男「なんていい世界だ」 (11)

俺は母方の連れ子だった。

ある時俺に父親が出来ると聞かされたが、俺は心の中でまたか…と思うことしかできなかった。

母の相手には俺よりも2つ上の娘がいて、一人手で育てている事の話で意気投合して再婚に至ったそうだ。

どうせ長続きなんてしないんだから、いい加減誰かに想いを寄せるなんてみみっちい事しなけりゃいいのに。



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俺に突然出来た姉と父はそれなりにいい人達だった。

初対面でわざわざ再婚相手の子供の評価を下げるような真似をするヤツなんてなかなかいないと思うけどね。

義姉はとても綺麗で、俺が通っていた高校の女子なんて目じゃないくらいだった。

「緊張してる?」

「……まぁ」

「私も、緊張してる。お互いの事知ってる友達ですら家族にはなれないのに、全く知らない私たちが家族になるなんて不思議だよね」

そう言って笑みを浮かべる彼女に、思わず心が動かされてしまっていたけど、他人に向けるようなぎこちない作り笑いしか浮かべる事が出来なかった。

「私の方が年上らしいから、キミの事は名前で呼ぶね」

「じゃあ俺はどうしようか」

「お姉ちゃんって呼んでくれてもいいよ」

「えー………姉ちゃん?」

「うん、いい感じ。そのうち慣れてくるよ、男」

義姉に名前を呼ばれると、今まで感じた事のなかったようなむず痒さが首元をじんわりと這っていくような心地だった。

母と義父は、随分と仲がいい様子で、一週間に三回は二人で外出していた。

「こりゃあ弟か妹が出来るのもそう遠くないな」

「ねー、二人の子供だったらきっと可愛いよ」

「姉ちゃん、そういうのに弱くないんだな。俺は母さんが女性として生活してるのがちょっと気持ち悪い」

「一応私だって大学生だもん、それぐらいもう分かってるよ」

「ふーん」

「男はそういうのにあんまり興味ないの?」

「あるに決まってんじゃん、高校生だし」

「だよねー」

そう、興味はある。興味はあるがその対象となる相手が全くと言っていいほど見当たらない。

本音を言うと、一番身近な義姉にそういう感情を抱いていたけど、家族であるという現実が俺の中の理性を保っていた。

最初こそ一緒に干されている下着を見たり、風呂上がりの義姉の姿を見てそこそこ欲情していたのは確かだけど、何ヶ月か過ごすうちに気にしない程度にまで慣れる事ができた。

「私、恋愛とかよく分かんない」

「へー」

「不思議、お義母さんもお父さんも恋愛してるのに、その子供の私が恋愛できてないだなんて」

「そういう人がいない限り、そういうもんなんじゃない?」

「そっか。男は彼女いないの?」

「いないよ。いたら今頃こうやって居間でテレビなんて見てない」

「あーあー、つまんないなー」

義姉は綺麗だ。綺麗な分、無防備な姿を見せられると気にしない程度にまで慣れている俺でも少しドキッとしてしまう時があるから困る。

「する?」

「何を?」

「分かってるんでしょ?」

「冗談じゃあない、俺は弟で、姉ちゃんだろ。そんな風に見れないよ」

突然のアプローチに一瞬固まってしまって、動揺からのぎこちなさが出てしまっていないかちょっと不安だ。

「そっかー、残念」

小さく舌を出して意地悪そうに笑う仕草は、普通だったらぶん殴りたくなるぐらいのあざとさのはずなんだけど、その仕草は義姉にとても似合っていて、俺は赤くなってると思われる顔を見られないように背けるので精一杯だった。

「手、握ってもいい?」

「やめろよ、そんな歳じゃあないだろ?」

「いいじゃん、ね?」

「……少しだけだからな」

キュッと握られた手は、小さくてとても柔らかかった。

同じ人の手のはずなのに、ちょっとゴツゴツした俺の手と違って、女性の手というものがこんなに違うものだとは思わなかった。

多分、個人差はあると思うけど。

「男の手、暖かいね」

「姉ちゃんのが冷たすぎるんじゃん」

「そう?じゃあこのまま温めてもらおーっと」

少しだけって言ったのに……義姉はこういうところがズルい。

のんびり、静かな時間のはずなのに、部屋の掛け時計の音が聞こえない。

一人でいる時は一度気になったらなかなか耳から離れない音のはずなんだけど、今はなぜかドクンドクンと身体の中で時間を刻んでる。

握られた手はもう冷たくなくて、じんわりと汗ばんできていた。

「もういいだろ」

「うん、そこそこ満足」

そこそこ満足と言われても、完全に満足するにはどれだけの間握り続けてればいいんだ、と少し呆れたような視線を送るが、やんわりと笑顔を返された。

年上の女性というのはここまで余裕があるものなんだろうか。やっぱり俺の方が先に顔を逸らして俯いてしまう。

「なんか、安心した」

「何が?」

「男は優しいし、あんまり文句も言わないでちゃんと姉弟してくれてるもん」

「姉弟なんだからそういう風に生活するのは当たり前だろ。流石に見境がない馬鹿じゃないし」

「そういう捻くれてるところも安心する」

「俺はペース乱されっぱなしで安心なんて出来ないんだけど」

俺はただ我慢してるだけ。本当は見境なく可愛い女の子だったら手を出したいというのが本音だ。

奥手と言われればおしまいなんだけど、正直今の生活で十分心地良いから、これ以上を求めた瞬間に全てが泡のように弾けて流れていくかもしれない……という不安から無気力に流されるままに生活してるだけだ。

「男は、変わらないでね」

「は?」

「優しい弟であり続けてね、って事。特に深い意味はないよ」

「ふーん。人間どこでどう変わるかなんて分かったもんじゃあないんだけどね」

そう、人間はどこでどう変わるかなんて、本人は愚か他人でさえ計り知る事は出来ない。

些細な日常を過ごして行くうちに変わって行くのか、絶望的な一日を過ごしただけで変わるのか、それともずっと変わらないまま一人の人間として生き続けるのか……なーんて、分からない。

「私彼氏募集中だから、好きになったらいつでも告白してくれていいからね」

「弟のままでいいよ。今頃恋人仲になんかになったらどうやって接したらいいか分からなくなるし」

「男は変わらなくてもいいんだよ、弟か、彼氏かってどうでもいい関係の名前が変わるだけ」

「じゃあ今のままでいい」

「欲がないねー」

「俺が姉ちゃんの事好きだと思ってる、なんて感じてるんだったら随分な自信だよ」

「私こう見えても自信家だから」

「見たまんま自信家だよ」

義姉は自信家だ。自分が出来る事が多くて器用な人間だから余裕もある。それでありながらも人を上から見下すような事をしない、出来た人間だと思う。

閲覧注意。

一応警告しておきます。

俺の同級生は、自分が何をしてもいいもんだと勘違いばかりしてる。

それが普通なんだとしたら、俺は普通が恐ろしくてたまらない。

普通ってなんだろう、と毎日のように感じているが、特に悪さもしないで静かに一人の人間として、誰かの人生の背景になっているのが俺の中の普通だと感じている。

俺は主人公ってポジションでもなければ、主人公の補佐をするような友人ポジションにあるわけでもない。

自分の人生を確かに自分の意識がある状態で歩んでいて、アレをしようとか、コレをしようとか考えていても、他人からしたら一人のどこにでもいる人間として捉えられている。

俺の周りの人は皆、そんな存在になるのが嫌で必死に自分を主人公に見立てて色んな事に手を出しているように見える。

ちょっと捻くれた、斜めから意見を言いたがる、俺は他の人間とは違うんだ!という人間の典型的パターンで生きてるなー俺。なんて考えながら、そこそこの日常に満足しながら生活している。

今日も歩いて、明日も歩いて、そんな毎日を過ごすが、どこか遠い所で俺の知り得ない大きな事がポツポツと起きている世界。

なんだか不思議な気分になりながら、赤く染まった道と、差し込む赤い日に目を細めながら今日も帰途につく。

「おかえり、男」

「ん、ただいま、姉ちゃん」

「その呼び方も随分と様になってきたね」

「そりゃあ、毎日そう呼んでるんだから普通でしょ」

「今日も二人、遅くなるんだって」

「飽きないねー」

「飽きないでしょ、お互い愛しあってるんだから」

「飽きなかったら俺たち今頃姉弟してねーよ」

「ああ、それもそっか。でも、いつまでも続くと思っちゃうんだよね」

「急な終わりなんて誰も想像しないから急な終わり、なんだろ」

二人して、のんびり道を歩く。今日も相変わらずのたわいもない会話だ。

ぐん、と伸び切った影が俺の後ろで、今の俺と義姉の距離よりもずっと近い状態でゆらゆらと揺れている。

ふと、頬に柔らかい感触。

「だったらこれも、急な終わりに入るかな」

自分の身に起こった事を頭の中で整理すると、今まで落ち着いて仕事をしていた心臓が、余計なぐらい働き出した。

「姉ちゃっ、何すんだよ!」

そう言ってゴシゴシと頬を袖で拭うが、先ほど触れた柔らかい感触が未だにそこにあるように感じる。

「へへー」

「へへーじゃねえよ。もう……」

「姉弟として、終わった?」

「……いや、まだ姉弟だろ」

「うん、その通りだ。こういうのはいつまでも続くものなんだよ」

夕日に照らされた義姉の表情は、とても幻想的だった。俺の視界いっぱいが、そこにいる一人の人間だけでどんな絵画よりも価値のある一枚になっているように感じた。

我が家……と言っても俺は住み始めて数ヶ月だけど、馴染みの深くなってきたドアノブに手をかける。

「ただいまー」

「ただいま」

帰る場所があるという事はどれほどいい事だろう。俺の母には実家に帰るという選択はなかったため、フラフラと地に足をつける事が出来ないまま放浪していた。

荷物は最小限、一番大きなサイズの旅行鞄を引いて、二人で行動していた。

俺の母親はいくつかバツがついてるような、いわゆる地雷女で、良く拾ってくれる人がいたもんだと感心する事しか出来なかった。

「夕ご飯準備するから待っててね」

「ありがとう、なんか手伝おうか?」

「うーん、お皿並べといて」

「簡単だなー」

「だって男だもん」

「俺だって人並みに家事スキルあるんですけど」

「はいはい」

文句を垂れながらも言われた事はしっかりとこなす。義姉との二人きりの時間は、擦れていた俺の心を柔らかく包み込んでくれるようで好きだ。

後ろで縛られた髪と、ちらりと覗く白いうなじと細い首に思わず見とれてしまいながら、片手間に皿を並べていく。

食材が焼ける音と、フライパンとコンロが軽く当たる小さな金属音の合間に聞こえる義姉のリズムのいい鼻歌が、俺の中の寂しい空間を満たしていく。

きっとこれは恋なのだろう、いつも目の届く範囲にいる義姉を目で追ってしまう。

遠く離れていたとしても、色々考える事があった後に出てくるのはいつも義姉の姿だった。

弟の俺からするとつかみ所のない義姉は、俺の事をどう思っているのだろう。

弟、としてなのか……今日の帰り道の事や昨日の言葉のように、俺を異性として意識しているのだろうか。

どれだけ考えても結局答えは姉の中で、俺が知り得る事ができないため、いつも頭に浮かぶだけでうやむやになって消えてしまう。

「男ー、できたよー」

「はーい」

この関係を壊すつもりも何もないから、別にどうでもいい事なんだけど。

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