エルフ「素敵な顔ですね」(232)




「私たちは、いつだって何かに囚われて――――」




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――

私は闇を裂くように走っていた。

より正確な言葉で表現するならば、逃げていた。

羽虫や小枝が顔や胴に当たるが構わずに駆け続ける。

前方に鎮座している大木を迂回して、更に森の深奥へと突き進む。

春が訪れたばかりで木々には柔らかい葉がついているのだろう。
やがて更に成長し、青々とした広い葉になるはずだ。
しかし、この暗闇の中では若葉を視認することはできない。

土地勘などは無く、夜陰の中の僅かな輪郭を辛うじて捉えて経路を選択する。

夜の森は一つの生物が蠢いてるようで、貪欲でおぞましい蟲の姿を連想させる。
濃厚な臭いを鼻腔へと送りつけ、異物である私までをも取り込んで膨張するかのような錯覚を与える。

そう考えると息苦しさを覚えたが、すぐに気を確かにして駆けていく。

着用していた粗末な履物はだいぶ前に脱ぎ落としてしまい、現在は裸足だ。
全力で駆けているため、闇の絨毯が敷かれた地面に偏在している仰向いた枝や尖った小石に意識を向けることもできない。
それらは分厚く変容した足裏の皮膚さえも突き破って私に傷を負わせる。

由々しき事だが、追われているため気を割くことはできなかった。

それに、別に幾ら怪我を負っても支障はないのだ。

私は死から断絶した存在なのだから。

私の顔の傍を炎槍が通り抜けていったことで、横筋へと逸れていた思考が現状の認識へと回帰する。
即ち追手から逃げる現在の状況へと。

追手の数は六十ほど。屈強で野蛮な男たちだ。
男たちは荒い声を発する指揮官に従っている。

おそらく彼らの大多数は傭兵だろう。
中には呪術使いも含まれているらしいから、かなり信用されている者たちだ。
呪術は、他国に漏洩しないように厳重な管理下に置かれているはずだからだ。

呪術使いを動員するとは、どうやら彼等の雇い主――おそらく王、または次ぐ有力貴族――は、本格的に私を捕縛するつもりらしい。

しかしこの調子ならば逃走に成功するだろうと私は分析する。

もう既に耳長共の領土に入ったのだ。

エルフたちの主張ではこの森から既に彼等の領土の域内だ。
そして人間側は、その主張を毅然と撥ね退けるだけの権力も暴力も保有していないのだ。

そのためこの近辺には、おそらくエルフたちによる警備が行われていると考えられる。

それでも追手たちは、尚も執念深く私に迫ってくる。
彼等――背後の男たちと彼等の雇い主――は余程私を欲しているらしい。

正確には、私に宿る禁呪を。

戦争が近いのだろうか。火種は至る所に蒔かれている。

もしくは、特に差し迫った理由は無いのかもしれない。
私の身に宿る呪術は、それだけで大国の戦力に相当する威力を有する。

まさしく戦う為――殺す為だけの呪術だなのだから。

――いずれにせよ、捕まるわけにはいかない。

もう少し奥に到達できれば流石に追って来ないだろう。
希望的観測が多分に含まれていることは否定できないが他に手立てもない。

炎槍が再び近くの樹木を焼き貫く。今度は二本だった。

もしもあの一撃を頭部に被ったとして。
死を求めるほどの激痛こそ感じはするが終焉を迎えることはない。
髄まで灰にされても無事だ。実際に無事だったのだ。

蒼白い雷を纏った矢が足下に刺さった。
派手な呪術ばかり使うのは、威嚇行為で私が投降するのを算段してのことだろう。意味の無いことだ。

おそらくは姿や音を誤認させる呪術などを発動させているのだろうが、それでも余りに慎重さが足りない。
人間の紛い物の呪術で耳長の目を欺くのは、猿が人間になりきる事よりも難しい事だ。

それに、先ほど放たれた炎槍や今の雷の矢は幸運なことに山火事を引き起こすようなことは無かったが、そのような可能性を考慮するべきだ。
エルフたちの逆鱗に触れる事が、これ以上無い禁忌で有ることは重々に承知しているはずだ。

――大虐殺。

まだ風化していないで記憶しているはずだ。
そもそも忘れてはならないのだ。

前方に一際大きな黒い塊が有った。全容が掴めない程に巨大な影だ。
おそらくは倒木が幾重にも重なったのだろう。
傲然と居座るような影は、城壁のように高かった。

一秒にも満たない思案の後、私は巨大な塊を跳び越える事を決めた。

私に宿る呪術の威力の一端を垣間見させることで、追跡する気力を喪失させることが目的だ。
それに、仮に追跡を続行するとしても相当の時間稼ぎになるはずだ。

全身に意識を巡らせる。
足の爪先から髪の毛一本一本の末端まで。

――月であり蛇。

私という存在の濃度が増していくのを感じる。

――千の穢れ無き女。

そしてこの身体は私のものでは無いのだと再認識する。

――血化粧。

全身に巻き付いた蛇のような紅の刺青が発光を始める。

――狂おしく愛した人。

久方振りに目にする真紅の光は、自分でも身震いしてしまいそうなまでに禍々しかった。

――紅い鬼。

蔦と倒木で形成された塊の真近まで来て私は地を強く蹴り、斜め前方に跳んだ。

およそ常人では有り得ない跳躍力を発揮する。

数瞬の後には、私は天然の壁よりも悠に高い地点にいた。

斜め後方にいる男たちが放った幾つかの呪術が、体の脇をすり抜けて行く。
しかし、そんなものはどうでも良かった。

私は天を駆けている。

このまま満天の星々の一つになってしまえればどれだけ幸せだろうかと考える。

古き時代に信仰されていた神々。その名を授かった星の図形。
私もそれらを形作る一つの光になれたら――

しかし、私の体はある地点まで上りつめた後、再び地に吸い寄せられる。

やはり私は自然の理に囚われたままだった。

落胆を抱えながら下方に視線を向けた私は、自身が或る問題に衝突したことに気付いた。

自然と顔が曇る。それから諦念の溜息を吐いた。

世界には不変の法則が有る。

太陽は登っては沈む。

月は満ち欠けを繰り返す。

季節は巡る。

人間は戦争をする。

そして、宙に放られた物体は地に落ちる。
私だってその例に漏れない。

問題は高さだ。
予想される落下地点は、跳躍した地点よりも遥かに下だった。
私は断崖から飛び降りたのだった。

頭の中で算用する。
私の身に宿る呪術を駆使すれば落下の衝撃を相殺できるだろう。
しかし耳長どもに存在を悟られるわけにもいかない。

仕方なく私は、両腕を大きく広げて無防備のまま墜落していく。

痛みに耐えるのは一時的だ。
四肢が千切れても死ぬわけでは無い。

しかし時に痛みというのは、死んで解放されたいと思うほどに辛いものである事も少なくない。

不死身の難儀さは文字通り身に染みているのだ。

地面がすぐ近くにまで差し迫っている。

現実から逃避するように、私は眼を閉じた。




意識が継ぎ接ぎの布切れのようだ。

落下の後、すぐにその場を後にした。
溢れた臓物は今では元通りに復元されている。
痛みも消えた。

肉体は人間の理から逸脱していた。
しかし、精神は脆いままで、相も変わらずに疲弊して睡眠を欲する。

……眠るのは怖い。きっと今の私にとって、それ以上に怖い事はない。

小川のせせらぎが聞こえる。
心地良く、疲弊した精神を落ち着かせる音だ。

目蓋が自然と眼球を覆うようになっていた。
甘美な地獄への誘いに私の身体が屈する。

身体を動かすのが億劫で、私は傍らの立ち木の幹に寄り掛かった。

気付けば、もうどれだけ眠っていないのかも憶えていない。
限界だった。

最終地点で踏みとどまっていた力を抜くと、私の意識は容易く微睡みの中に溶けていった。




愛する女性は――コクレアは浴びるように飲んだワインに酔っていた。

「私は永遠に自分を許せない」

自嘲的に呟く彼女の悲しい微笑みが、ひどく細い肩が余りにも儚くて、私は彼女を抱きすくめていた。

「お前は優しいな」

そんなことは断じて無かった。

私は酔いのために露呈している彼女の弱さに漬け込んだだけだ。

その姿態を、心を独占したかった。彼女の全てを私だけのものにしたかった。

その肌に触れるだけでも私は涙が零れる程に彼女に飢えていた。

蛮族よりも野蛮で、蛮獣よりも凶暴な、獣以下の最低な悪鬼だ。

彼女の香りを胸いっぱいに吸い込む。

芳醇な甘い匂いがした。

甘い匂いは、次の瞬間には血の臭いに変わっていた。

蹂躙され尽くした街。夥しい屍体。

私が滅ぼした街の一つかと思ったが、屍体から鑑みるに違っていた。

屍体は中と外が『ひっくり返って』いる。

内臓や骨が表皮の外側に露出しているのだ。

しかも生きている状態で『ひっくり返した』らしく、まだ心臓が微かに動いている者もいた。

人間にできる業では無かった。

気付けば背後に誰かが立っていた。

私は振り返る。

――ああ、そうだ。

私はその姿を視認できなかったのだ。

振り返るよりも先に、私も『ひっくり返された』から。

肉の塊と化した私は、肉の門の前にいた。

私は此処が地獄であることを知っている。

門から生えた手が蠢いていた。
私はその数を知っている。

二千二本でないことを痛切に乞う。
祈る神が居ないとしても。

無数の手が私を?む。手繰り寄せる。
これは冥界の門。私の霊柩。私が清算すべき業。

「大丈夫ですか」

知らない声が聞こえた。
透き通った水のような、静かに通り過ぎる微風のような声音だ。

――神の声?

声は女性のものだ。父なる者ではないだろう。

しかし、この私にとっては神と等しい――神よりも尊い声だった。

肉の門が遠ざかっていく。

私もまた導かれていく――




陽光が目蓋を透過して、私の網膜を刺激していた。
右手で両眼を覆いながら数度瞬きをして、具合を調節しようと試みる。

覚醒したばかりの思考は朧で、正常に機能しないが、取り敢えずは上体を起こし、現状の把握を開始する。

質素な室内。小さな丸い窓。
寝心地の良いベッド。手触りの良いリネンのシーツ。燭台。

「起きられたようですね」

声をかけられて初めて、ベッドの傍に誰かがいることを認識した。

聞き覚えのある声だった。

彼女の姿を視界に入れてから暫らくの間、私は呆けていた。
警戒も不安も忘れて見惚れていたのだ。

人間では無かった。人間の持ち得る美貌では無かった。

エルフの事を妖精と形容する者も多い。
それは彼等の性質を指している事も有るが、多くはその外見を示唆しての事だ。

どこまでも白い肌は陶磁器などでは比較にならない程に艶やかで、その物腰は視線を引き寄せて離すことを許さない。

双眸は閉じられていて、彼女という存在の全容を隠している。

それでも人間より少し大きい尖った耳が、彼女が何者なのかを示していた。

「初めまして。体調はよろしいですか?」

彼女はやはり柔和な声音で訊ねた。

私は上手く言葉を紡げない。
まるで、形の良い口から零れる言葉に酔ってしまっているようだ。

戸惑いながらも、私は良好である事を告げて、どうして自分が此処にいるのかを問う。

「女中と連れ立って朝の散歩をしている時に、精も根も尽き果ててお眠りになる貴方様を見つけまして、このように介抱していた次第でございます」

彼女は木漏れ日のように穏和な微笑みを浮かべて答えた。
悪意も敵意も感じられない表情だ。

教会に掲げられた聖母が脳裡に浮かんだ。
天窓から注いだ陽光を纏ったその微笑が。

訊きたいことも訊かなければいけない事も仰山あった。
しかし次々と浮かぶ疑問に、私自身の処理が追いつかなくなり口ごもってしまう。

「失礼します」

おもむろに彼女は両手で私の腕に触れる。
それから上へと伝っていき、肩を超え、首を撫で、やがて顎へと触れた。
更に頬、鼻、唇、額、眉と顔面のあらゆる箇所を両手でなぞる。
その様子は自作品の具合を確かめる彫刻家のようでも、美しい旋律を奏でる音楽家のようでもあった。

やがて、彼女は静かに手を遠ざける。
そして目を瞑ったまま言った。

「素敵な顔ですね」

やあやあ我こそは子宮を壊すことに定評の有る>>1なり。
たぶん大長編です。
更新頻度は遅くなるでしょうが、死なない限りエタることはないのでお付き合いいただけると幸いです。

キターーーーー!!!!!

ダークエルフまでしか知らなかったから酉で検索したらあれもお前だったのか乙

あなたか

期待


スレタイと書き出し見てもしやと思ったがやはりあなたか
期待してるよ

誰かと思ったがダークエルフで気づいた
イケメンオークのやつか

オークくんとウンディーネの人?

幼女ハーレムの人か




窓とは反対側に位置する扉が開いた。
眼を向けると、少女が顔に恐怖を滲ませながら私を睨んでいる。

整っていながらも、あどけなさが残る顔立ちだ。
そして、この少女もまたエルフの特徴を備えていた。

少女を見つめた時に何か違和を感じたが、それは直ぐに消えてしまい一種の不快のみが残る。

この少女が先ほど彼女が口にした女中なのだろう、と私は見当づけた。

少女は私とエルフの女性を交互に見やる。
私には怯えと警戒の瞳を以って、彼女には不安そうな瞳を以って。

「お入りなさい」

美しいエルフは扉の方へと顔を向けて少女に言った。
相変わらず彼女の双眸は閉じられている。
彼女は眼が見えないらしい。

少女は高くか細い声を出した。
それは私の知る言葉では無かった。
おそらくはエルフ固有の言語だろう。

むろん少女が自身たちの固有言語を用いるのは至極当然のことだ。
むしろ傍に座す女が人間の言語を流暢に話す方が異常なのである。
あまりに自然な発音で、彼女が私たちの言葉を話していることに違和感を覚えなかったほどだ。

盲目のエルフは、やはり私の解せぬ言葉で少女に何かを伝える。

それから彼女は少女の事について説明した。

「この娘は女中――よくよく考えるとこれはあまり正しい表現では有りませんね。
この娘は縁あって私が引き取ったのでございます。
家内の仕事をしたり、私の手伝いをしてくれます」

少女は彼女が自身について話している事を察知したのか、一段と狼狽える。
その白い頬から尖った長い耳にまで、ほんのりとした赤みが差さっていた。

「聡明で良い娘なのですけれど、人間が得意では有りませんので、今は少々落ち着きを無くしていまして」

それは当然の事だろう。
とりわけ私は外見が一般の人間とは大きく異なっている。

「……あかいヘビ」

少女の口から私の祖国の言葉が溢れた。
私は驚き、僅かに目を剥いた。

エルフが説明するには、

「この娘には人語――隣国の言葉を教えているのです」

私は相槌を打ち、それから苦笑した。
私の爪先から頭頂部にまで及ぶ身を縛るような帯状の斑紋を『紅い蛇』と比喩するのはエルフも同様らしい。

「しかし、紅い蛇とは何のことでしょうか?」

盲目の女が愛らしく小首を傾げた。

私はつとめて淡白に答える。
それは私に宿る私への憎悪で有り、私の咎だ、と。

「左様でございますか」

彼女は小さくうなずいて、悲しそうに微笑んだ。

詳細を知らないにも関わらず、私の身の上に深い同情を示す彼女に対して不快感は無く、むしろ深奥にまで彼女の慈愛が沁みこむような心地すらした。

「……あの、これ」

少女が躊躇しながらも室内に入ってくる。
三人が理解できる言葉を使用するとは、やはり利発な娘のようだ。

少女は手に持っていた木の容器を盲目のエルフへと差し出した。
少しでも私から遠ざかりたいのか両腕を目一杯まで伸ばしている。

「ありがとう」

女性の伸ばした手に少女は容器を触れさせ、彼女が掴んだのを確認して手離した。
手慣れた動作だった。
長いこと少女は彼女の補助をしている事が窺い知れる。

円筒状の木製の容器は滑らかな曲線を描き、一つの藝術品のようだった。
相当な腕を持った木工の業による物らしい。

その容器は濃緑色の液体で見たされていた。
どろっとしていて、禍々しさすら覚える液体。
漂う強い香草の匂いが、私の鼻腔を刺激する。

「薬草を調合した強壮薬です。お顔色がよろしく無いようでしたので」

彼女は私に容器を差し出した。
逡巡してから私は受け取り、おそるおそる口に含んだ。

口内が灼けるように熱かった。飲みこむと熱が全身に広がっていくようだった。

全てを飲み干して、器を女性に手渡す。

「お味はいかがでしたか?」と彼女は訊ねた。

独創的な味だった、と私は答え、感謝の言葉を付け足す。

「どういたしまして」と彼女は言って「湯を沸かせますので少々お待ちください」と続けた。

私はそれを丁重に断る。
行きずりの不浪人が、細やかな待遇を甘受して良い道理はない。

「身を清めれば心も清まります。どうやら貴方様は何か煩悶をお抱えになっているようにお見えします」

私は無言で応えた。

「水のような透き通った御心ならば、またお変わりになるかもしれませんよ」

私は唸った。

少女がエルフ語で何かを呟いた。

女性がそれについて更に何かを言うが、やはり私には伝わらない。
しかし、その表情と口調は粗相をした幼子をたしなめる歳上のものに似ていた。

少女は不満そうな顔をしながら部屋を後にした。
訊けば、湯を沸かしに行ったらしい。

その間に、私は優しい微笑みを讃えているエルフと言葉を交わした。

彼女はフィリアと名乗った。
十年近く前から此処に住んでいるそうだ。
この家屋は昨夜に駆けていた森の中央付近に建てられているらしく、周辺には誰も住んでいないという。

どのような経緯で彼女は隠棲しているのか興味あったが、自身の境遇について深く追及されたくないため言葉にはしなかった。

私は自分の身の上について最低限のことを話した。
エルフの国と隣接するグラン王国の出身で有ること。
訳あって追われていること。

「大変なのですね。……あら? そういえば貴方様のお名前をお聞きしておりませんでした」

私はしばらく沈黙し、それから通称を静かに名乗った。

紅鬼、と。

「あらあら、不思議なお名前ですね」

冗談を口にしたのかと思ったが、口振りや態度は茶化している様子ではなかった。

少女が部屋に戻って来た。湯が沸いたそうだ。
厚意を無碍にするわけにも行かず、私は寝台から身体を起こし、どこに向かえば良いのかをフィリアに聞いた。

丁寧に教えられた後、慄いている少女を片目に部屋を後にした。




湯桶は、殺風景で小さな部屋にぽつねんと置かれていた。
なみなみと水が張られている。
火を使った痕跡は無いが、白い湯気が次から次へとわき出ている。

私は驚きの声を漏らした。
エルフは些細な活動にも魔術を使うらしい。
あの少女はおそらく黒エルフではないから『清術』の一種だろう。

呪術や清術――魔術への造詣は他の人間よりも有るが、エルフたちがここまで日常的に魔術を使うことは知らなかった。

粗末な服を脱ぎ、入湯する。
肌をさす熱に慣れるまで時間がかかったが、数分の後には身体の芯から溶けていくような快感に浸っていた。

十年近くも多くの異国を流れた。
東隣の神聖アルマーニ帝国から、更に東の異教国エルトゥールル帝国、果ては極東の大国にまで足を運んだ。

しかし、あまり風呂に入る機会は無かった。

アルマーニは、グランと同様に正神教を信仰する国であるため、公然と風呂に入ることは難しい。

異教徒の帝国であるエルトゥールルでは蒸し風呂の公衆浴場が公共事業として建設されるなど風呂に寛容だった。
しかし、私の身体に巻き付いた紅い痣は余りに目立つため、稀にしか入浴しなかった。
それでも西の商人に見つかって狙われた事も有るぐらいだ。

「あの……着替え。小っちゃいけど……」

少女が着物を持って浴室に入って来た。
私のために着替えを用意したらしい。

「……この汚いのは洗っておくから。ホントは触りたくもないけど」

少女は顔をしかめながら私の脱いだ服を指の先で摘まむ。

私は謝罪と感謝の言葉を続けて言ったが、彼女は特に反応しなかった。

「体中にあるの? あかいヘビ」

そうだ、と答えた。

少女はまじまじと私の体を見つめる。
帯状の斑紋もそうだが、そもそも人間の肉体が珍しいのかもしれない。
幾分か恐怖が和らいだのか、その端整な顔はもう強張っていなかった。

「拭く物も置いていくから」

少女は着替えと綿織物を湯のかからない浴室の隅に置き、足早に浴室を後にする。

少女が立ち去った後、私は思考を今後についての方へ向けた。

これから行く当ても特に無い。
故国への郷愁を覚えて帰還した途端に追い回された。

十年。
決して短い年月では無い。

多くの知識を得た。価値観もだいぶ変わった。
世界の情勢も変わり、グラン王国の王位も遷った。
新たな大陸も発見された。古代文化の再生も盛んに行われている。

それでも私は何も変わっていない。
私を縛り付ける女たちが全く劣化しないのと同じで。

私の心に蠢くものは未だに私を苦しめる。

罪悪感、という言葉でそれを呼ぶのは短絡的だ。
しかし、それもまた本質だ。

――山に籠って自然の一部に帰るのも良いかもしれない。
または、南の大陸で魔獣との殺し合いに明け暮れるのも一興だ。

――戦争は、もう充分だ。

私は湯桶から出る。
少女が用意した綿織物で身体を拭きながら、厚く礼を言ってこの家から立ち去ろうと心に決めた。

用意された着物は女物のようで、僅かに丈が短かった。
フィリアと少女の背丈には合わないが、誰の物なのだろうか。

こんなファッティなssを読んでくれている人がいたら甚謝します。
不満等が有ったら改善したいと思いますのでお気軽にどうぞ。

よきにはからえ

好きだぞ

風呂から上がった後、私はフィリアに此処から立ち去ると伝えた。
私が長居すれば彼女たちに迷惑をかけることになるからだ。

「お気遣い頂かなくても結構ですのに……」

彼女は困ったような微笑みを浮かべる。
このエルフは喜怒哀楽を全て微笑みで表現するのかもしれない。

私は深々と頭を下げて、部屋を後にした。

表口に出る途中で少女とすれちがった。
やはり少女から何かしらの違和を感じたが、その正体は掴めない。
彼女は私に一瞥をくれたがすぐに目を逸らし、逃げるように私の横を駆けすぎていった。

表口から外に出て直ぐに、借りた服を着用したままでいることに気づいた。

このまま貰っていく訳にも行かず、私は着物を返却して元の粗末な服に着替えるため、再び扉の把手を掴んだ。

その次の瞬間には、私の身体は地に伏していた。

側頭部に鈍痛が走り、視界は幾重にも歪んでいた。

頭部に甚大な衝撃を受けたのだと理解するまでにかなりの時間を要した。
また、何者かに頭を踏まれていることに気付くのも。

私は手を動かして頭を踏み付けている足を払おうとした。

「……人間は脆いと聞いていたが、存外丈夫らしいな」

凛とした声が上から降り注ぐ。

耳が捉えたのは私の知らぬ音の羅列だが、頭の中では意味を持った言葉になっていた。

おそらく伝達を操作する呪術を行使しているのだろう。
それは鈍痛と相俟って奇妙な感覚を私を与える。

声に応える間も無く、二度目の衝撃が私の頭部を襲う。
痛みは無かった。
あまりに強い衝撃を受けると脳は痛覚を暫時遮断するものだ。
今も例外では無い。

衝撃のあまり視覚器官が正常に機能しなくなり、再び光を感受するまでに結構な時間がかかった。

地面に飛散した脳漿が、赤く染まった視界に入る。

私が常人ならば、おそらく二度絶命したのだろう。

私は身体を奮い立たせて跳ね起きた。
私が未だ存命なのに驚愕したのか、相手は大幅に距離を取った。

「……劣悪種の分際で呪術を刻印してるのか」

目前に佇んでいるのは、長身の女だった。
私が今身につけている衣服はおそらく彼女の物なのだろう。

彼女もエルフのようだ。
しかしフィリアや少女と異なり、その肌は浅黒く、幾分か目が吊り上っている。

「……答えろ。その呪術をどうやって手にした?」

葡萄酒のように紅い瞳が私を睨みつけていた。

私は如何な言葉も紡げなかった。
息が上手く吸えなくなるほど、感情が昂ぶっているにも関わらず。

全身が慄え、立ち続ける事さえままならない。
脳漿はもう既に頭蓋の内側へ戻ったはずであるのに。

「その紅の刺青。それは術式だけ確立されたものの、使われる事の無かった呪術じゃないのか?」

彼女の刺々しい声音が頭の中で幾度も反響する。
痛いほどに耳鳴りがして、彼女が何を言っているのかよく分からない。

「……お前、泣いているのか?」

言葉につられて頬に触れる。
透明な雫が指を濡らしていた。

唐突に表口の扉が開く。

「こら。何をしているのですか」

盲目のエルフが少女に支えられながら家屋から出てきた。
長身の女に向けられた彼女の顔と声音は険を帯びている。
怒る時は流石に微笑まないらしい。

「『これ』は人間の中でも特に危険らしい。お前は盲だが、これが危険だという事は気づいてるはずだ」

「私は貴女に『何をしている』のかを問うているのです」

浅黒い肌の女はたじろぐ。
その様子から、フィリアの方が彼女よりも立場が強い事が見て取れた。

「……これは人間のくせに極めて凶悪な呪術を刻んでる。だから、危険だと判断したんだ」

「同じ事を三度も言わせないでください。『何をしている』のかを訊いているのです」

黒エルフは観念したというように肩を竦めた。

「……殺そうとした。二回ほど。しかし私はお前の事を案じて――」

「紅鬼様、お怪我はございませんか?」

彼女の言葉を遮るようにして盲目のエルフは私に労わりの声をかける。
長身の女は親に見放された子どものような途方に暮れた面持ちになり、それから私を視線で殺せそうなほどに睨み付けた。

「あら? お泣きになっていらっしゃるのですか? それに震えておられるようですけれど」

私は眼の雫を掌で払う。涙はまだ止まらない。

「そのご様子だと何やら理由がお有りのようですね」

彼女は光を喪っているのに、どうして私の様子に気付けるのかを訊ねた。

「眼が視えなくても、感じる事はできますから」

私は彼女の言葉の意味を理解できず曖昧な声を漏らした。

「……人間なんて醜悪な存在だ。チビ、お前はよく知ってるだろう?」

黒エルフの女は吐き捨てるように言って、同意を求めるように少女を見る。
少女は俯きながらも微かに肯いた。

「……お二人が人間を嫌うのは尤もですが、だからといって紅鬼様に罪が有るわけでは無いでしょう」

それは分からない、と私は思った。

「……『それ』は私たちが忌避する獰悪な呪術を身体に宿してるんだぞ。私たちに無関係な人間であるわけがない」

「紅鬼様のご事情を知らないのに決め付けるのは早計です。だいたい『それ』とは何なのです。倨傲な態度を取るのもいい加減にしなさい」

フィリアにきつく諌められ、黒エルフの女は歯がみした。
その仕草は、やはり幼子がするそれに似ていた。

「……人間は悉く悪だ」

自分に言い聞かせるように彼女は言った。

彼女の声を耳にしている内に、私は頭痛がしてきた。
依然として身体は震え、吐き気すら催している。
まるで感冒にでも罹ったようだ。

「……ご気分が優れないようですね」

私は言葉に詰まり、くぐもった声を出す事しかできなかった。

「……彼女が関係しているのですか?」

盲目のエルフは黒エルフの女に顔を向ける。

「……私は心当たりないな。有りたくもない」

心から忌々しげに黒エルフは言った。

私は再び目頭が熱くなるのを必死に食い止めていた。
片手で両の眼を覆い、歯を食いしばる。
これ以上無様な姿を晒したく無かった。

「……紅鬼様、お行きになる処が無いのでしたら此処にお住まいになってください。小さくて粗末な処ですけれど」

彼女は私が思ってもみない事を提案する。

「……何を言ってるんだ。白痴にでもなったのか」

長身の女は吐き捨てるように言って私を睨み、

「……」

エルフの少女は怯えと不快感を綯い交ぜにした顔で私を見つめていた。

「貴方様はそう為さるべきでしょう」

盲目の女は確信に満ちた顔で断言する。

「……お前の酔狂にはついていけない。私がお前の酔狂で助けられた存在だとしても、だ。振り回される私たちの身にもなってくれ」

「あら、貴女たちの為でも有るのですよ。紅鬼様は必ず貴女たちにも素晴らしい影響を与えます」

「……根拠は有るのか?」

フィリアは微笑みながら「勿論です」と肯いた。

「貴方たちの幸せそうな顔が視えましたから」

それは酷く曖昧な理由で理由とも呼べない代物だったが、彼女の声と姿はそれを頷かせるだけの説得力を有していた。

私と同じ事を感じたのか、黒エルフも少女も閉口する。

「紅鬼様、どうなさいますか? ご選択ください」

彼女は私に顔を向ける。

私は、彼女の目蓋の奥ではどのような瞳が輝いているのか想像しようとした。
しかし納得できる物を想像する事はできなかった。
どのような瞳でも似合うようで有ったし、どのような瞳でも彼女にそぐわない気がしたのだ。

おそらく、もっと共に過ごす時間が必要なのだろう。

――悪くないな、と私は言った。

早く投下できるように頑張ります。
おやすみなさい。

おつおつ

期待してる

――――――
――――
――

外光を多分に取り入れる窓のそばで、男は羊皮紙に目を通していた。
緋の法衣に身を包み、四つ角を持つ角帽を冠(かぶ)っている。
胸元では首から垂れ下がった黄金の十字架が微かに揺らめいていて、彼が聖職者である事を示していた。

「カルヴァン猊下」

名を呼ばれ、男は顔を上げた。
皺が刻まれた彫りの深い顔は威厳に満ち溢れている。

「件の逆賊ですが、取り逃がしたようです」

カルヴァン枢機卿は男ーー彼の書記官ーーの報告に僅かばかり顔を曇らせた。

「……かの名高い傭兵大国の精鋭と言ってもその程度か。所詮、傭兵は傭兵だな」

「まったくですね。それと、もう一方の謀反人は確実な目撃情報すら届いておりません。彼等に接触は無かったようです」

「……まったく難儀な事だ。とにかく、引き続き捜索に当たらせろ」

「了解しました」

書記官は恭しく挨拶をして退室した。

カルヴァン枢機卿は再び羊皮紙に目を戻す。
懇意にしている豪商ルソーからの便りであった。
グラン国内で隆盛を極めている男で、強引な手腕から名前と同じほど悪評も広まっている。

便りの内容は取り留めの無いもので、カルヴァン枢機卿の機嫌を取るようなことを長々と書いてある。

彼は羊皮紙の最後まで目を通さずにそれを机の端にどけた。

それから聖書の翻訳の続きを始める。

グラン国の宰相も務めるなど多忙な彼だが、一人でも多く国民に聖書を読んでもらうために時間を見つけては聖書の翻訳を進めている。
今は或る使徒の書簡に取り掛かっているところだ。

カルヴァン枢機卿は極端な二面性を持つ男だ。
祖国の為に滅私奉公の働きをするが、時として手段を選ばない冷徹な一面も有る。

先の傭兵についても、呪術の存在を他国に口外しないように始末する算段でいる。

また、その二面性は翻訳されている聖書からも窺えた。

「……」

彼はペンを動かしながら、先程書記官が逆賊と呼んだ男について考えを巡らせていた。

教義上で悪魔とされるエルフが行使する呪術。
それを戦力にする計画が十年以上前に行われ、国内の兵力が著しく高まった。

計画に関与していた彼はその恩恵をもあって現在の地位に就く事ができた。

しかし同時期に最高戦力の男と計画において重要な役割を担っていた男が行方を眩ましてしまった。

その折に一部の呪術を除いて殆どの呪術の術式を失ってしまった。

残された断片的な資料を基に、残りの者たちで『血化粧』と名付けられた呪術を再構築しようとした。

しかし悍ましい怪物を産み出すに終わり、結果として多くの死傷者が出た。
その際にはカルヴァン自身も右の肩口に深い傷を負った。

そうして計画は頓挫した。

「……必ずや見つけ出す」

――しかし、カルヴァンは未だ計画に固執している。
アルマーニ、エルトゥールルなどの大国に対抗するには『血化粧』の力が必要不可欠だと考えているからだ。

区切りの良いところで彼はペンを動かす手を止める。
立ち上がり、窓から外の庭園を見下ろした。

「……そして再び最凶の戦士になってもらう。如何なる手を使ってでもな」

彼は低い声で呟いた。

――――――
――――
――


ぽかりと。肩を叩かれた。

「起きるのがおそい。わたしより早起きしないと」

エルフの少女が唇を尖らせて言った。

朝陽がまだ上り切っておらず、辺りは薄暗い。

私は謝り、朝餉の準備に取り掛かった。
朝餉の準備と言っても、料理など全くできないため少女の手伝いをするだけだ。

私が燧石(ひうちいし)で火を熾している間に、少女は食材を洗って刻み始める。

フィリアたちの元に身を寄せてから早くも十日が過ぎた。

私は自身から願い出て家事や雑用などを引き受けた。
客人としてもてなされるのは気が引けたからだ。

その為、家事全般を司っているこの少女と行動を共にする事が多い。

少女は暫らくの間私を恐れて口を交わすどころか顔を合わせる事も避けていた。

しかし、子どもの順応性と好奇心の強さは人間もエルフも変わらないらしく、私が危害を加える存在では無い事を実感してからは特に怯えたりしなくなった。

「……」

少女は手際よく次々と野菜を刻んでいく。
その姿は何か神聖な儀式のようで、私は目が離せない。

何度見ても思わず見惚れてしまうのだ。

「……こら。なまけないで」

私の視線に気付いた少女は、フィリアと同じような口調で私を咎めた。

長いこと共に暮らしているらしいだけあって強い影響を受けているようだ。

「もう、いつもいつも。早く火をつけて」

私はまた謝罪の言葉を口にして、火口に移し取った火を燃え上がらせた。




「おはようございます」

相変わらず恭しいフィリアの挨拶に返事をして席につく。

フィリアと少女が手を合わせてエルフの言語で声を発した。

手を合わせるのは食事を与え賜うた神への祈りでは無く、生命への感謝を表しているそうだ。

私は食事の習慣もだが彼女たちの文化を殆ど把握していない。
しかし彼女たちの生活文化はエルトゥールルよりも東側の文化に類似しているように思える。

何れにせよ、私の祖国とはかなり文化が異なっている。

彼女たちは、動物の乳は口にするが肉を食すことは無いらしい。
今日の食事もオートミールと豆と野菜のスープ、薄い果実水で肉は無い。

彼女たちが極端に貧しいわけではなく、殆どのエルフが似たような食事だそうだ。

「……それにしても、あの娘はいつまで別々に食事をする気なのでしょうか」

ぽつりと。フィリアは呟いた。
その顔は微笑んでいるが困惑も滲んでいる。

自然に微笑むというのは誰にでもできることではない。
更に様々な感情を含ませるというのは極めて難しいことだ。

「……ずっとかも。いじっぱりだし」

黒エルフの女はいつも食事の席にいない。
私と食事を共にするのが堪えられないらしい。

それどころか言葉すら交わしたく無いらしく、言語の壁を除く呪術も使わない。

顔を合わせる事があれば私を睨み、エルフの言葉で何かを呟いて立ち去る。

――私の胸には懸念が一つ有る。

あの黒エルフについてのものだ。
それは杞憂なのかもしれないが、私の胸に陰を落とす。

私の存在が彼女に不快感を与えるならば、やはり私は此処に留まるべきでは無いのかもしれない。

「あら、お食べにならないのですか?」

盲目のエルフが小首を傾げる。
食器の音がしないことを訝しんだようだ。

私はスプーンで豆を掬い口に含んだ。




食器を片付けた後、私は薪小屋へ行った。
夕食を作るための燃料が足りないからだ。

薪は一週間分を一挙に割ってしまい、厨(くりや)の近くに固めて置くよう少女に指示された。
いつもそうしているそうだ。

薪小屋には乾燥した太い幹がうずたかく積み重ねられていた。
盲目のフィリアや痩身の少女が積み重ねたとは考えられないため、おそらく黒エルフの女が運んだのだろう。

彼女もかなり華奢だが、黒エルフは見た目とは裏腹に膂力に優れているため彼女が大木を運んだとしても不思議ではない。

普通のエルフは黒エルフほど力が強く無いらしいが、実際のところは分からない。

小屋の入り口に手斧が置かれていた。
私は手に取ってみる。

手にちょうど良く馴染む重さで使い勝手は良好のようだ。
刃の両側の表面にはエルフの文字が刻まれている。
発せられる禍々しさから、何か呪術が施されていると判断できた。

苦労しながら幹を一本、取り出す。
それを地面に横たえ、手斧を振り落とした。

細い木ですら横に割るのは非常に困難な事だが、手斧を軽く振るっただけで太い幹は容易く二つになった。

ある程度の大きさになったら土台の木に乗せて割る。
対象の薪は容易く二つになるが、土台の木は傷つかない。

ただ斬れ味を増すなどの単純な呪術ではないようだ。

薪割りは普段少女の役割であるらしいから、長身の女が彼女を慮ってかなり強力な呪術を手斧に施行したのだろう。

不可思議な手応えに陶酔している内にかなりの量を割り終えた。
もしかしたら一週間分以上あるかもしれない。

薪をカゴに詰めて厨まで運ぶ。
筋肉が軋み、指先が痛む。相当の重量だ。

あの小さな少女がいつもこの重さを運んでいる事を考えると、胸がささくれ立った。

二度に分けて運んだ薪の上に座り、一息つく。

ふと、私は猫の声を耳にした。

目を向けると黒い猫の後姿があった。
黒曜石のように輝く毛色をした黒猫だ。

彼等は一般に不吉の象徴とされ、時には魔獣の一種に分類される事もあるが、私は嫌いではない。
どちらかというと親近感すら抱いている。

このような森の奥地で猫に遭遇するとは思いもしなかった私は、彼を熟視していた。

黒猫は私に顔を向けないまま、しなやかな身のこなしで茂みの中に潜り込んでしまった。




気温の最も高くなる時分に、来訪者があった。

かなりの量の荷物を背負ったエルフの男だった。
遠目に一瞥しただけだが、とても整った顔立ちをしているのが分かった。

今、男は応接間でフィリアと話を交わしているはずだ。
何を話しているのかは分からない。

私はというと、人間の中でも異形であるこの姿を見せるわけにもいかず、屋敷の奥に位置する部屋に閉じこもっている次第だ。

この部屋は私に与えられた部屋で、最低限の物しか配置されていない。

私が椅子に座ってあの男について考えていると、少女が部屋に入って来た。
あまり機嫌が良い様子では無い。

少女は私を見つめ、それから部屋の周囲を見渡す。

椅子は部屋に一つしかないため彼女は私の寝台に腰掛けた。

暫らく無言が続き、息苦しい沈黙が漂う。

客人をもてなさくて良いのか、と私は訊いた。

「……ここにいるってことは、そういうことでしょ」

ひどく不機嫌そうに彼女は言う。
あまり私と会話したい気分ではないらしい。

少女は上体を倒して仰向けになる。

私は来訪した男の身の上について訊ねた。

「町にすんでる人で、週に一回食べものをとどけに来るの」

少女はエルフの男が訪れてから刺々しい口調になっている。

あの男のことを嫌っているのか、と私は訊ねた。

「……そもそも外のみんながキライだから」

少女は眼を逸らしながら言った後、顔を隠すように俯せになった。

少女は何か事情があってフィリアに引き取られていることを思い出す。
それは少女が町のエルフを嫌っていることと関係しているのかもしれない。

また、少女は人間が得意ではないとフィリアが言っていたことを思い出した。

人間も嫌いなのか、と私は訊いた。

少女は勢いよく身体を起こして私に顔を向けた。

「当たり前でしょ! 人間なんていなくなればいい!」

あまりの剣幕に押されて、私は僅かに体を仰け反らせた。

人間がエルフを嫌忌しているのに、エルフが人間を親しく思うはずがないのは当然だ。

しかし、こうして面前で受ける憎悪の言葉は量感が違った。
そもそも彼女は私を憎悪の眼で見ることは殆ど無かったから尚更だ。

「……っ」

少女は今更になって私が人間であることを思い出したのか、部屋を出ていこうとする。

彼女が寝台から立ち上がろうとした瞬間、少女が胸元に首飾りを忍ばせていることに気付いた。

私はその首飾りについて問いかけてみた。
特に他意は無かった。

少女はひどく狼狽え、それから動揺をごまかすように声を荒げる。

「なんでもいいでしょ!」

少女は足早に部屋から出て行ってしまった。

私の言葉は彼女の気分を著しく害してしまったらしい。

二年ぶりくらいにFF13をしてみましたが、ライトニングさんはネットでネタにされてる時の方が可愛いと思いました。

ググったら知ってる奴いっぱい出て来た
全部あんただったのか最初ほのぼの読んでたら途中から気が狂うのは!!

少女は夕食の準備時も食事中も口を一切聞かず、片付けを終わらせた後は早々と部屋にこもってしまった。

「……何かあったのでしょうか」

少女が立ち退いた後、フィリアが心配そうに言う。

私は午後の出来事を要約して話した。
元々長い話でも無いが。

「そういうことでしたか」

フィリアは全て承知したというように頷いた。

「あの娘を悪く思わないでください。
まだ十五にも成らない色々と多感な年頃ですから。
それに、あの娘は……」

彼女は少し慌てた様子で口を噤んだ。

私は続きの言葉を催促する。
普段はあまり秘密事を深く追及したりしないが、少女のことは妙に気になった。

「あの娘は、混血なんです。人間とエルフの。
そのために、町の方々に快く思われていないのです」

慎重に言葉を選ぶような歯切れの悪い口調で彼女は告げる。

その様子から、実際のところは快く思われないどころか、忌み嫌われていることが容易に推測できた。

私は口の中で小さく唸る。

人間とエルフの混血など今まで耳にしたことが無かった。

また、ようやく少女と出会った時に感じた違和の正体に気付いた。

少女には、眼前の女性や黒エルフの女とは違い“人間らしさ”が有るのだ。
それは子ども故かと思っていたのだが別らしい。

「大丈夫です、あの娘は聡明ですから。
貴方様が良い人間であることに早々と気付くはずです」

私は決して良い人間では無い。
原罪どころか許されざる自罪を抱えた身だ。

しかし、敢えて訂正することはしなかった。

彼女は、きっと全てを打ち明けても私を善人だと言う気がしたからだ。

ドアの開く音がした。
それから、足音が私たちの居る部屋に迫る。

「……」

褐色肌の女が部屋に入ってきた。
目許には何やら疲労が色濃く滲んでいる。

彼女は今までになく私を睨み付けている。

敵意というにはあまりに強い眼光だ。
明確な憎悪が浮かんでいる。

胸に圧迫感を覚える。

臓腑が苦しみに喘いでいるのではないかと思い紛うほどの苦しみだ。
彼女を目にするたびに味わう苦しみだ。

フィリアがエルフの言語で何かを言う。

しかし、女は閉口したまま、すぐに奥の自室の方へと姿を消した。

胸の圧迫感を和らげるように、掌を胸に当てて摩る。
平静を取り戻すために深い呼吸を繰り返す。

「……貴方様はあの娘と何か由縁がお有りのようですが、それは一体何なのですか?」

フィリアは慇懃な口調で訊ねる。

彼女は私が贖罪しなければいけない者の一人かもしれない、と私は言った。

ドアの開く音がした。
それから、足音が私たちの居る部屋に迫る。

「……」

褐色肌の女が部屋に入ってきた。
目許には何やら疲労が色濃く滲んでいる。

彼女は今までになく私を睨み付けている。

敵意というにはあまりに強い眼光だ。
明確な憎悪が浮かんでいる。

胸に圧迫感を覚える。

臓腑が苦しみに喘いでいるのではないかと思い紛うほどの苦しみだ。
彼女を目にするたびに味わう苦しみだ。

フィリアがエルフの言語で何かを言う。

しかし、女は閉口したまま、すぐに奥の自室の方へと姿を消した。

胸の圧迫感を和らげるように、掌を胸に当てて摩る。
平静を取り戻すために深い呼吸を繰り返す。

「……貴方様はあの娘と何か由縁がお有りのようですが、それは一体何なのですか?」

フィリアは慇懃な口調で訊ねる。

彼女は私が贖罪しなければいけない者の一人かもしれない、と私は言った。

「贖罪、ですか。
……貴方様に宿る呪術と何か関係がお有りのようですね」

そうだ、と私は言った。

「なるほど、おおよその事情は飲み込めました。
――私にお手伝いできることは有りますか?」

彼女は少し身を乗り出し、助力を願い出る。

私は首を傾げた。

どうしてここまで私に気をかけてくれるのだ、と私は問い掛ける。

人が良いにも程というものがある。
彼女は本当に聖母では無いかとさえ思える。

「貴方様には御恩が有るのです。
貴方様はお憶えでないようですけれど」

まったく記憶にない。
恩が有るのはむしろ私の方だ。

「とにかく、私は貴方様の味方ですから」

何と言って良いか分からず、ただ頭を下げた。
それから彼女が盲であることを思い出し、感謝の言葉を述べた。

「それで。どのような手を打ちましょうか」

私は頭を捻るが特に妙案も浮かばない。

そもそも良い考えが有るのならば既に実行している。

「あ、不意に抱擁するというのはどうでしょう。
体温に触れて、目が覚めるかもしれませんよ」

彼女の突飛な案に思わず唸り声が漏れる。
仮想してみたが、抱き締める前に首の骨を折られる光景が浮かんだ。

前触れもなく、彼女は小さな拳を握って自身の胸の前に持ってくる。

「そういえば人間は殴り合いや喧嘩をして親睦を深めるという話を聞いたことがあります」

「えい、えい」と、彼女は拳を軽く前に突き出す。

殴打している様子を表しているようだが、到底そうは見えない。

決してふざけている訳ではないようだが、その微笑ましい様子に私の頬が思わず緩んだ。




翌日には、少女の機嫌はそれなりに良くなっていた。

しかし刺々しさは無くなったものの、気まずいのか顔を合わせようともしない。

私はやはり神秘的なキャベツを刻む少女の姿を見つめながら、昨夜の事を思い出す。

フィリアとの議論――というよりは談笑――の結果、嫌われている相手と接するには自分から寄り添っていくしかないという結論に帰着した。

積極的に話しかけろ、素っ気なくても不快そうにされても諦めるな。

もはや精神論の域だが間違いではない。

どうせならば黒エルフの女だけでなく少女とも積極的に関わろうと思い声をかける。

世にも稀な混血児。
もしかすると世界に一人しかいないのかもしれない。

私も、おそらくは世界で唯一の呪術を身に刻む人間。

ならば少女に親愛の情を抱くのも自然なことのように思われた。

彼女は昨日までと変わってやけに声をかける私に不審そうな態度を取ったが、気にしないよう心がける。

言葉交わすというよりは私が一方的に喋っている状況だが、致し方ない。

ここ十年ほど長い会話をしたことがないため、時折どもったり、閊えたりしてしまう。

その度に喋る気力が削がれるが、尚も喋り続ける。
そのうち自分は喋り続ける為に生まれてきたとさえ思えてきた。

話の内容は、流浪の途中で遭遇した様々な風土についてなどだ。

少女はそこそこ関心を持ってくれたようで時たま調理の手を止めて私の話に耳を傾けていた。

「おもしろいけど、今は仕事して」

私は燧石と火打ち金を打ち合わせた。




朝の食事の一切を終えた後、私はフィリアと外に出た。

穏やかな春の日だ。

朝陽が優しく大地を照らし、心地良い熱で私たちを包む。

万物が偉大なる父の慈恵に耽美しているようだ。

そこら中に溢れる神の息吹に、私の心も歓喜に震える。

「気持ちの良い天気ですね」

彼女は顔を空に向けながら言った。

陽光に当たってその美貌は一層際立っている。

その美しさに私は思わず目を細める。

彼女が悪魔的な存在とはまったく思えなかった。

彼女の美貌は、その慈愛に満ちた笑みは、神のもたらした恩恵のような気さえもする。

微風が爽やかに体を撫でて過ぎていく。

彼女の艶やかな長髪がゆっくりと揺れた。

数瞬の間見惚れ、もう一度風が吹いてくれないかと密かに願う。

「少し、歩きましょうか」

彼女は私の方にそっと手を伸ばした。

その手を取ろうとして、しばし躊躇う。

その清らかな手に触れる資格が自分に有るようには思えなかった。

「申し訳ありませんが、手をお取りになっていただけませんか?」

促されて、ようやく手を取る。

たおやかな指には、微かな、そして確かな熱があった。

「行きましょう」

私は彼女の手を引いて歩く。

盲目であることもあって彼女の歩幅はかなり狭いため、最初は歩を合わせるのに時間を要した。

しかし、徐々に歩幅の感覚を掴み、彼女も私の先導に慣れたのか、手に殆ど抵抗を感じなくなった。

時間や緩やかに過ぎて行く。
これだけ穏やかな時を過ごすのはいつ以来だろうか。

清流の音が聞こえた。

近くを流れる小川の音だ。

この小川のもう少し上流の水をろ過して飲料水や洗濯や風呂に利用している。

フィリアはゆっくりと立ち止まり、

「心地良い音ですね」

耳を傾けながら幸福そうに微笑む。

私には、彼女がこの穏やかな春の森そのものであるように思えた。

優しく差す陽光も、吹き抜ける爽やかな風も、青々と繁りはじめた葉も、芽吹きを待つ蕾も、この清流も、全てが彼女の中にも内包され、その美、神聖だけが表出しているような錯覚を覚える。

それから、逃げ延びる為に初めてこの森に入った時はおぞましい生物のようだという印象を抱いていた事を思い出して、無意識に笑みが浮かんだ。

どうして俺は全部書き溜めてからスレを立てないのかね
つまらなくても投下が早ければ読んでくれる人がいるかもしれないのにね

いや読んでるよ

>>68
まじか、ありがとう、遅くてすみません

乙乙

結構読んでる人いると思うよ

楽しみにしてるから頑張って

ゆっくり待ってます

>>70
読んでくれて乙乙

>>71
期待にこたえられるよう頑張ります

>>72
いや、ほんと有難うございます

散歩から戻った後、フィリアは作業場に入って仕事に取り掛かった。

はたが小気味の良い音を鳴り響かせる。

彼女は機織り得意で、私たちが着用している麻の衣類は全て彼女が作った物だそうだ。

彼女の機織をする姿は優美で、私は少し離れた位置に立って、それに見入る。

自身に課せられた家仕事は既に片付けており、昼食の時間までは暇だ。

フィリアは緯(よこ)糸を縦(たて)糸に繰り返し挿入している。
光を失っているとは到底思えないほど鮮やかな手際だ。

伏せがちな面は、真剣味を帯びた、それでいて幸せそうな微笑みを湛(たた)えている。

彼女が織っているのは絹布だ。
もともと高級な代物だが、エルフの手で織られる事でその価値はいっそう増す。

何故ならば、エルフが機織する際に漏れ出る尋常ならざる力が絹の光沢、手触りを高めるからだ。

『靡絹(びけん)』と呼ばれるその絹は、悪魔的存在であるエルフの手による物であることから、教会ではそれの所持、及び売買が禁止されている。

しかし本当に素晴らしい物は、不当に批判するのは容易だが、それを渇望する人間を説き伏せるのは非常に困難だ。

故に、教会の勢力圏の国々においても密かに流通し、その希少性もあって法外な値段で取引されている。

上級貴族が靡絹を欲するあまり破滅したという逸話も残っているほどだ。

その有用性を示す説話も多い。

靡絹は、羽毛の如き軽さに、強大な魔獣の爪牙にも耐えうる強靭さを備えていると云われ、着る者は人智を超える力や全知を手に入れるとも語られる。

エルフのように異様な術を行使できたという話の殆どは虚偽であろうと呪術の基本を学んだ今では思う。

呪術の道理に合わないし、話にはえてして尾ひれが付くものだ。

しかし全知は大仰だとしても、着用する者の視野を明瞭にし、思考を洗練したりする可能性は個人的には有るように思える。

少なくとも織られる際に変質している可能性は高い。

小気味の良い音は断続的に続く。

彼女の作品は大部分が出来上がっていて、もう数日で完成を遂げるだろう。

完成品はおそらくエルフたちの間で流通するのだろう。

昨日訪れたエルフが関わるのかもしれない。
彼は慈善のみで食料を供給しているわけではなく、一応対価も払っているらしい。

小休止しているフィリアに訊ねると、

「いえ、これは人間の方と物々交換するための物でございます」という答えが返ってきた。

興味が湧き、更に発問しようとしたところで、混血の少女が作業場に入って来る。

その眼は少し吊り上がっている。

「こら。お昼を作る時間でしょ」

言われて切り窓を見れば、陽はだいぶ高い位置にあった。

いつの間にか正午近くになっていた事に些か驚く。

「あらあら、もうこんな時間。確かにお腹が空きましたね」

「すぐに作るから。ほら、行くよ」

私は少女に続いて部屋を出る。

後ろから可愛らしい腹の音が聞こえたが、聞かなかったことした。




私は慄然としていた。

陽は西に沈み、残照のみが光源であるため辺り一面の輪郭は不明瞭だ。
そのため眼前の女の表情も詳しくは窺い知れない。

しかし強烈な臭いが私の鼻腔を刺激して私を慄かせる。

むせ返るような血の臭いが。

夥しい死体が深い穴の中に集積されている。
随分と粗末な墓穴だ。

「“これら”は昨夜に近隣をうろついていた。人を探るような様子でな」

黒エルフの女が言語の差異を取り除く魔術を行使して私に話しかける。

「どうせお前を探していたんだろう。……まあ、それは一旦置いておく」

彼女が穴の縁に引っかかっていた死体の一つを蹴り落とす。

肉が打ち付け合う音が響いた。

確かに“彼ら”は私を追蹤していた男たちであった。

彼女が昨夜に疲弊した様子だったのは彼らを始末していた為らしい。

それとも巨大な穴を掘っていたからか。

「これらは呪術を宿した道具を手にしていた」

彼女は私に小さな白っぽい欠片のようなものを放る。

掴み、眼を凝らして見てみると、それは歯であることが分かった。
おそらく人間の犬歯だ。
指先で表面をなぞると、凹凸が確認できる。

「……しかも、ただの呪術じゃない。何なんだ、これは?」

彼女は自問するように言った。
その声音には怒気、そして怯え。

「あまりにも禍々しい怨恨、憎悪、悲愴、絶望。
どうやったら、ここまで恐ろしい物を作れる?」

まったく分からないと言うように彼女は首を振る。
怯えの原因はそれらしい。

この歯には雷を放つ呪術が宿っている。
この呪術具の作成方法は知っているため、彼女へ仔細に語ることにした。

おそらく彼女は人間に対して無上の侮蔑の念を抱くだろう。

しかし、彼女には知る権利が有るし、私には話す義務が有る。

犬を鎖に縛り、極限まで飢餓に追い込んだ状態で肉を見せる。

そして、死力を振り絞って肉に食らいつこうとする犬の首を斬り落とす。

その首数十個を埋めた土の上で、電気を放つ効果器を備える魔獣に数百匹の毒虫を食わせる。

魔獣が辛うじて生きていたら、扼殺した処女(おとめ)から犬歯を抜き取り、魔獣の脳天に突き刺す。

数日後に、生き絶えた魔獣から歯を抜き取り、刻印を彫りこんで完成する。

「……もういい。その汚い口を閉じろ」

処女は扼殺前に極限まで拷問を加える。
歯以外の部位を削り落とし、感覚器官に強烈な不快を与え続ける。

終盤には白痴と化し、窒息して苦悶に顔を歪めながらも口が笑っている状態になる。

「口を閉じろと言った! ……お前たちの醜悪さは嫌というほど分かった!」

語気を強める彼女に対して私は首を振る。

今の呪術は人間の醜悪さの片鱗に過ぎない、と私は言った。

彼女は途方に暮れたような顔で私を見つめる。
それから俯き、小さな声で呟く。

「……お前たちが扱っているのは呪術などではない。
あまりに許し難い、万物への愚弄だ」

その通りだ、と私は思った。

黒エルフの呪術は万物からの畏怖を触媒として発動している。

しかし人間の呪術はどこまでも悪感情の塊を触媒とする。
そして、あまりにも大きい犠牲の上で成り立っている。

私の体に宿る呪術もその例外ではない。

「……確認させろ。人間に呪術を教えたのは――」

彼女は消え入りそうな声で言う。

「教えたのは――」

次の言葉を出せない彼女のために、私はその名を口にした。

――コクレア、と。

「……なんで」

彼女は両手で頭を覆う。呟く声音は幼い少女のようだ。

しばらくその状態で硬直し、

「……あの女は何処にいる? 殺す。殺さなければいけない」

熱病にうなされたように「殺す」繰り返す。

「私はあの女に全てを狂わされた。壊された。奪われた」

よろめきながら私に近づき、胸ぐらを掴む。
暗がりの中でも、その顔色が悪いのが見て取れた。

「答えろ。答えろ! 何処にいる! 何処にいる!! 答えろ!!」

半狂乱になりながら彼女は叫ぶ。

もういない、と私は告げた。

事実だ。

彼女は暫時沈黙し、

「……なんだ、死んだのか」

私の胸ぐらから手を離し、平坦な声で呟いた。

「あははは、そうか、そうか」

それから渇いた笑い声をこぼす。

心を圧し潰そうとする様々な感情を吐き出そうとするように、笑い声はいつまでも続いた。

どうでもいいけど、13-2が可哀想なほど安かったので買ってみました
13-3らしきものも出るそうですね
スクエニ、ライトニングさん愛し過ぎワロタ
おやすみなさい

FF13-2面白いのには

まだかなー

13-2やってるんじゃね

遅くなりました、ホントすみません。

>>83
たしかに前作よりは面白かったです。
でもあのEDは無いと思います。

>>84
本当にすみません。ゴミ屑な>>1ですみません。
次は待たせないように善処します。

>>85
仰る通りです。
でも、もうシークレットEDまで見たのでしばらく起動することは無いと思います。
やっぱりあのEDは無いと思います(大事なこと)。




「ねえ、いつもよりボーッとしてない?」

夕餉の準備中、少女が私に尋ねた。

いつも同じようなものだ、とぞんざいな口調で言うと、

「……それもそっか」と彼女は納得してしまった。

彼女は煮込んでいる具材に火が通っているのを確認する。

「ん、だいじょうぶ」

少女はうなずき、皿に料理を盛ろうとして、

「いたっ……!」

顔を歪め、片手で側頭部を押さえた。

そして熱された鍋の方へ倒れそうになる。

「あ……」

少女が鍋に倒れこむよりも僅かばかり早く、私の手が彼女の痩身を引き寄せた。

私の胸に寄りかかった彼女の体は、想像以上に小さく、私は些か驚く。

彼女は幾秒か放心した様子で私に寄りかかっていたが、正気に戻ったのか直ぐさま身体を離した。

大丈夫か、と私は訊ねる。

「……ん」

彼女はやや頬を赤らめて小さく肯いた。
男に直接触れた経験が殆ど無いのだろう。

「……なんだろ。急に痛くなった」

暫らくの間、彼女は不思議そうに側頭部を触っていた。

就寝前、私は夕べに起きた出来事の顛末をフィリアに語った。

卓上の燭台には、だいぶ短くなった蜜蝋が頼りなげに灯り、私たちを光りの繭で包むように照らしていた。

フィリアは私の向かいの席に座って、神妙な面持ちで私の話に耳を傾けている。

少女は先に眠ってしまい、黒エルフの娘は母屋に戻って来ないままだ。

「そのような事がお有りでしたか」

全てを聴き終えた後、彼女は憐れむような微笑を浮かべた。
やはり聖母のような微笑みだ。

「その他にもあの娘に何か言われましたか?」

「この家から出ていけ」と言われた事を彼女に伝える。

私がいたら危険が迫るのだ。
娘の言い分は尤もだろう。

「どうなさるお心積もりですか?」

すぐにも出て行くつもりだ、と私は言った。

これ以上この場所に留まれば、フィリアや少女、あの娘まで危険に晒してしまう。
それは避けねばならない。

「――それで良いのですか?」

彼女は神妙な顔で問う。
子を諭す母親のような声音だった。

「貴方様の御力ならば私たちを守る事も可能では有りませんか」

私は口ごもってしまう。

確かに私に宿る呪術は強大で、敗れることは決して無い。
しかし、如何なるときも必ず彼女たちを守れる力では無いのだ。

私が此処に居座るよりも、私が別の場所で発見された方が彼女たちが安全なのは明白である。

「……しかし、最も重要なのはそこでは有りません。
貴方様の御心です」

どういうことだ、と私は言った。

「私は貴方様の罪が具体的に如何なものかは存じません。
このまま此処を去るのは逃げることと同じでは有りませんか?」

そうなのだろうか。

「よくよく御自身をお見つめください」

そう言ってから、彼女は私の心を逆撫でするような一言を口にした。

「そもそも、貴方様は御自身の罪とやらを正確に把握なさっておいでですか?
私にはそう見えないのですけれど」

馬鹿な、と私は言葉を漏らす。

この上なく侮辱された気持ちになり、何と無神経な言葉だと怒りが湧き上がった。

しかし、反論の言葉は出てこなかった。
認めたく無かったが、全く以って彼女の言葉通りなのだ。

この十年間、祖国から逃亡を続けて来た。

そして自分の罪からも逃げていたらしい。
私にとって最重要な事柄であるにも関わらず深く考えるのを避けていたのだ。

数多の人間を殺しながら、私は惨めなまでに怯懦であった。

十年来、殆ど『血化粧』を行使しなかったのも、罪を少しでも自分から遠ざけ、自分自身を見つめ直したくなかったからだろうか。

どれだけ時間を経ても、私は何にも向き合わず、独善的に己の罪を裁量していた。

私は、自分からも逃げていたのだ。

そして、また逃げようとしている。

「出過ぎた事とは重々に承知しております。
しかし、私は貴方様の幸せを願っているのです」

蓋(けだ)し彼女の口調は押し付けがましいものではない。
私を深く思ってくれていることはひしひしと伝わる。

私は己の掌を眺めた。
巻き付くような紅い斑紋は胴のものに比べて細い。

千と一人の女の血によって生み出される呪術。
原罪よりも重い私が背負わなければいけない罪。
幾ら逃げても逃げ切れないもの。

私は立ち上がり、己に与えられた部屋に向かう。

惑乱した胸中を持て余す状態は辛く、苦しかった。

盲の女は見守るように、ただ沈黙していた。




部屋に戻り、寝台に潜りこんだが、眠気は訪れない。

それどころか頭の中はいやに明瞭で、思考が巡る。

フィリアの言葉、コクレアの顔。

娘に贖罪をしたいという思いはあった。
それなのに、甚だ恐ろしい考えが脳裡を掠めた。

――私が娘に償うことは何も無いのではないか?

彼女は人間を嫌悪している。そしてコクレアを憎んでいる。
そして私は人間であり、呪術を身に刻み、コクレアと関係があった。

しかし、憎悪の対象にこそなれど、私が贖う事など無いのではないか。

そこまで巡ったところで、思考を断ち切る。


そして、あの娘の壊れたような笑顔を脳裡に浮かべる。

どのような感情が彼女をあのようにしたのだろうか。
決して憎しみだけでは無いはずだ。

コクレアを自分の手で裁くことの出来なかった失望か。
それとも、やはり心底では彼女を愛していたのか。

いずれにせよ、あの壊れた笑みが生まれた要因に私が関わっていることは確かなのである。

掌を上に掲げる。
紅い斑紋は深い暗闇のせいで見えないが、その存在感は逆に昼間よりも強く、身体に異物を飼っていることを改めて実感した。

私は寝台から起き上がる。
娘と話をしようという思いが俄かに強まり、抑えきれなくなったのだ。

罪から逃げたくなかった。
私には罪を正しく裁量する義務がある。

彼女と話をすることが最も手っ取り早く、最も正確な方法だ。

彼女は未だ家の中に戻っていないようであるから、屋外に向かう。

私の眼前一面に広がっているのは重厚な暗闇のみで、部屋のドアまで辿り着くのにも相当な時間を要した。

外は月と星が出ているため屋外よりは幾分明るかった。
それでも眼を凝らしてようやく物体の輪郭を捉えられる程度である。

私は離れの小屋に向かう。そこに娘がいるはずだ。

春の夜はまだ寒く、吐く息は微かに白い。

私は何度か手に息を吹きかけた。
寒さ故の行為ではなく、自分の心に熱を吹き込もうとしての行為であった。

小屋からは仄かな光りが漏れていた。
また、何かを打ち付けたような硬質な音が響いている。
彼女はまだ起きているらしい。

突如足が動かなくなった。
心臓が痛いほどに早く脈打ち、呼吸が荒くなる。

恐怖を覚えているのだ。
かつて、如何な戦場でもここまで恐れることは無かった。

しかし、今の私は幼児のように情けなく怯えている。
俄かに湧き上がり、私をここまで突き動かした衝動は消え去っていた。

引き返してしまおう、と私の心が甘く囁く。
そして、東雲(しののめ)の刻にひっそりと立ち去ってしまえば良い。
それからまた終わりなき流浪の旅に出るのだ。

私は母屋に戻ろうと踵を返した。

――それで良いのですか?

ふとフィリアの声が脳裡をよぎった。

思わず自嘲的な笑いが口から溢れた。
私は無意識的に再び逃げようとしていたのだ。

私の中で何かが弾けるのを感じた。
それは怯懦の心であった。

代わりに戦場での昂揚に似た昂ぶりが体の芯から湧き出てくる。
久しく潜んでいた勇敢が鎌首をもたげた。

私は凛然たる心持ちで、彼女のいる小屋の扉を開いた。

照明が煌々と室内を照らしている。

その中で、彼女は木槌を神経質そうに振るっていた。
槌と鑿(のみ)を使って彫り物をしているらしい。
打撃音の正体はこれらしい。

彼女が工芸に秀でていることはフィリアより聞いていたが、作業している姿を見るのは初めてであった。

私の位置からは彼女の顔が見えないが、相当に熱中しているらしく、小屋の扉が開いた音にも気付いていないようだ。

怖気付いたわけでは無いが、その真剣な姿に声をかけるのが憚られる。

彼女が彫っているのは、思わず恐惶してしまいたくなるような異形の存在だった。

憎しみに歪んだ人の顔を持った悪魔的な形(なり)をした怪物の彫刻である。

しかし、その彫刻には憎しみだけでなく、怒り、威厳、そして曰く言い難い哀しみが有った。

首から下はまだ彫られておらず、完成には程遠いのだろう。
それでも、私は無意識に感嘆の声を漏らしていた。

そこでようやく彼女の手が止まった。
私の存在に気付いたらしい。

果たして、彼女は憎悪が多分に入り混じった眼を私に向けた。

急にすまない、と私は言った。
言ってから、まだ言葉が通じていないであろうことに思い至る。

先ずは言葉の壁を取り払ってくれるように頼むところから始めないといけない。

「……何の用だ」

しかし、幸運なことにも彼女は簡単に呪術を行使した。

私は何と切り出せばよいか咄嗟に浮かばず沈黙してしまう。

「出て行くつもりになったのか? ならば二度とこの地に――」

違う、と私は言って、彼女の言葉を遮った。
反射的に飛び出た言葉に私自身驚く。
これが私の本音なのだろうか。

彼女は自分を狙う猛獣の接近を警戒する狩人のような目付きになる。

ふと後ろから猫の鳴き声が聞こえた。

私が振り返る前に、黒猫が私の足元をしなやかに走り抜けて行った。

再び顔を戻すと、艶やかな黒い毛並みをした猫が彼女の足元にいる。

黒猫は灯りを反射させた爛々とした瞳で私を見つめていた。

単眼であった。

本来鼻が有るべきところに大きな瞳があり、鼻は見当たらない。

異形の黒猫は私を凝視している。
私も黒猫から眼を離せなかった。

恐怖や好奇と言った感情は湧かなかった。
その美しき肢体と、気高く理知的な瞳に惹きつけられていた。

畏敬の念が不思議と私の胸に満ち、自然と頭が垂れる。

黒猫は彼女の足元を離れ、私と彼女の中間の距離で止まった。

そして私を見つめたまま一声短く啼いた。

「……そいつを認めると言うのか、ニゲル」

ニゲルと呼ばれた猫は私の足元に寄る。
それから私の周りをぐるりと回って、穏やかな鳴き声を出した。

かなり高次の知能を具有しているようであった。

「……そうか。分かった、分かったよ。私は、私を欺かない。
ニゲルが認めるなら私も認めるさ」

彼女は観念したというように首を振り、

「お前は、此処に留まるつもりなんだな?」

今までよりか棘の取れた口調で私に尋ねた。

彼女の態度が突如軟化したことに内心動揺しながらも、私は首肯する。

「……お前の好きなようにしろ。
だが、フィリアとチビを危険な目に合わせてみろ。
お前を八つ裂きにして獣の餌にしてやる」

私は先程よりも力強く肯く。
彼女に言われるまでもなく、フィリアと少女、それに彼女を危険に晒したりはしない。

どれだけ、この手を汚そうとも。

彼女はどこか宙を見ながら小さくうなずいた。
私の様子に、少しは信頼を置けると思ったのかもしれない。

「ニゲル」と彼女は私の足下にいる黒猫を呼んだ。

そして前屈みになって近寄った猫の頭を少し荒っぽく撫でる。
その様子からは、彼女のニゲルという猫への愛情が感じられた。

その黒猫は大切な存在なのか、と私は訊く。
答えは期待していなかった。

多少間が空き、

「こいつは、私そのものだ」

彼女は猫に視線を向けたまま言う。
冗談めかした声音ではなかった。

言葉が返ってきたことに内心驚く。
同時に、彼女の心を覆っている壁を崩す綻びを見つけた気がした。

黒猫は面倒そうな顔で為すがままにされていた。
その顔はやはり理知的で人間じみている。

その風貌も異様であるし、もしや魔獣の一種なのだろうか。

彼女に不快を与えないよう言葉に配慮しながら訊ねる。

「もとは何でもない動物の猫だった。
だが見ての通り異常で、親に棄てられたらしい。
私が見つけた時、既に瀕死だった。いや、“おおよそ”は死んでいたんだ」

ニゲルは彼女の足下を離れ、半開きだった扉をするりと抜けて闇の中に溶け込んでいった。

私にはそれが話の続きを避けようとしての行為に見えた。

“おおよそ”とは一体どういう意味なのだ、と私は訊く。

「下半身はウジに食われていた。もはや普通の方法では間に合わなかった」

呪術を使ったのか、と私は言った。

「それ以外に方法は無かった。そのせいでニゲルはひどく曖昧な生き物になったんだがな」

唐突に彼女はくぐもった笑い声を発した。

「私はニゲルを助けたわけじゃない。私自身を助けたかったんだ。
……別に良いだろう。呪術に狂わされた身だ。呪術で自分を救って誰が咎めるというんだ」

彼女は吐き出すように言葉を続ける。
その顔は彫刻の怪物に酷似していた。

「それに私はコクレアと同じ血が流れてるんだ。あの呪術狂いとな。
おかしい話じゃないだろう。当然の話だ。
……ああ、そうだ。ニゲルの親猫を見つけたことも有った。
殺そうとしてやった。血を分けた存在を棄てたんだぞ。当然の報いを与えてやろうとした」

殺さなかったのか、と私は努めて冷静な声音で言った。

「ニゲルが邪魔をした。生命を分け与え、居場所を与えてやった私よりも、たかが産んだだけの醜い肉を貴んだんだ」

言葉を聴く内に、悪寒が背筋を走るようになっていた。

一つは恐怖による。

彼女はフィリアや混血の少女、単眼の黒猫を大切に思う節を見せる一方、敵と見なした者へはどこまでも無慈悲だ。
その二面性に対する恐怖。
もしかしたら、そのような二面性が成り立つという事実自体に、
私は恐怖しているのかもしれない。

もう一つは深い哀しみであった。

彼女は歪んでしまったのだ。
コクレアが彼女のそばにいた時は、外見に相応しい凛として美しい心を持っていたのかもしれない。
それを思うと哀切きわまりなかった。

「……私は、私を置いて死んだ両親も、あの女も。
信じていたのに、裏切られたんだ」

そう言う彼女の顔は、泣く寸前の少女のようだった。

彼女の時間は止まってしまっているのだ。
コクレアに――姉に裏切られたその時から。

私の中に濃い罪悪感が込み上げてきた。

私は、彼女が万が一でも再びコクレアと関係を修復し、彼女を元に戻す可能性を潰してしまったのだ。

コクレアを奪ってしまったのだから。

「なあ、知っているんだろう? あの女はどのように死んだんだ? 殺されたのか?
苦しんでいたか? 痛みに喘いでいたか?」

確かに私はコクレアの今際を知っていた。
しかし、答えることができなかった。

「……いや、やはり言うな。安らかに死んでいたら鬱憤が溜まるだけだ」

彼女はそう言って押し黙る。

私は一つだけ伝えなければいけない事があった。
私の身に刻まれた呪術のことである。

この呪にコクレアの生命が宿っている、と私は言った。

彼女は大いに驚き、それから俯く。

「その禍々しい呪術が、あいつの遺作か。
私を犠牲にしてまで渇望したものか」

徐に上げられた彼女の神妙な顔は、コクレアの顔と被って見えた。

不意に眼の奥が熱くなる。
涙を流さぬよう堪える。

コクレアの妹は、私の奇妙な様子に気付いた素振りも見せず、ぼんやりと私に巻き付いた紅い蛇を見つめていた。

暗闇の中を引き返す道中、先程の彼女の言葉を思い出していた。

彼女は、ニゲルは自分自身だと言っていた。

きっと黒猫は親を憎んでいるのだろう。
それでも親を殺す邪魔をしたと言っていた。

その事柄が有って尚、彼女は黒猫は自分自身だと言っていた。

ならば、彼女だって心底では家族を――コクレアを愛しているのかもしれない。

これは推論だが、あながち間違っているようには思えなかった。

愛と憎しみの本質はおそらく同じだろう。
憎しみが大きいだけ、彼女が抱いているかもしれぬ愛情も大きいはずだ。

きっと彼女は激情の鎖に繋がれているのだろう。

私たちはいつだって何かに囚われて、苦しんでいるのだから。

暗闇は無辺に広がっている。

しかし、未だ眠れそうにない。

すごく楽しみにしていた女騎士スレが落ちてて残念です。
復活してくれないかなぁ。

次は早いうちに来れるようにします。

ここはあんな風にならないよう祈ってます

>>105
死んだりしなければ大丈夫ですので、泥舟に乗った気持ちでいてください。

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快晴だった。

昨日までの三日ほど天気が崩れていたが、今日は朝から暖かな陽射しが降り注ぐ気持ちの良い天気であった。

「一枚の紙を半分に切ります。そうすると二枚になりますね。
更にその二枚を重ねて半分に切ります。四枚になりますね。
更にその四枚を重ねて半分にする――こう言った具合にどんどん紙を重ねて切っていきます。
さて、紙が百万枚を超えるのは何回切った時でしょう?」

「ええっと……」

昼前、少女はフィリアに算術を教わっていた。

普段はおおよそ隔日の頻度で学問を教わっているらしいが、最近はフィリアが靡絹を織るのに忙しく暫らく教わっていなかったそうだ。

昨日、フィリアは靡絹の織物が仕上げ、ようやく少女に算術を教える余裕ができたのであった。

少女は俯きがちになって、眉間に小さな皺を寄せて眼を閉じている。
中々に魅力的な小皺だった。

暫らく、その小皺に見入った後、折角だからと私も同じ設問に取り組んでみる。

紙の二等分を繰り返していくのだから、その数は倍々に増えていくはずだ。
二、四、八、十六、三十二、六十四――暗算では不可能そうだ。

どうせ私が答えるわけでは無いのだから、と私は計算を中断した。
算術は好んでいるが、今日はあまり乗り気にはなれなかった。

「せっかくですから、紅鬼様が御回答ください」

思わぬフィリアの言葉で、再び計算を始める。

「ねえ、これって、常用対数は与えられないの?」

「あら、忘れていました。二の常用対数は純小数三とします」

「だったら大丈夫そう」

常用対数という聞き知らぬ言葉に動揺する。
これでも以前はそれなりに算術を嗜む方で有ったのだが。

――いずれにせよ、数を二倍ずつ増やしていけば、解を導けるはずだ。

結果として十七という値になった。

「答えは幾つになりましたか?」

フィリアが少女に訊ねる。

「二十回、かな」

少女の答えが私のものと一致しないことに落胆する。
直感的に私が間違えていると分かったからだ。

「紅鬼様の御回答は?」

十七だ、と私は正直に答える。
誤謬を隠して体裁を取り繕う真似はむしろ恥ずかしいことに思えた。

「答えは、二十回です。
紅鬼様は、おそらく桁を一つお間違いになられたのでしょう」

私の誤答をフィリアは申し訳なさそうに指摘する。
その事が却って私の自尊心を傷付けた。

「……ほんとだ。十七回だと十万よりは多くなる」

少女が言った。
検算したらしいが、その速度が異様に早い。

どのような計算をしているのだ、と私は訊く。

「ええっと……」

少女は立ち上がり、棚から紙を持ってくる。
初めて見たときは多大な衝撃を受けたものだが、彼女たちはパピルスを使っている。

グラン含む周辺諸国では羊皮紙が主流だ。
家畜から肉と共に剥いだ皮が原料である。

紙の違いは食文化とも密接な関連が有るのかもしれない。

少女はペンで私に理解できない記号――エルフの文字を書き記す。

「あらあら、それでは紅鬼様がお分かりになりませんよ」

フィリアが私よりも早く少女に指摘してくれた。

「あ、そっか。ええっと、グランの言葉では……」

少女はやや歪(いびつ)ながらも私にとって馴染みの深い文字を書く。

しかし、やはり私には理解できない。
記された文字は意味を持って私に語りかけるが、私がそれを受容できないのだ。

それでもエルフの算術は圧倒的に人間のものより進んでいることは分かった。
算術が進んでいるならば、現在、人間が渇望している先進的な航海術と天文術も獲得しているのかもしれない。

私は更に術式の内容を吟味し、恥も外聞もなく彼女たちに理解の追いつかない箇所の説明を請う。

別に、エルフの術を盗んで人間に流用しようなどという魂胆はない。
ただ、自分の知らぬ理を知る事ができれば、私はより鮮明に、より精確に世界を認識できるのではないかという純粋な希望ゆえだ。
飾らずに言ってしまえば、知識欲である。

フィリアは嫌な顔せずに細やかな説明をしてくれた。
私の算術の程度を僅かな受け答えで看破し、それに見合った教え方をしてくれるため大変分かり易かった。

人の実力を即座に見抜き、それに程度を合わせるのは非常に難しい。
それが容易く出来るのは一つの才能だ。

「もっと深くお知りになりたいのでしたら、算術をまとめた書が有ります」

そう言ってフィリアは少女へと顔を向ける。
盲目であるのに、寸分の違いもなく少女の方に顔を向けることが出来るのは何故なのだろうか。

「たしか、前に語学の学習として算術書をグランの言葉に翻訳させましたよね? まだ持っていますか」

「うん。……でも字がきたなくて見せられない」

まったく構わない、と私は言った。

「紅鬼じゃなくて、わたしが気にするの」

少女はやや眉根を吊り上げ、語気を若干強める。

「こらこら、落ち着きなさい」

フィリアに諌められ、少女は口を尖らせた。

「紅鬼様はグラン出身の方なのですから、ご指摘いただければ私よりもずっと良い語学の勉強になりますよ。
貴女は人間の言葉を学ぶ必要が有ります」

「でも……」

嫌ならば良いのだ、と私は言った。

興味関心は尋常ではなく有ったが、少女を不快な気持ちにしてしまうのも申し訳なかった。

「……ぅー」

彼女は決まりの悪そうな顔で小さく唸る。
心根が優しいからか罪悪感が芽生えてしまったらしい。

気が向いた時に見せてくれれば其れで充分だ、と私は付け足す。

彼女はそれを聞いて、幾分か安堵した顔になった。
その顔に私も安心する。

それにしても、エルフの教育には目を瞠るものがある。
私たちが今居る森を抜けたところに全エルフが暮らしているらしいが、その識字率は百らしい。
更にこのような辺鄙な土地に住まう彼女たちでさえも、人間よりも遥かに高度な学問を習得していることには驚嘆を禁じ得ない。

その事をフィリアに告げると、彼女は改まった顔になる。

「……学問というものは、いつだって手放しに称賛できるものではないと私は思います」

彼女の言わんとしていることが汲み取れず、私は首を傾げた。

「幼き者を大きな者が導くのは必然のことです。
しかし、無知の者には無限の可能性が有るように思えるのです。
無知ゆえの全知、と言ったところでしょうか」

無知ゆえの全知、と私は繰り返した。
紀元前の偉大なる賢人を髣髴とさせる言葉であった。

「私たちが知り得ること、教え得ることは表象的なものばかりです。
しかし、万物の根本――世界の真理とは、感覚、無知によってのみ獲得できるのかもしれません。
先人の教えはその可能性を潰しているに過ぎないのかもしれません」

知識を吸収することで物事を観念でのみ理解してしまい、思考停止してしまうということか。

「ですから、私はこの娘に勉強を教える時、いつも不安を覚えてしまうのです」

彼女はそのように言葉を締め括った。
私は彼女の思慮深さに感嘆する。
世の神学者に聴かせたい言葉だ。

「……勉強するのは面白いから何でもいいよ」

少女の言葉に、フィリアは困ったような顔で微笑んだ。




汗が私の顔を伝う。
緊張と疲労による汗だ。

切り窓から見えるかなり傾いた太陽が夕刻であることを告げている。

鑿と槌を持ったコクレアの妹が、私を横目に異形の木像を彫り起こしている。
その足下で、単眼の黒猫が欠伸している。

私たちは彼女の作業場にいた。
部屋の隅には彼女が作ったのであろう簡素な椅子や、人の形をした小振りな木像が置かれている。

彼女の作る木工品は、食糧と交換され、街に住まうエルフの家具や魔術の触媒に使われるらしい。
フィリアや少女が生活を営む上で彼女の存在は大きい。

彼女は無言で、作業に取り組んでいる。
その目は一心不乱で鬼気迫るものがある。

私がここにいる理由は、彼女の創作意欲の維持だ。
彼女の憎悪の対象で有り続けるのである。

彼女に依頼――というよりかは強要されたのだ。

異形の木像は彼女の心象を体現したものなのだろう。
そして彼女は木像を彫刻するのに執心している。

それは、自身の心を掴む手段なのかもしれないし、負の感情を吐き出す作業なのかもしれない。
もしかしたら、何の意味も持たない行為かもしれない。

いずれにせよ、私には助力する義務が有るし、彼女にとって有用でありたいとも切に思っているのだ。

無心で彫刻に没頭している彼女の横顔はコクレアのものと全く同じだった。
しかし、実際の彼女の顔を見ることはもう敵わない。

ニゲルが起き上がり私へと歩み寄る。
それから軽やかな跳躍で一挙に私の肩に乗る。

二時間ほど微立ちっぱなしで疲労が溜まっていた状態であったため、ニゲルの重量は私をよろめかせるには充分だった。

黒エルフの娘は面倒そうな顔で私を睨む。
目障りな動きをするな、とでも言いたげな顔だ。

私は黒猫を肩に乗せたまま再び直立不動になる。
ニゲルが耳許で穏やかに鳴いた。
その声は私の緊張や疲労を幾分か緩和してくれた。
黒猫に微笑みかける。

娘は手を止め、私とニゲルを見つめた。
何故かは分からないが、その目には動揺が浮かんでいる。

「……今日はもう良い。チビの手伝いにでも戻れ」

私はうなずいた。
ニゲルは私の肩から静かに降りる。

娘を横目に見ながら、小屋から出る。

彼女は槌も鑿も放って、宙を睨みつけていた。

「あ、終わったの?」

母屋の横手で、少女が洗濯物を取り込んでいた。
数日分の衣服を洗ったため、その量は普段よりも多い。

「ちょうどいいや、てつだ――」

少女の瞳が俄かに険しくなった。

どうした、と私が訊ねる前に、後ろから間延びした猫の鳴き声がした。
ニゲルが私の後ろを尾けていたらしい。

少女は単眼の黒猫を警戒したような目で見つめている。

「……こないでよ」

彼女は辛辣な口調で言った。
明らかな敵意を瞳に浮かばせていた。

ニゲルは呑気な鳴き声を上げ、近くの茂みに潜り込み、姿を消す。

少女は黒猫が消えたのを確認して、安堵の溜息を吐いた。

ニゲルを嫌っているのか、と私は訊く。

「……前に大事なものをとられたの」

少女は胸の辺りに手を当てて忌々しそうに告げた。

その動作で、盗られたというのは以前見かけた首飾りのことだと直感的に分かった。

首飾りか、と私は訊ねた。

彼女は目を剥き、それから眉をひそめる。

「どうして分かったの?」

何と無くだ、と私は言った。

少女は納得しかねた顔をしながらも頷く。
それから足下にある洗濯物が入ったカゴを指差した。

「……てつだって」

私はカゴを持ち上げる。
普段よりも多いといっても特に重いわけでもなく、二人で分担して畳む程の量でもない。
彼女は話題を逸らしたかったのだろう。

「それをたたんで、その後は夕ご飯を作らなきゃ」

母屋へと歩き始めた彼女は、当然の事をわざわざ口にする。
やはり、これ以上の言及を望んでいないらしい。

私は相槌を打って、彼女に続く。

「そういえば紅鬼って年はいくつ?」

前を向いたまま、彼女は訊ねた。

不意の質問に少し沈黙し、それから答える。

「……見た目が若すぎない? 人間ってだいたい六十くらいで死ぬんでしょ?」

呪術の力だ、と私は言った。

実年齢自体は半世紀近いが、私の肉体年齢は全盛期手前の状態で停止しているのだ。

「……すごい呪術だね。わたしにはできないよ」

出来なくて良いのだ、と私は本心から言った。

彼女の言葉を受けて、ある疑問が私の中で浮かぶ。

呪術を使えるのか、と私はその疑問を訊ねた。

エルフは清術のみ、黒エルフは呪術のみを扱えると昔コクレアが言っていた。
彼女がエルフについて語った数少ない情報であるから克明に記憶している。

少女の風貌は明らかにエルフよりであった。
コクレアやその妹よりもフィリアに類似している。

彼女は急に立ち止まる。
それから徐に振り返った。その瞳は揺れ動いている。

「……わたしのこと、あの人からきいてる?」

私は肯く。

彼女は長い間を空けてから口を開いた。

「……わたしは呪術も清術も使える。どっちもヘタだけど」

やはり、混血というのは特殊らしい。

「……わたしは、バケモノエルフだし、バケモノ人間なの。
どっちつかずの気持ち悪い生き物。きらわれるのも当たり前」

彼女は自嘲的に言う。

否定の言葉を口にしようと思ったが、口で何を言っても無駄であることを悟って沈黙する。

突如彼女は顔をしかめた。
そして小さな呻き声を漏らす。

大丈夫か、と声をかける。

「……ちょっと前から頭がいたくなるの。
多いときは一日に二回とかね」

フィリアたちには相談したのか、と私は訊く。

少女はかぶりを振った。

「してない。……言いたくないの。紅鬼も言わないで」

病かもしれないぞ、と些か語気を強めて言う。

しかし、少女は微笑んだだけだった。
フィリアに似た微笑みだった。

「それなら、それでいいよ。生きていたって、しょうがないから」

私は苛立ちを覚える。
私の三分の一も生きていないのに、悟った風なことを言う少女に。
少女をそのような考えに至らしめた何かに。
そして、半世紀近く生きても少女の考え一つ変える言葉を持たぬ自分に。

「……ご飯も作らなきゃだし、急ごう」

そう言って、少女は再び歩き始める。
私は無言で後に続いた。

新年ですね。
こうやって年を重ねていつか祖父みたいに死ぬのか、なんて戯れてしまう物憂げな気分です。

大丈夫大丈夫、まだまだ前途ある十代、大丈夫大丈夫。
やばいのは理想と現実のギャップを補正する能力を喪失する三十代から。
まだまだ大丈夫。

夜が更けた。

私は寝台に横たわって目を閉じていた。
しかし、夕刻に見た少女の様子が脳裡に浮かんで眠りにつけない。

結局、少女の頭痛について誰にも告げなかった。
彼女の頼みであったし、頭痛が病の前兆であるというのは私の杞憂かもしれないからだ。

しかし、それが正しいことか分からず、私は煩悶している。

部屋のドアがそっと叩かれた。
眠りに落ちた世界を気遣うような音だった。

「まだお起きでいらっしゃいますか?」

フィリアの忍び声が外から聞こえた。

私も小声で応答し、彼女を迎え入れるために扉に向かう。

しかし、毎夜の事ながら重厚な黒い幕は私の立ち位置すら隠しているため、容易に歩を進める事が出来ない。

やっとのことでドアを開けたが、やはり暗闇のせいでフィリアの姿は殆ど視えず、私は彼女が本当に目の前にいるのか不安になった。

視力が役に立たなくなるだけで、これほどまでに私の知覚する世界が揺らぐことに焦燥を覚える。

それは、何かしらの隠喩や象徴を感じ取ったのかもしれないし、単に暗闇というものを再認識しただけに過ぎないのかもしれない。

いずれにせよ、私は制し難い感情に気圧されて彼女の名前を呼んだ。

「はい」と彼女は律儀に返事した。

「今日はどうしてか眠れそうになく、時間を持て余しているため、参った次第でございます」

それから迷惑ではなかったかと心配そうに訊ねた。

私は否定する。
私自身まだまだ眠れそうになかった為、
むしろ有難かった。

「僅かばかりの間、夜風に当たりませんか」

フィリアの提案を承諾し、彼女に導かれながら外に向かう。

「先導はお任せください。私には光も闇も関係ありませんから」

少し自慢気に彼女は言った。

言葉通り、彼女は私よりも確信的な歩みで闇の中を進んで行き、私たちはあまり時間を掛けず外に出ることができた。

外は星と半分以上欠けた太陰の灯りで室内よりは視界が映えた。
とはいえ、やはり輝度は弱く、隣のフィリアの横顔も幽かな輪郭を浮かばせているだけだ。

尤も彼女に関して言えば、むしろ艶美さが強調されていて、陽光の中で視る彼女とはまるで別人のようである。

私は息を深く吸った。
春の夜風はまだ冷ややかで、私の脳内に新鮮な空気を与えた。

彼女は前方の木々の陰影へと顔を向けていたが、その目が木々の像を結ぶことは無い。

落ち着けおっさん
三十過ぎてもまだ半分人生あるんだから

「あの娘に付き合わせて申し訳ございません」

彼女は唐突に謝罪した。

どちらの娘だ、と私は訊いた。
訊くまでもないことだが、今は混血の少女の事についてもにも後ろめたさを感じてしまっていた。

「あら、仰る通りですね。
エルフは名前で呼び合わないのが通例ですから、つい」

なるほど、確かに彼女たちが相手の名前を呼んでいるところを聞いた事が無かった。
それどころか、私は少女の名前も黒エルフの娘の名前も知らない。

「言葉には魔の力が宿っています。名前には殊更です。
エルフにとって、名前を付ける、呼ぶという行為には識別するというよりも支配するという意味合いが強いのですよ。
ですから、名前を簡単には教えませんし、普段から名前で呼び合うことも無いのです」

私は相槌を打つ。

名前には特別な力が宿っている事は、コクレアから生前に聞いていた。
対象の名を知っていれば、魔術の効力が格段に飛躍するとも。

ならば、何故彼女は初対面の私に名を教えたのかを訊いた。

彼女は微笑みを浮かべたまま答えた。

「私は、私という存在の扉も窓も開け放ったままにしようと決めておりますから」

私は絶句する。

心を開け放つ。
陽光も雨風も来訪客も強盗犯も受け容れるように、決して何物も拒まない。

しかし、それは全てを拒む事と変わらないのではないか。

「話が逸れてしまいました。
黒いエルフの娘についての話です」

私は曖昧に返事する。

「あの娘は強烈な憎悪を抱えています。
苛烈が過ぎて、あの娘自身が持て余しているほどです」

それは私も感じていた。

「貴方様は彼女の身の上について正しくご存知でございますか?
彼女があそこまでの憎悪を抱えるようになった所以を」

彼女は私へと顔を向け直して訊ねた。

私は沈黙する。
コクレアに妹がいる事は彼女から聞いていた。
しかし、彼女は妹について詳しく話そうとはしなかった。

「彼女たちは呪術の使い手として名高い夫婦の娘です。
尤も、両親は彼女たちがまだ幼い時分に亡くなっておいでです」

彼女たちの両親は、エルフが唯一罹る病が原因で命を落としたそうだ。
エルフは突発的な事故死を除いて皆その病で亡くなる為、その病による死はエルフの天寿といっても過言では無いのかもしれない。

しかし、あの娘には両親も恨んでいるような節が見られた。
彼女の中では父母は自分勝手に死んだということになっているらしい。

「姉妹は周囲の助力を得ながら支え合って生きていたそうです。
しかし或る日、コクレア嬢が両親と同じ病に罹りました。
その病は年齢関係なく唐突に訪れるのです」

しかしコクレアは生き延びた、と私は言葉を挟んだ。

「その通りです。……しかし病床から復活した彼女は前触れもなく失踪してしまいました。
私は当時街で暮らしておりましたが、彼女の失踪は街中で大騒ぎになりました。いえ、もはや大狂乱となりました。
というのも、国を去る者など有史でも片手で数えるほどしかいないのです」

それはそれで何とも奇妙な話だった。
人間は郷愁こそ覚えようが、多くの者は国にそこまで固く縛られる存在ではない。

「……国外に出たエルフが初めて現れてから、国を出る事は死罪になったのですよ。
コクレア嬢の代わりに、あの娘が罰を被ることになりました。『殉国の歩み』という魔術です。
執行までには暫しの猶予が有り、それまでにコクレア嬢が戻れば、場合によっては互いに厳罰を課されることは無かったのかもしれません。妹は姉の帰りを確信していました」

しかし戻らなかった、と私は先の展開を口にした。

「……ええ。あの娘はコクレア嬢の帰還を疑っておりませんでしたが、刑執行の直前には絶望に打ちひしがれていました。
『殉国の歩み』は対象が死ぬまで歩かせる術です。彼女は虚ろな顔で術を受け容れました」

フィリアは、まるでその場に立ち会ったかのように語る。

それが何故なのか訊ねると、彼女は閉口し思い詰めたように俯く。

冷え冷えとした風が三度ほど吹いた後、彼女は小さく答えた。

「私が彼女に術をかけたのですよ。
私が彼女を殺すはずだったのです」

長い静寂が訪れる。
気まずさは特に感じなかったが、何を言えば良いか分からなかった。

私は思索に耽る。

絶望した娘と、彼女を殺そうとした女性はどのような経緯で共同生活を送るようになったのか。
娘の果報なき身の上への同情心と、その疑問が私の中で二重螺旋を描いていた。

「星は輝いていますか?」

私は唐突な問いに訝しみ、彼女を見た。

彼女は空を見上げていた。
瞼越しに世界の全てに触れているようであった。

私も同じように空を仰ぐ。
群青色が視界を埋め尽くし、頭の中まで満たそうとする。

「変わらずに輝き続けていますか?」

相変わらずだ、と答えた。

「そうですか。それは良い事です」

彼女は薄く微笑む。
それから、彼女は神妙とした顔になった。
もう見る事の出来ない星空に想いを馳せるようであった。


貴女は星のような人だ、と私は言った。

「どのような意味ですか?」

彼女は私に顔を向ける。
彼女の気を引けた事にささやかな喜びを覚えた。

何者にも囚われず、世界の理のみに従っているようだという意味の言葉であることを説明した。

私の言葉を静聴した後、彼女は静かに首を振った。

「私は、そのような存在ではありません。
縛られております。囚われております」

そう言った彼女は、やはり微笑んでいた。
少し寂しそうな微笑みであった。

「私たちは、いつだって何かに囚われて、生きているのです」

その言葉を聞いて、私は手を――紅い蛇を星空に翳した。

千人の女の生命と、一人の姉の生命で作られた呪い。
私が欲した力。数多の人間を殺した凶器。

私を縛っている物そのもので、私が囚われているものの象徴。

ふと、寄せては返すような私の思考が凪いだ。

盲目の女が歌っていた。

澄んでいて、飾り気がなく、何より美しい歌声だ。

私の知らない唄である。
エルフの唄だろう。

平坦で、何処か物悲しい曲調で、何となく童歌(わらべうた)な気がした。

私は目を閉じて耳を澄ます。
彼女の透明な歌声を聴くうちに、熱く湧き立つものを感じた。

それは涙腺を強く刺激した。
心が激しく震え、肉体にまで現れた。

歌う彼女に悟られぬよう懸命にそれらを隠す。

それでも、きっと彼女は気付いているのだろう。
その上で中断したりせずに歌い続けているのだろう。

唄が終わった時、私は自然と手を打ち鳴らしていた。
身体から自ずと湧き上がった衝動であった。

「申し訳ありません。この唄が似合う夜だと考えていたら、つい」

彼女ははにかむように微笑んだ。

無駄であることを悟りながらも、私は洟(はな)を啜って何でも無いような体を取り繕う。

ある程度落ち着いてから、今の歌について訊ねる。

彼女は暫時沈黙し、それから歌詞の訳を口にした。




暗い暗い夜がきて   ひとりぼっちスクルド寂しくて


愛しいご主人隠れんぼ   二人の姉も隠れんぼ


みんなみんな隠れんぼ


ひとりぼっちスクルド寂しくて   遠くも視えなくなっちゃって


ひとりぼっちスクルド寂しくて   涙もそのうち涸れちゃって


創ろう創ろう   水から人を


造ろう造ろう   枝から皆を


ひとりぼっちスクルド寂しくて   明るい明るい朝をまつ

「おおよそ、このような唄でございます」

曲調通り歌詞もあまり明るいものではないようだ。

「スクルドというのは全てのエルフの母のような方でございます」

エルフにとっての母というのは、我々にとっての偉大なる父と同じように、我々が知覚できない存在なのだろうか。
それとも実在するエルフなのだろうか。

前触れなく彼女はくしゃみをした。

あらゆる動作がゆっくりで静かな彼女の不意の仕草に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「あらあら、これは申し訳ありません。
些か体が冷えてしまって」

私は納得の声を上げる。

今日は陽射しに恵まれた一日であったが、確かに春の夜はまだまだ暖かいとは言えない。

彼女の体を気遣い、私たちは室内に戻ることにした。

行きと同じようにフィリアの先導で部屋まで戻り、やはり手探りで寝台に辿り着く。

横たわって目を瞑っていると、フィリアの歌声が自然と頭の中で反芻された。

更に、彼女が訳した詞に即した情景まで浮かぶ。

全てが死に絶えたように静かな暗闇の中で、独り佇む女性。
女性は、フィリアであった。
絶対的な孤独であった。

その隣に孤独な黒エルフの娘が並んだ。
裸足で、足の裏は血に塗れていた。
顔には彫刻の木像と同じ恐ろしい顔。

更に混血の少女が連れ添う。
首飾りを口に咥えていた。形は分からないが、彼女が身につけている首飾りであることは容易に分かった。
そして苦しげな表情で頭を押さえている。

三人は寄り添い合っていた。
それでも皆孤独であった。

フィリアの歌声は続いていた。

いやー、三日前の自分が情緒不安定すぎて笑えます。

>>124
人生ってホント長いですよね。


次からようやく展開が進みそうです。冗長すぎてごめんなさい。

三人のエルフが住まうこの慎ましい家屋に身を寄せて以来、初めて人間を見た。

薪を割っていた私は柱に身を隠して来訪した男を観察していた。

彼はかなり年配のようで、その腰は大きく曲がり痛々しいほどである。
粗末な服を纏い、前屈みな上に俯きがちであるため禿げ上がった頭が前方に晒されている。
長年の間斜面に生えて疲れ切った老木を思わせる男だ。

その海老のような姿勢もあって、彼の背丈はとても小さい。
尤も、その背筋をしゃんと延ばしても少女と大差ないくらいだろう。

そして、老夫はその小さな体に何か大きな包みを背負っていた。

老人を最初に見かけた時は、この家に狙いをつけた賊かと思い、次にグランから遣わされた偵察者かと疑った。
しかし、彼はこの家と周囲に慣れ親しんでいるように見えた。
その様子を不思議に思っているうちに、いつかフィリアが靡絹を人間と取引すると言っていたのを思い出し、おそらく老人は商人なのだろうと結論付けた。

「もし」と呼びかけながら、老人は正面扉を叩く。

フィリアの声がそれに応えた。
暫くして、少女を横に連れた彼女が扉を開けた。

久しく会わなかった者同士の挨拶を交わした後、老人は家の中へと入って行った。

老人の言葉にはグランの南部地方の訛りがあり、その訛りに、私は懐かしさと後ろめたさ、久しく忘れていた一族に対する自責の念が湧き上がった。

だが私は直ぐにそれらを押し殺した。
考えても意味がないし、一族の事については自分の中では一定の決着がついているからだ。

それよりも老人とフィリアの会話に関心があったし、靡絹に如何な値を付けるのかの方が興味深かった。

薪小屋から出て、足音を忍ばせながら居間近くの壁に耳を当てると、老人とフィリアの話す声が聞こえた。

私は極限まで足音を殺して、裏口から家に入り、居間の入口横に体を寄せる。

そこまで行って気を張るのをやめた。
エルフでなく人間で、しかも高齢ならば気配を悟られることも無いだろう。

「こちらが、ご依頼された織物でございます。
絹を織ったのは久方振りでしたので、ご満足いただけるか不安です」

フィリアの恭しい声が鮮明に聞こえた。
老人の感心する声も。

老人は織物の査定をしているらしく、幾度も感嘆の唸り声を上げる。

私は老いたみすぼらしい商人が靡絹に付ける値段を推測してみる。
彼が背負っていた包みの全てが一等級の翠玉だとして、それを全て差し出しても不足するほどの代物だ。

もしかしたら今回は前報酬だけで、老商人は靡絹を売却した後に本格的な報酬を支払うのかもしれない。

「確かに受け取った。素晴らしい出来栄えだ。
だが、元の絹糸はこちらが与えたものだ。そして絹糸は高価だ。
そちはそれを織ったに過ぎん」

「……ええ、承知しております」

「よって労働の報酬は人間の認(したた)めた本と、燧石、蜜蝋、毛織物といったところだ」

私は老商人の言葉に耳を疑った。

勿論、この老人の身だしなみを見れば、正当な対価を与えられる訳がないことは明白ではある。
しかし、老人が提示した報酬は靡絹への対価には到底そぐわない。

「すごく頑張ってたのに、それはおかしいよ……」

少女が尤もな抗議の声を上げた。

「繰り返すが、絹糸は元々はこちらの物だ。
それにエルフに織らせた絹は本来売買も禁止される代物だ。
それでも、そちに仕事を与え出来得る限りの温情を以って対価を払った。何の不満がある?」

「……わざわざ頼んだってことは、それだけの意味があるからなんでしょ?
何かをごまかそうとしているようにしか思えないよ」

少女の推測は正鵠を射ていた。
僅かな時間でその考えに至るとは、やはり彼女は暗愚な娘ではない。

私は少しだけ顔を出し、老商人の顔を覗き見た。
彼は数多くの皺が刻まれた顔に不敵な表情を浮かべていた。

「ならば買い取らん。しかし、絹糸の料金を払え。
値段は絹糸の重量分の金だ」

「そ、そんな……」

少女は途方もない額に絶句した。
しかし、今の時代では最高級の絹製品でもない限り、そのような値段は有り得ない。
この老獪な商人は、フィリアや少女の世情の疎さに漬け込もうとしているのだ。

「……承知致しました。織物はお渡し致します。
報酬は先程仰られた物で結構でございます」

フィリアが言った。
いつもの如く微笑もうと努めているようだが、いつもより明るさに欠けていた。

老商人は口許を歪めて笑った。

「交渉成立だな。……そうだ、一つ吉報が有るぞ。
ルソー殿という大豪商と繋がりを持てそうでな、上手く行けばそちに更に多くの仕事を受注するだろうし報酬も増えるだろう……」

私は物音を立てないように注意を払って、その場を離れた。
静かに動くというのは、今の心境では中々に困難な事であった。

外に出て、おそらく老人が通るであろう獣道近くの樹木に身を潜める。
ここならば、おそらくフィリアたちには何も悟られないだろう。

足音が聞こえたため窺うと、果たして老夫が愉快そうな面持ちで私のいる方向へと歩いて来るところだった。

老夫が近くまで来たのを見届け、私は繁みに隠れるのを止め、彼の前に立ちはだかる。

私の姿を見た彼はぎょっとして目を剥き、それから亡霊でも見たような目付きで私を凝視していた。

「紅い刺青……もしや領主様?」

彼は自分に問いかけるような声色で言った。
彼の中で私は亡霊同然だったのだ。

彼の言葉は罪の意識を再び勃興させたが、やはり私は直ぐにそれを押し殺す。

別にこの老いた男自体に罪悪を覚えたわけではない。覚えたのはむしろ真逆の感情だ。

私は右手で小柄な老人の胸ぐらを掴み、目の高さまで持ち上げる。

そして喘ぎ声を漏らす彼を睨み付けた。

この男の所業に激しく義憤していた。
フィリアの心に陰を落とし、彼女の聖母のような微笑みを曇らせた彼を許せなかった。

「く、くるし……殺さないでくれ……」

老人の懇願を受け、私は老人を傍らの樹の幹に押し付ける。
恐怖は増すだろうが、これで窒息死することは無いはずだ。

私は暫らく沈黙し、硬直していた。
次の行動を決めかねていたのだ。

この老夫の所業には業腹であったが殺すまでには至らない。
しかし、のうのうと見過ごすことも出来ない。

僅かに思案して、靡絹を奪い返すだけにしようという結論に落ち着いた。
勿論、絹糸の代金を払うつもりはない。

私が靡絹を渡すよう催促すると、老商人はやや灰白色に濁った瞳で私を見つめた。
その眼は炯炯として、非道ながらも頑強な意思が宿っていた。

その眼に腹が立ち、殆んど恫喝するように再び促したところで穏やかな猫の鳴き声を耳にした。

「何をしている?」

ニゲルを足下に侍らせた黒エルフの娘が、奇怪そうな顔で私たちを見ていた。

突如として現れた彼女に、私は動揺した。

「この男は私を殺そうとしたんだ!」

彼女の登場で、彼は俄かに元気づいた。

違う、と私は首を振って彼の言葉を否定する。

「……取り敢えず手を離せ」

私は不本意ではあったが彼女の言葉に従った。

老人は蹲り咳き込む。
それから鋭い眼光で私を見据えたまま立ち上がった。
気持ち、先程までよりも腰が延びているように見えた。

「……ふん、侯爵殿も落ちるところまで落ちたな。
国の為に尽くしていた上級貴族様は今や賊となったのか」

私は薄く笑う老夫の胸ぐらをもう一度掴み上げた。
彼は苦悶に顔を歪めたが、口許には嘲りの笑みが貼り付けていた。

「離せと言っただろう」

娘に諌められ、私は老夫を突き放した。

フィリアを想っての義憤と、神経を逆撫でする老いた男の言葉と、彼女に早く弁明しなければいけないもどかしさに、私は頭を掻き毟った。

「私が明日の食い扶持を稼ぐ為の大切な商いの品を奪い取ろうとしたんだ!」

私は、つとめて冷静かつ客観的に事の顛末を話そうとするが、狡猾な老人は口を挟んで私の神経を逆撫でする。
それでも何とか話し終えた。

娘は彫刻を吟味するような顔付きで私たち二人を見比べた。
ニゲルは既に彼女の足元から離れ、姿を消していた。

「……老いぼれの言葉を信じたいところだが、信憑性に欠けるな」

「なんだと……?」

私は内心でかなり昂揚していた。
どのような形であれ彼女から信頼を勝ち取ったというのは私にとって大きな出来事だ。

「……そうか、あの盲を手酷く扱ったか」

彼女は目を瞑り、平坦な声音で言った。

それから彼女は私が聞き取れない言葉を口にした。
言語を統一する術が発動しているのにも関わらず。

直感的に、歌うように唱えられたその言葉が呪文であることを悟る。

突如発生した紅の炎が、彼女の掌に集約する。
それは全てを焼き貫く長槍を形作った。
以前この森で私を追跡していた傭兵の呪術と同一のはずだが、まるで別物だった。

「贖いは老い先短いその生命で充分だ」

彼女は老人を見据え、無駄のない動作で炎槍をいつでも投擲できるよう構えた。

私は彼女の端正で表情一つない顔に、僅かな恐怖と過大な美しさを見出し、少々の間見惚れた。

しかし直ぐさま我に返り、制止を試みる。

彼女は私の言葉に反応せず、ひたすら老人を狙い続ける。
そんな彼女に恐れをなしたのか、老商人は全速力で逃げ出した。
結局靡絹は保持したままで、彼の凄まじいまでの執着を顕示していた。

彼女は狙いを定めて必殺の槍を放とうとし、

「こら、やめなさい」

フィリアの声に集中を乱されたのか、老人の近くの樹に当てた。

人智を超えた炎は樹を瞬く間に焼き尽くし、煙のように消えた。

「あなたたちは何をしているのですか」

フィリアは眉を吊り上げていた。
その隣には少女、足下にはニゲルがいた。
ニゲルが二人を呼び寄せたのだろうか。

私は現状について釈明する。
しかし、老商人が彼女に支払った対価があまりに不相応であること、黒エルフの娘が彼女を思って憤怒したことを述べても、フィリアの表情は変わらなかった。

「そのような理由で生命を奪う事を正当化できる訳がありません」

しかし……、と私は食い下がる。

彼女の言葉は尤もだ。
しかし、それを素直に聞き入れてしまえば、過激であるが自分なりに彼女を思って憤怒した娘がただの悪人になってしまう。
それは不条理であるように思われた。

「……あの老いぼれが気に入らないから殺そうとしただけだ。
別にこの男が口にしたような理由じゃない」

彼女はそう言い捨てて、苛立たしげにその場を後にした。
その顔は苦しげに歪んでいた。

ニゲルがゆっくりとした足取りで彼女の後についていった。

「紅鬼様もあの娘に余計な事をお話しなさらないでください」

私はフィリアを見つめた。
私が初めて此処を訪れた時もそうであったが、彼女は身内よりも客や余所者を丁重に扱うきらいがある。

それは信頼があってこそなのかもしれないが、あまり褒められたものではないだろう。
彼女に対しての思い遣りを足蹴にしてるのと大差ない。

しかし私は何も言わないことにした。

「さて、戻りましょうか」

何事も無かったかのように、彼女は穏やかな声音で言った。




私は少女と共に洗濯物を取り込んでいた。

カゴに渇いた衣服を詰め込みながらも私は先程の一件の事で、娘とフィリアの関係が悪化しないかと憂慮し、先の私の行為は軽率だったのかもしれないと後悔し始めていた。

「……わたしは正しかったと思うよ」

先程から殆んど口をきかずにいた少女がぽつりと言った。
私と同じように先程の騒ぎについて考えていたらしい。

「やりすぎではあったけど、わたしもノッポの気持ち分かるよ。
あの人はずっと頑張ってたもの。それをちゃんと考えないお爺さんはやっぱりおかしかったよ」

ありがとう、と私は言った。

彼女は共感を示し、私たちは間違っていなかったと励まそうとしてくれているのだ。
その優しさがただ嬉しかった。

「……お礼を言われるようなことはしてない」

彼女は照れを隠すようにそっぽを向いた。

私は微笑ましい気持ちで彼女を見ていた。
しかし直ぐにそれを消して彼女に駆け寄った。

彼女が大量の鼻血を出し、殆んど倒れるようにして地に横たわったのだ。
あまりに唐突の出来事で、暫らく思考が停止した。

少女は気絶しているらしく、何度呼びかけても反応はない。

私は何をすれば良いか分からず大いに狼狽え、取り敢えず脈を取り、呼吸しやすいように彼女の体勢を変えた。
気が動転しながらも、頭に衝撃を与えてはいけないという事だけは頭にはっきりと浮かんでいた。

鼻血は止まらず、少女の白い頬と髪を汚していた。
この出血量では処置が遅れたら直ぐに失血死してしまう。

私はただただ困惑して、幾度も幾度も叫び声で呼びかけていた。

おつん

なんてとこで終わるんだ

――――――
――――
――

レンガ造りの豪奢な屋敷が王都に聳えている。
その屋敷内の広々とした一室で、老商人はただでさえ小さい体を更に縮こまらせるようにして立っていた。
餌を欲する犬のような媚び諂った顔をしている。

部屋には老商人の他に、革張りの長椅子に座った恰幅の良い中年男と、その後ろに控える長身の男がいた。
屋敷の主と、護衛の男である。

「……素晴らしい出来じゃないか。まさか君のような薄汚い惨めな老人が本当にエルフとの繋がりを持っているとはな。驚きだ」

屋敷の主ルソーはそう口にして、老商人が差し出した靡絹を机に置いた。

宝石や、エルトゥールルを初めとする東からの貿易品など、様々な物品を大規模に取り扱っている豪商である。

その名は国内だけでなく周辺諸国にも知られている。
特に商人の間では悪辣で強引な手段を好む非道的な人物として有名であった。

そんなルソーの言葉に、老商人は愛想笑いを貼り付けたまま何も言わない。
しかし、やや白濁した瞳は眼前の大豪商をいつ出し抜こうかと隙を窺っていた。

「それで、この靡絹の売値は?」

老商人は言い値を告げる。

彼は敢えて本来要求したい額の倍近い値段を要求した。
そうする事で売買の主導権を握ることが出来るからである。

しかし、事は彼の思惑通りには進まなかった。

「ほうほう、そうか。なるほどな」

ルソーは老商人の顔を見据えた。
それから不敵に微笑む。

「分かった。言い値で買おう。ただし、確認させてもらう」

「確認、ですか」

老商人は拍子抜けした顔で言葉を繰り返した。

「靡絹を手に入れるまでの経緯を教えて欲しい。やはり、確かな情報がなければ安心して取り扱えないからな。
商売は信用が無くては始まらない。そうだろう?」

老商人は肯き、盲目のエルフについて出来るだけ事細かくルソーに話した。
尤も、受け取り時の悶着については口を閉ざし、あくまで健全な合意の上である事に置き換えた。
また彼女たちの家に寄宿しているらしき紅い刺青の男については何も言及しなかった。

「なるほど、そのエルフたちは他のエルフからは孤立しているのか」

話しを聞き終えた後、ルソーは目を瞑る。
何かについて熟慮しているらしく、眉間には深い皺が刻まれている。
それから目を開け、振り返りもしないで護衛役の男に声をかけた。

「アルノー、本業だ」

名を呼ばれた男が前に歩み出る。

すらっと背が高く、無駄な肉の無い引き締まった肉体は鍛え抜かれた業物を彷彿とさせる男である。
精悍な顔立ちながらも、その目は何処までも透き通っていて、彼の年齢を差し図るのは困難な事だった。
野蛮というわけでも粗野というわけでもないが、老商人は男から何処か獣らしさを感じた。

アルノーは俊敏な動作で、未だ状況が飲み込めていない老商人の前に立ちはだかると、彼の口全体を掌で覆うように掴み、彼の体を持ち上げた。

そして、伸び切った首筋にもう一方の手の指先を全力で突き入れた。

指先は老商人の弛んだ皮膚の奥深くまで沈み、老商人の生命をいとも容易く絶った。

老人の体は幾度か激しく痙攣した後、直ぐに弛緩した。
顔には凄絶な表情が浮かんでいた。

「相変わらず鮮やかだな」

ルソーは彼の殺人術を称賛し、男の手の中で息絶えた老商人を冷めた目で見遣った。

「代金は払うつもりだったが、死んでしまっては仕方がないな。
アルノー、“それ”の後処理も頼んだ」

男は首肯し、老商人の亡骸を掴んだまま静かな足取りで部屋を去る。

暫しの静寂が訪れる。

やがて、部屋に独り残った大豪商の愉快そうな声がそれを破る。

「盲目のエルフか。……ふふ、金の匂いがするな」




それから一週間が過ぎた。

カルヴァン枢機卿はルソーに招待され、豪華な邸宅の応接間にて彼と対面していた。

彼はいつもの如く赫い衣服に身を包み、十字架の首飾りを下げていた。

「ご足労いただき甚謝します、猊下」

恭しい所作で枢機卿の指輪に口付けする素振りを示した後、ルソーは言った。

カルヴァンはルソーに促されて席に座る。

それから扉の傍に控える男を横目に見た。

新しく雇った者らしく、カルヴァンが初めて見る男であった。
部屋には他にもルソーの使用人やカルヴァンの従者が数人いたが、彼等とはまったく異なった雰囲気を纏っている。

鋭く力強い顔つきをしているが、その瞳は世界の悪意を知らぬ少年のもののように透き通っていた。

その瞳に須臾(しゅゆ)見惚れ、それから正気に戻り、ルソーに顔を向け直す。
肌つやの良い中年男の顔は好んで見たいものではなかった。

「噂では屋敷の中に新しく浴場を作ったそうだな」

ルソーはカルヴァンの言葉ににっこりと笑みをたたえて肯いた。

「風呂を愉しむためにエルトゥールルまで行くのが億劫でしてな。
せっかくだからと百人近くが一度に入れる大浴場を作りました」

カルヴァンはルソーの言葉に難しい表情を浮かべた。

彼等が信仰する教えでは風呂は贅沢で悪しき文化である。
また医学的にも入浴は体の“孔”を広げ、病の元を取り込みやすくなると考えられており、軽い水浴びや水拭きのみが推奨されている。

そのため高い身分の者は体臭を隠すためにこぞって香水を付ける。
カルヴァン枢機卿もその例にもれない。

それにしても、とカルヴァンは驚きとも呆れともつかない心持ちでルソーを見る。

エルトゥールル式の風呂――蒸し風呂を建設するためには設計士や建築士を遠い異国から大量に招致する必要がある。
莫大な費用がかかることは間違いない。

ルソーはそれを殆んど気まぐれに近い感覚で実行してしまったのだ。

「相変わらず隆盛しているようだな」

「ええ、万事順調ですとも。これも単(ひとえ)に猊下のご威光あってのものです」

「私は何もしていないさ。其方の才覚が築き上げた栄華だろう」

社交辞令に辟易としながらも、カルヴァンは微笑みを崩さない。

ルソーはカルヴァン枢機卿の後援によって大豪商としての地位を不動の物にしている。
またカルヴァンも彼より巨額の資金を教会への寄付という形で受け取っている。

尤も彼はそれを自己の懐にしたことはない。
実際に教会の寄付にすることも有ったが、金品の殆んどは国家予算に充てた。

というのも、現グラン国王は『空費王』という不名誉な異名を諸国に轟かせるほど浪費癖の酷い男であったからだ。

かたやエルトゥールルの帝王は『壮麗王』として高名なのが尚更カルヴァンを心苦しくしている。

グラン国の実質的指導者は宰相を務めるカルヴァン枢機卿であったが、彼としては一刻も早く名実共に王が国を治める健全な王制国家を熱望している。
その時を待ち望んで、彼はグランを存続、発展させようと尽力しているのである。

「本日は猊下から国王陛下へとお渡しなさっていただき物がございまして、お呼びさせていただきました」

ルソーの言葉を継ぐように、使用人の一人が高価そうな布で梱包された物品をカルヴァンの目の前に置いた。

その後ルソーは手振りで使用人に退室するよう命令したため、カルヴァンも従者に別室で待機するように促した。

最後に退室した者が扉を閉めたのを確認してから、ルソーは梱包を外した。

「……これは、靡絹か?」

カルヴァンは目を瞠って露わになった絹織物を見る。

この世の物とは思えない煌びやかな絹の着物に、金糸でグラン国王朝の家紋が刺繍されている。

「素晴らしい……」

枢機卿は茫然自失として呟いた。
靡絹が教会にとって忌むべき対象であることさえ一瞬忘れてしまっていた。

「とある筋から入手した靡絹がを高名な意匠家に依頼して織った逸品です。
国王陛下もきっとお気に召されるでしょう」

「それは間違いないだろうは」

カルヴァンは同意し、もう一度織物に目を落とす。
見れば見るほど素晴らしい逸品であった。

靡絹には様々な不可思議な力が宿るとされている。
ほとんど御伽噺(おとぎばなし)だが。
せめて、大いなる知恵を与えるというのが真実で、暗君が明君になれば、とカルヴァンは夢想する。

「……しかし、私の立場上それを渡す訳にもいかないのだがな」

「ふむ、次の機会にでも新世界において見つかった黄金の調度品を猊下に献上するつもりでおりますが」

「……分かった。私から陛下にお渡ししよう」

内心で溜息を吐いている枢機卿の承諾に、ルソーは目を細めて笑う。

「有り難うございます。それと、もう一つ私の願いをお聞きいただきたく存じます」

「……何だ?」

「実はエルフを捕獲しようと考えてましてな。子どもが一定数必要なのです」

「エルフの捕獲だと!?」

カルヴァンは愕然とした表情で豪商の言葉を繰り返す。

彼の脳裏を年前に起こったエルフによる大虐殺が過ぎっていた。
彼は大虐殺の数日後にその土地を訪れていたのである。

『ひっくり返った』無辜の民の屍体がありありと彼の頭の中に浮かぶ。
もはや人間ではなく肉の塊であった。

「……愚行だ。出来得る限りエルフとの接触は避けねばならない」

「ご安心ください。対象とするエルフたちはあちらの社会から疎まれているらしく、大森林帯の中央付近に住み着いているそうです。
呪術を使えば他のエルフに悟られることもないでしょう」

「しかし……」

「猊下と私は運命共同体。そうでしょう?」

ルソーの言葉に、カルヴァンは沈黙する


二人は呪術具を密かに市場へと流して莫大な利益を上げている。
最重要国策として極秘裏に作られている呪術具を横流ししている事が明るみに出たら、確実に二人は今の地位から下落する。
最悪の場合処刑される可能性すらある。
まさに一心同体である。

「……子どもが必要だというのは呪術具の使い手にするということか?」

「ご明察でこざいます」

ルソーは満面の笑みで肯いた。

人間が作る呪術具には獣の牙や革の腕輪など様々な形状の物が有るが、いずれにしても呪術を発動する為の動力源と回路として生命が必要である。

呪術具は生命力を呪術に変換する為の装置に過ぎない。
例えば電撃を放つ呪術の場合、呪術を行使しようとする者の熱量や電気信号を呪術具が汲み取り、人間に返還し、使い手の任意で電撃が放てるようにする。

当然体への負担は大きく、酷使すると廃人にもなり得る。

謂わば、産まれた胎児を再び子宮に戻すようなものである。

その呪術具の使い手としてルソーは子どもを要求しているのだ。

「傭兵を使えば良いではないか。奴等は肉体を商品にしている者たちだ。金の為ならば寿命を削る事も厭わない者も多いだろう」

「傭兵は好いていません。実際のところ、奴等は雇い主にどれだけ死力を尽くしているように見せるかにだけ力を注いでいますから。雇うだけ金の無駄というものですよ」

その言葉に、カルヴァンは逃走した元同胞を追跡しているはずの傭兵たちを思い浮かべた。

「……その通りだろうな」

「故に、私は子どもを使いたいのです。便利な物ですよ。
従順で、倫理も固まっておらず、飼い主を出し抜く知恵も足りない。
そして呪術具があれば充分に人も殺せる兵士になれる」

「……私に子どもを要求するということは、孤児を回せということか?」

ルソーは理解の早いカルヴァンに対して満足そうな顔で肯く。

「私は教会に決して少なくない寄付をしております。
孤児院もその管轄ならば、子どもたちも私に“恩返し”がしたくて仕方がないでしょう」

「……ああ、そうだな。まったくその通りだ」

カルヴァンは俯いて言った。
握られた拳は力を込め過ぎたせいで血が滲んでいた。

ルソーは目を細めて笑う。

「……私は猊下をとても敬愛しておりますよ。
特に、お優しいところと、小事の為に大事をお潰しにならないところに」

俯いた男は何も言わなかった。

遅くなりました
男しか出ないと>>1の書く気も削がれます

幼女マダー?

――――――
――――
――

私は斜陽の射し込む部屋で、眠る少女の横顔を見つめていた。

混血の少女は倒れた日から三日三晩ひたすら眠り続けていた。

かたや私とフィリアは寝不足であった。
高熱に苦しんでいる少女の看病を昼夜続けているからだ。

一応は交替に面倒を看ているのだが、私は炊事などもしなければいけないし、フィリアは強く言わなければ休まないほど献身的に看病している。
実際フィリアは昨夕から今日の午前まで一睡もせずに少女に付き添い、少しでも苦しみを緩和させようと解熱の術を使っていた。

この家で暮らし始め、彼女たちと共に生活するようになってから初めて、常に穏やかなフィリアが狼狽える姿を目にした。
彼女でも心を乱すことがあるという当然のことを今更になって知った。

いつもは白い少女の顔は、今は赤みを帯び、苦しげな表情を浮かべている。
感冒に罹った重篤患者のようだ。

フィリアの話では少女の体調不良は『選定』といって、全てのエルフが必ず経験するものらしい。

「『選定』は第二次性徴期に発症し、高熱がしばらくの間続きます。
『選定』を生き残った者が成人と認められますが、その生存率は六割程度と言われています」

フィリアの言葉が頭を過る。

――六割。

生死を分かつ確率としては余りに低い。

彼女は三日間も食べ物を口にしていない。
水だけはフィリアの清術で摂取させているものの、確実に衰弱が進んでいる。
このままでは体力がもたないだろうとフィリアは危惧していた。

しかも、もう一つ懸念があった。

『選定』によって頭痛や吐血といった症状は通常ないらしい。

「あの娘はもっと危険な事態に直面しているのかもしれません」

フィリアは悄然とした顔でそう言っていた。

私は少女の額に載っていた布を冷水で再び濡らし、また彼女の額に載せる。
苦しんでいる彼女に些細な事しかしてやれない自分がもどかしい。

「紅鬼様」

部屋の扉が開き、やつれ切ったフィリアが現れる。
ただでさえ細身で儚げな彼女は、今や風に吹かれれば消えてしまいそうなほど生気に乏しかった。

「有り難うございました。後は私が看病いたしますのでお休みになられてください」

確かに私も疲れていたが、私以上にフィリアの方が憔悴しきっていた。
これでは誰が病人か分からない。

私はもっと休むよう言ったが、フィリアは頑として聞き入れない。

彼女は何か強い使命感に駆り立てられているようだった。

「あの娘を死なせるわけにはいかないのです」

仕方なく私が折れて、部屋を後にする。
しかし、このまま休むのも決まりが悪いため陽が落ちきる前に夕食を作ってしまうことにした。

台所に入り、火を熾す。

少女が倒れてからは私一人で炊事を行っていたが、まだまだ不慣れである。
炊事をするような身分では無かったし、こうして厨に立つようになったのも、祖国を捨てて逃走してからのことだ。

故に少女のように手際良く野菜を刻むこともできない。

私の隣で野菜を刻む彼女の姿が自然と目に浮かぶ。
あまりにも鮮明で、小気味のよい音さえ聞こえてきそうなほどである。

神聖な儀式を行っているようなあの姿をもう一度見たいと思った。




フィリアの分の食事を届けた後、私は独りで夕飯を食べた。

長身の黒エルフ――コクレアの妹は三日前から姿を見せない。
私というよりも、フィリアと少女を避けようとしているようだ。

毎回彼女の分も作り置きしていているが、彼女は一度も手を付けていない。

自分の分を食べ終わり、私は食器を片付けてから、オートミールとスープを手にして彼女の作業場へと向かう。

好い加減彼女の体調が心配になったし、どうせならば彼女からフィリアに休むよう説得してもらえないかと考えたからだ。



小屋の前には単眼の黒猫が石像のように厳然として座っていた。
その姿はさながら小さい城を守る番人であった。

私はニゲルの一つしかない瞳を見つめる。
彼の瞳は大きく神秘的で、私の魂を吸い込んでしまいそうだった。

基本的に猫は表情が豊かな動物だが、彼は希代の表現家だった。
人間のような――もしかすると人間よりも人間らしい表情や仕草をするのである。

彼は私を品定めしているようだった。
この小屋の扉を開く権利を私が有しているかを見極めたがっているように見えた。

やがて、ニゲルは軽やかな身のこなしで扉の横に移動する。

既に私への関心を失ったらしく、うずくまって何やら遠くを見つめていた。

私はニゲルによって引き締められた意識を以って、彼女の作業場である小屋の扉を開いた。

部屋の中は暗く、もう何日も窓を開けてないのか空気が淀んでいた。

「……ああ、お前か」

疲れ切った女の声が暗がりから聞こえた。

私は彼女の承諾を得て、部屋の照明を点けた。
光が室内に満ちて、彼女の姿がはっきりと見えるようになる。

彼女は椅子に座ってうなだれていた。
連日眠っていないのか目の下には濃いくまができている。

私は手に持っていた食事を差し出したが、彼女は首を振った。

「何も食べたくない」

彼女はほとほと弱り切っていてら本当に食欲がなさそうな様子だ。

しかし私は食事をとるように食い下がる。
このままではこの娘まで倒れてしまいそうだった。

「……はあ」

最終的に、彼女は私の熱意に呆れて皿を二つとも受け取った。

彼女は私の内心を見透かそうとするように私を凝視する。

「……ここまで私に構うのはコクレアの事で何か負い目を感じているからか?」

それもある、と私は言った。

元々はそれが理由でここに留まることを決めたのだ。
それに今も贖罪は終わっていないとも思っている。

しかし、今はそれだけではない。

日々を過ごす内に、様々なものに情が移ってしまっていた。

ここでの生活は穏やかで、安らかで、手放し難いと感じるし、彼女たちにも親愛の情を抱いている。

しかし今は純粋に心配なのだ、と私は娘に言った。

彼女は一瞬不思議そうな顔で私を見つめ、それから不機嫌そうに睨み、最後には溜息を吐いて苦笑した。

「……奇特な奴だな」

その声音は優しく、私は内心驚く。
先の老商人の一件以来、彼女の中で私の印象が変わりつつあるのかもしれないとは思っていた。
しかし、あれ程に私を拒絶していた彼女が私に笑いかけるとは思いもしなかった。

驚愕している私をよそに、彼女は私の作ったオートミールをゆっくりとした動きで口にする。

「チビのよりマズイな」

彼女はそう不満を口にしながらも食べることは止めない。

私は黙って彼女の食べる様子を見つめていた。

「そんなに熱く見つめられると食べ辛い。
なんだ? 私の魅力に悩殺されたか?」

彼女はそう言って悪戯っぽく笑う。

とっくにされている、と私は言った。

実際、彼女はコクレアに似てとても魅力的だった。
おどけたつもりだったが、全くの冗談とは言い切れなかった。

「……意外と調子が良いんだな。もっと堅物だと思っていたが」

たっぷりと時間をかけ、彼女はオートミールとスープを胃に収めた。

「……食べようと思えば食べられるものだな」

彼女は先程よりも幾分か顔色が良くなっていた。

体調が悪いのか? と私は訊いた。

彼女は躊躇うように沈黙したが、やがて口を開いた。

「チビに『選定』の時期が訪れた。だが、『選定』の症状に頭痛、鼻血などの出血は普通見られない」

それはフィリアから聞いている。
私は黙って言葉の続きを待った。

「……私はチビと同じような様子になった者を知っている」

彼女はぼそりと言った。

両親と姉か、と私は頭に浮かんだ推測を口にした。

彼女は沈黙で肯定する。

「『叛逆』と呼ばれている。一般には生物的に優秀な個体ほど発症しやすいと言われているが、詳細は分からない。
外傷以外ではエルフ唯一の死亡原因であることから、『叛逆』はエルフの寿命だと言う奴もいる」

私は背筋が凍る。
もしも彼女の言葉通りならば、横たわって苦しんでいる少女は『選定』と『叛逆』というもの両方に苛まされていることになる。

六割どころの話ではない。

しかしコクレアも『叛逆』に罹っていたならば彼女は助かったはずだ。

そう言った旨の私の言葉に、彼女は静かな声音で反駁する。

「あいつが生き残ったのは奇跡みたいなものだ。
チビが『選定』の途中なのは確かだし、生き残る確率はより低いだろう」

少女に対して冷淡な彼女の態度が気に障るが、すぐに彼女が小さく震えていることに気付いた。

「……いつだって不安なんだ。平穏な日々が壊れないか、フィリアやチビ、ニゲルを喪わないか――もう何も失いたくない。……置いていかれたくない」

彼女はか細い声でそう告げた。

ここまで彼女が己の弱さを露呈したのは初めてのことだった。

その姿に昔の彼女を垣間見る。
家族を失い、途方に暮れる彼女を。

やはり両親の死とコクレアの失踪は彼女の心に多大な影響を及ぼしたのだ。

常に怯えてるからこそ、時には過剰な暴力を以って外敵を始末しようとするのだ。
少女を喪うかもしれない恐怖から逃れようと彼女たちを避けているのだ。

不安なのは悪いことじゃない、と私は言った。

私にはそのような彼女の弱さを否定することはできなかった。
それに、この娘はそのような言葉を望んでなどいないはずだ。

他人の言葉そのものに心を変える力などない。
本人が変わろうとする時のみ人は変わるのだ。

だから私は彼女の心を安らかにしうる言葉をかける。
言葉だけで人を救うことはできないが、言葉が一助になることが有るのも確かである。

誰もお前を置いて行きはしない。あの少女は必ず生き延びるし、安寧な日々はこれからも続いていく。安心していい。
そう私は言った。

実際、少女が『叛逆』とやらに罹ったと断定はできないのだ。
世界でも類を見ない混血ならば、普通のエルフには見られない病気に罹っている可能性もあるのだ。
それはそれで問題ではあるが。

「……はは」

黒エルフの娘は不器用に笑う。きっと笑い慣れてないのだろう。

「まさか人間なんかに慰められる日が来るとは。
まったく人生は何が起こるか分からない」

私も微笑んで同意する。

彼女は立ち上がり、少し前に完成した異形の木像の前に佇んだ。

異形の木像の怒りや憎しみ、哀しみを綯い交ぜにしたような表情は彼女の心象そのものなのだろう。
初めて見た時は威厳も感じたが、今ではただ強がっているようにしか見えなくなっていた。

彼女は長い間像を睨んでいた。自分と向かい合っていた。

やがて娘は私へ向き直った。

「……用事が済んだなら、さっさと戻ってフィリアを見張っていろ。あいつはすぐに無茶をするからな」

私はフィリアが殆んど休憩を取ろうとしない事を伝え、彼女からも説得するように頼んだ。

「……悪いが、私はとても眠いんだ。それに私が何を言っても無駄だろう」

あまり期待はしていなかったが、やはり少しだけ落胆した。
仕方がないので、私は空になった皿を手にして彼女の作業部屋を立ち去ろうとする。

「……ありがとう」

思いがけない言葉に驚いて振り返ると、黒エルフの娘は褐色の肌の上からも分かるくらいに頬を紅潮させていた。
それを見られたくないのか、片手で顔を隠していた。

「……っ! わ、忘れろ! さっさと行け! 首の骨を折るぞ!」

彼女は照れ臭さを消そうとしたのか必要以上に大きな声を出した。

彼女の場合冗談ではないため、私はそそくさと立ち去る。



娘との距離が縮められて浮かれ気味であった。
また混血の少女とフィリアの事が気にかかっていた。

だから気付けなかった。

私が立ち去る直前に、彼女が鼻血を出していたことに。

ちと訂正
>>160で症状で吐血とか書いてますが、鼻血でした。

情報量が多過ぎて脳足りんな>>1ではいちいち記憶していられないのです。
もうホント色々とすみません。

おつん

母屋に戻ってから、私はフィリアに渡した食事を片付けようと少女の部屋に向かった。

部屋に入ると、少女が眠っている寝台のそばに椅子が寄せられているのが見えた。

フィリアはその椅子に腰掛けていた。
その上半身は寝台へと倒されてている。

私は最初、彼女が疲れ切って眠ってしまったものだと思った。
あの疲れ切った様子からそう考えるのが妥当だった。

しかし、すぐにそうではないと気付いた。

彼女たちに近付いたところで、ベッドの上にある彼女の手が微かに青白く発光しているのを目にした。

フィリアは眠っている少女の手を握っていた。
青白い光は彼女のほっそりとした手から零れて、少女の内側へと吸い込まれているようだった。

私はぞっとした。

私は黒エルフが使う呪術についてさえ深くは知らない。
ましてやフィリアが今使っているであろう清術についてはまったく無知と言っても良い。

しかし、青白い光はまるで彼女の生命の灯火そのもののようだった。
彼女が、自分の生命を少女に分け与えているように見えた。

私は手を伸ばしてフィリアの手を掴んだ。

もういい、と無意識のうちに言っていた。

青白い光はたちどころに消える。

フィリアはゆっくりと上体を起こし、ぼんやりとした顔で宙を見つめていた。

「……紅鬼様?」

彼女の呼びかけに返事をし、体調の良し悪しを尋ねた。
彼女の顔は蒼白で、もはや誰が病人か分からなかった。

「……少し術を使っただけなので大丈夫です。
少しでもこの娘の苦しみを和らげ、僅かでも生き延びる可能性を上げたかったのです」

疲弊しきった声音で彼女は言った。
少しも大丈夫そうには見えなかった。

貴女が倒れたら少女も悲しむぞ、と私は言った。

「……そうかもしれません。しかし、これは私のためなのです。
この娘を喪うことは、私自身の一部を失うことと同義ですから」

彼女はおもむろに目を開ける。

彼女が目を開ける姿を見るのは初めての事だった。
頑なに開こうとしない固い殻のような目蓋が上がった。

私は言葉を失う。

燭台の蝋燭が部屋を照らしている。

初めて彼女に出会った時から、彼女に相応しい瞳を色々と想像していた。
私が目にしたことのあるあらゆる宝石や金属の色合いや光沢を想像した。

しかし、現実は私の全ての想像を超越していた。

フィリアには眼球がなかった。

二つの眼窩にぽかりと穴が空いている。
その深淵からは何も窺い知れず、恐怖で鳥肌が立つのを自覚した。

「この娘、それからコクレア嬢の妹を助けるため、両眼を長に渡しました。
二人とも処刑されるところでしたから。実際にコクレア嬢の妹には執行されましたしね」

フィリアはいつものように微笑むが、まったくの別人のようであった。
もう聖母のものには見えなかった。

「光を失うことに躊躇いなど有りませんでした。最初は生命への贖罪のつもりでしたから。
しかし、今となってはあの娘たちを喪うことに耐えられなくなってしまいました」


そう言った途端、彼女は支えを失ったかのように体勢を崩し、椅子から落ちた。

彼女は自分で驚いたような顔をして、それから呆れたように微笑んだ。

「……あらあら、流石に無理をし過ぎたようです。体に上手く力が入りません」

彼女の体を抱きかかえる。思ったよりもずっと軽かった。

ちゃんと休養を取るように懇々と説得する。

「……分かりました。それでは一休みさせていただきます。
大変申し訳ありませんが、しばらくあの娘の面倒をお願いします。出来るだけ早く戻ってまいります」

彼女の言葉に少し腹が立った。

私は彼女たちの助けになりたいと思って行動している。
しかし、フィリアは私に対して基本的に他人行儀だ。

もう客として扱うのはやめにして欲しい、と私は言った。

私は、フィリアに身近な人間として接して欲しいのだ。
もっと私という人間を信頼して欲しいのだ。

彼女は黒い二つの穴で私を見つめ、それから目蓋を閉じて微笑んだ。
疲れた顔をしてはいたが、いつもと同じ微笑みだった。

「……分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」

私は力強く承諾し、フィリアを抱きかかえて寝室まで連れて行った。

フィリアを寝室まで運んだ後、もう一度少女の部屋へと戻る。

少女の顔や手足の汗を拭いてやろうと近付いたところで、彼女が目を覚ましていることに気付いた。

「……おはよう」

少女は間の抜けたあいさつをした。
私もあいさつを返す。
彼女の目覚めに私はひとまず安堵し、椅子に深くもたれて溜息を吐いた。

体調はどうだ、と私は訊いた。

「……まあまあ」

少しくぐもった声で少女は答えた。
まだ苦しそうな様子ではあったが、今までよりもずっと調子は良さそうだ。
フィリアの魔術は彼女を確かに癒したらしい。

食事を持ってこようと立ち上がったところで、少女に服の裾を掴まれた。

「……ねえ、どうしてあの人――フィリアさんは、わたしなんかを生かそうとするのかな」

彼女は本当に分からないといった様子で訊ねた。

それから彼女は自嘲的に微笑んだ。

「わたしを生かしてもしょうがないのに。お父さんとお母さんにすら捨てられたわたしなんかを」

彼女は自分の首に手を回し、首飾りを外した。

「……これは、お父さんの物なの。お父さんは人間なんだって」

少女は私に首飾りを手渡す。
首飾りには赤い獅子を模した装飾があった。

「……お父さんもお母さんも憎いのに、それを捨てられないの。
唯一の繋がりだから。それを持ってたらいつか会える気がするから。……バカみたいでしょ」

少女はほとんど泣きそうな顔で笑っていた。

「こんなバカなわたしを生かしたって……」

私は少女の手を取り、再び首飾りを握らせる。

彼女の小さな手は氷のように冷たかった。
私は温めるようにその手を握り続けた。

まったくバカではない。
親を恋しく思うのは当たり前のことだ。
そして、愛されていいのだ。生き続けていいのだ。
私もフィリアも生きていて欲しいと思っている。
またお前の料理が食べたいし、包丁で野菜を刻んでいる姿を見たい。

私は冷たい手をさらに力強く握ってそう言った。

「……痛いよ。痛くて涙が出てきちゃったでしょ……バカ」

私は彼女が泣き止むまで、その手をずっと握ろうと思った。

少しだけ、手は温かくなっていた。

アルノーは闇に包まれた森の中を躊躇いのない足取りで進んでいる。

彼は楽しそうに口笛を吹いている。
即興のメロディーだ。

ぞっとするほど静かな森の中に響き渡る複数の足音が、それを修飾し、彼はなおさら愉快そうに音を出す。

一方でその足音を立てている者たちは表情が乏しい。
みな衰弱し、こけた頬を涙で濡らしている者もいる。

まるで亡者の風情だ。

十人の少年少女たちが列になって暗黒の森の中をひたすらに行進していた。
行軍といっても問題ない。

彼らは靴も履かず、決して服とは呼べない布切れに体を包んでいる。
みな痩せぎすで、さんざんな苦労を強いられてきたことが容易に見て取れた。

辺りには森特有のすえた臭いと、子どもたちの糞尿と吐瀉物の臭いが満ちている。

前方の一人が石にでも躓いたのかばたりと前のめりに倒れた。
その後ろで茫然自失と歩いていた少年少女たちが彼に引っかかって次々と転んだ。

暗闇の中であったが、アルノーは喜劇的な光景をしっかりと目にし、失笑した。

それから、中々立ち上がろうとしない彼らの尻や腹を蹴る。

「ほら、早くしないと日が昇ってしまうだろ。急げ、急げ」

子どもたちはそう急きたてられ、再び亡者の列を作り、ぞろぞろと行軍を始めた。

実際のところ目標にはだいぶ近づいていたし、夜明けまで相当の時間が残っていた。

「エルフ、ね。強いとは聞くがどんなものか楽しみだぜ。
ま、オレは戦わねえけど」

アルノーは子どもじみた笑みを浮かべる。透き通った瞳もあいまって本当に少年のようだ。

子供たちは歩き続ける。

「エルフの女って気持ちいいのかね」

いつも穏やかなニゲルが荒っぽい声で鳴いていた。

その大きな単眼には不穏な色。

そのような彼を見るのは初めてで、どうしたのか、と問わずにはいられなかった。

彼は十数歩ほど走って立ち止まり、私を見た。

ついて来いと言うことらしい。それも急ぎで。

私は小走りで彼の後を追う。

黒エルフの娘に何かあったのかと不安になったが、黒猫は作業小屋を超えて更に森の奥へと突き進んだ。

数分ほど歩いたところで、ニゲルは立ち止まった。

彼は前方を覗き見るようにして何かを凝視していた。

私もそれに倣って、前方の濃い闇へと目を凝らす。

暗闇の厚い膜は私の目からあらゆるものを隠していたが、それでも私の耳はいつもと変わった物音を捕らえた。

小さな足音。複数。

私に対する追跡者だろうか。
数が少ないようであるから少数精鋭――かなりの手練れが派遣されているのかもしれない。

もちろん呪術も使ってくるはずだ。

私は様々な可能性を考えながら、最善の方法を思案する。

そのまま暗闇に紛れ、機を伺う。

やがて足音が近くなってきた。

暗闇の中を凝視する。
やがて何もない漆黒にさえ見えた闇の中に朧な輪郭が見える。

敵はみな小柄なようだ。

まるで子どものような――

「たすけて……」

哀切な呟きが聞こえた。

少年のか細い声だった。

私はそれだけで理解した。

誰かが子どもに呪術具を持たせ、簡易的な兵士にしているのだ。

呪術は使う者の心と体を蝕む。
幼い者ならなおさらだ。
おそらく首謀者はそれを知っているはずだ。

それでも子どもたちに呪術を使わせるその残酷さに皮膚が粟立つ。

そして、言いようのない怒りを覚える。


はよおおおおおいお

初見だが、惹かれてしまった…

呪術を解放する。

身体中の紋様が紅く発光し、私は驚異的な力を自在に使えるようになった。

「止まれ!」

男が大声を上げた。
子どもたちを統率する役割を担っている者が、私の身体から放たれる紅い光を見咎めたのだろう。

私は早口でニゲルに目を瞑るよう伝える。

それから自分も目を細め、紅の鮮烈な光を全身から周囲へと照射した。

周囲一帯が気味の悪い赤色で染まる。

やつれた子どもたちはその光から視覚を守るために目を瞑っている。

そして、その子どもたちの奥に長身の男がいた。
同じように目を瞑っている。

私は男へと駆け出す。

一飛びで子供たちを飛び越え、着地と同時に全身を投げ出して男へと突進する。

「がっ……!?」

男は細身のわりにはやけに重かったが、呪術で爆発的な加速力を得た私の突進には耐えられず、何度か弾んで樹に叩きつけられた。

私の身体は先の目くらましの時ほど強烈ではないが未だ発光して照明となっている。

私はいくら姿を見られても問題ない。

むしろ相手を見失うほうが厄介であるから、こうして体を光らせ続けている。

このまま子どもたちを虐げる男を呪術で粉々にしてしまっても良かったが、訊きたいこともあるため捕縛することにした。

しかし、男は予想よりも素早く立ち上がり、駆け寄った私の顎を極めて正確に蹴り上げた。

視界がチカチカと点滅する。

男はさらに流れるような動作で小刀を抜いて、私の首に突き刺した。

さらに腕の両腕の腱を叩き斬る。

かなり熟達した技術だ。

――しかし、無駄だ。

「なっ……!?」

男は全く倒れない私に驚いて目を瞠る。

私は使い物にならなくなった腕を呪術で硬化させ、やはり超加速させて振り下ろした。

それをもろに受けた男の肩がひしゃげる。

間を置かずに、横殴りで叩きつけて地面に倒し、馬乗りになる。

私の首と片腕の傷はほとんど元の健全な状態に戻っていた。

「……その禍々しく光る呪術。
あんた、世に聞く紅鬼ってヤツか?
どんだけ傷を負っても死なずにすぐ治り、アホみたいに強力な呪術で各国の兵士を片っ端からぶっ殺したっていうあの紅鬼か?
十年ほど前に地位も名誉も捨てて消えたっていう紅鬼なのか?」

私は男の質問に答えなかった。

ここに来た目的は何だ、と私は返答の代わりに問い質した。

読みにくくなって来た


「さあね」

嘯く男の顔面を殴る。妙に固かった。

「乱暴なヤツだな。俺たちは全員が兄弟で、今は家族旅行の途中なんだよ」

さらに二発顔面を殴打する。

子どもたちはポカンとした顔で突っ立っていた。
何をすべきか分からず、事の成り行きを見守ることで精一杯なのだろう。

何の情報も持たないなら殺すしかないな、と私は言った。

自分でも驚くほど冷たい声音だった。

生命の危険を感じたのか、男も改まった顔になる。

「……この状況はホント不利だな。
このまま黙秘しても殺されるし、たとえ重要な情報を伝えても殺されない保証はまったくない」

男の言葉は尤もだが、私が耳を貸す道理もない。
さらに殴ろうと腕を上げる。

「……エルフを襲撃しようとしたんだ。
この山の中に暮らしてるエルフがいるらしいからな」

その言葉に、私は手を振り上げたまま背筋を凍らす。

この人間はフィリアの存在を知っているらしい。
その情報を提供できるのはおそらく一人しかいない。

おそらく先日の老商人が暴露したのだろう。
やはりあのまま帰したのは失敗であった。

――それではこの男と子どもたちを仕向けたのは誰であろうか。

あの老商人が口にしていた言葉の数々を躍起になって記憶から引き出す。

やがて、老商人が一度だけ口にした人名を思い出した。

貴様らをけしかけたのはルソーという商人か、と問うた。

一瞬、男の顔つきが変わる。
僅かな変化であったが、確かな驚愕が口許に浮かんだのだ。

すぐさま元通りの余裕ぶった表情になるが、私には嘘を隠そうとするための行為としか考えられない。

当たりのようだな、と鎌をかけた。

男は沈黙し、私の顔をじっと見据える。

その瞳があまりにも澄んでいることに気付き、私は無意識に睨むのをやめ、男の瞳を見つめ返した。

この男からは全体的に何か芝居めいた印象を受けていたのだが、その瞳は真冬の夜空の如く迫真であった。

おもむろに男は口を開く。
零れたのはやはり芝居じみた溜息だ。

「……ああ、そうだ。ルソーの命令だよ。ルソーがうすのろジジイから群れからはぐれたエルフのことを聞いて、俺にエルフを狩ってくるように命じたんだ」

こんなにもあっさりと口を割られると、逆に真実なのか疑わしくなる。

しかし、男の口にしたことが真実である可能性は高いだろう。

――それにしても、私はその口ぶりが気に障る。

この男はエルフを獣か何かのように捉えているらしい。

鹿や兎などの狩猟を楽しむように、フィリアや少女、コクレアの妹を襲うつもりなのかと思うと堪えようのない怒りが沸き立った。

「知ってることはもうない。素直に話したんだから解放してくれ」

私は無言で応える。

真実を語ろうが語らまいが、元より生かして帰すつもりはなかった。
そうしなければ、さらに多くの戦力を連れて再び襲ってくるのは明白だ。

そうなればフィリアたちを必ず守れる保証などない。

小事のために大事を失うことがあってはならないのだ。

「最初から殺すつもりだったんだな。それが当然なんだけどさ」

男は私の意図を汲み取ったらしく、気取った溜息を吐いた。

 wwk

ts

「やれやれ、しょうがない」

そう言って、男は大きく口を開ける。

彼が口を開く代わりに、私は驚愕して目を見開いた。

口内の隅から隅まで、夥しい呪が刻みつけられている。

男は口を開いたまま、ニタリと笑う。

私は戦慄し、後ろに飛び退く。

間を開けずに、槍のような尖った物質が私の目と鼻の先を貫いた。

呪術によって伸長、硬質化された肉――舌であった。

――体に呪を刻むことは本来は有り得ない。

道具による呪術行使よりも遥かに不可がかかるからだ。
呪術が勝手に発動して、発動者の生命力を根こそぎ奪ってしまうこともある。

現に私が人間用の呪術開発に関わっていたとき、刻印型呪術に成功したのはたった一度だけだった。

つまり私だけが成功なのである。

この十年間で研究が大幅に進歩しているのだろうか。

もはやわけわかめ

きたー

うわ、一番下にあるスレってなんだろって見たら、めちゃくちゃ良いスレでしたー

ほう


男は舌を収納すると同時に、素早く立ち上がり、私から距離を置いた。

「おい、クソガキども! いつまでもアホヅラ晒してんじゃねえ!
俺に殺されたくなけりゃ、この男を殺せ!」

その怒声で、今まで傍観していただけの少年少女たちの顔色が変わる。

明らかな恐怖の表情を浮かべ、子どもたちは私に向けて様々な呪術を放つ。

どれも私の生命を奪うには届かず、しかし代償として彼らの生命は確実に削れていく。

そのつぶらな瞳の一つ一つから零れる血涙は、如何なる呪術よりも私の心を苛む。

抑え難い憎悪の念が湧き上がり、指揮者の男の方を見る。

しかし気づけば当人の姿は、遠い闇の中で影となってちらつくばかりだ。
子どもたちを盾にして浅ましくも逃走したのだ。

刻印型の呪術のことなどを問い質したいと思っていたが、これでは手遅れだろう。

「ああああぁぁっ!」

集団の一人によって、私の脇腹の肉が食いちぎられたように削ぎ落とされた。

普通の人間ならば致命傷となりうる傷口だ。

子どもたちは脅されているとはいえ、本来ならば殺人に匹敵する行為を行った。
もはや救うには手遅れだろう。

だいたい、子どもたちは捨て駒にされたのだ。
このまま放って置いたら遅かれ早かれ死にゆく運命だ。

久々に見たら来てた!
続き楽しみに待ってます

私は既に夥しい血で汚れている。

この汚れた身に子どもの鮮血をいくら上塗りしても今更大して変わりはない。

掌に紅い、泡のような球体を創り出す。
見た目こそ儚げに見ることもできるが、内実は無慈悲な破壊の顕現だ。

この球を破裂させればこの哀れな救われない子どもたちの存在は父の元に帰す。

せめて一瞬で終わらせるのが、優しさだろう。
実際は罪悪感を薄めるための利己的な醜悪な欲望に過ぎないのだが。

「……神さま、たすけて……」

子どもの一人が呟いだ。
その声音には一片たりとも希望は含まれていないようであった。

目を瞑る。弱い私は己が犯そうとしている罪を直視するに耐えなかった。

偉大なる父は子どもたちと私を見放したのだろう、私の心に変化を与えることはない。

私に良心を取り戻させることはなかった。

「……紅鬼様、お止めください」

――しかし、彼女の言葉は私の心を容易く揺さぶってしまった。

驚いて目を見開き、声の主へと目を向けた。

フィリアはいつもの微笑みの中に愁いを含めた表情で私を見ていた。

突如として私は己が為さんとした所業の惨さを痛感し、体が震え、羞恥で全身の血が沸き立ちそうになる。

涙さえ流しそうになる。

そして見当違いにも、彼女を呼んだのであろう単眼の黒猫を腹立たしく思った。

違うのだ、と私は掠れ声で言った。
喉がからからに渇いて、動転のあまり呼吸の仕方すら忘れかけていた。

「貴方様は優しいお方です。そのような行為は相応しく有りません」

何かを言い返そうとするが、口からはおおよそ意味をもつ音は出てこなかった。


「あっ……」

その時、フィリアは上ずった声を出した。

赤毛の少女が不意に短剣でフィリアの腹部を貫いたのだ。

私は彼女の名前を叫ぼうとしたが殆んど悲鳴じみたものになってしまった。

恐怖に似た感情に駆り立てられ彼女に走り寄ろうとし、しかしすぐさま立ち止まった。

フィリアは腹部を貫かれ、それでもなお少女を抱きしめていた。

幼さ故の敏感が生んだ混乱に惑う子どもを慰撫する母親の抱擁であった。

どのような敵意も受け容れ、如何なる憎しみをも抱きとめる母性そのものであった。

私は己の全身がわななくのを抑えられない。

長年の生き方を全て否定されてしまったかの如き動揺。

そして、全身を貫いた畏敬の念。

私は『私』を見失いかける。

「……怖がらないで。大丈夫」

フィリアの声音は心を凪ぐ静かな歌声であった。

心の欠落を慰撫し、心地よく埋めていく人智を超えた調べであった。

来年がんば


「苦しかったのね。痛かったのね」

「ぁ……」

「もう、良いの、良いのよ。疲れたでしょう? 今はお眠りなさい」

硬直し震えていた赤毛の少女の体が弛緩した。

他の子どもたちも同様にゆっくりと倒れ伏す。

本当に眠ってしまったらしく、微かな寝息が聞こえてくる。

フィリアはそっと地に座り込んだ。
苦しそうに呼吸しながらも私に声をかける。

「……紅鬼様。この子どもたちを家まで連れて行ってあげてください。
看病しなくてはいけません……」

日頃から白い顔色はいっそう蒼白くなっている。

彼女も間違いなく重傷者であったが、私は素直に従った。

彼女に何か言う資格など私にはないように思えた。
それが彼女身を案じての言葉だとしても。

何だが酷く疲れてしまった体に力を入れて、私は静かに動き始める。


「……どうして、私たちは哀しいと知って、それでも哀しいことをするのでしょうか」

腹から鮮血を流しながら――それでも気を失った少女を抱きとめながら、フィリアは誰にともなくそう問う。

その痛ましい問いは闇の混濁に飲み込まれていった。


しかし、夜明けは近い。

きたー!

こない

月1更新なの?
スゲー面白いから期待してます。

 【このスレは無事に終了しました】

  よっこらしょ。
     ∧_∧  ミ _ ドスッ

     (    )┌─┴┴─┐
     /    つ. 終  了 |
    :/o   /´ .└─┬┬─┘
   (_(_) ;;、`;。;`| |

   
   【放置スレの撲滅にご協力ください】  
   
      これ以上書き込まれると

      過去ログ化の依頼が

      できなくなりますので

      書き込まないでください。


            SS速民一同

来ないか






三日経った。

連日連夜、子どもたちの苦痛の呻き声が家中に満ちている。

彼らは体を掻き毟り、糞尿、嘔吐を何度も繰り返す。

アルコール、薬物、そして呪術の後遺症である。

彼らが従順で有能な兵士になるように――善悪の判断能力を喪失するようにと施された悪魔の呪縛だ。

家の中全体にひどい臭気が満ちている。

子どもたちを少しでも清潔な環境に置こうと、使える部屋を全て彼らの病室として使っているためである。

病床から起き上がったばかりのハーフエルフの少女は、献身的に彼らの世話を焼いていた。

食事の世話、嘔吐物や排泄物の処理、苦痛を和らげるための魔術。励ましの言葉。

彼女は自分にできること全てを身を削りながら取り組んでいる。

私もまた己にできることを精一杯こなしていた。

不死身の体を以ってして、小さな生命一つすら繋ぎとめられぬ無力さに歯軋りしながら。

フィリアは重傷者であるので自室で安静にさせている。

彼女は例のごとく、自分の身を顧みようともしなかったが、ハーフエルフの少女に懇々と諭され、大人しく療養することを承諾した。

コクレアの妹は相変わらず手助けなどは一切しないが、意外にも人間の子どもたちを看病することを批判しなかった。

「お願い、生きて……」

混血の少女は祈るように彼らに語り続けている。

第三者として、しかし、誰よりも彼らに身と心を寄せて。

――しかし、現実はあまりにも誠実で残酷だ。

この三日間で子どもたちの大半は、その短い生命をこの部屋で終えた。

亡骸はその都度、棺桶と呼ぶにはあまりに簡素で粗雑な木箱に収めて埋めている。

異郷の地であるこの森に埋めるのは憐れであったが、どうしようもない。

今や生き残っているのは三人だけだ。
少年が二人と、フィリアを刺した赤毛の少女である。

彼らもまた、いつ死の天秤に傾いてもおかしくない。

私も混血の少女も彼らの快復を祈ることしかできない。

私は、無力だ。

乙。
待ってました。

キタァー!! 乙乙

また、この三日間の内に重ねて悪いことがあった。

この家に外のエルフが訪れてしまったのだ。

フィリアに物資を渡している男だ。

彼は人間の子どもたちの惨状に目を瞠り、私を認めては即座に私を殺そうとした。

フィリアたちと接しているから忘れかけていたが、やはりエルフは人間を敵として見なしているのだ。

しかも私は彼も知らないであろう蛇のような呪術の刻印が巻き付いている。

彼は不死身の私に恐怖し、無抵抗の私を不審に思ったようだが、攻撃の魔術を絶えず放ち続けていた。

結局、まだまだ怪我が癒えきっていないフィリアが彼を制した。

彼は手負いの彼女にたじろぎつつも、強い語調で人間が如何に野蛮で醜悪なのかを述べ、己の行為の正当性を訴えた。

その内容には真実も含まれていたが、虚偽も含まれていた。

耳長族たちは人間を毛嫌いしているが、人間についての知識はどうも充分ではないようだ。

尤も、それは人間も同様であるが。

しかし、フィリアはその言葉に何の反論も与えなかった。

ただ悲しそうに微笑むだけだった。

その表情は、彼女の心そのものであった。

遂に彼は折れて、押し黙り何か悔しそうな顔で帰ってしまった。

彼が他のエルフに私たちのことを口外すれば非常に由々しき事態になりかねないが、フィリアは心配は無用だと言う。

「彼はきっと、私たちが不利になるような事はなさらないでしょう」

その言葉の根拠は何処にあると言うのだ。

彼女は情というものを過信しているきらいがある。

他人は普通、信頼するに値しないものだ。

以前に訪れた老人がそうだったように、所謂『個』が二つ存在して、その利害が相反した時、一方を犠牲にするのが実情である。

――そうは言っても、私が何かできるわけでもない。

そうなると、やはり祈るしかない。
たとえ、父が私の懇願に耳を傾けようとしなくとも。

妹が出血してなかったか?

どうしたのかね?

終わりか

やれやれだぜ…


四日目の朝、少年の一人が病褥から消えていた。

探すと彼は薪小屋にいた。

彼の頭と胴体は、首の部分で分離していた。

薪小屋に置いてあった手斧で己の首を刎ねたらしい。

断面は余りにも美しく、手斧に込められている呪術の威力をいかんなく示している。

混血の少女は疲れが溜まっているようでまだ眠っている。

最初に見つけたのが私であったのはまだ良かった。

彼女にはこの虚しい屍体を見せたくはない。

多くの死を目にしたとしても、自殺体というのは虚しく哀しい想いを彼女に与えるに違いない。

風の寥々としたざわめきが耳に障る。

静かな朝だった。ここ数日で一番の静かさだ。

この屍体が音を吸って、無を創り出しているような――そう思えるほど冷え冷えとした静けさが立ち込めている。

戒律は、自殺者は四つ辻に埋めるものと定めている。

父に与えられた生命を自らの手で散らすというのは無上のの冒涜とされているからだ。

四つ辻に埋葬することで、死者は来るべき時まで何処にも辿り着けず、虚ろな彷徨を続ける。

めでてえ!

おめ

おーめーでーとー


しかし、彼は本当に自ら生命を絶ったと言えるのだろうか。

意思、というものは、どれだけ私たちの在り方を規定できるのだろう。

誰が好んで死を望むのか。

生命は生命で有り続けるために活動を続ける。
続けずにはいられない故に生命なのだ。

その連続性を自らの意思を以って断絶するという行為は、健全な精神を喪失した時に発現するもののはずだ。

彼が唯一取れる自身の救済方法が、完全な“不感”になることだけだったとしたら、寧ろそれは適切な行為ではなかったのか。

そこまで考えて、その思考が何の意味も持たないことを悟る。

彼の死の意味を判断するのは私ではない。

父の裁量にどうして私が口を挟めるだろうか。

私にできることは、完全に黙してしまった彼が少しでも救われるように、静かな処に埋めてやることぐらいだ。

私は彼の頭(こうべ)を出来るだけ丁重に持ち上げる。

死の臭いが、私の鼻を突く。

まだ成熟しきっていない少年の頭部は瑞々しくて、私は何となく、果実を連想した。

まるで、原初の人が食べた、禁断の果実。

それは我々の原罪。

そして、彼は、私の――人間の罪の体現だ。

中途半端な所で…

穴を掘る。

骸を埋めるだけの穴を。

掘り起こす。

少年の寝床となる褐色の土を。

獣が食い散らかしたりすることが無いように相当深くまで掘らなければいけない。

彼が静かに眠れる暗闇を作るため、私は穴を掘り続ける。

褐色の土は掘るほど固さを増し、木製の器具とぶつかる度に肌が強張るような音を立てる。

しかし、まだまだ掘り進めなければいけない。

「埋めるのか?」

驚きで手が止まった。
頭部だけの少年が話しかけてきたのかと思ったからだ。

しかし、すぐにそうでないことに気づく。

気付かないうちにコクレアの妹が私の後方にいた。

彼女の顔色には濃い疲労が浮かんでおり、
その声音は死者が喋ったかと思うほど活力がなかった。

しかしながら、彼女の目は澄んでいた。

あらゆる俗的な感情を超越した透徹の輝きが瞳に宿っていた。

その目は、少年の屍体と私を交互に見つめていた。

ほす

「埋めるのか?」

彼女はもう一度訊いた。

私は首肯する。

そして我々が土葬する謂れを彼女に語った。

未来のいつか、死者が復活するときに、肉体が失われていては帰ることが出来なくなってしまう。
だから我々は亡骸を埋めるのだ。
愛する者たちの復活を信じて。

彼女は苦笑を浮かべた。
物を理解していない子どもを扱いかねる親のような苦笑だ。

「野蛮な信仰だな。土葬にしたところで、肉体は土へと還るだけじゃないか」

信仰を愚弄されるのはあまり好きではないが、エルフがそう思うのも無理はない。

コクレアもそう言っていた、と彼女に告げる。

まさに、今の彼女と同じような表情で。

彼女は俯いたまま黙った。
考え事をしているというよりは、ただ思いを遠くへと馳せているようだった。

それから彼女は面をあげる。
何かを言おうとしているが、少し躊躇っているようにも見えた。

「コクレアも、やはり土葬されたのか?」

それは私の予想通りの質問だった。
用意していた回答を口にする。

我々の方式に則って、丁重に扱った、と私は言った。

予想はしていたのに、言葉が上手く紡げず、訥々とした喋りになってしまう。

保守しておきますかな

突然ですが宣伝です!
>>1が謝罪するまで続けます!
文句があればこのスレまで!

加蓮「サイレントヒルで待っているから。」
加蓮「サイレントヒルで待っているから。」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1401372101/)

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いるよ

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