梓「告白」(244)


途中で落としてしまったので再度投下させて頂きます。




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純「私たち、付き合ってる」

めずらしく真剣そのものな顔をして、親友の一人が静かに告げた。
寄り添うように彼女の隣に立つのは、もう一人の親友。
まっすぐ私を見据える姿が、その子の姉が稀にみせる表情と、よく似ていた。

憂「女同士でオカシいって思われても、梓ちゃんに知っていてもらいたかったの」

お互いの手を強く握る憂と純。
なんてすごいんだろう。
覚悟とか勇気とか。
世間や常識に、好きなヒトと乗り越えていこうとする姿が、眩しくて、嬉しくて。
何故だか羨ましくて、ほんのちょっとだけ妬ましい。


ああ、私、いやな子だな。
どうしてだか、あの人が脳裏に浮かぶ。

梓「すこし驚いたけど、私は軽蔑したりしないよ」

これも本心。
二人を親友として選んだ私に、応えてくれたよろこびは何にも代えられない。
だから言うべき言葉は決まってる。

梓「私は憂と純を応援するし、誰が非難したって絶対に味方だからね」

そして右手を差し出すと、憂と純は汗が滲みひんやりとした掌を、ゆっくり重ねてきた。
大海で浮き木を見つけたみたいに、親友達は顔を綻ばせる。

純「ありがとう、梓」

憂「梓ちゃんと親友でよかった……」


窓から射し込む夕紅が私の足下までのび、涙ぐむ二人をやさしく包み込んでいた。
あまりにきれいで、やっぱり羨ましくて、息を詰めた。
うっかりすると私まで泣きそうになり、慌てて袖で目元を擦る。
自分勝手な涙は、みられたくない。

憂「えへへ、認めてくれるヒトが二人になったよ」

梓「二人? もうひとりって……」

「ただいまー!!」

純「おぉ、噂をすればなんとやらってヤツだね」

憂「お帰りなさい、お姉ちゃん!」

唯「ういー、お土産にシュークリーム買ってきたよ~」


唯「あ、あずにゃんと純ちゃんだ!」

梓「唯先輩、こんばんは」

純「お邪魔してます」

唯「まぁまぁそんな突っ立ってないでさ、皆でゆっくりシュークリーム食べよう」

純「わぁ、ありがとうございます!」

憂「私、お茶いれてくるね。梓ちゃんも座りなよ~」

梓「ありがと、でも私はもう帰るよ」

純「えぇ~。梓、先に帰っちゃうのー?」

憂「御夕飯、食べていきなよー」

唯「ついでに泊まっちゃいなよー」


梓「……親に遅くならないうちに帰ると言ってますんで、今日は遠慮します」

純「むぅ……まじめっ子め」

憂「うーん、残念だけど無理強いしちゃダメだよね」

唯「じゃあ私、家まで送ってあげるよ!」

梓「え、そんな、悪いですよ」

純「甘えればいいのに、つっぱっちゃって」

梓「純、うるさい。とにかく、ひとりで平気ですから……」

唯「そっかぁ……」

憂「……」

憂「お姉ちゃん。お塩きらしてたみたいだから、買ってきて欲しいな」


唯「え? でも昨日新しいの……」

憂「お願い。もちろん、梓ちゃんを送り届けたあとでいいから、ね?」

唯「……うん、わかった」

唯「行こっか、あずにゃん」

梓「……」

梓「はい」











唯「ふんふんふ~ん♪」

梓「……ご機嫌ですね」

唯「そりゃあ、あずにゃんと仲良く手を繋いでるからね~」

梓「強引に繋いできたクセに」

唯「危険な夜道で手を繋ぐのは当たり前なのだよ、あずにゃんくん」

梓「はいはい。あまり手を乱暴に振り回さないでください。痛いし、恥ずかしいですから」

唯「ごめんね」ブンブン


梓「言ったそばから振り回さないでくださいよ」

唯「えへへ~」

梓「……」

梓「あの、唯先輩」

唯「なぁに?」

梓「唯先輩は知ってるんですよね? その……」

梓「憂と純のこと」

唯「うん。あの子たちに味方になるって約束したよ~」

梓「……私もです」

唯「あずにゃんは二人の親友だもんね」

梓「はい。唯先輩はお姉さんですもんね」

唯「うん。妹が二人になって嬉しいよー」


梓「どちらかと言うと、唯先輩の方が妹っぽいですけどね」

唯「むむむ。そんなコトを言うのは、このクチかー」ムギュー

梓「ひゃぁ! ゆいせんふぁい、いひゃいれす! すみまひぇんれしはぁ」

唯「ふむ、許してあげよう」パッ

梓「いたたた……ほっぺがジンジンする……」

唯「ねえ、あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「憂と純ちゃんを支えてあげようね、一緒に」

梓「はい! もちろんです」

唯「私達も憂達と違うカタチだけど、仲良しでいようね」

梓「あ……」

梓「そうですね」


梓「…………そうですよね」

梓「唯先輩、ずっと仲の良い先輩後輩でいましょうね!」

唯「……」

唯「うん……そうだね!」

梓「送っていただき、ありがとうございます。この辺りで結構ですから……」

唯「待って、あずにゃん」ギュ

梓「わっ! 何ですか、急に抱きついてきて」

唯「あずにゃん分の補給忘れてた」

梓「もう、何言ってるんですか。道の真ん中ですよ、離してください」


唯「……もーちょっとだけ」ギュゥ

梓「……」

梓「少しだけですよ?」

唯「ありがとう」

梓「……」

唯「……」ギュウゥ

梓「……」

唯「……」

唯「よし! 補給完了! ありがとね、あずにゃん」パッ

梓「……どういたしまして」


唯「ホントに家まで送らなくて平気?」

梓「ええ、大丈夫です」

梓「唯先輩の方こそ、気をつけて帰ってくださいね」

唯「……うん。心配してくれて、ありがと」

唯「あずにゃんも気をつけてね。ばいばい」

梓「はい。さようなら」

唯「……」

梓「……」


唯「……」

梓「……」

唯「……あずにゃんや。手を離してくれないと帰れないよ」

梓「えっ、あ! す、すみません」パッ

唯「ふふ、別にいいよー。もうちょっと一緒にいる?」

梓「い、いえ、帰ります。そ、それでは、失礼しますね!」ペコ

唯「うん、またねー」





――――――――――――――――――――




憂と純の告白から2ヶ月が経った。
表立った変化はないが、言動の端々に愉悦を覗かせるふたりは本当に幸せそうで、そばにいるだけで笑顔になれた。
あの人とも約束した、親友を護るという使命感もいっそう強まっていく。
だけどその裏側で、沸き起こる苦痛と喜悦がグチャグチャに交じりあう惑乱を糧にして、しようがない感情は雑草のように生えていった。

日増しに雑草はたくましくなり、どんなに摘んでも摘んでも生えてくる、やっかいなものだった。
そんな日々を過ごすある日、私のやすい悩みと比にならない、重大な問題が親友たちに起きた。
付き合うことで距離は縮まり、見えない部分も徐々に目につくようになったらしい。
ちいさな喧嘩を頻繁に起こし、遂におたがいの不満を爆発させてしまった。
仲直りしたい筈なのに意地をはっているのか、ここ数日、ふたりが言葉を交えることさえ稀だった。


純「――で部活は部活のつきあいがあるじゃん? 梓だって先輩達と買い物とかさ、遊びに行くでしょ?」

くだくだとまくしたてながら、ポッキーを歯で粉々にする純。
そして時折、指で机をトントンとせわしなく叩いている。
いきなり家に押し掛けてきたかと思ったら「憂の馬鹿」を口切りに、ずっとこの調子だ。
乱雑にちらばったお菓子の空袋を軽く丸めて棄てつつ、私は相槌をうった。

純「もー、ちゃんと聞いてんの? あずさぁ」


息を弾ませる純に、肩を小さくすくめ「聞いてるよ」と答える。
ジュースにアルコールが混ざっていたのか心配になるが、喉を通るのは甘ったるいオレンジの味だけだった。

純「友達とちょっと抱きしめあったり、手を繋いだりで『純ちゃんはフラフラしすぎだよ』はオカシくない!? だいたい憂もさ――」

苦笑が漏れる。
ああ女も嫉妬の対象なのか、なんて驚くこともない自分がたまらなく嫌で仕方がない。


ほら、頭によぎるのは、あの人ですもの。
まったく未練たらしいったらない。
残るゴミをまとめて潰し、屑籠に放り投げて、純と向き合った。
子供みたいにふてくされて恋人の文句を垂れる姿は、埋めようのない寂寥感が隠しきれていないように思える。
いつもの純じゃない。

梓「抱きしめあうのは流石にどうかな」

純「だーかーらー、サッカーでゴール決めたらハグするじゃん! それと同じノリなんだってばぁ」

頭を抱えて机に突っ伏してしまった純へ、さらに言葉を投げかける。


梓「たとえ純にそういう気持ちがなくてもさ、好きな子が他の子ばかり構ってたら、さみしい……と思う。それに付き合ってるなら尚更、ふたりでいる時間をもっと大切にした方がいいよ」

目を丸くして私を凝視する純に構わず、コップから溢れ出る水みたいに、一言一言がこぼれていく。

梓「あー……あとさ、はやく仲直りしてくれないと、毎日つまんない」

こんな素直な台詞は私らしくないなと、自嘲しながら。
夏でもないのに、私はパタパタと手で顔を扇ぐ。


ますます目を丸くして、純は吹き出した。
あー、もう、ちくしょう。
笑うな、このやろう。
ひとしきり肩を揺らし喉を鳴らした後、彼女は勢い良く立ち上がって、さっさと身支度を整え始めた。

純「ぅくく、さびしんぼうの梓のお陰で大切な用事を思い出したから帰るね」

それから最近見ていない、私をイジったりする時の意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべた。


自室を出る後ろ姿を追いながら「さびしいなんて言ってないし!」と強く返すも、頬が情けなくゆるんでしまう。
だけれども、マイナスがゼロに、ひとりが普段通りになったからといって解決の実現には至らない。
足先をトントンと鳴らす背中に問いかける。

梓「ねぇ、純。憂のこと……好き?」

決まりきった答えを、純の言葉で聞きたくて。
おちつきなく指先をいじりながら、返事を待つ。


振り返った純は、2ヶ月前にみた告白の時とおなじ表情。
あ――。

純「大好きだよ。憂のこと、愛してる」

おだやかだけど、凛とした声音。
純は、もう大丈夫だ。
たしかに、そう思えた。
まだふたりの問題は何も決着がついてないのに、つかえのおよそ半分は取り除かれた気さえした。
目の前の親友がムッとしつつも表情をやわらげる。

純「あ、笑ったなぁ」

梓「ううん。私、まったく役に立たないなぁと思って」

純「……何言ってんのよ。ありがとね」


ぐりぐりと頭を撫でてくる親友は、頬をかすかに赤く染めていた。

純「はぁー、明日は空から猫でも振ってきそうでこわい。じゃ、梓、またね」

梓「ふふ、そうだね。ばいばい、純」

玄関先で徐々にとおくなる純の背を見届け、白息を吐いて家に戻る。


しずまりかえった自室に入ると、2つのコップを残した机の上で、携帯電話がメールの着信を知らせていた。
ほとんど満杯になった屑籠を部屋の隅に置いたあとで、それを手に取る。
送り主を見て、一瞬だけ心がおおきく跳ねた。
深く息を吸い、吐く。
そして『直ぐに行きます』と手短に返事をし、ハンガーにかけていた上着をひったくるように掴んで、私は部屋をとびだした。












唯「あずにゃん、いらっしゃ~い。ごめんね、急に呼び出したりして」

梓「いいえ、私も伝えたいことがあったんで丁度よかったです」

唯「そっか」

唯「ほら、あがってあがって。寒かったでしょ? ほっぺがまっかだよ」

唯「おこたでぬくぬくしながら、お話しよう」

梓「はい、お邪魔します」



……


梓「えっと、憂は……?」

唯「ついさっき、お買い物に行ったよ」

唯「本人がいたら、話しにくいでしょ?」

梓「……そうですね」

唯「みかん食べる?」

梓「いただきます」

唯「……」ムキムキ

梓「……」ムキムキ

唯「あずにゃん、食べさせてー」


梓「それくらい自分で食べてください」

唯「ちぇ」パクッ

唯「……」モグモグ

梓「……」モグモグ

唯「憂が泣いたの久し振りにみたよ」

梓「……」

唯「純ちゃんに初めて本気で怒って、初めて本気で不満を打ち明けたんだって」

梓「……」

唯「純ちゃんが誰かと仲良くするのは悪いことじゃないって分かってても、抑えきれなくなったんだね」


梓「好きな人、まして恋人なら当たり前じゃないですか」

唯「そうかなぁ? 憂にも言ったんだけど、好きな子だけを見るんじゃなくて、周りに目を向けることも大切じゃない?」

唯「いろんな子たちからもらった経験が、好きな子に良い影響を与えることもできるって……純ちゃんも考えてるんだと思う」

梓「……そう……ですかね」

唯「納得いかない?」

梓「理解は十分できます……けど、憂だって納得は半分でしょうね」


梓「好きな人が構ってくれなくて不安になったり、誰かと仲良くしてる姿を見て心細くなる気持ちをくんで欲しいんですから」

唯「……」

梓「我侭に聞こえますか?」

唯「……ちょっとだけ」

梓「……」

梓「まぁ、実際は憂達の気持ちがどうだったかは一概に言いきれません」

唯「……それもそうだね」

梓「話を戻しましょう」

梓「それで、憂はどうしたんですか?」


唯「……自分の言動に後悔したんだろうね。『純ちゃんに嫌われたかも』って、狼狽えながら私に相談してきたの」

梓「1週間近くも、まともに顔をあわせてないですからね。憂がそう思うのは無理もない気がします」

梓「でも、純が憂を嫌うなんて有り得ないですよ。ついさっきのことですけど、憂が大好きだってハッキリ聞きましたし」

唯「うん、わかってる。だから、憂に『そんなことないよ』って言ったんだ。ぎゅーって、だきしめて、泣きやむまで背中を撫でてあげながら」


唯「それでだいぶ落ち着いた後にね、『好きな子とふたりきりの時は、たくさんたくさん甘えなきゃ損だよ!』って教えてあげたの」

梓「……そうですね。私も純に似たようなことを言いました」

唯「おぉ、なんて言ったの?」

梓「ふたりでいる時間を大切にした方が良い、と」

唯「恋人かどうか関係なしに、好きな子と過ごしてる時って幸せだもんね」

梓「ですね」

梓「……」

梓「唯先輩、こっちのみかん……食べます?」

唯「……うん」


梓「あ、あーん」

唯「あーん」パクッ

梓「おいしいですか?」

唯「うん、とっても」モグモグ

梓「……」

梓「憂……大丈夫ですかね」

唯「大丈夫だよ」

唯「いっぱい泣いて、溜めてた想いを吐き出して、スッキリしたみたいだし。それに」

梓「それに?」

唯「憂は純ちゃんが大好きだもん」

梓「ふふ、そうですね」


唯「あ。そういえば、あずにゃんが私に伝えたかったことって何?」

梓「ああ、純ならもう平気ってことです」

梓「唯先輩と会う前に純と話をしてたんです。その時に、純の言葉を聞いて安心して――さっきも言いましたけど、純も憂が大好きですから」

唯「えへへ、そっかぁ」

梓「あとはきっかけをつくって、うまく憂と純を引き合わせればいいだけですね」

唯「その必要はないと思うよ」

梓「えっ」

唯「ふたりは今、会ってお話してるんじゃないかな? 買い物に行く前、憂ってば携帯電話を何回も見て、すっごくソワソワしてたから」


梓「……純の言った大切な用事って、そういうことか」

唯「いつもより帰ってくるのも遅いし、たぶん間違いないと思う」

梓「……」

唯「はい、あずにゃん。あーん」

梓「ん……あーん」パク

唯「おいしい?」

梓「あまずっぱいです」モグモグ

唯「みかんって当たり外れあるよね。見分けかたとかないのかなぁ」

梓「うーん、外見だけで判断できませんね」


唯「中身が想像した味と違うと、ちょっとガッカリしない?」

梓「多少甘さに差があろうと、みかんはみかんの味でしかないんで期待も落胆もしませんよ」

唯「甘さがなくて、すっぱいのだけだったとしても?」

梓「食べ始めは口当たりが悪いかもしれませんけど、我慢すれば食べてるうちに慣れますから。特に何とも思いません」

唯「えー? 私、全然慣れないよ? すっぱいのが苦手だからかなぁ」


唯「……それなら、あずにゃんはどんなみかんだとガッカリしちゃうの?」

梓「妙にみかんについて、こだわりますね」

梓「そうですねぇ……」

梓「みかん以外の味がしたら、流石に気落ちすると思います」

唯「みかん味じゃないみかんって、おもしろそう!」

梓「えぇー……」

唯「バニラアイス味のみかんとか食べてみたい!」

梓「この前、純も同じようなこと言ってたなぁ……」

梓「それ、ふつうに本物のアイスを食べたらいいハナシですよね」


唯「あずにゃんは夢がないなぁ」

梓「唯先輩は夢見すぎですよ」

唯「いやいや。もしかしたら、今あずにゃんが剥いたみかんはバニラアイス味かもしれないじゃん」

梓「ありえませんって」

唯「言ったなぁ。確かめてみるから、ちょうだい」

梓「はいはい。あーん」

唯「あーん」パク

唯「むむむ……これは!」モグモグ


唯「甘くておいしい、みかんの味!!」

梓「そうでしょうとも」

梓「みかんはみかんでしかありません」

唯「……あずにゃんは、きりぎりすとってやつだね」

梓「はい? 生まれてから一度も、ぎっちょと鳴いた覚えはないです」

唯「あれ? りあるすと? だっけ」

梓「……?」

唯「ありあすと……だったかな?」

梓「…………」

梓「……」

梓「あぁ。リアリスト、ですか」


唯「そうそう、それ。りあにすと!」

梓「あとちょっとのところで言えてません」

唯「う~……」

梓「理想や空想を拒否してワケではありません。ただ、作り上げた概念から外れた物事を受け入れるのに、多少時間がかかるだけです」

唯「ふむふむふむ」

唯「むずかしくて、わかんなかった」

梓「……んー……っと、常識の範囲内、ふつうが一番ってことです」

唯「なるほどー」

唯「常識……ふつう、かぁ」


唯「……」

唯「やっぱり私には、よくわかんないや」

梓「……」

梓「そうですか」

唯「……」

唯「もう一つ、みかん食べる?」

梓「いいえ。用事も済みましたし、帰りますね」スッ

唯「待って。お外寒そうだから、マフラー貸してあげる」

梓「えっ、悪いですよ」

唯「じゃあ、あずにゃんが風邪ひいたら、私が24時間片時も離れず看病するね」


梓「……マフラーお借りします」

唯「もー、最初から素直にそう言えばいいのにぃ」

梓「これからそうします」

唯「うむ、よい心がけじゃ。あずにゃんこよ!」

唯「ご褒美に、ぎゅーしてあげよう」ギュー

梓「わ、もう……唯先輩が抱きつきたいだけでしょう?」

唯「むぅ、バレたか」パッ

梓「あっ、はなしちゃだめ!」

唯「えっ? う、うん!」ギュ


梓「……」

唯「……」

唯「えっと、あずにゃん……?」

梓「……ご褒美、なんですよね? 素直にもらいます」

唯「……あずにゃん、耳まっか……かわいい」ギュウ

梓「唯先輩、いつもよりあったかい……」

唯「……」

唯「……」ギュウゥ

梓「……」

唯「ほい、ご褒美タイム終了!」パッ


唯「コレで風邪の心配はいらないね!」

梓「……別の意味で熱が出ましたけどね」

唯「うん?」

梓「なんでもありません」

梓「唯先輩。憂が帰ってきて、まだ悩んでる様子だったら連絡してください」

唯「ん、わかった」

梓「頼みましたよ」

唯「任せてよ! 大事な妹と大切な未来の妹の為だからね」

梓「……」


唯「あずにゃん」

梓「……あ、はい」

唯「大丈夫だよ。今回の喧嘩は、いつもより、ほんのちょっと、すれちがっただけだから」ナデナデ

梓「……」

唯「憂と純ちゃんがお互い想い合ってるんだから、私達はふたりを精一杯応援しなきゃ。私達が暗い顔してると、憂たちも不安になっちゃうよ」

唯「ほら、笑顔笑顔」

梓「……はい」ニコ


唯「うん、よくできました」ナデナデ

梓「…………子供扱い、しないでください」

唯「あずにゃんが泣きそうな顔するのやめたら、やめる」

梓「なんですか、それ。そんな顔してません」

唯「意地っ張りだなぁ」

梓「……もう。帰ります」

梓「みかん、ごちそうさまでした」

梓「お邪魔しました。失礼します」

唯「また明日ね」





―――――――――――――――――――――




唯「今日の部活、お休みだって」

梓「わかりました。伝えに来てくださって、ありがとうございます」

唯「気にしなくていいよー」

唯「私があずにゃんの顔を見たかったから」

梓「……」


梓「私も会いたかったですよ」

唯「えへへ、あずにゃーん」ギュー

梓「抱きしめてほしいとは言ってません」

梓「ほら、離れてください」グイッ

唯「あぅ、あずにゃん冷たい」

梓「ヒトの目を気にしてください。女子同士でただの先輩後輩なのに、根も葉もない噂とか、そんなつまらないこと迷惑でしょう?」

唯「……」

梓「……すみません、強く言い過ぎました」

唯「……」

梓「唯先輩?」


唯「えっ、あぁ、うん。ごめんね」

唯「気をつけるよ」

梓「あの」

唯「ん?」

梓「えっと……抱きしめられること自体は、迷惑だとか思ってませんから」

唯「……」

梓「だから、その、……って唯先輩聞いてます?」

唯「えっ、いや、あ、あずにゃんぎゅー」ギュー

梓「ちょっ、なんで抱きつくんですか!? 人前ではやめてくださいってば!!」

唯「ご、ごめんっ。我慢できなくて?」


梓「なんで私に聞くんですか……。ほら、離れて」グイグイ

唯「むりです……」ギュウゥ

梓「無理じゃないでしょう。早く……」グイグイ

梓「!」

梓「顔、まっかじゃないですか」

唯「……あずにゃんも、あかいよ」

梓「えっ。うそ」

唯「ほんと」

梓「……」

唯「……」

唯「あー……」

唯「あ! コレ、りっちゃんが返しといてって!」

梓「わ、わぁ! わざわざありがとうございます」


唯「……それさ、なんのCDなの?」

梓「洋楽です。あんまり有名なバンドじゃないんですけどね。律先輩が彼らのファンらしくて……」

唯「へぇ~。いつの間に貸し借りしてたの? ちっとも気づかなかったよ」

梓「ちょっと前に皆で一緒に遊んだ時です。あの後、私が楽器店に誘って」

唯「……珍しいね、あずにゃん」

梓「何がです?」

唯「りっちゃんと……というか、自分から誰かを誘ったりするのが」


梓「そうですか?」

唯「そうだよ」

梓「変ですか?」

唯「ううん……いいことだと思う。すっごく」

梓「……」

唯「じゃあ私、自分の教室に帰るね」

梓「あ、はい。伝言とCD、ありがとうございました」

唯「どういたしまして」

唯「……」

唯「ねぇ、あずにゃん」

梓「はい?」

唯「あずにゃんが言った『好きな子に理解して欲しい』ってやつ、我侭なんてもう思ってないよ」

梓「……」

梓「それはよかったです」


梓「私も、このまえ唯先輩が言ってた『周りに目を向ける』こと、ちゃんと納得しましたよ」

唯「……」

唯「わかってるよ」

梓「唯先輩」

唯「なにかな?」

梓「今夜も、待ってていいですか?」

唯「うん、必ず電話する」

唯「また夜にね」

梓「……」

梓「はい」



……


純「おかえりー。唯先輩のハグ、強烈だったね」

私は曖昧に頷き、席についた。
先に食べていいと言ったのに、憂と純はお弁当の包みをきれいに広げ、いっさい手をつけていない。
まるで『待て』をされた子犬みたいだと思ったのは秘密にしておこう。
「いただきます」と三人、声を揃えて手を合わす。

憂「お姉ちゃん何て?」

梓「今日の部活は休みって言いに来ただけだよ」


純「ふぅん。部の連絡くらいメールで済むのにね。直接伝えにくるあたり、流石軽音部ってかんじ」

絆創膏の貼った右手で箸を宙に漂わせながら、純は歯をのぞかせニヤッと笑う。

純「もしかして、ただ梓を見に来たい為だけだったりして。唯先輩、ここからでもわかるくらい嬉しそうだったし」

たったの二言に、酷く心が傾いだ。
彼女は突拍子も無いコトを言うクセに、たまに的を射る時がある。
まさに今がその時で、だからだろう、思わず眉をひそめてしまった。


私のほんの一瞬の油断に、何かを言いかけ直ぐに口を閉じた憂を目の端でとらえる。
相変わらず、ヒトの表情を読むのが上手い。

梓「なにいってんのよ。顔を見に来るだけなら授業と授業の合間でもいいし、先輩もそんなに暇じゃないでしょ」

「もう受験生なんだから」と呟いたはずの言葉は、お腹の中に引っ込んでいった。
喉に残った不快感を一気に呑んで、なんとか口角をあげる。
憶測が好きな親友はまだ何か言いたげに唇を尖らしていたが、ミートボールを口に運ぶことで、この話は一旦終わったようだ。


人一倍気遣いのできるもうひとりの親友は、むずかしい顔をするだけで、結局何も言わなかった。
小さくため息がこぼれたのを誤魔化すように、おかずをつまむ。
前や隣にある色鮮やかなお弁当に比べると、見劣りしてしまうな、なんて母に申し訳ない思考が浮かべながら。

憂「純ちゃんがつくったほうれん草の和え物、おいしい~」

目を細めて破願する憂と、照れながらも幸せそうに笑う純。
ああ、いいな。
こういうの。
親友たちのふつうの日常。
初めての大喧嘩から、ふたりの間隔はさらに縮まったように思える。


一方で、遠慮というのがいくらか取り除かれたぶん、喧嘩の頻度は増していた。
おかげで中野家は駆け込み寺として大活躍だ。
繰り返しぶつかりあい、赦しあえる距離を手探りで見つけようとする姿は、さながら二匹のハリネズミが互いの針で相手を傷つけないように寄り添うのに似ている。
ふたりならきっと『ここだね』と、心通う場所を見つけ出せるだろう。
そんな彼女たちに出来て、私にはどうにも出来ない光景に、笑うか泣くかの選択に悩まされる。
そして決まって、私は笑う方を選んだ。
今回も、きっとこれからも。


憂「もー、純ちゃんったら。梓ちゃんも変だと思うよね?」

梓「……」

憂「梓ちゃん?」

梓「あ、ごめん。……何?」

純「何? じゃないわよ。だいぶぼんやりしてたけど大丈夫?」

不意に、自分の表情を見たくなったが、私はそれをすることはなかった。
眉を曇らせ顔をのぞきこむ親友たちから、自分が今どんな表情か安易に想像できたから。

梓「平気、平気。あー……っと、これからの軽音部について考えてて……」

苦しい言い訳だと思ったが、二人は納得がいったように頷いた。


心配してくれる彼女たちがありがたくて、ちょっとこそばゆい。
反面、中途半端に誤魔化す自分の矮小さが浮き彫りになるようで……。
隙間が多くなったお弁当の角を箸でコソコソといじる。

憂「梓ちゃんたち、新入生が入ってくれる為にがんばってるんだよね」

梓「う、うん。でも今年は諦めようかなって」

純「なんで? 梓が一番後輩ほしいんでしょ? ジャズ研が羨ましいって言ってたじゃん」

梓「それは……後輩ほしいよ。それでも、私は今のメンバーでやりたい気持ちもあるっていうか……」


憂「バッチリ息があってるもんね。私も今の軽音部の演奏が好きだよ~」

手をあわせて、にこにこする憂。
それに「軽音部のあやしい雰囲気と結束力には中々入り込めないしね」と楽しそうに茶化す純。
いつもの井戸端会議に息をつく。
ふと目にした窓ガラスには桜雨に頬をうたれながら、あわないパズルを無理矢理はめたみたいに笑う私がいた。





――――――――――――――――――――




唯「おじゃましまーす」

梓「おつかれさまです。荷物もちますね」

唯「ありがとう」

梓「もう少しで家事が終わりますから、唯先輩はゆっくりしててください」

唯「私、手伝うよ?」


梓「え、いいですよ。唯先輩はお客さんなんですから。それに講習で疲れてるでしょう?」

唯「家事のお手伝いくらい、平気だよ。私がおじゃましてるんだし……ふたりでやればすぐ終わると思ったんだけど……」ションボリ

梓「……」

梓「じゃあ、お風呂の浴槽を洗っていただけますか?」

唯「!」

唯「うん!!」

梓「軽くで構いませんから。お風呂場はそっちのドアを開けて左です」

唯「わかったよ!」

梓「お願いしますね」


唯「……えへへ」

梓「何ですか、急に笑って」

唯「なんだか恋人同士の会話みたいだなぁって思って」

梓「ふふ、どちらかと言うと新婚さんぽいなって私は思いましたよ」

唯「うふふ」

梓「あはは」

梓「……」

梓「……え? こい……っ!」カアッ

唯「ん? しんこ……あっ」カァ

梓「あ、わ、私っ、洗濯物とりこんできますね!」

唯「う、うん! 私もお風呂ピカピカにしてくるよ!」



……


唯「あずにゃん、お風呂洗ってきたよー」

梓「ありがとうございます。麦茶どうぞ」

唯「わーい。いただきます」

梓「……」

唯「……」

梓「そ、そうだ。唯先輩、お夕飯何がいいですか?」

唯「んー……あ!」

唯「お好み焼きがいいな」

梓「お好み焼き……ですか」


唯「うん! 今日さー、講習の休憩中にね、ムギちゃんが『お好み焼きってなあに?』って聞いてきてね」

梓「ムギ先輩、お好み焼き知らないんですか。なんていうか、かわいい人ですね」

唯「……うん」

唯「そしたらね、りっちゃんが『やきそばの親戚だな』って答えて、ムギちゃんとっても興味持っちゃってさ」

梓「親戚って……またあの人はテキトウな事を」

唯「澪ちゃんも同じこと言ってりっちゃんにゲンコツしてた」

唯「それなら実物を見て食べようってことで、今度お好み焼き屋さんに行くことになったの!」


梓「でも唯先輩は今すぐ食べたくなった、と」

唯「ざっつらいと! さすが、あずにゃん」

梓「……まぁ、幸い材料はありますし。準備しますね」

唯「私、自分で焼きたい」

梓「じゃあ、リビングで一緒に焼きましょう。ホットプレート出しますんで」

唯「でっかいハート型を、あずにゃんに焼いたげるよ!」

梓「はいはい」



……


唯「……」

梓「……」

グチャア

梓「これはもうハート型云々以前の問題ですね」

唯「ちょ、ちょっと手元が狂っただけだよぅ」

クチャ

唯「あずにゃんって意外とぶきっちょなんだね」

梓「その台詞、唯先輩には言われたくなかったです」

唯「多少カタチがアレなだけで、おいしいね」モグモグ

梓「ですね」モグモグ


唯「でもこのままだと、皆でお好み焼き屋さんに行ったとき、私たち大恥かいちゃうよ」

梓「誰も唯先輩が上手に焼けると思ってませんよ」

唯「あずにゃん、しどい……。自分も焼けなかったくせにぃ」

梓「うぅ、そう言われると……すみません」

唯「許す!」

梓「……はぁ。あと一枚分残ってますけど、焼いていいですか?」

唯「うん! お任せするよー」

ジュー……

梓「もうひっくり返していいですかね?」

唯「そうだね。はい、ヘラ」

梓「ありがとうございます」


梓「……ふぅ」

唯「そーっと、そーっと……」

梓「うぅ……無理そう」

唯「……」

唯「あずにゃん、ちょっと失礼するよ」ギュ

梓「わっ、と。こんな時に抱きついてきて……」

唯「私がこうやって一緒にヘラを持つから、せーのでひっくり返そう」

梓「えぇ!?」

唯「早くやらないと焦げちゃうよ!」

梓「わ、わかりました」


唯「せー……」

梓「のっ」

クルッ ジュー……

唯「……」

梓「……」

唯「きれいに焼けたね!」

梓「はいっ!」

唯「すごい、すごい! もうこれお店に出せちゃうレベルじゃない!?」

梓「言い過ぎです!」

唯「そんなこと言って、あずにゃん『やったぁできたーうれしー』て顔してるよー」

梓「うっ……」

唯「よかったねぇ。かわいいねぇ」ナデナデ

梓「……」

梓「あの……きれいに焼けたのは唯先輩のお陰です。ありがとうございます」

唯「どういたしまして」ニコ



……


唯「んー……アイスおいひい」ペロペロ

梓「ほんと美味しそうに食べますね」シャリシャリ

唯「よし、このアイスをあずにゃんにお裾分けしてあげよう」

梓「いや、それ元はウチのですし」

唯「まぁまぁ、細かいことは気にしなさんな」

唯「はい、あーん」

梓「……あーん」パク

唯「おいしい?」

梓「うん」


梓「お返しに、こっちのアイスあげます」

唯「ありがとー」

梓「はい、どうぞ」

唯「あーん」パク

唯「あずにゃんのも、おいしいねぇ」

梓「口の周り汚れてますよ」

唯「拭いて~」

梓「言うと思いました。じっとしててください」フキフキ

唯「ありがと~」

唯「ふー……食べた食べたぁ」ゴロン


梓「寝っ転がってないで、勉強してください。受験生でしょう?」

唯「ご飯食べて直ぐだと集中できないもん」

梓「もう……。私が食器を洗ってくる間だけですよ? それまで私の部屋で休んでてください」

唯「了解~」

梓「ついでにお風呂にお湯を張ってきますね」

唯「わかったー」ゴロゴロ



……


梓「唯先輩ー、食休み終わりですよー」ヒョコ

唯「えっ、わひゃあっ」ササッ

梓「……何やってるんですか?」

唯「えっと……勝手にCD見てました。ごめんなさい」

梓「別に構いませんよ。気になったものがあれば、貸しますけど」

唯「どれかかけて良い?」

梓「いいですよ。でもその前に、勉強の準備して下さいね」

唯「え~……」


梓「勉強してるか見るように、憂からも言い付かってますから」

唯「わかったよぅ」ゴソゴソ

梓「夏期講習、大変そうですね」

唯「覚えることが多いからね」

唯「でも、澪ちゃんたちも一緒だから楽しいよ」

梓「……そうですか」

唯「あ、このCD……」

梓「律先輩に貸したやつですね。最近よく聴くんです。唯先輩も借りますか?」

唯「ううん」

唯「……私は、いいや」


唯「こっちのCDは何?」

唯「タイトルが、えーっと……あい、うぉんと……う~ん。あとは擦れててよくわかんないや」

梓「それ! 私の好きな曲を詰め合わせたものです」

唯「あずにゃんが全部選曲したってこと?」

梓「はい。最近見かけないと思ったら、そんなとこにあったんだ。唯先輩、よく見つけましたね」

唯「……これ、かけていい?」

梓「えっ? いいですけど、今時の流行りの曲は入ってませんよ。それに、ギターの技術とかも関係ないものばかりですし」

唯「スイッチオーン」ガチャ

梓「聞いてない……」


~~♪ ~~♪

唯「ねぇねぇ、この英語の曲はどういう歌なの?」

梓「いい加減、勉強に集中してください。夏休みの課題が全く進みません」

唯「これだけ教えて! 教えてくれたらバリバリやるから!」

梓「もう……」

梓「この曲は『あなたが居れば、一日がちゃんと終わるんだ』という歌です」

唯「あなたが居れば……一日が終わる?」

梓「平たく言うと『あなたが居れば、どうとでもやっていける』って意味ですね」

梓「ストレートに『好き』と伝えずに、『私にとってあなたは特別』だと歌ってるんです」


唯「とくべつ……」

唯「このふたりが歌ってる曲って他にあるの?」

梓「いえ、これっきりですね」

唯「そうなの?」

梓「はい。彼女たちが組んだのは一日限りで、この一曲だけを歌ったんです」

唯「ふぅん……」

~~♪

唯「……」

唯「ねぇ、あずにゃん。このCD借りて良い?」

梓「良いですよ。その代わり……なんて言いませんが、勉強がんばってくださいね」

唯「えへへ、ありがとう。約束するよ」



……


梓「そろそろお風呂、入りましょうか」

唯「はぇ? わ、なんだかんだで、もうこんなに時間が経ったんだねぇ」

梓「それじゃあ唯先輩、お先どうぞ」

唯「え? 一緒に入らないの?」

梓「……逆に訊きますけど、何で一緒に入らないといけないんですか?」

唯「あずにゃん家のお風呂って私の家とボタンとか蛇口の使い方が違うから、変な操作しちゃいそうなんだもん」

梓「そんな大袈裟な」

唯「えぇ~、何か起こってからじゃ遅いんだよ? 一緒に入ろうよ~」

梓「……」

梓「私、髪を洗うのに時間がかかりますよ?」



……


唯「ふぁ~、気持ちいいねぇ」

梓「そうですねぇ」

唯「あずにゃん、髪もお肌も良い匂いだねぇ」スリスリ

梓「ちょっ、と、唯先輩。くす、ぐっ……たいっ、です。やめて、ください!」

唯「ちぇ~」

梓「もう……」

梓「……」

唯「……」

唯「ねぇ、こっち向いて?」

梓「イヤです。というか、狭いから無理です」


唯「あーずーにゃーんー」バシャバシャ

梓「お湯が減るんで、暴れないでください」

唯「むー……あずにゃんがおとなしく抱っこされてるのはいいけど、顔が見られないのは嫌だなぁ」

梓「……」

梓「見せられるワケないじゃないですか」ボソ

梓「手をつないでてあげますから、今はこれで我慢してください」ギュ

唯「!」

唯「うん!」ギュ

唯「えへへ」


唯「あずあず♪ にゃんにゃん♪ あずにゃんにゃん♪」パシャパシャ

梓「変な歌を唄いながら、私の手で遊ばないでください」

唯「だって楽しいんだもん」

梓「犬ですか」

唯「わん! ゆいわんだわん!」

梓「ふふ、わんわん♪ ゆいわん♪ ゆいわんわん♪」パシャパシャ

唯「……え?」

梓「……あ」


唯「あずにゃんかわいい!! あずにゃんは、ゆいわんが気に入ったんだね!」ギュー

梓「違います! い、今のは、お湯があつくてのぼせただけです! 忘れてください!」

唯「やだ!」

梓「やだじゃなくて、忘れなさい!」

唯「あ、今ならあずにゃんの顔を見なくても、表情がわかるよ。あかくなっちゃったほっぺたを膨らませてるんだよね?」

梓「~~っ!! 先に出ます!」

唯「ふふ、私も出るよ~」



……


梓「唯先輩ー」

~~♪♪ ~~♪♪

梓「携帯鳴ってますよ」

唯「ほいほーい」

ピッ

憂『もしもし、お姉ちゃん?』

唯「もしもし、どうしたの憂ー」

憂『まだ早いけど、おやすみなさいの挨拶しとこうと思って』

唯「そっか。そっちで何かあったのかと思っちゃった」


憂『心配してくれて、ありがとう。でも、純ちゃんが一緒に居るから大丈夫だよ』

唯「えへへ、それもそうだね」

唯「そうだ! 冷凍庫にとっておきのアイスがあるから、ふたりで食べてね」

憂『うん。ありがとう』

唯「憂たちは今、何をしてるの?」

憂『えっとね……』

純『憂ー、問4は5<x<11?』

憂『残念。それだと絶対値の条件を満たしてないよ?』

純『えぇー……折角計算したのに……』

憂『純ちゃんファイト!』


憂『……お話の途中なのに、ごめんね。お姉ちゃん』

唯「ううん、ぜんぜんかまわないよ。夏休みの宿題してたの?」

憂『うん。純ちゃんがね、今年は私といっぱい遊びたいから早く終わらせるって』

唯「愛されてるねぇ」

憂『そうかな。えへへ』

憂『お姉ちゃんたちは何をしてたの?』

唯「私はテレビ観てたよー」

憂『あれ? 梓ちゃんは?』

唯「あずにゃんはギターのメンテしてる」

唯「あ、そうそう。憂、聞いてよ。さっきね、あずにゃんが私のことをゆいわ……」

梓「ちょっと唯先輩!!」

唯「あぅ、怒られた」


唯「憂ー。あずにゃんが、むくれて隅っこに行っちゃったよぉ」

憂『ふふ』

憂『……』

憂『お姉ちゃん』

唯「うん?」

憂『言った?』

唯「……」

唯「まだ」

唯「でも絶対言うよ。皆にも今日言うって約束したし、ふざけてるって思われて諦める覚悟もしたし、それに、それに……」

憂『お姉ちゃん』

唯「うい……」

憂『大丈夫。きっと、かならず、ぜったい、真剣に受け止めてくれるから』


唯「……」

唯「うん……」

唯「うん。ありがとう、憂」

憂『ううん。お姉ちゃんと親友の為だもん、当たり前だよ』

唯「……ん」グス

唯「怖くても、私、がんばるから」

憂『うん、うん』

憂『……ねぇ、お姉ちゃん。梓ちゃんに電話替わってもらえるかな?』

唯「ちょっと待ってね」

唯「あずにゃーん、憂が替わってって」

梓「憂が? わかりました」


唯「じゃあ電話替わるよ? 憂、ありがとね。おやすみなさい」

憂『うん。おやすみなさい、お姉ちゃん』

唯「はい、あずにゃん」

梓「どうも」

梓「もしもし、憂?」

憂『こんばんは、梓ちゃん』

憂『ごめんね。今日は』

梓「気にしなくていいってば。私の親も明後日まで居ないし、唯先輩が居てくれた方が……その、楽しいし」

唯「私も楽しいよ、あずにゃん!」ギュー

梓「あー、もう。唯先輩はアッチでテレビでも観ててください」シッシッ

唯「ちぇー、あずにゃんのけちんぼ」

憂『ふふふ』


梓「憂、何笑ってるのよ」

憂『ごめん、ごめん』

憂『……』

憂『ごめんじゃなくて、ありがとう、だね』

梓「……ありがとう?」

憂『私と純ちゃんがふたりきりになれるように、お姉ちゃんも梓ちゃんも今日のお泊まり会を断ったんだよね?』

梓「……さあ? なんのことか、わかんないよ」

憂『それでも、ありがとう』

憂『梓ちゃんも、がんばってね』

梓「……」

梓「なんのことか、わかんないよ。憂」


憂『……そっか』

憂『梓ちゃんも、隠し事が下手だね』

純『そうそう。いいかげん、梓は良い子ちゃんの仮面を捨てちゃいな』

憂『わっ、純ちゃん』

純『もっとわかりやすく生きなさいよ』

梓「何それ……どういう意味よ」

憂『駄目だよ。純ちゃん』メッ

純『むぅ』

憂『梓ちゃん、ごめんね』

憂『そろそろ切るね。おやすみ、梓ちゃん』

梓「……おやすみ」


ピッ

梓「唯先輩、電話お返しします」

唯「憂、何か言ってた?」

梓「…………いえ、特に何も」

唯「そう」

梓「喉が乾きましたね。私、飲み物持ってきますけど、何がいいですか?」

唯「私も一緒に行くよ」




……


唯「あずにゃんや」

梓「決まりましたか?」

唯「これ、飲んでみたいなぁ」

梓「駄目です」

唯「なぁんでー!?」

梓「わかってて言ってますよね? お酒は二十歳を過ぎてからです」

唯「でもでも、チューハイって美味しそうじゃない? 一度くらい飲みたいって思ったことあるでしょ?」

梓「それは……確かにありますけど」

唯「だよね!!」

梓「でも、今とその時は別です! しまってください」


唯「……ごめん、もう開けちゃった」

梓「へっ?」

唯「ごめんなさい……」シュン

梓「はあ、開けてしまったのなら仕方ありません。飲んじゃってください」

唯「えっ。だってさっき……」

梓「捨てるのも勿体ないですから。それに、咎める人も今はいませんし」

唯「じゃあさ、あずにゃんもコレ一緒に飲もう?」

梓「……そうですね。共犯の方が逆に気が楽です」

唯「えへへ、あずにゃんも実は飲みたかったんだねぇ。最初っから言ってくれればよかったのにぃ」

梓「捨てちゃいますね」

唯「のぉぉおぉおお!!!!」



……


唯「それでは、初めてのお酒いただきます」

梓「いただきます」

唯「……」ゴクリ

梓「どうですか?」

唯「う~ん、あまい……かな。ほい、次あずにゃんどうぞ」

梓「ありがとうございます。……ジュースみたいなものかな?」ゴク

梓「ん! ……にが」パス

唯「えっ? 全然にがくないよ?」コク

梓「にがいですよぉ」

唯「ふふふ~」


梓「……今『あずにゃんはお子様だなぁ』って思ったでしょう?」

唯「ぜーんぜん」

梓「その目は、ぜったい嘘ですね」

唯「まぁまぁ。ゆっくり飲んでいったら慣れるよ、多分」

梓「……そうですね」チョビ

唯「あ、テレビのチャンネル回していい?」

梓「はい。どうぞ」

唯「このドラマ気になってたんだー」コク

梓「確かに役者も良いし、おもしろいですよね」

梓「……」チョビ

梓「あの、ものすごく今更なんですが」

唯「んー?」ゴク


梓「何で私の後ろに座ってるんですか? テレビ観るなら隣に座った方が観やすいですよ」

唯「じゅうぶん観やすいし、何よりあずにゃんをこうやってぎゅーっと抱きしめるからココでいいんです!」ギュー

梓「はぁ、まぁわかってましたけど」

唯「もしかして、嫌だった?」

梓「嫌ならとっくにひっぺがしてますよ」チョビ

唯「つまり?」

梓「唯先輩に抱っこされるのは嫌いじゃないです」

唯「じゃあ、すき?」

梓「……そういうことにしときます」

唯「んへへ~」コクリ

梓「だらしのない笑い方ですね」


唯「だって、あずにゃんの好きって気持ちがうれしいんだもん」

梓「なんで直ぐそういうコトを言うんですか……」チョビ

『君が好きだよ』

『私もあなたが好きなのっ』

唯「おぉー……」ゴク

梓「憂と純もこんなかんじだったんですかね」

唯「……」

唯「あのね、あずにゃん……聞いてくれる?」

梓「はい? 何ですか?」

唯「私、好きな人がいるの」

梓「えっ」

唯「うんとね、憂は妹として一番好きだし、和ちゃんは親友として一番好きで、純ちゃんは妹の恋人として一番好き」

梓「……ああ、そういうことですか」


唯「澪ちゃんはかっこよくて頼りになる友達の一番好き、ムギちゃんはかわいくて笑顔がやさしい友達の一番」

唯「りっちゃんは一緒にふざあえる友達として一番、あずにゃんは」

梓「『後輩として一番』ですか?」

唯「……」

梓「唯先輩をみてると、人は一度に大勢を愛せるんだなって思います」

唯「うん。憂やりっちゃん達、それにあずにゃんが教えてくれたんだよ」

唯「最愛の人は、この世にひとりしかいないってことも」

唯「……」

唯「あのね、あずにゃん――」


梓「最愛の人を逃したら、どうするんですか?」

唯「え?」

梓「最愛の人を見つけても、覚悟も勇気もないとしたら? しあわせになれないとしたら? 目の前から離れていったら?」

梓「そんなの、かなしすぎるじゃないですか。そんなの、初めから望まない方がいいじゃないですか」

唯「……」

梓「この話はやめて、テレビ観ましょう」

梓「私、この男優さんが好きなんですよね」

唯「……私の方が、好きだもん」


唯「私の方が、あずにゃんのことずっとずっと大好きだもん」

梓「……唯先輩、酔ってますね」

唯「酔ってない」

梓「酔ってますよ」

梓「やっぱり、お酒を呑むなんて間違ってたんです」

梓「もう寝ましょう。ほら、離れてください」

唯「やだ」

梓「唯先輩」

唯「離したくない」ギュ

梓「じゃあこのままでいいですから、立ってください。歯磨きして、寝室に行きましょう」

唯「……うん」



……


梓「私は両親の部屋で寝ますから……」

唯「だめ」ギュ

梓「……」

唯「あずにゃん、お願い」

梓「離してください」

唯「……」ギュー

梓「電気、消せないでしょ?」

唯「……」パッ

カチ


梓「失礼します」

唯「……うん」

梓「もう少し、そっちに寄っても大丈夫ですか?」

唯「……ぅん」

梓「暑くないですか?」

唯「……ん」

梓「お酒、明日には抜けるといいですね」

唯「…………ん」

梓「明日も夏期講習がんばってくださいね」

唯「……」

梓「唯先輩? もう寝ちゃいましたか?」

唯「……」


梓「おーい」

唯「……」

梓「唯先輩」

唯「……」

梓「唯センパイ」

唯「……」

梓「ゆいせんぱい」

唯「……」

梓「……ゆい」ナデナデ

唯「……」

梓「好き」ギュ

梓「どんなかたちでも、好きって言ってくれて嬉しかったよ」


梓「唯先輩が、大好きだから」

梓「私にとって最愛の人は唯先輩です」

梓「えへへ、言っちゃった」

梓「はぁ……酔ってるな、私も」

唯「……」

唯「……」

唯「ごめんね」

梓「!!」

梓「起きてるじゃ、ないですか」

唯「うん……あずにゃん、あのね」

梓「寝言、うるさかったですよね?」

唯「えっ」

梓「す、みま……せん、……」グスッ


唯「あずにゃん、泣かないで」

梓「泣い、てません。よだれ、です」

唯「……」

唯「ごめんね」

梓「あやまらないで……ください」

唯「うん……」

梓「ごめんなさい、唯先輩」

唯「……」

梓「迷惑かけて、傷つけて……好きになって、ごめんなさい」

唯「……あずにゃん」

梓「おやすみなさい」

唯「あず……」

梓「……」

唯「……」

唯「おやすみ」





―――――――――――――――――――




あの日は、ひとつの節目だった。
知られまいと厳重に隠してきた心情は、あっさりとあの人に知られてしい、あの人の気持ちも知ってしまった。
結局、酔ったうえの戯れ言と片づいたが、たとえ素面であっても私には応えることはできなかっただろう。
特別好きな人が私のことを、ただ好きと言ってくれた。
それだけで、あまりにも充分すぎたから。
わざわざ彼女に重荷を背負わすことなど、耐えられない。
あの人を好きになるほど、心の内を暴かれ醜さが増していく。


笑って欲しい、傍にいたい、抱きしめられたい、好きだと言って欲しい――。
本音を言うと、こんなきたない現実の私を知られた時、同じように好きだと言われる自信がない。
それどころか、あの笑顔が消えてしまうのが怖かった。
だからこのまま、仲の良いただの先輩後輩のままで居たかった。
なのに、私たちは仲良くなったぶんだけ、離れていく。
以前はどんなふうに笑っていたのか、どうやってあの人に触れられていたか、わからなくなっていた。
何も知らなかった頃に戻りたい。


強く願えば願うほど、あの人との間には見えない隔たりができていく。
それは言うなれば、紙のように薄いが、真綿が水をどんどんと吸って徐々に重くなるような厄介な壁だ。
壁の崩し方なんて私は知らないのだから、もうどうしようもなかった。

梓「じゃあ私、部活行くから」

純「ほーい、また明日ね。梓」

憂「梓ちゃん、ばいばい」

梓「ばいばい」

軽く手を振り、ふたりから足早に離れる。
憂と純も、あの日からかわった。
私たちとは真反対の方向へ。


お互いを包む雰囲気だとか、やさしい目つきだとか、深みのある声が、すべてを物語っている。
それを素直に喜べない自分が一片でも棲んでいるのが、たまらなく嫌だった。
そんな私へ、いつも何か言いた気な顔を向ける親友たち。
その度に、いたたまれなくなり目を逸らしてしまう。
階段を一段ずつ登るごとに、ギシギシと鳴る音で耳が痛くなる。
残り数段で部室というとこで、聞き覚えのある話し声に気がついた。
思わず生唾を呑む。
ここまできて、今更引き返すわけにはいかない。
握ったドアノブは、ひどく重く冷たかった。


梓「こんにちは」

澪「梓か。おつかれ」

梓「お疲れさまです。澪先輩」

真っ先に声をかけてくれたのは、椅子に座り振り返る澪先輩だった。
次に、ティーポットを傾けるムギ先輩。

紬「梓ちゃん、おつかれさま~。直ぐにお茶を淹れるわね」

梓「ムギ先輩、ありがとうございます」

いつものように鞄を長椅子に置いて、いつものようにギターを立てかける。
ほとんど反射で見てしまった本来居るべき人の居ない席に、疑問がもちあがる。
すると、お行儀悪くフォークをくわえた律先輩があっさりと解決してくれた。


律「おつかれさん。唯は大道具の手伝いに駆り出されてるから、今日は来ないぜ」

梓「そう、ですか……」

律「おいおい、そんなにガッカリした顔すんなよー。唯が気になるのは、わかるけどさ」

そう言われて気が付く。
確かに、私は落胆していた。
あの人が居なくて、どこか胸をなで下ろしている自分にだ。
出来る限り平静を装いながら、何処か不安気な目で私を見上げるトンちゃんの餌箱へと手をのばす。

梓「何言ってるんですか、律先輩。それよりも、みなさん今日は部室に集まって何かあったんですか?」


文化祭まで日はないのに、主役二人と脚本監督が揃って練習に出ないなんておかしい。
至極当然の質問をしたつもりだが、先輩方はおちゃらけるのをやめて急に真剣な顔つきになった。

律「梓に見てほしいものがあってな」

梓「見てほしいもの?」

紬「そうなの。私がオリジナルで書いた部分の感想を聞きたくて」

梓「えっ、でも……」

本番での演技を楽しみにしていただけに、返事を躊躇してしまう。


加えて何故私に頼むのか、それならクラスメイト、もしくは別クラスの友達でもいいじゃないかと、私のひねくれた部分が顔を出す。
しかし先輩方は返答を予想していたのか少しも折れることなく、もう一度頭をさげた。

澪「私たちは梓に頼みたいんだ」

断ることなんて、出来るはずがなかった。



――


律「あぁロミオ様、今宵も私たちの苦しみをお話致しましょう」

胸の前で手を組み、律先輩は澪先輩に哀願の表情を向ける。
なんだ、意外にも中々熱の入った演技じゃないか。
失礼とわかりつつも、ついそんなことを思ってしまう。
気づかれないように咳払いをひとつ。
誰に言われることなく、私は背を伸ばし居住まいをただした。

澪「も、もちろんだとも、ジュリエット」

ジュリエットに扮する律先輩の手をとる澪先輩も、声が上擦ってはいたが、同じく力の入った演技をみせる。


澪「私たちの仲間である、ユイとアズサの悩みを今日こそ解決してみせよう」

梓「なっ!?」

短い悲鳴が、たまらず出てしまう。
だって、『ロミオとジュリエット』に『ユイ』と『アズサ』という名前が出てくるなんて聞いたことがない。
きっと、いや、絶対に先輩方のおふざけだろう。
ムギ先輩に文句のひとつでも言おうと視線を投げかけるが、当人は人差し指を唇に当てて「静かに」のポーズ。
いたずらっ子みたいに眼を輝かせて微笑んでいる。
かわいらしくウインクを飛ばして、ついにはデタラメな『ロミオとジュリエット』の舞台へと混じっていった。
残された私は空を噛み、演技に魅入る術しか残されていない。


紬「こんにちは。じゅりっちゃん、ろみおちゃん」

律「あぁ、ムギか」

澪「今、アズサとユイの話をしてたんだ。ムギも一緒にふたりのことを考えてくれるか?」

紬「えぇ、もちろん! 私にできることならなんでもするわ」

澪「ありがたいな。ムギが協力してくれて、助かるよ」

律「おい、あたしは!?」

澪「ばか。私はいつだって律を頼りにしてるだろ」

律「なっ……わ、わかってたし! 全く、澪はあたしが居ないと駄目だな!」

澪「その言葉、熨斗をつけて返すぞ」

律「なにおぅ!」


紬「ふふ、あらあらあら。仲良しさんなのは良いことだけど、そろそろ本題に移りましょう」

律「そ、そうだな」

澪「先ずは唯と梓の気持ちを優先させたいな。私は無理に手を出して、ふたりの関係が悪くなるのは絶対に避けたいんだ」

紬「そうね。ふたりが私たちに何も言わないなら、助けてって口に出すまで黙って待つ方がいいのかもしれないわ」

律「でもなぁ。そう決めたのはいいけど、見守るだけって……すこし歯痒いよな」

澪「うん?」


律「唯は夏休み入ってから急にだんまりになっちまうし、梓も色々抱え込んでるみたいだしさ……。無理にでも、ちょっとくらい話を聞けたらなって思う時があるんだ」

澪「ん……まぁな」

紬「私たちじゃ頼りないかもしれないけど、力になりたい気持ちは伝えきれないくらいあるものね」

律「な? 梓」

三人が三様にやさしく微笑むのを、私は暗澹とした気持ちで眺めていた。
先輩方にも、とうにバレていたのだ。
いつからか、どこまで知られているか、なんていうのは問題じゃない。


周りに些細でも察知された時点で、私の思惑は瓦解してしまっていたのだから。
けれども、私が自分の口から内情を言うことはできない。

梓「あんまり……うまくないですね」

なんとか振り絞って出した声は、ひどく音程が狂っているのが自分でもよくわかる。
それでも尚、私は毅然と振る舞おうと努力する。

梓「おかしいですよ。登場人物も、お話も」

澪「なぁ、梓。私たちは梓を責めてるんじゃないんだぞ」

律「あたしらの気持ちを分かれなんて言わない。分からなくても別にいい。ただ、知っていて欲しいだけなんだ」


紬「そうよ。私たちはね、唯ちゃんと梓ちゃんが、とってもとっても大切なの」

あぁ、痛い。
先輩方の想いで、チリチリと身が灼けるようだ。
塗り固めた嘘は、最早皮ごと引き剥がすしかなくなっていた。
最愛の人、親友、先輩。
それに親にも、先生にだって……。
まるで災厄のように迷惑をふりまいて、どうして想いを打ち明けられる?
だから絶対、誰にも言うもんか。

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