京子「あかりと磁石」 (58)


 砂鉄集めに必要なもの。
 磁石。
 砂鉄をいれるためのきれいな瓶。ジャムの瓶がいい。
 それからビニール袋。これが一番大事。

 砂に直接磁石を近づけると、磁石がザラザラになってしまう。
 だから磁石はビニール越しに扱う。
 そうすれば、くっついてきた砂鉄を磁石から切り離すのも簡単なのだ。

 結衣はこのビニール袋をよく忘れた。
 だから結衣の磁石には砂鉄がくっついていた。


 砂鉄集めに大事なことは焦らないことだ。
 鉄分を含んだ砂から磁石で砂鉄を集めるのは手間がかかるし、集めた砂鉄をきれいにするのにはもっと時間がかかる。
 砂に磁石を近づける。
 くっついてきた砂鉄を瓶に集める。
 最初の段階ではまだゴミや余計な砂などの不純物が多く含まれているので、もう一度磁石を使ってほんとうの砂鉄だけを取り出す。
 この作業を何度も繰り返すと、真っ黒な粉のようなものができる。
 根気のいる作業だ。
 でも、私はこの単純な遊びが好きだった。


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 小さいころの私はどちらかと言えば家のそとで遊ぶのが得意じゃなかったけれど、
 それでも、この砂鉄集めだけは気に入っていた。
 公園の砂場や校庭の砂、河原なんかを見ると、あそこからどれだけの黒いものが採れるだろうとワクワクした。
 運動が得意じゃなかった私には、砂鉄のズッシリ詰まった重いガラス瓶は誇りだった。
 私だって、がんばればこのくらいのことができる。
 そう思えた。

 私たち幼なじみ三人は小さいころの一時期、よく砂鉄集めに精を出した。
 もっとも結衣はこの退屈な遊びがあまり好きじゃなかったらしい。
 ときどきは私に付き合ってくれたけど、それでもすぐに飽きてしまってそこら中を駆けまわりはじめた。
 活発な結衣にはこんなちまちました作業より、からだを動かすほうが好きだったらしい。
 結衣はただ走ってるだけで楽しそうだった。
 私も結衣の走ってる姿を見るのは好きだった。
 だから結衣の走っているあいだは、私がかわりに結衣の瓶に砂鉄を集めた。
 私は努力して、できるだけ純粋な、きれいな砂鉄が結衣の瓶に入るようにした。
 走るのに疲れた結衣が戻って来て、砂鉄の溜まった瓶を見ると「ありがとう、京子」と言った。
 だけど結衣がそのことにどれだけ関心を持っていたかはわからない。
 しかたないことだ。
 結衣は走る。
 私は砂をいじる。
 それぞれ別のことが好きで、近くにいても別のものを見ていた。
 思えば、あのころの私たちがいつも一緒にいたのは不思議かもしれない。
 それでも私は結衣のお礼が聞きたくて、砂鉄を集めた。
 私がたくさん砂鉄を集めると、とりあえず結衣は笑顔になってくれた。
 べつに不思議になんて思わなかった。
「よく集めたな、京子」なんて褒められるのは嬉しかった。
 結衣に勝てるのは砂鉄集めくらいだ。


 私といっしょに、一番熱心に砂鉄集めをしてくれたのはあかりだ。
 あかりは私みたいに運動が苦手なわけでもないし、結衣といっしょに駆け回るのも好きだった。
 それでもあかりは根気よく付き合ってくれた。
 あかりには砂鉄集めの本質のようなものが見えていた。
 地面にしゃがみこんで、ひたすら同じ手作業を繰り返す。
 黒いものでいっぱいになった瓶は、積み重なった作業のあかしだ。
 私とあかりはほとんど話もせずに砂鉄を集めた。
 あかりがほんとうに砂鉄集めが好きだったのかはわからない。
 もしかしたら、私が一人じゃかわいそうだと思ったのかもしれない。
 だとしても、もくもくと砂鉄を集めるあかりの姿はりっぱなものだった。
 私はこの歳下の幼なじみにあこがれのようなものを抱いて、多くのことを学んだ。
 砂鉄集めは静かに。落ち着いて。笑顔で。



 そんなことを机の引き出しから出てきた、「あかざあかり」とマジックで書かれた棒磁石を見ながら思い出した。
 砂鉄集めに使っていた磁石のはずなのに、ひとつもゴミが付いてない。
 律儀にビニール袋を使っていた証拠だ。

 磁石を発見したのは、結衣の家にも行かずに部屋でゴロゴロしていたところを「掃除をしなさい」と母親にやんわり促され、
 抵抗するほどの言い訳も思いつかなかったのでしかたなく掃除をはじめた矢先のことだった。
 S極とN極で青と赤にくっきりと塗り分けられた棒磁石は、「としのうきょうこ」と書かれた丸い磁石とくっついて出てきた。


 どうしてあかりの磁石がここにあるのだろう。
 間違えて持ってきてしまったのか、借りたまま返してなかったのかもしれない。
 砂鉄集めをしていたのはもう何年も前のことだから、それからずっとあかりの磁石は私の部屋にあったことになる。
 ふたつの磁石をもてあそんでくっつけたり離したりしながら、なんだか無性に懐かしくなった。


「お母さん」
 と、リビングでくつろいでいる母親に声をかける。
「瓶に集めてた砂鉄ってどこにやったっけ」

「砂鉄?」


「うん、子どものころ集めてたやつ」

「今も子どもでしょ」

「私、もう大人だもん」

「部屋の掃除もまともにできない子は大人とは言えません」

「うーるーさーいー。それより砂鉄はー?」

「あー、あれね。あんたハマってたよね。おっきくなったら、砂鉄集めるひとになる!って言ってたし」

「お恥ずかしい話です」

「たしかずいぶんまえに捨ててなかった?」


 母親のそっけない言い方に私は傷ついた。
 だけどしかたない。
 私が自分で捨てたのだ。言われてみれば、そんな記憶がある。
 きっと幼い私は、ある時点で「砂鉄を集めるひと」なんかにはなれないと気づいたのだろう。
 真っ黒な砂鉄は考えてみればやぼったいし、何にもならない。
 女の子の部屋の装飾品としてはあまりよろしくない。


 勝手な話だけど、私は罪悪感でいっぱいになった。
 手に握ったままのふたつの磁石がズシリと重くなった。
 小さいころの、あの河原に座って砂鉄を集めていた私が、私の手をひっぱっているようだった。
 今、後ろを振り返ったら、あのころの私とあかりは、どんな顔をして今の私を見ているのだろう。
 泣いているだろうか。
 軽蔑してるかもしれない。
 あんなに夢中になったのに、おまえはなんだ。
 忘れられた歳納京子と赤座あかりが私の背後に佇んでいた。
 忘れられるのは、さびしい。
 あかり。お前はそこでどんな顔をしてるんだ?
 私は今どんな顔をすればいい?
 握りしめた磁石が、じわりと汗をかいた。
 私は決意した。
 あかりに会いに行こう。


 部屋に取って返して、出かける準備をはじめる。
 リュックサックにさっきの磁石と、必要な道具を詰め込む。
 財布もある。方位磁石もある。携帯も、家の鍵も持った。

「お母さん、出かけてくる」

「あんた部屋の掃除は?」

「あとでやるー」

「はいはい。また結衣ちゃんの家?」

 私は答えない。

「あー、あかりちゃんね。迷惑かけるんじゃないよ」
 と言って、お母さんはにやりと笑った。
 うるせー。


 あかりと結衣と私。
 私たち三人が出会ったのは、それぞれの親が昔から友達だったからだ。
 だから私たちの関係は、親たちには小さいころからほとんどすべて知られている。

 私は重度の「あかりっ子」だった。
 うちの母親は今でも私を子ども扱いして、小さいころ私が事あるごとに「あかりちゃんの家」に行きたがったと言って笑う。
 怖いテレビを見て泣き止まなくなった私を、夜中に車で「あかりちゃんの家」まで送っていった話は今にいたるまで家族の笑い話だ。

 私は寝ぼけまなこをこすりながら起きてきたあかりに抱きついて、そのままいっしょの布団に寝て泊まっていった。
 あかりの家族まで私に会うたびにその話をするのだから困ったものだ。本気でやめてほしい。


 それからもう一つ定番のエピソードがあって、それはさらにもう少し小さいころ、家族で買い物に行ったときの迷子の話だ。

 ひとりはぐれてしまった私は、「あかりちゃーん」と泣きわめいたという。

 母親よりさきにあかりちゃんに助けを求める子。
 私はそんな子どもだったらしい。
 実際傷ついたわよ、とは母親の談。あんたったら、お母さんのことなんか眼中にないんだから。
 眼中にないは言いすぎだとしても大人の母親より、歳下のあかりの方がたのもしく見えたということだろうか。
 あかりにジェラシーを抱くお母さんの気持ちを考えると、もうしわけないやら恥ずかしいやらである。

 そういうわけで、親たちは今でも私があかりに甘えてると思ってるらしい。
 うるせー。


 だけど変わらないものなんてない。
 なにもかもどんどん進んで、新しくなっていく。
 私たちはどんどん大きくなって、今も成長していて、これからも違う私たちになっていく。
 大人はそれを知らない。
 結衣も、私も。
 昔のままじゃいられない。
 嫌だと言っても変化は止められない。
 怖くても立ち止まれない。
 私はもう泣き虫だった私じゃないし、今では砂鉄も集めてない。
 じゃあ、あかりは?
 あかりはどうなんだろう。
 確かめに行こうと思った。
 昔のあかりと歳納京子。
 今の私とあかり。
 私たちはどんな風に変わってきて、これからどうなってしまうのだろう。


「行ってきます!」
 うるさく何かを言っている母親を無視して、私は家を飛び出す。


 あかりの家まではそう遠くない。
 私は走りだした。
 晴れた青空と暖かい風。
 探検には絶好の日和だった。
 息が切れる。
 今の私はあのころよりは強くなったけど、結衣みたいには走れない。
 それでも早くあかりに会えるように走った。
 今の気持ちが変わらないうちに。
 あのころの私も、ひっくり返りそうになりながら後ろについてきてるような気がした。
 走るのは気持ちいいね。
 昔は知らなかったこと。いつの間にか学んだこと。
 全力で走る私にびっくりした小鳥の群れが一斉に飛び立つ。
 あかりの家が見えてきた。


 チャイムを鳴らして、息を整える。
 いつものあかりの足音が聞こえて、それから玄関の扉を開いて出てきた幼なじみに、私は言った。

「あかり、砂鉄集めに行こうぜ!」


 ◆

 我ながらいきなりすぎる訪問だとは思ったけど、あかりは文句ひとつ言わずについてきてくれた。
 これが結衣なら小言のひとつや百つくらいは言っていただろう。
 サンキュー、あかり。結衣も見習え。

 私たちは歩きながら砂鉄集めにふさわしい場所を探すことにした。
 私の少し後ろをあかりがとことことついてくる。
 あかりは動きやすそうなワンピースに春めいた上着を羽織って、小さなバッグを手に下げている。
 まだまだ子どもっぽいけど、少なくとも子どものころよりはおしゃれかな。

「京子ちゃん、どうしたの?」

「あかりのファッションチェックしてた」

「え~、恥ずかしいよぉ」
 恥ずかしいよぉと言って、ほんとうに照れた顔をする。
 なんでも言葉通りのやつだ。
 どうかな、だとか感想を訊かないところがあかりらしいと思った。


「京子ちゃん、よく見たら髪がむちゃくちゃだよぉ」
 あかりはちょっと背伸びをして私の髪を手で撫で付ける。

「おお、走ってきたからなー」

「転ばなかった?」

「あかりじゃねーよ」

「あかりはそんなに転ばないよぉ」

「私も転ばないから。ん、ありがと、あかり」
 私の髪はあかりの手ですっかり梳かしつくされてしまう。
 しかしせっかく整った髪も風のせいですぐに乱れる。


「えへへ。すこし風が強いけど、お日様が気持ちいいね」

「春分の日を過ぎたから、これからずっと夜より昼のほうが長いんだぞ」

「そうなんだぁ」
 と、あかりが感心した風に言う。
 春分を過ぎると、昼の方が長くなる。
 あれ。そういえば、これって昔あかりに教えてもらったことじゃなかったっけ。

「京子ちゃん、どこ行こっか」
 あかりはそんなことには気づいてないのか、知らないふりをしてるのか、私の横に並んで、きょろきょろと辺りを見回すしぐさをした。

「うーん、そうだな。川に行ってみよう」
 記憶が正しければ、河原の砂がいちばん砂鉄集めに適していたはずだ。
 あかりと二人で、子どもに混じって公園の砂場で遊ぶのも恥ずかしいし。

 べつに急いでるわけじゃない。
 私たちは川へ向かってゆっくりと歩いて行った。


「京子ちゃんは春休みの宿題、もう終わった?」

「んー。当然まだ」

「当然なんだ…」

「だって~、結衣が見してくんないんだもん。あかり手伝ってー」

「あかり、二年生の宿題できるかな……」

「いや、そんな本気で悩まないでもいいんだぞ。あかりはまじめだなぁ」
 私が不まじめとも言える。

 あかりはちょっと怒った声で、「もお、冗談だったのぉ?」と口をとがらせる。
 なんだか悪いな、という気がして、私はせっかくだからほんとうにあかりに宿題を手伝ってもらえるかどうかの算段を立てはじめた。


 そうこうしてるうちに川に到着した。
 こんなに気持ちがいい日だというのに、あたりには人がいない。
 私たちは堤防の階段を使って川岸までおりた。

「よし、あかり隊員。これより砂鉄の発掘を始める」

「おー!」

「はいこれ、あかりの磁石」

「わ、ほんとうだ。どうして京子ちゃんが?」

「なんかうちの机から出てきたんだよ。それで思ったんだ、これは砂鉄集めをしろって神様のお告げだとね」

 あかりは自分の名前が書かれた棒磁石を、珍しい宝物みたいにしげしげ眺めてから
「なんか懐かしいね」と笑って言った。
 うん、懐かしいよ。



 私とあかりは河原に座って、思い思いに砂鉄集めを始める。
 そばにいるだけで何も言わない。喋らない。
 なんだか数年前にタイムスリップしたみたいだ。
 川の景色はあのころとほとんど変わっていなかった。
 少なくとも、私の目にはそう見える。
 私とあかりの身体だけが、あのころより少し大きかった。

 どこからかシラサギが飛んできて私たちの近くに止まった。
 こんなでかい鳥がやってくると私はビビるが、あかりはそんなことも気にせずに磁石を使って、砂から砂鉄を集めていた。


 ほんとうのところ、あかりは今日のことをどう思っているのだろう。
 また京子ちゃんの気まぐれが始まったと思ってる?
 あかりのことだから、砂鉄集めがほんとうに楽しくて来てるのかもしれない。
 それとも、なにも考えてないとか。
 これはただの数年前の続き。
 特別な意味なんてなにもない。
 あかりの考えてることは、私にはけっこうわからない。
 それでも、あかりの気持ちは顔を見ればわかる。
 あかりは笑ってる。
 私にはそれが嬉しい。

 私があかりっ子だったのも、この笑顔のせいなのかもしれない。
 記憶のなかのあかりちゃんは、いつも笑っている。
 私はあかりの笑顔を見ると、どんなときでも安心した。
 私が不安なとき、転んで怪我をしたとき、結衣と喧嘩をしたとき、誰かに怒られたり怒鳴られたりしたとき、
 あかりがいつもの顔をして、「大丈夫だよ、京子ちゃん」と一言言ってくれるだけで、私は安心できた。
 ああ、私は大丈夫なんだな、と思えた。
 私は泣かないでも平気なんだ。
 あかりが笑っているかぎり、怖いことは、怖くなかった。
 あかりは暖かい毛布みたいに私のことを安心させてくれた。



 私とあかりはそのあともほとんど会話もせずに作業を続けた。
 二人のちょうど中間に置いたガラス瓶に、採った砂鉄を入れていく。
 一時間ほどすると少しばかりの砂鉄が集まった。
 瓶の蓋をして、重さを確かめてみる。
 まだ中の砂鉄より、瓶そのものの重さのほうが上くらいだった。
 砂鉄集めは、根気のいる作業だ。
 幼いころの私は、こんなことをずっとやってたんだな。
 今の私より集中力がありそうだ。
 自分のことながら、感心する。

「あー、お腹すいたー」
 転がるように地面に直接おしりをつけて私はぼやく。
 お昼を食べずに家を出てきてしまったのだ。
 あかりの家で、なにかごちそうになってからくればよかったかな。

「あかり、餡パン持ってきてるよ。一緒に食べよう?」

「まじ? あかり、やるー!」

「えへへ。ピクニックみたいだね」


「私、飲み物買ってくるよ。待ってて」
 私は立ち上がって、来る途中にみた自動販売機に向かって歩き出す。
 たしか、堤防の上にふたつ並んであったはずだ。

「あ、お金」

「いいって、いいって。あかりは砂鉄きれいにしといて」
 餡パン貰って、飲み物代まで出して貰うんじゃ歳上としての威厳が示せない。
 歳納京子にもプライドはあるのです。
 あかりに任せておいたら、私の分までお金を出されかねない。


 てきとうな飲み物(ほんとうにてきとう)ふたつを買って、川へと引き返す。
 堤防の上から見ると、あかりは言われたとおり砂鉄をきれいにする作業をしているようだった。

 ふと、昔もこんな風景を見たような気がした。
 デジャヴだ。
 あれは、いつのことだろう。
 砂鉄集めにハマっていたころより、さらに前。
 あかりの赤い髪を見下ろしていると、胸のきゅっと痛むようなノスタルジーが私を襲った。
 なんだったっけ。
 これ。

「ピクニック」と私はつぶやく。

 ピクニックだ。


 あかりが私に気づいて手を振る。

「京子ちゃーん」


 我に返って、私は走りだした。
 今日の私は、いろんなことに捕らわれている。
 昔のこと、今のこと、これからのこと。
 バナナの皮に気づかなかったのはそのせいだ。

「うおっ!?」

「京子ちゃん!?」
 グルリときれいに回転する世界のなかであかりの驚いてる声が聞こえた。

「いてて……」
 手をついて起き上がるが、最初はなにが起こったのか私にもさっぱり。
 数秒してようやく事態を把握する。
 バナナの皮で滑って転ぶなんて、現実に体験できるんだな。
 また私の自慢話が増えてしまったみたいだ。


 あかりが慌てて走ってくる。
 おいおい、気をつけないとお前さんも転ぶぞ。
「怪我してないー?」

「膝擦りむいちった」
 ついた手のひらが痛むけど、膝以外に怪我はないみたいだ。
 飲み物もいちおう無事だ。

「たいへん。あかり、消毒と絆創膏持ってきてるよ」

「えー、いいよー」
 私の断りの言葉も耳に入らなかったのか、あかりはハンカチと消毒液を出してテキパキと傷の手当をはじめた。
 傷の周りに付着した砂粒を軽く取りのけて、シュッと液を吹きかける。
 されるがままだ。
 あっという間に私の膝小僧には、猫さんの顔がプリントされたかわいい絆創膏が貼られてしまった。
 おまけに頭までなでられる。


「京子ちゃん、もう大丈夫だよ。いいこいいこ」

「あかりー! 私子どもじゃない!」
 私は抗議する。
 これじゃ歳上の威厳が台無しじゃん。

「あ、そっか」

 あ、そっかってどういうことなんだよ。
 あかりにとっての私って、いったい?

 気恥ずかしいけど、それでも、私はみょうに気分が明るくなってきた。
 けっきょく私はまだ、「あかりっ子」のままなのかもしれない。

今日はここまで

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