FAST -水産庁漁場管理局 特別対策班-(222)

※この話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。作者の妄想です

-第1話 Special Team-

釣り人「こんばんは・・・どうです、釣れてますか?」

白人男性「イヤー、サッパリデス」

釣り人「おや、外人さんでしたか!驚いたなぁ」

白人男性「ハハハ、ヨク言ワレルンデスヨ」

釣り人「ご旅行ですか?」

白人男性「イエ、モウ日本ニスンデ4年ニナリマス」

釣り人「なるほど、通りで日本語が達者なわけだ・・・」

白人男性「日本イイトコロデス。魚タクサンツレマスネ」

釣り人「はは、そのわりにはボウズみたいだけど」

白人男性「悔シイデス・・・ズットネバッテルノニ」

釣り人「ま、今夜は大潮だから。諦めないで頑張って!」

白人「ハイ、アリガトウ」

『・・・新海、聞こえるか?』

白人男性「・・・ああ、聞こえてる」

『そこから北へ1kmのところにある黒島地区の岩場に例の密猟者が現れた」

白人男性「ほう、大潮の晩に現れるとは随分分かりやすいな」

『すぐ現場に向かってくれ』

白人男性「了解」

・・・

白人男性「・・・あれか」

彼が暗視装置付きの双眼鏡で見つめるその先には、ウェットスーツを着た男が岩礁の隙間に見え隠れしている。

白人男性「酸素ボンベに、マキリ・・・典型的な密漁団の装備だな」

彼は背中に担いだロッドケースからパイプ様のものを取り出す。

白人男性「須藤、濱中。対象を確認した。4人いるな」

『ああ、残りの3人は車に残ってる。こっちはおそらく、見張りだな』

白人男性「よし、こっちの準備が出来次第、対象を眠らせる。海保に受け渡すまでそいつらを逃がすなよ」

『了解』

白人男性「須藤、濱中。対象を確認した。4人いるな」

『ああ、残りの3人は車に残ってる。こっちはおそらく、見張りだな』

白人男性「よし、こっちの準備が出来次第、対象を眠らせる。海保に受け渡すまでそいつらを逃がすなよ」

『了解』

・・・

須藤「よう、新海。お疲れさん」

長身に髭を蓄えた男性が、昨夜の白人男性に声をかける。

新海「あぁ・・・」

濱中「どうした、随分とご機嫌ナナメじゃないか」

新海「久方ぶりの陸上勤務でしかも大潮の夜だってのに成果があれじゃあな・・・」

須藤「なんだまたボウズか」

新海「うるせぇよ」

濱中「ははは。だが、代わりに密漁者を7人も釣り上げたじゃないか」

新海「俺が釣りたかったのは人間じゃなくて魚だっての」

新海「はぁ、まったく・・・せめて帰る前に宿の温泉にでもじっくり浸かりたいところだな」

濱中「まったくアンタは。見た目は外人のくせして中身は普通の日本のオッサンだな」

須藤「同感だな・・・だが、どうやらそんな暇はないぞ。さっき局長から招集命令がきた」

新海「はぁ?もう横浜に戻るのかよ!?」

濱中「やれやれ、忙しくて結構なことだ」

―――横浜市金沢、漁業調整事務所。

ここには彼らの所属する水産庁漁場管理局、特別対策班の本部が存在する。

新海「新海以下2名、ただいま戻りました」

局長「ああ、ご苦労だったな」

新海「まったくですよ。せめて真水の風呂にゆっくり浸かりたかったんですがねぇ」

局長「すまんな。だが、またしばらく船上暮らしだ」

濱中「何かあったんですか?」

局長「うむ。この映像をみてくれ」

そういうと彼はプロジェクターにある映像を映し出す。

そこには、小型の船に男達が木箱のようなものを積む様子が映し出されている。

局長「これは、一昨日の夜オーストラリアのポートピリーで捉えられた映像だ」

濱中「またどこぞの活動家ですか」

新海「だが、ちょいとばかし物騒しぎやしねえか。いまアイツらが積み込んでたのはデグチャレフの対戦車ライフルだ。70年前の骨董品とはいえ14.5mm弾をブチ込める大砲だぞ」

須藤「おまけに反対側にはSPG-9無反動砲も見えるな。中東でもあるまいし、一体どいつ相手に戦争をおっ始めるつもりなのやら」

局長「さらに現地からの情報によると、船内には1万トンクラスの船舶を破壊できるだけのC-4爆薬が搭載されているとのことだ」

新海「1万トン!海保のPLHも海の藻屑にできる量だ」

濱中「で、その物騒な連中が何をしようってんです?」

局長「うむ。詳細は不明だがこの武装集団が5日後、フリーマントル沖を通過する日本の捕鯨母船『日東丸』を攻撃するという情報が入っている」

須藤「日東丸といえば、先日就航したばかりの日新水産の大型捕鯨船だな」

濱中「また例の国際環境NGO団体の仕業ですかね」

局長「うむ。だがこれまでの活動家に比べその武装、組織力が格段に強化されている節がある」

新海「まったく。これじゃいよいよテロリストと変わらねえな」

局長「既に現地には伊藤と田端がいる。お前たちは至急オーストラリアに飛び彼らと合流し、奴らが行動を起こす前に排除しろ」

新海「了解」

2日後、南オーストラリア州ポートピリー。

港湾関係者「ああ、あの船か?たしか4日前からここに停泊してるな」

伊藤「積荷は?」

港湾関係者「事務局には工機・油脂類ってことで届出が出てるな・・・」

伊藤「そうか」

港湾関係者「あんたら、日本の公安か?」

伊藤「いや、水産庁の者だ。何しろここは『管轄外』だからな」

港湾関係者「ああ、例の・・・あまりここで面倒なことを起こさないでくれよ」

伊藤「分かってるよ。協力に感謝する」

ポートピリー港、水産庁漁業調査船『太洋丸』船上。

新海「おぉ、戻ったか。で、どうだった?」

伊藤「当たりだ。今夜、NZに向け出港することになっているらしい」

田端「こっちも現地の人間に話を聞いてみたが、どうやらここ数か月の間に同じような連中が2,3度このポートピリーに立ち寄ってるらしい」

濱中「この港に武器の仲介屋がいるってことか?」

田端「ここは元々、北東にあるブロークンヒルから採掘される鉱石を積み込むための大型貨物船が多数停泊するからな。それらに混じって分解された武器が国外から持ち込まれてる・・・まあ、そんなところだろう」

濱中「それにしても、オーストラリアの港湾当局は何をやってるんだ」

新海「この国には日本の海保や各国の沿岸警備隊に当たる組織が存在しない。税関や海軍の一部哨戒艇部隊がその任を担ってはいるが、こういった水際での連携には限界があるようだな」

濱中「まったく、プラスチック爆弾なんて物騒なモンを積み込みやがって。万が一港内で爆発したらどうするつもりなんだ?」

須藤「C-4自体は信管を使わない限り緩やかに燃焼するだけで爆発することはない。だが問題なのは、その出所が不明なところだな」

濱中「例の対戦車ライフルや無反動砲みたいに、中東やアフリカなんかの紛争地域から持ち出された物じゃないのか?」

須藤「C-4ってのは基本的に軍用爆薬で民間人が大量に入手できるようなシロモノじゃない。1988年に起きたパンナム機爆破事件の実行犯やIRA暫定派のメンバーなどが使うのは、より入手しやすいセムテックスが主流のはずだ」

濱中「ってことは、裏に軍が絡んでるってことか?」

須藤「さぁな。だが、欧米諸国の批判が高まる中で捕鯨を継続している日本の動向をオセアニア諸国が心よく思っていないのは事実だ」

濱中「まったく白人連中は・・・自分たちは牛や豚を食用にしているくせに」

新海「白人連中、か・・・耳が痛い話だねぇ」

伊藤「何れにせよ、これだけの武装で日本漁船を攻撃するというのであればこれは立派なテロだ。豪州の環境大臣の許可が下りていない以上、日東丸はオーストラリアの港湾には寄港できない。攻撃するとなれば海上だな」

須藤「で、連中の正確な出航時刻は?」

伊藤「22:00だ。日の入り後、俺と田端の2人でミゼット・サブマリンを使って例の船の下拵えを済ませておく。須藤と濱中は周辺の警戒、新海は現地人に偽装し引き続き情報を収集しろ」

・・・

濱中「あれ、なんだ新海。陸で食うんじゃないのか?」

新海「オーストラリアの食事は、純和風にできた俺の舌には合わなくてね」

濱中「純和風、ねぇ・・・それにしても、作戦行動中はカンメシしか食えないからしんどいよな」

新海「そうか?俺はこの金気臭い赤飯の味にもだいぶ慣れたがな」

濱中「それにしても、なんで連中はこんなになってまで日本の捕鯨を止めたがるんだろうな」

新海「奴らの言い分じゃ、クジラの知能の高さと生息数の少なさを根拠に、鯨を捕殺するのは野蛮な環境破壊行為ということらしい。さらにサマセット・モームのように、西欧人はモビー・ディックなどの物語に描かれる鯨やイルカの類を神聖視する傾向がある。IWCの指定する捕鯨禁止区域が『サンクチュアリ』と呼ばれていることにも、その一旦が垣間見えるがな」

濱中「だけど、モームのいたイギリスやノルウェーだって近代捕鯨国家だぜ。なんで日本ばかりこんなに叩かれなくちゃいけないんだ」

新海「お前がさっき言った通り、欧米諸国との人種の違いや、中国に抜かれたとはいえ未だ世界第3位の経済力を持つ日本を批判にさらすことで、利権を得られるような連中が反捕鯨をメシのタネに暗躍してるってことだろ」

濱中「利権、か・・・」

新海「だが、日本人もこの件に関してだけは折れることはなかった。現に1987年から続けている調査捕鯨は、各国の圧力を撥ね退けてまで続けているわけだしな」

濱中「まぁな。ここで折れたらクジラのみならず、次はサメやマグロなどにも連中が際限なく規制をかけてくると上は読んでるみたいだけど」

新海「実際日本人は国を守ることに対しては関心が低いが、ことそれが自分たちの口にする食糧の話に及ぶとなると恐るべき力を発揮するからな。国防ならぬ食防・・・といったところか」

新海「確かに。昔から『食い物の恨みは恐ろしい』っていうしな」

新海「そういうこった。その陰で、俺達みたいな特殊チームが日々日本の漁場を守るべく活動してるってわけさ」

濱中「はぁ、それにしても・・・せっかく船の上にいるんだから魚でも釣って食いたいもんだ」

新海「ここらで釣れるフエダイなんか食って見ろ、一発でシガテラ中毒になるぞ」

濱中「当の自衛隊ですら、今時カンメシなんて演習のとき以外は滅多に食わないらしいじゃないか」

新海「仕方ねぇだろ。こちとら漁業調査船に偽装した実質は工作船なわけだからな。温めて食えるだけマシだ、文句言うな」

濱中「はぁ・・・公務員はつらいよ、ってか」

19:30。

ポートピリー港に停泊する太洋丸の船底から、2隻のミゼット・サブマリンが海中へと進出した。

今回の作戦はこうだ。

ミゼット・サブマリンを駆る伊藤・田端の両名は夕闇に乗じて水面下から該当船に接近、その船底にPBX爆薬を設置後速やかに撤収する。

その後、港湾施設に被害が及ばないよう船が出港後、陸地から十分離れた時点でこれを爆破する。

作戦開始から1時間も経たないうちに二人は太洋丸へと戻ってきた。

須藤「よう、首尾はどうだ」

田端「ああ、問題ない。船底に3発のPBXを仕込んできた」

須藤「3発もか!随分と大判振る舞いだな」

伊藤「例の船だが、どうやら二重船底になっているうえに船体各処に装甲が施してあるらしい」

濱中「まるで軍艦ですね」

須藤「民間の装備としちゃ随分と大層な代物だな」

伊藤「ああ、だが、あれだけの量のPBXであれば問題なく破壊できるはずだ。我々もこのまま出航し、日東丸がフリーマントル沖に到達する前にあれを始末する」

須藤「了解」

その後、オーストラリア西方沖のインド洋でフィリピン船籍の貨物船が消息を絶ったとの情報が流れたのは、日東丸がフリーマントル沖を通過した2日後のことだった。

・・・

伊藤「局長、漁場整備が完了しました」

『よろしい。太洋丸は現地職員に回航させる。お前たちは一旦、こっちへ戻れ』

伊藤「了解」

新海「よぉ班長、現地の聞き込みで面白いことが分かったぞ」

伊藤「何だ?」

新海「例の爆薬だが、やはり軍から持ち出された物らしい」

伊藤「確かか?」

新海「あぁ。なんでも例の妨害船の乗組員が多額の金銭や麻薬と引き換えに、州内にある国営の軍需企業の社員を通じて入手した代物らしい」

伊藤「なるほど・・・それで海軍のみならず、空陸含めた三軍の航空機が捜索に乗り出しているわけか」

新海「ああ。これが明るみに出れば、国のスキャンダルってことになるからな」

伊藤「国営企業が金と麻薬を引き換えにテロリストに大量の爆薬を横流し・・・か。だが、今回ばかりは相手が悪かったな」

新海「何しろここは豪州国内だからな。オーストラリア政府もまさか日本の『水産庁』がここまで介入してくるなど、想像もしていないだろう」

田端「ある意味、俺達水産庁こそ日本の中で最もアグレッシブな組織なんだがな」

伊藤「・・・よし、この船を現地職員に引き継ぎ次第、撤収するぞ」

班員「了解」

-第1話 Special Team-

今日、ハーグの国際司法裁判所でオーストラリアの主張を全面に認めた南極海での日本の調査捕鯨を中止する判決がでました。
今回禁止されたのは南氷洋での捕鯨のみですが、北西太平洋の捕鯨にも影響が出ると思われます。

水産庁/捕鯨を取り巻く状況
http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/index.html


いままでこの分野でだけは日本は本気出してただけに残念です。

【マキリ】
漁業従事者に用いられる漁業用包丁の名称。

【密漁団】
地域の漁協に届け出ずに貝などの水産資源を採集する連中。
主に夜活動し、酸素ボンベを使って漁場を荒らすため問題となっている。

【デグチャレフPTRD1941】
1941年にソ連軍が採用したボルトアクション方式の対戦車ライフル。
大戦中に鹵獲された同銃が、自衛隊基地に保管・展示されている

【SPG-9】
同じくソ連軍が開発した無反動砲。
途上国の紛争地域で名を馳せるRPG-7などと同じく、ロケットブースターで弾頭を発射する。

【C-4】
別名:コンポジション C-4。米軍を始め全世界で使用されている、
齧ると甘いため隊員にたべさせて中毒を起こした事件で有名なプラスチック爆弾。

【ミゼット・サブマリン】
特殊部隊の上陸などに使用する小型の潜水艇。

【カンメシ】
自衛隊で使用されている軍用糧食。現在陸自では戦闘糧食Ⅱ型としてパック入りのものが使用されている。

【PBX】
水中爆薬として使用されることの多いプラスチック爆弾。
一部は核兵器の暴縮レンズ用の爆薬として使用される。

【FAST】
Fisheries Agency Special response Team
水産庁漁場管理局 特別対策班の略称。
無論こんな組織は存在しない。多分。




第2話以降も、少しづつ書いていきたいと思います。

>>8
投稿が被っていました。以下に訂正します


男は先ほど取り出したパイプを組み立て始める。それは、各部のパーツに分解された狙撃用のライフルだった。薬室に装填された弾丸には麻酔針が仕込まれている。

白人男性「・・・・・・」

彼は息を止め、引き鉄を引く。

空気の抜けるような短い音と共に、スコープの先に見える男は一瞬身体を跳ね上げると、そのまま岩場へ倒れ込んだ。

さらに無言で3発、男は引き鉄を引き続ける。



白人男性「・・・よし、対象全員を仕留めた。あとは所轄の保安部に通報しておけ」

『了解』

白人男性「ったく・・・つまんねぇ仕事増やしやがって」

男はため息をつきながら、狙撃ライフルを再び分解しロッドケースに納め始めた。

なんだこれ、異彩を放ちすぎ・・・
期待

>>40-44
ご感想ありがとうございます

-第2話 クリルの海-

横浜市内某所。とある建物の地下にある射撃施設に独特の銃声が響き渡る。

須藤「新規採用のM93Rの使い勝手はどうだ」

新海「あぁ。バースト射撃になった分、M1951Rに比べて扱い易くなってるな。だが、やはりこのサイズじゃ揺れる船上で使用するのには向いてない」

須藤「あくまでもそいつは潜入任務時の携行武器として導入されたシロモノだからな。あっちのマグプルはもう試したか」

新海「いや、これからだ」

須藤「そうか」

新海「それにしても、何だってこの時期に火器の一斉更新なんかするんだか。おまけにそのマグプルPDRなんて、当のアメリカ本国でも未だ試験中のシロモノじゃねえか。使い慣れたMP7を急に廃止してまで採用を急ぐもんでもねえだろうに」

須藤「そっちのベレッタはともかく、マグプルに関しちゃ今後陸自の特殊作戦群が採用するってんで、事前に実戦データが欲しい防衛省の思惑があったようだな」

新海「確かにPDWの導入に出遅れた自衛隊としては、既存の89式小銃と弾薬を共用できるマグプルを採用するメリットは大きいが、そういうのは自分とこでやってほしいもんだな」

須藤「まぁそう腐るな。おかげでウチは最先端の装備をどこよりも早く調達することができるんだからな」

新海「前線じゃどこの馬の骨とも分からん最新兵器より、信頼に足る装備のほうが重要なんだがな・・・」

『新海、須藤。聞こえるか』

新海「なんだ班長か。どうした?」

『招集命令だ。そっちは切上げて、至急金沢事務所まで来い』

新海「分かった」

須藤「やれやれ、ここんところ碌に食事の時間もとれねぇな」

・・・

伊藤「よし、全員揃ったな」

田端「よぉ新海、なんだ須藤も一緒だったのか。どうだ、新しい玩具は?」

新海「ん・・・まぁ、あんなもんだろ。あとは実戦でプルーフしていくしかないな」

局長「ふむ・・・どうやらその実証試験の機会はすぐに与えられることになりそうだ」

濱中「今度は何が起きたんです?」

局長「今朝方、第一管区海上保安本部から根室湾沖の武装漁船に関する情報が入った」

須藤「根室か・・・」

伊藤「ああ。北方領土問題を巡って、日本政府とロシア当局が互いにその領有権を主張しあう厄介な水域だ」

田端「で、そんなところに武装漁船が?なんだかキナ臭いですね」

局長「うむ。そこで海保から我々特対班に、該当の漁船を確認し、場合によってはこれを排除してほしいとの要請が来ている」

濱中「はぁ・・・でも、国内の不審船対策は海保や海自の仕事じゃないんですか?」

伊藤「場所が場所だけに、公に武器を保有する海保や海自が簡単に出ていくわけにもいかないからな」

新海「おまけに『追跡』や『拿捕』じゃなくて『排除』ときてる。うちに回ってくるってことは、極秘裏にこれを沈めろってことだな」

局長「そうだ。厄介なことにこの武装漁船の船籍がどこにあるのかは未だ不明のままだそうだ」

新海「白々しい・・・ロシア当局が動きを見せないってことは、北方マフィアか半島が絡んでるに決まってる」

局長「お前たちにはこれから尾岱沼漁港に用意した偽装船に乗り、件の武装漁船を索敵してもらう。発見後は偶発的に発生した武装漁船同士の小競り合いを装い、これを沈めろ」

班員「了解」

・・・

須藤「やれやれ、先週まで真夏の南半球にいたかと思えば、今度は極寒のオホーツクか」

濱中「オホーツクっていえば、サケ・マス類のほかにタラやカニの漁場ってイメージが強いな」

新海「ああ。だがこの周辺のロシア実効支配海域では、日本漁船のカニ漁は一切認められていない。昆布や一部の魚についてのみ、入漁料を支払ったうえでロシア当局の許可を得て漁をすることができる。本来は日本の排他的経済水域のはずなんだがな」

田端「おまけに道庁やウチの親玉の農林水産省まで、それを踏襲したうえで付近での無許可の操業を禁止しているくらいだ」

濱中「馬鹿馬鹿しい・・・国として領有権を主張しておきながら、官公庁がそれを認めているようじゃ相手に領有権があることを喧伝してるようなもんじゃないか」

伊藤「よし、尾岱沼を出たら例の武装漁船が現れたという野付半島沖合5kmの海域を遊弋する。田端、間違ってもロシア側の海域には近づきすぎるなよ」

田端「ああ、任せとけ」

新海「しかし何だな。漁船とはいえ、どれほどの武装を施しているか分からない連中相手にこの装備はちと不安だな」

伊藤「いくら武装しているとはいえ、船尾のブッシュマスターを食らって沈まない船はそうはない」

新海「あまり派手にやりすぎてロシア国境軍に嗅ぎつけられても面倒なんだがな」

須藤「それにしても、この時期のオホーツクにしちゃ今夜は珍しく凪いでるな」

新海「索敵にはうってつけだが、それは国境軍も同じだ。できれば乗員を排除したうえで接舷して直接沈めたいところだがな」

濱中「もし国境軍に見つかったらどうするんだ?」

新海「そんときゃそこにあるDPVを使った寒中水泳が始まるだけさ」

濱中「うへ・・・・御免蒙りたいね」

AM3:00、北海道標津町野付半島沖5kmの海上。

伊藤「見つけたか」

田端「ああ。2km先に操船信号灯を点けずに航行している船がいる」

伊藤「そいつだな・・・よし、IRカメラで対象を捉えろ」

新海「・・・どうやら見つかったようだな」

須藤「今のうちに装備を確認しておけよ」

濱中「それにしても、5.56mmNATO弾なんて使ったらこっちが武装漁船じゃないことがバレちまうんじゃないの?」

新海「なぁに、どうせ跡形も残さねぇんだ。明日には乗組員もろともカニの餌だよ」

武装乗組員「・・・なんだ、小型船が一艘近づいてくるな」

武装乗組員「ヤポンスキーの漁船か?」

武装乗組員「いや、向こうも灯火を点けていない。どうやら同業者らしい」

武装乗組員「こっちに気が付いてねえのか・・・ったくどこの連中だ、おい」

そういうと、乗組員の一人が特対班の船に向け発砲した。

新海「おほ、撃ってきやがった」

須藤「曳光弾か・・・分かりやすいこったな。案の定、緑色だ」

新海「やっぱりロシアじゃねーか。ま、大体見当はついてたけどよ」

伊藤「対象を確認した。あの船で間違いない」

新海「よーし、それじゃ始めるか」

武装乗組員「あぁ?まだ近づいてきやがる」

武装乗組員「バカが・・・警告はした、次は当て・・・」

そこまで口にした時、男の側頭部が急に爆ぜ、その身体が船体の上に崩れ落ちた。

武装乗組員「野郎、撃ってきやがった!!撃て撃て!反撃しろ!!」

船員は船べりに身を隠し、頭越しに小銃を乱射してくる。

新海「めくら撃ちして当たる訳ないだろうに・・・」

暗視装置を持つ新海たち特対班は、次々と武装漁船の乗組員を仕留めていく。

伊藤「撃ち漏らすなよ。一人でも逃がすと厄介だ」

新海「よし、お前ら暗視ゴーグルを外しとけ。そろそろあれを使う」

そういうと新海は、船尾に搭載されているブッシュマスターの元へ向かう。

伊藤「一気にケリをつける。新海、エンジンルームを狙え」

新海「了解。田端、回頭してケツを奴らに向けろ」

旋回と同時に新海が武装漁船をその射界に収めた次の瞬間、1秒間に3発の速度で発射される25mm弾が彼らを見舞った。

船体後部に銃撃を受けた武装漁船は瞬く間に火を噴き、生き残っていた乗組員達も砲弾の破片をその身に受けバタバタと倒れていく。

新海「一丁上がり、と。悪く思うなよ」

伊藤「よし、生存者はいないな。このまま海域を離脱する」

武装漁船が沈み始めたことを確認し、特対班はその場を立ち去ろうとする。

田端「待て・・・・・・班長、どうやら国境軍が嗅ぎつけたらしい」

伊藤「ベタ凪だったのが仇になったな。全員、退船準備を整えておけ。田端、このまま舵を北東へ切って国後を目指せ」

田端「了解」

『停船セヨ!繰返ス、停戦セヨ!!』

国境軍兵士「Стой!」

停船命令を繰り返しながら、国境軍の警備艇が近づいてくる。

伊藤「よし、総員退船。船影に身を隠しつつ、そのままDPVを使ってポイント241で合流する」

班員「了解」

・・・

国境軍兵士「艦長、対象はクナシルへ向けた進路をとったようです」

国境軍兵士「クナシルへ・・・?なるほど。操舵員、あの船の後方へ回れ。念のためこのまま追跡を続行する」

国境軍警備艇は、そのまま特対班の乗っていた船を追いかけていく。

伊藤(・・・よし、上手く食いついたようだな)

伊藤は手に持っていたプランジャーのハンドルを捻った。

一瞬、周囲の海面が明るくなる。

DPVを抱き海中を進む特対班たちにも、それは鈍い衝撃音となって伝わってくる。

伊藤「・・・局長、作戦完了。ロシア当局の追跡を逃れるため船は破棄した」

『分かった、至急回収班を向かわせる。ご苦労だった』

-第2話 クリルの海 終-

2006年に北方地域で発生した第31吉進丸事件における外務省のプレスリリースです

外務省/北方四島周辺水域における日本漁船の銃撃・拿捕事件
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/russia/hoppo_jiken.html

ちなみに北海道から北方4島は最短部でわずか20km程度しか離れていません
これは中央線の東京~三鷹間と同じくらいの距離です

用語解説

【M93R】
イタリアのベレッタ社で開発された対テロ用マシンピストル。同社が開発したM1951Rの後継機種。前作はフルオート射撃時の制御に難があったため、代わりに3点バースト機構が組み込まれた。
その機能から民間販売はされておらず、公的機関から需要があった場合のみ生産・供給されている。

【マグプルPDR】
アメリカのマグプル者が開発中のPDW。専用弾を用いることの多いPDWの中では珍しく5.56mmNATO弾を使用するため、既存のSTANAGマガジンを流用できる。
排莢口を左右に切り替えられるため、両利きでの使用が可能である。

【PDW】
Personal Defense Weapon(個人防衛火器)の略。ベルギーのFN社が開発したP90が有名。
近接戦闘時に役立つよう弾数が多く、短機関銃のように取り回しがよく、アサルトライフルのように高威力というコンセプトのもと作られており、世界中の公的機関に採用され始めている。

【M242ブッシュマスター】
アメリカのアライアント・テクシステムズが製造する25mmチェーンガン。チェーンを用いて外部動力で機関部を動作させるため原理的に弾づまり(ジャム)が発生しない。
本砲を元にした艦載機関砲システムとして、Mk 38 25mm機関砲が存在する。

【DPV】
Diver Propulsion Vehicle(潜水推進装置)の略。俗にいう水中スクーター。
NAVY SEALsなどでも潜入任務用にSwimmer Delivery Vehicleという名称で類似の物を使用している。

【5.56mmNATO弾】
NATO標準番号STANAG 4172でよばれる西側の標準弾薬。自衛隊の装備する89式小銃もこの弾薬を使用する。
マガジンも規格化(STANAGマガジンと呼ばれる)されており、有事の際は自衛隊と米軍の間で弾薬を共用することが可能。

【曳光弾】
通常の弾薬に発光体を詰め込み、射撃後の軌跡がわかるようになっている弾丸のこと。
発光体に用いた金属の炎色反応により色が異なり、ストロンチウムを使用したNATO標準規格の弾薬では赤色、バリウムを使用したロシアや中国の弾薬では緑色の光となる。

今回は少し短めでした。
以後、もう少し続きます。

-第3話 T.G.I.F.-

濱中「新海、これから職員食堂へ行くんだが一緒にメシでもどうだ」

新海「悪ぃ、今ダイエット中でな」

濱中「ダイエット?冗談はよせって・・・今日はカレーだぜ」

新海「ああ、匂いで分かるよくそったれ」

濱中「食わないで痩せんのは不健康だぜ」

新海「・・・今回はある意味それが目的だ」

濱中「んん?」

新海「昨日の局長の話、お前も覚えてんだろ」

濱中「昨日・・・ああ、例の・・・」

・・・

局長『さて、今日集まってもらったのは他でもない。先日、第三管区海上保安本部からもたらされた情報によると、このところ南鳥島周辺海域で無許可のトロール漁船団が複数回に渡り操業している節があるらしい』

新海『無許可操業ねぇ・・・船団の乗組員の一人を釣り上げれば、一斉に検挙できそうなもんだけどな』

局長『だが、それが出来ないのはこの漁船団が昨今問題となっている監獄船とよばれる就労形態の船により構成されているからだ』

濱中『監獄船・・・?』

伊藤『借金やその他の理由で困窮した者たちを巧妙な手口で勧誘し、雇用後は労働者をほぼ監禁状態で使役する漁船のことだ』

濱中『なるほど・・・俗に言うマグロ漁船、ってやつか』

局長『近年ではこれらの不法就労船の乗組員を、国内で路銀を得ようとしているバックパッカー達の中から確保するという手口もみられる』

濱中『表面化すれば、一気に国際問題になりかねない話題ですね』

伊藤『だから連中はその中でもビザの切れた者や、既に金を失い半ばホームレス状態となっている者を中心に声をかけているというわけだ』

新海『呆れたもんだ』

局長『当然海保もこれを検挙すべく対策を練っているが、極めて小規模の船団を洋上で確実に捕捉並びに乗組員を現行犯逮捕するため内通者を送り込もうとしている。今回、その件に関してウチが協力要請を受けたというわけだ』

新海『おいちょっと待てよ。この話の流れ、なんだか嫌な予感が・・・』

局長『横浜市内の寿町にて、該当の漁船団が斡旋業者を通じて労働者を集めているらしい。そこで、新海は3日後、国外からのバックパッカーを装いこれと接触、件の漁船団に潜入してもらう』

新海『やっぱりそういうことかよ・・・・・・』

局長『漁船に乗り込んだ後は、しかるべきタイミングでそこから合図を送ってもらう。それを受け海上保安庁の航空機ならびに巡視船が現場海域に急行する』

・・・

濱中「なるほどね・・・で、憐れなバックパッカーを演じるために、わざわざメシまで抜いてるって訳か」

新海「・・・まぁ、そんなとこだな」

濱中「意外に技巧派なんだな、アンタ・・・それにしても、バックパッカーって歳かよ」

新海「お前・・・戻ったら覚えておけよ」

2日後。横浜市寿町。

新海(やれやれ・・・横浜にもこんなところがあるとはな。それにしても、なんだって俺がこんな役を・・・)

『新海、聞こえるか。今お前の前方に青いキャップをかぶった男がいるだろう』

新海「・・・確認した」

『あいつが例の監獄船の斡旋業者だ。さっきからお前の様子を伺ってる。そろそろ声を掛けられるはずだ』

新海「・・・あぁ、こっちに向かってくるな。よし、一芝居打ってみるか」

『気取られるなよ』

男「・・・よぉ兄ちゃん。日本語、話せるか?」

新海(来たな)

新海「ハイ・・・?」

男「いや、なんか元気がないみたいだからよ」

新海「モウ、オ金ゼンブ無イ・・・困ッタ」

男「そうか・・・よし!ちょっとついてきな。俺がメシおごってやるよ」

新海「イイノデスカ?」

男「ああ。それと、兄ちゃんに丁度いい仕事があるんだ。よかったら、食いながら話すよ」

・・・

新海「オイシイカッタデス・・・アナタハ、イイ人デスネ」

男「いいっていいって。困ったときはお互い様だから。・・・ところで兄ちゃん、金が無くて困ってんだろ?」

新海「ハイ、ゴ飯タベラレナイシ、デモ日本デ仕事スルノトテモムズカシイ・・・」

男「もしアンタさえ良ければ、いい仕事があるんだが」

新海「本当デスカ?」

男「兄ちゃん、国は?英語くらい話せるだろ?」

新海「ハイ、イギリスカラ来マシタ。英語ダイジョブデス」

男「今、ウチの会社で高齢者に向けた英会話教室の講師を募集してるんだ。住み込みでメシも出る・・・良かったらそこで働いてみないか?」

新海(なるほど、英会話教室の講師ときたか・・・)

新海「スバラシイ・・・私、ガンバリマス!」

男「そうか、よし!じゃあこのままウチの事務所に泊まってけよ。夜は冷えるからな」

新海「アリガトウ・・・アナタ本当ニイイ人デス」

男「ははは。じゃあ近くに車を止めてあるから、食い終わったら送ってくぜ」

新海「ハイ!」

男は新海を車に乗せ、2時間ほど走ったところにある海岸沿いの小さなプレハブ建屋に彼を案内する。

男「よし、じゃあ朝になったら迎えに来るから。それまでここで、寝てていいぞ」

新海「本当ニアリガトウゴザイマス・・・私、ガンバリマス」

男「ああ!じゃ、ゆっくり休めよ・・・」

そういうと男は事務所の扉を閉め、外からカギを掛けた。

新海「やれやれ、逃げられないようご丁寧に鍵までかけていきやがった」

『中の様子はどうだ?』

新海「何のことはねぇ、普通の事務所だ。明日の朝ここに迎えに来るってよ」

『よし、そのまま漁船に乗り込むまで油断はするな』

新海「一応ベレッタをぶら下げて来ちゃあいるが・・・些か心許ないな」

『心配するな。違法操業してるとはいえ、日本船籍の小型船だ。それほどの武器はないはずだし、他の労働者を戦闘に巻き込むのもあまり望ましくないからな』

新海「まったく・・・不埒な連中のおかげでこっちはまともに夜も眠れやしねぇ」

『こっちでも、出来る限りのバックアップはする。今回の任務はお前にしか任せられないんだ。すまんが、頼むぞ』

新海「了解・・・」

AM2:00。

男「こいつか・・・おい、起きろ!!」

新海「エ・・・?」

男「おら、さっさと来い!!」

新海「ナ、ナンデスカ、ワタシハ・・・」

男「いいから黙ってついて来い!」

そういうと男達は新海を車に詰め込み、近くの漁港に向かった。

男「船長、新入りだ」

船長「よし、そのままキャビンにぶち込んどいてくれ」

新海「ナニヲ・・・!?」

男「ここがお前の仕事場だ。さぁ早く乗れ!!」

新海は漁船の船室の中に押し込まれる。

男「ふん、それじゃあ精々稼いで来いよ」

そう言うと男はそのまま扉を閉めてしまった。船室の中は薄暗く、人いきれに汗や魚臭の混じったえも言われぬ臭いが充満ている。

労働者「なんだ、また誰か連れてこられたのか・・・お、白人じゃねぇか」

薄暗い船室の奥で、ぶつぶつと英語で呟く声が聞こえる。

労働者「見たところお前もバックパッカーか?俺はピーター。お前は?」

新海「・・・スチュアート。スチュアート・シーガーだ」

労働者「ストゥーか・・・俺はピートでいい。国は?どこから?」

新海「イギリスだ・・・」

ピート「イギリス、か・・・お前も騙されてここへ?」

新海「街で英会話教室の講師をやらないかってんで、誘われたんだが・・・」

ピート「ここで英会話を?はは、魚にでも教えるつもりか」

彼は力なく笑っている。

ピート「お前も騙されたんだよ。この船はな、俺達みたいな奴を集めて漁をやらせてるのさ」

新海「何だって!?」

ピート「俺も街でくたばりかけてた時に、ある男に声を掛けられてな。甘い言葉に誘われてついてきちまったが最後、この有様さ」

新海「逃げなかったのか?」

ピート「逃げる?どこにだよ。周りは島影一つ無い海だぜ?マイケル・フェルプスだって、陸に上がる前にサメの餌さ」

新海「・・・」

ピート「ま、ここに来たなら全てをあきらめるこったな。メシはひでぇし、船の中もこの有様だ。これならまだ刑務所に入ってた方がマシだ・・・」

新海たちを乗せた船はそのまま港を出港する。漁場に着くまでの間、労働者たちは薄暗い船室の中に閉じ込められたままらしい。

時折乗組員から食事が差し入れられるが、これもピートの言うとおり酷いものだった。

萎びた玉ねぎとグズグズになった皮の付いたままのジャガイモ、得体の知れない魚の切り身のようなものが入ったカレー・・・というより、カレー粉風味の薄い汁。それも、どこか饐えたような臭いがする。

それを時間が経って糠臭くなったパサパサの古米にかけた、犬の餌にも劣る代物だ。

これが、毎食変わることなく労働者たちに供される。

新海「なるほど・・・こりゃ確かに酷い」

ピート「まったくだ。だが、こんなもんでも食っとかねえと身体が動かなくなっちまう。お前はイギリス出身だったな。なら、多少はマシだろ?」

顔を顰めながら、ピートは食事を口に運んでいる。

新海「いや・・・これならまだイーストエンドのウナギのゼリー寄せでも食ってた方がましだ」

ピート「そうかい・・・」

船が港を出港して3日、突如船室の扉が開け放たれた。

乗組員「仕事だ!!さっさと表に出ろ!!」

それまで眠っていた労働者たちがぞろぞろと外へ出ていく。

新海(始まったな)

新海も他の労働者に続き船室の外に出る。船上を確認すると船尾に2基のウインチと、それに巻かれたロープが見える。

新海(信号灯は・・・おいおい、マスト灯だけかよ!海上衝突予防法に違反してんぞ)

乗組員「おら新入り!ボサボサするな、動けよ!!」

新海「・・・・・・」

状況を確認した新海は隠し持っていた短波送信機で合図を送る。船団の位置は新海の持つビーコンによって出港時から正確にトレースされている。

30分もしないうちに、南鳥島航空基地に展開していた海保の航空機が上空に現れた。

乗組員「おい・・・なんか飛行機が・・・」

乗組員「これ、まずいんじゃないのか?もしかして海保に見つかったんじゃ・・・」

新海(海保のダッシュ8か・・・進路次第じゃ、あと1時間もしないうちに巡視船も来るな)

乗組員「船長・・・!」

船長「ロープを切れ、網を捨てて逃げるぞ!」

急に船上は慌ただしくなり、乗組員達はウインチに巻かれたトロール網のロープを鉈を使って切り始めた。

労働者「ウアッ!?」

その拍子に、海中に引き込まれるロープに手や足を取られた数名の労働者が海面に転落していった。

新海「おい!船を停めろ!!」

船長「あぁ!?何言ってやが・・・っ!!」

新海の手には、M93Rが握られている。

新海「無駄だ。既に海保に捕捉されてる。逃げ切れねえぞ」

船長「ぐ・・・うっ・・・!」

新海「他の船も呼び戻して転落した者の救助にあたらせろ」

船長「む、無理だ・・・こっちが呼びかけたところで戻ってくるはずがない・・・」

新海「そうかよ」

そう言うと新海は、乗組員を船べりに並ばせる。

新海「よしお前ら、救命胴衣は着けてるな」

船長「な、何を・・・」

新海「心配すんな、あと1時間もしないうちに海保の巡視船が来る。それまで精々、海に落ちた連中を探してくるんだな」

船長「や、やめ・・・」

船長が最後まで言葉を発する前に新海はその背中を蹴って海へ突き落す。さらに2人が同じように突き落される様子を見て、他の乗組員たちは恐れ慄く。

新海「おーし、お前ら。アイツらみたいに突き落されたくなきゃ、なんとか頭を使って仲間の船を停めろ」

その言葉を聞いた乗組員たちは、操舵室に戻り必死に他の船と交信し始めた。

ピート「お前・・・警察だったのか」

新海「あぁ、まぁそんなとこだ・・・よし、落ちた連中を捜索するぞ」

新海が転落地点まで船を戻らせると、海に落ちた労働者達は全員トロール用のブイにしがみついていた。数人の乗組員をそのまま救助にあたらせる。

『新海、聞こえるか。あと凡そ20分で現場海域に到着する』

新海「了解。それと、何名か海に落ちた者がいる。現在3名を救助中だが、残りの者の救援を頼む」

『了解』

ピート「おい、ストゥー。アイツらはいいのか?」

新海「あ?」

見ると、夕闇の海面で船長らが必死で両手を振っている。

新海「あぁアイツらは・・・あの方がちったぁ頭が冷えんだろ」

ピート「・・・日本の警察ってのは、おっかねえんだな」

新海(・・・まぁ、本当は警察じゃないんだがな)

その後、現場に駆け付けた海保の巡視船により3名の乗組員も救助され、無許可操業を繰り返していた漁船団はそのまま一斉検挙された。

・・・

濱中「よう、お疲れさん」

新海「ん?あぁ、なんだ濱中か・・・」

濱中「例の作戦、上手くいったらしいじゃないか」

新海「おかげでひでぇ目にあったけどな。腹が立ったんで船長の野郎どもを海に蹴り落としてやった」

濱中「な・・・あれアンタだったのかよ・・・」

新海「何しろこっちはあの中で食わされたクソみたいなメシのおかげで、あの後丸一日寝込む羽目になったんだからな」

濱中「一体どんなものを食わされたんだよ・・・」

新海「思い出したくもねぇ」

濱中「ま、そんなもんさっさと忘れちまえよ。・・・そうだ、先週食えなかったカレーでも食いに行くか」

新海「もうしばらくカレーは食いたくない」

-第3話 T.G.I.F. 終-

トロール漁船の灯火について

国土交通省/海上衝突予防法第26条
http://www.mlit.go.jp/jmat/monoshiri/houki/yobouhou/yobouho26.htm

基本的にトロール従事船は緑色の全周灯の下に白全周灯を点灯する必要があります。

【トロール網】
漁船が行う底引き網漁の一種。三角形の袋型をした網を海底に引きずり、ヒラメやカニなどの底生に棲息する水産物を捕獲する。
通常は100~200m程度の深さで行うが、試験的に800m以上に新海で行われることもあり、深海生物の調査などに利用される。
水産資源を取りつくしてしまう恐れがあるため、網の目を大きくすることで一定以下の大きさの獲物は逃がすようになっているものが多い。


【海上保安庁の逮捕権】
海上保安庁は国土交通省の外局であり、海上の安全および治安の確保を図ることを任務としている。
特別司法警察職員として、一般の警察では対処不可、あるいは対処が困難である場合にその権限が与えられている。(つまり、基本的に海上であれば犯人の逮捕が可能)
また、一般司法警察職員である通常の警察官と違い、公海上の海賊行為を行ったものの逮捕など一部国際法に基づく権限も付与されている。

【カレー】
もはや説明するまでもない国民的食品。現在も海自では金曜日にカレーを食べる習慣がある。
元々は航海中に古くなった野菜や肉の臭いをスパイスの香りで消して食べ易くするため、英海軍が当時の植民地インドの料理を元にして開発したとの説がある。
余談だが、先述の理由で飯場と呼ばれる日雇い労働者の寄宿舎でもカレーが出されることが多いという。


【ダッシュ8】
海上保安庁の保有する固定翼航空機。元はデ・ハビランド・カナダ社で開発された双発ターボプロップ旅客機DHC-8だが、1992年よりボンバルディア・エアロスペース社により同社が買収されるとダッシュ8と名前を変えた。
当初はその事故率の高さから「ボロバルディア機」などと揶揄された。海保ではこのうちQシリーズと呼ばれるQ300を装備し、羽田航空基地所属の機体は「みずなぎ」の愛称で知られる。

>>109の誤変換で気づいた
ずっと新海って「にいみ」だとおもってたけど、作者的にはもしかして「しんかい」なのかな

しかしこれは面白い

>>116
ググったら英語の慣用句っぽいな
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/TGIF

金曜カレーにかけたのかな

>>115
ご指摘の通り、しんかい読みを想定してます

>>117
当たりです。あと一仕事終わったぜって意味も込めてます

-第4話 SIGNAL FIRE-

濱中「おい!報道見たか!?」

須藤「ああ・・・日本の調査捕鯨は条約違反、南氷洋での調査捕鯨の許可を撤回するとともに、将来もこの許可を出さないように命じる、か」

伊藤「予想以上に厳しい判決になったな」

田端「国際司法裁判所は一審制で控訴することはできない。87年から続いてきた調査捕鯨も、どうやらここまでのようだな」

須藤「今回の判決が下された要因として、日本側の用意した捕鯨が科学調査であることの根拠が透明性を欠いたことを挙げる向きがあるようだな」

伊藤「さらに、豪州政府は本件に関して前首相の公約であった2000万ドルの資金を投入して臨んでいる。しかも、16か国から選出されるICJ裁判官のうち反捕鯨国の代表は10名、捕鯨支持国はわずか4か国というこの状況で、元々この裁判の見通しが良くなかったこともまた事実だがな」

新海「それにしてもらしくねえな。今回の口頭弁論に投入された鷺谷主席交渉官といえば、内閣官房内閣審議官をつとめる外務省のエースだろうに」

伊藤「戦後初の国際法廷で総力戦を持って臨んだ結果の全面敗訴・・・これが隣国との領土問題や歴史問題に揺れる日本の外交に大きな痛手となるのは、想像に難くないな」

濱中「だが、禁止されたのは南氷洋での調査捕鯨だけなんだろ?北西太平洋や、日本沿岸で行われている捕鯨は禁止されたわけじゃない」

須藤「無論、ICJもそのあたりの事は認識しているさ。豪州としては南氷洋だけではなくこれらの地域で行われている捕鯨についても同様の規制をすべきと主張したが、ICJはこれについては判断を避けている」

新海「だがそれも『日本が今回の判決の結果を考慮することを望む』という一文付きで、だ。他の海域でも、今までと同じように操業するのは難しいだろうな」

濱中「・・・・・・くそっ」

数日後・・・。

局長「皆、集まったようだな。今回のICJの下した判断は私も残念に思う。だが、この国が国際社会で認められる法治国家である以上、判決には粛々と従う他ない」

新海「だが、今回の件で各国の環境保護団体が勢いづいたのもまた事実だ」

須藤「実際、これまで南氷洋で調査捕鯨を妨害していた組織も、今後は北西太平洋や日本沿岸を含めた海域での活動準備を進めていると声明を出しているくらいだからな」

局長「ああ。今日集まってもらったのも、その件でな」

そう言うと彼は懐から一枚の紙を取り出す。

局長「先日、ある環境保護団体から外務省宛てに届いた文書だ」

伊藤「『今回の判決を受け、我々の正義は国際的に支持されるものであることが明白となった。ついては、日本の持つ捕鯨船が再び悪しき用途に使用されることを防ぐため、これを我々の手で破壊する』・・・典型的な脅迫文書だな」

濱中「こんなの、単なるテロ予告じゃないか!!」

須藤「まぁそう熱くなるな。・・・で、俺達は何を?」

局長「うむ。先にオーストラリアにおいて我々が未然にその攻撃を防いだ捕鯨船「日東丸」が、先日のICJの判決を受け、現在オーストラリア沿岸から日本にむけ回航中だ」

新海「十数億円かけて建造した捕鯨母船が、就役後1年あまりで引退とは・・・もったいねえ話だ」

局長「今回、この文書が届いたことで外務省は国土交通省を通じて航行中の日東丸の護衛を海上保安庁に要請した」

須藤「海保も既存の案件で既に手一杯だろうに、ご苦労なこったな」

局長「だが、現在最寄の海域を航行中の巡視船が日東丸と合流するまで少なくともあと2日はかかる。そこで我々水産庁から急遽、応援として付近にいた調査船「望洋丸」を日東丸の護衛に出すことになった」

濱中「で、俺達にそれに乗り込めと?」

新海「行くのは構わねえが、非武装の調査船なんかじゃ大したことは出来ねえぞ。精々海保の足を引っ張らないように周辺船舶の見張りをするのが関の山だ」

局長「話は最後まで聞け・・・お前達にはこのままスラウェシ島へ飛び、明日未明にマカッサル海峡を通過する日東丸に乗り込んでもらう」

須藤「乗り込むといっても、インドネシア政府は豪州の要請を受けて日東丸の寄港を許可していないはずですが。それに日東丸やウチの船にしたって、航行しながらの人員移送に使えるサイドフォークは設置されていない」

局長「ああ。だからヘリを使う」

伊藤「!」

新海「ヘリか・・・」

局長「うむ。今回の件をうけ各国マスコミは日本へ回航される日東丸を映像に収めようとしている。お前たちにはそのようなマスコミの目に写らぬ様、極秘裏に日東丸に接近しこれに移乗してもらう必要がある」

須藤「それにしては随分と大胆な作戦ですね」

濱中「そもそも、ヘリなんか飛ばしてどう周りに気付かれずに乗船するっていうんです?」

局長「うむ。それについては、現在東ティモール沖に展開している海自の艦載ヘリを使用する許可を取り付けた」

新海「自衛隊のヘリかよ・・・よく許可が下りたもんだ」

局長「マグプル採用の件といい、防衛省にはそれなりの貸しがあるからな」

伊藤「確かに海自の哨戒ヘリを使えば、夜間のうちに日東丸に接近できる・・・か」

局長「そうだ。お前達のことは現地のハサヌディン空港で海自ヘリにピックアップさせる。日東丸移乗後は海保と連携しつつ、下関帰港まで逐一船内の状況を報告しろ」

班員「了解」

同日午後。南スラウェシ州マカッサル ハサヌディン国際空港。

須藤「ふぅ、さすがにこっちは蒸すな・・・」

田端「インドネシア空軍のC-212だ。さすがは軍民共用空港だけあるな」

伊藤「我々はこのまま空港内にあるインドネシア空軍施設で待機する。明日の未明には、海自の哨戒ヘリが我々をピックアップしにくる」

新海「やれやれ、このクソ暑い中缶詰かよ」

AM1:45。

伊藤「・・・・・・来た、あれだな」

静まり返った夜の空港に、1機のヘリが接近してくるのが見える。

そのヘリは伊藤ら特対班たちの待つハンガーの前に降り立ち、中から暗緑色の航空服装を身に纏った自衛官が降りてきた。

自衛官「漁管の方ですか!?」

伊藤「ああ、そうだ!!」

自衛官「ご苦労様です!!このまま乗ってください、すぐに出ます!!」

新海「やれやれ、酷暑地獄の後のナイトクルーズとは洒落てるな」

伊藤「よし、全員速やかにヘリに乗り込め!」

自衛官「ローターに気を付けて!!」

伊藤たちを乗せ終えると、海自のヘリはそのままハサヌディン空港を飛び立った。

新海「・・・シーホークに乗るのは初めてだが、中は随分狭いな」

須藤「どうしても哨戒用の電子機器で機内スペースが圧迫されるからな。だが、それでもこのK型になってからはキャビン容量は以前に比べて増えてるはずだ」

新海「これでかよ・・・海自の航空士には頭が下がるぜ」

彼らを乗せたヘリは空港から西にあるマカッサルの街を眼下に通り過ぎ、そのまま洋上へと抜ける。

しばらくすると、漆黒の海上を往く数隻の船灯りが見えてきた。

機長「こちらBLACK-JACK3、目標を確認。接近する」

須藤「あれか・・・」

新海「すでに船団を組んでいるようだな」

伊藤「よし、ファストロープを使って降りるぞ。各自ボーディング後は甲板上で待機しろ」

班員「了解」

日東丸上空に到達すると、班員たちはヘリから吊るされたロープを使い次々と降下していく。

伊藤「案内ご苦労、協力に感謝する」

そう言い残し、最後の一人が日東丸へと降りていった。

自衛官「・・・アイツら本当に水産庁の人間なのか?」

伊藤らを降ろした海自のヘリはロープを回収し、そのまま東の空へ飛び去って行った。

日東丸、船上。

伊藤「すでに連絡が行っていると思いますが、我々は水産庁の者です」

甲板長「ああ、待ってましたよ。海自のヘリが来るってんで一体何事かと思いましたが・・・ブリッジへ上がってください。船長がお待ちです」

彼に案内され、伊藤らは艦橋へ向かう。

伊藤「水産庁漁場管理局、伊藤です。下関到着までの間、貴船の船内警戒と連絡業務のため乗船しました」

船長「どうも、ご苦労様です・・・それにしても今回は随分と大事になってしまいましたなぁ」

伊藤「これまでに船の内外で何か変わった動きはありますか?」

船長「いえ特には・・・まぁ、南氷洋を出るまでは例の環境保護団体が後をつけてはきましたが、これはいつものことです」

伊藤「明日、ミンダナオ島沖のセレベス海で海保の巡視船が合流する予定です。それまでは我々水産庁が本船の護衛にあたります」

船長「よろしくお願いします。居住区の部屋を一つ開けてありますので、ここにいる間はそこを使ってください。今、彼に案内させます」

そう言って船長は一人の乗組員を紹介する。

男「甲板手の久保田と言います。私が皆さんに船の中を案内します」

伊藤「よろしくお願いします、久保田さん」

班員たちは、久保田の案内に従い船内を見て回る。

久保田「・・・この先が機関室です」

濱中「ブリッジにいた時にも思ったけど、随分省力化が進んでいるんですね」

久保田「ええ。何しろ昨今の情勢から、この仕事は慢性的に人手不足でしてね・・・」

田端「1万トンを超える船を50人にも満たない人数で動かしているわけだからな。船内の警備も、手薄になりがちだろう」

伊藤「・・・」

・・・

久保田「これで、一通り船内は見て回りました」

伊藤「よし、俺と田端、新海と須藤の2人でチームを組み、2交代制で船内の警戒を行う。濱中は外部との連絡、ならびに不測時のバックアップを頼む」

班員「了解」

こうして特対班の日東丸での任務が始まった。

翌日深夜、船団は無事海保の巡視船と合流。近年増加傾向にある南シナ海での海賊被害のリスクを回避するため、そのままウォレス線に沿って南太平洋へ抜ける進路をとる。

伊藤「新海、須藤。交代の時間だ」

新海「やれやれ・・・さすがにこの馬鹿でかい船を2人で警戒するのは骨だな」

伊藤「このままあと3日もすれば日本の領海に入る。しんどいだろうが、最後まで気を抜くな」

新海「ああ、分かってるよ」

伊藤・田端チームとの交代を終えた新海は、船員食堂へ向かう。

新海「よう!」

司厨手「おっ、アンタか。こんな時間までご苦労さん」

新海「悪い、すっかり遅くなっちまったな」

司厨手「そっちも仕事だしな。まぁ気にすんなよ」

軽い挨拶を交わし、新海は食事用のトレイをカウンターに運ぶ。

司厨手「ほら」

新海「おっ・・・こりゃ尾の身か!?」

司厨手「こないだ南極で上がったやつだ。そいつが無くなれば、もう終いさ・・・」

新海「そうか・・・これで食い納めかと思うと、残念だな」

新海は皿に盛られた鯨肉を切なげに見つめる。

3日後。船団は沖ノ鳥島沖の日本領海に入る。

これまで船内の警戒を続けていたが、不審な点はひとつもない。

新海がその日の警戒任務を終え、あてがわれた居室のベッドに潜り込んでから数時間後、突如事件は起こった。

濱中「新海!起きろ、新海!!」

新海「・・・なんだ、もう交代か?」

濱中「船内の製油工場で火災が起きてる!!」

新海「何だと!?」

報告を受けた新海はベッドから飛び起きる。

船長「他の入り口を探せ!早く!!」

新海「田端!今どうなってる!?」

田端「現在、船体後部にある製油工場付近で火災が発生している。消火を試みようとしたが、船体後部区画へ進入するルートが全て内側から封鎖されてる」

新海「くそっ、内部の乗組員の仕業か!!」

そこへ、周囲の状況を確認していた伊藤がやってくる。

田端「どうだ?」

伊藤「ダメだな。どこも内側からチェーンのようなものでロックされている」

田端「不味いな。このまま火災区画が封鎖できなければ航行不能になるぞ」

伊藤「よし、舷窓から入る。須藤、用意したC-4でこれを破るぞ」

須藤「ああ、分かった」

上甲板からロープを垂らし、伊藤は舷窓に少量のC-4を設置する。

伊藤「点火するぞ、離れろ!!」

一瞬の閃光と同時に、穴の開いた舷窓から煙が立ち上る。

伊藤「船長、後部区画にはあと何人残ってる」

船長「機関部員4名と、甲板手5名だ!」

伊藤「よし、俺と新海で先に行く。中に入ったら新海はロックを解除、俺は後部区画の捜索に向かう」

新海「分かった」

伊藤「残った者は新海が扉を解放後、捜索に合流しろ」

班員「了解」

伊藤と新海が爆破した舷窓から後部区画へ進入する。

伊藤「スプリンクラーが作動していない・・・?」

新海「おまけに後部区画の扉は開けられたままだ。こりゃ思ったより、火の回りは早いぞ」

伊藤「よし、お前は扉のロックを外せ。俺は奥の様子を見てくる」

新海「了解」

新海は封鎖されたドアへ向かう。見ると、扉の内側にチェーンが幾重にも巻かれ、錠前で固定されている。

手持ちのベレッタM93Rを使い、新海は錠前を破壊する。

田端「開いたか!」

新海「よし、このまま俺達も班長に合流するぞ。濱中は他の扉のロックを外し退路を確・・・」

『こちら伊藤だ。聞こえるか』

新海「待て、班長からの通信だ・・・こちら新海、どうした」

『後部区画にいた乗組員6名を発見した・・・うち2名は救急医療が必要だ。海保の巡視船に連絡しヘリを飛ばすよう要請しろ』

新海「残りの3名は?」

『船体後部の延焼が激しい。火の勢いが強くこれ以上の捜索は不可能だ。残った乗組員を甲板上に集めろ。負傷者を先に収容後、全員退船させる』

新海「・・・了解」

既に火災の様子を察知し日東丸に接近していた巡視船の後甲板から、ヘリが飛び立つのが見える。

伊藤「負傷者をホイストでヘリに収容後、我々も船を降りる!船長、退船準備を!!」

まるで戦闘でも始まったかのように船上が慌ただしくなる。

そして1時間後。

巡視船に向かう救命艇から最後に見えたのは、煙を上げながら船首を上げ始める日東丸の姿だった・・・。

4日後、金沢事務所。

局長「・・・今回の件だが、結果的に日東丸の消失を避けられなかったのは残念だった」

捕鯨母船日東丸の火災による沈没。乗組員2名が重傷を負い、さらに3名が行方不明・・・これが、今回の事件の結末である。

新海「まさか乗組員の中に内通者がいたとはな・・・」

その後の調べで、行方不明となっている乗組員のうち2名が外務省に例の脅迫文書を送りつけてきた環境保護団体のメンバーであったことが判明。

そのうちの一人として、久保田の名前があった。

伊藤「・・・完敗だな」

濱中「くそっ・・・罪のない人間まで巻き込みやがって、一体何様のつもりだ!」

新海「奴らにとっちゃ捕鯨に関わる者全てが悪人ってことさ。この事件、後を引くぞ・・・」

-第4話 SIGNAL FIRE 終-

外務省/国際司法裁判所(ICJ)「南極における捕鯨」訴訟のこれまでの流れ

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page22_000056.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page4_000117.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page24_000038.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page5_000257.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/fsh/page2_000034.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page2_000035.html

用語解説

【SH-60K】
海上自衛隊の装備する哨戒ヘリ。既に導入されていたアメリカのシコルスキー・エアクラフト社のSH-60シーホークの日本独自仕様J型の改造機。
三菱重工業と移行する前の防衛庁(当時)により開発が行われた。現在も前述SH-60Jからの更新が行われている。
【C-212】
スペインのEADS-CASA社で開発されたターボプロップCTOL(短距離離着陸)輸送機。
インドネシアのIAe社でもライセンス生産され、C-130と共にインドネシア空軍の航空輸送戦力の主力となっている。

【海上自衛隊第21航空隊 第211飛行隊】
千葉県館山市にある館山航空基地に配備される海上自衛隊の航空部隊。第211飛行隊ではSH-60Kを装備する。
コールサインはBlack Jack。

【ファストロープ降下】
ファストロープと呼ばれる降下用のロープを用い、両手両足の保持のみによって降下を行う方法。
ヘリからの降下には他にラペリングやホイストを使った方法があるが、ファストロープ降下は命綱やカラビナを用いないため、これらよりも迅速な降下・展開が可能。

【マカッサル海峡】
インドネシアのカリマンタン島とスラウェシ島との間にある海峡。最狭部でも約100km程度ある広大な海峡。
諸般の事情で南シナ海を通過できない場合、この海峡からウォレス線に沿った航路を選択する場合がある。

【ウォレス線】
インドネシアのバリ島からフィリピンのミンダナオ島の南に至る東に走る生物の分布境界線。イギリスの地理学者、アルフレッド・ラッセル・ウォレスが発見したことからこの名がついた。
氷期の頃、この線を境に南北の大陸が陸続きにならなかったことからウォレス線の南北では生物相の違いがみられる。

【尾の身】
鯨の尾の付け根にある肉のことで、鯨肉の部位の中で最も美味な部分とされる。
冷凍しても味が落ちにくいことから、以前は飲食店で鮪などのネタが切れた際の刺身用として扱われることもあった。

続きます

すげぇ・・・

>>159-166
ご感想ありがとうございます
今日で完結予定です

-最終話 深海-

水産庁漁場管理局の仕事は多岐に渡る。

日本近海の漁業水域における監視はもちろん、障害物の排除や浮標の設置。密漁や不法操業などの海保への通報。

その活動範囲は日本の排他的経済水域を超え、はるか遠洋漁船の赴くインド洋や南氷洋にまで及ぶ。

そして中には、時にこれら日本漁船の操業の障害となりうる因子を攻勢作戦により排除する部署も存在する。

それが水産庁特別対策班、FASTである。

2014年、5月。

特対班を乗せた漁場取締船は、北海道網走沖のオホーツク海上にいた。

新海「・・・物々しい雰囲気だな」

現在、彼らは網走沖でツチクジラなどを対象とした沿岸捕鯨のため操業している漁船団の警護にあたるため、海上保安庁と共に本海域に展開している。

このうち、海上保安庁からは網走海上保安署の巡視船「ゆうばり」と、根室海上保安部から応援として巡視艇「きたぐも」が参加している。

目下のところ、漁船団は2隻の環境保護団体の船から妨害を受けている。

今のところ海保の船がこれらの進路を遮ってはいるが、万一妨害船がそれを突破し漁船への実力行使に及ぼうとした場合、特対班らの乗る船がその盾となる予定だった。

既に現場海域では、妨害船と海保の船が睨み合い、2時間あまりが経とうとしていた。

新海「・・・退役間近の巡視船を出してまで警備に当たらざるを得ない海保の台所事情には同情するな」

伊藤「だが、今回の作戦では彼らが頼みの綱だ。万一これを突破されるようなことがあれば、体当たりしてでも奴らを止めるぞ」

海保の巡視船のうち、ゆうばりにはJM61-M 20mm多銃身機銃1門、きたぐもにはGAU-19 12.7mm多銃身機関銃1門がそれぞれ搭載されている。

さらに、きたぐもについては小型の船体に強力なウォータージェットエンジンを2基搭載し、その最高速力は時速40ノットを超える。

万一妨害船が海保の網を抜けたとしても、それに追いつき先回りすることができる。

田端「・・・班長、ここから15kmほど離れた海上に、ロシア軍の艦船が出動しているようだ」

伊藤「国境軍の警備艇か?」

田端「いや、レーダー反射反応からするとこいつはおそらく海軍の駆逐艦だ」

須藤「ロシアの太平洋艦隊といえば、ソヴレメンヌイ級か・・・また随分と大層な代物を持ちだしてきたもんだ」

新海「ロシア軍の連中、高みの見物のつもりか」

伊藤「自国近海で厄介事を起こすなという意思表示だ。ここはサハリンからも近いからな」

膠着状態に陥ったかと思われた状況に動きがあったのは、それから15分後の事だった。

突如1隻の妨害船が、海保の船の間を突破しようと急発進を始めたのだ。

海保の船がこれを阻止しようと互いの間隔を詰めたその時、残る一隻の妨害船から何かが発射された。

数秒後、それは凄まじい爆音と共に巡視艇きたぐもの上部構造物を吹き飛ばした。

伊藤「対戦車ミサイル・・・!?」

間隔を詰めていたことが災いし、直撃を免れたゆうばりも航行不能となってしまう。

直ちに正当防衛射撃を行おうとするも、既に妨害船は巡視船の20mm機銃の死角となる艦尾後方へ回り込んでいた。

先の攻撃で航行不能となっていたゆうばりは射撃位置につくことができず、直後に妨害船から発射された2発目のミサイルを食らいその機能を停止してしまった。

伊藤「新海!SIGを使って妨害船のオペレーターを撃て!!」

新海「了解!」

新海は船内に搭載されていたセミオートマチックライフルを手に取る。

スコープを除くと、妨害船の甲板上に黒いランチャーが据え置かれているのが見える。

新海「班長、ミランだ!奴らミランを使ってやがる!!」

伊藤「ミランだと・・・!?一体どこからそんなものを!?」

須藤「不味いぞ、もう一隻にはキャリバー50も見える」

伊藤「漁船団を後退させろ!我々が盾となり彼らを逃がす!新海!!」

新海が数人の乗組員を狙撃する。こちらの存在に気付いた妨害船は、特対班の乗る船から距離を取り始める。

新海「ダメだ班長!5.56mmじゃこれ以上離れたら狙撃できねえ!!」

伊藤「田端、船を寄せろ!それと、海保に増援要請だ!このままじゃ手も足も出ない!!須藤、お前は新海のバックアップにつけ!!」

特対班の船は漁船を退避させるため、なおも妨害船の前に立ちはだかる。

伊藤「濱中!船内からPDXを持ってこい!金属ケースを使って簡易擲弾を作る、急げ!!」

濱中「了解!」

その間にも、妨害船から発射される12.7mm弾が船体を破壊していく。

田端「班長、このままじゃ船が持たない!」

伊藤「我々が引いたら漁船がやられる!踏ん張れ!!」

須藤「新海、ミランはおいといてアイツを先にやれ!!」

新海はそのまま妨害船の機銃手を狙う。射手は頭を撃ち抜かれその場に崩れ落ちるも、すぐに他の仲間がその後を引き継ぐ。

新海「くそっ、あいつらラリってやがる!仲間の死にまるで動揺していない!!」

伊藤「そのまま狙い続けろ!田端、例のロシア艦艇にも救援を要請しろ!海保じゃ間に合わん!!」

その時、新海のとなりで観測手を務めていた須藤が叫んだ。

「ミサイ・・・!!」

彼の声は、そのまま炸裂音に打ち消された。

・・・

次に伊藤が目にしたものは、大穴があいた後甲板と近くに倒れている新海の姿だった。

伊藤「新海!大丈夫か、新海!!」

彼の傍には夥しい量の血液と、彼のものではない腕が転がっている。

伊藤「須藤・・・!」

見ると、近くの海面にうつ伏せのまま浮いている須藤の姿が見える。

伊藤「濱中、聞こえるか!濱中ァ!!・・・須藤がミサイルの爆風で吹き飛ばされて海に落ちた!お前は至急戻って救助に向かえ!!」

彼は倒れている新海の元へ向かう。

伊藤「新海!!」

新海「・・・ぐ、うっ・・・大丈夫、だ」

伊藤「・・・須藤がやられた」

その言葉に新海は後ろを振り返る。そこには、双眼鏡を握ったままの彼の腕が落ちていた。

新海「くそ・・・!」

伊藤「今、例のロシア艦艇に救援を要請した・・・受けるかどうかは、分からんがな」

そういうと伊藤は静かに立ち上がる。

伊藤「・・・田端。機関はまだ生きているか」

田端「ああ・・・舵の効きは悪いが、まだなんとか動けるぞ」

伊藤「よし、このまま妨害船に向かって突っ込め。漁船退避のための時間を少しでも稼ぐぞ」

田端「了解」

伊藤「新海、お前は退船しろ」

新海「馬鹿言うな。俺も残る」

伊藤「班長命令だ。濱中と合流し、須藤の救護に・・・っ、お前まさか!?」

そこまで言って彼は気付いた。新海の脇腹が赤黒く滲んでいることを。

新海「・・・悪い、さっき破片をもらっちまった」

伊藤「馬鹿野郎・・・」

新海「今からアイツに合流しても、足手まといになるだけだ。俺はここに残る」

先の攻撃で、既に彼らに残された武器はマグプルだけだ。船首を妨害船に向けた後は、これを撃ち続け進むほかない。

手元のマガジンは残り凡そ20個。伊藤と新海の2人で200発ずつの弾丸しか残されていない。

伊藤「よし。俺はあっちの12.7mmを、お前はミランのほうを狙え。奴らに頭を上げさせるな!」

須藤「了解」

調査船のエンジンが唸りを上げ始める。その様子を見た妨害船がこちらに向け機銃を発射してくる。中にはAR-18を携えている乗組員も見える。

新海「があっ!!」

妨害船の乗組員の放った小銃弾を肩に受け、新海は再び船上に倒れ込む。

伊藤「新海ッ!!」

伊藤が目を向けると、もう一隻の船上ではミランが発射されようとしていた・・・。

伊藤(万事休す、か・・・)

するとその時、彼らの目の前で突如2隻の妨害船が吹き飛んだ。

伊藤「なっ・・・砲撃・・・?ロシア海軍は要請を受けた、のか・・・」

130mm砲によると思われる攻撃を受けた妨害船のうち1隻は瞬く間に轟沈。

残る一隻も、沈没はもはや時間の問題だろう。

伊藤「新海!!」

彼は船上に横たわる新海に近づく。

伊藤「田端、新海もやられた!こっちへ来て救護を手伝え!!妨害船は無力化された、このまま船を棄てるぞ!!」

無線で操舵室の田端を呼び出し、新海の身体を保持する伊藤。

田端「班長!浸水が激しい、こっちももう時間はないぞ!!」

伊藤「分かっている!田端、手を貸せ!!」

伊藤が新海の腕を肩に回し立ち上がろうとしたとき、沈みかけていた妨害船から何かが飛んでくるのが見えたような気がした。

そして数瞬後、彼の意識はそのまま刈り取られた・・・。

・・・

・・・

2014年5月12日。

沿岸捕鯨のためオホーツク海上で操業中だった船団の前に、突如2隻の環境保護団体の妨害船が現れる。

2時間ほど膠着状態が続いたのち、突如妨害船の一隻が海保の巡視船に向け攻撃。この攻撃で巡視船2隻が大破、航行不能となる。

だがその後、妨害船は突如原因不明の爆発により沈没。その乗組員は全員死亡、もしくは行方不明となった。

日本側の損害は海上保安官7名が殉職、16名が負傷。巡視船「ゆうばり」と「きたぐも」を喪失。だが、海保が盾となったことによりこの攻撃で漁船の乗組員に負傷者は出なかった・・・。

これが、マスコミを通じて世間に公表された「網走沖捕鯨漁船団襲撃事件」の顛末である。

横浜市、金沢区にある水産庁事務所。

この場所にFAST、水産庁漁場管理局特別対策班の本部が存在する。

かつてここには、5人の班員がいた。

だが、今は彼らの姿はそこにはない。

・・・

3か月後、海保の主導による現場海域での妨害船のサルベージ作業が行われていた。

沈没した妨害船の船体および海底に散らばった遺留品は10月に海中より回収され、道内の港に運び込まれ鑑識による分析が行われた。

その結果、既存の妨害船ではまず見られることのなかったM2重機関銃や有線誘導ミサイルなどといった西側の兵器が多数積み込まれていたことが判明した。

さらにこれらの武器について詳しく調査を進めたところ、兵器に刻印されたシリアルからこれらがかつてオーストラリア陸軍向けに製造されたものであることも分かった。

日本政府はこの結果を公表したが、当の豪州政府は本件との因果関係は不明であるとの態度をとり、事件はそのまま迷宮入りするかに思われた。

だが、その後事態は一変する。

例の事件から1年ほど前に、南オーストラリア州のポートピリー港にて国営の軍事企業がテロリストに大量のC-4爆薬を横流ししていた事実が何者かのリークにより発覚したのだ。

この、国を巻き込んだスキャンダルに豪州政府の立場は苦しくなり、妨害船の件も最早無関係を装うことは出来なくなっていた。

日本側は、これまでの経緯を含めICJに豪州を提訴。

日本の主張は以下の通りである。

一、豪州は以前から武装を伴う過激な反捕鯨活動について国内、及び国際法を完全に遵守しない行為は認めないという立場をとりながら、反社会的組織の妨害工作に加担し、日本国民の生命を脅かした。

二、豪州は南極大陸の一部およびその近海を自国領であると主張しており、南極地域における領土主権、請求権の凍結を遵守していない。

三、豪州はこれら南極近海で行われた日本の調査活動に於いても同様の妨害工作を行い、日本側の調査を妨げたうえで日本の捕鯨が科学調査であることを示す根拠の提出を困難なものにした。

四、豪州の上記の行動は、南極条約ひいては国際倫理に悖るものである。

以上のことから、日本は先にICJで下された判決を踏まえたうえで、南極海域における科学的調査目的の捕鯨に対する特別許可の発給ならびに豪州政府への妨害工作の中止を要求する。

・・・

・・・

2021年12月8日、山口県下関港。

日新水産の保有する3隻の調査捕鯨船が、7年ぶりに南極海へ向けこの地を出港した。

2015年に日本の提訴で始まった裁判は、国際司法裁判所にて5年の歳月を費やし判決が下される。

結果は日本側の主張が認められた形での判決となり、この国は再び国際捕鯨取締条約第8条で認められている科学的調査目的の特別許可を発給された。

かくして日本は、2014年に下された判決の中で指摘されたクジラの捕獲種の均一化と、科学的調査の根拠となる数の個体を捕獲することを定めたうえで、2021年末にJARPAⅢを実施することとなった。

・・・

北海道にある、とある霊園。

無縁者納骨堂の前に建てられた碑の前に、2人の男が立っている。

網走沖での事件後、現場海域周辺で4名の白人男性の遺体が回収された。

それらはすべて妨害船の乗組員とみられたが、豪州政府が関与を否定する態度を貫いたことから行旅死亡人として扱われ荼毘に付されたうえでここに葬られた。

濱中「・・・・・・新海」

あの日濱中は、海面に浮かんだ須藤の身体を抱えながら、彼の最期を見届けた。

満身創痍になった特対班らの調査船は、最後の手段として妨害船に体当たりを敢行。だが、沈没直前の妨害船から放たれたロケット弾が直撃し後部甲板にいた3名が吹き飛ばされた。

うち2名はその後現場海域に訪れた海保のヘリにより救助されたが、残る1名の行方は最後まで分からなかった。

須藤「俺の分まで、手を合わせといてくれよ」

長身に髭を蓄えた、隻腕の男性が彼に語りかける。

あの事件の後、特対班はその姿を消した。

メンバーの負傷や損失によりチームが存続できる状態ではなかったからだ。

唯一無傷であった濱中も、その後は局内の別の仕事に回された。

あれからもう、7年の歳月が経っていた・・・。

濱中「結局俺達は、政府の捨て駒にされただけだったのかな」

須藤「あの頃唯一有力な捕鯨支持国だったロシアの協力を得たうえで、捕鯨妨害にオーストラリアが関与している証拠を上げる・・・そのために、俺達や海保がエサになった、ってか」

濱中「おかげで日本は捕鯨を再開できたわけだが、失われた命はもう戻ってこない・・・俺達にしても、アイツらにしても、そこまでするほどの話だったのかと・・・ときどき思うよ」

そう呟くと、濱中は雪が舞い落ちる灰色の空を見上げる。

『須藤、濱中。聞こえるか。至急ヘリへ戻れ』

須藤「やれやれ、班長のお呼びだ」

濱中「こちら濱中。了解、すぐに合流する」

雪風の吹きすさぶ中二人はもう一度その碑に目をやると、静かにその場を立ち去った。

伊藤「これから我々は捕鯨団が途中寄港するインドネシアのバリクパパンへ向かう」

須藤「やれやれ、FAST再始動後初の仕事か。7年もブランクがありゃみんなジジイだ。いい加減、世代交代しないとな」

濱中「でも、捕鯨船団が下関を出港したのは昨日ですよ?インドネシアに到着するまで、あと10日以上かかるんじゃ・・・」

伊藤「今回の調査捕鯨についてはICJの下した判決に伴い、査察団がウチの船に乗り込むことになってる。先に彼らと合流する」

濱中「査察団・・・ですか」

田端「何しろいろいろと紆余曲折の末に下った今回の判決だ。ICJとしても、判決後に何もしないって訳にもいかないからな」

伊藤「それに、日本の捕鯨調査と同時に豪州政府が判決の通り妨害を阻止するための対策を練っているかも今回の査察の対象だ」

濱中「なるほどね・・・言ってみれば、国際司法裁判所のお目付け役、って訳か」

田端「これが、その査察団のリストだ」

濱中は渡されたリストに目を通す。

濱中「ほとんどが反捕鯨国のアメリカやイギリスの名前に見える・・・ん、これは」

濱中「ICJ委任査察団、代表・・・」

濱中「Stuart Seager・・・」

-最終話 深海 終-


在日オーストラリア大使館/捕鯨問題FAQ
http://www.australia.or.jp/enquiries/whaling_faq.php

用語解説

【ゆうばり】
海上保安庁の装備するPM型巡視船であるなつい型巡視船の一隻。
全長67.8m、排水量630t。速力は18ノット(約32.4km/h)で、武装としてJM61-M 20mm多銃身機銃一基を装備。

【きたぐも】
海上保安庁の装備するPC型巡視艇であるかがゆき型巡視艇の一隻。
全長32.0m、排水量100t。速力は40ノット(約72km/h)以上で、武装としてGAU-19 12.7mm多銃身機関銃一基を装備。

【JM61-M 20mm多銃身機銃】
アメリカのゼネラル・エレクトリック社が開発したM61バルカンの日本生産バージョン。
航空自衛隊の戦闘機の固定武装としても本砲は搭載されている。

【GAU-19 12.7mm多銃身機関銃】
アメリカのゼネラル・エレクトリック社が開発した12.7mm口径のガトリング砲。
先述のM61バルカンの小口径版。

【ソヴレメンヌイ級駆逐艦】
ロシア海軍の装備するミサイル駆逐艦。ロシアでの正式名称は956 「サルィーチ」設計艦隊水雷艇。
全長156.37m、排水量6500t、速力は33ノット(約59.4km/h)以上で、近年では珍しい連装砲や各種ミサイルを装備する。

【SIG SG550-1 Sniper】
スイズのSIG社で開発されたアサルトライフルを元にしたセミオート狙撃銃。
同様のセミオート狙撃銃としてはドイツのヘッケラー&コッホ社が開発したPSG1が有名だが、SG550は一回り小さい5.56mmNATO弾を使用しながら、高い命中率を誇る。

【観測手】
狙撃手とチームを組み、対象の捕捉や命中確認、周囲の警戒を行う。

【ミラン】
フランスとドイツが共同開発した有線誘導ミサイル。米軍やオーストラリア軍などにも採用されている。
現在は後継のFGM-148ジャベリンへの更新が進んでいる。

【ブローニングM2重機関銃】
アメリカで第一次世界大戦末期に開発された重機関銃である。その信頼性や完成度の高さから現在でも世界各国で生産と配備が継続されている。
口径が50口径(0.50インチ=12.7mm)であることから別名「キャリバー50(Caliber .50)」や「フィフティーキャル(.50 Cal)」などと呼ばれる。
WWⅡで活躍した米軍の戦闘機に広く搭載された。

【擲弾】
いわゆるグレネード。よく爆発による爆風で敵を殺傷すると思われがちだが、実際は爆発時の破片により的を殺傷する。

【AK-130 130mm連装速射砲】
旧ソ連で開発され、1980年より配備が開始された艦砲システム。
最大射程約30kmの艦載砲。西側の装備するMk42.5インチ砲やOTOメラーラ製127mm単装速射砲よりも高火力・長射程である。

【JARPA】
南極海鯨類捕獲調査のこと。
国際捕鯨取締条約第8条で認められている科学的調査目的の特別許可のもと、南半球において行われる。

【行旅死亡人】
本人の氏名または本籍地・住所などが判明せず、かつ遺体の引き取り手が存在しない死者のこと。
身元不明のホームレスや、九州南西海域工作船事件の工作員なども行旅死亡人として扱われている。

以上、ここまでです。

以前、魚の話を書いたときに次は武器の話をかくつもりでしたがなんかちょっと毛色がかわってしまいまんた。
最後になりましたが、本作はあくまでもフィクションです。オーストラリアは別にこんな悪い国じゃありませんよごめんね。

うおおおお、終わった!



過去の作品も教えてくれると嬉しいな

>>210
ありがとうチュッチュ

>>211
★完結作をまとめるスレ★3 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1378711362/)
完結スレの以下を参照ください
>>82,175,215,377,391,424,829

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