ユミル「ベルトルさんに『一生のお願い』の権利をやる」完結編(1000)



前スレ

ユミル「ベルトルさんに『一生のお願い』の権利をやる」
ユミル「ベルトルさんに『一生のお願い』の権利をやる」 - SSまとめ速報
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このスレで完結します




~宿屋の一室~



アニ「クリスタ!…今、アルミンを呼んで来る!!ちょ、ちょっと待ってな」

クリスタ「うん!アニ、お願い」


ライナー「ユミル…大丈夫か?一体何があった…その姿…」


ユミル「ははっ…男の前では言い難いなぁ…あんまりジロジロ見ないでくれるか…?」

ユミル「部屋まで運んでくれた事には、感謝している。ありがとう、ライナー」


ライナー「おっ…おう」///


ライナー「バスタオル、しっかりかぶっとけ…その、下着が少し見えているから…」

ユミル「あぁ…」


ユミル「アルミンが診てくれるんだってな、助かるよ。終わったら、寝間着に着替える」

ユミル「身体中ドロドロで埃っぽいが…怪我もしてるし、今日風呂に入るのは無理だな」

ユミル「お湯で身体を拭いて寝るか…」


クリスタ「ユミル…私が拭くね。手当の後で」ウルッ…

クリスタ「あっ!そうだ…ベルトルトは?ライナー、ベルトルト呼んできて」

ライナー「あぁ…そうだった…肝心な奴を忘れてた!今、呼んでく…


ユミル「呼ぶなっ!!」


ライナー「!?」
クリスタ「!?」ビクッ

ユミル「あ……あぁ、悪ぃ…大声出して…」



クリスタ「どうして…?」

クリスタ「ねぇ、教えて…今日、どうしてベルトルトは一人で帰ってきたの?」

クリスタ「何か、あった…?」ジッ…


ユミル「い…いいや、何もないよ」


ユミル「あいつとデート中にな、昨日知り合いになった貧民街に住む子供に会ったんだ」

ライナー「貧民街…」


ユミル「まぁ、ちょっとした理由でそのガキを家まで送ることになっちまって…」

ユミル「そんな訳で、ベルトルさんを先に帰らせた。ガキの件は私の用事だったからな」

ライナー「ふむ…」


クリスタ「でも、おかしいよ!貧民街みたいな危険な所、ユミル一人で行かせるなんて…」


ユミル「…吐いたんだ」

クリスタ「えっ?」


ユミル「具合、悪かったんじゃないかな。ベルトルさん…」


ライナー「それで真っ青な顔で帰ってきて寝込んじまったって訳か」

ユミル「今、寝込んでるのか?」

ライナー「あぁ」


ユミル「じゃぁ、朝までしっかり寝かせてやってくれないか?」


ユミル「あいつ、脱走してから一度もまともに寝てないんだ。…多分な」

ユミル「きっと、今までの疲れが出たんだろ」


ライナー「そうだな」


ユミル(寝て起きたら落ち着くだろうか?今、会うべきではない事は分かり切っている)

ユミル(起きたら…何を話す?……私は、どうすればいい?)ギュッ…



クリスタ「…」


クリスタ「それでも、私は…ベルトルトをここに呼ぶべきだと思う」

ユミル「クリスタ!!」


クリスタ「彼には、責任がある!…ユミルに対してっ」ギリッ


ガチャッ… ギギギッ…

アニ「アルミン連れてきたよ!」


アルミン「ごめん、ノックもしないで…」


ライナー「アルミン、お前今日は薬を買い込んできたって言ってたよな?」

ライナー「ユミルの怪我、その薬で何とかならないか?」

ライナー「左手の傷が酷いらしいんだ…最悪、これから医者を呼ぼうと思ってはいるが…」


アニ「医者を呼べば、私らの情報が外部に漏れる可能性がある…」

クリスタ「何、言ってるの?アニ…そんな事より今はユミルの怪我の手当てが先でしょ?」


ユミル「心配はいらない。医者なんか必要ねぇよ、こんなもん唾つけときゃ治る」


クリスタ「そんな訳ないでしょ!!」


クリスタ「私っ、とにかくベルトルトを呼んで来るから…!」タッ…

ユミル「だからやめてくれっ!クリスタ!!」ダンッ!


クリスタ「でも…

ユミル「でもじゃない!!…本当に嫌なんだ」



ユミル「…見ての通りだ。私は、貧民街で男に襲われた…服もその時、引きちぎられた…」


アニ「ユミル…あんた……」


ユミル「腹を殴られて、そのまま馬乗りに…でも、必死に抵抗してそいつから逃げた」

ライナー「…」グッ…


ユミル「その…だから…辱めは、受けていないんだ…身体は守れたんだが……あの…さ、」


アルミン「…」


ユミル「ベルトルさんには、知られたくないんだ…男に襲われたこと…!」ギュゥゥ…


ユミル「あいつ絶対気にするだろ?なんたって、私にベタ惚れだからな!」ダハハハ!


ユミル「そいつの人相や特徴を教えたら、殺しに行くかも知れないぞ。いや、本気で」


ユミル「…それに、自分が情けなくてな。付け込まれる隙があったって事に…」

クリスタ「違うよ…ユミルのせいじゃない…」


ユミル「だから、この話は内緒にしてくれないか?あいつには。…頼むよ」


クリスタ「ユミル、ごめんね…ぐすっ…怖かったよね……そばに居てあげられなくて…」

クリスタ「本当にごめんねっ…ごめんなさい…うぅ…ぁ゛ぁ…ひっぐ……」ギュゥッ…


ユミル「馬鹿…何泣いてんだ…クリスタ」ナデナデ…


ユミル「私はもう平気だ、大丈夫」ニコッ



ライナー「ま、一理あるな」


ライナー「今朝の惚気っぷりを見ると、確かに今のあいつならお前を襲った男を殺しかねん」

ライナー「でもお前、怪我もしてるし…その、貞操は守れても…心がな…実害はあるだろ?」


ユミル「心も身体も平気だ。実害はない!」

ユミル(それにこの左手の怪我は、ベルトルさんが…。あの男のせいじゃない)


ユミル「仕返しなんか、しなくていい…」


ユミル「こんな事、一日でも早く忘れたい」


クリスタ「うん…うん……ユミル、分かるよ」


アルミン「ベルトルトとユミルって付き合ってたんだ…知らなかった…」

アルミン(彼はユミルが好きだったんだっけ?でも全く相手にされてなかったような)

アルミン(調査兵団に入ってからも、特別仲が良さそうには見えなかったけど…)


アニ「私も、知ったのは昨日なんだけど」


ユミル「告白されたのは4日前だぞ」


ライナー「じゃ、今が一番楽しい時期だな」


アニ「あんた、女と付き合ったことも無いのに、楽しい時期なんて分かるの?」

ライナー「う、うるさいぞ!アニ」


ユミル「…」


ユミル(昨日、この部屋であいつが私を抱いた時…)

ユミル(自分以外の男とこの行為をしたら、私の目の前で相手を殺す…と、言ってた)


ユミル(だが、今は…私がどうなったって、そいつを殺そうとだなんて思わないだろう)


ユミル(この先、お互いが紡いだ言葉の全てが、嘘になるのかも知れない…)


ユミル(胸が…押し潰されそうだ)ハァ…



アルミン「ユミル、その左手を見せて」

ユミル「あぁ…」スッ

アルミン「血糊が布に張り付いてる…ごめん、痛いと思うけど我慢して」

パリッ…パリッ…


ユミル「っ……あぁ…いっ…」グッ


ユミル「ぐぅ…っ…だ、だいじょう…ぶ」

クリスタ ギュッ…


アルミン「こ、これは…」

アルミン「裂傷?鋭利な刃物で切られた傷じゃない…硬い物にぶつかって、裂けた?」


クリスタ「この布も包帯じゃない…ユミルのスカートだ……こんなに、血で汚れて…」

ユミル「…」


アルミン「これは、縫った方がいい…」


ユミル「縫わなくても平気だ!すぐに治る」


アルミン「ライナー、医者を呼ぼう!」


アルミン「縫っても傷は残る。でも縫った方が傷の断面が縫い縮められて治りも早い」

アルミン「縫わなければ、今後の生活に支障が出るかも知れない。後遺症が残るかも」


アルミン「僕は…縫った方が良いと思う。傷が深いから。と言うか、縫わないとダメだ!」


ライナー「そうか…じゃ、今から医者を…

ユミル「待て!」



ユミル「わかった…縫えばいいんだな?」


ユミル「クリスタ、私の荷物から裁縫箱を出してくれ」

クリスタ「裁縫箱って?ユミル、そんなの持ってなかったじゃない…」


ユミル「ベルトルさんがプレゼントしてくれたんだ」


ユミル「そこから短い縫い針と、黒い糸を出してくれ。自分で縫合する」


アルミン「!?」


アルミン「縫い針?ダメだよ!そんな太い針じゃ…ちゃんと医療用の細い針でなければ…」


アルミン「それにここには麻酔なんてのはない!自分で自分の手の傷を縫うだなんて…」


アルミン「とんでもない痛みだって想像できないのか?拷問と一緒だ…やめてくれ!!」


ユミル「でも、医者を呼ぶわけにはいかない」


ユミル「そうだろ?アニ」


アニ「…」


アニ「そうだ…」

アニ「ここまで来て、問題を起こす訳には…」


アニ「この街の憲兵が、ユミルを襲った男を真剣に捜査するとは思えないけど、万が一だ」

アニ「明後日にはこの街を出る…それまでは穏便に過ごしたい…医者は、ダメだ」



クリスタ「さっきから何言ってるの?アニ、あなた正気なの?」

クリスタ「相手の立場に立って考えてみて?あなたは自分が大怪我を負った場合…


アルミン「クリスタ、無駄だよ…」

クリスタ「えっ…」


アルミン「アニは怪我を恐れないんだ」


アニ「…」



ライナー「とんだ事になっちまったな…」

ライナー「6人全員が居る所で今後の計画を話す。今朝、お前にそう約束したが…」

ライナー「今夜はそれどころじゃないようだ。ベルトルも居ないしな…」



アニ「私もアルミンと約束したんだ。宿に戻ったら、これからの計画を説明をするって」

アニ「ライナー、あんたがみんなに説明するのなら…私の出る幕はないね」


ライナー「あぁ、俺から話す。だが今日は無理だ…時間がないのは分かっているが…」


ライナー「ユミル、アルミン、それとクリスタ…説明は明日でもいいか?」

ライナー「今後の計画は、重要な話が含まれている。いや、今までも全部重要だったが…」

ライナー「その…俺たちの話もだ。俺、アニ、ベルトル…隠してきた秘密も、全部話す」

ライナー「だから、6人全員が揃っていないと、この先の話は出来ない」



アルミン「分かった…」


ユミル「私も了解した」

ユミル「…と言うか、今回は私のせいだな。すまない…クリスタも…」


クリスタ「ユミルは何も悪くない!!…あなたは被害者なのに…頭を下げないで…」



ユミル「もう、いいか?」

ユミル「みんな部屋に戻ってくれ。後は自分でやる、クリスタ裁縫箱から針と糸を…

アルミン「ユミル!」


アルミン「はぁ…」

アルミン「ダメだ…どうしてもと言うなら、僕がやる」


ユミル「!?」


アルミン「はっきり言って素人だ。知識も、さっき簡単に医学書を読んだだけ」

アルミン「でも、痛みに耐えて自分で縫うより、綺麗に縫える自信はある」

アルミン「僕が縫えばユミルも痛みにだけ集中できるだろ?」


ユミル「嬉しくない集中の仕方だな…」ハァ…


ユミル「でも、ありがたい申し出だ…アルミン、お願いしてもいいか?」

クリスタ「ア…アルミン、本当に大丈夫なの?」


アルミン「分からない…でも、僕らは何でも出来るようになっておかないといけないんだ」

アルミン「もう誰にも頼ることは出来ない」

アルミン「僕ら6人で、全部やらないと…」

アニ「アルミン…」


ライナー「何か、必要な物はあるか?」


アルミン「まずは水を用意して」


アルミン「手のひらの傷口を洗うから…固まった血糊も溶かさないといけない」


クリスタ「わかった。私、持ってくる!」


アルミン「あと、熱湯も一緒に持ってきて欲しい」

アルミン「医療用の針と糸、今日買ってきたんだ。その熱湯で針を消毒する」

アルミン「ランプの火で炙ってもいいんだけど、針が傷みそうだから…」

アルミン「熱湯が冷めたらそのお湯でユミルの身体を拭いてあげて」


クリスタ「う、うん!」


アルミン「アニは綺麗なタオル数枚と、毛布を1枚用意して。ユミル、少し震えてる…」

アニ「わかった!用意する」

アルミン「僕は別館に預けてある荷物から、医療用の針と糸、包帯、消毒液を持ってくる」

アルミン「あと、痛み止めも…」


ライナー「俺は何をすればいい?」


アルミン「そうだな、ライナーは…

ユミル「ライナーは、ここに居てくれ」

ライナー「ん?」


ユミル「少し…聞きたい事があるんだ…」

アルミン「そう、じゃ…すぐ戻るよ」

アルミン「ライナーはここに居て、ユミルを励ましてあげてくれるかい?」

ライナー「あ、あぁ…分かった」




ライナー「みんな、行ったな…」

ユミル「あぁ、私のために、すまない…」


ライナー「クリスタも言っていたが、お前のせいじゃない。災難だったな…」


ライナー「お前が無事で何よりだ。ベルトルも…

ユミル「ベルトルさんの事は今はどうでもいい。この件はあいつに内緒だって言ったろ?」

ユミル「それよりも、お前に聞きたい事がある」


ライナー「俺に何を聞きたい?」


ユミル「あいつらが戻って来る前にケリをつけたい。単刀直入に聞く」



ユミル「マルセルとは誰だ?」



ライナー「…ベルトルから聞いたのか」


ユミル「お前らは5年前、壁外からやってきた。何らかの目的を持って」

ユミル「その時、一緒に来たお前らの仲間なのか?マルセルって奴は」


ライナー「お前、あいつからどこまで聞いている?」

ユミル「そんな事はどうでもいい!!腹の探り合いをしたいんじゃないっ!」



ユミル「話すつもりなんだろ?自分が巨人だってこと…。クリスタにも」


ユミル「今夜じゃなくても明後日にはバレてしまうんだろ?」


ユミル「お前らは正体を明かさなければならない。これは、避けては通れない!」



ライナー「大声を出すな。傷口が開く…」

ユミル「…まだ縫ってないから開いてるよ」


ライナー「はぁ…」


ユミル「マルセルは、巨人に食われて死んだ。…そうだな?」

ライナー「…」


ユミル「そいつはお前らの仲間で、共犯者だった…。もしくは共犯者になる予定だった」

ユミル「話してくれ…どんな風に食われたのかを…」




ライナー「あの時は必死でな…」

ライナー「詳しい事は、思い出せない。…いや、思い出したくないんだろうな…俺が」

ユミル「…」


ライナー「あいつは…マルセルは…俺の身代わりになって死んだ」

ライナー「英雄だよ。俺の中じゃ、一生追いつく事の出来ない永遠の存在になっちまった」

ライナー「俺が今、ここにいるのは…マルセルが命を懸けて俺を守ってくれたからだ」


ユミル「そうか…」


ユミル「そいつが…どんな巨人に食われたか、覚えているか?」


ユミル「思い出したくないのなら無理にとは…

ライナー「覚えている」


ユミル「…!!」

ユミル「ど、どんな巨人だった?一度しか見てないのなら…はっきり覚えているわけが…


ライナー「いや、はっきり覚えている。あの巨人だけは、忘れることが出来ない」


ライナー「俺も、ベルトルもな…」



ユミル「ベルトルさんも…」


ライナー「体長は5~6m級ぐらいか?黒髪を振り乱して、動きは俊敏、歯は尖っていた」

ライナー「爪は長く、特徴的なのは目で…白い部分はなくて、獣みたいな黒目だった…」


ユミル ゴクッ…


ライナー「一度見たら、忘れない…。あれは今まで見た中で、一番醜悪な巨人だった」



ユミル「一番…醜悪な、巨人…?」


ライナー「あぁ…」


ユミル「見間違えじゃ…ないんだな…?」

ユミル「ベルトルさんも見ていた。マルセルが食われるところ…」


ライナー「そうだ」


ライナー「なぁ、こんな事を聞いてどうするんだ?」

ライナー「ベルトルと何かあったのか?」


ユミル「ぷっ…」

ユミル「くくくっ……あはっ…あはは!!……馬鹿だなぁ…本当に」バンバン!


ライナー「おいっ、ユミル!」



   【綺麗だから…他の男に見せたくないんだ、その顔】

ユミル「化粧なんて、するんじゃなかった」


   【すごく綺麗だよ、ユミル】

ユミル「何を浮かれてたんだ、私は…」フフッ…


ユミル(化粧なんかして外見だけ取り繕っても、本質は隠せない…正体は、醜悪な巨人…)


ユミル(だから、第2の人生を得た時、私は『人間』として生きようと思った…)


ユミル(もう、ベルトルさんの目には…)

ユミル(私は醜悪な巨人としてしか、映らない…)



ライナー「み、水でも飲むか?下から持って来よう…」

ユミル「あぁ、頼む。喉が渇いた」


ユミル「朝飲んだレモン水がいいな…持って来てくれるか?悪ぃな」

ライナー「おう!任せろ」


ユミル「あぁ、最後にもう一つ」


ライナー「ん?」


ユミル「そのマルセルって奴とベルトルさんは、仲が良かったのか…?」

ライナー「良かったよ。兄弟みたいにな…」


ユミル「そうか、私にとってのクリスタみたいなものか?」


ライナー「それはどうだかな…でも、それに近い関係ではあったかもな」


ユミル「…なるほど。ありがとう」


ユミル「悪かったな、辛いこと思い出させて」

ライナー「いや…もう5年も前の話だ。それに、俺達は泣き言を言える立場じゃないんだ」

ユミル「…」


ライナー「すぐ持ってくる」


ギギギッ……  パタン…


ユミル「はぁ…これで確定だ」

ユミル(ベルトルさんの言ってたことは本当で、私はマルセルを食った)


ユミル「出来ることなら、今すぐ消えてなくなりたいくらいだ…」



アルミン「ユミル…覚悟はいい?」

ユミル「あぁ…平気だ。やってくれ」

クリスタ「ずっと…手を握ってるからねっ」ギュッ…


アルミン(器具は熱湯で消毒した。僕の手も消毒済み…麻酔はない…)


アルミン「細かく縫った方が治りが早いし、見た目にも良いけど…どうしても傷跡は残る」

アルミン「しかも時間がかかって痛いよ。どうする?細かく縫う?」


ユミル「へっ…女の手だぜ?傷が残らないように頑張ってくれよ?細かく縫ってくれ」

アルミン「わかった」


アルミン「目を瞑っていて。相当痛いよ…縫い終わったら痛み止めを渡すからね」


ユミル「ありがとう…」


アニ「ユミル、終わったら私も身体を拭くの手伝うよ…」


アルミン「アニは毛布の上からしっかりユミルの身体を押さえて!」

アニ「あぁ…大丈夫」



アルミン「始めるね」

ツッ……サクッ…ツィッ……

ユミル「あっ…ああああああっ……!!いっ……ぐぅ……」ビクン!

アルミン「動かないで!手元が狂う!!」

ユミル「はぁ…はぁ…っ……ああぁぁああ……痛ぇ…いっ…ああっ……」ギッ…

クリスタ「ユミル、頑張って!」ギュッ…


アルミン「まだまだ、先は長いよ」

ツイッ…クイッ…クイッ…

ユミル「う゛ぐぅっ…ぐ…ぐぐっ…っはぁ…あああああっ…」ギリギリギリ…


アニ「声が大きい!ユミルっ!!」ギュゥゥゥッ…

アニ「何事かと思って人が来るよ!!」


ユミル「タオルっ、タオルを噛ませてくれ!!…はぁ…はぁ…っ」ジワッ…

ライナー「ほら噛めっ!ユミル、頑張れ!!」


ライナー「アルミン、なるべく早く縫ってやってくれ…もう見てられん!」

アルミン「…」



アルミン「ライナー、悪いけどユミルを気絶させてくれないか…?」

アルミン「対人格闘でやったことあるよね?」

ユミル「!?」


アルミン「このままだと僕も縫いにくいし、彼女も痛くて苦しいだけだ」


アルミン「縫い終わったって、傷口は痛む」

アルミン「ユミルを少しでも楽にさせてあげたいんだ」


ユミル「ん~~~~っ…ん~~~っっ!!」ブンブン

クリスタ「ユミル!」


ユミル ポロッ…「はぁ…はぁ…」


ユミル「気絶だと?…断る!!」キッ

ユミル「簡単に言ってくれるな!首締めるアレだろ?ベルトルさんが得意なヤツ!」

ユミル「あんなの絶対嫌だ!痛くても構わない!このままやってくれ!!」ハァ…ハァ…



ユミル(冗談じゃない!)

ユミル(気絶なんかさせられたら、治癒が始まっちまう…私の意思とは無関係に)


ユミル(ここで私が巨人だってバレるわけにはいかないんだ!これは…二人だけの秘密だ)


ユミル(それに、私はもっと痛みを感じなきゃならない。ベルトルさんの負った痛みを…)


ユミル(こんな事が償いにならないのは知っている。でもそうでもしなければ私は…)


クリスタ「ユミル…」


クリスタ「このまま続けて…アルミン」


クリスタ「どんな形であれ、誰かがユミルに暴力をふるうのは嫌…」


ライナー「不慣れな事をするのは危険だ」

ライナー「楽にさせるつもりが、逆に大怪我をさせる事になるかも知れん。俺は遠慮する」

アニ「私も、仲間を絞め落とすなんてまっぴら御免だね」


アルミン「…はぁ」

アルミン「わかった。さっきの発言は撤回するよ、このまま続行する」


アルミン「ユミル…頑張って!」

ユミル「あぁ!お前に全部、任せた…」



アルミン(僕は…ユミルも巨人じゃないかって、疑っていた)


アルミン(本当はあの3人の協力者で、クリスタを連れてくる役割を担っていた…とかね)

アルミン(無理やり連れて来られたにしては、ベルトルトとただならぬ関係に見えたんだ)

アルミン(でもそれは4日前、脱走する当日に彼らが恋人同士になっていただけの事で、)

アルミン(恐らく、ユミルは本当にこの計画を知らずに、ライナー達に連れて来られた)

アルミン(…クリスタは、この状況に目も開けていられない)

アルミン(肩を震わせながら、ユミルの手をしっかり握って、彼女を励まし続けている…)

アルミン(訓練兵の時の言動を見ても、クリスタが巨人である可能性は限りなく低い)

アルミン(ユミルも違う…もしユミルが巨人なら、こんな傷すぐに治してしまうだろう)

アルミン(こんなに痛い思いをしてまで、僕に縫わせる必要はない)

アルミン(そう言えば、以前ユミルは足を怪我して何日も訓練を休んでいた事があったな)

アルミン(あぁ、そうか…すっかり忘れていた。彼女の分の毒薬は、必要なかったんだ)





アルミン「終わった」プツン…

ユミル 「…んっ!」 ポロッ


クリスタ「ユミルっ!…よく頑張ったね!」ダキッ……ギュゥゥゥ…

ユミル「クリスタ…痛てぇ…」ハァ…ハァ…

クリスタ「ご、ごめんっ…!」パッ


ユミル「アルミン、ありがと…お前凄いな…」

アルミン「いや、さっきまで読んでいた医学書に縫合の仕方が載っていたからさ…」


ユミル「じゃ、運が良かったんだな、私は。ちょうど薬も買ってきた所だって言うし…」

アルミン「あぁ、そうだ痛み止め!」


アルミン「3日分、取り敢えず渡しておく」


アルミン「あと、消毒液だ。毎日塗って傷口を清潔にしておくこと!」


アルミン「包帯もね。クリスタ、ユミルに巻いてあげて。替えもここに置いておくから」


ユミル「高い薬だってのに…悪いな」

アルミン「こんな時のために買ったんだ。まだあるから、心配しないで」


アルミン「今日は何も食べない方がいい。吐いてしまうかも知れないから」

アルミン「あと、痛み止めは水で飲むこと」

アルミン「そこにあるレモン水ではダメだよ!薬と柑橘類は相性が悪いんだ」


ユミル「分かったよ、アルミン先生」ハハッ

アルミン「アルミン先生…って、はぁ…」


アルミン「でも本当に、薬はまた買えるんだ」

アルミン「ジャンの馬が売れ残ってね。それを売ってまたお金を作ればいいだけだから」


ユミル「ジャンの馬…売れなかったのか…」


ライナー「なるべくなら売りたくないけどな。昨日話した種の多様性の確保ってヤツでな」


アニ「ねぇ…」

アニ「そろそろユミルを着替えさせてやりたいから、あんた達出て行ってくんない?」


クリスタ「そ、そうだね…何時までもこんな格好じゃ…ユミルごめんね、身体を拭こうね」

ユミル「ありがと、みんな…」


アルミン「じゃ、行くよ。薬は毎食後、忘れずに飲んでね!」

ライナー「ベルトルまだ寝てるかな…こんな大変な事が起きてるってのに、のんきな奴だ」

ユミル「…」



ユミル「アルミン…」

アルミン「ん…?なに?」

ユミル「すまなかった」

アルミン「…?」


ユミル「お前に会ったら、怒鳴りつけてやろうと思ってたんだ」


ユミル「こんな事になってるなんて、知らなかったから…」

アルミン「うん…」


ユミル「お前が消えてから…ミカサ、泣いていた。声は出さずに…表情も、変えずに…」


ユミル「毎日だ。私には分かった」

クリスタ「私も、知ってた」


アルミン「…」


ユミル「お前について、誤解をしていた」

ユミル「理想を掲げて調査兵団に入団したが、厳しい実戦訓練に付いて行けずに…」

ユミル「または壁外調査で死ぬのが怖くなり、巨人を恐れて脱走した」

ユミル「幼馴染のエレンとミカサを置き去りにして…」


ユミル「そう思っていた」


アニ「…」


ユミル「お前は、こいつらの思惑に巻き込まれて、自らの意思に反してこんな準備を…

アルミン「いいんだ」

ユミル「えっ…」

アルミン「これは、チャンスだったんだ」

アニ「!?」


ユミル「チャンス…?」

ライナー「行くぞ、アルミン…」グイッ…


アルミン「ミカサはっ?…エレンは、僕の事…何か言ってた?ユミルっ…!」ズッ


ユミル「エレンの事は分からない。会ってないんだ…。ミカサは…」

ユミル「ミカサは、『信じてる』って言ってた。アルミンは必ず戻って来ると…」

アニ「ユミルっ!!」


ライナー「口を閉じろっ!ユミル!!」

ライナー「もう、戻れないんだ…!誰一人としてな。いまさら何を言ったって…


アルミン「そう…。ありがとう、ユミル!」


アニ(一瞬にして表情が明るくなった…。アルミン、あんたやっぱり…)


アニ「ごめん…私も部屋に戻るよ。クリスタ、ユミルの面倒を見てやって」

クリスタ「うん」


クリスタ「みんな、おやすみ」


ユミル「ありがとう…。また、明日な」



ユミル「何から何まで、悪いな。クリスタ」

クリスタ「ううん!悪いだなんて思わないで!いつも世話を焼かれてるのは私の方」

クリスタ「今日くらいはユミルに恩返しさせてもらわないとね!」

ユミル「ははっ…じゃ、遠慮なく甘えさせてもらおう」


ユミル「あっ…」

クリスタ「ん?」

ユミル「いや…何でもない…」

ユミル(巨人化したから、消えたんだ…。ベルトルさんが私の胸につけた…所有の印…)


クリスタ「この服、捨ててもいいよね?」


ユミル「いや、待ってくれ。その服は…」

ユミル(ベルトルさんが、買ってくれた服)


ユミル「あとで雑巾にするから捨てないでくれ…」


クリスタ「ダメだよ…捨てる。だってこの服を見るたび思い出すでしょ?今日のこと」

ユミル「…」


ユミル「そう…だな。悪い、処分してくれ」

クリスタ「うん…」

ユミル(ひとつひとつ…私の周りから、ベルトルさんが、消えてゆく…)


クリスタ「本当に、ベルトルトと何もなかったの?」

ユミル「えっ?」

クリスタ「私までは騙せないよ。ずっとあなたと一緒に居たんだから…顔を見れば分かる」


ユミル「…何も、無い」

ユミル(ごめん、クリスタ…。今回の件は、お前には説明できないんだ)


クリスタ「そう…」


クリスタ「僕はユミルを悲しませない、裏切らない、浮気もしない」

ユミル「…は?」


クリスタ「ベルトルトが言った。私と約束をした」

ユミル「あ…あぁ、そうだったな」

ユミル「ベルトルさんから聞いたよ、その話は。私とも約束したんだ、それ」


クリスタ「もし約束を破ったら、あなたのうなじを狩るって脅しておいた」

ユミル「う…うなじ?」ドクン…

ユミル(クリスタはもう知っているのか?ベルトルさんが巨人だってこと…)


クリスタ「言葉のあやだよ。…うなじは巨人の弱点。人間で言えば…殺す…ってことかな」

ユミル「おいおい…冗談でも『殺す』だなんてやめてくれ、お前らしくない」

クリスタ「それだけ真剣に約束してもらったつもりだから、私」


クリスタ「ベルトルトは、ユミルを裏切ってないよね?」

ユミル「…」


ユミル「この話は、やめよう。クリスタ」

ユミル「私は、平気だ」ニコッ

クリスタ「分かった…」

ユミル(ベルトルさんを裏切ったのは…私だ)


ユミル「あっ…!?」


クリスタ「ど、どうしたの?ユミル…。傷が、痛むの?」

ユミル「あぁ…いや、痛むことには痛むが…そうじゃないんだ……ごめん…早く寝よう」

ユミル「疲れてしまって…今日は何も考えられない」


クリスタ「そ、そうだね。アニが頼んでくれたお夕飯は、明日の朝に一緒に食べよう」

ユミル「いや、お前は食べてから寝ろ。私は要らない。アルミンも食うなって言ってたし」

クリスタ「私も食欲がないからいいの!じゃ、ランプ消すね…おやすみなさい」

カチリ… フッ……


ユミル「おやすみ、クリスタ」


ユミル(くだらないことを、思い付いてしまった…まさかな…そんな事って…)

ユミル(でも、もしこの仮定が正しいとしたら……私もベルトルさんも…)


ユミル(いや、そんなはずはない!私は、ベルトルさんを…信じる事にしたんだ)

ユミル(だから、明日…あいつが落ち着いたら、話をして…マルセルの事もちゃんと…)

ユミル(すれ違いがあったのなら、話し合う。それが私たちのルールだったはずだ)


ユミル(それに、ベルトルさんの『一生のお願い』に返事をしなければ…)


ユミル(もう、それも無効なのかも知れない)


ユミル(あいつはもう、私がそばに居ることを…望んではいないのかも知れない)



ユミル「…っ…いってぇ……はぁ…」ジンジン…


ユミル(くそっ…!急に自己主張してきやがった…この傷…)

ユミル(ベルトルさんの痛み、受け止めると決めたのに…眠れないぐらい痛てぇ……)


クリスタ「ユミル…平気?」

ユミル「あぁ、少し痛むだけだ。さっき飲んだ痛み止めが効いてくればすぐ痛みも引く」

クリスタ「うん…」


クリスタ「あのね、そっちへ行ってもいい?」

ユミル「!?」


ユミル「いっ…いや!ダメだっ!」


ユミル(このベッドは、昨日…ベルトルさんと、『愛を確かめた』ベッドだ…)


ユミル(こんな『汚い』所にクリスタを寝かせるわけにはいかない!!)


ユミル「わ、私がそっちへ行こう…それでいいか?クリスタ」

クリスタ「うん!…ありがと」


ユミル「よ、いしょ…っと」


ギシッ…ギシッ…   フワン…



ユミル「あぁ、なんかクリスタの匂いがする」

クリスタ「…ふふっ…そう?髪の匂いかな。今日は私も身体を拭いただけなんだ」


ユミル(あのベッド、もうベルトルさんの匂いもしないんだな…シーツ、替えられていた)


ユミル(体臭が強いわけじゃないから、残り香なんて最初から無かったんだろうけど…)


ユミル(昨夜の出来事が、全部夢だったら良いのに…)


ユミル(ベルトルさんは今頃、後悔しているんじゃないか?…私を抱いた事を)


ユミル「醜悪な巨人か…」

ユミル「マルセルは、私にとってのクリスタ…」


クリスタ「えっ?」

ユミル「あっ…いや、何でもない!!」


クリスタ「ユミル…」ギュゥゥゥ…

ユミル「ク、クリスタ?」

クリスタ「ユミルとはずっと同じ部屋だったのに、同じベッドで寝るのは初めてだね」

ユミル「あ、あぁ…うん。そうだな」



クリスタ「えへへ…見て?」

ユミル「ん?」

クリスタ「この暗闇じゃ、見えないか。あのね、今日ライナーが…指輪を買ってくれたの」


ユミル「うん、そっか…良かったな!」


クリスタ「良かった…のかな?」


クリスタ「内側にライナーの名前が入ってるんだけど、嫌だったら削ってもいいって…」

ユミル「削るなよ?それ多分、結婚指輪になる予定だぞ」

クリスタ「!?」


クリスタ「嘘っ…だ、だって、今日、正式に友達になったばっかりなのに…気が早いよ!」


ユミル「友達で終わるかも知れないし、恋人になるかも知れないし…先の事はわからない」


ユミル「嫌だったらライナーの言う通り内側の名前を削ってつけていればいいだけだ」

ユミル「ただな、今買っておかないとダメなんだ。欲しくなってからじゃ、遅いから…」


ユミル「確かに気は早いが、許してやってくれ」

クリスタ「…」


ユミル「ライナーは、何て入れたんだろう?自分の指輪に…お前の名前」

クリスタ「えっ…」


ユミル「『クリスタ・レンズ』は本名ではない」


クリスタ「ユミル…あなた、知ってたの?」

ユミル「ふふっ…お前の事は、何でも知ってるよ。本名は知らないけど」


クリスタ「知りたいのなら…ユミルにだけ教えてあげる…。私の本当の名前」


ユミル「それなんだが…」

ユミル「私はずっと、お前が本当の名前を名乗って、強く生きて行くことを望んでいた」

クリスタ「今は違うの?」


ユミル「違うと言うか…お前次第だな」

クリスタ「私、次第…?」


ユミル「今の名前と、本当の名前…お前はどっちを使い続けたい?」


ユミル「いや、どっちが好きだ?」


クリスタ「そんな…急に言われても…」



ユミル「今日、お前は言ってたな」

ユミル「嫌な事は全部、壁内へ置いていけばいい…って」

ユミル「この世界には、何もない…ってな」


クリスタ「…」



ユミル「本名を名乗って暮らしていた時は、幸せだったか?」


クリスタ「…ううん」

クリスタ「私は…孤独だった…」


クリスタ「今の名前は、『クリスタ・レンズ』は、偽の名前だけれど…父がつけてくれたの」

クリスタ「一度しか、会ったことはないけれど…」


ユミル「その名前も、親が付けてくれたんだな…」

クリスタ「うん…」コクン…


ユミル「『クリスタ・レンズ』の名前で知り合った仲間は、どうだった?」

ユミル「お前は、楽しかったか?」


クリスタ「楽しかった…。ユミルと知り合ったこともそうだし、みんな、優しかった…」

クリスタ「訓練は辛かったけど…私、ここに居て良いんだ…って思えたの」


クリスタ「きっとそれは、『幸せ』な生活だった」



ユミル「お前を、憲兵団に入れようとしたのは間違いだった」

ユミル「結果として、これはこれで良かったのかもな…」

クリスタ「やっぱりあなた、私を憲兵団に…」

クリスタ「私の実力が今期の10番に見合うはずがない…誰に聞いても10番以内は…


ユミル「もう、いいんだ…。ここまで逃げてきちまったんだ、もう何も関係ない」


ユミル「お前は、どっちを選ぶ?本当の名前と今の名前…どっちの人生を送りたい?」

クリスタ「ユミル…」



クリスタ「…」

クリスタ「…い、今の名前」ボソッ


クリスタ「ユミルと出会った、今の名前がいい…」


クリスタ「私は、『クリスタ・レンズ』として生きる!」



ユミル「そっか!…よし、それでいい!!」

ユミル「幸せになれよ!クリスタ」ナデナデ…


クリスタ「ユミルもだよ?一緒に、幸せになるの!私たち」ギュッ…


クリスタ「脱走する時も言ったけど、私…ユミルと一緒ならどこへだって行けるから!」

ユミル「クリスタ…」


クリスタ「もし、ベルトルトが嫌になったら…私と一緒に逃げよう?どこへだって…」

クリスタ「あなたと一緒なら、怖くないや」


ユミル「うっ…クリスタ……ばかっ…おまえっ……」グスッ…

クリスタ「ふふふっ…私の前でも、やっと泣けたね。ありがとう、ユミル」ギュゥゥゥ…




ユミル(私もお前と一緒に、逃げたい)


ユミル(私だって…お前がいればどこへだって行ける。何も怖くはない!)


ユミル(でもそれは、お前にとって最善なのか…?私と逃げることは正しいのか?)


ユミル(私の我儘で、クリスタから本来なら得られるはずの幸せを奪うのか?)


クリスタ「ユミル」

ユミル「ん?」


クリスタ チュッ

ユミル「わっ…」///


ユミル「おっ…お前っ、今の危なかったぞ!ちょっとそれてほっぺだったが…」


クリスタ「う~ん…外したか」


クリスタ「もう一回」チュー

ユミル「ん…!」ムグッ…


ユミル「…ぷ……はっ……」



ユミル「お前なぁ…」

クリスタ「えへへっ、初めてのキスはユミルとだよ!」///


ユミル「女同士はノーカンだ!…すなわち、数に含めない。お前はまだキレイな唇だ!」

クリスタ「もう!ユミルったら…」プクッ


ユミル「初めてのキスは好きな人が出来た時のために取っておけって、昨日も言ったろ!」



クリスタ「ユミル、大好きだよ…」

ユミル「えっ!」


クリスタ「おやすみなさい…」


ユミル(クリスタ…)


今日はここまで。読んでくれてありがとう

次の更新は遅めです

あと↓貼り忘れました…すみません!
※クリスタの名前に関して第52話のネタバレがあります


それと、今年度中に完結する予定だったのですが、このペースだと無理です

約1ヶ月前に、

「だんだんツライ展開になるので読んでいて苦しくなる方は1か月後くらいに
来ていただけると、ある程度話が進んでいるかと思います…」

とか書きましたが、全然話が進んでなくてほんっとうに申し訳ない

おやすみなさい


感想ありがとう!ベルトルトは起きたよ
ベルトルトが楽観的過ぎて、互いの溝が埋まらない

今から投下します



~宿屋の一室~



アニ「アルミン…さっきはありがと」

アルミン「うん?ユミルのこと?」

アニ「そう…」


アニ「あんたの才能はこの班には欠かせない」

アルミン「この班…?」


アニ「私たちは『仲間』であり、達成すべき共通の目標を持った『班(チーム)』なんだ」


アニ「あんたが居なけりゃ、ユミルは縫い針で自分の傷を処理しなきゃならなかった」


アルミン「事の本質はそこじゃないよ」


アルミン「医者を呼んで縫ってもらえばいいだけの話だ」


アルミン「医者なら麻酔も持っていたかも。いや、シーナの医者なら確実に持っている…」

アルミン「僕が薬局で麻酔を買わなかったのは、素人が扱える代物じゃないからだよ」



アニ「…」

アニ「私の事、怒ってる?」


アニ「私が医者を呼ばせなかったことを」



アルミン「そうじゃないけど…」

アルミン「君は、この計画についてどう思っているの?」

アニ「どうって何が?」

アルミン「僕ら6人だけで逃げた先に、一体何があると思うんだ?」


アニ「幸せがあると思うよ。そう思わないとこんなこと出来やしない」


アルミン「君の?」

アニ「全員の」


アルミン「…」



アニ「少なくとも、壁内の人類はこの計画のおかげで救われる」

アルミン「理由は『超大型巨人』と『鎧の巨人』が僕らと一緒に壁外へ出るから、かな?」

アニ「…」


アルミン「本当に僕が一緒に行けば、もう彼らは人類を攻撃しないんだね?」


アニ「あぁ…そうだよ」



アニ「あのさ、さっきユミルに言っていた『チャンス』って何の事?」

アルミン「…」


アルミン「調査兵団に居たままじゃ、何も分からないまま命を散らしていたかも知れない」

アルミン「この状況は、この世界の…巨人の謎の一端を知る『チャンス』だと思った」

アルミン「その一端は、君が教えてくれるんだよね?いずれ」

アニ「そうだね…」



アニ「アルミンはミカサの事…まだ、諦めてないんだね」

アルミン「えっ…」


アニ「でも、私はあんたを手放せない…」


アニ「強引なやり口で、あんたを縛り付けている自覚はある…」


アニ「アルミン、そっちへ行きたい…」


アルミン「だっ…ダメだ!アニ!!」

アニ「ふふっ…そうだよね」

アニ「困らせてごめん…」



アルミン「ラ、ランプ消すよ」ドキドキ…

アルミン「明日もやることがたくさんあるから…アニ、もう寝よう」


アニ「うん…」


カチリ… フッ……



アニ「怯えなくていいから…」

アニ「とって食いやしないよ、アルミン」


アニ「あんたがどうしても私と一緒に居るのが嫌なら、私を殺せばいい…」


アルミン「…こ、殺す?」ビクッ


アニ「あんたになら、殺されても構わない」

アニ「でも私は、自分の命の灯が消えるまで…あんたの命を守るから」



アニ「私を…愛して欲しいんだ…」


アルミン「アニ…」


アニ「好きだ…」

アニ「あんたが…狂おしいほどに」


アルミン(胸が苦しい…)ギュッ…



アニ「私が死んでから、ミカサの元に戻ろうだなんて思っても無駄だよ」


アニ「幽霊になっても、あんたを見てる…」



アニ「それで、あんたたちがくっ付かないように全力で邪魔してやるんだ」フフッ…


アルミン「アニ、君は何か勘違いをしている」

アルミン「僕はミカサの事を、幼馴染として気にかけてい…


ギシッ…ギシッ…

フワッ…  モゾモゾ…


アルミン「ふぇっ!?」バッ


アルミン「ア、アニっ!こっちに来ちゃダメだって!!」///カァァ…

アニ「だから、何もしないってば…」ギュッ…


アニ「ねぇ、あんたの心臓の音を聴かせてよ。私たちは生きているんだって、教えて…」

アルミン「君は一体、何を考えてるの!?」///


アニ「抱きしめて、アルミン…」


アニ「私はもう、あんたをミカサとエレンの元へは返せない…」ギュゥゥゥ…



脱走から5日目・朝

壁外調査まであと3日


~ウォール・シーナ西 突出区~

ヤルケル区内 中流階級の宿屋の一室



チチチチッ…ピッ… ピチュッ…

ユミル「やっと朝が来たか…」

ユミル(痛みで、なかなか眠れなかった)

ユミル(ようやく夢の世界に招待されたかと思ったらすぐここに引き戻される…)

ユミル(ベルトルさんの事も気掛かりなんだろう…心が緊張しっぱなしだ。無駄に)


クリスタ「ん…っ…ユミ…ル?」

ユミル「ああ、居るよ。ここに」

ユミル「こんなに近くに、だ」ニヤリ…


クリスタ「ふふっ…ユミルが隣に居る…嬉しい!」ギュゥゥゥ…


ユミル「…てっ!」ズキッ


クリスタ「あっ…ごめんっ!!まだ、傷が痛むよね…」パッ


ユミル「平気だ。当たり所さえ悪く無ければな。抱きついていいぞ?」

クリスタ「えへへっ…じゃ、もう一度…」ギュゥゥゥ…

ユミル ナデナデ…


グゥッキュルルルッ…



クリスタ「あっ…」


ユミル「ぷっ…腹鳴ってるぞ、クリスタ」


クリスタ「こ、これは…昨日お夕飯抜いたからだよっ」///カァァァ…

ユミル「そうだったな。付き合わせて悪い」


クリスタ「ううん…いいの」

クリスタ「ねぇ!今日は二人だけで朝ご飯食べない?ここで、一緒に」

ユミル「いいな!それ」

クリスタ「でしょ?昨日部屋に持ってきてもらったクラブサンドと…飲み物は何がいい?」

ユミル「そうだな、紅茶か…牛乳だな」

クリスタ「じゃ、ミルクティにしよう!両方楽しめるから」

ユミル「あははっ!良いアイディアだ」


クリスタ「私、顔を洗って着替えたら、1階の食堂まで取りに行ってくるね!」

クリスタ「ユミルはここでじっとしてる事!」


ユミル「はいはい。わかった、わかった」



クリスタ「あれ?」

クリスタ「少し熱がある…」


ユミル「そうか?」ピトッ…


ユミル「う~ん…よく分からないな。大したことないよ…この傷のせいかな?」


クリスタ「傷が原因の熱って、もっと高熱が出るって本で読んだことがあるよ」

クリスタ「これは、今まで無理をしすぎた代償だと思う…疲労かな?」


ユミル「あぁ、そうかもな。心当たりがある」


クリスタ「今日はゆっくりしてようよ、二人で。どこにも行かないでのんびりしよう?」


ユミル「そうだな…」


クリスタ「アルミンから解熱剤も貰って来るね。あと水も持ってこなきゃ…」


クリスタ「一昨日、私とアニが使った部屋は水差しが常備してあったんだけど…」

クリスタ「この部屋は設置し忘れてるみたい。宿の人に言って持って来てもらわないと…」


ユミル「じゃ、それは私が貰ってくる」

クリスタ「えっ?」


ユミル「部屋に閉じこもりっきりってのも身体に悪いんだ。気分転換に下に降りたい」

クリスタ「でも…安静にしていた方が…」

ユミル「それは分かるが、ゆっくりするのは性に合わないんだよなぁ…」


ユミル「薬を飲むから、水を一番消費するのは私だし、まぁ気にするな…」


クリスタ「あ…そうだ…」


クリスタ「昨日ライナーに、『明日も買い物があるから付き合ってくれ』って言われてた…」


クリスタ「服と化粧品を買ってくれたお礼に引き受けちゃったんだけど…どうしよう…」


ユミル「私の事なら気にしなくていい」


ユミル「ちょっとお洒落して行ってきな。あいつはデートのつもりだぜ!!」ニヤニヤ

クリスタ「もう、ユミルっ!」///カァッ


クリスタ「断るに決まってるでしょ?ユミルはこんな状態だし、一人には出来ないよ!」

ユミル「本当にいいから、行ってこいって!」


ユミル「実は私もやることがあるんだ。一人にしてもらった方が嬉しい。集中できる」


ユミル「なぁ、私を一人にしてくれないか?クリスタ」


クリスタ「ユミル…」


クリスタ「行ってきても、いいの?」


ユミル「あぁ!楽しんで来いよ!」ニコニコ



クリスタ「ユミルが、そう言うのなら…」ブツブツ…


ユミル「さ、まずは腹ごしらえだ!ミルクティだけ頼むな!」

クリスタ「うん!持ってくるね」





ユミル(カップを下げに行ったクリスタが部屋に戻ってきた。彼女は静かに怒っていた)


ユミル(原因は教えてくれない。「昨日の服は処分したよ」そう言って、私を抱きしめた)


ユミル(「やっぱり今日は出掛けないから」…と、言い出して渋るクリスタを宥めすかし、)

ユミル(やっと送り出したのが今さっき)


ユミル「はぁ…疲れた…」


ユミル(ライナー、クリスタをちゃんと楽しませてやれよ?で、本気で惚れさせろ)

ユミル(それがあいつのためになる…)




ユミル「結局、あいつ…宿の人に言って水差しを持って来させやがった…」

ユミル「いいって言ったのにな。気を使い過ぎだ…」

ユミル「まぁ、それも半分以上飲んじまったし…下まで行って水入れてもらって来るか」

ユミル「気分転換も兼ねて、な」ググッ… ノビーッ

ユミル(ベルトルさんに会ったら、気まずいな…でも逃げてばかりもいられない…)



~宿屋2階の廊下~




ユミル(たっぷりと水を入れてもらった)


ユミル(これなら昼夜、薬を飲む水には困らないだろう…解熱剤も飲まなきゃだしな…)


ユミル(少し、頭がボーーッとするが…熱のせいか?くそっ!風邪の引き始めなら最悪だ)


???「ユミル…?」

ユミル「わっ!?」ビクッ!!


ガシャン!! 

ビシャッ…コプコプコプ…



ユミル「ああっ!水が…」

ベルトルト「ご、ごめん!驚かせて…」

ベルトルト「今、宿の人を呼んで来て拭いてもらうから…水は僕が汲み直して…


ユミル「い、いや…いい。自分でやる」

ユミル「雑巾が欲しいな。結局、誰か人を呼ばないと…」ジリッ…


ベルトルト「な…なんで、後ろに下がってるの…?」


ユミル「お前が、怖がるかと思って…」

ベルトルト「…」


ベルトルト(目も合わせてくれない…)


ベルトルト「あのね…
ユミル「えっと…


ベルトルト「あ、あぁ…ユミルから言って…」

ユミル「いや、お前が先でいい…」


ベルトルト「そう?あのさ、昨日はその…」

ベルトルト「ごめん、なさい…君を置き去りにして一人で帰ってしまって」


ベルトルト「怒ってるでしょ?」


ユミル「…」

ユミル(怒ってるとか、そんな問題じゃない)



ユミル「怒ってない…」ジリッ…

ベルトルト(また、一歩下がった)



ユミル「マルセルの事、ライナーから聞いた」

ベルトルト「!?」

ベルトルト(いきなり、切り込んできた…)


ユミル「私の方が謝らなければならないんだ…。私が、マルセルの命を奪ったのは確かだ」



ユミル「すまなかった…何も覚えてないんだ」

ベルトルト「やっぱり…」


ベルトルト(ユミルは何も覚えていなかった)



ユミル(指輪…指輪が見たい。ベルトルさんの指に、まだ指輪がはまっていれば…)

ユミル(私は、お前を信じ続けることが出来る。私はまだ愛されているのだと…)

ユミル(私たちは、やり直せる…)


ユミル(私の指輪は、つけっぱなしだ。私はこれで、お前への気持ちを証明している)


ベルトルト「昨日高台で話した事、覚えている…?」

ユミル「えっ…」


ユミル(太陽が沈みきるまで手を離さなければ、その2人は永遠に離れないって話か?)


ユミル(私は、手を離してしまった…)



ベルトルト「今日はお昼を一緒に食べる約束をしていたんだけど…」

ベルトルト「都合が悪くなって、一緒には行けなくなった。ごめん、用事が出来てね」


ユミル「あ…あぁ、別に構わない…」

ユミル(なんだ、違う話だったか)


ベルトルト「…」


ベルトルト「ライナーから聞いたんだけど、熱あるんだってね…大丈夫?」


ユミル(指輪を、見せてくれ…早く!)ジリッ…


ベルトルト「また、一歩…僕から離れたね…」

ベルトルト「ユミル…どうして僕から離れるの?」



ユミル「お前の身体が、震えているからだ」

ベルトルト「えっ!?」


ベルトルト「ほ、本当だ…」ブルブル…

ベルトルト「なんで?…腕が勝手に…おち、落ち着けって…」グッ…


ユミル「さっきから、右手を隠している」

ベルトルト「…」



ユミル「見せてくれないか?右手」

ベルトルト「ユミルも、左手を隠しているじゃない…」


ユミル「これは、いいんだ」


ベルトルト「良くないよ!…包帯が巻いてあるのが見えたけど…それ、どうしたの?」


ベルトルト(さっきクリスタに会った時に、血の付いたユミルの服を見せられた…)


ユミル「覚えてないのか?」

ベルトルト「えっ?」


ユミル「『僕に触るな』と言って…私の手を振り払ったことを…」

ベルトルト「!?」



ベルトルト「僕が?」


ベルトルト「その手、ユミルの手っ!…僕が傷つけたの!?」

ユミル「…」



ユミル「今夜、時間を作って欲しい」


ユミル「そこでお前に返事をしたい」


ユミル「お前が聞きたがっていた、『一生のお願い』の返事だ…」


ユミル「お前の秘密も、そこで聞かせてもらう」


ユミル「22時に談話室の前で待っている。いいか?」

ベルトルト「うん…」


ユミル「じゃぁ、もう行く…」ジリッ… タッ…

ユミル「…っ!!」


ズルッ… バシャッ!



ベルトルト「ユミルっ!?」


ユミル(自分でこぼした水に滑って、こけちまった…)


ユミル「ててっ…!…いってぇ…」

ユミル(水が包帯を濡らし、傷口に滲みこむ…)

ユミル(情けねぇな…。ひどく惨めだ)



ベルトルト「ほら、僕の手を掴んで…」サッ

ベルトルト(…あっ!)スッ サッ…


ユミル(右手を引いて、左手を出した…)

ユミル「…」


ユミル「いや、自分で立てる。私は一人でも平気なんだ…何でも出来る」

ユミル「心配は不要だ」


ユミル「よ、っと…」スクッ

ユミル「ははっ…ベチャベチャだ。着替えて、包帯を替えないと…。忙しいな、今日は」


ベルトルト「…」ジッ…

ベルトルト(一人でも平気…?僕の手を、掴んではくれなかった…)


ベルトルト「ユミル…本当にごめん…」

ベルトルト「僕は君を深く傷つけたみたいだ…許して欲しい、何でもする!!」

ベルトルト「君の気が済むまで、好きなだけ僕を殴ってくれ!」



ユミル「殴る…?」


ユミル「なぜお前を殴らなきゃならない?謝るべきはこっちなのに…」

ユミル「それに私は、殴るのも殴られるのも嫌いだ。殴る方も手が痛いだろ?」


ユミル「…お前は何も、悪くない」


ユミル「私を見て身体が震えるのは、私が怖いからだ。それは仕方がない」


ユミル(私だって、お前がクリスタを食ったとしたら、今まで通りに接するのは無理だ)


ユミル「平常心ではいられない。どんなに恐怖を抑えつけても無駄だ、心は正直なんだ」


ユミル「私のそばに寄るな。顔も見るな。私が嫌なんだ、お前に見られるの」スッ…

ユミル(お前の目にはどんな醜い私が映っているんだ?もう、顔も上げられない…)


ベルトルト「待って!ユミルっ…」

ベルトルト「僕は君を怖いだなんて思ってない!!本当に思ってな…


ユミル「でも、指輪は外してしまった」


ベルトルト ビクッ!

ベルトルト「さっき手を出した時に…」


ユミル「なぁ…なぜ隠す必要がある?」

ユミル「心変わりを責められると思ったからか?いずれ分かってしまうのに…」


ベルトルト「僕は、心変わりなんてしていない!!」


ユミル「じゃぁ、なんで指輪を外した?」

ベルトルト「…」



ユミル(どこかで、こうなるんじゃないかって思っていた)


ユミル(求めれば、奪われる。信じれば、裏切られる。愛すれば、失うんだ)


ユミル(世界は、本当に残酷なまでに良く出来ている)


ユミル(どうすれば私が傷つくか、知り尽くしている)


ベルトルト「ユミル、僕の話を聞いて」

ベルトルト「僕は君を愛し……愛して…ゲホッ…あれ…?」


ユミル「愛している?」

ベルトルト「…うん」


ユミル「声が出ないのは、心の奥底ではもう、そう思ってないから」

ベルトルト「違うっ!!…少し緊張しただけだっ…僕は君を愛し…

ユミル「もういい!!」


ユミル「いい加減にしろっ!続きは夜だ!!」


ベルトルト「ユミル…待って!まだ話は…

ユミル「その足で何を話す…?お前の膝は笑い上戸だな」


ベルトルト(膝も…震えている…動けない)


ユミル「今までありがとう。ベルトルさん」

ベルトルト「何が『ありがとう』なの?ユミル…」


ユミル「お前の『一生のお願い』なんだが、もう一つ何か別の願い事を考えてきてくれ」


ベルトルト「僕は別のお願いなんて……そんなの…」


ユミル(昨日返事をしていたら、私は逃げる事が出来なくなっていた。約束に縛られて)

ユミル(まだ互いに逃げる事が出来るうちに、これが発覚して良かったのかも知れない)

ユミル(今夜の話し合いで、結論を出す)

ユミル(もう答えは、ほぼ決まっている…)


ベルトルト「ユミル!待って!!」


ユミル「私も、昨日…同じ言葉をお前に言った」

ユミル「でも、お前は行ってしまった…」


ベルトルト「…ユミル」


今日はここまで。読んでくれてありがとう
次の更新も遅めです

おやすみなさい

乙です!

息のつまる、失望を重ねだけの2人のやり取りに涙目になりながら読んだよ

ユミルの寂しさとやるせなさと矜持と自己愛を、ベルトルトはどう癒やすのか
ベルトルトのトラウマを、ユミルはどう向き合い償うのか

2人はまた手を取り合えるのか袂をわかつのか、続きがすごーく気になるよ。

もしも二人のわだかまりが解消されたとしても、まだ不安要素は残っているんだよな
そう思うとドキドキするし本当に怖い
でも目が離せない、そして就寝の時間が大いに伸びてしまった

本当に更新乙でした


感想ありがとう。嬉しいよ!

そしてまた足踏みなんだ…前回から全く進んでない。ごめん
今回はユミルと別れてから廊下で出会うまでのベルトルトの行動のみです

今から投下します



時は昨日の晩に戻る…



ベルトルト ハァ…ハァ…


ベルトルト「はぁ…」ゼェゼェ……


ベルトルト「ふぅ…ここまで来ればもう…」

ベルトルト(あの巨人は追って来ない…)


ベルトルト「えっ?」


ベルトルト(ぼ、僕は…何を言ってるんだ?)


ベルトルト「戻らなきゃ!」クルッ

ベルトルト「!?」ガクンッ…


ベルトルト(足が…動かない…)



ベルトルト「ユ、ユミルを置いてくるなんて……僕はどうかしてる…」ハァ…ハァ…

ベルトルト「信じられない…」



ベルトルト(夢中で、遠くまで…一人で逃げてきてしまった…彼女を置き去りにして…)



ベルトルト「落ち着け!大丈夫だ。これは夢の中じゃない…あの巨人は、怖く、無いんだ」




ベルトルト(ユミルは…マルセルを食った巨人…)


ベルトルト(5年前に巨人から人間に戻った…そう聞いた時、嫌な予感がした)



ベルトルト「どこかで、もしかしたらって、思ってたんだろ?」ハァ…ハァ…


ベルトルト「なんで…何で逃げ出してきたんだよ!!…最低だよ、僕は」グスッ


ベルトルト「足、動いてくれよ…戻るんだ。ユミルを迎えに行かないと…彼女きっと…」

ベルトルト(一人で泣いている…)


ベルトルト「ユミル、ごめん…」


ベルトルト「息を整えたら、すぐに戻るから…もう少しそこで待っていて……」




~雑草が生い茂る 高台のふもと~



ザッザッザッザッザッザッ…

ベルトルト ハァ…ハァ… 

ベルトルト(ここら辺で彼女と別れたんだ)


ベルトルト(ユミル、どこ?)キョロキョロ


ベルトルト「ユミル~~~~っ!!」


ベルトルト「さっきはごめん!一緒に帰ろう?…どこにいるんだ!?」

ベルトルト(もう、いないのか…?)


ベルトルト「そうだよな、だいぶ時間が経っている…もう、帰ってしまったんだ」


ベルトルト(この暗闇の中をたった一人で…)


ベルトルト「あっ!あの子はどこだ…?」キョロキョロ…


ベルトルト(いない……当たり前か…)


ベルトルト「貧民街まで、あの子を送って行ったのかも知れない…」


ベルトルト「…」


ベルトルト(遠くで「行くな」って聞こえた。「私を置いて行かないでくれ」…って)

ベルトルト グスッ…



ベルトルト「マルセル…」


ベルトルト「ユミルは、覚えてないんだ…」


ベルトルト「誰を食ったかなんて」


ベルトルト「僕らの時もそうだった。ユミルを責めても仕方がない…」


ベルトルト「だから、許してやってくれ…」



ベルトルト(壁内の人類を滅ぼすために僕らは来たんだ…)

ベルトルト(僕らの方にも損害が出ることは覚悟していた。僕らは任務に命を懸けた)


ベルトルト「君の事は不幸な事故だった…。5年経った今なら、そう言える…」


ベルトルト(でも、そのおかげで僕はユミルに出会えた。君に感謝すべきなのかな…)


ベルトルト「そうだ。もう一つ思い出した…」


ベルトルト「僕はライナーを置き去りにして逃げ出した。今、ユミルにしたみたいに…」

ベルトルト「…」


ベルトルト(貧民街に行こう。ユミルを見付けて謝らないと…)





~中流階級の宿屋~



ベルトルト(貧民街をあちこち探し回ったけど…ユミルもあの子も見付けられなかった…)

ベルトルト(あの子の家の前まで行って、ドアを叩こうとして、止めた)


ベルトルト(僕には、あの母子に会わす顔が無い…。僕は、あの子を見捨てようとした)




   【あのガキを見捨てるのか?…自分の保身を優先して…】


ベルトルト「ユミル、君の言う通りだ」

ベルトルト「僕は、僕らの計画のためにあの子を見捨てたんだ…僕は本当にクズだ…」



   【クズじゃねぇよ。ベルトルさんだって、優しいじゃねぇか…】


ベルトルト「僕は、優しくなんかない!」



ベルトルト(今のユミルと、この計画を守ることが最優先で…)



ベルトルト(僕は…12歳のユミルを見捨てた)



ガチャッ…  ギギギッ…


ライナー「おう!ベルトル。お帰り」ニヤッ

ベルトルト「…」

ライナー「今日も楽しんできたか?ユミルとのデートはどうだった?」

ベルトルト「…」

ライナー「ベルトル?」


ベルトルト「おい!お前、顔色が悪いぞ」


フラッ…  パフンッ……



ベルトルト(瞼が重い…もう、限界だ…)

ベルトルト(頭も痛くて、割れそう。何も考えられない)


ベルトルト(ユミル……ごめん…)


ベルトルト(明日になったら気が済むまで僕を殴ってくれ……それで…)

ベルトルト(「この馬鹿が!勝手に一人で帰りやがって!!」って、僕を叱ってよ…)


ベルトルト(僕はひたすらに謝って、君を抱きしめて、頭を撫でて、許しを請うから…)


ベルトルト「…」



ライナー「寝てる…のか?」


ライナー「はぁ、まったく!」

ライナー「ん…!?」


ライナー「な…何だコレ……手の甲が赤茶色に汚れて…ち、血か?誰か殴ったのか…?」

ライナー(自分の血なら治癒する時、蒸発してるよな…事情は明日にでも聞くか)ハァ…


ライナー「まぁいい。風邪引くなよ…毛布掛けてやるから」グッ…  バサァァッ



ライナー「俺は談話室へ行ってる。クリスタにチェスを教える約束をしているんだ」



ライナー「おやすみ、ベルトル」


ライナー「こんな楽しい毎日が、永遠に続けばいいよな。俺もお前も…」



ギギギッ…  パタン…






ベルトルト(夢を…見た)


ベルトルト(これは夢だと分かっている。何度も、何度も、この光景を繰り返し見ている)

ベルトルト(目の前で、あの巨人に…マルセルが食われるところを……)



ベルトルト(マルセルはライナーを庇い、巨人に掴まれ…頭から一気に齧りつかれて…)

ベルトルト(悲鳴は無く…僕らは息を呑み…)

ベルトルト(ライナーは腰を抜かして動けなくなっていて、必死に僕へと手を伸ばす…)


ベルトルト(僕はその手を掴めない…)


ベルトルト(僕は、彼を助け起こす事が、出来なかった…)



ライナー「ベルトルっ!助けてくれっ!!」バッ…

ベルトルト「ひっ…!ご、ごめっ…ライナー!!」

ダッ…



ベルトルト(走って…走って…振り向かずにどこまでも走った…)

ベルトルト(進んでいるのか、戻っているのか…分からないくらいめちゃくちゃに…)


ベルトルト(ライナーはどうなった?…マルセルは?いや、彼はもうダメだ…)


ベルトルト(あっ…人影!?)



ベルトルト「だ、誰っ!?」ビクッ!

ベルトルト(こんな何もない場所に…どうして人がっ!?ここは巨人の領域だぞっ…)


黒髪の少女「えっ…?」


ベルトルト(おっ…女の子だ!)


ベルトルト「ここにいたら危ない!!」ダッ…


ベルトルト「一緒に逃げようっ!巨人が来るんだ!!」ギュッ…

ベルトルト「そいつは僕の仲間を食べた!!」グイッ


黒髪の少女「な、何すんだよ!私はどこにも行きたくないんだっ!!」グンッ…

ベルトルト「いいからっ!ここにいたら君も死んじゃうんだ!!一緒に行こうっ」グイグイッ


 ハァハァハァハァ……

         ハァハァハァハァ……


ベルトルト「はぁはぁ…ここ…まで、くれば…もう、大丈夫、だと思う……」フゥ…


黒髪の少女「そ、そうなのか?お前に連れられて、だいぶ遠くの街まで来ちまったが…」


ベルトルト「ここがどこだか知ってるの?」

黒髪の少女「あぁ、ここはウォール・シーナ西の突出区、ヤルケル区だ」


ベルトルト「ウォール・シーナ…」

ベルトルト「そ…そんな遠くまで……」



黒髪の少女「お前はどこから来たんだ?」


ベルトルト「あの…えっと…ずっと、遠くから来た…」


黒髪の少女「ウォール・ローゼの開拓地からじゃないのか?」


ベルトルト「そ、そう…そうなんだ!!」


黒髪の少女「そうか、やっぱな」クスッ

黒髪の少女「その服、開拓地で支給されてる服に似ていたから」


ベルトルト(僕の…服?あれ…僕、いつの間に着替えたんだ…?)


黒髪の少女「私はウォール・シーナの寂しい街に居たんだが…急にお前が手を掴んできて」

黒髪の少女「こんな所まで連れて来られちまった…」


ベルトルト「ご、ごめん…。でも、危なかったんだ!君も巨人に食べられるかもって…」



黒髪の少女「お前、なんて名前だ?」


ベルトルト「ベ、ベルトルトだけど…」


黒髪の少女「いい名前だな。私は、ユミルってんだ。私の名前も良い名前だろ?」ニコッ

ベルトルト「う、うん…」


ベルトルト(ユミル?どっかで聞いたことがある名前だ…。僕はこの女の子を知っている)


ベルトルト(顔を見れば思い出すかも…あぁ、眩しいなぁ、逆光で顔がよく見えない)



ユミル「なぁ…お前も、一人ぼっちなのか?」


ベルトルト「いや、仲間がいる…」

ユミル「…そっか」



ユミル「私は、一人ぼっちなんだ。お前が羨ましいな…」

ベルトルト「羨ましい…?」


ベルトルト(あぁ、そうか…ユミルは…)



ベルトルト「じゃぁさ、ユミルも一緒においでよ!僕らと一緒に…」


ユミル「い、いいのか?」

ユミル「私も仲間に入れてくれるのか?」


ベルトルト「うん!これからはずっと僕らと一緒だ」



ベルトルト「あっ!!」

ユミル「ん?」


ベルトルト「ライナーを…置いて来てしまった…巨人の居る所に…」


ベルトルト「僕は彼を見捨てて、一人で逃げてきてしまって…さっきの場所に戻らないと」

ベルトルト「戻ってライナーを助けなきゃ…そして彼に謝らないといけない…」


ベルトルト「ごめん!ユミル…」


ベルトルト「やっぱり僕は一人で行く。あっちはすごく危険だから…」タッ…


ユミル「待てよ!…どこへ行くんだ?」ギュゥゥ…


ユミル「こんな遠くまで連れてきたくせに、お前は一人で戻るのか?」



ベルトルト「ご、ごめん…本当に危険なんだ。それに僕らには大事な使命があって……」



ベルトルト「今は、君を連れては行けない」

ユミル「…」


ベルトルト「で…でも!必ずここに戻るよ!」


ベルトルト「なぜだか分からないけど、僕は君の手を離したくないんだ」

ベルトルト「離せば、もう二度と君に会えないような気がして…」


ベルトルト「ライナーを助けて、謝って、彼に許してもらったら…すぐ迎えに来るっ!」


ベルトルト「それまで、ここで僕を待っていてくれるかい?ユミル」



ユミル「うん…。分かった」


ユミル「待ってる…」



ユミル「ここはお前が勝手に連れて来たから、私は帰り道を知らない。どこにも行けない」

ベルトルト「ユミル?」


ユミル「だから、なるべく早く、私を迎えに来てくれ…。今なら、まだ…間に合うから」





ユミル「愛してる、ベルトルさん」



ベルトルト「!?」


ベルトルト(顔が…見えた!)




パチッ


ベルトルト「ユミル!!」ガバッ…



ベルトルト「あ…あぁ…そうだ、夢だったんだ……」ハァーー


ベルトルト「夢だって、分かっていたはずなのに…」



ベルトルト(夢の中の、少女のユミルが…あまりにも悲しそうな顔をするから…)


ベルトルト(僕まで切なくなって、苦しくなって…もう永遠に会えないんじゃないかと…)



ベルトルト(はぁ……また、嫌な汗をかいている…)


すいません。まだ今日の分は半分しか投下してないんですが、
すごく重くて思うように投下できないので、残りは明日落とします

読んでくれてありがとう また明日来ます

おやすみなさい



ベルトルト「朝だ…」

ベルトルト「ここは、宿のベッド?」


ベルトルト「あれ…?僕、いつ帰って来たんだっけ?」


ベルトルト「確か昨日はユミルとドレスを買いに行って…あっ…」

ベルトルト「な、何だ?…手に、錆びた血?うわぁぁっ…気持ち悪い…」ゾワゾワ…

ベルトルト「は…早く洗わなきゃっ!」ヨロッ…… 


~浴室~



ジャバジャバジャバジャバ…


ベルトルト「はぁ…はぁ…」

ベルトルト「粉石けんで、よく擦って洗わないと…血が、血が落ちない…」ハァ…ハァ…


ベルトルト「は…」


ベルトルト「ふぅ…お、落ちた…」ホッ


ベルトルト「どうして手に、こんなに血が…」

ベルトルト(ベッドには付いてなかったみたいだから、寝る時には乾いていたんだろう…)



ライナー「お前、一人で何やってんだ……騒がしいぞ…」ギギッ…

ベルトルト「あ、ラ…ライナー。ごめん…」


ライナー「やっと起きたな。よく眠れたか?」


ライナー「昨日、調子悪かったんだろ?吐いたって聞いたぞ。ユミルから」


ベルトルト「あ、あぁ…うん」

ベルトルト(ユミル…戻って来ている!)


ライナー「ゆっくり寝かせてやろうと思ってな、朝食の時間になっても起こさなかった」


ベルトルト「そ、そうなんだ…じゃぁもう朝食の時間は終わってるんだ…」

ライナー「いや、食堂はまだ開いてるぞ。俺たちの食事は終わってるが」

ベルトルト「…そう」


ライナー「なぁ、昨日何があった?」

ライナー「お前まさか…喧嘩でもしてきたのか?手に血みたいなのがこびりついていたが」


ベルトルト「いや、よく…分からない。あんまり覚えてないんだ…今、手を洗ったけど…」


ライナー「…大丈夫か?本当に」ハァ…



ベルトルト「あああっ…あの、あのさ…」

ライナー「ん?どうした」


ベルトルト「…い、今更だと思うかも知れないけど、謝らせて欲しい」

ライナー「何をだ?」


ベルトルト「マルセルが巨人に食われた時、僕は君を置いて逃げた…それを思い出した…」

ベルトルト「昨日、思い出したんだよ…」


ライナー「…」



ベルトルト「ごめん!!ライナー」

ベルトルト「僕は、自分の事しか考えてなくて…それで…君を…


ライナー「まだ、子供だったんだ。俺たち」

ベルトルト「えっ…」


ライナー「そんなガキ共に何が出来るって言うんだ…!」

ライナー「下手したら俺もお前もヤツに同時に食われていた」

ライナー「自分の命を最優先にするのは、あの時は当たり前の判断だった、と俺は思う」

ライナー「第一、壁を破れるのはお前だけだったしな…お前が死ぬわけにはいかなかった」


ベルトルト「ライナー…」



ライナー「今のお前は違うんだろ?ベルトル」

ライナー「お前は、自分の命より大切な人が出来ちまった」

ベルトルト「…」


ベルトルト(でも…僕はまた、大切な人を置き去りにしてしまったんだ…)

ベルトルト(ユミルを一人にさせてしまった)


ライナー「それでか…。昨夜、ユミルがマルセルの事を聞いてきたのは」

ベルトルト「!?」


ベルトルト「ユミルは何を聞いてきたんだ?」


ライナー「…ん?えっとな、色々と聞かれたな…。どんな巨人に食われたか、とか…」


ベルトルト「き、君は何て…?」


ライナー「今まで見た中で、一番醜悪な巨人に食われた…。そう答えた気がする…」


ベルトルト「なっ…な、なんでそんなこと言ったんだ!!」

ライナー「何でって…ユミルが聞きたがったからだな。だが、本当の事だろ?」


ライナー「忘れようがない、あの巨人だけは…」


ベルトルト「醜悪な巨人…」ギュッ…


ベルトルト(ユミル…君は今何を思っている?…君を抱きしめたい)



ライナー「そう言えば、ユミルもクリスタも朝食をとりに来なくてな」

ライナー「アニに聞いたら、昨夜届けてもらった夕飯を朝、部屋で食べる事にしたそうだ」


ライナー「あとユミル、少し熱が出たらしくて、今日は部屋でゆっくり休む予定だとさ」


ベルトルト「熱?…だ、大丈夫なの?」

ライナー「心配だったら後で様子を見に行ったらどうだ?お前に会えば治るかも知れん」

ライナー「俺の見立てだと、ユミルの方がお前に惚れてる感じなんだよなぁ…」ニヤニヤ


ベルトルト「…」


ライナー「買い揃えなきゃならんものがまだまだあるから、俺はもうすぐ出掛けるが、」

ライナー「お前も体調が悪そうだし、今日は二人とも宿でおとなしくしてるんだな」


ライナー「食いたい物や欲しい物はあるか?ついでに買って来てやる」キラッ

ベルトルト「あっ…!ライナー…それ…」

ライナー「おっ!早速気付いたな…いいだろ?これ」ニマニマ


ライナー「俺も買ったんだ!」スッ


ライナー「クリスタとお揃いの指輪だ。お互いの名前もちゃんと入れてもらったぞ!」


ベルトルト「そっか…良かった。そっちも進展してたんだ…上手く行きそうだね」ホッ

ライナー「そうだな!まだ友達の段階だが…いずれはお前らみたいに仲良くなるぞ!」


ライナー「そういや…」

ライナー「お前の方は、つけてないのか?」


ベルトルト「何が?」


ライナー「指輪」


ベルトルト「指輪?……えっ!」バッ!


ベルトルト「!!!?」


ベルトルト「は、外してないのに…!!」

ベルトルト「石鹸で手を洗ったから、抜けたのかもっ…」バッ 

ジャバジャバジャバ…


ベルトルト「ど、どうして?落ちるわけないんだっ!ピッタリはまっていた…」


ベルトルト(何で気付かなかった!?)ダッ…


ライナー「おいっ!」



ベルトルト「ない…ないっ……無い!!!」ガシャガシャ…

ベルトルト「ラ、ライナー…どうしよう!!」

ライナー「お、落ち着け…部屋の中をもう一度よく探してみろ!」

ライナー「ベッドの下とか、テーブルの上とか…あと、宿の廊下や階段なんかも…」

ベルトルト「う、うん…っ!!」


ライナー「それでも無かったら外まで範囲を広げて探さないと行けなくなるぞ…」

ライナー「昨日行った場所、全部覚えているか?」


ベルトルト「!?」サァーーーーッ



ライナー(血の気が引く音が、こっちまで聞こえてくるようだ…)ドキドキ…





ベルトルト「うっ…う゛うっ……」


ベルトルト「ど、どうしよう…あっちもこっちもひっくり返したけど…」


ベルトルト「指輪が見付からない……あれが無ければ、ユミルはきっと…ぐすっ…」

ライナー「きっと?」



ベルトルト(きっと…なんだろう?怖くて、口に出したくない…胸が掻き乱される…)



ベルトルト「きっと…僕の目の前から、消えてしまう…」


ライナー「は?」



ベルトルト(宿の中も…心当たりを探したけれど、見付からなかった)

ベルトルト(安い指輪と言っても、特殊な鋼を使っているから売ればそれなりの金になる)

ベルトルト(誰かが拾って、売ってしまっていたら…もう二度と手元には戻らない)


ベルトルト「はぁ……」

ベルトルト「どこに落としたんだ…」


ベルトルト「昨日、ユミルとドレスを買いに行った時はあった…と、思う…」

ベルトルト「失くしてしまったのは、きっとその後だ…」


ベルトルト(恐らく、ユミルを置いて逃げ出した時…どこかに落としたんだ)


ベルトルト(一度部屋に戻って着替えてから、記憶を掘り返して高台周辺を探してみよう)


ベルトルト「指輪が無ければ、ユミルには会えない。でも、彼女に早く謝らないと…」


ベルトルト(もし、このまま指輪が出て来なかったら…)


ベルトルト(こっそり買い直す?…いや、それは出来ない)


ベルトルト(二人で選んだ事に意味があるんだ!買い直したら、ユミルを騙すことになる)


ベルトルト(第一、お金を使い過ぎて指輪を買い直せるほど残ってない…)



ベルトルト「ユミルに会って、正直に言おうか?」


ベルトルト「ユミルから逃げ出した事と、指輪紛失の合わせ技で…」


ベルトルト「『お前なんか大っ嫌いだ!』って泣きながら言われるかな…」ハァーーーー


ベルトルト「そしたら口もきいてくれなくなるかも…」


ベルトルト「ん…?あれは…」


ベルトルト「クリスタ!」タタタッ

クリスタ「!?」


ベルトルト「ライナーならまだ部屋に居るよ。今日も一緒に出掛けるんだよね?」

ベルトルト「ねぇ…ユミル、熱があるんだって?具合はどう?何か持って行こうか?」

クリスタ「…」ジッ…


ベルトルト「…クリスタ?」


クリスタ「昨日、何をしてたの?あなた」

ベルトルト「えっ…」ドキッ…


クリスタ「何で一人で帰って来たの?」

クリスタ「貧民街なんて治安が悪くて危険な場所に、何でユミルを一人で行かせたの?」


ベルトルト「ユミル、やっぱり貧民街に行ったんだ…」



クリスタ「嘘つき」

ベルトルト「う、嘘つき?…僕が?」


クリスタ「あなたは信用できない」

クリスタ「ユミルを悲しませたり、裏切ったりしないって…私と約束したのに!!」

ベルトルト(昨日の事、知ってるの?)


クリスタ「この服を見て!この血も!!」バッ!

ベルトルト「!?」ゴクッ…


ベルトルト「昨日、ユミルが着ていた服…?」

ベルトルト「どうしてこんなズタズタに…血も…いっぱい付いていて…」バッ!


ベルトルト「ユミルが切り裂いたの?僕の事すごく怒って…」ガタガタ…


クリスタ「そんな訳ないでしょ!?」


クリスタ「こうなった理由は言えない。ユミルがあなたには言うなって言ったから…」

クリスタ「でも、これはみんなベルトルト、あなたのせい!!」



クリスタ「私、気が変わったから」ジロッ

ベルトルト「クリスタ…僕は何をしたんだ?ユミルに…」


クリスタ「あなたはユミルには相応しくない!」


クリスタ「ユミルの事、諦めてくれる?」

ベルトルト「…嫌だ」


ベルトルト「ユミルは今、どこに?」

クリスタ「部屋に居るけど、来ないで」


ベルトルト「そんなこと君に命令される筋合いはないよ!!」ギリッ


クリスタ「ユミルを傷つけないで!…って言ってるの!!」ハァ…ハァ…



クリスタ「昨日はゆっくり眠れて良かったね!その頃彼女は大変な目に遭ってたのに…」


ベルトルト「昨日…僕は……」

クリスタ「部屋に戻る」


クリスタ「その服は、あなたが処分して。宿の人に渡せばいいから」




ベルトルト「はぁ…」


ベルトルト「クリスタの言葉が、堪えた…」

ベルトルト「でも、いつまでもここで呆けてるわけにはいかない…」


ベルトルト(僕が選んだユミルの服が、ボロボロの布切れになった…)ピラッ…

ベルトルト(ユミル、これすっごく似合ってた。スカート姿も可愛かったな…)


ベルトルト「スカートもブラウスも、選ぶ時は楽しくて…このスカートを穿かせる時も」

ベルトルト「『絶対目を開けるな!』って条件付きでさ。手探りでスカートを穿かせて…」


ベルトルト「どうして、こんな事になっちゃったのかな…」



ベルトルト「僕が、嘘つきだから…?」

ベルトルト(この3年間、みんなを騙し続けるのは苦しかった…)


ベルトルト(だけど…僕が今までユミルに伝えた言葉の中に、嘘は一つもない!)


ベルトルト「あっ!…あの高台に昨日買ったユミルの下着、置きっぱなしだ!!」

ベルトルト(早く取りに行かなきゃ…)

ベルトルト(もし誰かにユミルの下着を触られたりなんかしたら、全部捨てる事になる)


ベルトルト「のんびりなんか、していられない!指輪も探さないといけないし…」スクッ


ベルトルト(僕はユミルに証明しなきゃならない…)

ベルトルト(「君を愛してる」って…。それは言葉以外で証明しなければ)


ベルトルト「僕も、部屋に戻ろう」



~宿屋2階の廊下~



ガチャッ… 

ギギギッ…  パタン


ベルトルト(着替えも済んだ。これから指輪を探しに行く。高台のふもとか、貧民街か…)


ベルトルト(その前にユミルに会っておこう)


ベルトルト(それで昨日の事についてちゃんと謝るんだ…。許してくれるまで何度でも…)

ベルトルト(指輪を失くしたことは気付かれないように細心の注意を払わないと…)

ベルトルト(確か今日は一緒に昼食を取る約束をしてたんだっけ…それも謝らなくちゃ…)


ベルトルト(あと、マルセルの事には触れない…)

ベルトルト(どんな理由があろうと関係ない。僕が彼女から逃げ出した事実は変わらない)



ベルトルト「よし!…行こう」


ベルトルト(ユミルの居る部屋へ…)


ベルトルト(ちょっと、いや…ちょっとどころじゃなく緊張するけど…早い方がいい…)



ベルトルト(あれっ…)

ベルトルト(後ろから水差しを持って歩いて来るのってユミル…だよね?手に包帯?)


ベルトルト「ユミル…?」

ユミル「わっ!?」ビクッ!!


ガシャン!! 

ビシャッ…コプコプコプ…



ユミル「ああっ!水が…」



今日はここまで。読んでくれてありがとう
次回の更新はかなり遅いです…

私事ですが、異動で明日から忙しい部署に行きます
みなさま、新年度も無理しない程度に頑張りましょう。

昨日は割合よく眠れたよ!ありがとう
おやすみなさい

乙です
なるほどベルトルトの内実はこうだったのね
それがその後の二人の邂逅では…はぁ
ベルトルトの気持ちが彼女に届いて欲しいけど
どうなるんだろう…

新年になるより新年度のほうがあわただしいし、
忙しい部署で緊張と責任で大変でしょう?
寒暖の差激しい頃だからお体ご自愛ください。

このすれ違いは本当にドラマを見ているみたいですごくドキドキしています
指輪については見つからなかったのか!故意的じゃなくて本当に良かった、いやまだ故意的と確定は出来ないか…?

何にしても夜の展開が気になる!めっちゃ気になる!

アルミンとアニはヤったの?

いいよいいよ、のんびり待ってる
お互いの視点からめると書き溜めしなきゃ納得ならない結果になる事あるしね
>>1は書ききってくれると信じているから平気です


>>93 待って!続きのハードルが高すぎるよっ!!

>>94 恋愛以外で不安要素を2つほど残しています。いつ消化できるんだ…

>>142
1週間経ってようやく慣れてきました。ありがとうございます
ストレスが溜ってると書きたくなるようで、今回は少し進みました
また読んでくださると嬉しいです

>>143 夜の話し合いは次か、もしくはベルトルト編を挟んで次の次か…

>>144 今回の更新分で

>>146
ありがとう!いい加減、書き終わりたいです。…長すぎる!!
完結させる気はありますので、もうしばらくお付き合いください


今から投下します



~宿屋の一室~



バタン! カチン…

ユミル(早足で部屋まで逃げ帰って来た)


ユミル「くそっ…馬鹿か!私は…」

ズズズッ… ペタン…


ユミル「何であんなこと言ったんだ…」ハァ…

ユミル(熱で頭の働きが鈍っていたってか?)

ユミル「はっ!そんなのは言い訳だ!」


ユミル(…ベルトルさんが逃げ出すのも当然だろ?仲間を目の前で食われてんだぞ!)


ユミル「それをあんな嫌味っぽく、『お前は行ってしまった』だなんて…」


ユミル「心まで……醜悪になっちまったのか…?私は」グスッ…


ユミル「お前は、何を期待してたんだよ…ユミル…」ギュッ…

ユミル「ベルトルさんが許してくれるとでも思っていたのか?」


ユミル「そんな訳ねぇだろ…」



ユミル(身体が震えていた事、私が指摘するまで気付いていなかった)

ユミル(あいつの心と身体にはしっかりと刻み込まれている。仲間を食われた時の恐怖が)


ユミル「だから、指輪なんて欲しくなかったんだよ…」

ユミル「人の気持ちは変わりやすいんだ…。愛情だっていつかは冷める…」


ユミル「確かめるすべがない方が、楽に生きれるってもんだろ?」


ユミル「全てに裏切られるものだと仮定し、何も信じない、誰の信頼も必要としない…」

ユミル「全部、私には関係ない!そうやって生きてきたのに!!」

ユミル「でも、クリスタに出会って…こいつになら裏切られてもいいか…って思って…」

ユミル「いつも私にとって、あいつだけは特別で……」

ユミル「クリスタもきっと、期待しては裏切られて生きてきたんだ。私と同じように…」



ユミル「…なんで信じてしまったんだ!!クリスタ以外の人間を…今この瞬間まで!」


ユミル(指輪だって、外されて当たり前なのに…)


ユミル(どうして『やり直せる』だなんて夢を見た?)


ユミル「おいおい!しっかりしてくれよ…」

ユミル「最初っから分かり切ってたことじゃねぇか!」


ユミル(こんな私を『好き』だと言ってくれる奴なんて、この世界には……)ギュッ

ユミル「いや…クリスタ…お前だけはいつも…」


ユミル「クリスタ、お前に会いたい……」


ユミル(おい!またそれか…。私はもう…)


ユミル(それも…やめる事にしたんじゃねぇか……)



ユミル「私と居ても、お前は幸せになれない!」

ユミル「私はこの先、お前を守りきれない!」

ユミル「これを機に、私はお前を手放すべきだって…そう、決心したんじゃねぇか……」


ユミル(小さくて柔らかいその手を、私じゃない大きくて逞しい手に委ねる事にしたんだ)


ユミル「ただ違うのは、手放した先を見届ける事が出来なくなってしまったってこと…」





ユミル「着替えよう…」

ユミル(水を吸った服がまとわりついて気持ち悪い。身体も冷えてきた…)ブルッ…

ユミル(傷口を濡らさなければ、風呂に入っても大丈夫だろう…。今すぐ身体を洗いたい)


ユミル「はぁ…今日は本当に忙しい。今日中にやっとかなきゃならない事が山積みだ」


ユミル(風呂に入って、少し寝て、体調を整えて、それでしっかり飯も食う!)


ユミル「よし!そうと決まればサクっとやるか。まず、風呂からだな…」ムクッ…

ユミル「!?」ズキンッ!


ユミル「いっ…て…!」グラッ…


ドンッ… 

ズズズッ……



ユミル(何だこれ…頭が痛ぇ…)

ユミル(ふ、風呂は後でいい…まずは…横になって少し眠ろう…)ヌギッ… 

 クイッ…  バサッ

ユミル「はぁ…はぁ…」グイッ… ポスッ


ユミル(もう裸でいい…布団の中は暖かいはずだ…)フラフラ…

ヨロッ… ギシッ…ギシッ…


フワァ…… 

モゾモゾ…



ユミル(少しだけ…休ませてくれ…)ハァハァ…

ユミル(これからまた走り続けなきゃならないんだ…何かに追われながら…遠くへ…)



ユミル(寝て起きたら、昨日の朝に戻っていて…ベルトルさんが隣でうなされている…)


ユミル(私は急いで駆け寄るんだ。あいつを叩き起こして、抱きしめて、頭を撫でる…)


ユミル(4人でゆっくりと朝食をとった後、ベルトルさんの用事に無理やり付いて行き…)


ユミル(どこでもいい、目に付いたパン屋に寄って厚みのある長いパンを2つ買う)


ユミル(その足で貧民街のあの子の家に寄り、その長いパンを彼女に渡すんだ)


ユミル(「今日は家で大人しくして、母親のそばから離れるなよ!」そう言いながら…)


ユミル(どんなに願っても、祈っても、後悔しても…時間は……戻ることはないのに…)


ユミル(つい、こんな事を考えてしまうんだ……)


ユミル(私の『罪』は消えやしないのに)



ユミル(例え、その場しのぎで今をやり過ごすことが出来ていたとしても、いつかは…)



ユミル(もし、時間を巻き戻すことが出来るなら…)



   【ベルトルさんはかわいいなぁ…】


   【…は?】


   【ん?…あぁ思わず声に出しちまってた】


ユミル(そうだ!この時に戻ろう…)

ユミル(私は絶対、お前には声を掛けない。こうなると分かっていたら…私は……)





???「…ユ…ルっ!…ユミ…!!」



ユミル(ん…?誰だよ?……眠いってのに…)


ア?ミン「ユミル!?…大丈夫?」ユサユサ


ユミル「あ…あぁ、お前…アルミンか…」モゾモゾ…


ユミル「ア、アルミン!?」パチッ

ユミル「何でお前がここにっ…鍵はっ!?」ガバッ


アルミン「わっ!!…ユ、ユミル、な…何で裸なの?」///バッ



ユミル「あ……」



ユミル「悪い…熱で動けなくなって…」

ユミル「様子を見に来てくれて、ありがと」

ユミル「それでな、さっき見た、のは…わ、忘れてくれないか…?」///カァァァ…


アルミン「う、うん…大丈夫。ごめん…」///

アルミン「でも、本当に一瞬だからっ!」


アルミン「チラっとしか見てないから…も、もう僕は忘れた!!」///カァァァ…



アルミン「クリスタが宿の人に『友人が体調を崩して部屋で寝ている』って伝えてたんだ」

アルミン「シーツ交換に来た使用人さんが何度ドアを叩いても返事がない…って青い顔で」

アルミン「僕に室内を確かめ欲しいと…でもユミル、君が無事で良かった!」



ユミル「なるほどね…。そうだな、客が室内で死んでたら宿の人も困るもんなぁ…」


アルミン「室内に客が居ると勝手に合鍵を使えないし、事前の情報もあってこんな事に…」

アルミン「あいにく、宿には僕しか残って無くて…あの、僕も今帰って来たところで…」

アルミン「その…アニとかクリスタだったら適任だったんだろうけど…」

ユミル「わかった、わかった!もういいよ」


ユミル「迷惑かけたな…。しかも、見たくもないもん、見せちまって…」ハァ…


アルミン「…」


アルミン「あのさ…昨日はその…」

アルミン「左手の裂傷ばかりに気を取られていたけど、身体中に小さな擦り傷がたくさ…

ユミル「忘れろ」



アルミン「…ごめん」



アルミン「今、荷物から傷薬と替えの包帯を持って来る。あと追加の解熱剤も…」ギシッ…


ユミル「…すまない」


ユミル「あ!ついでに、宿の人に『浴槽にお湯を張ってくれ』って伝えてもらえるか?」


アルミン「お風呂、入るの?」


ユミル「あぁ…左手を濡らさなければ平気だ。昨日も入ってないし、身体も温めたいしな」


アルミン「分かった。受付に言っておく」



ユミル「…それとさ、傷薬と包帯と痛み止めの薬、多めに持って来てもらってもいいか?」

ユミル「そうだな…とりあえず2週間分ほど欲しい。余裕があればもっと」


アルミン「2週間分もどうするの?」

ユミル「他人に薬を管理されるのって嫌なんだよ。弱みを握られているようでさ」


ユミル「薬って今の私にとって、無くてはならない物だろ?人任せにするのは怖いんだ」


ユミル「こう言っちゃなんだが、もしこの先お前にもしもの事があった場合、」

ユミル「私はどこに自分の薬があるのか分からないし、まず面倒くせぇだろ?毎回頼むの」


アルミン「まぁ、そうだね…。じゃ、2週間分持って来るよ。あ、解熱剤は?」

ユミル「…そう言えば、頭痛消えてるな。熱、下がったみたいだ…寝たのが良かったのか」

アルミン「どれどれ…」ピタッ…


ユミル「手、冷たくて気持ちがいいな」

アルミン「ユミル…!急に変なこと言い出さないで!!」///パッ…



アルミン「熱はないみたいだね。解熱剤はもういいか…」


アルミン「食欲はある?もしお腹が空いているのなら君の食事、僕が持ってこようか?」


ユミル「食事…?あぁ…今、何時だ?」

アルミン「お昼を少し過ぎたところ…かな?」

ユミル「そっか…じゃ、食べる!水が足りない水車は動かないんだ!」


アルミン「そのことわざ、良く知ってたね」

アルミン「『お腹が減ってたら何も出来ない』って意味だったよね?」


ユミル「お前、私を馬鹿にしてんのか?私だって本を読むのは嫌いじゃないんだからな!」


アルミン「へぇ…そうなんだ。…なんてね、ごめん。ユミルは座学も成績良かったし」

アルミン「特に意外だとは思ってないよ」

ユミル「お前が言うと嫌味に聞こえるぞ。この、不動の座学1位が…」チッ


アルミン「そう言えばさ、ユミルとこんなに話したの初めてだね」

ユミル「そうだな…」



アルミン「あのさ…ユミル…

ユミル「悪ぃ…こっからの話は多分長くなる。その前に薬を持って来てくれ」

ユミル「あと、風呂のお湯張りの件、よろしく!食事もついでに持って来てくれ!」ニィッ


ユミル「それと、お前さえ良かったら、昼飯は私と一緒に食べないか?…ここで」

アルミン「…うん、いいよ!」


アルミン「実はね、僕もユミルとゆっくり話したかったんだ」


アルミン「でも…本当に君は人使いが荒いね。…ベルトルトに同情するよ…はぁ…」

ユミル「病人を働かせるなよ?アルミン先生」ニヤニヤ

アルミン「うん。じゃ、君は病人らしく大人しくしてなよ。…あと、」

アルミン「少し時間がかかるかも知れないから…その…ユミル、服を着替えておいて」



アルミン「さすがにガウン一枚だとさ…目のやり場に困るんだ。胸元、少し見えてるし…」


アルミン(ユミルって前からこんなに色っぽかったっけ?正視出来ない…)チラッ

アルミン(さっき少しだけ裸を見てしまったから、変に意識しちゃってるだけかな…?)


アルミン(何だかベルトルトに申し訳ない気がしてきた…)///ドキドキ…



ユミル「あぁ、そうさせてもらう」

ユミル「慌てて引っ掛けたから下着も穿いてない…。スースーするし、着替えるわ…」



アルミン(ユミル…僕だって一応、男なんだからそう言う不穏な発言止めて…)///ハァ…




トントン…




アルミン「ユミル、開けるよ」


ガチャ… ギギギッ……



アルミン「遅くなった。傷薬と包帯と、痛み止め…ちゃんと2週間分持ってきたよ」


ユミル「あぁ、ありがと!その辺に置いといてくれ」キュッ…キュッ…キュッ…


アルミン「食事も持ってきたけど……えっ…!?…か、かわいい……」

ユミル「は?」



アルミン「あっ…いや、何でもない!!」///ブンブン…

ユミル「あぁ…この服の事か…。へへっ、可愛いだろ?」ニヤニヤ


ユミル「このワンピースさ、ベルトルさんが買ってくれたんだ」


アルミン「そっか…良く似合ってるよ!」


ユミル「お世辞、言えるんだな…お前も。堅物だと思っていたけど」

アルミン「別にお世辞を言ったつもりはないけど…」



ユミル「せっかく買ってもらったのに、一度も袖を通さないなんて勿体なくてな…」


ユミル「もう少し髪が長かったら良い所のお嬢様に……見えないな!さすがに無理がある」


アルミン「一度と言わずに何度でも着たらどうだい?本当によく似合ってるから」

アルミン「ベルトルトにも後で見せるんでしょ?それ」ニコニコ


ユミル「あ、あぁ…そうだな。気が、向いたらな…」



アルミン「なんかさ、君って訓練兵の時や、調査兵団で一緒だった時とは別人みたいだ」

アルミン「あの…何て言うか、キレイなんだ、ユミル。ベルトルトのおかげかな…?」

ユミル「…」


アルミン「いや!その…べ、別に口説いてるとか、そう言うわけじゃないから!!」アセッ



ユミル「そうか…キレイ、か…」

ユミル「ありがとう、素直に嬉しいよ」ニコッ


アルミン(あれ…?照れたり怒ったりしない)


ユミル「お前が不在の間に、軽く部屋掃除してもらった。シーツも替えてもらってな…」

ユミル「あと、風呂のお湯も忘れずにちゃんと頼んでくれてありがとな」

ユミル「今日は人手が足りなくて、お湯を沸かすのに少し時間がかかるって連絡が来てる」


アルミン「うん…」


アルミン「ねぇ…さっきから何してるの?」

ユミル「見て分からねぇか?指輪を磨いてる」キュッ… キュッ…

アルミン「それ、かなり本格的な専用具だね。この街で買ったの?」

ユミル「そう、昨日な。私とクリスタとライナー、3人で買い物に行って、その時にな」

ユミル「割と値が張ってさ…気を良くした店主がこれを入れる専用箱をおまけしてくれた」


ユミル「これも一度も使わないなんて…その…やっぱり勿体なくてさ」

アルミン「…?」


ユミル「よし!終わった」サッ

パタン カチッ


ユミル「どうだ?ピカピカだろ?」キラッ

アルミン「昨日もしてたね、その指輪。気に入ってるの?」

ユミル「あぁ…」


ユミル「気に入ってた」


アルミン「ん…?」


アルミン「えっと、そっちは…?」

ユミル「これか?」

アルミン「うん」


ユミル「これはさっき終わったところだ。簡単だったからあっという間だった」


アルミン「へぇ…上手なもんだね」

アルミン(ユミル、手先器用なんだな。まるでミカサみたいだ…)

アルミン(ミカサ…?あ、そうだ…僕はミカサの事をユミルに…)


ユミル「ちっとは私にも女らしさを感じたか?アルミン」アハハ…


アルミン「僕も服が破れたらユミルにお願いしようかな?」

ユミル「お前の分はアニがやってくれるだろ?」


ユミル「でもアニよりお前の方が上手そうに見えるけどな!私の手が縫えるんだから」ニヤッ


アルミン「アニ…か」



ユミル「あ…こっちは触らないでくれよ?」

ユミル「今、手を付け始めたばかりなんだ」


ユミル「飯食って風呂入ったら本格的にやるからさ!今日中に仕上げなきゃならないんだ」

アルミン「へぇ…」


ユミル「長話してたらスープ冷めたな」

ユミル「待たせて悪かった。さぁ、今から昼食にしようか」



アルミン「ユミルあのさ…

ユミル「分かってるよ。お前が日中にこの宿に戻ってきた理由」

アルミン「!?」


ユミル「もうこの先の旅に必要な物は揃ったのか?」

アルミン「まぁね、指定されたものは買い揃えてある。ほぼ揃ってるよ」

アルミン「あとは明日の朝市で家畜を買って来れば、僕のヤルケル区での仕事は終わり」



ユミル「次の仕事は聞かされているのか?」

アルミン「いや、まだだけど…それは今夜、説明があると思う。6人全員が居る所で」


ユミル「ライナーからか…」

アルミン「うん…」


アルミン「まだ彼らは色々と隠しているから、これから先がどうなるのか予測が付かない」


アルミン「行き先も目的も何となく分かったけど、ちゃんとした説明を受けてなくてね」


ユミル「こっちも同じ状況だ」

アルミン「そう…」


ユミル「アニはどうしてる?」

アルミン「服を買いに行った」


アルミン「今までは他に優先する買い物が多くて、そこまで気が回らなかったんだって」


ユミル「お前は付いて行かなくて良かったのか?アニの買い物に」

アルミン「…」


アルミン「いいんだ。僕とアニは別に恋人同士って訳じゃないから…」


ユミル(そうか、アルミンは脅迫されて、この計画に加担させられていただけだったな…)


ユミル「お前は…アニが巨人だってこと、知ってるんだよな?」

アルミン「うん……。ユミルも知ってたんだね」


アルミン「知っていてもなお、君は平然と過ごしている…。すごい心臓だ」


ユミル「そうか?なるようになれって感じだな。だが、クリスタはまだ知らねぇんだ…」


ユミル「本人達が自分で言うって言ってるし、クリスタにはまだ内緒にしてやってくれ」


アルミン(本人達…?複数形か。ユミルはもう先に聞いているんだ)

アルミン「分かった…」


ユミル(今夜にでも、3人の正体がバレる)


アルミン「ユミル…君は知っているの?」

アルミン「ライナーとベルトルトの正体」


ユミル「…さぁな」

アルミン「…」



ユミル「お前とサシで話したのは、これが初めてだな」

アルミン「うん」


ユミル「昨日はアニとライナーに遮られて充分に話ができなかった」

アルミン「そうだったね」



ユミル「ミカサの事、聞きに来たんだろ?」

ユミル「その目的のために『熱がある』って言って寝込んでいる女の部屋に、」

ユミル「心もとない勇気を振り絞って訪ねて来たって訳だ」


アルミン「う、うん…その通りだよ…」


アルミン「まさか裸で寝てるとは思わなくてね…本当にごめん…」

ユミル「だから気にするなって!」


ユミル「ミカサの事は昨日言った通りだ。エレンの事は知らない。後は何が聞きたい?」


アルミン「ミカサとエレン、あとエルヴィン団長に手紙を残して行ったんだ。僕は」

ユミル「…その話は知らないな」



アルミン「脱走する当日にね、こっそりサシャに預けた。お礼のパンと一緒に」

アルミン「誰にも言わないで同室のミカサに明日の朝、渡して欲しいってよくお願いした」


ユミル「そうだったのか…。サシャ、誰にも言わなかったよ。私やクリスタにも…」

アルミン「そっか…」



アルミン「手紙の内容は詳しくは言えない。僕の個人的な思いを綴ったから…」

アルミン「ただ、エルヴィン団長宛の手紙には…」



アルミン「『僕を、僕らを追わないでください』…って、そうお願いをしておいた」


ユミル「…」


アルミン「『僕の行為は、本来非難されるべき事ですが、ひいては人類のためになると…」

アルミン「そう信じて…僕は、調査兵団を抜けます』…そう、書いたんだ」



ユミル「僕らを追わないでください…か」


ユミル「仲間が居るって、あっちに知らせたんだな。暗に」

アルミン「うん…」



アルミン「だから、もしエルヴィン団長が僕の話を信じてくれていたとしたら…」


アルミン「僕らは追われてないはずなんだ」



ユミル「道理で…。早馬で憲兵達に私ら脱走兵の情報が行き渡ってると思っていたのに」

ユミル「今までそう追われている気配を感じなかった」


ユミル「憲兵団って言う組織の怠慢でそうなっていた訳じゃなかったんだな…」


アルミン「うん、多分ね」


アルミン「僕らの事は、調査兵団の中で内々に処理されているんだと思う…」



ユミル「何でそんな事を書いた?お前にはそれこそ『チャンス』がたくさんあったはずだ」

ユミル「見付けてもらって、連れ戻されて、」

ユミル「無理やり協力させられていたことをゲロっちまえば、お前は今でもミカサの隣に…」


アルミン「それじゃ、ダメなんだ…」


アルミン「僕が逃げたら…彼らはまた、人類への攻撃を始めるかも知れない」


ユミル(人類への…攻撃…?)



アルミン「どうしてこうなったのか分からないけど!!僕が犠牲になれば壁内の人類は…


ユミル「アルミン!」


ユミル「…思いつめるな」



アルミン「ユ、ユミル…ごめん…」


アルミン「エレンには、一緒に外の世界を探検する夢が果たせなかった事への謝罪と…」

アルミン「ミサカには危なっかしいエレンを今まで通り見守って欲しいってお願いと…」

アルミン「僕の、気持ちを少し書いて…それで…


ユミル「…お前がミカサの事を好きだってのは、前から知っていた。訓練兵の時から」

アルミン「そう…僕は分かりやすかった?」


ユミル「昨日も言ったけどミカサはお前の事、信じているんだ。必ず戻って来るって…」


アルミン「嬉しいよ…。嬉しいけど、無理だ。…僕はもう戻れない」


ユミル「……はぁ」


ユミル「辛い、恋だったな…。報われない」

アルミン「…」



ユミル「お前の愛する女は、お前の大切な親友の方を常に向いている。悪ぃけど…」

ユミル「てめぇが戻ったところで、相手の目がお前に向くとは思えない」

ユミル「ここで諦め切れたら、楽じゃねぇか?」


ユミル「人の気持ちは強制出来ない。自分が持つ相手への愛情だって不確かなものだ」

ユミル「不確かなものに縋って生きるのは、苦しい」

ユミル「でも、心の中でいつまでも、綺麗な思い出として残して置くことは出来る」

ユミル「命あってのものだが」


アルミン「…」


ユミル「ミカサは頭がいい」

ユミル「お前が詳細を書かなくても、行間を読んでお前の事情を悟ったのかも知れない」


ユミル「私やクリスタ、ベルトルさんやライナーが大して間を開けず脱走したことで…」

ユミル「何か関係があるんじゃないかと、その思いを強くしたに違いない…」



ユミル「苦しいか…?アルミン」

アルミン「苦しいよ…そりゃぁ、ね」


ユミル「私は言わないからな…。アニを好きになれだなんて」

アルミン「!?」



ユミル「恋心なんざ…他人に強制される物でも、本人からお願いされる物でも無いんだ」


アルミン「そうだね。…ありがとう、ユミル」


ユミル「でも、アニは本気だ…。思いつめて、お前以外の一切を切り捨てたアニの事も…」

ユミル「いつかは…許してやって欲しい」


ユミル「アニのために許すんじゃない。自分を守るためだ…自身の心を正常に保つために」


ユミル(危険を承知で己の正体を明かし、3年間の訓練で勝ち取った憲兵の地位も捨て、)

ユミル(こんな馬鹿げた計画を立て、本気で実行し、そのために惚れた男までも脅迫する)

ユミル(並みの神経ならここまでは出来ない。少なくとも私には無理だ…。全てはお前と…)



アルミン「…」

アルミン「ユミルに謝りたい」


ユミル「ん?」


アルミン「恐らく追われていない事、みんなに言えなかった。だから医者を呼べなかった」


アルミン「本当はこの情報を公開して医者を呼ぶべきだったんだ!君のためを思うなら…」


ユミル「今更言っても遅ぇよ!お前、上手だったぞ!将来は仕立て屋になれそうだ」ニコッ

アルミン「ユミル…」



ユミル「もういいじゃねぇか…なぁ」


ユミル「お前はその情報をあいつらに言えなかった。いや、言う訳にはいかなかった」

ユミル「置手紙を残したことを、知られたくなかったんだろ?あの3人には」


アルミン「うん…」コクッ



ユミル「なぁ、私にも一つ謝らせてくれ」

アルミン「…なに?」


ユミル「だいぶ前の話だ。そうだな、1年以上前だな…まだ訓練兵だった時の話でさ」

ユミル「対人格闘の訓練中にお前の悪口を言ったことがあってな…お前だけじゃなくて…」

ユミル「まぁ…その、エレンやミカサなんかも一緒くたにな。悪気はなかったんだが…」


ユミル「その悪口を、耳聡く聞きつけたミカサがさ、アルミンに謝れってうるさくてな」

アルミン「そんな事があったんだ…」


ユミル「結局、こっちも意地になっちまってお前に謝れなかった。謝るもんかって!」

ユミル「あの時は悪かったな。すまん」


アルミン「いいよ!気にしてない。悪口の内容を僕は知らないしミカサからも聞いてない」


ユミル「そうなのか…?」

アルミン「うん」


アルミン「でも…その話を聞いて、胸が少し温かくなった…」

ユミル「えっ…?」


アルミン「ミカサ、僕のために本気で怒ってくれたんでしょ?ユミルに」

ユミル「あぁ、あの殺気立った目…殺されるかと思った……」ブルッ


アルミン「知らなかった。以前にそんな事があったなんて…」

アルミン「教えてくれてありがとう。ユミル」


ユミル「知りたいか?悪口の内容」

アルミン「覚えてるの?1年以上前の話なのに?」

ユミル「覚えてるよ」


アルミン「聞かなくてもいいよ…自分のダメな所をあげられて落ち込むかも知れないし」

ユミル「ふぅ~ん…じゃ、いいか」


アルミン「でも自分に自信が付いたら、いつか聞かせてもらうよ!」

アルミン「ユミルの悪口なんて、笑い飛ばせるくらいに僕が強くなったらね!」

ユミル「そうか、分かった!」ニッ


ユミル(だったら永遠に話す機会は来ない…)

ユミル(私の都合でな)


ユミル「あぁ、あと確認したい事がある」

アルミン「ん…?どんな事?」


ユミル「昨日、お前らが中央に向かってから、あいつらに今後の予定を聞いた時にな…」

ユミル「心に引っかかった事があって…」

アルミン「うん」


ユミル「幌付き馬車3台、荷引き馬6頭、クリスタとライナーの馬2頭…これを持って」

ユミル「クロルバ区へ行くんだな?」

アルミン「そうだよ」


ユミル「荷引き馬6頭は3台の幌付き馬車を引かせるための馬だ。馬2頭は乗馬用」

アルミン「そうだね」


ユミル「幌付き馬車は1台に付き1人乗れば制御できる。乗馬用の馬は基本、1人乗りだ」

アルミン「うん」


ユミル「私らは6人…」

ユミル「1人、あぶれるんだが…どうなっている?」


アルミン「幌付き馬車に2人乗るんじゃないかな?あぶれた人は」


ユミル「何でこんな編成にしたんだろうな?」

アルミン「それはアニに聞いてみないと分からないね」


ユミル「そうだな、お前に言っても仕方がないか…」


アルミン「あぁ…ひょっとしたら、乗馬用の馬は3頭になるかもね…」

ユミル「えっ?」


アルミン「これから仲買人と待ち合わせなんだ、ジャンの馬を売るチャンスはこれが最後」

アルミン「これで売れなかったら、この馬…僕らの旅に連れて行くしかないから…」


ユミル「シーナの仲買人どもは見る目がねぇなぁ…。あの馬は上等な馬なのに…」


アルミン「うん…良い馬なんだけどね。兵士以外の人間に乗られるのは嫌みたいだ」

ユミル「変な所でプライドが高いんだな、まるでジャンみたいだ…くくくっ…」



アルミン「ジャンの馬も…帰りたがってるのかな。本来の主人の所に…」

ユミル「…」



トントン…


宿屋の使用人「大変遅くなりました!今からお湯を張らせていただきたいのですが…」

ユミル「あぁっ!えっと…よろしく頼む!鍵はかけてないから勝手に入って来てくれ」

宿屋の使用人「はい、失礼します…」

ガチャッ…   ギギギッ


ガラガラガラ…… 

タプン… タプン…



アルミン「…それじゃユミル、僕は行くね」ガタッ…

ユミル「あぁ、色々とありがとう、アルミン。お前と話せて良かった」

アルミン「僕もユミルと話せて良かったよ」


ユミル「…あっ!!」

ユミル(唐突に思い出した…これは今聞いておくべきだ!)


ユミル「あっ、あのさ…つかぬ事を聞くが、変な質問だと思わないでくれよ?」

アルミン「ん?」

ユミル「お前の故郷のシガンシナ区なんだが…何が起こったのか、一通り修習しただろ?」

アルミン「うん…」


ユミル「巨人がどのように壁内へ進攻したか、住民達はどの経路で内地へ避難したか…」


ユミル「だが、私らが覚えたのは、平面に記されたシガンシナ区の地図上でのことだ」


ユミル「シガンシナ区はどんな街だった?このヤルケル区みたいな高低差はあったのか?」


アルミン「いや…言うなればトロスト区みたいな平らな地形だね。坂はあったけど…」

アルミン「この区みたいな極端な高低差は無かった。年配者にも住みやすい街だったよ」


ユミル「そうか…。シガンシナ区の地形、同期の奴らに語ったりしたことはあるか?」


アルミン「ううん…詳しい話は誰にも…。僕とエレンに気を使ってか、いつの間にかさ…」

アルミン「シガンシナ区の話をするのは禁忌になってたみたいで、話す機会はなかった」


ユミル(その話が本当なら、エレンも話していないだろう。話す理由もないだろうし…)

ユミル「なるほど…。そう言えば私もミカサから故郷の話は聞いた事がないな…」


ユミル「ありがとう。これで、ハッキリした」

アルミン「何が?」

ユミル「こっちの話」

アルミン「そう…」



ユミル「あっ!あとテーブルの上の水差しありがとな。お前が持って来てくれたんだろ?」

アルミン「えっと、そこに置いたのは僕だけど…」

アルミン「水差し自体はこの部屋のドアの前に置いてあったんだ。金属製のお盆の上に」


アルミン「埃が入らないように、丁寧に畳んだナプキンが注ぎ口に掛けてあった」

ユミル「そうだったのか…」

ユミル(じゃぁ、持ってきたのはあいつか…)

ユミル(部屋に戻ってすぐ寝ちまったからな、ひっくり返した後始末もそのままに…)


今日はここまで。読んでくれてありがとう

1/3ほど残っているんだが、貼るペースが遅くて終わらなかった
続きは明日にします(日が変わってるので今日ですね)

おやすみなさい

感想ありがとう!
続けて投下します


アルミン「僕の食事、ほとんど手を付けてないから…良かったら残りはユミルが食べて」

アルミン「片付けも任せていいかな?ごめん、だいぶ長くここに居たから時間が無くて…」

ユミル「あぁ!構わない。お前の分もありがたく戴くよ。…たくさん食って力を付ける!」


アルミン「ユミル、薬ちゃんと飲むんだよ?」

ユミル「分かってるって!お前も馬売りの交渉、頑張って来いよ!!」

アルミン「うん!夜には戻るよ。またね、ユミル」


ギギッ…… パタン



宿屋の使用人「お風呂の準備が出来ましたので失礼いたします。どうぞ、ご使用ください」

ユミル「ありがとう。助かった…」


ユミル(身体中擦り傷だらけだから…滲みるだろうな…。一応、顔だけは無事だったが)


ユミル「さて、飯は置いといて…ゆっくり風呂に浸かったらもう一仕事だ!集中するぞ」

ユミル(色々と吹っ切れた。身体の調子も良くなってきている…最後まで、抜かりなくだ)





トントントン…


ライナー「ユミル、居るか?」


ユミル「居るぞ、何の用だ?ライナー」


ライナー「中に入るぞ」

ユミル「勝手に入れ。鍵は開いてる」


ライナー「じゃ、失礼する」


ガチャッ… ギギギッ…



ユミル「クリスタはどうした?一緒に出掛けたはずだろ?」

ライナー「それが街で偶然、アニに会ってな…」


ライナー「自分の服選びにクリスタを貸してくれって……持って行かれた…」シュン…

ユミル「ダハハハハ!女の服選びは長ぇぞ!お前も知ってるだろ?」

ライナー「あぁ、それはもう経験済みだ」ハァ…


ユミル「それで意気消沈して宿に戻って来たって訳か。自分の買い物は済んだのか?」

ライナー「まぁな。ほとんど終わったよ」


ライナー「あとは今夜荷物を整理して、明日の出発を待つのみだ」

ユミル「そっか、まぁそこに座れよ」

ライナー「じゃ、遠慮なく」ガタン

ライナー「ん?お前2食も食ったのか?」

ユミル「いいだろ?熱が引いたら食欲出ちまったもんで、ガッツリ頼んでここで食ってた」


ライナー「体調が戻ったのは良かったが…お、女のかけらも感じないな…お前……」

ユミル「うるせぇな!何か用事があって来たんだろ?さっさと言え!!」



ライナー「あ、あぁ…今日の部屋割りなんだが…」

ライナー「アルミンの希望でな、アルミンはベルトルと、アニはお前と……あと、その…」


ライナー「俺は、ク…クリスタと同じ部屋にだな…」

ユミル「いいぞ」

ライナー「は?」


ライナー「いっ…いいのか!?」


ユミル「あぁ、構わない。ま、クリスタは絶対嫌がるだろうが…説得してもやってもいい」


ライナー「お、お前…」


ユミル「念を押すが、まだ手は出すなよ?」

ユミル「もし指一本でも触れてみろ!てめぇは楽な死に方は出来ないと思え」ギロッ…


ライナー「出す訳ないだろ…無理やりなんてな、そんな馬鹿はしない。必死で我慢するさ」


ユミル「当たり前だ。死ぬ気で我慢しろ!しかし、いばらの道を自分で選びやがって…」

ライナー「眠れるか心配だ…」ハァ…


ユミル「そもそも何でこの部屋割りなんだ。昨日と同じでいいじゃねぇか…」


ライナー「アルミンがな、アニと一緒はどうしても駄目だってな」

ライナー「昨夜、突然ベッドに入って来たと…間違いは起らなかったと言ってはいたが、」

ライナー「随分思いつめてるから、自分とアニが一緒に寝るのは良くないって言ってな」

ユミル「そうか、あのアニがね…」


ユミル(昨日のミカサの話で動揺させちまったか?アニは知ってる。アルミンの気持ちを)


ライナー「かと言って、俺とお前が同じ部屋…って訳にもいかないし…」

ユミル「…」


ライナー「ベルトルとお前が同じ部屋になるのが一番良いんだが…クリスタが怒っていて」

ライナー「そのな、お前も気まずいだろ…」


ライナー「昨日、お前が男に襲われたこと…あいつにはまだ言ってないだろうしな…」


ライナー(何よりベルトルは指輪が見付かってないんだ。同じ部屋になれば気付かれる)


ユミル「理由なんかどうでもいい。私も今はベルトルさんと同じ部屋は無理だ」

ユミル「お前の案で決まりだ!そうしてくれ」


ユミル「私の荷物は今からアニの部屋に移動させる。お前はここに荷物を持ってこい!」

ライナー「お、おう!」


ユミル「クリスタにはお前から言え!どうしても説得できそうも無かったらこっちに回せ」

ユミル「だがな、まずお前自身でクリスタの信頼を勝ち取るんだ。何もしないって事を…」

ユミル「必死で説明してから話を持ってこい!いいか?分かったな!!」


ライナー「わ、分かった…」ゴクッ…



ライナー「ユミル…お前、本当にいいのか?」

ユミル「何がだ?」

ライナー「クリスタの相手が俺で…」

ユミル「私がダメだっつたらお前はクリスタを諦めんのか?」


ライナー「いや、もう手遅れだ。俺は諦められん…クリスタを、愛している…」


ユミル「じゃ、聞くだけ無駄じゃねぇか…」ハァ…


ライナー「そうだな…悪い。変な事を言ったな」

ユミル「…」



ユミル「お前に話しておくことがある」

ライナー「何だ?」

ユミル「昨日の話の続きだ」


ライナー「昨日の…続き?」


ユミル「お前が知りたがっていた、お前に手を貸す『本当の理由』の話だ、忘れたか?」

ライナー「覚えているぞ、言う気になったのか?」


ユミル「あぁ…。今、お前に頼んでおかないとダメなんだ。私が安心できなくてな」

ライナー「…」



ユミル「クリスタの家の事情、知ってるって言ったな?あいつが特別だってことも」

ライナー「あぁ…」


ユミル「クリスタは、壁内の…この矛盾だらけの汚れた世界に絶望している」

ユミル「だからあんな事を言った」


ユミル「『嫌な事は全部壁内へ置いて行けばいい。この世界には何もない』…ってな」

ユミル「お前も聞いていただろ?」


ライナー「確かに…そう、言ってたな」


ユミル「クリスタも、本当は気付いてるんだ。6人でどこへ向かおうとしているのか…」

ユミル「お前らの正体が巨人だって事までは、気付いてないとは思うが…」


ユミル「あいつは覚悟を決めている。私と一緒なら多分付いて来るだろう。どこへだって」

ライナー「…」


ユミル「私は、クリスタに永く生きてもらいたいんだ…」ググッ…


ユミル「それは私の勝手な願いで、自分の我儘を押し付けている…ってのは分かってる」


ユミル「あいつ自身は、死にたがりでな…。それを望んでいない事も知ってはいるが」


ユミル「この青い空の下、どんな場所でも…クリスタが生きているという事実だけで」


ユミル「私も、生きていけると思うんだよ」


ライナー「まるで永遠の別れのような言い方だな。お前も一緒に行くんだぞ?」


ユミル「…」


ユミル「本当は、連れて行きたいんだ。壁外じゃなくて、ちゃんと人がいる所で…」

ユミル「あいつと二人で小さな店でも開いてさ、衣食住に困らない程度の細やかな生活を」

ユミル「そんな夢を見ていた時もあった…」


ユミル「お前らがあそこから私らを連れ出さなければ、いつかは現実になっていたはずだ」


ライナー「そうか…。そりゃ、すまなかったな…」


ユミル「いや、いいんだ」

ユミル「私は、クリスタを…守りきれない」


ライナー「ユミル?」


ユミル「この先、この閉ざされた世界の情勢が変わった時、あいつは利用される。きっと」


ユミル「自分自身が望まぬ血のせいで…」


ユミル「そして利用価値が無くなれば、殺されるだろう…。いや、その前に問答無用で…」

ライナー「お前そこまで考えて…」


ユミル「どこへ逃げてもダメなんだ!!私の力は非力過ぎて…あいつを守ってやれない!」

ユミル「あいつの命を!あいつの幸せを!あいつの生活を!私は何一つ守れない!!」グスッ


ユミル「だから、お前に託す…クリスタを…」


ユミル「クリスタを…壁外へ逃がしてやってくれ!誰もあいつを追えない場所まで…」



ユミル「精一杯、クリスタを愛して…尽くして…守ってやると誓ってくれ。この場で」


ライナー「…そんな事で良いのなら、いくらでも誓うぞ」


ライナー「昨日も言ったが、全ての災厄からクリスタを守ると言った俺の言葉に嘘はない」


ユミル「ありがとう…」



ライナー「だが、お前も一緒に来るんだ!!」

ライナー「クリスタが幸せになるところ、しっかり見届けるんだろ?」


ユミル「そうだったな…」


ユミル「もし…目的地まで、クリスタを連れて行けないとなったら、お前の命に代えても」

ユミル「あいつを壁内へ戻せよ?それも約束してくれ…いいな?」

ライナー「分かっている…。そうはならないように策を練っている所だ」


ユミル「はぁ……安心した…!」ニコッ

ライナー「ふぅ…やっと笑ったな。緊張したぜ…急に真面目な話を振って来るもんだから」


ユミル「当たり前だろ?こっちは真剣なんだ」


ユミル「ライナー、実はさ…お前を本心から信じられると確信したのは昨夜の件からでな」

ライナー「ん?」

ユミル「お前さ、憲兵に見付かる危険を冒してまで私のために医者を呼ぼうとしただろ?」

ライナー「あぁ…あれか」


ユミル「アニは反対していた。ベルトルさんが起きていたら、多分あいつも反対した…」

ユミル(あいつは私が傷を治せることを知っているからな…)


ユミル「でもお前だけは違った」

ユミル「医者からの通報で、憲兵に脱走兵だとバレる可能性があったにもかかわらず…」

ユミル「私の怪我の治療を優先しようとした」


ライナー「その時は医者を呼ぶのが最善策だと思ったんだ…あまり深くは考えなかった」

ユミル「とっさの判断ってヤツか…」


ユミル「お前は集団より、個である自分の意思を優先できるんだ。それで確信した」

ユミル「もし、この先何かあったとしても…お前はクリスタの命を最優先にするだろう」


ユミル「クリスタの命か、お前を除いた私たち4人の命か…」


ユミル「もし、どちらか一方を選択しなければならない状況に陥ったとしても…」


ユミル「お前なら…きっと…」

ライナー「クリスタの命を優先する…と?」

ユミル「そうだ、違うか?」


ライナー「…」


ライナー「なるべくなら、全員助けたい所だが…最悪の事態になったらそうなるだろうな」

ユミル「それで…いいんだ…」ホッ…


ユミル「だから、もうお前に全部任せた!」フフッ


ライナー「ユミル…本気か?……お前、まさか本当に…」

ユミル「だが、調子に乗るなよ?あいつの了承を得ないまま手を出そうとしやがったら…」

ユミル「てめぇの大事なソレを裁縫用の裁ち鋏でちょん切るからな!脅しじゃねぇぞ!!」

ライナー「わっ…分かってるって!」ブルブル…


ユミル「よし!良い返事だ。頼み事を引き受けてくれたお礼にこれをやるよ」スッ…


ライナー「これ、昨日お前に買ってやったヤツじゃないか…どうして……」


ユミル「もう、要らないんだ。さっき一度使って満足しちまった。ほら、綺麗だろ」キラッ

ライナー「だが、これは昨日、必要な物だからってお前が選んで…喜んでただろ…?」


ユミル「だから、もう必要ないんだよ。それ」


ライナー(さっきから変だ。いや、昨日も変だったがもっと変だぞ、こいつ!)

ライナー(まさかベルトルが指輪を失くしたことを知っていて…拗ねて俺にこれを…?)


ライナー「ユミル…ベルトルの指輪の事なんだが…

ユミル「お前が要らなければ、クロルバ区へ向かう船の中でこれをクリスタにやってくれ」

ユミル「お前らもお揃いの指輪を買ったんだろ?持ってても無駄にはならないぜ」

ユミル「まぁ、金は錆びないからな!そんな頻繁に手入れはしなくていいと思うが」


ライナー「まて、俺の話を…

ユミル「こっちの話はそれだけだ。あと私は今夜、ベルトルさんと約束がある…」

ユミル「今後の計画やら、お前らの『罪』だの『正体』だのの話は全部あいつから聞く!」


ライナー「おいっ!ユミルっ!!」ガタッ


ユミル「だから今夜は私ら抜きで…4人で話しをしてくれ。悪いな…最後まで我儘言って」

ライナー(「最後まで」…だと!?)


ユミル「さぁ、出てってくれ!こっちは忙しいんだ。これを間に合わせなければならない」

ライナー「…これ?」

ユミル「あぁ、得意なんだ。なかなか良い出来だろ?」


ライナー「へぇ…人は見かけによらないな。お前にこんな女らしい趣味があったとは…」


ユミル「お前さぁ…いくらなんでもその発言は私に失礼だぞ!」イラッ


ライナー「失礼だと思ったらもっと格好にも気を使え。その服、まるで可愛げがない…」

ライナー「そこのベッドの上に放り出してあるワンピースでも着れば女らしく見え…

ユミル「あーーーっ!!!…もういいだろ?どうでも…。私のことは放っとけよ!」


ユミル「何でお前にそこまで言われなきゃ…いつもの格好が動きやすくていいんだよ!!」


ライナー「今日のクリスタの服はそりゃもう可愛かったぞ!お前もあんな感じのを着て…

ユミル「ありゃぁな、私が着せたんだよ!!お前が喜ぶと思ってな。この馬鹿が…」チッ

ライナー「!?」


ユミル「あぁ、もう面倒くせぇ!お前、出てけ!!」


ユミル「話はこれで終わりだ!」ガタッ

ユミル「ほら、出てけよっ!」グイグイ…

ライナー「おいっ!ユミルっ…押すなっ…」


ユミル「出て行かなきゃ、大声出すぞ…」ボソッ


ライナー「…くそっ」



ユミル「ライナー、クリスタの事…本当に頼んだからな。お前を、信じてやるから…」

ユミル「だからあいつを幸せにしろ!」

ユミル「あいつから片時も離れるなよ?あいつの命はてめぇの命だと思え!!」


ユミル「分かったなっ!!」ドカッ!

ライナー「ユミルっ!」ヨロッ…


バン!! ガチャン…




ユミル「…」ハァ…


ユミル「これで、これでいいんだ…」


ユミル「これが正解なんだ…これは正しいんだ…!クリスタ…全てはお前のためだ!!」グスッ



ユミル「うっ…う゛ぐっ…あ゛ぁぁ……」


ユミル「あ゛あ゛あ゛あっ……ひっ……ぐっ…は……あぁ…」



ユミル「クリスタっ……お前は、幸せに…」ギュゥゥ…





ユミル(滞在中に増えた荷物をアニの部屋に運び入れて、最後の準備に取り掛かった…)


ユミル(ほんの少しだけ心残りがあるそれをひと撫でして、私は部屋を後にした…)


ユミル(アニには『すぐに戻るから鍵は閉めないでくれ』と頼んでおいた)


ユミル(そして今朝約束した通り、22時きっかりにあいつは談話室の前にやって来た…)


ユミル(指輪は、はめていない。…もうその右手を隠すつもりはないようだ)




ベルトルト「ユミル…」ハァ…ハァ…

ユミル「さぁ、行こうか!」ニコッ


ユミル「場所はここじゃないんだ…談話室は人が多いからな。ここじゃ話せないだろ?」


ベルトルト「……ごめん」


ユミル「いいから…」


ユミル「私が案内する。お前は私の前を歩いてくれ…」

ユミル「距離を空けて付いて行くからな…私が後ろにいても、お前が怖くないように…」


ベルトルト「…」


ユミル(手に持ったランタンの灯が、薄暗い廊下を明るく照らしてゆく…)

ユミル(温かい灯とは対照的に、自分の心がどんどん冷え切っていくのを感じる…)


ベルトルト「ユミル…どこまで行くんだ?」


ユミル(話し合うまでもなく、結論は出ている…)


ユミル「もう少し先に空き部屋があるんだ」


ユミル(私はこれからお前の『一生のお願い』に返事をする)



ベルトルト「空き部屋…?」


ユミル(清算しよう。この歪み始めた関係を終わらせる…。互いに肩の荷を降ろそう…)


ユミル「そう…ここだ。入ってくれ」


ユミル(私は、もう充分楽しんだ。これ以上はいらない。望めば、もっと大きな罰が下る)


ユミル「その階段を上るんだ…屋根裏部屋に通じてる」


ユミル(これが、最後の話し合いだ。お前と話すのもこれで最後か…)


ベルトルト「いつの間にこんな所を見付けたの?ユミル…」


ユミル(最後にもう一度、あの顔が見たい…)


今日はここまで。読んでくれてありがとう
昨日の続きなので短めです

次回の更新は遅めです。おやすみなさい…にはまだ早いかな?
どなた様も、良い夢を


楽しんでくれてありがとう!そう言ってもらえると嬉しい

今から投下します



~宿屋2階の廊下~



ベルトルト「ユミル!待って!!」


ユミル「私も、昨日…同じ言葉をお前に言った」

ユミル「でも、お前は行ってしまった…」


ベルトルト「…ユミル」


タッ… タッタッタ…

ベルトルト(ユミルが僕の横をすり抜ける…)




バタン! カチン…


ベルトルト(ドアが閉まり、鍵の掛かる音…)

ベルトルト(ユミルの心の扉もあのドアと一緒に閉ざされてしまった気がする…)



ベルトルト「はぁ……まずは、宿の人を呼ぼう。このままにはしておけない…」

ベルトルト「水は、僕が汲み直そう」

ベルトルト(彼女が水を零したのは僕が急に声を掛けたから…)





~部屋の前~


トントン…



ベルトルト(返事がない…)


ベルトルト(僕だと分かっているのかも知れない。会いたくないって事かな…)


ベルトルト「ユミル、ここに水差しを置いておくからね…」


ベルトルト「必ず指輪を見付けて戻って来るから…」


ベルトルト「また、夜に会おうね」


ベルトルト「ごめんね…ユミル……」


ベルトルト(ユミルの部屋の前に、水差しとナプキンを置いて…)

ベルトルト(…まずは高台からだ。下着を回収する。そのまま残ってたらいいんだけど…)





~高台・頂上付近~



ベルトルト「ここだ…昨日ユミルと街を一望した場所…。恋人の聖地…」

ベルトルト「僕はここでユミルと手を繋いで、一緒に沈む夕日を眺めていた」

ベルトルト「それで、彼女に左手を出せって言われて…左手に持った荷物を下に降ろした」


ベルトルト「ここ、だったよね…?」

ベルトルト「…」



ベルトルト「はぁ……」



ベルトルト「やっぱり…」

ベルトルト(誰かに持ち去られている…)


ベルトルト「こうなってるんじゃないかなって、思ったよ…」


ベルトルト「未使用だし、売ろうと思えば売れる。ただサイズがあるから…」

ベルトルト「女性が見付けたとして自分のサイズと合わなければ持って行かないかもって」


ベルトルト「だけど…女性用下着って一応、男の方にも需要があるしね…」ハァ…



ベルトルト「買い直そう…」


ベルトルト(指輪は買えないけど、下着を買い直すぐらいのお金なら充分残ってる)


ベルトルト「これで良かったんだ。一晩放置して誰が触ったか分からないような下着…」

ベルトルト「君には渡せない」


ベルトルト「でも、僕が買った下着なんて、もう君は身に着けてくれないかも知れないね」



ベルトルト(指輪も、落ちてない)


ベルトルト「ここじゃ…ないんだ…」



~雑草が生い茂る 高台のふもと~



ベルトルト(憲兵を絞め落とした後に通った道もくまなく探した…どこにも無かった)


ベルトルト「怪しいのはここら辺…」


ベルトルト「ユミルの巨人を見た後の記憶が曖昧で…ここにあるのか確証もないけど…」

ベルトルト「どうしても見付けなきゃならないんだ…もう彼女を失望させるのは…」


ベルトルト(刈られていない雑草が膝下まで伸びて生い茂っている…)


ベルトルト「もし、ここだったら…僕は指輪を見付けられるのか?範囲が広すぎる…」


ベルトルト「でもやるしかない!!」ギリッ…



ベルトルト(太陽が昇りきった…)


ベルトルト(3時間ぐらい探したか…?ここじゃ、ないのか…?)ハァ…


ベルトルト「大量の血が付いたハンカチを見付けたけど…これってユミルの……?」

ベルトルト「ユミルの手…本当に、僕が…傷つけたんだ。…彼女はこれで血を拭った」


ベルトルト「…」


ベルトルト(まだ乾き切っていない血で湿ったハンカチ…。つい昨日の出来事なんだ…)

 ギュギュッ… グリッ

ベルトルト(今はポケットにねじ込んでおく。よく洗って血を落としてから彼女に返そう)


ベルトルト「走って逃げた方向は覚えてる。その道も辿って探さなければ…」

ベルトルト(ひとまずここは後回しにする)


ベルトルト「日が高いうちに、ありとあらゆる可能性を潰しておく…」



~街外れ 貧民街周辺~



ベルトルト(もし、落としたのがこの場所だったら、もう指輪は出てこない)ハァ…ハァ…

ベルトルト(念のため、この辺の質屋も探してみよう…)キョロキョロ…


ベルトルト「あっ…この路地…!」

ベルトルト「ユミルと薬局へ行く時に通った道じゃないか…」ハァーー…


ベルトルト「ユミル…僕らは確かここで…」

ベルトルト「…」



ベルトルト「ねぇ…」


ベルトルト「二人でまた指輪をぶつけよう?幸せの音…僕は、もう一度聞きたいんだ…」


ベルトルト バチン!


ベルトルト「………よしっ!」グッ…

ベルトルト「諦めるな!絶対、見付けるんだ!!」ヒリヒリ…

ダッ…



ベルトルト(今夜の話し合いまでに、指輪を見付ける!失くしていた事を謝って…)


ベルトルト(それで、「君を愛してる」って言うんだ。君の手を握り、頭を撫でながら…)


ベルトルト(君が隣に居ないのなら、君に触れられないのなら、君の声が聞けないのなら)


ベルトルト(君の匂いを嗅げないのなら、君が、僕を、愛してくれないのなら…)


ベルトルト「もう、この世界に価値は無いんだ…」

ベルトルト(僕自身にも、何の価値も見出せない…)


ベルトルト「そうなったら、生まれてきたことを呪って、全てを破壊し尽くすだけだ…」



ベルトルト(下着を買った店にも寄ってみたけど…やっぱり指輪は無かった…はぁ……)

ベルトルト(昨日買った物と全く同じではないけど、もう一度ユミルの下着を買い直した)


ベルトルト「昨日の店員さんが僕を覚えていてくれて助かった…」


ベルトルト「男一人であんな店に入って女性用の下着を買うのって、勇気がいるんだな…」

ベルトルト「デートの時は、恥ずかしくも何ともなかったのに…」


ベルトルト「ユミル、3日分の服しか持って来てないんだから、やっぱりないと困るだろ?」


ベルトルト「僕からじゃ、着けてもらえない…。後でクリスタから渡してもらおうかな…」


ベルトルト「あと、まだ探していないのは……」



~ヤルケル区 中心街~

高級仕立て屋



ベルトルト「あの……すみません…」

見習い針子「あ!お大尽のお客さん!!」


見習い針子「仕上がりは明日ですよ~。明日の14時以降に取りに来て下さいね~…って、」

見習い針子「言ったじゃないですか!!」


ベルトルト「えっと…いや……あの、ね…」




見習い針子「指輪?」


見習い針子「う~ん…こちらでは預かっておりませんねぇ……」

見習い針子「マスター!覚えてますか?このお客さんの指輪」


仕立て屋店主「ふむ…昨日、採寸した時はされてましたね、覚えていますよ」

ベルトルト「本当に!?」


仕立て屋店主「えぇ。上着を脱ぐ時、袖に一度、指輪が引っ掛かったを覚えていますか?」


ベルトルト「あっ…そ、そうだ!それ…覚えてる!!」

ベルトルト「じゃ、ここを出る時までは、僕の指に指輪ははまってたんだ…」

ベルトルト(失くしたのはこの店を出てから宿に戻るまでの間…)


ベルトルト「ありがとう!…おかげでだいぶ捜索範囲が絞れそうだよ!」


ベルトルト「もう一度…高台から探す!」ダッ…

見習い針子「あ!お客さん」


ベルトルト「ん…?」


見習い針子「昨日の夜、どうでした?」

ベルトルト「昨日の…夜…?」


見習い針子「やだなぁ!プロポーズの返事ですよぉ!花嫁さんが言ってたんです」

ベルトルト「ユミルが、何て…?」


見習い針子「『今日宿に戻ったら、良い返事をしてやろうかと思っている』…って!」


ベルトルト「ユミルが…そう、言ってたの?」


見習い針子「はい!ちょっと恥ずかしそうに目を伏せて。花嫁さんもう、可愛くって!」


ベルトルト「良い返事、か…」


見習い針子「あら?昨日は返事を聞けなかったんですか?じゃ、今夜あたり楽しみですね」

ベルトルト「…ユミル」グスッ…


見習い針子「あらあら、泣くのは本人から良い返事をもらってからですよ!」


見習い針子「ついでに、花嫁さんの衣装も見て行きませんか?まだ仮縫いの段階ですが…」

見習い針子「徹夜しても明日の指定時間までに間に合わせますよっ!ほらっ」グイグイ…

ベルトルト「えっ…ちょっ……と!」




ベルトルト「!?」

ベルトルト「こ、これ!!僕が注文したドレスとだいぶ違うよっ!!」


ベルトルト「腰のラインを出すようにって言ったのに…それに裾も想像より長めだ…」

ベルトルト「胸元のレースは上品でいいけど…あぁ!こんなに胸を強調したら僕が困る…」


見習い針子「ですがこれ、全部花嫁さんの希望ですよ?」

ベルトルト「えっ!…ユミルの?」


見習い針子「はい。最初、希望は無いって言ってたんですがね…。一生に一度でしょ?」

見習い針子「話を聞いてみたら次から次へと……ま、実際着るのは花嫁さんですし、」

見習い針子「衣装なんて自己満足なんですから、本人が嫌なものは着せたくないんです!」


見習い針子「ちなみに、旦那さんの希望通り腰回りを絞れる紐も付けておきますからね!」


ベルトルト「…」ジッ…

見習い針子「…なーんか、不満そうですね」


見習い針子「旦那さんはスレンダーライン、奥様はアンピールラインが希望だったって…」

見習い針子「たったそれだけの話じゃないですか!作り直しなんて言わせませ…

ベルトルト「いや…不満なんかじゃなくて、僕はただ…その、嬉しくて……」ジワッ…


見習い針子「は?」


ベルトルト「ユミルはすぐ、『いらない』とか『どうでもいい』って言うから…」


ベルトルト「結婚式に着たいドレスを、自分で考えて選んでくれたのが嬉しくて…ぐすっ」



見習い針子「泣き虫なんですね…奥様もドレス選び、本当は嬉しい…って言ってましたよ」


ベルトルト「あのユミルが?本当に言ってたの!?だって昨日もこの店で僕を叱って…」



ベルトルト「うっ…ひっぐ…ユミルが……あ゛あ゛あ゛ぁっ……」ボロボロ…


見習い針子「わっ…マ、マスター!タオル持って来てください!お願いします!!」

見習い針子「お客さん泣かないでくださいよっ!あぁっ!座りこまないでっ…邪魔です!」




ベルトルト(もし昨日、何事もなく時間が過ぎていたら…君は『良い返事』を僕に…)


ベルトルト(ねぇ…今夜はどんな返事をするつもりなの?…ユミル)


ベルトルト(もし時間を巻き戻せるなら、僕はきっと、あの時、あの場所で…)




   【僕たちの計画も…台無しになるかも知れない!ユミル、堪えてくれ…】


   【な、なんでだ…?】


   【えっ…】



ベルトルト(うん…この時に戻りたい…)


ベルトルト(僕は彼女を引き留めず、すぐに手を離して二人であの子を助けに行く…)

ベルトルト(そうすればあの子が殴られる前に、崖から落ちる前に…助ける事が出来た)


ベルトルト(君は巨人になる必要はなく、僕は君の正体を知ることもなく…)


ベルトルト(結果として、ユミル…君を傷つける事は無かったんだ)


ベルトルト(その場しのぎでもいい…今をやり過ごす事さえできていたら…)


ベルトルト(僕らは長い時間を一緒に過ごし、お互いの愛情を確固としたものにする…)


ベルトルト(例えこの先、僕らの頭上にどんなに残酷な事実が降り注いできたとしても)


ベルトルト(きっと二人なら…乗り越えて、受け止めて、許し合っていけたはずなのに…)



見習い針子「お客さん…結婚指輪、失くしちゃったんですね…」


ベルトルト「うん…」ギュゥゥ…


見習い針子「大丈夫ですよ!…きっと出てきますって!!それで、許してもらいましょ」

ベルトルト「…」


見習い針子「だって花嫁さん、採寸してる時すっごく幸せそうでしたもん!……ね?」


ベルトルト「う、うん…。ありがと…」


仕立て屋店主「タオル持って来ましたよ、お客さ……ん?何でお前まで泣いてるんだい?」


見習い針子「だって…だって…旦那さん、必死なんですもん!!ふぇぇ…可哀想で…」



ベルトルト「だ、大丈夫!ちょっと元気出て来たから!!ドレスも見せてもらったし…」ゴシゴシ…

ベルトルト「タオルありがとう。僕は行く!」スクッ


ベルトルト「明日、必ず二人で取りに来るからね!彼女のドレス…と、僕の衣装」


見習い針子「はい!!絶対奥さんと一緒にご来店くださいねっ。待ってますよ!」


仕立て屋店主「こっちも徹夜で仕上げますよ、花婿さんの衣装」


仕立て屋店主「見付かるといいですね、指輪」




~中流階級の宿屋~

宿屋の一室



ベルトルト(ひとまず宿に戻ってきた…)

ベルトルト(まだ日没には早いけど、夜に備えて部屋のランタンを借りて行こう)

ガチャッ… ギギギッ…


ベルトルト「!?」


ベルトルト「ラ、ライナー…」

ライナー「お!ベルトル、お帰り。指輪は見付かったか?」

ベルトルト「いや…それが、まだ…」


ベルトルト「備え付けのランタンを借りようと思って宿に戻って来ただけなんだ」

ライナー「そうか…」



ベルトルト「早いね、クリスタも戻ってきたの?」ポスン…

ライナー「いや、俺一人だけだ。クリスタは…デートの途中でアニに取られた……」ハァ


ライナー「ん?」

ライナー「その荷物は何だ?」


ベルトルト「いや、ちょっとね…。ユミルに買ってあげるって約束してた物」

ベルトルト「僕からじゃ、もう受け取ってもらえないかも知れないけどね…」


ライナー「ふ~ん…」



ライナー「あぁ、俺は今からユミルの部屋に荷物を移すからな。ここにはアルミンが来る」

ベルトルト「今日の部屋割り?」

ライナー「そうだ…アルミンの希望でな…」


ライナー「俺は今夜、クリスタと同じ部屋だ」


ベルトルト「ほ、本気!?」

ベルトルト「それ、ユミルが許さないんじゃない…?」


ライナー「さっきユミルに話したら、『それでいい』って言ってたぞ」

ライナー「クリスタの了解はまだ取り付けていない、戻ってきたら説得開始だな……」


ベルトルト(まさか、ユミルが…)

ベルトルト「ちょっと信じられないよ…」


ライナー「手を出したら鋏でアレをちょん切るって脅されている…そんなことするかよ…」

ライナー「なぁ、ベルトル?」

ベルトルト「えっ!」


ベルトルト「…あ、な…なに?」

ライナー「大丈夫か?ボーッとして……顔色が悪いぞ、ちゃんと飯食ったか?」

ベルトルト「いや、食欲が無くて……そう言えば昨日の昼から何も食べてない」


ライナー「おい!お前な…これでも食え!さっき外で買ってきたパンだ」グイッ

ベルトルト「あ、あぁ…いつもすまない…ライナー」ガサッ…

ライナー「今すぐ食べろ!今食べなきゃいつ食べる?どうせまたすぐ宿を出るんだろ?」

ベルトルト「う…うん。分かった…今、食べるよ…」チギッ… カプッ

ベルトルト モグモグ…


ライナー「水もちゃんと飲めよ、つっかえるからな」

 コトン… トプトプトプ…   スッ… 


ベルトルト「ありがとう。そう言えば喉乾いてた…」 ソッ… …グイッ

ベルトルト ゴクッ……ゴク…ゴクゴク…ゴクゴクゴク


ベルトルト「んっ!ぷっ…はっ…はっ……はぁっー……の、飲んだよ」ゲホッ



ライナー「指輪を探してあちこち走り回ってたんだろ?」

ライナー「水分もちゃんと取らなきゃ、また倒れるぞ…。昨日寝込んだみたいにな」


ベルトルト「うん、気ばっかり焦って…時間も無くて……もぐっ…んんっ…ゴクン…」

ベルトルト「指輪を見付けて22時までに宿に戻らなきゃなんだ。ゆっくりしてられない」

モグ…モグモグ… ゴックン



ベルトルト「じゃ、もう行く!もう一度探さなきゃならない場所があって…

ライナー「おい、待て!お前に言っておくことがある!…さっきユミルと話したんだ」

ベルトルト「えっ…?」


ライナー「あいつ、変だったんだよ」

ライナー「急にクリスタを俺に任すって言いだして…何だか今にも消えそうな感じでな…」

ベルトルト「…」


ライナー「あいつさ、ひょっとしてお前が指輪を失くしたことに気が付いてい…

ベルトルト「もう知ってるよ。ユミルは」


ライナー「はぁーーっ…やっぱりそうだったのか…」


ベルトルト「朝、廊下でユミルに会って…。すぐに指輪をしてない事に気付かれた…」

ライナー(あぁ、だからこの「指輪の手入れ用品」を俺に)


ベルトルト「今夜ユミルと話すんだ、談話室で。その時に謝る…指輪を失くしたこと…」

ベルトルト「見付かっても、謝るつもり…」


ライナー「それがいい。相当、怒ってるぞ、あれは…」

ベルトルト「うん…」シュン…



ライナー「あとな、お前は知っておかなきゃならない」

ベルトルト「何を…?」

ライナー「ユミルから口止めされていたんだが…お前は知るべきだ」

ベルトルト(口止め…?)


ライナー「精神的にも肉体的にもあいつは今、傷ついている。…お前、ユミルを支えてやれ」



ライナー「ユミルはお前を宿に帰らせた後…」

ライナー「貧民街で男に襲われた」




ベルトルト「………えっ?……は?」


ベルトルト「はぁっ!!!?」

ベルトルト「な、な、なっ…いっ今なんて!!?」



ライナー「その時に、左手を切り裂かれて…着ていた服も引きちぎられた」

ベルトルト(違う…左手は僕のせいだ!)

ベルトルト(でもあの服は……そうか、だからクリスタはあの時…)



   【こうなった理由は言えない。ユミルがあなたには言うなって言ったから…】


   【でも、これはみんなベルトルト、あなたのせい!!】




ベルトルト(この事だったのか……何だよ、何だっ!!くっそっぉ…)ギュゥゥゥゥ…



ライナー「貞操は守った。必死で抵抗したと言っていた…。ユミルはお前には言うなと…」


ライナー「お前が気にするのを心配したんだ。あと、自分が情けないとも言っていた…」




ベルトルト「僕が…僕が彼女のそばに居なかったから!!ユミルは一人で怖い思いをして…」

ベルトルト「くそっ…僕は、一体何をやって……本当に、『嘘つき』じゃないかっ!!」


ベルトルト「だから…あの時、『一人でも平気』って……ユミルは僕に失望して…」

ベルトルト「僕が逃げ出したから…君を守れなかったから…指輪の事だけじゃなくて…」

ベルトルト「ユミルは…もう、僕の事を…


ライナー「ベルトル、落ち着け!」


ライナー「今夜話し合うんだろ?まだ弁解の余地は残されている…」


ライナー「言葉を選べ、慎重にな。お前の素直な気持ちをぶつけろ!はぁ…俺だってな」

ライナー「これからクリスタを説得するのは怖い。嫌だって言われるのは目に見えている」


ライナー「だが、ユミルだってクリスタだって…逃げずに正面から向き合えば…」

ライナー「きっと俺たちの気持ちを分かってくれるさ!」



ベルトルト「ライナー…」


ベルトルト「…」


ベルトルト「でもね、僕は…ユミルに酷い事を言ったんだ。酷い事もした…」


ベルトルト「彼女の左手の傷は、僕のせいなんだ。僕が彼女の手を振り払ったから…」


ライナー「…」


ベルトルト「それもこれも僕の弱さがそうさせた…」



ベルトルト「ユミルが宿に帰らせたんじゃない、僕が勝手に帰って来たんだよ!…一人で」


ベルトルト「僕があの時、君を置き去りにしたように、ユミルも置き去りにしたんだ…」


ベルトルト「今朝、君に謝罪した時…君は『今のお前は違うんだろ?』って言ったけど」


ベルトルト「僕は『うん』とは言えなかった」


ベルトルト「結局僕は、子供の頃と何も変わっていなかったんだ…」



ライナー「ベルトル…お前なぁ……」ハァ


ベルトルト「我に返って、自分のしたことの取り返しのつかなさに、恐怖を感じている」

ベルトルト「ユミルは…もう僕を信じてはくれない。僕は…僕は…これから…

ライナー「だから落ち着け!!ベルトル!」


ベルトルト「…!!」ビクッ!



ライナー「お前が今すべきことは、ここでうだうだと泣き言を言う事か!?」

ライナー「早く指輪を探しに行け!…見付からなければ、それも正直にあいつに言え!」



ライナー「あのな、誰だってミスはする」


ライナー「人間なんだ、俺達は…。そんな事、ユミルだって分かってるんだよっ!!」


ライナー「ユミルがお前に失望したなら、もう一度信頼を勝ち取る努力をしろよ!!」

ライナー「ユミルがお前を嫌いになったからと言って、お前はユミルを嫌いになれるのか?」


ベルトルト「嫌いになんか、なれるわけないだろ!!僕は彼女を愛している!」ギリッ


ライナー「だったら、ここで無意味な時間を過ごすな!!頭で考えるのは後だ!動けっ!」

ライナー「喧嘩の原因は知らないが、今夜はユミルと本気で話し合え!全部を曝け出せ!」

ライナー「それでもダメなら、そこでもう一度、どうするか考えればいいじゃねぇか…」


ベルトルト「ラ、ライナー…君って……すごいよ!!…ぐすっ…」


ライナー「ほれ!ランタン…」ズイッ

ベルトルト「う、うん!!とにかく動くよ!…絶対、指輪…見付けるから!!」

ライナー「日が暮れる前に、見付かるように祈ってるぞ!」

ベルトルト「うん!ライナーも頑張って!!」

ライナー「おう!分かった。お前も気を付けてな」

…バタン!



ライナー「はぁ…世話が焼けるな、二人とも」

ライナー「ベルトルもアニも…」

ライナー「俺にとっちゃ、かわいい弟と妹みたいなもんだ。上手く行って欲しいんだが…」



脱走から5日目・夜

壁外調査まであと3日


~ウォール・シーナ西 突出区~

ヤルケル区内 中流階級の宿屋 2階の廊下



ベルトルト ハァ…ハァ…


ベルトルト(結局、指輪は見付からなかった…質屋も廻ってみたけど、手掛かりはなし…)


ベルトルト(ギリギリまで探していたから、約束の時間に間に合うか…)


ダッダッダッダッ…



ベルトルト(その角を曲がれば、談話室はすぐだ…)グンッ


ベルトルト(ユミルは?…もう、来てる!!)



ベルトルト「ユミル…」ハァ…ハァ…

ベルトルト(間に合った?…良かった)

ユミル「さぁ、行こうか!」ニコッ

ベルトルト(笑顔…?でも、いつもの得意げな笑顔じゃない…冷たい…作り笑いだ)

ベルトルト(朝と同じように、僕と目を合わせてはくれない…)ギュッ…


ユミル「場所はここじゃないんだ…談話室は人が多いからな。ここじゃ話せないだろ?」


ベルトルト「……ごめん」

ベルトルト(本当にごめん…ユミル。指輪は見付からなかった…。後で正直に伝えるよ)

ユミル「いいから…」


ユミル「私が案内する。お前は私の前を歩いてくれ…」

ユミル「距離を空けて付いて行くからな…私が後ろにいても、お前が怖くないように…」


ベルトルト「…」



ベルトルト(僕が怖いのは君の巨人の姿じゃない…君を失う事の方が、ずっと怖いんだ…)


ベルトルト「ユミル…どこまで行くんだ?」


ベルトルト(ユミルが後ろから付いて来る…だいぶ離れている。僕を警戒している)チラッ


ユミル「もう少し先に空き部屋があるんだ」


ベルトルト「空き部屋…?」


ベルトルト(宿の人に、後で怒られないかな?さすがに使用の許可は取ってないよね…)


ユミル「そう…ここだ。入ってくれ」



ガチャッ… ギギギッ…



ベルトルト(中は普通の客室みたいだ。ベッドは無いけど…きれいに片付いている)


ユミル「その階段を上るんだ…屋根裏部屋に通じてる」


ベルトルト(足元が暗いな…ランタンを持つユミルが遠い…。もう少し灯りが欲しい)


ベルトルト「いつの間にこんな所を見付けたの?ユミル…」


ベルトルト(僕はこの話し合いで…君の胸の中の、鍵の掛かった扉をこじ開ける…)


今日はここまで。読んでくれてありがとう
次の更新は10日以内に…

おやすみなさい

乙です。
ここで時系列がそろったんだね。
彼がただ逃げていたんじゃないのを上手くユミルに伝えられたらいいなぁ。

物語ってどんなジャンルでも、主人公のビルドゥングスロマンを
多かれ少なかれ孕んでいると思うんだけど
この物語のベルトルトとユミルはどう成長するのか
>>1が彼らに何を指し示すのか楽しみだったりする。

なんてね。


伏線を一気に回収する予定だったので単発1本分ぐらいになった
何度も読み返したけど、何か回収し忘れている気がして今も不安だ

ビルドゥングスロマンは「成長物語」で、シリキウトゥンドゥは
ディズニーのキャラクターなんだね…よし、新しい言葉を覚えたぞ!

待ってるって書いてくださった方、ありがとう
ゆっくり休ませてもらいました



今から投下します


ユミル「そのまま上がって、一番奥の窓際まで進んでくれ」


ベルトルト(あの位置からだと死角になる…後から来るユミルには僕の姿は見えない)

ギシッ…ギシッ…ギッ…


ベルトルト(このまま階段を上り切ったら、入り口でユミルを待ち構えて抱きしめる)



ユミル「おーい、窓際まで行ったか?」

ベルトルト「う、うん…窓際まで来たよ」ギシッ

ユミル「…そうか。じゃ、カーテンを開いてくれ。空の様子はどうだ?星は見えるか?」

ベルトルト「えっ…」


ベルトルト(どうだったっけ…?指輪を探して下ばかり見てたから空の様子なんか…)

ベルトルト(でも何か答えなきゃ…)


ユミル「どうした?」


ベルトルト「星、見えるよ。空が綺麗だ」

ベルトルト(はぁ…良かった。明り取りの窓から少しだけ星が見えた…)


ユミル「そうか…。今日は三日月だからな、月光の影響も少なくて余計に綺麗だろう」

ベルトルト「そ、そうだね…」


ユミル「…ふぅ」

ユミル「小芝居は良いから、早く奥に行ってくれ。目の前のテーブルを回ってな」

ベルトルト「こ、小芝居って…」

ベルトルト(大体、何でこんな不自然な位置にテーブルがあるんだ?)


ユミル「言っておくが…」

ユミル「今夜は三日月じゃないからな…」


ベルトルト(最初から僕をここに連れて来るつもりで、事前に準備しておいたのか)

ベルトルト(目の前には大きめのテーブル、その奥に行けって事は…)


ベルトルト(ユミルは僕とテーブルを挟んで対話するつもりだ)

ベルトルト(僕がすぐに君との距離を詰めないように警戒してこんな配置に…)


ユミル「早くしろ。誰かに見付かれば話し合いはそこで終わりだ」

ベルトルト「わ…わかった」

ベルトルト(今は君に従うしかない)


ユミル「カーテンを開けてくれ。レールが擦れる音が聞こえたら私もそっちへ行く」

ベルトルト「うん…」

……シャッ…


ベルトルト「あっ…!」

ベルトルト「はははっ…嘘つき…。綺麗な三日月じゃないか…ユミル」クルッ



ユミル「あぁ…。綺麗な三日月だろ?」ギッ…



ユミル「こっちには来るな。このテーブルにランタンを置いておく」カタン… 

…ブワッ


ユミル「もし、お前が一歩でも私に近づいたなら…このランタンを手で払って床に落とす」


ベルトルト「ユミル、冗談でしょ?そんな事をしたらこの宿は…下手したら大惨事になる」

ユミル「そうだな、ここには燃えやすい物がたくさんある。だから…来ないでくれ…」


ユミル「油は限界まで入れてきた。安全装置は壊してある…。落とせば一気に燃え広がる」

ユミル「私に近づくな!頼むからこのランタンを落とさせないでくれ。脅しじゃない!」


ベルトルト「君には出来ない…。下にはクリスタも居るのに、火事を起こすような…

ユミル「御託はいい。そろそろ本題に入ろう」



ベルトルト「ユミル…」








ベルトルト(空気が濁っている。重い…)

ベルトルト(長い…沈黙…)

ベルトルト(僕から切り出すべきだろう…まずは指輪の事を説明しなければ…)



ベルトルト「あの…
ユミル「ベルトルさん」


ベルトルト「な、なに?」

ユミル「今朝、言っておいたお前の新しい『一生のお願い』だが…今聞かせてくれ」


ベルトルト「…そんなもの、無いよ」

ベルトルト「僕の『一生のお願い』は、最初に君に言った通りだ。それ以外の望みは無い」


ユミル「…」


ベルトルト「僕が指輪をはめていないから、君は僕を疑っている」


ベルトルト「もう自分は愛されてはいないのだと…そう思い込んでいるんじゃないのか?」



ユミル「外した事を責めるつもりはない…。お前は知らなかったんだ。私の正体を」

ユミル(こいつは指輪を外したってのに…私はまだ、この指輪を外せない…)ギュッ


ベルトルト「待って!ユミル、違うんだ!」

ユミル「もういいんだっ…。指輪の事は!」

ベルトルト「ユミルっ!!」タッ…

ユミル「来るなっ!!」


ベルトルト ビクンッ!


ユミル「今説明したばかりだろっ!忘れたのか!?こいつを落とすぞ!」スッ


ユミル「一歩、下がれ……早く!!」


ベルトルト ジリッ…


ユミル「よし、それでいい…」フゥ…

ユミル「2度は警告しないからな。次にやったら本当に落とす」


ベルトルト「…」


ユミル「お前は火消しに追われ、話し合いもそこで終わりだ」


ユミル「ベルトルさんが巨人なら…火に巻かれた程度じゃ死なねぇだろ?」ボソッ…



ベルトルト「本気なのか…?ユミル」

ユミル「あぁ、こっちは本気で話をしている」


ユミル「また…震えてるな……」

ベルトルト「震えてない…」ギュゥゥゥ…

ユミル「手短に済まそう。お前に悪い」


ベルトルト(まただ…どうして震えるんだ、僕は…。ユミルは怖くなんかないのに!!)

ベルトルト(ユミルの目を見て…深呼吸する)

スゥッー…   ハァ…


ベルトルト(少し、落ち着いてきた) フーッ… フーッ…


ベルトルト(大丈夫だ…ユミルは怖くない)

ベルトルト(よし!震えも収まってきた…)ハァーッ…



ユミル「…怖いだろ?すまないな。こんな女だと分かってたらお前は私を選ばなかった」

ベルトルト「違う…」


ベルトルト「マルセルの事は、もういいんだ…」

ユミル「…もういい?」



ベルトルト「そうだよ…。あれは僕らの罪の代償だったんだ」



ベルトルト「人の命を奪うには、自らも奪われる覚悟がいる。彼はちゃんと命で支払った」

ベルトルト「僕は…支払い損ねて今も苦しんでいる。だから君と一緒に死にたかった…」


ユミル「…こっちは御免だ。死にたくない」

ベルトルト「僕も死にたくないよ、今は」


ベルトルト「だってやっと君が手に入ったんだ!ずっと君が欲しかった!!」

ユミル「私はお前のものじゃない!」

ベルトルト「だから『一生のお願い』を使ったんだって!僕のものにするために…」



ユミル「…」


ベルトルト「君には一度断られている。理由は『クリスタを見守りたい』…だったよね?」

ユミル「あぁ…そうだ」


ベルトルト「今はクリスタも一緒だ。これからもずっと一緒にいるんだ、僕たちは!」


ベルトルト「だから君は断る理由がない…。僕はずっと君を守るし…まも…る……あぁ…」


ユミル「守る…?」


ベルトルト「僕は…君を…

ユミル「…守れなかった」

ベルトルト「ユミル!」



ユミル「昨夜…自分は女なのだと、改めて思い知らされる出来事があった…」


ベルトルト「ごめん…」


ベルトルト(僕は全然ユミルを守れてない)

ベルトルト(僕はユミルの盾になるどころか、隣にすらいなくて…)



ユミル「お前は私を守らなくていい」

ユミル「いや、守れないんだろ?どうせ…」


ベルトルト「ユミル!ライナーから聞いたんだ!!貧民街で男に襲われ…

ユミル「そう、襲われて犯された。ライナー達の前では撃退したと嘘を言ったがな…」




ベルトルト「まっ…て…いや、…犯さ…れ…た?」

ベルトルト「う、嘘だよね…?」


ユミル「本当だ」



ユミル「恐怖で抵抗なんか出来なかった。前は違ったんだ…純潔を守ろうと必死だった…」

ユミル「だが今は、綺麗な身体じゃねぇんだ…全部お前にくれちまって…」

ユミル「だから、押さえ込まれた時にすぐ諦めちまった…左手も深い傷を負っていたし…」


ベルトルト「その左手は僕が…

ユミル「あぁ、全部お前のせいだ!渾身の力で振り払ってくれたからな、醜く裂けたよ…」


ユミル「くっ…あはは…お前はどうやって見付けるつもりだ?」クククッ


ユミル「大人しくしてればすぐ終わるとそいつが言った!」

ユミル「だから行為の最中は怖くてずっと目を瞑って、あっちが満足するのを待った…」

ユミル「男の顔も特徴も何も覚えてないんだ」

ユミル「相手も特定できないのに、お前はどうやって私の目の前でそいつを殺すんだよ!」



ベルトルト「やめてくれ…ユミル…」


ユミル「もういいだろ?私の事は…。お互い無駄な時間だったな…忘れてくれないか?」

ユミル「私たちは…もうダメだ……」



ベルトルト「もし、それが本当なら…」

ベルトルト「この街ごと、全て巨人に食わせる。男も女も子供も老人も関係なく」グッ



ユミル「…お前にそれが出来るのか?」


ベルトルト「僕なら出来る…!」ギリギリギリ…



ユミル「夢でうなされるほど罪に苦しんで、怯えて、後悔していると思っていたのに…」

ユミル「お前はまた罪を重ねるのか?…その手は人を殺せるのか?」


ベルトルト「絶対に許さない…悪魔の末裔が…」



ユミル「幼稚だな…」

ベルトルト「君の話が本当だったら…僕は本気でそうしただろうね…」


ユミル「…は?」


ベルトルト「幼稚なのは君の方だ。くだらない嘘をつけば僕が君を諦めるって思ってる!」

ユミル「嘘じゃない!!」バンッ!



ベルトルト「嘘だよ。だって君はまだ僕の事が好きだ…君の指輪がそれを証明している」



ユミル「…」サッ


ベルトルト「僕を愛している君が、何の抵抗もしなかったはずがない」

ベルトルト「兵士の訓練を受けた君が、ただの暴漢に負けるはずがないんだよ!!」


ベルトルト「そうなんだろ…?ユミル」



ユミル「あ…相手は一人じゃなかったんだ…」

ベルトルト(動揺してる…やっぱり嘘か)


ベルトルト「対複数の対人格闘訓練も何度もやったよね?君は上位だったと記憶してる」


ユミル「…」







ユミル「くそっ…」

ユミル「お前は…指輪を外したくせにっ!」



ベルトルト「それが君の本音か…」


ベルトルト「それでいいんだ、気取ったままじゃ本音で話し合う事なんて出来やしない!」

ユミル「うるさいっ!!」グスッ


ベルトルト「聞いて!ユミルっ…。僕は君にちゃんと説明したいんだ!!」

ベルトルト「指輪は外してない。…その……な、失くしたんだ…」



ユミル「失くした、だと?」


ベルトルト「うん…」


ベルトルト「昨日、仕立て屋を出る時まではあった。その後に落としてしまったみたいだ」

ベルトルト「今朝、ライナーに指摘されて初めて指輪を失くしたことに気付いた…」

ユミル「この期に及んでそんな嘘…

ベルトルト「嘘じゃないんだ!!」


ベルトルト「本当…なんだよ…」


ベルトルト「お願いだ…僕を信じて!ユミル、君を嫌いになって外した訳じゃないんだ!!」



ユミル「…信じない」

ベルトルト「…僕を…信じない?」


ユミル「そんな都合よく指輪が落ちるかよ!お前買う時、キツイって言ってたじゃねぇか」

ユミル「どうやったって落としそうもないくらい…って!風呂の時も外さなかった!!」

ユミル「それを落としただと!?ふざけんなっ…」ハァ…ハァ…


ベルトルト「僕だって今日は一日中探した!高台も貧民街も君と一緒に行った店も…」

ベルトルト「全部、探したんだ…。それでも見付からなくて…ユミル、本当にごめん…」


ユミル(貧民街…?何で貧民街に…)


ベルトルト「昨日、僕は君から逃げた。そのあたりの記憶もあまり覚えてない…」

ベルトルト「我に返って逃げた道を引き返して君を探した。貧民街でも君の姿を追って…」

ベルトルト「でも結局君には会えなくて…その後、宿に戻って…疲労から寝てしまった」




ユミル(そうか、私を探しに貧民街へ行ったのか…ベルトルさんは…)ギュッ


ユミル(私を置いて逃げたことを後悔して、戻って来てくれた…。私を探しに来てくれた)


ユミル(もしその時にお前に出会えてたら、きっとこんな選択は……いや、もう遅い…)


ユミル(…ここでお互いきっぱり諦めることにしよう。私には耐えられない…)


ユミル(完全に許される訳はない。…お前に憎まれ続けて生きて行くのは、苦しいんだ…)



ユミル「あのガキが…お前に感謝していた」

ベルトルト「貧民街のあの子のこと?」


ユミル「あぁ…助けてくれてありがとうって。今ちゃんと、お前に伝えたからな」

ベルトルト「うん…」



ユミル「よく覚えてないんだったな。逃げた時の事を」

ベルトルト「そうなんだ…」


ユミル「私への恐怖、嫌悪から無意識に指輪を引っこ抜いて遠くへ投げ捨てた」

ベルトルト「!?」


ベルトルト「違う!…それは無い!!」


ユミル「どうしてそう言い切れる?」

ユミル「だってお前は夢中で逃げて、その時の事を覚えていないのに」


ベルトルト「そうだけど…僕があの指輪を捨てるなんてことは、ありえない!!」


ユミル「指輪が見付からないのは、お前の思いが足りないからだ…」

ベルトルト「ユミル!!」



ユミル「出てこなくても構わない…どっかでそう思ってるからだろ!?」

ベルトルト「そんな事あるわけないだろ!!」


ベルトルト「僕がどんな気持ちで一日中指輪を探し歩いたのか、君は…

ユミル「お前さ、指輪がこのまま出てこなければどうするつもりだった?」


ベルトルト「僕の所持金じゃもう買えない…。だから馬を売ったお金で明日か明後日…」

ベルトルト「ヤルケル区かクロルバ区の宝飾店で買い直すつもりだった…。君を連れて」

ユミル「馬を売ったお金は使わないんじゃなかったのか?」

ベルトルト「緊急事態だ…他に手は無い」



ユミル「盗んだ馬を売った金で指輪を買って、愛を誓えってか?…はっ…笑えねえな!」

ベルトルト「…悪いとは思ってる」


ユミル「だから私はいらないって言ったんだ…。指輪なんか持たない方が良かった!!」

ユミル「…こんなものっ!」グッ…ググッ   スポッ


ユミル グイッ!


ベルトルト(ぶつけられる!!)バッ…ギュッ




ベルトルト「…」

ベルトルト(あれ…?)ソォッ… 



ユミル(腕を、振り抜けない…)ググッ…


ユミル(これを投げつけて返すことが、出来ない…)


ユミル「何でだよ…なんでっ!…」スッ

ユミル(だってこの指輪は、私が貰ったもんだ…。返せって言われても返さないって…)


ユミル「う゛っ…ううっ……お前なんか、大嫌いだ…ぐすっ……」ボロボロ…



ベルトルト「ユミル…ごめんね…」ギシッ…

ユミル「来るなって言っただろ!!」


ベルトルト「……っ!」ビクッ!



ベルトルト「わ、分かった。もう寄らないから…ランタンから手を離して。火傷するよ…」


ベルトルト(火傷…ユミルは怪我を治せる…)

ベルトルト「ユミル…一つ聞きたい」


ユミル「なんだ…」ゴシゴシ…


ベルトルト「どうして左手の傷を治さなかったの?君は治すことが出来るのに…」

ベルトルト「醜く裂けたまま、その手のひらの傷を残すつもり?僕を責め続けるために」



ユミル「残すつもりだ」

ユミル「だがお前を責めるためじゃない…私がマルセルを食ったことを忘れないためにだ」


ベルトルト「…」



ユミル「この傷、アルミンが懸命に縫ってくれたんだ。時間が経てば多少目立たなくなる」

ベルトルト「今からでも治すべきだ…」


ベルトルト「君の手のひらに…その身体に、傷が残るのは耐えられない。キレイなのに」


ユミル「キレイ…?正体は醜悪な巨人だぞ」

ユミル「ライナーがそう言っていた…」



ユミル「どうせお前もそう思ってるんだろ?」

ベルトルト「最初は…。でも正体が君だと分かれば、そうは思わない…。僕は君が好きだ」


ユミル「…お前は」

ベルトルト「うん」

ユミル「何かあればすぐに「治癒しないの?」と私に言っていたな。覚えているか?」


ベルトルト「言ったかも知れない。でも僕らにはその力があるから、変な質問じゃない」


ユミル「はぁ……あのな、」

ユミル「普通は傷なんか治せないんだよ」


ベルトルト「でも僕らは巨人で…

ユミル「そこだ」

ベルトルト「そこ?」


ユミル「私は人間で、お前は巨人だ」

ベルトルト「ユミル…何を言ってるの?」

ユミル「私たちは生き方が違うって事だ。だからお前とは一緒にいられない…」


ベルトルト「言ってる意味がわからない」


ベルトルト「あのさ、機会があれば聞いてみようと思ってた。理由を教えて欲しい…」

ベルトルト「僕は君を医務室へ運んだ。君から『一生のお願い』の権利をもらった日だよ」

ベルトルト「この間も言ったけど、君が怪我を治さなかったのは僕と話したかったから…」

ベルトルト「今、この瞬間までそう思ってた。でも君は翌日以降も怪我を治さなかった」

ベルトルト「残りの期間内で成績を挽回できなかった君は憲兵団への入団資格を逃した」


ユミル「憲兵団なんてもうどうでもいい…」


ベルトルト「僕と話したくて足の怪我を治さなかった訳じゃなかったんだろ?」

ユミル「そうだ。兵舎でお前にそう言われた時、あえてそれを否定はしなかったが…」


ユミル「別にお前と話したかったから怪我を治さなかった訳じゃない」


ユミル「第2の人生を得た時、私は人として生きようと思った。だから力に制約をかけた」

ベルトルト「制約って…?」


ユミル「大したことじゃないんだが…傷を治す時の規則はこう決めている」


ユミル「まず、命の危険を感じた時。次に、治さなければ今後の生活に支障が出る時…」

ユミル「基本はこの2つだ」


ベルトルト「憲兵に殴られて、顎の骨を砕かれた時は命の危険を感じたんだね…」


ユミル「そう…。あと、馬を盗む時に厩舎でお前の脚からブレードを抜いた時は…」

ユミル「ここで治しておかないと後で支障が出ると思ったから。まず手綱を握れないしな」



ベルトルト「そうだったんだ…」



ベルトルト「でも君の足の怪我だって今後の生活に支障が出ただろ?君は成績を落とした」



ユミル「残りの期間で挽回できると思った…」

ユミル「読みが甘くてな…。クリスタは何とかなったが、私は10位以内に入り損ねた」


ベルトルト「ねぇ、その左手だって治さなければ今後の生活に支障が出るよ…ユミル」

ユミル「この傷は残すと決めたんだ!理由はさっき言った通りだ。傷を見れば忘れない」



ベルトルト「僕は嫌だよっ!」


ベルトルト「君の身体に僕がつけた傷が一生残るなんて…お願いだ…治してくれ、ユミル」



ユミル「お前の我儘に従う義務はない」

ベルトルト「…」



ユミル「だが、この傷を治すことをお前の『一生のお願い』にするなら治してもいい」


ユミル「そうするか?」





ベルトルト「…それはダメだ」



ベルトルト「僕の君に対する『一生のお願い』はあれしかないんだ…」




ユミル「お前も『ダメ』とか『嫌だ』とかばっかりじゃねぇか…」



ユミル「ついでに言うと、私は巨人になる時も制約を付けている」


ユミル「私が巨人になる条件は、失いたくない誰かの命が危険に晒されている時だけだ」

ユミル「そして『誰かの命』の中に、自分の命は含まれない」


ベルトルト「あの時はダズのために、昨日はあの子を助けるために君は巨人になった…」



ユミル「普通の人間はこんな忌まわしい力、持ってないんだ。これくらいはしないとな…」



ユミル「ダズは本当は見捨てるつもりだった。ガキは…その境遇に同情したから助けたんだ」


ユミル「お前は私を『優しい』と言った…。『人の命に必死になる』…と続けた」

ユミル「そして、自分を『クズ』だと言った。一昨日の夜、酔い潰れた私とそう話したろ?」


ベルトルト「覚えてるよ…」



ユミル「私はお前が思っているような慈愛に満ちた女じゃない」

ユミル「優しく見えたのはそうあって欲しいと思ったからだろ?自分の理想を押し付けた」


ベルトルト「確かに優しい女の子は好きだよ。今でも君は優しくて、綺麗だと僕は思ってる」



ユミル「お前はクズだ」

ベルトルト「…!?」


ユミル「そして私も同じクズだよ」


ユミル「クズ同士だから惹かれ合ったのかもな…つい昨日まで」

ベルトルト「ユミル…」



ユミル「ダズの命なんかどうでも良かった。クリスタにもあいつを見捨てるように迫った」

ユミル「自分の体調管理も出来ない奴に付き合って、クリスタを危険に晒すのが嫌だった」

ユミル「でもクリスタはそれを拒否しやがった!私の手も借りないと…で、お前を頼った」


ユミル「クリスタが助けたがったから、ダズを助けてやったんだ。その程度の気持ちで」



ベルトルト「…それもまた、嘘だね」


ベルトルト「じゃ、君はダスのために軽々しく自分の『一生のお願い』を使ったのか?」

ユミル「そうだ。お前は私がやった『一生のお願い』の権利を使わないと言ってたからな」


ユミル「まさか忘れた頃にあんな無茶な要求をしてくるだなんて…誰も思わないだろ?」



ベルトルト「もしそれが本当の理由なら、君はあそこで巨人になるべきじゃなかった」

ベルトルト「ダズの命がどうでもいいのなら…君は身体を張り過ぎたんじゃないのか?」


ベルトルト「吹雪いてはいたけど僕らに君の巨人の姿を目撃される可能性は高かった」




ユミル「あぁ、お前の言う通りだ。よく考えると我ながら馬鹿をやったもんだと思ってる」

ベルトルト「君があの時助けたから、ダズは今も生きている。君はクズじゃない…」



ユミル「そうじゃねぇんだ…」ジッ…

ユミル「私の手は小さくてな。全部は掴めない…。だから命だって選んじまう…」ギュッ



ユミル「子供を助けたのは、私が助けたかったからだ。あのガキに昔の自分を重ねた…」


ユミル「母親の顔も知ってる。見て見ぬ振りなんてのは出来なかった…。だがな、」

ユミル「もしガキと知り合っていなければ、情が湧かなければ…私は見捨てる事が出来た」


ベルトルト「僕の言葉に従ってたって事?」

ユミル「あぁ…。きっと私はお前の選択を受け入れたと思う。後味の悪さを残しながら」


ベルトルト「…ごめん、あの時の言葉を…僕は後悔している…」



ユミル「いや、所詮は同じ穴の…壁内なら狐でいいか。私だってお前と大して変わらない」

ユミル「人間ってのはな…自分と関係ない、繋がりのない人間には非情になれる反面、」

ユミル「一度繋がりが出来て情が湧いちまうと、もうその相手は特別になっちまうんだ」


ベルトルト「特別…」

ユミル「あの子は私の特別になった」


ユミル「これでも私は『優しい』か?」

ベルトルト「うん、ユミルは優しいよ」


ベルトルト「僕なら多分、君以外は助けないから。僕らの『仲間』は別としてね…」

ユミル「…」


ベルトルト「クズ…でしょ?」

ユミル「あぁ…」


ベルトルト「君以外は、いらない…」



ユミル(お前も嘘つきじゃねぇか…)

ユミル(こんな事情が無けりゃ、お前は私より早く飛んでってガキを助けてたんだろ…?)

ユミル(本当にクズなら、ミーナを背負って悪天候の雪山を下りたりなんかしねぇよ…)

ユミル(トーマスもちゃんと迎えに行っただろ?有り余る体力で、担いできやがった!)



ユミル「この嘘つきが…」

ベルトルト「嘘じゃない!君を愛してる」



ベルトルト「ねぇ、分かってよ!ユミル…」


ベルトルト「マルセルの事は、これから二人でゆっくり話し合おう…時間をかけて…」


ベルトルト「僕は君を責めたりなんかしない」


ベルトルト「僕らの時もそうだったから…僕も、誰を食ったか覚えてないんだ…」

ユミル「…」



ユミル「さっきの話に戻るが、私は人間だと言った。そして明言するが、お前は巨人だ」

ベルトルト「君も巨人だよ」

ユミル「巨人と人は共存できない」

ベルトルト「それはさっきも聞いた。何が言いたいの?…説明が欲しい」



ユミル「身体能力は勿論、基礎的な技術も高いんだろうけど…お前らはずるいんだ」

ベルトルト「ずるい?」


ユミル「成績上位に名を連ねる事が出来たのはお前らが巨人だから。ミカサは超人だがな」


ユミル「高所から飛び降りる時、普通の奴なら躊躇する。本能からの恐怖を克服できない」


ユミル「でもお前らは違う…その力を当てにし、命に保険を掛け、飛び込むことが出来る」


ベルトルト「僕らは治せるからね…」

ユミル「その発想が、すでに巨人のそれだ」



ユミル「要領がいいお前らは、さすがに訓練中に大怪我をすることはなかっただろうが…」

ユミル「小さな擦り傷や、打撲、捻挫なんかも一度も治した事が無いと言えるか?」


ベルトルト「それは…僕らはその時、憲兵団に入ることが大義であり、目標だったから…」

ベルトルト「傷は、治していた…。確かに僕らは君から見たらずるをしていたのかもね」


ユミル「私からって言うか、104期全員から見ても…だな。公平な競争ではなかった」

ベルトルト「…」


ユミル(いくら怪我を治せても、危険な場所へ飛び込むのは怖い。下手したら即死もある)

ユミル(それに大怪我を負ったところを見られたら面倒な事になってた…治癒の最中もだ)


ユミル(ずるいずるいと責めてはみたが、実際はその力を使う機会はそうなかったはずだ)

ユミル(巨人の力が無くても成績上位であった事は揺るがなかった…。断言できる)



ベルトルト「そう言い切るからには、ユミルは訓練兵の時、怪我を治さなかったんだよね」

ユミル「まぁな。幸いにも生活に支障が出るほどの怪我はしなかったからな」


ユミル「いや…足は、支障が出たな。でもさっきも言ったが、取り返せると思ったんだ」




ユミル「私は普通の人間としてこの5年間を生きてきた…お前とは違う。分かるだろ?」

ベルトルト「僕は巨人で…君は人間……生き方が、違う…」


ユミル「あぁ…そうだよ」


ベルトルト(ユミル、悲しそうに…笑った…)



ユミル「そろそろいいな…『一生のお願い』の返事をする前に聞かせてくれないか?」


ユミル「お前の『罪』を、その『正体』を…」


ユミル「お前の口から、聞きたいんだ」



ベルトルト「ユミルは知ってるんだろ?」

ベルトルト「僕の『罪』も『正体も』…」


ユミル「あぁ、知ってるよ…」



ユミル(ベルトルさんは、私に気付いて欲しがっていた。自分の秘密を…犯した罪を…)

ユミル(だから、それを示す手掛かりを私に与え続けた。意識的か無意識かは分からない)


ユミル(本当はもっと早くに気付いていた。脱走する時、馬を盗んだ厩舎で…すでに)


ユミル(だけど気付かない振りをしてしまった。その秘密は、あまりにも重すぎた…)



ベルトルト「…」


ユミル「どうした?」

ユミル「言えないのか…?」


ベルトルト「言う…言うから、もう少し…

ユミル「待てない!時間を無駄にしたくない」




ユミル「髪留めを置いて行けと言ったな」

ベルトルト「…えっ!?」


ユミル「その色は好きじゃないと…。錆びた血液の色だと、そう言った」


ユミル「お前は血が怖いと認めた。その時はやはりそうかと納得してしまったが…」

ユミル「その後、すぐにお前の言葉に引っ掛かりを覚えてさ」


ベルトルト「引っ掛かり…」


ユミル「お前が選んでくれたあの深紅の口紅…あっちの方が血の色みたいだったから…」

ユミル「その時、ふと思ったんだよ…」


ユミル「血の色と言っても、鮮血じゃない…錆びた血の色だけが苦手なんじゃないかって」




ベルトルト「…自分でも気付かなかった」

ベルトルト「言われてみれば、そうなのかも知れない…」


ユミル「これは勝手な推測だが、お前にとって怖いのは『血』そのものではないんだ…」

ユミル「赤茶に濁った血の色は…恐らく、取り返しのつかない『罪』の象徴」


ベルトルト「罪の…象徴?」

ユミル「あぁ…」


ユミル「お前は無意識にこう感じている」


ユミル「古い血はお前にとって怖いもの。古い傷はもう治すことが出来ないものだと…」

ユミル「だけど鮮血ならまだ間に合う。取り戻すことが出来る…自分は治すことが出来る」


ユミル「多分、そう考えているんだ。お前は…」



ベルトルト「僕には君の言ってる事が、正しい事なのかどうか分からない…」



ユミル「お前の考え方は、常に巨人の力に寄り添っている」


ユミル「これがお前と一緒に居られない理由だ」



ベルトルト「ユミルは人間だから、巨人である僕と一緒には居られない…」

ベルトルト「僕の思考は巨人そのものだと…」



ユミル「あぁ、そう感じている」



ベルトルト「…そんな」


ユミル「アルミンから聞いた。シガンシナ区の地形については誰にも話した事が無いって」


ユミル「でもお前は知っていたな、平坦な地形だと…5年前に壁外から来たお前が…」

ユミル「知るはずのない情報を知っていた」


ユミル「そして、『大量の血が流れる光景を、僕は上から見ている』…そうお前は言った」

ユミル「トロスト区防衛戦の時の事かと思ったが…これはシガンシナ区の事だったんだな」

ベルトルト「…」



ユミル「あと脱走する時、厩舎の中でお前は『沢山の人の命を奪って…

ベルトルト「いいよ、もう」


ベルトルト「何も、言わないで…」


ベルトルト「自分で言うから」



ベルトルト「君の想像した通りだ」


ベルトルト「僕はこの壁内の人類にとって『超大型巨人』と呼ばれる存在だよ」


ベルトルト「ライナーは『鎧の巨人』って呼ばれている」




ユミル(やっぱりそうか…)


ベルトルト「アニについては、まだその存在を人類側には知られていない…」


ベルトルト「これが聞きたかったんだろ?」

ベルトルト「満足したかい?」ニコッ


ユミル「あぁ…満足した」



ユミル「…ありがとう」



ベルトルト「もう、嫌いになった?僕の事…」


ベルトルト「君は話し合うまでもなく、最初から別れ話をするつもりだった」


ベルトルト「僕の話に耳を傾けるつもりがないのに、こんな所に呼び出してさ」


ベルトルト「こんな事なら、今朝廊下で出会った時に聞きたかったよ…君の返事を」



ベルトルト(そしたら指輪を探しには行かなかった…もし、君の返事が僕を拒むものなら)

ベルトルト(僕はすぐさま君を軟禁して、この時間まで説得を繰り返していたはずだ…)





ベルトルト「さぁ君の番だ、返事をちょうだい!」





ベルトルト「僕の『一生のお願い』に君はどう返事をする?」



ユミル「その前に、お前に伝えておくことがある」

ベルトルト「なに?」


ユミル「私は壁内出身じゃない」

ユミル「詳しい事は言えないが、少しはお前らの事情も知っている…」

ベルトルト「…うん」


ユミル「壁内に住む人たちにも多少の恩は感じている。5年間、生かしてもらった恩だ」

ユミル「だが恵まれた環境ではなかったから辛い事も多かった…お前に話した通りだ…」


ユミル「私はどちらの陣営にも肩入れする気は無い」


ベルトルト「ユミル…」



ユミル「許してやるよ。お前の罪を全部」


ベルトルト「!?」


ベルトルト「ユ…ユミ……ユミルっ!!」

ベルトルト「な、なんでっ…?何でそんな事を僕に…」




ユミル(お前が苦しんでいたからだ。お前はきっとこの先も苦しみ続けるんだろう…)

ユミル(でも、誰か…例え一人でも許してもらえた記憶があれば、お前は生きて行ける)

ユミル(大丈夫だ、ベルトルさん。多分お前を許してやれるのは壁内じゃ私ぐらいだ)

ユミル(この狭い壁内に何の思い入れも利害も無い私だから、この言葉は説得力を持つ)



ユミル「お前らにはお前らの正義があった。…私はそれを知っている。これが理由だ」


ユミル「だから、許してやる」




ベルトルト「そんな簡単に…言うな…、僕を、許さないで…ひっぐ……」ズルズル…


ユミル(本当は誰より許してもらいたかったくせに…楽になりたかったんだよな…)


ユミル「もういいんだ…。お前も忘れるなよ、私がお前を好きになったこと…それと、」

ユミル「お前の罪を許してやった事…一生忘れるな…心を強く持って生きろ!!」



ベルトルト「ぐすっ…ユミル……君も一緒だ。もう一度、僕にチャンスをちょうだい?」


ベルトルト「ずっとそばにいるから…もう絶対、君を傷つけない!絶対一人にしない!」




ベルトルト「ユミル…『うん』って言ってよ…」


ユミル「…」




ユミル「…ベルトルさん」


ベルトルト「はい…」




ユミル「悪ぃな、私の答えは…」




ユミル「『それは出来ない』…だ」


ベルトルト「……嫌だ」




ユミル「絶対別れない指輪とか、手を離さなければ永遠に離れないって言い伝えとかさ…」


ユミル「私たちは失敗ばっかだな」

ベルトルト「…」



ユミル「指輪は失くしちまって、手は離しちまって…まるで何かが邪魔してるみたいだ」

ユミル「私らが傷を舐めあって寄り添う事も許さない、って感じでさ…これが運命か…?」


ベルトルト「悪い運命なら変えられるんだ…」



ユミル「人の命を奪うには、自らも奪われる覚悟がいる」

ベルトルト「さっき僕が言った言葉…」



ユミル「これと同じで、幸せになりたいと願う時には、不幸にもなる覚悟が必要だった」


ベルトルト「違う…ただのおまじないだよ」


ユミル「真剣に祈れば呪詛にもなる。で、失敗の代償がこれだ…もう歯車は噛み合わない」




ユミル「お前と一緒にはいられない…」ニコッ



ベルトルト「ねぇ…どうしてこの状況で笑えるんだよ…ユミル」


ユミル「マルセルの記憶」


ベルトルト「…何か思い出したの?」

ユミル「いいや、何一つ」

ユミル「だが、お前に惹かれた理由が分かったんだ…」


ユミル「エレンの目が嫌いでさ、あの巨人への憎しみに満ちた目が怖かった」

ユミル「お前もエレンと同じく『異質』だと思っていた。でも気持ち悪さは感じなかった」

ユミル「それどころか、どこか懐かしさと親しみを感じてしまったんだ…」

ユミル「お前がアニを好きだと確信した時は胸が苦しくてな。…それを恋だと錯覚した」


ベルトルト「錯覚…」


ユミル「昨日、寝る前に思いついちまった…唐突にだ。天からの啓示を受けたがごとく」

ユミル「もしかして、自分のものだと思っていたこの感情はマルセルのものじゃないか?」


ユミル「なんて、突拍子もない事をさ」


ベルトルト「…そんな訳ない」

ユミル「あぁ…そんな訳ない。何度も否定しようとした。寝ぼけながらも考えた…」


ユミル「でも、最終的には否定しきれなかった」


ベルトルト「違う…」



ユミル「ひょっとしたらマルセルってのはアニの事が好きだったのかも知れないな…」

ユミル「だからあんなに胸が苦しかったんだろう…。マルセルはお前をライバルだと…」

ベルトルト「やめよう!!それは違う!」


ユミル「お前も、そうなんじゃねぇの?」

ベルトルト「…ちがう」



ユミル「お前は私の中にいるマルセルに親しみを感じた…そして私を好きだと錯覚した」


ユミル「恐らくこれが、この関係の全て」


ベルトルト「違う違う違う!!…マルセルは関係ない!!僕は…ユミル、君の事が…

ユミル「お互い勘違いだったんだ。それでいいじゃねぇか…次は私を楽にさせてくれ」


ベルトルト「ユミル…嫌だ…」



ユミル(最後に、もう一度…)

ユミル「あの時の笑顔が見たい」


ベルトルト「こんな話をしてるのに、笑える訳ないよ…」グスッ




ユミル「あの日、私を見付けて嬉しそうに駆け寄ってきた…あの顔をもう一度見たいんだ」

ユミル「それで、笑いながらこう言ってくれ『今までのは全部、嘘だよ』って…」


ユミル「なぁ、頼むよ…ベルトルさん…」



ベルトルト「嘘なんかじゃない…」


ユミル「泣くな…ほら、顔をあげろ」


ベルトルト「ひっく……嫌だ……そんなの…」



ユミル(マルセルの記憶の話は偽りだ)

ユミル(でもマルセルのせいにしちまえば、お前は表面だけでも納得してくれると思う)

ユミル(この関係は間違いであったのだと…)


ユミル(きっとあの瞬間にお前に恋したことは間違いない。この感情は私のものだ)

ユミル(私だけが知っていればいい。お前を本当に愛していたことを…。だからこそ…)

ユミル(マルセルを食ったことが許せないんだ…!怖いんだよ、お前の隣には居たくない)



ユミル「ベルトルさんはかわいいなぁ…」

ベルトルト「…はっ?」ガバッ



ユミル「泣き顔もこれで見納めだ…」


ベルトルト「ユミルっ!!」ダッ

ユミル「こっちに来るなって言っただろっ!!止まれ!!!」


ユミル「さよならだ…もう、返事は伝えた」


ベルトルト「ダメだ、そんな理由じゃ納得できない…。僕は君を諦めない!」



ユミル「我儘な男だなぁ…相変わらず」

ベルトルト「僕が我儘なのは君が一番よく知ってるはずだよ!」



ユミル「明日、ここを出てクロルバ区に着いたら…区で一番大きくて高級な娼館に入れ」

ベルトルト「!?」


ユミル「そこで若くて美人で従順な女を見繕え。娼婦ってのはさ、大抵は孤児上がりだ」

ユミル「身寄りが無ければ、奇特な女が壁外まで付いて来てくれるかもしれねぇな…」

ベルトルト「…」ギリッ…


ベルトルト「そんなことしない…僕は君じゃなきゃ嫌なんだ…!!」

ユミル「でもずっと一人っきりじゃ寂しいだろ?残りの4人は相手が居るってのに…」



ベルトルト「…ユミル、もう僕らの行き先も分かってるの?」


ユミル「分かってるよ。お前ら、隠し事下手だもんな…。アルミンもクリスタも…」

ユミル「説明なんか無くてもどこに連れて行かれるか、多分分かってるんじゃねぇかな…」



ベルトルト「君も行くんだ、一緒に…」

ユミル「いや、私はここでお別れだ」



ベルトルト「クリスタはどうするの?君は彼女も一緒に連れて行くつもりなのか?」


ユミル「…」


ユミル「これで話し合いは終わり。部屋に戻ろう…ベルトルさん」


ベルトルト「ダメだ。逃がさない…」



ベルトルト「怖いんだろ?ユミル!!」

ベルトルト「僕が指輪を付けてなかったから君は僕に嫌われたと思って…」

ベルトルト「話し合う余地もなく、君は答えを用意して!でも、僕は君を嫌わない!!」

ベルトルト「…君の過去がどうであろうが、どんな巨人だろうが…何があってもだ!!」


ベルトルト「昨晩の君に対する僕の態度は酷いものだった…。とても償いきれない…」

ベルトルト「僕は未熟で、弱い…。でも、それでもその弱さを克服したいと思ってる!」


ベルトルト「目的地に…マリア西の突出区に着いたら、もう巨人の力は使わない…」

ユミル「…」


ベルトルト「僕も人として生きる。考え方も改める…君に認めてもらえるように」


ベルトルト「だから、さよならなんて言わせない!!」ダッ

ベルトルト(テーブルくらいすぐに乗り越えられる、僕にとって障害でも何もない!!)


ユミル「来るなっ!!!」ザッ


ベルトルト「えっ……」

ベルトルト(ランタンが…ゆっくり…下に…) スーーッ



ベルトルト(本当に落とした!!!)

カツン… ガシャーーン!

 ボウッッ…!



ベルトルト「ユミルっ!!」

ユミル ダンダンダンダンッ…



ベルトルト「待って!逃げないでっ!!」

ベルトルト(火は!?)バッ…

 
 ボボボボボッ…フゥッ…


ベルトルト「あれ…火が…消えた……?」

ベルトルト(な、何で?どうなってるんだ!?か、カーテン!!もっと灯りを…!)

シャッ……



ベルトルト「何だよ…これ…」ジッ…

ベルトルト「油なんて、全然入ってない…。もう、嘘をつくのもいい加減に…」グスッ


ベルトルト「ユミル…」



ベルトルト「…こんな所に隠すようにしてバケツを置いてたんだ、たっぷり水を入れて」

ベルトルト「延焼した時の事も考えて、予め水で湿らせた毛布まで用意して…」ギュッ 

ポタ… ポタン…


ベルトルト(最初から火事を起こす気なんて無かった…僕を牽制するための仕掛け…)


ベルトルト「…っと!ユミルっ…!!」バッ









ユミル ハァ…ハァ…

ユミル(掴まれる前に、逃げ出せた…)


ユミル(抱きしめられたら、心が揺らいでいたかもな…。また一緒に…って欲が出る)

ユミル(何事も無かったように元の関係に戻れたら、なんて考えること自体間違っている)


ユミル(だから逃げ出すのか?)

ユミル「…そうだ、悪いかよ!!」



ユミル(惚れた男にこれ以上嫌われるのが怖いんだ…もう私を見ないでくれ!!)


ユミル(『罪』に向き合う勇気が無いのはベルトルさんじゃない…私の方だ。だから…)



~宿屋2階の廊下~



ガチャッ

ユミル「!?」

ガチャガチャガチャ…!!!


ユミル「アニっ!!」

ドンドンドンドン!!


ユミル(鍵掛けやがった、あいつ…)



アニ「ユミル?…あぁ、ごめん…忘れてた。今、開けるよ」

ユミル「早くしろよっ!鍵は掛けるなって言っといただろっ!!」ドンドン!


アニ「うるさいね、ちょっと忘れてただけだろ?すぐ開けてやるからそこで…

ユミル「!!」


ユミル(ベルトルさんが追いついてきた!)


ベルトルト「ユミル!待ってよ!!まだ話は終わってないんだっ…部屋に逃げないで!」

ダッダッダッダッ…


アルミン「こんな遅くに、何の騒ぎ…?」 ギッ ガチャッ…




カチン! ギギギッ

アニ「ユミル、遅かっ…

ユミル(開いたっ!!) バッ スルッ…


アニ「ユミル?」

バン!!ガチャン! ズズズッ…


ユミル「はぁ…はぁ……はぁ……ふーーっ…」

アニ「あんた…何やってんの?」


バンバンバン!!!

ベルトルト「ユミル!お願いだ…ここを開けて…まだ僕は納得してない!!」

ユミル「うっせーな…鍵、閉めやがって…くそっ…!!アニ、お前のせいだ!」

ユミル(危なかった…)ドキン…ドキン…


ベルトルト「どんな無茶なお願いでも、自分の出来る範囲でなら叶えてくれるんだろう?」

ベルトルト「君は僕の願いを叶える事が出来るのに…どうしてダメなんだっ……」

ユミル「黙れっ!他の客に迷惑だ!!」

ユミル「もう部屋に戻ってくれよ……。お前とは、終わったんだよ…」


ベルトルト「そんな一方的な別れ方ないだろ!?」

アルミン「ユミルと喧嘩してるの?ベルトルト、これ以上騒ぐと宿の人を呼ばれる…」

アルミン「今日の所は部屋に戻ろう」チラッ


ベルトルト「アルミン…ごめん。でもこれは僕とユミルの問題だから!今は引けない…」


バンバンバン!!! ガチャガチャ…


ベルトルト「ユミル!もう一度言う…ここを開けるんだ。まだ時間はある、話し合おう!」



アニ「だってさ…どうする?ユミル」

ユミル「アニ、絶対開けんなよ…」

ユミル「…会いたく、ないんだ」


アニ「……はぁ…」

アニ「ベルトル、うるさいよ…明日にしな。ユミルは会いたくないってさ」

ベルトルト「アニ…!じゃあ君にお願いする…ここを開けてくれ。ユミルと話したい」



クリスタ「しつこい男は嫌われるよ、ベルトルト」ジッ…


ベルトルト「クリスタ…」


ライナー「何事かと思って出て来たら、騒いでたのはお前か…ベルトル…」ハァ

ベルトルト「ライナーも…」


ベルトルト「そっか、そっちは上手く説得できたんだ…僕と違って。…良かったね」


アルミン「今、急いで下に降りて行った人…宿の人を呼びに行ったみたいだね…」

アルミン「これ以上騒ぎを大きくしても仕方ないよ。宿を追い出される前に撤退しよう…」

ベルトルト「…」




トントン…

ベルトルト「ユミル、聞こえる?」


ユミル(…聞こえるよ)

ユミル(お前の馬鹿デカい声が、さっきから私の胸を握り潰そうとしやがる…)

ユミル(やめてくれ…何も聞きたくない…)




ベルトルト「僕はね、今の今までずっと君に甘えてきた…」


ベルトルト「僕が欲しいものを君は全部持っていて…それを惜しみなく僕にくれるんだ」


ベルトルト「だから心のどこかで軽く考えていた…。ユミルは僕を許してくれるって…」


ユミル「…」


ベルトルト「君を抱きたいって言った時も、髪留めを置いて行って…って言った時も…」



ベルトルト「脱走する時も、指輪が欲しい、ドレスも買う!…って君を困らせた時も…」


ベルトルト「嫌がりながらも君は僕の我儘を許してくれたから…僕はきっと今回も…」


ベルトルト「ユミル…君は最後には折れてくれて、僕を許してくれるんだろうって…」


ベルトルト「でもこれは、今までとは違うんだね…。だから、ユミル…もう少し話そう?」



ベルトルト「明日の朝、夜明けと同時にこの部屋に来る…今度は静かにドアを叩くよ…」

ベルトルト(僕らに足りないのは、言葉もそうだけど…お互いを理解する時間)


ベルトルト「必ず迎えに来るから…もう一度最初から話をしよう…」

ユミル「…」


ユミル(約束なんかしない)


ベルトルト「明日、ヤルケル区を出る。君も一緒にね…。ドレスも二人で取りに行く」

ユミル(信じれば裏切られる)


ベルトルト「『さよなら』…じゃないよ。『おやすみ』だ…ユミル。じゃ…また、明日」

ユミル(早くどっかへ行ってくれ…)









ユミル「あぁっ…もうっ!…あいつ最悪だ…」グスッ…


アニ「はぁ…あんたが羨ましい…」

ユミル「何がだよ…」


アニ「ほら涙を拭きな…。涙と鼻水で酷い顔だ…」スッ…


ユミル(消えたいんだ、私は…。お前の記憶と視界から…)グリグリ…



アルミン「ベルトルト…」


クリスタ(ユミル…ベルトルトと別れる事にしたんだ…。私はユミルに付いて行く…)



ライナー「みんな、部屋に戻るぞ…」




ライナー(相当怒ってるな。ユミル…)


ライナー(ベルトルの奴…指輪を失くした事、ユミルに許してもらえなかったのか…)


今日はここまで
読んでくれてありがとう

次もゆっくり更新します


ユミルがヤルケル区を出る手前まで書きたかったが
宿すら出てないっていうね…

また書けなくなってしまった


少ないですが投下します



~宿屋の一室~



アニ「ユミル…あんた、これからどうすんの?」


ユミル「…どうだっていいだろ?」


アニ「ベルトルから逃げるつもり?」

ユミル「…」





ユミル「これ、返す。汚れたままで悪いけど…。助かったよ、ありがと」クタッ…


アニ「…ハンカチ、ぐちゃぐちゃだね」

アニ「あんたの心の中と一緒だ」


ユミル「ぐちゃぐちゃで悪かったな!…想像以上にきつかったんだ、今夜の話し合いは」


ユミル「どこへ行こうと私の勝手だ…。私の人生なんだ!お前に非難される筋合いはない」

アニ「別にとやかく言うつもりはないけど…もう決めたの?あいつと別れるって」


ユミル「あぁ…」



アニ「喧嘩の原因は知らないけどさ、ベルトルの言ったようにまだ時間はある…」

アニ「明日、この宿を出るのは14時だ。そして手配した船がヤルケル区を出るのが17時…」

アニ「だからそれまでに気が変わったのなら、戻って来な…ユミル」



ユミル「理解があるんだな、お前。てっきり力ずくで止められるのかと思った」


アニ「あんたとやりあう気は無いよ。これはベルトルとあんたの問題だからね」




アニ「本人から聞いたかい?私たちの秘密…」


ユミル「あぁ、話してくれたよ」




ユミル「重い秘密だった…。ライナーの正体も聞いた。お前の巨人は知らないけど」


アニ「私が巨人だって知ってるのは、ライナーとベルトル、アルミンとあんただけだ」

アニ「これからクリスタにも言わなきゃならない…自分で言うよ。心配しないで」

ユミル「心配するに決まってるだろ?!お前じゃなくてクリスタが心配なんだ!!」



ユミル「どれだけあいつの心を傷つけると思ってんだよ!お前らは人類の仇でもあるんだ」

ユミル(しかもクリスタがその事実を知る時、私はあいつの隣にはいない…)ギリッ





アニ「あんたは私たちの『秘密』をどう思った…?それを聞いて逃げ出す事にしたの?」

ユミル「いや、そうじゃない…。私にも『罪』がある。アニ、お前もそれと無関係じゃない」

アニ「ユミルの『罪』?私に何の関係が…


ユミル「私は、ベルトルさんを許してやった」


アニ「…はっ?」



ユミル「自分の犯した『罪』からの引け目じゃねぇんだ…。ただ、楽にしてやりたくて…」

ユミル「お前らが奪った命は間接的なものを含めて25万人以上…」


ユミル「かつての壁内の総人口の2割だ」



ユミル「トロスト区を襲撃したのもお前らだったんだな…」


アニ「…」



アニ「言い訳するつもりはないけど、トロスト区についてはベルトルの独断だった」


アニ「ウォール・ローゼを破るってのは、壁内侵入当初から計画していた事だ。だけど…」

アニ「私とライナーにはそれを実行に移す気が無かった。もうこの計画を立てていたしね」


ユミル「人の命を奪うには、自らも奪われる覚悟がいる」

アニ「どうしたの?急に…」


ユミル「さっき、ベルトルさんが言った言葉なんだが…人を巨人に変えても通じるんだ」


アニ「意味が、よく分からないんだけど…」


ユミル「私らは巨人殺しの技術を3年間叩き込まれただろ?」

アニ「あぁ、仕込まれたね。肉体的にも精神的にもタフにならざるを得なかった」

ユミル「巨人の命を奪うには、自らも奪われる覚悟がいる…だって私らは兵士だからな…」


アニ「兵士だった、だろ?」



ユミル「トロスト区で殉職した同期たちも、あの場で命を散らすことを覚悟していた」

ユミル「ミーナもマルコも、もっと生きたかっただろう。死ぬ時は無念だったに違いない」


アニ「ミーナ…」


ユミル「だが巨人と戦わなきゃならない兵士の道を選んだのは誰でもない、自分なんだよ」



ユミル「巨人の命を刈るためには、自分も覚悟を決めなきゃならない。巨人だって元は…」

アニ「人間…だからね。それもベルトルから聞いたの?」



ユミル「あぁ、そうだ…」

ユミル(ベルトルさんがこの場にいたらまた「僕は言ってない!」って言いそうだな)





ユミル「シガンシナ区だけじゃない…。トロスト区を襲撃した事も含めて…」

ユミル「私はもう全部、あいつを許してやりたくなっちまった…」



ユミル「私が許したからって何が変わる訳でもない。ましてや罪が消えることもない…」



ユミル「そしてあいつの『罪』を許したことで、私自身も心情的にお前らと共犯になった」


アニ「ユミル、ちょっといいかい…?」

アニ「もしクリスタがあの襲撃で死んでいたら、あんたは私らを…ベルトルを許せた…?」


ユミル「…」


ユミル「…無理だろうな。私がクリスタを守り切れなかったら、誰も許しはしなかった」

ユミル「お前も、ライナーも、ベルトルさんも…クリスタを死なせた自分自身もだ…」



アニ「そっか…」


ユミル「随分と都合が良いもんだ…人間ってのは。自分の尺度でしか物事を測れない…」

ユミル「お前らが殺した奴らにも命があり、未来があり、家庭や生活があったってのに!」

ユミル「クリスタは特別だから許せない。他の奴らは自分には関係ないから許すってさ…」

ユミル「何だそれ…って思うだろ?だが私は女神様じゃねぇんだ…。命だって秤に掛ける」



アニ「あんたも苦しい生き方をしてるね。その考え方は好きだ。偽善者っぽくないから…」


ユミル「私よりクリスタの方がずっと苦しい生き方だよ。あいつは何も捨てられない…」





ユミル「なぁ…アニ、お前も苦しいのか?」


ユミル「お前も許してやりたいが、お前が向き合うのは私じゃなくてアルミンだからな」

ユミル「いつかちゃんとアルミンに話せよ?お前が知っている事を全部、包み隠さず…」


アニ「そんな事、あんたに言われなくたって分かってる…」



ユミル「誰かを憎み続けるのは苦しいんだ。憎む相手が巨人だとしてもそれは変わらない」


ユミル「エレンはつくづく化け物だと思う。強い憎しみを持ち続けるには強い心が必要だ」

ユミル「お前がアルミンに許された時、アルミンもまた救われる…。そう思っていてくれ」



アニ「ユミル…」



ユミル「アニ、お前さ…」

アニ「ん?」


ユミル「どうして『5人編成』にした?」

アニ「…5人編成?」


ユミル「幌馬車3台を動かすのに3人、乗馬用の馬は2頭で2人。私らは6人で1人余る」

ユミル「その答えはアルミンも知らなかった。この計画はお前が立てたんだろ?」

ユミル「5人編成にしたのは、アルミンが逃げ出してもいいようにって思ったからか?」


アニ「アルミンが逃げ出す?」



ユミル「あいつがこの計画を放棄して逃走しても私ら5人で目的地へ向かえるように…」

ユミル「そのための5人編成じゃないのか?」



アニ「残念だけど、その予想はハズレだ」


アニ「ここまで来たらアルミンは絶対に逃げ出さないよ、あんたと違ってね…。だって…」

アニ「私らと一緒に来ればこの壁内の人類は助かるんだって…彼は、そう信じているから」



ユミル「そうかよ!…お前も、嘘つきだな」


ユミル(こんな腐った任務を10を少しばかり過ぎたガキ3人に全て任せるはずがない!)

ユミル(あぁ…マルセルも入れて4人だったか…)



ユミル「そんな単純な話じゃないだろ?もう戦争は始まっている。お前らは使い捨てだ!」


アニ「私らは降りたんだ!この救いようのない世界から逃げる。後始末は誰かがするさ…」




ユミル(猶予はいつまである?壁内攻略の失敗、任務放棄をお前らの陣営が知ったら…)

ユミル(次の侵略者はいつ送り込まれる?いや、もう壁内に潜伏しているかも知れない)


ユミル(ダメだ…。これ以上は考えても無駄だ!これは答えが出ない問題だ。それに…)

ユミル(クリスタが壁外へ出て、たどり着いた先で幸せに暮らしていけるのなら、私は…)

ユミル(このまま壁内に残り、多くの命と共に…この命を散らせたとしても構わない!)


ユミル(私にとって、クリスタ…お前だけが生きる望みであり、世界の全てだ…)






アニ「安心しな、ユミル…。壁を壊せるのはベルトルの巨人だけなんだ…。今の所はね」

アニ「だから私らが逃げたところですぐに壁内がどうこうなる訳じゃない…!」



ユミル「信じられるかよ…壁内にはまだ、サシャもコニーも…他の同期も沢山いるんだ!」



ユミル「壁内の人類を人質に取ってアルミンを騙して連れてきて…胸が痛まないのか?」


アニ「……嘘はついてない。それどころか、私らが消えた方が壁内は安全なんだ!!」

アニ(気付いてる?ユミル…。ベルトルの不安定さに。この計画が潰れたらどうなるか…)


アニ「結局のところ、私らが逃げようが逃げまいが、これからの壁内に何の保証もない!」

ユミル「本気で言ってるのか?アニ…。お前の言い分を…信じるしかないのか?」



ユミル「もしお前が嘘つきなら、ライナーも嘘つきか?雲行きが怪しくなってきた…」


アニ「ライナーは嘘がつけない…。真面目で正直で律儀な男だよ。私が保証する」

アニ「だからこそ、だね。そのせいであいつは……いや、あんたに言う必要は無いか…」


ユミル「意味ありげな言い方しやがって…!しかし、嘘つきに保証されてもね…」ハァ…



アニ「なんで5人編成にしたか?…だったね」

ユミル「アルミンが逃げてもいいように、だろ?」

アニ「それは違うって言ったはずだけど。ちゃんと人の話を聞きな…」


アニ「色々と考えたんだけど…不測の事態も考慮して、1人分余裕を持たせようと思った」

アニ「積荷の護衛に。その任はベルトルだ」


アニ「さっきベルトルから聞いたんだろ?この先の計画。全部じゃないとは思うけど」


ユミル「あぁ…」


ユミル(全然聞いてねぇ…。返事やら別れ話やらが手一杯でそこまで聞き出せなかった)

ユミル(だがこれから先の話はクリスタのために知っておかなきゃならない)

ユミル(勝算のない無謀な計画だったら、クリスタも一緒に連れて行く!)




アニ「クロルバ区を出たら私とライナーはすぐに巨人化する必要がある」

ユミル(まぁ、そうだろうな…。そうじゃないと壁外じゃ早々に巨人の餌になっちまう)


アニ「私が巨人を引き付ける役目だ。遠くまで奴らを引き付けてあんたらから引き剥がす」

ユミル(アニの巨人がどんな姿か想像出来ないが、足の速さには自信があるみたいだな…)


アニ「ライナーは残った巨人を叩き潰しながら、近距離であんた達の命と積荷を守る」

ユミル「で、私とクリスタとアルミンは物資を守りながらひたすら西へ向かうって寸法か」


アニ「そうだ…」


アニ(いや、ちょっと違うけど…。ユミル、あの話はまだベルトルから聞いてないんだ)




アニ「私とライナーが巨人化した後、ベルトルに乗っていた馬2頭を預けるつもりだった」

アニ「でももうその必要はない…アルミンから聞いたと思うけどジャンの馬が売れ残った」


ユミル「お前らの馬2頭は幌馬車に括り付けて、ベルトルさんはジャンの馬に乗る…」

アニ「あぁ、そうさ。捨て値で手放すのも惜しいからね。繁殖用に確保しておきたい」



ユミル(仲買人との交渉は決裂…。ジャンの馬はまだ宿の厩舎にいる。これは使えるな)


アニ「場合によっては立体機動でベルトルにも戦ってもらう…命の保証は勿論、ない…」


ユミル「チッ…ベルトルさんだけ丸腰みてぇなもんじゃねぇか!あの巨人じゃ仕方ねぇが」


アニ「建物が無ければ立体機動装置もその特性を発揮できない。ベルトルは死ぬかもね…」

ユミル「死なねぇよ!私が抜けるんだ…。あいつは幌馬車を動かさなきゃならない!」



ユミル「ライナーがあいつを守ってくれるだろ…」


アニ「そう上手く行くといいね…」






ユミル「今日中に荷物を片付けたい…」

アニ「お好きにどうぞ」


ユミル「ベルトルさんから貰った物は、全部置いて行く」

ユミル「持って行くのは最初に持ち出した荷物と自分で買った物だけ…。すぐに終わる」


ユミル「服は3日分、あと日用品が少し…。私の荷物なんざ…たったこれだけだ」フーッ


アニ「…」


ユミル「調査兵団の兵舎を出る時、ベルトルさんに言われてクリスタの荷物も詰めたんだ」

ユミル「何が必要か分からなくて、自分のトランクにもあいつの荷物をかなり詰めてきた」

ユミル「その分はもうクリスタに渡してある」


ユミル「だからこのトランクはスッカスカだ。振ればカラカラと音が鳴るぞ!」アハハ…



ユミル「おっと悪ぃ、話の途中だったな…」

ユミル「よし!準備は終わった。薬も入れたし…話を続けてくれ」パチン…パチン…




アニ「ユミル、少し横になりな…。私もそうする」ギシッ…

ユミル「うん?……そうだな」


ユミル「さっきまでずっと気を張ってたから疲れちまった…。そうさせてもらう」

フワッ……  ギシッ… パフン


ユミル(柔らかい寝床も今夜が最後か…。寝間着を取り出すのも、着替えるのも億劫だ)



アニ「あんたが逃げたこと、ベルトルとクリスタにバレないようにごまかしてやろうか?」

ユミル「なっ…!?」ガバッ


ユミル「何を企んでやがる?気持ち悪ぃな…」


ユミル「お前がこの計画の首謀者だろ?私を引き留めた方が都合が良いんじゃないのか?」

アニ「そりゃそうだ。あんたが抜けたらこの計画は失敗するかも…いや、確実に失敗する」


アニ(あいつはあんたじゃなきゃダメなんだ。ベルトルも幸せにならなきゃ意味がない)

アニ(ユミルを除いた5人全員で無事に目的地に着いたとしても、この計画は失敗になる)



ユミル「お前さ、何だよその言い方…嫌味のつもりか?アルミンと同様に私も脅すのか?」


ユミル「お前が何を考えてそんな事を言い出したのか知らないけど、断る!」

ユミル「お前に借りを作りたくない…。明日でお前ともお別れだ、私は借りを返せない」



アニ「恩に着せる気は無いよ。ここを出るまでの時間稼ぎをしてやるって言ってるんだ」


アニ「逃げる足が必要ならジャンの馬をくれてやってもいい…」



ユミル「アニ…お前……」


アニ「あぁ、財布も落としたんだってね。金も貸してやる、返す必要はない」


アニ「ここまで付いて来てくれた礼だ…。ただし、ライナーのためにクリスタは貰う」

ユミル「はぁあっ!?」


アニ「最低でも5人いなきゃ、この計画は頓挫する。クリスタはこっちにも必要なんだ!」


ユミル(クリスタ…)ギュッ…



ユミル(アニ…お前の目的はこれか?私にクリスタを売れってか?私の身代わりとして…)

ユミル(いや違う…!クリスタを置いて行くのはクリスタのためだ。これは取引じゃない)



ユミル「金は要らない。馬だけ欲しい」


ユミル「…私に、逃げる時間をくれよ」



アニ「いいよ!…分かった」ニィッ



ユミル「正直さ、今のベルトルさんならどこへ逃げても追っかけて来そうで怖ぇんだ…」


ユミル「でもお前に借りは作らない!てめぇが時間を稼ぐのは私に対する贖罪だ!!」

ユミル「お前が妙な計画を立てたから私とクリスタは脱走兵になっちまった!この馬鹿が」

ユミル「だから…貸し借りは無しだ。これでチャラにしてやる」


アニ「あんた、随分偉そうだね…。でも、少し元気が出て来たみたいだ!」フフッ


アニ「さっきも言ったけど、途中で気が変わったらベルトルの元に戻って来な」

ユミル「もういいんだよ。ベルトルさんとは終わったんだ…。何度も考えた、結論は同じ」


ユミル「夜明け前にこの宿を出る。この先どうするかはまだ決めてない…」



ユミル「ずっと一人だったんだ…。この先も一人で生きて行ける」

ユミル「だって、私は強ぇからな!」ニコッ


アニ(また、泣きそうな顔してるじゃないか…。ユミル…)


アニ「ベルトル、明日の明け方にこの部屋に来るって言ってたね。最後に話してく?」


ユミル「約束はしてない。会わずに行く…」

ユミル(会えばきっと触れたくなる…。あいつに触れれば、逃げ出せなくなる)


ユミル「アニ、お願いがある…」

アニ「なに?やっぱり金を借りたいって?」

ユミル「違ぇよ!…ベルトルさんさ、この先ずっと一人っきりじゃ寂しいだろ?」

ユミル「だからアルミンに向ける愛情の10分の1でも、ベルトルさんに分けてやってくれ」


ユミル「元々あいつはお前が好きだったんだ。だからさ、たまには抱かれてやってくれよ…」



アニ「…はぁ」

アニ「何の冗談?馬鹿言ってんじゃないよ!怒りを通り越して呆れるね…」


アニ「そんなにベルトルが心配なら、あんたがそばに居てやればいいだろ!?」

アニ「自分の男だろ?自分で何とかしな!!」チッ…





ユミル「…」



ユミル「何で、私を逃がしてくれるんだ?理由を聞かせろ…。正直に言え…」

アニ「あんたが、逃げたがってたからだよ…」


アニ「行けば戻れない…。行きたくないあんたを無理やり連れて行くわけにはいかない」

ユミル「アルミンはいいのか?」


アニ「アルミンは逃がせない。でもアルミンが、死んでも行きたくないって言うのなら…

ユミル「お前らって、馬鹿だよなぁ…」ハァ…

アニ「…否定はしないけど、あんただけには言われたくないね」



ユミル「ベルトルさんもライナーも…アニ、お前も。巻き込んで連れ去った相手に対して」


ユミル「ちゃんと逃げ道を残してやってる。あんな陰惨なことをでかしたってのに…」


ユミル「まだお前らは人間性を残している」

アニ「当たり前だろ。まだ、人間なんだよ」


ユミル「ベルトルさんもそうだな。あいつも人間だ。すぐ泣く、笑う、落ち込む…」クスッ

ユミル「一緒に居ると飽きない。巨人なら罪の意識は感じない。ベルトルさんは人間だ」


アニ「さっきから何?人間、人間って…」


ユミル「お前には関係のない話だ」




アニ「ランプ…消すよ。出て行く時は静かに行って。起こしたら承知しないよ」


アニ「寝て起きたら私の気が変わってるかも知れないからね…あんたを逃がせなくなる」


ユミル「分かった。静かに出て行く…」



ユミル「おやすみ、アニ…」


ユミル(ありがとう。さよなら…)

ユミル(お前が目を覚ました時には、私はもうここには居ない…)




アニ(ユミルは必ず戻って来る。自分の意思で)

アニ(あんた、まだベルトルのこと好きなんだろう?)

アニ(私は信じてるんだ…この計画の成功を…。そして、あんたが戻って来ることを…)

アニ(だからもっと悩んで、考えな。そして自分の心の声に従って、早く戻って来なよ)




アニ「おやすみ。ユミル」

カチッ…… フッ…


アニ(そのための時間は私が稼いでやる…)



今日はここまで
読んでくれてありがとう

次もゆっくり更新です


久々の投下で改行の仕方を忘れてしまいました
読みにくかったらすみません


保守ありがとう
乙も支援も嬉しい。感想もすごく嬉しい

感想を読んで本筋に影響がない範囲で話を変えたりした事あるよ
アルミンの毒とか。あれは3人分でも5人分でも実は影響がないんだ


山積みの試練を少しずつ消化しながら進めて行こうと思うので
もうしばらくお付き合いください。感想ありがとう!

こんな長いの読み始めてくれたのか…どうもありがとう
なかなか進まないんだけど、思い出したらまた続きを読んでね


今から投下します



脱走から6日目・明け方

壁外調査まであと2日


~ウォール・シーナ西 突出区~

ヤルケル区内 中流階級の宿屋の一室




ユミル(ん……もう、朝か…?)スゥッ…

ユミル(あっ…!?)ムクッ


タタッ…  シャッ……



ユミル「日が昇り始めてる…。夜明け前にここを出るつもりだったのに…」

ユミル(心身共に疲れ切っていた。アニと話して少し気が緩んだか?寝過ごすなんて…)


ユミル「アニは……よし、まだ寝てる…」ホッ…


ユミル(起こさないように、そっと部屋を出よう…)




ユミル「あいつ、本当に来るのか?」


ユミル(部屋のドアは静かなままだ…)


ユミル「約束は、してない…」


ユミル(これで本当に最後なのか?もう永遠に会えないんだ…。私はそれでいいのか?)



ユミル「…」

ユミル ブンブン…


ユミル(今更何を考えてる…?決心は揺るがないはずだ…。準備はとうに終えている!)


ユミル「これが、未練ってヤツか…」

ユミル(…情けねぇ。ここまで来てもなお、吹っ切れてはいないみたいだ…)ハァー




ユミル「もう1分待ってみようか…?」


ユミル(待ってどうする?あいつと何を話す?話したってどうしようもないだろ…)


ユミル(抱きしめられたら?キスされたら?…私はその腕の中から逃げきれるのか?)


ユミル(いや、それよりもまた私を見て震えられでもしたら…そっちの可能性の方が高い)



ユミル(お互い辛い思いをもう一度味わう事になる…。あいつの気持ちは分かっている…)


ユミル(きっとお前の「一生のお願い」は嘘じゃないんだろう…。でも、これでいいんだ)


ユミル(私がお前を許しても、お前の記憶は私を許さない…。離れるのは互いのためだ)





ユミル「……1分経ったな」


ユミル(ノックの音は…しない)

ユミル(自分で言った事、忘れちまったのか?)





ユミル「あと、30秒だけ…」



ユミル「…ぷっ………」ククッ…


ユミル(何を期待してここに留まっている?あいつがドアを叩いたら私は…)

ユミル(引き留めて欲しいのか?会わずに行くって、アニにもそう宣言しただろ?)


ユミル「あいつ、また怖い夢でも見てるのかな…だとしたら私のせいだな。…きっと」


ユミル「怖い夢を見る時は、目覚めが悪いって言ってたもんな…。ごめん、ベルトルさん」



ユミル(もうお前を嘘つきだなんて言わない。…信じるのはやめたんだ。約束もしてない)




ユミル「よし!行くか…。じゃぁな、アニ」


ユミル「忘れ物、無いよな…」



ユミル「あ!…そうだった。これを返しておかないとな…」ゴソゴソ…

ユミル(ベルトルさん…これもお前に返すよ。今、やっと手放すことが出来た…)


ギッ…… パタン…




アニ(……ユミル…)  …パチッ



~宿屋2階・客室前の廊下~



ユミル(昨日、屋根裏部屋であいつと距離を取るための準備をしていた時に拾った釘…)

ユミル(同じような細い釘一本で貴族の別荘の錠前を何度も破った。まだ手が覚えている)


ユミル「本気でやれば3分だ。誰も見てない…。私はこのドアを開ける事が出来る…」



ユミル「クリスタ…もう一度、お前に会いたい。いや、一緒に連れて行きたい…」 ソッ


ツツッ…… ガチッ… グリッ



ユミル(まだ迷ってる。土壇場になって事前に決めた事と真逆の事をしようとしている…)

ユミル(私はどうしたいんだ?クリスタの事はライナーに任せるって決めただろ?)


ユミル「何やってんだ…馬鹿か…?なんで鍵、開けようとしてんだよ…思い止まれ…」 ググッ…


ユミル(アニと取引はしてない!!クリスタを連れて行ったって誰にも文句は言わせない)

ユミル(「ジャンの馬をくれてやってもいい」だと?…大体、お前の馬じゃねぇだろ!?)


ユミル「クリスタは置いて行くって決めたんだ!…迷う事なんか…」


ユミル(私らは無理やり連れて来られたんだ!そうだろ!?クリスタは私が居ないと…)


   【やだよ…行かないでよっ!……ずっと…私のそばにいてよ…】



ユミル「クリスタ……あ゛ぁっ…嫌だ…。やっぱりお前を置いては行けない!!!」


ユミル(どうする?本当にあいつを連れてくのか?急げ、時間が無い!早く決めないと…)


  
   【幸せになれよ!クリスタ】



   【ユミルもだよ?一緒に、幸せになるの!私たち】




ユミル(お前には『自分で決めろ』と言っておいて…結局、私は選択肢を与えなかった…)

ユミル(相談もせず、私は勝手にお前を置いて行くことに決めた。だって話せばお前は…)



   【脱走する時も言ったけど、私…ユミルと一緒ならどこへだって行けるから!】


   【もし、ベルトルトが嫌になったら…私と一緒に逃げよう?どこへだって…】


   【あなたと一緒なら、怖くないや】



ユミル「クリスタ…」


ユミル(ははっ、そうだよな?答えは最初から決まってるじゃねぇか……)



ユミル「クリスタ、私もお前が大好きだ!」ニコッ



スッ…  ピンッ… コロコロコロ…



ユミル「だから…」

ユミル(お前は生きろ…。この行き詰った世界から切り離された場所で…ライナーと共に)

ユミル(それがお前にとっての幸せなのか確証はない。だが、不幸にはならないはずだ…)


ユミル「クリスタ、ごめんな。離ればなれになっても…心はずっと繋がってるから…」



ユミル「愛してるよ…。さよなら…クリスタ……」 フイッ…  

チラッ   …ギュッ



ユミル「………っ…ぐぅ……」ギリッ…     


クルッ…


タッタッタッタッ……



~宿の厩舎~



ユミル(空が白々明けてきた。そろそろ人が動き出す頃だ…早くこの宿を出ないと…)

ユミル(アニがどうやって時間を稼ぐのかは知らないが、当てにしない方が無難だ…)



ユミル「…シーーーッ。静かにしてくれよ?」

ユミル「よう!3日ぶりだな。お前また売れ残ったんだってな…ふふっ」ナデナデ…

ユミル「今から一緒に帰るぞ。カラネス区の調査兵団屯所にだ。ジャンに会わせてやる!」

ユミル「昨日も一昨日もアルミンにあちこち連れ回されて疲れただろ?」クシャッ…

ユミル「もうひと踏ん張りだからな…。お前は良い馬だ…落ち込むな!自信を持てよ」


ユミル「明後日の壁外調査には間に合わないが…ジャンが生きていたら必ず会わせてやる」



ユミル「おっ…おい!顔を舐めるな。嬉しいのは分かるが…あぁもう!顔がベトベトだ…」




ユミル「そろそろ行くか…!今、腹帯と鞍をつけてやるからな…」



馬の世話係「おや、馬泥棒ですかな?」

ユミル「!?」ビクッ!


ユミル「わ、私は馬泥棒じゃない!この馬はヤルケル区に入る時に私が乗ってきた馬だ!」

馬の世話係「そうでしたか…。貴女様はこの宿のお客様でしたか」


ユミル「仲間と午後にこの宿を立つ予定が、私一人だけ今出発する事になったんだ…」

ユミル「こいつは私が乗って行く…。仲間の了解も取り付けてある、心配はいらない」


馬の世話係「そのようなお話は聞いておりませんが…」



ユミル「じゃ今から確認して来てくれ!本館2階に泊まっているアニ・レオンハートに!」




ユミル(待てよ…?アニもアルミンと同様に偽名を使ってるんだったか?)


ユミル(ま、どうでもいい。アルミンが言ってたな。私たちは恐らく追われていないと…)


ユミル「えっと、とにかくその、アニって女に確認してくれ!今すぐにだ!!」


ユミル(こいつを追っ払ったら、すぐにジャンの馬に跨ってこの場を離れる!)




ユミル(道は覚えている。目標はウォール・ローゼ西区と繋がっている外側の開閉扉…)


ユミル(突出区と言えど、シーナへ入る時は厳しい検問をくぐるが出る時は素通りに近い)


ユミル(お前も帰りたいんだな?…私もだよ。ジャンにお前を返したらどこへ行こうか?)


ユミル(私には、もう帰る場所なんか…どこにもないのにな……)ナデナデ…




馬の世話係「残念ながらその必要はないのです。お客様…」


ユミル「…はっ?」


馬の世話係「実はお客様のお仲間から、この馬には注意するよう仰せ付けられております」


ユミル「どういう事だ…?」




馬の世話係「一昨日の夜、体格の良い金髪の男性が厩舎に来られましてね…」


ユミル(一昨日の夜って…あぁ、ベルトルさんに置いて行かれて一人で帰ったあの夜か…)


馬の世話係「仲間が一人戻らない、…と」




馬の世話係「その方はこの馬にご執心で、ひょっとしたら無断で持ち出すかも知れない…」


馬の世話係「面倒を掛けるが、今後もよく見張っていて欲しいとの事でした」


ユミル「ライナーの奴…」チッ



馬の世話係「そのお客様に伝え聞いたお仲間の方の容姿が貴女様によく似ていたもので」

馬の世話係「…ですので、この馬は貴女様にはお渡しできません。よろしいですかな?」


ユミル「ちっともよろしくねぇが……くっそ!信用ねぇんだな」ハァ




ユミル(ライナーの野郎!2日前からこうなる事を見越してたってのか?…いや、違うな)

ユミル(大方、私の帰りが遅かったから馬を使って逃げたと思って厩舎に来たんだろ!?)

ユミル(…で、馬が残っていた事に安心して、ついでに持ち出されないように頼んでおいた)



ユミル「あぁっ!余計な事しやがって…あいつ!!チッ…やってくれたなっ!」ギリッ


ユミル「この馬を持ち出すことをアニは承諾してるってのに!!何でダメなんだよっ!」


馬の世話係「…真に残念でございます」



ユミル「何とかならないのか?私だってここの客だぞ!?本当に了承を得てるんだ!!」


馬の世話係「そう言われましても…最初にこの馬を厩舎に持ち込んだのはあの方でして…」



馬の世話係「そうだ!ライナー様を呼んで来てください。あの方が承知していれば…

ユミル「ライナーが承知するはずないだろ!私が逃げる事を、許すはずがない…」



馬の世話係「はぁ…しかし、そう言われましても、私達もこれが仕事でし…

ユミル「もういい!分かったよっ!!」


ユミル「時間が無い!私はここを去る」




ユミル「何か別の手を考えないとな…。あ、あぁそうだ……なぁ、あんた…」

ユミル「その仕事とやら、よろしく頼む。他の仲間のために馬の体調管理を万全にな…」


馬の世話係「はい…。承りました。貴女様もお気をつけて」




ユミル(すまない…お前をジャンに会わせてやれなくなった)スリスリ…


ユミル(お前も無事に向こうまでたどり着けよ?…死ぬんじゃねぇぞ)




~ヤルケル区 大通りの繁華街~



ユミル「ジャンの馬を当てにしていたからな、さて…どうやってこの区を出るか…」ハァ…


ユミル「今から出発する商隊に運よく乗っけてもらえる保証はない。まず金が無いしな…」

ユミル「例え根底が善意であったとしても、タダで乗せてくれる訳が無い…相手は商人だ」

ユミル「無一文の女を乗せる利点はどこにある?何が対価になるのか、馬鹿でも分かる…」



ユミル(やっぱ、意地を張らずにアニに金を借りとくべきだったか?)

ユミル(だがいわれの無い金を貰うってのもな…。元は盗んだ馬を売って作った金だ)


ユミル「今更、不手際を嘆いても無駄か。戻ることは出来ねぇんだ。頭を使わないと…」




ユミル(あいつらがこの区を発つのは今日の17時…。クロルバ区行きの船に乗る…)


ユミル(その時間まで私は誰にも見付からない場所に身を隠す…そして…)


ユミル(今夜にでも闇にまぎれて巨人になり、壁を上る…。行き先はシーナのどこか…)




ユミル「ふむ…この案は却下だな。こんな理由で巨人になる事は出来ない。制約は守る…」



ユミル(それに…巨人になればこの左手の傷はあっという間に塞がってしまうだろう…)


ユミル「この傷は残すと決めたんだ…」





ユミル「身を隠す案は良いかも知れない。ベルトルさんは私を残してこの街を離れる…」


ユミル(アイツは自分の意思より、集団を優先するはずだ。あのガキを見捨てたように…)


ユミル(私も見捨てて行ってくれ…。お前は知ってんだ。今まで何度も確認したんだろ?)

ユミル(この計画には最低でも5人必要だって事を。お前が抜けたらどうなると思う?)




ユミル「はぁ……土地勘も無いし、絶対見付からない場所なんて、心当たりがねぇなぁ…」

ユミル「追いかけてくる前提で逃げる方法を考えてはいるが、一晩寝て起きたらさ…」

ユミル「あっちはもう気持ちの整理がついて、吹っ切れてたりしてな!」ハハッ



ユミル「…」


ユミル「だから明け方、部屋を訪ねて来なかった。想いを残さないように会わなかった…」






ユミル「…いいさ、私は私の思い描く通りに生きる。寂しくもあるが今は自由の身だ!」



ユミル(全く金を持ってないってのは難点だが…。今更「返してくれ」とも言えねぇし…)

ユミル(今私が持ってる物で金になりそうなのって身体ぐらいか?…絶対に売らないが)

ユミル(じゃ、また生きるために盗みやスリをするのか?あんな生活に戻るのは御免だ…)



ユミル「はぁ……」


ユミル(一刻も早くこの区を出る。こんな所でグダグダしてたら飢えと渇きで行き倒れる)




ユミル「あれは…」

ユミル「一昨日クリスタが買って来てくれた飲み物屋の屋台だ…。今日も盛況だな!」


ユミル「こないだ座ったベンチもそのまま…。ここでライナーに指輪を買えって言ったんだ」



ユミル(たった2日前の出来事なのに、遠い昔の思い出のようだ。あの時は楽しかったな)


ユミル「少し、浮かれていたんだ。それで足をすくわれた。愛される価値のない女が…」

ユミル「愛してると言ってくれる男を見付けて、自分は愛されてもいいのだと勘違いした」

ユミル「その結果、お別れすることになった。自分には不釣り合いの大きな夢を見たんだな」



ユミル「誰かを信じるって…いいよな。信じてもらえるって、嬉しいよな。そんな風に…」

ユミル「生きたいと、…思っちまったから……う゛ぅっ……くっ……


ユミル(泣くな!!いつからこんなに泣き虫になっちまったんだ…)ゴソゴソ…



ユミル「あれ?…ハンカチ。そう言えばあの高台のふもとに落としてきたまんまだ」


ユミル(あとで拾って来るか…。あんな汚いハンカチ、気味悪がって誰も拾わないだろう)



ユミル「今となってはあの血塗れのハンカチでさえ、数少ない私の大切な持ち物の一つだ」




ユミル「えっ…!?ななな、何でっ…」

ユミル(アルミン…!)サッ…


ユミル(だ…大丈夫だ。こんなに人が多いんだ…見付かるはずがない!)



ユミル「家畜を見定めてるのか…?指をさして…あ!買った……買いやがったぞ…」


ユミル「そういや…」

ユミル(昨日お前と話した時、朝市で家畜を買えば自分の仕事は終わりだって言ってたな)

ユミル(宿に持ち込んだ家畜を世話する職掌はない。…という事は、今日必ず宿を出る!)


ユミル「良かった…少し心配だった。私が戻らない事で出発の日をずらされたりしないか」


ユミル(その心配は杞憂だ。今、家畜を買えば後には戻れない…計画はそのまま続行…)



ユミル「そういや…アルミンとベルトルさんは昨夜、同室だったよな?」


ユミル(アルミンがいるって事は、ベルトルさんもここにいるのか?)キョロキョロ…




ユミル「よし、いない…みたいだ」ホッ…

ユミル「こんな人混みでも、頭一つ抜きん出てるから探しやすい。…あいつ便利だな」


ユミル(アニが上手く時間を稼いでくれてるのか?…少しだけ、残念に思う自分がいる)





ユミル「遠くからでも、最後にもう一度あいつに会いたいって…何で思っちまうんだろ…」

ユミル「途中で気が変わったらベルトルの元に戻って来な…か」



ユミル「喉…渇いたな。空きっ腹だが痛み止め飲んでおくか…。気にすると痛みだすんだ」




ユミル「さて、突出区の良い所は水がタダって事だな。川が流れてるってのはいいよな」

ユミル「井戸水も不味くない。洗濯用の用水路も水が豊富だし、噴水もある…」


ユミル「でも水じゃ腹はふくれないから、早くどっかへ移動しないと…。内か外か…」


ユミル(取り敢えず王都でも目指すか…。人も多いし、そこなら仕事があるだろ…)





ユミル「…そうだ、乗合馬車だ!」

ユミル(シーナ中央行きの馬車を見かけたな…。あれに何とか乗せてもらえないか?)




ユミル「…って、ダメだろうな…何たって金が無い。鋼貨1枚だって持ってない…」

ユミル「終わったことを悔やんでも遅い…が、だけどな、やっぱアレなぁ……」ハァ


ユミル「素直にベルトルさんの言う事を聞いちまったせいで…あの髪留めさえあれば…」


ユミル「お前は知らなかっただろ?あのえんじ色の髪留めは、赤メノウで出来てるんだ」

ユミル「この壁内じゃ産出されない宝石なんだぜ?かなり貴重な石なんだからな…」

ユミル(100年以上前にこの壁内に逃げて来た誰かが持ち込んだんだ)


ユミル「貴族の別荘で見付けた時は歓喜したよ!こいつは金になるってな…ははっ…」

ユミル(気に入って普段使いにしてたから、そんな高価な代物だとは思わなかったろ?)

ユミル「メノウは瑪瑙って書いてな、馬の脳みそって意味なんだ。名前の由来もそこから」


ユミル「お前は間違ってないよ…。あれは錆びた血の色だ。本当に惜しい事をした…」



ユミル(あの髪留めさえあれば…売って金にして乗合馬車で開閉門を抜けられたのに…)



ユミル「…!!?」

ユミル「あぁっ…思い出した…」



ユミル「ベルトルさん、やっぱ忘れてんじゃねぇか!!『覚えてる』って言ったくせに…」

ユミル「街に着いたら…替わりの髪留めを買ってくれるって、私と約束しただろ?」


ユミル「…うっかりしてた。でも、もういいや…代わりにこの傷をもらったからな……」


ユミル(例え買ってもらってたって、どうせ全部置いてく羽目になってたんだ…)



ユミル(んっ?この馬車はどこへ行くんだ?中央行きの乗合馬車はさっきのヤツしか…)

ユミル(それにこの正装した女達は…?)





ユミル「な、なぁ…あんた」

あか抜けない少女「なぁに?お姉さん」


ユミル「この馬車に乗るのか?行き先はどこだ…?どうすればこの馬車に乗れる?」

あか抜けない少女「この馬車は王都へ行くの。これに乗るには事前に申請しないとダメだよ」


ユミル「事前申請って事は金も前払いか?」


あか抜けない少女「移動の際の費用は、雇い主になるご主人様が出してくださるの」

あか抜けない少女「私達はこのヤルケル区で集められたただの街娘」

あか抜けない少女「お屋敷で働くために集められたの。本当は中央に住む権利はないけど」

あか抜けない少女「今年も貴族様方が従女…つまりメイドを集めてらしてね、特別にね…」


ユミル「そ、そうか…。この娘達はみんな中央に住む貴族達に仕えるのか…」



ユミル(あいつの母親も同じ様に集められたのかな…。上手いこと貴族に見初められて、)

ユミル(そのままお手付きになって子供でも産めば、彼女達の人生は大きく変わる…)

ユミル(ここに集められた女達も、自らを安売りする危険を伴いながら勝負に出ている…)



ユミル「…何とかこの馬車に乗れねぇかな」ボソッ

あか抜けない少女「えっ…?」




ユミル「あっ…いや、その…な、何でもない!」


ユミル「えっと、この馬車は毎日出てるのか?」


あか抜けない少女「ううん…今日だけ。私達ずっと楽しみにしてたの!3か月も前からね」

ユミル「貴族の情婦になって人生を変えるためにか?」



あか抜けない少女「…」




あか抜けない少女「そんな先の事は、分からないわ…」


あか抜けない少女「私はただ、この壁に囲まれた息苦しい街から逃げ出したかっただけ…」




ユミル「…そうか」


あか抜けない少女「良い事教えてあげる…この馬車は午後も出るの。時間は16時くらい」

ユミル(16時…)


あか抜けない少女「午前中は3台、6人乗りで定員は18人、午後は2台で12人乗せるのよ」

ユミル「…詳しいんだな」


あか抜けない少女「うん…。午前と午後、どっちか選べって言われて悩んだから」

あか抜けない少女「よく覚えてる。私は午前にしたの…早い方が良いから。もう出発よ」



ユミル「親は見送りに来ないのか?」


あか抜けない少女「両親はいないの。親戚のおじさん夫婦に育ててもらったんだ…」

あか抜けない少女「貴族の従女に応募したのは育ての親には内緒なの。反対されるからね」



ユミル「育ての親に恨みでもあるのか?」


あか抜けない少女「その逆…。大事に育ててもらったから絶対許してくれないと思って…」



ユミル(まぁ、もしクリスタが同じ事をしようとしたらあいつが泣くまで説教する自信がある…)




あか抜けない少女「…お姉さんも、チャンスを掴みたいんでしょ?王都で一攫千金?」フフッ



ユミル「…いや、そんな大それた夢はねえよ。とりあえず今は逃げたいだけだ…ある男から」

あか抜けない少女「借金取り?」

ユミル「くくっ…だったらいいがな!しつこい元恋人からだよ!あははっ…」


あか抜けない少女「ふふっ…やるじゃない!」アハハッ




あか抜けない少女「お姉さん、一つ忠告してあげる。その服じゃダメだよ…正装しないと」


ユミル「ん?」

あか抜けない少女「この王都行きの馬車に乗るための心構え!従者を騙さなきゃ…」

ユミル「えっ!?」

あか抜けない少女「見たとこお姉さんってシーナの市民権を持ってない不法移民でしょ?」


ユミル「…」




あか抜けない少女「少しお化粧した方がいいわ…。顔なんか洗ってないみたいだし…」

ユミル「おまっ…し、失礼な奴だな!今朝、馬に舐められたんだよっ…」ゴシゴシ


あか抜けない少女「ほら、仕草もガサツだし…袖で顔拭いちゃダメだって!年上なのに…」

あか抜けない少女「全然女らしくないのね。本当に恋人がいたの?私ですらいないのに…」


ユミル「うっせぇな!……もう、いねぇよ。…悪かったな……ったく何でこんな事…

あか抜けない少女「お姉さん、大丈夫だよ!だって目鼻立ちが綺麗だもの…心配いらない」




あか抜けない少女「名前を聞かれたら『ペトラ』って答えるのよ。この街に多い名前なの」

あか抜けない少女「形式的に聞くだけで、名簿と照合する訳じゃないから…多分ね…」



ユミル「あのさ、私はこの馬車に乗るとは言ってないんだが……」

ユミル(乗れたらいいな…とは思ったけど)


あか抜けない少女「この馬車には乗れないよ。お姉さんが乗るのは午後からの馬車だからね」


ユミル「はぁっ!?」


あか抜けない少女「その顔と格好じゃダメだって言ったでしょ?」

あか抜けない少女「どっかで着替えて、薄く化粧もしてこないと、従者は騙せないよ?」


ユミル「着替えるって言っても…ドレスも化粧品も持ってないんだ。無理だろ…?」

あか抜けない少女「そんなこと知らないよ!どうにか頑張ってみてよ。また会いたいから」





あか抜けない少女「私…先に行って…待ってる」スクッ…  タッ

ユミル「おっ…おい!!」タタッ…




貴族の従者「お嬢さん方、時間だよっ!さぁ乗った乗った!遅れてくる娘は置いてくよ!」


ユミル「お前、待ってるって…どこで待ってるんだよ!?私は約束なんかしないからな!」


あか抜けない少女「じゃぁね、お姉さん。待ってるのは…希望溢れる楽しい未来だよ!」フリフリ…





貴族の従者「おい!お前…邪魔だ。どっか行けブスが!お前には縁のない世界なんだよ!」ドンッ


ユミル「…痛っ…!!…なんだと!?」




貴族の従者「貧民街の住人か駆け出しの娼婦か知らないが、汚い格好でうろつきやがって」チッ

貴族の従者「大体お前みたいなのが居るからシーナの治安が良くならないんだ」ブツブツ…


ユミル(貧乏人から詐取して、でっぷり肥えたクソ野郎が…相手をするのも面倒くせぇ…)ギリッ


バタン…





貴族の従者「よし!18名全員乗ったな」

貴族の従者「お前達、お嬢様方を安全に王都までお連れしろよ?この娘達は丁重に扱え!」


ユミル(胸糞悪ぃ…。車馬賃は貴族達が出すんだろ?実情は人身売買みたいなもんだ…)

ユミル(従女…つまりメイドとは名ばかりで安い金で好みの若い女を囲うための仕組みだ)


ユミル(残念だったな、世話焼きさん…。私はシーナに住んでたんだ…だから知ってる)


ユミル(あんな欲望まみれの土地に『希望溢れる楽しい未来』なんざ、ありはしねぇんだ)



ユミル「だがあの馬車は使える。16時にもう一度馬車が出る、か。それでこの街を抜ける」



ユミル「ドレス…と、化粧…ねぇ」


ユミル「両方持ってねぇよ…」


ユミル「ドレス?あぁっ……そういやウェディングドレスの引き取り、確か今日だった」

ユミル「着て見たかったな…。あのお喋りの職人が作ったドレスの仕上がり、どんなかな」



ユミル「…」

ユミル(見に行こうか?ちょっとだけ…)




~ヤルケル区 中心街~

高級仕立て屋



ユミル「少し、中を覗いて見ても…構わないよな?」



ユミル(ベール、グローブ、チョーカー…それと例の特注のドレス…何事も無ければ…)

ユミル(今日みんな引き取りに来る予定だった…。全部、無駄になっちまったけど…)


ユミル ハァ…「やっぱり、一人じゃ入れない…行くか…」




見習い針子「あっ!お客さぁ~ん!!」ニコニコ

ユミル「ひゃっ!?」ビクンッ!


見習い針子「ぷぷぷっ…何ですかその声!……可愛いですね。えへへっ」


ユミル「わ、悪い!その…急いでるんだっ」

見習い針子「まぁまぁそう言わず!!」


見習い針子「徹夜で縫ってたら思ったより早く仕上がって…。着てみます?どうぞ中へ…」

ユミル「いやいい!もう行く」




見習い針子「あれ?ご主人一緒じゃないんですか…?」


ユミル(ご主人…?あ…あぁ、ベルトルさんの事か…)


見習い針子「おかしいな、昨日は確かに『明日必ず二人で取りに来る!』って……」


ユミル「…」



見習い針子「もしかして、まだ喧嘩してるとか?」


ユミル「喧嘩?」


見習い針子「ほら、指輪を失くしちゃったことです…。その様子だとまだ出てきてない?」




ユミル「うん…あいつは指輪を見付けられなかった。…って何であんたが知ってるんだ?」


見習い針子「だってここまで探しに来ましたから…。旦那さんそりゃぁもう青い顔でねぇ」

見習い針子「おまけにしゃがみ込んで泣いちゃったんですよ!あんなに大きい男の人が!」



ユミル「はは…泣いちゃったのか。そう言えば昨日も泣かせてしまったな…責めたからな」



見習い針子「わざと失くした訳じゃないんですから責めないであげてくださいよっ!!」




ユミル「悪ぃ、本当にもう行くわ…。ドレスは取りに来れない。あいつとは別れたんだ」



見習い針子「えぇっ!?」


ユミル「徹夜までして急いで仕上げてくれたのに…すまないな」



見習い針子「ダメです!仲直りしてください」

ユミル「ダメだ」

見習い針子「どうしてっ!?」




ユミル「あいつは故意に指輪を失くした訳じゃない。それは分かってるし、どうでもいい」


ユミル「5年前、私はあいつの仲間を殺した。故意じゃなかった…だから許されるとでも?」



見習い針子「あなたが…人を殺した…?そんな馬鹿な…」



ユミル「ここで採寸した後であいつはそれを知った…私自身もその事実を知らなくてさ…」


ユミル「話し合ったけど互いの歯車は歪んで軋んだままでね…結局、別れる事になった」


ユミル「あんた達には悪いと思ってる…。だが、世の中にはどうにもならない事がある」

ユミル「首を突っ込まないでくれ。あんたにもさよなら…だな。もしあいつが来たら…」

ユミル「私がここに寄った事は伝えないで欲しい…じゃぁな…」 クルッ




見習い針子「待って!!花嫁さん!」


ユミル(花嫁さん…)ピタッ



見習い針子「逃げるんですかっ!?…償いもせずに。彼の前から消えるつもりですか?」

ユミル「……黙れ!!いいだろ?逃げたって!!お前には関係ないんだっ!?」バッ…


見習い針子「逃げたら、今よりもっと苦しくなりますよ!旦那さん…いえ、彼もです…」



ユミル「…」


見習い針子「事故だったのでしょう…?貴女が人を殺せるはずないですもん!」


ユミル「うるせぇな…」


見習い針子「良い返事、してあげなかったんですね…」

ユミル「…」



見習い針子「昨日、必死の形相で指輪を探していた旦那さんは、事実を知っていた」

ユミル「はっ…?」


見習い針子「貴女は旦那さんの仲間を殺めてしまったのかも知れないけど…旦那さんは…」

見習い針子「貴女が結婚式に着たいドレスを、自分で考えて選んでくれたのが嬉しいって…」


見習い針子「ここで泣いたんですよ…私とマスターの前で。それを知っても貴女が好きで!」

見習い針子「貴女と、結婚したいって、思って……っぐ……ここで泣いて!…ひっぐ……」



見習い針子「マ、マスター!!た…だお゛るもってぎでぐだしゃい…」ズビッ…



ユミル(ベルトルさん…)ギュゥッ…





見習い針子「もう、出てってください…」

見習い針子「…二人で一緒に衣装を取りに来るまで、この店には入らないで!」グイグイ


ユミル「おっ…おいっ!!」



見習い針子「貴女はっ!もう少し考えるべきです…。逃げずに償う勇気を持って欲しい」


見習い針子「…勝手な事、言ってすいません。一昨日見た、幸せな二人に戻って欲しくて…」


マスター「…ほらタオルだよ。…ってお前また泣いているのか」ハァ…



マスター「花嫁さんお待ちしていました!こらっ、何ですぐ私を呼ばないんだ!衣装は…

見習い針子「違います!旦那さんと一緒じゃないんです。花嫁さんは暇潰しで寄っただけ」

マスター「えっ!?」


マスター「そ、そうなんですか…?お客様」




ユミル「…」

ユミル「ごめん、行くわ…」



ユミル「お前も泣くな、職人さん…。私も戻れるなら、戻りたいんだ…一昨日の今頃に」 タッ




ダッダッダッダッ…


ユミル(この道も覚えてる…。長いスカートが足に巻き付いて歩き辛くて…)

ユミル(あいつに急かされて早足で通り抜けた。高台へと続いている緩やかな上り坂を)

ハァ…ハァ…




ユミル(ドレス、結局見せてもらえなかった)


ユミル(見たら欲しくなるだろうな…あの職人、腕が良さそうだし。これで良かったんだ)


ユミル(成り上がり狙いの女に混じって、純白のドレスで馬車に乗るだなんて悪い冗談だ)




ユミル「…おっ……っと!」ハァ…ハァ…


ユミル「着いた…。一昨日より随分と日が高い。当たり前か、今はまだ昼だもんな」


ユミル(あの時は夕方だった。二人で手を繋いで夕日が沈むのを見ていた…この場所で)



ユミル「あっ…!!……はぁーーーっ…そういや私の下着、あいつどうしたんだろ?」


ユミル「私を探しながらここに戻って来て、下着を回収したりはしてないよな…さすがに」



ユミル「落ちてない、な。誰かに持ち去られて売られたか、拾われて自分の物にされたか」

ユミル「……持って行ったのがおっさんだったら気持ち悪いな」ゾワゾワ…



ユミル「一度も身に着けてないから未練もない…。しかし、本当に白ばっかりだったな…」




   【ユミルは…やっぱり白だなぁ】


   【はぁ?】



   【前から思ってた。君に似合う色】


   【ふぅん…それで白ばっかり買ったのか】




ユミル「…なんで、また思い出すんだよ…。もう戻れやしないんだ!…全てを知る前には」






~雑草が生い茂る 高台のふもと~



ユミル「…ここだな」

ユミル「ここで、ベルトルさんは…」


ユミル(そう言えば最後に触れたのは、手を払われた時だ。「怖い」、「僕に触るな!」)

ユミル(そう言われたな…それが、あいつに触れた最後の思い出。何とも寂しいもんだ)



ユミル「…」



ユミル「怖かっただろうな…。愛を語った相手が仲間の仇とはね」



ユミル「もういい……わけないだろ?」

ユミル「いくら月日が経ってもお前の心に刻まれた私への憤りや恐怖は消えない…」

ユミル「あんたの言った通りだ。逃げるのって一番楽なんだよな…私には償う勇気がない」

ユミル「本当の贖罪は、あいつが望む限りそばにいる事だ。憎まれても恨まれても…」

ユミル「気付かない振りをして、あいつを慰めて、励まして、抱きしめて…尽くす事だ」


ユミル「私には、それが出来ない」




ユミル「きっとあいつは言わないだろう。そばに居ても…マルセルの話はしないだろう…」

ユミル「私がどんなにお前を傷つけても、お前はマルセルの事で私を傷つけたりはしない」


ユミル「この先もずっと…」



ユミル「…分かるんだ。私を思いっきり責め立てて『嫌いになった』と言ってくれたら…」

ユミル「この1週間足らずの逃避行を終わらせるという選択は間違っていなかったのだと」

ユミル「…そう、思えたはずなのに」




ユミル「この思い出は、あまりに濃くて…強くて…甘くて…甘くて…」

ユミル「甘過ぎて、苦いんだ…。最後は塩辛くなって、痛くて、私を捕らえて離さない!」


ユミル「…」



ユミル(ハンカチを見付けたら…ここも去ろう…)


ユミル「そこにあの子を寝かせて…ここでベルトルさんに向かって手を出した…」スッ…


ユミル「振り払われた後、出血を抑えるためにハンカチを出したが…間に合わなかった」

ユミル「出血を止められなくて、この辺りでハンカチを捨ててスカートを引き裂いた…」




ユミル「…おかしい」


ユミル「見当たらねぇなぁ…。血の匂いを嗅ぎつけて野犬が持って行ったか?」


ユミル「でも食べ物じゃないしな、持って行ったところで使い道も無い…」


ユミル「あのハンカチも手元に置いておきたいんだ。汚れてはいるけど、私の物だからな」



ユミル「………ふぅ…。ないな」


ユミル「落とした場所、ちょっとずれてるのかな?あっちを探すか…」







グァーーーッ カッカッカーッ


バサバサバサッ


ユミル「……いっ…!って…お前、何だよっ!?」

バサバサ…


ユミル「ちょっと、落ち着けって!!」


カァーーーッ

ユミル「お前の縄張りだってことは分かったから!!」

バタバタバタ…



ユミル(カラスの羽ばたきって風圧すげぇな…。ちょっと恐怖を感じた…カラス如きに)



ユミル「あ…あぁ…。これかよ…」ハァ


ユミル「お前、お母さんなんだな」

ユミル(あの木にカラスの巣がある…。ヒナもいる。…こいつはヒナを守ろうと…)



カァァァーーッ カァーーーーッ

バタバタバタッ


ユミル「やめろっ!何もしねぇって!!…ちょっと探し物をしてるだけだよ」

ユミル「お前の子供を取り上げる気なんか更々ねぇんだっ!少しの間、我慢してくれ」


キラッ…



ユミル(んっ!?)


ユミル「カラスの巣に何かあるな…。あれ、鋼貨か?」


ユミル(そういやカラスって光る物を集める習性があったよな…)



ユミル「しめた!鋼貨1枚でもありがたい。お前が持ってても意味ないだろ?貰うぞ!」

ユミル(盗みはしないって言ったけど人間からじゃないからさ、別にいいよな…?)

ユミル「すぐ済むからな」 ヨ、ット…


グン…グン…グン…

ユミル(木登りなんて久しぶりだな、訓練兵の時もたまにやったが、子供の頃みたいだ)


ユミル「…あぁ…っ!いって……」ズキン…


ユミル(左手が痛む…。痛み止めが効いていて、楽になってはいるが掴む動作はキツい)




ユミル「よし!取れた!!」 ズズズズズッ…  

ケリッ  ストン…




グァァーーーーッ!

バタバタバタバタ…



ユミル「もう終わったよ!こっち来るなって!!…てててっ!」ブンッ

ユミル(っ…たく!子を守る母親ってのはすげぇな。私が…人間が怖くないのか!?)


ユミル「あの母親も、ああやってガキを守ってきたんだな。身体を売って、金を作って…」


ユミル「あの時の事、後悔なんてしていない。…ガキの命が助かったんだ、それで充分だ」





ユミル「鋼貨1枚手に入れ……えっ…?」


ユミル「はぁっ…!?なんだこりゃ…。そんな、…何でだ?何でコレがあんな場所に……」



ユミル「……は、ははっ…あははははっ!」

ユミル「そりゃ見付からない訳だよ!!お前、下ばっか見て探してたんだろ?」

ユミル「光り物、好きだもんな、あいつら。カラスにしてやられたな!ベルトルさん」フフッ


ユミル「血で薄汚れている…」フーッ



ユミル「あぁ…そうか。これで謎が解けた」

ユミル「いくら力があっても、腕を振り回したくらいで手のひらが裂けたりするのかって」

ユミル「おかしいとは思ってた…。お前が手に引っ掛かって肉を裂いたんだ…」



ユミル「それにしてもお前凄いな。こんなに丸くて小さくて、大人しそうな見た目なのに」

ユミル「生意気に私の手を引き裂くなんてな!一丁前に…」


ユミル「なぁ、お前…本当は指輪じゃなくて超硬質ブレードになりたかったんだろ?」


ユミル「巨人殺しってのはお前らの本能か?もっと大きくて鋭かったら私を殺せたのに…」



ユミル「いや、待てよ?…思い込みで物を言ったが…本当にこの指輪、ベルトルさんのか?」

ユミル(偶然似たような指輪が血塗れで転がっていたのかも知れないしな…)

ユミル「ベルトルさんの指輪なら、確か内側に私の名前が…


ユミル「!!!?」



ユミル「…」



ユミル「…はっ?……ば、馬…鹿だろ?お前……」ツッ…


ユミル「ひっぐ…な…何考えて……」ツツーーッ…


ユミル「何だよ…これ…」ポタッ



ユミル「私は、こんなの許可してねぇぞ…」ボタボタ…




ユミル「あ゛ぁあ゛ぁぁっ……もうっ!!」

ユミル「お前なんかっ!お前なんか!!大っ嫌いだっ!!!!…っ…ひっ…ぐ…」


ユミル「何でこんな事するんだよ!何でこんな…私は『うん』って言ってないだろっ!!」



ユミル「『ユミル・フーバー』だと!?…何で勝手に私の名前にお前の姓を足してんだよ…」


ユミル「くっそ…あの馬鹿…!!…ふぐっ……ぃっ……あ゛ぁっ…」ギュゥゥゥゥ…


ユミル(私は名だけでいいって…そう言っただろ?お前にもそう言ったよな…?)

ユミル(どうして今になって…) ゴシゴシゴシ…



   【名前って、私の指輪にお前の名前が入るのか?】


   【そう、結婚指輪だから相手の名前が入るんだ】


   【ってことはお前の指輪には私の名前が入ってるのか?】


   【そうだよ】



ユミル「お前、内緒にしてたんだな…。勝手に姓を足した事…。私が怒ると思って…」

ユミル「こんな形で知ることになるなんて、皮肉だな…」


ユミル(ベルトルさんにこの指輪を返そうか?…返したところで、もう意味は無い…)


ユミル「私の指輪も、もう手元にないんだ…」



ユミル「これはひとまず私が持っておこう」 ハァーッ キュッキュッキュッ…   スッ…



ユミル「本気、だったんだな…。お前の気持ちに嘘は無かった……」



ユミル「ハンカチは諦める…。それどころじゃなくなっちまった。心が荒れて痛いんだ…」







~ヤルケル区 大通りの繁華街~



ユミル(結局またここに戻ってきた)


ユミル(大通りを歩けば目立つ…何を考えてる?ベルトルさんに見つけて欲しいのか?)

ユミル(…馬鹿な女だな。わざと見付かって、「行くな!」って引き留めて欲しいんだろ?)


ユミル「そんな訳あるかよ…。私にだってプライドがある、戻れる訳ねぇんだよ…」


ユミル(迷ってるならアニの言った通り戻ったらどうだ?ベルトルさんは責めないぜ)



ユミル「うっせぇなっ!!…もう消えてくれよっ!」

ユミル「…指輪がなんだよ!あれはあいつの今の気持ちじゃないっ!!」


ユミル(私がマルセルを食った巨人だと分かる前の話だ…条件が違うんだ!自惚れるな…)


通りすがりの人々 ヒソヒソ… ヒソヒソ…



ユミル(くそっ…!声が…)バッ

ダッ… タッタッタッ…



ユミル(無意識に声が出てた…やべぇな、本格的に危ねぇヤツじゃねぇか…私)ハァ…


ユミル(裏通りへ逃げ込んだはいいが……ん?この道…見覚えが……)



ユミル「……あぁ」



ユミル「宝飾店…と、その隣の化粧品店だ」


ユミル「…」


ユミル「高価な物なんて何も持ってないと思っていたが、一つだけ持ってたな…」


ユミル(ベルトルさんの指輪は別として…)


ユミル「ここで買った口紅だ。…色はベルトルさんが選んでくれた。鮮血のような深紅」

ユミル(まだ一度も使って無い。悪ぃけど、これを返して当面の生活費にする…)

ユミル(さすがに無一文だと生き残れる気がしねぇ…。どこへ行くにしても金は必要だ)


ユミル「一度…この口紅、あいつの前で付けてみたかったな…」



   【うん。ユミルの肌は白いから…きっとこの色合いの赤が映えると思う】


   【綺麗だろうなぁ…】




ユミル「思い出すのはこんな事ばっかりだ…。でも、全部忘れないように覚えておこう」

ユミル「お前の言葉も、表情も…。それは私を苦しめるが、忘れられるはずがないから…」



~化粧品店~



売り子の姐さん「…ユミル?…あんた確かユミルって名前だっただろ!?」

ユミル「姐さん…」


売り子の姐さん「やっぱりあんただ!よく覚えてるよ!また遊びに来てくれたのかい?」

売り子の姐さん「そうそう、あんたのお仲間のさぁ金髪の小さい娘からの伝言聞いたよ!」

売り子の姐さん「ふふっ…私の化粧で2人の女の運命が変わったんだって?」


売り子の姐さん「ねぇ、その話さ!詳しく聞かせておくれよ!気になって仕方なくってね」

ユミル「…」


売り子の姐さん「そういやあの彼氏は今日は一緒じゃないのかい?」

売り子の姐さん「3日後にここを離れるって言ってたけど…3日後って、今日だったよね」


ユミル「姐さん…悪い。話すと長くなるから端折るけど、あいつとは別れたんだ」


売り子の姐さん「へぇ…あんなにお熱かったのにねぇ。まだ若いから次の恋もあるさ!」



ユミル「でさ…悪いんだけど、ここで買った口紅、返品させてくれないか?」

ユミル「まだ一度も使って無いんだ…。大切にしまっておいたから汚してもいない」

売り子の姐さん「…」


ユミル「この区を離れるのに金が要るんだ…財布を落としちまって、無一文でさ」

ユミル「10割返金してくれとは言わない…8割…いや5割でもいい!品を返すから金を…


売り子の姐さん「はぁ……ダメだね」


ユミル「!?」


ユミル「そ、そこを何とかならないか?」


売り子の姐さん「こっちも商売だ!使って無いってのが本当かどうか分からないし…」

売り子の姐さん「一度他人の手に渡った物を買い取って、他の客に売るなんて出来ない」



ユミル「…本当に、使って無いんだ」


売り子の姐さん「…」




ユミル「じゃ、金は要らない。これを返すから…また私に化粧をしてくれないか?」

ユミル「あの高級娼婦みたいな化粧じゃなくて、街娘に見えるような清楚な化粧を頼む」


売り子の姐さん「あの化粧は中央で今流行ってるんだ…まぁ、高級娼婦が発祥だけどね…」


売り子の姐さん「よく知ってたね、あの化粧。王都近辺に住んでいたことがあるのかい?」


ユミル「あぁ…以前にな…。これから王都まで行く。そのために化粧をした顔が必要だ」

ユミル「あとドレスな…。高級な物じゃなくていい…最低限、正装に見える服が欲しい」

ユミル「この口紅と引き換えに化粧で顔を作ってもらったら…ドレスをどっかで調達する」



ユミル(そうすればあの馬車に乗れる…)


ユミル(多分、その辺の民家から盗むことになるだろう…また以前の私に逆戻りだな…)






売り子の姐さん「…ユミル、何があったんだい?」


売り子の姐さん「兄さんの店で絶対別れない指輪を買ったのに…詳しく聞かせておくれよ」

売り子の姐さん「話してくれるなら化粧は無料でしてやる…。その口紅は大事に持ってな」


売り子の姐さん「だってあんたの彼氏が、あんたのために選んでくれた大事な口紅だろ?」



ユミル「…もう彼氏でも何でもないんだ」

グゥゥゥゥッ…



売り子の姐さん「…はっ……腹が鳴ってるよ!」ククッ…


売り子の姐さん「お昼はまだかい?上がっていきな。私もこれから遅めの昼食なんだ」

売り子の姐さん「大したものは無いけどね、あんたも食べていきなよ。話も聞きたいし」


ユミル「い…いいのか?」


売り子の姐さん「勿論さ!一人で食べるより二人の方が楽しいじゃないか、さぁこっちだ」




ユミル「ご馳走様!美味しかったよ」

売り子の姐さん「そうかい?夜も食べるつもりで多めに作っておいて良かったよ」


ユミル「そうだったのか…悪い事したな」

売り子の姐さん「いや、久々に兄さん以外の人と昼食を楽しんだわ。ありがと」

ユミル「いやいや…礼を言うのはこっちだ!ご馳走になった挙句、タダで化粧まで…




売り子の姐さん「さっきドレスが欲しいと言ってただろ?ここから好きな物を選びな…」シャッ

ユミル「…えっ!?」



売り子の姐さん「私の自慢のドレス、一着やるよ!あんたの事、本当に気に入ってるんだ」


売り子の姐さん「彼氏と別れる羽目になった話も聞かせてもらったしね…」



ユミル(巨人の事は伏せて、指輪紛失の事と仲間を殺した事だけを姐さんに話した…)


ユミル(あいつと別れた事について、姐さんは私を責めなかった…あの職人とは逆だ)


ユミル(ただ手を握り…母親みたいに頭を撫でてくれた…。涙を…拭いてくれたんだ…)






売り子の姐さん「問題はサイズが合うかどうかよね…あんたより私の方が胸が大きそうだ」


ユミル「…ん?」

ユミル(この紙袋…)


ユミル「姐さんもあの店で下着を買ったのか?」

売り子の姐さん「えっ?」

ユミル「ほら、これ…」



売り子の姐さん「あー…これね。実はこれ拾ったのよねぇ…無造作に捨ててあったから…」


ユミル「捨ててあった…?」


売り子の姐さん「買ったばっかりって感じだったのにさ。その下着はちょっと高級品だよ」


ユミル「…」


ユミル「姐さん…この紙袋、いや…下着さ…ひょっとしてこの街の高台の上にあった?」


売り子の姐さん「そうだけど…」



ユミル「中身、8割方『白』だっただろ?あといくつかはきわどい下着だった…。紐とか」


売り子の姐さん「あんた、よ…よく知ってるね…」


ユミル「それ!私の下着だよっ!!ちなみに選んだのは私じゃない!」



ユミル「全部あいつの趣味だからなっ、勘違いしないでくれ!!私は変態じゃない…」ハァハァ…


売り子の姐さん「…」

売り子の姐さん「なるほど…」


売り子の姐さん「さっき言ってた一昨日、高台で喧嘩して元彼氏が先に帰っちゃった時、」

売り子の姐さん「この下着もそのまま忘れて行っちゃったって訳ね…」



ユミル「あぁ…」


売り子の姐さん「2枚ほど使用済みだけど、返そうか…?」


ユミル「いや…いい。姐さんにやるよ。あいつから貰った物は全部置いてくつもりなんだ」

ユミル「ちょうど良かった。姐さんに借りを作ったままこの街を離れるのは気が引けて…」

ユミル「これを化粧の礼にさせてくれ」



売り子の姐さん「化粧だけ?この下着は高級品なんだ!化粧もドレスもあんたの物さ!」

売り子の姐さん「更におまけで、髪と爪も綺麗に整えてやるよ!…どうだい?」

売り子の姐さん「これで貸し借りは無しだ!…全部忘れてあんたは新しい人生を歩みな」


ユミル「じゃ…そうさせてもらう。ありがとう…姐さん」


売り子の姐さん「下着のサイズが同じなら、服も問題ないね!これなんか20年前のだけど」

売り子の姐さん「流行は繰り返すんだ!ちょうど今の流行りだね。あんたにはこれをやる」


ユミル「…20年前?」

ユミル「姐さん…あんた20年前から体型変わってないのか?てか年齢はいくつなんだ?」


売り子の姐さん「野暮なこと聞くんじゃないよ!女同士でも年齢は明かせないね」

売り子の姐さん「ま、あんたより年上ってのは確実だけどね!」アハハハ…


ユミル「…」







売り子の姐さん「よく似合うよ…ユミル。必要なくなったら、それ売ってもいいからね」

ユミル「売らないよ。姐さんが20年間も大事にしまってきたドレスだ。勿体ないからさ」

売り子の姐さん「いいんだよ!遠慮なく売り払いな!なるべく高くね。下着と交換なんだ」


ユミル「うん…姐さん、ありがと」



売り子の姐さん「事情は分かってる。急いで顔を作るよ!前より更にベッピンにしてやる」

ユミル「…頼む。あと1時間で馬車が出ちまう!それまでに何とか見れるようにしてくれ」

売り子の姐さん「まかせときな!」





売り子の姐さん「あの馬車さ、半年に1度…街の若い女を集めて中央に持ってくんだ」



ユミル「うん…?」


売り子の姐さん「泣いて戻って来る娘もいれば、偉くなったと勘違いして戻る娘もいる」


ユミル「うん…」


売り子の姐さん「二度と戻って来ない娘も沢山いるんだ…。何人も化粧を売ってやった」


ユミル「…娘から女にしてやったんだな、姐さんは」


売り子の姐さん「まぁね…。女を集める目的は知ってるだろ?安い労働力の確保と…

ユミル「金持ちの玩具としてだ、性のな…」


売り子の姐さん「…」



売り子の姐さん「ユミル、あんたはその馬車に乗ってどうするつもりだい?」


ユミル「さぁてな…まだ決めてないんだ…。貴族のお手付きにでもなるかな…」

売り子の姐さん「ふふっ…それは勘弁だって言ってただろ?やるなら王宮を目指しな!」

ユミル「あはは!…そんな私は器じゃねぇよ」


ユミル「冗談はさておいて、だ…。終着地は王都だろ?その前にこっそり抜け出すよ…」



ユミル「そうだ!ユトピア区にでも行ってみるかな…壁教を頼って飯を食わせてもらって」

ユミル「セーターやマフラーでも作って売ってみるか…。寒すぎて役に立たなさそうだが」


売り子の姐さん「ユトピア区?それこそ冗談だろ?」

売り子の姐さん「寒くて巨人すらも嫌がる捨てられた土地だよ。作物も育たないしさ…」

ユミル「そっか…。じゃ、どうしよっかな…」



売り子の姐さん「いっそのことさ、本当に上を目指しなよ。女優とか、ダンサーとかさ…」

売り子の姐さん「こんな美人、滅多にいないんだ!…勿体ない。この顔を使わないのはさ」




ユミル「…中身は醜悪な巨人だよ、姐さん」ボソッ


売り子の姐さん「…ん?」



ユミル「あと30分か…」




売り子の姐さん「あ!ちょっと待ってな」パタパタ…


ユミル「何やってるんだ?」


売り子の姐さん「時計を30分遅らせてるんだ」


ユミル「何のために?」


売り子の姐さん「そりゃあんたの華麗なる脱走劇を確実なものにするためにだよ…」


ユミル「はっ?」



売り子の姐さん「席が無いと困るだろ?」


ユミル「…?」




ガチャ… ギギッ


売り子の姐さん「ふぅ…間に合って良かった。うっかり忘れるとこだった…」



緑の瞳の少女「お姐さ~ん!お願いしてた化粧品、用意できてるぅ?」

売り子の姐さん「出来てるよ!そこのカウンターを見てみな。こっちは手が離せないんだ」

緑の瞳の少女「あぁっ!これこれ!!姐さんのお店はさ、王都で買うより安いって評判で」

売り子の姐さん「失礼な娘だね!まったく。うちの店は品質も王都の店に負けてないよ」


緑の瞳の少女「分かってます!お代はここに置いておくね。馬車がもうすぐ出ちゃうから」

売り子の姐さん「まぁ待ちなよ、まだ時間はあるだろ?ここで暇を潰していきな!」


緑の瞳の少女「…そう?」チラッ


緑の瞳の少女「ホントだ…!じゃぁもう少しゆっくりして行こうかな?これいい匂い…」


売り子の姐さん「気に入ったのがあったら言いな!2割ほどまけてやってもいいよ」

売り子の姐さん「ただし、1個だけね。よ~く考えて自分で選んで決めるんだ」


ユミル(よく考えて自分で選んで決める…)


緑の瞳の少女「えぇ~…1個だけかぁ…どれも素敵だなぁ…。う~ん…どうしよう……」





売り子の姐さん「さぁ、こっちも仕上げだ。あんたの口紅と紅筆を出しな!付けてやるよ」

ユミル「えっ…いや、これは…」



売り子の姐さん「彼氏には見せてやれないけど、代わりに私が見てやるよ!」

売り子の姐さん「この色はあんたによく似合う。あんたの彼氏はあんたをよく知ってるね」

クイクイ…  スウゥー


ユミル「…」




売り子の姐さん「使った事が分からないように上手に取ったからね。こっちは玄人だよ」

売り子の姐さん「向こうに着いたら、その口紅も質屋に売りな。良い値で売れるはずだ」

売り子の姐さん「必ず『新品』だって言うんだよ?買った時より高値で売れるかもね!」


ユミル「…そんな小細工までしてくれて、悪いな…姐さん」


売り子の姐さん「いいって!もう行きなよ…時間が無い。見送ってやれなくてすまないね」


ユミル「いや、なんてお礼を言っていいのか…姐さんは3人の女の運命を変えたんだ」


売り子の姐さん「ふふっ!残念ながらあんたは4人目だ」

ユミル「…4人目?」



売り子の姐さん「ほら、あそこで何を買うかを悩みまくっているお嬢ちゃん…」

売り子の姐さん「あんたが当てにしている馬車に乗る予定だったんだ」


ユミル「…えっ!?…あっ…まさか…それでさっき時計を遅らせて…

売り子の姐さん「そう。あの娘の母親から頼まれててね…。あの娘を引き留めてくれって」


ユミル「親に無断で応募したのか?あの娘」


売り子の姐さん「そうみたいね…。あの娘の母親とは旧知の仲でねぇ」

売り子の姐さん「自分が言っても聞きやしないから、ちょっと協力してくれってさぁ…」


売り子の姐さん「あんたが急に訪ねて来たからすっかり忘れるとこだった!」


ユミル「そっか…すまなかった」


売り子の姐さん「いやさ…こっちも助かった。あの娘の席を埋めてくれて、感謝してる」

売り子の姐さん「女が足りなくて焦って探しに来られても困るからね」



ユミル(どんなに言って聞かせても若くて好奇心旺盛な娘は親の言う事を聞かない…)

ユミル(自分の子供を守ろうとする親の気持ちってのは、人もカラスも同じだなんだな…)


ユミル「今回の件は姐さんと私…双方に利益があったんだ…」


売り子の姐さん「もう会えないと思ってたから、最後に会えて良かったよ…あと5分だ」

売り子の姐さん「走って行きな!!どんな選択をしても、あんたは幸せになる!」


売り子の姐さん「私はあんたが好きだよ!」


ユミル「…姐さん、……私も、姐さんが好きだ…。ありがとう…」


売り子の姐さん「泣いたら承知しないよ!化粧が崩れても直してやらないからね!!」

ユミル「あぁ!…もう泣かない!!行くよ…姐さん、元気でな!!」



売り子の姐さん「どこへ行っても頑張りなっ!!あんたが幸せになるのを信じてる!」






ユミル(信じてる…)タッタッタッ…


ユミル(3日前に会ったばかりの私を、姐さんは信じてるって言ってくれた…)


ユミル(赤の他人なのに、私の事情を知って…ドレスと化粧をくれた)ハァ…ハァ…


ユミル(アニ…すまない。帰るなんて出来ない。私は行くことに決めた!戻らないんだ…)


ユミル(お前は信じていたんだろう?私が戻ると信じていたから逃がしたんだ…)


ユミル(ジャンの馬を持ち出したとしても、門をくぐる前に…思い直して戻って来ると…)






タッタッタッタッ…


ユミル「はぁ…はぁ…はぁ…間に、合った…」


貴族の従者「間に合って良かったな!あんたが最後だ。名前を言ってくれ」


ユミル「…!?」

ユミル(こいつ、今朝のクソ野郎じゃねぇか!バレないか?私をブスって言いやがって)


貴族の従者「ほら、早く…時間が無いん……!!?おぅ、これは…えらい美人だな…」

ユミル「…は?」

貴族の従者「こいつは大当たりだ!競売…ゴホン…お披露目パーティで良い値で売れ…ゲフンッ



ユミル「…」

ユミル(ふぅ…バレてないな…。また鏡を見る暇が無かったが、何とかなったみたいだ)


ユミル「名前は『ペトラ』だ。よろしく頼…いえ、よろしくお願いします」 スッ


貴族の従者「ペトラちゃんだねぇ…こちらこそよろしくねぇ……」ハァ…ハァ…



ユミル(気持ち悪ぃ…)




貴族の従者「さぁ、乗った!これが今日最後の便だ!暗くなる前に宿場まで一気に進むよ」

貴族の従者「ペトラちゃんは特別に今夜の宿は私の隣の部屋にしてあげるよ…ふひひひっ」


ユミル ゾクゾクッ…

ユミル(鳥肌が…。宿に着いたら早いけど逃げ出すか…シーナに入ればどうとでもなる)


ユミル(無理して王都まで行く必要はない。あいつの指輪も…途中の河川に捨てる)

ユミル(あと1時間で船が出る。もうあいつら乗ったかな?クリスタ…泣いてないか?)

ユミル(アニはどうやってあいつらを言い包めたんだろう…お前は何を思ってるのかな…)



???≪ユミル!!≫


ユミル「えっ…?」


???≪ユミル!待って…行かないでっ!!行っちゃダメだっ!!≫


ユミル キョロキョロ…


ユミル(空耳か…こんなのが聞こえちまうほど未練があるのか。ベルトルさんに…)


ユミル(会いたい、会いたい、会いたい…最後にもう一度だけ…お前の顔が見たい…)


使用人の男「出発します!」ピシャッ!


ガラガラガガラ…


貴族の従者「おう!安全にな。だが素早くだ!事前に話はしてある。門は素通り出来る」

使用人の男「はい。いつもの通りに…」



ユミル(今ここで馬車を止めて船に乗ることは出来るか?…いや、無理だろ)

ユミル(ここで降りたとしても、船着き場まで1時間でたどり着ける訳がない…)

ユミル(このドレスと足では無理だ。馬も無い…。嫌だ…誰か、私を助けてくれ…)

ユミル(もう一度お前に会いたい…でも、全てが遅すぎるんだ!降りる事は出来ない)ガタガタ…



貴族の従者「ペトラちゃんどうしたんだい?震えているね…。もう戻れないんだよ?」

貴族の従者「分かるかい?自分で従女に応募したんだ…これが君の新しい人生だ」


ユミル「新しい…人生?」


ユミル(違う!私が望んだ人生じゃない!!)


貴族の従者「君が選んだ人生だ」

ユミル「私が選んだ…?」

貴族の従者「そう」



ユミル「…そっか…そうだったな」


ユミル(このまま真っ直ぐ…内側の開閉門を抜ければベルトルさんは追って来れない)

ユミル「これで本当にお別れなんだな…」


ガラガラガラガラ……


今日はここまで
読んでくれてありがとう

次もゆっくり更新です


次回はベルトルト視点で


乙と感想と保守、ありがとう!

1ヵ月も空けてしまった…

さすがにのんびりしすぎだと思うんだが
完結させたい一心で今もこれを書いてる

しかし全然話が進んでない



…ユミルが宿を離れる前夜

~宿屋の一室~



クリスタ「ユミル…」


ライナー「…クリスタ、眠れないのか?」


クリスタ「うん…」



ライナー「そろそろ灯りを消すか?室内が暗くなれば自然と眠くなるだろう…」






クリスタ「あのね…私、今からユミルの部屋に行ってくる」

ライナー「今からか…?」


クリスタ「ごめんね、ライナー…」


ライナー「アニに部屋を替わってもらうつもりか?」


クリスタ「うん…。ユミルのそばに居たいの」



ライナー「ユミルの事なら心配ない。アニが一緒なんだ…あいつはどこにも行かないさ」



ライナー(……嘘だ。ユミルはクリスタを俺に任せて、一人でこの街を離れるつもりだ)


ライナー(クリスタの命を俺に託した…。指輪の手入れ用品もクリスタに渡してくれと…)


ライナー(あいつ…今日はそのつもりで準備をしていたのか。道理で変だと思ったぜ)





クリスタ「でも彼女が心配なの。それに私と一緒だとライナーがベッドで寝てくれないし」

ライナー「ん?…あぁ、気にするな…。その、俺はソファーで構わないんだ。俺の都合だ」


クリスタ「そんなに気を使わなくても大丈夫だよ?私…ライナーの事、信じてるから…」



ライナー「…本当に、俺の都合なんだ」

ライナー(隣のベッドじゃさすがに眠れないからな…。クリスタと俺自身を守るためだ)



ライナー「お前を置いて行くわけないだろ?ユミルはずっとお前を見守ってきたんだ…」


クリスタ「うん…」




ライナー「部屋にはアニも居る。今頃、アニがユミルの愚痴を聞いてやってるはずだ」

ライナー「明朝にベルトルがユミルの部屋を訪ねて仲直りすれば、それで喧嘩は終了」

ライナー「そんなに深刻に捉える事はない」



クリスタ「そうなのかな?あんなに大騒ぎになったのに。…軽い喧嘩には見えなかった」




クリスタ「もうベルトルトにユミルは預けられない…。彼女を返してもらう…」

クリスタ「ユミルを泣かせるベルトルトは信用できない!ユミルに彼は必要ない」


クリスタ「明日、ユミルが一緒に行かないって言ったら…私もユミルと共にここを離れる」


ライナー「…!?」




クリスタ「ライナーから貰った指輪も、返しておく…。今外すからちょっと待っ…

ライナー「待て!それを外さないでくれ!クリスタ…」


クリスタ「えっ…」



ライナー「ベルトルとユミルを…信じてやってくれ。だからまだ指輪はお前の指に…」


クリスタ「ライナー…」



ライナー「あいつらの指輪は結婚指輪だ。ベルトルはそのつもりでユミルに指輪を贈った」

ライナー(それを失くしたせいでユミルと仲違いした。ま、他にも理由があるようだが…)



ライナー「少し気が早いが、『夫婦喧嘩は犬も食わない』って言葉がある…」

クリスタ「待ってよ!…ユミルは誰とも結婚なんかしてない!!」キッ…!


ライナー「あぁ、分かってる。だがこれは俺達が口を出す問題じゃない。少し待とう…」


クリスタ「…」




ライナー「ユミルは消えない。俺はそう思う」



クリスタ「私はユミルと一緒じゃないと行けない…どこにも。それだけは忘れないで…」



ライナー「……覚えておく」



ライナー(恐らくユミルは消える…。アニが上手く説得できればその限りではないが…)

ライナー(俺はクリスタを騙すことになるかも知れん…。辛い役回りを押し付けやがって)

ライナー(ユミル、行くな…。壁外にクリスタを逃がしたところで、クリスタの気持ちは…)


ライナー「はぁ……俺にどうしろってんだよ…。ユミルの奴…」






クリスタ「あっ…!ダメ…。やっぱり今夜はここで寝る…。ライナー、我儘でごめん…」

ライナー「あの約束を思い出したのか。謝らないでくれ…俺はむしろそうして欲しい!」


クリスタ「うん…私の方が忘れてた…」


ライナー(クリスタが俺に馴れるように仕向けた。絶対に部屋を交換しないと約束させた)

ライナー(ユミルが…な)


クリスタ「私がちゃんと約束を守ったら、ユミルも私のお願いを叶えてくれるって…」


ライナー「俺も覚えてるぞ。だが、お前に買った化粧品はユミルに使わせるためじゃな…

クリスタ「分かってる。でも私、ユミルのお化粧をした姿をどうしても見たかったから…」

クリスタ「私が約束を守れたら、私の化粧品を使ってユミルの顔に化粧をしたい!…って」

ライナー「無理やり約束させてたな…あの時のユミルの反応は見物だった!」ブフッ



クリスタ「あの時は、ユミルとアニとライナーの3人で私を囲むとは思わなかったな…」

ライナー「…すまん、部屋割りの事だな。色々と考えた結果、この組み合わせになった」

クリスタ「いいよ、もう…。私も『うん』って言っちゃったから……ただ、ちょっとね…」


クリスタ「大人の男の人の隣で寝るのって初めてだから…どんな風なのか想像出来なくて」

クリスタ「今も少し怖い…。ライナーが怖いんじゃないよ…初めての経験に戸惑ってるだけ」




ライナー「お、俺は…大人と言えば大人だが、年齢はお前と2つしか変わらないぞ?」


クリスタ「そうだね、なら私も大人なのかな?」



ライナー「15歳は子供じゃないか?」


クリスタ「でも早い人はもう子供を産んで母親になってるよ?私にその覚悟は無いけど…」



ライナー「こ、子供だと!?」///カァッ…

ライナー「いやいや、それは早いだろう!!」


クリスタ「うん…早いね。だから…その……えっと、そういう事はしないでね。ライナー」


ライナー「大丈夫だ、念を押さなくても!俺は急いでないんだ。お前が嫌がる事はしない」



クリスタ「ゆっくり、心が繋がってから…?」


ライナー「あ、あぁ…多分」ドキドキ…



ライナー(いや…まだそれを考えるに至らないと言うか…。クリスタの方が気が早いぞ…)



ライナー「も、もう寝るか、クリスタ!」


クリスタ「うん。ランプは私が消すね」


ライナー「頼む…」ギッ




クリスタ「あのね、ライナーが隣のベッドに来てくれたら、灯りを消す…」

ライナー「なっ…!?」ムクッ!


クリスタ「ふふっ…そのソファー、硬いから身体を悪くするよ。寝ても疲れが取れないし」

クリスタ「この宿のベッドはバネが強くて寝心地が良いから…ライナーもベッドで寝て…」



ライナー「だがしかし……クリスタ、お前…」

クリスタ「信じてる。あなたは私が嫌がる事はしないって…」



ライナー「そ、そうか…」ゴクッ


ギシッ…ギシッ…

フワッ…  モゾモゾ…





クリスタ「うん、良く出来ました!じゃ、ランプを消すね…」ニコッ


カチッ…… フッ…




ライナー「なぁ、クリスタ…」ギシッ


クリスタ「なに?ライナー…」




ライナー「俺はユミルにはなれない…。同性の友人のようにお前に接する事は出来ない」



クリスタ「うん…」




ライナー「一人の男として、お前を愛したい…。不自由はさせるが精一杯、お前を守る…」

ライナー「だから、俺から消えないでくれ…俺の目の前から…。俺にはお前しかいない」


クリスタ「私しか…いない…?」



クリスタ「嘘!ライナーにはアニもベルトルトもいるじゃない。あなたは一人じゃない!」

ライナー「アニもベルトルもいるが、俺に必要なのはクリスタ、お前だけなんだ」



ライナー「俺がこれからお前の人生に寄り添う事を、お前を愛し続ける事を許してくれ…」




クリスタ「私の人生に寄り添う…」


ライナー「急がない!だが伝えておく。嘘や偽りはない。…クリスタ、お前を愛している」





クリスタ「…」


クリスタ「あ、ありがとう…」ウルッ…


クリスタ(もう知ってたよ…あなたの気持ち。この「結婚指輪」を受け取った時から…)




クリスタ「寝よう…ライナー」

ライナー「おう!また明日な、クリスタ」





クリスタ(真っ直ぐな彼の言葉が、私の心臓を貫いている。顔を見られなくて良かった…)


クリスタ(ユミル、助けて!どうしてこんなに胸が苦しいの?…痛くて涙が溢れそうだよ)



~別の部屋の一室~



ベルトルト「ぐすっ……ユミル…」ゴシゴシ…  ギュッ……



アルミン「あ、あのさ…ベルトルト。ちょっと気持ちを楽にしてお風呂に入って来たら?」

アルミン「僕、今夜はこの部屋の浴槽にお湯を張ってもらったんだ。まだ温かいよ?」


ベルトルト「気持ちはありがたいけど、ユミルが心配だからこのまま部屋の外で寝てくる」


アルミン「…えっと、夜が明けるまで廊下で待つつもり?」


ベルトルト「うん…。それか、ユミルが部屋から出て来るまで待つつもり…」

ベルトルト「ユミルと話し合えるチャンスは、もう明日しかないから…。機会を逃せない」





アルミン「今頃アニと話してるんじゃないかな?女の子同士だし愚痴も言いたいでしょ」


ベルトルト「ユミルだってアニに言えない事はあるよ…。彼女の秘密は僕しか知らない…」


アルミン「ユミルの秘密…か」




アルミン(結局、今夜は教えてもらえなかった。今後の計画も彼らが隠してきた秘密も…)

アルミン(今日中に知っておきたい。そして僕の推測通りなら…今から準備をしておく…)

アルミン(ユミルとベルトルトの間に何があったのか知らないけど、僕には関係無い)

アルミン(私情は挟まない。僕のこれからの行動に、壁内全ての人の命がかかってるんだ)

アルミン(落ち着け…冷静に、心を殺せ。誰にも悟られないように、見抜かれないように)





アルミン「ベルトルト、とりあえずお風呂に入らない?言い難いけど…その、臭いがね…」


ベルトルト「えっ!?」ビクッ


ベルトルト「…あの…アルミン…僕…そんなに、臭う…?」クンクン…



アルミン「汗の臭いがちょっと…。お風呂を使えるのは今だけだよ。明日は忙しいし」

アルミン「服も着替えなよ。…悪い事は言わない、今日は一日中走り回ってたんでしょ?」



ベルトルト「うん…。ずっと動き回ってた」

ベルトルト「大事な指輪を落としたんだ。色んな所を探して回って…結局見付からなくて…」



アルミン「そっか…大変だったね。指輪って昼にユミルが磨いてた指輪と何か関係がある?」


ベルトルト「…ユミル、昼に指輪を磨いてたの?錆びないように…」

アルミン「そうだよ。割と本格的な道具でさ!…この街で手入れ用品を買ったんだって」


アルミン「一度も使わないなんて勿体ないって…キレイに磨き終えた指輪も見せてくれた」



ベルトルト「…ユミル……う゛ぐぅ…」グスッ…


アルミン「『その指輪、気に入ってるの?』って聞いたら『気に入ってた』って彼女がさ…」



ベルトルト「…か、過去形!?」


アルミン「言い間違えたのかな?」




ベルトルト「…」ギュッ…






アルミン「ユミルの事が気になるなら、君がお風呂に入ってる間、僕が彼女を見てるよ」


ベルトルト「!?」


アルミン「部屋を見張ってればいいんだよね?ユミルが勝手に宿を出て行かないように」


ベルトルト「う、うん…そう!…いいの?」


アルミン「いいよ!もしユミルがこっそり出て行こうとしたらアニと二人で止めるから…」


アルミン「心配しないで汗を流してきなよ。これで少しは安心できた?」



ベルトルト「あ、ありがとう!!アルミン…」


ベルトルト「さっきユミルに別れを告げられたんだ…。彼女は僕の前から姿を消す気で…」

アルミン「へぇ…じゃ、クリスタも一緒に?」


ベルトルト「分からない…。僕もそれを訊いてみたけど、ユミルは返事をしなかった」




アルミン「そう…」



アルミン(なぜ君が急に2週間分の薬が欲しいと言ってきたのか、理由が分かったよ)

アルミン(君はもう、僕らと一緒に行く気は無いんだ。ベルトルトに別れを告げた後…)

アルミン(この街を離れるつもりだった。一人でどこか遠くへ…。ユミル、君が羨ましい)

アルミン(僕にはそれを実行に移す勇気が無い。…ミカサやエレンはどうしているだろう)



ベルトルト「じゃ、アルミンごめん…。お風呂に入ってくるよ。すぐに出るから…」

アルミン「ゆっくり浸かりなよ。気分転換にもなるし、身体を洗って温まっておいでよ」


アルミン「僕はこれから廊下に出て、ユミルとアニの部屋のドアを見張ってるから」


ベルトルト「うん…本当にごめん…」



アルミン「夜食も何か頼んでおくよ。…よし!まだ酒場は開いてる時間だな」

ベルトルト「いっ…いや!それは要らない!食欲が無いんだ……今は何も食べたくない…」

アルミン「でも食べないと倒れちゃうよ?吐いてもいいから食べるんだ!あぁ、そうだ…」



アルミン「『水が足りない水車は動かない』って言葉を知ってる?」


ベルトルト「ごめん…知らない……」



アルミン「『お腹が減ってたら何も出来ない』って意味。君は明日もユミルと戦わなきゃ!」



ベルトルト「戦う?」

アルミン「そう!言葉で」


ベルトルト「ユミルと言葉で戦う…」


ベルトルト フルフル…


ベルトルト「嫌だ…僕は戦わない。話し合うだけ。彼女を傷つけたくないんだ…これ以上」

アルミン「別に殴り合う訳じゃないよ…ただの言葉のあやだ」



アルミン「とにかく今の君に必要なものは栄養と休息!しっかり食べて明日に備えようか」




ベルトルト「…」


ベルトルト「アルミン…」

アルミン「ん?」



ベルトルト「僕の故郷ではこう言うんだ。『水が足りない水車は動かない』じゃなくて」


ベルトルト「『腹が減っては戦はできぬ』って…。意味は同じだよ。戦は戦争って意味だね」



アルミン「その言葉、僕は聞いた事が無い。戦争が身近では無かったんだ…5年前までは」

ベルトルト「そ、そうだよね…古い言葉なのかな…」



ベルトルト「お風呂から出たら何か食べるよ。頼んでもらってもいい?迷惑かけてごめん」


アルミン「あ、ううん…構わないよ!」


アルミン「水も…用意しておくね……」


ベルトルト「うん…。ありがとう…」




アルミン(ねぇ…君の故郷ってどこにあるの?…その言葉は一般的じゃないみたいだ)






アルミン(ごめん…ベルトルト。ユミルの部屋を見張るって言ったのは、全くの嘘だよ)


アルミン(むしろ僕は、ユミルが逃げてくれる事を望んでいる…。彼女が向かう先は…)

アルミン(恐らくカラネス区の調査兵団屯所。壁外調査で死ななければそこに彼らがいる)

アルミン(エルヴィン団長に事情を話し、兵籍を復活させてもらって彼女は元の生活へ…)

アルミン(そうなる事を僕は祈っている…。僕の話をしてよ、ユミル。エレンとミカサに)

アルミン(僕の状況は伝えなくていい。今までの僕の行動を、僕の覚悟を二人に伝えて)

アルミン(これから先に起こる出来事をいつか彼らが耳にした時、何を思うのかな…?)


アルミン(僕は確信してる。エレンもミカサも、僕のこれからの行動を肯定してくれると)

アルミン(この孤独な戦いは報われるんだ。壁内中の人間が、僕を人殺しだと罵っても…)

アルミン(あの二人だけは、僕は間違ってなかったのだと…そう信じてくれるはずだから)



アルミン「だから、僕は頑張れる…」






コトン… コプコプコプ…

スッ パラッ サラサラサラ…



アルミン(これでいい…)





アルミン「あ…!」


アルミン(薬ってさ、確か体重で量が決まるんだっけ…。君は身体が大きいから)

アルミン「念のためもう一包み、追加しておこう」


ピッ…  サラサラサラ…



アルミン(失敗は出来ない。確実に飲ませる)







パタン…


ベルトルト「上がったよ、アルミン」

アルミン「!?」ビクッ


アルミン「は、早かったね…」サッ




ベルトルト「何でここに居るの…?廊下でユミルの部屋を見張っててくれるはずじゃ…



アルミン「部屋から小さく話し声が聞こえてね。ずっとアニと話し込んでるみたいで…」

アルミン「ちょっと部屋に戻ってた。あの様子なら今夜中に居なくなるって事は無いよ…」



アルミン「第一、アニが許さないんじゃないかな?ユミルが僕らから逃げ出す事を…」



ベルトルト「そっか…。うん、そうだね!」


ベルトルト「アニは誰よりもこの計画の成功を願ってるから…ユミルを手放したりしない」




アルミン「少し眠る?ベルトルト」


ベルトルト「うん…。でも廊下で眠る。ユミルの部屋のドアに身体を預けて寝る…」


アルミン「…し、慎重だね。えっと…それってユミルが逃げないように?」


ベルトルト「そう、これなら見逃すことは無いから。僕から逃げ出されないように…」





アルミン「そんなにユミルが好きなの?」


ベルトルト「うん…」




ベルトルト「彼女は情けない僕の事なんて嫌いになったかも知れないけど…僕は好き…」

アルミン「待って…泣かすつもりはないんだ!!」


ベルトルト「うん…うん……分かってる!」グスッ… ゴシゴシ…






アルミン「これ、食べてね。さっき酒場の給仕さんが持って来てくれたよ」



ベルトルト「クラブサンド?」


アルミン「そう!宿の名物なんだ。中央に馬を売りに行った時、アニが用意してくれてね」

アルミン「すごく美味しかったから、ベルトルトにも食べてもらおうと思って…」



ベルトルト「ふふっ…そっか!美味しかったんだ…。アニって気が利くでしょ?」ニコッ



アルミン「やっと笑った…。アニは気も利くし、本当は優しくて、可愛い女の子なんだ」



ベルトルト「僕は知ってたよ。昔から…」カプッ… モグモグ…


アルミン(ライナーはアニの事を妹のように思っていると言っていた…)

アルミン(ベルトルトもアニを昔から知っていた。君達はこの関係を隠してきたんだ…)




ベルトルト「これを食べるのは2回目なんだ」

アルミン「そうなの?」


ベルトルト「ユミルも気に入ってた。美味しかったって…」ゴクン…




アルミン「あ、ユミルってさ…レモン水、好き?昨夜、部屋で飲んでたんだけど…」


ベルトルト「また頼んだの?じゃ、好きなんだね。昨日の朝食の時にも注文してたよ」


ベルトルト「美容に良いんだってね。クリスタも一気飲みしてた…。アニも飲むのかな?」


アルミン「薬との飲み合わせ的には良くないんだ。痛み止めが効かなくなっちゃうから」


ベルトルト「…そ、そう」




アルミン「明日、宿を出る前に裏の井戸水を汲ませてもらおうと思っててさ」


アルミン「ついでに明日の朝市でレモンを買って、レモン水でも作ってみようかな…って」


ベルトルト「うん、いいね!次にレモンを口にするのは何年後になるか分からないし…」


アルミン「…」




ベルトルト「食べれないと思ってたけど、結構食べれるもんだね…。アルミンのおかげだ」

アルミン「食欲が出てきて良かった。さ、水も飲んで…」ソッ…



ベルトルト「ありがとう…今日のアルミンは、まるでライナーみたいだ」ガタッ


アルミン「んっ…?」


ベルトルト「今日の昼、ライナーがパンと水をくれてね。今の君と同じことをしてくれた」

ベルトルト「心配かけてごめん…。明日、ユミルとちゃんと話し合って仲直りするから…」




グッ…  ゴクッ…ゴクゴクッ…




ベルトルト「ぷ…はぁ……っ…」フゥーーッ…


アルミン(飲んだ!)





ベルトルト「あ…れ…?目が回る…」クラッ



アルミン「疲れたんだね、ベルトルト」


ベルトルト「立ってられない、なん…で?」フラフラ…

アルミン「少し休んだ方がいいよ」


アルミン「ほら、ベッドはこっちだよ!」グイッ




ベルトルト「だ…め……ぼくは…ユミルの…とこ…ろ…へ……


パフン…





アルミン「おやすみ、朝までね」


ベルトルト「…」




ベルトルト「………」グゥ…







アルミン「あの薬局で買った眠り薬、こんなに強かったんだ…量が多すぎたかな?」




アルミン「…さて、楽しくも無い実験を始めようか」


アルミン「エレンの時はすぐに治癒が始まっていた気がする。でも君達は、多分違うんだ」

アルミン「君達はあまり怪我をしなかったけど、たまに擦り傷を作る時があったよね…」

アルミン「すぐ治癒が始まったらみんなが怪しむ。きっと治さない選択も出来るんだ」

アルミン「巨人の能力に練度があるとして…君はどれだけの間、修復を我慢できるの?」


アルミン「意識を失うほど深く寝入ってしまったら治癒能力はどうなる?…ベルトルト」



アルミン「ライナー、君のせいだ。今夜、隠してきた秘密を教えてくれるって言ってたのに」


アルミン「もう時間が無いんだ。僕は確かめておかなきゃならない!君達の正体を…」




アルミン「ちょっと痛いけど、我慢してよ」 スッ…  ピトッ  プツッ… 

ベルトルト「…」


アルミン(痛みに反応しない…。相当深く寝入ってる…)


ベルトルト ツツーッ…



アルミン「!!?」

アルミン(ベルトルト…君はやっぱり……)




ベルトルト シュゥゥゥゥゥ…






アルミン「これでハッキリした。今後のための準備を進めておく…もしもの時に備えて…」


アルミン「ずっと騙してきたのか…僕やみんなを…。ははっ…酷いや、君達は最低だよ」


アルミン「もう傷が塞がっちゃった。おやすみ、ベルトルト…今はゆっくり休んでいいよ」





脱走から6日目・昼

壁外調査まであと2日


~ウォール・シーナ西 突出区~

ヤルケル区内 中流階級の宿屋の一室




ベルトルト「ん………ぁ…僕、いつの間に寝ちゃってたんだ…」スゥッ…



ベルトルト(ドアの向こうから、クリスタの…声…?)




クリスタ「アニ!…ユミルは?ユミルはまだ戻らないの!?」



アニ「ちょっと落ち着きな、クリスタ」

アニ「朝から何度も言ってるだろ?ユミルは散歩に出掛けてるって…その内帰ってくるよ」


クリスタ「でも!そんな事言ったって、もう6時間は戻って来てない!!おかしいよっ!」



アニ「誰だって一人になりたい時はある。ユミルを信じて待っててやるんだ…クリスタ」


クリスタ「…」




アニ「心配しなくていい…。ほら、見てみな。ユミルは荷物を全部置いてった」クイッ


アニ「おまけに財布を落としたせいで金も無い。ユミルはどこへも行けやしないんだ…」


アニ「ここに戻って来るしかないのさ…」



クリスタ「私…もう一度、ユミルを探してくる…」


アニ「勝手にしな。だけど遠くへ行くんじゃないよ」

アニ「ユミルが戻って来た時、今度はあんたを探しに行かなきゃならなくなるからね」



クリスタ「分かった…」クルッ






ベルトルト(ユミルが…戻って来てない?……6時間も…散歩に出たまま…)

ベルトルト「……って!今、何時!?アルミン!!」ガバッ!


ベルトルト「アルミン…?」キョロキョロ…



ベルトルト「一体、どこへ……あっ…」ズキッ…!

ベルトルト「いっ…たぁ……。少し頭が痛い…お酒を飲んだ後みたいだ。身体もだるい…」


ベルトルト ブンブン…




ベルトルト「それよりユミルだ!!」ギシッ…










アニ「ようやく起きたのかい?」


ベルトルト「う…うん。今の時間は?」

アニ「昼過ぎ」




ベルトルト「そ、そんな…僕、そんなに…」

アニ「大寝坊だ。緊張して朝方まで眠れなかったんだろ?日の出の直前に眠ったとかさ…」


ベルトルト「よく、覚えてないんだ。お風呂から出た後、水を飲んだら急に眠くなって…」


アニ「急に眠くなった?」

ベルトルト「うん…全身の力が抜けて、頭が重くなって、目も開けていられなくって…」


ベルトルト「最後の方は記憶が無い…」


アニ(アルミンが大量に薬を買ってたけど、まさか…。いや、そんな事をする理由が無い)




アニ「とにかくあんたは明け方この部屋に来なかった。ユミルは気分転換と称して散歩中」

アニ「私らに出来る事は今の所、無い」


ベルトルト「散歩中…?」




アニ「14時までにこの宿に戻ってくればいいけど…ダメなら船着き場で17時まで待つ…」


ベルトルト「そんな悠長な事言ってる場合じゃないだろ!ユミルが戻って来なかったら…

アニ「戻って来なかったら、ベルトル…あんたのせいだよ。私が責められるいわれは無い!」


ベルトルト「うっ……」グッ





アニ「荷物は全部残ってるって言っただろ?…その内帰って来るさ、散歩に飽きたらね」

アニ「ユミルを信じてここで大人しく待っていてやりなよ…ベルトル」


アニ「戻って来る方だって勇気がいる。慌てず騒がず、戻って来たら抱きしめてやりな…」





ベルトルト「アニ、君はユミルの事…何も分かってない……」



アニ「はっ?」



ベルトルト「ユミルはね、僕の事が好きだったんだ!!訓練兵の頃からずっと!」



アニ「…で?」




ベルトルト「ずっと好きだったのに、ずっと僕を無視してた!存在していないかのように」


ベルトルト「彼女はそれが出来ちゃうんだ…一度こうと決めたら、誰の言葉も届かない」


ベルトルト「だから…彼女が僕から逃げるって決めたのなら…彼女は絶対逃げる…!」


ベルトルト「本当は逃げたくなくて僕のそばに居たかったとしても、ユミルは逃げるんだ」




アニ「はぁ……面倒な性格だね…」



アニ「だけど逃げられる訳はない。この街…いや、シーナじゃ金が無きゃ何も出来ない」


アニ「ユミルの荷物は全部ここに残ってるんだ…」



ベルトルト「早くユミルを見付けないと!お金が必要なら彼女は…いや、彼女はもう…






バンッ!!


クリスタ「アニ…私を、騙したのね!!」

アニ「いきなり何?ドアは静かに開けな!あと、騙したとか…人聞きが悪い…」



クリスタ「さっきライナーと会ったの!」


クリスタ「彼は厩舎の管理をしている人に呼び止められてて、こんな話をしていた…」


クリスタ「お仲間の黒髪の女性が、明け方にお預かりしている馬を持ち出そうとしていた」

クリスタ「ライナー様の許可が無ければ馬をお渡しできないと言ったら、彼女は…」


クリスタ「『仲間の了解は得ている!アニに確認してくれ!』…そう言ってたって!!」



アニ「…」




クリスタ「どういう事…?説明して、アニ」



アニ「もう、充分だろ?」ハァ…

クリスタ「…えっ?」



アニ「ユミル…私は時間を稼いだ。ベルトルは寝てただけだけど…。そろそろ戻ってきな」


アニ「一人になって、色々と考えただろ?」




ベルトルト「アニ…。ユミルを逃がしたの?」


ベルトルト「どうして僕らの馬をユミルに渡そうとしたんだよ…それじゃまるで…

アニ「ユミルを信じたんだ。もし戻って来なかったとしたら、全部あんたの責任だから!」



ベルトルト「全部、僕の責任…?」




アニ「ユミルはね、ここで待ってたんだ!あんたが明け方にこの部屋を訪ねて来るのを…」


ベルトルト「……ごめん、本当に」ギュッ



アニ「そりゃ理由があるだろうさ!!疲れていたとか、つい寝過ごしてしまった…とか」

アニ(あるいは、薬を盛られた…とかね)


アニ「でもそんな事、ユミルには関係ない!この部屋で少しあんたを待ち、出て行った」


ベルトルト「僕が時間通りに部屋を訪ねて来なかったから…また、ユミルを傷つけた…」




アニ「ユミルを逃がしたのは私かい?それともあんたかい?……どう思う?クリスタ…」

クリスタ「ベルトルトの事なんてどうでもいいよ!!私もユミルと一緒に行く!」



アニ「クリスタ…現実を見な。あんたはユミルに置いて行かれたんだ。諦めるんだね」

クリスタ「嘘っ!そんなの信じない!!ユミルが私を置いて行くはずない!!」ググッ


アニ「じゃ、そのうち戻って来るだろ…。昼食でも食べながら待ってなよ。…二人とも」





ベルトルト「クリスタ…ユミルは馬を持ち出せなかった。そうだったよね?」


クリスタ「あなたとは話したくない…」プィッ


ベルトルト「クリスタ!今はそんな事を言ってる場合じゃないんだ!!ユミルが…


クリスタ「ユミルは私が見付ける!もう一度探してくる!!今度はもう少し遠くまで…


アニ「ダメだ!本当に入れ違いになると困るんだ!!それに私は戻って来るって信じてる」



アニ「それとも何かい?この中でユミルが戻って来るって信じてるのは私だけなの!?」



ベルトルト「…」


クリスタ「…」




アニ「ユミルは馬を連れ出せなかった…」

アニ「となると、もうこの街から出る手段は無い」


クリスタ「それはどういう意味?出る手段がないって…どういう事なの?」



アニ「ヤルケル区の…いや、一般的にシーナの開閉扉は、外側から内側に入るのが難しい」


ベルトルト「うん…」


アニ「憲兵団に入団した直後、ストヘス区の検問所に行かされた事がある。…研修でね」


クリスタ「研修?」


アニ「職務を遂行するにあたっての心構えを学ばされたんだ…。不法移民の取り扱いとか」

クリスタ「…」


アニ「その時に『入区許可証』の偽造の仕方を覚えた。ここに入る時に使ったアレだよ」


ベルトルト「アレは本当に良く出来ていた…」



アニ「でね、入る時は大変なんだけど出る時は検査が甘いんだ。理由は簡単…」

アニ「憲兵団は…いや、検問所の兵士達は自分たちの審査に絶対の自信を持ってるからね」

アニ「入る時は水も漏らさぬ検査体制だが、出る時は不届き者はいないと言う前提で出す」


ベルトルト「うん…」




アニ「だが、明らかに怪しい奴は止められる」


アニ「シーナに入れる奴はそれなりの地位がある。徒歩で開閉扉を通過しようとすれば…」



ベルトルト「あっ…!」


クリスタ「馬を持ち出せなかったユミルは…開閉扉を抜けられない!」



アニ「そう…素通りできるのは馬か馬車に乗ってる奴だけ。馬は一般に手に入らない」



ベルトルト「生産者は別だけど、馬を持つことが出来るのは少し地位が上の人間だけだ」

クリスタ「馬は高価な生き物…だから…」

アニ「徒歩なら確実に検問に引っ掛かる。素性を調べ上げられて、不法入区がバレたら…」



クリスタ「そんな事になったら、ユミルは…」




アニ「あいつは今、馬車にも乗れやしない。金も貸してやるって言ったのに、断られてね」


ベルトルト「アニ!!」



アニ「ちょっと!急に大声出さないで…。耳が痛い」

アニ「ここまでお膳立てすれば逆に気が引けて、考え直して戻って来ると思ったんだよ」


クリスタ「でも、戻って来ないじゃない!!」グスッ…



アニ「あぁ、どうにか金を工面して乗合馬車に乗ったのかも。誰かの財布を拾ったとか…」


ベルトルト「…!?」



ベルトルト「くそっ……ここでじっと待ってるなんて出来ない!!今から探しに…

アニ「ちょっと待ちな。ユミルの荷物を片付けるの手伝ってくれない?幌馬車に積んでおく」


アニ「ギリギリまで待つけど…もう昼過ぎだ。戻って来ないと考えて出来る事はしておくよ」




クリスタ「ねぇ、これ本当にユミルの荷物なの?よく見ると見慣れない物ばかり…」



ベルトルト「いや、全部…ユミルの物だ……」



クリスタ「待って、トランクがないよ!兵舎から出る時に持ち出したユミルのトランクが…」

クリスタ「彼女のお気に入りの服も無いし…。アニ!ここにユミルの荷物なんて一つも…


ベルトルト「クリスタ…違うんだ…。これは、僕が買ったんだ…」




ベルトルト「このヤルケル区に来てから…二人で足りない物を買い揃えて…」


ベルトルト「あれも…これも……ここにあるのは全部僕が買った物だ…」


アニ(ベルトルから貰った物は、全部置いて行く。持って行く物は自分の荷物だけ…)

アニ(確かにそう言ってたね、ユミル…)





ベルトルト「あっ……これ…」スッ…  パラッ…

クリスタ「…男性用のズボン?」


ベルトルト「…」



ベルトルト「…ぐすっ……何で…?」


ベルトルト「僕は急いでないって、落ち着いたら隣で縫って欲しいって、そう言ったのに」


クリスタ「この裁縫箱も置いて行ったんだ…。ベルトルトが贈ってくれたって言ってた…」




アニ「これ、最後まで編めなかったんだね。荷物を整理してる時に撫でてるのを見た」


ベルトルト「……えっ!?」バッ



ベルトルト「僕の…マフラーだ……」

クリスタ「マフラーは完成してるのに、手袋は片方だけ…」



ベルトルト「何でだよ!!?これも急がないって…」

ベルトルト「これじゃ本当に…永遠の別れみたいじゃないか!!」グスッ…



クリスタ「上手だね…ユミルが作ったの?こんな特技があるなんて今まで知らなかった…」


アニ「確かに上手だけど、赤と青の毛糸だけだと見た目がいまいちだね…そのマフラー」

アニ「白もあるんだからそれも使えばもっと見栄えがしたんじゃないか?手袋も…」



ベルトルト「わざと使わなかったんだ」


アニ「はぁ?」



ベルトルト「僕が『白』はユミルの色だって言ったから、『自分の色』は使わなかった…」

ベルトルト「自分を連想させないように。…なのかな?無駄な努力だけど」


ベルトルト「ユミルは、悔いを残さないように心残りを仕上げて置いてった…」

ベルトルト「僕のズボンを繕って、マフラーと手袋を編んで、それを僕に残して去った」


ベルトルト「そっか…高台で『左手を出せ』って言ったのは手袋を作るためだったのか…」


ベルトルト「あの時は僕と別れるためじゃなくて…内緒で作って僕を驚かせようと…」




ベルトルト「ユミル……ひっぐ……」ポロポロ…


アニ「…」




クリスタ「ズボンのポケットに何か入ってるよ……これ、ユミルの指輪?」コロン…


ベルトルト「…ゆ、指輪!?……ちょっとクリスタ!それ貸して!!」バッ キラッ




ベルトルト「…」ジィッ…


アニ「あんたに返すって意味だろうね」



ベルトルト「う゛ぅっ……僕は、返せなんて言ってないのに…」ギュゥゥゥゥ…


クリスタ「もう要らないんでしょ…。ユミルに、あなたは……」


ベルトルト「…っ!!」



ベルトルト「うるさいなっ!!彼女は、『返せって言われても絶対返さない』って!」キッ

ベルトルト「あの時は、本当に幸せそうに…嬉しそうに言ったんだよ!!僕に…!」



ベルトルト「…どうして?何で一人で行っちゃったんだ…。僕のそばに居たくないから?」


ベルトルト「僕が逃げ出したから?信用できないから?マルセルの事はもういいって…

アニ「マルセル?」



ライナー「おい!お前ら…アルミンを見なかったか?それとそろそろ出発の準備をするぞ」


ライナー「ベルトル、アニ、手筈通り立体機動装置を付けておけ。何があるか分からん」

ライナー「ちょうど天気も曇りだ。その上から雨具を羽織っても別に不自然じゃないだろ」

ライナー「ユミルはまだ戻らないのか?のん気な奴だな…ま、そのうち戻るだろ!」

ライナー「手荷物以外は全部幌馬車に乗せておくんだ。クリスタは外套を着ておけよ?」

ライナー「アニがシーナで買って来ておいたんだ。これから外を移動するからな」ニカッ


ライナー「どうかしたか?まるで葬式みたいな雰囲気だが…」




アニ「あんた、タイミング悪すぎ。空気読みな…」


ライナー「…ん?」







ベルトルト「ユミルを探してくる…」


ベルトルト「彼女はこの街から出られない。だから、まだこの街のどこかに居る…」



ベルトルト「クリスタ、君はライナーのそばに居て!絶対に僕がユミルを連れて来るから」


クリスタ「あなたには従わない…。ユミルは私と一緒に戻るの!調査兵団に…」


ライナー「クリスタ…」




ベルトルト「それはユミルが見付かった後で二人で相談すればいい…」

ベルトルト「ユミルが君と一緒に行きたいのなら、僕は止めない」


クリスタ「えっ…?」




ベルトルト「ただし、そうなったら僕も一緒に行く。ユミルが行きたい所へ…」


アニ「ベルトル…」



ベルトルト「じゃ、行ってくる!14時に間に合わなかったら先に船で待っていて!」


ベルトルト「もし船の出発時間にも間に合わなかったら…僕らを置いて行って欲しい…」


アニ「まぁ、4人でも何とかなるように編成出来るけど。私らが生き残れる確率は下がる」

ベルトルト「そうはならないように最善を尽くすよ…」




ライナー「ベルトル!さっきも言ったが立体機動装置を忘れるな!失敗は出来ないんだ」

ライナー「もし運悪く憲兵に追われる事態になったとしても、それがあれば逃げ切れる」



ベルトルト「…分かってる」






~表通りの商業街~



ベルトルト(まずは人が多い繁華街で目撃情報を集めるべきなんだろうけど…)

ベルトルト(僕から隠れたいユミルがそんな目立つ所に居るとは思えない…)ハァ…ハァ…


ベルトルト「馬…借りてくれば良かったかな…。走るよりは効率的だ」ガチャガチャガチャ…


ベルトルト(立体機動装置も重いし…雨具もかさ張って走りづらい)ガチャガチャ…

ベルトルト(だけど派手に馬を走らせたりしたら、ユミルが先に僕を見付けて逃げられる)




ベルトルト「まったく…君って、手が掛かるお姫様だ。…どうして僕らはこうなんだ!」


ベルトルト「僕はいつも君を追い掛けてばかりで…さすがに僕も今度ばかりは呆れるよ」



ベルトルト(でも、やっと振り向いてくれたのに…想いが通じたのに…僕は君を…)


ベルトルト「手放すなんて、絶対に出来ない!!」







ベルトルト「………いない」 ハァーーーッ…


ベルトルト(闇雲に探してもダメだ…ユミルが行きそうな場所を考えないと…)



ベルトルト「一昨日、この辺の食堂で食べた料理が美味しかったって言ってた…」

ベルトルト「僕も、一緒に行きたかったな…」


ベルトルト「…次のクロルバ区でユミルと一緒に行けばいい!今は前を向いて探すだけだ」



ベルトルト(この街に僕らの知り合いはいない…。そう思ってたけど、そうじゃない)


ベルトルト(僕らは知り合った。貧民街の母子、宝飾店のおじさんと化粧品店のお姐さん)

ベルトルト(あと…高級仕立て屋のご主人と、その下で働く…よく喋るお針子さん…)



ベルトルト「もしかしたらこの中の誰かに頼んで匿ってもらっているのかも知れない…」

ベルトルト「手掛かりがない以上、可能性のある場所は全部確かめておきたい…!」


ベルトルト「もうすぐ14時を回る。みんな今頃、宿を出たはずだ。船が出るのは17時…」

ベルトルト「まだ3時間もある…。絶対に諦めない!もし君が見付からなかったら…」




ベルトルト「僕もここに残るよ、ユミル。壁内中の壁を壊したら君は姿を見せてくれる?」


ベルトルト「もう…それでもいい」



ベルトルト「最後に君に会えたら、死んでもいい…。君が先に死んでたら僕も後を追う…」




~繁華街の裏通り~



ベルトルト「一番初めにここに来たのは、さっきまでいた商業街から一番近かったから…」


ベルトルト(ただそれだけの理由…)


ベルトルト「指輪を失くした手前、店に入るのは勇気がいった…」


ベルトルト「多分、そうだとは思ってたけど…ユミルは来てなかった」



ベルトルト(ユミルの指輪はここにある…。絶対別れない指輪を置いて行った彼女だって)

ベルトルト(ここには立ち寄りにくいだろう…)





ベルトルト「結局、何の手掛かりも得られなかった…」


ベルトルト(一応、隣の化粧品店にも寄ってみようか?)


ベルトルト「はぁ…こっちも入りづらい…。もしユミルを探している理由を聞かれたら…」

ベルトルト「いや、今は藁にも縋る思いだ!!」グッ




ギギッ…


~宝飾店隣、化粧品店~



ベルトルト「…あの…すいません……」

ベルトルト(留守…じゃないよね?お店の入り口に鍵は掛かってなかった…)


ベルトルト「あ、あの!」



売り子の姐さん「…あんた…こないだの、ユミルの彼氏?」ヒョイッ

ベルトルト「!?」ビクッ



ベルトルト「ぼ…僕の事、覚えてるの?」

売り子の姐さん「ちょっと待ちな!今そっちへ行く」





売り子の姐さん「見慣れない格好だね…。今日は雨でも降る予定なのかい?その雨具」


ベルトルト「いえ…ちょっと…」


ベルトルト「そんな事より!えっと、こないだ一緒に来た黒髪の女の子来てませんか?」


売り子の姐さん「ユミルの事?」

ベルトルト「そう!ユミルの事!!」



売り子の姐さん「…」


売り子の姐さん「何でユミルを探してるの?あのベッピンの彼女がどうかしたのかい?」




ベルトルト「…」


売り子の姐さん「…あんた達の事、よく覚えてるよ。ここで口紅を買ってくれただろ?」



ベルトルト「………来てないならいいです。すいません、もう時間が無くて…あの、」

ベルトルト「もしユミルが訪ねて来たら船着き場で待ってるって伝えてもらえますか?」


売り子の姐さん「伝えない」


ベルトルト「えっ…!?」



売り子の姐さん「もしあんたとユミルに特別な縁があるのなら私が伝えなくても会えるよ」



ベルトルト「特別な縁?」



売り子の姐さん「大方喧嘩でもして、彼女に逃げられたんだろ?」


ベルトルト「…」




売り子の姐さん「確か今日が出発日だったね。3日後にこの区を出るって言ってた」

ベルトルト「うん…」


売り子の姐さん「あんなにお熱かったのに冷めるのは早いもんだ。彼女を責めたのかい?」


売り子の姐さん「喧嘩の原因はユミルなんだろ?」



ベルトルト「違う!……ち、違います…彼女は何も悪くないんだ…全部僕のせいだから」

ベルトルト「僕は彼女に何度も伝えなくちゃ…自分の気持ちを、もっと深い所まで……」



売り子の姐さん「そっか…」



売り子の姐さん「必死なんだね、王子様は」

ベルトルト「…お、王子様?」



売り子の姐さん「ガラスの靴を落とした娘を国中から探し出した王子様がいたんだよ」


売り子の姐さん「童話の話」



ベルトルト「ごめん、お姐さん。その話には付き合っていられない。僕には時間が無い…」


売り子の姐さん「それで指輪を持って探し歩いてる訳だ、この王子様は…」クククッ


売り子の姐さん「ねぇ、あんた…。別れたい女を引き留める魔法の言葉なんてないんだ」

売り子の姐さん「どうしても彼女が見付からなかったら16時になる前にここにおいで」


売り子の姐さん「私の友人に、素直で可愛い黒髪のベッピンがいるんだ!紹介してやるよ」


ベルトルト「…」ムッ




ベルトルト「…もう、行く」


売り子の姐さん「気が向いたら戻ってきな!」アハハ!






ガチャガチャガチャガチャガチャ…


ベルトルト(ここにユミルは居なかった。それにしても酷い!いい人だと思ってたのに…)


ベルトルト「別の女の子を紹介してやるとか…何なんだ、あの人…」ムカムカ…



ベルトルト(こんな所で無駄に時間を食ってしまった…)


ベルトルト(貧民街へ行こう…。あそこは隠れる場所が沢山あるから見付かるかどうか…)



~化粧品店 奥の住居~



ユミル「姐さん、後片付け終わったよ」


売り子の姐さん「あぁ、ありがと。すまないね、客人に食器を洗わせるなんて…」

ユミル「いや、自分が使った皿は自分で片付けるのが基本だ!昔からそう決まってるんだ」


売り子の姐さん「あんた、顔だけじゃなくて心もベッピンなんだね」


ユミル「はぁっ?」


ユミル「初めて言われたぞ、それ…。それよりいいのか?今、店に客が来てるんだろ?」

売り子の姐さん「もう帰ったよ。迷子を探し歩いてるんだってさ!だから客じゃないんだ」


ユミル「ふぅ~ん…。ま、ここは裏通りだし、細い路地が多いからな。見付かるといいな!」



売り子の姐さん「ユミル、あんた…本当にあの彼氏から逃げるのかい?」



ユミル「あぁ…さっき姐さんに話した通りだ」



売り子の姐さん「そうかい…。じゃ、やっぱり私はあんたの味方だ!」ニコッ

売り子の姐さん「でも偶然あんたの彼氏があんたを見付けても、私は何も知らないからね」


ユミル「…ん?」


ユミル「まぁ、いいか…」



ユミル「ご馳走様!美味しかったよ」

売り子の姐さん「そうかい?夜も食べるつもりで多めに作っておいて良かったよ」



今日はここまで
読んでくれてありがとう

中途半端な所で切ってしまったので
次はもう少し早めに更新したい

おやすみなさい

スレは書き込みが無いとどんどん下に下がって行くんだけど、900番以下まで落ちると
いつ過去ログ倉庫に送られてもおかしくない…ってな状況になる
それで下がりすぎて落ちそうになってたら何か書いて上げる事を保守と言う

という説明を用意したんだが、すでに親切な人が書いてくれてた!しかも的確だった…


気長に待っていてくれてありがとう
今回の更新でようやく一区切りついた

今から投下します



ベルトルト(貧民街のあの子の家にも寄ってみたけどユミルは来てなかった…)

ベルトルト(あの子は家に居なくて、少し顔色の良くなった母親が僕を出迎えてくれた)

ベルトルト(僕はあの子を見捨てようとした…。この母親の泣く姿を想像すらせずに…)

ベルトルト(何度もあの時のお礼を言われた。ユミルが高台からあの子を救った時の事も)

ベルトルト(あの様子だと本当にユミルはここに来てないんだ。彼女に会いたがっていた)


ベルトルト「はぁ……」



ベルトルト(僕はあの母子に何もしてない。それどころか保身に走り、見て見ぬ振りを…)



ベルトルト「何だよ、情けなさすぎる…。こんなんじゃユミルに嫌われるのも当然だ…」

ベルトルト「いや、落ち込むのは後だ!まだ探してない所があるじゃないか!!」スクッ

ベルトルト(そっちも行き辛いけど、あの子の家のドアを叩く勇気があったんだから…)


ベルトルト「迷ってなんかいられない!ユミルを見付けるんだ」ダッ



~ヤルケル区 中心街~

高級仕立て屋




ベルトルト「そんな…」


ベルトルト「じゃ…彼女はここに来たの?その……ドレスを受け取りに…」


見習い針子「受け取りに来たかは分かりません…でも確かにこちらにお見えになりました」

見習い針子「私が…追い出しちゃいましたが…」シュン…


ベルトルト「ウェディングドレスの事、ユミルも気にしてくれてたんだ」ボソッ



見習い針子「わ、私…あの!花嫁さんに酷い事を言ってしまって!彼女は…花嫁さんは…

ベルトルト「ねぇ、何時!?ユミルがここに寄ったのは!」ガシッ

見習い針子「え…えっと…あれは確か、お昼の少し前でしたね。今から4時間ほど前…」


ベルトルト「4時間前か…。えっ、ちょっ…あのさ!いっ…今の時間は何時だっけ?」


見習い針子「今は…チラッ………15時30分ぐらいですね」


ベルトルト「!?」




ベルトルト「ぼ、僕の懐中時計…30分も遅れてる!船の出発時刻は17時。もう時間が…」


ベルトルト「くそっ!ユミルがここに寄ったって知った所で今この場に居ないんじゃ…」


見習い針子「諦めちゃダメです!!花嫁さんこう言ってました」

見習い針子「戻れるなら戻りたいって!彼女は待ってるんです!あなたが迎えに来るのを」




ベルトルト「ユミルが…僕を……」

ベルトルト ギュッ


ベルトルト「僕は、ユミルを連れ去ってから諦めた事なんて一度も無い!諦める気も無い」


ベルトルト「今日中に取りに来れないかも知れないけど、必ず二人でこの店に来るから…」

ベルトルト「衣装はまだ預かってて!僕は行く!!今、凄く重要な事を思い出したんだ」

ダッ 



見習い針子「待ってます!ずっと二人でここに来るのを、いつまでも待ってますからね!」










ガチャガチャガチャガチャ…


ベルトルト ハァ…ハァ……ハァ…


ベルトルト(立体機動装置ってこんなに重かった?…全然前に進んでいる気がしない)


ベルトルト(それにこの音…。この雨具のせいだ。無理に押し込めてるから音が鳴る)


ベルトルト「どうせ使わないんだ。せめてブレードだけでも置いて来れば良かった…」

ベルトルト(そうすれば一秒でも早く君の元に駆けつけられたのに。ユミル、ごめん…)




ベルトルト「姐さんはちょっとユミルに似てるね。わざと僕に意地悪をするところとか…」


ベルトルト「だけど僕を見捨てなかった。それとなく僕にユミルの居場所を教えてくれた」



   【それで指輪を持って探し歩いてる訳だ、この王子様は…】



ベルトルト「僕は一言だって言ってない。ユミルの指輪を持っている事を…」


ベルトルト「それと、僕自身の指輪は失くしてしまった事も…」



ベルトルト「僕もその童話は知っている。ガラスの靴の持ち主を物語の王子は探し出した」


ベルトルト「姐さんはユミルの指輪をガラスの靴に見立てて僕をからかうような話をした」



ベルトルト「ユミルが指輪を置いて行った事、本人から聞いたんだろ?あなたは…」


ガチャガチャガチャガチャ…




   【どうしても彼女が見付からなかったら16時になる前にここにおいで】


   【私の友人に、素直で可愛い黒髪のベッピンがいるんだ!紹介してやるよ】



ベルトルト「あぁ…姐さん…。僕がこの意味に気付くまでユミルを引き留めてくれるって」

ベルトルト「そういう事だったんでしょ?…だからっ…えっと、今…15時55分!」



ベルトルト「……っ!?」


ベルトルト(お姐さんの店から飛び出してきた女の子…あれ…ユミル!?)

ベルトルト(服装も髪型も違う…ちらりと見えた横顔も別人みたいだ。でも彼女は…)


ベルトルト「あぁ、ユミルだ…。あれは僕のユミルだ!!」パァァァッ…

ベルトルト(彼女はユミルに間違いないっ!また化粧をしてるけど、僕には分かる!!)


ベルトルト「あっ……雨具が足に巻き付いて…」ヨロッ…


ベルトルト(ユミルが行っちゃう!脇目も振らずに走って、僕から離れていく!!)




ベルトルト「くそっ!こんなの邪魔だっ!!」バッ 


ベルトルト(雨具を脱ぎ捨てたら少し走りやすくなった!ユミルに追いつけるか!?)

ダダダダダッ…



ベルトルト(行け!今ならまだ間に合う!!夢の中のユミルもそう言ってた…僕は彼女を)


ベルトルト「…絶対に手放さない!!」








ベルトルト(馬車の前で、止まった?)ダッダッダッダッ…


ベルトルト(乗合馬車?…違う、ユミルはお金を持ってない。それにあの馬車の装飾…)


ベルトルト「まずい!あれって貴族の馬車じゃないか!!」




ベルトルト(ユミル、君はどこへ行くつもりなんだ!?何だって貴族の馬車になんか…)

ベルトルト「世間知らずの僕にだって分かる…。あの馬車は…」ギリッ


ベルトルト(開拓地にもあんな馬車が来てた。身寄りのない、見目の良い少女を狙って…)



ベルトルト「ユミル!ダメだっ!!そんな生き方…君の生き方じゃないだろ!?」


ベルトルト「ユミル!!」

ベルトルト(この距離じゃ僕の声は君まで届かない…だけど叫ばずにはいられない!!)



ベルトルト「ユミル!待って…行かないでっ!!行っちゃダメだっ!!」


ベルトルト(……!!?届いた!…僕を…探してる!?)




ベルトルト「あっ!」



ベルトルト「ユミル!!ダメだって!乗っちゃダメだ…。それに乗ったら僕らは…」

ベルトルト(永遠に引き離される…。僕の足じゃ、もうあの馬車に追いつけない……)



ベルトルト …ハァ…ハァ…… ピタッ…





ベルトルト「はははっ…ユミル。僕は諦めが悪い男なんだ。でも、故郷に帰るのは諦めた」

ベルトルト「その代りに君の事は絶対に諦めないって決めた。…やっぱり僕は嘘つきだね」



ベルトルト「…もうこれしかない」 ハァ…ハァ…






ベルトルト「ライナー、ごめん…。僕ら憲兵に捕まっちゃうかも…。でも後悔はしない!」


ベルトルト(君を捕まえる!!) ダッ…  バシュゥッ…

 ブワッ  ギュィィィィィン…




ベルトルト「今、君の元へ行く!」

パシュン… クイッ







道行く人々「見て!あれ…」 ザワザワ…         ザワザワ…
                         ザワザワ…


通りのすがりの人々「立体機動か?…ここは街中だぞ!おい誰か…憲兵を呼んで来い!!」



ベルトルト「…」 シュパン… グンッ

キュルキュルキュル…



ベルトルト(君まであと…少し……) バシュッ…  ビュォッ…





ベルトルト「ユミルーーーーっ!!!」バッ




~王都へ向かう馬車の中~



乗り合わせた少女「何だか外が騒がしいね…」

ユミル(そうだな…。通行人が空を見上げて指を指しているが、何かあったのか?)

乗り合わせた少女「嘘…!何アレ…あれが立体機動?兵士が使っているとこ初めて見た…」


ユミル「…立体機動?街中で、か?」

ユミル(馬鹿な…トロスト区の時は非常時だった。通常、街中で立体機動は禁止され…)



ユミル「!!?……ま、まさか!」バッ!




乗り合わせた少女「ね…ねぇ、あなた!そんなに窓から身を乗り出したら危ないってば!」

ユミル「あぁっ…」グッ…


乗り合わせた少女「もう本当に落ちちゃうからっ!!ほら、座って…」グイグイッ




ユミル「おいっ!速度を上げろ!追い付かれるぞっ!!」


貴族の従者「ペ…ペトラちゃん?」


ユミル「…聞こえてんのか?お前に言ってんだよっ!!返事は!?」


使用人の男「は、はい!」バチンッ!

ドドドドドドドドドッ…





ユミル「ベルトル…さん……だよな?」

ユミル「何やってんだよ…そんなことしたら、この街の憲兵に囲まれちまって、計画が…」


ユミル「急げよ!!もっとだ!もっと馬車の速度を上げろ!」


使用人の男「こ、これが限界です…。なんせ6人も乗ってるんですからっ!」



ユミル「いいか?今この馬車を追って来てる男はアンカーをこの馬車に打ち込む気だ!」

使用人の男「ひぃっ!ア、アンカーって?」

ユミル「アンカーはアンカーだろ!?説明なんてしねぇからな!面倒くせぇ…」



ユミル「打ち込まれた後、馬車が横転しないように速度を上げておけ!でないと全員死ぬ」



貴族の従者「ぜ、全員死ぬ…?ペトラちゃん君は何を言ってるん…

ユミル「立体機動装置がワイヤーを巻き上げる力ってのは見た目以上に強力なんだ…」



ユミル「釣り合う力で引っ張らねぇと本当に馬が転んじまう…。あの馬鹿何考えてんだ!!」

ユミル「いいからお前もあれを見ろっ!」


貴族の従者「なっ…何だあの男は!?おい!お前、もっと速度を…

使用人の男「だから、これが限界なんだよっ!!」

ドドドドドドドドドドッ…










ベルトルト「ユミル!!」

ベルトルト(捕らえたっ!)バシュゥゥ…

ガチィッ…  ギュィンッ…



ガタン!ガガガガガッ…

乗り合わせた少女達「「「キャァァァァアアア!!!」」」 ガガガガガガッ…






使用人の男「馬車が後ろに引っ張られてる!」ガクッ

ユミル「馬の脚を止めるな!そのまま走り続けろ!!…うぉっ!」ガタガタガタッ…


貴族の従者「一体、何が起こってるんだ…」


ベルトルト「馬車を止めてっ!」バッ

使用人の男「ひゃ…っ!?」

ベルトルト「早くっ!今すぐこの馬車を止めろっ!!」



使用人の男「は、はいっ!!」


貴族の従者「と、止めるな!馬鹿者が!!」





ユミル「ベルトルさん…」ガラガラ…



ベルトルト「ユミル、やっと会えた…」ハァ…







乗り合わせた少女「本当に馬車が止まっちゃった…」ガラガラ…  ガクン…



ベルトルト「振り落されるかと思った…。外装に穴を開けちゃったね、弁償出来るかな…」


ベルトルト「ねぇ、降りてきて…」ソォッ…




ユミル「…」ギギッ…   タンッ





ベルトルト「おかえり、ユミル!ようやく君を捕まえた…」グイッ 

ギュゥゥゥゥッ…




ユミル「あ……あっ………な、何で…」


ユミル「何で、震えてないんだ…?」


ユミル「私が怖いんだろう?…昨日までは立ってられないくらい、お前は震えてたのに…」


ユミル「何でここに来たんだ…。何で追い掛けてきた?今朝は部屋に来なかったくせに…」




ユミル「おまっ…お前は、何を考えてんだ…。それで私をどうしたいんだ?」ジワッ…

ベルトルト「泣いちゃダメだ、ユミル。僕も泣かない」ギュッ…





ベルトルト「怖くないんだ、君の事。もう少しも怖くない」


ベルトルト「君が戻って来ないって知った時、僕がこの世で一番怖いと思ったのは…」

ベルトルト「もう二度と君に会えなくなる事だった。そう考えたら自然と震えも止まった」





ベルトルト「いっぱい傷つけてごめん…」


ユミル「…」





ベルトルト「僕は嘘つきなんだ。君の言う通り…。明け方に君の部屋に行けなかった…」


ベルトルト「謝りもする、反省もする。でも言い訳はしない…この事は後で話そう?」


ベルトルト「僕らには時間が無い。これから急いで船着き場へ向かう。今なら間に合う」







ユミル「私は…行かない……」


ベルトルト「何で?僕が嫌いだから?」




ユミル「違う!…私は……」



ユミル「お前と一緒に行く資格がない。自我が無かったとはいえ、私はお前の仲間を…

ベルトルト「そう、君は残酷な罪を犯した」


ユミル「!?」




ベルトルト「僕も…」


ユミル「そうだな…」




ベルトルト「じゃぁ、一生かけて償ってよ!…僕にじゃなくて、心の中で一生彼を弔って」


ベルトルト「僕も僕の罪と君の罪を背負っていくから…。並大抵の神経じゃ持たないね」


ユミル「うん…」




ベルトルト「ユミルは僕を許すって言ったけど、僕はそれを求めていない」

ベルトルト「だから君の事も一生許さない!僕から逃げた事も、この先もずっと言い続ける」

ユミル「…しつこいんだな。お前」


ベルトルト「僕は君を許さないし、君も僕の罪を許さなくていい」

ベルトルト「二人で死ぬまで罪を背負っていく。罪の割合は僕の方が遥かに大きいけど」


ユミル「『罪』に割合なんかあるかよ。罪は罪だろ?自覚した瞬間から始まる懺悔の日々だ」



ベルトルト「うん…。僕らはこうして生きていくしかないんだ。傷を舐めあいながら…」

ベルトルト「手と手を取り合って、励まして、支え合って、お互い楽になる事は許されない」


ユミル「…お前はそれでいいのか?楽になりたくはないのか?許されたくはないのか?」



ユミル「本当は誰より『罪』から逃げたいくせに…。楽になりたいくせに…格好つけてさ」



ベルトルト「いいんだ。僕は嘘つきだから…」







ベルトルト「あの晩、君は僕に聞いたよね。『お前は私を逃がす気があるのか?』って」


ユミル「あぁ…」



ベルトルト「僕は『君がどうしても嫌ならここに残していくしかない』って答えたけど、」

ベルトルト「あれは嘘なんだ…。君が僕から離れるはずないって、そう思っていたから…」

ベルトルト「無自覚に度量がある男を演じた。でも僕は最初から君を逃がす気は無かった」


ベルトルト「君を守ると言って一人で逃げた。嘘をつくつもりは無かったのに嘘になった」


ベルトルト「僕は君の思ってる通り、嘘つきで情けなくて、駄目な男だと思う…だけど…

ユミル「待て…。これ以上は何も言うな、私も嘘つきだ」


ベルトルト「えっ…?」



ユミル「薬局から売春宿に戻る途中お前に叱られた。僕を頼れ、今後は無茶をするなと…」


ユミル「その時、お前は不安だと言ったな」


ユミル「私が誰かに取られるんじゃないか、目の前から突然消えるんじゃないか…って」



ベルトルト「言った…。覚えてる」




ユミル「私は『消えない』と言った。お前のそばにずっと居るって…でもそれは嘘だった」


ベルトルト「いや、嘘じゃない。今は僕の腕の中に居る。これからもずっと一緒に居る…」



ベルトルト「君は消えなかった!僕の前から。だから君は嘘つきじゃない。僕とは、違う」


ユミル「…」




貴族の従者「ペトラちゃん?もう行こうか。ほら君のせいで他の女の子達が足止めを…

ユミル「…ペトラ?」


貴族の従者「そうだ、君の事だよ。ペトラちゃ…

ユミル「私はそんな名前じゃねぇよ!生まれてこの方、名前を偽った事は一度も無くてね」


貴族の従者「はぁっ!?」



貴族の従者「いやいや、あんた!自分からペトラって名乗っただろ!?」


ユミル「そうだったっけ?…覚えてねぇな」


貴族の従者「おっ、おい!お前、ちょっと綺麗な顔してるからって調子に…

ユミル「お前さ、よく私だって分かったな?化粧もしてたし、髪型も服装も違ってたのに」



ベルトルト「化粧をしててもユミルはユミルだ。すぐに分かった!相変わらず綺麗だよ」


ユミル「ば、馬鹿!綺麗とか…言うなよ…」///

ユミル「中身は醜悪な巨…

ベルトルト「ユミルっ!」


ユミル ビクッ!




ベルトルト「中身も綺麗な僕の恋人だ…」


ベルトルト「ほら、手を出して!右手」


ユミル「み、右手…?」


ベルトルト「指輪、部屋に忘れて行っただろ?結婚指輪を落とした僕も間抜けだけど…」


ベルトルト「大切な指輪をうっかり部屋に忘れて行くなんてさ、君も相当間抜けだね」


ユミル「はっ?」



ベルトルト「僕は返せなんて一言も言ってないし、君も絶対返さないと言った」

ベルトルト「まさかこれで僕に返したつもりじゃないよね?もしそうなら君は嘘つきになる」


ユミル「…」


ベルトルト「僕の指輪はクロルバ区で買い直すから…もう許して、ユミル。さぁ右手を…

ユミル「お前の『一生のお願い』を言え」


ベルトルト「えっ?」



ユミル「まだお前の『一生のお願い』は変わってないか?それとも忘れちまったのか?」


ベルトルト「…ユミル」





ベルトルト「忘れるわけないだろ!?」


ベルトルト「一言一句、間違えずに言える。ずっと考えて、やっと君に伝えたんだ…」


ユミル「そうか…」



ベルトルト「でもこの場で?…あの、結構、野次馬がね…集まってきちゃってるんだけど」チラッ


ザワザワ…  ヒソヒソ…



ユミル「人が多いと、言えないのか…?」ジィッ…



ベルトルト(上目遣いなんて卑怯だっ…しかもすっごく可愛いし…)///ドキドキ…



ベルトルト「ち、違うって!そうじゃないけどそろそろ憲兵を呼ばれそうな予感が…」

ユミル「じゃ、憲兵が来る前に言え!今すぐ言え!とっとと言え!ほらほらほらほら!!」



ベルトルト「言うっ!言うから…ちょ、ちょっと落ち着いて!…し、深呼吸…」スゥーー


ベルトルト ハァーー「…よし!…じゃ、もう一度言うからね。よく聞いててよ?ユミル」

スゥゥゥゥ…





ユミル(見たかった、お前の顔を…。会いたかった、今日一日…ずっと…。だから……)



ユミル(どんな瞬間も見逃さない!今なら、お前の『一生のお願い』を受け止められる)










ベルトルト「君の全部を、僕にちょうだい!」



ベルトルト「その心も、身体も、声も、魂すら残らず欲しい!!」




ベルトルト「一生、僕のそばに居てくれる?ユミル!お願いだ」




通りがかりの男 ヒュゥーー「公開プロポーズかい、兄ちゃん?」ニヤニヤ


集まった野次馬「綺麗な姉ちゃん!この色男の求婚にどう返事をするんだい?」アハハ

ヒソヒソ…  ザワザワ…




ベルトルト「これが僕の『一生のお願い』だよ。君に伝えるのは2回目だ」


ベルトルト「最初は苦労させるけど、不幸にはさせないつもり。これも付け加えておく」




ユミル「…」





ベルトルト「これを言わせたって事は、僕に改めて返事をくれるんでしょ?」


ベルトルト「…ユミル、僕に返事をください」





ユミル「また…お前、でっけぇ声で…」


ユミル「……はぁ…」


ユミル「最高にイカした第2の人生もこれで終わりか…いや、これから始まるのかな…」



ベルトルト「ユミル…」









ユミル「よし!決めた!!」ニッ




ユミル「ベルトルさんと興味本位で集まった野次馬共、耳の穴かっぽじってよーく聞けよ?」








ユミル「私の返事は……」




ユミル「『うん』だ!これ以外の返事はねぇだろ!?どうだ、ベルトルさん!!」



ベルトルト「…」



ベルトルト「……」




ベルトルト「………」フルフルフルフル…


ベルトルト「ユミル!本当!?僕の『一生のお願い』叶えてくれるの?」



ユミル「あぁ…もうそれでいいよ。いいや、違うな…それがいい。私もそれを望んでいる」



ユミル「一人になって分かっちまった。お前から逃げて一人で罪を背負って生きる人生は」

ユミル「なんて苦しくてつまらない人生なんだろう…ってな。…おい、馬鹿!泣くなっ」



ベルトルト「ぐすっ……だって、信じられない…本当にもう二度と会えないと思って…」


ユミル「泣かないって言っただろ?ほら、顔を上げろ…お前の願いは叶った。笑ってくれ」





ベルトルト「ユミル、愛してる!!ずっと、ずっと僕のそばに居てね!約束だからね!」


ユミル「うん、分かってる…」ポンポン





ユミル(私ら二人の問題点はこれから少しずつ話し合って、折り合いをつけていく…)


ユミル(きっとそれが『夫婦』になるって事なんだ、多分。雰囲気に流されてないよな?)




ユミル「ベルトルさん、左手を出せ」


ベルトルト「えっ…?な、何で!?」

ユミル「早く!左手だ」

ベルトルト「…は、はい」スッ



ユミル「お前の指輪、私が代わりに見付けてやった。薬指にはめてやる…」

ベルトルト「ぼ、僕の指輪!?ユミルが見付けたの?」


ユミル「あぁ、高台のふもとに落ちていたんだ。詳しい事はまた後でな。…薬指を出せ」


ベルトルト「待って!左手の薬指って…意味分かってる?ユミル」

ユミル「結婚指輪じゃなかったか?これ」


ベルトルト「…」




ベルトルト「あああぁぁああぁっ…!もう、今日はなんて日だ!最高だ!!」ギュゥゥゥゥゥ…

ユミル「わっ!?な、なんだよ…」




ベルトルト「君から出して、左手の薬指」


ユミル「あぁ…分かった」




ベルトルト「…本当に…結婚、しちゃうからね。今ここで」

ユミル「式は後でちゃんと頼むな!」ニッ

ベルトルト「勿論!これから二人で結婚式の衣装も取りに行くんだから」ニコッ



ザワザワ… キャァ/// プロポーズガセイコウシタ! ヒソヒソ… ソワソワ……




ユミル スッ


ベルトルト「今から、君は僕のお嫁さんだよ!」ソッ 

グリッ キュッキュッ…



ユミル「ふふっ…」キラッ




ユミル「こんな泣き虫の旦那じゃ、先が思いやられるけどなぁ…これから教育するか」

スゥ… ツッ キュッ グリグリ…


ベルトルト「僕の指輪…戻って来た…」キラッ




ワァァァァァッ!! パチパチパチパチ…  オメデトウ! パチパチ…




集まった野次馬「誓いのキスはしないのか~?」グハハ!

通りすがりの人々「おめでとう!若いお二人さん!!」パチパチパチ!


乗り合わせた少女「…すいません。おじさま?私達もうこの区を出ないと…」


貴族の従者「はっ!そうだ…。おい、ペトラ!いい加減に馬車に戻れ!ここで足止め…

ベルトルト「キスはここじゃ恥ずかしいから無理だよ!」///テレテレ…



ユミル「ど、同感だ…。あぁっ…時間!?間に合うのか、本当に」


ベルトルト カチッ「……まずい…本当に時間が無い…」



ベルトルト「ユミル、行くよ!僕に掴まって」チュッ

ユミル「んっ…?」

ベルトルト「額にだったら、ここでキスしてもいいよね?」///



ユミル「いらん…。急げ!!」




ベルトルト「…えっと…まずスカートを縛る!排気口を塞がないように膝を立てて…」

ベルトルト「それで僕の肩から腕を回して。そのまましっかり抱きついてるんだ!いいね?」



ユミル シュルッ  …ギュッ


ユミル「こ、こうか?」///







ザッザッザッ…

到着した憲兵「街中で立体機動装置を使った者はどいつだ?名乗り出ろ!どこだっ!?」


ベルトルト「あぁっと…そうだ、おじさん!」

貴族の従者「お、おじさん?」


ベルトルト「馬車に穴を開けてすいません。多分足りないと思うけどこれで何とかして!」ジャラッ


貴族の従者「…」ジャッ…



ベルトルト「それ僕の所持金の全額。悪いけどこれ以上は鋼貨1枚だって出せないから…」


ユミル「財布ごとか…?」


ベルトルト「うん。僕も君と同じ無一文だ。でもいいんだ!だってお金はもう要らない」


ユミル「あはっ…そうだったな!私らはこれからお金が必要のない場所へ行く」

ベルトルト「そう!そこでずっとみんなで暮らそう?僕達6人だけで…」




赤ら顔の憲兵「その立体機動装置は何だ!お、お前…確か一昨日、高台で俺の首を締めた…


ベルトルト「!?」

ユミル「!?」


ベルトルト「行こう!もっとしっかり掴まって」

ユミル ギュッ


ベルトルト パシュッ… カッ        ギュィィィィ…




到着した憲兵「おいっ!所属と階級を言え!こんな事をしてタダで済むと思うなよっ!!」

乗り合わせた少女「いいなぁ…私も誰か素敵な人がさらいに来てくれないかなぁ…」


貴族の従者「はぁ…上玉を逃がした……。何だったんだ一体…ペトラちゃん…」ヘナヘナ…ペタン












ユミル「時間は!?」

ベルトルト「多分ギリギリ…。これからあの仕立て屋に寄る!その後、船に直行!!」

バシュッ カッ キリキリキリ…



ユミル「街中で立体機動か…。下は大騒ぎだなぁ…明日の新聞にも載りそう」ハァ…



ベルトルト「追手は?」


ユミル「遠くに見える。でも立体機動じゃない!走って追って来てる…3人だ!撒けるか?」

ユミル(街中での立体機動は許可がいる。上官が許可しない限り立体機動装置は使えない…)


ベルトルト「二人だと速度が出ないから厳しいね…って思ったけど空中じゃなきゃ余裕!」


ユミル「おいおい…速度が出ないってな…当たり前だろ?基本一人で使う設計なんだから」

ユミル「また私を『重い』って言うつもりか?女に…いや、つ…妻に向かって…」


ベルトルト「確かに『重い』んだけど心地よい重さだ。一人じゃ軽すぎて、僕は不満だ」


ベルトルト「これからは二人で飛ぼう。どこへ行くにも二人がいい。重いのは大歓迎だ!」


ユミル「……やっぱ『重い』って思ってるんじゃねぇか!…馬鹿」ムッ







ベルトルト「着いた!」ビュン…   タッ



見習い針子「…お客さん?」

ベルトルト「悪い!時間が無いんだ。すぐに出してくれる?僕たちの衣装…」

ユミル「追われてるんだ!急いでくれ」


見習い針子「酷い!あの花嫁さんが見付からなかったからってもう乗り換えたんですか?」

ベルトルト「は?」

見習い針子「どこで知り合ったか知りませんけど!!こんな美人に誘惑されたからって…

ベルトルト「ちょ…ちょっと待って!何か誤解してるようだけど彼女、ユミルだから!!」



見習い針子「へぇっ?」


ユミル「…えっと、本人だ。今日、お前に『仲直りしろ!』って」叱られた本人だよ…」

ユミル「ついでに『二人で一緒に取りに来るまで店に来るな』って言われたのも覚えてる」




見習い針子「…」

見習い針子「ば、化けましたね…。別人に見えます……」ゴクッ


ユミル「いいから早く出してくれ!憲兵に追われてんだよ!!」バンッ!


見習い針子「は、はいっ!今すぐにっ!!」タタタタタッ…






ベルトルト「…ありがとう。お店のご主人にもよろしく伝えて!会えなくて残念だけど…」

見習い針子「はい!マスターにもちゃんとご夫婦が衣装を取りに来た事、伝えます!!」


ユミル「もう会うことも無いけど、ドレス…大事に着るからな。あと、あれもありがと…」


見習い針子「あれって…?」




ユミル「『逃げずに償う勇気を持って欲しい』…そう私に言っただろ?職人さん」


見習い針子「はい…。生意気に口を出しました…」シュン…


ユミル「償っていくよ。とても難しい事だけど…こいつから『逃げる』のはやめたんだ」



ベルトルト「償う…」


ベルトルト「僕も、生きる事で償う…。きっと償いきれないけど、罪を背負い続ける…」


見習い針子「そうですか…。私には何も言えません…。でもこれだけは言わせて!」



見習い針子「…若いご夫婦に、祝福あれ」ニコッ




ユミル「ありがとう!ベルトルさん、行くぞ」

ベルトルト「あぁ!……あと10分も無い…」



ユミル「憲兵の奴ら、追って来ねぇなぁ…。多分私らの事、見失ってる」


ユミル「だがまた空へ上がれば一発で見付かるぜ。どうする?」



ベルトルト「見付かったっていい!どうせ立体機動で飛ばなきゃ出発時刻に間に合わない」

ベルトルト「このまま船まで強行突破といこう!ユミル」





ユミル「あはは!!それしかねぇよな。面白れぇ…人生はこうでなくっちゃ!」






今日はここまで
読んでくれてありがとう

「仕立て屋店主」が「マスター」表記になっているのを発見した
「宝飾店の店主」に続き、表記ミス2回目。誤字が多くてすまない

色々盛り込もうと思っていたのにすっかり忘れてしまった
これでいいのか迷ったけど結局これで出した。完結したら直すかも知れない

またしても中途半端な所で切ってしまった


ついでに宣伝で申し訳ない。今回も息抜きしてた

8か月前に深夜で投下したクリスマス話を修正・加筆して他板で立て直した
〆の箇所をかなり修正したので既読の方も読み直してくれたら嬉しい


ベルトルト「君が好きだから」マルコ「大好きなんだよ!ユミル」
(旧タイトル:ベルトルト「ユミル、処女で死ぬのは寂しいよね」X`mas SP)

ベルトルト「君が好きだから」マルコ「大好きなんだよ!ユミル」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/comic/6888/1406645936/)



脱走から6日目・夕方

壁外調査まであと2日


~ウォール・シーナ西 突出区~

ヤルケル区内 船着き場 船上




ビュゥッ… タッ…  ガクッ

ベルトルト「はぁ…はぁ……はぁ…」


ユミル「…よし!上手く奴らを捲けた。さすがベルトルさんだな!」タンッ



ベルトルト「間に合った…。ユミル…これでまた君と一緒に旅が続けられる…」ギュッ

ユミル「よしよし…よく頑張ったな。偉かったぞ」ナデナデ…


ベルトルト「ふぅ…ガスもギリギリ。こっちも何とか間に合った。二人だと減りが早い」コンコン…


ユミル「ガス、使い切っちまって大丈夫なのか?この先の計画でそれ、使うんだろ…?」


ベルトルト「大丈夫!アレがあるし」

ユミル「アレ?」


ベルトルト「ほら…調査兵団の兵舎から脱走する時、厩舎で見張りの兵士から貰った…」

ユミル「あっ!あの時奪ったガスボンベがあったか…」

ベルトルト「そう!絶対必要になると思ったから…予備があって助かったでしょ?」


ユミル「ここまで計算していたとは思えないが…貰っておいて良かったな」




ベルトルト「後で積荷の中から探し出して交換しておくよ。この空のボンベも取っておく」


ユミル「そうだな…捨てる事はいつでも出来るしな。ガスが補充できる見込みはないが…」




ライナー ダッ「ベルトル!!」



アニ「おかえり、ベルトル。戻って来たんだね。ユミルは…見付からなかったみたいだね」

アニ「でもあんただけでも戻って来てくれて助かったよ……で、その女は何なの?」チラッ



ベルトルト「……またそれか」ハァーー…


ライナー「お前まさか、ユミルの代わりにヤルケル区の街娘をさらってきたのか!?」

ライナー「しかもかなりの美人じゃないか!まずいぞ…こんな所で騒がれたりしたら…」


ユミル「はぁ…説明とか面倒くせぇ…」





クリスタ「ユミル!……ユミル…良かった。待ってた…ずっと待ってたよ!!」ダッ ギュッ


ライナー「…ユ…ユミルだと?」


アニー「この女が?」





ユミル「クリスタ…。すまない」


ユミル「お前にどんな顔して会えばい…

パチン!



ユミル「…っ!!?」


クリスタ「勝手に私を置いて行ったこと、これで許してあげる」




クリスタ「だって、ユミルが戻って来てくれた事が、嬉しいから…ひゅぐ……ぐすっ…」


ユミル「クリスタ……本当にごめんな…。私が、悪かった…」



ユミル「そんな蚊を落とすような平手じゃなくて、もっと強くぶっていいんだ…」


ユミル「なぁ、そうしてくれ!私をもっと咎めて叱ってくれ…だって私はお前を置いて…

クリスタ「でも!戻って来てくれたから!!」



クリスタ「もう…もう、いいの……いいんだよ、ユミル」ヒック…


クリスタ「それに私……ううん…他の誰でもユミルに暴力をふるうのは嫌なの…」

クリスタ「だからこれでいいの。でも、私を置いて行った理由は後でちゃんと聞かせてね」


ユミル「あぁ…分かった。話せる事は全部お前に話すよ」








ユミル「クリスタ、思いっきり抱きしめてもいいか?」


クリスタ「うん…私もユミルを抱きしめたい!!」バッ ギュゥゥゥゥッ…


ユミル「もう二度とお前にも会うことは出来ないと覚悟を決めて宿を出たんだ…」グッ

ユミル「私も嬉しい…またお前と再会できて…こうしてお前が私の腕の中にいる事が…」


クリスタ「ユミル、あなたの腕の中は…温かいよ……」グスッ グリグリ…



ユミル「ごめんな…クリスタ……」ギュゥゥゥゥッ…






アルミン「あれユミルなんだ…。女性らしいドレスのせい?それとも化粧のせいかな…」

アルミン「知らない人みたいだ。声が変わってないから辛うじて本人だと分かったけど…」


ライナー「信じられん…。あれがユミルか?馬子にも衣装だな。顔も雰囲気も違い過ぎる」


アニ「化粧一つで女は変わる…私は別段驚かないよ。ベルトルは見る目がある」


ベルトルト「顔で彼女を好きになった訳じゃないよ!そりゃ見た目も含めて好きだけど…」


アニ「惚気たいなら聞いてやらないことも無いけど…あぁ…やっと船が動き出した」ホッ



ライナー「これで一安心だな…物語で言えば大団円。仲直り出来て良かったな、お前ら」


ベルトルト「仲直りって言うかね…そ…それもそうなんだけど……えっと、実は僕ら…

ユミル「クリスタ、お前がここに居るって事はライナーを選んだんだな。自分の意思で…」



クリスタ「…違うよ。ユミルが出発までに船に乗らなかったら、飛び降りようと思ってた」


ユミル「それ、本当か?」




クリスタ「うん…。ベルトルトだけじゃなくて、私もあなたを探した」


クリスタ「でも見付からなくて、行き違いになるのを恐れてここであなたを待ってたの」

クリスタ「もしあなたが戻って来なかったら、私も直前に船を降りてこの区に残ろうって…」




ユミル「そっか…私はお前に苦しい決断をさせるところだったんだな」ギュゥゥゥ…

クリスタ「苦しい決断?」



ユミル「私のために船を降りれば、ライナーと…ライナーのみならずアルミンやアニとも」


ユミル「永遠の別れになっていたと思うから…お前にとっては苦渋の決断だったはずだ」



クリスタ「…」







ユミル「左手の薬指…」


クリスタ「えっ…」ドキッ



ユミル「浮腫んでるな。…くっきりと指輪の痕が残ってる」



ユミル「その指にライナーから貰った指輪をつけて、泣きながら眠ったんだろう?」



クリスタ「そんなこと…ないよ…」


ユミル「お前は右手にその指輪をつけていたはずだが…昨夜は左手につけ替えたんだな」



ライナー「気付かなかった。クリスタ…どうして俺が贈った指輪を左手の薬指に?」




クリスタ「最後だと、思ったから。ユミルが行かない選択をしたらこの指輪を返さないと」

クリスタ「…そう思ったの。だから私の薬指に指輪をはめるのはこれが最後なんだって…」




ユミル「クリスタ…お前も左手の薬指に指輪をはめる意味は知ってるな?」



クリスタ「うん…」






ユミル「ふふっ…そっか、良かったな!!ライナー」クルッ




ユミル「お前、もう選んでんじゃねぇか…」

クリスタ「私が何を選んだの?」



ユミル「ライナーとの未来を」


ライナー「!?……ユミル、お前…」



クリスタ「わ、私…そんなの分かんないよ!選んでない!!だって私はユミルのそばに…

ユミル「いいんだよ、それで。ライナーと一緒になってもずっとお前のそばに居るから」




ユミル「ずっとずーっと隣で見守ってるから…ベルトルさんと一緒に。お前達の事を…」



クリスタ「…ユミル」ギュゥゥゥッ…



ライナー「おい!急に何を言い出すんだっ…お前は!」





ユミル「まだ先の話になるが、クリスタは左手の薬指にお前の指輪をはめてもいいってさ」クククッ


ライナー「なっ……!?…ク、クリスタ…ユミルの言ってる事は本当か?」


クリスタ「もう、ユミルっ!!」///カァァッ…



ユミル「一緒に寝かせたのは正解だったな。どうやってこいつの心を動かした?まさか…


ライナー「て、手は出してないぞ!勘違いするな。昨夜俺の想いを改めて伝えただけだ!」


ユミル「分かってるよ!冗談だ。ははっ…」




アルミン「二人とも顔が真っ赤だね」


ライナー「アルミンまで…あまり俺達をからかうな…」///






アニ「ねぇ…あんたさ、着ていた雨具はどうしたの?立体機動装置が剥き出しだけど」

ベルトルト「動きづらくて途中で脱ぎ捨てた…。ごめん、目立たないように外しておく」パチン… パチン…


ユミル「こいつの立体機動装置を使ってここまで来た。そうしなきゃ間に合わなかった」


ユミル「だが憲兵共にこの船に乗る所は見られてはいないはずだ。安心していい、アニ」



アニ「…そう…ならいいけど」



ユミル「すまない、どれもこれも私のせいだ…。だからこいつを責めるのは見当違いだ」


ユミル「憲兵に捕まる覚悟で立体機動装置を使ったんだ。で、私は捕まえられた…と」


ベルトルト「ユミル…」



クリスタ「ユミル、その指輪……あなたこそどうして左手に指輪をしてるの?」



ベルトルト「あっ!そうだった…。驚かないで聞いてね…その…僕ら……

ユミル「勢いで結婚しちまった!こいつと」グイッ!



ライナー「はっ?」

アルミン「えっ!?」


アニ「はぁ……」



クリスタ「う、嘘っ…!」



クリスタ「ちょっと待って!!ユミルはともかく、ベルトルトは結婚できない歳だよっ!」

ベルトルト「それは関係ないよ、クリスタ」


ベルトルト「僕らはこれから戸籍も法律も意味がない所へ行く。婚姻は本人の気持ち次第」


ユミル「そうだな…。私達が『結婚した』って決めたんなら、もう『結婚してる』んだ」




クリスタ「ユミル…本当に結婚しちゃったんだ……私に内緒でベルトルトと…」シュン…


ライナー「夫婦喧嘩は犬も食わない…が、本当になっちまったな…クリスタ」



アルミン「それで戻って来たんだね、ユミル」


アルミン「今朝、君の姿が見えないって聞いた時…君とも二度と会えないんだと思った」



ユミル「お前にも心配かけたな、アルミン。すまなかった…」





アニ「結婚か…だいぶ駆け足じゃないか、ベルトル。あんたの望みは叶った、おめでとう」

ベルトルト「ありがとう、アニ。でも僕らは脱走兵で逃亡中の身の上だ。問題はこれから」


ライナー「そうだな、問題は山積みだ」



アニ「ユミル、あんたが手に持っているそれは何?大事そうに抱えて…」

ユミル「ん?…あぁ、これか。ベルトルさんと私の衣装が入ってるんだ。結婚式に使う」


クリスタ「ひょっとしてウェディングドレス?」


ユミル「そう…こいつが有り金はたいて分不相応な高級ドレスを仕立てさせやがってな」



クリスタ「中身、見てもいいかな?」ワクワク…

ユミル「いいぞ!実はそれ、まだ袖を通してないんだ。試着する時間が無くてさ…」





クリスタ「思ったより生地が少ないね…でも肌触りがすごくいい…。付属品も凝ってる…」

ユミル「その中には特注のドレスとベール、グローブ、チョーカが入っていて……あっ!」


クリスタ「どうしたの?ユミル」




ユミル「いや…靴を買い忘れてな。別に全部揃える必要はないから裸足でもいいか…」




ベルトルト「ユミル」


ユミル「ん?」



ベルトルト「ここまでした僕が『花嫁の靴』を忘れてると思う?」



ユミル「はぁっ?」





ベルトルト「すぐ戻るから、ここで待ってて!ついでに立体機動装置も置いてくるよ」







ベルトルト「お待たせ!急いで戻って来た。すぐにでも君に見せたくて…」サッ


ユミル「お前…これ、どうして…?私の靴のサイズなんて知らないだろ…」



ベルトルト「本当は君を連れて買いに行くつもりだったけど、偶然にサイズを知ってね」

ベルトルト「驚かせようと思ってこっそり買いに行ったら靴屋のおじさんに怒られた…」


ユミル「怒られた?」



ベルトルト「足裏のサイズが分かっても本人に履かせてみないと合うかどうか分からない」

ベルトルト「俺の店で靴を買いたかったらお前の女をここに連れて来い!…だってさ」


ユミル「ははっ…正論だ!この街の職人はみんな誇り高いんだな。靴ってのは難しいんだ」




ベルトルト「毎日履くわけじゃない!特別な靴だからって拝み倒して売ってもらったんだ」

ユミル「まぁ確かに特別な靴だわな。踵の高さが10cm?…こんな靴毎日履けねぇわ!」




ベルトルト「ねぇ履いてみてよ!今ここで」


ユミル「この揺れる船上でか?…チッ…お前な……ハァ……もう…仕方ねぇ奴だな」





ユミル「よっ……と。おっと、足元が…」ヨロッ…  ムギュッ


ベルトルト「僕が支えてるから…大丈夫。このまま寄り掛かって。どう?履き心地は」




ユミル「…重心が高くなって少し不安定だが悪くはない。真っ白だから汚れないか心配だ」







ユミル「なぁ、私の靴のサイズを知ったのってあの時か?」


ベルトルト「うん…君、僕が寂しくないように、あの夜部屋に靴を置いてったでしょ?」

ベルトルト「その時に思い付いてね。驚いてくれた?」


ユミル「驚いたよ。ドレスに気を取られて靴の存在なんて忘れてるんだと思ってたからな」





ベルトルト「もう一つ、君と約束したの覚えてる?僕は忘れてないけど、君はどうかな?」


ユミル「くくっ…あははは!何だそりゃ。私を試してるのか?無論、忘れてない!」




ユミル「お前の我儘を素直に聞いて、兵舎に『髪留め』を置いてきたこと後悔してたんだ」

ユミル「『僕は覚えてるよ』って言ってたのに結局買って貰えなかった!…ってな」


ベルトルト「それもちゃんと『覚えてる』」



ベルトルト「一昨日の朝にね、僕の好みで買っちゃった。色も形も気に入ってるんだ」スッ



ベルトルト「包装も何もない。裸のままだけど…受け取ってくれる?」


ベルトルト「これを持って早朝に君の部屋に行って、もう一度話し合うつもりだった」


ベルトルト「目が覚めたら君はもう宿を出た後で…今渡すことになっちゃったんだけど」




ユミル「そうか…だが今で良かった」


ユミル「お前が今朝私の部屋に来てこれを差し出したら、きっと素直に受け取れなかった」



ベルトルト「ごめん…」




ユミル「いや、私には時間が必要だったんだ。こっちこそ悪かった。…ありがとう」


ベルトルト「ユミル…」




ユミル「ありがとう、迎えに来てくれて。あの馬車に乗ってる時、帰りたくなったんだ」



ユミル「もう一度会いたくなった…お前に。でももう降りる事は出来ないんだと…

ベルトルト「つけてあげる!君に似合うはずだ、この髪留め。白百合の花を模ってるんだ」


ユミル「見りゃ分かるよ!とても高価な物だって事もな…。上品な真珠が使われている」



ベルトルト「この真珠はシーナにある淡水湖でしか取れないんだって。大事にしてね」パチン…





クリスタ「ユミル…すごく綺麗…。その見慣れないドレスも白が基調だからまるで…

アニ「ウェディングドレスみたい?クリスタ」


クリスタ「うん…。本当に花嫁さんみたい」




アルミン「真珠……淡水湖…?」


ライナー「塩水じゃない純粋な真水の湖の事だ。真珠は主に海で取れるんだが…」


アルミン「塩水?湖はもともと真水でしょ?塩水で出来た湖なんてこの壁内に存在しない」



ライナー「ま…前に本で読んだ事があるんだ。外の世界には塩水で出来た湖があるってな」


アルミン「へぇ…そうなんだ。それを『海』って言うんだね。君は僕より物知りだ」



ライナー「…」







アルミン(もうどんな隠し立ても通用しない)



アルミン(ライナー…疑惑が確信に変わって、僕はもう君達を信用することは出来ない)


アルミン(アニは僕に嘘をついた)


アルミン(自分自身の正体は明かしたのに、ライナーとベルトルトの正体は隠し続けた)




アルミン(何のために?)



アルミン(この信じ難い事実を僕に伝えれば僕が協力する事は無いと知っていたからだ)


アルミン(いずれ全てが白日の下に晒される日が来ると言うのに…浅はかだね…君は…)




アルミン(僕を平気で騙す君なら、あの約束もきっと守ってはくれない。君達は極悪人だ)



   【僕が、犠牲になれば…もうこの悲劇は起きないの?アニ…答えてくれ!!】


   【起きない。少なくとも、シガンシナ区とトロスト区を襲った巨人は…】


   【もう二度と、人類を攻撃しない。それは約束できる、私が保証する】



アルミン(ユミルもクリスタも…いつの間にか彼らに上手く丸め込まれてしまった)


アルミン(誰にも頼れない…誰も信用できない……全部、僕一人でやらなきゃ…)ググッ…







ベルトルト「良く似合うよ…。気に入ってくれた?」

ユミル「あぁ!とっくに気に入ってる」


ユミル「これは死ぬまで大事にする。私が死んだ時はこれも一緒に墓に入れてくれ」


ベルトルト「ダメだよ、死ぬなんて!!僕の前でそんなこと簡単に言わないでよっ!」



ユミル「どっちかって言うとお前の方が死ぬ死ぬ言ってる印象なんだが…」

ユミル「最近で言えば、私と無理心中しようとしたりさ…」



ベルトルト「もう言わない…死ぬなんて、絶対言わない。君がいるから長生きしたい」ボソボソ…


ユミル「あはは!それがいい。そうしろ」



ユミル「長生きして、いっぱい苦しんで、泣いて、笑って、悩みながら生きるか…一緒に」

ベルトルト「うん…そうするよ、この先は」






クリスタ「ユミル、約束!」


ユミル「うん?」



クリスタ「ライナーと一緒に一晩同じ部屋で過ごしたら…私のお願いを叶えてくれるって」


ユミル「あれか…。私の顔に化粧をしたい…だったか?だがもう化粧をしてもらってな…」



クリスタ「上手な人にしてもらったんだね。その姿だと私のユミルじゃないみたい」

ベルトルト「もう僕のユミルだよ!」ムッ


クリスタ「でもほら、目元…涙で化粧が落ちてる。それに口紅も薄くなってるから」


クリスタ「私に化粧を直させて?いいでしょ?」




ユミル「もう落とすつもりだったんだが…約束だからな。お前の好きにしてくれ」


ベルトルト「ユミル、その口紅…」


ユミル「ふぅ…今頃気付いたか、遅ぇぞ。お前が選んでくれたあの口紅だ。似合うか?」


ベルトルト「似合うよ!すっごく似合う…僕の思った通りだ。君の肌に良く映える」///



ユミル「この靴、脱いでいいか?よろけて転びそうだ…。ちょっと高すぎやしないか?」

ベルトルト「でもこれくらいじゃないと誓いのキスがしにくいから」


ユミル「は?」




ベルトルト「僕の身長が高すぎるから、少し高めのヒールにした。キスしやすいように」


ユミル「あーーーっ…なるほどねー……とでも言うと思ったか!?なんだその理由は!」

ベルトルト「ちょっと!…これ、僕にとってはかなり切実な問題なんだよっ!?」


クリスタ「キスも…してるの?…ユミルの初めてのキスの相手ってベルトルトだったの?」ジーーーッ

アニ「いいんじゃないの?結婚したんだし…キスぐらいするだろ」



クリスタ「そういう問題じゃないの!結婚する前にキスしたんなら浮気だよっ、ユミル酷いよ」



ユミル「浮気ってクリスタと?いや、ベルトルさんとか?これ…どうすりゃいいんだよ…」




アニ「せっかくだし…ついでにそれ、着てみたら?ベルトルも試着はまだなんだよね?」


ベルトルト「えっと、結婚式の衣装のこと?」


アニ「そう。何も今すぐ挙式しろって訳じゃなくて、あくまでも試着って話なんだけど」



アニ「計画が失敗して誰かが命を落とすような事があっても、あんたが後悔しないように」


ベルトルト「…」



ベルトルト「着よう!ユミル。僕も着る」


ユミル「いや…いい、その…目立つし…。それに早く着替えて化粧を落としたい…」



クリスタ「そのウェディングドレスを試着してみるだけだよ。私も着替えを手伝うから…」


クリスタ「化粧も直すから…。ねぇ、私にユミルのとびっきり綺麗な姿、見せてくれる?」




ユミル「お前にそう言われたら断れないだろ?じゃ袖を通してみるか…気乗りしないが」


ライナー「俺も用意すべきだった…クリスタの花嫁衣裳…。くそっ…」



ベルトルト「僕の言う事は聞いてくれないのに…クリスタの言う事は聞くんだ…」グスッ…


ユミル「そんな些細な事で落ち込むなよ!ほら、お前も着替えるんだろ?船室へ行くぞ」




アルミン「…」






~ウォール・ローゼ西 河川~

クロルバ区へ向かう船の中 乗客用船室



ユミル「はーーーっ…やっと解放された…」


ベルトルト「寸法もピッタリだったね。生地も縫製も良かった……綺麗だった、ユミル…」



ベルトルト「僕はかなり満足だ…あぁっ…いつかする僕らの結婚式が待ちきれない!」///

ベルトルト「この後は船内で一夜を明かして、この船がクロルバ区に着くのを待つだけだ」



アニ「ライナー…船室は1つしか取れなかったの?普通より少し広めの部屋だけどさ…」

アニ「さすがに6人も居ると狭い」



ライナー「毛布もあるし今夜は寝るだけだ、文句言うな。それにしてもお前ら良かったな」


ベルトルト「うん…良かった。ユミルを捕まえる事が出来て…僕の元に戻って来てくれて」


ベルトルト「ありがとう…」ソッ…

ユミル「…いや、感謝してるのはこっちだ」ギュッ…




クリスタ「私もユミルの化粧姿…ううん、ウェディングドレス姿も見れて良かった…」

クリスタ「ねぇユミル、たまに私の化粧品を使ってユミルを変身させてもいいかな?」


ユミル「ダメだ。私なんかに使うのは勿体ない!化粧品は高価なんだ。もっと大事に使え」

ユミル「それ、ライナーから買って貰ったんだろ?約束は果たした。だから次は無い!」


クリスタ「む~~っ…ユミルのケチ…」



アルミン「良く似合ってた。綺麗だったよ、ユミル。その純白の髪留めも、高めの靴も…」


アルミン「化粧もドレスも…何もかも…。君を知る全ての人達に見せてあげたかった」


アルミン「君と仲が良かったサシャやコニーにも…勿論エレンやミカサ、ジャンにだって」


ユミル「アルミン…」





ユミル「あいつらには見せてやれないけど、お前らが見てくれたから私はそれでいいよ」


ユミル「私の人生の中で他人からこんなに褒められることなんてなかったからな…」

ユミル「お世辞でも素直に嬉しい。…お前ら、ありがと」



ユミル「でもこの話はこれで終わりな!もう着替えて化粧も落としたし、後は寝るだけだ」



ベルトルト「写真、船を降りる前に僕らにくれるって言ってたね!こんな偶然あるんだ…」

アニ「まさか写真技師が乗り合わせていたなんてね…この技術だって中央じゃ重要機密…」


アルミン「技術自体は昔からあったものだよ。王政府の方針で一般に公開してないだけで」

アルミン「彼は…あの写真技師は自分で研究開発して実用化まで漕ぎ付けたんだって」



ライナー「他人事ながらあの技師の今後が心配だな…」


ライナー「写真という存在は知っていた…。100年以上前の本には写真が使われている」

ライナー「人が描くより正確で手間も掛からないが、中央に目を付けられそうな商売だな」

アルミン「そうだね…。写真みたいな汎用性の高い技術の流出を抑えていたのも、」

アルミン「シーナに住む高貴な方々の利益に繋がるからだろうしね」

アニ「上流階級の人間は使ってる…その技術を。…彼らはいつまで独占できるのかね」




ユミル「ま、上手くやるんじゃないか?あの技師だって馬鹿じゃないんだからさ」

ユミル「シーナでやれば目を付けられるが、ローゼなら宗教の如く地下で活動できるさ」


ベルトルト「ローゼでこっそり広まればいいね、彼の技術。僕らはその被写体、第一号だ」


クリスタ「ユミルの花嫁姿を写し取ってずっと紙の上に留めておけるだなんて素敵だね!」フフッ






ライナー「さて、明日に備えてもう寝るか。少々狭くて窮屈だがそれも旅の思い出になる」ハハッ


アニ「賛成、クロルバ区に着いたらまず朝食を取ってそれから宿を…

アルミン「あの……さ…」


ライナー「どうした?アルミン」



アルミン「みんな、喉が乾かない?人数分の飲料水を用意しておいたんだけど…」


ベルトルト「…そう言われると水が飲みたくなってくるね」


ユミル「腹も空いたしな…」


アニ「気掛かりがあると腹が減らなくてね、夕食は用意しておかなかった。ダメだね、私は…」

アニ「どうもベルトルみたいに気が利かない」


ベルトルト「いや、僕もお腹が空かなくて…ユミルの事が心配でそれどころじゃなかった」




アルミン「今から6人分の水筒持って来るよ。今朝、あの宿で水を汲ませてもらったんだ」


アルミン「ユミルはレモン水が好きだって聞いたから、女の子の分は全部レモン水にした」



アルミン「僕とライナーとベルトルトの分は普通の水だけど、レモンもまだあるから…

ライナー「俺は普通の水で構わないぞ」

ベルトルト「僕も普通の水で…。味が付いている水はちょっと飲みにくくて」



ベルトルト「あ!薬の飲み合わせ…ユミルも普通の水にする?薬を飲む時は言ってね」

ユミル「あぁ、薬を飲む時はお前のを飲む。しかし、あの宿のレモン水は美味しかった」




ベルトルト「ねぇ…その左手の傷…どう?傷口、開いてない?…まだ痛むよね?」

ユミル「痛むよ…。だが、痛んで構わない。お前が気に病むことは無いんだ。すまない…」


ベルトルト「…」




アルミン「今、貨物室から持って来る。馬の様子も気になるし…少し待ってて…」


アルミン「それと…」チラッ



アルミン「ライナー、これから先の計画…僕は何も知らない。今夜中に教えて欲しい」

アルミン「ずっと先延ばしにされてきたけど、僕ら6人…君の条件通り、全員揃っている」



ライナー「…あぁ」


ライナー「分かった…お前が戻ったら俺から話す。いいか?アニ、ベルトル…」



アニ「よろしく、ライナー…」コクッ


ベルトルト「ごめん…いつも君に押し付けてばかりだ。僕からもお願いする」



アルミン「じゃ、僕が水を持って来たら続きを聞かせて」スクッ












クリスタ「行っちゃったね…何だかアルミン、少し怒ってるような感じがした…」

ユミル「気のせいだろ?いつもあんな感じじゃねぇか?あいつ…」


アニ「…アルミン」


ライナー「心配するな、アニ…。いや、心配するなってのは無理だな。上手くやらねぇと」


ライナー「被害を最小限にする努力は怠らない事を伝える…まずはそれからだ」

ベルトルト「彼が納得してくれなかったら、予定を遅らせてでも妥協案を考えよう…」

ベルトルト「罵倒は覚悟の上だ、計画が狂ったのは僕のせいだから…僕も彼を説得する」



ユミル「計画が…狂った…?」


ユミル「私のせいか…?私が逃げたから…」


ベルトルト「違うよ!君のせいじゃない…。この計画には最初から無茶な箇所があって…」

ベルトルト「僕が馬鹿な事をしなければ、それは何とか乗り越えられる障害だったんだ」


ベルトルト「それに僕はこう思う。僕が明け方、君を迎えに行って話し合っていれば、」

ベルトルト「君は思い止まって逃げ出すことは無かったって…。僕が約束を破ったから…」



ユミル「私は約束なんかしてないんだけどなぁ…」



ベルトルト「えっ?」




ユミル「お前が明け方に部屋を訪ねて来るって話…私は約束も了承もしてないんだ」


ベルトルト「そ…そっか……」



ユミル「約束してないんだからお前は嘘つきでも何でもない。私に弁解する必要はない」


ベルトルト「でも君に謝りたい…。君を逃がさないように廊下で寝ればこんな事には…」



ベルトルト「アルミンから夜食と水を貰って、それを胃に流し込んだ後…急に眠くなって」

ベルトルト「今思い返しても不思議でさ、どうしてあんなに深く寝入ってしまったのか…」

ユミル「だからもういいって!そこまで追い詰めた私も悪かった。謝罪も不要だ」


ベルトルト「ユミル…」ソッ…  ギュゥッ




アニ「悪いんだけど、次からは二人っきりの時にやってくんない?目のやり場に困る」

クリスタ「ア…アニ…。それを言っちゃダメだよっ!」///


ライナー「全くもって同感だ…」ハァ…



ユミル(アルミンから貰った物を飲み食いした後、急に睡魔が襲ってきた……か…)


アニ「…アルミン、遅いね」



ユミル(アルミンにはこいつらを恨む充分な理由がある…お前は何をしようとしている?)



アルミン「ただいま!待たせてごめん…話を続けよう、ライナー」



今日はここまで
読んでくれてありがとう

おやすみなさい




アルミン「全員に行き渡ったね、水筒」


クリスタ「うん!ありがとう、アルミン」

クリスタ「ところでこの乾パンは何?」


アルミン「みんなお腹が空いているじゃないかと思って、保存食の箱から少し持ってきた」


ユミル「乾パンか~…あんまり好きじゃないんだよな。口の中の水分、吸われるからさぁ」

クリスタ「せっかくアルミンが持って来てくれたのに、そういうこと言わないの!」



アニ ガリッ モクッ…モクッ……


アニ「硬いうえに味が無い。しかも口の中の水分、本当に全部持って行かれそう…」ケホッ

アニ「一口…」ソォッ… キュポン



アニ「ん?すごく香りが良い…」チュッ…



アルミン「レモン水だからね。作り方もちゃんとあの宿の給仕さんに聞いて作ったんだ」

ユミル「へぇ…手が込んでるな」キュポン…


ユミル「前に飲んだ時より少し香りが薄い気がするが…でもいい匂いだ」スゥーッ  ハァ…


クリスタ「そうだね、美味しそう…」クンクン…



ユミル「レモン水ってさ、輪切りにしたレモンを水に浮かべて清涼感を出す飲み物なんだ」

ユミル「だがあの宿のレモン水って他とちょっと違うんだよな…」


クリスタ「どんな風に違うの?ユミル」


ユミル「あの宿のレモン水は果汁が絞ってあって、砂糖もほんの少しだけ入れてあってさ」

ユミル「甘味のおかげで酸味が引き立って、両方の味を楽しめる特別なレモン水だった」


クリスタ「そう言えばあのレモン水、酸っぱかったね。果実をかなり絞ってたみたい」



アニ「ぷはっ……初めて飲んだけど…美味しい…」フゥ…


クリスタ「えっと、私も飲んでみるね!」グイッ…  ゴクッ……ゴクッ…ゴクッ…



クリスタ「はぁっ…すごく美味しい!宿のレモン水より甘味が強い。こっちは飲みやすい」


ユミル「アルミンが少し作り方を変えたんだな。私もあとで飲んでみるよ」


アルミン「レシピより砂糖を多めにしたんだ。疲れている時は甘いものが欲しくなるから」




ライナー「好評みたいだな、アルミンのレモン水」

ベルトルト「だね、でも僕らは普通の水だ。飲みたくなったらユミルから少しもらうよ」

ユミル「どうぞ、好きなだけ口を付けてくれ」



ライナー「お前も乾パン、食べるか?」モグモグ…


ベルトルト「いや、いらない…そんなにお腹も空いてないし。水だけは今飲んでおく」





ユミル(みんなの様子に変わったところは無い。眠そうな奴もいないし…)チラッ

ユミル(アルミンがベルトルさんに薬を盛って眠らせたなんて、ちょっと考え過ぎか?)

ユミル(もしそうだとしても理由が分からない。あの事が理由なら殺しているはず)


ユミル(私らはこれから真の意味で『仲間』になる。ここから先は6人、ずっと一緒だ…)

ユミル(信じ合わなきゃいけない。それは分かっている…だが、何だ?この胸騒ぎは…)

ユミル(アルミンの様子も落ち着かないように見える…。ただの思い過ごしだといいが)






ベルトルト「じゃ、アルミン。僕も水をもらうね。ありがとう」スッ…

アルミン「待って、ベルトルト」


ベルトルト「…ん?どうかしたの?」



アルミン「僕とベルトルトの水筒だけ、中身の水が少ないんだ。ごめん…」チャポン…


ベルトルト「あ、本当だ…。まだ飲んでないのに…」ジャポジャポ…



アルミン「水筒を取りに行ったら馬が水を飲みたそうにしててさ、僕の分から分け与えた」

アルミン「コップ1杯分残したところで、次に君の水筒から水を注いでまた馬に与えた」


アルミン「勝手な事をしてごめん…。僕も自分の水を若干でも残しておきたかったし、」

アルミン「ベルトルトは優しいから許してくれると思って甘えてしまった…」


ライナー「次からは俺の水も使ってくれ!遠慮はいらないぞ。お前が用意した水だ」


ベルトルト「そっか、僕は別に構わない。これでも…うん、コップ3杯分は入ってる」

ベルトルト「クロルバ区でも水は補給できるし問題はない。馬の給水、忘れてたしね…」


ライナー「俺達はすぐ肝心な事を忘れてしまうな。水分補給のための水筒の用意も…」

ライナー「今後の生活に必要な物資を揃えるのも、何から何までアルミンの世話になった」


ベルトルト「そうだね。僕らはアニとアルミン任せでヤルケル区には観光に来たみたいだ」



ライナー「俺はちゃんと物資を買い足していたぞ!事前の計画に沿ってな」

ベルトルト「僕の方はユミルを追い掛けてばかりだった気がする…思い出は作れたけど…」


ユミル「私のせいで買えなかった物はあるか?ベルトルさん」


ベルトルト「いや、何もないよ」




ベルトルト「最初っから君とのデートに費やすつもりだったからね!この4日間は」



ユミル「そ…そうか。最初からそのつもりだったのなら私が気にする必要は無いな」///



アルミン「全員に乾パンと水が行き渡ったところで、話を再開しない?ライナー」


アルミン「君達が肝心な事を忘れてしまう前に、僕は確認しておきたい」


アルミン「これからの詳細な計画、君達の目的、それと…今まで隠してきた秘密」


アルミン「この場で全部話してもらうよ…」







ライナー「分かった…。俺の口から何が飛び出しても驚かないでくれ。無理だとは思うが」



ライナー「最初に言っておく。俺とアニとベルトルはお前らの敵じゃない…。仲間なんだ」

ライナー「そしてこの壁内の人類に危害を加えるつもりはない。俺達を信じて欲しい…」


クリスタ「ライナー…それってどういう意味なの?」




ユミル「クリスタ、こっちへ来い。私の隣へ…。手を強く握ってろよ?動揺するな…」

ユミル「辛かったら私の身体にしがみつけ。私はずっとここに居る。お前を守るからな」



クリスタ「う…うん…」ソッ ギュッ…





アニ「誰が聞いているか分からないから、声は抑えて…ライナー。私からも説明する」


ベルトルト「僕からも補足があれば付け加えるよ…。ユミル、僕の手も握って…」


ユミル「あぁ…お前もこっちへ来い。私の隣だ。確かここは、お前の指定席だったな」


ベルトルト「そ、そうだよ。クリスタに君を独占されたくないから、そっちへ行く…」




ベルトルト(緊張で喉がカラカラだ…でも今は、胸が詰まってうまく飲み込めそうもない)












ライナー「今から今後の計画を話す。アルミンにはまだ話してないな?クリスタにも…」

ライナー「ユミルはもうベルトルから聞いているか?」


ユミル「少しだけな…。行き先は分かっている。どうやって行くのか、詳細は聞いてない」


ユミル(やっと切り出せたな、ライナー。長い沈黙だった…とうとう覚悟を決めたか…)



ライナー「そうか。じゃ、具体的な事はお前ら3人、誰も知らないんだな…」


アルミン「僕は何度も君達に訊いた!だけど誰も教えてくれなかったじゃないかっ!!」


アニ「ご、ごめんなさい…アルミン…。あんたに逃げられる訳にはいかなかったんだ…」


アニ「でもここまで来たら、あんたはもう逃げられない。逃げないでくれると信じている」




アルミン「信じている…か。……そう」

アルミン「虫がいい話だ。思い通りにならなければ今度は『裏切られた』とでも言うの?」


アルミン「例えばもしユミルが僕らの元に戻らなかったとしたらこの計画はどうなった?」


アルミン「脱走を強要され、これだけの準備をしたのに、君の計画は不確定要素ばかり…」

アルミン「僕だけじゃない!クリスタやユミルの兵士としての生活まで奪って巻き込んだ」


ユミル「アルミン、落ち着いてくれ。隣にまで声が聞こえる…。冷静にゆっくり話そう…」


アルミン「納得できる説明をしてよ、僕らに。ライナー、アニ、ベルトルト…お願いだ」




ライナー「………何から話すべきか」ハァ…



ライナー「この時が来るのを俺達は知っていた。知っていたからこそ、怯えていた」

ライナー「だからずるずると先延ばしにして…。お前らは俺達を許さないだろうと…」

ライナー「そう思っていた。…いや、今もだ」


クリスタ「許すも許さないも……まだ話が見えないよ。ライナー」



ユミル「私は知っている。お前らの秘密を…。そしてそれも全部呑み込んだ。話してくれ」

ユミル「クリスタに現状を把握させたい。お前らと一緒に行けるか、もう一度考えさせる」


クリスタ「私はユミルと一緒に行くって決めたの!何を聞かされても気持ちは変わらない」



アルミン(信じられるのは自分だけだ。ここに居る全員が『敵』だ。僕に味方はいない…)






ライナー「俺達の最終目的地はクロルバ区じゃない…ウォール・マリア西の突出区だ…」



アルミン「やっぱりそうか…。遺棄された街……シガンシナ区と同じ、城塞都市…」


アルミン「ウォール・マリアの内地まで巨人が侵攻したら、あの狭い領土では暮らせない」

アルミン「生活に必要な物資や食料の多くは内地から運ばれてくるんだ…捨てるしかない」


アルミン「その土地にどうして僕らは行かなきゃならないの?巨人の領域を越えてまで…」



アニ「私がそれを望んだから…」


ベルトルト「僕もそれを望んだよ。ユミルと一緒にずっとあの土地で暮らしたいと思った」


ユミル「王政の干渉が無いもんな。自給自足さえ出来れば、6人で充分暮らしていける」

ユミル「壁内の人類を悩ませ、苦しめてきた巨人達が、逆に私らを守る盾となるんだ」


クリスタ「そうなんだ…あんまり考えないようにしていたけど、私の勘も外れてなかった」


ユミル「やっぱりお前も気付いてたんだな…。言わなくて悪かった。クリスタ…」


クリスタ「ううん…平気。覚悟は出来てる。話を続けて!ライナー」




ライナー「分かった…」

ライナー「アルミン、その理由を話すためには、これも伝えておかなきゃならない…」


ライナー「今まで隠していてすまなかった…」



アルミン「嫌だ、やめてよ。聞きたくないんだ!僕は、本当に君達を信じて…仲間だと…

アルミン(耳を塞ぎたい!でも知っておかなきゃならない。心を強く持つんだ…怯むな!)




ライナー「俺達は巨人だ。ベルトルと、アニもそうだ。…そしてお前の故郷を蹂躙した」


アルミン「……っ…!?」ギュッ



アルミン「ははっ………うそ…だ…」ガタッ


ユミル「アルミン、座れ!!」



アニ「アルミン…ごめ…ん……なさい……」ガタガタガタ…





クリスタ「ライナーが…巨人?アニもベルトルトも……どうして?そんな訳ない…」クラッ


ユミル「手を離すな…クリスタ。もっと強く握っていい…。キツかったら抱きしめてやる」





アルミン「ライナー…君達が僕の故郷を襲ったの?トロスト区襲撃も君達がやったのか?」


ベルトルト「トロスト区の事は…

ユミル「ベルトルさん!!」


ベルトルト ビクッ



ユミル「落ち着け!アルミン。辛いのは分かる…だが、その拳を収めるんだ…」


ベルトルト「いい!ユミル…。君は口を出すな!アルミン、殴っていい…殴ってくれ!!」




アルミン プルプルプル…


アルミン「殴らない…。殴ったら君はスッキリするだろ?…許されたと勘違いするだろ?」



アルミン「何度殴り殺しても足りないね!…どうして……どうしてなんだよっ!!」ギリッ






クリスタ「冷静でなんか、いられるわけないよね…アルミン。……ユミル、手を離して」


ユミル「クリスタ…」




クリスタ「アルミンの手を握っていたいの。背中をさすってあげたいから…ごめんね…」


ユミル「そっか…分かった……」スルッ…





ライナー「ベルトルは超大型巨人、俺は鎧の巨人と呼ばれている」


ライナー「アニの存在はまだ壁内の人間に知られていない」



アルミン「何となくだけどそうじゃないかって思ってた。でも、違うって信じたかった」


アルミン「アニは僕を騙した…」ボソッ




アニ「私は残酷な事をした…。私もこいつらと共犯なんだ。3人で同じ罪を背負っている」




アルミン「君はあの日、何をしたの?僕が見ていたのはこの2体の巨人だけなんだけど…」


アルミン「君もシガンシナ区に攻め入ったの?人を食べたの?美味しそうに…あはは!」



ユミル「アルミン!落ち着いてくれよ…頼むから……」




アニ「…食べて、ないよ。私は人間だから」


アルミン「人間だって?また僕を騙すのか……」




アルミン「最初に壁を蹴破ったのはベルトルト、内側の壁をぶち抜いたのはライナーだね」


ライナー「そうだ……理由もある。それは追々お前やクリスタ、ユミルに話していく…」

ライナー「それぞれの相手から、個別に聞くことになると思う。この件は後回しだ」


アルミン「ふぅん…それぞれの相手、ねぇ」





アニ「私は、壁内に巨人を誘導する役割だった…。壁は壊してないけど目的は同じ」


クリスタ「壁内の人類を攻撃する事?」


ベルトルト「最終的には、壁内の人類全てを抹殺する事…。それが僕らに課せられた任務」



アルミン「トロスト区襲撃はその第二幕だったんだ…。トーマスやミリウスも殺して…」

アルミン「アニだって僕らの班のミーナと友達だったのに!どうしてこんな事ができた?」




アルミン「君達は……人間じゃないよ…」


アルミン「人の皮を被った悪魔だ…」




クリスタ「アルミン…」ギュッ…





ライナー「…」

ベルトルト「…」



ツツーッ…  ポロッ…

アニ「もう、殺したくなかったから…」ポロポロ…


アルミン「…」



アニ「誰も殺したくないから、逃げる事にした。かつての壁内、今は遺棄されたあの区へ」

アニ「任務を放棄した私らは、もう故郷には戻れない。でも任務を続行する事も出来ない」


アニ「私はあんたを殺せない…」




アルミン「今更そんな事を言っても遅いよ…」




ベルトルト「僕もユミルは殺せない。この手で君を殺していたら僕らの運命は変わってた」


ユミル「一手間違えれば全て無かった事になる…アルミンの言う通り不確定要素ばかり」



アルミン「勝手な事を言うなっ!殺された人の無念を顧みず、自分達の都合を押し付けて」

アルミン「僕を殺せないだって?ユミルも?クリスタも?何を言ってるか分からないね!」


アルミン「じゃ、今までお前らに殺された人はどうなる?僕らと何が違うんだっ!!」







アルミン「愛している…」



アニ「アルミン?」


アルミン「愛しているから殺せないのか?」

アルミン「愛しているから、その愛している相手を殺されたから…お前らを憎むんだ…」


アルミン「僕がユミルを今この場で殺したら、ベルトルトは僕を許せる?どうなんだよ!!」




ベルトルト「……償う」

アルミン「どうやって?」


ベルトルト「生きる事で…罪から逃げないことで償う…。奪った命に向き合っていく…」




アルミン「エレンがこの場にいたらこう言うだろうね。苦しませてからお前を殺す!って」


ユミル「…やめろ」



ユミル「こいつを言葉で追い詰めても、死んだ人は生き返らない…気持ちは分かるが…

アルミン「気持ちは分かるだと?ふざけるなっ!」


アニ「やめてっ!アルミン!!……お願い」




アニ「ライナーが全て話し終えたら、何日だってあんたの言葉を受け止めるから…耐えて」


アルミン「…くっ」ギュゥゥゥ…




ライナー「すまん……アルミン」






ライナー(強く拳を握り、涙を見せまいとしている。俺達の裏切りが許せないんだろう)

ライナー(そして俺がこれから話す計画が、更にお前を激昂させる事は分かり切っている)



ライナー(アニ…お前はアルミンに相談したがっていたのに、俺はそれをさせなかった)


ライナー(計画の不備を認め、謝罪した後…全員で考えよう。最善の方法を…早急に…)






ライナー「ふーーーーーっ……少し、休憩したい。水でも飲むか…」キュポンッ

ゴクッ…  ゴクゴクゴクッ…


ライナー「冷たくて、美味いな…」




アルミン「…」ジーッ…





ユミル(ライナーに変わった様子は無い。水を飲んだのは…アニ、クリスタ、ライナー)


ユミル(アルミンは口を付けようともしない。ベルトルさんは飲みたそうにしているが、)

ユミル(水を飲む心の余裕はないようだ。握った手は汗ばんで、かすかに震えている…)


ユミル(何か仕込んだにしてもクリスタに飲ませる理由が無い。恨まれてもいないだろう)

ユミル(私もあいつに何かをされる覚えはない。安全だとは思うが、一応飲まないでおく)

ユミル(アニやクリスタの様子も特に変化はない。仲間を疑うなんて…どうかしている…)


ユミル(だが不安を拭いきれない…。何かが起きる…アルミンの目が私にそう思わせる)




ユミル「続きを、聞かせてくれ…ライナー」


ライナー「あぁ……じゃ、続きを話すぞ」


ライナー「この船は朝方クロルバ区に着く。具体的には午前7時だ。その頃には店も開く」

ベルトルト「買い忘れが無いか、最後の確認をする。そこで買い逃すともう手に入らない」


クリスタ「もう何も手に入らない場所へ行く。そのための準備だったんだね…」


ユミル「物が無ければ、売る奴がいなければ、お金がいくらあっても仕方が無いんだ…」

ユミル「クロルバ区を抜けたら、金は必要ない。頼れるのは仲間と、用意した物資のみ」



ライナー「そうだ…。俺達はこの壁の外へ行く。壁内から脱出し、自分の人生を生きる」


アルミン「僕の人生を犠牲にして?」


アニ「アルミン…あんたも私は不幸にしない!だから……

アルミン「やっとここまで話が進んだ。ヤルケル区から僕がずっと聞きたかった事だ」



アルミン「今こそ答えてくれるよね?クロルバ区の外側の開閉扉を通り抜ける方法を…」


ライナー「…」



ライナー「その前にクロルバ区を出た後の事を先に話す。出発は明後日、いやもう明日か」


ライナー「アルミン、クリスタ、ユミルが各自の幌馬車に乗り、一路西を目指す…」


ライナー「詳細は若干違うが大差はない。とにかく西へ向かう…そう覚えておいてくれ」


ユミル「分かった。クリスタ、大丈夫か?」


クリスタ「幌馬車は一人で走らせるの?自信が無いけど、やるしかないんだよね?ユミル」

ユミル「あぁ…お前なら大丈夫だ。この中じゃ、一番馬の扱いに長けている。心配するな」


ユミル(荷引馬は兵団の馬と違って訓練を受けていない。巨人にビビらず走ってくれるか)

ユミル(クリスタを安心させるために言ってみたが、こちらも不安要素ばかりだ)ハァ…






アニ「クロルバ区を出るのは明け方。完全に夜が明けきらぬうちに出発するよ」


ユミル「何で明け方なんだ?日没後、すぐに出発した方がいい。巨人との遭遇率が違う」


ユミル「そりゃ暗いさ。外は闇夜だ…満月でもないから月明かりも期待できない。だが…」

ユミル「明け方出発するってのは…巨人共に食ってくださいって言ってるようなもんだ!」



アルミン「ユミル、待って!……わざと壁外調査の日に、ぶつけたんだろ?ライナー」



ライナー「そうだ…」


クリスタ「何のために壁外調査と同じ日に出発する事にしたの?私達を追えないように?」




アルミン「僕が話そうか?クリスタ…」


アルミン「彼らはね、調査兵団の仲間の命を囮に使うつもりなんだ」



クリスタ「おとり?……何でそんな事を」


アルミン「僕らがマリア西の突出区にたどり着く確率を上げるため…それしかないと思う」



ユミル「…んなわけ訳ねぇだろ?カラネス区とクロルバ区はそれぞれ東と西の対極にある」


ユミル「同じ日の同じ時間に出発したからって巨人の数が減るとは思えないね!」


アルミン「だけど!巨人にとっては久しぶりに壁内から『餌』が飛び出してくるんだ!!」



アルミン「奴らはどこに居ても僕らの気配を察知して追いかけてくる…」


アルミン「もしマリアの南に生息している巨人が僕らや調査兵団を食おうと追って来たら、」

アルミン「奴らはより人間が多い方へ向かうはずだ…それこそ何百km離れていようと…」


アルミン「君達がしようとしている事は自分達の目的を果たすために仲間を犠牲にする事…」


アルミン「どうしてこんな事が出来るんだ?今回の壁外調査はエレン、ミカサ、コニー…」

アルミン「ジャンやサシャ、お世話になった先輩や班長だってみんな参加してるんだぞ!」




ライナー「アルミンの言った事は半分は合っている」

ライナー「俺達の生存確率を上げるため、わざと壁外調査の日に出発日を合わせた」


ユミル「そこは否定しないんだな」


ライナー「あぁ…」



ライナー「だが違うのは俺達が西から出発する事で、逆に本来は東へ向かうだろう巨人を」

ライナー「俺達の方に引き付ける事にもなるって事だ。結果、あっちの生存確率も上がる」



クリスタ「西と東、目的は違うけれどそれぞれの場所でお互いを助けあう…」


ライナー「そうだ。互いに利益があるようにこの日にした。俺達の都合だけじゃない」


ユミル「でも夜中に出発した方がいいに決まってる。日中に移動するのは危険すぎる!」


ベルトルト「いや、日中じゃないとダメなんだ。僕らにはまだ大事な仕事が残っていてね」

ベルトルト「それを取って来なきゃあの突出区には住めない。そのためには明るくないと」



ユミル「巨人に遭遇するリスクを上げてもか?」


ベルトルト「背に腹はかえられないからね。苦渋の決断だよ。理由はまた追々話すよ…」




ベルトルト「今は、あの事を話さなきゃ…そうだろ?ライナー」



ライナー「そ、そうだな……ふぅ…」






アニ「続きは私が話す。私らは明日の明け方、壁を抜けて西を目指す。行き先は突出区」


アニ「私とライナーは巨人化し、あんた達を守るために動く。あんた達は幌馬車を動かす」


アニ「ベルトルは馬に乗り、立体機動装置を使って巨人から彼らと積荷を守って欲しい」



アニ「多分、一番死ぬ危険があるのはあんただ。立体機動装置に予備は無い。ガスも有限」

ベルトルト「でもやるしかない!ライナーもいるし…それに今度こそユミルを守りたい」



ユミル「無理すんなよ?いざとなれば私も…

ベルトルト「ダメだ!君は幌馬車を頼む。どれが欠けても僕らの今後の生活に影響が出る」


ユミル「…分かった」




ライナー「最初に言っておく。俺達は計画が失敗したら命に替えてもお前らを壁内へ戻す」

アニ「そう…アルミン、あんたがさっき言っただろ?愛しているからこそ死なせたくない」



アルミン「そんな気持ちを抱けるのなら、壁内を襲撃する前に思い止まって欲しかったよ」



ユミル「アルミン。私はこいつらの境遇を不憫に思ってる。こいつらは逃げられなかった」

ユミル「壁内の人類を攻撃するという、自分の使命から…」


ユミル「そして自分の意思でその運命から逃れることを決めた。で、私らは巻き込まれた」





ユミル「不幸か?クリスタ」


クリスタ「まだ、分からないけど…不幸じゃない。ライナーもアニもアルミンも好きだよ」

クリスタ「勿論、ユミルが一番好き!ベルトルトはまだ苦手だけど…仲良くしていきたい」


ベルトルト「うん…。僕も君と仲直りしたい」


ベルトルト「ごめん…」




ユミル「私も不幸じゃない。この計画が成功するようにこいつらに協力したいと思ってる」


ユミル「お前はどうだ?アルミン」





アルミン「僕は…まだ、彼らから答えを聞いてない。クロルバ区の開閉扉を抜ける方法を」




ベルトルト「それは僕から話すね…」



ベルトルト「最初に伝えておくよ。アルミン…僕らは計画を変更する事が可能だ」


ベルトルト「出発日時をずらすことも考えているし、より良い方法を模索している」


ベルトルト「だからこれは『答え』じゃない。それを頭の中に入れておいて欲しい…」




アルミン「教えてくれ…。どうやれば抜けられるんだ?固く閉ざされた外への扉を…」

アルミン「君達が乗るはずの馬3頭と、僕らが操る予定の幌付き馬車3台をあの扉から…」


アルミン「どうやって…兵士の目を潜り抜けて!僕らを外へ出すつもりなんだよ!!」


ベルトルト「…」





ベルトルト「最初の計画はこうだった」



ベルトルト「最初にアニがこの計画を立てた時、まだトロスト区は無事だった…」

ベルトルト「そう言うと他人事みたいだね。トロスト区を襲ったのは僕なのに…」



アルミン「ベルトルト!!」グイッ


アニ「やめて!アルミンっ…」ギュッ…



ベルトルト「一番最初に狙われるのは『南』だと…壁内の人類がそう思い込んでたから…」

ベルトルト「『西』の守りは多分、今よりずっと手薄だっただろう…と思う」


ベルトルト「さっきも言ったけど、アニが計画を立てた時はそれを織り込んでいた」


クリスタ「何でトロスト区を襲ったの?もうこの計画を立てていたのなら襲う必要は…

ベルトルト「それもいつか君に話す。あれは僕の独断で、彼らは関与してないんだ…」



アルミン「アニは…関与してない…?」


ベルトルト「うん…」




ベルトルト「それで、僕ら3人が夜中に忍び込み、見張りの目をくぐり開閉扉を操作する」


ベルトルト「閉めるのは見張りの兵士がするから僕らは開けるだけでいい…殺す気も無い」

ベルトルト「開閉扉が開いた瞬間、君達は僕らが乗る馬と一緒に幌馬車を壁外に走らせる」

ベルトルト「騒ぎに乗じて僕ら3人は立体機動で壁を登り、君達と合流して出発する」


ベルトルト「当初の予定はこうだった」



ユミル「なるほどね…大雑把だが、悪くは無い。殺さないようにするのは大変そうだが」


ユミル「だが、その手は恐らく使えない…。トロスト区をお前が襲撃しちまったからな」


ベルトルト「そう…。巨人と対峙しなきゃらない最前線の突出区には兵士が増員された」


ベルトルト「トロスト区もカラネス区も…僕らが出発するクロルバ区にもだ」




アルミン「たった3人じゃ、見張りの兵士の目を盗んで開閉扉を操作するのは不可能…」


ベルトルト「そう思う。危険を承知で潜り込むことも出来るけど…成功率は低い」



ユミル「はぁ……ここまで来て、扉を抜ける方法が無いとはね…。参ったな」

アニ「無くはないんだ。だけど、このやり方は多くの犠牲を伴う…。でもこれしかない」



ユミル「ひょっとしてお前が酒場で言ってた『残酷すぎる計画』ってヤツか?」


アニ「そうだ。もし、他に手が無かったら…この作戦を実行するしかないと思う…」


アルミン「何をするつもりなんだ?アニ」




アニ「……私が囮になる。巨人化してクロルバ区の内側の開閉門近くで暴れる」


アニ「多くの兵士を引き付けている間に、ベルトルとライナーが扉を開けあんた達は外へ」



クリスタ「ダメだよ…それじゃ…。下手したらアニが殺されちゃう…」

クリスタ「それにそこに住む人達や家屋や…駐屯している兵士達の中にも犠牲が出る…」


アニ「でも!この方法しかないだろっ!?他に手は無いんだから…」



アニ「充分に引き付けたら人の姿に戻り、あんた達と合流するから…。この案で行こう…」




アルミン「そんなの認められる訳が無い…」

ユミル「アルミン…」




アニ「そう言うと思ってた。この作戦では犠牲が出ない事はありえない。向こうも必死だ」

アニ「私もね…。自分が殺されないために反撃しなきゃならない。何人もの兵士が死ぬ」


アルミン「…」



ユミル(だからアニはアルミンに相談する、と。この状況を切り抜ける知恵が欲しかった)

ユミル(だがライナーがそうさせなかった。この話を聞けばアルミンが逃げ出すと思って)




アルミン「その作戦を本当に実行するつもりなら、もう僕は協力しない…」


ユミル(だろうな…)



アルミン「アニ!何でもっと早く僕に相談しなかったんだっ!!」

アルミン「他にも手はあったかも知れないのに!…もう、明日出発するしかないんだろ?」



アルミン「ライナーは言ってたね。僕らも同日に出発すればあっちの生存率も上がるって」


アルミン「それってエレンやミカサが壁外で生き残る確率も少しは上がるって事だよね?」




ライナー「あぁ…そうだ」



アルミン「どうしても明日出発するしかない。もっと…もっと早くこの事を知っていたら!」

アルミン「くそっ…どうすればっ…!」



ユミル「まだ時間はある。ベルトルさんは出発日をずらしてもいいって言っているし、」

ユミル「これは全員で考える問題だ。アルミン、お前だけで解決できる問題じゃない」


ユミル「そんなに思い詰めないでくれ…」



アルミン(ユミル、違うよ。この計画自体を止めさせればいいんだ。実行できなくする…)




アルミン「アニ、君はまた嘘をついた。僕を…いや、僕とユミルとクリスタを騙すために」

アニ「…何の事?アルミン」


アルミン「ここに正直者はいないね、きっと」



ユミル「嘘?何を言ってるんだ?こいつらの話の筋は通ってるが…」

クリスタ「うん…。アニの説明でおかしなところがあったとは思わないけど…」




アルミン「開閉扉を破ることが出来るのは特別な巨人だけ。言うなれば超大型巨人だけ」


アルミン「ライナーがシガンシナ区の内側の開閉扉を破れたのは…閉じるのが間に合わず、」

アルミン「扉が半分開いていたからだ。あれは強度不足によって突破されたんだ…」


ベルトルト「…」


ユミル「内側の開閉扉を破る必要はない!アニは駐屯兵を引き付けるために…

アルミン「そうだけど!内側が破られたところで外側の扉が無事なら巨人の侵入を防げる!」




アルミン「人類は…西側の駐屯兵団だって馬鹿じゃないんだ…」


アルミン「そうそう外扉の警護を疎かにするとは思えない」




アルミン「そこまで考えてたんだろ?アニ」


アニ「…」



アルミン「なら、ライナーとベルトルトが混乱に乗じて開閉扉を操作するなんて不可能」


アルミン「君達の次の手は一つしかない」

ライナー「待て!俺達はそれを実行する気は…





アルミン「ベルトルトに…超大型巨人にクロルバ区の外扉を蹴破らせる」



ユミル「!?」
クリスタ「!?」


ユミル「ほっ…本当かっ!?ベルトルさん…」

ベルトルト「……嘘だ。僕はしないよ」




ユミル「だよな…お前はもう……」


アルミン「どうだかね、シガンシナ区とトロスト区を襲った君なら簡単な事じゃないかな」


ユミル「アルミン…黙れ…。いい加減にしろ…」



アルミン「どうなんだよ…アニ」



アニ「……ふぅ」



アニ「やっぱりこの作戦はダメだね。これが一番大きな『穴』だった」

アニ(…計画とは言えない粗末な代物)



クリスタ「認めるの?アルミンの言ってる事」


アニ「あぁ……」




ベルトルト「僕は絶対にしない!最初に言ったけど、計画を遅らせてでも別の案を考える」

ユミル「そうだな。それがいい…」ギュッ…



アルミン「…」




アルミン(もう、君達には付いて行けない…)


アルミン(アニの言葉を信じていたから僕はここまでやったんだ…)

アルミン(僕が一緒に行けば誰も死なないって…。それを自分達の都合で白紙に戻した)



アルミン(もはや、これまで…。ならば最後に、人類に仇なす君の存在だけは消しておく)



アルミン(さようなら、ベルトルト…)






今日はここまで
読んでくれてありがとう

感想もありがとう!励みになります


最後までこの話を書く意思があり、このスレを放棄、放置はしていません

更新が遅いのは、仕事や付き合いの関係で書けない日が多くなったのと、
出し過ぎた伏線を拾うのに時間が掛かっているからです。本当にすみません…
今の深夜なら保守しなくても次の更新まで落ちる事は無いので保守もあげも不要です

今月中にもう一回更新します

>>746
乙!今回も面白かった!読んでてこっちも緊張してきたよ!
読んでる人の大半は書く側にもちゃんと事情があるってわかってるから大丈夫だよ、気にせずゆったり書いてください

でも最近の深夜は進撃スレをわざと埋める荒らし&そういう荒らしの目に止まりやすいようにわざとageる荒らしが湧いててちょっと雰囲気がおかしいから、乗っ取り出る前にトリ付けとくことをおすすめする
できれば今日中、無理なら次回の投下時でも付けといたほうがいい
長文ごめんね いつも投下ありがとう



アルミン「悪いけど…」

アルミン「クロルバ区に着いたら君達とは別行動だ。僕はこの計画から降りる…」


ユミル「ベルトルさんはしないって言ってるぞ。扉を蹴破らないって…」



アルミン「彼らの言う事は信用に値しない。どうせ最初から僕を騙す気で連れて来たんだ」

アニ「違う…。本当はこんな手段、使いたくないんだ…あんたを騙す気なんて無かった!」



ライナー「アニはお前にこの事を相談するつもりだった。…それを止めていたのは俺だ」

ライナー「この話を聞けばお前は逃げ出すと思った。アニじゃなくて俺が、そう思った」


ライナー「無い知恵を絞って何とか最善の答えを捻り出そうとしている。信じてくれ…」




ベルトルト「アルミン、思い直してくれないか?扉を突破する方法を一緒に考えて欲しい」


アルミン「この計画は5人いれば足りる。ベルトルトが幌馬車を動かせばね。僕は不要だ」

アルミン「ここまで準備してやったんだ!もう僕を開放してくれてもいいだろ?アニ…」


アニ「…嫌だ。あんたを手放すなんて出来ない!!やっとここまで来たのに」フルフル…




アルミン「僕がここから去った後は君達の好きにすればいい」

アルミン「クロルバ区の扉を蹴破ろうとも、僕は関与しない。何も知らない!」


クリスタ「そんな事、私もユミルも絶対にさせない!!だから私達を信じて…アルミン」




アルミン「船を降りたらジャンの馬を貰うよ。それに乗ってカラネス区へ向かう」

アルミン「壁外調査には間に合わないけど、戻って来た彼らと合流し、この件を報告する」


ユミル「その頃には私らは壁内にはいない。調査兵団と言えども誰も私らを追えない…」


アルミン「自分の臆病さに呆れるよ。僕の家族だけじゃなく、みんなの仇である巨人達を」


アルミン「見逃してあげるって言ってるようなものだ。エレンにとって僕は裏切り者だ」

アルミン「でも、君達にとっても僕は裏切り者なんだろうね。僕は選択を誤った…」



ライナー「誰にも言わずに俺達を信じて付いて来たこと自体、間違いだったって事か…」








アルミン「ねぇ、ここで僕を殺しておいた方が安全だよ。アニ」

アニ「!?」


アルミン「僕は君達の行き先を知ってる。そして知り得た情報全てを団長に話すつもりだ」


アルミン「今はまだ壁内の人類はシガンシナ区にすらたどり着けないけど…」

アルミン「壁外調査を重ねて足掛かりを作れば、いつかは君達の居場所までたどり着く」


アニ「アルミン…」



アルミン「ここで口封じをしておかないと後で大変な事になる。ライナー、ベルトルト」



ライナー「…」

ベルトルト「…」





ユミル「本気なのか?お前…。本当にこの計画から降りるのか?まだ希望はあるのに…」


アルミン「希望?僕に希望なんて無いよ…」



ユミル「アニはお前を壁外調査で死なせたくなかった。だからこの計画に引き入れた」

ユミル(引き入れた?違うな…。この計画は最初からお前のために用意されたものだ)


ユミル「お前が好きだから、死なせたくないから連れて来た。なのにお前は殺せと言う…」


アルミン「僕だって死にたくないさ。本音はね」




ユミル(アルミンはこんなに往生際が良い奴だったか?お前は何を企んでんだ?)

ユミル(人類のために犠牲になる覚悟で全てを捨てて来たお前が絶対言うはずがない言葉)



ユミル(「自分が去った後はクロルバ区の扉を蹴破っても構わない」だなんて…)



ユミル(アルミン……お前の腹の中が見えない…)







アルミン「君達に水を用意したのが僕のここでの最後の仕事か…」


アルミン「レモン水、美味しいって言ってくれてありがとう。アニ、クリスタ…」



アルミン「ユミルも喉が乾いたら飲んでみてよ。元は君のために作ったんだからさ」


ユミル「私のために?」



アルミン「ヤルケル区での最後の思い出として…。君がそれ、好きだって聞いたから」

ユミル「好きってほど好きでもないけどな。私のために、か。そりゃどうも……」



アルミン「水も美味しかったかい?ライナー。実は僕はまだ飲んでないんだ」


ライナー「あぁ、美味かった!宿の井戸水だな。水は土地柄によって味が若干違うと聞く」

ライナー「クロルバ区の水が不味いとは聞いた事は無いが、次も美味い水だといいな」


アルミン「うん…」




アルミン「ベルトルトはまだ飲んでなかったよね?」


ベルトルト「う、うん。喉は乾いてるんだけど……それよりアルミン!本当に僕らから…

アルミン「乾杯してくれないか?」



ベルトルト「えっ…」




アルミン「君達の脱出計画が成功するように、ついでに僕の無事の帰還を祈って欲しい」


アニ「アルミン!本当にこの計画から降りるの?戻ったってあんたに、壁内に未来は…

アルミン「君達と暮らす未来なんてのも無いんだ!エレンとミカサの元へ帰りたい…」




アニ「私とは一緒に行けないって事?……嫌いなんだ、私が」ボソッ


アルミン「逃がしてよ…僕を……。アニ、ライナー、ベルトルト!頼むよ!!」




アニ「…」ギュッ…



アルミン「水筒を持って。さぁ、みんなで乾杯しよう…」ニコッ





ライナー「限界、だな」


ベルトルト「うん…。アルミンを帰してあげよう、アニ…」



アニ「駄目だっ!そんなの……アルミンが居なきゃこの計画は失敗だっ!!」グスッ…


クリスタ「アニ…」ソッ…





アルミン「みんな水筒を持ったね。今思い返せばあの時が一番楽しかった…訓練兵の時だ」

アルミン「あの解散式の時みたいに……互いに進む道は違っても最後は笑顔で別れよう」


ユミル「アルミン…」



アルミン「乾杯、互いの今後に…」




ライナー「あぁ…。そうだな」クイッ


アニ「嫌だ…絶対に!!」ギュッ



クリスタ「うん…」クイッ… ゴクン

ユミル「…」



ベルトルト「これで最後か…」クイッ…




ユミル「待った!ベルトルさん」グイッ!

ベルトルト「ん!…ユミ…ル?」


ユミル「それを飲むな。何か変じゃねえか?」


ベルトルト「何が?」



ユミル「一度ならず、二度までも…。おかしいとは思わなかったのか?昨夜の事」

ベルトルト「昨夜?」


ユミル「私を迎えに行くつもりだったのに昼まで眠ってしまったって言ってただろ?」



ベルトルト「えっと、まだ怒ってる…?」

ユミル「怒ってない!問題はそこじゃなくて、何故昼まで眠りこんだか?だよ」



アニ「あれか…」


ベルトルト「だからアルミンから夜食と水を貰って、それを口にしたら急に眠く……えっ?」

ベルトルト「ユミル!アルミンを疑ってるの!?」


ユミル「今回も何かを仕込んでないとは限らない。私はお前を疑っている…」ジッ



アルミン「今回も?君が何の事を言ってるのか僕には意味が分からないんだけど…」



ユミル「もし自分の身の潔白を証明するつもりがあるのなら、交換してくれないか?」

ユミル「お前が手に持っている水筒と、ベルトルさんが持ってる水筒を…今すぐに」



アルミン「…」





アニ「ユミル…。あんたは仲間を信じられないって言うのかい?」


ユミル「お前が信じたい気持ちも分かるが、その『仲間』を抜けるって言ってんだ…」

ユミル「何も仕込んでないのなら交換できるはずだろ?なぁ、アルミン」



クリスタ「アルミンは私達を騙したりしないよ!いつだって彼は素直で優しかったもの」



ライナー「ユミル、眠り薬をここで飲ませたところで時間になったら起こすだけだ」

ライナー「様子がおかしければすぐに気付く。そんな意味のない事をしてどうするんだ?」




ユミル「アルミンにはお前らを恨む理由があり、それを実行に移す機会もある」


ユミル「眠り薬ならまだ可愛いもんだ…だが、劇薬だったらどうする?飲んだら終わりだ」




ベルトルト「この中に…毒が……?」ゾクッ


ユミル「お前はこの水を飲めるのか?アルミン…」





アルミン「ふぅ…」


アルミン「困ったな、思い込みの激しい迷探偵だね」

クリスタ「アルミン!」



アルミン「飲めるよ。じゃ、水筒を交換しようか?ベルトルト」ヒョイッ


ベルトルト「あっ…」パッ



アルミン「君は僕の水を飲んで。少ないけどね、少しは乾きを癒せるはずだよ」ズイッ…

アルミン「足りなかったらユミルから分けて貰って。僕はこれだけあれば充分だ」


ベルトルト「うん…」チャポッ




アルミン「ベルトルトは僕の事を疑ってるの?」


ベルトルト「い…いや、疑ってないよ。アルミンは今までよくやってくれたと思っている」

ベルトルト「それに信頼もしている。君には謝っても謝りきれない…それほど僕は…

アルミン「本当に僕を信頼してくれているなら、この水…一緒に飲もうか?」


ベルトルト「い、一緒に?」



アルミン「僕は君達にずっと騙されてきた」


アルミン「君達とは生涯の友になれると思っていた。こんな形で真相を知るなんて…」

ベルトルト「……すまない」


アルミン「僕を信じているのなら断らないよね?さぁ、乾杯しよう。お互いの未来に…」


ユミル「…待て!」

アルミン「水筒は交換したよ?まだ何か不満があるの?ユミル…」ジロッ



ユミル「いや、不満は無い。ただ喉が痛くてね。喉に滲みるレモン水は飲みたくないんだ」

ユミル「だからベルトルさん。悪いが私のレモン水とその水を交換してくれないか?」



ユミル「コップ一杯の水があればついでに薬も飲めるしな。乾パンもこの際頂こう…」







アルミン「ユミル…何で?何でそんな事を急に言い出すんだ!」



ユミル「何でだって?喉の調子が悪いのは仕方ないだろ?アルミン」



アルミン「…ユミル」ギリッ






ユミル(これは賭けだ。もしアルミンが自分の水筒にも何かを入れていたら私の命はない)

ユミル(水筒を交換しろと言った時も全く動揺を見せなかった。こいつ、一緒に死ぬ気だ)

ユミル(私だって死にたくはない!でも引けない…アルミン。お前が私を止めてくれ…)



ユミル「顔色が悪いぞ、アルミン。真っ青だ。手も震えている。お前も薬を飲んでおけよ?」


アルミン「…ユミルだって震えてるじゃないか」ガタガタ…




ユミル クンクン(臭いはしない。薬品臭さは無い。色は見えないが多分無色透明だろう)


ユミル(私のレモン水は心配ない。こいつは水筒を渡す時、重さと匂いで判断していた)



ユミル「ベルトルさんもどうした?心配そうに顔を覗き込んで…。大丈夫だよ!」ニイッ

ユミル「本当は信じたいんだ…。ヘボ探偵ですまないな!お前の身の潔白を証明したい」



ユミル「あのさ、アルミン…」


アルミン「な、なに…?ユミル…」キョドッ



ユミル「もし私がこの先死んだらさ、ベルトルさんを少しだけ許してやってくれないかな」

ベルトルト「この先死ぬ…?何だよ!それ…」


ユミル「人間誰だっていつかは死ぬだろ?『この先』がいつになるかは分からないが…」

ユミル「何となく今言っておきたくなった。ただの戯言だ」フフッ



アルミン「…」


ユミル「愛するものを失う悲しみ、きっとこいつにも分かるだろうから…。じゃ、飲むか」




ユミル(……怖い…本当に毒が入っていたら…。ここで私は死ぬのか……)カタカタ…


ユミル「よし……飲むっ…!」ソッ… クイッ…



アルミン バッ「ダメだっ!!ユミ…

アニ「ユミル!」ブンッ


アルミン「!?」

ユミル「!?」



ユミル「おい!何すんだよっ!!私は喉が渇いてるんだ。それを返せ!」



アニ「奇遇だね。私も普通の水を飲みたくなった。だから私が飲むよ、残念だったね!」




ユミル「アニ……やめろ。それは危険だ…」


アニ「危険?本当に危険ならあんただって飲もうと思わないだろ?これは私が飲む」

アニ「いいよね?アルミン…」


アルミン「……ダメだ。どっちも飲んじゃダメだ!!」




アニ「私はあんたを信じてる。絶対に不幸にしない!だから一緒に来てよ…」グスッ…

アニ「私が死んでも、あんたを逃がしはしない。…幽霊になってもずっとそばにいる!」


アルミン「それは知ってる。もう聞いたよ!」




ユミル「アニ、その水筒から手を離せ。黙って下に置くんだ…」

クリスタ「どういう事なの…?どうして水を飲んじゃダメなの?」


ライナー「アニ、やめるんだ!ユミルの言う通りにしてくれ…」


アニ「あんたらに指図される覚えはない!!」キッ



ベルトルト「アニ…その水筒を僕に渡して。それはアルミンが交換してくれた僕の水だ」

ベルトルト「大丈夫、何も入ってない。僕もアルミンを信頼している!僕が飲むから…」


クリスタ「そういう事なら私も飲む!」

ライナー「俺もだ、いいよな?アルミン」




アルミン「ふふっ…」

アルミン「みんな無理しちゃってさ!本当は怖いくせに…」


アルミン「……何だよ、付き合ってらんないよ。こんな下手な寸劇には」



ユミル「やっぱりそうか……」



アルミン「貸して、アニ」グイッ

アニ「…!?」



アルミン「ちょっとわざとらしすぎたかなぁ…」チャポチャポ…

ユミル「だいぶな。芝居がかってたし…って言うか、傍から見ればただの茶番だな」フーッ




アルミン「僕が…いや、アニが止めなかったらユミルは本当にこれを飲んでた?」


ユミル「止めると思ってた。お前は無関係の…もう無関係じゃないが、私を殺さないと」



ベルトルト「本当に何か入ってたんだ…」

ベルトルト「僕の水筒と、自分の水筒に君は何を入れたの?」




アルミン「苦しまずに死ねる薬だよ。ちょっと君には勿体ないと思ったけどね…」



ベルトルト「それって…ど、毒だよね!?」ゴクッ


アルミン「出来れば、うんっと苦しんで死んで欲しかったから…。でもそれも失敗した」

アルミン「何食わぬ顔で君に飲ませる事が出来なかった。まだどこかで迷っていたんだ」


ユミル「確かに迷いが顔に出ていたよ。お前は人殺しには向いてない」




アルミン「人?…巨人だよ、ベルトルトは」

ユミル「私は『人間』だと思う。こいつは変わった…。変わったと信じたい」


ベルトルト「僕はユミルの中で『人間』になったの?…そっか…うん……」




アルミン「さて、即席探偵に暴かれたところで道化は退散するよ。僕の願いはただ一つ…」



アルミン「クロルバ区を潰すな!平和な街をシガンシナ区のようにしないでくれ!!」

アルミン「犠牲を出さない最善の方法で扉を抜けたら、5人とも壁外へ消えて欲しい」


アルミン「これだけ叶えてくれたらもう充分。僕は君達の秘密を胸に抱えたまま死…

クリスタ グイッ  ブンッ    タタタッ…



アルミン「あっ…!」

ベルトルト「えぇっ!!ちょっ……」

ギッ  バタン!


ユミル「おっ、おいっ!!クリスタ、待て!!」ダッ




アニ「奪い取られちゃったね…。2つの水筒」


アニ「アルミン、毒を入れたのは本当にあんたとベルトルの水筒だけ?」


アニ「ユミルのレモン水には何も入れてなかったの?」


アルミン「ユミルに罪は無いからね…。ベルトルトと結婚したくらいじゃ殺さないよ」

アニ「でもベルトルが死んでいたらユミルは泣き叫んでいただろうね。後を追ったかも」


ベルトルト「彼女はそういうことしないんじゃないかなぁ…。ユミルは僕とは違う…」

ベルトルト「僕はもう一人じゃ生きられなくなってしまったみたいだから…」




アルミン「僕を責めないの?ベルトルト。君を殺そうとしたのに」


ライナー「俺達はお前に恨まれている自覚がある。…責めることは出来ない」

ベルトルト「ここまで君を追い詰めたのは僕らだ。僕らこそ殺されても文句は言えないよ」



アニ「そうだね…」



アニ「あんたとクロルバ区で別れたら、私はこいつらをマリアの西の突出区まで送る」

アニ「その後また一人で壁内に戻り、あんたを探す…無事に戻れる保証はないけど」


アニ「戻る途中で巨人に食われて死んだら、あんたは喜べばいいよ。私は私の好きにする」



アルミン「一度目を付けられたら最後。僕は君から逃げきれそうもないね…」ハァーーッ…


アニ「ごめん…。それは覚悟しておいて」





アルミン「殺す事も死ぬ事も出来ず、見逃すことも出来ない。これからどうしようかな…」


ライナー「どうしてベルトルの水筒だけだったんだ?俺やアニのことも恨んでいるだろう」



アルミン「壁を破れるのは超大型巨人だけだったから。君らの攻撃の要はベルトルトだ」

アルミン「君達二人だけなら生かしておいてもリヴァイ兵長かミカサが何とかしてくれる」




アニ「なるほどね……」




ベルトルト「昨夜、僕を眠らせた理由は?ユミルを僕から逃がしてあげるため?」


アルミン「いや、そんな理由じゃない…」



アルミン「君が巨人か確かめるためだ。少し指先を切らせてもらった」

アルミン「君が超大型巨人だっていうのは薄々気付いていた。確証は無かったけど…」

アルミン「やっと裏が取れてさ、用意した毒を隠し持って入れる機会をうかがっていた」


ライナー「それが今だったんだな」



ベルトルト「僕の巨人の力…治癒能力を見て僕らの正体を確信し、僕を殺そうと決めた」


アルミン「今しかないって思ったよ。事前に水筒を準備しておいて良かった…ってね」


アルミン「そして自分の水筒と君の水筒に毒を入れた。僕も一緒に死ぬつもりだった」



アニ「どうしてそんな事を!私らは死んで当然かも知れないけどあんたが死ぬことは…

アルミン「このまま君達と壁外へ出て行って巨人に食われて死ぬのも怖かった」


アルミン「でも仇の言いなりになって、このまま生き恥を晒しながら生きるのも嫌だった」



アルミン「ベルトルトを殺した僕を、君達が無傷で帰してくれる訳はないと思ったし…」

アルミン「この生活に疲れていたのかな。あぁ、ユミルに殺されていた可能性もあったね」


ベルトルト「だからユミルはそんなことしないってば…」



ライナー「それは分からんぞ……実際その状況になってみないと。人の行動は読めない」




アルミン「まぁ、そうだね…」




アニ「アルミン、あんたはこれからどうするの?本当にクロルバ区で離脱するの…?」


アルミン「…」


ギギッ




ユミル「ただいまぁ~…」


クリスタ「ごめんなさい…」シュン…



アニ「おかえり、クリスタ。あとユミルも」




クリスタ「水筒ごと捨てて来ちゃった…」

クリスタ「また2つ買い直さないとだね。ごめんね…」



ユミル「アルミンが準備した毒がどれほどのものかは知らないが大丈夫かな…」ハァ

アニ「大丈夫だろ?これだけの河川だ…多少毒が混じっても川魚や人体に影響はないさ」


ユミル「ま、そうだよな。てなわけで安心しろよ?クリスタ」

クリスタ「アルミンがあの水を飲みそうだったから身体が勝手に動いてしまって…」


アルミン「そっか……ありがと、クリスタ。僕のために…」




クリスタ「死んじゃダメだからね!私もユミルもみんなも!!誰も欠けちゃダメだから」

クリスタ「みんなで行こうよ!壁外で一緒に暮らそう?アルミンも私達と一緒に…」ウルウル



アルミン「ねぇ、ベルトルト…。僕がこの計画から降りたら君は壁を蹴破るかい?」

ベルトルト「蹴破らない。人も殺さない。ただ最善の方法を探すのに時間が掛かる」



ベルトルト「だから明日、出発することは出来ない。計画をもう一度練り直す」


ベルトルト「僕らが出発するその日まで、アルミンには僕らのそばに居てもらう…」

ベルトルト「悪いけど誰にも邪魔されたくない。君を逃がすと大変な事になりそうだから」


ベルトルト「僕らはこの計画に全てを賭けている。だからそれまでは君を逃がせない!」



アルミン「…」




アルミン「壁外調査の日と同日に出発したら、あっちの損害も減らせる可能性がある…」


ライナー「そうだ」



アルミン「あと1日…」


アニ「そう…」




アルミン「僕にあの壁を越える方法を考える時間をくれないか?朝までに答えを見付ける」

アルミン「それには君達の力が必要になると思う。巨人の能力ついて詳しく教えて欲しい!」


ライナー「あ、あぁ…それは構わないが……」


アニ「手伝ってくれるの?アルミン」



アルミン「僕がいないと君達は壁を壊す選択肢を消せないから…。方法は僕が考える」



アルミン「壁内の平和を君達に脅かされたくないんだ。一緒に行く約束は、今は出来ない」

アルミン「それでもいい?」


ライナー「あぁ!助かる…アルミン」



アニ「ありがとう…」



アルミン「よし!じゃ、早速だけど『旅行の手引書』は今誰が持ってる?」


ベルトルト「それなら僕が持ってる。必要なら貨物室から取って来るけど…」

アルミン「それ、今すぐ持って来てくれないか?僕は西側の地理には詳しくないんだ」



アルミン「明日はキツい1日になると思う…。いや、今後もずっとだ。休めるのは今だけ」

アルミン「みんなしっかり寝ておいてくれ。ここから先はいつ休めるか分からないから」



クリスタ「うん、分かった!今夜はアルミンにお任せします。私達は寝るのが仕事だね」


ユミル「本当に手伝わなくていいのか?もうお前は何か策を思いついたようだが……」




アルミン「頭の中ではもう形になってる…。でもそれが出来るかどうかはまだ分からない」


アルミン「でも試してみる価値はある!条件さえ整えば…。今夜中にそれを練り上げる」


ライナー「どうしても明日出発しなきゃならないって訳じゃない。気負うなよ?アルミン」

アルミン「それも分かってる…。でも、明日に間に合わせなきゃダメなんだ…」




ライナー「そうだ!すっかり忘れてた。クロルバ区に着く前にお前に返すからな、ユミル」

ユミル「はっ?…返すって何を?」


ライナー「指輪の手入れ用品だよ。今後も必要だろ?お前らの結婚指輪を磨くために」


ユミル「…アレか。そういやお前に預けてたんだっけ」



ライナー「もう簡単に手放したりするなよ?これからは大事にしろ」

ユミル「あぁ、返してもらったら大事にする。今後も錆びないように磨いてくよ」



クリスタ「ねぇ、それって何の話?」キョトン…





脱走から7日目 昼

壁外調査まであと1日



~ウォール・ローゼ西 突出区~

クロルバ区内 内側の開閉扉近くの宿屋の一室




ベルトルト「必要な物は全部揃ってる?忘れ物は無いかな…」


ライナー「無いな…これで買い物も終了だ。家畜と馬にもたっぷり食わせて水も与えた」



クリスタ「水筒も買い足したし、あとは……」

ユミル「抜けが無いか何度も確認している。当面の生活に必要な大量の食糧も確保済みだ」


アニ「酵母もたくさん用意してある。買い足した食糧を長期保存するのも簡単だよ」



ベルトルト「じゃぁ、そろそろこの宿を出て向かおうか……アルミンの作戦通りに」



アルミン「うん…行こう!このクロルバ区を出て2時間ぐらいで例の場所に着くはずだ」

アルミン「この『旅行の手引書』の情報が正しければね。無論、疑ってはいないけど」



ベルトルト「その本に書いてある情報が正しい事は僕が保証する。…ね?ユミル」

ユミル「あ~~…『絶対別れない指輪』とか?確かに結果的にはそうなったが…」



アルミン「実は僕の家にもあったんだ…。南側に特化した『旅行の手引書』が」



ベルトルト「やっぱりあったんだ…西以外の手引書。読んでみたかったな…」ハァ…


ユミル「探してみるか?マリア西の突出区に着いたら、あの街の図書館か本屋でさ」

ユミル「私も手伝ってやるから…やりたい事や出来る事は全部やろうぜ!これからは」



ベルトルト「そうするよ!君と一緒に。…いや、6人で……ううん、5人か?」




アニ「出発する前に、もう一度アルミンの作戦を確認する。失敗したら次の手は無い」

アニ「私達はこの作戦でいくしかないから…力を出し惜しみなんてしてられないからね」


ライナー「念を押さなくてもみんな分かってるさ!お前も焦らなくていい、アニ」



アニ「うん…」





アルミン「調査兵団から持ち出した立体機動装置は4つ」


アルミン「僕が持ち出した分は僕とアニがつける。残りはライナーとベルトルトが使う」



ユミル「私とクリスタの分は無いんだな…。確かにあの時はそれどころじゃなかったが…」


ベルトルト「時間が無かったのもあるけど、アルミンが抜けてから管理が厳重になってね」

ベルトルト「修理に回す手続きを装って保管庫に返却せず持ってきたんだ。僕らの分は」

ライナー「クリスタとユミルの分も一緒に持って来れたら良かったんだが、難しくてな」

ライナー「それにあの段階ではまだお前らに立体機動装置を持たすわけにはいかなかった」



ユミル「それを使って逃げる可能性が高かったからだろ?実際、あればそうしただろうし」

クリスタ「最初は連れ去った理由も目的地も教えてもらえなかったし、不安だったよね」




ライナー「すまなかったな、クリスタ…」


クリスタ「今は不安じゃないよ!みんながそばに居てくれるから…」



ユミル「ここでちんたら話してると日が暮れちまう!ほらアルミン、最終確認だ」



アルミン「じゃ、ここで改めて説明する。僕の作戦をしっかり覚えて!質問も受付けるよ」



アルミン「これから僕らは壁を越える。場所は北の方向へ壁沿いに進んだ…ここ!」スッ



ユミル「ここだな、クロルバ区を出てから2時間で着くかな?」トントン…


ベルトルト「着くよ。『旅行の手引書』の地図だもの!縮尺も合ってる」




アニ「この縮尺が正しいと仮定して、この距離なら巨大樹の森から巨木を持って来れる」



アルミン「うん…。この地点に着いたら立体機動で壁を登る。巨大樹の森を目視で確認」

アルミン「その後はベルトルト、ライナー、アニ…君達の力が必要になる」




ライナー「俺達の巨人の力だな…」



ベルトルト「トロスト区の件から日が経ってないからどれだけ僕の力が戻っているか…」


ユミル「でもやるしかないだろ?ベルトルさん」


ベルトルト「あぁ…やるしかない!」





ベルトルト「この作戦の成否は僕の巨人の力にかかってる…。アルミン、そうだったよね?」


アルミン「ベルトルトだけじゃないよ。アニとライナーが欠けてもこの作戦は成立しない」

アルミン「あとはクリスタ、君がいなきゃこの作戦は破綻する。君が居てくれて良かった」


クリスタ「ありがとう…そう言ってくれて。私、やっとみんなの役に立てるんだね…」



ユミル「お前は役に立ってるさ!今までも、これからもずっとだ」

ユミル「むしろ役立たずなのは私の方だな。この作戦で私に出来る事は何も無い」



アルミン「ユミルがいなきゃ僕とベルトルトは死んでたと思うよ。あの船の中で」


アルミン「そしたらこの作戦も生まれなかったし、アニの計画もそこで潰えてた」


アルミン「僕らは6人でひとつの『班』なんだろ?アニ」

アニ「えっ…?」


アルミン「僕らは『仲間』であり、達成すべき共通の目標を持った『班(チーム)』なんだ」

アルミン「…って、君が言ったんだけど、忘れたの?」


アニ「覚えてる…。私がそれを言ったのはあんたと同じ部屋になった時だね」



アルミン「今になってこの言葉を噛みしめている…」

アルミン「この脱走劇の途中で誰か一人でも脱落していたらこの作戦は成り立たなかった」


ライナー「そうだな…。ここまでたどり着くことも難しかっただろう」



アルミン「成功する!してくれなきゃ困る…。君達を壁内に留めておく訳にはいかない」

アルミン「君達が壁内人類の目の前から消えてくれるのなら、僕は協力を惜しまない!」



ベルトルト「消えるよ。壁を越えたら、遠い西の向こうへ…もう僕らはここへは戻らない」


アニ「私は戻るつもりだけどね…」








アルミン「…話を続けるよ」



アルミン「この地点に着いたら壁を登り巨大樹の森を目視で確認。ここまで説明したね」


ユミル「あぁ…」




アルミン「場所を確かめたら日が落ちるまで待つ。念のため誰かに目撃されるのを防ぐ」


クリスタ「壁沿いは誰も近づかないよ…巨人を恐れて。だから行動は早い方がいいと思う」


アルミン「そうだけど、巨人の姿を誰かに見られて憲兵や駐屯兵に通報されでもしたら…」


ユミル「いや、視界は開けていた方がいい。日が落ちた後だと遅い!」

アニ「私もユミルの意見に賛成だ」


ライナー「俺もだな。巨大樹の森で一番大きな木をへし折って持って来なきゃならん…」

ライナー「長さが足りるのか、そもそも折れるのか…明かりが無いってのは心もとない」




アルミン「それもそうか…。巨人に襲われる可能性もあるけど時間は夕刻にしようか」


ベルトルト「分かった。それで僕はタイミングを見計らって巨人になればいいんだね」

アルミン「うん…。ベルトルトには馬と幌馬車を壁の上まで持ち上げてもらう」




アルミン「ここで問題になるのは巨人の熱量だ。特に君は身体中から蒸気が吹き上げてる」


アルミン「人間も馬も幌馬車も君に触れられたら無事では済まない…だったよね?」


ベルトルト「そうだよ。それは僕が君に教えた情報だ」



アルミン「そこで考えたんだけど巨人同士なら互いの熱でやられる事は無いよね?」

アルミン「巨人は常に高温の熱を身体から放出し続けてるが、例外とも言える場所がある」


ライナー「それは俺が教えた情報だな」



ライナー「皮膚の一部を硬質化した場合はその限りではない」


アニ「私が手のひらを硬質化して馬や幌馬車を掴む…」

アニ「そしてその私ごとベルトルが掴んで壁の上まで引き上げる」



ライナー「その役目は俺でもいいな。俺の両手も強度の強い硬い皮膚で覆われている」



ユミル「はははっ!取り合いになるくらいなら両方ともこいつに引き上げてもらえばいい」

ユミル「早く仕事が片付いた方がお前らも楽になるだろ。構わないよな?ベルトルさん」



ベルトルト「僕の方が両手を使えないからね…。片手は壁を掴んでないと…」




アルミン「大枠はこれでいい。詳細は現場で詰めよう…出たとこ勝負な感じだけど」

アルミン「クリスタ、君は常に馬達に寄り添っていてくれるかい?暴れないように」


アルミン「前から思ってたんだけど君には不思議な力があるみたいだ」


ライナー「馬の気持ちが分かるのか?クリスタ」




クリスタ「何となく分かるの…彼らの心が。宥めて落ち着かせることは出来ると思う」


アルミン「そっか…頼りにしてるよ、クリスタ」



ユミル「アルミン!あんまりこいつに重圧かけんなよ。…私も居るからな?クリスタ」

クリスタ「ユミル、大丈夫だよ。私…出来るから!みんなの足手まといにはならない」



ユミル「クリスタ…」





アルミン「壁の上まで馬と幌馬車を上げることが出来たら、後は下に降ろすだけだ」


クリスタ「最初と逆の手順で馬と幌馬車を降ろすことは出来ないの?」


ライナー「それは出来ない」

アニ「出来ないね…」



ベルトルト「60mを越える巨人体はそんなに簡単に生成できるものじゃないんだ」

ベルトルト「この作戦では50mの壁に対して、60m以上の完全な巨人の体が必要となる」

ベルトルト「最初の1回しかこの手は使えない。2回目も60m級になれるか保証はない」



アルミン「その事もアニから聞いてるよ。だから降ろす時は別の手を使う事にしたんだ」



ユミル「降りは確かスロープを使う作戦だったな」

ユミル「本当にこんなむちゃくちゃな計画、よく立てたよ…。感心するやら呆れるやらだ」


ベルトルト「でも着眼点は悪くない。利用できるものは何でも利用するべきだ」




ライナー「ここからは俺とアニの出番だな」

アニ「壁から見える巨大樹の森に入り、最低でも100mを越える巨木を壁まで持って来る」



アルミン「100m越えの巨木だからね…。どうやって折るのか…苦労すると思うよ」

アルミン「君達がやれないのならこの計画はこのまま潰れる。別の手を考えるしかない」


アニ「やるよ…。だってあんたは壁外調査と同じ日に出発させたいんだろ?私らを」

ライナー「俺もやる。高くて太いヤツを何本だってへし折ってやる」



アルミン「木は高ければ高い方がいい。それだけ傾斜が緩やかになるからだ」


アルミン「100m以上の巨木であっても50mの高さの壁に立て掛けたら相当の傾斜がつく」

アルミン「木の太さを考えないでざっくりと計算して100mの木では傾斜は30度ほど…」


ユミル「30度か…キツいな…。幌馬車に積んだ荷物の重さで荷引き馬が潰されちまう!」



ライナー「俺が下から支えて角度を緩やかにする!胸のあたりで木を支えたら傾斜は?」

アルミン「ちょっと待って!すぐ計算する…」カリカリカリ…





アルミン「えっと……100mの巨木をライナーが胸まで支えると…約23度ってところだね」


クリスタ「ゆるやかな坂道で20度くらいだよね?23度なら…うん!行ける…」

アニ「私も下から支えるよ。あんたは上からその手で支えな!ベルトル」


ベルトルト「分かってる!火が点かないように気を配りながら僕も上から支える」


アルミン「そしたらクリスタ、君は馬を宥めながら幌馬車を牽いて降りてきて欲しい」


アルミン「50mの壁に立て掛けた巨大樹のスロープをユミルと一緒に。勿論、僕も!」


ユミル「私とアルミンは足元を照らす松明を持とう。足を踏み外したら死ぬからな」



ユミル「簡単さ!たった2往復半すればいいだけだ。こいつらの方が大変だ」

クリスタ「う、うん…。怖くなんかない…」



アルミン「ユミルの言う通りむちゃくちゃな計画だけど、やってくれるかい?」

アルミン「どっかで歯車が狂えば全部終わりだけど…」


アニ「何を今更。これしかないんだろ?じゃ、やるしかないじゃないか」

ライナー「アニが立てた計画もめちゃくちゃだったからなぁ…これくらいは許容範囲だ」


ベルトルト「そうだね。もう怖い事なんか何もなくなっちゃってね…」




クリスタ「行こう…。この先へ!やるしかないよ。だって『仲間』なんだから!!」


アルミン「『仲間』か…」




クリスタ「ほら、早く!」グイッ


クリスタ「最後にみんなで美味しいご飯を食べて、それから出発しよっ!」ニコッ

アルミン「ふふっ、そうだね!乾パンはさすがに美味しくなかったからね」



アルミン「腹ごしらえしたら出発しよう!」





脱走から7日目 夜

壁外調査まであと半日



~ウォール・ローゼ西区~

クロルバ区を出て壁沿いを北に40kmほど進んだ地点




アルミン「足元に気を付けて…慎重に行こう。この幌馬車で最後だ」


クリスタ「大丈夫…。怖くないから、暴れないでね、いい子だね…」ナデナデ…




ユミル「とうとう日が落ちた。ベルトルさんももう限界だ…」

ユミル「もう少し早く降ろせないか?すぐにでもあいつを巨人の姿から戻してやりたい…」


アルミン「この馬と馬車を降ろしたらベルトルトの仕事も終わりだ。我慢して、ユミル」



ユミル「…」






アニ ブシュゥッ…


アニ「ゲホッ……ここまできたら私が掴んでゆっくり降ろす!あんた達も掴まって!」

ユミル「アニ!」



クリスタ「どうどう…平気だよ。この巨人は怖くないんだよ…。私達の『味方』だからね」



クリスタ「もう少しだから、頑張って。落ち着いて……」ギュゥゥッ…





アニ(よし!全部掴んだ…。絶対に離さない!!)



ライナー ブシュッ…「…俺ももう限界だ。手を離していいか?アニ」


アニ「いいよ…。でも降ろす時はゆっくりで…すでに降ろしている馬が驚かないように」





ライナー「ハァ…ハァ……ベルトル!手を離せ!!お前もそこから出るんだっ…」















ベルトルト「壁を越えた…」ハァ……ハァ…




アルミン「本当に、出来ちゃったんだ。机上の空論が現実になった…」ハァーッ…

ユミル「まさか出来るとは思わなかったって顔やめろよ…。不安になったじゃねぇか!」


クリスタ「でも出来ちゃったよ!私達、みんなで壁を越えたんだ!!」




アニ「だけどまた少し休まないと巨人になれない。私もライナーも…」


ライナー「これも予定通りだろ?馬を木に繋いで俺達は日が昇るまで壁の上で休むんだ」




ライナー「明日も命を賭けなきゃならない。ここにいる全員がな…」




アニ「違うよ、アルミンはここで離脱する…」


アニ「そうだったよね?アルミン」






アルミン「……僕がここで離脱しても、アニはどうせ僕を探しに戻って来るんでしょ?」


アニ「そうだよ」




アルミン「ふーーーっ……そっか」







ユミル「アルミン、お前と話すのはこれで最後だ。だから今伝えておきたい」


アルミン「何を?」




ユミル「訓練兵の時に私が言ったお前への悪口の内容だ」



ユミル「私の悪口を笑い飛ばせるぐらい強くなったら聞かせてくれって言ってただろ?」

ユミル「お前は強いよ。ベルトルさんを殺さなかった」


ユミル「強い憤りや怒りを抑えて、こうやって壁を越える最善策を考え出した」



ユミル「私らのためじゃない事は知ってる。お前は壁内を守るために手を貸してくれた」

ユミル「だからお前にあの時の悪口を伝えるのはお前を貶めるためじゃない…」


ユミル「訂正したいんだ。この告白が自己満足だという事は分かっているが聞いてくれ」




アルミン「うん…そういう事なら聞いてあげるよ。教えて、ユミル」


ユミル「言っとくけど1年以上前に言った悪口だからな…」ゴホン…




ユミル「頭良いのは認めるが、身体能力は並み以下のところが気に入らない」


アルミン「うん」



ユミル「兵士には向いていない。体力が無いから…」


クリスタ「ユミル…」



ユミル「お前と同じ『班』にはなりたくない。お荷物だ。誰かの足を引っ張る…」


アルミン「…」





ベルトルト「あっ!この話…あの時の……」


ユミル「この悪口を全部訂正したい!!お前は最高だっ、アルミン」バッ…

ギュゥゥゥゥッ…


アルミン「ふぇっ!……ユ、ユミル!?」ムニュッ


アニ「ちょっとユミル!」

ベルトルト「ユミルが…自分から男に抱きつくなんて……あぁっ!ま、ま、待って…」


ユミル「許してくれないか?一番役立たずだったのは私だ…。お前は強いよ、嘘じゃない」



アルミン「許すも何も、僕はその悪口を初めて聞いたんだ…」

アルミン「だから何とも思ってないよ!でも、ちょっと放して欲しいかな…その……」


アルミン「アニとベルトルトが凄い目で僕らを睨んでいるからね…」



ユミル「あっ……悪い、つい興奮しちまって…」パッ…


ユミル「アルミンは平気だったみたいだ…。男と言うか弟みたいな感じがするからかな」



ベルトルト「許してあげないからね…僕は」





ライナー「俺達は運がいい。壁を越える作業をしている間、巨人に遭遇しなかった」

ライナー「この調子で100km先のあの場所までたどり着けるといいんだが…」


ユミル「どうだ?一息で行けそうか?ウォール・マリアの最西端まで」



アニ「少し厳しいね…。ここまで移動する時に分かったけど荷引き馬の脚が遅すぎる」

アニ「この馬達は訓練されてない。持久力も足りない…進むにつれもっと遅くなるだろう」



ベルトルト「途中、別の巨大樹の森に寄って少し休憩を取らなきゃ…」


ベルトルト「アニとライナーも休みを挟まなければ巨人の体を維持するのは難しい」



ユミル「そうか…100kmか……遠いな」


クリスタ「森の中では巨人より小動物に気を付けないと。苗や種は彼らのご馳走だから」


ユミル「そういう問題もあるのか。一筋縄ではいかないもんだな…」


ユミル「私らだけじゃ不安だな。今後もアルミンの知恵を借りたいところだが…」チラッ


アルミン「…」




クリスタ「日が昇ったら西へ向かうんだよね?ここは真西じゃないから修正しながら?」

ベルトルト「いや、このまま北西に向かって走って欲しい。誘導はライナーがする」


ユミル「何でだ?そういや日中に出発する理由をまだ聞いてない」

ユミル「巨人との遭遇率を上げてまでやらなきゃいけない大事な仕事って何だよ」






ベルトルト「僕らはこれから『塩工場』へ向かうんだ。そこで大量の塩を手に入れる」


クリスタ「塩工場?」



ベルトルト「この旅行の手引書を見て。ここら辺一帯は岩塩の採掘工場があったんだ」

ユミル「あぁ…それって酒場でお前が言ってた……」


ベルトルト「ウォール・マリアが健在だった頃、ここは壁内でも有数の岩塩産出地だった」

ベルトルト「今は巨人の領域だから誰も取って来れないけどね」



クリスタ「5年間も野ざらしになった塩って食べられるの?」


アニ「あはっ…岩塩だからね。5年どころじゃなく野ざらしだ。塩には消費期限が無い」

クリスタ「そ、そうだよね…恥ずかしい……」///



ライナー「狙うのは屋内にある麻袋に詰めてある塩だ。なるべく滞在時間を減らしたい」



ベルトルト「僕の計算では6人が死ぬまでに必要な塩は最低でも120kg…」

ベルトルト「でも余裕を持って300kgは積み込みたいね。そのために幌馬車も空けた」


ユミル「へぇ~…どおりで不自然な空間があると思ったよ」

ユミル「勿体ないから家畜をもっと増やせばいいのにって思ってた」



アルミン「家畜は運が良ければ現地調達できるからね。そうか、塩か。僕も気になってた」

アルミン「塩は人が生活していくうえで欠かせない。でも購入リストには無かったから」


アニ「私らが一生困らない分の塩を買うには金が足りなかった。馬を何頭売ってもね」


アニ「それに短期間でそんなに大量の塩を買い占めたら目立つだろ?値段も上がるし」




ライナー「そうなんだよな…。ここで塩が手に入らないとまたしても計画が破たんする」


ユミル「巨人との遭遇率を上げても日中に出発するのは塩工場を見付けるためか…」

ライナー「そうだ。俺が工場を目視で確認してお前らを誘導する。この地図が頼りだ」



クリスタ「もし失敗したらどうなっちゃうの?塩が手に入らなかったら…」



アニ「う~ん…渡り鳥や壁外の野生生物を捕まえて生き血を飲んで補うしかないね…」

アニ「私はお断りだけど」



クリスタ「私も絶対嫌だ…」グスッ


ユミル「じゃ、何とか成功させるしかないな!壁を越えるより楽じゃねぇか。なぁ?」



ベルトルト「ユミルぐらい楽観視してくれた方が案外すんなり手に入るかもね」




ユミル「アルミン、もう決めたのか?本当にここでお前とお別れなのか?」


アルミン「…」





アルミン「アニに聞きたい…。これが最後の質問だ」

アルミン「その答えによっては、僕は一緒に行かなきゃならなくなるかも知れない」


アニ「アルミン…本当に?」パアッ…



アニ「なんでも答えるよ!何が聞きたい!?さぁ言ってっ」





アルミン「君達の計画が全て上手くいったと仮定する」


アルミン「僕らは塩と幌馬車に積んだ物資と仲間、何一つ欠ける事なくたどり着く」

アルミン「その時、僕らは信じられない光景を目にするかも知れない…」


ユミル「信じられない光景?」



アルミン「まだ誰も行った事が無いんだ。5年間、誰一人としてたどり着いていない」


アルミン「僕らはマリア西の突出区が『遺棄された街』だと思い込んでいた…いる、かな」




アルミン「もしも、開閉扉が閉まっていたら…君達はどうする?」



クリスタ「…どうするって……開けて中に入るよね?」





ユミル「なるほど…」


ベルトルト「その可能性も僕らは考えていたよ…」



ライナー「…」





クリスタ「どうして答えないの?アニ…。こんなに簡単な質問なのに」




アニ「私は、扉が開いている事に賭けた…。勝率は7割はあると思う。適当だけど」


アルミン「残り3割の状態だったらどうする?」




クリスタ「待って!意味が分からない。ユミル…説明してよ……」


ユミル「はぁ……分かったよ」



ユミル「アルミンはあの突出区に『逃げ遅れた住民』が住んでいる可能性を言っている」

ユミル「私らは6人『だけ』でそこに移住するつもりなんだ。先住者がいたら困るだろ?」



クリスタ「生き残りがいる…って事?」



ユミル「あぁ…。何万人もは住めないが、少数なら住める。家を潰して畑を作り…」


ユミル「私らが考えているような共同生活が出来れば…100人ぐらいは住んでるかもな」



クリスタ「そっか…先住者がいるとしたら私達は……」


ユミル「たどり着いても物資は奪い取られ、男は殺され、女は奴隷兼権力者の慰み者に…」

ユミル「なんて事にもなりかねねぇなぁ。本当にお前の計画は『穴』ばかりだよ。アニ」




アニ「その可能性も考えなかった訳じゃないって言っただろ?ベルトルが…」


アニ「私は、中に誰もいないと踏んでいる。共同生活なんて簡単には出来ないんだ!!」




アニ「ベルトルとユミルは問題ない。クリスタとライナーも…あとは私とあんただけ…」

アニ「少数だからやっていけるんだ…。それほど難しいバランスで成り立ってるのさ」


アニ「最初こそ助けが来るまで立てこもろうと思ったかも知れない…でも無理なんだ」



アニ「5年も経ってる…立てこもりがあったと仮定しても全員が死んでいるはずだ」



アルミン「根拠はないんだよね?」


アニ「ある!さっきユミルが言った通り、狭い集団の中で秩序を維持するのは暴力だ」

アニ「性の捌け口としての女、乏しい食糧の奪い合いが起こるはず…」


アニ「力が強い者がのし上がり、弱い女子供は奴隷となり孕まされ、男は殺される」


アニ「そんな悲惨な事が5年もそこで繰り広げられているなんて誰が想像したいと思う?」



アニ「ない!誰もいないんだ…。あの街は遺棄されていて…5年前、全員逃げ出した!」

アニ「私はそう思う。そしてそれを前提としてこの計画を立てたんだ」




アルミン「もし中に誰かがいたら…君は、君達は…その住民達を殺すの?」



アニ「…それを私に言わせたいの?」



アニ「殺さなければみんなが不幸になるだけ…。私やクリスタやユミルが犯されても…

ライナー「そこまでだ。結論は出ている」




ベルトルト「アニは誰もいない方に賭けた。誰かがいれば僕らは僕らのために手を汚す」


ベルトルト「具体的には、扉が閉まっていたら内側から開けるだけだ…」

ベルトルト「そこから先は巨人がしてくれるよ。何もかも…」



ユミル「ベルトルさん…正気か?」





ベルトルト「僕らは扉を開けてから3日後に扉を閉め、中の巨人を駆逐する…」



ベルトルト「ユミル、君はクリスタと壁の上にいて。安全が確認されるまで」

ベルトルト「全ての巨人を討伐し終えたら、そこから僕らの街を作ろう…5人で」



クリスタ「仕方が無いんだね…。人を殺さないで計画を達成する事は出来なかった」


ユミル「まだ中に人がいるとは決まってないんだ。いたとしても彼らは幸せじゃない…」



ライナー「生き残った住民を仲間に入れることは出来ない。信用できないからだ」

ライナー「物資も限られている。それにクリスタやアニ、ユミルを危険に晒したくない」





アニ「アルミン…この答えじゃ、あんたは満足しないだろうね」

アニ「…力不足でごめん。だけど見逃して欲しい…夜が明けたら私らは西へ消えるから」



アルミン「分かった…」





アルミン「それなら僕も一緒に行くしかないね」


アニ「!?」



ユミル「はぁあっ!?今、人を殺すかも知れないって言ったばかりだろっ?」


ユミル「てめぇは直視できるのかよっ!5年前の襲撃を生き残った住民が食われるのを…」

アルミン「だからだよっ!」



アルミン「住民がいるかどうかなんか分かんないけどっ!僕が行かなきゃ殺すんだろ!?」

アルミン「もし僕がいれば、何か別の手が見付かるかも知れないじゃないかっ…」



アルミン「最終的にどうにもならなくて殺す事になるかも知れないけど、見届けたいんだ!」


クリスタ「何を見届けるの?」



アルミン「目に映る全ての現実を」





ベルトルト「…なら、おいでよ。一緒に」


アルミン「僕は君の事も見届けたいと思ってる」



アルミン「君の贖罪を見せてよ。死ぬまで僕が君を監視する。君より長生きしてやる」


ベルトルト「アルミン……うん、そうして欲しい…」





アニ「…負けない。あの突出区に人間はいない…。私は間違ってない!」


ユミル「私もいないと思ってる。今まではお前の勝負だった。お前はここまで勝ってきた」

ユミル「だから次も勝てる!塩も土地も手に入れる。これからはみんなで勝負だ」




アニ「あぁ…ユミル。あんたを信じて良かった…」


ユミル「戻らないつもりだったんだよ…本当は。ベルトルさんが迎えに来なきゃな」








アルミン(僕もこれから一緒に壁外調査に行く。同じ空の下、同じ緊張を味わって)

アルミン(エレン、ミカサ…ごめん。もう僕に出来る事は、君達の無事を祈ることだけだ)


アルミン(エレンの前にあの巨人達は二度と現れない。僕がずっと見張ってるからね)





ライナー「少し眠っておこう…。夜が明けたらここを出る」


クリスタ「壁内に未練なんかないよ。私達の未来はきっと楽しい事ばかり!」


ユミル「あははっ!そう考えなきゃ、こんな事やってらんねぇな!!」





ベルトルト「僕はユミルの明るさに救われてる…」ボソッ…


ベルトルト「僕の奥さんを殺さないでくれて、止めてくれてありがとう…アルミン」



アルミン「恨んでる事に変わりはないよ。君達を」


ベルトルト「それが正常な人間の反応だと思う。僕は君も守るつもりだ…」




アルミン「……おやすみ、ベルトルト」ゴロン…


ベルトルト「うん、おやすみ。アルミン…起きたら出発だよ」





脱走から8日目 夕刻

調査兵団による壁外調査・当日



~ウォール・マリア西区~

マリア最南端・突出区近くの平原




ベルトルト(塩も無事に積み込んだ…)

ベルトルト(北西から南西へ進路をとったからか徐々に巨人は増えてきたけど捌ける数だ)

ベルトルト(巨大樹の森での休息も終え、僕らはもうすぐ目的の場所に着く…)



ベルトルト「問題は扉が開いているかだ…」

ユミル「開いている、絶対に」


ユミル「そろそろ先に着いたアニがジャンの馬に括り付けてあった信煙弾で合図を出す」



クリスタ「もうすぐだね…。揺られてお尻が痛いよ」

アルミン「ライナーはよく僕達を守ってくれた…。ベルトルトも討伐数を稼いだ」


ベルトルト「僕らが減らした巨人で、少しでも調査兵団のみんなが楽になってるといいな」


ユミル「そうだな…」

ユミル(アルミンには巨人の正体は言わない方がいいだろう。彼らは元には戻れないんだ)




ベルトルト「残りのガスが心配だ。ライナーの体力も…」

ベルトルト「アニ、遅いな……」





クリスタ「見て!信煙弾だよっ…」



ユミル「色は!?」バッ


アルミン「あか?……赤だ!扉は開いている!!」


ユミル「っしゃ!あの中は巨人しかいない!無駄な殺生をしなくて済んだんだ…」





ベルトルト「はぁ……良かったぁ…」



アルミン「まだ気は抜けないよ!最後まで走る!!中に入ってみんなで扉を閉めるんだ!」


アルミン「行こう!遺棄された街へ…。これからあの街が僕らの世界になる」ピシッ


ガラガラガラガラ……





脱走から9日目 早朝



~ウォール・マリア西 突出区~

内側の開閉扉近く・壁上




ライナー「積荷は巨人の徘徊経路を避けた場所に隠した。馬も同様だ」

アニ「昨日の今日だからキツいね…。出来ればもう少し休みたいところなんだけど」


ベルトルト「早い方がいいよ!どうせ中の巨人は全部駆逐しないといけないんだし…」

ベルトルト「何日掛かるか分からないからね」




ユミル「トロスト区の時は熟練の兵士の手で3日ほど掛かった気がするな…」


ライナー「こっちは巨人が2体だからな、アニと交代でやれば1日も掛からないだろう」


アニ「3~4m級は見逃しやすい。確認もしっかりやるならやっぱり3日は掛かる」


アルミン「内扉は閉めたからこの中の巨人は逃げられない。逃げる知性もないけどね」




アルミン「ところどころ朽ちてる建物はあるけど、まだ5年だ…。街の形が残ってる」


クリスタ「あの大きなお屋敷。この街の権力者の家だね!あそこなら6人で住めるかな?」

ユミル「気が早いぞ、クリスタ。私はあっちの家がいい…。しっかりした石造りだ」


アニ「ユミルこそ気が早いんじゃない?討伐はこれからだって言うのに…」




アニ「足元を見てごらん。私らを狙って巨人が集まって来ている」


ライナー「トロスト区の作戦を使うか。俺が囮になるからアニ、一気に叩いてくれ」



アニ「はぁ…あんたも機嫌が良いね。こんな状況なのにさ」



ベルトルト「僕も戦うよ!ガス、もう少し残ってるから」

ユミル「お前はダメだ。アニとライナーに任せて大人しくしてろ」


ベルトルト「本当に残ってるんだよ?ガス…。それに即死じゃなければ回復も出来るし」


ユミル「出来るかも知れないが、深手を負ったら動けないだろ?そしたら食われるだけだ」




ユミル「どうしても戦うって言うなら私も一緒に行く」




ユミル「アルミン!お前の立体機動装置を貸せ。1分で外せ!今すぐ取り掛かれ!!」


アルミン「はっ!?」




アニ「じゃ、そろそろやるよ!昼には休憩入れるからね」



アニ「食事の支度をお願い、クリスタ」ニイッ

パチン ピッ…    カッ…!!!


ライナー「クリスタ、行ってくる。お前はここで大人しく待っていてくれ」 

ガリッ        カッ…!!!




ベルトルト「じゃ、僕も行くよ。大丈夫だよ、絶対に死なないから…」

アルミン「ユミル、立体機動装置外したけど…これどうす…


ユミル「貸せっ!」ブンッ



ユミル「アルミンの立体機動装置だ。刃を全部補充して行け!ガスボンベもこれを使え」



ベルトルト「ユミル…」



ユミル「お前のガスボンベは私が使う。私は戦う必要が無いから刃は一組でいい」


ベルトルト「何をするの?」



ユミル「さっき確認したんだお前の『旅行の手引書』で、この街の駐屯兵団本部を」


ベルトルト「…」





ユミル「ガスを補充してお前の元まで持って行く。あの空のガスボンベに満タンに入れて」

ユミル「お前はガスを気にしないで好きなだけ討伐すればいい」


ユミル「だが絶対死ぬな!約束だ」



ベルトルト「…うぅっ……し、死なない…。絶対死なないから!ユミル、お願いだから」

ベルトルト「お願いだからそれだけはやめて!!」グスッ



ユミル「何で?」




ベルトルト≪君、自分のためにその力は使わないって言いそうだから…≫ヒソヒソ…

ユミル≪あぁ、制約か…。命の危険があれば治すぞ…≫

ベルトルト≪でも君が巨人だってバレちゃうかも知れないじゃない!≫

ユミル≪そんなヘマはしないって!≫


ベルトルト「いいからっ!!君はここに居るんだっ。そんな危ない真似させられないよっ」





ユミル「自分はどうなんだよ…」ボソッ


ベルトルト「えっ…」



ユミル「今だってアニとライナーが頑張ってる…。人の身体でお前は何が出来るんだ?」


ユミル「お前が大人しくしてれば、私もここで大人しくする。4人で終わるまで待つんだ」


ユミル「それじゃダメなのか?無理して立体機動装置で巨人と戦わなきゃならないのか?」

ベルトルト「ならないよ。だって言い出したのは僕らだから。連れて来たのは僕らだから」


ベルトルト「僕らは3人で後始末をしなきゃ…。そこから全てが始まるんだと思う」




ユミル「よし、立体機動装置つけたぞ!」


ベルトルト「ユミル…僕の話、聞いてた?」



ユミル「聞いてた。止めてもお前は行くんだろ?なら止めるだけ無駄だ」


ユミル「止める代わりにお前を援護する。本部へ行けばガスも刃も残っているはずだ」

ユミル「早馬で襲撃を知った兵士達が全てを置いて逃げ出したのは想像に難くない」


ユミル「私も死なない。新婚早々死んでたまるか!甘い結婚生活を楽しむんだからな」


ベルトルト「新婚早々…甘い結婚生活……」/// カァァァッ…




クリスタ「気を付けて行ってらっしゃい。ユミル」


アルミン「ここで死んでも贖罪にならないからね、ベルトルト」



ベルトルト「うん…」





ユミル「行こうか!私はこっち、お前はあっちだ」


ユミル「途中でここに戻って来い!ガスボンベを渡す」



ベルトルト「はぁ…そっか、君を止めても無駄だった……」


ユミル「亭主が戦ってる姿を指を咥えて見てられるほど出来た女房じゃないんでね!」


ユミル「こんな女を嫁にもらったのがてめぇ運の尽きだ!腹を括れよ?」ニッコリ



ベルトルト「君には一生尻に敷かれそうな予感がする…」

ベルトルト「でもそれも悪くないな」クスッ




ベルトルト「本部へは僕も行く。君を護衛しながらガスを補充する!それでいい?」


ユミル「おぉ、その方が効率が良いな。即採用だ」パシュッ



ベルトルト「左手の傷、痛むでしょ?絶対に無理はしちゃだめだからね!」バシュゥッ…








アルミン「変なの…彼らはこんな西の端っこで人知れず命懸けの戦いをしてる」


アルミン「こんなにいいお天気なのにね…」



クリスタ「ねぇアルミン、みんなのお昼ご飯作るの手伝って!私達も出来る事をしよう」



アルミン「うん…分かった」



今日はここまで
読んでくれてありがとう

次の更新は来月半ばくらいになります。その間は保守もあげも不要です

>>747
風呂敷を畳むところなのでトリップをつけるか迷いましたが、つけることにしました
こちらこそ、いつもありがとう。ご忠告、非常にありがたかったです

乙です
フィナーレ直前回、読みながら高揚したよ!



重箱みたいで申し訳ないが120Kgの塩じゃ6人で7、8年分しかもたないんじゃ…


>>852
人間が生きるために1日最低0.6gの塩が必要だとどっかで見たソースなしの計算でした
今調べ直したら1.5gぐらい必要みたいです。やっぱり足りないかな?

>>851
最後まで読んでくれてありがとう!いつも感想嬉しかったです

>>259
もう見ていないと思うけど最後にお礼を言わせてください。本当にありがとう




6人が壁内を脱出してから12年後…

862年 初夏



~ウォール・マリア西 突出区~

内側の開閉扉近く・壁上




ベルトルト「風が気持ちいいね、ユミル」

ユミル「そうだな!よし、今日もウォール・マリアは異常なしだ」

ベルトルト「うん。僕らがここに来た時と変わらない光景だ…巨人の数も減ってない」

ユミル「巨人が私達の街を守ってくれているなんて不思議だな」

ベルトルト「そうだね。でも彼らのおかげで僕らの平穏無事な生活は保たれている」


ベルトルト「このまま、この世界がずっと続けばいいなって思うよ…」



ユミル「こうやって日中、巨人どもを観察するのは壁内が変わりない事を確認するため」

ユミル「巨人の数が減ればシガンシナ区の壁が何らかの方法で塞がれた可能性がある」


ユミル「そう言い出したのはお前だったか?」

ベルトルト「いや、アルミンだよ」


ベルトルト「壁内の人類は失った領土を奪還するため何としても壁を塞がなきゃならない」

ベルトルト「塞いだ後は迅速にウォール・マリアに満たされた巨人を駆逐するだろう」

ユミル「この壁上から見える巨人の数が以前より減っていれば私らはまた逃げる事になる」


ベルトルト「何度も話し合ったよね、どこへ逃げるか…」



ユミル「あぁ…。クリスタとライナーはお前らの故郷へ…」

ベルトルト「クリスタの出自は特別だから、僕らの故郷に行っても殺されはしない」


ユミル「私とお前も、故郷へ逃げるんだったか?」


ベルトルト「そのつもりではあるけど……もう少し考えたいところだね」

ユミル「ははっ!悠長だなぁ…。それじゃいざ攻め込まれた時、迷っちまうだろ?」

ベルトルト「う~ん…。そんな日が来ないといいけど…。まだどうするか考えさせて!」

ベルトルト「どうすれば君の命を守れるか、故郷の人間を騙せるか必死に考えるから…」



ユミル「壁内の人類を殺しきれなかったあげく任務を放棄して逃亡。戻れないよな、今更」

ユミル「もしここに住めなくなる日が来たらどこへだって私はお前に付いて行く」


ベルトルト「ありがとう。僕らは死ぬまで…いや、死んでもずっと一緒だからね、ユミル」


ユミル「はいはい、何度も聞いた。その台詞は」クククッ

ベルトルト「何度でも言うよ。これからもずっとね!」ニコッ




ベルトルト「アルミンとアニはどうするんだろう…」

ユミル「アルミンは人間だからな…。故郷へは連れて行けないだろう」


ベルトルト「そうなると彼らの子供達は壁内か故郷か選ばなくちゃならなくなるね…」

ユミル「そうだな…。子供の事を考えれば二人とも壁内へ戻るのが最善かも知れないな」



ベルトルト「ライナーとクリスタの子供達は故郷へ、アニとアルミンの子供達は壁内へ…」


ベルトルト「子供同士も姉弟のように仲がいいのに引き離されるなんて可哀想だよ」

ユミル「ありもしない不幸を想像するのはやめだ。私らは明るい未来を生きてんだから」

ユミル「ずっとここは平和だっただろ?最初こそ大変だったが今じゃ生活に不安は無い」


ベルトルト「ユミル以外みんな開拓地を経験してたから小麦を育てるのは上手だったね」

ユミル「それにアルミンが植物栽培の本を揃えてくれていたから想像よりは多少楽だった」


ベルトルト「そうだったっけ?軌道に乗るまでは大変だった記憶しかないけど」



ユミル「アニが買い込んだ香辛料の苗や種は育てるのが難しくていくつかダメにしたな…」

ベルトルト「収穫まで8年かかったのもあったし、未だに実をつけないものも多数ある」


ユミル「香辛料は難しいって最初から分かってただろ?そりゃお前らは好きだろうけどさ」

ユミル「私は別に無くても構わないね!だって食った事が無いから欲しいとも思わないし」


ベルトルト「…はぁ。じゃ、僕のために覚えてよ、僕らの故郷の料理!アニが詳しいから」

ユミル「アニに教えを乞うのは嫌だ」ムスッ

ベルトルト「じゃ、僕がアニに教えてもらうからユミルには僕から教える。それでもダメ?」


ユミル「それなら覚えてやらないことも無いけど…」

ユミル「だってお前は食べたいんだろ?昔、故郷で食べた懐かしい味を」

ベルトルト「そう、それを君の料理で味わいたいんだ!ユミルは料理上手だから」


ユミル「お前なぁ…お、おだてても何も出ないぞ」///

ベルトルト「そんな事無いよ!ユミルは褒めた分だけキッチリ返してくれる子だよ」

ユミル「こら!子供扱いすんなよな…。来年で30だぞ、お前は今年で29」




ユミル「早いもんだよなぁ…ここに来てから12年も経っちまってた」



ベルトルト「今年で13年目だもんね、この生活も…」



ユミル「ビールも作り、ワインも作り、酵母のおかげで収穫した作物も長期保存できる」


ベルトルト「アルミンの発案で生け簀も作ったよね、年中魚が食べられるようになった」


ユミル「『西』は『南』と気候が違って気温が上がらないから、温室を作るよ!」

ユミル「…なんて言い出した時はどうなることかと思ったよ」



ベルトルト「試行錯誤だったねぇ…あれは。まさか僕の巨人の力を使う事になるなんて…」


ベルトルト「この街に着いたら巨人の力は使わない。人間として生きるんだって約束、」

ベルトルト「破ることになっちゃってごめん…」



ユミル「いや、あれは私が許可したんだ。お前の巨人になる条件は誰かの役に立つこと」

ユミル「その時だけは力を使ってもいいって2人でお前の制約を決めただろ?」



ベルトルト「でも極力使いたくないんだ、巨人の力は。だって僕はもう『人間』だから…」


ベルトルト「君と同じだ…」

ユミル「あぁ…」





ベルトルト「左手、見せて」

ユミル「ほいよ」スッ


ベルトルト「僕の付けた傷、だいぶ目立たなくなった…。まだ痛むかい?」

ユミル「季節が変わるとな、湿度が変わって皮膚が縮むんだ。そうすると痛む…少しな」


ベルトルト ギュッ… ナデナデ…



ベルトルト「痛くなったら言って。ずっとこうやって手のひらを撫でるから」

ベルトルト「この傷がある限り僕も忘れない。君を酷く傷つけてしまった事を…」



ユミル「私も忘れない。マルセルがこの身体の中にいる事を、だ」




ユミル「お前の手、ガサガサだな…。土いじりや水仕事で荒れちまって」


ユミル「治癒の力も本当に使って無いんだな。巨人になれば治っちまうけど…」

ユミル「この小さな手荒れが元でお前が病気にならないかたまに心配になる」


ベルトルト「僕の事言えるの?君だって使って無いじゃない…僕らは人間なんでしょ?」




ベルトルト「ユミル…」チュッ


ユミル「おいっ……お前なっ、急に……」///



ベルトルト「あれから大きな喧嘩はしたことが無いね、僕ら」

ユミル「だな…。意見の相違があればお前の方が早々に白旗を上げてしまうからな」



ユミル「おかげで私は我儘し放題だ」



ベルトルト「君はいい奥さんだよ。僕にとって理想の女性だ」


ユミル「結婚記念日はちょっと前に終わったぞ……」



ベルトルト「『愛してる』って言葉は結婚記念日にしか言っちゃいけない訳じゃないから」


ユミル「そりゃそうだが…」グイッ





ベルトルト「愛してるよ」ギュゥゥゥゥ…


ユミル「…私も、お前を愛している」ギュッ…





ベルトルト「あははっ!もっと歳を取ってお爺ちゃんになっても僕は言うからね!」パッ

ベルトルト「君を好きだって!世界で一番愛してる!!…ってさ」


ユミル「もう!何なんだ、今日のお前はちょっと変だぞ!!」///カァッ




ベルトルト「あれ…?ユミル、指輪が……」


ユミル「ん?…あぁ、最近痩せたみたいでさ、少し緩いんだ。抜けるほどじゃないけど」


ベルトルト「食事、減らしてるの?減量なんてしなくていいよ!君はそのままがいい」

ベルトルト「どうして気が付かなかったんだろ…君の変化に。毎日見てるはずなのに」


ユミル「別に大したことじゃない。最近ちょっと身体がだるくてな、歳のせいかなぁ…」

ベルトルト「歳のせい?僕と1歳しか違わないのに何を言って…

ユミル「60と29歳だ。実年齢で言えばもう90近いだろ?お前はたまにそれを忘れてる」


ベルトルト「忘れてる訳じゃないけど…」


ベルトルト「僕らの身体は特殊で普通の人間の常識には当てはまるもんじゃないんだ」

ベルトルト「君は90歳どころかまだ20歳を超えていないように見えるよ…」



ベルトルト(これはお世辞なんかじゃない)

ベルトルト(ここに来てから気付いた事だけど、僕とライナーとアニとユミルは)

ベルトルト(巨人の力を持たないクリスタやアルミンと違って見た目の老化が遅い)

ベルトルト(この中にユミルが60年にわたる巨人の呪縛から解き放たれた時、)

ベルトルト(12歳の姿で人間に戻った秘密が隠されているような気がする…)




ユミル「お前もようやく20歳を超えたって見た目だ。確かに特殊だよな…」


ユミル「クリスタは気にしている…。アルミンはそうでもないが」

ベルトルト「気にする事なんか無いのに。ライナーの愛はいつまでも変わらない…」


ベルトルト「それにクリスタは若さを保つ努力を怠ってはいない。まだまだ大丈夫だよ」


ユミル「今はな…。そのうち夫であるライナーが弟や子供のように見える日が来る」

ユミル「ライナーを疑っている訳じゃないがクリスタの心をもっと支えてやって欲しい」



ベルトルト「もうさ、家族なんだ。愛する人は…。顔や若さだけが欲しいんじゃないんだ」


ベルトルト「クリスタもアルミンくらい自分に自信を持ってしっかりしてくれないと…」

ユミル「酷な事を言うなよ!男と女は違うんだ…。お前だって分かるだろ!?」


ベルトルト「…」




ベルトルト(ユミルが巨人だとみんなにバレたのは老化が遅かった事が原因じゃない)

ベルトルト(ここに来てから4年ほど経ったある日、僕らはみんなで壁を登った)

ベルトルト(立体機動装置を使うとガスを消費するから僕らが木で作った階段を使って…)

ベルトルト(こうやって1日に1回は巨人を観察しなければ僕らは安心できなかったんだ)


ベルトルト(その習慣は今もこうして続いているけど…。忘れもしない、あの日…)

ベルトルト(壁に沿って組んだ階段の踏板が急に外れた。踏み抜いたのはクリスタで)

ベルトルト(あと少しで登り切るところだった…。彼女が50mもの高さから落ちる瞬間)

ベルトルト(ユミルは何の躊躇もなく巨人になり、クリスタを掴んで真っ逆さまに落ちた)




ベルトルト「あの時は…心臓が止まるかと思った……」

ユミル「…はっ?」



ベルトルト「君が巨人だってみんなにバレたあの日の事を思い出していたんだ」


ユミル「急に黙ったかと思ったら…」




ベルトルト「君は生死の淵を彷徨って…三日三晩、目覚めてはくれなかった」


ユミル「ちょっと打ち所が悪くてな、治癒に時間がかかっただけだ。それがどうした?」



ベルトルト「あの時もし君が死んでいたら、僕も後を追おうと思ってた」


ユミル「はぁ…お前な!クリスタのこと言えないぞ。お前も『しっかり』しろよ!本当に」




ベルトルト(ユミルが巨人であること。それは墓まで持って行く二人だけの秘密だった)

ベルトルト(それが一瞬で白日の下に晒されて、みんなの知るところとなった…)


ベルトルト(ライナーは何も言わなかった。ユミルがマルセルを食った巨人だと知っても)

ベルトルト(ユミルを責める言葉は一切出てこなかった。ただ彼女に頭を下げて涙を流し)

ベルトルト(クリスタを抱きしめて、ユミルがこうなってしまった事を何度も僕に詫びた)




ベルトルト「老化が遅いのが分かったのはこのずっと後だったけどいずれバレていたね」

ベルトルト「君が巨人だってこと。クリスタの事故が無くても…」


ユミル「そうだな…。巨人の身体にこんな副作用があるなんて知らなかったよ」


ユミル「って事はナニか?もしエレンが生きてるとしたらあいつも童顔のままか」ククッ


ベルトルト「エレンか…。彼は今頃どうしてるんだろうね」

ユミル「ミカサと結婚して子供でも産まれてるかもなぁ…。ジャンはどうしたかな?」



ベルトルト(子供か…)


ベルトルト(僕らの中で一番先に子供を産んだのはアニだった)

ベルトルト(子作りは生活が安定してから…ってみんなで決めたのに2年目で妊娠、出産)

ベルトルト(ちょっと早すぎだろ?と突っ込みを入れたくなったけど気持ちはよく分かる)

ベルトルト(厳しい生活の中で愛する人との営みは最上の娯楽であり、喜びであったから)




ユミル「そう言えばクリスタんとこの一番上の子はもう7歳になったな」

ベルトルト「男の子だからライナーに似ると思ってたのにクリスタにそっくりだよね」

ユミル「あぁ、線も細くてな…。だがもう少し成長したらライナーに似てくると思う」


ベルトルト「それはそれで残念な気がする…」


ユミル「私ら以外は金髪だから子供ももれなく金色の髪だ」

ユミル「たまに私達がここに居るのが場違いに思う事があったり、なかったり…」


ベルトルト(まずい…話を変えないと。ユミルはまた自分を責めて……)




ベルトルト「あっ!あぁ…そうだ。次のパーティではまたあのドレスを着てくれる?」

ユミル「あのドレス?…ウェディングドレスの事か?」

ベルトルト「うん。僕が指定した通りに作ってもらえなかったあのドレスの事」

ユミル「いいじゃねぇか…私が着たいドレスを自分で決めたんだからさ」

ベルトルト「悪いだなんて言ってないよ!実際そっちの方が似合ってるって思ったし、」

ベルトルト「ちょっと特別な日にも着て欲しかったんだ。しまいっぱなしじゃなくてね」



ユミル「大事に着てるよ、時折り引っ張り出して結婚式の時の事思い出したりしてな…」


ベルトルト「楽しかったね!あの日は一日中顔がほころんで戻らなかった」

ユミル「そうそう、お前の顔緩みっぱなしでさ!あんな間抜け面の新郎は見たことが無い」


ベルトルト「綺麗だったな…。今もね、君は変わってない」


ユミル「クリスタに化粧をしてもらったんだっけなぁ……」




ベルトルト(僕とユミルはここに来てから1年後に結婚式を挙げた)

ベルトルト(生きるための食糧生産が優先になり、目途がつくまで延期していた形だ)

ベルトルト(ライナー達は僕らのすぐ後に式を挙げ、アニ達は子供が出来てからだった)




ユミル「クリスタとライナーの衣装は私が作ったんだよな。生地がたっぷり残ってたから」


ユミル「この街の仕立て屋もなかなかいい生地を持っていた。傷んでなくて良かったよ」

ベルトルト「アニとアルミンの結婚式の衣装もね!君の手の器用さには毎回驚かされる」



ユミル「今年の冬用にお前のマフラーと手袋、あと靴下と帽子なんかも編み直すからな」

ユミル「今から楽しみにしてろよ!」


ベルトルト「靴下と帽子は楽しみにしてるけど、マフラーと手袋は作らなくていいよ」

ベルトルト「あれ、気に入ってるんだ」


ユミル「毎年そう言ってんな…。もうボロボロなのにまだ身に着けるつもりかよ…」

ベルトルト「あれから君はマフラーと手袋に『白』を足して編み直してくれたじゃない」

ベルトルト「毛糸が弱くなってるところだけ補修してもらえれば僕は一生使うよ」



ユミル「あれを見ると当時の事を思い出して苦しくなるんだ…。新しく作り直したい」

ベルトルト「ダメだよ。あれも僕らの歴史だから。君の左手に刻まれている傷のように…」




ユミル「…意地悪だな」ハァ…




ユミル「そう言えばクリスタを助けるために巨人になった時、この傷は再生しなかった」

ベルトルト「傷が完全に塞がっていたからだね。治癒する必要が無かったから残ったんだ」


ユミル「左手を切り落とせば傷の無い状態で再生するんだろうな。おうっ!…痛そうだ」

ベルトルト「ユミル、ほら手を出して。また撫でてあげる…」





ベルトルト(僕らはこの街で、傷みが少なくやや大きめな家を見付けて生活を始めた)

ベルトルト(食事も居住空間も共有して…。絶え間ない労働と自然の恵みに感謝する日々)

ベルトルト(食糧を自給できるようになり、手つかずのまま残っていた商店の物資を使い)

ベルトルト(僕らの生活に何の支障も不安も無くなった頃、僕らはそれぞれ独立した)

ベルトルト(その頃にはアニは2児の母となり、クリスタも最初の子供を身ごもっていた)



ベルトルト「引っ越ししようか?ユミル…」


ユミル「はっ?いや…今の家が快適だ。クリスタやアニ達の家とも近いし…」

ベルトルト(でも、子供の声が聞こえてくると辛いだろう?)



ユミル「あの狭さがいい。掃除も楽だしな!裏口も近いから洗濯物を干すのにも便利だ」

ユミル「それにほら…大きな家に引っ越す時は、私らに子供が出来て手狭になっ…

ベルトルト「ユミル!!あっ…あのさ、今度のチェスの大会だけど誰が優勝するかな?」

ユミル「えっ…チェス!?…あぁ、またアルミンじゃねぇか?」


ベルトルト「アルミンは今回から不参加だよ。彼は殿堂入りだから」

ユミル「そうだった。ここじゃ相手になる奴はいないからな…。本命はライナーでいいか」


ユミル「大穴でアルミンとこの長女だな!父親に似て頭が切れるし、おまけに美人ときた」

ベルトルト「ちょっと柔らかい顔立ちのアニって感じだよね。小さい頃のアニに似てる」




ユミル「…浮気、すんなよ」ボソッ


ベルトルト「!?」



ベルトルト「す、するわけないでしょ…」ハァーーッ


ベルトルト「僕はユミルを悲しませない、裏切らない、浮気はしない」

ベルトルト「そう君に誓ったはずだけど…。守れてない?」


ユミル「守れてる。ここに来てからガッカリさせられたことは無い。『ここに』来てからは」




ベルトルト「…ユミルの方が意地悪だよ」グスッ


ユミル「だってお前の初恋の人ってアニだったじゃねぇか…。面影あるんだろ?」

ユミル「って、おい…!なにニヤニヤしてんだよ…。こっちは面白くないってのに!!」


ベルトルト「えへへっ…だってヤキモチ妬いてる顔が可愛いから!」


ユミル「ば、馬鹿かっ!お前は…」///





ユミル「クリスタも今や3児の母親だ…。アニも同じく3児の母」

ユミル「12年って…長かったよな」


ベルトルト「…」





ユミル「さっきから変だった。ベルトルさん」


ユミル「すまないな。愚痴は言わないつもりだったが、いつの間にかお前に伝わってた」

ユミル「ごめん…」



ベルトルト「何でユミルが謝るの?ユミルは悪くないよ」


ベルトルト「辛かったら、言葉にしてよ…。泣いてもいいから」

ベルトルト「僕がいるから、いいじゃない。死ぬまで僕が君の隣にいるから…」



ユミル「でもお前の本音は私に看取ってもらいたいんだろ?そしたら私は一人になる」

ベルトルト「ユミルを一人になんかさせない。君が死んだら僕も一緒に逝く」

ユミル「そういう冗談は嫌いだって前から言ってるだろ?お前は自殺願望が強すぎる」

ベルトルト「僕が生き続ける理由は、君が生きてるからだ。君がいない世界ならいらない」


ユミル「はぁ…。変わってないんだなぁ、そんなところだけは」

ベルトルト「君が僕に生きる力をくれたんだ。君を守りたいから生きているんだ…」





ユミル「ベルトルさん、幸せか?私と結婚して良かったか?」

ベルトルト「それを聞きたいのは僕の方なんだけど…。ユミルは幸せ?僕と結婚して」

ユミル「幸せだ。これ以上ないってくらい…。壁内じゃ得られなかった生活を送っている」



ベルトルト「僕に付いて来て良かった?調査兵団から連れ出して正解だった?」

ユミル「何度も言っただろ?お前と一緒に来て良かった…って。お前の判断は正しかった」


ユミル「あの夜、お前が部屋を訪ねて来なかったらこの未来は無かった…」



ベルトルト「ユミルっ!…うぅっ…ぐすっ……」バッ

ベルトルト「ありがとう…」ギュゥゥゥゥゥッ…


ユミル「ありがとう、ベルトルさん…。愛してるよ」



ベルトルト「僕も…。子供なんかいなくてもいい!君がいれば他に何も要らないんだ!!」


ユミル「相変わらず嘘をつくのが下手だな、ベルトルさんは」

ベルトルト「嘘じゃないよ!僕は昔っから子供が苦手で…

ユミル「いいよ、もう。そういう事にしておくからさ…」ギュゥゥッ




ユミル(優しい嘘だから余計辛いんだ。お前言ってただろ?お互い初めて結ばれた夜…)


ユミル(私との子供が欲しいって…。それにお前、子供大好きじゃねぇか…)



ユミル(アニやクリスタの子供の世話、楽しそうにしてるじゃねぇか。目を細めてさ…)



ユミル「うぐっ…ひっ……あぁああ゛あ゛っ……」ギュッ!

ユミル「くそっ…どうしてだっ!!」


ユミル「どうしてうちのとこにだけ、赤ちゃんが来てくれないんだよっ!!」



ユミル「2人であんなに頑張ったのに!私が歳を取りすぎているからダメなのか!?」

ユミル「でもこの身体はちゃんと『女』なんだ!まだ乾いてない!月のもの来てるのに…」


ベルトルト「ユミル!!」ギュゥゥゥッ…



ユミル「畑が違えば子供が出来るかも知れない…。私じゃなければお前は子供を…

ベルトルト「ユミル!ダメだっ!!それ以上は…」グッ…


ユミル「んんんっ……っ……はぁ…や、…ぷは…っ……」



ベルトルト「…はっ…はっ……はぁーーーっ…」



ベルトルト「もし君がまた同じ事を言ったら、こんな風に問答無用で口を塞ぐ」


ユミル「…」




ベルトルト「僕の腕の中に身体を預けて、すっぽり入って。頭を撫でてあげるから」グイッ

ユミル「すまない…ベルトルさん…。また、やっちまった……」グスッ



ベルトルト「いいんだ。辛くなったら何度でも吐き出していいんだ」ナデナデ…


ベルトルト「ただ君の泣き顔を見るのが辛い。僕は子供がいなくても構わないんだから」





ベルトルト「でも、さっきの言葉だけは許せない」



ベルトルト「畑が違えば?…それって僕を侮辱しているのと同じことだよ」

ベルトルト「逆に僕が君に『種が違えば』って言ったらどうする?君は傷つかないの?」

ベルトルト「僕は生涯君しか抱かない。お互い最初で最後の相手だって言ったでしょ?」

ベルトルト「子供が欲しいから子作りをする。これは間違ってない」

ベルトルト「でも僕らが愛し合うのは互いの愛情を確かめるための方がずっと大きい」



ベルトルト「君は違うの?子供が欲しいから僕とするの?僕は子供を宿すための道具?」

ユミル「違う!お前が好きだから…愛してるから……証が欲しいんだ」



ユミル「お前と結ばれた、愛し合った事実をこの先の未来にも残したいんだ…」


ユミル「何より、私がお前の子供を産みたい。産んであげたい!でも私にはその力が…

ベルトルト「ユミル…。赤ちゃんが出来ないのは君のせいじゃない。僕のせいだ」



ベルトルト「僕が人を殺し過ぎたから、神様が子孫を残しちゃいけないって呪いをかけた」


ベルトルト「だから、思い詰めないで…。君を手放せば君に子供が出来るかも知れない」

ベルトルト「でも僕は君を手放さない!君が他の男の子供を産んだら僕は気が狂うと思う」


ベルトルト「これは僕の我儘だ…。でも、このまま僕と添い遂げてくれないか?」

ベルトルト「二人だけでいいじゃないか…。君が寂しく無いようにずっと隣にいるから…」

ベルトルト「愛してるよ、ユミル…。僕には君しかいないんだ…」ギュッ


ユミル「ベルトルさん…。泣かないでくれ……」



ユミル「ごめんな…。せっかくお前が外へ連れ出してくれたのに」ギュゥゥゥッ…

ユミル「ごめんなさい…」



ユミル「ゲホッ……ん?」

ベルトルト「寒い?ユミル…」


ユミル「いや、そんな事は無いんだが…おかしいな、少し咳が出た」



ベルトルト「風邪の引き始めかな?そろそろ家に戻ろうか?お昼は僕が作るよ」

ユミル「そうだな…。いや、もう少しここに居たい。まだお昼には早いだろ?」




ユミル「もう一度、キスしてくれないか?」


ベルトルト「言われなくても、一度と言わず何度でも」



ユミル「ふふっ…。かわいいなぁ、本当に」

ベルトルト「男に『かわいい』って褒め言葉じゃないからね」



ユミル チュッ…

ベルトルト「!?」


ユミル「…んっ………ぁ…っ…」チュッ

ベルトルト「……はぁ…ふぁ……っ……」チュゥッ… ムチュッ



ベルトルト「待って!ユミル。あの…さ、これ始めちゃうと…」


ベルトルト「僕、止まらなくなっちゃうんだけど……」///



ユミル「じゃ、ここでするか」

ベルトルト「えぇっ!?」


ユミル「誰も見てないし、天気はいいし…たまにはお外で気分を変えて」


ベルトルト「巨人が見てるよ、僕らを」

ユミル「見えないよ。この壁上での私達の行為を覗くのは60m級でもない限り無理だね」


ベルトルト「言うね!ユミル。ちょっと元気になったみたいだ」




ユミル「なぁ…私もお前を手放せない。他の女がお前の子供を産むなんて許せない…」



ベルトルト「うん…知ってる。僕ら何年夫婦をやってると思ってるの?」


ベルトルト「言葉だけじゃ足りないから今からは身体で愛を語るよ」



ユミル「そりゃ楽しみなこった…」///









862年 晩秋





ベルトルト「赤ちゃんが…できた…?」


ユミル「あぁ!アニとクリスタに見てもらったんだ。多分間違いないって!!」

ユミル「最近よく吐き戻してたんだ。どうもおかしいと思ってクリスタに相談したら…

ベルトルト「…赤ちゃん」ボソッ


ユミル「ベルトルさん?」



ベルトルト「僕とユミルの…赤ちゃん…。僕らの所にも来てくれた…」フルフル…


ベルトルト「ユミル!!君って凄いよっ!」バッ

ベルトルト「やった!やったあぁああぁ!!」ギュゥゥゥゥッ…


ユミル「あーーぁ…こっちにも大きな赤ちゃんがいた…」ナデナデ…



ユミル「なぁ、ベルトルさん…。泣かなくたっていいんだぞ…」


ベルトルト「ユミルだって…泣かなくていいんだ。ぐすっ…」

ユミル「だ、だって…嬉しくて……あぁぁあっ……あか、赤ちゃんが……来てくれた…」

ベルトルト「うんうん!僕も嬉しくて…ひっぐ……」


ベルトルト「今日から家事は僕が全部やっちゃう!だから君は安静にしてるんだ。いいね?」

ユミル「そんな訳にはいかないだろ!妊婦だってな、適度に身体を動かさなきゃ」



ベルトルト「楽しみだなぁ…男の子かな?女の子かな?名前は何にしようか」

ベルトルト「元気に産まれてきてくれれば男でも女でも…いやでもやっぱり女の子が…

ユミル「アニんとこは今、4人目が7ヵ月だってな…」


ユミル「お前をあいつの家に派遣して父親の心構えをたっぷり教育してもらうのもいいな」


ベルトルト「うちの子が女の子でアニの4人目が男の子だったら将来結婚とか…」ギリギリ

ユミル「お、お前…気が早すぎるぞ!両方ともまだ産まれてもいないのに……」

ユミル「まったく、お前のお父さんは心配性だなぁ」スリスリ…


ベルトルト「僕もお腹を撫でていい?」

ユミル「もちろん!父親なんだからな。今後は手や頭だけじゃなくて腹も撫でてくれよ」



ベルトルト「毎日撫でて話しかけるよ…。この会話も聞いてるかな?」ナデナデ…


ベルトルト「ねぇ…僕がお父さんだよ?君が出てくるのをゆっくり待ってるからね」


ユミル「…」





ユミル「お前と、結婚して良かった…」


ベルトルト「えっ?」バッ



ユミル「何となくだけど、この子を身ごもったのはあの日のような気がする…」

ベルトルト「僕も、そんな気がした」



ユミル「お前が二人だけでいいって言ってくれたから、気持ちが楽になった」

ベルトルト「気持ちが楽になったから僕らの元に来てくれたのかな?僕らの赤ちゃん」

ユミル「そうなのかな?神様の呪いが解けたのかもな…」

ベルトルト「12年じゃ、許してもらえたとは思わないけどね」



ユミル「アルミンにも説明しただろう?お前らの事情。なぜ壁内を襲う破目になったのか」

ベルトルト「うん…。頭では理解できても、自分の感情が追い付かないって言ってた」

ユミル「でもそれからあいつがお前を責める言葉を紡いだことは無い」



ユミル「分かってるんだ、あいつも。お前を許したんだ…。それでって事もあるのかな」

ベルトルト「僕の『罪』が君の重しになっていて、今まで子供が出来なかった?」



ユミル「分からない…。でも今はこのお腹に命が宿ってる。それだけで充分だろ?」ニッ

ベルトルト「あぁ…充分だ」





ベルトルト「ユミル、また少し痩せた?」


ユミル「指輪が回るな…。赤ちゃんに栄養がいってるのかな?早く大きくなれよ…」

ベルトルト「美味しい料理、作るからね!これからはしっかり2人分食べてね」

ユミル「ははっ…努力する」



ユミル「しかし指輪が落ちると困る。街外れの宝飾店に何本かチェーンが残ってたな」

ユミル「体重が戻るまでは鎖に通して首にかけておくか。失くしたら離婚の危機だ」


ベルトルト「僕が持ってこようか?明日の朝にでも…」

ユミル「そうか?散歩がてら自分で行こうと思ってたが、行ってくれるならお願いする」




ベルトルト「鎖は鋼がいい?指輪と材質を合わせて」

ユミル「いや、『金』がいいな。子供が産まれたら手入れをしている暇がないかも知れない」


ベルトルト「赤ちゃんを産む頃にはもっとコロコロしてると思うよ?」

ユミル「太ったら太ったで指にはまらないだろ?いいから文句を言わず取って来い!」




ベルトルト「尻に敷かれてるなぁ…。あの時の僕の予感は正しかったみたいだ」


ユミル「ん?」






862年 冬の気配が忍び寄る頃





ベルトルト(ユミル…どんどん痩せてってる……)

ベルトルト(お腹もあまり目立ってない…。栄養が足りてないのかな…)


ベルトルト(今夜、ユミルと話そう。ユミルは僕に何かを隠している)





ユミル「ベルトルさん、もう寝るか?布団、昼に干したから良い匂いがするぞ!」


ユミル「それとな、今日は新しいおくるみを作ったんだ。おむつも数を揃えた」

ユミル「まさかアニとクリスタに裁縫を教えてもらう日が来るとは思わなかったよ!」

ユミル「こないだアニのとこが産まれただろ?あっちは男の子だったな」


ユミル「うちのはどっちかなぁ…まだ分からないからどっちでもいいように服の色は…

ベルトルト「ユミル、話があるんだ」


ベルトルト「少し、口と手を休めて…先に横になって欲しい」



ユミル「…私はまだ眠くない」

ベルトルト「いいから!横になって」


ユミル「…」


ギシッ…  ポスン



ベルトルト「顔もだいぶやつれたね。身体だけじゃなくて」ススッ…

ベルトルト「その首に下げてる指輪、今つければするりと抜けてしまうんだろう?」


ベルトルト「ユミル、何kg痩せた?赤ちゃんがいるのに」



ユミル「赤ちゃんは大丈夫だ。今日も元気に私の腹を蹴ってるぞ」

ベルトルト「そうじゃない…。僕は君の身体が心配なんだ!!」


ベルトルト「妊娠してからはまるで、赤ちゃんに生気を奪い取られているかように」

ベルトルト「君はどんどん弱っていってるじゃないか…」


ユミル「自分のガキだろ!赤ちゃんを悪く言うなよっ…」



ベルトルト「落ち着いて…。悪くなんて言ってない、君が心配なだけだ」



ベルトルト「無理はしなくていいって言っても家事をやろうとするし、裁縫もやめない」

ベルトルト「もう充分だろ?僕ら、赤ちゃんを迎える準備は出来ているんだ」

ベルトルト「アニもクリスタも君には言わないけど心配していたよ」

ベルトルト「君がやつれていってる事を彼女達が言わないのは君を傷つけたくないからだ」


ユミル「…私が、やっておきたいんだ。母親として、今出来る全ての事を」




ベルトルト「ユミル、君は僕に何かを隠している」

ベルトルト「僕らの間に隠し事は無しだ…どうしてそんなに生き急ぐんだ?教えてくれ」




ユミル「……ふぅ」


ユミル「お前さ、私が死んだら後を追うとか…もう絶対言うなよ?」

ベルトルト「ユミル?」


ユミル「お前は『父親』になるんだ。これからは私だけがお前を独占することは出来ない」

ユミル「だから、私はお前を連れて行くつもりはない」



ベルトルト「僕を、連れて行く?」



ユミル「でも一人で逝くつもりもない。私はずっとお前のそばに居るつもりだ」


ベルトルト「君の身体に、今何が起こっているのか…僕に説明して」





ユミル「自分の身体の変化に気付いたのは割と最近なんだ。赤ちゃんが出来てからかな」

ユミル「食べても食べても太らない。それどころか体力も落ちてきて、気力もやっと…」

ユミル「その原因は恐らく『老い』であると確信するまでに時間はそう掛からなかった」


ベルトルト「老い?僕らは普通の人間と違って老化は遅いはずだよ」


ユミル「見た目の変化は遅いな。だけど人間には寿命があり、その命には限界がある」



ユミル「私は今年で29歳になった。見た目は20歳ぐらいだろう」

ユミル「だがお前も知ってる通り、私はこの世界に産み落とされてから90年ほど経つ」

ユミル「巨人の力をもってしても寿命は超えられない。もうすぐ私の寿命は尽きるんだ」



ベルトルト「嘘だ…信じられない!だって君は、老いとはかけ離れていて……」


ベルトルト「こんなに、若くて、優しくて、可愛くて…赤ちゃんだって……」



ユミル「私はこの子を産む…。昔から出産ってのは命懸けなんだ、特別な事じゃない」

ユミル「その時、お前は一人じゃない。この子がいるし…私もずっとそばに居るから…」


ベルトルト「…君の言ってる事が正しいとは限らない!」

ユミル「合ってるよ。分かるさ、自分の身体のことは、自分が一番よく分かっている」


ベルトルト「君は子を宿して体調を崩しただけだ。そう思い込んでるだけだ!!」

ベルトルト「巨人の身体だってまだ僕らの知らないことばかりだ!寿命だなんて…そんな」




ベルトルト「ユミル…僕は……」


ベルトルト「これから生まれてくる赤ちゃんより、君の方が大事だ」ギュッ

ユミル「だから言いたくなかったんだよ…。これを話せばお前は絶対そう言うと思った」



ベルトルト「諦めよう。今回の赤ちゃんは…」

ベルトルト「元気になって、体調が戻ったらまた…

ユミル「嫌だっ!!」



ユミル「13年だぞ…。結婚してから13年も待ったんだ…」

ユミル「やっと私らのところにも来てくれた…。私達の赤ちゃんなんだよ!」


ユミル「何でだ?あれだけ欲しがっていたのに『諦めよう』なんて言葉がなぜ出てくる?」

ユミル「殺せるのか?私達の赤ちゃんを…殺すなよ。もう、誰も殺すな……」ギュゥッ…


ベルトルト「それでも僕は…」



ユミル「お前が弱い男だっていうのは知ってる。だけどお前は父親だからこの子を預ける」

ユミル「大丈夫、私には秘策があるんだ。私が死んだ後も、お前と一緒に子育てをする」


ベルトルト「ユミル…」




ユミル「私は狂ってなんかいない、耳を貸せ」


ベルトルト「誰も聞いていないよ…この家には僕ら二人だけだ」

ユミル「いいから…」ソォッ…











ベルトルト「ダメだ!!」

ベルトルト「そんなこと、僕には出来ない…」


ユミル「この方法しかないんだ。それにこの方法ならお前の願いを叶えてやれる」

ベルトルト「僕の願い?」

ユミル「本当の意味で、私はお前の『一生のお願い』を叶える事が出来る」



ベルトルト「そんなこと望んでない!!僕は君が隣に居てくれるだけでいいんだ」

ベルトルト「そんな意味で君にあの『一生のお願い』をしたわけじゃないよ!」




ユミル「これだけは言わないでおこうと思ったが、やっぱり言っておく…」

ベルトルト「なに?ユミル…。何を言われてもそれだけは出来ないからね!!」


ユミル「私はお前に対して『一生のお願い』を使ってない」

ベルトルト「はっ?」


ベルトルト「君は使ったはずだよ。あの雪山訓練の時に…」



ユミル「私のお前に対する一生のお願いは『私とダズを置いてお前らは先に行け』だった」

ユミル「お前の返事は『それは認めない』、だったように記憶している」

ユミル「『僕には君を見捨てることは出来ない』…お前は確かにそう言った」


ベルトルト「…」



ユミル「つまり、この約束は…いや、もう契約とも呼べるべきものになっちまったが、」

ユミル「お前は私の『一生のお願い』を承諾してないんだ。あれは私が勝手にやった事だ」


ベルトルト「そんなの…詭弁だ」

ユミル(詭弁でもいい。こうでも言わなきゃお前は引き受けてくれないだろ?)



ユミル「私はお前の妻であり、お腹の子の母親なんだ…。どっちのそばにも居たいんだ…」

ユミル「本当は、私だって死にたくない!!……生きて!…お前達の……そ…ば…でっ……

ベルトルト「ユミル!!…もう、分かったから……」


ベルトルト「君の、気持ちは…よく、分かったから…。僕はそれを、するか…ら…」



ユミル「うぅっ……ひっ…ぐ…お前…死ぬなんて、二度と言うな!私とこの子のために…」



ベルトルト「分かった…。僕はもうこれで死ねなくなった。二度と言わない、約束する」

ユミル「信じているからな…」


ベルトルト「うん…。約束は守るよ…」










863年 よく晴れた春の日





アニ「アルミン!お湯の準備は出来てる!?もうすぐだよ」

アルミン「出来てる。大丈夫だって!これで8回目のお産だよ」

クリスタ「ユミル!頑張って!!赤ちゃん、もうすぐだからねっ」グスッ


ユミル「ぐっ…う゛ぅーーっ!!ベルトルさ……赤ちゃ……う゛ぅうぅあ゛ぁっ…!!!」

ベルトルト「ユミルっ!頭が見えてるよ。あと少しだ」

アニ「ライナー落ち着きなっ!あんたが父親じゃないんだから…」

ライナー「だがユミルは初産だぞっ!クリスタの時より苦しがってる…」ソワソワ…

クリスタ「ライナー黙って!ユミルは命懸けなの!!」



クリスタ「私達の時よりだいぶ時間が掛かってる…。ユミルの体力がもつかどうか…」


ベルトルト「僕がいる!ユミル…もうすぐだから!!死ぬなっ」ギュッ

ユミル「死ぬかっ!この子を産むまで死ねねぇんだよっ!!ぐあぁああああっ…!!」

ユミル「はっ…はぁっ……ああぁああっ…あぁああっ……痛いっ…い゛だいぃっ!!」


アニ「ほら、もうすぐだ!もうすぐ産まれるっ!」

クリスタ「ユミル!!!」


  「ぎゃぁーーーぁあっ、ぎゃあああっ…」



アニ「や、やったぁ……。あぁっ…やっと……産まれたよ…」グスッ

ベルトルト「こんなに大きな声で泣いて……僕ら以外で久しぶりに見た、黒い髪の毛だ…」


アニ「ベルトル!早く抱きなっ。あんたが父親だ!」

ベルトルト「えっ…でもユミルが先…

アニ「いいから!!」


ベルトルト「…かちゃん……赤ちゃん……」ジワッ



ベルトルト「ユミル!よく頑張ったね!見て、僕らの赤ちゃんだ!!」バッ!

ベルトルト「君によく似ている…可愛い女の子だよ…。ねえっ、よく見てよっ!」


  「ほぎゃぁああっ……おぎゃーーーーっ……」




ユミル「…」

ベルトルト「ユ、ユミルっ!?」


ユミル「……っ…はぁ…だい、じょうぶ。少し…気を失ってただけだ…」ニイッ

ベルトルト「ユミル…びっくりした……」グシュグシュ…



ユミル「可愛いなぁ…目がかすんでよく…見えないけど、私に似てるって…?」

ユミル「ほら…もっと泣いていいんだぞ!私が、お母さんで…こいつが、お父さんだ」


ユミル「ふふっ…女の子かぁ……二人で決めた名前、何だっけなぁ……」ハァ…ハァ…


ベルトルト「女の子の名前は候補が3つあって、結局最後まで決められなかった」

ベルトルト「ユミル、君が決めて…。さぁ、どれにしようか?」




ユミル「そうだなぁ……じゃ、この子の名は『ユミル』だ……」


ベルトルト「えっ!?」

ベルトルト「な、なんで?それは君の名前じゃないか…」



ユミル「私が『ユミル』の名前をもらって…幸せだったから…この子にも同じ名前を…」


ベルトルト「ユミル…僕と一緒に過ごした毎日は幸せだった?」

ユミル「何度も…言わせんな……当たり前だろ?…最高に……イカした人生だったよ…」




クリスタ「ユミル…嫌だよ…。死んじゃ嫌だ!!」バッ


アニ「クリスタ!ユミルに花嫁衣装を着せてあげよう。頼まれてただろ?」

アニ「ほら!しがみついてないで早くしな!!」


クリスタ「うぅっ…ライナーとアルミンは部屋から出て!今から着替えさせる」ゴシゴシ

クリスタ「立体機動装置をつけて、ベルトルト。あなたも急ぐの!!」

ベルトルト「分かってる!でももう少しだけ…」


ライナー「出よう、アルミン…」

ライナー「ユミルとベルトルトの最期の時を邪魔しちゃいけない」


アルミン「うん…」




ベルトルト「ユミル、何か言いたいの?」


ユミル「あの、髪留めも…忘れずにつけてくれ…よな。百合の…花の……」

ベルトルト「大丈夫だよ。それも分かってるからね、墓まで持って行くんだろ?」


ユミル「覚えて…いたか……ははっ……」


クリスタ「身体を起こせる?」

ユミル「はぁ…はぁ……平気…だ。だが、あまり時間が、ない…みたいだ…」



ユミル「クリスタ、アニ…悪い…な」


クリスタ「赤ちゃんの顔、よく憶えておいてね……」ギュゥッ

ユミル「ベルトルさんだけじゃ……不安だからな、この子を…よろしく頼む…」チュッ

アニ「心配しなくていい!さぁ、頭を出して」



ユミル「ほんと…に可愛いなぁ…私の赤ちゃん」ハァ…


ユミル「この鎖も外してくれ…。この子に……ユミルにあげたい」ヒューッ… ヒューッ……

ユミル「私がこの子にあげれるのは…名前…と……この指輪くらいだ……」ハァ…ハァ…


ベルトルト「分かったよ…ユミル。もう何も話さなくていい…」


ベルトルト「君の命が、もたなくなる…」




ユミル「んっ…」コクン…


クリスタ「赤ちゃんは私が見てるから!二人共もう行って!!時間が無い」

アニ「立体機動装置ちゃんと付けた?ベルトル、慌てないで!でも急ぎなっ」


ベルトルト「つけた。…ユミル、もう行こう!」

ベルトルト「僕の背中に思いっきりしがみついて!!」

ユミル ハァ… ハァ…


ベルトルト「ユミル!もっと強くしがみつくんだっ!!」



ユミル「だいじょう…ぶ。そのまま…飛んでくれ…あの、ばしょ…まで」ギュッ






ベルトルト(空はどこまでも澄んで…明るく、高く、雲一つない青空…)パシュッ… ヒュンッ


ベルトルト(僕達の子供が産まれた日なんだ!今日という日は天からも祝福された日)


ベルトルト(なのに、どうして君は逝ってしまうんだ?)ガッ キリキリキリ…





ベルトルト「かるい…軽いよ、ユミル……」グスッ


ユミル「はじ…て……おまえに…おぶわ…た時は、…おもいって言われたぞ…」ハハッ

ベルトルト「軽すぎて一人で飛んでるみたいだ…」


ユミル「……」ヒューッ…  ヒューッ…






ベルトルト「着いた!」タッ    …ソッ

ベルトルト「ユミルっ!ユミル!!」ペチペチッ…


ユミル「まだ、生きて…るってば…ハァ……ハァ…。あわ…てんな……」



ユミル「ベルトルさん……あのこを……ユミルを…頼んだ…ら…な…」ニコッ

ベルトルト「大事に育てるよ…君と一緒に……」




ユミル ハァ…ハァ…  ハーーーッ   ハァーーーーッ…


ベルトルト(息が…。早くしないと!もうユミルの命が…)ジワッ

ベルトルト「ユミル、やるよ!君の『一生のお願い』叶えてあげるからね!」ゴシゴシ…


ベルトルト(僕が君に贈った純白のウェデングドレスを赤く染めて、ユミルが…笑った)




カチッ   スルッ…


ベルトルト(ユミルを見つめながら、50mの壁から飛び降りた…)

ベルトルト(そして僕は手にした超硬質ブレードを滑らせ、勢いよく腹を切った…)



カッ… ドオオオォォォォン!!!!!





ベルトルト(久しぶりだ…完全にこの姿になるのは…。確か、あの壁を越えた時以来だ)

ベルトルト(ユミルはまだ生きている!彼女は死なないと言った。僕が君を飲み込むまで)

ベルトルト(柔らかい身体を…潰さないように優しく掴む……)フワッ…

ユミル「…」


ベルトルト(薄く目を開けて、僕を見て微笑んでくれている……今……口元が動いて…)

ベルトルト(あぁっ…ユミル!そうだよ…僕も、君を愛してるんだ!!)


ベルトルト(苦しくないように一気に君を飲み込むから……)グッ



ズルッ… ズズッ……  ゴクンッ


ベルトルト(ユミルが僕の中に落ちて行く間に、僕は君の命の灯が消えたのを悟った)

ベルトルト(だってその瞬間、溢れ出したんだ!君の記憶が、感情が一気に僕の中へ)

ベルトルト(僕はそれを逃すまいと僕の意識の中で全てを掴みとった。絶対に離さない)

ベルトルト(もっと深く意識を探れば、この中にマルセルの記憶もあるだろう…)

ベルトルト(マルセルが食った他の巨人の記憶も、その巨人が食った別の巨人の記憶も)

ベルトルト(だけど僕はユミルの記憶以外、必要としてないからそれらは閉じ込めておく)



ブシュゥゥゥ…    




ベルトルト「はぁっ…はぁっ……はっ……あはっ……あははっ!」



ベルトルト「僕は、ユミルを食った…」

ベルトルト「君がそれを望んだから…。これが君の『一生のお願い』だったから…」




【君の全部を、僕にちょうだい!】



【その心も、身体も、声も、魂すら残らず欲しい!!】



【一生、僕のそばに居てくれる?ユミル!お願いだ】



ベルトルト「これで君は僕のものだ。その心も身体も声も魂も…全部僕と一つになった」

ベルトルト「君は僕から離れられない。一生僕のそばにいてくれる。僕が、死ぬまで…」

ベルトルト「でもユミル、僕はね…そうじゃなくて、君に生きていて欲しかったんだ…」



ユミル≪ベルトルさん…≫


ベルトルト「ユミル!?」ガバッ!


ベルトルト「今、ユミルの声が…」キョロキョロ…



ベルトルト「違う…今の声は僕の頭の中から……」

ベルトルト「そうだ、この記憶!!僕も覚えている…」


ベルトルト「ユミル…」





【お前は、私が思う以上に…私を大切に思ってくれているんだな…】



【一緒に逃げてから、お前の私への執着心はどこから来るのか考えることがある】



【嫉妬深くて、強引で、我儘で、世間知らずで…でも絶えず燃え続ける炎のように熱い】




【いつか、私はお前のその熱量に焼き尽くされるんじゃないかなぁって思う…】



【灰も残らないくらいに焼かれて…お前と一つになって溶けてしまうんじゃないかな…】





ベルトルト「君はいつかこうなる事を知っていたんだ」

ベルトルト「もし僕より先に逝く日が来るのなら、僕を一人にしないようにって…」



【消えないよ、私はお前のそばに居る】




ベルトルト「うん、そうだったね…」

ベルトルト「いつもここに君がいるから僕は大丈夫。一緒に生きるんだ、これからも」




ユミル「ベルトルさんに『一生のお願い』の権利をやる」

ベルユミ分岐編・おわり



最後まで読んでくださった方には感謝の気持ちを抑えることが出来ません

今回の更新でこの話は終わり。完結まで丸1年も掛かるとは思わなかった
推敲が足りず、誤字も多く、最後は駆け足でしたが何とか終わってほっとした

このSSまとめへのコメント

1 :  ユミルファン   2014年04月07日 (月) 14:19:10   ID: a1lXQ3oX

ユミル…。

2 :  SS好きの774さん   2014年06月29日 (日) 15:03:28   ID: T_uUU5qB

(つω;`)どうなってしまうん・・・?
続きお待ちしております。

3 :  SS好きの774さん   2014年09月02日 (火) 21:30:43   ID: nGihbsoF

うん。いい話やわ。アルミン姉さん、何やってんの〜(汗)そんな事したらいかんやろ!

4 :  ユミルの民   2014年09月09日 (火) 21:03:51   ID: juzqVrkZ

すばらしいss!
続き楽しみにしています。

アルミンどうするつもりだ?ドキドキ(p′Д`;)(;′Д`q)ドキドキ

5 :  SS好きの774さん   2014年10月18日 (土) 12:55:29   ID: 9UkeSuKS

うわあぁぁ
泣けた!すごくよかった!
お疲れ様です

6 :  SS好きの774さん   2014年10月18日 (土) 18:20:47   ID: 3OwjDsnI

凄く良かったですぅーーーーーますますベルユミが好きになりましたぁ涙が止まらないです ユミルゥーーーベルトルトォーーーぅわあーーー感動しましたぁーーーーーーー

7 :  SS好きの774さん   2014年10月19日 (日) 15:46:10   ID: 0S8MfFCO

こんなにいいssはじめてみたよ!!!!!!!!
ほんとにすごかった、ストーリー性もすばらしいし感動した本当にありがとう(;o;)
ユミルの最期とかマジで泣けた!!!!!!!!
ベルユミ最高ですね。ほんとにこのssスゴすぎだぉまたあなたの書くss楽しみにしてます、乙でした!!!!!!!!!!!!!!!

8 :  SS好きの774さん   2014年11月04日 (火) 20:58:37   ID: HdSstTrk

完結おつかれさまでした。
いよいよ終わってしまったという感じがしてさみしいですが

また別の作品で出会えたらうれしいです!!

9 :  SS好きの774さん   2017年12月15日 (金) 19:06:45   ID: 0z8Y01sG

泣ける。乙です!ベルユミこれからもヨロ(`・ω・´)スク!

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