美子「仁美ちゃんには笑っててほしいんよ」 (46)


——高校3年生、春

 2年生の花田煌さんが団体戦のレギュラーに選ばれた。
 しかもエース犇めく先鋒という立場で。

 新道寺にとってエースは白水哩で揺るぎないにも関わらず。

煌「お疲れ様です」

 そんな花田に対し部内で不満がないと言えば嘘になる。

美子「今日も残ると?」

煌「はい。私はもっと練習しないといけませんから」パラッ

美子「牌譜?」

煌「研究です」

美子「付き合うよ」

煌「……大丈夫ですか?」

美子「よかよか」

 花田が団体戦のレギュラーに選ばれたおかげで、少しずつ仲良くなった。

煌「……」

 真剣に牌譜を見つめる花田煌を見つめるうち。

 いつからだろうか……うちは花田にある人を重ねてみるようになっていた。




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——2年前の春


美子(今日から高校生……)

美子(えらい人がいっぱいいるばってん、うちやっていけるかな)

美子「あん子……」

美子(ふらふらしとっけど、大丈夫やろか?)

ズテッ

美子「あ……転んだ」タタタッ

美子「大丈夫ですか?」

仁美「……何もかんも政治が悪い」プイッ

美子「???」

仁美「……」プイッ

美子「血の出とうから保健室に行きましょう?」

仁美「……」コクリ

美子「名前何ていうんですか?」

仁美「人に名前ば聞く時は自分から言いない」

美子(何や、こん人……)

美子「……うちは安河内美子です」

仁美「江崎仁美」

美子「……江崎さんは何年生ですか?」

仁美「1年生」

美子「なんや、同い年やね」

仁美「ふーん」

美子(つれなか子やね)
 
 うちが仁美ちゃんと出会ったのは、入学式当日の校庭で。
 目の前で転んだ仁美ちゃんを助けたのがきっかけ。

 正直、第一印象はよくなかった。

 無愛想やし、いきなり政治がどうこう言いよるし……怖かやし、あまり仲良くなりたくなか、思ってた。

 やけど……。

先生「江崎さんと安河内さんは同じクラスやし、面倒見てあげんさい」

仁美「……」

美子(えー……とは言えんし)

美子「はい」

先生「入学式始まっけん、急がんと」

美子「行こう、江崎さん」グイッ

 保健室で先生に頼まれてしまったうちは、断ることもできず……。


仁美「安河内なんやっけ?」

美子「美子」

仁美「美子」

美子「いきなり名前呼びって」

仁美「呼びやすかだけやし」

美子「はぁ……江崎さん」

仁美「ここは名前で呼ぶとこやろ」

美子「なんで」

仁美「私が美子って名前で呼んどんのに不公平やろ」

美子(言い出したらきかなそうやし……)

美子「わかったよ、仁美ちゃん」

仁美「よっしゃ!そうや!美子、英語の宿題見せて」

美子「えー」

 同じクラス、同じ部活希望、そして朝の出来事。
 しかもどうやら気に入られたらしい。

 いつの間にか、仁美ちゃんがうちを頼るのは普通で、うちがその世話をするのが当たり前になってた。

 「安河内さんは江崎さんのお母さんやね」

 なんて言われるようになってた。

 部活動見学期間が明けて、本入部の時が来た日の昼休み。
 仁美ちゃんは普段は眠そうな目をキラキラ輝かせて熱く語りだした。

仁美「美子知っとる?」

美子「何?」

仁美「なんと生立ヶ里の白水がいるげな」

美子「生立ヶ里の白水やって!?」

仁美「インターミドルでも大活躍しとった九州最強の中三が、九州最強の新道寺やって」

美子「まぁ九州おったら、普通新道寺やし」

仁美「どげん人なんやろね」キラキラ

 生立ヶ里の白水と言えば、このあたりで麻雀をやっている人なら知らない人はいないほど有名な人だった。
 気にならないわけではない。だけど、どうしてだろう。
 白水哩のことよりも、普段やる気もなく、眠たげな仁美ちゃんがこんなに目を輝かせている方が気になった。


哩「生立ヶ里中出身、白水哩です」

仁美(おおーう)

美子(こん人が白水哩……)

 テレビや雑誌で見たことはあった。すごい人だとは思っていた。
 ピンと伸びた背筋。まっすぐに前を見つめる瞳。はきはきとした口調。

 直接彼女を前にして、その存在感は圧倒的だった。

 彼女は一気に新道寺のエースに上り詰めた。
 

 仁美ちゃんの目は彼女に釘付けになっていた。
 やっぱり、眠そうな目ではなく、羨望の眼差しで。



——夏

 高校入学後の初めてのインターハイは、もちろん応援だった。
 隣には当たり前のように仁美ちゃんがいて、仁美ちゃんはただ一人を見つめていた。

 白水哩は1年生にして新道寺の先鋒、つまりエースだった。

 同学年のうちらからすると、その存在は羨ましいというよりは眩しくて、みんなの憧れだった。

 
 白水哩は北部九州最強と言われる新道寺で間違いなく1番だった。
 それでも、全国のエースの壁は厚い。

 新道寺敗退の責任を彼女は自分一人で受け止めようとしていた。

 うちらは彼女が大きすぎて、何も言えなかった。

仁美「美子ー」

美子「何?」

仁美「今日の部活終わったら宿題写させて」

美子「自分の力でやらんといけんよ?」

仁美「政経は教えっけん」

美子「はぁ〜」

 インターハイが終わり、3年生が引退した後の夏休み。
 今は2年生を中心に秋に向けて活動している。

 仁美ちゃんは部活が終わっても学校に残ろうと提案してくる。

仁美「よかやん」

美子「教えるだけやからね」

仁美「さすが美子」

美子「はぁ〜」

美子(こげん感じやけん、仁美ちゃんのお母さんやねって言われよるんやろうな)



哩「……」パラッ

仁美「……」ジー

美子「……」

哩「……」パラッ

 仁美ちゃんのこの提案の目的は何なのか。
 もちろん宿題を進めるというのもありそうやけど……。

仁美「……」

美子「仁美ちゃん?」

仁美「はっ」

美子「手止まっとる」

仁美「ここ難しかやし……」

美子「仁美ちゃんの好きな政経やし」

仁美「こげん日もあったい」

 たぶん、この考えは間違いじゃない……ような気がする。

美子(……うちは仁美ちゃんのお母さんやけん……)


美子「白水さん」

哩「ん?」

仁美「よ、美子?」

美子「宿題持っとる?」

哩「あっけど」

美子「よかったら一緒にやらん?」

美子「三人寄れば文殊の知恵いうし」

美子「こん子、政経やったら得意やし」

哩「……じゃあ」


 仁美ちゃんは部活が終わった後も部室に残ってその日の牌譜やら全国の選手の牌譜やらの研究をしている白水さんと同じ空間にいたかったんじゃないかな。
 なんだかんだでへたれなところがある仁美ちゃんは話しかけることも出来なかったんだろうな。

美子「毎日熱心やね」

哩「まだまだやし、当たり前やろ」

美子「あ、そや。自己紹介まだやったね」

哩「安河内と江崎やろ」

美子「覚えとるとは思わんかった」

哩「最初に自己紹介したやろ」

仁美「……」

哩「ここんとこ毎日宿題しとったけど、どこまで進んどる?」

仁美「この辺」

哩「結構進んどんね」

美子「仁美ちゃん、勝ち誇った顔しとっけど、そいは大体うちん写したとこやろ」

仁美「……なんもかんも政府のせい」プイッ

哩「いや、お前んせいやろ」

美子「ど、ど直球」

 決して話しやすい人ではないけれど、話せない人ではないようで……。
 この日をきっかけに、うちらは少し打ち解けた。


——秋


仁美「白水、一緒に打つぞ!今日こそは勝っちゃるけん」

哩「……はぁ」

先輩「江崎やったっけ?」

仁美「はい?」

先輩「ここんとこ毎日やろ」

仁美「……」

先輩「白水と打ちたか人は他にもあっけん……」


仁美「寮に住んどんやろ?」

哩「まぁ」

仁美「遊びいきたか」

哩「断る」


仁美「なぁなぁ」

哩「……」

 夏休み中に白水さんに近付けたからか、最近の仁美ちゃんは積極的に白水さんに絡みに行く。
 クラスでうちと話しているときも、仁美ちゃんの口から出るのは政治ではなく、白水さんのことだ。


仁美「なぁ、白水〜」

美子「そげんうるさくすっと白水さんに迷惑掛かるけんやめんさい」

仁美「えぇ〜……美子ぉ」

哩「……」

 白水さんの仁美ちゃんへの対応はなんともクールなものだった。
 夏休み中に仲良くなったと思っていたけど、もしかしたら、白水さんにとっては宿題が第一目的だったのかもしれない。


 うちは、もやもやしていた。



仁美「そいでな、美子!」

美子「また白水さん?」

仁美「そ、冷たか奴やね」

美子「仁美ちゃんがうるさくすっからやろ」

仁美「やけど、白水は他に絡む奴もおらんし」

美子「そげんこと分からんやろ?」

仁美「昼休みも部室にいるらしいし」

 
 もやもやしていた。

 仁美ちゃんが白水さんのことを目を輝かせて熱く語るのも。
 白水さんが仁美ちゃんの絡みを冷たくあしらい続ける態度も。
 そんな態度の白水さんに飽きることなくアタックし続ける仁美ちゃんも……。

美子(ん……アタック?)

仁美「特待生やし部活に熱心なんは分かっけど……」

美子(まぁアタックゆう表現は間違ってなかって思うけど)

仁美「もっとこう……青春!って感じなんを……」

美子(単純に絡みたいとか、ただ憧れとるだけとも違うちゅうか……)

仁美「麻雀は基本個人やけど団体戦が花形やし、もっと仲間!って感じになってもよかやない?」

美子(もしかして……仁美ちゃん……)

仁美「やけん……」

美子「普段政治がどげんこげん言うとる仁美ちゃんから青春とか仲間ちゅう言葉が出っとは」

仁美「え……私はただ一般論を……」

美子「普段の仁美ちゃんを見てっと、青春ゆう言葉は似合わんね」

仁美「ぐ……」

美子「ばってん……今ん仁美ちゃんにはよく似合っとうよ」

仁美「??」

 部活動も青春。そして……恋愛も青春。

 仁美ちゃんが自覚しているかは分からない。
 だけど、きっと仁美ちゃんは恋してる。
 仁美ちゃんは肝心なところでへたれるからもやもやする。
 白水さんはつれない態度で、仁美ちゃんに振り向いてくれないからいらいらする。

美子(やっぱ、うち、どこまでも仁美ちゃんのお母さんみたいやね)



——冬

 秋の大会が終わった。
 白水さんはエースで、うちと仁美ちゃんはまたまた応援。

 県では勝てても、全国では勝てない。
 名門新道寺に、全国の高い壁が立ちはだかっていた。


 そして部内で一つの変化。


 「エースが打ち負けるから、勝てない」


 そう言い出したのは一体誰だったのか。
 先輩の誰かだろうか。

 部内ランキングでトップを走り続けているのに、誰も彼女を超えることは出来ないでいるのに。
 おそらくは嫉妬。


仁美「白水、打とー!今日は勝っちゃる」

哩「ん」

 変わらない。

 白水さんはそれは事実だと認め、今まで以上に精進し続け、仁美ちゃんは何も知らない顔で白水さんに接する。

 そんな風に微妙なバランスが保たれていた部内で事件が起きた。


先輩「あれ?今日は白水きとらんね」

美子(こげんこと今までなかやったのに)

先輩「何も連絡もなかやし……なんやろ」

仁美「……」

 白水哩が部活動をサボることなんて今までなかった。
 早朝から部室、昼休みも部室、部活が終わっても部室……。
 部内でNo.1の実力がある上に、誰よりも努力している人。麻雀に妥協しない人。

美子「白水さん、どうしたんやろね?仁美ちゃん」

仁美「ん……あ、あぁ……」

美子「仁美ちゃん?」

仁美「なんでもなか」

仁美「私あっこで打つけん」

美子「仁美ちゃん!」

美子(どげんしたんやろ)

 白水さんは現れない。


 途中でトイレに行こうと部室を抜け出した。
 何気なく廊下を歩いていると生徒手帳が落ちていた。

美子「誰だか知らんけど、個人情報やろ」ヒョイッ

美子「きっと探しとっけん、職員室に届けっか」

美子「……白水、哩?」

 名前を確認すると、本日部活動を無断欠席している白水哩の名前があった。

 そして……。

 ハラリ

美子「わっ!……写真?一体誰ん……」



 白水哩は教室にいた。
 普段はぶっきらぼうに二つにまとめた髪なのに、今日は珍しく一つにしている。

哩「はぁ……ここにもなかか……」

美子「白水さん、ここにおったんやね」

哩「……安河内?」

哩「なんね?先輩に言われて探しにきよったんか?」

美子「そげんわけやなかけど」

哩「安河内がサボる……はなかやろ?」

美子「うちはトイレのついでに届け物をしに」

哩「届け物?」

哩「そいは職員室でん行けばよかやない?」

美子「落ちとんの拾うた」

哩「!!」バッ

美子「これば探しとったん?」

哩「そいやなかばってん……どこにあったと?」

美子「トイレの前ん廊下で見つけたと」

哩「いつん間に落としたんやろ……まぁ、ありがとう」

美子「ううん」

哩「……」パラッ


哩「あ、こいに写真挟まってなかやった?」

美子「これやろ」ヒョイ

美子「ごめん、勝手に見ちゃった」

哩「……そ、か……」

美子「……こいって、中学ん時コンビば組んどった子やっけ?」

哩「そう、鶴田姫子。今は中学3年生やね」

美子「……なんで白水さんはそげん自分ば追い詰めっと?」

哩「……?」

美子「いつでん切羽詰まっとるように感じっと」

哩「……よく見とるんやね」

哩「来年、姫子がここに来っと」

美子「新道寺に……?」

哩「私達は中学ん時からコンビでやってたし、それなりによか成績ば残しとった」

哩「中学卒業すっ時、姫子と約束したと」

哩「私達は1年離れっばってん、お互いがおらんと弱かって言われんように」

哩「そして、お互い強くなって、次ん年からまた……」

美子「……」


哩「やけん、姫子に恰好悪かとこ見せられんし、姫子も一人で頑張っとっけん」

哩「無様ん姿なんか見せられん」

美子「……白水さんにとって……」

哩「?」

美子「鶴田さんは大切なんやね……」

哩「こげんこと言うと怒られっかもしれんばってん……」

哩「家族より大切な存在たい」

美子「……そっか」

哩「?」

美子「そや、白水さんは生徒手帳探しとったわけやなかやろ?」

哩「あ、まぁ……」

美子「何ば探しよると?」

哩「……はぁ」

美子「見つかったら持ってくっし」

哩「りぼん」

美子「へ?」


哩「リボン」

美子「もしかして……」

哩「そう」

美子(今日髪型違うんはそのせいやったんやね)

美子「いつから?」

哩「昼休み」

哩「そいからずっと探しとっばってん、見つからなか」

哩「あんリボンやなか駄目やのに……」

美子「……そげん大切なもんやったと?」

哩「……あいは、姫子から貰ったリボンやけん」


 少し一緒に探してみたけど、見つからず……。
 白水さんは「安河内は部活出とんやから、もうよか」と言って別の場所を捜しに行った。

 昼休みからずっと探しているということは目ぼしいところはもう探しているのだろう。
 それでも見つからないとなると、生徒手帳のように偶然落としたわけではなく、誰かに隠されたのかもしれない。


美子(そげんこと考えたくはなかけど……最近の部内の様子を見てっと……)


 部室に戻ると先輩に怒られた。
 もう、ほとんど部活動は終了する時間だった。

先輩「今日ん片付けは安河内にやってもらうけん」

美子「はい」

仁美「美子がサボりなんてすっとは思わなかった」

美子「別にサボるつもりやなかやったんやけど」

仁美「ま、待っててやっけん。ちゃっちゃと終わらせんね」

美子「手伝ってはくれないんやね」

仁美「美子ん自業自得やし」

美子「はぁ……」


 今日は居残る白水さんがいないから、部室は一気にがらんと静かになった。

美子「仕方なかね」サッサッ

 渋々掃除を始めるうち。
 それなりに片付いているこの部屋は一生懸命掃除しなくても綺麗なままだ。

美子「こいでよかよね……」

 そんなわけで掃除を早々切り上げて部室を出た。


美子(もしかすっと、白水さんまだ探しとるかもしれんね)

仁美「美子」

美子「わっ!びっくりした。ずっとここで待っとったん?」

仁美「まぁ……」

美子「……何しよったん?」

仁美「へ……」

美子「仁美ちゃんはすぐ顔に出っけん」

仁美「う……」

美子「怒らんけん、言ってみんしゃい」

仁美「……」

美子「……」

仁美「……」スッ

美子「そ、そいって……」

美子(……白水さんのリボン……!)

仁美「……拾っただけやし……」

美子「……仁美ちゃん」

仁美「……」


 そんなん嘘やって分かっとうよ。
 こげんこと、よかことやないって分かっとうよ。

仁美「美子……?」

美子「……」

 やけど、本当に盗もうって気持ちやなかやろ?
 ちょっとしたイタズラんつもりやったんやろ。
 いつもつれなか白水さんにちょっかい出してみたんやろ。

 仁美ちゃん、白水さんのこと好いとうけんね。

仁美「……美子」


 やけど……、仁美ちゃんの恋、叶わんよ。


仁美「なんで美子が泣きよるん」

美子「え……うち……」

仁美「……私が悪かよ」

美子「そげんことなか……」

仁美「美子も泣いたりするんやね」

美子「何言うとん……」

仁美「美子ん泣き顔は珍しかやけど……美子には似合わんね」

美子(泣きたくて泣いとるわけやなかけど)

仁美「やけん、もう泣かんでよかやろ」

美子(やけど、こいはきっと仁美ちゃんなりの優しさ……やろ)

 

 
 叶わん恋しとるって、仁美ちゃんは気付いとる?
 そいば知ってしまったうちは、今ん仁美ちゃん見とるんが辛かよ。

 仁美ちゃんの方がよっぽど辛かやろうに……。


 
仁美「……こいは私から白水に渡すけん」

美子「うん……一緒に行ってもよか?」

仁美「朝一やね」

美子「まだ学校におるかもしれん」

仁美「そいぎ、ちょっと探してみっか」

美子「うん」




 歩こうとしたその先に、今から探そうとしている人物が現れた。
 そうだ。仁美ちゃんが言っていた。白水さんは昼休みも部室にいると。
 もちろん部室も探してみただろうけど、やはり失くしたと思われる部室は一番怪しいはずだ。

哩「……ここにもなかやったら……」ブツブツ

仁美「……白水」

哩「江崎と安河内……なんでまだ残っとん?」

仁美「こっちのセリフやね」

仁美「白水こそ部活サボって何しとったと?」

哩「探し物」

哩「そっちは?」

仁美「……美子ん奴も部活ん途中でサボりよったけん、罰として掃除しとったんよ」

仁美「仕方なかけん、私もそいば手伝ってたと」

美子(うそつきやね)

哩「……」

仁美「なぁ白水……これ見つけたんやけど……」スッ

哩「!」バッ

仁美「……案外抜けとるんやね」

哩「……」

美子「……」

哩「……そうやね」ギュッ

哩「……ありがとう」

仁美「……よかよか」


 
 たぶんきっと、白水さんは気付いてる。
 だけど、何も言わなかった。
 仁美ちゃんの話に合わせたんだって分かった。
 いつもつれない態度をとっていた白水さんだけど、仁美ちゃんが仲良くしたいって気持ちには気付いていたのかもしれない。
 もしかしたら、リボンが見つかったからそれでいいと思っているのかもしれない。
 
 でもどうか……どうかお願いします。
 
 仁美ちゃんのこと嫌いにならんで。

 自分勝手なお願いやって分かってます。
 やけど、どうか……どうか……お願いやけん。


美子「途中まで一緒に帰らん?」

哩「よかけど……鞄とってくっけん」

美子「ここで待っとるけんね」

哩「分かった」タタタッ

仁美「……」

美子「……」


仁美「なぁ美子……」

美子「ん?」

仁美「ごめん」

美子「よかよ」

仁美「なんもかんも私が悪い」

仁美「本当は白水に謝らないとだめやって分かっとるけど」

仁美「嫌われたくなかって思って言えん」

美子「……仁美ちゃんは」

仁美「憧れの人やけんね」

美子「え……」

仁美「中学ん時からずっと白水に憧れとって……」

仁美「実際に本人見たらもっとそげん気持ち強くなって……」

仁美「近づきたかって思っとったばってん……」

仁美「なかなか上手くいかんけん、それで……」

美子「憧れ……」

仁美「そう、憧れ」

仁美「こげんか方法使って近づいたって意味なかよね」


哩「本当はとったんやろ?江崎が」

美子「やっぱ分かっとったんやね」

哩「先輩んうちの誰かかと思っとったばってん」

哩「江崎やとは思わんかった」

美子「……嫌いんなった?」

哩「あいつんことやし、イタズラんつもりやったんやろ」

哩「ちゃんと返して貰ったし……」

美子「やけど……」

哩「こいも返してもらったし、もうよか」

哩「やけん、こん話はもう終わり」

美子「やけど、こん話始めたんは白水さんやろ」

哩「まぁそうやけど、こんままにしとったら安河内は気にすっし」

美子「……まぁ」


哩「本当、安河内は江崎んこと好いとうね」

美子「お母さんやからね」

美子「仁美ちゃんには笑っててほしいんよ」

哩「……そげんことにしとっけん」

仁美「おー、白水!一緒に打つぞ!」

哩「はいはい」

美子「……たまにはうちも混ざろっかな」

仁美「今日は勝っちゃるけんね」

美子「仁美ちゃん、それ毎日言っとるやろ」


 あの話はうちらだけの秘密になった。

 仁美ちゃんは前と変わらずの調子だけど、たまに見せる表情がうちの胸にチクリと刺さった。


 春、鶴田姫子が入学する。

 


——高校3年生、秋


美子「煌ちゃん、お疲れ様」

煌「安河内先輩、来てくださったんですか?」

仁美「私も来とるよ」

煌「江崎先輩も!……ということは」

仁美「残念やけど哩は来とらん」

煌「……お忙しいんですね」

仁美「そいだけやなかと思うけどな」

煌「へ……」

仁美「ま、ともかく今日は打つぞー!!」ダダダッ

 「江崎先輩や!」
 「お疲れ様です」
 「早速打ちましょう!」


美子「煌ちゃん」

煌「はい?」

美子「姫子ちゃんの調子はどう?」

煌「……最近は元気ですよ」

美子「そいはよかった」

煌「今日は日直で遅れてますけど」

美子「インハイんこともあっし、哩ちゃんも引退やし、心配やったんよ」

煌「……そうですよね」

美子「なんか最近哩ちゃんは勉強で忙しかみたいで」

美子「あまり姫子ちゃんとこ行っとるとこ見んし……」

美子「たまにはうちらみたいに息抜きしてもよかのにね」

煌「……」

美子「やけん、煌ちゃんのおかげやね」

煌「へ?な、何がですか?」

美子「姫子ちゃんが元気なんは、煌ちゃんのおかげやね」

煌「……そ、そんなこと……」

美子「照れんでもよかよ」


煌「……力になりたいですけど……」

美子「煌ちゃん?」

煌「あ、いや、なんでも……」

美子「何かあるんやったら相談に乗っけん?」

美子「話すだけで楽になっかもしれんし」

煌「え?」

美子「姫子ちゃんこと」

煌「……力になりたいですし、少しは力になれてるのかなって思います」

煌「だけど……私は、白水先輩ではないから……」

煌「だから……」

美子「煌ちゃんは哩ちゃんにならんでよかやろ」

煌「わかってます……分かってはいるんです……けど」

美子「けど?」

煌「私が白水先輩であれば……きっと……」

美子「そげんこと言ったらきりがなかよ」

煌「……」


美子「ありきたりかもしれんけど」

美子「煌ちゃんには哩ちゃんの持ってなか良さがあっけん」

美子「そげんか風に比較せんで、自分に自信もってもよかよ」

煌「……」

美子「……煌ちゃんにとって」

煌「……?」

美子「姫子ちゃんは特別な存在なんやね」

煌「…………そりゃあ、大切な友人ですし」


 ずっと仁美ちゃんを見てきたからだろうか。
 なんとなく、分かる。

 煌ちゃん、本当は姫子ちゃんこと好いとうやろ。
 友人やなくて、特別な気持ち持っとるやろ。


美子「……辛かね」

煌「……私よりきっと姫子の方が辛いから……」

美子「煌ちゃん」

煌「はい?」

美子「姫子ちゃんにとって煌ちゃんの存在も大きかってうちは思うよ」

煌「そんな……」

美子「今、姫子ちゃんの前から煌ちゃんがいなくなってしまったら」

美子「姫子ちゃんもっと辛か思いすっとよ」

美子「煌ちゃんの存在は確かに姫子ちゃんを支えとるんよ」

煌「……」

美子「煌ちゃんらしくなかね」

煌「……」

美子「どげんか時でん前向きやろ」

煌「普段はそうなんですけど……姫子のことになると……自信を持てません」

煌「色々混乱させてしまっていると思いますし」

美子「混乱?」

煌「あ、いや……でも、なんででしょうね」

煌「……最初はただの憧れだったのに、近付けば近付くほど自分が何も出来なくて……」


 煌ちゃんは仁美ちゃんに似てる。

 姫子ちゃんも中学で活躍していたし、哩ちゃんとのコンビのことがあるから新道寺に入学した時から、注目されていた。
 うちらが入部時に哩ちゃんに憧れたように、煌ちゃん達の代は姫子ちゃんに憧れていた。
 入部して慣れてくるとその憧れはだんだんと哩ちゃんにシフトしていく子が多いのだけど、煌ちゃんは違った。

 クラスが一緒だったからか、二人は普通の友達として仲良くなっていた。
 煌ちゃんは気付けば、姫子ちゃんを名前で、しかも呼び捨てで呼んでいるし。


煌「……無力で……」

美子「煌ちゃんは本当に姫子ちゃんのことば好いとうね」

煌「……大切な友達ですから」

美子「うん、そげんことにしちゃるけん」

煌「……?」

美子「うちん代にもおったんよ。哩ちゃんに憧れて、頑張っとった子が」

美子「最初は近付きたかって気持ちやったみたかばってん」

美子「麻雀で強くなってレギュラーんなって、そいで、哩ちゃんと肩並べるんだって」

美子「哩ちゃんは1年の時からエースやし、他の人にはわからん不安もあったかもしれん」

美子「ばってん、あん子は愚痴とか言わんかったけん、うちらは何も出来んかった」

煌「……同じですね」


美子「そいけん、強くなって少しでも負担減らそうって……」

美子「何かしたゆうわけやなかけど、いろんな支え方はあっと思うよ」

煌「……そうですね、実力を付けることも一つですよね」

美子「姫子ちゃんは寂しがりやし、傍にいるだけでも十分支えになっと思うけど」

煌「そうかもしれません……何もしないで悩んでいるよりずっといいですよね」

煌「……私はやっぱり白水先輩じゃないし」

煌「白水先輩のようにはなれないけど、私は私なりに……姫子を支えます」

美子「煌ちゃんのしたかようにすればいいんよ」

煌「はい……ありがとうございました」

美子「よかよ」

煌「あ、あの……」

美子「ん?」

煌「さっき言ってた白水先輩に憧れていた人って……」

美子「……?」

煌「もしかして安河内先輩ですか?」


美子「へ?……ふふ」

煌「え?」

美子「そう見えると?」

煌「違うんですか?」

美子「違かよ」

煌「あ、そうか……」

美子「え?何がそうか、なん?」

煌「いえ、大したことじゃ……」

美子「気になっけん」

煌「あ、ということは江崎先輩ですか?」アセッ

美子「ごまかしたやろ」

煌「ギクリ」

美子「まぁよかよ。そう、そいは仁美ちゃんことよ」

美子「もちろんここだけの秘密やけんね」

煌「はい」


美子「なんとなーくなんやけど……」

煌「?」

美子「煌ちゃんって仁美ちゃんに似とうよ」

煌「……え」

美子「煌ちゃん、姫子ちゃんこと好きやろ」

煌「……」

美子「うちには煌ちゃんが仁美ちゃんに重なって見える……」

煌「……江崎先輩に似てるところはあるかもしれません」

美子「心配しとるよ」

美子「仁美ちゃんにはうちがおるけど、煌ちゃんにはうちはおらんし」

煌「……でも安河内先輩にも似ているのかもしれません」

美子「え?」

煌「……安河内先輩って江崎先輩のこと好きですよね」

美子「え……」

煌「だから、私はお二人に似ているのだと思います」


煌「……最初はただの憧れでしたけど」

煌「今は仲間として、友達として支えてあげたいと思っています」

煌「……封印します。姫子の為に……なんて生意気ですね」

仁美「おー、いつまで喋っとるん?花田も打つぞ」

煌「あ、はい!じゃあ先に行ってますね」

煌「失礼します」タタタッ

美子「……」

美子(……前に哩ちゃんにも言われたなぁ)

 あん時は哩ちゃんに「そげんことにしとっけん」なんて言われよったなぁ。
 今、うちは煌ちゃんにうちにも似とる言われた。

 ……違う

 ……そんなわけなか。



仁美「美子ー早くー」

仁美「美子?……何泣いとるん?」

美子「え……」

仁美「美子には似合わんけん」コシコシ

美子「あ……仁美ちゃん」

仁美「んー?」

美子「……ありがとう」

仁美「別にそげん褒められっゆうことしとらんし」

美子「ううん」

仁美「美子は案外泣き虫やね」

美子「そんなことなかよ」

美子「顔洗ってから行くけん、仁美ちゃんは先に戻って」

仁美「ん、わかった」


 あぁ……あぁ……。

 違かよ。違かよ。

 
仁美「あ!美子!」

美子「なに?仁美ちゃ……」

仁美「いつもありがとう!」


 うちは仁美ちゃんの保護者的ポジションで。お母さんで。
 やけん、哩ちゃんの冷たか態度が嫌やったわけで。
 哩ちゃんにアタックすっ仁美ちゃんが親離れしとるみたかで嫌やったわけで。

 仁美ちゃんの恋が叶わんことば知って、仁美ちゃんが恋心を封印したんが切なかで。
 やけん、あん時、涙が出よった。

 なんで、さっき涙出よったんやろ?

 うちは確かに、変わらず、仁美ちゃんば好いとうばってん……そいは仲良か友達で……。


 今更、恋しとうなんて……そげんことなかよ……。




仁美「遅かね、美子!サボりよったけん、掃除当番やね」

美子「そいはなかよ、仁美ちゃん」

仁美「サボりで思い出したけど、花田も夏休みは随分サボっとったみたいやね」

煌「……」ギクリ

美子「え?あん花田が?」

仁美「花田も鶴田も休みよっけん、先生が愚痴っとったって哩から聞いたけん」

美子「あー……そいで掃除当番が煌ちゃんと姫子ちゃんが交互に書かれとるんやね」

煌「い、いや……まぁ、これは……」

仁美「気にすっことはなかよ」

仁美「美子もサボって掃除当番やったことあっけん」

美子「1回だけやろ」

煌「安河内先輩が……?」

仁美「懐かしかやねー」


姫子「遅れてごめん!!って先輩!」

仁美「おうおう日直に掃除当番お疲れさん」

姫子「……お、お疲れ様です」キョロ

美子「哩ちゃんやったらおらんよ」

姫子「そ、そうですか」ホッ

美子「……?」

煌「さ、さて!面子も揃ったことですし打ちましょう!」

仁美「そやね、久々に腕が鳴ったい」

煌「負けませんよー」

美子「うちも負けんよ」

仁美「さっきまで泣きよった癖に」ニヤニヤ

姫子「えっ!?」

美子「引退してそげん間が空いたわけやなかけど」

美子「なんか懐かしかで、涙が出ただけやけん、心配せんでよかよ」

煌「でも……」


仁美「美子は意外とセンチメンタルやね」ニヤニヤ

美子「仁美ちゃん!」

仁美「やけど、そげんとこが美子の魅力やね」

美子「……!」

 本当に仁美ちゃんは気分屋さんやね。
 そげんかとこが仁美ちゃんの魅力やって思うよ。

美子「もうよかやろ」

仁美「こいはただの心理戦やし」

姫子「……相変わらず、仲が良かですね」

煌「せ、先輩そろそろ始めましょう?」


 仁美ちゃんにはいつまでも笑ってほしいんよ。

 うちら友達やもんね。

 
おしまい


終わり!
お目汚し失礼しました

方言難しい
美子×羊先輩流行らないかな

煌姫哩は機会があったらやりますたぶん…

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