P「テレビの出演が決まったぞ」杏「えー」 (12)

——事務所——

杏「えー、メンドそうだし、パスで。じゃもういいよね、私帰るね」

P「はいはい、レッスンにはちゃんと行かないとな。ちなみにテレビの収録は明日だから」

杏「もーなんで勝手に決めちゃってるのさー。杏にも何か用事があるかも、とか少しは考えないの」

P「ほら、飴やるから」

杏「んー。れもさー、明日も仕事って事は、今日のレッスンは休みでいいんだよね」

P「いやそんなことないぞ? むしろ今日はいつもよりハードにしてもらってある」

杏「はぁー!? 横暴だー過労死だー杏が死んじゃったらプロデューサーのせいだからね。という訳で杏はこれから明日のために家に帰って休まないといけないから」

P「はいはい、それじゃ車出すから先に行って待っててくれ」

杏「いーやーだー」

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——車の中——

杏「だいたいさー、テレビのお仕事って何やるの? 杏、疲れるのはやだよ」

P「ああ、そう言えばまだ言ってなかったな。今回は杏にぴったりの仕事だ」

杏「んー、私にぴったりって事はさー、寝てるだけでいいんだよね。それならやってもいいかなー」

P「ああ、そうだぞ。よく分かったな。さすが杏だな」

杏「はいはい、まあどうせ今更……え、マジで?」

P「ああ、マジだ。実はついさっきテレビ局の方からオファーがあってだな、これは杏にぴったりだと思って即OKしてきたんだ」

杏「むふふっ、そうかー、ついに杏も寝ているだけでお金が貰えるようになったかー。これでもうアイドルなんてやらなくてもいいんだー」

P「んー、でも今回は出演料も安いからなー。杏の夢の印税生活にはまだまだだな」

杏「えーなんでよー。寝てるだけでいいって言ったのプロデューサーだよー」

P「いやー、そうは言っても今回の放送は五分だけだし、そんなに出演料も出ないんだよ」

杏「そうなの? ってかさ、杏が寝てるだけで良いってどんな番組なの? よく考えたらそんな番組ある訳ないじゃん。プロデューサーまた私を騙して何かやらせる気でしょ」

P「お前、いまさらそれを聞くかぁ?」

杏「ふぅー、危ない危ない。もう少しで『寝てるだけでいい』って言葉に騙される所だったよ。まったくプロデューサーはどうしてそこまでして私を働かせたいのかなー」

P「いや、寝てるだけで良いってのは本当だぞ? 杏の寝てる姿を流す番組だから」

杏「は? え、本気?」

P「もちろん本気だとも」

杏「えー? 杏は楽でいいんだけどさー。大丈夫なの? そのテレビ局」

P「まあ地方局だけどさ、地域密着でかなりの発信力を持ってるところだぞ、そういう事は言わないように」

杏「いや、だってさ、杏が寝てるだけの番組なんでしょ? 誰が見るのさ」

P「俺は見るぞ」

杏「プ、プロデューサーはいいんだよ。だいたいさー、何でそんな番組考えるかなー」

P「ほら、あれだ。海外で焚き火が燃えているだけの番組があっただろ?」

杏「なにそれ、めっちゃ手抜きじゃん。うわーテレビ局の仕事って楽なんだね。杏、アイドルなんかやめてテレビ局に就職すればよかったよ」

P「コラ、失礼だからそんなこと言うなよ。でもその番組すごかったんだぞ。十二時間やって平均視聴率20%越えてたんだから」

杏「はー、そんなの見る暇人もいるもんだねー。杏はすぐに飽きちゃうだろうなー」

P「ははっ、杏はすぐに寝ちゃいそうだな」

杏「あー間違いなくそうだねー。ぶっちゃけ今ももう眠いくらいだからねー。それじゃお休みー」

P「おいおい、これからレッスンなんだから寝ちゃだめだぞ。で、それからヒントを得て、アイドルが寝てる映像を流してみようという事になったらしいんだ」

杏「私にはさっぱり理解のできない発想だね。ってか日本でもそのまま焚き火の映像流せば楽だったんじゃないの」

P「さすがにそのままパクる訳にはいかないだろー。と言う訳で真似しつつも、最悪コケたとしてもある程度の数字がとれるって事で考えたんじゃないか?」

杏「そんなもんなのかねー」

P「俺も詳しいことは分からないけどなー。おっと、着いたぞ。じゃあ杏レッスン頑張ってな」

杏「んー、プロデューサー? なんか忘れてないー?」

P「ったく、ほら」

杏「んー、じゃあ適当にやってきますかー。ご褒美の飴、ちゃんと用意しといてよー?」

P「おう、じゃ頑張ってこい」

杏「うーい」

 翌日

——テレビ局——

杏「うー、全身が痛いー」

P「杏、大丈夫か?」

杏「大丈夫か、じゃないよ。まったく、なんであんな大変な練習メニューにしたのさー。おかげで筋肉痛だよ」

P「いやー、今日は収録だろ。杏がよく寝られるように少し疲れるくらいの方が良いかなと思ったんだ」

杏「よけいなお世話だよー全く。そんな事しなくても杏は12時間だろうが24時間だろうが寝られるんだよ?」

P「それはさすがに寝すぎだからな」

スタッフ「あ、こんばんわ。今日はわざわざありがとうございます」

P「いえいえ、こちらこそ。今日はどうかよろしくお願いします」

杏「あー、お願いしまーす」

スタッフ「それで、撮影なんですけど、あちらに頂いた資料の通りできる限り再現してみました。まずは確認をお願いできますか」

P「はい、わざわざありがとうございます。ほら、杏いくぞ」

杏「うー、引っ張らないでよ。変な風に動かすと痛いんだよ、もう」

スタッフ「どうぞ、こちらです」

P「お、どうだ、杏?」

杏「え、これ、私の部屋?」

P「杏もいつもどおりの方が寝やすいだろ。なるべく似せてセットを組んでもらったんだよ」

杏「うわ、すご……。すごいけどさ、これ、さすがにプライバシーの侵害じゃない?」

P「ああ、心配はいらないぞ。何せ急だったから、俺が覚えている限りで作ってもらったんだ。お前の部屋の写真とかそういうのはまったく撮ってないから安心していいぞ。うちはアイドル達のプライバシー保護はきちんとしてるからな」

杏(なん……だと……、これ完璧に私の部屋なのに!?)

スタッフ「それじゃ、杏ちゃん。試しに着替えて横になって貰えるかな」

杏「あ、はい……って、杏、着替えなんて用意してないよ?」

P「それも問題ない、ちゃんと俺が持ってきているから」

杏「あーさすが、プロデューサー。って、何でプロデューサーが私の服持ってるのかな?」

P「ん、ああこれか? これは杏がいつも着ている服じゃなくて、俺が買ってきた新品だから」

杏「ああ、それなら安心……じゃないよね?」

P「ん? 何だこっちの方が良かったか?」

杏「……もう、それでいいよ、はぁー。じゃ、着替えてくるから、後12時間くらい待っててねー」

P「撮影は10分後に始まるからな」

杏「もう、なんでみんなそんなやる気なのかなー。面倒なだけなのに」

 着替え終了


スタッフ「じゃあ、横になって貰えるかな」

杏「はぁー、よいしょっと」

P「どうだ、寝心地は?」

杏「もう怖いぐらい、家にいるのと同じ感じだよ。目の前にカメラさえ見えなきゃね」

P「良かった、大道具さんたちに頑張ってもらった甲斐があったよ」

杏「でさー、杏はこの後何すればいいの?」

スタッフ「はい、カメラはすでに回しているので、どうぞリラックスして寝てください」

杏「え、もう撮ってるの? いつから?」

スタッフ「杏ちゃんが布団に入るときから、一応。まあ寝入るまでの映像はオンエアしないんだけどね」

P「だからって、気を抜いちゃだめだぞ、仕事なんだから」

杏「もうー、プロデューサーはうるさいなぁ。だいたい、リラックスしなきゃ寝られる分けないじゃん」

P「それもそうだな」

杏「はいそこ、静かにする」

P「りょーかい(小声)」


 3分後……


杏「くーくー」

——別室——

スタッフ「いやー、杏ちゃん寝るの早いですねー」

P「俺もまさかここまで寝付きが良いとは思ってませんでしたよ」

スタッフ「それにしてもかわいらしい寝姿ですね」

P「うちのアイドルですからね、当たり前ですよ。それで、オンエアされない部分の映像は……?」

スタッフ「もちろん、後でスタッフがおいしく頂くに決まってるじゃないですか」

P「はははっ、よく分かってますね。……この業界は長いんですか?」

スタッフ「かれこれもう20年になりますか。しかし、我々の他にもあなたの様な方がいるとは思いませんでしたよ。どうですか、この後一杯」

P「いいですね。酒の肴には事欠かないでしょうし、そちらの方もいろいろと聞かせて貰いたいですね」

スタッフ「それはこちらの台詞ですよ。アイドル達の事を、是非聞かせて頂きたい物ですな」

P&スタッフ「ハッハッハッハッ!」

杏「ぐーぐー」

 後日


——事務所——

P「お、杏。この前の番組なんだが思いの外好評だったらしく、レギュラー化が決まったぞ」

杏「んーなにー? そんなのあったっけ?」

P「ほら、杏の寝てる姿を流すだけの番組」

杏「あー、そういえばそんなのもあったかもね。で、用件はそれだけ? だったら杏は帰ってやらなきゃいけないことがあるから」

P「はい、ストップ。どうせやらなきゃいけない事ってのも寝ることなんだろ」

杏「そうだけどさー、プロデューサー知ってる? 人間はちゃんと休まないと死んじゃうんだよ? 杏は……って、プロデューサー、何て言ったの?」

P「どうせ家帰っても寝るだけだろ。だったらほら、飴をやるからレッスンに行くぞ」

杏「違うよ、その前だよ。なんかとんでもないこと言ってなかった?」

P「その前って、ああ。杏の寝姿を流した番組がレギュラー化したことか?」

杏「そうそう、それだよそれ。むふふ、と言うことはあれだよね? また杏に寝てるだけの仕事が来るって事だよね?」

P「ああ、そう言うことになるな」

杏「やったね。そうかー、ついに杏も寝てるだけでお金が稼げるようになったか。これはもう、私は働かなくていいって事だよね。やったー夢の生活だー」

P「杏が仕事にやる気を見せるなんて珍しいな。明日は雨か、傘用意しておかないと。まあこれで杏はOKっと。次は千佳か雪美、どっちから聞こうかな」

杏「そりゃ、もうこれで働かなくてもいいって言われたら、いくら私でもやる気が出てくるよ。それでさ、その収録は毎週何曜日なの?」

P「収録は毎週ある訳じゃないぞ。さすがにそんな時間は割けないからな。それぞれのアイドルについて一気に撮り溜めしておいて、そこから毎週5分ずつ流す方向でいくことになった」

杏「あーそうなの? ま、杏はどっちでも良いけどね。むしろそっちの方がめんどくさくないし、ずーっと家でだらだら出来るってことだもんね」

P「はは、杏らしいな。よし、じゃあそろそろレッスンに行くか」

杏「もう、しょうがないなー。……って、あれ? プロデューサーさ、さっきそれぞれのアイドルとか何とか言わなかった?」

P「ああ、言ったぞ」

杏「え、それってどういう意味?」

P「いや、どういう意味も何も。毎週いろいろなアイドル達の寝姿を放送しようって企画だからな。初週はやっぱり杏に頼むとして、その次の週からの人選はこれから交渉だな」

杏「え? ずっと杏が寝てるだけなんじゃないの?」

P「杏は寝てるだけでいいんだぞ」

杏「いや、そうじゃなくてさ。いろいろなアイドル達のって、杏だけの番組じゃなかったの?」

P「いやー、それがさ。やっぱり他のアイドル達の寝顔も見たいって意見が多くてさ。それだったら週代わりで回していこうって話になって……杏?」

杏「それじゃ、杏の出演料は?」

P「それは大丈夫だ、前回分より少し上げて貰ったから。まあ、この企画は出演者も多いから、大幅アップって訳には行かなかったけどな」

杏「杏のアイドル印税生活は?」

P「まだもうちょっと先だな」

杏「うわー……詐欺だよちくしょう。杏はショックで立ち直れないから、しばらくは休むね。それじゃ……」

P「はいはい、ほら飴玉やるから、今日もレッスンレッスン!」

(おまけ)

P「杏ー、またお前向けの仕事が取れたぞ」

杏「あーそう、杏はまだ寝てるから、それじゃ」

P「ほら、もう昼過ぎてるんだからいい加減起きないとだめじゃないか」

杏「はあーまったく……。いきなり布団を剥ぐとか、プロデューサーはデリカシーってものがないよね」

P「それはいつまでも起きない杏が悪いだろ。で、そうそう。新しい仕事の話だ」

杏「はあ、どうしてプロデューサーは私をそんなに働かせたいのかな。杏はずーっと寝てるだけでいいのに」

P「ふふふ、今回も杏は寝てるだけでいい楽な仕事だぞ」

杏「はぁー。またどうせ杏を騙して働かせようって言うんでしょ? もー。それとも変なドリンクの飲み過ぎで頭
おかしくなっちゃったの?」

P「いやいや、今度も真面目にそういうお仕事だ」

杏「それじゃあさ、一応聞いてあげるけど、どういった仕事なわけ?」

P「聞いて驚くなよ? 今度はアイドル達の寝息を収録したCDを出すことになったんだ」(ドヤッ

杏「うわー……、やっぱこの業界っておかしくない?」


おわり

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