やよい父「娘はアイドル!」 (18)


「長介ー、皆を起こしてきてー」
「はーい。皆ー起きろー!かすみ、浩太郎、浩二!」
「ほらあなた、早く食べちゃって下さい」

我が家の朝は賑やかだ。子供達が一斉に起き出して顔を洗ったり着替えたり。一番下の子が泣き出す声。
全部、俺にとっては日常の風景だ。

「おとーさんおはよー」
「浩二。おはようございますでしょ」
「かすみねーちゃんはこまかいんだよー」
「もうっ、そんなんじゃまた伊織さんに叱られちゃうよ」
「伊織さん怒らせると怖いぞ?」


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長介、浩太郎、浩司、それにかすみが居間に入って来る。賑やかなだ。
本当にみんな、可愛い子供たちだ。ただ…。
子供達がご飯を食べ始めてから、俺はそっと席を立つ。

「母さん?今度の給料、実はな…」

パジャマのポケットに入れていた給与明細を取り出して、母さんに渡す。昨日の夜は、母さんが早めに寝てしまって渡せなかったものだ。

「…。まあ、なんとかします」
「ゴメン…」

世間一般で言えば、低い訳ではない給料も、5人の子供の養育費と家賃、食費を支えるには心許ない。

「ほら、そんな顔しないで。そろそろ着替えないと遅刻するわ」
「うん…」

ネクタイを絞めながら玄関に行くと丁度やよいが洗濯物の籠を持って庭に出ようとしていた。

「あっ!お父さん、行ってらっしゃい!頑張ってね!」
「ああ、やよいも遅いのかい?」
「うん、今日は7時くらいかなーって」
「そうか…あまり無理はするなよ」
「はいっ!」

やよいの笑顔は、私には一日の活力になるのと同時に罪悪感を感じさせる。
本当なら、夕方には帰って家でのんびりしているか、友達と遊んで帰ってくるのかもしれない時間、この子はアイドルとして仕事をしているんだ。
そして、その収入が無ければこの家は成り立たないのだから。



「高槻さん、今がどう言う時期か分かってますよね…?」

朝、出勤した途端に課長の席に呼び出された。
最近はほとんど毎日かもしれない。

「はい…」
「…あのさぁ、俺だってこんな事言いたくないんですよ高槻さん。俺は入社が高槻さんよりも後だし」
「はい…」
「今月はさぁ、割と皆頑張ってるんですよ。数字があとこれだけ要る訳ですから」
「はい…」
「…はぁ、まあ、頼みますよ…」

課長が自分のPCに目を落とすのを合図に、俺も自分の席へと戻る。

「高槻さん、大丈夫?」
「ああ、まあ」
「課長も上からガミガミ言われてるから焦ってるんですよ、このご時世、そう取れるもんでもないですよ」

隣の席の主任が声を掛けてくれた。
ただ、その主任にしてからが今月分のノルマを達成済みの人だが。

「最近、娘さんもご活躍だそうで」
「ええ、誰の娘かわかりませんよ、ははは」

本当に、自分の娘ではない程頑張り屋さんだ。
嫁に似たのだろうか。

「高槻さん、何もそんなに気に病むことは…」
「俺の稼ぎで食わせなきゃなんないのに、娘や嫁に助けられてばかり、今日こそはドーンと新規契約でも取って来ますよ」






「はぁ…今日も駄目なのかなぁ…」

この時期、このご時世、飛び込み営業で取れる仕事なんて限られてる。
今日も今日とて、徒労で終わりそうだった。
予定されていた外回りも済ませて、大分遅い昼食を取ろうとその辺のファーストフード店へ入る。
ハンバーガーと150円のポテトに水を付けて貰って、適当な席に座る。

「…はぁ」

溜息を吐いたところで仕事が取れる訳じゃないのは分かっているけど、どうも上手くいかない。



『ハーイみなさーん!お昼の、スマイル体操、いっくよー!』

店内のモニターに、やよいが映っている。
お昼の番組でのワンコーナーだ。
会社に居れば、昼食を取りながら見ている事が多い。会社の若い子達には、娘のファンもいるようで、何だか変な感じがする。

『世界中笑顔になーれ!あっはっはっは!一つ一つ願いがかないますよーうに!スッマッイッルっ体操~!ゆーめみーるエクササイズー!』

「…やよいは元気だなぁ」

そんな風にボーっとテレビを見ていると、近くに座っていた男子高校生達が色めき立ってた。


「あっ!やよいちゃんだ!可愛いなぁ」
「俺、最近シングル買った。やっぱいいなぁ、スマイル体操」
「キラメ、キラメキラリが良い」
「朝とかテンションめっちゃ上がるよなー!」

自分の娘の事をこうして他人の口から聞くと何だか妙な気分がする。
隣の席に座っていた、俺と同じような遅めの昼食の営業マンの会話も聞こえてくる。

「俺もやよいちゃんみたいな娘が欲しかったよ…」
「下山さん、娘さん居るじゃないですか」
「最近、俺の事は無視するは洗濯物は一緒にするなでさぁ…」
「ああ…」

うちはそんな事が無いなぁ、と思いながら、時計を見るとそろそろ会社に帰らないといけない時間だ。慌ててハンバーガーを口に放り込んで水で流し込み、少し急ぎ足で会社に戻った。


「じゃあ、高槻さん、お先に」
「ああ、お疲れ様です」
「私も上がりまーす、お疲れ様でーす」
「はい、お疲れ様です」
「高槻君、最後君だからね、施錠頼んだよ」
「はい、課長」
「…まあ、契約取れないのは分かってるけど、あんまり根を詰め過ぎるな…って私が言う事じゃあないね。まあ、頼むよ」
「はい」

夜も9時を回り、周りはみんな帰っていく。
勿論年度末だし、経理の部屋や総務も残ってはいるんだろうけど、この部署は俺がいつも最後だ。
プレゼン資料や稟議書の作成を終える頃には、10時近かった。

「そろそろ帰るか…」



「…あれ?まだ電気がついてる」

何時も帰ってくるころには玄関の電気も消されている筈なのに、今日はまだ点けたままだ。
そもそも、母さんが使っている自転車もまだ無い。玄関のカギは流石に閉めてある。

「…今日は遅番だったかな」

寝てる筈の娘達を起こさない様に、立て付けの悪い玄関の引き戸を慎重に開ける。

「…あれ?居間に誰かいる…?」

襖の隙間から明かりが漏れてる。
母さんはいない筈だし…誰が起きてるんだろう、長介かな?


「あっ、お父さん、お帰りなさい!」
「ああ、やよいか…まだ、寝てなかったのか?」
「うん、さっき長介とかすみ達が寝たところだよ、お父さん、ご飯まだだよね?準備するから」
「あ、いいよやよい、お父さん自分でやるから」
「ううん、いっつもお父さん遅くまで頑張ってるんだもん、疲れてるでしょ?座ってて!」

そう言うと、やよいはキッチンに引っ込んだ。しばらくすると、お盆にご飯とおかずに味噌汁を載せて戻ってきた。

「ありがとな、やよい」
「あとでお皿は洗っておくから、お水につけておいてね」
「うん…まだ、寝ないのか?」
「宿題やんないといけないんだ」
「そうか…」


母さんが家に居れば、やよいも家事をせずに、もう寝ていたのではないか。
隣の部屋に移って宿題を片付け始めたやよいの事を考えながら、味噌汁をすすっていると、耳慣れた自転車のブレーキ音が聞こえた。

「お帰り」
「ただいま」
「あっ、お母さん、お帰りなさい!今ご飯用意するね」
「ああ、いいのよやよい、私は自分でするから。宿題あるんでしょ?早く済ませちゃいなさい」
「はい」

母さんはそう言うと、自分の分の夕飯をよそって、俺の前に座った。
寂しさ避けで付けていたテレビのニュースを聞きながら、俺は口を開く。

「やよいがな、用意してくれたんだ」
「あの子まだ起きてたのね…私も今日はどうしても遅番から外れられなかったから…」
「…ごめん」
「…どうしたの?急に」
「…俺の稼ぎがもっと良ければ、お前達に苦労をさせることは無いんだけど」
「…言いっこ無しでしょ。子供は多い方がいい。あなたも、そう言ったじゃない」
「…うん」
「私は、今の生活に後悔をしている訳でも、うんざりしている訳でもない。だって、やよいに長介、かすみ、浩太郎、浩司、浩三…あの子達が、ああやって明るく育ってくれている、それだけで私は嬉しいの。そりゃあ、ちょっと家計は苦しいけどね」
「…」

だが、実際家計に負担を掛けているのは事実だ。結婚してから職を度々変えて、ようやく居ついた会社ではあるけど、給料は少ない。

「あなたが職を転々としたのだって、私達に楽をさせたい為だったんでしょう?」
「結果的に、給料はそんなに上がらなかったけどね…やよいの給料、手を付けてないんだろう?」
「ええ…あの子自身のお小遣い以外は、全部貯金してあるわ」


やよいがアイドルを始めてからも、割と我が家の家計が火の車なのは、やよいが毎月渡してくれるアイドル活動の給料に手を付けていないと言う事もある。

「あの子の頑張った給料を、俺の不甲斐なさの為に使うのは、俺が嫌だ」
「意地っ張りね…でも、私も同じよ」
「え?」
「あの子が頑張ってるのを見るとね、私も頑張ろうって思えるの」
「母さん…」
「だから、あなたもそんなしょげた顔しないで」
「…うん、そうだな。俺がこんなんじゃ駄目だな!」
「ふふっ、そうそう、その意気よ。ほら、早くご飯食べましょう、明日も早いんでしょう?」

そう、俺はこの家の大黒柱なんだ。可愛い子供たちの為にも、落ち込んでなんかいられない。
母さんに急かされ、残っていたご飯と味噌汁をかき込んで、風呂に入って、慌ただしく寝室に引っ込んで、そのまま寝てしまった。



「おはよう、やよい、今日も早いね」

朝6時、何時もより少し早い起床だが、もうやよいは起きて朝食の用意をしていた。

「あっ、お父さん、おはよう!はい、新聞」
「ありがとう…今日の朝ご飯は、やよいが?」
「うんっ、お母さん昨日夜遅かったから、ちょっとでもゆっくり寝ててもらおうかなーって」
「やよいも、あんまり無理するんじゃないぞ」
「えへへっ、大丈夫だよ」
「…お父さんも、頑張るからな、やよい」

一瞬きょとんとした顔で俺の顔を見ていたやよいが、眩しい位の笑みを浮かべる。

「えっ…うんっ!私ももっともーっと頑張って、皆が楽しくなれるように頑張るね!ハイ、ターッチ!」
「「いえいっ!」」

合わせた手が、ぱんっと音を立てる。娘の笑顔を見ながら、俺も自然と笑っていた。
この子の為にも、俺はまだまだ頑張らなくては。

「それじゃあやよい、お父さんもう行くから」
「はいっ!これお弁当」
「ありがとう、やよい。行ってきます」
「行ってらっしゃい、お父さん、頑張ってね!」

今日も、自転車で会社まで向かう。
何だかいつもより、足取りも軽かった。


やよい「私はアイドル!!」 - SSまとめ速報
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やよい「私はアイドル!!」のお父さん目線です。

やよい!お誕生日おめでとう!(2回目)

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