律子「あの輝きのこちら側、ですかね」 (26)

※劇場ネタバレあり





ガチャっ

伊織「ふぅ、ただいま」

小鳥「お帰りなさい、伊織ちゃん。撮影はどうだった?」

伊織「バッチリよ。ま、スーパーアイドル伊織ちゃんにかかれば当然よね♪」

小鳥「そう♪ あ、お茶でいいかしら?」ガタッ

伊織「ん、作業中でしょ? 自分で何か適当に冷蔵庫探すわ」

小鳥「気にしなくてもいいのに」カタン

伊織「えーと。オレンジジュースあるじゃない、いい心がけね。小鳥、あんたも飲む?」

小鳥「え? あ、せっかくだからいただこうかしら」


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伊織「はいはい、適当なコップでいいわね。で、なんの仕事してるの?」

小鳥「今は先日の竜宮小町FC会報のアンケート集計ね」

伊織「へぇ。どんな感じ?」

小鳥「次の竜宮小町のライブでどんな曲をやって欲しい~とか、演出があるといい~とか」

伊織「ライブに関するものだけ?」

小鳥「そういう訳ではないのだけれど、でもやっぱりライブに関するものが多いかな」

伊織「そう。ま、分からないではないわね。中身は?」

小鳥「曲だったら"SMOKY THRILL"とか"七彩ボタン"が人気みたい」

伊織「代表曲だものね。それから?」

小鳥「ソロだと"ロイヤルストレートフラッシュ"とかが人気よ」

伊織「ふぅん。ま、悪い気はしないわね」


小鳥「あとは"秋月律子も含めた4人の竜宮小町が見たい"って言うのもあったわ」

伊織「へぇ……3人じゃ不満だっていうのかしら?」

小鳥「そんなことはないでしょうけど、律子さんも一度竜宮小町のステージに立ってるものね」

伊織「冗談よ。まぁあの時はあずさが居なかったから」

小鳥「ええ。ファンとしては4人で歌ってるのも見てみたい、って思っても無理はないでしょうね」

伊織「なんだかんだで"眠り姫"にも出てたり、律子も芸能活動は時々してるし可能性は無くはないわね」

小鳥「実は前からこの要望は結構あるんだけどね。律子さんが"私はプロデューサーですから"って」

伊織「律子らしいわね。でもそうね……、ちょっと面白いかも」

小鳥「って言うと?」

伊織「にひひっ♪ 次のライブで、律子をステージに上げてやりましょうっ!」


――――――――
――――
――


律子「イ ヤ で す」

伊織「なんでよ、一曲くらいいいじゃない!」

律子「私は竜宮小町のプロデューサーです。プロデューサーがステージに立っちゃおかしいでしょう」

伊織「おかしい事はないでしょう!? 昨日見せて貰ったアンケートでもファンから要望来てたわよ!」

律子「はいはい」

伊織「竜宮小町のステージをいっそう盛り上げる為に、竜宮小町の一員である律子がステージに上がる。
   何もおかしいことなんて無いわ!」

律子「つまりお遊びの余興ってこと?」

伊織「あそ!? そんな言い方してないでしょう!?」

律子「何にせよ、私は竜宮小町のステージに上がるつもりはあーりーまーせーん」

伊織「……っ!」

律子「ほら、レッスンの時間よ。行ってらっしゃい」

伊織「――っ! ふんっだ! 律子の分からず屋!」

律子「車に気をつけなさいよー」


伊織「何よ律子のヤツ、あんな態度取らなくてもいいでしょうに……!」

伊織「っ! ちょっと、雨降ってるなんて聞いてないわよ!」


伊織(かといって事務所に戻るのもバツが悪いわね……)

伊織(ドアの隙間から様子を見て、誰も居なければこっそり取れるわね)

伊織(誰か居たら、それが律子じゃなければ電話でドアの外まで持って来て貰いましょう)



キ、ィィ……


小鳥「律子さん」

律子「ええ、分かってます。さっきのは流石に無かったです。今ちょっと自己嫌悪で死にたいです」

小鳥「……ちゃんと、伊織ちゃんに謝ってくださいね」

律子「はい。小鳥さんにもみっともないところ見せてしまって、本当にすみません」

小鳥「いいえ。でもどうしてそんなに頑なにステージに上がるのをいやがるんですか?」

律子「私は竜宮小町のプロデューサーであって、アイドルのみんなとは違うんです」

小鳥「それ、理由になってますか?」


律子「……えっ」

小鳥「私だって事務員ですけど、お店で歌わせて貰ってますよ。ちょっと違うかもしれませんけど」

律子「……」

小鳥「それに、以前一度あずささんの代わりにステージに上がったじゃないですか」

律子「あれは仕方なく!」

小鳥「竜宮小町の為に、ですよね?」

律子「はい」

小鳥「だとするとなおさら不思議なんです。
   ファンにも望まれていて、伊織ちゃんやあずささん、亜美ちゃんだって楽しみにしてるのに」

律子「でも……」

小鳥「私から無理は言えませんし、律子さんが本当に答えたくないなら答えなくてもいいです。
   でも、相談くらいは乗りますからね」

律子「はい。ありがとうございます」

小鳥「私だって765プロの仲間ですからね。なんだったら、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいですよ?」

律子「あはは……」

小鳥「ふふっ」


律子「……あの、小鳥さん……」

小鳥「はい」

律子「私、……本当はただ怖いだけなんです」

小鳥「怖い?」

律子「先日、オールスターライブやったじゃないですか」

小鳥「はい。素敵なライブでしたね」

律子「ありがとうございます。私も感動してちょっと泣いちゃいましたよ」

小鳥「私もです」

律子「あの子達のステージは本当に素晴らしかったです。身びいきなしにそう思います。
   世間の評判もすごいですし、あの子達自身もまたとても成長したと思います」

小鳥「今もまた、引っ張りだこですもんね」

律子「私もプロデューサーとしてあのライブに関わって、いろいろ成長できたと自負しています。
   新プロジェクトの方も形にできそうですし。でも……」

小鳥「でも?」

律子「私は、アイドルとしてはあのライブには関わっていないんです。
   みんなを送り出して、自分自身はこちら側に居る気がするんです」

小鳥「こちら側というと?」

律子「あの輝きのこちら側、ですかね」


小鳥「……。そこに引け目を感じていると?」

律子「引け目……そうですね。そうなんだと思います。
   あの大きなライブでの経験値を私はプロデューサーとして得ました。それは後悔していません。
   でも、今、あの子達と同じステージに立つのは怖いんです」

小鳥「律子さん……」

律子「ダンサーの子達は凄いですね。どんなプレッシャーを背負ってステージに立ってたんでしょうか」

小鳥「……そうですね。きっと潰されそうな時もあったと思います。
   でも、律子さんのレッスンが彼女たちを支えたのは間違いないと思いますよ」

律子「……ありがとうございます。……すみません、これじゃただの泣き言ですね」

小鳥「いいえ、いつでもお話聞きますよ。お姉さんですから♪」

律子「それまだ言うんですか? ありがとうございます。……小鳥お姉ちゃん」

小鳥「ピヨッ!?」

律子「あ、雨止みましたね。あの子傘持ってってたかしら」


ィィ……ガチャ……


小鳥「――よしっ、今日のお仕事終わり♪」

律子「お疲れ様です」

小鳥「えーと、20時ですね。律子さんはまだ終わらないんですか?」

律子「んー、もうちょっとやって行きます」

小鳥「そうですか。今日はプロデューサーさんも直帰でしたよね?」

律子「ええ、そのはずです」

小鳥「じゃあ窓の戸締まりと電気の消し忘れ、確認しておきますね」

律子「ありがとうございます。ここの電気と入り口の戸締まりは私の方でちゃんとしておきますから」

小鳥「はい♪」


小鳥「じゃあ、お先に失礼しますー」

律子「お疲れ様でーす」


ガチャ

小鳥<アラ?


律子「?」


伊織「ただいま」

律子「ひょわ!?」

伊織「なんて声出してるのよ」

律子「え、だって、直帰じゃないの?」

伊織「傘を忘れてたのよ。それだけ」

律子「あ、そう……」

伊織「……」

律子「……おかえりなさい」

伊織「ただいま」

律子「えと、座ったら?」

伊織「そうね」

律子「……なんでわざわざ私の横に座るのよ」

伊織「いいじゃないどこだって。別にあんたの心臓狙って左に座ったんじゃないんだから」

律子「何よそれ」

伊織「さぁ?」


律子「……ねぇ、伊織。ええと、ごめんなさい」

伊織「いいわ。私の方こそ、律子には律子の考えがあるのに、ごめんなさいね」

律子「っ……」

伊織「なーんてね」

律子「?」

伊織「ステージに立つのが怖いだなんて、小心者もいいところね」

律子「ぃぉ、聞いて――っ!」

伊織「律子」

律子「……」

伊織「アイドル、好き?」

律子「そりゃぁ、好きじゃなかったらプロデュースなんて」

伊織「はぐらかさないで」

律子「っ」

伊織「あんた自身は、どうなのよ」

律子「……」


伊織「あんたがプロデューサーをやりたいのも、頑張ってるのも私が誰よりも一番知ってる。
   軽い気持ちでステージに上がれなんて言った様に聞こえたのなら、謝るわ」

律子「伊織……」

伊織「あんたがプロデューサーとして考えて、竜宮小町を盛り上げる為になら
   ステージに上がってくれるんじゃ無いかと思ってた。完全に私の勝手だわ。ごめんなさい」

律子「そんな……」

伊織「でも、理由が"怖い"って何よ!? 私のプロデューサーはそんな臆病者だったわけ!?」

律子「ぅぐ」

伊織「結局ステージには立ちたいの? 立ちたくないの?」

律子「それは」

伊織「春香が言ってたわ。
   "アイドルって、そう簡単に諦められるものじゃない。そういうものだって信じたい"って」

律子「……春香が……」


伊織「正直言ってあんた、アイドルに未練たらったらよね。
   あずさの代役をしたときはプロデューサーとしての判断だったかもしれない。
   でも映画に出たり、合宿で結局一緒に踊ってみたり」

律子「っ、っ!」

伊織「言い返せないでしょう? ……でもね。私はそんなあんたでもいいと思うわ」

律子「ぇ……」

伊織「いいじゃない。
   ステージでパフォーマンスもできるプロデューサーなんてそうそう居るものじゃないわ。
   あんたのプロデューサーとしての強みにすればいいのよ。
   その上で、ステージに上るのが怖いなんていうなら私が支えてあげるわ。
   竜宮小町のリーダーとしてね」

律子「……そう」


伊織「なんだったら、手でも握ってあげましょうか?」

律子「――……そうね、はい」

伊織「……そんな適当に左手投げ出されてもねぇ。律子、立ちなさい」スッ

律子「何よ」

伊織「いいから」

律子「はいはい」ガタッ

伊織「右手出しなさい」

律子「もうなんなの?」

伊織「握手。私があんたの手を握るって言ったらこの位置なの。
   あんたと私は、対等なパートナーなんだから」

律子「伊織……」

伊織「次のライブ、最高の"竜宮小町"を見せてやるわ」

―終―


短いですが以上となります。
有り難うございました。

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