貴音「月光島葬送曲」(423)

アイマスミステリーSSです
だいぶ前に書いた 貴音「くおど、えらと、でもんすとらんだむ」の続編ですが、その内容にはほとんど触れていないので読んで頂いていなくとも全く問題ありません

前作以上に冗長な物語展開のせいでうんざりするほど長いです 何とか耐えてください

今回は孤島で起きるほんのり猟奇的な連続殺人、ガチガチの本格ミステリです
中盤以降小難しい展開が続きますが推理の難易度自体はたぶんたいしたことないです
不慣れですので分かりづらい部分があるかと思います、気になったら指摘してください
では、よろしくお願いいたします


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~一日目 船上にて~

甲板に立ちながら、頬に風と僅かな水飛沫を感じる。

本州にある港を出てから2時間近く海上を移動した所で、ようやく目的地の島が見えてきた。

P「あれが……月光島(げっこうとう)ですか」

「ああ、そうだよ」

横で頷いてそう言ったのは、今回の撮影の監督を務める怪鬼正造(かいき しょうぞう)という人。

怪鬼「あっち、左手側に見えるのが三日月島(みかづきじま)。そんで、右側に見えるのが満月島(まんげつじま)ね」

月光島、というのは本州から遙か南に忘れられたように浮かぶ二つの小さな島の総称だ。

その二つの島というのが、三日月島と満月島。

その名の通り、三日月島は弓なりに曲がった形、満月島は円形をしている。

二つの島は間に架けられた橋によって行き来ができるようになっているらしい。

P「監督のご兄弟は、もうあの島に?」

怪鬼「ああ、昨日到着したって電話があった。今頃出迎えの準備でもしてんじゃないかな」

月光島は監督のお兄さんが私有している島だという。

監督から聞いた話によると、その人は古物商で財を成した後に島を購入し、今では年に一、二回の頻度で休養に訪れるそうだ。

ところで今回、その月光島に向かっている理由というのは、無人島を舞台にしたホラー映画の撮影のためである。

タイトルは、「フェアリーウィッチプロジェクト 特別編」。タイトルから分かる通り、今から1年前に公開された映画のDVD、ブルーレイ化にあたって収録されるおまけ的なミニ映画の撮影だ。

撮影期間は今日を含めて3日間。明後日の昼ごろには迎えの船がやってくる手はずになっている。

気がつくと、傍らにいた監督の姿はなかった。荷物の整理にでも行ったようだ。

再び月光島に目を向ける。緑豊かでなかなか美しい島だ。三日月島と満月島にそれぞれ建物が一軒ずつ小さく見える。あそこが宿泊先になるのだろうか。

船着き場があるのは三日月島の方だけだ。満月島の方は周囲を高い崖に囲まれているので船は近づけないだろう。

「ようやく、目的地が見えてきましたね、プロデューサー?」

その落ち着いた声には少しだけ疲れが感じられた。後ろを振り向いて応える。

P「ああ。長い船旅だったからな……疲れたんじゃないか、貴音?」

貴音「お気遣い、ありがとうございます。ですが、この程度のことで疲れていてはこれからの撮影は務まりませんから」

P「たしかにな。でももしもキツくなったら早めに言うんだぞ? そういう時のために俺がついてきてるんだしな」

貴音「ええ、そうさせて頂きます。……ふふ」

P「ん……どうした?」

貴音「いえ……プロデューサーがいてくださるお陰で、私達も仕事に専念出来ますから。いつも感謝しております」

P「な、なんだよ、唐突に」

そんなことをまっすぐ見つめられながら言われては、さすがに照れる。

P「と、ところで、春香と千早はどうしてる?」

貴音「まだ船室でおしゃべり中でしたよ」

P「春香の船酔いは少しは良くなったかな?」

貴音「ええ、もうだいぶ回復したようです」

酔うので船室にいると言っていた千早を甲板に連れだしてはしゃいでいた春香は、なぜか連れだした本人が船酔いするという体を張ったギャグをかましていたのだった。

P「さて、それじゃあそろそろ俺も戻るかな」

もうすぐ到着となれば、荷物の整理をしておかねば。

貴音「そうですね。では参りましょう」

~三日月島 船着場~

春香「うわぁ~! 見てよ千早ちゃん! 本当にこの島三日月形だよ!」

我先にと船を降りた春香が島を見渡して言う。

千早「着いた途端に一段と元気になったわね、春香……」

千早はそんな春香を見て少々呆れ顔だ。

春香の言うとおり、この島は三日月形をしている。

浜辺に桟橋を取り付けただけの船着場から、満月島へと繋がる橋にかけて、ゆったりと膨らむように曲線を描く形になっているのだ。

浜辺と橋のちょうど中間点に当たる場所に、薄青色の建物がある。船からも見えた建物だ。

「ほら、あそこが宿泊先の三日月荘だよ」

ちょうど見ていたところの建物を教えてくれたのは、チーフADの四谷岩雄(よつや いわお)さん。

チーフADというのは撮影のスケジュール管理を主としてその他にも撮影、音響、編集など様々な業務をこなす現場にとってとても重要な役職だ。

監督を現場のリーダーとするならこの人は副リーダーのようなものだろうか。年齢は30前くらい、俺よりも年上だと思うが、初めにあった打ち合わせの時からいつも気さくに話しかけてくれる。

四谷「満月島の方には満月荘って建物があるんだけどね」

P「夜は三日月荘と満月荘のふた手に分かれて泊まるんですか?」

四谷「両方とも使わないと人数的に収まらないからなぁ」

今回の撮影に参加しているのは、俺達765プロの4人の他には別事務所の俳優が3人、監督含め撮影スタッフが5人。

そこにこの島の管理人である監督のお兄さんが加わると人数は合計13人。結構な大所帯だ。

四谷さんは荷物を2つもっている。一方は宿泊道具だとして、もう一方は撮影機材かなにかだろう。

その2つのバッグを彼は両方とも右肩にかけている。というのも、彼には左腕を使えない理由があった。

四谷さんの左腕は、手から肘のあたりまで包帯で覆われている。

聞いた話によると、一週間前にあった別件の撮影中、演出用の発火装置が故障し誤作動、そのとき機材チェックを行なっていた四谷さんが左腕に火傷を負う事故に巻き込まれたという。

P「荷物、持ちましょうか?」

四谷「え? いやぁいいよ、いいよ。普段から荷物運びはよくやるし、結構力あるからさ」

P「そうですか。……その腕、治るまでどのくらいかかるんですか?」

四谷「あと、1、2週間はかかるって医者から言われた。本当なら治療に専念したほうがいいんだろうが、そうもいかないのが辛いね」

たしかに、四谷さんを欠かせば現場はまるで機能しなくなってしまう。多少無理をしてでも来てもらう必要があっただろう。

「ちょっと、そこでつったって話されちゃ船から降りられないじゃない」

四谷「やぁ、すいません。ミサリーさん」

そう言って四谷さんは道を開ける。背後から声をかけてきたのはミサリーさん(多分芸名だろう)という、メイクとスタイリストを担当するスタッフだ。

ミサリー「……それにしても、1年前と変わりないわね、この島は。まぁほとんど人が来ることはないだろうから当然だろうけど」

P「皆さん、1年前の撮影の時にもご一緒だったんですよね」

ミサリー「そうよぉ。アナタたち765プロ以外はみんな前回の撮影のときの使い回しよ、使い回し」

四谷「はは、使い回しはひどいなぁ」

ちなみに、誤解がないよう今のうちにはっきりとことわっておくが、ミサリーさんはれっきとした男である。

「う、うわあぁッ!?」

やや甲高い男性の悲鳴とともに、がしゃん、と重いものが桟橋の上に落ちる音。

「ばっかやろう!! 大事なカメラを落とす奴があるか!!」

「す、すいません!」

ドジを踏んで叱られているのがADの歩留田騒太(ぽるた そうた)くん。スタッフの中では唯一、俺よりも年下という存在だ。

そして彼を怒鳴りつけているのがカメラマンの大芽陀美也(おおめ だみや)さん。監督とは旧知の仲らしく、ベテランのカメラマンだ。

大芽「ったくよぉ……」

大芽さんは落ちた撮影用カメラを拾い上げてチェックしている。

歩留田「だ、大丈夫ですよね……? 壊れてませんよねッ!?」

大芽「だぁっ、うるせぇ! ……うむ、なんとか大丈夫みてぇだ」

歩留田「はぁ~、よかったぁ……」

歩留田くんは1年前のこの島での撮影時は大学生のバイトとしての参加だったそうだ。大学卒業後そのまま映画業界に入ったという。つまりまだまだ未熟者だということだ。

……もっとも、俺も人のことを言えやしないのだが。

【天海春香】

ホラー映画の撮影って言うから、すっごく不気味な島なんじゃないかってことも考えたりしたんだけど、まさかこんなに綺麗な島だとは思わなかったなぁ。

千早「あっ……春香。あの人がもしかして……」

「やぁやぁ、いらっしゃい! ようこそ、月光島へ!」

そう言いながら、桟橋の向こう側から50歳くらいの男の人が近づいてくる。

春香「あのう、もしかして監督さんの……?」

元造「そう! 私が怪鬼正造の兄で、この島の管理者の怪鬼元造だ。よろしく!」

春香「天海春香です! よろしくお願いします!」

千早「あ……如月千早です。撮影の間、お世話になります」

なんていうか、さすが兄弟っていうか……監督さんと似てるなぁ。顔はそうでもないけれど、雰囲気っていうか。

元造「そーか、1年前には見なかった顔だと思ったらお嬢ちゃんたちが……ええっと何とかプロの」

春香「765プロです」

元造「そう、鳴子プロのアイドルってやつか!」

春香「あの、鳴子ではなくって……」

千早「鳴子プロ……なむこ、なるこ……くっ、くふふ……! 皆……よさこい踊り、踊って……くく……」

春香「うわぁ」

元造「とりあえず皆、あそこに荷物を運び入れてくれ。薄い青色の建物があるだろ? 三日月荘っていうところだ」

元造さんはそう言って三日月島の中央部分にある2階建ての建物を指さす。

春香「わかりました! ……それにしても、綺麗な島ですね! 海も透きとおっていて…………」

元造「ありがとう! 私もこの島で釣りをするのが何よりの楽しみなんだよ」

春香「釣りって、この浜辺でするんですか?」

元造「そういうときもあるけど、やっぱり海に出てやるのが一番だね。ゴムボートがあるんだ」

春香「へぇ……」

ボートで海をたゆたいながらのんびり釣りをする……かぁ。一度やってみたいかも。

元造「それじゃ先に向かってていいよ。私は他の連中の様子を見てくるから」

千早「それじゃあお先に行かせてもらいます。行きましょう、春香?」

春香「うん、わかった」

~三日月荘前~

春香「……ふぅー。とうちゃーく! 結構な坂道だったね」

千早「そうね。浜辺側からだんだん高くなってるんだわ。でもその分景色も良くなったみたい」

春香「わぁ! ほんとだ! 浜辺まで見渡せるね。あっ、あれプロデューサーさんかな?」

千早「えっ、どこ?」

春香「ほら、あそこ。あっ、こっちに手振ってるよ」

千早「あ、ほんと……ぷっ、ふふ、今プロデューサーつまづいてたわ」

春香「プロデューサーさんてばおっちょこちょいだね」

千早「……きっと春香には言われたくないと思うのだけど」

春香「え? なに、千早ちゃん?」

千早「なんでもないわ」

「おっ、一番乗りは君らかぁ」

春香「あっ、江久さんだ」

私たちの次に三日月荘に到着したのは俳優の江久静人(えひさ しずと)さん。

筋肉ムキムキの肉体派の俳優さんで、アクションものの映画に出演することが多いらしい。

らしいというのは船の中で江久さんから話を聞いただけで、私は江久さんの出演作を見たことがなかったから。

本人は「あまり大きな役はやったことないから知らないのも無理ない」、と言っていたけれど……。

江久「船酔いはすっかり治ったみたいだね」

春香「あっ、はい。薬、ありがとうございました!」

江久さんは船の中でグロッキーになっていた私に酔い止めの薬を分けてくれていた。

そのおかげで今私はこのように元気ピンピンなのです。

千早「…………」

春香「千早ちゃん? どうしたの?」

千早「あ、いえ……。江久さんの荷物、すごい量だと思って……」

たしかに江久さんの荷物の量はぱっと見、私や千早ちゃんの荷物の3倍くらいはある。

それをちっとも重そうにしていないのがまたすごい。

江久「ああ、この荷物かい? いや僕ってさ、今回ほとんどエキストラみたいなものでセリフのシーンも少ないからさ」

春香「そうなんですか」

江久「うん。だから暇な時間多いかなー、と思ったんで、家にあるトレーニング用具、持ってきたんだ」

千早「と、トレーニング用具……ですか?」

江久「ダンベルに腹筋ローラーにエキスパンダー、縄跳びもあるよ。なんか貸してあげようか?」

春香「遠慮しておきます……」

江久「車が持ってこれたらベンチプレスとか運んできたんだけどなぁ」

春香「それもう本格的にトレーニングしに来てますよね……」

「相変わらずですね、あなたは」

江久「……お。寺恩くんじゃないか」

寺恩「なんのためにここへ来てると思ってるんです? プロならもっと意識を持つべきですよ」

江久「はっはっは。相変わらず手厳しいねぇ!」

この人は俳優の寺恩俊雄(じおん としお)さん。ホラー映画を中心に活躍する俳優さんで、普段から雰囲気ばっちりというか、ちょっと怖いというのが正直な感想。

寺恩「……天海さん、如月さん。あなた方は今回の主役なんですから、それなりの気概を持ってくださいよ」

春香「は、はい! 私、がんばります!」

千早「……やるからには、精一杯やり遂げるつもりですから」

寺恩「……ま、わかっていれば、それでいいんですが……」

江久「あっ、次の人が来たよ」

「おー! 皆はえぇな!」

えっと……あの人は確か……。

春香「だ、だれだっけ、千早ちゃん……?」

千早「輪留さんよ。輪留貞義(わどめ さだよし)さん。もとの映画での主役だった人よ?」

そ、そうだった……。出演者同士の顔合わせみたいなものもなかったし、集合場所の港でも船の中でも会わなかったからまだ顔と名前が一致してなかった……。

せめてその、今回のおまけ映画の元になった本編をあらかじめ見ておけたら、誰が誰だかわかんないなんてことにはならなかったんだろうケド……。

監督さんが、余計な先入観を持ってほしくないって理由で私と千早ちゃん、貴音さんはその映画を見ていない。

もっとも、怖いものが苦手な貴音さんは心底ほっとしていたようだけど……。

プロデューサーさんは映画が公開されたころに一度見たことがあるって言ってたけど、どんな内容かは教えてくれなかった。

輪留「おお! 天海春香ちゃんと、如月千早ちゃん! 本物だァ!」

春香「え……もしかして私たちのこと……」

輪留「もちろん知ってるとも! 俺、結構キミらの番組見てるよー」

春香「わぁ! 本当ですか! ありがとうございます!」

輪留「ええっと……たしか、貴音ちゃんも来てるんだよね?」

千早「ええ、そうですけど、まだ四条さんは……」

貴音「ここにおりますが」

輪留「うおっ!? 後ろに!?」

貴音「皆さま、今回はよろしくお願い致します」

それから私たちはお互いに改めて挨拶をしていった。

輪留「……ところで、ちょうど出演陣全員そろったとこか?」

江久「おお。そういえば、そうだね」

寺恩「……みなさん、当然台本を読み込むぐらいのことはしてきてると思いますが、一応それぞれの役柄を確認しておきましょうか?」

千早「そうですね。スタッフの方達が来る前にざっとやっておきましょう」

春香「ええっと……私と千早ちゃん、貴音さんは、この島に自主制作のドキュメント番組を撮影しに来る女子高生の役ですよね」

貴音「呪いの噂が絶えず、行方不明者も出ているこの島の秘密を調査する、という名目でしたね」

寺恩「物語は常に女子高生の持つビデオカメラ越しに描かれます。ドキュメンタリー風のフィクション、モキュメンタリーなんて呼ばれ方もされますね。ホラーではよく使われる手法です」

江久「ほー、さすが、詳しいねぇ」

寺恩「僕が何本ホラーに出演してきてると思ってるんですか」

輪留「他の連中は基本的に本編での役柄と一緒だったな」

江久「島に船で春香ちゃんたちを連れて行く港の漁師、っていうのが僕の役だね。ちょい役だけど」

輪留「本編でもちょい役だったけど謎の存在感あったからな……。妙な人気あるみたいだぜアンタ」

江久「へぇ、そうなんだ? 自分では気づかなかったなぁ」

千早「輪留さんは、本編での主人公をもう一度演じるんでしたよね」

輪留「そうそう。本編で島に潜む謎の殺人鬼に殺されまくった登場人物の中で、唯一の生き残りである俺が殺人鬼に復讐するために単身島に渡る」

春香「そこで私達と鉢合わせするんですよね」

輪留「ああ。そんでなんやかやあって、俺は最初の犠牲者になるわけだ」

寺恩「前作の主役が続編であっさり死ぬというのもホラーにはよくある、というよりもはや様式美の一つですね」

貴音「寺恩殿は殺人鬼の役、でしたね」

寺恩「そうです。……といっても、黒いマントを羽織り、黒い頭巾で顔を覆っている正体不明の殺人鬼という設定ですから、画面に顔は出ませんがね」

輪留「……よし、これでひと通りは確認できたか」

江久「あっ、タイミング良かったね。監督たちも来たみたいだよ」

見ると、浜辺側から監督さんと元造さんを筆頭にスタッフの皆さんがすぐそこまで来ていた。もちろんプロデューサーさんも一団の中にいる。

正造「よう、待たせちゃって悪いね。船着場で兄貴と話し込んじゃってさ」

元造「みんな、長い船旅で疲れたろう。さぁさ、中へ入ってくれ!」

元造さんの促すまま、私たちは三日月荘へと入っていった。

~三日月荘~

三日月荘の大きな玄関扉は少しきしんでいるようで音がする。しかしその中は小奇麗な民宿を彷彿とさせた。

P「思っていたより綺麗なところだな。無人島だから管理とか大変そうだが……」

プロデューサーさんは他の人に聞かれないように小声でそう言った。

春香「そうですね。正直言うと、どんなところに泊まることになるかちょっと心配もしてたんですけど……」

P「はは、実は俺もだ」

そのとき、監督さんがぱんぱんと手を打って皆を注目させた。

正造「それじゃあ皆、ひとまず居間に集まってくれ。今後の予定について話そう」

私たちは玄関からすぐのところにある居間に集まった。

~居間~

正造「さて、撮影のことなんだが、明日から始めるというのは以前に伝えたとおりだ」

輪留「たしかにそう聞いてるけど、明日から始めて間に合うのか?」

四谷「それなら心配ない。そう複雑なシーンはないし、明後日の船の時間に間に合わないということはないさ」

正造「今日は皆疲れてるだろうし、もうすぐ夕方だ。どうせ機材の準備なんかもしなきゃならんし、じっくりと明日から始めようや」

P「あ、ところで、部屋割りはどうするんです? 満月荘の方とで二手に分かれるんですよね?」

正造「ああ、スタッフ連中にはすでに話してあったんだが……」

ミサリー「たしか、スタッフ陣は満月荘という話だったかしら?」

正造「ああ。明日の撮影は満月島でのシーンから始める。機材の準備などスムーズに行うためにも撮影スタッフのみんなは満月荘に泊まるようにしてくれ」

どうやらスタッフの人たちは前もってどこに泊まるのか打ち合わせがあったみたい。

春香「それじゃ……撮影スタッフ以外の人は三日月荘ってことになりますね!」

正造「ああ。そうなんだけど……ちょっと問題もあってね」

千早「なんです? 問題って?」

正造「もし急な変更や問題なんかがあった時のために、スタッフの中から四谷だけは三日月荘に泊まってもらうことにしたんだよ」

春香「それが何か問題なんですか?」

正造「三日月荘には客室が5つしかないんだ。そのうちひとつは二人部屋だが、それでも6人しか泊まれない」

ええっと……出演者は私、千早ちゃん、貴音さん、江久さんに、寺恩さん、輪留さん。それと私達に付き添いできてくれたプロデューサーさん。そこにチーフADの四谷さんが加わるわけだから……。

春香「……8人いますね」

正造「そこで二人ほど満月荘に泊まって貰うことになるんだが……」

貴音「では私が」

春香「え!?」

正造「おお、助かるよ貴音ちゃん」

千早「い、いいんですか、四条さん?」

貴音「? なにか問題が?」

千早ちゃんがそう聞きたくなる気持ちはよく分かる。スタッフの人達と面識はあるにしても、その中に一人だけ混じるというのは勇気のいることだ。しかも他は全員男の人だし……。ミサリーさんは男扱いしたら怒られそうだけど……。

正造「それであと一人なんだが……」

P「あ……じゃあ俺が」

春香・千早「なっ!?」

三日月荘1階 http://i.imgur.com/2tSzop8.jpg
三日月荘2階 http://i.imgur.com/OeOjgp1.jpg

~三日月荘2階 春香・千早の部屋~

三日月荘メンバーは元造さんから各々部屋の鍵を受け取る。ホテルなどにあるマスターキーのようなものはないので、鍵を失くさないようにと念を押された。

ちなみに元造さんは1階にある自分の部屋を使うらしい。

鍵を受け取った後は自分の部屋に荷物を運び入れた。貴音さんとプロデューサーさんは満月荘コースが決定してるので荷物は下に置きっぱなしだ。

私は千早ちゃんと一緒に二人部屋を使うことになった。それはとてもよかったんだけど……。

春香「どうして満月荘に泊まるだなんて言っちゃったんですかぁ!?」

P「い、いやだって、仕方ないだろ? 貴音を一人にするのも可哀想じゃないか」

貴音「……私のせいでプロデューサーに迷惑をかけてしまったようですね。申し訳ありません……」

P「俺のことは別にいいんだが……」

千早「四条さんはどうして満月荘に?」

貴音「その……申し上げにくいのですが、満月荘という名前が気に入ったものですから……ただそれだけで、深い理由はないのです……」

春香・千早「」

P「まぁそんなことじゃないかとは思った」

……そういえば貴音さんって、満月の日にはいつも月を眺めるって話してくれたことがあったっけ。やっぱりそれだけ好きなんだろうなぁ。

P「……っと、ちょっとトイレ行ってくるよ」

そう言ってプロデューサーさんは部屋を出る。

貴音「……申し訳ありません。ふたりとも」

春香「や、やだなぁ、そんなに謝ることないですよ!」

千早「そうですよ、四条さんはなにも悪いことしてないんですから」

貴音「しかし……ふたりは、特に春香はプロデューサーと一緒がよかったのではありませんか?」

春香「もしゅ!?」

千早「は、春香、今どこから音が出たの?」

春香「え、え、ええと……な、なんで貴音さんはそう思ったの?」

貴音「はて……なんとなく、でしょうか」

なんとなく、かぁ……。参ったなぁ……。

たしかに……ちょっと……寂しい、かな……。

プロデューサーさんがトイレから戻ってきたことでその話は打ち切られた。

その後しばらく4人で他愛のない話を続けて……。

P「……そろそろ満月荘へ向かう時間か」

貴音「……そうですね」

窓から覗く日は、もう傾きかけている。満月荘まではそう遠い道のりではなさそうだったけれど、付いて行くと帰りはもう暗くなっているかもしれない。

だから、貴音さんとプロデューサーさんとは、今日のところはここでお別れだ。

P「それじゃあ俺らはもう行くからな」

…………?

千早「はい、また明日もよろしくお願いします」

P「ああ。明日からの撮影に備えて、今日は早めに休んでおけよ?」

なんだろう……この感じ……?

千早「ええ、わかっています。春香にもちゃんと――春香?」

春香「……え? な、なに? 千早ちゃん?」

千早「なんだかぼーっとしてたけど……」

P「え? 大丈夫か、春香? まさか熱でも――」

春香「い、いや、大丈夫です! ちょっと考え事してて……」

P「そうか? それならいいんだが……」

どうしたんだろう、私……。今、なにか……。

P「おっと、いかんいかん。それじゃあもう行くからな」

貴音「また明日、お会いしましょう」

P「二人とも風邪引くんじゃないぞ!」

千早「プロデューサーは心配しすぎです」

P「そうか? はは、じゃあな!」

プロデューサーさんと貴音さんは部屋を出て行く。だんだんとさっきまであった熱気が冷めていくような感覚。

春香「……………………」

千早「……春香、やっぱりどこか悪いんじゃない? 様子が変よ?」

春香「ううん……違うの。体調が悪いとかじゃなくて……」

千早「なくて?」

春香「なんだか……嫌な予感がしたの」

千早「嫌な予感?」

春香「なんて言うか……胸騒ぎっていうのかな……すごく、不思議な感覚だったんだけど……」

自分でもなんて言ったらいいのかよくわからない。不思議で、曖昧な感覚だった。

春香「もう二人と……プロデューサーさんや貴音さんと会えなくなってしまいそうな……そんな予感がしたの」

千早「……………………」

千早ちゃんは黙ったまま、じっと私のことを見つめている。あれ? もしかしてやっちゃった? 私、変な子って思われてる?

千早「……大丈夫よ」

春香「え?」

千早「そんなことにはならないわ。明日の朝になればまたすぐ会えるわよ」

春香「そ、そうだよね……えへへ、ごめんね、変なこと言っちゃって……」

千早「…………春香」

春香「……うん?」

千早「少し、散歩しましょうか」

【プロデューサー】

~三日月荘前~

春香のやつ、ちょっと様子が変だったけど本当に大丈夫だろうか……?

正造「どうしたプロデューサーくん? 浮かない顔だな」

P「監督。いえ、ちょっと……」

正造「……そうか、やっぱり心配だよな。うん、よくわかるよ」

P「え、わかります?」

正造「ああ、目を話した隙に自分とこの所属アイドルに悪い虫がつかないか心配なんだろう?」

ぜんぜん違うんですけど。

正造「……そうだな。よし、ちょっと待ってろ」

そう言って監督は荷物を抱えたまま三日月荘の中に戻ってしまった。しばらくして戻ってくると、俺にあるものを手渡してきた。

P「これ……もしかして、トランシーバーですか?」

ポケットに入るぐらいの小さなタイプだ。

正造「そうだ。撮影のとき、離れた場所にいるスタッフと連絡を取るときなんかに使うんだが……まぁそれはいいとして、そいつと同じ物を春香ちゃんたちに渡すようにって兄貴に預けてきたからさ」

P「え……ってことは」

正造「どうしても心配になったらそいつを使って春香ちゃんたちと連絡を取ればいい。半径1キロから2キロは通じるはずだから、この二つの島の間くらいなら余裕よ」

P「本当にいいんですか? こんなもの借りてしまって」

正造「なぁに、予備はまだある。一応三日月荘と満月荘にそれぞれ電話はあるが、居間に1つずつ置いてあるだけだから、いつでも連絡を取るってわけにはいかないだろうしな」

P「ありがとうございます、監督!」

経緯はともあれ、携帯も使えないこの島で春香たちといつでも連絡を取れるようになったのはすごく助かる。

それじゃあ、向こうに着いてひと心地ついたらさっそく連絡してみるかな。


それから俺たち満月荘メンバーの面々は、三日月荘を出発した。

スタッフの人達はみなそれぞれの荷物と撮影用の道具の二つを持っているので、三日月島の橋側にかけての登り傾斜はなかなか大変そうだ。

大芽「なぁプロデューサーのにいちゃんよ」

P「はい、なんです大芽さん?」

肩に重そうなカメラを担いだ大芽さんが周囲に聞かれないように小声で話しかけてきた。

大芽「うまいことやったな」

P「は?」

大芽「いやほら、さっきの部屋決めのときのあれ。あらかじめ打ち合わせしておいたんだろ?」

P「打ち合わせ、ですか?」

一体何のことだ?

大芽「何だ違うのか? 俺はてっきりお前さんはあの貴音って子とイイ仲で、二人っきりになるためにあんなマネをしたんだろうと思ったんだが」

P「違いますよ!!」

……ハッ!? 思わず大声を出してしまった!

歩留田「急にど、どうしたんですか? ……何が違うんです?」

P「い、いや、なんでもない、なんでもないから」

歩留田「はぁ、そうですか……?」

再び声を抑えて大芽さんに話しかける。

P「大芽さんの考えているようなことは一切ありませんから! ちょっとした噂がアイドルにとっては致命傷になることだってあるんですから、そんなこと他の人に話さないでくださいよ?」

大芽「わ、悪い悪い……。俺、アイドル事務所のプロデューサーなんて大抵アイドルの誰かとできてんだろうなぁって思ってたからよ。すまん、許してくれ」

P「少なくともウチではそんなことはありませんよ……」

もしあったとして、それが世間にバレたらどうなるか……考えたくもないな。

三日月荘から5分ほど歩いた所で、満月島へと渡る橋の前まで来た。

しかしこの橋、遠くから見えていたときは気が付かなかったけど……。

P「吊り橋……なんだな」

頼りない木の板がところどころ隙間を作りながら並べられている。

目測、海面からの高さ50メートル。満月島までは……100メートルくらいはあるかもしれない。

正造「よーし渡るぞー」

監督たちは平気な顔をして橋を渡っていく。一年前の撮影のときもこの橋を使って島を行き来していたから、もう慣れているのだろう。

P「た、貴音……渡れるか?」

貴音「は、はい。プロデューサー……」

普段は冷静沈着な貴音も、さすがに顔が蒼い。

P「よし……俺が先導するから、ついて来い、いいな?」

貴音「わかりました……」

速く歩くと板が揺れて橋を渡るどころではなくなる。かといって、ゆっくりすぎても恐怖体験の時間が長引くのでよくない。速すぎず、ゆっくりすぎずのスピードで橋を進む。

……橋を渡り始めてから思い出してしまったのだが、俺は高いところが苦手だった。というのも、以前にある場所から落ちて死んだ……いや、正確には殺された、だったが……そういう死体を見てしまったことがあるので、それ以来どうしても落ちるという連想をしてしまう高い場所が苦手になってしまった。

俺はなんて馬鹿なんだ。まだ橋の中ほどなのに、そんなことを思い出してしまうなんて。くそ、くそ。

時折後ろの貴音を横目で確認しながら歩みを進める。先に渡り始めた監督たちはとうに満月島に着いてしまったようだ。俺も貴音も橋を渡り始めてから一言も喋らない。聞こえるのは真下からの木板を踏む音と更にその下からの波しぶきの音だけだ。……足が震える……頭も少しクラクラしてきたかもしれない。

そのとき、不意に背中に何かが触れる。

P「わっぷ!?」

貴音「あっ……申し訳ありません。無意識のうちに背中に手を……」

P「……………………」

貴音「ぷ、プロデューサー?」

P「いや……そのままでいいぞ。背中に手を当てたまま、その手だけをじっと見るんだ。それ以外のものを見ないように。そうすれば気がついたら向こう側だ」

貴音「は、はい……!」

びっくりしたおかげで恐怖心はどこかへ飛んでいってしまったらしい。さっきまであった足の震えも消えた。なにより、貴音が俺を頼りにしてくれているというだけで、力が湧いてくるような気がする。

そうして俺達は、ようやく――といっても、長く感じていただけで橋の上にいたのはせいぜい2分程度だったのだが――とにかく、満月島へと足を踏み入れた。

ミサリー「二人ともご苦労様。他の連中は先に向かわせたわよ」

P「ミサリーさん。もしかして待っててくれてたんですか?」

ミサリー「迷うほどじゃないけど、ここらはちょっとした林になってるからね。念の為に私が残っておいてあげたのよ。感謝なさいな?」

貴音「お心遣い、痛み入ります」

ミサリーさんの言うとおり、満月島の入り口付近は木々が生い茂り、薄暗い林となっている。島自体がたいした大きさではないので、迷うことはないだろうけれど。

ミサリー「それにしても、アナタ意外と根性あるのねぇ。高いところ苦手なのに、しっかりその子をエスコートしてたわ」

P「ど、どうして俺が高いところ苦手だって……」

ミサリー「んなもんこっちから見てりゃすぐわかったわよ。顔は真っ青、足なんかガクガクだったじゃないの。まぁ途中からはなんか吹っ切れたみたいだったけど?」

P「はは……参ったな」

そんな姿、見られたのがミサリーさんだけでよかった……。

貴音「まこと、感謝しております。プロデューサーがいなければ、あの橋を渡ってこれたかどうか……」

P「いいよいいよ。大したことしてないんだから」

ミサリー「…………貴音ちゃん、アナタ随分このプロデューサーくんを信頼しているみたいね」

貴音「……はい。私はこの方を、プロデューサーを心から信頼出来るお人だと思っております。ゆえに、プロデューサーには人生さえも預けられるのです」

まーたこの子は、大芽さんあたりが聞いたら誤解しそうなことを……。

ミサリー「……いい信頼関係ね。羨ましいわ。……さぁ、着いたわ。あそこが満月荘よ」

円形の満月島の中心近くに位置する、薄いオレンジ色の建物。三日月荘は2階建てだったが、こちらは1階建ての分、敷地面積は広めだ。玄関の横には蛇口付きの洗い場のようなものがあるのが見える。

ミサリー「……最後に二人に言っておくわ」

先を歩いていたミサリーさんが立ち止まって言った。

ミサリー「お互いそれだけ信頼出来る相手、大切になさい。失ってしまったら、いくら後悔してもその時には手遅れなんだから。……忘れないで」

P「……ミサリーさん?」

ミサリー「さて、それじゃ私は先に中に入ってるわよ」

P「あっ、ちょっと……」

制止する声も意に介さずといった様子で、ミサリーさんは満月荘へと歩いていった。

P「……貴音、どう思う?」

貴音「……そうですね。まるでミサリー殿自身の体験からくる言葉のように感じました」

P「そう、だよな……俺も、そう思った」

ミサリーさんは過去に失ってしまったのだろうか……信頼する人を。

P「…………もしかして、あのことかな…………?」

貴音「? 今なにかおっしゃいましたか?」

P「ん……いや、なんでもない」

ミサリーさんの言うことに思い当たるフシがあったのだが……所詮、ただの思いつきにすぎない。心のなかに留めておこう。

~満月荘 プロデューサーの部屋~

満月荘見取り図 http://i.imgur.com/aTn0eTk.jpg

満月荘の中も、三日月荘と同様に手入れが行き届いているようだった。

玄関から居間が直接繋がっており、そこで監督から自分の名札の付いた鍵を受け取り、部屋に荷物を運び入れる。

P「……肩が痛い」

ずっと荷物を肩にかけていたせいだ。普段の運動不足のせいもあるだろう。橋を渡るときの緊張で首の調子もなんだかおかしい。……明日は筋肉痛だな。

……そうだ。監督から渡されたトランシーバー、あれを使ってみようか。ズボンのポケットからトランシーバーを取り出す。

P「……使い方わかんないぞ」

監督に聞きに行くか? いやでも、明日の準備とかしてるかもしれないし、邪魔したら悪いよな……。

P「……なせばなる、と……」

適当にボタンや目盛りをいじってみる。そして10分ほど経った頃、なんとかコツが掴めてきたようで、やっと通話に成功する。

P「あっ、春香か?」

【天海春香】

~三日月島 浜辺~

千早ちゃんに誘われるがまま、私は三日月島の浜辺に来ていた。

千早「……夕日が綺麗ね」

春香「……そうだね」

千早「……昔、まだ小さかった頃にこれと同じくらい綺麗な夕日を見たわ」

春香「…………?」

千早「家族旅行に行った帰りだったわ。旅行そのものは、どこへ行ってなにをしたのかも、よく憶えてはいないんだけど……帰りがけに車で通った浜辺に浮かんでいた夕日、あれだけははっきり憶えてる」

春香「家族旅行……あ…………」

千早「前に少しだけ話したことがあったわよね? 弟のこと……」

春香「あっ、うん…………」

前に聞かせてもらったことがある。千早ちゃんの弟の話……。

あのときの千早ちゃんはとても悲しそうで、辛そうで…………だから私もあまり深くは聞かないようにしていたのだけれど。

千早「……あの子はきっと、私達家族に振りかかるはずだった不幸を全て背負ってしまったんだって……そう思うようにしたの。……これって、自分勝手な、一人よがりな考えだって思う?」

春香「ううん……。そんなことない」

千早「……ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるわ」

千早「……それでね。あの子にお願いをしたわ」

春香「お願い?」

千早「そう。天国から……私達家族だけじゃなくて、私の大切な人たちも守ってほしいって」

春香「それって…………」

千早「もちろん事務所の皆のこと。……ふふ、たくさんいるからちょっと大変かもしれないけど。でもあの子は優しいから、きっと私のお願いなら聞いてくれると思うの」

春香「千早ちゃん…………」

千早「だからね? 春香が不安を感じたとしても、きっとあの子が守ってくれる。プロデューサーや四条さんも同じ。……って、思えないかしら?」

そっか……千早ちゃんは、ただ私を安心させるためにこの話を……。

千早「……春香?」

春香「えへへ……千早ちゃん、大好きッ!!」

千早ちゃんの気持ちが嬉しくてたまらなくて、それを全て言葉にするより前に、抱きしめていた。

千早「きゃあ!? ちょっと、春香……しょうがないわね」

千早「それじゃ暗くなってきたし、そろそろ戻りましょうか」

春香「うん、そうだね。……千早ちゃん、アレなんだろう?」

浜辺の波打ち際に黒い何かが打ち寄せられている。

近づいて見てみると、その黒いものはナイロン製のケースで、中には小さなデジタルカメラが入っていた。

千早「それじゃ……誰かが落としたカメラがこの島まで流されて来たってことよね」

春香「うわぁ、落とした人かわいそうだね」

千早「……でもこのカメラ、よく沈まないでここまで流されてこれたわね」

春香「そっか……普通沈んじゃうよね。……あ、わかった。これだよ」

千早「なに?」

春香「このケース、浮き袋みたいに空気が入ってる作りになってるんだよ。だから水に沈まずにこれたんじゃないかな?」

千早「へぇ……今はそんなものがあるのね」

春香「うーん……でもさすがに途中で波をかぶったみたい、少し濡れちゃってる」

千早「壊れてるの?」

春香「防水カメラみたいだから、水没してないんだったら大丈夫とは思うけど……一応乾くまでは電源を点けないほうがいいかも」

千早「それ、どうするの?」

春香「ここに置いておくのもね……とりあえず部屋に持って帰ろうか」

千早「そうだ春香、来た時から気になっていたんだけど、あの小さな小屋は何かしら?」

千早ちゃんが指差す先にあるのは、浜辺のどちらかと言うと陸寄りの方に建っているトタン小屋。

春香「……ああ、なんだろうねあれ。中、見てみよっか?」

小屋の中は狭く、畳2畳分くらいのスペースしかない。床はタイル張りになっていて、入り口右側の壁に小さな採光窓が取り付けられているだけで電灯はない。そして、入り口から左に折れ曲がった先の壁にはシャワーが設置されていた。

春香「あっ、わかった。ここってきっと、海から上がった後にシャワー浴びるとこなんだよ」

千早「ああ、海の家とかにあるあれね」

春香「はぁ~、こんなに綺麗な海なかなかないのに、入れないのはもったいないなぁ」

千早「今の時期に入ったら間違い無く風邪をひくわね」

春香「ぶー」

千早「はいはい、じゃあそろそろ戻りましょう」

~三日月荘2階 春香・千早の部屋~

乾きやすいように部屋の窓の近くにカメラを置いておく。

部屋に戻って数分経った頃、こんこんとドアをノックする音が聞こえる。

春香「はいはーい?」

ドアを開けると、元造さんがいた。

元造「おっ、よかった。戻ってきてた」

春香「あっ、もしかして出かけてた間にも来てくださったんですか?」

元造「ああ、こいつを渡すように頼まれててね」

元造さんはポケットからなにやら機械をとりだす。

春香「それは?」

元造「なんに見える?」

春香「えっと……あ、トランシーバー!」

ロケのときにスタッフさんが使ってるのを見たことがある。

元造「プロデューサーくんも同じのを持ってるから、何かあったらこれで連絡を取りなさいとのことだ」

春香「え、プロデューサーさんが?」

元造「きっと君達のことが気がかりで仕方ないんだろうな。使い方は……まぁ、感覚でわかるだろう。若いし」

春香「は、はぁ」

元造「ところで千早ちゃんも部屋に?」

春香「はい、呼んできましょうか?」

元造「いや。もうすぐ夕飯にするからそれだけ伝えてくれればいいよ。大したものじゃないけどね。そのかわり良いコーヒーを用意してあるから。それじゃ」

春香「ありがとうございました」

千早「なにそれ?」

春香「これで向こうのプロデューサーさんと連絡が取れるんだって」

千早「ああ、トランシーバーね。監督から借りたのかしら」

春香「そうかも」

千早「……ふふ、よかったわね、プロデューサーと話せるじゃない」

そう言ってニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

春香「う、うん……」

ピーピーピー

春香「え?」

千早「な、なんか音出てるわよ?」

春香「え? え? ど、どうしよう千早ちゃん!?」

ブツッ……ザー……

春香「あ……今度は砂嵐みたいな音に……」

千早「と、とにかく何かボタンを押してみたら?」

春香「この『送信』ってボタンでいいのかな……? ええと……こちら天海春香です、おーばー?」

千早「なにそれ」

春香「え? 無線で話す時ってこうするんじゃないの?」

P《あ、春香か?》

春香「プロデューサーさん!」

P《おお、うまく繋がったみたいだな》

P《こっちはとりあえず満月荘に着いたとこだ。そっちは変わりないか?》

春香「ええ、こっちは大丈夫です。……でもびっくりしました。これプロデューサーさんのアイデアですか?」

P《いや、そっちを出るときに監督が気を利かしてくれてな。一組だけ借してくれたんだ》

春香「そうだったんですか。明日お礼言っておかなきゃですね」

P《そうだな。千早も今近くにいるのか?》

春香「はい。今部屋の中ですからいますよ。はい千早ちゃん」

千早「あ……もしもし、プロデューサー?」

【プロデューサー】

~満月荘 プロデューサーの部屋~

P「その……そっちを出るときに春香の様子がちょっとおかしかったように感じたんだが、大丈夫そうか?」

千早《そのことならもう心配いりませんよ。こちらで解決しました》

P「そ、そうか? それならよかった。……千早がなにかしてくれたのか?」

千早《……いえ。私はなにも》

P「そうか……詳しいことはわからないけど、ありがとうな」

千早《なにもしてませんってば》

P「ところでこのトランシーバーなんだが、呼び出し音の後に話ができるようになるみたいだな」

千早《そうですね。あまり大きな音じゃありませんでしたけど、少し驚きました》

P「部屋の外で使うと他の人にびっくりされるかもしれないから気をつけたほうがいいぞ」

千早《それじゃ、これは部屋の中で使うようにしますね》

P「それがいいな。何かあったらいつでも連絡するんだぞ。じゃあな」

千早《はい。ではまた明日》

さて、そろそろ夕飯でも食いに行くかな。台所にはインスタント食品がたくさんあると監督が言っていたから、さっさと作って食べてしまおう。

P「……もう外は真っ暗だな」

はめ殺しの窓から見えるのは満月島の夜の闇と、それに差し込む仄かな月明かり。街の中とは違って人工的な灯の一切存在しない景色。

P「怖いわけじゃないが、おしゃれに夜の散歩という気分にはならないかな」

迷いそうだし。誤って崖から転落なんてしたら発見してもらえないかもしれない。
そんなしょうもないことを考えながら俺は部屋を出る。

……だが、確実に『そのとき』は訪れようとしていたのだ。
月光島を包囲する憎悪は、既に形となって現れようとしていた――……。

【天海春香】

~三日月荘 春香・千早の部屋~

千早「夕飯、なかなか美味しかったわね」

春香「えー、あれって多分インスタント食品あっためただけだよ? コーヒーはたしかに美味しかったけど」

千早「……そうなの? 私全然気が付かなかったわ」

春香「千早ちゃんはもっと食に関心を持つべきだよ! アイドルだって体が資本だよ?」

千早「……そうね。正論だと思う」

春香「そうだ! 明日は一緒に皆の分の御飯つくろうよ!」

千早「え……でも私、料理なんてほとんどしないから……」

春香「大丈夫! 千早ちゃんは簡単なこと手伝ってくれるだけでいいから!」

千早「そう? それなら……構わないけど」

春香「あっ、でも台所にちゃんとした食材あるのかなぁ?」

千早「それもそうね……元造さんに聞いてみる?」

春香「うーん……後でね。今はベッドから降りたくないや」

千早「もう……そのまま寝ちゃわないでよ?」

春香「わかってるよぉ……てか千早ちゃんだって横になってるじゃん」

千早「…………なんだかちょっと体がだるいのよね」

春香「あ、千早ちゃんも? 実は私もちょっと……」

千早「まずいわね……二人揃って風邪でも引いてたら迷惑どころの話じゃないわ」

春香「……あ、じゃあむしろさっさと寝ちゃう?」

千早「そうね……そのほうがいいかも」

春香「あーあ……せっかく千早ちゃんと一緒の部屋になったんだから夜通しお喋りしようと思ってたのに……」

千早「……………………」

春香「千早ちゃん?」

千早「……私、明日死ぬのよね」

春香「はいぃッ!?」

思わずベッドから跳ね起きる。

千早「やぁね……そんなに驚かないでよ。映画の話よ」

春香「あ」

そうだった……千早ちゃんは殺人鬼に殺される役を演じるってことすっかり忘れてた……。
なんかホッとしたら疲れがどっと出た気がする……。

千早「叫び声とか上げるのよね……ちゃんとできるかしら?」

春香「大丈夫だよ……千早ちゃん……声量あるし……」

千早「声量の……問題……なのかしら……」

あー、それにしてもびっくりした……千早ちゃんも千早ちゃんで言葉足らず過ぎるよ。

春香「……ち、……は……」

あれ? なんで声出ないんだろう? 視界もぼやけるし……千早ちゃん、寝ちゃってる?
おかしいな…………体……動かないや…………私も……ねむ………………。

【プロデューサー】

~満月荘 プロデューサーの部屋~

P「……もう11時か。あいつらもう寝たかな?」

腕時計を見ながら一人つぶやく。
明日は撮影開始の時間も早いことだし、俺ももう休むかな。

P「……?」

なんか、部屋の外が騒がしいな……。何かあったのか……?
そのとき、騒々しくドアがノックされた。

大芽「おい、にいちゃん! マズイことになった! すぐ出てきてくれ!」

P「大芽さん……? 何があったんです?」

大芽「口で説明するより見てもらった方が速ぇ!」

大芽さんの口調から決して冗談などではないとわかる。

P「今出ます!」

~満月荘 居間~

正造「全員いるな? じゃあ行くぞ!」

俺達は居間に一度全員集まった後、異変の起こったらしい場所に向かうことになった。

P「貴音、いったい何が……?」

貴音「……おそらく、アレのことでしょう」

貴音は居間に取り付けられた窓を指さす。そこから見えたものに俺は戦慄した。

P「アレって……まさか……嘘だろ……?」

今、俺が考えていることが正しいとしたら、相当まずい事態だ。

貴音「とにかく、今は直接確認しに参りましょう」

P「あ、ああ!」

~満月島 橋の前~

そこで待ち構えていたのは、予想通りの光景――認めたくはなかったが。夕方、俺達が必死な思いで渡ったあの吊り橋……が、今は眩いばかりに燃え盛る業火に包まれている。

歩留田「そっ、そんなぁ……!? どうしてこんなことに……!?」

大芽「これじゃあ消火も間に合わんだろうな……」

正造「大変なことになった…………撮影どころではないぞ…………」

ミサリー「これで向こうの島との行き来はできなくなってしまったわね…………」

三日月島との行き来が、できない……?
そうか……しかも満月島は周囲を高い崖に囲まれた形になっているから……。

P「そ、それじゃ……俺達、ここに……満月島に閉じ込められてしまった…………?」

貴音「……出火の原因は何だったのでしょう?」

歩留田「……か、雷でも落ちたんじゃ?」

ミサリー「そんな天気じゃなかったでしょうに。じゃあアナタ、落雷の音でも聞いたの?」

歩留田「い、いいえ……」

貴音「最初に橋が燃えていることに気がついたのは、どなたですか?」

大芽「俺と怪鬼とミサの3人だ。居間で酒飲みながら話してたら、窓の向こうが赤く光ってやがったからよ。方向が吊り橋の位置だったもんで、もしやと思って、それぞれで他の連中を呼びに行ったんだ」

正造「大芽がプロデューサーくんを、ミサが貴音ちゃんを、俺が歩留田くんを呼びに行った。窓の光を見てからすぐだ」

貴音「3人で居間にいらっしゃったというのは、どのくらいの時間ですか?」

ミサリー「結構長くいたわよ、ねぇ監督?」

正造「ああ……もう2時間くらいは経っていたんじゃないか?」

大芽「俺もそのぐらいだと思う」

貴音「……2時間、というと、9時頃からですね。居間は玄関と繋がっているわけですが……その間、誰か外に出た方は?」

ミサリー「いないわ。もちろん入ってきた人も、ね。……つまり満月荘の人間には確固たるアリバイがあるというわけね」

正造「お、おいミサ……アリバイって……」

ミサリー「どう見ても、自然に燃えたって燃え方じゃないでしょ、これは。……『誰かが橋を燃やした』のよ」

歩留田「誰かがって……一体誰が!? こんなことして何になるっていうんですかぁ!?」

ミサリー「うるさいわね。そんなの私の知ったことじゃないわよ」

P「ま、待ってください。監督たち3人が居間で異変に気が付き、それぞれが部屋にいた一人を呼びに行った。そして、異変が起こるまで少なくとも2時間は誰も満月荘を出入りしていない……。今もこうして燃えている橋の様子からして2時間より前に出火したことはまずありえない……そういうことですよね?」

ミサリー「まとめ上手ね。そのとおりよ」

P「誰かを疑っているようで悪いんですけど…………例えば、監督たちの目に映らないように部屋やトイレの窓から出て行ったという可能性はありませんか?」

正造「……いや、それはないな」

大芽「ああ、にいちゃんは今回初めてここに来たから知らんのも無理はないが、満月荘の窓は全てはめ殺しになってる。裏口もない。出入りは全て玄関からでないと不可能だ」

そういえば……思い返せば俺の部屋や、居間の窓も全てはめ殺しになっていたな……。他の部屋もそうなのは当然か。

歩留田「そ、それじゃあ……どういうことなんです? 満月荘の人間には橋を燃やすことは不可能だった……ということは…………」

ミサリー「やったのは三日月荘の連中のうちの誰か……あるいは、それ以外」

P「それ以外…………」

ミサリー「…………月光島に潜む怪人……とか」

大芽「お、おいミサ……こんなときにふざけたこと……」

ミサリー「ふふ、もちろん私だって本気で考えてるわけじゃないけど……可能性はゼロじゃないでしょう?」

貴音「…………それにしても、妙だとは思いませんか?」

P「……妙なことだらけだと思うが……何が気になるんだ?」

貴音「これだけの火勢にも関わらず、向こう岸……三日月島側の岸に誰一人として、様子を見に来る者すらいないというのは、不自然ではないでしょうか……?」

P「え…………?」

どくん、と鼓動が脈打つ。本当だ……どうして三日月荘からは、誰も見に来てないんだ……?
全員、火に気がついていないのか……? 

そんなバカな……間に林を挟む満月荘からの光景とは違って、三日月荘からは炎の光が眩しいほどだろうに、この火に気が付かないなんてことがあるはずがない。
まさか、この時間に一人残らず寝ているなんてこともあるまいし……。

貴音「とにかく、三日月荘と連絡を取る上でも一度満月荘に戻ったほうが良いのではないでしょうか?」

正造「そうだな……満月荘から電話で連絡を取ろう。こうなっては、救助を呼ぶにも無線機がある三日月荘からでないといかんしな」

~満月荘 居間~

戻り際に監督が説明してくれたことだが……三日月荘と満月荘の居間にはそれぞれ1つずつ電話機がある。回線は2つの建物間にしか引かれていないため、どちらかの建物からもう一方の建物へ電話をかけるということしかできない。

本土側へ連絡を取るためには、三日月荘にある固定の無線機を使う必要がある。橋が燃えてしまった以上、三日月荘側から救助を呼んでもらわなければ俺達は満月島から閉じ込められたままになってしまうということだ。

正造「……くそっ!! どうして繋がらない!?」

監督は受話器を叩きつけるように戻す。さっきから監督や大芽さんが何度か繰り返しているが、三日月荘に連絡はつかない。

大芽「どうも向こう側の電話機の電源が入ってねぇみたいだな」

歩留田「ど、どうして向こうは電源切ったりなんてするんです?」

大芽「そんなこと俺がわかるわけねぇだろ」

ミサリー「……明日の朝にはさすがに三日月荘の連中もこの事態に気がつくでしょうから、今日のところはもう休んだらどうかしら?」

正造「……そうだな。少し疲れた。おとなしく朝を待とう」

ミサリーさんの提案を受け、皆はそれぞれの部屋に戻っていく。

P「貴音……なんだか大変なことになったな」

貴音「……ええ。ですが…………何やら胸騒ぎがします」

P「…………どういうことだ?」

貴音「吊り橋が燃えたのが、人為的な要因によるものだとすれば……橋を燃やした人物の目的は、『ただ橋を燃やすことだけ』だったのでしょうか……?」

P「……そうじゃなかったら、なんだって言うんだ?」

貴音「……………………異変はまだ続きそうな気がするのです。これは直感としか言いようがありませんが…………くれぐれも、お気をつけください」

貴音はそう言うと、居間を出て自分の部屋へ向かっていった。玄関から見て左側の廊下の一番手前が彼女の部屋だ。そのとなりに俺の部屋がある。

貴音の言っていたことは気になるけれど……朝になれば、三日月荘の人たちが気づいて救助を呼んでくれるはずだ。

~満月荘 プロデューサーの部屋~

部屋に戻って一息つく。

数分経ってから、俺は自分の間抜けさを痛感する。

混乱していたとはいえ、どうして今まで思い出さなかったのだろうか!?

三日月荘と連絡を取る方法ならば『ある』じゃないか!!

そのとき、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。ノックの主は監督だった。

正造「おお、すまないね。プロデューサーくんに渡したトランシーバー! アレで連絡つかないか?」

P「ええ、ちょうど今やってみようと思っていたところです!」

正造「そうか! 頼むよ」

ボタンを押し、春香たちの持つトランシーバーを呼び出す。

P「…………………………………………」

…………出ない? どうしてだ…………? 呼び出し音は鳴っているみたいだから、電源が入っていなかったり、故障しているというわけでは無さそうだけど……。

正造「……それも、通じないのか……」

P「……そうみたいです」

正造「さっき、部屋に戻ってからすぐトランシーバーのことを思い出して、他に持ってた予備で三日月荘の固定無線機に連絡できないかも試したんだが…………」

P「それも、ダメだったんですか?」

監督は力なく頷いた。

正造「……わかった。じゃあ、俺は部屋に戻るから……」

P「あ、はい…………」

正造「プロデューサーくん……」

P「はい?」

正造「朝になれば、全て解決する……そうだよな?」

P「…………ええ、そうに決まってます」

正造「……うむ。じゃあ、おやすみ」

監督は部屋を出て行く。なんだか、精神的に追い詰められていたように見えたな……。

しかし……どうして春香たちは応答しないんだ……? 

その後、何度か春香たちとの連絡が取れないか試みたが、結果は失敗だった。

寝ていたにしても、さすがにこれだけ呼び出せば気がつくと思うんだが……。

まさか、連絡が取れないほどの事態が向こうで起きているんじゃ……。

P「まったく……どうなってんだ……」

ため息をつきながらベッドに腰掛ける。

P「ん…………?」

ドアの下に一枚の紙が置いてあるのに気がつく。部屋に戻ってきた時も、監督が出て行った時にも無かったはずのものだ。

ドアの下には僅かな隙間があるので、そこから滑りこませたのだろうか? 

拾い上げてみると、床に面していた側に何やら文章が書かれている。ボールペンか何かで書いたようだが、ガタガタでお世辞にも上手な字とは言いがたい。それにところどころに擦ったようなインクの滲みがある。


『燃えた橋のことで内密に相談したきことあり 午前2時ちょうどに橋の前まで来られたし』


なんか固い表現だな……なんとなくこういうのは貴音のイメージだけど……。

だが、この手紙の差出人が誰にしても、一体どうしてこんな真似を? 要件があるなら直接話せばいいものを。

P「まさか……他の人に聞かれたら困る話ってことか……?」

場所に満月荘ではなく、わざわざ橋の前、そして午前2時という深夜の真っ只中を指定した理由があるとすれば、それぐらいしか思いつかない。

腕時計を見ると、0時を少し過ぎていた。約束の時間までは2時間。時間を潰すために考えることならばたくさんある。

例えば、橋が燃えたのは事故か、そうではないのか? 事故でないなら、橋を燃やしたのは誰なのか? なぜ三日月荘と電話が通じなくなっているのか? 春香たちがトランシーバーでの呼び出しに答えないのはなぜなのか? 俺をこの手紙で呼び出したのは誰なのか? その人物はなぜ俺を選んだのか? 橋のことで相談したいこととは何なのか?

――時間はあっという間に過ぎ、午前2時前となった。結局、考え事の成果は出なかった。

廊下に出ると、静けさに包まれた空気がどこか不気味に感じる。

念の為に、トイレを済ませてから約束の場所へと向かう。

~満月島 橋の前の林~ 

鞄に懐中電灯を入れてきていてよかった。まさかこんな時間に外を歩く羽目になるとは思わなかったが。

橋の方はさすがに燃え尽きて鎮火したようだ。辺りはもう真っ暗である。

林の中は道ができているので、足元を確認しながら進めば橋の場所へ行くだけなら迷いはしないだろう。

――……さて、そろそろ林を抜けるころか……時間もちょうどいいな。向こうに燃え尽きた橋の残骸が見える。……その周りには誰もいないようだが……。

…………なんだか妙な匂いだ。どこかで嗅いだ覚えもあるような……嫌な匂い。

P「――――え?」

突然、頬に『ぴちゃっ』と滴が落ちるのを感じる。

P「……雨?」

その割には冷たさを感じなかった。手の甲で拭ってみて、その正体を知る。

P「血……?」

瞬間、驚愕で視界が揺れる。鉄臭い匂いを放つ赤黒いそれは、間違いなく血液だ。上を見上げ、懐中電灯で照らすと、そこには『黒いてるてる坊主』が吊るされていた。

林は橋に近い方になるにつれて大きな木が多くなっている。

その中の一本の幹に、ロープが巻かれ、そこから更に高い部分にある横に伸びた太い枝の上を経由して、てるてる坊主の首元を吊るし上げている。

そしてそのてるてる坊主は、ちょうど人間と同じくらいの大きさに見えるのだ。

てるてる坊主が吊るされている枝のある位置は高さにして4~5メートルほど。高さと林の中が暗いことが合わさってはっきりと見えるわけではないが、てるてる坊主は頭の黒い頭巾と、それより下の体の部分を覆う黒いマントの間に分かれ目があるようだ。

そして…………その分かれ目であるロープのかかっている首元から顎にかけて――唯一、黒い布が覆っていない部分であるそこから覗いているのは……『人の肌』、のように見える。

恐怖に心臓を握りつぶされそうな感覚がする。なのに、俺の目はそれの観察をやめようとはしなかった。眼の前にある物体を、記憶の何処かにある知った何かと結び合わせられはしまいかと必死になって考えている。

吊るされているということから始めはてるてる坊主を連想したが、よく見ると本来のてるてる坊主ならば、下のスカート状になっているはずの部分はテープか何かで留められて口を閉じている。つまり胴体部分は足先から首の下まですっぽりと布袋を被せられたようになっているのだ。

そしてその袋の下からは、漏れだすように血が滴り落ちてきている。

間違いない…………あれは……『人間』だ!

どうする? ……やはり、降ろしたほうがいいだろうか?

幹に巻かれたロープを見ると、結び目が見えなくなるほどビニルテープがしっかりと巻かれている。これを全て外そうとしたら相当手間取ってしまうだろう。

誰か、手伝ってもらったほうがいいんじゃないだろうか? それよりなにより、一人でこの場に長い間留まるのは避けたい……!

P「ひ、人を……誰か……!」

俺一人ではどうにもならない……。人を呼んで来なければ……恐怖で震える足を必死の思いで動かし、満月荘まで走りだす。

~満月荘~

途中、何度か転びそうになりながらも、なんとか林を抜け、満月荘に到着する。

誰もいない居間を通りぬけ、廊下に出た先のドアをノックする。

P「貴音!」

貴音「はい」

P「うわっ!? もしかして起きてたのか?」

貴音「ええ……眠れなかったものですから」

P「そうか……休んでるところすまないが、緊急事態なんだ!」

貴音「何があったのですか?」

P「ええっと……手紙が来て、2時に林で…………ああっ、とにかく、詳しくは後で話す。今は、全員を…………そうだな、居間に集めるのに協力してくれ」

貴音「皆を居間に集めればよいのですね。心得ました」

P「俺は向こう側の監督と歩留田くんを起こしてくる。貴音はミサリーさんと大芽さんを頼む!」

俺が林の中で見たものが本当に死体だったのならば……あれは誰の死体だったのか?

橋が燃やされてしまった以上、満月島には俺達以外にはいないはずだ。つまり……。

監督の部屋をノックする。

P「監督! 起きてください!」

……返事がない。

P「……監督?」

ノブをゆっくり回してみるが、当然鍵が掛かっていて開けることはできない。

……ひとまず、後回しにしよう。……深く寝入っているだけかもしれない。

今度は歩留田くんの部屋のドアをノックする。

歩留田「はぁい? なんですか、こんな時間に……?」

ノックからしばらくして、寝ぼけ眼の歩留田くんがしんどそうにドアを開ける。

P「悪いね。ちょっと居間に来てくれないか。皆に集まってもらってるんだ」

歩留田「はぁ、居間に行けばいいんですか?」

ミサリー「何事かしら?」

いつの間にか背後にミサリーさんが立っていた。

P「ミサリーさん、いつの間に……?」

ミサリー「トイレに行ってたのよ。この歳になるとトイレも近くなんのよ」

P「はぁ、そうですか」

ミサリー「今の話聞いてたけど、みんな居間に集まってるわけね?」

P「……はい」

ミサリー「……ま、何があったかはそこで聞かせてもらいましょ」

~満月荘 居間~

監督以外の全員がここに集まっている。

P「緊急事態なので、かいつまんで説明しますが……俺はつい先程、林の出口付近……橋の近くで、死体を見つけました」

全員、俺の顔を唖然とした表情で凝視している。

ミサリー「……こりゃまた、随分ざっくりとした説明をしてくれたわね」

P「あ……すいません」

大芽「本当なんだろうな……? 何かを見間違えたとかじゃねえのか?」

P「それが……はっきりと見たわけじゃないんです」

大芽「どういうこった?」

P「木に吊るされていたんですよ……てるてる坊主みたいに。黒い頭巾と、黒いマントみたいなものを着けていたせいで、あれが誰なのかはよくわからなかったんです」

大芽「それこそお前……人形か何かじゃなかったのかよ?」

P「人形なんかじゃありません! ロープのかかった首の部分だけは、頭巾とマントの境目になっていて、人の肌が見えていたんです。あれが人形なんかのはずありません。それに……血も出ていました」

大芽「なっ…………」

ミサリー「ちょっと待って……黒い頭巾とマント、って…………今回の撮影で使う衣装なんじゃないの?」

歩留田「あっ……本当ですね。殺人鬼の衣装ですよ、それって」

P「そういえば……たしか映画の本編に出てくる殺人鬼もあんな格好してましたね……」

ミサリー「設定では同じ殺人鬼が登場することになってるから、衣装も同じなわけよ」

貴音「……その衣装は、どこに保管されているのでしょうか?」

歩留田「あっ、僕が運んだ荷物に入っていたはずです! たしかここのケースに……」

居間の隅っこに置かれていた箱型のケースを歩留田くんが開く。

歩留田「…………ん? あ、あれ……?」

ミサリー「どうしたの? やっぱりなくなってた?」

歩留田「え、ええ……たしかに、殺人鬼の黒装束が無くなってます。それと……こんなものが入っていたんですが……」

歩留田くんが手に握っていたのは、『怪鬼正造』という名の書かれたタグが付いた鍵だった。

大芽「…………ど、どうして怪鬼の部屋の鍵が、そんなとこに?」

貴音「……監督の部屋を開けに行きましょう。今すぐに」

ミサリー「…………引き算ね」

P「引き算?」

ミサリー「アナタが見たのが死体だったのならば、少なくともここにいる連中のものでないことは確かよね。それじゃあ、『ここにはいない人間』の死体ってことになるじゃない……それは、誰? 小学生でもわかる問題よ」

歩留田「そ、そんな……まさか、監督が……?」

P「い、行きましょう!」

全員で監督の部屋がある方の廊下に出ていく。

P「監督! 開けますよ!!」

皆を代表して、俺が監督の部屋のドアの鍵を開ける。

~満月荘 怪鬼の部屋~

監督の部屋だからといって、他の部屋との違いは何もない。粗末なベッドに引き出し付きの古い机と椅子が置いてあるだけだ。まぁ、部屋は適当に選んだと鍵を配るときに監督が言っていたからそうなのは当然だ。

ただ――この部屋では、一目見て異変が二つ起こっていた。

まずひとつは、各部屋に一つずつ設置されている嵌め殺しの窓が割られていること。

林の出入り口は満月荘の玄関からほぼまっすぐの場所に位置しているため、さきほど俺が戻ってきたときにも気が付かなかったのだ。

そして、もうひとつの異変……。部屋の中に、人が倒れている。

俺が、あの林の中で見た首吊死体と同じ姿……顔を覆う黒頭巾に、下端部を黒いビニルテープで留めた奇妙な形のマントに身を包まれた状態で、人が仰向けに倒れている。

部屋の中には血の匂いが漂っている。マントそのものには傷はないが、その下、胸のあたりからを中心に血が広がっているのがわかる。おそらく、傍らに落ちている血にまみれた包丁が凶器だろう。

俺は、ゆっくりと近づいて、その黒頭巾を剥がす。……隠れていた顔が露わになる。

その部屋で死んでいたのは――怪鬼監督だった。

大芽「怪鬼っ……そんなばかな……!」

ミサリー「半ば予想していたとはいえ……キツイわね、これは……」

歩留田「う、うそですよね……? これ、ドッキリかなにかですよね!?」

歩留田くんには悪いが……これほど悪質で、かつリアルなドッキリなど、存在しない。

怪鬼正造は……間違いなく死んでいる。

それも……自殺などではありえない、彼は……誰かに殺されたのだ――。

P「え……?」

ちょっと待てよ……これって、おかしくないか……?

俺はあの林の中で首を吊られた死体を見つけてから、まっすぐこの満月荘へ走ってきたんだ。

おそらく、5分もかかってはいないだろう。

時計を見ると、現在の時間は、2時15分。手紙で指定された時間通りに橋へ向かったから、死体を見つけたのは2時ちょうどだ。

つまり、たった15分の間に……死体が移動した?

貴音「プロデューサーもお気づきになられたようですね……この不可解な状況に」

歩留田「ど、どういうことですか? 不可解って?」

俺は皆に今考えていたことを話して聞かせる。

歩留田「はぁ……なるほど、それは……不可解、ですね」

ミサリー「……ちょっと待って、手紙っていうのは初めて聞いたわね」

P「あっ、そういえばまだ話していませんでしたね。そもそも俺がこんな時間に林へ行った訳というのが……これなんです」

ポケットに突っ込んでおいた手紙を出して皆に見せる。

大芽「……きたねぇ字だな」

P「俺が書いたんじゃないですよ。いつのまにか部屋の扉の隙間から入れられていたんです」

歩留田「……なるほど、プロデューサーさんはこの手紙の通り、2時ちょうどに一人で橋へと向かったわけですね」

P「まぁ……そうだね」

P「それで……こんな事態になってしまったわけですから……皆さんにお聞きしたいんですが……この手紙、どなたが書かれたんでしょうか?」

…………誰も返事をしない。

P「ええっと……たしかに、『内密に』とありますから、他人に知られたくないんだろうとは思います。でも、こうして殺人事件が起こってしまった以上……隠しごとは余計な疑いを招くだけで――」

貴音「プロデューサー…………」

P「ん? どうした? あっ、もしかして貴音がこれ――」

貴音「まこと、申し訳にくいのですが…………プロデューサーは……騙されているのだと思います」

P「えっ…………え?」

貴音「その手紙は……おそらく、監督を殺害した犯人が書いたものです」

P「犯人が……?」

貴音「字をよく見てください。それを書いた人物は、左手で文字を書いています」

大芽「左手で……そーか……どおりでこんなガタガタな字になるわけだ」

貴音「根拠は字の所々に見受けられる擦ったようなインクの滲み……左手でペンを持った場合、インクが乾かぬうちに手で押さえてしまい、そうなることがあります。ちなみに…………この中で左利きの方は?」

…………誰も手を挙げない。

大芽「一年前にここに来てる連中とはそれなりに付き合い長いが、三日月荘の連中も含めて左利きはいなかったと思うぜ」

ミサリー「ええ、私もそう記憶してるわ」

歩留田「で、でもどうしてわざわざ左手で書いたりしたんです?」

貴音「……筆跡を変えるためではないでしょうか。外界から隔絶されたここではそれを正確に調べることなど出来ませんが、念の為にでしょう。そして、筆跡を変えてまで差出人であることを特定されたくないことの理由が、『差出人が犯人であるから』以外には思いつきません」

ミサリー「……すると、犯人はその手紙でプロデューサーくんを林へと呼び出したってことになるわね。その理由は?」

貴音「…………それから先は、まだ調査が必要だと思います」

ミサリー「まだわからないってことね」

貴音「ただ…………推測ならば可能です」

ミサリー「推測? ……つまり、はっきりとはしていないけれど、こうではないか、って考えはあるわけね?」

貴音「……それを確かめるためにも、プロデューサーが首吊死体を目撃したという場所を見ておきたいのです。連れて行っていただけますか?」

P「そりゃあ……構わないけど……」

大芽「この部屋はどうする? 怪鬼の遺体も…………」

歩留田「あ、あんまり下手に触らないほうがいいんじゃないでしょうか……?」

貴音「そうですね…………現場の保全を確かなものにするためにもまず、窓は塞いだほうが良いでしょう」

大芽「窓か……たしか玄関で工具箱を見たな。あとは板か何かあればいいんだが……」

歩留田「あっ……あれはどうですかね? 浴室の風呂の蓋、あれなら窓全部を覆えるんじゃないですか?」

大芽「じゃあそれを使うか。歩留田はそいつを取ってきてくれ。俺は工具箱を取ってくる」

しばらくして二人が戻ってくる。カメラマンである大芽さんは昔は大道具の仕事をしていたこともあるらしく、慣れた手つきで金槌を振るい、蓋を釘で打ち付け、窓を塞いでいった。

P「それで、監督の遺体はどうする…………?」

貴音「…………酷かもしれませんが、このままにしておきましょう」

ミサリー「それがいいでしょうね。下手に動かすとなにかしら証拠を消してしまいかねないわ」

貴音「それに、この部屋の鍵もかけておいたほうが良いでしょう」

P「鍵をかけるったって……その鍵は誰が持っておくんだ?」

貴音「それは…………」

ミサリー「ちょっと待って、その前にはっきりさせておきましょう」

大芽「はっきりって、何をだよ?」

ミサリー「みんなだってそう思ってるでしょ? 『この中に監督を殺した犯人がいるのかどうか?』 ――それをはっきりさせようって言ってんのよ。鍵を預けるなら、犯人である可能性が一番低い人が妥当でしょ」

歩留田「う……だ、だって……そりゃあ……僕ら以外にこの島には誰も居ないわけですし……」

大芽「そうだな……この中の誰かがやったとしか…………」

貴音「……私は、今の段階では3通りの可能性があると思います」

P「3通りも?」

貴音「ええ……ひとつは今、話に出たように『満月荘の人間が犯人である場合』。そして……ふたつ目は『映画の撮影とは無関係な人物が島に潜入していて、犯行を犯している場合』、ですがこれは可能性としてはぜろに近いものだと思われます。その根拠としては、先ほどの手紙の件……筆跡を隠す必要があったということは、少なくとも私たちがよく見知った人物であるということです」

P「たしかに……………もうひとつは?」

貴音「『橋が燃やされる前にこちら側へ渡ってきた三日月荘の人間が犯人である場合』……です」

P「なっ……!?」

大芽「で、でもよ……それだったら、向こう側でいなくなってる人間が怪しいってすぐに分かってしまうじゃねえか。橋がなくなっちまった以上、こっちにいる人間は向こうには戻れねえんだからよ」

貴音「今はその向こう側と一切連絡ができない状態にあるということ……お忘れですか? 向こうで誰がいなくなっているかなど、確認しようがないのです」

ミサリー「それじゃあまさか…………橋を燃やしたのも、三日月荘との連絡ができないようにしたのも犯人の仕業ってこと……!?」

貴音「犯行と無関係とは考えにくいかと」

玄関の鍵は開けっ放しになっていた。街中とは違って泥棒に用心する必要もないのでそれも仕方ないだろう。つまり、夜中の満月荘には誰でも外から入れたということになる。

……そう、三日月荘の人間が忍びこむことも十分可能だったのだ。

橋を燃やしたのと監督を殺害したのは同一の犯人――そう考えると、橋が燃やされた時、全員にアリバイが確認された満月荘の人間よりも三日月荘の人間が疑わしくなってくる。

ミサリー「なるほどね……貴音ちゃん、よくわかったわ」

歩留田「あ、あの~、提案なんですけど…………」

歩留田くんが控えめに手を挙げる。

歩留田「監督の部屋の鍵はプロデューサーさんか四条さんのどちらかに持っていただくのはどうでしょうか…………?」

ミサリー「……そうね。この中で監督との繋がりも薄くて最も犯人からは程遠そうだし」

大芽「ああ、俺もそれで構わねえよ」

貴音「では……プロデューサーが預かっていただけますか?」

P「あ、ああ、わかった。任せろ」

これは責任重大だな……。

ミサリー「ついでに……その二人に捜査権限を与えるっていうのはどうかしら?」

ミサリーさんが怪しげな笑みを浮かべてそう言った。

P「そ、捜査権限?」

ミサリー「そう、アナタと貴音ちゃんの二人は事件現場のこの部屋を誰かの許可をとることなく、いつでも調べていいし、私達にアリバイを聞くなり、部屋を見せてもらうなり、やりすぎって範囲を超えなけりゃなんでもやってオーケー」

P「そ、そんな権利託されても…………」

大芽「そうだぜミサ。ちょっと落ち着いて考えた方がいい。犯人である可能性が低いって言ったって、そんな警察のまね事みたいな……」

ミサリー「あら? 私は冷静でかつ合理的な判断をしたつもりだけれど? その二人に任せるっていうのは、あるたしかな理由からよ」

歩留田「……理由ってなんです?」

ミサリー「少し前に話題になったことがあったでしょう? クイズ番組の撮影中に殺人事件が起こったっていう話」

大芽「あー……そういえば、そんなこともあったな」

ミサリー「あの事件、発生から数時間で解決したんだけど、それというのも警察に助言して犯人を捕まえるのに協力した人物がいたかかららしいわ。――それが、彼女、四条貴音よ」

歩留田「ええっ!? そ、それ本当なんですか?」

ミサリー「事件の関係者から直接聞いた話だからね。まぁ、私も今までは半信半疑だったんだけど……さっきからの彼女の話を聞いてたら、もうどう考えたって本当としか思えなくなったわ」

大芽「た、たしかに……えらく頭のキレる子だとは思ったが…………」

ミサリー「こんな状況だからこそ、事件解決のためにはなんだってした方がいいじゃない? 例えば、確かな実績のある素人探偵さんに頑張ってもらうとかね?」

P「貴音…………どうする?」

貴音「……皆さんがそれでよいと仰るのなら、私はもてる力のすべてを、事件解決に捧げましょう」

ミサリー「それじゃあプロデューサーくんには彼女の助手をお願いするわ」

P「は、はぁ。わかりました」

大芽「それじゃあ、これからどうするよ?」

貴音「……まずは林の方の現場を見に行きたいと思います」

大芽「林か……おお、そういえば、橋はどうだった? 近くまで行ったんだろ?」

P「……橋は完全に燃え尽きちゃってましたね。あれじゃどうやっても三日月島には渡れません」

ミサリー「……当然だけど、犯人も満月島から出られないってことよね」

歩留田「な、なんとか脱出する方法はありませんかね……?」

大芽「…………無理だろうな。満月島の沿岸は全部高い崖になっていてとても人が降りられるような形状になってない。無茶して落ちたら岩礁へ叩きつけられて間違い無く死んじまうぞ……」

ミサリー「……おとなしく救助を待つのが賢明みたいね」

歩留田「そ、それじゃあ……四条さんたちは林に向かうとして……僕たちはどうしましょうか?」

ミサリー「満月荘にいる以外の人間が犯人だった場合を考えると、全員で移動してここを留守にするのはよくないんじゃない?」

大芽「ああ、今後は玄関にも鍵を掛けておくのも忘れないようにしないとな」

貴音「そうですね……鍵、といえば……部屋の鍵はそれぞれ一本だけで間違いないでしょうか?」

大芽「ああ、前に怪鬼から鍵の予備はないから失くさないようにって言われた記憶があるぜ」

ミサリー「マスターキーみたいなものもなかったと思うわ」

歩留田「僕もそう記憶してます」

貴音「ますたぁきぃ、及び鍵の予備は無し……分かりました。では、居間に集まっておいていただけるでしょうか? 林から戻った後で、それぞれからお話を聞きたいので」

ミサリー「りょーかい。じゃあ待ってるから、さっさと行って来なさい」

~満月島 林~

俺と貴音は二人で林の首吊死体があった場所を目指して歩いている。

あれが監督の死体だったのなら、今はもうあそこにてるてる坊主は残っていないはずだ。

俺が前に立って懐中電灯で照らしながら進む。

P「ところで貴音……」

貴音「……なんでしょうか?」

P「いや、落ち着いててすごいなと思ってさ……その、死体を見たのは初めてだったろ?」

貴音「初めてですね」

P「そういえば前の事件の時も、最初に死体を見つけたのは俺だったんだよな…………これで二度目か」

やっぱり慣れるようなものではない。

P「怖いとは思わないのか?」

貴音「……死体が、ですか?」

P「いや、それもあるが……こんな警察の保護も見込めない状況で、現在進行形で殺人事件に巻き込まれるなんてさ……普通は、怖くてたまらないだろ。特に貴音くらいの年齢なら尚更だ」

貴音「私は……怖い、と言うよりは……悲しいのです」

P「悲しい……か」

貴音「はい……理由はわかりませんが、犯人は怪鬼監督を殺さねばならぬほど追い詰められていた――他の手段ではなく、『殺人』という、最も許されざる手段をとるしか無かった、その事実が悲しいのです」

P「そうか……貴音はそういう風に考えていたんだな……」

貴音「怪鬼監督を殺害して、犯人の目的が達成されたとしても、残された人々にはいつまでも傷が残ります。それを、私が犯人を明らかにすることで少しでも癒せるのならば…………そのために全力を尽くす所存です」

P「……そうだな。俺も全力で貴音のサポートさせてもらうよ。……必ず、犯人見つけ出そう!」

貴音「……ええ」

P「……でも無茶はするんじゃないぞ?」

貴音「ありがとうございます…………。頼りにしております、プロデューサー……」

P「たしかこの辺りだったはずだが……」

橋の残骸の映った景色には見覚えがある。改めて見ても、完璧に燃え落ちている。この辺りで俺は、頬に血の雨を受けたわけだ。

貴音「地面に血で濡れた跡がありますね……この木、でしょうか?」

貴音の言うとおり、地面に赤黒く変色した部分がある。

P「ああ、そうだ、ここだ……この木に吊るされていた死体から血が滴り落ちてたんだ」

貴音「……この鉄さびのような臭いからしても、血液で間違いないようです。それにしてもかなり大量の血液が流れたようです」

P「死体は消えてるな…………吊っていたロープまで一緒に、きれいさっぱり。監督の部屋にもロープはなかったようだが……。まぁ、犯人が律儀にロープまで運ぶ必要もないか」

貴音「……やはり、どうやって死体が移動したかが最大の問題点のようですね」

P「俺が初めにここに来たのが2時ちょうどだから、満月荘の部屋でもう一度死体を見つけるまで15分しかないんだよな……そんな短い時間で死体を移動させることができるもんなのか……?」

貴音「最初は……人形という可能性も考えました。あらかじめここに人形を吊るしておき、誰かに目撃させた上で、今度は本物の怪鬼監督の死体を見つけさせる……」

P「いやでも、たしかにあれは……」

貴音「近頃は、人間と見間違うほど精巧な人形もあるそうですよ? 血液も何処かから入手できないこともないでしょう」

P「…………うぅむ」

貴音「……ですが、私はプロデューサーの眼を信じることにしましょう。吊るされていたのが人形であるという証拠が出ない限りは。……それに人形説をとるにしても、犯人はプロデューサーに人形を目撃させた後で、『どうやって人形を回収したのか?』という謎が残ります」

P「そうか……あの後居間に集まってからは、みんなずっと一緒だったもんな……ここに吊るしてあった人形を回収できるチャンスはなかった」

貴音「ここに人形が吊るされたままであれば、謎はすぐに解けたのでしょうが…………」

P「ううむ…………」

貴音「一度戻りましょうか。今は首吊死体がなくなっているということがわかっただけでも収穫です」

~満月荘までの帰路~

P「なぁ貴音。犯人はどうして俺を手紙で呼び出したんだろう?」

貴音「……それは、なぜわざわざ林の死体を見つけさせるような真似をしたのか、ということでしょうか?」

P「いや……それも気にはなるんだけど……満月荘のメンバーの中から、俺を選んで手紙を渡した理由だよ」

貴音「…………それは、犯人に直接聞くしかないでしょうね」

P「やっぱりそうだよな……」

貴音「ただ……私の考えでは……」

P「なんだ?」

貴音「プロデューサーならば、あの手紙を疑うことなく誘いに乗ってくれると、犯人は見越していたのではないでしょうか…………」

P「…………一番騙しやすそうだと思われたのか」

それってかなりきついぞ。まんまと犯人の思惑通りになってるし。

貴音「あくまで私の推測です……それに、私はプロデューサーのそういう所は長所でもあると思いますよ。どこまでもまっすぐなその心根に、私は惹かれたのですから」

P「……そう言ってくれると少しは気が楽になるよ」

P「……ところで貴音は、怖いものが苦手だったよな?」

貴音「む……それがなにか?」

P「いやほらさ……普段はホラー映画さえ見ようとしないじゃないか。さっき同じようなことも言ったけど、この状況でちっとも怖がっていないのは普段の貴音と比較したら尚更すごいって思ってさ」

貴音「…………正直に申し上げますと、怖いことは怖いのです」

P「え? …………そうなのか? とても怖がっているようには見えないが」

貴音「それならば、私にも少しは女優としての才覚が目覚め始めたのかもしれませんね」

P「大したもんだ」

貴音「……先程は格好つけたようなことを言ってしまいましたが、『わからないままでは怖いので犯人を見つけたい』というのが、正直な気持ちです」

P「な、なるほど…………しかしそれは、怖がりなのか勇敢なのかよくわからんな…………」

貴音「ふふ……本当ですね。プロデューサーがいなければ、とうに泣きだしていたやもしれません」

P「それはそれで見てみたいかもな……」

こうして貴音が正直に話してくれると、こちらもほっとする。もちろん、さっき語ってくれたことも嘘なんかじゃないだろう。あの時の真摯な態度からもそれはわかる。

~満月荘前~

貴音「中に入る前に、確かめておきたいことが」

P「なんだ?」

貴音「怪鬼監督の部屋の窓……の外側がどうなっているか、確認しておきましょう」

P「そっか、塞いじゃったから中からは見れないもんな」

外側から、監督の部屋の前に来る。

貴音「……硝子の破片は外に向かって飛び散っていますね」

P「つまり、部屋の中から割られたってことか?」

貴音「硝子の割られた方向が重要かどうかは定かではありませんが……『なぜ硝子が割られたのか』は、一考する価値がありそうですね」

P「窓を割った理由か……。普通に考えるなら……やっぱり死体の移動のため、か?」

貴音「この窓が開いていればどうなるか……? まず、満月荘の中を経由しなくとも外から部屋に直接入れるというのは大きいですね」

P「俺達が窓が割れていることに気がついたのは部屋に入った後だった。つまり部屋に入った2時15分ギリギリまでは死体を運び入れる猶予があったわけだな」

貴音「そうだとしても、やはり15分で林から死体を担いで移動させるのは一人では不可能でしょう」

P「まぁ……そうだろうな。でも例えば……台車みたいなものを使ったとしたらどうだろう?」

貴音「なるほど、台車……ですか。それならば、一人でも15分の間に死体を運ぶことができたかもしれませんね……」

P「だろ? そうだよ、犯人は台車を使って死体を運んだんだ。あの林の中の道も荒れちゃいなかったから台車でも十分通れたはずだ」

貴音「ただ……犯人が台車を使ったとなると、それは今どこにあるのでしょう?」

P「周りには……ないみたいだな」

貴音「それに、どちらにしても満月荘にいた人間には死体の運び入れは不可能だったと認めざるを得ません」

P「そうだよな……だって、俺が戻ってきたときにみんな満月荘にいたわけだし……」

満月荘の人が死体を運んだとするなら……林から走って戻る俺の後ろを木から降ろした死体を運びながら追いかけ、俺に気づかれないように追い抜いて、死体を割れた窓から部屋に投げ込んだ後、満月荘の中で何食わぬ顔して待ち受ける……か? 厳しい、厳しすぎる。絶対無理。

P「それじゃあ、犯人は満月荘にいた人間じゃありえないってことか?」

貴音「それは…………まだ、断定するには早計でしょう」

想像もつかないような、不可能を可能にする大トリックが仕掛けられているとでも言うのだろうか? まさか……と言いたいところだが、たしかに焦りは禁物だ。

P「そもそも、これだけ大きなガラスが割れたら相当な音がするはずだよな。誰も気が付かなかったのかな……」

貴音「布などを押し当てながら割れば、いくらか音を軽減させることも可能でしょうが……反対側の廊下にある部屋には聞こえなかったとしても…………」

P「……歩留田くんはすぐ隣の部屋だから、ガラスの割れる音を聞いていたかもしれないな」

貴音「後ほど尋ねてみることにしましょう。しかしその前に、監督の部屋の中をもう一度調べておきたいですね」

P「まだしっかりと調べたわけじゃなかったもんな。それじゃあ、そろそろいくか?」

貴音「念の為に、他に割られた窓がないか確認してから中へ参りましょう」

その後、満月荘の周囲をぐるっと一周したが、監督の部屋以外に割られた窓はなかった。

~満月荘 怪鬼の部屋~

居間にいたみんなにはもう少しだけ待ってもらうように言って、俺達はもう一度怪鬼監督の部屋を訪れた。窓はしっかりと木製の風呂蓋で封鎖されていたし、鍵も俺が持っていたので現場の保全は完璧のはずだ。

監督の遺体はほぼ部屋の中心に仰向けになって倒れている。

遺体の検証をするために黒いマントを脱がす。下端部はテープで留められていて足先までをすっかり覆ってしまっているので、首元から下にずらしていく。

貴音「このてぇぷは、林の中で見つけた時から?」

P「ああ、付いてたよ。でもどうしてこんなところにテープが……」

貴音「……………………」

監督の着ていた衣服はそのまま。ただ上からマントを着せられただけのようだ。マントが覆っていた胴体部分は、左胸に一筋の刺し傷があり、そこから血が流れ出していたようだ。もちろん今は止まってしまっている。

貴音「おそらく、この刺し傷が致命傷となったのでしょう」

P「首にロープの痕みたいなのもあるが、そっちは死因とは違うのか?」

貴音「根拠は三つあります。ですが法医学は詳しく存じませんので、素人見立てであることをご承知ください。まずひとつは、流れた血液の量が多いということ」

P「ああ、なんかで聞いたことはあるな。死んだ後にできた傷口はあまり開かないから出血は少ないって。出血がこれだけ多いってことは、刺された瞬間はまだ生きてたってことだな」

貴音「そのとおりです。そしてもうひとつ……この首に残った縄目は顎の下から頭の方向へ斜め上に広がり、首の後ろの部分には残っておりません。これがどういうことだかわかりますか?」

P「全然わからん」

貴音「即答、ですね。では普通、ろぉぷを用いて人を絞殺する場合、どのような方法を取ると思いますか?」

P「それは、こう……首にロープをグルッと巻いてだな……あ」

貴音「そう……そのような方法をとったのであれば、圧力は後ろ方向からもかかることになります。つまり索状痕(さくじょうこん)は首の後ろにも残っていなければならないはずなのです。そして、溝は一箇所だけで痕がズレた様子もなし……絞殺してから吊るしたということはありえませんね」

P「このロープの痕はあくまで『吊られた』ことによって出来た痕跡ってことだな」

貴音「三つ目は抵抗によって出来た傷がないこと。意識のあるうちに首を絞められたのならロープを外そうとして自分の爪で引っ掻いた傷跡ができるはずです」

P「順番は胸を刺された後で首を絞められた……。犯人は監督を刃物で刺して殺害してから、ロープで木に吊るしたってことだな」

貴音「…………そう、かもしれません」

P「? なんだか妙な言い方をするな? それしかありえないじゃないか」

貴音「今は手がかりの探求のみを心がけるべきです。早い段階で決めつけてかかれば真相を見失ってしまいますよ」

P「は、はい……」

貴音「この部屋にろぉぷは見当たりませんが、刺し傷の方を作った凶器は……これでしょうね」

貴音は床に落ちていた血がべっとりと付着した包丁を指さす。

P「台所にあったものかな」

貴音「あまり珍しい種類のものではないようです。台所から一本ぐらい拝借しても誰も気づかなかったでしょう…………はて?」

P「どうした?」

貴音「今、ちらと見えたのですが……プロデューサー、怪鬼監督の首元……後ろ襟の内側になにかが……」

P「う、俺が調べろってか……」

恐る恐る監督の頭を浮かして後ろ襟の中を覗き込む。

キラキラとした小さな欠片が何個か入り込んでいるようだ。

P「窓ガラスの破片……じゃないかな? 窓の外に落ちていたのも、こんな感じだったし…………」

貴音「なるほど……ガラスの破片……そうなると…………失礼、監督の頭をよく見せて下さい」

P「…………なにかわかったのか?」

貴音「犯人には…………窓を割ろうという意志はなかった……のかもしれません」

P「? じゃあどうして窓は割れてるんだ?」

貴音「監督の後頭部をよく見てください。小さな傷跡があるのがわかりますか?」

P「ええっと…………ああ、たしかに」

監督の後頭部には、小さな切り傷があるのがわかる。うっすらと血も滲んでいるようだ。

貴音「その傷はまだ新しいようです。つまり…………殺される直前に負った傷である可能性が高いということです」

P「あっ……もしかして……監督は窓に頭を打ち付けて割ってしまったのか? そのときに破片で後頭部に怪我を?」

貴音「そうです。おそらく、犯人と揉み合いになった末に。窓が割れた直後に監督は殺されたはずですから」

P「窓が割れた直後に殺されたって……そこまでわかるもんなのか?」

貴音「自分だったらと想像してみてください。窓ガラスの破片が後ろ襟に入り込んだとして、取らないままで過ごせますか?」

P「いや…………すぐに取るだろうな。痛そうだし」

P「ということは……犯人は監督を殺そうとする中で、ほぼ偶然に窓を割ってしまったわけだな」

貴音「……実は、そう単純でもないのです」

P「え? どうして?」

貴音「監督を殺害する中で窓が割れてしまったことは偶然だったとしても、『犯人が始めから窓を割るつもりがなかった』という確証にはならないのです」

P「ええと……つまり、『犯人は監督を殺した後で窓を割るつもりだった』のかもしれない、と……順番が入れ替わっただけかもしれないってこと……だよな?」

貴音「『窓が割れる』という事象は、元々犯人の計画にあったのか、それともただの偶然なのか――二通りの可能性ができてしまったわけです」

P「要するに、またややこしくなったってことだな」

貴音「ですが、そう難しく考えることもありません」

P「……そうか?」

貴音「結局のところ問題は、『犯人はこの窓を犯行に利用したのか、或いはそうではないのか?』 『利用したのであれば、窓を通して何を移動させたのか?』 ということなのです」

P「しかし、死体を部屋に運び入れるんだったら、玄関を通ってくるより窓を使ったほうがずっと簡単だろう。利用しない手はないと思うが」

貴音「……そうですね。そのように、見えます」

他にはなにかないか、と思って部屋を見渡すと、監督の荷物の中に見覚えのある袋を見つける。

P「あ……これって」

貴音「どうしました?」

P「トランシーバーだよ。この中から俺も一個貸してもらってたんだ。向こうにいる春香たちと連絡が取れるように」

貴音「…………とらんしぃばぁ……どうしてそのような重要な代物を今まで話してくださらなかったのです……」

P「あ、ああすまん! いろいろあってすっかり話しそびれてた」

貴音「まぁ……よいでしょう。しかし、その様子ではやはり連絡が……?」

P「ああ、お察しの通り。でも呼び出し音は鳴っているみたいだから壊れてるわけじゃなさそうなんだけどな……」

貴音「……………………」

袋の中にはトランシーバーが数個入っている。その全てが、裏側のカバーが開けられていた。

P「あれ……? もしかして…………これ……」

貴音「…………なにか?」

P「全部バッテリーが抜かれてるんだ…………監督は、三日月荘の固定無線機に連絡を取ろうとして、ダメだったって言ってたから…………」

バッテリーが外れているのに監督が気が付かないわけがない。これらのトランシーバーは少なくともそのときにはバッテリーが入っていたはずなのだ。

貴音「なるほど……犯人は徹底的にここと三日月荘との連絡手段を断とうとしているようですね」

ふと、脳裏に嫌な想像が浮かんでしまう。橋が燃え落ちた後、連絡を試みて失敗した時にも同じようなことは考えた…………でも、ただの事故かもしれないと思うこともできたさっきと、殺人事件が起きてしまった今とでは、まるで状況が違う。

P「まさか、とは思うんだけど…………春香たちの身になにか起こったわけじゃ……ないよな?」

貴音「…………とらんしぃばぁのことは、誰か他の方に話しましたか?」

P「いや…………俺と監督と……あと元造さんが春香たちに渡してくれたみたいだから、知ってるのはそのくらいかな」

貴音「これより先は、その話を他の方にしてはなりません」

貴音はそう言って人差し指を口の前に立てる。

P「え……どうして?」

貴音「犯人は私達を徹底的に孤立させようとしています。どのような方法を用いているかはわかりませんが……連絡手段のことごとくが断たれてしまっている今、プロデューサーがそのとらんしぃばぁを持っている事実を犯人に知られるのは、非常に危険です」

P「犯人が俺を狙ってくるかもしれないってことか……?」

貴音「とらんしぃばぁを使えなくするだけならばまだよいでしょう…………しかし、いざとなればプロデューサー自身を危険な目に遭わせるということも、十分考えられます」

P「…………わかった。トランシーバーのことはみんなには黙っておこう」

貴音は春香たちのことについては何も言わなかった。……それは、確認のしようがない以上、ここで何を言ったとしても無意味であることを知っていたからだろう。

とにかく、ここで起きた殺人事件について情報を集めなければならない。俺達はみんなを待たせている居間へと向かった。

~満月荘 居間~

貴音「――皆様、大変お待たせいたしました」

ミサリー「おかえりなさい。成果はあったかしら?」

貴音「……あった……と思いたいですが」

ミサリー「まだまだこれからってとこ?」

貴音「ええ……それでは皆様からお話を聞かせて頂きます」

大芽「で、なにから話せばいいんだ?」

貴音「まずは……怪鬼監督が亡くなった時間をある程度特定しておきたいですね」

ミサリー「殺されたのは橋のとこから戻ってきてからのはずよね」

大芽「そりゃそうだ。怪鬼も燃えた橋を一緒に見に行ってたし、その後三日月荘に連絡を取ろうとしてたのも怪鬼だ」

貴音「橋の様子を見に行ったのが、夜の11時頃でしたね。その後満月荘に戻り、解散したのが11時40分頃だったと記憶しております。それ以降に監督の姿を見た方は?」

P「…………俺の部屋に来た」

P「怪鬼監督は解散後、一度部屋に戻ってから、そのあと俺の部屋に来たんだ」

ミサリー「なにか話したの?」

P「ええっと……それは……」

……マズイ。監督が俺の部屋に来たのは、トランシーバーで春香たちに連絡がつかないかどうか確認するためだった。そのことを話したら、俺がトランシーバーを持っているということがみんなに知られてしまう。

そうならないようにと、ついさっき貴音と約束したばかりだ。ここは……。

P「……実は監督、俺が向こうの春香たちと連絡が取れないんで心配してるだろうってことで、励ましに来てくれてたんですよ」

大芽「……世話焼き野郎だったからな。その姿、容易に思い浮かぶぜ」

よかった……不自然には思われてないみたいだ。全くの嘘ってわけでもないしな。

歩留田「ん~………………」

ミサリー「どうかした? 歩留田クン?」

歩留田「僕、居間で解散後にトイレに行ってたんです。緊張のせいかちょっとお腹の調子が悪くって……そしたら出るときにちょうど居間から出てくる監督と会ったんです」

P「じゃあ俺の部屋から戻る時だったんだな」

歩留田「そう思います。なんだかえらく沈んでたみたいだったから声をかけたんですけど、無反応で……」

ミサリー「沈んでたって……部屋で何かあったの?」

P「い、いいえ……なにも」

ミサリー「……アヤシイわね」

P「好奇の目でみるのはやめてください。でも確かに、監督がなんだか思いつめていたようには見えましたね」

貴音「…………もしや監督は、自分が殺されることを予期していたのでは?」

大芽「嘘だろ……自分が殺されるってわかってたってか? じゃあなんで誰かに助けを請わなかったんだよ」

貴音「誰から狙われているかまではわからなかった……いいえ、そもそも自分が殺されるというほどのはっきりとした確信はなかったのだと思います。もっと漠然とした疑心、恐怖……」

P「そういえば、居間で電話が繋がらなかった時も妙に苛立ってたよな」

貴音「そう……私もそれが気になっておりました。今思えば、監督はあのとき、橋が燃やされたという出来事に対して私達以上の何かを感じていたのかもしれません」

ミサリー「本能的な恐怖、ってやつかしら……それにしたって、監督がそうまでなる理由が何かあるはずよね」

貴音「監督がそこまで追い詰められていた理由に、心あたりがある方は?」

…………みんな、目を見合わせるばかりで何も言わなかった。

…………やっぱりだ。この人達は、「あの話」をするつもりはないんだ。でも……部外者ではあるが、俺にはあの出来事が関わっているような気がしてならない。だったら……気は引けるが……。

P「あの…………関係があるかどうかはわかりませんけど、皆さんに聞いておきたいことがあるんですが……」

大芽「ん? なんだい?」

P「皆さん、1年前にここへ来た時、つまり『フェアリーウィッチプロジェクト』の本編の撮影をした時のことです。その時も……ある事故が起きましたよね?」

大芽さん、ミサリーさん、歩留田くんの3人が明らかに動揺した反応を見せる。

ミサリー「……なんだ、知ってたの。私らの間でもタブーな話題なのに」

P「俺、ホラー映画はめったに見ないです。でもその事故の噂をたまたま聞いたから興味が湧いたのもあって、当時公開されたばかりの映画を見に行ったんです。……六能視織(ろくのう しおり)さん、でしたね?」

大芽「B級のホラー映画に出演者は無名の役者ばかり。女優が一人撮影中に事故死しても地方新聞の記事の一つになるのが関の山だった。テレビでも報道されはしたが、せいぜい2,3回。市民の記憶には残りゃしなかったのさ」

歩留田「……撮影は終了していたから、公開すること自体はできたんですよね……」

ミサリー「彼女には間違いなく才能があったわ。育てば業界の第一線に立てるくらいの女優になれる才能がね……」

大芽「ああ……そんじょそこらの小娘とは明らかに違う何かを持っていたな、あの子は…………」

歩留田「知名度はまだまだでしたけど、熱狂的なファンもいたって聞きました……」

歩留田「で、でも…………六能さんのことは、今回の事件には関係ない……ですよね?」

ミサリー「……少なくとも、監督が殺される理由にはならないと思うけどね」

大芽「ああ……ありゃ確かに可哀想な事故だったが、今回のこととは無関係だろ……」

貴音「…………わかりました。では、その話はひとまず置いておきましょう」

……それがいいかもしれない。3人ともあまり触れられたくない話題のようだし……。俺も迂闊に話題に出すべきではなかったか……。

貴音「では、話を元に戻しましょう。先ほどまでだと、怪鬼監督を最後に見たのは歩留田殿ということでしたね。それより後に監督を見た方は?」

…………沈黙。解散して部屋に戻ったのが11時40分。歩留田くんが見たのは、監督が俺の部屋から出た直後だから、45分くらいか?

貴音「……いないようですね。では歩留田殿に引き続きお尋ねしたいことがあるのですが……」

歩留田「は、はい……」

貴音「監督の部屋の窓が割られていたことは御存知のとおりです。歩留田殿の部屋は監督の部屋のすぐ隣に位置しております。そこで、窓が割れたときのような物音を耳にしてはいないでしょうか?」

歩留田「窓……窓………………ああ!! そういえば!!」

ミサリー「うっさいわね……もう夜明け前だってこと、忘れないでよ?」

歩留田「す、すいません……」

貴音「なにか思い当たることが?」

歩留田「はい。僕、トイレを出た後はすぐにベッドで眠ってたんです。それでたしかに窓ガラスが割れるような音で途中、目を覚ましました。枕元に置いておいた腕時計で確認したら、1時30分でした」

ミサリー「確かなの? 0時30分とかと見間違えたってことはないでしょうね?」

歩留田「そんなことありませんよ! だって僕の時計、盤の中央にデジタル文字も表記されるようになってるんですよ? 間違いようがないです」

そう言って歩留田くんは自分の左腕にはめた腕時計を見せる。たしかにこれで時間を見間違えることは無さそうだ。

貴音「それで……その音を聞いて目を覚まし、それからどうしたのですか?」

歩留田「その…………気のせいだと思って、また寝直しちゃったんですよね」

ミサリー「ガラス一面が割れるような音だったんでしょ? 普通、気のせいだと思うかしら?」

歩留田「実際、思ってしまったんだから仕方ないじゃないですか……夢かなにか見てたんだと思ったんですよ……」

大芽「……まぁ、夢ででかい音聞いて目を覚ますってこと、なくはねえけどよ」

貴音「では……他に何か気づいたことなどは?」

歩留田「ええっと……あ、そういえば…………窓……」

ミサリー「なに? また窓?」

歩留田「違います、今度は割れた窓じゃなくて……自分の部屋の窓で……。僕の部屋の窓からは食堂と台所の窓が見えるんです。それで、音で目を覚ましたときに台所に明かりがついてるのが見えたんですよ。ベッドに入るときにはついてなかったと思うんで、誰か居るのかなと思ったんですけど……」

大芽「ああ、そりゃ俺だな」

貴音「そのような時間に台所で何をなさっていたのですか?」

大芽「どうにも眠りが浅くてな。煙草でも吸ったら気分が落ち着くかと思ったんだが、窓ははめ殺しになってて開かないだろ? だから換気扇のある台所まで行って吸ってたんだよ」

貴音「なるほど……台所にいた時間はどれくらいでしょうか?」

大芽「吸い始めた時間はわからねぇけど、2本吸ったから台所にいた時間は10分ちょいぐらいかな。その後トイレに行って、部屋に戻って時計を見たら1時45分より少し前だった」

……ということは、台所で煙草を吸い始めた時間は窓が割れたと思われる1時30分とほぼ一緒くらいか。

貴音「大芽殿は、窓が割れた音には気が付きませんでしたか?」

大芽「いいや、全然だ」

廊下と食堂を挟んでいる台所の位置からしても、監督の部屋の窓が割れた音が聞こえなかったのは不自然ではないだろう。

貴音「……ミサリー殿はなにか気づいたことはありませんか?」

ミサリー「私は特に何も。2時過ぎに一度トイレに起きただけね」

P「俺が皆さんを居間に集めていた時ですね。気配もなく後ろに立ってたから驚きましたよ」

ミサリー「人を幽霊みたいに言わないでちょうだいな」

貴音「……なるほど。では事件前の各人の動きはこれで把握できたでしょうか」

大芽「それじゃ、もう解散か?」

貴音「……最後にもう一つだけ質問が」

ミサリー「何かしら?」

貴音「監督に着せられていたあの黒装束についてです。あのまんとは下端部がびにるてぇぷで閉じられて、袋のようになっていましたが、もともとあのような作りだったのでしょうか?」

歩留田「え……? テープ、ですか?」

大芽「そんなのあったか? 俺は気が付かんかったが……」

貴音「今しがた確認して参りましたので間違いありません」

ミサリー「小道具の管理はアナタの役割でしょ、歩留田クン。どうなの?」

歩留田「殺人鬼のマントだったら、そんなところにテープはつけていませんよ。多分、持ちだされた後で貼りつけられたんだと思いますけど……」

貴音「となると……犯人の仕業でしょうか……」

P「なんのためにそんなコトしたんだろう……?」

貴音「……それはまだわかりませんね」

大芽「なぁ。結局、この中に犯人はいると思うか?」

ミサリー「またズバリと聞くわね……」

大芽「だってよ、その辺はやっぱりはっきりさせておきたいじゃねえか」

歩留田「た、たしかに」

P「俺は……少なくとも満月荘にいた人間に犯行は不可能だと思います」

貴音「……………………」

ミサリー「どうしてそう思うの?」

P「やっぱり15分で林から監督の部屋に遺体を運ぶというのは不可能ですよ。俺が満月荘に戻ってきた時にはみなさん揃っていたので、途中で俺を追い越してなきゃいけないことになる」

大芽「じゃあ、この島に紛れ込んだ別の人間の仕業ってことか」

歩留田「で、でも15分の間に死体を運ぶだなんて、僕らだけでなく誰にも犯行は不可能なんじゃ…………」

P「そうでもないんです。例えば、台車などを使えば15分でも遺体の運搬は可能だったと思います。俺達が監督の部屋に行く前に遺体を窓から移動させておく、という方法を取れば、外部の人間なら犯行は可能です」

大芽「その台車ってのは見つかったのか?」

P「それらしいものは見つかりませんでした。でも外部の人間なら犯行後すぐに遠くへ隠したり、なんなら海の底に捨てることも出来たはずです」

ミサリー「なるほどね……。プロデューサーくんはこう言ってるけど、貴音ちゃんはどう思うの?」

貴音「…………プロデューサーの意見ももっともです。ですが、今は内部の人間の犯行か、あるいは外部の人間の犯行かを決めつけることはできません」

P「貴音……」

なにか考えがあるようにも見えたが……。

貴音「ここはひとまず解散といたしましょう。みなさんもお疲れでしょうから」

居間の窓にはもう薄っすらと日の明かりが差し込み始めていた。

今度は玄関の鍵もしっかりとかけた後でみんなはそれぞれ部屋に戻っていった。これから一眠りする人もいるだろう。

貴音にも休んでおくように言って、俺達は部屋の前で別れた。

~満月荘 プロデューサーの部屋~

……気になることは色々とあるが、一番の疑問はなぜ監督が殺されたのか、ということだ……。

みんなは、六能視織のことは監督の死には関係がない、と言っていたが……本当にそうだろうか?

今になって思い返すと、なんだか強引にはぐらかされたような気がしないでもない。

どんな事故だったのかまでは知らないが、もしもその原因に監督が関わっていたとしたら……そしてそのことを犯人が知っていたとしたら……六能さんの仇討ちということもありえるのではないだろうか……?

……やっぱりもう少し詳しく話を聞くべきかもしれない。

…………やや眠気もあるが、朝になったらもう一度春香たちに連絡を試みるつもりだ。

それまでの時間でみんなの証言をもとに、アリバイ表……のようなものを作ってみた。

アリバイ表 http://i.imgur.com/EyMG1ye.jpg

こうして視覚的にわかりやすくしたほうが情報も整理しやすいだろう。

はぁ……慣れないものを作ってしまったせいで余計に疲れた……。少し、目を閉じるくらいなら……………。

――ピーピー……ピーピー……



ピーピーピーピー…………

P「……何の…………音だ……?」

……って、いかん!! すっかり寝ていた! 慌てて付けっぱなしの腕時計を見ると、もう朝の9時半だ。

ところでさっきから鳴り続けているこの音はなんだろう? 聞き覚えもあるような気がする…………。

P「……あ、トランシーバー!?」

寝ぼけるのもいい加減にしてくれ。

急いでベッド脇においてあるトランシーバーを手に取る。

P「はい! だ、だれだ……? 春香か、千早か……?」

春香《……あ…………》

P「その声は春香だな……?」

春香《うっ……ひぐっ……ぷ、ぷろ……りゅうさぁ……!》

P「お、おい春香……? どうした……な、なにがあった!?」

【天海春香】
~二日目 三日月荘2階 春香・千早の部屋~

…………窓の外が明るい。

春香「あれ……? 私、眠っちゃってた……?」

たしか、千早ちゃんとベッドに横になりながら話してて……。あの後いつの間にか眠っちゃってたんだ……。荷物バッグにしまっていた腕時計を出して見てみると、もう8時をまわっている。昨日の夕食を終えて部屋に戻ったのが7時だったから……半日も眠っちゃっていたことになる。

春香「頭いったぁ…………」

なんだかすごく頭痛がする。昨日も体がだるかったし、やっぱり風邪かなぁ……。熱はないみたいだけど。……寝過ぎたせいかな?

そうだ、千早ちゃんはどうだろう?

春香「ねぇ、千早ちゃ……あれ?」

いない。ベッドの上に千早ちゃんの姿はなかった。そう広い部屋でもないので、そのどこにも千早ちゃんがいないのはすぐにわかった。

春香「もう下に降りたのかなぁ……?」

なんとなく千早ちゃんのベッドを触ってみると、もうぬくもりは消えてしまっている。千早ちゃんが部屋を出てから結構な時間が経っているみたい。

~三日月2階 廊下~

部屋から出ると、廊下は静まり返っていた。

春香「みんな下にいるのかな……?」

階段を降りて、1階へ移動する。

~三日月荘1階 廊下~

……おかしいな? なんでこんなに静かなんだろう? まるで三日月荘に誰も居ないような……。

春香「だ、誰か……いますか~?」

……返事はなし。居間や食堂、台所などを覗いてみても、人ひとりとして見当たらない。

春香「外……かな?」

~三日月荘前~

きしんだ玄関扉を押し開けて外に出る。今の私の心境とは対照的なまでに外は綺麗に晴れ渡っている。周囲を見渡してみると、すぐにそれは見つかった。

春香「……へ? …………なに…………あれ…………」

心臓の鼓動が加速する。まるで子供向けの簡単な間違い探しみたいにそこだけすっぽりと昨日の光景とは違っていた。

どうして…………昨日あった橋がなくなってるの?

~三日月島 橋の前~

橋の前には4つの人影があった。江久さん、輪留さん、寺恩さん、四谷さんだ。

みんな、この異常な光景を見つけて来たのだと思う。

江久「やっ、春香ちゃん、おはよう」

江久さんはたくましい腕を上げて白い歯を見せながらそう言った。

春香「お、おはようございます」

輪留「のんきに朝の挨拶してる場合じゃねえだろ…………」

比較的私達と歳が近い輪留さんは呆れたように頭を掻いている。

江久「僕らも今さっき来たところなんだよ」

寺恩「…………で、見ての通り、橋が燃えてしまったようですが」

表情を変えることなく寺恩さんが言う。

四谷「まいったな……まさかこんな事態になるなんて…………」

チーフADの四谷さんは蒼白な顔をしている。怪我をしていない方の、右手で眉間を押さえていた。

輪留「ところでよ……橋が燃えてるってことに誰も気が付かなかったのかよ?」

江久「僕は夕食が終わった後すぐに寝ちゃったからなぁ。夕食の後はいつもメニューをこなしてるのに、昨日は耐えられないくらい眠くて」

春香「め、めにゅー……?」

江久「トレーニングのメニューだよ。まず腕立てを200回と――」

輪留「メニューの内容はどうでもいいって……。俺も夕食が終わって部屋に戻ったらすぐ寝ちまったな」

寺恩「……僕も明日のセリフを確認しようと台本を開いたところまでは憶えているのですが……」

輪留「寝ちまったのか」

寺恩「お恥ずかしいことに」

四谷「俺は夕食後に部屋で今日の撮影のスケジュールをもう一度見なおしておこうと思ったんだけど……どうにも体がだるくて、そのまま寝てしまったんだ」

春香「私と千早ちゃんも……体がだるいって感じてて、話してる途中で寝ちゃって……」

輪留「…………おい、これってよ……ちょっと変じゃねえか?」

……もしかして、『全員、夕食の後に眠ってしまっている?』

四谷「たしかに変だな……こんな偶然ってあるものかな?」

江久「はっは、僕達気が合うのかもしれないねぇ」

輪留「……おっさんマジで言ってんのか?」

寺恩「……偶然などではないでしょう。ところで……昨日夕食の後で出されたコーヒーを飲まなかった方はいらっしゃいますか?」

輪留「なんだよ、急にコーヒーの話なんて……」

寺恩「元造さんが良いコーヒーを買ったと自慢していましたよね。実は僕、こう見えてコーヒー愛好家でして、あの銘柄は飲んだことがあるんです」

輪留「おめぇもさり気なく自慢してるけどな」

寺恩「黙ってください。……それで、昨日飲んだコーヒーは僕の記憶にある、あの銘柄の味とは少し違うように感じたんです」

春香「え……それって……」

四谷「まさか、あのコーヒーになにか入っていたっていうのか……?」

寺恩「これだけの人数がいて、全員が橋が燃えていることに気が付かないほど深く眠っていただなんて、そんな偶然があってたまりますか。……おそらく、睡眠薬を盛られたんですよ」

輪留「それじゃ、あの管理人が俺たちに睡眠薬を?」

四谷「そういえば、元造さんだけあのコーヒーを飲んでいなかったよな」

そうだ、あの中で元造さんだけがコーヒーに口を付けなかった。何か理由を言っていた気がするけれど…………思い出した。

春香「たしか元造さん、腎臓の病気のせいでコーヒー控えてるって話してましたね」

輪留「そういや、夕飯の時そんなこと言ってたな」

四谷「だったら、元造さんだけは睡眠薬を飲まなかったってことになるな」

輪留「だからあの人がコーヒーに睡眠薬を仕込んだ犯人ってか? なんだってそんなこと……」

寺恩「……そこまでは僕の知ったことではありませんが……もしかしたら橋に火をつけたのは元造さんかもしれませんね」

江久「おいおい……橋が燃えたのはなにかの事故じゃないのかい?」

寺恩「僕たちは睡眠薬を盛られたせいで、橋が燃えたことに気が付かなかった。迅速に対処出来ればこのように全焼することは防げたかもしれないし、あるいは燃やした張本人を見つけられたかもしれない…………」

江久「……うん、たしかにそうだね」

寺恩「そうなると、睡眠薬を仕込んだ人物が橋を燃やしたと考えるのは自然だと思いますが。もちろんその動機は不明ですがね」

四谷「ところで、元造さんはどうしたんだろう? 起きてから見てないが……」

春香「あ、そういえば千早ちゃんもいないんです。皆さん知りませんか?」

江久「千早ちゃんもいないのかい? それはちょっと心配だね……みんなで探してみようか?」

輪留「じゃあ一回、三日月荘に戻るか?」

春香「でも私、さっき三日月荘の中を少し探してみましたけど、中に人がいるようには思いませんでした」

四谷「となると……残るは浜辺の方かな……?」

寺恩「……仕方ないですね。行ってみましょうか、浜辺へ」

~三日月島 浜辺~

昨日から沢山の人達が歩いたせいで、砂浜にはたくさんの足跡が残ったままだ。

四谷「誰も居ないみたいだな……二人とも、もう三日月荘に戻ってるかもしれないよ、春香ちゃん?」

春香「はい……そうですね……でも」

一見、人影は見当たらない。ただ、ひとつ昨日とは違うものがあった。

昨日、千早ちゃんと一緒に中を見たシャワー小屋。そこの扉が開きっぱなしになっていた。

春香「あの中……かな?」

どうしてだろう、なんだかすごく嫌な予感がする…………。

……近づいていくほどに、心を黒い不安が染め上げていく。

その中には、なにかとても恐ろしいものがあるような…………でも、見なきゃいけない。

~三日月島 シャワー小屋~

シャワー小屋に入ると、すぐに異様な臭いが鼻をついた。でもそれと同時に、探し求めた姿を見つけてほっとする。

春香「千早ちゃん……! よかった……どこいっちゃったのかと……」

千早「は、るか……? だ、だめよ……入ってきちゃダメ……!」

千早ちゃんは尻餅付いたような体勢で私を止めようとする。……水の音がする。入り口から左側の壁に設置されたシャワーの音みたい。シャワーは入り口から左に少し曲がった場所にあるのでここからは見えないけれど。

千早ちゃんは入口近くの、シャワーとは反対側の壁にもたれかかるように力なく座っていた。

春香「どうしたの千早ちゃん。そんな所で座っちゃって?」

千早「だ、だめだって……はやく……だれか……」

やっぱり、様子がおかしい。声もどこか上ずっている。

春香「なにかあったの……――え?」

千早ちゃんの向かい側にあるシャワー……ただ、シャワーが流しっぱなしになっているのだろうと覗きこんでみただけだった。

――そこにあったのは、地獄のような光景。

まず目についたのは、宙に浮かんだ見覚えのある服装の胴体。

そう……胴体。『腕と足はなかった』。

浮かんでいるように見えたのは、首にロープがかけられていて、吊るされていたから。ロープの先端がシャワーのフック部分に巻きつけてあるらしい。

フックは高さの違う2つがあり、低い方にロープが巻かれ、高い方にはシャワーの先端が掛けられていた。

シャワーは勢い良く水を吐き出し、その下にあるロープに吊るされた胴体と、更にその下のタイルに無造作に転がった両腕と両足を濡らし続けている。

そして……首を吊るされた胴体の、その顔は……怪鬼元造さんだった。

――そこで私の意識は途絶えた。

春香「…………ん……」

目を覚ますと、私はベッドに横になっていた。

千早「あっ……春香、目が覚めたのね」

千早ちゃんの心配そうな顔が上から私を覗きこむ。

春香「千早ちゃん……ここは?」

千早「三日月荘の部屋よ……あの後、江久さんが運んでくれたの」

あの後……ああ……あれ、夢じゃなかったんだ……。

~三日月荘2階 春香・千早の部屋~

春香「私……どのくらい気を失ってたのかな?」

千早「30分くらいかしら」

春香「そっか……他のみんなは?」

千早「下にいるわ。たぶん、これからどうするか話し合ってるんだと思う」

これからどうするか…………。

春香「…………元造さん、だったよね?」

私の問いかけに、千早ちゃんはゆっくりと頷いた。

千早「……ええ。あそこで死んでいたのは、間違いなく怪鬼元造さんよ」

春香「……どうして、こんなことになっちゃったんだろう…………」

千早「わからない……けど、すぐに警察が来てくれるはずよ」

春香「警察……って、どうやって連絡を取るの?」

千早「元造さんの部屋に本土と連絡を取るための無線機があるらしいの」

春香「そっか、それなら……」

千早「ええ、もう心配はいらないわ」

春香「……千早ちゃんは、どうしてあそこにいたの?」

千早「他のみんなにはさっき説明したのだけど……。私はみんなより少し早く目が覚めたの。春香もまだ寝ていたから、起こすと悪いと思って一人で下に降りたわ。1階にも誰もいなかったからみんなまだ寝ているんだと思って、外に出たの」

春香「どうして外に?」

千早「あまり気分が優れなかったから、すこし散歩でもしようかと思って……そしたらあの橋を見て…………」

春香「……それからどうしたの?」

千早「まずは管理人である元造さんに知らせたほうがいいと思って、元造さんの部屋をノックしたわ。……でも、返事がなかった。扉に鍵は掛かっていなくて、悪いとは思ったけど勝手に入ったわ。……部屋には誰もいなかった。その代わり、手紙が置いてあったの」

春香「手紙?」

千早「そう……部屋の真ん中に置いてあったからすぐに見つかったわ」

千早ちゃんは服のポケットから紙切れを取り出す。そこにはワープロで書かれたような文字でこう綴られていた。


『浜辺のシャワー小屋で待つ。あの秘密のことで話がある』

春香「あの秘密……ってどういうことだろう?」

千早「さぁ……? でも私はこの手紙の通り、元造さんはシャワー小屋に行ってるんだと思って、すぐに浜辺に向かったの。たぶんその後に江久さんたちが起き出してきたんだと思うわ」

千早ちゃんは浜辺へ、江久さんたちは橋へと向かったってことだね……。

千早「浜辺に着いたら、シャワー小屋の扉が開いていたから覗いてみたの。そうしたら…………」

春香「……見つけてしまった?」

千早「そう……驚いて、倒れてしまって……立てなくなっていたところに春香が……」

春香「そうだったんだ……」

千早「…………ありがとう。あのとき春香が来てくれなかったら、私どうにかなっていたかもしれないわ」

春香「……ううん。探しに来ておいた私のほうが気絶しちゃうんだもん、カッコ悪いよね。えへへ…………」

千早「そんなこと……」

春香「でも……千早ちゃんが無事でいてくれてほんとによかった」

千早「…………うん」

春香「あれ……? この手紙、なんか変じゃない?」

千早「変?」

春香「なんか、文字が斜めに傾いてる?」

手紙に記されている文章は短いが、左から右にかけてわずかに斜め方向に下がっているように見える。

千早「あ、それ私もちょっと気になったのよね。印刷するときに紙が曲がったりしたせいじゃないかと思うんだけど」

春香「そうかもね」

こんこん、と控えめなノックの音がする。

千早「はい」

四谷「千早ちゃん、ちょっといいかい?」

四谷さんの声だ。何かあったのかな?

扉を開ける千早ちゃんの後ろについていく。

四谷「ああ春香ちゃん、目がさめたんだね。ちょうどよかった。二人とも1階の居間に来てくれないかな?」

春香「……何かあったんですか?」

四谷「ああ……事態は思ったより深刻みたいだ」

~三日月荘1階 居間~

四谷さんに連れられて向かった居間で聞かされたのは、衝撃的な事実だった。

春香「元造さんの部屋に置かれていた無線機が……壊れてる?」

四谷「うん、でも壊れている、というよりは……」

寺恩「壊されている、が正しいでしょうね」

江久「どうも上から水をかけるか何かされたらしくてね。僕らが調べたときにはまだ濡れていたから……ショートしてしまっているみたいでうんともすんともだよ」

輪留「…………」

春香「そ、それじゃあ……警察は……?」

寺恩「この島で唯一の、本土との連絡を取る手段が潰えてしまったのです。警察も、救助隊も、もはや呼べやしません」

春香「ということは……私達、どうなっちゃうんですか……?」

四谷「明日の昼には船が来る手はずになってる……それまでは、この島からは出られないってことだよ……」

目の前が真っ暗になるような気がした。

四谷「……ついで、というのも妙だけれど、満月荘との連絡も取れなくなっていたよ」

千早「ど、どうしてですか? 電話があったはずじゃ……」

寺恩「たしかに居間に満月荘との連絡用に電話機が置いてあります。ですが、いつの間にか電源コードが切断されていたんですよ」

春香「電源コードが……?」

江久「うん。そりゃもうスパっとね。ハサミで切ったのかな……?」

輪留「……………………」

四谷「輪留? どうかしたか? さっきから様子が変だけど…………」

輪留「…………誰だ?」

江久「ん?」

輪留「誰だって聞いてんだ……! こんなことしやがったのは誰だよ!?」

四谷「お、落ち着けよ輪留……」

寺恩「……たしかに、僕も知りたいところですね。どなたが犯人なんでしょうか? ……まぁ、素直に名乗り出るとも思えませんが」

江久「この中に犯人がいるってこと? それって……無線機や電話を壊した犯人のこと? それとも……」

寺恩「……両方ですよ。連絡の手段を封じ、元造さんを殺害した犯人はこの中にいるとみてまず間違いないでしょう」

この中に……犯人が……?

春香「……ま、待ってください寺恩さんっ! どうしてそう思うんですか?」

寺恩「常識的に考えて、この島に我々以外の人間がいるとは思えないからです」

江久「たしかに。橋、燃えちゃってたし、向こう側の人はこっちに来れないもんな」

四谷「……橋がいつ頃燃えたかはわかってないんだよな。燃える前に満月島側からこちらへ渡ってきていたとしたらどうだ?」

寺恩「……あり得ないことではないでしょうが、考えづらいですね」

江久「さっき僕らで他に何か変なことが起こってないか、この三日月荘を調べまわったじゃないか」

四谷「……たしかになにもなかったから、少なくとも中に誰かが隠れてるってことはなさそうですけどね」

千早「そういえば……元造さん、釣りをするって言ってました。それに使うゴムボートがあるって……それを使って島を出ることはできないでしょうか?」

たしかこの島に来たときに元造さんから聞いた話だ。

江久「あったよ。1階の物入れの中に。でも…………」

四谷「大きな穴が開いていた。刃物で切られたみたいにね」

千早「そんな…………」

寺恩「あれでは使い物にはならないでしょうね。まぁ、たとえ無事だったとしても港からモーターボートで2時間もかかるような島から脱出するには、ゴムボートでは心もとなさ過ぎますがね」

輪留「とにかくよ……この中に犯人がいる可能性が一番高いってことは間違いねぇ。誰だか知らねぇけど、俺はあんなひどい殺し方をする人間と一緒にいたくはねえな」

輪留さんはそう言うと扉から出かける。

寺恩「どちらへ?」

輪留「部屋だ。明日の昼、船が来るまで部屋にこもることにする。それが一番安全だろうからな」

それだけ言い残して輪留さんは部屋に戻っていってしまった。

四谷「輪留はまだ殺人が続くと思っているのか…………?」

江久「ええ? そうなの?」

四谷「いや江久さん。まだそうと決まったわけじゃないんですがね……」

寺恩「……たしかに、殺人が続かないという根拠もありませんし、警戒しておくに越したことはないでしょう」

春香「そんな…………」

江久「大丈夫だよ春香ちゃん。いざとなれば僕が犯人捕まえてあげるからさ」

春香「は、はぁ……」

たしかに江久さんの体格であれば普通の人間では太刀打ち出来ないかもしれない。でも……

寺恩「あなたが犯人ではないという確証がない以上、簡単には信用出来ませんよ」

江久「ええ? そりゃ参ったなぁ」

四谷「……せめて元造さんが亡くなった時間が分かれば、アリバイを調べることもできたかもしれないが……いや、それも無駄か」

そう……私たちは夜中の間、睡眠薬で眠らされていたので誰にもアリバイはない。

春香「そういえば……睡眠薬は見つかったんですか?」

千早「睡眠薬……?」

四谷「俺達全員、昨晩の夕食後に眠ってしまっているんだ。それは睡眠薬を飲まされたせいみたいでね」

千早「……どうりで、昨日あんなに眠たくなったのね」

寺恩「睡眠薬そのものは見つかっていません。ただ、コーヒーサーバーに睡眠薬を混ぜていたと言う説がやはり濃厚ですね。ただ、サーバーは綺麗に洗浄されてしまっていたので証拠は残ってはいませんでした」

四谷「元造さんが食事の準備をしている間なら、食堂に置かれたコーヒーサーバーに薬を入れるのは誰でも可能だったろうな。自分に出された分のコーヒーは飲んだふりして片付ければいいだけだ」

寺恩「そう考えると、睡眠薬を飲んでいなかったのは元造さんと犯人の二人、ということですね」

四谷「……とにかく、明日の昼になるまでは警戒しておいたほうがいいな。みんな部屋に鍵を掛けるのを忘れないように」

春香「鍵を掛けていれば、安全でしょうか?」

四谷「部屋の扉は木製だから壊そうと思えば壊せそうだな……そこまでやるか、とも思えるが。一応夜中は扉の前に何か立てておくなりした方がいいかもしれないね」

江久「なんなら、今夜僕が廊下で見張っておこうか。変なことしようとする奴がいれば僕がとっ捕まえてあげるよ。それなら安心して寝られるだろ?」

四谷「江久さん、なにもそこまでしなくても…………」

春香「そうですよ、それだと江久さんが危険な目に合うかもしれないじゃないですか」

江久「大丈夫だって。寝ないように気をつけてさえいればやられたりなんかしないよ」

四谷「眠っちゃいそうだから心配なんだよな……ま、まぁとにかく、特に春香ちゃんと千早ちゃんはなるべく二人で行動するようにしたほうがいいよ」

春香「は、はい……」

千早「わかりました」

寺恩「……さて、では僕も部屋に戻ります」

江久「僕も部屋でトレーニングでもして気を紛らわすとするよ」

みんなはそれぞれ部屋に戻っていく。元造さんの部屋に残ったのは私と千早ちゃんだけ。

千早「……輪留さん、少し様子が変じゃなかったかしら?」

春香「そう……かな?」

あんなひどい死体を見て、それでこの島に閉じ込められたんだとしたら、あのぐらい取り乱しても不思議ではないような気もする。

千早「……さっき、手紙のことを話したでしょ?」

春香「シャワー小屋で待つ、ってやつ?」

千早「そう。春香が気を失っている間に、他の人達にそのことを説明したの。そしたら、この手紙を見せた瞬間、輪留さんだけ明らかに顔色が変わったのよ。それからどうも様子がおかしいように感じるの…………」

春香「……それって、どういうことなんだろう?」

千早「もしかしたら……手紙に書かれていた秘密ってことに関係があるんじゃないかと思うんだけど……」

春香「輪留さんは元造さんの抱えていた秘密を知っているってこと?」

千早「…………私は、そうじゃないかと思う。でも知っていたとしても、本人が何も言わなかったってことは、隠したいと思っているってことだわ」

春香「まぁそういうことだよね……」

輪留さんが知っている秘密……そしてそれを隠したいと思う理由って、なんだろう……?

千早「考えても仕方ないわ。部屋に戻りましょう?」

春香「……そだね」

~三日月荘2階 春香・千早の部屋~

部屋に戻ってそうそう、千早ちゃんが思い出したように言った。

千早「そうだ、春香! 電話は使えなくなっていたけど、あれを使えば向こう側のプロデューサーと連絡が取れるんじゃないかしら?」

春香「あっ、そっか……! トランシーバー!」

いろいろあってすっかり忘れていた。

……でもプロデューサーさんと連絡が取れるのなら、残された唯一の満月荘との通信手段ということになる。きっと向こうも心配してるよね……。

春香「ええっと……どこに置いたかな……」

ベッド脇に置いてあったと思うんだけど…………。

千早「荷物バッグの後ろとか?」

春香「あ、こんなところに!」

ベッド横の壁際に置いてあるバッグの陰にトランシーバーを見つける。そういえば朝、バッグの中の時計を探すうちに場所をずらした覚えがある。気づかないうちにトランシーバーを隠してしまう位置にバッグを移動させてしまったということだ。

春香「それじゃ、向こうに通信を入れるよ……」

千早「う、うん…………」

お願い、繋がって……! 願いを込めながらボタンを押す。

春香「…………………………」

千早「…………………………繋がらない?」

呼び出し音は鳴っているはず……プロデューサーさん、寝てるのかな……? まさか、何か危ない目にあってるとかじゃ、ないよね……。

…………………ブツッ

P《はい! だ、だれだ……? 春香か、千早か……?》

春香「……あ…………」

P《その声は春香だな……?》

プロデューサーの声を聞いた途端、なんだか全身の力が抜けてしまった。胸の奥底から温かいものが巡ってくるような……そんな感覚がした。

千早「春香……! 繋がったのね!」

春香「うっ……ひぐっ……ぷ、ぷろ……りゅうさぁ……!」

P《お、おい春香……? どうした……な、なにがあった!?》

安心したおかげか、涙が溢れてくるのを抑えられなかった。

春香「うっ……うぅ……よかった…………よかったよぉ……!」

なにもかも絶望的な、足元さえ見えないような深い暗闇の中で……弱々しくも、暖かな光を見つけられた気がした。

私たちはプロデューサーさんにこれまでの経緯を伝える。思い出せる限り、詳しく。

P《なんてこった……『そっちでも』殺人事件が起こってるのか……!?》

千早「そっちでも……って、それじゃプロデューサー、まさか……!」

P《ああ……こっちでは、怪鬼監督が殺されたよ》

春香「そんな……こんなことって……」

千早「あの……四条さんは大丈夫ですか?」

P《ああ、こう言っては何だけど、こんな状況では頼もしい存在だよ》

そういえば、プロデューサーさんは前にも貴音さんの仕事で殺人事件に巻き込まれて…………貴音さんのおかげで事件は早期解決したって話を聞いたことがある。

P《たぶん今は部屋で休んでると思うが……なんなら、呼ぼうか?》

春香「あ、大丈夫です。きっと疲れてるから…………また次に連絡するときに」

P《わかった。じゃあちょっと確認したいんだが……》

P《橋が燃やされた時間は、昨晩の11時前だ。その時間、お前たちは睡眠薬で眠らされていたってことだな?》

千早「そうですね……夕食の後、急にだるくなって」

P《どうりで何度連絡しても出ないわけだ……。こっちでわかったことだがな、橋を燃やした人物はまず間違いなく三日月荘の人間だ》

春香「え!? た、たしかなんですか?」

P「満月荘の人間は、9時から11時まで2時間の間は外に出ていないという確認が取れてる。その時間自由に動けた人間がいるとするなら、三日月荘の誰かしかいない》

春香「……元造さんを殺した犯人も同じ人なんでしょうか?」

P《その可能性は高そうだが……はっきりとは言えないな》

P《夕食の後は、すぐに解散して各自部屋に戻ったんだな?》

春香「そうです。たしか……部屋に戻ったのが7時でした」

P《ということは、少なくともその時間までは元造さんは生きていたことになるな。千早が見つけた手紙によると、元造さんは浜辺のシャワー小屋に呼ばれていたんだったか?》

千早「はい。私が見つけたのは、朝の8時過ぎでしたが」

P《つまり最後に目撃されて、死体として発見されるまでは半日も間隔があるのか……》

千早「あの、あくまで私個人の感想ですけれど……死後2,3時間という感じではありませんでした。殺されたのは、もっと夜中だったと思います……。その……死体から血も出ていませんでしたから」

思い返しただけで血の気が引く光景だけれど、たしかに両腕と両足が切断されていた割りには血の匂いは薄かったように……思う。

千早「あ、でも……血はシャワーが洗い流しただけかもしれません」

P《もしかしたら、犯人はその辺りを狙ったのかもしれないな。シャワーを出しっぱなしにしておけば血を洗い流してくれるし、死体に残った体温をごまかすこともできるだろう》

P《しかし、どうして犯人は四肢を切断するなんて真似をしたんだろう? それほど強い恨みがあったんだろうか?》

春香「……………………」

P《……まぁ、事件のことは警察に任せればいいさ。明日の昼には船が来る、それまでは自分たちの身を守ることだけ考えるんだ、いいな?》

春香「はい、わかりました。……プロデューサーさんも気をつけてくださいね?」

P《ああ、もちろんだ。……そうだ、このトランシーバーのこと、元造さん以外の誰かに言ったり、見られたりしてないだろうな?》

千早「大丈夫です。誰にも言ってませんし、江久さんは春香を部屋に運んでくれましたけど……」

春香「まず気が付かないような場所においてあったので、見られてないと思います……けど、どうしてそんなことを聞くんですか?」

千早「プロデューサー……つまり、犯人が誰かわからない状況で、私達が通信手段を持っていることを他人に知られるのは危険だということですね?」

P《そういうことだ。それを知られれば犯人に狙われるかもしれない。迂闊にこちらの状況を喋ったりしてボロを出さないようにな》

春香「わ、わかりました……!」

P《…………そうだ、最後に1つだけ確認するが……》

春香「? なんですか?」

P《そっちで『昨日から姿が見えなくなっている人』はいないんだな?》

春香「……それって、どういうことですか?」

P《いや、いなければいいんだ……。じゃあ、また連絡するからな。そっちも何かあったらすぐ教えてくれ》

春香「は、はい、また……」

通信が切れる。

春香「……千早ちゃん、最後にプロデューサーさんが言っていたこと、どういう意味だろう?」

千早「昨日から姿が見えなくなっている……橋が燃えたせいで帰ってこれなくなった人ってことかしら? でもどうしてそんなこと…………」

春香「もしかして、向こうで起きた事件と関係が有ることなのかな?」

千早「……そうかもしれないわね」

大丈夫、諦めなければ、なんとかなる……。プロデューサーさん、貴音さん…………また会えるまで、絶対無事でいてくださいね……!

【プロデューサー】
~満月荘 貴音の部屋~

貴音に、春香と千早と無事連絡がとれたということを知らせると、彼女は心底ほっとしたような表情で頷いた。

貴音「しかしまだ気を緩めることはできませんね……三日月島側にも殺人犯がいるかもしれないということがわかったのですから」

P「監督を殺した犯人とは別の犯人がいるってことか?」

貴音「犯人が一人だとすれば、橋が燃えた時間と監督の殺害時刻から考えて犯人がいるのは満月島しかありえませんから春香たちは安全でしょう。しかし…………」

P「そう断定するだけの根拠が無いものな……」

貴音「そして犯人が二人いるとすれば、その二人は共謀していると考えるのが妥当でしょうね……」

たしかに、橋が燃やされて連絡手段も断たれて……完全に月光島が分断されたってときに、それぞれの島で殺人事件が起こるだなんて、そんな偶然はまずあり得ないだろう。

貴音「ですが……これで怪鬼監督の殺害において、三日月荘の人間が犯人だという線は消えたわけですね」

P「監督が殺害された後で、犯人が三日月島に戻ることはできなかったはずだからな。誰かがこちらへ渡ってきていて監督を殺したのなら、向こうでは一人足りなくなってるはずだ。可能性としては考えづらい部外者Xの犯行じゃないとすれば、満月荘の中の誰かが犯人ってことになるが……それだとあの問題が出てくるよな?」

貴音「『どうやって僅かな時間で死体を運搬したか?』の問題ですね」

P「ああ……昨日も話したけど、俺が戻った時には全員満月荘にいたんだよ。ってことは、俺が林で死体を見つけてから、満月荘の中で会うまでに犯人は死体を部屋に移動させたってことになる。そんなのどう考えたって不可能だろ? 瞬間移動でも使えるんなら話は別だけどな」

貴音「…………可能、かもしれません」

P「え? 瞬間移動が?」

貴音「違います。満月荘の人間でも、犯行は可能だったかもしれないと言ったのです」

P「い、いったいどうやって……?」

貴音「……夜明け前、皆様から話を聞いて、思い至ったことなのですが…………」

P「…………どうした?」

貴音「…………いえ、やはりやめておきましょう」

P「ええ!? どうして!?」

貴音「まだ根拠のある話ではありませんし、なにより私自身が、この推理にいまいちぴんときていないのです」 

P「それでもここで俺に話すぐらい、いいだろ?」

貴音「ふふ……申し訳ありません。ここは探偵らしく、もったいぶらせてください」

そう言って彼女はいたずらっぽく微笑む。意外と頑固なところがあるのでこれ以上聞いても教えてはくれないだろう。ここはおとなしく、探偵による推理ショーの開幕を待つしかない、か。

~満月荘 居間~

貴音と二人で居間に行ってみると、歩留田くんがソファに腰掛けていた。

歩留田「あっ、おはようございます――といってももう昼前ですね」

貴音「おはようございます」

P「おはよう。他の人はまだ?」

歩留田「まだお休み中みたいです」

――ちょうどいい。この話題は他の二人がいないほうが話しやすいだろう。

P「歩留田くんさ…………六能さんの事故のことを聞かせてくれないかな?」

歩留田「ろ、六能さんの話ですか……。昨日、その話は関係ないと結論がでたはずでは……?」

P「それはそうなんだけど……あの後考えなおしてみて、やっぱり全く無関係とはどうしても思えなかったんだよ」

貴音「私からもお願いします。私達二人は一年前の撮影に参加した方々と違って事故の詳細を、私にいたっては先程まで六能視織という人のことさえ知りませんでした。事件に無関係かどうかは、詳しい話を聞いてから判断したいのです」

歩留田「うぅ~ん…………はぁ。わかりました、わかりましたよ……」

ミサリー「あら、みんな早いわね。何の話してるの?」

ミサリーさんが玄関から入ってくるなり、そう言った。

P「ミサリーさん、どこ行ってたんですか?」

ミサリー「どこって、三日月荘の様子を見に行ってたのよ。さっき電話をかけてみたけど、やっぱり通じなかったから」

歩留田「それで、なにかわかりました?」

ミサリー「さっぱりね。人も誰も外に出てなかったし。まぁ、たとえ外に人がいたとしても結構距離があるから意思伝達は難しいでしょうけどね…………」

歩留田「やっぱりおかしいですよね……。向こうだってさすがに異常に気がついてるはずなのに」

この二人は、三日月荘の電話がのコードが切断されていることや、元造さんが殺害されたということを知らない。いや、『知らないふりをしているだけ』なのかもしれないが…………。

犯人にまだ通信手段を持っていることを知られないためにも、心苦しいが二人に何も教えることはできない。

ミサリー「もしも向こうから救助の連絡が入らなきゃ、助けが来るのは船の予定の明日の昼以降ってことになるわね…………その可能性も考えておかなきゃならないかしら…………」

歩留田「そんな…………もう勘弁して下さいよ…………」

ミサリー「それで…………何の話をしてたの?」

P「ああ、実はですね――」

ミサリー「あら、そうだったの…………わかったわ。そういうことなら、私も話しましょう。探偵さんのお願いだしね」

P「ぜひお願いします」

ミサリー「さて、何から話しましょうか…………。そうね……まず、事故っていうのは、転落事故のことなのよ」

P「転落?」

ミサリー「そう、この満月島の崖から落ちて、ね……」

歩留田「ロケの最終日でした。といっても、撮影自体は前日に終了していたので、その日はもう船で帰るだけだったんです。朝になって六能さんの姿が見えないってことになって…………」

ミサリー「…………私が、靴を見つけたのよ。視織ちゃんの靴……それも片方だけ。満月島の北側……横に三日月島の浜辺が見える方向ね。あの崖際に転がっていたの」

P「そこから六能さんは転落を……?」

歩留田「警察はそう判断して、周囲を捜索したみたいなんですが、遺体はなかなか見つからなかったんです」

ミサリー「あの子の遺体が見つかったのは、10日も経ってからだったわ。途中、台風が来たせいで捜索が中断されていたのも原因でしょうね……」

貴音「先程、片方だけの靴が落ちていたとおっしゃいましたが、もう片方は遺体に?」

ミサリー「ええ、もう片方は履いたままだったらしいわ。……ただ、10日間も発見されなかったせいで遺体の状態はよいものではなかったそうだけど」

P「……そもそも、どうして六能さんはそんな場所に行ったんでしょう? 朝に気がついたってことは、夜中に六能さんはそこから落ちたということですよね?」

ミサリー「あの子、夢遊病の気があったのよ。気づかない間に夜中に出歩く癖がね。病院にも通っていたらしいし、私も相談されたことがあったわ」

貴音「……では、その夜も夢遊病で外を歩いていた途中で、崖から転落したと?」

歩留田「……そうです。突然過ぎて驚いたなんてものじゃなかったですよ」

貴音「……六能さんの転落が事故死であると判断された、その根拠は何だったのでしょう?」

ミサリー「頭の傷よ」

そう言って右手の人差指で側頭部を押さえる。

P「傷?」

ミサリー「彼女の遺体には、頭に一つの傷があるだけだったのよ」

歩留田「水中に沈んでいる間に出来たとされるかすり傷のような細かい傷はいくつもありましたが、死因となるような大きな傷はその頭の一つだけだったんだそうです」

ミサリー「この島の周囲は崖に囲まれているわ。転落現場の下にも岩礁があって、そこで頭を打って死亡した後、波にさらわれて水の中に沈んでいったと考えられたわ」

貴音「では、直接突き落とされたという可能性は無かったのでしょうか?」

ミサリー「例えば、誰かが突き落とされて崖から転落したりすると、地面に何らかの痕跡が残る場合が多いらしいのよ。現場ではそういったものは見つからなかったらしくてね…………」

歩留田「六能さんはおそらく、夢遊病の症状のせいで足場が崖になっていることに気が付かず、そのまま転落してしまったんだろう、と……。遺書などの自殺を示すような証拠も見つからなかったので事故として処理されたんです」

貴音「……当時、満月荘に宿泊していたのは誰でしょうか?」

ミサリー「視織ちゃんに、私、監督に、大芽さん、輪留クンに、寺恩クンね」

P「ということは、歩留田くんは三日月荘?」

歩留田「はい。といっても今回よりも人の数が多かったので、僕みたいな下っ端やすぐ殺されちゃうようなちょい役の俳優なんかは居間で雑魚寝だったんですけどね」

P「ここの……満月荘の居間は使わなかったのかい?」

歩留田「冬場の撮影だったので満月荘の方の居間はすきま風が寒くて使えなかったんですよ。玄関と接してるでしょう?」

貴音「なるほど、では当時三日月荘に泊まっていて、かつ今回の撮影に参加しているのは……」

歩留田「僕と、四谷さん、江久さん、あと管理人の元造さんですね」

貴音「満月荘か、三日月荘か、どちらを使うかはどのように決めたのですか?」

歩留田「僕はさっき言ったとおり、雑魚寝せざるを得ない身分でしたので最初から三日月荘でした」

ミサリー「他の連中は……どうだったかしら、初日に適当にくじびきか何かで決めた憶えがあるわ」

貴音「わかりました…………では最後にもう一つだけ質問を」

歩留田「なんでしょう?」

貴音「ミサリー殿にお尋ねしますが…………」

ミサリー「私に?」

貴音「六能視織殿が履かれていた靴は、『さんだる』か何かだったのでしょうか?」

ミサリー「サンダル? いいえ、違ったわ。……そうね、スニーカーだったと思うわ。普通のね」

貴音「『すにぃかぁ』…………なるほど。ありがとうございました」

ミサリー「もう終わり?」

貴音「はい。少し考えをまとめたいので、失礼します。プロデューサー?」

P「あ、ああ。では、二人ともありがとうございました」

~満月荘 プロデューサーの部屋~

P「なぁ、最後の質問……あれって何か意味があるのか? 六能さんの履いていた靴の種類がそんなに重要なのか?」

貴音「……プロデューサーは、すにぃかぁを履いたことはありますね?」

P「そりゃあるさ」

貴音「では、すにぃかぁを履いて歩いている途中で、片方だけが脱げてしまったという経験は?」

P「片方だけ脱げる? いや、そもそも歩いてる途中でスニーカーが脱げるなんてこと、そうそうないと思うぞ。靴紐が解けるくらいならまだしも」

貴音「……しかし六能殿のすにぃかぁは脱げてしまった…………ここが引っかかったのです。さんだるのような形状であればふらふらと歩くうちに脱げてしまったとしても不思議ではありませんが…………」

P「あ、もしかしたらさ……こう、かかとを潰すようにして履いていたんじゃないかな? 子供の頃、靴をしっかり履くのが面倒くさくてよくやってたんだけど」

貴音「たしかに、夢遊病のせいで意識ははっきりとしていなかったでしょうから、出かけに靴をしっかりと履いていなかったという可能性はあります」

P「だろ?」

貴音「しかし、崖に落ちる直前には確かに靴はしっかりと履いていたはずなのです。もう片方の靴は、10日後になって発見された遺体に残っていたのですから」

P「あ……そうか。そんな履き方だったら普通は波に流されてしまうもんな。でも、だったらどういうことになるんだ……? 自分で脱いだ、とか?」

貴音「わざわざ崖際で靴を脱ぐ理由もわかりませんし、片方だけというのも不自然です」

P「……じゃあ貴音はどう考えてるんだ?」

貴音「……そもそも六能殿は夢遊病で外に出てなどいないのではないか……と思うのです。靴は別の人物によって置かれたもの……そしてそれは転落場所の偽装のためではないでしょうか?」

P「落ちた場所がそこだと思わせるため……ってことか?」

貴音「ええ、六能殿の遺体は転落現場と思われていた所とは違う場所にあった……そのために発見も遅れたのではないでしょうか」

P「誰かに殺され後で、海に投げ落とされたってことか……でもそれって傷が頭に一つしかなかったから否定されてたんじゃなかったか? 靴が落ちていた場所だけでなく、この島の周りは全部崖に囲まれているんだから」

貴音「それは高い崖の上から落とされたという前提があったからこそ成り立つ推理です。例えば、三日月島の浜辺から船やボートで遺体を運んで海に沈めたのかも……」

P「そうか……それなら頭に傷が一つしかなくても問題はないな」

貴音「遺体が発見されるまで時間が経っていたとのことですから、傷の原因もはっきりとは特定できなかったのではないでしょうか」

貴音「ただ……疑わしいというだけであって、確証はありません。そしてそれが今回の事件にどのように関わっているのかも……」

P「なにか決め手になるようなものがほしいな…………」

貴音「そうですね…………」

P「うーん…………」

貴音「……ところで、春香たちはどうしているでしょうか?」

P「おお、結構時間経ったし、そろそろ連絡入れておくか」

貴音「ええ、私も二人の声を聞きたいです」

俺はトランシーバーのボタンを押した。

今時点で全体の半分を少し超えた程度ですが、ここでひとまず中断します
続きは本日の19時あたりを目処に投下していきます
引き続きどうぞよろしくお願いします

現時点での推理や質問などあればご自由にどうぞ

一晩で大量投下、それでも全部じゃないってのはなかなか珍しい
ストーリー全部出来てるなら問題ないんだろうけど

アイマスでミステリーはあまり見かけないが面白そうだ
期待

この時点で犯人分かるの?
お姫ちんは天使だから殺人なんてしないって分かるけど

春香も千早も天使だから殺人なんてせんやろ
Pはしらん

読んでくれてる人がいて一安心
現時点では犯人の特定は不可能…なはず

叙述トリックのような変化球ではなく純粋な論理で解けるようになっております
本日投下分は予定通り7時から、解決編直前となる読者への挑戦状まで進むつもりです

【天海春香】
~三日月荘2階 春香・千早の部屋~

部屋に閉じこもったまま数時間が経つ。…………危険だから外に出ないほうがいいというのはわかるけど、それでもやっぱり退屈なものは退屈だ。

私も千早ちゃんもベッドに横になりながら、色々喋ったりはしているけど、さすがに話題も尽きてきた。

春香「そういえばさぁ」

千早「なに?」

春香「去年の夏だったんだけどね。通りを歩いていると前から赤い洗面器を頭に乗せた男の人が歩いてきていて、その洗面器には水がいっぱいに入ってたの。男の人は水をこぼさないようにゆっくりゆっくりと歩いていたんだよ。それで私は『どうして赤い洗面器なんか頭に乗せてるんですか』って聞いたの。そしたら男の人は――」

千早「……その話、前に聞いたことあるわ」

春香「あれ? そうだっけ?」

千早「いつだったかしら……楽屋で聞いた気がする」

春香「あー……そういえばうっすらとそんな記憶も」

春香「……っていうか、千早ちゃんさっきから何読んでるの? 書き込んだりしてるけど」

千早「……これ? クイズの本。暇つぶしになるかと思って持ってきたんだけど、あまり面白くないわね……」

春香「ふーん……どんな問題?」

千早「……日本一の高さを持つダムの名前は?」

春香「ええっと、なんだっけ……社会の教科書に載ってたんだけど…………あ、あれだ! 黒部ダム!」

千早「正解。じゃあ次ね、日本で開発されたが、未だに完成例のないダム型式は?」

春香「またダム!? ていうか急に難しさ上がり過ぎじゃないかな!?」

千早「正解は台形OSGダム、ね」

春香「うわすっごい聞いたことの無さ! そもそもダムの形式なんて知らないし、そのOSGってなに!?」

千早「OSGというのは……」

春香「いい、いい。説明を求めたわけじゃないから」

千早「そう? じゃあ次の問題いくわよ。映画『スーパーマン』に登場したことで有名なダムといえば?」

春香「ダムの問題しかないの!? 千早ちゃんってダム好き!? 意外過ぎる趣味!」

千早「正解はフーバーダム。次の問題です」

春香「あ、淡々と進めていくスタイル?」

千早「キックのかっこいいアクション俳優といえば?」

春香「は?」

千早「ジャンクロードヴァンダム………ぷっ、くく……!」

春香「うん、もういいよ」

ふと窓の方に目を向けると、昨日浜辺で拾ったデジタルカメラがあった。そういえば濡れていたので乾かしていたのだった。

春香「カメラ、もう乾いたかな?」

手にとって確かめてみると、もう問題はないようだった。念の為に起動してみようかな?

春香「ここが電源かな? ……あ、ついた」

千早「壊れてないの?」

春香「うん。やっぱり防水性だったのがよかったみたい。…………あれ?」

千早「どうかした?」

春香「う、うん。今、このカメラに保存されてる写真を見てみたんだけど……ちょっと千早ちゃんも見てみて」

カメラの画面を千早ちゃんに見せる。

千早「これ……もしかして、三日月島の浜辺?」

春香「私もそう思う……ほら、この端の方にシャワー小屋も写ってる」

千早「あ、ほんと……次の写真は?」

ボタンを押して次の写真にページを送る。

春香「あ、三日月荘……だよね?」

千早「ええ、間違いないわ」

そこに写っていたのは、薄い青色の建物、三日月荘の外観だった。

他の写真も、全て三日月島や満月島の景色を写したものらしかった。

春香「どういうことだろう……」

千早「写真の日付はどうなってるの?」

春香「えっと…………」

データに記録されている写真が撮られた日付は、一番古いもので一昨日だ。

千早「つまり……私達が来る前日?」

春香「ということは……このカメラは元造さんのもの?」

私達より前にこの島に来ていて、写真を撮れた人といえば元造さんしかいない。

ピーピーピー

春香「わっ!? びっくりしたぁ……」

千早「プロデューサーから?」

呼び出し音を鳴らすトランシーバーを手に取る。

P《ああ、春香か? そっちは変わりないか?》

春香「はい、二人でずっと部屋にいただけですけど、なにも変わったことは起きてないです。ただ……」

プロデューサーに浜辺で拾ったカメラについてのこれまでの経緯を伝える。

P《ふうん……たしかにそれはちょっと気になるな。……ん? ああ、代わるか?》

春香「……?」

貴音《聞こえるでしょうか……春香、千早?》

春香「貴音さん!」千早「四条さん!」

貴音《二人とも、思っていたより元気なようで何よりです》

千早「四条さんの方こそ、声を聞けて安心しました」

貴音《ええ、ですが……まだ気を抜いてはなりませんよ。そちらにも殺人犯がいるという可能性は大いにあるのですから》

春香「そうですよね……私たちの中に、元造さんを殺した人が…………」

信じたくはない……けれど、事実としてそこにあるものを認めない訳にはいかない。

貴音《……ところで、かめらの話ですが》

春香「はい。浜辺に流れてきたのかと思ったんですけど、元造さんが落としていただけみたいですね」

貴音《……月光島の景色以外の写真は入っていないのでしょうか?》

春香「ええと……はい。そうみたいです。このオレンジ色の建物は……満月荘かな? 私、まだ直接は見てないので…………」

貴音《三日月荘ではない建物ということであれば、おそらくはそうでしょうね》

カメラ内に記録されている写真データは全部で20枚ほどだ。

貴音《では、最後に撮られた写真はどこを写したものですか?》

春香「……一番最後の写真は、崖から海を撮影したものですね。すごくいい眺めですよ。……あっ、撮影された時間は昨日の、私達がこの島に着く少し前ですね」

貴音《私達が到着する直前に撮られた写真、ですか。どのあたりの崖かはわかりませんか?》

春香「うーん、と…………これ、どのあたりだろう千早ちゃん?」

千早「……あ、ここ……隅の方に写ってるのって、吊り橋じゃないかしら?」

春香「あ、本当だ。……ってことは、橋のある方向から考えて満月島の崖……かな?」

貴音《吊り橋近くの満月島の崖、ですね?》

春香「そうだと思います。でもどうしてこんなことを?」

貴音《いえ、少し気になったものですから》

貴音《……それでは、この辺りで失礼します》

春香「はい、貴音さんたちも気をつけてくださいね」

貴音《ありがとうございます。では、プロデューサー》

P《ああ、それじゃあまた連絡するからな》

千早「わかりました。ではまた……」

ブツッ…………

春香「さて……それじゃあこれからどうしよっか」

千早「……………………クイズの続き、する?」

春香「それはやだ」

春香「……お、そうだ! ご飯つくろうよ!」

千早「ご飯?」

春香「そう! ちょっと時間は早いけど、あんなことがあったからみんなお昼食べてないでしょ?」

千早「そういえば昨日、二人で作ろうって言ってたわね」

春香「そうそう! 千早ちゃんでもできるようなちょー簡単なこと手伝ってくれればいいからさ!」

千早「持ち前の明るさで誤魔化されたけど、今何かさらっと傷つくことを言われた気がするわ」

春香「それじゃあ台所にレッツゴー♪」

~三日月荘1階 台所~

台所は玄関横にあるもの入れ倉庫の扉の真向かいで、入り口は垂れ壁というやつで扉はついていない。

ざっと見たところ、ひと通りの調理器具は揃っているようだ。

春香「よかった、野菜とかお肉もちゃんとあるみたいだね」

千早「ちゃんと材料があるならなんで元造さんは昨日レトルト食品を使ったのかしら?」

春香「さぁ、ただ面倒臭かったんじゃないかな? この人数の量作るのって結構大変だし」

千早「……まぁ、私もよく惣菜やレトルトで済ませてしまうからとやかく言えないわね。それで、何を作ることにしたの?」

春香「んー……オムライスなんていかがでしょう?」

千早「いいんじゃないかしら」

春香「卵は冷蔵庫に新しいのがあったからいいとして……」

台所の引き出しを開けてもボウルの代わりになるようなものがない。

千早「包丁もないわね。材料はあるのに…………どこか別の場所にしまってあるのかしら?」

春香「別の場所……そこの物入れの中とか?」

台所の入り口向かいにある物入れの扉を指さす。

~三日月荘1階 物入れ~

物入れの中は真っ暗だった。外から見た時には確か窓がついていたはずだけど……。

その疑問はすぐに晴れた。物入れの中の窓は内側から木の板が打ち付けられて封鎖されていたのだ。

この三日月荘は満月荘よりも古くからある建物だと夕食時だったか、元造さんが言っていたのを思い出す。色々とがたが来始めているのかもしれない。

千早「なんだかいっぱいあるわね……見つかるといいけど」

千早ちゃんが部屋の中を見渡しながら言う。所狭しと物が置かれている。

春香「あっ、千早ちゃん。梯子があるよ」

壁際にあったそれを指さす。

千早「春香、それは梯子じゃなくて脚立よ」

春香「似たようなものでしょ。もっと本質を見ようよ、千早ちゃん」

千早「む…………」

春香「それにこれ、真ん中についてるストッパーを外して開いたら梯子にもなるタイプだよ」

千早「そういうのってなんて呼べばいいのかしら?」

春香「脚立と梯子だから…………」

千早「…………キャシゴ?」

春香「…………それはどうかと思うな」

千早「あっ、春香、これ…………」

部屋の隅の方を見て千早ちゃんが言う。見ると二つの大きなクーラーボックスが置いてあり、その隣に黒い塊が転がっている。

千早「これ、ゴムボートだわ。江久さんたちが言っていたとおり、切り裂かれたような穴が開いてるけど…………」

春香「…………やっぱり犯人は私達をここに閉じ込めようとして……?」

千早「ここまで徹底してると、そうとしか考えられないわね」

春香「元造さんはこれを釣りに使ってたんだっけ?」

千早「そう言っていたわね。たぶんこっちのクーラーボックスも」

春香「大きいねー。マグロだって入りそう」

2つとも同じタイプのもので1メートルぐらいの幅がある。蓋の部分には「容量120L 」と表記がある。

千早「あら?」

何かに気がついたようで、屈んで床を指でなぞる。

千早「…………砂だわ」

春香「砂?」

千早「うん……それも普通の砂じゃなくて……たぶん、浜辺の砂」

たしかにその周囲にまばらに落ちている砂は白くてキメが細かく、浜辺にあるような砂に見える。

春香「クーラーボックスの底にくっついてるみたいだね」

千早「ええ、それもこの砂……少し湿ってるみたい」

春香「湿ってる?」

千早「海水、かしら」

春香「かなぁ?」

千早「……まぁ、今は調理器具探しに集中しましょうか」

春香「うん……そうだね」

なんだかミョーに気になるけど…………。

~三日月荘1階 台所~

結局、物入れの棚の中からボウルと包丁はすぐに見つかった。

春香「じゃあ千早ちゃんは、これお願い」

千早「……卵?」

春香「千早ちゃんはこのボウルに卵を割ってくれる? …………卵、割れるよね?」

千早「あまりバカにしないでちょうだい。卵くらいね……」

卵を台所の机の角に打ち付ける。

パキャ、ドロリ……

千早「あ」

春香「oh……」

~なんやかんやあって約1時間後~

千早「春香」

千早ちゃんが台所の入り口からひょこっと顔を出す。

春香「おかえり千早ちゃん。どうだった?」

千早「江久さんと四谷さんは食べるって。準備したら食堂に来るそうよ」

春香「ということは……」

千早「寺恩さんと輪留さんはいらないって」

春香「二人とも何か言ってた?」

千早「寺恩さんは自分で食べ物を持ってきてるからいらないと言ってたわ。輪留さんの方はもうすっかり疑心暗鬼になってしまってるみたいで、扉も開けてくれなかったの」

春香「うーん………………ちょっと様子を見に行ってくるよ。千早ちゃん、あとはお皿に上げるだけだからやっといて!」

千早「あ、ちょっと春香!」

~三日月荘2階 廊下~

輪留さんの部屋の扉をノックする。

春香「輪留さ~ん……?」

輪留「は、春香ちゃんか……?」

扉越しに声が聞こえる。

春香「はい。あの、ご飯……」

輪留「いらないって伝えたはずだよ」

春香「でも、なにか食べないと体に悪いですよ? 食べ物持ってるんですか?」

輪留「…………それは……持ってないけど」

春香「ほら! だったら――」

輪留「いらないって言ってるだろ!!」

春香「あっ…………」

輪留「……ご、ごめん」

春香「……輪留さん、何をそんなに怖がってるんですか?」

輪留「っ……!」

春香「千早ちゃんが言ってました。輪留さんはあの元造さんを呼び出した手紙を見てから様子がおかしくなったって。たぶん、ですけど……元造さんの死はあの手紙に書かれた『秘密』と関わりがあると思うんです」

輪留「……………………」

春香「元造さんはあの手紙で犯人に呼び出され、殺されてしまった…………。そして、輪留さんは知っているんじゃないですか? あの手紙に書かれた秘密のことを。知っているから…………そんなに恐れているんじゃないんですか?」

輪留「……………………ごめん。その質問には答えられない」

春香「…………そうですか。…………じゃあ、別の質問、いいですか?」

輪留「……なに?」

春香「私のことも怖いですか? 犯人かもしれないって思いますか?」

輪留「…………いや、春香ちゃんや千早ちゃんが犯人だとは俺も思ってない。犯人はきっとあの3人のうちの誰かだ」

春香「…………それじゃ、私のことは信用できるってことですか?」

輪留「え……ま、まぁ、他の連中よりは」

春香「今じゃなくてもいいです。話してくれる気になったら、いつでも相談には乗りますから」

輪留「………………………」

春香「……それじゃあ、また!」

~三日月荘1階 食堂~

江久「すごくうまかったよ、これ!」

春香「えへへ、そうですか?」

四谷「うん。大したもんだよ! 二人とも料理うまいんだなぁ!」

千早「…………ええまぁ」

春香「あはは…………」

江久「そうだ、寺恩くんと輪留くんの分も食べちゃっていいかな?」

春香「いいですけど、そんなに食べれます?」

江久「余裕だよ。美味しいし」

四谷「そうだ、二人ともお風呂入ってきたらどうだい?」

春香「お風呂ですか?」

四谷「ああ、昨日は入れなかったろ? 後片付けは俺と江久さんでやっておくからさ」

千早「いいんですか?」

江久「ああ、行ってくるといいよ。というか四谷くんも部屋に戻っていていいよ。僕一人でやっておくから」

四谷「いやでも…………」

江久「その左腕の怪我じゃあ洗い物も満足にできないだろ?」

四谷「…………すいません、それじゃあお願いしますね」

四谷さんは江久さんにぺこっと頭を下げると、食堂を出て行った。

春香「江久さんと四谷さんってお付き合いは長いんですか?」

江久「うん? そう見えた?」

千早「違うんですか? 私もてっきり……」

江久「いや、合ってるよ。今回の撮影で同行した人の中じゃあ一番付き合い長いね。彼がまだ駆け出しのADだった頃からだから」

春香「そうなんですか」

江久「こないだの撮影でもたまたま一緒だったんだけど、あの時は驚いたなぁ」

千早「あのときって……?」

江久「ああ、あの左腕の火傷の原因になった事故だよ」

春香「江久さんはそのとき一緒の現場にいたんですか?」

江久「うん。すっごく痛そうだったなぁ、あれ。手のひらから肘の手前まで真っ赤になっちゃってさ」

春香「うわぁ、ちょっと想像しちゃいました…………」

江久「おっと、それじゃお風呂入ってきなよ。僕は寺恩くんと輪留くんの分食べたら後かたづけしておくから」

春香「ありがとうございます!」

千早「それじゃお先に失礼します」

~三日月荘 浴室~

春香「はぁ~~~」

思ったより広かった浴槽の中で伸びをする。

千早「ふふっ、春香ったらおばさんみたい」

春香「ふぇっ!? や、やだなぁ千早ちゃんってば……」

千早「まぁ、今日はいろいろありすぎて疲れたものね」

そう。今日はいろいろなことがありすぎた。でもお風呂に入っているこの間だけは、緊張から開放されてリラックスできそうだ。

千早「…………元造さんを殺した犯人って、やっぱり三日月荘の誰かなのかしら」

春香「…………………どうだろう」

千早「あっ、ごめん。こんな時に話さなくてもいいわよね」

春香「ううん。そんなことないよ」

千早「そう……? なら、少し話を続けてもいいかしら?」

春香「? うん」

千早「……犯人の正体のことで、考えたことがあるのだけど」

春香「なに?」

千早「四谷さんは左腕を怪我しているわよね?」

春香「うん。ひどい火傷を負ったんだよね。そのとき江久さんも同じ現場にいたってさっき聞いたね」

千早「つまり四谷さんは今、右腕しか使えない状態なのよね。それなのに元造さんを殺すことが出来たかしら?」

春香「う~ん…………そういえば、元造さんってどうやって殺されていたのかはわかってないよね?」

千早「そうね。春香が倒れた後は、江久さんがロープで吊るされた遺体を降ろしただけで詳しくは調べなかったし…………」

春香「でも、例えばナイフなんかの凶器を使えば、右腕だけでも殺すことは出来るんじゃないかな……? 体が吊るされていたロープも、シャワーのフックに引っ掛けてあっただけだから片腕でも十分できたことだと思う」

千早「凶器を使えば、ね。そこが少し引っかかるのよ」

春香「どういうこと?」

千早「あの手紙の内容からして、元造さんが殺されたのはシャワー小屋だと考えられるわよね?」

春香「そうだね。シャワー小屋に呼び出された後で殺されたんだと思う」

千早「凶器を使ったのだとしたら、四谷さんは怪我をしてない右手に持たざるをえない。それは難しかったと思うの」

春香「……え? なんで?」

千早「だって……元造さんが殺されたのはきっと夜の間、まだ暗かった時間だわ。それにシャワー小屋には電灯がなかった。『懐中電灯のようなものが必要だったはず』なのよ」

春香「あっ……! そっか……! 『明かりを持つ手で片手が塞がる』んだ!」

千早「だから四谷さんが犯人だとすると、凶器も明かりも右手に持たなきゃいけない。そんなのまず不可能だと思うの」

春香「それじゃあ四谷さんは犯人じゃないってこと?」

千早「ううん……そう決めつけてしまっていいのか、まだわからないけど…………」

春香「……あっ、でも……方法はあるかも」

千早「方法?」

春香「四谷さんでも元造さんは殺せたかもしれないってこと」

千早「どうやって?」

春香「睡眠薬を使うんだよ」

千早「私達を眠らせるのに使った薬?」

春香「そう。あの薬がコーヒーに入っていたんだとしたら、元造さんは夕食の時には飲まなかっただろうけど、その後犯人は別の方法で薬を飲ませたのかもしれないよね。あの薬の効き始める時間を予測して…………」

千早「私達が眠ってしまったのは夕食から30分後くらいだったわね」

春香「うん。そこでシャワー小屋に呼び出せば…………」

千早「……元造さんはシャワー小屋の中で待つ間に眠ってしまう?」

春香「そうしておけば、無抵抗な元造さんを殺すのは簡単なんじゃないかな? 遺体を吊るしたりするときには明かりを確保しておくのはそう難しくはないだろうし」

千早「なるほど…………そういう方法も考えられるわね……」

春香「……結局、まだわからないことばかり、ってことだね」

千早「そうね……」

小さな声でそう言った後、二人同時にため息をついた。

春香「……………」

千早「……………」

千早ちゃんがお湯に口元を沈める、ぶくぶくと泡を立てる。真似して同じ事をやってみると本人は無意識のうちにやっていたことらしく、二人で笑った。

夕食から約1時間後
~三日月荘1階 居間~

春香「気持よかった~長風呂しちゃったねー」

千早「部屋へ戻る前に、少しここで休んでいきましょうか」

そのとき後ろで扉の開く音がして、入ってきた四谷さんがこちらに気がついて言った。

四谷「お、今上がったところかい?」

春香「あ、四谷さん、お先にいただきました」

千早「四谷さんはここでなにを?」

四谷「いや、暇だから何か面白い本でもないかな、ってね」

そう言いながら居間に置かれた本棚へと歩み寄る。

四谷「うーん…………」

春香「なにかありました?」

四谷「そう、だなぁ…………これとか面白そうじゃない?」

千早「あ」

春香「……『クイズ THEダム』、ですか」

四谷「ダムに関するクイズばっかり載ってるみたいだ。ネタ以外で誰が買うんだろうな、こんな本」

う。なんだかそれを買ってしまった人をごく最近見た気がする。

四谷「まぁ、他には政治や経済の本ばかりで面白くなさそうだし、これにしようかな」

ピリリリリリ…………

四谷「うん? 何の音だ?」

トランシーバーの音とは違う。そもそも2階の部屋においてあるのだからここまで音が届くはずもない。

千早「これ……たぶん隣の部屋からだわ」

春香「隣って言うと…………」

四谷「元造さんの部屋か」

春香「目覚ましか何か鳴ってるのかな?」

千早「こんな時間に?」

春香「とにかく行ってみよう!」

~三日月荘1階 元造の部屋~

ピリリリリリ…………

春香「えっと……あ、ここから聞こえる!」

机の引き出しの一番上の段から音は出ているようだ。

春香「じゃあ…………開けます!」

千早「ゆっくりね…………」

四谷「一応、気をつけるんだよ?」

引き出しの取っ手をゆっくりと手前に引いていく――、そして、音の発信者がその姿を表した。

春香「――あれ? なにこれ? ストップウォッチみたいな…………と、とりあえず音を止めるよ」

手の中に収まるほどの大きさ、白い長方形で中央のディスプレイには時間が表示されている。ボタンがいくつか付いているが、目立つ大きなやつを押したら音は停止した。

千早「なにかのタイマー……みたいに見えるけど」

春香「あ、隣に薬の袋が置いてあるよ!」

引き出しの同じ段に入っていた白い袋には内服薬と書かれている。

春香「えーと、腎臓の薬みたいだね」

四谷「そのタイマーと薬に何か関係が?」

春香「薬の説明書きには『夕食後2時間後に服用してください』って書いてありますね」

千早「腎臓が悪いって言っていたから、元造さんが服用していた薬に間違いないみたいね。たぶん、薬の時間を忘れないようにタイマーをセットしておいたんじゃないかしら?」

四谷「あー、そういえば薬の時間を知らせるタイマーなんてものがあるって聞いたことあったな」

千早「今は9時……昨日は7時に夕食を終えたから、元造さんがその2時間後に設定してあったものがそのまま今日も鳴ってしまったんですね」

千早ちゃんは自分の腕時計とタイマーを見比べながら言った。

四谷「まぁ特に異常はなかったってことだな。なんだか緊張して損した気分だな」

春香「ほんとですね。びっくりしちゃいました」

四谷「ま、問題がないようでよかった。じゃあ俺は部屋に戻っておくから」

春香「あ、はい。わかりました。お疲れ様です」

千早「お疲れ様でした」

四谷「君たちも早めに休んだほうがいいよ。じゃ、おやすみ」

四谷さんは右手を上げて就寝の挨拶をすると部屋を出て行った。

千早「それじゃあ私達も部屋に戻りましょうか」

春香「うん……ん? あれは……」

部屋の奥の机の上に、重箱より少し大きいくらいの黒い箱のようなものがある。近づいて見てみる。

千早「どうかした?」

黒い箱はなにかの機械らしく、細々とした計器やボタンがいくつも付いている。

春香「もしかしてこれが、無線機かな?」

千早「たぶんそうじゃないかしら。なんだかごちゃごちゃしていて私はよくわからないけど」

春香「壊れてるって話だったけど…………」

試しに手当たり次第にボタンを押してみるが、何も反応はない。

春香「ダメみたいだね…………」

もちろん電源コンセントが抜けているなどということはない。四谷さんたちが調べた時にはもう壊されていたのだ。

無線機のその横には、もう一つ機械が置いてある。遠目からだと電話機のようにも見えたが、そうではなかった。

千早「こっちはなにかしら? 随分古い機械みたいだけど……」

春香「ワープロ……ってやつじゃないかな?」

千早「? パソコンには見えないけれど……?」

春香「パソコンの中に入ってるワープロのことじゃないよ。まだパソコンがなかった頃に、キーボードを打って文書を作る機械があったんだよ。それが元々のワープロ」

千早「たしかにキーボードがついてるわね」

春香「上のとこに隙間があるでしょ? そこから作った手紙なんかが出てくるようになってるんだよ」

千早「へぇ……というか、春香はなんでそんなもの知ってるの?」

春香「いや昔、ちょっとね」

千早「使ってたの!?」

春香「いやいや! さすがに使ったことはないよ。お父さんが昔使っていたやつがうちにあるんだよね」

千早「そ、そうなんだ」

春香「こっちはまだ使えるみたいだね。ええっと…………こうやって……」

キーボードを叩くと、ディスプレイに入力した文字が表示されるようになっている。

春香「印刷開始……っと」

印字された紙がゆっくりとワープロの上部から出てくる。

春香「ほら、こんな感じ!」

『765プロ所属 天海春香 如月千早』と書いた紙を広げて見せる。

千早「そんなに簡単に使えるものなのね。私も買おうかしら。家電屋に売ってる?」

春香「さすがに今は普通の家電屋には置いてないと思うけど…………」

千早「そう……残念ね……って、あら……?」

春香「なに?」

千早「これ……字が傾いてる」

春香「え? …………ほんとだ。少し斜めになっちゃってるね」

千早「…………同じ、だわ」

春香「なにが?」

千早「この字の傾き方……これと、一緒だと思う」

千早ちゃんはポケットから紙を取り出す。それは、元造さんをシャワー小屋へと呼び出す内容が書かれていた、あの手紙だった。

『浜辺のシャワー小屋で待つ。あの秘密のことで話がある』

千早「ほら、見比べてみたら一目瞭然よ」

春香「あ、ほんとだ……角度まで同じくらいだね」

千早「この手紙は、このワープロで書かれたものなんじゃないかしら?」

春香「元造さんを呼び出す手紙が、元造さんの部屋にあるワープロで?」

千早「だって、この三日月荘に他にこんな文書を作れるようなものは無かったでしょう?」

春香「たしかに……でもそれってどういう――」

ピリリリリリ…………

春香「えっ!?」

千早「これって、またタイマーが?」

春香「おっかしいな、ちゃんと止めたのに」

さっきの引き出しを開けてタイマーを手に取る。やっぱり大きなボタンを押すと音は鳴り止んだ。

裏側を見てみると、簡単な説明書きがなされたシールが貼り付けられていた。そこにはこう書かれている。

『設定した時刻になるとアラームが鳴り出します。仮停止ボタンを押すとアラームは止まりますが、その後に本停止の操作がされない限り、仮停止から5分後に再び鳴り出します』

千早「本停止という操作をしないとまた鳴ってしまうのね」

春香「なんか目覚まし時計みたいだね。まだ続きがあるよ……」

『アラーム時刻の設定変更、及びアラーム本停止の操作の際は、初回起動時に設定した4桁の暗証番号を入力してください。電池を抜いた場合、再起動時にアラーム設定は解除されていますが、暗証番号の再設定はできません』

春香「暗証番号が必要なんだ……」

千早「薬の時間を知らせるタイマーだからそれくらい慎重にってことかしら?」

春香「そうかもね。ってことはこれ、本停止ってのができるのは元造さんだけってこと?」

千早「そうなるわね。また鳴り出されても困るから、電池を抜いておいたほうがいいんじゃないかしら?」

春香「そうだね」

裏側のカバーを開けて、単三電池2本を取り出す。ディスプレイの表示が消える。

春香「これでオッケーだね」

千早「……春香」

春香「ん?」

千早「なにか…………引っかからない?」

春香「なにか、って……」

千早「『どうしてこのタイマーはさっき鳴っていたのかしら?』」

春香「え…………」

千早「アラーム設定ができるのは持ち主である元造さんだけ。ということはこのアラーム設定はまだ元造さんが生きていた時に設定されたことになるわ。ここまでは大丈夫?」

春香「うん。昨日の夕食から2時間後だから夜の9時って設定されていたんだよね」

千早「アラームが鳴ると仮停止ボタンを押しただけじゃ、5分後にまた鳴り出すようになってるのよね。でも、私達このタイマーの存在をついさっき知ったばかりよ。今までこのアラームの音を聞いたことがなかった」

春香「あ、たしかにそうだね……」

千早「じゃあ、昨日の夜9時に鳴ったはずのアラームは、誰が止めたのかしら?」

春香「…………そりゃあ」

千早「そう、本停止の操作ができるのも元造さんだけだった」

春香「! そっか……! 元造さんは昨日の夜9時にアラームを止めた。それから丸一日が経って、さっきまた鳴り出した!」

千早「今の私達のように暗証番号がわからないからといって電池を抜いてしまうと、アラーム設定まで解除されてしまう。そして再設定するにも暗証番号が必要なのだから、元造さん以外の人がアラームを止めたとするとさっきアラームが鳴り出したことの説明がつかないのよ」

春香「元造さん以外の人が暗証番号を知っているとは考えづらいもんね」

千早「ちょっと、その薬の袋を見せてくれる?」

タイマーの横においてあった腎臓の薬の袋を渡す。千早ちゃんは中身を確かめている。

千早「やっぱり……。これを見て」

粉薬の小袋がいくつも繋がったものを取り出す。その一つ一つにはペンで日付が書かれている。

千早「今日の日付から後の分しかないわ。ということは……」

千早ちゃんは元造さんの部屋の片隅においてあるゴミ箱へ近寄っていく。右手を突っ込むと、その中から何かを取り出す。

千早「一番上に、捨てられていたわ」

人差し指と中指に挟まれていたのは、昨日の日付の書かれた薬の小袋。開かれていて中身は入っていない。

春香「元造さんは昨日の夜9時に、このタイマーのアラームを止めて薬を飲んだ……ってことだね」

千早「そうね、つまり元造さんが殺されたのは昨日の夜9時以降、ということに…………」

春香「! 待って!」

千早「な、なに?」

今、ピンときてしまった。元造さんが殺されたのは夜の9時以降、ということは…………。

春香「やっぱり……元造さんを殺した犯人は、三日月荘の中にいるんだよ」

千早「…………どういうこと?」

春香「今までは、元造さんの殺された時間がはっきりしていなかったんだよね。もしかしたら橋が燃やされる前に殺されていたのかもしれない……ということは、満月島側の誰かがこっそりこっちへ渡ってきていて、元造さんを殺した後で戻っていったのかもしれないってことだった。でもそれはあり得ないことがわかったんだよ」

千早「9時以降に殺されたのがわかったから? でもプロデューサーの話では橋が燃やされたのは11時じゃなかったかしら? 2時間の空白があるけれど…………」

春香「プロデューサーさんはこうも言っていたよ。『満月荘の人間には9時から11時までのアリバイがある』って」

千早「! それが確かなら、三日月荘の人にしか元造さんを殺せなかったことになるわね……!」

春香「でも…………いったい、誰が……」

江久さん、寺恩さん、四谷さん、そして輪留さん。この4人の中に、本当に犯人がいるんだろうか……? 元造さんを、あんなひどいやり方で殺した人が本当に……

千早「私達が考えるには限界があるわよ……。今はおとなしく明日を待ちましょう」

春香「……うん、そうだね。――あ、でもその前に」

千早「前に?」

春香「難しいこと考えたら少しお腹減っちゃった! 台所になにか取りに行こーよ」

千早「こんな時間に……太るわよ?」

春香「うぐ」

時計の針は9時23分を指している。

千早「まぁ、いいけど。そういえば冷蔵庫にデザートがいくつか入ってたわね」

春香「じゃ、それ取ってから部屋に戻るということで」

~三日月荘1階 台所~

台所で冷蔵庫の中身を物色する。

春香「あっ、このヨーグルト……」

千早「食べたことある?」

春香「うん、おいしかった」

千早「じゃあそれにしましょう。……あ」

千早ちゃんが部屋の入口の方を向いて少し驚いたような声を出したので、そちらを振り向いてみる。そこには輪留さんが少し疲れたような表情で立っていた。

春香「輪留さん、どうしたんですか?」

輪留「……喉が渇いたから、飲み物を取りに来ただけだよ」

そう言うと輪留さんは冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。すると今度はバツの悪そうな顔をして私に向かって言った。

輪留「あー……春香ちゃん、さっきは悪かったね」

春香「気にしないでいいですよ」

輪留「……ありがとう。ところで君たちは何を?」

春香「ええっと、小腹がすいちゃったのでなにかないかな、と」

輪留「……俺も何か食い物持って行こうかな」

春香「あっ、じゃあなにか作りましょうか?」

輪留「えっ、いやでもそんな…………いいの?」

春香「もちろん! どうせ他にすることもありませんしね。ただ明日を待つよりは何かしていたほうが気が紛れるってもんですよ」

千早「でも江久さんが全部食べてしまったから、一から作りなおさないといけないわよ?」

春香「ちょっと時間かかっても大丈夫ですか?」

輪留「い、いいともさ! アイドルの手料理食べれる機会なんてそうそうないことだしね!」

春香「えへへ、それじゃ頑張って作りますから待っててください」

千早「出来たら部屋に持って行きましょうか?」

輪留「いや、それはさすがに悪いから出来る頃になったらまた降りてくるよ」

春香「わかりました。10時過ぎくらいにはできると思います」

輪留「オッケー、じゃあ楽しみに待っておくよ。…………春香ちゃん」

春香「はい?」

輪留「俺さ、島から戻ったら自分の知ってることを全部話そうと思う」

春香「それって…………もしかして、あの手紙に書かれた『秘密』と関係が有ることですか?」

輪留「……そうだ。そして……法の裁きを受けるよ」

千早「それって…………」

春香「…………それは、この事件にも関係しているんですよね?」

輪留「……そう思う」

春香「…………わかりました。島から戻ったら、話してくれるんですね?」

輪留「ああ……約束するよ」

春香「だったら、ここでは何も聞かないことにします」

輪留「……ありがとう。……決心するきっかけをくれたのは君なんだ」

春香「私?」

輪留「そう、なんていうか…………君の真っ直ぐさを見てると、罪から逃れ続けようとする自分が恥ずかしく思えてきた。許されることじゃないだろう、でも今からでも出来る限りの償いをしたい」

春香「……………………」

輪留「……春香ちゃん、俺は保証するぞ! 君は絶対、みんなの心を掴む素晴らしいアイドルになれる! 大変なことは多いだろうけど、諦めたらだめだぜ。ずっと応援してるからな」

春香「あ、ありがとうございます。嬉しいです!」

輪留「そして俺が償いを終えたら…………そのときにはサインを書いてほしい」

春香「サイン、ですか?」

輪留「ああ、何年先になるかわからないけど、予約させてくれよ」

春香「……わかりました! ちゃんとその時までアイドル続けてますからね」

輪留「ありがとう……。それじゃあ、また後で」

春香「はい、また後で」

輪留さんは台所から出て行った。

千早「なんだか大変なことを聞いてしまったわね」

春香「そうだね……」

千早「なんというか、私が聞いてていいのかと思ってしまったわ」

春香「千早ちゃん途中から完全にフェードアウトしてたもんね…………」

千早「まぁいいわ。それじゃ私はなにをすればいいかしら?」

春香「そうだね、まずは――」

時計を見る。調理開始は9時35分だ。

それから5分ほど経過した頃、入り口から湿ったような声が聞こえた。

寺恩「……なにしてるんですか?」

春香「あっ、寺恩さん。今、夜食を作ってるところなんです」

寺恩「夜食って、あなた達が食べるんですか?」

千早「いいえ、輪留さんが夕食を抜いていたので、それで」

寺恩「そうですか」

春香「寺恩さんも食べますか?」

寺恩「いえ、僕は結構です」

千早「なにか台所に用事があったんじゃ?」

寺恩「……いいえ、ありません。外まで声が聞こえたので、こんな時間にここで何をしているのかと気になっただけです」

春香「そ、そうですか。……あれ? 髪が濡れてますね?」

寺恩「ああ……風呂に入っていたんです。じゃあ僕はこれで失礼します」

春香「はい、おやすみなさい寺恩さん」

千早「お疲れ様でした」

寺恩「……どうも」

寺恩さんはひょいと頭を下げると台所を出て行った。

――それからしばらくして

春香「さぁってと、これでかんせ~い」

千早「輪留さん、まだ降りてこないわね」

腕時計を見ると、既に10時を回っている。10時過ぎにはできるって言ったはずなんだけど……。

春香「呼びに行ってみよっか?」

千早「冷めたらもったいないしね。行きましょ」

~三日月荘1階 玄関ホール階段付近~

2階へと続く階段で、私たちはとんでもないものを目にする。

春香「な、なんじゃあ……ありゃ……?」

千早「江久さん…………よね。なにしてるんだと思う?」

江久さんは、なぜか両手をついて逆立ちしながら階段を降りている。

江久「おや? ああ、やっぱり台所にいたのは君たちだったか。いい匂いがしてたからね」

江久さんは逆立ちしながら私達を見上げて言う。

春香「そ、そうですか。ところで江久さんは何を?」

江久「僕かい? 僕はこうやって階段を逆立ちで昇り降りして上半身と体幹を鍛えるトレーニングをしてるんだよ」

千早「あの、言ってはなんですけど、相当不審ですよ……?」

江久「あ、やっぱりそうなのか。いやぁ、みんなが僕を見る目から薄々そんな感じはしていたんだけど」

春香「みんなが、って……江久さん、いつからここにいたんですか?」

江久「そうだなぁ。かれこれ30分は続けてるかな? その間にトイレに行ったり2階へ上がった人なんかとは目が合ったからね」

江久さんは目線で2階の廊下を指す。30分も……やっぱりこの人なんというか、普通じゃない、いろいろと。

江久「ところでもう部屋に戻るのかい?」

春香「いえ、輪留さんに夜食を作ったので降りてきてもらおうと思って」

江久「そうかい。ええと、輪留くんの部屋は廊下の一番奥だったね」

春香「そうですね」

千早「あの、江久さんはまだここでトレーニングを?」

江久「うん、あと腹筋300回やんなきゃ」

春香「へ、部屋に戻ってやるというのは無理なんですか?」

江久「いやね、ちょっとトレーニング用具をいっぱい持ってきすぎちゃったみたいでさ。ベッドの上ぐらいしかスペースがないんだよね。かといってベッドの上では負荷が低くて効果が薄まっちゃうだろ?」

春香「…………なるほど」

千早「片付ければいいんじゃ……」

春香「千早ちゃん、たぶんこの人に言っても無駄だと思う」

江久「じゃ、僕はトレーニングの続きに入るから」

江久さんは逆立ちのまま階段を昇り、階段横の広くなったスペースに着くと今度は腹筋運動を始めた。見てるこっちはなんだかどっと疲れが出たような気が……。

~三日月荘2階 廊下 輪留の部屋前~

階段側から見て、廊下の一番奥右側にある輪留さんの部屋の前まで来る。ここからでも凄まじい速さで腹筋をしている江久さんの姿が見える。……まぁ、迷惑にはなってないから問題ない、かな?

扉をノックする。

春香「…………輪留さーん?」

……………………。返答はない。それどころか、部屋の中からは物音一つ聞こえない。

千早「どうしたのかしら?」

春香「もう一回呼んでみるよ。輪留さ~ん? 寝てるんですかー?」

再びノックしながら問いかけるも、やはり返答はない。

春香「開けますよー?」

そう言ってドアノブを回してみるが、思った通り鍵がかかっている。

江久「どうかしたのかーい?」

廊下の向こう側から江久さんの大きな声が飛ぶ。一応夜中なんだからさすがに他の人に迷惑だ。人差し指でシーッというジェスチャーをしながら手招きする。江久さんもさすがに察したようでこちらへ小走りでやってくる。

江久「なんだ? 輪留くん、出てこないのかい?」

春香「そうなんです、トイレにでも行ってるんでしょうか?」

江久「うーん? いや、僕はずっとあの階段にいたからわかるけど、輪留くんは30分前くらいに部屋に戻ったきりだったと思うよ」

そうか、輪留さんがトイレに向かったのならその姿を江久さんが見ていないとおかしい。

江久「おーい、輪留くん? 開けるぞー?」

春香「あっ、江久さん、鍵がかかって――」

ガチャッ、バキッ

春香・千早・江久「「「あ」」」

木の裂ける音がして鍵は外れた……ただし、ドアノブごと。江久さんの右手には鍵ごと引っこ抜かれた丸型のドアノブが握られている。

木製の扉はノブのあった部分に無残に風穴を開けてしまっていた。

江久「ええっと…………」

千早「ど、どうするの、これ…………」

背後でガチャっと扉の開く音がする。輪留さんの向かいは四谷さんの部屋だ。

四谷「なんだか騒がしいな。なにかあった?」

四谷さんに応じたかのように廊下の少し先で扉が開く。寺恩さんだ。

寺恩「皆さん集まって、どうなさったんです?」

江久「ああ、輪留くんが呼んでも出てこないんだよ。だからちょっと心配になって……」

寺恩「……その手に握ってるものはなんです?」

四谷「えぇ!? まさか江久さん、ドアノブ外しちゃったんですか!?」

江久「う~ん、やっぱまずかったかなぁ?」

四谷「絶対まずいですよ…………」

千早「…………と、とにかく、輪留さんの様子を確認しましょう!」

春香「そ、そうだね!」

細かいことは後回しだ。

春香「輪留さん、開けますよ……?」

そっと扉を開く…………。部屋の中は一見何もない。扉から真正面方向にある窓は閉まったまま、右方向に置かれているベッドの上には何かが置いてあるが荒れた様子はない。……いや、ベッドの奥、窓側の壁との間の床の上に、何かがある。

…………あれは、足? まさか、寝てる途中にベッドから落ちて? だったら大変だ、怪我をしているかもしれない。

春香「輪留さん!」

駆け寄って、右側を振り向いてベッドと壁の隙間を覗く。

春香「大丈夫で――…………え?」

――どうして?

輪留さんはベッドと窓側の壁の隙間で、背中をもう一方の壁にもたれかけるようにして座っていた。

その目は閉じられ、両腕、両足とも力なく投げ出されている。

そして…………胸の中央部には緑色の柄のナイフのようなものが突き立てられ、その周囲を赤い色に染めていた。

千早「あっ…………!?」

私の後に部屋に入ってきた千早ちゃんは輪留さんの姿を見て絶句している。

江久「……ちょっと下がって」

江久さんが私と千早ちゃんを脇にのける。輪留さんの前に座り、だらりと垂れた右腕をとって脈をみる。

江久「……………………死んでるみたいだ」

四谷「ほ、本当に…………死んでるんですか?」

寺恩「…………心臓をナイフで一突き、というところですかね」

たしかに一見したところ、胸以外に傷は見当たらない。

春香「殺された…………ってことですか?」

寺恩「そうでなければ、自殺、ということになってしまいますが…………」

部屋の中は犯人と争ったようには見えない。物が散乱してもいないし、ベッドの上には部屋の鍵らしきものと折りたたまれた白い紙が置いてあるだけで、布団も綺麗に敷かれている。

四谷「……なぁ、そのベッドの上にあるのって、鍵かな?」

私が一番近いところにいたので、手を伸ばして取る。

三日月荘の個室で使う鍵には、ゴムで木製のタグが繋がれており、そこにはペンで部屋の使用者の名前が書かれている。例えば私達の部屋の鍵には「天海・如月」と書かれたタグが付いている。

ベッドに置かれていた鍵にもやはりタグが付いており、そこには「輪留」と書かれている。

春香「この部屋の鍵みたいですね」

千早「…………窓の鍵も、かかってます」

窓の方へ視線を向ける。私達の部屋と同じタイプの引き違い窓のようだ。たぶん他の人の部屋の窓も同じ作りだろう。

窓の向こう側には1階と2階を仕切るように木製の『ひさし』があり、窓から一度そこへ降りて外へ脱出することはできる。しかし窓には上下に動かすクレセント錠が付いており、そのクレセント錠はしっかりと下に倒されている……つまり、鍵がかかった状態になっている。

部屋に入ってから誰も窓の側には近寄らなかったので、部屋に入る前から鍵はかかっていたことになる。

春香「え…………でも、それって…………」

江久「…………ん?」

四谷「これ…………もしかして…………」

寺恩「…………まさか、という感じですが」

千早「…………『密室、殺人』?」

扉と窓以外に部屋の外と繋がる経路はない。扉の鍵は部屋の中にあり、部屋に入る前に私達が確かめた限りたしかにその鍵はかかっていた。

はじめに鍵を受け取る際にマスターキーのようなものはないと元造さんが言っていたので、鍵は間違い無く部屋の中にあった一本だけだ。そしてもう一方の窓もクレセント錠がしっかりとかかっている。

つまりここは、閉じた部屋…………密室だった。

輪留さんが殺害されたのだとしたら、犯人は一体、どうやってこの部屋を抜けだしたのか?

江久「……その、紙のほうは何なんだい?」

江久さんがベッドの上の折りたたまれた紙を指さす。私はその紙を手に取り、開く。中には文章が記されていた。

それは、輪留さんが犯した罪と、それを償うために彼が取った行動を告白するものだった。

春香「…………これ……遺書……みたいです」

四谷「遺書……? 彼は自殺だということか……?」

春香「……読みますね」

私はゆっくり、静かに、その文面を読み上げていった。

私、輪留貞義は犯した罪を償うために自らの命を断つことにいたします。怪鬼元造を殺害したのは私なのです。

どうか私の更なる罪を告白させてください。1年前、この島で事故死したとされている六能視織の死は、実は事故などではありません。私が彼女を殺めてしまったのです。

信じて欲しいなどとはおこがましいことでしょう、しかし私は彼女に対して殺意を持っていたわけではないのです。些細な口論から私は彼女を突き飛ばしてしまい、彼女は机の角で頭を打ち、そのまま亡くなりました。

狼狽していた私は、撮影監督、つまり現場のリーダーであって信頼もしていた怪鬼正造に全てを打ち明けました。しかし、彼は私の思っていたよりもずっと打算的で、狡猾な人間だったのです。

彼は六能視織の死体を隠すことを提案しました。嵐が近づいていることを知っていた彼は、死体の捜索が遅れることまで計算していたのでしょう。

彼女が事故死に見えるよう偽装するのには、もう一人の協力者がいました。言うまでもなく、怪鬼正造の兄であり、この月光島の管理人である怪鬼元造です。

結論から言うと、偽装工作は成功しました。死体の発見が遅れたせいで彼女の頭に残った傷跡が、机の角で打ったものなのか、岩礁で打ったものなのかの判別は警察の捜査でもつかなかったようでした。

協力者である二人は口をつぐむことを条件に代価を求めてきました。取るに足らない半人前の俳優に過ぎない私にとっては決して安くはない額でした。それでも殺人の罪から逃れたい一心で、なんとか払ったのです。

しかし1週間前、怪鬼元造が手紙で新たな口止め料を要求してきたのです。弟の正造からはそのような話は聞かなかったので、おそらく彼の独断でしょう。私はこの先一生、この男に飼い殺されてしまうのではないか……そんな思いが脳裏をよぎりました。そして私は意を決し、彼を殺害することにしたのです。

手紙で彼をシャワー小屋に呼び出し、殺害しました。彼はコーヒーを飲めない体であるという話はあらかじめ聞き出していたので、準備していた睡眠薬をコーヒーに仕込むことで私と彼以外の人間が起きてこないようにしました。

死体をバラバラにしたのは単なる捜査撹乱のためです。無線機や電話を使えなくしたのは、警察が来る前に自分に関わる証拠を消してしまうための時間稼ぎ、橋を燃やしたのも単純に人の数が多いと動きづらくなるからというだけの理由なのです。

怪鬼元造が殺されたとなると、その弟の正造は私のことを疑うかもしれません。だから場合によっては彼を殺す計画も立ててありました。しかし元造を殺すためのひと通りの計画を実行した後で、私は今更ながらに罪の意識に苛まれることとなったのです。

長くなりました。私はここにすべての告白を終え、自ら幕を引きます。みなさん、さようなら。
                                      輪留貞義

春香「みなさん、さようなら…………輪留……貞義」

私が手紙の朗読を終えると、重苦しい沈黙が落ちてきた。それから最初に口を開いたのは四谷さんだった。

四谷「そんな…………それじゃあ彼が元造さんを殺害した犯人で、その罪の意識から自殺したっていうのか…………」

寺恩「……理屈は通りますね。それにしても六能さんの死にそんな真実が隠されていたとは驚きましたが…………」

千早「あの……私達、その六能さんという方についてよく知らないんですけど……」

四谷「一年前の撮影の時にこの島で亡くなった女優だよ……。本編ではヒロインを務めていた」

寺恩「夜中に夢遊病の症状が出てそのまま崖に転落したんだろうという話でしたね…………いい女優になると思っていたので、残念でなりませんでした…………」

春香「……………………」

四谷「…………とにかく、これで事件は終わったんだな」

寺恩「そうですね……後は警察の捜査に任せましょう」

江久「しかし、本当に驚いたな。まさか輪留くんが…………」




    「また殺人かと思ったが…………」

  「でももう、安心していいんだな」

             「一時はどうなることかと…………」           

     「終わったんだ、これで」

――…………本当に?



【プロデューサー】

~満月島 林~

春香たちとトランシーバーで連絡を取り合った後、貴音の提案で俺たちは再び首吊死体を発見したあの現場へとやってきていた。

P「昼間だとやっぱり明るいな」

といっても、昼間というより夕方、もうじき暗くなり始める時間ではあるが。

貴音「夜、暗かったせいで見落としていたことがあるやもしれませんから」

P「たしかにそうかもしれん」

貴音「ところで、一つお尋ねしたいのですが」

P「なんだ?」

貴音「死体を吊るしていたろぉぷは、木の幹に巻かれていたのでしたね?」

P「ああ、そうだ。そこからあの横に伸びた太い枝を経由して、死体を吊るしていたわけだ」

死体の吊るされていた枝を指さしながら教える。

貴音「死体を下ろそうとは考えなかったのですか?」

P「そりゃあ、考えはしたさ。でもロープの結び目の辺りはビニルテープでがちがちに固定されていて、一人でそれを全部剥がすのはかなり手間取りそうだと思ったんだ。だからひとまずこのことをみんなに知らせようと思って……」

貴音「ふむ…………ではこちらへ来てください」

貴音は木の裏側へと俺を誘う。

P「どうした?」

貴音「ろぉぷが巻かれていたのは……この辺りでしょうか?」

貴音が木の幹のある部分を指さす。腰ほどの高さのそこには、なにか大きな刃物で打ち付けたような斜めに長い亀裂が木肌に走っていた。亀裂の長さは20センチくらいだろうか。

P「あっ……! たしかに、この辺りに巻かれていたな。ってことは、この亀裂は……」

貴音「犯人がなにかしらの道具を用いてろぉぷを切断したのでしょう。結び目がてぇぷで固定されていようが、それ以外の部分を切断してしまえば一瞬でろぉぷを回収出来ます」

P「監督の部屋で見つかったのは包丁だったが……あれじゃあないだろうな。もっと大きな…………」

貴音「切断するのに用いた道具については後ほど考えるとして……気になるのは…………」

P「気になるのは?」

貴音「結び目をそこまでして固定した理由です」

P「結び目が解けないように……じゃないのか?」

貴音「結び目がほどけたらせっかく吊り上げた死体が落ちてしまうから? そもそもそれが不可解といえば不可解なのです。犯人は一体何の理由があって、死体を吊るしたりなどしたのでしょうか?」

P「うん……? 言われてみれば、たしかに…………死体を吊るすのもかなりの重労働のはずだよな…………」

貴音「!…………そうでした。なぜ今までそのことを思いつかなかったのでしょうか」

P「え? なんだ?」

貴音「死体を吊り上げるには、滑車などを使わない限りは死体よりも体重が重い必要があるのです」

P「なるほど、言われてみればそうだな……。監督は太ってもいないが痩せてもいないって感じだったから…………」

貴音「細身のミサリー殿や歩留田殿には難しかったでしょうね」

P「うーむ。だとすると大芽さんしか死体を吊るせる人がいなくなるわけだが……」

貴音「……一応、気に留めておくことにします」

貴音「…………思うに、犯人は、死体の目撃者に人を呼びに行って欲しかったのではないでしょうか?」

P「……俺が満月荘に誰か呼びに行ってる間に、何かをするためってことか? 死体を移動させるとか…………でもやっぱり、あの短い時間では…………」

貴音「……………………」

P「貴音?」

貴音「犯人はプロデューサーを手紙でここへ呼び出した……それはおそらく、死体を発見させるためでしょう。そして、『死体を発見する以上のこと』はしてほしくなかった…………」

P「…………? すまん、それってどういう…………」

貴音「…………そういえば、春香が拾ったというカメラに残った写真に、この近くの景色が写っていたそうですね」

P「あ、ああ。橋の近くで崖際ってことだから…………向こう、かな」

茂みに覆われているが、わずかに奥に広がる景色が覗いている。

貴音「行ってみましょう」

~満月島 橋近くの崖~

首吊死体の木から茂みを越えておよそ10メートルほど進むと、林の中から続く草の生えた地面がそのまま崖に繋がっていた。

P「おお…………これはなかなか……………」

壮観だ。崖の向こう側に広がるのは何も浮かんでいない、一面の海。波しぶきの音が耳に心地よい。

貴音「このような場所があったとは…………」

貴音がゆっくりと崖へ近づいていく。

P「あまり前に出ると危ないぞ」

貴音「大丈夫です。少し下を覗いてみるだけですから」

そう言うと貴音は草の上に膝と手をつき、頭を崖から飛び出させて海を覗き込む。……怖くはないのだろうか。

P「…………なにかあったか?」

呼びかけに応えるかのように貴音は立ち上がると、崖際からこちらへと戻ってくる。

貴音「……草が折れていました」

P「草?」

貴音「お気づきになりませんでしたか? この一帯、ところどころ草が折れています。つまり最近、私達以外にここへ立ち入った人物がいるということ…………一人は間違いなく、あの人でしょうけれど」

P「怪鬼元造さん……だよな。だって、ここの写真を撮っていたわけだから」

たしかその写真は昨日の俺達がこの島に到着する少し前に撮られたという話だったはずだ。

貴音「そうです。問題は、元造殿以外にここへ来た者がいるのかどうか、ですが…………」

P「しかし、こんなところに来たって何の意味もないだろう? あるとしたら、単純に景色を見たかっただけとか…………」

貴音「……茂みに覆われたこの場所を、そう簡単に発見できるでしょうか?」

P「う……それはたしかに」

貴音「それにもう一つ、崖の下を見て気がついたのですが……。ここの崖は上部が突き出すような形になっているようです。すぐ真下に海面が見えました」

P「あー、プールの飛び込み台みたいな感じか? まぁ、さすがにこんなところから飛び込んだら海面に打ちつけられて命はないだろうが…………」

貴音「…………そうですね。では、そろそろ戻りましょうか」

貴音はわずかに微笑みを浮かべている。俺には分からないが、推理に進展があったのかもしれない。

~満月荘 食堂~

満月荘に戻ると、食堂の方から話し声が聞こえたのでそちらへ行ってみる。二人掛けの小さなテーブルにミサリーさんと大芽さんが向い合って腰掛けている。

ミサリー「あら、お二人さん。外に出てたの?」

P「ええ、また首吊死体の現場を見に。そちらは?」

ミサリー「私たちは見ての通り、極限状態でのティーパーティーってところかしら」

見ると、机の上には二人分のコーヒーと、お菓子がお盆に乗せられている。余裕そうに見えるのは、お互いに「この満月荘内に犯人はいない」、という俺の持論を信じてくれているのだろう。今となってはその持論もかなり怪しくなってきているのだが。

大芽「なにか発見はあったのか?」

P「ええ、まぁ、発見といえば発見ですね…………」

貴音「犯人は死体を吊るしていたろぉぷを、刃物を使って切断したようなのです」

ミサリー「刃物? ……って、どんな?」

貴音「人の体を吊るすほどですから、それなりに太いろぉぷでしょう。それを切るとなると、包丁のようなものではなく、もっと大きな…………」

大芽「もっと大きな刃物か…………。それならたしか…………」

P「知ってるんですか大芽さん?」

大芽「玄関に黒いキャビネットが置いてあっただろ? その中にナタとか鎌とか、そういう物騒なもんが入ってたぜ」

ミサリー「ちょっと、それ本当なの? 危ないから隠しておいたほうがいいんじゃない?」

大芽「そ、そうだな。言われてみれば危険かもしれねぇな……」

貴音「大芽殿。それを知ったのはいつでしょうか?」

大芽「ああ、怪鬼の部屋の窓を封鎖するために工具箱を使っただろ?」

P「ええ、大芽さんが持ってきてくれたんでしたよね」

大芽「うん、あれはそのキャビネットの上に置いてあったものなんだよ。それで工具箱の中を見てみたら、釘なんかはちゃんと入ってたんだが、肝心の金槌がなくてよ。でもそう離れた場所に置いておくとも思えなかったんで、その下のキャビネットを開いてみた。そしたら案の定そこに突っ込まれてたってわけだ」

貴音「……わかりました。それらは私達が後で回収しておきます」

ミサリー「そう、頼んだわ」

貴音「ところで、大芽殿からも六能視織についての話を伺いたいのですが…………」

大芽「ああ、視織ちゃんのことを教えて欲しいってのはミサから聞いてるよ。でも俺が知ってることなんてミサや歩留田とほとんど同じだぜ?」

貴音「そうですか……。では……そうですね…………事故の話以外で、なにか気になっていたことなどはなかったでしょうか?」

大芽「う~ん、そうだなぁ…………あっ、そういえば……視織ちゃん、ストーカーに困ってるって言ってたよな?」

ミサリー「ああ、そうだったわね。私もよく相談されてたわ。毎日のように同じ人から電話がくるって。それに…………、!」

ミサリーさんは話す途中で何かに気がついたようにハッとする。

P「どうかしたんですか、ミサリーさん?」

ミサリー「……いいえ、なんでもないわ。気にしないでちょうだい」

そう言って自らを落ち着けようとするようにコーヒーを口に運ぶ。

貴音「……プロデューサー、ではその玄関にあるきゃびねっと、とやらを調べてみましょう」

P「ん……ああ」

~満月荘 居間及び玄関~

貴音「思えば、事件が起こってからというもの、監督の部屋や首吊死体の木の周辺といった事件現場は調査しましたが、このあたりはまだ何も調べていませんでしたね」

P「そうだな。ここにもなにか重要な手がかりがあるかもしれない。手分けして探してみるか? 俺はさっき言ってた黒いキャビネットを見てみるから、貴音は居間の方に何かないか探してみてくれ」

貴音「了解しました」

調べるものが明らかな分、俺のほうがラクな作業だろう。何が大事で何が大事じゃないのか、その判別は貴音に任せたほうがしっかりやってくれるはずだ。

玄関には、「黒いキャビネット」に該当しそうなものはひとつしかない。上に大芽さんが使っていた工具箱が置いてあるので間違いないだろう。

リング状の取っ手を引いて戸を開く。中には大芽さんの言っていたとおり、物騒なものが奥側に立てかけるようにして並んでいる。具体的には全部で5つ、金槌、ノコギリ、鎌、ナタ、そして斧なんてものまである。この内、ロープを切断するために使えそうなものといえば、金槌以外になるだろう。

P「あれ……? これは…………?」

キャビネットの底の部分が濡れて光っている。その跡を辿っていくと、斧に行き着く。手にとって触ってみると、やはり少しだが濡れている。

…………洗ったんだ。犯人はこの斧を使った。そして残った痕跡を消すために、水で洗った。玄関の外側に洗い場があったからそこを使ったんだろう。でも残った水分を拭いきれなくて、こうやってまだ少し濡れたままになってるんだ……。

貴音「なにかありましたか?」

後ろから声をかけられて振り返る。

P「おお、貴音」

今発見したことについて説明する。

貴音「なるほど…………それは重要な手がかりになりそうです」

P「そっちはなにか見つかったか?」

貴音「ええ…………このようなものが、衣装箱の中に」

衣装箱、というと殺人鬼の衣装なども入っていた歩留田くんが持ってきたあれのことか。貴音は一枚のメモを見せる。

『衣装チェック表』とある。撮影に使う衣装がちゃんと揃っているかチェックするためのメモらしい。

貴音「このめもによると……登場人物の衣装は予備としてそれぞれ2着ずつが用意されていたようなのです」

P「ああ、まぁアクシデントが起こった時のために予備はあったほうがいいだろうからな」

貴音「ですが……殺人鬼の衣装の予備だけが、見つからないのです」

P「えっ……? それって…………」

貴音は不敵な笑みを浮かべて頷く。

貴音「ふふ……興味深い事実だとは思いませんか?」

貴音「おや……? 奥に、なにかありますね?」

そう言ってキャビネットの奥深いところを指さす。見るとたしかに、小さな箱が隅に置いてある。手にとってみると、それは桐製の文箱だ。

P「開けてみるぞ」

蓋を開くと、中には使い古した手帳が一冊入っているだけだった。文箱の方を貴音に渡し、手帳を取り出して内容を確かめる。

P「…………元造さんの日記みたいだな」

最初の日付はもう5年も前のものだ。それからここに滞在している間はほぼ毎日1ページずつ、その日の出来事を書き連ねているようだ。

貴音「……内容をじっくりと確かめたいですね」

P「部屋に持って行くか」

貴音「そうしましょう。…………それと、『それら』も念の為に回収しておきましょう」

……そうだ。このナタや斧なんて、放置していたら犯人にどんな使われ方をするかわかったもんじゃない。……部屋に隠しておこう。

~満月荘 プロデューサーの部屋~

キャビネットから取り出してきた危険なブツはとりあえずベッドの下のスペースに隠しておく。

P「はぁ、はぁ…………さすがに一度に運ぶのはキツかった」

貴音「ご苦労さまです。やはり、この斧はかなり重いようですね」

P「ああ……まぁあれだけ頑丈に巻かれたロープをたたっ斬るにはそれぐらい必要なんだろうが」

貴音「ふむ…………」

P「さて……じゃあ元造さんの日記を読ませてもらうか。といっても、全部読んでるわけにはいかないよな。必要な部分だけ探そう」

貴音「やはり、1年前の事故の日の日記が気になりますね」

P「1年前だな。ええと…………」

ページを古い方から順に捲っていく。

P「…………どうもそれらしい内容は書かれていないみたいだな」

1年前の日付の日記は、『撮影を見学する傍らスタッフの一人と釣り談義をする』といった何の変哲もない内容が最後となっている。次のページからは今年の、つまり元造さんがこの島に到着した一昨日の日付だ。間には破り取られたような形跡はないのでただ元造さんが書かなかったというだけだろう。

P「じゃあその次のページにある一昨日の分から読んでみるぞ」

貴音「お願いします」

『あの出来事から1年以上が経過し、私はまたこの島へとやってきている。

あの映画の特別編の撮影を行うことになったと弟から知らされたときは、運命のいたずらとしか思えなかった。

だが、最近になって思うことがある。弟は彼女の死を二つの目的で利用したのではないかということだ。

一つにはやはり、輪留くんから口止め料を強請るという目的があったのだろう。事実、私も弟から話を持ちかけられ、欲に目がくらんでしまった。

そしてもう一つ。弟には、彼女の死を自分の作品に添えることで一種の宣伝効果を得るという意図があったのではないかということ。

ホラー映画の監督としては世間から二流としか見られていない弟が、撮影中に女優が事故死するというアクシデントを利用して一花咲かせようと目論んだのではないだろうか。その目論見は結果的には、話題性を呼び、ある程度の成功を収めたといえるだろう。

あいつの打算と虚栄が溶け合った末に、あの事故死偽装計画が生まれたのだ。』

P「一昨日の分は、これで終わりだな…………」

色々と気になる単語が飛び出してきた。『彼女の死』、『輪留』、『口止め料』、そして『事故死偽装計画』…………。

貴音「その日記から推測できる事実は…………」

P「1年前……今は三日月荘にいる輪留貞義が六能視織を殺害し、それを知った怪鬼監督が、元造さんに話を持ちかけた上で彼女の死を事故死に偽装、その後、輪留に口止め料を要求した……ってところか」

貴音「…………」

P「日記は昨日の分まで書いてあるな…………読むぞ」

貴音「お願いします」

『気分転換にと始めたカメラだったが、しまおうとしたところ手元が狂い、海へ落としてしまった。しかもあのとき彼女を沈めた場所に近い。ただの偶然だろうが、どうしても不気味に思えてしまう。

もう間もなく彼らがやってくる時間なので出迎えなくてはならない。手が空いたら回収しに行くのを忘れないようにしなくては』

P「……これで最後だ」

貴音「私達がこの島へやって来る直前に書かれたもののようですね」

P「そうだな。この『彼ら』というのは俺達や撮影スタッフの事で間違いないだろう」

P「……ようやく、いろいろとわかってきたな」

貴音「そうですね。今回の事件、やはり六能視織の死が動機と関わっているとみて間違いないでしょう」

P「彼女の死に関わっているうちの二人が殺されているんだからな……」

貴音「復讐殺人、ですか…………」

P「……ちょっと待てよ、となると、犯人はまだ復讐を完遂したわけじゃないってことに……」

貴音「…………狙われるとしたら、次は」

ピーピーピーピー……

トランシーバーの着信音が鳴り響く。…………嫌な予感がする。

応答ボタンを押す。

P「……俺だ。春香か?」

【天海春香】

~満月荘 輪留の部屋~

輪留さん…………本当に、あなたが全ての原因だったんですか?

六能視織さんを殺し、その偽装計画に協力した元造さんまでを殺した――その犯人は、あなただったんですか?

いくら疑問を投げかけても、輪留さんはもう答えてはくれない。ナイフの突き立った胸から染みた赤い血痕が、嫌でもその事実を認識させる。

春香「…………あれ?」

輪留さんの服についた赤い染みが一部滲(にじ)んでいることに気がつく。染みの上部分だ。

江久「春香ちゃん? どうかした?」

後ろで声をかけてくれる江久さんの言葉には応えず、もっと輪留さんの遺体に近寄って観察する。

よく見ると、服の首元から胸の上部にかけて濡れているようだ。そこに血が染みこんで滲んだのだろう。

千早「どうしたの、春香?」

春香「どうしてかな……? 輪留さんの服、濡れてるんだよ」

寺恩「服が?」

さらに、濡れているのは服だけでなく、輪留さんの口元も同じだった。いや、むしろ口から液状のものが垂れて服を濡らしたのだろうか?

春香「…………お茶の匂い」

四谷「……それじゃないかな」

四谷さんが輪留さんの遺体の陰になった部分を指さす。そこには緑茶の500ミリリットルのペットボトルが転がっていた。中身は半分ほどになっている。

千早「それってたしか……輪留さんが台所の冷蔵庫から持っていったものよね」

そう言われれば、たしかにこれだった気がする。

四谷「自殺する前に飲んだんじゃないかな…………手が震えるなりして、うまく飲めなかったのかも」

寺恩「自殺を前にした恐怖で、ですか……。有り得そうですね」

四谷「…………哀れだな」

江久「遺体は何かで覆ってやらないか? そのほうが、『彼』も気が楽だろう」

寺恩「……あなたにしては気の利いた発言ですね。僕も同意です」

江久「…………よし、これでいいか」

輪留さんの遺体にはベッドに敷かれていたシーツが被せられた。遺体が直接見えないようになるだけで少し気は楽になる。

四谷「事件はこうやって終わっても、結局明日になるまではここを出られない。みんなも疲れたろうから、早く休んだほうがいいよ。それじゃあ……」

四谷さんがノブの取れた扉を開いて、部屋から出て行く。

寺恩「……では、僕も部屋に戻ることにします」

江久「じゃあ僕も……春香ちゃん?」

江久さんが私に声をかけるのを聞いて、扉に手をかけていた寺恩さんも振り返る。

春香「………………………」

千早「春香? 大丈夫?」

輪留さんが自殺したことで事件は終わった……ように見える。でも…………。

春香「千早ちゃん…………私、どうしても輪留さんが犯人だったとは思えないよ」

千早「春香…………」

春香「千早ちゃんだってそう思うでしょ!? だって…………」

輪留さんが台所で話してくれたこと…………たしかに、罪を隠してきたとは言っていたけど、彼はそれを島から脱出した後でちゃんと償うとも言っていた。なによりあのときの様子はとてもこれから自殺しようとしている人のものとは思えなかった。

千早「それは……たしかにそうだけど。でも、自殺としか思えないわ…………この部屋は密室だったのよ」

春香「……そう、だよね」

…………この部屋の二つの入口である扉と窓、どちらとも鍵が掛かっていた。それが輪留さんが自殺であることの証明でもあるのだ。

千早「…………輪留さん、元造さん、そして怪鬼監督が結託して、六能視織という人の死を偽装した。それが…………今回の事件のきっかけだったのね」

春香「そうだね……監督も…………」

監督……も…………?

寺恩「向こうの人たちは、まさかこちらでこんなことになっているとは思いもしないでしょうね」

そうだ…………どうしてすぐに思い出さなかったんだろう。

春香「ね、ねぇっ千早ちゃん! やっぱりおかしいよ、これ……!」

あの遺書の中で告白されていたのは、六能さんという人の事故死の偽装と、元造さんの殺害だけだった。怪鬼監督については、殺害しようという計画自体は立てていたようだけれど、実行までには至らなかったという内容だった…………。

でも、『監督は満月島で死んでいる』のだ。

そもそも輪留さんには監督を殺せたはずがない。プロデューサーさんの話では、監督が殺されたのは橋が燃やされた後だった。三日月島と満月島との行き来はもうできなくなっていたのだから。

だったら、どうしてこんなことに……?

千早「たしかに、変ね…………これって一体どういうことなのかしら?」

どうやら千早ちゃんもそのことに気がついたみたいだ。

江久「ん? 一体何の話だい?」

春香「あっ、いえ、なんでもないんです」

いけないいけない……。江久さんと寺恩さんには、私達が満月島のプロデューサーさんと連絡をとっているということがバレないようにしないと。

訝しげにこちらを眺めている二人をよそに、私は千早ちゃんを窓際に引き寄せてヒソヒソ声で話す。

春香「千早ちゃんもおかしいって思ったでしょ?」

千早「そうね。輪留さんが本当に犯人だったのなら、向こうで怪鬼監督が殺されているのを知らないということがあるかしら?」

春香「向こうで起きた殺人事件と、こっちで起きた殺人事件が無関係だってことかな…………?」

千早「…………わからないわ。考えにくいことではあるけど、もしかしたらそういうこともありえるかもしれない…………。とにかく、遺書をもう一度よく見てみましょう。なにかわかるかも」

春香「うん!」

寺恩「一体どうしたんです? ヒソヒソと話して」

扉近くに立った寺恩さんが私達に向けて言う。

春香「輪留さんの遺書をもう一度見てみるんです!」

遺書を再び開く。最初に読んだ時よりも注意深く目を凝らす。

江久「……なにか変な所でもあったかな?」

江久さんが上から覗き込むようにして言う。

千早「……最後の署名までワープロで書かれてる」

春香「そうだね」

千早「普通、遺書の署名ぐらい直筆にしないかしら……」

寺恩「言われてみれば…………少し妙ですね」

千早「それに、これ…………」

春香「うん。字が傾いてる…………元造さんの部屋のワープロで作ったものだね」

寺恩「傾いている? どういうことですか?」

春香「元造さんの部屋にあったワープロも、印刷するとこんなふうに字が傾くんですよ」

寺恩「ほう…………」

千早「悪筆を気にしていたのだとしても、わざわざ元造さんのワープロを使ってまですることかしら…………」

春香「……しない、とは言い切れないかな」

千早「そうね…………。いつ元造さんの部屋に入ったかというのも、昨日のうちに作っておいたものだとすればなにもおかしくはないし…………」

春香「遺書だけでははっきりしないね…………」

江久「あのさ、ところでなんで遺書を見なおしているのかな?」

千早「もしも、遺書が偽造されたものだとしたら、当然輪留さんの自殺も疑わしくなってくるということです」

春香「そうだね。……でも犯人が別にいるのなら、どうやって部屋を密室にしたのかがわからないよ?」

寺恩「そうです。密室の問題を解決できない限り、自殺を疑う根拠をいくつ積み上げても無駄なことです」

千早「……………………」

春香「千早ちゃん?」

千早「…………もしかして、アレ…………かしら。春香、この部屋の鍵を貸して」

言われるままに『輪留』とタグの付いた鍵を渡す。すると千早ちゃんは床に無造作に置かれた江久さんが扉から引っこ抜いてしまったドアノブを手に取り、その鍵穴に差し込む。もちろん錠はかかった状態のままだ。

千早ちゃんが差し込んだ鍵を回すと、当然のように錠は開く。

千早「あっ…………違った…………」

春香「ど、どういうこと?」

千早「この鍵、タグはゴムで留めてあるだけでしょ? だからもしかしたらタグだけ付け替えておいて鍵自体は別のものなんじゃないかと思って」

春香「あっ、なるほど。それだったら犯人は本物の輪留さんの部屋の鍵を持てるから、外に出た後で鍵をかけられる!」

千早「でも違ったわ。見ての通り、鍵は間違い無くこの部屋のものよ」

江久「ん~…………?」

寺恩「なにか気になることでも?」

江久「…………ああ、そういうことか!」

寺恩「単に理解が遅れていただけですか…………」

千早「万事休す、ね…………」

寺恩「…………彼が自殺した事実は曲げられないようです。素直に受け入れましょう」

春香「…………残念ですけど、そうするしかないみたいです」

江久「………………どんよりしちゃったな。窓でも開けるかい?」

春香「ああ、それじゃ私が開けます」

窓に近いところに立っていたので、そのまま手を伸ばしてクレセント錠のつまみを引き上げる。

春香「……………………?」

今、何か……………変な感じが。ふと、視線を下に向ける。そして……床の上に転がった…………目を凝らさないと気が付かないほど小さな『それ』をつまみあげる。

千早「春香? どうしたの?」

そう言って千早ちゃんは鍵の開いた引き違い窓を開く。すると同時に静かな夜風が吹き込んできて、熱っぽい頭を醒めさせる。窓の下のひさしは窓の横幅より少し広めに作ってあり、その真ん中辺りには小石が2,3個転がっているのが見える。

春香「…………もしかして…………ううん。もう、それしかない」

私は千早ちゃんの手を掴む。

千早「は、春香?」

春香「千早ちゃん、ちょっとついてきて!」

手を引いたまま部屋を飛び出す。廊下を早足で駆け抜ける。

千早「ちょっと!? 一体何なの、急に!?」

春香「思いついたことがあるの!」

階段を一つ飛ばしで降りていく。

千早「思いついた、って……まさか、密室の仕掛けを!?」

春香「そう……! そして私の考えが正しければ、あそこのアレを使ったかもしれない……!」

千早「あ、アレって?」

~三日月荘1階 物入れ~

窓が木板で封鎖されているために月の灯も入らない部屋は相変わらず真っ暗で、扉横の電灯のスイッチを手探りで点ける。

千早「物入れ……? ここに一体何が…………」

目的のものの側まで近寄る。…………そして、見つけた。

春香「…………千早ちゃん。……当たりみたい」

千早「……『それ』がどうしたの?」

春香「順に説明していくね……。まずは、私が感じていた違和感について」

千早「違和感?」

春香「夕食のことで最初に輪留さんの部屋を尋ねた時のこと。私が行った時もだし、千早ちゃんが行った時も、輪留さんは部屋から出て来なかったよね?」

千早「ええ、扉越しに話しただけだったわ」

春香「その後、輪留さんは台所に降りてきて私達と話した。その時の様子からも輪留さんは私達に対してはあまり警戒心を抱いていないってわかったよね」

千早「そうね。少なくとも犯人だとは思われていないみたいだった」

春香「その私達でも部屋に入られるのは拒んだ。そこが違和感のポイントなんだよ」

千早「?」

春香「輪留さんが他殺であると仮定した上で考えてみて。犯人は輪留さんを殺すために部屋に入る、少なくとも輪留さんを部屋の外に出す必要がある。でも、素直に犯人が輪留さんの部屋を尋ねたとして、輪留さんは犯人を招き入れると思う?」

千早「……まず、ありえないわね」

春香「そうなんだよ。あれだけ警戒心の強かった輪留さんが犯人かもしれないと疑っている人を部屋に入れるはずがない。きっと私達の時と同じように扉越しに話して終わりだよ」

千早「だとすれば、犯人が輪留さんを殺害できるチャンスは……輪留さんが自分から部屋を出た時。あっ……まさか台所で私達と話した後に?」

春香「うん……その可能性もあった。でもあの部屋の窓を開けた時、もう一つの可能性に気がついたんだ」

千早「もうひとつの可能性?」

春香「窓の外側、そのすぐ下にひさしがついてるよね?」

千早「ええ」

春香「ひさしの上にいくつかの小石が転がっていたの」

千早「小石?」

春香「そして、あのひさしは窓よりも少し横に広がった作りになってたんだ」

千早「……………そう、か………やっとわかったわ。犯人は『そこ』に立っていたのね?」

春香「うん……。犯人はひさしの上、部屋の中からは見えない窓の横に立っていた。そこから、小石を窓に投げて音を立てた。もちろん、部屋の中にいる輪留さんの注意を引くために。輪留さんもまさかそんなところに人が立っているとは考えなかったから、鍵のかかった窓を内側から開けてしまった…………」

千早「そこで待ち構えていた犯人が、輪留さんを殺害した……!」

春香「犯人がひさしの上に登るためには、二つの方法があったの。一つは輪留さんの部屋から窓を越えて直接ひさしに移動すること。でもこれはもちろんダメ。さっき言ったとおり犯人が輪留さんの部屋に入ることが出来たとは思えない。そこでもう一つの方法、それが…………」

千早「その脚立というわけね……!」

春香「うん。こうやって脚立の状態だと高さが足りないけど、ストッパーを外して梯子状にすれば十分な高さになるはずだよ。それに、犯人がこの脚立を使ったっていう証拠も見つかった……!」

千早「脚立が使われた証拠?」

春香「ほら、ここ……」

脚立の接地する部分を指さす。

千早「土が……付いてる」

春香「最初に……夕食前に見たときは、こんな汚れはなかったはずだよ」

千早「…………間違いなさそうね」

~三日月荘1階 居間~

私達を追いかけてきた江久さんと寺恩さんに、話したいことがあると伝えると、ひとまず居間へと移動することになった。江久さんが四谷さんを部屋まで呼びに行き、全員が揃った所で私はさっき千早ちゃんに話した内容をもう一度話す。

寺恩「なるほど…………脚立に土がね……。一応聞いてみましょうか。この中で物入れの中の脚立を使った方はいるでしょうか?」

…………誰も手を上げない。

寺恩「…………人には言えない理由であることは確かのようです」

四谷「でも…………いや、たしかに犯人が輪留を殺した方法としては納得できる。だが、肝心の密室を作った方法はどうなんだい?」

江久「そうだよな……今の方法では密室をどうやって作ったのかの説明にはなってない」

春香「犯人がどうやって密室を作ったのかも…………見当はついてます」

四谷「ほ、本当か!?」

春香「さっき、輪留さんの部屋の窓を開きましたよね。そのとき、クレセント錠のつまみがベタついているのに気がついたんです」

江久「ベタついて…………? ハチミツでも塗ってあったのかな?」

四谷「ハチミツって…………虫取りじゃないんですから」

春香「ハチミツ、ではなくて…………。あれは、セロテープが貼ってあったんです」

寺恩「セロテープ…………ですか?」

春香「そうです、セロテープ。犯人は窓の鍵に、『糸とセロテープ』で仕掛けを作ったんです」

寺恩「……なるほど、『糸の密室』ですか」

春香「大した方法じゃないんです。テグス糸のような細い糸の先にセロテープを付けて、つまみに貼り付けておく。糸のもう一方の先端を窓の隙間から外に出しておき、犯人は窓から部屋を出た後で、糸を下方向に引っ張る――すると、部屋の内側でクレセント錠のつまみが下がり、鍵がかかる。あとはそのまま糸を引っ張り続ければ、セロテープが剥がれて糸と同時に回収できる、と」

四谷「すごいな…………本当にそれで説明ができてしまう」

春香「仕掛けに使った糸は、切って土に埋めたりトイレに流してしまえばまず見つかりません」

寺恩「ケチを付けるわけではありませんが…………その仕掛けがされたという根拠はあるのでしょうか?」

春香「あります。…………これです」

私はポケットからその証拠品を右手の親指と人差し指でつまんで取り出し、みんなに見せる。

春香「……セロテープの切れ端です。輪留さんの部屋の、窓のすぐ下に落ちていました。たぶん外から糸を回収する時に切れてしまったものが剥がれ落ちたんです」

江久「じゃあ…………輪留くんは自殺じゃなくて……殺されたってことか」

寺恩「だとすると、あの遺書も偽造されたと考えるのが妥当ですね」

四谷「元造さんを殺した犯人も別にいるってことか…………」

春香「そして、元造さんを殺した犯人と輪留さんを殺した犯人はきっと…………」

千早「同一人物…………」

四谷「なんてこった…………終わったと思ってたのに」

江久「…………やっぱり、この中に犯人が?」

千早「…………そうじゃないと、遺書を偽造して輪留さんに罪を着せる必要がありません」

寺恩「今回は元造さんの時とは違って全員眠っていたというわけではありません。……アリバイを確認してみましょうか」

四谷「じゃあとりあえず……夕食の後から思い出してみるか」

江久「たしか……8時前まで食堂にいたんだっけな。食器を洗ったりした後で部屋に戻ったよ」

寺恩「僕は夕食は断ったのでずっと部屋にいましたね」

春香「私と千早ちゃんはその後お風呂に行きました。どのくらい入ってたかな……」

千早「一時間くらいね。元造さんの部屋で時間を確認したら9時だったわ」

そっか……あの薬のタイマーが鳴ったのが9時ちょうどだったからね。

四谷「そうだったな。僕が居間に本を探しに来ていた所で君たちが風呂から上がってきたんだ」

寺恩「では9時を起点にして、死体発見までの各自の動きを確認してみましょう」

四谷「9時に元造さんの部屋にあった薬の時間を知らせるタイマーが鳴り出したもんだから、春香ちゃんらと一緒にアラームを止めに行ったんだ」

寺恩「アラーム、ですか。その後は?」

四谷「タイマーを止めた後は僕はすぐに部屋に戻ったよ」

春香「私たちは少し元造さんの部屋を調べてたので…………その後は、台所で少し食べ物をもらって部屋に帰ろうとしたんです」

寺恩「……実際は部屋には帰らなかったわけですね?」

千早「台所に移動した後すぐに輪留さんと話したんです」

四谷「輪留と?」

春香「はい……。輪留さんは、『島から帰ったら罪を告白する』と言っていました」

寺恩「罪……というと、やはり遺書にあった六能さんのことでしょうか」

千早「あの遺書は偽造されたものでも、その内容には正しい部分もあったのかもしれません」

四谷「となると、犯人は輪留が隠していた罪のことを知っていたわけか」

江久「あっ、そういえば僕、輪留くんが台所へ降りていくのを見たよ」

寺恩「時間はわかりますか?」

江久「階段のとこでトレーニングしようと思って、どのくらいやろうかと時計を確認したから憶えてるよ。たしか9時25分だった。階段を降りていく輪留くんの後ろ姿を見たんだ。声はかけなかったけどね」

春香「私達が話したのもそのぐらいの時間でした」

千早「そのあと私たちは夕食を抜いていた輪留さんに夜食を作ってあげようという話になって、輪留さんが部屋に戻った後もずっと台所にいました」

寺恩「階段にいたあなたは彼が戻ってくるのを見たのですか?」

江久さんに向けて言う。

江久「ああ。階段でトレーニングを始めてから10分ぐらいして、輪留くんがまた戻ってきたよ。話しかけようとしたんだけど、なんだか気味悪そうな目で見られてさっさと部屋に戻っていっちゃったんだ。まさか僕、犯人だと疑われてたのかなぁ?」

寺恩「それもあるかもしれませんが、一番の原因はあなたの『トレーニング』でしょう。まともな感性の持ち主なら気味悪がります」

四谷「ああ……あの逆立ち歩きで階段を往復する…………」

江久「そんなに変かなぁ?」

春香「変ですね……かなり」

千早「江久さん。輪留さんが部屋に戻った、と言ってましたけど、ちゃんと部屋へ入ったところを見たわけではありませんよね?」

江久「まぁ、階段の位置からは見えないからね。でも輪留くんの部屋のある方向へ歩いて行ったのは間違いないよ。一応誰かの気配があったら誰なのか確認するようにしていたから、あの辺りを通った人は全員わかると思う」

寺恩「……それは証言の確認には役立ちそうですね。ちなみに、僕は9時15分から35分まで浴室にいました。その後は部屋に戻って……ああ、その前に台所に顔を出しましたが」

春香「はい。憶えてます。時間もそれぐらいだったかと思います」

夜食を作り始めてからすぐだったはずだ。そのときに時間は確認している。

寺恩「僕も時間は必要以上に気にするたちなので間違っていないと思います。部屋に戻る途中で江久さんと少し話しましたね」

江久「ああ、そうだったね。…………なんて話したんだっけ?」

寺恩「薄暗い階段に逆立ちした人間がいると不気味だからやめてくれ、と言ったんです。結局、後でトイレにたった時もやめていないようでしたが。ちなみにトイレに行ったのは10時になった辺りだと思います」

四谷「江久さん。僕もトイレにいく時に話しかけましたよね」

江久「ああそうだったね。寺恩くんの少し前だ」

四谷「ということは、僕がトイレに行った時間は9時55分くらいかな」

江久「その後は春香ちゃんと千早ちゃんが来るまでは誰も階段の近くには来なかったと思うよ」

春香「なにか変な物音が聞こえたりしませんでしたか?」

江久「物音ね……ううん…………いや、なにもなかったと思う。静かなものだったよ。寺恩くんや四谷くんと少し話をしたときも、何か聞き逃すほどの声で喋っていたわけではなかったし」

寺恩「…………とくに怪しげな行動をとっていた人はいないようですね。まぁ、江久さんについては普段の様子を見ていれば特別不審な行動というわけでもありませんし……」

江久「普通にトレーニングしてただけだからね」

四谷「しかし、この中に犯人がいるなら、当然その人物は嘘をついてるはずだ」

寺恩「それが簡単に分かれば苦労はしませんがね…………」

四谷「…………まぁ、そうなんだが」

寺恩「はぁ…………仕方がありません」

寺恩さんが髪の毛をボサボサと掻いてから続けた。

寺恩「一時解散としましょう。我々のような一般人だけで殺人犯を見つけ出そうという考え自体が危険です。おとなしくしておけば余計な犠牲者も出さずに済む」

江久「おとなしくしておけば、犯人はもう誰も殺すつもりはないってことかい?」

寺恩「犯人は遺書を偽造し、殺人の罪を輪留貞義になすりつけた上で自殺を装って殺害している――他に殺す予定の人間がいるならそんな事をしても無意味でしょう」

四谷「犯人が死んだ後で殺人が続くことになるもんな…………」

春香「……………………」

たしかにそうかもしれない…………でも、これで本当にいいのかな…………?

~三日月荘2階 春香・千早の部屋~

春香「……………………」

千早「……………………」

春香「千早ちゃん」

千早「うん?」

春香「私…………やっぱりこのままじゃダメだと思う」

千早「…………」

春香「私は……元造さんや輪留さんを殺した犯人を見つけたい。このまま明日を待つだけなんて、いやだ」

千早「……危険かもしれないのよ?」

春香「それは……わかってる。でも、どうしても諦めきれないんだよ……」

千早「……どうしてそこまで?」

春香「……私にも、よくわかんなくてさ。殺人事件に巻き込まれてとても怖い思いをさせられて……親切にしてくれた管理人の元造さんが殺されて……プロデューサーさんたちも向こうで危険な目にあって……そして、今度は、私のファンで居続けてくれるって言ってくれた輪留さんが殺された。怒りとか、悲しみとか、いろいろ……本当にいろいろあって訳がわからないっていうのが本音」

千早「……………………」

春香「でも、これだけはわかるの。この事件はきっと、警察に調べてもらっても解決しない。犯人は捕まるかもしれないけど…………でも犯人の考えていたことはなにもわからないまま終わってしまうんじゃないかって、そんな気がするの。そうなったら、きっとこの事件に関わったみんな、嫌な思いを引きずることになっちゃう。私は……そんなの嫌だから」

千早「……………………」

春香「……だから私は最後まで……犯人にたどり着くまで、諦めない。千早ちゃんは…………やめたほうがいいって、思うかな?」

千早「…………そんなわけないでしょ? 私だって、春香と同じ気持ちよ」

春香「千早ちゃん…………!」

千早「今ある情報を洗いなおしてみましょう。そしたら何かわかるかも」

春香「うん!」

千早「……………………できた。こんな感じかしら」

千早ちゃんがさっき確認したアリバイをノートにまとめてくれた。
※アリバイ表2 http://i.imgur.com/B9X9ntO.jpg

春香「……輪留さんが殺されたのは、9時35分から10時10分までの間……だね」

千早「ええ。部屋に戻る前の輪留さんを見た時間と、遺体を見つけた時間だから、それは間違いと思うわ」

春香「ううん…………やっぱりこれだけじゃ難しいかな……」

千早「…………別の話になるけど」

春香「なに?」

千早「犯人は遺書を偽造していた……それは間違いないわよね」

春香「うん」

千早「満月島での怪鬼監督の殺害に関しては触れられていなかったのには、やっぱり輪留さんを殺した犯人と監督を殺した犯人は別人だということなのかしら?」

春香「橋が燃やされた後に監督は殺害されたって言ってたからね…………。もう島の行き来はできなくなってたはずだから……。うん……やっぱり監督を殺した犯人は満月島にいるんだと思う」

千早「三日月島と満月島にそれぞれ殺人犯がいる……この二人は、協力関係にあるのかしら?」

春香「そうなんじゃないかな……? だって、殺されてるのは六能視織さんの事故に関係していた人ばかりなんだし…………」

千早「共通の動機を持つもの二人の犯行、というわけね…………」

千早「どうかしら? そのあたりを確認する上でもプロデューサーたちに連絡をとってみるのは?」

春香「そうだね。向こうもなにか進展があったかもしれないし…………連絡してみよう!」

トランシーバーを使ってプロデューサーさんの応答を待つ。しばらくしてスピーカーから声が聞こえた。

P《……俺だ。…ザー…香か?》

……? 妙に音質が悪い。ザーザーとしたノイズも入っている。

春香「あっ、プロデューサーさん。実はこっちでは大変なことになってて……」

P《どう…ザー…た? なにがあった?》

春香「ええっと……実は、輪留貞義さんが殺されたんです」

P《……くそ……遅…ザー…ったか。なんか音が…ザー…かしいな?》

千早「ノイズが酷いわね……。どうしたのかしら? 今まではこんなことなかったのに」

春香「バッテリーが切れたわけでも無さそうだし…………」

バッテリー残量を示すランプは緑色に光っている。まぁ、話には支障ない程度だから大丈夫、かな?

貴音《……春香? 聞こえ…ザー…すか?》

春香「あっ、貴音さん!」

貴音《必要…ザー…ことだけ話し…ザー…す》

千早「必要なことだけ話します?」

春香「わかりました! 言ってください!」

貴音「怪鬼元造の遺体をも…ザー…一度よく調べてください》

千早「元造さんの……遺体を?」

春香「そ、それが必要なことなんですか?」

貴音《はい。私の推測通りならば、そこに重要な手がかりがあ…ザー…はずなのです。調べたらまた報告し…ザー…ください》

春香「調べた結果を教えればいいんですね? わかりました!」

P《あー、春香? 聞こえるか? これはたぶん、強い電波を発するものが近くにあるって…ザー…とだろう。心当たりはないか?》

春香「強い電波……ですか? いいえ、ないと思いますけど…………」

P《そうか? こっち…ザー…も何もないと思うんだが……》

春香「なんなら別の場所から通信し直してみましょうか?」

P《んー……そうだな。詳しく話したいし……他の人…ザー…見つからないようにな》

春香「わかりました。気をつけます。それじゃあ一度切りますね」

通信を一度切る。

春香「どうしよう? 他の人が来ないような場所ってあるかな?」

千早「外からだったらどうかしら?」

春香「外かぁ……寒そうだね……」

千早「……浜辺のシャワー小屋で元造さんの遺体も調べなきゃいけないのよ?」

春香「あ……………………」

~三日月荘 玄関ホール~

トランシーバーは服のポケットの中にしまい、懐中電灯片手に静まり返った玄関の様子をうかがう。

春香「…………誰も居ないね」

千早「みんな部屋でおとなしくしているみたいね。今のうちに行きましょう」

春香「うん」

玄関の扉を引き開けると、きしんだ音が玄関に響く。

千早「も、もうちょっと静かに」

春香「そうしたつもりなんだけど……」

扉が完全に開かないうちに身を滑り込ませるようにして外へ出る。

~三日月島 三日月荘前~

春香「あれ? 少し明るい?」

当然のことだが、街灯などはない。手に握った懐中電灯だけが頼りだと思っていたが、外は月の光でほんのりとだが明るかった。

千早「月が出ているのね。……満月だわ」

そう言いながら千早ちゃんが後ろ手に玄関の扉を閉める。

千早「…………?」

春香「どうかした?」

千早「いえ…………なにか引っかかったような」

扉に服でも引っ掛けたのかと思って千早ちゃんの背中をライトで照らす。

春香「? どこも引っ掛けてないよ?」

千早「服じゃなくて…………」

千早ちゃんはじっと玄関の扉を見つめている。

千早「あっ…………ごめん。それじゃもう一度通信しなおしてみましょう」

春香「う、うん。わかった」

トランシーバーで向こうに通信を呼びかける。

《ザー……………………》

春香「……あれ?」

千早「繋がらないの?」

春香「おかしいな。さっきよりもっとひどくなっちゃった…………」

千早「繋がらないものは仕方ないわね…………このままシャワー小屋へ行きましょう」

春香「あー……気が重いなぁ」

~三日月島 シャワー小屋~

千早ちゃんによれば遺体は吊るされていた胴体が降ろされた以外は、発見されたときのままになっているらしい。

春香「い、いくよ……?」

千早「うん……」

背中にくっつくようにしている千早ちゃんが頷く。

春香「いち、にの……さんっ!」

懐中電灯の明かりを遺体へ向ける。いろいろと見たくないものが見えてしまう。

春香「ひぃ~…………もうやだぁ…………」

千早「だ、大丈夫よ……ほら、さっさと調べちゃいましょう?」

春香「だったら後ろに隠れてないで前に出てよぉ!」

春香「仕方ない……や、やるっきゃないよね……!」

覚悟を決めて一歩前に踏み出す。

改めて遺体の状態を確認する。

遺体は5つの部分に分断されている。

頭を含む胴体、右腕、左腕、右足、左足だ。各部分、服は着たまま。

切断面はそれほど綺麗ではなく、なにか大きな刃物で叩き切られたように見える。

遺体には発見時までシャワーの水がかけられていたため、まだ湿ったままだ。

首にはロープが巻かれてあり、今はタイルの上に置かれているが、発見時はシャワーのフック部分に巻きつけるようにして胴体ごと吊るされる形になっていた。

春香「…………あ!」

千早「どうしたの?」

春香「ほら……ここ、見て」

首元にはロープが締まったままだ。しかしロープの巻かれたそのすぐ下の部分に、『手の痕』が残っているのだ。

千早「手の形……」

手の痕は両手分ある。二つの親指が喉仏の辺りに、そして他の指の痕が左右それぞれ4つずつ残っている。

春香「強く押さえてアザになったみたい」

千早「四条さんの言っていた手がかりって、これのことかしら?」

春香「…………う~ん」

千早「…………結局、新しい発見は首元の指の痕ぐらいだったわね」

春香「手で首を絞められて殺された……のかな?」

千早「きっとそうだと思う……。生きたまま腕や足を切断して殺したのだとしたら、その後で首を絞める理由なんてないし……いえ、そもそも腕や足を切断する理由もわからないのだけど、まだそちらのほうが納得がいくというか……」

春香「生きたまま切られたんだとしたら……うぅ……それはキツイなぁ……」

千早「ロープも、殺された後で首に巻かれたんだと思う。指の痕と一部重なってる部分があるけど、ロープの縄目の痕のほうがくっきりと残っているから……」

春香「首を手で締めて殺して……腕と足を切り落として……胴体は首にかけたロープで吊るした?」

言葉にしてるだけで気が遠くなりそうだ。

千早「どうしてそんな手間のかかることをしたのかしら…………? 見た目の印象を強くするためだけとは思えないけど…………さっぱりわからないわね……」

~三日月島 三日月荘前~

私たちはシャワー小屋の調査を終え、三日月荘へと戻る。

三日月荘の外側から、輪留さんの部屋の窓が見える位置に来る。

春香「脚立が使われたのなら地面に跡が残ってるんじゃないかと思ったんだけど……」

視線と懐中電灯を下に向けながら呟く。

千早「しっかり消されているみたいね…………」

足か、あるいはなにか道具を使ってならしたのかはわからないが、窓およびひさしの下の地面には脚立が置かれたような跡は残っていなかった。

千早「…………あの窓を開いたところで、輪留さんは殺害されたのよね?」

千早ちゃんが窓へ人差し指を向けて言う。

春香「うん…………」

千早「…………輪留さんの体には傷跡は胸の一つしかなかったわよね」

春香「うん……?」

千早「かなり、難しいわよね……。不意をついたとしても、一瞬で急所を狙ってナイフを突き立てるなんて。あちこち余計なところを傷つけてしまってもおかしくないと思う」

春香「たしかに……そうだね」

千早「一瞬で急所を……? いや……一瞬でなくても…………」

春香「千早ちゃん?」

千早「……あっ、ごめん」

千早「ねぇ、ちょっと三日月荘の周りを一周してみない? 何か見つかるかも」

春香「わかった。いいよ」

輪留さんの部屋の真下、物入れの部屋から始めて時計とは逆向きに三日月荘を周ることにする。

四谷さんの部屋、寺恩さんの部屋から明かりが漏れているのが見える。二人ともまだ起きてるようだ。

千早「たしか、2階の部屋には全て窓がついてるはずよね」

春香「うん。1階の部屋は……あれ、どうだったっけ?」

千早「居間や元造さんの部屋には無かった気がするわ」

春香「あとトイレにもついてなかったよ。でも食堂にはあったよね。あ……ここだ」

ちょうど食堂のあたりに差し掛かる。

千早「ええ、でも見て。装飾用の窓だから開閉はできないようになってるわ」

千早ちゃんが薄く色の入った磨りガラスの窓を指さして言う。

春香「そっか、じゃああとは……物入れの窓も内側から封鎖されちゃってたから……1階にはまともに開くことの出来る窓って一つもないってこと?」

千早「そうなるわね……」

結局、三日月荘の周囲では不審な痕跡は見つからなかった。あったしても、既に犯人が回収した後だったのかもしれない……。

千早「それじゃ、一度部屋に戻る? プロデューサーたちに連絡を入れましょう。部屋でなら通信できないこともないようだし」

春香「うん……あのさ、千早ちゃん」

千早「なに?」

春香「プロデューサーさんたちに通信する前に、私達だけで犯人が誰なのかを考えてみない? 今までの出来事を整理するっていう意味でも、やっておいたほうがいいと思うんだ」

千早「そうね……そのほうが、向こうの二人にわかりやすくこちらの状況を伝えられそうだし…………。いいわ、やってみましょう」

春香「ありがとう! それじゃ、部屋で一緒に考えてみよう……! 『この島で、何が起こったのか』を…………!」


※問題編 天海春香パートはここで終了です

【プロデューサー】
~満月荘 プロデューサーの部屋~

P「……………………春香たち、遅いな」

貴音「……はい」

別の場所で通信し直すという話をしてからもう随分経つ。一度連絡らしきものが来たが、ノイズだらけでとても話せる状態ではなかった。

P「まさか何かあったんじゃ…………」

貴音「……心配するのはわかりますが、今は待つだけしか出来ません」

P「それはそうだけど…………あ、ところで」

貴音「?」

P「さっき春香たちに元造さんの遺体を調べて欲しいと頼んでいたよな? あれはどういう……」

貴音「…………もうじき、わかります」

コンコン、と扉を叩く音がする。

P「はい?」

ミサリー「プロデューサーくん、ちょっといいかしら? 貴音ちゃんもそこにいるの?」

扉越しにミサリーさんが話しかける。

貴音「私ならばここに」

ミサリー「ちょっと居間に来てくれないかしら? 他の二人もいるわ」

P「居間に?」

ミサリー「もう夜も遅くなってきたことだし、休む前に今日の調査報告をしてもらえないかと思ってね。私も含めてみんな気になってるのよ」

P「調査報告ですか」

たしかに今日一日でいろいろなことがわかった。犯人の正体までとはいかなくとも、それにかなり近づいていることは間違いないだろう。

P「どうする?」

貴音「私はかまいませんよ」

P「ミサリーさん、わかりました。行きます」

扉を開けて廊下へ出る。

ミサリー「悪いわね。迷惑だったかしら」

P「いえそんなこと」

ミサリー「……あら? 貴音ちゃんは?」

その直後に扉が開いて貴音が部屋から出てくる。

貴音「お待たせしました。行きましょうか」

~三日月荘 居間~

居間に入ると、既に大芽さんと歩留田くんの二人はソファに座って俺たちを待っていた。

大芽「悪いな。急に呼び出しちまって」

歩留田「僕らとしても、事件の捜査がどうなったか気になってまして……」

P「わかりました。といっても犯人の正体とか、そのあたりはまだなんとも……」

大芽「俺らだって素人のあんたらにそこまで期待はしてねえさ。今どんなことがわかってるのかが聞けたらそれでいいんだ」

歩留田「それにこの中に犯人はいないとわかってるわけですし」

ミサリー「そうね。林にあった死体をプロデューサーくんが戻ってくるより先に部屋に運び入れるだなんて、この中にいた人間には不可能よ」

ミサリー「ところで、さっき言っていたものは見つかったのかしら?」

さっき言っていたもの、というと犯人がロープを切断するのに使った斧のことだろう。

P「はい。無事見つかりました。ちゃんと回収しておいたので心配いりませんよ」

歩留田「何の話ですか?」

貴音「犯人は遺体を吊るしていた木にロープを巻き付けていました。そのロープを切るのに使った道具を探していたのです」

P「大芽さんの言っていたとおり、黒いキャビネットの中にありましたよ」

大芽「おお、やっぱりな」

ミサリー「そんな物騒なものを持って林の中をだなんて、まるで金太郎ね」

P「それともう一つ気になるものを見つけたんですよ」

歩留田「なにを?」

P「元造さんの日記です」

大芽「日記?」

P「ええ、この島に滞在中の出来事を記録していたみたいなんです」

歩留田「あっ、そういえば1年前も書いてるところを見た憶えがありますね」

大芽「ほんとか? 俺は初耳だったぞ」

歩留田「ええ、僕も日記なんて書いてること知られると恥ずかしいから黙っててくれ、なんて口止めされましたもん」

ミサリー「それで? その日記には何が書いてあったの?」

P「それはですね……」

ピーピーピー…………

P「え?」

ミサリー「な、なんの音?」

大芽「機械音みたいなのが……」

歩留田「ちょっ、何なんですか!?」

貴音「失礼」

そう言うと彼女はポケットからトランシーバーを取り出す。通信ボタンを押すと呼出音は停止する。

貴音「春香ですか?」 

唖然と見つめるだけの俺たちを気にもとめず、通信機に向けて貴音は語りかける。

貴音「……ええ。しばしお待ちを。場所を移します」

そして彼女はトランシーバーを持ったまま玄関から外に出て行ってしまう。

P「…………えーと」

大芽「い、今の……トランシーバーだよな?」

歩留田「どういうことなんです……? 通信手段は全部断たれていたんじゃ……」

ミサリー「プロデューサーくん? あなたは事情を知っているのかしら?」

P「え、ええっと、ですね…………」

偶然にも監督から春香たちと連絡を取るためのトランシーバーを渡されていたこと。犯人の行動からそれを知られると危険だと判断して今まで黙っていたことを素直に告げる。

P「すみませんでした……」

ミサリー「……そういうことなら責めるわけにもいかないわね」

歩留田「僕だって同じ立場だったらそうしてたと思います…………」

大芽「でも、なんであの嬢ちゃんは今まで隠していたもんをあんなふうに…………」

たしかに。元はといえばトランシーバーのことを黙っていたのは貴音が提案したことだったはずだ。

さっき部屋を出るのが少し遅かったのはトランシーバーを持ち出すためだったのだろう。でも、今になってどうして隠すのをやめたのだろうか?

P「ちょ、ちょっと呼んできます! みなさんはここで待っててください!」

俺は玄関を飛び出した。

~満月島 満月荘前~

P「貴音!」

玄関を出て少し先のところに彼女は立っていた。遥か頭上には大きな満月が浮かんでいて、その月光が彼女を幻想的なまでに美しく照らしていた。

貴音「ええ……。ではお二人とも、そちらは任せました」

今まで春香たちと通信で話をしていたらしい。

貴音「……ああ、プロデューサー。先程は失礼しました」

P「どうして急にトランシーバーを部屋から持ちだしたりしたんだ?」

貴音「申し訳ありません。少しでも早く春香たちからの連絡を受けたかったのです」

P「まったく、それならそうと言っておいてくれれば……。まあいいか、向こうはなんて言ってたんだ?」

貴音「元造殿の遺体について、調査の報告を受けました。それと、こちらからも気になったことをいくつか尋ねました」

P「気になったこと?」

貴音「ええ、春香たちも気になっていたようで円滑に話が進んだのは幸いでした」

P「……そうか。とにかく、中へ戻ろう。みんな待ってる」

貴音「お待ちください」

P「貴音?」

貴音「……犯人がわかりました」

P「なっ…………!?」

鼓動が加速する――。月の下の彼女はただゆるやかな笑みを浮かべるだけで、その表情からは何を考えているのか、俺には読み取れない。

P「犯人がわかったって……本当か?」

貴音「ええ。……『監督を殺した犯人は、満月荘の中にいます』」

P「あの三人の中に…………」

まさか、あの三人の誰に犯行が可能だったというのか?

貴音「…………今宵は満月ですね」

貴音は月を見上げてそう呟いた。

貴音「…………この月光が、この島に潜む邪悪を祓ってくれればよいのですが」

P「……これから犯人が誰なのかを暴くんだな?」

貴音「……そうです。……その前に、ちょうど他に誰もいませんので、ここで言っておきます」

P「うん?」

貴音「きっと、私一人では何も出来なかっただろうと思います。『あなた様』がいてくれたからこそ、私は殺人犯への恐れも捨てて立ち向かうことが出来たのです。そして、とうとうここにたどり着くことが出来た…………。まこと、感謝しております……」

P「! ああ……! 俺だって、貴音がいてくれたおかげで何とかなってるようなものさ。感謝してもしきれないぐらいだ」

貴音「あなた様……」

P「…………さぁ、いよいよ最後のステージだ。準備は……いいな?」

貴音「ええ……参りましょう……!」


※問題編 プロデューサーパートはここで終了です

-読者への挑戦状-
ここまで読み進めていただいた方々の中には、とっくにすべての謎を解いてしまったという方、未だ惑いの道中である方、或いは既にさじを投げてしまわれた方、様々でしょう。
しかし、とうとう、ようやく、いよいよもって、長い長いこの物語も、二つの島を混沌に包んだ連続殺人の謎も、その役目を終えようとしています。
みなさんはこの謎を終わらせ、月光島に失われた秩序を取り戻すことができるでしょうか? 
ぜひとも最後に挑戦してみてください。

26日の夜10時頃から解決編を開始する予定です。謎解きに挑戦された方はぜひ解答を書き込んで欲しいところですが、誰も書き込まなくとも気にせず続けていきたいと思います。

自分はとっくにさじ投げたが
素晴らしく乙だった

おつ
考えてみるわ

おつ
考えてみた。
犯人は二人いる。犯人A、犯人Bとする。
満月島の林で吊るされた死体は恐らく監督の兄。
17時、犯人以外睡眠薬で寝静まったあと、犯人Aは怪鬼兄を殺害。
運びやすいよう死体をバラバラにした後、クーラーボックスに入れておく。ついでにゴムボートも。
橋を渡る。死体を木に吊るして近くに身を隠し、Pを待った。ついでに橋を燃やしておく。
犯人BはPの部屋のドアに書置きを仕込み、誘う。
Pが向かったのを見て、犯人Bは監督を殺害。

Pが死体発見後、Pが満月荘に戻って行ったあとに犯人Aは死体を降ろしてクーラーボックスに入れておいた。
近くの崖でゴムボートを膨らまし、ロープを使って降りて、三日月島の浜まで漕いでいった。
犯人Aはシャワー小屋に遺体を放置し、証拠隠滅のために色々したあと三日月荘に戻る。

犯人Aは力持ちな江久な気がする。
犯人Bはプロデューサーの部屋に一番近かったミサリーか?

犯人は分からなかったけど、面白かったです。

>>312
間違いがあったので訂正。
17時→夕食後

ここまでのレスで完璧に犯人を特定できるんだよな…うーん

木に吊してあったのは管理人の死体
死体を吊り下げたのは崖から降りるため
手足斬ったのは持ち運びしやすくするため
ボートは満月島から三日月島への行き来に使われた
輪留殺したのは満月島の人間

犯人が二人それぞれの島にいるならどうとでもなりそうだけど誰かは分からない

輪留さんの事件だけ見て考えたら寺恩さんが怪しく思えるんだけども……
脚立を使うんなら一階に行かなければならないけど、江久さんが階段でうろうろしてるから四谷さんには無理。
たとえ元造さんの部屋から自室に戻らず一階にいたとしても、二階に上がることはできない。
輪留さんを殺してから戻ろうとすれば江久さんに絶対に会うから。

寺恩さんなら風呂に行ってるのを実際には誰も見ていないから、輪留さんを殺して脚立を片付け、それから台所に行ける。
髪が濡れてたのはお茶被ったのを隠すためとか……これを都合よく風呂に行っていたことにした。

江久さんだとしたら寺恩さんとすれ違ってから四谷さんがトイレに行くまでが犯行可能時間。
時間の余裕は一番あるか……?
ただもし誰かが階段近くに来て、その時江久さんがいないのを見てしまったらすぐアウトになるし
そんな危険を犯すかどうか……

三日月荘の玄関になんかあるな
開くたびに「きしんだ音」って描写があるのはなにか意味ありげ
俺が気づいたのはそれだけ、あとはまかせた

・橋を「落とした」のではなく「燃やした」(>>60)
→どっちからやったかわからなくする為か?(&自動発火装置のようなものを使ってアリバイ確保?)

・「満月島からは出られない」(>>61)は本当か?(ロープを掛ける場所くらいあるんじゃ?)

・「管理人室の手紙」(>>146)「遺書」(>>237)はワープロで書いたものなのに対し「Pへの手紙」(>>72)は手書き

・三日月島の皆を眠らせた(>>136他)のは各種作業を見られるリスクから?(確かに下記のどれも見られたら即アウトだが)
作業(少なくとも)@三日月島:通信機器とボートの破壊、管理人殺害&死体加工、遺書作成(呼び出し状も作った?)

適当に書いてみる

犯人は2人。三日月島側をA、満月島側をBとする
午後9時頃、Aは元造を殺害。バラバラにする際に使った道具は恐らく斧。斧は使用後シャワーで洗う。
遺体の手足はシャワー室に残し、胴体と斧とメモをクーラーボックスに詰め、満月島の何処かに隠す。その後、三日月島に戻り橋を燃やす。

Bは12時頃元造の遺体を回収、木に吊るす。斧は近くに置いておく。その後、メモをPの部屋に残す。
2時、Pが橋に向かう間に正造を殺害。
Pが橋の遺体を発見後、元造の遺体を木から下ろし、クーラーボックスに詰め、橋の近くの崖から落とす。
その後なに食わぬ顔でPと合流。

朝、Aは他のメンバーが起きる前に、砂浜に流れ着くクーラーボックスを回収。元造の遺体をシャワー室に吊るす。


クーラーボックスが砂浜に流れ着くのはカメラが流れ着いている事から予想。
Bは多分ミサリー(Pが橋の遺体を発見した時部屋に居なかったから)
歩留田も出来そうだけど、部屋に居たし1年前との事件の関係も薄そうなので違うかなと。

Aは四谷?実は火傷した左手も動かせるんじゃないかと思う
それなら元造も殺せるしメモが左手で書かれたのも自分を容疑者から外す為だと考えられるし。

輪留を殺害する時は脚立で自分の部屋から降りれば他の人にバレずに出来そうだけど物置に戻せそうにないのが引っ掛かる・・・
というか輪留殺害だけさっぱりだわ

満月島の崖から降りられるなら犯人を一人に出来そうなのになぁ

死体バラバラにして、吊るす

Pに見つかった後、バラバラ死体を崖から捨てる

共犯が崖の下でスタンバイしておいて回収

輪留殺害はキン肉マンがネックなんだがなぁ

輪留の事件に関しては犯行可能時間(輪留が部屋に戻ってから死体発見まで)は常に江久が階段でトレーニングしてるから脚立を物入れに片付けるのは不可能
玄関通る時も音がなるみたいだし確実に江久に気づかれる
そうなると江久が嘘をついてることになるけど>>316が言う通りいつ誰が階段付近を通るかわからない状況でその場を離れ犯行に及ぶのは少し不自然か……
料理の匂いで春香たちが一階にいるのを知ってたなら尚更
でも江久以外には不可能っぽい

満月島の事件は誰が犯人かわからないな
けどミサリーの「金太郎みたいなやつ」っていう発言は気になる
Pも貴音も斧が使われたようだとは言ってない
まぁデカイ刃物を持って林を歩く様子が単に金太郎を連想させただけのブラフの可能性もあるけど

ミサリーは何かあるたびに林にあった死体を強調してるのが怪しいんだよな
後、男だから斧を扱える膂力あるだろうし

キン肉マンの江久の存在どう捉えるかで輪留殺しは色々変わるなぁ、殺した時は茶に睡眠薬混ぜてたんだろうし誰でも殺しやすい状況だし

お茶に睡眠薬いれていたとしてもそれが計画のうちとは考えにくいね
飲んでくれる保証がまず無い
まぁ飲んでくれたらラッキーみたいな感じだったのかも知れないけど
でも逆に睡眠薬が効きすぎて窓を開けてもらう前に寝られると犯行すら不可能になる

木に吊り上げることのできそうなのが江久さんだけなのがなんとも……
斧やらなんやらもやたら重量が強調されてるし。

満月島の崖はゴムボートで海面ダイブはできないかな
できるんであれば>>312のトリックが一番それっぽいけどまず無理か

バラバラで胴体だけなら華奢な奴等でも吊り上げられるんじゃないか?
根拠は無いが・・・

ゴムボートは濡れたり砂が付いてるとは書いてなかったから使ってないんじゃないかなぁ

バラバラ死体だから誰でも持ち上げられるな

あとはアリバイと見比べるか

そっか手足もまとめられてたと思ってたけど胴体だけでも隠れて見えないのか
それなら江久さん以外にもできそうか?

あとかなり突飛な話になるけども
物置の窓を通り抜けできると考えたらやっぱり寺恩さんが気になる
内側から封鎖だから、
外す→脚立ごと外に出てタイミング計り[ピーーー]
→中に戻り封鎖→台所へ
これなら玄関通らなくて済むのでキン肉マンも一応クリア
ただ金づちは満月島にあるんだよな…
物置の中に工具ありそうだけどかかれてない以上わからないし
寺恩さんの「外まで」声が聞こえたってのが気にかかるのでこじつけてみた
睡眠薬の所でも味が違ったとか自分が飲んだの強調してたしめっちゃ怪しいんだよ……

あと気になるのは無線のノイズとか千早の「一瞬でなくても」とかかなー

あれ?
輪留の遺体発見後>>259で四谷が部屋から出るまで全員部屋に居るよな?
その後>>272で呼ぶまで四谷は出てない・・・この間に脚立を戻したんじゃね?

9:10から9:25の間に脚立を四谷自身の部屋に掛けておく
そこから降りて輪留の部屋に掛け直し、輪留を殺害
そしてまだ自分の部屋に掛けて部屋に戻れば江久にバレずに殺害出来る
そして遺体発見後に物置に脚立を戻せば・・・

>>328
それも考えたけどだったら脚立を片付けるタイミングはもっと後にするべき
もし輪留の死が自殺で片付いてたら四谷だけでなく他のメンバーもすぐに輪留の部屋から解散すると考えるのが妥当
そうなると部屋に戻ってすぐに脚立を片付けた四谷は部屋に戻る時に他のメンバーと鉢合わせになる可能性が高くなる
……気がする

>>329
確かに・・・脚立を戻すにはこのタイミングしかないと思ったんだが・・・

しかし四谷が気になるんだよなぁ
左手の火傷の話が何回も出てる辺りとか
考えすぎと言われればそれまでだが

>>330
四谷はそれなりの責任者だから部屋割りにも口出せただろうし確かに怪しいといえば怪しい
>>328も物理的には無理ではないし

火傷が自己申告なら話は簡単だったんだろうけど
江久さんが怪我の現場を見てるのがなあ
どの程度キツいのかわからないけど火傷してても腕は動かせるもんなんだろうか
両手で首締めるのも力入れるからすごい痛そう

もうすぐ解決編始まるけど
ここまでの皆の推理的に満月島の犯人はミサリーで
三日月島の犯人は四谷って線が濃厚?

沢山の解答ありがとうございました
一つか二つあればいいほうだと思っていたのでこれはかなり嬉しいです
では今まで出た解答の中で正解はあったのか、これより始まる解決編で確かめていただきたいと思います

もうしばらくお付き合いください

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

…………終わりの時が近づいている。この場にいる誰もがそれを感じていただろう。

大芽「事件の真相がわかったって…………本当なのか?」

歩留田「そ、それに……この中に犯人がいるだなんて……」

貴音「……………………」

彼女は黙ったまま頷く。

――銀色の王女の視線は、既に真実を捉えている。

ミサリー「……それじゃあ聞かせてもらおうかしら。あなたの推理をね」

貴音「……いいえ」

ミサリー「?」

彼女は最後の舞台で唄い始める――謎の答え、そのすべてを。

貴音「これから話すのは……推理ではありません。この島で起こった……真実なのです」

貴音「まずは、事件の経過を確認しておきましょう」

P「事件の経過か……最初に異変が起こったのは、やっぱり……」

歩留田「橋が燃えたこと、ですよね?」

ミサリー「昨日の夜中11時頃だったわね」

大芽「その後、怪鬼が死んでるのが見つかったんだったな。あれはたしか……」

P「深夜の2時ですね。俺が部屋に差し込まれた差出人不明の手紙の指示に従って、林の中で遺体を見つけたんです」

貴音「プロデューサーはその後満月荘まで戻り、遺体を発見したことを伝えました。そして一人、
部屋から出て来なかった怪鬼監督の遺体を皆で発見します」

P「一番の問題は、俺が林の中で遺体を見つけてから、満月荘の監督の部屋でもう一度遺体を見つけるまでがたった15分の間の出来事だということ……」

貴音「その後もう一度林の中を探したところ、やはり遺体は消え去っていました。犯人によって移動させられていたのは間違いないでしょう」

貴音「確認はこのようなところで十分でしょうか」

大芽「まず最初に聞かせてくれよ。どうして俺達の中に犯人がいるってことになるんだ? あの短い時間で死体を移動させることが出来たのは、少なくとも俺たち以外の誰かって話じゃなかったのか?」

貴音「プロデューサーを呼び出した手紙の件でも説明したように、この島に撮影と無関係な人間が潜んでいるということは考えづらいことです。それを踏まえると……ここにいる以外の人物、それは三日月荘の誰か、ということになります」

歩留田「そうじゃないんですか?」

貴音「先程、プロデューサーからとらんしぃばぁのことは説明があったのでしたね?」

ミサリー「ええ。あなた達が内緒で向こう側の春香ちゃんたちと連絡をとっていたってね」

貴音「そうです。そして春香たちに確認が取れました。昨日以降、三日月荘から姿を消した人物はいない、とのことです」

歩留田「あっ、それじゃ…………」

貴音「橋が燃やされたのが夜の11時。つまりそれ以降は三日月島と満月島の行き来はできなくなっていたのです。監督が殺されたのは明らかに『それ以降』のこと。犯人は監督を殺害した後で三日月島に戻ることは出来なかったはずです」

ミサリー「……なのに、三日月荘からいなくなった人間はなし……となれば、やっぱりこの中の誰かが、ってことね」

P「……貴音。それで……犯人は、一体……誰なんだ?」

貴音「…………わかりました。お教えしましょう」

貴音は居間にいる全員を一度ずつ見渡す。

ミサリー「……………………」

大芽「……………………」

歩留田「……………………」

貴音「犯人は…………」

白い右手がゆっくりと上がり…………やがて、その人差し指は一人の人物へ向けられた。





貴音「犯人は、あなたです。…………ミサリー殿」




ミサリー「……………………へぇ?」





歩留田「ミサリーさんが…………?」

大芽「ほ、本気で言ってるんだろうな……?」

ミサリー「ぜひ聞かせてほしいわね。どうして私が犯人ということになるのかしら?」

ミサリーさんはまるでうろたえた様子がない。……本当に、この人が?

貴音「もちろん、それをこれから説明していきます」

貴音もまた、表情に緊張は見えない。口調もいつものとおり穏やかだ。

ミサリー「それじゃあ最初に聞かせてもらうわ。犯人はたった15分の間に怪鬼監督の遺体を林から満月荘の部屋まで運んだ。いいえ、私たちはプロデューサーくんに居間に呼び集められた後で部屋に向かったのだから、時間の猶予は正味10分もなかったでしょう。それになにより、私はプロデューサーくんが林から戻ってきた時、既に満月荘の中にいたのよ?」

貴音「僅かな時間で遺体を監督の部屋まで運ぶ…………。それに、プロデューサーよりも速く満月荘に到着しておかなければならない…………」

ミサリー「そんなことが、私に出来たとでも?」

貴音「いいえ、それは不可能です」

貴音は平然とした様子で答えた。

ミサリー「…………気に入らないわね。そうまであっさり認めるにはなにか理由があるんでしょう。さっさと言いなさいな」

貴音「ふふ……失礼しました。では言い直します。それは不可能ですが……見方を変えれば可能となります」

ミサリー「見方を?」

貴音「そうです。遺体を林から満月荘の部屋へと運んだ…………そう思い込ませることが犯人の狙いだったのです」

P「思い込ませるって…………実際はそうではなかったってことか?」

貴音「ええ。手がかりは3つ。高所で首を吊られた死体、ろぉぷの結び目が固くてぇぷで固定されていたこと、そして……消えた二つの衣装」

歩留田「二つの衣装、というのは?」

貴音「歩留田殿、あなたが持ってきた衣装けぇすには出演者の衣装がそれぞれ2着ずつ用意してあったのですよね?」

歩留田「え、ええ。不測の事態に備えて予備も入れてありました」

貴音「監督の遺体に着せられていた殺人鬼の衣装ですが……あれは予備の分まで無くなっていたのです」

歩留田「え……? それ、本当ですか? おかしいな……たしかに出発する前にあるのを確かめたのに」

貴音「……予備の分もまた、犯人が持ちだしたのです」

P「予備を…………ってことは…………まさか……!」

貴音「そうです…………。『犯人は二つの殺人鬼の衣装を用いることで、林の首吊死体と怪鬼監督の死体を同じものだと誤認させた』のです」

P「俺が林の中で見つけたのは、監督じゃなかったっていうのか……!?」

貴音「あの衣装は黒頭巾で顔が隠れるようになっています。高所に遺体が吊るされていたことと夜の暗さもあって、近くで見なければ監督かどうかの判別はできなかったはずです」

大芽「しかし、そんなの発見したやつ次第でわからないじゃねぇか。もしかしたら死体を下ろして確認しようとするかもしれねぇ」

P「そうか……! 『できなかった』んだ…………!」

大芽「ああ?」

貴音「そう……プロデューサーには首吊死体を下ろし、近くで確認することはできませんでした。それができないように、犯人はろぉぷの結び目にてぇぷで補強をしていたのです。死体を降ろすことを諦めさせ、人を呼びに行かせるために」

P「俺に林の中で死体を発見させる……そのために、俺を手紙で誘導したのか」

貴音「林にあった死体が監督のものではなかったら、本物の監督の遺体はどこにあったのでしょうか? …………当然、最初から監督の部屋にあったのです。監督を殺害し、衣装を着せた後はそのまま部屋から移動されてはいなかったのです」

P「俺が林の中で見つけた死体と同じだと思わせるために、監督の遺体にも同じ格好をさせたのか」

貴音「それに加え、首を吊られていたように見せるために縄目の痕まで偽装したのです」

P「監督の遺体は最初から部屋にあった……それはわかったよ。でも俺が林の中で見つけたのは」

ミサリー「問題はまだ残ってるわよ。私はプロデューサーくんが戻ってくるより前に満月荘にいたのよ。それはどう説明するの?」

なんだ……? 今、俺の言葉を無理やり遮ったような…………。

貴音「それも簡単なことです」

ミサリー「へぇ……どうやったっていうの?」

貴音「犯人は、僅かな時間に死体が移動させられたと思わせるために、プロデューサーが林で死体を目撃した後はすぐに死体を回収したはずです。つまり、首吊死体のあったすぐ近くの場所に犯人は隠れていたのです」

P「あのとき犯人が近くに隠れていた……?」

貴音「夕方頃に私達が見つけた、崖の手前の茂み……おそらく、あの辺りに」

P「たしかにあそこなら誰か隠れていたとしても、暗い夜中には気づかなかっただろうな…………」

ミサリー「犯人はそこに身を潜めておいて、そのあと満月荘へ戻るプロデューサーくんを追い越して先に待ち構えていたっていうの?」

貴音「いいえ。ただ単に、後ろを追いかけただけです」

P「追いかけた……って」

貴音「死体の回収を終えた後で犯人はプロデューサーを追いかけて、満月荘へ戻ったのです」

P「そんなバカな……だってミサリーさんはたしかに」

貴音「機会ならば、あったはずです。プロデューサー、満月荘へ戻り最初に何を?」

P「ええっと……貴音に、みんなを居間に集める手伝いを頼んで……」

貴音「ひとつはそこです。その間にミサリー殿は玄関から入り、反対側の廊下にあるトイレに身を隠していたのです」

P「ひとつは、ということはまだ他にも?」

貴音「もう一つは、プロデューサーが歩留田殿を呼び起こしている最中です。あの部屋をノックしている間は背後の廊下は死角になります。私がプロデューサーと交わしたのはごく短いやり取りでしたから、犯人が戻ってくるまでの時間を考えれば後者のほうが可能性は高いかと」

P「あのときか…………」

貴音「あとはさり気なく合流し、ちょうどトイレに入っていた、などと適当な理由を述べるだけです。プロデューサーが先に監督や歩留田殿の部屋を訪ねに行ったとしても、それはそれで好都合、ミサリー殿はその間に部屋に戻ればいいだけです」

ミサリー「なるほどね……たしかにそれなら可能でしょう。でも、それではまだ私が犯人だとは決めつけられない、そうでしょう?」

貴音「……その通り。プロデューサーに頼まれた私が直接、部屋にいるのを確認した大芽殿は犯人から除外されます。ですが、歩留田殿の場合は先ほど言ったようにプロデューサーが私と話をしている間ならば隙を突いて部屋に戻ることが不可能ではありません」

歩留田「ぼ、僕ですかぁ!?」

ミサリー「……なのにどうして、私を犯人だと?」

貴音「実際、私もつい先程まではどちらが犯人か断定できていませんでした。しかし…………あなたのある発言で、ようやく確信を得たのです」

ミサリー「私の……発言で?」

貴音「…………『金太郎』、です」

P「金太郎…………? 一体何を……?」

貴音「先程、ミサリー殿が犯人のことを揶揄して言った言葉です。『まるで金太郎ね』と……間違いありませんね?」

ミサリー「たしかに言ったかもね…………で、それが?」

貴音「どのような意図があってあのようなことを?」

ミサリー「……………………?」

貴音「ではこちらから指摘しましょう。『まさかり担いだ金太郎』…………つまり犯人が斧を使っていたことから出た発言では?」

ミサリー「……それがなにか?」

その瞬間、貴音が僅かに笑った。

貴音「……あなたは今、言い逃れる最後の機会を逸しました」

ミサリー「一体何が言いたいの?」

貴音「では、大芽殿、そして歩留田殿にお聞きしましょう。……今の会話を聞いていて、不思議に思ったことはありませんか?」

大芽「ん…………あ、ああ…………」

歩留田「…………ええと、その……………そういうことですよね……?」

ミサリー「なに……? なんなの……?」

大芽「ミサ…………お前…………『どうして知ってたんだ?』」

ミサリー「知ってる…………? なにが……………………………………………………………………………………あ…………ッッ!!」

貴音「ようやく、気がついたようですね。そう……私達はあのときまだ、『斧のことなど一言も話していなかった』はずですよ? 犯人がろぉぷ切断に用いた道具を見つけた、ただそう言っただけで、それが斧だということまでは伝えなかったはずです」

ミサリー「くっ…………!」

貴音「大芽殿に大きな刃物の所在について尋ねた時、同じ場にいたあなたは明らかにきゃびねっとの中身を知らないという反応を示していました…………。その直後、私たちはきゃびねっとの中を調べ、斧に洗われた痕跡が残っていたことから、そこで初めて犯人が使った道具は斧なのだと判断したのです。その後、危険だからという理由で中身は回収し、部屋のベッド下に隠しておきました。であるのに…………『きゃびねっとの中身を確かめる機会はなかった』はずなのに…………なぜあなたは、犯人が斧を使用したということを知っていたのでしょうか?」

ミサリー「……………………」

貴音「答えは簡単です。あなたが犯人だから、なのです」

なるほど

ミサリー「……………………」

貴音「……何か反論はあるでしょうか?」

ミサリー「反論、ですって…………?」

ミサリーさんは皮肉めいた笑いを浮かべる。

ミサリー「あるに決まってるでしょう……! そんなたった一つの発言だけで犯人に決めつけられちゃあたまんないわよ!!」

貴音「…………受けましょう」

ミサリー「あなたの推理は、犯人が斧を使ったということを知れたはずがない、ということが前提になっているわ。たしかにそうかもしれない、でも連想することなら出来たのよ」

貴音「連想?」

ミサリー「大芽さんと話しているうちに聞いたのよ。あのキャビネットの中には斧が入っていたこともね。林の木に大きな亀裂を残すような刃物よ? 普通は斧を使ったんだろうって連想するもんじゃないかしら?」

貴音「大芽殿。斧がきゃびねっと内にあったと話したのですか?」

大芽「………………どう、だったかな。忘れちまったよ」

P「大芽さん……! 忘れたってことはないでしょう!? まさかミサリーさんをかばって……!」

ミサリー「……………………」

大芽「…………斧のことを話したかどうか? 俺は憶えてねぇ……それだけだ……!」

大芽さんは痛みに耐えるかのように目を瞑りながら言う。

ミサリー「…………本人が憶えていないというのなら仕方ないわね」

貴音「…………『木に亀裂があった』というだけで斧を使ったと連想した、ですか……随分と苦しい言い訳では?」

ミサリー「アッハハ! 苦しくて結構! でもこれで、あなたも私の反論を否定できないでしょう!?」

貴音「……………………」

P「貴音…………」

ミサリー「後一歩だったのに……惜しかったわねぇ? 探偵サン?」

貴音「…………ふふ」

ミサリー「……なに?」

貴音「言ったはずです……あなたは既に、最後の機会を逸していると」

ミサリー「……なにを」

貴音「――あなたの急場しのぎの言い逃れなど、全て叩き伏せると言っているのです!」

ミサリー「ッ!……そう、やってみなさいな……やれるものならッ!!」

お姫ちんは賢いなあ

貴音「あなたの反論の根幹にあるのは、『大芽殿からきゃびねっと内に斧があるという話を聞いた』ために、犯人が斧を使ったのだと連想したことですね?」

ミサリー「そのとおりよ」

貴音「では、そこを崩させて頂きます」

ミサリー「フン、どうやって?」

貴音「大芽殿。きゃびねっとの中を見たのはいつだったとおっしゃいましたか? これは確認のためです。プロデューサーも聞いていたので嘘は通じませんよ?」

大芽「…………怪鬼の遺体を発見して、窓を塞ごうと金槌と釘を取りに来た時だ」

貴音「……私もそのように記憶しております。中を見たのは、その一回限りで?」

大芽「ああ、そうだ」

貴音「ありがとうございました。…………これで、ミサリー殿の反論を崩せます」

ミサリー「なっ……!?」

貴音「大芽殿…………あなたはきゃびねっと内に斧が入っていた、などと話せるはずがないのです」

大芽「ど、どうしてだ?」

貴音「あなたが金槌を探してきゃびねっとの中を覗いた時、『斧は入っていなかった』からです。そもそも記憶に無いものを『あった』と言えるはずがありません。犯人ではあり得ない大芽殿がミサリー殿にそんな嘘をつく必要もない」

大芽「どうして俺がキャビネットの中を見た時、斧が入っていなかっただなんて……」

貴音「犯人は林の死体を急いで隠す必要があった。プロデューサーについて満月荘へ戻るのが遅れれば怪しまれる危険があるからです。作業短縮のためにろぉぷ切断に斧を用いました。しかし、その斧を回収する機会が犯人にいつあったでしょうか?」

大芽「……あ……っ!」

貴音「プロデューサーでさえ重いと感じる斧を、担いで満月荘まで走るのは不可能。まず間違いなく、『犯人は斧を林の中に放置していった』はずなのです。おそらく偽の死体と同じ場所にでも隠しておいたのだと思います。私達が解散し、ほとぼりが冷めた頃を見計らって斧は回収されたのでしょう。つまり、大芽殿がきゃびねっとの中を覗いた時、斧は林の中にあったはずで、大芽殿は斧の存在すら知らなかったはずなのです」

大芽「だがっ……!」

ミサリー「もういいわ。古い仲だからって庇ってくれるのはありがたいけど、それ以上はあなたに悪いわよ、大芽さん」

貴音「……犯人であること、認めて下さるのですね?」

ミサリー「ええ、もうさすがに弾も尽きたわ。降参よ」

歩留田「ミサリーさん…………どうして監督を……?」

ミサリー「あなた達、元造さんの日記を見つけたと言っていたわね。だったらそこに書いてあったんじゃないかしら?」

貴音「六能視織殿の一件、ですね?」

ミサリー「…………そうよ。彼女は彼らに殺されたの」

大芽「殺された……?」

歩留田「事故死のはずじゃ……?」

P「…………元造さんの日記に書いてあったんです。部屋から取ってきましょう」

部屋においてあった日記帳を取ってきて、該当のページを開いて大芽さんに渡す。大芽さんは読み終わるとそのまま歩留田くんに渡した。

歩留田「本当に……こんなことが…………?」

日記帳から顔を上げて歩留田くんが言う。

ミサリー「全て事実よ。視織ちゃんは輪留貞義に殺されて、怪鬼元造と怪鬼正造はそれを事故死に見せかけようとした。そしてその思惑は成功したのよ」

大芽「じゃあ、怪鬼を殺したのは視織ちゃんの復讐か?」

ミサリー「そのとおり。私はあの子のことを実の妹のように思っていたわ。あの子の死が事故死ではない、そして私のよく知る人間がその死に関わっていると知った。警察に話すなんて選択肢は私にはなかった。ただこの手で仇を討ってあげようという考えしか思い浮かばなかったのよ」

大芽「橋を燃やしたのもお前がやったことなのか?」

ミサリー「……いいえ。あれは違うわ。だってアリバイの確認だってしたじゃない」

歩留田「そ、それじゃ……橋を燃やしたのは別の人が?」

ミサリー「詳しくはわからないけど、三日月島の誰かが橋を燃やしたってことでしょうね」

貴音「……………………」

ミサリー「私にとっては偶然の出来事だったわ。私が殺すつもりだったのは3人だから、監督以外の二人については諦めざるを得なかった。でも監督を殺すということだけに限れば、三日月島から余計な邪魔が入らなくて好都合だとも思ったの」

P「そして……あなたはとうとう監督を……?」

ミサリー「まず、監督の部屋を尋ねたわ。相手はまさか私に殺されようとしているなんて思ってなかったから、台所から拝借してきた包丁で簡単に殺すことが出来た……。少し手間取って窓が割れてしまうというアクシデントはあったけど…………誰も音を聞きつけて様子を見に来たりはしなかったわ」

歩留田「やっぱりあの時のは窓が割れた音だったのか……」

ミサリー「そう。歩留田くん、あなたが不審に思って部屋を訪ねてきたら、私の計画はパァになるところだったのよ」

ミサリー「死体に殺人鬼の衣装を着せ終わったら、林に移動して、予備の衣装を着せた人形を吊るしておいたのよ」

P「に、人形……? あれが……?」

ミサリー「驚くのも無理ないわ。あれはただ布を丸めて人の形を模しただけの人形なのよ」

P「でも……首の部分の肌は……? それに、血も……」

ミサリー「首の部分には特殊メイク用のシートを使ったのよ。少しだけならあんなものでも十分誤魔化せる。血は監督の遺体から少し抜き取っておいたものよ」

P「本当に……人形だったのか…………」

だが、そう考えれば細身のミサリーさんが死体を吊り上げることが出来たという説明にもなる。布でできた人形ならば大した重さではないだろう。

ミサリー「手紙で呼び出しておいたプロデューサーくんに首吊人形を目撃させた後は、彼女が説明したとおり、茂みの奥に人形とロープ切断に使った斧を隠しておいたわ。あとはほとぼりが冷めるのを待って、人形は幾つかに分断した後で海へ捨てた。斧はなくなっていることが後でバレるかもしれないと思って、洗ってからこっそり戻しておいたのよ」

ミサリー「……以上が、私のとった行動のすべて。納得いただけたかしら?」

貴音「……………………」

貴音はじっとミサリーさんを見据えるばかりで、言葉を発しない。

ミサリー「…………お見事よ、探偵さん。あなたの勝ちだわ」

貴音「…………私の勝ち、ですか。…………ふっ」

彼女は呆れたように笑うと、右手で髪をかき上げる。そして、ミサリーさんへ鋭い視線を向ける。

貴音「甘く見られたものです…………。このような結末で、私が納得できるとでも……?」

P「貴音……? 一体何を……?」

貴音「大方、『犯行が露見してしまった場合はそう言い訳しろ、と言いつけられていたのでしょうね?』」

ミサリー「――ッ!!」

貴音「私は『あなた方』が何をやったのか、全て知っているのです。……これ以上無駄なあがきはやめていただきたいですね」

大芽「ちょっ、ちょっとまて……あなた方って……」

歩留田「まるで、犯人がもう一人いるみたいな…………」

貴音「そのとおり。…………ミサリー殿には、『共犯者』がいるのです」

ミサリー「なっ、なにを根拠に…………!」

貴音「そう考えなければ、説明がつかないことがあるのです。…………では、そろそろ第二幕へとまいりましょうか……!」

【天海春香】
~三日月荘 玄関ホール~

春香「…………いい? さっき輪留さんの部屋で見つけた『アレ』のことは絶対に他の人の喋っちゃだめだよ?」

千早「うん……犯人に繋がる重要な手がかりだものね」

春香「まさかベッドの下にあんなものが残ってるなんてね…………」

千早「きっと犯人も気が付かなかったんでしょうね」

春香「あれを警察に調べてもらえばすぐに事件は解決、だよね」

千早「でも、あそこに置いたままで本当に大丈夫かしら?」

春香「私達が下手に触っちゃうと怒られるかもだし…………」

千早「それはそうだけど…………」

春香「とにかく、警察に伝えて真っ先に調べてもらうってことでいいんじゃない?」

千早「わかったわ。それじゃあもう今日は休みましょう」

春香「うん。部屋に戻ろう」

私たち二人は階段を上って2階の部屋へと向かった。

――……約1時間後。

~三日月荘 輪留の部屋~

???「……………………」

男は部屋の照明もつけずに、ゆっくりとした足取りで部屋の奥へ進む。音を立てぬように、見られぬように。

???「……………………」

手に持った小型の懐中電灯の明かりだけを頼りに、ベッドの脇へと移動して、屈みこむ。

何かを探すかのように、ライトの明かりをベッドの下で左右に揺らす。

???「……………?」

そのとき、静寂を打ち破るようにけたたましく扉が開かれた。

「お探しのものは見つかりませんよ?」


少女の声。


???「――ッ!?」

男の顔に少女が持った懐中電灯の光が向けられる。

男もまた、眩しさに目を細めながらも少女の顔を見る。――天海春香。

「……やっぱり、あなただったんですね」

天海春香の傍らに立つもう一人の少女が言う。こちらは如月千早。

???「……………………」

春香「……変なことは考えないでくださいね。他の二人もすぐそこで待機しています」

女二人に男二人。奥に控えた二人は武器のようなものを持っているかもしれない。一人で同時に相手取るのはさすがに無謀というものだ。

千早「……すみません。あなたを罠にかけさせてもらいました」

???「…………ッ!」

男はようやく理解する。

――『すべてこの二人にしてやられた』ということを。

春香「……あなたが犯人だということ、これから説明していきます。……よく、聞いてください」

――……約2時間前。

~三日月荘 春香・千早の部屋~

春香「……さて、『考えてみよう』と意気込んでみたはいいものの……」

千早「なにから考えていけばいいのやら…………」

春香「とりあえず、事件の経過を確かめてみようか?」

千早「いいと思う。やってみましょう」

春香「まず、昨日の夜11時頃、橋が燃やされたんだよね」

千早「プロデューサーからの情報で、橋が燃やされた時間とその時間は満月荘のメンバーにはアリバイがあったということを知ったわ」

春香「橋を燃やした人がいるとすれば、それは三日月荘の中の誰かだろう、って話だったね……」

千早「私たちは犯人に睡眠薬を盛られていて、夜の間はぐっすりと眠らされていた。だから三日月荘には誰ひとりアリバイを持った人がいなかった…………」

春香「…………そして今朝、シャワー小屋で元造さんの遺体が見つかった」

千早「遺体は胴体と四肢をバラバラに切断された上で、首をロープで吊るされていた…………犯人は一体なんでこんなことをしたのかしら?」

春香「……ぜんっぜんわかりません」

千早「……とりあえず続けましょうか。その後、本土や満月荘との連絡手段も断たれていることがわかって、私たちは他の人達には内緒でプロデューサーとトランシーバーを使って連絡を取るようにした」

春香「それからしばらくして、夕食を作ったんだよね」

千早「輪留さんと寺恩さんには誘いを断られたけど……」

春香「お風呂から出た後で輪留さんと台所で会って、そのまま夜食を作ってあげることになって…………そして…………」

千早「出来上がったことを伝えようと部屋に向かった所で、輪留さんの遺体を発見した…………」

春香「密室の謎はもう解けたも同然だけど…………ひとつ気になることがあるんだよね」

千早「気になること?」

春香「うん……ほら、輪留さんの口から首元にかけてお茶がこぼれてたでしょ?」

千早「そういえばそんなことがあったわね」

春香「あの時は自殺を前にした恐怖から手が震えてこぼしたんじゃないかってことになったけど…………輪留さんは自殺じゃないんだよ? だったらどうしてお茶をこぼしたりしたんだろう……?」

千早「……私も気になっていたことがあるの」

春香「なに?」

千早「これを見て」

春香「さっき作ったアリバイ表?」
http://i.imgur.com/B9X9ntO.jpg

千早「うん。輪留さんは9時35分から10時10分までの間に殺されている……。そうよね?」

春香「うん」

千早「密室のからくりは、窓の外からテープと糸を使って鍵をかけるというものだった?」

春香「……うん。……あっ」

千早「気がついた? 犯人はそうやって一度外に出ている。でも『戻り』はどうしたのかしら?」

春香「1階と2階の移動には江久さんのいた階段を通るしかない…………」

千早「そうよ。そしてその時間中に階段を通った人は……」

春香「…………寺恩さん?」

千早「でも、そう単純じゃないのよね」

春香「……江久さんが嘘を付いている可能性もあるから?」

千早「うん……江久さんが犯人なら誰にも見られることなく階段を通ることが出来たはず……」

春香「…………ねぇ千早ちゃん?」

千早「え?」

春香「なんか変な感じがしない? なんていうか、なにか見落としてる気がするんだよね…………」

千早「見落とし…………そうね。たしかに私もなにか…………あ、そうだわ、思い出した!」

春香「なにを?」

千早「さっきプロデューサーに連絡を取ろうとして外に出た時に、違和感を感じたのよね……それが関係しているような…………」

春香「ああ、あのとき千早ちゃん、扉をじっと見つめてたけど…………」

千早「扉……そうか、わかったわ!」

千早「扉の音よ! あの扉、立て付けが悪くなっててきしんだ音がしたでしょ?」

春香「そうだね。ゆっくり開けても結構音が……」

千早「『犯人が玄関から入ってきたのだとしたら、すぐ近くの階段にいた江久さんがその音に気が付かないはずがない』のよ!」

春香「あっ……! そっか……! 江久さん、そんな音聞いたなんて言ってなかったもんね……!」

千早「考えられるとすれば…………」

春香「江久さんが嘘を付いている?」

千早「それもありえるけど、それだけじゃない…………『犯人が玄関を通らなかった』のかもしれないわ」

春香「犯人が玄関を……って、それじゃどうやって外から三日月荘の中に戻ったの?」

千早「簡単よ。思い出して、犯人は輪留さんの部屋へ侵入するのに脚立を使ったのよね?」

春香「……もしかして!」

千早「そうよ。犯人は犯行後、そのまま玄関から戻ったのではない。かといって1階の窓は物入れ、食堂共に開くことが出来ないようになっていた。だから犯人は『脚立を使って2階の自分の部屋の窓から三日月荘の中に戻った』んじゃないかしら?」

春香「……ん? でも、それじゃ犯人は脚立を物入れの中にしまえないよね?」

千早「……しまえない?」

春香「うん。だって脚立は外に出しっぱなしになっちゃうでしょ? 窓から運び入れたとしても結局は江久さんのいる階段を通らなきゃいけないし……」

千早「そう、よね……しまえないんだわ。じゃあこれははずれかしら?」

春香「……………………あ?」

千早「なに?」

春香「…………ち、千早ちゃん!」

千早「ど、どうしたの?」

春香「私、大変なことに気がついちゃったかも!」

千早「どういうこと? 何に気がついたの?」

春香「私達、輪留さんが殺された時間、どこにいた!?」

千早「え……だ、台所?」

春香「そうなんだよ…………脚立を持ち出すことは前もって外に運び出しておいたんだとすれば誰にでもできるよ。でも、犯行後、元あった場所にしまうのは全く別の問題…………階段には江久さんがいたし、それになにより物入れの入り口は、台所から丸見えの位置にあるんだよ? ってことは、『私達が台所にいた間は、犯人は物入れに脚立をしまえたはずがないよね?』」

千早「あっ…………」

春香「物入れの窓は封鎖されていたからちゃんと入口から入るしかなかった。なのに……」

千早「私たちは物入れに入った人を見なかった…………でも、もしかしたら私達が気づかなかっただけかも……」

春香「私達二人の隙を突いて物入れに出入りするなんてリスクの高いことを犯人がやるとは思えないよ……その後のことを思い出してみよう? 私達が、夜食が出来たことを輪留さんに伝えに行こうと思って台所を出て…………」

千早「階段で江久さんに会った……」

春香「その後、江久さんは2階の階段側で腹筋を始めて…………私たちは部屋の前で輪留さんに呼びかけた」

千早「でも返事はなくて、江久さんが鍵を壊したりして騒いでるうちに寺恩さんと四谷さんが部屋から出てきて…………」

春香「そのすぐ後、輪留さんの遺体を見つけた…………」

千早「…………つまり、『私達が台所を離れた後も、誰も物入れに入ることが出来なかった?』」

春香「…………じゃあ、『犯人はいつ、脚立を物入れの中に戻せたんだろうね?』」

千早「『輪留さんの遺体を見つけた後』しか…………?」

春香「でも、私たちは遺体を見つけてからずっと輪留さんの部屋にいたよ。密室の仕掛けに気がついてそのまま物入れに向かったから、輪留さんの部屋にいた人には不可能だったはず……」

千早「あっ、でも…………」

春香「『私達が遺体を見つけてから、脚立を調べに行くまでに、一人だけ部屋を出て行った人がいたよね』…………」

千早「じゃあ…………脚立を物入れの中にしまうことが出来た犯人は…………!」

春香「犯人は…………」

私と千早ちゃんは、目を見合わせて、その名を口にする――。

春香・千早「……四谷岩雄さん」

――……現在

部屋の電灯を点ける。四谷さんはベッドの側で屈んでいた体勢からゆっくりと立ち上がる。

四谷「……なるほど。脚立を物入れにしまうことができたのは俺だけ、ね」

まったく怯んだ様子もなく、薄笑いを浮かべながら言う。

寺恩「わかっているんですか? あなたは犯人として告発されているんですよ?」

四谷「そもそも、そんな子どもの言っていることを本気で信じているのか?」

江久「……僕らは春香ちゃんたちの話には説得力、あると思ったけどね」

四谷「江久さんまで…………悪い冗談だな」

春香「私たちは冗談のつもりなんてありません。冗談なんかでこんなこと言いません」

千早「そもそも、あなたがここに……輪留さんの部屋にいたということ自体が、あなたが犯人であることを示しているんです」

四谷「……へぇ。どうしてそういう論理になるのかな?」

千早「犯人は輪留さんを殺害後、脚立を使って2階の窓から自分の部屋へ直接戻ったんです。江久さんが扉の開く音を聞いてない以上、そうとしか考えられません。でも自殺であることを疑わせないためにも、本当ならさっさと脚立を片付けてしまいたかったはずです」

春香「もしも自分の部屋の窓に脚立が架かっているのを見られたら、それこそ終わりですもんね? だから遺体を発見した後、率先して部屋を出た。自分の部屋の窓から外に出た後で脚立を回収し、玄関から入って物入れにしまったんです」

四谷「……それで?」

千早「脚立をすぐに片付けることが出来なかったのは、階段に江久さんがいたからです。玄関の扉が開く音を聞かれると、外で何をしていたのかと疑われるかもしれない。だから仕方なく直接部屋へ戻ったんです」

四谷「それが?」

千早「そこが問題なんです。私たちは台所から物入れに出入りした人を見ていません。つまり犯人は私達が台所に入る前に脚立を持ち出していたことになります。江久さんは私達とほとんど同じ時間に階段でトレーニングを始めていますから、犯人は江久さんが階段に移動していることなんて知るはずがないんです。それにいつまでトレーニングし続けるかも」

四谷「玄関の隙間からでも覗き見たのかもしれない」

千早「それは無理です。階段に誰かがいるなんて玄関の位置からではわかるわけがないんです」

四谷「じゃあどうやって知ったって言うんだ?」

千早「…………盗聴器です」

四谷「…………盗聴器?」

千早「階段の裏側に小さな盗聴器が仕掛けられていました。犯人はその盗聴器を通して、音で玄関近くに人がいないかどうか確認していたんです」

春香「これがその盗聴器です。電源はもう切ってますけど」

ポケットから親指程度の黒い箱型の盗聴器を取り出す。

四谷「……………………」

春香「もうわかってますよね? 私たちはこの盗聴器が犯人によって仕掛けられたものだということを利用して、犯人に罠を仕掛けようとしたんです」

千早「犯人の正体に繋がる証拠を輪留さんの部屋で見つけたという会話を、盗聴器越しに犯人に聴かせることで、この部屋に犯人をおびき寄せました」

四谷「ハッ、まるで虫取りじゃないか。ハチミツも用意していたのかな? で? 君たちの思い通り、この部屋にいたというだけで犯人扱いか? 俺は俺で気になる事があって一人でこの部屋を調べていただけさ」

千早「じゃあどうして部屋の明かりも点けずに調べていたんですか? ベッドの下を調べていたのは、証拠がそこにあるという私たちの会話を聞いていたからじゃないんですか?」

四谷「…………じゃあ聞こう。盗聴していたからとして、なんだ? それが俺が輪留を殺したことの証拠になるのか?」

千早「!……開き直るつもりですか?」

四谷「ふん……。もっと直接的な証拠が欲しいと言ってるだけさ」

春香「…………四谷さん」

四谷「ん?」

春香「左腕を見せてくれませんか、包帯を解いて」

四谷「!…………嫌だね」

春香「どうしてですか?」

四谷「そんなことする必要がないから」

春香「じゃあ、必要が有ることを説明すれば見せてくれるんですね?」

四谷「……………………」

春香「わかりました…………よく聞いてくださいね?」

春香「私が説明した通りの方法で……つまり、窓の外から小石で注意を引いて、輪留さんが窓を開けた瞬間にナイフを突き立てて殺害したと考えた場合です。輪留さんの体にはナイフが刺さった部分の傷以外にはどこも傷つけられていませんでした。それで一つ疑問に思ったことがあるんです」

四谷「…………どこかおかしいところが?」

春香「はい。傷が胸に一つあるだけなのはいいんです。でも、そんな咄嗟に急所だけを突き刺すことができるものなんでしょうか?」

四谷「そう言ったって、実際にできているんじゃないか」

春香「そうなんです。でも、少しでも成功する確率を上げたいとするなら…………私なら、『身動きできないように押さえつけた上でナイフを突き刺す』と思います」

四谷「……………………」

春香「四谷さんの左腕の火傷……肘のあたりまでって聞きました。まったく動かせないわけじゃないんですよね? 例えば……右手にナイフを逆手に持っておいて、窓から顔を出した瞬間に、左腕を輪留さんの首に回して絞め上げる……そうすれば避けられることもないし、普通に刺すよりも確実に、一撃で命を断つことができるんじゃないでしょうか」

四谷「ハッ……妄想だ」

春香「妄想かどうかは最後まで聞いてから判断してください。輪留さんの方もただ黙って殺されようとはしなかったと思います。だから、必死に抵抗した…………例えば、『犯人の腕に噛み付く』、とか!」

四谷「…………っ!!」

春香「……だから、輪留さんを殺害した後にお茶を飲ませたんじゃないですか? 『輪留さんの口や首元に残った……包帯の腕から移った火傷の薬の臭いを、お茶でかき消すために』――!」

四谷「ぐっ……!?」

春香「――さぁ! これで理由は出来ましたよね? あなたの左腕を見せてもらって、そこに『抵抗を受けた痕』があれば――もう言い逃れはできません!」

四谷「く、そおおおおおおおおおおおおお!!!」

四谷「…………くそっ……こんな…………こんなはずじゃ…………!」

四谷さんは左腕を押さえながらうつむき、ぼそぼそと呟く。

寺恩「…………もう、犯人であることを認めたも同然ですね」

江久「…………彼はどうしたらいいだろう?」

江久さんが四谷さんの方を見ながら言う。

寺恩「明日、船が来たら事情を話して警察に突き出してしまうのがいいでしょう。それまでは縛り上げて身動き取れないようにしておきましょうか」

江久「………そうだな。僕もそうした方がいいと思う」

江久さんが四谷さんに近づく。

四谷「ぐぅ……!! やめろ!! まだ俺は犯人だと認めたわけじゃないぞッ!!」

江久「なっ……!?」

寺恩「驚きですね……一体なにをどうすれば、あなたが犯人ではないという結論に到達できるのでしょうか? 教えてほしいものです」

四谷「お前ら……見落としてるんだよ。俺が犯人だとしたら、怪鬼元造を殺せたわけがないんだ」

寺恩「……どうしてでしょうか? 元造さんの殺害については、この中の誰もが睡眠薬で眠らされていたためにアリバイはなかったはずですが」

四谷「あの死体を見つけた時……俺はちゃんと見つけていたんだよ。首元に、両手の痕が残っていたのをね」

江久「両手の痕……? 両手で首を絞められたってことか」

四谷「そう……! 俺のこの火傷の手で! どうやったら首を絞められるっていうんだ!?」

春香「……………………」

千早「……………………」

四谷「……答えられないよなぁ? だったら、少なくとも元造を殺したのは俺じゃないってことになる」

千早「…………それがあなたにとっての最後の砦というわけですね」

春香「だったら…………その砦ごと、最後まで突っ切らせてもらいます!」

四谷「……ふん。やれるものならやってみるがいいさ。無駄だと思うけどね」

春香「……これ、なんだかわかりますか?」

ポケットから取り出したものを見せる。

四谷「!……トランシーバー……」

春香「そうです。私たちはこれで、秘密に向こう側のプロデューサーと貴音さんに連絡を取り合っていたんです。盗聴器が発するノイズに気がつけたのも、これのお陰です」

四谷「……………………」

千早「……だから、もうわかっているんです。向こうの島でも殺人事件が起きていることも」

江久「向こうの島って…………」

寺恩「満月島でも殺人が? ……一体誰が殺されたんです?」

千早「監督です。そして……犯人は、ミサリーさんです」

江久「ミサリーさんが!?」

千早「それは四条さんたちが調べた結果ですが……まず間違いないと思います」

春香「そして満月島で起こった殺人が、この三日月島での殺人にも深く関係しているんです――」

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

ミサリー「共犯者ですって……? じゃあ聞こうじゃない。一体誰が私の共犯者だっていうの?」

貴音「…………四谷岩雄」

P「よ、四谷さんが?」

貴音「……今回の事件は、四谷岩雄とミサリー殿の二人が手を組み、隔離された二つの島という状況を利用した連続殺人事件だったのです」

大芽「連続殺人事件…………向こうでも人殺しが?」

貴音「そうです。三日月島では、今朝になって怪鬼元造殿の遺体が、そして夜になってから輪留貞義殿の死体が見つかっています」

歩留田「そんな…………四谷さんがどうしてその二人を……」

貴音「違います」

歩留田「え?」

貴音「『四谷岩雄は二人を殺していません』」

P「ど、どういうことだ?」

貴音「四谷岩雄はたしかに輪留貞義を殺害しましたが……『怪鬼元造の殺害は、別の人物が行ったのです』」

P「別の……人物?」

貴音「そしてそれは――あなたですね? ミサリー殿?」

ミサリー「あなた……自分が何を言ってるかわかっているの?」

貴音「無論です。……あなたほどではないでしょうが」

ミサリー「……それじゃ、私が三日月島で元造さんを殺害したあと、こちら側へ戻って来たということ?」

貴音「いいえ。詳しい説明は省略しますが、春香たちが行った三日月荘での調査で元造殿は夜9時までは生きていたことがわかっています。あなたには9時から11時の間、そして橋の様子を見に行ってから戻ってくるまでのアリバイがありますから、元造殿が殺されたのはそれ以降ということになります」

ミサリー「だったらおかしいじゃない! その時間はもう橋が燃え落ちた時間でしょう? 三日月島で遺体が見つかった元造さんが、どうしてその時間に満月島にいることができるっていうのよ?」

貴音「元造殿は犯人によって満月島に連れだされていたのです。犯人といってもそれはミサリー殿ではなく、共犯者の方ですが」

P「共犯者というと、四谷さんが?」

貴音「ええ。三日月荘の人々は四谷岩雄によって睡眠薬を盛られ、昨晩は深い眠りに落ちていた。そのために橋が燃えていることにも気が付かなかったのです。それと同様に、元造殿にも睡眠薬を使ったのです」

P「元造さんにも? でも春香たちの話では夕飯時は元造さんは睡眠薬の入ったコーヒーを飲まなかったって」

貴音「こーひーでなくとも、別のものに混ぜて飲ませれば良いだけです。夜9時までは生きていたことがわかっているので、それ以降、睡眠薬を飲ませてから満月島へと連れ出した……」

P「眠るのを待ってから運んだって可能性は?」

貴音「人一人を抱えてあの不安定な橋を渡れるというのなら」

P「……無理だな」

貴音「四谷岩雄は満月島に渡った後で、元造殿に飲ませた睡眠薬が作用するのを待った……予定通り、元造殿が眠りに落ちたら、誰も入ってこないような場所…………おそらく例の茂みの奥あたりに元造殿の体を隠しておいたのでしょう。そしてその後、橋を燃やしたのです」

P「それじゃあ……もしかして橋が燃えていた時、あの茂みの奥には……!」

貴音「元造殿が眠っていたはずです。橋の燃える音でいびきなどの音もかき消えたことでしょう」

ミサリー「ちょっと待ってよ! じゃあ橋が燃えているのを確認しに行って、みんなが寝ついた頃になってからそこで眠っていた元造さんを私が殺したって言いたいわけ?」

貴音「まさしく」

ミサリー「ありえないわ。じゃあその後元造さんはどうやって三日月島へ移動したっていうのよ? 橋はなくなってるのに」

貴音「運んだのでしょう?」

ミサリー「…………ッ!」

貴音「殺害後にあなたは死体を三日月島へ運んだのです」

P「運んだって言ったって…………橋がなかったんじゃどうしようも」

貴音「なにも死体を担いで運ぶ必要はないのです。『それ』が運び屋の代わりを務めてくれるのですから」

P「それ? それって一体……?」

貴音「……橋の他に、島と島とを繋ぐものがあります。それがなにか、わかりますか?」

P「…………――海か!?」

貴音「その通りです。ミサリー殿は『海流を利用して死体を三日月島へと流したのです』」

ミサリー「海流ですって……? 妄想も甚だしいわね。そんな方法がうまくいく筈がないわ!」

貴音「根拠ならばあります。……ここに」

ミサリー「元造さんの……日記帳?」

貴音「昨日の、私達が来る直前に書かれたとみられる内容です。そこにはこうあります。『気分転換にと始めたカメラだったが、しまおうとしたところ手元が狂い、海へ落としてしまった。しかもあのとき彼女を沈めた場所に近い』」

P「彼女、というのは六能さんのことだよな」

貴音「ええ。そしてこのかめら、実は三日月島で春香たちが見つけているのです」

歩留田「三日月島で?」

貴音「三日月島の浜辺で見つかったそうです。水に浮かぶ仕様の入れ物に入っていたおかげで沈まずに流れ着いたのでしょう。そして元造殿がかめらを落とした場所も検討がついております。おそらく林の首吊死体があった近くの茂みの奥……その先の崖です」

大芽「またその場所か……でもどうしてそんなことがわかるんだ?」

貴音「かめらを『しまおうとした』ということはそこで写真を撮ったということです。かめらに残った、最後に撮られた写真に写っている景色が、つまりはかめらを落とした場所となるのです」

大芽「その最後に撮られた写真の場所がそこだったのか」

貴音「その崖の近くが、六能視織殿の遺体が沈められた場所とありますね? では次にこちらを」

ミサリー「……それは?」

貴音「六能視織殿の事故を報じた記事の切り抜きです。これには遺体は月光島の浜辺で見つかったとあります。無論、三日月島の浜辺を指しているのでしょう。満月島には浜辺はありませんから。元造殿の日記の記述と合わせて考えると、先ほど説明した崖の近くで10日近く水中に沈んでいた遺体が浮かび、流されて浜辺に漂着したのだと思われます」

P「これって……同じ場所に落とされたカメラと遺体が、どちらとも同じ場所に流れ着いている……?」

貴音「……そうです。『その崖の下には、満月島から三日月島の浜辺へと流れる海流が存在するのです』。その証拠、というわけではありませんが、元造殿は落としたかめらについてこのように記述しています。『手が空いたら回収しに行くのを忘れないようにしなくては』――これは元造殿もかめらが海に落ちたにもかかわらず、回収可能であると……浜辺に流れ着くと知っていた事を示しています」

大芽「よく釣りをするって話してたからな。それで海流のことも知ってたのかもしれねぇ」

P「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

貴音「……なにか?」

P「海流に死体を運ばせたって……そんなの不可能じゃないか? だって、六能さんの遺体だって浜辺に流れ着くまで10日もかかっているんだぞ?」

貴音「……そう。死体はただ海に投げ込んだけでは沈んでしまいます。浮かび上がってくるには腐敗によるガスが発生するのを待つしかない。だから――『犯人は水に浮かぶものに死体を詰めたのです』」

P「し、死体を詰めた?」

貴音「三日月荘の物入れ内に二つのくーらーぼっくすがあったそうです。そしてそれには浜辺の砂が付着し、海水で濡れていたと」

ミサリー「くっ…………!」

P「まさか…………クーラーボックスに死体を入れて、海に流したのか!?」

大芽「たしかに、クーラーボックスってのは溺れそうになったら浮き輪代わりに使えってぐらい水に浮きやすいもんだが……」

貴音「しかし、そのくーらーぼっくすは幅が1めーとる、容量が120りっとると、成人男性一人を入れるにはやや小さすぎました」

歩留田「そうですね……無理やり詰め込むことはできるかもしれませんけど、その大きさではさすがに沈んじゃうと思います」

貴音「だから――『犯人は死体を小さくしたのです』」

P「死体を小さくした……? それって、まさか…………!」

貴音「『犯人は死体の四肢を切断し、5つの部分に分断したのです。そして胴体と四肢とを二つのくーらーぼっくすに分けて入れ、海に流した』……。崖の上部は飛び込み台のように突き出ていたので、そのまま下に落とすだけでよかったのです」

ミサリー「…………ッ!!」

P「だから……だから三日月島で見つかった元造さんの遺体はバラバラに――!?」

貴音「ただ――犯人は元造殿の遺体をもう一つ別の方法で利用しているのです」

P「別の方法?」

貴音「それは、『プロデューサーも見ているのですよ』?」

P「俺が……見ている……って、それは…………」

貴音「『プロデューサーが目撃した首吊死体――その正体こそ、四肢を切断された怪鬼元造の遺体だったのです』」

貴音「あれが人形だったなど、ただの咄嗟のでまかせに過ぎません。それに現場に残った血液の量からしても、監督の遺体から採取したというのは無理があります」

P「そんなバカな!? あれが……あの死体が、腕と足を切断されていただって!?」

貴音「てるてる坊主のような形状をしている殺人鬼の衣装を遺体に着せれば、腕や足がないのを隠すことができます。そしてあのまんとの下端部に貼られたてぇぷ。下から覗かれた時に足がないことに気づかれないようにするためです」

P「満月荘の監督の遺体との齟齬が生まれないようにするためか……」

貴音「監督の遺体に着せられていた衣装にも、同様にてぇぷを貼っておくことで、その本来の目的を撹乱しようとしたのでしょう」

ミサリー「うっ……ぐ……!」

貴音「四肢がない分、重さもかなり軽減されます。ミサリー殿のような細身でも簡単に吊り上げることが可能だったでしょう。四肢の切断にはおそらく例の斧が使われたのだと思います。遺体はプロデューサーに発見された後で一時的に回収され、ほとぼりが冷めた後、斧の回収と同時にくーらーぼっくすの放流をやってのけたのです。――ここまでで何か質問は?」

ミサリー「…………………」

貴音「……ないようですね。では続けます」

【天海春香】
~三日月荘 輪留の部屋~

春香「――死体を海に流した後はミサリーさんには何もできません。三日月島の浜辺で流された死体を待つのは共犯者の……つまり、あなたの役目だったんです。四谷さん」

四谷「…………」

千早「いくら特殊な流れの海流があったとしても、流されたクーラーボックスが必ず浜辺に到着するとは限らない……クーラーボックスが近くを流れたらすぐに回収できるように、誰かが浜辺で待機しておく必要があったはずです」

春香「クーラーボックス二つを回収したあなたは、シャワー小屋で死体を装飾したんです。一つには元造さんがシャワー小屋で殺されたと見せかけるため。千早ちゃんが元造さんの部屋で見つけた置き手紙も、輪留さんの遺書と同じくあなたが作ったものですよね?」

四谷「…………」

千早「もう一つには、元造さんの首に残ったロープの痕……つまり首吊りの痕をごまかすため。手で首を絞められた痕があるのに、さらにロープの痕まであるのは不自然です。その不自然さを隠すために、シャワーフックで吊るという一見無意味にも見える装飾を施したんです」

春香「そして首に残された手の痕が、あなたにとって最も重要だった。『左手が使えないあなたが犯人候補から除外されるために、ミサリーさんには両手で首を絞めて殺すように指示していたんですよね?』」

千早「ミサリーさんからすれば元造さんの遺体を監督の遺体にみせかけるために使える、さらに詳しく調べれば死亡推定時刻も判明するかもしれません。そうなれば橋が燃え落ちた後に殺されたとわかった時点で満月島にいた人も犯人候補から外される。双方にメリットが有る死体移動トリック……それが、あなた達のやったことです」

春香「物入れの中のクーラーボックス、満月島の首吊り現場に残った血痕、警察がしっかり調べれば証拠になるものはいくらでも出てきますよ?」

四谷「くっ……うううううううううううう!!」

春香「…………もう、認めてくれませんか?」

四谷「………………………………ああ……わかったよ」

春香「聞かせてくれませんか……? あなたが、どうしてこんなことをしたのか」

四谷「決まってる。復讐さ」

千早「……六能視織さんのことですか?」

四谷「彼女は芸能界の至宝となるべき存在だった。そんな人間を殺したんだ。死を持って償わせるのは当然だろ?」

春香「…………本気で言ってるんですか?」

四谷「当たり前だ! 俺はあの日からずっと、奴らに復讐する方法を考え続けてきたんだ……」

千早「……あの日からって?」

四谷「俺がどうして視織が事故死ではないと知れたと思う? ……聴いたからさ」

春香「……聴いた?」

四谷「あの日、撮影最終日前の夜。俺は三日月荘に、視織は満月荘に泊まっていた。可能なら俺も満月荘に泊まるようにしたかったが、突然にくじで決まってしまったことだからどうしようもなかった」

春香「え? どうして満月荘に?」

四谷「もちろん、視織のことを守るためだよ。そのためには視織のことはなんでも知ってなきゃならない。だから俺は、昼間のうちに視織の部屋に盗聴器を仕掛けておいたんだ」

春香「そんな……そんなことって…………」

言葉が出ない。そんなストーカーのような行為、許されるはずがない。

四谷「だけど一つ問題があった。盗聴器が飛ばせる電波は距離が短い。だから今回使ったようなものとは別の、録音式の盗聴器を使っていた。…………それが間違いだった。俺がそのことに気がつくことができたのはすべてが終わった後だったのさ」

千早「…………盗聴器に録音されていたんですね。輪留さんたちの会話が」

四谷「その通り。奴ら、まさか聴かれているとは思いもしなかったんだろう。視織が輪留に殺されたということから、視織の遺体をどうやって隠すかという計画まで、俺は全て知ることが出来た」

春香「どうしてそのとき警察に伝えなかったんですか……!?」

四谷「警察? 警察だと!? 馬鹿を言うな! 警察が何をしてくれる!? 人が一人死んだくらいじゃ死刑にすらなりゃしない! それも死んだのは普通の人間とは違う、10年、いや100年に一人というほどの逸材だったんだ! そんな重罪を償わせるのに死以外がありえるか!?」

春香「…………」

四谷「奴らの計画はこうだ。まず、遺体をゴムボートで運び、例の崖下へと沈める。そしてまるで見当違いの場所に視織の靴を片方だけ置いておき、そこから転落したと思わせる。すぐに嵐になり、遺体の捜索は中断される。捜索の範囲が広がる前に遺体は水中から浮かび、海流を流れて浜辺で発見される……その間に遺体はかなり傷むために頭の傷の原因まではわからない……随分ずさんに思えるが、まんまと成功してしまったわけだ」

四谷「だから俺は奴らのやったことを応用した殺人計画を立ててやった。だがそのためにはもう一人協力者が必要だった。そこでミサリーに証拠となる音声を聴かせてやって引き込んだ。実に簡単だったよ」

千早「ミサリーさんを自分の復讐に加担させたんですか……!?」

四谷「勘違いしてくれるな。復讐するかどうかを選んだのはあいつさ。あいつ、視織の仇討ちができると俺のことを露ほども疑わなかったな。……だから馬鹿だってんだ」

千早「え…………?」

春香「どういうことですか……? ミサリーさんを騙していたんですか?」

四谷「騙す、というほどではないさ。ただ、この犯行はちょっとだけ俺に都合のいいようにできていたってことだ。あいつはそれに気づいていなかっただけだよ」

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

ミサリー「――あのとき、疑問には思ったのよ。『どうして彼があんな音声テープを持っていたのか』、って……。そうよね、彼が……四谷が視織ちゃんのことをつけ回していたストーカーだったとすれば、全てに納得がいくわ」

貴音「疑問には思いつつも、あなたは復讐心を止めることが出来なかった……」

ミサリー「ええ。そして計画は全て見ぬかれ、愚かな殺人鬼は舞台を降りるのよ……」

貴音「……遺書」

ミサリー「遺書? なんのこと?」

貴音「やはり、あなたは御存知でなかったのですね」

貴音「輪留貞義は怪鬼元造を殺害し、その罪の意識から自殺をした……そのような内容の遺書が、輪留貞義の名義で残されていたのです。もちろん、四谷岩雄が偽造したものでしたが」

ミサリー「そんな……そんなの私……知らない」

貴音「あえて伝えていなかったのでしょう。殺人が起きれば、犯人が必要となる。四谷岩雄は両手の痕という防衛線に加え、偽の犯人までもを用意していたのです」

P「でも、それなら監督の殺害についてはどうなる?」

貴音「当然、橋が燃え落ちた後で殺されたことがわかっている監督は、輪留貞義には殺害不可能です。だから遺書には記していなかった……」

P「しかし、警察は犯人が見つからないとしつこく捜査するだろう。ミサリーさんが犯人として逮捕され、そこから四谷さんと共犯だということもバレるかもしれないじゃないか」

貴音「ミサリー殿が逮捕されれば、共犯であることを話してしまうかもしれない。たしかにそうです。しかし、――これはある種、彼の傲慢とも思えますが――四谷岩雄はそうならないと確信していたのでしょう」

P「……どうして?」

貴音「怪鬼元造の殺害はミサリー殿が行なっているからです。四谷岩雄が共犯であることを話せば、当然、怪鬼元造と輪留貞義の殺害についても詳細に話さなくてはならなくなる……。ミサリー殿が自らの罪を重くするような発言はしないと踏んでいたのでしょう」

ミサリー「そんな…………」

四谷岩雄が……そこまで考えて? だとしたら……だとしたら、協力し合うふりをしてその実、自分だけが助かるように始めから仕組んでいたってことだ。そんなの、まるで……悪魔じゃないか。

【天海春香】
~三日月荘 輪留の部屋~

四谷「――だから、あいつは俺が共犯者であることを話せるはずがなかったのさ」

春香「…………ひどい」

四谷「全てうまくいくはずだった……なのに、なのに、お前らのせいで台無しだ。糞が」

江久「……なぁ、四谷くん」

四谷「あ?」

江久「その左腕の怪我も、この計画のために?」

四谷「もちろんわざとだよ。さすがに勇気がいる行動だったけどな。計画の要になる部分だ、手は抜けなかった。だが……まさか、薬の臭いだなんて……あんなことになるとは……」

輪留さんを殺害した時に口や首に臭いが残ってしまったことを言っているのだろう。

寺恩「……一つ、よろしいでしょうか?」

四谷「チッ……なんだ?」

寺恩「あなたが輪留貞義の殺害を早まったのはなぜですか? 夜遅く、みんなが寝静まった頃であればもっと簡単に事は成し遂げられたのでは? それほど綿密に計画を練っていたあなたにしては行動が性急すぎたように思うのですが」

四谷「ああ、俺だってそうするつもりだったさ! でも仕方がなかったんだよ!」

江久「仕方がなかったって……どうして?」

四谷「……くそったれめ。よく言うぜ。あんたのせいだってのに」

江久「僕の?」

四谷「無線機が壊されてることで話し合った時だ。あんた言ってたじゃねえか、『夜中廊下で見張っておく』って」

江久「あ……」

四谷「そんなことされたらかえって夜遅くに部屋を出て動くほうが危険だ。どう考えてもまともにやって敵う相手じゃないし、睡眠薬も使いきってしまってたから眠らせることも出来ない」

千早「でも……例えば危険だから部屋に閉じこもっておくように言っておくとか……」

四谷「そんなこと言って正直に聞く人だと思うか!? 一番付き合いの長い相手なんだ、この人ならどんなことでもやりかねないってわかるんだよ……」

たしかに、あの時も忠告なんて気にしないで本当に夜中見張ってそうだったし……。

江久「……本当に、残念だよ。君がこんなことをするだなんて……」

四谷「…………ハッ、どうぞ勝手に残念がってくれ」

春香「四谷さん」

四谷「……なんだ?」

春香「……復讐をして、気は晴れましたか?」

四谷「……ああ、最高の気分だったね。ついさっきまでは」

四谷さんはそのことを思い出すように笑った。

四谷「自分の思った通りことが運んでいくというのは気持ちのいいもんだ。ましてやそれが殺人なら尚更ね。正造と元造をこの手で殺れなかったのは残念だ……輪留なんか、窓から顔を出して俺を見た時のあの表情!」

千早「もうやめて…………」

春香「…………」

私はゆっくりと四谷さんに歩み寄った。

四谷「癖になりそうだったよ。今もこうして思い――ん?」

千早「……春香?」

――標的を、真っ直ぐ捉える!

春香「――ッ!」

パンッ

四谷「うぁっ……!?」

四谷さんは腰を抜かしたように床に尻餅をつく。

春香「なにが……何が復讐ですか!? あなたがやったことは……六能さんの仇討ちなんかじゃない……!」

千早「春香……」

春香「あなたは……人を騙し、弄んで、そして殺すのが楽しかっただけでしょう!?」

四谷「ち、ちがう……俺は……ただ、視織の復讐を……」

春香「じゃあ、六能さんはあなたに復讐して欲しかったと思いますか? そんなことがわかるほど、あなたは六能さんのことを知っていたんですか?」

四谷「知っていたさ! 俺は視織のことなら何でも……」

春香「いいえ……そんなはずありません。だって……盗聴器なんか使ってその人の生活を全て把握していたとしても、その人が何を考えているかなんてわからない!」

四谷「うっ……」

春香「人はちゃんと向き合って話さないと、その心まではわからないんです! あなたみたいな、六能さんのことをこそこそとつけ回すことしかできなかった人には、彼女の心なんて、絶対にわかるはずがありません!!」

四谷「や、やめろぉ…………やめてくれ……うあぁ…………!」

【プロデューサー】
~満月荘 居間~

貴音「ひとつ、お聞きしたいのですが……」

ミサリー「なに? こうなったらもう隠すことなんてないわよ」

貴音「私とプロデューサーに捜査の一切を任すとおっしゃいましたよね……あれにはなにか理由が?」

たしかに、ミサリーさんがああ言ってくれていなければ、捜査はもっと難航しただろう。ミサリーさんは貴音の顔をじっと見つめると、小さくため息を吐いて答えた。

ミサリー「……さぁね。ただの勘よ。ああ言っておけば犯人だと疑われにくいだろうし、それに……いい方向に転がってくれそうだったから」

貴音「……勘、ですか」

ミサリー「前者の方は大ハズレ。でも後者の方はあたってるかもしれないわ」

貴音「?」

ミサリー「不思議と、清々しい気分なのよ。あなたに何もかも見破られて、復讐心に囚われていた気持ちが晴れたような気がする。復讐なんてやっぱり間違いだったって、ようやく気が付かされた」

ミサリー「でも、なにもかも手遅れね……二人も殺してしまったんじゃ、視織ちゃんと同じ場所にはいけそうにないわ……」

P「あの……ミサリーさん」

ミサリー「え?」

P「その……俺は神様なんて信じているわけじゃないですけど……もしもいるんだとしたら。きっと、それなりに良い人だと思うんです。例えば、人を殺してしまったとしても……頑張って、罪を償えば、あの世に行った時、会いたい人に会わせてくれるぐらいのことはしてくれるんじゃないか、って思うんですよね……」

ミサリー「……それ、もしかして私のこと励まそうと思って言ってる?」

P「え? いや、その~……」

ミサリー「……ふっ。ありがとう……。やっぱり、あなた達に頼んで正解だったみたいね」

ミサリーさんはどこか満足気な表情でそう言った。

春香「はぁ……はぁ……」

千早「春香」

千早ちゃんがそっと私の肩に手を当てる。

春香「……あ…………ごめん。私、なんかカーっと来ちゃって……」

千早「……ううん」

千早ちゃんはゆっくり首を横に振ると、今度は微笑んで言った。

千早「……サイコーだったわ」

※ミス >>401>>398>>399の間です。すみません

~3日目 満月島 橋の前~

――長かった夜が明け、朝が通り過ぎ、昼が到来した。

春香たちによると無事に迎えの船は到着し、警察や救助隊への連絡もできたようだ。

三日月島の面々は一足先に船で帰ることになった。満月島の俺達はもうしばらくしてから救助用のヘリが来ることになっている。

そこで船が出てしまう前に春香たちと顔を合わせておこうということになり、二つの島が最も接近している橋の前で待つことにした。

P「ほんと、ご苦労様だったな。貴音」

貴音「そちらこそ」

P「帰ったらちょっとした騒ぎになるだろうな、これ」

貴音「……そうかもしれません」

P「探偵アイドルとして売りだしてみるか?」

貴音「ふふ、遠慮しておきます」

P「そう言うだろうと思った」

貴音「私は今まで通りの方法で、アイドルとしての道を進んでいきたいのです」

P「ああ、事件ならともかく、そっちなら任せてくれ」

貴音「ええ、頼りにしております。プロデューサー、いえ……」

P「ん?」

貴音「あなた様……」

P「な、なはは……お? あれ、春香と千早じゃないか?」

タイミングよく現れてくれた二人に感謝しつつ、その方向へ指を向ける。

貴音「ふふ……。お二人とも、あんなに手を振って……」

P「ああ、こっちも振り返してやろう!」

貴音「ええ、わかりました!」

本当に、本当に痛ましい事件だったけど、俺の最も大切なものたちは無事でいてくれた。今はただ、そのことを喜ぼう――。

【天海春香】
~三日月島 橋の前~

春香「ほら、急いで千早ちゃん! 船もプロデューサーさんも待たせてるよ!」

千早「ちょ……ちょっと待ってよ、春香……」

春香「んもー、いくら坂道になってるからって、そんなすぐバテてたらアイドルなんてやってられませんよー?」

千早「春香はプロデューサーの顔が見れるからそんなに張り切ってるんでしょう?」

春香「んなっ!? そ、そそそんなわけないじゃん」

千早「はぁ……いいわ。急ぎましょう」

春香「あっ……見えてきたよ。向こう岸!」

千早「あ、プロデューサーと四条さんも見えるわ!」

春香「本当だ! おーーーい!!」

私と千早ちゃんは二人に思いっきり手を振る。向こうもこちらに気がついて大きく手を振り返した。

プロデューサーさん、貴音さん。そして千早ちゃん。みんなでまた一緒の場所に戻ることができる。それがたまらなく嬉しい。問題は沢山残っているのかもしれない。でも今は、この時だけは、この幸福感に身を委ねよう――。

――終わり

ありがとうございました
これで終了となります

乙、素晴らしい物を見せてもらったよ君ィ

良い話だったぜ

なんかトリップおかしくなってた、テスト

面白かった!

正解に近かった解答はこんな感じでしょうか
他の方も本当にありがとうございました

>>312 林で吊るされたのは元造という点
>>319 クーラーボックスによる満月島崖から三日月島浜への死体運搬、ミサリー犯人説
>>321 ミサリーの金太郎発言
>>328 四谷だけが輪留殺害後に脚立を戻せたこと

面白かったよ。

おつー
全然的外れな推理しかできなかったけどすごく楽しかったからまた書いてほしい

最後まで面白かった!乙!

前作は全く分からなかったから少しでも当たって嬉しいわ

今更だけど訂正>>372
江久さんは私達とほとんど同じ時間に階段でトレーニングを始めていますから

江久さんは私達が台所に入ったのとほとんど同じ時間に階段でトレーニングを始めていますから

これじゃ春香と千早が逆立ちで階段往復してたことになるじゃないか……



全然当たらなかったが面白かった

月並みだけど読んでてワクワクしたよ、貴音だけに

乙!一晩で一気読みしちゃったよ、面白かったー!
推理は半分ぐらいしか当たらなかったけど疑問になってたところ全部スッキリする答えが出たしなんかもうしゅごい
お姫ちんは賢いなあ!

おっつおっつ、面白かった
支援絵描かせてもらっても構いませんか?

>>419
支援絵とか嬉しすぎて死んでしまいます

しえーん
http://upup.bz/j/my35499brgYtT99neHicHv6.jpg
改めて乙でした!

>>421
すごい……!
素晴らしい絵をありがとうございます!

朝見つけて一気に読んでしまった
乙でした!!!

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