晴人「宙に舞う牙」(828)

 穏やかな昼下がり、骨董店・面影堂で操真晴人はソファーにゆったりと腰をかけて、くつろいでいた。
 手には好物のドーナツ、プレーンシュガー。一口かじり、味わうように咀嚼する。
 口の中にまぶされた白い粉砂糖の甘みが広がっていく。
 また一口かじる。そんなことを繰りかえす。
 至福の時間だ。

「平和ですねえ」

 向かいのソファーでは晴人の弟子を自称する青年、奈良瞬平もドーナツを食べていた。
 派手な色合いの服を着る瞬平は、まるでサーカスの道化師だ。
 今、二人が食べているドーナツは瞬平がお土産にと買ってきてくれたものだ。

「おいしい~」
 
 わざとらしいまでに顔をほころばせる瞬平。
 瞬平は表現がオーバーだ。喜怒哀楽が激しい。
 この幸せそうな顔も道化芝居でもなく瞬平の素なのだ。
 面白い奴だよな……晴人は心の中で呟き、かじって小さくなったプレーンシュガーを口に放り込んだ。
 瞬平は窓から差し込む陽光を見ながら言う。

「いい天気ですね。外に出るのも悪くないけど、こうしてここでのんびりするのも良いですよねえ」
「ああ、全くだ」
「こういう日は何も起きないといいですよね あっ! でも、そういうこと言った時に限って何か起きちゃうんですよねえ」
「おい、やめろ」

 洒落にならない。晴人が言い終える前に、面影堂の扉が慌ただしく開いた。
 晴人はガクッと頭を下げる。平穏は一瞬で崩れた。
 扉の方へ視線を移すと晴人と瞬平のよく知る女性がいた。
 動きやすいように肩口の辺りで切り揃えられた髪、パンツスタイルのスーツ、キリッとした意志の強そうな瞳。
 鳥井坂警察署の刑事、大門凛子だ。

「晴人さん、本当に起きちゃいましたね」
「お前のせいだぞ、瞬平」

 真顔で驚く瞬平に晴人は恨み言をこぼした。
 急いできたのだろうか、凛子は息を切らせながら二人の元へやってくる。

「どうしたんですか、凛子さん? そんな慌てなくても凛子さんの分のドーナッツはちゃんとありますよ」

 瞬平は「ど~なつ屋はんぐり~」の袋からドーナッツを1つ、凛子に渡そうとするが

「どいて!」
「うわああああ!」

 おもいっきり突き飛ばされてしまった。
 その拍子に渡そうとしたドーナツが明後日の方向へと飛んでいく。

「「「あっ……」」」

 三人の声が重なる。
 スロモーションの映像を見ているかのように、綺麗な放物線を描くドーナツに釘付けになる三人。
 その中で晴人はいち早く我に返った。

(間に合え!)

 晴人は素早く右中指に指輪をはめてズボンの、ベルトを巻いた時にバックルのある位置に付いている手の形をした装飾『ハンドオーサー』に指輪をかざす。
 コネクト! プリーズ!
 独特の音声と共に現れた魔法陣に手を入れると少し離れた所に魔法陣がもう1つ現れ、晴人の手が飛び出てくる。
 空間と空間をつなぐ魔法の指輪の力だ。
 魔法陣から出てきた晴人の手にドーナツがちょうど落ちてくる。

「セ~フ」

 晴人は空いた手で野球の審判のように手を横に切った。瞬平と凛子がホッと安堵の息を漏らす声が聞こえた。
 晴人は魔法陣に入れた手を引き、戻した手にあるドーナツを凛子に向けて差し出す。

「凛子ちゃん、とりあえずドーナツでも食べて落ち着きなよ」

 晴人はいたずらっぽく笑った。

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 食べるという工程を踏んだおかげか、凛子は落ち着きを取り戻していた。
 だが、その顔はまだ晴れていなかった。
 凛子は晴人の元へ来た理由を話しはじめた。

「最近、謎の消失事件が起きているの」
「消失? 失踪とかじゃないんですか?」

 晴人の隣で瞬平がいち早く浮かんだ疑問をぶつけた。
 晴人も同じだった。
 人が行方をくらます失踪事件ならともかく人が消失、消えるなんてことがあるのだろうか?

「そう、消失。突然、人が消えるの」

 凛子はカバンからファイルを取り出して、晴人に渡す。
 晴人はファイルのページを開く。見開きの形で消えた人のことがまとめられていた。
 1ページめくると同じように見開きでまとめらている。まためくる、同じだ。まためくる、同じだ。
 ファイルには総勢4名が載っていた。
 
「もしかして、これ……全部?」
「消えた人よ」

 青ざめた顔で聞く瞬平に凛子は沈痛な面持ちで答えた。瞬平は微かに震えた。
 今度は晴人がファイルに目を落としたまま凛子に聞く。

「凛子ちゃん、消えた人はどうなったんだい?」
「わからないわ。ただ、宙に舞う牙が出てきて」
「牙?」

 その単語に瞬平は上唇をつまみ上げて先の尖った歯、犬歯を覗かせた。

「目撃者の証言よ。何もない空中から突然、牙が出てきて人を襲うの。そして、襲われた人は透明になって消えるの」
「まるで魔法だな」
「ええ、だから晴人くんの力を貸して欲しいの。この件に関しては晴人くんと協力しろ、って木崎さんから」
「目には目を、魔法には魔法を、ってことだ」

 いかにも合理的な木崎らしい、と晴人は思った。

「わかった、協力するよ。指輪の魔法使いにお任せあれ」

 晴人はおどけるように笑って、右中指にはめている指輪を宙にかざした。
 その仕草に凛子と瞬平もつられて笑った。


「晴人、大丈夫なの?」

 面影堂のレジカウンターの方から、小さいけどよく通る声が聞こえてきた。
 レジカウンターから顔を覗かせる少女、コヨミは長い艶やかな黒髪と何処か人形のような無表情さが特徴的だった。
 どうやら晴人がこの事件に関わることを不安に感じているようだ。

「安心しろ。コヨミ」

 晴人はソファーから立ち上がるとコヨミの元まで行き、コヨミの不安を消すように頭を撫でる。
 ほんの少しコヨミの表情が和らいだように見えた。

「人が突然消える。そんなことを出来るのは間違いなくファントムだ。なら、俺のやることは決まっているだろ?」

 子供に言い聞かせるように優しい声で晴人は言った。
 コヨミは無言で頷く。了承してくれたようだ。
 それを合図に瞬平が「よーしっ!」と気合を入れて、ソファーからガバッと立ちがる。

「絶対に消失事件の犯人を見つけ出しますよ! 僕、仁藤さんにも知らせてきます!」

 言うが早いが瞬平は駆け出す。
 思い立ったら、すぐ行動。瞬平のいい所だ。

「ちょっと瞬平くん! 見つけるって、どうやって探すつもり? こら、待ちなさい!」

 走って面影堂を出て行く瞬平を、凛子がファイルをしまい追いかけていく。
 扉の向こうからはギャイギャイと声が聞こえてくる。
 面影堂には嵐が過ぎさったような静けさが残った。

「騒がしい……」
「そういうのにも馴れただろ? それじゃあ行ってくる」

 呆れるように呟くコヨミの頭に、晴人はポンと手を置くと歩き出した。
 ・
 ・
 ・
 面影堂を出た晴人は今回の消失事件について考える。
 ファイルを見る限りでは既に4人は犠牲者が出ていた。
 それは現在わかっている数でしかなく、実際はもっと犠牲者がいるとも考えられる。
 それこそ瞬平の言っていたように失踪という形で。
 ファントムは何をする気なのか?
 犠牲者がゲートだとしたら、ファントム達が何か大きなことをやろうとしているのかもしれない。例えばサバトのような。
 それとも単純にファントムが一般人を襲っているのかもしれない。
 頭の中にかつての強敵が浮かび上がる。
 とにかく、これ以上の被害を食い止めるために急いだ方が良さそうだ。

「宙に舞う牙……か」

 渡は頭に響く音の導きのままに走り続ける。自分がどこへ向かっているのか皆目見当もつかない。
 それでも自分が明確な目的地へと足を回しているのは理解できた。そこで自分がやるべきことも。
 そして、渡は若い女性を追い詰めるステンドグラスの怪物を発見した。
 怪物は宙に舞う牙を出現させる。
 その様子をみた渡は上着の内ポケットに手を滑り込ませて、何かを取り出そうとした。

「やめろ―――!」

 渡の後ろから追いかけて来た瞬平が怪物に吠えた。
 しかし、怪物は瞬平の叫びなど聞こえてないかのように牙を女性に向かって放つ。牙に刺された女性がガラスの様にどんどん透明になっていく。

「大丈夫ですか!?」

 瞬平が女性にかけより言葉をかける。返事はない。体を揺すってみる。冷たかった。
 女性は糸が切れた人形の様に頭から倒れこむ。
 パリンッ!
 ガラスが砕け散ったような音がすると、女性は服だけ残して消えた。
 女性は死んだ。瞬平はそれを本能で理解した。

「ファントムゥゥゥ!!」

 普段の瞬平からは想像出来ない程の荒げた声で、わきあがる激情のまま怪物に掴みかかる。

「またそれか。誇り高き『ファンガイア』を亡霊呼ばわりとはふざけた話だ」
「ファンガイア?」
「そうだ。貴様ら人間よりも上の高貴なる存在だ。俺の真名は……下等な人間に教える必要はないな」

 ファンガイアと名乗る怪物は腕を払って、瞬平を引き剥がした。
 常人を遥かに超える力で振り払われた瞬平の意識はあっという間にフェードアウトしていく。 

「ちょうどいい。ついでに貴様の『ライフエナジー』を吸うとするか。ファンガイアに歯向かった罪は命で償え」

 ファンガイアは獲物を喰らおうとゆっくりと近づいてくる。
 渡は倒れる瞬平を庇うようにファンガイアの前に立った。

「渡さん……逃げて、ください」

 その言葉を最後に瞬平の意識は暗闇に落ちた。

(ありがとう、瞬平さん)

 薄れゆく意識の中でも自分の身を案じてくれた瞬平に渡は心の中で礼を言う。
 渡は逃げなかった。

「なんだ、貴様も俺に命を捧げるか? とても光栄なことだぞ」

 ファンガイアは宙に舞う牙を出現させて、命を吸おうとする。

「もう……あれから5年も経ってるのに」
「なに?」
「中学生だった静香ちゃんが大学に通っている。それだけ時間が経ったのに……まだ人を襲うファンガイアがいるなんて」
「貴様……何者だ?」

 渡はファンガイアの問いに答えない。代わりにポケットに忍ばせていた物を投げた。
 渡が放り投げた物体は金色の輝きを放っていた。縦横無尽に宙を駆け巡り、牙を切り裂く。

「ふぅ、暑かった。俺さまの美しい体が蒸れちまう所だったぜ」
「ごめん、キバット。後で体、洗ってあげるから」

 渡は自分の投げた金色の物体、蝙蝠のような姿をした『キバットバットⅢ世』に謝った。
 いくら翼を畳めば小さく収まるとは言え、窮屈な思いをさせてしまったことには違いない。

「にしても、こんな所にもいるんだな。強硬派の連中は」
「うん。後で嶋さんや兄さんにも連絡をとった方がいいかもしれない」
「それじゃあ、まずは目の前のことから片付けるか」
「いくよ、キバット!」
「おっしゃ! キバっていくぜ! ……ガブ!」

 キバットが渡の手に噛みつき、渡の全身へアクティブフォースを注入する。
 それは渡をキバットの持つ王の鎧を纏わせるための儀式だった。
 アクティブフォースによって渡の中にある眠れる力が解放されてゆく。渡の顔に色鮮やかな模様が浮かび上がる。
 次いで、渡の腰にいくつもの鎖が巻き付きついていき、一本の紅いベルトになった。
 渡はキバットを掲げ、解き放たれていく本能のままにつぶやいた。

「……変身」
 
 キバットをバックル部分の止まり木『パワールスト』にぶら下げると、渡の全身が鎧で包み込まれていく。
 血のように紅い胴体。黒い四肢。右足と両肩には鎖。そして、蝙蝠を型どったような顔。
 それは鎧を纏った高貴な騎士にも見えたし、異形の姿をした深紅の魔人にも見えた。
 渡は仮面ライダーキバ・キバフォームへと姿を変えた。

今、キバをやったらフエッスルは絶対コレクターアイテムになるんだろうなあ

 http://www.youtube.com/watch?v=oRPNv6BRz08

「キバ!」
 
 ファンガイアは驚きを隠せなかった。
 キバとは本来、自分たちファンガイアを統べる王が纏う鎧だ。
 それなのにどうして同族の自分に戦いを挑むのか不思議だった。
 ふと、ファンガイアの頭にある噂がよぎる。
 キバの鎧を持ちながら同胞達を狩る男の噂を。

「貴様……王殺しの男と背徳の女王の!」
 
 ファンガイアがキバに殴りかかる。
 キバは黙々とその攻撃をさばいていく。
 今度はキバがファンガイアに殴る。風のように速い攻撃だ。
 喧嘩も格闘技の経験もない渡だが、戦い方は知っていた。
 キバとしての本能が渡の体を突き動かしているのだ。

「舐めるな!」

 ファンガイアは剣を出現させてキバへと斬りかかる。
 いくらキバの鎧と言えど、まともに喰らえばかなりのダメージを受けてしまう。
 キバは素早く身を動かし、斬撃を避け続ける。
 防戦一方、このままでは拉致が開かない状況だ。
 剣が振り下ろされて迫り来る。
 ガキィイイン!
 キバは鎧に纏われた腕で剣を真正面から受け止めた。
 がら空きになったファンガイアの腹に拳を叩き込む。
 衝撃でよろよろと後ろへ下がるファンガイア。
 キバはその隙を逃さなかった。
 一気に懐へ飛び込み、猛然と拳のラッシュを仕掛けて殴り飛ばす。

「渡、一気に決めようぜ!」
「……」
 
 キバはベルトの右側のフエッスロットから『ウェイクアップフエッスル』を取り出すと、紅い笛をキバットの口に添えた。


 http://www.youtube.com/watch?v=tXp99-A4atQ
 
「覚醒―ウェイクアップ―!」
 
 キバットが笛を吹くと同時にキバは全身に力を込めるようにかがみ込む。
 すると不思議なことが起きた。
 笛の音色と共に、周囲が紅い霧に包まれ、空が闇で覆われていく。
 キバが大きく右足をあげると、キバットがその足に巻き付いた鎖『カテナ』を解放させる。
 戒めを解かれた右足から紅い蝙蝠の翼が姿をあらわす。
 キバは片足で地面を蹴り、遥か空の向こうへと舞い上がる。
 そのまま仰け反るように一回転すると、

「はあああああああっ!」

 闇に輝く三日月からあらゆる物質を無に還す必殺のキック『ダークネスムーンブレイク』を放ち、ファンガイアを地面に叩きつける。
 地面に蝙蝠のような紋章が浮かび上がると、ファンガイアは色鮮やかなガラス片となって砕け散った。
 ファンガイアの絶命と共に闇が晴れていった。
 ・
 ・
 ・
「何者なの、あいつ?」

 ファンガイアを倒し、その場から去ってゆくキバを険しい目で見つめる少女がいた。
 ファントム、メデューサだ。
 妙な力を感じ取り、現場へと足を運んでみたら自分の知らないファントムが戦っていた。
 いや、それはファントムではなかった。
 何故ならその2体の怪物は魔力とは全く違う力を宿していたからだ。例えるなら命の力と言うべきだろうか。
 正体を確かめるためにメデューサはキバに向かって、攻撃をしかけようとする。

「はい。ストーップ! よくわかっていない相手に手を出すのは危ないよ、ミサちゃん」
「グレムリン……」
「だからさあ、僕の名前はソラだって。いい加減、覚えてよ」

 馴れ馴れしく声をかけてくる帽子の青年、ファントムのグレムリンだ。
 事を中断させられたメデューサは苛立たしげにソラの顔をみる。

「どうして止めるの? あれは危険な存在かもしれないわ」
「そうだね。強い力を感じるよね」
「だったら!」
「でもさあ、あれだけじゃないみたいなんだよね……外からのお客様は。団体さんで来てるみたい。僕も何人か見つけたよ」
「一体、何が起きてるっていうの……」
「そんなのわからないよ。でも、面白いよね」
「面白い?」
「魔法使いと僕らファントムの戦いの舞台に、全く別の舞台の役者が紛れ込む。どうなっちゃうんだろうね~」

 そう言うとソラは「くふふふ」という気色の悪い笑みを漏らした。

徒手空拳のキバフォーム単体だと戦闘シーン書きづらい

 散々迷った挙句、ようやく目的地にたどり着いた渡は一人の男に連絡をとっていた。

「そうか。やはり強硬派は鳥居坂に来ていたか」
「はい。だから、僕はもう少しこの街で色々と調べてみようと思います」
「わかった。滞在費に関しては会の方で出そう。また正夫くんに寂しい思いをさせてしまうのは心苦しいが」
「大丈夫です。正夫には皆さんがいてくれますから。何より……」
「君も色々と大変だったようだね」

 渡は思わず苦笑いを浮かべた。
 確かに自分の最愛のパートナーと結ばれるまでいくつも波乱があった。
 特に相手の両親への説得には苦労した。 
 安定した収入があるわけでもない。おまけに自分は『お化け太郎』と呼ばれ、地元では根も葉もない噂もあった。
 渡は相手の両親を説得するために、恋人に向けて作ったバイオリンの曲を聞かせた。
 恋人への純粋な想いが込められたその曲は両親の心を打った。結果的に恋人の両親は二人の結婚を認めた。
 今では一人息子の正夫を設け、周りの助けも借りて一緒に暮らしている。

「すまないとは思っているんだ。こういうことは一度や二度ではないのに。だが、我々には君の力が必要だ」
「いいんです。これは僕が望んでやっていることですから」
「やはり君はお父さんの息子だな」
「父さんに?」
「自分の望むことを一途にやり続ける。君のお父さんはそういう男だったよ」
「……」
「とにかく何かわかったら連絡してくれ」
「わかりました」

 ケータイを切ってホテルのロビーへと歩き出す。すると向こうから来た一人の青年とすれ違った。
 青年は渡と同じ今時珍しいガラケーを耳に押し当てたまま喋っていた。
 
「へえ、もう調べ終わったのか。流石に仕事が早いな、国安さまは」

 青年は右中指に大きな指輪をしていた。操真晴人だった。
 ・
 ・
 ・
 警視庁捜査課には1課、2課、3課とあり、それぞれ違う役割を当てられている。
 1課ならば殺人や傷害などの凶悪事件、2課なら汚職や詐欺・横領といった知能犯罪、3課は窃盗などの盗犯というように。
 しかし、時としてファントムのような怪物が絡んだ常識を越えた事件が起きることがある。そういった通常の課では対処できない事件に対して国が設立した課があった。
 国家安全局0課。通称『国安0課』は、ファントムの活動が活発な鳥居坂にも設立されている。
 0課の警視、木崎はデスクに積まれた膨大なファイルの1つを眼鏡を通して舐めるように見ていた。
 木崎は視線をファイルから動かすことなく自分の元へ来た晴人に言った。

「お前は風都を知っているか?」
「風都? ああ、知ってるさ。風の街だろ? テレビでもたまに取り上げられるし」

 確かその時は風麺という屋台が紹介されていたはずだ。街のいたる所に風車があるのが印象的だった。

 何年か前にテロ紛いなことが起きて、街の象徴である風都タワーが爆破された事件は新聞の一面にも取り上げられたほどだ。 
 
「風都警察署には『超常犯罪捜査課』という課が独自にあってな。今回の消失事件について、そこが持っている過去のデータと照合させてみたが該当するものはなかった」


 だが……、と木崎は続ける。

「奈良瞬平の言うファンガイアという言葉から過去の0課の資料を漁ってみたら、ごく僅かながら資料が見つかった」
「それでファンガイアって何者なんだ?」
「ファンガイアとは人類が誕生する以前から存在する1つの種族だ。普段は人間に姿を変えているが、時として人間を捕食する」
「捕食……人を食うのか?」
「ファンガイアは人間の生命力を自分たちの命、ライフエナジーに変換して吸うようだ。その時に使われる手口が」
「宙に舞う牙ってことか。まるで吸血鬼だ」
「ああ、全くだ。だが、ファンガイアは5年前の内乱をきっかけに人類と共存する道を選んだそうだ」
「ちょっと待ってくれ。じゃあ、どうしてファンガイアは人を襲ったんだ?」
「それはわからん。言っただろう、ごく僅かな資料だと」

 木崎はファイルをデスクにやや乱暴に投げると、メガネを取り外して目を休ませるように何度か瞬きをする。
 苛立っているのは見て取れた。 

(こりゃあ触らぬ神に祟りなしだな)

 聞きたいことは聞けたので、晴人は木崎の執務室を出ようとする。
 去っていく晴人の背中に木崎は「待て」と声をかけた。

「お前が保護した女性、時田奏美はバイオリン奏者らしいな」
「ああ。音楽には詳しくないけど、すごくいい音楽だった」
「ファンガイアの多くは美しい物や芸術などに目がないそうだ。だから……警戒しておけ」
 
 意外な言葉に晴人はおもわず振り返った。
 警戒しておけ、まさか木崎から自分を気遣うような言葉を聞けるとは思わなかった。
 もちろん、それを指摘すれば否定するだろうが。
 
「木崎、あんたって不器用だな」

 晴人の言葉に木崎は黙ったままお茶をすすった。

小説版のキバだったら静香は高校生だし渡と結ばれてもいいと思うんだけどね

 晴人はベンチの背もたれに体を預けると、奏美の去った方を悲しそうに見つめる渡に声をかけた。

「紅……渡さんだっけ?」
「渡でいいです。えっと」
「操真晴人。晴人でいいよ。あのさ、渡」
「なんですか晴人さん?」

 気さくに話しかける晴人と対照的に渡はやや固い敬語のままだ。

「渡はやっぱり音楽を習っているのか?」

 会話のきっかけとしては妥当だろう。
 バイオリンの修復をやっている人間なのだから音楽を嗜んでいるに違いない。

「いいえ、特には。昔、友達に薦められてギターを少しやった位です」
「……そうか」予想を裏切る答えに内心驚きつつも晴人は相槌を打つ。

「あと僕、本業はバイオリン作りなんです。修理はついでみたいなもので」
「でも、バイオリン作りとなると随分と専門的だろ。やっぱり誰かから教わったのか?」
「えっと……最初は見よう見まねでした」
「は?」

 今度こそポーカーフェイスを保てず晴人は思わず真顔になった。
 渡は晴人を驚かせてしまったことに申し訳なさそうに説明する。

「僕の家には父さんが作りかけたバイオリンがいくつかあったんです。多分、途中で失敗だとわかってやめた物だと思います。初めはそういった作りかけのバイオリン同士を組み合わせて、作りました。でも、線……板の形が合わないから、すごく歪なバイオリンができたんですけど」
 
 数をこなしていくと既に出来ている板に沿って線を描くことから自分で線を描いてみた。
 他にも板につかう木片やバイオリンに塗るニスの材料を探したりもした。
 そうして色々と試していく内に、いつの間にかバイオリンを作る技術を身につけてしまった、と渡は語った。
 普通なら有り得ないと鼻で笑い飛ばせるが、渡が嘘をついているようには見えない。
 恐らく真実なのだろう。
 晴人は感嘆の息を漏らした。

「要するに独学ってことか」
「一度すごい先生に教わったことはあったんですけど」

 一瞬、渡は青い空を見上げる。寂しそうな顔をしていた。
 晴人はあえて触れず、はんぐり~の袋からプレーンシュガーを出すと渡に差し出した。

「やるよ。お近づきの印だ」
「あ……どうも」
「あまり暗い顔をするもんじゃない。って、喋らせちゃったのは俺の方だな。わるい」

 晴人は軽く謝ると自分の分のプレーンシュガーを出してかじった。
 渡も晴人の気遣いにあえて触れず、

(いくつ買ってあるんだろう?)

 そんなことを思いながら貰ったドーナツを口に含む。美味い。
 揚げた生地の柔らかさとまぶされた粉砂糖の程よい甘さがハーモニーを奏でている。
 行きつけの喫茶店『カフェ・マル・ダムール』で出すコーヒーが合いそうだ。

「美味いだろ? 俺の一推しだ」
「はい。美味しいです」

 自分のことのように得意になる晴人に渡は素直に答える。それまで固かった渡の雰囲気が和らいだ。

「さっき言っていた奏美さんの音楽が聞こえてこないってどういう意味だ?」
「人間は皆、音楽を奏でているんです。僕はその音楽を大事にして欲しい」
「えっと、つまり……奏美さんは自分に嘘をついているって言いたいのか」
「奏美さんは心の声に耳を傾けていない。塞いでいる気がします」
「自分の音楽……心の声ねえ」

 言わんとしていることは分かるが随分と抽象的だ。
 もっとも芸術に携わって生きている人間というのは普通の人とは別の層で生きているイメージがあるし、案外そういうものなのかもしれない。
 晴人は不意に渡を試したくなった。

「俺の音楽はどう聞こえるんだ?」
「……とても強い意思を感じます。大切な何かを守ろうとする」
「なんだか胡散臭いな」
「そ、そんなことは」
「冗談だ。当たっている」
「ホッ……」
「渡にもあるのか? 守りたいもの」
「ありますよ。たとえ世界の全てを敵に回しても守りたい人が」

 歯が浮きそうな程に恥ずかしい台詞を静かに言う渡を晴人は茶化さなかった。
 渡の瞳には表には出さないが自分と同じ、傷ついたとしても何かを成そうとする覚悟のようなものが見えたからだ。

先日、小説電王が届いた時に「クライマックスからのフィナーレ」という安直な発想をした

 練習場所を変えて演奏する奏美の顔色は優れなかった。
 明らかに音が乱れている。心もだ。
 原因はわかっている。さきほど、渡に言われた言葉だった。
 自分の音楽を閉じ込めている。それは奏美がずっとやってきたことだった。
 奏美が小学校六年生の頃、道徳の時間に宿題が1つ出た。
 内容は「親に自分の名前の意味を聞いてみましょう」といったものだ。
 家族三人の夕食の時に聞いてみると両親は答えた。

「まだ奏美がお母さんのお腹の中にいなかった頃なんだけどね」
「父さんと母さんが二人で浜辺に行った時、男の人が海に向かってバイオリンを弾いていたんだ。その演奏がすごくてな」
「とても優しくて綺麗だったの。今でも忘れられないわ」
「奏美には、あの男の人の演奏のような、美しい音色を奏でて誰かを優しい気持ちにさせられる子になって欲しいんだ」

 そんな願いをこめて父親が奏美と名付けたそうだ。
 幼い奏美は地元のアマチュアオーケストラに所属しており、自分の音楽を表現していた。
 奏美の奏でる美しい音色は、人を癒す優しいものだった。
 周囲の人は奏美の演奏を手放しに褒めてくれた……一部を除いて。
 それは自分より四、五つほど年の離れた高校生たちだった。
 彼女たちは自分より年下の奏美の演奏に対して尊敬よりも嫉妬が先走った。
 小学生の癖に生意気だ。
 自分たちが練習で失敗すると何かと指揮者から奏美と比較される。
 ウザったい。こっちもこっちなりにやっているのに言ってくる指揮者もそうだが、それ以上に演奏を完璧にこなす奏美が。
 いつしか奏美は彼女たちからいじめを受けだした。
 暴力や楽譜を隠される、といったものではなく、暗い視線と声。
 それは奏美にとって黒い絵の具だった。
 自分を褒めてくれる大人たちの言葉で嬉しくなった気持ちを上から全て真っ黒に塗りつぶされた。
 幼い奏美には彼女たちの悪意を耐えるには荷が重すぎた。
 心が痛くて辛い。
 でも、バイオリンを弾くのは好きだし、誰かに褒められるのは嬉しい。
 なまじ、そういった救いがあったから続けられたのか、抜け出せなかったのか。
 奏美にはわからなかった。
 ただ奏美はあることを学んだ。
 出しゃばってはいけない。自分の弾くバイオリンは誰かの気持ちを乱してしまうのだ。
 音楽は楽しいだけじゃない。それを理解した瞬間、奏美は自分の音楽に鍵をかけた。
 それから奏美は自分の音楽は表現せず、ただひたすら周囲にあわせた。
 全身で、その場の音楽を聞いて、流れには逆らわず、一体に。
 やがてプロになった奏美はソロで演奏する道を選んだ。
 独りなら、きっと自分の好きなように思いっきりバイオリンを弾けるはずだという希望があった。
 しかし奏美の心の奥底には暗い視線と声への恐怖がへばりついていた。
 もし、聴衆に自分の音楽を拒絶されたら?
 痛くて辛い。
 もちろん、そんな仮定は自分の考えすぎでしかないと理解していた。
 それでも一度、頭の中で描いてしまったものはいつまでもしつこく残った。べったりと。
 結局、奏美は自分の音楽を解き放てず、今まで通りの演奏スタイルをとった。
 こっちの方が長くやってるからやりやすいし……そうやって自分を肯定させた。
 やることは特別変わらない。
 流れには逆らわず、一体に。
 ただ、自分が聞く音楽が集団から街へとシフトしただけだ。
 奏美はそれを『街の音楽』と名づけた。

暗い話はうまく書けない

 カメレオンファンガイアの体が揺らめく。ファンガイアの姿が周囲に溶け込んで消えた。
 キバは辺りを警戒する。
 突然、背中に痛みが走った。ファンガイアが攻撃してきたのだ。
 攻撃された方を向いて襲撃に備えるが、今度は横殴りに吹っ飛ばされた。
 敵が見えない以上、どこから攻撃が来るか予測不能だ。
 せめて大体の位置さえ掴めれば勝機はあるはずだ。

「渡、使うか?」

 キバットの声と共にキバの目の前に紫の笛が現れる。
 一瞬の思考。
 キバは紫の笛をフエスロットに戻した。
 代わりに蒼い笛を取り出しキバットに吹かせた。

「信用するぜ……ガルルセイバー!」
 ・
 ・
 ・
 洋風建築の大広間。広さの割にほとんど物がない。
 ただ目立つものはあった。
 椅子だ。
 装飾の凝らした椅子がある。周りには深紅の薔薇の花弁がいくつも散りばめられていて、妖しい雰囲気を椅子に纏わせていた。
 その椅子は選ばれた者しか座ることを許されない玉座だ。
 玉座から少し離れた所でカードに興じる三人がいた。

「……ストレート」

 燕尾服を着た巨漢『リキ』が自分の手札を見せる。

「フルハウス!」

 セーラー服を着た中性的な少年『ラモン』は出来上がった役を自慢するように見せた。
 最後の一人、タキシードを着崩している男『次狼』は自分のカードを見た。
 明らかに前の二人よりも弱い手だ。だが、勝負事に負けるのは癪だ。
 なんとかならないかと思った時、部屋に笛の音が響いた。
 ナイスタイミング。次狼は口端を上げた。

「どうやら、ご指名のようだ。悪いがゲームは無効だ」

 次狼はカードをテーブルの上に置くと椅子から立った。
 ラモンが次狼のカードをめくって手を見る。

「スリーカード。最下位だね」
「次狼……逃げた。セコイ」

 後ろから聞こえてくる二人の言葉を無視して次狼は歩く。

「ねえねえ、次狼」

 ラモンが次狼へ向かってカードを一枚投げる。
 キャッチして、カードを覗く次狼。
 カードにはマークも数字も描かれておらず、代わりにウィザードの姿が映っていた。

「それ何だと思う?」
「人間の可能性という奴だろうな」
「かのう……せい?」
「人間は十三魔族の中で最も異質な存在だ。故に様々な可能性を秘めている。人であって人を越えてしまった存在がいてもおかしくあるまい」

 そう言って、次狼は熱い息を漏らした。
 目が爛々と紅く輝き、歯が鋭い牙になる。
 青白い炎が全身を覆っていく。
 次狼の姿が蒼い人狼、十三魔族の一つであるウルフェン族の『ガルル』へと変わった。
 ガルルとなった次狼の姿は更に変化していく。
 体が縮んでいき、炎の様に揺らめく体毛で覆われた全身が無機質な物になる。
 ガルルは小さな彫像になった。
 宙に浮く蒼い彫像はまるで意思を持っているかのように動き出すと広間から消えた。

 魔笛が鳴ると同時にキバの手元に蒼い狼の彫像がやってくる。
 キバは彫像を左手で掴む。
 彫像は魔獣剣『ガルルセイバー』に変形した。
 キバの中に野生のパワーが流れ込んでくる。
 キバはガルルセイバーとなったガルル自身を掴むことで、ガルルの力をその身に宿す。
 その影響だろうか。
 紅い胸と黒い左腕、輝く目、加えてキバットの目が蒼く変化した。

「うぅ……」

 蒼い魔獣、仮面ライダーキバ・ガルルフォームが本能のままに唸る。

「うがあああああああああああッ!」

 キバは天高くに向かって吠え、狩りの始まりを告げた



「人間は十三魔族の中で最も異質な存在だ。故に様々な可能性を秘めている。人であって人を越えてしまった存在。お前たちも知っているだろ?」
「これとか?」
 
 ラモンはカードの山から一枚、スペードのエースを取り出す。手元でクルリと回すと絵柄がジョーカーへと変わった。
 リキは白いチェスの馬を象った駒―ナイトを出現させて手の中で握りつぶす。
 手を広げると、粉々になったチェスの駒が灰の様に舞った。

 メデューサの人間態ミサは廃工場へ足を運んでいた。
 外は真っ暗だったが、崩れた天井から降る月の光が埃っぽい中を薄く照らしている。

「なんで私がこんな使い走りを……」

 忌々しそうにソラから頼まれたことを思い出す。
 晴人くんが女の人を護衛しているから、ちょっと調べてきて欲しいんだ。
 もちろん断ろうとした。自分で行けという話だ。
 しかし、ソラは断られるのが分かっていたのか、
 僕はワイズマンから君のことを任されているんだよ?
 と付け加えた。
 忠誠を誓うワイズマンの名前を出されると弱い。ミサは渋々了承した。

「グレムリン」
「はーいっ!」

 薄暗い闇の中でソラを呼ぶと、崩れた天井からグレムリンの人間態ソラが顔をだした。
 ソラは軽い身のこなしで羽根の様にふわりと床に着地する。

「どうだった、あのバイオリンの人」
「……あの女はゲートよ」ミサは淡々と答える。さっさとこの場を離れたかった。
「報告はそれだけ?」そうじゃないでしょ? と言いたげにソラは聞く。
「怪物と鎧の男も一緒に出てきたわ」
「へえ……そっか」
「とにかくゲートが見つかった以上、絶望させて新たなファントムを生み出させるわよ」
「それがワイズマンの意志だから?」
「当然でしょ。ワイズマンがゲートの絶望を求めていらっしゃるの」
「ワイズマン、ワイズマン……ミサちゃんって、そればっかりだよね。自分のやりたい事とかないわけ?」
「黙りなさい。帽子男」

 声に怒気を孕ませたミサの目が光った。
 ソラのいる場所に爆発が起きる。薄暗い室内が一瞬、昼間の様に明るくなった。
 床には焼け焦げて煙を上げる爆発痕だけが残った。

「ごめんごめん。怒らせちゃったかな?」

 ソラはミサの後ろでミサの黒髪を手櫛していた。
 人間で例えるなら汚辱感を覚えたミサは強引にソラを振り払う。
 頭に小さな痛みが走ったが、気にしなかった。
 気色悪い。こいつの全てが私を苛立たせる。
 ソラは悪びれもせずに続けた。

「ファントムって可哀想だよね。ゲートの頃の記憶がないから空っぽだ」
「自分は違うとでも言いたいの、グレムリン」ファントムの名前を強調するミサ。
「僕の名前はソラだよ」ゲートの名前を強調するソラ。
「そう。悪かったわね……グレムリン」
 
 言葉の最後を強調してミサは嘲笑を浮かべた。
 ソラは呆れる様に大きくため息をついた。

「でっ、さっきの質問の答えは?」
「私の望むことはワイズマンにお仕えすること。それだけよ」
「それしかないの間違いじゃなくて?」吐き捨てるようにソラは言った。
「……お前の下らない言葉遊びに付き合うつもりはない」

 ミサはソラを睨むとそのまま闇の中に消えた。

「ミサちゃん、君が人間じゃなくてとても残念だよ」

 ソラは銀色のシザーを出現させると、荒げた息でシザーを何度も鳴らした。

「でも、髪の毛に罪はないか」

 ソラは自分の手の中にあるミサの髪の毛を覗く。
 枝毛一つ見当たらない艶のある綺麗な髪だ。
 ソラは心の昂ぶりを抑えて、黒髪を顔に近づける。
 甘い香りが鼻腔を満たしていった。

「腹減った~」

 広がる青空に向かって、髪の毛を獅子の鬣のように逆立てた茶髪の青年は力なく唸った。
 青年、仁藤攻介はついさっき昼食を終えたばかりだ。
 唐揚げに好物のマヨネーズをかけるという常人なら油っこさで胃がもたれそうな組み合わせをたらふく食べた。
 なのに、どうしようもない程の空腹感が仁藤を襲う。胃の辺りにポッカリ穴が空いている気分だ。
 仁藤は檻のようなベルト『ビーストドライバー』を軽く叩いた。

「何でお前が腹を空かせると、満腹の俺まで腹が減るんだよ?」
(その方が危機感を持てるだろ? 我の力なら人間一人の体に干渉するくらい造作もない)

 仁藤の頭の中で威厳に満ちた声が響く。
 ビーストドライバーの中に封印されたファントム『ビーストキマイラ』の声だ。
 仁藤は心の中でキマイラに返事する。

(お前さ、少しは宿主さまに気を使うとか出来ねえの?)
(宿主? 呆れた奴だ。お前は我の下僕に過ぎん。我の力の一部を貸し与えてやっている立場なのだからな)
(まあ、そういう契約だしな)

 仁藤とキマイラの間で交わされた契約。
 仁藤はキマイラの力の片鱗を扱える代償として、キマイラに餌として魔力を与えなくてはいけない。それが出来ないなら死ぬ。
 今のキマイラは魔力を欲している。放っておけば、いずれ限界が来て自分が喰われるだろう。

「探すしかねえか」

 いつまで立ち止まっていてもしょうがない。
 命の掛かった契約はスリルがあって面白いが、死ぬのはゴメンだ。
 仁藤は右中指に指輪をはめると、ドライバー右のソケットにはめた。
 グリフォン! ゴー!
 仁藤は鳥と獅子が合わさったような緑のプラモンスター『グリーングリフォン』を召喚させる。
 キマイラが静かに吠えた。

(仁藤……魔力を使うとは我を更に飢えさせるつもりか?)
「空腹とマヨネーズは最高の調味料だ。腹が空けば空くほど、マヨネーズをかければかけるほど飯は美味くなる」

 仁藤はグリフォンが飛んでいくのを見届けるとグリフォンとは別にファントムを探しだす。
 しかし、足に力が入らない。キマイラの言うとおり魔力を消費した分、空腹感が更にましたからだ。
 おぼつかない足取りで歩いていると向こうから来た男とぶつかってしまう。

「あっ、すんません」
「……」

 謝る仁藤を無視して、男はコソコソした様子で去っていく。
 変な奴だな、と深く考えないで仁藤も男と逆の方を歩いていく。
 そこまでして仁藤は胸の辺りに妙な違和感を覚えた。
 あるもべきものが無いというか。しっくりとこない。
 上着の上から胸を触ると

「……俺の財布!」

 自分の財布がすられたことに気づいた。
 慌てて振り返ると男は走って逃げていた。

「野郎!」

 仁藤はすりを追いかけた。距離は開いているが追いつけない距離じゃない。
 体力には自信がある。伊達に遺跡目当てで世界を駆け巡っていたわけじゃない。
 しつこく追い続ければ、向こうがばてて捕まえられるはずだ。
 だが、キマイラの空腹の影響で仁藤の体は思うように動かなかった。
 すりの背が小さくなっていく。
 必死になって追いかける仁藤とすりの前から男が歩いてくる。

「おい、あんた! そいつを捕まえてくれ!」

 仁藤は藁にもすがる思いで叫んだ。
 男は胸元から端末を取り出し、すりの顔を見た。

「連続窃盗犯、宇田一郎……」

 男はすりを殴り飛ばすと素早く関節を決めて地面に跪かせた。
 鮮やかな手並みだった。
 ほどなくして、騒ぎにかけつけた凛子と部下の警官がやってきた。
 凛子はすりに手錠をかけて、男に礼を述べた。

「ご協力感謝します」
「いえ、当然のことをしたまでです」

 男はすりの服に手をかけるとボタンを一つむしりとる。そして、すりに向かって言った。

「悔い改めなさい。人はやり直せる」

「あなた……」

 凛子が驚きの様子で男を見ると仁藤が追いついてきた。

「いやー! あんた、ありがとな。あいつ捕まえてくれて」感謝の印に仁藤は男の肩を叩いた。
「大したことではない」男は仁藤の手をやんわりと払った。男はいつの間に取り返した仁藤の財布を渡す。
「しかし情けないな」
「は?」
「女子供ならともかく君のような若い男がすりに合うなんて注意が足りない」

 男の上から物を言う態度に仁藤はカチンときた。

「なんで名前も知らないあんたにそこまで言われなきゃいけないんだよ!」
「ふむ、そうか」

噛みつく仁藤を男はサラリと受け流す。

「君、名前は?」
「仁藤……仁藤攻介」
「俺は名護啓介だ」
「やっぱり、あの有名なバウンティハンターの名護啓介」
「バウンティハンター?」

 聞きなれない言葉に首をかしげる仁藤に凛子は「賞金稼ぎのことよ」と教えた。

「仁藤くん。お互いの名前を知った以上、これで俺と君は知り合いだ。故に知り合いとして俺は君に教えを説く義務がある。傾聴しなさい」
「ふざけんな。何で俺がそんなこと聞かなきゃなんねえんだよ。そんなことより」

 俺はファントムを探さなきゃいけないんだ、と言おうとすると仁藤の元へグリフォンが帰ってくる。

「なんだ、これは?」名護はグリフォンを物珍しそうに見る。
「あんたには関係ねえよ、おっさん」仁藤はぶっきらぼうに言った。
「おっさん……」

 名護の頬がひくつく。どうやら気に障ったようだ。

「私は27だ。おっさんではない」
「四捨五入すれば30だろ? やっぱり、おっさんだ」
「……」名護の顔がプルプルと震えた。
(仁藤、下らない言い争いよりも早く我にファントムを捧げろ)

 頭の中でキマイラに催促されるとグリフォンが飛んできた―河川敷の方から女性の悲鳴が聞こえた。
 仁藤は不敵に笑った。

「すぐに飯にありつけさせてやるぜ、キマイラ!」
「こら、待ちなさい! まだ話は終わっていない!」

 名護は走りゆく仁藤を追いかけた。

没というか妄想だね

「浮かない顔だな」
「ん?」

 空腹感でげっそりとした顔の仁藤に男が声をかけてきた。
 野性的な顔つきの仁藤とは真逆で、男は理知的な顔つきをしている。
 男の側に折られた厚紙に「占い 一回五〇〇円」と書かれていた。
 この男は占い師らしい。
 男はポケットからコインを三つ取り出すと地面に敷いてあるハンカチに放った。
 裏・表・裏。
 コインの裏表をみて男が仁藤に告げた。

「あんたに破滅が訪れる。しかも、すぐ近くにまで来ている」
「……金は払わないからな?」

 バカバカしいと思った仁藤は歩いていこうとする。
 男は更に告げる。

「あんたには常に死が住み着いている」

 その言葉に仁藤は足を止めた。

(我のことだ。当たっておる)頭の中でキマイラがせせら笑った。
「おめえ何者だ?」

 仁藤は男に詰め寄った。
 獲物を狙う獣のように鋭い目で睨むが、男は動じない。

「さっき俺に破滅が訪れるとか言ったよな?」
「そうだ。俺の占いは当たる」

 男は静かだが、有無を言わせぬ口調で断言する。
 仁藤は臆さずに返した。

「占い師ってのは、皆そう言うんだよ」
「違いない」男は小さく笑った。
「にしても破滅か……おもしれえ」
「面白い?」
 
 男は怪訝な顔で聞いてきた。仁藤は「ああ」と短く言った。

「俺の占いでそういうことを言ったのは、あんたが初めてだ」
「人生ちょっとくらい危険な方が面白いんだよ。それに俺は破滅するつもりなんて更々ねえ。運命なんて俺がこの手で変えてやる」
「いい考えだ。その強い意思があれば運命は変わるかもな」
「当たり前だ。破滅なんざ俺が喰ってやるぜ」

 仁藤はニヤリと笑うと財布を取り出して、男の敷いているハンカチにコインを置いた。
 五〇〇円硬貨だった。

没というか妄想だね

「浮かない顔だな」
「ん?」

 空腹感でげっそりとした顔の仁藤に男が声をかけてきた。
 野性的な顔つきの仁藤とは真逆で、男は理知的な顔つきをしている。
 男の側に折られた厚紙に「占い 一回五〇〇円」と書かれていた。
 この男は占い師らしい。
 男はポケットからコインを三つ取り出すと地面に敷いてあるハンカチに放った。
 裏・表・裏。
 コインの裏表をみて男が仁藤に告げた。

「あんたに破滅が訪れる。しかも、すぐ近くにまで来ている」
「……金は払わないからな?」

 バカバカしいと思った仁藤は歩いていこうとする。
 男は更に告げる。

「あんたには常に死が住み着いている」

 その言葉に仁藤は足を止めた。

(我のことだ。当たっておる)頭の中でキマイラがせせら笑った。
「おめえ何者だ?」

 仁藤は男に詰め寄った。
 獲物を狙う獣のように鋭い目で睨むが、男は動じない。

「さっき俺に破滅が訪れるとか言ったよな?」
「そうだ。俺の占いは当たる」

 男は静かだが、有無を言わせぬ口調で断言する。
 仁藤は臆さずに返した。

「占い師ってのは、皆そう言うんだよ」
「違いない」男は小さく笑った。
「にしても破滅か……おもしれえ」
「面白い?」
 
 男は怪訝な顔で聞いてきた。仁藤は「ああ」と短く言った。

「俺の占いでそういうことを言ったのは、あんたが初めてだ」
「人生ちょっとくらい危険な方が面白いんだよ。それに俺は破滅するつもりなんて更々ねえ。運命なんて俺がこの手で変えてやる」
「いい考えだ。その強い意思があれば運命は変わるかもな」
「当たり前だ。破滅なんざ俺が喰ってやるぜ」

 仁藤はニヤリと笑うと財布を取り出して、男の敷いているハンカチにコインを置いた。
 五〇〇円硬貨だった。

 奏美は大地に手を引かれながら河川敷を走って逃げていた。
 その後ろをゆっくりとファントム『バジリスク』が追ってくる。

(どうして?)

 奏美は動揺していた。
 街の音楽を聞く奏美はそこに混ざるノイズを聞き逃さない。
 初めての時ならそのノイズすらも街の音楽と考え、誤解する時はある。
 だから初めての時は自分に迫るファンガイアの牙に気付けなかった。
 だが、今は鳥居坂に来て数日は経った。ノイズはノイズとして聞き分けられる。
 なのに、なぜ怪物の接近に気づけなかったのか。
 答えは簡単だ。
 奏美を襲っている怪物がファンガイアではなくファントムだからだ。
 ファントムはこの鳥居坂で何度も晴人たち魔法使いと戦いを繰り広げている。
 ファントムの存在は、既に鳥居坂が奏でる音楽の一部になっていたのだ。

「それっ!」

 バジリスクは魔石を放り投げる。
 すると地面に落ちた無数の魔石は膨張して、灰色のファントム『グール』を産みだした。

「やっちゃって」バジリスクが奏美を指差す。

 グールの群れはバジリスクの言葉に従うように歩き出した。
 言葉らしい言葉も喋らず、呻き声をあげて奇怪な動きをみせる異形の存在。
 その不気味さが奏美の恐怖を煽った。
 恐怖で体がうまく動かず、奏美は躓いてしまう。
 グールがすぐそこまで迫っていた。大地は奏美を庇うように前に出る。

「奏美さん、早く」
「あなたは逃げて、大地くん」
「そんなこと出来ません」
「怪物の狙いは私なのよ」
「だったら、なおさら出来ません。女性を守るのは男の役目、そういうものじゃないですか」

 大地はグールに掴みかかり止めようとする。
 力が弱く知能も低いファントムのヒエラルキーの中では最底辺に位置するグールだが、それでも人を超えた力と頑強な体を持っていることには変わりない。
 怪物の進行を大地に止められるはずがなかった。
 大地はグールに突き飛ばされて地面に突っ伏す。

「大地くん!」奏美は悲鳴を上げた。
「早く……逃げて」
「お兄ちゃん、邪魔」

 足元の小石を蹴飛ばすようにバジリスクが大地の脇腹を軽く蹴った。
 瞬間、人外の力で蹴られた大地に猛烈な吐き気が襲う。胃の中身どころか内蔵全部を吐きそうになった。

「お前ぇ……」

 奏美を守れない悔しさからか、あるいは別の何かからか。
 大地は激しい感情に任せて、土を掘り返すほどに芝生を引っ掻いた。

 バジリスクが奏美の前に立つ。
 奏美は逃げようとするが、恐怖で体が動かない。竦んでしまっている。

「じゃあ、お姉ちゃん、ゼツボーしてね。でも……ゼツボーってどうすればするんだろ?」

 怯えながら自分をみる奏美を無視してバジリスクは首をかしげる。

「そうだ。わかった!」

 バジリスクは奏美に向かって言う。

「あんたのせいで私はこんな目にあってるのよ! この疫病神! あんたなんて産まなきゃよかった!」

 突然、女言葉を激しい口調でバジリスクが使い出した。
 奏美はバジリスクの言っている意味がわからなかった。
 ポカンとする奏美を見て、バジリスクはまた首をかしげる。

「あれ? おかしいな。僕のゲートはこれを言われて、ゼツボーして僕を産んだのに……そう言えば、あの時、僕のゲートはぶたれながら言われたんだった。だったら、それをやらないとゼツボーしないか」

 バジリスクは腕を振り上げる。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ちゃんと止めるから。でないと、僕がゲートのお母さんにやったみたいに頭が潰れちゃうしね。卵みたいにグシャーってさ」

 奏美はバジリスクの言葉を頭の中で描いてしまった。
 卵みたいに潰れる顔。
 飛び散るのは黄身や白身、殻ではなく自分の脳と血や砕けた頭蓋骨。
 惨たらしい死のイメージが奏美を絶望の淵へ落とそうとする。
 バジリスクが奏美に向かって腕を振り下ろそうとした瞬間、

「ファントム!」
 駆けつけた仁藤が叫んだ。
 その声にハッとなった奏美の意識が死のイメージから逸れる。

(魔力が暴走していない。間に合ったようだな。最も我にとっては)
「ふざけたこと言おうとするんじゃねえよ」仁藤は怒気を孕んだ声でキマイラをたしなめる。
(……)仁藤の迫力にキマイラは押し黙った。
「まったくゲートを絶望させようとしやがって許せねえな」

 仁藤は左の中指に指輪をはめる。

「力を貸せよ、キマイラ。俺の明日のためにも、ゲートのためにも、なによりお前の腹のためにもな」
(元よりそういう契約だ。存分に我へ魔力を馳走するがよい)
「皆まで言うな。腹八分目どころか胸焼けさせてやるよ」

 仁藤は構えをとりながら吠えた。

「変身!」

 指輪をドライバー左のソケットに鍵のようにはめ込み、
 セット! 
 そして、回した。
 オープン!
 ビーストドライバーの檻『リベイションズドア』が開き、金色の獅子が象られたバックル『キマイラオーサー』が出現する。

(我の力を使うがいい)

 キマイラは自分の魔力の一部をキマイラオーサーから魔法陣として解き放つ。
 L! I! O! N! ライオーン!
 仁藤が展開された金色の魔法陣を潜ると仁藤の全身を百獣の王であるライオンの力が包む。
 左肩にライオンの頭部が備えられた金と黒の全身にライオンを模したマスク。
 仁藤は古の魔法使い――仮面ライダービーストへと変身した。

「さあ、食事の時間だ」

 ビーストは指輪装填剣『ダイスサーベル』を抜くと群がるファントムに飛び込んでいった。

すまない
>>125でゲートの頃の記憶がないとか言わせちゃってるけど、人格が違うだけで記憶は普通にあったよな
でなきゃ、一般社会にとけ込めないし

 仁藤を追いかけてきた名護はビーストに変身して戦う仁藤の姿に驚愕した。

「彼はいったい……」
「仁藤くんは魔法使いなんです。ゲートを絶望させるファントムから守るために戦う」

 後から来た凛子の説明に名護は「なるほど」と頷いた。

「つまり、ファントムは人類の敵で魔法使いは戦士ということか」

 名護はファントム達に向かって歩き出す。

「何をするつもりですか。相手は人間ではありません」

 凛子は慌てて名護を止めた。
 いくら名護が有名なバウンティハンターだとしても、それは相手が人間だから通用する話だ。
 相手は人外の怪物ファントム。対抗できるのは同じファントムの力を宿す魔法使いしかいない。
 いま、この場をどうにか出来るのはビーストだけだ、と凛子は名護に聞かせた。
 しかし名護は凛子の訴えを聞いてなお、歩こうとする。

「無茶です! 言うことを聞いてください!」

 警察として民間人の被害を出すわけにはいかない。
 凛子は名護の前に立ち意志の強い瞳で対峙する。

「いい眼をしている。君のような気の強い女性は嫌いではない。だが……」
 
 名護は左手の薬指にはめてある指輪に視線を移した。

「俺には一人で十分だ」
「何を言って」
「安心しなさい。ああいった怪物相手はむしろ専門だ」
「えっ?」

 専門とは、どういう意味だろう。
 困惑する凛子を置いて、名護は懐から得物を取り出す。
 それはナックルのような形をしたスタンガン『イクサナックル』だった。

(銃もなしにそんなもので、どうやって……)

 そもそもファントムには銃すら通用しない。
 名護はイクサナックルを自分の掌に押し当てる。
 レ・デ・ィ……
 ナックルの電極部分『マルチエレクトロターミナル』が名護のバイタルデータを瞬時に解析し、無機質な電子音声が響く。

「変身!」

 名護は勇ましく叫ぶと、腰に巻きついていたベルトのバックルに待機状態となったナックルを押し当てる。
 フィ・ス・ト・オ・ン……
 金色の鎧が現れ名護の体と重なる。
 瞬間、鎧は穢れのない美しい純白の色を帯びた。
 仮面ライダーイクサ。
 それが名護の纏った鎧の名だった。
 イクサとは『Intercept X Attacker』の略称であり、つまり『未知なる驚異に対する迎撃戦士システム』という意味である。

「その命……神に返しなさい」

 イクサの仮面の下で名護はファントム達に告げた。

名護と仁藤は我が強いから早々に絡ませたかった
書いてる自分もガシガシ、イベント起こさないとモチベーションがもたない

 面影堂にはいつもの面々に加えてゲートの奏美、そして名護がいた。
 名護はソファーに座り瞬平の淹れたコーヒーを静かに飲んでいる。
 骨董品に囲まれた面影堂の埃っぽい店内が妙に爽やかな空気で満ちる。
 名護の動きには気品があった。
 だが、堅物そうな感じがする。
 それが晴人の名護への第一印象だった。

「……」見知らぬ男の来訪にコヨミは少し強ばった顔で晴人の後ろで名護を見ている。
「真面目そうな人ですね」瞬平は名護を好意的に捉えた。
「俺たちの中ではいなかったタイプの人間だな」面影堂の店主である輪島の声はどちらでもない感想を漏らした。

 晴人はプレーンシュガーのドーナッツを食べながら「誰、あの人?」という意味を込めて名護を顎で指すと、名護と一緒に来た仁藤へ視線を投げた。
 客には見えない。かと言ってゲートにも見えない。
 大抵のゲートはファントムに襲われたことで動揺していることがほとんどだが、名護の顔から動揺の色は伺えない。
 あまりにも堂々としている。
 晴人の視線を柱に背を預けている仁藤は「知るか!」と言いたげに顔を逸した。
 仁藤と名護の間に何かあった事を想像するのは容易だった。
 いかにも堅そうな名護と自由奔放に生きている仁藤では反りが合わなそうだからだ。
 晴人が視線を名護に戻すと凛子から質問を受けているところだった。

「名護さん、単刀直入に聞きます。あなたは何者ですか?」
「俺はファンガイアに対抗する組織『素晴らしき青空の会』に所属する戦士だ」
「ファンガイア」その名前を瞬平は苦々しく口にした。
「ん、君はファンガイアを知っているのか?」
「は、はい。じ」
「ほんの少しだけね」

 瞬平が何かを言う前に晴人がポーカーフェイスで軽く返す。
 正直者な瞬平のことだ。自分が出会った笛の魔法使いのことも喋ってしまうかもしれない。
 名護は何処か見透かしたような目で晴人を見ると凛子に言った。

「君は刑事だな?」
「はい、そうですけど。それが何か?」
「そうなると国家安全局0課が情報の出所か。警察でファンガイアの情報を扱っているのはそこしかないからな」
「0課をご存知なのですか?」
「警察の上層部にも青空の会のメンバーがいる。もちろんに国安0課にもだ」
「随分と大きな組織なんだな。青空の会っていうのは」
「青空の会は創設してから活動を数十年続けている。そして、その規模は世界だ。ファンガイアは世界中にいるからな」
「そんなにいるのか」
「当然、警察の知らない情報もある」

 晴人は木崎が言っていた「ごく僅かな資料」の意味を理解した。
 おそらくファンガイアの情報は青空の会がほぼ独占しているのだろう。
 そして、警察の情報は青空の会に流れている。
 消失事件のことも知られているだろう。
 凛子はまた別の質問を名護にする。

「あなたの素性は分かりました。では、あの白い姿は一体」
「随分と派手な格好だったよな。おまけにファントムとも戦える」
 
 それまで沈黙を保っていた仁藤が悪態混じりの言葉を吐いた。
 ファントムとも戦える。
 仁藤の一言に名護の変身を見てない晴人たちは驚きの顔を浮かべる。
 晴人は指輪をはめるとコヨミを庇うように半歩前に出た。
 そんな晴人の警戒を知ってか知らずか名護は優雅にコーヒーを飲んで答える。

「あれはイクサ。青空の会がファンガイアを狩るために作り出した力だ」
「狩る? ファンガイアは5年前の内乱で人間と共存する道を選んだんだろ?」

 少なくとも晴人が木崎から聞いた話ではそうだった。
 後に凛子が持ってきた0課の資料には、ファンガイアのライフエナジーに変わる新しいエネルギーを開発したことで人間からライフエナジーを 吸収する必要がなくなったとあった。

「0課の資料にはそこまであるということか。確かに君の言うとおりファンガイアは人間と共存の道を辿っている。だが」
「例外があるってことか」
「ファンガイアは有史以前より闇の住人として存在してきた。彼らは人間を超越した力を持っている。故に自分たちがこの世界で最も優れ、高貴な存在だと自負してきた」
「傲慢な奴らだな。何様のつもりだよ」感情的に吐き捨てる仁藤。
「読めてきた。そんなプライドのお高いファンガイア様は下賎な人間との共存なんてごめんってことか」芝居がかった口調で喋る晴人。
「そういった人間との共存を良しとしないファンガイアの右翼……強硬派とも言える集団。今の青空の会は強硬派のファンガイアを狩ることが主な目的だ」
「奏美さんや消失事件の被害者を襲ったのは強硬派のファンガイアだったんですね」瞬平が納得したように頷く。
「あんたはその強硬派を追って?」
「そうだ。そして、この街で起きている消失事件はファンガイアの強硬派の中でも特に過激な連中によるものだ」

 ファンガイアを何体も狩ってきた名護の経験がそう断言させた。
 ここまで簡単に嗅ぎつけられるような真似をするのは、それこそ人間を餌としか認識してない極右のファンガイアのすることだ。
 同時にそれは強硬派の中心人物が鳥居坂に来ていることの証明だった。

「5年前の戦いで空席となったファンガイアの頂点に立つ『チェックメイト・フォー』の一つ、ルーク。そこについたファンガイアが強硬派のリーダーだ」


今回の投下は説明ばっかで書いててつまらなかったんで妄想ネタを

 今から40年ほど前に警察である一つのプロジェクトが発足された。
『マスクドライダー計画』
 いずれ人類に来る未曾有の危機に対抗するための強化外装装着システム『マスクドライダーシステム』の開発をするためのプロジェクトだ。
 ある時、そのデータが外部へ流れた。
 正確に言うと流された。
 加賀美陸という一人の男の手によって。
 マスクドライダーシステムの技術を提供した『彼ら』を信用していなかった陸は密かにデータを流していた。
 万が一、システムに仕込んだ『赤い靴』が失敗に終わった時の予防策だった。
 どんな思惑があってもいい。どんな形であってもいい。
『彼ら』を滅ぼす力の誕生を陸は望んだ。
 ライダーシステムのデータはおおよそ人類では手が出せないような未知の塊だった。
 だが、陸は賭けた。これを解析できる天才が現れることに。
 やがて時が経ち、そのデータの一部を解析した天才が現れた。
 イクサの開発者である。
 彼女は独自の理論の下でライダーシステムを開発した。
 それがイクサだった。

 

 パッションピンクの可愛らしい車を中心に旗と木製のテーブルとイス。そして、甘い香りのする色とりどりの揚げ菓子。
 小さなカフェがそこにあった。
 鳥居坂に住む人間なら一度は見かけたことはある移動式ドーナツショップ『はんぐり~』は今日も休まず営業中のようだ。
 晴人が車に近づくと設けられた販売カウンターから車と同じ色をしたエプロンをつけた男が顔を出す。店長だ。

「いらっしゃ~い、ハルくん。そろそろ来ると思ってたわよ」
「三時のおやつには、はんぐり~……ってね」
「今日はうちで? それともお持ち帰り?」
「天気がいいから、こっちで」
「そう。ところで、この新作」
「プレーンシュガー、買えるだけ」店長自慢の新商品が披露されるより早く、晴人はカウンターに五百円硬貨を置くとお気に入りを注文した。
「もう、また~?」

 店長はがっくりと肩を落とす。こっちが出す前に潰すのは反則だ。
 プレーンシュガーしか頼まない常連。
 別にそれが悪いとは言わないが、作って売る側としてはやっぱり他のドーナツの味も知ってほしい。
 好きだからなんだろうけど、これだけ毎回推しても頑なにプレーンシュガーしか頼まないのはちょっと変わっていると思う。

「……ねえ、ハルくん。どうしてプレーンシュガーばっかりなの? たまには新作食べてくれてもいいじゃない。すっごく美味しいんだから」恨み言混じりに呟いた。
「店長の腕は信用しているさ。プレーンシュガーがなによりの証明だからな」
「あら、お上手。それに免じて今日は引き下がってあげる。でも、若いうちからそんなにドーナツばかり食べていたら糖尿病になっちゃうわよ」
「それって体験談? 新作つくって試食ばっかしてたら……みたいな」晴人は悪戯っぽく笑ってからかった。
「そんなわけないでしょ! 私はいたって健康よ。体は資本だもの。お肌と同じくらい気を使っているんだから」

 自慢げに頬を突き出す店長。「気をつかっている」の言葉通りシミ一つない綺麗な肌だった。
 晴人はドーナツの入った袋と紙皿を受け取りイスに座るとプレーンシュガーをかじった。

(どうしてプレーンシュガーばっかり頼むのか……か)
 
 プレーンシュガーの生地のもっちりとした食感を楽しみながら晴人は店長の言葉を思い出す。
 きっかけは子供の頃に起こった出来事だった。
 ・
 ・
 ・
 家族三人で出かけた帰り道、その日は土砂降りの雨だった。
 ワイパーが忙しなく動いてフロントガラスを拭くが、あっという間にその上から大量の雨粒が落ちてくる。夜ということもあって視界はかなり悪かった。
 お母さん、まだつかないの?
 後部座席に座る幼い晴人は退屈そうに愚痴った。

「晴人、わがまま言わないの」

 助手席の母が嗜めると晴人は少し不貞腐れた顔をしてプレーンシュガーのドーナツをかじった。それを見て、母は優しく笑った。
 そんな妻と息子のやり取りを横目で見ながら、運転席の父もまた小さく笑みを浮かべた。
 操真晴人は優しい両親のいる幸せな子供だった。
 しばらく車を運転しているとフロントガラス越しの景色に四角い何かが浮かび上がった。
 次に見えたのは目を覆いたくなるほどの強い光。
 同時にうるさすぎる音が聞こえた。
 突っ込んでくるトラック。それが一家の見た光景だった。
 父は反射的にブレーキを踏んだが既に遅かった。
 一家を乗せた小さな車はそれの何倍もの大きさと重さを持つ鉄の塊に吹っ飛ばされた。
 晴人は割れたガラスが飛んできて自分の顔を切り裂く鋭い痛みも、全身が叩きつけられる激しい痛みも、衝撃で自分が食べたプレーンシュガーを嘔吐しそうになる不快感も、どれも感じる間もなく意識が暗闇の底に沈んでいった。
 操真晴人は交通事故にあった。
 助手席にいた晴人は辛うじて軽傷で済んだ。しかし、両親は違った。
 病院で意識を取り戻した晴人が見たのは、変わり果てた両親の姿だった。
 全身を包帯で巻かれてミイラのようになっていた。

「良かった。あなたが助かって」母は掠れるような弱い声で晴人の無事を喜んだ。

 お母さん! 死んじゃ嫌だよ!
 悲痛な叫びをあげる晴人に母は優しく語りかけた。

「忘れないで、晴人……あなたがお父さんとお母さんの希望よ」

 僕が……きぼう?
 母の隣のベッドで父は「そうだ」と言って、続けた。

「晴人が生きててくれることが俺たちの希望だ。いままでも、これからも」

 父は右手を出して、合わせて母は左手を出した。晴人は両手に父と母の手を収めた。
 家族三人が一列に手を繋いだ。
 その時、心電計が映す波形が一本の直線になった。
 途端に病室が慌ただしくなり、医師が様態を見ようと晴人を動かす。
 離れていく晴人と両親。晴人の手から両親の手が力なく抜け落ちた。
 晴人は両親の危篤を察した。
 嫌だ! 嫌だよ!
 晴人は遠ざかっていく両親を必死に呼び戻そうと必死に叫んだ。
 だが、両親は晴人の言葉に応えなかった。両親は帰らぬ人になった。
 操真晴人はひとりぼっちになった。

 その晩、晴人は自分以外誰もいない家で泣いた。声が枯れるほどむせび泣いた。
 泣いたら今度は猛烈に腹が減った。
 何か食べようとキッチンにいくと茶色い紙袋があった。
 中を見てみるとプレーンシュガーのドーナツがいくつか入っていた。
 その中には晴人がかじったプレーンシュガーも混ざっていた。事故の時に食べていたやつだ。
 一つ手にとってみると既に湿気ってしまった粉砂糖で手がベタベタになった。
 晴人の脳裏に事故の瞬間の記憶がフラッシュバックし、死んだ両親が浮かんだ。
 あれだけ泣いたはずなのにまた涙が湧いてきて、悲しみに押しつぶされて何もないはずの胃が吐きそうになった。
 だが、晴人は歯を食いしばって耐えた。
 お父さんとお母さんは死んだ。死んだんだ。もう何処にもいない。二人は僕に生きいてほしいって言った。だから、僕は生きていかなくちゃいけない。お父さんとお母さんのためにも。僕は父さんと母さんが残した希望なんだ。
 晴人はプレーンシュガーを口に運んだ。
 食べてやる。どんなに思い出しても食べてやる。食べて、食べて、食べ続けて、全部を僕の一部にしてやる。そうすればきっと前に進めるから。
 ・
 ・
 ・
 晴人は何かが置かれる音にハッとした。
 テーブルにはコースターと一緒にアイスティーがあった。

「これは?」持ってきた店員に聞いてみる。
「店長からですよ。ドーナツだけじゃ食べづらいだろうって」

 晴人は視線をピンクの車に動かすと店長はカウンター周りを清掃していた。

「なあ、今日の俺どう見える?」
「えっ、どうって……いつもの晴人さんじゃないですか」
「だよなあ」

 手で顔を触ると頬に指が沈んだ。
 顔はこわばっていない。
 昔を思い出して少しナイーブな気持ちになってはいたが、表情には出していない。
 いつもの操真晴人の顔のはずだ。

「あのさ、店長……」

 もしかして気を遣ってくれたのか? と聞こうとした。
 店長は「バレバレよ」と言いたげにウインクをした。
 マジか……

「どうしたの、ハルくん?」からかうように聞いてくる店長。
 
 何を聞こうとしたか分かっていた癖に意地悪な奴だ。
 晴人は「ふぃ~」とため息をつくと、いつもの軽口を叩く。

「奢ってくれるのは嬉しいけど、俺に『そういう』趣味はないぜ」
「あら、残念。いい男なのに」

 同じく軽口で返す店長に晴人は笑った。
 ありがとうな、店長。

本編で描写の少ないグレーゾーンは好きに掘り下げる

 晴人がはんぐり~でプレーンシュガーを食べている頃、仁藤は気分よく眠っていた。
 テントから盛大ないびきが漏れて、近くを通る人は何事かといった様子でテントを怪訝な顔で見る。
 すると通行人の一人が真っ直ぐテントに近づき、中の様子を伺った。
 仁藤は大口を開けて、横になっている。口の端からヨダレが垂れて下に小さい染みを作っていた。
 通行人の男はしばらく仁藤を観察する。
 ボリボリ……
 仁藤は気持ちよさそうな顔をして腹を掻いた。
 男は呆れたようにため息をつく。

「昼過ぎだというのにまだ寝ているとは戦士失格だな」

 男は仁藤に声をかける。

「仁藤くん、起きなさい」

 男の声に仁藤は少し唸るが、それだけだ。
 男はもう一度「仁藤くん、起きなさい」と同じように声をかけた。
 やはり仁藤は起きない。
 それどころか、寝返りを打って男に背を向けた。
 ブオッ!
 仁藤は盛大に屁を放った。

「……」

 男は肩を震わせながら、上着の内ポケットに手をいれてメカニカルな形のナックルを取り出した。
 いや、待て。落ち着け。彼はまだ未熟だ。だからこそ、俺が来た。
 その俺が、この程度のことで取り乱してどうする。
 心の中で渦巻く怒りを抑えながら、男はナックルをしまった。
 ここは年配者として落ち着きを持って挑むべきだ。
 男は爽やかな笑顔を浮かべて言う。

「仁藤くん、起きなさい。いつまでも寝ていたら体にも良くないぞ」
「………………………………うるせぇ」

 安眠を邪魔する声に仁藤は寝ぼけながら小さく答えた。
 瞬間、男が絶叫した。

「仁藤―――――くん! 起きなさ――――――い!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 耳をつんざくような声に仁藤は慌てて飛び起きた。

「ててて敵か?」

 訳も分からず周囲を見ながら、すかさずビーストドライバーを出現させる。
 そのまま両手を回しながら「へん~」と言ったところで、

(落ち着け、仁藤。客だ)

余計な魔力を消耗されては堪らないキマイラが止めに入る。

「あっ……客ぅ?」

 落ち着いてテントの入口の方を見ると名護が立っていた。

>235
ブレンかよ! 俺も大好きだ

展開に詰まってる。そんな時は妄想

 青年はカメラを構えてジッと待った。
 フォーカスを合わせながら被写体である少女をファインダー越しに覗く。
 彼女と目が合う。
 パッチリと開いた目。筋の通った鼻。ルージュがのった愛くるしい唇。胸の辺りまで伸ばしたウェーブの掛かった艶やかな髪。
 華やかな美形であると同時に彼女の初々しさと清楚さがあった。

(本当に綺麗になったな……)

 幼い頃から少女のことを見てきた彼はそう思った。
 彼女が笑う。シャッターチャンスだ。
 彼は見逃すことなくシャッターを切るとカシャッ!という小気味良い音が立った。

「どうだった?」
「バッチリだよ」

 彼は指でオッケーのサインを出す。
 彼女は一瞬安堵の表情を浮かべるが途端、僅かな影がさした。

「どうしたの?」
「ごめんなさい。写真の被写体にして、だなんて」

 彼の趣味であるカメラ。今度のコンテストに出す写真を撮りにいこうとした所で彼女が自分を撮ってほしいと言ってきたのだ。
 確かに彼は風景よりも人物を撮る方が好きなので、その申し出はありがたかったが同時に自分の趣味に付き合わせるのも悪い気がした。
 断りをいれてみたが、それでも彼女は自分を撮ってくれと言った。結局、彼は押し切られる形で彼女を撮影に同行させた。
 彼女も彼女で、青年の決して表には出さないがカメラへの熱い思いは知っていた。
 だからこそ彼の力になりたい。そこには彼女の彼に対する淡い想いも混ざっていた。
 しかし、自分はカメラについて禄に知らない。ついて行っても彼の足でまといになってしまうのは明白だ。それでも彼の力になりたいと切に思った少女は、自分をモデルにするという発想に至った。
 美人な母親をもつ彼女は、自分の容姿がいいことを少なからず自覚していた。カメラ栄えもいいだろう。
 だが彼女自身、無理を言ったのは分かっているし、それを承諾してくれた彼の優しさに申し訳ないという気持ちがあった。

「ありがとう」
「えっ……」

 突然、彼は彼女に向けて感謝の言葉を送った。

「いい写真がとれそうだよ」
「本当に?」
「モデルが良いからね」

 彼はニコリと笑った。その笑顔に嘘はない。いつだって自分に向けてくれる優しく暖かい笑顔。彼女は顔が熱くなるのを感じた。

「口が上手いんだから」

 林檎のように頬を赤く染めて恥ずかしそうに顔を逸らす。
 彼はそんな彼女の様子を見ながらニコニコと笑ったままだ。
 彼女には笑顔でいて欲しい。それが彼の願いだ。

「次、行こうか」
「撮影場所、ちゃんと決めてあるの?」
「下見はしてあるからね。この先を真っ直ぐ行った所なんだ」

 彼はカメラをしまい、荷物を背負い歩こうとした。

「……!?」

 全身に緊張が走りぬけた。
 誰かが自分たちを見ている。いや、正確に言えば彼女だ。
 明確な意思が視線となって彼女に注がれている。

「どうしたの、ボーッとしちゃって」
「い、いや」
「?」

 少し前を歩く彼女は気づいていないようだ。
 どうする?
 彼はしばし考えた後、わざとらしく「あっ」と声を上げて続けた。

「ごめん。少し先に行っててくれないかな?」
「ええー!?」

 不満そうに声をあげる彼女。彼と二人で行きたいようだ。
 彼は笑顔でなだめる。

「フィルムが切れちゃってさ。すぐに買ってくるから」
「もう……ちゃんと追いついてよ」

 しぶしぶと言った様子で歩き始める彼女。好きな人の笑顔には弱いのだ。
 彼女が青年の元から離れていく。
 フィルムが切れたというのはもちろん嘘だ。予備ならたくさんある。
 そんなしょうもない嘘をついたのは彼女をここから離れてもらうためだった。
 柔和な笑みを浮かべていた彼の顔が険しいものへと変わる。

「いつまでコソコソ隠れているつもりだ」

 彼女と一緒にいた時とは想像もつかないほどに低く威嚇するような声で彼は物陰に向かって喋った。
 物陰から視線の主が出てくる。黒い肢体に色鮮やかな模様をあしらった怪物だった。
 青年は怪物の正体を察する。

「ファンガイアか。生物の一つの到達点であるからこそ、統制者の目に留まらずバトルファイトから弾かれた存在」

 ファンガイアは何を言っているか分からない様子で唸り声をあげる。彼は冷淡な顔つきで続ける。

「まあ、いい……お前たちが何だろうと俺には関係ない」

 俺のすることは決まっている。
 あいつが自分の身を捧げてまで守ろうとした人間。
 俺はそれを守る……人間として。
 ましてや、それが俺の大切な人ならば尚更だ。

「俺の大切なものに手を出すというなら容赦はしない……」

 ファンガイアは彼を始末しようと命を吸い取る透明な牙を飛ばす。
 彼は迫り来る牙を掴むとそのまま握り潰した。
 ファンガイアは驚愕した。
 ただの人間が牙を掴みとり破壊したこともそうだが、それ以上に牙を砕いた彼の手から『緑色』の血が滴り落ちているではないか。
 明らかな異常事態にファンガイアは後ずさりした。

「ぶっ殺してやる」

 彼の中で敵意が尖がり、冷たいまでの殺意へと鋭さを帯びていく。
 すると彼の腰にベルトが現れた。
 彼は上着のポケットから緑色の血で塗られた手で一枚のカードを掴んだ。

「……変身……」

 カードをベルトのバックルに読み込ませる。
 チェンジ!
 音声と共に、青年の姿が黒い外殻で覆われた異形の姿へと変わる。異形はバックルを取り外すと弓のような武器に装着させた。腰にあるホルダーからカードを一枚出して、読み込ませる。
 チョップ!
 更に一枚。
 トルネード!
 二枚のカードを読み込ませると異形の腕に風が吹き、螺旋を描いた。
 スピニングウェーブ!
 異形はファンガイアに飛びかかる。勝負は一瞬で決まった。
 竜巻を纏った異形の腕はファンガイアの頑強な皮膚を難なく引き裂いた。
 ファンガイアの絶叫。異形はファンガイアの腹に刺さった腕を更に沈みこませると上に振り抜いた。
 ファンガイアの体が腹から真っ二つに開き、Yの字になると無残に砕け散った。

 ・
 ・
 ・
 シャッターを切る音が連続でする。
 彼女を撮りながら、ふと彼は思った。

(俺は後どれだけの間、この子と一緒にいられるのだろう)

 人間として生きていくとはいえ、自分は人間ではない。変えようのない事実だ。
 いつかは別れの時が来てしまう。

(ならば、俺のすることは……)

 別れの悲しみをすこしでも少なくするために彼女の元を早々に去るべきなのかもしれない。
 でも、それは違うような気がした。
 答えが見つからない。
 あいつなら、なんと答えてくれるだろうか。
 そんなことを考えると彼の頭に声が響いた。

「俺は人を守りたい。俺がそうしたいから、そうしたんだ。お前もお前のやりたいようにやれよ」

 おもわず彼は顔を上げた。

(今の声は……)

 幻聴かもしれない。だが、確かに聞こえた。
 彼は小さく笑った。空を見上げると青空が広がっている。

(そうだな。お前ならきっとそう言うだろうな)
「ああ……」

 風にのって、同じ空の下にいるあいつの声が聞こえた。
 彼は決心した。
 別れが待っている。
 なら、それまでの限りある時間を大切にしよう。
 過ごした一瞬、一瞬を記憶に残せるくらいのものにしよう。
 俺にはカメラがある。これを使って、その一瞬を永遠にしよう。
 彼はカメラのグリップを握りしめるとシャッターを切った。
 後日、とある写真のコンテストでアマチュアながら銀賞に輝いた写真があった。
 澄み渡るほどの青い空の下で少女が笑っている一枚だった。
 写真の下にあるプレートにはこう書いてある。

作品名「天音」
撮影者「相川 始」

「フレイム」「キック」「コピー」
「バーニングディバイド」

「フレイム」「キック」「コピー」

「バーニングディバイド」

 色とりどりの花が垣根毎に咲き誇っている。
 静かに息を吸うと無数の香りの入り混じった強い香りがツンと鼻を刺激する。
 街の一角にあるフラワーガーデンが今日の奏美の練習場所だ。少し離れた所で凛子と瞬平が見守っている。
 奏美は耳をすませて街の音楽を聞く。美しい花を見て心を和ます者の笑顔、おしゃべりする者の雑談、頬を撫でる風、強く甘い香り。
 絶対音感を持つ者は耳から聞こえる音全てを音階に置き換えられると言う。
 奏美の場合は、聴覚だけでなく視覚、触覚、嗅覚などの五感で感じ取ったものを音階に置き換えられた。
 奏美は全身を使って街の音楽を聞き取るのだ。
 そうやって奏美に入力された音楽がバイオリンを介して外へと出力される。そこに決して手は加えない。自分という異物を混ぜてはいけない。
 聞こえた街の音楽を聞こえたままに表現するクリアーな音楽だ。

「綺麗な演奏よね」凛子は穏やかな顔を浮かべている。
「はい」瞬平も同じで顔を綻ばせていた。
「ところで仁藤くんは何処にいるのかしら?」

 別に当番制というわけではないが、何となく気になった。

「テントにはいなかったんですよ」
「留守となると……買い出しかな?」
「かもしれませんね。野宿はしていますけど完全な自給自足というわけでもなさそうですし」
「良家の息子だけあって仕送りとか多そうよね」
「どうでしょう? 仁藤さん、家を飛び出したって言うし、仮にそういうのがあっても使ってないんじゃないですかね」
「うーん、謎ね。仁藤攻介の収入源」

 そんな二人の他愛ない話さへも奏美は受け取って、音楽へと変換し演奏する。
 凛子の言うように奏美の演奏は綺麗なものだった。
 しかし、奏者である奏美自身はどこか虚しい気持ちになってしまう。聞き取った音楽を正確にトレースし、演奏することはひどく機械的で退屈なのだ。
 もし自分の演奏したいように演奏できたらなんて考えてしまうが、直ぐに頭を振って追い出す。
 奏美は再び街の音楽を聞く。
 私はこれがいい……これでいい……これしかない。
 言葉を心の中で反芻させて、感情を上から真っ黒に塗りつぶして無心になってバイオリンを弾き続ける。
 その時だった。
 今まで全く聞こえてこなかった新しい音色が奏美の耳に入ってきた。それは地の底から唸るように響き、奏美の全身を揺らした。
 音は奏美の中へと吸収され、全身を駆けめぐる。呪詛のようにおどろおどろしく圧倒的なサウンドが頭の中で弾ける。まるでヘッドホンを強く押し当てた状態で大音量の音楽を聞いているような感覚だ。
 弓を握る手が微かに汗ばむ。
 直感で危険なものだと分かった。だが、奏美はその力強さに惹かれた。
 奏美は、その恐ろしい音色にだけ耳を傾けてコピーする。
 音がより一層に強く聞こえてくる。
 巨大な音の波は奏美に押し寄せて、飲み込み、深みへと連れ去ろうとした。

 
 

「ダメです、奏美さん!」

 声と一緒に誰かが奏美の手を掴んだ。
 聞こえてくる音から無理矢理引き離された奏美は音を遮った相手を見る。
 その姿を見て、瞬平が反応した。

「渡さん!」
「えっ、渡? それって晴人くんが言ってた奏美さんのバイオリンを修理した人よね」

 凛子は、その名前に聞き覚えがあった。いつもの面子で面影堂での他愛ない雑談で晴人から聞いた人物の名前だった。瞬平も会ったと言って、皆でちょっと驚いた。
 ふと凛子の中で疑問が浮かぶ。

「でも、どうしてその人がまだ鳥居坂に?」

 仕事であるバイオリンの修理を終えて、奏美に届けたはずならもうとっくに鳥居坂にはいないはずだ。
 それなのにまだ鳥居坂にいるのは妙な話だ。

「あなた、まだこの街にいたの?」

 奏美も同じような疑問が湧いたのか渡に質問していた。
 渡は「少しやることが出来て」とだけ答えた。

「そう……」

 奏美はさして興味がなさそうに返すと

「で、私に何の用かしら? あなたの修理してくれたバイオリンは完璧よ」

 遠まわしに「あなたに用はない」と伝えた。
 渡は奏美の質問には答えず、哀しそうな目のまま言った。

「その音楽を奏でてはいけません。遠ざかっています」
「遠ざかっている? 何からよ?」
「奏美さんの音楽です。奏美さんはもっと素敵な演奏ができるはずなんです」
「またそういう話なの。言ったでしょ、街の音楽が私の音楽だって」

 少しイラついた声で返す。
 わざわざそれを言いにきたとしたら大した嫌がらせだ。
 自分の中で折り合いをつけようとしていることに横槍を入れて迷わせようとする。
 正直、鬱陶しい。
 渡は奏美の心情を知ることなく語りかける。

「どうして自分の心の声に正直にならないんですか?」

 渡が奏美のバイオリンを修理している時、奏美がどれだけ音楽を愛しているかバイオリンを通じて感じ取ることが出来た。
 だからこそ奏美の演奏に違和感を覚えた。
 自分の奏でたい音楽は自分だけの音楽だ。そんな悲鳴を奏美の分身たるバイオリンがあげていた。

「奏美さんの音楽はきっと外に」
「見透かしたようなことを言わないで!」

 琴線に触れられた奏美はおもわず叫んだ。

「今日の夕飯、おっちゃんだっけ?」
「いや、俺じゃないぞ。コヨミだ」
「次、晴人の番だからね」
「分かってるって、なんかリクエストあるか?」

 コヨミは大根の漬物をポリポリと噛みながら考えると「鍋がいい」と答えた。

「鍋だったら、他のみんなを呼んでもいいかもな。ん……この鯖の味噌煮、美味いよコヨミ。ご飯が進む。渡も食ってみろよ」
「はい」

 味噌汁を飲んでいた渡が口を離し、晴人に薦められるままに皿に盛られたサバ味噌を食べる。味噌の辛さと砂糖の甘さが程よく両立できている。
 面影堂に夕食の時間が訪れていた。小さなテーブルを男女四人で囲む。
 渡はホテルで奏美のバイオリンを聞いた後、自分が一時的に寝床として使っているマンション(青空の会が所有しており、会員たちの潜伏先として世界各地に存在する)へ戻ろうとした所を晴人から夕食に誘われた。
 断ることは出来たが晴人の厚意を無碍にするのも失礼だと思い、今に至る。

「それにしても本当にこのサバ味噌美味いな」輪島はほぐした鯖の身をご飯と一緒に食べながら舌鼓を打った。
「鯖がいいのを使ってる……みたいだから」
「みたい?」歯切れの悪いコヨミに晴人は首を傾げる。
「今日、買い物の帰り道でね。男の人と交換したの。私が買ったスーパーの鯖と松輪の丸特っていう鯖と」
「聞いたことないな。おっちゃん、知ってる? あっ、コヨミ、俺のご飯おかわり」
「松輪鯖と言えば、確か鯖の中でも黄金の鯖と言われるくらい高級な鯖だぞ」
「へえ、そんな凄い鯖をわざわざスーパーの鯖と交換するなんて不思議だな」
「うん。いきなり献立を聞かれたから、鯖の味噌煮って答えたら……『お前は鯖の一番美味しい食べ方を知っているな。なら、そんな安い鯖を使わないで一番美味い鯖で食べろ』……って言われて、交換してもらったの」 
「それはまた随分と変わった人だな」
「格好も変わってた。晴人より少し年上なん感じだったんだけど作務衣と下駄で」
「変だな」「変ですね」

 晴人と渡は顔を見合わせて男に対して同じ感想を言った。

「はい、晴人。おかわりのご飯」
「サンキュー」

 晴人は礼を言いながらコヨミから茶碗を受け取ると、炊きたてでキラキラと光るご飯を食べ始めた。
 渡は晴人の指にはめられている指輪に視線が向いていた。指輪の割には少し大きいから目立つのだ。

「あの……」

 渡は少し悩むように下を向きながら言葉を続ける。

「晴人さんは魔法使いなんですよね」
「ああ、そうだけど」今更なにを?といった調子で晴人は軽く返す。
「前に僕の目の前でも普通に魔法を使ってましたけど……どうして隠そうとしないんですか?」

 渡はフラワーガーデンで襲われた時のことを思い出していた。
 奏美がガネーシャに襲われた時、前に出て庇おうとした。威嚇もした。
 しかし、キバに変身しようとはしなかった。ガネーシャを退ける力を持っていながら使おうとしなかった。
 渡は自分がキバであることを必要以上に知られたくなかった。
 キバという異形になった自分。深紅の魔人の姿を晒し、人を遥かに超えた力を使う。
 それを見た人は何を感じるのだろう。
 驚異。恐怖。あるいは陶酔。
 渡は、そういったものを無闇に持たせるのが嫌だった。
 知らないなら知らないままの方が幸せなことは確かにある。
 だからかもしれない。
 自分の力であるキバと同じように人を超えた力、魔法を持っていながら人に隠そうとしないでむしろ披露するようことをした晴人。
 その在り方が不思議だったし、聞いてみたかった。
 

井上の新作「海の底のピアノ」の和憲が一人称がぼくで音楽に関わっているから、渡を思い出してしまい瀬戸くんの声で再生される

「姉さん、夕飯が出来たよ」

 ドアをノックして少しの間を取った後、今川望は部屋に入った。
 物の少ない小奇麗な部屋では姉の希がベッドの上で横になっている。
 望はベッドまで近づくとゆっくり膝をつき、希と同じ目線の高さに合わせた。

「体調はどう? 食べれる?」
「今は良い方かな。多分食べれるよ。今日はなに?」
「パスタ。和風なやつ……運んでこようか?」

 他の人が聞けばいつもと変わらないように聞こえる希の声から望は、希の体調はまだ良くないことを察して、そう言った。
 体の弱い希の体を無理に動かす必要なんてない。希は小さく首を横に振った。

「大丈夫。いつまでもベッドの上で寝ているわけにはいかないしね」
「わかったよ」

 自分の気遣いを断る希に望は苦笑しながらも内心嬉しさを感じた。
 希の意思を否定するつもりはない。希が大丈夫と言うなら、大丈夫だ。
 もちろん体調は良くないのだが、そこは自分がフォローすればいい。そのために自分がいる。
 望は希をゆっくりと起こすと起立性低血圧――立ちくらみを考慮して「気分は?」と一言聞く。
 希は「大丈夫って言ったでしょ。心配しすぎだよ」と軽く笑うとパジャマの上からピンクの女の子らしいケープを羽織った。

「てるてる坊主」
「女の子に向かって、そういうこと言わない」

 部屋を出ると姉弟は弟の部屋の前を横切って、階段を下りた。壁に備え付けられた手すりにつかまって少し急な階段をゆっくり歩く希の前を望が歩く。もし希に何かあって転ぶようなことがあってもすぐにフォローするためだ。
 望の記憶では希は一度、階段から転げ落ちている。幸いなことにその時は大事には至らなかったが、手すりもそれがきっかけで業者に頼んでつけたはずだ。
 リビングに着くとテーブルにはランチョンマットが敷かれ、望の作った夕飯(山芋と明太子のパスタ)が用意されていた。
 鰹ダシと合わせたパスタの上から擦られた山芋と明太子を混ぜたピンク色のとろろがかかっている。振りかけられた刻み海苔もあって見栄えもいい。

「和風のパスタだからもしかして……って思ったけど、やっぱり」

 予想通りとは言え、希は笑顔を浮かべた。望の料理の腕は知っているし、このパスタの美味しさも知っているからだ。

「「いただきます」」

 姉弟で食事の挨拶をする。希が食べ始めると望も食べ始めた。
 望は、希がそうしたように皿の隅に乗っているワサビを鰹だしに混ぜてパスタを口に運ぶ。わさびのツンとした刺激が望を襲った。

「やっぱり美味しいね。明太子の辛さとは違うワサビの辛さが味を引き締めてる」
「…………ああ、そうだね」
「何度も食べてるのに、どうして飽きないのかな?」
「昔作った時のレシピ通りに作ってるだけだよ。特別なことは何もしてない」
「だから不思議なんだよね。私が作ると少し違うし。ホントこれだけ料理の腕があるなら望はいつでも嫁入りできるよね」
「嫁入りって俺は男だよ」
「そう? 小さい頃は「希おねーちゃんのお嫁さんになる!」とか言ってたのに」
「えっ……」

 希の突然すぎるカミングアウトに望はフォークを止めた。希の発言は嫁入りという冗談からの延長だった。しかし、望には冗談として受け取れなかった。正確に表すと受け取れる余裕がなかった。
 小さい頃? いつだ?
 望は焦りながら頭の中をフル回転させて希の発言に該当する望の記憶を探す。
 しかし、どれだけ記憶の引き出しを開けても希の言っているような記憶は見つからない。
 それでも望は何処かにあるかもしれない何処にもない希との記憶を、床に散乱した大量の紙から正しい一枚を見つけるように漁った。諦めた望は希に確認する。

「姉さん、俺は本当にそんなこと言ったっけ?」
「やだ、真に受けちゃったの?」

 希は可笑しそうにクスリと笑った。そこで望は自分が冗談を言われたことに気づいた。
 ため息をつきながら望は再びパスタを口に運ぶ。ワサビの刺激で鼻がスーっとなった。

「まったく悪い冗談はよしてくれ」
「そうだね。確かに望は言ってないよ。お嫁さんになるって言ったのは……」

 そこで希は黙ってしまった。うつむく希の耳はほんのり赤くなっていた。

「……姉さん? やっぱり体調良くないんじゃないの?」

 望は熱を測ろうと身を乗り出しながら希の額に手を伸ばそうとした。テーブルを挟んで近づく二人の距離。すると希は慌てて身を引いた。

「へへへへ平気だよ。辛いものを食べたからな。体が熱くなったんだと思う」

 希はケープも脱がずにわざとらしくパジャマの第二ボタンまで外すと襟をパタパタ動かして開いた胸元に風を送った。
 朱が差して薄いピンク色になっている希の肌に、望の中で何かが大きく高鳴った。
 望は自分の体が熱くなることを自覚するとコップに注がれた水を飲んだ。味も何もない冷たい透明な液体が体の芯から冷やしていく。
 空になって水滴しかついてない硝子のコップをコースターの上に置くと希が話しかけてきた。



「大学は楽しい?」
「楽しくなきゃ続いてないよ」
「その割には帰ってくるの早いよね」
「まあね」
「ごめんね。友達と遊びたいのに私のせいで望の時間を奪って……」

 希は申し訳なさそうに謝った。望が体の弱い自分を気遣って、講義が終わると直ぐに帰ってくることは知っていた。
 望が自分のことを重荷だと感じてないだろうか、と悩んだことは何度もあった。
 すると望は「姉さん、嫌な言い方だけどさ……」と言った。
 これは望が建前やオブラートに包んだ言葉ではなく、自分の正直な気持ちである根っこの部分を晒してくる時に使う前置きの言葉だった。希は緊張で体を固くした。

「姉さんは体が弱い。だから普通の人よりも多く他人に迷惑を掛けざるを得ない」

 嫌な言い方と前置きされていたとは言え、面と向かって自分が持っている負い目を指摘されるのは辛い。希は唇を噛み締めた。望は構わず続ける。

「だから気にしなくていいよ……って、言われても無理だよね、普通。姉さんにやってもらって当然的な図太いお客様根性があるとも思えないし」

 淡々と伝えられる望の想いに希は「うん」と沈んだ声で返す。望は少し困ったような笑って希にゆっくりと語りかけた。

「それでも……それでもさ、やっぱり気にしないで欲しいな。姉弟なんだから遠慮されたら俺は嫌だよ。姉さんは俺の時間を奪ってなんかいない。むしろ与えてもらってる」
「どうしてそう言えるの?」
「だって、かけがえのない家族のために時間を使えるってすごく幸せなことだと思うから。俺は姉さんから、姉さんと過ごす時間を与えてもらっているんだ」

 望は感謝を示すように希の手をとって、望の一番伝えたいことであり嘘偽りのない本心を伝えた。望の心に触れた希は、はにかんだ。

「望は優しいね。本当にありがとう」

 希もまた感謝の気持ちを返すように手を強く握り返した。

「ねえ、望……私に遠慮してほしくないんだよね」
「うん」
「じゃあ、わがまま言ってもいい?」
「もちろん」
「デザートにアイスが食べたいな」
「……チョコミントでしょ?」

 希の子供っぽいわがままに望はプッと小さく吹き出すと記憶の中から希の好みを引き出した。

 望が自宅から近いコンビニでチョコミントのカップアイスを買って帰る途中、踏切が見えてきた。
 ここの踏切はけっこう時間がかかる。待っている間にアイスが溶けてしまうかもしれない。望は急いで走った。
やがて踏切はカンカンカンカン……という音と共に遮断機が降りてしまった。それでも望は走るスピードを緩めなかった。
 遮断機の向こうで電車が音を立てて線路の上を通る。望は走りながら強く地面を蹴って空高くに跳んだ。望の体はいとも簡単に電車ごと踏切を跳び越えた。

「何をそんなに急いでいるのかしら?」

 音も立てずに着地した望に髪の長い女――メデューサのミサが声をかけてきた。

「パズズ」

 ミサは望の本当の名前で望を呼んだ。

「何の用だ、メデューサ?」
「分かっているでしょう。お前の力を貸して欲しいの。ゲートを絶望させて新たなファントムを生みだしなさい」
「俺に白羽の矢が立ったってことか」
「ええ……やってくれるわよね?」

 言葉こそ頼み事をする時のそれだったが、有無を言わせない迫力がミサにある。つまり一方的な命令だった。

「嫌だね」しかし望はハッキリ断った。
「なんですって?」

 途端、ミサの中で猛烈な怒気が溢れ出した。望は臆することなく言い返した。

「ファントムは俺だけじゃない。他にもいるはずだ」
「お前が適任なのよ。お前は魔法使いの天敵だから」
「…………」望はあくまで拒絶の態度を続けた。するとミサの激情に歪んだ顔が一転、冷たく妖しい笑みを浮かべたものに変わった。
「そう……口で言っても分からないのね。なら、お前のゲートの姉でも殺そうかしら」
「なっ!?」
「あら、何を動揺しているの? ファントムが持て余している力を振るっても別にいいでしょ。実際フェニックスを始め、多くの武闘派のファントムはやっていたことよ。私もそれに習ってみるだけ」
「姉さんに手を出すな!」

 今度は望が怒りを顕にする。望の周囲で小さな虫の羽音のような音が聞こえた。

「パズズ、人間の女一人に何をそんなに執着しているの?」
「それは」

 口ごもる望をミサは自分で問いかけた言葉に答えを出した。

「お前、その女を愛しているのね」

 望はミサの答えに図星を刺された。
 サバトで誕生したパズズがゲートの望として生活する上で希との共同生活は避けられないことだった。望はパズズが誕生する前から希を支えてきた。パズズは望を演じるために希を支えた。
 ファントムである以上ゲートの記憶として希を支えるための知識を持っているので、支えること自体は簡単だった。
 たとえ味覚がなくても望の記憶にあるレシピを忠実に再現すれば希の喜ぶ料理を作れた。
 パズズは望として生きていくために何度も望の記憶を覗いた。望の記憶は希と一緒のものばかりだった。
 記憶の中の姉弟は常に笑い合っていた。
 パズズは望として生きていく内に自分の中で希の存在が大きくなっていた。
 いつまでも一緒にいたい。失いたくない。
 もし自分の抱いているものがメデューサの言うように愛というなら、それは愛なのかもしれない。

「俺は姉さんを愛しいている」
「下らないわね。その愛は、お前のゲートの記憶が、お前にそう見せているだけの錯覚よ。まあ、私にとってはどうでもいい話だわ。重要なのはお前がゲートを絶望させてくれるかどうかだけ。もう一度聞くわ、やってくれるわよね?」 
「……もし姉さんに手を出したら、その時はゲートよりも先にお前を骨の髄まで絶望させてやる!」

 望はその場で吐き捨てて、音もなく跳ねると姿を消した。
 ミサは望のあくまで希にこだわる姿勢に呆れた。

「馬鹿なファントムね。姉がいるのはゲートであってお前にはいない。お前のやっていることは『人間ごっこ』にしか過ぎないのよ」


前回の投下の後からついたレスから色々と考えた結果の投下、本筋からけっこー外れちまうが許して
あと個人的なことだけどアーク・ブラッドから榊先生が降板したことがショック

「しかし、だからこそ許せません」

 途端、最前までの熱を帯びていたルークの声が冷たいものに変わった。

「混ざり物の出来損ないのファンガイアが、キバの鎧を扱うということが!」
「混ざり物?」
「そうだ! そこの混ざり物は二七年前にかつてのファンガイアの王を殺した男と厳粛なるファンガイアの掟を破った女王の間に出来た子供なのだ!」

 再び語気を荒げて、キバを出来損ないと詰るルークの言葉にウィザードは驚きキバを見る。
 キバは無言を貫いた。その無言はルークの言葉を事実だと証明していた。

「そして、そこの混ざり物は今日までキバの力を使って多くの同胞を手にかけてきた!」
「一族の裏切り者、ってことか」

 ウィザードは以前ファンガイアがキバに向けて放った言葉を思い出す。次いでキバの「僕は人間だ」という言葉が出てきた。
 混血であるキバが、自分は人間だと主張する。そしてファンガイアから裏切り者と罵られる。
 もしかしたらキバは自分がファントムからゲートを守るのと同じで、ファンガイアから人を守るために戦っているのだろうか?
 ウィザードはキバを一瞥するがキバは何も喋らない。

「キバは王が身に付けるべき神聖な鎧。それを! それをおおおおおおおっ!」

 ルークは血を吐くような叫びをあげて、キバの装着者にあらん限りの怒りと憎悪を向けた。
 民を守るべき王の力が同胞を殺すために使われている。
 その対象が稀にいる他種族と恋に落ちて誇りを失ったファンガイアになら納得できた。
 だが、目の前のキバはそういったファンガイアへの粛清には使われなかった。
 生物の頂点に君臨するファンガイアが人間を餌とする。いわばファンガイアがファンガイアとしてあろうとするファンガイアを殺すために使われた。
 ルーク――コーカサスビートルファンガイアには耐えられなかった。
 キバはこれ以上になく汚されたのだ。
 それが純血のファンガイアではなく人間とファンガイアの間の子供という混ざり物の手によるものと思えば余計にだ。

「キバを継ぐ者よ。そこの魔法使い共々ここで死んでもらうぞ」

 ルークの指が鳴り、殺意がドッと溢れ出た。

「この地に眠る同胞の魂よ。ここに集え!」

 ルークが吠えると地震が起きたかのように地面が激しく揺れだした。
 地面からは光り輝く珠が無数に現れる。それは、かつてこの地で死んだファンガイアの魂だった。
 魂は空の一点を目指して集まるとみるみる膨れ上がっていく。
 ウィザードは見たことのない魔法に目を凝らした。
 やがて空に輝く魂は人の数十倍の大きさになると異形へと姿を変えた。

「シャンデリアの化物……」

 空に浮かぶ異形を見上げたウィザードは小さく漏らす。
それは『サバト』というファンガイアの魂の集合体だった。
 シャンデリアのような外観と複数の腕とレリーフ状に刻まれた無数の顔。そして、ファンガイアであったことを象徴するかのように美しいステンドグラスの模様があった。
 サバトはおどろおどろしい呻き声を上げるとウィザードとキバに向かって光弾をいくつも放つ。四人のウィザードとキバはそれぞれ迫り来る光弾を避けた。
 光弾が辺り一体で爆発し、火柱を作りあげる。まるでミサイルだ。

「キバ、あんたは今までファンガイアと戦ってきたんだろ。何かあのシャンデリアの化物に対抗する手段はないのか?」
「…………」キバは答えるようにフエッスルのひとつを取り出した。
「なるほどな。ちゃんと「それ」用があるわけだ」

 キバはフエッスルをキバットの口にくわえさせた。

「キャッスルドラン!」

 キバットが笛を鳴らすと空から城と竜が合わさったモンスター『キャッスルドラン』が飛んできた。キバは飛び上がってキャッスルドランに乗ると命令を下した。
 主の命を受けたキャッスルドランはサバトに体当たりして鋭い牙で喰らいた。
 サバトはキャッスルドランを引き剥がすためにキャッスルドランを殴りつける。
 2体の巨大生物が激しくぶつかる様子は怪獣映画のような圧倒的な迫力があった。

「すげー……」
「俺たち、置いてけぼり?」
「いやいや、ゲストに全部もっていかれるのはマズイだろ」
「言えてるな……いくぞ!」

 赤いウィザードはサムズエンカウンターを押した。
 ファイナルタイム! ドラゴンフォーメーション! 
 ショーの大詰めを知らせる音声がドラゴタイマーからすると赤いウィザードはタイマーをウィザードライバーにかざした。
 オールドラゴン! プリーズ!
 詠唱が完了すると赤、青、緑、黄色のウィザードが各色の竜となって踊り狂う。
 火は燃え上がり、水は弾け飛び、風は吹き荒れ、大地は鳴る。
 四竜の舞いは天変地異を起こした。
 やがて赤い竜がドラゴスカルを発動したウィザードの姿に戻ると残りの3匹はウィザードと体を重ねた。

「全ての魔力を一つに!」

 ウィザードにドラゴテイル、ドラゴウィング、ドラゴヘルネイルが発動していく。
 ドラゴタイマーの本当の力は4つのエレメントに分離されたドラゴンの力を一つにまとめあげる所にあった。つまり、それは晴人の中に眠るウィザードラゴンを現実世界で召喚することと同じだった。
 ウィザードはドラゴンの力を現実世界で完全に発現し、全てのエレメントを内包する最強の竜人――ウィザード・オールドラゴンとなった。

オルドラをルークにぶつけてしまうとケリがついてしまうので、こーさせて頂いた

そういえばそのSICのストーリーで、「世界3大何やってるかわからない企業」に
スマートブレインと鴻上ファウンデーションが挙がってたけど、あと一社はどこだ? 
ミュージアムか? それとも財団X?

ミュージアムのフロント企業であるディガル・コーポとかは?
あれこそ作中じゃ「表向き」何やってる企業かわからなかった気がするんだけど・・・

あ、ガイアメモリ密造・密売は「パンピーに分かるような表沙汰にしてない」のでノーカンで。
風都の住人なら一般人でも割と知ってそうだけど、その外では風都ほどメモリ流通してないようだし。

 仁藤が名護の部屋で起きた頃、今川望――パズズも自室で目を覚ました。
 体調はあまり良い方ではなく頭が重い。イクサに貫かれた腹部に触れると焼けるような痛みが走った。
 望、と自分のゲートの名前を呼ぶ声がする。希がお湯の入った桶とタオルを持って部屋に入ってきた。

「起きたんだ」
「うん。いまさっきね」
「そう」

 短い会話を交わしながら希は桶の中にタオルを浸して絞った。
 その間に望はシャツの襟を引っ張り、脱ぐように見せかけて一瞬、腹の傷を確認した。特に傷跡はない。そのままシャツを脱いだ。
 望はタオルを貰おうとしたが希は渡さなかった。

「私が拭いてあげる」

 言いながら希は望のベッドの横に座った。スプリングが軋む音がする。二人の距離は近かった。

「え? 別に自分でやれるよ」
「いいから。いいから」

 希は望の体を清拭し始めた。温かいタオルで望の、弟の、想い寄せる相手の裸身を撫でていく。

「びっくりしたんだからね。大きな音がしたかと思ったら、望が倒れていたんだよ」
「ごめん。自分で思っている以上に調子崩していたみたい」

 嘘だ、と希は思った。調子を崩しただけであれ程にグッタリするとは考えられなかった。
 でも望は自分に心配をかけないためにも本当のことは教えないで隠すに違いない。今もそうだった。だから希は深くは追求しなかった。
 代わりに背中を拭きながら「重くて運ぶの大変だった」と愚痴ってたやった。
 望は「じゃあ、痩せなくちゃね」と返した。
 二人はしばらく笑いあった。
 笑いが収まってくると希は望の背中にそっと触れた。
 温かい。望、ちゃんと生きているんだ。
 温もりを確かめるように背中に顔をうずめた。

「姉さん」
「良かった……本当に良かった……」
「…………」

 姉の声と涙に望は困惑していた。
 料理をしている時に包丁で指を切った時は泣いていた。だがどこか怪我をしている様には見えない。
 恋愛ドラマや映画を見た時も泣いていた。それならば姉はテレビのあるリビングにいるはずだ。ここで思い出し泣きをしたとも思えない。
 ならば何か泣きたくなる程に嫌なことがあったのだろうか。
 望は過去の記憶を色々と探ってみるが今の希に近いケースが存在しなかった。
 なあ、姉さん。どうして泣いているのさ?
 望――パズズには希が泣いている理由が分からなかった。

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