死にたがりの青年と、無垢な化物狐 (155)

探偵ものをやるといったな、あれは嘘だ。


更新ペースはマチマチになると思うのでご了承頂けると幸いです。

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2=001

振り返った先に、幼児が居た。

――否、幼女が居た。

何処かの団体を恐れずに明確に表記すると、

身長は百五十を超えずに小柄(幼女なので当然である)で華奢で細い手足に、

当然発達のないからだ、栗色の年齢にしてはかなり長めの膝に到達する程の長髪、

育ちの良さそうな雰囲気を纏い、表情はにこにこと、そうは笑ってはいなかったが、

むしろ、冷え切ったような、冷血で、冷徹に徹した様な表情だったが、

まるで血が通っていないような、冷たい眼と、冷たそうな頬、

冷え切ったような、そんな態度だった。

そして年齢には似合わないゴジックに身を包み、

フリルのあしらったスカートの裾が、微かに揺れる。

――いや、そんなことは正直に言ってどうでもいい事なのだ。

問題は時と場所である。

TPOだ。



深夜の丑三つ時、この時間になっても保護者同伴ではなくたった一人で、

いや、それこそこの時間でこんな幼女を連れ回している親も親だが、

一体何のためにこんな山中山奥までに――、


ああ、この場所を考えれば、そうでもないのか、


それならば、


この『場所』ならば、そういう事もあるのかもしれない。

この自殺の名所として名の高い、この『他人喰い崖』ならば、


もしかすると、家族と来ているのかもしれない、

親と?兄弟と?友人?もしかしたらペットと――家族と。

夜逃げだろうか?借金地獄にでも遭ったか?

手の出してはいけない所にでも手を出したのか?

何れにしても引き戻れない程の『事情』が――辛い事があったのだろう。

可哀想に。



しかし可哀想だとそう思うだけであった。


感傷に足を突っ込むが、決して僕は干渉しない、同情はしない。

幼女から目線をそらし、そして僕は目線を戻す。


崖の向こうへ、山中の、樹海のその奥へ――、

一体何人の人々がここで命を失ったのだろうか、

ふと、そんなことを考えてみるものの、

僕にとってはどうでもいいことだったので、

その疑問は直ぐに頭の中で灰となり消え去った。


そうして僕は、幼女に触れること無く、

鑑賞せず、観賞せず、干渉せず、

滑る様に、足を滑らせ、『他人喰い崖』に、

飲まれるように、飲み込まれていった。

まあ、少ないですが今日はこれまで、
自分では気付きにくかったりもするんですが、誤字脱字の無いように努めていたいと思います、
ではまた、明日とか



2=002

眼が覚めると、知らない天井だった。

――眼が覚めると?

僕は幽霊だとか、化物だとか、オカルトちっくなものを信頼することはあるが、

地獄や天国をあるものを考える性質ではなかった。


人生にロマンは憑き物である。

そんなものがあるというのならば、まだ狐に化かされた方を僕は信頼する。

まるで僕がそんな所に、そんな場所に行き着いてしまったような、

たどり着いてしまったような、追い詰められたような、――若しくは、

僕が今だに、生き存えているかのような。


そんな馬鹿みたいな、阿呆な話。



場所は廃墟のようだった。

所々の節々に錆や雑草が生え、床や壁の一部分が抉れるように削れていて、

何か光が差し込み、草木を妖しく照らしている、

しかし、照らされているということは当然にも影は存在し、

その奥には不気味な物体が潜んでいるのではないか、そう考えるほどに嫌悪感的暗闇が存在する。

そういったものが多いせいか、やけに湿気が多いような感じがしていて、

それらが全て自然と一体になっているような印象を受ける。


童話の中で聞くような天国や、おぞましい物として語り継がれる地獄とは似つかない、

その景色は、何処か現実的であって、夢現のようでいて、境目がどうにも曖昧で、

しかし、現実問題(ここが現実かどうかは定かではないが、便宜上現実とするとして)

地に足が付かないと言う程、僕は衰弱していたわけではないし、

そして地に足付かないという訳でもないらしいので、

一先ず、ここがどういった場所かという事を知らない内には、

始まるものも始まらないので、取り敢えず、この廃墟らしき場所を見て回ることとした。



扉を開けると、只々だだっ広い廊下が広がっているだけだった。

流石に何か扉の向こうに手掛かりがあると、そうは考えてはいないけれど、

異様に長い廊下を見て、少し僕は憂鬱になる。

「歩くのか、いや、嫌いじゃあないけれど」


面倒臭い。


溜息を吐きながら、僕は取り敢えず一歩を踏み出してみるが、

特にこれといって不思議不可思議な物はなかった。



この廃墟は所謂――所謂、なんというやつなのだろうか?

集合住宅というには程遠く(まあ、アパートではないことは確かだ)、

マンションというには部屋数が全く足りない、

一つ一つが大部屋で、しかしその大部屋一つが幾つか存在するだけで、

他に部屋は見当たらなかった。

トイレ、シャワールーム、キッチンだとか、ダイニングだとか、

――そんな機能性らしきものは何もなく、

唯々大部屋が一つ、そこにあるだけだった。

不気味だった。



――いや、不気味としか言えまい。

これではまるで、迷路だ。

更に、一階から三階まである、立体迷路。

更に、更に、その大部屋はいつも迷路の内側にしかない――!

いや、僕、どうやって入ったんだよこれ……。

……うん、まあ、何処かから入ったんだろうな、うん。

んじゃ書き溜めてから来ます

また、明日とか



2=003

――ふむ。

早くに一周しないように、と心掛け、右往左往していたつもりが、

何時の間にか目前の空間は元の場所へと姿を変えている――いや、戻っている。

果たしてこの世界に左右を交互に進んだとして、


一体どのようにしたら元の場所に帰ることができるのか、

僕は摩訶不思議にそれを思わないでもないが、

だからといって一度の検証で断定するということも理論としては欠如していると、

そんな風に格好付け(一体誰にだろう)、再びその位置を離れる。

開いていない扉を無造作に開けつつも、僕は怪訝な顔をした。



二度目もまた同じく、何時の間にか元に戻った空間を見つめ直して――考える。

思考し、熟考し、思想し、構想し、組み替えて、考え直す。

シュミレーションの様に、考える。

不意に、視線をきょろきょろと見回し、辺りを見渡すと、

不自然なものが目に飛び込んできた、


扉――扉。


何の変哲もない木製引き戸の、既に一部不廃侵食に犯された部分も見える、

草蔓が絡まり、もう少しすれば完全に一体化でもして新たな生命が芽生えそうな――扉。

ただ変哲ではないのは、その『外見』であり、『中身』――いいや、『機能性』とでも言おうか。


一体どうして――一体どうして、開けたはずの『扉』が、閉まりきっている?



2=004

現代技術では自動ドアというのは指しても珍しい物ではない。

センサーだとか、プッシュだとか(自動?)、まあ、形はそれぞれ様々だが、

しかし、それでも、こんな廃墟らしき場所で、電気が通っているかも分からない場所で、

草蔓に絡みつかれた何の変哲もない一部が腐った木製の扉が――果たして、

果たしてその自動ドアだという可能性は、――一体どのくらいなのだろうか?


僕の表情が固くなっていくのがわかる、

固唾を呑み込み、冷や汗が流れる。

どうにも目の前に存在する何の変哲もない扉が怪しく見える、

明かりに照らされ、妖しく見える。



――奇しく見えたから、


僕は崩れ去った壁から目一杯に飛距離を稼ぐようにジャンプして、


飛び降りるように飛び落ちて、地面とも呼べない様な所に落下して、


何もない真っ暗な場所で、


唐突に、


『ぐぁしゃ』、



と、



そんな音がして、

僕の足は、

衝撃に、

耐え切れず、

膝の辺りの、

皮膚が、


破裂するように、


飛び散り、


筋肉が、


バラバラに、


崩れ去り、



血管や、



血液が、


水風船、



みたいに、



爆発して――。



――僕が見たのはそこまでだった。

正確に見れたのはそこまでだった。

何故なら僕が走馬灯のように感じたその一瞬の刹那の直後、

僕の上から僕を押し潰さんとばかりに降ってきた何かに、


僕は当たって、

押し潰されて、


『ぺちっ』


――と、そんな風に潰れたからだ。

そうして僕は、二度死んだ、



――筈。




眼が覚めると知っている天井だった。



――そう、今先程僕が飛び降り、飛び落ち、飛び死んだ。



廃墟だった。

今日はここまで、
また明日とか。

更新ペースが遅くなります、ご了承下さい



2=005

僕はその場で頭を抱えていた。

死にたいとは思っていても、痛いことは嫌いだ。

死ぬ決意と傷付く事は別物だ、別問題だ。

嫌々ながらに、僕は目線を扉に向ける。

行くしかないのだろうか?


ああ、ドラゴンクエストの冒険で『はい』を選択する勇者もまた、

こんな気持ちなのだろうか、いや、

勇者はもっと気楽だろう、死ぬことなど知らないのだから。

勇者が持っている記憶は自身が悪に打ち勝つ過程とその結果だけだ。

勝利だけだ。

死んだ事などとうに忘れている。



明るい人生、煌びやかな経歴、約束された勝利、彩しかないその道は。

一体どのように、死んでいるのだろう。


そんなにも、生きていることが楽しくない人生なんて、

一体どのようにしたら出来上がるのだろう。


――そう考えて、しかしどうでもよかったので直ぐに頭から振り払う、

大丈夫だ、僕にそんな七面倒臭い人生なんて訪れる訳がないのだ。



あるとしたら、死んでも死に切れずに、ずたずたと、

生きているかも解らない、そんな気楽な人生を謳歌するだけだ。

死ぬ為に生きるような――、

いや、それは皆一緒か。



兎も角、僕はその扉をじっと凝視、そして何か考える。


考える振りだった。

ああだこうだと考える振りを誰にでもなくする、それが僕だった。

それでも何となく、そういう行動を自分で取る。


意味がないことをするのが僕らしさであり、僕だった。



あんまりに重くなった腰を上げ、

扉の向こうに行こうとして、ドアノブに手を掛ける――と。


「――まあ、落ち着けよ」


――と、そんな声が聞こえた。

突然、背後からの声に僕は驚愕し、

体全体をその声の主に向けるように振り返る。


振り返った先に居たのは『他人喰い崖』で見た、あの幼女が居た。

あの時とは逆の立ち位置だったが、それでも彼女は冷え切った目をしていた。

僕が彼女の年齢の時に、果たしてあんな目をしていただろうか?

そんな考えが頭を過ぎった。



2=006

幼女は僕が飛び降りた壁の崩れ去った一部分に腰を掛けていた。

「落ち着けよ、何も考えずに罠っぽいのに飛び込むのは上策じゃぁないよな……フクフク」

フクフクと、引きつったような笑みを浮かべて、彼女は笑った。

そんな奇妙奇天烈な笑い方は兎も角置いておくとして、


『罠』という単語に僕は引っかかった、


『罠』、と言った。


この――迷宮のような場所を、『罠』と。



「罠?ここが?」

「罠っぽいのに、と言った筈だが?」

何れにしても然程変わらない、ある意味の程度の問題のような気がするが……。

「君から見て『何だかよくわからないもの』って云うのは警戒すべきものだと思わないか、

 あたしは思うがね」


……確かにそうだ、

その程度が違えど結局は知らぬ解らぬ存ぜぬモノだ。

警戒に値するものといっても良いだろう。


そう考え、僕はその異質な扉に目を向ける。



「うん、人のお話を聞くのはイイ事だと思うよ、

 特に自分の話を聞いてくれていると思うとこちらの気分もいい」


更に顔を笑顔で歪めながら僕にフクフクと笑う。

……なんだかむず痒くなってくる笑みだったが。



「じゃあ本題に入ろう、――君は本当の意味で、死にたいかい?」



彼女は死刑宣告をする様に、僕にそう言い放った。


書き溜めを増やしてきます。



2=007

死ぬ――死。

本当の――死。

それならば、それならば――あの死は、本当だったのか。


――否、偽物、か。

偽物の死。

それはどういうことだ。

それは――どういう?



「……死にたい、って?」

それは、死んではいないということか?

僕は、今、生き存えていると?

「うん、質問に質問というのは戴けないが、その質問に対する答えは、そうだね……」


「『君は生きている』」


――生き存えて、そして死んでいる。

幼女はそう、冷え切った声色で、僕に告げる。



2=008


「うーん、そうだねぇ……」

と、幼女は考える素振りを見せる。

本当は考えてはいないのかもしれない、――と僕はそう思った。

口元が緩みに緩み、フクフクと、

謎の笑い声を掲げる、彼女は、そんなにも深くは考え事をしているようには見えなかった。

何も思い耽ってはおらずに、ただ遊んでいるだけのような、そんな雰囲気。

感覚的ではあったが、しかし彼女の笑みは崩れない。



「いやいや、これが結構面倒臭い説明でね」

呆れながら彼女は笑う。

「何処から話したものか……」

「――そう、君が死んだことに憑いて話そう」


彼女は妖艶に笑い、僕を冷めた眼で見据える。

必然的に僕も彼女を見据える。


僕の死について――、


僕の生について――。



「君は『本当』に一度死んでいる」


そう、彼女は話を切り出した。



2=009

「君とあたしが最初に出会ったのは確かに、

 あの『他人喰い崖』だった」

「――あの時」

思い返す。

あの瞬間を、あの死を。


「そう、あの時、君はあたしと出遭った、

 偶然的なのか、必然的なのかは知らないけれど、確かに君はあたしと出遭った」

偶然にも、必然的に――出逢った。



「君ははね、見初められちゃったんだよ」


――は?


「見初、め――?」


見初める、魅入る、――それは。


「うん、見惚れちゃった」


見惚れ――惚れる?



「そう、えぇっと、なんだっけ?蕩れ~」

「いや、そんな次世代を担うセンシティヴな言葉で言われても!」


というか、何故知っている?

「奴隷~」

「やめろ!イントネーションと語感を変えるな!」


僕は絶対に屈しないぞ!



「うん、そういう訳であたしは君の事が好きになりました、でんでん」

「御座成りだな!」


一気にミステリアスなキャラが総崩れになった音がした。

効果音を自分で言うなよ!

いいのか、そんな事で崩れるキャラクター性!


――閑話休題。



2=010

「話を戻そうか」

眉を顰め、話題を戻そうと彼女は、

本当に思い出そうとしているようだった。

もっと別の場所で活かしてくれ。口には出さなかった。

「君はさ、幽霊だとか、そういうモノを信じるタイプかな」

豪快に笑った顔を元に戻し、彼女は僕にそう問い詰めた。

「――幽霊」

「うん、幽霊」

間髪を入れずに彼女は答える。



「オカルト、って事」

「そういうものになるね」

彼女は只管に笑う。

笑い過ぎて引っ繰り返りでもしてしまうのではないかと、

不安になりそうなくらいに笑う彼女を見て。

そして僕はこう答える。

「はい」

その答えに彼女は口角を吊り上げる、

宛ら、三日月のように。



「そういったモノは、総称して怪異と呼ばれているんだけれどね」

『怪異』。

「『ここ』も、そうだ」

『ここ』が?

――この、迷宮らしき処が?

それは――一体どんな、『怪異』が、いや、

そもそも、怪異なんて。

「そんな――一体」


「君はミノタウロスの伝説を知っているかな?」

――あれって本当はミーノータウロスらしいね。

僕の話を遮って、彼女は可笑しそうに言葉を続ける。

「――その迷宮を顕したのが、『ここ』だ」


ミノタウロスの迷宮。

それが、此処。

今日はここまで、
明後日くらいにまた。


良かったわ
こんな時間に投稿してて
>>1 の体が平気か心配だが

>>52
あざっす
こんな時間でもなきゃ投稿できないもので……
まあ大丈夫とだけ

何時の間にか五日が経とうとしていた、
しかし僕は悪くはない



2=011

「勿論、ミノタウロスの迷宮はこんな小さくはないし、内容も幾分か安くなってはいるし、

 幾つか違っている部分もあるんだけれどね」

――確かに、脱出不可能とまで言われた迷宮はこんなにも一本道ではないだろう。

何が迷宮だ、それに、ミノタウロスなんて怪異は――。

「――状況説明はこれぐらいでいいだろう『配役』は同じでスタートだ」

――詰まり、ここはラビュリントスの御前という訳だ。

明かりが灯る、電灯のそれではない、

見渡すと、薄暗い室内の四方に青白い炎が燃え盛っている。



彼女を見遣ると、振り上げた右手から何かを僕に乱暴に投げた。

反射的に僕はそれを見て、右に避けて回避する――、

投げられたものは、有り体に言って剣だった。

短い剣、――短剣。


「あたしがミーノース王の娘、アリアドーネ、

 怪異そのものがこの迷宮の主、アステリオス」


「君は、現代のアテーナイの英雄、テーセウスになれるかな?」


――それとも、生贄に、


そこまでが聞こえて、それ以降は聞きとる事ができなかった。

――何故なら、強大な叫び声に幼女の冷え切った声はかき消されたからだ。

幾ら彼女の声が幼体のそれとは言っても、しっかりと芯のある声だったが、

一人間の声を遮る、妨げる――いや、完膚なきまでにかき消す事など。



2=012


獰猛な猛獣の、唸るような叫び声、

僕は身を翻すように反転し、その扉から距離を取ると、


『それ』を観て、戦慄した。


眼の前にある全てが、まるでスローモーションのように鈍足になった、

2mはあろうか、牢いの良い体躯、筋肉質な肉体、堅牢な身体と、


大きな紙袋で隠された顔、その奥の瞳と僕の眼が合う。


次の瞬間、『それ』は右手に持つ大槌を勢い良く振り翳していた。

僕は眼球を忙しなく動かし、咄嗟にコンクリートの地面に突き刺さった短剣を、

走る作業の中、手に取る。



手に伝わる革の感触を、その刀身の重みを、確かに感じ、


一心不乱にその化物に目掛けて、走る。


大槌が迫り来る中、僕は『それ』の顔を見た。


見る者を圧倒させるその顔を、表情を、


牛の頭を!


――ミノタウロスを!



そして僕は走る、走る、走る、走る、走る、

走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、


走って、走って、走って、走って、走って、走って、走って、



走って、走って、走って、走って、走って――!

――そして。



そうして僕が最期に辿り着いたのは、最初の部屋だった。

滅茶苦茶に走り回ったからかもしれない、日頃の行いが悪かったのか、


何処の部屋にも通じてはいないその部屋で、


僕は彼女の冷め切った眼で、見詰められながら、


背後からミノタウロスの悲痛な叫びを背にして、

大槌に文字通り殴殺された。



そして、僕は死んだ、


――筈なのだ。



1=000

僕は幼い頃から、誰かの代替だった。

――否、誰かにすら成れなかった。


まだ僕が幼い赤子だった頃、自宅が火事になったことがある。

その時僕に兄妹は居なかったので、

必然的に僕は親に連れられて、火の手から逃げる、

それが当たり前だったのだろう。



だがしかし、

しかし、僕は。

親に連れられる事も無く、

ただ何もできずに泣く事しか出来なかった。

赤ん坊である。


泣き、そして泣き、更に泣き、

救急隊の応援も呼べずに、

何も知らない無知な僕は、

誰かを待つことしか出来なかった。

今日はこれまで、
……と言いたいですが、もしかしたらまた投稿するかも

(投稿時間を変えてみる)



2=013

目が覚めた瞬間、僕は眼を見開いて周囲を見回し、

あの扉を目視してから、尻尾を巻き逃げるように、

扉を見据えたまま、距離を取る。


駄目だ、――あんなものは、あんなものは、あんなもの、

この世界の、この世界の生来のものではない、

あんな、化物――怪物は、怪奇は、猟奇は、

伝説は、怪異は。



――いや、この世界じゃあないのか、あちらの世界、では。

この世界の、生来のモノなのか……?


考えを深く掘り進めず、振り払う。

乱れた呼吸を元に戻し、

心拍を、脈拍を、元通りに直す。

そして深々と、深呼吸する。


無風で、室内なのに汗が流れる後が冷たく、涼しい。

今だ扉から眼を離さずに見詰める。

右手に力を入れると、僕はそこで初めて扉から目線を外して、

自分の手に握られているものを見た。

僕が持っていたのはあの幼女から渡された

(若しくは、乱暴にぶん投げられた)短剣が、

そこにはあった。



2=014

西洋風の短剣、

僕はそういった武器の歴史に明るくはないので、

一体全体、どういう時代を模して作られているのかは判らないが、

それでもこう思う。


こういった剣で、きっと、英雄は怪物と戦い、その首を捥いだのか。

考えるまでもなく僕はそう思う。

僕が知っているだけでも二つか三つ程、

英雄がそういった類の怪物――いや、あの幼女によれば『怪異』か、

怪異の首を剣で真っ二つに切るという噺があった筈だ。



ミノタウロスと、メドゥーサ、それから、なんだったか。

僕はオカルトちっくな物が好きではあるが、所詮知識はその程度だったということなのか、

伝説に限らなければ、英雄なんてものが登場しないのならば他にも色々とあるのだが、



今回は違う。

『これ』は英雄の出る物語だ。

(僕自身を英雄だと自負するのも、なんだか、

小っ恥ずかしい、背中に悪寒が趨りそうな物があるが)


英雄達が、一体どうやって、一体どうして、

彼彼女達の首を討ち取ったのか、討ち取れたのか。

僕はそれを知らなければならない。

僕は、誰かに成らなければならない。

そう、例えば――。



「テーセウス」

また続く、ただし明日とか

いい朝だ、感動的だな、だが無意味だ。



2=015

――考える。

――僕は考える。

ミノタウロス。

立体迷宮。

一つの大部屋。

西洋短剣。

アリアドーネ。

テーセウス。

伝説。

怪異。

――英雄。

――扉。

……扉か。

あの扉の向こうには、

きっとあの怪異がいるのだろう。



扉を無気力に見遣り、

黙視したまま、僕は考える。


――。

――――。

扉を見詰める。

――。

――――。


眼を移し、手に握ったままの、

短剣を見詰める。



……どうせならば、直剣でも持たせてくれるのならば、

もう少し対策があるだろうに。


テーセウスがラビュリントスに入る直前に短剣は渡された。

多少の監視の下での直剣は隠し辛いのだろうし、

短剣にするしかなかったのか。

そんな細部に拘るのならば。



――。

――――ならば?



――!

唐突に僕は思い出す、思い出し、

身体を飛び跳ねさせるようにして、身体を起こす。



2=016

待て、いや、いや、いや、

そんな事、そんな筈が。

テーセウスにアリアドーネが渡したのは――、

『短剣だけではなかった』筈だ!


そう、『毛糸』を、

『魔法の毛糸』を持たせて――、

脱出不可能のラビュリントスを攻略した――!


こんな立体迷宮とも言えない場所で迷う筈がないが。

もしも、もしもそんなものがあるのならば――!



もう一度視線を扉に戻す。

――。

『一体どうして――一体どうして、開けたはずの『扉』が、閉まりきっている?』


――。

『何だかよくわからないもの』


――。

『果たしてこの世界に左右を交互に進んだとして、

   一体どのようにしたら元の場所に帰ることができるのか』


――。

『罠っぽいの』


――。

『魔法の毛糸』



…………。



必要以上に早くなった呼吸と心拍数を無理矢理に押さえつけて、

僕は、僕は扉を粗暴に開け放ち、ミノタウロスのいる迷宮へと足を踏み込む。

走った、僕は走った。


無我夢中にも見える程に、歩数を一歩でも、1mでも長く生き延びれるように、

2階長廊下――そこにミノタウロスは居た、



軽く息を整え、肺胞の酸素全てを吐き出すように、意識して呼吸する。

僕は――生きている、生き存えている。

もしも――もしも死んでいるのならば、事実を、真実を知らなければならない。

あの幼女に、聞き出さなければならない。

息を吐き終わると同時に覚悟する、

これから死ぬ覚悟を、

死に続ける覚悟を。



2=017

ミノタウロスの巨大な体躯に隠れた何かを、

ミノタウロスはその強靭な腕で振り上げ、僕に向かって叩きつける、

――否、『斬り付ける』。


怪異が持っていたのは大槌ではなかった。

人一人程の大きさを持つ、大剣。

やはり重いのか、大槌よりも大振りで振り合わせて、くる。


大槌ではなかったという戸惑いも有ったが、運良く攻撃を紙一重で避ける。

懐に潜るように避け、そして――ミノタウロスの体躯を更に避け、

背後からの轟音と共に、強大な振動を身に受けながらも、

その場から走り、逃げ去る。



走り出してから二秒後に迷宮の曲がり角で、一度振り返り、

その姿を黙視する。

大剣をコンクリートから抜き出して、

切れ味を確かめるように暴れまわっているミノタウロスが見えた。


異形の塊に、異質の存在に、異様な光景に呑み込まれそうになるも、

心を乱さず、平常心を保って、僕は走り出す。

「――三」

一つの大部屋に這入り、扉を乱暴に閉める。


軽く周囲を確認してから次の扉を素早く開け、叩きつけるように閉める。

(あのミノタウロスに知識があるとは到底思えないが、念には念を押す、それが僕だった)

その場で停止して、深く深呼吸をする。

「――四」

眼を閉じて耳を澄ませば、あの質量感のある足音が聞こえる、

まだ後ろの大部屋には這入ってはいないのか、一向にこちらに近づく気配はない。

眼を開き、ミノタウロスの居るであろうその逆方向に走る。




走っている最中、背後での爆発音なような轟音――つまりは振動に、

躓きながらも、後ろを見る。


牛の頭と眼があったような気がする。

蛇に飲まれつつある蛙のような気分、とまでは行かないだろうが、

恐怖心を煽られて、急いでその場から立ち上がる。


扉開け大部屋に入り、そしてでながらの逃走を繰り返し、

二階から三階へ、三階から一階へ、

立体迷宮を文字通り立体的に逃げて、

「――二十五」

二十五個めの扉、

その先に――幼女が居た。

つまりは――最初の部屋。

「二十五――」

「おいおい、ここは迷宮なんだぜ?――迷路じゃぁねぇ」

――ゴールは無いぜ?フクフク。と幼女は冷えた声で笑う。

乾いたような笑いを、僕は最後まで聞くことは出来なかった。

Google先生「またこの欄かよ、五回目だぞ」

四回は俺です、
化魂ムジナリズムって本を買いました、表紙買いです、
命を落とすが狸のナントカを自分に宿す事で生き返るとかなんとか、
内容被ってね(;=ω=)
こちらはスタイリッシュでも和風でもバトルでも無い、ファンタジー、ではあるか、
まあ開演しないんですけど。
何処ぞの怪異憚とは似通うかもですが出来るだけ瓜二つということがないようにしますので、
期待せずに待っててください。

誰にも判らないようなネタを入れるのが趣味



2=018

眼を開き、天井を視てから、

ゆっくりと首だけを回して、扉に顔を向ける。

――二十五。


それはカウントダウンだった。

僕の動ける最大ターン数。

つまりは僕の――死へのカウントダウン。


死刑囚の死刑台の階段数は十三階段だったが、

それよりもまだ良い方なのだろうか。

――それは僕にはわからない。

幸い、僕がその死刑台へ登た事はないし、

むしろ登ってしまったら今ここに僕はいない、多分。



二十五回、扉を開けると振り出しに戻る。

人生ゲームだったら到底クリア不可能のような気がする、

――僕には人生ゲームを一緒に遊ぶような友達も、

差してはいなかったのだけれども。


僕は考えるふりだけではなく、本当に考える、

僕は一体どうしたらこの迷宮から出ることが出来るのだろうか。

二十五回。

「二十五回か……」

そう譫言のように呟きながら、考えてみる。

「……畜生、何が『魔法の毛糸』、だ、只の行動制限じゃないか」

――あるいは、生存制限か。


いや、今も生きてはいるのだが。



2=019

それでも、頭を抱え悩む他に僕が出来ることはない。

今こうもしている間にも扉を打ち破って、

斬り壊しての、ミノタウロスの進撃が無いとは言えないが、

そんなもの、あって堪るか。

魔王が始まりの街に進行するも同然の行為だ。


――だが、あって堪らないだけであって、

それは事実として有り触れるようなことなのかもしれない……。

天を仰ぎ、暫くそのまま、大の字になっている。

そんな程度の事で童心に帰れる訳もなく、

子供のような発想の転換にも至れない。

無意味だとも思う。

コンクリートの床と芝苔に少しばかりの自然を感じながら、

溜息にも似た深呼吸を取る。



眼。

僕の瞳に、丸い眼が映る。

一瞬それが人の顔だとは思えずに、

それよりも、視界を覆い尽くす何かに驚愕し、

声を上げるよりも速く、寝返りを打つように横に逃げる。

「――ッ!」


眼の前に幼女が居座っていた。

それが人だと分かり、僕は安堵の溜息を突く。

「んぐ、――難義しているみたいだな」

容姿に似合い、幼女は洋菓子を口一杯に頬張っている、

甘党なのだろうか、次々とフォークで崩しながら間髪を入れずに口に放り込む。

その癖してその声は真逆を向いている。

その瞳は真逆を向いている。

冷血で、冷感で、冷凍されたような、

食べられている洋菓子の方が、凍ってしまいそうな程の――、

なんだか、曖昧だ、ごちゃごちゃに混ぜ喰ったようなその態度が、

僕には、よく解らない。



「僕は、どうしてこんな処にいるんだ?」

僕は問う。

「あたしと出遭ったから、強いて言えば、あたしに惚れられちゃったからかな」

幼女はシニカルに笑う。

「僕は、どうしてこんなことをしているんだ?」

僕は問う。

「ん――、あたしと出遭ったから、強いて言えば、君の運命の定めというやつだ」


幼女は一口で口に苺を放り込み、

それでもにこりともせずに笑う。

台無しだと思う。

「僕は、どうやったらここを出る事が出来る?」

僕は問う。

「彼奴を倒す他にはない」

僕は問う。

「倒せなかったら?」

「――ここで半永久的に死に続けることになる」

幼女は、――ニヒルな態度で、シニカルに笑う。

「……、…………」

僕は何も言わなかった。

神話をモチーフにするにあたっていろいろと調べてみたんですが、
ドン引きしました、何せ出てくる人物人物が結構アレな人が多い多い、
英雄と謳われた人間でさえもかなり逝かれていたりして、逆に面白いですね、
怪物の方が哀れにも思える程に酷かったです、非道です。

まあ、できたら今日中にでも



2=020

僕は走った。

「――二十五」

一体何度死んだのかもわからない。

「――ぐ、う、ぁう、ああ」

斬り倒され、殴り倒され、斬り殺され、殴り殺され、

斬殺され、殴殺され、惨殺され、撲殺されて。


僕はそれでも生きていた、生き永らえ、死んでいた。

死刑囚監獄人もびっくりだろう。

世界で一番死んでいるのはきっとこの僕だ。

僕は、幾度目かの走馬灯になんの疑問も抱かずに、

眼の前に迫る死に、一つの疑問も呈せずに、

死にに、死んだ。



1=000

僕が次に目覚めたのは、きっと病院だっただろう。

僕には残念ながらその記憶がない。

一体僕はどのように助かったのか、

助けた本人も助けられた当人も、当事者の誰一人として、

それを覚えているものはいない。

当時の事を考えて見るに、

確か大きな事件や災害に報道ベースは乗せられていて、


そんな有り触れた(だからといって、有り触れさせていいものではないが)

放火事件など、誰一人として覚えてはいないだろう、

もしかしたらその日の周辺の新聞を片っ端から調べ上げてみれば、

何か判るかもしれないが、そんな酔狂な人を探す方に困難しそうだ。

それに、僕も調べたことがないので本当にそんな記事があるのかも疑問だ。



そもそも、僕は最近になるまで僕に、

そんな大惨事が招かれていたことを知らなかったのだから、無理もない。

僕が無知な訳ではないのだ。

まあ、それは放って置くとして、

次に目覚めた病院で、僕が見たのは言い争っていた両親だった。

――看護師や医師と言い争っている両親だった。

言い争っていた内容は、きっと僕に対する監督不行き届きとでもいった処なのだろう。


今になってわかることだが、幼い僕には解らなかっただろう、

一体何を言い争っているのか、僕に対して一体何を言わんとして、

一体何を免罪として、詭弁がましく厚顔無恥に、言い放ったのか。

僕は知らない方が良いだろう、それだけは、ハッキリと分かる。


「これは私達の息子じゃない」

まあ大量に伏線やら、ミスリードは、ないかな?
回収できるものはするし、しないものはしないからどうなるかは判らないんですが、
見ていただけたら幸いってことで

うっし、おっすおっす



2=021

「あぁ、うぐ、ぐ、ぐぁ、ああ、あ」

僕は生きていたかった訳じゃない、活きたかった訳でも、ない、

最早昔の遥か太古の歴史のように記憶する、あの自殺経路は、

僕に生きる居場所がなかっただけだ、


僕の『体質』――否、『性質』――否々、そう、『本質』とも言うべきその、

僕自身というものは、僕という人間らしき何かが、

この世界で――ああ、いや、あの世界で生きていく為には絶対的な欠如であり、

絶対的な欠落だった。一部分どころか、半分以上、半分どころの話ではなく、

僕の総てという全てが、あの世界では欠落しきっていた、没落しきっていた。



それでも――それでも、と思う。

本当に僕は死んでしまって、あの世界から解放されたのか?

もし本当に解放されているとするならば、地獄は本当にあるというわけだ。

結果論だけ見てみても、僕という存在は死に続けるしかないのだけれど。

畜生、何が生きる場所が無い、だ。

死ぬ場所すらないじゃないか。



幾度目かになる考えを切り捨てて、僕は迫る大剣に対して、

必死に対応するしかなかった。

――やはり英雄、とでも言うべきなのか、

こういう化物相手に勇悍果敢に立ち向かうだなんて、

人間を辞めている(この場合僕も人間を辞めている事になる、悪い意味で)

化物を倒すのは何時だって化物じみた人間だ、

自分に言い聞かせるように考えて、

「――……ッ!」

持ち前の反射神経を頼りに振り下ろされた大剣を、右前に前転するようにして避ける。

聴覚が一瞬麻痺し、何も聞こえなるが、それでも怯まずにただ前を見て走る。

――一体何時間こうしているのだろうか、

周囲の景観は変わらない、あるとすればあの月明かりと影の変化くらいのものだ、

あれを月と名称するのも、分からないが、

その月も位置関係は変わらない、まるで街灯のようだ、

これだけ走っているにも関わらず、疲労感は溜まるが、空腹感はない、

睡眠意欲も、本当に人間ではなくなったかのような、恐怖感がそこにはある。




幾重にも重なるミノタウロスとの邂逅に、僕はハッキリに言って、無茶をした。


正直に言って僕は頭がおかしくなったのかと思う。

元々から危うかった僕の頭も色々と駄目になったのか。


目前に迫る何重にも視た大剣を、僕はおもいっきり、


両拳と短剣で上から、殴った。



「――え?」


そんな狼狽する声が出るくらいに、僕は自分が何をしているのかがわからなかった。

殴った。

殴打し、軌道をずらした。


刹那、当たり前のように、僕の両腕は吹き飛ぶような衝撃を受け、

骨が砕ける音が体に響き、――骨折音、切断音、出血音、遅れて、僕の悲鳴、

全身という全身から軋む様な音が聞こえる、腕は奇妙な形に変形し、変色し、

あらぬ方向へと一部が曲がりきっている。


当然大剣は『ずれ』が生じたからといって、完全に僕の身体からターゲットが外れ、

床に叩きつけられる何てことはなく、現実は非情にも、僕の身体を打ち破り、斬り捨て、

僕の意識もまた、遠くなっていく。


――これが、僕の反撃の狼煙になるのかどうか、僕には解らない。



2=022

嫌だ、嫌だ嫌だイヤだ、いやだいやだイやだ、嫌だイヤダいやだいやダいやだ、
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――。



僕は何をするでもなく、眼が醒めたまま蹲った。



怖い、怖い怖い、コワイコワいこわい、こわイ怖いこわいこワい怖い、
怖い怖い、こわい、こわい、怖い。


震えだす体を無理矢理に両の手で抱きしめる。

上手く呼吸すらできない状況に陥るが、肺に一杯に酸素を取り込み、

しかし吐き出せない。

過呼吸になりながらも、次は少しずつ吐いていく。



『大丈夫だ』そう呟いたと思ったが、声にならない。

ならばと、頭の中で反復して考える、思考する、思想する。


僕は大丈夫だ。


「――ぁ、ぅぶ、ぁ」

情けない、どうして死んでまでこんな思いをしなければならないのか、


死体に人権はないが、僕は死体ではない、あくまでも。

――急に、不意に、僕の身体を抱く腕があった。

急であり、不意であったが、僕の注意力の低下の結果だったのだろう。

何時の間にか背後に立っていた彼女が、僕を抱いていた。

冷たい、しかし温かい腕。


適温とも言える生暖かい生きた腕、僕はそれに抱かれ、

震え出す身体も少しずつ震えが止まっていく。



「――大丈夫」


抑揚のない声、しかし僕はどうしてか、その声に安心する。

「大丈夫、大丈夫」

大丈夫、まるで■■にも似た声に、平常心を取り戻そうとする。

「――ぅぶ、だぃじょうぶ、だいじょうぶ大丈夫」

漸く声になる声を自分の耳で聞き入れ、安堵する。

――そう、大丈夫。

過呼吸に近かった呼吸も、心拍数も安定してきている。



大丈夫だ。



2=023

「――僕が、僕が怪物に勝ったら、一体どうなるのかな」

それは、一つ、僕の疑問だった。

僕は死に続けることが嫌いで、嫌で(好きな奴はいない)

この奇妙な戦争とも言える場に強制参加させられていたが、

僕が勝ったら、一体その場合はどうなる?

僕の願いが三つほどでも叶うというのだろうか?

死人の僕に?死体同然の僕に?

だとしたら――だとしても。



「当分、あたしと一緒に行動してもらうよ、

 美幼女と一つ屋根の下だ、嬉しいだろう」


それは、……僕が生き返るという暗示にも似たものだった。

そうか、なんて、なんて因果な人生だろう。



「――僕はさ」

そうして、あの月を見上げて、僕は語りだした。

「僕は、死にたい訳じゃないんだよ」

「生きていく上で大事で、重大で、重要で、要点で、

 要因で、原因で、原点で、それがないと人間じゃないような、人間でないような」

「人間でいれない、そういうものが、没落していて」

「それに堪えられなかったんだ」

「死にたい訳じゃないんだ、生きていきたくないんだよ」



「……」


僕は生きていたい訳じゃない、死にたくないだけで、

僕は、死に続けるのが嫌なだけで、生きていたい訳じゃない。

そう言って僕は重い腰を上げる。


「……、ちょっと、死んでくる」

扉に手を掛ける。

もたれ掛かるように、手を掛ける。


「…………」


その後ろで、彼女がどれだけ悲しそうに僕を見なかったのかを知らずに、




僕を見ずに、どれだけ悲しそうに笑ったのかを、知らずに。

エタらせないけど見てる人がいるかどうかもわからないのが事実だよね
金色週間で終わらせられたらいいな、第一部完ってだけだけど

レス乞食申し訳ない(´・ω・)



2=024

打算がある、勝算がある、策があるし、奇策も、傑作なほどある。

震える足を無理矢理に叩きつけて、地面に着く感触を感じる。

真っ直ぐに前を見詰める。


眼の前には伝説がある、眼の前には伝奇がある、

眼の前には奇怪がある、眼の前には怪異があり、

眼の前には怪奇があり、眼の前には怪物があり、


ミノタウロスが居座っている。



「…………」

口元が僅かに歪むような、そんな感覚、

半分、自分が生来の其れではない様な、そんな感覚、

半分、自分という人間が決定的なまでに、道を踏み外したような、そんな感覚、

自分が何処か、機械的に、機能的に、製品的に、欠落製品になったような。



ミノタウロスの雄叫びに身体が反応する、

自動的とでも言うように、姿勢を低く保ち駆け出す。

距離にして約十数メートル。


リーチの差は憂鬱になるほど圧倒的にある、

更に言えばこの『怪異』は、その大剣や大槌を片手で振り回し、

コンクリートの壁や床を粉砕破壊する程の破壊力と、特筆すべきその腕力。

だが、逆接的にその破壊力を出すためには、重量が必要だ。


――重量。

そう、絶対的なまでの重さ。



二メートル以上の、それこそ相手を叩き潰さんとする、

その刀剣は人間一人を振り回すのと同じ、若しくはそれ以上の重さがあるだろう、


眼の前にある怪異が重量無視の術でも持っているのならまだしも、

流石にそれを無視するまでの握力と腕力を持ち合わせてはいないだろう、

今僕がこうやって突き進むように、この場にも重力は働いているのだし、

怪異といえど、その世界全てを否定できるとは到底思えない。

――と、考えた。

正直に言えばノーモーションで軽々しく扱ってくるかもしれないし、

そうなればまた次の手を考えるだけだ。

今は目前に集中しろ。

振りかぶった大剣を重々しく、力強く振りかざして来る。


「――!」



狙うのは振り下ろした直後数秒間!



左真横、数十センチメートルも離れずに、コンクリートの破壊が行われた。

鼓膜だけでなく視力にまで及ぶ影響力、


芯が振れる視界で遠心力に力任せでミノタウロスの右足を斬り付ける――!

空気を割き、突き抜け、身体をすり抜けるように空を切る――!

「……ッ!ぐ、ぁ、ぅう!」



汗、尋常ではない体液に体が支配されたように覚え、

――そして本当に何かに支配されたように体躯が動く。


「――ッぁあ!」


短剣のハンドグリップをくるりと逆さ持ちのように半回転、

遠心力によって素振りしたかのように空を切った軌道を、

逆再生するように――人間には不可能な動きをして、

軌道修正し、筋肉質な右太腿にその短剣を突き刺した!



2=025

声、絶叫、咆哮、悲鳴のようで人間の声帯と猛獣の威嚇のような罵声が混じり混ざった、声。

人間的であり、動物的であり、機械仕掛けの録音音声。

吐き気がする程の声量に、鼓膜は勿論の事、僕の脳が鷲掴みにされ揺さぶられるような、奇妙な気分になってくる。

食道の奥から胃酸の香りが鼻を劈く。

何かを吐き出したい気分だったが、僕の体内に固形物は取り入れられてはいない。

そしてその次の刹那、漸く僕は右腕の違和感に気付く、

通常の人間には到底不可能な動きをした為か、手首と肩の関節部分に痛みが走る、

筋肉の筋は硬直し、拘束されたように動かない、


痛みに堪えかね身体を右腕の先に半回転させて向ける。


強く捻ったからか、反動で短剣が抜ける、


気分の悪さに霞む視界に飛び込んできた――朱。



朱い色、その朱色は血だった。

出血や流血でのみ流れる、鮮血。


それはまるで僕の血のようだったし、少なくともこの時僕にはそう見えた、

怪異に血が流れているという現実を受け止めたくはなかったのかもしれないし、

伝説が生きているということを知りたくなかったのかもしれない。


――短剣を握る僕の手だけが確固として強くなる。

その代償として、僕は蒼に染まり全身の力が気化していくような現象に陥る。



「――覚悟を決めなよ」

突然の声に、時が止まったとさえ錯覚する。

「覚悟を決めるんだ」

遥か彼方に思えるその闇の向こうに――彼女は居た。

「私の眼は良い方なんだ、見誤らせないでくれ」

彼女は笑う、艶やかに笑う、鮮やかに笑う、彩豊かに笑う、

――僕に向かって、笑う。

「君の使命はなんだ?」

「――――」


僕の使命……?


知るかよ、そんなもの。

思考しようにも頭が上手く回転しない、

使命……?

なんだ、それは……?



彼女は僕の心情を、読むように、最初から知っているように、笑う。

「じゃあ、教えてあげよう」


――倒すことだ。

「討ち滅ぼすことだ、殺戮することだ、眼の前の怪異を、薙ぎ払い、殴り倒し、平伏させてみせよ」


――それがお前の指名だ。と、彼女は言った。



それが僕そのものだと、彼女は言った。



2=026

そんな彼女に、そんな闇に、僕は背を向け走り出す。

走って、無我夢中に走り、無造作に扉を開け放ち、閉めることすら忘れ、

走って、走って、そして躓き、僕の内側に溜まっていたものが滑り出るかのように、


胃液を吐き出す、食道を通り、舌で踊る唾液と胃液が混ざった液体を、

僕は必死に手で口を押さえることで阻止しようと試みるも、

やはりと言うべきか、口からは大量の液体が押し寄せ指と指の隙間を縫って体内から出ていく。

僕は情けなくも涙で顔を覆い尽くし自分の体内から流れ出る液体を呆然と見詰めていた。



一頻り吐き出すものを吐き出し、遂には胃液が枯れ果てたのではないのだろうかと錯乱するほど、

想像以上に大量の液体を前に、僕は考える。


――一体、僕は何なんだ。

「僕は、ぼくはどうすればいいんだ」


決意が揺らぐ、今まで考えては捨てて掃いた思考が、僕とあの怪異との死闘を揺るがせる。

覚悟を決めるんだ、そう彼女は言った、どういった想いかは知らないが、

その科白は僕にとって覚悟を揺るがせることになったのは明白だった。

――その程度で揺るぐ決意は、覚悟では、ないと、いうことか。



「……ちくしょう、戯言だってか」


何処までもお見通しのようでいて、案外浅い、

しかしその浅さで僕は致命傷を負うのだから、どうしようにも、ない。


だから生きるのは嫌なのだ、……だから死ぬのは嫌なのだ。

…………、僕はどうしたい。

僕は生きて行きたくない、僕は死にたくなんてない、

そんな屁理屈ですらない馬鹿の考えなど、押し通せるはずがない、


だから、――僕は死んだのだし。



覚悟を決めることになる、

辛く、重苦しく、何重苦にもなる決断を迫られる。

僕自身が決断しなければならない、

それは決して、英断ではないだろうけれど、

それは決して、賢明ではないだろうけれど、

それは決して、他の誰かの決断ではないのだ、

それは、僕の決意であり、それは、僕の覚悟なのだ。

一先ず、先に死んでくることとしよう、

彼女の為にも。

僕は手に付着した液体を拭い、立ち上がる。

僕の手に、震えはなかった。

少年は決断を迫られる、未知の英雄となるか、死の奴隷となるか、
甘い誘惑と過激な現実、選び給え、選択を捨てろ、それでも、与えられるものなどない、
平等な死と不平の未来は、バランスの取れた天秤に掛けられる。

まあそんなこんなで次でラスト

やった!第一部!完ッ!



1=000

それから、幾年が過ぎた。

両親は僕の為に、渋々と僕の存在を認めてから僕の育児が始まった。

まるで地獄のような日々だった、僕にその記憶はないが彼らが言うに、

僕は夜泣きは勿論の事、空腹にも不快感にも何一つとして泣かなかったそうだ、

飢え死にそうになったとしても泣かない、それがあの火事が原因だったからなのかは判らないけれど。

赤子時代を経て、僕に自我というものが生まれ、それから僕は両親から見捨てられていた。

知らない内に、見放されていた。



両親からのご飯がなかったわけではない、寝床がなかったわけでもない、

学校への通学費用は負担してくれたし、僕を修学旅行にも連れて行ってくれた。

只、ご飯には会話がなかったし、寝床は物置だったし、

学費は大人になってから全額返したし、修学旅行は徒歩だった、

学校に来たことは一度としてなかったし、誕生日はまるで結婚記念日の余興のようだった。

それが僕にとっての当たり前だったから、僕はあまり何も思わなかったのだが。



僕が小学生三年生になる頃、僕に妹が出来た。

妹は赤子の時何時でも泣いていたように感じる、泣くことが義務だとでも言わんばかりに、

妹は赤子の時よく喋った、訳の判らない有象無象の言葉だった、それでも両親はいつまでも笑っていた、

妹は子供の時よく僕と遊んだ、仲の良い同年代を何人も見た、


天真爛漫問言葉がよく似合う、とても可愛らしい女の子だった。

自分と違う、圧倒的なまでに違う。


それでも僕は妹を妬んだことなんてなかったし、そんな妹を微笑ましく思った。

羨ましがれなかったのは、――きっと僕にとっての致命傷だったのだろう。

二度と消えぬ、致命傷。



2=027

血。

それは僕のものかも知れないし、ミノタウロスのものかも知れない、

ミノタウロスからは右太腿から二箇所、右方向の骨盤付近から一箇所、

僕からはというと、左腕の複雑骨折、そこから滲み出ている血が滴るほどに流れている。

一体何時間経ったのだろう、思考回路が上手く回る気配がしない、

集中力を途絶えさせずにここまで耐えているのが不思議なほどだ。

「……どうする」

移動制限は既に残り十を切っていた。

残る十の扉で、僕は決着しなければならない。



そう考える暇もなく、大振りに振りかぶったミノタウロスの大剣に意識を集中させる。

逡巡を放棄し、天井を破壊しつつある大剣を瓦礫に当たりつつ――、

骨折部分、付近、に、突き刺さるように、落ちる。

「――――ぁあ゛あ゛!!!」

一帯に僕の叫び声が響き重なる。

僕には有り余るその痛みに、力という力が、握力が、抜けて、

短剣が僕から離れる。



それと同時に、ミノタウロスが『倒れた』。

唐突に、バランスを崩し、僕の眼の前で、大剣に逆に振り回されたように、

「あ゛っ……う゛ぁ……?」

どうしてだ?

一体何故倒れた?


瞬時に思考が切り替わり、眼の前に起こった不可思議な出来事に体が硬直する。

何故?

僕は痛々しい複雑骨折した左腕を見遣る。

ハッとしたように、立ち上がり、短剣を右手に拾い上げる。

手の震えが直に伝わり、短剣がカタカタと揺れていた。

――情けない。

そう肌で感じながら、僕は立ち上がるミノタウロスを見据えた。



僕が狙うのは一つ――いや、二つか、二つだけだ。

一つは語るまでもない、首だ、ここまで舞台を用意されたのなら、終わりはそれでしかありえないだろう、

もう一つ、これは至極単純だ、首を狙うよりも確実で、首を狙うよりも効果がある、

――足の腱、有名なのはアキレス腱だろうか?

足の裏、太腿の外側面、膝上部の内側に存在する。弁慶の泣き所を叩くよりも効果的だ、

英雄がそんなにも格好悪くていいのだろうか、自分自身の醜さに嫌悪する。

(僕は僕自身をそんな風に神格化するつもりはこれっぽっちたりとて無いのだけれど)



狙いを定めてから、深く深呼吸する。

自分自身を落ち着けることが多すぎるような気がして、更に気分を害する。

思考をまた吐き捨ててから、全神経を怪異に移す、

震えた腕の音が聞こえる。

割れているコンクリートの隙間から生えた多種多様な雑草が騒めく。

怪異の荒い吐息が聞こえている。

怒りで構成されたような、焦りで構成されたような、負の感情の入り交じった――吐息。

その内、自分の中から震えが消える、呼吸音が消える、騒音が、吐息が。


――瞬きすら。



2=028


先に動いたのは僕だった。


ふらりと、ゆらりと、海で揺れ動く海藻のように、


止まることのない鮪のように、行き当たりばったり、計算も計画もなく、勝算のみで、走った。



――当然、怪異は僕に攻撃をする。

大剣か、それとも左腕か、または、どちらともか、

振りかぶったのは――左腕。

僕が近寄る寸前の所、距離にして自身の身長分二メートル。

雑草や老朽化していたコンクリートを巻き込み――否、怪異の狙いはそれだ、

僕を怯ませる為?――否。

先程の様に僕の負傷した左腕に瓦礫が当たる事を予想した?――否々。

そんなまぐれラッキーを狙いつけたわけではない、

巻き起こった砂埃を煙幕代わりに、僕に向かって真っ黒な物体が飛んできた、

真正面から、僕に真っ直ぐ、叩きつけるために、何かが投げ付けられた。

直径五十センチメートル程度の岩石――いや、コンクリートの瓦礫。

「――う、――おお゛っう゛ぁあああああ゛ああ!!」
ゴギッン、反応が遅れた刹那、左肩からその先が悲鳴を上げる。

半身を失ったのかと、まず逡巡し、左腕が消し飛んだのかと考え、

視界に左腕が入った時に脱臼、文字通りの粉砕骨折、靭帯切断、

皮膚の一部が弾け飛び、筋肉部分と真っ白な筋、薄く赤くなった骨が垣間見えた。

瓦礫は、僕の左腕上部に直撃した後に上方向にずれ飛んで行き、何メートルもの後方で砕け散ったようだった。



「いぁ――っが……かあ゛!!」

い――痛い、痛いと、脳がそう認識しない。

信号が停止しているようだった、そしてそれは僕にとっても都合のいいことだった。

今ここで死んでしまったら――きっと僕はそこで『死ぬ』、肉体的ではなく、精神的に、致命傷を受けることになる。

痛いだろう、きっと痛いのだろう、だがしかし、そんなものは超えている、

耐性なんてついてはいない、痛いものは痛い、だが、痛くなんてないのだ、感じれない、

僕の精神は既に限界領域やキャパシティを大きくオーバーしている、

痛い、左腕を直視できない、左腕は無かったのだ、

痛い、感覚がそう告げている、直感で動け、痛覚残留は気にするな、

痛い、痛い、動け、動け、死ぬ、死んでしまう!


走れ!走れよ!僕!走れ!



岩石直撃の直後、僕は狼狽えながら、後背によろめきながらも、

しかし倒れない、走ることをやめなかった、

左手をしっかりと握れない――いや、左腕に力が入らなかった。

切り落としたほうが良いのではないのかと錯覚させる程だったが、

僕は臆病だった、そんな度胸も技量もない、下手に切断することで失われていた痛覚が覚醒するかもしれない。

何が起きるのかが僕にはわからなかった、目的だけがはっきりとしていて、

他に盲目的なまでの霧が罹っているようだった。



その思考の霧の海の中で、一瞬で僕は世界に引き戻される。

走り続けた僕は大剣を掻い潜り、左足太腿外側面に位置するその靭帯神経を、

僕らしからぬ奇声を大声を出し、短剣の細く薄い刃で斬り付けようとする。

「――――!――ッ!」

――出血、しかし浅い、傷口が深くない、

ぐ、と右手全体に力を入れて――がし。

「――え゛ぁ――ひ、左手」

左腕、瓦礫で破壊され痛覚すらないその左腕、

その左腕が、『掴まれた』。


圧倒的なミノタウロスの腕力で――、

圧縮的なミノタウロスの圧力で――。



がし、ぎゅぅうう。

死んでいた痛覚が蘇る。

脳内に悲鳴と何かの破けた音が反響する。

「い――痛い、やめろ、やめてくれ!」

僕はそう言ったがちゃんと言葉が出ていたかは定かではない、

駄々を捏ねる子供のように、必死になって短剣を振り続ける、

それは空振りだったり脇腹だったりちゃんと太腿に当たったりと、

脇目も憚らずにとにかく振り回した。



その状態が約五分間続き、何かが擦り切れるような音がした。

瞬間、僕の耳元になんだかよくわからない言葉が羅列される。

僕には聞き取れなかった、左腕の痛みのせいか、僕の知らない言葉なのか。

その言葉を聞き終えると僕の体が自分自身でない意思で移動する。

一瞬、僕は投げ飛ばされたのだということがわからなかった、

ただ左腕の痛みに耐え、焦点の合わない目で周囲を見ることしかできない。

左足の靭帯は、きちんと切れたようだった。



情けなくも、震えがまだ止まらない、

何時かのように自身で律すればまだ止まろうものの、生憎左腕は機能を失っている。

震えたままの右手でしっかりと短剣を握り締める。

姿勢を低く重心を前に追いやり、走りやすい体勢を作る。

ミノタウロスが構える、――これまでとは違う構えだった、

右足を一歩分後方、どっしりと腰を落として、左手をこちらに向け、狙いを定めるようにする。

大剣を持つ右手を一瞬背後に引き、右足を前に出すと同時――投げるように僕に向かわせる。

まごう事無き、突きの型だった。



2=029

「――つ、突き……?」

突き、恐らくは今までの攻撃の中でも一番の速度を誇る事の出来る攻撃方法。

更にミノタウロスのポテンシャルならば重量、筋力、体格、大剣の全てを発揮してくれること間違いなしだ、

その破壊力は想像を絶する、考えたくすらない、

破壊力はもちろんのこと、この中で一番特筆すべきなのが、速さだ。

単純に、速ければ避けにくい、

今までの攻撃の一段、二段上を行く攻撃に、果たして僕は対応できるのか?

背中に悪寒が走ったようだった、しかしそれも刹那のことで、

ミノタウロスが攻撃手段を止めるはずもない。

既に攻撃されている。



脇腹を掠める。

それだけだった。

それだけの小さな範囲、それだけの攻撃描写しかできないが、

それでもそれに連なる破壊力というものは途方もないものだった。

右の肋骨が恐らく半分以上破壊された。

肺に骨が刺さったような感覚もある、肝臓あたりも何かがおかしい、

呼吸が上手く出来ない。



兎も角、これが最小限だったのか、それとももっときちんと避けられたのかは定かではないが、

僕は前に進んだ。

突きの体勢、その体勢から左足から崩れるミノタウロスの首を、

その上に被さった紙袋を取り払い、初めてその全貌を露にする。

鎖骨の辺りから上が硬い体毛で覆われ、耳があるであろう位置には牛を連想させる長い耳、

その上部には突き出た角が生えている。

悪意に満ちた目と興奮し釣り上がった口。

この世のものとは思えないものだった。



僕は緩やかに短剣を首元に移す。

その最中ミノタウロスが先程までと打って変わって全く身動ぎすらしない事に何も疑問に思わずに。

移し終わった直後、ミノタウロスが口を開いた。

「オマエはどうしてイキル?」

それは人間の声だった。

最初に聞いた獰猛な野獣のそれではない、生きた人間の声。

その声にすら僕は戦慄しなかった、もう意識が朦朧としていた。

「僕は、死ぬ為に生きてるんだよ」

にやり、とミノタウロスが笑ったように見えた。

怪異も笑うのだな、と、僕は思った。



2=030

最後の扉を開けて僕は最初の位置に戻ってきた。

極力左腕を動かさずに、見ないようにして進んできたが、

残り五つの扉を潜るには少しだけ苦労が要る行為だった。

「ん、おひさ」

と、彼女は洋菓子を口に運びながら言った。

軽々しく言ってくれる。

「うん、久しぶり」

と僕は言った。

もう生きているかもどうか曖昧だったが、

言葉にすることでなんだか、死んでいないことは確定しているようだった。



「く――フクフク」

今普通に笑おうとしていたような所を僕は何も言わなかった。

「うん、ちゃんと終わったみたいだね……お疲れ様」


月を見ながら、彼女は言った。

僕に言った台詞なのか、それともあの怪異に言った台詞なのか、

なんだかよくわからなかったので僕は取り敢えず彼女の左隣に腰を落とした。

(僕から見てではない、彼女から見て、だ、自身の傷を見せびらかせる程僕に気力はないし、惨すぎた)


「……僕はまた生きなきゃいけないのか」

そう考えると少し憂鬱だった。

「そう考えるなよ、生きるってのは劇的だ」

そうかな、と僕は返答して、眼を閉じる。


眠たかったし、僕は何処かで安堵していた。

なんだか長くなりそうだな、そう考えながら、

僕は頭を完全に彼女に預けて。

深く、眠った。

続く

お疲れ様でした、最後まで見てくれた方、ありがとうございます
シリーズ的に幾つくらいかな、最低でも4つほど書ければと思います、
4つか6つか、はたまた13か、まあよくわかりませんがこの後のお話もきちんと立ててからスタートしますので、
宜しくお願いします

また明日とか

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