青年「主人の命令は絶対だからな」 少女「…」(256)

<ガヤガヤ…

少女「…みなさーん」

少女「靴磨きです、どうぞご利用なさってくださーい」

男「…」チラッ

少女(あっ、こっち見てくれた)

少女「靴磨きです、あなたの履物を…」ニコッ

男「…」スタスタ

少女「あっ…」

少女(あーあ、行っちゃった)

少女「…靴磨きでーす、お足元を綺麗にしまーす」

主婦「やだ、まだいるわよあの子」ヒソヒソ

主婦2「朝からずっとああしてるじゃない。やあね、みすぼらしい」ヒソヒソ

主婦「しかもあの腕の火傷…。怖い怖い」ヒソヒソ

少女「あっ、お靴汚れてませんか?磨きますよー」ニコッ

主婦「け、結構よ!」

主婦2「寄らないで頂戴!…行きましょう」

少女「…そうですか。ご用のときは、どうぞ」ペコ

少女(…まずいなー)

少女(今日来たお客さん、ゼロだ…。暗くなってきちゃったし、どうしよ)

少女「…」グー

少女(…お腹減ったなー)

少女「…みなさーん、靴磨きですー」

……

少女(結局誰も来なかったな…。はぁ、一日無駄にした)

少女「…お父さん、ただいま」ギィ

父「……おー」ゴロン

少女(…お酒臭い)

父「おい、今日の売り上げはどうだったんだよ」

少女「今日、お客さん一人も来なかったんだ…。だから、ない。ごめんなさい」

父「あぁ…!?」

少女「…っ、明日は頑張るね。ご飯作る」タタタ

父「飯はいい…。外で食ってきたから」

少女「そうなの?酒場で食べてきちゃったの?」

父「ああ、そうだよ。お前は適当にパンでも食ってろ」

少女「…えっと、お父さん。体の調子が悪いから、お酒は控え」

父「んだよ、親に意見すんじゃねぇ!」バンッ

少女「あ、あははっ。ごめん、ごめんなさい!」

父「ちっ…。気分悪いわ」

少女(…お父さん、大丈夫かなぁ。顔色が悪い)

少女(…何か食べれる物、あるかな)ゴソゴソ

少女(…あれ、何もないや。どうしよう)

父「おい、洗濯物と洗い物、やっとけよ!今日の稼ぎなかった分、家事多くやれ!」

少女「うん。分かったー」タタタ

少女(まぁ、いいや。パンなら昨日の夜食べたし…)

少女(明日はもっと頑張って、何とかご飯食べれるようにしなくちゃ)

少女(そろそろ靴磨きも止めた方がいいのかなぁ…)

少女(もっとお金を稼いで、お父さんに楽させてあげなきゃ)

父「…」グゥグゥ

少女「…あらら、お父さん寝ちゃった」

少女(毛布をかけて、っと…。体冷えたら駄目だからね)ポフ

少女「おやすみ、明日はもっと頑張るね」ニコ

少女「…さて」

少女(今日拾った新聞に、求人情報でも載ってないかな)ゴソゴソ

少女(あ、あったあった。ありますように…)ピラ

少女(……)ジー

少女(駄目だ、男の人の求人ばっかり)ムスッ

少女「…ん?」

少女「『謎の怪屋敷の真相に迫る』…?」

少女(ああ、何だか最近話題になってるお屋敷のことか)

少女(確か、主人が変わり者で変なものばっかり集めてるんだっけな)

少女「『屋敷の全貌。噂に寄れば、人体実験の施設であるとか黒魔術が行われているとか…』」

少女(黒魔術、かぁ…。お金が増える魔法とかあるかな)

少女「って、そんな都合の良いことないか」

少女「…」グー

少女(駄目駄目、明日の活動エネルギーをとっておかなきゃ)

少女(明日は…。お客さん、いっぱい来てくれるといいな)

少女「…」ゴロン

少女「…」スゥ、スゥ

……

少女「…ん、う」

少女「…朝だ」ムク

少女「…お仕事行かなきゃ」フラ

父「おい、少女!」

少女「あっ、お早うお父さん。今からお仕事行ってく…」

父「いや、今日は靴磨きはしなくていい」

少女「えっ?」

父「近くの井戸で体を洗って、汚い服を一番マシなやつに替えて来い!」

少女「ど、どうして?お仕事行かなきゃ、お金が…」

父「靴磨きより割に合う仕事があるんだよ!早くしろっ!」

少女「わ、分かった!」タタタ

……


ガヤガヤ

少女「お父さん、何処に行くの?」

父「いいから、黙って着いて来るんだ」グイグイ

少女(ここ、入ったことない路地だなぁ)

少女(たしか、夜になったら女の人がいっぱい並ぶ所だ…。でも、今はスッカラカンだね)

父「…着いた、ここだ」

少女「…宿屋さん?ここで働かせてもらえるの?」

父「ああ、そうだ。ちょっとそこで待ってろ」ガチャ

少女「…」コクン

少女(やったあ、宿屋さんだったら収入も安定してるし、賄いもあるよね!)

少女(お父さんはすごいなぁ、こんな良い職場見つけてくれるなんて)

少女「…」ワクワク

父「おい、入れ!」

少女「うん!お邪魔しまーす」ガチャ

老人「……この娘ですかな?」

父「ええ。いかがでしょうか」

老人「……」ジロジロ

少女(あぁ、ここのご主人か…)

少女(…何だかこの宿、真っ暗だなぁ。人もいないし。変なの)

老人「ふん。見てくれは中々良いな。…おい、歳はいくつだ」

少女「あっ、16ですっ」ピシッ

老人「16か…。ふんふん、少し化粧をしてごまかせば、大丈夫か」ブツブツ

父「どうですか?雇っていただけますか?」

老人「…ふん、まあいいだろう。雇おう」

少女「あっ、ありがとうございます!」ペコッ

老人「じゃあ、そうだな…。これくらいでどうだ?」チャリン

父「え、こんなにいただけるんですか…。へへ、毎度」

少女(あ、あれっ。まだ何もしてないのにお給料が?)

父「じゃあ、しっかり働けよ、少女!ははは」ワシャワシャ

少女「うん!頑張るね!お父さん、夜になったら帰るから!」

父「え?ああ、いや…。ここは住み込みなんだよ」

少女「えっ、そ、そうなの…?お父さん、一人で大丈夫?」

父「ああ、俺は大丈夫だ」

少女「そっかぁ…。お暇をいただいたら、お見舞いに行くからね!気をつけてね!」

老人「ふふ、健気な娘だこと」ニヤ

父「じゃあな、少女」ガチャ

少女「うん!ありがとうお父さん」ブンブン

老人「…ふん、じゃあ君の部屋に案内しよう」

少女(へ、部屋があるのおお!?凄い、太っ腹な職場…!)

老人「何をしてるんだね、さっさと着いてこないか」ジロ

少女「はっ、はいっ!」タタタ

老人「君には、化粧品や衣装もあてがうんだからね。しっかり働くんだよ」スタスタ

少女「はい!一生懸命がんばりますっ」

老人「ここが、君の部屋だ」ガチャ

少女(う、うわああ!大きなベッド…!二人寝れそう)ポカン

老人「まあ、夕方から仕事始めだから、今はゆっくりしておけ」

少女「えっ、で、でも…。私、何をすれば」

老人「それは、ここにいる女たちに聞いておけ」

少女「は、はい…」

少女(昼間は働かなくて良い!?な、なんて贅沢なの)

少女(靴磨きなんか、一日中立ちっぱなしなのに…)

少女(…ここは天国なのか)キョロキョロ

女「…」ジー

少女「う、うわっ…!?」

女「あらぁ、あんた見ない顔だね。新入りかい?」

少女「はっ、はい!今日からここで働かせてもらうことになりました、少女ですっ」ペコ

女「あははっ……。そうかい、そりゃあ気の毒」

少女(う、うん?どうして?)

女「その様子だと、知らずに入ったみたいね…。あはっ、ウブそうな子」

少女「…あのー、ここでのお仕事って一体」

女「はあ、本当に分からないの?」ニヤニヤ

少女「…えーと」

女「簡単よぉ、夕方になったらお化粧して、派手な服着て、外に立つの」

女「そんだけよぉ」ニヤニヤ

少女「そ、それだけですかっ!?…うわー、すごい…」

女「まあ、せいぜい頑張りな。じゃーねー」ヒラヒラ

少女「あ、ありがとうございました」ペコ

……


少女「…んー…」スゥスゥ

女「おい、起きなっ!もう夕方だよっ」ベシ

少女「あっ、はいっ…。すみません、先輩…」ムク

女「早くたんすの中の衣装着て、化粧して降りておいで!分かったね!」

少女「は、はい!」

少女(ひさしぶりにお昼寝したから、結構時間経っちゃった…。あぶないあぶない)

少女「さぁ、お仕事頑張るぞ…」ニコッ

少女「えーと、たんすの中の服…」ガチャ

少女「…?」

少女「何だコレ、サイズが小さい…?それに透けてる」

少女「…んー?…まあいいや」ヌギ

少女「…えっと、この紐はこう、か。…うわー、何だか寒いな」

少女(…せ、せくしーだなぁ。足を出しすぎな気がするんだけど)

少女「あ、そうだ…。お化粧もしなきゃ」バタバタ

少女「あ、あのー。終わりました…」ソロー

老人「おお、来たか…。ふふん、中々似合っているじゃないか」

少女「あ、ありがとうございます」カァ

老人「では、これから仕事始めだ!売れ残らないよう、心してかかれ!」

女「…」チッ

少女(うわぁ、女の人たくさん…。す、すごい。ナイスバディ)ゴク

少女(でも皆、うつむいちゃってるな…。どうしてだろ)

女「ほら、新入り!ぼーっとしないで、行くよ!」グイ

少女(え、えっと。ここに立てばいいのかな?)オドオド

女「ほら、おどおどしないでシャキっと立ちなさい」

少女「はっ、はい!」

女「何よその顔、もっと色っぽく笑うのよ。ガキねぇ」

少女「は、はぁ…。こうですか?」ニコ

女「ふん、まあいいわ。…ちゃんとやりなさいね」

女「言っておくけど。他人のお客横取りすんじゃないよ」ジロッ

少女「は、はい…(お客…?何かの呼び込みなのかなあ、やっぱり)」

……


=街の広場=

青年「……」

召使「ふう、やっと着きましたね、ご主人様」

青年「ああ、相変わらず人が多くて鼻に来る」ムス

召使「そんなこと言っちゃってぇー…。屋敷から出ることも大事ですよ」

青年「くだらないな、買出しなら一人で行けばいいだろ。何で僕まで」

召使「そんなこと言ったって、体が弱いご主人を置いては行けませんよ」

青年「僕は一人でも全然平気だ」

召使「まあまあそう仰らず。さあ、行きますよ」キィ

青年「…はあ、車椅子に乗ってまで外には出たくないな」

召使「歩かないで移動できるなんて、素晴らしいことじゃないですか。やだー」

青年「馬鹿にしてるのか?」ジロ

召使「いえいえ、滅相もない」

青年「…ちっ」

召使「あっ、今舌打ちしましたね」

青年「していない」

召使「嘘つけ!大音量でしたよ!そんなんだから、使用人がどんどん辞めていくんですよ?」

青年「それは、あいつらの根性がないせいだろ」

召使「うわああ…。ブラック企業の思考じゃないですか」

青年「うるさい、はやく用を済ませろ!」ガン

召使「あっ、痛いっ…。ブラック、ブラックだ」

青年「…」ムス

召使「~♪」キィキィ

青年「おい、今日は何を買うんだ」

召使「今日は野菜を買いますよー。良い八百屋を見つけたので」

青年「…肉は」

召使「かいませーん」

青年「…」ムス

召使「まぁまぁ、そうむくれないで…。あ、近道しますね。よいしょ」ガタン

青年「おいっ…!普通の道を行けよ。揺れるだろ」

召使「いやいや、こっちのほうが遥かに早いんですよ。我慢してください」

青年「…ガタガタして乗り心地が悪い」

召使「はいはい、すいませんねー。でも車椅子押してる俺のほうが大変ですよ」

青年「知るか、それが仕事だろ」

召使「いやん、クール」

青年「…」

召使「…」

青年「早く抜けろ」

召使「ラジャー」

「さぁ、いらっしゃいいらっしゃいー」

「お兄さん、ちょっと寄って行かない?」

青年「…何だここは」

召使「ああ、ここ確か売春宿の路地でしたっけ」キィキィ

青年「ふざけるな。戻れ」

召使「えええ?ここまで来たら、突っ切るほうが早いですって」

青年「…馬鹿が」ジロ

召使「まあ客引きなんて、無視すれば良い話ですから」

青年「…ふん、派手な女たちだ。品のない」

召使「いやあ、でも可愛い子多いですねぇ。ほら、あの子なんかすげー足」

召使「うわー、あのお姉さん見てくださいよ、すげぇタイプ」

青年「くだらないな」

召使「ご主人様だってもう19でしょー?興味ないんですか?」ニヤニヤ

青年「早く抜けろ。あと一回言わせたらクビだ」

召使「申し訳ございません。加速させていただきます」

……


女「今晩は~。お兄さん、今晩どぉ?」

女「…ちっ、あっそ」

少女(…ど、どうすれば)

女「何ぼさっとしてんの?売れ残ったら給金なしだよ?」

少女「で、でも…。どうしたらいいか」

女「はぁ、媚びればいいでしょ、媚びれば」

少女「こ、媚びる?とは…」

女「あー、面倒くさいな」

女「こうやって、腕を絡ませるなり、色っぽく囁くなりすんの!」グイ

少女「え、ええ?む、無理ですっ…」

女「無理だぁ!?あんた、何甘ったれたこと言ってんの」

少女「だ、だって…」

女「あのねぇ、売られたんなら覚悟決めなさいよ。モジモジしちゃって…」

少女(う、売られた??)

少女「あ、あの。売られたってどういう」

女「だーかーら、あんたはお金と引き換えに、男と寝るの!鈍いな、もう」

少女「ね、寝る!!?」

少女「ええええ、む、無理っ無理です!ね、寝るって確か…」

男「…」ジー

女「あ。あらぁ、お兄さん、寄って行かない~?」

少女(た、大変だ。ど、どうしたら…!)

男「…おい、そこのは新入りか?」

女「あ?ああ、この子ねー。そうですよ、中々可愛いでしょ」

少女「!!?え、えっと…!」

男「…ふーん」ジロジロ

少女(い、嫌だ!できない、絶対できない!)

女「良かったね、客付きそうじゃーん」ニヤ

少女「……!」ブンブン

男「…」

男「じゃあ、お前にしようかなあ」グイ

少女「えっ…!?」ビク

男「おい、どこの宿だ?」

少女「い、嫌っ……」

女「毎度ありー。そこの宿ですよ」

少女「せっ、先輩っ…!助けてっ…」

女「はぁ、あきらめなよ。覚悟決めな」

少女(う、嘘!嫌だ、嫌っ…!)

青年「…」ムス

召使「もうそろそろ抜けますからねー。…っと?」

ガヤガヤ

召使「何だ、人が多いなぁ…。通れないじゃん」

青年「はぁあ?もう、早くしろよ」イライラ

召使「そんなこと言われても…。何でしょう、あそこの宿で揉め事ですかね」

青年「あー、どうでもいい…」

召使「うーん、車椅子が通る幅ないなぁ」

「うわぁ、かわいそうにね、あの新入りの子…」

「あの客、娼婦に暴力ふるうって有名な奴じゃない?嫌だ、私のところに来なくて良かったー」

召使「…ああ、女の子が嫌がってるんですかね?」

青年「どうでもいい、早く抜けろ」

召使「はいはい。すみませーん、どいてくださーい」グイグイ

青年「…」チラ

「あ、あのっ!ごめんなさい、私本当に無理ですっ!」

「いいから、さっさと着いて来い!」

少女「…離してっ、痛い…!」

男「抵抗するな!」グイグイ

少女「…っ…」

少女「嫌っっ!!」ドン

男「うおっ…!!?」グラ

女「あ、あんたっ!」

男「…いってぇな、この女っ…!」ギロッ

少女「…あっ…」ビク

召使「あらら、大変なことになってる…」

青年「…」ジッ

青年(…あの女の、腕…)

少女「…あ、っ…」ガタガタ

男「何すんだ、このっ!」ブンッ

少女「!きゃっ…!!」

召使「うわあああ、危なっ…!」

青年「…」ゲシッ

召使「え」グラ

召使「うおおおお!?」ドッテーン!

男「ぐはっ!?」ギュウッ

少女「…?」

召使「いてぇええ!何するんですか、ご主人様っ!」

男「うぐ……ど、どけよっ!」

召使「あ、えーっとすんません」ヒョイ

青年「……」キィキィ

少女「…」

青年「…おい、女」

少女「…」ビクッ

青年「お前しかいないだろ、まぬけ。…右腕見せろ」

少女「……」ガタガタ

青年「…チッ」グイ

少女「ひゃっ…!」

青年「……」ジッ

少女(な、何この人…!助けてくれた?え?)

青年「…なるほど」パッ

少女「!」ドサ

青年「おい、召使」

召使「いてて…。な、何すか」

青年「買い物は今日は止めだ。財布出せ」

召使「えっ…」

青年「早くしろっ」

召使「は、はあ…」

老人「おいおい、何の騒ぎだよ?」アタフタ

青年「ああ、お前がここの宿の主人か?」

老人「そ、そうですが…」

青年「…この女、いくらで引き取ったんだ」

老人「この娘ですか?…ええと、金貨5枚ですけど」

青年「3倍で買いとる。くれ」

召使「ええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」

少女「!」ビクッ

男「おっ、おい!俺が先にっ…」

青年「あ?じゃあもっと出せるのか」

男「…ぐ」

青年「で、どうなんだ主人。売るか?それとも、金額に不満か」

老人「…は、はあ。まあ、それくらいくらいいただけるのなら…」

青年「あっそ」チャリン

少女「……」

少女(え、え?)

召使「遂にご主人様が大人に…」

青年「は?そういう意味じゃない。不潔な」

少女「……」ポカン

青年「ということだ。呆けてないで立て」

少女「あ、あの…」

青年「あー、もう喋るな。お前は僕が買った。分かるだろ」

少女「…」

青年「もういい、召使、抱えてつれて来い」

召使「は、はあ」

召使「えーと、すまんね嬢ちゃん」ヒョイ

少女「ひゃっ…!」

青年「さっさと戻るぞ。空気が悪い」キィキィ

召使「あっ、待ってくださいよー」タタタ

少女(…な、何?何がおきてるの?)

青年「…」キィキィ

召使「えっと、お嬢ちゃん大丈夫?怪我ない?」

少女「…」フルフル

召使「ちょっとご主人、どうしたんですかいきなり」

青年「何だっていいだろ。ほら、あれだ。使用人の補充だ」

召使「は、はあ…」

青年「屋敷にはお前しか居なかっただろ。この女も雇う」

青年「文句ないよな?」ジロ

少女「…で、でも。お父さんが」

青年「はあ?お前、父親いるのにあんな所で働いてたのか?」

少女「…」

青年「普通、ああいうのって身寄りがなかったりする女がやることだろ」

少女「…」

青年「なに、家出か何かか?」

少女「…」フルフル

青年「…まさか、親に売られたのか?」

少女「ち、違い…ます。お父さんは、そういうつもりじゃ」

青年「違わないだろ。完全に確信犯だと思」

召使「ご、ご主人様!可哀相でしょ、やめてください」

青年「…チッ」

青年「まあ、とにかくお前は僕に買われたわけだ。法外な値段で」

青年「生活の保障はしてやる。屋敷で働いて、僕の言う事さえ聞けばね」

少女「…は、はい」

青年「そのお父さんとやらにも、送金はしてやる。文句ないな」

少女「あ、ありがとう…ございます」

召使「ご主人様、そんなにこの子が気に入ったんですか?」

青年「あ?」

召使「なんでもないっす」

少女「…あっ、自分で歩けます」

召使「ああ、すまん。抱えたままだったな」ストン

少女「…」ブルッ

青年「…それにしても、品のない格好だな」

少女「…あ」カァ

青年「おい召使、上着脱げ」

召使「えっ…お、俺?」

青年「当たり前だろ。どうして使用人に僕の上着を貸さないといけないんだ」

召使「まあ、寒そうだしな…。ほら」スッ

少女「そ、そんな。悪いです」

青年「着ろ。そんなみっともない格好の女を連れて歩きたくない」

召使「そんな言い方…!」

少女「じゃ、じゃあ着ます。ごめんなさい」アセアセ

青年「…面倒くさい。これだから女は嫌だ」

少女「ごっ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

召使「うわあ…。女の子に対してもか」

……


青年「…着いた。ここだ」キィ

少女(う、うわあ…。大きなお屋敷…)

少女(…って、ここ…。まさか)

召使「まあお察しの通り、黒魔術がどーたらと騒がれてる不気味屋敷だよ」

少女「えっ…」

青年「ふん、どうだ?怖くなったか」

召使「まあ、外見は不気味っちゃ不気味だけど」

少女「…いいえ。素敵なお屋敷です」ニコ

青年「!」

青年「…ふーん、物好きだな」

少女「あのっ、助けてくださってありがとうございました!私、頑張ります」

青年「あっそ。勝手にがんばれ」

青年「そんなことより、さっさと入れよ」

少女「はいっ。お邪魔します」

少女「…」キョロキョロ

少女(て、天井高い…!お城みたい)

青年「おい!うろちょろするな。見苦しいな」

少女「はっ、はいっ」ビク

青年「召使、こいつをさっさと部屋に案内しておけ」クイ

召使「了解ー」

青年「あーあ、疲れた…」キィキィ

少女「あ、あの!少女です。召使さん、これからよろしくお願いします」ペコッ

召使「はいよろしくー。少女ちゃんも、変なのに捕まっちゃったね」

少女(…ま、まあ確かに)

召使「部屋は腐るほどあるからなあ…。ま、ここでいいか」ガチャ

少女「うわ…お、大きい」

召使「色々疲れちゃったでしょ?もう遅いし、ゆっくり休むといいよ」

少女(ああ、そういえば体がだるい…。本当、ショックなこと多かったし)

少女「ありがとうございます…」

少女「…」

少女「ひゃっほー」ボフンッ

少女(ベッド柔らかっ!すごい!)ゴロゴロ

少女「…ふー」

少女(良かった、とっつきにくそうだけど、助かった)

少女(あのまま宿にいたら、どうなちゃってたんだろ)

少女「…」ブルッ

少女(お父さん、間違えちゃったんだよね。普通の宿だと思って、働かせたんだよね)

少女「…お父さん、ちゃんとご飯食べてるかな」

少女「金貨三枚も貰ったんだね。良かった…。きっと当分ゆっくりできる」

少女「…うふふ」

少女(お父さん、頑張るからね)ギュッ

少女「…おやすみなさい」

……

……


青年「…」ズズッ

青年「…まっず」

召使「ええ?今日は言いつけどおり、濃い目に淹れましたよ?」

青年「馬鹿か、濃すぎだ!こんなコーヒー、飲めたもんじゃない」

召使「んもう、注文多いんだからぁ」

青年「…てか、あいつまだ起きないわけ」

召使「ああ、まだ寝てるんですかね」

バタバタ

少女「おっ、おはようございますっ」バタン

青年「遅い」

少女「すみません!ベッドの寝心地がよくって、つい」

青年「…。お前、顔も髪も格好も最悪だぞ、よくそんな状態で主人の前にいれるな」

少女「え!?あっ…」カァ

青年「不愉快。早く着替えてこい」

少女「す、すみません…」

少女(うわああ、初日からやってしまった)

少女「…はー」ガチャ

少女(あ、メイドさんの服だ…かわいい)

少女「…」モゾモゾ

少女「…えへへ、似合うかな」クル

少女(うーん。こんなちゃんとした服、久しぶりに着たな)

「おい、まだか」

少女「はっ、はい!今行きますっ」

青年「…少し大きいな」ジッ

召使「一ヶ月前辞めたおばさんの服ですもんねー」

少女「あ、大丈夫です!動きやすいし…」

青年「あっそ。じゃあ、さっさと朝食の準備しろ」

少女「はい、只今!」タタタ

召使「…うーん」

召使「女の子がいると、フレッシュさが違いますねぇ。あの子可愛いし…」

青年「馬鹿か」フン

少女(あ、ここがキッチンか…)

少女「!!?」

少女(きっ、汚い!!?)

召使「ごめんなー、コックが辞めて大分経つから、ちょっと汚れてるんだ」

少女(ちょ、ちょっとどころの騒ぎじゃないです)

召使「ここだけ、綺麗な台があるから使ってよ」

少女「はい、分かりました」

少女(お昼ご飯までに片付けなきゃ…)

青年「…」クンクン

召使「良い匂いですね」

青年「お前よりはマシなようだな」

召使「はあああい!?俺だって頑張って料理したのに!」

青年「ここ一週間、野菜炒めしか食べてないんだけど」

召使「だって炒めるだけだから、安全なんですもん」

青年「…まあ、あの女に期待してるわけじゃないがな」

召使「なんか、ご主人様って女の人に厳しいですよね」

少女「あ、あの…。できました。簡単な物しかないですけど」

召使「いやいや、ここからでも良い匂いするよ」

青年「さっさと運べ」

少女「はっ、はいっ」

カチャカチャ

召使「目玉焼きにベーコン、ポタージュとパンかぁ…。久々にまともですね」グスン

青年「…」

少女「ど、どうぞ。味はどうか分からないですけど」

青年「…いただきます」

召使「いただきまーすっ」

青年「…」パク

青年「……」

召使「う、うわ」

少女「…」ドキドキ

召使「う、美味ぁあああああああああ!!何コレ、コックさん?君!」

少女「えっ…、そ、そうですか?」

召使「特にこのポタージュがぁあ!ねえ、ご主人様!」

青年「…」ズズッ

青年「…まあ、普通」

召使「な、なんやて…」

少女「ありがとうございますっ!」ペコ

青年「お前、いつまでそこに突っ立てるの?食べれば」

少女「えっ…」

青年「食事中ずっと見つめられても嫌だし。座れ」

少女(で、でもお父さんは男が食べ終わってから、女は食事するものだって)

青年「…チッ」

青年「グズグズするなよ!僕の言う事が聞けないのか」

少女「は、はいっ!いただきますっ」ガタン

召使「…ひえー」

青年「いいか、一回で言う事を聞かないグズは嫌いだからな」

少女「す、すみません。気をつけます」ペコペコ

青年「…はぁ」ムスッ

少女(こ、こんな分厚いベーコン食べてもいいの?)オズオズ

青年「…ごちそうさま」カチャ

召使「ふはー、久しぶりに胃が満足してる」

少女(えへへ、嬉しい)モグモグ

青年「…お前、名前は」

少女「え」

青年「女って呼ぶのも面倒だし。ていうか、自己紹介くらい満足にできないの?」

少女「し、少女です。よろしくおねがいしますっ」

青年「あっそ。…僕は、青年だけど。呼ぶ時はご主人様って呼べ。いいな」

少女「は、はい」

召使「俺は召使!ここで働いてもう、10年近くになるんだ」ニカッ

少女「よろしくお願いします」

青年「…まあ、クビにならないようせいぜい頑張れ」キィ

少女「はい。頑張りますっ」

青年「…じゃ、あとは二人で家事しとけ」キィキィ

少女「かしこまりました、ご主人様」ペコ

召使「…えーと、気難しい人でごめんよ」

少女「い、いえ!そんなこと思ってません」ブンブン

召使「俺もあの人と付き合い長いけど、いまだに距離あるし…」

召使「まあでも、あの人が自主的に人を雇うなんて意外だったな」

少女「そうなんですか?」

召使「うん。それに女の子だなんて…。案外気に入られてるのかも」

少女「じゃ、じゃあその期待に応えられるようにがんばります!」

召使(健気…。良いね、俺のモチベーションも上がるわ)

少女「えっと、まず何をしたら良いんでしょうか」

召使「ああ、とりあえず掃除をするよ」

召使「まあ、そんなに気を張らないで。ゆっくりおしゃべりしつつやろう」ポン

少女「はい!」

……


少女「……」ゴッシゴッシ

召使「…」

少女「……」モクモク

召使「あ、あのー。真剣にやってるところすみません」

少女「えっ!?あ、はい」

召使「す、すごいテキパキしてるんだね…。もしかして経験あるの?」

少女「いえ。以前は靴磨きしてました…。家の家事で慣れてるだけですよ」

召使「へえー。すごいや」

少女「お父さんが病気で…。お母さんもいないし、私がやらなきゃいけなかったんです」

召使「そうなんだ…。なんて健気な」

少女「…ふー、完璧」グイッ

召使「何ていうことでしょう。雑然としたキッチンがここまで綺麗に」

少女「じゃあ、次はホールをしてきます」タタタ

召使「ちょい待ち!少し休憩したほうがいいよ?」

少女「え、でも…」

召使「いいからいいから。そんなに張り切る事ないんだって」

少女(な、なんか申し訳ないなあ)ソワソワ

召使「ほら、お茶でも飲んでから再開しよう」

召使「…ふー」

少女(あ、美味しい…。この紅茶、有名なブランドのやつだ)

召使「いやあ、やっぱり二人だと仕事の進行具合も全然違うわ…」

召使「そういえば、君、いくつだっけ?」

少女「16です」

召使「うわあ、そんな歳で娼婦街にいたの…。あ、俺は24」

少女「しょ、娼婦街…。やっぱり」

召使「き、気づいてなかったの!鈍っ!」

召使「激動の人生だね」

少女「あ、そういえば青ね…じゃなかった、ご主人様はおいくつなんですか?」

召使「ああ、あの人は19だよ」

少女(えっ…同い年くらいかと思った)

召使「まあ、見ての通り体が弱くて、貧弱だからね。少年っぽいでしょ」

少女「は、はあ…」

召使「この際だから、説明しておこうかなー。ご主人様は、ちょっと胸を患っててね」

召使「すぐ咳とか熱とか出ちゃう訳。屋敷から出るのも結構リスキー」

少女「そうなんですか…」

召使「屋敷に閉じこもりっきりで、人と接する機会も少ないから、性格もひん曲がっちゃってねー」

召使「俺なんか楽天家だからいいものの、キツイこと言われてすぐ辞める女の子とかもいる」

少女「…」ゴクリ

召使「まあ君は、結構スルースキルありそうだし平気かー」

召使「でも、あんまりご機嫌は損ねないようにね。言う事さえ聞いてれば無害だから」

少女「は、はい。気をつけます」

召使「…よしっ、んじゃ、再開しますか」

召使「次は中庭ね。着いてきて」

少女「はい」タタタ

少女「…?」

少女(あれ、何だろう…。大きな温室?)

少女「あ、あの。召使さん、あれって何ですか」

召使「え?…あ」

召使「あそこは…いい。近づかなくていい」

少女「え?」

召使「何ていうのかな、ご主人様のプライベートな所だから」

少女「そ、そうですか。分かりました」

召使「まあ、他にも立ち入り禁止のところあるから…」

召使「仕事がてら覚えておいてよ」

少女「分かりました」

召使「…くれぐれも、気をつけて」

少女(…そ、そんなに大事なところなのかなぁ)

少女(気をつけなくちゃ。ご主人様、怒ったら怖そうだし)

少女「よいしょ…っと」ガシャン

少女(ふー、結構ごみ出たなぁ)

少女「あの、召使さん…」

少女「…あれっ?」

少女「め、召使さーん?どこですかー?」キョロキョロ

少女(まっ、まずい。はぐれちゃった!)

少女(何処だろうここ!うわああ、どうしようどうしよう)アタフタ

少女「め、召使さーん!召使さぁああん!」

少女(落ち着け、落ち着くのよ)

少女(確か、この廊下を通ってきたはず。ここを抜けたら、きっと玄関に)タタタ

少女(よ、よしっ。大丈夫、多分)タタタ

少女「…」タタタ

少女「…」タタ

少女「……」タ

少女「ど、何処!?」

少女(何だ、ここ!初めて来た所だ!間違えちゃった!)

少女「…く、暗い…」ブルッ

少女(あちゃー、別の棟に来ちゃったのかなぁ)

少女(と、とりあえず進もうかな?上手くいけば、きっとどこかに着くよね)トコトコ

少女「…それにしても、この屋敷って人気ないんだなぁ」ボソ

少女(私と、ご主人様と使用人さんしかいないのかな…?こんなに広いのに)

少女「…」トコトコ

カツン、カツン

少女「うひゃっ」ビク

少女「…な、なんだ。私の靴音かぁ…。びっくりした」

少女(暗いし静かだし、不気味なんだけど…)ドキドキ

少女(…確か、ここって噂されてた屋敷なんだよね)

少女(人体実験とか、黒魔術とか、吸血鬼の館とか…。言われてたよね)

少女「…」

カツンッ

少女「きゃああああ!?」ビクッ

少女「まっ、また私の靴音だぁああ!馬鹿ぁあ!」ビクビク

少女(あ、ありえない!ただの噂だもん。ただの…)

…キィ

少女「!」ビクッ

少女(…靴音、じゃないよね。だって動いてないし)

少女「……気のせい」

キィ、キィッ…

少女「ひっ…」

少女(違う、これ気のせいじゃない!)ガタガタ

少女「だ、誰か…いるんですか」



少女「…あ、あのー。少女です、迷っちゃったんですけど…」



少女「そ、そっちにいるんですか?今行きますよ」

少女「…もしもーし?」タタタ

少女(あっ…何か大きな部屋がある…。あそこかな?)

ギィッ

少女「!」ビクッ

少女(とととと、扉っ…勝手に開いた!?)

少女「かっ、からかってるんですか!?誰ですか!」

少女「…っ。入りますよ?」ギィ

ギィイッ

少女(…うわっ、暗!)

少女(それに、埃っぽいし…。何の部屋なの?)

少女「あ、あのっ誰」

バタン!!

少女「」

少女「!うっ、うわあああああああああああ!?」

少女「嫌っ、何!?暗いっ、何も見えないよぉおお!」

少女「いやぁあああああ!!怖いよぉおおおお!」

「…おい」

少女「きゃああああ!!」ビクッ

「おい、何してる。顔をあげろ」

少女(…え。明か、り…?)ソロー

青年「……」

少女「ごっ、ご主人様っ…!!」バッ

青年「うわっ、いきなり立ち上がるなよ」

少女「び、びっくりしましたぁっ。いきなりっ、扉閉まって…!」

青年「うるさいなぁ、大きい声出すなよ」

少女「ごっごめんなさい!」

青年「全く…。何でお前がこんな所にいるんだよ…。仕事は?」キィ

少女「あ、あの…。召使さんとはぐれちゃって、その」

青年「…はっ」

青年「何してるんだ。お前、やっぱり何処か抜けてるんだな」

少女「う…。す、すみません」

青年「…それにしても、よくここにたどり着いたな」

少女「え…?」

青年「ここは使用人が立ち入って欲しくない場所じゃないんだけど」ジロッ

少女「そ、そうでしたか!すみませんっ…」

青年「…まあ、別にいいや。今回は」キィキィ

少女「…」シュン

青年「次から気をつけろ。僕の許可なしに立ち入ったら、クビだからな」

少女「はい…」

青年「ったく…。びっくりしたのは僕の方だ」ブツブツ

間違えました

>>98

青年「ここは使用人が気安く立ち入って良い場所じゃないんだけど」

少女「あ、あの…。ここ、書庫ですか?本がいっぱい…」

青年「…」ジロ

少女「!」

青年「…そうだよ。見て分からないのか?」

少女「す、すごいですね…。こんなに本が」キョロキョロ

青年「そこ、どいて。本が取れない」

少女「あっ、ごめんなさい」ヒョイ

青年「…」

青年「…」スッ

少女(あっ…。本棚の上のほうの本が取りたいのかな)

少女「あ、あの。私が取りましょうか?」

青年「あ?」ギロ

少女「だ、だって…。車椅子じゃ届きませんよね?私が…」

青年「…さいな」ボソ

少女「え…?」

青年「…っうるさいな!!」

少女「!」ビクッ

青年「何だよその言い方っ。僕を馬鹿にしてるのか!」

少女「ちっ、違います!ただ…」

青年「黙れっ!して欲しい事があったら僕から命じる!お前はそれを聞けばいいんだ!」

青年「必要以上に構わないでくれ!余計なお世話だ!」

少女「…」

青年「…チッ」

青年「ここの本に触るな。僕だって一人で本くらい取れる。車椅子、でもな」

少女「も、申し訳ありませんでした…」

青年「…ふん」

青年「僕を不機嫌にさせたくないなら、余計な干渉するな」

少女「はい、以後気をつけます…」

青年「はいはい。じゃあ、これ以上機嫌を損ねないために一刻も早く出てけ」

少女「…は、はい」

青年「…右にまっすぐ行け。中庭に出る」

少女「ありがとうございます…」ペコ

バタン

青年「…ったく」

青年「…」キィ

青年(騒々しい女だ。あーあ、本当に使えない)

青年(…でも、あの右腕)

青年「…」ペラ

青年(…本にあったとおりだ。やっぱり…)

青年「…ふん」

少女「…」トボトボ

召使「あっ、少女ちゃん!何処行ってたんだ?探したよ」

少女「召使さん…。その、私…あっちの棟に。迷っちゃって」

召使「げっ、北棟…!大丈夫、あそこ暗くて怖かったろ?」

少女「はい…。そのー、怒られちゃいました」

召使「え?」

少女「…書庫に勝手に入っちゃって、ご主人様に怒られちゃいました」シュン

召使「ああ、書庫か…」

少女「私…ああもう、自分が嫌になります」

召使「気にしない気にしない。あそこ、ご主人様のコレクションがあるからさぁ」

召使「勝手に入ってほしくなかったんだりうけど…。しょうがないのにね、迷子だし」

少女「…」

召使「そ、そんなに落ち込むなって!ほ、ほらあれだよ」

召使「ご主人様、きっと隠してあるエロ本見られたくなかったから焦ったんじゃない?はは」

少女「…」

召使「…」

少女「…」

召使「な、泣いてる?大丈夫?」

少女「…うう。大丈夫です」

召使「かーっ、あのガキンチョ…!そんなキツく怒る事ないのに!」

少女「私が悪いんです…!」

少女「…はあ。お仕事、戻ります。ご迷惑かけました」シャキッ

召使(な、なかなかのメンタル…)

……


少女「…っはー、終わったぁ」ノビ

召使「おう、お疲れ様…って、もう夜か」

少女「大分綺麗になりましたね…。明日からは楽そうです」

召使「いやあ、少女ちゃんのおかげだよー!俺一人だったら何年かかるか」

少女「い、いえっ…。私なんて…」

召使「じゃあ、とりあえず休憩をー…」

青年「…誰が休んで良いと言った」

召使「げっ、ご主人様…」

青年「掃除にいつまでかかってるんだ。もう夕食の時間だろ」

少女「すみませんっ。じゃあ、今すぐに準備します」タタタ

青年「…言われないと出来ないのか、全く…」ムス

召使「もう、ご主人様は一言多いんですよ。かわいそうに」

青年「はあ?あいつの手際が悪いから注意しただけだろ」

召使「…」ハァ

青年「そんなことより、ちょっと話がある」

召使「え?何か?」

青年「今日、書庫で調べ物をしてたんだけどな…。やっぱり、あの女は」

召使「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

召使「あなたまだそんなこと言ってるんですか!だから、そんなの迷信だって…」

青年「何を言ってる。あれだけ古い文献の記述なんだぞ。信憑性は高い」

召使「…」

青年「あの右腕の火傷、本の挿絵と一致したんだ。確実だ」

召使「そんなの…偶然ですよ」

青年「いや、形、色から何までそっくりなんだ。偶然じゃない」

召使「…だからって」

召使「あの子に何をするつもりなんですか?」

青年「言葉が過ぎるぞ。お前の知ったことじゃない」

召使「でっ、でもあの子…。良い子じゃないですか、それに」

青年「うるさいなぁ…っ。あいつは僕が買ったんだ。どうしようが勝手だろ」

召使「そ、そんな…」

青年「出会って一日そこらの娘に同情か?甘すぎるんだよ」

青年「とにかく、夕飯の準備が終わったらあいつに伝えておけ」

青年「僕の部屋に、夕食を持って来い…って」

召使「…」

青年「ああ、言っておくがお前は来るなよ。邪魔だから」

召使「…」

青年「…おい、返事は」

召使「…っ、分かりましたよ」

青年「うん、それでいいんだ」クスッ

少女「…あのー、できました」ヒョコ

召使「お、おお。おつかれー」

少女「夕飯はですね、ビーフシチューにしてみたんです。どうですか?」

召使「うおおお、美味しそう」

少女「じゃあ、テーブルセットします…。あれ?ご主人様はどちらに?」

召使「えっと…へ、部屋に」

召使「えー、その。少女ちゃん、ご主人様の部屋に夕食を持っていってくれないかな」

少女「え?ご主人様、お部屋で食事するんですか」

召使「うん…。あの、場所分かる?」

少女「はい。覚えてます」

召使「そっか。じゃあお願いして良いかな?」

少女「かしこまりました!ワゴン使いますね」ガチャ

召使「うん。その……き、気をつけてね」

少女「あはは、粗相のないよう気をつけます」ガラガラ

召使「ああ、うん…。そうじゃなくって…」ボソ

少女「~♪ ~♪」ガラガラ

青年「…」

コンコン

「あのー、お夕食を届けに来ました。少女です」

青年「!」ピク

青年「…入れ」

「はい。失礼します」

ガチャ

青年「…」

少女(うわっ、広い部屋…。緊張しちゃうな)ガラガラ

青年「…それ、何」

少女「あっ、ビーフシチューです。お好きですか?」

青年「別に」

少女「そうですか。あのー、何処に置けばいいんでしょうか」

青年「僕の横にあるテーブルにでも置いておけ」

少女「はい。失礼します」カチャカチャ

青年「…」ジッ

少女(うわあ、見られてる。きっと粗相がないかチェックしてるんだ)ドキドキ

少女「…ど、どうぞ。終わりました」

青年「…」コクン

少女「では、ごゆっくりどうぞ…。失礼しま」

青年「はあ?誰が下がって良いって言った?」

少女「!えっ…」

青年「僕の前に座れ」

少女「は、はあ…」

青年「…」ジッ

少女(な、何だろう。まさかお説教…?)

青年「…なあ、お前」

少女「はっ、はいっ」

青年「出身はどこなんだ?」

少女「へっ?」

青年「だから、どこで生まれたんだって聞いてんの」

少女「え、えっとー。正確にはわかりませんけど、ここから南の、田舎のほうです」

青年「…ふーん、南か」カキカキ

少女(メモされてる!?まさかこれ、面接かなにか?)

青年「…動物は好きか」

少女「は、はい。大好きです」

青年「猫は?特に、黒いやつ」

少女「猫ですか!大好きですよ。黒いのは目がキラキラしてて特に」

青年「なるほどね…」カキカキ

少女(…何でこんなこと聞くのかな?)

青年「母親は?どういう女だったんだ」

少女「お母さんですか…。私を産んだ時に亡くなってしまいました」

少女「でも、穏やかで静かな人だったらしいです。頭が良かったとも」

青年「…存命でない、か」カキカキ

少女(…ちょっと嫌な質問だったなぁ。別に、いいけど…)

青年「じゃあ、本題の質問だ。お前、ちょっとこっちへ来い」

少女「え?」

青年「早くしろ。僕の隣に来い」

少女「わ、分かりました」スッ

青年「…そのまま膝をつけ」

少女「こ、こうですか?」ストン

青年「…ああ」キィ

少女(ち、近いなぁ…。なんか目線が合って恥ずかしいし)

少女(…ご主人様って、肌白いし睫毛長いなぁ…。女の子みたい)

青年「…お前、右腕に火傷あるだろ」

少女「え?」

青年「あるよな?」

少女「た、確かに…。あります、けど」

青年「見せろ」

少女「え」

青年「だから、火傷を見せろ」

少女「え、えっ…。ど、どうしてですか?」

青年「早くしろ。僕の命令が聞けないのか?」

少女「で、でもっ…」

青年「…ああ、もったいぶるなっ。娼婦をしてたくせに、たったこれだけの露出をためらうのか!?」

少女「!」

少女「っ…」

青年「はやく上を脱げ。クビにされたいのか?」

少女「…」プチプチ

青年「…そう。それでいい。袖から右腕を抜いて、よく見せろ」

少女「…」シュル

青年「…もっとこっちへ寄れ。見えない」

少女(…う。息がかかるくらい近い…)

青年「…やっぱり、そうだ…」

青年「…肩から、肘にかけての曲線…。偶然とは思えないな」ツゥ

少女「!」ビク

青年「おい、腕を引くな!まだ許してないぞ」ギュッ

少女「は、はい…」

青年「大分昔の傷だから、痛む訳じゃないだろう?じっとしてろ」

少女(そ、そんなこと言われても…)

青年「…いつから、あるんだ?」

少女「い、いつでしょう…?覚えてません」

青年「覚えてない?赤ん坊のころからか」

少女「は、はい。多分…。理由もよく分からないんです」

青年「…そうか」パッ

少女「!」

青年「腕をしまえ。もういい」

少女「は、はい」シュル

青年「…戻れ」キィ

少女「も、もういいんですか?」

青年「ああ。早く一人にしてくれ」

少女「あの、夕食…。冷めてしまってませんか?温めなおして」

青年「…」ジロッ

少女「!あ、し、失礼しますっ」ガチャ

バタン

青年「…はぁ」

少女「はぁ、はあっ…」タタタ

少女(ななな、何だったんだあれ)

少女(いきなり腕のやけどを見せろって…。何で?)

少女(そういえば、私を買ってくれたときも右腕を見てたような…)

少女(そんなにこの傷が気になるのかなあ…?)

召使「おおおおお!少女ちゃん!」ブンブン

少女「あっ、召使さん…」

召使「か、帰ってきた!よかったぁああ!」

召使「な、何かあのガキにされてない?大丈夫?」

少女「…えーと、大丈夫です」

召使「良かったぁあ…。遅かったから心配した」ヘナッ

少女「な、何でですか?」

召使「いや、過去にも新人の使用人を部屋に呼びつけたことがあって…」

召使「そのたびに、皆泣きながら部屋を出てきて、そのまま荷物まとめちゃうのよ」

少女「な、なんと」

召使「いびられてないんなら、良かったよー」

少女(いびり…?あれは、いびりに入るのかな?泣くほど嫌ではなかったから、違うよね)

……


召使「じゃあ、お疲れ様。ゆっくりおやすみ」

少女「はい、お疲れ様でした」ペコ

少女(はー、久々に働いたぁってかんじだった)

少女(召使さんも面白くて優しいし、ご主人様は…ちょっと怖いけど、良い人、多分)

少女(今までの靴磨きに比べたら、天国みたいだなぁ)クス

少女「…ふー」ガチャ

少女(ベッドとお布団があるって、こんなに幸せだったんだね)

少女「よいしょ…っと」ボフン

少女(あ、シャワー浴びないと…。それに、制服のまま寝たらだめだよね)

少女(でも、昨日の衣装…は、もう着たくないなぁ。できれば二度と…)

少女(とりあえず、シャワー…)ガチャ

少女「…あれっ」

少女「なんだろう、これ」

少女(籠の上に包み…?)

少女「…」パサッ

少女「う、うわっ…。ネグリジェだ!すごい!かっ、可愛い!」

少女「…サイズも、ぴったりだー」ピト

少女(まさかこれ、ご主人様が…?)

少女(いやいや、一人じゃ街まで出れないよね?じゃあ、召使さん…も、仕事あったし)

少女「…」ヒネリ

少女(でも、ありがたいなぁー…。お礼、ご主人様に言わなきゃ)

……


少女「ふー、すっきりしたぁ」

少女(温かいお風呂なんて本当に久しぶりだなぁー)

少女「…ふふっ、お布団温かくて気持ちい」スリスリ

少女(本当、こんなに至れりつくせりでいいのかなぁ。…不安になっちゃう)

少女「…」ゴロン

少女「……ふぁ」

少女(…おやすみなさい。明日も、頑張ります…)

……


「寝ちゃった?」

「うん、寝てる寝てる」

「あ、見てごらん!俺たちが運んだ服ちゃんと着てるよ」

「本当だ!嬉しいな」

「やっぱり可愛い。ふわふわしてる」

「おいっ、あんまり触っちゃだめだぞ。起きちゃうだろ」

「さぁ、早くはさみを持って来て」

「あれっ、何するんだっけ?」

「だから、この子の髪を切るんだよっ」

「そっかそっか。ご主人の命令だったね」

「そうだよ。さあ、さっさと切ってしまおう」

「綺麗な髪の毛、切ったらもったいないよ?」

「でもやらなきゃ。怒られちゃうぞ」

「それもそうだね。しょうがない」

「しゃきしゃき、しゃきしゃき」

「はい、切りました」

「よし、それじゃあ撤退するぞ」

少女「…ん」

少女「…う…ん」

ゴロン

「わわっ!動いた!」

「いそげっ、いそいで逃げろっ」

「さぁ、ご挨拶しなきゃ」

「さよなら少女」

「髪切ってごめんね」

「また明日ね」

少女「……」スゥスゥ

…キィ

バタン…

少女「…ん…」スゥ

……


少女「ん…ふぁ…」ゴロン

少女「…ん、朝かぁ」

少女「…ふぁあ…」ノビ

少女「…うわっ、すごい寝癖!」

少女(…なんで?ここの一箇所だけ…。角みたいになってる)

少女「…早く直さなきゃ。また怒られちゃう」グシグシ

少女「…おはようございます」

青年「…ああ」

召使「おお、お早うー」

少女「今から朝ごはん作りますね。少し待っていてください」タタタ

青年「…」ムスッ

召使「どうしたんすか、機嫌悪いすね…。目に隈あるし」

青年「寝不足だったんだ。放っとけ」

召使「寝不足って…まさか、また」

青年「だ、か、ら、放っておけってば」

召使「うっ…。もう、心配してるのに」

少女「…あのー、すみません」

青年「あ?」

少女「そ、そのっ…。お砂糖知りませんか?砂糖壺ごと無くなってて…」

青年「知るか」

召使「いやあ、ちょっと分からないなぁ」

少女(おかしいなぁ、昨日の夜には台にあったのに)

青年「砂糖なんかなくてもいいだろ。早く持って来い。腹が減った」

少女「はい、只今っ」バタバタ

青年「……チッ、あいつらか」ボソ

召使「あーあーあ。だから止めておけば良かったのに」

青年「うるさい。行商人にでも、砂糖を頼んでおけよ」

召使「はいはい…。まったく、困ったものですねー」

青年「…」ムス

……


青年「ごちそうさま」キィ

少女「はい。お味、どうでしたか?」

青年「お前、食事のたびにそれ聞くわけ?だから、普通」

少女「そうですかー。じゃあもっと頑張りますっ」

青年「…何なんだ、気持ち悪い」

青年「じゃあ、仕事サボるなよ」キィ

少女(昨日も思ったけど…。ご主人様って、昼間何してるんだろう)

召使「じゃあ、今日も気張っていきますか」ポン

少女「はいっ。…今日は、その、おしゃべりもたくさんしましょうね」

召使「あはは、昨日の真面目さを今更気にしたか」

少女「えへへ…。召使さんと喋るの、楽しいからです」

召使「!そ、そうかなぁー?」

少女「はい!こんな楽しいお仕事、初めてです」

召使「そっかそっかー。はは」

少女「…そういえば、召使さん」カチャカチャ

召使「うんー?」

少女「ご主人様って…昼間はなにをしてらっしゃるんですか?」

召使「ああ、あの人か…。気になるの?」

少女「は、はい…。全然見かけないですし」

召使「まあ大体は、温室にこもって本を読んでるってかんじだよ」

少女「そうなんですか…。ああ、だから昨日も書庫に…」

召使「そうそう」

召使「羨ましいかぎりだよー。自由気ままに生活できるんだからさ」

少女「…あれっ、お仕事は?」

召使「ああ、してない…っていうか、できないよあの体じゃ」

少女「えっ…。でも、こんなに大きなお屋敷に」

召使「ああ、それは複雑な事情がありましてねー」

召使「まあ彼の両親がもともと、権力者だったんだけど。子供のころに亡くなっちゃってね」

召使「ほんで、父親の弟にこの家ごと引き取られちゃったわけ」

召使「もともととっつきにくい性格だったから、ご主人様ったら全然なつかないの」

少女「あはは…。なんか想像できます」

召使「結局可愛がられることもないまま、ここに放置。金銭援助だけ、って感じだな」

少女「そうなんですか…。寂しい方なんですね」

召使「いやー?そうでもないかもよ」

少女「…?」

召使「あっ、その…。本が友達みたいな男だからさぁ。ははは」

少女「なるほど」

少女「でも、ご主人様のことよくご存知なんですね」

召使「ああ、まあ腐れ縁だからねー」

少女「いいなぁ…。私、ずっと付き合ってる友達なんかいないし」

召使「友達って…。あはは、おかしな表現」

少女「う…。でも、何だかんだ言って中が良さそうじゃないですか」

召使「よせやい、照れるよ…。っと、洗い物終わったね」

少女「あ、本当だ。これで最後ですね」カチャ

召使「んー、じゃあ暫く暇だなあ」ノビー

少女「そうですね…」

召使「んあー、眠い…。俺、昼寝してきていい?」

少女「はい、どうぞ」

召使「あんがと。少女ちゃん、屋敷を探検するなり、自由に過ごしていいから」

少女「そうします!」

少女(…えっと、とは言ったものの…。何しようかな)

少女(昨日みたいに迷子になっちゃうのも嫌だし…)

少女「…良い天気」

少女(中庭でもお散歩してこようかな)

ガチャ

少女「…うーん、温かいー」ノビ

少女(本当、綺麗な庭だなぁ。誰が手入れしてるのかな?)

少女(花も、木も…。見たこと無いやつばっかりだ)

少女(…って、あっ!あの林檎の木、すごく大きい!)

少女(わあああ、あんなに実が生ってる…。お、美味しそう)ゴク

少女(…そうだ、これでアップルパイでもつくろうかな)タタタ

少女「えいっ、えいっ…」ピョンピョン

少女「ですよねー、届かないですよねー」

少女「負けるな、低身長っ…!うおお」ピョンピョン

「…何してんの」

少女「!」ドサ

青年「馬鹿みたいに跳ねて…。頭大丈夫?」キィ

少女「ご、ご主人、さま…」カァア

青年「そんなに腹減ってたのか?」ジト

少女「ち、違います…。あの、ごめんなさい。勝手に取ろうとして…」

青年「別にいいけど。腐るほどあるし…」

青年「…ふっ、まあお前の身長じゃあ、一個も取れないだろうけど」クス

少女「…う」

少女(…脚立でも持ってこようかな)

青年「…いくつ欲しいんだ」

少女「え?」

青年「林檎欲しいんだろ?いくつ」

少女「ご、五個くらい…です」

青年「はあ?一人でそんなに食うのかよ?すごいな」

少女「…!違いますっ。アップルパイを作ろうと思って…!」

青年「ふーん、どうだか。…おい、ちょっとあっち見てみろ」

少女「え?」

青年「ほら、あそこ。すごく綺麗な鳥がいるぞ。虹色のやつ」

少女「に、虹色!?どこですかっ!?」バッ

青年「…」キィ

少女「虹色の鳥って…!すごい、新種とかじゃないですか!?」キョロキョロ

少女「あれっ、見えないっ…。目立つはずなのに…」キョロキョロ

少女「虹色、虹色の鳥…!どこに…」

青年「いるわけないだろ、バーカ」

少女「…!」

青年「お前単純だな。騙されやすい」

少女「…ご、ご主人様ぁ…」クルッ

青年「そんなんだから、簡単に売られちゃうんじゃないのか?」ハァ

少女「!そ、そん」

青年「…ほらっ」ブン

少女「!わ、わわっ…」パシ

少女「えっ…。り、林檎が五つ…?」

青年「んー」

少女(ご、ご主人様が取ったの?あんな高いところにあるやつ…)

青年「何呆けてるの。ありがとうございます、は?」ジロ

少女「あ、ありがとうございます…でも、どうして」

青年「は?アップルパイ作るんだろ?食べたいから、協力してやったの」

少女「そ、そうじゃなくて…。こんな高い所にあるの」

青年「…」

少女「…」

青年「そうだな…」

青年「魔法。…魔法を使ったんだ」ニヤ

少女「…!」

少女「…ま、ほう?」キョトン

青年「ああ。そうだ」

少女「……魔法…!?」

青年「…っ、ふん。嘘に決まってるだろ、何だよその顔」

青年「木の下に丁度落ちてたんだ。見落とすな間抜け」

少女「な、なんだぁ…!びっくりした…」

青年「…こんな冗談に騙されるのか。ガキだな」

少女「だ、だって自然に言うんですもん!」

青年「…はあ、じゃあさっさと屋敷のキッチンへ行け」シッシッ

少女「う…」

青年「僕はここで静かに散歩したいんだ。お前が居ると邪魔」

少女「は、はい。ありがとうございましたっ」ペコ

少女「…」タタタ

少女(なんだ、案外優しいんだなー。いたずらっぽいところもあるし)

少女(…でも、この林檎。落ちてたって割には綺麗だな)

少女(……ま、いっか)タタタ

青年「…はあ。騒々しい」ムス



青年「…は?優しいですね?」

青年「馬鹿言え、見苦しいから手伝ってやったまでだ」



青年「…あーー、うるさいっ。お前たちだって、パイ食べたいんだろ?ごちゃごちゃ言うな」



青年「…チッ。くだらない」

少女「…♪」カチャカチャ

少女「さて、小麦粉と…卵と…」

少女「…しまった、お砂糖なかったんだった…」ピタ

少女(あああ、どうしよう。これじゃあ無味のパイに…)

カシャンッ

少女「!」ピク

少女(…調味料の棚から、音?)

少女「…?」チラ

少女「あっ、さ、砂糖壺ー!良かった、ここにあったんだ!」パァア

少女(…あれー?ここ、念入りに探したはずなんだけどなぁ)

少女「…う、確かに抜けてるかも。気づかないなんて…」パカ

少女(…減ってる?)

少女「…気のせい、かなあ」

少女「…?」

少女「…あ、早くパイ作らなきゃ」タタタ

少女「…よし、生地の上に卵を塗って…。あとは焼くだけ」

少女(久々に作ったけど、なかなか良い出来ですな)ニッコリ

少女「よいしょ…っと」カチャ

少女(オーブンに入れて、っと)

少女「はあ、疲れたぁ…。立ちっぱなしって案外辛い」ノビー

少女「…んー」ストン

少女(…ねむ)

少女「…」ゴシゴシ

少女「ん…っ」

少女「………」スゥ

……


「…ありゃりゃ、寝ちゃったよ」

「疲れてたの、きっと」

「大丈夫かなあ、気づいてないよね?」

「おさとうの入れ物、ちゃんと返したから大丈夫」

「うん。怒ってない怒ってない」

「…うわー、良い匂いだ」

「あの子、料理上手。俺、見てたもん」

「アップルパイ、アップルパイっ」

「でも、このままオーブンの中だと、焦げちゃうよ?」

「そりゃ大変だ!」

「パイがまずくなっちゃう!」

「どうする?起こす?」

「だめだよ!見つかっちゃう」

「でも、パイがぁー」

「…よし、じゃあ俺たちでなんとかしよう!」

「オーブンを止めるの?いいねいいね!」

「賛成!早くしなきゃ黒こげになる!」

……

少女「…ん」

少女(…あ、良い匂い)クンクン

少女「……って!?」ガバッ

少女「ねねね寝ちゃった!どうしよう、パイがっ…!」バタバタ

少女「…うわああ、焦げ…」

少女「てない」

少女(あ、あれ!?)

少女「ど、どうして…。しかもすごく良いきつね色」

少女(そんなに寝てないのかな?…いや、もう夕方だ)

少女「…」

少女「…ま、オーブンとパイが無事だからいいか」

少女「変なの…」ヒネリ

召使「おー、おつかれちゃーん。良い匂いだね?」

少女「あ…召使さん。今アップルパイ焼いたんですよ」

召使「うわっ、美味しそう…」ゴクリ

少女「おやつにどうぞ。あ、ご主人様にもお出ししなきゃ」

召使「ああ、俺が持っていこうか?」

少女「いえっ、私が運びますよ!」ガラガラ

少女(冷めないうちにお出ししなきゃ!)タタタ

召使「おーい、そんなに急がなくても。転んじゃうよ?」

少女「大丈夫です!」

召使「そ、そこ階段の近くだからよそ見したら危な」

少女「あ」グラッ

召使「!!!」

少女「きゃっ…!?」

少女(…あ、れ)フワッ

少女(…階段。近づいて…くる?え?)

少女(…落ちて、る?)

召使「……っ!」ダッ



ガシャンッ!

少女「……」ギュ

少女(…あれ?)

少女(い、痛くない!何で…)

召使「……セーフ…」

少女「!め、召使さん!?あれっ、どうして私の下に…!」

召使「大丈夫か?怪我、ない?」

少女「なっ、ない!ないですっ!召使さん、あなたは!?」

召使「いや、俺も大丈夫。ったく、ヒヤヒヤしたぜ」

少女「お、重いですよね!?ごめんなさいごめんなさいっ」パッ

召使「あはは、全然!軽いね君、ご飯食べてる?」スクッ

少女(す、すごい…!あんな所から落ちた私の下敷きになったのに。ケロっとしてる)

召使「あーあ、パイ落ちちゃった。一切れ無駄にしちゃったな」

少女(パ、パイはぐちゃぐちゃ…。結構な落差だったんだ)ゾッ

召使「もー、気をつけろって言っただろ。このおちゃめさん」コツン

少女「い、いたっ…。ごめんなさい…」

少女(…あれ?でも、キッチンからここまでって…)

召使「さあ、運びなおそうかー」

少女(…結構、距離あるよね?)

少女「…」ジッ

召使「ん?どうした?」

少女「い、いえっ…。何でもありません」

少女(全力疾走したら、おいつく…かな?)

召使「…」

今日はここまでです。ありがとうございました

……


コンコン

召使「おーい、ご主人様ー。おやつですよー」

「…入れ」

召使「はい、失礼しまーす」ガチャ

少女「美味しく焼けましたよ」ガラガラ

青年「…」クンクン

青年「…ふーん」

少女「どこに置いておけばいいですか?」カシャ

青年「…そこのテーブルにでも」

青年「…っ」バッ

少女「?」

青年「…ごほっ…。置いておけ…」

召使「あらら、咳が出始めましたね」

青年「放っとけ…。ごほっ…」

少女(本当だ。それに顔色が悪い)

召使「まさかご主人様…」

青年「ちょっと外に出たからだ。関係ないだろ…」

少女「あの、温かい飲み物でも持ってきましょうか?喉に良いと思いますよ」

青年「…いらない」ムス

召使「まあとにかく、悪化したら色々面倒なんで気をつけてくださいよー?」

青年「うるさいな、分かってるよっ…。ごほっ」

少女(大丈夫かなぁ…。心配)

青年「おい、いつまでいるんだよ…。人がいたら咳が悪化しそうなんだけど」

少女「あっ、ごめんなさい。今すぐ戻ります」ペコ

召使「…少女ちゃん、ちょっと先に帰ってて」

少女「?…は、はい」ガチャ

バタン

召使「…ご主人様ー」ジロ

青年「…はあ。何だよ」

召使「言い逃れは許しませんよ。その咳…。また使いましたね」

青年「だから何」

召使「だから何?じゃないですよ!あなたねぇ、体によくないとあれほど…」

青年「僕が何しようが勝手だろ。口つっこむなよ」

召使「いーえ、俺は心配でたまらんのです。言ってください、何に使ったんですか」

青年「…」ムス

召使「言 っ て く だ さ い」

青年「…林檎。林檎をとるのに、使ったんだよ」

召使「はぁあ?林檎ぉ?」

青年「ああ。あの新入り女が無様で見てられなかったからな。手伝ったまでだ」

召使「…そんなことに使ってはいけませんよ」

青年「余計なお世話だ」

召使「俺、本当に心配なんですよ。ご主人様が日に日に弱くなってるようで…」

青年「子供じゃあるまいし、自分の体のことくらい自分で分かる!」

召使「でも…」

青年「黙れっ。もういいから出て行けよ!」ガンッ

召使「…」

青年「出て行けっ。どうした、主人の命令が聞けないのか?」

召使「…失礼します」ガチャ

バタン

青年「…はあ、うるさいやつ」

青年(僕の体が弱くなってる?そんなわけあるか!馬鹿が)

青年(…でも、早く治さないといけないことに変わりはない)

青年(……あの女。あいつがきっと、頼みの綱になる…。それまでの辛抱だ)

……


少女「…ん」ゴロ

少女「……」スゥ、スゥ



トタタタッ

「大丈夫、ぐっすり眠ってるね」

「早く早くっ。お仕事お仕事」

「さっさと済ませて、アップルパイ食べよう」

「よいしょ、よいしょっ」

「オーケー、ベッドに潜入した」

「今日は昨日よりもむずかしい作業だね」

「うん。ご主人様は、手のつめが欲しいんだってさ」

「どれくらい?」

「ふたかけら。よし、じゃあ切っちゃうよ」

「俺が手を持つから、ふたりはパッチンしちゃって」

「りょうかーい」

「うんしょ、うんしょ」

「気をつけてね、起きちゃうかも」

「ふふ、お手手ふにふにできもちいいな」

「真面目にやらなきゃっ」

「はいはい。ほら、切っちゃえ切っちゃえ」

「よし、せーのっ」

「せぇのっ」

パチンッ

少女「…」モゾ

「ばかっ、音が大きい!」

「しょうがないね、爪きりだもの」

「はい、ひとつゲットしたよ」

「じゃあこっちの爪だ!早く切って」

「うん、切るよー」

「切るよ、って…うわ!!」

ボフンッ

少女(…ん?)

少女(なに…?手が、こしょこしょする…?)

「なにやってんだ!起きろ起きろっ」

「いたいーー。ずっこけちゃったー」

「あわわ、大丈夫なの?」

少女(…え?)

少女(な、なに?この声…。え?)

「さっさと切っちゃえ!」

「分かった、さあ、爪きりもって」

「うう…。いたいよー」

「はい、ぱっちーん」

パチンッ

少女(え)

少女「うわぁああああああああっ!!?」ビクッ

「「「!!!!!!!!?」」」

少女「なっ、何っ!?手、手がっ…!」ブンブン

「やっ、やばいっ。起きちゃったよ!」

「いやぁあああああ逃げろぉおおおお」

「ま、待って!待ってよぉおおおお」

トタタタッ

少女「だ、誰っ!誰かいるんですかっ!?」

トタタタッ

少女「」

少女(つ、爪きりが走ってる!!?)

「はやくっ、はやく走れっ」

「うわぁあああごめんなさいねぇええ」

「悪気はなかったんだよぉぉおお」

少女「…」ポカーン

少女「…!」

少女「ま、待って!待ってください!」ダッ

少女(ろ、廊下に出たっ!)タタタ

「うわあああ追いかけてくるよおおお!?」

「巻け!まけまけぇええ!」

少女(ど、何処に行くんだろう?捕まえなくちゃ…!)タタタ

トタタタッ

バタン!

少女「!そ、外…!?」

「あともうちょっとだよ!はやくはやくっ」

「つ、疲れたぁああ」

「おんしつまで行けば大丈夫っ!」

少女「…はぁ、待って!待ってってばぁ!」ハァハァ

少女(この先、って…!確か…)

ギィ

少女「…」ピタ

少女(温室、だ…)

カランッ

少女「!」

少女(爪きり…!落ちてる)ヒョイ

「よかった、逃げ切れたね!」

少女「!」ビクッ

少女(爪きりが喋ってる…んじゃない?まさか…)

少女(…温室の向こうから、同じ声がした…)

少女「…」ゴクリ

少女(…気になる)

少女(けど、温室は入ったらいけないって…)

少女「…」ソッ

ギィ

少女「…嘘、扉開いてる…?」

少女「…」ゴクッ

少女(…入りはしない。覗くだけなら、いいよね…?)

少女(…)ドキドキ

「ご、ご主人様ぁー!」

「死ぬかと思った!死ぬかと思ったぁああ」

「ううっ、びっくりしたよぉお」

少女(…うわ、すごい植物の数…!よ、よく見えない)モゾ

「…遅い」

少女(…あ、れ。この声は…)

「爪を取ってくるだけだろうが。どうしてこんなにかかるんだ」

少女(…見えない、見えない…!)モゾモゾ

「で、でも大変だったんだよ!?」

「女の子、もぞもぞーってして!」

少女(あ、見え…)

「逃げてくるの大変だったんだから!」

「はぁ?おいっ、まさか…!」

少女「…!?」

カランッ

青年「!?」バッ

少女(な、なに、あれっ…)

青年「…おいっ、誰だ!そこに誰かいるのか!?」キィ

少女(ど、どうしよう!爪きり、落として…!)

青年「…少、女?」

少女「!」ビクッ

青年「……お前」

少女「ご、ご主人、さま…」



青年「……見たな」

少女「……」ガタガタ

青年「…はぁっ…」

青年「おいお前等!やっぱり着いてきてるじゃないか」

「「「ご、ごめんなさぁああいっ」」」

少女「ご、ご主人様…そ、それ、何ですか…!」

少女(ち…)

少女「ち、ちっちゃい…!?」

青年「ああ。小さいな」ムスッ

少女「…」ポカン

青年「小人だ、小人。お前も童話か何かで知ってるだろ」

少女「こ、こびとぉ…!?」

赤小人「えへへっ、こんにちわっ」

青小人「こんばんわ、じゃないのかー?」

黄小人「見つかっちゃった、見つかっちゃった」

少女「…な、な」

青年「ったく…。のんきなものだな」

青年「おい、こっちへ来い」

少女「……」

青年「…来いってばっ」グイ

少女「きゃっ…!!」ヨロ

青小人「あああ、女の子に乱暴はよくないぞっ」

青年「うるさいっ。…くそ、お前のせいで何もかも台無しだ」ジロッ

少女「ご、ごめんなさい…。わ、私…」

青年「…」

「おーい、ご主人様ー。頼まれた器具もって来ました…」

少女「!」ビクッ

召使「…Oh」

青年「召使、このチビどものせいでこのざまだ」

赤小人「うえええ、ごめんなさいー」

青年「謝って済む問題じゃないっ」

召使「しょ、少女ちゃん…」

少女「…」

少女(ど、どういうこと。小人!?そんなの、いるわけ…)

青年「畜生っ……、今まで上手くいってたのにっ!どうしてくれるんだよ!」バンッ

黄小人「ひぇえっ、許してくださいい」

青小人「オシオキは、オシオキは勘弁してくださいぃいい!」

少女「…ちょ、ちょっと待ってくださいっ」

青年「…あ?」

少女「だ、駄目ですっ。この子達に可哀相な事しないでください!」

青年「…!」

少女「わ、私が…!近づくなって言われてたのに、ここに入っちゃったのがいけないんです!だから…」

青・赤・黄「…う、うわあぁああ!少女ちゃああん!」ダッ

少女「ご、ごめんねごめんね!私のせいで!怖かったね!」ダキッ

召使「…」

青年「…」

少女「お叱りなら私が受けますっ!クビでもいいですし、勿論、誰にも言いませんしっ…!」

青年「…おい、どう思う」

召使「異常ですね」

少女「泣かないで、もう大丈夫だからねっ」ギュウ

召使「いやいやいやいや、おかしいでしょこの順応能力!!」

青年「…お、お前何なんだ」

少女「え?」

青年「こいつら、怖くないのか!?小人だぞ、小人!」

少女「な、何が怖いんですか?こんなにちっちゃくて可愛いのに」

赤小人「かわいいって…うふふー」

青年「…嘘だろ」

召使「そ、そんなすんなり受け入れて…」

少女「そ、それは…。びっくりはしましたけど」

少女「ちゃんと触れるし…夢でもないですよね?ほらっ」ギュウ

青年「…」

少女「そ、それで…私、クビですよね?」

青年「いや、駄目だ」

少女「え?」

青年「誰がクビなんかにするか、こんな奴」

青年「…お前は、逃げたいとか思わないか?気味が悪くないか?」

少女「きみがわるい…?にげたい…?」

青年「ああ、もういい。全く、意味が分からないなお前はっ」

青年「いいか、よく聞け!ここは噂されてるとおり、化け物ばっかりいる屋敷だ!」

青年「まともな人間なんて誰一人いないんだ!僕も、召使も、こいつらも!」

少女「そ、そうなんですか…」

青年「はぁああ!?たったそれだけの反応か!?」

少女「す、すみませんっ」

召使「お、落ち着いてください、ご主人様っ」

青年「…はぁ、はあっ…」

召使「えっとね、少女ちゃん。さっき言ったとおり、ここは人間じゃないものばっかりの所なんだ」

召使「そのー…。騙しててごめん」

少女「い、いえ。別に気にしません」

青年「だから何で気にしないんだよっ。馬鹿か!」

少女「な、何で怒られてるんですか!?」

召使「あはは、スゲー!少女ちゃんすげええ」ゲラゲラ

青年「…っはあ…」

青年「おい、正気かお前…。普通こんなの逃げ出すぞ」

少女「何で逃げる必要が…?だって、怖いものじゃないんですよね?」

少女「ご主人様だって、召使さんだって…。悪者じゃないんですよね?だから大丈夫ですよ」

青年「…」

青年「…何なんだよ…」

少女「それにクビじゃないんなら、ここにいなきゃいけませんし…」

青年「はいはい。もう分かったっ…」

青年「…頭痛い」

少女「す、すみません…」

青年「もういいっ。気にしてないなら、もう帰れっ。寝ろ!」

少女「は、はいっ。勝手に入ってすみませんでした!」ペコ

青小人「あ、帰っちゃうのー?」

赤小人「おやすみー」

黄小人「良い夢をー」

少女「……」タタタ

……


青年「くそっ、何なんだよあの女!頭おかしいんじゃないのか!」

召使「もんのすごいアッサリ受け入れてましたよね…。いやぁ、素直」

青年「…はん、分かんないぞ。いまごろ荷物を…」

召使「さっき部屋覗きましたけど、熟睡でしたよ」

青年「…」

召使「どういう教育したらあんな子になるんでしょう」

……


少女「…ん…」

「あ、起きる起きる!」

少女「…うん?」パチ

青・赤・黄「おはよお、少女ちゃーん!」

少女「…うわっ!小人さんたち!」

少女「起こしにきてくれたの?ありがとー」ニコ

少女「おはようございまーす」ツヤツヤ

青年「…」ジト

召使「おう、おはよー」

少女「小人さんたちが起こしてくれましたっ。優しい子達なんですね」

青年「…頭の検査したほうがいいな」ボソ

少女「じゃあ、朝ごはん作りますね!ちょっと待っていてください」

青年「…」ムスッ

青年「…」チラ

少女「あっ、赤君、こしょうとってもらって良いかな?」

赤小人「了解ー」パッ

少女「ありがとう。あ、黄君そこにいたら危ないよっ」

青年(…自然に会話してる…)

少女「皆働き者なんだねー。えらいえらい」

青・赤・黄「えへへー」

少女「…はい、召し上がれ」

召使「いっただきまーす!」

青・赤・黄「いただきまぁああす」

青年「…」

青年「おい、朝食が終わったら僕につきあえ」

少女「え?」

青年「いいから。今日は何も仕事はしなくていい」

青年「…説明してやる。ここのこと」

……


少女「え、えっと…」

青年「何ボサっとしてるんだ。車椅子押せよ」

少女「は、はい。失礼します」キィ

青年「そのまま温室に向かえ」

少女「えっ、いいんですか…?」

青年「もうここまでバレたら隠す必要もないし…。もういい」ムス

=温室=

少女「うわ、すごい…。綺麗な植物がたくさん」キィ

青年「…これ、僕と小人が育てたんだ」

少女「えっ、すごいですね…!あれなんか、見たことない色の…」

青年「ああ、もうっ。ベラベラ喋るな!車椅子押せ!」

少女「は、はい!」キィ

青年「…この、中央のところまで押して」

少女「分かりました」

少女(…ガラスの天井から光が漏れて綺麗だなぁ)キィ

青年「…ここ、気に入ったのか」

少女「はい。温かくて、綺麗で…落ち着きますね」

青年「そう。…珍しいな」

少女「静かなところって、好きです。何も考えなくていいから…」

青年「なにそれ。暗っ」

少女「…!」ガーン

青年「本当のことだろ」

青年「…僕も、まあ人のこと言えないけどね」

少女「ご主人様は暗くなんてないですよ!」

青年「嘘だね。誰がどう見たって根暗だろ」

少女「少ーしぶっきらぼうなところがありますけど…。楽しい方だと思いますよ」

青年「はあ?あんた、ろくな奴と付き合ってないんだね」

少女「えへへ…。そうかもしれません。お友達とかもいないし」

青年「…ふーん」

少女「喋る相手といえば、お父さんぐらいでしたから」

青年「何それ…よく笑いながら言えるね」

少女「あはは、確かに」ケラケラ

青年「…」

青年「…僕も、友達いなかった」

少女「え?」

青年「……小さい頃から、変わった子だって言われてたよ」

青年「何考えてるか分からない、気味の悪い子だって」

少女「そ、そんな」

青年「僕も最初は何でそう言われるのか分からなかったし、困惑した」

青年「でも、ある時ふと気づいたんだよ」

少女「…な、何にですか」

青年「僕は人と違う。人には見えないものが見えて、できないことができる」

少女「…!」

青年「赤ん坊の頃から変なものが見えてた。離れたところにある玩具が念じれば手の中だった」

少女「えっ、えっ」

青年「…魔法、っていうのかもな。知らないけど」

青年「僕のそういった異常さを、周りは怖がってた」

青年「…僕も、同じ力がない人間をつまらないと感じるようになった」

少女「…」

青年「だから友人なんてできなかった。ま、いらないけど」

少女「で、でも召使さんとか小人さんとか」

青年「あいつはただの僕の手下だろ」

少女「…む」

青年「まあ、そんなことはどうでもいいや」

青年「僕は結局、異常者だったわけだ。しかも厄介なことに、魔法は体力を削るものだった」

青年「それでこの有様。笑えるだろ」

少女「胸の病気じゃなかったんですか…」

青年「どっちでも一緒だろ。面倒なことには変わりない」

青年「僕はこの貧弱な体だけは嫌でたまらないんだ」

青年「だから、大分昔から治す方法を調べてきた。…どうやら、アテはあったようだ」

少女「それは良かったです!アテって、一体何…」

青年「止めろ」

少女「は、はい!」キッ

青年「…これ」

少女「はい?」

青年「だからこれ。植木鉢の中」

少女「う、植木…鉢…?」チラ

少女(え…。植物の芽?)

青年「これがアテ」

少女「こ、これがですか!?へぇー…。ただの植物の芽に見えますけど…」

青年「違うっ。この花は万病に効く薬なんだよ」

少女「な、なるほど…!」

少女「じゃあ、花が咲くの楽しみですねっ」ニコ

青年「咲かない」ムス

少女「え」

青年「こいつを手に入れて5年になる。なんとか芽は出た…。でも、ただそれだけ」

少女「ごっ、5年!?枯れてるんじゃないですかこれ!」

青年「そう見えるんなら眼医者に行った方が良いな」

少女「た、確かにツヤッツヤですけど…」

青年「何やっても反応がなかった。…どんな本にも花を咲かせる方法は載ってなかった」

少女「も、もったいない…!もう少しなのに」

青年「しかしな、最近見つけたんだ」

少女「!」

青年「それがお前」

少女「え、は、はあ?」

青年「古い本にこういう記述があったんだ。『魔女との接触により、花は開く』って」

少女「ま、まじょ??」

青年「魔女が心と体を尽くして世話したら、花は咲くんだと」キィ

少女「…」ポカン

少女「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。魔女って、私がですか?」

青年「ああ」

少女「な、ないないないっ。違いますっ!私、ごく普通の人間です!!」

青年「自覚はなくても魔女の血は引いてるんだそうだ」

少女「ぜ、絶対違いますよっ!第一、何をもって私が魔女だって…」

青年「…その、火傷」

少女「や、火傷?」

青年「ああ。南の地方にいた魔女は、生まれた時から右腕に火傷があった」

少女「み、南…。確かに出身地ですけど」

青年「そういうことだ」

少女「どういうことですか!?ありえません!」

青年「そう思うか?けどな、確かにお前は魔女の血が入ってるんだ」

青年「…お前の髪と爪を拝借させてもらった。そしたら…」

少女「か、勝手に何をしてるんですか!?」

青年「チッ…黙って聞けよ。お前の髪と爪を肥料に混ぜてみたんだ」

青年「そしたら、植物が少し成長してた」

少女「!」

青年「もうこれは確信だ。お前は魔女、僕の探してた魔女なんだ」

少女「…そ、そう言われても」

青年「なあ、何か心当たりはないのか?この花を咲かす方法」

少女「な、ないです。全然…」

青年「だと思った。使えない」ムス

青年「…まあ、いいや。古文書を読み解いて、方法を探せば良い…」

青年「…お前、この花を咲かせろ」

少女「は、はい!?」

青年「命令だ。どうにかして花を咲かせるんだ」

少女「そ、そんな…!できませ」

青年「主人の命令は絶対。学のないお前でも分かるだろ」

少女「…!」

青年「安心しろ。花さえ咲かせたらお前は用なしだからさ…。さっさと家に帰してやるよ」

青年「そういうわけだから。出来るよな?」

少女「…」

少女(花を咲かせたら、ご主人様のお役にたてる…。私でも、誰かの役にたてる)

少女「…や、やります。やってみます!」

青年「…あっそ。じゃあ頑張れ」キィ

少女「…は、はいっ!」

……

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