澪「見えないとこでダンスするんです」バッ (17)

けいおんSS

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律「ん? ほら、見てみろよ澪! あそこの店の看板この前と変わってないか? あの奥のやつ。ほら…………って、なんで片膝だけ上げてるんだ?」

澪「ん、ちょっと脚が痛くて伸びしたんだ」

律「ふーん。でさ、あそこの店また変わったのかな? あそこの店ってよくコロコロ変わるよな」

ふう……危うく律にバレてしまうところだった。油断しちゃいけない。一瞬の遅れが破滅につながる。
バレてしまえば、全てが終わってしまう。私は内心安堵した。

私には誰にも言えない秘密がある。パパやママ、律にも言えないことだ。それは何か。
「人に気づかれないように後ろでダンスすること」だ。この隠れた趣味は二年になった頃から始まっている。
対象者に絶対に気づかれていない(周囲の無関係の人も含む)、または他の何かに注意が行っていると私が確信すると、バレないようにこっそりと背後でダンスしている。
今さっき、律が向こうの看板に注意が向いていた時なんかがいい例だ。

みんな私がそんなおかしな行動をしているなんて、想像もつかないに違いない。
このバレるかバレないかの際どいスリル感が私には怖くもあり、奇妙な楽しさでもある。
その心地よさのせいで、三年生になった今もブレーキを踏まずにいる。

ある日の帰り道

唯「今日のお菓子もおいしかった~♪」

梓「もっと練習しましょうよ!」

紬「まあまあ。みんなでおしゃべりするのも楽しいから、ねっ?」

梓「それはそうですけど……」

律「梓もすっかりお茶会に馴染んだよなー」

梓「……私たち何部ですか?」

ふふふ……今日は後ろのポジションに付くことができた。律、ムギ、唯、梓が前を歩いている。
ダンサーが一人だけとはいえ、このポジション争いは某アイドルにも負けないくらい重要なことだ。
悪いな梓……私も練習量が少ないことは不満だし、もっと練習できるようちゃんと言うべきなんだろうけど、私は新たな昇華方法を発見したんだ!

みんなの背後で私はタップダンスを踊り始めた。
静かでありながら、すばやくステップを踏むこの高等テクニック。トトトと気持ちの良い音が鳴る。
さらに高速にステップを刻みながら回転し、前後するこの躍動感!
みんな私のこの奇行に気づいていない。思わず手拍子でもしたくなる。

ヘーイ、ヘーイ、カムウィズミー!

梓「澪先輩からも何か言ってくださいよ! ……澪先輩、どうしたんですか?」

澪「あっ、ああ、ごめん。靴が脱げちゃって……」

またバレなかった。実際に、靴が脱げてしまったという状況作りも忘れてはいない。
いきなり梓が振り向くということはもちろん考慮に入れていた。その辺りにも油断はない。
もちろん、梓の期待しているセリフも忘れずに。

澪「特に唯は忘れっぽいんだから、もっと練習しないといけないぞ。律もドラムがいつも走るんだから。本番までにきっちりと仕上げないとだめだからな」

唯律「ぶー!!」

紬「またお菓子持って来るから練習がんばって!」

梓「ムギ先輩は甘やかしすぎですよ……」

……さっきの惜しむべく所はこじんまりした踊りになってしまったことだ。もう少し大胆に踊ってもだいじょうぶだと思う。
明日もスキを見つけてがんばろう!

放課後 部室

梓「あっ、ケーキ一つあまりましたね」

紬「さわ子先生、今日はいらないんだって」

おっと……。

唯「じゃあ、私ほしい!」ビシッ

律「私もほしいっ!」ビシッ

紬「わたしもっ!」ビシッ

唯「じゃあ、ジャンケンだね!」

これはもしかしてチャンス到来かもしれない。
私の胸が静かに高鳴り始めた。

梓「……わかりました。受けて立ちましょう」

律「澪もジャンケンするだろ?」

澪「うん」

僥倖到来、感謝感激暴風雨だ!
既に第六感が私に出す手を指示している……。
私が出すべきは……『パー』だ。
“いきなり始まるジャンケン”でよく出されるのはグーだ。緊張と不安で思考が追いつかず、そのまま無策にも握り拳を振り下ろしてしまうことが多いとされる。それならパーを出せば勝負がつく。
しかし、これはみんなの共通理解だ。あまりにも有名。周知の事実。
それを承知した上で、勝ちたがるみんなが出すのはずばり『チョキ』。これはもう熱々の鉄板だ。
結局は確立論……とはいえ、人間のその傾向は見過ごせない。

……ここで重要なのは、私が『勝ちたがっていない』ことだ。ケーキは確かに惜しい……。
だけど、それ以上に重要なのは私が『みんなに気づかれないように踊りたがっている』というこの圧倒的現実。
ここは負けないといけない。故に出た結論『パー』。
律に参加を促され、返答するまでの僅かな一瞬でこの結論に至った。我ながら恐ろしい執念。人見知りとジャンケンのコンビから生まれた悲しい能力だ。

唯「よーし、いくよ! さいしょはグー」

律「ジャンケン!」

紬「ぽんっ!」

唯「……あっ」

梓「澪先輩の一人負けですね……」

思い通り!
試合には負けたけど、勝負には勝った!

律「まあまあ、澪はダイエット中だからちょうどよかったんじゃないか?」

澪「うるさいっ!」

律「澪が怒ったぞ~!」

良いタイミングでからかってくれた律、ありがとう!
あまりにもゴールデンルートな展開で思わず笑い出しそうになってたんだ。今の“怒ったフリ”で何とかごまかせた。いや、半分は怒ったか。
とにかく……

唯「一人減ってまた勝負!」

紬「なんだか緊張するわ……」

ムギ、私も緊張するよ。
よし、みんながジャンケンしている隙にこっそり後ろに回って……。

唯「ジャンケンぽんっ! あいこでしょ! あいこでしょ!」

うまい具合にあいこが続いている。自ら狙ったとはいえ、さっきのジャンケンはまるで私が一人ハメられたみたいだ。
気配を殺してムギの背後に回った。梓もジャンケンに集中していて、私の行動にまるで気づいていない。
さっきから私に追い風が吹いている。調子に乗りすぎて吹き飛ばされないようにしないと。

律「あいこでしょ!」

紬「あいこでしょ!」

梓「あいこでしょ!」

さあ、右腕をあげてダンス開始だ!
ステップを踏んで、まるで羽のように静かに軽やかに回転した。
それから右手を顔に当て、膝を曲げながら腰をかがめる。そして、前後に小刻みに移動しながら左手は空高く伸ばす!
みんなジャンケンに夢中でまったく気づいていない! やった!
これなら……高難易度の『ソーラン節』が成功するかもしれない……!

律「あっ!」

澪「!!」

律「……っとあいこか。見間違えた。あいこでしょ!」

……驚かすんじゃない!
それにしても神様が味方でもしているのか、あいこが連続して続いている。
この機を逃すわけにはいかない! 頭の中でBGMを再生を開始した。

姿勢を低くしてから、踊り始めた。
私は荒れ狂う波になった。網を引く屈強な漁師になった。
腕を懸命に振り、全力で網を手繰り寄せた。波になんて負けない! 私は今や漁師になりきっているんだ!

ヤーレン、ソーラン、ソーラン!

みんなはまだ気づいていない……北海の大海原と一体化しつつある私に気づいていない。このまま踊り切ってしまおう!

ハードッコイショ、ドッコイショ! ソーラン、ソーラン!

私はしあわせだ……。こんなに激しい踊りをしているのに、バレていない。気づかれていない。
そんな至福のひとときを味わっていたその時、

コンコン ガチャ

和「おじゃまします」

澪「えっ」

和「生徒会で軽音部に……え」

唯「あっ、和ちゃん!」

律「ああ、和……って、澪……お前何してるんだ……?」

澪「へ?」

和を含む五人の視線が私を串刺しにした。
私は腕を組んで、両足を肩幅いっぱいにまで広げた状態で固まってしまっている。
バ、バババババレてしまった!

澪「あっ、いや、あの……そのだな」

不覚だった! 正面の四人に気を取られて、背後がお留守になってしまっていた!
まさか、和に背中を刺されるだなんて……。

唯「澪ちゃん、それ何のポーズなの?」

澪「…………」

律「澪……?」

あまりにも苦しい状況だ。ここは素直に負けを認めよう。

澪「ひ、一人で……ソ、ソーラン節踊ってた……」

律「はあ?」

和「なんでまたそんなことを……」

唯紬「澪ちゃん……」

梓「澪先輩……」

澪「うっ……」

隠しても仕方ない。それにもう恥の上塗りをしたくなかった。
私は目を瞑って、降参宣言をした。




和「……バレないように踊るのが楽しかった、ということなのね」

澪「……はい」

和に詰問されるのはつらかった。いっそ、笑い飛ばしてくれた方が楽だったかもしれない。

和「なるほど……問題は『何が澪を奇行に走らせたか』ね」

梓「やっぱり、他の先輩方が全然練習しないから、澪先輩のストレスがたまっていたんですよ!」

うう……真面目に議論されるのは身を削られるみたいだ……。
梓の強い言葉に、三人の顔に影が落ちた。

唯「そうなの、澪ちゃん……?」

律「すまん、澪……そこまで追い詰めていたとは思ってなかった……」

紬「本当にごめんなさいっ! もうお菓子も持って来ません!」

梓「澪先輩……」

澪「みんな……」

不思議と、救われたような気持ちになった。
ずっと隠していた秘密を打ち明けたから? わからない。
とにかく、重い何かから解放感された気分だ。

澪「……ムギ、お茶の時間をなくしたら私たちは放課後ティータイムじゃなくなる」

紬「えっ」

澪「ムギも言ってたけど、やっぱりああいう時間も必要だよ。なくす必要なんてない。私だって楽しんでるし」

唯「澪ちゃん……」

律「澪……」

澪「ただ、私たちは三年だから今年で最後。だからきっちり練習もして、悔いのない最後にしたいんだ」

私が見渡すと、みんなの眼に光が宿っていた。それを見て安心した。

澪「……みんなも、協力してくれる?」

梓「はいっ!」

紬「もちろんっ!」

唯「最高のライブにしよう!」

律「ああ! 今までで、一番とびっきりの演奏を!」

澪「よし、決まりだな!」

ここに来て、私たちの絆はより深まった。

和「どうやら心臓(ハート)に火が点いたようね」

澪「ああ……最高の気分だよ……」

よし、放課後ティータイム一致団結だ! 学祭までにさらに団結力を強めないといけない!
となると……

紬「じゃあ、さっそく始めましょうか!」

律「今なら何でもやってやるぜ!」

唯「よーし私、やる気出ちゃったよ~!」

澪「まずは手始めに……」

梓「練習ですね!」

澪「いや、ソーラン節を踊ろう」

律唯紬梓和「なんでやねん」


おわり

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