【モバマス・オリキャラ注意】俺「俺の家族がアイドルになった」 (84)

こんばんは、ご無沙汰です。
今回はもうエンディングまで書いたので、ダッシュで走りきるつもりでいます。

諸注意です。

このSSにはオリキャラ、独自設定、その設定すら崩壊などが含まれています。

まだ不慣れな為、見苦しい部分が多々あるかと思います。ご了承ください。

このSSはシリーズものです。
お手数ですが、前作の 俺「俺の友達がアイドルになった」、僕「僕のお姉ちゃんがアイドルになった」をご一読ください。

読んでいただいている方、ありがとうございます。正史は、全て最初のエンディングです。

また、これは『佐久間まゆという転校生』という他作者のSSの影響を受けて作成したものです。
とても面白い作品だったので、こちらも是非お読みになってみてください。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1394890717

俺「……」スタスタ

男A「おいおい、やべえよあれ……」ヒソヒソ

男B「あの見た目、間違いねえ……」ヒッソォ

男C「あれだ、オジキとか真顔で言ってる奴だ……」ヒソヒソォ


女A「ヤダ、こっち見てない?」ヒッソヒソ

女B「目合わせちゃダメ!」ヒーソヒソッ


俺「……」スタスタ

 街をスーツ姿で歩いているだけでこれである。
 俺は、本当に神様に嫌われているのだろう。そう毎日呪いながら生きてきた。

 まず俺自身のこと。
 この世の強面のイメージを固めたような、三白眼と眉間の皺のコンボ。
 日焼けし、直らないしかめっ面と組み合わさって、見た目はヤクザそのものである。
 些細なことだが、俺の苗字『竜崎』というのも俺のイメージに関わっているだろう。
 公の場に出れば例外なく、俺を中心にして周りに空洞が出来上がっていた。

 続いて、俺の周りのこと。
 俺の家族は、俺が小学生の時点で崩壊した。
 きっかけは、母親の不倫。
 多くの男を引っ掛けていたらしく、それが露見した瞬間に離婚、雲隠れした。
 真面目だったはずの父親はそれを節目に弱り始める。
 そしていつの間にか仕事をやめ、酒を飲みテレビを見るだけの人形となっていた。

 父親の溜めた貯金とバイトでなんとか食いつないできた俺。
 高校を卒業すると同時に、座ったまま動かない父親を置いて家を出た。
 ……一応、父の金で食べてきた訳だから、就職したら仕送りするとだけは言った。

 ため息をつきたくなるのを抑えて、我慢我慢の日々を乗り越え。
 俺は一応、自由の身となった。
 高校は将来に役立つ工業系に行っていた。
 そこで、就職に困らないよう高い成績を取ったことが功を奏したのだろう。
 就職に困るどころか、高卒にしてはオーバーなくらいの、県外の企業に就職できた。
 ……面接官を脅したみたいな目で見られたことを除けば。

 仕事も必死でこなした。大体現場、時々事務仕事みたいな電気系の仕事である。
 ブラックといっても差し支えないほど働かされているような気もしたが、それでも必死に食らいついた。
 ここまで我慢したのだ。たらふくうまい飯を食べてのんびり過ごしたかったのである。
 初めの頃は疲労で、帰った瞬間眠ることもあったが、日々を送る内に慣れていった。
 初めて給料をもらった時は感動した。父の口座に少し振り込んだが、気付いただろうか。

 ヒエラルキーで言えば、勝ち組と負け組の境目あたりだろうか?
 しかしこれまでの生活からしたら、十分などんでん返しだ。
 俺はこの生活に満足していた。
 毎日働き、同僚と飲みに行き、休日は大体ごろ寝する。
 これだけで幸せだった。

薫「」ポツーン
俺「」ポカーン

 そこに小石どころか大岩が投下される。

 事情を聞くに、何やら込み入った事情があるようだ。

 取り敢えずこの少女、竜崎薫は、この苗字のとおり俺の親戚だという。
 加えて、境遇がどうにも似ているらしい。
 母親は病弱で、薫を産んだ日に他界。
 父親はそれでも頑張っていたらしいが、ストレスによって精神を壊す。
 薫を虐待し、それが明るみに出たのがをきっかけに、薫は一人ぼっちになった。
 とにかく、父親の元に戻す訳にもいかない。
 そして面倒事を嫌った親戚一同のたらい回しによって、そのお鉢が俺に回ってきたという訳だ。
 なんて面倒なことを、と思ったが、今更どうにもならないということ。
 そして、

薫「…………」ジー
俺「……」タジタジ

 重ねていうが、境遇が似た者同士だったこと。
 同族に対する憐憫というと偉そうだが、それに近い感情があった。
 だから、どうにも断りきれなかった。



 とにかく、やってみよう。
 保育園からという訳でもない。小学校に行かせて、俺は働いて飯を多めに作る。
 それくらいでいいはずだ。
 俺は結局薫を受け入れた。

俺「お、おい、薫―?」

薫「」ニゲル
 「……」ジー

俺「と、とりあえずこっち来いよ。お前と話がしたい」

薫「……」

俺「……」



 こんな感じで、初めの頃は全く寄り付いてこなかった。
 タイミングを見計らって話しかけても、わざわざ毎度扉の近くまで逃げるほどだ。
 仲良くなろうとしていた俺も、日々の仕事の疲れもあって面倒くさくなり、薫と会話をかわすことはほぼなくなった。よほど重要なことがあった時のみ、必要最低限の口数で話した。
 虐待が思わぬ所で躾となっていたのか、厄介事が起きることは殆どなかった。
 過度に触れ合うことなく、取り敢えず御飯を与えてやればいい。
 時々物欲しそうな顔をしたら、その時買い置きのお菓子をやる。
 触れ合うこと自体も、俺の帰りが遅くて少ない。

 そうして、一年くらい経った頃。
 俺は珍しく、早くに帰ることができていた。

俺「ただいまーっと」

薫「……」モジモジ

俺「……なんだ、やけにそわそわして。チョコが欲しいのか?」

薫「……お、おかえり! おにぃちゃん!」ニコッ

俺「」
 「!?!?」

薫「おにぃちゃん、どうかした?」

俺「あ、あぁ、ただいま」
 「……急にどうした?」

薫「あ、その、ね、おにいちゃんは、いたいことしないって分かったから」
 「だから、仲良くなって、もっとおはなししたいなーって!」

俺「お、おう」

薫「最近おにぃちゃんがかえってくるの遅かったから、おしゃべりするチャンスがなくて」
 「だから、今日はいーっぱい、お話しよー!」

俺「あ、ああ」ポカーン

薫「それで、学校でねー――――」

俺「おう、おう」コクコク


 薫が話し始めて、かれこれもう一時間以上経つ。一体いつまで話すつもりなんだろう?
 ……まあ、それもそうか。今の今まで、薫はずっと話の種を溜め込んできた訳だし。
 それに、まだ薫は小学生。誰かに甘えたい年頃のはずなのだ。
 何がきっかけでこうなったかは分からないけれど、だが今、こうして一気に解放されている。
 話せば話すほど、俺はそれだけ薫に退屈な思いをさせていたという指標になる。
 そう思うと、少しずつ罪悪感が湧き上がってきた。


薫「……」

俺「……おう? どうした、黙り込んで」

薫「おにぃちゃん、なんかいやそうな顔してる」
 「ごめんね。かおるの話、おもしろくなかった?」

俺「い、いや! そういう訳じゃない!」
 「ただこうして話を聞いてると、お前に辛い思いをさせてたんだなって」
 「お前が誰かと話したかったことに気づけなかったんだなって、そう思って」
 「なのに、俺はでくのぼうみたいに突っ立ってて」


 ようは、何故逃げていたか。……いや、何故あんな逃げ方をしていたかだ。
 俺が話しかけようとしたら、わざわざ離れていた。
 つまり、話しかけられる位置にずっといたということだ。
 本当に嫌だったら、まず視界に入らない位置にいればいいのに。
 近づく勇気が足りなかっただけで、話すこと自体を嫌がっていた訳ではなかったのだ。

薫「……?」

俺「いや難しいこと喋ってたな。ごめん」
 「ようは、嫌な思いさせちゃってごめんな、ってことだ」

薫「……うーん、えっとね」
 「たぶん、今はかおるがごめんなさいしなきゃいけないんだと思うの」
 「だって、かおるはおにぃちゃんのことをこわがってた」
 「おにぃちゃんはいっぱい話しかけてくれてたのに」

俺「違う。俺がお前を……」

薫「かおる、ぜんぜんいやじゃなかったよ?」
 「だっていたいことはされないし、ごはんはあったかいし」
 「それだけで、かおるはしあわせだったの!」ニコ

俺「」


 本当に、薫は辛い思いをしてきたのだろう。
 当たり前にある幸せを持たず、今まで生きてきたのだろう。
 当たり前のことを言う薫の浮かべる笑顔は本当に幸せそうだった。
 だから悲しくなった。


俺「……なあ」

薫「なぁに?」

俺「これからは、もっと俺と話そう」
 「何もなくたって話しかけてきてくれていい。むしろしてくれ」
 「どうしたって俺が聞き返して、何もないよって笑ってくれたら、それでいい」
 「俺たちは二人だ。これからずーっと一緒だ」
 「辛いことはもうお腹いっぱいだろ? だから、俺が全部食ってやる」
 「これからは楽しいことばっかりだ。……嫌なことは、もうしなくていいんだ」ナデ

薫「あ……」
 「う……うぅ……」ブワ

俺「あ、す、すまん! 何も考えずに触っちまって」バッ

薫「いいの!」
 「かおるね、かおるね、ずっとだれかとおしゃべりしたかったの」
 「だから、すっごくうれしくて!」グス
 「あれ、あれあれ、かなしくないのに、いやじゃないのに」
 「なみだ、とまんないよぅ……」ポロポロ

俺「」ブワ


 心の隅をくすぐられるような感じがして、俺は久々に思い切り泣いた。
 涙を流しながらも、薫はずっと笑顔だった。
 誰かと話せることを、嬉しいことにしてはいけない。
 それが普通であると教えなければならない。俺は強く決意を固めた。

 それから俺たちはよく話すようになった。
 ようやく打ち解けることができて、俺は一つ、心のつかえが取れた気がした。
 薫が帰ってくる時、出迎えてくれる。
 それだけで一日の疲れが吹っ飛ぶようだった。
 妹、というよりは、なんだか娘ができたような気分だ。
 その日、俺は薫にお菓子を作ってあげた。クッキーとシュークリームだ。
 娯楽になって、お腹も膨れて、言葉通り二度美味しいお菓子作りという趣味は、俺にぴったりだったのだ。暇つぶしにもなる。
 といっても本格的にやっている訳ではなく、思い立ったらやる程度。
 クッキーはまずまず、しかしシュークリームは膨らまなかった。
 それでも薫は食べてくれた。美味しいと言って笑った。
 だから俺は、暇さえあればお菓子の練習するようになった。


 時が経ち、日々を重ねて行って。
 今日は小学三年生の運動会だ。


目覚まし「」ジリ……

薫「」バシ

目覚まし「」

薫「」ムフー
 「おっはよー!!」バサ

俺「ぅお?」
 「……あぁ、薫か。今何時だ?」

薫「6時20分! おにぃちゃんが目覚ましかけてる時間ちょうどだよ!」

俺「おぅ、そうか。起こしてくれてありがとな」

薫「えへー」

俺「よし、んじゃ朝ごはん作るかー」

薫「つくるかー!」グッ



俺「うっし、じゃあ薫はごはんついどいてくれ」

薫「はーい!」

俺「今日は運動会だからな。一杯食って、楽しんでこいよ」
 「俺も今日はお休み! 弁当はとびきりうまいの作るからな!」

薫「わーい!」バンザーイ

俺「」フフフ
 (あー、やっぱ薫の笑顔を見ると和むなー)ポヤー
 (親バカ? 知ったこっちゃねえや)

薫「かおるね、かおるね、ミートボール食べたーい!」

俺「よっしゃ。じゃあ多めに入れとくな。ほかは?」

薫「おにぎりいっぱい食べたい!」

俺「おし。それじゃあ後は野菜だな」

薫「えー? かおる、トマト嫌い……」

俺「だーめだ。ちゃんと野菜も食べないと体に悪いぞ?」

薫「むー。嫌なこと言うおにぃちゃんもきらーい」

俺「き、きら……ごほん。俺が嫌いでも、野菜は嫌いになるなよ」

薫「ちぇー」プクー

俺「んなことしても無駄だぞ」

薫「……ふふっ。やっぱり、おにぃちゃんとおしゃべりするの、たのしいなっ!」ニコ

俺「おう、嫌なことはもうなしだからな」

薫「えへへ」ニカ

~飯後~


薫「それじゃあ、さきにいってるねー!」

俺「おう。後で行くからな」
 「帰ってきたら、ケーキ作るから」

薫「わーい! それじゃあいってきまーす!」

俺「……」
 「よし。そいじゃ、弁当仕上げるかー」
 「それと、ケーキの仕込みもしとかないとな」



~小学校~

俺onバイク「」ブゥゥゥゥン

アナウンス「次は、3年生の――――」

俺「む、ちょうどいいタイミングでこれたみたいだな」
「確か、障害物リレーだったな。薫も出てたはずだ」
「急ぐか」タタタ



アナウンス「第二走者に渡ります。2組、竜崎薫さん――――」

薫「」ソワソワ
 「」キョロキョロ

俺「お、来たみたいだな」

近くの奥様方「ヒソヒソ」

俺「……」

俺(まあ気にしないでおくか。応援しに来ただけ、やましいことなんかねえ)

俺「薫―! 来たぞー!」

周り「」ビクッ

薫「」パァァ
 「がんばるよー!」ブンブン

俺「おう! って後ろ見ろ後ろー!」

薫「うしろ、わわっ、もうきてた! おにぃちゃんありがとー!」

奥様A「お兄ちゃんですって」ザワザワ

奥様B「そうは見えませんわね」ザワザワ

俺「俺は気にすんなー! さっさと準備しろー!」

薫「う、うん!」

男子「薫ちゃん! はいっ!」

薫「うんっ!」パシ

俺「薫―! 頑張れー!!」


その後一度抜かれるものの、最後の網くぐりで、相手の動かす網をそのままくぐる機転によって逆転。薫が勝利を収めた。
満面の笑顔でこちらに向かってきた後、いいタイミングで腹の虫が鳴り、赤面していたのがナイスだった。


 ~午前の部消化~


薫「おにぃちゃーん!」

俺「おう、来たか。一応ちっちゃいけど、場所は取っといたぞ」
 「にしても、いいのか? 俺の所にきて。友達の所で飯食ってもいいんだぞ?」
 「一応、弁当は分けてきてあるからな」

薫「ううん、かおるはおにぃちゃんといっしょがいいー!」

俺「そうか? ならいいけど……」
 「じゃ、ほれ。ここ座れ」ポンポン

薫「はーいっ」

俺「これがお前の分」ポイ

薫「ありがとー」

俺「それじゃ、いただきまっす」

薫「いただきまーす!」
 「もぐもぐもぐもぐ」ガツガツ

俺「おうおう、そうやってがっつくな……って、もう口が汚れてる」ハァ
 「はーいこっち向けー」

薫「んー」

俺「そのままで待ってろよー」ゴシゴシ
 「よっし、オッケー」

薫「ん、ありがとー!」
 「もぐもぐもぐ」ガツガツ

俺「っておいまた……はぁ。ま、いいけどな」

薫「えー?」ベタァ

俺「……やれやれ」



アナウンス「午後の部が、午前一時より開始されます。初めは、各組代表の借り物競走です――」


俺「お、そろそろ出番だぞ」

薫「うん! それじゃあ、行ってくるー!」トテテ

俺「おう、もう一回勝ってこいよ」

薫「うん!」
 「……あうっ」コケッ

俺「……心配だ」

スターターピストル「パァン!」

アナウンス「さぁ、始まりました借り物競走ですが、トップは紅組みたいですね」

俺(確か、薫は最後の組)
 (ん? なんか、一人の男子とやけに喋ってる……というか、喋りかけられてる?)
 (……ふむ。すこぉし、頭の隅に置いとくか)
 (少しでも触れようとしたら……ククッ)

俺「くくっ、ふふふ……」ニタァ

奥様方「」ヒッソヒッソヒソォ

俺「……はっ」キョロキョロ
 「お、落ち着こう。子供相手に何考えてんだ」
 「と思ってる間に、もう薫の番が近いな……」

薫「」ガチガチ

俺「あー駄目だ、凄い緊張してやがる……」


ピストル「パァン!」

薫「ッ!」ダッ
 「あ、あわわわ!」コケ

俺「あぁ、コケちまった!」
 「どんどん差が開いてく……」
 「でも借り物競走だ、まだまだ分からん……」ギリリ

 差がついたまま、白組の男子が先に借り物を指定する紙を見る。
 ってあの男子、さっき話していたやつじゃないか。
 しかし迷っているのだろうか? 首を捻り……しかし一度頷き、走り始める。
 そこで、ようやく薫がたどり着いた。そして紙を見る。

薫「……!」
 「」ニカッ

俺(……ん? 薫が急に笑顔になった)
 (そして迷いなく走ってくる。方向は……まっすぐこっち?)

薫「……ぉにいちゃーん!」ダダダ

俺「ん、俺?」

薫「とにかく、早く来てーっ!」

俺「お、おう!」バッ
 「俺を選んだってことでいいんだな、じゃあ走るぞ!」

薫「うん!」

俺(あいつは……もう相手を見つけて、走ってやがる!)
 (勝つ為には手段は選べない!)

俺「薫! じっとしてろよ!」ガバッ

薫「わ、わわっ!?」

俺(薫をお姫様だっこした俺は、一心不乱に走った)
 (仲良く手を繋いでいる向こうと、運動不足ながらも全力で走るこちら側)
 (差はどんどん縮まっていく)

アナウンス「赤組、早い! というか大の大人があんなことしていいんでしょうか!」
 「なんというか、大人気ない!」

俺「うっせええええ!」

アナウンス「うわっ怖い! マジです! 強面のお兄さんがガチで走ってます!」
「すいませーん、ここ小学校の運動会ですよ!?」

俺「ちぃっ、あのアナウンス後で蹴っ飛ばしてやる……」

アナウンス「サーセン」

俺(……なかなか耳がいいな)

薫「あは、あはははは! 早い、はやーい!」

俺「そっ、そうか!? よーし、じゃあもっと早くするぞー!」
 「…………」ドドドドド

薫「わーい♪」キャッキャッ

アナウンス「さらに怖い! 真顔で走ると、なんというか本物って感じだぁ!」


白組「はぁ、はぁ、後少しですよ」ニカ

おじいさん「すまんのう、あまりワシは足が動かんくてな……」

白組「別に大丈夫ですよ、結構な差が……」

俺「」ドドドドド

白組「うわ怖ッ!?」
 
俺「すまんな、負けられんから覚悟しろッ!」ドドドドド

白組「う、うわあああああああ!」

俺「はぁ、はぁ」

薫「あは、あははは! あー楽しかった!」

俺「おう、よかったな……」
 「俺は、疲れた……」ドサ

薫「あ、おにぃちゃん大丈夫!?」

俺「……」

薫「ふふ……ありがと、おにぃちゃん♪」ニカ

俺「」ポヤー
 (が、頑張って、よかった……)
 「そうだ、そういえばお題はなんだったんだ?」

薫「えっ?」
 「かおるの、今一番好きな人だよ!」

俺「」
 「」ブワ

薫「うわっおにぃちゃん、急に泣いちゃった!」
 「痛いことしちゃった? ごめんね?」

俺「いや、いいんだ……うん……」グス
 「ありがとな、薫……俺は、幸せだ……」


 周りからは奇異の目で見られていたが、そんなものは気にならない。
 疲れも、日に輝く薫の笑顔で吹き飛んだ。

 それからは特に薫が出場する種目もなく、運動会は終了する。
 俺は帰宅は早めになとだけ薫に言って、家に帰った。
 ……疲れはないが、筋肉痛は持ち帰ることになるだろう。

~その頃~


P「ふー、やっと営業が終わった……」ブロロロロ

加蓮「なにさプロデューサー、頑張ったのは私達だよ?」

みく「そうにゃ。誠意を込めた感謝の言葉とお菓子お肉を要求するにゃ!」

楓「おかしいですね、なんとにくたらしい……お菓子、肉……ふふっ」

P「ギャグにはなってますけど、それ笑いながら言うセリフじゃないですよ……」

光「アタシはまだまだ大丈夫だけどな!」
「ヒーローになるため、少しでもアイドルだって実感できることをしたい!」

加蓮「光は元気だね……」

みく「とにかく、これからの予定は何かにゃ?」

俺「特にないな。明日に向けて休むべく、これからホテルに直行だ」

加蓮「はーい」

俺「うし、そいじゃあ……ん?」ピクッ
 「……ッ!!」キィィィィィ

光「ん!? だ、大丈夫かプロデューサー!?」

加蓮「ちょっ、いきなり止まらないでよ! ……ってあぁ、またいつもの発作かぁ」

みく「多分そうだにゃ。気にしなくてもいいにゃ」

光「そ、そうなのか?」

加蓮「そだよ。もう、光もそろそろ慣れなきゃ」

P「うおおおおお!! ティンときたああああああああッ!」ガチャ ダダダダダ

みく「あちょっ、Pチャン!?」

加蓮「もう、いきなり……! 向かってく方向は?」

楓「小学校ね……運動会の途中みたい。精が出るね、運動かい?……ふふっ」

光「あーっ!!」

みく「な、なににゃいきなり!?」

光「あ、あそこ! あそこ見て!」

加蓮「なになに……うわ何アレ怖!?」

みく「だ、大の大人が、女の子を抱えて必死に走ってるにゃ!?」

楓「誘拐犯はyouかい? ……なんだかさっきと似てる、微妙」

みく「何冷静に分析してるのにゃ。あと運動会の最中に誘拐するなんて流石に肝座りすぎにゃ」

光「あの人、アタシの知り合いなんだ!」

加蓮「あの人が? なんか光と対称的に見えるけど……」

みく「間違いなく堅気の人じゃないにゃ」

光「な、何言ってんだ! あの人は私のヒーローなんだぞ!」ズズイ

加蓮「そ、そうなの?」

光「ああ! もしかしたら命の恩人だったかもしれない!」

みく「そ、そこまでのことにゃ?」

楓「……そんなことを言っている間に、プロデューサーさんはどんどん行っていますよ」

光「おおっとホントだ! 追っかけよっと!」

みく「車はどうするのにゃ!?」

加蓮「放っておくしかないでしょ! きっちり端には寄せてあるし!」

~路上~

薫「それでねー」キャッキャッ

友達「うわあ、やっぱり凄いんだね」キャッキャッ


P「」ジー

加蓮「すいません、不審者が目の前に……」

P「ちょっと待て通報はまずい」

加蓮「だって、道の角で女の子の下校途中を見守るって、保護者じゃなきゃ不審者じゃん」

P「否定はできんが、スカウトするという大義を背負ってるからな。俺はやめん!」

加蓮「」ピ

P「許してください」フカブカー

みく「それならこんなことすぐやめるにゃ」

P「で、でも……む! あの子が別れた、行くぞ!」

加蓮「……はぁ。なんで私、こんなことしてるのかな」

楓「ふふっ……まあ、いいんじゃないですか? プロデューサーも楽しそうですし」

加蓮「……それでいいのかな」ハァ



P「ねえ、そこの君!」

薫「なあに、おじさん?」

P「お、おじ!? 光の時といい、もうそんな年になってしまったのかな……」
「って違う! 俺はそんなことを言いたいんじゃない!」

薫「???」

P「ああ、困らせてごめん!」
 「……えっと、こほん」


P「ティンと来た! 君、アイドルになってみないか!?」

俺「……それで、俺の許可が必要だと言った薫に連れられて、ここに来たと」

P「突然お伺いしてすみません」ペコ
「しかし、あの子にはそれだけの力が、素質があると見えました」
「自分にお任せしていただけるなら、その魅力を磨き、トップアイドルに導いてみせます!」

俺「……ううむ」
 (いくらなんでも、いきなり家族がアイドルにスカウトされた経験がある奴なんてそうそういねえよ)
 (どうしたもんか……とにかく、俺は何を悩んでいるのか。それを考えよう)
 
 「えっと、まずあなたがどこで、どのような活動をされているのかだけ、お聞かせいただけませんか?」

P「あ、ああ、これは失礼しました! いきなり身元不明の男にスカウトがなんだって言われたら困りますよね。これ、名刺です」スッ

俺「ありがとうございます。……ん、CGプロダクション? どこかで見たような……」

P「ニュージェネレーションというユニット、ご存知ないですか?」

俺「あ、ああ! 渋谷凛、島村卯月、本田未央の!」

P「加えて高垣楓、前川みく、北条加蓮のユニットなど、新造のプロダクションながらそこそこの実績を上げ始めていると自負しています」

俺「あ、そちらも覚えてます。高垣さんの弟さんが行方不明になったと聞いて、心配でしたが……」

P「あ、えっと……気丈に振舞ってくれて、表面上は大丈夫みたいです。心配ですが……」
 「とにかく、先にも言ったとおり私達はまだ小規模で、アイドルの人数が足らず、自由があまり利かない状況にあります」
 「ああ、数合わせということではありませんよ!? ただ……」

俺「それは置いておきましょう。今は疑うより先に、色々聞いておきたい」

P「す、すみません」
「……しかし、これ以上何か自分から言い出すのは難しいので、何かご質問があればそれにお答えしようと思うのですが」

 この後、俺は幾つかの質問をした。
 アイドルになったと仮定し、学校は、家は、生活手段は、といった普段の生活の事。
 レッスンは、ライブ活動は、遠征は、といったアイドル活動の事。
 それらにプロデューサーは慣れたようにすらすらと言葉を並べ、また取り出したタブレットに表示した見やすい図を用いて俺に説明してきた。
 俺に賢い頭はないが、考えたところとりあえず違和感はなかった。
 セキュリティに至っては我が家より堅固なほどだ。
 ひとまずプロダクションについては大丈夫そうだ。
 俺の中で、実際に成功しているニュージェネレーションの存在が大きく働いているのだろう。

加えて、このプロデューサー。
今まで白い視線を浴び続けてきた分、散々他人に弄ばれてきた分、相手の人柄はある程度見抜けるつもりだ。
相手が信用に足るかどうかは体の至る所から見抜くことができる。
プロデューサーの場合それは目。何かの欲望に曇っている訳でなく、喜びだけがそこにあった。
担当アイドルを増やせば加速度的に忙しくなるだろう。
それを楽しんでいるのだ。
そんな相手が、わざわざ嘘をつくものか。
ならば後は、

俺(……本人の意志、だな)

「おい、薫?」

薫「なぁに、おにぃちゃん」

俺「薫はどうしたい?」

薫「かおる?」

俺「薫がやりたいようにやっていいってことさ」
 「薫がやりたいなら、俺はそれを叶えるように頑張る」
 「いきなりどうしたいって、そりゃ答えにくいとは思う」
 「でも、その場のノリででもやるって言えるなら、まだやる気はあるってこった」
 「だから、薫が選べ」

薫「……うーん」
 「うんっ」コク
 「かおるね、今まで頑張りたいって思えることがなかったの」
 「おにぃちゃんと一緒にいるだけで十分だったから。幸せだったから」
 「でも、この人の話を聞いて、かおるも何かやってみようって思ったんだ」
 「学校のせんせぇも言ってたの。いろんなことに挑戦するのは、とっても大事なことだって!」
 「だからかおる、アイドルやりたい!」

 俺は、薫がここに来るまえ、少しだけ子役としてテレビに出ていたという話を思い出した。
 ならば、薫の不慣れから起こるトラブルはなさそうだ。
 となると起こりうるのは事務所内のトラブル、しかしそれも薫なら大丈夫だろう。
 周りが起こすトラブルなんか、思慮しているだけ無駄だ。


俺「……よし。なら、やってみるか!」

薫「ほんと!? わーい!」ピョン

P「あ、ありがとうございます! それでは、細部を詰める話に移りますね……」


 そのあといくつかの書類を見せられ、俺はそれらを少し時間をかけて読んだ。
 疑いたい訳じゃないが、突然のスカウトというのはどうにも怪しい。
 初めは無料、その後はあれよあれよと有料スクールへ……なんてこともあるだろう。
 文面に裏がないかしっかり見定めていった。
 結果、どうやら、諸経費は全て向こう持ちらしい。
 アイドルが少ない中ニュージェネレーションが飛び抜けて売れたから、お金が余っているのかもしれない。
 詐欺まがいのものは見つからなかった。
 俺は粗方読んだあと安堵し、しかし警戒は怠らないよう心に決め、書類にサインしていった。

 作業に一区切りがつき、プロデューサーが立ち上がる。


P「……はい! 書類の方はこんな所ですね!」

俺「後はこちら側……小学校の転校手続きくらいで?」

P「そうですね。……おおっと、連絡があるのを忘れてた。少し席を外します」
 「……すみません、一つお願いがあるのですが」

俺「なんでしょう?」

P「私が戻るまでの間、少しうちのアイドルをお邪魔させてよろしいでしょうか?」
 「あなたに会いたいと言っている子がいてですね……」

俺「構いませんが……自分に、アイドルと縁ができるようなことがあったようには」

P「自分も何がなんだか……」

俺「とにかくどうぞ。自分は構いませんので」

~しばらくして~

「お、お邪魔します!」「だにゃ」「……ふふっ」「こんにちはー!」


加蓮「ほっ、北条加蓮です! はじめまして!」ガチガチ

みく「ま、前川みくだにゃ!」ガタガタ

楓「高垣、楓です……」

光「南条光だ! おじさん、久しぶり!」

俺「……ん? あ、あぁ! お前、あん時の子か!」

光「へへっ、覚えててくれたか! あの時は助けてくれてありがとう!」

俺「いや、俺はなんもしてねえよ。礼はあん時の男の子に言ってくれ」

光「あ……あぁ、うん。そうする」

俺「どうした、そんな歯切れ悪そうに。……あぁ、そうか。お前もここにいる訳だし、あいつとは離れ離れなんだな」
 「それならまあ、また会った時にでも言ってやれ」

光「……う、うん! 会ったら、会ったら言う! ヒーローに二言はない!」

俺「よっしゃ」ニカ
 「……にしても」ギラッ

加蓮(や、やば、さらに視線が険しく)ガタガタ

みく(こ、怖すぎだにゃ……光はどうしてあそこまで、自然に話せるのにゃ……!?)

俺「……めっちゃ緊張してきた」ダラダラ

加蓮・みく「「」」

俺「やべえよ、やべえよ……、取り敢えず、サインもらうのか正解か?」
 「し、色紙色紙……色紙なんかあったか? 取り敢えずシャツでもいいか、いや待てしっかり手揉み洗いでもしない限り、アイドルの手が汚れちまう」
 「だーくそ、準備不足だったな……いやこんなの準備もくそもないか」

加蓮・みく「……」
 「「ぷっ、くくっ……!」」

俺「あ、今笑ったか!?」

加蓮「ご、ごめんなさぃ……ぎゃ、ギャップ……ふふっ」

みく「にゃ、にゃはは、ご、ごめんにゃ……」

俺「ぐあー! とにかくお菓子を出すから、飲み物決めろっ……」

P「ふぅ。やっと電話が終わった」
 「全く、事あるごとに売り込みしてこなければ、ちひろさんもいい人なんだけど……」


ガチャ


P「申し訳ありません、遅くなりました……」

俺「はいよ、これでいいか?」

加蓮「うわっ、うわわわっ!? 凄、こんなことまでできるの!?」

楓「まさか、ラテアートまで……」

光「しかもお菓子もうまい! おじさん凄すぎ!」

みく「おじさん、ケーキおかわりだにゃ!」

俺「あいよ」

加蓮「私も私も!」

俺「あいよ。……しかしいいのか? アイドルなら体重管理大変なんじゃ」

みく「だっ、大丈夫にゃ! あれこれ考えながら、きっちりやってるにゃ!」

加蓮「何よりこんな美味しいケーキ作れるおじさんが悪い! 終わり!」

俺「ひどくないか!? しかしありがとう、お礼にチョコケーキを一個あげよう」

加蓮「わーい♪」

俺「……しっかし、何回かに分けて食おうかと思ってた計画が台無しだ」
「一体、どんだけ食う気なんだ?」

加蓮「甘いものは別腹、しかもそれがいくつもあるの。女子にはね?」

俺「でもそれは元の腹へと帰るんだよな?」

加蓮「うっ」
 「……ならこれ、そのフルーツと交換」スッ

俺「変わらねえよ」

加蓮「気分の問題!」

P「……えっと、これはどういう……」

俺「あ、戻られていたんですか」
 「どうにも私の作ったケーキを気に入ってもらえたらしく、こうして食べてもらっています」

P「す、すみません、とんだご迷惑を……!」

俺「いいんですよ。いろんな人が食べてくれた方が嬉しいし、薫も楽しそうですし」

光「凄いんだよ、この人! ケーキを一杯作ってて!」

加蓮「それに種類もあって、その辺のケーキより断然美味しいし!」

みく「思わず一杯食べちゃったにゃ」
 「しかし冷蔵庫になんで、レアチーズからフルーツから材料が色々あるのにゃ……?」

楓「ケーキが一杯、景気もいい。薫ちゃんの契機の日……ふふっ」

P「お、お前たち……とにかくホテルに戻るぞ!」

加蓮「えー? 私まだ食べ終わってないー」

みく「いっそのこと、ここに泊まらせてもらうのはどうかにゃ?」
 「薫チャンとの親睦会にゃ! ……それに、ホテルの料理魚出るし」

加蓮「だね、それがいい!」
「これ食べちゃったら安いホテルのデザートなんか食べられないよ♪」

P「馬鹿っ、何言ってる! そんなこと許す訳ないだろ!」
「すっすみません! すぐに帰りますので……ほら、行くぞ!」

加蓮「えー? ねぇ、おじさん。泊まっちゃ駄目?」

俺「え、えぇっ? そ、そうだな……俺は構わんけど、色々体裁があるんじゃないのか?」
 「スキャンダルやらなんやらあるだろう、それに予定にも関わってくるはず」

加蓮「プロデューサーと家に一緒に入ってるんだし大丈夫!」
 「それに私達まだそれほど有名じゃないし……」

P「そ、それでもだな……」

楓「この後の予定。ホテルに泊まって、また四国を中心に営業でしたよね?」
 「それなら別に変わらないんじゃないですか?」

P「かっ、楓さんまで!?」

楓「ふふっ、お菓子が美味しかったものですから……」

P「む、むむむ……でもなあ、お菓子から夕飯まで、迷惑かけすぎだろう?」

加蓮「そこらへんは、ほら。出世払い」

P「出世……はぁ」

俺「俺は構いませんよ。ここまで言われちゃあね」
 「その代わり、出世したらしっかり払ってくれよ? ……そうだな、ライブのチケットで手を打とう」

加蓮「そんなの全然オッケーだよ!」

みく「だってさ、Pチャン?」

P「……では、お願いしていいですか?」

俺「喜んで」

みく「わーい!」

加蓮「これでもっとお話できるね、薫ちゃん!」

薫「うん、もっとお話しよー!」

P「……すみません、ご迷惑を……」ヒソ

俺「気にしないでいいですよ」ニカ
 「なんせ、出世したらしっかり払ってもらえるみたいですし」
 「おーい、楽しみにしてるぞー?」

加蓮「はーい♪」

P「ま、全く……調子いいやつだな」

俺「とにかく、俺は買い出しに行ってきますよ」
 「今の冷蔵庫の中身じゃあ、正直足りそうにない」

P「あ、自分も手伝いますよ。車を出しましょう」

こうして今日一日、アイドル御一行が家に泊まることが決定した。
その後、俺の料理は再び加蓮達に喝采を受け、晩御飯が終了する。
風呂は外で入ってきてもらい、俺だけ家で入る。プロデューサーは運転手兼監督。
そして戻ってきて、皆がパジャマに着替えた。ちなみにその間男共は外で待機。
その後、和室に布団を敷き、女性陣はそこでおしゃべりを始めた。
男共は俺の部屋で眠ることになる。
そんな中、俺の部屋に客が来た。その時プロデューサーは車で仕事中だ。

コンコン


俺「どうぞー」

光「なあ、おじさん! ゲームしよう!」ガチャ

俺「断る」

光「もっと悩んでよっ!?」

俺「はは、すまん……なんか、お前をからかうと面白くて」

光「さらにひどい!?」

俺「大人の特権さ。で、そのゲームってのは?」

光「これとこれ!」

俺「二つもか。欲張りな……」
 「片方は、協力プレイできるやつか。ちょっと前のやつだな」

光「ちょっと練習したくてさ」

俺「それと……仮面ライダー? 随分懐かしいもんを」
 「もうあれだ、仮面ライダーとかいう単語自体が懐かしい」

光「やっぱおじさんだ」

俺「うるせい。にしても珍しいな。そんな歳まで特撮好きな女子なんて」

光「そうかな? 熱くなれるもんは、誰だって好きになるだろ?」

俺「それでも、どっかで冷めるもんさ。いや醒める、かな」

光「……おじさんも、ヒーローを信じなくなったのか?」

俺「も、ってなんだ。まあいいけど……そうだなあ。信じなくなっちまったかなあ」

光「そうか……」

俺「どっかで察してしまうんだ。物語に出てくる英雄やら勇者やらヒーローなんていないってな」
 「きっかけは人それぞれだろうが」

光「おじさんはどうして信じなくなったんだ?」

俺「ああ? 俺? 聞いてどうすんだ?」

光「どうするじゃなくて、気になるから聞くんだよっ」

俺「そりゃそうだろうが……でも、聞いた所で面白くねえぞ」

光「別にいい!」

俺「……なら、話すけどよ。なんか恥ずかしいな」
 「むかーしむかし、一つの夫婦の間に1人の子供が生まれた」

光「何その話し方」

俺「うっせ、恥ずかしいのを紛らわせてんだ」
 「……で、その子供はな。すっげえ怖い顔しててな」
 「まあ、それは置いといて。とにかくその家族はなんだかんだで仲良く暮らしていた」
 「しかし、その幸せな家族に暗雲がかかる」
 「なんと元々幸せな家族じゃなかったんだ。母さんがとんだ魔女だったのさ」
 「何人もの男引っ掛けててな。それがバレて離婚、すぐにどっかに行った」
 「父さんはそれがショックだったらしくて、段々やつれていった」

光「……」

俺「そして俺たちは壊れた。誰か助けてって思ったことはあったさ」
 「でも、手が差し伸べられることはなかった」
 「……俺の周りにヒーローなんかいなかったんだ」

光「……聞いた口でなんだけど、辛いこと言わせた。ごめん」

俺「昔のことさ。もう気にしちゃいねえ。……俺なんかより、気にしてほしいのは薫だ」

光「薫が?」

俺「あいつも、辛い過去がある。今でも辛そうな顔をするんだ」
 「だから仲良くしてやってくれ。お前となら、なんとなくだが、いい友達になれそうだ」

光「……あぁ! 当然!」
 「だってアタシはヒーローなんだかんな! 辛い人を助けるのが、アタシの役目だ!」

俺「よし!」
 「それじゃ、ゲームすっか! どっちからするんだ?」

光「そうだなぁ……」


 その後、光とゲームで遊んだ。
 コントローラーの形は昔と随分違っていて、まるで操作ができなかった。
 足を引っ張りまくり。光にゲラゲラ笑われた時はちょっと悔しかった。

 夜が深まる。
 薫を含めた年少組は、明日も仕事があるということで寝かせた。
 しかしまあ、おそらくガールズトークに花咲かせているだろう。
 そんな中、俺とプロデューサーは……


P・俺「「乾杯!」」


飲みに来ていた。


俺「いやあ、まさかお前と俺、同い年だったなんてな」

P「ほんと、びっくりだ」ニコ
 「助かるなあ。最近は女の子とばっかりで、男と喋るにも上司年上。疲れちゃって」

俺「そいつは大変だな……」

P「はぁ……ストレス溜まるよ、ほんと」
 「あれだぞ? ほんとに枕営業とか、大手会社の圧力とかあるんだ。怖いのなんの」

俺「うっげえ……想像もしたくねえ」

P「でも楽しいとこもある、結果が目に見えて分かる所とか」
 「それに女の子が笑ってくれたら、俺も嬉しい。やりがいはどんな仕事よりもある」

俺「まあ、俺の仕事は納期以外に目的がないからなあ。退屈さ」

P「でも俺からしたらそっちも羨ましいよ」
 「プロデュースは結果を出さなきゃ0なんだ。その分そっちは安定して給料が出る」

俺「そりゃそうだが、単調だ。納期が大変なこともあるけど、それ以上がない」

P「紆余曲折あるより単純な方がいいでしょ」

俺「平和だけどつまらんもんさ」

「「……」」

俺「もしかして、俺たちの仕事って対極だったりする?」

P「するかも」ハハ

店員「お待たせしました。フライドポテトです」

俺「どうも」

P「ポテト好きなのか?」

俺「まあな。パッと食えて腹に溜まる。味もガッツリだし、不満はねえな」

P「パッと食べられるっていいな。お菓子とかも好きだ」

俺「お菓子か……作りはするが、ポテチとかはご無沙汰だな」
 「つーか、お菓子で済ませにゃならんほど忙しいのか?」

P「忙しいよ。まだ無名だから、足で稼がなきゃいけないし……」

俺「……薫はそんなとこ行くのか。今更ながら心配になってきたぞ」アセ
 「学校の友達と別れるし、忙しそうだし……やばい、大丈夫かな」

P「友達とかはどうにもできないけど……でも、仕事の方は任せてくれ」
 「大人として、社会人として、プロデューサーとして、そして一人の男として」
 「責任を持って、薫ちゃんのことは守るつもりだ」

俺「……なんか誤解を招きそうな言い回しだな」
 「お前が、アイドルの皆から人気な理由が分かる気がするよ」

P「?」

俺「そうだな。でも、お前なら薫を任せられそうだ。ちゃんと守ってやってくれ」

P「必ず」コク

俺「これは男と男の約束だ。そこまで言って、もし薫を傷つけでもしたら……」ゴゴゴゴ

P(ッ!)ゴクッ

俺「そんな時が来ないことを祈ってる。ちゃんとアイドルにしてくれよ?」

P「それについては間違いない。薫ちゃんには、トップに立てる素質がある!」

俺「そいつぁ、頼もしいこった」
「……うし、それじゃあ難しい話をもうやめにして、飲むかぁ!」

P「あぁ! それじゃあ、薫ちゃんがトップアイドルになれると祈って!」

俺「おう、改めて……」

P・俺「「乾杯っ!!」」


 その後。
 しかるべき手順を取って、薫はプロデューサーに連れられ東京に向かった。
 その際、アイドルたちに混じって記念撮影というなかなか貴重な経験をした。
 現像した写真は生涯に渡っての宝物確定である。
 小学校でのお別れ会ではかなり別れを惜しまれたのだとか。
 常にのけものだった俺からしたら、少し嫉妬してしまう。
 ……そういえばあの白組の少年、大丈夫か。まあ知ったこっちゃないが。
 
 そして、一人ぼっちの生活に帰ってきた。以前の俺に戻ったのだ。
 それだけだと思ったのだが……

俺「」カチャカチャ
「あぁー、ぬぬ……」パチパチ
「うぐぐ……」

社員A「ね、ねえ……なんかあの人、やけに機嫌悪くない?」

社員B「こ、怖いわね……」

社員C「と、とにかく、真面目に仕事を……」

俺「」ピ
 「……ふふ」ニヤ

A「け、携帯見てニヤニヤしてる……!?」

B「いつもより数倍怖い……!」


 仕事場では陰口が増えた。
 会社全体の仕事の効率があがったとかいうよくわからん付随効果もあったが。


俺「……」カチャカチャ
 「……」マゼマゼ
 「」ハッ
 「薫いないのに、何お菓子作ってんだ」
 「おかしいな……おかしだけに」
 「楓さんの性格が移っちまったな」
 「……」
 「」ハァ


 家でも、染み付いた癖で勝手に体が動いていたり。


 いつのまにか、薫は俺の生活の柱になっていたのだ。
 俺は薫に携帯を持たせていない。
 落としそうで怖いというのと、プロデューサーを介せば特に問題はないだろう……という考えがあったからだ。
 正直寂しい。
 話す機会は、時々あるプロデューサーの連絡の時だけだ。

 レッスンを始めて半年程度が経った。
 いつもと同じように、しかし一つ思いを秘めて、俺はプロデューサーに電話を掛けた。
 薫がアイドルとしてやっていけるのか。プロデューサーに直接聞いてみようと考えていた。
 半年もあれば、あいつなら薫の素質を見抜けるだろう。
 不安になりながら、プロデューサーが出るのを待っていた。


???「もしもしー!」

俺「よう、大丈夫か……って、あれ? もしかして薫か?」

薫「うん! かおるは元気だよ! あのねあのね、またみくちゃんがね!」

俺(年下に何度もネタにされる年上……)
「いや待ってくれ。プロデューサー……じゃない、先生に代わってくれ」

薫「せんせぇ? いいよー!」

P「……代わった」

俺「よう、なんか疲れてんな」

P「こんなの序の口さ。……それでどうした?」

俺「その、だな。薫はどうだ? やれそうか?」

P「やれそう、か? そうだな……」

俺「」ゴク

P「やれそうもなにもないよ。もう頭角を現してきてる。体力がないのが欠点かな?」
 「でもそれくらいだ。もう近々、人前にだそうとは思ってる」

俺「マジか!? 早くないか!?」

P「それだけの実力があるってこと。こっちが驚いてるくらいさ」

俺「……そうか。もう仕事があるのか。ちなみにどれくらいの時期にやるんだ?」

P「とにかく場数を踏ませたいから、見つかればすぐにでも。決まった時に連絡するよ」

俺「マジか! 頼むよ!」

P「了解。それじゃ、さっそく色々考えるよ」

俺「おう!」

P「」ツーツー

俺「……そうか。そうかそうか。薫は頑張ってるんだな」ホッ
 「よし、差し入れ何にするか考えておくか!」

 しばらくして、薫の仕事が決定する。
 仕事とよべるか怪しいが、同じプロダクションに所属するニュージェネレーションのライブがあり、その前座として出るらしい。
 いきなりのドームライブである。
 荷が勝ちすぎてるだろ! と受話器越しに怒鳴ってしまったが、今回のライブはCGプロダクション合同のもので、観客はファンクラブの人間のみ。
 雰囲気も内輪ノリのようなもので、失敗してもある程度許される。
 デビューには絶好の機会であると言われて丸め込まれてしまった。
 当日券は間違いなく買えないから、必ず予約するように釘を刺された俺は急いでPCを起動、チケットを購入することに成功した。
 その際、プロデューサーの計らいによって、自分はライブに『招待された』ことになっており、暗証番号をいれると、簡単にチケットを買うことができた。
 ライブに行ったことなどない俺は、勝手が全く分からず、取り敢えずはっぴを買おうとしたらプロデューサーに電話で止められた。何故俺の思考が読めたのか。

 とりあえず薫っぽいかな、とオレンジ色のサイリウムを購入する。
 ニヤニヤしながら毎日を過ごした。
 そして当日。



人々「ザワザワザワザワ」

俺「……凄い人だ」

俺(まさかここまで人が集まるとは……倍率どうなってんだろ)

俺「さて、あいつは……向こうかな」


~関係者立ち入り禁止区域前~

P「お、来たな。おはよう」

俺「おう、おはよう!」

P「取り敢えずこれ、名札だ。楽屋に入るにはこれがいるんだ。落とすなよ」

俺「ありがとう。しっかし、凄い人だな」

P「当然だ。俺たちプロダクション筆頭アイドルのライブだ」
 「忘れるな、ファンクラブの所属人数は万の桁をとっくに超えてる」
 「その中から、選ばれた人達なんだ」

俺「うへえ、ここにいる奴らだけで、数えるのに何人の両手が必要なんだか」

P「俺に感謝しろよ? 一般人じゃあまず入れないライブだぞ?」

俺「へへー」フカブカ

P「はっはっは、苦しゅうない」

俺「それで、薫はどうだ? 緊張してないか?」

P「どうだって……そうだなあ」


P「俺と同じくらいくらい緊張してる」ダラダラ


俺「駄目じゃねえか!?」

P「まあ誰だって通る道さ。凛達だって初めは緊張してたし、今回は新人仲間と一緒に出演」

俺「規模がちげえよ!?」

P「むしろここで慣らせば、後が楽になる。もう変更も聞かないし、それに……」

俺「それに?」

P「心配すんな。こっちだって仕事なんだ。最大限の努力を尽くさせてもらう」
 「それとなんだ、家族のことがそんなに信じられないか?」

俺「……それ卑怯だわ」

P「ははっ」


 その時のあいつの顔は、見たことがないくらい引き締まっていた。
 やはり、こいつもプロなのだ。
 緊張はこちらにも伝わってくる程だったが、それだけ真摯に薫のことを考えているのだと分かる。
 そしてギラギラと輝く目。一緒に飲んだときに見た目。
 俺は自然と、無責任ではあるが、勝手に安心していた。

 開演が近づく。
 準備があるから、とあいつは会場内に戻っていった。
 俺は一度バイクの方へ戻った。
 今回、差し入れの為の小型冷凍庫、そしてそのバッテリーを載せる為、サイドカーを付けている。
 本来なら薫を載せる為の物だったのだが、薫がやけに二人乗りにこだわっていた為、倉庫の中で埃をかぶっていた所を引っ張り出してきたのだった。
 冷気が効いていることとバッテリー残量を確認し、時計を見ると開場の時間が過ぎていた。
 俺は受付に向かい、会場へと入っていった。

 厚く長い人の流れに揉まれながら、ドーム内に入る。
 蟻のように蠢く反対側の客達。その熱気。
 頭上を見上げても人。そしてその遥か高くにある天井。
 目眩がした。
 薫はこんなステージで歌うのか。
 遠い世界の出来事のように捉える思考をひとまず置いておいて、俺は自分の席に向かう。
 十人単位で並べそうなメインステージ。その真ん前の席だった。
 驚きながら、いい席をとってくれたもんだ、と思う。
 家族がいただろうに、どうして俺なんかの為にこの席を……


 ブザーが鳴る。
 ざわつきが収まり、スピーカーから僅かにノイズが鳴る。
 その後、スポットライトがステージの中央に当てられる。
 そこには三人の少女が立って、こちらに手を振っていた。


卯月「みんなー! 今日は来てくれて、ありがとー!」

客「ワァアアアアアア!!!」

未央「楽しんでいってね! 今日もテンション高くいくよー!!」

凛「でも、主役は私達じゃない。他の皆も見てあげてね」


俺(すっげ……なんつーか、気迫がある。目を奪う何かがある)
 (ぞくってきた。手が勝手に震える)
 (完全になめてたな。たかがアイドルって思ってたが……)

???『あ、あの、これ、ほんとにやるんですか?』ヒソヒソ

俺「ん? なんだこの声……」

???『当たり前です。予定は変わりません』ヒソヒソ

???『頑張って』ヒソヒソ

???『ふ、フフーン! このボクにできないことなんてうわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?』


俺「うわっなんだアレ、空を通って!?」

???『うわあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?』

???『全く、先輩は……ふっ』

???『わぁー! あは、あはははは!!』

俺「影が……三つ?」

???『うわああああああああああああ……おぐっ』

???『ふぅ』スタッ
 『先輩、アイドルがそんな声出すんじゃないです』

???『……よっ、と。ありすちゃん厳しいね』

???『名前で呼ばないでください、竜崎さん』

???『ちょ、ちょっと、誰か、下ろしてくださーい!』

???『興水先輩も早く降りてください。絡まってるだけですよ、落ち着いて』

???『う、うんしょ、うんしょ……あ、わわっ!? うぐっ』ベシッ
 『』シュバッ
 『ふ、フフーン! ボク、華麗に参上です!』

???『……はぁ。今更すぎます』

客「「「「「」」」」」ポカーン

薫『みんなー初めまして! 薫だよ♪』

ありす『橘ありすです。先輩たちに恥じないよう、頑張ります』

幸子『ボクの魅力に捕われて、皆さん黙り込んでしまっていますね!』
 『まあ仕方のないことです! なんてったって、ボクはきゃわいいですから!』

ありす『先輩、噛んでます』

幸子『うっ』

薫『とっ、とにかく始めよ?』

幸子『そ、そうですね』

ありす『皆さん、よろしくお願いします』ペコ

薫『よろしくお願いしまーす!』

幸子『フフーン、ボクの美技に酔わせてあげますよ!』
 『うわっ!?』コケッ

客「「「「…………」」」」

客A(何もない所でこけたぞ)

客B(こけたな)

客C(こけた)

客D(かわいい)

客E(何あのかわいい生き物)

客「「「「」」」」パチ……パチ……

客「「「「わああああああああああああああああああああああああ!!!」」」」

 事故なんじゃないか、と素人目からしても思ってしまうくらいのとんでもないデビューであった。
 しかしそれだけに観客の心を掴んでいた。
 一人がひたすらに目立ったライブになったかのように思えたが、ライブが始まってから、三人の個性が活き始める。
 薫も、体を一杯に動かして観客の目を引いていた。
 見ない内に、しっかり一人のアイドルになっていたのだ。
 明るい、アップテンポの曲を歌う薫の様子を見て、俺は、

俺(…………)

 えも言われぬ、虚無感を味わっていた。
 衣装に身を飾った薫はとても綺麗で可愛くて、遠かった。
 ぽっかりと胸に穴が空いたようだった。
 素直に喜べない俺がいた。そしてそれが何故かも分からなかった。
 スポットライトが眩しくて、ぼやけて、薫が見えない。
 サイリウムもつけないまま、俺はぽけっと突っ立っていた。

薫『皆、ありがとー! これからの先輩のライブも見ててねー!』

 そんな薫の声が聞こえて、ようやく俺は気を取り戻した。
 その言葉のとおり、もう薫達のライブは終わっていた。



 ライブはそのまま、何も思う所なく終了した。
 ニュージェネレーションのライブもぼんやりとしたまま、俺は立ち尽くしただけだった。
 心につっかえを残しながら、俺は車に戻って、台車に乗せた冷凍庫を運んでいく。
 警備員のような人の近くを通り過ぎる。名札の効果は絶大だった。
 そして楽屋の前に着いた。

俺(いかん、とにかく心を入れ替えよう)コンコン

P「お、来たな。どうぞー」

俺「失礼しまっす」ガチャ

薫「あ、おにぃちゃん!」

未央「えっ!? だっ、誰!?」

光「あー、おじさん! どうしたの!?」

楓「お久しぶり、ですね。ハントしにでも行ってましたか? 半年だけに……ふふ」

加蓮「むむ、その冷蔵庫……いや、冷凍庫?」

みく「その中身、お菓子だと見たにゃ! 早く出すにゃ!」

俺「ああ、ああ分かった、分かったからがっつくな!」

卯月「え、ええ? なんで皆知り合いなの?」

光「ま、色々あってさ。うだうだ喋ると長くなっちゃうから……」

みく「おっかっし! おっかっし!」

俺「はいはい、分かったよ……ほれ」

加蓮「……ぉ、ぉおお!? こ、これって……」

俺「アイスケーキ。ライブ終わりであっついだろうし、ちょうどいいかなってな」
 「後はなんつーか定番だけど、レモンはちみつ漬け。若干凍ってシャリシャリしてて、いい感じに合うかと」

みく「こ、これは……じゅるり」

光「これ、食っていいのか!?」

俺「ここで捨てろってか?」

加蓮「食べる食べる! ほら、凛も食べよ?」

凛「……すみません。いただきます」

俺「おう、どうぞ」

未央「それじゃあ私も……」

卯月「じゃあ私もいただきますね」

俺「召し上がれ」



 その後は、俺の料理に舌鼓を打ってくれる声が聞こえた。
 最初は俺に怯えていたみたいだが、段々と慣れてきたみたいだ。
 そんなに目立つ行動を取らなかったのがよかったらしい。
 ケーキを切り分けながら、場の雰囲気を壊すことのない立ち回りを続けた。

P「なんかごめんな、色々」

俺「借り、返してもらったからな。半年前の約束の」

加蓮「あ! あったあった、もしかして出世払いの話!?」

俺「お、よく覚えてんじゃねえか」

P「それじゃあまた借りができちゃったな。何かで返すよ」

俺「またチケッ……いや、御飯とかでいいや」

P「ん? あぁ、了解」

俺「そいじゃあやることやったし、俺は帰るわ」

P「ああ、ありがとう」

俺「おう、じゃあ」

P「……どうした?」

俺「どうした、ってなんだ?」

P「いや、なんだか、辛そうで……」

俺「そりゃ気のせいだ。じゃあな」



 薫はだんだんと、活躍の場所を広げていった。
 その後、ラジオ、テレビ、ドラマにも出たらしい。
 その快活な性格がテレビ受けしたらしく、全ての年齢層に愛されるアイドルになった。
 あの橘ありす、興水幸子とのユニットも絶好調。
 まさに三つの極地が揃った、ちぐはぐにも見えるその違和感にハマる人が急増し、ニュージェネレーションに並び立てる、とまではまだ行かなくとも、テレビでよく見るくらいの人気があるグループになった。
 その様子を俺はTVで……殆ど見なかった。
 見ている内に、こう、胸の内にモヤがかかるというか。
 とにかく、あのライブの時に感じた嫌な感じが拭えなかった。

三年が過ぎた。
薫がいたときの癖はなくなった。三年もいなきゃ、そりゃなくなる。
本当に、以前の俺に戻ったような気がした。
薫の影が俺の中から消えてしまうのがなんだか嫌で、タンスにしまったままの服はそのままだ。
でも。
薫の声が思い出せない。
薫の目が思い出せない。
薫の顔が思い出せない。

薫、身長伸びてるのかな。
薫、足の大きさも大きくなったろうな。靴買い換えてあげないとな。

そんな風に考えながら毎日が過ぎていく。

そんなある日。

俺に一つの知らせが届く。
セットの事故によって、薫が意識不明になったとのことだった。

 吐きそうだった。
 しかし頭よりも先に足が動いた。
 会社を早退し、バイクに跨り、蹴っ飛ばすように国道をひた走る。
 何を考えていたかなんて覚えちゃいない。
 何がなんだか分からないまま、俺は山を越えて、川を越えて、その病院についた。


 寝かされている薫は、幾分か背が伸びていた。
 髪も伸びていた。見覚えのない髪留めがつけられていた。
 単調な電子音は心電図の音だ。俺の中にけたたましく響いて、頭が揺さぶられた。

 足が宙に浮いているような感じだった。
 ぼんやり、視界が、歪んでいく。

 駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。

 じんわりと、ようやく現実だと呑み込めてきた。
 同時に胸の奥底から湧き上がってきた、この気持ちのまま叫ぶ――――


俺「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
「薫! かかっ、かかかかかか、薫薫薫薫薫!!」
「誰だ、誰がやった!? 責任者、責任者を出せっ!」

看護婦「お、落ち着いて、落ち着いてください!」

俺「うるせえええええええええええええええええええ!!!」
「かおる、かおる…………!!」
「帰ってこい、薫ッッ……!!」

~病室前~

P「……」

俺「よう、久々だな」

P「……」

俺「……」

P「ごめん」

俺「……」

P「俺の責任だ、ほんとにご」

俺「今は、そういうのなしな。とにかくお前も祈っててやれ。薫の無事を」

P「ああ……」



 何も話さぬまま、俺は祈るまま、薫の病室の前で待機し続ける。
 かなり時間が経った。激しく脈打つ心臓の音をBGMに、俺は祈り続ける。

 にわかに病室の中が騒がしくなった。
 そして病室から医師が出てくる。


医師「薫さんが、目を覚まされました!」

~病室前~

P「……」

俺「よう、久々だな」

P「……」

俺「……」

P「ごめん」

俺「……」

P「俺の責任だ、ほんとにご」

俺「今は、そういうのなしな。とにかくお前も祈っててやれ。薫の無事を」

P「ああ……」



 何も話さぬまま、俺は祈るまま、薫の病室の前で待機し続ける。
 かなり時間が経った。激しく脈打つ心臓の音をBGMに、俺は祈り続ける。

 にわかに病室の中が騒がしくなった。
 そして病室から医師が出てくる。


医師「薫さんが、目を覚まされました!」


薫「……っ」

P「薫っ!」

薫「ん……先生?」

俺「大丈夫か!? 体、痛くないか!?」

薫「え、お兄ちゃんもいるの?」

俺「大丈夫か、大丈夫じゃないか! どっちだ!?」

薫「え……えっと、だ、大丈夫だけど」

俺「よ、よかった……本当に、よかった……何もなくて……」

医師「ただ打ちどころが悪かっただけのようです。ただ検査入院の必要はあり、油断はできませんが……」

医師が退室する。
Pが安堵しきった表情で薫に話しかけた。


P「ほんとに、ごめんな。俺がもっと注意してれば……」

薫「先生の、せいじゃ、ないよ……」

P「違う……違う……俺が……」ポロポロ

薫「もう……言ってても、きりないよ。先生」ニコ

P「あ、ありがとう、かお」

俺「待て」

薫「……ぇ? どうかした、お兄ちゃん」

俺「おい、P。俺、約束したよな。薫を傷つけたらどうなるかって」

P「……ああ。覚えてる」

俺「よし。それじゃあちょっと外に来い」ギロッ

薫「ちょっ、お兄ちゃん、いきなり、いきなり何?」

俺「薫はちょっと寝ててくれ。これはこっちの問題なんだ」

薫「そ、そう言われたって」

俺「黙れ」

薫「」ビクッ

俺「……ごめんな、薫。でも今回ばっかりは男同士の約束、それを破ったんだ」
 「たとえお前が許しても、俺が許さない」
 「セットの事故だ、って言ったな。そりゃ今回悪いのはPじゃない」
 「だが、事実は変わらない。薫が痛い思いをした事実は変わらない」
 「薫を傷つけた分だ。覚悟、決めておけよ」

P「ッ!」

薫「ま、待ってお兄ちゃん!」

俺「……なんだ」

薫「先生は何も悪くないよ、全部薫が」

俺「しつこいぞ。薫が何を思おうが関係ないんだよ、今回は」

薫「でも、でも……!」

俺「うるせえ。おら、行くぞP」グイ

薫「ッ!」ガシ

俺「うおっ!? いきなり掴むな……」

薫「」ガブ

俺「がっ、い、いってえ!」

薫「先生をいじめちゃ、ダメっ!」

俺「……あぁ? いじめてるだと!?」
 「ッ!!」バシッ

薫「ッ……い、いた……」

俺「……切れた、切れたぞ俺は。久々だ、ここまでイラついたのは」
 「他人の心配を足蹴にしてぇッ! 俺がどれだけ心配したと思ってんだッ!!」ガッ

薫「く、くるし……」

P「や、やめろ! 落ち着け!」

俺「っせえな!! 原因はそこで黙ってろ!!」

薫「お、お兄ちゃん……駄目、だよ。先生をいじめちゃ、駄目!」

俺「いい加減にしろッ!! 俺はいじめてんじゃねえ!」
 「男同士の約束を破ったケジメを、つけさせてやるだけだ!」
 「お前が傷ついた落とし前をつけさせてやるだけだッ!」
 「お前が心配することは何もねえッ!!」

薫「い、嫌なこと、もうなしって、言った!」

俺「あぁ!? それがなんだ!!」

薫「お兄ちゃん、もう嫌なことはしないって言った!」
 「ずっと楽しいことだけだって言った!」
 「それなのに、それなのに! かおるに痛いことした!」
 「お父さんみたいにッ!」

俺「――――ッ!!」

薫「あのね、プロデューサーの嫌なことは、薫の嫌なことなの!」
 「だからもうプロデューサーに嫌なことしないで!」

俺「か、薫ッッ……!!」

薫「嫌なことするお兄ちゃんは嫌い!」
 「嫌なことするお兄ちゃんはいらない!」
 「先生を傷つけるお兄ちゃんは大ッ嫌い!」
 「もう帰って! お兄ちゃんとはもう……」


「絶交だッ――――――――!!」

俺「ぁ………………………………」

薫「もうお兄ちゃんなんかいなくていい」
 「先生がいればそれでいい」
 「もう薫に関わらないで」
 「先生と薫だけで、全部うまくいくから」
 「お兄ちゃんがいなくたって、先生が全部やってくれるから!」

俺「…………は」パッ

薫「はっ、はぁっ……けほっ」

俺「は、はは、ははは」

P「お、おい」

俺「は、はーっはっはっは! あは、あはははははははは!!」
 「そうか、そうかそうかそうか!」
 「おうおう、よく言うようになったなあ薫!」
 「はは! ははは……!」
 「……じゃあ、もういい。会うのはこれで最後だ」
 「もう二度と家に帰ってくるな。俺の前に姿を見せるな」

薫「言われなくたってそうするよ!」
 「だから、さっさとここから出てって!」

俺「もう出て行くさ。それじゃあな」ガチャ バタン

P「ああ、おいッ!」



P「おい、待て!」

俺「……あぁ?」

P「本当に、あれでよかったのか?」

俺「本当ってなんだ。起きたことは変わらねえし、何も思わねえよ」
「あと今俺はお前と顔を合わせたくないんだがな。本ッ当に不愉快だ」

P「……すまん」

俺「謝らんでいい」

P「………………」
「……あ、えっと、その」

俺「ただ」

P「?」

俺「ただ、な。俺も最初のライブのときから、ちょっとおかしかったんだ」
 「あいつがステージで頑張ってるのを見ると、なんでかな。嫌な気分になるんだ」
 「こんな俺に、薫が傷つくとかどうとか、言う資格があるのか……と、思った」

P「……」

俺「それに……あーあ、滑稽だよな。傷つけるなって怒った奴が、それに傷を付けたんだから」

P「……」

俺「そういえば、もうあいつも中学生か……」
「そろそろ俺もいらないかな。ちょうどいい頃合だったかもしれん」
 「これからは、お前が薫を守ってやってくれ」

P「お、俺にそんなこと!」

俺「なぁに、今までと同じことをしてりゃいいんだ」
 「ただお願いがある。これ以上、薫に痛いことはしないであげてくれ」
 「嫌なことはしないであげてくれ」
 「俺が、出来なかったことだ」
 「今はお前にお熱らしいからな。お前がしてやってくれ」

P「……分かった」
 「プロデューサーとして、これ以上アイドルを傷つける訳にはいかない」
 「また心を一新して、アイドルに危険のないよう下地を作っていくつもりだ」
 「また、セットを担当していた側には、それなりの賠償を求めた」
 「一歩間違えれば死亡事故だからな。お前にも賠償金諸々降りると思う」
 「……ただ、一個いいか?」

俺「なんだ? 俺はさっさと帰りたいんだ」

P「嫌なことをさせないっていうのはどういうことなんだ?」

俺「……っち、そのことか」
 「あいつは、子供の頃に嫌なことを味わい尽くしたんだ」
 「色々あって両親を失って、俺の所に来た」
 「そん時の薫はひどく怯えてて、喋ることすらままならなかった」



P「だから、そうやって割れ物みたいに扱ってるのか?」

俺「……何が言いたい?」

P「薫は、トップアイドルまではいかなくても次点には間違いなく入るアイドルになった」
「体力面の不安がなくなって、そのテンションが最後まで続くようになった」
「ただ一個、弱点がある。なんだと思う?」

俺「俺に聞くな。アイドルになってから薫と殆ど喋ってないんだ」

P「メンタルだよ。心の強さ」
 「アイドルとしての強さがあっても、心がひどく弱いんだ」
 「ライブを楽しんでくるから、度胸がありそうに見えるけど」
 「でも普段の生活で弱さがモロに出るんだ」
 「まるで駄々っ子みたく、年下でも自分でするようなことを俺に泣きつく」
 「嫌がらせにすぐ折れて、俺に楽しいことを求めてくる」
 「それじゃあこの世界は生きてはいけない。子供のままじゃいられないんだ」

俺「…………」

P「俺が言うのもなんだけど、この薫を育てたのは――――」

俺「…………やめろ」

P「――――お前だろ」

俺「ッ! テメェ…………ッ!」
 「テメェに何が分かる!? 薫の昔も知らねえテメェに、何か言う資格があるかッ!?」

P「ある。俺は薫のプロデューサーだから」
 「俺は何より、薫にいいことがあるように動いてる」
 「お前の過保護が続いたから、薫がああなってしまった」
 「そして過保護が続けば、薫の状態がさらに悪化する」

俺「俺は薫に似てるから、あいつの心がよく分かる!」
 「あいつはずっと泣いてきた! 怖いのを我慢してきた!」
 「だからあいつを守ってやりたいんだ! 泣いた分、笑顔にしてやりたいんだよ!」
 「ぽっと出のお前が、茶々いれんじゃねえ!!」

P「笑顔になるだろうな、その時は」
 「でもな、そうなれば薫はその後、その倍泣かなくちゃいけないんだ」

俺「ッ!!?」

P「笑顔でいる為の強さが、今の薫には必要なんだ」
 「お前の頼みで分かったよ。薫を強くする為には、お前が邪魔だ」
 「これからは俺が薫を育てる。守りながら、強くしてみせる」
 「それじゃあな。モンスターペアレントは必要ない」スタスタ

俺「ま、まっ、てめ……!」
 「……ぅ、ぐ……」ガクッ

 Pの言葉が、薫の睨みつける目が、俺に突き刺さっていた。
 Pの厳しい言葉を恨んでいる訳じゃない。あいつはアイドルの為になるなら、とことん鬼になる。
 そして、その選択はいつでも正しい。
 俺が間違っていたのだ。
 だから俺はあいつを引き止め、反論することをしなかった。
 それと、薫の言った言葉。


 「お父さんみたいにッ!」


 俺はこれ以上痛い思いをしないように、守っていくと誓ったはずなのに。
 激情のまま平手打ち。これじゃあ、あの父親と全く同じじゃないか。
 それがひどく、俺の心を揺らしていた。

 燃えかすのような、どんよりとした気持ちを抱えて、俺は帰宅した。


 その後の末路は、簡単に察することができるだろう。
 薫を本当に失ってしまった俺は、毎日を無感動に、無感情に過ごすようになった。
 酒の量が増えた。煙草を吸うようになり、段々とその数も増やしていった。
 薫のそれからの活躍は知らない。TVも見てなければ、雑誌も新聞も見ていないからだ。
 Pとも連絡をとっていない。
 ただ、今までの俺の行いを悔やむ日々が続いた。
 なんとなく、父さんもこんな気分を味わっていたのかなと思った。

 俺は一人になった。

 いくつも心残りができた。
 薫に何もしてあげられなかったこと。
 俺の行動が薫を追い詰めているということに長い間気付けなかったこと。
 父さんと同じことを繰り返してしまったこと。
 Pにも、謝れないままだった。感謝できなかった。

 何より、俺が薫に抱いていた気持ちの正体に気がつけなかったことが引っかかっていた。
 薫をちゃんと祝ってあげられなかった。
 加えて俺は、俺自身がなにを思っていたのかすら分からなかった。
 それが分かったら、何か変わっていたかもしれない。
 長い間離れていた距離が縮まっていたかもしれない。


 俺の家族がアイドルになった。
 結果、家族を失った。

エンディングです。お疲れ様でした。
ここまでが一応、正史ということになります。

幸子の苗字を小林にしてたり、みくの苗字を前田にしてたりしてすごく焦りました(ーー;)

さてここからですが、例によってエンディング2です。
しかし正史のまま来ると、どうしても救いを作ることができませんでした。事故をなかったことにするとか何そのチートってなもんで。
なので、前作の俺、僕が救われた状態のルートをたどったことにしようと思います。
つまり言うと、僕がマネージャー。俺1(次からの文ではこう表記します)が仮面ライダーになった状態です。
それによって今までの文の『高垣さんの弟さんが行方不明~』の部分がおかしくなりますが、脳内補完お願いします(´・ω・`)

それでは投下していきます。
薫を失って数年経った後から続いていきます。

 薫を失ってから、時間の感覚が曖昧になった。
 会社で時々、カレンダーが目に入る程度だ。
 その数字が見るたびに増えていくことで、また時計の短針が動いているのを見て、外の景色を見ることで時間の経過を感じていた。
 今日もまた、ただ無機質な物に向き合い続けて一日が終わる。
 俺は時計を見て、大きく息をついて、肩をぐるりと回した。
 肩が凝った。指圧とか、鍼治療にでも行ってみようか。
 昔は、薫に肩を揉んでもらっていたっけ。
 懐かしい。もう戻らない時間だ。
 ……。
 とにかく一旦忘れて、帰り支度を整えよう。
 弁当屋にでも行こうか。あの味噌牛丼が美味そうだった……


ピピピピッ


 携帯が鳴った。
 俺は驚いた。俺にそんな親しい相手はいない。
 まず携帯が音を発すること自体が珍しくて、俺はすぐに手にとった。
 メールが一件、電話帳に登録されていない相手からだ。
 迷惑メールか、と思ったが、内容曰くスパンやチェーンメールの類ではなさそうだ。

『突然のメール、失礼します。初めまして、CGプロダクションにてマネージャーをさせていただいている、僕という者です。
この度、CGプロダクションに関わる男性を集めて軽いパーティをしよう、という提案がプロデューサーから出された為、その連絡をしようとこのメールを書いている次第です。
あたっては、できれば参加、不参加の連絡をしていただきたいと思います。よろしくお願いします』

 とのことだった。
 CGプロダクションという単語を久々に聞いた。
 プロデューサーとも随分連絡を取っていないが、あいつのことだし楽しんでいるだろう。
 しかし自分の部下を、遊びの連絡の為に使うとはいただけないな。
 少し過去の記憶に浸った後、メールの返事を書き始めた。
 当然、断りのメールだ。

『初めまして。
 お誘いはありがたいのですが、私用が立て込んでおり、また仕事の都合が予想できない為、申し訳ありませんが、またの機会とさせてください。
 CGプロのマネージャーとは、とても大変であると思います。
 日々が健康に過ごせることと、アイドルの皆様のさらなる飛躍を祈っております』

 こんなところだろうか。
 最後がなんか妙に真面目になったような気がしたが、これ以上コミュニケーションを取りたくないという気持ちをうまく隠し、これ以上の会話を打ち切ることができるだろう。
 しかし、どうやって俺のアドレスを手に入れたのだろうか……。
 不安になった俺は、そのアドレスをブラックリストに登録した。
 当然の警戒だろう。
 本来なら返信自体危うい行動なのだが、本当に目的があって送ってきたなら、無返答でいるというのも居心地が悪い。
 それにわざわざ、俺がCGプロに繋がりがあることを調べ上げ、それを利用して詐欺を働く……金が欲しいだけならそんな面倒な手順を踏んでくるだろうか?
 俺は自分を納得させて、メールを送信した。
 そして携帯の照明を落とし、帰り支度を再開した。

 バイクに跨り、5分ちょっと。考えていた弁当屋に入る。
 オーダーを済ませて、俺はいすに腰掛けた。
 それと同時に、携帯が震える。
 今日はやけに携帯が忙しそうだ。俺は携帯を起動する。
 また知らないメールアドレスからだ。

『初めまして。……ではありません、お久しぶりです。俺1、と申します。
 既に連絡は行っているかと思いますが、CGプロ男子パーティのことです。
 貴方が反応したことで、メールアドレスが生きていると知ったプロデューサーが、パーティに引きずりだそうとメールを連投しようとしたのを止めて、今このメールを書いています。
 都合がつかないならすみません。ですが、このパーティは、プロデューサーが貴方のことを考えて計画しました。
 おそらく断られたとしても、プロデューサーはしつこく連絡を取ろうとすると思います。
 番号とメルアドを変えて、住所を変えて、それでも嫌というのであれば止めません。
 ですが、プロデューサーのことを少しでもいいので、考えてくださると嬉しいです。
 ……偉そうに言ってすみません。これで失礼します』

 とあった。
 久しぶり? 送り主は、一体誰だろう。
 まあそれはいい。しかしこのメールはまた、あのパーティー関係のことらしい。
 俺のことを考えて、あいつがパーティーを計画した?
 それはありがたいが、あいつは俺のトラウマをほじくり返してくるつもりなのか。
 ……わかっている。流石にそれはひねくれすぎだ。
 だからと言って乗り気になれるかどうかは話が別。
 正直その場に行った所で、場の雰囲気を崩すだけだろう。

『あいにくあなたがどなたか、私には分からない為、初めましてとさせてください。
 あなたもプロデューサーにメールを送るように頼まれたのでしょうか?
 少し前にもう一件お誘いのメールを受けたのですが、今仕事の予定が不透明で、参加できると断言できる状況にありません。
 なので、プロデューサーに参加を辞退する旨をお伝えください。
 自分の事をよく思っていただいて、大変恐縮です』


 こんな所か。
 俺はメールを送信、続いてそのアドレスもブロックした。
 出来上がっていた弁当を受け取り、バイクで家路を辿り始める。

 自宅についた。
 俺は弁当を机の上に置き、手洗いを済ませて、風呂の用意をした。
 そしていい匂いを上げる弁当を目の前にした時、また携帯が光った。
 またか。一体俺は何人を相手にしなきゃいけないんだ。
 へきへきしながら携帯を起動すると、今度は携帯が振動した。
 それからしばらく、断続的に携帯が振動し続けた。
 振動するたびに、メールが届いているのだ。
 なんだ、なんだなんだ。一体何が起こっているんだ。
 目を白黒させた俺は、送り主を見る。Pだった。
 それらのメールの全てに本文はなかった。只のテロじゃないのかこれ。
 とにかくブロックリストにPのアドレスを突っ込み、しばしの安息を得る。
 しかしまた携帯が鳴った。今度は着信、電話に切り替えてきたのだ。
 しかもワン切りである。迷惑この上ない。
 ワン切りがしばらく続いた後、今度はずっとかけっぱなしにしてきた。出ろ、と暗に言っているのだろう。
 こんな性格だったか、あいつ? 俺はため息一つ、電話に応じた。

俺「なんだ、さっきからしつこいな。切るぞ」

P「待て待て待て! 聞いたか? パーティーの話!」

俺「だから参加しないって。仕事の都合だ」

P「逃げるのか!」

俺「逃げる? 何から。追われてるつもりはないぞ、それじ」

P「逃げるのか、薫から!」

俺「……は?」

P「逃げてるんだよ、その行動は!」
 「薫を連想させるアイドル自体に近寄りたくないから俺からも逃げる!」
 「薫と向き合わず、心の内も見せず、はいさよなら!」
 「それでいいのか、って言ってるんだ!」

俺「……チッ、何年も経って、久々の連絡がそれとはな」
 「一応言うが、俺はもうお前と喋ることも嫌なんだ」
 「それに、やり直すも何もねえよ。薫とは絶交した。変わることはない」
 「売れてるからって金をせびるような愚図になった訳でもねえ」
 「責められるようなこと……昔はしたさ」
 「でもそれも、今はもうお前が正したんだろ?」
 「俺がまた薫と会ったら、変に捻じ曲げちまうかもしれない」
 「お前も薫の為を思うなら、その原因である俺を連れて行こうだなんて思うなよ」
 「悪影響の塊みたいなもんだったろ? なら改めて向き合わせる必要もない」
 「俺にこれ以上、薫を追い詰めさせないでくれ」

P「それだけ薫のことを考えてるなら、やり直そうとか思わないのか!?」
 「薫の足かせであり続けるつもりか!?」

俺「…………っせえな! なんだよお前は、今更になって!」
 「昔はあれだけ薫に近づくなみたいなことを言って、今はやり直せってか!?」
 「お前どんだけ偉いんだよ! これ以上指図すんな!」
 「薫が選んで、俺が従った! それ以上になんかあるか!?」
 「変に口挟むんじゃねえ! ……もう切るからな」

P「待て!」

俺「ッ……しつこいぞッ!!」

P「とにかく、なんでもいいから。パーティーにだけは来てくれ」
 「お前に会いたいって言ってる奴がいる」

俺「……」
 「……行くだけ行ってやる。薫はその場にいないんだよな?」

P「今回は男子だけだ。そういうテーマだからな」
 「人数も、お前にメールを送った二人を合わせて4人だ」

俺「了解。それじゃあ、予定が決まり次第連絡してくれ」

P「分かった。それじゃあな」

俺「ああ」

P「……薫の」

俺「あ?」

P「……なんでもない」プツッ

俺「……ったく。面倒なことになったな」
 「とにかく、ブロックだけは解除しとくか」



 結局Pに押し切られた形で、俺はパーティーに参加することになった。
 だからと言って何か特別なことが起きる訳でもなく、俺はまたダラダラと日々を過ごす。
 後に連絡された予定日まで、緩やかに時間は流れていった。

 東京までの大移動を乗り越えて、俺はようやくパーティー会場についた。
 当然飲酒運転になるから、移動方法は電車である。……ちょっと懐に来る値段ではあった。
 扉を開き、待ち合わせであると店員に伝えた後、見知った顔が見えた。
 その机に向かうと、既にメンツは揃っていた。
 Pと、気の弱そうな、子供っぽい顔をした男。
 そしてガッチリとした、背の高い精悍な青年である。



P「お、きたきた。よう、久しぶり」

俺「うっす」

P「取り敢えず、乾杯するか。前飲んでたから勝手にビール頼んどいた」

俺「ぬるくなってたら張り倒すからな」

P「心配しなくていい。ティンときたタイミングで注文したから、キンキンのまんまだ」

俺「すげえなそれ」

P「プロデューサーやってられてるのも、この勘ありきだからな。……とにかく、ほらお前たちもグラス持って」

???「はいッス」

???「大丈夫です」

P「それじゃあ、男だらけのパーティーの開始だ! 乾杯ッ!」

三人「「「かんぱーい!」」」ガチンッ


俺「っぐっぐ……ぷは。ところで、そこの二人は……」

僕「あ、初めまして、僕と申します」ペコ
 「高垣楓の弟で、姉さんのユニットのマネージャーもさせていただいてます」

俺「初めまして、よろしく」

僕「話は聞いてますよ。お菓子がすごく上手なんだとか」
 「また食べたい、と姉さんがいっていました」ニコ

俺「そりゃありがたい、またいつでもいらしてくださいと伝えてください」

僕「はい。後、間違いなく僕のが年下なので、タメ口でいいですよ」

俺「そうか? ならそうさせてもらうよ。……しっかし、大丈夫か?」

僕「何がです?」

俺「ほら、俺こんな顔だから。普通は皆ビビって愛想笑いしかしねえんだ」

僕「……ちょっと怖いですけど、姉さんにいい人だって教えてもらっていましたから」
 「それに、これでも芸能界の荒波に揉まれてきた身です」
 「多少のことでは、揺るぎませんよ」グッ

俺(へえ……普通の人より、よっぽど強い目をしてる)

P「それにしては、あの時は」

僕「あーっあーっ! Pさん、それはオフレコで!」

P「はは、冗談だ」

僕「……趣味が悪いよ」

P「なんか言ったかなぁ?」ニヤ

僕「いえいえなんでもありません!」

俺「……ごほん。で、そちらの方は?」

俺1「お久しぶりッス。光がお世話になりました」ペコ

俺「光……あ! お前、まさかあの時の!」

俺1「ようやく、思い出していただけたみたいッスね」

俺「思い出すも何も、お前随分変わったなあ! 背もでっかくなって、筋肉もついて!」
 「背なんか、俺よりでかいんじゃねえのか?」

俺1「あの後、色々ありまして」ニカ
 「あなたのおかげで、色々決心がついて。気がついたらこんなんになってました」

俺「もしかして、俺に会いたがってるってのも?」

俺1「はい、俺ッス」ポリポリ
 「あの時のお礼がずっと言いたくて、でも家の場所も連絡先も分かるわけなくて」
 「それで光からあの時のおじさんに会った! って言われた時はビビりましたよ」ハハハ
 「……ありがとうございました。俺がこの場に立ってるのは、貴方のおかげッス」

俺「構うなよ。フラッフラになってる奴が、友達を助けたいって言えば誰でも助けるさ」
 「つーか、お前、どっかで見た気がするな……別の場所で」

俺1「俺今、光と一緒に仮面ライダーのヒーロー張ってるんスよ」
 「だからこの場で一緒にビールを飲んでるんスけど……」
 「多分それ関係で、目に入ったんじゃないかな」

俺「仮面ライダー! そりゃすげえな!」
 「つーことは、光は夢を叶えたのか……」

俺1「そうッスね。あいつはその為に今まで頑張ってきたようなもんですし」
 「喜びようがすごかったッスよ。跳ねた後転がってました」ニヤニヤ

俺「あー……簡単に想像がつくな」ハハ

俺1「そうッスか? まあ単純だしな、あいつは……」
 「それにしても、あれッスね。俺さん、なんか老けました?」

俺「うおっ、いきなり失礼な奴だな」

俺1「す、すみません」アセ
 「でも、光に見せてもらった写真から、それほど時間が経ってないはずなのに」
 「なんか、生気が抜けちまってるっていうか……」

俺「……そうだな」
 「ま、俺ももうそう若い訳でもねえし、煙草酒とやってたらこうなるわ」

俺1「それにしても、ッスよ」

俺「……お前らが若々しいのがあるだろ」
 「お前ら二人は今、夢を叶えてすっげえ幸せ! って顔してる」
 「比べて俺は企業で働くしがないサラリーマン。そりゃ老けるのも早いさ」

俺1「……えーと、その」

俺「なんだ、歯切れが悪いな……」
 「……まさかお前、なんか隠してんな?」

俺1「ぎくっ」

俺「声に出てるぞ」

俺1「」パシッ

俺「口を押さえるな。……はぁ。何を企んでんだ?」

俺1「……ごめん、プロデューサーさん。やっぱ無理だ、誘導尋問なんて器用な真似は」

P「いや、大丈夫。まず端から期待してない」ゴク

俺1「それはそれでひどくないッスか!?」

P「……」
 「単刀直入に言う」

俺「断る」

P「話くらい……」

俺「聞かなくても分かる。あんだけやりあえば、な」
 「薫のことだろ。俺は特に考えは変えてないぞ」

俺1「そのことなんスけど、俺もプロデューサーと同じ意見ッス」
 「できれば、薫ちゃんと仲直りして欲しいって」

俺「お前もか。言ってお前、俺とほぼ喋ったことねえぞ?」
 「Pにそう言えって言われただけか?」

俺1「いや、違うッス」
 「俺は薫ちゃんとよく話すんですよ。あいつ、薫ちゃんと一緒にいることが多いから」
 「だから、よく話を聞くんです。お兄さんの話」

俺「……」

俺1「ずっと言ってますよ。仲直りしたいって」

俺「!」

俺1「俺と一緒にいる時、時々辛そうな顔するんスよ」
 「それで、どうした? って聞くとほぼ間違いなくお兄さんのことを話すんス」
 「だからそれだけ、お兄さんとまた話したいんじゃないかなあって思って…」

俺「……」

僕「僕からも、お願いします」
 「姉さん、加蓮、みくからも、ここに来る前に薫ちゃんを応援してあげてーって言われました」
 「皆、薫ちゃんが元気になるのを待っているんです」
 「それに、あなたが帰ってくるのを待ってる人もいるんですよ?」

俺「俺を?」

僕「……主にみくと加蓮が」

俺「……あぁ、お菓子をたかる気だな」

僕「まあそんな感じで、僕も、あなたと薫ちゃんが仲直りするのを待ってます」
 「薫ちゃんを、本当の笑顔にさせてあげてください」

俺「……」
 「P」

P「ん?」

俺「お前、よくもこんな面倒なやり方したな」

P「へえ、じゃあどうしてこんなやり方したか分かる?」ニヤ

俺「お前なら、いろんな手を使ってアイドルの役に立とうとするからな」
 「多方、自分じゃ俺に改心させることができない」
 「まず自分との間に壁ができているからだ」
 「なら、対面したことのない他人に任せれば解決だ!……とでも考えたんだろ」

P「ほぼ正解。さすが」

俺「ほぼ?」

P「ああ、ほぼ。それだけじゃあ、100点満点じゃない」
「……単に、お前が辛そうだったから。後、俺も謝りたかったから」

俺「!!」

P「……ごめん。お前は何より、今の薫の事を考えてたんだ」
 「俺はずっと未来の薫のことばかりを追いかけていた」
 「今の薫が潰れたら、未来自体がなくなってしまうのに」
 「そして、薫とお前の間に壁を作ったのも俺のせいだった」
 「本当に、ごめん」ペコ

俺「や、やめろよ、急に謝るとか!」
 「別にいいんだぜ? っつか、あの時追っかけなかったのは、あの時のお前が正しいと思ったからなんだ」
 「それに壁を作ったのも、俺のよく分からん気持ちからだったし」
 「何一つ、お前に悪いところなんてなかったよ」

P「お前……」

俺「俺こそ、悪かった」
 「謝るのがすっげえ遅くなった。許してもらえるかは分からんが……」

P「俺はいいんだよ。……後、謝る相手が違うな」

俺「…………」

P「どうするんだ? どうやって薫と仲直りする?」

俺「……それなんだが、もう少し考えさせてくれ」

P「は?」

俺「前、言ったろ。どうにも薫と向かい合うと……」

P「あー……そんなこと、言ってたっけ」

俺「だから、その正体が分かるまで、俺は会わない。会っても、多分意味がない」

P「そうか……」

俺「あと、単に勇気がない」ボソ

P「それは知らない」

俺「取り敢えず、前向きには考えとくよ。それで今は勘弁してくれ」

P「……よし! 今は取り敢えず飲もう!」

僕「ですね! すみませーん、追加のオーダーお願いしまーす!」

俺1「……」コク

俺「どした? 俺を見て。……あ、なんかたかる気だろ」

俺1「んなことしませんよ! ただ」

俺「ただ?」

俺1「俺、撮影にちょっと余裕ができて、これから実家に帰るつもりだったんです」
 「ここまで、電車で来たッスよね?」

俺「そりゃな。飲酒運転でお縄はごめんだ」

俺1「それなら、一緒に帰りませんか。四国までは一緒でしたよね?」

俺「ああ。別に構わんが」

俺1「っしゃ!」

俺「俺なんかと一緒に帰ってどうすんだ?」

俺1「どうするもこうするもありませんよ、ただ一緒に帰りたいなーと思って」

俺「? ……変なやつだな」

店員「お待たせしましたぁ、ご注文をどうぞ」

僕「えーっと、これと、これと……他に何かありませんか?」

俺「あー? そうだな……」



 こうして、それからは特に何も起こることなく、パーティーは終わった。
 Pと僕の関係が如実に現れていたパーティーだった。僕が完全に手足にされている。

 しかし久々に、人とこれだけ喋った気がする。
 ちょうどいい息抜きになった。

 さて、Pと僕はそのままプロダクションに帰っていき、俺と俺1が残った。
 特急列車に揺られながら、来た道を帰っていく。
 近くから少し届いているざわめきは、おそらく俺の隣で笑うこいつに向けたものだろう。
 こいつも一応、仮面ライダーのヒーローを張っている。子供たちからしたら時の人である。
 確かに、こいつの顔はイケメンの部類だろう。体つきも締まっている。
 だからこそ、俺の強面が目立ち、ざわめきが少しになっているのである。
 乗った後、多少は会話したものの、その後はどちらもすっかり黙り込んでしまった。
 本当に、何もなかったのか……

俺1「あの」

俺「なんだ?」

俺1「本格的に飲む前、なんか伏せてましたよね?」

俺「は?」

俺1「あれッス、正体がなんとかって」

俺「……ああ、あれね。それがどうした?」

俺1「あの事、少し相談に乗らせてくれませんか?」
 「俺なら、若干力になれるかもって」

俺「はあ? なんだ急に」

俺1「なんとなく、分かる気がするんです」
 「身近にいる人がアイドルになって、何か思うところがあるとか」
 「……あのプロデューサーはアイドルについては完璧すぎるから、他のこととなると役に立たないんスよ」ハハハ

俺「それには同意する。あいつ、アイドル関わると怖いからな……」
 「……そうだな、少し愚痴ってみるか」

俺1「うっす、どんとこいッス!」

俺「えっとな、つってもそう長くなる話でもないんだが」
 「あいつがステージの上に立ってる所を見ると、嫌な気分になるんだ」
 「なんとも言えないんだけど……むずむずするっつか」

俺1「……」

俺「すまん、抽象的になって」

俺1「いや、凄い分かりやすかったッスよ。それこそ、もう答えが見えるくらい」

俺「ほんとか!?」

俺1「はい。……それ、嫉妬してるんじゃないッスか?」

俺「……嫉妬?」

俺1「そう、嫉妬ッス」
 「薫ちゃんを横取りしていった観客さんに対する嫉妬」
 「それか、薫ちゃんに対する何らかの嫉妬ッス」
 「こっちはどうして生まれたのか、俺にはわかりかねませんが」

俺「……」

俺1「いや、その。俺にも若干経験があって、ッスね」
 「光がどんどん有名になって、芸能界に潜り込んでいって、当然イケメンに囲まれていって」
 「それに対して、嫌な感じがしていたのかなあ……って思ってたんスけど」
 「落ち着いて考えてみたら、違ったんスよ」
 「ただ、テレビで活躍し始めたのを見て、ああ、なんか抜かれちまったなあって思って」
 「悔しかっただけだったんスよ。いやあ、俺もガキっぽかったなあ」

俺「……」

俺1「……どうかしたッスか?」

俺「……いや」



 核心を突かれた、と直感した。
 なんだ、それだけだったのか。
 俺が薫のステージを見て嫌な気分になっていたのは、ただ嫉妬していただけだったのだ。
 俺と薫は似ていると思っていた。……いや、どこか下に見てさえいたのだろう。
 薫は、俺がいないと笑えない。話せない。そんな気持ちがどこかにあったのだ。
 なのに、薫は多くの人に囲まれて、それでも笑ってみせた。
 多くの人間と繋がりを持ち、応援される人間になった。成長し続けていた。
 比べて、俺はどうだ? 何か変わった所があっただろうか?
 この顔を理由にして、他人に近づくことすらしなかった。

 とんだガキだ。娘が俺より強くなったから、嫌になって拗ねたのだ。
 しかし何故、俺はこんな簡単なことに気付けなかったのか。その理由もすぐに分かった。
 人と触れ合うこと自体が少なかった俺は、誰かを羨むという経験がなかったからだ。
 それと、他人の話す自慢話が気にならなくなるほどに、面倒なことを背負ってきたから。

 くだらなさに思わず笑いがこみ上げてきて、俺は抑えた笑いを漏らす。
 あいつは隣で変な顔をしていた。

俺1「? どうかしたッスか?」

俺「く、くくっ……いや、お前の言うとおりかもしれんって思ってな」

俺1「いやあ、その気持ちはわかりますよ」
「ほんと、身近な人がぐんぐん成長するのを見ると、悔しくなるッスよねえ」
「……でも、大の大人が中学生に向かってするってのは大人気な」

俺「あ?」

俺1「な、なんでもないッス!」

俺「いや、いいさ。そのとおりなんだからな」
 「あー、そっかそっか! なんかスッキリしたなあ!」
 「ありがとな。これで、晴れて薫の応援ができる」

俺1「それはよかったッス!」
 「これで、前のお礼はできましたかね?」

俺「前? ……ああ、あれか。だからもう気にすんなって」
 「むしろ今回で、俺が借りを作っちまったな。なんかで返すよ」

俺1「べ、別にいいッスよ! 俺、特に何もしてませんし!」

俺「いいのか? それならいいが……」

俺1「いや、えっと、そうだな……」
 「そうだ、お菓子! お菓子、光と一緒に食いに行きますんで。それお願いします」

俺「よっしゃ」ニカ
 「しっかし、お前も健気だな。光光って、どうせあいつもPの手に落ちてんだろ」

俺1「……まあ、間違いなく。プロデューサーはそこらのイケメンよりよっぽどかっこいいッスから」
 「まあそれでもいいかなって、思ってます」
 「そりゃあ、そういう目で光を見てた頃もあったッスけど」
 「でも、俺たちは恋人になんてならなくていい。それ以上に強く繋がってる」
 「俺とあいつは、二人で××中学ヒーロー部ッスから」

俺「……仲がほんとにいいんだな。羨ましいぜ、そういう奴身近にいなかったから」
 「言うなら、Pの奴がそれに近いかな。あいつがどう思ってるかは知らんが」
 「裏では実はビビってるのかもしれんがな」

俺1「それはないと思いますよ。あの人は裏表がないッスから」
 「だから、皆が惹かれるんス」
 「それに、キツいのは多分、僕のほうじゃねえかな……」

俺「あー……そうか。姉さんが、か」

俺1「それだけじゃないんすよ。あいつ実はみくさんと加蓮さんとも知り合いでして」
 「あのユニットの三人とは、子供の頃からの付き合いなんすよ」
 「それにあいつ、昔は心が弱くて、その時ずっと支えてくれたのがその三人で」
 「ホントに心の柱みたいな人達なんだとか」

俺「げえっ、まさかPはそれを三本まるごと引っこ抜いたのか!?」

俺1「そういうことに……」

俺「……」

俺1「いやでも、あいつはもう慣れたみたいッスけどね」
 「誰とも知らない人に取られるより、気心の知れたPさんに任せる方が、よっぽど安心できるとか」
 「認めてしまえばもう大丈夫、とかとは言ってたッスけど」

俺「……」

俺1「でも昔、ちょっとした勘違いから、Pさんに全部奪われたと思って」
 「自殺しかけた、とかとも……」

俺「……」

俺1「……」



俺「Pって怖いな」

俺1「全くもって」ウンウン

妙な所で意思疎通に成功した俺たちは、その後まどろみながら四国へ帰った。
先にあいつが降りていき、俺はその数分後に下車する。
酔いも醒めて、少しスッキリした気分だ。
家に乗り換えた電車で帰り、途中で買った紙パックのジュースを飲みながら、ようやく帰宅。荷物を放り投げて、風呂の用意を気力で行い、ベッドに倒れこんだ。
 携帯を見るとメールが一件、届いていた。差出人はPだ。

『ちょうど、近くにCGプロ合同ライブがある。
お前が全く薫に会わなくなったのと、全く同じ日のものだ。
そのチケットの番号を書いとく。後はお前が選んでくれ』

それに俺はこう答えてやった。

『ありがとう』




 ライブ当日。
 俺は以前と同じようにバイクにサイドカーをつけて、差し入れを積み込んで、会場へと向かった。
 新しくサイリウムを買い直し、もう一つある物を買って、ライブ会場へと辿り着く。
 これまた以前と同じような場所に、プロデューサーはいた。

P「よう、来た……か……」

俺「おはよう、どうした頬を引きつらせて」

P「……はぁ、俺前止めたよな?」
 「ドン引きされるから、はっぴは止めろって」

俺「へっへっへ、公式のファンショップで買ってきたった」

P「妙なことすると薫にドン引きされるぞ?」

俺「む……それなら脱ぐか」

P「決意が柔らかいな」

俺「うるせー。どうしたらあいつに謝りやすいか、ずっと考えてんだよ」
 「そんで、取り敢えず全力で応援しようかって……」

P「努力のベクトルがおかしい。ほら、脱いだ脱いだ」

俺「マジか……」

P「散々無視された兄が戻ってきたらガチオタ勢になってましたとかトラウマものだよ」
 「どうせお前なら、普通な服も持ってきているんだろ?」

俺「そりゃまあ、一応」

P「着替えておいてくれ。なるたけ早く」
 「アイドルガチオタのヤクザかヤクザの休日風景で済ませるか、よく考えてくれ」

俺「……了解」

P「それじゃあもう俺行くから。これ、持っておいてくれ」ポイ

俺「うおっと……名札か、どうも」

P「それじゃあ、楽しんでいってくれよ」スタスタ

俺「おう、薫を頼むぞ」

俺「……取り敢えず、どこかで着替えてこよう」

 今やトッププロダクションとなったCGプロ。
 その筆頭であるニュージェネレーション、僕が管理している楓さんと加蓮とみくのユニット、そして薫のいる興水幸子、橘ありすのユニット。それに加えて、俺の知らない有名なユニットが増えているだろう。
 老若男女がひしめき合っていて、その手に持つうちわにプリントされた顔はそれぞれ違っている。プロダクション自体も大きくなっていることの現れである。
 これまた以前のように、俺は荷物を確認しに戻った。
 冷凍庫だけでなく、冷蔵庫も持ってきている。今回は普通のケーキもあるからだ。
 生地を冷凍庫にブチ込む勇気はない。
 冷気が効いていて、各一個ずつのバッテリーに問題なし。
 時間を確認する。開場時間を過ぎていた。
 暗めの、無難な服装に着替えた俺は、サイリウムを忘れずに持って外に出た。
 熱気に包まれてへきへきしながら、人の流れに乗って進み始める。


 前のライブの時よりさらに一回り大きいドームを、俺は見回していた。
 わらわらと蠢く人々。会場は広くなったはずなのに密度が増しているように見える。
 開け放たれた屋根からは、スポットライトに照らされた夜空が覗く。
 そして祭りの前のような、その場の熱にうかされるような雰囲気。

 今回目眩はなかった。
 ただ、心が震えた。
 唇の端が勝手に持ち上がっていくのが分かった。
 体の芯から熱い何かが伝わってきて、体を震わせる。
 薫は、これだけの人を魅了するアイドルに成長していたのだ。

 一体どんなライブになるのだろう?
 無意識の内にニュージェネレーションを初めて見た時のことを思い出していた。
 あれに並び立てる程に、成長した薫か……。
 ライブの開始が待ち遠しかった。



 ブザーが鳴って、ライトが落ちる。

 同時に場が静まり返り、空気が一気に張り詰めた。


 マイクが繋がる、僅かなノイズが入った。

???『フフーン! 皆さん、カワイイボクが来ましたよー!!』

???『今日は、このCGプロ合同ライブに来て下さり、ありがとうございます』

???『えへへ、今日は皆で、楽しくやってこーねっ!!』

客『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』』

幸子『この広いステージは、まさしくこのボクにふさわしい舞台ですね!』

ありす『先輩、今日は後輩たちの方がメインですよ』

薫『もー、幸子ちゃんは変わらないなー』

ありす『薫も、緊張しないのはいいですけど、しっかり緊張感は持って臨んでくださいよ』

薫『はーい、ありすちゃん♪』

ありす『……私、一応先輩なんですけどね』

薫『えー?』

ありす『……まあ、もう慣れましたけど』

幸子『何喋ってるんですか! 早くボクのカワイイ所を皆さんにお届けしないと!』
 『皆さんが暴走を始めてしまいますよ!』

ありす『しませんから。……でもまあ、急ぐに越したことはありませんね』

薫『うん! それじゃあ始めよー! 皆も、盛り上がっていこうねー!!』

客『『わああああああああああああああああ…………』』



 今回も、トップバッターは薫たちだった。
 俺は薫の声を、バンドの生演奏を、周りの応援を聞くたびにテンションを上げる。
 いつの間にか体でリズムをとっていて、ふと気付けば声を張り上げていた。
 サイリウムの動かし方を予習しておいてよかったと心の底から思った。
 このお祭り騒ぎをぶち壊したくはなかったからだ。

 俺はこのライブに溶け込めていることに快感を覚えた。
 この場を、体全体を使って指揮する薫を見て感涙しそうになった。
 確かに遠い存在になっていることには変わりはない。
 だけど、以前と違って、俺は喜びに打ち震えていた。
 綺麗になった薫を。立派になった薫を。笑顔で歌う薫を。
 もう俺より大きくなったのだと、立派になったのだと、素直になって祝えることが、何より幸せだった。
 俺はようやく、あいつのファンになることができたのだ。
 
 声が枯れるまで、俺は叫び続けた。

 ニュージェネレーションが大トリを飾ったライブは、その後のアンコールに答えた全アイドルの合唱によってその幕を下ろした。
 興奮冷めやらぬ、といった雰囲気のライブ会場を一足早く抜けた俺は、バイクに積まれている冷凍庫と冷蔵庫を取り出した。
 冷凍庫は前に持っていった物から買い換えて、一回り大きなサイズのものだ。
 一体どれだけ人数が増えたかが分からないから、バッテリーで賄える範囲でできる限りの大きなものにした。
 さらにそれに、冷気に影響が出ない程度の範囲で食べ物を詰め込んだ。
 お姫様方に喜んでもらえるだろうか……。
 俺は少し不安になりながら、バッテリーから外した冷蔵庫と冷凍庫を重ねて、冷気が切れる前に、楽屋へ続く道を急いだ。

俺「」ゴクリ
 「」コンコン

P「あ、来たな……空いてますよー」

俺「失礼します……」ガラゴロ

僕「お疲れ様です、大荷物ですね」ニコ

俺1「こんちわッス! お、その中身ってもしかして!?」

俺「おう、お菓子だ」

俺1「おお、やっt」

みく「やっと戻ってきたのにゃああああああ!!」ドン

俺1「うおっ!?」

みく「ほらほら、その中に入ってるそのスイーツをよこすのにゃ!」

俺「……お前は変わんねえな」

みく「急に変わるより、よっぽどマシにゃ!」

加蓮「そうそう! だからお菓子ちょーだい♪」

俺「お前もか」

楓「ふふっ、お久しぶりです……あっ」

俺「お久しぶりです。どうかしましたか?」

楓「……すみません、今ブリの持ち合わせがなくて。中途半端になってしまいました」シュン

俺「いつもなら持ち合わせがあるんですか!?」

光「あっ、おじさん!」

俺「よう、かっこよかったぞお前のライブ」

光「へっへー! なんせアタシ、ホントにヒーローになったからな!」

俺「ああ、聞いたぞ。……俺は見てないが」

光「それ本人の前で言う!?」

俺「はっはっは。まあ、これから毎週きっちり見るよ。俺1、お前のヒーロー姿もな」

俺1「……そう言われると、なんか恥ずかしいッスね」

光「おいおい、そういう時はもっと男らしく胸張って、任せとけ! くらい言わないと」

俺1「無理だっつの、そんな度胸はねえよ」

俺「……とにかく。いつもの二人がそろそろ獣のような目でこっちを見てきてるから、差し入れだけ配るぞ」
 「ほれ、これだ」

みく「……これって!」

俺「何人いるかわからんかったからな」
 「だから、アイスをめっちゃ作って持ってきた。シャーベットもあるぞ」
 「後、その後に食べるケーキ。チョコ、レアは怖かったからベイクドチーズケーキ、んで苺のタルト」
 「苺は冷凍したのを後乗せな。あー、タルトは生地がくっそむずかった」

???「苺……?」

俺「ったく、買い換えた冷凍庫、小型冷蔵庫を一個、バッテリーを一個、アイスの為の金属の容器を5個」
 「材料諸々含めて、もう請求していいよな?」

P「誰も頼んでないぞ」ニヤニヤ

俺「帰る。薫だけに食わせてやる」

P「あらら、でも残念ながら手遅れだ」

俺「は?」

加蓮「わーい! さっそく食べていい!? てか食べてるー!」パクパク

みく「お店のアイスみたいにゃー!!」パクパク

俺「……お前らは、本当に」ハァ
「まあいい、アイスはバニラ、チョコ、ストロベリー。シャーベットはレモンとパイナップルだ。チョコミント好きとかは勘弁してくれ、家の冷凍庫が限界だったんだ」
「早い者勝ちだぞー」

光「おじさん、アタシレモンがいい!」

俺「あいよ。い……よっと」

光「おじさんすげえ! それ、お店にもあるやつだよね! アイスくり抜くあれ!」

俺「おう、やっぱ使えるもんは使った方が結局楽だからな。ほれ」

光「ありがとう!」



未央「えへへっ、私ももらっていーい?」

俺「当然、どれがいい?」

未央「えーとね……パイナップルがいいかな♪」

俺「まいど」

未央「あはは、ホントにお店やってるみたーい!」

俺「それならお代金をお願いしますよ、お客さん」

未央「んー、つけといてっ!」ピュー

俺「……せわしないな」



凛「私、チョコがいい」

俺「まいど」

凛「……ありがと」

俺「どういたしまして」

凛「それと、プロデューサーは渡さないから」スタスタ

俺「…………は?」ポカーン
 (堅物なやつに見えて、なかなか色物だったのかもしれんな)



卯月「私、バニラがいいです!」

俺「普通だな」

卯月「べ、別にいいじゃないですか!」

俺「冗談だ、ほら」

卯月「もう……でも、ありがとうございます♪」

俺「ふー、大体アイスは渡し終えたかな……ん?」

ありす「」ソワ……ソワ……

俺「ん、どうした? えーっと、橘、だったか」
 「橘はまだ、何も受け取ってないよな。欲しいもんないのか?」

ありす「名前でよばな……あ、こ、こほん。失礼しました」
 「えっと、その、私は」チラチラ

俺「ん? ……あぁ、ストロベリーか?」
 
ありす「いえ、いいんです! 私、今回のライブについての反省を……」スッ

俺「いいんだぞ、そんなに遠慮しなくても」

ありす「いえ、ですから」

俺「…………」
 「あーあー、アイスが余っちまったなー。このままじゃあ苺もろとも傷んじまうなー」

ありす「!」

俺「タルトも、もしかしたら余っちまうかもしれないなあ」
「あーあ、苺、もったいないなあ」

ありす「……」
 「傷んでしまうのは、いけませんね」
 「農家の方、作ってくれたあなたに対しても失礼極まりない行為です」
 「それなら、私が食べて、それを減らしましょうか」

俺「おう」ニカ
 「タルトの苺、お前のだけ増量してやる。余ったら困るしな」

ありす「苺……って、もしかして私が苺が好きだって分かって……」

俺「うわごとみたいに苺……っつってたら分かるわ」

みく「あー! ずるいにゃ! みくにも増量するにゃ!」

俺「お前だけには死んでもやらん」

みく「えっひどくない」

ありす「……ふふ」クス
 「それでは遠慮なくいただきます。ありがとうございます、大事に食べますね」

俺「おう、そうしてくれ」

俺「……よっし、綺麗に空になったな」

加蓮「はー、幸せー……」

みく「だにゃー……」

俺「お前らは食い過ぎだ。……しっかし」キョロキョロ

楓「……気になりますか?」フフ

俺「うわっ!? ちょっ、急に話しかけないでくださいよ!?」

楓「ふふっ。……薫ちゃんは、あなたが来るまえに出て行っていますよ」

俺「うお、思いっきり避けられてる。通りで配る時にも見ない訳だ」

楓「……でも、帰るには必ず戻ってこなきゃいけません。それが分からない薫ちゃんじゃないはずです」
 「つまり、探して欲しいんですよ。薫ちゃんは」

俺「!!」

楓「……こほん」

俺「?」

楓「このあとバイクで、バー行く? ……ふふっ」

俺「……ッ!」
 「ありがとう、楓さん!」

楓「頑張ってくださいね♪」



 配る時に見なかったのは、知る限りで二人。薫と、この楓さんだ。
 もしかしたら、ずっと付いて行ってくれたのかもしれない。
 このタイミングが生まれるよう、根回しをする為に。
 俺は頭を下げて、駆け出した。



 そして、その言うとおりだった。

薫「……」


 薫は、俺のバイクの上に座っていた。
 よほど急いでいたのだろう。ステージ衣装を着たままだった。
 らしくない神妙な顔つきで、懐かしむようにバイクの座席をなでていた。
 ライブが終わってしばらくしたあとで、人の往来は少ない。
 俺は息を整えて、ゆっくりと歩み寄っていった。


俺「……薫」

薫「!!」
 「……お兄、ちゃん」

俺「その……久しぶり、だな」

薫「う、うん。……久しぶりだね」

俺「……」

薫「……」

俺「その、なんだ。どうだ、アイドルを続けてみて」
 「楽しかったか? 嬉しいことはあったか? 続けてきてよかった、って思えたか?」

薫「……薫は、アイドルを始めて、よかったって思ってるよ」
 「皆で歌って、踊って、それでお客さんには喜んでもらえて」
 「練習は、大変だなって思うこともあるけど、皆がいてくれたから頑張れた」
 「時々皆で美味しいデザートとか食べに行って」
 「旅行に行って、海ではしゃいでみたりして」
 「本当に、本当に、楽しかった。いい思い出が一杯できたよ」

俺「……そりゃ、よかったな」

薫「……でもね、そこにお兄ちゃんはいないの」
 「楽しい思い出、一杯作ってきたはずだったのに」
 「これからもずっと、作っていこうって思ってたのに」
 「薫が、全部壊しちゃったから……ッ」
 「薫が、薫が、おにぃちゃんに、ひどいこと……!!」ブワッ

俺「……!」

薫「ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね」
 「嫌なことするおにぃちゃんはいらないって言ってごめんね」
 「嫌なことするおにぃちゃんは大嫌いなんて言ってごめんね」
 「全部、薫のことを思っていてくれて、色々してくれたのに」
 「あそこに来てくれたの、ずっと夜中に走ってきてくれたからだって先生に聞いたよ」
 「嫌なことはさせないで、って先生に言ってくれたのも聞いたよ」
 「ずっと薫のこと、考えててくれたのに、薫は、全然気づかなかった」
 「それどころか、好き勝手言って、怒鳴って……」
 「ごめんね……お兄ちゃん、ごめんね……!!」グスッ

俺「謝るなッ!!」
 「悪いのは、全部俺なんだ! 嫌なことばっかり考えてた俺なんだ!」
 「勝手に薫のことが嫌いになって、無視して、応援もしないで!」
 「痛いことはしないって言ったのに! お前の父さんと同じようになっちまって!」
 「お前は怒っていいんだ! こんな馬鹿な俺に、愛想を尽かしていいんだ!」
 「全部、全部、俺のせいだから……」ツー

薫「いいんだよ、お兄ちゃん」
 「薫の為に、泣かなくたって」

俺「」ブワ
 「」ギュウウウウ

薫「……お、お兄ちゃん、苦しいよ……」

俺「あ、ぁ、すまん」

薫「でも、そのままでいいよ……そのままにして」
 「あー、久しぶりだなあ。お兄ちゃんの匂い」
 「ちょっと前まで、ずっと嗅いでたのに。ずっと、遠くなっちゃって」

俺「ッ!!」
 「……ごめんな、ごめんな、薫……!」
 「なあ、これからはずっと応援するからな」
 「テレビも見る。ライブも見に行く。ラジオだって、公開収録ならその場に行く」

薫「……」

俺「そうだ、寮の御飯に飽きたら、バイクで出前にだって行ってやる」
 「アイドルに疲れたら、家に帰ってこい。風呂いれて、御飯作っとくから」
 「それに、そうだ。ケーキだって差し入れじゃなくて、お前の為だけに作るから」

薫「うん……」

俺「なあ、薫。これから一杯思い出を作ろう」
 「遊園地。牧場とかもありだな。あと温泉。世界遺産巡りとかもいいな」
 「あ、オーロラは絶対見に行こう。星も綺麗らしいぞ」
 「海とかでナンパされたって、おにぃちゃんが全部追っ払ってやる」

薫「うん……うん……!」

俺「だから……、だから……!」



俺「だから、もう一回、家族になってくれ……薫……!」



薫「……」ニコ
 「お兄ちゃん。……いや」

 「ありがとう、おにぃちゃん」

これにて、このSSは終了となり、またこのシリーズも終了です。

……正直大変でしたw
勉強不足な所が多くあり、皆さんに嫌な思いをさせてしまったかと思います。
本当に申し訳ありませんでした。
また、文も変な所が多かったと後悔中です。僕のメールやら、挙げればきりがない……ww


さてシリーズは終了ですが、一個番外編を作ろうと思います。
というか、今まではそれのための盛大な前フリです。
『佐久間まゆという転校生』を読んで思ったことを書く予定です。
視点はP視点。正史をたどった後の話のつもりです。


ここまで見ていてくれた方、本当にありがとうございました。
そしてお疲れ様でした。
寝た後、HTML化依頼を出します。それでは。

龍崎薫(9)
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北条加蓮(16)
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前川みく(15)
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高垣楓(25)
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南条光(14)
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島村卯月(17)
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本田未央(15)
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渋谷凛(15)
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輿水幸子(14)
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橘ありす(12)
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このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年05月22日 (木) 16:40:00   ID: Kq3c1IMy

キモ

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