京太郎「あの人が言っていた」(999)

・京太郎ssです。

・仮面ライダーカブトの世界観に咲キャラをぶち込んだ内容です。

・カブトのキャラは例外を除いて出てきません。

・原作設定をやりやすいようにいじくる可能性があります。

・安価にするかどうかは未定ですが、最初の話は非安価です。

・スレ立ては初めてなので、おかしな点や気になる点があったら指摘してくれるとありがたいです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371688010

 辺り一面に広がる炎と瓦礫の海。

 生の気配はない。

 そこに一人の男が佇む。


「パーフェクトゼクターは砕け、カブトゼクターも失ったか。残るはこのベルトのみというわけだ」


 そう一人ごちる男だが声音は至って冷静。むしろ奇妙な自信さえにじみ出ていた。


「ん? あれは……」


 男が目を向けた先には炎に照らされた金色があった。

 その今にも押し潰されそうな光に歩み寄る。

 まだ十にも満たない少年が瓦礫に挟まれて身動きを封じられていた。

 熱にやられたのか、少年は虚ろな目のまま声を出さずに男へ手を伸ばす。


「待ってろ、今助ける」


 何の気負いもなくそう言うと、男は瓦礫を軽々と押しのけ少年を救い出した。

 大きく衰弱しているが命に別状はない。


「お前の名前は?」

「―――――」


 意識の確認のために投げかけた問いに音のない声が返される。


「すが、きょうたろうというのか」


 耳には聞こえないはずの言葉だったが、男にはしっかりと届いていた。

 安否確認が終わったところで、早々にこの場から離れなければならない。

 男は少年の体を抱えると何処かへ向けて歩きだす。


「ああそうだ。言い忘れていたが、俺の名前は――」

うわ、結構レスある

とりあえずむこうの人とは違います
てかあっちまだ残ってるよね?

続きは帰ってからじゃないと無理なので
夜になってからです

「きょうたろー! お腹空いたぞ!」

「ちょっと待って衣さん。もうすぐ焼き上がるからさ」


 背中にかかる催促の声をあしらいつつ、最後に一度フライをかえす。

 そしてそのまま皿に盛り付けて大根おろしを添える。

 味噌汁をよそって食卓へ。

 ウサミミカチューシャを揺らしながら足をばたつかせている、小さな同居人が出迎えた。


「おお、待ちわびたぞきょうたろー!」

「はいはい、じゃあご飯をよそってくださいね」

「わかった!」


 素直な返事に心が暖まる。

 まるで小さな妹を見守っているかのような心境だが、ああ見えて彼女は俺の一個上である。

 本当に信じられないことではあるが。


「む、きょうたろーから今、邪念を感じたぞ」

「何言ってんですか。早く食べないとご飯が冷めちゃいますよ?」

「わわ、それはまずい。食べ物を粗末にするなとそーじも言ってた!」


 まあ、このように感は鋭いのだが基本的に素直なため誘導は難しくない。

 子供扱いを連想させる言動を取らなければ、ただ可愛らしい年上の女の子なのだ。


「それじゃ、いただきます」

「いただきまーす!」


 今日の朝食は鰆の塩焼きと白ネギの味噌汁。

 シンプルなだけに腕の良さが試される品だが、果たして……


「うむ、上手いぞ」

「はは、そうですか?」

「鰆は塩味が浸透していて焼き加減も絶妙。白ネギは見事な白髪で余計な辛味もない。大儀だ、きょうたろー」

「天を目指す者としては当然ですよ」


 内心は喜びで一杯だった。

 てか外にも出てて思わず腕を突き上げてしまった

 少しでも、一歩でもあの人に近づいているのだから嬉しさは抑えられない。

 そんな俺を目を細めて見守る衣さんを、こんな時ばかりは年上だと思えるのだ。


「あうっ! う~骨が入ってた……」

「いい加減魚の骨取れるようになりましょうよ……」

「衣さーん。そろそろ出ますよー。歯磨き終わりましたかー?」

「わわ、今行く!」


 身支度が終われば次は登校だ。

 自転車の後ろに衣さんを乗っけて走り出す。

 春の風は気持ちよく、桜の花弁が舞う中を駆け抜けるのは中々に風情があった。

 背中にしがみつく衣さんも楽しそうに鼻歌を歌っている。

 なんというか、知らない人からすれば絶対兄妹に見えてるよな、これ。

 俺も衣さんも金髪なもんだからそう間違われることが多いのだ。

 妹さん可愛いね、などと言われた日には頬を膨らませて拗ねてしまうだろう。

 でも、俺達は実際には血縁上も戸籍上もまったくの赤の他人である。

 七年前に隕石が落ちた渋谷で、ある人に共に拾われた。

 それで両親も死んでしまったからその人の家に置いてもらっている。

 ただそれだけのはずなんだけど、いつの間にやら家族みたいになってた。

 それが須賀京太郎と天江衣の関係だ。


「そういえばきょうたろー、知っているか?」

「何をですか?」

「自分とそっくりな、コッペパン、ドップラーとか、なんかポケモンみたいな……あれ、なんだっけ?」

「……ドッペルゲンガー」

「そう、衣はそれが言いたかったんだ!」

「なんでも人を食べてしまうらしいんで、衣さんも近づいちゃいけませんよ」

「そ、そうなのか? まあこ、怖くなんてないけど、きょうたろーの言うことだから聞いといてやろう」


 自分とそっくりな人――ドッペルゲンガーに出会ったら死んでしまう。

 そんなごくありふれた、噂話にすぎない都市伝説が実在することを俺は知っていた。

 自転車のカゴに放られた自分の鞄に目を向ける。


(俺に出来るのか? あの人に追い付くために、戦えるのか?)


 ずっとそのために準備をしてきた。

 あの日自分を救い出した天に辿りつくため。

 それでもにじみ出る不安に京太郎はある教えを思い出す。


『恐れは覚悟を鈍らせる。そして勇気とは鈍った覚悟を奮い立たせること』


 太陽を背に不敵に笑ってあの人はそう言った。


「おっしゃ! 気合入ったーっ!」

「おー速い速い! 景色が飛んでいくようだぞ!」


 スピードを上げた自転車は学校へと続く坂道を一気に駆け上っていく。


「あ、そうだ衣さん。最近物騒なので知らない人にもついていかないでくださいね?」

「子供扱いするな―!」

 四月の下旬、大型連休を目前にするころとなれば、大体話し相手やつるむ相手も決まって来るわけで。


「須賀くん須賀くん、一緒にお昼を食べるッすよ」

「おう東横、今日も自信作だぜ」


 そんな相手の一人、東横桃子とはよく昼ご飯を共にする間柄だった。

 一度声をかけてから遠巻きに見られるようになって、一度弁当のおかずを与えたら餌付けに成功してしまったのだ。

 あまり他の人と話すところを見たことがないので根暗なのかと思っていたのだが、話してみたら案外面白い。

 そんなこんなで友達となったわけだ。

 決して身体的特徴のとある一部分にひかれたとかそういう理由はない。


「いやぁ、やっぱりこの玉子焼きは絶品の一言っすね~」

「俺が作ったんだ。当たり前だろ?」

「その自信も相変わらずっすね」

「なんたって、俺はいつか天の道を往く男だからな」

「不遜っぷりもここまでいくと清々しいものっすねぇ、須賀だけに」

「20点。さっきの玉子焼きの返却を求む」

「もう食べちゃったものは返せないっすよ。代わりにこれを、あーん」


 東横は自分の弁当箱から鶏の唐翌揚げをつまみ出し、俺の口もとへ差し出す。

 頭の中に衝撃が走った。

 こんな甘酸っぱい青春の一ページのようなイベントが降りかかってきたら、男子であれば少しは動揺してしまう。

 しかし、俺に料理を差し出すということは、即ち挑戦だ。

 だから逃げるわけにはいかない。

 周囲の視線がこちらに向いていないことを確認すると、意を決してかぶりつく。


「……醤油ベースににんにくとショウガ、大まかな味は普通の唐翌揚げだが、冷えた油の感触が少なくほのかに甘い」

「ふんふん、それで?」

「そうか、これは米粉を使っているのか! それによって油の吸収が抑えられ、甘みも出る」

「おお、ご名答っすよ!」

「そして米粉の甘みによって他の味もより際立っている……見事だ!」


 まさか同級生の弁当にこんな唐翌揚げが潜んでいるとは思わなかった。

 料理の腕で劣っているとは思わないが、この唐翌揚げに関してだけは認めざるをえない。

 東横がこれほどまでの腕前を持っていたとは……


「どうやら認識を改める必要がありそうだな」

「まぁ、それ作ったのお母さんっすけどね」


 机の端についてた肘ががくんと落ちた。

 不覚にもバランスを崩した姿を東横がケラケラと笑った。


「おまえな、そういうのは先に言えよな!」

「ちなみに私が揚げ物したら見事に爆散したっす!」

「威張って言えることじゃないだろ! お前はもっと食材を大事にしろ!」

 そして食事が終われば残りの時間は雑談で消費される。


「そういえば須賀くんって運動できるっすよね」

「そうだな」

「この前のサッカーの授業見てたっすよ。須賀くんが七人抜きするところ」

「俺ぐらいになればあの程度楽勝だろ」

「そのあと滑ってバランス崩したところを相手にボール奪われてたっすけどね」

「うぐ、あれはグラウンドが乾ききってなかったんだよ!」


 言い訳じみてるかもしれないが、地面が濡れてたせいで滑ったのは本当だ。

 それでもあとで二点入れたから帳消しのはずだ。


「須賀くんって料理上手っすよね」

「その通りだな」

「初めてわけてもらった時の衝撃は忘れられないっすよ」

「日々の研鑽の賜物ってやつだ」

「この前の、私命名ミックス弁当は中々前衛的な味わいだったっすけどね」

「うぐ、あれは突っ込んでくる車を緊急回避したら鞄がすっ飛んでったんだよ!」


 その結果、激しくシェイクされた弁当はミックス弁当へと変じたわけだ。

 そういえば衣さんも目を回していたな。


「というか俺の失敗を並びたてて何だ、言葉責めでもしたいっていうのか」

「いやぁ、特に深い意味はないっすけどね。ただ須賀くんって微妙に運が悪いなって思ったっすよ」

「なんだよ、その微妙に運が悪いって?」

「たとえばなんすけど、いきなり雨に降られたりとか、それで傘を買ったらまた急に止んだりとか、プリンターを使おうとしたら丁度紙切れしたりとかっすよ」

「……おまえは俺のストーカーか何かかよ」


 東横の指摘が正確すぎてちょっと怖い。

 一時期ずっと遠巻きに見られてたから否定も出来ないし。

 とりあえず、俺がそういった小さな不幸に見舞われるのは確かに結構あることだ。

 だからそういう時は運命がたまに目を離していると思うことにしている。


「そういえば須賀くん、ドッペルゲンガーって知ってるっすか?」

「まあ、人並みには」

「どうも最近目撃情報が増えてるみたいっすよ。二年の先輩にも見た人がいるらしいっす」

「ちょっと気になるな、その話。その先輩って?」

「たまたま耳にはさんだだけっすけど……確か、2-2の松実って先輩っす」

「ん、情報提供ありがとな」

「かわいくてもナンパとかしちゃダメっすよ?」


 予鈴が鳴り、昼休みが終わる。

 東横の戯言は聞き流して、俺は放課後の予定を一つ加えた。

 放課後、東横や他のクラスメートに別れを告げて真っ先に2-2へと向かう。

 幸い教室の位置は俺の所属する1-2の真下、かつ階段も近いので移動は一瞬だ。

 教室を覗きこむと、生徒の半数以上がその場に留まっている。


「すいません、松実先輩はいますか?」

「ああ、クロね。ちょっと待ってて」


 もっと警戒されるかと思ったけど、案外すんなり話が通った。

 何しに来た、ぐらいは聞かれるかと思ってたのに少し拍子抜けだ。

 地毛ではあるが、金髪というのは割と悪印象を与えるものなのだ。


「クロー! 一年男子があんたに用事だってー」

「はーい、今行くから待ってー!」


 呼び出されてこちらにきたのは、髪の長い美少女だった。

 一見したらお嬢様のような見た目だが、その活発そうな瞳はそれにそぐわない。

 そして何より目を引くのが、東横には劣るがそれなりに大きいおも……何でもない。

 とりあえず美少女だった。


「初めまして、松実先輩。一年の須賀京太郎です」

「こちらこそ初めまして、松実玄だよ。それで須賀くん、用って何かな?」

「ちょっと聞きたいことが……」


 視線、視線。

 そんなに後輩が来るのが珍しいのか、周囲から結構注目されている。

 他の人に無暗に聞かせるような話でもないので、この状況は少々不都合だ。


「あるんですけど、場所を変えてもいいですか?」

「うん、かまわないよ」

「それじゃ、こっちに」

「わわっ」


 松実さんの手を引いて足早にその場から離れる。

 思わず掴んでしまったが、女性のエスコートとしてはあまり良くなかったかもしれない。


「何、クロに告白?」

「一年生はクロのあれを知らないからなー」

「黙っていれば文句なしの美少女なんだけどね」

 ところは変わって屋上。

 昼休みならばそれなりに人がいるものの、放課後はまばらだ。

 なるべく人を遠ざけるように隅の方へ移動する。


「そ、それで聞きたいことって?」

「それは……って、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫じゃないかも……ちょっと待って」


 そういうと松実先輩は俺に背を向けて俯いてしまった。

 何か悪いことでもしただろうか?

 それとも悪いものでも食べたのかな。

 少し考え込んでいると、よし、という掛け声がして先輩がこちらに振り返った。


「じゅ、準備オッケーだよ!」

「そうですか。じゃあ、ドッペルゲンガーの目撃情報について聞きたいんですけど」

「へ? どっぺる、げんがー?」

「はい。自分とそっくりなやつが出てくるっていうあれです」

「なんだぁ、その話しかー」


 胸に手を当て大きく息をはきだし、あからさまに気が抜けた様子。

 松実先輩の口ぶりからすると、むこうは何やら勘違いをしていたようだ。

 なにか心配ごとでもあったのだろうか?


「確か、廃工場だったかな?」

「と、言うと……学校の北の方のあれですか」

「そうそう、そこだよ。その場所でわたしとそっくりな人を見たんだ」

「なるほど。しかしなんだってそんなところにいったんですか?」

「それはね、おもちだよ!」

「なに?」

 今、何と言った?

 おもちとはあれか、女性の胸部に実るあれのことなのか?


「何を隠そうおもちハンターである私は、至高のおもちを求めて散策をしていたのです!」

「それで、どうして廃工場へ?」

「おもちをお持ちの人を追っていったら、いつの間にか辿りついたのです!」

「ちょ、先輩とりあえず落ち着きましょう」


 どうどうとなだめると、ふぅふぅと荒い息と共に肩を上下させ、松実先輩が現実へと戻って来る。

 あのまま続けさせていれば、俺も先輩の手を取っておもちを叫んでいたかもしれない。

 あの瞳にはそんな魔翌力が秘められている、気がする。

 いや、俺がおもち好きとかそういう話じゃなくて。


「要するに、先輩は散歩中に廃工場に寄り、そこで自分そっくりのドッペルゲンガーを見たと」

「うん。一瞬で遠目からだったけど、わたしが自分のおもちを見間違うはずがないよ」

「その時は何もなかったんですか?」

「何だか気味が悪くなっちゃってね、その日はそのまま帰ったんだよ。慌ててたから怪我しちゃった」


 松実先輩は絆創膏を張った指を見せると、舌を出しながら笑った。

 そのドッペルゲンガーが俺の考えるものと同じなら、放っておけばこの先輩は遠からず命を落とす。

 それは、非常に不愉快な未来図だ。

 容認などしないし、実現させるわけにはいかない。


「大体わかりました。先輩、とりあえずしばらくは常に誰かと一緒に行動してください。最近変質者も多いですから」

「へ、変質者?」

「はい。おもちの有無に関わらず女生徒を襲い、欲望の限りを尽くす極悪非道です」

「ひぃ、わかりましたっ」


 素直な人で良かった。

 これならばしばらくは一人で行動することはないだろう。

 そしてそれが彼女の身の安全へとつながるのだ。

「それじゃあ先輩、情報提供ありがとうございました」

「うん、こっちこそごめんね? なんか無駄に緊張してて」

「何か心配ごとでもあったとか?」

「心配ごとというか、人が少ない場所に連れ出されてさ、また告白されるって勘違いしてたから」

「あー、なるほど」


 確かにそう取れなくもない状況だった。

 男子生徒が話があると言い、自分の手を掴んで人気のない場所へ連れ出す。

 口ぶりからして、先輩は過去何回か告白を受けたことのあるのだろう。

 それならば、そのような勘違いがおこっても仕方のない状況だったと今にして思う。

 結局、俺の配慮が足りなかったという話か。


「いや、それは迷惑をかけてしまってすいません」

「気にしなくていいよ。告白されるのもなれないけど、手を掴まれたのは初めてだったから緊張してただけ」

「俺も配慮が足りなかったですから」

「うん、じゃあお互い様ってことにしよう?」


 そう言って微笑む先輩はとても魅力的に見えた。

 きっと彼女は老若男女問わず、色んな人に好かれるのだろう。

 そんな素敵な人を死なせるわけにはいかない。


「そういえばわたしの話、誰から聞いたのかな? あのことはあんまり他の人に話してないんだけど」

「ああ、それなら同じクラスの東横ってやつからですよ。多分立ち聞きでもしてたんでしょう」

「東横桃子さん! あの立派なおもちをお持ちの!」

「え、御存知で?」

「おもちハンターたるものとして、あれ程のおもちは既にリサーチ済みだよ!」


 おもちハンターってスゴイ、改めてそう思った。

 衣さんを家まで送った後、買い物を名目にそのまま街へ出る。

 向かう先は、件の廃工場。

 きっと今日、ここから俺の運命が始まるんだ。

 乗り越えてみせる……あの背中に追い付くために。


「ここか……」


 住宅から離れた場所とはいえ、まだ街中と呼べる位置にある廃工場。

 敷地面積はさほど大きくなく、周囲に圧迫される姿は寂れた印象をさらに強めた。

 壮絶に古ぼけているわけではなく、劣化具合からして数年ほど放置されていたのだろう。

 いつまでも眺めているわけにもいかないので、開きっぱなしのシャッターから意を決して中へと踏み入る。

 工場内部は薄暗く、恐らく電気も通っていない。

 携帯電話を取り出しライトを付ける。

 電池の減りは速まるが、視界はクリアにしておきたい。

 人、もしくはそれになりすましたものの姿を求め、奥へと進む。


(埃が舞っている?)


 さらに奥へと進んだ俺の目に映るのは、まきあげられて宙を舞う埃だった。

 壊れた天井から差し込む光に照らされたそれは、先ほどまで何かがここで動いていたという証拠である。

 高まる緊張に思わず唾を飲み込む。


「なぁおまえ、ここでなにしてるんだ?」


 即座に振り返る。

 イケメンがそこに立っていた。

 身長は俺よりちょっと高いか。

 右手にビデオカメラを持ち、左手は小さめのキャリーバッグを引きずっていた。


(もしかしてこいつが?)


 疑いの目を向けるも、相手の方からも訝しげな視線を感じる。

 初対面の人間だと、どうやっても見分けがつかない。

 黙っていても仕方がない。

 ここは会話を試みるべきか。


「ああ、ちょっと待て。動くなよ……携帯に異常は無し。もしもし、今映像送る」

「あのー、喋っても良いですか?」

「じっとしてればそれで構わないぜ」

 通話をしながらカメラをこちらに向けるイケメン。

 この様子だと奴等の一員ということもなさそうだけど。

 いや、もしかするとここで疑われているのは俺なのか?

 とすると、このイケメンはまさか……


「もしかして、ZECTの人?」

「……なんだそりゃ? 中二病の一環かい?」

「確か、ワームから人類を守る組織だったっけ。表立っての行動はしてないみたいだけど」

「ワームのことまで……お前、何者だ」

「よく言われるだろ? 名乗る時は自分からって」


 相手の声が硬化する。

 細められた目は明らかな警戒の色を帯びていた。

 なるほど、本当に秘密組織でワームのことも秘匿しているのか。


「ちょっと手荒になっちまうが、吐いてもらうぜ」

『純、ちょっと待って。とりあえずその人は普通の人間』


 臨戦態勢を取り始めるイケメンを電話の声が制止する。

 この状況をモニターしているやつらがいるらしい。


「だけどな智紀、それにしたってアイツは知りすぎてる。放ってはおけないだろ」

『身柄を確保するのは賛成。それとは別に女子生徒が工場に入っていった』

「はぁ? なんだってこんなときに」

『とりあえず避難させてからことにあたって』

「はいはいりょーかい」


 イケメンは電話を切ると、頭を掻きながらこちらに目を向ける。

 俺がワームじゃないと知って警戒が薄れたのか、少しばかり気抜けした様子だった。


「まあ、聞いての通りだ。状況を整理したいから同行してくれ」

「後でこっちの質問にも答えてくれるなら」

「質問によるが、まあいいか。オレは井上純、お前は?」

「俺は、須賀京太郎――」


 あの人の姿と自分を重ね合わせる。

 まだ俺は天の道に立ってないし、総てを司るほど凄いやつにもなれていない。

 それでも、目指すところだけははっきりしている。


「――いずれ天に立つ男だ!」

 壊れた天井の向こう、太陽を指しながらの宣誓。

 井上は呆気にとられている。

 俺のオーラに気押されてしまったか。

 と、そのとき。


「きゃっ!」


 高めの、女の子の声が響く。

 井上が発したわけでも、もちろん俺が発したわけでもない。

 声は部屋の入り口、井上の後方から発せられていた。

 さっき電話で言っていた女子生徒だろうか。

 噂につられてきたのだろう。

 暗くて姿はよく見えないが、何かにつまずきかけたようだ。

 井上が近づいて手を取る。


「キミ、大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます」


 聞き覚えのある声だった。

 もしかして、これがそうなのか。


「とりあえずここは危ないから、外までエスコートするよ。歩ける?」

「はい、おまかせあれ!」


 近づいて確認する。

 ああ、やっぱり間違いない。


「初めまして、須賀京太郎です」

「こちらこそ初めまして、松実玄です」


 まるで初対面。

 指は綺麗なもので傷一つない。

 やっぱりこの人は、こいつは……


「なぁ、あんた誰だよ」


 俺の知っている松実先輩では、ない。

 その一言で明らかに雰囲気が変わった。

 松実先輩に擬態したなにかから、井上は手を離し距離を取る。

 なにかはいまだ薄く微笑んでいる。

 ……吐き気をもよおしそうだ。


「誰もなにも、さっき自己紹介したよね?」

「井上、一応確認を」

「ああ、分かってる」

「そっか、分かってくれないんだね。じゃあ、しょうがないよねぇ!」


 体が発光し人間の形が崩れると、そこから現れるのは化物の形。

 巨大な蛹が手足を生やしたような緑色の姿。

 半端に人型をとっているから、なおのこと醜悪に見える。

 これが、ワーム!


「――――――!」


 形容しがたい叫び声と共に化物が襲いかかって来る。

 俺は右に、井上は左に転がるようにしてこれを避けた。

 化物の腕が壁に突き刺さる。

 鞄に手をかける。

 ついに、この時がやってきた。

 俺が運命に選ばれているのか、試す時が。


「須賀、お前は逃げろ! ここはオレがなんとかする!」

「馬鹿言うな! 俺はそのためにここまで来たんだ!」

「――――――!」


 鉤爪のような触手を振りかざすワーム。

 身をかわし、横っ腹に蹴りを叩きこむ。

 ワームはバランスを崩し、段ボールの山に突っ込んだ。

 その隙に俺はあるものを取り出す。


「な、それは……! 何故お前が!」

「来い!」


 取り出したもの――ベルトを装着し、手を掲げる。

 空間が歪み、そこから現れるカブトムシをかたどったマシン。

 カブトゼクター、意思を持つ昆虫型のコア。

 しかし、その運命は……


「そんな――」


 あっさりと俺の手をすり抜けていった。

「く、来い!」


 いつの間にか井上がベルトを装着していた。

 横のキャリーバッグが開いている。

 なるほど、ZECTならベルトを保有していてもおかしくはない。

 だが、カブトゼクターは井上の手にも収まらず、部屋中を飛び回る。


「――――――!」

「須賀ぁ! ボーっとするんじゃねぇ!」


 井上が飛び掛かって来て、もつれるように床に転がる。

 俺がさっきまでいた場所にワームの腕が振り下ろされていた。

 そして、腕に感じるこの感触は……


「井上、おまえ女だったんだな」

「あぁ! この期に及んで喧嘩売ってんのか!?」


 俺に覆いかぶさりながら井上は凄む。

 そうか思い出した。

 男がやっちゃいけないことの一つ。


「女を、傷つけたり泣かせちゃいけない……!」

「――――――!」


 井上の背後、ワームが腕を振りかぶっている。

 俺は井上を横に突き飛ばして思い切り上体を起こす。

 そしてその勢いのまま、ワームの腹にヘッドバットをかました。

 物凄く硬くて頭が痛むが、頭突きをかまされた相手は後ろに押されて腕を空振っていた。


「井上、援軍を呼べ。俺が時間を稼ぐ」

「何言ってんだお前! 生身で対抗できるはずがないだろ!」

「大丈夫だ。こいつが援護してくれる」


 我関せずと飛び回っていたカブトゼクターがワームに攻撃をはじめた。

 角をいかした突撃の嵐。

 致命打には遠いものの、ワームの体勢を崩すには十分だった。

 そこにすかさず渾身の蹴りを叩きこむ!


「――――――!」


 ワームは部屋の外へと突き出され、カブトゼクターが追撃をはかる。

 そして俺もそれを追って駆けだす。


「井上、今のうちだ!」

「わかった。須賀、死ぬなよ!」

 井上の声を背に廊下へ。

 ワームはカブトゼクターに押し出され、シャッターのある入り口――工場内で最も広いスペースに追い込まれていた。

 そして俺は、まだ運命をあきらめていない。

 思い出したからだ。

 俺を奮い立たせる言葉を……!


「あの人が言っていた」


 薄暗い廊下を駆け抜ける。


「選ばれし者に運命は常に味方する」


 大部屋に出る。

 敵は階下、手すりの向こう。


「そうでなければ――」


 目標は上空、手すりの向こう。


「――自分の手で掴みとれ!」


 俺は飛翔して、未来を掴みとる!


「うわあああぁぁぁ!!」


 落下の勢いと共に段ボールの山へ突っ込む。

 手には――カブトゼクター。

 逃れようともがいている。


「俺は掴みとった。俺が、資格者だ!」


 掴む手に力を込めると、カブトゼクターはおとなしくなった。

 俺を、運命が認めたのか……?


「――――――!」

「ちぃっ」


 その隙をワームは逃さない。

 闇雲に転がってその場から離れる。

 勢いを殺せずワームはまた段ボールに埋もれた。


「じゃあ、いくぞ……変身」

《――変身》


 カブトゼクターをベルトへ、電子音声と共に体が鎧に包まれていく。

 力がわき上がる。

 これならば、戦える!

「――――――!」

「ふっ」


 工場の壁を容易く破壊する攻撃を、左腕を盾に防ぐ。

 体に力がみなぎる感覚。

 これが、ライダーシステム。


「はぁっ!」

「――――――!」


 返礼に腹へパンチを叩きこむ。

 ワームは叫び声を上げながら吹き飛んで行った。


「他には……これか」


 武器を取り出す。

 銃と手斧を合わせたかのような形状。

 グリップを握り、狙いを定める。

 三点の照準を敵に合わせ、引鉄を引く。


「――――――!」


 案外軽い音と共に何かしらのエネルギーが放出される。

 エネルギーの塊は狙った場所に寸分違わず着弾。

 ワームの叫び声。

 命中個所に焦げ目が確認できる。

 原理とかはさっぱりだがこれならば有効なダメージを与えられる。

 そして次は……


「近接武器だよな。こっちの方がやりやすい!」


 銃身をグリップに持ち替え、構える。

 エネルギーを注ぎ込まれた刃が赤熱する。

 触れたものを斬り砕く超高温の刃。

 この一撃で決める!

「須賀! 気を付けろ、脱皮が始まった!」


 階上から振りかかる声。

 井上が手すりにつかまって叫んでいた。

 脱皮? まさか強化されるということか?

 吹き飛んで倒れていたはずのワームに変化が訪れる。

 全身から湯気を発し、外皮は茶色に変色してグズグズに溶け出している。


「くっ!」


 スピードを上げ、跳躍。

 赤熱する刃を振り上げ、落下の勢いを味方につけて振り下ろす!


「せやっ!」


 破砕音と共に粉塵が巻き上がる。

 相手の姿は跡形もなく、そして手応えもなかった。

 地面には抉れた跡が残るのみ。

 構えをといて周囲を確認しようとした瞬間、俺の体は宙を舞っていた。


「な、がっ」


 痛みより先に衝撃が来た。

 何が起こったのかがわからない。

 そして地面に叩きつけられてやっと、痛みがやってきた。


「――――――!」


 咆哮するワームの姿は最早蛹ではない。

 赤と青の入り混じった体色。

 体のあちこちに現れた特徴は、蜘蛛。

 これが脱皮を遂げ成虫へと進化した姿。


「成虫となったワームは超高速で動けるようになる! お前も――」


 途中で井上の声が途切れる。

 音が飛んでしまったかのような途切れ方だ。

 次いで衝撃が体を襲う。

「がはっ!」


 そうか、吹っ飛んだのは音じゃなくて俺の方だったんだ。

 遅まきながら、その事実を再度地面に這いつくばってようやく理解する。

 超高速の攻撃。

 訳の分からない内に吹っ飛ばされていたのはそれのせいか。

 地面に手を突き、立ち上がろうとして、俺の体は背後へ引っぱられる。


「やっぱり糸も吐けるのか……」


 ワームが口から伸びる糸が右脚に絡みついていた。

 幸い武器は手放していない。

 なら、引き寄せられる前に糸を切る!


「――――――!」


 ワームが姿勢を低くする。

 スタートダッシュをはかる体勢。

 このまま超高速で俺を引きまわす気か……!


「させるか――」


 自分の右足に絡まる糸へ斧を振り下ろす。

 瞬間、景色がブレ、俺は階段の手すりに打ちつけられていた。

 糸は、切れている。


「角だ! 角を倒せ!」

「――――――!」


 ワームの姿勢が低くなる。

 俺は井上の助言のまま、ベルトに納まったカブトゼクターのホーンを倒した。


《――Cast Off》


 蒸気を放ちながら、外側の鎧が緩む。

 そうか、ワームが外皮を脱ぎ捨て脱皮したように――


《――Change Beetle!》


 ――外殻を脱ぎ捨てることでライダーシステムも完成する!

 余分なものを取り払ったシンプルな姿。

 額から伸びる角が象徴するものは――昆虫の王者、カブトムシ。


「あれが、カブト……」

「さあ、来いよ。今度はこっちが吹っ飛ばしてやる」

「――――――!」


 鎧を脱ぎ捨てた際の衝撃波でガラスが砕け、壁や天井が崩れ落ちる。

 その破片が舞う中、ワームの姿がかき消える。

 だが、最早それは通じない。


「見えてるんだよ」


 鞘から抜き放ち、ナイフへと姿を変えた武器で受け止める。

 この姿ではこちらの方が取り回しやすい。


「せい、はっ!」


 すかさずパンチを入れ、蹴りを繰り出す。

 距離が開いたところで、加速の予兆。


「もう通じないって言ってるんだよ!」


 腰元のボタンを叩く。


《――Clockup!》


 世界が色あせる。

 音が間延びし、全ての動きが極限まで遅くなる。

 手すりから身を乗り出す井上も、降り注ぐ破片も。

 これが、超高速の世界。

 美しいと、思った。


「――――――!」


 その中でこちらに速さをあわせてくる存在。

 目ざわりでならない。

 吐きだされる糸を切って捨て、接近する。

 斬撃と刺突。

 相手に着実にダメージを刻んでいく。

「――――――!」

「逃がすか!」


 相手は劣勢と判断したのか、糸を伸ばし天井に空いた穴から逃げ出した。

 落下する大きな破片を足場にして跳躍、後を追う。

 工場の屋根に立つと、すでに日が傾き始めていた。

 色あせた世界が僅かに夕焼けに染まる。

 その中を糸を飛ばしながら進む影――ワーム。

 逃すわけにはいかない……!


「――――――!」

「うおあっ」


 こっちにむけて様々なものが飛来する。

 追われていることを察知したワームが、糸で手繰り寄せて投げているんだ。

 植木鉢、自転車、看板や標識、何かの銅像。

 果てには――


「自動車か……!」


 一際大きな影と共に、大質量の物体が飛来する。

 まさかこんなものまで引っぱってくるとは。


「――よっと」


 何とか上に乗ることに成功し、反撃を試みようとした俺の視界を影が覆う。

 こうなることを見越した二段攻撃。


「今度はトラックかよ!」

《――Clock Over!》


 自動車とトラックの衝突事故。

 ついでに時間切れ。

 俺は爆発を受けて上空へ巻き上げられた。

「くそ、痛いな」


 毒づいて下を見る。

 高速化は解除されたため、夕焼けが眩しく感じる。

 ビルにぶら下がったワームは、こちらに気づいていない。

 倒したと思って安心しきっている。

 そして予測される落下地点は……直撃コース。


「ドンピシャだ」


 カブトゼクター上部の三つのボタンを順に押す。


《――1》


 必殺の一撃を加えるために。


《――2,3》

「ライダーキック……!」

《――Rider Kick!》


 カブトゼクターのホーンを元に戻し、再度倒す。

 発生したエネルギーが、頭部の角を経由して右足に収束する。


「――――――!」


 虫の知らせというやつか、相手がようやくこちらに気づく。

 だがもう遅い。


「終わりだ」


 踵落とし。

 収束したエネルギーに運動エネルギーも加えて叩きこむ。

 身を翻し、ワームを上空に蹴りあげ、離脱。


「――――――!」


 そして着地と同時に爆散。

 戦いの締めくくりはいささか汚い花火だった。

「さて、買い物して帰りますか」


 変身を解き、思う存分体を伸ばす。

 胸にあるのは達成感。

 今日も美味しいご飯で一日を締めくくろう。

 そして俺は重大な事実に気付く。


「……やべっ、工場に鞄置きっぱなしだ」





第一話『天の道を目指す少年』終了

いやもう眠い無理

おやすみなさい

人いたらちょい質問

正直安価か非安価で迷ってます
なんか意見あったら聞かせてください

非安価の意見の方が多いですね

とりあえず基本非安価でいくことにします
ただどっかで安価入るかもしれません

話のヒロインを一人に決めるのは非常に心苦しいので
ある程度こっちで絞って、後は安価にぶん投げます

それじゃ、そういうことで

やっと帰宅

ぼちぼち更新します

 夢とは混沌としたもので、記憶を材料に脳が勝手に組み立てるものだ。

 だが、心に強く焼きついた物事は登場回数が多い。

 そういう記憶は他の記憶が入り込む余地がないほど強固だ。

 そして今日、俺のまぶたの裏に映るのは、七年前のあの風景。


「たす、けて……」


 その夢の中で俺は必死に手を伸ばしていた。

 隕石が落ち、瓦礫と炎で彩られた景色。

 その中に一つの人影が降り立つ。

 光を放つ昆虫の羽根。

 額から伸びる大きな角。

 普通の人間ではありえないシルエット。

 一際大きく炎が揺らめいたかと思うと、羽根も角も消えた人の姿があった。


「たす、けて……」


 霞んだ視界の向こうへ助けを求める。

 すると、人影――男はこちらに気づき、瓦礫をどかせる。


「お前の名前は?」


 今にして思えば、良いから早く助けろよと言いたくなる状況だった。

 でも当時は助かりたい一心でずっと手を伸ばしていた。


「すが、きょうたろう」


 きちんと声に出せたのかわからない。

 この時は気を失う直前で、耳も遠かった。


「ああそうだ。言い忘れていたが、俺の名前は――」


 それでも、その言葉だけははっきりと覚えている。


「天道総司。天の道を往き、総てを司る男だ」


 不敵に笑った男の顔に、俺は憧れたんだ。

「きょうたろー、おっきしろーっ!」


 ゆさゆさと体を揺さぶられる。

 腰のあたりが重たい。

 薄らと目を開けると、ぴょこぴょこ動くウサミミカチューシャ。

 衣さんが俺にまたがって体を揺らしている。


「ああ、おはようございます」

「うむ、おはよう。寝坊だぞきょうたろー」


 時計に目を向ける。

 七時ちょうど、一時間の寝坊だ。

 目覚ましは……セットし忘れている。


「うわっ」

「ふみゅっ」


 慌てて起き上がると、衣さんが転げ落ちる。

 すぐさま助け起こした。

 とんだ失態だ。

 日課のトレーニングもランニングも仕込みの時間も、全部吹っ飛んだ。

 思わず頭を抱えて溜息をついてしまう。

 が、寝間着の裾を引っぱられる。


「朝ごはん……」


 衣さんが上目づかいでこちらを見ている。

 これは、是非もない。


「……とりあえず朝飯だな」

「うう、お腹空いた」

 急いで用意を終えたら登校だ。

 自転車を持ちだし、衣さんを待つ。


「ハンカチ持ちました? 他に忘れ物はありませんか?」

「衣は子供じゃない。ちゃんとポケットに入っているぞ!」


 腰に手を当ててふんぞり返る衣さんは大変可愛らしかった。

 守りたい、このドヤ顔。

 そんなキャッチフレーズが頭に浮かぶ。


「きょうたろーの方こそ忘れ物はないのか? 鞄がないぞ」

「ああ、それは……」


 まさか昨日のことを話すわけにもいかない。

 言葉にすれば、廃工場に置いてきました、となる。

 でもそう言えば、なんでそうなったのか、と聞かれるのは目に見えている。

 学校に置いてきたことにしようか。

 いや、昨日一緒に帰った時に鞄を持っていたから、それは駄目だ。

 となると……


「いや、実は買い物途中で落としてしまいました」

「なに! きょうたろー、大丈夫なのか?」

「まあ、心配には及びませんよ。筆箱ぐらいしか入ってませんから」

「むっ、きょうたろーは置き勉をしているのか……めっ、だぞ!」

「はいはいわかりましたよー」


 ああ駄目だ。

 手が勝手に衣さんの頭を撫でてしまう。


「うにゅ……」

「さ、それじゃあ出発しますか」

「あっ……」


 頭から手を離すと名残惜しそうな声が漏れる。

 もうちょっと撫でていたいが、やりすぎるといけない。

 正気に戻った衣さんが噛みついてくるのだ。


「うむ、衣を乗せて走るがいい」

「はーい、お子様一名乗車でー」

「こどもじゃない! ころもだっ!」


 でもこんな反応を見せてくれるので、からかうのはやめられない。

 年上の妹とは正にこのことか。

 授業中、俺はある問題に直面していた。

 教科書がない。

 鞄の中に筆箱しか入れていないというのは嘘だ。

 きっちり教科書も入っていました。

 そういうわけで教科書がない。


「須賀ー? 教科書はどうしたー?」

「忘れました」


 きっぱりと言った。

 こんなところでまごついていても仕方ない。

 先生はポカンとしている。


「堂々と言い切りやがって……隣のやつに見せてもらえ」

「はい、わかりました」


 右隣に目を向ける。

 おとなしそうな女子が、どうしようと言いたげな顔をしていた。

 そして左隣に目を向ける。

 東横がニッコリとした笑顔で待ち構えていた。


「もー、しかたがないっすねー。須賀くんは」


 机を横付けにしようとガタガタ動かしてくる。

 結構な音を出しているのに誰も見向きしない。

 こいつの存在感の無さは一級品だな。

 しかし笑顔で仕方ないと言われてもなぁ。

 絶対に面白がっているな、これ。

「いや、悪いな東横」

「いえいえ、いつもおいしいものを恵んでもらってるのはこっちっすよ」

「気にするなよ。最高の味を知らしめるのも俺の役目だ」

「今日も平常運転っすね」


 胸ポケットからボールペンを、そして机からプリントを取り出しノート代わりにする。

 十枚もあれば足りるだろう。

 後でノートを見せてもらうのもありだが、なるべくなら人に頼りたくない。


「今日の昼休みも楽しみっすねー」

「あ、悪い東横。今日は一緒に食えないわ」


 パキっとシャーペンの芯が折れる音。

 東横が俯いてワナワナと震えている。

 なんとなく怖い。


「なんでっすか……?」

「お世話になった人にちょっとお礼がてら一緒に昼飯でもと思って」


 松実先輩を思い浮かべる。

 話を聞いただけだが、それが非常に有益な情報だったのだ。

 借りを返すために、何かしらする必要がある。

 それに、仲の良い先輩がいても問題はない。

 決しておもちが気になるとかではなくて。


「なんすか……なんなんすか、それ」

「へ?」

「これはあれっすか? 浮気っすか? あの玉子焼きが他の人の口に入るかと思うと悔しくてたまらないっす!」

「浮気も糞もあるか! 人聞き悪いわ!」

「私の玉子焼きを返すっす!」

「お前のじゃないだろーが! 玉子焼きジャンキーか!」


 身を乗り出して言い合う。

 今は授業中。

 もちろん、そんなことをすればどうなるかは明らかだ。


「須賀、東横。とりあえず外で立ってろ」

「「はい」」


 第二ラウンドの舞台は、どうやら廊下になりそうだった。

 昼休み、どうにか東横を撒いて2-2へ向かう。

 それにしても、東横の変貌には驚いてしまった。

 あれほど俺の玉子焼きに執着していたとは……

 どうやら俺の腕は、魔性の玉子焼きを作り出す域に達していたようだ。

 目的地にたどり着く。

 教室を覗きこむと、目標の姿は……あった。

 ちょうど弁当を広げようとしている。


「失礼します」


 中に入り、松実先輩のもとへ向かう。

 視線、視線&視線。

 周囲の雰囲気に気がついたのか、松実先輩もこっちを向く。


「あれ、須賀くん? どうかしたの?」

「この前のお礼に、一緒に昼飯でもと思いまして」

「お昼? えーと、どうしよう……」


 松実先輩の机に向かって座る女子が二人、弁当箱も二つ。

 なるほど、友達と一緒に食べるところだったのか。

 なら無理に邪魔することもないか。


「良いじゃんクロ、行ってきなよ」

「そんなアプローチされて羨ましいなぁ」

「えぇ! ち、ちがうよ!」

「やっぱ昨日、告白されたんでしょ?」

「これがリア充ってやつかぁ」

「だからちがうってばぁ!」


 なにやら急にかしましくなった。

 色々誤解がありそうだが、口を出してもこんがらがるだけだろう。

 残念だが、今日は見送るか。


「じゃあまた今度で良いですよ」

「ああ、良いの良いの。三人で食べるのは成り行きってやつだから」

「そうそう。たまには二人で食べるのも悪くないよね」

「えぇ、なんか勝手に話が決まってくよ……」


 松実先輩が弁当箱を持たされて、席から押し出される。

 これはオーケーということだろうか?


「それじゃ、場所変えます?」

「うん、そうした方がいいよね」


 好奇の視線から逃れるように、俺と先輩は教室から脱出した。

 ところは変わって屋上。

 放課後とは違い、それなりに人がいる。

 その中に紛れるように、俺と先輩はベンチに座る。


「それでお礼って、昨日の?」

「はい、情報提供してもらったので」

「あはは、そんなに役に立ったのかな」

「おかげで探し物が見つかりました」

「そっか」


 先輩は深く聞いてはこなかった。

 まぁ、話さないにこしたことはないだろう。

 俺は早速弁当を差し出す。


「どうぞ」

「えっと、もしかしてお礼って……これのこと?」

「もちろん」


 こと料理に関しては自負がある。

 そんじょそこらの弁当に劣りはしない。

 少なくとも東横は俺の玉子焼きに夢中だ。


「う~ん、それじゃこの玉子焼きをもらおうかな?」


 先輩は玉子焼きを箸でつまみ、口に運ぶ。

 手を添えていてなんとも上品な食べ方だ。


「これは、味は醤油ベースで……出汁はカツオ、あとは昆布かな?」

「はい、その通りです」

「しっかり火が通っててフワフワ……うん、凄くおいしいよ!」

「ありがとうございます」


 先輩は頬に手を当てながら俺の玉子焼きを称賛した。

 料理を素直に褒められるのは嬉しいものだ。

 すると、今度は先輩が弁当箱を差し出す。


「これは?」

「わたしももらったからお返し」

「でもあれはお礼で……」

「いいから、食べてみて?」


 微笑む先輩に促されて、玉子焼きをつまみとる。

 想像以上にやわらかい。

 とり落とさないように一気に口に運ぶ。

「――! これは、ほんのりした甘みを主に僅かな塩っ気……」

「ふふん」

「そしてなにより、生焼けではないのにとろけるほどやわらかい……!」


 打ちのめされた。

 シンプルな味付けだけでここまでのものを作ってしまうとは。

 こんな玉子焼きが世に存在していたなんて……!

 俺は、井の中の蛙だったというのか。


「……完敗です」

「それね、わたしのお母さんが作ったんだよ? おいしいでしょ」

「はい、こんな玉子焼き初めて食べました」

「須賀くんの玉子焼きのお礼だよ」


 それじゃ、こっちに借りが残ってしまう。

 この場を設けた意味も無くなってしまう。


「先輩、それじゃお礼の意味が……!」

「う~ん、本当にわたしは話をしただけなんだけどなぁ……うん、わかった!」


 先輩は名案を思い付いたのか、手を打つと立ち上がった。

 なにやら微笑んでいる。


「須賀くんに一つ貸しがあるってことだよね?」

「えぇ、まあ」

「それじゃ、一つだけ言うこと何でも聞いてもらうってのはどうかな?」

「……構いませんよ」


 何でも、という言葉が出た。

 借りを作る上で一番怖いのはこの言葉だ。

 律義に守る気がないのなら無視しても構わないが、それは流儀に反することだ。

 あの人も言っていた。

 目には目を、歯には歯を、そして礼には礼を……と。

「そしたら、京太郎くんって呼んでもいいかな?」

「え、まぁそんなものでよければ」

「うん。じゃあ、よろしくね京太郎くん!」


 差し出された手を握る。

 友好の証ということだろうか?

 それにしても、少々拍子抜けだ。


「わたしのことも名前で呼んでいいからね?」

「それはまあ、おいおいってことで」

「えー、すぐ呼んでくれないのー? おかず交換した仲なのに」

「何でも言うこと聞くのは一度だけ。これ、二個目ですよ」

「京太郎くんのケチ」


 そういって拗ねる先輩は中々に可愛らしい。

 この人は絶対いじられる側だな。


「まぁ、たまにこうやって昼飯に付き合ってくれるなら」

「それぐらいなら、お安い御用だよ。おまかせあれ!」


 そしてこのドヤ顔だ。

 少々憎たらしくも愛嬌がある。

 そして胸を張ることで強調されるおも……げふんげふん!


「そういえば、京太郎くんはいつも誰とお弁当食べてるのかな?」

「ああ、それなら東横と……」

「是非! 一緒に昼ごはんを食べるのです!」

「ちょ、先輩、周りの人が――」

「おもち、おもち……!」


 俺の手を握る先輩の目は常軌を逸していた。

 おもちハンターってスゴイ、俺はまたもやそう思った。

 そして放課後。

 今日は特に予定はない。

 どうしようか……



 放課後安価


※多分このスレ唯一の安価です

 好きな咲キャラがいそうな場所を選んでください

 誰がどこにいるかは明示しませんが、大体わかると思います

 まぁ、どっかのギャルゲーみたいなものです



 行先を選んでください

・1-2

・2-2

・自宅


>>+2


>> 1-2 東横桃子


 帰宅組、部活組、駄弁り組。

 放課後の教室を見回せば大体こんな分類が出来る。

 俺は帰宅組に混じって帰りたいのだが……


「……須賀くん、ちょっといいっすか?」

「……どうかしたのか?」

「今日の昼、誰とお弁当を食べてたんすか? 須賀くんには答える義務があるッす!」

「いやその理屈はおかしい」


 昼休み以降なんのフォローもしてないから、東横がなんかこう……変なオーラを放っている。

 午後の授業は体育だったのではち合わせることは避けられたが、よくよく考えればその時点で声をかけるべきだった。

 なんにしても、すぐには帰れなさそうだ。


「まあ、ほら松実先輩だよ。昨日東横が教えてくれた」

「やっぱり! あれほどナンパは駄目って言ったのに……須賀くんは浮気者っすよ!」

「だから人聞きが悪いことを言うんじゃない!」

「分かってるっすよ! どうせ、玉子焼きをその先輩に食べさせたに決まってるっす! 悔しいっす!」


 駄目だ、完璧に暴走している。

 俺の玉子焼きはなんて罪作りなんだ。

 だが……

「東横……俺、負けちゃったんだよ」

「話を逸らさないでほしいっす!」

「先輩の玉子焼き、おいしかったよ。俺の完敗だ……」

「す、須賀くん? そんな、まさかありえないっすよ」

「火は通っているのに、とろけるほどやわらかいんだ……」

「しっかりするっすよ、須賀くん!」

「うん。だから今度リベンジすることにした」


 このまま負けっぱなしでいるわけにはいかない。

 上には上がいるのなら、さらにその上を目指してやる!


「むー、それってまた先輩のところに行くってことっすよね?」

「ああ、そのために話しもつけておいた」

「私も一緒に行くっす!」

「いや、お前は行かない方がいい」

「どうしてっすか!」


 またすごい剣幕で詰め寄られる。

 東横、とりあえずヨダレをふけ。

 二人は引き合わせちゃいけない予感がする。

 おもちハンターとか玉子焼きジャンキー的な意味合いで。


「そのかわり、今度腕によりをかけて玉子料理をご馳走してやろう」

「もー、しょうがないっすねぇ須賀くんは」


 しょうがないのはどう見ても東横だ。

 ニヤニヤしすぎだろ。

 日が傾き、校舎は茜色に照らされる。

 すっかり帰るのが遅くなってしまった。

 早く帰って晩御飯を作らなければ。

 自転車を押して校門に向かう。

 こんな時間でもまだ帰る人はちらほらいる。

 それに紛れて校門を抜けようとすると、見知った姿が目に入った。


「よう、須賀」

「井上……」


 廃工場で出会った井上純。

 俺が回収し損ねた鞄を腕にぶら下げていた。

 昨日ワームを倒した後、廃工場に寄ろうとしたが、ZECTらしきやつらが張っていて入れなかったのだ。

 無暗に入り込んで捕まるわけにもいかないし。


「ほら、忘れ物だ」


 投げて渡される。

 ずっしりとした重み。

 そのまま自転車のカゴに放りこんだ。


「おいおい、中身確認しなくてもいいのか?」

「学生の教科書やノートを盗むような組織なのか? ZECTってのは」

「まさか、ベルトも入ってないしな」


 井上は肩をすくめる。

 さすがイケメン。

 絵になるじゃないか……女だけど。


「一応礼を言っておく。それで、今日は何の用なんだ?」

「そんな分かり切ったことを聞くなよ。とりあえず場所変えようぜ」


 そう言うと井上は校門を離れて歩き出す。

 俺はその後をついていく。

 衣さんがお腹を空かせてなければいいが。

 学校に程近い公園。

 この時間帯では遊ぶ子供の姿はない。

 無人の公園のブランコに座り、井上は切りだした。


「ZECTに入る気はあるか?」

「ないね。話はそれだけか?」

「即答かよ」


 持ちかけられた話は予想の範疇でしかなかった。

 ZECTは俺を取り込むつもりか。

 敵にするよりも、味方にした方が益があるという判断だ。


「ま、おまえならそう言うだろうと思ってたが、一応は理由を聞いておこうかな」

「ZECTが信用できない。あと、こっちの行動を制限されたくない」

「言うねぇ」


 井上は苦笑している。

 向こうからすれば俺は得体が知れないのだろう。

 しかし俺にとってもZECTは十分に得体が知れない組織だ。

 今日の新聞やニュースに昨日のことは一切載っていなかった。

 徹底した隠蔽工作と、それを成す組織力。

 恐らく裏では相当の情報を隠し持っているのだろう。


「ZECTに関してはオレも全体像は分からないからな。信用しろってのが無理な話か」

「なんだ、末端だったのか」

「サラっと言えばそんな感じだ。ベルトの使用許可はもらってるけどな」


 ベルト――ライダーシステムの中枢を担うデバイス。

 ZECTが開発していると見てもいいのか?


「そういえば、おまえのベルトはどこから持って来たんだ? ZECTからもらったってわけじゃないだろ?」

「さぁね、貰い物だからな。詳しい話は知らないよ」

「なんだそりゃ」

「別に隠そうとかそういうのじゃない。ZECTの話もその人から聞いただけだしな」

「ふーん……で、その人とやらはどこのどなたさん?」

「天道総司。俺を拾って育ててくれた人だ」

「天道ねぇ……知らないな」


 あの人はZECTの関係者だったのだろうか?

 俺にはそれを確かめるすべがない。


「聞きたいことは聞いたし、オレは行くぜ。それじゃあ須賀、気を付けろよ」

「ああ、鞄ありがとな」

 家に帰る前に寄ったスーパー。

 買ったものを鞄にしまい、雑踏にまぎれて歩きだす。

 ――視線を感じる。

 すれ違う人が気まぐれに向けるものなどではなく、張り付くようにずっとこちらを窺っている。

 どうも公園で井上と別れた後から尾行されているようだ。

 ZECTか、それとも熱心な俺のファンか。

 どちらにしても、このまま素直に家まで案内するわけにはいかない。

 井上が気を付けろと言っていたのはこのことかもしれない。

 スーパーを出てどこか適当な建物を探す。


「あそこがいいな」


 ビルに入り、地下へと降りる。

 全く人気がなく、誘い込むならもってこいだ。

 STAFF ONLYの扉を無視してさらに奥へ。

 通路に二人分の足音が響く。

 革靴が床を叩く音は重めで、つけてきているのは恐らく男。

 この状況では、向こうも尾行がばれていると気付いているはずだ。

 あえて誘いに乗ったのか。

 最奥の扉を開け放つと、パイプが張り巡らされた部屋に出た。


「それで、探偵ごっこは楽しい?」


 音を立ててドアが閉まる。

 振り返った先にいたのは、スーツの上にコートを羽織った男。

 視線がなんとも無機質だ。


「どちらのかた? ZECT? それとも――」


 男は邪悪な笑みを浮かべると、その形が崩れていく。

 体色は緑に、体は肥大化し、醜悪な像を作り出す。


「――ワーム、とか」

「――――――!」


 形容しがたい叫び声を上げ、男はその正体を現した。

 人に擬態し、人を襲う怪物。

 七年前に隕石が連れて来た災厄。

 対抗するために、俺はベルトを装着した。

 カブトゼクターを呼ぶために手を掲げる。

 しかし、来ない。


「まじか……」

「――――――!」


 それでもワームは待ってくれない。

 叫び声を上げながら突進してくる。

 黙って喰らえばおだぶつだ。

 闘牛士のように身をかわし、肘鉄をいれる。

 ワームはバランスを崩すものの、まったくこたえてない。


「てか何、軽くピンチだよこれ」

「――――――!」


 再度、ワームの突進。

 先ほどよりも速い!

 腕を交差させて後ろへ跳ぶ。


「――がはっ」


 壁に強かに打ち付けられたものの、俺はどうにか生きていた。

 というかこんなところで死ぬわけにはいかない。

 状況を整理する。

 カブトゼクター不在のため変身不可能。

 じゃあ何故来ない?

 地下――もしかして密閉空間には飛んで来られないのか?

 だとしたら誘い込んだのが完璧あだとなった。

 壁に頭を預ける。

 ひんやりした感触と、微細な振動。

 上でなにかやっているのだろうか。

 ワームは遠間で奇声を発している。

 間もなくとどめを刺しに来るだろう。

「――――――!」


 客観的に見れば絶体絶命。

 こんなときこそ、俺はあの人の言葉を思い出す。


『俺が望みさえすれば――』

「――運命は絶えず俺に味方する……!」


 破砕音。

 粉塵が舞う中、壁を突き破って現れたカブトゼクターがワームに突っ込んでいく。


「――――――!」


 そしてカブトゼクターは俺の腕に収まる。

 反撃、開始だ……!


「変身」

《――変身》


 鎧が身を包んでいく。

 視界がクリアになる。

 武器を取り出し、銃身を握り構える。


「本番はこれからだ!」

「――――――!」


 攻撃を受け止め、カウンターに斧を振るう。

 超高温の刃が相手の体を裂いていく。

 このまま畳みかける!


「はっ!」


 蹴り飛ばし、武器を持ちかえる。

 モードは銃。

 照準を定め、引鉄を引く。


「――――――!」


 エネルギー弾が直撃。

 ワームは煙を上げながらのたうちまわる。

 そしてがむしゃらに振るったその腕が、近くにあったパイプを破壊した。

「くっ!」


 噴き出す蒸気に視界は一瞬で覆われる。

 カブトゼクターのホーンを倒す。


「キャストオフ」

《――Cast Off! Change Beetle!》


 鎧が弾け飛び、額に角が立ちあがる。

 蒸気の中を高速で動く影。

 はっきりと見える。


「――せい、やっ、はぁ!」


 相手の攻撃をいなし、膝蹴りと肘打ち、回し蹴りを叩きこむ。

 蒸気が晴れ、現れるその姿は――蜘蛛。

 昨日のワームと同じ姿だが、こちらはモノトーンだ。


「色違いはレアだって言うけどな!」


 武器の鞘を取り払い、ナイフへ。

 逆手に構えて突進する。


「――――――!」

「させるか!」

《――Clockup!》


 同時に加速。

 超高速の世界へと入り込む。

 噴き出す蒸気が靄のように広がっていた。


「――――――!」


 狭い室内。

 その特性を生かして、ワームは縦横無尽に糸を飛ばす。


「無駄だっ」


 ことごとく切り裂き、空中で無防備となったワームへと迫る。

 すれ違いざまに一閃。

 天井を蹴りさらに一閃。

 パイプを足場に一閃。

 全方向から迫る刃の檻。

 ワームの体をズタズタに切り刻んでいく。


「――――――!」

《――Clock Over》

 ワームの爆散を見送る。

 同時に世界が色づいた。


「動くな!」


 黒いアーマーにヘルメット、そして銃器を携えた部隊。

 そいつらが扉から入って来ると、瞬く間に俺は包囲されていた。

 これはZECTの部隊か?

 ならば、もしかして……


「須賀、京太郎くん。投降してもらいます」


 俺の予想に応えるかのようにそいつは姿を現した。

 黒と黄色の縞模様で彩られたアーマー。

 それが象徴するのは――


「ハチ、か」


 ZECTのライダーシステムが立ちはだかる。





第二話『もうひとつのライダーシステム』終了

疲れた

眠い

おやすみ

前回の投下から半月強

早めに起きたので投下します

 赤と黄色。

 カブトムシとハチ。

 ライダーとライダー。

 目の前に立ちふさがる相手は、恐らくこちらとほぼ同格。

 井上の忠告はこの状況を指していたのか。


「そちらは……ZECTの方々?」

「はい。おとなしくついて来てくれれば危害は加えません」

「夕飯までには帰れるのかな?」

「それは諦めて下さい。こちらの方で食事は用意するので」


 相手を観察する。

 ハチを連想させる黒と黄色の縞模様。

 それを身に纏う体は男性にしては小柄だ。

 恐らく相手も既にキャストオフ状態。

 クロックアップで逃げるのは困難だろう。

 左手首に装着された……なんか注射器みたいなの。

 多分あれがゼクターでハチの針だ。

 そして相手の声。

 透き通った声質に関西独特のイントネーション。

 スーツの中身は女性なのかもしれない。


「警察の取り調べとかではカツ丼が定番だよな」

「お望みでしたらそれも用意します」

「けどあれって自費負担らしいよ」

「え、そうなん!?」


 そして付け加えるなら天然。

 どうでもいいトリビアでいとも簡単に取り繕ったものが剥がれている。

「コホン……それで、答えは?」

「それはもちろん――」


 跳躍し、パイプを掴んでぶら下がる。

 俺を囲んでいた銃口もつられて上を向いた。

 そしてこちらも相手のライダーにモードを銃にした武器を向け、照準を合わせる。


「――NOだね」

「無力化して下さい!」


 こちらを狙う銃口が一斉に火を吹く。

 俺はパイプをはなし、体を下に押し出す。

 そして相手を狙い撃つ。

 これらの行動は、奇跡的に噛みあった。


「この程度で!」


 放たれた攻撃を相手のライダーは容易に回避した。

 だがそれもこちらの思惑通りだ。


「きゃっ」


 落ちていく俺の上を素通りした銃弾が、密集したパイプを壊す。

 相手が避けた射撃がその背後のパイプを壊す。

 結果、俺の周囲は噴き出す蒸気に包まれ、相手ライダーの視界も後方からの蒸気で塞がれた。


《――Clockup!》


 着地と同時に加速。

 その場を離脱する。


「こらぁ、待てー!」


 相手のライダーが何か言っているようだが、当然無視。

 そもそも加速状態では音が間延びして何を言っているのかわからない。

 さぁ、帰ったら晩御飯だ。

 きっと衣さんがお腹を空かせて待っている。


「うぅ、お腹いたい……」


 朝、部屋から出てきた衣さんの第一声。

 ウサミミカチューシャをしおれさせて腹部をさすっている。


「ちょっと失礼」

「わわっ」


 腹部を軽く押してみるが、特に異物感は無い。

 とりあえず便秘ではなさそうだ。

 額に手を当ててみる。

 ちょっと熱い……微熱程度だろうか。


「衣さん、口を開けてあーんしてください」

「あーん」


 喉を覗き見ると、若干腫れていた。

 とりあえずこれでほぼ確定した。

 風邪だ。


「暖かくなってきたからって、タオルケットはちゃんとかけなきゃダメですよ」

「違うぞきょうたろー! タオルケットが勝手に落ちていたんだ!」

「はいはいわかりましたよー」


 要するに寝相が悪いということだろう。

 まるで小児科の医師になった気分だ。


「とりあえず、学校は休んで病院に行きましょう」

「うぅ……すまない、きょうたろー」

「いいんですよ。俺が具合悪くなった時は『衣お姉ちゃん』に看病してもらいますから」

「そうだなっ、その時は『お姉さん』に任せるといい!」


 元気づけるためにお姉ちゃんと呼んだら訂正された。

 どうやらお姉さんの方が大人っぽくてこのみらしい。

 次からはそう呼んであげよう。


「さ、軽く着替えちゃってください。手伝いますか?」

「こども扱いするなー!」

 自転車で十数分の位置にある最寄りの病院。

 どこが運営しているかはよく知らないが、相当に大きい。

 そのロビーで衣さんの診察や諸々が終わるのを待つ。

 なにげなく、受付に訪れる人たちを眺める。


「すいません、園城寺さんの面会に来たものですけれど」

「はい、405号室の園城寺怜さんですね。お名前を窺ってもよろしいでしょうか」


 優しげな声が耳に届く。

 涼やかな声質に独特のイントネーション。

 声の主は入院患者との面会の申請をしていた。

 こちらからでは後ろ姿しか見えない。

 長く綺麗な黒髪と、なんというか……ふとももが目に付いた。

 俺は悪くない。

 スカートが短いのがいけない。


「清水谷竜華です」

「清水谷……ああ、それではこちらのカードをどうぞ」

「ありがとうございます」


 女性が振り返る。

 顔立ちは整っていて、間違いなく美人の部類。

 他校のセーラー服に包まれた胸元は……素晴らしい。

 ふとももと胸と、強力な武器を二つも持っている。

 ……少し話が脱線してしまった。

 なんにしても、時刻はまだ午前九時前。

 この時間に見舞いに来るということは、学校は遅刻か欠席だろう。

 情の深い人なのかもしれない。

 不躾にならない程度に視線を送る。

 そしてそれが相手の視線と絡みあった。


「――っ」


 女性の目が見開かれる。

 まるで想定外の事態に遭遇したかのような素振りだ。

 だがすぐに平静を取り戻すと、こちらから目をそらして歩きだす。

 隣を通り過ぎていくのを横目で見やる。

 女性は階段を上って姿が見えなくなった。

 色々と頭に浮かぶものはあるが、とりあえず放置。


「思ったより世間は狭いよな……」


 衣さんは点滴を打っていてもうしばらく時間がかかるそうだ。

 立ち上がると、俺は上の階へ向かう。

 病院の四階、俺は目的の病室を探す。

 405号室に園城寺だったか。

 珍しい名字なので間違えることはなさそうだ。

 とりあえず、病院関係者に見咎められることのない行動を心がけよう。


「402、403、404……」


 そして辿りついた405号室。

 表札を見ると確かに園城寺と記されていた。

 名前が一つしかないから恐らく個室だろう。

 部屋の扉の横にもたれかかる。

 いきなり入ってもいいが、着替え途中だったら気まずい。


『怜、具合どう?』

『竜華も大げさやなぁ。今回の入院だって定期健診みたいなものやん』

『そないなこと言うても、昨日学校でふらついてたやろ?』

『それも見てたん? 竜華気持ちわるー、あんたはうちのストーカーかっ』

『もう、それを言うなら保護者やん。膝枕してあげへんよ?』


 ドア越しの会話が聞こえてくる。

 とりあえず入っても大丈夫そうではある。

 手の甲で病室のドアを数回叩く。


『どうぞー』


 若干気の抜けた声が返ってきた。

 入室の許可を得てドアを開ける。

「失礼します」

「あんた、何で……!」


 病室にいる一人は驚愕に表情を強張らせ、もう一人は気の抜けた瞳で俺を見上げている。

 病衣を着たショートカットの美少女。

 色白で格好のせいか少し儚げで、守ってあげたい雰囲気がある。

 この人が園城寺さんか。


「で、あんた誰?」

「須賀京太郎っていいます。清水谷さんに用事があったんですが……」


 絶賛膝枕中。

 清水谷さんの膝に頬をすりつける園城寺さんが少し羨ましい。

 一応健康的な男子としてはそう思わざるをえない。


「邪魔しちゃいましたかね?」

「ああ、気にせんといて。うちらいつもこんな感じやから。どーぞこのまま」

「そうですか? じゃあちょっと話させてもらいますね」

「怜、ちょい頭どけて」

「えー、まだチャージ終わっとらんよ」

「わがまま言うとると、一週間お預けになるで?」


 園城寺さんがしぶしぶ膝から頭を離すと、清水谷さんは立ち上がった。

 こちらに向ける目線は、明らかに好意的なものではない。


「須賀くん、ちょい場所移そうか」

 促されて病室を出る。

 先導する清水谷さんは無言で歩き、俺もその後を追う。

 病院の構造に詳しくないので向かうところはわからないが、少なくとも人気のない場所だろう。

 そして俺と園城寺さんを引き離したのは、話を聞かれたくないから。

 つまり彼女は無関係ということか。


「どうやって嗅ぎつけたん?」

「嗅ぎつけたもなにも、今日俺がここにいるのは偶然だよ」

「そないな話、信じられると思うん?」

「先に気付いたのはあんただろ。それがなくちゃ俺も気付かなかった」


 俺の記憶の中にこの人はいない。

 体格や声、喋り方も似ているだけで気にとめるものではなかった。

 それなのに相手は俺を知る素振りを見せた。

 怪しむきっかけとしては十分すぎる。

 似ているだけ、がもしかしたらに変わった瞬間だ。

 相手が俺を別人と勘違いしたケースもある。

 だが、俺の名前を確認したうえで連れ出したのだから最早間違いない。


「なぁ、ZECTのライダーさん」


 相手の表情は険しい。

 美人がそんな顔をしていると、結構迫力がある。

 左手首に目を向ける。

 腕時計の時計部分だけを外したかのようなデザインのリスト。

 恐らくあそこにゼクターが装着されるのだろう。


「一体何の用なん?」

「一応の確認と、挨拶」

「自分の立場はわかってないんとちゃう?」

「俺からすれば、つっかかってきてるのはそっちだ」

「ZECTの意向に背くものをほっとくわけにもいかへん」

「意向? ワームを倒すことか? それだったら実践してるよ」

「話にならへんな」


 ピリピリとした空気だ。

 ここが病院じゃなかったら即座に戦闘になっていたかもしれない。

 場所を考慮する分別があるということだ。

「俺としては敵対する気はないし、協力したっていい」

「なら……」

「ただ、そっちの指揮下に入るのはごめんだ」

「理由、教えてくれへん?」

「ああ。一つはZECTが得体の知れない組織だということだ」


 名前も存在も表では認知されていない組織。

 過去に何回か調べようとしてみたが、一向に近づけない。

 色んな伝手を頼っても真実には辿りつけなかった。

 そうまでして秘密を貫く姿勢には、不信感を抱かざるを得ない。


「あんたが満足のいく情報をくれるっていうなら話は別だけど」

「……」


 相手は押し黙った。

 この場合の沈黙は肯定だろう。

 部隊の指揮を執る立場でも多くは知らないということか。

 なら俺が仮にZECTに下ったとしても得るものは少なそうだ。

 それこそありえないが。


「それは置いといて、最後の理由だ」


 これが一番大事だ。

 俺が目指す場所に辿りつくために絶対に無視できない。

 生き方にも関わる重大な理由。


「万物の上に天がある」

「はい?」

「誰かの下にいるってことは、そこに辿りつけてないってことだ」

「えーと、須賀くん?」

「いずれ天の道を往くものとして、組織に下るわけにはいかない」

「ふざけてると、怒るで?」

「ふざけてる? まさか、大真面目だよ」

「……はぁ、あほらし」


 相手は溜息をつく。

 幾分か緊張感も和らいだようだ。

 俺のオーラのせいか。

「無駄に気ぃ張ってたんがあほらしいわ」

「まったくだな」

「おちょくっとるん?」

「あんまり」


 こころなしか、目もとがひくついているように見える。

 緊張したり気を抜いたり、何かストレスでも抱えているのか?


「まぁ、ええわ。とりあえず今夜九時に埠頭に集合な」

「デートのお誘い?」

「果たしあいと書いてデートと読むゆーならそうやね」

「ああ、そういうこと」

「シンプルでいいやろ? こっちが勝ったら従ってもらうで」

「負けないからいいけど、そっちが負けたらなんかしてくれるのか?」


 相手は黙りこむ。

 顎に手を添えて考え込んでいる。

 特に何も考えていなかったのか。

 よっぽど自信があるのか、天然なのか。


「何でも一つ、言うことを聞くってのはどうやろ?」

「ん?」


 今何でも言うことを聞くと言ったか?

 現実でこんなことを言うやつがいるとは……

 つまり、あの胸やふとももを自由にできるということか?

 思わず唾を飲んでしまう。

 だが欲望に耳を傾けている場合ではない。

 ライダーとの戦い。

 気を引き締めてあたろう。

 がぜんやる気が出てきた。

 おもちとかは関係なく……本当だぞ?

「ずいぶんと大きく出たな」

「女に二言は無い。もし負けたらやけど、どんな料理でも作ったるでー」

「もちろん料理だけじゃないよな?」

「そうやけど、それっても、もしかして……」


 にわかに相手の顔が赤くなる。

 ようやく自分の言ったことの重大さに気がついたのか。

 撤回させてやらないけどな。


「お、男の子やし、そういうことに興味持つんは……し、仕方ないっちゅーことやな?」

「まぁ、人並みには興味はあるよ」

「よし、うちも覚悟決めたる。膝枕でどうや?」

「えっ」

「え? どうしたん?」


 膝枕も確かに魅力的だ。

 だけどこう、もっと色々あるだろ!


「ちなみに膝枕以上ってのは?」

「え、そんなんあるん?」

「えっ」

「だって怜が言ってたで」

『膝枕ソムリエとして断言したる。竜華の膝枕は至高や。これにかかればどんな男子もイチコロやなー』

「って」


 何だこの人は。

 天然にして純真なのか?

 というか膝枕ソムリエってなんなんだよ。

 おもちハンターといい、俺の周囲はどうなっているんだ?

 衣さんを家に置いてから俺は学校へ向かった。

 休んで看病してもよかったのだが、こども扱いするな、学校へ行け、と追い出されてしまったのだ。

 気を使ってくれたのだろう。

 なんだかんだいっても年上なのだ。

 とりあえず時刻的には二時限と三時限の間。

 移動教室やらなにやらで廊下の人口もそれなりだ。

 俺のクラスは移動教室ではないので、そのまま教室に入るだけで事足りる。

 これが授業中だったら少々気まずい思いをしていたところだ。


「重役出勤か、須賀ー」

「妹さん風邪ひいたんだって?」


 教室に入るとクラスメート数人に絡まれる。

 遅れてやってきたやつは格好の標的になるのだ。


「須賀って妹いたっけ?」

「ほら、二年の天江さんだよ」

「あれ? 二年ってことは年上だよな」

「……そういえばそうだったな」

「お前ら……衣さんの前では絶対言うなよ」


 やいのやいのところたんトークに華が咲く。

 年下にしか見えない、合法ロリだ、ころたんイェイ~

 などと言っている俺達を遠巻きに見つめる影。

 こちらをじっと見ている姿は、まるでスクリーンに魅入られているかのようだ。

 届かない場所へ思いを馳せる。

 そんな眼差しだ。

 事実、俺と話している二人には届いていない。


「もうすぐ時間だな。俺席いくわ」


 時間を理由にその場を抜ける。

 あいつに俺がスクリーンのように薄っぺらいやつではないことを思い知らせてやる。


「東横、おはよう」

「おはようっす。須賀くん」

「早速で悪いが、今日は弁当忘れて来た。俺は学食に行く」

「なんですとぉー!」

「ばたばたしてたからな」

「それじゃあ、私の玉子料理はどうなるっすか!?」

「悪いが諦めてくれ……それに今度とは言ったが今日とは言っていない」

「なん……だと……!?」


 このやりとりでようやく一日が始まった気がする。

 時と所は変わって昼休みの学食。

 案の定というか、昼飯を食べに来た連中でごったがえしている。

 このままでは座れなくなる。

 急いで注文に向かう。


「いらっしゃい、何にする?」

「Aランチで」

「はいよ!」


 トレイを受け取り、席を探す。

 端から端へと目を配らせる。

 ほとんど埋まってしまっているが、良い場所を見つけた。

 学食の隅の二席が空いている。

 慌てず走らず、だけど出し得る最高のスピードで進む。

 そしてようやっと辿りついた席に座る。

 壁側の席。

 邪魔が入りにくい良い場所だ。

 トレイに乗っかったAランチと向かい合う。

 栄養、ボリューム、値段のバランスが最も優れているメニューだ。

 味に関しては平凡の域を出ない。

 この学食と俺の料理だったら後者に軍配があがる。

 入学して数日学食に通った感想だ。


「隣、いいかしら?」

「どうぞ」


 そうこうしているうちに隣の席が埋まる。

 こんなに混んでいるのだから仕方のないことだろう。

 俺はAランチに手をつけようとして、止まった。

 食欲を刺激する匂い。

 単純なスパイスの配合ではありえない、もっと複雑なものだ。

 そしてそれに重なる炊き立てご飯と揚げたてカツの香り。

 その発生源は、隣……!

「まさかそれは……!」

「あら、わかっちゃう?」


 この学食にはいくつかの例外メニューがある。

 例外的に高品質で、高値。

 どのメニューも値段は3000円を下らない。

 財布に優しい低価格がモットーの学食において、暴挙とも言える金額設定。

 その内の一つである高級カツカレー。

 良い米と良い豚肉。

 そして数十種のスパイスを配合したというルー。

 それを見せびらかすように食べる女がそこにいた。


「あんたは、もしかして……」


 ゆるくウェーブがかかった茶色のセミロング。

 少々性格は悪そうだが顔立ちは整っている。

 胸元のスカーフを見れば三年生だとわかる。

 そう、この人は……

 この人は……

 ……
 
 誰だっけ?

 なんかノリでもしかしてとか言っちゃったけど、この人誰だよ。

 どうしよう、なんかドヤ顔しちゃってるよ。


「もしかして……」

「うんうん」

「あんたは……」

「ええ」

「……」

「そうよ」

「ごめんなさい、誰ですか?」

 スプーンが皿に落ちる。

 相手が椅子からずり落ちかける。

 すんでの所でテーブルにしがみつき、頬を引きつらせていた。

 知らないものは知らないのだから仕方がない。


「あなた新入生?」

「はい、一年二組の須賀です」

「一応入学式でも挨拶してたんだけれどね」


 相手は足を組んで座り直し、髪をかき上げる。

 男を手玉に取る魔性の女。

 そんな言葉が似合いそうな仕草だった。


「竹井久。生徒会長よ」

「生徒会長……ああ、あの」


 壇上は遠かったし夕食のメニューを考えていたから、顔に見覚えがなくても仕方がない。

 それにしても、この人が生徒会長だったとは。

 奔放で破天荒。

 それでいて十二分の結果を残す。

 この学校の生徒会長はそんな傑物だと伝え聞いていた。

 昨年度に多大な実績を残し、それを盾に学食の例外メニューを押し通したとか。


「ところであなたが食べているのは、安くてボリュームたっぷり、そして栄養満点のAランチね?」

「まさに学食を体現したメニューだと思います」

「男子には人気ね」

「そう言うあなたが食べているのは、高くて量は普通、某首相が食べたものを再現したカツカレーですね」

「その通り、私が食べたくて加えたメニューよ。食べてみる?」

 生徒会長はカレーをすくったスプーンを差し出してきた。

 顔には挑発的な笑みが浮かび、スプーンからはカレーの香りが立ち上る。

 たしかにおいしそうだ。


「……結構です」

「あら、どうして?」

「そのカレーがおいしいだろうってことはわかってます。でも、それだけだ」

「どういう意味か聞かせてもらえるかしら?」

「以前、ここの例外メニューのラーメンを食べました」


 好奇心に負けて食べた一杯3800円のラーメン。

 魚介ベースの出汁。

 スープがよく絡み、こしのある麺。

 チャーシュー、海苔、白髪ネギ、キクラゲなどの具。


「おいしかった。でもそれは良い素材を使った当然の結果だ」

「……それで?」

「素材を殺しはしないが、活かしもしない。まるで機械が作っているみたいだ」


 そう、上を目指す工夫や努力のない料理。

 どんなにおいしくても興味の対象にはならない。

 料理とは作り手によって違いが出るものだ。

 その個性を排したような料理は俺の求めるものではない。

 本当においしい料理とは、食べた者の人生まで変えてしまうのだ。


「それなら、俺の方がもっとおいしく作れる」

 相手の目を見据えてはっきりと宣言した。

 ともすれば、例外メニューを導入した生徒会長への非難ととられてしまうかもしれない。

 だが、これはまぎれもない俺の本心だ。

 曲げるつもりも、撤回するつもりもない。


「ふーん……あなた、面白いわね」


 生徒会長は目を細めてそう言った。

 口もとを僅かにゆがめて、微笑んでいるようにも見える。

 しかし俺の抱いた印象は全く違う。

 あれは、獲物を見つけた猫の目だ。

 正直、背筋がぞくってした。


「今度生徒会室に遊びに来なさい。暇な時でいいから」

「まぁ、本当に暇な時なら……」

「あんまり来ないとこっちから会いに行っちゃうかもね」


 こちらの考えを見透かしているように釘を刺される。

 これは逃げられないな。

 正直あまり関わりたくないが、これも俺が昇りつめる上で避けられないものなのかもしれない。

 生徒会長は上品に残りのカレーをかき込むと、立ち上がった。


「それじゃあ、待ってるわよ」


 去っていく背中を見送る。

 時計を見れば昼休みは半分を切っていた。

 ようやっとAランチと向き合う時間がきたようだ。

 そして放課後。

 夜には予定があるがそれまでは暇だ。

 どうしようか……



 放課後安価


※多分このスレ唯一の安価です

 好きな咲キャラがいそうな場所を選んでください

 誰がどこにいるかは明示しませんが、大体わかると思います

 まぁ、どっかのギャルゲーみたいなものです



 行先を選んでください

・1-2

・2-2

・生徒会室

・自宅

・病院


>>+2


 とりあえず安価だけ飛ばして一旦中断します


>> 病院


 まだ夏至には早いが、この時期になると日が高く、落ちるまでの時間も長くなる。

 そうなると今日は天気も良いし、一旦家に帰る前に寄り道をする気が起きてくる。

 そんなわけで俺は今病院の前にいる。

 どこかに行くかと考え、思い浮かんだのが園城寺さんの顔だったのだ。

 朝に来たときはプライベートな時間を邪魔したみたいだから、そのお詫びも兼ねている。

 途中で買ったお見舞いの品が入ったビニール袋をぶら下げ、自動ドアをくぐる。

 病院のロビー。

 今の時間帯は人が多い。

 儲かっているのだろうが、良いことなのか悪いことなのかは微妙なところだ。

 とりあえず見舞いをするためには受付を訪ねなければならない。


「あれ、須賀くんやない?」


 背中に声がかかる。

 振り向くと、会いに行こうと思っていた人がソファーに座っていた。

 病衣からセーラー服に着替え、膝の上に鞄を乗せている。


「どっか調子悪いん?」

「いえ、今度はお見舞いに来ました」

「へぇ、家族か友達が入院しとるんやなぁ」

「友達と呼ぶには会って間もないんですけどね」

「そうなん?」

「はい。というかあなたのお見舞いですよ」

「へっ?」


 口をあんぐりと開けて固まっている。

 クッキーでも持っていたら、思わず放りこんでみたくなるところだ。

 よっぽど予想外だったのだろう。

 ほんの二言三言話しただけの相手だから仕方がないことか。

 俺だって驚く、というか戸惑う。


「うち? なんでなん?」

「清水谷さんとの時間、邪魔しちゃいましたからね」

「あーそれな。気にせんでもええのに」

「まぁ、こっちの気分の問題ですからね。はい、これ」


 ビニール袋を手渡す。

 思いつきで買ったものだが、不思議と園城寺さんに合う気がする。

 ビニール袋の中には紙袋。

 園城寺さんが開くと、水蒸気が立ち上る。

「で、なんで肉まん?」

「なんか似合いそうだったんで」

「ちょうどお腹空いとるし、ありがたく頂くわ」

「ささ、食べちゃってください」


 買ってきた肉まんは標準より少し大きい。

 園城寺さんは両手で持って顔の前へ。

 そして小さな口を開きかぶりつく。


「……うまいやん」


 一言だけ漏らすと、あっという間に食べてしまった。

 肉まんが口に吸い込まれていく様は、まるでダイソンの掃除機のようだ。

 吸引力の落ちない唯一の掃除機。

 落ちないというだけで吸引力自体はあまり高くないらしいが。


「ごちそーさん。おいしかったわ」

「それはなによりで」


 空になった袋を受け取ってゴミ箱へ捨てる。

 これで一応用事は果たしたが、どうしようか。

 園城寺さんを見る。

 着替えているということはもう退院するのだろう。

 ここで座っているのは迎えを待っているためか。

 ソファーに座る。

 園城寺さんから少し離れた位置。

 迎えが来るまでの暇つぶし相手に立候補させてもらおう。


「園城寺さんはどこか悪いんですか?」

「入院するくらいにはなぁ。とはゆーてもな、こうなったんは最近やねんけど」

「それまでは健康少女だったと?」

「そうそう、ちょっと病弱な健康美少女だったんやでー」

「病弱で健康ってどういうことですか」


 それなりに矛盾を孕んだ表現だ。

 そしてさりげなく自分を美少女だと言ってるよ。

 案外お茶目なひとだな。


「それはこの際置いとこか」

「置いておくんですか」

「せやで」

「さいですか」


 わりとどうでもいい部分らしい。

 言われずともわかってはいたけど。

「実を言うとな、自分でもどこが悪いとかわかっとらんねん」

「医者に聞いたりはしないんですか?」

「とりあえず最新の医療は受けさせてもろてるしな。あとは聞くのがちょっと怖いってとこやね」

「そうですか」


 詳しい病状とかは少し気になるが、本人も知らないのだから仕方がないか。

 そもそも出会って間もない人間が深入りすることでもないだろう。

 それにしても、最新医療ということは相当医療費がかさみそうだ。

 園城寺さんの家は相当裕福なのかもしれない。


「医療費とか色々気になるところはあるけどなぁ」

「両親に払ってもらってるんですよね?」

「どうなんやろな。うちは金銭的には普通の家庭やから」


 普通の家庭とやらが高額の医療費をどこから捻出しているのか。

 支出が収入を上回る以上、貯金を切り崩すかどこかから借り入れているか。

 世間話としては重すぎる話かもしれない。

 まずったな……


「そんな顔せんでもええよ。自分でもわかっとることやし」

「いや、ほんとすいません。軽はずみでしたよね」

「だから気にせんでもええっちゅーに。あれや、きっと足長おじさん的な展開かもしれんし」

「手紙でも書いてるんですか?」

「書いとらんよ」


 きっとこれは俺に気を使ったジョークだろうな。

 見舞う相手に心配させてどうするんだよ。

 どうも最初の話題を間違えた気がする。

 清水谷さんのこととか聞いとけば良かった。

 内心で少し後悔する。

 不意に携帯のバイブ音が響いた。

「あ、竜華からや。今向かっとるって」

「もしかして迎えって清水谷さん?」

「せやな。須賀くんも会っとく?」

「いや、俺はそろそろお暇しますよ」


 園城寺さんと一緒にいられるところを見られたら、変な誤解を招きそうだ。

 暇つぶし相手を買って出ただけだし、ここらで退散するのがベストだろう。

 待ち人が来れば役目も終わる。


「そういや須賀くん、竜華とどこで知り合ったん?」

「それは何というか……」

「ええやんええやん、教えてーな」

「そうだ、どうせだったら清水谷さんに聞いてみたらどうですか?」


 まさか正直に答えるわけにもいくまい。

 ZECTだとかワームだとか説明も面倒だ。

 ここはもう一人の当事者にぶん投げておこう。


「竜華はな……きっと答えてくれへん」


 園城寺さんの眉尻は下がっていた。

 気の抜けた瞳が、今は弱弱しい。

 あんなに仲が良い清水谷さんと何かあったのだろうか?


「最近忙しそうで付き合い悪いしな。隠し事も多なっとる」

「園城寺さん……」


 その理由を恐らく俺は知っている。

 そして病室での二人の姿も覚えている。

 互いに思いあっているのは間違いない。

 後は清水谷さんがZECTにいる理由だ。

「湿っぽい話してすまんなぁ」

「いえ、それじゃあそろそろ行きますね」

「ほな、今日はありがとな」

「こちらこそ。それとあと一つ、いいですか?」

「ええで」


 わかっている。

 ここから先はただのお節介だ。

 余計なお世話と突っぱねられても仕方がない。


「園城寺さん、悲しむ前に声を出して下さい」

「はい?」

「俺の恩人は言ってました。選ばれた者が望めば全てが味方する……と」


 本当に選ばれたものならば、運命さえも味方につけることができる。

 思うがままに生きるあの人の姿はまさにそうだった。


「それは選ばれたらの話やん。うちみたいのには無縁やな」

「そうですね。だからこそ欲しいものは声を出して、手を伸ばして掴みとらなきゃいけないんですよ」

「でもうち、病弱やから……」

「それでも声を出す事はできる。赤ん坊だって声を出して泣くんだから」


 きっとこの人は臆病なのだろう。

 もともとの性格かもしれないし、病弱なせいで周囲に迷惑をかけているという負い目を感じているからかもしれない。

 朝の内に俺と清水谷さんの関係を聞けなかったのも、恐らくその性格のためだ。

 二人の間の溝。

 園城寺さんも勇気を出さなければきっと乗り越えられない。


「きついこと言うなぁ、須賀くん」

「厚かましいとは思います。でも欠片だけでもいいので心に留めておいてください」


 そう言って今度こそ背を向ける。

 園城寺さんに言えることは言った、と思う。

 あとはもう一人だ。

 がぜんやる気が出てきた。

 夜の埠頭。

 コンテナや野積場が立ち並ぶ港湾の一角。

 停泊する船も、人気もまったくない。

 僅かな明かりに照らされた海はひたすら黒い。

 大雑把に場所を言われただけなので、ここで合っているかどうかは不明だ。

 この付近にはここぐらいしか埠頭がないから大丈夫だとは思うが。

 相手が若干天然気味なのが少しだけ心配だ。


「遅れへんかったようやな」


 潮風になびく黒髪。

 夜空にとけこんでいるようにも見える。

 どうやら俺の杞憂だったようだ。

 清水谷さんはちゃんといた。

 八時五十分。

 予定の時間には少し早い。


「約束は覚えとる?」

「ああ、俺が勝ったらあんたに一つ命令できる」

「私が勝ったらこっちに従ってもらう」


 少しの距離を置いて向かい合う。

 空気が張り詰めていく。

 既に共に臨戦態勢。

 後はゼクターが現れれば戦いは始まる。

 だが、その前に一つだけ聞いておきたいことがあった。


「清水谷さん。あんたに聞きたいことが一つだけある」

「ええよ、言ってみ」

「ワームと戦う理由は?」


 少しの沈黙と逡巡。

 相手は目を静かに閉じて、開いた。


「もちろん、自分のためや」


 発した言葉はそれっきりで、揺らぎはなかった。

 話は終わりだと途切れた会話が告げている。

 相手が左手を前にかざし、俺も右手を横に広げる。

 互いの背後の空間が歪み、ゼクターたちが姿を現す。

 クルクルと旋回しながら資格者のもとへ。


「「変身」」

《《――変身》》

 互いの体が重厚なアーマーに包まれていく。

 変身が完了するや否や、相手が地面を蹴りこちらに接近する。

 俺は後ろへ跳びつつ射撃。

 軽やかな足取りでかわされる。


「ふっ!」


 地面に足がつくと同時に前へ跳ぶ。

 武器を持ちかえ、相手の虚を突く接近攻撃。

 腰だめに構えた斧を前進の勢いと共に振るう。


「くっ――」


 相手は倒れ込むように転がり、回避した。

 必然、斧による攻撃は空振った格好となる。

 そして今度は勢いを殺さずに更に前へ跳躍。

 滞空中に向きを変え、体勢を立て直していない相手に射撃を浴びせる。


「あう!」


 直撃。

 相手は立ち上がろうとしたところを撃たれ、倒れ込む。

 ダメージの程度はわからないが、少なくとも有効。

 地面に着地し、前へ駆けだす。

 このまま接近戦で畳みかける……!


「やっぱ重くてかなわんわ」


 斧を振り上げて跳躍した俺の耳にそんな声が届いた。

 相手は仰向けになると、ゼクターに手を添える。

 羽根を前へ倒し、時計回りに回転させる。

 機械音が鳴り響き、相手のアーマーが緩む。

 キャストオフの予兆。

 ダメだ、間に合わない……!

「キャストオフ……」

《――Cast Off! Change Wasp!》


 機械音声がそう告げると同時に、俺の体は吹っ飛ばされた。

 キャストオフ時に弾け飛んだアーマー。

 腕で体を防御したものの、勢いまでは殺せない。

 途中で資材運搬用のクレーンにしがみつく。

 相手の姿は昨日と同じ、ハチを模したライダー。

 彼我の距離は遠いが、それも無意味だろう。

 相手が腰元に手を添えている。


《――Clockup!》


 加速状態に入る合図が響く。

 その瞬間、俺の体は鉄柱に叩きつけられていた。


「がはっ」

《――Clock Over!》


 相手が崩れ落ちる俺を見下ろしている。

 キャストオフしなければ、話にならない……


「ぐあっ!」


 ベルトに伸ばした手に鋭い衝撃が走る。

 相手のゼクターから発射された針が刺さっていた。


「降参、せーへん?」

「それは……死んでも嫌だね!」


 無手のまま飛び掛かる。

 しかし相手は冷静だった。


「はっ!」

「がぁ!」


 カウンターで放たれたパンチが俺を更に吹っ飛ばした。

 クレーンの端につかまる。

 これ以上退いたら海に落ちてしまう。

 相手はゆっくり近づいてくる。

 俺は立ち上がり、両手を広げた。

「やっぱり降参するん?」

「いや、違うよ。俺が狙っているのは――」


 そのまま後ろに倒れ込む。

 僅かに星の光を反射する、夜の海へと。


「勝ち、だけだ」

「なっ!」


 相手の驚く声。

 まさか海に身を投げ出すとは思っていなかったのだろう。

 だからこそ隙が生まれる。

 そしてそれが俺を勝利へと導く……!


《――Cast Off!》

「――! させへん!」

「遅い……!」

《――Change Beetle!》


 飛散したアーマーが針を弾き、水飛沫を上げる。

 遠ざかる相手、近づく海面。

 俺は腰のボタンを叩いた。


《――Clockup!》


 星の光が色あせ、水飛沫が固まる。

 海面に緩やかに着水すると、そのまま走り出す。

 水上走り。

 片足が沈む前にもう一方の足を出せばいいという理屈だ。

 加速状態ならば、この程度はわけない。

《――Clockup!》


 相手も再び加速状態に移行。

 海の上を走る俺に、陸で並走している。


「この、このっ」


 飛来する針。

 鞘を取り払ったナイフで弾く。


「これで、終わりや……!」

《――Rider Sting!》


 相手が跳び上がる。

 左手を構え、ゼクターは光を放つ。

 必殺の一撃。

 一気に勝負を決めるつもりなのだろう。

 だが、勝つのは俺だ……!


「なっ、どこ行ったん!?」


 海面に思いっ切り足を叩きつけてそのまま潜行。

 水飛沫で相手は俺の姿を見失っている。

 だがこちらからははっきりと見える。

 左手首のその光が。


「うそっ!」


 イルカのように水上へ飛び出す。

 相手の真後ろ。

 振り向く暇すら与えず、背中へ踵落としを叩き込む。

 そしてその勢いを利用して陸へ戻る。


《――Clock Over!》


 水面に叩きつけられた相手は動かなくなった。

 コンテナにもたれて空を見上げる。

 戦いは俺の勝利という形で決着した。

 ただ、片方が気を失ったままだから話が進まない。

 変身が解けた相手を陸に連れ戻すのには苦労した。

 その後に役得もあったから構わないが。

 とりあえず清水谷さんはずぶ濡れだったので、制服を脱がせて俺の学ランをかぶせてある。

 暖かくなってきたから、最悪でも風邪をひくぐらいだろう。

 しかしこう、暇を持て余すと色んな所に目が行ってしまう。

 目が行くだけで、何かしたりはしないが。


「うぅん……」


 僅かな身じろぎと共に学ランがずり落ちる。

 艶めかしい声に負けず、学ランをかぶせ直す。

 すると、相手の目がぱっちりと開いた。


「……」

「お、おはよう?」

「……」

「こ、こんばんは?」


 相手の目には、きっと俺が覆いかぶさっているように見えている。

 それは事実だが、ただ学ランを直そうとしただけだ。


「須賀くん、何してるん?」

「ちょっと、顔色の確認かな」

「なんでうちに覆いかぶさっとるん?」

「いや、こうしないとよく見えないから」

「はぁ」


 我ながら苦しすぎる言葉が出てきた。

 清水谷さんは寝ぼけているのか、何とかしのげている。

 しかし、自分の状態を把握したらどうなるだろうか。

 自分はほぼ全裸で、男性が上に覆いかぶさっている。

 そうなると行き着く誤解は一つしかない。

 避けられようのない未来だが、その後に来るであろう攻撃をやりすごしたい。

 そのためには相手目を塞ぎつつ、十分な距離をとる必要がある。

 寝ぼけ気味だし、いけるか……?


「清水谷さん、ちょっと目をつぶってくれ」

「目を……? って……!」


 相手の顔が赤く染まり、俺は更なる失敗に気付いた。

 夜の海に乾いた音が響く。

「まぁええわ。助けてもらったみたいやし、礼は言っとく」

「誤解が解けたみたいでなによりだ……」


 死力を尽くした説得により、俺の誤解は晴れた。

 被害も左頬のもみじマークだけだ。

 くそ、俺はじいさんばあさんの乗り物じゃないんだぞ!


「それで、どうするん?」

「その前に少し話そうか」


 清水谷さんは俺の学ランで体を隠している。

 これで我慢してくれているのは、もみじマークへの負い目か。


「園城寺さんを治療しているのはZECTで間違いないな?」

「――!」

「そしてあんたが足長おじさんだ」


 今の反応が全てを物語っている。

 いくつか推論を重ねたが、当たったようだ。

 園城寺さんが体調を崩したのは最近。

 清水谷さんがライダーの活動を始めて忙しくなったのも最近。


「あの病院を経営しているのもZECTなんだろうな」


 治療と引き換えに、ライダーとして戦うことを要求されているのだろう。

 幸か不幸か、清水谷さんがゼクターに選ばれていたから成立した取引だ。

 もし資格者でなければ、最悪園城寺さんは治療を受けられなかったかもしれない。


「なんでもお見通しやん」


 そういって清水谷さんは俯いた。

 何を思っているのかはわからない。

 ただ、与えられた権利だけは行使させてもらおう。

「探偵ごっこはこれくらいにして、本題入ろうか」

「……ええよ、何でもゆーてみ」

「俺に手伝わせてくれ」

「はい?」

「俺に手伝わせろ、と言ったんだ」

「な、なんでなん!?」

「あんたはワームを倒さなきゃならない……だったら、少しこっちによこせ」


 手伝うことで効率は上昇する。

 そして俺は邪魔をされずにワームと戦える。

 どっちにも得がある提案だ。


「ZECTの下につくわけじゃないが、そこは妥協してくれ。俺が勝ったんだから」

「くっ……」


 悔しそうな顔をする清水谷さん。

 でもこうすることで自由になる時間が増えるのだ。

 それをどう使うかは彼女次第だが。


「あんた、園城寺さんを失いたくないんだろ。だから自分のために戦ってるなんて言ったんだ」

「……」

「だったらもっと欲張ればいい。今度は一緒にいられる時間が増えるはずだ」

「せやけど……なんでそないしてくれるん?」

「俺は取引の結果、そっちが得たものをどう使うか提案してるだけだよ」


 だから借りなんて存在しない。

 俺は貸した覚えもないんだから。

 やりたいことをやって、好き勝手言ってるだけだ。


「ごめん、ちょっと学ラン汚してまうかも……」

「どうぞ。ちょうどクリーニングに出そうと思ってたから」


 俺は耳を塞ぎ空を見上げた。

 数日後。

 学ランもクリーニングから帰って来て新品同様の着心地。

 ゴールデンウィーク前、最後の登校日。

 俺は衣さんと一緒に通学路を自転車を押して歩く。


「衣さん、もう大丈夫なんですか?」

「うむ、いまの気分は欣喜雀躍。こうして外を歩けるのが喜ばしいぞ!」

「ずっとベッドにふせってましたからね」


 前を歩く衣さんは元気いっぱいで今日も可愛らしい。

 自分の足で歩くのが楽しいらしい。

 こうして自転車を押しているのも、それが理由だ。

 時間的には余裕があるので問題ない。


「ん、あれは……」

「きょうたろー、どうした?」


 電信柱の陰に身を隠す。

 衣さんもハテナマークを浮かべながら、俺の真似をしている。


「でなー、そんときセーラがな……」

「うー、うちも呼んでくれたらええやん。竜華のケチー」

「怜は寝てたやん。もうちょっと頑張って起きとけばよかったのに」

「だってうち、病弱やし」

「そのアピールやめーや」


 あの後二人がどうなったのかはわからない。

 連絡はとれないし、園城寺さんも退院してしまっている。

 学校は調べればわかるだろうが、押しかけるつもりはなかった。

 それでも、ああして歩く二人の姿にわだかまりは感じられない。

 せっかくの一緒にいられる時間を邪魔することはないだろう。

 俺は二人が通り過ぎるのを見送る。


「きょうたろー、そろそろ行くぞ」

「そうですね、行きましょう」


 二人の姿が見えなくなり、俺と衣さんも歩きだす。

 すると、ポケットに入れた携帯が震えだす。

 知らないアドレスに、題名は……清水谷竜華。


『ありがとな。お節介さん』


 もしかして、俺の個人情報ってばれてる?




第三話『欲望は声に出せ』終了


てなわけでようやく第三話終了

病院の安価のおかげで結構シナリオ割増しました
他のとこだったらもっとあっさり風味でした

じゃあもう寝ます

前回の更新から三週間強
このペースで行くと十話目を書いてる途中でスレが落ちる計算です
そうならないように善処はします

とりあえず飯食べ終わったら投下します

飯食って横になる→ぐっすりというコンボが決まってしまいました
夕食は鯖味噌ではありません
俺も妹が作ったものを食べてみたいものです
妹いないけど

それでは投下開始します

 今年のゴールデンウィークは二つに分かれている。

 まとまった連休の間に一日だけ登校日があるのだ。

 どうせだから休みにしろという声もあるが、それはどうでもいい。

 ……やっぱりどうでもよくない。

 今日学校に来なければこの事態を先延ばしに出来たはずだ。

 この考えが逃避になることはわかっている。

 それを自分自身に許すわけにはいかないとも思う。


「さて、どうしようかしらね」

「用もないのに呼びだしたんですか……校内放送まで使って」

「だって、中々来ないんだもの」


 だが、竹井会長への苦手意識は拭いがたい。

 この人に何かされたわけじゃない。

 昼飯を食べながら話しただけだ。

 ただその時から、正確には狙いを定められた時からずっとそれが付きまとっている。

 何となくだが、この人の命令には抗いがたい気がする。

 近くにいれば雑用をやらされそうな、奇妙な予感がある。


「とりあえず何か飲む? 紅茶かコーヒーだったら用意できるけど」

「いえ、おかまいなく」

「そう、でも自分でやるのも面倒ねぇ……須賀くん、紅茶淹れてくれないかしら?」

「なんでそうなるんですかっ」

「それはほら、こんな美少女とお近づきになれるじゃない」

「そう言ってのける図太さは評価しますよ……」


 呼ばれた側なのになんで給仕しなければならないんだよ。

 なんかもう、色々とすっ飛ばしている。

 でも、待てよ……これで俺が完璧な紅茶を振るまえば、どうなる?

 その味に驚嘆して、平伏せざるをえなくなるんじゃないのか?


「……しょうがないですね、今回だけですよ」

「ふふ、ありがとう」


 ポットや水を確認する。

 道具は中々良いものを取りそろえていた。

 問題は水だ。

 水道水では話にならない。

 冷蔵庫を開けると、二リットルのミネラルウォーターがあった。

 これならば問題ないだろう。


「ずいぶんと手慣れてるのね」

「おいしいものを用意するなら、自分でやった方が手っ取り早いですからね」

「そういうものかしら?」

 茶葉が入った缶を取り出す。

 蓋を開けると、解放された香りが漂う。

 匂いからは何の茶葉か判別がつかない。

 どうもブレンドされているようだ。


「おいしいものが食べたいなら自分で作れってのが俺の持論なんですよ」

「ふぅん、あなたは何でも自分でやっちゃうタイプなのね」

「何も出来ないより、何でも出来た方が良いじゃないですか」


 茶葉の量は少なめでいく。

 この水では多く入れると渋みが出てしまう。

 やかんにペットボトルの中身をあけて火にかける。


「あなたの言うことはもっともだけどね、誰かに頼れないといざという時辛いわよ?」

「なるほど、それが上に立つ者の考えってやつですね」

「気に障ったかしら?」

「いえ、それこそもっともだと思いますよ」


 やかんの中の水が沸騰する。

 火を切り、やかんを持ち上げる。

 お湯を高めの位置からポットに注ぎ込む。


「ただ、俺が目指しているのはそんな領域じゃない」

「というと?」

「天が地上に手を差し伸べることはあっても、地上にいるものが手を伸ばしても天には決して届かない」


 蒸らした紅茶を二つのカップに注ぎ込む。

 濃さが均等になるように交互に淹れていく。


「それを体現するものに俺はなるんです」

「……」


 湯気が立ったカップを差し出す。

 立ち上る香りは良い感じだ。

 あとは味だが……


「おいしいじゃない」

「当然ですね」

「ええ、私が今まで飲んだ中でトップ3に入るぐらいね」

「トップ3……ですか……」


 それはつまり、上位には入るが一番ではないということだ。

 まだまだ天は遠いということか……

「そんなに気にするんじゃないの。私だってそれほど味覚が鋭いわけじゃないんだから」

「わかってますよ。俺にはまだまだ精進する必要があるってことだ」

「あのね……素人からすればおいしいことがわかっても、細かな差異までは判別できないものよ?」


 いかん、相手にフォローされている。

 情けない姿を晒してどうするんだ。

 何とか持ち直さなければ……


「まぁ、今度振舞う機会があればもっとおいしいのを御馳走しますよ」

「それもいいけど、私としてはあなたの料理を食べてみたいわね」

「俺の料理ですか?」

「そ、この前あれだけ大見栄を切ったんだから……気になるのは当然でしょう?」


 たしかに言った。

 あの贅沢なメニューよりおいしいものを作れると。

 それが原因でこんな状況に立たされていることもわかっている。

 つまり、これは俺への挑戦状だ。


「わかりました。連休明けに弁当作ってきますよ」

「そう、じゃあ楽しみに待っているわね」

「大いに期待していてください」

「本当、大した自信ねぇ」


 やる気が出てきた。

 壁は高いほど登りがいがある。

 あの人もそう言っていた。


「それで、他になにか用事ありますか? そろそろ買い物して帰りたいんですけど」

「ないわね。そもそも呼びだしただけで何しようとか考えてなかったし」

「なんですかそれ……じゃあ俺はもう行きますよ」


 自分のカップを空にし、椅子から立ち上がる。

 長居する理由もない。

 鞄は教室に置きっぱなしなので、一度戻らなければいけない。


「あ、そうだ須賀くん。最後に一つだけいいかしら?」

「いいですよ」

「今日あなたを呼んで思ったんだけど、やっぱり何と言うか……雑用が似合うと思うの」

「……どういう意味ですか、それは」

「悪い意味じゃないのよ? 誰かのサポートしている方が似合うかなって思っただけ」


 驚くべきことに、互いに対するイメージは綺麗に嵌まっていたようだ。

 こき使う側とこき使われる側の違いはあれど。

 そもそも紅茶を淹れさせられている時点でお察しだ。

 やっぱりこの人のそばにいるのは良くないかもしれない。

 学校帰りのスーパー。

 日は西に傾き始めているが、まだまだ明るい。

 今日の夕食の材料を買うべく、中に踏み入る。


「京太郎くん?」


 自動ドアを潜り抜けた先で見知った顔を見つけた。

 松実先輩だ。

 こちらと同じく制服姿で買い物カゴを持っていた。


「松実先輩も買い物ですか?」

「うん、晩御飯のね」

「俺と一緒ですね」

「じゃあせっかくだから二人でまわらない?」


 頭の中に衝撃が走った。

 これは、いわゆる買い物デートというやつでは……!?

 いや、落ち着け。

 こんなことで取り乱してどうするというんだ。


「どうしたの京太郎くん?」

「え、いや、大丈夫です。メニューを何にしようか悩んでいただけです」

「そう?」


 心配そうにこちらを見てくる先輩。

 この人は表情がコロコロと変わって本当に可愛らしい。

 何となくだけど泣き顔が似合いそうだ。


「それじゃあ、行きましょうか」

「あ、ちょっと待って」


 俺がカゴを一つ掴むと、先輩はカートを取りに行った。

 沢山買い込むつもりなのだろう。


「お待たせ」


 先輩がカートを押してこっちに来た。

 さあ、買い物開始だ。

「京太郎くんはメニュー決まってるの?」

「はっきりとは決めてないですね」


 まず立ち寄ったのは青果コーナー。

 話しながらも先輩はひょいひょいと野菜をカゴに放りこんでいる。

 大分手慣れた様子だ。


「先輩は鍋ですか?」

「わ、よくわかったね」

「まあ、野菜を見ればなんとなく」


 白菜、ネギ、ゴボウ、大根、シイタケ、キクラゲにその他諸々。

 今日はセールでも何でもないので、買い込むにしても非効率。

 だとしたら、これだけの種類の野菜を消費できるのは汁ものか煮込み料理。

 あとは量を考えたら鍋ぐらいしか思い当たらなかった。


「何の鍋にする予定ですか?」

「味付けまでは決めてないけどね、お魚も入れようかと思うのですよ」

「なら塩味か醤油味ですかね。個人的な意見ですけども」

「いいね!」


 先輩はふんふんと鼻歌を歌っている。

 大層ご機嫌な様子だ。

 つられてこっちまで気分が上向いてくる。


「それにしてもこの時期に鍋なんて珍しいですね」

「おかしいかな?」

「そうは思わないけど、気温も上がってきましたから」

「うん……だけど時々、あったかいものが食べたくなるんだ」


 先輩はほんの少し目を細めて言った。

 ここではないどこか、ここにはないなにかを見ているような印象を受ける。

 こんな人でも何かしら内に抱えるものがあるのだろうか。

 おもちハンターのイメージが強いこっちとしては少し意外だった。


「さ、次は魚だね! 何にしようかなぁ?」

「鍋だったら白身ですね。鯛や鱈、鮭なんかもいいと思いますよ」

「すり身もおいしいよね!」


 先輩はすぐにいつもの調子を取り戻した。

 先ほどまでの自分をかき消すように。

 俺もそれ以上追及しようとは思わなかった。

 目の前に見えた壁を越える自信がなかったからだ。

 夕食後の食器洗い。

 こびりついた汚れも隈なく洗い流す。

 今日は肉料理だったので油汚れが目立つ。


「きょうたろー、洗濯物たたみ終わったぞー」

「じゃあ次は風呂洗いおねがいしまーす」

「まかせろー!」


 家事の分担作業。

 食事関連は俺の分野だが、それ以外の部分は二人でこなしている。

 自分で全部やってしまってもいいのだが、衣さんはそれをよしとしない。

 年上としての意地か、それとも俺への気遣いか。

 とりあえず掃除でちょろちょろ動き回る姿は大変可愛らしい。


「洗いもの終了っと」


 食器などを水切りかごに入れてから手を拭く。

 あとは自然乾燥を待つだけだ。

 衣さんの様子でも見ようかと風呂場へ向かう。

 すると、ポケットに入れた携帯が震えだした。

 この着信音は、電話だ。

 携帯を取り出す。

 表示された名前は清水谷竜華。


「はい、もしもし」

『須賀くん、今出られる?』

「助っ人の依頼だな。場所は?」

『とりあえず河原にきてくれへん?』

「了解」

『ほな、ありがとなー』


 通話終了。

 用件はワーム退治の協力だろう。

 ゴールデンウィークに入ってから既に二回ほどあちらの作戦に力を貸している。

 利害の一致から生まれた協力関係。

 俺は戦いの場を、向こうは事態の迅速な終結を見込める。

 おまけに清水谷さんがかけあってくれたのか、最早ZECTに睨まれることもない。

 こちらにはメリットが多い取引だ。


「衣さーん、ちょっと出かけてきますねー」

「車に気を付けるんだぞー」


 風呂場から響く声。

 この人にこんなことを言われる日がこようとは……

 日が落ちて辺りはすっかり暗くなっている。

 とは言っても余程の田舎でもなければそこらに街灯がある。

 しかし、集合場所はその光が乏しい河原だ。

 あまり目立ちたくはないということだろうか。


「お、来たな」


 俺を出迎えたのはイケメンの女、井上。

 どこかしら矛盾をはらんだ表現だ。


「よろしく……」


 その井上の隣でおじぎする女性。

 長い髪とメガネ、あとは大きな胸が特徴的だ。

 初めて見る顔だな。


「須賀くん、こんばんは」


 そして俺を呼びだした張本人。

 清水谷さんだ。

 今日は私服姿を披露している。

 もう少し明るいところだったらじっくりと見られたのに。


「今日は井上のとこと合同で?」

「そうや。探索はあっち、戦闘はこっちって分担やで」

「そういうことだ。仲良くやろうぜ」

「お前のとこ、ライダーいないの?」

「そうだな。どっかの誰かさんがゼクター持っていっちまったからな」


 井上は肩を竦めて言った。

 多少皮肉気だったが、責める響きは感じられなかった。

 そもそも、ゼクターに選ばなければどうしようもないというのもある。

 そのことはよくわかっているようだ。

 だが、一つ疑問がある。

 何故ZECTは井上にベルトを渡した?

 清水谷さんはゼクターに選ばれた上でスカウトされたらしい。

 井上がZECTに入った経緯はわからないが、何の見込みもないやつにベルトを任せるとは思えない。

 何かしらの理由があるはずだ。

「ところで、そちらの女性はどなた?」

「ああ、こいつとは初対面だったよな。紹介するよ、うちのオペレーターだ」

「沢村智紀、よろしく……」

「こちらこそ」


 メガネをかけた地味系女子はこちらに向けておじぎをした。

 俺も軽く頭を下げ、手を差し出す。

 沢村さんは俺の手をじっと見つめている。


「どうかしましたか?」

「別に……」


 こちらにさして興味がないのか、沢村さんは俺の指の先をつまむと申し訳程度に揺り動かした。

 そして離れていく。

 俺はほんのちょっとだけ心に傷を負った。

 だがへこたれるわけにはいかない。

 これも試練の一つなのだと思うことにした。


「悪いな、智紀は人見知りなんだ。半引きこもりみたいなもんだから、勘弁してやってくれ」

「あ、ああ……それはいいけど、大丈夫か?」

「ま、まあ大丈夫だ……」


 引きこもりのワードが出たあたりから、井上は沢村さんに蹴りを入れられている。

 むこうずねはかなり痛そうだ。

 本当に大丈夫なんだろうか。

 暗くて表情はよくわからないが、声は震えていた。


「さて、そろそろ作戦の説明させてもろてもええかな?」

「異議なし」


 沢村さんを宥める井上を横目に、清水谷さんは説明を始めた。

 ワームと目される複数名が、今夜一つの場所に集まるらしい。

 それを一網打尽にするために、見張りを付けて合流するのを待っているとのことだ。

 見張り役は両チームのゼクトルーパーたち。

 撮影した映像を逐一送っているそうだ。


「そういえば、どうやってワームと人間を見分けるんだ?」

「ああ、それはな……智紀」

「わかった……」


 沢村さんはどこからともなくノートパソコンを取り出すと、画面をこちらに向けた。

 表示されているのは恐らくゼクトルーパー達から送られてくる映像。

 画面が分割されて複数の映像が並んでいる。

 そして映像の中で動くのは色づいたシルエット。

「サーモグラフィ?」

「須賀くん、この右下の映像見てみ」


 清水谷さんが画面の隅を指し示す。

 その映像にはずっと一人のシルエットが映されていた。

 形状としては普通の人間と変わりないが、一つだけおかしなところがある。

 他と比べると寒色の占める割合が多い。

 低体温症かもしれないが、あの体温では体に深刻な変調をきたしているだろう。


「もしかしてあれが、擬態したワーム?」

「そうだ。人間よりも明らかに体温が低いのが特徴だな」

「なんでかは知らへんけどなー」

「後は電子機器に障害が及ぶケースもあるけど……これが一番確実」


 廃工場で井上がカメラを構えてたのもそれが理由か。

 あの時みたいにすぐに見破れるほど甘くはないのだろう。


「それで、一か所に集まったら俺達の出番ってわけか」

「そうそう、頼むぜ? 脱皮までされたら、ライダーじゃないと対抗できないからな」

「俺が戦うんだ。大船に乗ったつもりでいればいい」

「はいはい、オマエは相変わらずだな」

「あはは、やっぱり須賀くんておもろいなぁ」

「自信過剰?」


 なんだか少しだけ馬鹿にされているような気がしてきた。

 まあそれはいい。

 俺がワームを倒せばいいだけのことだ。

 悔しくない、決して悔しくはない……!


「……発見した。最上段、右から二番目のモニター」

「確かに、体温低めやな」

「智紀、どこに向かってるかわかるか?」

「待って、今わりだす」


 沢村さんは左手でノートパソコンを抱え、右手の指でキーボードを叩く。

 片手だけだってのにものすごいスピードだ。

 ここらの地図が表示され、ワームと思しき人物が通過した道が赤い線として表出する。

 二本の線が向かう先は――


「――埠頭か……またかよ」

「夜だと人気がないから、怪しいことやるにはうってつけだな……ってどうした、須賀?」

「い、いや、なんでもない」

「せ、せやせや、とりあえず移動せぇへん?」

 夜の埠頭は相変わらず暗い。

 コンテナと倉庫に囲まれてポツンと浮かぶ人影。

 マークしていたワームの一人だ。

 月の光がなければ何も見えなくなりそうだ。


「奴等の合流までの時間は?」

「あと三、四分ってとこやな」


 俺と清水谷さんは物陰から様子を窺う。

 井上と沢村さんは少し離れたところで待機している。

 戦闘担当と後方支援の位置取りだ。

 ここからでは見えないが、いたるところにゼクトルーパーが待機しているらしい。

 確実に包囲するためだろう。


「……来たな」

「沢村さん、念のために確認を」

『了解……確認完了、さっきのと同じ個体』


 二つの人影が接近する。

 向かい合って立つその姿は、徐々に人の形から外れていく。

 巨大なサナギに手足が生えたようなシルエット。

 脱皮した個体は存在しないようだ。

 隣の清水谷さんと目で合図を交わす。

 さぁ、いよいよ攻撃だ……!


「各員、ターゲットを包囲してくださいっ」

『りょうか――ぐわぁ!』

『なんだこいつら!』


 周囲の雰囲気が変わる。

 遠くから響く叫び声。

 俺に通信内容は聞こえないが、確実に異常事態が起こっている。

 清水谷さんの目が驚きに見開かれている。


「どないしたんや! 応答……応答お願いしますっ」


 通信機器に必死に呼びかける姿を横目に、ターゲットの方を窺う。

 複数人のゼクトルーパーと交戦中。

 攻撃は……効いてはいるが致命打には遠い。

 こちら側の連携がとれてないせいだ。

 とにかく、変身して加勢しなければ……!


「清水谷さん、作戦も部隊も瓦解しそうだ。俺らも変身しよう」

「……うん、わかった。うちも腹くくったる」

 物陰から飛び出して手をかざす。

 空間が歪み、カブトムシとハチが現れる。

 カブトムシは俺のもとへ、ハチは清水谷さんのもとへ。

 掴みとったゼクターを変身デバイスへ取り付ける。


「「変身」」

《《――変身》》


 電子音声と共に体が鎧に包まれていく。

 特殊金属で構成された戦うための鎧。

 間髪いれず、ゼクターのホーンを倒す。


《《――Cast Off!》》


 重い鎧を脱ぎ捨てる。

 高速戦闘に対応した完成形態。


「とりあえず正面の二体は俺が引き受ける。事態の収拾はそっちに任せた!」

「恩に着るで、須賀くん!」


 別方向に駆けだす。

 俺は二体のワームのもとへ。

 跳躍して一気に接近をはかる。


「――――――!」


 一体に武器――ゼクトクナイガンと言うらしい――のアクスモードで斬りかかる。

 落下の勢いを込めた一撃はワームの体を安々と切り裂いた。

 ひるんだ隙に回し蹴り。

 相手は吹っ飛んで距離が開く。

 そこに銃撃を加える。


「――――――!」


 断末魔の悲鳴と共に一体は爆散した。

 さて、もう片方は……


「うわぁ、来るな……来るな!」

「――――――!」

「あいつはもう駄目だ……もろとも撃つぞ!」


 地面に倒れ込んだ丸腰の隊員に襲いかかろうとしていた。

 他のゼクトルーパーは助けることを諦めて銃口を向けている。

 仲間を犠牲にして敵を倒す。

 確かに合理的な判断だが、それを許すわけにはいかない。

 明日のご飯がまずくなってしまうだろうから。

《――Clockup!》


 スイッチを叩いたのと、複数の銃口が火を吹いたのは同時だった。

 色あせた世界を駆け抜ける。

 放たれた弾丸を追い越してその先へ。

 倒れた隊員を確保し、そのまま離脱。


《――Clock Over!》


 銃弾はワームだけに命中。

 ゼクトルーパーたちは顔にクエスチョンマークを浮かべていた。

 マスクかぶってるから見えないけどな。


「くるな、来るんじゃねぇ! ……って、あれ?」

「そんなに元気なら大丈夫だな」


 再度ワームのもとへ向かう。

 銃弾でダメージを受けたのか、苦悶の声を上げ体中から煙が上がっている。

 煙?

 いや、これは……


「――――――!」

《――Clockup!》


 茶色く変色していく姿。

 それが脱皮の予兆だと気付いた時には、迷わず加速していた。

 音を置き去りにして疾走。

 接近して真上へ蹴りあげる。

 そして空中の標的を狙い撃つ……!


《――Clock Over!》


 今度は断末魔は聞こえない。

 口を開く間もなく、ワームは爆散した。


「さてと……」


 周囲の戦闘音は止まない。

 そう遠くはない場所で誰かが戦っているのだろう。

 ひとまず、そこに向かうとしよう。

 散発的に響く銃声。

 ゼクトルーパー達の弱弱しい抵抗だ。

 俺が辿りついた時には、ほぼ状況は決していた。

 一見しただけで敗北の二文字が浮かぶ。

 倒れ伏すゼクトルーパー達と――


「成虫、それも二体か」


 右手に発光する球体を付けたワーム。

 体の至るところに翅を生やしたワーム。

 成虫が相手ならばライダーでなければ話にならない。

 つまり、俺の領分だ。


「――――――!」


 ワームの一体がこちらに向けて雄たけびを上げた。

 発光球から打ち出される光弾。

 それをゼクトクナイガン、クナイモードで斬り払う。

 二分割された光弾が後ろで爆発音を響かせた。

 クナイを逆手に構え、走る。


「――――――!」

「邪魔だ!」


 襲いかかってきた翅のワームを掻い潜り、すれ違いざまに斬りつける。

 悲鳴を上げてワームは後退した。

 発光球のワームに迫る。

 その右手の球には光が集まっている。

 発射寸前。

 回避が頭をかすめたが、むしろ更に前へ出る。


「せいっ!」

「――――――!」


 相手の右手を蹴りあげる。

 狙いを外された光弾は夜空へ放たれ、後ろから飛び掛かって来ていたワームに命中した。

 クナイを順手に持ち替え、斬りかかる。

 一閃、二閃。


「――――――!」


 体を切り裂かれ、発光球のワームは苦悶の声を上げる。

 刺突の後、腹を蹴りだす。

 相手は蹴られた勢いのまま地面に倒れ込んだ。

「終わりだ……!」

《――1》


 ゼクターのボタンを押す。

 とどめの一撃を加えるために。


《――2》


 起き上がろうとする相手に向けて走り出す。

 行動を起こす暇を与えるわけにはいかない。

 そして最後のボタンに手をかけたその時、虫の羽音が響いた。

 同時に銃声。

 背中に衝撃を受けて俺は地面に倒れ込む。


「が、あ……一体なんだってんだ……!」


 倒れたまま振り向く。

 ゼクトルーパーの一人がこちらに銃を向けていた。

 気を違ったかとも考えたが、違う。

 ヘルメットが外れて露わになった男の顔は虚ろだ。

 正気でも狂気でもなく、そもそも意思が感じられない。

 その横に翅のワーム。

 翅を擦り合わせて奇怪な音を奏でている。


「もしかして、あれか……?」


 倒れていたゼクトルーパー達が次々と立ち上がる。

 皆一様に正体のない動きをしている。

 原因は恐らくあの羽音。

 あれがゼクトルーパー達を操っているに違いない。


「――――――!」


 そしてその反対側ではもう一体のワームが立ち上がっていた。

 右手から光弾が発射された。

 地面を転がって回避する。

 着弾した部分が焼け焦げた。

 続いて四方八方からの銃撃。

 腰元のスイッチを叩く。

《――Clockup!》


 時間が引き延ばされ、銃弾の速度も引き延ばされる。

 停滞した世界の中で悠々と立ち上がる。

 ワームたちも加速状態に移行して、こちらににじりよって来る。


「さあて、本番はこっからだ!」

「「――――――!」」


 駆けだす。

 今度の狙いは翅のワーム。

 あの音を止めなければならない。

 クナイを逆手に、姿勢を低くして突撃する。


「そらっ」


 足元を切り払う一撃は回避された。

 全くもって当たり前のことだが、翅があるってことは飛ぶ可能性もあるってことだ。

 飛べない虫もいるが、このワームは飛べる側だったようだ。

 攻撃を空ぶった姿を、ワームが見下ろしていた。

 非常に気に入らない光景だ。

 モードを銃に、空の敵を狙う。


「――くそ、すばしっこい!」


 飛行したワームの動きは予想以上に機敏だった。

 こちらの攻撃をスイスイと回避している。

 空の敵にかまけているうちに、もう一体も動きだす。


「――――――!」


 発射される光弾。

 屈んで回避し、お返しに一発撃ち込む。

 相手の脚部に命中。

 発光球のワームは地面に膝をついた。

 やはり向こうから先に始末したほうがよさそうだ。

 狙いを変更して走り出す。

 アクスモードで片を付ける……!

 だがそれも、横合いからの衝撃で頓挫した。

「ぐぁ!」


 翅のワームが突撃を仕掛けてきたのだ。

 相当のスピードが乗った体当たりは、俺の体を容易く吹っ飛ばした。

 再び地面に転がる。

 屈辱だ……二回も土を舐めさせられるなんて……!

 怒りで頭が沸き立ちそうになる。

 そしてあの人の言葉が脳裏をかすめた。


『男はクールであるべき、沸騰したお湯は蒸発するだけだ』


 倒れたまま深く息を吸って、吐く。

 頭の熱は幾分か引いた。

 相手を見やる。

 一体は地上を歩き、一体は飛んだままゆっくりと距離を詰めてくる。

 余裕、言いかえれば油断。

 それを利用させてもらうとしよう。

 立ち上がり、敵に背を向け走り出す。


「――――――!」


 背中を狙って撃ち出される光弾が腕を、脚を、顔のすぐ横をかすめる。

 だがそんなことで止まりはしない。

 続いて羽音が近づいてくる。

 相手の飛行スピードはこちらの全速力よりも速い。

 すぐに追いつかれてしまうだろう。

 だが、それでいい。

 目の前にはコンテナ。

 ぶつかることを躊躇せず、跳躍する。

 そしてコンテナの壁を蹴って更に飛躍。

 こっちの背中を追いかけてきたワームと対面した。


「お待たせさんっ」

「――――――!」


 空中での一瞬の交錯。

 クナイを振るい、耳障りな音の源を断ちきった。

 ワームは地面に落ちてのたうちまわる。

《――Clock Over!》


 色あせた世界から抜け出す。

 少し離れた場所で銃弾がコンクリートを削る音が響く。

 ゼクトルーパー達は糸が切れたかのように再び倒れた。

 音を止めたのが正解だったようだ。

 さあ、さっさと片付けるか。


「ふーん、面白そうなことしているじゃない」


 体の動きが止まった。

 全くの想定外。

 こんなところで出会うはずがない人。

 うちの学校のセーラー服。

 竹井、生徒会長。

 コンテナの陰から姿を現した。


「――――――!」


 地面に倒れていたはずのワームが、空へと飛び上がる。

 こっちの隙をついて離脱したのだ。

 そしてそのまま夜空に消えていった。


「くそ、逃げられた……!」

「見事な逃走っぷりねぇ」


 そもそもこのタイミングでこの人が出てこなければ、確実に仕留められていたはずだ。

 そんな恨み言が出そうになるが、すんでのところで飲み込む。

 理由はどうあれ、逃がしたのは俺だからだ。


「あなた、危ないわよ」


 会長の冷静な一言。

 もう一体のワームのことに思い至る。

 その場から一歩退く。

 鼻先をかすめた光弾がコンテナに穴を穿った。


「――――――!」

「おいで……」


 遠間から仕掛けてくるワーム。

 会長はどこからか、銃のグリップみたいなものを取り出し、掲げた。

 空間が歪み、羽音が響く。

 さっきのワームが戻ってきたわけではない。

 これは、まさか……

「変身」

《――変身》


 現れたのはトンボ型のゼクター。

 会長が右手に掲げたグリップと一体になって鎧を構成していく。

 左右非対称の姿。

 グリップを握る右側により比重が置かれている。


「ほらほら、ぼうっと立ってると恰好の的よ?」

「――――――!」


 歩きながら会長はワームを撃つ。

 ゼクターはそのまま武器となっているようだ。

 ワームはクロックアップしようとしない。

 する間がないのか、今までに受けたダメージが大きすぎるのか。


「――――――!」

「う~ん、こうも張り合いがないとつまらないわねぇ」


 撃ちだされる光弾もなんなく撃ち落とし、会長は更に歩みを進める。

 ワームは明らかに満身創痍。

 俺が手を出すまでもなく片はつくだろう。


「それじゃ、さよならね」

「――――――!」


 そして最後の一撃がワームの胸を貫く。

 呆気なく爆散した。


「今日のところはこんな感じね」

「……あんた、ZECTの関係者か?」

「いいえ、違うわ」

「それはどこで手に入れた?」

「秘密。女の子にはつきものよ?」


 変身を解くと会長は人差し指を立て、悪戯っぽく笑った。

 魅力的な笑顔だ。


「帰るわ。ストーキングはやめてね」


 それだけ言うと、会長はさっさと行ってしまった。

 唐突に表れ、唐突に去っていく。

 通り雨みたいな人だ。

「そんで、須賀くんは黙って相手を行かせたっちゅーことやな?」

「その通り」

「何しとるん!? そないな怪しい人逃がすなんてありえへん!」


 絶賛説教中。

 合流した後、さっきのライダーのことを話したらこの有様だ。

 見逃したのは事実なので反論はしにくい。


「でも、協力していることを除けば、俺と立場はほぼ同じなんだけどな」

「それが一番の問題やん! 野放しにしとくと何しでかすか……」

「猛獣扱いかっ」


 俺としては会長に敵意はないし、自由にさせておけばいいとも思う。

 向こうの目的はわからないが、その結果敵対したのなら戦うだけだ。

 しかし、このままだと捕獲作戦とかに駆り出される可能性もありうる。

 俺がZECTに絡まれた時のように。

 正直あの人には拭いがたい苦手意識がある。

 どっかで自由に、勝手にやっていてほしいところだ。


「じゃあ、協力してくれるように仕向ければいいわけか」

「それはそうやけど、須賀くんがそないなこと言うなんて意外やな」

「まあ、女性に手を上げるのもどうかと思うし」

「え、うちと思いっ切り戦ってたやん」

「それはそれ、これはこれ」

「えー、納得出来へんなぁ」


 清水谷さんは頬を膨らませている。

 綺麗な人だが、こういう仕草も似合う。


「まぁ、今はそれよりも逃げたワームについてだ」

「こっちの方も確認できるだけは撃退したけど、生き残りがおるかもしれへん」

「ま、主な捜索はZECTにぶん投げるよ」

「せやな。見つかった時は連絡入れる」


 こうして今日は解散。

 しかし、今回の作戦の失敗は気になるところがある。

 集まったところを一網打尽にするのが大まかな目的だ。

 蓋をあけてみれば先に攻撃されたのはこちらだ。

 しかも奇襲に近い形で。

 そもそも、ターゲットにしていたワーム自体囮だったのかもしれない。

 ワームにも統率をとれるものがいるということだろうか。

 連休後半の二日目。

 昼ご飯を食べた後、出かける準備をする。

 目的は人探しだ。

 第一に竹井生徒会長を、第二に逃げ出したワームを。

 後者はZECTにぶん投げているが、前者は逆に俺に任せられている。

 清水谷さんが上に尋ねたところ、何日か前からライダーとして姿を現しているらしい。

 聞いた本人はその情報が伝えられていなかったことに大層憤慨していた。

 大方、後ろ暗い事情があるから隠していたというところだと思うが。

 とりあえず、何か問題を起こす前に何とかしろとのことだ。


「衣さん、ちょっと出かけてきます」

「むー、今日もか。きょうたろーはもう少し家でゆっくりするべきだ!」

「それで、その本心は?」

「きょうたろーと遊びたいっ……ではなくて、遊んでやろうと思ったんだ!」


 手を振り上げながら衣さんはそう言った。

 まるで娘に遊んでとせがまれる父親のようだ。

 そして振り返ってみれば、たしかに最近は二人で遊ぶ機会が減っている。

 俺と同じく両親を失った女の子。

 身内以外には気難しい性格で、親しい友達も多くはない。

 もしかしなくても寂しいのだろう。


「じゃあ、明日一緒にどこかに行きましょう」

「どこかって?」

「どこでもですよ。衣さんが行きたい所なら」

「じゃあ、ハミレス! ハミレスに行きたい!」

「そうですね、そこでお昼を食べましょう」

「うん、一緒にエビフライ食べるんだ!」


 詳しく聞いたことはないが、衣さんはファミレスに思い入れがあるらしい。

 理由は定かではないが、恐らく亡くなった両親に関係しているのだろう。

 言い間違いを指摘するのも野暮に思えてくる。


「それじゃ、約束ですね」

「うん、約束だぞ」


 小指と小指が絡み合う。

 指きり。

 決して破らないと誓いを立て、指と指は離れた。

 そして街へ出る。

 今日はどこを探そうか




 行先安価


※多分このスレ唯一の安価です

 好きな咲キャラがいそうな場所を選んでください

 誰がどこにいるかは明示しませんが、今回は全くわからないと思うので横にヒントだけ書いときます

 まぁ、どっかのギャルゲーみたいなのは相変わらずです

 ここで久を見つけられなかったからと言ってペナルティはありません

 



 行先を選んでください

・公園(ステルス的な何か)

・スーパー(ドラゴン的な何か)

・河原(悪待ち的な何か)

・通学路(未来視的な何か)


>>+2


 とりあえず安価だけ飛ばして寝ます

乙。ぶちょーがトンボかぁ……確かに不敵だし、そうっぽい

メイクはあるんですかね……?

会長のアシスタントは誰かな

出掛けるまで更新します
中々時間を取れないのが厳しいところです

>>153
メイクアップアーティストではないので、多分ないです

>>154
アシスタントに関しては考えてません
上埜さんの世話を焼くキャップが思い浮かびます
でも出したらヒロインにしたくなる・・・


>> 河原


 自転車を乗り回して街を探索する。

 バイクでも使えたら便利なものだが、そもそも免許を持っていない。

 二月の誕生日までは軽車両である人力二輪車を使わなければならないのだ。

 果たしてうちの学校の生徒会長はどこにいるのやら。

 住所と電話番号は何とか調べたが、家にいないのならどうしようもない。

 それにしても暑い。

 少し休憩にするか。

 自転車を止め、河原の草むらに寝転がる。

 吹き抜ける風が気持ちいい。

 もう気温のピークは過ぎて、これから夜にかけて段々涼しくなっていくだろう。

 青空に浮かぶ白い雲。

 ここ数日は晴れるらしい。

 起き上がって大きく伸びると、頬を叩いて気を入れ直す。

 明日の約束を果たすためには、今日中に全て終わらせる必要がある。


「こんなところで昼寝?」

「そう言う会長は散歩中ですか?」


 探し人はおのずと現れた。

 今日は私服だ。

 さすがに休日まで制服で過ごす高校生はいないと思うが。

「質問に質問を返すものじゃないわよ」

「それもそうですね……実はちょっと探し物をしてます」

「へぇ、奇遇ね。私も丁度探し物の途中なの」

「何、探してるんですか?」

「秘密。須賀くんに知られたら恥ずかしいもの」


 会長は顔に手を当ててしなを作っている。

 似合ってはいるが、俺に向けるにはわざとらしすぎた。

 逆に笑いそうになってしまう。


「で、須賀くんは?」

「会長、等価交換って知ってます?」

「もちろん。この場合、美少女と過ごせる時間が対価ね」


 恥ずかしげもなく言ってのける様は、いっそ清々しい。

 まぁ、確かに美少女であるのには間違いない。

 問題なのは、こちらをからかおうとする言動が散見されるところだ。

「トンボ、探してます」

「トンボ? さすがにまだ早いと思うわよ?」

「でも昨日の夜見たんですよ……とびきりの大物を」


 会長の目が僅かに見開かれる。

 ようやくこっちの正体に気付いたというところか。

 いつもの不敵さが消えて、中々にもの珍しい。

 それも一瞬のことで、すぐに平静を取り戻しその目に怜悧な光が宿る。

 漂う雰囲気が変わった。


「なるほどね……そういえば私も昨夜カブトムシを見たのよ」

「場所は埠頭ですよね」

「ええ、もちろん」


 緊張が高まっていく。

 まるで針のむしろ。

 目を細めた会長の前では、午後の陽気もなりを潜めてしまっている。


「それで、あなたも私を連れてこいって言われたの?」

「そんな面倒なことしたくないですよ」

「じゃあ、なんで私を探してたのかしら? デートでもしたかったの?」

 デートという言葉の響きについたじろぎそうになる。

 だがそんな素振りを見せてやるわけにはいかない。

 俺には買い物デートをしたという実績があるのだ!

 一呼吸置いてカウンターを放つ。


「大体そんな感じです」

「ふーん……って、あれ?」

「折角だから、このままどっか行きませんか?」

「えっと、その……須賀くん、本気?」


 張り詰めた空気は弛緩した。

 会長もこの返しは予想外だったようだ。

 ファーストアタックは成功といったところか。


「本気も本気ですよ。こんな美少女をエスコートできる機会はそうそうありませんから」

「美少女って、あなたね……」


 意趣返し気味に言ったつもりだが、思ったよりも動揺していた。

 あんた自分で美少女って言ってたろ……


「……コホン。それじゃあ、エスコートお願いできるかしら?」

「喜んで」



 喫茶店。

 いきなり休憩に入るのもどうかと思ったが、女王様の一声であっさり進路変更。

 喉が渇いたらしい。

 当の本人はドリンクバーに向かったっきりだ。

 どうも嫌な予感がする……


「さあ、出来たわよ!」

「なんですか、これ?」

「飲み物よ」

「そういうことじゃなくて」


 目の前に置かれたコップには得体の知れない液体。

 黒いのはたしかだが、どことなく緑色。

 相手が飲むものならば別に構わない。

 問題は、ブツが俺の前に鎮座していることだ。


「遠慮はいらないわ。ささ、ぐいっといっちゃいなさい」

「おいこらまて」

「なによ、文句があるって言うの? 須賀くんのくせに生意気よ」

「まさか、色々混ぜてみたらヤバ気なものが出来ちゃったから俺に飲ませようとしてる、なんてことじゃ……」

「いやねぇ、何言ってるのよ。そんなわけないでしょ」

「おいこらちゃんとこっち見ろや」


 会長の目はあらぬ方向へ泳ぎだす。

 これはクロだ。

 学級裁判を開いたら真っ先に疑われるレベルだ。

「まったく、自分で処理して下さいよ」

「それは逃げるということ?」

「はい?」

「須賀くんの度胸を試してみようと思ったけど、期待はずれだったみたいね」


 わざとらしく肩を竦め、溜息をついている。

 座った俺を見下ろしながら。

 ……つまり、これは俺への挑戦か。

 目の前のコップを掴み、口へと運ぶ。

 そして一気に傾けた。


「むぐっ」

「おおっ」


 口の中を冷えた液体が駆け抜ける。

 少し遅れて臭いと味が神経へ流れ込んだ。

 コーラにメロンソーダ、カルピスの味もする。

 酸味の出所はオレンジジュースか?

 そしてほんのりとした苦み……あの人お茶も混ぜやがった。

 これは酷い。

 美味しい不味い以前に飲み物ですらない。


「ぷはっ!」

「まさか飲みきるとは……やるじゃない」

「とりあえず水……」



 諸々のダメージから復帰した後、ぶらぶらと街を歩く。

 自転車を近くの駐輪場に置いて、ウィンドウショッピングなどをしていた。


「本当は色々と欲しいものもあったんだけどね」

「そして荷物で俺の両腕が塞がると」

「中々似合ってると思うわ、荷物を抱えた姿」

「さっきあんなものを飲ませたばっかなのに、よく言いますねぇ」

「あ、この服かわいい」

「聞けやこら」


 会長は店のウィンドウに張り付いて、こっちの話をシャットアウト。

 少々恨みがましい言葉も無視された。

 本当にいい性格をしている。


「新しい水着も欲しいわね」

「まだプール開きには早いと思いますけど」

「こういうのは早めに買っておかないと、良いのがなくなっちゃうのよ」

「そういうものですか」


 水着へのこだわりについてはよくわからないが、こんな暑い日だとプールが恋しくなる。

 だがプール開きは恐らく一ヶ月半以上先の話だ。

 その前には梅雨の時期がそびえている。

 洗濯物乾かないんだよな……

「むぅ、なんか反応薄いわね」

「一体どんな反応を期待してるんですか……」

「私の水着姿、興味ないの?」

「会長の、水着姿……?」


 思わず会長の体に目が行く。

 肩だしのTシャツワンピに黒ストッキング。

 制服と比べて体のラインは瞭然だった。

 スタイルは、間違いなく良い。

 水着姿を思い浮かべる。

 暖色のセパレートにパレオ。

 髪型は、何となくおさげが似合いそうだ。


「……須賀くんて案外すけべなのね」

「失礼なっ、いきなり何を言うんですか」

「自分の顔、見てみなさい」


 にやけ面を晒す男がそこにいた。

 疑いようもなく、俺自身だ。


「なーんかこの前カッコイイこと言ってたような気がするんだけど……天になるだかなんだか」

「そ、それがどうしたと……?」

「ふふふ……それを体現するものに俺はなるんです……キリッ」

「くそ、くそぉ……やめろぉ」



 精神ダメージを負った俺は公園で休憩していた。

 ベンチに座り、手には二段重ねのアイスクリーム。

 こう暑い中を歩いていると、冷たいものが食べたくなるのは当然だろう。


「ほら、いつまでも落ち込んでないの」

「落ち込んでませんよ。ちょっとブルー入ってるだけです」

「それって同じことよ」


 隣に座る会長の手にもアイスクリーム。

 こちらは贅沢な三段重ね。

 公園で休憩すると決めたときに、近くの屋台で俺が買ったものだ。

 心に傷を負っていようが、デートを怠るわけにはいかない。


「ん~、人のお金で食べるアイスは最高ね!」

「あんたは鬼か、悪魔かっ」

「ふふ、冗談よ。ありがとう須賀くん……おいしかったわ」

 自分の分をぺロリとたいらげた会長は、微笑んだ。

 くそ、不意打ちだ。

 目が離せなくなってしまう。

 鼓動は明らかに速まっていた。

 そして膝にかかる荒い息遣い。

 ん? 膝?


「ハッハッハッ」


 見知らぬ犬が俺を、正確には手に持ったアイスを見上げていた。

 首輪に垂れさがった紐。

 大方飼い主のリードを離れてここにいるのだろう。


「バウバウッ」

「きゃっ」


 何かを要求するように吠える犬と、誰かの短い悲鳴。

 会長の方を見る。

「なに、どうかしたの?」


 平然としていた。

 それこそ不必要なほどに。

 何かを装っているのか。


「ハッハッハッ」


 犬はめっちゃ尻尾を振っている。

 会長はいつの間にかベンチから離れてこちらを見守っていた。

 これはまさか……


「すみませーん!」


 女性がこちらに駆け寄って来る。

 状況から察するにこの犬の飼い主だろう。


「うちの犬がご迷惑をかけました」

「いえいえ、元気でかわいい子じゃないですか」

「あら、ありがとうございます。ほら、行くよ」

「バウバウッ」


 女性はアイスに執着する犬を引きずっていった。

 俺もとけかけのアイスを片づけて立ち上がる。

 とりあえず目的地は定まった。



「須賀くん、ここは?」

「ペットショップですね」


 街中にある大きめのペットショップ。

 色んな動物を取り扱っているが、犬猫とふれあえるのが特徴だ。


「なんで私達は犬に囲まれているのかしら?」

「そりゃふれあいスペースですから」

「向こうの猫でもいいんじゃない?」

「今日は犬とふれあいたい気分なんですよ」

「……」


 会長は無言のままこの場を離脱しようとする。

 だがそうはさせない。

 腕を掴んで強引に引き止める。


「放してっ、私は猫達とキャッキャウフフするのよ!」

「まぁまぁ、折角のデートなんだから一緒に楽しみましょうよ」

「~~っ」


 声にならない音が漏れる。

 結局会長は諦めて俺の背後に落ち着いた。

 まるで壁か盾のような扱いだ。

「会長、犬とふれあわないんですか?」

「ちょっと間合いをはかっているの」

「背中掴まれたままだと、俺も動けないんですけど」

「いいから、現状維持!」


 会長の態度はあくまで頑なだ。

 それにしても、だんだん後ろに引っぱられてるような。

 もしかしなくてもこのまま後退して離脱するつもりか?

 もちろん、それを許すつもりはない。

 勢いよくしゃがみこみ、近くにいるチワワを拾い上げる。

 会長は支えを失って一瞬だけバランスを崩した。


「ほら、かわいいですよ?」

「え、ええそうね……まぁまぁじゃないの」


 つぶらな瞳のチワワは何かを訴えているようにも見える。

 一昔前の消費者金融のCMのような光景だ。

 もっとも、対峙した会長の顔はひきつっているが。


「バウバウッ」

「ひゃっ」

 元気のいい犬が近寄って来る。

 会長は悲鳴と共に見事なステップで飛び退いた。

 そしてこれで確信した。


「須賀くん、あのね、これは違うの」

「会長」

「いきなりで驚いたっていうか……うん、人間そういうこともあるわよね」

「犬、苦手なんですね」

「……」


 
 ばつの悪そうな顔で会長は黙りこくる。

 そんなに知られたくなかったのだろうか。

 チワワを置いて歩み寄る。


「まぁ、誰にでも苦手はありますよ」

「……楽しい?」

「はい?」

「こんな完璧美少女の弱点を探り当てて」

「そう、ですね。たしかに楽しんでます」

「……須賀くんはひとでなしね」


 なにやら拗ねてしまったようだ。

 だが俺はまだ言いたいことを言いきっていない。

「今日のデート、実は会長のこともっと知りたくて誘ったんですよ」

「へっ?」

「だから俺は会長の色んな一面を見れて大満足です」


 説得を試みるにあたって、同じ時間を共有して相手のことを知るのは悪くないはずだ。

 それに、会長の弱点を知って幾分か苦手意識も和らいだきがする。


「……はぁ、あなたいつか後ろから刺されるわよ」

「いきなり物騒なこと言わないでくださいよ」


 顔を背けた会長は深いため息をついた。

 呆れられている気がする。


「まぁ、結構楽しめてるし大目に見てあげる」

「そうですか……じゃあ遠慮はいらないですね」


 指をくわえて音を鳴らす。

 澄んだ指笛が響く。

 その場にいた犬達が反応して近寄ってきた。

 人懐っこいやつらだ。


「ちょっと、犬が寄って来たんだけど」

「そりゃ呼びましたから」

「はあっ? 何でそんなことをするのよ?」

「俺も色々されたりやらかしたりしましたからね。ここらで会長の番かなって」

「え、ちょ――!」

 会長の肩をがっちりとホールドしてしゃがませる。

 360°犬に囲まれた状況。

 頬をひくつかせながらこちらを見上げる会長。

 そしてそれをニッコリと見下ろす俺。


「さあみんな、今日はこのお姉さんが遊んでもらってくれ!」

「何言ってるのよ須賀く――きゃっ」


 尻尾を振って近づいてくる犬、犬、犬。

 その中の一匹に頬を舐められ、会長は悲鳴を上げた。


「こ、来ないで……」

「ハッハッハッ」

「ひっ、どこに顔突っ込んでるのよ!」

「バウバウッ」

「そ、そんなとこ舐めちゃ……だめぇ」


 犬達の猛攻は止まらない。

 ただじゃれついてるだけだけど。

 会長は腰が抜けたのか立ち上がることもままならない様子。

 うーん、しかし……中々に眼福な光景だ。


「い、嫌ぁぁああ!!」



 日が暮れはじめ、空は夕焼け色に染まっていく。

 帰宅しようとする者や、これから遊びに行く者など様々な人とすれ違う。

 むしろ俺達もその中の一組なわけで。

 傍から見れば喧嘩中のカップルに見えるだろうか。

 早足で先を歩くものとそれに追従するもの。

 言うまでもなく俺と会長だ。


「会長、そんなに急いでどこに向かってるんですか」

「ちょっと黙ってて……今気分を落ち着けてるところだから」


 腰砕けの状態から回復した後、ずっとこれだ。

 よっぽど屈辱的だったのだろう。

 それでこそ俺の目的は達成されたと言えるのだが。


「おわっ」


 急に立ち止まった会長にぶつかりそうになる。

 顎に手を当て、何やら呟いている。

 奴隷、服従、一生だとか耳を背けたいワードが漏れ出てくる。

 俺は全力で聞かなかったことにした。


「……今回はしてやられたけど、高くつくわよ」

「俺としてはこれでチャラなんですけど」

「残念ながら男女は平等ではないのよ」

「えぇー」


 こちらを向いた会長はいつもの調子を取り戻していた。

 その笑顔は正直怖いです。


「とりあえず、やって欲しいことがあるの」


 気付けば場所は駐輪場。

 俺の自転車が置いてある場所だ。



「ほらほら、もっとスピード出しなさい!」

「うおおお!」


 自転車の二人乗りで爆走。

 お巡りさんに見られたら確実に注意されることだろう。

 俺が会長に命じられたのは馬役だった。

 断ろうとしたら無言の圧力をかけられ、結局折れてしまった。

 くそっ、なぜこうもこの人の命令は抗いがたいんだ……!

 もう魂レベルでの強制力を感じる。


「風が気持ちいいわねー」

「その、気持ちよさの、半分でも、分けて、もらえませんかね!」

「やぁよ、今の須賀くんは運ちゃんなんだから我慢しなさい」


 もう十数分以上全速力で走っている。

 しかもいつもより後部に体重がかかってるから走りにくい。

 俺の巧みな技術で走れているが、常人だったらどこかにぶつかって終わりだ。


「会長、いい加減、目的地……!」

「うーん、仕方ないわねぇ……とりあえず速度緩めていいわよ」


 ようやく出たお許し。

 速度をトップからローへシフト。

 倒れないよう、一定以上のスピードを保って走る。

 穏やかな風を感じる。

 肩に置かれた会長の手。

 まるで色んなフィクションに出てくる青春の一ページだ。


「じゃあ河原に戻りましょうか」

「了解、女王様」

「何よそれ」

「いや、お姫様って柄じゃないかなーって……あいたっ」



 夕暮れの河原。

 流れる水に光が反射して眩しい。

 自転車から降りた会長は、何をするわけでもなく河辺に座り込んでいる。

 そして俺は話を切り出すタイミングを見計らっていた。


「須賀くん、今日は楽しかったわ」

「それはなによりですね」

「ペットショップの減点は大きいけど、及第点をあげる」

「あれは、まぁ……避けては通れなかった道です」

「やっぱり須賀くんてひとでなしじゃない」


 会長のじと目に晒される。

 お互い様だと言いたいところだが、口論で勝てる気はしなかった。


「それで、本題はなに?」

「本題、ですか」

「だって、ただデートに誘うだけなんて不自然でしょ?」


 どうやら見透かされていたらしい。

 気付かれてないなんて思っちゃいなかったが。

 この人はやっぱり凄い人だから。

「ZECTに協力してもらえませんか?」

「結局それなのね」

「あくまで協力ですよ」

「……組織に加わらず、力を貸すだけの立場、ということかしら?」

「その通りです」


 俺と会長の立場は似通っている。

 違いはZECTに容認されているかされていないかだ。

 メリットの方が多い提案だとも思う。


「そうね……須賀くんが私の奴隷になってくれるならいいわよ」

「それだけは絶対にありえませんよ」

「そう言うと思った。そんな簡単にいってもつまんないしね」


 ここで驚愕の事実発覚!

 どうやら会長は俺を服従させようとしているらしい。

 やっぱり関わらない方がよかったかも……

 トンボよりクモとかカマキリの方が絶対似合うと思うよ。


「じゃあこうしましょう……私と須賀くんで勝負をするの」

「勝負内容は?」

「昨日のワーム、先に倒した方が勝ちってところね」

「いいですけど、こっちの方が有利ですよ」

 会長は独力で何とかしなければならないが、こっちはZECTが協力してくれる。

 今だってワームを探しまわっているはずなのだ。

 それがわからないわけないと思うが。


「そうね……でも、そうやって勝利した自分を認められるのかしら?」

「――っ、わかりました、翅のワームの情報は共有しましょう」

「正々堂々としてるのね。カッコいいじゃない」


 なにをぬけぬけと……!

 今の誘導はこっちの思考パターンが読まれている証拠だ。

 くそ、冷静になれ。


「勝敗に関わらず、ZECTには協力してあげる」

「それじゃ、勝負をする意味は?」

「この場合、あなたが勝負に乗ることが私が協力する対価ね」

「なるほど……じゃあ、勝敗には何をかけるんですか?」

「さっき言ったでしょ? あなたをひざまずかせたいの」


 花が咲くような笑みでそんなことを言わないでほしい。

 女が怖くなってしまうじゃないか。

 それにしても、ライダー同士は何かをかけて戦わなくちゃいけない決まりでもあるのか?

「あなたは何を望むの? 私にできることならなんでもいいわよ」

「じゃあ、おさげ」

「おさげ? 髪型のはなしかしら」

「はい、それでもう一回デートしましょう」

「構わないけど、そんなことでいいの?」

「そんなことでいいんですよ。会長、おさげ似合いそうだし」

「何言ってるのよ……」


 溜息を吐かれた。

 もっと思春期らしい提案もあったが、それはフェアじゃない。

 それに相手の言いなりになってデートするなんて、この人には屈辱だろう。

 まぁ、普通にデートするだけだけど。


「もしかして須賀くん、枯れてる?」

「なっ、失礼な!」

「そうよね、あんな顔晒してたぐらいだもの」

「その話は関係な――っと、もしもし?」

 携帯が音を発しながら震えだす。

 このメロディは電話の着信だ。

 ポケットから取り出して、電話に出る。


『須賀くん? ワーム見つかったで』

「場所は?」

『海辺の公園や』

「わかった、すぐ行く」

『頼むわ』


 通話が切れる。

 どうやら全て今日中に片づけられそうだ。


「見つかったのかしら?」

「そうみたいですね」

「それじゃあ、そこまで一緒に行きましょうか」

「その方がフェア、ですね」



 海が一望できる公園は絶好のデートスポットだ。

 今は夕暮れ時というのもあってカップルが多そうなものだが、誰もいない。

 ZECTが避難誘導したとかで、この付近にいる人は擬態したワームのみということだ。


「清水谷さん、ワームは?」

「もうちょい向こうの方でたそがれとる」

「たそがれてる? ワームが?」

「実際は何もしとらんでぼぅっとしとるだけやな」


 表現はともかく、まだ戦闘は始まっていないようだ。

 ゼクトルーパー達が忙しなく動いている。

 辺りにはKeep Outのテープが張り巡らされている。

 見たところ、付近の小型ドームまで続いているようだった。


「あなたがZECTの隊長さん?」

「清水谷竜華です、よろしく。あなたは竹井久さん?」

「そうよ。こっちの名前も知られてるみたいね」

「須賀くんから聞きました」


 清水谷さんと会長の顔合わせ。

 協力の約束も取り付けたし、険悪なことにはならないと思うが……

「ここに来たということは、協力してもらえると見ていいですか?」

「そうね、デートまでしてお願いされちゃねぇ」

「はいぃ!?」


 清水谷さんがゆっくりとこちらを向く。

 錆びついた擬音が聞こえてきそうだ。

 ……顔も凄く引きつってらっしゃる。


「須賀くん、説明、してくれへん?」

「わかった、わかったから冷静になろう」

「冷静? 十分落ち着いとるよ」


 清水谷さんはあくまでも笑顔だ。

 でも冷静であるようには思えなかった。

 それに言及したら酷い目に会いそうだから黙っておく。


「デートしたのは本当だけど、それとこれとはあまり関係がない、と思う」

「ふーん……つまり、竹井さんの説得と関係なくデートして遊んどったと?」

「い、いやそれは……」

「須賀くん」

「はい」

「正座」

「はい」



「大体わかったわ。デートは説得のための歩み寄りってことやな?」

「大まかに言うならそんな感じだな」

「酷いわ須賀くん……私を弄んでたなんて!」

「会長はちょっと黙ってましょうね」

「久って呼んで……? あんなことした仲じゃない」

「須賀くん、やっぱり……!」

「誤解しか招かないからやめてくれませんかねぇ!」


 清水谷さんの目つきがまた険しくなっていく。

 会長の演技力にすっかり騙されてしまっている。

 清水谷さんが純真すぎるのか、会長が悪辣すぎるのか。

 どちらかは知らんが、矛先が俺に向くのはいただけない。


「ふふ、冗談よじょーだん。私の奴隷になることは確約済みだけどね」

「ちょっとそれ詳しく」

「私と須賀くんの勝負の話。先にワームを倒した方が勝ちなの」

「勝つのは俺ですけどね」

「あら、確約済みって言ったでしょ? 勝つのは私よ」

「須賀くんはまたそないなことしとるんか……」


 誤解は解けたが今度は呆れられた。

 清水谷さんとも似たようなことをしたから、そう思うのは仕方がない。

「それで、須賀くんは勝ったらどうするん? どうせ大したことでもなさそうやけど」

「まぁ、大したことではない……のか?」


 女の子とのデートをそう断じていいのかわからない。

 だけど奴隷の一言に比べれば大分グレードが下がる。

 大体俺負けないし。


「私とのデートは大したことじゃないのね……言うじゃない」

「奴隷に比べればって話ですよ」

「そうかもね……あー、でもどうするべきかしら?」

「どうするって、何をですか?」

「清水谷さん……だって彼女も戦うんでしょ?」


 そういえばそうだった。

 清水谷さんも加わる以上、ワームを倒してしまう可能性もあるわけで……


「うちが勝ったら無効やな」

「まぁ、そうなるわよね」

「妥当だな」

「どっちが勝ってもロクなことにならんからなぁ」


 奴隷はロクでもないとは思うが、デートはそこまでか?

 なんにしても清水谷さんはやる気だ。


「隊長、準備が終わりました」

「ごくろうさまです。それでは他のワームの襲撃がないか引き続き警戒をお願いします」

「了解です」


 どうやら周囲の封鎖が完全に完了したようだ。

 あとは攻め込むのみか。



 帽子をかぶった男が手すりにもたれている。

 たしかにたそがれていると取れなくもない。

 だがあそこにいるのはワームであって人間ではない。


「よぉ、いい眺めだな」

「……あなたたちは?」


 つくづくワームの擬態は凄いと思う。

 知らない人間だったらまず見破れない。


「私達、ちょっと虫を探してるの」

「なにか知りませんか?」

「なるほど……」


 男が目を閉じると、その姿が崩れて別のものに変わっていく。

 俺達の意識も戦闘へと切り替わっていく。

 その意思に呼応してゼクターが飛び交う。

 カブトムシ、ハチ、トンボ。

 それぞれが資格者のもとへ。


「――――――!」

「「「変身」」」

《《《――変身》》》


 鎧をまとい、翅のワームと対峙する。

 俺が着けた傷は完治していた。

「須賀くん、昨日とは姿が違うのね」

「それじゃ、お先!」


 アクスモードで接近する。

 先制攻撃。

 一瞬で片づける……!


「せいっ!」

「――――――!」


 振り下ろす腕を受け止められる。

 そしてそのまま停止。

 力比べみたいな形になる。


「須賀くん、邪魔よ」

「須賀くん、しゃがんで!」


 咄嗟に力を抜き、しゃがみこむ。

 肩すかしを食わされたワームの上体が不安定になる。

 ハチの針とビームが頭上を通り過ぎ、ワームに命中した。


「――――――!」

 胸に命中した射撃に、ワームは叫ぶ。

 瞬間、世界がひっくり返った。


「がはっ」

「――ぃつっ、なによこれ……」

「クロックアップされてもうたか」


 すぐにワームが高速の世界に入ったのだとわかった。

 いつの間にか空からこちらを睥睨している。


「く、キャストオフ!」

「こらあかんなぁ」

《《――Cast Off!》》


 弾け飛んだ破片も悠々とかわすワーム。

 立ち上がり、銃口を向ける。


「ちくしょう、当たらないな……!」

「えーと、それ私にもできるのかしら?」

「ゼクターのどっかにスイッチとなる部分があるはずや!」

「これかな?」


 会長はゼクターの尾の部分を引いた

《――Cast Off!》

「へぇ、こうなってるのね」

《――Change Dragonfly!》


 纏ったアーマーが弾け飛び、脱皮した姿が晒される。

 胴体にトンボの意匠。

 翅は右肩へ伸び、頭部は左のショルダーアーマーに。

 そしてマスク部分は広げた翅みたくなっていた。


「――――――!」

「来るか……!」

「来るで!」

「これね」

《《《――Clockup!》》》


 その場にいる全員が加速状態へ。

 夕焼けの景色も色あせ、波打った海も凍りつく。

 跳躍して斬りつける。

 だが相手のスピードには追いつけない。

 散発的に射撃を続ける会長と清水谷さん。

 あたる気配も感じられなかった。

 ワームがこちらへ突撃しようとする。

「――――――!」

「くそっ」

《――1,2,3...Rider Kick!》


 背を向け走る。

 そして手すりを蹴ってワームへ跳躍する

 だが、同じ手は通用しなかった。


「外したっ!?」


 俺の蹴りは急制動したワームの目の前を通り過ぎていった。


「まだや!」

《――Rider Sting!》

「これかしら」

《――Rider Shooting!》

「――――――!」


 ワームが制止した瞬間を狙って二人が仕掛ける。

 清水谷さんはワームへ跳躍。

 会長はゼクターの翅を重ね、尾のレバーを引く。

 敵の硬直を狙った同時攻撃。

「なっ!」

「清水谷さん!」

「避けて!」


 迫りくる攻撃をワームはギリギリで回避し。

 会長の放った光弾は清水谷さんへ向かう。

 そしてそのままかすめ、空の彼方へ消えていった。


「――――――!」

「会長!」


 ワームが狙いを会長に定める。

 俺は飛び出して会長の体を押し出した。

 衝撃が走る。

 だが今度は吹っ飛ばされない。

 相手の体にしがみつく。


「――――――!」

「――くっ」


 出鱈目に飛び回る。

 まるでジェットコースターに乗っているみたいだ。

「この、このっ」

「――――――!」


 無我夢中で殴りつける。

 一際大きな衝撃と共に、俺は地面に投げ出された。


《――Clock Over!》


 加速状態が解ける。

 周囲を確認する。

 薄暗い。

 どうやら近くのドームに屋根を突き破って侵入してしまったらしい。

 ワームも健在。

 一対一の状態は好都合といえば好都合だ。

 どうやって攻撃を与えるかが問題だが。

 警戒を深めたワームは近寄ろうとしない。


「抜け駆けはさせないわよ」

「会長」


 会長が現れる。

 クロックアップして追いかけてきたのか。

「清水谷さんは?」

「変身が解けちゃったみたい。ゼクターの不調だって言ってたわ」

「ゼクターの不調?」


 さっきの光景を思い出す。

 お互いの必殺が外れ、光弾が清水谷さんをかすっていって……

 かすった……どこを?

 もしかしてゼクターか?

 それにあの時、僅かに逸れたような……


「それにしても、攻撃が当たらないわねぇ」

「会長、俺に考えがあります」

「言ってみなさい」

「もう一回、同じタイミングででかい攻撃をぶつけましょう」

「はぁ? さっきそれで失敗したじゃない。下手すれば自分に当たるのよ?」

「かまいません」


 間違っているかもしれないし、見当違いかもしれない。

 もしかしたら片足を失うかもしれない。

 だけど、俺はこれに賭ける。

「俺の恩人が言ってました」

「いきなりなによ」

「相手を信じるときに試されるのは、その行動と自分の心だ」

「……」

「会長は俺を信じますか?」


 押し黙る会長。

 ゼクターの翅を閉じながら俺に問いかける。


「さっき、私を助けたのはなぜ?」

「天が人を助けるのに理由はないと思います。それに……」

「それに?」

「約束しましたよね?」

「約束?」

「俺の弁当、食べるんでしょ?」

「なによ、それ……ふふ、あはははは!」


 会長は思い切り笑いだした。

 どうしたのだろうか。


「須賀くん……いいわ、信じてあげる」

「じゃあ、行きますか!」

 散開してワームを挟みこむように位置どる。

 必殺を期して走り出す……!


「――――――!」

「待たせて悪かったな!」

「いくわよ!」

《――Rider Shooting!》

《――1,2,3...Rider Kick!》


 跳躍する。

 ワームを狙って放たれた光弾。

 そして俺の狙いももうついている……!


「――――――!」


 ワームは光弾をギリギリで回避し、俺に当てようとする。

 そう、こちらの予定通りに。

 そして俺が狙っているのはワームではない。


「く、おおぉあ!」

「蹴り飛ばした!?」


 エネルギーが集束した右足で、光弾を蹴る。

 狙いは回避を終え油断したワーム。

 光弾はサッカーボールのように対象に吸い込まれていった。


「――――――!」



「それで、この場合どっちの勝ちなのかしら?」

「ワームを倒したのは俺ですね」

「でも、結局私の攻撃が当たったのよね?」

「だから倒したのは俺ですって」

「なによ、須賀くんのくせに生意気よ」

「会長こそ潔く認めて下さい」


 戦闘後の余韻に浸る間もなく、勝敗の判定。

 お互いに自分の勝利を主張する。

 埒があかない。

 睨みあうように対峙してると、手を叩く音が響く。


「はいはい、そこまでや」

「清水谷さん、邪魔しないでくれ」

「もう引き分けでええやろ。お互い譲らんのは目に見えとるしな」

「むぅ」

「……それもそうね。今日は疲れたから帰るわ」


 そう言って会長は去っていった。

 そして残された俺と清水谷さん。


「ほな、うちらも帰ろうか」

「連絡先とか聞かなくて良かったのか?」

「もう調べついとるし。ZECTの情報網は世界一、やな」

「……悪用されないことを祈ろうかな」



 連休も明け、今日から学校が始まった。

 様々なイベントを乗り切り、衣さんとの約束を果たした俺は生徒会室の前に立っていた。

 手には弁当。

 東横の追及を振り切り、もう一つの約束を果たすためにここにいる。


「失礼します」

「どうぞ」


 部屋には会長しかいなかった。

 隣に座り、弁当箱を差し出す。


「約束のものです」

「ごくろうさま」


 会長は弁当を受け取った。

 俺も隣で自分の分を開ける。

 しかし、会長は自分の分に手を付けようとしない。


「食べないんですか?」

「それより、何か言うことはないの?」


 そう言われても何も思い浮かばない。

 どうしたものかと会長の顔を見る。

 そして、あることに気がついた。

「おさげ、やっぱり似合いますね」

「よろしい。合格よ」


 とりあえず合格できたらしい。

 何に合格したのかはわからないが。


「そういえば、今日はなんで髪型を?」

「この前の勝負、引き分けとは言ってもあなたがワームを倒したのは確かだと思ったの」

「だから髪型だけでもって話ですか」

「そ、半分だけ要求を取り入れたの」


 正直驚いた。

 この人がこんな素直なことを言うとは思えなかったからだ。

 髪型も相まって可愛らしく見えてしまう。


「でも、私の攻撃が当たったのも確かよね?」

「そう、ですけど……」


 話はこれで終わりではないらしい。

 嫌な予感しかしない。


「だから奴隷とまではいかないけど、あなたを生徒会長補佐に任命するわ!」

「はぁあ! なんだそれ!?」

「そう難しいことを任せる気はないわ。お茶を淹れたり、物運んだり、その他細々としたこととかね」

「要するに雑用じゃねーかよ!」

 なんてことだ、なんてことだ!

 ともかくそんなものを認めるわけにはいかない。


「いやですよ、絶対やりませんからね!」

「あら、逃げるの?」

「何だって?」

「私はおさげにしてきたのよ? 自分だけ逃げるつもりなの?」

「~~っ! わかりましたよ、やりゃあいいんでしょ!」

「うん、それでよろしい」


 ちくしょう!

 してやられた!

 こっちが断れないと踏んでこれだ!

 いや落ち着け。

 逆にこれは俺の凄さを思い知らせるチャンスだと考えるんだ。


「まぁ、俺が雑用でも有能だってことを見せてあげますよ」

「あら、おいしいじゃない。大口叩くだけのことはあるわね」

「聞けよおい!」





第四話『気まぐれなトンボ』終了


てなわけで第四話終了です

安価で会長とられたおかげで、前回以上にボリュームアップしてしまいました
まぁ、清澄で一番好きなの会長だから仕方ないね

とりあえず歯磨きして出掛けます
次の更新はいつになることやら・・・

気付いてる人もいるかもしれませんが、話によってはヒロインを設定しています
そのヒロインで安価をとった場合、話のボリュームと>>1の負担が増えます

例えば、第三話で病院以外の安価を取っていればあそこまで怜竜の仲に介入しないし
今回の話で河原以外を選べば、デート及びおさげと奴隷云々のくだりは消えていました

まぁ、会長に少し力が入ったのは認めます
うえのさんのふぁんだからしかたないね!

したらば、潔く出掛けてきます

前話投下から二週間弱
もうちょっと間を狭めたいところではあります

それより、この前やらかしたときにある人がこのスレを見ていると知って戦慄しています

それでは出掛ける前の投下開始です



 五月の下旬。

 中間試験から解放された生徒達は活気に満ちている。

 そんな中に紛れて深く沈みこむものが一人。

 東横桃子――自他ともに影が薄いと認める女子生徒だ。

 しかし、同じクラスでもそんな生徒がいるということすら知らない場合が多い。

 したがって、ここで言う他人とは非常に狭い範囲を示す。

 たとえば隣の席の男子生徒……つまり俺とか。


「東横……影が薄いどころか影がかかってるぞ」

「察してくださいっす」


 そう言って机に突っ伏す東横の手にはテストの答案が数枚。

 ちらりと見えた点数に俺は思わず目を覆った。

 赤、赤、セーフ、赤、セーフ……

 思わず合掌をしたくなる惨状だった。

 これから訪れるであろう追試から補習の未来に、同情してしまいそうにもなる。


「……強く、生きろよ」

「見たっすね? 逃がさないっすよ」

「悪い、夕食の買い出しがあるから……」

「まだ放課後じゃないのにどこに行こうとしてるっすか!」

「いや、タイムセール的なあれだよ」

「須賀くんの答案も見せるっす! 自分のは見せないなんて不公平っすよ!」

「いいから落ち着け!」

 息も荒く、身を乗り出して俺のカバンへ手を伸ばしてくる。

 体に触れそうになるおっぱ……おもちに思わず目がいってしまう。

 その隙をついて東横はカバンを奪取した。


「ふふふ、観念するっすよ……なぁっ!」

「あー、見ちゃったか」


 東横の肩は震えていた。

 無理もない。

 俺の答案はほぼ九割超のものばかりだ。

 そこに差を感じて打ちひしがれるのは仕方のないことだ。


「須賀くん……」

「そう落ち込むなよ。俺は例外だ」

「勉強、出来たんすね」


 背中を向けてるから顔は見えないが、声は震えている。

 もしかして、泣いているのか?

 想定もしていなかった事態だ。

 こんな時はどうすればいいんだ。


「なんというか、スマン……とりあえず泣きや――」

「是非、勉強を教えてほしいっす!」



 昼休みの屋上。

 松実先輩とのランチタイム。

 東横への答えは保留してある。

 屋上で一人で考えようと思ったのだが、松実先輩を含む二年生のグループと遭遇。

 そして訳知り顔で頷いた連中によって、俺達はあっという間に二人きりになっていた。


「勉強の教え方?」

「はい」


 あまり考え込んで上の空になるのも、女性に対して失礼になるだろう。

 いっそのことうち明けてみることにした。

 人に頼るのには抵抗があるが、分からないことを聞くのは恥ではない。


「誰かにものを教えたことがないんですよ」

「学校の勉強だよね? う~ん、そんな大げさなものじゃないと思うんだけどなぁ」

「やるからにはキッチリとこなしたいところです」

「真面目なんだね」


 先輩は緩やかに笑っている。

 自分にとっては難しくても、他人からすれば何てことのない悩みも多いらしい。

 これもそういうことなのだろうか?


「京太郎くんって成績は良いほう?」

「テストの点数だけで言えば良い部類ですね」

「すごいねぇ、私はあんまり良くないのですよ」

「えぇ、それは……そう、かもしれない」

「結構あっさり納得されちゃったっ」

 先輩は軽くショックを受けている。

 でも、あのおもちハンターを思い浮かべてしまうとなぁ……

 あれの印象は結構でかい。


「うう……じゃあ、もう少し小さな頃はどうだった?」

「可もなく不可もなくでしたかね」


 言ってしまえば、あの人に会う前の俺は平凡だったと思う。

 何に秀でてるわけでもない、地毛が目立つだけの子供だ。

 でも、目標を見つけて、出来ることを増やして、わき目も振らずに走ってきた。

 目指す場所にはまだ至れていないが、それで今の俺がここにいる。

 もしあの人に出会わなければ、俺は周囲に埋もれるだけの存在になっていただろう。


「じゃあ、努力したってことだよね?」

「そう……ですね」

「うん、それなら大丈夫だよ」


 微笑んで先輩は言った。

 陽だまりのような笑顔だ。

 根拠もなにもすっ飛ばして信じてしまいそうになる。


「だって京太郎君だったら、勉強がわからない人の気持ちをわかってあげられると思うから」

「つまりあれですか。優秀なプレイヤーが優秀なコーチになれるとは限らない的な」

「その通り!」

 最初から上にいるやつは上の領域しか知らない。

 反面、下から上へ昇りつめたやつはより広い世界を知っている。

 俺が後者なのは事実だ。

 認めたくはないが、俺は突出した才能を持っていない。

 だからこそ人一倍努力をしてきたつもりだ。

 才能を持った人たちを羨ましく思ったこともある。

 だが、持たざる者にこそ出来ることがあるのだとしたら……

 それは何より素晴らしいことなのかもしれない。


「おかげで決心がつきました。お礼にこれ、どうぞ」

「わぁ、唐揚げ……おいしそうだね!」


 弁当から一品差し出すと、先輩はすぐに口に運んだ。

 下味もきちんとつけた渾身の一品だ。


「うん……うん! 京太郎くん、さすがだね!」

「いや、先輩のお母さんにはかないませんよ」


 本当にこの人の母親はヤバい。

 特に和食がヤバい。

 このカテゴリーにおいては勝てたためしがない。

 一度でいいから顔を拝んでみたいものだ。

「それじゃあ……はい、あーん」

「先輩、これは?」

「おかずの交換だよ、ほらほら」


 手を添えて差し出されるのは、一口大に切られた鶏肉。

 煮物の一部だろうか。

 煮汁が沁み込んだ色つやはこっちの胃を刺激してくる。

 素早く周囲を確認する。

 ……よし、今ならいける。


「――っ……おいしい!」

「ふふんっ」


 煮汁が十分に沁み込んだ鶏肉は、口の中でいとも簡単にほどけた。

 そして広がるシンプルながらも奥深い風味。

 その中に一風変わったものが紛れ込んでいる。


「これは……黒糖か」

「おぉ、よくわかったね! 凄いよ京太郎くん!」


 見た目は普通なのに、食べてみるとこんなにもあったかい。

 作った人はきっと先輩の笑顔を思い浮かべてたのだろう。

 腕の差はもとより、愛情という点でも負けている。

 どんな食材、どんな調味料にも勝るもの。

 あの人が言っていたことの意味を、俺は真に理解した。

「もう一口、食べてみる?」

「いや、それは……」

「ほらほら、おいしそうだよ~」


 先輩は茶色味がかった大根を箸で持ち上げる。

 これ以上おかずをもらう必要も理由もない。

 だが、どうしてかきっぱりと断ることができない。

 餌付けという言葉が頭をよぎった。

 思い返せば、色んな名目のもとにむこうのおかずを食べさせられていた。

 それはあたかも麻薬のようで、食べたいという気持ちが大きくなってくる。

 こうしている今も、俺の口は大根に引き寄せられて……


「いけ、そこだっ」

「クロって意外と大胆だよねぇ」


 何やら聞き逃せない声がする。

 横目で確認すると、先輩のクラスメートたちがドアの陰から覗いていた。

 箸はUターンし、先輩の口に大根を運ぶ。

 その顔は赤く、目はグルグルとしていた。

 明らかなパニック状態。

 先輩は弁当箱を置いて立ち上がると、駆けだした。


「これは決定的な証拠を掴みましたねぇ」

「じゃ、ずらかるわよ」

「待って、待って! これは違うんだってばぁ!」


 校内へ消えていく先輩たち。

 弁当箱と俺はベンチに取り残された。

 ……あんなに必死になって否定しなくてもいいじゃないか。



 昼休み、後半。

 頭から湯気を発して机に突っ伏す先輩に弁当箱を届けた後、俺は生徒会室へと向かった。

 今更自分の教室に戻るのもどうかと思ったからだ。

 鍵は開いているが、中に入ると誰もいない。

 残された私物から、ちょうど部屋を出ているのだと推測する。

 俺は一応生徒会の一員なので、ここで昼飯を食べても問題ないはず。

 会長補佐という名の雑用ではあるが。

 ちなみに、本来こんな役職は存在しないらしい。

 例によってあの会長が作ったとのことだ。

 副会長に憐れむような目で肩に手を置かれたことは忘れられない。

 メガネをかけた真面目そうな人だ。

 しかし、頭の片隅に引っかかることがある。

 登校中に時折感じる視線。

 彼のものと似ているような気がするのだ。

 衣さんが気にしていたのを思い出す。

 新参者の俺にも気さくに話しかけてくれる良い人ではあるのだが。

 そう言えばあの人、この前二年生の女子に告白されたって聞いたぞ。

 スタイルが良い綺麗系の女子だそうだ。

 断ったらしいが、あまり女性に興味がないのだろうか?

 まぁ、受験生だしな。

 考え事をしながら黙々と食べると、弁当はあっという間になくなった。

 自分の料理の味に自信はあるが、あの煮物の後ではどうしてもかすむ。

 当面の目標は先輩の親に勝つことだろうか。

 思い切り体を伸ばす。

 時計を見ると、昼休みは残り十分ほどだ。

 そろそろ教室に戻るか。

 立ち上がろうとした瞬間、部屋のドアが開いた。


「あら、いいところにいるじゃない」

「用事思い出したんで、失礼します」

「いいから、これ持ってっ」


 ダンボールを抱えた会長は、有無を言わさずそれを俺に押し付けてきた。

 大した大きさじゃないが、重量は結構ある。


「それで、これはどうすれば?」

「とりあえず棚の上に置いといて」


 会長が指さしたのは背の高い棚。

 たしかに女性に任せるのには気が引けるレベルだ。

 ちょっと背伸びしてダンボールを棚の上に乗せる。

 こんなところに保管するということは、しばらく使わないのだろう。

「うん、ごくろう」

「お茶でも淹れましょうか?」

「んー、時間が時間だしねぇ」

「まぁ、そうですよね」


 お湯を沸かしてお茶を淹れて、それを飲む。

 そんなことをやっていたらもれなく午後の授業に遅刻する。


「そういえば、この前あなたの身辺調査をしたのよ」

「あんたは興信所のまわしものかっ! なんだってそんなことを」

「須賀くんも顔見せなかったし、暇だったのよ」


 暇だったからというだけで、ここまでやってしまうのが恐ろしい。

 別に探られて痛くなるような腹は持っていないが。


「とは言っても、クラスメートとかに話を聞いたぐらいだから」

「それはまた、会長が聞いてまわったと」

「いいえ、調査は私以外の生徒会メンバーよ」


 まぁ、そんなことだろうとは思っていた。

 会長に振りまわされるあの人たちには同情を禁じ得ない。


「男女両方から聞いてみたんだけど、どっちを先に聞きたいかしら?」

「どっちでもいいですよ」

「じゃあこれからいきましょうか。とりあえず座りなさい」

 会長はどこからか数枚のプリントを取り出す。

 量は大したことはないが、あんなものを作るのに時間を割いていたとは。

 方向性を間違っているような気がする。


「ぱっと見チャラ男、ナル野郎かと思ったら結構出来る、幽霊と話せる、運が悪い……以上が男女共通の意見ね」

「ナル野郎って……」

「あれだけ自信満々に振舞っていれば多少はねぇ」

「ま、まぁ結構出来るって言ってるし、こいつは本物だって思うようになってきたってことだよな!」

「じゃ、次行きましょうか」


 ぺらりとプリントがめくられる。

 ちらりと円グラフのようなものが見えた。


「次は女子ね……漂う残念なイケメン臭、顔は良い、弁当こりすぎ……こんな感じね」

「顔は良いって……」

「性格の方は評価されてないみたいねぇ」

「ま、まぁ別に女子にもてたいわけじゃないし、弁当云々は僻みともとれるよな!」

「それじゃ、最後ね」


 会長が再びプリントをめくる。

 気のせいかもしれないが、少しだけ空気が張り詰めた感じがする。

 何と言うか、追及を受ける時の雰囲気に似ている。

「意外と話せるいいやつ、妹さんがかわいい、女の子といちゃいちゃしてる……といったところね」

「いちゃいちゃ? そんなことは……」


 よくよく思い返してみる。

 ない、と言えるのか?

 一緒に昼を食べたりすることがそれに当たるのかもしれない。


「教室でクラスメートと人目もはばからず、いちゃついていたと聞いたわ」

「と、友達と昼を食べるのはおかしくないはずっ」

「他にも、二年の先輩と屋上でいちゃついていたとか」

「そ、それも友達ですよ」

「どちらとも食べさせ合いをしたって聞いたわよ……あーんって」

「……」


 もはやぐぅの音も出ない。

 退路は塞がれた。

 しかしわからない。

 いったいこの人は何がしたいんだ?

 俺をいたぶって楽しんでいるというのか。


「なーんか納得いかないのよね」

「そんなことを言われても」

「どうしたものかしらね」

 ここでチャイムが鳴る。

 つまりは時間切れ。

 これでひとまずこの場から解放される。


「それじゃ、もう行きますね」

「仕方ないわね……」


 椅子から立ち上がる。

 布に包んだ弁当箱を手に、ドアの方へ。


「そうだ会長、今日はこっちの方に出席できません」

「何か用事でもあるの?」

「まぁ、ちょっと勉強を教えてほしいと頼まれちゃって」


 俺の役職的に、いなくても全く問題はないはずだ。

 会長は顎に手を当てて考えている。

 多少理不尽な物言いはするものの、けっして横暴ではないのだ。

 事情を説明すればちゃんと聞いてくれる。


「そうね、あなたもプライベートを大事にすべきよね」

「オーケーってことですね」

「そうよ、普段の働きには報いてあげないとね」

「感謝します。それじゃ」


 凄い上からなのが気になるが、許可は取り付けた。

 今度こそ部屋の外へ出る。


「ふぅ……私もお弁当、作ってみようかな」



 放課後の帰り道。

 自転車を押して歩く傍らには東横。

 本来方向があまりかぶらない俺達が一緒に帰る理由は一つ。

 まさかの自宅での勉強会である。


「なぁ、本当に俺の家で良かったのか?」

「何言ってるんすか。学校や図書館じゃ騒げないっすよ」

「えーと、勉強、するんだよな?」

「もちろんっすよ。私の生死がかかってるんすから」


 そんなわけはない。

 かかっているのはこいつの放課後の自由時間だ。


「まぁいいけどさ。とりあえず同居人いるからな」

「天江さんのことっすよね」

「知ってるなら話は早いな」


 話した覚えはないが、別に知っていてもおかしくはない。

 衣さんのことについては隠してるわけじゃないし、クラスの男子との話題にもあがるからだ。

 ただ、俺の家へ向かっているはずなのに東横に先導されている。

 この事実にちょっとした不安を覚えてしまう。

 東横桃子、ストーカー疑惑再浮上。

 人気の少ない住宅街の曲がり角にさしかかる。

 恋愛漫画によくあるパターンでは、登校中にここで転校生とぶつかったりするらしい。

 もっともこっちは急いでないし、今は夕方だからシチュエーションには大分差異がある。

 だが、俺達が今日ここで出会ったのはそんな生ぬるいものではなかった。


「見つけた……」


 目深につばつき帽子をかぶった中年の男。

 俺には面識がない。

 東横も同じようで、不思議そうな顔をしている。

 辺りを見回すが、他に人の姿はない。

 つまり、俺か東横に用があるということだ。


「どちらさま?」

「間違いない……」

「聞く耳なしかよ……人違いってことは?」

「やっと、見つけた……!」

「ひっ」


 グニャグニャと歪む輪郭。

 東横の悲鳴。

 俺は庇うように一歩前に出る。

「――――――!」

「ファンに待ち伏せされちゃうなんてな。俺も有名になったもんだ」

「す、須賀くん……」

「東横、さがってろ。俺のお客さんだ」

「……わかったっす」


 東横は近くの電信柱の陰に隠れた。

 俺は目の前のワームを見据える。

 枯れ葉を思わせる茶色の体色。

 ライオンのたてがみのように広がった体の一部分。

 既に成虫体だ。

 ゆっくりと歩みを進めてくる。

 手を掲げ、ゼクターを掴む。

 戦いの始まりだ……!


「変身」

《――変身》

「――――――!」


 ワームが声を上げる。

 走り出し、アクスモードで斬りかかる。

 腕で受けとめられる。

「――――――!」

「甘い!」


 無防備な腹部へ膝蹴り。

 ワームはよろけながら後退していく。

 追いうちをかけようと前進する。

 すると、ワームがその場で回転を始めた。


「くっ、なんだ……!」

「――――――!」


 巻き起こる旋風。

 風圧は大したことはないが、ワームがばら撒いた枯れ葉が視界を覆う。

 敵の姿を見失ってしまう。

 風が収まる頃には、影も形もなくなっていた。


「……一体何しに来たんだよ」

「須賀くん! 大丈夫っすか!?」

「まぁな。それよりお前も顔色悪いぞ」

「驚きの連続だったっすから」


 得体の知れない化物に、SFじみた装備で立ち向かう同級生。

 これで混乱しない方がどうかしてる。

 それでも真っ先に俺の心配をするあたり、こいつは良い奴なのだと実感できる。



「要するに、俺はああいう人を襲う怪物と戦ってるわけだ」

「物凄く大雑把に言い切ったっすね」

「細かいとこまで話すと面倒だからな」


 変身を解いて軽く事情を説明中。

 見てしまった以上、全て教えないでは東横も納得しないだろう。

 だから本当に外側から見てわかる部分だけを伝える。


「……怖くないんすか?」

「さあ、どうだろうな」


 俯いた東横の質問に、初めて変身した日を思い出す。

 たしかに怖がっていたかもしれない。

 だけどそれは戦う相手に対してじゃなかったはずだ。


「須賀くんは強いんすね」

「そうだよ、俺は誰よりも強いんだよ」

「相変わらずっすねぇ……」


 顔を上げた東横は微笑んでいた。

 思わず顔を逸らす。

 普段のやり取りで見せる表情とは全く違う。

 そのギャップの威力は中々に強烈だ。

「それで、これからどうする?」

「勉強って感じじゃないっすね」

「このまま帰るか? それなら送ってくけど」

「う~ん」


 俺としてはこのまま予定通り勉強会をしてもいいが、問題は東横だ。

 あんなことがあった後では少なからず混乱もするだろう。

 その状態で勉強をしても効果のほどは知れている。

 まずは落ち着くことが大事だと思う。


「今日は帰るっすよ」

「そうか……じゃあ、乗れよ」

「もしかして、二人乗りっすか?」

「そうそう、その方が速いだろ?」


 自転車の荷台を指し示す。

 東横はそこにまたがると、遠慮がちに俺の肩を掴んだ。


「それじゃ危ないぜ? もっとしっかり掴まれよ」

「えっと、こうっすか?」


 腰に手をまわしてがっちりホールド。

 背中に柔らかいものが押しつけられる。


「じゃ、出発しますか」

「道案内はまかせるっすよ!」

「俺の走行テクを見せてやるよ!」



「……」

「……」

「さっきあんなこと言ってたわりに普通っすね」

「なに言ってるんだ。猛スピードで走ったら危ないだろ?」


 最高速で走ってもぶつからない自信はある。

 しかし俺が大丈夫でも周囲の人が怖がるだろう。

 それに一定のスピードで安定を保ち走るのも立派な技術だ。

 ちなみに、会長を後ろに乗せたときのことに言及されたらなにも言い返せなくなる。


「そういえば、二人乗りで爆走するカップルの話、知ってるっすか?」

「い、いや、知らないな」

「ゴールデンウィーク中に現れたらしいっすよ」

「そ、そうか……」

「どうしたんすか?」


 と、とりあえず落ち着こう。

 東横は知らないはずだ。

 ただ噂話を聞いただけだろう。


「まぁ、きっとやむを得ない事情があったんだろ」

「暴走族の亜種かとも思ったんすけどね」

「自転車で暴走族って……かっこつかないにも程があるな」

「全くっすね……あ、そこ右っす」

 住宅に囲まれた道に入り、自転車を止める。

 東横は自転車から降り、苗字と同じ表札の家の前へ向かう。

 なるほど、ここが東横のハウスか。


「今日は色々と世話になったっす」

「勉強会は出来なかったけどな」

「それはまた違う日にお願いしたいんすけど、ダメっすか?」


 俺に異存はないが、今日みたいなことがあったら少し面倒だ。

 流石に人が多い学校にまで入ってこないだろうが、登下校時は別だ。

 特に人が少ない下校時には狙われる可能性がある。

 それをふまえると……


「学校でやるんだったらいいぞ」

「えぇー、それじゃ部屋の中を探索してR指定の本を見つけたり出来ないっすよ!」

「とりあえずお前が俺の家で勉強する気がないというのはわかった」


 案の定というかなんというか、こいつは俺の部屋を物色するつもりだったようだ。

 ……アイアンクローでもお見舞いしてやろうか。


「わかったっす……わかったっすから、その指の動きを止めるっす」

「そうか、ならよし」

「それじゃ、また明日っすね」

「ああ……あと、今日見たことはあまり人に言わない方がいいぞ」


 自分から言いふらすとは思わないが、一応釘を刺す。

 信じるやつもいないだろうが、ヘタするとZECTに目を付けられかねない。

 こんなことに巻き込まれてほしくないと思う程度に、俺はこの友人を大切に思っていた。


「誰も信じないとは思うっすけどね」

「ま、言わないにこしたことはないってことだな。」

「たしかに、そうかもしれないっすね」

「んじゃ、そういうことで……じゃあな」



「きょうたろー、無事だったか?」

「俺はなんともないですけど、どうかしました?」

「いや、何やら不穏な気配を感じたんだ」


 帰って来るなり衣さんに心配された。

 もともと感が鋭い人だから、付近にいたワームのことを感じ取ったのかもしれない。

 余計な心配はかけたくないな。


「それより、今日のご飯は白身魚ですよ」

「なにっ、お魚も嫌いではないが衣はもっとジューシィなものが食べたいぞ!」


 衣さんは手を上げて抗議してきた。

 思い返せば、最近は健康志向のメニューばかりだったような気がする。

 物足りなく思っていたのか。


「まぁ、今日はフライにするんで楽しみにしていてください」

「わーい、タルタルソースで食べるんだ!」

「あまりいっぱいかけちゃダメですよ?」


 今日の料理の予定を変更する。

 パン粉もまだあったはずだ。

 予定とは違うが、これでいいのだろう。

 食べる人に喜んでもらってこその料理なのだ。



 朝の学校。

 ホームルーム前の時間。

 俺は余裕を持って教室に入る。

 中には既に半分ほどの生徒がいた。

 ここにいないやつは、朝練組とその他。

 東横の席も空いている。

 いつも俺より早く登校してたから、少し気にかかる。


「須賀、おはよう」

「おはよう」


 挨拶しながら席に着く。

 教科書やらを取り出していると、東横が姿を現した。

 普通に入って来てるはずなのに、誰も挨拶をしない。


「東横、おはよう」

「おはようっす……」


 席に着いた東横の顔色はあまり良くない。

 良く見るとうっすらとクマも見える。

 どうやら夜更かしをして寝不足な模様だ。


「大丈夫か?」

「もちろんっすよ。ここからは私の独壇場っす」

「お前は何を始める気だよ」


 多少テンションがおかしいもよう。

 程なくしてチャイムが鳴った。

 さて、今日も学業に励むとするか。

 そして放課後。

 いまのところ予定はない。

 どうしようか……



 放課後安価


※多分このスレ唯一の安価です

 好きな咲キャラがいそうな場所を選んでください

 誰がどこにいるかは明示しませんが、大体わかると思います

 まぁ、どっかのギャルゲーみたいなものです



 行先を選んでください

・1-2

・2-2

・生徒会室

・自宅

・病院


>>+2


 とりあえず安価だけ飛ばして出掛けてきます

大分間があいてしまいましたが、飯食ったら投下します
なんもかんも阿知ポの限界チャレンジが悪い・・・

それじゃあ今から投下します

最後の戦闘時には脳内でFULL FORCEでもかけといてください


>> 2-2


 放課後。

 まだ日は暮れていない。

 このまままっすぐ帰っても良いが、昨日のワームが気がかりだ。

 清水谷さんに報告はしてあるので、捜索は行われているだろう。

 しかし、俺が狙われているのなら俺自身が囮を務めるのが一番手っ取り早く思える。

 だとしたら、帰るのはもう少し後でも問題ないか。

 今日は特に買い物もないからな。

 襲いやすい状況を作れば向こうも乗って来るだろう。

 じゃあしばらく学校で時間を潰すとしよう。

 鞄を持って立ち上がる。


「東横、また明日」

「気を付けて帰るっすよー」

「お前も早めに帰れよ」


 眠そうに突っ伏した東横に声をかける。

 この状態では勉強もなにもないだろう。

 さて、どこで時間を潰そうか。

 生徒会室か、それとも……

 思い浮かんだのは松実先輩だった。

 昨日の一件からロクに話せていない。

 大丈夫だとは思うが、一応様子を見に行こう。

 となると、今日も生徒会はサボりか。

 まぁ、もともと買い物とかでちょくちょく欠席しているので問題はない、はず。

 あるとすれば、二日連続欠席という点だ。

 報告のメールを送ろうと携帯を取り出すと、ちょうど着信して震えだしていた。

 差出人は、会長。


『今日は生徒会活動なし。あなたの身は自由よ!』


 ……自由とか言ってるあたり、拘束してる自覚はあるんだろうか。

 とりあえず、これで気兼ねなく行動できる。

 他の一年生にまぎれて階段を下りる。

 教室は近いので移動は一瞬だ。

 そして辿りついた2-2。

 入り口から先輩の姿を確認する。

 いつもの友人に囲まれてなにやらわたわたしていた。

 険悪な雰囲気はない。

 しかし確実にからかわれている場面だ。

「ほら、いい加減素直になりなよ」

「だから違うんだってばぁ」

「でもあんな場面を見せられたら、ねぇ?」

「そうそう。大体、クロがあんなに男子と仲良くしてるの見たことないよ」

「あうぅ、本当なのに……」


 もしかしなくても昨日のことだろう。

 たしかに誤解されても仕方ないとは思う。

 だが実際、あの人は男に興味があるのだろうか?

 おもち、もとい女性の胸への執着を見ていると、どうもよくわからない。

 少なくとも嫌われてはいないと思うが。


「まぁ、仮にだよ? まだ付き合ってないとしてさぁ」

「あんたの本性知ってあそこまで一緒にいてくれる男子、そうそういないよ?」

「うんうん、絶対クロに気があるって!」

「えぇ、そんなことないよぉ!」


 女三人寄れば姦しいとはまさにこの状況だろうか。

 まったく割りこめる気がしてこない。

 話の内容もアレだが、自分がそのほぼ中心に据えられているのが問題だ。

 下手に突っ込んだら余計な火の粉が飛んでくる可能性もある。

 先輩は大丈夫そうだし、とりあえずこの場から離脱しよう。

「って、あれ? あそこの一年男子は……」

「噂をすればってやつだねぇ」

「もしかして今の聞かれてたっ!?」


 はい見つかったー。

 今まで話に夢中だったのに、こっちが離れようとすると捕捉してくるとは……

 間が悪いにも程がある。

 もう仕方ないので手でも振っておこう。


「手、振ってるよ?」

「お迎えってことなのかなぁ」

「こ、心の準備が……」

「いいから」

「さっさと」

「「行ってきな!」」

「はうっ!」


 友人二人に背中を押された先輩。

 たたらを踏みながら教室の入り口、つまりは俺の前へ。

 体勢を立て直すと、顔を伏せ気味にもじもじし始めた。


「とりあえず、場所移しません?」

「う、うん……そうだよね」


 教室の入り口に留まっていたら、目立つ以外の何物でもなくなる。

 誤解を避けるために誰もいない場所へ向かおう。



「さあどうぞ、お入りください」

「それじゃ、お邪魔しまーす」


 お客様を部屋へ招き入れる。

 気分的には執事だ。


「へぇ、ここが生徒会室なんだ~、凄い豪華だねぇ」

「基本的には他の教室と同じ作りなんですけどね」


 そう、基本的にはだ。

 実際は誰かさんが手を加えまくったおかげで別物と化している。

 水道とコンロを備え、冷蔵庫に電子レンジ、テレビやベッドまで置いてある。

 あの人は何だろうか、ここで暮らすつもりなのか?

 そのうちシャワールームまで作らせそうで怖い。


「京太郎くんも生徒会だったんだね」

「会長補佐っていうよくわからない役職ですけどね」

「ふむふむ、秘書みたいなものなのかな?」

「うんまぁ、そんな感じ……なの、か?」

「京太郎くん?」


 きっと先輩が思い浮かべているのはアレだ。

 ピッシリとスーツを着こなして、社長とか政治家とかにつき従うアレだ。

 でも多分違う。

 雑用とやってることは被るかもしれないけど、なんか違う。

「とりあえず座りましょう」

「そうだね」


 適当な椅子を引いて先輩を座らせる。

 こっちも椅子一つ隔てた席に腰を落ちつける。

 さて、どうしようか。

 なんとなくここへ連れ出したものの、特に用事はない。

 様子を見るという目的はもう果たしてしまった。


「……さっきはごめんね?」

「謝られるようなことはされてないですよ」

「だって、その……誤解されて迷惑かなって」


 むしろ被害を受けているのは先輩の方だろう。

 俺としては大して気にしてないのだが。


「まぁ、俺は全然嫌じゃないですよ」

「もしかして私に気を使ってる?」

「そんなには。そもそも誤解を受けようが気にしなければいいんですよ」

「難しいよ……」

「誰かの言葉で関係を変えるなんて、馬鹿らしくないですか?」

 先輩がどう思ってるかはわからないが、俺はたまに一緒に昼を食べる関係を気にいってる。

 だから誰になにを言われようと気に留めるつもりはない。


「俺は先輩と弁当食べれなくなるのは嫌ですよ」

「え、それって……」

「俺の当面の目標は先輩の弁当に勝つことですからね!」

「……そっかー」


 そう、負けっぱなしではいられないのだ。

 目指す高みに近づくためにも、壁は乗り越えないといけない。

 思わず握った手を解き、ひとまずクールダウン。

 先輩は何やら俯き気味だ。

 まだ気になっているのだろうか。


「ま、その誤解自体嫌じゃないってのもあるんですけど」

「え?」

「可愛い先輩と恋人同士に見られてるなら、光栄ですね」

「えぇえええええええっ!!」


 大絶叫。

 至近距離で喰らったから耳がキーンとする。

 先輩は椅子から立ち上がってなにやら身を震わせている。


「しっ」

「し?」

「失礼しまひゅっ!」


 松実先輩は逃亡した。

 凄まじいスピードだ。

 お茶でも御馳走しようと思ってたのに。

 今下手に追いかけても混乱するだけだろうか。

 日も暮れてきたし今日はもう帰ろう。



 夕暮れの道を自転車で走る。

 昨日と同じく、人の姿は少ない。

 その中に見覚えのある背中を見つけた。

 自転車を止め、呼びかける


「おーい、東横ー」

「須賀くんじゃないっすか」

「お前なぁ、早めに帰れって言っただろ」

「眠気には勝てなかったっすよ……」


 確かに今日の東横は眠そうだった。

 影の薄さを利用して居眠りしまくってたし。

 放課後の時間も睡眠にあてたのか。

 夕焼けのおかげかもしれないが、顔色も多少良くなっているように見えた。


「そっちは生徒会っすか?」

「いや、ちょっと松実先輩と話してた」

「ああ、あの人っすか……」


 東横の顔が少しひきつる。

 先輩になにか思うところがあるのだろうか。


「胸だけ正確に捕捉してくるんすよね。この前いきなりもまれたっす」

「お、おう」

 なにやってんだあの人は。

 その内セクハラで捕まるんじゃなかろうか。

 それにしても、東横の胸を鷲掴みとは、なんてうらやま……けしからん!

 度を越して影の薄いこいつを捉える辺りは流石だ。

 やはりおもちハンターは格が違ったか。


「須賀くんも私のこと見逃さないっすけどね」

「当たり前だろ」

「なんでっすか?」

「日の光ってのは誰にでも平等に降り注ぐもんだ。だから俺の目からは逃れられないぜ」


 俺は天を指さす。

 東横は目を丸くして見入っている。

 にじみ出るオーラにやられたのか。


「……なんか変態っぽいっすね」

「言うに事欠いて変態だとっ!」

「ストーカーっぽくもあったっす」

「お前にだけは言われたくないわ!」


 変態にストーカー呼ばわり。

 もうこれはアウトだ。

 こいつには少しばかりお灸をすえる必要がある。

「……東横、明日の午後一時に図書館だ」

「変態ストーカー宣言の後にデートの約束っすか? 身の危険を感じるっす」

「違うわっ! 地獄の勉強会だよ!」

「えー」

「覚悟しろよ。ひぃひぃ言ってもやめてやらないからな」

「……やっぱり私の身体目当てっすか」

「まだ言うかっ!」

「きゃー!」


 俺が詰め寄ると、東横はわざとらしく悲鳴を上げた。

 こっちを舐め切ってやがる。

 ほっぺたを引きのばしてやろうか。


「このっ、このっ!」

「ひぇくひゃらっ、ひぇくひゃらっひゅよー!」

「……須賀、なにやってんだ?」

「邪魔しないでくれ、いまお仕置き中だから」

「そうか……」


 そう、こいつには立場をわからせなきゃならない。

 声をかけてきたやつを捨て置いて東横の頬をこねくりまわす。

 うん、柔らかい。

「須賀、その表情は犯罪的だ」

「だから邪魔するな……って、井上っ」

「よう、変態行為は終わりか?」

「人聞きが悪いぞ」

「ふー、助かったっす」


 誰かと思えば井上だった。

 気崩した他校の制服を身に纏っていた。

 ……今更ながら、学生だったんだな。


「で、今日の用件は?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどな……」


 井上は言葉を濁して一瞬東横に目を向けた。

 まぁ、もしかしなくてもZECT関連だから一般人に聞かせたくないんだろう。

 東横は首を傾げていた。


「いいから話せよ。こいつも大体は知ってるから」

「はっ?」

「この前ワームと出くわしたとき一緒にいたんだよ」

「ちょっとツラ貸せ」


 井上が俺の肩に腕をまわし、距離が狭まる。

 なんか良い匂いがする。

「どこまで話した?」

「世の中には化物がいて、俺はそれと戦っているってところまで」

「ライダーのことは?」

「目の前で変身したよ」


 東横に背を向けたまま内緒話。

 井上は額に手を当て空を仰いだ。

 ライダーのことはよっぽどの機密だったのか。

 こんな戦いを続けていればいつかは露見すると思うのだが。

 ワームのことも、ZECTのことも。


「……話しちまったものはしょうがない、か」

「気をもませて悪いな」

「目の前で見られた以上、オマエの判断は妥当だったと思うぜ」


 苦笑しながら井上は言った。

 そして俺から離れると、当たりをきょろきょろと見回し始める。

 もしかして東横を探しているのか?


「こっちっす」

「悪いね、キミ。えーと、名前はなんて言うのかな?」

「東横桃子っす」

「それじゃ、初めまして東横さん。オレは須賀のサポートしてる井上純」

「イケメンさんっすね」

「東横、一応言っておくけど、女だから」

「見ればわかるっすよ」

 まぁ、今はスカートだしな。

 だから井上、そんな嬉しそうな顔するんじゃない。


「んで、これがオレの連絡先。まぁ、困ったことがあったら連絡してくれ」


 メモ帳にアドレスと番号を書くと、井上はページを千切って東横に渡した。

 東横はおずおずと受け取ると、手の中の紙を見たまま呆けている。

 影の薄さは一級品で、そこにいてもほとんどの人に認識されない。

 そんなこいつにとっては衝撃の展開だったのだろう。

 花が咲くように顔が綻んでいく。


「良かったな、東横」

「こ、こんなに嬉しいのは久しぶりっすよ!」

「おいおい、連絡先渡しただけだぜ? 大げさだな」

「まぁまぁ、本人が嬉しいならそれでいいんだろ」


 東横は小躍りして喜びを表現していた。

 井上はその様に面喰っている。

 これがきっかけで友達が増えたら、それは素晴らしいことなのだろう。


「ところで須賀、バイク乗れるか?」

「なんだよ藪から棒に」

「聞きたいことがあるって言っただろ?」

「……運転はできるけど免許は持ってない」

 そう、免許がないから乗れないのだ。

 だから家のガレージにあるバイクは置物になっている。

 あの人に色々やらせてもらったおかげで運転は出来るのだが、年齢ばかりはどうしようもない。


「……オマエ、盗んだバイクで走ったりしてないよな?」

「俺がそんなアナログな不良に見えるのか?」

「あんま見えないけど、金髪だしな」

「これは地毛だ、地毛!」

「何話してるっすか? 私も混ぜるっすよ!」


 背中に衝撃と柔らかい感触。

 東横が後ろから飛びついてきた。

 無論、俺はこの程度の衝撃では揺らがない。

 背中の感触は大いに気になるが。


「ああ、須賀が不良かどうかってな」

「授業はちゃんと受けてるっすよ? 悔しいことに成績も良いっす」

「なるほど、つまり学校には真面目に行き……」

「ふんふん」

「放課後は盗んだバイクでヒャッハーってわけだ」

「なるほど、驚きの新事実っすね」

「いい加減盗んだバイクから離れろや!」

 状況は二対一。

 俺以外の二人は結託している。

 からかわれているのはわかるが、言われっぱなしでいるわけにもいかない。

 なにか、なにかないのか……!

 そして、状況を吹き飛ばす旋風が巻き起こる。


「――――――!」


 表れたのは昨日のワーム。

 お供に蛹を二体。

 今日はやる気満々ってわけか。


「井上、東横を頼む」

「ああ、戦闘は任せるぜ」


 立ちつくす東横の手を引いて井上は物陰に隠れた。

 さぁ、戦闘開始だ。


「変身」

《――変身...Cast Off!》


 変身して、間髪いれずキャストオフ。

 重い鎧を脱ぎ捨てる。


《――Change Beetle!》

「――――――!」


 成虫体がその場で回転する。

 巻き起こる旋風と舞い上がる枯れ葉。

 季節はずれもいいところだ。


「これで攻撃のつもりかよっ」


 飛来する石つぶてをアクスモードで弾く。

 そしてこちらに飛びかかって来る二体の蛹。

 一体を蹴り飛ばし、もう一体をアクスで斬りつける。

 そして地面に転がったワーム二体に射撃を浴びせる。

 二人仲良く爆散。

 これで残るは成虫体のみ。


「きゃあ!」


 背後から聞こえる悲鳴。

 振り向くと、物陰に隠れた二人をワームが襲っていた。

 くそっ、蛹の相手をしてる間に回り込んだのか……!


「東横、井上!」

《――Clockup!》

 高速の世界に入り込む。

 相手もクロックアップ状態に移行し、三度旋風が巻き起こる。

 視界が枯れ葉で覆われた。


「――――――!」


 そして、旋風が収まりワームの姿も消える。


「……また逃げやがったか」


 一度のみならず二度も取り逃がすとは……

 相手の引き際が良すぎる。

 本当に俺を狙ってきてるのか?


「すまない。もっと安全な場所に身を隠すべきだった」

「気にするな……俺が止めなきゃいけなかった」


 変身を解く。

 東横はその場にしゃがみこんで頭を抱えていた。


「大丈夫か?」

「私は大丈夫っすよ、須賀くん……」

「そうは見えないけどな、ほら」


 東横の手を握り、立ち上がらせる。

 やっぱり顔色が良くない。

「まぁ、明日は休みだから家でおとなしくしてろよ」

「でも、勉強会はどうするんすか……?」

「取りやめだ。大体図書館遠いしな」


 今はそんなことより東横が心配だ。

 無理させるわけにはいかない。


「とりあえず家まで送るから、絶対離れるなよ」

「わかったっす……」


 ふらふらの東横を支える。

 ワームがよっぽど恐ろしかったのだろう。

 こいつのためにも一刻も早く片付けたい。


「井上、今の戦闘、記録してたか?」

「ああ、一部始終カメラに収めた」

「そうか、解析してなにかわかったら教えてくれ」

「わかった」


 ふと何かの気配を感じて振り向く。

 しかしそこには何もない。

 夕日に照らされた街並みが広がっていた。



 翌日の昼前。

 昼食の準備をしていると家の電話が鳴り響く。

 手が離せない俺に代わり、衣さんが電話に出た。


「はいもしもし、天道だ。なに? 今きょうたろーに代わる」


 どうやら俺に用事があるようだ。

 手を洗って電話のもとへ向かう。


「きょうたろー、井上ってやつからだ」

「ああ、俺の知り合いですね」


 衣さんから受話器を受け取り、耳にあてがう。

 得意げな顔をしてるので、頭を撫でる。

 すると満足したのかテレビの方へ向かっていった。


「井上、用件は?」

『うお、いきなりかよ。びっくりしたぞ』

「あのワームを早いとこ片づけたいからな」

『解析結果は清水谷さんから連絡が行くからそれまで待て』

「じゃあなんの用だよ」

『慌てんなって、とりあえず渡したいものがあるから今そっちに向かってる。それだけだ』

「渡したいものってなんなんだ?」

『ま、見てのお楽しみだな』

 電話が切れ、通話の終了を告げる音が流れる。

 まあ、今日は暇になったし別にかまわないが。

 さて、昼飯作りに戻るか。

 すると、今度は携帯が震えだした。

 送信者は、東横桃子。


『図書館、待ってるっす』


 あの、馬鹿……!

 取りやめって言っただろうが!

 別れ際の顔が浮かぶ。

 ……落ち着こう。

 とりあえず電話をかけるか。

 電話帳を開こうとすると、さらに着信。

 今度は電話だ。

 相手は、清水谷竜華。


「もしもし」

『須賀くん? 今大丈夫?』


 一時までは時間がある。

 東横にはそれまでに電話を入れればいい。

「こっちは大丈夫だ」

『そう、なら昨日の解析結果が出たから報告するわ』

「頼む」

『須賀くんが戦ったワームやけど、単刀直入に言うと擬態やな』

「擬態?」

『そ、本当の意味での擬態やで』


 本当の意味とは人間に化ける擬態ではなく、周囲にとけこむための擬態と言う意味だろう。

 ……話が見えてきた。


「つまり、あのワームは見えなくなっていただけということか」

『せや、普通の映像には何も映っとらんかったけど、サーモグラフィ通せば一発や』

「サーモグラフィってスゴイ」


 ワームに対して効果を出しすぎだろう。

 監視カメラ全てに搭載したら、どいつが化けてるかすぐにわかるんじゃないか?


『性能はダンチやけど、原理はカメレオンと同じだって言ってたで』

「つまり体の色を変えてるだけってことか」

『パッと見どころか、ジッと見てもどこにいるかようわからんかったけどなー』


 あくまで体色の変化で、光が透過してるわけじゃないということだ。

 頭の中で情報を整理してると、受話器の向こうでけたたましい音が鳴った。

『……どうやらワームが見つかったようやな』

「場所は?」

『えぇーと……図書館付近や』


 その言葉をはっきりと認識するのに数秒要した。

 時計を見る。

 約束の時間まで一時間半。

 大丈夫だ、東横がそこにいるわけがない。

 エプロンを脱いで折りたたむ。

 そして携帯の通話を切り――


『ちょっと、須賀く――』


 ――それが限界だった。

 キッチンから玄関へ駆け抜ける。

 ドアノブを捻るのすらもどかしい。

 蹴り破るように押し開いたドアの向こうにいたのは、井上。


「おっと、随分な歓迎だな」

「悪い、急いでる」


 足を止めてる暇などない。

 そうして横を通り抜けようとすると、肩を掴まれた。

「急いでるなら、なおのことオレの話を聞け」

「放せ、お前に構ってる場合じゃないんだよ……!」

「落ち着いて聞け。オマエの足を持ってきた」


 井上が指さす方へ眼を向ける。

 赤と銀の大型バイクが鎮座していた。


「ZECTが開発したカブト専用のバイクだ。クロックアップ機能にも対応してる」

「だから乗れるかどうか聞いてきたのか……」

「急いでるんだろ? 変身して乗ってみろよ。百聞は一見に如かずだ」


 言われるままに変身し、バイクにまたがる。

 エンジンを入れると力強い駆動音。

 ハンドル付近に備え付けられたコンソールに様々な情報が表示される。

 多くを読み飛ばし、その中の一つに手を触れる。


《――Cast Off! Change Beetle!》


 身に纏った鎧が弾けると共に、車体の各部が展開していく。

 前輪が開き、姿勢がより前傾になり、車体中央部分から前方に長大な角がせり出す。

 変形したバイクは大きく震える。

 まるで力の解放を待っているかのように。


「井上、礼を言う」

「それよりオマエ無免許なんだから、乗るのは変身してる時だけにしとけよ?」

「わかってるよ……じゃあ、行ってくる」


 暴れ出しそうな力を解き放ち、飛翔する。

 普通のバイクじゃあり得ない機能。

 音を置き去りにして目的地へと直進していく。


「本当、オマエが羨ましいぜ」



 図書館への道を最短距離で進む。

 道という縛りから解放された以上、阻むものは何もない。

 早く、速く……!

 近づく目的地。

 逃げ惑う人たちと、あのワームと、そして――


「東横……!」


 地面に座り込んで呆然と自分に迫るワームを見上げていた。

 やらせるか!


「――――――!」


 牽制に射撃を打ち込む。

 ワームは即座に察知して飛び退いた。

 東横との間に出来た空間。

 そこ目掛けて急降下していく。


「きゃっ」


 砂埃を巻き上げ、着陸する。

 ワームと向かい合い、東横に背中を向け、両者を分断する位置。

「全く、今日の勉強会は取りやめって言ったろ?」

「だって、折角の休みなんすよ?」

「それで危ない目にあってちゃしょうがないだろ」

「だって、友達と約束して出掛けるの、初めてなんすよ!」


 東横ははっきりと友達と言った。

 この叫びはきっと上辺だけじゃない、真の意味での友情を求めている。

 そしてそれは、俺が何となく避けてきたものだ。


「須賀くんはそう思ってないかもしれないっすけど、私は……」


 あきれ果てると共に、心がもぞもぞとする。

 形容しがたい感情。

 俺も、向き合わなければいけないようだ。


「ずっと、友達だって、思って……」

「馬鹿だな、東横」

「な――!」


 友情とは友の心が青くさいと書く。

 あの人はそう言った。


「そんなの、俺も同じに決まってるだろ」


 なら、このくすぐったい感触こそが青くささなのだろう。

「行け。俺はあいつを仕留める」

「須賀、くん」

「そしたら、地獄の勉強会としゃれこもう」

「……わかったっす!」


 東横が走り去る音を背中に受け、ワームと対峙する。

 ここまで律義に待ってくれるのは意外だった。


「待たせたな。もう逃がさないぜ」

「―――――!」


 旋風、舞う枯れ葉、石つぶて。

 どれも見あきてしまった。

 建物のガラスが割れ、飛散した破片が降り注ぐ。

 相手の姿は、見えない。


「ワンパターンにも程があるな」

《――Clockup!》


 降り注ぐガラス片が静止する。

 色あせた陽光に煌めいていた。

 その中の一つにクナイガンを向け、ポインターを照射する。

 するとガラス片に次々と反射し、辺りに赤い光条が飛び交う。

 そして光が遮られる一点。

 狙いはそこだ。

「そこか……!」


 走り出すと同時にガンモードで射撃。

 直撃を受け、ワームの変色が解ける。


《――1》


 記憶に焼きついた戦いの型。

 カウンター主体の戦法。


「せい、はっ」

《――2,3》


 相手の攻撃をいなし、数発パンチを叩きこみ、蹴りあげる。

 空中ならば逃げ場はない……!


「ライダー、キック」

《――Rider Kick!》


 そしてフィニッシュブロー。

 落ちてきたワームに、上段回し蹴りを叩きこむ。


「――――――!」

《――Clock Over!》


 世界に色が戻る。

 ガラス片が雨粒のように地上に落ちる。

 その中でワームは爆散した。



 数日後。

 追試の結果発表。

 赤点を取った生徒の真の処遇が決まる日。

 掃除が終わって誰もいない教室。

 椅子に座って一人待つ。

 今日は友達と一緒に帰る約束なのだ。

 欠伸を噛み殺していると、スライド式のドアが勢いよく開かれる。


「東横桃子、無事追試を切り抜ける!っす」

「なんだその新聞の見出しみたいなの」

「ほらほら見るっすよー、この見事な点数を!」


 50、50、50、50……

 たしかに見事な点数だった。

 合格ラインに覆いかぶさる50フラット。

 狙ってとれるものなのか?


「私の実力っすよ!」

「それと俺の頑張りだろ」


 地獄と称した勉強会を思い出す。

 ……あれは俺にとっても地獄だった。

 まさか物を教えるのがあれほど大変だとは……

「んじゃ、帰ろうぜ」

「そうっすね」


 教室を出て玄関へ。

 校内に生徒はほとんどいなく、運動部の掛け声が遠雷のように響く。


「今日はどこ行くっすか?」

「いきなりだな」

「追試パス記念っすよ」

「そういうことなら、井上も巻き込むか」

「それがいいっすね!」


 靴を履き替え、外に出る。

 曇り空が広がっていた。

 今日は雨の予報だったので歩きだ。

 まだ降ってないようだが。


「冷てっ」

「とうとう降り始めたっすねー」

「まあ、ちゃんと折りたたみ持ってきてるから……」


 ない。

 覗きこんでひっくり返しても出てこない……!

 忘れた、だと?

 衣さんに忘れ物は無いか確認しといて忘れた、だと?

「あー、傘忘れちゃったっすか」

「笑えよ……」

「そんな打ちひしがれなくても……あ、私に良い考えがあるっす!」


 東横は自分の傘を広げると、俺に差し出した。

 これは、まさか……相合傘?


「一緒に入るっすよ」

「……いいのか?」

「友達同士、おかしいところなんてどこにもないっすよ」

「それもそうか」


 傘を受け取って、東横と一緒に入る。

 二人用ではないので当然狭い。


「須賀くん、もっとくっつかないと濡れちゃうっすよ?」

「いや、そうだけどさ」

「ほらほら」


 腕に感じる柔らかい感触。

 非常に良い、のだが……


「ふふっ」


 これは友達の距離ではないよなぁ。






第五話『見えない相手の見つけ方』終了


てなわけでモモがヒロインの第五話終了です

モモで安価とられなかったのに文章が予想以上に増えてしまいました
もしとられていたら更新がもっと遅くなってた可能性があります

次回はサソリのライダーの出番です
資格者は秘密ですが、ヒロイン候補ではない模様

それじゃ、風呂入ってマジェプリ見て寝ます


飯食って風呂入って眠くなってきた今日この頃
次の更新はいつかは未定ですが、好感度の情報を公開します


衣……4

桃子……3

玄……3

怜竜……4

久……4


初期値は衣が4でそれ以外が2です
安価で選ばれれば+1、その話のメインだったらさらに+1

話にどう反映するかはまだよく考えてませんが
一番高い人が大事なイベントの時に出しゃばってくれるのは確実です
まだヒロイン全員出そろってないけど

したらば、魔物三人相手に役満を和了るという無謀なミッションに挑んで寝ます

怜と竜華が一緒くた
第三話は上二人のメイン回だけどそれ以前に登場回
そしてクロチャーがチョロインという>>1のイメージ

等の言い訳を並びたててみる
なお、部長のことに突っ込まれると言い訳が出来なくなる模様
うえのさんのふぁんだからしかたないんです・・・

冗談はさておき、描写に差があるのは明らかにこっちのせいです
そもそも怜と竜華は日常パートであんまり出せてないという状況

まぁ、そもそも好感度という表現がちょっと正確ではないのもアレです
実際は集めたら良いことあるよ、的なポイントです


それでは、明日は休みなので阿知賀で小走先輩ルートを模索する旅に出ます


前回の投下からうっかり三週間
今日は休みなのでとりあえず朝飯くったら開始します



 我が家の夕食には味噌汁が付き物だ。

 それこそメニューが洋食でも味噌汁が出てくる。

 というか俺が作る。

 昔は味噌汁に合わせて和食だったのだが、俺が作るようになってから多国籍になり始めたのだ。

 ステーキやハンバーグでも、餃子や春巻きでも味噌汁だ。

 そしてラーメンも味噌……とまではいかないが。

 ともかく、今日はシンプルにワカメの味噌汁だ。


「む、今日の味噌はちょっと甘めだな」

「確かにもうちょっとアッサリ目の方が良かったですね」


 どうやら今日は味噌のブレンドを少し失敗してしまったようだ。

 味見した時は及第点だと思ったのだが……

 衣さんの舌はほんの僅かなブレも見抜いてしまったらしい。

 相変わらず凄い。


『先日の騒動に関して龍門渕グループは―ー』


 テレビから流れるニュース。

 中心の話題はワームのことだ。

 先日の戦いでその存在が公になってしまったらしい。

 今まで隠し通せていたのもワームも人目を避けていたからだ。

 あんな白昼堂々姿を現わせば、騒ぎになるのも当たり前というものだ。

 ここまで決定的だとZECTでも抑えられなかったようだ。

 ニュースにでかでか映ってるライダーも原因の一つだと思われるが。

 というか俺だ。

「この赤いカブトムシ見たいなの、強いんだな!」

「そうでしょうそうでしょう」

「今の動きなんかそーじみたいだったぞ!」

「そうでしょうそうで、しょう……?」


 俺の記憶と何度もリピートする映像が正しければ、戦闘中はほとんど加速していたはずだ。

 その証拠にテレビの中で俺の姿がブレたかと思うと、ワームは爆散していた。

 つまり映像は正常で、にもかかわらず衣さんの目は加速中の動きを捉えていた。

 それは一体、どういうことだ?


「きょうたろー? 食欲がないのか?」

「……大丈夫です。ちょっとトイレ行ってきます」


 席を離れ、トイレへ……はいかず階上の自室へ。

 棚に安置されたビデオカメラを手に取る。

 赤外線感知機能付きの一品だ。

 ZECTの隊員たちに支給されているものであり、一応俺にも渡されている。

 早い話がサーモグラフィ付きのビデオカメラだ。

 モードを切り替えて覗き込む。

 ぼんやりとした色で塗り分けられた世界。

 寒々しい色が取り囲む中、電球の周りは暖色だ。

 正常に機能しているようだ。

 あとはこれを通して衣さんを見るだけ。

 ……それだけで、俺の杞憂が晴れるんだ。

「……具合が悪いのか?」

「――っ!」


 後ろからかかる声。

 その声音はあくまで心配そうなものだ。

 だが、振り向くことができない。

 もしそうだとしたら、日常が壊れる。

 わかっていたはずだ。

 人に擬態するとはそういうことで、身近な人が別のものにすり替わっている可能性を孕んでいるということ。

 カメラを握る手が汗ばむ。

 クロックアップをしていないのに、時計の針の音が遅く感じられる。


「きょうたろーも、いなくなっちゃうのか……?」

「……」


 背中に小さな手の感触。

 それは、確かで暖かい。

 意を決して、振り向く。

 カメラに映る衣さんの姿。

 サーモグラフィの中で、暖色の像を結んでいた。

 ぱっと見た感じ体温は少し高めだ。

 息を吐き出してカメラを下ろす。

「風邪、ひきました?」

「それはこっちのセリフだっ」


 額と額を合わせる。

 ちゃんといつも通りの体温だ。

 きっと衣さんは普段から高めなのだろう。

 子供の体は暖かいとも言われてるしな。


「む、きょうたろーから邪念が伝わってくる」

「いやいや、そんなまさか……とりあえずご飯に戻りますか」


 顔をしかめる衣さんの背中を押して部屋を出る。

 せっかくだからカメラで成長記録でも撮っておこう。

 また子供扱いするなと怒られてしまうかもしれないが、それでいい。

 いつも通りでいいんだ。


「そういえば衣さん、よくあの動きが見えましたね。俺にはなにやってたかわからなかったのに」

「え、そーじみたいに天を指さしてたぞ?」

「ああ、なるほど……」


 食卓のテレビの中で、ワームを倒した俺は天に人差し指を向けていた。

 たしかにこれならはっきりと見える。

 結局は俺の考えすぎだったわけだ。



 六月上旬、土曜の朝。

 日課のランニング。

 休憩のために立ち寄った公園のベンチに座る。

 雨が多い時期だが、今日は珍しく晴れている。

 とは言っても空には青より雲の方が多い。

 こんな状態でも晴れとされるらしい。

 気象庁によると、空のほとんどが雲に覆われてないと曇りとは言わない、とのことだ。


「あれ、須賀くんやん」

「園城寺さんじゃないですか。こんな時間にどうしたんですか?」

「散歩やな。たまたま早起きしたんで」

「体は、大丈夫そうですね」


 園城寺さんの格好は、ピンクのパジャマっぽい服にカーディガン。

 本当にただの散歩のようだ。


「まぁ、ちょくちょく病院に通っとるし、最近はそんな具合悪うないんよ」

「そうですか……とりあえず、座りません?」

「せやな。それじゃ、お邪魔するでー」

 
 園城寺さんがベンチに座る。

 病院にお見舞いに行った時よりは、距離が近い。

「須賀くんは、ランニング?」

「日課ですね」

「健康的やなぁ」

「一緒に走ります?」

「遠慮しとくわ……うち、病弱やし」


 園城寺さんは悲しげに目を伏せ、口もとに手を当てる。

 うん、清々しいほど露骨な演技だ。

 これがうわさに聞く病弱アピールか。


「そんなこと言ってると、また清水谷さんに叱られますよ?」

「なんや知っとったんか、つまらんなぁ」

「随分な自虐ネタですね」

「持ちネタの一つやで」


 ふわりと笑う園城寺さん。

 その笑顔は魅力的だが、関西人はネタに走らずにはいられないのか?

 知り合いが少ないので比べることはできないが。


「時に須賀くん……竜華との関係は?」

「はい? 清水谷さんに聞かなかったんですか?」

「聞いたんやけど、なんかようわからん答え返ってきてな」

「あー……」

 なんとなく、その光景が思い浮かんだ。

 俺との関係を聞かれ、洗いざらい話すわけにはいかずあたふたする清水谷さん。

 その状態からなんとかひねり出した答えは、知り合いといったところだろうか。


「ぎょうさん慌てた後、仲間って言ってたで」

「仲間、ですか」

「うち的には恋人とか気になる人とか、そういうのを期待しとったんやけど」

「いやいや、そんなまさか」


 恋人云々の戯言はともかく、仲間か……

 今の協力関係を考えれば、そう呼べなくもない。

 それを言うならあの会長も仲間の範疇に入ってしまうが。


「今まで男の影もなかったのに、携帯の電話帳と履歴には須賀くんの名前があるんやで?」

「いや、清水谷さんの交友関係までは把握してませんけど」


 というか、なんでこの人は清水谷さんの携帯の中身を把握しているんだ?

 ……そこら辺はそっとしておいたほうが良さそうな気がする。

 とりあえず今はどう誤魔化すかだ。

 以前、清水谷さんにぶん投げたボールが俺に返ってきたようだ。


「……実は料理系の部活に入っているんですけど、他校との交流の機会がありまして」

「竜華とはそこで顔合わせたってことでええか?」

「そんな感じです」

「なるほどなー、確かに竜華も料理部やな」

 清水谷さんが料理に自信があるらしきことを言っていたのを思い出す。

 自分で言っててかなり苦しいとは思うが、納得はしてもらえたようだ。

 ちなみに料理系の部活をライダーとしての活動に、他校の部分をZECTに置き換えれば大体真実だ。


「にしても須賀くん、チャラいなぁ」

「え、今の話にそんな要素ありました?」

「竜華には男の影がないって言ったやん。つまり、そっちの方からアプローチしたってことやろ?」

「俺は連絡先教えてませんよ? 清水谷さんがアドレス調べてメール送ってきたんですよ」

「なん……やと……?」


 園城寺さんは愕然とした表情を浮かべ、動きを止めた。

 目を見開いて、プルプル震えている。

 そんなにショックだったのだろうか?


「竜華に先越されたっ!」

「ちょ、園城寺さん落ち着いて」

「須賀くんに竜華取られたーっ!」

「どうどう、どうどう」

「ふー、ふー……」


 散歩途中の人たちの視線が突き刺さる。

 両手両膝を地面について打ちひしがれる園城寺さん。

 その肩に手を置き、宥める。

「……なんか疲れた」

「あまり無理しない方がいいですよ」

「わかっとる……うち、病弱やし」

「えっと、清水谷さんの番号は……」

「冗談、冗談やて!」


 再びの病弱アピール。

 俺が携帯を取り出すと、園城寺さんは慌てて訂正した。

 膝枕のお預けをくらうのが怖いのだろう。


「疲れたんはホンマやけどな」

「大丈夫ですか? よかったら送りますけど」

「そこまでせんでええよ。こうして座ってるだけで十分や」

「じゃあ、もう少し大人しくしてますか」

「せやな」


 二人でベンチにもたれかかる。

 時折吹きぬける風が気持ちいい。

 空から目を外し、園城寺さんの方へ向けると……視線がぶつかった。


「どうか、しました?」

「いや、どうもせえへんけど……」

 よく見てみると、園城寺さんは俺の顔だけに目を向けてるわけじゃなかった。

 その視線が向く主な方向は……下半身。

 え、なんで?


「そのな……させてもろても、ええやろか?」

「させてもろてもって、なにをですか?」

「そない恥ずかしいこと、女の口から言わせるん?」


 下半身、恥ずかしいこと。

 キーワードを得た頭の中は一瞬でピンク色になった。

 いや、悪いのは俺じゃない。

 そう、悪いのは思春期だ!


「男と女でどう違うか、前からちいっとだけ興味あったんや」

「いやそれはもう、ついてたりついてなかったりするでしょうけどもっ」

「ほな、失礼するでー」

「そんな、心の準備が……!」


 園城寺さんは体を倒し、顔を俺の下半身に近づけ――


「ああっ……って、これは……」

「どうかしたん? 重い?」

「そういうパターンか……」


 ――そのまま腿に頭を乗っけた。

 いわゆる膝枕だ。

「ふむふむ、柔らかさやモチモチ加減は竜華の圧勝やけど、これも中々……」

「……」

「かたすぎず、程よい弾力の筋肉がついとる……鍛えとるわぁ」

「……あの」

「そして、竜華とはまた違った安心感……」

「……そういやそうだったな」

「悪くない、悪くないで……!」


 この人、膝枕ソムリエだったっけ。

 なんだよそれって感じだったけど、実感した。

 これはあのおもちハンターの同類だ。

 うへへと笑いながら俺の腿に頬ずりする姿は、暴走した松実先輩を思わせた。


「……園城寺さんの頬っぺた、柔らかいですね」

「竜華のふとももからエネルギーもらっとるからやな……ふわぁ」

「そんな効果があったとは……」


 確かにあのふとももは良いものだ。

 あんな人に膝枕してもらうのは、男の夢の一つなんじゃないか?

 ……今度ダメもとで頼んでみようかな。


「んん……竜華ぁ」

「園城寺さん?」

「トキちゃんやでぇ……」


 膝上の人は既に夢の中。

 脇腹をくすぐっても起きる気配はない。

 仕方がないので園城寺さんの頬をぷにぷにして時間をつぶす。

 結局、その後二十分この状態が続いた。



 午後。

 園城寺さんと別れ、日課をこなして昼食を終える。

 洗いものなどの後片付けをもろもろ済ませ、しばしの穏やかな時間が訪れる。

 しかし、それを破るようにチャイムが鳴った。

 来訪者だ。

 ソファーから立ちあがり、玄関へ向かう。

 一応の警戒のため、覗き穴――ドアスコープから相手の姿を確認。

 ……曇っていてよく見えない。

 後で拭いておこう。

 とりあえず開けるしかないか。


「どちら様ですか?」


 ドアの向こうで待っていたのは、長身の男だった。

 端的に言うと、燕尾服に身を包んだイケメン。

 執事のコスプレかとも思ったが、後ろに黒塗りの長い車が止まっている。


「私は龍門渕家に仕えさせていただいております、萩原と申します……以後、お見知りおきを」

「それはわかりましたけど、何の用ですか?」

「その前に、こちらは天道様のお宅で、あなたは須賀京太郎様でお間違いないでしょうか?」

「……はい」

 龍門渕といえば聞き覚えがある。

 日本最大クラスの企業グループのトップだ。

 いろんな企業が傘下にいるものだから、生活する中で目につくものはほとんど龍門渕が関わっていると言われている。

 最近は警備がどうたらこうたらで、ワームのことにも……大体わかった。


「もしかして、ZECT関係のことですか?」

「お察しいただけて大変助かります」


 今の返答が物語っている。

 龍門渕とZECTには関わりがある。

 情報の統制や隊員たちの装備の充実ぶりから、背後にいるのは相当大きな存在だと踏んでいたが……


「龍門渕の代表から、話がしたいのであなた方を屋敷へご案内するよう仰せつかっております」

「あなた方?」

「はい。須賀様を含めたライダーの方々と、天江衣様です」


 待て、なぜそこで衣さんが出てくる。

 あの人はZECTには一切関係ないはずだ。

 真っ先に浮かんだ疑問は、相手の先制によってかき消される。


「先に事実だけ申し上げさせて頂きますと、天江様は龍門渕の縁者なのです」

「……それは本当、ですか?」

「はい」

 心に波が立つ。

 形容しがたい感情が顔をのぞかせる。

 ……落ち着け。


「わかりました。そういうことだったら断る理由もありません」

「では、私は車の方で待機しております。準備がお済みになられましたら、声をおかけください」


 萩原さんは一礼をして家の前の車に乗り込んだ。

 ドアを閉めてもたれかかる。

 俺は今、どんな顔をしているだろうか。

 息とともに、溜まったものを吐き出そうと試みる。


「きょうたろー、テレビ始まっちゃうぞ」

「……出かける準備、してください」

「……なにか、あったのか?」

「衣さんの、親戚に会いに行きます」

「――っ」


 強張る体と見開かれた目。

 当たり前だ。

 その事実に驚かないわけがない。

 七年前に全て失くしたと思っていた繋がりが、見つかったのだから。


「きょうたろーも、ついてきてくれるか?」

「……もちろんです」

「じゃあ、行く」



 龍門渕のリムジンに揺られること数十分。

 中世の城のような門をくぐり、屋敷の前に到着する。

 車から降りて周囲を確認する。

 ひたすら、広い。

 ぱっと見ただけでも、駐車場着きマンションを数棟すっぽり収容できそうな感じだ。

 手入れの行きとどいた風景よりも、その広大さに圧倒される。


「ではこちらへどうぞ」


 萩原さんが先導し、扉を開ける。

 歩き出そうとすると、シャツの裾を掴まれる。

 衣さんだ。

 うつむいて、ウサミミカチューシャもしおれている。


「中に入りましょう」

「……うん」


 小さな手を握って前へ進む。

 ドアを抜けるとこれまた広大なホールが広がっている。

 その奥にある階段の踊り場の上には肖像画が掛けられていた。

 今は昼過ぎなので照明は点いていないが、見上げるとシャンデリアがある。

 お金持ちの屋敷というイメージそのものだ。

「衣っ!」


 頭上から浴びせられる声。

 階上の手すりから身を乗り出して、こちらに呼び掛ける女性がいた。

 衣さんはいきなりの大声に驚いたのか、俺の背後に隠れてしまった。

 そして女性は身を乗り出すとそのまま――


「透華、危ないよ!」

「――とうっ、ですわ!」


 ――後ろに控えていたメイドの制止も聞かず、飛び降りた。

 空中に躍り出てスカートが広がる……前に身を翻し、優雅に一回転。

 直前までのスピードが嘘のように華麗に着地すると、金糸のような髪が煌めく。


「衣、衣っ、衣~!」

「わわ、よ、寄るなっ」


 逃げる衣さんと、それを追う女性。

 その追いかけっこの中心にいる俺は、困惑したまま立ちつくす。

 ……なんだこれ。


「お嬢様、お客様の前ですよ?」

「ハギヨシ、私がどれほどこの瞬間を心待ちにしていたか……!」

「お嬢様」

「……わかりましたわ」

 なにこの執事凄い。

 物腰や立ち振る舞いから、出来そうな人だとは思っていたが。

 高飛車そうな女性を呼びかけだけで抑えてしまった。


「失礼いたしましたわ。私は龍門渕透華、この屋敷の主ですわ」

「今日はお招きいただき、ありがとうございます。ご存じかとは思いますが、俺は須賀京太郎で、この子が……」

「……天江衣だ」

「ええ、よく知っていますわ」


 見た目から年齢を考えれば、衣さんの従姉妹といったところか。

 それにしても、あのアホ毛が気になる。

 まるでアンテナみたいだ。


「とりあえず、部屋へ案内いたしますわ……一!」

「かしこまりました、お嬢様」


 いつの間にか階下へ降りて来ていたメイドさん。

 頬に星マークがある。

 曲芸とかやる人なのか?


「国広と申します……それでは、こちらへ」


 歩き出した国広さんの後を追う。

 衣さんもついてこようとするが、萩原さんに呼び止められる。

「天江様はこちらへどうぞ」

「なぜだっ、衣はきょうたろーと一緒がいい!」


 見知らぬ場所に来て不安を感じているのだろう。

 それはよくわかっている。

 だが、それと同時に俺と衣さんを引き離す理由も二つ見当がつく。

 一つは、俺にする話を衣聞かせたくないのだ。

 衣さんは何も知らない一般人だ。

 今までひた隠しにしてきたものを、おいそれと見聞きさせるわけにはいかない。

 もう一つは、ただ単に龍門渕さんが衣さんと話したいのだろう。

 どちらも、俺たちがここに招かれた理由を考えれば明白だ。


「衣さん、大丈夫ですよ。話なんてすぐ終わりますから」

「でもっ」

「それに、せっかく衣さんを知っている人に会えたんだから……」

「きょうたろー……わかった」


 衣さんがこちらに伸ばした手が下ろされる。

 俺は頭を一撫ですると、こちらを待っていた国広さんのところへ。


「それじゃあ、案内お願いします」


 会釈をして国広さんは再度歩き出す。

 俺も追従し、階段を上る。

 その途中で振り返る。

 衣さんはうつむいたまま立ちつくしていた。



 二階の一室――おそらく応接間。

 そこに通された俺は見知った連中と顔合わせしていた。


「須賀、やっぱりオマエも呼ばれたんだな」

「こんにちは……」

「須賀くん、遅いで」

「私も暇じゃないんだけどねぇ」


 井上、沢村さん、清水谷さん、会長。

 要するにZECTとライダー関係の人たちだ。

 まぁ、事前に予想はしていたが。

 それぞれお茶を飲んだり、高そうなお菓子を食べたりでくつろいでいる。


「それで、各々呼ばれた理由は?」

「オレはZECTの呼び出しって形だな。智紀は暇そうだから連れてきた」

「……良い迷惑」

「そう言うなって。たまには日の光を浴びないとカビ生えちまうぜ?」

「大丈夫、家の中の環境は極めて良好。カビが生える余地はない」

「あーはいはい」


 この二人は相変わらずのようだ。

 沢村さんはノートパソコン持ち込んでるし。

「会長は?」

「私は街をぶらぶらしてたら声かけられてね」

「……あんたさっき暇じゃないって言ってませんでした?」

「それは置いておきなさい」


 会長は目をそらしている。

 つまりは忙しくはなかったということか。


「ともかく……あの萩原っていう執事さん、ただ者じゃないわね」

「わかりますか」

「ええ、煙に巻こうとしてたのに、いつの間にか同行するよう誘導されちゃったわ」


 会長を言いくるめるなんて、相当のものだ。

 この人に翻弄されたことがある身としては、GJと言いたくなるが。


「こんなおいしいお菓子にありつけるとは、思ってもいなかったのよ」

「おい、あんたはそれにつられただけじゃねーか!」

「だって、ちょうどおやつでも食べようかな―ってところをつけこまれたらねぇ?」

「ねぇ? じゃないよっ」

「ま、面白そうだし別に構わないわ」


 なんというか、ため息が漏れた。

 俺はやっぱり振り回される側なのか?

 そして、最後の一人。

 さっきからめっちゃこっちを見ている清水谷さんだ。


「……」

「あの、清水谷さん?」

「……」

「もしもーし?」


 返事はないが、屍ではない。

 だって目の光り具合がやばい。

 無表情だけど、目だけギラギラしてるよ。

 なんかあったのか?


「……怜」

「はい?」

「怜に、なんかしたん?」

「え、なんで?」

「今日、須賀くんのアドレス教えてって言われた」

「……えー」


 なんか、やばい方に話が向かってないか?

 いや、大丈夫だ。

 まだ知らぬ存ぜぬで切り抜けられる。

「携帯、震えとるで?」

「あ、ああ……」


 振動の短さからおそらくはメール。

 取り出して確認すると、知らないアドレス。

 そして題名は……『怜ちゃんやでー』。

 まさか、このタイミングで?

 こんなことがあっていいのか?

 とりあえずメールを開く。


『あなたのアイドル、怜ちゃんやでー( ・ω・)ノ』

『ま、冗談はさて置き、今朝はありがとな☆(>ω・)』

『おかげで今日一日分の元気が出たし(´∀`)♪』

『須賀くんのかたかったけど、気持ちよかったわ//(#´∀`//)#』

『次もしてくれたら、怜ちゃんの好感度だだ上がりやでー(人>ω<*)』

『ほな、また今度( ・ω・)ノシ』


 ……おぉう。

 これはもう、色々と狙い澄ましてないか?

 きっと運命の女神は胸パッドを愛用してるに違いない。

 というかこれ、アウトだよ。

 見られたら絶対勘違いするパターンだよ。

「ふーん、なになに……須賀くんのかたかったけど、気持ちよかったわ?」

「か、会長!?」


 そしていつの間にか背後から覗きこむこの人。

 てか読み上げるのはやめてください。

 ほら、清水谷さんの眉がつり上がってるんだって……


「ちょい借りるで」

「ああっ」


 あっさりと奪われてしまう携帯。

 動揺したすきを突かれた。

 画面に目を通した清水谷さんの百面相。

 目を見開いたかと思えば頬が紅潮し、終いには表情が消えた。


「須賀くん、もう一回聞くで? 怜に、なにかしたん?」

「私もちょぉっとだけ気になるわね」

「これは、その……」


 蛇に睨まれた蛙。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 よくわからないが体が委縮してしまっている。

 くそ、こんな圧力に負けてたまるかっ。

「ひ、膝枕に決まっているでしょう!」

「「はっ?」」

「ごめんなさい、でも本当なんです……」


 二人の威圧に反射的に頭を下げてしまった。

 俺は悪いことはしていないはずなのに……畜生!

 これはもう、別世界から下っ端根性的なものが流れ込んできたに違いない。


「須賀くん、嘘をつくにしてももう少しましなのがあるんじゃない?」

「そうやっ、怜がうち以外の膝枕で満足するわけない!」

「まじか……」


 会長は信じてくれないし、清水谷さんは冷静さを失っている。

 天の道に至れていない俺の限界はここなのか?

 とりあえず誰か助けて……


「……なんか助けを求められてるんだが」

「目を合わせちゃダメ……巻き込まれる」

「全く動じずにキーボード叩いてるオマエは凄ぇよ……」


 切実な願いは断ち切られた。

 もう味方はいない。

 俺一人で立ち向かわなければいけないようだ。

「長らくお待たせいたしました」


 部屋のドアが開き、萩原さんが現れる。

 必然、俺に対する詰問も終わりを告げる。

 きゅ、救世主だ……

 そのすぐ後から龍門渕さんもやってきた。


「お待たせしましたわ。私は龍門渕透華。龍門渕家の当主からZECTへの対処の全てをまかされておりますの」

「それはわかりましたけど、ここに私たちが呼ばれた理由は?」

「お菓子を御馳走してくれたのは感謝するけど、話ぐらい聞かせてもらえるのよね?」

「もちろんですわ」


 よし、会長と清水谷さんの注意が俺から外れた。

 内心でほっと息をつく。

 すると、二人が横目でこっちを見てきた。

 ……あんたらはエスパーか。


「本日あなた方を呼び出したのは他でもない、先日のワームとライダーの件ですわ」

「先日のっていうと、最近ニュースでやってるあれか?」

「須賀くんがやらかしたあれね」

「彼に過失はありませんわ。そもそもワームが大勢の人の前で擬態を解いたことがイレギュラー」


 どうやら俺に対するお咎めはなさそうだ。

 まだ楽観はできないが。

「しかしながら、ワームとライダーの存在は最早隠しようもない……」


 龍門渕さんは抑え込むように拳を握り、顔を伏せた。

 登場時の飛び降りといい、大げさなアクションが好きなのか?


「そこで、もういっそ全部公表することにしましたわ!」

「ええぇっ!」

「まじかよ……」

「……」

「ふーん」

「ま、隠しきれるものじゃないわよねー」


 驚いた反応を見せたのは清水谷さんと井上。

 俺を含むその他の反応は薄いものだった。

 沢村さんに至ってはパソコンから目を離そうとすらしない。


「お、驚きが薄い……私が目立っていない……」

「お嬢様、まだ話は終わっていません」

「そ、そうですわね」


 わなわな震える龍門渕さんは、萩原さんにフォローされている。

 まぁ、頑張ってくれ。

 そして話が再開される。





「……と、いうわけですわ」


 部屋の中は静まり返っていた。

 龍門渕さんの説明を要約するとこうだ。

 ワームとZECTの存在を公表する。

 ワームは人類の敵として、ZECTはそれに立ち向かうため龍門渕グループが設立した組織として。

 そしてライダーはZECTの主力。

 だから公表時にだれか一人でいいから生変身して出てほしい。

 とのことだ。


「それでライダーの招集というわけですね」

「うちは、遠慮しときます」

「私もパスね」

「そもそもオレは変身出来ないしな」


 色よい返事はない。

 自分の姿を全国中継されるんだから、当然と言えば当然だ。

 俺もそこまでして目立ちたくはない。

 しかし、龍門渕さんにとってこの反応は予想外だったらしい。


「あなたたち、こんな絶好の舞台を逃すなんて正気ですの……?」

「お嬢様、かくなる上は……」

「お待ちなさい、それはあくまで最後の手段。まだ出番ではありませんわ」

 主従二人の意味深な会話。

 捉えようによっては、まだ他にライダーがいるようにも聞こえる。

 確かにライダーがこれだけだとは考えにくいが。


「にしてもなぁ」

「テレビ出演となると……」

「ねぇ?」


 出演を渋っていた三人の目が俺に向く。

 なぜこっちを見る。


「須賀くん、あなたもうテレビデビューしてたわよね?」

「なっ、だからって俺におっかぶせる気ですか!?」

「いやな、不慣れなうちらより、慣れてる須賀くんの方がいいかなーって」

「知らないうちに撮られてたのに慣れるもくそもあるかっ!」

「須賀、諦めも肝心だぜ?」

「井上ぇ! 蚊帳の外って顔してんじゃねぇよ!」


 これは、四面楚歌ならぬ三面楚歌。

 こいつら俺を生贄にする気だ……!


「これは決定とみてよろしいですわね?」

「よろしくない、よろしくない!」

「それでは、なにか代案はありまして?」

 考えろ、考えろ……

 頭を回転させて答えを探す。

 するとそれは意外とあっさり見つかった。


「特撮とかでやってるみたいに、ライダーそっくりのスーツを用意すれば……」

「却下。本物に勝る説得力はありませんわ」

「そんなバカな……」


 にべもない。

 俺の用意した案はバッサリと切り捨てられた。

 まぁ、スーツを用意する資金とか時間とか問題はあると思ったけどさ。

 鶴の一声。

 泣く子と地頭には勝てない。

 現状は向こうの立場の方が上なのだ。

 だが……待てよ。

 そもそも、俺が従う必要がどこにある?

 ZECTに所属していない以上、スポンサーの命令を遂行する義務はない。

 そう、そうなんだ……!


「大体俺は――」


 そこまで言いかけて言葉は途切れた。

 自分がZECTに協力することになった切欠を思い出したからだ。

『竜華はな……きっと答えてくれへん』

『ごめん、ちょっと学ラン汚してまうかも……』


 親友が遠いと言った園城寺さん。

 親友を失いたくないと言った清水谷さん。

 俺が拒めば、会長も同じ理由を持ち出して断るだろう。

 そうなれば、最終的に清水谷さんにお鉢が回ることになる。

 そしてその後、どうなる?

 二人の間にある隔たりが、決定的なものになってしまうかもしれない。


「大体、なんですの?」

「――わかりました。引き受けます」

「ふふ、あなたは正しい選択をしましたわ」


 龍門渕さんはそれでいいと言うように微笑んでいた。

 きっとこの人は人前に出るのに慣れているんだろう。

 そもそも目立ちたがりだという話もあるのかもしれないが。


「では、別室で話があるので移動してもらいますわ……ハギヨシ」

「ただいま……それでは須賀様、こちらへどうぞ」

「はい」


 萩原さんの後について部屋を出る。

 それからしばらく歩いて、携帯を取られっぱなしだということを思いだした。

 別室で簡単な説明を受ける。

 公表の日時だとか流れだとか。

 かなり細かいところまで決まっていて、本当に後はだれが出るかを決めるだけだったようだ。


「……説明はこれで終わりですわ。なにか聞きたいことはありまして?」

「概ねわかりました。でもこの俺が登場する時の演出なんですけど……」


 派手、とにかくド派手。

 スモーク焚いたり様々な色のライトが入り乱れたり、ひらひら色んなものが舞ったり。

 正月に放送される男女対抗の歌番組によく出てくるラスボスの登場を思い浮かべるとわかりやすい。


「ちょっと、いやかなり派手すぎじゃないですか?」

「何を言ってますの! 一番重要な部分ですのよ!?」

「もっと普通に出来ません?」

「し、信じられませんわ……」


 信じられないのはこっちだよ。

 確信した。

 この人は派手好きで目立ちたがり屋だ。


「仕方ありませんわね……出来るだけ希望に沿うよう、代案を用意しておきますわ」

「お願いします」


 それでも話が通じるようでよかった。

 さっきのように即却下されるのを想定してたので、意外ではあったが。

「もう少しだけ時間をいただいてもよろしくて? あと一つだけお話がありますの」

「かまいませんよ」


 龍門渕さんは居住まいを正し、こっちを正面から見据える。

 俺たちに共通する話題で、ライダー関連以外のものは一つしかない。

 自然と身構えそうになる。


「衣は龍門渕家で引き取ることにしましたわ」

「なんで、ですか……?」


 今日萩原さんが家に来てから、ひょっとしたら数年間ずっと抑え続けていたものが溢れそうになる。

 それがどんな感情に起因するのかは自分でもよくわからない。

 だけど、今この時は我慢できそうになかった。


「なんで今更、衣さんの家族面して出てくるんだよっ! 龍門渕の力があればすぐに見つけることだってできただろうがっ!?」

「七年前に大打撃を受けたのは龍門渕も同じ。それで衣の捜索にしばらく着手できなかったのも事実ですわ」

「だからって……!」

「一年も経てば余裕も生まれ、実際に衣を発見することができた……それでも迎えに行かなかった理由がわかりまして?」


 見当もつかない、なんてことはない。

 七年前に俺たちを拾ってくれた人。

 家族を失った俺たちに家族を与えてくれた人。


「天道総司……彼が衣のそばにいたからこそ、私たちは迎えに行かず見守っていた」

 あの人が龍門渕やZECTとどんな関係にあるかはわからない。

 ライダーやワーム、ZECTのことは俺に話してくれたが、自分のことはあまり語らなかった。

 そして俺が高校に入学する直前に、いつものようにどこかに出かけて、そしてそのまま帰らなかった。


「……あの人がいなくたって、俺たちは暮らしていけてる」

「そう、今は……だけど、その後をあなたは保証することができて?」


 その後……つまり高校を出た後の話。

 進学、あるいは就職。

 俺自身はともかく、衣さんのことだ。

 龍門渕さんは、保護者のいない子供の分際でなにが出来ると言いたいのだ。


「あなたが望むのなら、龍門渕の後ろ盾を得ることだってできますのよ?」

「……」

「……衣は、あなたが良いと言えば、と言いましたわ」

「――っ!」


 拳を握りしめる。

 これは、俺が屈するかどうかの問題だ。

 頭の中で様々なものが入り乱れ、最後に衣さんの顔が浮かんだ。


「……わかりました。衣さんをおねがいします……ただ、俺はいい。自分の足で歩いていきます……」

「そう……あなたの意志を尊重しますわ」



 長い廊下を歩く。

 視線は床に固定され、先を行く龍門渕さんの足しか映さない。

 頭の中の整理がつかず、ろくにものを考えられないのだ。


「須賀くんっ!」


 呼ばれたのが自分だと気付き、顔を上げる。

 前方に萩原さんと、先ほど別れた人たち。

 おそらくはどこかに案内される途中だ。

 その中から清水谷さんが駆け寄ってくる。


「須賀くんの携帯、もう止まったけどさっきから着信が凄くて……」


 確かに携帯のランプが点滅している。

 受け取って履歴を開く。

 そこには同じ名前がずらっと並んでいた。


「――っ」

「ハギヨシっ!」

「はっ」


 駆け出した俺の前を塞ぐように、萩原さんが回り込む。

 そんなのには構っていられない。

 横を通り過ぎようとして、視界が回った。

「落ち着いて下さい」

「放せよ、衣さんのとこに行くんだよっ!」


 起き上がろうとするが、胸に添えられた手がそれを許さない。

 どかせようと手を伸ばすが、執事は涼しい顔で受け流す。

 くそ、邪魔だ……!


「あなたはこっちの申し出を承諾したはず。衣のところにいって今更なにをしますの?」

「ならそんなのは撤回だ!」

「……わかりましたわ。少々思い知らせる必要があるみたいですわね」


 すっと目を細めて龍門渕さんは呟いた。

 冷たい。

 今までの目立ちたがり屋とは一線を画すものが表出しようとしていた。

 気温が変わったわけでもないのに、体が震えそうになる。


「……お嬢様、私に提案があります」

「言ってごらんなさい」

「今回の申し出は少々一方的だったように私には思えます。そこで、機会を与えてみるのはどうかと」

「つまり、彼が衣を任せるにふさわしいか、それを試せということですわね?」

「はい」


 意外なところから助け船が出た。

 萩原さんは表情を変えず、こちらを見ることもない。

「いいでしょう。それでは、勝負という形で今回の件に方を付けましょう」

「勝負内容は?」

「それはあなたが決めなさい。龍門渕はどの分野でも最高の人材が揃っていますわ」

「……」


 立ち上がり、考える。

 衣さんと一緒に暮らすこと。

 そして俺が得意なこと。

 答えは定まった。


「……家事だ」

「家事、ですの?」

「ああ……掃除、洗濯、料理の三種目で勝負だ」

「なるほど……確かに今回の件にうってつけの題材かもしれませんわね」


 大抵のことはこなす自信がある。

 だがこれだけは年季も思い入れも格別だ。


「それでは今から舞台を用意しますわ」

「そっちがか?」

「ご安心なさい。龍門渕の名にかけて条件は五分と五分。結果は腕の差のみですわ」


 その言葉は信用できそうだ。

 なんにしても、燃えてきた……!



 準備に取り掛かってからものの十数分で舞台が整ったらしく、勝負の場へと通される。

 場所はいくつも部屋が立ち並ぶ廊下。

 まずは掃除からか?


「第一の勝負は掃除対決! 今からあなたには空き部屋を掃除してもらいますわ」

「それはいいけど、対戦相手は?」

「お相手は三種目とも私がつとめさせていただきます」


 そう言って前に出てきたのは萩原さん。

 恭しく礼をして、こっちに右手を差し出してきた。

 握手を交わし、勝負の相手の顔を見据える。

 俺より身長が高く見上げる形になる。


「萩原さん、よろしくおねがいします」

「こちらこそ」


 相手の力量はおそらく相当高い。

 だが臆する理由はない。

 俺にはこれまで積み上げてきたものへの自負がある。


「そして審査員は私を含め、この場にいる六人ですわ!」

「……ボクにも掃除があるんだけどね」

「まぁ、頑張れよ須賀」

「……ガンバ」

「なんかようわからんけど、頑張ってな! 終わったらさっきの話の続きやで」

「あなたいつもこんな勝負してるのね。まぁ、終わったらさっきの話の続きでもしましょうか」

 国広さん、井上、沢村さん、清水谷さん、会長。

 二人ほど不穏なことを言っているが頭から締め出す。

 今は目の前の勝負だ。


「二人には互いに別の空き部屋を掃除してもらいますわ。掃除が終わったら終了を宣言し、両者の終了を確認次第、審査に移らせていただきますわ」

「評価項目は?」

「どれだけ速いか、どれだけ綺麗か。この二つの項目に最高十点のポイントをつけて評価しますわ」


 つまりじっくりやるだけでは高得点はもらえないということだ。


「掃除用具などはすべてこちらに用意してありますわ」


 大げさに振った手の向こうを見れば、いつのまにか掃除用具が立ち並んでいた。

 いつの間に……


「二人とも準備はよろしいですの?」

「ああ」

「はい」

「では……はじめ!」








※掃除描写はめんどいのでキンクリします。





「終了ですわ!」


 俺と萩原さんが終了を宣言したのはほぼ同時。

 これで速さは互角だ。

 つまり、綺麗さだけの勝負となる。


「それでは、審査に入りますわ」








※審査描写もめんどいのでキンクリです。








 百十九点と百十九点。

 勝負の結果は両者とも満点近いところで同点となった。


「この勝負の結果は引き分け、ですわ!」

「ボクとしては、ハギヨシさんと同じくらい出来るってだけで驚きだったけどね」

「まぁ、どっちも綺麗だったんじゃねーの?」

「……純は適当」

「須賀君て掃除できたんやなー」

「料理といい、こういうの女子力高いっていうのかしら?」



 そして舞台は移って屋敷の洗濯スペース。

 高そうな洗濯機と乾燥機がそれぞれ数台設置されている。

 そして外につながるドアの近くに、大きな桶と洗濯板が置かれていた。

 外に出るとドアの横に水道、そして日当たりのいい場所に物干しざおが並ぶ。


「第二の勝負は洗濯。屋敷中から集めた洗濯ものを洗ってもらいますわ!」


 洗濯ものがどっさりのったカゴが俺と萩原さんの前に置かれる。

 当然ながら量は均一。

 種類もぱっと見て偏ってはいない。

 女性の下着が混じっているのが気になるが……

 いや、深く考えるな。

 大体衣さんの下着を洗濯することだってしょっちゅうじゃないか。

 あ、でもブラジャー使ってなかったよな?


「この勝負はどれだけ汚れが落ちてるかにのみ着目し、評価をしますわ」


 龍門渕さんの声で現実に引き戻される。

 勝負に集中しよう。


「それでは、はじめ!」

「どうでもいいけど、ボクが呼びつけられてるみたいだよね」

「水を差すのはやめなさい! とにかく勝負開始ですわ!」








※例によってキンクリです。





「終了ですわ!」


 干した洗濯ものが乾いたのを確認すると同時に試合終了。

 洗濯機に突っ込んで乾燥機にかけられるものは評価の差にはならない。

 問題は手洗いのものだけだ。


「それでは審査に入りますわ」








※例によってキンクリです。








 結果は五十八点と五十八点。

 またしても同点。


「勝負はまたしても引き分けですわ!」

「もう彼をうちで雇ってもいいんじゃないかな?」

「なんかもうその道のプロって感じだったな」

「……一家に一人ほしい」

「女物の下着、よう涼しい顔して洗えるなぁ……」

「こうも自分との差を見せつけられるとはね……」



 外は暗くなり始め、屋敷の中に明かりがともる。

 そして俺たちは最後の勝負の舞台に訪れていた。

 白い布で覆われた長テーブル。

 壁には肖像画と、ランプの光。


「最後の勝負は料理。これから二人にはスープを作ってもらいますわ!」


 俺と萩原さん以外は既にテーブルについている。

 前二回の勝負が引き分けだった以上、ここで全てが決まる。

 大丈夫だ。

 いつも通りやれば問題ない。


「なお、今回のみ審査員にはよりおいしいと思う方へ票を入れてもらいますわ」

「審査員が偶数だけど、半々になったらどうするのかな?」

「ふふふ、安心なさい一。そのときになったら明かしますわ……」

「うわぁ……」


 国広さんの顔はひきつっているが、なんにしても準備に抜かりはなさそうだ。


「厨房にあるものは自由に使ってけっこうですわ。それでは、勝負開始!」








※例によってキンクリです。





「終了ですわ!」


 俺と萩原さんが審査員の前にスープを置いたと同時に試合終了。

 この勝負に俺が選んだのはシンプルな味噌汁。

 他のスープも作れなくはないが、俺の最高と言えばこれ以外ありえない。

 対して、萩原さんが用意したものはオニオンスープ。

 こちらもシンプルなものだ。

 考えることは一緒らしい。


「それでは、審査に入りますわ」








※例によってキンクリです。








 審査員が票を小さな箱に入れていく。

 こんな小道具まで用意しているとは……

 そして開票。

 そもそも人数が少ないので、そのまま判定したほうが早くすむだろうに。

 龍門渕さんは形から入るタイプのようだ。

「では、票を開示しますわ。ハギヨシ、須賀くん、萩原さん、萩原さん、須賀くん――」


 そして最後の票が開けられる。


「――須賀くん……三対三で同票ですわね」

「いや、彼の味噌汁おいしかったしさ」

「オレはスープの方が好みだったけどな」

「……私も」

「味噌汁おいしかったわ。あかんなぁ、須賀くん料理できるやん」

「相変わらず料理うまいわねぇ。将来うちで主夫でもやらない?」


 結果は最後まで引き分け。

 龍門渕さんはこんな時のためになにか用意してあるらしいが。


「勝負の前に言ってたその時が来たが、どうするんだ?」

「まさかあなたがハギヨシと互角に渡り合えるとは……ふふ、いいでしょう」


 龍門渕さんが手を叩くと、部屋の扉が開いて誰かが入ってくる。

 二人のメイドと、衣さんだ。

 俯き、目に力がない。

 衣さんは着替えさせられていた。

 白いワンピース、頭には赤いリボン。

 自分たちの勝ちを確信しているということか。

 ……気に入らない。

「さあ衣、この味噌汁とスープを飲み比べてどちらがおいしいか決を下すのです!」

「……わかった」


 新しく用意された食器にスープと味噌汁がよそわれる。

 衣さんは席に着き、交互に飲み比べていく。

 周囲の音がどこかへいってしまい、俺の鼓動だけがうるさいほど耳に届く。

 そして全てを飲み干し、静かに口を開く。


「……こっちのスープの方が、おいしい。この味噌汁は少し辛みが強い」


 足場が消えた感覚。

 膝が折れて床に手をつく。


「勝負あり、ですわね」


 耳にフィルターがかかったかのように、全てが茫洋として聞こえる。

 打ちのめされていた。

 料理で敗北したことに。

 衣さんの手で決が下されたことに。

 そしてなにより、なにがあっても選んでくれるのは自分だと思っていたことに。


「さ、部屋へ戻りなさい」


 メイドに連れられて部屋を出ていく衣さん。

 俺は地面を見つめて手を伸ばすことすらできない。

「……なにか言いたいことはありまして?」

「……」


 全てが遠のく感覚に苛まれ、自分すら消えてしまいそうだ。

 そんなどん底の中で、あの人がいなくなる直前に言っていたことを思い出した。


『衣を頼む。他でもないお前が守ってやれ』


 指先に力が入る。

 それを足がかりに、どん底から手を伸ばす。

 まだ、諦められない……!


「……ハギヨシ、彼を頼みますわ」

「かしこまりました」


 萩原さんが俺の肩へ手を伸ばす。

 それを、掴んで止めた。


「まだだ……」


 立ち上がり、まっすぐ龍門渕さんを見据える。


「まだ、終わっていない……!」

「往生際が悪いですわよ。あなたは自分で提案した勝負に負けた。そのことはおわかり?」

「俺は、まだ諦めちゃいない!」

「あなた、いい加減に――」

「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」

「ハギヨシ……!」

 俺と龍門渕さんとの間に割って入ったのは萩原さんだった。


「彼はまだ折れていない。ならばここで折ってあげるのも慈悲かと……」

「……完全に諦めさせた方がいい、ということですわね」

「幸い、私と彼には対等に競うことのできる共通点があります」

「わかりましたわ……あなたの好きになさい。ただし、やりすぎることのないように」

「ありがとうございます」


 龍門渕さんは退室した。

 萩原さんはこっちに向き直る。


「それでは、最後の勝負は私が取り仕切らせていただきます」

「種目は?」

「単純なバトル。ベルトを用意して表に出て下さい」


 ベルト、もしかしなくてもライダーのベルトのことか?

 つまり、ライダーに変身して戦えということだ。

 生身の人間と?

 そんなわけはない。

 ならば、もしかして……


「私も、対等の条件で勝負に臨みましょう」


 萩原さんの肩の上に機械仕掛けのサソリが乗っかる。

 なるほど、確かに条件は同じだ。



 日は完全に暮れ、外は暗い。

 庭に出て向かい合う。

 ギャラリーはいない。

 二人だけの決闘だ。


「この屋敷にいるものならば、変身してるところを見られても問題ありません」

「大体のことは知ってるってわけですか」


 俺はベルトを装着し、萩原さんは機械仕掛けの剣を取り出す。

 刃が曲がった片手剣。

 あれが変身デバイスなのだろう。

 萩原さんが肩に乗るサソリを左手でつかむ。

 空間を超え、カブトゼクターが俺の右手に収まる。


「「変身」」

《《――変身》》


 互いにゼクターを取り付け鎧を身にまとう。

 暗闇で遮られていた視界がクリアになり、相手の姿も露わになる。

 頭頂部にサソリの尾の意匠。

 SFに出てくるようなスコープを取り付け、体の各部にはチューブが走っている。

 これがサソリのライダーか。

《《――Cast Off!》》


 ホーンを倒し、重い殻を脱ぎ捨てる。

 相手もサソリの尾を剣に押し込み、こちらに応じた。


「さあ――」

《――Change Beetle!》

「――始めましょうか」

《――Change Scorpion!》


 互いに武器を構え出方をうかがう。

 ゆっくりと回り込むように互いが動いた結果、円が描かれる。

 だが向こうから攻めてくる気配はない。

 武器のリーチ差を考えれば、接近戦は難しい。

 なら、このまま距離を保って攻撃だ……!


「無暗に近づかないのは良い判断ですが……」


 あたらない。

 避けられているわけではない。

 ことごとく剣ではじかれている……!

 ゆうゆうと歩きながら、肩の埃を落とすような気楽さで。

 らちが明かない。

《――Clockup!》


 クナイガンの鞘部分を投擲。

 弾いてる隙に加速して接近。

 一気に片を付ける……!


「少々安直すぎではないでしょうか?」


 しかし振るったクナイは受け止められた。

 離脱して再接近。

 死角から斬りつけるも、やはり受け止められる。


「くっ」

《――Clock Over!》

「予言しましょう。あなたは私に一撃も加えることなく敗れ去ると」


 加速が終わり、相手の声がはっきりと聞こえる。

 舐めやがって……!

 押し込む刃にさらに力を込める。


「熱くなるのは結構ですが……」

「うわっ」


 刃が逸らされ、体も同じ方向に流れていく。

 体勢を立て直す前に蹴りを入れられ、地面に倒れる。

 くそっ!


「重大な隙を産みかねないことに御留意を」


 そして首筋に突きつけられる刃。

 勝負は、決した。



「それでは私はこれで。風邪を引いてしまう前に中に入ることをおすすめします」


 萩原さんは変身を解き、一礼すると屋敷へ入って行った。

 俺の変身もいつの間にか解け、ゼクターが飛び去っていく。

 仰向けのまま夜空を見つめる。

 星も月も見えない。

 ただ暗い雲が広がるだけ。


「――冷たい……」


 どれぐらいこうしていたのかわからないが、空から滴が降ってきていた。

 雨だ。

 日が暮れる前まで晴れていたのに……これだから梅雨ってやつは。

 雨足が強まり体が濡れていくが、起き上がる気力がわかない。

 心の内にあるのは喪失感と、自分への失望だ。

 ずっと一緒だった。

 妹にしか見えないけど、時々お姉さんらしいことをしてくれる。

 そんな家族を手放してしまったのだ。


「……あぁ、腹減ったな」


 どんなに心が打ちのめされていても体は正直だ。

 ゆっくりと立ち上がる。

 帰って晩御飯を作ろう。

 一緒に食べる人は、いないけど。



 夜中に目が覚める。

 顔に月の光が当たっていた。

 どうやら雨は上がったようだ。

 時間を確認する。

 日が変わるちょっと前。

 雨の中を歩いて帰った後、そのまま眠ってしまったようだ。

 当然、空腹だ。

 だが料理をする気が起きない。

 どうしようか……



 安価


※多分このスレ唯一の安価です

 好きな咲キャラを選んでください

 今回は直球です

 最近のギャルゲーも直球だよね



 行先を選んでください

・家から出る(玄)

・このまま眠る(桃子)

・インターフォンが鳴った(久)

・月を眺める(衣)

・携帯を確認する(怜竜)


>>+2


 とりあえず一旦終了

前回の更新から一週間ちょっと
思ったより早く更新できそうです
その分、量が少なかったりしますが

二輪の免許ほしいけど周囲の人に止められます
まぁ、たしかに事故ったらお陀仏だけど

とりあえず朝飯食い終わったら投下します


>> 携帯を確認する(怜竜)


 ポケットから携帯を取り出す。

 着信を知らせるランプが点灯していた。

 あれだけ濡れて帰ったのによく壊れなかったものだ。

 新着メールが数件。

 その中に見知らぬ、ではなく見知ったアドレスを見つけた。

 これは確か、園城寺さん。

 メールを開く。


『いきなりで驚かしたかもしれんけど、ちゃんと返信せなあかんでー?』

『きちんとマメに気を配るのがもてる男の秘訣やで』

『まぁ冗談はさておき、須賀くんもしんどかったら誰かにもたれかかるのも悪うないで』

『ほななーノシ』


 そういえば返信するのを忘れていた。

 とりあえずアドレスを登録する。

 メールに表示されているアドレスが、園城寺さんの名前に変わった。

 そのまま返信メールの作成に取り掛かる。


『すみません、色々あって忘れてました……』

『園城寺さんからメール来た時はびっくりしたけど、登録しときました』

『今度俺からもメールするんで、園城寺さんも膝枕がほしくなったら気軽にどうぞ』

『あと心配ありがとうございます。俺は大丈夫なんで、そっちも早めに寝て体を大事にしてください』

『それじゃ』

 携帯を座っているソファーに放り投げて背もたれにもたれる。

 天井を見つめる。

 もたれかかる……つまり頼ると言うこと。

 自分の目的へのアプローチの手段。

 人の手を借りるという方法。

 人間には限界というものがある。

 例えば、一秒でひらがなの五十音全て書け、なんて言われたらどんな奴だって不可能だ。

 一人の力ならどんなに頑張っても十文字未満が限界だろう。

 腕が五十本あるような化け物なら別だが。

 だけど、そこで他人の手を借りられるならば難易度は下がる。

 文字を書くスピードは二人なら二倍、三人なら三倍……それこそ五十人いれば一人一文字の分担になる。

 だがそれは、他人を利用することと何の違いがあるんだ。

 どちらも等しく他人の力を用いる行為だ。

 ……なんてことを考えていても、答えはわかっている。

 それはおそらく、助けを借りる相手への信頼。

 そういった意味では、俺が頼れる相手はいない。

 正確に言うと、もういない。

 今回の件だって俺の問題だ。

 他人に力を借りるのは間違っている。

 ……そして俺は負けた。

 もうこれ以上、どうしようがある?

 堂々めぐりの思考。

 それに割り込むように携帯が震えだす。

『ここで寝てたって言わんのは評価したる』

『竜華から色々あって大変だったって聞いとるしな』

『ごっつ心配しとったで?』

『二人が何してたかっちゅーことは気になるんが本音やけど、今度の膝枕でチャラにしたる』

『ほな、須賀くんも早う寝るんやでー。あ、うちの妄想しとったなら許したるわ』


 そうか、清水谷さんたちにも心配をかけてしまったのか。

 あんな醜態をさらせば当然だ。

 ……衣さんは、どう思ったのだろう。

 膝を折った俺を見てなにを感じたのだろう。

 自然と手に力がこもる。

 行き場のない感情が今更顔を出してきた。

 それを解放するために腕を振り上げて……

 振りおろそうとする直前にチャイムが鳴った。

 ……誰だこんな時間に。

 膨れ上がった感情を無理矢理押し込めて玄関へ向かう。

 今の俺はちょっと険しい表情をしてるかもしれない。

 ドアに手をかけ、開く。


「どちらさまですか……って――」

「ど、どうも」

「――清水谷さん……」

 龍門渕邸で別れた清水谷さんがそこにいた。

 予想外の事態に、苛立ちも霧散していく。


「とりあえずどうぞ」

「お、おじゃまします」


 清水谷さんを家に上げ、リビングに案内する。

 カーテンを閉めて電気をつけると途端に明るくなり、思わず目を細める。

 そして一人用のソファーに座らせると、俺もさっきまで座ってた二人用のソファーに腰をかけた。


「……それで、用件は?」

「いや、そのな……」


 促すも清水谷さんの歯切れは悪い。

 手提げのカバンを膝の上に乗せて俯いている。

 ……なんだ、この人は?

 本当に何をしに来たんだ?

 今はとにかく他人の存在が邪魔で仕方なかった。

 心の内に再び苛立ちが募るのを感じる。

 普段口にしないひどい言葉だって出てしまいそうだ。

 そしてソファーから身を乗り出そうとした瞬間、清水谷さんが顔を上げた。


「お腹、すいてへん?」

「はい?」

 相手の意図が読めなかった。

 はっきり言って食事という気分じゃないし、食欲もあまりない。

 ただ、体は正直だった。

 晩御飯を食べていないのだから当然のことだ。

 言葉が途切れた瞬間をねらうように、腹の虫が鳴いた。


「やっぱなんも食べてなかったやん。持ってきて正解だったわ」

「持ってきてって、もしかして」

「そうや、おにぎりやで」


 清水谷さんは手提げカバンから四角い弁当箱を取り出すと、蓋を開けて俺の前に差し出した。

 その中には俵型のおにぎり。

 それぞれに海苔が巻かれ、食べやすい大きさに揃えられている。


「これ、清水谷さんが?」

「自信作やで」


 胸を張って答えるだけあって、どれもおいしそうだった。

 口の中に涎があふれる。

 どこかへ行っていた食欲が戻ってきていた。

 自分のことながら、現金だと思う。

 とりあえず、食べ物を粗末にするのはしのびない。

 弁当箱から一つ手にとって口に運ぶ。

「……おいしい」


 海苔だけ巻かれたシンプルなおにぎり。

 絶妙な塩加減だった。

 あっという間に食べ終わり、次のに手を伸ばす。

 見た目は先ほどのと同じ。

 しかし、その奥にほぐした焼き鮭が隠されていた。

 塩辛い味の中にほのかな甘み。

 次、また次と貪るように口に放り込む。

 おいしい、たしかにおいしい。

 料理部に所属しているのは伊達じゃないと思う。

 だけど、それ以前に……


「……あったかい」


 冷えているはずのおにぎりに、温もりを感じてしまう。

 それは松実先輩の弁当と同じく、小さなころに食べた母親の味を思い出させた。

 視界がゆがむ。


「そんな慌てんでもだれも取ったりせぇへんよ。須賀くんのために作ったんやから」

「どうして……」

「ほらほら、こんなにご飯粒付けて……子供みたいやなぁ」

「どうして、こんなことを……?」

 口から漏れた疑問。

 わからなかった。

 どうしてこの人はここまでしてくれるのか。


「う~ん、せやな……一言で言うと、因果応報やな」

「因果、応報?」


 因果応報。

 過去の行いが何らかの形で自分に返ってくるという考え。

 その言葉がここで持ち出される意味を考える。

 たいていの場合、戒めとして使われるが……


「須賀くんは否定するかもしれへん。けど、うちらを助けてくれたのは須賀くんやで?」

「……」

「悪行が自分に返ってくるんなら、善行も返ってくるもんや」


 もちろん、俺にそんな意図はなかった。

 こんな見返りを求めて戦ってきたわけではない。


「それにな、うちらは仲間やろ?」

「仲間?」

「せや。だから須賀くんが落ち込んどる時にそばにいる」


 いつの間にか清水谷さんは隣に座っていた。

 肩に置かれた手の温もりを感じる。

「負けてもええやん。まだ弱くてもええやん」

「世の中には取り返しのつかないことがどのぐらいあるのかわからんけど、須賀くんが諦めんいうならきっと大丈夫」

「直接の手助けは無理でも、こうやってそばにいることは出来るから」


 俯いて目を閉じる。

 膝に置いた手に滴が落ちるのを感じる。

 顔はしばらく上げられそうにない。


「よいしょ」


 頭をやさしく引っ張られ、横に倒れ込む。

 柔らかくて暖かい感触。

 自分がどんな状態なのかおぼろげに察知する。

 なるほど、これは園城寺さんが病みつきになるわけだ。


「怜に膝枕する気が起きんよう、ここでしっかり堪能するんやで」

「それは……」

「なにも話さんでええよ。須賀くんの気が済むまでこのままや」

「……はい」


 頭に置かれたやさしい手。

 耳に届く透き通った鼻唄。

 包み込まれるように眠りに落ちていく。


「ふふ、かわいい寝顔やな須賀くん……じゃなくて、京太郎……なんてな」



 翌日。

 朝の日課を済ませ、清水谷さんに朝ご飯を振る舞った後、一緒に家を出る。

 清水谷さんは自宅へ、俺は龍門渕邸へ。

 自転車をこぎながら考える。

 萩原さんは強い。

 おそらく戦闘技術だけ言えばあの人に匹敵するぐらい。

 そして二人に共通する戦いの型は、待ち。

 相手の攻撃をいなしてカウンターを叩きこむ戦法。

 近づかなければいい話かもしれないが、それが通用しないのは実証済み。

 それならば、やはり接近戦しかない。

 しかし、それでどうする?

 相手が無闇に仕掛けてくるなら付け入る隙があるが、そんなことは期待できそうにない。

 攻撃のタイミングが分かればどうとでもできるが……


「そういえば……」


 あることを思い出す。

 一応説明はされたが、実際に使ったことはない。

 今までの戦いではその必要性を見いだせなかったからだ。

 しかしながら、思いついた方法を実行に移すならばこの上なく有効だ。

 ……よし、大体まとまった。

 後はぶっつけ本番だ……!



 龍門渕の大きな門の前に自転車を止める。

 備え付けられたチャイムに指を近づけると、横から声がかかる。


「須賀様、なにかご用でしょうか?」

「……萩原さん、驚かせないでください」

「これは、失礼いたしました」


 気配もなく表れた萩原さん。

 さっきまでは誰もいないと思ったのに。

 この人は瞬間移動でも使えるのだろうか。

 なんにせよ、むこうから出てきてくれたんだから話は早い。


「龍門渕さんはいますか? 話したいことがあります」

「お嬢様は在宅中です。しかし……」

「なら、会わせて下さい」


 萩原さんの歯切れは悪い。

 今忙しいならばそう言うはず。

 ここで言葉を濁すのは言いだしづらいことがあるからだ。

 特に俺に対して。

 たしかに思い当たることがある。

 要するにこの人は俺に気を使っているんだ。

『よろしくてよ。通しなさい』


 チャイムに備えつけられたスピーカーから龍門渕さんの声。

 機械越しの声は平坦で、どんな感情がこもっているのかはわからない。

 でもどこか沈み込んでいるように思えた。


「お嬢様、本当によろしいのですか?」

『ええ、ちょうど暇になったところですわ』

「かしこまりました。それでは須賀様、こちらへどうぞ」


 門の横の通用口から敷地内に足を踏み入れる。

 相変わらず広い。

 これなら外に出なくてもランニングが出来そうだ。

 自転車を押して萩原さんの後を追う。

 昨日は車だったが今日は歩き。

 屋敷の前にたどり着くまで数分はかかりそうだ。


「これだけ広いと、やっぱり専属の庭師がいるんですか?」

「はい。数年前までは私が管理していたのですが、仕事のしすぎだとお嬢様に叱られてしまいまして」

「そ、そうですか」


 これだけの広さの庭を管理しながら執事もやっていたらしい。

 この人本当に何者だ?

 そしてたどり着いた屋敷の前。

 すでに龍門渕さんが待機していた。


「ようこそ。それで、話したいことというのは?」

「再戦をさせてください」

「……本当に往生際の悪いこと」


 苦虫を噛み潰したかのような表情。

 何度も這い上がってくる虫がいたら不快にもなるだろう。

 だが、俺は引き下がらない。


「却下、ですわ」

「そうですか。なら交換条件を出しましょう」

「交換条件?」

「はい。俺が勝ったら衣さんを返してもらいます。負けたら、この身を差し出します」


 龍門渕にとって価値のあるものは何か。

 相手はトップクラスの金持ちだから、金銭的なものは省かれる。

 希少価値があるものも俺は持ち合わせていない。

 それなら後は人材だ。

 ゼクターに選ばれた資格者であり、おまけに家事もできる。

 この価値は龍門渕もきっと無視できない。

 だから、俺は自分を賭ける。

「俺を煮るなり焼くなり、ここで働かせるなりZECTに売り渡すなり、自由にしてもらって構いません」

「……あなた正気ですの?」

「もちろん。これは俺にとって、自分の身を賭けるだけの価値があることだから」


 迷いはなく、恐怖も乗り越えた。

 諦めない意志が運命を引き寄せるというなら、俺は折れても倒れても何度だって立ち上がる。


「……わかりましたわ。その申し出、受け入れましょう」

「ありがとうございます」

「それで、勝負の内容はどうしますの?」

「昨日と同じく、ライダーとしての勝負と、スープ対決です」


 これはリベンジでもある。

 この二つで負けたからこそ、今日は勝たなければならない。


「どちらとも俺が勝利したら俺の勝ち、片方だけでも敗北したら俺の負け。それでおねがいします」

「……あらためて正気を疑いますわ」


 まるで異質なものを見るかのような目。

 不利な条件を付けて無謀な勝負に挑む愚か者の姿が映っているに違いない。

 だけどこうでなければ俺が納得できない。 

 どちらでも勝利しなければ意味がない。


「いいでしょう。正面から来た以上、正々堂々と受けて立ちますわ!」




 庭に出て向かい合う。

 昨日と同じ場所。

 違いは明るさと立会人の存在。

 勝負を見届けるという龍門渕さんがそこにいる。

 既に俺と萩原さんはデバイスを身につけている。


「準備は整ったようですわね……それでは、はじめ!」


 開始の合図とともにゼクターが現れる。

 掴みとり、デバイスへ。


《《――変身》》


 鎧を身にまとい、駆け出す。

 キャストオフする前にしかける。


「せやっ!」

「おっと」


 アクスモードで袈裟に斬りつける。

 相手はスウェーで避けると、剣でクナイガンを下に押し込む。

 当然体も下に引っ張られる。

 そこで俺は地面を蹴って頭と足の位置を入れ替える。

 浴びせ蹴り。

 相手の顔面を狙った踵は、バックステップでかわされた。

「これは、なかなか」


 腕をバネのようにして上体を起こし、着地。

 すかさずガンモードで追撃する。

 既に実証済みのことだが、当たらない。

 しかも今度は……


「全部、避けられてる……!」

「銃口の向きと引き金を引くタイミングさえわかれば容易いことです」


 簡単に言ってくれるが、実行するのは相当に困難だ。

 あらためて相手の実力の高さを思い知る。

 そしてじりじりとつめられる距離。

 軽く身をかがめてこっちの射撃を回避したかと思うと、次の瞬間にその姿は消えていた。


「――っ」


 直感に従い後ろへ跳ぶ。

 いつの間にか右側に回り込んでいた相手が、オレンジのチューブをこちらへと伸ばす。

 紙一重の差で間に合わなかった。

 クナイガンがチューブに絡みつかれ、俺の手から離れていった。


「後ろに回り込むつもりだったのですが……やはりこの状態では重い」

「……今のどうやったんですか?」

「執事ワープ、とだけ言っておきましょうか」

 とにかくこれで俺は武器を失った。

 放り捨てられたそれを取りに行こうとすれば、間違いなくその隙を突かれる。

 どうする?


「では……」


 相手の姿が再度視界から消える。

 どこだ……今度はどこから来る……?

 前か後ろか、右か左か。

 くそ……!


「ほう、これは……」

「あたり、だな」


 でたらめに回転。

 振り回した腕が相手の剣をちょうどよく防いでいた。

 すかさず反撃。

 しかしこちらのパンチはいなされ、逆に膝蹴りをくらってしまう。

 よろよろと後退する。


「くっ」

「それでは、防ぎようのない状態になってもらいましょうか」


 相手がチューブを展開する。

 俺の体はあっさりと絡めとられ地面に引き倒された。

 まずい……!

「気の毒ですが、これで終わりです」

「まだ、だっ!」

《――Cast Off!》


 拘束された腕をゼクターに伸ばして、どうにかホーンを倒す。

 体を締め付けるチューブとともに飛散する鎧。

 相手への攻撃も兼ねたつもりだったが、すぐに後退してしのいでいた。


《――Change Beetle!》

「それでは、私も」

《――Cast Off! Change Scorpion!》


 互いにキャストオフ状態。

 さぁ、ここからが正念場だ。

 駆け出す。

 相手に攻められるとまずいのはわかりきっている。

 ならこっちから仕掛けるしかない。

 武器はないので代わりに拳を握りしめる。


「失礼します」

「くっ」


 激突の瞬間、相手が闘牛士のように身を引いたかと思うと、視界が回る。

 これは、屋敷の中で一度やられた技だ。

 今回もむざむざくらってやる気はない……!

「うおりゃっ」

「――っ!」


 倒される前に足を地面につけ、逆に放り投げる。

 相手は難なく着地した。

 なかなか有効打が入らない。


「驚きました。まさか投げ返されるとは」

「何度も同じ技をくらってやれるほど、呑気じゃないんですよ」


 再度駆け出す。

 もうおいそれとあの投げ技は使ってこないだろう。

 ここが、勝負どころだ……!


《――1,2,3...Rider Kick!》


 ゼクターからのエネルギーが額のホーンを経由して右足に送り込まれる。

 その力を利用して一気に詰めよる。

 急な加速で相手に準備する間を与えない。


「このタイミングで……!」

「俺は、勝つ……!」


 パンチとキックのコンビネーション。

 相手は当然のごとくさばくが、先ほどより余裕が薄れている。

 顎先をめがけてフックを放つ。

 紙一重で避けられるが、そのまま回転をしてひじ打ちを放つ。

「重い……!」

「まだまだ!」


 腕で受け止めてよろけた相手に対する大本命。

 エネルギーが収束した右足での蹴り。

 相手の腹を穿つように放つ。


「……危なかった。しかし残念です」


 が、それは避けられた。

 相手は俺の信じたとおり、避けてくれた。


「これで終わりとは……」


 そしてこの隙を逃すわけもない。

 絶対に避けられない刃が迫る。

 避けるつもりも、ない。


《――Put On》

「な、に……!」


 アーマーの部分再装着。

 胸元を横から斬り裂こうとした刃は、ヒヒイロカネの鎧によって阻まれた。

 だがそれで防ぎきれたかというとそうでもない。

 肋骨のあたりに鈍痛が走った。

「せいやっ」


 痛みに耐え、相手の腹に渾身のパンチを叩きこむ。

 初めて通った有効打。

 吹き飛んで倒れた相手の追撃のため、飛び上がる。

 片足をつきだしたミサイルキック。

 これで、終わりだ……!


「ぐ、が……うおあぁああああああ!!」


 しかしフィニッシュブローは相手の片手に掴まれて、難なく防がれた。

 跳躍によって得た力と、ライダーの脚力をたった片手で。

 だがそれよりも、相手が上げる獣じみた声に戦慄する。

 これが、あの萩原さんなのか?


「があぁあああああああ!!」


 そのまま力任せに放り投げられる。

 凄い力だ。

 庭にある噴水を壊してようやく止まった。

 したたかに打ちつけられて体が動かない。

 相手は剣を放り捨てて雄たけびを上げている。

 そしてその目が、俺を捉えた。

「う、が、ぐ……おぉおおおおお!!」

「おやめなさい、ハギヨシ!」


 拳を振り上げてこちらへと向かう萩原さんを、静観していた龍門渕さんが止めた。

 まるで糸に縛られたかのように動きが止まり、大きく肩を上下させながら静まっていく。

 そうして次に口を開いた時には、元に戻っていた。


「申し訳ありません、お嬢様……」

「元に戻ったのならばそれでよし、ですわ」

「しかし、勝負は……」

「これで終了、ですわね」


 これで終わり?

 じゃあ、勝敗はどうなるんだ?

 痛む体を起こして歩き出す。

 変身は解けていた。


「まだ、決着はついてない……!」

「いいえ、あなたの勝ちですわ」

「は?」

「ああなるまでハギヨシを追い込んだ。それだけで十分ということですわ」


 それだけ言うと、龍門渕さんは踵を返して屋敷へと向かう。

 俺と萩原さんもそれを追っていく。

 納得がいかないが、このチャンスを逃すわけにもいかない。



 そして舞台は食卓。

 長テーブルには審査員が座る。

 龍門渕さんと国広さんと屋敷の従業員が数人、そして衣さんだ。

 フリルをあしらったドレスのような服を着ていた。

 深い海の底に一人とり残されたような表情。

 そんな顔をいつまでもさせておくわけにはいかない。


「それではこれより料理対決を行いますわ。ルールは昨日と同じ……よろしくて?」


 周囲を見渡して確認する龍門渕さんに俺は手を上げてその注意を引く。

 他の視線も集まる。

 だが衣さんは俯いたままだ。


「アシスタントをつけてほしいんですけど。ちょっと体が痛くて」

「あなた、それは……!」

「お嬢様、彼の提案を飲みましょう」


 萩原さんが口を差し込む。

 この人にはこうやって口添えをしてもらうばかりだな。

 勝負相手ではあるが、申し訳なくも思ってしまう。

 だからと言って手を抜いたりなんてしないが。


「ハギヨシ、あなたはそれでいいのかしら?」

「はい。私の見たところ、この場で彼に匹敵する料理を作れるものは私を除いていません」

「だから、誰が手伝おうともその味を超えることはない、と」

「その通りです」

「わかりましたわ。では、ハギヨシを除き、この場にいるものの助力を得ることを許可します」

 どうにか通った。

 そうだ。

 さっきの戦いは俺個人の問題が大きかった。

 でもこの料理勝負は俺たちの問題だ。

 だって家事ってのは家族で分担するものだから。


「じゃあ、衣さん、手伝ってください」

「――っ」

「体が痛くて、ちょっと包丁を使うのがおぼつかないんですよ」


 衣さんは顔を上げてようやくこっちを向いた。

 目が赤い。


「でも、衣は……」

「じゃあ、一つだけ聞かせて下さい。ここにいたいのかどうか」

「……」

「誰に言われたとか、俺が言ったからとかじゃなく、衣さんがどこにいたいのか、聞かせて下さい」

「こ、衣は……」


 充血した目に涙がたまっていく。

 また俺はこの人を泣かせてしまうのか。

 でも、これだけは自分で決めてほしかった。


「ここの人は親切で、衣にもやさしくしてくれた……」

「はい」

「でも、やっぱりきょうたろーと一緒にいたい……!」


 衣さんが席を立ってこちらに歩いてくる。

 俺はその小さな手を握って頭を撫でた。


「もう、仕方ありませんわね」


 龍門渕さんは少しだけ悲しげに笑っていた。


「それでは、調理開始!」



 出来あがった味噌汁。

 具にはキャベツとジャガイモ。

 ほんのり甘い味付けの一品だ。

 それを審査員の前に置いていく。

 萩原さんは前と同じオニオンスープ。

 自信のほどがうかがえた。

 それもそうだ。

 見た目も味も一級品なのだから。

 それに対してこちらは、少しだけ具の大きさがばらばらだ。

 それでも、負ける気はしなかった。


「それでは、投票を」


 審査員が箱に票を入れていく。

 そして、開示。


「五対五……引き分けですわね」


 結果はまたしても引き分け。

 衣さんが審査から抜けたことで、人数が偶数になったせいだろう。


「どうしましょうか……」


 顎に手を当てて悩む龍門渕さんの前に、萩原さんが歩み出る。

「僭越ながら、私が最後の審査員を務めさせていただきます」


 そういって味噌汁をよそうと、一口すする。


「……キャベツの甘み、ジャガイモの甘み、そして味噌の甘み。マイルドな口当たり……」


 そして箸を持って具を口の中へ。


「イモの煮崩れしないギリギリのラインの柔らかさ。汁の味がよく染みたキャベツ……」


 お椀を傾けると、空になったそれをテーブルに静かに置いた。

 最後にナプキンで口の汚れを取ると、ゆっくりと口を開く。


「この勝負、私の負けです」

「ハギヨシ、偽りはありませんわね?」

「はい。お嬢様の執事としての名誉に誓って」


 その言葉が意味するものは、こちらの勝利。

 思わず握り拳を作って振り上げそうになる。

 だけど、それより早く衣さんが俺に飛びついた。


「きょうたろー、きょうたろー! やったぞ!」

「やりましたね! けど体痛いんで飛びつくのは勘弁して……!」

「あう、ごめん……きょうたろー、大丈夫か?」

「まぁ、衣さんを乗せて家に帰るくらいは」

「……そうか!」

 体を動かすだけで痛いんだから、自転車に乗ったら大変なことになるかもしれない。

 はっきり言うと見栄を張っている。

 それでも衣さんと二人乗りがしたかった。


「お嬢様、申し訳ございません」

「あなたが気にする必要はありませんわ」

「しかし」

「そもそも私が衣の意思をしっかりと確認しなかったことが原因。それで衣の笑顔が消えては意味がありませんもの」


 どうやらこれ以上の悶着はなさそうだ。

 これで我が家に帰って昼飯を作れる。


「それじゃ、俺たちは失礼します」

「お待ちなさい」

「なんですか?」


 部屋から出ようとすると、呼び止められる。


「一つだけ、お願いをしてもよろしくて?」

「出来る範囲でなら」

「たまにで構いませんわ。衣と一緒にここを訪ねてくださいな」

「それぐらいだったら……衣さんも、いいですか?」

「衣も構わない。透華のことは……嫌いじゃ、ない」

「衣……衣っ、衣~!」

「わわっ、飛びついてくるなっ」



 数日後、満月の夜。

 件の撮影を明日に控えた俺は、ベランダに出て月を眺めてた。


「きょうたろー、月を見ているのか?」

「綺麗ですよ? 衣さんも一緒にどうですか?」

「衣は……やっぱり一緒に見る」


 椅子に座った俺の上に衣さんが腰かける。

 いつもは満月だとすぐ寝てしまうので意外だった。

 まぁ、たまにはこんなのも悪くない。

 二人で月の光に照らされる。


「思い出したんだ」

「何をですか?」

「そーじに言われたこと」


 あの人が言ったことは俺だけでなく衣さんの中にも息づいている。

 俺の胸に頭を預けて続きを話す。


「きょうたろーのことを頼むって」

「あー、俺も衣さんを頼むって言われました」

「なにっ、お姉さんだからそう言われたと思ってたのに!」

「はいはい、そうですねー」

「子供扱いするな―!」


 頭をなでると、膝から飛び降りて抗議してきた。

 まったく、本当にかわいいな。

「そんなに騒ぐと近所迷惑ですよ」

「むっ、それもそうか」

「ほら、静かに月を見ましょうよ」


 衣さんは再び俺の膝の上におさまる。

 ウサミミカチューシャが揺れる。


「きょうたろー、ずっと一緒に……いや、なんでもない」

「どうかしましたか?」

「な、なんでもないったらなんでもない!」


 小さな足がばたついて俺のすねを襲う。

 痛い……

 仕返しに頬をこねくり回す。


「うにゅ」

「うーん、柔らかいな」

「ひゃーめーろー」


 なんだか団子が食べたくなってきた。

 やっぱり満月にはつきものだ。

 まだ月見の時期ではないけど。


「もう、お姉さんにこんなことしたらめっ、だぞ」

「衣さんのほっぺたが柔らかくてつい……」

「しょうがないやつだな、きょうたろーは……」

 俺の膝の上から離脱して、衣さんは月の光を全身に浴びる。

 その光景に目を奪われる。

 月光に映える金の髪。

 体全体が光を発しているようで、神秘的だった。

 そしてその背中に……


「きょうたろー、聞いているのか?」


 透き通る、翅が見えた、気がした。


「ああ、はい」

「その返事は、聞いてなかったんだな?」


 きっとこれは満月のせいだ。

 気のせい、だよな……?






第六話『家族』終了


てなわけでころたん回終了です

てかこんなに早く竜華の膝枕フラグを回収すると思ってなかった
おかげでヒロイン度が超上がった気がします

なにはともあれ、怜竜は好感度が5以上になったので京太郎への呼び方が変わります
竜華は多分次出てきたときに反映されます。
怜は・・・まぁ、ちょっとイベントやってからですね

そんじゃ、潔く出かけてきます


連休なんてなかった!
でも明日は寝坊できるので今からちょっと投下します

ちなみにダークカブトとクワガタはもう決まってます
地獄兄弟は結構未定ですけど

 六月の下旬。

 学校祭だかの準備で慌ただしい今日この頃。

 もちろん生徒会もその例外ではない。

 むしろかなり忙しい。

 運営や企画もほぼ取り仕切っているから、仕事の量は一般生徒の比じゃない。

 そして俺は買い出し中。

 蒸し暑さを本格的に発揮し始めた空の下で、荷物を抱え歩く。

 生徒会の備品やら何やらの補充のためだ。

 会長補佐としての仕事だが、いよいよ雑用じみてきた。

 ……いっそサボってしまおうか。

 いや、それはダメだ。

 途中で投げ出すなんてありえない。

 そもそも会長に何を言われるか目に見える。


『ふーん……サボってた、ねぇ? あなたの目指す天って、随分と低いのね』


 きっとこんなことを言ってくるにちがいない。

 くそ、思い浮かべただけで悔しくなってきた。

 ともかく後一軒だ。

 ホームセンターまで後五分ほど。

 そこから学校まで十五分ほど。

 買い物の時間を考えれば合わせて三十分弱。

 さっさと終わらせてクーラーの効いた部屋に戻ろう。

「あの、道を尋ねたいのですが」


 声をかけられて立ち止まる。

 勘違いだったら恥ずかしいが、こんな真昼間だとそもそも人通りが少ない。

 あまり外にとどまりたくないが、無視するのは論外だ。

 とりあえず頬を伝う汗をぬぐって振り返った。


「携帯が壊れてしまって道もわからず、そこでその学校の制服を見かけて……!」

「とりあえず落ち着いて……つまり、俺の学校まで行きたいってことでいいですか?」


 ピンク色のスマートフォンを手に、困った顔をした女子高生がいた。

 肩まで伸びた亜麻色の髪、なぜか右目を閉じている。

 そして東横と並ぶ胸の大きさ。

 この制服は、たしか付近の私立女子校のものだ。

 うちの学校にどんな用事があるのかはわからないが、困っているのなら手を差し伸べるのが人情だ。


「ここからなら歩いてもそんなに遠くないんですけど、近くにバス停があるからそっちを使った方がいいかもしれませんね」

「あ、ありがとうございます。それで、そのバス停の場所を教えていただけないでしょうか?」

「えっと……あそこの角をまがって、二番目の交差点を左に行って、その次の……って、口頭だとちょっとややこしいですね」


 近いことは近いのだが、よっぽどの田舎でもなければ道は多少なりと複雑化しているものだ。

 直線距離が近くてもダイレクトに道が用意されているわけではないのだ。

 地図でもあれば説明もスムーズなのだが。

 携帯のアプリ持ってないしな。

「そういえば、携帯の方は大丈夫ですか?」

「いきなり画面が真っ暗になって……せっかく後輩に地図アプリを入れてもらったのに……私が機械に疎いものだから……」

「まぁそう落ち込まないで、ちょっと貸してもらってもいいですか?」

「どうぞ」


 携帯を受け取る。

 カバーケースに包まれた最新機種。

 買ったばかりなのか細かい傷すら見当たらない。

 あるいは相当大事に使われているのか。

 ともかくあれこれとボタンを押してみる。

 確かに反応がない。

 もしやと思い、電源ボタンを長押しする。

 真っ暗だった画面が光を発した。

 起動画面を経て、待ち受け画面が表示される。


「携帯、動きましたよ」

「本当に!?」

「その地図アプリっていうの起動してみましょうか」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「いや、そんな大したことじゃないんですけど」

「もうなんてお礼を言ったらいいか……」

 本当にただ電源を入れただけなんだけど。

 こうも褒められるとむずがゆい。

 機械に疎いというのは本当らしい。


「動かせます?」

「は、はい……なんとか……ここを、こうして……」


 たどたどしい手つきで携帯をいじっている。

 なにか危険物にでも触っているような様子だ。

 そんな、爆発するわけじゃあるまいし……


「きゃっ」


 携帯を返してちょっと目を離したすきにそれは起こった。

 ポン、とまるでマンガのような擬音。

 まさかと思いつつ振り返れば、その携帯は煙を上げていた。

 当然のごとく正常に動いているわけがない。

 画面は再び真っ暗になり、携帯に触れる手も固まり、俺も言葉を失った。


「……」

「……」


 沈黙に次ぐ沈黙。

 何とフォローすればいいのかわからない。

 空気は静止し、汗は頬を伝う。

 それにしても、暑い。

 よくみると女子高生も汗をかいているようで、制服が少し透けていた。

 東横と同レベルの質量を誇る胸元に思わず目がいきそうになるが、抑えつける。


「とりあえず、そこの店入りません?」

「はい……」



 個人経営っぽい喫茶店で涼をとる。

 水だけで居座るわけにもいかないので、サンドイッチも注文する。

 弁当は学校に置いてきたので、ひとまずの腹ごしらえだ。

 対面に座る女子高生はアイスティーを注文した。

 もう昼を済ませたか、あまりお腹がすいていないのか。

 とりあえず、注文を終えた俺たちはあらためて向き合う。


「はじめまして、福路美穂子といいます」

「須賀京太郎です」


 そして自己紹介。

 初対面同士の会話の切り口といえばこれだろう。

 当たり前だが、知らない名前だ。


「引きとめてしまってすいません。あまりにも暑かったもので」

「気にしないでください。私の用事はそんなに急ぎじゃないんです」

「そういえば、どうしてうちの学校に?」

「細かい理由は色々とあるんですけど、会いたい人がいるんです」


 そう言って福路さんは思い浮かべた像を見つめるように、視線を中空に向ける。

 まるで恋する乙女のような眼差しだ。

 昔読んだ少女漫画を思い出した。

 やたらと目がキラキラしてるあれだ。

「上埜さんっていうんですけど、知ってます?」

「上野さん、ですか……何年生かわかります?」


 上野って名字ならさして珍しくもない。

 現に俺のクラスにも一人いる。

 もっといえば1-5にもいる。

 両方とも男子だったような気がするが。


「私と同じだから、三年生ですね」

「そうですか。じゃあちょっとわかんないですね」

「あ、気にしなくてもいいんです。居場所はわかってますから」


 そう言って笑う福路さんは、まるで遠足前の子供みたいだった。

 待ち遠しくてたまらないのだろう。

 それだったら早く会いに行った方がいいと思うけど。

 そういえば道を聞かれてたんだよな。

 福路さんの携帯は原因不明の故障。

 頼りにしてた地図アプリも使用不可。

 ま、俺のでやればいいんだけどさ。

 適当なアプリを探すかたわら、ちょうど運ばれてきたサンドイッチをかじる。


「もう、携帯なんかいじってないで聞いて下さい」

「わかりましたから、ちょっと落ち着いて」


 よっぽどその上野さんについて語りたいのか、福路さんはヒートアップし始める。

 それにしても、どんな男なんだろうか。

 こんな綺麗な人にそこまで思われてるのはちょっとだけ羨ましかった。



「――それで、そこで上埜さんがですねっ……聞いてます?」

「……はい」


 福路さんの話は想像以上に長かった。

 その上野さんがどれだけ凄いのか延々と聞かされ続けた。

 問題児の更生、教師との対立、学校制度の改革……等々。

 インパクトのでかいワードが並んでいるが、福路さんに関する重要な部分だけ抜き出すと、中学生のころに助けられたらしい。

 飾りに飾られた言葉を取り去るとそんなところだ。

 話を三分の二程度で聞いていたが、福路さんがその人へと向ける感情はなんとなく理解できた。

 これは多分、恋というより憧れだ。

 心の中の太陽を見上げ、そこに近づこうとする気持ちの表れ。

 福路さんはその上野さんを目標に、生徒会長をやっているらしい。

 辿りつけないかもしれないが、足を止めず手を伸ばす。

 なんとなく親近感を覚える。


「福路さん、結構時間経ちましたけど、大丈夫ですか?」

「あら、もうこんな時間なんですね。ごめんなさい……つい話し過ぎてしまって」

「俺も急ぎじゃないんで大丈夫ですよ。それより、周辺の地図わかったんで書き写しますね」

「ふふ、須賀さんにはお世話になりっぱなしですね」


 買い込んだ備品の中からメモ帳とペンを取り出し、携帯の画面を簡単に書き写す。

 まぁ、これぐらいだったら許されるだろう。

「そろそろ出ます?」

「そうですね。もう十分涼めましたし」


 席を立ってレジへ。

 伝票を確認すると合計千円弱。

 それなりにおいしかったが、割高に感じてしまう。

 やっぱり自分で作るのが一番だ。


「あ、私支払いますね」

「ここは俺が支払います」

「いえ、私が」

「いや、俺が」


 ここで対立する意見。

 俺に引く気はないが、福路さんにもなさそうだ。

 店員の呆れるような雰囲気。

 仕方がないな……


「やべっ」

「あら」


 千円札を取り出すと同時に財布が手からこぼれおちていく。

 それにいち早く反応した福路さんがしゃがみ込む。

 そして俺はその隙に会計を済ませてお釣りを受け取った。

「ごちそーさま」

「ありがとうございます。またのお越しを」

「え、あれ……?」


 俺の財布を手に呆然とする福路さんの手を引いて店を出る。

 ちっとも衰えてない日差しと蒸し暑さが襲ってきた。

 ……まぁ、わかってた。


「これ、見にくいかもしれませんけど地図です。一応特徴的な建物の位置はおさえてます」

「……」

「てなわけで、そろそろ財布を……」

「……ずるいですっ、先に支払っちゃうなんて!」


 福路さんが再起動した。

 顔をそらして頭をかく。

 このまま誤魔化すのは難しそうだ。


「私の分だけでも支払いますから……!」

「受け取りませんよ」

「そんなことできません!」

「いいんですよ。そのかわり、福路さんに頼みごとするんですから」


 人差し指を立てて福路さんに向きなおる。

 まだ眉を吊り上げていた。

「俺のアドレス渡すんで、上野さんと会えたら話聞かせて下さい」

「もう、ふざけないでください!」

「釣り合わないと思いますか?」

「当たり前ですっ」

「福路さん、機械が苦手なんですよね? じゃあ、俺に連絡取るのも一苦労だ」


 触っているだけで携帯が壊れるなんて、もはや苦手とかの問題じゃないような気がするが。

 指から特殊な磁気でも発しているんだろうか。


「それに、連絡するってことは俺にアドレスを知られるってことだ。これは大きいんじゃないですか?」

「……」

「応援させてくれませんか? その、上野さんとのこと」

「……正直、納得はできません」


 クールダウンしてくれたようだが、福路さんはまだ不満げだ。

 まぁ、俺も完璧に納得してもらえるとは思ってなかったけど。


「だけど……須賀さんがズルイ人だというのは、よーくわかりました」


 そう言って、微笑んだ。

 頭の中が固まる。

 やっぱり美人の笑顔は破壊力がでかい。

 蒸し暑さを一瞬忘れてしまう。


「と、とりあえずこれ、どうぞっ」

「ありがとうございます。絶対、連絡しますから」

「それじゃ、気を付けて下さいね」

「はい。須賀さん、また今度」



 ホームセンターを経て、ようやく学校へ帰還。

 予定してた時刻よりも大幅に遅れている。

 かさばる荷物を抱えて玄関へと向かう。

 なんにしても早く日陰に避難したい……


「ふぅ、死ぬかと思った」

「あ、京太郎くんだ」

「松実先輩……?」


 呼びかけは聞きなれた声だったが、その姿は見慣れたものではなかった。

 暗めの赤系統の着物の上に、白いエプロン。

 いわゆる割烹着みたいな格好をしていた。


「凄い汗だね……そうだ!」

「え、ちょっ先輩……!」

「ほら、ちょっとじっとしててね?」


 先輩はエプロンのポケットから白い布切れを取り出す。

 女の子らしい刺繍が施されたハンカチ。

 それを俺の顔や首筋に押し当てて汗をぬぐっていく。

 荷物で両手が塞がっているのでされるがままだ。

 ていうか、近い。

 なんかいい匂いもするし、心拍数が上がっていく。

「こんなものかな?」

「すいません……それ、洗って返しますから」

「別に気にしなくてもいいんだよ? 大したことじゃないしね」

「とりあえず、渡して下さい」


 俺が一歩詰めよると、先輩は一歩下がる。

 さらに踏み込むと、ぴょんと後ろに跳んでさらに距離をあけられた。

 腰に手を当てて、先輩は胸を張る。


「ふふん、両手が塞がっている以上、このハンカチを奪うのは不可能なのです!」


 そしてこのドヤ顔である。

 ……あぁ、デコピンしてぇ。


「大体、京太郎くんはいつも礼だとか借りだとか気にしすぎだよ。友達なんだからもっと気軽に頼っちゃっていいんだよ?」

「……わかりました」

「うんうん、物分かりのいい子はお姉さん好きなのです――」

「つまるところ、俺に貸しておいて逃げようって腹だ。そうはいきませんよ。倍以上で返しますから」

「――って、全然わかってないよぉ!」


 まぁ、倍以上云々は冗談だけど。

 先輩が慌てるのがかわいいので訂正はしない。

 これが好意からきてるのはわかっている。

 借りたわけでも、貸されたわけでもない。

「とりあえず俺は行きますね。これ以上待たせたらどやされそうだ」

「クラスの買い出しなのかな? 色々買い込んでるけど」

「これは生徒会の方ですね。あっちの仕事の方が多いんですよ」

「そうなんだ……それじゃ、はい」


 さし出される手。

 なんの意図があるかわからないが、俺の手は塞がっている。

 先輩がなにかを渡そうとしてるわけでもない。

 思わず硬直する。


「生徒会室まで行くんだよね? 私の教室と同じ階だし、途中まで荷物持つよ」

「いや、そこまでしてもらうわけには……」

「いいの。私が京太郎くんの力になりたいんだよ」

「……じゃあこれ、お願いします」


 そしてこれも好意であり、善意だ。

 少し申し訳ないし恥ずかしいが、暖かい。

 軽めのビニール袋を手渡す。

 頼ることと利用することの違い。

 今なら実感できる。


「落としても壊れるものは入ってないんで、安心して下さい。水に投げ込まれたらさすがにアウトですけど」

「おかしいなぁ? 私が失敗するのが前提になってないかな?」

「ははは、そんなことないですよー」

「そ、そうだよね……じゃあ、おまかせあれっ」



「……それで、なにか言うことは?」

「あううぅ……ごめんなさい」

「まぁ、わざとじゃないっぽいし荷物は無事だったし、今回はかまいませんよ」


 涙目の松実先輩。

 何が起きたのかざっくり説明するとこうなる。

 二階への階段の踊り場にさしかかるところで、先輩が段差に足を取られ荷物が宙を舞った。

 そして運が悪いことに窓は全開。

 まるでギャグ漫画のように外に放り出される荷物を追って、俺も飛び出す。

 そのまま着地して元の場所、つまりここに戻る。


「本当にごめんね? この格好だとちょっと歩きにくくて……」

「そういえば、着物着てますね。学校祭の出し物ですか?」

「そうそう。喫茶店やるんだけど……えへへ、似合うかな?」


 先輩はその場でくるりと一回転。

 ……うん、かわいい。

 思わずサムズアップしてしまう。


「いい、いいです。正直グッときました」

「そ、そうかな? 京太郎くんに言われるとなんだか照れちゃうよ」

「行きます、絶対行きます。そして先輩を指名します」

「そういうお店じゃないんだけどね……でも、嬉しいな」

 頬を染める先輩に危うく俺の意識は飛ばされそうになった。

 やばい、なんかやばい。

 なんとなくだけど、ピンク色の空気が漂っているような気がする。

 この雰囲気は危険だ。

 とにかく、話題をそらそう。


「ところで、三年生の上野っていう男子、知りません?」

「三年生の上野くん? うーん、心当たりはないなぁ」

「そうですか」

「その人がどうかしたの?」

「ちょっと知り合いがその人に会いたいらしくて」


 そういえば、福路さんは今この学校にいるんだろうか。

 他の学校の生徒会長が来ているとなれば、生徒会には話が通っているとは思うが。

 戻った時に聞いてみればいいか。


「一応、どんな人かだけでも教えてくれないかな? 名前がわからなくても会ったことあるかもしれないし」

「それもそうですね。えっと、その上野さんって人は……」


 かくかくしかじかと省略。

 説明内容は福路さんの話から過剰な装飾を取り払ったもの。

 箇条書きっぽい感じになったと思う。


「ふぅ~む、なるほどなるほどなるほどー」

「なんかわかりました?」

「話を聞くかぎりだと、なんかうちの学校の生徒会長さんっぽいなーって」

 ……言われてみればたしかにそうだ。

 うちの学校を牛耳るあの人は、福路さんの話から抜き出した人物像に近い。

 近いというだけで本人ではないだろうが。


「でも会長さんって女の人だったよね?」

「それに名字も違いますね」

「だよね。それじゃやっぱりわかんない、かな?」

「まぁ、学年も違うし仕方ないですかね」

「そろそろ行こっか」


 二人並んで階段を上る。

 松実先輩も時間が迫っているのだろう。

 俺はもう迫るどころか追い抜かれているような感じだが。

 正直戻りたくない。


「む、おもちセンサーに反応が……!」


 生徒会室がある二階に上がって間もなく、先輩の様子がおかしくなる。

 いつものことと言えばそうなんだけど。

 先輩の言うことを信じれば、近くに胸の大きい女子がいるということだ。

 なんとなく、なんの邪気もなく、そこらに目をやる。

 すると少し離れたところに東横の姿を見つけた。

 そしてこちらに気づき、手を振ってきた。

「この近くにいるはずなんだけど……」


 まだ見つけられないようだが、時間の問題だ。

 影が薄い東横だが、大きな胸を持つがゆえに先輩には捕捉される。

 そして俺は友達の胸をおもちハンターの毒牙にむざむざさらす気もない。


(東横、早く離脱しろ……!)

(それより一緒にいる女の人は誰っすか?)

(松実先輩だ。手遅れになっても知らんぞー!)

(げ、あの乳揉みさんっすか……)


 遠くにいる東横とボディーランゲージで会話する。

 はたから見れば、廊下のど真ん中で妙な動きをしているようにしか見えないだろう。

 だが俺と東横はこの瞬間、たしかに通じ合っていた。


「京太郎くん? あっちになにかあるの――」


 俺の目線の先、つまり東横の方へ振り向こうとする先輩。

 両手で頬を挟むようにして、こっちに顔を向けさせることでそれを阻止。

 東横の後ろ姿が遠ざかっていく。

 そして俺は先輩とばっちり目があって、硬直。

 ……で、ここからどうすればいいんだ?

 咄嗟にとった行動だから、後先はまったく考えてなかった。

「きょ、京太郎くん? これは、えと、あの……!」


 そして松実先輩は混乱している。

 いつかのように目がグルグルとして、頬も赤い。

 あー、ほっぺた柔らかいしまつ毛も長いし、変な気分になってしまいそうだ。

 思わず先輩の唇に目が行く。


「そういうことはまだ、早いよ……」


 そういうことってなんですか。

 ABCでいうところのAですか。

 いかん、俺も混乱してきた。

 というか周囲の視線も集まってきてる。

 先輩の目もグルグルからウルウルにシフトしてる。

 本当にどうしよう……


「でも、京太郎くんがいいなら……」


 どうしてそこで目を閉じるんですか。

 唇をきもち突き出してるように見えるのは気のせいにちがいない。

 とにかく、このままにしておくわけにはいかない。

 俺はさらに顔を近づけて――


「あいたっ!」


 ――そのままヘッドバットをかました。

「あうぅ……京太郎くん酷いよぉ」

「これはあれですね。さっき荷物を放り投げた罰ってことで」

「許してくれるっていったのに」

「俺もそうしようと思いましたけど、先輩が同じことを繰り返さないよう一応、ですね」

「えぇ、そんなぁ」


 よし、どうにか切り抜けた。

 東横の姿も見えないし、作戦は成功だ。

 後は松実先輩と穏便に別れるだけだ。


「そういえば先輩、時間大丈夫ですか?」

「……もう休憩時間終わっちゃってる!」

「荷物、ありがとうございます。後は大丈夫なんでしっかりと自分の仕事してきてください」

「うん、そうだね!」


 先輩は荷物を俺に渡すと、駆け足で離れていく。

 俺も生徒会室へ向かうため、反対方向に歩を進める。

 そして、背中にかかる声。


「京太郎くん、私決めたから!」


 松実先輩だ。


「返そうとしても返しきれないくらい貸しをつくるから、覚悟しておくのです!」



 生徒会室へ向かう道すがら、視界の端にあるものを捉える。

 離れてどっか行ったと思っていたが、こっそりついてきてたらしい。


「東横、なにやってんだ?」

「ありゃ、ばれたっすか」

「だから俺の目からは逃れられないって言ったろ」

「それはいつでもお前を見ているってアピールっすか?」

「ちげーよ」


 こいつはどうあっても俺をストーカーに仕立て上げたいようだ。

 両手が塞がっていなければアイアンクローを繰り出してたかもしれない。


「それより、おまえサボりか? こんなとこでうろうろして」

「クラスの仕事してないのはそっちも同じっすよ」

「俺は生徒会の仕事」

「私も本番に向けて英気を養っているから、仕事と言えなくもないっす」

「言えねーよ。世間じゃそれをサボりとみなすんだよ」


 俺のクラスの出し物は、たしかお化け屋敷。

 正直言って子供だましじみた仕掛けで大丈夫なのかとは思う。

 だが東横がいると話は変わってくる。

 こいつの影の薄さは脅かし役として最適だからだ。

 自分の出番は本番だからと、こんなところでぶらぶらしているのだろう。

「そういえば見たっすよ。須賀くんの晴れ舞台」

「ああ、お前も見てたのか」

「ニュースとかで何回も流れてるっすからね」


 先日、龍門渕グループが公表したワームとZECTの存在。

 その場に俺もいて、変身を披露した。

 東横が言う晴れ舞台とはそのことだ。


「それにしても、あの仮面はなんだったんすか?」

「いや、さすがに顔出しとかしたくないし」

「でもマントにアレじゃ、不審人物にしか見えなかったっすよ」

「……俺だって、顔を隠させてくれって要望があんなことになるとは思わなかったさ」

「そのわりにはノリノリだったっすけどね」


 もう色々とやけになってた覚えがある。

 芝居じみたこってこての身振り手振りとか。

 どうせ顔が見えないからと、すっごい尊大な口調で啖呵切ったりとか。

 ……やばい、思い出したら恥ずかしくなってきた。


「よし、この話は終わりにしよう」

「えー」

「いや、他の人たちに聞かれても困るし。お前は特別なんだよ」

「特別……特別っすか……えへへ」

 にやけだす東横。

 特別という言葉が嬉しかったのか。

 誰にも気づかれないという、こいつの境遇を考えればわからないでもない。

 本当のところ、サボっているというのも手伝おうとしても手伝えなかった結果なのだろう。

 そんな東横に俺がしてやれることといえば……


「ほら、これ持てよ」

「重そうっす。いやっす」

「いいから持て。そんでしばらく話し相手になれ」

「もう、しょうがないっすねー」


 しぶしぶといった口調だが、顔は楽しげだ。

 本当にわかりやすいやつだ。


「そういやもうすぐテストだけど、ちゃんと勉強してるか?」

「……なんてことを聞いてくれたんすか……おかげで楽しい気分が雲散霧消っすよ」

「わ、悪い。本当に何気なく聞いただけだったんだけど」

「このデリカシーのなさっすよ! もう怒ったっす!」

「度合い的には?」

「カム着火インフェルノっすよ!」


 相当怒っているということか。

 でも字面はそこはかとなくマヌケ臭が漂う。


「罰として一つ、こっちの望みを聞いてもらうっす」

「とりあえず言ってみろよ」

「勉強、教えて下さい……っす」


 怒っているのに低姿勢というわけのわからない東横であった。



 そしてたどり着いた生徒会室。

 東横とは別れ、現実逃避の時間も終わった。

 俺は向き合わなければならない。

 意を決してスライド式の扉を開ける。


「戻りました」

「あら、随分と遅いお帰りじゃない」


 奥の方に座っている会長の言葉。

 予定より一時間近く遅れてるから、怒りもごもっともだ。


「……と言いたいところだけど、大体の事情は美穂子から聞いてるわ」

「……はい?」

「こんにちは、また会いましたね」


 会長の隣、ちょうど入口から死角になっている場所に座っているのは、福路さんだった。

 一瞬驚いたが、なんてことはない。

 他校の生徒会長がうちを訪ねるのだから、ここにいるのもおかしいことじゃない。

 それにしても、会長の口ぶりだと結構親しげな様子だが。


「それにしても須賀さん、上埜さんのことを知らないなんて嘘ついて……酷いです」

「だから名字変わったって言ったじゃない。今は竹井久なのよ」

「え、つまり……上野さんって、会長?」

「はい」

「男じゃ、なかったんですか?」

「須賀くん? 美穂子が通ってるとこは中高一貫で女子高よ?」

 ……まじかぁ。

 いや、男だって思い込んでたのはあれだけど、名字変わってたなんて知らないわ。

 応援するとか言っちゃったけど、どうしよう。

 福路さんには会長みたいになってほしくない。


「とりあえず荷物を置いて、須賀さんも座っちゃってください。今お茶淹れますから」

「あ、はい」


 席を立ってお湯を沸かし、綺麗な手つきで紅茶を淹れていく。

 この人、できる。


「はい、どうぞ。外暑かったでしょう? アイスティーにしてみました」

「……どうも」

「美穂子も気が利くわねぇ」


 会長が悪魔だとしたら、この人は天使だ。

 喉を冷えた感触が通り抜けていく。

 疲れが吹っ飛んだ、ような気がした。


「おいしいじゃない。須賀くんが淹れたのと同じくらいってとこかしら?」

「そういえば、須賀さんは生徒会でなんの役職を?」

「……会長補佐、です」

「まぁ、素敵ですね」

 福路さんはこう言ってくれるが、実態はただの雑用である。

 思わず乾いた笑いが漏れた。

 会長は素知らぬ顔をしてカップを傾けている。


「それで、その会長補佐というのはどんな仕事を? 副会長とはちがうのかしら?」

「それは、必要な書類をコピーしたりお茶を淹れたり、備品の用意に買い出しとか、ですね」

「ふふ、それじゃあ私たちお揃いですね」

「福路さんも同じことを? たしか会長でしたよね?」

「私が勝手にやっていることなんですけどね。他のみんなが少しでも働きやすいようにって」


 ま、まぶしい……!

 この人いい人すぎる!

 会長はあからさまに目をそらしている。

 この人の言葉は効くようだ。

 いいぞ、福路さんもっとやれ!


「と、とりあえず美穂子の話も聞きたいし、そろそろ打ち合わせを始めましょうか」

「ごめんなさいね? こんな忙しそうな時期にお邪魔しちゃって」

「気にしなくてもいいわよ。久しぶりにあなたとも話せたしね」

「上埜さん……」


 なんか入り込めなさそうな空気が発生してた。

 俺も他の人と同じように、おとなしく準備しようか。



 今日の分の仕事も終わり、日の光に赤みが増える時刻。

 クラスの出し物の準備をしていた生徒たちもちらほらと返り始めていた。

 学校祭が近いので、土曜の半日授業をこんな風に消化するのだ。

 同時にテストも近いから、勉強したいやつもいると思うけど。


「それじゃ、また今度会いましょう」

「ええ、上埜さんも須賀さんもお元気で」

「福路さん、ぜひまた来てください!」

「あなたはちょっと落ち着きなさい」

「うふふ、そんなにアイスティーがおいしかったのかしら?」


 福路さんを見送る。

 打ち合わせの中で、この学校と福路さんの学校との交流について言及された。

 今日のところは軽く話しただけで、本格的な話し合いはまた今度らしい。

 まぁ、この時期は忙しいから助かるけど。


「じゃあ、失礼しますね」

「最近物騒だから気を付けて帰るのよ」

「なんなら俺、送っていきますよ」

「だからあなたは落ち着きなさいって」

「送ってもらうのは悪いから、気持ちだけ受け取っておきますね」


 深々と礼をして出ていく福路さん。

 いい人だった。


「さ、私たちも解散しましょうか」

「ですね」

「でも須賀くんはちょーっと話があるから残ってくれる?」

「すいません! 用事あるんで失礼します!」

「あ、待ちなさい、こら!」



 会長の魔の手から逃れ、晴れて自由の身。

 校内は帰宅ムードでいっぱいだ。

 どこかに顔を出すか、校外に出るか。

 どうしようか?



 行先安価


※多分このスレ唯一の安価です

 好きな咲キャラがいそうな場所を選んでください

 誰がどこにいるかは明示しませんが、大体わかると思います

 まぁ、どっかのギャルゲーみたいなものです



 行先を選んでください

・1-2

・2-2

・生徒会室

・バス停

・自宅

・病院


>>+2


 安価飛ばしていい加減寝ます

もう夜だけどおはようございます
早めに帰れたので飯もろもろを済ませたら投下を開始しようかと思います

もっと更新速度あげたいんですけどね
障害と誘惑が多すぎる現状です


>> 1-2


 自分のクラスに顔を出す。

 生徒会の仕事にかかりっきりだが、こっちも気にはなる。

 作業が終わったのか机は既に元の位置に戻っており、作った道具などは教室の後方に安置されていた。


「すーがっ」

「よっと、いきなりなんだ」

「……お前、後ろに目でもついてんの?」


 背後からのラリアットを屈んでかわす。

 クラスではよくつるむ男子の一人だ。

 今度は首に手をまわして顔を近づけてくる。

 近い、暑苦しい。


「つーかクラスの仕事サボりすぎじゃね?」

「こっちはこっちで忙しいんだよ。わかってるだろ?」

「あー、わかってるとも。お前生徒会だもんな」


 俺から離れてうんうんと訳知り顔でうなずく。

 わかってくれたと思いたいが、若干あやしいところだ。


「あの生徒会長と仕事が出来るんだもんな。そりゃ他のことに手がつかなくなるよな」

「それはない。絶対ない」

「おいおい照れんなって。あー、俺もあの人に命令されてみてぇよ」

「お、なんの話してんだー?」

 話題に興味を持ったのか、数人さらに男子が寄ってくる。

 本気で暑苦しい……!


「須賀が会長の犬だって話だよ」

「そんなわけあるかっ!」

「なるほど、たしかによく命令されてるよな」

「でも須賀って、命令されるのとか嫌いそうだけどな」


 犬、犬だと……?

 畜生、好き放題言いやがって……!

 あれこれ言うことを聞いているのは立場上仕方ないからだというのに!

 大体会長は犬が苦手なんだぞ!


「そういや、今日須賀が二年の先輩といちゃついてんの見たぜ」

「なにそれ詳しく」

「なんつったっけ? 松実先輩だったかな? その人と廊下でキスしそうになってたけど」

「うわ、マジかよ……あの先輩超かわいいのに! 須賀手ぇ早すぎだって」

「いや、それ誤解誤解!」


 たしかに松実先輩はかわいいけど!

 たしかに一緒に弁当食べて、食べさせあいとかするけど!

 たしかに今日は変な雰囲気になったけど!

 あくまで先輩後輩の関係だから!

「誤解、だってよ?」

「こいつどうするよ?」

「死刑だな。須賀はKI(恋人いない歴)イコール年齢の俺たちを怒らせた」

「お前らいい加減にしろや!」


 にじり寄ってくる男子たちをけん制しながら後退する。

 くそ、恋人がいないのは俺も同じだっていうのに……!


「いや、冗談だよ冗談。須賀死ね」

「うんうん冗談冗談。須賀死ね」

「本気にするなよ。須賀死ね」

「ちょっとは本音を隠そうとしろよ!」


 清々しいほどの満場一致。

 こいつら揃って笑顔なのに目が笑っていない。

 どす黒い光が見え隠れしている。

 ……怖いわ!


「うちのクラスにも須賀と仲良い女子いたよな?」

「そんなやついたっけ?」

「ほら、あれだよ……名前なんつったっけ?」

「……東横、だろ」

「あー、そうそう東横だよ!」

「なーんか覚えにくいんだよな」

 わかっている。

 こいつらが悪いわけではない。

 東横はいじめられてるわけじゃないし、無視されてるわけでもない。

 ただ、気づかれないだけだ。

 自分の席に座る東横に目を向ける。

 他の奴の目には映らなくても、俺にははっきりと見えるし、聞こえる。

 東横は窓の外を眺めていた。

 今の会話が聞こえていたのだろうか。

 夕日に照らされた横顔からはなにも読み取れない。


「んじゃ、俺たちもう行くわ」

「今度女の子紹介しろよー」

「またなー」

「ああ、じゃあな」


 クラスメートと別れる。

 俺もそろそろ帰ろうか。

 一人ってのも寂しいから、誰かを誘うとしよう。


「ってなわけで帰ろうぜ」

「脈絡もなにもないっすね」

「いや、あいつらは連れだって帰ったわけだ。じゃあ俺たちもって話だよ」

「まぁ、ここにいたってすることないっすからね」

「決まりだな」



 夕日が照らす帰り道。

 相変わらず人はまばらだが、いつもと違うものが風景に混じる。

 黒いアーマーをまとった連中が闊歩している。

 ゼクトルーパー達だ。

 戦闘時ほど物々しい装備ではないものの、一般人からすればそれなりに威圧感があるだろう。


「最近増えたっすね」

「ワームのことも公表したからな。なにかあった時のためにパトロールしてんだとよ」

「……大変っすね」


 実際これのおかげで被害件数自体は減ったらしい。

 人目を気にせず暴れ出すワームも増えてはいるが。

 なんにせよ、外を安全に歩けてるのは彼らのおかげであることはたしかだ。


「須賀くん、あそこにクレープ屋があるっす」

「お、珍しいな」

「そして私はお腹が空いているっす」

「食べたいなら素直にそう言えよ」

「えへへ」


 いたずらっぽく笑う東横にチョップをいれる。

 まあ、ちょうど小腹が空いたところではある。

 二人で車と一体化した屋台へ向かう。

「いらっしゃいませ。カップルかい? サービスするよ」

「いや、俺たちは――」

「そうなんすよ! いやー須賀くん照れちゃって困るっすねー」


 東横が前に出て俺の言葉を遮る。

 そんなにサービスがほしいのか。

 値段の心配をしなくても、クレープひとつぐらいだったら奢るつもりだったが。

 東横がそうしたいんだったら、乗っかってやるか。


「じゃあなににする、桃子?」

「うーん、私は……って、あれ?」

「どうかしたのか?」

「だ、だって今、名前で……」

「なんだそんなことか。お前も恥ずかしがってないでいつもみたいに名前で呼べよ、桃子」

「ま、また名前で……」


 東横はうろたえている。

 恋人のふりを始めたのはそっちが先だというのに。

 それにしてもこの店主さん、東横を一発で見つけるとは……

 冴えないおじさんに見えるが、ただ者じゃないのかもしれない。


「きょ、きょ、きょうた……きょうたろ……やっぱ無理っす!」

「しょうがないな……とりあえず注文しようぜ。なにがいい?」

「わ、私はこのカスタードが乗ったやつで……」

「じゃあ俺はこのアイスが乗っかったので」

「はいよ。ちょっと待っててな。すぐ出来るから」





 クレープを食べながら歩く。

 冷えたバニラアイスとイチゴ。

 日が傾いても暑いことは暑いので、なおさらおいしく感じられる。

 隣の東横は半ば放心状態だ。

 それでも定期的にクレープにかじりついてるのは凄いと思う。


「おーい、東横ー」

「……」


 読んでも返事がない。

 俺が立ち止まると東横も立ち止まる。

 目の前で手を振っても反応はない。


「おーい、桃子ー」

「――ひゃいっ!」


 飛び上がらんばかりに体を震わせ、東横は素っ頓狂な声を上げた。

 その拍子にカスタードクリームが飛んで頬に付着していた。

 まったくしょうがないやつだ。

 指で拭ってそれを回収し、口にはこびこむ。

 ……おいしいじゃないか。


「なな、ななななん、なんてことをしてくれてんすか!」

「いや、ティッシュでふくより手っ取り早いからさ」

 ほっぺたについたご飯粒を取るぐらいの、なんでもないことだと思うんだけどな。

 衣さんにやってるから感覚がマヒしてるのかもしれない。


「大体、さっきからぼーっとしてどうしたんだよ?」

「……それは、須賀くんが悪いんすよ? いきなりあんなことを……」

「あんなこと? たしかに指で取るのは行儀悪かったかもだけどさ」

「そっちじゃないっすよ!」


 東横が腕を勢いよく振り上げたため、今度はクリームに加えてバナナまで飛んでいく。

 もったいないので俺が頂いてしまおう。

 宙を舞う諸々を口で受け止める。

 やっぱりおいしい。


「東横、食べ物は粗末にするもんじゃないぞ」

「……」

「ちゃんと聞いてるかー東横」

「そうっすよね……まぁ、わかってたっすけど」


 大げさにため息をついてクレープにかぶりつく東横。

 心中でどんな変化があったのかはわからないが、こっちに呆れるような視線を送るのはやめてほしい。

 あたかも俺がなにかやらかしたと言わんばかりだ。


「須賀くんのも一口よこすっす。さっき私のバナナ食べたっすよね?」

「そんなこと言わなくても一口くらいだったらやるから。ほら」

「あむ……こっちもおいしいっすね」

「だろ?」



 クレープを食い終わり、公園のベンチで休憩中。

 そのまま帰宅しても良かったが、東横が寄ろうと持ちかけてきたのでここにいる。

 その本人はブランコを揺らして遊んでいた。


「クレープおいしかったっすねぇ」

「そうだな。お菓子作り、俺もやってみようかな」

「タマゴ分も補充できたし、言うことなしっすね」

「ああ、それでか」


 たしかクレープの生地とカスタードクリームには卵が使われていたはずだ。

 というかこいつは鶏卵だったら何でもいいのか?

 たしかに一緒にご飯を食べる時は卵が入ったものを食べてるような気がするが。

 そばやうどんは月見、パスタはカルボナーラ、丼なら親子丼。

 ならケーキとかも大好物だったりするのだろうか。


「今度ケーキでも焼こうと思うんだけど、お前も食う?」

「是非!」

「うおっ」


 ブランコに乗っかっていたはずの東横が、一瞬にして俺の手を握っていた。

 え、なにこれクロックアップ?


「しょうがないから私が味見してあげるっす!」

「なにがしょうがないだ! いいからお前は涎をふけ!」

「おっと、これは失礼したっす」

 俺の手を離して涎をふくと、東横は隣に座った。

 鼻唄なんか歌って、凄く楽しそうだ。

 俺との距離は、結構近い。

 すぐに触れられる位置。

 相合傘をした時のことを思い出した。


「……何か近くないか?」

「最近付き合い悪いっすからね。その埋め合わせっす」

「俺の肩に頭を預けるのも?」

「埋め合わせっす」


 こんなことが埋め合わせになるなら、それでいい。

 でも、この状況はなんなのだろうか。

  一緒に帰って、クレープ食べて、公園のベンチで寄り添いあう。

 こうして並びたててみるとまるで恋人同士だ。


「須賀くんは浮気者っすから」

「またそれか。人聞き悪いからやめてくれよ」

「だって乳揉みさんや会長さんとイチャイチャしてるって話、よく聞くっす」

「それは見てるやつの主観が大いに入ってる気がするぞ」


 人間は物事を見たいように見て、そして解釈するらしいからな。

 俺はただありのままに接しているだけだ。

「いいか? まず、俺が生徒会に所属してる以上、会長と一緒にいる時間が多いのは仕方がない」

「時々一緒に買い出しに行ったりするのも仕方がないんすか?」

「そ、それは……きっとあれだ、一人に任せるのも悪いから手伝ってくれてるんだろ」


 自分で言ってなんだが、まったくもって説得力がない。

 たまに買い出しについてくるのは本当だが、あれは俺にちょっかいをかけたいだけだろう。

 少しは福路さんを見習ってほしいものだ。

 犬が苦手ってかわいいところもあるけどさ。


「そして松実先輩には色々と世話になってるからな。お礼を兼ねて御馳走したりだな」

「御馳走するのいいっすけど、食べさせあったりキスしようとするのはどうなんすかね?」

「そ、それはだな……」


 これはまずいぞ。

 旗色が悪い。

 東横の妙な気迫に気圧されてしまっている。

 なにか、この状況を打開するものは……!

 そして俺はそいつを見つけた。


「井上、おーい井上ー!」


 思いっきり手を振って呼びかける。

 こっちに気がついて、井上が公園内に入ってくる。

 手には紙袋をさげていた。

「よぉ、ちょうど良かった。オマエに渡すものが……って、なんだこりゃ?」

「井上、助けてくれ……」

「井上くん、聞いて下さいっすよ! 須賀くんが酷いんすよ!」


 助けを求めようとすると、東横が遮るように騒ぎだす。

 そして言い連ねられる俺の(東横にとっての)悪事。

 ふんだんな脚色を加えられたそれに、思わず頭を抱える。


「話の中ではそうとうな変態じゃないか」

「あくまで話の中でだろ……」

「うーん、ちょっと言い過ぎたかもしれないっすねぇ」

「ちょっとじゃねーよ! 大半は作り話だろうが!」


 決して俺は先輩にコスプレをさせて楽しんではいない。

 ましてや会長と女王様プレイに興じてなど断じてない。

 後で東横のほっぺたをこねくりまわしてやろう。


「まぁ、オレは須賀がよくデートする相手だったら知ってるけどな」

「――! それだれっすか!?」

「こいつの妹さん。あれ、姉だったっけ?」

「なーんだ、そっちっすか」

「衣さんの前でそれ言うなよ」


 休みの日とかに出かけたりしてるのは本当だ。

 家族だからおかしいことはなにもない。

「そうそう、それで龍門渕のお嬢さんからその天江さんに届け物預かってる」

「届け物?」

「中身は見てないよ」


 手にぶら下げた紙袋を渡される。

 重量は大したものではなかった。

 覗いてみると、ビニールに包まれた白い布が見えた。


「たしかに受け取った。ありがとな」

「お礼は龍門渕さんに言ってやれよ」

「それもそうだな」

「はぁー、セレブとも面識があるんすねぇ」


 こんなふうにものを渡されるのは初めてではない。

 龍門渕を訪問するたびにいろんなものを渡されている。

 食べ物とか服とか、さすがにキングサイズのベッドは断ったが。


「もうすぐ晩飯時だな。せっかくだからこのままなんか食いに行くか?」

「いや、俺は飯の仕度があるからパス」

「そういえば見たいテレビがあったっす! それじゃ、私はこれで失礼するっす!」


 東横は走り去っていった。

 時間的にギリギリだったのだろうか。

「あの子やたらフレンドリーだけど、誰に対してもああなのか?」

「いや、あいつの影の薄さは一級品だからな。数少ない知り合いを慕ってるんだろ」

「それはまた……」

「俺としてはお前もあいつの友達になってくれればって思うけどな」

「おいおい、頼まれて友達になるのってどうなんだよ」

「わかってる。東横の頑張りとお前の気持ち次第だな」


 友達が出来るかどうかは結局のところ当人たちの問題だ。

 手助けはできてもそれ以上は余計なお世話でしかない。

 まぁ、あの積極性があればどうとでもなりそうだとは思う。

 ただ、先輩や園城寺さんよりはマシだけど、東横も少しアレなところがあるからな。

 タマゴへの執着的な意味合いで。


「そういや、なんでお前が届け物を?」

「ああ、オレと龍門渕さん、同じ学校だからな。帰る前に頼まれた」

「なるほどな……それって偶然なのか?」

「多分違うな」


 井上は空を仰いで息を吐き出した。

 なにかしら思うところでもあるのだろう。

 おそらくそれは、ZECTにいることと無関係ではない。


「おっと、電話だ……ってZECTからか」

「ワームか?」

「そうだろうな……はい、もしもし」

 電話の向こうの会話を聞き取れるほど耳は良くないが、なにがあったのかあたりを付けることはできる。

 俺の経験上、この夜へと移り行く時間帯が一番多いのだ。

 ということは、もうすぐ来るはず。

 そして数秒後、思った通り携帯が震えだした。


「お、俺にも連絡がきた」

「わかりました……失礼します。んじゃ、行ってこいよ」

「お前はいいのか?」

「オレは別のとこで待機……だってさ」


 井上の声にいつもは見られない色が混じる。

 それがなんなのかまではわからなかったが。

 ともかく、集合地点に向かおう。


「わかった。じゃあまたな」

「しっかりやってこいよ。オマエには力があるんだからさ」

「井上?」

「いや、なんでもないさ」


 おどけるように、井上は肩をすくめる。

 きっと踏み込んでくるなというサインだ。

 今回は見なかったことにするか。

 公園を後にする。


「オレが持ってても仕方ないだろ……このベルト」


 ただ、聞かなかったことにはできそうもない。



「お、きたきた。こっちやでー!」


 集合場所にたどり着くと、既に清水谷さんと会長は待機していた。

 街中だが、あたりに人の姿は見えない。

 もう避難誘導は済ませたということか。


「ビリっけつよ、須賀くん」

「まさか、ペナルティとか言い出しませんよね?」

「さーて、どうしようかしら?」

「うちらと違って乗り物もらっとるしなぁ」


 雲行きが怪しい。

 こんなとこで意見を合わせて来なくてもいいじゃないか。

 そういうのは戦闘の時に発揮するべきだ。


「会長たちはバイクもらってないんですか?」

「あたりまえじゃない。だって免許もないし、そもそも乗れないもの」

「うちも同じや」

「なるほど」


 普通に考えて、女子高生が二輪の免許を持っているのは珍しい。

 それが原付ならともかく。

 ま、俺だって免許はないわけだが。

 ……これって面割れたら大変なことになりそうだ。

「それじゃ、作戦の説明するで……って言っても、前とほぼ同じやけど」

「つまり、兵隊さんたちがワームを見つけたからそれをせん滅ってことね?」

「そや、数は……今日は四体やな」

「ここ最近と同じだけど、微妙に数が増えてるような気がするな」

「そうね、それだけ向こうも警戒してるってことかしら?」

「とにかく、ちゃっちゃと終わらせて帰るで、竹井さんに……きょ、京太郎」


 よし、ワーム退治と行きますか。

 手のひらで拳を包んで気合を入れる。

 そして俺たちは目を見合わせて戦いへ……と行きたかったが、会長がかたまっていた。


「えっと、清水谷さん? あなた今須賀くんのこと、なんて呼んでいたかしら?」

「……京太郎やな」

「おかしいわね? この前会った時は名字で呼んでいたような気がするわ」

「し、心境の変化やな」

「ふーん」


 俺は目をそむける。

 下手に触って大火傷したら目も当てられない。

 だが、会長は俺を見逃さなかった。


「須賀くん、あなたなにかした?」

「お、俺からはなにも」

「ということは清水谷さんがなにかしたってことね?」

「そ、そんなことより今はワームや! 行くで!」

「俺も!」

「もう、しょうがないわね」



「こいつでおしまい……っと」


 最後の成虫の爆散を見送る。

 これで今日の戦いはひとまず終わりだ。

 一斉に変身を解くと、ゼクターたちが飛び去っていく。

 どうも最近、チームとして戦うことに慣れてきたようだ。

 そのおかげか、思ったよりも早く終わった。

 これなら晩御飯に間に合いそうだ。


「今日も無事終了やな」

「さ、早く帰ろうか」

「せやな」

「ちょっと待った」


 そそくさと立ち去ろうとする俺と清水谷さんだったが、会長に止められる。

 くそ、離脱失敗だ。


「さっきの話の続き、いいかしら?」

「続きも何も、大したことはありませんでしたよ?」

「せやせや。なにかあったいうても膝枕したぐらいで……あ」


 清水谷さんの口から決定的なワードが漏れる。

 もちろん、今更口を押さえても遅い。

 なんてことだ……

「膝枕ね……経緯はわからないけど、それで二人の仲が近づいたってことかしら?」

「そ、それはあくまで仲間としてであってやな……」

「……ねぇ清水谷さん? あなた、もしかして須賀くんのこと好きなの?」

「ふぇっ!?」


 まったく予想外の方向から玉が転がってきた。

 さしもの俺も回避できず、大きな衝撃に見舞われる。

 まさか、そんなわけが……

 清水谷さんの顔は真っ赤になっていた。

 これは、ひょっとするのか?

 季節的にはもう夏だけど、俺に春が来ちゃったりするのか!?


「す、好きや……仲間として、やけど」

「……」

「そう」


 ですよねー。

 ああ、もちろんわかってたさ。

 悔しくなんてないよ畜生。

 大体、天を目指すんだったら寄り道してる暇はないしな。

 だから断じて悔しくないし、残念でもない。

 まぁ、きっと清水谷さんは恋愛に免疫がないんだ。

 顔があんな真っ赤だったのはそのせいだ。

 そもそも今は夕日が照ってるしな。

「は、早う帰るでっ」

「さぁ、晩飯の仕度だ」

「美穂子とのこととか色々聞きたいけど、お腹が空いたし今日はやめておくわ」


 漂う空気を払拭するように、清水谷さんが手を叩いて解散を告げる。

 そう家族がお腹を空かせて待っているのだ。

 会長が怖いとかじゃない。


「じゃあ、また今度」

「ほな、お疲れさん」

「それじゃあね……私は仲間で妥協する気はないわよ」


 いまいちその言葉の意味をはかりかねる。

 考え込む間もなく、会長は去っていった。

 そうして二人で取り残される。

 正確には周囲にゼクトルーパーはいるのだが。

 清水谷さんは俯いていた。


「……うちかて、同じや……」

「大丈夫か?」

「心配せんでもええよ。うちは平気や」


 そう言うと清水谷さんはゼクトルーパー達のもとへ向かっていった。

 俺も帰るとするか。


「ん? セミの声?」


 随分と早起きなセミもいたものだ。



「きょうたろー、おかえりっ」

「ただいまです、衣さん」


 家に帰ると、小さな家族が胸に飛び込んできた。

 よっぽどお腹が空いていたのか。

 それにしても最近はこういうスキンシップが増えた気がする。

 いまだって胸に頬ずりしてるし。


「待っててくださいね。今作りますから」

「衣も手伝うぞっ」


 そして料理を手伝ってくることも増えた。

 衣さんも女の子だし、料理もやってみたいのかもしれない。

 そういうことなら俺も協力は惜しまない。


「料理、覚えてみます?」

「うーん、今はいい。一人でできるようになったら、きょうたろーと一緒にできなくなる」


 随分とストレートだ。

 俺と一緒に料理を作りたいということだろう。

 やっぱり家族っていうのは素晴らしいな。


「お風呂も洗ったし、洗濯ものもたたんでおいたんだ」

「お、今日は仕事が早いですね」

「えへへ、褒めて褒めてー」

 頭を撫でると、衣さんの顔がふにゃふにゃになっていく。

 そういえば、あまり子供扱いを連想できるようなことをしても怒らなくなったな。

 素直に甘えてくれてるということだろう。

 それでも風呂にまで入ってくるのはどうかと思うが。

 今度、女性として恥じらいを持つことを言って聞かせるべきだろうか?


「あ、そうだ。龍門渕さんから預かってるものがあるんですけど」

「おお、透華から贈り物か! 今度はなんだろなぁ」

「開けてみてのお楽しみですね」


 紙袋を渡すと、衣さんは中身を取り出して広げる。

 ……なんというか、反応に困った。

 簡潔に言えば、上下の下着だ。

 ただし上のほうはキャミソール。

 見た目的に高級そうだが。


「おお、これは……大人っぽいな!」

「サイズは多分、衣さんにぴったりですね。オーダーメイドかな?」

「ん、手紙がある」


 紙袋の中に封筒。

 送り主は龍門渕さん。

 ま、そりゃそうだろうけど。

 衣さんは封を切って中身を取り出す。

 メッセージカードが入っていた。

『ごきげんよう。最近気温が上がってきましたが、体調を崩したりしてませんか?』

『暖かいからと言ってお腹を出して寝るのは控えて下さい』

『それはそうと、今回は上下の下着を送りました』

『淑女たるもの、服に隠れて見えない部分にも気を使う必要があります』

『本当は直接会って渡したかったのですが、忙しいのでこのような形になりました』

『あなたが幸せに生きられることを願っています』


 ……母親かっ。

 そう突っ込みそうになるのをこらえる。

 大げさではあるが、龍門渕さんの思いは本物だ。

 衣さんもそれがわかるからこの短期間で懐いたのだろう。

 ビニールに入った下着を手に取る。


「高そうな下着だなぁ。洗剤とかも気を付けた方がいいのか?」

「わわ、手にとってまじまじと見るなー!」


 よく観察する間もなく、奪い取られる。

 そうだ、すっかり忘れてた。

 衣さん、最近は自分のもの自分で洗うようになったんだよな。

 俺が洗おうとすると噛みついてくるのだ。

 まさか、これが反抗期なのか!?

 成長が嬉しい半面、少しさびしい。

 これが世の父親の心境なのだろうか。

 衣さんに彼氏でもできたら、俺は自分を押さえる自信が正直ない。


「きょうたろーはデリカシーがないぞ! 反省!」

「はい」

「よしよし……じゃあご飯、一緒に作ろ?」



 翌朝、朝食の準備をしていると携帯が震えだす。

 確認すると知らないアドレスだったが、タイトルは見覚えがある。


『ふくじみほこ』


 なぜかひらがなだが、あの福路さんで間違いないだろう。

 律義に俺の言ったことを守ってくれたに違いない。

 メールを開く。


『そうだんしたいことがあるのでこのまえのきっさて』


 文章はなぜかそこで途切れていた。

 変換や改行ができてないのは、機械が苦手でどうすればいいかわからなかったのだろう。

 とりあえず相談したいことがあるのはわかったが、問題はその後だ。

 このまえのきっさて……とはなんだろうか?

 この前の木っ、さて……ではないとは思うが。

 区切りとしては『このまえの』と、『きっさて』といったところか。

 きっさて、きっさてきっさて……もしかして喫茶店か?

 つまり、相談したいからこの前の喫茶店で会おう、ということか。

 それはいいけど、集合時間はどうするつもりなのか。

 途中で送信してしまったみたいだし、俺から提案してみよう。


『集合場所は了解しました』

『時間の方ですけど、午後三時ぐらいでどうですか? またおやつでも食べながら話を聞かせて下さい』

 メールを送信する。

 あとは返信を待つだけだ。

 とりあえず、朝食の準備に戻ろう。

 …………

 朝食が出来あがってしまったが、返信はない。

 まぁ、ご飯を食べながら待とう。

 …………

 朝食を終え、洗い物が済んでもメールは来ない。

 機械が苦手だから苦戦してるのだろうか?

 少し心配していると、携帯が震えだす。

 福路さんからで、無題だ。

 アドレスは登録しておこう。


『三時だな? 首洗って待ってろだし』


 クエスチョンマークが浮かぶ。

 なんか色々とおかしい。

 いきなり文面が変わった。

 口調も福路さんらしからぬ乱暴なものだし、変換もちゃんとできている。

 そして、なんか変な語尾が付いている。

 書いている内容から察するに、俺は狙われているようだが。

 十中八九、他人の書いたものだと思うが、福路さんになにかあったのだろうか?


「……ないな」


 俺をおびき寄せるために襲われたという事態も想定したが、メールのあの語尾を見るとバカらしくなってしまう。

 とりあえず、行ってから考えよう。

「きょうたろー、どこか出かけるのか?」

「ちょっと野暮用ですね。昼食べたら出かけます」

「わかった。じゃあ今日は透華のとこに遊びに行く」

「なら萩原さんに電話しておきますね」

「迎えがなくても一人で行けるのに」

「俺は大丈夫だと思ってるけど、龍門渕さんが心配しますからね」

「まったく、透華は過保護だな!」


 こう見えて衣さんは案外しっかりしてる。

 子供っぽい見た目や話し方が目立つが、年相応にできることはできるのだ。

 ただ、甘えん坊なところがあるから構いたくなるってのはある。

 本人は無自覚だろうけど。

 とにかく、早めに連絡を済ませておこう。

 携帯の電話帳から、萩原さんの番号を呼び出す。

 さすがに龍門渕さんのプライベートナンバーは知らないが、なにかあった時のためにと萩原さんが教えてくれたのだ。


『もしもし、萩原です。須賀様でしょうか?』

「こんな朝っぱらからすいません。いきなりで悪いんですけど、昼過ぎに迎えに来てもらえますか?」

『本日は須賀様は来られないということですね?』

「はい、ちょっと用事があって」

『わかりました。それでは、午後二時過ぎにお迎えにあがります』

「よろしくお願いします」


 通話が終了し、無機質な音が流れる。

 さて、今日の昼はなにを作ろうか。



 曇り空の下を自転車で駆け抜ける。

 目的地は以前福路さんと入った喫茶店。

 場所はしっかりと覚えている。

 集合時間の十五分ほど前。

 福路さんは来るだろうか?

 そして喫茶店に到着。

 待ち合わせ相手の姿はない。

 まだ三時になってないし、いなくてもおかしくはない。

 近くの駐輪スペースに自転車を置いて喫茶店の前で待つ。

 気温はこの前ほどじゃないし曇ってもいるが、今日は風がない。

 自転車で走ってるときは良かったが、こう立ち止まってると蒸し暑さがこみ上げてくるようだ。

 しばし空を見上げる。

 なんの面白みもないが、たまにはこうやって頭をからっぽにすることも大事らしい。

 こんなことを考えてる時点でからっぽにできてないわけだけど。


「須賀さん……!」

「福路さん? そんなに慌てなくてもまだ――」

「早く入りましょう!」


 手を引かれて喫茶店の中へ。

 激しい来店に店員が面くらっていた。

 まるで逃げ込むような感じだったが、なにかあったのか?

「福路さん、なにが……」

「とりあえず、席につきましょう」


 福路さんは店内を見回して奥の方へと歩いていく。

 俺もそれに従う。

 大して客がいないから、席は選びたい放題だ。

 そうして二人して窓から遠いテーブルに腰をかけた。


「ごめんなさいね? 慌ただしくて」

「ひょっとして誰かに追われてたりします?」

「ええ、ちょっと後輩に……」

「もしかしてこのメールもその後輩が?」


 携帯を操作して件のメールを開く。

 福路さんは口もとに手を当てて申し訳なさそうに目を伏せた。


「華菜ったらこんなことを……ごめんなさい、私の責任です」

「まぁ、これで大体の事情は把握できました」

「メールするのを手伝ってもらってたんですけど、須賀さんの名前を出したら様子がおかしくなって……」

「それであのメールってことですか」

「……はい」


 ひょっとしてそいつは福路さんのことが好きなんだろうか?

 たしかに好きな人から知らない男の名前が出たら、心穏やかじゃなくなるのかもしれない。

 でもカナって男の名前じゃないよな。

 あだ名とかだろうか?

「きっとあの子、私が悪い男の人に騙されてるって思ってるんです」

「それは、まぁ」


 俺は悪い男ではないし騙してもいないが、そう心配したくなる気持ちは少しわかる。

 だって福路さんいい人だから。

 会長のことになるとちょっとアレだけど。


「ちなみにその、カナって人はどんな人なんですか?」

「明るくて前向きで、周囲に元気をくれる子なんです」

「ふんふん」

「でも、思い込みの激しいところもあるから……」

「なるほど。それで、その子は女の子ですか?」

「そうですけど?」


 これでわかった。

 そいつはいいやつなんだろう。

 純粋にこの人を心配してるんだ。


「心配しなくても俺は大丈夫ですよ」

「でも、華菜の誤解を解かないと、あの子が須賀さんに失礼なことをしてしまうかも……」

「俺はそう簡単にやられませんし、そいつだって悪いやつじゃないんでしょ?」

「そう、ですね」

「じゃあ、そいつのことは置いておいて、本題に入りましょうか」

 大した問題ではないとわかった以上、放置しても大丈夫だろう。

 そもそも、福路さんの相談が今回の肝だ。

 内容は大体想像がつくが。


「実は、今度上埜さんを誘って遊びに行きたいんですけど……どこに行けばいいのかわからなくて」

「会長だったら自分で引っぱりまわしていきそうですけどね」


 俺の実体験に基づいているから、これはたしかだ。

 あの人は間違いなく、おとなしくエスコートされるだけの女じゃない。


「でも、誘う側としてついていくだけというのはいけないと思うんです」

「カラオケでもなんでも、あの人なら楽しみそうな気がしますけどね」

「お願いします! なんでもいいので、上埜さんの好みとかわかりませんかっ?」


 なんでこの人はこんな必死なんだろうか。

 たかが友達と遊びに行く程度で……


『だって、友達と約束して出掛けるの、初めてなんすよ!』


 ……そうか、そうだよな

 たかが、じゃないんだ。

 思い入れがあるから、適当に済ませることができない。

 理屈だとかそっちのけで、どうしようもない感情なんだ。

 俺は応援すると言ったし、そう決めたんだよな。

「会長って猫好きなんですけど、知ってました?」


 会長とのデートを思い出す。

 俺から言わせてもらえば、あれは相打ちだった。

 変なドリンク飲まされるし、精神攻撃くらうし、二人乗りで爆走させられたりもした。

 会長も苦手な犬に取り囲まれるし……って、これだけ?

 俺の方が被害多くないか?

 ……畜生、いつかリベンジしてやる。


「犬はあんまり好きじゃないみたいですけど、猫と触れ合える場所に行けば喜ぶと思いますよ」

「あぁ、ありがとうございます……!」

「いや、おおげさですって」


 俺の手を掴んで喜ぶ福路さんは、今にも滴がこぼれそうなほど瞳を潤ませていた。

 感極まるとはこのことだろうか。


「とりあえず、なんか頼みません? ちょっとお腹空いてて」

「そうですね。じゃあ、えーと……」

「俺はケーキでも頼もうかな」

「甘いもの、好きなんですか?」

「好きですね。今度お菓子作ろうと思うんで、その研究も兼ねてます」

「本当に? それだったら、私と一緒に作ってみません?」

「いいですね。お菓子作りは初心者なんで、お手柔らかに」



 喫茶店を出て福路さんと別れ、駐輪スペースへ向かう。

 家を出た時より、外は少し暗くなっていた。

 時計を見ると、四時過ぎ。

 大体一時間強は喫茶店にとどまっていたわけだが、その半分以上は福路さんの語りだった。

 あの人、アレさえなきゃ完璧なんだけどな。


「そこのお前、ちょっと待つし!」


 誰かが誰かを呼び止める声がするが、歩いてる人は他にもいるのできっと俺じゃない。

 さて、晩御飯は何にしようかな?

 衣さんも晩にはうちに戻ってくるだろうし。


「無視すんな! こっちむくし!」


 だれかは知らないが、早く気付いてやれよ。

 なんか凄いやかましいぞ。


「どうしても無視する気かよ……だったら実力行使だし!」


 軽快な足音が耳に届く。

 この間隔は……走っているのか。

 そして地面を蹴る音と同時に走行音が途切れると、かすかな風が耳をかすめていく。

 なんだ、狙いは俺だったのか。


「うにゃあああああぁぁぁ!」

 身を屈めて背後からの攻撃を回避すると、襲撃者は勢い余って転がっていった。

 なんとも間の抜けた光景だ。

 衆目にさらされ、痛い目を見れば人に襲いかかろうなんて思わなくなるだろう。

 それより晩御飯のメニューだ。

 買い物でもして帰ろうか。


「お前、須賀京太郎だろ」

「……そうだけど、なにか?」


 手を掴まれて名前を呼ばれては、もう関わらないわけにはいかない。

 俺が有名人なのは仕方ないが、こいつは誰だ?

 髪は短めで、前髪をピンで留めている。

 どことなく生意気な雰囲気が漂う女子だ。


「単刀直入に言うからよく聞けよ……もううちの会長を誑かすのはやめるし!」

「会長? もしかして同じ学校の人?」

「うちは女子高だし」

「じゃあ会長って……あぁ、福路さんのことか」


 俺が福路さんの名前を出すと、猫のように威嚇してくる女子。

 ならあのメールの送り主はこいつか。

 たしかに語尾が一緒だ。

 だしだし言ってるし。

「あんたが福路さんの後輩のカナってことか」

「気安く名前で呼ぶなだし!」

「でも下の名前しか知らないし」

「華菜ちゃんには池田って名字があるんだし」

「じゃ、池田だな」

「様付けでもいいし!」


 なんでこいつはこんなに偉そうなのか。

 なんというか、ちょっとうざい。

 頭にチョップをいれたくなるレベルだ。


「やっぱり池田だな」

「さん付けでもいいんだし」

「池田で決定だ」

「うー、いきなり呼び捨てとか失礼だし!」


 ちなみに、さっき俺のフルネームを呼び捨てにしたのがこの池田だ。

 投げたブーメランが帰ってきたのに気づいていないようだが。


「大体お前生意気だし! 年上はもっと敬え!」

「あんたが年上とは限らないし、そもそも年長者だからって無条件で偉いわけじゃない」

「お前、学年は?」

「一年」

「やっぱり年下じゃないか!」

「だからそれは関係ないって今言ったろうが!」

 なんだこいつは?

 ものすごくチョップしたい。

 ……落ち着け、俺には買い出しという予定があるはずだ。

 ここでこいつにかまっている時間はない……そうだろ?


「わかりました。池田さん、でいいですか?」

「そ、それでいいし。なんだよいきなり……調子狂うなぁ」

「池田さんの言うことが正しいと思います。さっきは失礼しました」

「か、華菜ちゃんも悪かったからお互い様だし!」

「それじゃ、買い出しがあるんでそろそろ行きますね」

「じゃあな、気を付けろよー!」


 よし、誤魔化せた。

 相手がアホっぽいやつでよかった。

 それとも俺の演技力のおかげか?

 軽く会釈して、池田に背を向け歩きだす。

 あとはこのまま離脱するだけだな。


「ん~なんか忘れてるような……あっ、そうだ! 待て! まだ話は終わってないし!」


 十数メートル進んだところで池田がまた騒ぎ出す。

 俺は振り返らずに走りだした。


「逃げんな! こら、待てー!」



 池田との鬼ごっこで数十分ほど時間を費やし、ようやく自由の身になる。

 てかあいつ足速い。

 しかし、体力ではかなわなかったようで、失速したところを一気に引き離させてもらった。

 ともかく、買い出しはまた今度だな。

 無駄に疲労した。


「おー、須賀くんやん」


 駐輪スペースで声をかけられる。

 この気の抜けた声は、園城寺さんか。

 私服姿に、大きめのトートバッグ。

 これからどこかに行くのだろうか?


「重たー、ちょうこれ持ってて」

「はいはい。どっか行くんですか?」

「逆や、逆。病院の帰りや」

「今日は清水谷さんと一緒じゃないんですね」

「まぁ、なにからなにまで一緒っちゅーのも肩がこるんとちゃう?」


 たしかにその通りかもしれない。

 俺と衣さんも、学校では必要以上に顔を合わせないようにしてるからな。

 だから登校は一緒でも下校は別々のことが多い。

 衣さんは恥ずかしいから、と言っていたが。

「大体な……まとめて一つのヒロイン枠やからって、片方攻略するだけじゃあかんよ?」

「園城寺さん、なにを言ってるのかさっぱりわかりません」

「え、うちなんか言ってた?」

「そりゃもう」

「うーん、変な電波でも受信してたんかなぁ?」


 とぼけた様子の園城寺さん。

 あまり表情に変化がないから、嘘か本当かわかりにくい。

 清水谷さんならもろ顔に出るのに。

 まぁ、深く考えるのはやめておこう。


「清水谷さん、心配してそうだけど……」

「もう……清水谷さん清水谷さんて、そない竜華のことが好きなん?」

「好きか嫌いかで言えば、そりゃ好きですけど」

「なんや、はっきりせぇへんなー」

「まぁ、力になってあげたいとは思いますよ」

「じゃあうちは?」

「うーん……守ってあげたい人、ですかね?」


 清水谷さんとの関係も含めてだ。

 今の俺にはおこがましいかもしれないけど。


「そっか、うちのこと守ってくれるんか」

「ええ、俺は凄いやつですからね」

「たのもしいなぁ……せやったらさっきの言葉の意味、特別に教えたるわ」

 さっきの言葉とはどれのことだろうか。

 自分で電波云々言っていたあれのことか?

 次の言葉が出てくるのを待つ。

 すると園城寺さんは俺の肩を掴み、口を耳元に寄せて囁いた。


「竜華だけやなく、うちにもかまって……ってことや」

「えっ」

「ふふ、どきってした?」


 いたずらっぽく笑って園城寺さんは離れていった。

 まだ耳に少し湿った吐息の感触が残っている。

 顔が熱い。

 これは……してやられた。


「荷物持っててくれてありがとな。それじゃ、うちはもう行くわ」

「……」

「バッグ返して―な。帰れへんやろ」

「せっかくだから送ってきますよ」

「気ぃ使わなくてもええで?」

「かまってほしいって言ったのは園城寺さんですよ?」

「えー」


 後悔してももう遅い。

 こうなったら、さっきの仕返しに園城寺さんが恥ずかしがる顔を見てやる!

「このバッグは人質ならぬ物質です」

「それやったら仕方ないなぁ」

「諦めて俺と二人乗りしてもらいますよ」

「まんま悪役の所業やん……ま、よろしく頼むわ、京ちゃん」


 ん? 今何て言った?

 聞きなれない呼ばれ方をしたような……

 たとえば、長年連れ添った幼馴染が呼ぶような。


「えっと、園城寺さん?」

「竜華が名前で呼んどるの、知っとるで? せやったらうちも対抗しようってな」

「なぜそんなことを……」

「さぁ、なんでやろな」


 煙に巻くようなはぐらかし。

 ダメだ、どうもさっきから翻弄されっぱなしだ。

 ここで決めなければ……!

 萩原さんの立ち振る舞いを思い起こす。

 あの紳士然とした動きに、セリフを乗せるだけだ。

 さぁ、行くぞ……!


「では、お手をどうぞ……お姫様」

「……気障なセリフは似合わんなぁ」

「ぐはっ!」

 地面にくずおれる。

 平静な声で冷静に突っ込まれると、精神的なダメージがやばい。

 くそ、顔を上げられない。


「まぁ、素材は悪うないと思うけどな」

「下手な慰めはよしてください……」

「京ちゃんも難儀やなー」


 もうさっきのことは記憶の彼方に封印しよう。

 ポケモンの技みたいに忘れてしまおう。

 ……よし、これで立ち上がれる。


「じゃ、帰りますか」

「切り替え早いなぁ」

「なんのことですか、それ?」

「なかったことにしたわけかい」

「そんなことより、後ろ乗って下さい、後ろ」

「ほな、失礼するでー」


 俺がサドルにまたがり、園城寺さんは荷台に腰かける。

 後ろに女の人を乗せるのは、これで四人目だ。

 四人目の女というと俺がとっかえひっかえしてるように聞こえるが、そんな事実はない。


「しっかりつかまっててくださいね」

「ん」

 背中に柔らかい感触。

 東横には劣るが、たしかにある。

 見た目ではあまりお持ちではないように見えるのだが。

 実は着やせするタイプなのかもしれない。


「じゃ、行きますか」

「出発進行ー」


 足で地面を蹴り、勢いを付けて発車する。

 重量が大きい時は初速が重要だ。

 スピードが不足すると途端にふらついてしまう。


「乗り心地、どうですか?」

「悪うないで……にしても背中おっきいなぁ」

「そうですか?」

「あったかいし、それに……」


 生温かい感触とともに、園城寺さんの鼻らしき部位がひくひくと動く。

 ちょっとくすぐったい。

 もしかして、背中のにおいを嗅がれているのか?


「園城寺さん、恥ずかしいんですけど」

「……」

「もしもーし、園城寺さーん」

「……はっ、うちは一体なにを……?」


 園城寺さんが現実に戻ってくる。

 結局、送り届けるまで数回この状況が繰り返された。



 放課後の学校。

 テストが間近に迫っているためか、学校祭の準備も抑え気味だ。

 残って作業しているのは余裕があるやつか、諦めたやつ。

 それとは関係なく、生徒会があるわけだが。


「ねぇ、須賀くん?」

「なんですか?」

「実は美穂子から遊びに誘われてるのよ」


 どうやら福路さんはちゃんと誘えたようだ。

 応援している身としては、嬉しい限りだ。


「へぇ、それっていつですか?」

「今日よ」

「えっ、いきなりじゃないですか」

「誘われたのは二日ぐらい前だから、土壇場ってほどでもないんだけどね」


 二日前というと、俺が相談を受けた次の日か。

 週末とかの方がじっくり遊べると思うが。


「こっちはテスト前だっていうのにね」

「やばいんですか?」

「全然?」

「ですよね」


 向こうの学校のことはわからないが、今はそんなに忙しくはないのかもしれない。

 こっちの生徒会も今週に限ってなら多少余裕があるが。

「時間とか大丈夫なんですか?」

「それは問題ないわ。集合は夕方だから、生徒会が終わってから行けば十分間に合うわ」

「今日はやること少ないですしね」


 とくにこれといった議題もなく、ほぼ事務仕事だ。

 そんな中で俺はお茶くみに従事してるわけだが。

 会長は最初の割り振りを行っただけで、今は暇そうにしている。


「それで、行くんですよね?」

「いやに気にするじゃない。そんなに美穂子のことが気にかかるわけ?」

「それはそうですけど、会長のこともですね」


 さっきからやたらとそわそわしてるのは会長だ。

 無意識に足を揺らしている自分に気がついたのか、俺から顔をそむけて足を組み直した。


「そんなに気になるんだったら、早めに帰ってもかまいませんよ?」

「バカ言ってんじゃないの。……でもちょっと買いたいものあるから、先に失礼するわ」


 この人も素直じゃないな。

 もっとも、本心をさらけ出してる会長もそれはそれで恐ろしいが。


「それじゃ内木くん、あとは頼んだわよ」

「わかりました」


 副会長に後の指揮を任せて、会長は退場した。

 俺に出来るのは、福路さんの健闘を祈ることだけだ。

 さて、お茶くみに精を出すか。

 椅子から立ち上がろうとすると、携帯が震えだす。

 まさかな……

 携帯の画面を確認すると、ZECTからの呼び出しだった。

 早くも暗雲が立ち込めてきたな、これは。



 ゼクトルーパーたちに囲まれて、作戦の説明を受ける。

 例によってこの前と一緒のようだが。


「以上やな。今回もたったと終わらそか」

「そうね……」

「竹井さん、なにかあったん? 具合悪いんやったら後方で待機しててもええけど」

「大丈夫よ。それより場所は?」

「街のど真ん中やな。地図で言うとここらへんかな?」


 清水谷さんが示した位置は、ビルが多く並ぶ区画だった。

 こんな人が多い場所で戦ったことはない。

 避難誘導が無事済んでいればいいが。


「それで、数は?」

「この前より減って、二体――」

「とにかく、早く終わらせましょう」


 それだけ言うと、会長はさっさと行ってしまった。

 焦っているのか。


「やっぱりなにかあったんか?」

「ええ、ちょっと」

「そか」


 俺たちの立場では、作戦に参加しないこともできる。

 それでもここに会長がいる理由はなんだろうか。

 考えてもわからないが、準備だけはしておこう。

 俺は携帯を取り出した。



「――――――!」

「うわぁああ助けて、助けてくれっ!」


 現場に辿りつくと、既に状況は動き出していた。

 二体のサナギに襲われる五人の民間人。

 対処するはずのゼクトルーパー達は周囲に倒れていた。

 連絡する間もなくやられたのか?

 ……なにかがおかしい。


「行くわよ」

《――変身》


 会長が変身し、真っ先に突っ込んでいく。

 普段は自分から動かずに攻めるのに。


「あぁもう、うちらも行くで!」

「はいよ」

《《――変身》》


 ろくに考える間もなく、戦闘に突入。

 ワームを射撃し、怯んだ隙に会長はさらに接近する。

 蹴り飛ばして民間人から引き離した後、追撃を打ち込む。

 二体のワームはあっさりと爆散した。

「これで終わり? じゃあ私はもう行くわ――きゃあっ!」

「――――――!」


 ワームに怯えていたはずの民間人が、その姿を変えた。

 会長は引き倒される。

 くそ、まんまとはめられたってことか……!

 最初の二体は囮だ。

 いつかと同じような手でおびき出されたわけだ。

 なら、この後の展開も予想がつく。


「危ない!」


 地面に転がる会長に襲いかかろうとしていたワームに、ハチの針が刺さる。

 ワームはたまらず後退した。


「かっこ悪いところ見られちゃったわね」

「気にすることあらへんよ」

「二人とも、まだ来るぞ!」


 さらに増援が出現する。

 建物の陰などから、次々と姿を現す。

 これで合計十体、全てが成虫。


「参ったわね。急いでるんだけど」

「多いなぁ、これ」

「一人あたり三体ってところか」

《《《――Cast Off!》》》

 重い鎧を脱ぎ捨て、こちらも脱皮を果たす。

 成虫が相手ならば、クロックアップに対抗する手段が必要だ。

 背中を合わせるようにして迎え撃つ。


「――――――!」


 襲いくるワームの攻撃を捌き、かわし、反撃を試みる。

 しかし、圧倒的にこちらの手数が足りない。

 結果として防戦一方だ。

 そして徐々に乱戦へとシフトしていく。

 他の二人から引き離され、援護すらままならない。

 せめて、有効打を入れる隙さえあれば……!


「まったく、とんだ災難ね」

「別に、無理に参加する必要は、なかったんやで?」


 二人の声が聞こえる。

 どうやら分断されずに戦っているようだ。

 じゃべる余裕があるのが羨ましいところだ。


「そうできたら良かったんだけど、できないのよねぇ」

「理由、聞いてもええか?」

「あなたがよく言う、仲間ってやつかしらね」

 もがきながら、反撃の糸口を探す。

 すると、乱戦には加わらずにこちらを静観するワームを見つけた。

 ストローのような口、頭に短い触角、そして背中から足まで届く巨大な翅。

 あいつが、リーダーか。


「私だって木石じゃないわ。一緒にいれば、情だって移っちゃうのよ」

「……そか」


 耳に届くとともに、心にも響いた。

 きっとこれは会長の偽りのない本音だ。


「いい加減、離れろっ!」


 まとわりつくワームを強引に弾き飛ばす。

 息は荒く、肩は上下している。

 状況は多勢に無勢だし、こっちの消耗も激しい。

 だが、負ける気はしなかった。

 仲間がいる。

 そして――


「お待たせしました」

《――Rider Slash!》


 ――ようやく助っ人が現れたからだ。

 駆け付けた萩原さんは、剣を翻してワームを三体、またたく間に葬り去った。

「萩原さん、いいタイミングです」

「え、なんで萩原さんがここにおるん?」

「……大方、須賀くんが手をまわしたってとこね」


 ワームたちは警戒してか、俺たちから距離を取っている。

 よし、これで仕切り直しだ。

 だが、その前に……


「会長、ここは俺たちで十分です。だから、しっかり楽しんできて下さい」

「……そういうこと。萩原さんを呼んだのも、このためってわけね」


 もともとこんな苦戦する予定ではなかったが、もしもの時のために連絡をしておいたのだ。

 会長が福路さんとの約束に間に合うように。


「とんだおせっかいね……だけど、断るわ」

「約束はいいんですか?」

「良くはないわ。でも、ここで放り出すわけにもいかない」


 いつもはひょうひょうとしている会長だが、今はそんな様子が微塵もない。

 ゼクターの翅をもてあそぶさまは、照れ隠しにも見える。


「美穂子は私を目標だって言ったの。なら、それを壊すわけにはいかないわ」

「……わかりました」

「全部倒して、約束もちゃんと守る。これが私の勝利条件よ」

「じゃあ、さっさと終わらそか。うちらだったらできるで」

「私も、微力ながらお力添えをさせていただきます」

 ワームたちに向きなおる。

 萩原さんが三体倒したので、残りは七体。

 さぁ、行こうか……!


「一気に行くわよ!」

《――Rider Shooting!》


 会長のゼクターからエネルギー弾が放たれる。

 狙いはワームの群れ。

 当然棒立ちになってるわけがなく、加速状態になって回避しようとしている。


「ところがそうは問屋が卸さないってな」

《――Clockup!》


 エネルギー弾の動きが静止する。

 逃げようとするクモ。

 伸ばした糸を切って蹴りを入れる。


「ナイスゴールってか?」

《――Clock Over!》


 エネルギー弾に叩きこまれたワームは爆散した。

 これで一体。


「褒めてあげるわ、須賀くん」

「ほら、まだいますよ」

 こうしてる間に、向こうの状況も動く。

 萩原さんと清水谷さんのペアだ。


「すばしっこいなぁ」

「良く見て下さい。相手のタイミングに合わせれば……この通り」


 すれ違いざまに剣を振ったかと思うと、ワームは爆散していた。

 あの人本当に凄い。


「わかったわ、ちょっとやってみる」


 ワームに追いすがろうと動きまわってた清水谷さんは動きを止めた。

 それを好機と見たのか、ワームが襲いかかる。


「ここやっ!」

《――Rider Sting!》


 攻撃をかいくぐり、ハチの一刺しが炸裂する。

 ワームは体を痙攣させて爆散した。

 やってみると言って簡単にできるものではないとは思うが。


「これで残り四体だな」

「一人が一体倒すだけの簡単なお仕事になったわね」

「一気にたたみかけるで!」

「……みなさん、注意して下さい」

 耳障りな音が響く。

 金属音とも黒板をひっかく音とも違うが、たしかに耳に残る音。

 これは、羽音だ。

 静観していたワームが、翅を広げて宙に浮いていた。

 次の瞬間、爆音とともに強烈な衝撃波が俺たちを吹き飛ばした。


「がっ、な、なんだこれ?」

「あの翅が引き起こしてるみたいだけど……」

「次が来るで!」


 再び、爆音。

 地面に這いつくばって、踏ん張る。

 相手は空中で、俺は地面。

 ……気に入らない。

 カブトムシだって飛べるってことを見せてやる……!


「みなさん、大丈夫ですか?」

「いや、萩原さんはなんで平気そうに立ってるんですか……」

「簡単な理屈ですよ。衝撃波を相殺しただけです」


 言うは易し、行うは難し。

 この言葉は萩原さんには当てはまらないようだ。


「しかし、サソリには飛ぶ術がないので少々厄介ですね」

「アレは俺に任せて下さい。もうすぐ俺の翅がきます」

 轟音を立てて飛来するバイク、カブトエクステンダー。

 オートパイロットで呼び出せる優れものだ。

 すでにキャストオフ状態。

 これに飛び乗る。


「じゃあ、後のワームは任せました」

「任されたで」

「しっかり決めてきなさい」

「ご武運を」


 発進する。

 ここら辺の操作はバイクとほぼ同じだ。

 宙に浮いたワームはさらに高所へ。

 こっちもバイクのホーンの角度を上へ向け、追いすがる。

 急激な上昇に凄まじいGがかかるが、この姿なら何の問題もない。


「空はお前の独壇場じゃないってことだな」

「――――――!」


 ワームが翅を震わせ、爆音が炸裂する。

 ビルのガラスが割れ、破片が飛び散る。

 だが、空気の壁をまとって飛ぶこちらには十分に届かない。


「なんだ、こうして聞いてみればただのセミの鳴き声だな」

 突進を繰り返す。

 こちらの速度は十分だが、相手より小回りが利かない。

 射撃も織り交ぜるが、あたらない。

 お互いに有効打が入らない。


「――――――!」


 ワームが一際高く飛翔すると、動きを止める。

 機体を旋回させて後を追おうとした瞬間、周囲から音が消えた。

 同時に襲いくる衝撃波。

 空気の壁をぶち破るほどの威力。

 周囲の景色が歪むほどの圧力で、もはや音を認識することすらできない。

 だが、これはチャンスだ。

 これほどの攻撃を放っているなら、ろくに身動きとれないはず。

 ぶれた機体を立て直し、まっすぐ相手に向かって飛んでいく。

 体のあちこちが悲鳴を上げるが、構っている場合じゃない。

 歪む視界の先に、ビームを放つ。

 数撃った弾が当たったようで、音と衝撃波がやんだ。

 ワームの翅が焼け焦げていた。


「――――――!」


 耳鳴りが酷い。

 きっとしばらくはなにも聞こえないだろう。

 だが、今は関係ない。


「これで……」

《――1,2,3》

「終わりだ……!」

《――Rider Kick!》


 機体を蹴って飛翔し、ふらついた相手に肉薄する。

 オーバーヘッドキック。

 弧を描く蹴りの軌道がワームと重なった。


「そんだけ鳴いたならもう充分だろ。セミの命は短いもんだぜ」



 そして後日。

 まだ痛む体を引きずって例の喫茶店に向かう。

 またひらがなのメールが来たのだ。

 きっと福路さんが、会長と遊びに行った時の話を延々と語るのだろう。

 あ、なんだかくじけそう。


「いらっしゃいませ」

「あ、須賀さんこっちです」


 福路さんはすでに店内にいてアイスティーをすすっていた。

 店の奥側の席。

 前に座ったところと同じだ。

 椅子を引いて、対面に座る。


「……大丈夫ですか? つらそうですけど」

「いや、ちょっとハードなセミ取りに行ってきたもんで」

「虫取りって意外と過酷なんですね」

「ここ最近多いんですよ、本当」

「もう夏ですからね」


 まさかワームと戦ってますなんて言えない。

 本当だったら一週間ぐらい入院するような状態だったらしい。

 なるべく安静にするという条件付きで、こうやって自由の身でいられるのだ。

 だからせめて、こうやって福路さんを見て疲れを癒そう。

 って、ちょっと待て……

「右目、どうしたんですか? いっつも閉じてましたけど」

「おかしいですよね。生まれつきこうなんです」


 福路さんは困ったように笑う。

 その右目は青かった。

 いわゆるオッドアイというやつだろう。

 あまりいい思い出がないのかもしれない。

 でも、ここでそれを俺に見せる意味はなんだろうか?


「今日は須賀さんにお礼を言いたくて……それに、あなたにだったら見せてもいいって思えたから」

「そうですか……」

「……」

「……」

「……それだけ、ですか?」


 困惑したような顔をする福路さん。

 もっと大げさな反応を期待してたのだろうか。

 しかし、ここに地毛が金髪の日本人がいる以上、オッドアイがいてもおかしくはない。

 そんな些細なことを気にするほど、天ってのは狭くはないのだ。


「ちなみに、俺の頭は地毛です」

「……そうですか」

「今、たいして驚かなかったでしょう? ちょっとでも親しいやつからしたら、その程度のことですよ」

「そう、なんですね……ふふっ」

 福路さんはほほ笑む。

 さっきのような笑みじゃなくて、もっと純粋なものだ。

 やっぱり、この笑顔の方がいい。


「綺麗だとは思いますけどね」

「えっ?」

「宝石のサファイアみたいで、綺麗ですよ」


 純粋な感想を言っただけのつもりだった。

 だが、福路さんの動きはかたまってしまった。

 口もとに手を当て、両目を見開いている。

 その端から、涙が一筋流れた。


「え、どうしたんですか? なんかまずいこと言っちゃいました!?」

「ごめんなさい……違うの。嬉しくて、つい」

「ってことは、嬉し泣き?」

「はい……」


 あーびっくりした。

 やっぱり女の子の涙は苦手だ。


「私の目を初めて見てそんなことを言ってくれたのは、須賀さんが二人目だから」

「……ちなみにその一人目って」

「はい、上埜さんです」

 これが福路さんが会長へ抱く思いの根源なんだろうか。

 最初の一人っていうところが重要なのかもしれないが。


「ふふ、上埜さんの言ってた通りですね」

「会長が俺に関してなんか言ってたんですか?」

「ええ……油断ならない人、って言ってました」

「はぁ」


 こっちからしたら油断ならないのはむしろ会長なんだが。

 俺なんかまだ可愛い方だろう。


「それで、これから予定あります?」

「うーん、晩御飯をつくるぐらいですね」

「よかった……じゃあ、買い物に付き合ってもらってもいいですか?」

「かまいませんけど、何買うんですか?」

「ケーキの材料です」


 ケーキ作りとはまた女の子らしい。

 ……お腹へってきたな。

 なんか頼もうか。


「その後なんですけど、須賀さんのお家にお邪魔してもいいですか?」

「いいですよ……って、なんでっ!?」

「え、今度一緒にお菓子作りするって約束しましたよね?」

「そう、でしたね」


 たしかにこの前そんなことを言った気がする。

 あれは本気だったのか。


「なんか頼んでいいですか? お腹が減って」

「じゃあ、その間なにかお話しましょうね」

「もしかして、それって……」

「聞いて下さい。このまえ上埜さんと出かけたんですけど……」


 福路さんの口が滑らかに動き出す。

 とりあえず注文しよう。

 さて、今回はどれぐらい時間がかかるかな?






第七話『初夏の蝉』終了


てなわけで第七話終了です
キャップこと福路美穂子さんの登場回でした
出したらヒロインにしたくなるとか言って、本当にヒロインにしちゃいました

ちなみに、京太郎の幼馴染はいません
いたとしても隕石が落ちた時にお隠れになってます

それはそうと、次回はクワガタ登場です
それじゃ、失礼します

日付が変わったところでこんばんは
今日の更新はなしですが、安価だけ飛ばしときます
次の話は中断しないで一気にいく予定なので


 安価

※いつもは一つですけど今回は二つです

 ただし同一のヒロインは不可です


 好きなヒロインを選んでください


・東横桃子

・松実玄

・竹井久

・福路美穂子

・天江衣

・清水谷竜華&園城寺怜


>>+2 +3

モモと衣で了解しましたー
てかモモの安価登場回数多いね

それよりも、こうして並べた時のヒロインの長野率……
もっと全国のキャラを出したいのに

とりあえず、そろそろどっかで三人称視点が入るかもです
ここらへんはもう本当に国語力のなさがネックです
一人称視点だけで進めるの難しい……

あと、なんか聞きたいことあったら書き込んでもオーケーです
結構行き当たりばったりなとこあるんで、質問の内容から話を思いつく可能性もありえます
ネタバレとかじゃない限り大丈夫です

それじゃ、失礼します


クロックアップがカブト基準かディケイド基準かとか聞けばいいんです?

>>465
本当になんでもいいです
ストーリーに関することや、キャラの設定はどうなってんだ? とか
それはこっちも考えてなかったってなって話のネタにできるかもってとこです

あとクロックアップはカブト基準です
ライダーはカブト勢しか出ないので

前話投下から三週間
一日あと六時間ぐらい欲しいとは思ってしまいます

とりあえず飯とかくったら更新します



 満月の夜。

 二つの小さな影が寄り添っていた。


「雨、上がったね。よく晴れてる」

「お、しかも満月じゃん。なんか得した気分」


 二人は雨宿りに使っていた軒下を出て、空を見上げる。

 周囲に人工的な光がないためか、星空が綺麗に感じられた。


「ねぇ、あれ見て」


 一人が遠くの空を指差す。

 そこには雲に虹が映っていた。


「すげぇ! 夜に虹が見れるなんてな!」

「綺麗……」


 いわゆるムーンボウという現象。

 それに二人して見入っていた。


「いつかまた、一緒に見ようよ」

「うん、約束」


 互いの手をしっかりと握りながら、二人は約束をかわした。

 そんな、過去の話。





 突然だが、今日は学校祭当日だ。

 直前にあったテストという名の試練を乗り越えた生徒たちは、殊更に羽目を外している。

 さっきから男同士、女同士、そして男女のペアが『どこからまわる?』だの相談しながら通り過ぎていく。

 正直羨ましい。

 特に男女のペア。

 そしてそんなのとは関係なく、燃え尽きている男子生徒が一人。

 須賀京太郎……つまり俺だ。

 学校祭追い込みの数日間と、昨日の前夜祭。

 噂に聞くブラック企業も真っ青なレベルで働かされたためだ。

 やったことと言えば雑務の一言で片付くことだが、実際は手の回らない部分を一手に引き受ける仕事だ。

 ワーム退治という不定期で、場合によっては大きく時間を取られる副業との両立は困難を極めた。

 ここ最近、急に数が増えて呼び出しも多くなっているのだ。

 さすがの会長も気の毒に思ったのか、今日の俺はフリーだ。

 だが自分だけ遊び歩くのもどうかと思ったので、なにか出来ないかと申し出た結果がこれだ。

 店番がこれ幸いと仕事を押し付けてどこかへと消えてしまったのだ。

 物凄い勢いでまくし立てられて思わずうなずいたが、彼女を待たせてるとか言ってなかったか?

 ……絶対天罰がくだる。

 というか俺がくだす。


「なーにしてるんすか?」

「見てわからないか?」

「えーっと、生ける屍ごっこっすか?」

「違ぇよ店番だよ」

 教室前でお化け屋敷の受付をしている俺に話しかけてきたのは、中でお化け役をやっているはずの東横だ。

 学校指定のハーフパンツに白い無地のシャツ。

 被り物をして暑かったのか、薄らと中が透けていた。

 なんとなく目をそらし、椅子の背もたれに背中を預ける。


「お疲れっすね」

「さすがにな……お前は休憩か?」

「そうっすね。怖がらせ過ぎて追い出されたっす」

「出禁くらったのかよ」


 そういえば悲鳴が随分と減った気がする。

 余裕ぶって入っていったやつが震えながら出ていくのを何度も見たが、こいつのせいだったのか。

 しかし、東横がいなくて大丈夫なのか?

 お世辞にもお化け屋敷として出来がいいとは言えないのに。


「そんで、どっかまわらないのか?」

「一人だったらつまらないっすよ」

「まぁ、それもそうか」

「だから一緒にまわってくれる人、募集中っす」


 ちらちらとこちらに視線をよこす東横。

 なにが言いたいのかはよくわかるが、俺はここから離れられない。

 どうしたものか。

「おー、悪いな須賀。俺の用事は済んだからもういいぜ」

「あれ、彼女はもういいのか?」

「ああ、十分愛を確かめ合ったからな」

「お、おう」


 そいつは懐から折り畳み式の携帯ゲーム機を取り出すと、愛おしそうに頬ずりを始めた。

 さっきまで天罰だなんだと意気込んでいたが、一瞬でしぼんだ。

 深く関わるのは避けた方がよさそうだ。

 下手したら冥府魔道に引きずり込まれる……そんなオーラを放っている気がする。


「須賀くん、フリーになったんすか?」

「まあ、そういうことになるな」

「うわ、東横さんいたのかっ」

「あはは……どもっす」


 東横がいることに気づいていなかったようだ。

 これもいつものことだ。

 困ったように笑う東横。

 俺は立ち上がり、その肩に手をまわして引き寄せる。


「きゃあっ、なっなんすか!?」

「じゃあ俺はこいつと色々まわってくるわ」

「なん……だと……?」

 目を見開き呆然として、そいつは手からゲーム機を取り落とす。

 その目はしっかりと俺と東横を捉えている。

 これだけインパクトを与えれば、いることに気づかないなんてこともなくなるかもしれない。


「ちくしょーちくしょー! 3DS版に……3DS版にバグさえなければー!」


 そいつは地団太を踏みながら鬼気迫る勢いで叫び出す。

 いきなりのことに俺と東横のみならず、その場にいた通行人までもが目をむいていた。

 ここまでショックを与えるつもりはなかったんだけど……


「お前の言う3DS版ってのは、そんなに凄いのか?」

「そうだ、3DS版にバグさえなければお前なんかに……!」

「……そうか」

「い、いったいなにを話してるんすか?」


 床に落ちたゲーム機を拾う。

 張られたシールなどから経年劣化していることは伺えるが、あまり傷などは見当たらない。

 大事に使われてきたのだろう。


「俺の恩人が言っていた。所詮物は物……だけど、人は物に魂を吹き込める」

「でも、平面なんだ……立体、じゃないんだ……」

「平面でもいいじゃないか。お前が過ごした時間と、その気持ちは嘘じゃない……そうだろ?」

「須賀……ああ、そうだな!」


 ゲーム機を手渡す。

 固い握手をかわす。

 そいつの目に迷いはもうなかった。


「なんなんすかね、これ……」





 昼過ぎの校内。

 この学校の生徒以外の人もちらほら見受けられる。

 制服に着替えた東横を侍らせてその中を練り歩く。

 いや、この表現は俺たちの関係において適切じゃない。

 まるで俺がチャラ男みたいじゃないか。


「おい、まだこのまま歩くのかよ……」

「まわりの人たちに対抗するっすよ」


 だが、状況としては適切であると認めざるを得ない。

 なぜなら今、俺たちは腕を組んでいるからだ。

 それこそカップルのように。


「あ、あそこが気になるっす。ほら、行くっすよ」

「待て、いいからちょっと待て」


 その教室には覚えがある。

 表札には2-2、スライド式のドアは開かれていて、扉の横には和風喫茶の看板。

 つまり、松実先輩のクラスだ。

 さすがにこの姿を見られるのは恥ずかしい。

 かといって強引に振りほどくわけにもいかない。

 そうしてる間にも俺は引きずられていく。


「いらっしゃいませー……って」

「須賀くん、だっけ?」

「……どうも」

 そして出迎えたのは松実先輩とよくつるんでる二人。

 ということは、もしかして……


「二人とも、なにかあった、の……」


 予想通り本人が登場した。

 格好はこの前と同じで、着物の上にエプロンを着けていた。

 手に持ったトレイを取り落とし、目を見開いて俺と東横を凝視している。

 腕にかかる圧力が増す。

 なぜかはわからないが、東横も先輩を威嚇するように睨みつけていた。


「あ、れ……京太郎くんが、東横さんと……?」

「ちょっとクロ、一旦退くよ!」

「そうそう作戦会議だよ!」


 二人に引きずられて、先輩は教室の隅へ。

 俺と東横は入店して早々、放置される形となった。

 一体なにがなにやら……


「とりあえず座るっすよ」

「そうだな」


 入り口で突っ立っていても邪魔になるだけだ。

 俺たちは空いている席へと移動する。

 先導する店員が引っ込んでしまった以上、勝手に座っても問題ないはずだ。

「ちょっとクロ、あの子誰よ!?」

「地味目だけど可愛かったねぇ」

「あの子は東横桃子さんって言って、新入生のなかでもトップレベルのおもちをお持ちで……」

「バカ! 胸はどうでもいいのよ! 今は須賀くんとあの子がどんな関係なのかってことよ!」

「えーと……クラスメートで、よくお昼を一緒に食べてるって言ってたけど……」

「お昼を一緒にってところはクロと同じだけど、クラスも一緒かぁ……やっぱ付き合ってるのかな?」

「そんなぁ……」


 メニューに目を通す。

 先輩達の会話が漏れ聞こえるが、距離があるため不明瞭だ。

 なんとなく俺と東横が話題に上がっているのはわかる。

 まぁ、盗み聞きするつもりはないけど。

 そんなに俺が友達を連れてきたのが驚きだったのだろうか。

 あるいは、東横の胸のことでヒートアップでもしているのか。


「なににするか決めたっすか?」

「いや、正直迷ってる」

「そうっすよねぇ。せめてタマゴ的なサムシングがあれば……」

「そっちじゃない。飲み物だよ」


 正直、和菓子は喉が渇く。

 食べるなら飲み物、それもお茶がセットなのが望ましい。

 できればあったかいお茶とともにいただきたいものだが、この気温では辛いものがある。

 冷たいお茶で妥協するか、暑さを我慢してあったかいお茶を飲むか……

「俺はどうしたらいいんだ……!」

「いや、こんなところでシリアスに悩まれても困るっすよ」

「バカっ、大事なことなんだよ! てかお前は決めたのか?」

「まぁ、私は団子セットと麦茶ってところっすね」

「まさか、冷たいお茶にする気なのか……?」

「まさかもなにも、ここには冷たいのしか置いてないっすよ?」

「なん……だと……?」


 再びメニューを見る。

 ドリンクの欄の一番下……たしかにアイスのみと書かれている。

 ……あの苦悩はなんだったんだ。

 脱力してテーブルに突っ伏す。


「しっかりするっすよ。ほら、もう決まったんすか?」

「水ようかん……飲み物は俺も麦茶でいいや」

「じゃあ後は注文っすね。あのー、すいませ――」

「京太郎くんっ、東横さんっ」


 東横の声を遮るようにかけられる声。

 顔を上げると松実先輩がいた。

 胸元を押さえるように両手を握りしめていて、表情にはわりかし真剣味があった。

 話し合いは終わったみたいだけど、なにかあったのか?

「そ、その……東横さんのおもちっ、是非揉ませて――」

「「それは違うでしょうが!」」

「はうっ!」


 松実先輩が両手をワキワキさせて東横ににじり寄ろうとすると、後ろからすっ飛んできた二人に阻止された。

 どこから出したのかわからないハリセンで叩かれ、頭をおさえている。

 なんなんだろうか、このコントは。

 そう言いたげに東横は口を開けて唖然としている。

 俺はこんな暴走に出くわすのは初めてじゃないけどさ。


「ごめんねぇ、これいつもの発作だから」

「まぁ、それはよくわかってますけど」

「一体なんなんすか、このコントは」

「ほら、聞きたいことがあるんでしょ? しっかりする!」

「う、うん……」


 居住まいを正して松実先輩はこちらに向きなおる。

 表情は、やっぱり真剣。

 でもさっきはここからあんな発言が飛び出たからな……

 またおもちハンターが発動するかもしれない。


「京太郎くんと東横さんっ……ふ、二人はどういう関係なのかなっ」

「……俺と東横の」

「関係っすか」

 凄い意気込んでいたからなにを聞かれるかと身構えてたが、少し拍子抜けした。

 なぜ松実先輩がそれを気にするのかはわからないが、答えるのは簡単だ。

 やましいことなんて一つもない。


「なんで、そんなことを気にするんすか?」

「だって京太郎くんはその、お友達だし……」

「お友達……っすか」


 返答の前に、東横が疑問を挟む。

 それは俺も思った事ではあるが。

 ……なんというか、二人をあまりしゃべらせない方がいいような気がする。


「ちなみに、須賀くんは私のことを特別って言ってくれたっす」

「え、特別って、まさか……」

「ふふん」

「おい東横っ」


 胸を張る東横に、青ざめる松実先輩。

 なんかおかしな方に向かってないか、これ。

 とりあえず、場を治めないと。


「俺と東横は健全な友人関係ですよ。な?」

「まあ、そうっすけど……」

「でも、特別って? 普通のお友達じゃないってことだよね……?」

「俺はあんまり友達が多い方じゃないですからね。友達ってだけで特別なんですよ」

「むぅ」

「じゃあ、私も?」

「はい、特別です」

「そっかぁ……」

 隣で東横がむくれているが、どうにか誤解なく俺たちの関係を伝えることが出来た。

 東横の視線が厳しいが、事実は事実だ。


「……今は、ただの友達っすよ」

「私も、今はただのお友達かな」

「……そろそろ注文いいですか?」

「あ、そうだね」


 二人の間の空気は相変わらずだが、いつまでもこんなことをしているわけにはいかない。

 あまり気乗りはしないが割り込ませてもらった。

 だから東横、そんな目でこっちを見るんじゃない。


「やれやれっすね。私は団子セットと麦茶で」

「そういいたいのは俺だ……水ようかんと麦茶で」

「えっと、団子セットと水ようかん、それと麦茶が二つだね」

「それじゃ、お願いします」

「すぐ持ってくるからちょっと待っててね!」


 伝票らしき紙にさらさらとペンを走らせると、松実先輩は小走りで離れていった。

 また転ばないといいけど。


「そんで、お前は先輩となにかあったのか?」

「まともに顔を合わせたのはこれが初めてっす」

「にしては随分仲が悪くないか?」

 東横が松実先輩にセクハラまがいのことをされたのは知っている。

 そのことを気にしているのなら、この前みたいに対面を避けるはずだ。

 だが、この店に入ることを決めたのは他でもない東横だ。

 松実先輩のクラスだと知らなかったということではないだろう。

 こいつの好物があるわけでもないし。

 つまり、むしろ対面を望んでここを選んだ可能性がある。

 本当になにがあったのだろうか。

 まるで二人の間に火花が散っているような錯覚さえ抱くほどだ。

 なにか尋常じゃない理由があることはなんとなくわかるが。


「ところで、須賀くんは無知は罪という言葉を知ってるっすか?」

「知ってるよ。でもお前と先輩の間になにがあったとか知りようがないだろ」

「まぁ、無知っていうより鈍感ってところっすね」

「失礼な。なにを根拠にそんなことを」

「その根拠に思い至らない時点でアウトっすよ」


 東横の非難めいた、呆れたような視線。

 明らかに俺がなにかやらかしたと言わんばかりだ。

 軽く、こいつと知り合ってからのことを思い返す。

 ほっぺたをこねくりまわしたことや、クレープのバナナを食べたことはあるが、そこらへんに松実先輩との共通点はない。

 二人の間で共通するもの。

 俺と一緒に昼飯を食べているとか、そういうことか?

 なら、鈍感の意味することは……

「……なるほど、嫉妬か」

「なぁっ! そ、それはどういうことっすかっ」

「松実先輩に嫉妬してるってことだろ?」


 動揺を隠せない東横。

 俺が真実に気づくわけがないと高をくくっていた証拠だ。

 たしかに今までそれに気がつかなかったことに関して、鈍感と言われても仕方がない。

 だが、俺は言われるほど鈍感じゃない。

 きちんと情報さえあれば、東横の気持ちを察することぐらいわけないのだ。


「お前と先輩の間にいるのは俺だ。そしてそれが意味するのは……」

「――っ」

「弁当だ……俺の玉子焼きが他の誰かの口に入るのが我慢ならなかった……そうだろ?」

「…………はぁ、そうきたっすか」

「みなまで言うな。俺はちゃんとわかってるからな」

「……やっぱり鈍感は罪っすね」

「なんでだよ! ちゃんとあってるだろ!」

「当たってると言えば当たってるんすけど、正解ではないっすね」


 くそっ、思ったより東横の心は複雑だったようだ。

 前に玉子焼き云々言ってたからこれだと思ったのに。

 一体他にどんな理由があるっていうんだ……!

「お待たせ! 団子セットと水ようかん、それに麦茶だよ」


 注文した品をトレイに乗せて、松実先輩がやってくる。

 危なげない動きでテーブルに品物を移していく。

 中々に様になっていた。

 どこかでアルバイトでもしたことがあるのかもしれない。

 ……とりあえず鈍感云々は置いておこう。

 今は目の前の食べ物に集中するんだ。


「ささ、食べてみて」


 そういう先輩の目の先には、俺が頼んだ水ようかん。

 見たところ、メニューに載ってた写真とは違いが見受けられる。

 まず、サイズが大きい。

 写真の方は一緒に映っている竹串との対比から、多分四、五口程度の大きさだ。

 だが、目の前のものはその二回りくらい大きい。

 そして形も切り分けられたような四角ではなく、カップで型を取ったかのような丸みを帯びている。


「先輩、これって……」

「えへへ、わかる? 実はね……私の手作りなんだ」

「なっ――」

「近いっすよ! 離れるっす!」

「きゃっ」


 俺の耳元で囁く先輩を、東横が威嚇する。

 あー、ドキドキした……

 他の人に聞かれないようにっていう配慮だろうけど、不意打ちは卑怯だ。

 園城寺さんと違って意図的じゃないっぽいけど。

「うんうん、効果的だねぇ」

「これでクロが有利になったわね。手作りのポイントは高いのよ!」


 ……松実先輩は意図してないかもしれないが、仕組まれた状況ではありそうだ。

 後ろの二人がなにやら画策しているみたいだし。

 しかし、手作りか……

 俺に手作りの品を持ってくるということは、ある意味挑戦に等しい。

 水ようかんと向き合う。

 つるつるとした表面に、光が反射している。

 色は、写真のものと比べると若干黒い。

 寒天の臭みはなく、ほのかな小豆餡の香り……だが、それだけではない。


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 竹串でケーキのように切り分け、一切れ口に放り込む。

 くどくない甘さに、たしかな豆の風味。

 そしてその中に見え隠れするのは……


「これは黒胡麻ですね」

「正解! ちょっと風味づけに入れてみたんだ」

「おいしいですね。甘すぎないから量があっても食べられそうだ」

「そ、そうかな? ふふ……嬉しいな」

「くっ、これには対抗の仕様がないっす……!」

 そういえば、先輩の作ったものを食べるのはこれが初めてだ。

 弁当は母親が作ってると言っていたし。

 水ようかんの出来から考えると、先輩も料理ができるのかもしれない。


「もっと食べて、感想聞かせてほしいな。はい、あーん」

「ちょ、先輩、こんなとこでっ」


 竹岸に刺さった一口大の水ようかんが差し出される。

 食べさせあいは半ば常習化しているところがあるが、いつもとは状況が違う。

 一応店の中だし、目の前に東横がいるし、今の先輩はここの店員だ。

 衆目がどうとか東横がどうとか色々懸念の材料はあるが、条件反射のように俺の口は開いてしまった。

 く、これも餌付けのせいか……!


「あむ……中々おいしいっすね。あ、私の団子も食べていいっすよ。あーん」

「あー!」


 水ようかんを食べることで、東横がインタラプト。

 入れ替わるように串に刺さった団子を俺の口もとに差し出してくる。

 一方、自分の手を止められた先輩は、眉を吊り上げて闘志を燃やしていた。

 おい、状況が悪化してきてないか?


「ほらほら、早く食べるっすよ」

「京太郎くん! まだあるからね! あーん」

「クロ、いけ、そこだっ」

「これが修羅場ってやつなのかなぁ」

「あんたら見てないで止めろや!」





 もう俺の体はボロボロだった。

 ここ数日の激務、不定期な副業、そしてさっきの和風喫茶における激闘。

 あの二人は反目しているように見えるが、どっちも結局は俺を追い詰める方向へ駒を進めてくる。

 本当は裏で結託してるんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。

 その内の一人は横で一緒に歩いているわけだが。

 なんか、今回は引き分けとか、次は負けないとか息まいている。

 やめてくれ……やってもいいけど、俺のいないところでしてくれ。

 とりあえずどこかで休みたいです……


「あら、須賀くんじゃない」

「いいえ、きっと人違いです」

「なにたわけたこと言ってるのよ」


 そしてここで会長が現れる。

 タコ焼とかタコスとか色々腕に抱えていた。

 思いっきり満喫してるな……

 できれば会いたくなかった。

 こんな弱っているところに付け込まれたらもうどうしようもない。

 どこか、どこかに逃げ道はないのか……!


「はいストップ。人の顔見て逃げ出そうなんて、随分と失礼なのね」

「後生、後生ですから!」

「とりあえず落ち着きなさい」

「むぐっ」

「なにしてるっすか!」

 口に食べかけのタコスを突っ込まれる。

 横で静観していた東横が騒ぎ出す。

 咀嚼して飲み込む。

 ……まぁ、普通だ。


「あなた……たしか東横さん。そこにいたのね」

「そういうあなたは会長さんっすね」

「竹井久よ。須賀くんの上司ってところかしら」

「私は須賀くんの友達っす」

「知ってるわ」

「そうっすか」


 おいおい、なんか初っ端から雰囲気が悪くないか。

 会長と東横は完璧に初対面のはずだが。

 まさか、俺の知らない因縁が……


「須賀くんと食べさせあいをしてるクラスメートって、あなたのことね?」

「その通りっす。一緒の傘に入ったりもするっす」

「ふーん」


 ……そんなわけないよな。

 これも多分俺がらみだ。

 例によって理由が思い当たらない。

 先輩と同じくこの二人の間にも弁当というキーワードがあるが、正解ではないのだろう。

「会長さんは須賀くんとよく買い出しに行ってるみたいっすね」

「あら、よく知ってるのね」

「上司と部下の関係とは思えないっすね」

「たしかにさっきの表現は適切じゃなかったわ。彼との関係は……その、一言では言い表せられないの」

「それ、どういうことっすか?」

「ふふ、さあねぇ」


 会長は決して嘘は言っていない。

 だが、意図的に隠してる部分がある。

 具体的に言えば、ワームと戦っていることとかだ。


「でも、色んなところを舐められたり、大事なところをさらけ出したりもしたわね」

「――っ」

「会長、誤解を招く言い方はやめましょう」

「嘘は言ってないわよ?」

「言葉が所々抜けてるでしょうが!」


 色んなところを舐めたのは俺じゃなくて犬だ。

 さらけ出した大事なところも、犬が苦手だという秘密だ。

 つまり、東横が今考えているであろうことは断じてやってない。

 だというのに口を開いたまま固まっている。

 これは耳に入ってないパターンだな。

 ……またややこしいことになりそうだ。

「それじゃあねー」

「あ、言うだけ言っといて逃げるのはずるいですよ!」

「須賀くん! 聞きたいことがあるっす!」

「待て、落ち着け……会長! カムバック!」


 会長に手を伸ばすが、高笑いを残して去ってしまった。

 俺もここから去りたい。

 去りたいが、肩を東横に掴まれている。

 これでは逃げられない。


「とりあえず、その手を放せ」

「ちゃんと話を聞くまで放さないっすよ!」

「落ち着け、いいから落ち着けっ」


 肩を握る手の力はどんどん強くなる。

 こいつのこのプ二プ二の手のどこにそんな力があるんだ。

 というか痛い、痛いぞ。


「と、東横……聞きたいことってなんだよ」

「正直に話すっすよ。会長さんとはどういう関係っすか?」

「そりゃあ……仲間だよ」

「じゃあ、舐めたとか大事なところをっていうのは?」

「それは会長と前にデートしたときに――」

「やっぱりっすか!」

「だから落ち着いて話を聞けー!」





 屋上のベンチにへたり込む。

 もうダメだ。

 色々と限界だ。

 今日の出来事は濃すぎる。

 女難の相でも出ているのか?


「お待たせっす。飲み物買ってきたッすよ」

「おう、サンキュー……」

「さっきはごめんなさいっす。ついカッとなって……」

「いや、それはもういいよ……今は休みたい」


 俺の横に東横が腰を下ろし、ペットボトルを傾ける。

 缶ジュースを受け取ってプルタブを引く。

 ガスが抜ける音。

 缶を一気にあおる。

 冷えた感触が駆け下りていく。


「ふぅ……少し生き返ったぁ」

「わ、速いっすね」

「だろ? 俺は早飲みも得意なんだよ」


 ゴミ箱に空になった缶を放る。

 ベンチからの距離は三、四メートル。

 綺麗な弧を描いて、空き缶はゴミ箱に吸い込まれた。

「おお、お見事っす」

「朝飯前朝飯前」

「バスケでもやってたんすか?」

「ちょっとだけな」


 中学校時代を思いだす。

 色んな部活に入っては辞めることを繰り返していた。


「他にもサッカーテニスバレー野球、剣道柔道空手ボクシング、文化系だったら茶道とか吹奏楽とか」

「さすがに無節操っすね」

「とりあえず色々やってみたかったんだよ。どうすれば高みに辿りつけるか知りたかったんだ」


 学校でできることは部活で経験し、それ以外のことは独学だったり総司さんに教わったりだ。

 思えばあのころが一番ハードスケジュールだったような気がする。


「これでも全部人並み以上にこなせるんだぜ?」

「まぁ、たしかに体育の時間とかは大暴れしてるっすね」

「エースとか呼ばれてる連中にはさすがに負け越すけどな」

「いや、それでも十分っすよ」


 体を大きく伸ばして空を仰ぐ。

 今日は晴れていて気温もそこそこ高いが、風がある。

 木陰はそれなりに涼しかった。

「ふわぁ……さすがに疲れたな」

「眠いんすか?」

「少し……いや、大分だな」


 本当にどうでもいいが、だいぶって漢字にしたらおおいたと同じだ。

 ……凄くくだらないことを考えてないか?

 これも眠気のせいか。


「ところで、だいぶって漢字にしたらおおいたと同じっすね」

「……俺が思っても言わなかったことをお前が言うのかよ」

「眠くなると思考レベルが私と同じになるんすね。これでお揃いっす」

「こんなお揃いは嫌だぞ」


 大体俺は口には出していない。

 これは大きな違いだ。


「ところで、乳揉み先輩は京太郎くんって呼んでたっすね」

「なんだよいきなり。俺が鈍感ってことでいいから勘弁してくれ」

「別にもう責める気はないっす。ただ……」

「ただ?」


 東横の手は指を組んだり離したりで忙しい。

 言いづらいことを言おうとしてるのだろうか。

「ただ、私たちも少し先に進むべきだと思うんすよ」

「はい?」


 まるで、恋人やその一歩手前の男女が関係の発展を望むかのような表現。

 俺と東横の関係に当てはめて考えてみる。

 友人関係の発展……言葉にしたら親友とか、盟友とかそんなとこだろうか。


「大したことじゃないんすけど、呼び方を変えたいなぁって思うんすよ」

「呼び方……ああ、先輩には名前で呼ばれてるからな」

「そうっす。だから……京くんって呼んでもいいっすか?」

「いいんじゃね?」

「軽い! 予想以上に軽いっす!」


 軽いと言われても、断る理由がない。

 先輩に関しては、なんでも言うことを聞くという条件の上で、名前で呼ばれることを受け入れた。

 園城寺さんはいきなりで驚いたが、口ぶりから清水谷さんにつられてだろう。

 そして清水谷さんはともに戦う仲間だ。

 多分、同じ理由で会長が俺を名前で呼び始めても受け入れると思う。

 そして東横は俺の数少ない友達だ。


「ま、なんだかんだでほぼ毎日顔合わせてるしな。呼びたいように呼べよ……お前だったら全然構わない」

「そういうことなら、遠慮なくいくっすよ」

「好きなだけ来いよ。俺も遠慮なく攻めさせてもらうからな、こんな風に」

「ちょ、物理的に攻めるのは反則っすよ!」

 右手の人差し指で、東横の頬に突きの連打を放つ。

 うん、やっぱりこいつのほっぺたは柔らかい。

 ついついその感触を楽しんでしまう。

 そしてそれは唐突に別のものに変化する。


「あむっ」


 指を、くわえられた。

 瑞々しく、弾力のある唇。

 かすかに触れる硬いものは歯だろうか。

 その先の生温かくて柔らかく、そして濡れた感触。


「ひゅだんひゃいひぇきっひゅよ?」

「うほぁっ!」


 変な声が漏れた。

 東横が喋るたびに俺の指を舌が刺激していく。

 ざらざらとした表面が擦れ、まとわりつく。

 絡みつかれているかのような錯覚。


「ん、ひょうかひひゃっひゅか?」


 加えて、東横の上目づかい。

 一人の男子として、この状況は、非常にまずい……!

 ……落ち着け。

 食材に触れているだけだと考えるんだ。

「うひっ」


 料理人にとって、指先の感覚は重要だ。

 その食材が硬いのか軟らかいのか、熱いのか冷たいのか。

 様々な情報を指先で読み取ることが出来る。

 例えばだが、並んだ魚の口に指を突っ込んで活きがいいものを探すやつだっている。

 あの人も言っていた。

 食材に触れれば、なにを作るべきか自ずと見えてくると。


「ふぁ……ひょ、まひゅっひゅよっ」

「なんて言ってるかわかんないな」


 舌の表面を軽くなぞる。

 東横の声から余裕が消えていく。

 さぁ、どう料理してやろうか。


「ひゃめうっひゅ……ひょこ」


 頬の裏側、上下の歯茎、口蓋をなぞっていく。

 あくまでも柔らかいタッチで。

 口の中を傷つけないように細心の注意を払って。


「もう……んぁ……ひょえいひょうは……!」

「おっと」

 指を包んでいた感触が消える。

 東横が離れていったのだ。

 濡れた人差し指が外気にさらされて涼しい。


「……引き分けっすよ」

「そういうことにしておいてやる」


 顔を赤くして、東横は俺から心もち距離を取った。、

 大体勝負だったかどうかも怪しいが、そういう結論に達したらしい。

 まぁ、あのまま続けていれば多分俺が勝っていただろうな

 だから勝負を中断した東横の判断は、よく引き際を心得ていると評価できる。

 そもそもどうすれば勝敗が決まるかもよくわからないけど。


「あ、あっちでなんかやってるっすよ! えーっと、かぐや姫VS人魚姫……?」

「なんだそれ?」

「よくわからないけど、とりあえず行ってみるっすよ!」


 そそくさと東横は走り去る。

 広い屋上の一部分を使って演劇が行われている。

 タイトルから内容を察するのは難しいが、多分最終的に共闘するのだろう。

 どこに戦闘要素があるのか全くわからないが。

 さて、俺もあっちに行こうか。

 ベンチから立ち上がろうとすると、携帯が震えだす。

 嫌な予感を覚えながら、右手……は使えないので左手で携帯を取り出す。


「……虫取りの時間か」





 文字通り害虫駆除を終え、変身を解く。

 今まで俺を乗せて飛んでいた愛機は、オートパイロットで帰っていった。

 もう日が暮れ始めている。

 学校祭の終了時刻は過ぎていた。

 また今度、東横に埋め合わせをするべきかもしれない。

 本人は気にせず戦って来いと言っていたが。


「須賀くん、そっちは終わった?」

「うるさいコバエは退治しましたよっと」

「京太郎にばっかまかせてすまんなぁ」

「まぁ、敵が分散してる以上、足がある俺が飛び回るのは仕方ないと思うけどさ」

「けど、なにかしら?」

「さすがに、疲れた……」


 こんな疲労感は初めてだ。

 もちろん中学時代の方がよっぽど過密なスケジュールだった。

 あの頃よりは体力も向上しているだろうし。

 だとしたら、やる気の問題だろうか?

 いやいややっているというわけではないが。


「うーん、うちらもどうにかしてあげたいとは思とるけど」

「なるべく戦闘以外のところで負担を減らすしかないわね」

「具体的にはどうするん?」

「そうね……須賀くんは明日、後夜祭の準備だけ手伝ってくれればいいわ」

 後夜祭の準備のみ……ということは明日もほぼフリーということだ。

 疲れている身としてはありがたいが、会長も大変なんじゃないだろうか。

 時には休息が必要なこともわかるが、全てぶん投げっぱなしというのもどうかと思うのだ。


「いいんですか? 会長だってスケジュール的に厳しいと思いますけど」

「私の仕事は人を使うことだしねぇ、あんまり自分で動くことはないのよ?」

「それもそうですか……」


 腕を組む会長の顔を見る。

 普段と比べて目の下が僅かに粉っぽい。

 入念な化粧の跡が見て取れた。

 そして、目の下を重点的に化粧する理由と言えば……クマだ。

 会長も自分が限界に達する前に誰かに頼るとは思うが。


「そもそも、倒れられるほど無茶されても困るわよ」

「まぁ、俺がいなくなると百人分ぐらいの人手を失いますからね」

「多すぎね。せいぜい五人分ぐらいよ」

「それでも十分多いと思うけどなぁ。そんな仕事できるん?」

「言われたことをきちんとこなせる程度には有能ね」

「俺はそれにお釣りも含めてるつもりですけど」

「あー、そういえばこの前お茶請けにクッキー焼いてきたわね」


 極めてシンプルなものを、生徒会に顔を出す前に焼いておいたのだ。

 紅茶と一緒に食べるならちょうどいい。

 福路さんに教わったことを色々と試す意味もあったが。

「クッキー……そう言えば京太郎、自分で晩御飯作っとるんか?」

「当然」

「そ、そのな? 疲れとるみたいやし、もし良ければうちが作りに行っても……」

「はいストップ。清水谷さん、あなた須賀くんから生き甲斐を奪うつもり?」

「生き甲斐て、えらく大げさやない」


 たしかにその通りだ。

 誰かに任せるつもりなんてないが、人生の主軸に据えるほど入れ込んでいると言えるのか。

 他のことより比重が大きいと言えばそれもたしかだが。


「須賀くん、よく想像してみて?」

「なにをですか」

「あなたの家で、天江さんが、あなた以外の誰かが作った料理を、おいしそうに食べる光景を」

「それがなんだって……」


 どうってことないと受け流そうとして、頭の中にノイズが走る。

 家に見知らぬ男を連れてくる衣さん。

 あろうことかそいつは台所を借りて料理を作りだす。

 それをおいしいと言いながら食べる衣さん。

 そして二人が俺の前に並んで、交際していることを――


「――認めない! 俺を倒せる奴じゃないと絶対に認めないっ!!」

「京太郎!? しっかりしぃや!」

「あらら……なんか余計なことまで考えてるみたいね」

 心が怒りとか悲しみだとか憎しみだとか、色んな感情でごちゃごちゃになる。

 これが、娘を嫁にやる父親の心境か……!

 ……いや、落ち着け。

 存在しない相手に気持ちを高ぶらせてどうなる。

 ……いない、よな?


「ま、こんな感じだから代わりに料理を作るのはおすすめしないわ」

「せやな……せっかくのアピールポイントが……」

「じゃあ私はもう行くから」

「会長もよく休んでくださいね」

「……あなたも目敏いのね。鈍感のくせして」


 会長は感心したそぶりを見せつつ、なぜかため息をつく。

 というか、また鈍感か。

 東横に続いて会長にも言われるとは。

 この人の場合、理由に見当がつかない。

 だって特段、俺のなにかに執着する様子もないし。

 大体、目敏いことと鈍感なことは相反してないか?


「俺が鈍感だってのは周囲の共通認識かなにかですか」

「少なくともあなたとよく顔を合わせる女の子だったら、みんなそう思ってるはずよ。ねぇ?」

「うーん……否定は、できへんなぁ」

「そんなばかな」

「自分では気づかないのもその所以かしらね……それじゃまた明日、学校でね」

 手をひらひらと振って会長は行ってしまった。

 東横と同じことを言い残して。

 くそ、反論する前に……


「さ、うちらも帰ろか」

「……だな」

「気にせんでもええと思うで?」

「気にしてないけど、すっきりしない」

「気にしとるやん」


 まぁ、考えていても埒があかない。

 今日の夕飯のことでも考えよう。

 なにを作ろうか?


「あんま無理せんで、ゆっくり休むんやで」

「あんたは俺の母親か」

「……それも悪うないかもなぁ」

「……勘弁してくれ」


 どうして満更でもない顔をしてるんだ。

 こんな年の近い母親なんて嫌だぞ。

 甘えられたい願望でもあるんだろうか。

 膝枕は良かったけどさ。

「ほな、また明日な」

「じゃあな」


 清水谷さんは俺の手を握ると去っていった。

 なんか最近体に触ってくることが増えたな。

 それと、また明日とか言ってたな。

 まさか学校に来るつもりか?


「須賀、ここにいたか」

「またおつかいか? 井上」

「オレは使いっぱしりじゃ……なくないな」


 いつも俺になにかを渡しに来るのは井上だ。

 ZECTだったり龍門渕さんだったり、頼む相手の違いはあるが。


「今回はオレの用事だよ。ちょっと付き合え」

「時間かかるのか?」

「そんなにとらせないさ」


 井上は親指で移動を促す。

 ゼクトルーパーがじきにここにくる。

 他の誰かには聞かれたくない話ってことだ。


「まぁ、聞くだけなら」

「よし、じゃあ行こうぜ」





 ベンチに腰をかける。

 前にも一緒に立ち寄ったことがある学校付近の公園。

 井上は立ったままだ。


「なぁ、オマエはなんで戦ってるんだ?」

「知りたいのか?」

「知りたいね」


 いつかの呟きを思い出す。

 そこに込められた感情を正確に読み取ることはできない。

 だけど、けっして良い方向のものじゃないだろう。


「……追いつきたい背中がある。辿りつきたい場所がある」

「随分はっきりしてるんだな……オレはわからなくなったよ」

「井上……」

「なにも出来ない状況がもどかしいんだ」


 井上がZECTにいる理由を俺は知らない。

 なんとなく、それは龍門渕さんと関わりがあると思ってはいるが。

 それ以上に、ベルトを渡された意味が気になる。

 もし清水谷さんと同じなら……


「これから俺は大した根拠のない勝手な推論を話す」

「いいぜ、聞くよ」

「お前、多分資格者なんじゃないか?」

「は?」

 なんの資格者だかはわからないが、デバイスを与えられてる以上、理由がある。

 全く新しいゼクターか、それとも……


「もしかしたら、カブトのかもな」

「そうなると、オマエに活躍の場を奪われたってか。せいぜい実験台か何かだと思ってたよ」

「上のやつらに聞いてみたらどうだ?」

「ZECTの秘密主義っぷりは知ってるだろ。無理だな」

「じゃあ龍門渕さんとか」


 スポンサーだったらなにか知っていてもおかしくはない。

 大体ZECTにしても龍門渕家にしても秘密が多い。

 だが、教えてくれる目が高いのは龍門渕さんだろう。


「真実を知ろうとして、取り返しのつかないことになったら……それが少し怖いよ」

「そうか……なら一つだけ」


 現状がもどかしいのに、動き出すのが怖い。

 つまり板挟み……迷っている。


「俺の恩人が言っていた……迷いは味噌汁と同じ。煮詰めすぎれば風味が飛ぶ」

「なんだそれ?」

「迷い過ぎるなってこと」

「……誰かに背中でも押してほしいもんだね」

「やってやろうか?」

「冗談だよ」





 家に帰ってソファーに倒れ込む。

 とにもかくにも休みたい。

 夕飯の準備を始めるまでの僅かな時間だが。

 仰向けになって天井を見上げる。


「きょうたろー、帰ってたのか」

「ただいまです」


 衣さんがリビングに入ってくる。

 そういえば今日は衣さんのクラスを覗けなかったな。


「お腹空きました?」

「まだ空いてない……」

「衣さん?」


 様子がおかしい。

 なんというか機嫌が悪いような気がする。

 学校でなにかあったのだろうか?


「今日はなにしてた?」

「学校でですか? 店番やったり色々回ったり、仕事に駆り出されたりですね」

「衣のところに来なかった……」

「演劇でしたっけ?」

「うん、かぐや姫VS人魚姫」

 屋上でやってたあれか。

 そういえばちょうど呼び出しがあって見れなかったな。

 一体どんな内容なんだ。


「ちょうど見ようと思ってたんですけど、仕事が入っちゃって」

「女とも一緒にいた……」

「それは友達ですよ」

「指、咥えてた……」


 どうやら屋上でのことは全部見られてたらしい。

 機嫌が悪い理由はそれだな。

 まぁ、あれは友達同士のやり取りには見えないか。

 俺がいなくなってしまうとでも思ったのだろうか。


「じゃあ、明日もわりとフリーなんで一緒にまわります?」

「え、いいの……?」

「一緒だと恥ずかしいですか?」

「ううん、一緒がいいっ」


 首をぶんぶんと振って、拒否の意をあらわにする衣さん。

 やっぱり最近素直になったな。

 まぁ、なによりだ。


「なんか食べたいものあります?」

「エビフライ!」





 そして翌日。

 学校祭の最終日。

 校内は昨日以上に雑多としていた。

 人ごみの中にひょこひょこと動く赤いウサミミを見つける。

 衣さんだ。


「きょうたろー、こっちだこっち」

「今行きますよ」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振ってくる。

 揺れるカチューシャも相まって、まるでウサギみたいだ。

 なら早く迎えに行かないとな。


「きょうたろー!」

「うおっと、過激なアプローチですね」

「どこいく? 早くいこっ」


 手をぐいぐいと引っ張られる。

 こうやって学校で一緒にいるのは久しぶりだ。

 前に妹呼ばわりされてから、俺と行動を共にするのを避けていたのに。

 衣さんの心境の変化があったのだろう。


「ぐぬぬ……! 先を越されたっす!」

「ん? 東横の声がしたような……」

「早く行くぞ!」





 二人手をつないで校内を歩く。

 俺の片手にはビンゴ大会や射的などの景品。

 ビンゴ大会で衣さんがバカ勝ちし、射的で俺が大物を撃ち落とした。

 結果……凄いかさばる。


「次あれいこっ」

「衣さん、容量オーバー容量オーバー」


 でかくて丸いペンギンのぬいぐるみに、最新のゲーム機が一台。

 持ったまま移動するには邪魔すぎる。

 どこかに置いておきたい。


「ちょっと生徒会室寄っていいですか?」

「どうかしたのか?」

「荷物、かさばるんで」

「むぅ、仕方ないな」


 進路を変えて生徒会室へ。

 きっと今は学校祭の運営で忙しくしてるだろう。

 ……入った瞬間睨まれそうだな。


「おー、あそこに見慣れた金髪がおるで」

「あ、本当や。おーい京太郎ー」

 前方に見慣れた二人組。

 清水谷さんと園城寺さん。

 昨日言ってたまた明日の意味はやっぱりこれか。


「遊びに来たでー」

「京太郎は今暇なん?」

「むっ、誰だこいつら」


 衣さんは俺の後ろに隠れてしまう。

 相変わらず人見知りだな。

 まぁ、これでも前より良くなってるけど。


「この子、たしか京太郎の妹さんやな? かわえーなー」

「わっ、なーでーるーなー!」

「竜華ー、嫌がっとるやん」


 清水谷さんは衣さんに抱きつくと、思いっきり撫でまわしはじめた。

 嫌がり逃れようとするが、そんなの全く意に介していない。

 子供好きなんだろうな。

 あ、噛みつかれた。


「ふー、ふー!」

「そない嫌がらんでもええやん。おいでおいでー……あいたっ」

「ストップや。竜華はうちで我慢しとき」

「あーん、もうちょい、もうちょいでええからぁ」

 園城寺さんにはたかれて、清水谷さんは衣さんから引き離された。

 まるで中毒患者だ。

 すっかり衣さんに警戒されてしまっている。


「すまんなぁ、竜華最近誰にも膝枕してへんからなぁ」

「園城寺さんにも?」

「うちはこの前してもらったやろ……京ちゃんに」


 たしかにこの前呼ばれて膝枕をした。

 休みの日に公園で待ち合わせて、そのあと一緒に昼を食べたり買い物をしたり。

 もちろん途中で虫退治の呼び出しをくらったけど。

 あれ、これってデートじゃ……


「用事って言って他の女と会ってたのかっ」

「それだとまるで俺が浮気してるみたいじゃないですかっ。恋人すらいないのに!」

「怜、いつの間に京ちゃんなんて呼ぶようになったん?」

「えー、竜華だって京太郎て呼んどるやん」

「それはその……なぁ?」


 顔を赤らめて、清水谷さんはこっちをちらちらと見てくる。

 いや、色々とあったけどそんな艶っぽい話はない。

 弱いところをさらけ出しただけで、男女として仲が発展したわけじゃない。

 ちょうどその後から名前で呼ばれるようになったけどさ。

 それはきっと、仲間として信頼されてるからだろうし。

「その意味ありげな視線禁止ー。情報の開示を求む」

「それはまた今度にしましょう」

「うちは竜華に聞いとるんやで?」

「衣も聞きたいぞ!」

「うちら気が合うなー」

「お前も中々見所があるな」


 なぜか意気投合する二人。

 衣さんがこんなに早く他人の存在を認めるのは珍しいな。

 話されても困ることがあるわけじゃない。

 いや、俺の弱みを周囲に知られてしまう。


「いや、なにか特別なことがあったわけじゃないんやけど……」

「そんで?」

「清水谷さん、無理に話さなくてもいい」

「きょうたろー、めっ!」

「はい」


 ……これは条件反射だ。

 衣さんに語気を強めて注意されると黙ってしまう。

 長い間一緒に暮らしたうえで培われた……習性みたいなものだろうか。

 そしてその隙に清水谷さんが再度口を開いた。

「その、な? 京太郎が落ちこんどったからおにぎり御馳走して……膝枕、しただけや」

「なるほどな。やっぱりあん時、膝枕したんかぁ。竜華も攻め時をようわかっとるやん」

「きょうたろー、膝枕だったら衣が一杯してやるから……」

「あぁもう、そんな顔しなくてもどこにも行きませんよ」

「うん……」


 涙目の衣さんを撫でる。

 すると俺の手に頬を擦り付けて、顔をほころばせる。

 いいんですけど、一応衆目にさらされてんだよなぁ。

 園城寺さんの目は生温かくて、清水谷さんは物欲しそうだ。


「いいなー、うちも撫で撫でしたい……」

「ほら、竜華にはうちがおるやろ?」

「せやけど……羨ましいなぁ」

「我慢我慢」


 園城寺さんが清水谷さんを宥めている。

 いつもとは立場が逆なような……

 清水谷さんが我を忘れてるからだろうか?

 いや、これが素だな……きっと。


「俺たちは生徒会室に行きますけど、園城寺さんたちはどうします?」

「うちらは、どないしよかな」

「衣ちゃーん、こっちおいでー」

「ふー!」

「……とりあえず竜華を連れてくわ」

「……ですね」





 でっかい荷物をぶら下げて生徒会室に辿りつく。

 中からは……なんというか、うめき声のようなものが聞こえる。

 衣さんは怯えて縮こまっている。

 だが、入らないことには始まらない。


「失礼します」

「し、失礼します……」


 スライドドアを開け、中に入る。

 それと同時に紅茶のにおいが俺たちを出迎えた。


「あ、須賀さんいらっしゃい」

「あれ、福路さんじゃないですか」

「華菜ちゃんもいるし」

「それと池田か……」


 思ってたより室内はずっと穏やかだった。

 俺が睨みつけられることはなく、紅茶を飲んで唸りを上げてる連中がちらほら。

 いや、それだけじゃない。

 みんなサンドイッチも食べている。


「よかったら須賀さんたちもいかがですか? あなたもお腹空いてない?」

「こ、衣は別に……」

 俺の背後に避難した衣さんの腹の虫が鳴く。

 手を握る力が強まった。

 俯いた顔は……赤い。


「そういえばお腹減ったな……あ、俺らにももらえます?」

「ふふ、それじゃあこちらにどうぞ」


 荷物を置き、福路さんに促されて空いている席に座る。

 隣の席の池田がなぜかドヤ顔をしている。

 デコピンでもしてやろうか。


「ふふん、華菜ちゃんの隣に座れることを光栄に思うんだし」

「ここの席トレードいいですかー」

「相変わらず失礼なやつだな!」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐな。うるさい猫ふぜいが」

「にゃっ!?」

「衣さん!?」


 衣さんの口からまさかの言葉が飛び出した。

 こんな相手を挑発するような口ぶりで話すなんて、初めて見た。

 正直驚きで空いた口が塞がらない。


「お前、なんなんだし!」

「獣ごときに教える名前はない」

「うにゃー! もう許さないんだし!」

「ちょ、俺を挟んで争うな!」

 やたら威圧的な口調の衣さんに、池田が立ちあがる。

 そして飛びかかろうとするところを、俺が抑えつける。

 振り回される手が、顔や腕をかすめる。

 痛っ!

 爪を立てるな、お前は猫か!


「ほら華菜、落ち着いて」

「会長、こいつが!」

「紅茶が入ったからもう喧嘩はおしまい。ね?」

「……会長に免じて許してやるし」

「ふんっ」

「衣さんも落ち着いてください」

「……きょうたろーが言うなら」


 両者ともどうにか静まって、試合終了。

 福路さんが紅茶とサンドイッチを用意していく。

 それにしても、衣さんはどうしたんだろうか?

 いつもは他人と積極的に話そうとしないのに。

 池田の態度がよっぽど気に障ったのか。


「さあ、どうぞ召し上がれ」

「ありがたく頂くといいし」

「頂きます……これはおいしそうだ」

「……頂きます」

 サンドイッチと向き合う。

 どうして池田が偉そうにしているかさっぱりわからないが、正直どうでもいい。

 紅茶がおいしいのはわかっていたが、サンドイッチはそれ以上に興味を引いた。

 野菜メインのベーコンサンド、刻んだゆで卵とマヨネーズ、フルーツサンド。

 タマゴサンドに手を伸ばし、頬張る。

 マヨネーズとバターの風味。

 口当たりのマイルドさから、恐らく黄身は半熟より少し固め。

 そして適度に刺激を与えるスパイスは……ブラックペッパー。

 文句なしに、おいしい。

 すぐに次のサンドイッチに手を伸ばす。

 多量のレタスと胡瓜の食感。

 ジューシーな厚切りベーコン。

 アボガドのクリーミーな風味に、トマトソースとマスタードが効いている。

 こっちもおいしい……!

 そして最後にフルーツサンドへ。

 イチゴとバナナとキウイ。

 クリームと混ぜられてパンにはさまっている。

 一口かじる。

 フルーツの甘みと酸味。

 クリームの中にチーズの風味。

 これは、クリームチーズも混ぜてある。

「「ごちそうさまでした」」


 ほぼ同時に、あっという間に俺と衣さんはサンドイッチを平らげた。

 正直言って今まででトップレベルのサンドイッチだ。

 総司さんと萩原さんに並ぶ腕前。

 サンドイッチなら俺の完敗だ。


「福路さん、本当においしいです」

「うん、おいしかったぞっ」

「ふふ、ありがとうございます」

「ふふん、感謝するし」


 だからなんでお前が偉そうにしてるんだよ。

 そろそろ突っ込むべきか。

 いや、俺が突っ込んだら衣さんもつられるかもしれない。

 ここは黙っておこう。


「これも福路さんが?」

「はい。みなさん頑張ってると思って」

「もっと食べたい!」

「ちょっと待っててね? 今持ってくるから」

「感謝して食べるといいし!」

「池田ァ! いい加減うるさい」

「ひっ」

 思わず怒鳴ってしまった。

 とりあえず池田は静かになったが。


「そういえば、うちの会長は?」

「会長なら息抜きに行ってくるって言ってたよ。一時間近く帰って来ないけどね……」

「なるほど」


 副会長がため息交じりに答える。

 昨日と同じように学校祭を満喫しているのだろう。

 本当に自由に動き回ってるな。


「今日、福路さんは会長に会いに?」

「入れ違いになっちゃったみたいですけどね。はい、どうぞ」

「頂きまーす!」


 俺と衣さんの前に再度サンドイッチが置かれる。

 頼んではいないが、ありがたくもらっておこう。

 昼飯まだだったし。

 ちょうどいいと言えばちょうどいい。


「本当においしそうに食べてくれて、私も嬉しいわ」

「んぐ、総司やハギヨシのと同じぐらいおいしい!」

「あなたのお名前、教えてくれる?」

「衣は天江衣!」

「私は福路美穂子っていうの。よろしくね?」

 福路さんに撫でられても衣さんはなすがまま。

 むしろ気持ちよさそうだ。

 この短期間で心を開いたってことか?

 驚きだが、同時に納得もした。

 おいしい料理ってのは人の心も開くんだ。


「よかったら、私とお友達になりましょう?」

「うん!」

「……会長が寝取られたし」

「その表現はおかしいだろ」


 池田が寂しそうな顔をしていた。

 つい声をかけてしまう。

 こいつも悪いやつじゃないからな。

 ちょっと……いや、かなりうざいけど。


「そういえば、お前ここになんか用なのか?」

「用も何も、一応生徒会の一員だからな」

「驚きだし。仕事してないってことはサボりだな」

「今日はフリーなんだ」


 一応、ここにいるやつらだって働きづめではない。

 会長がローテーションを組んでるはずだ。

 俺が特別扱いなのは間違いないけど。

「ま、今日は荷物置きに来ただけだけどな」

「荷物ってあれか?」

「そう、ビンゴ大会と射的の景品だ」

「随分大きいし」

「そりゃどっちも一番良いのだからな」

「意外とやるじゃん」


 池田が感心するような声を上げる。

 やっと俺が凄いやつだってことをわかったようだ。

 これで偉そうな態度をとることもなくなるだろう。


「華菜ちゃんが認めてやってもいいし!」

「だからなんでお前はそんなに偉そうなんだよ」

「実際偉いし」

「まぁ、言うだけならタダか」

「やっぱりお前生意気だし!」


 時計を確認する。

 午後一時過ぎ。

 そろそろ出た方がいいかもしれない。

 色々まわる時間も確保しないといけない。


「衣さん、そろそろ行きます?」

「ん、もうそんな時間か? 名残惜しいな」

「それじゃ、もうちょっと残ります?」

「もう行く。美穂子、またな」

「ええ、またお話しましょうね」

「須賀はもう来んな!」

「華菜、ダメよ?」

「それじゃ、福路さんお元気で」

「また今度、一緒にお菓子作りましょうね」





 日が傾き始める時刻。

 もうじき後夜祭が開催される。

 会場の設営を手伝っていたらあっという間に時間が過ぎていた。

 片づけも手伝うことになっているので、終わるまでしばらく待機だ。

 さて、後夜祭のスケジュールは……

 プログラムを確認する。

 諸々のあいさつの後、焼肉パーティー。

 そして締めに花火。

 ……うちの学校金あるな。

 まぁ、焼肉パーティに参加してお腹を満たしておこう。

 栄養は偏るが、たまにはいいだろう。

 グラウンドに設営されたテントの下で休憩する。

 そういえば、衣さんは参加するんだろうか?

 一応帰りが遅くなることは伝えたが、どうするのかは聞いていなかった。

 別れ際の顔を思い出す。

 言いたいことをかみ殺すかのような表情。


「……昔みたいに素直になったかと思えばな」


 携帯を取り出す。

 電話帳から目当ての名前を探す。

 さぁ、どんな文句だったら誘いに応じてくれるだろうか。







 焼肉パーティーが終わり、じきに花火が始まる。

 バーベキューコンロを片付けたあと、花火の準備でグラウンドからは人が遠ざけられている。

 さて、待ち人は……いた。

 グラウンドの隅の芝生に座り込んでいた。

 どうやら俺の口説き文句は効いたらしい。


「焼肉、ちゃんと食べました?」

「きょうたろーか」


 隣に胡坐をかいて座る。

 身を寄せて肩を抱く。

 もっと小さなころ、こんな風にしていたことを思い出す。


「今日は曇ってますね」

「……でも、その方がきっと花火がよく見える」

「そうですね」


 花火の準備が終わったのか、グラウンドにアナウンスが響き渡る。

 ねぎらいの言葉を皮切りに、花火開始の宣言で締められる。

 あたりが静まり返る。

 軽い爆発音とともに光が尾を引いて空へ昇っていく。

 そして炸裂。

 空に花が咲く。

「上がりましたね」

「うん、綺麗だ」


 夜空に打ち上がる色とりどりの光。

 俺と衣さんの瞳に映っては消えていく。

 一瞬の花は綺麗で、どこまでも儚い。

 手を伸ばしても決して捕まえることのできない光は、理想や憧れに似ている。


「そーじ、帰ってくるのかな?」

「どうでしょうね」


 咲いては消えていく光に、あの背中を重ねる。

 たとえ届かないところにあったって、諦めるわけにはいかない。

 だってあの場所にたどり着くことが俺の生きる意味だから。

 掴みとるためだったらどんなものでもきっと捧げられる。

 ……これは嘘だ。

 俺はきっとこの小さな手を離せない。


「帰ってこなくても、きっとどこかで天の道を進んでますよ」

「そうだな……ちょっと寂しいけど、そーじなら大丈夫だよね」


 あの人がいたら俺の考えをどう思うだろう。

 また天を指さしながらなにか言うんだろうか。

 そうしてくれれば、頭の中のもやもやも消えてくれるのに。

「ねぇ、きょうたろー?」

「なんですか?」


 衣さんの頭が胸に預けられる。

 カチューシャが鼻をかすめた。


「星も月もない夜でも、光はあるんだね」

「この花火みたいにですか?」

「うん」


 今、衣さんはどんな表情をしているのかはわからない。

 俺の視界にはウサミミの根元しか見えない。

 でもきっと、悪くはない。

 重なった手は暖かかった。


「花火、終わっちゃうね」

「またどこかで見れますよ」


 一際高く打ち上げられた光が炸裂すると、大輪の花が咲く。

 花火はそれっきりで、あたりは再び静まり返る。

 きっともうすぐ終了のアナウンスがかかる。


「……ありがとう」

「なんですか、急に」

「だってきょうたろーが誘ってくれなかったら、花火見れなかった」

 衣さんの手が背中にまわされ、シャツを握りしめる。

 いつの間にか膝の上に乗っかられていた。

 吐息が首にかかる。

 顔が、近い。


「ちょっと目、つぶってて」

「いたずらですか?」

「いいから」


 言われるままに目をつぶる。

 視覚が遮断されて、触角がより鮮明になる。

 触れる体温と、息遣い。


「ん……」


 衣さんが身じろぎしたかと思うと、頬に弾力のある柔らかい感触。

 驚いて目を開けると、その感触はもう離れていた。


「えへへ……じゃあ、先に帰ってるから」


 カチューシャを揺らしながら衣さんは走り去っていった。

 これは、親愛の情の表れだろうか?

 少し頭がごちゃごちゃしていて、考えてみてもよくわからない。

 さぁ、これからは片づけだ。

 体を動かして気分転換と行こう。

 大きく伸びてから立ち上がった瞬間、ポケットの中身が震えだす。

 ……全くワンパターンだな。





 今回の集合場所は廃工場の一画。

 ZECTのマークの入ったワゴンが数台停まっている。

 この数からして、井上が所属するチームも来ているらしい。

 そして俺以外の面子も既に揃っていた。

 清水谷さんに会長、井上に沢村さん。


「揃ったみたいやし、そろそろ説明始めるで」

「今日はいつも通りじゃないのか?」

「たしかに、こんなあからさまに怪しげな場所は初めてね」


 ここ最近のワームの出現地点はもっと往来がある場所に集中している。

 それは人に擬態して紛れ込んでるから、人の多い場所の方が見つかりやすいという単純な理由だろうか。

 なんにしても、人気のない場所での戦闘は久しぶりだ。


「今までのデータを分析した結果、どうもこの一帯を中心にワームが出現しとるみたいなんや」

「これ、見て」


 沢村さんがノートパソコンの画面をこっちに向ける。

 この場所を中心とした付近の地図だ。

 赤い点はワームの出現場所だろう。

 たしかに、ここを囲むように輪を作っている。


「ここまで不自然だといっそ笑えてくるわね」

「なにかあるって言ってるようなもんだな」

 最近のワームの状況を思い出す。

 やたらと数が多く、成虫がほとんどいない。

 サナギが多いから使い捨ててるのか、もうそれしか使える戦力がないのか。

 どっちかはわからないが、この場所になにかがあるのはたしかだ。


「そんで、うちらライダーとゼクトルーパーで潜入調査や」

「あんまり大勢で入ったら目立つんじゃないか?」

「人数絞って二手に分かれるで。竹井さんと京太郎、うちとゼクトルーパーやな」

「了解よ。抜け駆けはしないから安心して」

「た、竹井さんっ」


 会長のからかいに清水谷さんが色めきだつ。

 沢村さんはノートパソコンにかかりっきり。

 緊張感のないことだ。

 その中で、一言も話さなかったやつに目を向ける。


「井上、どうかしたのか?」

「どうもこうもないさ。オレはいつも通り待機だしな」

「仕事は納豆のように粘り強くするもんだ」

「だな……オマエが羨ましいよ」

「……」

「悪い、気にしないでくれ」


 そう言って井上はワゴンの方へ向かっていった。

 ……頭を切り替えよう。

 じきに作戦が始まる。







「廃工場って言っても、案外綺麗じゃない」

「埃もあんまりないですね」

「最近誰かが使っていた証拠ね」


 変身状態で探索する。

 ライトを使ってもいいが、こっちの方が予想外の事態に対処しやすい。

 以前入った工場はもっと荒れていたが、ここは大分マシだ。

 天井にクモの巣が張っているところがあるが、窓ガラスが割れてたりはしない。

 そもそも……


「機材が動いてる……電気が通ってるってことかしら」

「人一人いないはずのこの工場にですか?」

「人じゃないなにかがいるってことでしょ」

「ですね」


 さらに奥へ進んでいく。

 漂う空気が変わり、湿った音がどこからか聞こえてくる。

 床にヌメヌメとした感触。

 緑色の粘液の水たまりが広がっていた。


「……変身しておいて良かったわ」

「今の状態だったら踏んでもいいんですか?」

「だってお気に入りの靴が汚れるのは嫌じゃない」

 スニーカーを履きつぶしている身としては、よくわからない感覚だった。

 いや、それでもこれは嫌かもしれない。

 なんか変なにおいするし。


「会長、いました」

「サナギが三体……あれぐらいだったら一瞬だけどどうする?」

「ここが敵のアジトだっていうなら、不用意に暴れるのは良くないですね」

「そうね。一匹いたら二十、三十はいるって言うし」

「害虫ってとこは同じですね」


 いくら倒しても湧いてくるところは一緒だが、ワームの方が断然危険だ。

 見つかって取り囲まれるのも面倒なので、身を隠しながら進む。

 一体この先になにがあることやら。


「あの扉の向こう、なにかありそうね」

「パイプが密集してる感じがいかにも……」


 改造が加えられた形跡があった。

 壁にわざわざ穴をあけてパイプを通している。

 扉にはペンキで倉庫と書かれていた。

 周囲に気を配りながら近づく。


「いくわよ」

「はいよ」

 扉を慎重に開く。

 工場内は電気がついていなかったが、この部屋の中は薄明るかった。

 薄い、緑の光。

 中に入った俺たちを出迎えたのは、想像を超えた光景だった。


「なにあれ……卵?」

「大きいですね」


 薄い被膜の中に、緑色の液体。

 中にはうごめく影。

 人間が丸ごと入りそうな卵が、広大な倉庫を埋め尽くしていた

 その中の一つに近づき、覗きこむ。


「これ、ワームじゃない!」

「ここが生産工場だったわけか」


 成長の度合いは卵によって差があるが、目の前のものはほとんど出来あがっていた。

 それこそ、今すぐにでも出てきそうなほどに。

 ……まずいぞ。


「――――――!」


 被膜が破れ、液体が流れ出す。

 生まれたてのワームが産声を上げた。

 こうやってワームを量産していたわけか。

「これ、やばいんじゃないの?」

「今ので多分気づかれましたね」


 行進のような足音。

 倉庫の中にわらわらとワームが入ってくる。

 その数は……数える気にならなかった。

 ていうか多すぎる。

 サナギばかりだからまだいいが、この数をいちいち相手にする余裕はない。


「会長、どうします?」

「決まってるでしょ」

「ですね」

「「一旦退くとしますか」」

《《――Clockup!》》


 加速状態に移行し、ワームを踏みつけながら元来た道を引き返す。

 ぱっと見た感じだが、百体以上はいたんじゃないか?

 とりあえず、この施設でなにが行われているかは把握できた。

 つまり、ここをどうにかすれば連日の呼び出しも治まるってわけだ。


「振り切ったかしら?」

「成虫がいないとも限らないですし、さっさと戻りましょう」

「そうね」





 井上純はワゴンに背を預けて、空を見上げる。

 ライダーたちが中に入っていってからしばらく経つ。

 下働きやら使いっぱしりを終えて、待機するだけの時間。

 なにかが起こるまで、動きようがない。

 潜入したライダーたちが帰ってくるか、全く想定外の事態が起こるか。


「純、どうしたの?」

「須賀にも同じこと言われたな……オレ、そんなにおかしくみえる?」

「私にわからないわけない」

「まぁ、そうだよな」


 ワゴンの中から沢村智紀が出てくる。

 珍しくその手にノートパソコンがない。

 純はそのことに内心で驚いた。

 幼いころからパソコンに張り付いてきた智紀を知っているからだ。

 だけど、顔には表わさない。

 同時にそれは自分を気遣っているためだと気付いたからだ。


「気、使わせたな」

「かまわない。いつも純が私に使ってるから」

「オマエは自分でそれを言うのか……」


 軽く脱力して、これが智紀の目的なのだと純は理解した。

 少し申し訳なく思うが、心の中の霧が少し晴れたように感じられた。

「純は考え過ぎだと思う。少し思ったままやってみればいいのに」

「またアイツと同じこと言ってるな……結託でもしてんの?」

「む……」


 智紀は顔をしかめた。

 他人に自分と純の領域を侵されたような気がしたためだ。


「それに、一度やらかしちゃったからな……」

「あれは純が悪いわけじゃない」

「そうかもしれないけど、やりすぎたのは事実だ」

「でも、私は感謝してる」

「……ありがと」


 純は照れ臭くなって顔をそむけた。

 あの時のことを話題に上げるのは初めてだった。

 お互いに避けてきたのだ。

 でもこうやって話せるようになったのなら、自分は前に進めるかもしれない。

 純の心に一つ火が灯った。


「……智紀」

「な――」


 何の前触れもなかった。

 いや、それに気づけるものがこの場には一人もいなかった。

 クロックアップしたワームの接近に。

「ぐぁ……なん、だよこれ」


 ワゴン車の突然の爆発。

 純は運良くドアと一緒に吹き飛ばされただけで済んだ。

 軽い火傷、擦り傷に打撲……その程度だ。


「智、紀……!」


 状況の把握もままならないままで、純は自分の隣にいた少女の安否を気にかけた。

 呼びかけに対する応えはない。

 よろよろと立ちあがり、幼馴染の姿を探す。


「――――――!」


 爆発炎上したワゴン車の上で、ワームが咆哮する。

 胸や頭に複数の目のような球体、肩から生えた毛の生えた節足のような触手はタランチュラを思わせた。

 そこから数メートル離れた地点に、智紀は仰向けで血まみれになって倒れていた。

 腹部に深々と刺さる金属片。

 止めどなく流れる血が地面に広がり、炎に照らされていた。


「なにが起こった!」

「ワームの襲撃だ! くそ、こんな時に……」

「隊長に連絡を、早く!」

「もうやってる!」


 ゼクトルーパーたちが事態に対処しはじめる。

 各々銃を構え、発砲。

 銃声が雨音のように響く。

 だが、着弾の前にワームの姿は掻き消えた。

「くそ、加速しやがった!」

「どこだ、どこにいる……がぁっ」

「畜生! そっちか!」

「落ち着いて防御を固めろ!」


 まるでゼクトルーパーたちが勝手に吹き飛んでいるようにも見える。

 だが彼らの間に、文字通り目にもとまらぬ速さで動く存在がたしかにいる。

 暴虐の嵐が吹き荒れる中、純は智紀のもとへと歩み寄る。

 死んだように手足を地面に投げ打っているが、胸はかすかに上下していた。


「おい、冗談はやめて起きろよ……」

「純……よく顔が見えない」

「……眼鏡が割れてるせいだろ」

「そう、かな……」


 智紀の声は弱弱しい。

 血液と一緒に命も流れだしていく。

 その先の未来を純は幻視した。

 頭を振ってその映像を振り払う。

 あてどなく伸ばされた手を、しっかりと掴んだ。


「大丈夫……だって約束したろ?」

「でも……凄く、寒い」

「バカなこと言ってないでさ……!」

「また、見たかった、な……」

 純の手にかかる重みが増す。

 智紀の体から力が抜けた。

 しかし脈は弱いがまだ途絶えていない。

 そのことを確認すると、純は立ち上がった。


「待ってろ、今なんとかするから……!」


 ベルトを装着する。

 大した説明もないまま純に渡されたデバイス。

 祈るような気持ちで、手をかざした。


「……なんでだよ」


 だが、なにも起こらない。

 純の呼びかけに姿を現すゼクターはいなかった。

 恐怖と焦燥と絶望が心を蝕んでいく。

 それらを振り切るように、純は駆け出した。


「――――――!」


 ワームはゼクトルーパーの一人を踏みつけて雄たけびを上げていた。

 立ち上がって銃口を向けるものは、もはや誰もいない。

 純は途中で地面に転がっているゼクトルーパーの装備、マシンガンブレードを拾う。

 モードをブレードに、そして動きを止めているワーム目掛けて振り上げた。

「うわあぁぁああああ!」

「――――――!」


 振り下ろしたブレードが、火花を上げながらワームの背中を切り裂いていく。

 突然の衝撃にワームも声を上げ、少なからずダメージを負う。

 しかし、致命傷には程遠い。


「ぎ、あぁっ」

「――――――!」


 純の首を掴み、軽々と持ち上げるワーム。

 武器を取り落とし手足をバタつかせてもがくも、純にはなす術がない。

 ワームは軽く腕を振って純を投げ捨てた。


「――が、はぁっ」


 背中を打ち付け、肺から空気が排出される。

 痛みにあえぐ純の手に、生温かい感触。

 智紀の体から広がる血だまり。

 手のひらを赤く染め上げていた。


「と、もき……」


 純は智紀に手を伸ばす。

 その手をワームが踏みにじる。

「ち、くしょう」


 痛みと悔しさに顔を歪ませる純。

 血を流しながら横たわる智紀。

 その両者を見比べて、ワームはその身を変えた。

 沢村智紀と瓜二つの姿に。


「この姿で、二人とも殺してあげる」

「がふっ!」


 本人だったら絶対にありえない邪笑を浮かべ、擬態したワームは純の腹を踏みつけた。

 内臓を圧迫される感覚に純はあえぐ。

 だがそれよりも、怒りが勝った。

 見下ろすワームをにらみ返す


「この、やろう……」

「苦しい? 私は楽しい」

「今すぐ、その皮、はがして、やる……ぐぁ!」


 ワームは笑みを深くして足にさらに体重を乗せた。

 内臓が飛び出しそうな錯覚に苛まれるが、純の目から炎は消えない。

 それを消すべく、ワームが足を振り上げる。


「そこまでや!」

 飛来するハチの針。

 連絡を受けた竜華が駆け付けた。

 飛びのいて針を回避すると、ワームは擬態を解いてライダーと相対する。


「随分好き勝手してくれたみたいやな」

「――――――!」

「今回はクモかいな」


 ワームは糸を吐き出す。

 竜華は身を屈めて掻い潜ると、そのまま前進。

 アウトボクサーのような足取りで近づき、腹部に拳撃を叩きこむ。


「――――――!」

「まだや!」


 二撃、三撃……拳撃の連打。

 ワームはたまらず後ずさる。

 もちろんそれを竜華は逃さない。

 ストレートを打ち込まれ、さらにワームは大きく後退した。


「――――――!」

「また糸かいな」


 半身になってかわすと、竜華は止めを刺すべくゼクターに手をかけた。

《――Rider Sting!》

「これで終わ――」


 背後からの衝撃にバランスを崩す。

 竜華が振り向くと、ぶつかってきたものの正体はゼクトルーパーだった。

 先ほどワームが吐き出した糸に引っ張られたのだ。

 その一瞬の隙をついて、ワームはクロックアップで離脱していった。


「逃げられてもうたか……」


 一度距離を離されてしまっては、クロックアップしたとしても追跡は困難だ。

 竜華は頭を切り替えて辺りを見回す。

 部隊はほぼ壊滅状態。

 自分の判断ミスが招いた結果に歯がみした。


「隊長……すみません」

「気にしないでください。これは私のミスですから……本当にごめんなさい」

「だれか、智紀を……」

「負傷者の救助を優先、それから救護班に応援を要請して下さい!」


 かろうじて動けるものたちが怪我人を運び出す。

 純はゼクトルーパーに抱き起こされる智紀を見て、そのまま気を失った。

 自分の無力さを噛み締めながら。





 翌日の昼、俺は病院にいた。

 月曜日だが、土日に学校祭があったため今日は代休だ。

 受付を済ませて階段を上がる。

 ZECTに協力するようになってから、この病院内でのある程度の自由は保証されていた。

 あんまり来る機会がないからそれ程意味ないけど。


「隣、いいか?」

「……好きにしろよ」


 病室の前に備え付けられた長椅子。

 井上の隣に座る。

 手で顔を覆い、うなだれていた。

 包帯を巻いている個所があるが、重症ではないようだ。


「なにも、出来なかった……」

「そうか」

「守ろうって思ったのに……」

「そうか」

「オレは、無力だ……」

「……それは違うと思うな」


 井上の顔は見えない。

 悔しさか、悲しみか、怒りか……

 どんな感情が表出しているのか。

 あるいはなにもないのかもしれない。

「お前がワームに斬りかからなかったら、誰か死んでいたかもしれない」

「でも、オレは智紀を助けられなかった……!」

「死んだわけじゃないだろ」

「オマエはいいよな! 戦う力があって! 助けたい誰かを助けることができる!」


 井上の声が廊下に響く。

 恐らく、これが今までため込んでいた思いだ。

 いつものように肩を竦めてすかしたりすることのない本物。


「……龍門渕に行け」

「行ってどうするんだよ……」

「真実を、確かめてこいよ」

「なにもないかもしれない……」


 井上は昨日、取り返しがつかなくなることが怖いと言った。

 でも、それを振り切ってこいつは昨日立ち向かったんだ。

 その覚悟の風味を飛ばすべきではない。


「覚悟を決めた人間は、唯一で特別な、誰も変われない存在になるんだ」

「……」

「お前は立ち向かう覚悟を決めたんだ。なら、もう一つ真実を知る覚悟を決めろ」

「須賀……」

「たとえなにもなくても、覚悟を決めたお前は俺の仲間だよ」

 数秒の沈黙。

 今俺が言ったことが、井上の中でどう消化されているのかはわからない。

 心に引っかかっているのか、引っかからずに落ちたのか。

 どっちにしても、俺はそろそろ行かないといけない。


「それじゃあ、これ沢村さんに渡しておいてくれ」

「なんだこれ」

「見舞いの品」

「中身の話だよ」

「開けてみてのお楽しみだ。勝手にあけるなよ?」


 椅子から立ち上がる。

 元々沢村さんの見舞いに来たんだ。

 まだ目覚めていないらしいので、顔を見るのはまた今度で良い。


「覚悟を決めろ、か……随分ハードルが高いんだな」

「当たり前だ。俺の隣に立つんならそれぐらいじゃないとな」

「そうか、わかったよ……」

「じゃあ、俺は行くよ」


 来た道を引き返す。

 これからまた害虫駆除があるらしいのだ。

 さぁ、今日で片を付けるとするか。





 井上純と沢村智紀は幼馴染だ。

 より正確にいえば、純と智紀が小学一年生となる春に、二人は出会った。

 その日、純の家庭が智紀の家の隣に越してきた。

 しかしそこから近所付き合いが始まったかと言えば、それは違う。

 両者の家庭には問題があり、とてもそんな状況ではなかった。

 純の家は両親は健在だったが、父親の暴力に母と子がさらされる毎日。

 それはたとえ引越して、違う環境に身を置いても変わるものではなかった。

 家の中と外は隔絶されているのだから。

 純はその暴力から逃げるため、食事と寝るとき以外はほとんど家に寄りつかなかった。

 一方、智紀の家は片親だ。

 父親と娘の家庭。

 そこには直接的な虐待はなかったが、父親の娘に対する興味もほぼなかった。

 いわゆるネグレクト。

 智紀は食べることやお金に困ることはなかったが、父親と顔も合わせず言葉も交わさない毎日が続いた。

 小学校に入るまで他人はおろか、肉親とすらほとんど接触を持たなかった智紀は、家からほとんど出ない内向的な性格に育っていた。

 そんな二人が出会ったのは、引越しの当日、家とは関係のない公園だ。

 その日、たまたま外に出ていた智紀を純が強引に遊びに誘ったのが始まり。

 自己主張の乏しい智紀は言われるままにうなずき、そのまま初めての公園での遊びに身を投じた。

 結局日が暮れるまで遊び呆けた二人は、帰ると言って一緒の方へ歩き出し、そして自分たちの家が隣だと気付いた。

 それから二人の関係が始まった。

 純が智紀を引っぱりまわし、あるいは智紀の家で夜遅くまで二人で過ごす。

 二人の家庭は相変わらずだったが、二人の友情は育まれていった。





「なぁ、ゲームばっかやってないで外行こうよ」

「ダメ。このステージをクリアするまで絶対に動かない」

「じゃあアタシがやるよ。たったとクリアしてやるからな!」

「純には絶対無理」

「やってみなきゃわからないじゃん。いいからよこせよ」



「……なにこれ、無理ゲーじゃん」

「だから言った。純には無理だって」

「なんだよ! じゃあもっかいやる!」

「今度はわたしの番」

「アタシだ!」

「わたし」

「ぐぬぬ……じゃあ別のゲームで決着つけるぞ」

「望むところ。わたしの勝ちは決まってる」

「うるせぇ! 見てろよ……」





「あぁ、お腹空いたな……」

「冷蔵庫にケーキがある」

「いや、そういうのじゃなくてさ……もっと暖かくってほわほわしたもの的な?」

「レンジでチンすれば解決」

「暖かいケーキとか暴挙だろ」

「じゃあ肉まんでも買ってこればいい」

「よし、それだな。一緒に行こう」

「わたしは家にいる」

「いいから行こうぜ」



「なんで眼鏡屋に……」

「せっかくだからいいじゃん。色々見てまわるのも」

「早く帰りたい……」

「まぁそう言わずに。大体オマエのメガネ野暮ったいんだよ」

「よく見えればなんでもいい」

「じゃあ鼻メガネでもいいの?」

「……それは論外」

「アタシが選んでやるからまかせときな!」

「でもお金出すのはわたし」

「それは言いっこなしだろ……」





 二人の間柄は出会ってから数年たっても変わらなかった。

 家にこもりたがる智紀を、純が連れまわす日々。

 外に出れない日は二人でゲームをしたり、マンガを読みながら過ごす。

 だが、学校は集団生活の場。

 いつまでも二人きりというのは難しい話だった。

 特に、純は明るい性格で男女問わず好意を抱くものも少なくなかった。

 智紀はそんな人気者に張り付いている金魚のフンだと陰口を叩かれた。

 最初はそんなものだったが、次第にエスカレートしていく。

 直接的な暴行こそ加えられなかったが、頻繁に物がなくなったりするのはしょっちゅうだった。

 それはあくまで純に気づかれないように、派手な行動は避けたというのもある。

 智紀も自分が受けている仕打ちを辛く思ったが、純には言いだせずにいた。

 だが、いつまでも隠し通せるものではない。

 純は異変に気づいて行動を開始した。

 智紀に尋ねてもはっきりとした返事はない。

 だから本人には聞かずに一人で調査を進めた。

 そしてその現場に遭遇した。

 智紀が男女の集団に囲まれて踏みつけられていた。

 純の感情は、一瞬で沸点に達した。

 その場にいるものを殴り飛ばし、追い払った。

 この日からもともと男勝りだった純はさらにその度合いを強め、性格も若干皮肉気なものに変化した。

 当然クラスメートたちからは恐れられ、教師たちからは問題児呼ばわり。

 智紀へのいじめは止まったが、小学校を出るまで純への扱いは変わらなかった。





「智紀ー、今日どこいく?」

「今日は……いい」

「今日はって、昨日もそう言ってたじゃん」

「ごめん」

「謝んないでいいけどさ……って、オマエ鞄どうした?」

「ちょっと、忘れた」

「忘れたって……朝は持ってたよな?」

「いいから……!」

「おい、待てよ!」



「あんたさぁ、いっつも井上さんにひっついててうっとおしいのよ」

「そうそう、金魚のフンみたいにさー」

「井上、放課後はお前と遊ぶからってサッカーやんねーし」

「……あなたたちには関係ない」

「うるさい! 金魚のフンのくせに口答えすんな!」

「もうこいつやっちゃおうよ」

「井上には悪いけどさ」

「やだ、痛い……やめて!」

「……オマエら、なにやってんだよ……?」

「い、井上さん!?」

「純……」

「これはちょっと……意見の食い違いというか……」

「お、お前も悪いんだからな!」

「オレは、なにやってんだって、聞いてんだよっ!!」

「ひっ、井上さん落ち着いて!」

「あぐ、痛いよぉ」

「井上やめ――ぐぁ」





 中学校に入るころには純と智紀の日常は様変わりしていた。

 純は不良のレッテルをはられ、学校の生徒からは避けられ、たまに学外の不良に絡まれることもあった。

 もちろん本人は自ら進んで問題を起こすつもりはないし、普通に過ごしているつもりだった。

 だが、周囲はそれを許さなかった。

 学校内でなにか事件が起これば真っ先に純が疑われ、呼び出されることもしょっちゅうだった。

 家にも学校にも居場所がないことも心が荒れることに一役かった。

 しかし、それ以上に心を乱したのは智紀の存在だった。

 中学校一年の夏ごろ、純は智紀にも避けられ始めた。

 当然智紀の家にいられなくなり、どこにも居場所がなくなる。

 そしてあてどなく外をさまよううちに、ガラの悪い連中に絡まれるようにもなった。

 そんな生活が二年ほど続いたのち、その事件は起こった。

 純の父親が智紀の父親を刺したのだ。

 事件の原因は、智紀の父親と純の母親の不倫。

 智紀が純を避け始めたころから、その関係は始まっていた。

 その事実はショックだったが、それ以上に智紀の安否が気にかかった。

 純が智紀の家に入った時、既に玄関は血まみれだった。

 リビングの方から怒声と悲鳴が響き渡る。

 血まみれで倒れ伏す智紀の父親、血走った目で包丁を振り上げる純の父親。

 その目の先に智紀がいることに気付いた純は、迷わず動き出した。

 自分の父親の背中を蹴飛ばし、地面に倒れ込んだら馬乗りになってひたすら殴る。

 智紀を守ろうとする意志の他に、日頃の恨みも詰まっていたのかもしれない。

 純の拳が血まみれになるまで、父親の顔が変形し終わるまで治まることはなかった。

 結果として死者はいなかった。

 だが二人の家庭は完全に崩壊した。

 少年院にこそいれられなかったが、長期間の停学を言い渡され、純は残り少ない中学時代を無為に過ごすことになった。





「智紀、なにがあったんだよ。なんでオレを避けるんだよ」

「なにもない。純が気にするようなことは」

「それが本当なら、ちゃんとこっち向いて話せよ……!」

「もうしばらく私に関わらない方がいい」

「なんだよ、それ」

「家にも、来ないで」

「わかんないよ、なんでそんなこと言うんだよ!」

「じゃあ、私はもういくから」

「待てよ! 待ってくれよ……!」



「智紀っ!」

「純……来ちゃ、ダメ」

「お前ら親子が、俺の家族を誑かすからっ!」

「やめろぉおおお!!」

「がふっ!」

「智紀は、やらせないっ」

「あがっ、ぐば」

「大体、アンタが、オレや母さんに、暴力を振るうからっ!」

「じゅ、やぶぇ――」

「純……」

「なんでだよ、どうしてこうなんだよ……!」

「純っ、死んじゃう!」

「……智紀。オレ……オヤジを……」

「ありがとう……でも、もういいから……」





 ようやく停学が終わった頃には、事件の話はすっかり広まっていた。

 前以上に誰も寄り付かなくなったが、また智紀といられるようになったのが純の救いだった。

 だが、進学は絶望的だった。

 もちろん場所を選ばなければどうとでもなるが、智紀はきっと自分についてくる。

 それがわかってたからこそ、選択肢を選べないでいた。

 そんな二人に手を差し伸べるものがいた。

 ZECTと名乗る企業。

 純には全く聞き覚えがなかったが、智紀にはあった。

 以前クラッキングをしてた時、その名前を見かけたのだ。

 国の最高機密の一番奥に、隠すようにその情報があった。

 実在するかどうかもわからない、都市伝説のような存在。

 智紀はそう切り捨ててあまり気にすることもなかった。

 しかし、そんな明らかに胡散臭い雰囲気を漂わせた連中が、純たちの支援を申し出てきたのだ。

 もちろんタダというわけではなかった。

 不定期のアルバイト、それをこなすことが条件だった。

 その条件と自分たちの状況を秤にかけた純は、協力することを承諾した。

 結果、純と智紀はとある私立高校に通うことになり、同時にZECTの一員として働くことになった。

 純は実験台のような扱いでベルトを与えられ、使いっぱしりに従事。

 智紀は電子戦の腕を買われて部隊のサポート要員。

 こうして二人はワームとの戦いに関わることになったのだ。





 龍門渕家の豪邸。

 純はそこで龍門渕透華と対面していた。

 自分の中の様々な葛藤に決着をつけるために。


「龍門渕さん、オレがベルトを渡された理由、知ってるんだろ?」

「……ええ、知っていますわ」

「ならそれを教えてくれ。オレが……前に進むために」


 純は透華に頭を下げて懇願した。

 透華は目を細めて純を見やる。

 その心中は複雑だった。

 ようやく来たかとも思ったし、ついに来てしまったかとも思った。


「あなたは、自分の命が大事ですか?」

「大事だね」

「なら悪いことは言いませんわ。およしなさい」


 そう言って透華は踵を返す。

 しかし、純が右手を掴んで引きとめた。

 透華は立ち止まり、ため息をつく。


「これは比喩ではなく、その力を手にしようとしたら死ぬ可能性があるということ」

「それでもかまわない。オレは生きて、運命を掴みとる」

「……わかりましたわ。なら、ついてきなさいな」





 透華が純を案内したのは、ZECTの研究施設の一つ。

 表向きは龍門渕グループの名前で登録されている。

 二人が目指す場所はその最奥。

 三十畳ほどの薄暗い部屋に設置されたモニターが淡い光を放っていた。

 そして、室内の大部分を占める鉄の箱。

 巨大なコンテナが鎮座していた。


「厚さ十五センチの鉄板でできた箱。この中にあなたの求める力がありますわ」

「なんで、こんなところに……」

「こうでもしなければ危険、ということですわ」


 透華は鍵を取り出して鉄の扉を開錠する。

 重々しい音を立てて扉が開かれた。

 白一色の部屋。


「条件はシンプルですわ。この中のゼクターを認めさせる……それだけ」

「わかりやすくて結構だ」

「今ならまだ引き返せますわ」


 直前になって透華は純を引きとめる。

 その憂い顔を見て、大げさでも何でもないと純は実感した。

 心に暗影が忍び込む。

 もう一つだけ、覚悟がいりそうだった。

「龍門渕さん、色々とありがとな」

「……名前で呼んでいただいてもかまいませんわ」

「オレたちのこと拾ってくれたの、アンタなんだろ?」


 透華は口を閉じて、答えない。

 それを純は肯定だと受け取った。


「ZECTと深い関わりのある大物が同じ高校の同じクラスだなんて、偶然にしちゃ出来過ぎてる」

「……」

「根底にどんな理由があったのかは知らないけど、オレたちをどん底からすくいあげてくれたことには、感謝の言葉もない」


 純の謝礼を聞いて、透華の胸中は申し訳なさで一杯になった。

 まるで自分はそんなに綺麗な人間じゃないと叫ぶように。

 事実、純粋な善意のみではないのはたしかだった。

 不正なアクセスの後を追って、偶然見つけた資格者たる資質を持つ少女。

 その不幸を利用する形で取り入れたのだから。


「じゃあ、行ってくるよ」

「お気をつけて……」

「すぐに戻るから、置いて帰らないでくれよ? 透華さん」


 純は手をひらひらと振って箱の中へ入っていく。

 扉がひとりでに閉まる。

 まるで逃がさないとでも言うように、錠が落ちる音が響いた。





「……目に悪いな、これ」


 真っ白な空間に閉じ込められて、純はひとりごちた。

 なにもない。

 暑くも寒くもない空間。

 その奥に小さな四角い穴が出現する。


「おでましか……」


 電子音と羽音を響かせて、ゼクターが姿を現した。

 青い、機械仕掛けのクワガタ。

 ギチギチ鋏を開閉しながら、目を光らせる。

 獲物を見つけたハンターの目。

 それを察知した純は身構える。


「来るなら来いよ」

《――!》


 虫の鳴き声とは似ても似つかない電子音を上げ、クワガタが突進してくる。

 狙われてるのは胸部。

 純は横に跳んで突進をかわす。

 鋏にかすった服の袖が破ける。

 勢い余ったクワガタは、真っ白な鉄の壁に突き刺さった。


「おいおい、ちょっと切れ味よすぎないか?」

《――!》

 クワガタは壁から鋏を引きぬき、再度突進する。

 壁に張り付いていた純は、膝から力を抜いて座りこむ。

 今度は鋏に髪がかすり、数本はらはらと落ちていった。

 再び壁に刺さったゼクターを、純はがっちりと捕まえる。


「オマエがいたら髪のカット代が浮きそうだ、なっ!」

《――!》


 ゼクターが暴れ出す。

 自分を掴む手から逃れようとその身を振りまわす。

 純の体ごと縦横無尽に飛び回る。


「――ご、が、ぎぃあ!」

《――!》


 鉄の壁に何度も打ちつけられる。

 体がバラバラになりそうな激痛。

 それでも、純は手を離さない。


「くそ、いい加減、止まれ……!」

《――!》


 肘をしたたかに打ちつけた拍子に、左手がゼクターから離れる。

 純は右手だけで必死にしがみつく。

 しかし、指の感覚が薄れていく。

「うわぁあ!」

《――!》


 扉に向かって直進していたクワガタが急旋回。

 片手では耐えきれずに純は振り落とされ、扉に体を打ち付けられた。

 痛みで体に力が入らない。

 よくて全身打撲、悪ければどこかしらが骨折。

 それでも扉の取っ手に手をかけ、純はよろよろと立ちあがった。

 前に踏み出してクワガタとにらみ合う。

 鋏を開閉し目を光らせ、獰猛な戦意をあらわにしていた。


「……来いよ」

《――――――!》


 雄たけびのような電子音を上げると、クワガタは急加速して純に突っ込んでいく。

 それに対して純が選んだ手は正攻法。

 真正面から受け止める。

 純は避けるそぶりも見せず、腕を開いてかまえる。

 そして接触の寸前、開いた腕を閉じてクワガタを迎え入れた。

 鉄板突きささるほどの威力を誇る突進。

 このまま抱きとめれば、下手をすれば心臓に鋏が達する。

 そうすれば間違いなく命はない。

「うおあぁああ!!」

《――!》


 純は抱きとめると同時に後ろへ跳んだ。

 また扉に背中が打ちつけられる。

 大きな音を立てて、純はずるずると座りこんだ。

 息をすることが出来ない。

 ワームに投げ捨てられた時よりずっと強烈だった。

 加えて胸部に走る痛み。

 鋏が浅く突き刺さっていた。

 もしかしたら肋骨が折れたかもしれない。

 だが、純は確信を手にした。

 運命を掴みとったという確信を。


「アタシも掴みとったぜ……須賀」


 あんなに暴れていたクワガタが、今はすっかりおとなしい。


「運命ってやつをさ」


 背を預けている扉が開かれる。

 透華が穏やかな顔で純を出迎えた。


「認められたようですわね」

「ああ……アタシが、資格者だ」





 時刻は夕方。

 作戦の概要を説明された俺達は例の廃工場付近で準備を進める。

 内容は廃工場の爆破。

 昨日と同じように潜入して爆弾を設置。

 爆発させてワームの卵ごと一網打尽にしようって寸法だ。

 潜入するメンバーはライダーのみ。

 ゼクトルーパーたちは怪我人が多いため、後方で待機。

 そして前回の失敗を考えて清水谷さんも待機。

 つまり、潜入するのは俺と会長……


「さて、これで準備はあらかた済みましたね」

「すみません。準備まで手伝ってもらっちゃって」

「お気になさらず。透華様から仰せつかっておりますので」


 ……のはずだったが、直前になって萩原さんが協力を申し出てきた。

 龍門渕さん直々の命令だそうだ。

 なんにしてもこの人がいれば心強いことに変わりはない。

 悔しいが今いるライダーの中で間違いなく最強だ。

 いつか俺が越えるべき壁の一つだろう。


「それじゃ三人とも、しっかり頼むで」

「任せてくれ」

「ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」

「私も存分に力を振るわせていただきます」





 昨日訪れたばかりの廃工場。

 クロックアップで一気に飛び込んだ俺たちは、ワームの大群に囲まれていた。

 数が予想以上に多い。

 あくまで目算だが……昨日の倍近くはいそうだ。

 つまり二百体ほど。

 無双シリーズが現実になったかのような光景だ。


「これ、どうする?」

「クロックアップで強行突破します?」

「いえ、それでは爆弾が衝撃で発動してしまう可能性があります」


 俺の肩にぶら下がった鞄の中には爆弾が入っている。

 余計な衝撃を加えてはご破算か……

 じゃあ強硬策は避けるべきか。


「……竹井様、須賀様。ここは私が引き受けます」

「萩原さん、あなたの実力を疑うわけじゃないけど、大丈夫なの?」

「一流の執事にとっては容易いことです」

「執事って凄いのね……」


 恐らく敵の戦力の大部分はここに集中している。

 ここを切り抜ければ後はすいすい進めるってことだ。

 たしかに一人残っての足止めは効果的だ。

「萩原さん、おねがいします」

「お安いご用です」

「あなたが言うと説得力がありますね」


 ちなみに松実先輩のおまかせあれはあてにならない。

 それはともかく、まずは奥へと進む道を開かなければならない。

 この大部屋の端にあるドアだ。

 一瞬でもこの海が割れれば十分。

 クロックアップで駆け抜ければいい。


「じゃ、でかいの一発かますわよ!」

《――Rider Shooting!》

「道を切り開きます」

《――Rider Slash!》


 放たれる光弾と斬撃。

 その二つは道を塞ぐワームを飲み込んでいく。

 そして十戒のワンシーンのごとく、道が開ける。


《《――Clockup!》》


 ドア目掛けて加速する。

 成虫のワームがいなければ、これには対応できないはずだ。

 俺と会長はその場を離脱した。





 加速したまま駆け抜ける。

 思った通り廊下にはワームがいない。

 このまま一気に目的地まで行ってしまおう。


「――須賀くん、来たわよ」

「やっぱりすんなりとはいきませんか」


 クロックアップ中の俺たちに割り込んでくる存在。

 つまり、ワームの成虫体だ。


「あれは、クモかしらね」

「俺が戦ったことあるやつとは違うっぽいですけど」

「――――――!」


 ワームが急接近してくる。

 やる気満々ってわけか。

 だがあいにく、構っている時間はない。


「会長、任せました」

「あら、私に指図なんていい度胸ね」

「でも会長だって乗り気だ」

「だってワームの卵って気持ち悪いんだもの。近寄りたくないわ」

「……じゃあ行きますね」


 理由としてはしょうもなさすぎた。

 とりあえず、会長に任せて先を急ごう。


「――――――!」

「あなたの相手はこっち。女の子を焦らしちゃダメよ?」





 はびこるワームを縦横無尽に切り裂いていく。

 大勢に囲まれた状態だと言うのに、萩原の動きによどみはない。

 流れるように向かってくる敵に剣を振るい葬っていく。

 その戦いからは余裕すら見て取れた。

 だが、動きとは裏腹に心の中には一欠けらの焦燥があった。


(予想以上に数が多いですね……!)


 体力的に厳しいわけではない。

 萩原だったらこの場にいるワームを全滅させてもお釣りがくるだろう。

 ただ、彼はある意味爆弾を抱えていた。

 そしてそれがどういう条件で爆発するかわかっているからこそ、焦燥がある。


《――Rider Slash!》

「はぁっ!」


 斬撃のエネルギーを三方に飛ばして一気に五体ものワームを葬る。

 萩原は自分の中で闘争心が高ぶっていくのを感じた。


「はぁ、はぁ……次は、誰ですか?」


 たまった熱を吐き出すように息を吐く。

 いっそこの熱に身を任せてしまえば楽になれる。

 それは萩原にもよくわかっているが、そうは出来ない理由があった。

「ならば、こちらから……!」

《――Clockup!》


 モノクロの世界に入り込む。

 うごめくワームの間を剣を振るいながら通り抜けていく。


《――Clock Over!》


 一瞬のうちに十数体のワームを切り捨て、萩原は深く息を吐いた。

 サナギのワームしかいない以上、クロックアップについてこれるものはいない。

 そして今、自分は闘争心をコントロールできている。

 そう、油断していた。


「――――――!」


 天井に潜んでいたクモの成虫体が行動を開始したのは、萩原が加速状態から脱した直後だった。

 相手の加速の終了とともに自分が加速。

 ワームの攻撃が萩原に迫る。


「――あ」


 その攻撃は果たして、萩原にかすりもしなかった。

 だが、爆弾の導火線に火をつけてしまった。


「あ、あ……がああぁぁぁああああ!!」





 倉庫と書かれたドアを蹴破り、中に入る。

 昨日と同じで、ワームの卵がびっしりとフロアを埋め尽くしていた。

 ここに爆弾を設置して時限装置を起動させれば後は離脱するだけだ。


「あそこらへんがいいかな?」


 卵に注意を払いながら設置場所を探す。

 この前みたいに途中で孵化されたら面倒だ。

 物が乱雑に寄せられた一画。

 そこに鞄から取り出した爆弾を設置する。


「時限装置を作動させてっと」


 厳重に守られたスイッチをオンにする。

 すると備え付けられたモニターに残り時間が表示された。

 えっと、五分か。


「後は、これだな」


 鞄からもう一つ取り出す。

 銃弾のようなフォルムのそれをクナイガンの先に取り付け、真上にむける。

 そして引き金を引いた。


「たーまやー」


 天井を突き破って信号弾が炸裂する。

 色というよりも音に重きがおかれたそれは、音響弾と言った方が多分正しい

 これで会長と萩原さんに撤退の合図を送れたはず。

「さてと、帰るか……」


 こんな薄気味悪い場所はさっさとおさらばしよう。

 夕食の準備とかしたいし。


「――――――!」

「……まぁ、俺だけ楽な仕事ってわけにもいかないか……」


 振り向けばそこには成虫体のワームがいた。

 さっきのクモとは別種だ。

 頭の突起と、そこから生えた弁髪のような触手はサソリを思わせた。

 猛り、雄たけびを上げている。

 やる気満々といった風情だ。


「制限時間つきのバトルか……!」


 先手必勝。

 ガンモードの射撃を放つ。

 ワームは避けるそぶりすら見せず、全て左腕の装甲で弾いた。

 くそ、目が良いな……

 鞘を取り払い、クナイモードへ。


「行くぞっ」

「――――――!」

 同時に走り出したため、距離はあっという間に塞がった。

 ワームは右手のカギ爪を振るう。

 恐ろしく鋭い……!

 どうにか避けると、反撃を試みる

 逆手にかまえたクナイモードの一閃。

 それはやすやすと相手の左腕に止められた。

 くそ、これは硬いな。


「こ、の……!」

《――Clockup!》


 ワームを蹴り飛ばし、離脱をはかる。

 遠距離攻撃は効かないが、接近戦はもっとやばい気がする……!

 バックステップでさらに距離を取ろうとするが、なにかに足を絡め取られる。

 相手の頭から生える触手だ。


《――Clock Over!》


 地面に引き倒されると同時に加速状態から引き戻される。

 触手を手繰り寄せながらワームは右腕を振り上げる。

 くそ、好き放題やらせてたまるか……!


「――――――!」

「くっ」

 体から力を抜き、そのまま引きずられる。

 そして相手の射程圏内に入る。

 振り上げられた右腕が振り下ろされる。

 それと同時に、俺は触手が巻き付いた右足を思い切り振り上げた。


「――――――!」

「ドンピシャ!」


 触手を通じて頭を引っぱられたワームの攻撃は逸れる。

 そしてそれが振り上げた右足に絡みつく触手を切断した。

 ワームは苦悶の声を上げている。

 この隙を逃す手はないな……!


「はっ!」


 起き上がりざまに蹴りを入れる。

 直撃を受けたワームはよろめく。


《――1,2》

「せやっ」

《――3...Rider Kick!》


 パンチを叩きこみながら、スイッチを押しこむ。

 これで……止めだ!

「――――――!」

「なに!」


 必殺を期した回し蹴りを、ワームは左腕で受け止めた。

 ひび割れ、装甲がはがれていく。

 いくら硬いとはいっても無事では済まなかったようだ。

 ならもう一回叩きこめば……!


「――――――!」

「な、こいついきなり!」


 突然ワームの動きが激しくなる。

 触手を失い、左腕の装甲を失い、一心不乱に右腕を振るっている。

 あまりの激しさに防戦を余儀なくされる。


「――――――!」

「ぐあっ」


 ガードをこじ開けられ、痛烈な蹴りをまともにもらう。

 綺麗にみぞおちに入った。

 息が、できない。


「――――――!」

「――っ」

 よろめく俺をめがけてさらなる猛攻。

 一も二もなく地面に転がりこんで回避する。

 ワームの右腕は、そこにあった卵をつぶして緑に染まった。

 こいつ、仲間を容赦なく……!


「――――――!」


 地面に這いつくばる俺にワームの足が振り下ろされる。

 さらに転がって避ける。

 体重を乗せて踏みつけられた地面が揺れた。

 あれをまともに食らったら、内臓が愉快なことになりそうだ。


「――――――!」


 狂ったように踏みつけてくるワーム。

 巨人が踊っているのかと錯覚するほどの揺れ。

 無我夢中で転がって避け続ける。

 そして、俺はついに逃げ場を失った。


「壁際、こんなところで……!」

「――――――!」


 そして容赦なく振り下ろされる足。

 覚悟を決めて受け止める。

「ぐ、ぎぃ」


 胴体に届く前に腕を割り込ませる。

 腕から嫌な音が鳴った。

 でも、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「うおらっ!」

「――――――!」


 足を押し返し、ワームの腹に頭突きを入れる。

 カブトムシの角はさぞ痛いだろう。

 相手がよろけた隙に立ち上がる。


「――――――!」


 ワームの右手が俺の胸部を狙う。

 だが、慌てることはない。


《――Put On》


 鎧の部分再装着。

 振るわれた右腕のカギ爪は、半ばまでめり込んで停止した。


「……」

「はぁ!」

 ワームを殴り飛ばす。

 何の抵抗もなく、地面に倒れた。

 ……なにか様子がおかしい。

 ワームはゆっくりと立ち上がり、後退していく。

 なんだあれは?

 臆病風に吹かれたふうでもない。

 大体逃げるのならクロックアップすればいい。

 もう戦う必要はないとでもいうような……

 まるで意識が突然切り替わったかのような感じだ。

 背を向けてゆっくりと遠ざかっていく。


「待て――」


 どうすればいいかわからない。

 だけど手が伸び、声が出た。

 そして後を追おうとして、それが起きた。


「――――――!」


 時限爆弾の作動。

 クロックアップしようとしても、出来ない。

 完全にキャストオフしきっていないからだ。

 サソリのワームが振り向いてこっちに走ってくる。

 そして俺の体と意識は爆炎に飲み込まれた。





 夕暮れに染まった病院内を純は歩く。

 自分が掴みとったものを、真っ先に智紀に伝えたかったのだ。

 すれ違う人たちの視線が集まる。

 はた目から見て、入院が必要なのは明らかに純の方だった。

 目的の病室までの道の途中に、見慣れた背中を見つける。


「おーい智紀ー」

「……純、どうしたのそれ」

「いや、色々やんちゃしちゃってさ」


 病院服を着た智紀は純の心配をする。

 むしろ自分の方が重症であるはずなのに。

 純は智紀の目もとを見て、ため息をついた。


「これから病室戻るのか?」

「そのつもり」

「その前に屋上行こうぜ、話したいことあるし」

「私怪我人」

「そんな立って歩けるなら大丈夫だろ」

「横暴」

「大体オレだって怪我人だ」


 純は智紀の背中をぐいぐいと押して階段の方へ誘導する。

 智紀は呆れた目をして従った。







「なぁ、約束覚えてるか?」

「どの約束?」

「二人でまたムーンボウを見ようってやつ」

「覚えてる」


 手すりにもたれて、幼い日の約束を純は回顧する。

 あのころは互いしか頼れる相手がいなくて、寄り添うように生きていた。

 でも、今は違う。

 純には仲間というものができた。

 そして智紀もそうであってほしいと思ってた。


「今日は無理かな? 雨降るそぶりすらないし」

「今週末が狙い目。夕方降って夜は晴れるらしい」

「そうか、そりゃ楽しみだな」


 夕日から目を外し、純は振り返る。

 病院服を着てる以外は普段と変わらぬ智紀がいた。


「だからさ、いい加減それやめろよ」

「やめるってなにを?」

「その臭い芝居に決まってんだろ」

「なにいってるかわからない」

「その擬態を解けって言ってるんだよ」

 純が決定的な言葉を吐いた。

 目の前にいる智紀の姿をしたなにかは、答えない。

 代わりに純がさらに言葉を放つ。


「重症の患者なんだぜ? そんな歩きまわれるわけないだろ」

「……」

「大体、そのメガネはあの時に割れて壊れたんだよ」


 無表情がぐにゃりと歪む。

 隠しきれない醜悪な面が表出しているかのようだった。

 純は顔をしかめる。


「残念、先にあの子を殺せばあなたがもっと苦しむかと思ったのに」

「間一髪だったわけだ。オマエも執念深いね」

「仕方がないから、あなたから殺してあげる……!」


 像が歪み、ワームがその姿と本性をさらけだす。

 自分たちを襲ったタランチュラのワーム。

 純は肩を竦めて皮肉気に笑った。


「まぁ、初戦がオマエってのも悪くないか」


 ベルトを巻き、空に手をかざす。


「色々積もる話もあるしな……じゃあ、行くぜ」

 空間が歪み、青いクワガタが現れる。

 外の世界を楽しむようにそこらを飛び回る。

 中々純のもとにやってこない。


「――――――!」


 それを好機と見たのか、ワームは口から糸を吐き出した。

 触れたものを溶かす、消化性の糸。

 純に届く前に断ち切られる。

 ゼクターが純を守った。

 返礼と言わんばかりに、青いクワガタはワームに目掛けて突進する。


「――――――!」


 ワームは突き飛ばされてフェンスにめり込んだ。

 そしてゼクターは純の手に収まる。


「変身」

《――変身》


 電子音声とともに純の体が重厚な鎧に包まれていく。

 青と銀の戦うための鎧。


「……よし、これならイケる!」

「――――――!」

 フェンスを蹴ってワームが純に飛びかかる。

 純は前傾姿勢で迎え撃つ。

 振るわれる腕をくぐりぬけ、足を払う。

 ワームは地面に転がった。

 腹部に向けてストンピング。

 手足をびくつかせるワーム。

 その口から糸が吐き出された。

 純は足を離して後退。

 ワームはその隙に体勢を立て直した。


「武器は……これか?」


 両肩部に備え付けられた銃口。

 それが火を吹いた。

 放たれた弾は二つ。

 一つはワームに命中。

 その体を再びフェンスに張り付けた。

 もう一つはその横に命中。

 フェンスに大穴をあけた。


「――――――!」


 フェンスに空いた穴を抜けて、ワームはその場から離脱する。

「逃がさねぇよ」

《――Cast Off!》


 ゼクターの鋏を展開する。

 鎧が緩み、浮いていく。

 そして飛散。

 重い殻を脱ぎ捨て、高速戦闘形態へとその身を変えていく。


《――Change Stag Beetle!》


 クワガタの鋏が顔を挟むように立ち上がり、さらなる変身は完了した。

 ワームの後を追って純も飛び出す。

 病院の屋上から空中へ身を躍らせる。


「――――――!」


 一足先に地面に下りていたワームが糸を吐き出して、純を絡め取ろうとする。

 純は両肩部に収まった剣を抜く。

 飛散した銃口の下から現れた刃。

 クワガタの鋏のような一対の双曲剣。

 それらを振るい、純は糸を切りはらう。


「――――――!」


 落下で得たエネルギーも加え、斬りおろす。

 激しく火花を散らしながら、ワームは吹っ飛んでいった。

 事態を認識した周囲の人々が悲鳴を上げながら逃げだす。

「――――――!」

「逃がさないって言ってるだろ!」

《――Clockup!》


 純とワームは高速の世界に入り込む。

 全てが止まっていた。

 逃げまどう人々も、道を走る車も、空を飛ぶ鳥も。

 この中で動いているのは自分と相手のみ。

 寂しい世界だと、純は感じた。


「このっ」

「――――――!」


 人と人の間をすり抜けながら、ぶつかり合う。

 打撃の応酬。

 ワームの腕を剣で受け止めながら、蹴りを叩きこむ。

 この場で剣を振るうと周囲の人に当たる可能性がある。

 純は相手の攻撃を受け流すと、肘打ちで腹を強打した。


「――――――!」


 ワームは跳躍して道路上で停止した車の上に飛び乗る。

 純も後を追って車の上へ。

 車の屋根を足場にした鬼ごっこが始まった。





「待てよ!」

「――――――!」


 時折純に向けて糸を吐き出しながら、ワームは逃げる。

 自分に向かってくる糸を切りはらいながら、純は歯がみした。

 アーマーと一緒に遠距離攻撃の手段も失ったため、相手の足を止める手段がない。


「ああ、くそっ」


 純は逃げる背中に剣を一本投げつける。

 だがワームは屈んでそれをかわした。

 目標に当たらなかった剣は彼方へ飛んでいった。


「――――――!」


 ワームの嘲笑ともとれる声。

 純は思わず剣を握る左手に力を込めた。

 すると、剣が電流のような火花を放つ。


「――――――!」


 トラックに乗ったワームの動きが止まる。

 先ほど投げられて飛んでいったはずの剣が、胸に突き刺さっていた。

 純は剣の引き寄せあう特性を理解した。

「追いかけっこは終わりだなっ」

「――――――!」


 左の剣で斬りつけ、刺さった剣を引きぬく。

 ワームは声を上げて苦しむ。

 純はさらに斬撃を加える。

 一閃、二閃、三閃。

 ワームの胴体を切り裂いていく。


「せやっ」


 双剣を同時に突きだす。

 ワームはトラックの端に追いやられた。


《――1,2,3》


 純はゆっくりと歩きながらゼクター後部のスイッチを押す。

 エコーがかった電子音声が響く。

 ふらつくワームの目の前で止まると、純は思い切りトラックの外に蹴飛ばした。


「それじゃあな」

《――Rider Kick!》


 ゼクターの鋏を元に戻し、再度展開する。

 エネルギーが頭の鋏を経由し、右足に送られる。

 純もワームを追って、身を捻らせながら空中に飛び出す。

 トルネードキック。

 回転を加えた蹴りが炸裂した。


「――――――!」


 純は着地し、ワームの爆散を見送った。





「知らない天井だ……」

「須賀くんそれ何回目よ」

「何度も同じネタ使うと、鮮度がなくなるんやで?」


 病院の一室。

 部屋の主は俺。

 つまり入院していた。


「いや、ずっとやることなくて暇で暇で……」

「今日で退院でしょ? もう少しの我慢ね」

「後は軽い検査で終わりって言ってたで」


 今日の見舞いは会長さんと清水谷さん。

 入院させられてからは毎日のように訪問者がきていた。

 衣さんに東横、松実先輩に龍門渕さんと萩原さんに福路さんと池田。

 ただ唯一、見舞いに来たわけじゃないのに顔を合わせたのが園城寺さんだった。

 たまたま入院する日とかぶったらしい。

 その時は清水谷さんが来るまでずっと、俺で膝枕エネルギーを充填していた。

 そして、井上は顔を出さなかった。

 理由は俺が嫌われてるとかそういうことじゃなくて、単純にあいつも入院してるからだ。

 むしろ毎日病院内で顔を合わせている。


「てか、別に入院するほどじゃなかったような」

「とはいってもボロボロだったじゃない」

「爆発から助けてくれた萩原さんには感謝せなあかんで?」

 時限爆弾の爆発に巻き込まれたとき、萩原さんが助けてくれたらしい。

 下手すれば自分も巻き込まれるのに俺を助けてしまうってのは、流石としか言いようがない。

 いつかこの借りを返さなければいけないな。

 ともかく、戦闘で負った怪我や爆発に巻き込まれた際の火傷などが要因で、入院させられてるわけだ。


「まぁ、ワームたちがおとなしくなったんだから、休暇とでも思えばいいじゃない」

「せやで、人間は働きづめだとロクなことないしなー」

「あぁ、体がなまる、料理が作りたい……」

「観念してじっとしてなさい。どうせすぐに退院できるんだから」


 衣さんを一人にしておくのは気になるが、そこらへんは龍門渕さんがなんとかしてくれてるだろう。

 最大の懸案事項は、数日サボることによって発生する腕の衰えだ。

 あぁ体を動かしたい。


「じゃ、俺はどっか行ってきます」

「どっかてどこよ?」

「病院内のどこかです」

「無理はせんようにな」

「わかってるって」

「私たちもそろそろ行きますか。暗くなってきたし」

「せっかくだからどっか寄っていかへん?」

「オーケーよ」


 三人連れだって病室を出る。

 二人を見送って俺も階段の方へと歩きだした。





 屋上の扉を開けて、外に出る。

 ちょっと前までは雨が降っていたが、今は晴れている。

 暗色に変わりつつある空のグラデーションがはっきりと見えた。

 フェンスにもたれかかっている見知ったやつを見つける。

 井上だ。

 空を見上げている。


「よう、なに見てんだ?」

「特になんも」

「じゃあぼーっとしてるだけか」

「そういうこと」


 隣にもたれかかり、俺も空を見上げる。

 星が光り出していた。

 そういえば、今日は満月だそうだ。


「ありがとな」

「なんの話だ?」

「色々」

「そうか」


 お礼なんて言われても正直困る。

 俺は言いたいことを好き勝手に言っただけだから。

「ま、井上が昨日の自分を追い越せたようで良かったよ」

「なんだそれ」

「知らないのか? 昨日より速く走るだけで人間はどこまでもいけるんだよ」

「バカ言ってんなよ」

「そうか?」

「そうだよ」


 肩に軽い衝撃。

 井上が拳を突き出していた。

 仕返しにしっぺをくらわせる。

 たいした意味のないやり取りだ。


「純でいいよ」

「じゃあ俺のことも名前で呼んでくれて構わない」

「いいぜ、京太郎」

「感謝しろよ? 純ちゃん」

「……ちゃんづけはやめてくれ」

「それもそうだ」


 空が暗く染まり、夜が訪れる。

 星や月が本格的に輝きだす。

 二人して空を眺めていると、屋上の扉が開いた。

「純、ここにいた」

「智紀、もう歩けるのか?」

「なんとか」


 純はフェンスから離れて沢村さんのもとへ向かう。

 邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行こうかな。

 もうすぐ検査の時間だし。


「じゃあ、俺もう行くから」

「またな」

「……さよな――」


 沢村さんの言葉が途切れる。

 いきなり月と星以外の光が消え去った。

 停電だ。

 病院は別に電源を確保しているから大丈夫だろうが。


「おい、智紀……あれ!」

「ムーンボウ……!」


 純が遠くの空を指差す。

 雲に浮かび上がる弧を描く光は……虹だ。

 月の光の虹、二人はそれに見入っていた。

 これは……俺は本格的に邪魔ものになってしまったようだ。

 静かにドアを開けて屋上を後にする。

 さぁ、さっさと検査を済ませて帰ろう。






第八話『覚悟の風味と月の虹』終了


ようやっとガタック登場回終了
寝落ちから鮮やかに復活しました
書くことが単純に増えたので、ボリュームは過去最高になりました

これでホッパーとダブト以外出そろったので、その内番外編投下しようかと思います
ちなみに本編とはあんまりつながりはないです

次回は今までメイン回がなかったあのヒロインの話です。
それじゃ用意してでかけてきます


ホッパーたちは咲の登場人物でやる以上、地獄姉妹なのはほぼ確定ですね
一応他の可能性としては

京太郎とハギヨシで地獄兄弟
副会長と県予選アナウンサーで地獄白石兄弟
大沼プロと南浦プロで地獄高翌齢兄弟

……うん、ないな

まぁ、原作的にも血縁関係があるとは限りません
そして咲ちゃんは本編には出てきません

寝る前に好感度集計したのをこっそり貼っときます


衣……5

桃子……5

玄……3

怜竜……5

久……4

美穂子……3


衣とモモは八話で選ばれてたのでちゃんと加算してあります
福路さんは出てくるの遅かったから初期値にプラス1
まぁ、行き当たりばったり感が出てますね

ちなみに好感度の節目は五の倍数です
それじゃ、おやすみなさい

ようやっと帰宅
もうちょっとしたら投下します



 夏休みの真っ最中。

 夏盛りで毎日がうだるような暑さだ。

 それに加えてセミをはじめとした虫の鳴き声。

 暑さを助長させていると感じるのは俺の気のせいだろうか。

 せっかくワームたちがおとなしくなったっていうのに。

 まぁ、この前の作戦が成功してなければいまだに害虫駆除に追われてただろうけど。

 そして暑さなんて気にしてる余裕もなかったかもしれない。

 とにかく、こうやって洗い物の最中に水に触れるのがこんなにも気持ちいい。

 平和なのはいいことだ。


「きょうたろー、ハギヨシから電話きた」

「萩原さんから?」

「うん、きょうたろーと話したいって」

「今行きますよ」


 手を拭いてリビングへ向かう。

 何の用だろうか?

 またワームでも現れたのか。

 それだったらZECTの方から連絡が来るはずだけど。

 だとしたら、龍門渕さんの用事かな。


「もしもし――」





「暑いな……」


 照りつける太陽。

 その熱をため込んでは放出する白い砂浜。

 そして寄せては返す波。

 俺は今、海に来ていた。

 海パンにパーカーを羽織り、パラソルなどを設営し終わったところだ。


「きょうたろー、出来たぞー!」


 波打ち際から少し離れた場所に砂の城を築く衣さん。

 こちらに向けて大きく手を振っている。

 身につけているのはワンピースタイプの水着。

 詳しくはゲーム版参照。

 まぁ、よく似合っている。

 どこがどうとかは明言を避けるが。

 衣さんが察知したら頬をふくらませてしまう。

 本人の中では、甘えさせてもらうことと子供扱いには大きな差があるらしい。

 撫でてほしい時に撫でてもらうのは構わないが、子供用の座席を用意されると機嫌を悪くする。

 そんな感じだ。


「どうだ、凄いだろ!」

「これは……姫路城!」


 そこには砂でできた文化遺産があった。

 精巧な作りはもとより、全高が一メートル弱にも関わらずどこか風格が漂う。

 写真に収めずにはいられないな、

 携帯を取り出してカメラを起動する。

 こっちの意図に気付いた衣さんが、腰に手を当てて胸を張った。

 このドヤ顔も一緒に写しておこう。

 そしてファインダーを覗きこんで、俺は差し迫る危機に気付いた。


「――くっ」


 パーカーを脱いで波打ち際へと駆け出す。

 少しだけ高い波が押し寄せていた。

 もちろん、これで誰かが波にさらわれたりすることはないだろう。

 波打ち際より少し先に届く……所詮はその程度の波だ。

 ただ、確実に砂の城に到達する。

 そうなればあっさりと崩れ去ってしまうだろう。

 その結果、衣さんの笑顔を曇らせるわけにはいかない。


「ひゃっ」


 砂の城を飛び越し、海との境界に立つ。

 ゴールを狙うサッカー選手のごとく、足を大きく後ろに引く。

 ロングレンジからのシュートを撃つように、最大限の力を込めて。

 そしてそれを一気に解き放った。

「はぁっ!」


 迫る波に向けて砂を蹴りあげる

 まるで小さな爆発。

 その勢いに波は一部分だけ退けられ、引いていった。

 塩辛い雨が降る。

 砂の城は……無事だった。


「砂が目に……」

「大丈夫ですか?」

「もう……ひどいぞ、きょうたろー」

「すいません」


 目をこする衣さんを宥める。

 飛びあがった時か蹴りあげた時か、砂が目に入ってしまったようだ。

 砂の城を守るためとはいえ、少し焦りすぎたか。


「小さな子を泣かせちゃダメっすよ?」

「むっ」


 忍び寄るように近づいてきた声に振り向けば、東横がいた。

 衣さんはウサミミを立てて警戒をあらわにしている。

 小さな子っていうのはNGワードだ。

「東横、お前な……」

「それより、どうっすか?」


 東横はその場で一回転した。

 当然水着姿。

 フリルやリボンをあしらった青と白のビキニ。

 詳細はゲーム版参照。

 まぁ、よく似合っている。

 特におもちが……ゲフンゲフン!


「……いい、と思う」

「やたっ」


 飛び跳ねる東横。

 これまで、一緒に遊びに行く相手もいなかったのだろう。

 少し過剰に喜んでるような気がするが、それを考えたら納得だ。

 とりあえず弾む胸から目を離そう。


「きょうたろー、写真!」


 衣さんに手を引かれる。

 まるで俺と東横を引き離すような勢いだ。

 そういえば写真を撮ろうとしてたんだよな。

 待たせて悪かったかな。

「東横も入るか?」

「えっと、私は……」

「ふーっ!」

「……遠慮しとくっす」

「ん、わかった」


 東横に向けての威嚇。

 衣さんのそれは、あたかも敵に対するもののようだ。

 前に顔を合わせた時はこんなんじゃなかったはずだ。

 互いにおどおどしていたが、俺が間を取り持ってどうにかなっていたのに。

 今はおどおどとかいう状態じゃないな。


「それじゃ、撮りますよ。準備はOKですか?」

「いいぞー」


 シャッターを切る音がして、その一瞬が切り取られる。

 ドヤ顔の衣さんと砂の城と、水着の美少女二人組。

 中々のスタイルだ。

 思わず目を奪われる。

 ……ちょっと待て。

 よく見たら見知った顔だよ。


「おー、立派な城やなー」

「は、恥ずかしいからあんまこっち見んといて……」

「そない立派なもん持っとるのに、アピールせぇへん手はないで」

「ちょ、怜っ、揉むのダメぇ」

 園城寺さんと清水谷さんだった。

 二人ともビキニだ。

 清水谷さんは赤で、園城寺さんは白地に青のライン、こっちはパレオを巻いている。

 詳細はゲーム版参照。


「うーむ、流石の大きさやなぁ」

「だから、やめてぇ……」

「……ごくっ」


 思わず唾を飲んでしまう。

 目を離そうとしても、それができない。

 揉みしだかれて形を変える胸は、それだけの魔力を持っていた。

 男だったら目を引かれて当然だ。

 うん、だから仕方ないね。


「怜、いい加減にしぃやっ」

「あうっ」

「はぁ、はぁ……まったくもう」


 清水谷さんが園城寺さんの頭を叩いて、事態は沈静化した。

 面白くなさそうにそれを見ていた衣さんだったが、清水谷さんが自由になると途端に砂の城の陰に隠れてしまう。

 学校祭のこともあって警戒してるのだろう。

 だが、頭隠して尻隠さずならぬ、体隠してカチューシャ隠さず。

 ウサミミが風に揺れてひらひらしてるのがばっちり見えた。

「あっ、衣ちゃん」

「ひっ」


 そしてそれはあっさりと清水谷さんの目に留まった。

 見つかったことを感知したのか、ウサミミカチューシャがビクンと震えた。

 喜色を全面に浮かべ、清水谷さんが動き出す。


「やっぱかわええなぁ」

「く、来るなっ」

「そうつれないこと言わんといて、うちともっと仲良くせぇへん?」

「やだっ」

「またなでなでしたるからぁ」


 衣さんは逃げ出した。

 そしてそれを清水谷さんが追いかける。

 鬼ごっこの始まりだ。

 二人は砂の城のまわりをグルグルとまわり出した。

 まぁ、助けを求めてくるまでは傍観していよう。

 多分衣さんも本気で嫌がってはいない。

 なんだかんだで照れ臭いのだろう。


「賑やかになってきたッすね」

「嫌だったか?」

「のぞむところっすよ。敵の存在も確認できて一石二鳥っす」

 一体、東横の言う敵とはなんなのか。

 というかなにかと敵対してたのか?

 友達の少ないこいつにとっての敵……リア充とか?

 たしかにまわりを見渡せば腐るほどいるけど。

 それだったら学校にも結構いるはずだ。

 ほら、あんな風に腕を組んでるカップルが……


「くそ、爆発しろ」

「どうかしたんすか?」

「いや、なんでもない」


 すぐにリア充カップルから目を話す。

 まさに目の毒だ。

 視覚や聴覚に訴える精神攻撃だ。


「……なるほど、よくわかったっす」

「勝手に納得するな」

「つまり、あれが羨ましいんすね?」

「ち、違うし」

「震え声で言ってもなんの説得力もないっすよ」


 羨ましくなんてないし。

 ……つい語尾が池田みたいになってしまった。

「なら、良い方法があるっすよ」

「良い方法?」

「同じことをすれば、万事解決っす」


 それが意味することは、俺と東横で腕を組むってところだろう。

 そうすればたしかに周囲のカップルたちに溶け込むことが出来る。

 過去にも何回かふざけてやったことはある。

 だが、今の東横は水着だ。

 ほとんど生に等しい感触を押しつけられるってことだ。

 もちろん俺も一人の男だから、興味は大いにある。

 だけど、これはちょっと……いやかなり刺激的だ。

 ……はたして、俺は耐えられるのだろうか?


「ものは試しっすよ」

「あ、こら」


 色々と逡巡している間に右腕を取られてしまった。

 白く細い腕が絡みつき、距離が縮まっていく。

 そしてそれがゼロになる直前で、俺の体は反対側に引っ張られた。

 左腕に柔らかくて温かい感触。


「ここで美少女のテコ入れやで」

「園城寺さん!?」

「なーなー京ちゃん、うちにもかまってー」

 しなだれかかるように、園城寺さんが俺の左腕を抱いていた。

 以前背中で服越しに感じたものが、今度はほぼ生で腕に押し当てられている。

 ヤバい。

 予想以上に柔らかい。

 くそ、静まれっ、俺のホーン!


「そうはさせないっすよ!」

「東横!?」

「ほら京くん、こっちの方が大きいっすよ!」


 右腕に圧倒的な質量が押しつけられる。

 腕の形に合わせてムニュムニュと歪む胸は非常に目に悪い。

 状況は悪化の一途を辿っている。

 精神がガリガリと削られていくのがわかる。


「京ちゃん」

「京くん!」

「あんたら俺に恨みでもあんのかっ!」


 二人はにらみ合って込める力をさらに強めた。

 両腕を柔らかい感触に拘束されて身動きとれない。

 この状況は天国だけど、地獄だ。

 このままじゃ俺の精神が焼き切れる……!

「追いかけてくるなー!」

「衣ちゃーん、待ってーな!」


 そして前方からやってくるさらなる脅威。

 追いかけっこに興じていた二人だ。

 猛烈な勢いでこっちに迫ってくる。

 おいおい冗談だろ?


「きょうたろー、助けてっ」


 衣さんが俺の股下をくぐり抜けて背中に張り付く。

 走っていた清水谷さんは当然急に止まれない。

 そして目標との間にそびえる壁、つまり俺に正面から激突。

 結構な衝撃だが、踏ん張って倒れるのをこらえる。

 俺の胸板に、清水谷さんの胸が押しつけられた。

 それが、最後の一押しとなった。


「もう、ダメだ……」


 四方を美少女達に固められ、胸を押しつけられる。

 ラッキースケベだかなんだか知らないが、この状況は既に許容を超えていた。

 頭がくらくらする。

 鼻のあたりも熱い。

 あ、やばい……倒れる。


「きょうたろー!」

「京くん!」

「京太郎!」

「京ちゃん!」


 ブラックアウト。

 俺の視界は黒く閉ざされた。





「うっ……」

「大丈夫ですか?」

「福路さん……?」


 目を開ければ心配そうな顔とはち合わせた。

 その向こうに見える赤と白。

 どうやら自分で用意したパラソルの下で寝てたらしい。


「いきなり倒れたって聞きましたけど、熱中症かしら?」

「いや、それはまぁ……」


 言えない。

 女の子にまとわりつかれて倒れたなんて絶対言えない。

 情けないにも程がある。

 くそ、女性経験のなさが恨めしいぜ。


「とにかく、良かったです。みんな心配してたんですよ?」

「そのみんなはどこに?」

「あっちでビーチバレーやってますよ、ほら」


 福路さんの指し示す方向にネットを張った即席のコート。

 見知った顔ぶれがその内外でゲームやら応援に興じていた。

 俺が気を失っている間に全員揃ったようだ。

 さっきまでいなかった人たちも加わっている。

 会長、純と沢村さん、龍門渕さんと萩原さん、それに池田。

「福路さんはいいんですか? せっかく海に来たのに」

「いいんですよ。ちょっと準備が他の人より遅れちゃいましたし、須賀さんを放っておくわけにはいきません」

「すいません、俺のせいで……」


 きっと会長と一緒にいたいはずだ。

 俺が福路さんの時間を消費させてしまっている。

 そう考えると本当に申し訳ない。


「こういうときは、ありがとうですよ?」

「……ありがとうございます」

「ふふ、じゃあ今度またお茶に付き合ってくださいね? それでチャラです」


 福路さんは悪戯っぽく微笑んだ。

 ……俺は女神でも見ているのかもしれない。

 右手で両目を揉むふりをして、顔を隠す。

 これ以上直視したらみっともない顔をさらす危険性がある。


「目、どうかしたんですか?」

「ちょっと砂が目に入っただけだから大丈夫です」

「大変っ、早く目を見せて!」


 福路さんは俺の手を顔からどけると、真正面から覗きこんできた。

 左右で色の違う瞳がアップになる。

「ふ、福路さん!?」

「良く見えないからじっとしててくださいっ」

「いや、ちか、近いっ」


 鼻先が触れそうな距離。

 比喩抜きで宝石のような瞳。

 湿った吐息が口にかかる。

 顔が熱を持っていくのがはっきりとわかった。


「うーん、砂は見えないけど……」

「だ、だから大丈夫ですってっ」

「あら、顔が赤いわ。もしかして具合悪かったりします?」

「~~っ」

「きゃっ」


 たまらず、立ち上がった。

 あのままってのは非常にまずい。

 オーバーヒートしてしまう。

 またぶっ倒れるわけにはいかない。


「喉乾きませんかっ?」

「え、ええちょっとなら」

「じゃ、飲み物買いに行ってきます!」

「あっ、須賀さん……本当に大丈夫かしら?」





 一人で浜辺を歩く。

 みんながビーチバレーをやっている方向とは反対側。

 こっちにたしか売店があったはずだ。


「ふぅ……」


 たまった熱を息とともに吐き出す。

 もう顔から赤みは消えているだろうか?

 どうにも不意打ちに弱いな、俺。

 まぁ、福路さんも狙ってやったわけじゃないと思うけど。

 あんな至近距離で向かい合って平気でいられるほど、俺は女性慣れしていない。

 本当に情けない話だけど。

 松実先輩とそうした時も、混乱してしまったし。

 とりあえず、飲み物だ。

 人数分用意した方がいいかな。

 何人いたっけ?

 参加者各々の顔を思い出しつつカウントする。

 直接誘いを受けた衣さんと俺を含めたライダーたち。

 俺が誘った東横、清水谷さんが誘った園城寺さん。

 会長は福路さんを誘い、池田がそれについてきた。

 そして純は沢村さんを誘い、後は龍門渕主従。

 合計で十二人。

「随分と大所帯だ。お金足りるかな」


 引っ掴んできたパーカーから財布を取り出す。

 中に入っているのは五千円ほど。

 ……飲み物くらいだったらなんとかなるか。

 龍門渕さんだったら立て替えてくれそうではあるが。

 もともと海に遊びに行くことを提案したのは彼女だし。

 名目としてはこの前の作戦の慰労だったか。

 ともかく、友達を誘ってもいいとのことだったので、こんな大所帯になったわけだ。

 本当はプライベートビーチを使うつもりだったようだけど、街から遠く離れるわけにはいかない。

 ワームが出たら対応できなくなるからだ。

 龍門渕所有のプライベートビーチというのは少し気になるが、そんなわけで俺は近場の海水浴場にいる。


「そういえば、誘えなかったな」


 松実先輩のことを思い出す。

 先輩も誘おうと思ったのだが、こっちが誘う前に向こうが誘ってきて、用事があることを伝えたら先輩が引き下がった。

 わかりやすくまとめると、どっちも同じ日に用事があり、お互いの用事を優先して誘うのをやめた……こんなとこか。

 用事があると伝えた時の先輩の何とも言えない顔が忘れられない。


「ねぇねぇ君、かわいいね?」

「暇なら俺らと遊びに行かね?」

「あ、いえ、私はその……」

 夏の風物詩といえばそうなのだろうか。

 水着姿の女の子と、それに群がる男たち。

 いわゆるナンパの現場だ。

 髪を金色に染めたチャラチャラした連中が、一人の女の子に絡んでいる。

 ……外見的な特徴はわりとブーメランだった。

 まぁ、俺は地毛だからしかたないけど。


「その、友達も一緒なので」

「その友達って女の子? なら一緒でいいからさぁ」

「とりあえずご飯でも食べようか。ほら、行こーぜ」

「え、や、あの……きゃっ」


 チャラ男たちは女の子の手を強引に引いていく。

 うーむ、俺もあれぐらいの姿勢で行けば彼女ができるのか?

 お、あの子かわいいな。

 長い黒髪の美少女。

 けっこう大胆なビキニにパーカーを羽織っている。

 ちょっと隠れているが、中々のおもちをお持ちだ。

 東横や福路さんよりは小さいけど。

 ……というかあれ、松実先輩じゃん。

 あの涙目は間違いない。

 なら、放っとくわけにもいかないな。

「いや、放してください……!」

「チッ、めんどくせーなぁ」

「おら、おとなしくついてこいよっ」


 拒まれた途端これか。

 ここまでテンプレ通りだといっそ清々しいな。

 ともあれ、これで割り込みやすくなったわけだけど。


「やだ、助けてっ、京太郎くん……!」

「呼びました?」

「え?」

「……なんだよてめーは」

「この人のお友達。須賀京太郎」

「手、放せよ」

「あんたがその子の手を放したら放す」


 睨みあい。

 先輩はオロオロしている。

 手っ取り早く終わらせたいところだ。

 腕に力を込める。


「ぐぁ、痛ぇ」

「どうする? まだこんなこと続けるのか?」

「……行くぞ」

「チッ、放せよっ」

 チャラ男たちは去っていった。

 こんなものか。


「あの、京太郎くん……どうしてここに?」

「先輩こそどうして」

「それは……」


 どうして、と聞いたところで答えはおおよそわかっている。

 要は目的地が一緒だった。

 そういうことだ。


「なーんてね……先輩も海水浴ですか?」

「もしかして、京太郎くんも?」

「ご名答」

「そっかー」

「もっとお互い確認しとけばよかったですね」


 結局のところそれだ。

 話を持ちかけた時点で行き先とかをどちらかがが伝えていれば、この妙なすれ違いも起きていなかった。

 大所帯の人数が少し増えて、それで終わりだ。

 ま、今更こんなこと言っても仕方がないな。


「クロー!」

 先輩を呼ぶ声。

 そういえば友達と一緒だって言ってたっけ。

 こちらに走り寄ってくる二人組は、間違いなくいつもの二人だ。


「もう、どこ行ってたのよ?」

「ジュース買いに行くにしては遅すぎだよねぇ」

「ごめんね、ちょっと男の人に声かけられてて」

「それって……」

「まさか……」

「「ナンパ!?」」


 声をそろえる二人。

 この人たち本当に息ぴったりだよな。

 とりあえず、しばらく無関係を装っておこう。

 なんとなく、本当になんとなくだけど。


「いやぁ、まさかとは思ってたけど」

「クロ、かわいいしスタイルもいいからねぇ」

「水着だって大胆だし」

「ちょ、ちょっと、やめてよっ」


 全力で明後日の方を向く。

 ガールズトークが始まりそうな勢いだ。

 巻き込まれたらとても無事でいられるとは思えない。

「でも、せっかく新しく買った水着も見せる相手がいないんじゃねぇ」

「そうそう、須賀く――もがっ」

「わーっ、わーっ!」


 なにやらやたらと騒がしい。

 この三人と会った時はいつものような気がするが。

 聞こえたことから状況を推察すると、松実先輩が二人の内のどちらかの口を塞いだってとこか。

 俺の名前が出てきたような……

 もみ合う先輩たちをちらっと見やる。


「あれ、須賀くんじゃん」

「本当だ。噂をすれば影ってやつだねぇ」

「じゃあもしかして、ナンパしてきた人って……」

「ちがう、ちがうよっ」


 とんだ失態だ。

 見つかってしまった。

 あのままフェードアウトしときゃよかった。

 とりあえず手でも振っておこう。


「私たちお邪魔虫だねぇ」

「そうとわかったら潔く退散ね!」

「あ、ちょっと!」


 二人は走り去っていった。

 俺と先輩が取り残される。

 さて、どうしようか。

「ごめんね、いつもあんな調子で」

「もう恒例行事みたいなものですかね」

「あの子たち、全然人の話聞いてくれないんだもん」


 先輩は頬を膨らませた。

 たしかに、あの二人の暴走に巻きこまれる側としては否定しかねるところだ。

 主に被害を受けているのは先輩だけど。


「まぁ、なんとなく俺と先輩をくっつけようとしてるのはわかりますけど」

「えっ!?」

「いや、けっこうあからさまだと思うんですけど」

「そっちじゃないんだけどね……」


 そっちじゃないということは、どういうことだ?

 他にどんな解釈があるのかよくわからない。

 うーむ、やっぱり俺は鈍感なのか?

 決して認めたくはないけど。


「前にも言ったと思いますけど、俺たちの関係は俺たちが決めるものですから」

「……」

「そろそろ移動しますか。先輩も飲み物買いに来たんでしたっけ?」

「そう、だね」

「じゃ、売店までご一緒しますよ」

「あっ」

 先輩の手を引いて売店へ向かう。

 ここからならもう目と鼻の先だ。

 こうやって周囲に見せつけておけば、絡んでくる輩も減るだろう。

 やってることを外から見れば、さっきのナンパ男とあまり変わらないな。

 知り合いか知り合いじゃないかっていう違いはあるけど。

 とりあえず、先輩も嫌がってはいないみたいだし。

 握る手が、弱いけどしっかりと握り返されるのを感じた。


「そういえば、その水着は新しく買ったんですか?」

「う、うん」


 随分と大胆なビキニだ。

 布地も結構少ないし、しかも紐っぽい部分もあるし。

 詳しくはゲーム版参照。

 スタイルが良いから中々に破壊力が大きい。

 うん、これはナンパしたくなる気持ちがよくわかる。


「結構大胆ですけど、似合ってますね」

「そ、そうかな?」

「そうですよ」

「そっかぁ」


 握り返される力が少し強くなった。

 喜んでくれているのかな?

 女の子はとりあえず褒めておけというのは聞いたことがあるけど。

「いつもおもちおもち言ってますけど、先輩も中々ですよね」

「ふぇっ!?」

「それとも、おもちハンター的に自分のには無関心だったりします?」

「そんなっ、私のなんて本物のおもちに比べたら全然ダメダメだよっ!」


 ちなみに、こんなことを持たざる者の前で言えば修羅場は必至だろう。

 持ってる人の謙遜は嫌みと取られかねない。


「またまた、谷間ができるくらい大きいのにダメってことはないでしょ」

「ひうぅ」

「あれ、先輩?」


 つないだ手が離れる。

 先輩は胸を隠して蹲ってしまった。

 ……言いすぎたかもしれない。

 取りようによってはセクハラだしな。

 いつも喜々として胸の話をするもんだから、大丈夫だと思ってたのに。

 おもちハンターも攻められるのには弱いってことか。

 ……とりあえずフォローだな。


「すいません、ちょっと無神経すぎました」

「京太郎くんひどいよぉ」

「いや、本当にごめんなさい」

「……じゃあさ、私……の胸のこと、どう思う?」

 どうと言われても……

 こちらを見上げる先輩の目は揺れている。

 下手なこと言って泣かせるのは嫌だな。

 なんでもズバッと言ってどうにかできたらいいのに。

 それができるほど、俺は多分自分の言葉を信じきれてない。

 思ったことを言うべきか、少し遠まわしに言うべきか。

 ……よしっ。


「いいと、思います」

「……うん」

「制服の上からでもわかるほど大きくて、実際に目にしたら形も良くて柔らかそうで……その、触りたいって思いました」


 もう洗いざらいぶちまけることにした。

 この期に及んで引いたら、きっと俺の目指す場所から遠ざかる。


「凄く、良いと思いますよ」

「そう、なのかな?」

「大体先輩かわいいし、その上スタイルまで良いなんて男子のストライクゾーンど真ん中なんですよ」

「それって、京太郎くんも?」

「はい?」

「さっき、関係を決めるのは自分たちだって言ってたよね?」

「はい」

「じゃあ京太郎くんは、私とどうなりたいの……?」

 頭が真っ白になる。

 これは凄い不意打ちだ。

 この言葉は、どういう意味だ?

 先輩はなにを考えているんだ?

 これじゃ、まるで……


「ねぇ、聞かせてよ」

「え、あ、いや……その」


 意味のある言葉が出てこない。

 頭の中がまだ整理できない。

 先輩の目は真剣そのもので、揺らいでいない。

 どうすればいいか、わからない。


「俺、は……」

「ふふっ、なーんてね」

「は?」

「いつも京太郎くんには恥ずかしい思いをさせられてるから、これはそのお返しなのです!」


 先輩は立ち上がってドヤ顔を披露した。

 もしかして、担がれた?

 頭が状況を飲み込んでいくにつれ、平静を取り戻していく。

 これは、是非もない。

「これにこりたら、普段の私への対応を少し改め――あいたっ」

「先輩、俺は悲しいですよ」


 人差し指を折り曲げ、それを親指で止めて、放す。

 極めて無慈悲なデコピン。

 額を狙った一撃は、良い音を響かせて炸裂。

 先輩は頭を抱えて涙目になった。


「あうぅ……頭が痛いぃ」

「ま、これでイーブンですね」

「京太郎くんの人でなし……」

「手加減したんで、そのうち痛みは消えますよ」


 妙な空気はすっかり消え去っていた。

 これを見越していたのなら、先輩を見る目を変えざるを得ない。

 ……それはないな。


「ほら、行きますよ」

「あ、また……」


 再度先輩の手を掴む。

 さっさと用事を済ませて、俺もビーチバレーに混ぜてもらおう。

 そして、もしできれば先輩たちも巻き込んでしまおう。

「先輩、もしよかったら一緒に遊びませんか?」

「それって、二人きりじゃないよね?」

「安心して下さい。俺以外は女の子ばかりですから」

「逆に不安になってきたよ……」


 先輩の眉が下がる。

 やっぱり知らない人の中に入っていくのは怖いのだろう。

 そういえば、東横と先輩はあまり仲が良くなかった気がする。

 それに清水谷さんや福路さんと対面させて大丈夫だろうか?

 おもちハンターが暴走しかねないぞ。

 ……俺が頑張るしかないな。


「無理にとは言いませんけど、もともと先輩も誘うつもりだったんで是非来てほしいです」

「そうだったんだ……なんか嬉しいな」


 そういう先輩の顔は笑っているのだろうか。

 もしそうだったら、俺も嬉しい。

 つないだ手が暖かい。


「あ、着いたね」

「先輩、どうします? 俺はちょっと飲み物入れる袋を調達してきますけど」

「うーん……じゃあ、私はとりあえず二人のとこに飲み物持っていくよ」

「わかりました。俺たちは向こうの方でビーチバレーやってるんで。場所わかんなかったら連絡下さい」

「うん、また後でね」





 先輩と別れて俺はある場所を訪ねる。

 浜辺に構えた飲食店。

 つまり海の家だ。

 さっきの売店も海の家じゃないかと突っ込まれるかもしれないが、あれはあくまで売店だ。

 缶ジュースやペットボトルは売るけど、料理は出てこない。

 しかも買い物袋は用意していないという不親切設計なので、こうやって別のところを探さなければならない。

 パーカーに入れたら、十中八九伸びてしまうだろうし。


「すいませーん」


 店に入って呼びかける。

 が、返事はない。

 俺の声は喧騒にかき消された。

 超満員というほどではないが、人はかなり多い。

 シーズン中だし、忙しいのだろう。

 さっきからアルバイトらしき人たちが、あちこち行ったり来たりしてるし。

 まぁ、仕方ないな。

 別のところをあたろう。

 そうして引き返そうとした時、俺の鼻がある臭いを捉えた。


「これは……」


 様々な料理の匂い、タバコの臭いに混じる焦げ臭さ。

 多分火事ではない。

 かすかなもので、その発生源は……

「ちょっといいですか?」

「なんすか? 今忙しいんですけど」


 アルバイトがトレイに乗せた料理を見る。

 まずは焼きそば。

 ソースがちゃんと全体に絡んでおらず、若干まだら模様。

 しかも麺や肉に焦げてる部分が結構ある。

 だというのに野菜は明らかに生焼け。

 次にラーメン。

 これは見たまんま伸び放題。

 焼きそばをつまんで口に運ぶ。


「あ、ちょっと!」

「……今すぐ店長を呼べ!」

「えぇ!?」


 麺と肉はかたいし、野菜は噛み切りにくい。

 しかもソースがロクに絡んでなかったのか、味も薄い。

 仮にも飲食店がこんな適当な料理を出すのは、到底許せなかった。

 一期一会である食事の機会を、こんなもので台無しにしていいわけがない。


「お客さん、困るね。営業妨害はやめてくれよ」

「なっ、あんたは……!」

「この店の店長だ。よう、また会ったな、兄ちゃん」

「クレープ屋の、おっさん!?」

 現れた人物に驚愕する。

 なぜここに、とかクレープ屋はどうした、とか色々と疑問はある。

 でも一番わからないのは、なぜこれほど不味い料理を提供しているのか、だ、

 あれほどおいしいクレープを作れる人がいて、この有様はどういうことだ。


「これは、どういうことですか?」

「どういうこともなにも、今の俺は海の家の店長ってだけだぜ?」

「違う! あんたほどの人がなんであんな料理を出してるのかって聞いてんだよ!」

「人手が足りなくてな、ここの料理のほとんどはバイトが作ってんだよ」

「だからって……!」

「それにな? 客はここに上手い料理を求めてくるわけじゃねぇのさ。雰囲気だよ、雰囲気」


 客は海の家で食べるというシチュエーションを求めているだけだと、店長はそう言っている。

 たしかにそうなのかもしれないが、それに俺は納得することなんてできない。

 あの人の言葉が、俺の信念が、許さない。


「絶対に認めない……!」

「認めようと認めまいとどっちでもいいがな、兄ちゃんが口を付けた分は弁償してもらいたいね」

「……」

「忙しいのに構ってやってる迷惑料もいただきたいけどな、それは勘弁してやるよ」

「いいぜ、全部払ってやるよ」

「こりゃ随分気前がいいな、おい」

「給料はいらないから、俺をバイトとして雇いな。本当の料理ってやつを教えてやるよ」





 夏の浜辺は言うまでもなく暑い。

 暑いし熱い。

 訪れる人たちはみんな水着姿で遊んでいるわけだが、ただ一人、周囲から切り離された者がいた。

 それは仲間外れにされているとかそういうことではない。

 そもそも彼女は一人で海に来ている。

 周囲から浮くような原因は、その格好だ。

 厚手のロングコートに毛糸のミトン、マフラーに顔をうずめニット帽をかぶる。

 季節に真っ向から立ち向かうような格好が、その原因だ。

 ほぼ全裸でも熱気で汗をかく状況だというのに、彼女は意に介していない。

 むしろ少しだけ震えていた。

 まるで寒いとでもいうように。

 そんな彼女に声をかけようとする猛者はここにはいなかった。

 だから一人、浜辺を歩いている。

 ふらふらとした足取り。

 まるで夢遊病のような歩き方。

 そんな彼女の目に、ある建物が止まる。

 なにやら騒がしく、熱気すら放っているように感じられた。


「……あったかぁい」


 まるで光に引き寄せられる蛾のように、彼女は海の家に足を踏み入れた。

「なんだこれ、すっげぇうめぇ!」

「この麺、スープが絡みつく……!」

「スープだってさっきまでとは別物だ!」

「焼きそばもやべぇよ!」

「麺の食感が絶妙すぎるっ!」

「野菜だってシャキシャキだぁ!」


 なにやら狂乱していた。

 店内は満員を超える満員で、立ち食いを敢行する者までいた。

 一人だけ真冬の格好をしたものが混ざっても、誰も気にしない。


「やっぱり、あったかぁい」


 人に挟まれ圧迫されながらも、彼女の顔はほころんでいた。

 この騒ぎの中心は店の奥。

 さらなる熱を求めて進んでいく。

 そしてたどり着いたそこには、金髪の少年とさえないおじさんがいた。

 熱をまき散らしながら、ヘラやフライパンを振るっている。


「兄ちゃん! そのヘラ捌き、やるじゃねぇか!」

「おっさんこそ、その湯切りはやっぱただ者じゃないな!」

「あの二人、手の動きが見えねぇぞ!」


 厨房付近はわりと混沌としていた。

 それに身をゆだねて、彼女はさらに顔をほころばせた。





「ふいぃー、疲れた」

「おう、おつかれさん」


 二人並んで店の表のベンチに座る。

 二時間ほどぶっ通しで働いて、ようやく昼時のピークが去っていった。

 飲食店の大変さを理解できる良い経験が出来たと思う。

 そしてともに激戦をくぐり抜けた俺とおっさんの間に、友情が生まれていた。


「久しぶりに熱くなっちまったぜ」

「俺も、世の中にはまだまだ強者がいるってことを思い知ったよ」

「兄ちゃんも若いってのに相当だな」

「おっさんこそ、想像以上だった」


 これほどの腕の持ち主がこんなところでくすぶっているのは、なにか理由があるのだろうか。

 それとも、本当の名店は看板さえ出していない……そういうことなのか?

 いやまぁ、海の家って看板は出してるけど。

 現在、店の中はガランとはしていないものの空席がちらほら。

 祭りが終わってみれば寂しいもんだ。

 ずっと混んでいたらこんな風に休憩なんてしてられないけど。


「さ、寒いぃ……」


 そして店の中になんか変なのがいる。

 ロングコートにニット帽、そしてミトンをつけている。

 この暑い日に真冬の装いをして寒いとぬかす異常者。

 ヤバそうな臭いがプンプンする。

「ま、まふらぁ」


 ガタガタと震えながら、キョロキョロしている。

 なにか探しているのか?

 店内に目を走らせる。

 天井の梁に、引っ掛かってるものがある。

 薄ピンクの細長い布。

 ひょっとして、マフラーか?

 あれが探し物だろうか。

 変なやつは気づいていない。

 ……仕方ないな。


「よっと」


 店内に入り、軽く跳躍して引っ掛かったマフラーを回収する。

 ちょっと汚れているが、破れてはいない。


「はい、これ」

「まふらぁ、私のっ」


 差し出したマフラーを受け取ると、そいつはいそいそと首に巻き付けた。

 そして顔をうずめて頬を緩ませる。

 近くで見ると、儚げな美少女だった。

 ついでに胸もでかい。

「ふふ、あったかぁい」

「……暑くないのか?」

「ひぅっ」


 視界に入れた瞬間から抱いていた疑問をぶつける。

 その子は変な声を出して縮こまった。

 なんか怖がらせることしたっけ?

 というより、驚いたって感じか。


「脅かしちゃってごめんな。君、そんな格好してるから」

「……大丈夫、です」

「そうか、じゃあ熱中症には気をつけてな」

「あの……マフラー、ありがとうございます」

「おう」


 一礼をしてその子は去っていこうとする。

 潮風にマフラーがたなびいて、そして変な音が鳴った。

 これは、お腹の音か?

 その子は立ち止まっていた。

 顔は見えないが、耳は赤い。

 そうか、お腹が減っているのか。

 素直に言えばいいのに。

 まぁ、あれだけ料理を作ったんだから、今更一つや二つは変わらないか。


「……おっさん」

「なんだ?」

「この人にラーメンを食わせてやりたいんだけど、かまわないか?」

「……いいぜ。バイト代だ、自由に厨房使いな」





「ごちそうさまでした」

「どうだ、おいしかったろ?」

「はい……とっても、おいしかったです」


 空になった丼。

 俺の渾身の一品を綺麗に平らげて、その子は手を合わせた。

 てか、この暑い中ラーメンを食べたのに汗一つかいていない。

 世の中には色んな人間がいるもんだ。

 この子の逆で、吹雪の中素っ裸で歩きまわるやつもいるかもしれない。

 いたとしたら間違いなく警察に追われるだろうけど。


「あの……よければ名前、教えてくれませんか?」

「須賀京太郎。俺の名前」

「すが、きょうたろう……」


 じーっと見られる。

 俺の顔になにかついているのか?

 額や頬を手ではらうが、状況は変わらない。

 俺は両手で左右の頬を掴んで引き伸ばした。


「ぷっ」

「人の顔見て笑うなんて失礼な」

「だってあなた、変な顔してたから」

「これは慰謝料が発生するな」

「え、嘘だよね?」

「俺は本気だ。だから、慰謝料として君の名前、教えてくれ」

 我ながら随分強引な手の進め方だとは思う。

 だけど、この変な子に興味を引かれてしまったんだから仕方ない。


「……宥、です」

「そうか、宥さんか」

「はい」


 その子――宥さんは、マフラーに頬をうずめて答えた。

 名字ではなく名前。

 名乗りたくないのか、名乗れないのか。

 ぶっちゃけると、どっちでもいい。

 俺は、この子の呼び名が欲しかっただけだから。

 格好はおかしいが、こんなかわいい子だったら万々歳だ。


「宥さんは海に一人で来たのか?」

「うん、ちょっと人探し」

「よかったら手伝おうか?」

「実はもう見つかったの。だから気持ちだけ受け取っておくね」

「そうか」


 まるでナンパでもしてるみたいだ。

 でも、なんかこの子は放っておけないオーラを放っているような気がする。

 あそこまでの寒がりを見せられたら、それも当然か。

「そいつって、男?」

「うん」

「そうか」


 ちょっとショックだ。

 だって宥さん、見た目で言えばドストライクだから。

 彼氏かな?

 いや、兄弟や父親って線もある。


「もし……それがあなただって言ったら、どうする?」

「え?」


 これは全く予想してなかった展開だ。

 互いに初対面のはずなのに、俺を探してたとは一体……

 運命の人とやらを探していて、それで俺に一目ぼれした……とか?

 やっべ、俺にもついにモテ期到来か!?


「ふふっ、なーんてね」

「……はい?」

「冗談、言ってみちゃった」


 まぁ、わかってた。

 宥さんは得意げな顔をして笑った。

 それが、誰かの面影と重なった。


「それじゃ、そろそろ行くね?」

「あ、はい。気をつけて」

「ラーメン、本当にありがとうね」





 変な女の子と別れて、海の家を出る。

 もうすっかり時間が経ってしまった。

 夢中になるのも考えものだな。

 おっさんから袋は受け取ったが、今更飲み物を買っていったところで白い目にさらされるのは変わらない。

 携帯の着信ランプも光ってるし。

 ちょっとだけ見るのが怖い。

 ……うん、当初の予定通り飲み物買って戻ろう。

 そう決めて携帯をポケットにしまおうとしたら、震えだした。

 まったく、本当にいいタイミングだよ。

 メールではなく電話。

 相手は……



 着信安価


※多分このスレ唯一の安価です

 好きな咲キャラを選んでください

 まぁ、どっかのギャルゲーみたいなものです



 着信相手を選んでください

・東横桃子

・松実玄

・竹井久

・福路美穂子

・天江衣

・園城寺怜


>>+2


 安価飛ばしていったん終了

前回の更新からうっかり三週間弱
いい加減更新しようと思います

とりあえず飯とか食ったら始めます



 電話をかけてきた相手は東横だ。

 やべぇ、正直出たくない。

 萩原さんや純からならともかく、他の人だときっと色々言われる。

 会長や清水谷さんあたりはストレートに責めてきそうだ。

 衣さんや福路さんだったら心配した後注意してくるかな。

 園城寺さんは、よくわからない。

 そして東横は……


「出るしかないか」


 そもそも他の人たちとは俺を介したつながりしかないんだ。

 放っておいたのはまずかったな。

 周囲にちゃんと馴染めているだろうか?

 また誰にも気づかれないで一人でいるのかもしれない。

 そうしてずっと電話をかけ続けていたのであれば、俺はどう詫びればいいんだ。

 わりと重い気持ちで通話ボタンを押した。


「もしもし……」

『私はメロンソーダがいいっす!』

「はい?」

『だから、飲み物っすよ。それとももう買っちゃったすか?』

「いや、これから買うところだけど」

「なんとか間に合ったっすね。何回電話かけても出なかったからあせったっす」

「――っ」

 声が二重になる。

 電話越しのものと、すぐ後ろから聞こえるもの。

 通話を切って振り向く。

 携帯を耳にあてた東横がそこにいた。


「やっと見つかったっす。今までなにしてたんすか?」

「ちょっとアルバイトを……てか、趣味悪いぞ」

「なんのことっすか?」

「後ろから忍び寄るのだよ」

「私の数少ない特技の一つっすよ!」

「威張るんじゃない!」


 後ろが全く無警戒というわけじゃないが、こうも人が多い場所だと察知しにくくなるもんだ。

 それ以上にこいつの忍び足とかが上手いってのもあるけど。

 東横は誰かに気づかれないでなにかをするのが得意なのだ。

 体質的にも、技術的にも。


「ところでアルバイトってなんすか?」

「海の家で料理作ってた」

「聞いてないっす」

「まぁ、飛び入りだからな。つい熱くなって長居したけど」

「なるほど」

 ほぼ確実に心配はかけただろう。

 俺が悪いと思う。

 だけどあれは避けられない事態だったとも思う。

 だって俺は意地をかけてそうしたんだから。

 まぁ、でも携帯は身につけておくべきだったかな。

 パーカーに入れたまんまにしてたからな。


「連絡しなかったのは俺が悪い。すまない」

「あっさり謝ったっすね。京くんは謝れない人かと思ってたっす」

「おい、どういうことだそれ」

「いやぁ、だが私は謝らない、みたいな?」

「それは謝れないじゃなくてあえて謝らないだ! 大体、最後に謝っただろ!」

「別件に関して、しかも別人に対してっすけどね」


 解読困難な言語が飛び交う中の、それが絡まないネタの一つだ。

 他にも悪食事件とか色々あるけど、全体的に関係ない。

 この世界にもケタックなんてものは出てこない。


「まぁ、京くんを探し始めたのはついさっきっすけど」

「そういえば、他の人は?」

「みんな向こうに残って遊んでるっすよ」

「……そうか」

 別に探しに来てほしいわけじゃないが、関心を一切向けられないのも地味にこたえる。

 くそ、寂しくなんてないぞっ。

 寂しくなんて……


「誤解のないように言っておくっすけど、みんな京くんのことをほったらかしにしてるわけじゃないっす」

「慰めはいらねぇよ……」

「そんなダークサイドに堕ちそうな顔はやめるっすよ」

「そんな顔してない! 大体、俺は気にしてないから」


 気にしてないったら気にしてない。

 潮風がちょっと目にしみる。

 それだけだ。


「実を言うと、誰が探しに行くかでもめてたんすよ」

「ああわかってる。お前が貧乏くじ引いたんだろ」

「その逆っす。みんな探しに行く気満々だったっす」

「……東横、みなまで言うな。お前の優しさはありがたいけどさ」

「あぁもう! いつもの自信はどこ行ったっすか!」


 東横はむきになって俺を慰めようとしている。

 こんなに思ってくれるなんて、俺は本当に良いやつと友達になったんだな。

 おっと、目から汗が流れそうだ。

 見せないように東横に背を向ける。

「……えいっ」


 そんな掛け声とともに、背中に柔らかい感触。

 俺の胸の前で組み合わさる白い腕。

 これ、まさか……


「な、なにやってんだ!」

「見ての通りっす!」

「見えねぇぞ!」

「じゃあ感じての通りっす!」

「とりあえず離れろ!」

「さっき言ったことを信じるまで放さないっすよ!」


 やばい。

 なにがやばいかって、背中の感触がやばい。

 この手のイベントはもう済ませたはずなのに、俺の中でまったく耐性ができちゃいない。


「わかった、わかったから! 信じるから!」

「なら許してあげるっすよ」


 東横に許されることがあるかどうかは知らないが、とりあえず俺たちの距離は離れた。

 柔らかい感触がなくなる。

 別に、全然名残惜しいとも思わないが、もう少しだけあのままで、よかったかもしれない。

 友達同士だってスキンシップは大事だよな、うん。

「話の続きっすけど、探しに行く人が多すぎたから一人に絞ったんすよ」

「何で一人? 二、三人の方が穏便に決まりそうだけど」

「それはまぁ、みんな一人が良かったんじゃないすか?」

「ふーん」


 東横は少し言葉を濁した。

 なにか言いたくないことでもあるのだろうか?

 もしかして、制限時間内に俺を確保したら豪華賞品プレゼント! とか。

 ……ないな。

 それだったら人数を絞る意味がわからない。

 一人で探すメリット……わからん。

 見つからないかもしれないし、見つかったとしても俺と二人きりになるだけだ。


「ところで、お前の言うみんなって空想上の存在じゃないよな?」

「いくらなんでも失礼っす! ちゃんと実在してるっす!」

「具体的には?」

「えっと……ちびっこさんにふとももさん、会長さんにウィンクさん……あと、乳揉みさんっすね」

「お前なぁ……誰のことかは大体わかるけど、少しは名前を……って、先輩来てたのか?」

「京くんが呼んだんすよね?」

「あ、あぁ偶然会ってさ」

「大変、だったっす……」


 東横は遠い目をした。

 案の定というか、恐れていた事態が起きてしまったようだ。

 つまり、おもちハンターの暴走だ。

「私やふとももさん、それにウィンクさんを見るや否や襲いかかってきたっす」

「あの人は……」

「まぁ、一緒に来た友達にしばかれてたっすけど」

「グッジョブあの二人」

「乳揉みさんが京くんの名前を出した時は変な雰囲気になったっす」

「俺の勝手で誘ったからな」

「本当にそれだけだと思うっすか?」

「他になにかあるのか?」

「はぁ……」


 あからさまなため息。

 また俺はなにかを見落としてしまったらしい。

 もうこんな風に呆れられるのにも慣れてしまったが。


「結局、みんなでバレーやらなにやらで盛り上がったっすけど」

「お前もか?」

「もちろんっす。井上くんや執事さんが間を取り持ってくれたっす」

「そうか……」


 純はともかく、萩原さんも東横のことを見つけられるのだろうか?

 まぁ、あの人だったらなぜか納得できるけど。

 それにしても、東横が俺抜きで他人に接触するようになるなんてな。

 まだ半年にも満たない付き合いだが、少しだけ寂しさを感じてしまう。

 悪いことじゃないってのはわかってる。

「それで、他にも棒倒しとか宝探しとかビーチフラッグとか色々やったっす!」

「……なぁ、誰が探しに行くかもめたって言ってなかったか?」

「そうっすね」

「俺には、ただ遊んでいただけなように聞こえるんだが」

「それも兼ねてるっす」


 つまり……どういうことだってばよ?

 どっかの漫画のセリフが浮かんだ。

 ゲームとか漫画の登場人物はやたらと察しが良いが、現実じゃそうはいかない。

 天才ばかりの世界とは違うんだ。


「探しに行くって言う人が多いから、それじゃゲームやって決めようって流れになったんすよ」

「なるほどな。で、誰がかじ取りしたんだ?」

「アンテナさんっす」


 アンテナ、アンテナ……ああ、龍門渕さんか。

 たしかにあの人ならやりそうだ。

 そして、ほっといたらビーチ全体を巻き込んだことをやらかしそうだ。

 俺も料理に熱中していて外でなにがあったかはよくわからないが、多分大丈夫だったとは思うけど。

 だって萩原さんもいるし。


「井上くんと執事さんはゲームの準備とかしてたっす」

「二人だけでか?」

「まぁ、内輪だけの小規模なものっすから」

 どうやら俺の予想は当たったらしい。

 まぁ、龍門渕さんもあれで常識的な人だし。


「そういえば、アンテナさんが携帯でどっかに電話しようとしてたっすけど、執事さんに止められてたっすねぇ」

「……」


 常識的な人、であってるよな?

 なんだか自信がなくなってきた。


「ゲームの参加者はさっき言った五人に私を含めた六人っす」

「その他の人は不参加だったってことか」

「パソコンいじってたり応援してたり、ぎゃーぎゃー騒いだりしてたっす」


 誰がどれに該当するかが大体わかってしまう。

 安定の沢村さんにうるさい池田、園城寺さんは大事を取って応援だろう。

 先輩の友達も参加しなかったってことは応援かな。

 衣さん、東横、清水谷さん、会長、福路さん、それに先輩。

 なんとも統一性のないメンバーだ。


「ま、大体事情はわかったよ」

「これでしっかりきっちり信じたっすか?」

「ああ、しっかりきっちり信じたよ」

「なら、こっちの要求をのんでもらうっすよ」

「は?」

 いきなり話が飛んだ。

 俺が話を信じたこととどうつながるんだ?


「京くんが信じた。つまり私の勝ちっす。だから勝者の権利を行使させてもらうっす」

「ちょっと待てや」


 何故だ、何故そうなる!?

 納得できないのになんだか悔しい。

 ニヤニヤと笑う東横の額にデコピンをくれてやりたくなってくる。


「なんで勝ち負けの話になってるんだ! おかしいだろ!?」

「潔く認めるっすよ……心配、してたんす」

「……わかったよ」


 それを出されては返す言葉もない。

 東横たちはゲームに興じていた気もするが、それだって俺に関連したことだ。

 みんなして探しに行こうとしたってことは、それだけ心配させたってことだ。

 会長まで俺を探しに行こうとしたらしいし。

 あの人の場合は楽しそうだからって理由で、ゲームに参加したのかもしれないけど。


「じゃ、腕組んで飲み物買いに行くっすよ」

「またそれかよ」

「鈍感さんにはこれでいいんすよ」

「……はいはい」





 飲み物が入った袋を二人で持つ。

 結局あれやこれやと選んでいたら、当初の予定より量が多くなってしまった。

 袋に収まって良かった。


「……こうしてると、なんだか恋人同士みたいっすね」

「そうか? 俺のイメージでは、こういうことするのは新婚夫婦だけど」

「そ、それは飛躍しすぎっすよぉ!」

「あくまでイメージだろ」


 恋人同士も結構突飛な話だと思う。

 悪くはないけど。

 でも夫婦よりは近いか。


「あ、おかえりなさい」

「福路さん、休憩中ですか?」

「はしゃぎすぎて疲れちゃったみたいです」


 福路さんの髪は濡れている。

 しっかり遊んだようだ。

 自分より他の人を優先しそうな人だけど、心配はなさそうだ。

 会長もいるしな。


「それにしても、仲が良いんですね。ちょっと妬けちゃいます」

「いやー、それほどでもないっすよ」

「まあ、ちょっと量が多かったんで。なにか飲みます?」

「じゃあ……このお茶で。あ、お代どうします?」

「また後ででいいですよ」

「ふふ、もうこの前みたいな手は通用しませんからね」

 この前というと、道を聞かれて喫茶店に行った時のことだろう。

 騙すような形で支払ったからな。

 一応、メールアドレスをゲットすることでチャラになったはずだが、しっかりと覚えているようだ。


「ちょっとちょっと、この前ってなんすかね?」

「ああ、道を聞かれて喫茶店で少し話したんだ」

「聞いてないっす」

「言ってないからな」

「むっ」


 浮気を問い詰められる男。

 はたから見れば多分そう見える。

 ましてやカップルの多いこの場所。

 痴話喧嘩の一つとして周囲に溶け込んでいるかもしれない。

 それもこれもただの誤解だが。


「念のために言っておくと、色っぽい話はどこにもないからな」

「本当っすか?」

「嘘言ってどうするんだよ」

「あ、そういえば……いつにします?」

「いきなりなんですか、福路さん」

「また須賀さんの家にお邪魔して、ケーキでも作ろうかと思って」

 最近になってお菓子作りに手を染め始めた俺だが、福路さんはその師匠だ。

 これまでも数回、家に来てもらってその度にケーキやらなにやらを一緒に作っている。

 衣さんも福路さんが来ると喜ぶし、良いことづくめだ。

 だけど、このタイミングは良くない。

 福路さんのにこにこ顔とは対照的に、隣の誰かさんの顔が硬くなってきた。

 全力で姿を隠したいが、腕はいつの間にかホールドされている。


「色々気になる単語が出てきたんすけど、説明を求めてもいいっすよね」

「断定口調で質問するのはやめてくれ」

「ゲームに参加してたからもしやと思ってたすけど、やっぱりっすか!」

「よくわからないけど落ち着け! 説明とか言ってるけど、お前の中では絶対確定事項になってるだろ!」

「二人とも、喧嘩は良くないですよ」

「じゃあウィンクさんは京くんのことどう思ってるっすか!?」


 そして福路さんが巻き込まれた。

 話題に上がっていて、こんな近くにいるから仕方ないと言えば仕方ない。

 まいったな、どう治めようか……


「ええと……困りました。どう言えばいいのかしら?」

「怪しい、怪しいっすよ! うちの会長さんと同じくらい怪しいっす!」

「そんな、上埜さんと同じだなんて……照れちゃいます」

「予想外の反応が返ってきたッす!」

 頬に手を当てて首を振る福路さんに、東横は気勢をそがれていた。

 まぁ、初見だったらこうなるのも無理はない。

 俺だってそうなる。


「随分と遅いお帰りじゃない」

「会長ですか……この状況どうにかなります?」

「それは、浮気がばれて修羅場ってるところにさらなる間女が登場して場を引っかきまわしてほしい……ってことかしら?」

「勘違いしないでください。前フリじゃないですから」

「なんかツンデレみたいなセリフね」

「男のツンデレでだれが得するんですか……」

「ライバルキャラとかに多い気がするわ、後で仲間になるタイプの」


 たしかにそうだ。

 お前を倒すのは俺だ、とか言って助けてくれるのはツンデレと言えなくもない。

 ってことは、結構需要があるのか?


「それはそうと、飲み物買ってきたんでしょ? 一つもらっても良いかしら」

「どうぞ、その為に買ってきましたから」

「良い心がけね。褒めてあげるわ」

「じゃあ俺は褒められてあげますよ」

「こっちは心配してたのに、偉そうね?」

「いや、つい……」

 そこを突かれると、反論の余地はなくなってしまう。

 会長は勝ち誇った顔をして、袋に手を差し入れた。

 くそ、本当に心配してたのかよ。

 袋の中から取り出したのは緑色の缶。

 メロンクリームソーダと書かれている。

 たしか東横が選んだものの一つだ。

 ガスが抜ける音。

 そして会長は缶を口にあて、一気に傾けた。


「ぷはっ、やっぱり炭酸の一気飲みって気持ちいいわねー」

「なんか意外ですね。もっと上品に飲むかと思ってました」

「缶ジュースにそんな気を使ってもしょうがないでしょ」


 まぁ、それもそうか。

 それにしても速かったな。

 会長も給食の牛乳でならしたくちか?


「ああぁぁあっ! 私のメロンソーダ!」

「うお、いきなり大声出すなよ」

「返すっす!」

「これ、あなたのだったの? 悪いけどもう飲んじゃったわ」

「ほら東横、まだメロンソーダあるから……」

「ただのメロンソーダに用はないっす! 私が求めているのはメロンクリームソーダっす!」

 東横は腕を振り上げて訴えた。

 俺と会長は顔を見合わせる。

 なにが違うのかは正直わからない。

 他のと比べるとクリーミーなんだろうか?


「もうわかったっす! 会長さんは色んな意味で私の敵っす!」

「ともかく落ち着けっ」

「ふーん、敵ねぇ」


 目を細めて、会長は呟いた。

 ……嫌な予感がする。


「あっ……」

「会長……って」

「ああぁぁあっ!」

「上埜さん、おいしいですか? うふふ……」


 会長は俺の胸に倒れ込み、東横はまた叫び出す。

 福路さんは夢の中で、俺は困惑中。

 図らずも会長が言った通りの展開になってきたんじゃないか?

 いや、向こうは図ってるのかもしれないけど。


「ごめんなさい、ちょっとふらっとしちゃって……」

「熱中症ですか? スポーツドリンクもありますけど」

「少しだけこうさせて……そうすれば多分良くなるから」

「――――――っ!」

 会長の息づかいと髪の匂い。

 ……心拍数が上がりそうだ。

 横では東横がまるでワームみたいな声を上げている。

 これも原因かもしれない。


「ふっ」

「今笑ったっす! 仮病っす!」

「気が遠くなって……自分でもよくわからないわ」

「嘘っす! 絶対嘘っす!」

「とりあえず冷静になれよ。本当に具合が悪いかもしれないだろ?」

「~~っ! もういいっす! 井上くんたちと遊んでくるッす!」


 肩をいからせながら東横は去っていった。

 会長のフォローにまわったのが気にくわなかったのか。

 後でメロンクリームソーダでもおごってやるとしよう。


「敵だって言うわりにあまり歯ごたえなかったわねー」

「当然のように復活してますね」

「なんか良くなっちゃった、てへ」

「てか、確信犯ですか。間女の役を忠実にこなさなくてもいいじゃないですか」

「ちなみに、もともと確信犯はそれが正しいと信じてやることよ」

「知ってます。でもそっちってほとんど使われないですよね」


 誤用が広まって正式に認められることは、たまによくあることだ。

 まぁ、無理に正そうとするより受け入れてしまった方が楽なのかもしれない。


「んじゃ、俺も向こう行って飲み物渡してきます」

「私もそうしようかな。ほら、美穂子」

「はっ、上埜さん……まさか夢が現実にっ!?」





 暑い。

 何回目かはわからないが、暑い。

 白い雲と青い空が嫌でも目に入る。

 端的に言うと、俺は埋められていた。

 別に殺人の被害にあって、とかいう話ではない。

 浜遊びの一環だ。

 首から下を埋められ、かわりに砂の体を据えられる。

 ずんぐりむっくりとしたそれは、四次元ポケットを備えた青狸型。

 砂に色もくそもないから青ってのはただのイメージだ。


「おー、生きてるかー?」

「死ぬ、屈辱で死ぬ」

「なら大丈夫だな」


 俺の顔を覗きこんでくるのは純。

 水が入ったペットボトルを持っている。

 もうこの姿を見られるのには慣れたけど、ニヤニヤするのはやめてもらいたい。


「で、何の用だ?」

「オマエが喉でも乾いたかと思ってさ」

「乾いた、超乾いた」

「じゃあ口開けろ」

 口もとにペットボトルの飲み口があてられる。

 流し込まれる液体が体に浸透していく。

 あー、生き返った。


「サンキュー」

「見物料みたいなもんだから気にすんな」

「俺は見世物かよ……いつまでやるんだ、これ?」

「ただの罰ゲームだから、そんなに長くないとは思うけど」


 そう、これは罰ゲームだ。

 こんなことを自分から引き受けるほど、俺はMじゃない。

 理由はただ単に、俺がゲームで負けたからだ。


「大体、2対2のビーチバレーで裏切りってどういうことだよ……」

「さぁね。でも結果としてオマエだけが埋められてるんだから、効果はあったんじゃないか?」

「くそっ、池田め」


 相手チームは会長と福路さん。

 こっちのチームは俺と池田。

 ワンゲーム目の中盤辺りでそれは起きた。

 会長のサーブを池田がレシーブして上に向かうと思いきや、俺の頭目がけて飛んできたのだ。

 その時、池田が言っていたことがよぎる。


『華菜ちゃんは会長と強いものの味方だし!』

 相方が裏切るという謎の事態に振り回され、結局俺は負けてしまった。

 そして罰ゲームとしてここに埋められているわけだ。

 試合中ほくそ笑みを浮かべていたから、多分会長が話を持ちかけたんだろう。

 いかにもそういうことをしそうな人だ。

 福路さんは困惑してたからシロ。

 そもそもあんなことをする人だとは思わないし。

 池田には後でチョップを進呈してやろう。

 こいつは最早問答無用だ。


「そういや、純はバレーとかやんないのか?」

「まだ激しい運動は避けろだってさ」

「結構酷い怪我だったみたいだな」

「そりゃアバラが数本いってたらしいからな。ほんと、酷い目にあった」


 聞くところによると、その怪我の原因はほとんどゼクターによるものらしい。

 相当やんちゃだったようだ。


「だから今日は裏方に徹するさ」

「萩原さんみたいにか?」

「アレは……無理だろ。だってオレ、なにもないとこから道具取り出せないし」

「瞬間移動したりとか?」

「そうそう、なにか頼もうとしたらいつの間にかそばにいたりさ

 もう軽く人間レベルを超えている。

 でも本人は、執事として当然だ、とか言うんだろうけど。

 本当に何者なんだろうな?


「じゃあ、そろそろオレは行くよ」

「もう少し休憩したっていいだろ」

「オマエが素直に寂しいって言ったらな」

「ば、おまっ、そんなことあるわけないだろっ」

「まぁ、すぐに誰か来るだろ。じゃあな」


 俺になにか話す隙を与えず、純は去っていった。

 くそ、逃げ足の速いやつだ。

 そしてまた一人、太陽の熱にさらされる。

 あー、顔だけ日焼けしてしまうー。


「ちゃんと罰ゲームを受けてるみたいだなー。感心だし」

「……なにしに来た」

「須賀が寂しいだろうと思ってきてやったし」


 よりにもよって今、俺の神経を最も苛立たせるやつがやって来た。

 全く、どの口でそんなことを言っているのやら。

 俺が自由に動けていたら岩山両斬波をくらわせてやるのに……!

 ……落ち着け、クールになれ。

 手を出さずにこいつを黙らせるにはどうしたらいい?

 それを考えるんだ。

「嬉しいか? 感謝するし」

「……」

「感動のあまり声が出ないのか? しょうがないやつだし」

「うるせぇぞ、池田ァ!」

「ひっ」


 思わず声を荒げてしまう。

 池田は身をすくませておとなしくなった。

 前にもこんなことがあった気がする。

 そうか、こうやって黙らせればいいのか。

 でも恫喝してるみたいだな。


「いいか? お前がさっきなにをしたかは覚えてるよな?」

「あれは……不幸な事件だったし」

「んなわけあるかっ! 言いわけのしようがないほどクロだよ!」

「うっ、華菜ちゃんにもほんのちょっとだけ非があったかも……だし」

「ほんのちょっとだって?」

「いや、半分ぐらいは……」

「半分だって?」

「……全面的に華菜ちゃんが悪いです」


 とうとう池田は自分の非を認めた。

 最初から素直に謝っておけばいいものを。

 まぁ、謝るならば許してやろう。


「う~、やっぱり気に入らないし! 須賀のくせに!」

「おい待て、そのカニはなんだ?」

「動けないこの状況を呪うし! くらえっ」

「ぬわーーーーっっ!!」





 パラソルの下に座り込む。

 休憩がてら、荷物番をする。

 池田の襲撃の後しばらくしてから沙汰が下され、こうして抜けだすことができた。

 顔にカニを置かれて放置されてから、色々あった。

 まず、衣さんが来てカニを取っていった。

 物珍しいものを見つけたって喜んでいたな。

 次に来たのが龍門渕主従で、俺の首から下を派手に大改造して満足そうにどこかへ行った。

 松実先輩は自分好みのおもちを作って友人に突っ込まれてたし。

 清水谷さんはしばらく膝枕をしてくれたし、園城寺さんはヒゲを書いていった。

 洗ったからもう消えたと思うけど。

 とりあえず池田はブラックリストに乗せておこう。


「京太郎くん、飲み物いる?」

「先輩、ありがたくいただきます」

「これで貸し一つだね?」

「クーリングオフします」

「ダーメ、おとなしく受け取るのです」


 強制的にスポーツドリンクを握らされる。

 てか、これって俺が買ってきたやつだよな?

 ドヤ顔の先輩にちょっとデコピンしたくなった。

 まぁ、運搬の手間賃とでも思っておこう。

「誘ってくれてありがとうね」

「俺も先輩が楽しめてるみたいなんで、なによりです」

「でもおもちには触らせてもらえないのです……」


 隣に座って、先輩は顔に暗い影を落とした。

 そんなに揉みたかったのか。

 なんかもう、禁断症状だな。


「自分のじゃダメなんでしたっけ?」

「う、うん……毎朝触ってるしね」

「そ、そうですか」


 このカミングアウトはなんなのか。

 他人の胸を触ろうとするのもあれだが、自分の胸を一人でどうこうしてるというのも絵的にヤバい。

 先輩の羞恥心はどこに行ってしまったんだ。


「……人前では控えたほうがいいですよ」

「え、なんで?」

「なんでもです」

「うーん、京太郎くんがそういうなら……」


 よし、これにて一件落着。

 もうこの話題は凍結しよう。

 これ以上続けたら、変なところに燃え広がる可能性がある。

「そういえば先輩と別れた後、変な人と会ったんですよね」

「変な人?」

「この時期に防寒具を着込んだ人です」

「へぇ、なんだかお姉ちゃんみたい」

「お姉さん、いるんですか?」

「うん……正確にはいた、だけどね」


 遠くを見つめる先輩の目には、多分過去が映っている。

 蓋をしてしまったものを、引き出そうとしているのだろう。

 そこにどんな感情がこもっているのかはわからないけど。


「二年前にね、ふらっといなくなっちゃったんだ」

「行方不明ってことですか?」

「うん……家族みんなで、知り合いや警察の人にも協力してもらって、それでも結局見つからなかったんだけどね」

「そうですか。実は俺もつい最近、家族がどっかいっちゃったんですよね」

「そっか……京太郎くん、そんな素振りなかったのにね。心配とか、してないの?」

「してないっていったら嘘になりますけどね。それ以上に信じてますから」


 そう、信じているんだ。

 いつかは帰ってくるということをじゃない。

 あの人だったらどこにいても大丈夫だろうって。

 それに、俺は信じて託されたんだ。

「京太郎くん、強いんだね。私は待ってるだけだから……」

「待ってるだけってのも難しいことだと思いますけどね」

「ううん、信じることも諦めることもできないから、動けないだけ」


 先輩は笑っていた。

 いつもの快活なものとは違う、色んなものに背を向けるための笑み。

 少なくとも、俺にはそう見えた。


「写真とかあります?」

「たしか携帯にあるけど、見たいの?」

「まぁ、会ったことあるかもしれないんで」

「おもち見たさとかじゃなくて?」

「いや、どんな写真撮ってるんですか」


 そんな写真を見たいかと言われれば見たいが、今はそんな話をしてるわけじゃない。

 そもそも、俺は先輩のお姉さんがどんな人なのかも知らない。

 それこそ胸が大きいかどうかなんてわかりようもない。

 先輩の姉妹だったら期待はできそうだけど。


「あった、この人が私のお姉ちゃんなのです」

「……」

「どう? 見覚え、あるかな?」


 水着にマフラーという謎の格好だが、その顔には見覚えがった。

 というか、今日会ったばかりだ。

「えっとね、名前は――」

「宥、であってます?」

「え、え? もしかして、本当に知ってた?」

「今日、会いました」

「本当、に……?」

「本当の本当です」

「……そっかぁ」


 先輩の声と瞳が揺らぐ。

 間違いなく、抱え込んでいるものもあるのだろう。

 それが少しでも解消できれば、なによりだと思う。


「あれ……私、なんで泣いているんだろう?」

「嬉し泣きってやつじゃないですか? 他に見てる人はいないんで、泣いちゃっても大丈夫ですよ」

「でも、京太郎くんに見られちゃうよ」

「じゃあ、こうしましょう」


 泣いている先輩の頭を胸元に抱く。

 とんでもなく恥ずかしいが、泣きたいときにこういうのが効果的だってことは身をもって実証済みだ。

 清水谷さんのふとももと俺の胸じゃ、包容力に差がありすぎるとは思うけど。


「京太郎くんの胸、かたいね」

「鍛えてますから。おもちがあったほうが良かったですか?」

「そうだね……でも、なんか安心する」





 宥さんを探すために海の家に向かった俺と先輩だったが、既にその姿はなかった。

 それでも聞きこみがしたいという先輩をおっさんに預けて、俺は売店に来ていた。

 今はそれほど混んでない。

 先輩とはすぐに合流できるだろう。

 メロンクリームソーダを手に、店を出る。

 東横への贈り物はこれで確保できた。

 俺も先輩を手伝うかな。


「そこの君、ちょっといいかな」

「本当にちょっとなら良いですけど……誰ですか?」

「失礼、私は藤田靖子というものだ」


 煙管を持った女性。

 身長は比較的高め。

 少なくとも、俺の知り合いではない。


「須賀京太郎、今日は君に会いに来た」

「追っかけですか? 有名人は辛いな」

「そうだ。テレビで見たときからファンになってしまってね」


 テレビと俺を結び付けるキーワードは、ライダー。

 そして、俺自身のプロフィールは公開されていない。

 あくまでZECTの一員という扱いだったし、素顔だってさらしていない。

 つまり、生身の俺とテレビの中のライダーをつなげることができる人物。

「龍門渕とZECT、どっちの関係者ですか?」

「後の方だ。そこで幹部ってやつをやっている」

「幹部……」


 全く予想してなかったわけじゃないが、こうして名乗り出られると少なからず驚きが生じる。

 ZECTはその存在を世間にさらしてからも、相変わらず秘密主義だ。

 龍門渕さんを通じて以前より情報に触れる機会が増えたものの、清水谷さんより上にどんな人がいるのかは明確に聞いていない。

 組織だから幹部らしきものがいるとは思ってたけど。

 それが今、目の前にいる。


「ZECTはいつから秘密主義をやめたんですか?」

「別にやめたわけじゃない。組織の性質上、それはやむを得ないしね。でも、君はそれが気にくわないみたいだな」

「得体の知れないものを無条件で信じるのは、難しいと思いますけど」

「そうだろうな。だから、私がここにいる」


 これはつまり、歩み寄りの姿勢を見せているということだろうか?

 なんで今になってこんな態度に出るのかはわからないけど。

 実力が認められたとか、そんなところか。


「まぁ、概ねわかりました。けど、俺に会いに来ただけってわけじゃありませんね」

「それはそうだが、ファンだというのは本当だよ。君には期待しているんだ。色々とね」

「そっちの思惑は知らないけど、俺はやりたいようにやるだけなんで」

「それでいいんだよ」

 煙管をもてあそぶその顔からは、真意が読みとれない。

 他の人がいれば、また違った印象を抱くのかもしれないけど。

 いきなり現れて訳のわからないことを言うこの人は、ZECTと同じように得体が知れない。

 だけど、そこに顔があるだけましかもしれない。


「近々他の面々とも顔を合わせる予定だから、君ともまた会うことになるな」

「今日は俺だけですか?」

「まさか一般人がいる前で話す内容でもないしね」


 ということは、今日俺に声をかけたのは単独行動してるからか。

 じゃあファンっていうのも冗談か。

 ……ほんのちょっとだけ残念だ。


「さて、これからカツ丼でも食べようと思うけど、君もどうだ?」

「近くで売ってるとこないですよね?」

「なければ出前をとるよ」


 いや、どんだけカツ丼食いたいんだよ。

 海水浴とカツ丼の組み合わせは未知の領域だ。

 やってる人を見たことがないという意味で。


「遠慮しときます」

「そうか、残念だね」

「俺はもう行きますよ。ちょっと程度の時間はもう経ったし」

「それじゃあ、最後に一つ」

「なんですか」

「君がこのまま戦い続けるのなら、きっとまた出会うことになるだろう――たとえば、ずっと追いかけている光とかにね」





 松実玄は一人、姉の足跡をたどっていた。

 追跡対象が目立つ格好をしているためか、情報には困らない。

 真夏の海において、真冬の装いは一種の特異点だ。

 こうして単独行動をとることに危機感を覚えなくはないが、それ以上に玄にはいてもたってもいられない理由があった。

 一定の距離を進んでは、周囲の人に声をかけていく。


「あの、ここらへんで厚着した人を見ませんでしたか?」

「あん?」

「あれ、あんた……」


 男の二人組が振り返る。

 軽薄な見た目の若者。

 玄にとっては見覚えのある二人だった。

 思わず一歩、後ずさる。


「えっと、失礼しました~」


 愛想笑いを浮かべて玄は回頭、その場を離れようとする。

 しかし、それで誤魔化されるほど男たちは残念な頭はしていなかった。


「おいちょっと待てよ」

「あんた、さっきの子だよな?」

「は、放して」

「ダメダメ、今度こそ付き合ってもらうから」

「今は連れもいないみたいだしな」

 掴まれた腕を振りほどこうとするも、びくともしない。

 目の端に涙がたまっていく。

 恐怖のせいで満足に声を出せない。

 だから玄は頭の中で必死に叫んだ。

 知り合いの少年の名と――


「あの……」


 別れて久しい姉の名を。


「なに? 今ちょっと取り込み中だから」

「なんだこいつ、変な格好してるぜ」

「え、嘘……」


 厚手のロングコートに毛糸のミトン、マフラーに顔をうずめニット帽をかぶる。

 季節に真っ向から立ち向かう格好。

 だというのに彼女は少しだけ震えていた。

 それは玄の記憶の中と、寸分と違わない姉の姿。


「嫌がって……ますから」

「でもよく見りゃかわいくね?」

「いいじゃんいいじゃん。君が付き合ってくれるなら放すけど、どうする?」

「わかり、ました」

 男たちは玄の手を放すと、宥の肩に手をまわす。

 半ば強引に連れて行かれようとしている中、宥は玄に振り返る。

 そして微笑みかけた。


「玄ちゃん、ちょっとだけ待っててね?」

「お姉、ちゃん」


 小さくなっていく背中を、玄はただ見送った。

 そうすることしかできなかった。

 呆然と立ち尽くす。

 色々なことで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

 そうしていくらか時間が経った後、宥は帰って来た。

 無事な姿に、玄はとりあえず胸をなでおろした。


「お待たせ」

「お姉ちゃん……本当に?」

「偽物に見える?」

「ううん……このおもちは本物だよっ」

「きゃあっ、もう玄ちゃんったら……」


 コート越しの胸に顔をうずめて、玄は顔を隠した。

 涙を止めることはできそうにない。

 宥はなにも言わずに玄の頭を撫でる。

「お姉ちゃん、家に帰ろ? お父さんとお母さんだって待ってるよ?」

「玄ちゃん……ごめんね? それはまだ、無理かな」

「ど、どうして?」

「やること、あるから」


 やんわりとした拒絶。

 玄は目を見開いて宥の顔を見上げた。


「それって、私たちよりも大事なの?」

「ううん……でも、一緒にいるために必要なことなの」

「よく、わかんないよ……」

「ごめんね」


 宥は玄を抱きしめる。

 また離れることがわかっているから、余計に強く。


「……コタツ、用意して待ってるから」

「玄ちゃん?」

「いつかは、帰って来るんだよね?」

「うん」

「なら、今までさんざん心配させたこととか、全部その時までとっておくから」

「あったかくない……」

「私だけじゃなくて、お父さんやお母さんもいるから覚悟しておくのです!」

「うん、楽しみにしてる」





 太陽が傾き始めている。

 まだ空は青いが、これから徐々にその色を変えていくだろう。

 帰り支度をする人たちもちらほら見られる。

 そんな中を、先輩と歩く。

 用事を済ませ、みんなのところへ帰る途中だ。


「お姉さん、見つかったんですか?」

「うん。とりあえず元気そうだったから安心しちゃった」

「そうですか」


 おっさんから先輩が飛び出していったと聞いた時は焦ったが、すぐに合流できたので良しとしておこう。

 ついでにお姉さんも見つかったみたいだし。

 一緒にいないのは気になるが。


「じゃあ、また一緒に暮らせますね」

「お姉ちゃん、まだ帰れないって言ってた」

「……なにか理由があるっぽいですね」

「うん、やることがあるって。はっきりとは聞いてないんだけどね」

「先輩はそれで良いんですか?」

「無事だってわかったし、いつか帰るって言ってたから……もう少しだけ待ってみることにしたんだ」


 なんとも全容が見えない話だ。

 それにしても、宥さんはどんな事情を抱えているのか。

 どこぞのフィクションみたいに、知ってはいけないことを知ってしまった……とか?

 ほぼ冗談だけど、秘密組織が存在してる時点でありえなくはないんだよな。

「また会えるといいですね」

「うん」

「そしたら、絶対紹介して下さい」

「うん?」

「いやぁ、もっとじっくり話したいというか……宥さん綺麗ですよねぇ」


 こんな時期にコートを着込むような人だけど、見た目はストライクど真ん中だし。

 性格の方はよくわからないけど、悪い人ではないだろう。


「だ、ダメだよっ。お姉ちゃんはコタツムシで電気代食うし寒いからって動きたがらないし、それにドジっ娘さんなんだよっ」

「まぁそれはそれで世話のしがいがあるというかなんというか」

「逆効果!?」


 なにやら先輩の様子がおかしい。

 そんなに紹介したくないんだろうか。

 というか、先輩の言ったことの一部がブーメランになってるんだけど。

 姉妹だけに、似ているところもあるんだろう。


「とにかく、お姉さんは認めません!」

「先輩は妹でしょ」

「認めないったら認めないのです!」


 断固としてゆずらない。

 やっぱり妹として姉の異性関係は気になるんだろうな。

 俺だって衣さんに男の影が見えたら、多分正気じゃいられないし。

「紹介云々は置いといても、宥さんが戻ってきたら教えて下さい」

「……」

「先輩?」

「お姉ちゃんのことは、名前で呼ぶんだ」

「まぁ、下の名前しか知らなかったですし」

「むぅ」


 先輩の頬が膨れる。

 とりあえず俺は両頬挟んで押し込めた。

 柔らかい感触と空気が抜ける音。


「もう、京太郎くんの意地悪!」

「ははは、ごめんなさい」

「笑いながら謝っても説得力ないよっ!」


 腕を振りまわす先輩。

 これぐらいだったらそよ風みたいなもんだ。

 片手でさばきながら後退する。

 こんな平和も悪くない。

 そんなことを考えていると、周囲の喧騒の質が変わり始めていることに気づく。

 今までも騒がしかったといえばそうなのだが、雰囲気が全く違う。

 不安や恐怖の成分が強い。

 先輩もそれに気付いたのか、腕を止めて俺のそばに寄った。

「ねぇ、なにかあったのかな?」

「見える範囲ではなにもないですけど……」


 妙な雰囲気の原因を追って、人が動き出している。

 あの人だかりの向こうになにかがある。

 ……凄く嫌な予感がする。


「うわぁー! ば、化け物が暴れ出したー!」


 その叫び声が引き金になった。

 割れた風船に針を刺すように、集まっていた人たちは逃げ出していく。

 喧騒が悲鳴へと変わった。


「先輩、とりあえず龍門渕さんたちと合流して下さい!」

「京太郎くんは!?」

「野暮用思い出しました!」


 メロンクリームソーダを先輩に預けて駆け出す。

 逃げる人たちを避けながら、騒ぎの中心へ。

 そして視界を遮るものがなくなっていき、その原因があらわになる。


「――――――!」

「く、来るなっ、来るなよぉ!」


 青い空と青い海、そして白い砂浜の上に緑色のワーム。

 腰が抜けたのか、水着姿の男が襲われそうになっていた。

 スピードを上げて地面を思いっきり蹴る。

「うおらっ!」

「――――――!」


 勢いのままにキック。

 ワームは砂浜に転がった。


「あんた、さっさと逃げろ」

「あ、あぁ!」


 男が逃げていくのを横目で見送る。

 これで周囲には人がいなくなった。


「たしかにさ、平和だとか考えてさ、フラグらしきものは立てたよ?」

「――――――!」


 ワームが起き上がる。

 俺はベルトを巻きつけて手をかざす。

 空間が歪み、ゼクターが姿を現した。


「だけどよ……こんな日に、しかも直後に出ることはないだろ!」

《――変身》


 こいつにはせっかくの休日を台無しにした報いを受けさせる。

 そう決めて鎧をまとって飛びかかる。

「おら、おら!」

「――――――!」


 拳の連打。

 左右上下、時には肘打ちを織り交ぜる。

 最後にストレートを放ち、距離が開いたところで回し蹴り。

 ワームは再び砂浜に転がった。


「はっ!」

「――――――!」


 蹴りあげてからクナイガンで射撃。

 ワームは爆散した。


「……やれやれ、これが仕事だったら休日出勤手当とか出んのかね」


 周囲を見回すが、他にワームの姿は見当たらない。

 今日はこれで打ち止めか?

 あっさりしたもんだ。

 変身を解こうとして、途中でやめる。

 向こうから人が歩いて来ていた。

 遠目でもわかるあの厚着は……宥さんか。

 まだこの辺りをふらふらしてたのか。

 危ないから避難させとくか。

「――っ」

《――Cast Off!》


 宥さんの背後に迫るワームを見つけて、走り出す。

 遠すぎる、このままじゃ間に合わない……!


《――Change Beetle!》


 ようやく脱皮が完了し、腰のボタンに手を伸ばしたところで、ワームの動きが止まった。

 宥さんの手に制され、控えるようにその動きを止めていた。

 それに応じるように俺の脚の回転数も減っていき、やがて立ち止まってしまう。

 これは、どういうことなんだ……?


「また、会いましたね」


 なにかを喋ろうとしても口が動かない。

 声を出せば、なにかが決定的になってしまう。

 目の前の事実に対する解釈がまだ見つかっていない。

 最も安易なもの以外、見つからない。


「ごめんなさい……この子たち、暴れちゃって」

「……どこにやった」

「?」

「宥さんを、どこにやった……!」

 そうして飛びついた結論は、目の前に宥さんに擬態したワームがいるということ。

 あの人は運悪く、ここにきてワームに出会ってしまったんだ。

 そしてワームならば、敵であるライダーの正体を知っていてもおかしくはない。

 宥さんに擬態したワームは悲しげに笑った。


「そう、だよね……そう思うよね」

「いいから答えろよ!」

「あなたと話した私と今ここにいる私、どっちも同じ」

「そんなわけ……!」

「私はずっと私のままなの。二年前からずっと」


 ついに、決定的な一言が出た。

 隕石が落ちた後から、この付近における行方不明の原因の大半を占めるものを俺は知っている。

 そして、二年も行方不明になっていた人間が無事に帰ってくるケースなんてほとんどない。

 でも、姉妹が再会したという奇跡を信じたかった。

 信じて、いたかった。


「本当はこんなつもりじゃなかったの」

「もういい……喋るな」

「……うん。じゃあ、さよなら」

「待てっ!」

「――――――!」


 控えていたワームが動き出す。

 大きく広げた翅が震えると、砂埃が舞った。

 視界はまたたく間に覆われ、晴れた頃には砂浜に立つものは俺以外いなかった。





 日が傾いて空の色が変わり始める。

 先の騒ぎですっかり人がいなくなった海の家。

 その窓から、店主は沈みゆく太陽を眺めていた。


「この店はカツ丼、やってないのか」

「今日は閉店だ。さっさと帰んな」

「つれないことを言わないでくださいよ。せっかく部下が来たのに」

「飯食いに来たわけじゃねぇんだろ? 藤田」


 藤田は適当な椅子に腰をかけ、煙管をくわえる。

 火は点いていない。

 そもそもこの海水浴場は禁煙だ。

 ここで吸い始めた瞬間、店主に水をぶっかけられかねない。


「おめぇは最近怪しいことをしてるみてぇだが、今日はあの兄ちゃんとなにを話してた?」

「単なる世間話ですよ。話しちゃいけないことはなにも」

「ならいいがな」

「そういうあなただって、隠し事が多いでしょうに。たとえば隕石が落ちた場所、あそこになにを隠してるんです?」

「なんのことだかな」


 かつてワームを乗せて落ちた隕石の周辺は封鎖されている。

 人類の脅威の発生源であり危険な場所だが、それゆえに誰も寄り付かない。

 そんな場所にこの店主――ZECTのトップが出入りしていたことを藤田は知っていた。

「ぼけでも始まりましたか? なんなら良い病院を紹介しますよ」

「バカ言え。そんな年に見えるってのか?」

「たしかに、見えませんね」


 そして目の前の男の中年ほどの見た目が、若作りの結果であることも知っていた。

 実際は老人と言っても差し支えがない年齢なのだ。

 そんな彼が若さを手にしてまで追い続ける目的に、藤田は興味があった。


「マスクドライダーシステムですが……あれの出所が気になりますね」

「俺にも詳しいとこまではわからねぇよ」

「その技術を持ち込んだのがあなただと聞きましたが」

「持ちこんだだけだ。誰がどう開発したかまでは把握してねぇよ」


 開発者、開発経緯のほとんどが不明。

 そんなことがあり得るはずない。

 そう思い、藤田は内心で毒づいた。

 組織が秘密主義なら、そのトップも同じだと。


「ところで、須賀京太郎のことを随分と気にかけているようですが」

「気のせいってやつだ。今日ここであの兄ちゃんと会ったのも偶然だ」

「なら私がここで彼と会ったのも偶然ってことで」

「嘘つけ」

 ZECT内において、須賀京太郎は完全なイレギュラーだった。

 素質を見出されて引き入れられた井上純と清水谷竜華。

 竹井久の手にデバイスが渡ったのには藤田が関与している。

 そして龍門渕が抱える萩原。

 つまり、藤田が知っている範囲でZECTの関与なしにゼクターを手にしたのは、須賀京太郎のみ。

 それに加えて、存在しないはずのベルトと天道総司に育てられたという事実。

 なにかがあると考えない方が不自然だ。


「もう帰れ。色々片付けなきゃなんねぇ」

「手伝いましょうか?」

「いらねぇよ」

「そうですか……では、失礼します」


 椅子から立ち上がり、藤田は店の入口へと向かう。

 波が夕日を反射していた。

 そして店を出る前に振り返る。


「南浦さん、お孫さんは元気ですか?」

「……死んだよ、ずっと前にな」


 窓の外を眺めながら、南浦は呟くようにそう言った。

 藤田には夕日に照らされたその顔が、年相応のものに見えた。





 太陽が身を隠し始め、空は暗くなっていく。

 まだ他にワームがいるかもしれないので、ZECTが出てきて探索を行っている。

 俺はそんな気力もなくて、ここでじっとしていた。

 なにも考えられない。


「須賀京太郎! 聞いていますの!?」

「あ、ああ……龍門渕さん」

「もう、なにかありましたの?」

「ちょっと疲れただけです」


 そう、疲れたんだ。

 今日は本当に色々あった。

 身体的にじゃなくて、精神的に疲れている。


「仕方ないですわね……もう戻りなさい。おそらくこの辺りにはワームはいないでしょう」

「すみません……」

「気にする必要はありませんわ。今日はもともとあなたたちの慰労のためにここに来たのですから」

「じゃあ、失礼します」


 龍門渕さんに頭を下げてその場を離れる。

 他の人たちはまだ残ってるとは思うが、先輩は帰っただろうか?

 今会ったとして、なにを言えばいいのかわからない。

 洗いざらいぶちまけるのか、黙ったままでいるのか。

 話す場合、それに伴う真実も全て告げる必要がある。

 ワームの擬態能力のこと、ついでに俺がやっていること。

 そこまで教えないと、信じてはもらえないだろう。

「京太郎くーん!」


 駐車場に入り乗ってきたバスのもとへ向かう途中、呼び止められる。

 正直言って、今一番会いたくない人がそこにいた。

 大きく手を振って、駆け寄って来る。


「良かった、無事だったんだぁ」

「先輩も、大丈夫だったみたいですね」

「うん。でもびっくりしたね、こんなところにワームが出るなんて」

「ZECTが出てきて退治してくれたみたいですけど」

「被害者とかいないといいね」

「ゼロって聞きましたよ」

「そっか、じゃあお姉ちゃんもきっと無事だよね」

「――っ」


 言葉が出そうになるのを押し込める。

 このまま飲み込むのか、吐き出すのか。

 拳をぐっと握りしめる。


「そう、ですね……きっと無事ですよ」

「今度はいつ会えるかなぁ?」


 きっと飲み込めば、毒のように心を苛む。

 それがわかっていても言えなかった。

 先輩の笑顔を壊すことが、できなかった。

 こうして俺は、先輩に対して一つの大きな秘密を抱えることになった。






第九話『傾いた天秤』終了

はい、てなわけでクロチャーのヒロイン回終了です
色々行き当たりばったりで設定を作ってますが
クロチャーがヒロインの時点で宥姉の立ち位置はほぼ決めてました

次は番外編やるかもです

カブトの話書いててあれですけど
シロがヒロインの龍騎とかエイスリンヒロインのキバとかやってみたいです

それじゃ

ようやっと帰宅
酷い吹雪でした

飯とか風呂とか済ませたら始めます



 炎の海、瓦礫の山。

 広がるのはそんな絶望だった。

 周囲では悲鳴やうめき声がひっきりなしに聞こえてくる。

 この地獄の中では、誰かを助けようなんてものはいない。

 みな自分を助けるので精いっぱいなのだ。


「うぅ、熱いよぉ……」

「さ、き……」


 それでも、目の前の少女に必死に手を伸ばす少年がいた。

 瓦礫に足を挟まれ自分自身が動けずとも、少女の涙を止めるために手を伸ばし続ける。


「おとうさん、おかあさん、おねえちゃん……京ちゃん」

「届け、届けよ……!」


 二人の間に距離は一メートルとない。

 だが、どちらも動けない以上その距離は絶対だ。

 動きを阻む瓦礫を退けようとしても、ビクともしない。

 少年は自分の無力を嘆いた。

 そして、さらなる瓦礫が降り注ぐ。

 それらは二人をあっさりと分断した。

 瓦礫にのまれ、少女の鳴き声が途絶える。


「咲……? うわぁぁあああ!!」


 辺りにひしめく悲鳴と呻きに、少年の慟哭が入り混じった。





 七年前、巨大な隕石が地球に落ちた。

 衝突の結果、地球上の多くの生物が死に絶え、海の大半が干上がった。

 そして隕石の中から現れた宇宙生物――ワーム。

 彼らは人を襲い、瞬く間に支配領域を広げていった。

 対抗するために結成された組織――ZECT。

 ライダーシステムを開発しワームに対抗する。



 そして現在。

 ワームとZECT、両者の争いの中にZECTからの離反者の集まり――NEO ZECTが加わる。

 ライダー対ライダー。

 共に人類を守ることを掲げる組織だが、決して混じり合わないZECTとNEO ZECT。

 互いに反発し潰しあい、戦いは激化の一途をたどる。





 砂漠化した地帯を一台の装甲車が走る。

 それを銃撃の雨が追う。


「赤土さん、あいつらを潰せば……」

「ええ、そう。秩序は保たれる」

「あいつらは敵……私が全部倒したる」


 部隊の指揮者、赤土晴絵。

 部下の須賀京太郎と清水谷竜華。

 そして後ろに整列しているゼクトルーパーが、反逆者を追うZECTの部隊だ。

 爆発音。

 砂地を大きく抉る爆風と共に装甲車は横転し、坂を転がり落ちていく。


「もう逃げ切れない。戦うしかないよ」

「あいたたた……もう、レディを引きとめるならもう少し優しくしてほしいわね」


 横倒しになった装甲車から出てくる二人の女性。

 鷺森灼と竹井久。

 ZECTに抵抗を続けるNEO ZECTの構成員だ。


「灼、いいかげん諦めて投降しなよ」

「いや……ハルちゃんの目を覚まさせるまでは、諦めない!」

「あなたたちに従っても、つまんなさそうだしね」

「そう、なら死になさい」

 空気が張り詰めていく。

 一触即発。

 両陣営の間に昆虫の羽音が響く。

 ライダーシステムのコアであるゼクターたちが、資格者の呼びかけに応じて姿を現した。

 トンボとハチは、それぞれ久と竜華のもとへ。

 銀のカブトムシは灼のもとへ。

 銅のカブトムシは晴絵のもとへ。

 そして、赤のカブトムシは京太郎のもとへ。


「好き勝手暴れるだけのあんたたちに、俺は負けない!」

「そう? 何も知らないっていいわねぇ」

「なんだと!?」

「須賀くん、相手の挑発に乗るのはよしとき」


 激昂する京太郎。

 挑発する久。

 制止する竜華。

 三人のやりとりなどまるで無視しているものが二人。

 灼と晴絵。

 二人は見つめあったまま、右手のリストへゼクターを装着する。


「灼、裏切り物には死を……」

「負けない……!」

「「変身!」」

《《――Change Beetle!》》

 灼は銀のライダーへ、晴絵は銅のライダーへ変身しぶつかり合う。

 それに追従するように三人も戦闘態勢へ移行する。

 久は右手に掲げたグリップに。

 竜華は左手のリストに。

 京太郎はベルトに。

 ゼクターを取り付け、変身する。


「「「変身!」」」


 鎧をまとい、竜華と京太郎は駆けだす。

 久の変身するドレイクは射撃主体。

 接近戦に持ち込んで仕留めようという算段だ。


「少し分かりやすすぎるんじゃない?」


 それに対し久は地面を撃ち、目くらましの砂塵を巻き上げた。

 竜華と京太郎の視界は砂煙で覆われ、あっさりと敵の姿を見失ってしまう。


「く、前が……!」

「流石に一筋縄ではいかないみたいやなぁ」

「「キャストオフ!」」

《《――Cast Off!》》


 アーマーがパージされ、砂煙と一緒に吹き飛んでいく。

 飛んでくる破片を撃ち落としながら、久は京太郎を出迎える。

「強引なアプローチね。デリカシーの無い男は女の子に嫌われてしまうわよ?」

「戦闘中になにを!」

「あら、余裕もないみたい」


 ゼクトクナイガンのクナイモードで斬りかかる京太郎。

 久はゼクターの羽根で受けとめカウンターの肘打ち、さらに射撃をみまう。

 攻撃をまともに受けた京太郎はよろけて後退する。

 その陰から奇襲する竜華。


「その首、もらうで」

《――Rider Sting!》

「楽はさせてくれないみたいね……!」

《――Cast Off!》


 重厚なアーマーを脱ぎ捨て、奇襲を潰す。

 飛来する破片を回避する竜華。

 久はゼクターのウィングをたたみ、静かに銃口を向ける。


「ライダーシューティング」

《――Rider Shooting!》

「く、間に合えぇ!」

《――Rider Kick!》


 体勢を崩した竜華を狙って光弾が発射される。

 強引に間に入って、京太郎は強化されたキックを打ち込む。

 せめぎ合う力と力。

 数秒の鍔迫り合いの後、光弾は弾かれて明後日の方向へ飛んでいった。


「あら、やるじゃない」

「余裕ぶっていられるのも今のうちだぜ!」

「おとなしくやられてくれると助かるんやけど」





 三人から離れた場所で激突する銀と銅の影。

 超加速状態に入ったその戦いは、常人には視認不可能の領域だ。


「目を覚ましてハルちゃん!」

「言ってることの意味が分からないね、灼」

「ZECTも今のハルちゃんもおかしいよ!」


 ゼクトクナイガン、ガンモードで狙い撃つ。

 灼は地面に転がりながら銃撃をかわす。

 横に大きく跳ぶと同時に鞘を投擲。

 鞘を弾いた隙を狙ってクナイモードで晴絵に猛進する。


「ZECTは絶対の存在。そして私はそれを守る。それだけだよ」

「ハルちゃん昔はそんなんじゃなかった! ねぇ、何があったの!?」


 銃身を握り、アックスモードで攻撃を受け止める。

 赤熱した刃と刃がぶつかり、火花を散らす。

 しばらくの拮抗のあと、二人は弾かれるように後退した。

 武器をかまえ、睨みあう灼と晴絵。

 互いに譲らない意見と攻防。

 それに割り込もうとする者の姿を晴絵は捉えた。

 灼の後方、砂煙をたてながらこちらに向かう青い影。

 ZECT所属のライダー、ガタック。

 別の任務についていたライダーが援護に駆け付けた。

 灼はまだ気づいていない。

 晴絵は挟みうちの構図を思い描き、仮面の下でほくそ笑んだ。

「灼、終わりだよ……!」

《――Rider Beat!》

「ハルちゃん!」


 ゼクターから供給されたエネルギーがみなぎる。

 前後からの挟撃を考慮したうえで、晴絵は必殺に踏み切った。

 灼は防御の構えだけで避ける素振りを見せない。

 必勝を確信する晴絵。

 しかし、その未来図は裏切られた。


「な、に……?」


 真正面から銃撃を受けて倒れる晴絵。

 放ったのは、ガタック。

 青のライダーはバイクから降りると灼の横に立つ。


「裏切ったのか……? 井上、純……!」

「ああそうさ。裏切りでも寝返りでも好きなように言えよ」

「井上くん、やりすぎじゃあ……」

「動きを止めないことには説得もなにもないだろ?」

「おのれぇ!」


 傷つき倒れ伏す晴絵のもとに京太郎と竜華が駆けつける。

 二人は晴絵を守るために立ちふさがった。


「井上、どうして……」

「悪いな須賀。オレはもうZECTを信じられなくなった」

「裏切りものが増えてしまったみたいやな」

「……ここはいったん退くよ、二人とも」

「ですが赤土さん、井上が!」

「須賀くん、裏切った事実は覆しようもない。どうしようもないんや」


 撤退の指示が下る。

 渋る京太郎を竜華がさとし、二人は晴絵を連れて後退した。


「待って! ハルちゃんは私が……」

「落ちつけよ。こっちは竹井がやばいし、向こうには兵隊さんもいるんだぜ」

「やっぱり二対一はきつかったわー」


 久も灼と純に合流し、撤退するZECTを見送る。

 戦いは痛み分け、ZECT陣営にとっては不本意な形で終結した。

 両陣営の間にさらなる禍根を遺しながら。





「こんちわっす、咲いますか?」

「こんにちわ須賀くん。咲さんなら奥で蔵書の整理中ですよ」

「サンキューな、原村!」

「はい、いってらっしゃい」


 ワームの手が届いていない居住区。

 その片隅に建つ古本屋に京太郎は訪れていた。

 なにかと世話の焼ける幼馴染の様子を見るためだ。

 奥の部屋で目標の姿を発見すると、音を殺して忍びよる。

 ターゲットは棚の上の方に手を伸ばしていた。


「さーきっ!」

「わひゃっ」


 無防備な脇腹を手でがしっと掴む。

 驚いて後方へと倒れ込む体を京太郎は抱きすくめた。

 華奢な体の感触を楽しんでいると、現状把握した幼馴染の抵抗が始まる。


「きょ、京ちゃん! なにやってるのっ」

「いやちょっとお姫様のご尊顔を拝しに」

「またからかって、いいからはなして!」


 肘打ちやパンチが飛んできそうなので大人しく離す。

 短髪の少女――宮永咲はプリプリと怒りながら振り返った。

「京ちゃん、軽々しく女の人の体に触っちゃだめだよ?」

「じゃあ今度からは重々しく触ることにするよ」

「重々しくてもダメ! ていうかどんなさわりかたなのよそれ」

「やってみる?」

「やりませんっ」


 一歩間違えればセクハラと訴えられそうなやりとり。

 もう十分その域に達していると言われても決して否定できない。

 それが許されるほどに二人の仲は気安かった。

 京太郎にまったく下心がないと言えば嘘になるが。


「もう、じゃあ私まだ仕事が残ってるから」

「はいはい、いってらっしゃい」


 咲は脇に置いてあった本を抱え、奥の本棚に向かう。

 京太郎は穏やかな目で見送る。

 自分が守っている幸せを実感していた。

 そんな二人を見つめるものが一人。


「告白、しないんですか?」

「な、なんのことやら!」


 原村和――京太郎と咲の共通の友人。

 いつまでたってもくっつかない二人を歯痒く見守っていた。

 第三者から見たらあからさますぎるのに、この期に及んで隠そうとする京太郎に呆れの視線を送っている。

「俺らはただの幼馴染だぜ? つきあうとか柄じゃないって」

「またへたれて……」


 幾度となく繰り返されたやりとり。

 京太郎の意気地の無さに和は溜息をついた。

 文句や小言を言うのは今更なので、出来ることは一つ。

 和は京太郎の横を通り抜けると、咲のもとへ向かう。


「咲さん、もうすぐお昼なので買い出しお願いできますか?」

「いいけどちょっと待って。これ終わったらすぐ行くから」

「それは私がやっておきます。なんならそこの荷物持ちを使ってやって下さい」

「うーん、じゃあお願いするね。ほら京ちゃん、行くよ?」

「俺の意思は無視かよ」


 とりあえず二人きりの時間を作ること。

 そうしたらあのへたれも勇気を出すかもしれない。

 和はそう考えて二人を送り出した。


「うまくいくといいですね……」


 友人である二人が幸せだと自分も嬉しい。

 その陰で一抹の寂しさが過ぎるが、和の本心に変わりはなかった。





「結構買ったな」

「重いの? だったら少し私が持つけど」

「なめんなよ。それにお前に持たせてぶちまけられたらたまんねぇよ」

「もう、私そんなにドジじゃないもんっ」

「そーいうことは迷子にならなくなってから言えよ」


 買い物を終え、二人並んでの帰り道。

 他愛のない会話が続く。

 この時間が京太郎はどうしようもなく好きだった。


「京ちゃんはもっと本を読まなきゃダメだよ?」

「馬鹿にするなよ? 俺だって読むときは読んでるんだぜ?」

「どうせその……え、えっちなのとかでしょ」

「そ、そんなんじゃねーし」

「わかりやすすぎ、京ちゃん」


 あからさまに目を逸らす京太郎を半眼視する咲。

 付き合いが長くなくとも見破れる嘘。

 京太郎は誤魔化しが下手だった。


「それより咲、体は大丈夫なのか?」

「……うん、最近は発作も収まって来てるしね」

「そうか、無理はするなよ」

 七年前のあの日から、咲は体が弱くなってしまっていた。

 隕石が連れて来た未知の病原菌のせいだと推測されているが、詳しいことは何も分からない。

 現状では時折起こる発作に対処するしかなかった。

 そしてこのことが、京太郎が踏み出せない理由の一つでもあった。

 あの時伸ばしてきた手を掴めていたら、咲は元気に過ごせていたかもしれない。

 どうしようもなかったと分かってはいるが、そんな思考が頭をかすめるのだ。


「……」

「……」


 だんだん二人とも口数が少なくなっていく。

 それが決して苦痛というわけではない。

 沈黙が互いのことをより意識させていた。

 京太郎も、和の意図に気付かないわけではない。

 申し訳なく思うし、報いたいとも思う。

 それでも自分の過去の失敗は拭いがたい。

 そうやって内罰的になり、結局何も言えずに終わる。

 だが、もういいんじゃないかとも思い始めていた。

 過去を見つめ続けるより、未来へ目を向けても構わないのではないかと。

 沈黙の間に決心し、京太郎は口を開いた。


「あのさ、咲」

「なに、京ちゃん?」

 喉がカラカラに乾き、汗が噴き出してくる。

 極度の緊張状態。

 ひょっとしたら倒れてしまうかもしれない。

 京太郎はそう思った。


「なんていうかさ、俺達小さい頃から一緒だったよな?」

「うん。それがどうかしたの?」

「だからさ、えーと……これからもずっと、というか……」


 目線は揺れ動くし、舌ももつれそうになる。

 それでも、京太郎は強引に言葉を押し出した。


「ぜひ、俺とつきあ――」

「おーい須賀ー!」


 絶妙のタイミングでかかる声。

 聞き覚えのあるそれに、京太郎は顔をしかめながら振り返る。

 井上純――ZECTを離反した裏切り物が走って来ていた。


「……何の用だ、井上」

「そうつれなくするなよ。おまえに話があるんだ」

「場所を移すぞ」


 先ほどまでの空気は見事に吹っ飛び、どこか刺々しい雰囲気が漂う。

 それを察知してか、咲はすっかり縮こまっていた。


「それじゃ、行ってくる。すぐ戻るからここを動くなよ?」

「うん、わかった……」





「それで、用件は?」

「いきなりだな、もう少し会話を楽しもうぜ」

「自分の立場がわかっているのか!?」

「ああ。ZECTを離反しNEO ZECTについた裏切り者ってところかな?」


 もはや抑えきれず、京太郎は純の胸倉を掴んで壁に叩きつけた。

 戸惑いと疑問と怒りで揺らぐ瞳。

 対して、純は平静そのものだった。


「とりあえず、放せ」

「くっ」


 冷水のような声で多少鎮火したのか、京太郎は手を放した。

 純は居住まいを正して京太郎に向き直る。


「須賀、ZECTに対してどう思っている?」

「ワームに対抗するための組織。人類の守護神だ」

「じゃあNEO ZECTについては?」

「ZECTの邪魔をし、場を混乱させるテロリスト」

 京太郎はよどみなく答えた。

 純は否定をするでもなく、うなずく。


「ああ、おおむねその通りだとオレも思う」

「じゃあ何で!」

「だけどそれが全てじゃない」


 語気を強めて純はそう言った。

 そしてポケットに手を突っ込み、紙切れを取り出す。


「その場所に行ってみろ。全てわかる」


 それだけ言い残して純は去っていった。

 京太郎は紙切れを握り締めて見送る。


「ねぇ、京ちゃん?」

「……咲、待ってろって言ったろ」

「様子がおかしかったから心配で……何かあったの?」

「何もないよ。お前が心配するようなことは」

「そう……じゃあ、帰ろ?」


 二人は再び帰路につく。

 さっきの話を続ける気はすっかり失せていた。





 深夜、京太郎はある場所に向かっていた。

 純から渡された紙には日時と場所が記されている。

 街の外れの方の地区。

 最近行方不明者や不審死が増えている場所だった。

 そして、奇妙な添え書き。


「ZECTに見つかるなってどういうことだ?」


 あるいはNEO ZECTの罠かもしれないと考えたが、純の性格を顧み思いすごした。

 地区と地区を区切る境界線付近に到達する。

 夜だというのにやけに騒がしい。

 武装した集団の足音を察知し、京太郎は身を隠す。

 ゼクトルーパーが通り過ぎていった。

 向かった先は目的の地区の入り口。

 黒いアーマーを身につけたZECTの兵隊によって封鎖されていた。


「ワームでも出たのか? それにしても地区ごと封鎖なんて」


 そもそもワームが出たのなら、ライダーである自分にも連絡が来るはず。

 一体二体ならば他のライダーで事足りるかもしれないが、この規模で封鎖となると話は別だ。

 京太郎はどこか違和感を拭えずにいた。


「すいません」

「ここから先は危険だ。関係者以外の立ち入りは認められない」

「俺はZECTのライダーです」

 ZECTの隊員証、ライダーライセンスを見せる。

 ゼクトルーパーの一人が機械を持ちだして照合を始める。


「照合完了。ZECTのライダーと認めます」

「じゃあ通してもらうぜ」

「あなたにはこの場に立ち入る権限が与えられていません」

「権限? どんな権限が必要だってんだよ」

「お答えできません」

「戦闘が始まってるんだろ? ワーム、それともNEO ZECTか?」

「お答えできません」

「……もういい、わかった」


 取り付く島もない。

 隊員に背を向け一度その場から離れる。

 もはや怪しいどころの問題ではなかった。

 京太郎はどこかもぐりこめる場所は無いか見回す。

 マンホール。

 全世界規模での水不足となった今では、下水道はただの空洞と化している。

 蓋を取り外し、身を滑り込ませる。

 当然のごとく中は暗い。

 携帯のライトを点ける。

 風化しつつある道が照らされた。

 小さな生物の死骸が転がっていて、カビすら生えていない。

 生き物の気配がない道を京太郎は進んでいく。

 しばらく歩くと、上方から微かな光が差し込んだ。

 梯子を上り、マンホールの蓋へ到達。

 耳を澄ませて外の様子を窺う。

「静かすぎるよな」


 銃声は遠く、住民も避難したのか悲鳴も聞こえない。

 もっと激戦を予想していただけに、京太郎は少し力が抜けた。

 だが、現実はもっと悲惨だった。


「なんだよ、これ……!」


 周囲を炎が包んでいる。

 散乱する人体のパーツ。

 建物の外壁は銃痕と赤で彩られていた。

 老若男女、区別なく殺されている。

 胴体を袈裟がけに斬られた死体に、比喩通り蜂の巣にされた死体。

 これではまるで……


「とにかく生存者を!」


 頭に過ぎったものを振り切るように京太郎は走り出す。

 銃声が響く方へ。

 崩れたビルが立ち並ぶ交差点。

 そこにいたのはゼクトルーパーと、ガタック。

 京太郎をここに呼んだ張本人が戦っていた。


「あいつ――」

 形にならない感情を抱えたまま飛び出そうとする京太郎。

 その目にあるものが映る。

 まだ十にも満たない子供。

 純の後ろで倒れ伏していた。

 まるで子供を守っているように見える。

 見てはいけないものを見たような気がして立ちつくす。

 京太郎が呆然としている間に、ゼクトルーパーは排除された。

 純が子供に駆け寄り呼びかけるも、反応はない。


「ちっくしょぉおお!!」


 叫び声が響く。

 京太郎は我に返り、ふらふらと純に近づく。

 泣いていた。

 男勝りでいつも飄々としていた純が、泣いていた。


「見せたかったものって、これか?」

「ああそうだ。これがZECTの真実だ」

「どうしてこんな……」

「やつらはっ! 自分らに従わないものを排除するために、こんなこともやってんだよ……!」


 敵を潰すためなら民間人の大量虐殺さえいとわない。

 それがZECTの真実であると純は言っていた。

 京太郎はZECTの言う正義を信じて戦っていたわけではない。

 ただ大事なものを守る手段と力が欲しかっただけだ。

 それでも一緒に戦う者達への信頼はあったし、組織への愛着もそれなりにはあった。

 今、その土台自体が揺らぎ始めていた。


「すぐに信じろとは言わねえよ。だけど少し考えてみろ。そんなやつらが世界の頂点に立っているってことを」


 そう言って純は去っていった。

 京太郎もしばらくして帰途につく。

 ただ、どうやって帰ったのかは思い出せなかった。





 ZECTの本部。

 その廊下で先を歩く晴絵に京太郎は追いすがるように問いただす。


「そうか、君も知ってしまったのか」

「赤土さん、本当にZECTがあんなことを……?」


 本心を言えば否定してほしかった。

 しかし、それで納得できるかは京太郎自身もわからない。

 うしろにつき従いながら晴絵の答えを待つ。


「結論から言うと、ZECTが特定の地区を封鎖して、そこにいるものを殺害しているというのは本当だよ」

「なんだってそんなことを!」

「落ち着きなよ」


 京太郎を制止しながら晴絵は携帯を取り出し、ある動画を再生する。

 ゼクトルーパーに成人男性が囲まれ、銃口を向けられている。

 多勢に無勢。

 虐殺の一瞬前を切りとった映像だった。

 これに何の意味があるのかと噛みつこうとした瞬間、成人男性に変化がおとずれる。

 発光し、姿がグニャグニャに歪み、しまいには駆逐対象に姿を変えた。


「これは……!」

「そう、いまの男性はワーム。やつらは人間に擬態する能力を持っているの」

 ゼクトルーパーに囲まれたワームは、脱皮する間もなく息の根を止められた。

 にわかには信じがたい光景だった。

 だが、否定する理由も根拠も京太郎は持ち合わせていない。


「君が言っていた件も、擬態したワームを一網打尽にする作戦だと聞いているよ」

「じゃあ一般人は……」

「避難はすんでいただろうね」


 京太郎は、内心でZECTへの疑念が小さくなっていくのを感じた。

 それにほっとするのと同時に、慟哭する純の姿が浮かぶ。

 どこかつっかえを残したまま疑問を飲み込んだ。


「それにしても、ワームが擬態するなんて初めて知りました」

「非常にデリケートな問題だからね。専用チームか上の者以外知らせてないんだ」

「俺が知っちゃっても良かったんですか?」

「君もライダーの一人だ。知っておけば覚悟することもできる」

「覚悟、ですか」


 その意味はこういったところだろう。

 人間の姿をしたワームを殺せるか。

 考えてみても実感は伴わなかった。


「それより、近々大がかりな作戦が決行される。軌道エレベーターを憶えてる?」

「はい、先日出来あがったばかりと聞いています」

 軌道エレベータ―。

 地上と軌道上の衛星をつなぐものだ。

 かなり大規模なもので、ZECTが総力を挙げて数基建設したらしい。

 京太郎は一度も見たことはなかった。


「概要は後日伝えるけど、簡単に言うと氷の塊である彗星を引き寄せて、水を得るという作戦だ」

「水を送るのに軌道エレベータ―が使われると」

「そうだね。エレベーターに併設された送水管で、水を地上に送る手はずになっている」


 京太郎は頭の中でいくつかの事柄を結び付ける。

 現在の地球の水不足は深刻だ。

 今はZECTが管理しているが、このままでは確実に限界が来る。

 そうなったときに、民衆がどういった行動を起こすかは容易に想像がつく。

 それを回避するための今回の作戦なのだろう。


「作戦名は天空の梯子。その実行者に君を推そうと思う」

「って、俺がですか!?」

「ああ、私は実行のサポートで清水谷は断るだろうし、残りの一人は表に出たがらないだろうし君が適任だと思う」

「他にもメンバーはいるでしょう? 俺、宇宙に行くのは初めてですよ」

「私も初めてだけどね。クロックアップを使うからライダーしか実行できないんだ」

「あぁ、なるほど」


 要するに、京太郎が選ばれたのは消去法だった。





「咲ー? ドライブ行こうぜー」

「いきなりどうしたの京ちゃん」

「いや、もうすぐお前の誕生日だろ? プレゼントでも買いに行こうと思って」

「普通それを本人の前で言うかなっ!」

「まぁまぁ、今日は非番だってことぐらい調べがついてるから」

「何で私のスケジュール把握してるの!?」


 古本屋の前でのやりとり。

 京太郎はバイクにまたがったまま咲を呼ぶ。

 こうして誘わないと、咲は本の虫のまま休日を消化してしまう。

 多少強引に連れ出して、あわよくばデートじみたことをするのが京太郎の狙いだ。

 咲は押しに弱い女子だった。


「しょうがないなぁ。たまには遠出するのも悪くないかもね」

「よっしゃ! じゃあ早く乗れよ」


 京太郎が自分の後ろを指さすと、咲はおずおずとまたがった。

 自分の目の前にある背中を遠慮がちに掴む。


「おいおい、もっとがっしりしがみつけよ。振り落とされちゃうぜ」

「え、だって恥ずかしいよ……」

「心配すんなって。つっかえるものはないだろ?」

「むっ」

「冗談冗談。俺らの仲だろ? 遠慮すんなよ」

「それじゃ……失礼します」


 京太郎の腰に手をまわし、しがみつく。

 幼馴染の背中は思ってたよりずっと広くなっていた。

 一方、京太郎は咲と密着することによって、その慎ましやかな感触を楽しんでいた。

 昔は絶壁だったが、なくはないレベルまで成長していた。

 もちろん、そんなことを考えていることがばれたら後が怖いので黙っておく。


「よし、じゃあ出発進行!」





 飛ぶように過ぎていく景色。

 乾いた大地に埃を巻き上げながらバイクは進む。


「そういえば京ちゃん。バイクの免許なんていつ取ったの?」

「ライダーのライセンス持ってたら乗れるんだよ」


 ZECTのライダーライセンスには、車両の免許も含まれている。

 現場に素早く駆けつけられるように、運転教習が課程に組み込まれているのだ。

 そして一部のライダーには、キャストオフ機能に対応した特殊な車両が与えられる。

 いま京太郎が乗り回しているのもその一つだ。


「……どうして京ちゃんは戦っているの?」

「どうしてって、そりゃ平和を守るためだよ」


 お前を守りたいから、などと言ってのける勇気はなかった。

 よってこのような大分遠回しな表現になる。

 京太郎にとっての平和とは、咲と共に過ごせる時間なのだ。


「私達、まだ子供なのにね」

「人手不足も深刻だからなぁ」

 全世界規模で人口が激減した一方、敵の勢力は日に日に増していく。

 人間の領域を囲む防衛線も、大人たちだけでは支えきれないのが現状だった。

 だがしかし、京太郎がライダーとして戦っているのは人手不足だけが原因ではない。

 ゼクターは資格者を選ぶ。

 歴戦の勇士でも屈強な兵士でも、選ばれなければ人類の最大戦力にはなれない。

 基準がどこにあるのかはわからないが、ゼクターに選ばれたからこそ京太郎はカブトとして戦っている。


「まぁ、でもそんな悪いもんじゃないぜ。給料は良いし、飲み水も優先的にもらってる」

「でも、京ちゃんまでいなくなったら私……」

「咲……」


 七年前のあの日、咲は家族を失った。

 それは京太郎も同じだったが、咲は加えて体をおかしくしてしまった。

 きっと不安なのだろう。

 これ以上自分の寄る辺を失うことが。

 京太郎も、自分が咲を失ったらどうなるのかわからなかった。

 自棄になり暴れ出すのか、自失し沈み込むのか。

 そんな未来がおとずれることのないよう、日々戦っているのだ。

 自分と咲の関係。

 互いに依存しているのかもしれない。

 それでも、京太郎の気持ちは変わらない。


「ちょっと休憩するか」

「お腹もすいたしね」





 誰もいない公園のベンチ。

 持参した昼飯を食べた二人は、なにをするでもなく座っていた。

 こののんびりした空気も好きだが、京太郎には言うべきことがある。

 意を決して立ち上がる。


「咲」

「どうしたの?」

「さっき俺がいなくなるのが怖いって言ってたよな」

「京ちゃん……?」

「大丈夫だ。俺はずっとそばにいる。距離が離れていても、いつも咲のことを想っている」

「……」

「だから、何て言うか……す、須賀京太郎は宮永咲のことが好きってことだよ!」


 勢いに任せて言い切った。

 喉はからからで嫌な汗が噴き出してくる。

 これでもう後戻りはできない。

 京太郎は目をギュッとつぶって返事を待った。

 実際は数秒の間が、数時間にも感じられた。

 緊張のあまり足場もあやふやになりそうだった。

 それでも返事はこない。

 恐る恐る目を開けると、咲は俯いていた。

 そして膝の上で握りしめた手に落ちる水滴。

 咲は、泣いていた。

「お、おいどうしたんだよ!」

「う、ひっく……ごめんね」

「泣きやめよ、悪いことしたなら謝るからっ」

「ごめん、ごめんね……京ちゃん」


 涙を流したまま謝り続ける咲。

 京太郎は自分の思いが実らなかったのだと悟った。

 目がくらみ、足場が無くなったかのような錯覚を受ける。

 心は重石を括りつけられたかのように重い。


「そうか……ちょっとトイレ行ってくるよ」


 おぼつかない足取りで、目的地も定まらないまま歩き出す。

 すると背後で何かが地面に落ちる音。

 振り返ると咲が倒れていた。


「咲……? 咲っ、大丈夫か咲!」

「京、ちゃん……ごめんね」





 倒れた咲を病院に運び込んだ京太郎。

 担当医に咲の身を預けて座り込む。

 これはいつもの発作であって、咲はしばらくすればまた動けるようになる。

 祈るような思いで待ち続ける。

 だが突き付けられたのはどうしようもない現実だった。


「どうにかならないんですか……?」

「現状の医学ではどうしようもありません。彼女の体はもう限界です」

「咲は、このことを知っていたんですか?」

「ええ、彼女には全て話しています」


 担当医との話を終え、咲の病室に向かう。

 どんな顔をすればいいのかわからない。

 思い描いていた未来は全て真っ暗に閉ざされていた。

 理不尽な運命に対する怒りも湧いてこないし、咲を失う悲しみもどこか遠い。

 本当に何もない。

 ひょっとしたらこれが真の絶望なのかもしれない。

 まるでフィルターが掛けられた視界の中で、京太郎は茫洋とそう思った。

 なんと声をかけるべきか。

 考えが纏まらないまま咲の病室にたどりつく。


「咲」


 病室に入ると、咲は上体を起こして窓の外を見ていた。

 呼びかけに振り返らなかったことが今はありがたい。

 今の顔を咲には見られたくなかった。


「黙っててごめんね、京ちゃん」

「それはもういいよ」

 窓の外に目を向けたまま、咲は話す。

 もしかしたら向こうも顔を見られたくないのかもしれない。


「結構前からわかってたんだけどね、京ちゃんたちに心配かけるかなって思って」

「だからもういいって」

「告白、嬉しかった。でも私もうすぐいなくなっちゃうから……」


 ここにきて、京太郎のあやふやな心情が定まった。

 浮かぶのは苛立ち。

 咲が自分の気持ちや意見を、受け止めるつもりがないと気付いたからだ。

 ベッドに歩み寄り咲の肩を掴む。

 そしてそのまま顔をこっちにむけさせる。


「時間がないとかそういうのを言い訳にするな! 俺はそんなのと関係なくお前と一緒にいたいんだよ!」

「何それ……勝手なこと言って、京ちゃんは私の気持ちわかってない!」

「知ったことかよ! お前だって俺の気持ちを無視してるだろ!」

「私だって苦しいよ! 告白されて嬉しいのに答えられなくて……京ちゃんのこと、好きなのに……」


 全てを吐き出して泣き出す咲。

 京太郎はその体を抱き寄せた。


「じゃあ、もうそれでいいだろ……」

「うん……」

「俺は咲が好きで、咲は俺が好きで……立派な両思いだ」

「うん」

「残された時間が少なくても関係ない。たとえ宇宙の果てに飛んで行こうが、俺はお前の手を離さない」

「うん、絶対離さないでね」


 想いが通じあい、二人は抱き合う。

 充足感で心が満たされる。

 こうして須賀京太郎と宮永咲は恋人となった。





「おめでとう」

「今度はなんの用だ、井上?」

「今後についての話し合い、といきたかったけど、熱い告白が聞こえたからさ」

「趣味が悪いな」


 病院からの帰り道。

 すっかり暗くなった空の下で京太郎を出迎えたのは純だった。

 目の前の相手にとる態度を決めかねる京太郎。

 以前のように友人として接するのは無理だし、裏切り者として突き出す事も出来ない。

 NEO ZECTはもちろんのこと、今ではZECTすら手放しで信頼できなくなっていた。


「赤土さんに話したのか?」

「ああ。擬態していたワームの駆除だと言っていた」

「ま、そう言うだろうな」


 純は軽く肩をすくめて嘆息した。

 まるで予想していたと言わんばかりだ。


「結局、何が正しいんだろうな……」

「そんなの誰にもわからないさ。ZECTは人類を守っているし、NEO ZECTはどうあがいてもテロリストだ」

「裏切ったやつがそんなこと言うなんてな」

「だけどそれだけじゃない。ZECTには絶対に裏がある。おまえにはあの子供がワームに見えたか?」

 あの夜の光景がよみがえる。

 死体の山は全て人間のものだった。

 ワームが擬態したものだとしたら、なぜ人の姿のまま殺されていたのか。

 京太郎の心中に疑問がわき上がる。


「こっちにつけとは言わねえよ。ただ、邪魔はするな」

「邪魔?」

「今ZECTが計画してる作戦……天空の梯子だったか? 俺達はあれを乗っ取る」

「乗っ取る? そんなことをして何の意味がある?」

「これ以上ZECTにでかい顔させておけないってことだな」


 NEO ZECTはZECTがこれ以上発言力を手に入れるのを危惧している。

 それで、今回の作戦の功績をかすめ取って自分たちのものにし、立場を向上する。

 相手の大体の目的を京太郎は理解した。

 どっちにしろ、計画の実行者である自分は戦いには参加できない。

 そうも思ったが、口には出さなかった。


「少し考えてみてくれ」


 夜闇に消える純の背中を京太郎は見送る。

 心は振り子のように揺れ動き、止まりそうもない。





 居住区の片隅の古本屋。

 今日は入り口にCLOSEの板がぶら下げられている。

 ここで働くものにとっても、よくちょっかいを出しに来るものにとっても大事な日。

 宮永咲の誕生日だ。


「須賀くん、次はこれ運んでください」

「はいよ」

「わ、私も手伝ったほうがいいかな?」

「咲さんはおとなしくしててください。今日はあなたの誕生日なんですから」

「お前、退院したばっかだろ? それに食器割られても困るしな」

「うー、なにも言い返せないよ……」


 咲は椅子に座ったまま足をばたつかせる。

 周りが働いてる中、自分だけ何もしていないとなると落ち着かないのだろう。

 口を尖がらせる姿を和と京太郎は微笑ましく見ていた。


「咲さんも今日で16歳なんですね」

「まぁ、年が増えてもチンチクリンなのは変わんないんだけどな」

「むっ、京ちゃんそれどういうことっ? 私だってちゃんと成長してるんだから」

「そうですよ須賀くん、咲さんはもう結婚だってできる立派な女性なんですから」


 和の言葉に咲の頬が少しだけ紅潮する。

 京太郎は顔を逸らして頬を掻いていた。

 恋人関係になった二人には、その手のキーワードが若干生々しく聞こえるのだろう。

 もちろん和もそのことは聞いているので、先ほどの言葉は故意のものだ。

 知らされたのは、いいことばかりではなかったのだが。

「……」

「咲、どうしたんだ?」

「ちょっとね……楽しいなって」


 咲は今自分は幸せだと言える自信があった。

 友人や恋人に囲まれて祝われる誕生日。

 先が長くないと自覚しているからこそ、こんな当たり前が愛おしい。

 それゆえにもう一つの当たり前……家族に祝われることも思い浮かべてしまう。


「おねえちゃん……」


 咲の口からこぼれたほんの小さな呟き。

 誰にも聞かせるつもりがなかったそれを、京太郎はしっかりと拾っていた。

 咲の姉、宮永照。

 咲が幼いころ一番懐いていた人物。

 そしてもう、この世に存在しない。


「須賀くん、大丈夫ですか?」

「悪い……ちょっとぼーっとしてた」

「具合が悪いなら座ってても構いませんよ?」

「平気平気。それに女の子に任せっきりってのもどうかと思うしな」

「無理、しないでくださいね」


 和の声には少し、寂しげな響きがあった。

 親友の命がもう長くないと知って、心が揺れ動かないほど彼女は冷淡ではない。

 それでも普段と変わらないように振る舞っているのは、他ならぬ咲に心配をかけないためだ。

「後は料理の出来上がりを待つだけですね……その間なにかしましょうか?」

「そうだね、ただ待ってるだけじゃ暇だもんね」

「じゃあ何する――っと」


 部屋の中に着信音が響く。

 京太郎は携帯を取り出し、電話に応じる。

 表示された名前は、赤土。


『須賀くん? NEO ZECTが軌道エレベーターに接近中だ。目的はこちらの作戦の妨害だろうね』

「そんな、早すぎる!」

『だからこっちも計画を急遽行うことになった。至急現場まで急行してほしい』

「……わかりました」


 余程急いでいたのか、京太郎が承諾するとすぐさま通話は途切れた。

 渋面が浮かぶ。

 しかし、こんな顔を二人に見せるわけにはいかない。

 京太郎は一旦目を閉じ、開いた。

 そしてポケットから四角い箱を取り出す。


「咲、これ渡しておく」

「京ちゃんありがとう……開けても良い?」

「ああ、開けてくれ」


 箱を開けると、中には指輪が一つ。

 シンプルな銀のリング部分に、小さな花が咲いている。

 そして花弁の中央に透き通った小さな宝石。

「婚約指輪……にはまだちょっと早いかもしれないけど、俺の気持ち。はめても、いいか?」

「あ、え……」

「ほら、咲さん!」

「え、えと……おねがいしましゅ!」

「はは、なんだよそれ」


 京太郎は咲の頭を撫でると左手を取り、薬指に指輪をはめた。

 大きすぎず小さすぎず、指輪はちょうどおさまる。

 咲は薬指に輝く花に嗚咽を漏らした。


「うぅ、ひっく……京ちゃぁん」

「泣くほど感激されるのは嬉しいけどさ、やっぱ笑って欲しいな」

「うん、うん……」


 泣き笑い。

 笑顔を浮かべても流れる涙は止まらない。

 京太郎は苦笑して咲の頬を伝う雫をぬぐう。


「咲、なるべく早く終わらせて帰って来る」

「約束だよ?」

「もちろんだ」


 一度抱擁を交わすと咲から離れる。

 そして和に頭を下げると、京太郎は店の外へ出ていった。


「忙しい人ですね」

「しょうがないよ……」

「さ、二人で楽しんで須賀くんを悔しがらせてあげましょう!」

「う、ん……」

「咲さん?」


 重いものが地面に落ちる音。

 深い闇に沈みこんでいく感触。

 薄れゆく意識の中で、咲は京太郎と姉と共にいる光景を幻視した。





 工場プラントに併設された軌道エレベーター。

 この場には今、ZECTの最大戦力達が集っていた。

 合計四人のマスクドライダー。

 ワームに対抗する術を持ったものたち。

 その周囲にはゼクトルーパー達が陣形を組んで待機している。


「来たようですね」

「そうみたいだね」


 いち早く敵の接近を察知したのは晴絵と燕尾服の男性。

 執事の格好をした男性は知り合いからは萩原という本名では呼ばれず、ハギヨシと呼ばれている。

 表舞台には滅多に姿を現さない男の姿がそこにあった。


「まさかあんたが来るとは思わなかったで」

「この作戦が成功すれば、いつかは地球に青が戻るかもしれません」

「執事さんは真面目なんやな」

「すくい取ることはかなわなくとも、海に映る月をもう一度見たいのですよ」

「そか」


 誰もが心に抱えるものがある。

 萩原を横目で見る竜華の脳裏に、亡き少女の笑顔がよぎった。

 二人の立ち振る舞いに迷いは見られない。

「……」

「京太郎くん?」

「ハギヨシさん……」

「今回の戦闘はこちらで受け持ちます。あなたは安心して任務をこなしてきて下さい」

「ありがとうございます……」


 自分が迷っていることが、一緒に戦う仲間への裏切りのように思えた。

 京太郎の心の靄は晴れない。

 それでも決行の時間は待ってはくれない。


「それじゃあ、私達は上に行く。後は任せたよ」

「はい、お気を付けて」

「邪魔はさせへんから、安心して行ってきて下さい」

「ありがとね。須賀くん、行くよ」

「……はいっ」


 迷いを振り払うよう、大事な人の姿を思い浮かべる。

 そう、京太郎が戦う理由ははっきりしている。

 咲のために少しでもより良い世界へと変えていく。

 最も確実な手段は、ZECTで戦い続けること。

 雑多とした心中に蓋をして、京太郎は晴絵と共にエレベーターへ乗り込んだ。





 軌道エレベーターに近づく装甲車とバイク。

 ZECTの作戦の横どりを狙うNEO ZECTのライダーたち。

 その行く手に二人のライダーが立ちふさがる。


「ここを通すわけにはいきません」

「悪いけど、通行止めやな」


 サソードとザビー。

 そして周囲の物陰に姿を隠していたゼクトルーパーたちが銃を向ける。

 装甲車の中で灼は舌打ちをし、久は溜息をついた。


「邪魔……!」

「すっごい歓迎ねぇ」

「のんびりしてんな、こうなりゃ強行突破だ!」


 NEO ZECTの三人は乗っていたものから飛び出し、すぐさま変身する。

 ゼクトルーパーたちが一斉に発砲するが、弾け飛んだ鎧に一掃された。

 そしてここからはライダー同士の戦い。

 高速の世界に入る術を持たない者は、介入を許されない。


「押し通る……!」

「行く手を阻もうとするなら、容赦なく撃たせてもらうわ」

「オマエらに構ってる場合じゃないんだけどな!」

 その場にいる全てのライダーが加速状態に入り、モノクロの世界が広がる。

 その中で真っ先に動いたのは純。

 自身のバイクであるガタックエクステンダーをキャストオフさせ、飛行手段を持ってエレベーターへ接近する試み。

 そうはさせまいと竜華がゼクターから針を放つも、光弾に撃ち落とされる。


「的当てにはぬるいレベルね」

「ええわ、相手したる」


 対峙する久と竜華。

 その横を走り抜ける灼。

 晴絵の姿はここにない以上、空の上。

 そう見切って、エレベーターへの最短ルートを駆け抜けようとする。


「あなたは絶対通さないようにと、赤土隊長から言付かっております」

「相手があなたでも、絶対に通させてもらうから……!」


 萩原がその前に立ちふさがる。

 ZECT最強クラスと言われる彼の実力を、灼はよく知っていた。

 それでも退けない理由がある。

 クナイガンを持ち、目の前の男をマスク越しに睨みつける。

 二人の頭上を変形したエクステンダーが飛んでいく。

 萩原は気にした様子もなく見送った。

 元々邪魔が入ることを想定して晴絵が京太郎のサポートに入ったのだ。

 相手が純であれば抑えるだけなら困難ではない。

 ZECTのライダーを率いる隊長の実力への信頼。

 一切の揺るぎもなく、手にした剣を構える。

 かくして、地上における激闘の火蓋が切って落とされた。





 エレベーターはその先の衛星へと上がっていく。

 絶え間なく襲うGに京太郎は苦悶の声を上げるが、晴絵は涼しい顔をしている。

 訓練していたものとそうでないものの差。

 作戦を知らされてから決行までの期間が短すぎたのだ。

 事前から準備していた晴絵と違い、京太郎に準備する暇はほとんど与えられなかった。

 いわばぶっつけ本番の状態。

 それでも気を失っていないのだから、頑張って持ちこたえられていると言える。

 晴絵は横目で見ながら心中で感心していた。


「つ、着いた……」

「ほら、へたりこんでないで行くよ」

「はいっ」


 気合を入れて立ち上がり、京太郎は前を行く晴絵を追う。

 衛星内部を区切るハッチ。

 晴絵はコンソールを操作してそれを開く。


「よぉ、待ちくたびれたぜ」

「きみは……」

「井上……」


 バイクに腰かけて佇む純。

 送水管を伝って先回りしたのだ。

「招待をした覚えはないよ」

「飛び入りゲストってやつですよ」


 晴絵は冷然とした態度で純に対する。

 純は肩を竦めて応じた。

 そして京太郎の心に再び迷いがぶり返す。


「赤土さん、オレの話を聞いてくれないか?」

「裏切り者の言うことに興味はないよ」

「やっぱダメか……須賀、オマエはどうだ?」


 純に言葉を向けられ、京太郎は俯く。

 迷いで心がぶれる。

 だが、答えは決まっていた。


「……井上、ZECTなら、地球を平和にできるかもしれないんだ……」

「そっか……ま、しかたないわな」


 純は頭をかいて苦笑する。

 大きく落胆した様子はないものの、声の端に一抹の寂しさが混じる。


「それじゃあ、テロリストらしく強硬策に訴えますか!」

「須賀くん、ここは私が抑えるから先に行ってくれる?」

「……はいっ」

 京太郎は二人の間を通り抜けて先へ進む。

 その後ろ姿を晴絵は感情の伴わない瞳で見つめた。


「止めなくてよかったの?」

「後で自分たちがやったって言えば良いだけの話ですよ」

「そうだね。でもそれには大きな問題があるってことはわかってる?」

「……だから、アンタをここで倒さなきゃならない」


 対峙する純と晴絵。

 両者の闘志は既に高まっており、呼応するようにゼクターたちがぶつかり合う。

 そして前哨戦は終わり、資格者たちの手に渡る。


「「変身」」

《――Change Beetle!》

《――Cast Off! Change Stag Beetle!》


 電子音が響き、二人は戦うための鎧をまとう。

 互いに武器を構え、腰を落とす。

 軌道衛星内部には機械の駆動音が響く。

 それを切り裂くように、まずは純が動き出した。

 一対の双剣を振るう。

 晴絵は初撃をかわし、二撃目をアクスモードで受け止める。

 そのまま押し込み、力負けした純の左腕が後ろに流れた。

 バランスが崩れた純に、赤熱した刃が迫る。

「くっ」


 攻撃が体に届く前に純はどうにか右手の剣を割り込ませた。

 それで直撃は避けたものの、バランスを崩したところをさらに押され、地面に倒れ込む。

 そこから晴絵はさらに追撃する。


「せい!」


 振って来る一撃を、純は蹴ってそらした。

 そして晴絵の体を押し出し、その反動で後ろに回って立ち上がった。


「やっぱり君を失うのは惜しいな」

「それはうちのリーダーに言ってやったらどうです?」

「あの子と話すといつも平行線だからね。こっちの話を聞こうとしないから」

「それはどっちもどっちでしょ」


 距離が離れて、仕切り直し。

 互いが互いを見据えたまま、腰のスイッチに手を伸ばす。


《《――Clockup!》》


 常識を超えた世界。

 高速戦の幕が開く。





 様々な機材に取り囲まれた部屋の中で、京太郎は変身した姿でたたずむ。

 彗星を呼びよせる装置は部屋の中央。

 起動はもう済ませてある。

 大雑把に言えば、そこでクロックアップするだけで作業は終わる。

 京太郎は手を開閉すると、装置の中へ。


「大丈夫だ。これが終われば咲だって……」


 この作戦が成功したら、地球は再び青を取り戻す。

 そうしたら原因不明の病だって良くなるかもしれない。

 良くならなかったとしても、美しい景色が戻ればそれはきっと素晴らしい贈り物になる。

 余命少ない恋人に対して自分がやってやれることはほとんどない。

 それがわかっているからこそ、京太郎は今やっていることが咲の笑顔につながればいいと思ってた。


「……よし」

《――Clockup!》


 腰のボタンを叩く。

 京太郎の体が淡い光に包まれる。

 いつものように景色が色あせることはない。

 加速状態に移行するためのエネルギーを、装置が吸い出している。

 衛星全体が鳴動する。

 外部に建設された出力装置が変形し、エネルギーを蓄えて光り出す。

 そして一瞬の静寂の後、それが一条の光となって放出された。





 とあるビルの一室。

 ZECTのトップのために用意された部屋。

 そこに二つの人影。

 椅子に座る南浦と、傍らに立つ藤田。

 組織のトップとその部下は、モニター越しの人工衛星を見ていた。

 今そこでは、人類にとって重要な作戦が行われている。

 比喩抜きにして、未来を決定づけるものだ。

 現状、人類の水不足は深刻。

 それを解消するために、氷の塊である彗星を呼び寄せて大量の水を得る。

 その表向きの目的を信じて、ライダーたちは戦っている。

 作戦の裏になにがあるのかを知っているのはほんの一握り。

 この場にいる二人を含めて、数えるほどしかいない。


「どうやら上手くいきそうだな」

「はい。衛星内に敵の侵入を許しましたが、赤土晴絵が対処しています」

「下でドンパチやってる連中は?」

「いまだ膠着状態です。ですが、じきに終わるでしょう」


 その言葉には確信があった。

 そして事実、そうなることはほぼ確定している。

 それ程の切り札をZECTは保有していた。


「ということは、あいつを送り込んだわけか」

「はい」

「黄金のライダーを」

 二人の声に僅かな震えが混じる。

 怯えともとれるそれは、とあるキーワードに起因する。

 黄金のライダー。

 ZECTの中でも限られた者しか知らない、最重要機密。

 最強の処刑人。

 収拾の困難な事態に投入され、全てを平らげるのがその役目。


「今は二代目だったか?」

「はい、先代は既に引退済みです。赤土晴絵の一件で」

「そういえばそうだったな……で、どうだ?」

「時間移動は行えませんが、間違いなく最強かと。ともすれば先代以上に」


 藤田は黄金のライダーが暴れた後の光景を思い出す。

 敵味方関係なく、非戦闘員さえも手にかける。

 その見境のなさは嵐や津波のような自然災害じみていた。

 通った後には何も残らない。


「今いるライダーは、確実に全滅するでしょう」

「そうか」


 ライダーがいなくなるということは、ワームに対抗する手段を失うということ。

 それを理解していながらも、南浦は動揺の欠片も見せない。

 黄金のライダーさえいればいいと思っているのか、あるいは……


「作戦が始まったようです」


 モニターに変化が訪れる。

 衛星から光線が発射され、なにもない空間に大穴があく。

 穴の向こうから顔を出す彗星。

 そしてその後を追うように姿を現す巨大隕石。


「これは……成功ですね」

「ああ。もうじきライダーがいらない世界になる」





 衛星内部で青と銅の影が奔る。

 高速の世界でぶつかり合う純と晴絵。

 常人の目には、なにもないところに火花が散っているように映るだろう。


「せい、やっ」

「甘い」


 純の双剣は晴絵にかすりもしない。

 行動パターンが読まれていた。

 戦い方を誰に教わったかを思い出し、純は歯がみした。

 だが手数は相手の二倍。

 たたみかけるように連撃を繰り出す。


「荒いよ」

「くぁ」


 袈裟に振られた右の剣を足で踏みつけ、晴絵は左の剣にアクスを合わせる。

 一際大きな火花を散らして、純の左手から剣が弾き飛ばされた。

 晴絵の背後の壁に突き刺さる。

 そしてそのまま膝蹴り。

 腹部に痛打を受けて純は大きく突き飛ばされた。


《《――Clock Over!》》


 加速状態が解ける。

 晴絵は倒れた純にゆっくりと近づく。

「赤土さん、話を聞いてください」

「命乞い? 聞くだけならいいよ」

「俺たちに協力してくれないか?」

「こりないね……逆に聞くけど、戻って来る気はある?」

「それは……無理だ」

「なら私も無理だね」


 切り捨てて、晴絵は純を見下ろす。

 無感動に、機械のようにアクスを振り上げる。

 純は倒れたまま、なおも言葉を吐き出す。


「アンタだってZECTのやってることはは知ってるはずだろ!」

「大量虐殺とか、そういうこと?」

「やっぱ知ってたのか……だったらなんで!」

「言う必要はないね」


 アクスが振り下ろされる。

 純は身をよじって回避する。

 赤熱した刃が腕と胴の間に亀裂を走らせた。


「黄金のライダーと戦って生き残ったアンタさえいれば――」

「ちょっと、黙ろうか」

「――がっ」

 脇腹に蹴りを入れられ、純は地面を転がる。

 晴絵の雰囲気が変わった。

 先ほどまでとは違い、言葉に明らかな感情がこもっている。

 純の腹部を踏みつけ、再度アクスを振り上げる。

 今度は避けられない。

 その事実を突き崩すため、純は右手の剣を強く握りしめた。


「死になさい」

「まだ、だっ!」


 電流のような火花が迸る。

 純が握る剣にそれを認めた晴枝は、攻撃を中断して横に飛びのいた。


「くっ」


 晴絵の右脚を刃がかすめていく。

 純の左手に収まったそれは、壁に刺さっているはずのものだった。

 刃と刃が引きあう特性を利用して、手元に引き寄せたのだ。

 そしてそれは同時に、晴絵の背後からの奇襲にもなった。


「これはアンタから教わらなかったやり方ですよ」

「やってくれるね……!」


 晴絵が引いた隙に純は立ち上がる。

 遠間のにらみ合い。

 二人の経つ地面が小さく震える。

 衛星が鳴動していた。

「残念だけど、これまでだね」

「いいや、まだ間に合う」


 再び双剣を構える純に対して、晴絵は獲物を持ちかえる。

 クナイガンのガンモード。

 衛星内部を破壊しないよう使用を控えていたが、作戦がここまで進行していれば話は別。

 今更多少配線を傷つけたところでさしたる問題はない。

 ためらいなく、晴絵は引き金を引いた。


「マジかっ」


 咄嗟に屈んで純はやり過ごす。

 だが次の瞬間、あるはずのない風がその体を後ろへ押し込む。

 今の射撃で衛星の外壁に穴が開いていた。

 空気と共に外に放り出されないよう、純は踏ん張る。

 そしてその動けない隙をついて、晴絵が動き出した。


「今度こそ、終わりだよ」

《――Rider Beat!》


 右手首のゼクターを回す。

 エネルギーが解放され、右腕に力がみなぎる。

 アクスを構え、晴絵は純に突撃する。

 赤熱した刃が純に襲いかかる。

 絶対に避けられない一戟。

 間もなく訪れるであろう光景に純は目を閉じ、晴絵は顔をゆがませた。

 しかしその未来はやってこない。


「なぁっ」

「――っ!」


 衝撃波が二人を吹き飛ばす。

 そして全てが崩壊した。





「嘘、だろ……?」


 モニターに映る光景に京太郎は言葉を失った。

 彗星の後を追うように現れた巨大隕石。

 あまりの大きさに、彗星がちっぽけなものに見えた。


「くそっ、なんだ……なんだってんだよ!」


 このまま放っておけば直撃。

 その後はひょっとすると地上に落ちていくかもしれない。

 京太郎は七年前のことを思い出す。

 炎の海、瓦礫の山、そして届かない手。

 ぬぐいきれない記憶がよぎる。

 歯を噛み締め、叩きつけるように通信用のスイッチをオンにする。


「こちらカブトっ、緊急事態が発生した!」

『――――――』

「なんだってこんなときに……!」


 スピーカーから吐き出されるのはノイズのみ。

 通信障害が発生していた。

 焦燥で頭の中が埋め尽くされる。

 モニターの向こうで彗星が隕石に追突され、砕け散った。

 ようやく衛星内にエマージェンシーコールがかかる。

 計画の失敗を悟り、京太郎は立ちつくす。

 しかし事態は止まらない。

 彗星が砕けた際の衝撃波が衛星を襲う。

 上下左右の感覚が消失し、京太郎はなすすべなく破壊の嵐に飲み込まれた。






 明滅する意識が定まる。

 視界には無限の闇と光点が広がる。

 奇妙な浮遊感。

 純は何のとっかかりもない宇宙空間に投げ出されていた。


「くっ、なにが起こった……?」


 顔を動かして周囲を確認する。

 そして自分の周囲になにかの残骸が漂っていることに気付いた。


「これは、ZECTの……まさかっ」


 残骸に印されたマークを見て、純は嫌な予感を覚える。

 そして、崩壊した衛星を見つけた。

 彗星の姿はどこにもなく、代わりに巨大な隕石の姿がそこにあった。


「来いっ」


 心中に驚きはあったが、このままでは身動きが取れない。

 飛来する愛機につかまって純は衛星の方へ向かう。

 変形したバイクを操って残骸をすり抜けていく。

 その途中で見知った影を見つけた。

 残骸に混じって一緒に漂っている。


「須賀!」

 呼びかけに答えない。

 そもそも真空状態。

 触れていないと声が通じるわけもない。

 純は進路を変更して京太郎に近づき、腕を掴んで引きとめる。


「おい、しっかりしろ!」

「う、あ……井上?」

「これは一体どうなってるんだよ!?」


 スーツを通して伝わる声が京太郎の覚醒を促す。

 純からの呼び掛けには応じずに辺りを見回すと、慌てて身を起こそうとする。

 そしてバイクにしがみついてその光景を直視した。


「……本当に、どうなってるんだろうな」

「オマエにとっても予想外だったってことか」

「とにかく、あの隕石をなんとかしないと!」

「落ち着けよ」


 純は飛び出そうとする京太郎の手を引く。

 ライダーといえど、一人であの隕石をどうにかするのは不可能だ。

 まずは地上に戻らなければどうしようもない。


「そうだな……赤土さんは?」

「さぁ、一緒に吹っ飛ばされたとは思うけど」

 そこらを見回してもその姿はない。

 京太郎は吹き飛ばされた方向がたまたま純と近かっただけ。

 運が悪ければ、衛星と一緒にバラバラになっている可能性だってある。

 そこに考えが至って、京太郎は青みが消えた地球に目を落とした。

 その中に、赤く光るなにかをとらえる。


「おい純、あれ……」

「もしかして、赤土さんか?」

「あのままじゃ燃え尽きる! 早く助けに行くぞ!」

「だから落ち着け」

「エクステンダーだったら大気圏に突っ込んでも大丈夫だろ!」

「バカ、基本一人用だぞ!?」

「いいから、行くぞ!」

「暴れんな! ああもう!」


 ふらふらと揺れる車体を立て直して、純は地球へと向かう。

 スピードを上げて追いすがる。

 視界が赤く染まる。


「く、オレたちも燃えちまうぞ……!」

「あとちょっと、あとちょっとだから……!」


 京太郎は手を伸ばす。

 晴絵は見向きもしない。

 無視を決め込んでいるのか、気を失っているのか。

「届いた!」

「うおっ」


 さらなる重量が加わって車体のバランスが崩れる。

 ひっくりかえらないように純は制御に一層力をかけた。

 晴絵の腕を掴みとった京太郎は、そのまま引き寄せる。


「大丈夫か、赤土さん!?」

「……須賀くん?」

「まぁ、無事でなによりですよ」

「それと、井上くんも……」


 晴絵が目を覚ます。

 京太郎と純を見て、最後に遠ざかる隕石に目を向ける。


「私のことは、いいよ」

「そう言われても離せるわけないでしょ!」

「このままじゃみんなあの世行き、かもしれないよ?」

「毒を食らわば皿までって言うでしょ。それに、アンタを身捨てたらうちのリーダーに怒られる」


 二人が聞く耳を持たないことを知ると、晴絵はため息をついた。

 そして完全に力を抜くと、京太郎にもたれかかる。


「本当にバカだ。君たちも、私も……」

「一緒にしないでくださいよ。主犯は須賀だ」

「こうしてる時点でお前も同罪だろ」

「こんな時に余裕だね。まぁ、仲良く流れ星っていうのも悪くないかな」

「「縁起でもないことは禁止!」」





 ぶつかり合う刃と刃。

 紫のライダーが短剣の攻撃を受け止めると、弾かれるように銀のライダーは離れていく。

 リーチの差で接近戦は不利と踏んだ灼は、射撃を交えた中距離戦へと移行していた。

 入り組んだ地形を利用したヒットアンドアウェイ。

 なるべく攻撃と攻撃の間隔を狭めることで、萩原を守りにまわらせる。

 相手が攻勢に転じたら、自分が劣勢になることを灼はよく理解していた。


「流石は、赤土さんが目をかけていただけのことはありますね」

「そんな口をきく余裕、ある?」

「おっと、これは失礼しました」


 頭を狙った射撃を首を曲げることで避け、胴を狙った二発を瞬時に斬りはらう。

 銃口の向きと引き金を引くタイミングで、萩原は狙われる場所を見きっていた。

 射撃はまず効かない。

 何回目かのやり取りで、灼は話の中でしか聞かない妙技をやってのける人物が、現実に存在することを認めた。

 その上で射撃を繰り返す。

 着弾点で目標との誤差を修正していく。

 どの角度から、どの位置に撃てば、どの方向に弾かれるのか。

 最適なポイントを探る。

 あからさまに狙えば瞬時に潰される。

 気づかれればチャンスを失う。

 本当の狙いを隠すための矢継ぎ早の攻撃。

 相手がいちいち攻撃を避けてくれるのなら話は早いのだが。

「そこっ」


 鉄の柵にぶら下りながら狙い撃つ。

 萩原の胸元を狙った一撃。

 光線は違わずに斬りはらわれ、近くの一際太いパイプを破壊した。


「これは……」


 萩原の視界が白く覆われる。

 この好機を逃すわけにはいかない。

 灼は柵を蹴ってクナイガンを連射。

 今ならば、銃口も引き金も見えない。

 だが、これはあくまでも牽制。

 右手首のゼクターを回転させる。


《――Rider Beat!》


 ゼクターに蓄えられていたエネルギーが、右腕に満ちていく。

 クナイモードを逆手に持ち、灼は突撃。

 光を放つ刃が白い靄を切り裂いていく。


「ようやく近づいてきてくれましたね」


 落ち着き払った声。

 灼の直感が警告音をかき鳴らす。

 それに逆らわず急ブレーキをかけるも、止まり切れない。

 まるでクモの巣。

 萩原はこうして近づいてくるのを待っていたのだ。

「サソリのくせに……!」

「それでは、失礼!」

《――Rider Slash!》


 靄の向こうに浮かび上がる紫の光。

 ゼクターから精製されるエネルギーと毒素が混じりあい、刀身に満ちて光を放っている。

 萩原は得物を水平に構えると、一回転してそのまま斬りはらった。

 刃に蓄積された光が、円形の斬撃となって飛んでいく。

 360度全てをカバーする攻撃。

 灼は避けられない。


「あうっ」


 手すりに体を打ち付けられる。

 直前のブレーキが効いたのか、必殺にはとどいていない。

 それでも動きを奪うのには十分過ぎた。

 灼はうつぶせに倒れたまま、近づいてくる萩原を睨み付ける。

 手足はろくに動かないが、意志だけは折るわけにはいかない。

 萩原はそんな視線を意に介さないどころか、まったく別の方を向いて立ち止まっていた。

 軌道エレベーターの先にある、衛星の方を。

 灼もつられて空を見る。

 赤く燃える何かが降ってきていた。


「まさか……」


 そう呟くと、萩原は灼を放って走り去っていった。

 よろよろと立ち上がると、灼もそれを追う。

 二人の向かう先には軌道エレベーターがある。

 空からなにかが落ちてくるということは、確実に宇宙でなにかがあったのだ。


「ハルちゃん……」


 嫌な予感を抱えながら、灼は震える脚に鞭を打ってスピードを上げた。





 光弾が壁に着弾し、穴を穿つ。

 萩原と灼が戦う場所とは別の区画。

 ハチとトンボがぶつかり合う。


「あぁもう、面倒ねっ」


 遮蔽物の多いこの場所では、飛び道具の通りが悪い。

 しかも相手は身を隠しながら針を飛ばしてくる。

 近距離戦闘が本職のむこうがこんな真似をして、久は自分のお株を奪われた気分だった。


「ハチが針を飛ばすなんて聞いたことないわよっ」

「弾飛ばしてくるトンボも聞いたことないなぁ」


 しかもしっかりと返答がある。

 久は挑発でもしようとしてるのかと考え、おもしろくない気分になった。

 それも自分の領分だろう、と。

 とにかく毒があるかどうかはわからないが、鉄板に易々と突き刺さる針には当たりたくはない。

 飛来する針をゼクターの翅で弾く。


(まずったわね・・・・・・)


 ゼクトルーパーたちの攻撃をやり過ごすため、この場所に移動したのが裏目に出ていた。

 おそらく、こうなることを読まれていた。

 囲まれることはないが、一定の間隔をおいて待機している兵隊がいる。

 積極的に攻撃はしてこないものの、相手に位置を知らせているのだろう。

 こうも一方的に攻められるのはそれか原因だ。

 ゼクトルーパーを倒すのは容易いが、数が多い。

 そっちに専念している隙に刺されてしまう。

 かといって開けた場所に出れば、その途端に銃弾の雨。

 クロックアップを使えばそれはしのげるだろうが、離脱の瞬間を狙われる。

 そうしたら、ろくに移動もできずクロックオーバーでゲームオーバーだ。

「ここはいっそ賭けに出るべきかしら?」


 一か八かの勝負をしかける。

 そう決めた久は、相手の攻撃を転がって回避すると駆け出した。

 後を追うように針が地面に突き刺さる。


「こうして……っと」


 モードを切り替えて射撃。

 針が飛んできた方向から、大体の当たりをつける。

 柱やらパイプやらで射線が通らないが、追尾弾なら目標と定めた位置に勝手に曲がってくれる。

 二つの銃口から発射された弾丸が柱の裏に着弾する。


「く、まぐれ当たりやなんて……!」

「運も実力のうちよ!」


 針が一瞬やむ。

 その隙に久は一気に駆け抜けた。

 視界が開ける。

 ゼクトルーパー達が待ち構える広場へと戦いの舞台は移る。

 飛び出した瞬間、無数の銃口が向けられた。

 ほどなくして弾丸の雨が降り注ぐ。

 だというのに久は逃げる素振りを見せない。

 悠々とど真ん中に歩み出ると、ゼクターの銃口を柱の陰から静観する竜華に向ける。

「バーン」


 また別のモードに切り替えて、その場で回転。

 連射性を高めた光弾がばらまかれる。

 それと同時に、周囲の銃口が一斉に火を噴いた。

 久は腰のスイッチに手を当て、スライドさせる。


《――Clockup!》


 なにもかもが凍結し、色あせる。

 自分がばらまいた光弾とゼクトルーパー達が放った銃弾で、久のまわりにいびつな二重の円ができる。

 その中に竜華が降り立った。


「自分、どういうつもりなん? こないな真似して」

「どういうもなにも、あなたがこの場にいることが答えよ」

「誘き出したっちゅーことかいな」

「そーいうこと」


 ろくに動き回れないフィールドの中で、一対一の状況。

 直前に放った光弾では全ての弾を撃ち落とすには至らない。

 それどころか、逆に動ける範囲を狭めている。

 わざわざ自分に不利な場を用意した久に、竜華は疑問を抱いた。

 少し踏み出せば、すぐに針が直接届く間合いだ。

「正直、分の悪い賭けだったのよね。こうやって降りてきてくれなかったらご破算だったし、ねっ!」

「――っ」


 バックステップとともに、久は竜華の足元をなぎ払うように弾をばらまく。

 竜華は回避しようとして、避ける場所がほとんどないことに気付いた。

 左右と背後に大きく動けば、固まっている光弾に突っ込むことになる。

 光弾を避けるように大きく跳べば、ほとんど隙間なく配置された銃弾。

 残るは正面。

 竜華は前方斜め上に跳躍し、光弾をやり過ごすとともに久との距離を詰める。

 だがその頃には久の準備はできあがっていた。


《――Rider Shooting!》

「これで終わりよ……!」


 電子音が響き、特大の光弾が放たれる。

 空中に足場がない以上、急な方向転換は不可能だ。

 つまり、回避も不可能。

 それならばと、竜華はゼクターのスイッチを押す。


《――Rider Sting!》

「そうはいかへん!」


 迫る光弾にハチの針を突き付ける。

 同質のエネルギーが干渉しあう。

 一瞬のせめぎ合いの後、竜華は光弾を押し返すことに成功し、同時に弾かれて後退。

 跳ね返った光弾が、逆に久を襲う。

「こんなのってありなの!?」

《――Rider Shooting!》


 これ以上後退のできない久は、咄嗟に二射目を放つ。

 光弾と光弾は衝突し、弾けた。

 爆風が周囲をなぎ払う。

 停滞していた光弾や銃弾もなにもかも。


《――Clock Over!》

「くぅっ」


 爆心地に近かった久は、吹き飛ばされて地面を滑っていく。

 耳は音を認識できなくなり、視界はチカチカとやかましい。

 起き上がろうとして、手足に力を込める。

 ゼクトルーパーたちにも少なからず被害があったのか、銃弾の追撃はない。

 目の機能がある程度回復すると、久は周囲の確認を行う。

 大分離れたところで、相手のライダーが鉄柵にめりこんで動きを止めていた。

 兵隊たちは爆風の余波を受けたのか、ほとんどが倒れている。

 そして空を見れば、赤く燃える流れ星。


「ちょっと、あれまずいことになってない!?」


 おぼろげながらもそのシルエットをとらえ、久は顔の色を変えた。





「うおぉぉおおお!!」


 三人のライダーを乗せたエクステンダーは、地上へと降下していく。

 空気との摩擦で炎が生じる。

 定員オーバーの大気圏突入は、もはや落下と表現しても間違いではない。

 炎に包まれながら、京太郎は声を張り上げる。


「もうすぐ地上だぞ! もっと減速できないのか!?」

「さっきからやってるよ!」


 純は怒鳴り返す。

 目一杯ブレーキをかけているのに、速度を落としきれない。

 このままだと地面に叩きつけられて仲良く昇天だ。


《――1,2,3》

「須賀、跳ぶぞ!」

「……わかった!」

《――1,2,3》


 純の意図を察した京太郎は、スイッチを順に押していく。

 カブトとガタックは、一連の手順を踏むことでゼクターが蓄えるエネルギーを脚力の強化に利用できる。

 通常ならば敵を蹴り砕くために使われるものだ。


「赤土さん、しっかりつかまっててください」

「ごめん、須賀くん」

「俺の方がぴんぴんしてますから」

 燃え尽きることを選ぼうとした晴絵を止めたのは京太郎だ。

 ならば絶対に離すわけにはいかない。

 京太郎は晴絵の肩を強く抱いた。


「今だ!」

《《――Rider Kick!》》


 強化された脚力で跳躍する。

 必殺の威力で蹴り出されたエクステンダーはさらに速度を上げ、地面にぶつかる前に空中でバラバラになっていく。

 今の跳躍で京太郎たちは速度を軽減することに成功した。

 だが、まだ足りない。

 特に人一人抱えた京太郎は、純に比べて速度を殺し切れていない。


「くっ、流れ星なんてシャレになんねーぞ!」

《――Put On》


 純は装甲の一部を再装着し、両肩の銃口を取り戻す。

 そして、それを下に向けて放った。

 轟音が響き渡る。

 真下の地面に破壊の爪痕を残しながら、反動で減速していく。


「このままじゃ……!」

「須賀くん、やっぱり……」

「今更放り出そうが同じですよ。絶対離してあげません」

「君も強情だね……でも、どうするんだい?」

 現実問題として、もう京太郎にできることはない。

 どちらかが下敷きになれば片方だけ助かるかもしれないが、それを認めるわけにはいかない。

 だからこそ、自分たち以外の力が必要なのだ。


「――ハギヨシさん!」


 京太郎たちの落ち行く先に、オレンジのチューブが現れる。

 網のように張り巡らされたそれは幾層にも重なり、衝撃を和らげるクッションとなる。


「ぐ、がっ」


 チューブをぶち抜き、地面が近づく。

 そして最後の層を破り、京太郎たちと地面を隔てるものはなくなった。


「――どうにか、間に合いましたね」

「ジャストですよ」

「お二人がご無事でなによりです」

「萩原くん、済まない」


 滑り込むように萩原は二人を受け止めた。

 直前まで炎をまとっていたのだから、熱くないわけがない。

 その熱が萩原の体を焼くが、それを表に出すことはなかった。

 煙を上げる二人を地面に下ろす。

 少し離れた場所に、純も着地を果たしていた。

「どうにか無事だったみたいね。満身創痍って感じだけど」

「ああ、バイクはおじゃんになったけどな。そっちもボロボロじゃないか」

「ま、色々あったのよ」


 片膝をついて白い煙を上げる純。

 所々えぐれた地面につまづきそうになりながら、久が駆け付ける。

 純に劣らずダメージを負っていた。


「逃がさへんで……!」

「ハルちゃん!」


 そして灼と竜華もその場に集う。

 全てのライダーが一堂に会することとなった。


「須賀くん、隊長!? どうしてここに……まさか!」

「それは私も気になりますね。赤土さん、一体なにが起こったのでしょうか?」

「ハルちゃん大丈夫!?」

「うおっ!」


 晴絵を支える京太郎を押しのけて、灼がその手を握る。

 そして弱弱しくも、握り返された。


「うん、今からそのことについて説明しようと思う。喧嘩しないでちゃんと聞きなよ?」


 久と竜華は互いを一瞥し、口をつぐむ。

 灼は晴絵以外には目もくれず、萩原は小さく肩を竦めた。

 純は地面に座り込み、京太郎は黙ったまま話を待つ。


「単刀直入に言うと作戦は失敗した。まぁ、成功した、とも言えるけど」





「そんなの馬鹿げてるっ!」


 信じられない事実を知って、京太郎が声を荒げる。

 だが同時に、心にすとんと落ちるものがあった。

 ZECTに対して抱えていた疑念が解消されたからだ。

 それも最も悪い形で。


「赤土さん、それは本当なのですか?」

「ああ、確かだよ」


 晴絵の口から語られたZECTの真の目的。

 それはワームが人類にとって代わること。

 人類が滅んでも、人類に擬態したワームが残れば記憶の中で生き続けられる。

 その目的を果たすために、今回の作戦が立案された。

 あの隕石には大量のワームの卵が眠っている。

 そのまま地球に落ちたら被害が甚大だが、その上ワームまで現れたら人類はひとたまりもない。


「あいつら、今までずっとうちらを騙して……!」

「なんとなく信用できなかったけど、こんなことをやってくれるなんてね」

「くそ、あいつらめ!」

「まぁ、そうだと思ったから裏切ったんだけどさ、まさかここまでとはな」


 思い思いに感情を吐き出していく。

 怒りや悔しさ、今まで信じていたものに裏切られた衝撃。

 晴絵は顔を伏せる。

「……全部私のせいなんだ。私が弱かったばかりに……」

「ハルちゃん……」

「全部知ってた。止められたかもしれないことだってあった。でも目をつぶったんだ……怖かったから」

「まさか、黄金のライダー?」


 純の言葉に、晴絵はうなずいた。

 過去の記憶がよみがえる。

 とある事件の折り、真実を知った。

 ZECTによる反抗勢力狩り。

 無関係のものまで巻き込んでいくやり方を、認められるはずもなかった。

 そうしたら、刺客としてやってきたのが黄金のライダー。

 賛同した仲間たちはすべて打ち倒され、晴絵だけがなんとか生き残った。

 そしてZECTから突き付けられた選択肢は、屈服か死か。

 晴絵が選んだのは前者。

 それから心に蓋をするように生きてきたのだ。


「もう、いいよ……」

「灼……私は本当はこんなにかっこ悪いんだよ」

「そんなの、知ってたから」

「えっ?」

「私の知ってるハルちゃんは、大雑把でずぼらでお調子者なのに落ち込みやすくて……でも優しくて強かった」


 灼は晴絵との出会いを振り返る。

 隕石の落下で身寄りを失って、一人でただ座り込んで泣いていた。

 みんながみんな同じ状況で、そんな中で誰かに構う余裕なんてあるはずがなかった。

 だけど、手を差し伸べてくれた人がいた。

 涙を拭くように渡されたのは雑巾だったけど、その無理して作ったぎこちない笑顔に灼は救われたのだ。

「そんなハルちゃんが戻ってきてくれただけで十分」

「……こんな弱い私なのに?」

「今はちょっと落ち込んじゃってるだけだよ。それに、今は私だって隣で戦えるんだから」

「……ありがとね」


 晴絵は握られた手を強く握り返す。

 視界が歪んでいく。

 目から熱いものがこぼれそうだった。

 顔を覆おうとして、濡れた視界の端の金色の影に気付く。


「――くっ」

「ハルちゃん!?」


 灼を押しのけ、晴絵はかばうように身をさらす。

 敵の姿なんてどこにも見当たらない。

 そう、晴絵以外は感知することすらできない。

 高速を超越する神速に。


「がふっ」


 腹部に拳が突き刺さる。

 内臓が損傷し、晴絵は口から血を吐いた。


「受け止めた……?」

 黄金のライダーから驚きの声が漏れる。

 他のものは、唐突すぎる事態に追いつけていない。

 その中で一番早く次の行動に身を移したのは、萩原だった。


「みなさん、撤退です! 今の内に……!」

「やだっ、ハルちゃんがっ!」

「灼っ、みんな! 後は全部任せたから……!」

「そんなのやだよぉ!」

「リーダー、失礼するぜ!」

「放してっ、このままじゃハルちゃんが死んじゃう!」


 純は灼を無理矢理抱えて走り出す。

 それを口火に他のものも離脱を開始する。


「逃がさない……む、抜けない?」

「逃がさない、はこっちのセリフかな?」

「……面倒」


 晴絵は黄金のライダーの腕をしっかりとつかむ。

 自分はもう助からないだろうが、ここで引きとめておかないと可能性が全て断たれる。

 ライダーたちを乗せた装甲車が走り出したのを確認すると、晴絵は口の端を吊り上げて不敵に笑う。

 本人がそのつもりだっただけで、実際はひくついたぎこちない笑みだ。

 最後に浮かんだのは、灼の泣きはらした顔。


「あの時みたいに泣きやんでくれるといいんだけど……」





 廃墟内に乾いた音が響く。

 灼は振り抜いた手をそのまま、純を睨みつけた。


「わかってる。ハルちゃんが私たちを逃がすためにあそこに残ったってことは」


 純はその視線から逃げようとしない。

 もともと恨まれることも承知で晴絵の意思を汲んだのだ。


「でも、私はハルちゃんに生きててほしかった!」

「……アンタは赤土さんから託されたんだ。その意味はわかるだろ?」

「だからっ、この思いをどこにぶつければいいのかわからないの……!」


 手を下ろすと、灼は拳を作り力を込める。

 怒りや悔しさ、そして晴絵を失った悲しみが心を満たしている。


「鷺森さん、あなたがどうするかはあなた以外には決められません。そして酷なようですが、今は時間がない」

「……」

「逃げるのか、戦うのか……それを決めて頂きます」


 唇をかみしめる。

 鉄くさい味が広がった。

 灼の頭に、晴絵との思い出が去来する。

 それを抱えて沈んでいくのか、糧にして進んでいくのか。

 そして最後に、ぎこちない笑顔が浮かんだ。

「……戦う。ハルちゃんの想いを無駄にはしない……!」

「無理、しなくてもいいのよ?」

「無理なんかしてない。これが私のやるべきことで、やりたいこと」

「そう……」


 灼は毅然とした態度で答える。

 迷いはどこにもなかった。


「腹が決まったんはええけど、最大の障害が残ってるんとちゃう?」

「黄金のライダー……」


 呟く京太郎の声に恐れが混じる。

 なにしろ相手の接近にまったく反応できなかったのだ。

 つまり、クロックアップをはるかに超えたスピード。

 晴絵が攻撃を察知して受け止めたことすら、神業と言っても良い。


「黄金のライダーって実在したんやな」

「私は都市伝説だと思ってたけど」

「ですが、現実に私たちの前に現れた……」

「これもZECTの隠し事の一つってことですか」

「だから前々から言ってたんだよ」

「……悪い。お前の忠告を無視しちゃって」

「いいさ。結局ZECTがやってもオレたちがやっても隕石は出てきただろうし」

 結局、相手の手のひらで踊らされていただけ。

 そのことをあらためて認識し、京太郎は拳を握りしめた。


「とにかく、隕石をどうにかするのが先決。黄金のライダーと戦うのはなるべく避けるべき」

「そうですね。さしあたっては――」


 携帯電話のコール音が響く。

 音の発信源は京太郎のポケット。

 慌てて取り出すと、ディスプレイには和の名前。


「ちょっと、すいません」


 他の人から少し離れた場所で電話に出る。


「もしもし、なんかあったのか?」

『須賀くん! 咲さんが、咲さんが……!』


 一も二もなく京太郎は駆け出した。

 通話の切れた電話をポケットにねじ込む。


「須賀くん、どないしたん!?」

「病院行ってきます!」





 夕日が差し込む病室で、咲は静かに横たわる。

 まだかろうじて生きていた。

 咲の命は体につなぎとめられている。

 だが、その糸はあまりにも細い。

 和は祈るように咲の手を握る。


「咲っ!」


 足音が響いたかと思うと、部屋のドアが乱暴に開けられた。

 京太郎が血相を変えて飛び込んできた。

 ベッドに横たわる咲に近づくと、口もとに手を当てる。

 かすかだが、息づかいを感じる。


「良かった……」

「京、ちゃん……?」


 咲が目を覚ます。

 声が弱々しい。

 それは寝起きのせいだと、京太郎はそう思いたかった。

 その半開きのまぶたも、血の気が引いたような肌の色も。


「悪い、起こしちゃったな」

「ううん、いいの。だって眠ったままだったら、お別れも言えなかっただろうから」

「咲さん、そんな……」

「和ちゃんもありがとね」

 咲は和の方を見て、手を握り返そうとする。

 しかし、それはかなわなかった。

 もう体を満足に動かすことすらできなくなっていた。

 和は目の端に涙をためて、咲の言葉に耳を傾ける。


「あなたと友達でいられて良かった……」

「私もです……」

「実は京ちゃんが取られちゃうかもって、ずっと思ってたんだよ?」

「こんなへたれはこっちから願い下げです……」

「お勧めの本とかもまだ一杯あったんだけどなぁ」

「全部、読みます……だからっ」


 その次の言葉を紡ぐことができなかった。

 それがもう避けようのないことだとわかっているからだ。

 せき止めていた涙があふれだし、咲の手の甲に落ちる。


「うん……和ちゃんの手、暖かい」

「咲さんの手は冷たいですね……」

「ほぼ死人みたいなものだから……あうっ」

「くだんねーこと言ってんなよ」

「もう……酷いよ」


 京太郎の優しいデコピンに、咲は頬を膨らませた。

 その頬をつつくと、大した抵抗もなく空気が漏れ出る。

 間抜けな音に、京太郎は笑みを浮かべた。

「お前はさ、こうやって誰かにいじられてりゃいいんだよ」

「京ちゃん……」

「だから……誰かを泣かせるようなこと、してんなよ」

「泣かないで、ね?」

「だって、俺はお前にまだなんもしてやってない!」


 嗚咽混じりの叫び。

 高く積み上げていたはずの堤防は、あっさりと崩れ去っていた。


「私は、一杯もらったよ?」

「もっと早く気付ければ、やってやれることはあったはずなんだよ!」

「須賀くん……」


 ライダーシステムで時間を引き延ばすような術を得ても、咲の寿命を引き延ばすことはできない。

 自分の無力さに嫌気がさしていた。

 時間を巻き戻すことができれば。

 後悔を抱える誰しもが考えることを、京太郎もたった今考えていた。


「京ちゃんにからかわれたり、たまに一緒におでかけしたり、私の作ったご飯を食べてもらったり……それだけで十分だよ」

「そんな些細なことで……」

「幸せって、そういう些細なものだと思うんだ。でも……一つだけ、ほしいものがあるの」

「言って、みろよ」

「キス、したいな」

 咲ははにかみながらそう言った。

 たじろぐ京太郎は、こんな時にでも羞恥心は顔を出すものだと思い知った。

 二人に気をきかせて、和は窓の外の夕日をながめる。


「して、くれる?」

「……ああ」


 咲は静かに目を閉じた。

 自分の顔を寄せて、京太郎は咲の顔を間近で見る。

 綺麗だった。

 生気のなさが美しさに拍車をかけていた。

 だが、京太郎が求めているものとは違う。

 迷わずに、唇と唇を重ね合わせた。

 柔らかくて、そして冷たかった。

 自分の体温と咲の体温を交換できたらいいのに。

 京太郎はそんなことを思っていた。


「……終わりましたか?」

「――ああっ」


 唇を話す段階になって、和から声がかかる。

 その時になってようやく、京太郎は和がいることを思い出した。

 慌てて咲の顔から離れる。

 その様子を見て、咲は小さく笑った。

「ふふ、なんだか昔のこと思い出すな」

「なんだよ、いきなり」

「私と京ちゃんと、それとお姉ちゃんでよく遊んだよね?」

「……咲さんのお姉さんの話、聞かせてもらえませんか?」

「うん……」


 咲は思い出を掘り返す。

 それはいつまでも色あせない子供時代。

 色あせない理由は、もしかしたら心の一部をそこに置いてきたせいかもしれない。

 そんなとりとめもないことを、咲は考えた。


「お姉ちゃんは、お菓子好きで無口で、凄い方向音痴で……」

「ふふ、咲さんも人のことは言えませんね」

「素直じゃないところもあるけど、プレゼントしたものはしっかり使ってくれるんだ」

「お姉さんのこと、好きなんですね」

「うん……でも」


 咲の後悔がよみがえる。

 隕石の落ちたあの日、自分の姉と喧嘩別れした理由。

 そのとき言われた言葉が、いまだに咲の胸に突き刺さっていた。


『私に妹なんていない、お前なんか妹じゃない!』


 咲の目から涙が流れる。

 どれだけ時間が経っても癒せない心の傷。

 掘り起こした思い出は、その傷口を刺激する。

「ごめん、なさい……私がプリン、食べちゃったから……」

「咲さん!?」

「咲、大丈夫だ、大丈夫だから」

「京ちゃん、私嘘言った……死にたく、ないよ」

「それが普通だよ。おかしいとこなんか一つもない」

「本当はもっと、やりたいことあったの」

「俺だってそうだ」

「お姉ちゃんに謝りたい、和ちゃんと一緒にお話ししたい、京ちゃんとの子供がほしい……みんなと、一緒にいたい」


 上に伸ばそうとして上がりきらない咲の手を、京太郎はしっかりとつかむ。

 咲の体を治すことはできない。

 後悔や未練を晴らすことだってできやしない。

 それでも、少しでも心安らかでいてほしい。


「大丈夫だ咲、俺がいつもそばにいる。たとえ離れても心はいつも一緒だ」

「京ちゃん……」

「なら私もその輪に加えて下さい」

「和ちゃん……」


 京太郎の手の上から、和の手が添えられる。

 伝わって来る体温が、咲の傷を優しく覆っていく。


「私って、本当に幸せだったんだね……?」


 咲の手から力が抜ける。

 その意味を理解して、京太郎と和はともに涙を流した。





「須賀、戻ったのか」

「用事はすんだのかしら?」

「ああ」


 再び廃墟に戻った京太郎。

 もうすぐ夜が来る。

 誰かが置いたのか、ラジオがノイズを発していた。


「須賀くん、ZECTに動きがあったで」

「これ、聞いて」


 灼がラジオを手渡す。

 ノイズを放つラジオから、人の声が発せられる。


『――ZECTは突如現れた巨大隕石を破壊するため、軌道エレベーター上の人工衛星からミサイルを発射することを発表しました』


 地球に迫る隕石を破壊するため、ミサイルを撃ち込む。

 この状況ではまっとうなやり方かもしれない。

 だが相手はZECTだ。

 ミサイルを撃ち込んで隕石を破壊するだけで終わるはずがない。


「で、どうするよ」

「うちらだけで隕石をどうこうできるとは思わへんけど」

「阻止、あわよくば乗っ取る」

「さすがうちのリーダー。いいこと言うじゃない」

 今やライダーのほとんどはZECTに反旗を翻している。

 ここ数日の自分を取り巻く状況の変化に、京太郎は小さく笑った。

 同じくZECTから抜けた二人はどうなのだろうか。

 萩原は真実を知っても普段と変わらない様子だ。

 もともとZECTに大きく信を置いていなかったのかもしれない。

 竜華は話を聞いた直後こそ驚いていたものの、今は落ち着いている。

 以前京太郎は竜華に戦う理由を尋ねたことがある。

 その時の答えは、ワームを倒すこと。

 それ以外は多く語らなかったが、その目的が今も変わらないならばZECTに対する怒りは大きいはず。

 そして自分は……


(……決まってるよな)


 ずっと離さないと誓ったのだ。

 それをワームやZECTに汚させるわけにはいかない。


「萩原さん、どこの軌道エレベーターかわかりますか?」

「隕石の軌道から考えて、ここでしょう」

「そこが決戦の地ってことやな」


 萩原が地図のある地点を指し示す。

 かつて海があった場所。

 そこに建設された軌道エレベーター。


「おそらく、ZECTはすぐにでも作戦を実行に移すと思われます。急いだ方がいい」

「じゃあ、出発」

「……ねぇ、もっと気のきいた啖呵とかないの? 団結を深める的な意味合いで」

「ない。そもそもこのメンバーをまとめるのは面倒だと思……」

「おいおい、締まらねーなぁ」





 枯れた海にそびえたつ軌道エレベーター。

 その周囲にひしめく緑。

 ワームの大群がライダーたちを出迎える。


「最早隠そうとすらしてないな、これ」

「ZECTは今回の作戦で片をつける気なのでしょう」

「ま、させないけどね」

「えらく張り切っとるな」

「ふんぞり返ったやつにドロップキックかますのって、楽しそうじゃない」

「うちらが実際にドロップキックかまさなあかん相手は隕石なんやけどな」

「いいね、燃えてくる」


 士気が高まりつつある中、京太郎は黙ったまま軌道エレベーターが伸びる空を見つめる。

 今回、真っ先に衛星に殴り込みをかけるのは京太郎だ。

 純が先回りした時と同じく、京太郎もクロックアップ可能なバイクを持っているからだ。

 そしてそこには黄金のライダーがいる可能性が高い。

 つまり、京太郎は一番早く死により近い場所に飛び込むことになる。


「ちょっといい?」

「鷺森さん、どうかしました?」

「あなたにお礼を言っておきたくて」

「俺、なんかしましたっけ?」

「ハルちゃん、助けてくれたから」


 灼は深々と頭を下げた。

 京太郎が落ちていく晴絵を見捨てていれば、和解することもできなかったし、黄金のライダーから逃れることもできなかった。

 大切な人を失ってもなお前を向こうとするその姿に、京太郎は自分を重ね合わせた。

「それと、こういうの後回しにしたら死亡フラグになるから」

「……色々と台無しなんですけど」

「とにかく、ありがと」

「どういたしまして」

「なんか生意気」

「えぇー」

「お二人とも、ワームが動き出しました。こちらに気付いたようです」


 二人は目の前の光景に意識を向ける。

 ここから先は、戦いの道。

 六人のライダーが各々のデバイスを取り出す。

 呼応するように背後の空間が歪み、ゼクターたちが姿を現した。


「それじゃ、行きますか」

《――変身》

「一匹残らず駆逐したる……!」

《――変身》

「あんなのがのさばっちゃ、吹く風も淀んじゃうわよね」

《――変身》

「死者の思いまで蹂躙する行いを、見過ごすわけにはいきません」

《――変身》

「ハルちゃん、見てて……」

《――変身》

「……変、身っ!」

《――変身》


 電子音が響き渡る。

 鎧をまとったライダーたちは走り出した。

 行く先には辺り一帯を埋め尽くすワームの軍勢。

 バイクにまたがった京太郎は一人突出する。


《――Cast Off! Change Beetle!》


 愛機とともに装甲を脱ぎ捨てる。

 変形を果たしたエクステンダーは、空へと飛び立った。





「が、あぁ……!」


 辿りついた衛星内で、京太郎は黄金のライダーの洗礼を受ける。

 エクステンダーから降りた瞬間、不可視の攻撃が襲いかかって来た。

 京太郎はなす術もなく床に這いつくばる。


「何人来ようと同じだけど、一人で来るなんて無謀すぎる。バカなの?」

「あぁ、そうみたいだな」


 床に手をついて立ち上がり、黄金のライダーを見据える。

 その呼び名の通り金色に輝くアーマー、右手首のゼクター、そして左腰部につけられたもう一つのゼクターのような装置。

 いまだに京太郎が無事でいられるのは、相手がその気になっていないからだ。

 いつでも倒せるという余裕。

 二人の間には絶対的な差があった。


《――Clockup!》


 高速の世界へと入り込む。

 通常状態では無理でも、これならばなにか掴めるかもしれない。

 糸口を求めて、京太郎はスイッチを叩いた。


《――Hyper Clockup!》


 次の瞬間、自分が宙に舞っていることに気づく。

 なにが起こったのか理解できなかった。

 だがこれではっきりとした。

 次元が違う。

《――Clock Over!》

《――Hyper Clock Over!》

「がはっ!」


 加速状態が解け、京太郎は壁に叩きつけられた。

 ゼクターがベルトから外れ、転がっていく。

 あまりのダメージに変身が強制的に解除された。

 ずるずると座りこむ。

 全身を走る痛みに顔が歪む。

 だが、その目から闘志は消えていない。

 そんな京太郎の顔を見ると、黄金のライダーは驚くべき行動に出る。

 右手首のゼクターを捻り、変身を解除したのだ。


「そんな、嘘だろ……」


 その仮面の下から出てきた顔に、京太郎は絶句した。

 赤みがかった茶髪、その前髪の一部分ははねて角のようになっている。

 顔立ちは記憶の中のものよりはるかに大人びていた。

 手首にはブレスレット。


「久しぶり、京ちゃん」

「照、さん……?」


 京太郎の幼馴染であり、咲の姉。

 宮永照……七年前に死んだと思われていた少女が、今目の前に立っていた。

 最初に空白、次いで様々な疑問が頭を埋め尽くす。

 その中の一つが口からこぼれ出た。

「今まで、なにやってたんですか……?」

「ずっと戦ってた」

「咲は、この七年間ずっと照さんに会いたがってたんですよ……?」

「……? 咲は七年前に死んだはずだけど?」

「なに、言ってんだよ……」


 照は首をかしげる。

 京太郎がおかしなことを言っているかのように。

 あるいは、彼女の中ではそれが真実なのかもしれない。

 京太郎は歯を食いしばって拳を握りしめた。


「それより、早く立って。もっと戦おうよ」

「あんたって人はぁぁあああ!!」


 勢いよく立ちあがり、飛びかかる。

 だが照は横にずれて避ける。

 今度は京太郎自ら壁に突っ込んでいく格好になった。


「ぐっ、もういい……俺がぶん殴って目ぇ覚まさせてやる!」

《――変身》

「いいよ、来て」

《――変身》


 傍らに転がっていたゼクターを掴み、京太郎は再度変身する。

 照もそれを迎え入れるように変身した。

《――Cast Off! Change Beetle!》

「はぁ!」

「無駄」

《――Hyper Clockup!》


 キャストオフして殴りかかる。

 だが、照の姿が掻き消える。

 クロックアップを超えるスピードから繰り出される攻撃。

 気付いた時には京太郎は仰向けに倒れていた。


「どうしてZECTなんかに……!」

「戦いたいから。人間が全部ワームになったら、ずっと戦っていられる」

「そんなに戦いばかり望んで、あんたに一体なにがあったんだよ!」

「なにもない。戦いたいから戦うだけ。他のことはどうでもいい」

「が、うあぁ」


 照は京太郎の腹を踏みにじる。

 内臓が圧迫され、京太郎は苦悶の声を上げた。


「それは、嘘だ」

「嘘じゃない」

「だって、それ、咲からの、だろ?」


 花柄の、照が使うには少し子供っぽいブレスレット。

 咲が照の誕生日に贈ったそれをいまだ身につけているその意味。

 それは、照の中で咲が特別な位置にいることを示している。

「あんたは、咲のことを、どうでもいいなんて、言えない、はずだろ……!」

「違う……違うっ」

「ぐぁっ」


 京太郎は脇腹を蹴られて壁際まで転がる。

 照の様子が変わった。

 うわ言のように、言葉を紡ぎ始める。


「私は、咲を見捨てて逃げた。だから、戦って戦って、苦しんで死ななきゃいけないんだ……!」

《――Maximum Rider Power!》


 照は左腰部の装置のホーンを倒す。

 膨大な力がマスクのホーンを経由し、右手首のゼクターへ。

 そしてそれをくるりと回す。


《――Rider Beat!》


 ゼクターが蓄えた力を解放する。

 破壊の嵐が右腕に渦巻く。

 京太郎は肌があわ立つのを感じた。

 片膝をついて、圧倒的な力をただ見つめる。


「もういい……死んで」

「く、うおぉおお!!」


 その一撃が放たれる。

 それがスピードに乗りきる前に、京太郎は恐怖心をねじ伏せて前に出た。

「ぐ、ぶ……」


 胸を襲う衝撃。

 京太郎の口の中に血の味が広がる。

 おそらく、骨が折れて内臓を傷つけている。

 意識が遠のく。

 だが、照の腕をしっかりとつかむ。


「放して……!」


 照が拘束を振りほどこうと左拳を打ち付ける。

 京太郎は手を離し、倒れていく。

 そして倒れ切る前に、照の左腰部を蹴りつけた。

 装置が、宙に舞う。


「くっ」


 照は倒れていく京太郎から注意を外し、装置を追う。

 そこに、隙が生まれた。

 京太郎は踏みとどまり、ゼクターに手をかける。


《――1,2,3...Rider Kick!》

「しまっ――」

「はぁっ!」


 回し蹴りが炸裂する。

 今度は照が壁に叩きつけられる。

 多大な負荷に変身が強制解除される。

 そして落ちてくる装置を、京太郎がキャッチした。

「……私の負け」

「俺の勝ちです」


 照は目を閉じて壁に背中を預ける。

 その胸中を京太郎が知ることはできないが、戦闘の意思がないことは理解できた。

 互いの呼吸音がその場を満たす。

 それがしばらく続いて、照が口を開いた。


「ミサイル……あれは嘘」

「嘘、ですか」

「実際に入ってるのはワームを活性化させるもの」

「素直にミサイル撃ち込むとは思ってませんでしたけど」


 装置を照に放って京太郎は背を向ける。

 照の話が本当ならば絶対に阻止しなくてはならない。

 離れていく京太郎の背を照が呼び止める。


「待って」

「はい?」

「これ、持ってって」


 装置が投げ返される。

 よく見るとそれはカブトムシを象っていて、背中にはZECTのマークがあった。


「今から隕石をどうにかするのは、無理。でも……京ちゃんとそのハイパーゼクターだったら、できるかもしれない」

「ハイパーゼクター?」

「使えば、クロックアップをはるかに超える力を発揮する。でも、その真価は……時間移動」

「照さん、まさか……」

「私には引き出せなかったけど、京ちゃんならできる……かも」

「……わかりました」

 時間移動と聞いて京太郎の頭によぎった、一つの願い。

 照も同じように見たそれをかなえようとして、できなかったのだろう。

 咲はいつまでたっても照のことを気にしてるし、照は咲が絡むとしばしば我を忘れることがある。

 姉妹揃ってシスコンだ。

 京太郎は照の変わらない部分に笑みをこぼした。

 手に持ったハイパーゼクターを左腰部に取り付ける。

 最初から使用することを想定していたのか、すんなりとその位置に収まった。

 そして、京太郎はホーンを倒した。


《――Hyper Cast Off!》


 体が光に包まれ、カブトムシはさらなる変態を遂げる。

 体の各部に装甲が追加され、背面には金属の上翅。

 そして角が肥大化していく。

 キャストオフと言っているのに、逆に着込むのはおかしな話だ。


《――Change Hyper Beetle!》

「……それじゃ、ちょっとちゃぶ台をひっくり返しに行ってきます」


 各部の装甲が展開する。

 上翅が開き、光の翅が広げられる。


「いってらっしゃい」


 隔壁が下りる。

 照の姿が見えなくなっていく。

 ハッチが開く。

 京太郎は宇宙空間へと飛び出していった。





 無限に広がる闇を、一筋の光が切り裂いていく。

 地球に近づきつつある隕石へと、まっすぐに。

 光の翅を広げたカブトムシ。

 京太郎は眼下にある地球を見つめた。

 もしかしたら、今自分が行っていることは仲間たちへの裏切りかもしれない。

 ちゃぶ台返しと例えたが、京太郎がこれからやろうとしているのは、時間をかけて用意したなにもかもを台無しにする行為だ。

 それをだれにも相談せずに、身勝手な理由でやってしまおうというのだ。

 それでもと、思い返す。

 京太郎は突き詰めればどこにでもいる人間だ。

 誰もが憧れる英雄にも、世界を震え上がらせる大悪党にも共感することはできない。

 それでもただ、ちっぽけな愛のために世界だって変えようとする。

 そう、京太郎が戦う理由には、いつだって一人の少女がいる。

 誰も触れることのできない高みに咲いた花は、その心にずっと根付いていた。

 視界の中の隕石が大きくなっていく。

 その威容の前に、京太郎はいったん止まって目を閉じる。


「俺には、雨に打たれて風に流され、傷ついたとしても守りたい愛がある」

「俺には、運命に逆らって彷徨ってでも戻りたい場所がある」


 祈るように、ハイパーゼクターに手を添える。


「だからどうか――」

《――Hyper Clockup!》

「――神よ、この愛に祝福を……!」


 隕石に向けて加速する。

 そして衝突の瞬間、隕石と京太郎は忽然と姿を消した。





 そして時は巻き戻る。

 七年前、巨大隕石が地球に衝突した日に。

 まだ人々が平和に暮らしている。

 まだ地球が青い。

 まだワームがいない。

 だがいずれ、全てが崩壊する。

 地球に迫る隕石が、絶望をまき散らす。

 それが時の流れの中における確定事項。

 だが、その行く手にイレギュラーが出現する。

 もう一つの隕石。

 地球に向かうものよりは小さいが、地上に落ちれば大きな被害をもたらすだろう。

 それが、軌道上に静止している。


「さぁ、お仲間と会わせてやるよ」


 京太郎は隕石の中のワームにそう言い放った。

 両手をつき、地球に迫る隕石へと押し出していく。

 そして、二つの隕石が衝突した。

 亀裂が入り、複数の破片にわかれていく。

 衝突の際に生じた衝撃が、京太郎を吹き飛ばす。

 自分をはるかに超える質量と質量がぶつかりあったのだ。

 京太郎は風に舞う葉か、それ以下だ。


「く、うおぉおおおっ」


 隕石の破片と共に、京太郎は青い地球へと落ちていった。





 軌道エレベーターの根元。

 ワームと戦い続けるライダーたちに白い雪が降り注ぐ。

 空には雲すらない。

 そもそもこの世界は雨を失って久しい。

 ましてや雪など降るはずもない。

 つまりこれは、常識を超えた現象。

 ワームはいつの間にか動きを止め、ライダーたちも戦うのをやめて空を見上げた。

 世界全体が淡く光っていた。

 まるで、もうすぐ消え去ってしまうかのように。


「なんだよ、これ」

「雪、なのかしら?」

「ですが、むしろ暖かい」

「あいつ、なにかやらかした……?」

「隕石が落ちてくる気配はないみたいやけどな」


 儚い雪の粒の中に、ライダーたちは自分たちの記憶を垣間見る。

 それは痛みであると同時に安らぎでもある。

 失った大切なものたちの幻影。

「智紀……ごめん」


 純は自分の幼馴染の姿を見た。

 ZECTの手で消えていった命の一つ。

 彼女が戦う最も大きな理由。


「あの子、なんていったっけ? たしか……美穂子」


 久は自分を頼り、見捨てられた少女の姿を見た。

 荒廃した世界にのまれた命の一つ。

 彼女が擲った安らぎ。


「透華様、衣様……私の罪を、許して下さるのですか……?」


 萩原はかつて仕えていた主たちの姿を見た。

 隕石が落ちた日に失われた命たち。

 彼が背負った罪の形。


「怜、そっち行ったらあかん……」


 竜華は自分の親友の姿を見た。

 ワームが連れてきた病原菌に侵されて死んだ命の一つ。

 彼女が抱くワームへの憎しみの根源。


「ハルちゃん……また、会えるの……?」


 灼は自分が憧れた背中を見た。

 可能性を切り開くために散っていった命の一つ。

 彼女を闇からすくい上げた希望。


 そして、はるか空の彼方。

 衛星の中にも、雪が降る。

 それに触れて、照は自分の妹の姿を見た。

 ラッピングされたブレスレットを差し出す、妹の姿を。


「京ちゃん、ありがとう……」


 雪は何もかもを覆い隠すように降り積もっていく。

 そして、静寂が世界を包み込んだ。





 炎の海、瓦礫の山。

 広がるのはそんな絶望だった。

 周囲では悲鳴やうめき声がひっきりなしに聞こえてくる。

 この地獄の中では、誰かを助けようなんてものはいない。

 みな自分を助けるので精いっぱいなのだ。


「うぅ、熱いよぉ……」

「さ、き……」


 それでも、目の前の少女に必死に手を伸ばす少年がいた。

 瓦礫に足を挟まれ自分自身が動けずとも、少女の涙を止めるために手を伸ばし続ける。


「おとうさん、おかあさん、おねえちゃん……京ちゃん」

「届け、届けよ……!」


 二人の間に距離は一メートルとない。

 だが、どちらも動けない以上その距離は絶対だ。

 動きを阻む瓦礫を退けようとしても、ビクともしない。

 少年は自分の無力を嘆いた。

 それに応えるように光り輝くなにかが舞い降りる。

 額から伸びる角、複眼、背中の翅。

 カブトムシの特徴が、随所に表れている。

 少年にはそれがまるで、天からの使者のように見えていた。

 周囲に広がる地獄とは別のベクトルで、日常から隔絶した存在。

 それが、じっと少年を見下ろしている。

 少年も、一時だけ現実を忘れて見上げる。

 そして知らず知らず、手を伸ばしていた。

 彼はその手を取らない。

 その身にまとった鎧が解けていく。

 鎧の下も、やはり光っていた。

 いまにも世界に溶けてしまいそうなほど、淡く。

 そして彼は伸ばされた手に、自らの腰に巻かれていたベルトを渡す。

 機械仕掛けのそれはずっしりと重く、少年の手は地面に落ちてしまう。

『それ、腰に巻いてみろよ』


 彼が声を発する。

 エコーがかった遠雷のような響き。

 少年は言われたとおりにベルトを腰に巻く。


『お前が守ってやれよ』


 すると、彼は微笑んで空気に溶けるように消えていった。

 驚きはなかった。

 もともと現実離れした存在だったから、幻だと言われても納得がいく。

 だが、腰に巻いたベルトは確かにそこにあった。


「誰か、助けてよぉ」


 少女のすすり泣く声で現実に引き戻される。

 少年は自分のやるべきことを思い出した。

 瓦礫から抜けだすために力を込める。


「届けぇえええ!!」


 体に力がみなぎる。

 瓦礫に挟まれた足が抜けていく。

 そして少年の手が、少女の手をつかむ。

 今と、かつてあった未来が重なった。


「大丈夫だ咲、俺がいつもそばにいる」

「京ちゃぁん、怖かったよぉ……」

「お前はほんと、泣き虫だよな」

「うえぇぇん」


 少年は少女の頭を抱き寄せる。

 涙で服が濡れていく。

 つないだ手を強く握りしめた。


「咲ー! 京ちゃーん!」

「うぅ……お姉、ちゃん?」


 遠くから自分たちを呼ぶ声がする。

 少年は立ち上がり、少女の手を引く。


「ほら、行くぞ。照ちゃんが待ってる」

「うん!」





 そして別の七年が過ぎる。

 隕石同士の衝突によって細分化された破片はほとんどが地球から逸れ、地上に向かうものは断ったひとつを残して燃え尽きていった。

 その一つが落ちた地。

 日本のとある場所。

 当時の被害は酷かったものの、今ではすっかり立ち直っている。

 人も街も、悲劇を乗り越えていた。

 そしてその中を須賀京太郎は一人で歩いていた。

 今日は幼馴染の十六歳の誕生日。

 以前に頼んでおいたプレゼントを取りに行った帰りだ。

 膨らんだポケットを軽く叩くと、京太郎は腕時計を覗きこむ。


「げっ、もうこんな時間かよ!」


 約束の時間が迫っていた。

 怒らせると怖い友人の顔を思い浮かべて、走り出す。

 ちょっと距離があるが、電車やバスを待つよりは早く着ける。

 疲れるだろうが、ツインテールの友人の冷ややかな視線を浴びるよりはましだ。

 横断歩道を渡ってさらにスピードを上げる


「きゃっ」

「おい、あぶねーだろ!」

「悪い、急いでるんだ!」

「待てよ……っと、行っちまったか。智紀、大丈夫か?」

「メガネは無事」

「いや、自分の心配しろよ」


 髪の長いメガネをかけた少女と、中性的な顔立ちの少女の二人組にぶつかりそうになる。

 呼び止められるが、京太郎は無視して先に進む。

「ほら美穂子、急ぐわよ!」

「上埜さん、待ってぇ」

「早くしないと限定販売のスイーツが売り切れちゃうじゃない!」


 それぞれ違う制服を着た二人の少女が、前を横切る。

 振りまわされてる方に、京太郎はひそかに同情した。


「ハミレス、ハミレス行きたい!」

「ハギヨシ、ヘリを手配なさい」

「お嬢様、おそらく日本にはヘリポートがあるファミレスはないかと」

「なんですって!?」


 上品な服を着た二人の少女と、燕尾服を着た男性とすれ違う。

 世間知らずな発言も京太郎の耳をすり抜けていく。


「竜華ー、疲れたー」

「もう、今日出かけるゆーたのは怜やん。もう少し頑張りぃや」

「ひーざーまーくーらー」

「帰ったら好きなだけしたるから」


 ベンチに座る少女と、それを説得する少女を見かける。

 京太郎は膝枕に思いを馳せた。


「もうあたしもアラサーかぁ」

「大丈夫、ハルちゃんだったら全然イケる」

「たまにあんたが男だったらって思うんだけどねー」

「私はこのままでもかまわない。むしろウェルカムっ」

「ちょっと灼、目ぇ怖いんですけど」


 変な前髪の女性と、こけしのような少女の横を通り過ぎる。

 片方がなるべく関わりたくないタイプのオーラを放っていたので、京太郎は目を合わせないようにした。

 世は並べてこともなし。

 今日も京太郎の世界は平和だった。





「須賀くん、五分の遅刻です」


 辿りついた目的地には、門番が立っていた。

 今日のラスボスは、どうやらこのツインテールの少女になりそうだ。

 京太郎は拳を握りしめて原村和と相対する。


「……なんで決戦に赴く戦士のような顔をしてるんですか」

「うお、なんでわかったんだっ。もしかしてエスパー?」

「そんなオカルトありえません。またバカなことを考えてそうだなって思っただけです」

「いや、手厳しいね」

「はぁ……とりあえず早く入って下さい。咲さんとお姉さんが待ちくたびれてます」


 和のジト目を受けながら、京太郎は原村家に入る。

 今日は両親がいないとのことで、好きなだけ騒げるという寸法だ。

 私服姿の和の後を追い、京太郎はリビングに到達する。

 そこでは、信じられない行為が行われていた。


「お、お姉ちゃん、ちょっと食べすぎじゃ」

「これはちょっとした味見。なにも問題はない」

「ワンホールのケーキがもう四分の一しか残ってないのに!?」

「……たしかに食べすぎた。でも一緒に食べてた咲も同罪」

「私は一口だけなのにっ」


 そこで繰り広げられてたのは味見という名のつまみ食い。

 残り四分の一のケーキにロウソクが密集している。


「照さん、なにやってんすか」

「……それもこれも京ちゃんが遅れたから悪い」

「会っていきなり責任転嫁はやめてくれません!? 明らかに照さんがギルティですよ、こいつは」

「きっと大丈夫。このケーキがおいしいことはよくわかった」

「それがわかるまでどんだけ食ってんですかっ」

 いつものことだが、照は問いに対して若干ずれた答えを返す。

 京太郎ではこれを破れない。

 さんざん突っ込みをやらされた挙句、沈むのがオチだ。

 だがこの件に関しては力強い味方がいる。


「お姉さん、そこに座って下さい」

「私は悪くな……」

「座って下さい」

「……はい」


 和が床を指し、そこに正座させられる。

 京太郎がこの二人と絡む中で幾度となく見た光景だ。

 鬼の目が、今度は咲を捉える。


「咲さんも、そこに座って下さい」

「え、でも私は……」

「座って下さい」

「……はい」


 京太郎は戦慄する。

 あの冷ややかな視線を受けて、照が震えている。

 それが自分に向けられた時のことを考えると、背筋が凍りつきそうになる。

 とりあえず今は、なるべく刺激しないように意識の外へ逃れるのが先決。

 足音を殺して京太郎はリビングから出ようとする。


「須賀くん、どこに行くんですか?」

「ひっ」

「そこ、座って下さい」

「……はい」





 京太郎と咲は、夜道を歩く。

 和の説教も咲の誕生会もつつがなく終わり、帰る途中だ。

 二人の家は近いため、こういうときは京太郎が毎回送っている。

 照は寮暮らしなので、そっちのほうに帰っていった。


「今日の和ちゃん、凄かったね」

「お前が照さん止めておけなかったからだろ」

「うぅ」

「どうせつられてつまみ食いしちゃったんだろ?」


 自己主張の乏しい咲は、押されるとうなずいてしまうことも少なくない。

 それを悪用して、照は咲を同罪に仕立て上げたのだ。

 お菓子と、ついでに咲のことになると暴走するのが照の欠点だった。


「そもそも京ちゃんが遅れなければこんなことにならなかったんだよ?」

「まぁ、それもそうか」

「え?」

「……なんだよ」

「熱でもあるの?」

「失礼な」

「あうっ」


 咲の額にデコピンが炸裂する。

 額をおさえて咲は涙目になった。

「俺が自分の非を認めちゃ悪いってのか?」

「そうじゃないけど、京ちゃん私に対しては意地っ張りだから」

「うぐっ」


 しっかりと見抜かれていた。

 そう、京太郎が咲に対して意地を張るのは、小学生が好きな子をいじめてしまう現象の延長。

 つまり、素直になれないのだ。


「まぁ、この際だし、いいか」

「どうかした?」

「咲、これ」


 京太郎はポケットの中から四角い箱を取り出し、咲に手渡す。

 小さなものだが、箱は小奇麗だ。


「これ、なに?」

「お前の誕生日プレゼント」

「中身、聞いたんだけど」

「それは開けてのお楽しみだろ」


 京太郎に促されて、咲は箱を開く。

 中に入ってたのは指輪。

 シンプルな銀のリングに一輪の花。

 その花の中央には宝石がはめ込まれている。

「え、これって……」

「見ての通りだ。これが俺の気持ち」

「え、え?」

「やっぱ口で言った方がいいか? じゃあ……好きだ、咲」

「――っ」

「……言葉より行動ってか? 仕方ないな」

「ちょっと、ちょっとタンマっ」


 咲は京太郎に背を向けてしゃがみ込む。

 事態の急激な変化にすっかり混乱してしまっている。

 息を吸って、吐き出す。

 そうすることで少し落ち着きを取り戻した。


「……どうして、私なの?」

「理由とかいるのか?」

「だって私、和ちゃんみたいに綺麗じゃないし、お姉ちゃんみたく強くもないのに……」

「まぁ、たしかにお前ちんちくりんだしな」

「真面目に答えてよ!」

「わかった」


 京太郎は箱から指輪を取ると、咲の左手を掴む。

 そして薬指に指輪をそっとはめた。

 大きすぎず小さすぎず、ちょうどおさまる。

「言ったろ。ずっとそばにいるって」

「それって……」

「覚えてるよな?」

「……うん」


 七年前に立てた誓い。

 当時の記憶は薄れつつあるが、その言葉だけは二人の中にしっかりと残っている。

 咲は右手で指輪をなぞるように触った。


「私も、好き。京ちゃんのことが好き」

「……そうかっ」

「きゃっ」


 京太郎は正面から咲を抱きしめた。

 咲は京太郎の胸に顔をうずめる格好になる。


「むー、むー!」

「おっと」

「うぅ、酷いよ」

「悪い悪い、嬉しくてさ」

「もう、しょうがないなぁ」


 無邪気に笑う京太郎に、咲は毒気を抜かれる。

 惚れた弱みという言葉の意味を思い知った瞬間だった。

「でも、恋人同士ってなにするの?」

「そりゃお前、年齢制限に引っ掛かりそうなあれこれとか……」

「そ、そういうのは置いといてっ」

「うーん、一緒に出かけたりご飯食べたり……とか?」

「それっていつもやってるような……」


 関係が変わっても、やることは変わらない。

 既に多くの時間を二人は共有してきた。

 京太郎は咲の手をそっと握る。


「とりあえず、手をつないで帰ろうぜ」

「うん、そうだね……あっ」


 二人の頭上に流れ星。

 咲と京太郎はそっと目を閉じて願った。

 なにを願ったのかは、二人しか知らない。






番外編『GOD SPEED LOVE』終了


超時間かかった!

ともあれ番外編というより劇場版でしたが、これで終了です
咲ちゃんが完膚なきまでにヒロインでした
ちなみに、物語的には本編とほとんど関わりがありません

次回からは本編が再開することでしょう
したらば

なんかいつもよりコメント多い……
やっぱみんな京咲好きなんですかね?

まぁ、歴史が変わったとはいえちゃっかりワームもいるんで
番外編のエピローグの後で京太郎がカブトに変身することもあるんじゃないかと
ちゃぶ台を返した京太郎は消えてもベルトはしっかり残ってますし
ヒロインは咲ちゃん固定だけど

前もどっかで言ったと思いますけど
こんだけヒロインしたんで本編での登場は絶望的です
そして地獄兄弟に関しては一応堕ちるところも書かなきゃならんと思うので
ぽっと出のキャラにはならないかと

そんじゃ、出かけます




「――♪」


 鼻唄を歌いながら、福路美穂子は左手でボウルを持ち上げた。

 中に入っているのは卵と砂糖を混ぜ合わせたもの。

 右手に持つのはハンドミキサー。

 彼女が問題なく使える数少ない機械の一つだった。

 出力を最大にしてボウルの中身を一気にかき混ぜる。

 駆動音を上げて、ミキサーが回り始めた。

 最初は水っぽい感触だが、次第に抵抗が増えていく。

 色が白っぽくなってきたのを確認すると、回転速度を緩める。

 その後、温めたバターと牛乳、振るった薄力粉を投入。

 一切合財混ぜ合わせると、ボウルの中身を型へと流し込んでいく。

 軽く叩いて空気を抜いてから、温めておいたオーブンに入れて焼く。


「――♪ えっと、次は……」


 問題なく作動したのを確認すると、冷蔵庫から生クリームを取り出す。

 新しいボウルに全て開けて、氷水を張った大きなボウルに浮かべる。

 そして砂糖を加えながらホイッパーで混ぜていく。

 とろみがつくまでは勢いよく、その後は一定の速度で持ちあげるように。

 ある程度の硬さになった生クリームを二つに分ける。

 一つは冷蔵庫へ、もう一つはそのまま残してさらに泡立てる。

「――♪ こんな感じかな?」


 十分に泡立て終わったところで、こちらも冷蔵庫に保管する。

 オーブンの焼き時間を確認し、次はケーキに塗るシロップ作り。

 小鍋に水と砂糖を入れて煮詰める。

 ドロドロのシロップを別の容器に移し、しばらく冷ます。

 そうこうしている内に、スポンジケーキが焼き上がる。

 耐熱ミトンを手にはめて、取り出す。

 焼き色を確認して型から取り外し、網の上で冷ます。


「――♪ 後は果物ね」


 桃の缶詰を取り出し、ザルにあける。

 水分を切って、まな板の上へ。

 スポンジの間に挟めるものと、上に乗っけるものに分けて切る。


「ふぅ、上手くできるといいけど」


 手を洗ってから椅子に座って一息つく。

 スポンジが冷めるまではまだ時間がかかる。

 窓の外ではチラチラと雪が降っていた。


「おいしいって、言ってくれるかしら?」


 ケーキを渡す相手のことを考え、美穂子は軽く頬を染めて微笑んだ。





「さむっ」


 寒空の下を自転車をこいで帰る。

 珍しいことに雪が降っている。

 つもりはしないだろうが、視覚的に寒い。

 後、俺の心の中もちょっとだけ寒い。

 今日は平日で節分の前日で、俺の誕生日だ。

 だからといってなにかが変わるわけでもない。

 会長は登校しなくていいからと言って学校に顔出さなかったし。

 あの人推薦とってるから絶対勉強とかしてないだろ。

 東横と先輩はなぜかつれないし。

 おかげで今日の昼は孤独だった。

 他の人たちからの連絡はなし。

 どうやら今年も祝ってくれるのは身内だけになりそうだ。

 いや、別にそうしてほしいってわけじゃないけどさ。

 特別誰かに前もって言ったわけじゃないし。

 ただちょっとだけ、ほんの少しだけ寂しいだけだ。

 くそ、いつかこの日を記念日にしてやるっ。


「なーんてな」


 冗談はさておき、今日はちょっとだけ豪勢にいこう。

 ケーキだって自分で作るのも悪くない。

 さぁ、買い物をして帰るとするか。





 四角い箱の入ったビニール袋をぶら下げて、美穂子は歩く。

 中身は完成したケーキ。

 それを届けるために目的地に向かう最中だ。


「――♪」


 自然と足が速まる。

 いつも人の世話を焼いている美穂子だが、こんなに浮かれているのは珍しい。


「ねぇ、あれ何だと思う?」

「え……コスプレ?」

「ワームってやつじゃない?」

「でもじっとして動かないんだけど」

「じゃあ、自殺?」


 美穂子が振り返ればそこには、小さな人だかり。

 みんなして五階建てのビルの屋上に注目していた。

 つられて上を見る。

 茶色っぽい虫の格好をした人が手すりにもたれかかっていた。

 その真下では受け止めるためのシートを用意し始めている。

 視線をあちこちにさまよわせ、美穂子は逡巡した。


「あ、誰か説得に行ったみたい」

「マジ? 勇気あんねぇ」


 再び上を見るとそこにいるのが二人に増えていた。

 自分にできることはなさそうだ。

 そう見切りをつけると、美穂子はその場を離れた。


「えー、なんだよあれ」


 人だかりができているからその原因を探してみれば、凄く怪しいやつがいる。

 ビルの屋上でじっと立ちつくしている。

 ワームっぽいけど、違うかもしれない。

 あの様子だとじきにゼクトルーパーが来るとは思うが、その前に確認だけでもしておくか。

 このまま放っておいて一般人に被害が出ると目覚めが悪いし。

 そう決めると、ビルの中に入る。

 探すのは階段とエレベーター。

 少し歩くとエレベーターを発見。

 これで階段を上らずに済む。

 そして屋上に到達。

 手すりにもたれる後ろ姿を捉えた。


「もしもーし、危ないですよー」


 怪(しい)人が振り返る。

 特撮にでも出てきそうなスーツを着たおっさんだった。

 超まぎらわしい。

 思わずため息をついてしまった。


「落ちるとヤバいんで、そこから――」


 するとおっさんの形が崩れ、スーツがスーツじゃなくなっていた。

 茶色の体に、大きな翅を持つ成虫体。

 とんだ誕生日プレゼントだ。


「――――――!」

「てか、まぎらわしいにも程があるっ!」

《――変身》




 ここ数カ月で通いなれた道。

 人が歩かない端の方に、雪が薄らと溜まっている。

 吐く息が白い。

 美穂子はマフラーに顔を埋めた。


「きゃっ」


 突風が吹く。

 マフラーがはがれて飛んでいった。

 美穂子が手を伸ばすも、すり抜ける。


「え?」


 が、次の瞬間には元通り。

 幻でも見たのかと疑う。

 首をかしげ、美穂子は再び歩き出した。


「きゃっ」


 すると今度は衝撃が腕を跳ね上げた。

 ぶら下げていた袋が宙に舞う。

 落ちていく光景がスローになる。

 スタートの合図を待たずに、美穂子は走り出した。

 そしてその前を赤い影が横切った、気がした。

 気がつけば袋は元通りの位置。

 つんのめりそうになりながら、ブレーキをかけて止まる。


「……なんなのかしら?」


 ひとまず、ここを早く離れた方が良さそうだ。

 目的地は目と鼻の先。

 箱を開けてケーキに問題ないことを確認すると、美穂子は足を速めた。





《――Clockup!》


 クロックアップで逃げるワームを、クロックアップで追う。

 大きな翅を持つそいつは、鱗粉をまき散らしながら逃げ回る。

 豆まきならぬ粉まきだ。

 それにしたって一日早いが。


「――――――!」

「くっ」


 ワームが翅をはためかせる。

 突風が駆け抜けた。

 ライダーにとっては大したものじゃないが、視界の端に誰かのマフラーが舞っていた。


「福路さん!?」


 見知った顔が、それに手を伸ばして固まっていた。

 マフラーを回収し、巻きつける。

 怪我は……ないな。


「これでよし……さぁ、仕切り直しだ!」

「――――――!」


 観念したのか、ワームが突撃してくる。

 身をかわし、膝蹴りと肘打ち。

 ワームはふらつきながら俺の後方へと流れていく。

「あっ」


 そして福路さんの腕をかすめ、手に持った袋が投げ出された。

 急ぎ回収し、元通りにする。

 さて、ワームは……


「――――――!」

「こら、逃げんな!」

《――1,2,3》


 屋根に飛び移るワーム。

 まだそんな元気があったのか。

 俺もそれを追ってジャンプ。

 そして体を捻って勢いをつける。


「せっかくだから受けとっていけよ!」

《――Rider Kick!》


 回し蹴りを無防備な背中目掛けて叩きこんだ。


「――――――!」

《――Clock Over!》


 ワームは爆散し、俺は屋根に着地。

 どこぞへと向かう福路さんを見送る。

 さて、俺も買い物に行こう。





「ただいまー」


 ほとんど暗くなったところで、ようやく帰宅。

 冬は日が落ちるのが早い。

 玄関で靴を脱ごうとして、違和感に気付く。


「……誰か来てるのか?」

「おかえり、きょうたろー。美穂子も来てるぞ」

「福路さんが?」


 ということは、あれは俺の家に向かう途中だったのか?

 すると、本人がリビングから顔を出す。


「京太郎さん、お邪魔してます」

「いらっしゃい……って、なんかありました?」

「用事もないのにお友達の家にお邪魔するのは、いけないことですか?」

「いや、そういうわけじゃないですけど」

「それに、今日は誕生日じゃないですか」


 俺の心に衝撃が走る。

 気付いた時には福路さんの手を取っていた。


「ありがとう、ありがとうございます……」

「こんなに喜んでくれて、私も嬉しいです」

「ケーキも作ってきてくれたんだぞ」

 衣さんが四角い白い箱を持ってくる。

 さっきの袋に入ってたのだろう。


「荷物、持ちますよ?」

「ありがとうございます」


 腕にぶら下げた荷物の内、軽い方を渡す。

 ここまで来てくれた好意に甘えておこう。

 すると携帯が震えだす。

 自由になった左手で取り出した。

 メールが三通。

 送り主は会長、東横、先輩、清水谷さん。

 内容はみんな揃って、今どこにいるという質問だった。

 家にいると返信する。


「京太郎さーん、袋の中身、どうしますー?」

「すぐ使うんで台所に出しといてくださーい」


 俺もそっちに向かうとしよう。

 携帯をしまおうとして、再度震えだす。

 今度は電話。

 発信者は……池田かよ。

「もしもし……」

『うちの会長知らないか!?』

「いや、それはちょっと――」

「京太郎さん、もしかして華菜?」

『……今お前の家に行くからな。首洗って待ってろ』


 こっちがなにか弁解する前に電話は切れた。

 ……あいつが絡むと色々面倒なことになるんだよな。


「今日は用事があるって言ったのに……」

「福路さん、もしかしてあいつメールとか送ったりしてません?」

「えっと、メールは……あら」


 メール十件、着信五件。

 理由は知らないが、探しまわっているようだ。

 壊さないレベルに進歩しているとはいえ、まだ不慣れな様子。

 マメなチェックをしていなかったのだろう。


「……とりあえず、メールとかは暇があったら確認した方がいいですよ」

「おかしいわ、なにも震えなかったのに……」

「サイレントマナーモード……」


 それは気付かないのも当然だ。

 とりあえず、いま解除しておこう。

「はい、これでメールが来たら震えるはずです」

「すごいですね、こんなあっさりと」

「いや、それはまぁ」


 俺がすごいわけじゃなく、これは福路さんがダメなだけだろう。

 見た目も性格も高いレベルなのに、機械関係だけは以上に弱い。

 これで差し引きゼロということなのか?

 軽く脱力していると、後ろの方でチャイムが鳴る。

 誰か来たのか。


「衣が出るっ」

「おねがいします」


 衣さんがとたとたとドアへと向かう。

 その向こうから出てきたのは、見知った顔だった。


「よう、今日誕生日なんだって?」

「プレゼント、持ってきた」


 純と沢村さんのペア。

 予想外の来客だ。


「そうだけど、知ってるとは思わなかった」

「このチビッ子から聞いたんだよ」

「やーめーろー」

 純は衣さんの頭をぐりぐりと撫でまわした。

 ……いつの間に仲良くなったんだ?


「後、龍門渕主従からメッセージカード。ほらよ」

「おう、ありがとな……ところで、この後なんか予定あるのか?」

「いや、ないけど」

「せっかくだし、うちで食べてけよ」

「いいのか?」

「一年に一回のめでたい日だからな」

「自分で言うなよ……」


 そうため息をつかれても本当のことなんだから仕方がない。

 衣さんが純の手から逃れて、俺の後ろに避難する。


「変なことしたら追いだすぞっ」

「おいおい、危険人物扱いかよ」

「純、私は……」

「オマエもお邪魔してけ。どうせパソコン持ち歩いてるだろ?」

「……わかった」


 寂しい誕生日かと思っていたが、違うようだ。

 手に持った携帯に、先ほど送ったメールの返事が届く。


『そのまま犬のように待ってなさい』

『場所の特定完了っす。覚悟して待ってるっすよ』

『お料理作ったんだ。待っててね!』

『怜と一緒にそっち行くから、動かんどいてなー』

 内容はみんな似たり寄ったりだ。

 じきに押し寄せてくるのだろう。


「福路さんもどうですか?」

「いいんですか?」

「料理、手伝ってほしいなって思いまして」

「ふふ、わかりました♪」

「衣も手伝うー!」


 去年までとは打って変わって、賑やかになりそうだ。

 まぁ、それも悪くない。






番外編『どっかの誰かの誕生日』終了


てなわけで、誕生日の番外編終了です
次は本編とか言っておきながらもうしわけない

急遽作ったので色々とあれですが
とりあえず本編とは違う世界線だと思って下さい

それじゃ

おお、本当に復活してる
なんだかんだで一カ月以上更新なしは初めてのような気が

まぁ、明日辺りから再開します

帰宅
ちょっと遅いけどもう少ししたら始めます




 竹井久は生徒会室の椅子にもたれて天井を見上げた。

 今日の活動は終わり、他の生徒会の面々は帰った後だ。

 既に窓から夕日がさしており、部活動に精を出していた連中も帰宅する頃合い。

 だというのに久は荷物の片付けもせずにぼうっとしている。

 こんなところを後輩、特に須賀京太郎に見られたらなにを言われるかわかったものじゃない。


「とは言ってもねぇ」


 そもそもこうやって呆けてる原因もあの後輩なのだ。

 むしろここは責任を取らせて小間使いでもやらせるべきか。

 いや、それではいつもとあまり変わらない。

 もっと困らせてやらなければこっちの気が済まない。


「はぁ……違う違う」


 頭を振って久は今の考えを押し流す。

 元の方向へ軌道修正する。

 困らせるのはまた今度にするとして、最初に考えていたのは……お弁当だ。


「でも、自分より料理上手い人にお弁当渡すのも考えものよね」


 つまるところはそれだ。

 弁当を渡そうとしたそもそもの理由はさておき。

 日頃の感謝とでも言っておけばいいだろう。

 そう言ったら言ったで怪訝な顔をされそうなものだが。

 だったらスピード勝負だ。

 渡してから一目散に逃げ去る。

 そうしたら相手の反応を見ずに済む。


「って、なんで私が逃げなきゃいけないのよ……」


 久は机に手を投げ出して頬をぴたりとつける。

 夏休みが終わって間もないこの時期は、まだ少し暑い。

 ひんやりとした感触が少しだけ気持ち良かった。


「まずは要練習かな」

 そう、とにもかくにも練習がいる。

 どうやって渡すかとか考える以前に、なんとかするのは料理の腕だ。

 久の自己評価ではあるが、あくまで可もなく不可もない。

 調理実習などは問題なくこなせるが、舌の肥えた料理バカを満足させるにはきっと程遠い。

 生半可なものではきっと一蹴されて終わりだ。

 だが、さしあたっての問題は……


「具体的になにをしたらいいのやら、ね」


 ぱっと思いつくのは料理の本を読むこと。

 そうすることで、基礎的な部分を固めながら上達することができる。

 しかし、それ以上の段階に進むのは難しそうだ。

 次に、料理の教室に通うこと。

 これならば基礎を固めると共に先達の助言も得られ、経験も吸収できる。

 だが、時間的な自由があまり得られない。


「本当、どうするべきかしら?」


 再び久は天井を仰ぐ。

 こんなことで悩んでいるのは無駄なことなのかもしれない。

 どこかの誰かだったらとりあえず料理を作れと言うだろう。

 その誰かに渡す弁当に悩んでいるのだが。


「ごめんくださーい。上埜さん、いますか?」


 スライド式のドアを控えめに開けて入って来たのは、福路美穂子だった。

 近くに来た時は、こうして立ち寄ってお菓子や軽食を振る舞っていくのだ。

 久は美穂子が片手に持ったバスケットを見つめる。


「ねぇ、ちょっと頼みがあるんだけど」





「うぼぁー」


 机に突っ伏して脱力。

 こうすることで余計な考えや迷いも外に逃がすのが目的だ。

 まぁ、そんな都合よくはいかないけど。


「気の抜けた声っすねぇ」

「色々あるんだよ」

「はぁ、色々っすか」


 前の席から振り返るのは東横。

 夏休みが終わって席替えがあっても席は離れなかった。

 教科書とか忘れたときに見せてもらうことはできなくなったけど。

 でも大抵忘れ物をしてくるのは東横だから、心配なのはそこだ。


「もしかして、恋煩いっすか?」

「そんなわけ……まぁ、似たようなもんかもな」


 たしかに最近はある特定の女の人のことばかり考えている。

 誰かのことで頭がいっぱいになるのは、恋することに似ているのかもしれない。

 これがそんなものじゃないってのはわかってるけど。

 もっと後ろ暗いなにかだ。


「え、本当っすか……?」

「似てるってだけだよ。そんな立派なものじゃない」

「相手はだれっすか!」

「落ち着け」

 詰め寄って来る東横に机から身を離す。

 大きな胸が迫って来るのは圧巻だった。

 後ろに下がろうとしたが、首を掴んで引きとめられる。


「ぐぇ」

「ちびっこさん乳揉みさん会長さんふとももさんウィンクさん……あのタレ目さんも怪しいっす!」

「だ、だがら……おぢづげ……!」


 首が圧迫されて声の出が滞る。

 こいつこんなに力あったのかよ。

 てか、タレ目って誰だ?

 園城寺さんか?

 とりあえず、苦しい!


「それとも……私、とか……?」

「せいっ」

「あいたぁ!」


 チョップをかまして怯んだその隙に拘束を解く。

 全く、首絞めはシャレにならないっての。


「悪い、ちょっと色々考えたいんだ」

「うぅ、たしかにちょっと沈み気味みたいっすね。今日は勘弁してあげるっすよ」

「お前は何様だよ」

「その言葉は普段の自分に言うといいっす」





 昼休みの廊下を弁当片手にぶらぶらと歩く。

 どこか一人になれる場所を探し中だ。

 一瞬トイレという選択肢が頭をよぎったが、締め出しておく。

 学食は多分満席だろうから除外。

 校舎の外は、遊んでいる連中の流れ弾が飛んでくる可能性がある。

 となれば……


「中庭、屋上、生徒会室ってとこか?」


 大体の場所を思い浮かべる。

 弁当を食べるのに適しているのはこの三つだろう。

 人が多いのは問題じゃない。

 知り合いに会わないのが条件だ。

 それに照らし合わせると……中庭か。

 進路を変更して階段を下りる。

 同じように弁当片手に持ってる人たちもちらほら。

 一人で中庭に出ようとするやつは流石にいない。

 俺を除いて、だけど。

 空いているベンチに腰掛ける。

 なにはともあれ、食事だ。

 一期一会の機会だから、しっかりと味わおう。

 包みを解いて、蓋を開ける。

「……玉子焼き、か」


 箸でつまみ上げる。

 いつもと同じ感触で、こぼれ落ちそうなほどのやわらかさはない。

 口に運ぶ。


「……うまい、けど」


 味の精度は上がっている。

 だが、目指す食感にはまだ届いていない。

 そういえば、学校で一人で食べるのは久しぶりだ。

 いつもは会長に弁当をあげたり、東横に玉子焼きを奪われたり……


「京太郎くん? 今日は一人なの?」


 ……そして先輩と食べさせあったり。


「……どうも」

「久しぶり」


 言葉は力を持つと言うが、俺はそのレベルを飛び越えてしまったらしい。

 思っただけで本人が現れた。

 自然と顔がうつむいてしまう。

 きっと先輩は笑っている。

 それを、直視することができない。


「どうかしたの?」

「どうもしません」

 横から覗きこもうとする先輩から、隠すように顔をそらす。

 ガキっぽい真似だとは思うが、今の顔を見られたくない。


「む、京太郎くん?」


 今度は左に回り込んでくる視線を、右に向くことでやりすごす。


「逃げないで、こっち向いてっ」

「なんか虫が飛んでて」

「そんなのいないよ!」


 左右上下、ボクサーのパンチをかわすように頭を振る。

 こんなことをしてる俺も俺だが、中々諦めない先輩も先輩だ。

 ……目が回ってきた。


「捕まえた!」


 両の頬をがっちりと挟まれる。

 もう顔はそらせない。

 目と目が合う。

 いつだかと同じ状況だ。

 だが立場は逆で、先輩の目の光は強い。


「……どうして、そんな顔してるの?」

「ちょっとお腹が痛くて」

「だ、大丈夫!? さすってあげるっ」

 先輩の手が腹を這いまわる。

 正直くすぐったい。

 ……一体俺はなにをやってるんだ。

 こんな無様をさらして、必要もない心配をさせて。


「先輩、ちょっと顔上げて下さい」

「なに――むぐっ」


 玉子焼きを先輩の口に突っ込む。

 不意打ちは成功した。

 先輩は目を白黒させている。

 やがて口の動きが進み、目の色が変化していく。


「凄い、おいしいよこれ!」

「いやいや、食感がまだ至りません」


 自分で飲み込むと決めたんだ。

 苦しくても他の誰か、特に先輩に負担をかけるわけにはいかない。


「お姉ちゃんが帰ってきたら、こうやって一緒にご飯食べられるのかな?」

「――っ」

「楽しみなのです!」

「そう、ですね」


 それでも、ありえない未来を語る先輩の笑顔をやはり直視することができなかった。

 俺は、自分がこんなにも弱いことを思い知らされた。


「やっぱり、お腹痛い?」

「……みたいです。ちょっとトイレ行ってきます」


 心配する先輩を背に、俺は逃げるようにその場を後にした。





 週末。

 龍門渕邸に向かう途中。

 衣さんは時折龍門渕さんに会いに行くため、こうやって自転車の後ろに乗っけて行き来している。

 俺に用事がある時なんかは、萩原さんが迎えに来てくれたりする。

 向こうに行く時は腕を磨く機会でもあるため、俺にとっても貴重な時間だ。


「……はぁ」


 だというのに思わずもれでるため息。

 ちょっと曇った空は俺の心情を表しているのだろうか。


「ため息をすると幸せが逃げるって聞いたぞ?」

「ああ、すいません。どうも無意識っぽくて」

「ふむ……なら、きょうたろーには想う相手がいるということか」


 似たようなことをこの前言われたばかりだ。

 今の俺は恋に悩む少年に見えるってことだろうか。

 それにしても、背中にしがみつかれながら喋られると少しくすぐったい。


「透華もこの前小説読みながら言ってた」

『はぁ……想う殿方がいれば、自然とため息が出てしまうものですわ』

「って」


 なんか予期せぬところで龍門渕さんのプライベートを垣間見てしまった。

 いや、見てはいないけど。

 目立ちたがりな印象が強いが、お嬢様らしいと言えばそうなのかもしれない。

「……むぅ~」


 背中に張り付く衣さんが唸りを上げる。

 微弱な振動が伝わってきてちょっとだけ気持ちいい。

 肩こりや腰痛とは無縁のはずだけど。


「どうかしたんですか?」

「……やだ」

「はい?」

「きょうたろーに恋人ができるの、やだ」


 背中に当たる感触が強くなる。

 多分顔を埋められている。

 兄弟みたいなものだから、考えることも似通うのだろうか。

 俺と同じように、衣さんも俺に恋人ができるのを認められないのかもしれない。

 まぁ、そんな気配は今のところないわけだが。


「そしたら衣は、また一人ぼっちだ」

「本当に心配性だなぁ」

「だってきょうたろー、最近女の人とよく一緒にいるし」

「それは、まぁ……」


 確かに交友関係に女の子が増えたのは事実だ。

 そもそも高校に入るまでそんな暇がなかったというのもあるが。

「この前、海に行った時のことを覚えてますか?」

「うん、女が多かった」

「うっ……でも、あの面子と俺がそんな関係に見えましたか?」

「恋人は腕を組んで歩くらしいぞ?」

「ぐう」


 そこを突かれると痛い。

 東横とか園城寺さんはイタズラ感覚でやってるんだとは思うが、外から見る人にとってそんなのは関係ないらしい。

 俺だってそんな奴等を見たら呪いの言葉を吐く自信はある。

 誰だってそうだ、多分。

 ……で、でもまだぐうの音は出るし。


「あれはふざけてただけで……」

「男女が至近距離で見つめあうのは、ちゅーしようとしてるからだって」

「ぐふ」


 福路さんのあれは断じてそんなんじゃない。

 その場しのぎの嘘のせいだ。

 ……結局悪いのは俺じゃん。

 ま、まぁぐうとぐふは子音が一緒だし?


「あれは不幸な行き違いが……」

「素肌と素肌を密着させて抱き合うのは、特別な関係の照明だ……って生徒会長が言ってた」

「またあの人かっ!」

 喜々として衣さんにあることないこと吹きこむ姿が、容易に想像できる。

 大体、最後のは全部会長の策略じゃないか。

 この分じゃ、あれは仮病だったな。

 くそ……こんなことになるんだったら、倒れこんでくるところをブロックしておけばよかった。


「おねーさんは悲しいぞ!」


 衣さんの語気が強まる。

 この感じだと、頬でもふくらませていそうだ。


「ウェイトウェイト、なんか多大な勘違いしてません?」

「勘違いなんてどこにもない。衣はきょうたろーが女誑しだって確信した!」

「ちょっとぉ!!」


 酷い誤解だが、この時はありがたい。

 ちょうどよく他の考え事が吹き飛んだ。

 後ろで息を巻く衣さんに感謝する。

 さぁ、あとはどうやって説得するかだ。


「そーじも言ってた。男と女は時として化学反応を起こすって」

「このタイミングで!?」

「なにがあってもおかしくないとも言ってた」

「いや、それどんな状況で言われたんですか」

「ドラマ見ながら」

「あぁ……」





 龍門渕の客間で一息つく。

 衣さんは龍門渕さんとお楽しみ中。

 萩原さんは二人の周りであれこれとやっているだろう。

 いつもだったら俺も混じって動いているのだが、今回は遠慮しておいた。

 今のままで十分に動ける自信がないからだ。

 というか萩原さんに見切られて止められた。


「はぁ、なんだかな……」


 一時的に振りはらっても、またまとわりついてくる。

 泥のように張り付いてくるそれは、恋なんてものじゃない。

 もっと後ろ暗い……罪悪感だ。


「須賀様、どうかなさいましたか?」

「いや、なんでも……」

「と、いうわけではなさそうですね」

「まぁ、見ての通りです」


 ドアが開き、萩原さんが入って来た。

 向こうの用事は一段落したようだ。

 俺の状態に関しては……こんなオーラを出していたら誰でもわかる。

 どうも気が抜けると漏れ出てしまう。

 本当に情けないことこの上ない。

「なるほど……察するに、なにか悩みごとがある様子」

「やっぱりわかりますか」

「とりあえず、これをどうぞ」


 テーブルの上に湯呑が置かれる。

 湯気を立てるその中身は、淹れたての緑茶だ。

 周囲が洋風で固められてるせいか、溶け込まずに異彩を放っている。

 勧めに応じて一口すする。


「……紅茶やコーヒーだけじゃなかったんですね」

「執事として、いついかなる時も主の求めに応じなければなりませんので」


 こんな部屋で緑茶を、しかも湯呑で飲むのは少し違和感があるが、味は関係ない。

 当然良い茶葉を使っているとは思うが、淹れる人の力なくしてここまでの味は引き出せないだろう。

 俺が淹れるものよりずっとおいしい。


「なんか気を使わせちゃったみたいで、すいません」

「いえ、かまいませんよ。お客人をもてなすのも私の仕事の一つですから。それに……」


 萩原さんは首のタイを解いて白い手袋を脱ぐと、椅子を引いて俺の対面に座る。

 俺に用意したのと同じように、湯呑を持っている。


「ちょうど休憩をいただいたところです。よければ話でもどうですか?」

「話、ですか」

「誰かに話すことで楽になる、ということもあるものですよ」

 迷いを中身を誰かに明かすということは、自分の心、それも弱い部分をさらすことだ。

 萩原さんは背中を預けるのには十分すぎるとは思ってはいるが。

 それにここで話したことが龍門渕さんに、ひいてはZECTに伝わったらどうなる?

 ……待て、俺は一体どうしたいんだ?

 もしかして、あの人……いや、あのワームを倒すことにすら躊躇いを覚えているのか?


「ふむ……須賀様、いえ須賀くん。一ついいでしょうか?」

「はい」

「今の私は休憩中で、職務から解放されています」


 茶を一口すすって萩原さんはそう言った。

 職務から解放されている……つまり、一個人として相談に乗ると言うことか?

 ここで聞いたことは自分の胸の中に秘めておく。

 そういう意味なのだろう。


「……わかりました。つまんない話かもしれないですけど、ちょっと聞いて下さい」


 萩原さんの言葉に従う。

 溜めこんだままで苦しいのならば、吐き出してしまえばいい。

 弱い自分を見せることで得られるものもあるかもしれない。

 なにより、休憩の時間を俺のために使おうとしてくれているその好意を信じたい。


「実は――」





 数杯目のお茶に口をつけるころには、話は終わっていた。

 まだ日の光に変化はないが、位置は低くなりつつある。


「……正直、ワームが擬態することの意味を思い知りました」

「そうですか」


 全て吐き出した。

 具体的な名前は伏せて、そのまま。

 萩原さんは何を言うでもなく、黙って聞いてくれていた。

 俺は喋りつかれた喉を潤すように、ぬるまったお茶を一気に流し込んだ。


「一つ、思った事を言わせてもらってもいいでしょうか?」

「どうぞ」

「その方は本当に、ワームなのでしょうか?」


 たしかに俺はワームに変身したところを見たわけじゃない。

 しかし、他のワームを従えているというのは、この上ない状況証拠だ。


「あなたの言いたいことはわかります。ですが、確証がないのも事実」

「でも、行方不明者がそんな都合よく帰ってくるのも不自然だ」

「その点は気になるところですね」


 顎に手を当てて、考える素振り。

 それほど引っ掛かるところがあるのだろうか。

 二年の間になにをしてたかは謎だが。

「ワームの擬態とは、人間社会に紛れ込むためのもの。これはいいですか?」

「そりゃあ、身にしみてわかってますよ」

「それならば、姿を写し取った相手がいても違和感がない場所に、まずは入り込むはずです」

「それって……」

「逆に突然行方不明になることの方が、私には不自然であるように思えます」


 自分がそうだと思い込んでいたことと、新たにもたらされた情報が頭の中で絡みあう。

 くそ、ごちゃごちゃだ……!

 でも、その先に明るい光景が見えた、気がする。

 確証もなにもないけど。

 なんにしても、一度冷静になって考えた方がよさそうだ。


「あくまで私の推察にすぎないのですが」

「いえ、参考になりました。ありがとうございます、萩原さん」


 立ち上がって頭を下げる。

 本当にこの人には敵わない。

 今の俺じゃ、だけど。


「暇つぶしに付き合ってくれたお礼ですよ。それと、ハギヨシと呼んでもらって結構です」

「じゃあ、俺も名前でお願いします……ハギヨシさん」

「わかりました、京太郎くん」


 手を差し出され、その手を握る。

 薄く微笑むその姿に、あの人とはまた違う大人の姿を見た。





 夕食を作ったり食べたり、色々した後。

 外はすっかり暗い。

 俺は他の使用人に混じって片付けとかをしている。

 これが終わってちょっとしたら、龍門渕邸を出ることになるだろう。


「須賀さん、ちょっといいですの?」

「どうかしました?」


 龍門渕さんに呼び止められる。

 衣さんとなにかあったのだろうか。

 手にはA4の紙が数枚。


「これを」


 それを手渡される。

 なんとはなしに目を通す。

 一枚ごとに、一人の写真とプロフィール。

 共通する点は……


「これ、全員料理人ですね」

「そう、いずれも雑誌の取材を受けるほどのシェフですわ」

「あ、本当だ。この人、前に見たことある」

「この四人の全てが、現在行方不明になっていますの」

「行方不明?」

 普通ならこれは警察の管轄じゃないのか?

 それをわざわざ俺に知らせるということは、もしかして……


「ワーム関係だったりします?」

「そうと確証があるわけではありませんが、疑わしい点も散見されていますわ」

「それでZECTの方にまわされたって感じですか」

「違いますわ」

「はい?」


 え、これからZECTで捜査に乗り出すって流れじゃないのか?

 物量で探し出して、それから俺たちに仕事が来るはずだろ。


「先ほども言った通り、まだ確証がありませんの。そこまでおおっぴらに動けませんわ」

「いや、いつもぞろぞろと動き回ってた気が……」

「それは通常のパトロールの範囲。強引に踏み切れば、よそから手と口を出されてごっちゃごちゃになってしまいますわ……!」

「は、はぁ」


 いや、そんな握りこぶしを作られても。

 とりあえず、龍門渕さんがもどかしく思っているのはわかった。

 そしてこの話を俺にする理由も大体。


「他に手掛かりとかあります?」

「察しが早くて助かりますわ」

 龍門渕さんはふところに手を入れてメモ帳を取り出した。

 普通の資料のコピーじゃないってことは、持ちだせなかったのか。

 それがぱらぱらとめくられ、読み上げられていく。


「四人全員がある雑誌の取材を受けた後、姿を消していますわ。食べかけの料理を残して」

「食べかけ……休憩中とか?」

「いえ、行方不明になったのはおそらく閉店後。四人ともが用事があると店に残ったそうですわ」

「じゃあ、その時に犯人と接触した可能性が高いわけですね」

「ええ……それと、現場付近には物凄い悪臭が漂っていたとありますわ」


 悪臭?

 それがなんだというんだ?

 そして俺はワームの犯行という可能性を思い出す。

 つまり、その悪臭がワームの仕業と考えると……


「龍門渕さん、もしかして……」

「その通り。その悪臭はカメムシが分泌するものとほぼ一致したそうですわ」

「たまたまカメムシがいたとかじゃなく?」

「量が尋常じゃありませんの。店が開けられなくなったどころか、辺り一帯が封鎖になったレベルですわ」

「いや、それもう毒ガステロでしょ」

「人体に害があるわけではないので、そこまでは行きませんわ」

「にしても、なんともはた迷惑な話ですね」

 確かに話を聞くかぎりでは、ワームの関与を断定できない。

 極端なことを言えば、カメムシガスを集めてからばら撒いた可能性だってある。

 だからこそ俺の出番なのだろう。

 ライダーなら相手がワームだった時も対処ができる。

 もし違っていても、立場的なしがらみの少ない俺なら色々とすり抜けられる。

 同じ条件だったらもう一人いる気がするけど。


「そういえば、雑誌の取材って言ってましたけど、それ今見れます?」

「無理ですわ。まだ出版されていませんもの」

「え……」


 行方不明者全員が、同じ雑誌に載る予定だった。

 そしてそれを一般人は知らない。

 じゃあ容疑者は関係者じゃないのか?

 それだったら、サーモグラフィで見て回った方が確実だろ。


「先に言っておきますけど、それは無駄ですわ」

「俺まだなにも言ってないんですけど」

「あなたの言いたいことは大体わかりますわ。ですが、それはとうに確認済み」

「じゃあワームって線は消えるじゃないですか」


 ワーム発見器の代名詞を使っても見つからないなら、いないのと同じだろう。

 俺もあれには随分助けられたもんだ。

「そうとも言えませんわ。なぜなら、擬態慣れしたワームはサーモグラフィでさえ欺きますの」

「え、マジですか?」

「大マジですのよ」


 サーモグラフィ無敵神話、崩れ去る。

 その事実に俺は大いに衝撃を受けた。


「こちらで判明している情報はこのくらいですわね」

「うーむ、なんとも間口が広い……」

「それで、引き受けてくれますの?」


 料理人の行方不明事件。

 犯人はワームかどうかすら怪しい。

 それでも、断る理由がない。

 たとえワームじゃなくても、料理を作る人を、そして食事の場を汚す輩を放っておくわけにはいかない。


「やりましょう」

「ふふ、あなたならそう言ってくれると思いましたわ」

「サーモグラフィで見た人たちの資料ってあります?」

「ええ、あとで用意しておきますわ」

「お願いします」


 探偵や警察の真似ごとだけど、粘り強く行けばなんとかなるだろう。

 捜査の基本は足とのことだし。

 明日からは忙しくなりそうだ。





 休み明けの月曜日。

 昨日一杯を使って捜査してみたものの、目立った成果は得られず。

 これで容疑者の半分以上はつぶしたことになるけど。

 なんにしても今は昼休みだ。

 教室を出て生徒会室へ向かう最中。

 最近昼飯時に行ってなかったしな。

 あの会長でも、俺の料理をおいしそうに食べてくれるのは見てて気持ちがいい。


「……で、なにこれ?」


 弁当の包みをぶら下げて辿りついた生徒会室。

 ドアには貼り紙。

 そこにでかでかと書かれていたのは……


『須賀くん立ち入り禁止』


 何故、俺?

 いや、他の人だったら納得できるというわけでもないけど。

 よくここに出入りする人の中に、須賀は俺しかいないはずだ。

 なんでこう、ピンポイントでバリア的な感じで締めだされてるのか。

 なにか俺を陥れる策でも練っているのだろうか。

 ……ありえないと言えないところが恐ろしい。

 とりあえず入ってみるか。

「会長、なんかあったんですか?」

「うわひゃっ」


 素っ頓狂な声が響く。

 もしかして会長か?

 入口からでは誰の姿も確認することができない。

 少し進むと、ちょうど死角になる位置に会長を見つけた。

 机に突っ伏している。


「……なにやってんですか」

「見ての通りお昼寝よ」

「そうですか」


 端的に言って、怪しい。

 ただ昼寝するだけなら素直に鍵をかければいいのに、何故か俺だけ立ち入り禁止。

 疑ってくださいと言わんばかりだ。


「……なんか隠してます?」

「そんなわけないわよ」

「そうですか」


 声は平然としている。

 だが体勢は変えようとしない。

 本当に眠いのかもしれないが、やっぱり怪しい。

「ところで、須賀くんはなにか用事でもあるのかしら?」

「久しぶりにこっちで昼飯でもと思ったんで」

「こ、ここでお弁当を?」

「はい。会長はもう昼は済ませました?」

「済ませたわ。もう光の速さでね」

「どういうことですか、それ」


 もはや意味不明だ。

 なんか今日の会長は色々おかしい。

 おかしなものでも食べたのだろうか。

 詮索は……やめておこう。

 そっとしておいた方がいい気がする。


「まぁせっかくだし、お茶でも淹れようかと思いますけど、いります?」

「……いただこうかしら」

「りょーかい」


 弁当を置いて、戸棚をあさる。

 いつもは紅茶だが、今の気分的には緑茶だ。

 そっちの方が弁当にも合う。


「あ、そういえば急用があるんだった」

「え、かいちょ――」

「悪いけどもう行くわね」


 振り返ると会長は既に部屋の外。

 ……なんなんだ、本当に。





「あー、危なかった」


 校門を出て久は一息ついた。

 想像以上に疲労がたまっている。

 昼休みの一件以来、相手に気取られぬように行動していたためだ。

 とは言っても、出くわす可能性があるのは授業の合間の休み時間。

 それも一年と三年では場所が離れていて、時間も短い。

 その気苦労の大半は不要であると言えた。


「こんにちは、上埜さん」

「美穂子……向こうで待ち合わせの予定じゃなかった?」

「暇だったから来ちゃいました」

「あなたねぇ……」


 バス停で二人は一足早い合流を果たす。

 美穂子の学校からここまでは、それなりに距離がある。

 バスで来たのなら料金がかかるし、徒歩で来たにしても手間と時間がかかる。

 自分の苦労を顧みないところは、出会ったころから変わらない。


「まぁいいわ。せっかくだし一緒に行くとしますか」

「バス、乗ってきます?」

「今日は少し涼しいし、歩いていきましょ」

「はい」

 いつもは後輩を連れて買い出しに行く道を、友人と歩く。

 この後は料理の材料を買って、久の家で練習に取り掛かる手はずだ。


「今日はなにを作ります?」

「私の意見は気にしなくてもいいのよ。習う立場なんだし」

「でも、作りたいものを作るのがいいと思いますよ?」

「とは言っても、ねぇ」


 メジャーな料理を並びたてるも、単純に量が多い。

 片っぱしから作っていったら料理の腕も上達するが、久は学校を去っているだろう。

 だから、絞る。

 相手の好みは……わからない。

 好き嫌いをしているところを見たことがない。

 レパートリーは幅広いようだし、この分野に関しては平等だ。

 なら、弁当のメニューを思い浮かべる。


「和食……」


 強いて言うのなら、それだ。

 それだけでまとまっているわけではないものの、和食っぽいものが多い。

 そのカテゴリー内で考える。

 真っ先に思い浮かんだのは煮込み料理。

 男の胃袋を掴むというフレーズも一緒に。

「に、肉じゃが、とか?」

「……いいですね!」

「そ、そう? 我ながら安直だと思うけど」

「言い換えれば王道ですよ。早速材料買いに行きましょうね」

「そうしましょうか。今日もお願いね?」

「はい」


 目的地のスーパーまでもう少し。

 買い物袋をぶら下げた人たちが雑踏に混じる。

 そしてその喧騒を上塗りするように、怒号が響いた。


「こんなもの食えたものではないわっ!」


 道行く人はその声に立ち止まる。

 それは久たちも例外ではなく、立ち止まって騒動のもとへ目を向けた。

 定食屋の前に人だかり。

 興味を引かれた久は、人をかき分けて進んでいく。


「あ、上埜さん」

「ちょっと待ってて」


 そして店の中を覗きこむ。

 そこには果たしてというか、予想通りの光景があった。

 着物を着た初老の男性と、委縮してる従業員たち。

「まず、カツに火が通りすぎて肉が硬い。そして味噌汁の味と食材の不調和……」


 初老の男性が食べかけの料理に指差しては、問題点を並べ立てる。

 料理人と思われる男性はうつむいたまま黙って話を聞いている。


「そしてなにより、米の水分が足らん! 主役がこれでは全てが台無しだっ!」

「ひいぃ!」


 卓上がなぎ払われ、皿や器が宙に舞う。

 それらは地面に落ち、陶器が割れる音を響かせた。

 そして散乱する料理を、初老の男性は踏みつけにして唾を吐いた。


「不出来な料理を出すぐらいなら、こんな店は畳んでしまえ」


 そう言うと、踵を返して入り口……久のいる方へと向かってくる。

 従業員たちは言葉もなく見送るのみ。


「ちょっと、いいかしら?」


 だが、久だけはこのまま通す気はなかった。

 ここで見過ごすようだったら生徒会長をやってないし、今ごろ美穂子とも一緒にいない。

 それに、自分の後輩だったらどうするか。

 そんなことが、頭をよぎった。

 少なくとも、誰かが作った料理を踏みにじる輩を前に、黙ってはいない。

「なんだお前は?」

「通りすがりの生徒会長よ」

「……くだらん。そこをどけ」

「料理を粗末にする人の言うことを聞く気はないわ」

「不味い料理に何の意味がある? 私はそれを許せないだけだ」

「それはあなたの視野が狭いだけでしょ」

「料理のりの字も知らん小娘が……よくほざく」


 男は嘲笑うようにそう言った。

 今の久を形成する上で、欠かせない要素がもう一つ。

 それは、煽り耐性のなさ。


「……言うじゃない」

「それとも、お前が非の打ちどころもない料理を作ってみせるとでもいうのか?」

「いいわ、やってやろうじゃない……!」

「言ったな? ならば一週間後、この店でお前の料理を試してやろう」

「吠え面をかくのはどっちかしらね?」

「ふん、せいぜいあがけ」


 久を押しのけて男は店の外に出ていった。

 人だかりが割れ、自然と道ができる。

 男とすれ違うように美穂子が駆け込んできた。


「上埜さん、大丈夫ですか!?」

「ええ……大丈夫、だけど」

「言っちゃい、ましたね」

「言っちゃったわね……」





 休日の街を歩く。

 今日も今日とて調査に明け暮れている。

 容疑者の数は残り少ない。

 このままでは犯人が見つからないかもしれない。

 そんな考えが浮かんでくる。

 そもそも調査が甘いのか?

 ピックアップした容疑者の中に犯人がいない可能性だってある。


「……警察や探偵って大変だな」


 あくまでドラマや小説のイメージでしかないが。

 それにしたってこんなことを続ける人たちには脱帽だ。

 さて、次は……

 携帯のメモを開く。

 チェックが付いてないのはあと三件。

 今日中に終わりそうだな。

 まぁ、とりあえず全部調べてから後のことを考えよう。


「須賀さん、こんにちは」

「福路さんじゃないですか」


 聞き覚えがある声に振り返ると、エコバッグをぶら下げた福路さん。

 なにを買ってきたのかはわからないが、単純に量が多い。

 半ば強引に荷物を受け取る。

「持ちますよ。近くのバス停まででいいですか?」

「あ……すいません、お願いします」

「任せてください」


 申し訳なさそうに福路さんは頭を下げた。

 世話をする側の人だから、こうやってなにかをやってもらうのは慣れてないのかもしれない。

 でも我慢してもらおう。

 そうやって見過ごすのは俺が我慢できない。


「それにしても、これほとんど食材ですよね?」

「はい。わかります?」

「まぁ、買いものとかも自分でしてるんで、持った感じで大体」

「すごいですね!」


 すごいと言われても、自分では正直よくわからない。

 福路さんのことだから本音だとは思うけど。

 ……褒められて悪い気分はしないな。


「量、多いですね。パーティーかなんかですか?」

「えっと、それは……」


 視線をさまよわせる福路さん。

 どうも様子がおかしい。

 その原因にはさっぱり見当がつかないが。

「りょ、料理の練習ですっ」

「なるほど」


 どうやらそういうことらしい。

 やっぱり料理ってのは日々の研鑽が重要だからな。

 俺だって毎日作ってるし、福路さんも例外じゃないのだろう。

 努力してるところを見られたくない人もいるからな。


「偉そうなこと言えたくちじゃないですけど、頑張ってください」

「あ、ありがとうございます」


 胸をなで下ろして安心している様子。

 俺が努力を笑うとでも思っていたんだろうか?

 まぁ、この人に限ってそれはないよな。


「よく学校にサンドイッチとか作ってきてくれますけど、あれ本当においしいですね」

「そんなに気に入りました?」

「毎日食べたいぐらい……ってのは大げさかな?」

「――っ」


 返事がない。

 福路さんは固まっていた。

 口をおさえて目を見開く表情。

 驚いているのか?

「福路さん? もしもーし」

「はっ」


 顔の前で手を振ってみると、再起動。

 でも俺から顔を背けてしまった。

 ……もしかして、なんかまずいこと言ったか?


「あの……毎日は無理ですけど、休日の昼とかになら……」

「いや、実際にそこまで迷惑もかけられないというか……まぁ、お菓子作りを教えてもらう時のついでなら」

「わかりました。今度作っていきますねっ」


 なにやら意気込んでいる。

 すごいレシピでも思いついたんだろうか。

 これは俺も負けてられないな。

 帰ったら新しい料理にでも挑戦してみよう。

 そうこうしている内に、バス停が近づく。


「着きましたね」

「ありがとうございます。とても助かりました」

「まぁ、移動のついでですから」

「なにか用事があったんですか?」

「大したものじゃないですけど」

「時間使わせちゃいましたよね。ごめんなさい、思い至らなくて……」

 福路さんは目を伏せて、申し訳なさそうに頭を下げた。

 ……やっぱり他人に気を使い過ぎだ。

 会長だったら軽く流すだろうに。

 でもまぁ、これがこの人の良いところでもあるんだよな。


「そう気にしないで。時間に縛られてるわけでもないですから」

「そう、なんですか?」

「それに……こうやって福路さんと話す時間を無駄とは、俺には言えないですね」

「そ、そうですか」


 今度は顔を伏せてしまった。

 やっぱり今日は様子がおかしいな。

 ……よし。


「じゃあ、この食材からなんの料理かを当ててみせますよ……これは――肉じゃがだ」

「すごい! 中身も見てないのにどうしてわかったんですか!?」

「企業秘密ってことで」


 簡単に言えば、さっきやったことの発展形だ。

 タマネギの匂い、ジャガイモの土っぽい臭い。

 ずっしりとした重さは牛肉で、袋に詰まった水のような感触は糸こんにゃく。

 これらの材料だったら大体肉じゃがだろう。


「俺ぐらいになるとこのぐらいは容易いもんです」

「ふふ、本当にすごいんですね」

「いやいや……あ、バス来た」

「……お別れですね」

「じゃあ、また今度」

「はい、また今度です」





「あー、収穫なしかぁ」


 自室でうなだれる。

 福路さんと別れた後に調査を開始したものの、結局有力な情報は得られず。

 最後に残った容疑者の中にも目ぼしい人物はいなかった、

 一応さし障りのない範囲でゼクトルーパーたちにも協力してもらっているが、こっちも収穫なし。

 とりあえず一度龍門渕さんに連絡するべきか?

 携帯を弄びながら天井を見上げる。

 宙に放っては、キャッチ。

 それを繰り返していると、携帯の画面が光る。

 少し遅れて振動。

 電話が来た。

 相手は……清水谷さん。

 こんな遅くになにかあったのか?


「もしもし」

『お、ほんまに出た出た。京ちゃーん、うちやうち』

「オレオレ詐欺だったら間に合ってます」

『なんやつれへんなー。まぁええか……怜ちゃんやでー』

「そりゃ声聞けばわかりますけど……なんか用ですか?」

『用がないと電話したらあかんの? 乙女心が傷ついたー』

「だってそれ清水谷さんの携帯でしょ」

『てへ、ばれてた?』

「非通知じゃなきゃそりゃ一発でばれますよ」

 その人だと思って電話に出たら違う人だったというのは、あまりないだろう。

 ましてや携帯だったらなおさらだ。

 まぁあの二人のことだから、そんな物騒な事態ではないと思うけど。


『非通知かー、盲点だったわー』

「いや、盲点じゃなくて要件お願いします」

『京ちゃん冷たいー。これから寒うなってくるから心は暖かくせなあかんで?』

「ちなみに心が暖かい人は手が冷たいらしいですよ」

『うちは京ちゃんが手も心も暖かいひとだって信じとるから』

「なんですかその信頼は」


 本当になんのため電話してきたのやら。

 この人のことだから特に用事はないのかもしれない。

 でも人の携帯使ってるしな……


「それで、今日はなんかあったんですか?」

『んー、暇だったから電話したみたいな?』

「本当になんも用事ないのかよっ」

『だからさっき言うたやろ』

「いやいや、なんで清水谷さんの電話使ってんですか」

『んー、なんとなく?』

「なんですかそれ」

『まー、うちと竜華の仲やしな』

 そもそも理由になってない。

 それにしても、携帯を自由に使わせるとか仲が良すぎだろう。


「自分の携帯使えばいいじゃないですか」

『せやけど、何気なしに竜華の携帯開くやん?』

「何気なしにプライバシー侵害ですよ」

『したら発信履歴でうちを抑えて京ちゃんがトップなもんやから、ついな』


 いや、ついじゃないよ。

 そう突っ込みたくなったが、園城寺さんよりも多く俺に電話をかけているというのも意外だ。

 確かに、朝飯作ってる最中や晩御飯が済んだあとにちょくちょくかかってくるけど。

 ……そう考えると結構多いな。


『まぁ、京ちゃんの言うことももっともやし、次は自分の携帯使って――』

『怜ー、お風呂あいたでー』

『あかん、竜華がこっちくる……!』

「いや、やっぱり許可もらってないのかよっ」

『ほな、またなー』


 無機質な音が通話の終了を告げる。

 ……本当になんだったのだろうか?

 てか、園城寺さんは清水谷さんの家にお泊まりか。

 仲良いな、本当。





 そして翌日。

 今日も休みだが、調査は続行だ。

 容疑者は全て調べたが、今度は別の面からアプローチする予定だ。

 今度は対象を絞る。

 雑誌の関係者から、取材を受けた料理人へ。

 多分龍門渕さんがワームの餌食にならないよう、手をまわしていると思う。

 でも、その人たちから話は聞いてないようだし、あたる価値はある。

 それじゃ、今日は料理屋巡りと行きますか。

 でも、一人でってのもなんかつまらない。

 ……だれか誘おうかな?



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 今回から選ぶ枠を二人分に増やします

 同じ人を選んでもOKですが、同時にコンマで判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6,7だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6,7だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・清水谷竜華(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)


>>+2
>>+3


んじゃ、いったん終了

二週間空けずに更新って久しぶりのような気が
とりあえずもうちょっとしたら投下します




>>清水谷竜華
>>松実玄



 誰を誘うかで真っ先に思い浮かんだのは松実先輩。

 思えばこの前のことを謝っていない。

 先輩は気にしていないかもしれないが、俺はそうしたい。

 お姉さんのこととか色々あるが、いつまでも顔を合わせないわけにはいかない。

 そうと決まれば電話帳から番号を呼び出し、電話をかける。

 数回のコール音の後、先輩が電話に出た。


『もしもしっ、京太郎くん!?』

「うおっ」

『京太郎くん、京太郎くんだよねっ』

「そ、そうですけど……なんかありました?」

『良かったよぉ~』


 電話の向こうの先輩は、やたら大げさに息を吐き出した。

 よっぽど心配していたようだ。

 俺からしたらその理由をいまいちはかりかねているのだが。


『だって京太郎くんこの前から様子おかしいし、学校でも会えなかったし……』


 スピーカーから聞こえる声は震えていた。

 ひょっとしたら泣いているのかもしれない。

 先輩が友達思いなのか、俺の存在が先輩にとって軽くはないのか。

 どちらかはわからないが、先輩への罪悪感が重みを増した。

 それは口を縫い付けたかのように重くして、言葉が出ていくのを阻む。

 だが女性を泣かせることは、男がやってはいけないことの一つ。

 やってしまったのなら、なんとしてもそれを止めなければいけない。

「先輩、俺はどこにも行きませんよ」

『ふぇ?』

「寂しくなったら電話でもなんでもしてください。飛んでいきますから」

『……本当?』

「俺が嘘を言うと思います?」

『冗談だったらいつも言ってる気がするよ……』


 信用ねー。

 俺ってそんな冗談言ってたか?

 ……たしかにちょくちょくからかっている気はするな。


『でも、京太郎くんだったら信じられるよ』


 鼻をすする音。

 それを皮切りに先輩の声は明るさを取り戻していく。


『だって、本当に大事な時はちゃんとしてくれるから』

「本当に大事な時、ですか」


 それはもしかすると、海での一件のことだろうか。

 清水谷さんがそうしてくれたように、俺も先輩に何らかの影響を及ぼした。

 そういうことなんだろうか。

 なんかむずがゆいが、悪い気分じゃない。

「まぁ、最近忙しくてちょっと顔出せなかったんですけど、心配かけたみたいですいません」

『私の方こそ、もしかして嫌われたーとか思って連絡取れなかったから』

「なに言ってんですか。俺が先輩嫌うわけないでしょ」

『そうなの?』

「もちろん。それに、先輩の笑ってる顔とか普通に好きだし」

『なるほどなるほどー、私の笑顔が……って、えぇえええええええっ!!?』


 咄嗟に携帯を耳から離す。

 その直後に響く大絶叫。

 ……危なかった。

 回避できたのは、前にも似たようなことがあったからだ。

 そしてこの後の展開も大体。


『しっ』

「失礼させませんよ」

『先回りされたっ!?』

「同じようなやりとりしたの忘れました?」

『うぅ……』


 離脱しようとするところを、機先を制して引きとめる。

 観念したのか、先輩は電話を切らずにうめき声を上げた。

 これで逃げられる心配はなさそうだ。

「本題に入りますけど、今日暇ですか?」

『暇だけど……え、これってもしかして……』

「なら一緒に出かけません? お詫びと言ってはなんですけど、食べ歩きとかどうかなーって」

『やっぱりっ、デ、デデデデデートぉー!?』


 耳を襲う大音響。

 今回は回避しそこねた。

 残響が耳の奥でキーンと暴れまわる。


「先輩、落ち着いて……!」

『だってデートだよデート! どうしよう、私初めてだよぉ』

「まぁ、そういう捉え方もできますね」


 いや、そのカミングアウトはなんなんだ。

 初めてってことは、初体験ってことか?

 いやいや落ち着け。

 俺が動揺してどうするんだ。


「……コホン。それで先輩、どうします?」

『行くよ、行く行く!』

「じゃあ時間は十一時で、場所は……学校近くのバス停でどうですか?」

『うん、私頑張るから!』

「お、お手柔らかに」

 通話が切れる。

 先輩は元気を取り戻したようだった。

 少し気圧されてしまったが、良いことに変わりはない。

 さて、どの店からまわろうか。

 デートプランに頭を傾けようとして、ふと不安がよぎる。

 電話越しでは普通に話せていたが、先輩と向かい合って話せるだろうか?

 俺はともかく、先輩には絶対に不安な思いをさせたくない。

 誰か他に先輩の注意を引けるような人がいれば……

 そんなことを考えていると、見計らったように携帯が震えだす。

 表示された名前は清水谷さん……今度は本人か?


『昨日、怜となに話してたん?』

「いきなりなんだよ」

『勝手にうちの携帯使ってたみたいやから、京太郎がなんかやったのかなーって』

「いやその理屈はおかしいだろ」


 俺の知り合いからの信頼度はどうなっているのか。

 そもそも電話をかけてきたのは園城寺さんのはずだ。


『まぁ、そうやろうな』

「わかってるならなんだって電話してきたんだよ……」

『用事がなくちゃあかん?』

 用事がないと言ったか。

 理由が園城寺さんともろ被りだ。

 親友だけに似てる部分もあるとでもいうのか。


「いけなくはないけど、これから俺に用事があるんだ」

『どっか出かけるんか?』

「この前話した調査。働き者だろ?」

『自分で言うたらあかんなぁ』

「ま、それもそうか」


 時計をちらりと見る。

 九時すぎ。

 時間に余裕はあるが、少し考え事がしたい。


『実のところな、その調査手伝えるかなー思て電話したんやけど』

「手伝いね……」

『どうやろか?』


 人手が増えれば、それだけ早くことが済む。

 二手に分かれて当たる件数は半分になる。

 悪くない申し出だ。

 でも、それより頼みたいことをたった今思いついた。


「だったら、一緒に食べ歩きでもしないか?」





 わずかに曇った空を見上げ、松実玄はバス停のベンチに座った。

 約束の十一時まで後三十分。

 少し早いかとも思ったが、玄は待つことになれていた。


「あうぅ、緊張するよ……」


 左を向き、右を向き、待ち人がいないことを確認する。

 胸に手を当てて、玄は息を吐き出した。

 鼻歌まじりで服を選んでいたはずなのに、家を出て歩いてここまで来ると事態は変わっていた。

 約束の時間と場所が近づくにつれ、髪や服は大丈夫だろうか、とかそういう不安が首をもたげるのだ。

 しばらくそわそわしてから再び時計を見ると、十時四十分。

 約束の時間の二十分前。

 玄は再び辺りを見回す。

 休みの日だからか、今の時間帯はちょうどバスがない。

 そのため、ぱらぱらと人は通るものの、バス停に近づこうとするものはほとんどいない。

 玄と、横断歩道を渡って来る二人の少女を除いて。


「りゅーかぁ、まだ二十分前やん。もうちょいゆっくりしとっても良かったんちゃう?」

「時間に余裕持っとった方がええやろ。怜は寝てても良かったんやで?」

「むぅ、抜け駆け禁止ー」

「ちょ、だから違う言うとるやんっ」

「朝一で携帯チェックしといて良かったわー」

「人の携帯勝手に見るのやめぇや」

「まぁまぁ、うちと竜華の仲やろ?」

「もう誤魔化されへんからなっ」

 まず玄の目に入ったのは、二人組の髪の長い方の胸部。

 服の中に収まってなお主張するそれは、おもちハンターの興味を引くには十分すぎた。

 自然に手がわきわきと動き出す。

 そして次にその顔が視界に入り、玄は首をかしげた。

 会ったことがあるような……

 靄がかった感想。

 それは二人がさらにバス停に近づき、顔が良く見えるようになると、すっかり晴れていた。


「あれ、玄ちゃんやん」

「清水谷さんに園城寺さん、ですよね」

「おー、乳揉みの人かー」


 玄が気付くと同時に、清水谷竜華と園城寺怜も気が付いた。

 奇遇というふうに声をかけてくる竜華に対して、玄は拳を握って自分を律する。

 海の一件で知り合いになった二人、

 会って早々片方の胸に突撃し、友人にしばかれたのを思い出していた。

 今も約束とか待ち合わせとかがなければ、真っ先に飛びつく自信すらある。


「玄ちゃんもこれからお出かけ?」

「そう、ですのだ」


 玄の隣に竜華が座り、その隣に怜が座る。

 手を伸ばせば届く位置でふるふると震えるおもち。

 その誘惑を断ち切るため、玄は両目をつぶった。

「なんや、あんた具合でも悪いんか?」

「これはその……心を落ち着けるためといいますか」

「まさか……心眼!?」

「怜、アホなこと言っとらんで」

「まぁ、それはむしろ竜華やからなぁ」

「それどういう意味なん?」

「んー別世界の記憶的な?」

「もう、わけわからんこと言って」


 二人の会話には耳を傾けず、玄は誘惑と戦う。

 閉ざされた視界の中で、一心不乱になにか別のものを思い浮かべる。

 それは待ち人や姉の顔だったり今日の朝食だったりしたが、最終的にはなぜかおもちに変化した。


「――って、違うよぉ!」

「ひゃっ、玄ちゃん!?」

「いきなり大声出さんといてーな。心臓止まるかと思ったわ」

「す、すみません」

「大丈夫なん?」

「全然大丈夫ですっ」

「無理したらあかんで?」

「はいっ」

「なんか竜華が取られた気分……」

 怜の恨めしそうな視線。

 それを感じた玄は身を縮ませた。

 見えずとも伝わって来るものはある。


「そう怯えんでもええやん。じょーだんやっちゅうに」

「本当に冗談、なんですよね?」

「うちは心が広いからなー。ところで、誰か待っとるんか?」

「はい、絶賛待ち合わせ中なのです」

「ほんまに? 玄ちゃんもうちらと同じやな」

「清水谷さんたちもここで待ち合わせですか?」

「そうやで。こんな偶然もあるんやなぁ」

「そうですねー」


 玄と竜華は笑いあう。

 緊張がほぐれ、和気あいあいとした空気が広がり始めていた。

 だが、それにのまれず状況を冷静に見てる者が一人。

 怜は疑問を吐き出した。


「なぁ、その待ち合わせ相手って、京ちゃん?」

「はい、京太郎くんと待ち合わせ中です」

「そないなとこまで一緒なんて、うちらほんま気が合う……へっ?」

「えっ?」

「……やっぱなー」





 学校までの道のりを歩いて進んでいく。

 いつもは自転車通いだから、今日は時間に余裕を持って家を出ている。

 ゆっくり流れる景色を眺めていると、バス停が見えてくる。

 待ち合わせ時間の十五分前。

 二人はもう来ているだろうか。

 近づくとベンチに座る人影。

 どうやら俺がビリのようだ。

 駆け足で急ぐ。


「二人とも待たせ――」

「……」

「うぅ……」

「じとー」

「……なにこれ」


 待ち合わせ場所は異様な空気に包まれていた。

 なにが起こったのか、負のオーラが漂っている。

 清水谷さんは目を吊り上げて無言でこちらを凝視。

 先輩は悲しげに目を伏せている。

 そして何故かいる園城寺さんは、効果音を口に出しながらの半眼視。

 大方、清水谷さんにくっついてきたのだろう。

 いても困ることはないから、別に構わないけど。

「えーと、今日はどういう集まりでしたっけ?」

「なに言うとるんや。京ちゃんが呼んだんやろ」

「それはそうだけど、これから吊るし上げが行われそうな雰囲気が……」


 主に清水谷さんの体から発せられている。

 なんてことを言える空気でもない。

 どうするよ、これ。


「ちょい聞きたいことがあるんやけど、ええよな」

「お、お手柔らかに」

「どうやろなぁ、京ちゃん次第やない?」

「京太郎くん、信じてるから……」

「とりあえず、座りぃや」


 促されてベンチに座る。

 すると三人が立ちあがり、俺は各々の顔を見上げる形になった。

 一体なにが起こるんだ……?


「京太郎……まず、なんでこないな状況になっとるのか、わかる?」

「正直わかりませんっ」

「おうおう、なんでも威勢よく言えばええわけやないんやで?」


 園城寺さんが身を乗り出し、ヤのつく自由業みたいな口調で俺の頬をぺちぺちと叩く。

 そして、次の瞬間には清水谷さんに引き戻されていた。

 ……この小芝居はなんなのか。

「いきなり引っぱるのはあかんよ。おかげで首がぐぇってなったやん、ぐぇって」

「話ややこしくなるからおとなしくしとき」

「まぁもう手遅れやな。それよりうちの言論の自由返せー」

「もう、ふざけとるとちゃうんやで?」

「あんま深刻にとらえてもしゃあないと思うけどなぁ」


 案の定というかなんというか、話が進まない。

 急いでいるわけではないが、状況を把握できないままじっとしているのは中々に焦れる。

 じゃれあっている二人から、先輩の方へと視線をそらす。


「……」

「……」


 互いに無言。

 先輩は悲しげに笑った。

 ……どうしよう。

 なんか物凄く悪いことをしてる気分になってきた。


「……コホン、じゃあ話を戻すで」

「軌道修正にえらい時間かかったなー」

「誰のせいやと思う?」

「竜華、また脱線してまうで?」

「わかっとるわっ」

 二人の視線が俺に戻って来る。

 ひとまず、俺と先輩の間の気まずい空気は流れていった。

 助かった……のか?


「えっと、玄ちゃんと待ち合わせてたのは本当なん?」

「ああ、そうだけど」

「そんで、竜華とも約束してたんやな?」

「人数が多い方が楽しいと思いまして」

「そう、だったんだ……」

「先輩?」

「……むぅ~、京太郎くんなんかもう知らないのです!」

「は?」


 先輩がふくれっ面になり、顔をぷいっとそらした。

 もしかして、怒ってるのか?

 ころころと表情を変える先輩だが、怒ったところは記憶にない。

 もしかしなくてもやらかしてしまったようだ。

 そういえば、他に人が来るって言い忘れた気が……


「まぁ、こんなことやろうとは思っとったけどなぁ」

「とりあえず京太郎、歯ぁ食いしばりぃや……!」


 清水谷さんがにっこりと笑ったまま手を振り上げる。

 直後に乾いた音が響き、俺の頬に人生二度目のもみじマークがつけられた。





 街中を歩く三人と一人。

 一人は俺で、三人はそれ以外。

 先行する三人に俺が追従する形だ。

 あの後素直に謝ってなんとか許されたのだが、費用は全部俺持ちということになった。

 それはまぁいい。

 色々考えたけど、悪いのはどう考えても俺だ。

 財布がピンチになりかねないが、多分ギリギリなんとかなるだろう。

 ……多めに持ってきておいてよかった。


「へー、玄ちゃんも料理作るんやな」

「お母さんや京太郎くんとかに比べたらまだまだですけど……」

「じゃあ今度一緒に作ろか」

「うちは試食係として随伴しますー」

「働かざる者食うべからずやで? 皮むきぐらいはできるやろ」

「ぶーぶー、竜華最近厳しいー。うちの病弱設定覚えとらんの?」


 園城寺さんの得意技、病弱アピール。

 一歩間違えれば冗談にならなさそうなあれだけど、最近は元気そうだ。


「最近はこうやって出かけられるぐらい安定しとるやん」

「設定言うたとこに突っ込んでほしかったんやけど」

「園城寺さん、体悪いんですか?」

「まぁ、入院する程度にはな」

「ご、ごめんなさい。軽々しく聞いちゃって」

「入院言うても検査入院やから。そない気にされると逆に肩こりで死んでまうわ」

「わかりましたっ、じゃあ気にしないよう気をつけます!」

「あはは、やっぱ玄ちゃんかわいいー!」

 清水谷さんが先輩に抱きつく。

 なんかすごい気にいられてるな。

 いきなり抱きつかれて面食らってるが、同時に押しつけられたおもちの感触も楽しんでいるな、あれ。

 俺が先輩の同類だからわかるとかじゃなくて、単純に口もとが緩んでるからだ。

 手も怪しい動きを始めたし。

 ……そろそろだな。


「……てい」

「はうっ」


 本格的な活動を始める前に、後ろから軽くはたいておもちハンターを鎮める。

 これが後ろを歩く俺の役割だった。

 だってガールズトークの中心に割り込むとか正直怖い。

 今までも散々被弾してきたからな。

 流れ弾が飛んでくる可能性もあるけど。


「ところで、二人には好きな相手とかおらへんの?」

「ちょっ、怜!」

「はうあっ」

「危ねっ」


 前の三人の足が止まる。

 俺もぶつかりそうになりながらもブレーキをかける。

「だって女子同士の恋バナは定番やん」

「それにしたって、その……タイミングがあるやろっ」

「そ、そうですよっ、京太郎くんの……じゃなくて、こんなとこで話す内容じゃ……」


 先輩も清水谷さんもこっちをちらちら見ながら抗議している。

 俺がいたら話しにくいのも当たり前か。


「なら店の中ならええの?」

「そういう問題でもないですけど……」

「怜、玄ちゃん、ちょいこっち」


 清水谷さんが二人を引きよせ、俺から距離をとる。

 仕方ないとは思うが、ちょっぴり疎外感。

 これが女子社会で言うところの男子禁制フィールドか。


「あんなぁ怜、そういう話はうちらだけのときでええやん」

「その、京太郎くんの前でする話じゃないかなーって」

「まぁバレバレやけど、やっぱ二人とも京ちゃんに気があるんやなぁ」


 声をひそめてるだけあって、さすがに話の内容は聞き取れない。

 こうもあからさまだとすごい気になる。

 少しにじり寄ってみるも、清水谷さんの眼光で撤退。

 やっぱりそっとしておこう。

「でもえらい消極的やん。ターゲットは並の鈍感やないんやで?」

「それは……」

「そんなんようわかっとるわ」


 三人が俺をじっと見つめる。

 そして同時にため息。

 最近はそれが流行っているのか?

 このパターンはまた鈍感だとけなされるあれだ。

 ……俺がため息をつきたい。


「もっとアグレッシブにいった方ええんやない? 胸押し付けたりとかな」

「えぇえええっ、は、恥ずかしいよぉ」

「そ、そないはしたない真似できへんっ」

「海で会った東横さんなんかやばいで? ことあるごとに京ちゃんと腕組もうとするからなぁ……あの胸で」

「たしかにあのおもちで迫られたら、さすがの私でも即死なのです……」

「ま、てなわけでやな……お先っ」


 男子禁制フィールドから抜けだした園城寺さんが駆け寄ってくる。

 他の二人は、なにが起こったのかわからないというふうな顔をしている。

 かくいう俺もまったく事態を飲み込めていないわけだが。


「京ちゃーん、つーかーれーたー」

「え、園城寺さん?」

「「ああああああっ!!」」

 華奢な両腕が俺の左腕に絡みつく。

 そして押しつけられる結構ある胸。

 前みたいに水着じゃないだけマシだが、まだまだ薄着の時期。

 正直言って、やわらかいです。

 心拍数が上がってきた。


「はよ店入ろか。まずどこいく?」

「あ、あそこのイタ飯屋ですけど」

「おー、イタリアンか。ピザ食いたいピザ」


 園城寺さんは俺の腕を引っぱって進もうとする。

 二人をほっとくわけにもいかないので、振り返って呼びつける。


「清水谷さん、先輩」

「あっ……こらー、離れろー!」

「待ってよー」

「うちは二人きりでも全然かまへんけどな」


 そんなこんなで入店。

 トマトソースやニンニク、チーズなど、食欲を刺激する匂いが出迎えた。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「ふた……四人や」

「かしこまりました。それではこちらにお掛けになってお待ちください」

 指し示された長椅子に座る。

 まだ昼前だが、少し混んでいる。


「……ところで、いつまで腕組んでるんですか?」

「んー、飽きるまで。それとも、うちの胸じゃ足らんの?」

「いや、十分やわらか……じゃなくて、そういう問題じゃないでしょ」


 客観的に見てどうなんだろうか。

 女の子三人を引き連れ、そのうち一人と腕を組んでいる。

 俺が見たら呪わない自信はない。


「怜はこっちや」

「あーれー」

「し、失礼します」


 園城寺さんが引き離され、俺の両サイドに先輩と清水谷さんが陣取る。

 そして二人ともおずおずと俺の腕をとると、控えめに自分の腕を絡めた。

 おもちサンドイッチ。

 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 新手の精神攻撃だろうか。

 顔が熱くなってきた。


「なにこれ?」

「う、うちもちょい疲れたー」

「えっと、私もー」

 いや、座っているのに俺に寄りかかる必要がどこにある。

 背もたれがちゃんとあるんですけど。

 そりゃ、左右のクッションは素晴らしいとは思うが。


「しゃあないなぁ、じゃあうちはここで」


 捲土重来とでも言うべきか。

 一度追いやられたはずの園城寺さんが、今度は俺の膝上に収まった。

 かくして完全に身動きを封じられたかたちになる。


「いや、なにこれ」

「隣がダメなら上に乗っかってみましたー的な? これもダメ?」

「アリかナシで言えばアリですけどもぞもぞ動かないでっ」

「ふふん、このままいったらどうなるんやろなー?」

「あーもう……でぃやっ」


 左右の誘惑を払いのけ、園城寺さんを抱えて立ち上がる。

 海の時の二の舞はごめんだ。

 それにしても軽い……ちゃんと食べてるんだろうか。

 丁重に俺が座ってた場所に下ろす。


「ちょっと用たしてきます」

「うん、わかったよ」

「早めに戻ってくるんやで」

「うちの妄想だったら許したるわ」

「と、とにかく行ってきます!」





 トイレに行くと見せかけてSTAFF ONLYの扉へ。

 整然としたバックヤード。

 巨大な業務用の冷蔵庫がある。

 厨房はこの先か。


「お客様」


 奥のドアに向かおうとすると、後ろから声をかけられた。

 この店の制服に袖を通した女の子。

 多分アルバイトだろうな。

 少しばかり困惑しているようだ。

 自分で言うのもなんだが、こうも堂々と入ってくるやつがいたら面食らうのも無理はない。


「すいません、トイレ探してたら迷っちゃって」

「そ、そうでしたか……トイレはこちらです」

「あ、親切にどーも」


 店員の先導に従う。

 入ってきた扉から出てすぐの場所にトイレがあった。


「知り合いから聞いたんですけど、この店が最近雑誌の取材受けたって本当ですか?」

「たしか先週、そんな人たちが来てたみたいですけど……」

「それじゃ、他になにか変わったとこなんかあります?」

「他に、ですか」

 言葉を濁すように、店員は口ごもった。

 なにか言いにくいことがあったのだろうか。


「……実はこの前、雑誌の取材を受けたちょっと後ぐらいかな? 料理評論家の人が来たんです」

「料理評論家、ですか」

「腕はたしかみたいですけど、ちょっと言動が厳しいことで有名みたいで……」

「もしかして、料理のことをけなされた、とか?」


 店員は悲しそうな顔をしてうなずいた。

 相当悔しかったのだろう。


「うちの店長が作った料理を、ただ一言不味いって、床に叩きつけて……」

「……」

「それで、こんな店やめてしまえって言われて……」


 店員の女の子は肩を震わせる。

 固く閉じた目の端に、涙の粒。

 知らずのうちにできた拳に、力が入る。


「……まずこの店に入った時、良い匂いがしたんです」

「……はい?」

「あれは雑然としたものじゃなく、調和した一個の作品だ。それだけでシェフの腕が良いってことがわかる」

「あ、ありがとうございます」

 女の子は戸惑いながら礼を口にした。

 ただの客に、いきなりこんなことを言われても困るだろうか。

 それでも涙は止められたようだ。


「バックヤードが綺麗なのは、客から見えないところにまで気を配っている証拠だ」

「そう、ですかね」

「そして、ここに来るまでに見かけたこの店の客たちは、食事を楽しめてるようでした」


 親子連れ、カップル、友人同士。

 そういう集まりを問わずに楽しませる料理。

 それは、作る人がそういう思いを込めているからだ。


「最後に、あなたみたいな人がいる。ここは間違いなく良い店だと思いますよ」

「……そうですよねっ、ありがとうございます!」


 今度は深々と頭を下げられる。

 ここまで感謝されると逆に照れ臭くなってくるんだけど。

 ともかく、この子が笑顔になれたから良しとしよう。

 花は全ての女性を輝かせる。

 あの人はそう言っていた。


「それじゃ、私行きますねっ」

「頑張ってー」

 女の子は元気を取り戻して走り去っていった。

 さて、俺もそろそろ戻ろう。

 トイレには入らず、来た道を引き返す。

 もともと用をたすつもりもなかったし。

 あまりあの人たちを放っておくのも心配だ。


「おもちっ、おもちですのだ!」

「うへへへ、やっぱええふとももやなぁ」

「きょ、きょうたろぉ、助けてぇ」


 胸を揉まれ、ふとももに頬を擦りつけられる清水谷さん。

 えーっと、今日はどういう集まりだっけ?

 見間違いじゃないなら、おもちと膝枕を楽しむ会かな?

 ……んなわけない。

 俺の危惧が的中しただけだ。

 先輩の気をそらすというか、そっちにばかり夢中になってしまっている。


「あんた、意外にやるやん」

「私も違う部位とはいえ、これほどの情熱を燃やす人には初めて会ったのです!」

「ふやぁぁん」


 もう色々限界だろう。

 かなり興味をそそられる光景だが、エスカレートすると店側にも迷惑がかかる。

 さぁ、おもちハンターと膝枕ソムリエからお姫様を救い出すとしよう。





「ふぃー、もう入らんわぁ」

「食べ過ぎやで? まったく、うちらの中で一番食細そうなのに」

「うぅ、私もう限界……」

「こりゃ今日の夕食は少なめだな」


 あれから店を数軒回って、俺たちはすっかり満腹になっていた。

 時刻は夕方。

 晩御飯のことも考えるなら、そろそろ解散だろう。


「もうそろ日ぃ暮れそうやけど、晩御飯も食べてく?」

「うちはもう無理や。竜華みたいに全部胸に行ったらええのになー」

「ちょっ、こらぁ」

「お、おもちっ」

「はいストップ」

「うきゅう」


 こんなやりとりが何回繰り返されたのだろうか。

 やっぱりというかなんというか、先輩の暴走は発作のように時折訪れる。

 本人も我慢しようとしてる節はあるが、俺が間に入らなければまたあの悲劇が繰り返されてしまう。

 おもちハンターの業は相当深いようだ。


「俺も晩飯の用意あるし、ぼちぼち解散ですかね」

「ちょっと名残惜しいけどね」

 そう言う先輩は微笑んでいた。

 名残惜しいということは、楽しんでくれたということだろうか。

 それなら、俺は今日一番の成果を上げたことになる。


「あー、京ちゃんの家でごちそうになるのもありやな」

「そんな迷惑……悪うないなっ、衣ちゃんとも遊べるし!」

「……やっぱなしやな」

「……そういう方向でお願いします」


 清水谷さんを不用意に家に上げるのは危険だ。

 少なくとも今の様子を見ると、そう思わずにはいられない。

 園城寺さんも同じことを考えたのか、すごく微妙な顔をしている。


「じゃあ、うちらは帰るわ。また誘ってなー。ほら、竜華も行くで」

「あーん衣ちゃんー」

「ほな、またなー」

「二人とも気をつけて」

「今日はありがとうございましたっ」


 園城寺さんは清水谷さんを引きずるように去っていった。

 やっぱりあの二人は時々立場が逆転するな。

 暴走する側と抑える側的な意味で。

 園城寺さんの場合は暴走ってより、わざとやってる感じが強いけど。

「私もそろそろ帰ろうかな」

「送っていきますか?」

「ううん、大丈夫」


 あえなく振られる。

 まぁ、心配だがしつこくするわけにもいかない。


「誘ってくれてありがとね? 初デートがお流れになっちゃったのはちょっと残念だけど」

「いや、ほんとすいません」


 その件に関してはもうなにも言えない。

 ただただ頭を下げるしかない。

 情報の伝達ミスって怖いね。

 ……はい、俺が全部悪いです。


「あ、そうだ。京太郎くんに渡したいものがあるんだけど、いいかな?」

「いいですけど、怪しいものじゃないですよね?」

「受け取ってみてのお楽しみだよ。ね、あっち向いて屈んで?」


 言われた通りにする。

 なにをする気かわからないが、少なくとも後ろから刺されたりはしないだろう。

 両肩に手が置かれ、背中に思いがけず暖かく柔らかい感触。

 そして不意の事態に振り返ろうとして……

「え?」

「んむっ」


 頬に、柔らかく湿ったものが押し当てられる。

 先輩の唇だ。

 頭の動きにストップがかかり、ついでに体も止まる。

 触れていた時間がどれくらいかはわからないが、いつの間にかその感触は消えていた。


「えへへ、いつもお世話になってるお礼、かな?」


 頬を押さえたまま振り返ると、先輩が悪戯っぽく笑った。

 その顔は赤い。

 俺の顔も多分赤い。

 だって今は夕日が差している。


「じゃあ、また学校でね!」


 先輩は手を振りながら走っていった。

 呆然としながら手を振って見送る。

 しばらくそのまま立ちつくして、頭の動きが戻ってきた。

 あれは、どういう意味だろうか?

 衣さんの時と同じく親愛の表れなのか、もっと別の感情なのか。

 正直、考えても答えが出そうにない。


「……ラッキーだったってことにしとくか」





 鼻唄が家庭科室に響く。

 その発生源である美穂子は、非常にご機嫌な様子だ。

 今、彼女の日常は充実している。

 自分を高めるために就いた生徒会長という立場。

 慕ってくれる後輩。

 長年憧れていた人との再会。


『あなたの右目、きれいね』


 そしてその人の手助けを行えているという事実。

 最後に、自分を応援すると言ってくれた人。


『宝石のサファイアみたいで、綺麗ですよ』


 忙しい日々を一生懸命、大切な人たちと過ごす。

 美穂子は自分が幸せだと自覚していた。


「そろそろ時間ね」


 出来あがったサンドイッチをランチボックスにつめ、それをバスケットへ。

 自分の生徒会活動がない日は、こうして差し入れを持っていくのが習慣化していた。

 そしてその後は久の料理の練習に付き合う予定だ。

 そこまで思いいたって、美穂子は不安を表情に出した。

 その原因は、数日後に控えた料理審査だ。

「本当に大丈夫なのかしら?」


 審査に挑むのは美穂子ではなく久。

 それにむけた特訓を日々行っているのだ。

 料理を教える立場からして、その根のつめようは見ていて心配になるレベルだ。

 そして美穂子が調べたところ、相手は有名な料理評論家。

 生半可なものでは太刀打ちできないだろう。

 最近料理を始めたばかりの腕では、それこそ無謀というものだ。


「……ううん、でもあの人なら」


 首を振って、よくない考えを放り捨てる。

 今までだってこんな光景は何度も目にしてきた。

 理由は問わず、久はいつだって自分自身を逆境に追い込み、その上で勝ってしまうのだ。

 その本人がやると言っているのだから、美穂子にできるのは信じてサポートに徹することだけ。

 今はとりあえず、この差し入れを届けて紅茶を振る舞おう。

 頑張っている友人と、このサンドイッチを毎日食べたいと言ってくれた少年のために。


「そういえば、なんで須賀さんに頼まなかったのかしら?」


 料理を教える役を自分に任せてくれたのは嬉しかったが、その部分が美穂子には引っ掛かっていた。

 同じ学校で同じ生徒会なら、自分よりはるかに予定の融通がきくはずだ。

 そんな疑問を抱くも、そろそろ時間が迫っていた。

 とりあえずそれを頭の隅に置き、美穂子はバスケットを持ってその場を後にした。





 集まった情報を整理する。

 まず、雑誌の関係者にひとまず犯人はいない。

 これは俺が調べたものだから、取りこぼしがあるかもしれない。

 次に、取材を受けた店の話。

 どの店も良い料理を出しているものの、同じ評論家から酷評されている。

 そしてその評論家だ。

 少し調べたところ、結構有名で色んなところに顔がきくらしい。

 例えば、出版前の雑誌の内容も知ることが可能だとか。

 言わば関係者の関係者か。

 勘でしかないが、気になる。

 だが、事件と関係に結び付けるには色々足りない。

 もう少し情報がほしいところだ。

 関係者と店は調べた。

 いっそ本人に当たるか?

 いや、確証を得られなかったら面倒なことになる。


「あー、どうしようか」


 自分の部屋の机に頬をくっつける。

 同じく投げ出した右手に、紙の感触。

 龍門渕さんからもらった、行方不明者のプロフィール。

 ……そういえばこっちはまだ調べてなかったな。





 定食屋の前に立って、久は目を閉じた。

 あれから一週間。

 空いている時間は全て料理に費やした。

 具材を切って、炒めて煮込む。

 三食全て肉じゃが。

 怪我だってしたし、失敗だってした。

 できる限りだったとはいえ、練習に付き合ってくれた美穂子には感謝が絶えない。

 それに報いるためにも、まずは目の前の障害を乗り越えなければいけない。

 目を開いて、久は店のドアに手をかける。

 ここから先は戦場だ。

 一度入れば、もう引き返せない。

 ワームと戦う時以上の重圧がのしかかる。


「なにびびってるのよ……」


 知らずのうちに震える手。

 緊張で硬直してしまう。

 これでもかというぐらい練習した。

 美穂子から太鼓判を押された。

 だが、不安がよぎる。

 そんなときに後輩の顔が浮かんだ。

 彼が今の自分を見たら、どう思うか。

「こんな弱み、見せられるわけないじゃない」


 そう、竹井久は見栄っ張りなのだ。

 今までも誰かになにかを言われるたびに意地と見栄を張り、自分を追い込んできた。

 常人と違う点を挙げるとすれば、それは有言実行なところだ。

 他人に煽られて飛び出した言葉を、ことごとく現実のものにしてきた。

 テストで満点を取ると言って満点を取り、競技で一番を取ると言えば優勝してしまう。

 その結果が中学時代の功績だし、今の生徒会長という立場でもある。


「どんなに勝ちの線が薄くても、やるのよ……!」


 スライド式のドアを、勢いよく開け放つ。

 踏み入った店内は、ガランとしていた。

 勝負に使うから休みにさせているのか、言われるままに店を畳んでしまったのか。

 どちらかはわからないが、相手はそこにいた。


「待たせたわね」

「ふん、逃げたのかと思ったのだがな」

「そっちこそ、いい大人が案外暇なのね」

「私の仕事は料理を食べ、評価することだ。つまり、ここにいることも仕事の一環ということになる」


 男は侮った態度を隠そうとはせず、口の端を歪めた。

 久は絆創膏で装飾された拳を握りしめる。


「もっとも、出てくるのが料理と呼べるものだったらの話だがな」

「……いいわ、早速始めましょうか……!」





 肉じゃがを作る基本的な流れ。

 久はそれを思い浮かべる。

 具材を切り、炒め、そして煮込む。

 何度も何度も繰り返した工程。

 頭の中で完成を見届けてから、久は髪を左右で束ねた。

 まずはジャガイモ。

 皮をむいて大きめに切りそろえ、水にさらしておく。

 次に他の具材。

 タマネギはくし切りに、肉と糸こんにゃくは適当に。

 ジャガイモのアクが抜けたことを確認すると、ザルに開けて水気を切る。


「ここからね」


 準備段階を終え、次の工程へ。

 鍋に油を垂らして、火にかける。

 そしてジャガイモを投入。

 しっかりと炒めていく。


『上埜さん、ジャガイモはしっかり炒めてくださいね? その方がコクが出るんです』


 鍋と菜箸を振るいながら、久は自分の隣に美穂子がいないことに気づく。

 今は独りの戦いだからそれはあたり前。

 だからこそ、自分は支えられてきたということを実感した。

「本当、どうしてこんなになっちゃったのかしら」


 さらに他の具材を加えて、呟く。

 以前は誰からも適度に距離を置いて、自由で気楽だった。

 でも今は、多少不自由でも誰かと一緒にいたい自分がいる。

 気ままに飛んでいたトンボを捕まえた後輩。

 かつて自分が手を差し伸べた少女。

 二人の姿を思い浮かべて、久は苦笑した。


「美穂子はいいとして、やっぱ須賀くんには責任を取らせるべきね」


 肉が色づいてきたことを確認し、煮込み作業に移る。

 煮立ってからしばらくはアク取り。

 それが終わってしばらくしたら、みりんとしょうゆを加えて落とし蓋。

 後はジャガイモが柔らかくなるまで放置だ。


「ふう……」


 一息ついて、椅子に座る。

 わかってはいたが、プレッシャーのかかり具合が違う。

 負けたからといってどうにかなるわけではないが、負けたくはなかった。

 こんな料理に入れ込むようになったのが誰の責任かは明らかだ。

 その誰かに食べさせる光景を思い浮かべ、久は小さく微笑んだ。





「できたわ」


 器に盛り付けられた肉じゃがが男の前に置かれる。

 久はエプロン姿のまま、腕を組んで動向をうかがう。

 男は器を持ちあげると、まず鼻先に近づけた。


「匂い、色つやはともに合格だな」

「もったいつけてないでさっさと食べたら?」

「慌てるな。料理とは味のみで決まるものではない」


 手に持った器をゆっくりと卓上に置くと、男はふところに手を差し込む。

 そこから取り出したのは、一膳の箸。

 先端の包みを取り去ると、ゆっくりと掲げ、それから肉じゃがへと差し込んでいく。

 器に盛られた具材を順に口へ運んでいく。

 そして半分ほど残し、箸を置いた。


「調味料の配分はまぁいいだろう。味も良く染みている。見事……」

「じゃあ、私の勝ちってこと?」

「……とでも言うと思ったか? まだまだ甘いわぁ!」

「なっ」


 男は目を見開くと、手を思い切り卓上に叩きつけた。

 衝撃に器が僅かに浮かび上がり音を鳴らす。

「このジャガイモ、炒める時間が僅かに足らん! コクが不十分だ!」


 久はちょうどその時、美穂子のことを考えていたのを思い出した。

 いつもなら口を出されながら、話しながら料理を作っているのだ。


「大見栄を切ってこのざまか。このような不出来な料理など……!」


 男が器を持ちあげ、振りかぶる。

 ショックに足がすくんだ久は、ただ見送るのみ。

 頭の中に、後輩の顔がよぎった。


「待ちな」


 それはある種の未来予知だったのかもしれない。

 男の凶行に歯止めをかけたのは、その後輩の声だった。

 反射的に、久は身を隠した。

 そして扉が開く。


「食べ物を粗末にするのは最低だろ」

「なんだお前は?」

「通りすがりの料理人だよ」

「……くだらん。邪魔をするな」

「まぁまぁ、とりあえず料理を置けよ」


 買い物袋をぶらさげた京太郎は、男の手から器を奪い取って卓上に置いた。

 そして指で一口分つまんで口に運ぶ。

「……普通にうまいじゃん」

「ふん、その程度で満足するとはな。料理人を名乗る資格すらないわ」

「あんたも噂通り辛口だな……まぁ、たしかにちょっとコクは足らないし、しょうゆと砂糖のバランスも危ういとは思うよ」


 京太郎は思ったことをそのまま言い放つ。

 久の額に青筋が立つが、そんなことは知る由もない。


「でも……この味、俺は好きだな」

「――っ」


 声が出そうになるところを、抑えつける。

 不意打ち、というか下げてから上げるのは卑怯すぎる。

 男と相対する京太郎に対して、久は恨みがましい視線を送った。


「料理は人が食べるものなんだから、人の好みの数だけブレがあって当然だ」

「違うな。究極の料理とはほんの僅かなブレも許さん。言うならばそれは、白地の上に落ちた一滴の墨だ」

「料理とそれを作った人へ敬意を払えって、言ってもわかんなさそうだな」

「もちろん敬意は払う。だが、未熟なものへの敬意など持ち合わせてはおらん」


 互いに主張し、互いに譲らない。

 その先の衝突は目に見えていた。


「いいだろう。そこまで言うのならば、今すぐなにか作って見せろ」

「いいぜ。俺があんたに吠え面かかせてやるよ」


 ヒートアップする両者。

 その隙をついて、久は店の外へと脱出した。





「ほらよ」

「ほう、味噌汁か」


 出来あがった味噌汁を男の前に置く。

 具材は大根だけのシンプルな代物だ。

 だが自分でもわかる。

 これは渾身の出来だ。


「この匂い、まるで駆け抜けていく風のように爽やかだ……」

「どうだ。すぐにでも飲みたくなってきただろ?」

「味はどうかはわからんがな……」


 男は箸で大根をつまみ口に運ぶ。

 咀嚼して飲み込んだかと思うと、次は椀を掴んで一気に傾けた。

 これは、いったな。


「……なんだ、この大根は……!」

「一日太陽と風にさらした大根だ。うまいだろ?」

「このような味噌汁、飲んだことがない……!」


 男は驚きからか、目を見開いている。

 態度は悪いけど、やっぱこいつの舌は本物だ。

 さて、ここからが本番だな。

「名はなんという?」

「須賀京太郎」

「気にいった! お前、私のもとで料理を作る気はないか?」


 食いついた。

 あと一息だ。

 行方不明者が出た店の人に聞いた話でも、こいつの名前が出た。

 他のところと違う点は、料理が褒められたということ。

 つまり、こいつに料理を褒められたシェフが行方不明になっている。

 そして俺の推論が正しければ……


「いやだね」


 この申し出を断ることで、こいつの正体が露見する……!


「そうか、いやか……ならば、力づくでもついて来てもらおうか!」


 男の姿が歪んでいく。

 ビンゴだ。

 ようやく犯人とお目見えだな。


「――――――!」


 その姿は、予想していた通りカメムシの特徴を表している。

 ならば、悪臭を出す前に片づけさせてもらうとするか。

「悪いけど、これ以上あんたに食わせる料理はないね」

《――変身...Cast Off! Change Beetle!》


 一気に殻をを脱ぎ捨てる。

 相手がすでに成虫なら、この姿じゃないと取り逃がしてしまう。


「――――――!」


 ワームは驚いたように身じろぎした。

 ……人を襲った理由といい、なんだか人間臭い。


「行くぞっ!」

《――Clockup!》


 相手にタックルをかまして店の外へ。

 悪臭を放たれる前に片を付ける……!


「おらっ」


 空中に蹴り出す。

 突き上げられたワームは、羽を広げて勢いを殺した。

 まだだっ!


「来い!」

「――――――!」

 愛機を呼んで一気に突貫。

 腹を貫かれたワームが叫ぶ。


《――1,2,3》


 そのまま急上昇し、急制動。

 相手の体を突き放す。


《――Rider Kick!》


 そして足を突き出して蹴りを放つ。


「――――――!」

「よっと」

《――Clock Over!》


 機体に着地。

 ワームは爆散して……くさっ!

 急いでその場を離れる。

 立つ鳥は跡を濁さないらしいが、ワームは違うようだ。

 まぁ、多分このまま吹き散らされて薄まるだろう。


「そういえば、あの肉じゃがは誰が作ったんだろうな」


 結局顔を拝むことができなかった。

 どこかの店のシェフだったんだろうか。

 とりあえず、今日のところは帰るか。





 事件の顛末を龍門渕さんに報告し、俺は晴れてお役御免となった。

 あの後、ワームが擬態していた評論家の家を調べたところ、行方不明者が発見されたらしい。

 しかも全員生存。

 あのワームは本当に料理を作らせていただけらしい。


「失礼します」


 生徒会室のドアを叩く。

 今日は活動がある日だったはずだ。

 それにしては静かなのが気になるが。


「どうぞ」


 会長の声が返ってくる。

 俺はドアを開けて部屋の中に入った。


「あれ、他の人たちはまだですか?」

「来ないわよ。だって今日は生徒会お休みだからね」

「は?」


 わけがわからない。

 たしかに今日はありって連絡来たのに。

 なくなったにしてもまた連絡してくれれば……待てよ?


「会長、わざとですね?」

「気づいちゃった? てへ」

 いや、てへじゃなくて。

 最初から嘘の連絡をしたのか、休みだという連絡をしなかったのか。

 とりあえずこの会長の仕業だってことはよーくわかった。


「はぁ……それで、なにか用ですか」

「あら、察しが早いのね。とりあえず座って」


 うながされるまま席に着く。

 会長の席に近い俺の定位置。

 さぁ、今日はなにをやらされるのやら。


「……」

「……」


 だが会長は黙ったままで話が進まない。

 髪の毛の先を指でいじりながら、明後日の方向見てるし。

 え、俺なんで呼ばれたの。

 なんか逆に不安になってきた。


「……ねぇ、お腹空いてない?」

「は?」


 やっぱりこっちを見ないまま、会長はぽつりとそう言った。

 その用事と俺の腹の空き具合がなにか関係あるのか?

「ちょっとお弁当作りすぎちゃって……よかったら食べない?」

「お弁当……会長が、ですか?」

「……文句あるの?」

「ない、ですけど」


 確かに文句はない、が疑問はある。

 会長が弁当を作ったなんて初めて聞いた。


「なら、いいから食べなさい」


 そして目の前に置かれる四角い弁当箱。

 蓋を開けると、半分が白米でもう半分が肉じゃがだった。

 突っ込みどころはあるが、その匂いを嗅いで小腹が空くのを感じる。

 まずは食べてから、だな。


「会長、箸を」

「はい」


 箸を受け取り、肉じゃがを口に運ぶ。

 時間を置いたからか、味が良く染みていた。

 冷めてもおいしいってのは煮物の良いところの一つだ。

 それにしても、どこかで食べたことのあるような味がする。


「……ちょっと甘めですね。みりん、いや砂糖は少し減らした方がいいと思います」

「い、言うじゃない」

「でもおいしいですよ、これ」

「……そう」

 会長は再び明後日の方を向いてしまった。

 髪の毛の間から覗く耳はほんのり赤い。

 体調でも悪いのか?


「本当に……その、おいしい?」

「料理に関して嘘は言いませんよ」

「……たしかに料理ってつけるだけで説得力があるわね」

「どういう意味ですか」

「須賀くんが料理バカだってこと」


 頬杖をついて、会長は微笑んだ。

 不覚にも心臓の鼓動が速まる。

 すると、会長の笑顔が意地悪いものに変化して……


「手、止まってるじゃない」

「あ、ちょっ」

「仕方ないから、食べさせてあげる」


 箸と弁当箱を奪われる。

 この先の出来事は、容易に想像がついた。

 今までも何度かやったことがある。

 でも、今回は完全に二人きりで、しかも会長とだ。

 余計に意識してしまい、顔が熱くなる。


「ほら、口開けなさい。あーん」


 それでも、拒む気は起きなかった。






第十話『染みた味と思い』終了

てなわけで第十話は終了です
大して料理できないのに料理描写とかプレッシャー半端ない
カブトを題材にした以上、避けられないとは思うんですけど

それより、なんだかんだでもう900以上いってますね
もうちょっとしたら次スレも立てなきゃいけないのかな

そんじゃ、失礼します

こんばんわ
最近、鎧武ばっか強化されすぎじゃね? とか思ってます
そろそろバナナも強化して上げて下さい

それはそうと今日は本編進みません
気晴らしに他のライダーに浮気して書いたものをちょこっと置いときます




京太郎「あ、あのっ」

エイスリン「……?」

京太郎「アイラブ、じゃなくてアイウォン……これもちがくて」

エイスリン「アノ、チョトナラワカル……Japanese」



 少年はその日、恋をした。

 高校の入学式、舞い散る桜の中。

 佇む少女に、恋をした。



エイスリン「Aislinn Wishart……ヨロシクネ!」

京太郎「えっと、マイネームイズ、京太郎」

エイスリン「……キョータロ、サムライ?」

京太郎「なんで!?」



 留学生の少女と、彼女に恋をした少年。




エイスリン「――♪」

京太郎「なに書いてるんですか?」

エイスリン「コレ!」

京太郎「俺と、エイスリンさん?」

エイスリン「パツキン、オナジ! トモダチ!」



 その恋は、少年を容赦なく非日常に引きずりこむ。



京太郎「なんだよあの化け物……なんでエイスリンさんが襲われて……!」

「ふん、人間か……引っ込んでいろ」

京太郎「コウモリが喋った!?」



 人を襲う化け物。

 自分と少女の間に横たわる境界線を、少年は視認する。




「彼女は次代を担うクイーン。だがまだ未成熟だ。それ故狙うものも多い」

「なんの力も持たないただの人間であるお前が、化け物の一員である彼女を守るとでも言うのか?」

京太郎「……」



 突き付けられる現実。

 迷い揺れ、やがてそれは決意に転じる。



京太郎「それだ、それがあれば戦える!」

「まだプロトタイプなのよ!? どんな危険があるか……」

京太郎「構うもんか!」

《レ・ディ・ー……フィ・ス・ト・オ・ン》



 痛みを代償に戦う術を手に入れた少年。

 その覚悟をコウモリが迎え入れる。




「どうやら戦えるだけの力は身につけたようだな」

「いいだろう、認めてやる。ありがたく思え!」

京太郎「お前なんなんだよ。随分偉そうだけど」

「私はキバットⅡ世。誇り高きキバットバット族の一員にして、クイーンのお目付け役だ!」



 そして交わされる約束。

 少年は少女を守る盾になることを誓う。



京太郎「あなたが人間じゃなくても構わない。傍にいて守りたいんだ」

エイスリン「キョータロ……」



 二人の思いは結ばれる。

 しかし、それは禁じられた恋だった。




「人間を愛することはファンガイアにとって最大の禁忌。クイーンである彼女とて例外ではない……」

京太郎「……教えろ、コウモリ。エイスリンはどこにいる?」

「まさか……最強のファンガイアであるキングに刃向かう気か?」

京太郎「守るって決めたんだ。そんなことぐらいで止められると思うなよ」

「いや、面白い。私も自分の友人を傷つけられて腹が立っていたところだ」



 絶対の王者に立ち向かう一人と一匹。

 埋めようのない絶望的なまでの力の差の前に打ちのめされる。



エイスリン「ヤメテッ、キョータロシンジャウ!」

京太郎「……やっぱ最強は伊達じゃないな」

「知ってて挑んだのは我らだぞ」

京太郎「お互いバカだってか……なら最後に一つ試させてくれよ」

「いいだろう……お前に鎧を授ける。絶滅タイムだ、喜べ!」


「ウェイクアップ!」




 これは、少年が少女のために全てを捧げる物語。

 これは、少女が愛のために全てを捨てる物語。

 これは、二人が運命の鎖を解き放つ物語。



「ねぇ、ママー。ボクのお父さんってどんな人だったの?」

エイスリン「あの人、キョータロはね……」


みたいな感じのエイスリンがヒロインのキバです。

ぶっちゃけて言うとキバの過去編だけ、みたいなやつです
でも設定的には未来編もあるから、息子と共闘することもあるんじゃないかと

始まりと終わりが決まってるけど、途中の展開で苦戦しそうな雰囲気
未来への伏線とか色々と、基本ぶん投げっぱになると思うんで




白望「腹違いの弟? ダル……」

京太郎「東京に引っ越し?」



 少女たちの夢をかけた夏が終わり、二人に知らされる真実。

 それは、仲間たちとの別れを強いるものだった。



白望「みんなとお別れか。ダルいなぁ……でも、また会えるよね」

京太郎「いいさ。あそこには俺の居場所なんてなかったんだ」



 少女は絆を胸に、少年は孤独を背に。




白望「ダル……小瀬川白望……今日からは須賀白望、なのかな?」

京太郎「須賀京太郎、です」



 二人の出会い。

 そして物語が動き出す。



「ねぇ、あの噂知ってる?」

「鏡の中の化け物のやつ? あんなの都市伝説じゃん」

「でも、目撃情報とか結構あるらしいよ?」



 まことしやかに囁かれる鏡の向こうの世界。

 そんなおとぎ話が、次第に現実を侵食していく。




白望「なにこれ、カード?」



 その日、少女が拾ったもの。

 果てしない戦いへと導く運命。



京太郎「俺にはなんにもないから取り残された。もっと、力があれば……!」

「戦え……」

京太郎「鏡の中に、人が……?」



 少年を誘う声。

 黒い龍が目覚める。




胡桃「やっほー、遊びに来たよっ」

白望「赤い龍が胡桃を狙ってる……!」

「あいつらに狙われて逃れる術はない。一つの例外を除いてね」



 示される道と手段。

 少女はその運命と相対する。



京太郎「はは、なんだよこれ……」



 鏡の世界に放り込まれた少年。

 その手には黒い龍の紋章。




白望「ダルいけど、やる。だってこのままじゃ、もっとダルいことになるから」



 少女は戦うことを選択し、赤い龍の力をその身にまとう。



京太郎「そうだよ、この力さえあれば俺は……!」



 少年は手にした力に酔いしれ、光に背を向ける。



白望「京、ただいま」

京太郎「ん、おかえり姉ちゃん」



 鏡合わせの二人。

 赤と黒の龍が絡みあう。

 その先に待ち受ける結末を、二人は知る由もない。


ってな感じのシロがヒロインの龍騎です
咲の原作準拠の世界です
京ちゃんは闇堕ちしそうな雰囲気

お互いがライダーやってることに中々気付きません
気付いたころには衝突は避けられなくなってる系です

でも単純に登場人物多くて大変そう
時間巻き戻したり色々あれだし

とりあえず風呂入ってのんびりします

あわあわとのWがみたいなーって

>>964
それは向こうのスレに頼むべきでは……

ともかく即席で書いたフォーゼ的なのです




豊音「……ぼっちだよー」



 夜の河原で、一人泣く少女がいた。



京太郎「こんなとこでなにやってんの?」



 闇に溶けてしまいそうなその姿に、手を差し伸べた少年。



豊音「わっ、ヤンキーさんだよー」

京太郎「違うわっ、地毛だ地毛!」



 この日、少女が出会った光。

 それは、孤独をかき消す星のきらめきだった。




京太郎「ふむふむ、つまりは友達がいなくて寂しいと」

豊音「恥ずかしながらそうなんだよ……」

京太郎「じゃあもう泣く必要はないな」

豊音「へ?」

京太郎「俺が友達第一号だ!」

豊音「……ちょー嬉しいよー!」

京太郎「ちょ、ま……折れる折れる!」



 そんなこんなで友達になる二人。

 そして動き出すTH(友達百人)計画。



京太郎「というわけで、やるからには徹底的にやるぞ」

豊音「倍返しだよー」

京太郎「違う! 友達づくりだ!」



 二人の前に立ちふさがる様々な障害。




京太郎「なに? この学校のボス? 初耳だな」

豊音「ちょー怖いよー」

京太郎「あんた図体でかいのになっ」



 異形の姿に身を変える生徒たち。



豊音「わわっ、ちょー危ないよー」

京太郎「こんなこともあろうかと!」

豊音「スイッチ?」

京太郎「そう、スイッチ付きのベルトだ」

豊音「かっこいい!」

京太郎「じゃあ行くぜ……変身!」



 バトルはそこそこに、京太郎と豊音の宇宙を巻きこんだ友達作りが始まる!




京太郎「おしまいっと」

淡『ちょっと須賀! なに勝手にフォーゼドライバー使ってんのよ!』

京太郎「あー、電波が乱れるー」

淡『あ、ちょ、切るな――』

豊音「今のお友達?」

京太郎「そんな感じ。具体的には、幼馴染の姉の後輩的な?」

豊音「それほぼ他人だよー」



 とにかく始まる!


フォーゼやるんだったらこんな感じかと
ここまで書いて気づく宮守のヒロイン率の高さ

部活の面々は考えてないけど、淡だけは確定的な
あとは顧問枠で大人が一人

名前はライダー部になるかどうかは怪しいですね
悪ふざけで隣人部とか名乗り出すかも

こんばんわ
そろそろ次スレ立てた方がいい気がしてきました

帰る途中に考えたウィザードを書いたのでそっと置いときます

 かつて、魔法使いがいた。

 炎を操り、空を飛び、海を割って大地を駆ける。

 両の手に指輪を輝かせ戦うその姿は、多くの人の心に火を灯した。

 今となってはほぼ忘れ去られた伝説のような存在。

 だが、その姿を覚えているものは彼のことをこう呼ぶ。


 ――最後の希望と。



京太郎「なんでだよ……どうして俺、こんなになっちゃったんだよ……」

「お困りかい?」

京太郎「……あんた誰だよ」

「操真晴人、魔法使いってやつだ」




 絶望にとらわれた少年に差し伸べられた手。



「ほら、もっと集中しないとまた暴発するぞー」

京太郎「うるせえなっ、余計乱れるだろーが!」

「はっはっは、まだまだだな」



 老年の魔法使いと、その弟子。



「いいか? その力はお前にとって絶望かもしれない。だけど、希望にもなるってことを忘れるな」

京太郎「説教はやめてくれよ。どうせ俺、もう人間じゃねーし」

「いいや、お前はまだ人間だ。そう願い続けるかぎりな」




 人間の心を持ったまま、魔物に変わってしまった少年。

 それに呼応するように、世界を再び覆わんとする悪夢。



「よし、おニューのドライバーの出来あがりだ」

「晴人さん、指輪もできましたよ」

「いつも悪いな、瞬平」



 受け継がれる希望。



「これからはお前が希望になるんだ」

京太郎「爺さん、あんたがやればいいじゃないか。魔法使いなんだろ?」

「魔法が使えても寄る年波には勝てないってことだな。それができたら、お前にそんな役目を押し付けたりはしない」

京太郎「……だけど俺、化け物なんだぞ?」

「姿形は問題じゃない。大事なものはいつだって心の奥にあるんだ」




 誰かの心に生じたひび割れ。



「だれか、助けてよぉ……」



 あふれだす絶望を



京太郎「二代目ウィザード参上っと」

「あなたは……?」

京太郎「涙を止める魔法使いってやつさ」



 最後の希望が打ち払う。




「なぜだ!? なぜ同じファントムである貴様が……!」

京太郎「一緒にすんな。俺はこれまでも、そしてこれからもずっと人間だ」

《シャバドゥビタッチヘンシーン!》

京太郎「変身」

《フレイム・プリーズ! ヒー! ヒー! ヒー・ヒー・ヒー!!》


京太郎「さぁ、ショータイムだ!」



 今、魔法使いの伝説がよみがえる。


ウィザードだったらこんな感じかな
咲キャラが京太郎以外いない予告です

いわゆる主人公が人間じゃないタイプですね
ファイズでもそこらへんは同じになると思いますけど

この後は、絶望した女の子を助けたり
そしてついでにフラグを立てたり
人間じゃない自分に苦悩しながらヒーローをするんじゃないかと

グレムリンみたいなファントムになったってことか

今の所判明してるライダーの適格者は
京太郎=カブト
竜華=ザビー
久=ドレイク
ハギヨシ=サソード
でいいの?

日が変わりましたがこんばんわ
次スレも立てたのでダブルのを置いてからそっちで本編やろうと思います

>>983
それであってます
怪人態はきっとドラゴン系

>>984
ガタック=純を忘れないであげて……




 この街には探偵がいる。



数絵「ほら、仕事の依頼よ。さっさと行きなさい」

京太郎「人使い粗いね、全く」

数絵「なんか言ったかしら?」

京太郎「なーんも」



 祖父から受け継いだ事務所を切り盛りする少女。

 そこに転がり込んできた経歴不詳の少年。

 舞い込んでくる、どうでもよかったりよくなかったりする依頼。



「猫がいなくなっちゃって……」

「亭主の浮気調査を……」

「結婚がしたいです……あと、アラフォーじゃありません」




 この街には闇がある。



「ば、化け物っ!」

「はは、燃えろ燃えろ! 全部灰になっちまえ!」

「ふむ、今回の実験は成功ですね」



 地球の記憶を取り込み、人を超えた力と異形の姿を手に入れた者たち。

 街に潜む影。


京太郎「またドーパント? 最近多いな」

数絵『ぼやかないで映して』

京太郎「はいはい」




 そしてこの街には光がある



数絵『メモリの特定が完了したわ。データは携帯に送るから』

京太郎「もう切るの? もっとラブラブトークしようぜ」

数絵『給料、差っ引くわよ?』

京太郎「っしゃ、頑張るぞー!」



 圧倒的な力から人々を守り、立ち向かう者。

 顔をマスクで覆いバイクに乗って移動することから、人々はこう呼ぶ。

 仮面ライダーと。

京太郎「んじゃ、仕事しますか」

「お前も燃やしつくしてやるよ!」

京太郎「そう焦んなって……」

《――ファング!》

京太郎「変身!」


京太郎「気をつけろよ? 一度暴れたら中々止まれないからな……!」

ってな感じのダブルです
ロストドライバーにファングのメモリで変身します
フォームチェンジなんかもあるとは思いますが、どのメモリかは考えてないです

それと次スレです
京太郎「あの人が言っていた」 part2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396106894/)

こっちは適当に埋めといてください

ブレイドや電王、ガイム、オーズあたりを見てみたい

>>993
鎧武はまだ終わってないので……
電王とオーズはキバと似たような感じになりそうです

うめ

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