古の力と四人の戦士 話伽/01 (239)


昔々、まだ精霊と人間が共にいた時代のお話し。


精霊と人間は、たくさんの自然と一緒に、仲良く暮らしていました。

ある日、精霊は友好の証しとして、人間に精霊の石を与えます。

人間は精霊の石によって、様々な恵みを得ました。

しかし、悲しいことに……


時が経つにつれ、人間は、精霊への感謝を忘れていきました。


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ーー人間に、友達に裏切られた


そう感じた精霊達は悲しみ、精霊石の輝きを奪ってしまいます。

すると、あっと言う間に空は暗闇に包まれてしまいました。

その時に生まれたのが、暗闇の妖精です。

生まれたばかりの暗闇の妖精は、ひとりぼっち。


ーーひとりぼっちは寂しい


そう思った暗闇の妖精は、自分を生んだ精霊達をさがします。

それはそれは一生懸命になってさがしました。


ですが、中々見つかりません。

暗闇の妖精は、寂しくて毎日泣いていました。

それから数日、世界中を飛び回って、やっと精霊達を見つけました。


でも、精霊達は友達になってはくれませんでした。


精霊とは違い、生まれ出てから人間の嫌な部分しか見ていない暗闇の妖精。

暗闇の妖精には、精霊達しか頼れる者はいません。


ーー何で、友達になってくれないの?


暗闇の妖精が、そうたずねる


ーーお前の力は闇の力、友達にはなれない

と、言われてしまいます。


暗闇の妖精は、一人ぼっち……

洞窟でしくしく泣いていると、一人の精霊がやってきました。

洞窟に現れたのは、火の精霊でした。


うつむいたままの暗闇の精霊に


ーー大丈夫だよ。俺が、君を照らしてあげるから

と、火の精霊が笑顔で言いました。


暗闇の妖精は、それが嬉しくて、たくさんたくさん泣きました。

火の精霊の優しい笑顔と言葉に、救われたのです。

それから二人は他の精霊に内緒で、洞窟で話すようになりました。


暗闇の妖精は、そんな優しく明るい火の精霊を……






ーーー愛してしまいました……





ですが、他の精霊達がそれを許すわけがありません。


暗闇の妖精は、闇の力を持ちます。

そのために、仲良くすることを決して認めなかったのです。

それから他の精霊達は、二人が会えないように邪魔しました。


ーーどうしたんだろう?


いつも会いに来てくれる火の精霊が、いくら待っても来てくれない。

優しい火の精霊が嘘をつくなんて、考えられない。


もしかしたら、なにかあったのかもしれない。


心配になった暗闇の妖精は、洞窟を抜け出し、こっそり精霊達の所に行きました。

するとそこで、精霊達が話しているのを聞いてしまったのです。

ひとりぼっちに戻った暗闇の妖精は、自分にいじわるする精霊達を


ーー憎みました


暗闇の妖精は人間の心を暗闇に染め。

いじわるした精霊達にしかえしをしようと考えました。


でも、その力はあまりに強すぎました。

数日と経たず、世界は怒りと憎しみに包まれてしまいます。


そう、人間は戦争を始めたのです。


精霊達の呼びかけにも応じず、争いを止めない人間。

精霊達は国中を飛び回り、それが暗闇の妖精のしわざだと突き止めました。

その力を危険だと感じた精霊達は、暗闇の妖精を消し去ることに決めます。


火の精霊は反対しました。


あの妖精は、自分達が生み出した存在。仲直り出来るはずだ。

人間も精霊も、必要だから生まれた。

ならば暗闇もまた、世界に必要な存在だろう、と。

……ですがその言葉は、みんなには届きませんでした。


ーー人間を救うためには、暗闇の妖精を消し去るしか方法はない

ーー消し去さらない限り、戦争は終わらない


ーーそうしなければ、人間が滅びてしまう


それを知った火の精霊は

悩んだ末、人間のために戦うことを決意しました。


こうして四精霊は、四人の若者の力を与え、暗闇の妖精に戦いを挑んだのでした。

しかし、暗闇の妖精の力の前に、四人の若者は倒れてしまいます。

四精霊は暗闇の妖精を消し去るため、全ての力を四人の若者に与えました。



人間の、四人の勇気ある若者の未来を想って……


四人の若者は精霊そのものとなり、再び立ち上がります。

四人の若者は、決して諦めてはいませんでした。

そして……

精霊を宿した四人の若者と、暗闇の妖精の戦いが始まりました。


ーー消えたくない


暗闇の妖精はその一心で、一生懸命戦います。

壮絶な戦いの末、暗闇の妖精は負けてしまいました……


暗闇の妖精は消える間際、こう言いました。







ーーいつの日か、私を照らしてくれると信じています






「またその話しか。リリヤ、お前も飽きないな」


リリヤ「いいでしょ。教えてあげてるんだから」

「でも、そんな話しは聞いた事が無い。そういのに詳しいのか」

リリヤ「まあね。好きなんだ、こういう昔話し。なんか素敵じゃない」ウン

「俺には分からないな」

リリヤ「はぁ…ルイには分からないの?」


ルイ「何がだ」


リリヤ「この妖精の寂しさとか、火の精霊に恋する気持ちとかさぁ」


ルイ「さっさと想いを伝えていれば、そんな大事にならずに済んだ」

ルイ「誰も悲しまずに済んだ。とは思う」

リリヤ「意地悪した精霊がいたから、伝えられなかったんじゃない」

ルイ「まあ…」

リリヤ「なによ?」


ルイ「人間も精霊も悪い。結局、何も解決していない」


リリヤ「えー、それを言ったらお終いだよ……」


ルイ「事実そうだ。その昔話しが本当だとしたら、だけどな」

リリヤ「あのね、ルイ」

ルイ「なんだ」

リリヤ「それ、なんとか出来ない? ルイ、あんまり笑ってくれないしさ」

ルイ「俺は前からこうだろう。今更変えられない」


リリヤ「……もしかして、私と暮らすの、嫌?」


ルイ「嫌だったら、とっくに出て行ってる」


ルイ「緑に囲まれた静かでいい場所だ。気に入ってる」

リリヤ「……私は?」ジッ

ルイ「そんな顔で見るな」フイッ

リリヤ「あ、照れてる。可愛いなぁ」

ルイ「うるさい。それより、爽風の街に買い物に行くんだろう」

ルイ「そろそろ行かないと日が暮れるぞ」


リリヤ「へへっ、照れちゃって」


ルイ「いいから行くぞ。来い」スッ


リリヤ「は、はいっ」ギュッ

ルイ「あまり無理はするな。具合が悪くなったら言え」

リリヤ「り、了解!!」

ルイ「どうした」

リリヤ「へへっ、ううん。何でもない」

ルイ「そうか。なら、行くぞ」


ガチャ…パタン……


※※※※※

爽風の街道

ルイ「そういえば、火の国が戦争を始めるとか言っていたな」


リリヤ「私はそう聞いたよ? 街の噂だけどね」

ルイ「何を考えているんだろうな、火の王は……」

ルイ「今の平和を壊してまで、何を手に入れたいのだろう」

リリヤ「風の王様からは何もないし、心配しなくても大丈夫じゃない?」

ルイ「ただの噂ならいいんだがな。少し、嫌な感じがする」

リリヤ「やめてよ、怖いなぁ」


ルイ「安心しろ。もしそうなっても、俺が守るから」


リリヤ「(こいつめ…不意打ちは、ずるいぜ)」


リリヤ「(台詞が様になってるから、余計に……))」チラッ

ルイ「……?」

リリヤ「いっ、いいから行こう!!」クイッ

ルイ「あんまり急ぐと体に悪いぞ。ゆっくりでいい」

リリヤ「くうぅ…馬鹿!!」ペチンッ


ルイ「叩くな」


リリヤ「ふんっ」ゲシッ


ルイ「蹴るな」

リリヤ「少し格好いいからって、調子に乗るなよ……」

ルイ「何言ってる」

リリヤ「今に見てろぉ、女の怖ろしさを教えてやるからなぁ」ニヤ

ルイ「分かった。楽しみにしてる」


リリヤ「……へやっ!!」ゲシッ


ルイ「だから蹴るな」


リリヤ「うぅ、ちくしょう……」ペチンッ

ルイ「叩くな。リリヤ、どうしたんだ。さっきから変だぞ」

リリヤ「けっ、何でもないやい」

ルイ「泣くな」

リリヤ「泣いてないよっ!!」


ルイ「(面倒だが、退屈しないな)」


リリヤ「あっ、そうだ。夕飯は何が食べたい?」


ルイ「リリヤが作るなら、なんでも」

リリヤ「くぬっ…こっ、このやろう」プルプル

ルイ「褒めたんだが、駄目だったか」

リリヤ「ち、違うっ、本当は嬉しい…って馬鹿!!」クワッ

ルイ「もうすぐ着くぞ」


リリヤ「無視すんなっ!!」


つづく

主要人物のみ名前あり。きっと厨二。

前スレ 古の力と四人の戦士 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1394555249/)

おつ
まってた


※※※※※

風の国・爽風の街

ガヤガヤ…

リリヤ「うわっ、凄い」


ルイ「今夜は闘技場で祭りがある」

ルイ「金持ち達が余所の国からも来ているんだろう」

リリヤ「全く、闘技場なんて何が楽しいんだろ」

リリヤ「私なんて、想像するだけで痛くなっちゃうのに」

ルイ「…………」


リリヤ「負けたら、死んじゃうんでしょ?」


ルイ「だろうな。奴等、きっとそれが見たいんだろう」


リリヤ「何それ…そんなの、全然理解出来ないよ」

ルイ「しなくていい。早く買い物を済ませて帰ろう」スッ

リリヤ「あっ、うん」ギュッ

ルイ「最初は野菜か」

リリヤ「ルイ、毎日野菜ばっかりでごめんね? 育ち盛りなのに……」


ルイ「それはお前もだろう」


ルイ「それに、俺が世話になってるんだ。謝らなくていい」


リリヤ「へへっ、ありがと」

ルイ「(リリヤの笑顔は、見ていて心が安らぐ。曇らせたく無い)」

リリヤ「はぁ…闘技場なんて、早く無くなればいいのにな」ポツリ

ルイ「……………」

リリヤ「どうしたの? 行こう?」クイッ


ルイ「そうだな」


※※※※※

八百屋「おっ、リリヤちゃんにルイじゃねーか」


リリヤ「こんばんは」

八百屋「しっかし、リリヤちゃんに男が出来るとはなぁ…」ウンウン

リリヤ「ち、違います!!」

八百屋「仲良く手を繋いでそりゃないだろ。なぁ、ルイ?」


ルイ「これは逸れないように握ってるだけだ」


リリヤ「(地味に傷付く。慣れたけどねっ!!)」


八百屋「……ルイ、お前は相変わらず愛想がねえなぁ」

八百屋「顔も良いのに、勿体ねえぞ?」

リリヤ「(そうなんだよね。さすが、八百屋さんは分かってる)」ウン

リリヤ「あっ、かぼちゃが安い」タタッ

ルイ「顔に出ないだけだ」


八百屋「全く、流れ者が転がり込んだって聞いた時は……」ギロッ


ルイ「……?」


八百屋「ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、愛想はともかく、いい奴で安心した」

八百屋「……ルイ」ズイッ

ルイ「どうした」

八百屋「リリヤちゃんに、手ぇ出したりしてねぇだろうな?」

ルイ「(俺がリリヤを殴ったりするって事。なのか)」


ルイ「リリヤは体が弱いんだ。そんな事するわけがない」


八百屋「そ、そんな怖い顔すんなって。冗談だよ、冗談」


ルイ「言っていい冗談と悪い冗談がある」

八百屋「済まねえ。確かにそうだな……」

八百屋「リリヤちゃんの病はどうだ? 良くなってるか?」チラッ

リリヤ「玉ねぎ玉ねぎ……」タタッ

ルイ「ああ、咳もあまりしなくなった」


八百屋「そりゃ良かった。全く、神様も酷いことしやがる」


八百屋「あんなに優しい子なのに……」


ルイ「安心しろ。俺が必ず治す」

八百屋「そりゃ頼もしいな……ん?」

八百屋「そういやお前、どんな仕事してんだ? 薬、高いんだろ?」

八百屋「ここらじゃ見ねーし、最近出来た鉄道関係か?」

ルイ「……………」


八百屋「!! ルイ、まさかお前…」



リリヤ「八百屋さん、これ下さい」ニコッ


八百屋「お、おう。五百でいい」

リリヤ「あのっ、いつもありがとうございます」

八百屋「気にすんな。体、気を付けなよ」

リリヤ「はいっ。ルイ、行こう?」

ルイ「ああ」


スタスタ…


八百屋「何てこった。あの大馬鹿野郎……」

八百長「そんな事して、リリヤちゃんが喜ぶわけねぇだろうが」


次回「陽の当たる場所」

>>26 ありがとう……


※※※※※

数日前・酒場の地下拳闘

胴元「お疲れさん。今日も快勝だったな」


ルイ「…………」

胴元「初めはただの流れ者かと思ったが、どうやら違うらしい」

胴元「いきなり此処に現れて、あっという間に裏拳闘の王者だ」

ルイ「奴等が弱いだけだろう」

胴元「馬鹿言うな。此処に居る奴等の中には、本物だってちゃんといる」


胴元「だがお前は、そいつ等さえ子供扱いだ。お前の足元にも及ばない」


ルイ「買い被り過ぎだ。俺だって本気で闘ってる」


胴元「ほぼ無傷で全戦全勝。勿論、得物を持った相手にもだ」

胴元「そんな奴がよく言うぜ、全く……」

ルイ「そんな事はいい。今日の賞金は」

胴元「20万。今までで一番少ない額だ。何故か分かるか?」

ルイ「負けないからだろう」


胴元「そうだ。初めの頃は皆がお前を応援し、賭けた……」


胴元「だがな、お前は絶対に負けないし八百長も突っ撥ねた」


ルイ「いくら非合法でも、嫌なものは嫌なんだ」

胴元「……なあルイよ、悪いことは言わない。此処から出た方が良い」

ルイ「それは無理だ。稼ぐ場所が無くなる」

胴元「此処に居ても稼げはしない。今やお前は王者だ」

胴元「それも、決して負ける事の無い。な」


ルイ「なら、どうすればいい」


胴元「簡単だ。表に出るんだよ。陽の当たる場所にな」


ルイ「陽の当たる場所」

胴元「ああ。こんな地下じゃない、本当の闘技場だ」

ルイ「顔は晒せない」

胴元「安心しろ。上の闘技場には、金持ち連中しか来ない」

胴元「街の奴等の稼ぎじゃあ、入れやしない」


ルイ「……考えてみるよ」


胴元「お前なら、必ず良い闘士になれる。俺が保証する」


胴元「それに、お前の闘いは綺麗過ぎる。地下には合わない」

ルイ「胴元、何でそこまで」

胴元「負けない王者が居たって、客が離れるだけだ。それに……」

ルイ「……?」


胴元「お前のような奴は、こんな場所にいちゃあ駄目だ」


胴元「暗闇より、陽の当たる場所の方が似合っている」


胴元「だからさっさと行っちまえ。お前がいると、俺の儲けも減るしな」

ルイ「そうか、今まで世話になった。ありがとう」


ザッザッザ…


胴元「しかし、相手を殺さない奴なんてのは初めて見たな」

胴元「生かす方が遥かに難しいってのに、奴は平気でやってのける」


胴元「……ルイ、か。不思議な奴だ。一体どこから流れて来たのやら」


※※※※※

現在・リリヤの家

リリヤ「まずは、かぼちゃを切っ…かったいなぁ」

ルイ「…………」


ーーそれから俺は、闘技場の情報を集めた。


すぐにでも参加しようと思ったが、もし街の人間に顔を知られたら拙い。

それに、リリヤが知ったら悲しむ。体にだって影響が出るだろう。

だから俺は、参加せずに待った。

数ヶ月に一度行われる祭り、血を見たい金持ちが集まる夜。

それが、今夜行われる祭りだ。


賞金も破格だと聞いた。地下拳闘の数十倍の金が集まる。


金は申し分ない。


しかし、闘いも地下とはまるで違う。

制限なんてものは存在しない。何をしても許される。

血が見れれば、それでいいんだろう。


俺は挑戦者として参加する。生き残れば勝ちだ。

挑戦者というのは早い話し、狩られる側。

鎧兜を装備した処刑人の前に、武器防具無しで放り出される。


制限時間まで生き残れば、それで勝ちとなる。


だが実際は、制限時間なんて無いようなものらしい。


まあ、それはそうだろう。

奴等は、血が見る為に来ているのだから。

だから勝たなくてはならない。


勝敗は場外に出すか、首を刎ねるか。そのどちらかだ。

何戦するかは、始まらなければ分からない。

回を重ねる事に、処刑人の装備や数も変わるらしい。


狩られる側の生き延びた数にもよるのだろう。


逃げる気は無いし、負けられない。


必ず賞金を手にして、俺は此処に帰ってくる。

そうすれば、リリヤに楽をさせられる。

薬を買っても、余裕を持って暮らせる筈だ。

病気が治ってからでも、数年は暮らして行けるだろう。

こんな方法でしか恩返しは出来ないが、俺にはこれしかない。


俺は、これしか知らない。


つづく

>>35 八百屋が八百長になってた。気を付けます。


※※※※※

ルイ「(賞金が手に入れば、全てが良くなる)」


リリヤ「ルイ、どうしたの? 帰ってきてから黙っちゃってさ」

ルイ「いや、何でもない」

リリヤ「……?」

ルイ「夕飯、出来てたんだな。気付かなかった」

リリヤ「えぇー? 何考えてたの?」


ルイ「……鶏の、世話について」


リリヤ「嘘でしょ」ジッ


ルイ「ああ、嘘だ」

リリヤ「はぁ…まあいいよ。話してくれなさそうだし」

ルイ「リリヤ、夕飯」


リリヤ「あっ、そうだった。ちょっと待ってて」タタッ


カチャカチャ……コトン


リリヤ「今日は、かぼちゃのスープと……パン」


ルイ「美味しそうだ」

リリヤ「ごめんね?」

ルイ「何で謝る。俺は、リリヤに救われた」

リリヤ「だって、頑張ってお仕事してくれてるのに……」

リリヤ「私のお薬代のせいで、お金、あんまり残らないから」


ルイ「いい。その病気も、もうじき治る。だから気にするな」


リリヤ「……うん」


ルイ「リリヤ、そんな顔するな。お前には笑顔が一番似合う」

ルイ「だから、笑っていて欲しい」

リリヤ「(うぅ…本気で言ってるのが分かるから、本当に恥ずかしい)」

リリヤ「(凄く嬉しいけど、凄く恥ずかしい。顔、見れないよ)」

ルイ「大丈夫か。顔が赤いぞ、熱でも」


リリヤ「だ、大丈夫です!!」


ルイ「そうか」


リリヤ「ご、ご飯冷めちゃうし、早く食べよ? ねっ?」

ルイ「ああ、そうだな。いただきます」モグモグ

リリヤ「(ずっと、ひとりぼっちだった。でも今は……)」チラッ

ルイ「うん、美味しい。体が温まる」

リリヤ「へへっ、ありがと」


リリヤ「(ルイは無愛想だけど、本当はとっても優しい……)」


ルイ「どうした。食べないと良くならないぞ」モグモグ


リリヤ「う、うん。食べる」カチャ

リリヤ「(その優しさに、私は救われてる)」

ルイ「食器は後で俺が洗って片付ける」

リリヤ「ありがと。じゃあ、お願いね?」

ルイ「(……リリヤが眠ったら、街へ行こう)」


リリヤ「ねえ、ルイ」


ルイ「ん、どうした」


リリヤ「私、貴方と出逢えて良かった」

ルイ「何だ急に」

リリヤ「そこは『俺もだよ、リリヤ……』とか言ってよ!!」ペシッ

リリヤ「さっきは恥ずかしい台詞たくさん言ったくせに……」

ルイ「リリヤ、俺もお前に出逢えて良かった。本当だ」


リリヤ「くっ…ぬぅっ……」プルプル


ルイ「いいか、蹴るな殴るな叩くな」


リリヤ「……てやっ!!」ギュー

ルイ「つねるな」

リリヤ「へへっ、反則じゃないし」

ルイ「(……俺は、この笑顔に救われたんだ)」

リリヤ「どしたの?」

ルイ「(治ってきてるとは言え、完治したわけじゃないんだ)」


ルイ「(絶対に、失ってたまるか)」


リリヤ「ルイ、顔色悪いよ…大丈夫?」


ルイ「えっ? ああ、俺なら大丈夫。リリヤは休んでいてくれ」

リリヤ「う、うん。具合悪いなら言ってね?」

ルイ「大丈夫だって。だから休め。な?」ニコッ

リリヤ「(うっ、やられた……)

リリヤ(ルイには、これがあるから油断出来ないぜ)」


リリヤ「じ、じゃあ、先に休んでるからね」


ルイ「今日は出掛けたし、早めに休んだ方がいい」


リリヤ「うん。疲れたし、そうする」

ルイ「ちゃんと薬飲むんだぞ?」

リリヤ「はーい…って、子供扱いするな!!」クワッ

ルイ「ははっ、分かった分かった」ポンッ

リリヤ「あっ、えへへ……って馬鹿!! もうっ、お薬飲んで寝るっ」ペチンッ


トコトコ…


ルイ「全く。さて食器でも洗うか…な…」ピクッ

ルイ「(……待て、何だ? 何か変だ。何かが、違う)」


ルイ「(何なんだ。この妙な違和感…)」


次回「鮮血と混乱」


※※※※※

爽風の街・闘技場前

ガヤガヤガヤ…

受付嬢「お兄さんは観客の方…じゃなさそうね」


ルイ「観客じゃない。飛び入りでもいいんだったな」

受付嬢「はい、大丈夫ですよー」

ルイ「じゃあ、参加希望だ」


受付嬢「ねえ、お兄さんも一獲千金狙ってきた人?」


ルイ「理由なんてどうでもいいだろう」


受付嬢「まっ、そうだね。生け贄が増えるだけだし」

受付嬢「じゃっ、ここに名前書いてね。死んでも良いです契約」

ルイ「偽名でもいいのか」

受付嬢「いいんじゃない? みんな好きに書いてるし」


ルイ「俺で何人目だ」


受付嬢「えーっと、飛び入りはお兄さんが最初。で、多分最後」


ルイ「一番だと、何か変だな」

受付嬢「ふふっ、変な人。なら、五番とかでいいんじゃない?」

ルイ「それでいい」

受付嬢「はい、確かに受け取りました。はいこれ」スッ

ルイ「なんだこれ」


受付嬢「挑戦者の腕輪。それ付けていけば通れるから」


ルイ「なる程な」カチッ


受付嬢「……ねえ、お兄さんは何で闘うの?」

受付嬢「他の人みたいに、目がぎらぎらしてないし。初めて見たよ」

ルイ「言いたくない。何を言っても、金目当てに変わりはないからな」


ザッザッザ…


受付嬢「……へぇー、かっこいいじゃん。まっ、死んじゃうんだろうけど」

受付嬢「参加者締め切りますよー、他に死にたい奴は居ませんかー?」


※※※※※

闘技場内・挑戦者の檻


係員「出番まで、この部屋からは出れません。御了承下さい」


係員「開始まではまだ時間があります。用意した料理は、各々方、御自由に」

係員「ですが、闘いに支障が出ない程度にお願い致します」

係員「では、失礼します」


ギィィ…パタン…カチャリ


ルイ「……………」


『出番まではまだあるな』


『あの階段から直接舞台に上がるのか』

『凄い歓声だ。一体どれくらいの観客がいるんだ』

『他国からも来てるんだ。相当な数だろう』

『腹減ったな、食うか』

『俺も少し食べるか』

『こんな所で良く食えるな。俺も食うけどよ』


『うめーな!! こりゃすげぇ』


ーーそれから、主催者の呼び出しが始まった。


檻のような部屋から一人また一人と階段を上がり、舞台へ立った。

地鳴りのような歓声。

皆が、血の虜。


檻に返ってきたのは、死体袋に入った挑戦者。

先程まで威勢良く料理を食べていた奴等は、胃を空にしていた。

中には、死を意識し始めて泣き出す奴もいたが……


その挑戦者は、もう泣くことも笑うことも出来ない。


十数人が舞台へ立ったが、生きて戻って来た者は、未だ一人も居ない。


第一の処刑人は、止まぬ歓声を一身に浴びている。

残りは俺を含めて六人だったが、今五人になった。

そういう場だと分かっていても、人の死を喜ぶ奴等の気が知れない。


ーー狂っている。それ以外に言葉が見つからない。


リリヤの笑顔を想い、出逢った日に貰ったお守りを握りながら。

早く終わらて、あの家に帰る事だけを考えた。



ーーどうやら、俺の番が来たようだ。


※※※※※

司会『次は飛び入り参加の……ゴバン!! 舞台へ上がれ!!』


『『ウオォォォォッ!!!』』


ルイ「(眩しい。これが、陽の当たる場所か。地下の方がまだいいな)」

処刑人「まだガキだな。これは、ご婦人方が喜びそうだ」

ルイ「(鎧兜は勿論、武器は斧か。背も高い、体格もいい)」


ルイ「(しかし、照明が眩しくてやりにくいな)」


処刑人「もう始まってるぜ?」ダッ


ルイ「(鎧を着ているのに速い。皆、これでやられたんだ)」

ブオッ…

処刑人「良く避けたな。さっきまでは、殆ど一撃だったんだが」

処刑人「まあ、その方が観客も喜ぶ。簡単に死なれちゃ、観客が飽きるからな!!」ズッ


ルイ「人を痛めつけて、殺して、それが愉しいのか?」


処刑人「馬鹿かお前……」

処刑人「ここは、闘技場は、そういう場所だろうがよ!!」ダンッ

ブンッ

ルイ「そうだな。その通りだ」ダッ

処刑人「……斧だけだと思ったか?」ヒュッ

ルイ「そう思わせる為の斧。大振り。止めはその短刀で刺す」タンッ


処刑人「なっ!? クソがっ…どこ」


ルイ「こんな場所では通じない理屈だろうが、お前を人間だとは思わない」


処刑人「(コイツ、背中に張り付いて!?)」ブンッ

ルイ「既に十数人がお前に惨殺された。皆他人だが、胸が痛い」

処刑人「(今度は兜の上から!? クソッ、離れろっ!!)」ブンッ

ルイ「運が良ければ、俺を怨める。運が良ければ。だけどな」グッ


ゴギンッ…


処刑人「や、やがッ…」

…グラッ…ドサッ


つづく

SOHOってなんだよ。sagaだよ。やらかした。


※※※※※

ーー首を折られた処刑人は、そのまま場外へと落下。


観客は挑戦者。俺の、狩られる側の勝利でざわめいている。

だが、ざわめきはすぐに収まった。

間を置かず、罵声、怒声が飛び交い、血の催促が始まった。


生け贄が足掻いて足掻いて……

その足掻きも虚しく、酷たらしく死ぬ。


大の大人が泣き叫び。

死にたくないと、命乞いしながら這いずる。


それが奴等の見たいもの。


だが、今は俺。

他の誰でもなく、俺が無惨に切り刻まれる様を望んでいる。


殺すか殺されるか。

それだけの場所。人を人ではなくす場所。

それは分かってる。分かっているのに、胸が酷く苦しい。


腹の底から、煮え滾る熱い何かが迫り上がってくる。


どいつもこいつも、人の血を見たいだけの獣だ。

人間性なんてものは、無に等しい。


……まあ、今はいい。まず、一回戦は抜けた。

次戦は、俺の後に控えている挑戦者が闘った後になる。

機会は、平等に与えられる。


その筈だった。

俺が檻に戻る前に、残りの挑戦者四名が、一斉に舞台に呼ばれた。

だが次の処刑人は現れない。


舞台には、挑戦者だけが立っている。

異様な空気が、俺達を包んだ。


戦闘。

狩りが始まっていないのに、観客は血の催促をやめない。

それからは、一瞬の出来事だった。


狂い声を浴び、呆然と立ち尽くす俺達挑戦者に、光る何かが飛来。

それはあっと言う間に三人の頭蓋を貫き、一人の胸を貫く。

俺は左腕を貫通したそれを眺め、やっと理解した。


五人が舞台に立った時点で、二回戦が始まっていた事を。


※※※※※

弓術「やっぱり。残ったのは、あなた一人だけね」


弓術「他の獲物とは雰囲気が違う。何か武術でもやっていたの?」

ルイ「いや」

弓術「あら、そうなの……」

弓術「躱されたのなんて久しぶりなものだから。アナタ、素敵ね」

ルイ「……………」


あの佇まい。獲物を見据える瞳。

さっきの処刑人とは格が違う。弓に、絶対の自信を感じる。


あの短い間に四人を確実に射抜いた。


奴は本物。生粋の狩人。

かなりの距離がある。が、闘うしかない。

下手に距離を詰めれば、辿り着く前に何度射抜かれるか分からない。

武器は一つ、一回切り、失敗すれば次は無い。

何にせよ、これしかないなら、やるしかないな。


ルイ「……場外からの射撃は、認められてるのか」

弓術「そんなの、お客さんの反応見れば分かるでしょ?」


俺が聞いたのは、最早人の声では無かった。

野獣の雄叫びか、血に飢えた物の怪。

狂い声が重なり、形を為し、俺に噛み付いてくるような感覚。


弓術「ほらね? お客さんは、アナタに夢中だわ」

弓術「あの声、ぞくぞくするでしょ?」

ルイ「いや、嫌悪感しかない」

弓術「あら。私を殺したら、こっち側になれるかもしれないのに」


ルイ「こっち側。処刑人か」


弓術「そう。どう? やる気になったかしら?」


ルイ「なるわけが無い。俺は、人間だ」

弓術「あらそう、それは残念ね」

弓術「ところで、そろそろ準備は出来たかしら?」

ルイ「ああ、準備は出来た」

弓術「いい顔ね。痛みに歪む顔を、見せて頂戴」ググッ


ルイ「(……躱す。まずはそれからだ)」


弓術「……フッ!!」


ルイ「っ、一度に二つか」ズキッ

弓術「まだまだ、これからよ?」グッ


弓では、それ程派手に血は出ない。

奴は動きを止める為に、必ず四肢を狙ってくる。

その後で痛めつけ血を魅せ、止めを刺す。

それが、奴のやり方。今の攻撃でそれを確信した。


でなければ、祭りの処刑人になど選ばれない。


ルイ「(武器は二つ。これなら、距離を縮められる)」


弓術「諦めてないのね」

ルイ「当たり前だろう」ダッ

弓術「…速い。フッ!!」


まだ動くな。奴は、射る前に声を出す。

声に反応して動いた所を、射抜く。声に惑わされるな。


弓術「へぇ、やるじゃない」ググ


次は射撃を阻止する。

手首を返すだけの、小さい動作に留めて、刺す。


弓術「痛っ、これは、私の矢尻……」

弓術「これは、ますます楽しくなってきたわね」ググ


やはり動いたか、二度目は通用しないだろう。

だったら、俺は前に出るしか無い。奴を、場外に叩き落とす。


弓術「あらあら、その眼はなにかしら?」

弓術「アナタこそ人で無し。獲物を狩る野獣だわ」ググ


ルイ「違う」ダッ


走りながらの射撃は、流石に精度が下がるようだな。

奴は舞台を周回しながら射撃するしか方法は無い。

このまま距離を詰めれば、場外に落とせる。

もしくは、それを誘っているのか……


ルイ「(考えるな。今跳べば、弓を引く前に蹴りが届く)」タンッ

弓術「得意なのは、弓だけじゃないのよ?」ズオッ


ルイ「っ、俺からも、一つくれてやる」


ルイ「(頬を掠めた。少し遅れていたら、やられていたな…)」

ルイ「(だが奴の左瞼を切った。視界は半分)」ポタポタッ


ルイ「矢筒から十字の槍が出て来るとは思わなかった」

弓術「アナタこそ、やってくれたわね。もう少しで、仕留められたのに……」

ルイ「右目は潰した。俺にも勝機はある」

弓術「いいえ。アナタにもう武器は無い。勝ち目は無いわ」ジャキッ

ルイ「……確かに、勝ち目は無さそうだ」


弓術「アナタ、何処を見て……!?」


ルイ「(頬を掠めた。少し遅れていたら、やられていたな…)」

ルイ「(だが奴の右瞼を切った。視界は半分)」ポタポタッ


ルイ「矢筒から、十字の槍が出て来るとは思わなかった」

弓術「アナタこそやってくれたわね。もう少しで、仕留められたのに……」

ルイ「右目は潰した。俺にも勝機はある」

弓術「いいえ。アナタにもう武器は無い。勝ち目は無いわ」ジャキッ

ルイ「……確かに、勝ち目は無さそうだ」


弓術「アナタ、何処を見て……!?」


つづく


※※※※※

ルイ「っ、伏せろっ!!」ダッ


弓術「うっ……な、何故?」ドサッ

ルイ「知るか。体が勝手に動いただけだ」

弓術「……………」


もう少しで真っ二つになるところだった。

まさか、死者が蘇るとはな。

実際死んでいたのかは分からない。生きていても、おかしくは無い。

それでも、首が折れているのに斧を投げるのは不可能だ。


処刑人「客もびっくりしてるな。これは堪んねえ」


ルイ「お前、本当に人間か」

ルイ「首を折られていながら、立ち上がるどころか、斧を投げたな」

処刑人「高い金払った甲斐があったぜ。こんなに力が出るとはなぁ」フラ


両手斧を片手で振り回している。

いくら体格が良くても、あれは異常だ。有り得ない。

あの斧を片手で投げたのに、肩を外した様子も、痛めた様子もない。

人間の出せる力。その域を超えている。


ルイ「……聞いちゃいない。おい、お前は今の内に逃げろ」


弓術「えっ? アナタ」

ルイ「喋るな。いいから逃げろ」

ルイ「あれは人じゃない。化け物か、物の怪の類だ」

処刑人「なぁクソガキ。そういや、俺を怨め。とか言ったよなぁ?」ユラ

ルイ「早くしろ!!」


弓術「…っ」ダッ


処刑人「あっ、そうだそうだ」ググッ


ルイ「…?」

処刑人「あの女も、前から気に入らなかったんだよなぁ」

ルイ「っ、止めろ!!」

処刑人「死ね」


グチャッ……


処刑人「最っ高に気分がいいぜ。ん? どうした!! 笑えよ!!」

処刑人「お前等の好きで好きで堪らない死体だぜ!? おらっ、騒げよ!!」






『『 ヒッ…うっ、うわぁああああ!! 』』





処刑人「お前等は、血が見てえから、来てんだろうがよぉ!!」ブンッ

ルイ「なっ…」


一瞬、何をしたのか理解出来なかった。

行動が、滅茶苦茶だ。

処刑人は、観客席に向かって斧を投げた。一切、躊躇うこと無く。


観客席の一部は損壊。いや大破か。

途轍もない破壊力。そうとしか言いようが無い。

あの場所に居た観客の血は、誰の目にも留まる事はないだろう。


ルイ「お前、何のつもりだ」

処刑人「見せろ見せろって言うから見せてやったのに……」

処刑人「何だよ、誰も喜ばねえじゃねえか。金持ち共が、ふざけやがって!!」


駄目だ。会話にすらならない。

声の起伏もかなり激しい。もう、正常な判断など出来ていないだろう。

俺の目の前にいるのは、一体何なんだ。


処刑人「あぁ…めんどくせぇけど、全員殺すかぁ」ユラ


ルイ「止めろっ!!」

処刑人「あぁ? そうか、俺はこのガキに……」ズルッ


何だあれは……

鎧の隙間から、どろりとした黒い物が流れ出ている。

あの黒く蠢くモノは、何だ。


処刑人「痛かったぜ。おらぁ!!」ダンッ

ルイ「ぐっ、がっ…」ドシャ


何がどうなってる。

死に体の人間が立ち上がって、人を超えた怪力を振るって。

人を、殺して……


ルイ「狂人だな」ググッ

処刑人「はぁ、俺が狂人だ?」

処刑人「だったらこの闘技場に居た奴等、全員が狂人だろうが!!」


……観客も、人の痛みと死を喜ぶ、人で無し。


確かに同じだ。


あの弓使いも、人を殺した。

俺だって、あいつの首を折った。実際、死んでいたかもしれない。

だから殺されたって文句は言えない。そうだろう?

それに此処は、そういう場所だ。

だったら何故、弓使いを逃がした?

くそっ、何だ? 頭が、ぐちゃぐちゃだ。


……何故、悩む?


何故混乱してる。混乱する必要なんか無い。

何を迷う? 何を考える?

答えは、もう出てるじゃないか。


腹の底から迫り上がってくるような感覚。

これの熱が何なのか、分かっていた筈だ。

あの弓使いが殺された時、観客が殺された時。

確かに、それを感じた。


全く馬鹿な話しだ。

散々地下拳闘で人を殴り倒しておきながら。


人を殴り倒して金を貰っていながら。


それでも、俺は……

奇麗事。

いや、これはもう絵空事だ。滅茶苦茶もいいとこだ。


ルイ「お前は、俺が殺す」

処刑人「馬鹿かお前?」

処刑人「武器も無い、布切れを着たガキが、なに格好付けて」

ルイ「黙れ」

処刑人「っ!!」

ルイ「俺は、誰かを傷付ける奴を、確かを悲しませる奴を……」


ルイ「絶対に、許さない」


それでも、俺は……

奇麗事。

いや、これはもう絵空事。滅茶苦茶もいいとこだ。


ルイ「お前は、俺が殺す」

処刑人「馬鹿かお前?」

処刑人「武器も無い、布切れを着たガキが、なに格好付けて」

ルイ「黙れ」

処刑人「っ!!」

ルイ「俺は誰かを傷付ける奴を、誰か悲しませる奴を……」


ルイ「絶対に許さない」


次回「魅せられた者」

乙とか感想とか、ありがとう


※※※※※

処刑人「……くくっ、あははは!!」


処刑人「俺を殺すだぁ!? 誰が? お前がか?」

処刑人「立ち上がってるのが精一杯の、ガキがかよ!!」

ルイ「うぐっ…」


確かに、こんな怪物に勝てるわけがない。

人を超えた腕力、脚力。

何とかして一発喰らわせたいが、鎧を殴っても意味が無い。

もう一度首を折ろうかと考えたが、それも無理そうだ。


処刑人「どうした。大口叩いたくせに、全然じゃねえか」


ルイ「化け物が」

処刑人「おいおい化け物なんて言うなよ。俺は人間だぜ?」ダッ

ルイ「がっ…」ドサッ


一瞬で距離を詰められ、一瞬で距離を取る。

鎧にすら、掠りそうにない。

現に、奴の動きに対応出来ていない。

速さ以前に、奴の動きは変則的過ぎる。


全て大振りの攻撃なのに、動作が早過ぎて避けられない。

どうやら、徹底的に痛めつけたいらしいな。


処刑人「あぁ…体が軽い。斧も良いが、殴るのも中々良いもんだな」

処刑人「こんな感覚、ガキの頃から今まで知らなかった」

処刑人「これが本当に、楽しいって事なのかもなぁ……」

ルイ「……ふざけるな」ググッ


処刑人「あぁ? まだ立つのかよ」


処刑人「化け物はお前じゃねえのか? なあ、おい!!」ダッ


楽しい?

殴るのが、殺すのが、奪うのが、そんなに楽しいか。

こんな奴が外に出たら。

言葉通り。観客は勿論、街の人達をも殺すだろう。

それを実現出来る力が、奴にはある。


……そんな事は、絶対にさせない。


ルイ「痛っ…」


胸に、何かが刺さった。

奴はまだ遠い。

何かを投げた様子も無い。いや、投げた後なのか?

……違う。奴じゃない。

あの力で投擲したのなら、痛い。では済まない筈だ。

なら、何が……


ルイ「これは、リリヤのお守り……」


リリヤから貰った黒水晶のお守りが、胸に刺さった。

黒水晶から、無数の細かい針金のような物が出ている。

これが胸に刺さったのか……


処刑人「よそ見するっぶふっ!?」

処刑人「な、なんだぁ? 何しやがった!!」

ルイ「知るか」


本当に分からない。何故反応出来た?


原因は分からない、見当も付かない。


……この黒水晶、一体なんなんだ。

リリヤには悪いが、正直気味が悪い。

胸の中心に張り付いて、外れそうに無いな。


それよりこの感覚は何だ?

失った何かが、体に戻ってきたような感覚。

内側からそれが湧き出て、体中に行き渡ってる。


でも、これは恐らく本物じゃない。


偽物。紛い物。

何となく、そんな感じがする。

なのに、懐かしい……


処刑人「はははっ!! やっぱり化け物はお前じゃねえか、なあ!?」

ルイ「何だと?」


狂人に化け物呼ばわりされる程の力なんて無い。

相手は狂人。会話が成り立たないのは当然か。本当に気持ち悪い奴だ。

……嫌な笑い声だ。こっちまで頭がやられそうになる。


処刑人「なんだぁ? そんなもん出てんのに、自分じゃ分からねえのかよ?」


処刑人「体、見てみろよ? 俺なんて可愛いもんだぜ!!」

ルイ「何だこれは……」


いつの間にか、こんなモノを纏っていたのか。気付かなかったな。

違和感も、痛みも、全く感じなかった。

普通なら驚きで腰を抜かすか、恐怖を覚えるんだろうが……

俺は怖ろしさより、寧ろ心地良さを感じている。


ルイ「 黒い、炎か 」


つづく


※※※※※

ルイ「っ、今度は何だ」


脚が熱い。

黒い炎が脚に巻き付いたかと思うと、一瞬にして形を為した。

それは黒い装具。猪を象った具足。


ルイ「何がどうなってる? 何で、こんな馬鹿げた事が起きるんだ」

処刑人「ずるいぞお前、そんな力。俺も欲しい」

処刑人「もっともっともっともっともっと力が、欲しい」


ガンッガンッ…


ルイ「今更だが、お前は狂ってる」

処刑人「もっと力が欲しい欲しい欲しい欲しい」ブツブツ


俺の両脚に、あの狂人同様の、計り知れない力が集中してる。

気に入らないなんて言ってられない。

この炎があれば、この力があれば、奴を倒せる。


処刑人「何でだ!! 畜生っ!!」ダッ

ルイ「喚くな。ガキはお前の方だ」


ズドンッ…


処刑人「げっはぁ!!」


ルイ「……………」


体の内側で力が唸り、黒い炎が俺を包む。

懐かしく、心地良い。

だがそれでも、この禍々しい炎に胸がざわめいた。

これも全て、お守りが胸に刺さってからだ。


リリヤは知っていたのか?

こういうモノだと知っていて、俺に渡したのか?

くそっ、こんな事は考えたくなかった。

でも原因なんて、この黒水晶以外に考えられない。


処刑人「……………」ユラ

ルイ「まだ、生きてるのか」


思ったより、鎧の強度が高い。

確かな手応えはあった。

この脚なら、鎧ごと奴を壊せると思ったんだがな。

まだ立つのなら、何度でもやってやる。

奴を消し去るまで、何度でも。

ドゴンッ

ルイ「っ!? 土が……」


処刑人「はははっ!! 望めば叶うってのは本当だった!!」

処刑人「俺は死なない、負けない、誰よりも強い!!」ググッ


ドゴンッ…ドゴンッ…


ルイ「厄介な奴が、厄介な力を……」


理屈は分からないが、奴は土を操り、俺は炎を操っている。

意志のままに動くのなら、奴の力の方が厄介だ。出所が分からない。


対して俺の炎は、常に見えている状態だ。


まあ、土だろうが何だろうが関係無い。

俺は今出来る事を、やるだけだ。

禍々しい力だとしても、使い方を間違わなければ人を守る力になる。


処刑人「ひゃはは!! もっと、もっとだ!!」

ルイ「喰らえ」ダッ


今度こそ、蹴り砕いてやる。

奴の命は此処で終わらせる。誰も殺させはしない。



処刑人「はははっ、馬鹿が…」


なっ、壁を作った?

狂ってる割に反応が早い。が、もう止まらない。

邪魔な壁ごと、奴を蹴り砕く!!


ルイ「うおぉぉぉっ!!」

処刑人「やれんのか? あ?」ズイッ

ルイ「なっ!?」

処刑人「甘いんだよっ!!」


ズドンッ…


ルイ「がっはっ!!」ドサッ


処刑人「何だよ何だよ」

処刑人「お前、やっぱりガキだな。口先だけだ」

処刑人「お前の『殺す』って、こんなもんで揺らぐのか? あぁ?」プラプラ

ルイ「……彼を、今すぐ離せっ!!」

処刑人「彼? は、はははっ!!」


処刑人「死体に向かって、彼!? 馬鹿じゃねえのかお前!!」


ルイ「死者すら道具に使うのか!! お前こそ化け物、外道だ!!」ググッ


ルイ「人を、命を何だと思ってる!!」

処刑人「お前さぁ、何熱くなってんの?」

処刑人「こんなもん、何の役にも立たねえ、ゴミと同…」


  「ゴミはテメーだ」スタッ


処刑人「あ? 誰だお前? 何処から」

  「空からだよ。このクソボケが!!」ゴッ


処刑人「がふっ!?」ドシャ


ルイ「(空から人が降ってきた。全く、今夜はおかしな事ばかりだな)」

「兄貴、大丈夫?」

ルイ「兄貴? 俺なら大丈夫だ。お前は?」


「俺はロルフ。ロルフ・ヴァナ」


ルイ「俺はルイ。ロルフ、助かったよ。ありがとう」

ロルフ「いいよ。気にすんなって」

ロルフ「ずっと上から見てたんだけどさ、あの野郎に我慢出来なく」


処刑人『クソガキ共があぁぁぁ!!』


ロルフ「しつけーな。なぁ、兄貴」


ルイ「(兄貴……まあいいか)」

ルイ「どうした?」

ロルフ「オレが鎧引っ剥がすからさ、その後、燃やしてくれよ」

ルイ「分かった。無理はするな」

ロルフ「了解!!」タンッ

ルイ「……飛んでる。風の力、なのか」


ロルフ「内側から剥がしてやるよ」

処刑人「うっ…な、なんだ? 鎧が、膨らん…ぎゃッ!!」


破裂。


鎧を外側に弾き飛ばしたのか……

だがそれより、奴の体は何だ。

体中が黒い泥のようなモノに被われている。

あの黒泥があったから、俺の打撃が通らなかったのか。


ロルフ「兄貴!!」

ルイ「分かってる」


もう迷いは無い。死者を盾にした時点で決めた。

どんな手を使っても、必ず殺す。

奴は許されない存在。誰かが、殺さなければならない。


ルイ「 焼き尽くせ 」


処刑人「ひっ…いっ、ぎゃあああああ!!」

ドッ…ゴォォォォォ…


次回「賞金の行方」


※※※※※

ーー俺の意志を反映した黒い炎は、のた打つ処刑人を逃さない。

炎に包まれた処刑人は、骨も残さず焼き尽くされた。


だが一瞬だけ、処刑人が燃え尽きる寸前の事だ。

禍々しい黒の炎が、眩い光を放つ聖火へと変わった。


それが何を意味するのか、俺には分からない。

……相変わらず、黒水晶は胸の中央に張り付いたままだ。


もう痛みは無い。


ただ気になるのは、黒水晶から伸びた細い黒針金。

それが蜘蛛の巣のように広がっていて、かなり気持ちが悪い。

さっきまでは、こんな風にはなっていなかった。


黒い炎を使ったのが原因なのか。それとも、他の何かが。

……考えても仕方無いな。それに、リリヤを疑いたくない。

気になるなら、明日の朝にでも聞けば済む話しだ。


ルイ「まっ、取り敢えず終わったな」


ロルフ「兄貴、お疲れさま」


ルイ「ロルフ、助かった」

ルイ「お前は何者だ。随分戦い慣れてるようだったが」

ロルフ「まーね。俺、盗賊だからな。そりゃあ慣れてるさ」

ルイ「その歳で、盗賊」

ロルフ「違うよ兄貴。こんな歳だから、盗賊なのさ」


ルイ「孤児、なのか」


ロルフ「さっすが兄貴、頭いいなぁ」ウン


ルイ「そんな事はいいんだ」

ルイ「それよりロルフ、此処から盗んだ物は何処にある」

ルイ「お前は、賞金を狙って闘技場に来たんじゃないのか」


ロルフ「本当は、ささっと賞金盗んで逃げる予定だった」

ルイ「だった。か」

ロルフ「……兄貴、場所を移そう。わけはちゃんと話すからさ」


『『 皆急げ、早く負傷者を!! 』』


ルイ「ああ、分かった」


※※※※※

街の外れ

ルイ「(まさか闘技場からそのまま街の外に飛ぶとはな……)」

ルイ「(俺も一緒に飛ぶとは思わなかった。今更だが、本当に不思議な力だ)」


ロルフ「さっきも言ったけどさ、本当は逃げる予定だったんだ」

ロルフ「でも、その時に兄貴が出て来て……」

ルイ「なんだ」

ロルフ「武器防具無しなのに、素手で斧野郎に勝っただろ?」


ロルフ「なんつーか、すっげーカッコ良くってさ。魅入っちゃったんだ」ウン


ルイ「(随分呑気な盗賊だ。そのお陰で助かったんだけどな)」


ロルフ「それで、兄貴の闘いを見てから行こう。と思ったわけさ」

ロルフ「あの弓使いが出た時は、正直吹っ飛ばしてやろうかと思った」ウン

ロルフ「でもさ、兄貴は諦めないで闘ったんだよ!!」グッ

ロルフ「そんでそんで、今度は斧野郎が起き上がったじゃねーか!!」


ルイ「分かった。分かったから、少し落ち着け」


ロルフ「この後の出来事が、俺が兄貴を兄貴と呼ぶ理由に繋がるわけだよ!!」


ルイ「(まるで聞いちゃいない。このはしゃぎよう、まるで子供だ)」


ロルフ「弓使い諸共、兄貴を狙った斧。その時兄貴のとった行動とは……」プルプル

ルイ「(興奮してるな。最後まで付き合うしか無さそうだ)」

ロルフ「兄貴はな、敵であるはずの弓使いを助けて、逃がしたんだ!!」

ロルフ「弓使いは、死んじゃったけどさ……でも俺は、兄貴の心意気に惚れたんだよ!!」


ロルフ「『俺は誰かを傷付ける奴を、誰か悲しませる奴を……』」

ロルフ「『絶対に許さない』俺は、これにやられたんだよ!!」


ルイ「(真似されるのは初めてだな。あまり嬉しくはないけど)」


ロルフ「で、俺が舞台に降りるか迷っているその時だった……」

ルイ「(……長い)」

ロルフ「『死者すら道具に使うのか!! お前こそ化け物、外道だ!!』」グ グッ

ロルフ「『人を、命を何だと思ってる!!』」

ロルフ「これで我慢出来なくなって、兄貴の手助けをしようと舞台に降りたんだ!!」


ルイ「そうか、あの時は助かった。それで、盗んだ賞金は何処にある」


ロルフ「ん?」


つづく


※※※※※

ルイ「……………」


ロルフ「あ、兄貴。冗談だよ、冗談です」

ルイ「そうか。で、何処にある」

ロルフ「ちょっと待って。よっと」

ストンッ

ルイ「なる程、ずっと浮かしていたのか」

ロルフ「へへっ、この力があれば、そりゃあ盗み放題さ」


ロルフ「その気になれば、王様の城だって浮かせられるぜ?」


ルイ「そうか凄いな。で、賞金はどうする」


ロルフ「んー、出来れば三割欲しい。本当は全部欲しいけど」

ルイ「分かった。三割はロルフにやる。助けて貰ったしな」ポンッ

ロルフ「へへっ、ありがとな」


ーー何だろう。なんか、変な感じだ。懐かしい、のか。

以前にもこんな……以前? 以前って何だ?

くそっ、何なんだ。


頭に靄掛かったような感覚だ。

闘技場から、さっきの闘いから、なにかがおかしくなってる。

早く帰って休みたい。


ルイ「……俺、家に帰るよ」

ロルフ「兄貴、家あるの? 泊まるとこないから行っていい?」

ルイ「あー、それは無理だな」


ロルフ「何で!? いいじゃんか」


ルイ「リリヤっていう家主が居るんだ。俺はただの居候」


ロルフ「彼女いんのか。はっ…」

ルイ「どうした?」

ロルフ「もしかして、リリヤって人の為に闘技場に!?」

ルイ「まあ、そうなる。のかな……」


ロルフ「兄貴って、やっぱすげーなぁ」


ルイ「こんなの、凄くなんてない」


ロルフ「兄貴?」

ルイ「人を殴ってお金を貰うなんて、なにも凄くない」

ルイ「……こんなの、痛いだけだよ」

ロルフ「(兄貴、どうしたんだろ。さっきと雰囲気が……)」

ルイ「そろそろ帰るよ。ロルフ、元気で」


ロルフ「待ってくれよ。家まで送ってく」


ロルフ「兄貴、疲れてるだろ? 飛んで行けばすぐだしさ」


ルイ「俺なら大丈夫」

ロルフ「でも、傷が酷いよ?」

ルイ「ごめん。少し、歩きながら考えたいんだ」

ロルフ「……そっか、分かった。兄貴も元気で」

ルイ「うん。ロルフのお陰で助かったよ。本当にありがとう」


ザッザッザ…


ロルフ「……?」


次回「帰路」

ちょっとごめん気にしないで。前からやりたくて仕方なかった。思ったより話し長くなりそうだからつい。


※※※※※

雅風の街道

ーー俺は、風の国で生まれた。


父と母がいて、三人で暮らしていたんだ。

俺が十六の時に両親が病で亡くなって、教会に引き取られた。

初めは辛かったし悲しかったが、神父様が優しくて親身になって接してくれた。

十七になった日に、旅に出た。

漠然と、【何か】を知らなくてはならないと感じたからだ。


それから程なくして、俺は倒れた。


空腹と、慣れない旅の疲れからだろう。


行き当たりばったり。

計画も何もない旅だったから、当たり前の事かもしれない。

俺は倒れているところをリリヤに助けられて、少しの間だけ居候させて貰う事になる。


リリヤは街から離れた場所で一人で暮らしていた。

父と母は、最近亡くしたらしかった。


俺と変わらない歳なのに、辛いなんて一言も言わなかった。


いつも笑顔で、明るい人柄。


本当に強い人って、こんな人を言うのだろうな。

そう思ったのを覚えてる。


二日目、リリヤは熱を出して寝込んでしまった。


俺は街へ走り、医師を呼んで診て貰った。

その時は何とか熱は下がり、数日の内に回復したが、咳が収まらなかった。


ーー彼女は、父や母と同じ病にを患っていた。


それを知った時、何かが内側から湧き上がった。

頭が真っ白になって、体が震えた。


ーーもう、失いたくない


それに突き動かされ、街へ走り、医師に詳しい話しを聞いた。

どうやら、今では飲み薬で治せるらしい。

その薬を買うには、当然ながら金がいる。


だがリリヤにも、勿論俺にだって、そんな金は無い。


その後間もなくだ。

怪しげな、地下拳闘なんて場所に行くようになったのは。


其処で俺は、勝ち続けた。

拳闘はおろか、喧嘩した事なんて一度も無いにも拘わらず。

体が、動き方を知っているような感じだったのを覚えてる。


俺は地下拳闘で稼いだ金で薬を買い、リリヤに渡していたんだ。

最初は困惑していたリリヤだったが、俺は譲らなかった。


一人よがり、押し付けがましいのを承知で説得した。


恩返しだとか、そんな感じの事を延々と続けた。


あの時は必死で、言ってる事も滅茶苦茶だったな……

少し経ってリリヤは回復し、咳も収まってきた。

街に出掛けられるようにもなった。


俺は心配で、街に付き添うようになんったんだ。

それから自然と一緒に過ごすようになって、今に至る。

せめてリリヤの病が完治するまでは……


そう、思いながら。


そうだ、此処までは覚えている。


ーーただ、他は何も思い出せない


父と母。

育った場所。

世話になった神父様や、他の孤児達の事もだ。

名前はおろか、風景、顔や声すら、何一つ思い出せない。

これが記憶と言うのなら、絶対におかしい。


何故今まで、それを疑問に思わなかったのかが分からない。


それとも、俺の頭がおかしいのか?


俺はまだ十七だ。

呆けるには早過ぎるだろう。

リリヤと出逢ってから。これは全て思い出せる。

雅風の街の人達、風景、顔、会話した内容も、ほぼ全て。

問題はリリヤと出逢う前。


出逢う以前の記憶があるのに、思い出せない。





ーーそれともう一つ




『殴ったりするのは確かに嫌ですけど、それしかないなら、やるしかないですよ』


『強いって、そういう事だと思うんです』

『投げ出さないって言うか、 逃げないって言うか……』

『嫌いな事だから、人に任せちゃいけない 気がするんです』


『俺なら大丈夫』

『ババ様、俺は旅に出るよ』

『ありがとう、ごめんなさい』


『星は、死んだ人のタマシイなんだ』


『タマシイは星になって、空でずーっと光ってる』

『星になったタマシイは、家族を見守ってるんだ』

『だから、カルの父ちゃんも母ちゃんも爺ちゃんも……』

『みーんな』

『みーんな、カルを見てるぞ?』


『仲間を捜せ、黒水晶を壊せ、心を曇らせてはならんぞ』

『時間じゃ、カル』


『ははっ、大丈夫。すぐに追い付くから。な?』


『誰かを傷付けるのは、絶対に許さない』

『もう誰も、泣かせはしない』


『炎を司る者』

『汝、その身に浄火を宿し闇を照らし、穢れを焼き尽くすであろう』

『汝、清らかなる心あらば、黒き炎もまた、浄火とならん』


『俺は人間だ。俺は、綺麗事の為に戦うよ』


ーーこんな声が、鳴った。


闘技場で処刑人と闘ってから。

目の前で人が殺されてから。

ロルフと出逢ってからも、ずっと……

内側。奥底から、こんな声が響いてくる。

お守りが体に張り付いて、黒い炎が出現した時もだ。


ーーその声は皆、俺をカルと呼んでいた。


もとある記憶の他に、何かがある。


ロルフと話した時に感じた妙な懐かしさ。


黒い炎が出現した時の安堵感、優しい温もり。

ロルフに会ったのは勿論、炎を纏ったのも初めてだ。

なのに、懐かしい。

だとしたら。それが何なのか、俺は知っている事になる。


……記憶には無い何かが、必ずある。


それがどんな物なのか、俺は知らなきゃならない。


つづく…


※※※※※

リリヤの家

ルイ「……家に明かりが点いてる。拙いな」


リリヤが起きて、俺を待っている。

きっと心配している。そう思い、家へ急ぐ。

だが扉を開け家に入ると、リリヤの姿は何処にも見当たらなかった。

俺を探しに外へ出たのかも


ルイ「……いや、それは無い筈だ」


俺を探しに家を出たとしたら、街道で必ず会う。

くそっ、家の中に嫌な空気が充満してる。

取り敢えず、家の周辺から探すしかないな。


「火を、灯したようだな」


ルイ「っ!?」


人影「ようやく、目が覚めたか」

ルイ「……リリヤは何処だ」

人影「自分が何者なのか、知りたいか」

ルイ「答えろっ!! リリヤは何処だ!! 攫ったのはお前か!!」

人影「リリヤ……そうか、そう名乗ったのか」


ルイ「(っ、掴み掛かろうとしても、実体が無い。コイツは何だ?)」


人影「知りたいのなら、火の国へ来るがいい。都に来れば分かる」


人影「リリヤは其処にいる。自分が何者かも、分かるだろう」

ルイ「…………」ググ

人影「そうだ。今のお前に出来るのは、それだけだ」

人影「それと」

ルイ「……何だ。言え」


人影「『リリヤ』の為に、言っておこう」


人影「リリヤは何も知らない。黒水晶の事など、一切な」


ルイ「お前は何者だ。何故そんな事を言える」

人影『『暗闇の妖精、人に潜む者だ』』

ルイ「……なる程。暗闇の妖精は、一つでは無いわけか」

人影「話しは、終わりだ」

ルイ「リリヤは無事なんだろうな」


人影『『無事? ははっ、心配する事は無いよ。それだけは保証する』』


ルイ「(この人影の言葉以外に手掛かりはない)」


ルイ「(気に入らないが、火の国へ行くしか無さそうだ)」

人影『『……近々、火の王が風の国に戦争を仕掛けるだろう』』

人影『『たった今、準備が整ったらしいわ』』

ルイ「何だと?」

人影『『巻き込まれたく無ければ、火の国へ急げ』』

人影『『まっ、風の国の民は、戦火に曝されるだろうけどね』』


ルイ「っ、そんな事はさせない」


人影『『お前一人で何が出来る。一人が一国を救うと?』』


ルイ「そんな話しを訊かされて、俺が他国に行くと思うか」

ルイ「何か意図があるなら、さっさと言え」

人影『『ならば言おう』』


人影『『戦え。数え切れぬ程の兵を打ち倒し、火の国へ来い』』

人影『『この戦争は、お前の為の戦争でもあるのだから』』

ルイ「どういう意味だ」

人影『『話しは終わり。火の国で待ってるわ』』


ズズ…ズズズ……


ルイ「休んでる暇は、無さそうだな」


次回「計画」


※※※※※

ーー風の王に直接話すのが一番手っ取り早い。


ルイ「(……そう簡単に会えはしないだろうな)」


だから、かなり強引にでも王に会う。

不可思議な力の存在。

火の国による戦争は絶対に伝えなければならない。

それにあの声。

仲間を捜せ、というのも気になる。


土や風を操る者達が多々いるのか?

処刑人のような、破綻した奴じゃなければいいが……


ーーまあ、それは会えば分かるか


それと、暗闇の妖精と影の存在だ。

恐らく暗闇の妖精は、火の王に近い場所に居る。

もしくは、王の意向をすぐに知れる立場に居る。


でなければ、戦争の準備が整ったなんて言えはしない。


それもこれも、あの影の言葉を信じればの話し。

しかも、あの影の言葉が全て真実だとは限らない。


ルイ「何だか腹が立つな……」


リリヤが攫われたのは勿論、言いたいだけ言って消えたんだ。

こっちは何も知らず、影は俺の知りたい事を知っている。

それに、あの影は俺の事も知っていた。


俺の知らない記憶が存在したとしても、以前の知り合いだとは思いたくない。


リリヤは姿を消し、攫ったと思しき影はリリヤを知っていた。

あの口振りからして、リリヤが全くの無関係じゃない事は分かる。

だが影とリリヤがどんな関係なのか、それが全く想像出来ない。


一方的に、影がリリヤを知ってるのか? 何故?

リリヤは何も知らないと、あの影は確かにそう言っていた。


ルイ「妖精、か」


……何にせよ、それを知るには火の国へ行くしかない。


だがその前に、戦争の阻止、または対策。

阻止は無理でも、国境の警備を固めれば、侵攻は多少防げる。

風の王に、どうやって会うかが問題だな。


ルイ「……いっそ捕まるか」


あれだけの騒ぎだ。

街は兵士で溢れているに違いない。

遺体の確認、事件の真相はまだ明らかにはなっていない。


逃げ遅れた観客が俺と処刑人の戦闘。

または、俺とロルフとの共闘を見ていたとする。

そいつは、見たままを証言するだろう。


ーー土や風を操っていた。

ーー挑戦者の男は、炎を操って戦っていた。


そう証言しても、絶対に信じて貰えないだろう。

しかも、処刑人の遺体は骨も遺さず焼き尽くされている。


その観客がいくら真実を話しても、錯乱していると判断される。

だが俺が行けば、状況は変わる。


馬鹿げた話しだと言われたら……

その時は、目の前で炎を出せば流石に信じざるを得ないだろう。

賞金の持ち逃げに関しては、まあ、何とか出来る。


ーー不可思議な力を使う人間がいる。


それが分かれば、兵士もそれなりの対応をするだろう。


ルイ「(化け物扱いされて戦闘にならなきゃいいが……)」


街の皆の前で戦うのは嫌だな。

余計な混乱を生むのは避けたい、極力穏便に行きたい。

でも、そればかりは行ってみなければ分からないな。


最悪の場合。兵士を脅してでも、王の下へ行かなければ。

事実、有り得ない事が起きている。

戦争が起きてからでは遅いんだ。


今は、正式な手順を踏んでる暇なんて無い。


※※※※※

雅風の街道

ーー取り敢えず、水を浴びてさっぱりした。


時間が経って落ち着いた所為か、あちこち痛くなってきた。

胸の黒水晶は相変わらずだ。

これ以上、黒金の蜘蛛の巣が広がらなければいいんだが。

それに、あの処刑人みたいになるのだけはごめんだ。


『兄貴、大丈夫か!!』


ルイ「ロルフ? 何故此処に?」


ロルフ「リリヤって女の人に言われたんだよ」


ロルフ「ルイを助けてあげてってさ。だから」

ルイ「リリヤが!?」

ロルフ「そうだよ? だから俺、兄貴が心配で」

ルイ「リリヤと会ったのはいつ頃だ」

ロルフ「ついさっきだよ。でもさ、不思議なんだよなぁ」


ロルフ「確かに気配もあったし、声も聞こえた。けど、なんて言うか……」


ルイ「ロルフ、感じたまま話してくれ」


ロルフ「えーっと、そこにいるみたいな、いないみたいな……」

ロルフ「影だけが、ぼうっと見えただけなんだ」

ルイ「奴等だ」

ロルフ「奴等? 兄貴、どっかのやくざ者と揉めてるのか?」

ルイ「いや、暗闇の妖精だ。奴等は自分達をそう言っていた」


ロルフ「……暗闇の妖精か。孤児院にいた頃に聞いた事があるよ」


ロルフ「世界を真っ暗闇にして、人に悪いことさせる奴だろ?」


ルイ「ああ。リリヤは、そいつに攫われた」

ルイ「だから、リリヤとロルフが会えるはずが無いんだ」

ロルフ「でも、確かにリリヤって」

ルイ「違う。疑ってるわけじゃない」

ルイ「奴等は一つじゃない。何処にでも現れ、姿を消せる力がある」


ロルフ「じゃあ俺が見たのは、偽物?」


ルイ「かもな。ただ、暗闇の妖精は実在する。俺も、この目で見た」


ロルフ「兄貴はこれからどうするんだ? リリヤって人を助けに?」

ルイ「いや、風の王に会いに行く」

ルイ「不可思議な力を操る存在と、戦争が起きる事を伝える」

ロルフ「…………」

ルイ「いいか、影の口にした事なら一切気にする必要は無い」


ルイ「何が狙いか分からないしな。それと」


ロルフ「……?」


ルイ「来てくれてありがとう。心配かけて済まなかった」

ルイ「俺は街へ行く。じゃあ、元気でな」

ロルフ「……兄貴、俺も行く」

ルイ「何故だ? 会った時から思っていたが、何故そこまで」

ロルフ「……歩きながらでいい?」

ルイ「ああ構わない。行こう」


ザッザッザ……


ロルフ「…………」


ルイ「どうした? 話してくれないのか?」

ロルフ「似てるんだ」

ルイ「似てる? 誰にだ」

ロルフ「俺の恩人で、育ててくれた教会の神父」

ルイ「そんな立派な人は、拳闘で金儲けしたりしないだろう」


ロルフ「そう…だけどさ。あの時、闘技場でやったことが同じなんだ」


ルイ「同じ?」


ロルフ「人を助けたり、守ったり。どんなに辛くても、諦めない」

ロルフ「他人の痛みなのに、自分が痛いみたいに……」

ルイ「………」

ロルフ「神父の兄ちゃんはさ、命がどんなに大事なものか教えてくれたよ」

ロルフ「兄貴が叫んだ言葉を聞いた時。兄ちゃんを思い出した」


ルイ「その口振りだと、その神父はもう……」


ロルフ「ああ、死んじまった」


ロルフ「孤児を守る為に、教会を守る為に死んだんだ」

ルイ「殺されたのか?」

ロルフ「確かに教会をよく思わない連中はいたけど、それは分からない」

ロルフ「でも結局教会は潰されて、孤児達は別々の孤児院に引き取られたよ」

ルイ「何故、盗賊に?」


ロルフ「もう、あんな思いするのは嫌だったんだ」


ルイ「(あんな思い。『失いたく無い』か)」


ロルフ「それと、生きてく為さ」

ロルフ「俺みたいなガキは、そうしなきゃ生きてけなかったんだ」

ルイ「…………」

ロルフ「そんな生活をずっと続けてきたんだけどさ」

ルイ「今晩、俺を見た」


ロルフ「うん。だから俺は……」


ルイ「ロルフ、俺は神父じゃない」


ロルフ「うん、それは分かってる」

ロルフ「でもなんつーか、なんだろうな。俺が、そうしたいんだ」

ルイ「……お前が死ぬかもしれないぞ」

ロルフ「大丈夫!! 俺は絶対死なない!!」

ルイ「根拠の無い自信だな」


ロルフ「まだまだ生きたいし、色んなもの見たいからな!!」


ルイ「(死にたくない。ではなく、生きたい。か)」


ロルフ「まっ、俺がいてもいなくても兄貴は死にそうにないけどな」ニコッ

ルイ「そんな事は無い。事実、助けられた」

ロルフ「それは力に慣れてないからだよ。使ったの、今日が初めてだろ?」

ルイ「分かるのか?」

ロルフ「まーね。それに、俺がやったことは兄貴にも出来るよ?」


ルイ「あの爆発か?」


ロルフ「あれは、鎧の内側に風を入れただけだよ」


ルイ「そんな細かい操作まで出来るのか?」

ロルフ「集中すればなんだって出来るよ? そりゃ限度はあるけどさ」

ルイ「ロルフ、その風の力は生まれつきか?」

ロルフ「ううん。盗みを始めた頃、ちょっと危ない奴に襲われてさ」

ルイ「危ない奴?」


ロルフ「なんか気味悪い奴だった。さっきの斧野郎みたいな感じ」


ロルフ「そいつ、水を使って俺を殺そうとしたんだ」


ロルフ「その時いきなり現れた婆ちゃんがすっげー強くてさ」

ルイ「そいつを倒したのか?」

ロルフ「うん、それもあっという間に。その後に、婆ちゃんが俺に言ったんだ」

ロルフ「これが風の行き着く先、精霊の導きか。とかなんとか」

ルイ「…………」


ロルフ「そしたらさ、婆ちゃんはふっと消えちゃったんだ」


ロルフ「風使えるようになったのはその後だったっけなぁ」


ーーカル、時間だ


ルイ「…………」

ロルフ「でも、あんまり怖くなかったなぁ。温かいって言うかさ」

ルイ「他に何か言ってなかったか?」

ロルフ「うーん。確か……」

ロルフ「風よ、空を覆う暗闇を消し去れ、穏やかなる心のままに、だったかな?」


ルイ「(精霊の力か。だとしたら俺の力も精霊の?)」


ルイ「(いや、俺の力は明らかにロルフとは違う力だ)」


ルイ「(あの風には、黒い炎のような禍々しさは感じなかった)」

ロルフ「兄貴、どうしたの?」

ルイ「……いや、何でもない」

ロルフ「と言うわけで、よろしくな!!」

ルイ「流れがよく分からないが、分かった。宜しく頼む」


ロルフ「よっしゃ!!」


ルイ「ただし無理はするな。辛い時は必ず言うんだ」


ルイ「俺も、もう何も失いたくないからな」

ロルフ「……分かった!! 兄貴も無理すんなよ?」

ルイ「ああ、分かってる」

ロルフ「よっし、じゃあ街に急ごうぜ!!」

ルイ「ははっ、そう…だな」


チリッ…


ルイ「(まただ。この感覚は、知らない記憶の所為か?)」

ルイ「(とても、大事なもののような気がする。出来る事なら、奴等に頼らず早く思い出したい)」


次回「待遇」


※※※※※

風雅の街

ロルフ「なんだこりゃ? 街が真っ白だ」


ルイ「霧だな。人の気配も無い」

ロルフ「街道には霧なんて出てなかったのに。気持ち悪ぃ」

ルイ「(街に入るまで霧なんて出ていなかった。街を覆う程の濃霧か……)」

ルイ「(まさかこの街だけに霧が出ているのか。だとしたら力を使う人間が居る?)」

ルイ「……ロルフ、霧を晴らせるか」

 
ロルフ「へへっ、余裕余裕!!」

ヒュオオオ……


ルイ「もう大丈夫だ。それぐらいで止めてくれ」


ロルフ「えっ、なんで?」

ルイ「この先に、何かが居るかもしれない」

ロルフ「そうかな? 嫌な感じはしないけど」

ルイ「確かに嫌な感じはしない。ただ、用心した方がいい」

ルイ「あれだけの騒ぎが収まったとは思えない。正直、不気味だ」


ロルフ「……違う奴がいるってこと?」


ルイ「かもな。もしそうなら、あまり力を消費しない方がいい」


ルイ「だから、周囲が見られる程度でいい」

ロルフ「なるほど。うん、分かった」

ルイ「それと、どんな些細な事でもいい。何かを感じたらすぐに言ってくれないか」

ロルフ「了解っ!!」


ルイ「まずは闘技場に行ってみよう。兵士がまだ居るかもしれない」

ザッザッザ…


ロルフ「兄貴。あそこに見えるの、人じゃないか?」


ルイ「…っ!!」ダッ

ロルフ「あ、兄貴!? ち、ちょっと待ってよ!!」ダッ

タタタッ…

ルイ「おい、しっかりしろ」

八百屋「うっ…ルイ、か?」


ルイ「無事で良かった。街に何があった」


八百屋「よく、覚えてねえ。急に眠気が、でもその前に何か……」ズキッ


ロルフ「おっちゃん、無理すんな。ゆっくりでいいよ」

八百屋「ルイ、この坊主は?」

ルイ「ロルフ。俺の仲間だ」

八百屋「(仲間。そんな言葉がルイから出るとは驚きだぜ)」

八百屋「(リリヤちゃん以外にも親しい奴がいたとは……)」


ルイ「どうした。どこか痛むのか」


八百屋「いや、大丈夫だ」


ロルフ「兄貴。ただ酔っぱらって道端で寝てただけかもよ?」

八百屋「馬鹿野郎。んなわけねえだろ」

ロルフ「本当かぁ? いかにも酒飲みって感じだぜ?」ニヤニヤ

八百屋「あのなぁ……人を見掛けで」

ルイ「ロルフ。この人は絶対に酒は飲まない」

ロルフ「なんで言い切れんのさ?」


ルイ「一度体を壊してから奥さんと娘さんにきつく止められている」


ロルフ「あ、そうなんだ。ごめんな」


八百屋「いや別に…って、何で知ってんだよ!!」

ルイ「リリヤに聞いた。それより何か思い出せないか?」

八百屋「うぅん…あっ、あぁそうだ」

八百屋「騒ぎが起きたんで、闘技場に行ったんだよ」

八百屋「そしたら怪我人がいて、兵士に人手が足りねえから手伝ってくれって……」


ルイ「……その後は?」


八百屋「それから……そう。怪我人運びを手伝ったんだ」


八百屋「そうこうしてる内に、ここいらじゃ見ない奴が現れた」

ロルフ「そいつは、どんな奴だった?」

八百屋「鎧を着た女だった。多分、どっかの騎士かなんかだろう」

八百屋「現場の兵士達に色々と指示を出してたな。それで……」

ルイ「霧か」

八百屋「あ、ああそうだ!!」


八百屋「現場検証やら何やらが終わって、怪我人や兵士達は街を出た!!」


八百屋「でもよ、その後も女は残ってた……」


八百屋「そ、そしたらあの女が、体から妙な霧を出したんだ!!」

ルイ「落ち着いてくれ。この霧の何が妙なんだ?」

八百屋「す、済まねえ。急に思い出したもんだから……」

八百屋「その霧は、まるで生きてるみてえに俺に向かってきた」

ロルフ「なあ兄貴…」


ルイ「待て、最後まで聞こう。何か分かるかもしれない」


ロルフ「でも、きっとそいつが街の人を」

ルイ「分かってる。だが無闇に動くのは良くない」

ルイ「それに、この人を放って置けないだろう。な?」ポンッ

ロルフ「!! う、うん、そうだね。分かった」

八百屋「…?」

ルイ「済まない。続きを頼む」

八百屋「お、おう」


八百屋「俺はその霧から逃げたんだが、霧は……追ってきた」


ルイ「(間違い無い。この街には水の力を使う人間が居る)」


ルイ「(いや、霧が滞留させて街を出たのか? それが可能なら……)」

八百屋「でもあっという間に追い付かれて、眠っちまったんだ」

ロルフ「そいつ、様子がおかしかったりした? 笑ってたりとかさ」

八百屋「……寧ろ申し訳無さそうな顔をしてた。ような気がする」

八百屋「そういや、霧を出す前に『済まない』って言われたな」


ルイ「……分かった。どうだ、もう歩けそうか?」


八百屋「ああ、大丈夫だ。嫁も心配だし、家に戻…」クラッ


ロルフ「お、おっちゃん。大丈夫か?」ガシッ

八百屋「す、済まねえ。何だがまだ眠気が……」フラッ

ルイ「ロルフ、家まで送ってくれ」

八百屋「俺なら大丈夫だ。それより他にも眠っちまった奴が」

ルイ「それは後で確認する。約束だ」


八百屋「……頼む」


ルイ「ああ、任せてくれ」


ルイ「ロルフ、やはり八百屋を送ってくれ。この霧だ、視界が悪過ぎる」

ロルフ「了解。兄貴は?」

ルイ「先に行って闘技場で待ってる」

ロルフ「でもこんな霧じゃ迷っちまうよ」

ルイ「俺も力を使いながら歩く。何とかするさ」


ルイ「ロルフ、まだ力に余裕はあるか?」


ロルフ「えっ、んー。半分くらいかな。頑張ればもっと行けるかもだけど」


ルイ「そうか。なら、送った後で空から闘技場に来てくれないか」

ロルフ「それはいいけど。霧はどうすんのさ?」

ルイ「向こうも力を使ってるとすれば、無駄になるだけだ」

ロルフ「向こう? この霧出した奴?」

ルイ「ああ。ところでロルフ、質問がある」


ルイ「遠く離れた場所からでも、力を操ったり出来るのか?」


ロルフ「うーん。出来るとは思うけど、かなり疲れると思う」


ロルフ「でも、そいつはこの街にいるのかな? 俺は何も感じないけど」

ルイ「お前の仲間かもしれない。俺や処刑人のような、黒い力じゃない」

ルイ「居るとすれば、精霊の力を使う者。だから、嫌な感じはしない」

ロルフ「盗賊の俺が言えたことじゃないけど、なんだってこんなこと……」

ルイ「それはまだ分からない」


ルイ「兎に角、俺は先に闘技場に行ってる」


ルイ「その女は、多分其処に居る筈だ」


ロルフ「えっ? 兄貴には分かるの?」

ルイ「……ああ、分かる」

ロルフ「……?」

ルイ「八百屋を頼む。世話になってる人なんだ」

ロルフ「う、うん」


八百屋「お、おい。さっきからお前等が何を言ってるかさっぱりだ」


ルイ「………」


八百屋「なあ、ルイ。話したくないならいい、ただ一つ聞きたい事がある」

ルイ「何だ」

八百屋「リリヤちゃんはどうした? 何故こんな夜中に街に居る?」

ルイ「闘技場に参加した。リリヤは、訳の分からない連中に攫われた」

八百屋「攫われた!? じゃあ何で助けに行かねえんだ!!」

八百屋「リリヤちゃんにはお前が、お前だけが」


ルイ「俺だって同じだ……」


ルイ「ただ、今はやるべき事がある」


八百屋「っ、この大馬鹿野郎!!」

バキッ…

八百屋「リリヤちゃんを放って置いてやるべき事だぁ!? ふざけんじゃねえ!!」

ロルフ「おっちゃん、落ち着けって!! 兄貴だって…」

ルイ「済まない」

ロルフ「あ、兄貴!?」


八百屋「済まないで済む…!!」


ルイ「リリヤは必ず取り戻す」


ルイ「どんな手を使っても、俺は、必ずリリヤを助け出す」

八百屋「わ、悪い。カッとなっちまって……」

ルイ「いいんだ。思い切り殴って貰ってすっきりした」

八百屋「ルイ、お前……」

ルイ「ロルフ、後は頼む」


ザッザッザ


ロルフ「兄貴……」


八百屋「(ルイは、あんな顔する奴じゃあ無かった……)」


八百屋「(違う。きっと、元々がそういう奴なんだろう)」

ロルフ「おっちゃん、行こう」

八百屋「あ、ああ」

ロルフ「兄貴ってさ」

八百屋「…?」


ロルフ「本当は優しいんだぜ? あんまり笑わないけど……」


ロルフ「でも、本当は優しいんだ」


ロルフ「今だって、心の中はリリヤって人を助けたいって気持ちで…」

八百屋「分かってる。分かってるさ」

ロルフ「おっちゃん?」

八百屋「あの顔見りゃあ、誰でも分かる」

八百屋「理由は分かんねえが、大変な事情があって何とか堪えてんだろ?」


八百屋「だったら口出しはしねえ。あいつは真っ直ぐで、強い男だ」


つづく…

>>161 雅風の街道ではなく、爽風の街道
>>195 雅風の街道ではなく、爽風の街道
>>215 風雅の街ではなく、爽風の街

場所は一切変わってないです。
何を勘違いしたのか、思い切り間違った。

ごめん。

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