P「家族計画」Part2(480)


Part2です。
クロスオーバーとはたぶん違います。あしからず。

前スレ
P「家族計画」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1370359122/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1370478828




P「じゃ、しっかり留守番しててくれよ」

春香「ハイ!」

春香が最初に覚えた日本語は、「はい」と「いいえ」だった。
中国語会話の本を買ってきて、それと照らし合わせて覚えさせた。
意外にそれだけで会話の幅はぐんと広がった。

しばらく一緒に暮らすのだから意思の疎通くらいはできないと―

いや別に一緒に暮らすわけじゃない。
一時的にかくまっているだけだ。
いずれそのことも説明しなければいけない。

そう思って春香を見据えると、

春香「♪」

のんきに笑っていた。




P「おはようございます」

黒井「おはよう、Pくん」

P「あれ?今日は店長だけなんですか?」

黒井「うん、今日はあれだからさ」

P「ああ、お祭り…最近多くないですか?」

黒井「最近にぎやかになってきたからねぇ」

うちの店では歌舞伎町ではかなりの高級店の部類に入る。
利用する客も、そこらのサラリーマンなどではなく、どこぞのお偉いさんだとか重役クラスだったりすることが多い。

以前は平均して月に2回ほど行われていたが、最近は増えている気がする。
当然店も休みとなって貸切だ。


P「なんでしたっけ…ええと」

黒井「十包彩(シーパオツァイ)」

言いながら店長は両の人差し指でクロスを作った。
向こうのほうで、十を意味する手文字らしい。

P「増えてきてるからかもしれないですけど…いいんですか?これってチーフクラスの仕事じゃ…」

黒井「そろそろ君にもこっちの仕事を覚えてほしいのさ」

言いながら肩に手をまわしてくる。

P「はぁ」

その手を邪険に払う。

黒井「…」

P「そういうことはそっちの方面の方々とお願いします」

P「俺はノーマルなんで」


黒井「そうかな?君は女で失敗した、って顔をしてるけど」

P「っ!?」

黒井「おや?当たった」

P「…」

黒井「まぁ無理強いはしないさ。私はこれでも紳士なのだからね」

P「…あんたもノーマルでしょう?この間きれいな女の人と歩いてるのを見ましたよ」

黒井「ノンノン、Pくん、それは違うよ」

黒井店長は胸を張って言った。

黒井「私 は バ イ だ っ !!」

P「…」

部屋の空気の重みが増した気がした。


P「帰ります」

黒井「まぁまぁ待ってくれたまえよ。軽い冗談さ」

P「変態の下で働きたくない」

黒井「今辞められると困ってしまうよ、Pくーん」

P「だったら変なこと言わないでもらえますか!」

P「中の人が同じだからって、調子に乗らないでください!」

黒井「…中の人?」

P「え…あ?」

俺は何を言ってるんだ?

黒井「Pくんが…おかしくなっちゃった…」

P「確かにおかしなことを言ったかもしれんが、あんたには言われたくない」


黒井「まあいいさ。さって、それじゃ明日のために今日も働こうか!」

たちまち多くの仕事を指示される。

こういう時、この人はいっさい手加減しないタイプだ。
物腰は柔らかくてもきっちりスパルタ。
できないものは辞めていく。
実際、俺と同時期に入ったバイト十人の中で、残っているのは俺だけだ。

仕事に関しては黒井さんは尊敬に値する人間だと思う。
人格面ではただの性格破綻者にすぎないのだが。

黒井「ところでPくん、このあいだの子どうしてる?」

P「ど、どうとは?」

黒井「飼ってるの?」

P「ぶほっ!?」


P「飼ってるわけないでしょう!」

黒井「なら、手は出してないんだ」

P「…それは」

初日の出来事は…手を出したことになるのか?
一瞬口ごもった隙を、店長は見逃さなかった。

黒井「…何かあったね?」

P「…手は出してません」

黒井「ふーん…まぁいいさ」

黒井「最後まで行ったら、報告よろしくね!」

P「…死んでくれ」

得体のしれない、底の見えない人。
俺の黒井崇男店長代理に対する評価はそんなところだ。

黒井「今日はずーっと、Pくんと二人っきりさー」

普段はただの鬱陶しい人でしかない。




帰宅すると春香はちゃんと留守番をしていた。

P「ただいまー」

春香「…」

というかテレビにへばりついていた。

ま、いいか。

P「春香、おまえの飯、置いとくぞ」

店から包んできた料理の残りを、机の上に置く。
商売柄、余り物はスタッフで処理するのが普通だ。
大体俺の夕食、夜食はいつもこれだ。


しかし、夢中になって何を見ているんだ?

画面では衣装を着た春香と同年代(と思われる)の女の子たちが、ステージで歌っていた。

…言葉もわからないのに、楽しいもんか?

春香が、初めて会った夜に歌ってくれた歌を思い出す。
ま、音楽は世界共通とかいうしな。

春香「あいや、P!」

P「ああ」

俺の存在に気づいた春香が飛び跳ねた。

春香「と、といぷちーっ」

ごめんなさい…ね。
俺も本当に単語だけだが何個かは中国語が分かるようになってきた。




食後、春香がはむはむと食事する横で俺はぼんやりテレビを見ていた。

最初包みを開けた時、春香は驚きにぽかんと口を開けていた。
そして何事かを高速でまくしたてて包みを返そうとしてきた。
言葉はわからなかったが何回かやり取りして、ようやく意味が分かった。

どうやら「こんな高級なものはいただけないっ!」ということらしい。
これが店の残り物だということを説明するのに、ゼスチャーも交えてさらに数分。

P「だから心配しないで食え!」

春香「く、くぇぇー…」

困惑か衝撃か、春香は変なふうに鳴いた。


春香「…むぐむぐ」

一心不乱に食ってるな。
うれしそうな顔して…。

春香「♪」

昔…俺はあの家にいたころ、こんな顔で食事をしたことはなかった。
こうして誰かと共同生活をしたこともない。
そう、あれは…共同生活なんかじゃない。

友達や恋人とも、必要以上に馴れ合ったこともない。
むしろ忌避していたのに…なぜ今こんな状況になっているのだろう?
多少は自分の行動にも原因があったが、やはり不思議に感じた。
謎だ。

春香「?」

春香が俺の視線に気づく。

P「いいから食ってろ」

春香「はい」


なんで一緒に暮らすことになったか…たぶん、それは春香に邪心がないからだろう。
今まで俺の周りにいる人間は、そんなんじゃなかった。

打算、利用、計算、嫌悪、嫉妬…
春香はそんなものとは対称な位置にいる。
本当に赤ん坊のような奴だ。

春香「ぅぅぅう…」

と、春香が口を押えて涙目になっている。
大方辛い物でも食べたんだろう。

春香の前にある真っ赤な色の料理を一口つまむ。

P「くっ!」

確かに…これは食べなれている俺でもかなり刺激的だ。

春香「…あはっ」

しかめた俺の顔を見て、春香は涙目で笑った。

と―

トントン

ノックの音がした。

前スレ全く使い切っていないのに新スレとかなにを考えているんだか
各話毎にスレ立てするつもりか?スレの乱立は止してくれ
だいたい、前スレにこちらへの誘導も貼らない、html化を依頼したことも案内しないなど不親切にも程があるぞ
内容もキャラの名前を書き換えただけのテキスト丸パクばかり
クロスの面白みが全くない


>>14
不快感を与えてしまったようですいません。
続き物は書いたことがないのでルールや基本的なことをあまり把握できてませんでした。

万が一読んでくれている方もいらっしゃるかもしれないので、このスレは使い切るように続きを書こうと思いますが、
また書くのやめろと言われた時は中断したいと思います。

すいませんでした。

とりあえず前スレに案内してきなよ
html依頼したのも新スレ立てたのもニセモノの仕業じゃないか?と戸惑っているぞ


>>16

そうします。ありがとうございます。

>>17
こちらもきつく言ってすまなかった
まだ序の口だしこれから面白くなることを期待しているよ

>>18
いえ、アドバイスいただいてありがとうございました。


>>1です。

少し先のことを予告しておくと、途中までは原作の焼き直しみたいな感じになる予定です。
新劇ヱヴァみたいに些細な変化しかないと思います。
変化があるところまで駆け足でいければいいとも思いますが、原作の雰囲気を壊したくないのと、
テキスト量を減らすとどうしても薄っぺらくなってしまうと思いますので地道に書いていきたいと思います。
原作を知っている方は懐かしみながら、知らない方は春香たちのビジュアルで脳内補完しながら
楽しんでいただければ幸いです。
それでも良いという方は気長にお付き合い下さいませ。失礼しました。

前スレをもう依頼に出してて新しくスレも建ててるから仕方ないが、なぜ前スレを使い切らなかったのか

とりあえず下のスレの最初の方を熟読しとくこと推奨
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(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364178825/)


P「…はい?」

「…」

ドアを開けると、見知らぬ男が立っていた。

P「あの…何か?」

「…」

眼鏡の奥の瞳で、人を値踏みするように見ている。

P「…なんか用ですか」

「…私はこういうものだ」


重々しい口調で言うと、名刺を取り出す。
よく見ようとした瞬間、名刺は一瞬で戻された。

P「よく見えなかったが…」

「査察に来た。家中、改めさせてもらう」

P「査察?」

「御免!」

武士のあいさつをして、部屋に入り込んできた。

P「ちょ…!」

「ほう…」

男は部屋をぐるっと見回し、Lの字に開いた指の又で顎を支える仕草をした。


「ほうほう」

テーブルに近づき、置かれた料理を一口つまんだ。

「ふむ…少し塩が強いな。あまり日本人向きの料理じゃない」

P「…普通の中華だ」

「いかんなぁ、いかんいかん」

P「あんた誰だ」

俺の誰何の声には答えず、いつの間にか座った男は、次々に料理を口に運ぶ。

「ほう、こっちはいけるじゃないか」

P「誰だと聞いているんだが」

春香など、すっかり驚いて固まってしまっている。


「うむ、こう自己主張の強い料理ばかりだとあれだな、酒がほしくなるな」

P「耳が聞こえないのか、あんた」

「おい、ビールはないか」

P「こ・た・え・ろ」

「うるさいやつだな、私はさっき言った通り―」

男の目がくわっ、と開く。

「税務署の『方』から来たものだ!」

P「な…!」

馬鹿な。
確定申告はきっちりしているし、ましてや脱税なんてしていない。


P「俺が何をしたというんだ」

「…君は、いろいろと問題を抱えているようだな」

ちっ…なぜそのことを。

P「それは…親のことか」

俺がそう言うと、男は『なーんちゃって』のポーズをとりながら叫んだ。

「そおぅだ!君の親の件だよ!」

P「お、俺は親の顔だって覚えてないんだぞ。なんだって今頃…!」

「シット!まさにそこが問題なのだ!」


「いいかね、君のような若者が両親の顔も知らずにいかがわしい街でいかがわしい労働に明け暮れ、あまつさえこのような!」

箸でびしっ!と春香を指す。

春香「っ!?」

「破廉恥極まりない素性の娘と不適切オーラル行為の虜になっているとは、これはまことにけしからんことなのだぁぁぁぁぁっ!」

P「なっ…!」

国はそんなことまで知っているのか!?

「ふむ…重大さがようやく飲み込めたようだな」

言いつつ、信じがたい速度で料理をたいらげていく。
…ずいぶん器用じゃないか。


「それだけではないぞ。正社員ではない君が店の残り物をこのように隠匿し、秘密裏に処理しているという反国家的な―」

P「…待て」

「この現代日本における絶対的法廷制度の揺らぎはまさに神国日本国民一人一人の意識の揺らぎに起因するであろうことはもはや徹底的に間違いなく、将来的にはさらに増加する高齢者層は屋台骨の不安定な国家基盤に完膚なきまでに深刻な負荷を加えてしまうことも併せて考慮するならば、今や君のような若者が年配者の保護なく暮らすことにただただ遺憾の意を表すばかりと―」

P「黙れ、このエセ役人」

胸ぐらをつかむ。

P「つまりあんた、あれか?」

「なんだね?」

P「既○外、だな」


男は悠然とハンカチを取り出し、冷静に眼鏡をふいた。

「最近の若い連中の言葉の乱れはひどいな」

P「あんたがおれの怒りを掻き立てるせいだ」

P「殴られる前に出ていけ」

「…高木順一朗という」

P「聞いてねぇよ!」

高木「ふっ…若いな」

P「哀れみを含んだ目で俺を見るな」

高木「父は悲しいぞ」

P「誰が父だ!」

高木「落ち着くのだ、Pよ」

P「どうして名前を知っているんだよ!」


高木「ふむ…」

眼鏡を小粋にたくし上げると、男はつまらなそうに言った。

高木「落ち着きのないやつだな」

P「く、くくくっ…!」

駄目だ…俺の苦手なタイプだ。
ペースが崩される。

高木「春香よ、白米をくれないか?わかるか、大米だぞ、たーみー」

春香「たーみー、はいはい」

春香が炊飯器を開けて白米をよそう。


高木「あ、もうちょっとよそってくれたまえ」

すっかり出端をくじかれた俺は、黙ってその光景を見ていた。

高木「うむ…おいPよ、この飯、少し固くないか?」

ぶちっ

俺の中で何かが音を立てて切れた。

P「出ていけーーーーーーっ!!!!!!」




後日、近所から苦情が来た

あずささんがマスミン、準がりっちゃんか千早、末莉がやよい、クロードはピヨちゃん、青葉が…伊織?




如月千早はもめていた。

場所は公園。相手は客。

事の経緯はこうだった。

客「似顔絵やってんだ?」

千早「はい」

客「一枚頼もうかな」

千早「…」

千早はじっと相手を見た。

二十代後半、眼鏡あり、容姿平均以下、理系(理屈系)属性、第一印象内角低め。
…気が乗らない客。


千早「…難しいですね」

客「…え?」

千早「(その顔では)」

幸い客には聞こえなかったようだ。

千早「似顔絵というのは特徴をとらえて描くものです」

客「そりゃそうだろうけど…」

なんでいきなり講釈が始まるのか客は理解できない。

千早「じゃあ、そういうことです」

客「いや、あの…」


しばし呆然としていた客だったが、やがて言葉の意味を理解する。

客「え?それって俺の顔に問題あるってこと?」

千早「神は我々を人間にするために、なんらかの欠点を与えると言われています」

客「…はあ?」

千早「…byシェークスピア」

千早に対して何らかの怪しいものを感じる男。
ここで変な負けん気を出したのがいけなかった。

客「なぁ、いいじゃん、描いてよ。商売だろ?」

千早「どうしてもですか?」

客「ああ」

千早「そう…後悔しないことですね」

死の運命を告げる魔女のような口調で言うと、千早は鉛筆を手に取る。

千早「いきます」

その目がきらりんと光った。




千早「…」

千早は静かに筆をおいた。完成した絵を眺める。

…失敗だった。
しかも、頭に『大』がつく。

客「できたのか?」

千早「まだです」

平然と千早は答える。

客「でも、筆をおいたじゃないか」

千早「でもまだです」

客「しかし…」

千早「素人がいちいち口を出さないでほしいですね」

千早は強気だ。


客を威圧しておいて、改めて完成した絵を眺める。

千早「…………」

千早はめまいを感じた。

視覚に強烈な刺激映像が投射されたためだ。

我ながらえらいものを描いてしまった。
どうすれば、これを『まともな似顔絵』に近づけることができるのか。

客の顔を見る。

三度目の似顔絵に目を戻す。

千早「……」

客「…なぜ顔をそむけて肩を震わせる」

千早「…恐れる必要はありません」

客「なぜ似顔絵を恐れる必要がある!?」


客「…あんた今笑ってなかったか?」

千早「気のせいです」

客「できたんだろう?見せてくれ」

千早「見てはいけません。あなたのためです」

客「なんでだ?」

千早「呪われます」

客「なんでただの似顔絵で呪われなきゃならんのだ?見せてくれ」

千早「ダメです」

客「…っ!」

千早「…っ!」

牧歌的な公園で繰り広げられるみっともないもみあい。
近くで遊んでいた子供たちを、母親がそそくさと連れて行く様を、当の二人は知る由もない。


画用紙を挟んだ画板がくるりと宙に舞う。
それをキャッチする客。
そこに描かれた己の姿を見た途端―

客「――――!!!!」

千早「エロイムエッサイムエロイムエッサイム、我は求め訴えたり…」

客「やめんか!」

千早「あなたは呪われています」

客「あんたが呪ったんだ!」

客「こ、この絵は俺に対する完全なる侮辱…!」

と、千早は絵を客の顔に押し付けた。

客「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」

客はスケッチを顔に張り付けたまま転倒し、ぴくぴくと痙攣した。
人外の力が働いたかのように、スケッチは客の顔に張り付いたままだ。

如月千早―己の保身に手段を選ばない女。


千早「…運がなかったようですね」

素早く荷物をまとめその場を離れる。

客「待たんかい」

千早「あら」

千早「…お代は2000円で結構です」

客「誰が払うか!大体なぁ…!」

話を煙に巻くために代金を請求したのだが、面と向かって払わないと言われるのも腹が立つ千早であった。

千早の自分の悪行を収納しておくための棚は、大きく、広い。

千早「口を慎みなさい、この下郎」

腹が立ったので、つい暴言が口をついた。
口調にも本心が出てしまう。


千早「あなたのような下衆には、この絵がお似合いよ」

そしてもう止まらない。

客「う…」

千早「その容姿を世の中にさらすことがいかに罪悪であるかをよく考えることね。そうすれば、多少は下郎らしくカビ臭い生活程度だったら送れると思うから」

客「お、俺は下郎なんかじゃ…」

千早の目がすっと細められる。

千早「まあ―その顔で?」

客「…っ」

千早「その顔で?…30点以下の顔よ」

客「に、人間は心だ!」

千早「こんな些細なことで騒ぎ立てるあなたの心は…そうね、よくて15点ってところかしら?」


きっぱりと言い放つ。

客「ち、ちくしょー!!」

客は泣きながら去って行った。
ちょっと容姿にコンプレックスでもあったのかもしれない。

またお代をもらえなかった。

そのかわり、足元に500円玉が落ちていた。
もみあいの最中に男が落としたものだろうか。

千早はそれを拾った。
このようにして人を(ある意味)呪って金を巻き上げることで、千早はその日の糧を得ていた。

噴水のへりに座り、膨大な荷物の中から一冊の古びたスケッチブックを取り出す。

めくると中はびっしりと人物のデッサン画で埋め尽くされていた。
こちらはまっとうなデッサンだった。かなり達者である。


千早は自分のデッサン画と見比べてみる。

千早「……」

さながら使用前、使用後。
なぜこうも違うのか。

―同じ血が流れているのに。

どうも根本的に技術が違うようだ。

まあいいか、と千早は思う。
すべての不幸は未来への踏み台にすぎない、とかのソローも言っていることだし。

詭弁ここに極まれりである。

千早は似顔絵の道具を片付け、大きなリュックを背負った。
ポケットから地図を取り出し、広げる。
地図には一か所だけしるしがつけられていた。

千早「…もうすぐね」

千早の旅はもうじき終わる(予定)。




春香「オカエリナサイ!P!」

遅番でも早番でも、春香は元気よく出迎えにくる。

P「ああ」

部屋に上がると、いい匂いがする。

P「これ何の匂いだ?」

春香「采」

P「ツァイ?」

部屋に上がると、テーブルの上には小奇麗にまとめられた料理の皿が。

P「春香が作ったのか?」

冷蔵庫の中にはろくなものはなかったはずだが。
料理を指差して、春香を指差す。


春香「ハイ!」

P「そんなことしなくてもいいんだが」

せいろまで使っている。

P「これ、前の住人の残して行ったやつじゃなかったかな…?」

ひとつつまんで口に入れる。
春香は期待に満ちた目で俺を見ている。

P「…うまい」

春香「?」

P「あー…」

どう伝えればいいんだ?


P「美味」

春香「…」

駄目か。

そうだ。
俺はテーブル上の広告の裏にこう書いた。

『美味』

春香「…ぬ」

伝わってないようだ。

うーむ…。
これならどうだ?

『好』

春香「ハオ?謝謝!P!」

P「ふぅ…」

春香はうれしそうに台所から皿やら鍋やら持ってきている。
どうやら伝わったようだ。
中国語は漢字の使い方が違うみたいだな…難儀だ。


P「てかまだ料理があったのか」

春香「○▽■×!」

早口でまくしたてると、春香は俺の前に鍋を置いた。
ふたを取ると、むわっとした蒸気の下に例の料理が山盛りに詰まっている。

P「はは、は…」

わかりやすい歓待だ。が…

P「これを全部食えと?」

4、5人前はありそうだ。

春香「♪」

そんなに期待するまなざしで見られても…。




P「ふぅ…」

腹いっぱい。
久々の大食。

春香「P!」

P「あ?」

春香が、ノートを手に立っている。

P「はいはい勉強な」

春香「清告泝我日文」

日本語教えて…らしい。


天春香―中国雲南省麗江出身。

納西族と呼ばれる昔ながらの生活を送る一族の出身…らしい。
だいぶ前に、麗江に発生した大地震で保護者を失ってしまい、それ以来一人で暮らしてきたとのこと。
これが苦心惨憺の問答の末引き出した、春香のパーソナルデータである。

春香は日本語の勉強をしている。
俺がいないときにも独学で進めているようなので、ほぼ毎日やっているに等しい。

俺が帰ってくるころに合わせて夕食を用意し、その後春香の勉強に付き合ってやるのがここ数日の日課になっている。

春香との勉強はもっぱら筆談が中心である。
それ以外の二人に共通していることは、ゼスチャーや一部の漢字だけだ。

他人に日本語など教えたことはないが、とりあえず単語だけを覚えさせる。
ご飯、水、やかん、冷蔵庫、洗濯機、鍋、etc…

中でも電子レンジはすぐに覚えた。
どうもこの電化製品にはかなりの憧れがあったようで、あっためている最中もその前を離れることはない。


P「春香はどうして日本に来たんだ?」

春香「いいえ」

P「…」

まだまだ先は長そうだが、数日で覚えたにしてはかなりの言葉を話せるようになった。
こいつはどうやら物事の吸収が早いらしい。

しかし、いつの間にかこいつと暮らすことに違和感を感じなくなってきている。
前は帰ってきても誰もいなかった部屋に、今は春香がいる。
以前は帰ってくると暗かった部屋が、今は明るい。

春香「P!」

P「あ?…ああ悪い、なんだ?」

春香「ここ」

紙に『母』と書いてある。
何のことかと数秒考えて思いつく。

P「ああ…」

こいつ、日本に…母親を探しに来たのか?


顔を上げると、一枚の写真が差し出される。
一人の上品そうな女性が写っていた。

俺は自然にこう書いていた。

『父?』

すると春香は表情を曇らせて、首を左右に振った。

P「いないのか」

春香「はい…」

父親の記憶がなく、母親が日本にいる。

俺は考え込んだ。

春香「…P?」

何やら知らないが、苦労して海を渡ってまで母親を探す。
そんなことをやってのける少女。
普通、できるものなのか?

しかし春香は実際にやっている。


P「無垢な奴だな、お前」

春香「むく?」

P「いやなんでもない。気にするな」

春香「?」

小首をかしげた後、春香はにっこり笑った。

春香「☆▼○×!」

P「あ?なんだ?」

春香は早口で何かをまくしたてると、胸の前で手を組んだ。

祈りをささげるようなポーズ。

そして


春香「――」

これは…

初日に聞いた、あの歌だ。

春香「――」

P「…」

不思議だ。なんだかゆったりとした気持ちになる。
歌詞もわからないのにな。

春香「――」

この歌は春香にとってなんなのだろう。
歌うことが単純に好きなのだろうか?

春香「――」

さっきまでの会話を思い出す。
…母親との思い出の歌―とか?

…考えすぎか。


春香「――」

歌っているときの春香は普段とは違って見える。
目を閉じて、キレイな歌声を響かせる春香は、とても…そう、自然だった。
まるでこっちが本来の姿かのようだ。

そんなことを考えながらぼんやりと歌声を聴いていた。

春香「―…」

歌い終えると春香はぺこりと頭を下げた。

P「…うまいな」

春香「?」

P「ハオだ、好」

春香「好?謝謝!」


にこにこと笑っている春香の顔をじっと見る。

擦り切れた俺の心にも、まだ音楽に癒されるほどの心は残っていたらしい。
一人で生きるには不要なその心を。
俺はかつて忌み嫌っていた。
今も、もちろん忌避している。

ただこいつは…春香は、本当に悪いやつじゃないと思った。

P「言葉も通じないのにな」

春香「はい!」

P「…わかんねーのに返事すんな」

額をこつんと小突く。

春香「えへへ」

額をおさえてくすくす笑う。
なんとなく意思が通じているようで不思議だ。




―午後八時。

駅前。

レール下。

そこでは悪の取引が行われたりする。たまに。

律子「~♪」

秋月律子の口笛が、薄暗いレール下に響き渡る。
悲しげな旋律。
律子は壁に寄りかかり、無為に時間を潰しているように見えた。

律子「…」

通りがかった学生服の少年の、袖をつまんで引き止める。

少年「えっ…?」

いきなりつかまえられて、少年には困惑が見える。
律子はうつむきがちにぼそりと口にする。
人と話すの苦手。

律子「…チョコレート」


少年「え…」

律子「持ってたら」

少年「あ、はい」

かろうじてそれだけ言うと、うつむいたまま相手の反応を待つ。
口べた、そして人見知り。

少年はポケットから小箱を取り出す。

少年「これです」

律子「…」

少しだけ箱を開けて、中身をのぞく。さりげなく。

律子の目が少しだけ大きくなった。

律子「…ほんとにチョコ入ってる」


少年「え?で、でも電話でチョコの箱っていわれたから…」

律子「…別にチョコはいらないから…」

少年「す、すいません」

律子「…別にいい」

律子はそっけない。

少年「あ、あの、あなたがRITSUさん本人ですか?」

律子「これ」

質問には答えず、シガレットケースを渡す。

少年「あ、ど、どうも」

律子「じゃあ」

少年「あ、あの…」


律子「何?」

少年「これって…注射器とかついてないんすか?」

律子「本気?」

少年「え?」

律子「…スニッフィング」

少年「え?」

律子「ストローで鼻から」

少年「あ…そんな簡単なんすか」

律子「…初めて?」

少年「あ、はい…」


見たところまだ若い。
安易な悦楽に溺れる理由があるようには見えない。

しかし律子には関係ない。やり方がわからないなら教えてやればいい。
それで上客がまた一人できるかもしれないのだ。

律子「…こうやって」

やり方を教える。
スニッフィングは一番簡単な使用法の一つだ。
パケと言われる一袋を、手でもスプーンでもいいから開けて、短いストローで一気に吸う。
慣れないとむせるが、すぐに気にならなくなる。

律子「…そんなところ」

少年「はあ…どうも」

律子「…」

律子「でも、やりすぎるのはよくないと…思う」

少年「え?」

自分で売っておきながら、なぜそんなことを?
少年の顔に怪訝な色が浮かぶ。


律子「好きな子とかいるなら…できなくなっちゃうから」

少年「え?」

少しして、少年がわずかに驚く。

少年「そ、そうなんすか?」

律子「…そういうもんだよ。続けてるとね」

一瞬、本気で思案している。
わりと素直。
律子の胸がちくりと痛んだ。

だとしても。

律子「それと…あと一枚足りない」

少年「え、あれ?」


律子「約束では三枚だった」

箱の中を見せながら言う。

少年「あ、はい…じゃ、これ」

律子「…確かに。じゃ」

少年「ど、どうも」

二人は互いに背を向けて離れる。

律子は箱の中から紙幣を取り出す。
箱の中にはチョコだけが残される。

律子「…」

チョコが入ったままの箱を、捨てる。

律子「……本日の悪行、これでおしまい」




秋月律子の価値基準はただ一つ。

財務省印刷局の発行する日本銀行券。
それをたくさん集めるため、律子はいろいろなことをしてきた。
ずっと昔から。まだ学生のころから。

商売に手を染めてもうどれくらいになるだろう。
数えることもしなかった。
そんなことを詳細に記憶にとどめて、何になるだろう。

少なくとも金にはならない。
だったら労力はもっと他のことに用いるべきだ。

今日の商売から三十分後、律子は築十五年をここ十年ほど続けているアパートに戻った。
六畳一間、トイレ共同、風呂なし。
家賃一万五千円。
ここが律子の城だった。


歩くと廊下がけたたましく鳴る。でも問題なし。
妙な虫(きっとその中にはシロアリも含まれるだろうと律子は見ている)がいっぱい。でも問題なし。
地盤とは関係なく、構造上の問題で一日数回建物が揺れる。が、これも些細な問題。

郵便受けに溜まっていた請求書やダイレクトメールを床に放り投げる。

その中に、一枚だけ手書きのはがきがあるのを見つけた。

律子「?」

律子「…同窓会…か」

律子は五秒ほどはがきを見ていたが、ゴミ箱に捨てた。

狭い部屋に置いてある、窮屈そうなシングルベッドに身を投げ出す。
ギシ、とアパート全体が鳴った。

と同時に、ポケットの中の携帯電話が鳴った。


商売用の携帯電話だ。
鳴ったときは商売の話に決まっている。

律子「…もう」

休む間もないといったタイミング。
珍しく感情的に呻くと、電話の通話ボタンを押す。

内容は、やっぱり商談だった。

律子「…じゃ、その方向で」

切る。

律子「…」

サイドテーブルに伏せておいてある写真立てを起こす。
写真には、仲のよさそうな女の子と男の子が写っていた。
例えるなら姉と弟。

律子「…」

しばらく眺めた後、再び伏せる。
こうすると埃が積もらないのだった。




変人を追い払ってから数日、俺と春香は街に出てきた。
生活用品を買い足すためだ。

P「ふぁあ…」

春香「P、あくび」

P「最近夜型だからな」

春香「健康、よくないですよ?」

P「そうなんだけどな」

春香はだいぶ日本語を話せるようになった。
中でも、何が気に入ったのか敬語を使って話すようになった。
とは言っても、ほとんどは単語でのやり取りなのだが。


久しぶりに外に出たからか、そもそも街並み自体が珍しいのか、春香は俺の後ろにくっつきながら、きょときょと落ち着きなく視線をさまよわせていた。

P「ちょっと銀行に行ってくる。トラブルに巻き込まれるなよ」

春香「はーいー」

しゅたっと手を挙げて春香は言った。

用事を済ませて出てくると、さっそく妙な連中に絡まれていた。

P「あのな…」

俺は脱力感を感じた。

男「☆■▽○!」

春香「×□◎~!」

男は春香の腕をつかんで、何か言っている。


P「おい!」

駆け寄って男の肩をつかむ。

P「何してる?」

男「…□★」

男は俺の手を振り払うと、何かを言って去って行った。

なんだったんだ?

ナンパ…じゃないか。そんな雰囲気じゃなかった。
中国語だったしな。

P「春香、平気か?」

春香「…謝謝、P、ありがと、ございます」

P「いや、気にするな」

ふと気づくと、周りからじろじろ見られている。

う、あんだけ騒いだんだから当然か。
今日はもうアパートに戻ったほうがよさそうだな。




黒井「ねえねえ、Pくん」

P「なんですか?」

モップを動かす手を止めて、答える。

黒井「あの女の子、どうなってる?」

P「どう…といいますと?」

黒井「素性とかわかったかい?」

P「いや、言葉も通じませんし…身分を示すようなものも持ってないもので」

黒井「そう、やっぱりねぇ」

P「とりあえず家に置いてますけど、どうしたらいいものか」


P「そういえば昼間、あいつ変な男に絡まれまして」

黒井「変な男?」

黒井「頭にやかんを装着していたとか?」

P「そんなやつはいない」

黒井「いたら面白いだろうな」

P「殴り倒したくなるでしょうよ」

P「そうじゃなくて、なんか…たぶん中国人だと思いますけど」

店長の目が細まる。


黒井「…Pくん、戸締りはちゃんとしてる?」

P「へ?」

黒井「戸締り、してるの?」

P「してますけど…それが何か?」

黒井「鍵は二重?部屋は一階?二階?隣近所の人は顔見知りかい?」

なんなんだいったい…。

P「二重なわけないです、一個ですよ。もっとも、蹴破れば簡単に壊れると思いますけど」

黒井「だろうねー」

P「なんですか?」

黒井「…その女の子、あまり外に出さないほうがいいね」


P「たまにしか出しませんよ、そりゃ」

黒井「そうしたほうがいい。トラブルに巻き込まれたくないでしょ?」

P「なんなんですかいったい…大体面倒見ろって言ったのは店長じゃ…」

黒井「てへ」

P「てへじゃない」

黒井「今日は暑いねー」

人の話を聞かない。

黒井「まー、とにかく気を付けることだよ」

黒井「なにしろ君はとても危ない立場なのだから」

P「誰のせいだ」




帰宅すると、アパートの扉がぶち抜かれていた。

P「おおおおおおおおおおっ!?」

P「ちゅ、春香!?」

「春香、おかわりを頼む」

ずしゃあああああああああああっ!

俺は申し分のないクオリティのヘッドスライディングをきめた。

春香「おかえり、P」

高木「早かったな」

P「あんたなあっ!」

こいつは…人間離れした非常識か。

俺はそのオヤジの胸ぐらをつかんだ。


春香「ちがう、P、違います!」

P「春香に何をした!」

高木「落ち着くのだ、Pよ」

P「なれなれしく名前で呼ぶな!」

高木「父は悲しいぞ」

P「父じゃねーだろ!」

高木「春香、おかわり」

P「…死にたいようだな?」

春香「P、違う!」

春香が血相を変えて俺の腕にすがりつく。

P「な、なんだよ?」

春香「違いマス!」

P「だから何がだよ!?」


春香「★□△◎×~!」

P「さっぱりわからん」

春香「~!」

春香はじたばたした。

P「なんだぁ?」

いきなり外に飛び出したかと思うと、

春香「うぉらぁ!」

扉を蹴破る真似をして、室内に戻ってくる。
そしてくるっと身をひるがえすと、今度は怯える素振り。

P「…」

また身を返して、襲いかかるゼスチャー。
ああ、状況を再現しているのか。


P「つまり、何者かが扉を蹴破って入ってきて、春香に襲いかかろうとしたわけだ」

高木「そのようだな」

P「貴様だろうが!」

俺は男の首を絞めた。

高木「えー、そうなんですよー、息子がぐれてしまってー、私に暴力をふるうんですよー」

P「やめんか!」

変な裏声でしゃべる男を突き放す。
男はひらりと側転して着地した。

くっ!ノーダメージ!

高木「落ち着けP、私は春香を助けただけだ」

P「…」


高木「そんな目で親を見るな」

俺はがっくりとうなだれ、そのまま膝をついた。

P「わかった…俺の負けだ。頼むから出てってくれ」

高木「まあそう落ちこむな」

春香「―!~!!」

春香は一人で芝居を続けていた。




P「…そうか。じゃあこいつがお前を助けたってのは本当なんだな?」

春香「はい」

あの後、男本人も交えて話を聞いた。

侵入してきた不審者は三人。
さっき春香が説明したように、扉を破って入ってきたらしい。
あわや拉致されるというタイミングで、押し入れからさっそうと順一朗があらわれ、三人を撃退したのだという。

P「押し入れ?」

高木「細かいことはどうでもいいだろう。それより見たまえ、このあいだゴミ捨て場で液晶ゲームを拾ったんだ」

P「露骨にごまかすな!」

俺は液晶ゲームを打ち払った。


P「話を続けろ」

高木「うむ、それで人助けの礼に、飯を馳走になったわけだ」

P「…疑問点が一つある」

高木「なんだね」

P「その話だと、あんたが三人を撃退したってことだよな?」

P「…そんなことができるほど強そうには見えないんだが」

高木「そうか?」

P「格闘技でもやってんのか?」

高木「ふ…なら、君が試してみるかね?」


P「俺が?あんたと?」

高木「殴りかかるなり、関節を極めるなり好きにしたまえ」

P「別に俺も喧嘩が得意というわけじゃないが」

俺は立ち上がって順一朗の胸ぐらをつかんだ。

瞬間―

バチン

P「―!!!」ビクン

ひきつるように全身を痙攣させて、俺は崩れ落ちた。

順一朗の手にはスタンガン。

P「き…たねぇ…」

高木「勝てばいいのだ」

P「じごくに…落ちろ」

俺はありったけの憎悪で順一朗を呪うと、意識を失った。




子供が二人、空き地を駆けている。
友達か、兄弟か。
男の子と女の子は、ボールを持って楽しげに走る。

空き地はマンションの建設予定地であったが、大人の事情で施工が遅れに遅れ、子供たちのよい遊び場所になっていた。

男の子「あれ?なんだろう?」

草原の一角に、ぽつんと鎮座しているのは…ダンボールの箱だった。

女の子「だんぼーるだねー」

しかしただのダンボールではない。

男の子「秘密基地みたいだね」

二人は、そのいくつも連結されたダンボールに近づいた。


女の子「…これ、おうち?」

ダンボールの中をのぞきこんだ女の子が言う。
中には、本だのペットボトルだのが転がっていて、生活臭があった。

男の子「すげー、ほんとに秘密基地みたい!」

とその時、ダンボール全体がみしっと揺れた。

女の子「きゃ!」

中から、何か白いものがずりずり這い出てくる。
二人は固唾をのんでそれを見つめた。
と―

「きゃー!た、大変!」

男の子「うわーっ!?」女の子「きゃーっ!?」

その白い怪物に驚き、二人は走り去った。


白い怪物はのたくたと全身をゆする。
すると、全身の皮がするっと取れて、中身があらわれた。

「遅刻です~!」

皮はシーツだった。
そして中身は少女だった。

少女は慌てて、そこいらにある教科書類をかき集めると、慌ててダンボールハウスを飛び出す。

「あ、いけない」

ビニールシートを出して、ダンボールにかぶせる。
これで多少の雨が降っても大丈夫。

「うん!」

それを見て満足げにうなずくと、少女は駆けだした。


この少女、名を高槻やよいという。
のっぴきならぬ事情により、現在、ホームレスの身の上。

やよい「あ、宿題…」

夕べ、夜中にやった数学の宿題。
それを忘れていることに気づく。
今から『家』に取りに戻っては、とても間に合いそうにない。

やよい「うーん」

やよいは考えた。

やよい「…学校でもう一回やろ」

そうと決まれば機嫌よく、軽快に少女は走った。


本日分の投下は終了。
読んで下さった方お疲れ様&ありがとうございました。

乙乙~




やよい「おはよーございまーす」

教室に来たのは、やよいが最後のようだった。
もうみんな席について、それぞれの友人たちと会話に興じている。

やよい「疲れましたー」

ひょこひょこと自分の席に座り、ノートを広げた。
担任が来るまで五分。
やよいには十分な時間だった。
さらさらと数学の問題を解いていく。
誰かに邪魔されたり、話しかけられたりしなければ問題ない猶予だ。
そしてやよいにはその心配は一切なかった。




やよい「はー」

授業が終わり帰宅するやよい。

向かうは商店街の裏手にあるおもちゃ工場。
そこでやよいは週六日働いていた。
外国人の女性ばかりの職場だが、やよいのような子供にも仕事をくれる。
その収入はやよいにとって生命線だった。
歩合だから給料はちょっぴり安い。

だから、いっぱい働いて稼がないといけないのだ。

やよい「こんにちはー」


「ハイ、ヤヨイ!オハヨゴザイマス!」

やよい「おはようございます、ジョディさん!」

「ニーハオ、ヤヨイ」

やよい「にーはおです、蘭霞さん!」

「こにちわね、ヤヨイ」

やよい「ミーシャさん、こんにちは!」

陽気な職場の人たちに囲まれたやよいは、うれしそうに前掛けをした。

やよい「さ、お仕事お仕事」




働いている間に雨が降ってきた。

やよい「うわーん」

土砂降りだ。
学校の鞄を頭上に掲げながら、やよいは走る。

やよい「夏の天気は気まぐれですねー」

それでも楽しそうに、やよいは家路を急ぐ。

やよい「……」

風が強かったせいだろうか。
それとも誰かの悪戯だろうか。

ビニールシートは飛ばされ、風によって電柱に張り付いている。
むき出しとなったやよいの家は、水にぬれてボロボロに崩れてしまっていた。


やよい「…えへへ」

力なく笑う。

もうここには住めない。

ダンボールはどうとでもなるが、地面がかなり水を吸ってしまっている。
もともと地盤がゆるい場所だったようで、段ボールの下は見事な泥水となっている。

引っ越し、しないと。

駅前は人が多すぎるし、住宅街は定期的に住人が通る。
そうなれば通報されるのは時間の問題だ。

その点、この空地は工事用具や放置されている土管などがあり、あまり人目につかないいい場所だった。


やよい「あー…ノートがー」

濡れてぼこぼこになっていた。

やよい「わーん、洋服がー」

水でぐっしょり濡れてしまっている。

やよい「うあー、パンの耳も駄目になってますー」

貴重な非常食だったのに。

やよい「うぅー…」

水害はやよいをかなりへこませた。




こうしてやよいは流浪の身となった。
とはいってもぶっちゃけこれで七度目だが。

ダンボールはいつものように、行きつけの工場で工作に使うと言えば手に入るだろう。
あとは場所。
新居建築予定地を選定しなくては。

ふとやよいは足を止めた。

やよい「…」

そこには古めかしい家が建っていた。

おそらく空家。
木造。
建物はかなり古そうだが、そこには屋根と温かみがあった。

温かみ!

ぬくもり!

それはなんて素晴らしいものだろう!
やよいはかつて住んでいた家に思いを馳せた。


やよい「…いいですねー」

しかも誰も住んでいないご様子。

やよい「うぅー…」

一日だけ、宿をもらえるだろうか。
空き家だったりするだろうか。

やよい「あ、あのー、申し訳ないのですが、一晩だけ、一晩だけですね、その…」

やよい「…お、お邪魔しますー…」

やよいは『高屋敷』という表札がかかった家に足を踏み入れた。




黒井「へぇ、じゃあその人って居座ってるんだ」

P「まあ」

黒井「Pくんらしくもない馴れ合い所帯だねえ」

P「自分でもわかってはいるんですが」

高木『いやいや、家のことはせいぜい私に任せておくのだな!』

P「…なんてことをいうもんで」

春香の安全のこともあった。
何やら、奇妙な連中に狙われているようなのだ。

黒井「しかし…襲撃者か」

珍しく真剣な目。


黒井「それはすぐに出て行ったほうがいいね」

P「は?」

黒井「今すぐにでも出ていかねば危ないと思うよ、君の住んでいるアパート」

P「冗談ですか?」

黒井「…」

うわ、マジな目だ。



帰宅すると、家は倒壊していた。

わた春香さんがヒロイン!


P「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」

一階の角に、バンが突っ込んでいる。

高木「Pよ、朝帰りとはご乱交だな」

P「…」

高木「いやー、しかしキレイに傾いたものだな!ピサの斜塔のようではないか!」

P「あのな…」

高木「何かね?マイサン」

高木『いやいや、家のことはせいぜい私に任せておくのだな!』

P「…じゃなかったのか!?」


俺は順一朗の首を絞めた。

高木「えー、大学を中退してからというものどんどん素行が悪くなってきてですねー、とうとう父親である私に暴力を―」

P「やめんか!」

順一朗を突き放す。

P「そうだ、春香は!?」

高木「春香は無事だ」

P「どこだ?」

高木「そこにいるではないか」

春香は、傾いて立ち入り禁止の札が張り巡らされたアパートによじ登っていた。

P「お、おい!何してる!」


春香「P、照片、照片…っ!」

さっぱりわからん。ともかく。

俺は危なっかしい様子の春香に飛びつき、腰を抱えて引き下ろした。

春香「P、照片…!」

P「俺が取ってきてやるから、とりあえずお前はやめとけ」

すっかりひしゃげた廊下側の手すりにつかまり、アパートをのぼっていく。

春香「P、アブナイヨ!」

P「自分も同じことしてたくせに」

小さくつぶやき、さらにのぼっていく。
体をひねって廊下側に立ち、部屋に飛び込む。

扉がひしゃげて、外れていたのは不幸中の幸いだった。


さて…しゃんぺんってなんだ?
…俺はごっつ馬鹿だ。

高木「P、照片とは写真のことだぞ!」

ナイス既○外。

写真というとあれか。
あの写真はたしか春香のバックに…あった。

みしり

高木「Pよ、ピサの斜塔がバベルの塔だぞ」

順一朗の声が死刑宣告のように遠く響いた。




高木「生きているか?」

P「…何とかな」

ねじくれた手すりの下から這い出す。
骨折などはしてないようだ。

高木「春香が慌てて大変だったぞ」

P「…その春香は?」

高木「うむ、そこで気絶しておる」

P「お、おい春香!?」

肩をつかんでがくがく揺すると、春香は目を覚ました。

春香「…P」

P「気が付いたか。ほれ」

写真をバックから取り出す。


春香「あいや…」

春香は写真を大事そうに胸に抱え、しくしくと泣いた。

春香「ありがと、ございます…」

P「いいよ」

改めてアパートを眺める。

P「しかしひどいなこりゃ」

P「いったいどういう経緯でこうなったんだ?」

高木「うむ、また奴らが襲ってきたのだ」

P「いきなりアパートに車を突っ込ませてきたのか?」

高木「いやそうではない」


高木「賊めは青龍刀などで武装し五人組でやってきたが、私の仕掛けたトラップに引っ掛かり、右に左にそりゃもう大騒ぎさ」

P「そうか…」

けっこう頼りになるじゃないか。

高木「一人がバンで逃げようとしたのでな、邪魔してやった」

高木「そいつは慌てふためいて運転をミスりおった。はっはっはっ、愉快痛快怪物くんは…」

P「ちょっと待て」

高木「うん?」

P「そのバンというのは柱をへし折っているあのバンか?」

高木「うむ」

俺はわなわなと震えた。

P「…じゃ、じゃああんたがこの倒壊の…!」


高木「何を言う。引き金を引いたのは奴らではないか。私は無実だ」

俺はその場にへたり込んだ。
なんだこれは。
アクシデントの方から、まっしぐらに俺を目指してくるかのようだ。

「…ちょっとよろしいですか?Pさん」

P「げ、大家…さん」

弱り目に祟り目。

大家「この度は災難でしたねえ」

P「あ、ああ、その…」

大家はにこにこと笑っていた。
こ、これは大岡裁きが期待できるか?
と思ったのもつかの間、大家はすっと無表情になった。

大家「…俺がな」

P「…」


大家は再び温和な表情に戻ると一枚の紙を差し出してきた。

大家「いやー、今取り急ぎ作ったものですがね」

『アパート立て直し見積もり書』

P「…見積もり?」

大家「ええ」

P「…」

大家「…」

俺と大家はじっと見つめあった。

P「あの、もしかして」

大家「…はい」

もしかした。




音無小鳥。

某有名女子大学卒業後、某芸能系事務所勤務。
五年の勤務の後、結婚準備を理由に退社。
夫も迎えて幸せな日々。
夜の生活も豊かな日々。
うふ。
絵に描いたような幸福な人生―

家族計画、完。

になる予定だった。

しかし―


(中略)

そして小鳥は不幸になった。
さまざまなショックが重なり、小鳥は心身ともに空っぽになってしまった。

こうして小鳥は自殺を決意したのである。

小鳥「…先立つ不孝をお許しください」

小鳥「あら…ちっとも先立ってないわね」

小鳥は両手に頬を当て、恥ずかしそうに身をよじる。
先に死んだのは母だった。

小鳥「とにかく不幸です。ごめんね、お母さん」

女手一つで育ててくれた母の遺影。
それをふくよかな胸元にうずめ、やんやんとツイストする小鳥を、通行人は微妙に避けて通って行った。


小鳥「スーパーで五円多くお釣りをもらって、そのままネコババしてしまいました」

小鳥「あと、事務員時代に会社のボールペンの束を家に持ち帰ってしまいました」

小鳥「…給料の多くを薄い本を買うのに無駄遣いしてしまいました、ごめんなさい」

小鳥は次々と懺悔を済ませていく。

小鳥「…そんなところです」

小鳥「じゃ、お母さん、今そっちに行きます」

橋の手すりに片足をひっかけ、下を見る。
川が見える。
流れが激しい。

実は小鳥は泳げない。
飛び込んだら、もう百発百中溺死である。

小鳥「…………」


小鳥「…はっ」

小鳥「そういえば、家の鍵はかけてきたかしら?」

自殺直前で、死への恐怖から現実逃避する小鳥だった。

小鳥は思った。
今泥棒さんに入られるととても困る、と。

これでも一応、自殺する気はあるほうだどちらかというと。

改めて眼下を見る。

小鳥「…ピヨ」

片足を手すりにかけたまま、小鳥は蒼白になってぶるぶる震えた。

小鳥「そうだ、やっぱり戸締りを確認してから…あら?」

引こうとした足が向こう側に滑り、バランスが崩れる。


小鳥「…ぇえー?」

ぷらーん

危機一髪と言っていいものか。

小鳥は片足だけで橋の手すりに引っかかっていた。
とても自力では登れそうにない。

小鳥「…で、でも!」

小鳥は高校時代に体操部に所属していた。
しかも鉄棒が得意だった。

三十分は持ちこたえる自信があったのである!

小鳥「……あら?」

あってどうする。




俺たちは家財道具を抱えて途方に暮れていた。

P「…順一朗」

高木「なんだね、マイサン」

P「どこまでついてくるつもりだ?」

高木「はっはっはっ、おかしなことを言うやつだな」

順一朗は眼鏡をふいた。

高木「家族ジャン?」

P「違う!」


春香「P、ジュン、いいひと」

P「お前はだまされすぎだ」

春香「…ぁぅ」

春香はしゅんとした。

俺たちは住処を失った。
早朝の街を当てもなくさまよっていた。

春香「P、怖い…」

高木「アパートの修理費用をきっちり請求され、精神的にちょっとナーバスになっているんだろう」

高木「軟弱な奴だ」

P「誰のせいだと思ってるんだ!」

高木「春香~、Pがいじめる~」

順一朗は春香の背後に隠れた。

春香「P、ごめんなさい…」

P「春香を盾にするな!」


いかん、また奴のペースだ…。
落ち着け、俺。

高木「そんなに怒ってばかりいるとなあ」

P「なんだよ」

高木「妊娠するぞ」

P「するかっ!!」

春香「P!」

P「あ?」

春香に手首をつかまれる。

春香「人、危険!」

P「なんだあ?」


高木「足に見えるな」

P「女物の下着?」

というかあれは…

P「人じゃないか」

またトラブルの予感。

春香「危険!P、あぶないよ!」

春香が俺の手をグイグイ引いていく。




P「…」

俺はため息をついて、その宙吊り女に問う。

P「あー…助けが必要か?」

小鳥「た、助けてー!」

いったいどんな状況だ、これは。

P「…待ってろ」

小鳥「で、できるだけ早くお願いしますー…」

しかし…どうしたものか。


高木「集合ーっ!!」

P「…」

春香「…」

P「…全員いるだろ」

高木「円陣組めー!」

体育会系のノリで順一朗は言う。

勢いに押されて言う通りにする。

高木「案を募りたい!」

P「…」

春香「…」

高木「さあ、どうしたどうした!」

P「…この行為に何か意味はあるのか?」

高木「馬鹿者!人命がかかっているのだぞう!」


春香「…ええと」

高木「さあさあ作戦はないのか!?」

P「さてはアホだな、お前」

高木「失敬なっ!」

高木「…夢追人なだけだいっ!」

P「一度しか言わないからよく聞けよ?」

P「それをアホというんだ」

春香「?」

高木「率直なやつめ」

P「あんたと話せば大和撫子もささくれ立つわ」


小鳥「あ、あのー…」

高木「すぐにすむから待っていなさい」

小鳥「も、もう限界…ぴよぉ…」

春香「P!」

P「はいよ」

無駄な時間を過ごしてしまった。

小鳥「さようならー…」

女が落ちた。

がっし

間一髪、俺はその人の衣服をつかんだ。
体重がぐっとかかり、半身が引かれる。
が、何とか持ちこたえる。

P「だ、だいじょ…げ」

俺はどうやら、彼女の下着をつかんでしまったようだ。


小鳥「ぴ、ピヨーーーーーーっ!?」

彼女の下着がびろーんと伸びている。
その下の部分が丸見えだった。

小鳥「いやーっ!脱げ、脱げちゃうぅー!」

P「す、すぐ引き上げるから、我慢してくれ!」

さすがに慌てた。

小鳥「下着!下着が脱げちゃうー!」

じたばたと暴れるものだから、余計に下着が脱げていく。

P「お、おい!じっとしてろって!」

小鳥「だってじっとしてたら見えちゃうー!」

P「が、我慢しろ!なるべく見ないようにするから!」


小鳥「や、やっぱり見えてる!?見えてるのねー!」

じたばたじたばたっ!

ずるるっ

下着が太もものあたりまでずり落ちる。

P「おいおい!」

高木「七番に青が入るっ、三番四番が青に変わる、続いて九番十二番も青に変わったあああああっ!」

P「うるせえええええっ!」

小鳥「あーっ、いやーっ!?おかーさーんっ!!」

P「じっとしていろおおおおおおおおっ!!」




―五分後

P「はぁはぁ…あんた…もう少し…落ち着いた、ほうが…いいぞ…」

小鳥「しくしく…だって…」

ようやく引き上げたころには、すっかり息が上がっていた。
地べたに座り込んだまま、しばらく話もできなかったくらいだ。

女はしくしく泣いていた。

小鳥「うぅ…お、お礼を…」

P「礼なら破れずに頑張ったあんたの下着に言うんだな」

小鳥「高い下着なんです…せめて死ぬ時ぐらいはと…あー、ちょっと破けてる!…くすん…ひどい」

P「ひどいって、それであんた助かったんだから…って、し、死ぬ?」


この女、自殺志願者か?

小鳥「うう…」

P「あのな…」

よよと泣き崩れる女を前に、俺は深々とため息をついた。

P「で、まだ自殺すんのか?あんた」

小鳥「だって…」

P「ああ、理由は言わんでいい」

P「これ以上、負債は抱え込みたくない」

高木「Pよ、よくよく苦労しているようだな」

P「…おのれも俺の苦労の一因なんだがな」

小鳥「うう…もう死ぬしかないピヨ…」

と言いながら、ふらふらと手すりに近づいていく。


P「ま、待て!助けたばっかりで死のうとするな!」

小鳥「こんな状況で、さらに見ず知らずの人にあんな破廉恥な姿をさらしちゃって…とても生きていけません!」

P「落ち着け」

小鳥「しくしく…」

この女は…。
頭痛がしてきた。

…はぁ。

ポケットから宣伝用のポケットティッシュを取り出す。

P「ほれ」

小鳥「…中華料理店…黒龍…?」


P「俺、そこで働いているから」

小鳥「から?」

P「…相談くらいは」

小鳥「の、乗ってくれるんですか!?」

P「…乗らない」

小鳥「ひどぃ…」

P「あ、ああ、すまん」

反射的に拒絶してしまった。

P「まぁ相談というか…軽く話を聞いてやるくらいなら」

小鳥「聞いてくれるの?」

P「もしかしたら」

高木「お前もたいしたタマだな」

P「…」


P「とにかく助けた俺の目の前で死ぬな。寝覚めが悪くなる」

高木「寝覚めを語る前に、寝る場所を探さなくてはな!」

サムズアップ。

P「…誰のせいだ」

殺したい。とても殺したい。

春香「あはは」

こいつはこいつで何がおかしいのか。

小鳥「あの…お名前は?」

P「お名前か…」

正直あまり深く関わりたくなかった。

P「こっちが春香で、こっちが順一朗だ」

小鳥「春香ちゃんと、順一朗さん」

P「じゃ、そういうことで」

しゅたっと手を挙げて立ち去ろうとする。


むんずっ

小鳥「あの…あなたのお名前をまだ…」

P「今ちょっとないんだ」

小鳥「えっ?」

P「すまない、ソーリー」

小鳥「Pさんですか?」

会話聞かれてるよ。

P「それコードネーム」

小鳥「セリフの横にPと出ていますが?」

P「それ普通俺たちには見えない」

春香「あはは」

P「わかって笑っているのか?」

高木「まったくだ」


小鳥「Pさんでよろしいですか?」

高木「いや、Pというのは略称だ」

P「何を言っている?」

高木「こいつの名前はプロデューサーだ」

小鳥「ぷ、プロデューサー?」

春香「ぷろでうさー」

P「…こいつは頭に少しだけ蛆がわいて、おかしくなっているんだ。気にしないでくれ」

高木「何を言うか。この世界ではPとはプロデューサーの略称だろうが」

高木「まったく、これだからプチ童貞は困る」

P「…死にたいようだな」

小鳥「ま」

P「反応するな」

春香「ぷろでゅーさー」

P「気に入るな」


小鳥「みんなの面倒を見れるから、プロデューサーなんでしょうか?」

P「は?」

小鳥「いろいろなことをちゃーんと責任を持って預かれるようにってつけられた名前ですか?」

にこにこ

P「…」

P「なんかさ…」

P「マジでむかつく」

女の笑みが凍りつく。

付き合ってられない。

P「行くぞ」

戸惑いながらも春香が続く。


小鳥「あ、あの!」

声をかけられるが、無視。

ぶしつけな人間。
何が「責任を持てるように」だ。

はっし

小鳥「あ、あの、ごめんなさいっ」

腕をつかまれた。

小鳥「気分を害されたみたいで…」

小鳥「恩人さんに失礼なことを」

P「…別に…いいよ」

P「―他人なんだから」

小鳥「…」

女の手から力が抜ける。


小鳥「ごめんなさい…わたし無神経なところもあるみたいで」

P「…」

小鳥「…ごめんなさい」

これを罪悪感というのだろうか。

P「…ぃぃょ」

小鳥「…え?」

P「だから!もういいって!」

小鳥「…ピヨ」

しゅんとする。
子供かこの人は。

高木「じー」

春香「じー」

はっ。
ジト目で見られている。
なに?俺が悪い感じ?


P「…P」

小鳥「…?」

P「Pだ、P!!」

小鳥「P…くん?」

P「これで満足か?」

吐き捨てるように言った。

女はにっこりと笑った。

小鳥「私、音無小鳥と申します」

ぺこり

小鳥「…もう少しだけ、がんばってみようと思います」

P「そうか」


内心、ほっとする。

春香「めでたしめでたし、ですね!」

…独学が進んでいるようだな。





春香がまず先にへばった。

P「もう無理か?春香」

春香「つ、疲れ、ました」

高木「むう、もう夜ではないか。Pも今夜は遅番であろう?」

P「だからなぜ貴様が把握している…」

突っ込む声にも力がない。
なにしろ睡眠抜きだ。
このまま仕事に行くことを考えると気が重い。

春香「あれ?」

P「どわ、降ってきたか」

高木「踏んだり蹴ったりだな」

春香「だなー」


P「…ホテルでも探すか」

三人分のホテル代…。

高木「…む。おいPよ、ここに廃屋と思しき一軒家があるぞ」

P「俺に不法侵入をしろと?」

高木「雨宿りだけならどうということはあるまい」

高木「それに、罪に問われたとしても主犯格はPではないか」

P「涅槃に行け!」

俺の振り回すリュックを順一朗は軽やかにかわす。

春香「…Zzz」

高木「どうする息子よ。私は野宿でも良いが、春香には厳しかろう」

確かに。


春香「ふにゃふにゃ…」

P「…一晩だけ、間借りさせてもらうか」

荷物を順一朗に預けて、春香を背負う。

P「家なき子と、無人の廃屋か」

互いに足りないものを補うわけか。
表札には家主の名が、すり切れた字で記されていた。

高屋敷―




P「すいませーん…」

おそるおそる挨拶をして、屋内に入る。

高木「意外と手入れが行き届いているようだな」

順一朗はすたすたと室内に足を踏み入れる。
ヤツはどう考えても普通じゃない。

P「ちょっと待てよ、手入れされてるってことは人がいるってことじゃないか?」

高木「電気水道は止まっていた。そんなところに人は住めんだろう」

P「…いつの間に調べたんだよ」

高木「大方、管理人がいるんだろうさ」

P「まずいじゃないか」

高木「週に一度も来るものか」


順一朗は闇に消えた。
闇の向こうから布団があるだの、机があるだのといった報告だけが聞こえてくる。

P「まったく」

靴を脱いで、手近な部屋に入ってみる。

「わうっ!?」

何かが暗闇から飛び出してきて、

「うごっ!?」

腹を突いた。

「きゃう、うぅ…」

くるくると回転しながら、それは飛び出して行った。

P「こ、小娘…?」

声と大きさから推測するが、はっきりとは分からなかった。

住民?
けど、住民ならなぜ逃げる?


壁際に春香をおろし、懐中電灯で室内を照らす。

P「…?」

荷物がある。俺たちのものではない。

P「失敬」

中を探ってみる。

着替え。ノート。教科書。
…下着。

女か?

さらに探る。
こつんと固い感触がする。
取り出してみると、

P「飯ごう?」

さらに探る。
ツナ缶にサバ缶。

P「…つ、釣り針?」

まるでサバイバル用品だな。


検分した荷物をまとめる。
要するに先客を驚かしてしまったらしい。

高木「ふむ、ここにはしばらく住めそうだな」

高木「これで私も家持ちだなっ!」

絶対あのオヤジはおかしい。
強くそう思った。




黒井「Pくん、今日ヘルプ頼める?」

P「構いませんよ。何号店ですか?」

黒井「十五号店」

P「…ありましたっけ?」

黒井「あったのだよ、実は」

P「知りませんでした」

黒井「そうだろうともさ」


P「知らない店かあ…」

黒井「心配ないよ、一日十五分のトレーニングでみるみる上達」

P「しなくていい」

黒井「心配しなくても仕事自体はそんなにきつくないよ」

黒井「人によっては精神的につらいかもしれないけどね」

P「お断りさせてください」

黒井「店長命令」

P「…だったら最初から質問しないでください」

黒井「新しい世界が開けるかもしれないねっ」

不敵に笑う。




俺のヘルプ先というのは―

P「……ジュピターへようこそ、奥様」

ホストクラブだった。

P「休憩入ります」

北斗「ちゃお☆Pくん、ご苦労さまさまサマーナイト☆」

P「…いえ」

つっこめないというのはストレスが溜まるものだ。


北斗「それじゃいけないなぁ、僕のようにもっとフェロモンを出さないと☆」

P「…」

北斗「あれ?怒った?怒ったのかい?」

P「いえ…」

北斗「ふふ、良かった」

良くねぇよ。
そう言いたい気持ちをぐっとおさえる。

北斗「僕も休憩しようかな。Pくんとい・っ・しょ・に」

P「じゃ、仕事戻りまーす」

北斗「おいおい、今休憩入ったばっかりじゃないか」

苦手なやつと二人っきりになるよりマシ。

北斗「Pくん、君の瞳はソウグレイト!」

わけわからん。
やはりホストを束ねるものとなると、相当手練れの変人なのだろう。


客の入りはまずまず、盛況と言っていいだろう。
とは言っても頭数合わせの俺には客がつくわけでもなくかなり暇を持て余す。
まあその方が楽なのだが。

翔太「ねぇキミキミ!立ちんぼしてるならあっちのテーブル入ってあげて」

P「あ、はい」

あんまり得意じゃないんだよな、接客…。
仕方なくテーブルにつく。

P「失礼します」

教わった通りにあいさつする。
若い女の一人客だ。

P「Pと申します。よろしくお願いします」

「…は?」

かすれるような、独特の声。
昔の記憶が刺激される。

目があった。

「……P?」

P「…律子?」


P「お、お前こんなところでなにやってんだよ!?」

大声を上げたせいで店内の視線が一斉に集まる。

律子「す、座って…!」

P「あ、ああ」

間違いない。確かに律子だ。

―秋月律子。

P「…どうして?」

律子「どうしてって…」

律子はそっけなく言ってグラスを傾けた。

律子「どうしてって言われても、困る…困ります」

P「あ?」

…敬語、か…。

あれから三年近くたつ。


P「…こんな店に何しに来たんだ?」

律子「お酒を飲みにですよ」

P「なんでこんなとこなんだ?」

律子「…そんなの知りません」

眼鏡をずらし、目頭を押す。
雰囲気どころか仕草まで変わっていない。
俺の古い記憶にある律子そのままだ。

P「…秋月律子はホスト遊びなんてするような女じゃないと思ったけどな」

律子は無言でグラスを煽る。
それに、こんな酒の飲み方もしなかった。


P『律子、酒飲もうぜ』

律子『お酒?』

P『ほらこれ、いい酒なんだってよ』

律子『どうしたのこれ?』

P『入手した』

律子『また家から?』

P『いいんだよ、あんな家』

律子『…しょうがないなぁ』

律子『どうやって飲むの?これ』

P『さあ…そのままじゃないか?』

律子『……おいしくない』

P『………うむ』

律子『あ、喉痛い』

P『何かでうすめんのかなぁ?』

律子『…背伸びするから』

呆れた口調で律子は言った。
普段、人とはほとんど会話らしい会話をしない律子だった。
ましてや、こんなふうに砕けた話し方をするのは俺だけだった。


律子「あれから何年たったと思ってるんですか?」

元から人を突き放したような雰囲気はあった。

それでも少しは。
少しは通じているものと、思っていた。
思っていたんだ。

P「…変わったな」

律子「仕方ない…ですよ」

律子「このままお説教でもしますか?」

律子「私、一応客なんですけど」

P「いや…」

どんよりした雰囲気が漂う。


律子「…帰ります」

P「待った」

立ち上がろうとする律子を押しとどめる。

律子「…」

P「少し、話をしていってもいいだろ?」

律子を悪趣味な色のソファに押しとどめる。

律子「…ご自由に」

P「すねるなよ」

律子「すねてない…ません」


P「いま何やってんだ?」

律子「どうしてそんなこと、言わなきゃいけないんですか?」

P「いやなら言わなくてもいい。俺の好奇心だ」

律子「そういうの好きじゃないです」

P「…どうしてお前はそういつも」

攻撃的な言葉が口を突きそうになり、思いとどまる。
熱くなりかけている。

…らしくない。

深呼吸して、薄めた言葉を告げる。

P「心配したんだぞ」

律子「…」

P「本気で心配したんだ」


P「で、今は?」

律子「…………カメラマン」

P「カメラマン?」

律子「…今やってる仕事」

P「カメラマン?お前が?」

律子「悪いですか?」

P「いや別に」

P「ただお前にしては、金になりそうにない仕事だと思っただけだ」

律子「なります」

P「そうなのか?」

律子「要領で」

P「ま、お前器用だったもんな」


律子「…どうしてですか?」

P「え?」

律子「P…先輩こそ、どうしてホストに?」

P「別にやりたくてやってるわけじゃないよ」

律子「P…先輩も、変わってないですね」

P「これじゃ接客じゃなくて、世間話だな」

律子「……」


律子「ここ、長いんですか?」

P「今日が初日」

律子「…生活、そんなに苦しいんですか」

P「苦しいと言えば、まあそうだが」

律子「…」

律子「そうだ」

P「ん?」

律子「これ」

律子は財布から四つ折りにした紙幣を取り出した。

P「これは?」

律子「…チップ」

P「いらん!」


律子「こういうの、よくあることですよ」

P「そ、そうなのか?」

律子「気にしなくていいと思います」

P「…けどお前、いいのか?」

露骨に視線をそらす。
相変わらず、ごまかしの下手なやつだ。

P「律子から金をもらうなんてな」

律子「…その代わり」

P「ん?」

律子「隣、来てくださいよ」

律子「…接客、してほしいから」

P「…」


律子の隣に座ると、律子はしなだれかかって頭を預けてきた。

P「これじゃ接客できないぞ」

律子「これでいい…です」

律子「P、先輩の…匂いが好きなの」

P「…」

しばらくそのままでいた。
その間にいろいろなことを考えた。けど、思考は形としては残りはしなかった。

P「俺達って、別れたんだよな、たしか」

気づいたらそんなことを口にしていた。
それに対して、律子にしては珍しくきっぱりと答えた。

律子「違う」

律子「契約を、解約しただけ」


今日の投下はここまで。
読んでくれた方お疲れ様&ありがとうございました。

乙乙~




遅番の仕事を終えて、明け方に帰宅する。

さっきの律子の言葉がまだ残っていた。

『契約を、解約しただけ』

そのあといろいろと話した気もするが、ほとんど覚えていない。
律子は連絡先も教えず帰って行った。
俺も聞く気はなかった。

昔の俺ならそんなことできただろうか?
時間がたちすぎたのだろうか?
あの時は大事件だったのに、今では過ぎ去った出来事。
久々に会って話しても、思ったほど心は動かなかった。

P「…」

重い気分のまま高屋敷家に着く。

周囲もまだ明るくなっていないため、電気が通っていない高屋敷家は真っ暗だ。
まるで幽霊屋敷。


玄関をくぐる。

春香と順一朗は寝ているんだろう。静まり返っている。

家…か。

P「…ただいま」

起こしてはまずいので小さく挨拶して靴を脱ぐ。

春香「おかえりなさい、P」

P「…」

P「…お、起きてたのか」

ちょっとびっくり。

春香「はい」

寝間着姿の春香は、しゅたっと手を挙げて笑う。


春香「辛苦了(お疲れさま)」

P「あ、ああ…いや」

P「春香、もういいから寝ろ」

春香「ごはんは?」

P「…食った」

寝ることにする。
後ろから春香が声をかけてくる。

春香「おやすみ、なさい」

P「…ああ」

何をうろたえているんだ、俺は。






夕方目覚めると、夕食の準備ができていた。

古ぼけた、まるで某磯野家に置いてあるようなちゃぶ台の上を見る。
料理はどれも味気ない紙皿やパックに乗ったものばかりだ。
ご飯は真空パックのレトルト。

P「買ったのか、これ?」

春香「?」

身振りも交えてやり取りすると、春香はこくこくと頷いた。

P「今までの分も?」

春香「はい」

つまりこの夕食は春香に渡した支度金の中から捻出されているわけだ。


異国の生活。
いろいろ入り用もあるだろうと思い、春香にはちょっとした金を渡してあった。

しかしそれは春香のためのものだ。
それがみんなの生活費になっている。

P「悪いな、生活費は別に入れる」

理解したのかしてないのか、脳天気な笑みを見せて台所に消えた。

高木「起きたか、放蕩息子よ」

片や、偉そうに新聞を広げて食事の準備を待つ順一朗。
働きもせずに。

P「あんたな…」

高木「働かざる者食うべからずだぞ、Pよ」

P「貴様が言うなっ!!」

高木「早合点だなPよ。父の働くべき時はまだ来ていないのだ」


P「わけのわからんことを」

高木「もう少し事態が落ち着くまで待て。父はきっとお前たちを養って見せよう」

P「この事態のまま落ち着かれてたまるか。大体、問題は何一つ解決していないんだぞ」

P「借金も居候も何もかも増えていくばかりだ!」

高木「ほう。Pよ、借金があったのか?」

P「そんなことはどうでもいい。アパートの弁償費用だって俺の負担だ。誰のせいだと思っている?」

高木「私のせいだと?」

P「違うか?」

高木「ほほう。ではあの時、春香を守らなくても良かったと、お前はそう言うわけだな?」

P「…それは」

高木「いいかPよ。家族というものは互いに助け合ってだな…」

P「やめろ」

こめかみを押さえる。
軽い頭痛がした。


P「家族だ?馬鹿じゃないのか。血の繋がりだってないんだぞ?」

高木「血縁だけが家族ではあるまい」

P「普通は血縁だ!」

高木「…ホモだな」

P「あ?」

高木「ケツ縁」

P「…」

俺はガンをつけた。


高木「ポケットの中を探ってみろ」

P「小銭しかないぞ」

高木「出してみろ」

P「五円玉が…」

高木「ご縁があるようで」

P「ケツの穴に五円玉を詰めて死ね」

P「起き抜けにくだらないギャグを聞かせるな」

順一朗は平然としていた。

P「何が家族だ。第一、俺たちに縁なんてない」

高木「春香もかね?」

P「あれは店長命令だったんだ」

P「とにかく俺たちは家族なんかじゃない。あんたのはた迷惑な妄想に俺を巻き込むな」


順一朗は黙っていたが、やがて口を開いた。

高木「お前はそれでいいのか?」

P「何がだよ?」

高木「これはチャンスだと思わないのか?」

P「だから何のだよ!」

高木「…家族を持つことの、だ」

P「…」

高木「…妄想かもしれん」

立ち上がり、夕焼けに染まった街並みを眺める。

高木「しかしなP、いいものだぞ、家族は。たとえそれが偽りであっても」

P「…俺には必要ない」

高木「…そうか」

高木「さ、暗くなったら飯も食えないぞ。今の我々は日の出とともに起き、日の入りとともに寝るのだ」

俺は促されるようにしてちゃぶ台の前に座る。
一瞬、本当の父と子の立場になったような…そんな気がして嫌だった。





そして夜。

P「これでいいだろ」

春香「明るいですね!」

P「とりあえず文明生活に一歩近づいたな」

夜は勉強の時間だ。
順一朗もさっさと寝たしな。

P「さて、やるか」

ちゃぶ台を挟んで二人で座る。


…………

P「春香は母親のことを覚えてるのか?」

春香「いいえ」

春香はだいぶ語彙が増えてきた。
とっさの時には中国語が出たり片言になったりするが、日常会話は普通にできる。
そして気に入って以来敬語を使い続けていたせいで、会話に敬語がよく混ざるようになった。

いろいろと言葉を交わしているうちに、春香の母親の話になった。

P「母親を探すのか?」

春香「はい、ええと…」

春香「おかあさん?」

P「あ?ああ、合ってるぞ」

春香「お母さん、探します」

お母さん、か―


そんなにまでして会いたいものか。

P「…わからん」

俺は両親のぬくもりというものを知らない。
そのせいか。
春香の求めるものが、まったく理解できなかった。

家族。
俺とは無縁のもの。
家族とか血縁とか、そういった生まれ持った人間関係に、俺はいい思い出がない。

P「今までだって、一人で生きてきたんだ」

呟く。
俺は親の顔さえ知らない。

P「…そろそろ終わりにするか」

寝てしまえ。今日は仕事もない。





……

…………

ようやくうつらうつらし始めたころ、俺は

踏まれた。

P「ぬおおおっ!?」

胃袋だった。

「きゃうんっ!?」

P「ちゅ、春香か?」

暗くてわからん。
小さな気配。
それがとてててと走っていく。


P「いてて…」

誰だか知らんが、思いっきり踏んでいきやがった。
体重が軽かったからまだマシだったが…。

春香のやつ、いったいどうしたってんだ?

P「あー…」

すっかり目が覚めてしまった。
今夜はもう寝られそうにない。

そういや今日はシャワーも浴びてないんだよな。
最近銭湯にも行ってないし。

…体だけでも拭いておくか。

俺はそっと身を起こした。
懐中電灯を取って台所に行き、公園の水道から貯水してあるバケツを一つ取って、風呂場に向かう。

衣服を脱いで、絞ったタオルで全身を拭く。


近いうちに水道くらいは何とかしないとな。
しかしこんな誰のものとも知れない他人の家で、どうしたらいいものやら。

勝手に水道だけ引くか?
今更引っ越すよりはその方がいいような気がする。
背に腹は代えられないしな。

P「また出費が…」

やれやれ。
このままだと、本当に黒井さんとこに本就職しないといけなくなりそうだ。
賃金だけはいいからな、あそこ。

風呂場を出て、部屋に戻る。

途中まぶしい光が俺を照らした。
懐中電灯だ。

PのPがピー!


P「く…!」

すかさず俺も照らし返すと、そこには見知らぬ少女が呆然と立ちつくしていた。

その視線がゆっくりと下方に向かう。

迂闊なことに、俺は全裸だった。

「…」

「……」

「…………ぅっうー…」

ぱたん

目を点にして、気絶した。

P「…………またか」


乙~
また一人、謎の少女が~
だれだろー




―翌朝。

俺たち『四人』は食卓を囲んでいた。

高木「つまり」

俺の隣に座っている順一朗が、話をまとめる。

高木「キミは家なき子というわけかね?」

やよい「…はい、そうです」

一晩気絶していた少女は、先ほどようやく目を覚ました。
7:00だった。
規則正しい生活がうかがえる。


高木「大体話は分かったよ。名前は何と言うのかね?」

やよい「…高槻やよいです」

とある事情により流浪生活に身をやつしてしまった。そうやよいは説明した。
事情とやらについては、やよいは何も語らなかった。

というか、できたら話したくないと正直に告げてきた。

春香「P、やよい、私とおんなじ…」

P「家出でもしたんだろ」

ま、大方そんなところだろう。

やよい「すいませんー…私皆さんのおうちとは全然知らなくてー…」

ぺこりと頭を下げる。

P「まぁ、お家というか…」

高木「しかし住む家がないとは言うが、今までどうしていたのかね?」

やよい「はい!私こう見えても工作とかは得意なんですよ」

少女はぱっと笑顔を見せた。
屈託のない笑顔。

私とおんなじ…か。


やよい「前の夏休みでは割り箸でいかだを作りましたし、その前はコルクボードを作りました。絵も好きですけど、どちらかというと工作が得意ですー」

やよい「特にダンボールハウスを作るのは大得意ですー!」

P「ぶっ」

ぬるい麦茶を吹き出す。

高木「うむ、あれは意外と暖かいからな」

やよい「はい、そうなんですよー。よくご存じですねー」

高木「私も伊達に年を取ってないよ、はっはっはっ」

P「話を合わせるな!」

やよい「す、すいませんー…」

P「…いや、そっちに言ったんじゃない」

高木「すべて私の偽らざる実体験だぞ」

P「自慢になるか」

高木「父をなめるな!」

P「逆切れすんな!」

また頭痛がしてきた。


高木「それでやよいくん、どうしてここに?」

やよい「はいー…今までは空き地に家を建てて暮らしていたんですけど、こないだの雨で全部だめになっちゃって」

やよい「それで行く当てもなく歩いていたら、たまたま人の住んでいなそうなお家があったものでー…」

P「それでつい間借りしてしまったと」

やよい「…すみませんでした」

しょげるやよいを置いて、俺たち三人は円陣を組んだ。

高木「似たような話もあればあるものだ。奇遇なものだな」

P「奇遇?誰のせいでこうなったんだ?それを奇遇というのか?」

高木「間違いなくやよいくんだろうな」

P「無茶苦茶ななすりつけ方すんな!」

春香「??」

やよい「あのー」

P「ん?」


やよい「黙って泊まってしまった分の宿泊料はお支払いします。あまりお金はないですけどパートはしてるので…」

やよい「あ、でもでもー…できたら、その、分割にしてもらうととってもありがたいんですけどー…」

P「とか言ってるぞ」

高木「同じ境遇ということを考えると、つい同情的になってしまうな」

P「つまらない同情は自分の首を絞めるぞ」

高木「Pよ、お前は本当に心無い典型的な現代の若者だな」

P「なんだと?じゃああんたはこれ以上俺の扶養者を増やそうってのか?」

高木「む、お前もとうとう家族愛を理解できたようだな!」

P「皮肉も通じんのか!」

春香「怖いです…」

高木「春香を怯えさせるな、P」

P「くっ…」


高木「しかしあれだな、順調に増えていくな高屋敷ファミリー」

P「勝手にファミリーにすんな」

高木「そのうち16人くらいになったら面白かろうて」

P「全員飢え死にするぞ」

高木「楽しいぞ」

P「きついわっ!」

高木「冗談はさておき、あの子だが」

P「俺は反対」

春香「P…」

P「なんだよ、その目は」

春香「……」

P「だからな…」

春香「……」

P「……」

P「……はぁ」


また厄介ごとを抱え込むのか。

けどやよいとやらは先客でもあるわけで。
追い出す権利なんざないし、むしろこっちが頭を下げるべき立場だった。

P「もともとここは俺らの家じゃないしな」

それが道理か。

P「勝手にすりゃいいさ」

春香「あは!」

春香はにっこりと笑った。
…ずるい。

高木「いいか!別に俺の扶養者にするわけじゃないからな!」

やよい「あのー…?」

高木「やよい君といったね」

やよい「は、はい」


順一朗はやよいの肩に手を置いた。

高木「息子をよろしく頼む」

P「結婚もしない!」

やよい「え?えー??」

高木「いささかロリコンのけがあって申し訳ないが」

P「あるかっ!」

やよい「ろり…?」

P「知らんなら知らんでいい。あの既○外の言うことは気にするな」

やよい「う…?」

やよい「あのー、それで私はどうすれば…?」

高木「うむ、それだがな、実は―」


順一朗がやよいに耳打ちした。

やよい「えっ、そーなんですか?」

高木「つまり、君の境遇は我々と一緒なんだな」

やよい「わー、そんなことってあるんですねー!すごい偶然ですねー!」

P「…いやな偶然だがな」

やよい「はー、びっくりしましたー」

P「どうせ俺たちも不法居住者だ。お前も居たかったらいればいい。仕事してるって言ったよな?」

やよい「はいー」

P「食費はちゃんと入れてくれるんだよな?」

やよい「はい、がんばります!」

P「…別にちゃんと入れてくれるなら無理しなくてもいい。謝る必要もない」

やよい「あ、はい、すいませんー…」

P「謝らなくてもいいといった」


やよい「あ、でも、そのー…」

指先をつんつんと合わせる。

やよい「…ごめんなさい」

P「…あのな」

やよい「あ、その、このごめんなさいはそのごめんなさいではなくてですね、つまり夕べのあれをそれでえーとつまりあのですね…」

P「落ち着け」

やよい「はい!」

やよいは踵をくっつけて気を付けをした。

P「深呼吸をしろ」

やよい「…はー」

P「目を閉じろ」

やよい「はい」

なんでも言うことを聞くな


P「落ち着いたか?」

やよい「はいー」

P「休め」

やよい「…」

両手を後ろに組んで足を広げる。

P「うーむ」

ちょっぴり面白い。

高木「突撃!」

やよい「うっうー!…えーと、どこにでしょうかー?」

P「初対面の人間で遊ぶな」

高木「素直な子だ」

やよい「あのー、どこにでしょうか?」

P「お前も真に受けるな」

やよい「えっと…?」


P「まあいい。夕べの件については不問でいいさ。ちょっと踏まれて見られただけだしな」

やよい「う…」

P「そういう意味のごめんなさいなんだろ?」

やよい「…はいー…」

P「わかった。春香、飯にしよう」

春香「はい!」

待ってましたとばかりにいそいそと台所に向かう。

一人が二人。二人が三人。そして本日めでたく三人が四人。

高木「順調に増えてるな」

P「うるさい」


高木「来週放送の家族計画では、新たな仲間が加わります」

P「加えるな」

高木「じゃんけんポン!」

P「架空の読者とじゃんけんするな!」

高木「うじ虫なみにちっぽけな男だ、お前は」

ぶつぶつ言いながら順一朗は去っていった。

まったく、心労ばかりが増えていく。




黒井「だんだん増えていくねぇ」

P「…はあ」

黒井「面白いなあ」

P「こっちは鬱陶しいだけですよ」

黒井「でも楽しいじゃないか」

P「俺は一人が好きなんです」

黒井「人は一人では生きていけない」

P「まるで三流ドラマの三流クライマックスを飾る三流セリフですね」

P「生きていけますよ」

黒井「言い切るねぇ」


P「今までだってそうしてきましたから」

さっと絞り機でモップの水気をきる。

黒井「私はそうは思わないけどね」

黒井「だって騙される人間がいないと騙す人間は困るだろう?」

P「…たとえ悪っ」

黒井「そうかい?」

電話が鳴った。

黒井「はい、中華料理の店、黒龍です」

黒井「…客みたいだ。ちょっと行ってくる」

カウンターをひとっ跳びで乗り越え、黒井さんは来客を出迎えに行った。


俺は黙々と掃除を続ける。



黒井「Pくーん、君にお客さんだよー」

P「え?」

黒井「なんかインカムをつけたらすごく似合いそうな人ー」

モップが止まる。
嫌な予感がした。かなり。

そして予感は当たった。




P「…あんたか」

小鳥「は、はい…」

P「…」

小鳥「…」

P「…」

小鳥「…」

P「なんか喋ってくれ」

小鳥「…よろしくお願いします」

P「あー…」

言葉を吟味して、言う。

P「困る」

小鳥「ぴよっ!?」


「聞いてねーよ!」と言った顔をされる。

なんでやねん。

P「困る」

小鳥「で、ででででも、あの、相談に乗ってくれるって…!?」

P「ああ、確かに言った」

P「けどそういわなきゃ自殺するってあんた言ってたし」

小鳥「で、でも私、あなたが死ぬ前にできることをしろっていうからいろいろやってみたけど、あんまり状況変わらなくて…」

小鳥「万策尽き果てたんです」

P「尽き果てたんです、って言われてもな」

小鳥「これはもう助けていただくしか」

P「そ、そうなのか?」


他に選択肢はないのか?
それを問いただす気力もなかった。

店長がお茶を持ってくる。

黒井「事務員ラブ」

P「帰れ」

黒井「ふふ、事務員、ふふふ」

不気味に笑って、店長は去る。

小鳥「事務員って私のことですかね?」

P「俺なわけないだろう」

小鳥「事務員かぁ」

P「…で、結局なんなんだ?」

このままでは埒があかないと判断して、水を向ける。
適当に答えて、さっさと帰ってもらおう。


小鳥「あ、これはみのさんにも相談したんですけど」

P「…みのはなんと?」

小鳥「お嬢さん、諦めちゃダメ。強く生きなきゃ。生きていればきっといい出会いがある。いい出会いのためには、外に出て働かないと。だってあなた、ここにいるお嬢様方よりずっと若いですよ?ねえ」

…本当に相談していた。

小鳥「強く生きなきゃってわかってるんですけど、なかなか一人では」

P「友達はいないのか」

小鳥「はい」

…まあ、俺も人のことは言えん。

小鳥「これからの人生、どうやって生きていけばいいのか…」

ヘビィだ。
こんな難問、どう答えればいいんだ。


P「自分を信じろ」

小鳥「えっ?」

P「だいたい人に頼ろうって発想が悪い」

P「はっきり言ってバッドだ」

小鳥「こうもり…」

P「それは違う」

P「とにかく俺はあんたの助けにはなれない。悪いが他を当たってくれ」

小鳥「なら車に」

P「車?」

小鳥「車に当たってしまえば、楽になれるかもしれませんね…」

よく見ると、瞳のハイライトが消えていた。


P「ショックを受けるたびに自殺を検討するのか、あんたは」

小鳥「うふ…ふふふふ」

おいおい。
俺が相談したいくらいだった。

P「…うちの住所を教えるから」

言ってて泥沼だと思った。

小鳥「住所…住所…ぐふふふふ…」

P「…やっぱやめた」

小鳥「そ、そんなぁ…」

黒井「…だーんだん、増えていくねぇ」

P「…ヘビィだ」




高屋敷での生活もだいぶ落ち着きを見せてきた。

それでも相変わらず俺たちは住所不定者には違いない。

そう、問題の根本的な部分はいささかも改善されていないのだ。

P「…なのに、どうしてこう腰を落ち着けているんだ!」

俺の叫びに、一同の視線が集まる。

高木「どうしたP、藪から棒に」

P「ここは俺たちの持ち家じゃない」

みんなは顔を見合わせた。

高木「それはそうだろうな」

P「そこに問題があると思わないか?」


春香「問題?」

やよい「雨風はしのげますしー、なめくじも入ってきませんしー」

P「違う違う、そういうことじゃない」

P「俺が言いたいのは、このままでいいのかってことだ」

高木「いいもなにも、我々はホームレス」

高木「甘んじて状況を受け入れることしかできないだろう」

言って順一朗は新聞に目を戻す。

P「ガスや水道だって、いつまでもこのままってわけにもいかない」

春香「でも、中国も一緒ですよ?水道があまり出ないこともよくありますし…」

P「日本語、上手くなったな」

春香「Pさんのおかげですよ、謝謝」

P「電気の問題だってある」

やよい「でもでも、野宿しても電気は使えないから、一緒かなーって」

P「いや…だから、この家の持ち主がいきなりやってきたらとか、考えたことはないのか?」

高木「まあ、この様子では当分こないと思うがな、はっはっは」

ガララッ


ぴたっ

全員の動きが止まる。

やよい(えーと、いち、にい、さん…)

P(数えるまでもなく、全員ここにいる)

春香(ということは?)

高木(…全員潜伏!)

言うが早いか、順一朗は畳を持ち上げ、一瞬で床下に潜った。
ばたん、と畳が落ちて元通りはまる。
俺たちは呆然と佇んでいた。
あまりに素早くて、反応できなかった。


P(だから…どうして俺たちを…一緒に連れて行かないんだ…)

トントントン…

やよい(だ、だれか来ます!)

春香(ど、どうしたらいいですか!?)

二人の声で我に返る。

P(隠れるんだ)

やよい(ど、どこに?)

P(やよいは押し入れ、春香はタンス!)

やよい(Pさんは!?)

P(俺はちゃぶ台の下に隠れる!)


やよい(ぴ、Pさん!)

P(どうした!?)

やよい(お、お料理が~)

P(しょうがない!もう片付けている時間はない!)

めいめいの場所に隠れる二人を見届け、俺もちゃぶ台の下に滑り込む。
狭い。だが何とかなりそうだ。

足音が部屋の前で止まる。

カラッと引き戸が開けられる。

「…」

細い足首が見える。
女だ。

女はちゃぶ台の前に座った。


P「っ!?」

眼前に女の膝が滑りこんでくる。
必死に息を殺していると、やがて

「…もくもく」

食事の物音が聞こえてきた。

…食ってるし。
何の疑いもなく。
何者だ!?

「ふう」

女が少し膝を開く。
下着が見えた。

P「ぶっ」

「……ん?」

まずい。俺は口を押さえた。

「気のせいかしら?」

「…仕方ないわね。疲れていたもの」


「さて、と」

女は立ち上がる。

「…帰ってきたのね、とうとう」

女は感慨深くつぶやく。

帰って来ただと?
やはりこの家の持ち主か。
くそ、まずいことになったな。

やがて女は部屋を出ていく。

久しぶりに戻った家を、いろいろと検分するつもりだろうか。
女が出ていくと同時に、順一朗が畳を持ち上げて顔を見せた。
押し入れとタンスから、春香とやよいも出てくる。


高木(ふむ、どうやらここの本来の住人らしいな)

P(そうだな)

やよい(ど、どーしましょー?)

春香(タンスの中、埃が…けほっ)

P(ハンカチを当ててろ)

ハンカチを春香に渡す。

春香(もふー)

P(…タンスの中で当てろ)

春香(あれ?)

P(で、俺の懸念した通りの展開になったわけだが、どうするんだ?)

高木(このまま暮らせばよかろう)

P(暮らせるか!)

高木(なあに、見れば女一人。見つからないようにうまくやればいいだけのことだ)

P(…………本気か?)


高木(今までも似たようなことはしてきた、けっして不可能ではない)

そういやこいつ、俺のアパートの押し入れにも隠れていたんだよな。
全く気付かなかった。

…しかし。

P(あんた以外には限りなく不可能なことに思えるんだが)

高木(平気だろう、なんとかなるさ)

P(やよいや春香だっているんだぞ?)

やよい(私たち、何とかやってみます!)

春香(みます!)

二人は線対称にお互いの手を合わせた。
仲良くなったな、こいつら。

足音。

やよい(あ、帰ってきました!)

P(隠れろ!)

三人は一斉に元の場所に隠れた。


俺はちゃぶ台の下に身を隠す。

女が室内に入ってくる。
俺からは足しか見えないが。

「…」

なにか気配を感じて戻ってきたのか?
危ない危ない。

「気のせいかしら」

まあ、食卓に置かれていた食い物を無意識に平らげてしまうほどに超絶的な神経の持ち主。
順一朗の提案がにわかに真実味を帯びた。

でも、なんで俺こんなところでちゃぶ台に隠れているんだろう?
俺、Pはちゃぶ台の下で変な女から逃げ隠れするために生まれてきたのか?
…鬱になりそうだ。

女が去り、また俺たちは集まる。


P(作戦を聞こうか)

高木(とりあえず女と出くわさなければいいだろう)

高木(以上だ)

P(…)

P(そ、それだけ?)

高木(他に何かあるか?)

P「具体的にはどうやって生活するつもりなんだよっ!」

やよい(Pさん、こ、声がー…)

P(おっと)

高木(ふっ、案ずるなPよ)

P(ふつう案ずるわっ)

高木(そこを『あえて』案じないのだ)

P(あえての根拠はなんだ)

高木(考えてもみろ。ここにあの女が住むにしろ、一日中家にいるわけではなかろう)

P(…)

高木(仕事に行くなり、学校に行くなり、外にいることも多かろう)

高木(それに合わせて、こちらも生活すればいい)


やよい(うわー、なんだか楽しそうですねー)

高木(楽しいとも)

P(楽しむなよ)

春香(私も楽しいのがいいです!)

P(…ちゅんこはちょっとだまっていような?)

胃が…。

高木(お前は人が生きる上での潤滑剤となる、楽しみの概念を否定する気か?)

高木(やよい君、言ってやれ!)

やよい(え、えーと…楽しくないよりは楽しい方がいいかなーって…)

P(ちょっとまて、論点がおかしいぞ)

高木(む、話をそらす気か、Pよ!)

P「それはお前だろうが!」

春香(しーっ、しーっ!)

やよい(あうぅ、声がー)


口を押さえる。
最近ますます短気になっていく自分を感じる。
ストレスだな。
ストレスのもとは、いずれ排除しよう。

高木(Pよ、少しは頭を使うことを覚えるのだな。お前にも低スペックとはいえ一応脳みそはあるんだろう?使わないともったいないぞ)

…絶対排除してやる。

P(…俺はここは一度出ていくべきだと思う。やはり強引に住むにしても、見つからずにというのは無理があるだろう)

やよい(でもPさん…)

P(なんだ?)

やよい(外、嵐です)

P(…)

ビョォォォォオオオオオオオオ

いつなったんだよ。


さっきまで快晴だった気がするが。
何というご都合主義。

春香(わー、嵐ですよ、嵐!)

春香が雨の中に手を突っ込んで遊ぶ。

春香(すぐ、とても濡れちゃいます)

P(日本語おかしいぞ)

やよい(…雨の日の野宿って、つらいんですよねー…)

ぼそっという。

高木(嵐で氾濫した川で泳ぐのって、大変なんですよねー)

P(溺れて死んでしまうがいい)


どうして人はこうも傷を舐め合おうとするのか。
裏切りなんて、そこらじゅうに潜んでいるというのに。
そう、俺の両親が、今俺とともにいないように。

春香(あ、また来ました)

四人はかすかな気配を残してすっと隠れた。
今度は埃も立たない。
慣れてきたようだ。

…慣れてどうする。

ちゃぶ台の下で俺は自問した。

女が座る。

「…ふっ、午後ティー」

どうやらここでお茶を飲むようだ。
そのお茶は、春香が俺の金で買ってきたものだった。
この話の大事なところは、『俺の金』という部分だ。

俺ばかりが損をしている。


春香は身寄りがなく異国で生きる手段がない。
やよいは家出少女で、住む家がない。
順一朗はまず間違いなく住所不定の無職だろうし。

けど俺には家があった。
今は、ない。
なぜか。
それを考えるとき、俺の心にはどす黒いものがもうもうと立ち込める。

「あら?」

なんて声とともに、湯呑みが倒れる音がした。
瞬間、何かがボタボタと背中に落ちてきた。

P「…っ!?」

ちゃぶ台にあいていた穴からこぼれてきた熱湯だった。

P「○★△□~っ!?」

俺は悲鳴も上げられず、熱湯の熱さにもがき苦しむ。


女が何か拭くものを探しにゆっくりと台所に向かうと、俺はちゃぶ台の下を転がり出て芋虫のように悶絶した。

高木(Pよ、我々はこの隙にいったん二階に避難するぞ……おい、何を遊んでいる)

P(…言いたくない)

三人は俺を置き去りにして二階に向かった。

こんな生活がこれから続くというのか。
…ハゲそうだ。




朝、女はどこかに出かけて行った。

それを確認してから、俺は押し入れから顔を出す。

この位置は、かろうじて廊下の向こうの玄関を確認できる唯一のポジション。
俺は首を伸ばして、様子をうかがう。

高木「行ったか?」

P「ああ」

順一朗は天井裏から天板をはずし、春香は畳の下から、やよいは縁側からそれぞれ姿を見せる。

P「何とか今日も見つからずに済んだな」

高木「さあ、朝飯にしようではないか」


春香「Pさん、缶詰三個しかないです」

P「ああ、今夜買ってこないとな」

やよい「あ、私買ってきます!」

P「金、あるか?」

やよい「はい、少しなら」

と言ってやよいはいつも胸元にぶら下げているカエルの小銭入れを揺すった。
…カエル、だよな?

P「なら頼む。今月厳しいんだ。……誰かさんのせいでな」

高木「むふう、腹が減ったぞっ!」

順一朗はちゃぶ台のふちを抱えるように掴んで、がたがたと揺らした。

P「少しは申し訳なさそうな顔くらいしたらどうだ!」

俺が投げた固形燃料を、順一朗は片手でキャッチした。

P「ちっ」


キャンプ用のバーナーで湯を沸かし、レトルトを作るのが俺たちの食事だ。
レトルトだと安くなるかと言ったら、決してそんなことはない。
調理器具やガスがないため、しょうがないのだ。
しかも人数が増えると、食費もかさむ。
現在食費は数倍となっている。
この話の重要なところは、『数倍』というところだ。

十分ほどで、カレーが運ばれてくる。

P「朝からカレーか」

やよい「これが一番手軽なものでー」

高木「さ、食べようではないか」

春香「いただきまーす!」

全員でカレーを口に運ぼうとした瞬間、

ガララッ

全員「!?」


戻ってきたのか?

P(隠れるぞ!)

やよい(で、でもカレーが…)

順一朗(ごちそうさま)

P(はや!?)

一瞬で平らげていた。

順一朗(さらば!)

P(化け物が…さっさと隠れるぞ)

やよい(で、でも!食べ物を残すのはもったいないです!一回の食事が三分の一日の命なんです!)

P(馬鹿!見つかるぞ!)

やよい(食べ物は生きる力なのに、人はどうして争わなくてはいけないんでしょうか!?)

錯乱していた。


春香「もぐもぐ…」

P(ゆったり食ってる場合か)

春香(え?)

P(隠れるんだ!)

三人でタンスに飛び込んだ。

P(どうして同じ場所に隠れるんだ!?)

春香(つい…)

やよい(せ、狭いですー)

P(くそ、二人とももっと寄れ!扉が閉まらん!)

二人を引き寄せる。
指先を使って、なんとか内側から扉を閉める。

ほぼ同時に女が入ってきた。


「…」

女はすたすた部屋に入ると、立てかけてあった画材を取った。
出ていく途中、その視線がちゃぶ台の上のカレーに止まる。

「…」

やよい(きゃ…!)

瞬間、やよいがバランスを崩した。
観音開きの扉が片方、開く。

女はカレーを見ていて気付かなかった。

やよいはそのまま棒倒しの棒よろしく倒れそうになったが、すかさず俺は抱き寄せた。

やよい(にゃい…)

春香がすかさず扉に手を伸ばす。

「……?」

タンスに視線を向ける女。
間一髪、扉が閉まる。


「……」

なんとかセーフ。

三人(ふう…)

しかし、運命は残酷だ。

べきり

ばったーん

解説すると、蝶番が壊れて、扉が落ちた。

「…」

P「…」

春香「…」

やよい「…」


見つめ合う双方。

P「や、やあ」

「…」

P「ち、ちょっとこれには事情があってな」

「…」

P「実は俺たち、住む家がないんだ」

やよい「そ、それでちょっとだけお邪魔してましてー…その」

春香「少しだけここで生活してたっていうか…あはは」

P「まあいろいろと偶然が重なって…悪いとは思っていたんだ、はは、は」

女はゆっくりとほほ笑んだ。
天使の笑顔だった。

「…とっとと出ていきやがれ、このウジ虫野郎」




朝が来た。

やはり健全な生活はいい。

夜眠り、朝起きる。
そんなリズムが、自然と人を健康に保つのかもしれない。
俺は朝の清々しい空気を、思いっきり吸い込んだ。

目の前の道路を、集団登校する小学生や、サラリーマンが通っていく。
全員例外なく、こちらに視線を向けてきた。

最初は抵抗があった。
だが、もう慣れた。
不思議なもので、慣れると人の視線なんて気にならなくなる。

P「…なってどうする」

適応しそうになっている自分が怖い。
それもこれも、共にいる連中が周囲の視線に無関心だからだ。


春香「Pさん!朝ごはんできました!」

P「トイレ行ってから行く」

トイレは近くの公衆トイレを使う。

俺は用を足して空き地に戻った。
ちょうどテーブルが出されたところだった。

P「今日の朝飯はなんだ?」

やよい「コンビニのおにーさんが賞味期限の切れたお弁当をくれたんですよー」

P「へえ、それって禁止されてるもんだけどな」

やよい「そうなんですかー?」

P「そういうことをすると、ホームレスとかが集まってくるからな」

やよい「うーん、でもでも、捨てるのももったいないですよねー」

やよい「それに私たち、実際に家なき子ですしー…」

P「…そうだな」


やよい「やっぱりお金を払って買うべきですよねー…」

P「いいんじゃないか?どうせそいつもこっそりくれるんだろ?」

やよい「はい」

P「内緒にしてくれとか言ってなかったか?」

やよい「言ってましたー」

P「…少し挙動不審な感じの男か?」

やよい「わ、すごいですー!まるで見てきたかのようですねー」

P「…やっぱりか」

やよい「う?」

P「ま、気をつけろよ」

やよい「え?え?」

ポンと背中をたたくと、やよいはなんだか混乱した顔になった。


春香「Pさん、寝坊ですよ」

P「へ?」

春香「水汲み当番」

P「あ、忘れてた」

春香「私、汲んできました!」

P「悪いな。次からは気を付ける」

春香「いいえー」

ちなみに水も近くの公園の水道から汲んでくる。
日本はいい国だと思う。


高木「さあ、食べようではないか」

いつの間に来たのか、順一朗がテーブルに座っていた。

ちなみにテーブルは粗大ごみ置き場から拾ってきたこたつである。
日本いい国。
何でも手に入る。
例えば、ちょっと破れただけのテントとかもな!

一同「いただきます」

そして俺たちの中に周囲の目を気にする者はいない。
やよいは野宿慣れしているらしいし。
春香はもともと人の目を気にしないし。
そして順一朗は既○外だ。

その既○外がこんなことを言い出した。

高木「奪還しよう」

P「は?」

高木「家だよ」


びしっと箸を俺に突きつける。

高木「あんな広い家に、小娘一人で住むとはもったいない話」

高木「ここは皆で利用するのが、領土狭く厳しい土地事情の日本国民としての正しい生き様であることはもはや間違いないであろうな」

P「…一人でやれ」

高木「Pよ!それが父に対する態度か!」

P「言ってろ。俺は知らん」

高木「ほっほう…いいのかなーいいのかなー?」

P「な、なんだよ」

高木「このままだと、お前がさんざん私に言っている住所不定者だぞ?」

高木「それとも引っ越しする金があるとでも?」

P「あったらとっくにしてる」

高木「そうだな、お前の貯金はIM銀行の口座にある15万7千円だけだものな」

P「なんで貴様がそれを知っているっ!?」


高木「いいのか?ホームレスで」

P「いつまでもこのままってわけじゃない!」

高木「そうとも、このままでいいはずがない」

高木「しかしどうだ?引っ越す金もない、頼れる知り合いもいない」

P「大きなお世話だ」

高木「生活保護でも受けるかね?」

P「……それは嫌だ」

高木「この状況が数か月続くとしたらどうだ」

P「冗談じゃない!」

高木「そうとも、冗談ではない」

高木「…家が必要だろう?」

P「家が…必要……」

やよい「うわー…洗脳ですー…」


高木「あの高屋敷は住みやすかったなあ」

P「確かに…住みやすかった…」

高木「見たところ、あの女家主は訳ありのようだな」

P「ど、どうして?」

高木「あの年頃の娘が、なぜあんな古い一軒家に一人で住む?親は?職は?金は?経緯は?」

高木「そこにつけ込む隙があるかもしれん」

P「…」

P「で、でも、どんな経緯があろうとあの家はあの女のものであって…」

高木「本当にそうだろうか?」

P「違うってのか?」

高木「あの家は本当にあの女のものなのか?お前は登記を調べたのか?権利書でもあったのか?あの広い家だ、土地だけでもかなりのもの。娘一人が維持できるものではない」


P「…」

高木「よいかPよ、家は勝手に降ってくるものではない」

高木「…自分でつかみ取るものだ」

P「自分で…」

高木「なあに、何も奪い取ろうということではない」

高木「ただ、それぞれの事情が解決するまで、ちょっと間借りさせてもらえばいい」

高木「それは悪いことか?悪いことなのか?」

P「…ああ、別に悪いことじゃないな…」

春香「洗脳がどんどん進んでるねー」

順一朗が俺の肩にしんなりと手を置く。

高木「すぉうとぉも、悪いことじゃあなぁい」

P「…」


高木「あの広い家だ、空いている部屋を借りるくらい問題なかろう」

P「…そうだよな…ちょっと借りるくらい…」

高木「しかるに!しかるにだ!あの女は我々を無下に追い出した!」

高木「こんなことがこの法治国家大日本帝国に許されるのか?許されていいのかあ!?」

P「…確かに、ちょっとくらい事情を聴いてくれても…」

やよい「あ、完了…」

高木「…Pよ、かの女の素性を調べるのだ!そうすれば我々は安住の地を手に入れることができる!できるのだっ!」

P「わかった!」


あの家でしばらく風雨をしのぎつつ、金をためてさっさと引っ越す。
確かに理にかなった作戦だ。
返済がしばし滞るが、今は生活の建て直しが最優先だ。
なに、家賃の安い物件くらい本気で探せばすぐに見つかる。
そうしたら一人でさっさと引っ越せばいい。

メシをかきこみながら、俺はメラメラと闘志を燃やす。

高木「私は登記関係を当たってみよう」

P「ああ、わかった」

やよい「…と、とにかく頑張ってくださいー」

春香「がんばってください!」

P「ああ、任せておけ」

希望が見えてきた。
その希望はどこかレプリカくさかった。


本日分は投下終了。
読んでくれた方お疲れ様&ありがとうございます。

原作知っている方はわかると思いますが、まだまだOPまでいってないんですよね…頑張ります。

家族計画はオープニング長いからなw




俺は女を探して高屋敷家近くの公園に来た。

いた。
どうやら絵描きらしい。
似顔絵か?

なんだか危険な香りがするのはなぜなんだろう?
とにかく今は任務を遂行しないとな。

俺が考えた作戦はこうだ。
1)似顔絵を描いてもらう
2)描いてもらいながら世間話をする
3)情報入手!
もちろん、面は割れているので変装していく。

完璧だ。


ヒゲをつけて、と。よし。
作戦開始!

P「一枚頼むよ」

「…はい」

女は小さくうなずくと、画板に紙をはさんだ。
用意されている椅子に座った。

すると、女はいきなり言った。

「あなた、凶相が出ていますね」

P「ごほっ」

「言っておきますが…競う意味の競争じゃないです」

P「わかるよ」

「でも安心してください」

「どうしようもないですから」

P「ならんのかい!」

P「…凶相とかはどうでもいいから、似顔絵を頼む」

「はい」


女は似顔絵を描き始める。
俺はしばらくさらさらと動く手の動きを眺めていた。

それで気づいたのだが、女はまったく俺の顔を見ない。
何というか…目隠しをしてクレー射撃をするようなものじゃないのか?それは。
別に本気で似顔絵を描いてもらいたいわけじゃないから別にかまわないのだが。

P「なあ、あんたよくここにいるよな?」

「…」

P「一日で客はどれくらい来るんだ?」

「……」

P「絵描きって、生活はどうなんだ?」

「………」

P「なあ」

「うるさい黙れ」


P「うる…!?」

P「ちょ、ちょっと世間話をしただけだろう!?」

「…」

シカト。

P「な、名前は?」

「…」

P「このあたりに住んでるのか?」

「……」

駄目だ。対話を拒絶している。
集中するタイプなのか、会話が苦手なのか。

しかし、素性だけでも調べなければ。


P「なあ、美大かどっかの人?」

女が顔を上げた。
そして冷たい目をして言い放った。

「…………早死にしたいんですか?」

俺は顔をそらした。
生まれて初めて、人に恐怖した。

悪魔かこいつは…。

何も話せるムードではなくなった。

「…できました」

絵を受け取るために手を伸ばした。

「4000円」

高い…。
しかし黙って支払う。


P「なあ、美大かどっかの人?」

女が顔を上げた。
そして冷たい目をして言い放った。

「…………早死にしたいんですか?」

俺は顔をそらした。
生まれて初めて、人に恐怖した。

悪魔かこいつは…。

何も話せるムードではなくなった。

「…できました」

絵を受け取るために手を伸ばした。

「4000円」

高い…。
しかし黙って支払う。

ミスりました。
>>243カットで。


女が絵を渡してくる。
俺はその絵を見た。

P「おわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

P「なんじゃこりゃあああああああああああああっ!?」

正視に堪えないクリーチャー図だった。

P「あんたなあ!」

顔を上げると、もう女はいない。

P「くそっ」

P「しかし…呪いでもかかってそうな絵だな」

あまり洒落にならない。




黒井「PくんPくん、北斗君がまたヘルプ頼みたいって」

P「断ってください」

黒井「うわ、爽やかに言うね」

P「普通嫌だと思うんですよ」

黒井「でもどうしてもって言ってるよ。電話変わってくれって」

P「今あまり精神をすり減らしたくないんで…いないって言ってください」

黒井「あ、北斗君?Pくんがいないって言ってくれって」

P「あんたなっ!」

黒井「ぜひ替わってくれって。はい」

P「くっ…#」


キリキリ痛む胃を押さえながら、受話器を受け取る。

P「もしもし、すいません、今日はちょっと体調が…」

北斗「カモォォォン!」

P「うが…」

北斗「イェス!オウイェェェェス!はぁはぁ、ふぅふぅ、カモォォォォン、オウカモォォォォォン!!」

P「声が大きい!」

北斗「いくっ、ああイクゥゥゥ!もう駄目だぁぁぁっ!早くカモオオオオオオオン!」

P「いや…行っても役に立ちませんし、あまり向いてないようなので…」

北斗「じゃかあしい!わりゃあワシが来い言うたらおとなしゅう来んかいこのダボがあ!ガタガタ言うとるとエンコ詰めて耳の奥に突っ込んだるぞ!?」

北斗が切れた。

北斗「おんどりゃあ人がやさしゅうしとったら調子づきやがって、ぶっ殺したるぞこのクサレ陰茎!!いいか、今から五分以内に来い!来んかったら家族もろとも東京湾の底でヘドロまみれの彫像にしたるぞ!!………わかったかい?チャオ☆」

電話は切れた。


P「無茶苦茶ブルー入るんすけど」

黒井「北斗君は元ゴクだからねえ」

P「元ゴク?」

黒井「元極道」

P「…そんなににこやかに言うな」

黒井「行っときなよ。Pくんも命は大切でしょ?」

P「いや、どうして命が関係するのかがわからないんすけど」

黒井「いーからいーから。勉強にもなるしさ」

P「したくない勉強もあるんだっ」


黒井「…お金、いるんだろう?」

P「ぐ…」

黒井「ホストのヘルプは時給も高くなってるよ」

P「…」

黒井「いるんだろう?」

店長が耳元で囁く。

黒井「お・か・ね」




P「で、またお前がここにいるわけか」

律子「…悪いですか?」

P「悪くない。…悪いのはたぶん俺の運だ」

律子「皮肉?」

P「なぜ俺を指名する」

律子「…いいじゃないですか」

P「よく来るのか?」

律子「…たまにです」

律子はちびりと酒を飲む。


P「…お前、今何やってるんだよ?カメラマンって本当か?」

律子「…ま、いろいろですね」

P「相変わらずだな」

律子「…何が言いたいんですか?」

P「金が好きだな」

眉がひくと動く。

律子「…悪いですか?」

P「いや、俺も今は似たようなものだからな」

律子「似たようなもの?」

P「こっちの話だ。そら、飲め」

俺は律子のグラスにどぶどぶ酒を注いだ。


律子「…」

P「…」

律子「……」

P「何だよ」

律子「雑な接客ですね」

P「俺はヘルプなんだよ。普段は爽やかないち店員なんだ」

律子「ふぅん」

P「俺が本気でホストしてるとでも思ったか?」

ちびり

P「飲め」

律子「うん」

なんだかんだ言って、くつろいでくれてはいる。


P「今日はずいぶんご機嫌なんだな」

律子「…そう見えますか?」

P「まあな」

P「ちゃんと就職していないってことは、商売うまくいってるんだろ?」

律子「…どうですかね」

P「良かったな」

律子「良くない」

P「だって…こんな店来てるじゃないか。ここ、安くないだろ」

律子「ちょっと気晴らしするくらいの余裕はあります。けど―」

少し言い淀んでから、続けた。

律子「そんなはした金じゃどうにもならないこともあります」

珍しく長広舌。


P「前から疑問だったんだけど、お前の金への執着って、借金か?」

自分で背負ってみてわかる、借りた金の重さ。

律子「そういうんじゃないですけど」

律子はそのまま押し黙る。
俺も黙って酒を注いだ。

律子「…P先輩、ホストの才能ありますね」

P「よせ」

律子「焦ってます?」

P「焦ってない」

律子「…焦ってるよ」

P「俺の心を読んだわけじゃないだろう」

律子「読めますよ…P先輩、単純だから」

P「…言われてうれしい言葉じゃないな」

律子「でも、褒め言葉」


律子「…ねえ、P先輩」

P「その先輩ってのやめないか?昔みたいに呼び捨てでいいよ」

ついでに敬語も。
それには答えずに律子は続ける。

律子「今、裕福ですか?」

その言葉は、俺の古い記憶を呼び覚ました。
古い記憶を―

律子「お金、持ってる?」

こいつ…酔ってるのか?
口調が昔に戻っている。

律子「お金、いるの。少しでもたくさん」

俺は敬語やめろと口に出したか?
いや出していない。

P「なにに使うんだよ」

律子「……」

P「答えてはくれないんだな、やっぱり」

そう、昔みたいに―


P「ずっとそうだったよな」

律子「……」

P「金、どうすんのかって聞いても、お前は絶対何も言わなかった」

律子「それは…私のことだから」

P「俺はそんなに信用ないか?」

律子「違う、そういうことじゃない」

P「恋人のことくらい知りたいって思うさ」

律子「でも…」

律子は瞳で俺を拒絶する。
そう、あの時も―

律子「恋人じゃなかったから」


手がひとりでに動いた。

水の入ったコップを、律子にぶちまけていた。

他テーブルの多少の騒ぎは黙殺するものだが、この時ばかりはさすがにざわめいた。

すぐに我に返る。

P「あ……すまん」

律子「…冷たい…です」

P「わざとじゃ…あ、いや…すまん、どうかしてた」

タオルで律子の顔を拭う。

律子「いいです。化粧、落ちますから」


北斗「…Pくん、どうしたんだい?」

騒ぎを聞きつけて、北斗が来た。

P「あ、いや…その」

律子「手が滑っただけです」

北斗の目がちらりと俺を見た。

北斗「…そうなのかい?」

P「…」

律子「店長さん、トラブルとかじゃないですから」

北斗「そう…ならいいんだ」

再度俺を一瞥すると、北斗は店の奥に引っ込んでいった。


…あとで事情を聴かれそうだな。

ヘルプは、もうなくなるかも知れない。
別にかまわないが…こういう形でなくなってしまうのは残念だ。
平然と髪の水滴をはらっている律子が恨めしい。

どうしていつもこいつは俺をかき乱すのか。

律子「…先輩」

律子「また、契約してくださいよ」

契約―

そう、俺と律子は契約していた。
ずっと昔、学生時代。
もっとも輝かしい時代。

P「…無理だ」

律子「…彼女、いるんですか?」

律子の声がわずかに震えた。


P「いない。だが金がない。本当にない。だからこんな仕事をしてる」

律子「そう…ですか」

P「悪いな」

律子は首を振った。

律子「仕方、ないですから」

無言の酒が続く。

もしかして、今日は俺を頼ってきたのだろうか?

…まさかな。

都合の良い解釈が渦巻く。
が、それを確かめる勇気はない。

律子とは、少し距離を保って付き合うのが心地よい。
そのことに、当時の俺は気づかなかった。


P「…あ」

律子「…?」

そうだ、律子に頼もうか、あの女の調査。

律子だったらいろいろなツテもあるだろうし、スキルもある。

P「律子、契約は無理だが…仕事ならあるぞ」

律子「仕事?」

律子「…珍しいですね」

P「できそうか?」

律子「まず内容です」

P「実は、ある女の素性を調べてほしい」

俺は律子に依頼内容を事細かに話した。


話し終えると律子はあっさり頷いた。

律子「受けてもいいです」

P「ほんとか!?」

律子「ええ。報酬は――」

律子は値段を告げた。

P「…高いな」

律子「あとは必要経費は別で」

P「無理だ」

律子はため息をついた。

律子「…どんな生活してるんですか?」

P「そりゃもうひどい生活だ」


律子「かわいそう」

P「本気で困ってる。難民だ」

事実だ。

律子「なら、少しサービス」

律子は値段を告げた。
微妙な価格になった。

P「…依頼する」

律子「毎度」

めでたく借金が増えた。




ちりん、ちりーん

風鈴の音がいよいよ夏を感じさせる。

高木「風情だな」

春香「ふぜーですねー」

P「…どこがだよ」

俺には漂っているのは風情ではなく虚しさに感じる。

高木「初夏、日射しに照らされた庭を肴に、こうして風鈴の音色を楽しむ…これを風情と言わずして何を風情というのだ」

P「そういうことは―」

P「本物の庭を見ながら言え!」

空き地を指差して叫んだ。


やよい「…すいませんー、余計なことでしたか…?」

風鈴をつけたのは、やよいだ。

やよい「百円ショップで見つけたので、ついー…」

P「別にいいけどな」

P「羞恥心なんかとうになくなっちまったし」

通りがかりの子供たちがこちらを指差す。
すかさず親が、子供を抱きかかえて連れ去る。

高木「ふっ…」

P「ふっ…じゃねえよ」

高木「この境地、諸行無常と言おうか」

P「ただのホームレスじゃねぇか!」


高木「家ならあるではないか」

P「あ、家ってのはこの布のことか?」

高木「テントと言え」

やよい「あ、あの、喧嘩はー…」

郵便屋「あのー、高木さんという方は?」

高木「私だ」

郵便屋「…お届け物です」

配達人は不審な目で俺たちを一瞥し、そそくさと去っていった。

やよい「わー、ついにここにも郵便屋さんが来るようになったんですねー!」

P「…なってどうする」


高木「ふむ」

順一朗は手紙を開いた。

やよい「パパさん、なにか?」

P「パパって言うな!」

高木「…」

順一朗は真剣な顔で、手紙に目を走らせる。

やがて―

高木「……あの家は、駄目だな」

そんなことを言う。


P「あの家って、高屋敷のか?なんでだよ」

高木「あの娘の持ち家ではないことが分かった」

P「…なに?」

高木「…土地登記関係の基礎知識はあるかね?」

P「いいや」

春香「ないです」

やよい「ありませんー」

高木「つまり、計画は頓挫したということだ」

順一朗はビールを煽った。

高木「別の手段を考えねばならんな。小金を貯めた年寄りでも騙くらかしてみるか」




順一朗の言った言葉の意味を理解したのは、その日の仕事でだった。

律子「先輩」

P「律子…来てたのか?」

律子「様になってきてますね」

P「は?」

律子「ホスト姿」

P「やめてくれ。うれしくない」

P「とりあえず、ご指名ありがとうございます」

律子「ちょ、調査終わった」

律子は照れていた。


P「もう?」

律子「これ書類。こっちが領収書です」

次々と物を渡してくる。

P「お、おう」

律子「支払いはどうしますか?振り込み?現金?」

P「まて、内容を確認したい」

律子「いいですけど」

律子の用意した書類を確認する。


『如月千早に関する身辺調査報告書』

本名:如月千早(きさらぎ ちはや)
年齢:16歳

P「16!?」

律子「…なに?」

P「あ、いや…」

16歳だと?高校生?
…あれで?

それよりも、重要なことがあった。

『如月』

…順一朗の言っていた通り、か。

これであの女は高屋敷とは関係ないことが証明された。
じゃああの家は誰の持ち物なんだ?


さらに目を走らせる。

P「…なるほど」

母親の旧姓…高屋敷。
一応関係者ではあるってことか。

高屋敷重工と言えば、子供でも知っている大企業。
あの女は、その創立者で元社長の孫娘らしい。

学歴は、私立のお嬢様学校。
幼稚園から高校までエスカレーター式。
が、高校は美術系の専門に進んでいる。

そして、ある日いきなり中退。
家を飛び出す。

P「なんでやねん」

律子「…さすがに当人の動機までは」

律子は肩をすくめた。


P「うーむ」

律子「これは私の私見ですけど」

律子「高屋敷重工は巨大な親族企業で、その子はその関係者」

律子「ちなみに彼女の母親は、父親の猛反対を押し切って、会社とは関係ない男性と結婚している」

P「そこまで調べたのか?」

律子「…ついでですから」

律子「普通、そういうところは女の人でも嫁ぐのではなく婿を迎えるのが通例」

律子「ただ母親は家を出た。…でも、なんらかの理由で家に戻りたくなった」

P「…金か?」

律子「…そこまでは」


律子「それで一度は出た『高屋敷』に戻るため、娘に高屋敷の許嫁を見つけてきた。もちろん政略」

P「よくある話だ」

律子「相手は四十代後半の中年で、下着盗難で逮捕歴あり」

P「……」

律子「ここからは推測です」

律子「彼女は切れた」

律子「それで家を飛び出したか、または疎まれて逆に縁を切られたか」

律子「…詳細は本人に」

P「聞けるか」


結局あの家とはどういう関係なのか。
持ち主ではないそうだが、まったく関係ないというわけでもなさそうだ。

報告書には、さらに現在の千早の状況についても触れられている。

P「仕事は流浪の絵描き…ねえ」

P「ま、金には困ってなさそうだな」

律子「…いいご身分」

律子がぼそっとつぶやく。

P「わかった。助かったよ」

律子「じゃあ」

律子は手を差し出してくる。

俺はその手を握った。

P「うむうむ、ありがとう、じつにありがとう」

律子「じゃなくて」

俺の手を振り払い、指先でわっかを作る。


律子「これ」

P「…ああ!」

俺はそのわっかに指をさしこんだ。

ぺしっ

P「痛い」

律子「…なんでそんないじわる」

涙ぐむ。やべ。

P「嘘だ、嘘、冗談」

律子「キャッシュ」

律子「現金」

律子「代金」

律子「日本銀行券」

律子「いろいろな言い方ありますけど」

律子「要は…お金」


P「ああ」

おれはさっと前髪を払って、言った。

P「今はない」

律子の顔から、表情がすっと消えた。

×→今は

○→今も




久しぶりに、高屋敷の家の前を通った。

わずか数日過ごしただけなのに、なんだか懐かしい。
なんだかんだで居心地はよかった。

P「…」

家か。

自分の家。

帰るべき所。

そんな場所ができるなんて、夢にも思っていなかった。
順一朗だったら自分で手に入れるものだと言うだろう。
事実、あいつはそうしようとしていた。


「だからさ、話をしようって言ってるんだよ!」

怒鳴り声は、玄関の方から聞こえた。

なんだなんだ?

「そんな態度じゃ話し合いにもならんだろう!」

冷血魔女…千早と男が玄関前で対峙していた。

千早「ここは私の家です」

男「私は聞いてないんだがね」

千早「でも、私の家です」

男「だから登記簿というものがあってね…」

千早「お引き取り願います」

男「いやいや…だからね、困るんですよ。地主である私に断わりもなく登記を変更されても。法律でそういうことをすると、地主は立ち退き要求ができるんだよ。知らない?」


千早「とにかく私の家です」

地主「確かに家はそうかもしれんね。だが土地は…」

千早「さりとて私の家です」

地主「あのね、いい加減に…」

千早「ひたすら私の家です」

千早は聞く耳を持っていなかった。

地主「ふ、不法占拠だぞ!」

千早「うるさい黙れ」

地主「うるっ…!」

地主はふるふる震えている。
自分の半分も生きていないであろう娘に本気で怒る大人げなさと、純粋な怒りが、激しく戦っているようだ。


千早がその目の前で、冷たく扉を閉める。

千早「ケツ拭いて寝ろ」

ピシャッ

男「…この」

男「このままでは済まさないからな、この小娘っ!」

男は肩をいからせながら去っていった。

…家の所有権について、まだまだ付け入る隙はありそうだ。

ただ。

アレと交渉しないといけないという事実の方が、俺を憂鬱にさせた。




P「攻めるぞ」

高木「ん?自分をか?」

P「俺に自分を責める理由はない!」

高木「短気なやつだ」

P「お前な!」

高木「近所迷惑だぞ」

P「近所なんてねーだろ!!」

空き地です。


やよい「あのー、何を攻めるので?」

やよい「…な、内角?」

高木「そうそう、こうしてバッターの打ちにくいところを厳しく厳しく…ってなんで野球じゃい!!!」

P「…俺のまねをしているつもりか?この腐れへぼ中年」

高木「お前の特徴はもう掴んだ」

P「俺はノリツッコミなどしない!」

やよい「でも、たまにはしますよね」

P「ま、たまにはな…ってそんなことある―」

はっ!?

高木「…ノリツッコミだな」

やよい「ノリツッコミですねー」

春香「海苔突っ込み?」

P「車座になって相談するな!」


高木「うるさいやつめ、さっきから何の話だ」

P「高屋敷だよ」

高木「…しかし、あの家と土地は」

P「付け入る隙がありそうなんだ」

高木「…ほう」

順一朗のメガネがきらりと光った。

P「何も騙し取ろうというわけじゃない。恩を売ってちょっと間借りするくらいならできるかもしれない」

やよい「ほんとうですか!?」

P「屋根のある暮らしは好きだろ?」

やよい「だ、大好きですっ!」

P「ならそういうことだ。あんたにも協力してもらうからな」

高木「よかろう」

P「ならまず手始めに―」




P「よお」

千早「…」

P「俺のこと、覚えてるか?」

千早は俺のことをじっと見つめた。
今日は変装していないから、俺があの時の不法侵入者だとわかるはずだ。

千早「…電気代はもう少し待っていただけると助かります」

P「違う!」

千早は俺をじっと見つめる。

千早「…記憶にありませんが」

P「えっらい鳥頭だな、あんた」

千早「あなたほどではないです」

P「なぜ俺が引き合いに出る!」


千早「初対面の人間にひどいことを言うような人間には、何を言ってもいいと祖父に教育されたものですから」

どの口が言いやがる。

千早「で、あなたは誰ですか?」

P「…自分が追い出した男の顔くらい覚えておけ」

千早「…」

千早「…ああ、あの時の」

千早「下郎」

P「いきなり見下すな!」

千早「人の家に無断で入るような人間には、何をしてもいいと祖父に教育されたもので」

P「あんたの祖父は鬼か」


千早はきっと俺を睨んだ。

千早「祖父の悪口は許しません」

P「いや許さないと言われてもな」

千早「具体的には、まずあなたの飼っている犬を殺します」

P「…周囲から攻めるなよ…」

こんなのを説得しないといけないのか。

ガッデム!

P「いや、別に馬鹿にするつもりはない。喧嘩しに来たんじゃないんだ」

千早「素直ですね」

千早「では、とっとと消え失せてください」

P「絵を頼みたいんだ」

千早「…………あなたが?」

P「悪いか?」


千早「悪いです」

ぐっ!このアマ…!

千早「悪事ここに極まれりという感じですね」

P「わかったよ、わかった!なんだ!?土下座でもすればいいのか?靴でも舐めればいいのか?暗にそう要求しているんだよなあ!?」

千早「卑屈な人ですね」

P「誰が俺を卑屈にするか」

千早「まあいいです。座ってください」

P「…描いてくれるんだな」

千早「はい」

P「疲れたよ、俺は」

千早「情けない人」

…こいつに言わせれば、釈迦も情けない男になるんだろう。


千早は似顔絵を、モデルも見ずに描いていく。

そうして恐怖地獄異形絵図が、暗澹たる風の吹きすさぶ魔界から現世に召喚されるわけだ。

まあ絵が目的じゃないので、それはいい。

P「なあ、あんたあの家に一人で住んでるだろ?」

千早「静かにしてください」

P「少しくらい話したっていいだろう」

千早「気が散ります」

P「あの家って、あんたの持ち家なのか?」

千早「…なぜあの家に執着するんですか?」

P「いやちょっとな」

千早「ちょっと…騙し取ろうとか?」

P「ぐふっ」

千早「ちょっと…家主を始末して居座ろうとか?」

P「ごほっ」

千早「ちょっと…財産目当てとか?」

P「がはっ」


千早「風邪ですか?」

P「…ふっ」

体勢を立て直す。
前髪をふぁさっと払う。
よし、落ち着いた。

P「そんなんちゃうで」

関西弁になっていた。

千早「…」

ちはやはあやしんでいる!

P「それは君の誤解というものだよ」

千早「どうでしょうか?」

千早「でも、どちらにしても無駄ですよ」


顔を上げて鋭い眼光をこちらに向ける。
その双眸に、決然とした決意がみなぎっているのがわかる。

千早「この如月千早、日々の生き様にただ一点の隙もないつもりですから」

P「…あんた、寝癖ついてるぞ」

千早「うるさい黙れ」

…既○外だ。
常識の範疇の外にいる人間。
どこにでもいるんだなあ。
はー、怖い怖い。

千早はすっと立ち上がると、公園のトイレに入っていった。
三分後、戻ってくると寝癖が直されていた。

何事もなかったかのように絵を再開する。

もう俺には何も突っ込む気力はなかった。




しばらくして、絵が出来上がる。

既○外の描いた絵だ。
当然内容は気が狂ったとしか思えない出来栄えだ。

とりあえず、俺の目はこんな狂気を宿していない。
あと、手の指は六本じゃない。
舌の先が蛇のように二又に分かれたりしていない。
人間の心臓をうまそうに食べたりしない。

P「どうしてこんな絵になるんだ…」

千早「それは似顔絵ではないからです」

P「は?」

寝耳に水。


千早「それは風刺画です」

P「何を風刺しているんだ?」

千早「人間です」

P「じゃあこんな病んだ絵になったのは」

千早「それは」

千早はびしっと俺に指先を突きつけた。

千早「あなたの本質」




春香「Pさん、お帰りなさい!」

がっぷし

抱きついてくる。

高木「どうだった、本日の戦果は?」

P「…俺は邪悪な存在だってことがわかった」

やよい「じゃ、邪悪ですかー?」

P「ほれ」

やよいに絵を見せる。

やよい「ひうっ」

やよい、気絶。

P「ふっ、虚しい」


…………

春香「晩ご飯ですよー」

春香が四つのカップラーメンを持ってきた。

虚しさ倍増の夜。

はるかさんはかわいいなぁ




P「じゃ、行ってくる」

春香「Pさん、がんばってください!」

P「ああ」

やよい「あ、あのー、これ持ってってください!」

P「なんだこれ?」

やよい「お弁当です、作りました!これで力つけて頑張ってください!」

P「大げさだ」

やよい「ぅ…余計なことだったでしょうかー?」

P「…いや、そんなことない」

P「もらっとく」


ひょいと弁当を受け取る。

やよい「あ…えへへ」

わざわざ自炊で作ったのだったら、かなりの手間だ。

P「サンキュ、な」

やよい「…はい!」

高木「吉報を期待しているぞ」

P「弁当の分は頑張ってくるさ」




千早「…またあなたですか」

P「悪いか」

千早「ちゃんとお金を払っていただけるのなら文句はありません」

P「ならさっそく頼む」

千早「…………今から?」

P「いきなり嫌そうじゃないか」

千早「食事中ですから」

P「んじゃ、食ってからでいいよ」


時間ができた。
そうだ、俺もやよいが持たせてくれた弁当をいただこう。

P「俺も飯にさせてもらうからな」

そう声をかけてから、噴水のへりに腰を下ろし、やよい弁当を広げる。

げ。
ファンシーなキャラの弁当箱だった。
人に見られたくないぜ。

幸い千早は遠くにいる。
さっさと食ってしまおう。

ぱかっ

P「……」

なかなか。

っつーか、キッチンもない状態では大健闘と言えよう。


一段目は、三色そぼろ弁当。ご丁寧に鳥肉も乗っている。
二段目はシューマイにイカリング、卵焼き…もやしの炒め物が多いのはご愛嬌。

かなり豪勢だ。

さっそく一口と、箸を口に持っていくと。

千早「なぜそこで食べるんですか?」

P「どわっ!?」

千早がすぐ横に接近してきていた。
慌てて弁当箱を隠す。

P「ど、どうせすぐ描くんだろう!?」

千早「近くで食べられると気が散ります」

と、千早の目がふと弁当箱に止まった。

千早「……」

P「うっすらと笑うな!」


千早「ずいぶんセンスのいいお弁当箱ですね」

P「皮肉か?」

千早に背を向けて、さっさと口に放り込む。

…手作り弁当か。
もしかしたら初体験かも。

千早「……」

うまい。

千早「……」

本当は大したことのない、冷凍食品かもしれない。

千早「……」

が、いつもよりうまく感じる。

千早「……」

なぜか一番うまかったのはもやし炒めだった。


千早「……」

P「で、さっきからあんたは…」

千早「……」

P「な・に・を・見・て・い・る!」

千早「おいしそうですね」

千早「…そのシューマイ」

P「……」

千早「まあ、和がらしまでついてて」

P「…食いたいなら取れよ」

千早「悪いですね、要求したみたいで」

P「したんだ!」

P「あからさまに、これみよがしに、もろに要求したんだ!」

千早「…もぐ」

千早「おいしい」


P「あーそうかい」

駄目だ、都合の悪いことは聞こえない耳をお持ちでいらっしゃる。

千早「あなたが作ったんですか?」

P「違う」

千早「そうですか。あ、それもらいますね」

P「三つもとるなよ!」

千早「…ちっぽけな男」

P「……てめえ、ほんと性格悪いな……」

千早「よく言われます」


千早「いつも思いますが、醜いものですね、敗者のそねみというものは」

P「めちゃくちゃ的確な評価だと思うが」

千早「失礼な人ですね」

P「その失礼な奴の弁当からおかずをちょろまかしてるのは誰だよ」

千早「お弁当に罪はないですから」

P「当たり前だ」

千早「炒め物もおいしそうですね」

P「……」

卵焼き二つ、イカリング三つ、シューマイ二つ、炒め物半分。
最終的に千早に奪取された品々。


千早「ごちそうさまでした」

食後、千早は言った。

千早「では、さっさと帰っていただけますか?」

P「なんでやねん!?」




春香「Pさん、元気ないですね」

P「疲れた…本当に疲れた…」

やよい「そ、そんなに手強い人なんですかー?」

P「歯が立たん」

P「もともと俺は人づきあいが得意な方じゃないんだ」

やよい「うー…」

やよい「手伝いましょうかー?」

俺はやよいを上から下まで観察した。


P「…他人のミスを目ざとく見つけて、その部分を痛烈に攻撃することはできるか?」

やよい「は、はい?」

P「アンケートだ」

P「で、どうなんだ?」

やよい「そ、そんなひどいことはちょっと…できないかなーって…」

P「第二問」

P「どんな罵詈雑言や誹謗中傷を受けても平然といられるか?」

やよい「う…た、例えば?」

P「そうだな、例えば―」

やよいに一例として罵詈雑言を叩きつけた。


P「――――っ!」

やよい「あ…」

P「――――っ!」

やよい「ひ…」

P「――――っ!」

やよい「ぅ…うぅ……ひぐ……うぅぅ…」

やよい「か、家事でもなんでもしっ、しましゅから、そんなこといわっ、言わないで…ひっく…」

P「…不合格」

やよい「ぅあああああああん…」

P「泣くな、一例だ。本気じゃない」


やよい「うぐ…そ、そんなにひどいんですかぁ?…その千早さんって方…」

P「そうだな。ざっと今の…三倍くらいかな」

やよい「…留守番してますぅ」

P「そうだな、それがいいと思う」

春香「晩ごはん、できましたー」

春香がお盆にカップ焼きそばを四つ乗せてやってきた。

多角的に虚しい……。




今日も似顔絵を描いてもらっている。

もはや口実でしかないことは、千早も気づいているんだろう。

P「そろそろ日差しが強くなってきたな」

千早「……」

P「こういう商売だと、つらい時期か?」

千早「……」

相変わらず無視か。

……つらい戦いだぜ。


P「あの家、涼しいよな。エアコンもないけど」

千早「……」

P「俺たち、あの家、けっこう気に入ってたんだよな。なんつーか、懐かしいっていうか、ほら、ぬくもりがあるっていうか」

千早「……」

P「あと畳ってのもいいよな。フローリングだと、ほら、なんか冷たい感じするだろ?」

千早は嘆息してようやく口を開いた。

千早「…そうですね」

お、なんかいい感じか?

P「あの家、あんたの家なんだろ?」

千早「はい」

P「いい家だな」

千早「はい」


P「……」

P「今日は雨が降りそうだな」

千早「はい」

P「…スイカは好きか」

千早「はい」

あかん。
これじゃ沈黙が「はい」という返事になっただけだ。

P「はぁ…」

P「なあ…寂しくないのか?あの家に一人で」

すると、

千早「まったく全然きっぱり見事に寂しくないですね」

千早は顔を上げてはっきりと言った


P「そ、そうか…」

千早「…あそこは、新天地ですから」

P「…新天地?」

千早「前に比べたら、天国のようなところです」

P「前って…高屋敷重工の関係者だろう、あんた」

千早「……!」

P「あ」

しまった、つい!

調べたことがばれてしまった。


千早「あの会社の関係者で、あの家にいていいことなんか何もなかった」

気づいてないし。

千早「もしかしてあなた、財産目当ての人ですか?」

P「まさか」

千早「無駄ですよ。私は勘当されていますから」

千早「財産も受け取らないよう、弁護士の立会いの下でサインもしました」

P「だから、財産目当てじゃないって」

千早「…まあ、どちらでも構いませんが」

千早「できました」

P「ああ」

できるだけ絵を見ないようにして、受け取る。

千早「タッチを少し変えてみたんです。その方があなたのどす黒い部分をよく表現できると…なぜ顔をそむけているんですか?」

P「いや、あとのお楽しみにしようと」


千早「……」

P「本当だ」

千早「…4500円」

P「値上がりしたぞ」

千早「タッチを変えたから、その分の手間賃です」

P「500円アップって、どんなタッチだよ」

うっかり絵を見てしまう。

P「…ずぅおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

のけぞった。

千早「……」

P「人の悲鳴を聞いて、うっすら笑うな!!」


今日の投下は以上。
読んでくれた方お疲れ様&ありがとうございました。

P




やよい「ぴ、Pさん~」

やよいが泣きべそをかきながらやってきた。

P「どうした?」

やよい「Pさんのテントから、妖気が漂ってますー」

P「俺の?」

やよい「夜中に変な音がしたり、私のテントまで妙な寒気が伝わってきたりするんですけどー…」


P「変な音とは?」

やよい「なんか、『ぱしーんっ、ぱしーんっ』…みたいな」

P「……」

ラップ音?

P「そこで寝ている俺は聞いたことないんだが」

やよい「怖くて夜中トイレに行けないですー…」

P「……」

P「まさか、あの絵か?」

やよい「うぅ…」

絵の話をしただけでやよいは怯えた。


やよい「うううううう…」

P「泣くな」

P「だいぶ数が増えてきたからなあ」

やよい「うううううう…」

P「震えるな」

P「わかった。いい機会だから燃やすか」

やよい「ほ、本当ですか?」

P「俺もあんな不気味なものいつまでも持っていたくないしな」

ということで。

絵を伏せたまま持ち出して、ライターで火をつけた。


P「おや?」

やよい「ど、どうしました?」

P「湿っているわけでもないのに、なぜか火がつかん」

やよい「うぁ……」

P「まあ待て。破いて小さくすれば…む?」

やよい「こ、今度はなんですか?」

P「なぜか破けない」

やよい「あわわわわわ…」

P「仕方ない、埋めよう」

やよい「駄目です!それは絶対!」

P「なんでだ?」

やよい「なんか…養分を与えちゃいけない気がー…」

P「……」

想像力の翼が広がっていた。


P「……ああっ!?」

やよいはびくっと後ずさる。

やよい「な、なんでしゅか!?」

幼児言葉になっていた。

P「このあいだ手をちょっと怪我したときに、絵に血を垂らしてしまったことを思い出した」

やよい「……」

やよい、気絶。

楽しいやつ。

やよいで楽しく遊んだ。




で、その夜。

俺は公園のごみ箱に絵を丸めて捨てた。

P「簡単だったな」

最初からこうすりゃよかった。



―翌朝。

寒気を感じて目を覚ます。

P「うー、さむっ」

もう夏だってのに、なんて冷え込みだ。
時間は……六時半か。

寝返りを打つ。

枕と頭の間で、がさっと音がした。

P「ん?」

身を起こして、確かめる。

くしゃくしゃになって枕に張り付いていたのは、俺の絵だった。

…捨てたはずの。

P「……」

P「…………」

P「………………おいおい」




千早「あなたも懲りないですね」

P「あんたの絵のファンなんだ」

千早「そうですか」

さして嬉しそうでもなく、椅子を指差す。
座る。

いつものように千早がさらさらと筆を走らせ始めた。


……

P「へえ、じゃあの家はあんたの持ち家ってことになるんだな」

千早「はい。お祖父様から私が家を譲っていただいたのは、誓約書にサインする前のことですから」

千早「だから、私のものです」

P「だれもあんたのものじゃないとは言っていないだろう」

千早「言っています」

P「誰が?」

千早「変なおっさん」

P「地主だ!」

千早「…なぜ知っているんですか?」

P「…………カン」


あぶないあぶない。

千早「その地主が、あろうことか私に立ち退きを」

千早「許せることではないですね」

P「あんたのじいさんに言ってもらえばいいじゃないか。持ち主を変更したって」

千早「……もう、亡くなりました」

そういや言っていたな。

P「あ、その、すまん」

千早「許しません」

P「…どうすりゃいいんだ」

千早「冗談です」


P「その無表情な顔で言われてもわかりにくい」

千早「隙を見せるからいけないんです」

P「隙というのは…」

P「例えば、その靴を左右履き違えているところとかを指すのか?」

千早「黙れ殺すわよ」

P「……」

千早「あなたはまず口を慎むことを覚えるべきですね」

P「あんたが言うなよ」

P「とにかく、その地主の地上げに困っていると」

千早「別に困ってはいませんが…鬱陶しいことは確かですね」


…きた。
やっときた。

長かった。

やっと、やっと本題に入れる。

なるべくさりげなく、かつ爽やかに見えるよう、俺は爽やかな笑顔を浮かべて言った。

P「なんだったらそれ、俺が助けてやろうか?」

千早「結構です」

鉄壁。
アイアンウォール。

厳しいですね。
と言うか、今までの数日間がこれでパァですか?


P「…FU○K」

ぱしゃ

水をかけられた。

千早「下品」

P「……はい」

千早「禁止」

禁止された。

P「あのさー、俺はさー、困ってるみたいだから助けてあげますよっていってるんですよー。それは理解できますよねー?」

千早「はい」

P「そういうのはさ、こうなんつーの、やさしさ?厚意?そういう属性のもの?」

千早「そうですね」

P「あなたはなぜそれを拒否しますか?」

千早「いらないからです」


P「人の厚意は素直に受けたらどうだ!」

千早「…それは本当に厚意ですか?」

P「…は?」

千早「胸を張って、名誉と命にかけて、法的実行力をともなった誓約書にサインと拇印を押したものにかけて、そう断言できますか?」

千早「神にかけて、天と地にかけて、インディアンの掟にかけて、ハンムラビ法典にかけて、主君の名にかけて、誓うことができますか?」

千早「あなたの言うところの厚意が、何ら邪心のない汚れのなき心から生まれ出た完全で一分の隙もない徹底的絶対的かつ完璧で純粋な究極人間愛に基づく『厚意』であると――」

千早は息を吸った。

千早「言えるんですね?」


P「いや…そこまで並べられると……ちょっと」

千早「やはりそうですか」

P「いや、ちょっと待ってくれよ!」

千早「待ちません」

P「ぐ…!」

P「だから俺はあんたの力になりたいだけだ!」

千早「…………」

P「……はっ!?」

P「い、いや、あまり変な意味じゃないぞ。ただ、絵を描いてもらったし、その感謝の意味も込めて…」


千早「……それはつまり」

千早「私に好意を抱いているということですか?」

P「それはない」

千早「申し訳ないんですが、あなたの好意に応えることはできません」

P「あんたに好意なんて持ってねえよ!」

千早「……なんですって?」

P「あ、いや……なんちゃって、あはは、本当は結構……」

千早「結構?」

P「……」

つらい。
神さん、あんた酷な人やで。


P「結構、あんたみたいな人、好みかなーって、思ったりするわけだよ、あは、あは、あははははははっ」

……Pは死んだ。
死んだのだ。

俺は死体だ。だからなんだって言える。

P「ダカラサ、ソンナオレノコウイ、ウケテクレナイカナ?」

もう自分でも何を言っているのかわからん。

千早「……あなたの好意は受け入れることはできません。ただ……それでもどうしても手助けをしたいというのなら」

P「あはは、そうさー、もちさー」

千早「……」

P「どうだい、おれはなんのみかえりももとめないぜ」


千早「……何故、ですか?」

いきなりシリアスな顔をして千早は言う。

俺もありがたくシリアスに戻った。

千早「なぜ、そんなに簡単に人に親切にできるんですか?」

P「なぜって…だから好意で」

千早「知らない」

P「は?」

千早「そんな好意、私は知らない」

千早「肉親、兄弟、親戚……血の繋がりのある人間さえ」

千早「私は信じない」

P「千早…」

ぺしっ

P「いて」

千早「あなたに呼び捨てにされる覚えはない…ありません」

P「……」


千早「でも、信用はしてないですが、どうしても手助けをしたいというのなら」

千早「させてあげなくもなきにしもあらずですね」

P「…どっちだ」

千早「あの地主とか称する男は頻繁に電話をしてくるので、いい加減消えてほしいと思っていました」

P「いや消さないけどな?」

千早「今日の代金は……そうですね、助けてもらうのですから」

千早は顎を支えて思案する。
いらないのなら、助かる。

千早「4000円に戻します」

P「ああ、わかっていたともさ!そういうオチだってな!!」

財布に入っている最後の札を千早に渡す。


千早「では」

P「今度尋ねる」

千早「あなたの名前は?」

P「Pだ」

千早「利発そうな名前ですね」

P「そうか?」

千早「分数の足し算くらいはできそうですね」

P「バカってことか?もしくはバカにしてんのか?」

千早「ごきげんよう」

最後まで毒を吐きながら、千早は去っていった。

何やら、俺は千早に好意を抱いているという設定になってしまった。


好意。
人を好きになること。好きになる気持ち。
そんなもの俺の中にあるはずがない。

だから俺は千早を騙すことになる。
欺くことになる。
それを知ったとき、千早はどう思うのだろうか?

……俺は、千早を苦しめた(と思われる)あいつの親族と同じなのだろうか?

少しだけ考えた。




やよい「Pさん」

P「なんだ?」

やよい「誰か、こちらを見ているんですけど」

P「いつものことだろうが……それとも警察か?」

慌てて避難体勢に入る。

ホームレスの身の上、警察はまずい。
もはや警察組織は、我々にとって味方ではないのだ。


やよい「いえー、女の人みたいですけど」

視線をやる。
俺たちの昼食を電柱の陰からじっと見つめる一対の瞳。

P「律子」

駆け寄る。

P「こんなところで何やってるんだよ」

律子「……先輩、落ちましたね」

P「ほっといてくれ」

律子「どこにもいないと思ったら、こんなところで難民キャンプごっこですか?」

ごっこではありません。


P「……仕方ないだろ、アパート追い出されたんだから」

P「で、何か用か?」

律子「お金」

律子が手を出す。

P「今はない」

律子「いつならあるんですか?」

P「少なくとも、この状態を脱してからだな」

ジト目が痛い。

律子「できるんですか?」

P「まだわからん」


律子「お金にだらしなくなりましたね。昔は――」

P「昔話はよせ」

律子「昔話を嫌がるのは、心に負い目があるからですよね」

P「……いじめに来た?」

律子は目をそらした。

律子「……お金、いるんです。どうしても」

P「わかってる。用意できたらすぐに支払う」

律子「借用書、書いてください」

P「ああ……」

気が重い。


律子「一か月だけ、待ちます」

P「手厳しい」

律子「利息なしですよ?」

P「……」

律子「じゃ」

P「あ、待った」

律子「?」

P「円滑な支払いのために、頼みたいことがあるんだが」

カクカクシカジカ…

律子は呆れ顔で去っていった。

夕日が赤い。

やよい「赤字を連想してしまいますねー」

P「……すんな」




P「ここだ」

俺たちは再び高屋敷の前に立った。
以前俺たちは戦いに敗れ、ここを追われた。

しかし、今回は違う。

P「覚悟はいいか?」

頼もしい仲間がいるのだ。

律子「……どうして私がこんなことを」

仲間はブルーな顔をしていた。


P「だから何度も言ったように」

P「俺を助ける→住処ができる→生活が落ち着く→借金返せる」

律子「わかりますけど……」

玄関が開いて、千早が顔を出す。

千早「入ってください」

部屋に案内される。

千早「座ってください」

と言って、自分だけ座布団に座る。
俺たちは畳に直すわり。
客を客とも思わぬ千早の所業。律子の第一印象はどうだろうか。

顔色を窺うと、無表情だった。
ちょっと怒っている。

前途多難。


千早「で、どんなふうに手助けしてくれるんですか?」

横柄。

律子「……帰ります」

P「待ってくれ」

律子「巻き込まないでください」

P「頼む」

律子「頼まれても」

千早「何をぶつぶつ言っているんですか?」

P「気にするな。こいつは秋月律子。俺の知り合いで、金銭トラブルのエキスパートだと思ってくれればいい」

千早「そうですか」

律子「……」

空気が重い。
つらい交渉になりそうだ。


P「さ、この家の話だ」

千早「……そもそもここは、私のお祖父様が上京した時に最初に住んでらした家です」

千早「お祖父様はその後、商売を始めて、高屋敷重工という会社を作った」

千早「高屋敷重工は大きくなりました」

千早「めでたしめでたし」

千早「……以上」

律子「帰る」

P「……靴でもなんでも舐めるから」

律子「舐められても、困ります」

千早「冗談です」


千早「お祖父様は結婚し、子供を三人作りました」

千早「三人は大きく育ちました」

律子「……」

律子がかなりつらい状態なのがわかる。

律子は人見知りが激しい。
でも、実際的な話は律子に頼るしかない。

千早「子供に子供が生まれて……その一人が私です」

千早「そして、画家をめざしている私は、この家に戻ってきたというわけです」

律子「どうして家を?」

千早「……出たいと思ったからです」

律子「家にいれば、金に不自由しなかったのに?」

千早の目がすうっと細くなった。

千早「……別に金銭に執着はありません」

無表情な律子からは、考えが読み取れない。


律子「……この土地が立ち退き要求されてるってことだけど、詳細は?」

千早「されています」

千早「詳細は知りません」

P「とにかく地主がいて、家は千早のものらしいんだよ」

律子「なるほど」

P「こういう場合って、どうなるんだ?」

律子「……土地と建物には別々の登記が必要。土地の持ち主は地主。普通、土地も建物も自分の所有物っていうのが一軒家だと普通なんですが、こういうケースだと少々複雑ですね」

律子「でも、日本は借地人が強く保護されているから、建物の登記さえあれば絶対に追い出されることはないと思います」

ほとんど事務的な口調で言った。


P「登記ねえ」

律子「建物の権利書はあるの?」

千早「ないです」

千早「……何か問題でも?」

開き直りやがった。

P「ないわけないだろ!」

千早「正確には、あった、と言うべきですかね」

P「今は?」

千早「旅の途中で燃えてしまいました」

P「……どうだろう」

律子「絶望的ですね」

大きくため息をつく。


律子「権利書はどんな理由があっても再発行とかはしてくれません」

P「そうなのか?」

律子「登記してあるなら、このまま借地権を行使すればいい」

千早「どういうことですか?」

律子「ええと……建物が登記してあるのであれば、あなたがここに住む権利は法律によって保障されますって主張すれば」

P「一応、建物の登記も調べておいた方がよさそうだな」

律子「確認だけは」

律子「もし登記してなかったら、本当に不法占拠ですからね」

P「そっちは俺が当たってみる」

千早「……助けてもらっても、家は貸せないですよ。私がここに住みますから」


呆れかけた俺に、律子が耳打ちしてくる。

律子「了解してください。……たぶん何とかなります」

なんて頼りになるやつ。

P「それなら心配しないでくれ。上手くやる」

千早「……そうですか」

P「じゃあ、今日は帰るとするか」

千早「待ってください」

P「あ?」

千早「お茶くらい出します」

千早が台所に消えてから、肩をすくめた。

P「普通、最初に出すものだと思うが」

律子「……」

でも、あいつが客に茶を出すなんて珍しいのかな?


P「とにかく、助かった」

律子「平気です」

律子「料金、上乗せですから」

P「……言うと思ったけどな」





帰り道。

律子「あの…」

P「ん?」

律子「あの家、住むつもりですか?」

P「そうだな、そうなったらいいな」

律子「……」

無言で歩く。


律子「P先輩、変わるんですか?」

P「え?」

振り返ると、律子は5メートルほど後方に突っ立っていた。

律子「また、踏み出すんですね」

P「どういうことだ?」

律子「先輩はすごいです」

律子「……強いもん」

P「は?」

意味がわからなかった。


律子「私とは……違いますね」

P「……律子」

くるっと反転して、律子は走り去った。

追いかけることはできなかった。

律子の涙の意味が、俺にはわからなかったからだ。

何かを抱えている。
けど、踏み込めない。
踏み込めない理由がある。

律子は俺を、拒絶しているんだから。

だから律子と俺の付き合いは、金によってしか成立しない。

春香「Pさん?」


P「春香か……」

春香「おかえりなさい!」

春香「誰かいましたか?」

P「ちょっと、な」

P「飯は?」

春香の背を叩いて歩き出す。

春香「焼きそばですよ、焼きそば!」

P「うへ、またカップかよ」

俺は、変わろうとしているんだろうか?

P「……わかんね」

春香「え?」

P「なんでもない」

春香「じゃ、帰りましょう」

P「帰る……か」

苦笑した。

帰る場所なんてないのにな。

乙~。
毎日楽しませてもらってます。ありがとう!

>>360
ありがとうございます。こういうコメント、元気になります。
もう少しでOP終了ですので、OP時にはぜひ「同じ空の下で」聞いてみてください。




俺たちが最初に手をつけたのは、地主への直談判だった。

地主「土地は確かに買ったよ。あまり詳しくないけど、買い取りであの価格なら損はないと思ったんだ。でもそこの廃屋に人が住んでいて、居住権まで主張するとは思わなかったよ」

困り果てた顔で、地主は言った。

P「あんたのじーさん、どういう相続をしたんだ?」

千早「家を譲ると」

P「それだけ?」

こくりと頷く。

千早、法律疎し。


律子「他人名義の土地にある家だけ譲ってもらっても……」

地主「あんたが高屋敷さん?」

P「苗字は違うが、あの家の元持ち主の高屋敷さんの孫だ」

地主「そうか……おいしすぎる話だとは思ったんだ」

律子「不動産業者に連絡しましたか?」

地主「つかなかったよ」

律子は前髪をかき上げるように額に手を当てた。
困ったときの癖。

律子「たぶん、やられてる」

千早「やられてる、とは?」

律子「家はどんな形で?」

千早「質問の意味が分かりません」

律子「どういう風に、相続を?」


千早「お祖父様のお葬式の後に、遺産相続で」

律子「親族には好かれている方?」

千早「…………」

P「どういうことだ?」

律子「たぶん、他の相続人たちにかつがれてます」

律子は説明した。

高屋敷重工の創設者が死んだ。莫大な遺産。そして子供は三人。孫は無数。
いろいろな思惑がある。

家は千早のものになっている。
じいさんの言葉だから親族も逆らえない。
けど、土地は譲ると言っていない。だから親族の方で売り払った。
もちろん、金は親族のもとに。

結果、千早には足場の不安定な建物だけが残されたってわけか。
砂上の楼閣。


P「……おじさんも、よくそんな土地を買う気になったな」

地主「登記簿の乙区はきれいだったんだ。それに私は土地の専門家じゃないしさ」

律子「登記はそれほど信憑性の高いものではないですから」

律子「……調べるべきでした」

地主「……そんな」

律子「でも、まだましな方です」

律子「……もっとひどいこともできますから」

律子は能面のような顔をしていた。

地主「……アパートでも建てて、ゆっくりと余生を過ごすためのささやかな収入を得ようと思っていたのに」

地主の男は天を仰ぐ。


千早「家はどうなるんですか?」

律子「家はあなたのもの。けど、土地は地主さんのもの」

地主「つまり?」

律子「あなたは地主さんに対して賃借権……つまりそこに住む権利が生じる。地主さんはこれを拒否できません」

律子「でも例外が」

地主「例外?」

律子「あなたが賃料を支払えれば」

千早「住めるんですか?」

律子「地主さんは?」

地主「いや、できれば出て行ってもらいたいよ、そりゃ」

律子「拒否権はないですけどね」

地主「……はあ」

地主「でも、もともと賃料収入を見込んでいたんだし、あの土地の貸し賃を支払ってもらえれば、まあ……」

千早「払うわ」

千早「……払います」

千早は言った。
珍しく殊勝な態度で。




帰路。

千早はとぼとぼと先頭を歩いていた。

俺と律子はその後ろについて歩いていた。

やよい「あ、Pさん!おかえりなさいませー」

途中、やよいと会った。

P「今日のパートは終わりか?」

やよい「はい!とどこーりなく」

高木「重そうな荷物だな、やよい君」

P「いつからいた」

高木「持ってやろう」

P「無視かよ」


高木「この重さ……ふふ、これは」

やよい「わかりますかー?」

高木「ビニ本の束だな!」

やよい「びに……?」

俺は殴った。
たやすく受け止められた。
その後、力比べになる。

P「子供にそういうことを言うんじゃねえよ」

高木「他愛ない冗談だぞ、愚息よ」

P「愚息なんざいない」

高木「股ぐらのあたりについてるだろう、キュートなのが」

P「死ね」


やよい「あのー?」

律子「……何やってんだか」

春香「あ、Pさんみーっけ」

P「……春香か」

腕に飛びついてきた。

春香「おかえりなさいっ」

P「何してたんだ?」

小鳥「お買い物に付き合ってもらってたんです」

やよい「あー、いいですねーお買いもの」

小鳥「じゃあ、今度はやよいちゃんも一緒にね」


春香「いきましょう、Pさん」

P「ああ」

小鳥「みんなで歩くのって楽しいわよね」

高木「はっはっはっ」

皆で歩く。

P「……ちょっと待て、何んであんたがここにいる」

小鳥「はい?」

P「いやはい?じゃなくて」

小鳥を凝視する。

じっ

じっと見つめる。

小鳥「……ぽっ」

P「いや愛してないから」


小鳥「Pさんって、お仲間がいっぱいいたんですね」

うぐっ
痛いところをついてきやがった。

小鳥「入れてもらっちゃったんですけど、ダメ?」

P「もらっちゃったって……」

高木「母さん、夕食は何かね?」

P「母さんじゃねー」

小鳥「……若くないからダメなの?」

P「んなこと言ってないだろ」

高木「ロリコンめ」

P「く……」


高木「ということで、改めて紹介するが、母さんができた」

P「強引だなおい!」

高木「気にするな、些細なことではないか」

P「一人増えてるんだぞ?」

高木「百人増えたわけではあるまい」

P「当たり前だ!」

くいくいと小鳥に袖を引かれる。

小鳥「……邪魔?」

P「つうかな」

春香「Pさん、小鳥さんは必要ですよ!」

やよい「お料理も上手ですしー」

どっと疲れた。


結局こういうオチか。

P「もう、勝手にしてくれ」

別に扶養家族にするわけじゃないし。
それに、なんだか一人増えたところで変わらない気もしてきた。

やれやれ。

千早の後を追って、高屋敷家に入った。




茶の間に行き、押し入れから座布団を出して座る。
タバコの箱を出して、一本吸った。

P「……いろいろあったが、なんとか落ち着いたな」

高木「よきかなよきかな」

やよい「あ、じゃあスイカ切りますねー」

高木「ほう、もうあるのかね」

やよい「高木さんに運んできてもらったのがそうだったんですけどー……」


高木「そうか、私はてっきり……」

P「エロネタはもうやめろ」

やよい「パート先でいただいたんですよー」

春香「Pさんも食べますよね?」

P「ああ」

律子「騒がしい……」

P「我慢しろ」

だらしなく足を投げ出していた律子が、小さく舌を出した。

P「ったく」

千早「さて―」


きっちりと背筋を伸ばして茶を啜っていた千早が、口を開く。

千早「全員出ていけ」

高木「……ちっ」

千早「ナチュラルに住まないでください」

小鳥「わ、私たち、その、行くところがないものだから……」

千早「……行くところが?」

小鳥「そう、だからとっても困っていたのよ。野宿をするにもつらい時期でしょう?いくらテントがあっても蚊もいるし……」

新参者の小鳥が、千早に対抗する。
まあこれくらいはな。

千早「なるほど、事情はわかりました」

小鳥「じゃあ……!」

小鳥の顔がぱっと輝く。

千早「とっとと立ち去れ」

小鳥「ピヨーーーーッ!」


律子「……相続料と賃借料」

律子がぼそっとつぶやくと、今度は千早がフリーズした。

P「……払えるのか?」

千早「相続料?」

P「律子先生」

律子「そ、相続料は登記から十か月以内、所轄の税務署に納めないといけない」

律子「控除額を考慮すると、賃借料と合わせて5、60万くらい」

電卓(常備)を叩きながら律子は言った。
さすが秋月律子。
報酬に見合う働きをする女。


千早「……」

P「なあ、あんたもこの屋敷の全部の部屋を使うわけじゃないんだろ?」

高木「うむ、ここに住まわせてくれれば、金銭については皆で分割負担できるな」

小鳥「それに一人じゃ掃除とかだって大変よ。なにより、一人は寂しいわ!」

なんか個人的な感想が思いっきり入っていたが、まあいい。

P「あんたは大家から土地を借り、俺たちはあんたから部屋を借りる。どうだ?」

千早「……嫌ですね」

P「別にいつまでもってわけじゃない。時期が来ればみんな出ていくさ」

千早「時期とは?」

P「それははっきりとは言えない。ただ、俺たちだってそれぞれの生活がある。今は一時の宿がほしい」

千早「……」


もうひと押しか。

P「騙したことは謝る。けど、頼む」

頭を下げる。

やよい「あ、あの、私もぜひお願いしたいですー……」

春香「私もお願いします!」

皆で頭を下げた。

千早「……」

千早はたじろいだ。
牙城が崩れつつある。

高木「よく考えたまえ、そう容易に払える金額ではないぞ?」

千早「……別に払う当てがないわけでは」

律子「あるの?」

千早「……」


高木「……実は私に提案がある」

P「提案?」

順一朗は茶の間の中央に進み、千早の肩に手を置いた。

そして高らかに言い放った。

高木「我々で、家族を作ろうじゃないか!」

P「……」

千早「……」

律子「……」

春香「……」

やよい「……」

小鳥「……」

一同「……はぁ?」

声が重なった。


今日は以上になると思います。
読んでくれた方お疲れさま&ありがとうございました。

PV見てきた
楽しみにしてるぞハゲ!

原作知らないけど面白いわ。

>>382
サンキューガッツ

>>383
原作知らない人にこそ読んでほしいんでありがたいっす。




高木「では諸君、お手元の企画書に目を通してもらいたい」

ホワイトボードを背に、順一朗はプレゼンを始める。

高木「つまり、我々にはそれぞれ目的があるだろう。ある者は住む家がなく、ある者は金がなく、ある者は逃げ場が必要であり、ある者は身寄りがなく、ある者は再起をかけている……そんな互いの利害を補うため、ここにいる七人で協力しあう。つまりそれこそが―」

順一朗はボードに書かれた『利害』の文字をコツコツと叩いた。

高木「この家族計画というわけだ」


高木「この家族という形態は、日本という国の法廷制度を考えた場合、非常に効率が良い」

高木「七つの敵にそれぞれ七軍を当てて対処するよりも、七軍で結束し各個撃破する方が勝率が見込める。精神的な部分でも気負わずにすむ」

高木「つまり、これは一種の契約だ。己が状況改善を支援してもらう代わりに、他者の状況改善に貢献する。義務と権利、すなわち家族だ」

千早が手を上げる。

高木「何かね、如月君」

千早「烈火のごとく迷惑なんですが」

高木「うむ、他に意見・質問はあるかね?春香くんはどうだ?」

平然とスルーするところがちょっぴり素敵だった。


春香「えーと、すごく楽しそうだなあと」

高木「では小鳥君、君は?」

小鳥「えーと、そうですねぇ……どう?Pさん」

P「俺に聞くな」

高木「やよいくん、君はどうだろう?」

やよい「はあ……家族……」

高木「その通り。互いの利害を互いに助け合う構図からそう命名した」

やよい「かぞく……」

高木「やよいくん?」

やよい「す、すごくいいと思いますっ!」

すっくと立ち上がる。


やよい「わたし、それはすっごくいい考えだって思います!!」

興奮していた。

やよい「とてもいい計画です、家族計画」

高木「おお、そう思うかね?いやあ、我ながらいい考えだと思っていたんだよ、君ぃ!!」

そして順一朗はいい気になった。

やよい「ほんとに、ほんとーに素敵な企画ですよっ!大賛成ですー!!」

高木「これは心強い意見ではないか、なあPよ?」

P「……」

やよい「きっとこの七人なら上手くいきますよ!」


小鳥「うーん、そうねえ、そうかもしれないわね。けっこういいアイデアかも」

やよい「ですよね、ですよね!」

小鳥「確かに一人ぼっちで頑張るよりは、互いに協力した方がいろいろ便利だし」

やよい「春香さんのお母さんだって、きっと探しやすくなると思います!」

春香「そうかな、そうだったらいいな」

高木「ふふふ、そうだろう?すべては計算づくだよ」

高木「律子君とやら、君はどうだ?」

律子「え……私も、ですか?」

他人事のように見守っていた律子が、驚愕の表情を浮かべる。


高木「多い方が楽しいじゃないか」

律子「……私は無関係です」

高木「金を払おう、Pが」

P「おい」

律子「私はただP先輩の付き添いでいるだけですから」

高木「まあまあ」

千早「だから、迷惑だと言っているのですが」

高木「ふむ、Pよ。お前の意見を聞こうか」

P「……」

高木「沈黙は賛成とみなすぞ、Pよ」

P「黙れ」

高木「この父の口を閉ざすことは―」

P「黙ってろっ!」


カッとなって叫んだ。

小鳥「Pさん……」

P「なにそれ、家族計画って?」

怒りばかりがこみ上げてきて、俺を突き動かす。

P「俺たちが、家族?ここで?」

そして、もう止まらなかった。

P「……くっだらねぇ」

それが真意かどうかも分からぬほど。
激昂する。

高木「少し、落ち着け」

P「やなこった」


集団から身を離す。
見ると、千早や律子も一歩引いた位置にいた。

密集して盛り上がっていたのは、順一朗と小鳥と、やよいと春香の四人だけだ。
七分の四。
冷静に見ればこういうことだ。
もやのように思考を鈍らせていたものが、晴れていく。
怒りでかき消される。
もやの晴れた場所には、元の俺がいた。

一人で生きてきた俺だ。

そんな俺は、みんなのすがるような瞳を受け止めることができる。

P「正直、疲れる」

P「個人として、たまに人助けをするぐらいは構わないさ」

P「春香を匿ったり、音無さんを引き上げたり、先客のやよいを尊重するくらいは」

P「けど、これは話が違う」


全員が、無言で俺を見ていた。

P「いいか」

言いたいことがあった。

P「勝手に俺の家族を決めるな!!」

言った。

冷たい目で俺たちを見下す千早。
ただ見守るだけの律子。
彼女に責任はないとはいえ、状況を理解できていない春香。
浮かれるだけのやよい。
人に頼ることしか知らない小鳥。
煽るだけの順一朗。

これで、家族?


P「こんないい加減な家族、あるかよ」

やよい「うう……」

P「他人同士が集まって家族の真似ごとなんて、俺はごめんだ」

春香「Pさん……」

P「だから、俺はこの計画には反対だ」

P「……如月さんにも迷惑がかかるしな。そうだろ?」

踵を返す。

千早「……どこに行くんですか?」

P「ナシつけた手間賃だ。今日ぐらいは泊まらせてもらう」

後ろ手で引き戸を閉めて、廊下に出た。


壁に寄りかかる。
床と壁の冷たい感触が、昂ぶった気持ちを冷ましてくれる。

タバコに火をつける。

背後からかすかに話し声が聞こえた。

春香「Pさん、怒った……」

珍しく感情的な声。

高木「ふむ、デリケートなやつめ」

やよい「わ、私があんまり好かれてないからかもしれないですー……」

小鳥「そんなことないわよ、やよいちゃん」


やよい「いえ、きっとそうです……」

やよい「目がやさしくないからわかります」

やよい「あ、いえっ、決してPさんが悪いのではなく、私が悪いんですけどっ」

律子「……それ、弁解だと思う」

やよい「うぅー……」

高木「不器用なだけだ、気にするな」

好き放題、言ってくれるな。
ま、もう関係ないさ。

春香「Pさんが怒るなら、私、やっぱり反対です」

小鳥「あ、春香ちゃん……」

春香が台所に行く気配が伝わってきた。
廊下に来ないのは、春香なりの気遣いだろうか。


律子「反対に一票。……私はもともと無関係ですから」

律子「千早さん、私も一晩だけ、場所借りていい?」

千早「……どうぞ」

高木「確かに千早君の意向を聞いていなかったな。どうだろう、損得勘定で言えば悪い話ではないと思うが」

千早「……」

千早「一晩、考えさせていただきます」

高木「その間は、ここにいてもいいのだろうか?」

千早「仕方ないですね」

高木「助かる」

千早「……」


千早は廊下に出てきた。

ちらりと俺を見て、

千早「灰、落とさないでくださいね」

二階に上がっていった。

誰もいなくなった廊下で、俺は憂鬱な気分で煙を吐きだした。





ふっと意識が覚醒する。

……少し寝ちまったか。

あの後、居間には戻る気になれず、廊下の端で吸いたくもないタバコを吸っていた。

周囲はもう暗くなっている。
けっこう長い時間、意識が飛んでいたようだ。


さて、みんな寝たのか……?

周りからは物音はしない。
と。

びょう

一陣の風を感じた。
気持ちのいい夜風だ。

夜風……。

そういや、二階のベランダから窓に出れた気がするな。

俺はかすかに明るく見える二階へ、暗闇の中を慎重に向かった。
誰にも会いたくなかったので、屋根の上で寝てもいいかな、と思ったからだ。




P「へえ」

ここに来るのは初めてだが、結構新鮮な視点だ。
他の家の屋根がずらっと軒を連ねる住宅街。
ときおりビルが頭をのぞかせている。
遠く駅側には密集地帯があるのがわかる。

ここら辺は比較的落ち着いた場所なんだな。

風が吹く。

屋根の上に座って、ぼんやりと街並みを眺めた。

飽きない。
かえって眠気が吹き飛んでいく。


P「……」

家族計画、か。

お互いの問題を、七人で共有。
なるほど、確かに効率はいい。
実際、こうして一緒に住むのだって、家賃を軽減してそれぞれの自立体勢を整えるためだ。
年齢の異なる男女が共同生活を送る。
となれば、世間体的にも家族の形態を取るのが一番良い。
引っ越してきた一家。
それはまた、秀逸なカモフラージュにもなる。

父親が順一朗。
母親が……小鳥、だろうか?
長女は……年齢的には律子だが、千早かな。
んで次女が律子。
三女春香。
末っ子がやよい。
で、長男が俺。

……何を考えてるんだ。俺は計画には反対なのに。


しかし、どうも俺が中心に据えられてるような気がしてならない。

順一朗が計画を本気で実行しようとするなら、必ず俺を攻略しにかかるだろうな。

P「……いまさら家族なんぞ、馬鹿らし」

効率はいいだろうさ。
しかし、感情の問題だってある。
順一朗はそこを考慮していない。

今こうして集まっているのは、偶然の産物だ。
避難小屋でしかない。
そこに家族としての偽装を施す。
理想的家族像のパロディ。

醜悪だ。

……醜悪なはずだ。


背後で、瓦を踏む音がした。

そらきた、順一朗だ。

振り向きざま、言葉を叩きつける。

P「断る!」

やよい「はうっ!?」

P「あ?……高槻か、悪い」

やよい「ご、ごめんなさいー……」

P「泣くな、勘違いだ」

やよい「え、その……」

やよいはその場所に止まったまま、ぶるぶる震えている。


P「寝てたんじゃないのか?」

やよい「……」

P「……」

やよい「……」

P「なんか言えよ」

やよい「ぴっ」

P「ぴ?」

やよい「ぴっ、Pさんは、かか、家族はいらっしゅるんですかっ?」

P「……怖いのか」

やよい「へ、へへへ、平気です!」

P「降りろ。見るからに危ない」

やよい「ちょっと、お話を」


しずしずと、運動神経の鈍い猫のような足取りでこっちに近寄ってくる。
ふらふらしていかにも危なっかしい。

やよい「……こわくないこわくない……」

しかものろい。
俺のところに来るまで五分くらいかかりそうだ。

P「……たかもな」

やよい「……はい?なんでしょーか?」

P「いたかも知れないって言ったんだ」

やよい「……『かも』とは?」

P「知らないんだ、俺は」

やよい「知らない……」

P「覚えてないからな、生みの親のことなんざ」


やよい「……」

P「ただ、いたような気がする。記憶に残っているような……」

やよい「そうなんですかー……」

P「だとしても、俺は認めない」

やよいは把握できていないようだった。

やよい「ええっと、ご兄弟は?」

P「それも知らない。たぶん一人じゃないか?」

やよい「そうですか……わ、私はですねー」

P「いい」

やよい「かぞくぅ……」

話をしようとするやよいの言葉を遮る。

P「高槻はどうか知らんが、俺は家族なんて知らない。欲しいとも思わない。必要だとも思わない」

畳みかけるように言う。


やよい「三拍子ですかー……」

ひどく悲しげな顔をする。

やよい「さっきの高木さんの提案、どう思います?」

P「あいつはアホだと思った」

やよい「あわあわ」

P「救いようのないアホだ。正直、俺は引いたね。引きまくりだ」

やよい「引きこもったんですね」

P「……だいぶ違う」

やよい「あ、あのっ、私はいいと思いました!あの提案」


やよい「家族計画ですよ?いいじゃないですか」

P「その名前からしてな……」

やよい「へ?」

P「……いや、なんでもない」

P「計画名なんてどうでもいいんだ。要は、傷口を舐め合うってあの計画自体が好きになれない」

P「人は一人で生きるもんだ」

やよい「そうでしょーか?」

P「これは俺の考えだ。お前に押し付けるつもりはない」

やよい「で、でも!家族って大切ですよ」

やよい「お父さんの頼りになるところとか、お母さんの優しさとか、兄弟と助け合うこととか、おばあちゃんからお小遣いをもらうこととか……そういうことは絶対に悪いことじゃないです!」


やよい「……一人で生きるのはつらいです」

P「お前は子供だからな」

やよい「大人だって、家族を持つじゃないですか。お父さんになったり、お母さんになったり……」

P「そして別れることもある」

やよい「そ、そういうこともあるよーですがっ」

P「夫婦ならいいさ、別れればいいんだ。けど、子供はどうなる?自活できない子供は両親がいなくなってどうやって生きていく?誰を頼って生きていくんだ?」

P「その答えをやよい、お前は知っているはずだ」

やよい「あ、今やよいって言いましたか?」

P「は?」

やよい「今までは高槻とか、オマエだったのに」

P「いや……」


やよい「私のことはこれからもやよいって呼び捨てでお願い」

P「いや断る」

やよい「し、たいかなー、って……」

P「明日を過ぎれば、きっともう会うこともない」

やよい「ちょ、ちょっと待ってください!お話ししましょう!家族です、今、私たちに家族がモーレツに必要とされているんです!これはもう揺るぎのない真理なんです!」

P「……お前は宗教家か」

やよい「お、お願いしますー!」

P「無理だな」

ばっさり。

やよい「……わたし、わかります」

P「あ?」

やよい「Pさんはさびしい人なんです。背中がそう語ってます」

P「……はは、そうか」

やよいくらいの年の子に言われると、腹も立たない。


やよい「正直申しまして、私は一人での放浪生活には限界を感じていました」

P「だいたい、お前はどうしてひとりなんだ?」

やよい「最初から一人だったわけではないですよ。わたしにも家族はいました」

P「家出でもしたか」

やよい「……確かに家は出ましたけど」

やよい「家は、もう私の住んでいい場所じゃなくなったんです。出るしかなかったんです」

P「住んでいい場所?」

やよい「……養護施設は、さすがにいやかなーって……」

P「それで家出か?」

やよい「はい……」


P「ほら、お前も同じじゃないか」

やよい「え?」

P「無責任な家族を持つと、子供は自力で生きなきゃならないんだ」

やよい「でも家族は」

P「悪いな」

やよいの話を強引に遮る。

P「家族ってもんがどう大事なのか、俺にはわからない。わかろうとも思わない」

P「俺はそれを知る前に、一人で生きることになったからな」

やよい「……う」

やよいは涙ぐんだ。


P「……戻れ、もう夜中だ。学校に差し支えるぞ」

やよい「……明日はお休みですー」

P「でも子供はもう寝る時間だ」

やよい「……お願い、します」

P「諦めろ。第一、他人同士が家族になれるはずもないんだ」

やよい「で、でも他人同士でも結婚して家族になりますよ!」

P「そして別れることもある」

やよい「わ、別れないこともあります!」

P「……はは、さっきとは違う返答できたか」

P「お前、頭いいかもな」

やよい「……」


P「確かに別れないこともあるかもしれない」

やよい「じゃ、じゃあ……!」

P「……そう思う人間は、共に生きればいい。俺は違う」

P「そういう人間を見て、生きてきたからな」

やよい「う……」

P「俺は一人で生きると決めてるんだ。だから、計画には参加するつもりはない」

P「ただ、お前に強制するつもりもない。家族が必要ならお前はあいつらと一緒に生きてみればいい」

やよい「私は……」

P「何を信じるかは個人の自由だ。俺も、お前に自分の考えを押し付けたりしない」

P「ただ、俺を巻き込まないでくれ」


やよい「う……」

P「結局は俺たちは他人同士だ。考え方や何を信じるかは個人の自由、完全に一致することはありえない」

P「だから俺は一人で生きることを選択した。それについて、お前に意見を言う資格はあるか?俺の生き方を捻じ曲げる権利はあるのか?」

やよい「……」

少し大人げなかったか。完璧に理詰めで追い込んでしまった。

……いや、こいつもどうにもならないことがあるってことを知ったほうがいい。

やよい「……今、そっちに行きます」

震える膝ですっくと立ち上がる。

P「やめとけ」

静止の言葉も聞かず、やよいはこちらに向かってくる。
ふらふら、ゆらゆら、頼りない足取り。


P「おいおい……」

やよい「も、もうちょっと……」

P「来なくていい。話はもう終わっただろ?」

やよい「終わってません」

P「いや」

やよい「あの……受け止めてくださいね」

P「なに?」

やよい「動きを急に止めるとつんのめりそうでー……」

P「今止まれ!」

やよい「い、いやです……せっかくのチャンスなんです……あたたかさです……みんないい人だから、あたたかい気持ちになれるんです……」

P「だからそれは好きにしろって」

やよい「駄目です!」


不覚にも、びっくりした。
やよいが急に叫びにも似た声を上げたからだ。

やよい「Pさんがいない、とっ!?」

その時、やよいは足を滑らせた。

P「馬鹿!」

飛び出した。

ずるずるっと屋根を滑っていくやよいの手を、きわどいタイミングでキャッチできた。

超……僥倖。

P「ふぅ……」

やよい「一人じゃ寂しいですっ、みんながいいですっ、一人はもう嫌なんですっ!」

P「が……上ってから話せ!」


やよい「わたし、家族計画は素晴らしい、素晴らしい提案だと思います!」

じたばたじたばたっ

P「あ、暴れるな!」

やよい「協力してくださいくださいくださーいっ!」

P「か、体を揺するな!」

やよい「協力してくれたやめますっ」

P「今度は脅迫か!」

やよいが振り子のように体を振る。

肩がぎしぎしと鳴る。

P「いてててっ」

やよい「もう一人は嫌です……嫌ですよう……」

宙吊りのやよいは下を向いている。
俺からは顔は見えない。


やよい「世の中厳しいです、つらいです、助けがいるんです……助けがないなら、もう落ちるしかないんですっ……」

P「……やよい」

やよい「毎日食べものがないのも、学校で変な目で見られるのも、友達なくすのも、家に帰っておかえりの一言がないのも、行ってきますを言う相手がいないのも……もう……」

やよい「だから……協力してくださらないなら……手を離してください」

P「……ここは二階だぞ」

やよい「いいんです、落ちて死にます」

P「二階で死ねるか、あほっ!」

律子「先輩!?何してるの!?」

屋根の下、庭からみんなの声。
起こしてしまったらしい。


小鳥「や、やよいちゃん!」

春香「わ、わ、危ないですよー!?」

高木「如月君、今すぐ起きたまえ!」

そうか、千早は二階で寝ている。
あいつが一番近い。

P「ち、千早!」

高木「おーい!如月君!」

しかし千早は起きない。

P「くっ……」

P「このへぼ画家もどきのズベタ女、死ね!」

千早「……あなたが死になさい!!」

ガラッと窓が開き、姿を見せた千早が呪詛を吐いた。
……早い。

千早「Zzz」

そして寝ていた。


P「起きろー!」

小鳥「千早ちゃん、そこからやよいちゃんを助けてあげて!」

千早「……果たして私がそのようなことをする必要があるのでしょうか、いやない……むにゃ」

P「寝ながら反応すんな!」

律子が屋内に飛び込んだ。

やよい「……Pさん」

P「あ?」

やよいは、おれだけに聞こえるくらいのかすかな声で、言った。

やよい「助けて……ください……」


何から助けろというのか。

二階から落ちかかっているこの状況から?
違う。

なら

どうして

それを俺に求めるんだ。

こいつは俺に何を望んでいるんだ。

俺は恐怖した。
やよいに。
いや、やよいの抱えている、何かに。

P「俺は……家族なんて信じない」

やよい「……それでも、いいです」


やよい「付き合ってくれるだけでいいんです」

P「……なんで」

俺なんだ。

やよい「……Pさんがいないと、この計画はまとまりません」

こいつは。
この年で、わかっていたのか?
順一朗が俺を中心として、この計画をまわそうとしていたことを。

やよい「……それに、Pさんには人を引きつける力があると思います」

P「そんな力、俺にはない」


いい加減、腕が限界だ。
律子、急いでくれ……。

千早「……そう、あなたは無力な存在……ねむねむ」

P「いいから布団に戻りやがれ、この冷血圧女」

く、こいつのんきにナイトキャップなんて使いやがって。

高木「Pよ、律子君が行くまで、あと一時間ほど我慢しろ」

P「そんなにかかるのかよ!!」

小鳥「ふ、ふれーふれー!Pさん!!」

P「近所迷惑だ!!」

使えるやつはいないのか!?


春香「Pさん!ハシゴ持ってきました!」

おおナイス!

高木「……春香よ、これは脚立というのだ」

のヮの「あれ?」

P「あほたれ~~~~~っ!!」

高木「しかも一番小さいやつだぞ」

小鳥「蛍光灯の交換には便利そうピヨ」

ぐお。
一気に疲れが。

やよい「Pさん……」

P「く…何だ」

やよい「……家族計画」


春香「Pさん!ハシゴ持ってきました!」

おおナイス!

高木「……春香よ、これは脚立というのだ」

のヮの「あれ?」

P「あほたれ~~~~~っ!!」

高木「しかも一番小さいやつだぞ」

小鳥「蛍光灯の交換には便利そうピヨ」

ぐお。
一気に疲れが。

やよい「Pさん……」

P「く…何だ」

やよい「……家族計画」


P「……」

やよい「私たちの、お兄さんになってください」

P「……お前、馬鹿だろ」

やよい「……はい」

P「大馬鹿だ」

やよい「はい」

P「……裏切られるぞ」

やよい「……でも!」

やよい「Pさんは、今こうして手を握っていてくれるじゃないですか!」

P「……成り行きだ」


律子「P!」

律子がベランダに姿を見せた。
身軽に屋根にのぼってくる。

P「やよいをそっちから引っ張ってくれ。できるか?」

律子「やってみます」

やよい「あのっ!……約束」

P「まだ言ってんのか」

やよい「協力してくれるって、言ってください」

P「……もう」

やよい「……」

P「なるようにしかならん!」


それは肯定か否定か。
自分でもいまいちわからなかった。

でも

やよい「……あは」

やよいは真っ赤な目をしながら、笑った。

律子「手を伸ばして!」

やよいの伸びた手が、律子につかまれる。
同時に、俺も身をずらしてベランダに寄っていく。

ほどなくして、やよいの体がベランダの内側に引き込まれた。


律子「Pも」

P「悪い」

律子の手につかまる。

P「つ、疲れた……クリティカルに疲れたぞ、俺は……」

律子「……ほんと、何やってるの」

P「いや、助かったよ、律子」

律子「気にしないで」

律子「借金に上乗せだから」

P「…………いくら?」

律子「んー、Pの命と等価」


P「高すぎる!」

律子「自己評価、いくらに設定してるの?」

P「いや……でも、払えない額請求されても困るぞ?」

律子「……五千円で」

P「……俺の命は五千円か」

律子は俺の頭をすぺんと叩いた。

P「いて」

律子「馬鹿……サービスでしょ」

P「そりゃどうも」


律子「……いいかもね、家族計画」

P「は?」

話の流れが読めない。

律子「Pにとっては、いいのかも」

P「なんだそれ。……賛成ってことか?」

律子「そうなるの、かな」

律子「だって、Pはまた……」

続く言葉を、律子は秘めた。

俺は肩をすくめて、やよいに声をかけた。

P「怪我ないか?」

やよいの返事はない。


律子「……この子、寝ちゃってる」

P「なんだとお?」

律子「よくみると、前途有望な顔立ちしてる」

律子「わたし、負けてる」

P「そうかあ~?」

律子は俺を見つめて、言った。

律子「可愛い妹を持つと、苦労するかもね」

P「……やめろ」

律子「実は会話、聞こえてた」

律子「つまり、そういうことになったんだよね?」

P「……まあ」

律子「……がんばれ」


何に、誰に対してだろうか。
やよいを俺に押し付けて、律子はベランダを出る。

P「あ、律子」

律子「なに?」

今、口調も雰囲気も、元に戻ってたな。
俺たちが、いつも一緒にいたころに。

P「……いや、助かった」

律子「……」

律子は頷いて、廊下の奥に消えた。

ため息をついて、やよいを見た。
腕の中、やよいは世にも幸せそうな声で寝言をつぶやいた。

やよい「……お兄、ちゃ……」


何かこう、とんでもなく重く巨大なくさびを、胸の奥に打ち込まれた感じ。

P「俺は兄じゃない」

やよい「……Zzz」

寝ていた。

P「くっ」

天を仰ぐ。

なんて夜だ。

俺みたいに排他的な人間に。
全幅の信頼を寄せるつもりか。

馬鹿だ。
けど。

P「……きっと、俺も馬鹿なんだろうさ」


ふざけた計画を考えた順一朗も、自殺未遂の小鳥も、守銭奴の律子も、みんな馬鹿だ。

馬鹿が七人、それで何がどうなるのかは全く分からない。が。

P「今より悪くはならない……か」

家族計画を受け入れざるを得なかったことに、なんとか打算をつけようとする自分の心が、少し哀れな気もした。

けど、これが今の俺の限界だ。

P「あとで文句言うなよな、やよい」


今日は以上です。次回の更新でようやくOP終了(予定)です。

読んでくれた方ありがとうございました。

乙!

家族計画懐かしい
当時ガン泣したわ

同じ空の下で聴きながら読んでたのにOP終わらなかった…

待ってる!




翌朝起きると、食卓には団らんが降臨していた。

小鳥「はい、あなた」

高木「うむ」

春香「やよい、それ何?」

やよい「これはおからっていうものです」

春香「おから?」

やよい「はい!とってもおいしくて、しかも安いんですよ!」

千早「……」


やよい「えっと、秋月さんもどうですか?」

律子「私は結構」

千早は寡黙に食事中、律子はもそもそと一人ブロック栄養食を食べていた。

やよい「そ、そうですかー」

律子「……私、人が作ったもの食べるの苦手なの」

千早「……」

何だろう、この光景は。

物憂い顔をしていたに違いない。
ちらと俺を見やった律子は、かすかに眉を歪めた。
律子もこの空気に辟易している、らしかった。


高木「P、何をぼーっと突っ立っている。座らんか」

水を向けられると、膿んだ(と俺は感じていた)家族オーラがねっとりと俺を包んだ。

P「……」

高木「何をしている?」

P「……窒息感を感じて」

俺は手をばたばたと仰いだ。

千早「……」

なるほど。
こいつも同席はしているが、周囲に強固な障壁を張っている。

一見して家族の朝は、結構不揃いだったりした。


やよい「あ、ここ、どーぞ」

やよいが場所をあけてくれる。
言われるままに座った。

左隣にやよい、右隣に春香がいる。
視線をやるとやよいと目が合う。

やよい「あははー……」

何がおかしい。

春香「Pさん、おから、おいしいですよ」

P「そりゃよかったな」

やよい「Pさんも食べますよね」

P「ん」

やよいがご飯をよそう。

ああ。

俺はこいつの提案を受け入れたんだっけ。
夢でもなんでもない。


P「おい高木順一朗」

高木「うむん?」

P「……考えてみた」

高木「ほう」

順一朗は新聞をぽいと投げ捨てた。

高木「聞こうか」

全員の視線が俺に向けられる。

P「……あんたの思う壺にはまってやる」

順一朗がにやりと笑ったのを、俺は見逃さなかった。

P「今回だけだ!」

高木「構わんよ」

すぐに釘を刺したつもりだったが、順一朗は鷹揚に肩をすくめただけだ。


P「けど、これはただの共同生活だ。それでいいんだな?」

高木「そういうことだな」

高木「互いの苦境に対して、互いに協力しながら当たる。そのための家族計画というわけだ」

P「それ以上は望まないな?」

高木「……うむ」

その言葉を信じるしかなかった。

P「わかった」

視線はまだ俺に集中していた。

P「メシくれよ、あるなら」

やよい「ど、どうぞ!」


やよいが椀を差し出してくる。

それを俺の脚に落とした。

P「ぐおっ」

熱い。

P「ぐおっ、ぐおっ」

高木「オットセイか?」

P「そうだ!」

やよい「ご、ごめんくださいっ!」

P「それ訪問の挨拶!」

P「……くそ、もったいない」


やよい「て、手が滑っちゃってー……」

P「ったく」

昨日の今日でこいつは。
きっと死ぬほどそそっかしいのだ。
その負のオーラは、主に俺に発揮されるような気がした。

気が重い。

千早「ごちそうさまでした」

千早がばしっと箸をおいた。

一人で黙々と食べていたから、もう茶碗は空になっていた。

千早は茶を入れて音を立てずにすすり、静かに息をついた。

千早「一晩いろいろと考えた結果ですが」

千早に視線が集まる。
結論か。


といっても、この状況ではYESと言う他ないだろう。
千早はかなり世間知らずだが、馬鹿じゃない。
固唾をのんで言葉を待った。

千早「とりあえず、出て行っていただけますか」

一同「…………」

一同「…………はあ?」

千早「ですから、出て行ってください」

高木「話が違うではないか!」

千早「話?」

高木「一晩考えてから全面的に私の家族愛を奥の奥まで受け入れてくれると言ったはずだぞう!」

千早「あなたもそうとう強引な方ですね」

高木「むふぅ、褒め殺しか!いやこりゃ父さん参ったな、はっはっはっ!」

P「アホか」


高木「受け入れてくれると言ったではないかっ!」

千早「記憶にありませんが」

冷ややかだった。

千早「秘書がやったことです」

政治家か。

P「腹黒さだけは一緒だな」

千早「あなたクビ」

P「雇われてねえよ」

春香「もぐもぐ」

春香が一人、リスのように頬を膨らませていた。


千早「早く消え失せてください」

千早は本気だ。

やよい「う、うそ……」

高木「ふぬぅ、それが父親に投げかける視線かっ!」

千早「怒っても駄目です」

高木「うおぉぉぉぉぉん、千早よぉぉぉぉぉお!」

千早「泣いても駄目です」

高木「ふはははははははははっ!」

P「……笑ってどうする」

高木「ふはははははは……ぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

実は泣いていた。

P「アホだろ、お前」


やよい「Pさんって、ほんとつっこみお上手ですよねー」

小鳥「面倒見がいいのよ、きっと」

やよい「ですよねー」

外野うるさい。

P「それよりちょっと待て千早、理由はなんだ!」

千早「理由?」

P「こっちはそれなりに手間暇かけたんだぞ。納得いく理由がないと引き下がれん」

千早「……えー」

千早「よくわからないのですけど」

千早「なんとなく腹が立つのです」

P「なんじゃあそりゃあ!!」


千早「夕べ、あなた方にこ馬鹿にされる夢を見た気がします」

P「……あやふやなことを」

高木「それは気のせいだ」

きっぱり。

千早「そうでしょうか?」

高木「間違いなく気のせいであり、十中八九勘違いだ」

千早「果たして、本当にそうなのでしょうか?」

なぜか千早はラジカセを取り出し、どんと置いた。

千早「真実は、夕べひそかに録音しておいた皆さんの会話内容で、すべて明らかになるでしょう」

P「ぶほっ!?」

俺は味噌汁を吹きかけた。


千早「汚いですね」

P「お前のやり口の方がなんぼも汚いわ!」

千早「これが知恵というものです。私が寝静まった後、あなた方が何を話していたかがすべてここに赤裸々に」

千早は再生ボタンを押した。

『ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……』

『ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……』

『ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……ワォーン……ザーーーーーーー……』

P「……なあ」

千早「なんですか?」

P「夕べって、丸々録音したのか?」

千早「もちろんです。前にも言った通りこの如月千早、その行動に一点の隙もないのですから」


P「今から八時間全部再生して確かめる気か?」

千早「……うるさい黙れ」

……既○外だ。
ごっつ既知の外。

千早は平然とラジカセをしまった。

千早「とにかく、私は静寂が好きなんです。皆さんにはすぐに出て行ってもらいます」

律子「……この家の維持費は?」

P「そうだ、金のめどはついたのか?」

高木「おーそうだー!ついたのかこらーーーー!」

P「あんたは野次馬か!」

P「だいたい、あんた今いくら持ってるんだ」


千早「……」

がま口の財布を取り出し、パチリと開くや中身をまじまじと確かめた。

そして、顔を上げると堂々と言い放った。

千早「72円ですが」

千早「……何か問題でも?」

P「大ありだ!」

P「それは文無しっていうんだ!ぐわ、そんな状況だったのかよ!?」

何という無計画さだ。

小鳥「それに千早ちゃん、家賃払えないと追い出されちゃうのよ?」

千早「……」

P「妥協も必要じゃないのか?千早」

高木「我々全員で折半すれば、容易に払える額ではないか!」


千早は瞑想するように静かに目を閉じた。
そして

千早「…………はなはだ不本意ですが、仕方ないですね」

よし。
家GET。

さすがにうれしい。
なにしろ一軒家だ。
もしかしたら、ちょっと風向きが変わってくるかもしれない。

そう考えてしまうのが、俺の器の小さいところだと思うが。
期待してしまう。

やよい「表札つけましょー!」

高木「うむ、いい考えだ」

高木「長男はP、長女は千早、次女は……」


律子「……」

視線を一身に集める律子。

高木「律子君、君ももう他人ではないと思うのだが」

律子「……た、他人です」

高木「本当にそう思っているのかね?」

律子「……え?」

高木「いや、特に意味はないよ。ただ、私は君にいてほしいと思っている。どうだろう?」

律子「……あのですね、昨日言った通り」

P「いいじゃんか」

律子「P先輩」

P「そんな目で見るな」

律子「……うらぎりもの」

律子「……借金あるくせに」

視線を受けておどおどしてるわりに、言は鋭かった。


P「返すって、ちゃんと」

律子「……うー」

律子「けど、私にメリット、ないです」

高木「家賃の軽減」

律子「……いま、かなり安いので」

高木「しかしここよりは狭かろう。ここなら風呂もある。きみの格安物件には風呂はあるのかね?」

律子「……」

高木「それに、律子君がいるといろいろと便利そうだ」

律子「私、便利屋じゃないです」

P「えっ、便利屋じゃないのか?」

律子「…………便利屋」

少し赤面して、律子は言った。


P「金銭面で考えるなら、ここはいいと思う。電気代や食事代も折半できる。家族形態ってのはもともと経済的なんだろうし」

律子「……ちょっと」

律子は俺を廊下に連れ出した。

P「なんだ?」

律子「……困りますよ」

頼られた。

P「お前が判断して決めればいいだろ」

律子「先輩から断ってくださいよ」

P「なんで俺が」

困っている。
何で困っているんだろう。


もしかして律子は――

P「なあ、お前もここにいたら?」

律子「それは……」

律子「先輩が、私にここにいてほしいってことですか?」

P「微妙な理由づけだな」

律子「……うるさい、ばか」

P「まあ、お前の性格なんて先刻承知済みだがな」

一緒に、いたいのか?
その問いを口には出せない。
きっと、律子は傷つくだろうから。
今までの律子を否定することになるかもしれない。

ただ、手はあった。
ずるい手だが。


P「……」

いや、使えない。

金で律子を雇うということ。
それは支払い能力だけがすべてになる。

……あれ?俺嫌がってる?

律子と金で結ばれた関係になることを嫌がってるのか?

律子「……先輩?」

よくわからん。
ええい、もうどうとでもなれ。

P「ここにいろよ」

律子「……え?」

P「昔のことを蒸し返すつもりじゃないが」

P「いや、その、つまり……」

上手く説明できない。
これじゃやよいだ。


律子「……先輩は、やっぱりすごいですね」

律子「……チャレンジャー、です」

P「は?」

少しだけ目じりの部分がやわらかくなり、微笑んだように見えた。

だが、それは錯覚だった。

律子は笑わない。決して。

律子「はぁ……今いくら持ってます?」

P「……ご、五千円?」

律子「……それでいいです」

確認のために開いた俺の財布から、札を抜き取った。


律子「契約、成立」

P「……結局、それか」

律子「基本」

まあいいや。

律子「部屋、決めてきますね」

なんかあっさり。

でも。

お互い一緒にいる建前として、一番楽なのが金だった。

そういうことにしておこう。


律子「そういえば」

P「まだなんかあんのか?」

律子「あの千早って子より、私の方が年上なのに、なんで次女なんですか?」

P「知らん。が」

P「……お前、あんなのの姉になりたいのか?」

律子は肩をすくめると、居間に戻っていった。




とにもかくにも、いろいろな紆余曲折の末に、俺たちは一緒に暮らすことになった。

賃料は千早を通して、地主に支払われる。

各員の担当額は年齢、収入、その他を考慮して決定された。

家賃は十万、光熱費含めて月額約十二万。

順一朗、二万。
俺、二万。
千早、二万。
律子、二万。
小鳥、二万。
春香、一万。
やよい、一万。

諸般の事情により、春香の一万は俺が支払う。
律子との契約料五千円も俺の負担になる。

結果、三万五千円。
これが俺の月額負担料になる。


家賃と光熱費合わせてこの金額なら、前のアパートと大差ない。
むしろ安い。

ただし、アパートの修理費の支払いがあるので、前よりは出費が激しい。

けど、今はまあいいと思っている。

一時のどん底から、よくここまで復活できたと思う。

あとはマイナスをイレースするだけだ。


高木「私は敗残兵でな。会社に失敗し、追われている。私にはぬくもりが必要なのだ。家庭という優しく心地よいぬくもりが。他に望むものがあるだろうか」

P「……俺は別に。生きていければそれでいい。アパートもなくなっちまったし、ここに住まわせてくれるのはありがたい」

千早「この家を維持できるなら、異存はありません。不満は目一杯ありますが」

律子「……まあ、なんとなく」

春香「私はお母さんを探してます。手伝ってくれるととてもうれしいです!え?日本語うまくなったですか?ありがとうございます!」

やよい「とりあえず、雨露を防げれば満足だったりしますー。よろしくお願いしまーす」

小鳥「私は誰か人が近くにいないと不安で……よ、よろしくねっ」

高木「ようし、では家族結成の祝杯をあげようではないかね!」

一同「かんぱーい」

P「……カンパイ」


高木「声が小さい!もう一度ぉ!」

P「…幼稚園児じゃねーんだぞ」

高木「家長の命令は絶対である!」

P「あんた、独裁したいだけじゃないのか?」

高木「ぬう、何を言うか!私はただ家族のためを思ってただ一筋に歩むだけだっ!!」

P「耳元で怒鳴るな!」

高木「かんぱーい!ビバ家族、家族万歳!」

P「やってろ、アホ」


律子「……」

小鳥「た、楽しくなりそうねー」

P「うるさいな……そら、乾杯」

無造作に器を掲げた。

ちんちりん

七つの器が鳴る。
それは、家族ごっこの始まりを告げる音だった。



互いの利益のために、世間を欺く偽りの家族を演じる

相互扶助計画『家族計画』

よんどころのない事情により、疑似家族計画に乗らざるをえない俺たちに、果たして幸せは訪れるのだろうか?



プロローグ 完


くぅ~疲!とりあえずプロローグ終了です。
OP「同じ空の下に」でも聞いてください。

ここまで読んで下さった方、お疲れ様&ありがとうございました。

くぅ~乙!

これから始まる千早のやよい弄りを想像したらパンツ飛んでった

ここから続くんだよね?

>>4

続きどうなったん?


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