咲「麻雀って楽しいよね」京太郎「そうだな」 (87)

咲「駅まで送ってくれないかな?」京太郎「朝の五時なんだけど」
咲「駅まで送ってくれないかな?」京太郎「朝の五時なんだけど」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1395056778/)の大学編です。

前回の後日談とは別のIFルートですが、やっぱり京咲。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1395600065

『約束だよ、必ずいつの日かまた会おう』

そう言って別れたのはいつだったっけ?

あれから季節が一回りして、俺は一つ歳を取ったけど、成長なんて何もしてなくて。

でも、お前は俺が思っていた以上に、やっぱり凄い奴で。

そんなことを考えながらあの朝のことを思い出すと、懐かしさとともに胸の奥がチクリと痛んだ。

京太郎「……はは、デビュー一年目でタイトル取って、満場一致で新人王受賞ってヤバすぎだろ」

昨日買って、まだ読んでいなかった麻雀ウィークリー。

その表紙を飾る幼なじみの顔を何とも言えない気持ちで眺めた後、話題の新人王の特集記事に改めて目を通していく。

どうやらデビュー一年目でのタイトル獲得は小鍛治さん以来のことで、あの照さんでさえ成し遂げられなかったことらしい。

京太郎「まあ、その照さんもデビュー二年目からはタイトル取りまくって、今は四冠なんだけどさ」

我ながら、とんでもない幼なじみたちを持ってしまったと思わないでもない。

京太郎「こっちはインターカレッジの予選を突破するので、ひいひい言ってるってのに……」

京太郎(ま、こんなところで愚痴なんて言っても、何も始まらないんだけど)

グゥゥゥ

京太郎「……そういや、昨日から何も食ってなかったな……って、やべぇ、腹減りすぎて動く気力が……」

ガチャッ

優希「おーっす、京太郎、やっぱり部室にいたんだな――って、何してんだ?」

京太郎「……ゆ、優希、良いところに来てくれたな。ちょっと食わせてくれないか?」

優希「えっ、あっ、わ、私をか……?」

京太郎「……馬鹿言ってんじゃねえよ。その手に持ってるタコスをだ」

優希「真顔で突っ込まれると、なんだか私がバカみたいなんですけどー」

いや、他人に聞かれたら勘違いされそうなことを平然と言うお前が悪いんだろ。

京太郎「いや、マジで腹減ってて、それどころじゃねえんだって。頼むよ、優希」

優希「別にそれは構わないんだけど、また徹夜でネトマしてたのか?」

京太郎「まあ、それもあるんだけど。対局後に流行の打ち筋とか注目のプロとかについてチャットしてたら、いつの間にか寝落ちしちゃってさ」

優希「おいっ、それ今月に入って三回目だろ! この部室、ただでさえ夜は冷えるんだから、こんな生活続けて、もしも体壊したらどうするんだ!?」

ズイッと近付いてきて俺を睨みつける優希。

京太郎「いや、えっと、あの、ごめん……今度から気を付けるよ」

優希「その台詞はもう聞き飽きた」プクッ

そっぽを向くと優希は子供みたいに頬を膨らませる。

大学に入って、高校の頃より落ち着いてきたはずなんだけど、こういうところは相変わらずなんだよな。

京太郎「ほんと、悪かったよ。心配かけてすまなかった」

優希「……別に心配なんてしてないじぇ」

京太郎「……喋り方、戻ってるぞ」

優希「――う、うるさいっ。この馬鹿犬っ」

京太郎「ば、ばかっ、タコス投げつけてくんなって」

よっぽど恥ずかしかったんだろう。

自分の命よりタコスを愛する優希が、それを投げつけてくるなんて。

なんとか床に落ちる前にキャッチすることには成功したけど。

京太郎「これ、もらってもいいのか?」

優希「ふんっ、勝手に食べればいいだろっ」

京太郎「じゃあ、ありがたくいただきます、もぐっ」

普通に美味い。

さすがはタコスソムリエ優希御用達の店だな。

優希「…………」チラッ

京太郎「ん? どうしたんだよ。あっ、麻雀ウィークリーなら大体読んだから、読みたいなら貸してやるけど?」

優希「別にいい。私も買ったし」

京太郎「……そっか」

何故か浮かない顔をしている優希。

どうしたんだ、昔の仲間が活躍してるのに嬉しくないのか?

京太郎「咲……頑張ってるよな」

優希「うん、咲ちゃんはホントすごいよ……」

京太郎「いや、俺から見たら、お前も十分すごいんだけどな――って、今さらこんなこと言っても仕方ないか」

優希「うん、咲ちゃんたちと違って、私にはプロでやっていくほどの覚悟も実力もなかったし」

そう言って優希は笑った。

無理して笑っているのか、それともすべてを受け入れて笑っているのか。

他人の本心なんて実際のところ、誰にもわからないものだけど、できれば公社であってほしいな、なんてのは俺のどうでもいい願望なんだけどさ。

京太郎「なんかもう全然、別の世界の人間みたいだよな。ほんの一年前までは一緒の校舎で一緒の部室で馬鹿やって、笑いながら麻雀やってたってのに」

こうして活躍している咲の姿を目の当たりにすると、あの頃の思い出は全部、俺の勘違いで本当は幼なじみの宮永咲なんていなかったんじゃないか、なんて考えが、ふと頭の中を過ぎる。

あのとき交わした約束も実は俺の勘違いに過ぎなくて……

約束を守るために踵を擦り減らすように無理して走って、無茶な生活を送っても、結局それは無駄なんじゃないか?

そんな情けないことを考えて不安になってしまう俺がいた。

優希「……京太郎、さっきの話に戻るけど、これ以上言っても無駄だろうし、私ももう徹夜でネトマするなとは言わない」

優希「だから……今度、毛布持ってきてやるから、もし部室で寝るなら……それ使ってくれないかな?」

京太郎「……いいのか、優希?」

優希「勘違いする前に言っておくけど、もし京太郎が風邪ひいたりして、私に感染ったら困るから仕方なくなんだからなっ」

京太郎「そんな真っ赤になって言い訳しなくても――」

優希「言い訳じゃないっ」

うぐぐ、と唸り声を上げる優希。

京太郎「……わかったよ、ありがとな、優希」

優希「言うことを聞かない馬鹿犬の面倒を見てやるのも、ご主人様の務めだからな」

京太郎「ははっ、それじゃ、そろそろ講義の時間だし、行こうか?」

優希「言われなくてもわかってるじぇ。それと、今日はちゃんと家に帰るように」

京太郎「了解了解。さすがに二日も家に帰らないと、お袋がうるせえからな」

そんな他愛のないことを話しながら、俺たちは部室を後にした。

優希の隣りに座って講義を受けながら、俺は物思いに耽る。

京太郎(久しぶりにあの時の夢を見た気がする……)

幼なじみを後ろに乗せて、駅まで送ったあの朝の記憶。

あの時のことを思い出すたびに、胸の奥に懐かしい暖かさととともにチクリとした痛みが蘇る。

京太郎(多分あれがなかったら、ここまで麻雀にのめり込んだりしなかっただろうな)

だからといって、こうして麻雀漬けの毎日を送っていることを後悔したことはないんだけどさ。

さっきみたいに咲との距離を感じて、卑屈になることもあるけど、それだって一時的なものだ。

あの時、あいつと見た朝焼けの景色を思い出せば、そんな気持ちもすぐに吹き飛んでしまう。

京太郎(でも、あんな綺麗な朝焼けはもう二度と見れないんだろうな……)

もちろん、季節やそのときの気分によって、朝焼けの景色が違って見えることもあるだろうけど、

京太郎(あれから、試しに何回か朝焼けを眺めてみたけど、涙が出るほど感動することなんてなかった)

あいつといたときは見えたのに、今はもう見えないあの朝焼け。

もしも、あいつと再会できたら、あの朝焼けにもう一度出会えるんだろうか?

……なんてな。

京太郎(まだ会えない。俺とあいつとじゃ歩いてる場所の距離が違いすぎる)

京太郎(せめて胸を張って向き合える……それくらいの場所に行かなくちゃ、あいつも納得して会ってくれないはずだ……)

だから、

京太郎「……もっともっと強くならないと」

優希「…………ばか」

京太郎「ん? 何か言ったか?」

優希「何でもない……」

京太郎(なんなんだよ、変な奴だな)

京太郎「失礼しまーす」

煌「おや、須賀くん、今日も早いんですね」

京太郎「俺が一番乗りかと思ってたんですけど、部長に先を越されてましたか」

華菜「私がいることを忘れてもらっては困るし」

京太郎「池田先輩もおはようございます」

煌「蒲原元部長も先ほどまでいたんですけどね……」

そういえば、お菓子の食べカスがところどころ床に残っていた。

いい歳して食べ散らかすなんて、うーん、蒲原元部長にも困ったもんだなぁ。

煌「それはそうと!」ズィッ

京太郎「えっと、何でしょうか?」

煌「またこの部室に泊まり込んでいたそうですね?」

京太郎「げっ、誰から聞いたんですか?」

煌「優希からですっ。まったく、すばらくないですよっ。体を壊したりしたらどうするんですか?」

京太郎「だ、大丈夫ですよ。俺、こう見えて体だけは頑丈なんです。高校時代に結構、鍛えられましたから」

煌「そういう問題じゃないでしょうっ」

京太郎「……はい、すみませんでした」

華菜「大体、文科系の部活で体が鍛えらえられるっておかしいだろ」

まあ、言われてみりゃそうですけど、あの頃の俺も色々とあったんですよ。雑用とか雑用とか。

煌「とにかく、部室に泊まる時はちゃんと防寒対策をして私の許可を取るように。いいですね?」

京太郎「……泊まり込み禁止にはしないんですか?」

煌「そのあたりのことは須賀くんを信用してますから」ニコッ

今にも「すばらですっ」と言わんばかりの笑顔を浮かべる花田先輩。

京太郎(まったく、この人には勝てないな)

睦月「――うむ、それでは始めようか」

京太郎「はい、そうですね――って、ちょっ、津山先輩、いきなり出てこないでくださいよっ」

睦月「むっ、すまない。いや、先ほどまで蒲原元部長がいたから、ちょっと逃げてたんだ」

京太郎「あー、津山先輩、蒲原元部長のお気に入りですもんね」

睦月「あの人、事あるごとに私をドライブに付き合わせようとするからな……うっ、思い出そうとすると頭痛がっ」

トラウマがよみがえったのか額を押さえる津山先輩。

よっぽど思い出したくないらしい。

まあ、かく言う俺もワハハカーの被害者の一人なんだけどさ。

というか、先ほど見つけたお菓子の食べカスから推測するに、

京太郎「津山先輩、プロ麻雀せんべいを囮にして逃げたんですね」

睦月「うむ、大人買いしたせいで大量に余っていたからな。それでも、トップシークレットレアの宮永姉妹(水着ver)は当たらなかったが」

京太郎(トップシークレットレアってことは、ついに咲もトップ雀士の仲間入りか)

そりゃ、今一番話題のプロなんだし、当然と言っちゃ当然なんだけど。

華菜「……こうして話してると、なんか、あいつ、全然違う世界の住人になったみたいだな」

煌「須賀くんとしては幼なじみが有名になるのは嬉しいけれど、ちょっと寂しいといったところでしょうか?」

京太郎「うーん……どうですかね。近くに居すぎたせいか、夢を見てるみたいで、なんかまだ実感が湧かないなーって感じで」

正直に本当の気持ちを話すわけにもいかず、俺は曖昧にごまかす。

華菜「確かに自分と打ってた奴が、トッププロになったって言われてもピンと来ないよなー」

京太郎「でも、池田先輩もプロからの誘いがあったって聞きましたけど」

華菜「まあ、あったっちゃあったけど、ウチらの世代は化け物ぞろいだったからな。正直、プロとしてやってける自信がなかったから断ったよ」

京太郎「そうですか。なんか勿体ない気もしますけど」

でも、池田先輩の気持ちもわからないわけじゃない。

照さんを筆頭に咲を加えた若い世代が、プロ麻雀界の勢力図を塗り替えようとしている現状。

そこにプロとして完全復帰した小鍛治さんが加わり、今のプロ麻雀界はまさに戦国時代の様相を呈していた。

足を踏み入れれば最後、下手をすれば再起不能になるプロすらいるという。

京太郎(そんな中で咲はトッププロになってるんだよな。本当にすげえ奴だよ)

睦月「そういえば、優希ちゃ……じゃなくて、片岡さんとムロはまだなのか?」

京太郎「もうすぐ来ると思いますけど、先に俺たちだけで始めましょうか?」

煌「そうですね。インカレの予選ももうすぐ始まりますし、今年こそは県予選突破を目指して頑張りますよ!」

京太郎「――カン……ツモっ、嶺上開花」パタン

華菜「あーっ、またやられたし! 今日で二回目だし!」

煌「相変わらず、須賀くんの嶺上開花はすごいですね。成功率六割といったところでしょうか」

睦月「うむ、大したものだ」

華菜「まったく、お前は宮永かっての!」

京太郎「いえ、咲のやる嶺上開花はこんなもんじゃありませんでしたよ」

俺に言わせれば、こんなの紛い物だ。

少しでもそれに近付きたくて、高校三年間、色々とコツを教わったり真似してみたりしたけど、

京太郎(やっぱり、俺じゃ中途半端な真似しかできないみたいだ)

京太郎(こんな半端なら真似、やめた方がいいのに)

でも、

京太郎(駄目なんだよな。咲を近くで見てくれてるような気がして、結局やめられない)

京太郎(こんな女々しいことしてるって知ったら、きっと咲は笑うだろうな)

華菜「なーに黄昏てるし! もう一局勝負だ!」

煌「ふふっ、燃えてるね、華菜。私たちも負けてられないよ、睦月」

睦月「そうだな。私も精一杯打たせてもらおう」

京太郎「……先輩たち……わかりました。受けて立ちますよ! 負けませんからね!」

華菜「それはこっちの台詞だし!」

京太郎(うん、大丈夫だよな)

京太郎(……大学に入ったばかりの時は不安だったけど、この人たちが先輩で本当に良かった)

京太郎(お前との距離は離れてばかりだけど、俺は何とかやっていけてるよ)

京太郎(ありがとな、咲。俺に麻雀の楽しさを教えてくれて)

咲「――カン、カン、カン……ツモっ、嶺上開花」パタン


『対局終了――!! 新人王の快進撃が止まらないっ。三尋木プロを退け、姉と小鍛治プロの待つ決勝卓へと駒を進めました!』


咏「まいったねー、最後の最後でまくられちまったよ、にゃははは」

「三尋木プロ、笑い事じゃ――」

咏「言われなくてもわかってるって。いや、しかし強いねー」

咲「いえ、私なんかまだ全然で――」

咏「まあまあ、謙遜しなさんなってー」

「……っ、三尋木プロ、こんな子と話してないで早く行きましょう」

咏「いやいや、せっかちな子だねー。じゃあ、私も失礼しようかね。まあ、これから色々と風当たりも強くなるだろうけど、決勝戦がんばりなよ」

飄々とした態度でそう言うと、三尋木さんは他の対局者とともにスタスタと対局室を出て行った。

咲(あの三尋木さんに勝てるなんて……)

私は勝ったことを喜ぶより、無事に対局を終えられたことに安堵していた。

咲(実際、今回の対局内容は私の負けだったし)

序盤から圧倒的な火力で攻めたてられて、何とか凌いでるうちに最後の最後で運よく槓材が重なって勝てただけだった。

試合内容だけでいえば、私よりも三尋木さんの方が何枚も上で、だからこそ、他のプロの人があんな風な態度を取るのも、仕方ないといえば仕方なかったのかもしれない。

咲(去年はくじ運がよくて、あんまり強い人と当らずにタイトルが取れたけど、これからはそんな風にはいかない)

今みたいな苦しい対局がずっと続くのかと考えると、胃がキリキリして目まいがしそうだった。

咲(何だろう、この感覚……もしかして私、麻雀を打つのが怖いの?)

知らないうちに手が震えていた。

こんな感覚、私は知らない。

咲(……どうしてこんなに苦しいの? 苦しいよ、京ちゃん、麻雀って、こんなに苦しくてつらいものだったの?)

そうして、迎えた決勝戦。

お姉ちゃんと小鍛治さんの初対決に注目が集まる中、私は何のいいところもなく、焼き鳥で対局を終えたのだった。

照「咲、一人で帰るの……? もうすぐ打ち上げも終わるし、途中まで一緒に帰ろう?」

咲「ううん、私は大丈夫だから。それに、ちょっと一人で歩きたいし」

照「そう……迷子にならないように気を付けてね」

咲「もうっ、大丈夫だってば。あの頃の私とは違うんだから」

照「うん、そうだね。咲、強くなったもんね」

私の言葉にお姉ちゃんはにっこりと笑う。

咲「それじゃあね、お姉ちゃん、優勝おめでとう」

照「うん、次は咲も、ね?」

咲「そう……だね。頑張ってみるよ」

曖昧な笑顔を浮かべて、お姉ちゃんだけじゃなく、他のプロの人たちにも頭を下げてから、私は打ち上げ会場を出た。

咲「……あはは、お姉ちゃんは本当に強いや。あの小鍛治さんに勝っちゃうんだもん」

咲「本当すごいよ、私なんかとは大違い……」

お姉ちゃんは本当にすごかった。

小鍛治さんが現役復帰したばかりで、勝負勘が鈍っていたとはいえ、真っ向からぶつかり合って、本当に優勝しちゃうんだもん。

そして、私はその光景を、ただ眺めていることしかできなかった。

二人の静かな熱気がぶつかり合う中、邪魔にならないように振り込まないように、ひたすら逃げ続けた。

お姉ちゃんは途中で私の様子がおかしいのに気付いたみたいだけど。

咲(でも、さすがに小鍛治さんを相手にしながら、他の対局者を気遣えるような余裕はなかったみたい)

咲「……って、何してるんだろう、私。あんな麻雀して……瑞原さんや赤土さんになんて謝ろうか」

きっと瑞原さんは私のことを心配してくれるだろうけど、でもそれが逆につらい。

咲(それに、赤土さんも絶対に私の調子がおかしかったことに気付いてるよね)

赤土さんとはプロになるまで、ほとんど面識もなかった。

でも、あの人はその前から私のことをかなり買ってくれてたみたいで、私が大宮ハートビーツに所属することになったのも、赤土さんが推してくれたからだって後で聞いた。

なのにあんな対局を見せてしまって、本当に申し訳ない気分でいっぱいだった。

咲「私は全然、強くなんかなってない……」

あの日、別れた幼なじみとの約束を果たそうと、これまでがむしゃらに頑張ってきたけど、

こうして一度、躓いてしまうと、どうやって立ち上がればいいのかさえ、わからない。

それでも、周りのみんなからの期待だけは大きくて……

咲(一人で歩く帰り道はやっぱりつらいよ、京ちゃん)

帰り道の途中にあった公園のブランコに座りながら、夜空を見上げる。

咲(部活帰りに、京ちゃんとよく空を見上げたっけ)

目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。

あの頃はずっとそんな日常が続くと思って、星の光のことなんて気にも留めなかった。

けれど今は、あの時あの瞬間がどんなに尊いものだったのか痛いほどにわかる。

咲「あぁ……やっぱり、ここからだとよく見えないや」

長野にいた頃は何気なく空を見上げれば、満天の星空が広がってたはずなのに。

東京の空はいつも明るくて、

咲「こんなに明るかったら、星も自分がどこにいるかわからなくて、私みたいに迷子になっちゃうよね……」

ぼんやりと星のない夜空を見上げる。

京ちゃんといたときには見えたはずの星が、透明になったみたいに一つも見つけられなかった。

咲(夜空にはお月様がぽつんと一人。寂しくないのかな?)

咲(……私は寂しくなんかないよ。みんながいてくれるし、それに貴方との思い出があるから)

咲「思い出そうとすれば寂しくなるけど、でも、それはきっと悪いことじゃないんだよね……」

急に視界がぼやけて、気付けば涙があふれだしていた。

咲「あはは……だめだな、私。なに泣いてるんだろ」

どんなに強がったって私はやっぱり泣き虫で、あの頃からちっとも成長なんかしてなくて。

咲「いつまでこんな風に頑張ればいいのかな? どこまで行けば貴方と会えるのかな?」

あの時、貴方と一緒にいた場所からずいぶん遠くまで来てしまった。

咲(そんな風に思ってたけど……)

咲「私は結局、もと居た場所から一歩も前に進めてなかったんだ……」

京ちゃんは大学に行って、自分の夢に向かって頑張ってるっていうのに。

私はどこにも向かっていなかった。

私はどこに行きたいんだろう?

どこまで行けるんだろう?

これからの日々のことを考えると頭がおかしくなりそうだった。

お姉ちゃんや小鍛治さんと戦うのが怖い。

ううん、違う。

今はただただ麻雀を打つこと自体が怖くて堪らない。

麻雀を打つのが怖くてつらくて、でも、明日も対局が待ってるから、

逃げたくてきつくてメゲそうでも、逃げるわけにはいかなくて。

咲(大体、私には逃げ出すほどの勇気もないから、きっと明日も誤魔化すように笑って対局場に行くんだろうな)

麻雀はつらくて怖いけど、でも、京ちゃんと『また会おう』って約束したから。

私は麻雀から逃げ出すわけにはいかなかった。

だけど、

咲(ねえ、京ちゃん、星の見えない夜をまっすぐ歩くのって、こんなに大変なことだったんだね……)

京太郎「……プロアマ交流戦?」

優希「そうそう。京太郎も名前くらいは知ってるだろ?」

京太郎「確か、何年か前に高校生だった天江さんが大活躍してそのまま優勝しちまったアレだよな?」

優希「そうそれ。予算の都合が付かなくて、それ以来やってなかったみたいだけど、久しぶりに今年からまた開催されるんだって」

京太郎「でも、それがどうしたんだよ? 俺、そんなのに興味ないぞ」

優希「話は最後まで聞く。その大会のプロ側の出場者条件が長野出身らしいんだけど」

京太郎「長野出身って……それって、まさか……」

優希「確認したら、咲ちゃんの名前もあった」

京太郎(咲が……長野に帰ってくる)

優希「去年は忙しくてお盆も正月も帰ってこれなかったみたいだけど、これならようやく咲ちゃんと会えるな」

京太郎(咲と会える……)

いや、でも……

京太郎「なあ、優希、アマ側の出場条件ってのはどうなってんだ?」

優希「何でアマの出場条件なんか……京太郎、まさか……」

京太郎「俺もアマ側の出場者として大会に参加したい」

優希「なっ!? 正気なのか? 大学生だとインカレで活躍するくらいしないと出場できないくらい条件が厳しいんだぞ」

京太郎「わかってる。わかった上で参加するつもりなんだ」

優希「何でそんな意地張るんだよ。普通に会えばいいだろ!」

京太郎「……意地か」

ああ、そうだ。自分でも意地になってるのはわかってる。

だけど、長野に帰ってきた咲とただ会うだけじゃ、約束を守ったことにはならないんだ。

優希「何で……」

京太郎「優希?」

優希「どうして、そうやってつらい方ばっかり選ぶんだよっ?」

優希「咲ちゃんに会いたかったんだろ?」

優希「咲ちゃんと話したいんだろ?」

優希「なのに何で、いつもそうやって遠回りしようとするんだよっ?」

泣きそうな声で優希は言う。

優希「私がどんな気持ちで……」

京太郎「ごめんな、優希」

ただ謝ることしか俺にはできない。

だからせめて、この親友には本当のことを言おうと思った。

京太郎「咲と約束したんだ。必ずいつの日かまた会おうって」

優希「約束したって、じゃあ、何で……」

京太郎「でも、今のままじゃダメなんだ。あいつに置いてかれた今のままじゃ、あいつに面と向かって『久しぶり』って言ってやれないから」

優希「そんなの……そんなのっておかしいだろ!」

京太郎「わかってる。自分でもおかしいって自覚してる。でも、こういうやり方しか俺にはできないんだ」

優希「……ばか」

そう呟いて優希は泣いていた。

堪え切れなくなったように涙をこぼしながら、俺を睨みつける。

優希「京太郎のばかっ、もう知らないっ!」

逃げるように走っていく優希。

京太郎「優希……」

俺はその姿をただただ見送る。

追いかけることができなかった。

そんな資格が自分にあるとは思えなかった。

京太郎「……優希を泣かして、馬鹿みたいな意地張って、ほんと馬鹿だよな、俺」

きっと他の人から見ても俺はおかしいんだろう。

馬鹿みたいな意地を張って、自分からチャンスを潰そうとしている。

でも、

京太郎(俺が正常か異常かなんて関係ない)

京太郎(あいつと約束したんだ。必ずまた会おうって)

あの時の俺は弱くて、あいつの未来の邪魔にしかならなかったから。

そうやって約束して見送ることしかできなかった。

だけど、もうあんな思いをするのは沢山なんだ。

せめてこの程度の大会の出場条件くらいクリアできなきゃ、ずっと先を行くあいつに一生追い付けやしないんだよ。

ふと見上げれば、頭上に広がる満天の星空。

高校時代、部活が遅くなったときに、咲と一緒に見上げて歩いたな、なんて思い出す。

懐かしさに口元が自然と緩んだけど、それと一緒に胸の奥がチクリと痛んだ。

京太郎(この痛みの正体は後悔だけじゃないんだろうな)

これはきっと、あの朝に生まれた言葉にできない何かなのだろう。

京太郎(大丈夫だ。お前との思い出がどんなに薄れたって、この痛みがあるかぎり、死んでも忘れたりしねえよ)

京太郎「だから、ほんのちょっとだけ待っててくれ、咲」

この満天の星空をあいつも見ててくれればいいな、なんて思いながら俺は家路につく。

インターカレッジの季節はもうすぐそこまで迫っていた。

咲「……はぁ、今日もまたダメだった」

遠征先のホテルのベッドに倒れ込んだまま、私はつぶやく。

そういえば、化粧を落とすのを忘れてたな、なんて思うけど起き上がる気力もない。

あの日、お姉ちゃんたちと対局してから一か月……私はその後の大会でずっと予選落ちを続けていた。

咲「……せっかく大阪まで遠征に来たのに。何やってるんだろ、私」

大会の帰り道、瑞原さんと赤土さんが私のことを心配して、色々と気を使ってくれたけど、そっけない反応をしてしまった。。

本当に申し訳ないと思うけど、今の私にはそうして気を使われることの方がつらい。

咲「……こんな生活いつまで続くんだろ?」

あの頃は麻雀を打っているだけで楽しくて、こんな風に麻雀を打つのが苦しくなるなんて、想像もしてなかった。

咲(多分、私は甘かったんだろうな……)

プロになる不安がなかったわけじゃない。

だけど、応援してくれる人がいるから、やっていけると思ってたんだ。

咲(……本当に)

咲(一年目はそれでなんとかやっていけたけど、それが駄目だったんだろうね)

二年目のジンクスなんて言葉があるけど、今の私の状態がまさしくそれだった。

コンコン

ドアをノックする音。

咲(こんな時間に誰だろう?)

はやり「咲ちゃーん、まだ起きてる~?」

咲「瑞原さん? あっ、ちょっと待っててください」

こんな顔してるのを瑞原さんに見られるわけにはいかない。

化粧が落ちないように涙をぬぐって、ドアを開ける。

咲「こんばんは、瑞原さん。こんな時間にどうしたんですか?」

はやり「ん~、せっかく大阪に来たんだから、一緒に飲みに行かない?」

咲「えっ!? 二人でですか? それに私まだ未成年だから、お酒は――」

はやり「大丈夫、無理に飲ませたりしないし、晴絵ちゃんも誘ってあるから、ね☆」ハッヤリーン

咲(うっ、このプロきつい……)

久しぶりに真正面から、はやりんフラッシュを浴びて、思わず吐き気を催してしまった。

咲(そんな気分じゃないし、断りたいところだけど……)

でも先輩にここまで気を使われて断るわけにはいかない。

咲(それにまた、はやりんフラッシュをやられたら、私、多分吐いちゃうだろうし……)

咲「わかりました……行きます。ちょっと準備しますんで、先にロビーに行っててもらえますか?」

はやり「うんうん、それじゃよろしくねっ」

咲「……それでですね……また会おうって約束したのに……京ちゃんってば、全然連絡すらくれないんですよ……うわーん、京ちゃんのばか~」

はやり「これ……どうしようか、晴絵ちゃん」

晴絵「いや、私に聞かないでくださいよ……」

苦笑いを浮かべるはやりさんに私も苦笑を返すしかなかった。

まさか、この後輩がここまで泣き上戸で絡み上戸だったなんて、思いもしなかったのだ。

最初この店で飲み始めたとき、咲があまり乗り気でないのはすぐにわかった。

もちろん、私もそうなるであろうことは予想したうえで誘ったんだけど。

晴絵(でも、こんな落ち込んだ状態の後輩を放っておけるわけないだろ)

この一か月、咲が調子を崩しているのは、私もはやりさんもわかっていた。

咲の不調は世間では二年目のジンクスとか言われているけど、実際のところ精神的な面が大きいと私たちは睨んでいた。

晴絵(そりゃそうだ。新人一年目でタイトル取ったせいで、お正月も帰省する暇がないくらいメディアから引っ張りだこだったんだから)

そうして次第に調子をおかしくさせていき、あの一か月前の大会を機に、隠れていたそれが顕在化した。

最近ではあれだけ咲を持て囃していたマスコミも叩きに回り始めているんだから、始末に負えない。

元々、あの天才『宮永照』の妹として期待値も大きかったから、仕方ないことかもしれないけど。

晴絵(それで、この子のガス抜きができればって誘ったんだけどね)

宮永咲という子は麻雀に関しては天才的な才能を持っているくせに、それ以外のことが全くのダメダメだった。

いや、ポンコツといってもいいかもしれない。

未だに私たちや姉以外のプロとほとんど交流がないみたいだし、マスコミへの対応もグダグダで、おまけに、

晴絵(キスすらしたこともなく、恋人でもなかった昔の男のことを引きずってるなんて……)

管を巻きながら、その京ちゃんという少年について愚痴をこぼす咲の姿は、普段の文学少女のような態度と違って、ただただ見苦しかった。

これが学生時代なら、まだ微笑ましい昔の思い出として笑って済ませられるかもしれないけど、社会人、それもトッププロとしてはこの上なく情けない醜態なんだけど、本人に自覚はないんだろうね。

晴絵(っていうか、ノンアルコールカクテルでここまで酔っぱらうって、どういうこと?)

咲「ちょっと~レジェンドってば、聞いてるんですか~」

晴絵(こいつ、酔ってるとはいえ、人のことレジェンド呼ばわりするなんて酒癖悪すぎだろ……)

はやり「もうっ、咲ちゃんってばノンアルコールとはいえ飲み過ぎだよ。ちょっと休もうよ、ね?」

咲「あはは、大丈夫ですって。そういえば~はやりさんって結婚しないんですか~?」

晴絵「おいっ、それは禁句……」

咲「今年で3■歳なんですよね? 3■歳で牌のお姉さんって正直きつくないんですか?」

はやり「…………」ピクッ

晴絵「あっ、あっ……」

晴絵(駄目だ、私にはもう止められない……)

はやり「ねえ、咲ちゃん、そこでちょっと麻雀打とうか?」

咲「えへへっ、いいですよ~」

何がいいですよ~だ、この馬鹿。

巻き込まれる前に逃げるしかない。

気付かれないように席を立とうとした私だったんだけど、

ガシッ

はやり「どこに行くつもりかな~? 晴絵ちゃんも打つよね?」ニコォ

晴絵「ひっ、ひぃぃっ、う、打ちますから、その笑顔はやめてください……」ビクビク

咲「それじゃ、残りの一人はどうしましょうか……んん? あっ、そこで飲んでる人は――末原さん!?」

恭子「……ん?」

今日はこの辺りで終わり。

多分、一週間くらいかけて、ちまちま投下していくことになるかも。

一度完結させたスレを別のルートで書き直そうとする自分は貧乏性だなとか思うけど、できればスレタイのシーンまではやる予定。

それではおやすみなさい。

『今のあんたの麻雀はつまらんわ』

その人は私を見ながら、悲しそうにそう言った。

対局が終わってみれば、その人はプロ三人を相手に圧倒的な点差を付けられて最下位だった。

おそらく傍から見れば、彼女の言葉は負け惜しみにしか聞こえなかっただろう。

けれど、

咲(……何度も対局した私だからこそ知っている)

その人が誰よりも真摯に麻雀に取り組んでいたことを。

決して、負け惜しみを言うような弱い人ではないことを。

だから、その人の言葉は何よりも深く私の心を抉っていった。

はやり「……ふふっ、なかなか楽しい対局だったね。あの子、恭子ちゃんだっけ? なかなか強い子だったし。姫松の大将だった子だよね?」

咲「はい、私が高校生の時、あの人にはかなりやられましたから……今回の対局でも、説教されちゃいましたけど」

はやり「ふふっ、だいぶ元気になったみたいだね?」

咲「えっ、そう見えますか……確かに末原さんと打てて、ちょっと元気出たかもしれません」

本当は元気など出ていなかった。

そんなのは全部嘘で、あの人にこれまで自分が積み重ねてきたものを全否定された気がして、消えて無くなってしまいたい。

本当はそんな風に考えていた。

はやり「ふふっ、咲ちゃんがあんなに楽しそうに打つところ久しぶりに見たかも。とはいえ、挑発されたからって素人さん相手にやり過ぎだぞっ☆」

咲「う……すみません」

はやり「でも、だいぶ調子戻ってきた感じかな? 今の感じ、どうだった?」

咲「あ……そういえば、公式の試合じゃないと思って打ったら、なんだか槓材もよく見えたような……」

本当は槓材なんて全然見えてなかったけど、それらしいことを言って誤魔化す。

はやり「……うん、その感覚忘れないでね」ニコッ

にこりと笑う瑞原さん。

その屈託のない笑顔が、今の私にはどうしようもなく眩しかった。

咲(瑞原さんの笑顔は本当に眩しすぎて、私にはちょっと重い……)

本当の私は嘘つきで、他人の顔色を窺ってばかりの卑屈な人間だから。

瑞原さんみたいな良い人は苦手だった。

咲「瑞原さん、もしかして私のために怒ったふりして一芝居打ってくれたんですか?」

はやり「んん~、何のことかわかんないな~」ニコッ

咲「……瑞原さんにはやっぱり敵いませんね」

はやり「ふふっ、感謝するなら私じゃなくて、他の二人にねっ☆」ハッヤリーン

咲「……ちょっ、う、うぇっ、不意打ちのはやりんフラッシュは反則ですよ……」

私は吐き気を堪えながら、きょとんとしている瑞原さんに言う。

咲(やっぱり、このプロきつい……)

恭子「うっ、うぇぇっ、ごほっ、げほっ、うえぇぇっ」

晴絵「ちょっと大丈夫?」

恭子「……はい。なんとか……あれだけ大見得切っときながら吐いてもうて、すみません」

まだ苦しいだろうに、末原さんはこちらを安心させるように下手な笑顔を浮かべて答える。

晴絵(ほんと、この子には申し訳ないことしたな。なんか流れで説教してもらったけど、そのせいで咲の集中砲火を一身に浴びさせることになっちゃったし……)

晴絵(咲も咲よ。相手はアマチュアなんだから、少しは手加減くらいしなさいっての)

もちろん、あの子がそんな器用な性格じゃないのは知ってるけど。

晴絵(でもプラマイゼロモードの時と魔王モードのときで落差がありすぎなのよ)

対局のトラウマで、トイレでゲロまみれになっている末原さんを見ていると、十数年前の自分を見ているようで、身につまされる思いだった。

晴絵(まあ、あのときの私は一人でいるとどこかで小鍛治さんがこっちを見ているような気がして、ストレスでPTSD一歩手前まで追い込まれてたんだけどね……)

今でこそ笑い話で済むけど、当時は本当に大変だったのだ。

恭子「げぇぇっ、ごほっ、うっ、うぇぇえっ」

晴絵(この子を見てると本当やりきれない気分だわ……)

だからこそ、

晴絵「どうして、あんなこと言って咲を挑発したの?」

どうしても、それだけは確かめておきたかった。

この末原恭子という打ち手は真っ直ぐな性格で、意味もなく人に喧嘩を売るような人間じゃないのは打っていてわかった。

なのに、今回の対局では面と向かって咲に『今のあんたの麻雀はつまらんわ』と言ってのけたのだ。

かつて指導者として、子供たちと接していた性(さが)なのだろう。

私にはどうしてもそこが腑に落ちず、気になって仕方なった。

こうしてトイレまで付いてきて介抱をしているのも、巻き込んでしまって申し訳ないという気持ちのほかに、この子の本心を確かめたいという思いからだった。

私の訊ねに対し、末原さんはわずかに逡巡した後、恥ずかしそうに口を開く。

恭子「だって……悔しいやないですか」

晴絵「悔しい?」

予想外の言葉に、私は末原さんの真意を測りかねる。

恭子「私が宮永と対局したことがあるのは知ってますよね?」

晴絵「ええ。四年前のインターハイの二回戦と準決勝で当たってたわよね」

恭子「あの時の対局のことは今でもよく思い出すんです。私の対局相手は宮永をはじめ、規格外の化け物ばかりでした」

末原さんは昔を懐かしむように口を開く。

晴絵「……規格外の化け物、ね。あながち間違ってないかもね」

咲本人が聞いたら、きっと心外だって怒るでしょうけど。

恭子「正直、あの時ほど麻雀が苦しくてめげそうで、麻雀が嫌になった時はありませんでした……」

晴絵「確かにあの時のメンツは二回戦といい、準決勝といい、化け物ぞろいだったからね」

経験者は語るってほどじゃないけど、私も似たような経験をした身だから、あの時の末原さんのことを他人事とは思えなかった。

晴絵「よく麻雀をやめなかったわね? つらくなかったの?」

恭子「確かにつらいって思う気持ちもありました。でも、おかしな話ですけど、あの絶望的な状況でも、それを楽しんでる自分がいたんです」

恥ずかしそうに末原さんは言う。

晴絵「…………」

恭子「おかしいですよね。あんな滅茶苦茶にやられて、身も心もボロボロにされたのに、こなくそって、その状況を楽しもうとしている自分がいたんですから」

恭子「私がどんなに綿密に対策を立てても、あいつは軽々とそれを超えていくんです。自分はどうしようもなく凡人なのに、あいつは全然立ってる場所が違って……」

恭子「だから、そんな凄い奴にあんなつまらん麻雀を打たれたら、私の立つ瀬がないやないですか」

恭子「それがどうしようもなく悔しくて……」

晴絵「そっか……」

私はこの末原恭子という少女のことを、少し甘く見ていたようだ。

似たような境遇から勝手に親近感を持ってたけど、この子の方が私より何倍も強くて、真摯に麻雀に取り組んでいた。

晴絵(多分、私はこの子のように小鍛治さんに面と向かって、あんなこと言えないだろうし)

恭子「このこと、宮永には絶対に言わんといてくださいね……うっ、げっ、げぇぇっ」

せっかく良い感じに決めたのに、また吐瀉物をぶちまけることによって、末原さんはすべてを台無しにしてしまった。

晴絵(なんというか、色々と残念な子……)

晴絵(でも、この子の性格と打ち筋は嫌いじゃない。今度、この子を推薦してみようかな?)

晴絵(末原さんといっしょのチームになったら、咲や私にもきっと良い刺激になるだろうし)

晴絵(うん、今度、熊倉監督に相談してみよう)

恭子「うぅっ、なんか寒気が……うぇぇっ、げぇぇっ」

はやり「ねえ、長野でのプロアマ交流戦のこと聞いてるよね?」

咲「はい……私が招待選手として参加することになったって、話だけは聞いてます」

はやり「そうそう。咲ちゃん、長野出身だし、去年は仕事で忙しくて全然、帰省できてなかったでしょ?」

はやり「だから、この機会に長野でゆっくりしてきたらどうかなって」

そういえば全然、長野に帰ってなかったことに今さらながら気付く。

東京に出てから、お姉ちゃんや和ちゃんとちょくちょく顔を合わせてたから、あんまり気にならなかったっていうのもあるけど、

咲(やっぱり、一番の原因は京ちゃんだよね)

あの時の約束のことを考えると、今の私が長野に帰っていいんだろうか、なんて思ってしまって帰ろうにも帰れなかったというのが実際のところだった。

咲(でも、お仕事なら行かないわけにはいかないし)

それに長野に帰ったからといって、京ちゃんに絶対会うわけじゃないもんね。

はやり「なんだか浮かない顔してるけど、あんまり嬉しくない?」

咲「い、いえ、そういうわけじゃないんです。あっ、そうだ。あのっ、私以外にも参加するプロっているんですよね?」

はやり「うん、もちろんだよ。咲ちゃんの他には靖子ちゃんでしょ、それに南浦先生に――一応、参加者のリストがあるんだけど」

咲「見せてもらっても良いですか?」

瑞原さんからリストを受け取って、目を通していく。

私を含めてプロの参加者は八人、それに対してアマチュアの参加者は二十四人だった。

咲(長野出身のプロって結構いたんだね。でも、カツ丼さん以外は知らない名前ばっかりだ)

アマチュアの方にも目を通していく。

交流戦ということもあって、下は高校生から上は還暦を過ぎたお年寄りまで老若男女問わず参加してるみたい……

咲「あっ……」

はやり「もしかして、知り合いさん?」

咲「はい……長野にいたときのチームメイトと対戦相手の名前が……」

大学生参加者のところに優希ちゃんと池田さんの名前が並んで書いてあった。

咲(この話をもらった時から、なんとなく予感はあったけど、なんだか懐かしいな。もしかしたら衣ちゃんも参加してるかも)

リストの中から『天江衣』の名前を探そうと、視線を動かそうとした私だったけど、

咲「……どうして」

その名前を見た瞬間、視線がそこから離れなくなってしまった。

咲(どうして、貴方の名前があるの?)

私の思い出の引き出しの奥に仕舞ったまま、また会う時まで決して見るはずのなかった名前がそこにあった。

メシ食いながら読んでたらゲロの話された

>>76 申し訳ない。

多分、日曜くらいにまとめて終わりまで投下します。

今回のこれはインターバルというか、何というか。

末原さんの関西弁がおかしかったらごめんなさい。

あと、バンプオブチキンの『RAY』発売中なので、興味のある方は聴いてみて。

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