をやるかどうかわからないし、そもそも津山さんが頼んできただけで演劇部の部長さんが許可するかどうかも分からないのに…

それに劇の内容にまで口出ししそうな雰囲気です…
私が助けを求めるようにちかちゃんを見る

「揺杏ちゃん、爽ちゃん、勝手に話を進めたらダメだよ」
「ゴメンゴメン。でも部長会議で話するけど、蒲原ちゃんは話ができる子だから大丈夫だよ」

ちかちゃんがたしなめるものの、獅子原先輩にはあまり効果がないようです…

「でも、成香は助っ人やるんでしょ?」
「まだ決めてないです…」
「あ、そうなんだ。やったらいいのに」

揺杏ちゃんはあっさり言うけど、そんなにゆるーく決められることじゃないです

「とりあえずさ、善は急げって言うし。蒲原ちゃんに連絡とってみるから今から演劇部に乗り込もうよ」
「ええええっ」

止める間もなく連絡を取ってしまい、今日は部室で話をしているから来ていいという返事をもらってしまった

「よっし、じゃあ出発っ」
「ち、ちかちゃん。どうしよう…」
「とりあえず成香ちゃんが出る出ないは保留って事でいいんじゃないかな…。揺杏ちゃんも対抗戦よりも衣装作りが目当てっぽいし」

こうして5人で演劇部の部室に行くことになってしまった

その場のノリって、怖いです…

ヒロエシラバスのときにやってたコンマで即興SSをもう一回やってみました
・コンマで短編SSを書くスレ【咲-saki-】

コンマでスレ終了になりましたが、たまにやると気分転換になっていいですね


それにしても、咲ポのオープニングが公開されてましたがなかなかすばらでした
ではまた

-side ダヴァン

-東3局4本場
-親 辻垣内智葉
-ドラ 七

ハオ配牌:一三八②⑤(赤)⑧2469東北発


思わずため息をつきたくなるような配牌

ハオ ツモ:8

何とも煮え切らないツモ…
目指すべき役もイマイチ見えない

ハオは手を止めた

「…智葉」
「対局中だ…」
「どうしてこんなことをするんですか?」
「…黙って打て」

智葉はそっけない態度を崩さない
ハオは大きく息を吸って、牌を切った

打:⑤(赤)

赤ドラ??

ここから国士を狙うつもりだろうか…
けれどそれはあまりにも遠い、まだ手なりで打っていた方がテンパイは早いはず

「チー」

明華がその牌をすかさず鳴く
現段階では、それが喰いタンなのか他に役が絡んでいるのかは分からないけれど

なるほど、国士狙いというよりは、ここからでは自分の上がりが見込めないと踏んでの明華へのアシストということですね

できればネリーにアシストをしたいところだけれど、席順からしてそれはなかなか難しい
とりあえず智葉の親を何とか流して、ネリーの親番に望みを託すというところだろう
今のネリーの点数では、ハオも明華もツモ上りができない、すればネリーが飛んでしまう

場が進み、9巡目
ハオはまだ国士狙いを続けているかのように中張牌を切り続けるが、まだ到底国士には至らない
河の状況からして、まだ4枚切れの牌は無いようには見える…

「リーチ」

…は?

まだテンパイしていないのに、どうしてリーチを…

-side 明華

ハオが牌を曲げた…

まだ国士に到達しているようには見えないけれど、国士ができたのだろうか?
それとも、チャンタ系になったのでリーチしたのだろうか

曲げた牌は私の当たり牌。けれど、私の手はタンヤオドラ4の満貫手
ロンをすればハオが飛んで終わってしまう

私の手はさらしているだけでドラ4が見えている。そこにリーチなんて…

「ツモらないのか、明華?」

智葉が急かす

あまりのことに手を止めてしまったけれど、ここで和了するという選択肢はない
牌を倒せばこの半荘が終わってしまうのだから

「………………」

ハオが私の瞳をじっと見つめる
いったい、どんな覚悟を決めたのだろう…

ツモることが不可能な現状、リーチしてたとえばネリーから和了牌が出てきてしまったらもう八方塞がり
そのあとに智葉から和了牌が出てきてももう上がることはできない

それとも、私からの差し込みを期待しているのだろうか…
差し込み期待なら、ハオの手牌はチャンタ崩れのリーチのみという可能性もある。そうであれば、差し込んでも問題はないけれど

「…失礼しました」

今の私の手では、智葉から出上がりするしかない。けれどそれはかなり厳しいだろう
ハオへの差し込みという手段も考慮に入れておいた方が良さそうですね…

ツモってきたのはハオへの現物。智葉にも問題なく通る牌、私は即座にツモ切りする

そして智葉のツモ
流石の智葉も少し手を止めた

「ハオ、その覚悟だけは買おう」

そして智葉が切ったのは、①ピン
国士を警戒していない? もしくは智葉の手の中では何か4枚切れの牌があって国士ではないと分かっているということ?

なんにせよ、リーチくらいでは智葉は引かないということですね…

続いてネリーもツモ切り。ハオもツモれず、そのまま切る

「ロン、終了だな。ダブ東チャンタ、12000の4本場」

智葉が手牌を倒した

「トビです…」

リーチしたハオは5200点しか持ってないので、これでトビ
けれど、まさか南場にすら到達できないなんて…

「ハオ。国士風味の捨て牌でリーチ、私に幺九牌を切りにくくさせて明華への振り込みをさせたかったのだろうが、いかせん点差がありすぎる」

そういう狙いなら、まだ国士を張っていないように見えた手でリーチをかけたのも理解はできる
つまり、ハオは初めから自分では上がる気が無かったということ…

けれど、そのハオは小さく首を振った

「それは半分です」
「ほう……」
「残り半分は……この半荘を早く切り上げること」
「ハオ、早く切り上げるなんて何言ってるの!」

ネリーが思わず立ち上がる
私も意味が分からずにハオの表情をうかがった

「……ネリー。ツモもできず、差し込みをすることもできない状況で、智葉に勝てるとでも?」
「そんなの、やってみないと分からないよ!」
「私たちは前提条件を間違っていました。でもこの半荘が終わらなければ、それを伝えることもできない」
「…前提条件?」

ハオがこくりと、小さく頷いた

「私たちは、3人で協力して智葉を倒そうと考えていました」
「…それの、何が間違っているというのデスカ?」
「最悪誰かに差し込もうなんて甘い考えが、智葉に通じるわけがないのに。いま、そんな温い思考に囚われています」

…確かにその通りかもしれない
3人で協力して誰かを倒すという状況は、なかなか起こることではない

誰かの親番を流したくて、他の安そうな人に差し込むということは普段でもありえること
けれど、それはあくまで『他家を利用しよう』という自分本位の思考。その局限りの協力でしかない

3人で協力するメリットはもちろんあるが、今回のようにデメリットもある
すなわち、智葉以外からは大きな手を直撃できないという制限が加わるということ。それに、普段からコンビ打ちでもしていない限り、急造チームでは隙も多いのだろう

「だから、回りのことは気にするなというのは言いすぎですが、自分の点棒は自分で稼ぐ、自分が1位になるつもりで打つ」
「それってつまり…」
「いつも通り、ということデスネ」

全員が全力を出して、それでようやく智葉と並べるかどうか…
お互いを気遣った闘牌では、その隙を智葉に狙われてしまう

まさか、通しをしてもいいとか言っていたのも、わざと私たちが平常心では打てないように仕向けていたのだろうか

智葉を見ると、小さく微笑んでいるように見えた
けれど私が見ているのに気が付いたのか、すぐにその表情は冷たくなってしまう

「話は終わったか? じゃあ、席につけ」

泣いても笑っても、ラストチャンス

全力で当たらなければならいようですね…

-side やえ


翌日に控えた部長会議を前に、私はようやく決定したメンバーの登録票をもって生徒会室に向かった

今日の昼休みに、智美から相談を受けた
もし夏休み中に助っ人が見つからなかったら、バスケ部で誰か紹介してもらえそうな人はいないか、と
人数の多いバスケ部だから当然にして出場できない人数の方が多い。当然に人数は余るだろう

私は戸惑って、思わず近くにゆみがいないか探してしまった

極力自分たちで探すが最終手段としてということだったので、とりあえずまたその時になったら声をかけてくれれと言っておいたが…

教室では、ゆみと智美は普通に話しているように見える
けれど、ゆみは対抗戦に出る気はないと言い、智美は対抗戦の助っ人を探している…

まったく、どうなってるんだお前達は…

そんなことを考えながら生徒会室に入る

「失礼するよ」
「あらいらっしゃい」

中にいたのは久と、ゆみだった
まったく、間がいいんだか悪いんだか…

「やえか…。バスケ部の登録票か?」
「まあね」

少々ゆみに元気が無いようにも見えるが、いきなり演劇部のことを聞くには早いだろうな
久がどこまで知っているか分からないし…

「それで、どちらが今日の当番なんだ?」
「私よ、こっちにちょうだい」

久に登録票を手渡す
ふむ、今日の当番が久ということは、ゆみは何の用でここにいるんだろうな…
そのあたりから切り出すのが良さそうだな

「ところで、ゆみは当番じゃないんだろう。今日は部活はないのか?」
「いや、あるんだが久に呼び出されてな」
「だって、一人でこんなところにいても暇じゃない」
「じゃあゆみは、暇つぶしのために呼び出されたのか…。ご苦労様だな」
「まったくだ、もっと労ってくれ」

…まあ、そんなわけはないだろう
いくら久でも、部活のある日に何の用事もなく呼び出すはずはない

「そう言うやえは部活を抜けてきたの?」
「いや、今日は休みだけど」
「そう、ならゆみは部活に行ってくれていいわよ。やえが代わりに私の暇つぶしに付き合ってくれるようだから」

登録票と部員リストを照合しながら久が勝手なことを言ってくれる
久にゆみと何を話したのか確認してからでもいいかもしれないが、できればゆみに直接聞いておきたいところだ。あまり人づてに聞いても、結局正確な情報にはなりえないからな

直接言葉を交わしても、100%は伝わらないのだし…

「そういえばゆみ。結局演劇部は対抗戦に出るのか?」

ゆみに帰られるかもしれないので、私は仕方なく切り出すことにした
だがなぜか、返事をしたのは久だった

「あら、やえのところにも助っ人のお願いがきたの?」
「…なんだ、他にも行ってるのか?」
「私は美穂子から聞いたんだけどね」
「福路のことか? 家庭科部なら、確かにあそこも人数は多いな」

久の部活は去年も無理やり存続させたような部活だから、智美が助っ人のお願いに行くわけはない
そんなふうに話していると、ゆみがいつの間にか帰り支度を整えていた

「じゃあ私はこれで失礼するよ」
「あっ…」
「じゃあねー、ゆみ」

嘆息交じりに生徒会室を出るゆみを止めることができず、ただ見送るしかなかった

ひらひらと手を振る久は、一転真面目な表情になった

「何かゆみに聞きたいことがあったのかしら?」
「ゆみは対抗戦に出ないと言っていたからな…」
「智美が勝手に動いているみたいよ。私もそのことを聞きたくてゆみを呼び出したんだけど…」
「そうか」

すでに久も演劇部の内情は知っているということか
まあ、文化系の部活は部室が近いから、それでかもしれないが…

「まあ、ルール上は問題はないのよね。智美がゆみとモモちゃんの代わりを見つければ演劇部として出場できるんだから」
「だが、それはルールの上でというだけだろう…」
「それで演劇部がバラバラになったらねぇ。私もそうは言ったんだけれど……」

久は作業を終えたのか、私の提出した登録票をファイルに挟み込んだ

「まあ、手助けを求められたら考えたらいいけど、下手に手を出しても事態がややこしくなるだけよ」
「そうかもしれないな…」

ゆみから聞いたことを智美に話したのは私だ…
それを聞いて智美が事を急いているのなら、余計な口出しをした私のせいということになるのかもしれない

「バスケ部の登録は完了ね。ところで、バスケ部は誰か助っ人を頼んだりするのかしら?」
「いや、その予定はない。おそらく助っ人枠も使わないだろうな」

助っ人枠を使えば最大13人まで登録できるが、そもそも試合に出れるのは1日5人
10人登録したが、私や由華あたりは固定だろうから、実質的に出場できるのは7、8人程度というところだろう
であれば、13人も登録することもない…

「逆に久の方はどうなんだ。部員は5人そろったようだが、お前も生徒会の仕事で都合が合わない可能性もあるだろう」
「その辺はなんとか調整するわよ。一人だけ、助っ人を頼みたいなぁと思っている人はいるけどね」
「ほう…」

いたずらっ子のように頬を緩める久
まったく、また良からぬことでも考えているんじゃないだろうな…

「いったい誰だ、そんな厄介ごとを頼まれるのは?」
「あら人聞きの悪い。それに、きっと本人のためになると思うわよ」

どうだか…
そして久の口から飛び出したのは、意外な名前だった

「助っ人候補はね、1年5組アーチェリー部所属。大星淡よ」
「クラス対抗戦の決勝で大将をやっていたあの子か?」

だが、あんな魔物をアーチェリー部が手放すわけないだろう。どうやって引き抜くつもりだ…

けれど久は言う

「大星さんはアーチェリー部からは出場しないわ。本人が辞退して、了承されてるみたいだから」

もっともまだアーチェリー部の登録票は出て来ていないから、もしかしたら名前が書かれているかもしれない
だから動き出すのは、登録票が出たのを確認してから

辞退の理由は、あの異能を捨ててデジタルを身に着けるまでは大きな大会には出たくないから、ということらしいが…

「勝算はあるのか?」
「どうかしら、人の心なんてどう動くか分からないから」

とぼけてはいるが、その心を掌握する術はすでに持っていそうに思ってしまうのだがな…

どこかでダヴァンの愛称のメグと呼ばせたいなぁと思いつつ

ニコ動の「咲-Saki-阿知賀編 準決勝先鋒戦にプロの実況と解説を付けてみた」が面白かった

ではまた週末に

-side ダヴァン

-2半荘目 東1局
-親 辻垣内智葉


「ロン、8000」

私の打牌に、手牌を倒したのはネリーだった

「ごめんね」
「いえ、取り返しますカラ」

申し訳なさそうにしているネリーだけれど、たとえ満貫であろうと上がれるときには上がるという約束…
それに、うっかり見逃して智葉に上がられることを考えればこれでいいのかもしれない

とにかく全力で、この失点を取り返さなければならない
智葉をラスにしなければ、部活を立ち上げた意味がなくなってしまうのだから

「さあ、次の親で取り返しマス!」

気合を入れてサイを振る。けれど、

「あ、ツモです…。1300、2600」
「oh…」

今度は明華がツモ和了
親っかぶりとなってしまったけれど、これでネリーと明華がプラスになった。あとは私がなんとか1つあがらなければ…

-南1局
-親 辻垣内智葉

東 智葉   25200
南 ダヴァン 16000
西 ネリー  31000
北 明華   27800


東3局は私が、東4局は智葉が軽く流して、いよいよ南1局

「さあ、止めてみせろ」

智葉の、親番…
ここで連荘を許せば、逆転は難しくなる

最悪誰かに差し込んででも止めなくては…

…いけませんネ。そんな思考をしては智葉の術中
誰かに差し込もうなどと逃げの思考をしていては、そこを狙い撃つのは智葉の得意とするところ

通しをしろと強要に近い発言をしたのも、平常心を失わせるための作戦だったのだろう
そうでもしなければ、いかに智葉といえど簡単にラス回避は難しいと悟っていたから

だからこそネリーや明華から直撃を取ることになろうとも、ここは私が上がらなければならない場面
智葉をラスにするならば、現在ラスの私があがらないと

「…やっとマシな表情をするようになったか」

そんな決意を見透かしたかのように、智葉がかすかに表情を緩めた

「ポン!」

ここでじっとしてはいられない
智葉のツモ番を飛ばし、スピードで勝つ

「ポン」
「…リーチ」

私が2鳴きしたところで、ネリーが牌を曲げた
私が鳴いた分、ネリーにツモが多く回ってくる。けれどこの鳴きで私もテンパイ、ここは引けない

「チー」

動いたのは、智葉。明華がネリーの現物に合わせ打ったところを鳴く
当然親番の智葉も攻めてくる…

ですが、ここで怯んでは負けてしまう
智葉の威圧感は、まるで研ぎ澄まされた刃のよう…。首元にその刃を突き付けられながらも、私は肉くらいは切らせる覚悟で牌を叩き付ける

「ツモだよっ。1300、2600!」

直後、ネリーがツモ上がった
これでネリーは少し余裕ができた。明華も少しだが智葉を上回っている
なんとか、私があがらないと…

南2、南3と安く場が流れ、ついにオーラスを迎える

-南4局
-親 雀明華
-ドラ 9ソウ

東 明華   25500
南 智葉   24100
西 ダヴァン 15700
北 ネリー  34700


条件は厳しい。智葉との点差は8400点
単純に私が智葉を逆転するためには7700点以上のツモが必要

けれど、ラス親の明華と智葉との点差が1400点
仮に「2000、3900」の手をツモったとすると、智葉/22100 明華/21600 となって明華がラスに転落してしまう

つまり、私が逆転するのにツモはできないということ…
ツモができないということは、智葉への直撃が条件となる

智葉への直撃条件は、私が直撃なら5200以上、ネリーは跳満、親の明華なら9600点以上となる

この1局ですべてが決まる…
私はダマで5200以上が狙える手が来るのを祈りながら、配牌を開いた

ダヴァン配牌:一七八九②⑥⑨89南南西中

南ドラ1に、チャンタや三色が絡められるかどうか、か…
いずれにせよ早い手ではなさそうだ

けれど、なんとかこれを形にするしかない

ツモ:⑧

チャンタ三色に必要な牌がいきなり来た
できれば鳴かずに進めたいところだけれど、そんなにじっくりと手を進められる時間もないだろう

相手は智葉なのだから…

その智葉から打ち出されたのは、南

「ポン…」

反射的に鳴いていた
そしてその瞬間、智葉が口の端をわずかに吊り上げた。これは、鳴かされた??

そして次順、智葉は4枚の牌を倒した

「カン」
「っ……」

流石にしまったとは叫べない
けれど、うめき声は漏れてしまう

智葉 暗槓:7777

これで、私の持っている 89 のペンチャンが殺された
それだけではない。この89を手放せば、それでこの半荘自体終わってしまうかもしれない…

結局は、智葉を上回ることはできないのか
智葉と共に打つことは、できないのか…

ひとまず89は切らず、他の牌を切る
智葉を直撃するしかない状況なのに、いったいどうすればいい…



そして、2順後―

「ツモ」

その宣言と共に、牌が倒れた

-side 智美

-演劇部部室


「おう、分かった」

ゆみちんからかかってきた電話を切る
そして私はその内容を、隅の方でじっとしているはずのモモに話しかける

「モモ、今日はゆみちん来ないんだとさ」
「……そうっすか」

すぅ…っと、モモの姿が鮮明になっていく
しかしまあ、何度目の当たりにしても不思議な光景だよなぁ、慣れって怖いな

「…来なくてホッとしている部分もあるなんて、もう私ダメっすかね」

今日のモモは部活に来てからこんな調子だった

すでに私が部活対抗戦の助っ人を探しているというのは、モモの耳にも入っているらしい
まあ隠しきれるとは思ってないからはじめっからオープンに動いているし、きっとゆみちんの耳にも届いていることだろう

ゆみちんのために部活対抗戦を諦めたばかりのモモ…
確かにちょっと酷だったかもしれない。けどゆみちんにはゆみちんの考えがあるんだろうけれど、私にも私なりに考えがある

とりあえず登録票を出して助っ人を探す
最悪出ないという結論が出てしまったとしても、助っ人登録の締め切りは夏休み明け。そこまでに結論を出せればいいんだ

今はゆみちんとモモの関係もなんとなくギクシャクしてしまっているように見えるし
むっきーじゃないけど、私になりに精一杯やってなんとかしてやりたいと思う

「なあ、モモ。一回キチンと腹を割って話をしてみた方がいいんじゃないか」
「……そうなんっすけどね」

どうも煮え切らない感じ
まあ、いきなり腹を割って話すってもの難しいんだろうけど

でも、いつかは解決しないといけないこと
ズルズル引き延ばせば、それだけ辛くなるだけだぞ

「まあ、ゆみちんを呼び出せとかそういうことだったら言ってくれたらいいからな」

けれどモモからの返事よりも先に、私のポケットから着メロが鳴り響く
余談だが着メロは、ゆずのかまぼこだ

着信画面には、獅子原爽の名前。ワハハ、なかなか珍しい人から電話がかかってきたな

「もしもしー」
「あ、蒲原ちゃん。私、獅子原だけど」
「珍しいなぁ。何か用事かな?」
「うちの成香がそちらの津山さんに世話になったみたいだから、お礼参りに行こうかと」
「ワハハ、そいつは物騒だなぁ」
「…あれ、お礼参りって物騒な言葉なの??」

むっきーからさっきボランティア部の本内さんを誘ったということは聞いたから、言いたいことは分かるけども…

「俗に出所した後の仕返しとか、そんな意味で使われるんだぞ」
「…ゴメン。まあとにかく対抗戦のことで話がしたいから、今日部室にいるならそっちに行っていい?」
「ああ、いいぞー」
「じゃあ5人で行くからよろしくね」

そんな会話があって、それから間もなくボランティア部が5人してやってきた

「お邪魔しまーす」
「失礼します」

獅子原さんと桧森さんは3年生だから分かるけど、あとの3人は名前も分からない。誰が本内さんだろう…

「こ、こんにちわ…」
「成香さん、こんにちわ」

少しばかりむっきーが緊張しているのは、断られるかもしれないと考えたからだろうか

いずれにせよ、この鬼太郎みたいな子が本内さんかぁ
妙にビクビクしている感じだけど、人見知りする子なんだろうか…

「失礼しまーす。久しぶりだねー、佳織」
「あ、揺杏ちゃん、久しぶりです」
「お知合いですか?」
「1年の時同じクラスだったからね」

残りの2人のうち、背の高い子は佳織の知り合いのようだ
そしてその関係を尋ねたちっこいクールそうな子が、1年の真屋さんというらしい

「あれ、今日は3人しかいないの?」
「ああ、ゆみちんは用事があるとか言って今日はいないんだ。で、あともう一人はそこにいるぞ」

突然ガタンと椅子が床を鳴らす音がした
モモが注目を集めるためにわざと音を立てたんだろう

「1年の東横桃子っす」
「あっ、聞いたことある。スケスケモモでしょ!」
「部長、ステルスモモです」
「…ゴメン」

獅子原さんがモモを指さして堂々と間違いを披露すると、真屋さんが静かにツッコミを入れた
まあスケスケでも、あながち間違いじゃないのかもしれないけど…

「それで、わざわざこんなところまで来てどういった用件っすか?」
「ん、対抗戦のことでね」
「ここからは私が説明しますよ」

岩館さんが前に出てきた
その視線が私に向かう

「あなたが演劇部の部長さんですよね?」
「なかなかそうは見てもらえないけどな」
「今の演劇部に足りないのは、ズバリ衣装! そうは思いませんか?」
「ワハハ、なんだか唐突だな…。まあ確かに衣装には苦労してるけど」

自前で衣装を作れる人なんていないから、去年の演劇の時は手芸部から借りたり誰かのお古を探したりしている
どうしてもというときはレンタルもするけれど、部費の問題でなかなかそうもいかない

「成香から聞きましたけど、演劇部は対抗戦の助っ人を探しているんですよね。そしてうちの部は対抗戦には参加しません。3年生の2人は所用で参加できませんけど、私たち3人は対抗戦に出れますよ」
「んー、参加できないって何かあるのか?」
「学校の外の用事なんだ、どうしても外せなくてさ」

衣装の話から対抗戦の話に戻ったけど、繋がりが分からず獅子原さんに話を振ってみる
ボランティア部ってどちらかというと学外活動の方が多いから外部との何かなのかもしれないな
まあなんにせよ、残りの3人が対抗戦の助っ人をしてくれるのなら助っ人問題は一気に解決する

「あ、あの。私はまだ出ると決めたわけじゃ…」
「そう、でも無条件で助っ人をするというわけじゃありません」

何やら言いたげの本内さんを無視して、岩館さんが話を続ける

「まず、私を演劇部の衣装係にしてください。劇にピッタリな衣装を仕立てますよ」
「去年のクラスのメイド喫茶の衣装、全部揺杏ちゃんが作ったんだよね」
「そういうことです」

去年の佳織のクラスの衣装はあんまり覚えていないけど、どこかからレンタルでもしてきたのだろうとしか思っていなかった
確か10人くらいがメイド服を着て接客していたと思ったけど、あれを全部作ったというのなら衣装づくりの腕は確かなのだろう。それは自信ありげな岩館さんの表情からもうかがえる

「衣装を作ってくれるならウチとしても願ったり叶ったりだけど、まだ条件があるみたいだな?」
「これは可能なら、ですけど。セリフなんていらないので、ユキを通行人とかでいいから舞台に出してほしいんです」

そう来たか…
いくら私が部長とはいえ、演劇の内容に関わることとなると即答はできないな

「えっと、真屋さんは演劇の経験は?」
「ありません」
「なるほど、じゃあどうして演劇に出たいと思ったんだ?」
「理由はありません、先輩たちがそうしろと言うのでそうするだけです」
「えっと…」

まさかそんな返事が返ってくるとは思っていなかった
戸惑う私に、獅子原さんが苦笑を浮かべた

「蒲原ちゃん、ユキはあんまり抵抗しないからさ」
「ワハハ、ならしょうがないな」
「あ、しょうがないで済ましちゃうんだ…」

主張の激しいおもちをおもちだけれど、自己主張はできない子なんだろうか…
佳織が戸惑っているが、あまりツッコミいれても話が進まないしな

「じゃあ、どうしてユキちゃんを演劇に出したいんだ、先輩方?」
「それはもちろん、ユキにいろんな衣装を着せるためです」

今度はドキッパリと自己主張をする岩館さん
うーん、基本的に2人だけで進行するシナリオだから、通行人とか無意味に出してもなぁ…

と、むっきーがやおら立ち上がった

「その、成香さんも、真屋さんが演劇に出ないと助っ人に出てくれないということ?」
「ひゃ、わ、私ですか??」

ビクッと体を震わせて、本内さんはサッと桧森さんの後ろに隠れてしまった
なんだか小動物みたいな子だなぁ…

「わ、私は、その…」
「ほっとくと話がまとまりそうにないから、そろそろまとめに入ろうか」

その後ろに隠れてしまった本内さんを抱きかかえて、頭をなでなでする桧森さん

「なるかはね、まだ助っ人をするかどうか決めてないから」
「そうですか…」
「なるかが助っ人をするかどうかは、なるかの問題。揺杏ちゃんとユキちゃんが助っ人をするかどうかとは別問題だよ」

桧森さんの視線は岩館さんに向かった

「揺杏ちゃん、あんまり暴走すると衣装係もさせてもらえないよ?」
「それは困るなぁ…」
「衣装係がしたいなら、したいですってちゃんとお願いすること。助っ人になるならないとは別問題だよ」
「はい、ごめんなさい…」

おおう、あっという間に事態が収拾していく
まるでお母さん、いやいや、聖母のようだ…

「その上で、蒲原さん」

そして最後に私に微笑みかけると、ペコリと頭を下げた

「みんないい子だから、できたらみんなと一緒に、演劇も、対抗戦も、楽しんでくれたら嬉しいです。よろしくお願いします」
「まあまあ、頭を上げてくれ…」

まったく、ここまで言われたらもう引き下がれないなぁ…
ウチもいろいろ問題は抱えてるけど、とにかくこれで一歩前進だって思って突き進むしかない

「むっきー!」
「は、はいっ」
「通行人がいても問題ないように、台本の訂正できるか?」
「…っ、考えてみます。私なりに、精一杯」
「よし、いい返事だ」

これで、衣装係と助っ人2名は確保できる
あとは本内さんが参加するかどうかだけど、最低限助っ人は2人いればいい。無理にお願いすることもないだろう

と、今まで傍観していた獅子原さんが私の前にやってきて、いきなり両手を握ってきた

「蒲原ちゃん、ボランティア部は君に預けた!」
「…かっこよく締めようとしてますけど、部長は何もしてませんよね?」
「ゴメン…」

真屋さんはツッコミのキレはなかなかのなかなかだなぁ

ダンッ!!

と、突然机が乾いた音を響かせた。振り返れば、そこには俯いたまま立つモモがいた
震えながら、ゆっくりを顔を上げるモモ

今にも泣きそうな顔をして
そんな表情でなければ、今にも消えてしまいそうな空気をまとって

その空気が部屋中にあっという間に感染して、音さえ消えてしまうかのよう…

「ちょっと、待ってほしいっす…」

聞き取るのも難しいほど小さな声のはずなのに、やけに脳裏に響いた

週末に投下出来なかったです、残念…

25日にビッグガンガンが発売ですが、新連載の情報はどのくらい出るでしょうか
小出しにされて半年後に連載とか、ありそうで怖いです…

ではまた

-side ダヴァン


「500オールです」

手牌を倒したのは、明華だった
そして誰から点棒を受け取るよりも早く、自分の百点棒を右隅に置いた

「連荘、1本場です」

静かに、けれどそこには確かな意思を込めていた…

そうだ、明華は親。彼女がツモっても、私と智葉の点差は変わらない
そしてこのツモによって、智葉と明華との点差は3400点に広がった

私が満貫ツモしたとしても、親かぶりでは2000点しか差が縮まらない

次の局、直撃は難しくとも、満貫ツモ狙いで行ける

「あとは、お願いします」
「ロンオブモチ」

明華の言葉に、私は大きくうなづいた

-南4局1本場
-親 雀明華
-ドラ ①ピン

東 明華   27000
南 智葉   23600
西 ダヴァン 15200
北 ネリー  34200


そして迎えた7巡目

ダヴァン手牌:一二三①①⑦⑦⑦23468 ツモ:5

前巡にテンパイしたものの待ちが悪かったので保留していたところに、このツモ
現状、ダマでツモったとしても、ツモドラ2で逆転はできない。智葉を逆転するには、リーチが必要…

かといって、この手で役が付くのを待つのは難しい
手が高くなるにしてもドラがさらに重なるのを待つしかない

「リーチ」

私は少し考えて、牌を曲げた。8ソウ切りのリーチ、待ちは1-4-7
智葉から出るとは思えないが、それでもツモってしまえば逆転できる

トップのネリーはすぐに私の現物で合わせ打った
明華も、現物ではなかったが字牌を落とす

ネリーはベタオリでも構わないが、明華は私が決めきれない場合には自分が和了すると考えているのだろう

そして智葉のツモ番になった
瞬間、智葉の口の端がわずかに吊り上がった

「じゃあ、一発消しでもしておこうか?」

そう言って、右端の4枚だけを倒した。4枚の白が智葉の右手側に寄せられた

「カン」
「ドラめくるよー」

ネリーが槓ドラをめくる。表示牌は、本来のドラと同じ、⑨ピン

「っ…」

槓ドラもすなわち、①ピン。これで私の手はリーチドラ4となった。ツモれば跳満の手になる
けれど、智葉の攻勢はこれでは終わらなかった

「ふ、まるで宮永の妹のようだな。もう一つ、カン」
「またっ!? とりあえず、めくるよ」

今度の表示牌は6ソウだった
ドラは乗らなかったが、7ソウは私の上がり牌の1つ

7ソウをツモれば、リーヅモドラ5となる。裏が一つでも乗れば倍満
カンが2回入ったため、本来の裏ドラに加えて槓ドラが2枚加わることになる。裏ドラ1枚くらいは乗るだろう

「…智葉、まさか」
「どうした、私は切ったぞ。ツモるといい」

智葉と明華との点差は3400点
けれど、私が倍満をツモったら「4000、8000」となり、親と子の失点差は4000点。これでは明華が逆転されてしまう

まさかこんな方法で私のツモ狙いを封じてくるとは…

そして私のツモは、7ソウだった

「くっ…」

この時点で、リーヅモドラ5。裏が一つでも乗れば倍満となり、智葉をラスに出来ずに終了してしまう
ここはツモ切りして、1ソウや4ソウを待った方がいいのだろうか…

「…少し、時間をくだサイ」

智葉に急かされるだろうと思ったけれど、智葉はただ黙って頷いた

-side 数絵


放課後になると、すぐに穏乃から電話がかかってきた

「数絵、今日空いてる?」
「…図書室で勉強をしようと思っているくらいだけど」
「自習室にしようよ、図書室だとしゃべりにくいし」
「話があるなら、無理に私の勉強に付き合わなくてもいいのよ?」

どうせ穏乃と勉強しても、彼女が15分くらいで集中力が切れるのは目に見えているし
何を話したいのかも、分かりきっていることだし

「じゃあさ、ついでに数絵に教えてもらうっていうのは?」
「……好きになさい。じゃあ自習室でね」
「うん、ありがとう数絵!」

電話の向こうからでも、穏乃の笑顔が見えるようだった

…まったく、私も甘くなった
突き放したって良かった。私は対抗戦に出たいとは、どうしても思えないから

「どうすれば、諦めてくれるのかしら…」

諦めるという単語から最も遠い彼女――高鴨穏乃に対して、私はどう振舞えばいいのだろうか
私が折れれば話は早いのだろうけれど、それもね…

大して知りもしない誰かに背中を預けたり、預かったりなんて、苦痛なだけ

私は、一人でいい

「…まだ来てないのかしら」

自習室に着くと、席はまばらにしか埋まっていなかった
中間テストのときがそうだったけど、テスト直前にもなると座るのも大変になる。だけど、そうなるのは来週からだろう

長机が並ぶスペースに向かうと、私は可動式の衝立を1つだけ動かして、2人座れるようにして穏乃を待った
すぐに切り上げられるように、英単語の暗記から始めることにした

10個くらい単語を見たところで、つんつんと肩を叩かれた

「ごめんね、待った?」
「少しね」

穏乃が右手をあげてごめんねと言い、隣の席に座った
私もそれほど背が高いわけではないけれど、それでも穏乃は私以上に小さい

他人から見て、私が姉に見えても仕方ないなと思う

「それで、話は?」
「ところで何の勉強してたの?」

私の切り出しに、なぜか穏乃は話をそらしてきた。まずは様子見をしたいということなのだろうか?

「…英単語の暗記」
「英語かぁ。私、英語ぜんぜんダメだよー」
「逆に得意科目は何なのかしら?」
「体育!!」

案の定の回答が返ってくる
麻雀に重きを置いているから学力についてはあまりとやかく言われない学校ではあるけれど、それでもよく無事に入学できたものだと思う

ただ、今話すべきことはそんなことじゃない

「それで、話っていうのは?」
「よーし、じゃあ今から心理テストをするね。質問には全部『はい』で答えてください」
「…突然何を言っているの?」

意味が分からない…

「あなたは女ですか?」
「はい」
「高校1年生ですか?」
「はい」

…ごくごく当たり前の質問
心理テストの結果、助っ人になるのが吉!、とかそんなことを言い出すのだろうか?


「趣味は山登りですか?」
「…はい」

一応テストらしいのではいと答えておいた
山登りは趣味ではないし、散歩程度ならともかく趣味にしたい部類には入らないけれど…

と、ここで穏乃の表情が固まった。慌てて左手を出すと、手の平を見だした。そこに質問事項が書いてあるのだろうか?

「ごめんね、次。3度の飯よりラーメンが好き」
「……はい」
「制服よりジャージ派だ」
「……はい」
「ボウリング部の助っ人になりたい」
「いいえ」

そして時が止まった
私は次の質問を待って穏乃を見つめ、その穏乃はしばらく固まってしまって、1度キョロキョロしてから再び口を開いた

「ボウリング部の助っ人になりたい」
「いいえ」
「なんでここで『はい』って言ってくれないのさー!!」
「いくらテストでも、こればかっりは嘘はつけないもの」

それに、なんだか嫌な予感がしたからね…

「やっぱりダメかぁ…」
「それで私が『はい』って言ったら助っ人にしようと思ったのかしら?」
「そういうこと」
「…まあ、あなたらしいのかもしれないけれど」

仮に勢いで『はい』と言ってしまったところで、私は無効を主張するだけだけど…

「どうしてそこまでして、私と打ちたいの? 前にも言ったけど、私が入ることでボウリング部にとってはマイナスの方が大きいのよ」
「そんなことない!」
「そんなこと、あるわよ。私は団体戦には向いていない」

一人で戦っていれば、負けるも勝つもすべて自分が背負うこと
それ以上のものなど、必要ない…

お願いだから、もう分かってほしい

「それに、私が入ったら誰か1人が抜けないといけないのよ。誰が抜けるか決まっているの?」
「えっと、それは…」

言い淀む穏乃。はぁ、やっぱり勢いだけじゃない

団体戦は5人。ボウリング部もちょうど5人
だから、かえって私が入ることによって誰か抜けなければならなくなる

4人しかいない部活なら、私も人助けと思って助っ人をしたかもしれない
逆にもっと多い部活だったら、初めから全員出られるわけではないから私が入っても入らなくても出られない人間は存在する

「いい、穏乃。あなたたちの部活はちょうど5人。だから、もし誰かが当日病気になったからとかそういう理由なら緊急で出てもいい」

それが妥協点…
初めから正規の部員を押しだして出場するなんて、不和しか生まないのは想像に難くないのに

「あなたたちは5人いるんだから、5人で出たらいいのよ」

私が穏乃を見ると、すでに顔をくちゃくちゃにしていた
え、今の話のどこに泣く要素があったの??

「かずえぇぇぇ、出てくれるのぉ」
「ちょっと、話を聞いていた? 緊急の時だけよ?」
「それでもいいよ…、ありがとうぅ」
「…とりあえずここを出ましょう」

ここまで号泣されると思わなかった私は面食らってしまう
そして泣きじゃくる穏乃を抱きかかえて、私は急いで自習室を抜け出した

まったく、これだから…
本当は、一人でいる方が気が楽なのに

姉妹に間違われたこともあったけれど、私に妹がいたらこんな感じだったのだろうか
いや、姉だったとしても、私がしっかりしないとなんて思っていたりしたんだろうか…

-side 桃子


一人でいる方が気が楽なのに
そう思ってずっと生きてきた

けれど、楽だけれど、決して楽しくはなかった

たとえば人生の喜怒哀楽が最終的にプラスマイナス0で収まったとして
1人でいれば誰に振り込むこともなく、誰かから出上がりすることもない平坦な日々で
けれど誰かと一緒にいれば、役満を振り込むこともあれば逆に役満を上がれるときもある

先輩が部活対抗戦に出る気がないのなら、それに従っていた方が楽だ
けれど絶対に、楽しくないんだ…

「モモ、今日はゆみちん来ないんだとさ」
「……そうっすか」

部長にかかってきた電話は、先輩からだった

「…来なくてホッとしている部分もあるなんて、もう私ダメっすかね」

まだ気持ちの整理がつかない

助っ人の当てもあるから一緒に対抗戦に出たいと言えば、先輩ももしかしたら出てくれるかもしれない
けれど、それでも出てくれなかったらどうしよう…

春が自分の部活対抗戦のメンバーから外れてまで演劇部の助っ人になってくれるという
その気持ちは、無駄にはしたくない

けれど、春に対抗戦への助っ人を頼むということは、先輩の出る出ないに係わらず私が対抗戦に出なければならないということ
流石に私の紹介で春に助っ人をしてもらうのに、私が出ないというわけにもいかないだろう…

先輩が対抗戦に出てくれると決まってから、春のことを話せばいいのだろう
むっきー先輩たちの話を聞く限り、まだ助っ人は当てがほとんどいないようだし

そんなことを暗い気持ちになりながら考えていると、また部長の携帯が鳴った

「むっきー、さっき言ってた本内さんってボランティア部だったよな?」
「はい、そうですけど」
「いまからそのボランティア部がお礼参りにくるんだとさ、ワハハ」
「お礼参り、ですか…」

戸惑うむっきー先輩
まあ、お礼参りって言われても困るっすよね…

ほどなくしてボランティア部の5人がやってきた

私は自己紹介だけすると、あとはじっと事の成り行きを見守っていた
けど、その話はどんどん雲行きが怪しくなっていった

「うちの部は対抗戦には参加しません。3年生の2人は所用で参加できませんけど、私たち3人は対抗戦に出れますよ」

2年の岩館さんという人がそう言った

…3人、対抗戦に出れる??

もしこのボランティア部の人たちで3人の枠を使ってしまったら、もう春を入れてもらうことはできない
結局助っ人になりそうなのは3人中2人のようだけど、もう一人の本内さんという人もいつ気持ちが変わるか分からない…

ここままじゃ、春を助っ人に呼べない

「蒲原ちゃん、ボランティア部は君に預けた!」

そしてとうとう、話もまとまろうとしていた
私は衝動的に机を叩いて立ち上がっていた

「ちょっと、待ってほしいっす…」

もうどうしたらいいのか、分からない
分からないから、勝手に口をついた言葉が、きっと本心なのだろう…

「モモ、どうしたんだ…。びっくりするじゃないか」
「…あの」

けれど、なんだかのどがカラカラになっていてうまく言葉が出てこない
それとも言葉が出てこないのは、私が空っぽだから??

黙っていたらダメだ。自分にだってよく分からない気持ちをどうして他人が理解できる…


「その、一緒に打ちたい人が、いるっす」
「ゆみちんだろ。一緒に説得しような」

部長がそう言う

先輩と打ちたい…
そうに決まっている。決まっているはずなのに、心のざわつきは止まらない

「違うっす…。自分でもよく分からないけど、違うっす……」

きっと先輩は一緒には打ってくれない…。そんな諦観が私の心をざわつかせるのだろう

こんな心の脆い私じゃ先輩と一緒に打つには相応しくない
一度諦めてブレーキを踏み、エンジンまで切ってしまった私の心は、もう先輩と一緒に打てるとは考えてくれないようだ

その代わりに用意された、別の道……

「同じクラスに、ちょっと変わった子がいるっす……。その子が助っ人してくれるって言うから」
「モモ、お前…」
「その子と一緒に、対抗戦に出たいっす」

対抗戦で活躍すれば、どこか別の機会で先輩と一緒に打つということもあるかもしれない
けれどそれ以上に、春のことが気にかかるのはどうしてなんだろう…

こんなこと、あってはいけないのに

なんでこんな最低な気持ちになってしまうのだろう
先輩が無理だから春でいいや、なんて思ってしまうのだろうか…

でも…

「先輩はきっと、私とは打ってくれないっす…」
「モモ、諦めるのか?」
「一緒に打ちたいっすよ……。でも、今の私じゃ先輩の隣には立てないから」

ボランティア部3人で助っ人枠が埋まってしまうのなら、それならそれで春には断りを入れたらいいだけ
けれど、そんなことしなくないと思ってしまった私…

また時間はあると思っていたのに、急に決断を迫られて

私の心は、春と一緒に出たいって方に傾いた
先輩と一緒に打てたらいいって気持ちもある。けれどそれはきっと叶わない

「私は、たとえ先輩と打てなくても、対抗戦に出たいっす…」

もしかしたら、また宮永照と対戦できるかもしれない
そのときにリベンジできれば、先輩に少しでも近づけるかもしれない

「モモ……」

部長の表情は複雑だったけれど、

「でも説得はしような。このままじゃゆみちんだけ仲間外れみたいになっちゃうからな」
「はいっす」

すぐにニコリと笑ってくれた
そうっすね…。先輩と打てるなら、その方がいいに決まってる

「えっと、話の腰を折って申し訳ないんですけど…」

そういうと、鬼太郎ヘアーの2年生さんがおずおずと手を上げた

「その一緒に打ちたいって人を入れるということは、私は助っ人にならなくてもいいってことですか?」
「んー、別に成香が出たければ出たらいいよ。私と成香、そんなに実力変わらないし」

そう言うのは岩館さん

これで、少なくとも演劇部は部活対抗戦には出られる
あとは、先輩への説得だけ…

出てくれないかもしれないし、出るなって言われるかもしれないけれど…

それでも伝えないと、この気持ちだけは

-side 智葉

考えた。考えに考えた
結果、考えても無駄だと気付いた

部活対抗戦に出なくても、私は特に後悔を感じないだろう。こういう事態にならなければ、出ようとも思っていなかったのだから
逆にいっしょに出て、かえって悔しい思いをするかもしれない

コインの裏表は、コインを投げてみなければ分からない
投げる前から裏が出るのか表が出るのか議論しても、意味のないことだ

「…少し、時間をくだサイ」

私が2連続でカンしたあと、ダヴァンは手を止めた
おそらく何個かはドラが乗ったことだろう。そして3枚の裏ドラ次第では倍満になってしまうのだろう

それでいい…

結局、私は全力で、こいつらと戦うと決めた。そして私の全力を越えてくるのであれば、その時は共に戦おうと
逆に越えらえないのであれば、一緒に戦うこともないだろう

そしてダヴァンは、ツモった牌と共に手牌を倒した

「ツモ!」
「……7翻」

ドラ:①①7

ダヴァン手牌:一二三①①⑦⑦⑦23456 ツモ:7


誰ともなくつぶやきが漏れる。そう、リーツモドラ5
あと1つでも裏ドラが乗れば倍満となって、私は3着のままだ

「…めくりマス」

最後を天に委ねるというのも悪くない
ダヴァンは王牌からドラ表示牌を取り、その下にある裏ドラを3枚、手元に引き寄せた

「1枚目……中」

表示が中ということは、ドラは白。私のカンが丸乗りした形になるが、今は関係ない

「あと2枚」
「大丈夫、大丈夫だよ…」

ハオとネリーがつぶやく
明華も、じっと残り2枚の裏ドラを見つめていた

「2枚目……三萬」

表示が三萬ということは、ドラは四萬

「危ないですね…」
「でも、これであと1枚デス」

明華は一瞬萬子を視認してドキリとしたのだろうが、2枚目もなんとかかわした

「さあ、最後の1枚だな」
「智葉。このドラが乗らなければ、あなたがラス。乗ってしまえば明華がラス。それは問題ないデスね?」
「無論だ。前言を撤回したりはしない」
「……デワ」

そして運命の3枚目はめくられた

「最後のドラ表示は、⑤ピン…。裏ドラ乗らず!」

叩きつけられたのは、真っ赤なピンズだった

「3000、6000の1本場デス」
「ああ、私の負けだ」

私にできることはした
それでこの結果であるなら、私は受け入れよう。だがこれから、忙しくなるな…


ネリー  31100
ダヴァン 27500
明華   20900
智葉   20500

今日はここまでです
話が全然進まない…

ビッグガンガンでの新作は過去編みたいですね
流石に過去編のキャラをここで使うのは難しいかもなぁ

ではまた週末に

-side 穏乃


私は諦めが悪いって言われる

けど、私だって、たくさんのことを諦めたりして、今ここにいる



思えば、憧が違う中学に行くと言った時だろうか…
私は「一緒の学校に行こうよ」とは言えなかった
憧が決めたことだから、憧はもっと麻雀の強いところに行きたいって目標があったから

だからそれを邪魔するようなことは言えなかった…


和が転校すると決まった時も、私はろくなことを言えなかった…
まあ、親の都合の転校をどうこうできるわけもなかったけれど

それでも、もっと何かできたんじゃないかって

あの時は、しょうがないよねで済ませてしまったけれど



だから、もう簡単に諦めたりはしないって決めたんだ
数絵には嫌われるかもしれないって、本当は怖かったけど…
それでも、きっと数絵なら分かってくれるはずだって、そう言い聞かせて

だから、だから…

「ごめんね、ありがとうね、数絵ぇ…」
「もういいから、早く泣き止んで」

数絵は泣きじゃくる私を抱きかかえながら、あまり人目の付かない裏庭のベンチまで連れて来てくれた
ベンチに座るころには、私もようやく落ち着いた

「えへへ、ごめんね」
「…まったく、泣き顔なんて似合わないのに」
「そうだね!」

自分でも、泣いたのなんていつぶりくらいか分からない
それだけ、不安が募っていたんだろう…

でも今は目いっぱいの笑顔で数絵にこたえる
数絵は少々照れくさそうにして、視線を彷徨わせた

「ま、まあ、元気になってくれたなら良かったけど…」
「うん!」
「そこまでして私を誘う必要なんて、ないのに」

暗いトーンでつぶやく数絵
私は、こぶしを作る手に力を込めた

…前々から聞きたかったこと、ここでちゃんと聞かないと

「ねぇ、数絵?」
「…なに?」
「数絵は、一人でいる方が楽?」

数絵が私を見る。その表情は私に心を探られまいとしているのか、無表情
でも私はそんな数絵をしっかりと見つめた

また数絵が困ったように視線を泳がせた

「そうね、楽よ…」
「じゃあ、一人でいるのは楽しい?」
「…なぜそんなことを聞くの?」
「楽しいの?」

質問で返されたけど、答えてくれるまで解説するつもりはなくて

数絵はじっと私の瞳を見つめた
まるでそこから私が何を考えているのか覗きこもうとでもするように

でも、私も早く答えてよって視線に力を込める

先にうつむいたのは数絵だった

「…楽しくは、ないわね」
「やっぱり、私もー」
「それで、この話の要点は?」
「私さ、山で一人でいるときは楽しいって思うんだよね」

それから、私が思っていることを一杯話した



山にいるときは、回りには誰もいなくて
いないからこそそれ以外の、動物の鳴き声とか、木々が風に揺らめく音とかが自分の回りに集まってくるような気がする
そうしたら、山の深いところまで一緒になれるような気になるんだ

でも、和も転校してしまった教室でみんなといても、どこかで誰とも繋がってないんじゃないかって、そんな気分にもなったりして…

仲間と苦楽を共にする、とか言うけど

「苦しい」の方が「楽しい」よりも、先にくるんだよね…

誰かと一緒に楽しもうとしても、その前に何か「苦しいこと」を乗り越えないといけないんじゃないかって
だからきっと、諦めたら、苦しいことから逃げたら、その先の楽しいことにはたどり着けない

「苦しい」から逃げて1人になっても、「楽」であっても、「楽しい」は無いんだって

そう、思うんだ…



「だからさ、きっと数絵もそうなんじゃないかって思ったんだ」
「…穏乃」
「みんなと一緒に打ったら、きっと苦しいこともあると思う。でも、最後には楽しかったって思わせてみせるから」

和が全国で活躍しているのを見て、胸が締め付けられたように

私も麻雀をちゃんと続けていれば、今よりも和と繋がっていられるんじゃないかって
憧とも、中学が違っても地区大会とかでもっと会っていたかもしれない

だからもう、苦しいことから逃げたくないんだ

でも数絵は、暗い表情を見せた

「…私にも、そう思えるかしら」
「大丈夫、一緒に楽しもう」

はいそうですかなんて、簡単には納得してくれるなんて思ってない
私だって、逃げたくなる時だってあるし…。数絵にはこの気持ちが届かないんじゃないかって、そう思ったりもしたから

それでも、私が手を取って前を向かなくちゃ

私がじっと数絵を見つめると、数絵の頬を涙が伝った

「…本当に、頼もしいお姉ちゃんね」
「ふえっ!?」

泣かれたのもビックリしたけど、お姉ちゃんだなんて言われて余計にドギマギしてしまう

「自分の背中を預けられる人なんて、いないと思ってた」

その微笑みは涙でキラキラしていて、思わず心を奪われてしまう
そういえば、数絵がこうやって笑うのってあんまり見たことないかもしれない…

「自分の背中を預かってくれる人なんて、いないと思っていたから…」

数絵はずっと一人だったって聞いたことはある
麻雀を教わったのもおじいさんからで、練習をするのもおじいさんの友達ばかりだった

そんな中で打ってきた数絵だから、近所の同年代の子ではもう相手にはならなかった
実力差がありすぎると、一緒に打ってもらえなくなる。そんなことを繰り返して、数絵は孤立していった

でも、もう大丈夫だから…

「だってそうでしょう。私はこんなにも弱いんだから。私に背中を預けたいなんて思う人はいない、だからこの孤独に背を預けていればいい、そう思っていた」
「数絵……」
「ねぇ、穏乃。本当に私でいいの?」

もうそんな暗闇にいなくていいから

私は思いっきり数絵を抱きしめた

「いいに決まってるよ。それに、数絵は弱くなんてない。私なんかには想像できない孤独の中で、それでもずっと歩き続けてきたんだから」
「自分で、そう追いつめただけなの…」
「それでもいいから! 背中でもお腹でもなんでも預かるから!」

私はもう無我夢中で叫んでいた
けど、耳元で聞こえたのはなぜかくすくすとという笑い声。そして小刻みに揺れる数絵の体

「お腹を預かるなんて、聞いたことないわ」
「わ、笑わないでよ…」

急にこっぱずかしくなってきて、私は慌てて数絵の体から離れた
さっきまで泣いていたはずの数絵は、目は赤いけれどもう冷静さを取り戻していた

「穏乃、次のボウリング部の部活はいつあるの?」
「えっと、明後日の土曜日。明日は部長会議で来週にはテスト期間で部活出来なくなるからそれが最後」
「そう、じゃあ私も行かないといけないわね」
「来てくれるの!?」
「流石に一言も挨拶なしに助っ人するわけにはいかないでしょう」

ならみんなにも知らせないと!

大丈夫、きっと数絵もみんなのことを信頼してくれる
そして、みんなも数絵と一緒に打ちたいって思ってくれるはず

「よーし、優勝するぞー!」

苦しいことを乗り越えたら、楽しいことが待ってる
だから、私はどんな時だって諦めたりしない

優勝するんだ、みんなで!

今日はここまでです

本編はまた休載ですか、シノハユの影響ですかね、やっぱり…

-side 浩子

-ソフトボール部部室


「というわけで、以上の10人を部活対抗戦に登録しようかと思います」

私が発表したのは、データを基に決定したレギュラー候補10人
とはいえ、清水谷部長と江口先輩の2人は外しようがないから、登録した10人が全員出られるわけではない

「ええけど、怜は入れへんの?」
「今回の10人には入れない方がいいと思ってます」

部長からの質問に私は頷く
無論、園城寺先輩も欠かせない。が…

「園城寺先輩は、夏休み中の体調を見て助っ人登録するのがええかと思います」
「確かに猛暑やとまた怜がぶっ倒れるかもしれへんもんな」
「堪忍な、ウチが病弱なばっかりに。ゲホゲホ」
「病弱アピールやめ!」

江口先輩がケラケラと笑うと、園城寺先輩はわざとらしく咳き込んだ
まあ本人も体調管理には気を付けるんやろうけど、他の人よりも倒れるリスクが高い以上わざわざこの段階で登録しなくてもええやろう

「浩子、助っ人は怜とあと2人やけどそれはどないするの?」
「特に考えてません。どうしても入れたい人がいればそこは部長の判断にお任せしますが、登録した人が全員出られるわけでもないので」
「それもそうやな」

ソフトボール部はシード
対抗戦は3日間かけて行われるけれど、シードなので1日目は出番がない。なので余計に出られる人数は限られる

「では、登録票を提出してきますんで」
「何からなにまで悪いなぁ、浩子」
「好きでやらしてもらってますから、お気遣いなく」

部長が申し訳なさそうにするけれど、本来なら部長がやるべきことをぶんどっているのはこっちなのだからあまり気を使ってもらっても困る

それに気になる動きもある以上、今日のところは登録票を出すという名目で途中で部活を抜けられる方がいい

泉に頼んで第三対局室の様子を確認してもらったところ、辻垣内智葉と留学生4人が入っていたとの連絡が来た
中の様子までは分からんかったみたいやからとりあえず偵察の任は解いたけど…

わざわざ対局室でおかしパーティなんて開くはずもあらへんから、当然やることと言えば麻雀やろう
やけど、あれほど助っ人をするつもりはないと言っていた辻垣内智葉がいったい何の用があって留学生をわざわざ呼び出したのか

第一対局室なら基本的には予約なしに自由に打つことができる
わざわざ狭い第三対局室をわざわざ借りる必要はない

「覗き見するわけにもいかへんやろうしな…」

仕方ない、とりあえず先に登録票を出しに行くことにしよう…
そう考えて、私は生徒会室に向かった

生徒会室では会長と、バスケ部部長の小走やえが談笑をしているところだった
バスケ部も今日登録票を出しに来たんやろう

「あら、清水谷さんじゃなくてあなたが来るのね、船久保さん」
「部長でないと不都合でしたか?」
「そんなことないわよ」

登録票を手渡すと、会長が名簿と照合を始めた


「園城寺さんは出ないのね?」
「体調が良ければ助っ人でと考えてます」
「そういうことね。出ないなら誘っちゃおうかと思ったけど、残念ね」

そう言われて一瞬、どこかに誘われる可能性を考えたら先に登録しておいた方が良かったかとも思ったけれど
まあ園城寺先輩が他から出るなんて選択はせんやろう

「船久保さん、気を付けておいた方がいい。久は無理を通してくるからな、園城寺さんをしっかり繋ぎ止めておかないと痛い目を見る」
「あら、やえったら。失礼ね」
「辞退した人間を誘おうなんて考えてるやつが何を言ってるんだか…」

確か会長は文芸部、今年は1年生が3人入ったからようやく出場できるようになったんやったかな…
しかも、入った1年は宮永照の妹、宮永咲を初めとしてかなり厄介。台風の目となるのは間違いないやろうな

「辞退した人間というのは、辻垣内さんですか?」
「んー、智葉も誘ったわよ。あっさり断られたけど」

会長のあっさりした返事からして、嘘をついているようには見えない
まあ、明日には部活対抗戦の登録が出そろう。その時に実力的に入っていないとおかしい人がいるということやろうか…

「心配しなくても、清水谷さんを差し置いて園城寺さんをうちに引っ張るなんて考えてないわよ。馬に蹴られて死んでしまうわ」
「まあ、そんなことになったらソフト部一同で暴動起こすかもしれませんね」
「なんならバスケ部も加わってやろう」
「なに、私ってそんなに信用無いのかしら?」

大げさに天を仰いで見せる会長

そのとき、来客を告げるように生徒会室の扉が開いた
入ってきたのは、辻垣内智葉だった

ん、もう対局室での用件は済んだんか?

「なんだ、久だけじゃないのか」
「智葉。あなたは私のことを信じてくれるわよね?」
「突然何の話か知らないが、2割くらいは信じてるぞ」
「全然信じてないじゃない!」

冷静に切り返す辻垣内さんに、会長は頬を膨らませた
これでも生徒会長としては信頼を得ているはずなんやけどなぁ…

そんな会長を尻目に、辻垣内さんは小さな戸棚を開けた

「対抗戦の登録票の予備、どこだったか?」
「それならもっと下よ」
「……ああ、あった」

そう言うとペン立てからボールペンをとってさらさらと書き始めた

「…助っ人はされないと言ってませんでした?」

その登録票の名前の中に自身の名前を書き込むのを見て、私は思わず尋ねてしまう
書きこむ手を止め、私を見る

「…今さっき、ESS部の部長に就任した。だから助っ人ではない」
「は? 部長?」
「部員として参加するのだから、助っ人ではないだろう?」

……そうなんか、そう来るんか
ニンマリと笑う様子は、嘘は言っていないだろう?と勝ち誇るよう

呆気にとられ、そのあとにこみ上げてきたのはただただ大笑いしたいという衝動だった
流石にこの場で衝動に任せるわけにもいかずにぐっとこらえた

まったく、一筋縄でいく人やないとは思っとったけど、これは一本取られたわ

「あら智葉、参加しないって言ってたのに。結局参加するのね」
「…参加するつもりは、本当になかったんだがな」
「それは気になるわね。参加する気のない人をどうやってその気にさせるのか、興味があるわ」

会長の問いかけは、さっき言っていた辞退した人間を意識してのものだろう

「…別に。あいつらが賭けに勝った、それだけだ」
「そう、まあ追々聞かせてもらおうかしらね」

深追いしても無駄だと察したのか、会長はすぐに話を切り上げた
できればもう少し掘り下げてもらいたかったが


「じゃあこれを差し換えておいてくれ」
「りょーかい」
「そういえば辻垣内は、1年の時には対抗戦に出てたよな?」
「昔のことだ」

書き終えた登録票を会長に手渡す辻垣内さんに、今度は小走さんが尋ねた
けれどこの問いかけにも、ばっさりと答えてこれ以上は答えないという空気を作る

「まあいい、対戦できるのを楽しみにしているよ」

結局深いところまで聞き出すのは無理そうやな…

いずれにせよ、ESS部ということはたまに集まっている留学生をまとめた部活ということになるんやろうな
辻垣内智葉が対抗戦に参加した方が面白くなるとは思ったけど、まさか留学生連中引き連れて参加してくるとは…

「失礼します」

そこにまた来客
狩宿巴、生徒会のメンバーやったな。なんだか冴えない表情を浮かべとるけど…

「巴、あなたは私のこと信じてるわよね?」

若干切迫した表情で尋ねる会長
まあ、信じてないというのも冗談半分のつもりなんやろうけど、立て続けにNoと言われているように感じても無理はあらへんのかもな…

狩宿さんは私をはじめとして周りの様子を伺った
けれど誰も何も言わないので、仕方なく返事をした

「ま、まあ信じてますけど…」
「そうよね、絶対の信頼感と実績で今日まで生徒会を引っ張ってきたわよね、私は!?」
「え、ええ。まあ…」

何があったんですか?という視線を同じ生徒会の辻垣内さんに向けるも、肩をすくめるだけだった

「巴、あまり気にするな…。それで何か用があって来たんじゃないのか?」
「ええ、登録票の差し替えと、あとちょっと生徒会の件で少し」

そう言うと、今度は私と小走さんをチラリと見た

「用件も済んだから、私は帰るとするよ」

その視線の意味を察したのか、小走さんが机に置いていた荷物を持ち上げた
…生徒会だけで話したいことがあるちゅうことか

「ほな、私も失礼させてもらいます」

小走さんに倣い、私も生徒会室を出ることにした

「あの」
「どうした?」

生徒会室を出てすぐに、私は帰ろうとする小走さんに声をかけた
振り返り、立ち止まる彼女に私は尋ねた

「先ほど会長に言っていた、辞退した人間って誰なんですか?」
「ああ、そのことか。アーチェリー部の大星を狙ってるらしいぞ」
「大星淡…」

クラス対抗戦の決勝大将戦はなかなかに興味深い戦いだった
その時、1年5組の大将を務めたのが大星淡

アーチェリー部はかなりピリピリしていて、誰が出るか出ないかという情報がほとんど外に漏れてこなかった
まあ宮永照とか部長の弘世菫あたりは当然として、2年では亦野と渋谷、そして1年の大星は当確やろうと思っていた

辞退したっちゅうことは、選ばれたけど自分から出るのを遠慮したちゅうことやろうか…

「船久保データバンクにも、大星辞退の情報はなかったのか?」
「アーチェリー部の情報はあまり外に出てこないもので」
「まあ、久も明日にならないと確証は持てないとは言っていたけどな…」

大星がよく文芸部に出入りしているのは知っている
会長が大星辞退の情報を得たのも、そこからということだろう

「ありがとうございました、参考になります」
「なに、お安い御用さ」

明日で対抗戦のメンバーはおおよそ出そろう…
やけど、まだまだ助っ人市場の動向は注意深く見とかなあかんようやな

今日はここまでです

ひさびさに短編を書きました
【咲-saki-】ダヴァン「日本のおもちは本当にすばらしいデスね」
【咲-saki-】ダヴァン「日本のおもちは本当にすばらしいデスね」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375893296/)

いくつかのまとめサイト様でもまとめていただきました、ありがとうございます
いまさらヒロエシラバスはまとめには乗らないよなぁ(遠い目

では、また来週

-side 巴

-生徒会室


「それで、生徒会の用事って何かあったかしら?」
「いえ、本当は生徒会の仕事ではないんです…」

久さんの質問に、私は首を振った

ただ人払いをしたいがための言い訳でしかなかった
誰に話すべきなのか、それとも話すべきではないのかもよく分からないけれど、少なくとも余り面識のない人に話すことではないように思えた

けれどその前に、私が本来ここに来た理由を思い出す

「あ、その前に対抗戦の登録票を差し換えたいんですけど」
「あら、書道部も変更なの?」
「…も?」

他に変更に来たところくらいあるのだろうけれど、久さんがなぜか智葉さんの方を見たのが気になった

「…参加することにしたんだ、対抗戦」
「え、智葉さんがですか?」
「1年の時、ESS部ってあったでしょ?」
「そういえば、ありましたね」

久さんが解説を加えた

智葉さんがときどき放課後に留学生に日本語を教えていることは知っていたし、それが部活ではなくただの個人的な集まりということも知っていた
その留学生たちと一緒にESS部を復活させて出ることにしたらしい

1年の時の部活対抗戦の決勝は、アーチェリー部・書道部・ESS部・ソフトボール部だったから、よく覚えている
あの時は3年だった戒能先生が部活対抗戦3連覇なるかということで書道部も気合が入っていたから

「正直、出る気はなかったんだがな。できるだけ生徒会には迷惑をかけないようにする」
「いえ、それはみんなお互い様ですから」

部活対抗戦に出ると言っても、1日中対局しているわけではない
一人あたりはクラス対抗戦と同じく2半荘。それに、生徒会の仕事がなかったとしても、クラスの出し物にも出たりすれば当日の忙しさはさして変わらない

私は予備の登録票を棚から出すと、10人の名前を書きだした
春の代わりに、他の3年生を入れる

「…抜けたのは、滝見さん?」
「ええ。生徒会の件と言ったのも、このことが関係あるんですが…」

久さんは面識くらいはあるけれど、智葉さんは誰のことか分かっていないようだった

「その滝見さんとやらと生徒会が何か関係あったか?」
「…いえ、今日は部活を早めに切り上げることになったので春と一緒にここに来るということになったんですが、その途中でゆみさんと会いまして」
「ゆみ?」

久さんが思わずといったように声を上げ、智葉さんも私へ向ける視線が厳しくなったような気がした

「ゆみに何かあったのか?」
「事情がよく分からなかったんですけど…。春とゆみさんが険悪な感じになってしまって」
「ちょっと詳しく話してくれるかしら…」

深いため息をつく久さん

「私も詳しくは分かりませんけど…」
「分かる範囲でいいわ」

そう言われて、私はここに来るまでの経緯を話し始めた

-書道部部室


「じゃあテスト期間も近いし、今日は早めに切り上げましょうか」

霞ちゃんが手をたたく音が部室内に響き渡った

テレビではときどきダンスとかをしながら書道をするパフォーマンスなんかもやっているけれど、ウチではそこまではしない
夏フェスで展示する作品を書き上げれば、あとは展示をして終わり。早めに書いてしまえば、特に夏休みもこれといった活動はない

「あ、そういえばうっかりしていたわ」

そういうと、霞さんは春の元へ向かった
当の春は、書き上げた『春愁秋思』を満足げに眺めていた

うーん、なかなか渋い言葉を選ぶ

「春ちゃん、ちょっといいかしら?」
「…何?」
「念のための確認なんだけど、本当にいいのよね、対抗戦のメンバーから外しても」
「問題ない」

コクリと小さく頷く春

蒲原さんが助っ人がいるかどうか聞きに来きたとき、その場では春は何も言わなかった
けれど、蒲原さんが出ていった後に春は「演劇部の助っ人をしたい」と言った

黒糖のことくらいしか自己主張しない春がそんなことを言いだして、みんなビックリしていた
姫様が少し残念そうにしていたけれど、霞ちゃんが本人の意思を尊重してメンバーから外すことを決めた

改めて確認したということは、まだ登録票の差し替えを行っていないのだろう

「霞ちゃん、私が行ってきましょうか?」
「そうね、お願いしちゃおうかしら」

今日の当番は久さんだったはず
久さんと蒲原さんは確か同じクラスだったはずだし、ついでに少し話を聞いてみるのもいいかもしれない

そう思い、私が帰り支度をしていると、隣に春がやってきた

「どうしたの?」
「ついていっていい?」
「別にいいけど」

ちゃんとオーダーが変更になるかどうか気になるんだろうか…
そう尋ねると、春は首を振った

「演劇部、もう出したのかと思って」
「…それは確認しないと分からないね」

今は助っ人を探している段階でもとりあえず登録を先にしてしまうことはできる
自分が演劇部のために登録から外れるのに、演劇部がちゃんと登録できているかどうか気になるということなのだろう

春と一緒に部室を出た

そして部室棟を出たところで、上の方を見上げていたゆみさんと出くわした。どこかの部室でも見ていたのだろうか…
その時はなんとも思わなかったけれど、今思えばこの瞬間から2人の間にはピリピリとした緊張感が漂い始めていた

「ゆみさん、どうしたんですか、こんなところで」
「巴か…。帰るには少し早いんじゃないのか?」
「…この人、誰?」

春が尋ねる
けれど春にはこの人が誰なのか、確証に近いものはあったのかもしれない。その念押しは、いつも以上に感情の読み取れないものだった…

「生徒会の副会長をしている加治木ゆみさんだよ」
「巴、この子は部活の後輩か?」
「ええ、滝見春。1年生だよ」

そうしてお互いがお互いを認識して、ようやく私は得も言われぬ緊張感が覆われているのを感じた

「君が、滝見さんか…」
「あなたが、先輩さん」

いつもは冷静に物事に対応しているはずのゆみさんが、なぜか腰が引けているように見えた
対する春は、逆に今にも飛びかかるんじゃないかというくらいの雰囲気でゆみさんをじっと見つめていた

「先輩さん。一つだけ言わせてほしい」
「…なんだ?」
「モモをこれ以上苦しめないで」

そう言い切ると、春はゆみさんの足早に横を通りすぎようとする

「…君には、何が見える?」

すれ違いざまに、ゆみさんが声を震わせた
ゆみさんから3歩くらい離れた場所で春が立ち止まると、ゆっくりと振り返った

無表情のまま、春が言う

「何も…」
「何も、だと?」
「人の心なんて、見るものじゃないから」

ゆみさんがさらに何か言おうとする前に、春は踵を返してしまう

「え、あ、あの…」

私は何かまずいことをしてしまったんだろうか…
何が起こっているか分からず、ただオロオロと春とゆみさんを交互に見るのが精いっぱいだった

春の姿が建物の陰に入ると、ゆみさんが大きくため息をついた
その表情からは、相当な疲労の色が浮かんでいた

「苦しめるな、か…」
「あの、ゆみさん?」
「…変なところを見せてしまったな。じゃあ、また明日」

これ以上は話すことはない
向けられた背中が、そう告げていた

私は何も言うことができず、春の時と同じようにゆみさんの姿が見えなくなるのをただ見守ることしかできなかった
だけど、もっと自信に満ちていたはずの背中はずいぶん元気がないように見えた

2人はケンカでもしていたんだろうか…
でも初対面な様子だったし、いきなりこんな険悪なムードになるなんて予想できるはずがない

「あ、そうだ、差し換え…」

あまりのことについ忘れそうになってしまったが、生徒会室に行く途中だった

「久さんなら、何か分かるかもしれない」

なんだか自分のせいで2人を怒らせてしまったような気分になり、重い足取りで生徒会室へ向かった

-生徒会室


「…ということがあったんですけど」
「下手でもなんでも、もっと口出ししておいた方が良かったのかしら」

久さんは額に手を当てて、大きくため息をついた

「久さん、いったい何があったんですか?」
「いや、滝見さんがなんでそんなことを言ったのかは知らないけど、ゆみの問題をえぐってきたのは分かるわ…」
「ゆみさんの問題?」
「…やはり、何か悩みを抱えているのか?」

そう尋ねたのは智葉さんだった
久さんは小さく首を振る

「悩みがあるのは確かなんだけど、それを私たちがどうこうできるのかと言われると微妙なのよねぇ」
「昨日ゆみの様子が少し変だと思っていたが、相当深刻なのか?」
「深刻ね…。下手をすれば、もうモモちゃんとの関係は元には戻らないかもしれない」

モモちゃん…
ゆみさんと一緒にいるところをたまに見かけたことがある、あの黒髪の娘のことだろうか

「モモちゃん、か。あの消える1年のことか」
「そうよ…。今モモちゃんとゆみは背中合わせに立っている状態」

背中合わせ…
けれど、そこから連想されるのは決してマイナスイメージだけではないはず

「すぐ近くにいるのに、お互いがお互いのことを見えていない」

マイナスに捉えるとそうなるのは分かる
智葉さんがメガネの端を持ちながら言い返した

「だが、それなら背中を預けるという表現もあるだろう? すぐ近くにいるというのなら、一概にマイナスの状況ではないと思っているのか?」
「紙一重なのよ。お互いが見えなくたって、感じあうことだって信じあうことだってできる。でも今の2人にはそれが出来ていない。ゆみからしか話は聞いてないけど、それが私の感じたことよ」

今はまだ、気持ちの持ちようでなんとかなるかもしれないという状況ということなのだろうか

背中合わせに立つ2人が、お互いを信じられるのか
それとも、そのまま見失ってしまうのか…

確かに他人がどうこうできる問題とは思えない

生徒会室を沈黙が包み込んだ

「まあ、私たちが暗くなったところで解決するわけでもないし、注意深く見守るってことにしておきましょう」

ようやく久さんが、諦観含みにそう言った
注意深く見守るなんて、何もしないのとほぼ同義…

春に事情を聴くくらいのことはしておいた方がいいのだろうか…

-side ゆみ


――モモをこれ以上苦しめないで

滝見春…
唯一、モモのステルスを見破るという少女

モモは麻雀ではステルスを見破られることはあっても、日常生活においてステルスが見破られることは皆無のはずだった
蒲原にしても、モモの風下に立った時に匂いで判断できる場合があるが、いることが分かってもどこにいるかまで視覚出来るわけではない

嗅覚や聴覚からの発見はできても、視覚することは無理
そのはずだった…

――人の心なんて、見るものじゃないから

けれど、モモを視覚出来るはずの彼女から出た言葉は、見えることを意識したものではなかった

「…苦しめないで、か」

モモを苦しめているのなら、結局私のちっぽけなプライドが原因なのだろう

麻雀の腕もモモの方がすでに上回ってしまっている…
それなのに、モモ以上の実力を期待されてしまって。ツギハギだらけで『モモの望む加治木ゆみ』をなんとか作り上げてきた

クラス対抗戦が行われている最中、お前の方が強いとモモに言ったことはある
けれどそれでも、先輩の方が強いと言い返してきた

もっと強く言った方がいいのだろうか…
本当の私はこんなにも脆くて弱い存在なのだと

「やはり私は臆病者だ」

時間が解決してくれるかもしれないと、甘えていた結果がこれだ
傍目からは、モモが私に依存しているように見えるのだろうけれど、実際にはもう逆転してしまっている

私が、モモを失いたくない
だからここまで、何でもできる先輩を演じてきた。けれど、その破綻は近い…

これ以上繕ってもモモを苦しめるだけというのなら…


「ゆみちゃーん、暗い顔してどうしたのもー?」
「え?」

突然声をかけられた

慌てて周囲を見回すと、隣には同じクラスの椿野美幸と、茶道部の部長の古塚梢がいた
古塚はなぜかマスクをしていた

「そんなにびっくりしないでよね、もー。ちょっと声かけただけなのに」
「ああすまない、ちょっと考え事をしていてな」
「美幸、突然声をかければ誰しもビックリくらいしま、ゴホゴホッ」
「おいおい、大丈夫か?」

古塚が咳き込む
顔色もあまりすぐれないようだ…

「こんな時期に風邪か…」

マスクをしていることも含め、夏風邪あたりなのだろう
寮までもう少しという場所だ

「ええ、戒能先生に診てもらって、ゴホゴホッ」
「もー、梢ちゃん無理してしゃべらなくていいよ」
「そうだな、早く部屋に戻って安静にした方がいい」
「あとでドリンクとか持っていくからね」
「…申し訳ないです」

また咳き込む古塚
そしてその咳が落ち着くと、美幸が私に言う

「ゆみちゃん。梢ちゃんこんな調子だから、明日は私が部長会議出るからよろしくね、もー」
「…私に言われても困るんだが」
「ん? だって生徒会だし、演劇部の部長でしょ?」
「部長は蒲原だし、生徒会だが私は部長会議の担当じゃない」

未だに私が部長だと思う人が多い
部長会議はたまに代理することはあるが、基本的には蒲原が出席しているんだがな…

「もー、じゃあ誰に言えばいいの?」
「別に事前に言わなくても大丈夫だぞ。それでも事前に言うなら、明日の朝に久に言っておけば問題ない」
「それもそっか。久ちゃん生徒会長だもんね」

明日は部長会議か…
おそらく蒲原は、会議前に演劇部の登録票を提出するつもりなのだろう

そこに名前を書かれたとしても、必ずしも参加しなければいけないわけではないが…

どういう形にせよ、決着をつけるなら明日か

「じゃあねー」

寮に到着して、ブンブンと手を振る美幸と、ゆっくりと頭を下げた古塚を見送る

風邪でも引いてしまえれば先延ばしもできるのかもしれないが…。そんな引き伸ばしはさらに苦痛を増やすだけだ
これが、今まで甘えた気持ちを持ちつづけてきた代償なのだろう

なあ、モモ…
お前を苦しませているものは、消えて無くなってしまえばいい

>>174>>175
酉を付け忘れてました、抽出して読んでらっしゃる方は注意してください


えすえす咲ちゃんねるさんにも、照「清澄にも~」が掲載されました
速報で書き始めてからもう1年も経つのかと思うといろいろ感慨深いです

ではまた

-side 春

-翌朝


「春ちゃーん、おっはようだじぇー」
「…おはよう」

おとといと違い、今日も余裕をもって登校できた
小走りで追いかけてきたのか、優希と原村さんがいた

「今日はお互い余裕そうだじょ」
「私はおとといも、ちゃんと起こしましたからね」
「のどちゃんの起こし方に気合が足りない」
「……明日から起こすのは淡さんだけにしましょうか」
「ごめんなさい」

深々と頭を下げる優希

その口ぶりからすると、優希をいつも起こしているのは原村さんのようだ
けどおとといはそれでも優希が起きれなかったということだろう…

「原村さんは2人も起こしてるの?」
「ええ、少しは穏乃を見習ってほしいものです」
「穏乃っちは早寝早起きすぎるじぇ」
「今日は淡さんが起きてきませんでしたし。起こすだけ起こしたら後は知りませんと通告はしてますけど…」
「……大変だね」

眠りが不定期な姫様は今のところ霞に面倒を見てもらっているようだけど、そういえば今の3年が卒業したら私が朝起こしたりしないといけないのだろうか…
まあ、そこは他の部員とうまく役割分担したりすればいいことだろうけど

「優希、和、おはよう」
「おはようございます」

そんなことを考えていると、いつの間にか生徒会長と、片目をつぶった金髪の人が加わっていた

「部長、おはようございます」
「お姉さん、おはようだじぇ!」
「優希の隣にいるのは滝見さんよね? おはよう」
「……おはようございます」

会長とは巴と一緒にいるときに少し話をしたくらい
けど会長は、なぜか金髪の人から離れて私の隣に位置を変えた

「昨日の放課後、巴と一緒に帰ったのよね?」
「…途中まで」
「部活対抗戦、出ないのね?」
「……何か問題でも?」

そう言うと、会長は微笑む。けど、感情は読めない


「もし出ないなら、うちの部活の助っ人として出てくれないかなぁと思って。確か、優希と同じクラスよね?」
「…他に誘われてるから」
「そうなんだ、残念」

随分とあっさりと引き下がると思ったけれど、そんなはずもなかった

「あと、巴と来る途中、演劇部の加治木ゆみに会ったわよね?」
「それが何か?」

昨日のことを巴から聞いたのだろう…。本題はこっちかな?
確か先輩さんは生徒会の副会長だったはず。会長としては気になるということだろうか

「んー、巴から少しは聞いたけど、直接何を言ったのか聞きたいなぁと思ってね」
「……黙秘」
「演劇部の助っ人をするつもりなのに、ゆみの機嫌を損ねていいのかしらね?」

言う必要は感じないけど、会長はさらに追及してくる

機嫌を損ねさせるために言ったわけじゃないけど
…どうしようかな、これ

「さっきから部長と春は何の話をしてんだじぇ?」
「ふふ、滝見さんを文芸部に勧誘しちゃおうかなぁと思ってね」
「あれ、春は書道部から出ないのか?」

そこに優希が割り込んできた。会長は何食わぬ顔をして誤魔化した
私はとりあえず優希の質問に答えた

「対抗戦は辞退したから…」
「ふーん。じゃああわあわと同じか」
「あわあわ?」
「大星淡さんのことですね」

私は小首をかしげると、原村さんが付け加えてくれた
ああ、確かクラス対抗戦で5組の大将をしていた子か…

まあ、私には関係ないけど…
この流れでこれ以上は追及できないと思ったのか、会長は肩をすくめた

「滝見さん、また今度お話しましょ」
「……」

こちらから話すこともないから、私は頷くことも首を振ることもなく、視線だけ返した

「まあ、いいけどね」

そう言うと、会長は優希と原村さんの間に割り込んでいった

「ところで和、その大星さんのことでちょっとお願いがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「まだ決まったわけじゃないんだけどね――」

その後何を話しているのかは興味がなかった

今週は時間があまり取れなかったのと、咲さんの百合スレに投下してたので、短いですが今週はここまでです
咲さんの百合スレ、もうちょっと盛り上がってくれるといいんですけど…

ではまた

咲さんの百合スレってどれ?
よかったら教えて下さい

>>187
【咲×?】寄ってらっしゃい見てらっしゃい咲SSの時間だよ【百合】
【咲×?】寄ってらっしゃい見てらっしゃい咲SSの時間だよ【百合】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377085288/)

智葉と友香を投下しました
もう1つ2つ書けたらいいなと思ってますけど、他の人も書いてほしいなぁと思ったりもする

職場から帰ってきたら咲阿ポが届いてました

入っていた順番に、美穂子、やえ、灼、怜、照

強いっ、これでSS書ける勢いですね
今週はゲームやりこみますのでSSはお休みいたします。進みが遅いのに申し訳ないです…

-side 桃子

-1年11組 教室


「おはようっす」
「おはようさん」

私が教室に入ると、いずみんを含めてまだ数人しかいなかった
というかいずみんは相変わらず登校が早いっすね。でも、朝練のために登校したならもうグラウンドに出てないとおかしい時間だけど

「朝練は無いんすか?」
「ああ、今日は部活無しやって。明日でいったん部活は休止になるし、放課後は部長会議があるからな」
「ふーん」

話題を振ってみたもののそこまで興味があったわけでもなく、適当に相槌を打って自分の席についた

「おはよう」

すると、数絵が静かに教室に入ってきた
けど、なんか昨日までと違って少しだけ表情が柔らかく見えた

「お、なんか今日はいつもと違ってすがすがしい顔しとるな」
「…普段の私はどういう顔をしているのかしら?」
「仏頂面?」
「否定できないのが悲しいところね」

表情の違いにはいずみんも気づいたみたいだった

「解決したんすか?」
「あら、いたのね」

私には気づいてなかったようで、少しだけ驚いた顔を見せた
そして数絵はゆっくりと頷いた

「ええ、負けたわ」
「負けたって、なんか勝負でもしとったん?」
「ちっぽけな意地とかプライドとか、そんなものを賭けていただけよ」
「なんやそれ?」

私は事情を知っているから分からないでもないけど、詳しく知らないいずみんには伝わらないだろう

「勧誘がめんどくさくなったとか、そんな理由じゃないっすよね?」
「そんな理由で出ていいとは思ってないわ」
「んー、出るって対抗戦か? あれやろ、確か5組の高鴨が数絵のこと誘ってるっていう」

怪訝そうに数絵を見るいずみん
数絵はまた頷いて、微笑む

その微笑みに、曇りはなかった

「出るつもりはなかったのだけどね…。熱心な勧誘に負けてしまったのよ」
「ああ、負けたってそういう意味か。もったいぶった言い方して」

あれだけ団体戦を否定していた数絵を、どうやって説得したんだろう…
そしてそんな説得ができるのなら、もしかしたら先輩も説得に応じてくれたりするんだろうか

「桃子…」
「え、なんっすか?」
「きっとね、言いたいことを言わないで気づいてもらおうなんて、虫が良すぎるのよ」

…先輩と対抗戦に出たい
でも先輩は出る気がないと言う

これ以上出たいと言ったら、嫌われるかもしれない…

そう思っていた

けど、そうやって黙っていても、何も解決しないんだろう


「おっはよーだじぇー!」
「……おはよう」

そこに朝から元気な優希と、いつも通りのローテンションの春が一緒に教室に入ってきた

「よっし春、今日のモモサーチ開始!」
「…そこ」

優希と春が一緒にいると、なぜか優希は春に私を探させたがる
春は静かに私がいる方向とは反対側を指さした

「よし、今日こそモモを肉眼で捕捉してやるじぇ」
「……頑張って」

そう言うと、春はツカツカと私の方に歩いてきた

「…なかなかの鬼畜っすね」
「たまにはダミーも必要」
「まあいいっすけど」
「そこかー!」

誰にいない空間に飛びつく優希
まったく、本当に朝から元気っすね…

それに比べて、春の方は少々機嫌が悪そうに見えた。いつも通り無表情には変わりないけど
私は春の顔を覗き込んだ

「…何かあったっすか?」
「別に、何も」

ぷいっと顔をそむけてしまう春
うーん、いつもだったらそんなに露骨にさけたりしないんすけどね…

どうしたのか追求しようとしたら、メールの着信音が鳴った
授業が始まるしそろそろマナーモードにしておかないとと思いながら、内容を確認した

「先輩っ…」

加治木ゆみと表示された画面を思わず伏せてしまう

期待よりも不安で胸がドキドキしてしまう
どうしてだろう、せっかく先輩からメールが来たというのに、悲観的な考えが先立ってしまう

小さく息をつき、画面を確認した

『放課後、部室で二人で会いたい』

ただそれだけの、簡潔な文章
先輩らしいと言えば先輩らしい…

今までだったら、先輩と二人きりになれるというだけでどんなことを話そうかとウキウキした気分になるはずだたのに…
それを上回るのは、緊張感


――言いたいことを言わないで気づいてもらおうなんて、虫が良すぎるのよ


数絵の言葉がよみがえる

言わないといけない。この思いのすべてを…

-side えり

-職員室


教員は基本的に2つに分けられる
麻雀指導員と、一般教員の2つ

私は一般教員のため、指導員よりも学校の役割分担が多く割り振られる
生徒会の担当になっているのも、そのためだ

基本的には雀士を育成するという名目の学校だから麻雀を指導できるに越したことはないのだろうけれど

「えりちゃん、おはよーさん」
「おはようございます、三尋木先生」

いつも通りしっかりと着こなした和服の袖をフリフリとしながら、咏さんが職員室に入ってきた

「三尋木先生、いつも言っていますが学校では針生先生と呼んでいただけますか?」
「えー、長くね?」
「長いとか短いとかそういう問題じゃありません!」
「はーーーーりーーーーうーーーーせーーーーんーーーーせーーーーいーーーー」
「なぜわざわざ長くしましたか!?」

はぁまったく、朝からイライラさせないでほしい…
こっちの気も知らないで、咏さんはしまりのない笑顔を浮かべる

「だってえりちゃんからかうと面白いし」
「からかわれる身にもなってください…」
「とっころでさー、えりちゃん。今日は部長会議があるんだよね?」
「ええ、そうですが」

生徒会活動の一環なので、基本的には参加するようにしている
もちろん、参加しなくても議事録が後で回ってくるので問題はないのだけれど。会長の竹井さんとは基本的に毎日教室で顔を合わせるわけだし

「えりちゃんは今日は会議に出るの?」
「ええ、まあ」
「じゃあ私も行ってもいい?」
「は?」

普段職員会議とか出るのを嫌がるくらいなのに。嫌な予感しかしない…
そんな私の感情を読み取ったのか、咏さんはまたにへらと笑みを浮かべる

「何考えてるかわっかんねーけど、会議を邪魔するようなことはしないよ」
「じゃあ何のために?」
「そりゃ教え子の完全制覇まであと2勝なんだし、どの部活が参加して来てどんな陣容なのかは気になるところじゃね?」

完全制覇
宮永照のことか…

クラス対抗戦の時に宮永照の連覇を阻止しようとした前理事長はすでに退任している
だから、部活対抗戦においては宮永照の連覇を阻む要素は今のところない
まあ強いていうなら、助っ人制度によって部活に所属していない人が出てきたりという不確定要素はあるだろうけど、それも決定的な要素にはならないと思う

それよりも、もし連覇ができないとするならその要因は…


「おはよーさん」

そこに赤阪先生が眠そうに職員室に入ってきた

「いくのん、おはよー」
「おはよ、咏ちゃんえりちゃん」
「コンビみたいに呼ぶのやめてください。というか学校では針生先生と呼んでください!」

まったく、この人たちは自由すぎる!

「いくのーん、えりちゃんが朝からカリカリしてんだよー、びしっと言ってやってくれよ」
「平常運転やろー」

なぜか赤阪先生にくっついて猫なで声をだす咏さん
赤阪先生も当然のように受け入れて喉元をゴロゴロとなでた

むう、なんか親しげだな…
……くすぐったくて体をくねくねさせてる咏さんがかわいいとか思ってないですからね

「あ、そういえばいくのんさー、昨日の話考えてくれた?」
「別に私はええけど、そこの針生せんせーにちゃんと話通したん?」
「なんとかなるっしょ」

何の話を通すんだか知らないけど、私は全く聞いてませんよ
それにしても、本人を目の前にして内緒話とは本当に自由すぎる人たち…

「ま、ええけどな。出番はあらへんかもしれんし」
「私を置いて勝手に話を進めないでください」
「えー、サプライズってやつだよ。知らんけど」
「立案者なら知っていてください、サプライズならせめて本人の知らないところで話を進めてください、というかそういうサプライズとか嫌な予感しかしませんからやめてください」

早口で言い切る
もう、朝からイライラする…

「私は教室に行きます!」
「おう、いってらっしゃーい」

のんきに袖をフリフリする咏さんを背に、私は職員室を出た

私に話してくれないで赤阪先生に話してるとか
そもそも赤阪先生となんでそんなに親しげなんだろうとか

まったく、教室に着くまでに気持ちを落ち着けないと…

-side 智美

-3年18組 教室


私が教室に入ると、もうゆみちんは自分の席に座って文庫本を読んでいた

さて、少々気は重いけど、やるべきことはやっておかないとな…

「おはよう、ゆみちん」
「ああ、おはよう」

一瞬顔を上げるけど、すぐに文庫本に目を落としてしまう
私は構わず、カバンから一枚の紙を取り出すと文庫本の前でヒラヒラさせた

「なんのつもりだ?」
「ワハハ。昼休みに、対抗戦の登録票出してくるからな」

そこには、ゆみちんの名前もモモの名前も書いてある
ゆみちんは登録票に一瞥をくれると、文庫本をずらしてまた読み始めた

「好きするといい」
「へぇ、反対しないのか?」
「蒲原、お前が助っ人を集めているのは久から聞いた」
「そうか、なら話は早いな」

態度は冷たいけれど、少なくとも出るなと言ってこないということは、少しは望みはあるんだろうか?

「なあゆみちん、モモのことは…」
「今日は部活はないんだったな?」
「え、ああ。放課後は部長会議だし、本格始動はテストが終わってからだな」
「そうか、分かった」

露骨に話をそらされてしまったなぁ
まあこれ以上は取り付く島もなさそうだし、対抗戦に名前を入れることに反対してこなかったから今のところはこれでよしとするか…

「じゃあね、美穂子」
「はい、久さん」

そんな声がして振り返る
廊下でみっぽに手を振って、久が教室に入ってきた

「おはよう、ゆみ、智美」
「ワハハ、おはよー」
「おはよう」

久は私の手元を見て、小首を傾げた

「登録票? 昨日出してくれたら私が当番だったのに」
「まあいろいろあってな」
「そうなの、昼休みか部長会議の始まる前に出してくれればいいけどね」

そう言うと、久はそれ以上は踏み込んでくることもなく自分の席に向かっていった
むう、ゆみちんに助っ人を探していることを話したってことだからもうちょっと聞いてくるのかと思っていたけど、拍子抜けだな…

私とゆみちん、2人いるところであれこれ聞くと口論になりかねないと思ったのかもしれないけど…


しばらくして、針生先生が入ってきた

「おはようございます」

いつも真面目な先生だけど、その口調は心なしか硬く聞こえた
うーん、ちょっと虫の居所が悪そうだなぁ…

予鈴が鳴り、先生が出席を確認していく
出席簿をチェックしていく手が止まった

「…椿野さんは? 小走さん、聞いていますか?」
「いえ、分かりません」

学級委員だからといって連絡を受けるわけでもないだろうけど、確かに美幸の姿はなかった

「おっくれました、もー!」

そこに大慌てで美幸が教室に滑り込んできた
ずっと走ってきたんだろう、すでに汗だくになっていた

「…寝坊ですか、椿野さん?」
「嫁さんの危機の前には、遅刻など些細なこと!」
「では遅刻扱いで」
「ごめんなさいだよもー」

ペコリと頭を下げる美幸。嫁さんっていうと、茶道部の部長の古塚さんかな?

「梢ちゃんが風邪ひいちゃって看病してたら遅れました」
「…大丈夫ですか?」
「寮母さんにお願いしてきたから大丈夫だと思います」
「分かりました、でも遅れそうなら誰かに連絡してください」

はーいと返事をして、美幸は小さく身をかがめながら自分の席についた

部長が風邪かぁ、こんな時期に風邪なんてちょっと心配だな
そうなると、今日の部長会議は代わりに美幸が出るんだろうか…

部長会議か…
まだまだ何か荒れそうな気がするけど、気のせいで済めばいいけどなぁ

今日はここまでです

部長会議まで終わったら夏休みは小ネタで流そうと思ってますので、リクがあればぜひ
ではまた

別に栞にこだわらなくてもいいんですけども…
とりあえず灼・怜とやえ・美穂子・照に分けて考えてみますね

全然関係ないですが、咲阿ポによると菫さんはおもちじゃないみたいですね
フリー対局で「玄・菫・穏乃・灼」で組んでも玄は「おもち」とつぶやかないけど、「玄・尭深・穏乃・灼」だと「おもち」って言うので


リクはまだまだ募集中です

>>208
では、そのまま、おもちと呟かれなくて内心で少しだけ傷ついた気になる菫さんを

>>209
夏休みじゃないけど思いついてしまったので


【菫さんの苦悩】

-クラス対抗戦3日目
-3年1組

洋榎「久保せんせー、自分でミーティングとか呼び出しといて遅れるとかどういう了見なんや…」

美穂子「連絡とってしてみますか?」

菫「わざわざしなくてもいいだろう…。というかこのまま来ない方がいい」

霞「かといって、このまま待っていても」

竜華「じゃあ一応ミーティングらしいことして待っとる?」

菫「具体的にどうするんだ?」

竜華「先鋒から順番に、他のクラスのメンバーの知っとること言っていくとか」

洋榎「まあ何もせんのもヒマでしゃーないし、そのくらいしとくか…」

美穂子「じゃあ、まずは私からですね」

菫「1年生が照の妹だったか」

洋榎「打ち筋知らんねんけど、やっぱ凄いんか?」

霞「私も詳しくは知らないけど、少なくとも点棒荒稼ぎみたいな話は聞かないわね」

竜華「でも妹やし、チャンピオンみたいな力はあるんとちゃう?」

洋榎「せやな。宮永が連続和了するんやったら、その妹は連続チョンボやな」

竜華「アカン、それ別の意味で試合にならへんわ」

美穂子「ええっと…」

菫「まあ所詮暇つぶしだ、深く考えるな…」

霞「じゃあ次は、次鋒かしら」

菫「警戒すべきは、やはり2年の松実玄だろうな」

霞「…ほんと、いろんな意味でね」

菫「どういう意味だ?」

美穂子「ドラゴンロードの方が有名ですけど、もうひとつ通り名があるんですよね」

竜華「ん、なんかいつの間にか玄ちゃんの話になっとる?」

洋榎「ああ、なんか絹が言うとったな…。おもちがどうとかって」

霞「そう、おもちマイスター。大きな胸をこよなく愛し、おもちと言いながら近づいてくるのよ」

美穂子「私も、いきなりおもちおもちと近寄られたときにはびっくりしました」

竜華「まあ、うちはもう慣れたけど」

洋榎「まったく、貧乳はステータスやっちゅうに分かっとらんな。なあ、弘世」

菫「…なぜ私に振る?」

洋榎「うちは絹が被害にあっとるから知っとったけど、お前もおもちマイスターのこと知らんかったやん」

菫「接する機会が無かっただけだろ。人並みにはあるつもりだ」

洋榎「でも、おもちマイスターのお眼鏡にはかなわんかったようやな」

菫「…ふん、明日の対局でおもちと言うだろ」

竜華「あ、久保っち来るで」

洋榎「明日の下らん対局でも楽しみがひとつだけできたようやな。おもちと言われずに落ち込んだところに追い討ちかけたるわ」

菫「言ってろ」

-クラス対抗戦4日目
-対局室

菫(まったく、おもちとかなんとかくだらない。が、愛宕に言われっぱなしというのもしゃくだ…)

菫(普通にしていても「おもち」と言うだろうが、少し背中を反っていたほうがいいかもしれんな)グイ

菫(それとも、胸を強調するポーズをした方がいいか)←咲阿ポでのポーズ

菫「いかんいかん、なにをやっている。自然体でいいんだ…」

塞「おっと、2番手かな」ガラガラ

穏乃「よろしくおねがいします!!」

菫「…君は無駄に元気がいいな」

穏乃「それが取り柄ですから!」

玄「あ、私が最後ですね」

穏乃「玄さんとこういう場で対局できるなんて思ってませんでしたよ、よろしくお願いします」ペッコリン

玄「うん、よろしくね」

菫(さあ、おもちと言え)

玄「おもち…」

菫(よし言った、どうだ愛宕。私もおもちをお持ちだぞ!)ガッツポ

塞「…玄ちゃん、昨日も私の胸見てたよね。恥ずかしいんだけど」///

玄「いえいえ、なかなかのおもちをお持ちですよ。だから隠さないでください」

穏乃「そんなことより早く始めましょうよ」

玄「そんなことって何、臼沢さんに失礼だよ。謝って」

穏乃「えっ、私が謝る流れなんですか?」

塞「あー、高鴨さんは気にしないでいいから。ほら、弘世さんも呆れてるでしょ」

菫「」ポカーン

菫「」ハッ

菫「そ、そうだな。早く始めよう」クネ←咲阿ポでのポーズ

玄「何してるんですか?」

菫「…何か私に対して言うことはないのか?」

玄「…………」

菫「…………」

玄「…………」

菫「…………」

玄「特に無いですね」

菫「」



-東1局

菫「ロォォォォォォォン!!!!」

玄「はうっ」  (了)




前作の>>519あたりが、クラス対抗戦決勝の次鋒戦です
なお、Extraは本編とは関係ありません
リクエストありがとうございました

遅れてます、申し訳ないです
今週末には書けると思いますので…

-side 咲

-昼休み
-1年5組教室

クラス対抗戦で戦った5人でご飯を食べるのは、ずいぶん久しぶりのように感じた

憧ちゃんと付き合いだしてからは2人っきりで食べることが多かったし、淡ちゃんが和ちゃんと食べたがるようになって穏乃ちゃんが、南浦さんと一緒に食べに外に出てしまうことが多かったから

「今日はみんなで食べようだなんてどうしたの、アコ」

みんなで食べようという発案者は、憧ちゃんだった

「んー、シズの活動報告ついでに、淡のことも聞いてみたくてね」

ということらしい
私は部活対抗戦にはそんなに思い入れもないし、お姉ちゃんの連覇がかかっているからあまり頑張りすぎるのも気が引けるというのが本音だったりするけれど…

お姉ちゃんが聞いたら手加減なんてするなって言うんだろうけれど

憧ちゃんの言葉を受けて、口一杯におにぎりを詰め込んでいた穏乃ちゃんがVサインを出した

「ふっふっふっ、ふいひあのかふえのかんふふにへいこうひたんだよ!」
「穏乃、食べながらしゃべるのはやめてもらえますか…。何を言っているのかサッパリです」

口いっぱいだったので当然何を言っているのかよく分からなかった
和ちゃんが注意すると、穏乃ちゃんは慌てて口の中のものを飲み込む

「ごめんごめん、数絵の勧誘に成功したんだよ!」
「あー、シズノが言ってた南場が強い子だっけ?」
「そーそー、ずっと嫌だって言われてたけど、それでも諦めずにアタックし続けたんだ!」

こういうところは、穏乃ちゃんの凄いところだよね
私だったら誘いたい人がいても、なかなか誘うところから進めなさそうだし。断られたらそのまま尻込みしてしまうと思う

「シズノに狙われたら『もうめんどくさいから出よ』ってなりそうだけどねー」
「そんなことないよ。ちゃんと納得してもらったからさ」

あんまり詳しくは知らないけど、和ちゃんや憧ちゃんが言うには南浦さんはそう簡単に折れる性格ではないみたいだった

「まあ、昨日シズからそんな報告をもらったわけだけど」
「今日はこの後、灼さんのところに挨拶に行くんだ」
「明日部活あるんだけどね…」
「こういうのは早い方がいいと思ってさ」

憧ちゃんがみんなで一緒に食べようと思ったきっかけはこのことらしい
けど、それだけだったら穏乃ちゃんだけを誘えばいいはずで…

「それで、出ないって言っていた南浦さんが出るって決めた。淡はいいの?って思ったのよ」
「へ、私?」

憧ちゃんが淡ちゃんに話を振る
自分に話が振られると思っていなかったのか、淡ちゃんは少し箸を止めた

「修行中の身ってのも分かるんだけどさ、それでも淡は強いんだからもったいないんじゃない?」
「確かに、そうかもしれないね…」

憧ちゃんの言うことに私は頷いた
けど、淡ちゃんは口をとがらせる

「んー、ししょーに免許皆伝を戴かないうちは大会には出たくないかなぁ。個人戦は授業の一環だし、そこまでには間に合わせたいと思ってつけどさ」

ししょーと言われた和ちゃんは、複雑そうな表情をしていた


「淡さん、気を悪くせずに聞いてくださいね」
「えー、なんか神妙そうだけど。そんな暗い話?」
「いえ、そうではないのですが。話の流れもちょうどいいですし、正直に言ってしまう方がいいと思いまして」

コホンと一つ咳をして、和ちゃんは言った

「今朝、うちの部長から言われました。もし淡さんがアーチェリー部から出ないのが確定したなら、文芸部の助っ人に淡さんを誘ってくれないかと」

生徒会長もしている文芸部の部長、竹井久
淡ちゃんは最近文芸部の部室によく来ているし、それは部長も公認

けど、助っ人に誘うなんて素振りは今までなかったと思うけどな

「へー、それで? ノドカはどう思ってるの?」

淡ちゃんは試すような笑みを浮かべて和ちゃんに尋ねた
和ちゃんはその意図をくみ取っているのかいないのか、平静を保ったまま

「部長にそう言われただけで、私からどうこう言うべきことではないと思いますが」
「ノドカが私に助っ人してほしいと思うのかどうか聞いてるの!」

淡ちゃんが直接的に問い詰めた

「穏乃ではありませんから、無理に誘おうとは思いません」
「…そう。じゃあいいよ!」

そう言うと、淡ちゃんは少し残っていたお弁当を一気にかきこむと、ごちそうさまと教室を出ていってしまった

私はその様子をオロオロと見守ることしかできなかった
ポカーンとしている和ちゃんに、憧ちゃんは呆れた顔を見せた

「和、あれはないと思うわよ…」
「しかし本人にその気がないのに誘っても仕方ないじゃないですか」
「なんか私が全力で否定されてる気がするんだけどー」
「穏乃ちゃん、そういうつもりじゃないと思うけど」

淡ちゃんの気持ちは、多分だけど分かるよ

和ちゃんに誘ってほしかったんだよね…

『淡さんが出たくないなら仕方ありませんが、私は出てほしいですよ』って

でも部長のことだから、きっとこれだけで終わったりはしないんだろうな
穏乃ちゃんは真っ直ぐ説得したけど、部長は周りから固めていく気がするから

-side 郁乃

-昼休み
-職員室

朝はえりちゃんがちょっと荒れとったけど、今のところは落ち着いて弁当をパクついとるようやんなぁ

まったく、咏ちゃんもあんまりお痛が過ぎると、愛想付かされてまうんとちゃうかな
まあ、本人がじゃれあいのうちって考えとるんからあんまり言っても意味ないんやろうけどな

「どうなんやろうなぁ…」

咏ちゃんの目論見は、まあ悪くない余興やとは思う
そもそも必要になるかどうかが分からへんしな。まあ咏ちゃんのことやから数くらい数えてるんやろうけど

私が自分の作った弁当を平らげると、えりちゃんがこっちに近づいてきた

「赤阪先生、今大丈夫ですか?」
「かまへんよ、どうかした?」
「いえ、今朝のことなんですけど」

まあ当然その話題やろうなぁ

口止めはされとるけど、まあ匂わすくらいはしといてあげた方がええかもしれへんな
これ以上えりちゃんをおちょくると、変にへそ曲げて話がややこしくなりそうやし

「んー、どこまで言うたらええんか分からんけど。できれば咏ちゃん本人から聞きたいやろ?」
「口止めされてるんですね?」
「まあ、客観的にはそんなに悪い話やないとは思うけどな」
「主観的には悪い話と感じる人がいるということですか?」
「だから事前に話をしておいた方がええでって言うたんやけどな、私は」

小難しい顔をして、私から少しでも情報を引き出そうとするえりちゃん

まあ、ここで正直に言ってしまっても問題はないと思うけど
どうせ放課後の、部長会議の時には分かることやし…

ため息交じりに、私は職員室を見回した

咏ちゃんは当然いない、いたらえりちゃんも私に聞きに来たりはしないだろう

そして野依さんと村吉さんも職員室にはいなかった
まあ、今頃咏ちゃんが話をしに行っているところだろう

思い付きで動きすぎやわ、咏ちゃんも
まあそれをたしなめんと、乗ってしまう私も私なんやろうけどな…

クラス対抗戦での一件以来、なんとなく咏ちゃんには頭があがらないって気分になるんよね
実際、咏ちゃんが動いてくれへんかったら、私はこの場にはおらへんわけやしな

「まあ、えりちゃんが嫌やったら断ったらええと思うで。別に、絶対にやらないといけないってことじゃあらへんから」
「…それを咏さんが許しますかね?」
「許すも許さんも、決めるのはえりちゃんやと思うで。口止めはされとるけど、断るんやったら私はえりちゃんの味方したるよ?」

考え込むんでいるのか、えりちゃんは黙りこくってしまった

そんなに深く考えんでもええとは思うけど…。そういう性分やろうから仕方ないか

「私は部長会議には行かへんけど、なんかあったら電話くれてもええから」
「……ありがとうございます」

結局暗い表情は晴れないまま、えりちゃんは自分の席に戻っていった

咏ちゃん、ちゃんとフォローしたらんと、後が怖いで?

なかなか進みませんが、今日はここまでです

シノハユのキャラも出せそうなら出したいなぁという気もしますが
10年後で教師として出したらいいのかどうなのか。まあ読んでみないと分からないですけどね

ではまた

忙しいので、保守…

このままではエタってしまう…、でも仕事がががが
年内復帰は無理そうですので、とりあえず月一くらいで生存報告します
すいません

保守ありがとうございます
アニメが始まればまたSS増えますかね

駆け込み需要を甘く見ていた件…
続けられるかどうかも微妙ですが、一応保守

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