介旅「救ってやるよ。お前も、お前の世界も」一方通行「……フザけンな」(534)


虚空爆破事件の犯人・介旅初矢くんって不憫で仕方ないなー……という思いから始まったこのss。
当初は100レス程度で終わると思っていたのにまさかの二スレ目。見通しが甘かった。

前スレはこちら↓

介旅「新しい世界が来る。僕が君を救う」美琴「……え?」


簡単に言うと、介旅くんが美琴ちゃんのために大活躍する再構成ものです。
アホみたいに主人公補正かかってますので注意。
あと、過去が相当ねじ曲がってるのでそっちも注意。主に木原クン関係で。

その他にも、那由他ちゃん・布束さん・芳川さん・工山くん(笑)などなど登場人物大勢。
風呂敷広げすぎて畳めるか心配なような気がしなくもない。


以下、時系列表。
ここに記されてない出来事もあります。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1334458865(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)


【細かすぎてウザイ☆時系列表】


<三年前>
・一方通行、木原家へ。那由他と知り合う。


<数ヶ月前>
・一方通行、第一次実験を中断。介旅父と出会い、介旅家の面々の名前を聞く。
・この日から一方通行の機嫌が悪くなる。

<その数日後>
・木原、一方通行に説教。
・一方通行の機嫌回復、実験を断る決意。
・木原、自らの手で秘密裏に実験を止める計画をする。
⇒『暗部』からの警告がかかる

<さらに数日後>
○『AIM拡散力場収束実験』が行われる。
・木原数多が、何らかの原因で死亡。

<その翌日>
○木原の死が、『事故』という形で公にされる。
・木原の死を聞かされた一方通行、実験を再開。
・那由他は、独自に事故の調査を開始。

・介旅の両親は、研究のため第十学区へ。
⇒介旅が不良校に転校するハメになる。直後よりイジメられる。



<この期間のどこかで>
・那由他が、木原数多の遺志を聞き、遺品を手に入れる。

・介旅が、両親からお守りを貰う。


<7月11日>
・イラついた介旅が連続虚空爆破事件を起こし始める


<7月18日>
・美琴(と上条)の活躍により介旅お縄につく


<7月19日>
・幻想御手の副作用で介旅倒れる


<7月24日>
・美琴により木山春生が撃破され、幻想御手事件終幕


<7月25日>
○介旅、病院で目覚める。前スレ冒頭。
・カエル医者と黄泉川に出会う。
・その後事情を聞き、詰め所まで強制連行。
・反省文書いたりイロイロ、詰め所生活が始まる。


<7月26日>
○午前3時ごろ、那由他vsテレスティーナ(以下テレス)
・那由他は右腕と左手首負傷、テレスは駆動鎧が大破
・その後、那由他は治療のためカエル医者の病院へ(実はその途中で介旅にぶつかった)

○午前八時、介旅は鉄装と共に、舞夏への謝罪のため常盤台女子寮にGO
・介旅、美琴と再会。身の上話をする。
⇒その後、美琴とフレンドになり、門限破り罰則の掃除を手伝う

・このあたりで、テレスが警備員に緊急召集をかける

○美琴と介旅、ゲーム勝負。介旅が16戦16勝。
・工山は監視カメラでその映像を見る。
・罰ゲームにより、美琴は介旅とプチデート

・布束が不良による襲撃を受け、助けに来た那由他(怪我は完治)と知り合う。

○公園にて、介旅のための能力特訓with美琴。
・ミサカ一〇〇三二号に出会う。実験に関係するパスワードを聞く。
⇒研究者に会うため、後をつける。というか一緒に行動する。
⇒その後、研究所には帰らないと聞いて解散

○午後六時、テレスが二十三学区を襲撃。
・テレスは[ピーーー]を入手

○最終下校時刻、介旅は詰め所に帰還
・黄泉川の禁煙のためにライターと煙草を預かる
・黄泉川、テレスを止めるため第二十三学区へ。
⇒付けっぱなしのPCを発見した介旅、パスを解読して実験の情報知る
⇒迷った後に実験場へ

・美琴、実験のデータを入手し実験場へ直行

○第九九八二次実験、開始
・ミサカ九九八二号vs一方通行。一方的な虐殺。
・介旅と美琴の見る前で、ミサカが殺害される。
⇒美琴は乱入し、介旅は一時的に目を潰され動けず。
⇒美琴は打ちのめされ、それを見た介旅はランナウェイ。一方通行は去る。

・布束、美琴に自分達との協力を要請するも断られる。

○逃げ出した介旅、途中で那由他と出会う。
・半ば強制的に協力をさせられることに。
・その後オタク狩りに遭うも、戻ってきた那由他に助けられる。
⇒なんかお茶会に誘われたので行ってみる。

・工山、黄泉川のPCにウイルスを送る。

・深夜12時ごろ、帰宅が遅れた介旅は黄泉川に説教される。
↑ちなみに、帰り道でコンビニ寄ってカフェオレ買ってた。

・この辺りから翌日早朝にかけて、 一方通行と[ピーーー]が同コンビニに来店。
ブラックコーヒーとストレートティーを買い占める。

・黄泉川は芳川に、ハックされたことについて相談の電話。

・芳川、木原の死因に興味を持つ。



<7月27日>

○美琴が実験の関連施設を破壊し始める
・『所長』の判断により、『アイテム』に防衛を依頼。

○介旅が、『セブンスミスト』店長に謝りに行く。
・ものっそい簡単に許される。
・おっさんの自分語りを聞いた後、趣味の逸品とやらを貰う。
↑趣味とは竹細工のこと。よって竹製の水鉄砲。

・芳川、木原の『事故』の資料を発掘。

・一方通行、不良に囲まれるも全員半殺し。

○夕方、介旅は那由他たちと共に施設を襲撃。
・介旅の提案の結果、『樹形図の設計者』へ細工するプランはナシに。


<7月28日>

・上条当麻と自動書記の戦いにより、『樹形図の設計者』が破壊される。

・朝っぱらからゲーセンに行った狭川(いじめっこ)、金欠になる。

○昼頃。介旅、コンビニへの謝罪した後に狭川にケンカを売る。
⇒ボコされてメンタル破損。
・那由他から、美琴を助けてほしい旨の連絡。
⇒だが断る
⇒那由他から説教される
⇒やる気を出す

○夜。美琴、製薬工場にてvsフレンダ。
・劣勢のところに介旅が乱入、逆転勝利。

○布束、別の関連施設に潜入成功。
・一緒に行動していた那由他、介旅のヘルプのため一時的に別行動。

○フレンダの救難信号により、介琴vs麦フレ開戦。
・那由他乱入、介旅逃げ出し、滝壺の体晶使用、フレンダの脱落などで
那琴vs麦フレ、那琴vs麦フレ壺、那琴vs麦壺、と対戦カードが変化。
⇒最終的に、戻ってきた介旅が奇襲&秘策により勝利。しかし右腕を喪失。

・芳川、天井によって捕縛され施設に監禁。

○布束、施設奥に潜入。妹達への疑似感情入力を試みる。
・途中、絹旗からの妨害を受けるも入力には成功。
⇒だが、ラストオーダーの存在によりMNWから拒否られる。
・合流した那由他の手で、なんとか逃亡に成功。
・この時、那由他は実験の資料を落とし、偶然にも絹旗がそれを拾う。

・戦いを終えた面々は、病院へ……

・芳川、介旅母から『事故』の真相を聞く。


とりあえずこんなものです。IDが変わるのは気にしないでくださいな

前スレが埋まってから書きます。遅筆なので一週間以上後?
もう少し後に立ててもよかったなーと今更反省。

それでは今から前スレに投下してきます

すごく・・・・どうでもいいです・・・・

2スレ目も期待してる

乙です

かれです

前スレも埋めたことだし、投下します

決意を固めた介旅、一方美琴サイドでは……?



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「……ぁ……?」


第七学区。

ビルとビルとの隙間。
人の入る可能性など無いに等しい、暗闇の路地裏。

そこで。

御坂美琴は現実を認められず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「な、んで……」


その先に続く言葉は、彼女自身にも分からない。


何で、道端に落ちてるローファーなんか見付けてしまったんだろう。

何で、その先に細い路地裏があることに気付いてしまったんだろう。

何で、そんなところを覗き込んでしまったんだろう。

何で、その地面に薬莢が落ちているのを見てしまったんだろう。


何で。なんで。なんで、


「なんで、なの……?」


なぜ、もっと奥に行こうなんて思ってしまったのか?
それは、心当たりがあったから。

なぜ、戻ろうとはしなかったのか?
それは、胸騒ぎを押さえつけられなかったから。


目の前に、"こんな光景"が広がっていることは。
予想できていたはずなのに。


「なんで、よ……、『実験』は、終わったはずじゃないの……?」





美琴の視線の先には。
人影が倒れていた。


それは、輝く茶色の髪を持っていて。


学園都市でも五本の指に入る名門・常盤台中学の制服を身に纏い。


その風貌にそぐわない、無骨な軍用ゴーグルを額に乗せて。




それら全てを、赤黒い血に染め尽くした、ミサカの姿。




「おかしい……こんなの、おかしいよ……」


声が震える。
その背中に、冷たい声がかかった。



「――お姉様?」


「~~ッ!?」






気が付けば、彼女は無数の『妹達』に囲まれていた。
『実験』の"後始末"に来たのだろうか。


電磁波のレーダーを持つ美琴が、接近に気付けないわけはない。
無意識の内に、認識することを拒否していたのだ。

自分と同じ姿形の存在を。
転がる死体と同じ顔を。


「アンタ達……なんでここに……?」

「何故と言われましても……『実験』の"残骸"の処理です、としか言えませんが」

「残……がい……」


会話の間にも、他の『妹達』は着々と死体の始末をしていく。

ある者は大きな寝袋に骸を仕舞い、
またある者は酸性のスプレーでDNAの痕跡を融かす。

そうやって、一つの死が無かったことになる。
一人の命の残滓が、跡形もなく消え去る。


「何か問題でもありましたか、とミサカは尋ねます。
このまま死体を放置しておけば、一般人に発見される危険があるため、迅速に処理を――」

「……は、あははは……」





美琴は、俯いたまま静かに微笑う。


あぁ。

この街は、こんなにも。


「お姉様、どうかしましたか?」


いや。

この世界は。私の生きる、この日常は。


「……お姉様?」

「あははははっ……」


――こんなにも理不尽で、暴力的で――――。


「この暑さで熱中症を発症したのでしょうか、とミサカは推測します。
ですが、体温の異常な上昇などは見られませんね……とミサカは自らの考えを改めます。
となると、この不可思議な精神状態は一体……?」




「……ってオイオイ、なーに失礼なコト言っちゃってんのよ?
私はダイジョーブだっつの」


嫌な考えを取り払うように、明るく笑う。

――でも、まだ道はある。


「そう……ですか、とミサカはいまいち納得できていないのを包み隠して頷きます。
あぁそれと、とミサカは付け加えます。
ミサカはお姉様に一つ忠告しなければなりません」

「いやいや、包み隠せてないから……。まぁいいわ、何よ忠告って?」

「はい。これはミサカ個人ではなく、ミサカネットワーク全体の総意です。
私達がお姉様に要請するのは、ただ一つ」


ミサカは無表情にそう言うと、感情の籠らない瞳を美琴に向け、




「お姉様。もうこれ以上、この『実験』に関わらないでください。
……と、ミサカは全てのミサカを代表しお姉様に伝えます」




「……、っ」


無理矢理作った笑顔が、固まる。

そんな機微に気付くこともなく、ミサカは続ける。


「お姉様は、ミサカ達とは違います。
替えの効かない、ただ一人のオリジナルです。

だから、もう止めてください。
ミサカは、お姉様が危険に晒される事を望みません。
……と、ミサカは『妹達』の共通意見をお姉様にお話ししました」


「…………」


話し終えると、ミサカは応えを待つように口を閉ざす。




「……」

「…………」




長い沈黙があった。

それを破ったのは、美琴が漏らした小さな笑いだった。


「……、あははっ」


口を押さえる。

笑いは止まらず、輪郭の無い音はやがて言葉に収束する。


「ったく、もう……」


美琴が浮かべたのは、まるで点の悪いテストを親に見付けられた子供のような苦笑。

それでいて、どこかに慈愛を思わせる微笑み。


「なんだ、安心した。アンタ、そんなことも言えるんだ」


ミサカが示したものへの、喜び。

ちっぽけだけど大切な、親心のような感情が美琴を突き動かす。





「けどさぁ」


口が動く。

言葉が流れる。


そして美琴は、口にする。

それまでの自分を振り切るかのように。

目の前の道を、迷わず進むために。






「妹が、姉のやることに一々口出しするもんじゃないわよ」









それだけ言うと、美琴は振り返った。

目指すは、路地の出口。

明かりに、その先の僅かな可能性に向かい、彼女は走る。


「……お姉、様……?」


静止の手は、伸ばされなかった。

呼び掛ける声に後ろ髪を引かれながらも、美琴は前に進む。

ミサカ達のために。

いや。

大切な、妹のために。






ミサカが示したもの。

それは、紛う事無き優しさだった。

人生経験をほとんど持たず、それ故に感情表現に乏しい彼女達の。
打算など混じる余地もない、精一杯の優しさだった。

彼女達は、殺されるしかない自らの運命を呪うこともなく。
挙げ句、その運命を変えようとする美琴の身を案じていたのだ。


けれども。

その優しさが、美琴を追い詰める最後の一押しとなってしまう。


――なんで。なんで、その優しさを自分に向けられないの?


堂々巡りを続ける思考が、やがて答えを導き出した。


――あぁ、そっか。

――この子達には、まだ自分の価値が分かってないんだ。

――死ぬことの辛さを知らない訳じゃない。

――でも、生きることの喜びを。

――知らないんだ。


ならば、と美琴は思う。

知らないのなら、学べばいい。

今すぐでなくとも、いつかは分かる。

だから。


死なせない。

それを知るまでは、絶対に。

これ以上、一人たりとも。





――分かってる。そんなに甘くは無いことぐらい。


だから、手段は選ばない。


――賭けてやる。安全だって、命だって。


目指すは、第二十三学区。

『樹形図の設計者』との交信センター。


(『実験』の関連施設が幾つあるかは知らない。
潰した端から引き継がれていくなら、意味はない。……、けど。

元凶さえ……大本の『樹形図の設計者』の予言さえどうにかすれば……!)


テロリストの汚名を着せられようが構わない。

それで妹を救えるのなら、喜んで被ろう。

覚悟を決め、美琴は突き進む。


その歩みを阻む者は、未だ現れない。






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「オイオイ、マジかよ……」


体に残る疲労も顧みず、ひたすら走る美琴。
その姿を、眺める影があった。

人影は頭を抱えると、現実から逃げそうになる思考を強制して三次元に巻き戻す。


「……ていうか、足速すぎるだろ追い付けない……」


面倒臭そうにぼやく彼の"目"は、街の至るところにある。
しかし、"目"を切り換えるために注意を散漫にした瞬間、美琴の姿が消えてしまうのだ。


「……だーもう、これはボクの流儀ではないんだけど……仕方がないか」


人影は一旦全ての"目"を閉じると、別の"目"を開くための準備をする。

今度の"目"が見るのは、学園都市の全体だ。


「ま、コイツなら電磁波に邪魔されることもないかな……っと」


人影の頭の中に、次々と複雑な演算式が浮かぶ。

それと呼応するように、ゆっくりと"目"が開いていく。


「さて、必要なステップは踏んだ。

後は……多少不安だけど、アイツに任せるとするか」




「よぉ、久し振り」

――介旅の夢に度々現れる謎の人物 【白衣の男】



「オイ、お前今何してんだ!?」

――街中に無数の"目"を持つ少年 【謎の人影】



「行くしかねぇだろ」

――ありふれた異能力者の筈だった少年 【介旅初矢】



一回やってみたかった次回予告。
『謎の○○(笑)』が多すぎる件

乙だにゃー

にゃーにゃー

決めた。二週間以上は放置しない。

今度こそ。これ以上は遅くならない。


でわ投下



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「よぉ、久し振り」

「……またこの夢か……」


介旅初矢は、真っ暗な空間の中に立っていた。

前後左右どころか、上下すら不覚。
床も天井もない、ただひたすらに闇が広がっている。

その中に一つだけ、スポットライトを照らしたように明るく浮かび上がる存在があった。

凶悪な顔に、白衣を纏った男。
服装はまるで研究者のようだが、それにしては体格がゴツすぎると介旅は思う。


「だから夢じゃねぇっつってんだろが。理解力のねぇガキだな。
が だから……ってクソ、音が飛びやがる……」

「……ハァ……どうせ夢に出てくんなら美少女がいいなー……。
こんなオッサンと二人きりの夢とか誰得だよ」

「コッチが何とか頑張って伝えようとしてる時に変な妄想してんじゃねぇ!
ってかお前現実でも美少女が近くにいんだろがウチの那由他ちゅわんとかよぉ!!」

「夢の中だからこそ出来ることってあるじゃないっすかー分っかんないかなぁ」

「お、ようやく会話が成立したな、うん。じゃあ本題に入るが……」

「じゃあ僕そろそろ現実に戻るんで」

「おぉぉぉぉいちょい待てクソガキ!」


何かオッサンに呼びかけられてるけど、ぶっちゃけ何の後ろ髪も引かれない。
これが萌え系美少女だったら話は別だったのだろうけど。

そんなことを考えながら、介旅の意識は徐々に覚醒へと向かう。


「オイ! 早く伝えねぇと間に合わなくなるかも知れねぇってのによぉ!!」

「はいはい、また今度でー」


気の抜けた返事を返す頃には、暗黒の世界はほとんど霞んで見えなくなっていた。

だから、


(……ん? "ウチの"那由他……?)


頭に浮かんだその違和感を解消することは、叶わなかった。





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「ん、んぁ……あふ」


ベッドの上で安らかな一時を過ごした介旅は、大きく伸びをする。

時計を見ると、どうやら三時間ほど寝ていたようだった。


「……布束さんは……まだ寝てる、かな?」


横のベッドを見ても、カーテンに阻まれていてよく分からない。
まぁ、返答が無いということは意識も無いということなのだろうけれど。

ともあれ体を起こすと、介旅はぼうっと宙空を眺める。

ぶっちゃけ、やることがない。
暇である。


「あんだけカッコつけといて……なんかなぁ」


呟く介旅。
その体調は、(当たり前だが)万全からは程遠い。

よって、一方通行に挑む前にある程度の療養が必要なのである。


「……こうしてる間にも、『実験』は行われてるかもしれない。早く、しなくちゃ……」


焦りだけが、頭の中で加速していく。





だが、思い悩んでどうにかなるものでもない。
ならば気楽に行こう。そう介旅が思い直したとき、


『♪ー♪~♪ーーー♪』

「わわ、ヤベっ……」


唐突に病室に鳴り響いた着信音。
音源は、紛れもなく介旅の携帯だった。


「ah,感心しないわね。病院で携帯電話とは」

「へ?ぬ、布束さん起きてたんですか?」

「アナタの独り言がうるさくて起きたのよ。anyway,早く止めたら?」

「あ、はい……」


不機嫌そうな布束の声に、慌ててベッド脇の携帯へ左手を伸ばす。

少々手間取ったが、なんとか電源ボタンを押して音を止めた。






「ふぅ……電源切っとくべきだったか……」

「or,少なくともマナーモードにはしておくべきだったわね。
最近の医療器具は携帯の電波ぐらいじゃ誤作動しないけれど、
不快に感じる人だって大勢いるのだから」

「以後気を付けます……」


もっとも、同室にいるのが布束一人である以上、
その"不快に感じる人"というのは彼女自身のことなのだろうが。

まぁ寝起きは誰だって機嫌が悪いよな、と自分を納得させ、
介旅は未だ着信を続ける携帯をマナーモードに設定し、


「……ん?」


そこで、とある違和に気付く。





「……あれ? 僕はさっき、確かに……」


電源ボタンで、着信を止めたはずの携帯が。
消音状態で、変わらず震え続けている。

通常ならば有り得ない動作。
それはつまり、一つの異常の発生を示す。

電子機器に、使用者の意思から外れた作動をさせる。
その技術の呼称は。

・・・・・
「ハッキング? 最強クラスのセキュリティを突っ込んだ僕の携帯に?
そんな事が出来る奴なんて……まさか」


思い当たり、画面を注視する。

通知されている番号は、『292827867524263002010』
明らかに偽造と理解できる、常識的に考えて有り得ない桁数の電話番号。

だが、そこに隠された意味が介旅には分かる。
悪趣味な暗号文が、特殊な思考回路で迅速に処理されていく。

解読時間、僅か数秒。
それとほぼ同時に、携帯の設定が強引にスピーカーフォンに変更され、電話が繋がる。





『はぁ……やっと繋がった……っ!』

「お前……、」


流れた声を聞いて、確信する。

それは久しく聞いていなかった、悪友の声。

電話相手は、介旅と同レベルのハッキング技術の持ち主――工山規範。

彼は普段の気障な態度をかなぐり捨てると、
開口一番、叫ぶように言う。


『オイ、お前今何してんだ!?』

「……工山? なんで……」

「sorry,but……ここは病院よ。後で屋上に出て、その時にかけ直して……」

『なんでとか後でとか、そういう問題じゃないんだよッ!!
お前の知り合いが――「超電磁砲」が……っ!』





「……、『超電磁砲』、だって? 」

「wao…………」


聞き捨てならないその単語に、介旅は反論の弁を止める。
背後の布束も、同様に口を噤んだ。

二人が静まったことを確認すると、工山はやや落ち着きを取り戻して話し出した。


『……、まず確認しとく。「超電磁砲」……御坂美琴は、お前の知り合いで間違いないな?』

「あ、あぁ……。友達、だけど」


友達、と言う瞬間、介旅は多少顔を赤くした。
未だに不思議な感覚なのだ、友達というのが。

とはいえ、直接向き合っているわけでもない工山に、それが伝わることはなかったが。


『友達……ねぇ。お前がなんでそんな大物と友達なのかは気になるとこだけどな、
まぁ今はそんなことどうでもいいか。話を戻そう。

……率直に言う。あの娘、今トンデモないことをやらかしてるぞ』


「……は?」

「……というと、どういうことかしら?」

『あー……っと、さっきから気になってたんだけど、そこにはもう一人いる感じかな?
あんまり、一般人に話せるような内容じゃないんだけど』

「この人は大丈夫だよ、僕が保証する。
……それより、アイツが……御坂が何をしてるって?」





恐らく本人は気付いていないだろうが、介旅の声は相当震えていた。

そこに込められた感情を知ってか知らずか、工山は小さく溜め息を吐き、


『相変わらず、謎の人脈を持ってるんだなお前……。

まぁいいか、本題に入ろう。「超電磁砲」……あの娘は今、とある施設を襲撃しに行ってる』

「施設……?」


介旅の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、新たに引き継がれたという『実験』の関連施設。

昨日のようなことがあるかも知れないのだから、確かにそれは止めなければならない。
だが、何故工山がそんなことを知っているのだろうか?


「工山、お前どうやって……」

『あー……お前の想像してる「施設」とは違うと思うぞ?
あんな有象無象じゃない、ただ一つのオンリーワンだ』

「僕の想像する『施設』、だって……?
お前やっぱり、『実験』のことを知って……!?」

『「実験」だのなんだの、細かい話をしてる場合か?』


疑問の声を、工山は遮る。

だがその返答は、彼がその問の意味を理解しているという証拠に他ならなかった。

しかし、工山がその問に答えることはない。

そんなことは後回しだと言わんばかりに。
その先を伝えることが最優先だと、暗に示して。





「……、その辺は後でキッチリ聞かせてもらうからな。
で、どこなんだ、その『施設』って?」

『あぁ、あの娘が向かってる施設はな――』


ごくり、と喉が動く。


『――第二十三学区の――』


「……っ、なるほど、な」


次の言葉を待つ前に、介旅は小さく呟いた。

横では、布束が頭を抱えている。


その先が予測できてしまったから。

美琴の覚悟と、それが水泡に帰す悲劇を、容易に想像できてしまったから。


電話先の工山は、静かにその先を告げる。







『――「樹形図の設計者情報送受信センター」だ』



「……だろうな」

「でしょうね……」



想定通りの返答に、もはや溜め息すら出てこない。

ただ額に手を当てて、現実を認めるしかない。


「……、くそ」


最悪だ、と介旅は思う。

布束の計画にも『樹形図の設計者へ細工する』というものはあったが、
それは暗部にコネのある那由他が味方にいたための発想だ。
美琴に、そんなツテがあるとはとても思えない。

学園都市の遥か上空に位置する、『最高の頭脳』――『樹形図の設計者』。
無計画にそんなものに手を出せば、いくら美琴でもテロリスト扱いは免れない。





そして、更に最悪なことに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『樹形図の設計者』は、既に存在していない。

那由他の知り合い――『猟犬部隊』からの情報によれば、
かの人工衛星は一昨日の深夜、正体不明の熱源体により機能を停止したということだった。

つまり。

テロリストになってでも妹を救うという、彼女の覚悟は。


全て、無駄に終わってしまうということ。






「……さて、どうするの? アナタにはいくつかの選択肢があると思うけれど。
全てを投げ出して逃げる? それとも電話をかけて、止める? 」

「……はは、ヤだな布束さん。最初っから分かってるでしょうに」

『電話すんなら早くしろよ、介旅。
戦闘が始まれば、彼女自身が出す電波のせいで携帯は通じなくなる』

「いや、多分それは無理だ。 アイツのことだ、もう誰にも関わる気はないだろう。
僕なんかが電話をかけたところで、電源を切られるのがオチだ」


二方向からの声に、介旅は力を抜いて首を振る。

全くもって、ナンセンスだ。

そんなチンケな方法じゃ、あの少女を救うことはできない。


だから。

どうせ、できないのなら。






「……アナタ……まさか……」


『介旅、お前……?』


「やだな、二人とも。分かってたことだろ?

……僕は、臆病者なんでね。 出来ない。ムリだよ」



不可能と分かっていることに挑戦するほど、無謀じゃない。

出来ないことをしようとするような、勇気もない。




だから……!





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「友達を失うなんて、そんな恐ろしいことを見過ごすなんて、できないよッ!!」







「あら」

『へぇ』


感心するような二つの声に、見せ付けるように勢い良く立ち上がる。

身体中が悲鳴を上げるが、意地で無理矢理抑えつける。


『少し見ない内に、だいぶ考え方が変わってるみたいだな。なにかあったのか?』

「いや、ただ気付いただけだよ。このままじゃダメだって」

「さぁ、ではもう一度聞きましょうか。
アナタは、どうしたいの?」


微笑を湛える布束に、介旅はしっかりと眼を見つめ返して、



「どうする、って……行くしかねぇだろ」






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――――――――――
――――――

「アイツ、ほんっとに訳分かんない人脈を持ってんのな。
まぁそれを言うなら、このボクもその一因な訳だけど」


数多くのモニターに囲まれた暗室の中で、工山規範は呆れるように笑った。

一員ではなく、一因。
「工山規範」としてではなく、一人の大能力者としての特殊性を思い。


「……っていうか、アイツ本当にどうしちゃったんだ?
あんなヒーロー性溢れる奴じゃなかったと思うんだけどなぁ」


一つのモニターを注視しながら、工山は考える。

彼に起こった変化は、果たして何によるものだったのか。


「……やっぱり、"これ"か?」


そう言って工山が取り出したのは、数枚の書類の束。


そのタイトルは――『「妹達(シスターズ)」を運用した絶対能力者(レベル6)への進化法』。





工山がそれを手に入れたのは、単なる偶然の積み重ねだった。


事の発端は、監視カメラの映像に常盤台生と並ぶ介旅を見付けたことから。

不審に思い独自のルートで調査した結果、警備員に身柄を拘束されていることを知った。

そして――工山は、その警備員のパソコンにハッキングをかけてしまった。
それが、最悪の結果を招くこととなる。


そのパソコンには、不自然なアクセス履歴があった。

素人でも確認できるような、"表の履歴"は消してある。
だが、工山のようなハッカーにとってみればそれは消したとは呼べない。

履歴など、いくらでも復元できる。
そして履歴の元にアクセスした結果――彼は知ってしまったのだ。

学園都市の闇で起きている、狂気の実験。
ありふれた都市伝説に紛れていた、とんでもない真実を。





だが、彼にはその『実験』を止めようと思うことはできなかった。

当然といえば当然のこと。
『妹達』も『超電磁砲』も、彼には関係がないことなのだから。


知らなければ良かった、と後悔した。

知らなければ、こんな罪の意識を感じずに済んだのに、と。

人が殺されて、それを知ってなお黙っていることしかないなんて。
そんな罪深いことをしなければならないなんて。


だから、街中を疾走する美琴を見たとき、彼は真っ先に介旅に連絡をした。

彼女を助けるのは、自分の役目ではないと思ったから。
罪深い自分ではなく、友達としての介旅がするべきだと思ったから。

事実、その選択は間違ってはいなかったと工山は思う。
介旅が『実験』のことを知っていたのには多少驚いたが、
そもそもあの不自然なアクセス履歴が彼のものだったのだとすれば納得がいく。

兎にも角にも、工山には美琴を助けようという気は起きない。

友達でもなんでもない、赤の他人だ。
そんな人間のために命を投げ打つなんて、馬鹿げている。






そう思うも、工山は未だ割り切れずにいた。

本当にそれでいいのか。

――良くない。

直感的に、彼は思う。
このままじゃ、ダメだ。

介旅が命懸けで戦っているかもしれないのに。
自分だけ安全地帯で見守るなんて、有り得ない。

だから工山は、納得できる理由を探した。
赤の他人のためではない、彼自身が満足できる理由を。





「……探してみると、意外と簡単に見付かるもんだねぇ。
まさに灯台もと暗しってヤツ?」


笑いながら、工山は再びモニターに眼を投げる。

『黒いゲートウェイ』と呼ばれるハッキング用サーバーを利用して傍受した、
学園都市の監視衛星『ひこぼしⅡ号』のカメラの映像。

最大限まで拡大した画面の中に、信じられないスピードで動くものがあった。

それは、毒々しい紫色の駆動鎧。
片手に銃器らしきものをセットした、明らかに治安維持組織のものではない人型兵器。

それが、真っ直ぐに――明らかに狙いすまして、第二十三学区へと向かっている。





「そうだよなぁ。他人のために動けないなら、友達のために動けばいいだけじゃないか。
……介旅――お前がお前の友達を助けるっていうなら、ボクはお前を助けよう」



格好をつけるのを忘れずに、工山は椅子から重い腰を浮かす。

モニターの画像を携帯に飛ばすよう設定すると、直後に彼は窓を開けた。


工山が住んでいるのは、学生寮の三階。

よって、窓の位置も当然のごとく三階である。
ビル風が吹き抜けるなか下を見ると、アスファルトの黒が太陽の光を吸収している。

大通りの割に、不自然なほど車通りの無い道。

工山は携帯の時計を確認すると、


「3,2,1……go!」


タン、と軽く窓枠を蹴ると、外に向かって飛び出した。







「ヒャッホウっ!」


誰かが見ていれば、自殺だと止めただろう。

たかが三階とはいえ、設計の都合上地上から十メートル近くは離れている。
人間が死ぬには十分の高さだ。

だが実際には、工山の身体が路上に叩き付けられることは無かった。

なぜなら、


ギャリリリリリッ!!と、タイヤの擦れる音を響かせて。
車体の上にクッションを乗せた大型トラックが、落下する工山を受け止めたからだ。


「おふっ……、さぁ、出陣だっ!」


奇妙なことに、そのトラックの運転席には誰も座っていなかった。

学園都市には自動操縦のバスも存在するが、
それは予めバスのルートが決まっているから出来る芸当である。

道路の状態により臨機応変な対応を求められるトラックでは、まだ実用段階では無い筈だ。

では何故、そんなものが実在しているのか。

当然ながら、それを知るのは利用者本人――
車体の上で座っている、工山規範その人ぐらいのものだった。



実は伏線だった工山くん。当スレで最もボランティア精神が溢れてる子。

では、おまけと次回予告(仮)をば



介旅「行くしかねぇだろ」


布束「ふんっ」ゲシッ


介旅「痛ったぁッ!?」


布束「敬語」


介旅「……」






「止まって貰おうか、御坂君」

――学園都市の暗部組織『メンバー』のリーダー 【博士】


「邪魔よ。どいて」

――妹のため奔走する、学園都市第三位の超能力者 【御坂美琴】


「引いて頂けると、有り難いのですが」

――『メンバー』の構成員で、強能力者 【査楽】



次回はあの人達が登場だよ、やったね美琴ちゃんっ、無双できるよっ


いろいろいいな

乙 続き楽しみにしてるよ



話の内容にゃ関係ないけど、原作のこいつのどこが不憫なのかがわからない。ねくらな性格がってことか。

いろいろ

>>54
それもありますが、やっぱり一番はイジメですかね。
彼の場合、『幻想御手』の後でもそれが続くわけですし、
根本的な解決が難しい問題でもあるので。



さて伸ばしに伸ばした〆切でもギリギリの投下。
もう少し時間に余裕を持ちたい……

美琴サイド&テレスティーナサイド(?)



――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――

――PM 3:15、第二十三学区――


「……何よ、アンタ?」


御坂美琴は、不機嫌そうな声で問い掛ける。

対し、その声の先に居た人物は、苦笑しながら口を開く。


「我々が何者なのか、という点については語る必要はないさ。
『メンバー』とだけ言っておこうか。
そして、重要な用件の方は……分かっているだろう?」


白髪の男の言葉に、美琴は聞こえよがしな舌打ちをする。

男の後方に目をやれば、そこには巨大なアンテナを持つ建物があった。

それこそが、美琴の目指していた『樹形図の設計者情報送受信センター』なのだが……、


「……、やっぱり、簡単には通してくれないってわけね?」

「あぁ、そうだ。無理だとは思うが、一応お願いしておこう。
……止まって貰おうか、御坂君」

「私、アンタには恨みとかないのよね。
だから言わせてもらうけど、邪魔よ。どいて」


建物入り口の前に立つ男に向かって、目付きを鋭くし再度言う。





男は一度小さく嘆息すると、着ていた白衣の懐から数本の試験管を取り出した。


「ふむ……では仕方ない。
貴重な超能力者を失うのは惜しいが……、まぁまた作ればいいだけの話か」

「……あんまり抵抗しないでよね。
私、人を殺したくはないから」


美琴の前髪から火花が散り、同時に言葉の応酬が止む。

直後、男は試験管の詮を外し、中の液体を周囲に撒いた。


「ッ!」


直感的に、美琴はそれを危険な薬品だと判断し、転がるようにこれを避ける。

だが、地面に降り注いだ薬品は音も煙も立てず、静かに蒸発していくのみ。
特殊な酸か何かだと推測していた美琴の思考に、僅かな空白が生まれた。


「おや、余所見をしていてもいいのかな?」

「くっ……!」


その一瞬の隙に、男は次の動作の準備を完了させていた。

美琴は回避行動に移るため、男の方へ注意を向け直し、


「……?」


男の握る"それ"に、混乱を隠せなかった。





「ふふ、最近新しい趣味を見付けてね。
良かったら聞いてくれたまえ」


男の手にあるのは、金属製の楽器。

一般的な認識で言えば、ハーモニカと呼ばれるものだった。

それを口に当てた男の手が、滑らかに動く。
皺の目立つ手とは裏腹に、澄んだ音色が辺りに流れる。

変化は、迅速に起こった。


「ッ!?」


ぞぞぞぞぞざざざざざ!!!!と、空気が波立つ。

悪寒を感じた美琴が飛び退った時には、足下から生える緑の草がちょうど消失していた。

冷や汗を流す彼女がもつ電磁波のレーダーが、
即座にその現象の正体を看破する。






「空気中に何かある……まさか、ナノデバイス?
細胞を一つ一つ毟り取っていってるの……!?」


「いや、"私のは"そんなに高性能ではないよ。
特定の刺激に対し特定の反応を示す、反射合金の粒だ。
これに複数の刺激を与えることで、ゲームでコマンドを入力するように動かせる。

普段は反応しない状態にして空気中の微生物などに相乗りさせているのだが、
特殊な薬品を振り掛けることでコマンドの入力を受け付けるようになる。
そこかしこで妙な事態を引き起こしては困るのでね。その対策というわけだ」


「刺激、ね……。この場合はそのハーモニカの音色ってこと?
操作するなら、電波とかの方が確実だと思うけど」


皮肉をこめて言うと、男は苦虫を噛み潰したような表情で応える。


「その方式のもの……『オジギソウ』というのもあるにはあるのだがね。
君のような発電系能力者にはジャミングを受けてしまう危険がある。
今回は、こちらの『ネムリグサ』を使わせてもらうよ」

「なるほど……、襲撃者が私だってことは予測してたって訳か……っ!」





「――えぇ、まぁ。博士の分析力にかかれば、その程度造作もないことですから」

「なっ!?」


思わぬ方向からの声。

場違いに丁寧な口調に、美琴は後方へと振り返る。

先程まで誰もいなかったはずのその場所には、ダウンジャケットを着た少年が立っていた。
片手に西洋風の鋸を携えた、高校生程度の少年だ。


「遅かったな、査楽。もう少し早い登場を期待していたのだが」

「博士が、『ネムリグサ』の正確な散布範囲を教えてくださらなかったので。
細胞単位でバラバラにされては敵いませんからね」


査楽と呼ばれた少年は飄々とそう言うと、彼を睨み続ける美琴に目をやり、


「さて、御坂さん……でしたか。退いて頂けると、有り難いのですが。
こちらとしても、無駄な争いは避けたいのでね」

「――ッ!」






その言葉に対する返答は、可及的速やかに行われた。

即ち、音よりも速い電撃が空間を切り裂く。

だがそれが直撃する寸前、査楽の体が虚空に没する。


「っ……『空間移動能力者(テレポーター)』か……っ!」


博士と呼ばれた男の背後に、査楽が再び出現する。
同時に細い音が響き、『ネムリグサ』が美琴へと迫る。


美琴はこれをバックステップで回避し、
その直後磁力を使って、後方から奇襲を試みた査楽に手近な警備ロボを投げ付ける。


この間、僅か一秒にも満たず。


博士も査楽も、そして美琴自身にも気付く余裕はなかったが、
彼女の普段のポテンシャルを大きく凌駕する動きだった。


まるで、眠れる獅子が目を覚ましたかのように。


追い詰められた少女の精神(ココロ)は、彼女本来の力を呼び起こす。


昨夜の疲労も忘れ、美琴はその全力を発揮する。



「――許さない」



思わず、声が漏れる。




――ユルサナイ。



――ジャマヲスルナ。



――ワタシヲ、トメルナ。





「私はあの子達を助ける……邪魔するなら、許さないっっ!!!」



怒声と共に、雷鳴が炸裂する。

莫大な電圧が、空気を爆ぜさせた。

爆風により、鋸を振り下ろす査楽の体が木の葉のように吹き飛ばされる。


「ッ!?」


博士は慌ててハーモニカを吹くが、『ネムリグサ』が動く様子はない。
空気中の微粒子が爆風に薙ぎ払われたために、
『ネムリグサ』も吹き飛ばされてしまったのだ。


「あら、もう打つ手がないの?
偉そうな口聞いてた割に、呆気なかったじゃない」


冷ややかな侮蔑の声に、博士の体が震え上がる。

絶縁素材で身を被っているとはいえ、とても楽観視できる状況ではない。

その悪寒を裏打ちするように、数台の警備ロボが宙に吊り上げられる。

そして――――――、






――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
――――――

――PM3:20,第二十三学区へ続く広大な路地――


「……あん?」


美琴が襲撃中の――正確には、その後那由他が現れるであろう――施設に向かう途中。

テレスティーナ=木原=ライフラインは、奇妙な音を聞いた。

ギャリギャリギャリリリリッッ!!と、何かが擦れるような音。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そう、まるで、最高速度を出したトラックが、ブレーキもかけず突っ込んでくるようなーー


「チッ――っ!!」


明らかに悪意のある攻撃だ。

そう判断した瞬間、テレスティーナは音源に右腕を向けていた。

そこには、とてつもないスピードで爆走するトラックがあった。
テレスティーナに衝突するまで、二秒とかからない距離だ。





だが、テレスティーナは焦る様子を見せない。

寧ろ笑みすら浮かべた彼女の駆動鎧の右肩で、何かの文字が光った。


「試し撃ちにゃ……丁度イイ!!」


莫大な電力が、砲塔に供給される。

放つのは、ローレンツ力により加速する弾丸。
第三位の能力を参考に作られた兵器――『超電磁砲』。

原理としては、先日那由他に放ったものと同じ。


だが。


前回と違うのは。



右肩の文字が、存在を主張するように再度煌めく。


そこには、金色でこう書いてあった。









"F I V E - O v e r Modelcase "RAILGUN""
【超能力者の超越者】 【参考型式……『超電磁砲』】




――"Gatling-Railgun"
『 超電磁連射砲 』








ッッッッッ!!!!と、音にならない轟音が炸裂した。



金属と強化プラスチックで構成されたトラックのフレームが、
水に浸した紙のように千切れて四散していく。


弾丸の雨、という表現でも生温いほどの連射。
言うなればそれは、弾丸の滝。


開発途中にして、2000発/分という桁違いの弾を発射する、
その兵器の名は『ガトリングレールガン』。


暗部組織の間でさえ手に余るとされたそれは、
トラック一つ粉々にするには十分すぎるほどの性能を備えていた。





「……はん」


乗り込んでいた襲撃者は、どう考えても死んだ筈だ。

だが、テレスティーナの顔は晴れない。

襲撃者は、彼女に楯突いた誰かは、死んだ筈なのに。
――その人物が、本当に車内にいたのなら。


「コッチは囮、ってとこかぁ?」


能力に強化された彼女の聴覚は、忍び寄る足音を正確に捉えていた。

紛れもなく、襲撃者の足音だ。

その音が止まり、そして恐らく何かを仕掛けようとした瞬間――彼女は、動いた。


駆動鎧に包まれた腕が、唸りを上げる。





「ッ!?」


襲撃者は一瞬たじろぎ、次いでその腕に持ったものを動かす。

だが、既に遅い。


「ッ――、はっ――!」


後方に迫っていた襲撃者――クセのある黒髪の少年――が何かを振り上げた時には、
その脇腹にテレスティーナの裏拳が炸裂したところだった。

ミシミシと骨を軋ませ、少年の体がノーバウンドで数メートルも吹き飛ぶ。


「ッ……が、はっ……っ!」

「甘ぇんだよ、ガキが」


少年は地面を転がると、苦しそうに胸を押さえ、血を吐いた。

どう見ても軽傷ではないが、運の良い奴だとテレスティーナは思う。

当たり処によっては内臓が破裂していたし、電柱に頭でもぶつければ即死だった。
その辺りは広い路地なのが幸いしたようだ。





「でもまぁ、どっちみち死ぬんだけどな」


肋骨の二、三本は折れているであろう少年に向かって、
テレスティーナはガトリングレールガンの砲口を突き出す。


彼女は一瞬、少年の傍らに落ちているバズーカ砲のようなものに目をやると、
僅かに感心したように笑ってから口を開く。



「ソイツは……HsLH-02か。警備員の使う、隔壁を破るためのリニアハンマーだな。
確かにソイツを使えば、駆動鎧の上からでもダメージを与えられる。

……素人にしちゃ、イイ考えだ。ウチの部下に欲しいレベルだよ」


そう言いながらも、テレスティーナは砲口を逸らそうとはしない。


誰であろうと、刃向かったものは殺す。






「あぁ、そうだ。名前聞いといてもイイか?
テメェみたいに有名なトコ通ってる奴は、死んだのを揉み消さなきゃなんねぇからよ」


少年の、擦りきれて血に塗れた制服を指しながら、面倒臭そうに言う。

紺色のブレザー。
能力開発において、学園都市最高峰とも呼ばれる名門――長点上機学園の制服。

そのような学校の生徒が"消息不明"ともなれば、学園都市どころか日本中で大騒ぎになる。
そうならないよう、精神感応系の能力者を使って裏工作しなければならない。

テレスティーナのそんな思考を知ってか知らずか、
少年は痛みに顔を顰めながらもゆっくりとした口調で応える。


「……――、だ」

「……、あ?」


あっさりと教えられるとは思ってもみなかったテレスティーナは、
反射的に聞き返してしまった。

少年は気にも留めず、寧ろ微笑みすらしながら再度息を吸って、








「……工山、規範……だ、覚えときなよ、オバサン……」



「……どうやら、今すぐ死にてぇと見えるなぁ」






テレスティーナはこめかみをヒクつかせながら、
ガトリングレールガンの照準を再び合わせる。


後は少し力を加えるだけで、工山の体は木っ端微塵に砕け散る。


全身を強打し、骨折すらしている彼に、逃げ道はない。



「あばよ、工山とやら。
安心しな、テメェの知り合いの頭からは、
テメェの記憶はキレーサッパリ消え去るからよ」



宣言とともに、腕に力が籠る。



そして――――――――、


戦闘がやっつけになってきてるのは気のせいじゃないと思う


そんなこんなで、いきなりピンチになった工山くんなわけですが
果たして、彼の運命はいかに!?(棒)



ではまた二週間後までに。

次は介旅サイド辺りかな?
終わりまであと大きい場面が4、5シーンぐらいだろうか

規範ってノリノリとも読めるよな乙

若干体調不良だけれど投下には差し支えないっっ

てなわけで投下に来たどすぇ

雑なところもあるけれどご勘弁を……



――――――――――――――――――――――――――――――
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――――――――

――PM 4:00、第二十三学区――




「は、はは……なんだよ、これ……?」


介旅初矢は、戦慄していた。

・・・・・
目の前の建造物――『樹形図の設計者情報送受信センター』だったもの――
を見上げながら、震える声で誰にともなく呟く。



「誰が、こんなことを……?」



まず目に入るのは、中ほどから真っ二つに折れた巨大なアンテナ。

そして、穴の開いた外壁から顔を覗かせているのは煩雑な電子機器類。

警備ロボたちは軒並み動作を停止していて、ただの高価な鉄屑と化していた。




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――PM 4:00、第二十三学区――




「は、はは……なんだよ、これ……?」


介旅初矢は、戦慄していた。

・・・・・
目の前の建造物――『樹形図の設計者情報送受信センター』だったもの――
を見上げながら、震える声で誰にともなく呟く。



「誰が、こんなことを……?」



まず目に入るのは、中ほどから真っ二つに折れた巨大なアンテナ。

そして、穴の開いた外壁から顔を覗かせているのは煩雑な電子機器類。

警備ロボたちは軒並み動作を停止していて、ただの高価な鉄屑と化していた。





「……っ、」


分かっている。
自問するまでもない。

この惨状と、ここに至るまでの経緯。
総合すれば、答えは単純なものだ。

ただ、それを認めたくないだけ。


「御坂……アイツ……!」


自ら告げたその名に、膝を折りそうになる。

しかし、一度そう思ってしまえば別の考えは浮かばない。


崩れた外壁はうっすらと帯電しているし、
よく見れば辺りには溶けたコインの欠片のようなものが散乱している。


紛れもない。

この景色を作り出したのは。

最後の手段に出てしまったのは。



御坂美琴しか、有り得ない。






「初矢お兄さんっ!」

「……那由他ちゃん?」

「いま『猟犬部隊』の方に問い合せてみたんだけど、
向こうには美琴お姉さんの襲撃は伝わってないみたいだよ、安心して」

「そっか、……」


無線を操作してどこかと通話していた那由他の言葉に、張り詰めた気が多少緩む。

だがその直後、介旅は難しそうな顔をして、


「……そりゃまた、おかしい話だな?」

「うん?」

「御坂は、学園都市でも重要な施設のひとつを襲ったんだぞ?
既に『樹形図の設計者』が機能してないからって、普通見過ごすかよ?」


『警備員』の管轄であるから"暗部"側には連絡がいかないのかとも思考するが、
直感的にそれは違うと思い直す。

社会の表側だろうが裏側だろうが関係なく、
こんな大きな事件が伝わらないという点で既におかしい。


「うん、それなんだけどね……」

「……?」





那由他の暗い口調に違和感を覚えた介旅は、不思議そうな顔で首を傾げる。

それが先を促すものだととった那由他は、躊躇いを見せながら沈んだ顔で、


「たぶん、『無駄だから』じゃないかな、って思うんだ」

「無駄、だって?」

「そう、無駄。指名手配なんか、するだけ無駄だって思われてるんじゃないかな」

「……どういう……こと、だ……?」


脈絡の読めない言葉に、訝しむように目を細める。

疑問に答えるのは、悟ったように笑う那由他。


「ねぇ、初矢お兄さん。美琴お姉さんはいったい、今何をしてると思う?」

「何、って……『樹形図の設計者』がもう無いってことを知って、
覚悟の末に選んだ最後の手段を失って……どうしようも、なくなって……っ!」


言葉を重ねるごとに、絶望に頭を垂れる美琴の姿が鮮明に浮かび上がってくる。

左手が拳を形作り、血管を浮かばせながら小さく握り締める。

助けなければ。
救わなければ。

一般の定義に表すならば正義と呼ばれるであろう感情が、沸々と沸き上がり、





「ううん、そうじゃないよ」


その矢先に、首を振った那由他の言葉によって瞬時に霧散させられた。


「……な……にを……?」


「じゃあさ、初矢お兄さん。
仮に美琴お姉さんが絶望してるんだとすれば、目的なんか見え無くなっちゃうよね?

……でもこの施設を破壊したあと、お姉さんはどこかに行った……
つまり、何かしらの目的があったと考えるのが自然なんじゃない?」


「けど……けどアイツは、『樹形図の設計者に細工する』って最後の手段を
……失……っ……て……ッ!?」


否定の言葉を述べながらも、その中で介旅は気付いてしまう。

否定の中での否定。
否定に必要な前提が、崩れてしまっていることに。





「……おい、待てよ……?まさか……ッ!」

「……ようやく気付いたみたいだね。
そう、確かに美琴お姉さんは最後の手段を失ってしまった。だけどね、」

「そうか……『樹形図の設計者』が無いことを知ってしまえば、
アイツにはもう一つだけ、新しい手段が生まれる……!」


那由他の言を引き継ぎ、冷や汗を流しながら介旅は言った。

そして直後、大きく舌打ちしながら吐き捨てるように口を開く。


「ちくしょう……アイツ、まさか死ぬ気なのか……!?ふざけんなよ……!!」


不条理な社会を恨むように、苛立ちを顕に介旅は叫ぶ。

その叫びは空しく木霊し、誰の耳に届くこともない。




本当はもっと推敲したりノリノリくんサイドやったりしたかったんですが
断念してしまう結果に……

再びこんな情けないことにならないよう、以後は気を付けます

おつ、まってた

うむ

こんばんは、投下を開始するです

今回は工山くんサイドから。
結構無理矢理なところもあったり。



――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
――――――

――PM3:50,第二十三学区へ続く広大な路地――


工山規範は、最後まで目を瞑らなかった。

目の前に、戦車を粉々に吹き飛ばす兵器を突き付けられても。
その銃口が、ゆっくりと回転し始めるのを見ても。

決して、力なんてものに怯えることはなかった。

恐怖がないわけではない。

だが、それでも。

恐れる必要性を、彼は感じなかった。








そして現在。
とある路地の上には、二人の人間がいた。


一人は地に伏し、もう一人はそれを見下ろしている。


疑惑など、入り込む余地もない。
工山規範と、テレスティーナ=木原=ライフラインだ。



「な、んで……」



倒れる人物は、困惑の眼差しでもう一人を見上げる。


その視線に気付くと、もう一人の人物は歪に笑い、
愉しそうな表情を作り出す。


そして。






__・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
工山規範は、地面のテレスティーナを見下ろしながら、紅く濡れた唇を静かに拭った。





「テメェ……一体何をしやがった!?」



這い蹲るテレスティーナは、力を振り絞って吠える。


血圧は上がり、脈拍は速くなり、全身の筋肉が小刻みに震え出す。



だが、その体は動かない。


ピクリとも、動かない。








「教えてあげようか?」


工山は、落ち着いた口調で侮蔑するように言い放つ。

その懐から、衝撃吸収材と血糊の瓶が落ちた。


「ッ!?」

「まぁ見ての通り、ボクは最新式エアバッグで衝撃を吸収し、
血糊で大怪我を装ったわけだ。
これでまず、ボクが平然と立ってられる理由はわかっただろ?
といっても、これはただの余興でしかないんだけど、ね」

「テ、メェ……ッ!!」


歯軋りするも、やはり体は動かない。

地面に縫い付けられたように、無様に伏せ続けることしかできない。


「じゃあ次は、体が動かないことについて
……と言っても、こっちにはトリックも何もないけどな」


ふぅ、と一息ついて、髪を掻き上げる工山。

その胸で、長点上機の校章が光る。






「なんてことない、単純なチカラだよ。
この街のあらゆるところで、当たり前のように受け入れられてる存在さ」


工山は言う。

つまり、それは。


「能力」


短く告げられたその単語に、テレスティーナの眉が小さく動く。


「本当にその分類に振り分けてしまっていいのか分からない、
同系統能力の中でも最大級の異質」






体は、動かない。


いや。


違う。


これは。


動かないのは、体ではなく――







「ボクは大能力(レベル4)の『機巧仕掛(マシナリーハート)』……"機械限定"の精神感応能力だよ」




――それを包む、紫の駆動鎧の方、だ。







「ク、ソが……そういう、ことかよ……ッ!」


当然のことだが、駆動鎧は重い。
一度止まってしまえば、人間一人の力では、どう足掻いても動かすことはできない。

つまりは、そういうこと。

工山規範は駆動鎧に干渉することで、テレスティーナの動きを完全に封じてしまったのだ。





「残念だったね、オバサン。そもそも、アンタじゃボクには相性が悪すぎたんだよ。

……まぁ、このチカラにも欠点はあるんだけどね。
対象に触れないと発動できないところとか」



それだけ言うと、工山はバズーカ砲のようなリニアハンマーをゆっくりと持ち上げる。


殺しはしない。
だが少なくとも、しばらくは眠っていてもらわなければならない。




「……、ひっ、……」




怯えるような声にも、躊躇はしない。





ガンゴンバギン!!!!と、金属の砕ける音が連続した。





三回も打ち付けると、声は出なくなった。







――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――
――――――――――――
――――――――


――PM4:30、???(移動中)――



「……で、その後どうなったと?」

『いやぁ、ホントはすぐに連絡したかったんだけどさ。
あのオバサンの手下が近くにいたから、そうもいかなくてね。
幸いにも全員駆動鎧を着てたから、能力で拘束してから逃げたわけなんだけど』

「さらっとトンでもないコトを言うよなお前は……」


電話口の悪友の声に、介旅は危機的な状況も忘れて思わずため息をついてしまう。

まったく、これだからコイツは苦手なのだ。
臆病な自分とは違い、何にでも無謀に挑戦して、しかも無事に帰ってきやがる。

もっとも、それだけ違うからこそ友達でいられるのかもしれないとも思う。






「トラックの操縦は、アレか。緊急時自動ナントカってのに干渉したわけか?」

『緊急時自動回避システム、な。ちょっくらコネとカネを使って手に入れてみたんだ。
……まさか、跡形もなく吹き飛ばされるとは思ってもみなかったけど』

「あ……なんか、その……ごめんな」

『いいっていいって。ボクが勝手にやったことだし。
それに、珍しい兵器のデータも取れたし、さ』


口調は、軽い。

まるで、部活で良い汗を流したと笑うような、その程度の気軽さ。

当然といえば、至極当然である。

この機械の街――学園都市で、彼の力は間違いなく最強クラスに分類されるのだから。






「へぇ、緊急時自動回避システム、か……。
じゃあ"これ"も同じように動かしてるの?」


スピーカフォンでの通話に横から口を挟んできたのは、那由他だった。

少女の声につられ、介旅も彼女と同じく上を見上げる。


そこには、天井があった。

床からの距離は、二メートルと少し。

座っている今はともかく、立って手を伸ばせば余裕で届く位置だ。

そして、そこにあるのは天井だけではない。

横を見れば、今彼らが座っているのと同じ座席が数多く並んでいる。

そして数メートルほど前には、誰の操縦もなしに動くハンドルが。

端的に言えば――彼らは、工山の用意したバスの中にいるのだった。






『いや、バスに関しては自動操縦システムが実装されてるからね。
そいつをジャックするだけでいいんだよ、……えっと、那由他、ちゃん』

「うふふ、覚えててくれてありがとね、工山お兄さん。
それにしても便利な能力だね、それ。遠隔操作もできるんだ?」

『まぁ、 一度触ればいつどこでも作用できるからね。
ある程度以上のAIと、 自立できる動力さえあればだけど』

「すっ……ごぉい……。そんなの、どんなハッカーも目じゃないんじゃないのっ?」

『まぁ、ね……。ただ、それじゃ全然楽しくないし、さ。
結局は自分の技術だけでやっちゃうのがほとんどだよ』

「はいはい、『ハッカーの美学(キリッ』乙ー。
那由他ちゃん、コイツそんな大した奴じゃないからねー」

『ちょ、お前、人がせっかく カッコつけようとしたとこで……!』

「あー、僕お前のそういう余裕ぶってるとこ嫌いだからさー」


脱力的に軽口を叩くと、向こうも冗談だと理解しているようで、
押し殺すような笑いが漏れた。

こういうブラックな冗談が通用するあたり、やはりコイツとは馬が合うのだろう。

不意にそんなことを考えると、少し気恥ずかしくなってしまった。

それを紛らわすため、介旅はとってつけたように別の話題を振ってみる。


「つーか、そういやこのバスはどうやって調達したんだよ?
これもどっかわけのわからないルートで買ったのか?」





彼自身としては、そこそこ無難な話題を選んだつもりだった。


しかし、



『いや?そんな面倒なことをするはずがないだろ?』

「……、は?」



返ってきた特級地雷の答えに、介旅の思考がしばらく処理落ちする。





「……おい、」


待てよ、と。

数瞬のラグの後、ようやく取り戻した正常な判断能力が、
フルスロットルで危険信号を打ち鳴らす。

なんだろう、この胸騒ぎは。

それは例えるなら、錆び付いた檻の中の飢えたライオンを見ながら、
「檻があるから大丈夫」と生肉を見せ付けているような、そんな感覚。

この先を聞いてはならない。

たとえ結果が同じでも、知らなくていいことはたくさんある。






『いやぁ、以前に乗ったバスが、たまたま近くにあったからね』


やめろ、と叫びたくなる衝動を、必死で堪える。

いや、堪えざるを得なかった、という方が適切なのかもしれない。

聞こえたからだ。

聞こえてはならない音が、確かに。


「うーんと、工山お兄さん。変な音が聞こえるのは、気のせいかな?」

『あれ?もうバレたのか。警備員も意外と優秀だね』

「……なぁ、お前今警備員って言ったな?
なぁおい、間違いないよなオイ?」


最早、疑う余地はない。

それほどまでに、音は近付いている。






「よし、もういいや。
確認させてもらうけど、このバスは一言で言うと?」


覚悟を決めて……というか、半ば自暴自棄になりながら、
介旅は清々しく言い放つ。

それに対する返答も、当然のごとく鮮やかに一言。




『うーん、盗難車、かな?』




直後。

真横まで来たサイレンの音に混じって、拡声器で増幅された声が響く。







『おーい、止まれ!止まるじゃんよー!!
どうやったのかは知らねーけど、バス一台窃盗とはいい度胸じゃーん!!』


「しかも最悪の人選じゃねーのこれ!?
どうすりゃいいんだようわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」



この数日で聞き慣れた、しかし今は一番聞きたくない声に、
ついに介旅の思考能力がパンクした。


彼が使い物にならないと判断した那由他は、
取り合えず首筋に手刀を叩き込んで黙らせてから逃亡の準備を図る。



一方でその元凶はといえば、




『がんばってこいよー介旅。ここで死んだらカッコ悪いからなー。
必ず生きて帰ってこい。お前を待ってる人がいるんだぜっ』



などと、いらんフラグを立ててばかりいるのであった。






【機巧仕掛(マシナリーハート)】
レベル4、能力者:工山規範
"機械限定"の精神感応系能力。
電気機械を使わずにハッキングのようなことが可能。


『外からデータを入力してプログラムに干渉し、機械を操る』ではなく、
『機械のプログラムそのものを操る』能力なので、防ぐことは実質不可能。


精神感応系に属すのも、そういった強制力ゆえ。


能力発動のためには、機械自体に触れる必要がある。
一度触ってしまえば、半永久的に時場所を問わず作用できる。


ただし、操れるのはあくまでもプログラム部分のみ。
例えば、普通の車に使ったところで、
コンピュータ制御の行き届かない(=手動操作を主とする)機構、
つまりハンドルなどに干渉できないので、運転ができない。


つまりなゆたんに触れれば……ゲフンゲフン

今回はここまで

コンセプトは『嵐の前のお祭り』。


工山くんに関しては、ありがちな『相性のいい敵には滅法強い』キャラになりました。
触りさえすればガトレーにも勝てますが、その辺の不良が鉄パイプ持ってきたら負けます。
そうならないよう、常に警備ロボ何台かは支配下に置いてたりするかも。

>>106
気付かれてしまったか……っ

縺翫▽

まだかなー

みなさんどもどもです

今日は昼間から投下です

美琴さんと介旅くん

リアルタイムで見てくださってる人いたら、
適当なとこでえんだぁぁぁぁ入れてくださると雰囲気にピッタリかもです



――――――――――――――――――――――――――――
―――【鉄橋の上で―I must ×××―】―――
――――――――――――
――――――――
――PM7:15 第七学区、とある鉄橋――




「…………」


御坂美琴は、ぼんやりとした眼差しで何もない中空を眺めていた。


橋の欄干に身体を預け、茫然と曇り空を見つめる。


「………………」


悲しさを感じられるほど、心に余裕はなかった。

ただただ無力感だけが、意識を支配している。


「……なんで、こんなことになっちゃったのかな?」


ぽつりと、呟く。

言葉にすることに意味はない。
もとより、誰かに聞かせるつもりはなかった。


「私のせい、なのかな?」


呟きを重ねるごとに、虚しさは増していく。

変えることのできない現実が、運命が。
彼女の心を、蝕んでいく。





「……けて」


言葉は、自然と漏れていた。


聞く者など、一人としていないのに。



「たすけてよ……」


声には、いつの間にか涙が混ざっていた。


バカだ、と思った。

助けてくれるヒーローなんて、どこにもいないのに、と。


自分は一体何を期待して、口にしたのだろう。


広い世界の、一つの小国の、小さな小さな街の、その片隅で。

いくら嘆いたところで、聞き入れる者など……、






「――呼んだか?」



「……え……?」






唐突だった。


その声の主は、あまりにも自然に歩み寄っていた。


美琴の意識の外から、声は突然掛けられた。



「お望み通り……助けに来たよ」



幻聴などでは、決してなかった。


幻では表せ得ない重さが、そして暖かさが、美琴の耳を打つ。

瞳に涙を湛える少女は振り返り、そして目にする。



"彼"の姿を。

大きな力を持たずとも、一度は道を踏み外そうとも。
幼く拙く、けれどそれ故に優しい心を持った、介旅初矢を。






――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――

遡ること数分。

介旅初矢は、街中を疾駆していた。

手には工山と繋がる携帯電話を持ち、疲労に立ち止まることもなく走り続けた。

その理由は、唯一つ。


友達を、助けるため。

強く気高いあの少女に、追い付くために。


彼はもう、迷わない。

自分の身が大事とか、他人の事なんてどうでもいいとか。
そんな無駄なことなんて、考えていられない。





『介旅、その角を左に曲がって、まっすぐ50mだ。
後は、自分でなんとかしなよ』

「……ってことは、あの鉄橋か?」

『ああ、そうだよ。早く行ってあげな』

「言われなくてもそうするさ……! ありがとな、工山!!」

『どういたしまして。貸しだからな、覚えとけよ』


通話を切った携帯を胸ポケットにしまうと、介旅は一層足を速める。

警備員から逃げた後、用事があると言う那由他とは一旦別れた。
介旅の傍らには今、誰もいない。

工山との通話が途切れた今、彼は完全に一人。
美琴の元へ走る彼を、後押しする者はどこにもいない。

逃げたところで、責める者など一人もいない。





「……それがどうした」


恐れることはない。不安など毛頭ない。

あの少女を、救いたい。
気持ちは単純で、しかしそれ故に感情は燃え盛る。


走る。


走る。


ひたすら、走る。


何のために?

――決まってる。アイツを、友達を助けるためだ――





思い返せば、彼が持つのはたった一つの目的だった。

一つの目的のために、ここまで強い思いを持ったことはなかった。

そこまで考えてから、何か引っかかりを覚えたように首を捻る。


彼の持つ、"目的"とは。

果たして本当に、"友達"を助けたい、それだけだったのだろうか。


そこに何か別の感情が混ざり込んではいないのか。
そしてそうでないとすれば、その感情とは――――、


「……何なんだろな、ホント……」


今は、その感情を理解することはできない。

あるいは、理解するという類の感情ではないのかもしれない。

しかし。

少なくとも、彼の歩みを止めるべきものでないことは確かだった。


それだけ分かれば、十二分。

迷うのも悩むのも、躊躇うのも想うのも。
全てが終わってからでいい。





「……見つけた」


視線の先に捉えるのは、項垂れる少女。

介旅の目は、その瞳に光る涙を捉えた。
彼の耳は、その口が紡ぐ言の葉を聴いた。


「たすけて……」


彼はもう、迷わない。

最強を前に逃げ出した、あの日とは違う。
少女を見捨てた、あの夜とは違う。


静かに。けれど力強い声で、話し掛ける。


「――呼んだか?」

「……え……?」


美琴が、驚いたようにこちらを向いた。

表情は、今までに見たことがないほど弱々しい。

これほどまでに。
これほどまでに、この少女は傷つけられていたのか。





「お望み通り……助けに来たよ」


遅くなって、ごめんな。

辛かっただろ?

心配したんだぞ。

続く言葉は浮かんでは漂い、結果として音声になることはなかった。

それよりも先に、美琴の声が割って入った。


「アンタ……なんで、ここに……?」


何を今更、と介旅は吐き捨てるように言った。


「言ったろ、助けに来たんだよ」

「……何よ、それ……、別に、助けてもらうことなんか……」


一見して、機嫌を損ねたように眉を潜める美琴。

だが、介旅は見逃さなかった。
彼女の瞳が動揺で一瞬揺れたことを。

彼は聞き逃さなかった。
その声が涙に震えるのを。








「……お前、死ぬ気なんだろ?」





「――ッ、!?」


今度こそ。

取り繕う事もできないほど、美琴の瞳孔が開く。


「……なんで、それを……」

「少し考えれば、分かることだ。
――『樹形図の設計者』が無くなった今、『実験』を止める方法は一つ。
いや、寧ろ"無くなったからこそ"、使えるようになった方法。

"樹形図の設計者の演算には、バグがあった"……そう思い込ませることだ」

「…………っ」

「そのための手段は、ふたつ。

ひとつは、"一方通行に勝ち、一方通行が学園都市最強であるという仮定を崩す"こと。
ただしこれは、一方通行の能力を考慮すれば不可能に近い。
……となれば、お前が選ぶのは必然的にもう一つの方――」


介旅は、淡々と言葉を続ける。

心の内の煮えたぎるような感情も、表には出さない。
出したところで、会話の阻害になるだけだ。


「"御坂美琴が、一方通行に初撃で敗北する"……それにより、
"御坂美琴は一方通行に最高185手で殺される"というシミュレート結果から
信憑性を奪い、実験を止める……これで合ってるか?」


合っているか、と聞きながらも。

全身を強張らせる彼は、実際その問いに是を返して欲しくはなかった。

そんな手段を取ろうとしているなんて、考えたくもなかった。


……なのに。


「――えぇ、その通りよ。凄いわね、アンタ。
多重能力(デュアルスキル)で予知能力(ファービジョン)でも目覚めた?」


あっさりと。

まるで謎々の答えを聞かされたときのように。

美琴は、介旅の追及を肯定してしまった。

あってほしくなかったことが。
現実に、なってしまった。





「……考え直して、くれないのか?」

「考え直す? 考え直して、それであの子達を見捨てろとでも?」

「そういうことを言ってるわけじゃ、ない」

「だったら何よ。他に方法を見付けろって?
その方法とやらを探すうちに、一体何人の『妹達』が犠牲になるの……!?」


美琴の言葉には、徐々に怒気が含まれ始めていた。

当然のことだろう。
彼女自身、悩み苦しんだ末に出した結論のはずだ。
それを否定されて、黙っていられる訳がないのだ。

だが、それでも。
介旅はあくまでも、自分の意志を貫き通す。


「……イヤ、なんだ……」

「……何よ、?」

「イヤなんだよ……そんな方法は……!!
それじゃ、お前が救われねぇだろ!?」


抑え込んだ感情が、爆発する。

説得には余計なものだとわかっていても、それを殺すことはできなかった。





「……っ! 別に、いいでしょ!?
私一人の命で、あの子たち全員が助かるんだったら!!
それで十分、ハッピーエンドじゃないの!!」



「――――フザけんじゃねえ!!!!」


「っ――ッ!?」


嘗て聞いた事がないほどの声量に、美琴の息が詰まった。

感情を剥き出しにした介旅は、勢いを殺さず更に続ける。


「勝手に自己犠牲のヒーロー気取んなよ、バカ野郎!!
それは、確かにお前にとってはハッピーエンドかも知れねぇ!
――けど、よぉ……っ!」


語気が、少しずつ弱まる。

吐き出した怒りが複雑に絡み合い、別の感情へと昇華されていく。


「他の奴らからしてみれば……少なくとも、僕からしてみれば!
そんなの、バッドエンドとなんら変わりねぇんだよ……!!」



拳を、血が滲むほど強く握りしめる。





「……じゃあ、どうすればいいのよ……!?
私が死ぬ以外、あの子達が助かる道なんて、もう……!」


美琴の表情が、ヒステリックに彩られる。

それを見て、漸く介旅の心に自制が戻り始める。
大きく深呼吸をして荒げた息を整えると、落ち着いた声で再び口を開く。


「あるさ……。さっき、言ったろ?」

「……え……?」


美琴は一瞬怪訝そうな顔をするが、
介旅の意味するものに気付くと目を伏せながら首を振った。


『"一方通行に勝ち、一方通行が学園都市最強であるという仮定を崩す"こと――』


「……無理よ、そんなの……」


絶望に塗れた顔で、静かに否定する。


「私なんかが一方通行に勝つなんて、出来る訳ない……!」


それは、悲痛の叫び。
怒りのままに挑み、呆気なく敗北したあの夜の痛み。
文字通りに格の違いを見せ付けられた、絶望感。

介旅だって、分かっている。
美琴では一方通行に勝てないことぐらい、分かっている。





だから、


_・・・・・・・
「そうじゃねぇよ」

「……?」

「お前が一方通行に勝てねぇのは分かってる。だからそうじゃない」

「そうじゃない、って……どういう……?」


言ってから、美琴は何かに感付いたように目を見開く。


「……まさか……!」

「あぁ、そのまさかだよ」


口の端を吊り上げながら、介旅は言う。

固めた決意を。昂る感情のまま、口にする。



「……僕が戦う。僕が、一方通行を倒す」





「……そんなの……無理に、決まってるでしょ……?」

「無理じゃないよ」

「無理よ! 昨日の麦野ってヤツを倒して浮かれてるのかもしれないけど、
一方通行はあんなヤツとは格が違うのよ!?

そもそも、アイツの『ベクトル変換』がある限り、勝ち目なんて……!」

「分かってるよ」


分かっている。美琴の言うことが、正しいことぐらい。

一方通行は、七人しかいない超能力者の中でも次元の違う存在だ。

麦野沈利は、最強の盾と矛とも呼べる能力『原子崩し』を持っていたが、
その隙を突いて攻撃を加えることぐらいはできた。

しかし、一方通行はわけが違う。

彼の『ベクトル変換』とそこから生まれる『反射』は、
彼自身を最強の矛にし、盾とする。

早い話が、一撃を加えることすら出来ないのだ。

そんな相手に勝つなんて、夢物語どころの話ではない。
例え介旅が世界の全軍隊を率いて立ち向かったところで、
カスリ傷一つすらつけられないのだから。




勝ち目がない戦いに挑むのは、馬鹿のすることだ。
そんなもの、言われなくても分かりきってる。

けれど、と介旅は呟く。


「――勝ち目がなかったら、挑んじゃいけないのか?」

「っ……!?」

「可能性(さいのう)が無かったら、努力しちゃいけないのか?」



端的に言ってしまえば、彼が諦めない理由はそれだけだった。

美琴が教えてくれたのと、同じことだった。






「……そんなの、詭弁よ……っ!
本当に命がかかってるのに、そんなこと……」


「詭弁だろうとなんだろうと、筋は通ってるだろ。
ほら、もう僕を止める理由なんてねぇじゃん?」


「でも……っ!」



反論の言葉は無視して、だからさ、と介旅は呟いて、










「お願いだ。僕に、お前を……大切な人を、守らせてくれ」




「――ッ!」




介旅の眼は、真っ直ぐに美琴の瞳を射抜く。



「……、ぁ……」



ふらりと、美琴の体から力が抜けた。



倒れこむように前に踏み出した少女の体を、
両手を広げて受け入れる。






「う、ぁ、ぁ…………」


「大丈夫。もう、悲しまなくていい」



胸に触れる暖かさに、心を奪われる。

安らかな感情が、頭の中を満たしていく。

そうして漸く、彼はその感情の名に気付く。


――そうか……僕はこの子を、守りたかったんだ……


守りたい、という気持ち。

受け止めてあげたい、という思い。


その源は、言うなれば――好き、という感情だったのだろう。


それに気付いた瞬間、
彼は美琴の背中に回した手により一層の力を込めた。

同時に、彼女の暖かな両手は介旅の首筋へと回された。





「……私、ね。アンタに、言わなきゃならないことが、あるような気がするの」

「あぁ……何だって言ってくれ」


何処か擽ったいような感触に身を任せながら、耳を傾ける。

少女は涙をこぼしながら、彼の耳元へと口を持っていき、
――震える声で、口にした。


「ありがとう。
――アンタが来てくれなかったら、私、きっとダメになってた。

それと、もう一つだけ……」


そう言うと、美琴は顔を介旅の真正面に持ってくると、
微笑みながらその眼を見つめた。








「――ごめんね」










言葉に、反応する暇すらなかった。




ただ、首筋から――美琴の手があった場所から、
何かが這い上がってくるような感覚があって――、




そこで、介旅の意識は途切れた。







――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――



「ごめんね、ホントに……。
気持ちは、すっごく嬉しかったよ」


意識を失った介旅をそっと地面に横たえると、
美琴は優しい笑顔でそう口にした。

言ってから、生体電気を操ったその両手に視線を落とす。


「でも、やっぱり無理よ……アンタには、荷が重すぎる。

私なんかを『大切な人』って言ってくれたアンタに、
そんな無茶させられないよ……」


言いながらも、美琴は自己嫌悪で一杯になっていた。


残酷な話をしてしまえば。

もしここに立っていたのが、あの少年だったら。
特別な右手で、彼女を何度もいなしてきた、あの少年だったなら。

きっと、情けない顔で送り出したのだろうな、と思う。


結局。
嘗て介旅に諭した、美琴自身が。
能力で人は決まらないと怒った、彼女自身が。

皮肉なことにも、最終的には能力の有無で人を見限ってしまったのだ。





「ありがとう……介旅。最期にアンタに会えて、良かった。
安心してね。アンタが起きた時には、全部終わってるはずだから。

……じゃあね、……さよなら……」


穏やかな声で言ってから、美琴は夜の闇を見つめる。

その先に待ち構える、あの白い超能力者を思い浮かべる。


「大丈夫。もう、怖くない」


とん、と軽い足音とともに、磁力を操った美琴の体は
猛スピードで街中を駆ける。

その足取りに、迷いはない。

今はもう、迷いに打ち勝つ勇気がある。


その勇気を与えてくれたのは。

これまた皮肉なことに、彼女を止めようとした介旅初矢なのだった。




【鉄橋の上で―I must die ―】Fin.

思わせ振りなことを言っといて、言わせないというね?

あの歌、実は歌詞に『さよなら』的なことが入ってたりするので
雰囲気にピッタリというのは間違いではない、とショボイ叙述トリック。

サブタイトルはとても何となくつけてみたものです。
次回予告同様、いつ無くなるか分かりませぬ

それではまた次回

「えんだぁぁぁぁ」はこの先にあるハッピーエンドまでとっとくよ  乙!

恋の合図!
乙!

こんばんは、投下を始めます

久々の登場、芳川さん。



【闘う理由―their own hearts―】



――――――――――――――――――――――
―――――――――――――
―――――――

――PM7:20,警備員詰め所――



「お待たせじゃん。桔梗」

「お帰りなさい、愛穂。……と、こんな砕けた態度じゃダメね。
一応、わたしは取り調べを受けてる身なんだから」


黄泉川愛穂が詰め所の戸を開けると、
コーヒーを啜っていた芳川桔梗は、彼女へと微笑んだ。

ここは芳川の家ではないし、現に彼女が今座っているのも
取り調べ用の硬いパイプ椅子なのだが、
そんなことはお構い無しの寛ぎっぷりだった。


「いや、取り調べっつーか事情聴取っつーか……。
まぁ、聞きたいことは大体聞けたからいいじゃんね?」

「愛穂。分かってると思うけど、さっき話したことは……」

「もちろん、私だってバカじゃないさ。
上に報告するような真似はしないじゃん」

「理解力があって助かるわ。
……上層部の連中は、概ねこのことは知っている。その上で見逃している。
報告なんてしたところで、口を封じられるのがオチよ」


気怠げに言うと、もう一口カップに口を付ける。

その苦さは、彼女の心情と見事なまでに一致していた。





「……それにしても。『絶対能力進化実験』、ね……
この街でそんなことが行なわれてるなんて、思いもしなかったじゃんよ」

「まぁ、感付かれないように秘密裏にやっているから、
それが当たり前なのだけれどね」


力無く笑ってから、黒い液体を飲み干した。

そういえば"あの子"もコーヒーが好きだったな、と思い出しながら、
その変貌ぶりに責任を感じ眉を潜める。


「あ。そうだ、秘密裏といえば。ついさっきの事件は真逆も真逆。
白昼堂々、バスを丸々一台盗んで乗り回しやがった大バカじゃんよ」


芳川の暗い雰囲気に、何かを察したのだろう。
黄泉川はいかにもわざとらしく、別の話題を振ってきた。

……ここは、素直にその好意に甘えさせてもらう。





「それはまた、あなたの好きそうな事件じゃない。
罪を犯す人間がそんなバカばかりなら、世の中はもっと平和でしょうね」

「いや、確かにこういう大バカ野郎は大歓迎なんだけど……」

「あら、歯切れの悪い言い方ね。何かトラブルでもあったの?」

「いや、トラブルっつーか、その……」


黄泉川は俯いて頬を掻きながら、


「そのバスに乗ってた犯人らしき奴が……
どうも、最近ココで預かってる生徒っぽかったというか……」

「あらあら、それは大変ね。そんなやんちゃな子だったの?」

「いや、あんな目立つことするようなタイプじゃないと……
でもよく考えりゃ起こした事件が事件だしなぁ……」


覇気の無い表情で呟く黄泉川。

芳川はその言葉にどこか予感めいたものを覚え、思わず口を開いた。





「……事件って?」

「あれだよあれ。『虚空爆破事件』
一時期話題になってたじゃん」

「……『虚空爆破事件』……?」

「あれ、知らなかったじゃんか?」


そんなわけがない。

知っている。むしろ、知りすぎている。

なぜなら、その事件の犯人は――


「……もしかして……その子、介旅って名前じゃ……?」

「おう、そうだけど。何で知ってるじゃん?」

「……っ……いえ、その子の親と知り合いなものでね」

「へぇ、妙な巡り合わせもあるもんじゃん」


そうね、と肯定しながらも、
偶然ではない、と芳川は心中で呟いていた。




――これもまた、介旅初野の書いた脚本の通りなのだろう。

だとすれば。
ここで、芳川のすべきことは。


「――愛穂、パソコンを貸してくれない?」

「え……?いや、一応そこにあんのは仕事に使ってるから
――っておい、勝手に使うなっつってんじゃんよっ!」


後ろからかかる黄泉川の声を無視して、
芳川はコンピュータの前に座り急いでキーボードを叩く。

消されていた履歴を復元し、幾つかのセキュリティを突破して、


「……やっぱり……!」


――表示されたのは、見慣れた内容のレポート。

『絶対能力進化実験』の概要と、その詳細。

当然、黄泉川が表示したものではないだろう。
彼女が機械に弱いのは、芳川が一番よく知っている。




「おい、どういうことじゃんよ、これ……?」


信じられない、といった様子で、黄泉川は首を振る。

なぜならば、これが意味するところはつまり、


「――、愛穂ごめん! わたし、行かなきゃ!!」

「行くって、どこに……っ!」

「あなたの予想しているところよ!」

「――っ!? なら、私も行くじゃん! 」

「ダメなの……これは、わたしの役目だから……!」

「おい、待て……桔梗ォォおおおおおお!!」


制止の声を振り切り、芳川は壁にかかった白衣を取ると、
扉を開けて夜の街へと飛び出した。


「くそ、私も……!」


黄泉川も、当然のように後を追おうとする。が、


「……っ!? 鍵が……?」


詰め所の鍵がない。
恐らくは、芳川が持っていったのだろう。

そして今、詰め所の中には黄泉川を除き誰もいない。
つまり、ここで芳川を追うことは、
警備員としての責務を投げ捨てるも同然だ。


「あのヤロー……!」


詰め所から離れることを許されない彼女に、
出来ることはもはや一つ。

黄泉川は口の両側に手を当てると、
大きく息を吸い、思い切り叫ぶ。


「桔梗ーっ!絶対、すぐに帰ってくるじゃんよぉぉおおーっ!」





――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――


「……ありがとう、愛穂……」


生温い夜気を全身に浴びながら、
芳川桔梗は小さく呟いた。

慣れない運動と機能性の無い靴のために、
何度も足がもつれそうになる。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

黄泉川の発言、そしてコンピュータに残された履歴。
その他様々な条件を合わせれば、
初野の息子――確か初矢といったか――が、
「実験」を止めようとしている可能性は高い。

だとすれば、芳川は行かなければならない。

行って、「彼」に伝えなければならない。



ひとつの悪意の上に築かれた、この悲劇を。
終わらせなければ、ならない。






いま、絶望渦巻く舞台の上に、新たなる役者が上る。


その担いしは、「語り部」の役。


役者たちすら知らぬ脚本を、
語り聞かせる一人の女。


知るはずのなかった筋書きを、知ってしまった役者達は。


果たして何を思い、何を選ぶのか。


彼女は、彼等の運命を大きく変える。


それを知らぬは、幸か、不幸か――。


なんだか予想以上に短かったな……

足捻挫して外出もロクにできませんし、連休で書き溜めて
もしかしたら月曜に投下できるかもしれません

結局いつも通り二週間かかりましたね、はい

このペースだといつまで続くんだろうか……


ではまぁ、さっさと終わらせるために
少しずつでも投下をしていきましょうか


――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――


ぺちぺちぺち。

ぺちぺちぺちぺちぺち。


「……ん……ぁ?」


暗闇の中。

介旅初矢は、平たい音に目を覚ました。


ぺち、ぺち、ぺちんっ

――――いさん、――て――


音は、四方八方からぼやけるように響き渡る。


「ここ、は……」


介旅はゆっくりと身を起こし、周りを見渡した。

前後、左右、上下……。
どこを見ても、そこには何もない。
果てしなく、深い暗闇が続いているだけ。

方向がわからない。

自分がどこにいるのかも、わからない。




「……前にもあったなあ、こんなこと……」


介旅は、どちらかと言えば思考力が高い方の人間だ。

だから、自分のいるこの場所が、
言うなれば「意識の底」であると察するのに、そう時間はかからなかった。

そして同時に、ぺちぺちと鳴り響く音の正体も。


「那由他ちゃん、か……。
起こそうと、してくれてるのかな?」


じんわりと痛みを持つ頬を押さえながら、苦笑いして言う。

彼はもう、起き上がることはできない。
起き上がるころには、全てが終わっている。


「ったく……まさか、あんなふうに不意を撃たれるとはね……」


溜め息を吐いて、自嘲するように笑った。


――これだから、僕ってヤツは。


彼は所詮、詰めが甘すぎたのだ。

どんなに慎重に考えて。
どんなに優れた策を思いついても。

それを実行する時にこれでは、意味がない。





「……はぁ。ダメだな、僕……」


額に手を当てて、小さく息を吐く。

彼の力では、無理だったのだ、と。
誰かを救うなんて、できなかったのだ、と。

諦めの色が、彼の心を支配していく。
周囲の暗闇も、心なしかその深さを増していくように見えた。

……けれど。


「諦めるべきだけど、諦めたくない。
どうにもならないけれど、どうにかしたい。

……救えなくても、救いたい……!」


理屈ではない別のものが。
その弱音を、即座に否定する。

気付いてしまった本当の気持ちが。
彼の、彼自身に対する最後の砦となる。


考えろ。この状況を、打破する方法を。


諦めるな、絶対に。





「ここから逃れないと。
意識を、現実世界に引き戻さないといけない。

……その具体的な方法は……」


小さく舌打ちをしてから、頭を左右に振る。

凝り固まった考えを、吹き飛ばす。

このままでは、無理だ。

何かが必要だ。
この状況を打破できる、何かが。


「……くそ、何か……何かないか……?
この世界にあって、僕の干渉できる……」


あるわけがない、そんなもの。

もう一度頭を振り、思考を切り替えようとしたところで、




「――おいクソガキ。無視してんじゃねぇっての」



「……ッ?」


まるで、スポットライトに照らされたように。

暗闇が、解けた。





「何かよぉ、俺にも関係ありそうなことじゃねぇの。
……テメェみてぇな正義の味方ぶった奴は嫌いなんだがよ、
ウチの息子が絡んでるとなっちゃ話は別だ」



暗闇に包まれていたのは、白衣の男だった。

ガラの悪そうなくすんだ金髪に、
何の冗談か顔面には刺青が入っている。


……知っている。


介旅は、この男を知っている。





「……アンタ、確か夢の中で……」

「あん? 夢ぇ? ……まぁそんなこたぁどうでもイイ。
お前よぉ、今から起きれたとしたら、どうするつもりだ」

「……御坂を、助けに行く……!」

「お前を見限った奴だぞ?」

「それでも……僕は助けたい。大切な友達なんだ」


怪訝そうな表情の男に、堂々と言い放った。

途端、男の口元が愉しそうに曲がる。


「そうかそうか、そうでなくっちゃなぁ」


男は笑うと、介旅の顔を指差して口を開く。


「オーケー、坊主。
そういうことなら、俺が力ぁ貸してやるよ。
さっさと起きて、嬢ちゃんを助けてやりな」


利害も一致してるしな、と、付け加えるように男は言った。

その笑みは下卑ていて、決して聖者のそれではなく、
しかしどこか、安堵の心を覚えさせた。





「……起きるって、どうやって……」

「ん? あぁ、まぁ手っ取り早くショックを与える。
一応この俺なら、現実世界に干渉出来るしな」


そう言うと、男は介旅の右腕を掴んで、


「さぁーて、ではではステキな激痛走りまァースッ!
あまりにも痛すぎてマゾに目覚めちまうかもだけどなぁっ!」


不穏な言葉に、待て、と言う暇もなかった。

気付いたときには、男の手は動いていた。

肩から指先へ。
撫ぜるように、滑らかに手は動く。

そして、その動きと呼応するように、変化が訪れた。





「ッ――!?」


介旅の腕が、何かに貪り食われるようにぐちゃぐちゃになっていく。

皮膚が、血管が、筋肉が、脂肪が、骨が……。
ミキサーにかけたかのように、粉々になり混ざり合い、消えていく。


痛くない。介旅は、先ずそう思った。
だが、違う。

痛覚は、遅れて反応していた。
その遅れを、感じ取れなかっただけだった。



そして、その時は訪れる。



麻痺した痛覚が、再び動き出す時が。




――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――――
――――――――

「ッ、が、あァァァァああああああ!!??」

「初矢お兄さん!」


迸る激痛に、介旅は文字通り"飛び"起きた。

傍らに居た那由他が心配するように声をかけるが、
痛みにのたうつ彼の耳には届かない。

昨夜、麦野沈利に抉られたときのような――
否、それ以上の痛みが、燃えるように彼の腕を包んでいた。

痛みの根元である腕に、反射的に手をやる。

その瞬間、彼は気づいた。


「ッ……はっ、はっ、痛み、が……?」


一瞬前まで彼の身体を蝕んでいた激痛が、
嘘だったかのように綺麗さっぱりと消えている。

思い出したように右腕を見るが、当然そこには何の怪我もない。





「……何、だったんだ……?」

「大丈夫? 初矢お兄さん……」


柔らかい声に視線を向けると、
那由他が怯えたような目で介旅を見下ろしていた。

どうやら予想通り、今さっきまでずっと
彼を起こそうとしてくれていたようだ。

そのせいで頬が少し腫れているような気もするが、
細かいことを気にしてはいけないだろう。


「あぁ、大丈夫……ありがと、那由他ちゃん」


年下に心配される自分を情けなく思いながらも、
介旅は服についた埃を軽く払うと、ゆっくりと立ち上がる。

胸ポケットの携帯を取り出して時間を見ると、
15分ほど気絶していたようだった。

もっとも、本来は明日あたりまで目覚めなかった筈なのだろうが。





「……ったく、あのオッサンには感謝しないとな……」


だが、起こすだけなら他に方法があったのではないだろうか。
多少割り切れない不満を口にする。

すると突然、那由他が遠くを見るような目で口を開いた。


「そっか、……お兄さん、数多おじさんに会ったんだね」

「へ? 数多、おじさん……?」


聞き返すと、那由他は小さく頷いて、



「そう。数多おじさん。
私の、初恋のひとだよ」





続きは、移動しながらにしよっか。

那由他の言葉に振り向くと、
そこにはエンジンのかかった二人乗りのバイクがあった。


『ハロー、お二人さん。コイツに乗ってきなよ。
こんなこともあろうかと、布束さんが手配してたんだってさ』


ハンドル付近に縛り付けられた携帯の声に、
介旅は安心したように息を吐いて、


「はぁ……工山、お前には助けられっぱなしだな……」


急かす那由他と共に、座席に座る。

バイクに特有の揺れを感じながら、
少女は憂うような口調でゆっくりと話し始めた。




――――――――――――――――――――
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――――――


木原数多は、特異な者ばかり集まる"木原"の血筋の中で、
最高クラスの才能を持つ男だった。

彼の業績は裏の世界にとどまらず、
表の世界においても活躍し、多くの利益を上げた。

極めつけには、幾多もの研究者が挑み、
そして失敗した『第一位』の能力を、いとも簡単に開花させてしまった。

だから、利益目的で彼に言い寄る女は多くいた。
その99%は一蹴され、残る1%はしつこく言い寄って
射殺されているのだが、まぁそんなことはどうでもいい。


大事なのは、那由他は彼のそんな表面的なところに
惹かれたわけではない、というところだ。





幼い頃からいつも、彼は那由他に優しくしてくれた。

時には厳しい言葉を投げることもあったが、
それは大抵、彼女が自暴自棄になったり、道を外れていた時だ。

おばのテレスティーナから理不尽な仕打ちを受けたときは、
(たまにやりすぎだとも思ったが)いつも彼が守ってくれた。


那由他に格闘の基礎を教えてくれたのも、彼だった。

一族最強とも呼ばれた彼の格闘術を、
那由他はどんどん吸収していったし、
彼もそれを自分のことのように喜んでくれた。

特に足技においては、那由他のそれは
彼のものと遜色がないほどまでになった。

最終的に、彼の格闘術の中で那由他が習得できていないのは、
『第一位の能力を破る』術だけだった。





兎にも角にも、彼は父親のいない(正確には失踪した)
那由他にとって、最も身近にいる男だったのだ。

ならば当然、幼いながら恋心と呼べるものを抱くのも時間の問題だった。

まぁ、それを伝えた直後に「十年早い」
と、つき返されてしまったのだが。

しかしその後も、那由他はその思いをずっと抱き続けていた。
何年も何年も、ずっと。

だから、



彼が死亡したと聞いたとき、



那由他は現実を見ることができなくなった。







それから数ヶ月の間、那由他は謎の失踪を遂げた。

彼女がどこにいたのか、それを知るのは彼女自身しかいない。

ともあれ、彼女はその数ヶ月の放浪の末、
とある場所にたどり着いた。

そこは、嘗て木原の部下であり、
現在はその存在を抹消されている『猟犬部隊』の隠れ家だった。


『お待ちしておりました、お嬢。
木原さんからの最期の贈り物です。

……どうぞ、お受け取りください』


そう言うと、木原に近い部下だったデニスは、
ふたつのものを差し出した。


ひとつは、USBメモリ。
木原数多が自らの思いを遺した、ひとつのテキストファイル。

ひとつは、義腕。
那由他でさえ本物と見紛うほど精巧に作られた、
特別なサイボーグ部品。





『……ありがとう。ここを、守ってくれて』



やっと出てきたのは、それだけの言葉だった。


その先は、涙に紛れて声にはならなかった。


そんな自分を、元『猟犬部隊』のメンバーは暖かく迎えてくれた。





後に、ファイルを読み取った那由他は知ることとなる。



木原数多は、まだ完全に死んではいないということを。



彼が再び、那由他の前に現れてくれるのだということを。



__・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼は、彼自身の脳をコピーしたAIとして、


__・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼の遺した義腕の中に未だ息づいているのだということを。






そして那由他は、逃げることを止めた。


彼の遺志を継ぐ。
それだけを心に決め、少女は戦う使命に身を委ねた。


少女は、やがて一人の少年と巡り合い、
彼と、もう一人の少女の運命を大きく変えることとなる。


その物語は、再び語るまでもない。




――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――

――PM7:30,学園都市内、とある裏路地――


『やめてよ、あーくん……
こんなの、私の知ってるあーくんじゃない……!』

「……はン」


頭の中に響いた声に、小さくため息をつく。

幾度目だろう、あの言葉を思い出すのは。


「……関係ねェ。俺はもォ、止まれねェンだ」


呟きは、夜の闇に溶けて消えゆく。

長い息を吐くと、
白い少年は背を預けていた壁から体を離す。

動くと同時に、湿った空気が肌にまとわりついた。

不快感をあらわにしながら、最強の超能力者は街を歩く。







「……何で、こンな風になっちまったンだろォな」




一瞬。

本当に注意しなければわからないほどの、一瞬。

その声が、揺らいだ。

まるで、泣き出す直前の子供のように。






『君は確か、木原数多を実の父の如く慕っていたね』

『……それがどォした』

『――生き返ってほしい、と……思いはしないか?』


あの日。

研究者の甘い言葉に、誘われた自分は。


『君には、優れたチカラがある。
それを最大限に活かせば、あるいは――』

『……本当、なのか?』

『可能性は否定できない、というだけだ。
君は、挑戦せずして結果を知れるとでも?』


唯一の道標だった、木原との約束すらも破り。


『……そうか、それが君の選択かい』

『オマエに何か言われる筋合いはねェよ』

『いや。木原さんがどう思うかな、って考えてたらね』

『……正直、オマエはブチ殺したくてしょうがねェンだ。
木原と同じ場所にいながら、自分だけ助かりやがった。
だから……黙れ。本気で殺すぞ』

『助かったのは妻の初野も同じだよ。
そして君、本当に殺すつもりはないんだろ?
そのつもりなら、忠告なんてしないはずだ。

……木原さんに聞いた通りだ。君は優しい子だね』


どこか柔らかい眼差しを向けていた、
介旅破魔矢の言葉も聞かず。


『――ではこれより、第一次「絶対能力進化実験」を始めます
……と、ミサカは銃器を構えつつ再開を告げます』


『実験』に、臨んだのだ。




「……気が付きゃ、もォ一万を越えてたンだったか」


足が自然に行き着いていた操車場で、
彼は暗がりに声を投げる。

その声は、もう震えてはいない。

いつも通りに、最凶で最狂で最強の、
冷たく鋭いナイフのような声。


「はい。ミサカの検体番号は一〇〇三二号ですから、
二万のおおよそ半分ですね、
とミサカは小学生にもできる計算を披露します」


応えたのは、今宵の実験で『壊す』『人形』だ。





「……オマエさァ、実際に小学生に会ったことあンの?」

「いえ、ありませんが……
初等教育の過程で、この程度の商算は習うというデータがあります。
と、ミサカは自らの知識量をアピールします」

「……ダメだなァ、やっぱオマエラとは会話できねェわ。
その口調からして会話に向いてねェし」

「いえ、ミサカには日常会話スキルがインプットされています。
と、ミサカは失言に対し訂正を求めます」

「いや、それ組ンだのはあのギョロ目女だろ?
アイツ自身が日常会話オカシインだが」


そうは言いながらも、二人が交わしているのは
間違いなく、会話と呼べるものだった。

それが可能であることに、
一方通行は別段驚かなかった。

戦闘前の会話なんて、
これまで一万ほど繰り返されてきたし、
これからも一万ほど繰り返されるのだろう。

殺戮の前の、穏やかなひと時。
時間がこのまま止まってしまえばと、
何度思ったことだろうか。

だが、無情にも時間は流れる。

全人類に等しく与えられた時という資源は、
それ故に誰の為にも在り方を変えない。




そして、時はやってきた。

ふたたび、殺戮の『実験』が始まる。


「――午後八時ジャスト。 時間です。

ただいまより第一〇〇三二次実験を開始します。

被験者は、所定の位置についてください」


人形の声が、操車場の中で静かに響く。


呼応するように、最強の口から小さな吐息が漏れる。






そして。




『実験』開始当初の予定よりも随分と早い、
七月二十九日午後八時〇〇分。




幾度となく繰り返された殺戮の舞台が、再び幕を開けた。







【闘う理由―their own hearts―】Fin.




しゅーりょーです

満を持して木原クン登場。
……なんだか伏線張りすぎて
回収するの忘れそうになってきた……


登場人物達は、それぞれ自分の目的を持ち、
ひとつの場所へと集います。

真実を伝えんとする者。
大切な人を護らんとする者。
故人の遺志を継がんとする者。

そして、能動的な意志をもつ彼らとは違い、
過ちを認めながらも、止まることができない"彼"。

彼らの選んだ道は、どんな結末へと向かうのでしょうか。

さて次回からは、いよいよ『実験』の始まり。
サブタイトルは
【操車場の戦い―You can live―】
を予定しております

それではまた二週間後までに


乙!
右腕に木原クンか
これは勝ちの目が出そうだな  頑張ってくれヒーロー

おつ

木原くンのAI入りの義腕だと・・・!?
要するに木原くン=初矢クンの中の人 になるのか・・・


初矢クンの夜の相棒は木原クンにシフトチェンジか・・・
オカズは那由他ちゃんで満場一致ですねわかりません

ふむ

>>184
その場合数多クン×初矢君なのか初矢君×数多クンなのか気になります。教えてえろいひと
……という以前に誰得なのかが最も気になる部分ではありますが……

ではでは、投下します。
色々と放出する回でございまする





【操車場の戦い―You can live―】




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―PM7:35、学園都市某所―

「……で、何なのよ、アンタたち?」


御坂美琴は、不機嫌そうな声で呟いた。

その声の先にいるのは、黒系の装備で身を固めた、
十人程度の人影。

最新式の装備に身を包んでいることだけ見れば、
警備員の人間だと考えられたかもしれない。

しかし、見た目や装備以上の言わば雰囲気とでも表せるものが、
明らかに彼らのような"正義"を掲げる組織とは異なっている。

敵意を込めた視線を送ると、
その中の一人が代表するように話し始めた。


「そうね……風紀委員や警備員とは別の切り口から、
学園都市の平和を守っていた組織。
……と言えば、分かるかしら」


顔を隠しているので分かりにくかったが、
その装備の下から聞こえてきたのは女の声だった。

よく見てみれば、体型も細身で女性らしさがある。
もっとも、その体型も装甲服の下であるため分かりづらいが。



美琴は女の言わんとすることを理解すると、
鋭い目を向けて、


「……要するに、暗部ってことでいいのね?」

「今はその前に"元"が付くけれどね。
まぁ大体その解釈で間違いないわ」

「ねぇ、ちょっと喋りすぎじゃない、ナンシー?」

「あぁ悪いわね、つい」


ナンシーと呼ばれた女は、敵意の込められた視線を
軽く受け流しながら、隣に立つ同僚の言葉に応える。

声や体型を見たところ、こちらも女性のようだ。
ただし、ナンシーよりも口調が穏やかさを感じさせる。


「……へぇ、じゃあその元暗部さんは、何が目的なのよ?」

「そうですね……簡単に言ってしまえば、
あなたの足止め、といったところでしょうか」

「足止め?」




穏やかな口調の女の返答に、美琴は眉を潜める。

このタイミングで美琴の前に現れるということは、
『実験』の関係者が邪魔者を消しに来たと考えられた。

しかし、彼女は殺害や捕縛ではなく、足止めと言った。
女達が美琴の推測した通りの部隊ならば、
そんなことを言うはずがない。


「まぁ、これは私達の目的というよりは、
"お嬢"の目的と言った方が正しいでしょうか。
私達は"お嬢"に言われたことをやっているだけですから」

「ちょっと。アンタこそ喋りすぎでしょヴェーラ」

「あ……まぁ、いいんじゃない?」

「へぇ……じゃあ、その"お嬢"ってのは
随分と私のことが嫌いみたいね」


軽口を叩きつつも、美琴の頬には汗が浮かんでいた。

ヴェーラとナンシーは、会話をしながらも
決して警戒を解いているような素振りを見せていない。
素人の美琴にも分かるほど、訓練されたプロの挙動だ。

そしてそれは、二人の後方に待機する数人も同様。
武器を構えた腕には、一切の迷いがない。




「嫌い? まさか、その逆よ」

「そうそう。言ってたものね、好きだって」

「……話が見えてこないわね。いったい誰なのよ、そいつ?」


思わぬ言葉に、睨むように問い掛ける美琴。

その問いに、ヴェーラとナンシーはほぼ同時に口を開いた。


「「木原那由他」」

「なっ……!」


返されたのは、想定すらしていなかった答え。
驚愕に、美琴の息が一瞬止まる。



油断を見せたのは、ほんの一瞬だった。

しかし。
そもそも、相手は"その道"のプロ集団。
一瞬の隙に、十の銃弾を打ち込む訓練を受けている連中だ。

よって、その結果は実に明瞭。
美琴が動揺した僅かな隙を突き、幾つもの銃弾が発射される。


「っ、ハッ……!?」


息を吐く暇は、無かった。
それよりも早く、数十の弾丸が美琴の腹へ突き刺さった。

ズドン!と、一塊になった衝撃が美琴の全身を駆け抜ける。




「っ、……がっ、ごぼ、ごほ……」


濁った声で咳き込み、喉に引っ掛かるような唾を吐き出す。
そうしてようやく、美琴は気付いた。

彼女の身体に、風穴は空いていない。
鈍い痛みはあるが、出血はしていない。


「……ッ!」

「ぐっ!?」

「ちぃっ!」


バヂン、と散った火花に、黒尽くめが退いた。
直後、その鼻先を掠めるように黒色の剣が舞う。

仕切り直すように磁力で操った砂鉄の剣を振ってから、
ようやく息を吸った美琴は荒い息で呟く。


「っ、はっ、これ、ゴム弾……?」





地面に転がったのは、溶けた黒色の樹脂。

美琴はゴム弾と判断したが、実のところそれは
発射の衝撃自体に耐えられない、
ゴム弾としても出来損ないの代物だ。

敵対者の無力化という、最低限の目的すら達成できない弾丸。

そんなものを使う理由は、もはや一つしかない。


「言ったでしょう……」


ヴェーラが、低く抑えた声で語り掛けるように言う。


「那由他お嬢は、あなたを殺したいわけでも捕らえたいわけでもない。
ただあなたを止めたい、それだけなんです……!」

「っ……なんで……」

「自分から死にに行くアンタを、
見てられないからに決まってんでしょ……!」

「でも……仕方ないでしょ!?
"あの子達"を助けるにはこうする以外、方法が……」




「――うるっせぇんだよ!!!」



「っ!?」

「ヴェーラ、アンタ……?」


美琴が悲痛の叫びを上げるのと、
ヴェーラが怒鳴ったのは、ほぼ同時だった。

それほどまでに彼女は、美琴の言葉に過敏に反応した。

今まで一度も見たことの無いヴェーラの表情に、
直接それを向けられたわけでもないナンシーまでもが身を強張らせる。




「あなたは……あなたを大切に思っている人が
大勢いることを、知らない訳じゃないでしょう!?

お嬢が言っていましたよ……
介旅という少年も、その一人なのだと!
その彼が、あなたを止めに行ったのだと! !」

「っ……何も、何も知らないくせにそんなことを……!」

「彼はきっと言ったはずですよね、あなたを守りたいって!
そんなの、聞くまでもなく分かりますよ!!

……それで、あなたはどうしたんです?
裏切ったんでしょう? その彼を!」

「っ! でも……アイツは……アイツじゃ……!」


「『アイツじゃ』、何なんですか!?
あなたを救えないとでも!? 最強には敵わないとでも!!?

彼は言ったんでしょう! あなたを助けるって!!

じゃあ……信じろよ!!
守ってくれるって!! 助けてくれるって!!!!」


「だ、まれ……黙れェェェェええええ!!!!」

「っ……が、っ……!」

「ヴェーラ!!」


ヴェーラが感情に任せて武器を振るった直後、
激昂した雷神の一撃が彼女を貫く。

対電仕様の装甲服ですら、
美琴の怒りを受けきることはできなかった。
それを認識するよりも早く、ヴェーラの体が崩れ落ちた。
どさり、と小さく重たい音が、辺りの空気を大きく変える。




「っ、ヴェーラさん!」

「大丈夫よ、計器を見たところ、脈はある!
それよりも自分の身を守りなさい……!」


焦って駆け寄りそうになった隊員を鎮めるナンシーだったが、
その実彼女自身すらも焦りを隠せないでいた。

彼女達『猟犬部隊』は元々、逃げる標的を追い、
確実に仕留めることに特化した部隊だ。

専門分野に関しては右に出るチームはいないレベルだが、
その反面攻められることに慣れておらず、
反撃に極端に弱い側面も持ち合わせている。

つまり対『超電磁砲』専用に選別した装備を突破された時点で、
彼らの能力は全くといっていいほど発揮できなくなったのだ。



「もう、いい……時間がないの。
さっさと片付けさせて貰うわよ」

「っ――!」


マズイ、とナンシーは直感した。
隊員全員に動揺が走っていくのが、見ずとも分かる。


「う、……あ、あ、うわぁああぁああああ!」

「っ!? ダメ、止めなさ……!」


緊張に耐えきれず、誰かが闇雲に発砲する。

震える銃口から発射されながらも、
銃弾は一直線に美琴に向かい、

直後、黒色の剣によって真っ二つに切断された。



「ッ!!?」

(ヤバい……!完全に"空気"を持っていかれた……!)


ナンシーの背筋を、ぞわりとした悪寒が這い上がる。

その根本にあるのは、彼女の実戦経験に基づいた
単純かつ正確な『直感』とでもいうべきもの。

余程力の離れた者同士の戦いでなければ、
場の"空気"を掴んだ者がそれを制する。

不意を突いた攻撃すらも迎撃されたことで、
彼らの心には少しでも「勝てないかも」という思いが生まれてしまった。

そして、"集団"という枯れ草の中に生まれた"疑念"という火種は、
瞬く間に燃え広がり"恐怖"という業火へと姿を変える。

本来彼らの最大の武器であるはずの『集団』は、
その脆さを突かれ、完全に足枷と化してしまっていた。



「さて、じゃあ……終わらせてあげる」


美琴が、感情の無い声で静かに呟く。

右手には、砂鉄で形作られた黒色の剣。
左手には、迸る十億ボルトの雷光。

そのどちらもが人を死に至らしめる両手が、
ゆるりと動く。


「……! 怯むんじゃないわよ……!
思い出しなさい! 私達は誰のために戦ってるのか!!」

「……は、ハイ!」


ナンシーの叫びに呼応するように、
隊員たちの纏う空気が一変する。

一瞬とはいえ美琴の"空気"の支配から逃れた彼らは、
自らの役目を全うするために力強く武器を構えた。


「行くわよ……全員、――撃て!!!」

「手加減は出来ない。死んでも知らないわよ」



恐怖は、当然あった。

逃げ出せるものなら、逃げ出したかった。

しかし。

彼らは決して、一歩たりとも退こうとはしなかった。


かつて彼らが敬愛した、一人の男。

木原数多が、最も愛した少女のために。

彼らは絶対に、逃げ出さない。





銃声が轟き、黒の壁に阻まれる。

砂鉄の渦が、装甲服すらも削り飛ばす。

莫大な電圧が、何人もの胸を貫く。



戦闘時間は、僅か数分。

足止めというには、あまりにも短すぎる時間だった。



こうしてナンシー達、『猟犬部隊』第1班は壊滅した。


その身に課せられた使命を、果たすことすらなく。



――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
―――――――


―PM8:15,操車場―


戦闘開始から、15分が経過していた。

ミサカの『作戦』は、着実に『最強』の防御を掻い潜り、
彼の息を切れさせることにまで成功していた。

このままいけば、一方通行を打ち破れる。
彼女がそう確信した瞬間。

甘ェンだよ、と。

最強の口が、小さく動いた。





「そンなンじゃ、百年経っても
俺を殺すことなンざできねェよ!」


咆哮と同時に、あらゆる『向き(ベクトル)』を味方につけた
一方通行の体が、とてつもない速度で空を切る。

両手を伸ばしたまま地面と平行に飛び、
数メートルの距離を一瞬で詰める。
明らかに物理法則を無視したその動きも、
彼の能力にとっては容易いものでしかない。


「く……っ!?」


超速度の突進を、ミサカは転がるように間一髪で避ける。

白い悪魔の手が、頭の横を通り過ぎた。
そう認識し、反撃に移ろうとした瞬間だった。


「ダメなンだよなァ、それじゃあ」

「ッ!?」


笑う彼の足が、とん、と軽く地面を踏む。

ミサカは視界の端でそれを捉え、


「……、ぁが、っ、!?」


直後、体を貫いた衝撃に息を詰まらせる。

その正体が飛来した数十もの砂利であると気付いた時には、
既に彼女の体は数メートル先の地面に叩きつけられていた。




「オマエさァ、誰と戦ってるか分かってンのか。
一方通行。学園都市の第一位なンだぜ?
その程度で避けた気になってンじゃねェよ」

「くっ……!」

「オマエは中々楽しませてくれた。
まさか酸素を電気分解してオゾンを作り出すとはな。
俺の『反射』の弱点を突いた、効果的な攻撃だ」

「ッあっ!!」


立ち上がり何らかの反撃をしようとしたミサカを
蹴り飛ばしてから、だがな、と一方通行は眉根を寄せて言い、


「そもそも本気で俺を殺そォとすンなら、
オマエは俺の前に現れるべきじゃなかった。

オゾンを振り撒くオマエ自身は、
俺に見つからねェよォに隠れて。
気づかれねェ内に俺に攻撃しなきゃならなかったンだよ」





糸の切れた操り人形のように転がるミサカの髪を、
彼は掴んで持ち上げる。

彼女の目の高さを自分自身のそれに合わせる。
髪を掴まれているというのに、彼女は嫌がる素振りも見せない。

赤い瞳が、感情の無い瞳の奥を射抜くように見つめる。


「……。何度も聞くが。オマエ、死ぬことは怖くねェのか?」


「怖い怖くないの問題ではありません。

ミサカは死ぬために生まれた。

ですから、死を拒否するなど有り得ません。
と、ミサカは『妹達』の共通見解を述べます。

ちなみに全個体の総計で、同様の問答は528回目ですね。
とミサカは補足します」


そォかよ、と、吐き捨てるように一方通行は言った。

瞳の赤色に、諦めという不可視の色が混じる。





「じゃあ、終わりにするか」


言うと同時に、ミサカの体を乱暴に投げ捨てる。

小さな悲鳴が漏れたが、それも恐怖によるものではない。
痛みに対する反射的なものでしかない。


「壊れろ、人形」


彼は静かに言い、ミサカの頭を踏みつける。

後はこのまま力を入れれば、今回の実験は終了だ。

そこに意味など無い。変化も無い。
一万回以上も繰り返された、ただの作業でしかない。

______・・・・・・・
――そのはずだった。




なのに。



「――止まりなさい、一方通行!!」




その瞬間、操車場に制止の声が響いた。



凛とした、少女の声が。





――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――――
――――――

怖くない、と言ったのは、丸っきり嘘だった。

操車場に辿り着いた瞬間から、
恐怖で喉が干上がりそうだった。

手も足も出ず一方的に攻められた記憶が、
原始的な感情となって体を縛りつけようとしていた。

けれど。

御坂美琴は、それでも力強く叫んだ。


『最強』の暴力を止めるために。

大切な『妹』を、守るために。




「……また。オマエ、か」


ナイフの切っ先のような少年の言葉が、美琴の心に突き刺さる。

未だ嘗て経験したことすらないほどの殺意が、
明確に自分へと向けられている。

それを認識しただけで、恐怖に体が震えた。

……けれど。


「お姉、様……?」


逃げ出したいという気持ちには、ならなかった。

妹を助けるという決意が、弱い感情を跳ね除けていた。





「ゴメンね。アンタたちに、
少しもお姉ちゃんらしいことしてあげられなくて」


掌が、じとりと汗ばむ。

その中にあるコインを弾けば、もう後戻りは出来ない。

『超電磁砲』は反射され、美琴の体は音速の三倍で撃ち抜かれる。


「……でも、大丈夫だから。
ここで、全てを終わらせるから」


ゆっくりと手を開き、その中身を確認して、


「……あ、」


思わず、声を出してしまった。



コインには、見覚えのあるマークがあった。

カエルをモチーフにしたマスコットキャラクター。

介旅と再会した、あの日のものだ。


(……アイツが持ってたコイン、か。
無意識のうちに貰っちゃってたんだ……)


そういえば、ちょうど『妹達』と初めて出会ったときに、
うっかり自分のコインケースに入れてしまったのだった。

あの後は色々なことが続け様に起こって、
そんなことを考えている余裕もなかった。


(……これも、運命ってヤツなのかしらね。
随分と皮肉なもんじゃないの)


美琴はもう一度小さく笑うと、
腕を伸ばし、コインを構える。

不思議と、恐怖は消えていた。



(――さよなら。私の、最後の友達)


そして、コインは弾かれる。

宙に投げたコインは、放物線を描きながらゆっくりと落ちてくる。

時間が、本来の何倍にも感じられた。


「――――」

「――、――――!」


一方通行が呆れるように何かを言い、
その足から解放されたミサカが慌てるように何かを叫んだ。

声は、聞こえない。

音のない世界の中、コインは伸ばした手に吸い込まれ、
――撃ち出される。


描かれゆくオレンジ色の軌跡は、誰にも止められない。


――これで終わる。何もかもが。


美琴がそう思考した、瞬間だった。








ゴッ!!!!と。





__・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何の前触れもなく、音速の三倍で飛んでいたはずのコインが爆ぜた。








「……、あ……」



あまりにも突然の出来事だった。


にも拘らず、美琴は何が起こったかを瞬時に理解した。


理解できて、しまった。





『……ってあれ、ちょっ、まさかごめんストォォォォッップ!』


『ヤバい……! これだけ加速した重力子、止まるかどうか分かんねぇ!』



蘇る。

"あの時"の会話が、鮮明に。


――一度触ってしまえば、一定距離内ならいつでも爆破できる。


『彼』は自らの能力について、そう言っていた。




「……はは、ギリギリ、間に合った……か?」



穏やかな声が、美琴の耳を打つ。



「嘘……でしょ……?」



振り返るまでもなかった。


この声を、忘れるはずがなかった。


臆病で、弱くて、情けなくて。

それでも優しく強く頼りになる、この声の主を。





「介、旅……アンタ、何で……!」


視界に入った彼を見て、
嘆くように、美琴は声を張り上げた。

こうなってほしくなんか、なかったのに。
彼には、こんな危ないところに来てほしくなんかなかったのに!



「何回も言うよ。 お前を……美琴を、助けに来たんだって」


「ッ……!」



一言で、涙腺が弛んだ。


決意が、簡単に揺らがされてしまう。




「わ、私、は……! アンタに助けてもらいたくなんか、ない……!

あ、アンタのことなんか、大っ嫌いだから……!
だから、そんな奴に助けられたって、ちっとも……!!」



苦し紛れに叫ぶが、嗚咽混じりのそれには一切の説得力がなかった。


子供のように涙を流す美琴に、
介旅は今までに見たことがないほど強い微笑みを見せる。



「例えそれが、本心だろうがそうじゃなかろうが。
僕のやることは変わらないよ」


「なんで……なんでよ……っ!
私は、アンタを裏切った!酷い言葉を浴びせた!

なのに、なんで……っ!!」


「僕が、そうしたいから。
それ以外に、理由はいらないよ」




「……、何よ、それ……反則じゃない……!
そんなこと言われたら……! でも……」


だからさ、と。

美琴の言葉を遮るように、介旅は言って、


「お前は、古い考え方にとらわれすぎなんだよ、美琴。

異能力者じゃ超能力者には勝てないなんて。
僕が最強にかなうわけがないなんて。

そんなの、お前の世界だけの常識でしかない」


そこまで言うと、介旅は腕を広げる。

空気をつかむように。
世界を己の中に受け入れるように。








「僕に任せてくれよ。そして、自分の世界を見つめ直してみろ。
凝り固まった常識の中に、絶対にいくつもの綻びがある筈だ。

その綻びを、僕が直してやる。
そうすればきっと、新しい世界が来る。

何にも縛られず、誰にも止められない世界が。


異能力者だとか超能力者だとか、

脇役だとか主人公(ヒーロー)だとか、

弱者だとか強者だとか。


そんなものは関係無い。


ただ単純に、僕が君を救う。それだけの話だ」





言い切ると、介旅は一方通行へと視線を向け直す。

美琴に向けていた微笑は消え、
代わりに怒りを込めて睨み付ける。


「さぁ、勝負だ最強。
――――本気で、かかってこい」







そして、操車場の戦いの火蓋は切って落とされる。

誰もが予測せぬ結果に終わる戦いが、いま始まる。






伏線回収&前スレスレタイ回収。
キリのいいとこが見つからなかったので取り合えず今回はここまでです

間に合ったぜ介旅くん!

しかし、未回収の伏線はまだありますね
地道に回収しますか

では、また二週間後までに

Z

もう介旅がヒーローにしか見えなくなった  乙

すみません、完全に日付勘違いしてましたorz
課題に追われてたらいつの間にかこんなことに……

本日の投下は一週間程延期させてください……

乙  待ってる  課題もがんばれ

一週間とはなんだったのかと小一時間。

結局前回更新から四週間です。ほぼ一ヶ月。
月刊か?月刊なのかこのスレは……?

間を空けすぎてしまいすみません。
〆切守るってむつかしい。

ともあれ、取り合えず投下していきますです




「……。へェ。面白ェな、オマエ」


戦意を剥き出しにする介旅とは対照的に、一方通行は嗤う。

笑いながら、数十メートルの距離を二歩で詰める。


「最っ高に……面白ェぞ!!」


ゴバッ!!と砂利が爆発する音は、遅れて聞こえた。

白く細い体躯が、銃弾のごとく空を走る。


広がる腕は、死神の大鎌。

右の毒手、左の苦手。
一瞬触れただけでも致命傷になる両手が、介旅に迫る。





「……っと」


対し介旅は、軽くステップを踏むように左へ飛んだ。
同時、一瞬前まで彼の頭があった位置を最強の右手が通過する。

一見して無駄のない、完璧な回避行動だ。

だが。

忘れてはいけない。

彼の相手は、学園都市の第一位。
そんな相手に、通常の「回避」が通用するわけがないのだ。





「ダメ、です……と、ミサカは……警告します……!」


倒れ伏すミサカの口が、小さく動く。

届かぬことは分かっていても、
必死の思いで声を上げる。


「それでは、避けたことには、ならない!
気を抜かないで、ください、とミサカは……!」


叫びも虚しく、一方通行の足が地面を叩く。

彼の足元の砂利が散弾と化し、介旅を襲う、


「……、え?」


その瞬間。

ミサカは確かに、介旅の声を聞いた。


分かってるよ、と。

小さく動いた唇は、明確にそれだけを伝えて。


直後、彼の体は大量の砂利に覆い隠された。






「あ……っ!」


泣き出しそうに息を飲む美琴を見て、違う、とミサカは思考する。

一方通行が放ったのは、砂利の散弾。

その用途は、あくまでも『標的を吹き飛ばす』ことにしかない。


「……あァ?」


一方通行は、怪訝な声を上げる。

乱入者の体は、砂利に吹き飛ばされたのでも、
まして貫かれたのでもなく、『覆い隠された』。

つまりは、


(避けた、だと? 完全に不意を突いた俺の攻撃を。
……ハッ、なかなかやンじゃねェか)


今まで彼に勝負を挑んできた者の中には、
一撃目を躱した者は数知れぬほどいたが、
追って放たれる二撃目では数える程しかいない。

そして、


「ハッ、――ホンットに面白ェな、オマエは!!」


そこから、返す刀で拳を放ってきた者に至っては。
――彼が、初めてだ。





「――、っ!!」


決して速いとは言えない介旅の拳が、
正確に一方通行の顔を狙う。

だが、一方通行はそれを避けようともしない。
避ける理由が、ない。


(……あァ? 何かと思えば、普通に殴りかかってくるだけ、だァ?
なンだよ、さぞ大層な能力者かと思ったが、期待ハズレじゃねェか)


彼の『反射』は、絶対の防壁だ。

この世に存在するあらゆる『向き』は彼に使役される。

核爆弾の爆発すらも無傷で受けきるその壁に、
生身の拳で挑むなど笑止千万――


思考して、一方通行が口元を歪めた次の瞬間。


介旅の右手が、彼の顔面に到達し、




__・・・・・・・・・・・・・・・・・
そのまま、反射されずに振り抜かれる。







「……、あ?」


視界が、突然揺れる。


前を見ていた筈の視線が、
いつの間にか空に向いていた。


理解が追い付かない。


頬が、じわりと熱を持っている。





「あ、は……? イタ、い……?」


それは、数ヶ月ぶりの現象。

痛みという名の、原始的な感覚。


「な、ンだよ、これ……」


能力を使えば簡単にできることなのに、
それすらも忘れてゆっくりと立ち上がる。

体の芯に力が入らないまま、
あまりにも呆然とした様子で目の前の少年を見る。





「痛い、だァ? なンなンだよ、オイ、コイツはよォ」


壊れた人形のように、ゆっくりと首を動かす。

虚ろな視線で、介旅の顔を見つめる。

ようやく現実を認識し始めた瞳が、
少しずつ鋭くなっていく。


「……ッ! なン、なンだよ、オマエはァ!!」


戸惑いを振り払うように、腕を大きく振るう。

風を切る左腕は薄く研がれたナイフの如く首筋を狙う。

だが、


「遅い……っ!」

「っ――!?」


大振りの攻撃は、介旅に掠りさえしない。

軽く屈んだだけで腕を回避した介旅の拳が、握り締められる。


「――ふっ!!」

「ッ、はッ!?」


アッパーカットの如く真下から、
介旅の右手が一方通行の顎を打ち抜く。




脳を揺らされた怪物の体がよろめくのを見て、
介旅はさらに追撃を仕掛けようとし、


『フェイクだ、避けろ坊主!
十時四十五分の方向に47センチ移動して体を33センチ落とせ!』

「っ!?」


頭に響いた声に、体重を動かしかけていた彼の動きが一瞬で止まる。

硬直を振り払った介旅が動き出した時には、
既に一方通行は足を振り下ろしていた。

小石が、凄まじいスピードで飛び散る。

回避が1テンポ遅れた介旅の皮膚を、
その内のいくつかが削りとっていく。





「っつ……」


左腕で顔を庇いながら、一方通行を睨み付ける。

砂利を飛ばした際に後ろへ跳んだのか、
彼の体は先程より十メートルほど離れたところにあった。


(……どうすんだよ、木原さん。
距離をとられちゃったけど?)


一方通行に注意を向けたまま、介旅は頭の中に呼びかける。

念話能力者とはこんな感覚なのだろうな、と
場違いに呑気なことを考えていると、 脳内に別の声が響いた。


『おら、目の前のアイツに集中しな坊主。
アイツぁ考え事しながら勝てるような相手じゃねぇぞ』

(分かってるさ。で、具体的にどうすべき?)

『……口の聞き方がなってねぇなクソガキ。
俺がその気になりゃ二回は死んでるぞ』

(僕が死んだら、今僕の精神の中に潜り込んでる、
アンタまで死ぬことになるんじゃ?)

『……まぁ、義腕の方に保存されたデータが失われれば
俺は死ぬ、つーか消えることになるわな。

って、んなこたイイんだよ別に。
距離を取られたなら、詰めるだけだ。指示通り動け』

(はいはい、ミスの無いようにお願いしますよーっと)


思考だけでの会話を終えると、介旅は勢いよく地面を蹴った。

決して速くはないながらも、針の穴を通すような正確さで。
その足取りが、一方通行との距離を一気に詰める。




「っ、ッ、くそがッ! なンで、当たンねェンだよ!?」


接近を止めるべく、一方通行は幾多の攻撃を仕掛ける。

ある時は音速を超える石の礫が。
ある時は引っこ抜かれた鉄道のレールが。
ある時は砂利の散弾が。

『最強』の能力は形を変え、近付く介旅を襲う。

だが、


『左、右、右、ジャンプ、一歩引いて待て、全力で走れ!』


そのどれもが、介旅に決定打を与えるには至らない。

頭に響く声の通りに動く介旅には、
それらの攻撃は紙一重の距離にすら接近を許されない。

そして、


「――っ!?」

「っ、!!」


十メートルが詰められるのに、三秒とかからなかった。

介旅の拳が再び振り抜かれ、一方通行の腹部へとめり込む。

くの字に折れ曲がった彼の肺から、残った息が吐き出される。




「が、っは……ッ!」


砂利を巻き散らすことも忘れ、ほぼ反射的に後方へ飛んだ。

それほどまでに、彼にとっては恐ろしかった。

絶対の防御を打ち破る、あの拳が。
介旅初矢の持つ、不可思議な右腕が。


「オ、マエ……何なンだよ、その変な右腕はよォ……!」

「あ、もうバレちゃったか。
まあさっきから右手でしか殴ってないから当たり前か……」

「答えろ! 一体どォいう原理で俺の『反射』を……ッ!」

「ああ、まぁこの右手に機巧があるんだよ。
実はこいつ、とある事情で義腕でさ。
で、義腕といってもまた特別なものなんだ」


介旅は立ち止まると、見せ付けるように右腕を差し出す。

顔を顰める一方通行に構わず、
彼は更に説明を続ける。


「マイクロマニピュレータ、って知ってるか?
ミクロサイズの研究とかで使う、細かい動きをするための機材。
それと同じ機構が仕込まれてんだよ、この右手」

「答えになってねェぞ。
ンなモンで、『反射』を突破できるわけが……」

「ヒントはやった。後は自分で考えろよ」




言うと同時、介旅は再び動き出す。

戸惑いながらも応戦する一方通行の攻撃を、
ある時は身を曲げ、ある時は飛び越えるように避ける。

片や一方通行は、介旅との距離が詰まると同時に
攻撃できるだけの距離を保ち後退する。


(次で……決める!)

(落ち着け。今までの戦い方から見るに、
アイツは接近しなけりゃ攻撃できねェ。

……なら、近づかせなけりゃイイだけだろォが!!)


追う介旅に、退がる一方通行。

僅かな蟠りを残したまま、戦局は完全に固定される。

だが、その膠着も長くは続かない。

『攻められた』経験の無い一方通行は、
初めての『逃げる』という行為に。

介旅に至っては単純に、走り続けることに。

体力と精神力を、少しずつ消費していく。


均衡の崩れは、刻一刻と近付いている。



いや。



もう既に、訪れている――。





「ッ!? 」


ゴウン!!と、飛び退った一方通行の背が、一つのコンテナに激突する。

無論、『反射』を持つ彼にとってそんなものはダメージにはならない。
ただし、


激突と同時に、彼の背中はコンテナを吹き飛ばしてしまう。

_________・・・・・・・・・・・・・・・
そう、彼自身の運動エネルギーを使って――。


「しまっ――」

「後ろには気を付けろよ、なっ――!」


全ての運動エネルギーをコンテナに移し、
一方通行の体は速度を失う。

後方への推進力を無くした彼の眼前に、介旅の拳が到達する。





「く、そっ!」


回避は――間に合わない。

ならば、先に殺す――これも間に合わない。

耐える事は――不可能だ。

優秀すぎる彼の頭脳は、試行の前に結果を予測できてしまう。


(……ここで、終わンのか――)


静かに思考しながら、一方通行は目を閉じた。

既に、見る事に意味は無いとでも言わんばかりに。

近付く拳が切り裂く空気の感触を、肌で感じながら、








(終わっちまうのかよ。タノシかったのによォ)




彼は、引き裂くように笑う。






「オマエさァ」

「ッ!!」


声に構わず、介旅は拳を振り下ろす。
正確には、"振り下ろすように見える動作"をする。

その先を聞きたくはなかった。

本能が、聞くなと告げていた。

だが、


「自分で首締めてちゃ世話無ェよなァ」

「が、っ!?」


振り下ろした拳が、弾かれる。

肩口に走る痛みに顔を顰めた時には、
既に一方通行の足が空間を薙ぎ払っていた。

能力によって強化された蹴りが、介旅の脇腹を直撃する。





「あ、が、っ……!」

「ひゃはっ!! 吹っ飛べ!!!!」


蹴り飛ばされた介旅の体が、四肢を投げ出しながら
地面を転がっていく。

内臓が潰れたのではないかと思うほどの激痛が走るが、
それでも明らかに、手加減されているという感覚があった。

一方通行が本気で『向き』操作を使えば、
介旅など一瞬で粉微塵にされてしまったはずだ。

つまりは、遊びがある。

『反射』を貫く術を持つ介旅は、
彼にとっては恐怖の対象だったはずなのに。

一刻も早く、殺してしまいたいはずだったのに。





(は、『反射』対策が、破られた……?
いくらなんでも、解析が速すぎる……っ!)

『が、ざ、ざざ……ち、げぇ――ざざ、』

(っ! 木原さん、どうしたんだっ!?)

『うる、せぇよ――ざざざざ――くそが、あのガキ。
解析じゃねぇ。テメェの言葉から、ヒントを得たんだろうよ』

(ヒント、って……?)


ゆっくりと起き上がると、口の中に鉄の味を感じた。

不快なそれを地面に吐き捨てて、
介旅は痛みに耐えながら一方通行に目を向ける。

視線の先の彼は、面白くて仕方がないと言った調子で笑っていた。

もはや、追撃を仕掛けることすらしない。
彼にとって、介旅とは既にその程度の相手でしかなかった。





「よォ、どォだ? 自分の言葉を逆手に取られる感覚は」

「どう、いう……?」


「俺のチカラは、『向き』操作。
操れる『向き』は、運動量に限らねェ。

……ここまでは知ってるよなァ?」


一方通行は、余裕を見せつけるようにゆったりと話す。

まるで、謎解きの答えを教える子供のように。


「オマエは言った。その右手には、マイクロマニピュレータ
――要するに、精密な機械が仕込まれてるってな」

「……それが、どうしたって……?」

「精密機械ってなァ、強力な磁力によって誤作動する。
_______________・・・・・・・・・・・
でもって、磁力には『向き』がある。

……これがどォいうことか、分かるな?」

「……まさか、磁力の『向き』を操って……?

いや、おかしい。一体どこから、そんな磁力を供給して……っ!」





おかしいとは言いながらも、介旅にはもう検討がついていた。

磁力の供給源。
地球上のどこにいようが利用できる、膨大な磁力の源。

それは、この星で最も大きな永久磁石。
つまりは――"地球そのもの"。


忘れていたことを、再認識させられる。

目の前に立つ彼――学園都市の第一位は。

この星の莫大な力すらも支配する、最強の能力者。
小細工で打ち破れる『反射』など、彼の力の一端でしかないのだということを。





「さァ、じゃあもォ一度見せてもらおォか」


質問には答えず、一方通行は笑う。

介旅の知る限り、最も凶悪な笑みで。


「この俺に真っ向から勝負を挑む、その無謀さをよォ!!」

「っ!」


一方通行の体が、地面を舐めるように飛ぶ。

磁力で右手を封じられた介旅には、それを避けることしかできない。





力関係は、一瞬で逆転していた。


それはまるでオセロの如く、
たった一手で形勢の変わる本物の戦い。


一方的な展開(ワンサイドゲーム)では終わらない。


あるいは、二者択一の勝敗(シーソーゲーム)ですらないのかもしれない。





「はっ……お望みなら、見せてやるよ……!」


勝算は、薄いどころの話ではない。
存在しているのかさえ疑わしい。


だがそれでも、介旅は拳を握り締めた。


絶対に諦めない。
その覚悟を、ハッキリと示すかのように。


終わりです
ちょっと駆け足気味

乙  毎回面白い
伏線回収もあるっていうし続きが楽しみだ


木原真拳の原理が解けなくても、木原真拳に対処できなくても、それを機械の補助でやってるなら機械を狂わせればいい、か……
たしかに介旅のミスだなぁこれ……

乙でやんす

……なんかもう期限とか言っても守れそうにないですね……
ということで、以降は『エタらない』この一点だけを確約します

そんなこんなで投下


――――――――――――――――――
―――――――――――――
――――――――――



 「ウソ、でしょ……?」


 御坂美琴は、戦慄していた。

 何が起こっているのか、全く分からなかった。


 予想に反し、介旅初矢は一方通行を追い詰めていた。

 あの少年は、そんな有り得ないことを成し遂げてしまった
 ――かのように思えた。

 そして。


 莫大な磁力がまき散らされると同時、すべての形勢が逆転していた。





 なまじその流れ――磁力線を見ることが適う彼女だからこそ、
 その光景は果てしなく絶望的なものとして眼に映し出された。


 吹き荒れ続ける膨大な磁力の嵐。

 突如として焦りを見せた介旅。

 何が起こっているのかは、分からなかった。
 だがそれでも、一つだけ分かってしまうことがあった。


 すなわち、介旅の持つ策が無効化されたということ。
 彼が最強に対して振るった優位が、失われてしまったということ。


 それがどんな結果を招くかなんて、考えるまでもなかった。





 「おら、どォした三下ァ!
  タネはその機械の右手だけかよ、オイ!!
  ――そンなンじゃつまンねェ、もっと楽しませろ!!」


 たんたんたん、とリズムを刻むように、一方通行が足踏みをする。
 その動きにつれて、無数の砂利が介旅へと飛ぶ。


 「当たんねぇ、よっ!」


 介旅はその軌道を読んでいるかのように、軽く身を動かす。

 だが、


 「どォせ、ウナギみてェに避けンだろォけどよォ。
  ――『コレ』は避けれンのか?」

 「な――ッ!?」



 介旅が、信じられないといった様子で目を見開く。

 その目の前には迫る砂利と、そして
 ――圧倒的な速度で砂利に追いついた、一方通行の姿。

 彼はそこから体を捻り、無数の砂利に触れる。





 すると、どうなるか――答えは、簡単だった。


 「マ、ズ……っ!」

 「ひゃっ――はッ!」


 二段階に『向き』を変えられた大量の砂利は、
 さらなる加速を経て介旅へと集結する。


 「ぐ……、が、あっ……!?」


 予想外の方向からの攻撃に、反応すらできていなかった。

 硬直したその体を、砂利の散弾が軽々と吹き飛ばす。

 跳ねながら地面を転がる彼の体は、
 十数メートルほど進んだところで静止した。





 「……っ、はっ……!」

 「おら、ノロノロしてンじゃねェよ亀。
  急いで逃げねェと……潰れちまうぞ?」


 すでに決着はついたようなものなのに、
 一方通行は尚も容赦をしない。


 「……なっ……!?」

 「そんな……っ!」


 ふらつきながら立ち上がった介旅の目が捕らえたのは、
 空を覆い尽くす幾つものコンテナ。

 大きさにして数メートル、質量にして何トンもの鉄塊の群れ。
 一方通行が巻き上げたそれらが、
 上空から一斉に介旅へと襲いかかる。





 ズドン!!と、鼓膜を破るかと思うほどの音が轟いた。

 一つも直撃していないのは、奇跡的だった。


 だがそれでも、安堵に胸を撫で下ろすことはできない。
 それだけの大質量は着地と同時、砂利を大きく炸裂させる。

 到底、避けることなど不可能だった。

 介旅の体を、全方位から均等に衝撃が襲う。


 「う、あ、がっ……」


 単純な打撃とは違う多方位からのダメージは、
 彼の体を倒れさせることすらも許さない。

 棒立ちのまま、彼の姿勢はその位置で固定されてしまう。





 「ただのサンドバッグに成り下がってンじゃねェよ!
  もっと動いて楽しませてみろよオイ!!」


 狂ったような叫びを上げ、一方通行の体が一瞬で介旅に肉薄する。


 「――ッ!」


 彼は反射的に右腕で迎撃を試みたようだったが、
 それは当然のごとく『反射』の壁に阻まれる。

 痛みを感じる暇が、あったかどうか。

 次の瞬間、一方通行の裳底が介旅の腹を打ち抜く。


 「ごっ!!ばっ……!?」


 細身の体が、撃ち出された砲弾のように吹き飛んだ。



 最強の超能力者による一撃で加速された介旅の体は、
 コンテナの鉄の壁すらも突き破り数十メートルをノーバウンドで飛んでいく。

 そしてその軌道上にあるのは、
 風力発電のために建設された巨大なプロペラの支柱。






 「――っ!」



 声にならない悲鳴を上げた美琴の耳に、
 ゴウン!!という鈍い音が届く。


 背中から鉄柱に打ち付けられた介旅の体から、
 ゆっくりと力が抜けていくのが分かった。


 「……、ぁ、」


 その口から垂れる赤い液体に、思わず目を伏せる。

 これ以上、その惨い姿を見ることには耐えられなかった。





 介旅は、ぴくりとも動かない。

 追い討つように近づく一方通行に反応することもない。
 ただその体はゆっくりと、地に吸い込まれるように崩れ落ちる。


 「……もう、いいよ……っ!」

 「……あァ?」


 しゃくりあげるような悲鳴は、無意識に出ていた。

 介旅に歩み寄っていた一方通行が足を止め、美琴に視線を向ける。

 その肉食獣のような眼光に体を震わせながらも、美琴は言葉を続けた。





 「もういいっ! もう、十分だよ……っ!
  やっぱり、アンタには荷が重すぎたのよ……。
  ……だから、もうやめて。お願いよ、すぐに逃げて。
  私が、時間を稼ぐから……っ!!」


 口からこぼれたのは懇願であり、失望であり、恐怖であった。

 それが、彼の戦った意味を失わせてしまうと分かっていても。
 美琴には、それを言うことしか出来なかった。




 「……ごめんね」


 分かっている。

 それが、彼の意志を侮辱するに値する行為だと。

 彼にとってそれがどれだけ辛いことであるかも。


 けれど。
 それでも、





 「――それでも私は、アンタに生きててほしいんだと思う」




 恐怖を覆い隠すように、無理矢理微笑む。

 氷のような殺気に、真正面から向き合う。






 理由なんて、一つに決まっていた。


 友達だから。

 一緒にいた時間は短くても、紛れもなく彼は
 美琴にとって大切な、一人の人間だったから。


 「こっちへ来なさい、一方通行。……私が、相手になるわ」


 だから彼女は、圧倒的な存在にも立ち向かえる。

 生物としての本能が伝える恐怖に、打ち勝つことができる。




 「……く、かか」




 ――そんな幻想は、たった一言で打ち砕かれた。







 「オマエも、面白ェなァ……」


 「、あ……ぁ、」


 悲鳴を上げることすら、できない。

 無理に作った微笑は、瞬く間に恐怖で上塗りされる。


 それほどまでの殺意。いや、悪意と言った方が正しいだろうか。

 先程まで美琴が感じていた殺気なんて、その断片に過ぎなかった。
 それだけで呼吸を狂わせるような黒い感情が、美琴に向けられる。


 ――介旅初矢は、こんな恐怖に立ち向かっていたのだ。




 「……ッ!」


 改めて思い知る。

 弱いと見くびった、あの少年の強さを。
 儚いと侮った、その心の力を。



 「時間を稼ぐ、ねェ。どォやってだよ?
  オマエと俺じゃ、同じ超能力者でも力が違いすぎる。
  ……オマエ如きじゃあ俺の足を十秒も止められねェよ」



 突き刺すような言葉が、美琴の心を抉る。
 今すぐにでも逃げ出したくなるような恐怖が、背を這う。




 じゃり……と、一方通行の足が一歩踏み出された。

 死を体現する足音が、思わず美琴の足を後退らせる。


 それを見た彼が蔑むような笑みを浮かべ、



 「じゃあまずは、手足の一本でもハジいてやるよ。
  その後でもォ一度同じコトが言えるか、試して……」


 嘲るように言った、その瞬間だった。


 「や、る――ッ!?」




 ゾワッ!!と、得体の知れない悪寒が彼の言葉を止める。








 「やめろ……」


 「……、あ……っ!」


 低く押さえられた、小さな声。

 息も絶え絶えで、覇気のないその声が、
 一方通行の全身の毛を逆立たせる。



 「――それ以上、美琴に近付くんじゃねぇ……っ!」


 ぎちぎちと音を立てそうなほどゆっくりと、
 一方通行は首を回して後方を振り返った。


 そこに居たのは。


 最強の超能力者である彼に、そこまでさせたのは。



 「お前の相手は、僕だろうが。
  余所見してんじゃねぇ、まだ決着はついてねぇぞ……!」



 そこには、介旅初矢が立っていた。




 風に吹かれれば倒れてしまいそうなほどボロボロで。

 いつ死んでしまってもおかしくないような傷を負いながら。


 彼の眼は、未だに前を見ていた。


 彼の心は、まだ死んでなんかいなかった。







 「……ハッ、イイじゃねェかオマエ。
  まだ立てンのかよ、面白ェ……ッ!」


 最強の声は、美琴にすら分かるほど震えていた。

 隠しきれない恐怖が、その吐息にすら漏れていた。


 つまりは、余裕な態度の裏で彼は怯えていたのだ。

 死に損ないの、介旅という存在に。





 「……でもよォ、もォ飽きたわ。
  だからイイ加減……楽になれよ……っ!!」



 苛立つように叫んだ一方通行の足が、地面を蹴る。
 最適化されたエネルギーが、通常の何倍もの速度でその体を動かす。

 二人の間の距離は、文字通り瞬く間に縮まっていく。


 図式としては、先程と同じ。

 ただし、一方通行にはもう『遊び』がない。

 その手に触れれば、今度こそ介旅の全身は弾け飛ぶだろう。


 けれど、


 「……」


 介旅は、その攻撃を避けようとすらしなかった。

 超高速で距離を縮める一方通行を、静かに見ていた。

 最強は敵意に満ちた眼で、その視線を見つめ返した。




 ――そして、二つの影が交差する。




 学園都市最強の超能力者と、どこにでもいる平凡な異能力者。

 余りにも力に差がありすぎる二者の激突は、
 周囲にその余波を及ぼすことすらない。







 ぐちゃっ!と、水っぽい音が響き渡った。




 「――っ!」


                   ・・・・・・
 一方通行の能力が、介旅を貫いた音――ではなかった。



 「……、、ァ……?」



 二人が交差した、その瞬間。


 「な゛、ンでだ、よ」


          ・・
 振り抜かれた介旅の左手の裏拳が、



 「何でオ゛マエに゛は、『反射』が効か゛ねェンだよッ!?」




 ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・
 一方通行の鼻を、真正面から叩き潰していたのだ。



投下終了
先はまだまだ長い

乙ー
……なん……だとぉ……
介旅が木原真拳を拾得したのか……それとも一方通行の反射に何らかの異常が起きたのな……それともまた別の何かなのか……
続きが気になるなぁ

乙   介旅強くなったなぁ

ええねえ乙

おはようございます

お久し振りです、はい

気付けば新約5巻発売ですね。
もちろん発売当日に買いました。
死亡組が次々と復活してるし、木原クン再登場しないかなー

あと、どうやら超電磁砲二期も決まったみたいで嬉しい限りです
見た感じ妹達編やるのかな?
wktkが止まりません

あとあと、超電磁砲8巻ももうすぐ出るのでこちらも楽しみ
みさきち可愛いよみさきち

さてさて、では三週間ぶりの投下を開始します


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『……嘘だろ、オイ。マジで成功させやがった……?』

(あぁ、何でかは知らないけど……この動き、異様に体に馴染むんだ。
体が自然とアンタの動きを覚えてる、ってことなのかな?)

『“コイツ”はそんな次元のモンじゃねぇんだが、なぁ……』


呆れたような木原の声に取り合うこともなく、
介旅は己の左手へと目をやる。

一方通行のへし折ったその手の甲は、
鮮血の赤黒い色に染まっている。

・・・・・・
――だけではなく。

明らかに不自然な青黒い色が、その手首を覆っていた。





(……っ、)

『まぁ、完璧に扱うことはできなかったみてぇだな。
俺の格闘術は特殊すぎる、当たり前のことだ。

……んで、大丈夫なのかよ?』

(何がさ?)


飄々と口にする介旅。

その視線の先では、後方に薙ぎ倒された一方通行が
よろめきなから立ち上がるところだった。


『……アイツは……一方通行は、この程度じゃ倒れちゃくれねぇぞ。
その腕で――ザザ――戦えんのか?』


頭に響く木原の声に、突然ノイズが混じり出す。

一時的に失った磁力のコントロールを、取り戻したのだろう。

これで、木原の力を借りることはできない。
体が覚え、原理を聞いたその動きを、精密に再現するしかない。




『坊主、――ザザ――負けんじゃ――ザ――ねぇぞ――』

(……言われなくても……!)


それを最後に、木原の声は聞こえなくなった。

磁力の干渉で、機械が機能できなくなった――わけではないだろう。

介旅の集中を妨げないように、配慮してくれているのだ。


「く、そ、が……ッ!」


立ち上がった一方通行が、右掌で鼻を拭う。

能力をどのように使ったのか、たったそれだけで、
血に塗れた鼻から汚れが落ち、出血も止まる。

だがそれでも明らかに傷を負っているのが分かるほど、
彼の鼻は不自然な方向へと曲がっている。





「成程、な。オマエのそのワケの分からねェ攻撃は、
完全に機械に頼って放たれていたンじゃねェ。
精度を上げるために機械を使っただけ、ってか」


一方通行の指摘は、どこか的を外れていた。

けれど、わざわざそれを教えてやるような義理もない。

だから、介旅は口を開くと、短くこう言った。


「ビビってぐちゃぐちゃ言ってねぇで、
さっさと来いよ『最強』」

「――ッ!」


最強、という単語が、一方通行のプライドを大きく揺さぶる。


一方通行。

世界中の軍隊を敵に回そうが、その全てを殲滅することができる能力。

その持ち主が、



――こんな平凡な、たった一人の男を、恐れている、だと――?






「っ、調子に……ノってンじゃねェぞ三下ァ!」


激昂した一方通行の両手が、介旅の首を狙う。

だが、冷静さを欠いたその一撃が介旅に当たる筈も無い。

両腕の間を軽くすり抜け、介旅の体は一方通行の懐へと潜り込む。


「ンの、野郎……!」


介旅の視界の端で、一方通行の足が動いた。

砂利の散弾でも使って、介旅を吹き飛ばす気なのだろうか。
あるいは、直接その足でもって彼を粉砕するつもりかもしれない。

しかし、いずれにせよもう遅い。

踏み込むと同時に、介旅の拳は既にその頬に向かい放たれている。



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どうすれば、自分が生み出した最強の能力『一方通行』を打ち破れるか。
どうすれば、彼に父親としての威厳を見せられるか。

生前、木原数多はふと見出したその課題に対し、思考を重ねていた。

結果、彼が思い至ったのは至極単純な答え。


一方通行の『反射』は、無敵の防御ではない。

ただ単に、向かってくる攻撃の『向き』を逆方向へ変換しているだけだ。

ならば。

・・・・・・・・・・・・・・・
その性質を逆手にとってしまえば。

・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・
すなわち、その肌に触れる瞬間に、拳を引き戻してしまえば。

・・・・・・・・・ ・・ ・ ・・・・・・・・・・・・・・・
逆方向に変換された『向き』は、彼自身へと牙を向くのではないか――?




理論の構築自体は、木原にとっては造作もないことだった。

しかし、実践の段階となればそうは行かない。


コンマ数秒、十分の一ミリのズレさえ致命的なほど繊細な動作。

無意識のうちに微妙に変更される、『反射』のパターンの把握。


それらを全て会得する過程で、彼はとある機材にも目を付けた。

つまりは、マイクロマニピュレータ。

顕微鏡サイズの操作に使われるそれは、
『反射』を貫くにも十分な性能を誇っていた。




……だが、そんなものに頼ってしまっては彼の父としての強さは誇れない。

"いつかどこかで、自分以外の誰かが、過ちを犯した息子を止めるため"

それだけを思い、彼は自らのもてる全てを使って一本の義腕を作り上げた。


そして長きに渡る訓練の末、彼は素手にしてその技術を扱うまでとなった。

習得した後にも、気を抜けば失敗してしまうほどの繊細すぎる格闘術。

科学者として、だけではない。
格闘技にも秀でた才能をもった彼だったからこそ身に付け得たのだ。

彼以外に、会得できる者がいるとは考えられなかった。

だからこそ彼は、わざわざ義腕なんてものを作り上げたのだから。





――しかし、


――その考えが今、覆される――



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(ギリギリまで、近付いてから――)


介旅の左拳が、一方通行の顔面に迫る。

ゆっくりと狙いを定めている暇はない。
相手の足は既に、介旅を攻撃する準備に入っている。

その先端が、一方通行の皮膚に触れたかどうかというタイミングで。

彼は僅かに、力を込める方向を変化させる。



(――思い切り、引く!!)






「っがっ――!?」


瞬間、止まったかのように見えた拳が一気に振り抜かれ、
一方通行の体が後ろに大きく仰け反る。


同時に、微妙なミスによる反動が介旅自身の拳へも降りかかる。



「っ……!」


その口から、小さな呻きが漏れた。


ただでさえ関節を破壊しかねない衝撃が、二回もかかっているのだ。
手首の色はいよいよ真っ青に染まり、骨折さえ疑われるほどになる。





『チッ……もう――ザザ――無理だろ、ほとんど感覚ねぇだろうが。
ここは一旦引いて、完全にマスターし直して――ザザ――から、もう一度出直すぞ』



木原の言う通り、介旅の左手は既に感覚を失っていた。

到底、このまま戦闘を続けられるとは思えなかった。

……けれど、


(ダメだ……!)

『……な、にを……?』

(長引けば長引くだけ、ミサカ達は死んでいく……
ここで逃げたら、美琴が悲しむことになる……ッ!)

『バ、カ野郎! んなこと言ってる場合じゃ……!?』





木原の忠告は、すぐさま驚嘆へと変化する。

だん!!と、介旅の足が地面を力強く蹴った。
その勢いで体を回転させ、彼の左踵が体勢を崩した一方通行に向かう。


『――おい、まさか――!?』


木原が驚愕の声を挙げた、その直後。


ゴッ!!と。


完璧なタイミングの一撃が、一方通行の脇腹に直撃する。


「ァ、が……っ!?」


これまでになかったほどの衝撃に、その体がバランスを失う。

口から粘液を漏らしながら崩れ落ちるその姿を見て、今度こそ介旅は確信する。


・・・ ・・・・・・・・・・・・・
(やっぱり、だ。――コイツ、実はめちゃくちゃ打たれ弱い――!)





考えても見れば、それは当然のことだったのかもしれない。

全ての攻撃を跳ね返す『反射』。
全てを一撃で粉砕する『最強』の能力者。

だからこそ。

・・・・・・・・・・
彼は、殴られた経験に乏しい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼は、殴られることの痛みを全くといっていいほど知らない。


つまり彼には、『痛み』に対する免疫が無いのだ。

そう、介旅のような弱者の攻撃ですら、重く突き刺さってしまうほどに――。





「――、ァ――?」


糸の切れた操り人形のように、彼の体が地面に落ちる。

仰向けに倒れたその四肢に、最早力は残されていなかった。


「――ミサカ達だって、生きてるんだぞ――」


気がつけば介旅は、彼に声をかけていた。

口から溢れ出すのは、ひとつの怒り。

木原から『それ』を聞いた時から、ずっと胸中にあった思いが、
――『本人』を目の前にした今、とどまることなく流れゆく。






「――なんで、あいつらが!!
絶対になるとか、誰も傷つけないとか!!
――そんなお前の『甘え』のために死ななきゃいけねぇんだよ!!」






それは、彼が『実験』に臨むこととなった動機。

彼が止まらない理由、その根幹にある信念。

それを、




「――くだらねぇモンに手ぇ出しやがって、この大バカ野郎!!」




介旅は、一言で切って捨てた。


くだらない、と。

そんなものが、ミサカ達を殺していい理由になんかなりはしない、と。


「そのぐらい、自分でどうにかしてみせろよ!!」



それは、彼の全てを否定するような行為。

一万回繰り返されたすべての『実験』を、最低だと切り捨てる言葉。





なのに。




「――、はッ……」




全てを否定されたはずの一方通行の口元は、歪んでいた。



――彼は、笑っていた。





「……ッ!?」


あまりにも冷たく、乾いた笑い。

今までのまとわりつくような恐怖とは別種の悪寒が、介旅の全身を襲う。


一方通行は、立ち上がろうとすらしない。

ただ、静かに笑っているだけだ。


それなのに、介旅は動くことができない。

その口が開くのを待つように。
その言葉に、聞き入らざるを得ないように。




――そして暫しの沈黙の後、彼の口が動く。

雪山の吹雪のように冷気をおびた言葉が、ゆっくりと紡がれる。




「――例えば、の話をしよォか」









「――人を生き返らせるチカラ、なンてモノがあったとしたら。
欲しいとは、思わねェか?」







「――ッ!!」



小さく呟かれたその一言に、介旅は息を飲む。

分かってしまったから。

一方通行が何のために『実験』を始めたのか、
その本当のきっかけが理解できてしまったから。



「……お前、まさか……」


「例えば、大切な『誰か』を失ったとして。
その『誰か』を取り戻せる方法があったとしたら、どォする」


「答えろ! お前は、まさか……っ!」





介旅の声に、それまでの余裕は残ってはいなかった。

それも、当然のことだろう。

なぜなら。

その予想が正しければ。


「お前は、――!」


彼の思い描いた、最悪のシナリオの通りなら。


「――木原さんを生き返らせるために、その方法を得るためだけに、
絶対能力者になろうとしてたってのか――!!?」


――彼の戦う理由は、大きく変わってしまうのだから――。






対して、一方通行の反応はシンプルだった。


たった一言を、彼は静かに口にする。




悪ィのかよ、と。






「っ……!」


つまりは、それが彼の全てだった。


それだけで、全ては肯定されてしまったようなものだった。

投下終了。

速さが足りない。


続き楽しみ^

乙  続きが気になるー

みなさんとてもお久し振りです
危うく二ヶ月ルールにすら抵触するところでした……

やはりアイデアは思い浮かんでも、文字に起こす時間がかかりすぎますね
学園都市にやってくるたまねぎ剣士とかペリシティリウム朱雀に通う禁書勢とか
オリジナルの異世界モノやブッ飛んだスポーツモノなんかも書きたいんですが
一つ書き上げるのに気が遠くなるような時間が必要です……

職業作家さんって凄いんだなあ(小並感)
と改めて思ったところで投下です



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「……悪ィのかよ」

「、っ……!」


一方通行の突然の独白に、美琴は何かが腑に落ちるのを感じていた。

……そう、彼は"あの時"言っていたではないか。


『善も悪も、過去も未来も、生も死も。すべてを超越する存在』になる、と。


怒りのままに勝負を挑み、そして完膚無きまでに叩き潰された、あの時。

夢を語る子供のように、彼が言い放ったその言葉。


今改めて思い出し、そして気付く。

そう口にした時の、彼の表情に。

それこそが、美琴が覚えた違和感だったのだ。






あの時。



地に這い蹲る美琴の前で。



一方通行は、





「ーー、はっーーーー」





――哀しく、どこか諦めたように、笑っていた――、





コワ ニンギョウ ナ オ ス
「殺した『妹達』だって、生き返らせるコトができる、
俺は絶対能力者になって、そォいうチカラを手に入れる」



彼の言葉を額面通りに受け取るならば。

絶対能力者となった彼が手にするのは、恐らくは『時を操る』力。


確かに、それは不可能なことではないだろう。

時間の経過を"物体が時間軸の中を移動していく"と捉えれば、そこには『向き』が在る。
そして『向き』が存在するならば、彼の力はそれを自在に操れるのだから。



「――それでも、同じコトが言えンのか」



静かに尋ねるように、一方通行は口にする。

その口調に含まれているのは、薄く研がれたナイフのような殺気ではない。

そこにあるのは、錆び付いた斧のように重厚な意志。

一言で言い表すことの適わないほど、複雑に入り交じった感情の塊。









「――それでもオマエは、俺が間違ってるって言えンのかよ……?」










ダメだ、と美琴は直感する。

ここで彼を倒しても、『実験』は終わらない。

そこに至るまでの経緯はどうあれ、
今の彼には目的しか見えなくなっている。

『実験』中止の命が下ったとしても、彼は絶対に止まらない。
――否、"絶対に止まれない。"

自らの意思で最初の『実験』に臨んだ時から。
初めて自分から望んで人を殺した時から。


彼にはもう、止まるという選択肢は残されていなかった。






「――ダメよ、介旅!
そいつに勝つだけじゃ、何も解決しない!
だから――、っ!」


その先を、美琴は言い淀む。

『実験』が中止になっても、一方通行が止まれないのなら。

あとの選択肢は――彼を殺すことだけ、だ。


だが。

それでいいのか。

それで本当に、ハッピーエンドなんて言ってもいいのか?


彼はただ、自分の大切な人に生き返って欲しかっただけなのに。

世界のだれもが抱くようなささやかな願いを抱いただけなのに。


それを真正面から全否定して、彼の生命を絶つことが。

本当に、正しい事なのか――?





「……なに言ってんだか、この三下は」

「、あ、ァ……?」


そんな美琴の心中とは裏腹に。

声を向けられた当人は、至極落ち着き払った声で応えた。


そのくらい分かっている、とでも言わんばかりに。

美琴を静止するかのごとく、彼女に向かって手を伸ばしながら。






「くだらねぇ質問だけど……いいぜ、答えてやるよ――

・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・
――そんなのは当然、間違ってるに決まってる」








「――、な、にを――っ!」


一方通行の声に、怒気が含まれる。
その白い肌が、怒りで紅潮する。

ミシミシミシ……! と、空気が"軋んだ"。


意識的なものではない。
強い感情により漏れ出た一方通行の力が、周囲に作用しているのだ。



「何を、言ってンだーーッ!!」


「人を生き返らせたい? 結構なことじゃねぇか。
自由にしろよ、"願うだけなら"な……!」



肉食獣のような鋭い眼光にも怯まず、介旅は言い放つ。


「でも……例え、その願いのためだとしても。
こんな方法は、絶対に間違ってる!!」

「――だ、から――生き返らせるって、言って――!」


言い訳のように反論をする一方通行に、
そういうことじゃねぇんだよ! と、怒声が飛んだ。




「生き返らせる? だから殺してもいい?
――何を言ってんだよ、この馬鹿が!

……本当に、後で生き返るとしたって。
結局お前がミサカ達を苦しませて殺す事に、変わりはねぇだろうが!!」



「――――ッ!!」




例えば、の話。

幼い赤子の柔らかい腕には、爪を立てることすら憚られるように。

か弱い仔猫をナイフで傷付けるのが、誰にでも間違っていると分かるように。


つまり介旅が言っているのは、そういうこと。


一方通行の言う通りに、妹達が「生存している」という結果があるとしても。
その過程で彼女たちが「苦しみ、死ぬ」ことには何ら変わりがないのだ、と。


そんなことを、彼は決して許さない、と。





「ふ、ざ、けンな」



対し。

一方通行の返答は、短かった。


たった一言の否定。
そこに、彼のすべてがあった。


結果を求め、その為に手段を選ばなかった彼だからこそ。
手段を理由に結果を否定されることだけは、絶対に許せない。






「殺す。コロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――!!!!」




カタカタカタッ!!!と、介旅の足下で小石が不気味に振動する。


今度は、無意識の力ではない。
正真正銘、一方通行の意志により放出された『チカラ』だ。


一度圧倒したとはいえ、介旅と一方通行の力の差は歴然としている。

それが一度でも直撃すれば、自分が死ぬ事も分かっていた。

それでも、介旅は言葉を紡ぐ。

余裕を見せるわけではない。

ただ単純に、それを伝えるべきだと確信しているというだけの理由で。





「……いいぜ。お前が、それでもミサカ達を苦しませるのをやめないなら。
お前に、選ぶことができる選択肢がそれしか残されてないって言うなら――」


「――――――ッッ!!!!」




言葉の終わりを待たずして砂利の散弾が放たれ、
同時に起き上がった一方通行が十数メートルほど後退する。


だがその攻撃を当然のごとく介旅は躱し、
続いて開いた距離をものの数歩で詰めにかかる。


そして軽く笑みを作りながら、彼は言葉を続けた。







「――救ってやるよ。お前も、お前の世界も」




「ふ、ざ、け、ンなあァァァ!!!!」








至近距離で、二つの拳が飛ぶ。


最強の拳と最弱の拳。

先に届かせたのは、介旅の方だった。


ミシッッ!!!と何かが砕けるような音が響く。
それはまさしく、完璧に『反射』を抜けた介旅の左拳が一方通行の頬骨に突き刺さる音だ。


今にも骨折しかねない左拳だが、『反射』を利用する以上反動は無い。
そのまま力一杯に、彼の顔面を殴り飛ばす。


――そして、




――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――



――チカラが要る。



介旅の拳をまともに受けて、意識を失いかけながらも。
表面上の激昂とは裏腹に、一方通行の思考はクリアだった。


落ち着き払った静かな頭の中で、彼は思う。



(――チカラが必要だ。目の前のコイツを黙らせる、圧倒的な力が)






今までの攻撃手段では足りない。

もっと絶大で、もっと絶望的な力が無ければならない。


体の力を失い、ゆっくりと後方に倒れながらも、彼はまだ諦めてはいなかった。



(考えろ。……いや、違ェ。"観測する"ンだ。
俺には、それが可能な能力がある)


ただ単に物体の運動に力を加えるだけでは、全く足りない。

根本的に"違う"材料はないか。


思考を続ける彼の髪を、一迅の風が靡かせる。






(――、か、ぜ……?)



――その瞬間、"何か"が彼の脳を駆け巡った。



(――風。大気の流れ。……流れの、『向き』……?)



だがその一方で、殴られた激痛はいよいよ意識を刈り取ろうとしている。

恐らく、この背が地に付けば彼は完全に意識を失うだろう。
それまでの猶予は、コンマ1秒も無い。

そしてそれは即ち、彼の敗北を示すこととなる。






(――負けン、のか)



視界が揺らぐ。

生暖かい夜気が、闇を誘うように全身にまとわりつく。




(――こンな、ところで)



そう思考した直後だった。








嫌だ、と。



小さな感情が、頭の中で爆ぜた。




(――、負け、て、たまるか。こンなところで――)



それをきっかけに、全てが変わった。



(こンなところで、負けるわけには、いかねェンだよーーッ!!!!)



揺らいだ意識が、瞬間的に普段以上のポテンシャルを発揮する。

抜けた力が、何倍にもなって全身に漲る。








「――ォ、」




ザリィ!!という音。


それが、彼の足が再び地面を掴み直した証拠だった。





「おおおおおォォォォォ!!!!!」


「――っ!!??」






一方通行が急速に体勢を立て直すと同時、介旅は後方に飛び退った。



カウンターを喰らうことを警戒したのだろう。
しかし、その読みは甘いと言わざるを得ない。




“コレ”はその程度で回避できるような、単純な攻撃ではない。





「殺、せェェェェェェ!!!!!!」




轟!!と、風が渦巻く。


漸く事態を察したらしい介旅の顔が強張る。
けれど、もう何もかもが遅過ぎた。



一点に集約された風の『向き』が、介旅にその鎌首を向けた。



そして。







――その瞬間。


操車場から、全ての音が消えた。




投下終了です、時間かかったのに少量で残念クオリティ……
なんとか二周年を迎える前に終わらせたいけど多分無理だよなぁ……

スレタイ回収乙
量はともかく十分面白いよ  次回も楽しみに待ってる

おつ

どーも>>1でございますです

今更感は否めませんが新約6巻は発売当日に読みました
トールが「強くなりたい」だけを考えてる脳筋なのにイケメンな不思議
そしてオティヌスの小物臭が果てしないのは何故でしょう
みさきちとミコっちゃんが仲良さそうで何よりでした

とまぁ、箇条書きに人並みな感想を述べたところで投下です
回想っぽいところから入ります



――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――

木原が死んだ、と聞かされた時。

一方通行は真っ先に、『事故』という可能性を否定した。


あの、木原が。

あの木原が、そんなことで死ぬはずがない、と。


さらに、上層部がその死因を『事故』と断定した裏に、
何かがあることにも薄々感づいていた。


彼がすぐさま疑ったのは、木原を邪魔に思う何者かによる『殺人』。


そして殺人であると仮定した時、その犯人として最も可能性が高かった人物は、



「――介旅、破魔矢……ッ!!」


彼と木原はつい最近から、共同で研究を行っていた。

もしその過程で、何らかの摩擦が二人の間に生じたのだとすれば。



――木原を殺すには、十分すぎる理由なのではないか――?





考え始めれば、怪しい事にはキリがなかった。


例えば、木原が開発していたとされる『天使の涙』という素材が無くなっていること。

例えば、その『天使の涙』が『AIM拡散力場』に関連し――
つまりは、介旅夫妻の研究に密接な関わりを持っていたこと。


けれど。

思い至った時には、既に遅かった。


介旅夫妻は、その住居と研究施設を他の場所へと移していた。


表向きには、事故の責任を取らされ左遷されたように。

しかしその実、その裏に潜む事情を知るものからすれば
まるで上層部の手によって守られているかのように。

転居先も研究内容も、不自然なまでに徹頭徹尾、包み隠された状態で――。




――――――――――――――――――
――――――――――
――――――

―PM8:45,とある路地―



(お願い、初矢お兄さん。あーくんを止めて)


布束の用意したバイクに跨り風を切る(運転免許などどこ吹く風である)那由他は、
介旅を降ろした操車場とは全く別の場所を走っていた。

彼を降ろして去った理由を、介旅は聞かなかった。

それだけの余裕が無かったというのも一つの理由だろう。
しかしそれ以上に、彼は那由他の目的を看破していたのかもしれない。

そう考えたところで、ハンドルに取り付けられた携帯から工山規範の声が流れた。





『もうすぐだ。あと少しで、ボクがテレスティーナと戦った場所だよ』

「ありがとう、工山お兄さん」

『……介旅の方は、どうなってるんだろうな』

「工山お兄さんなら確かめられるんじゃないの?」

『適当なカメラをジャックするのは簡単だけどね。
映像だけ見たって、何をすることもできない。その無力感が嫌なんだよ』

「……難儀な性格してるね」


なら直接その場に行けばいい、などと無責任な事は言わない。

一方通行と彼の能力との相性は(そもそも『一方通行』に相性の良い能力など存在しないとはいえ)
最悪に近いと言える程だ。行ったところで戦闘に巻き込まれるのが関の山だろう。




『難儀な性格、ねぇ。それは自分のことかな?』

「……女性に対する発言とは思えないんだけどなー」

『そのちんちくりんで女性ってのは無理があるな。
女子という評価に甘んじているが良いさ』

「……むー」


閉口している間にも、バイクは目的の場所に辿り着く。


ちなみにその速度はスピードメーターが振り切れて二週しかねない程だったので、
普通の人間なら閉口どころか目を開けることすらままならかったはずなのだが。

素早く、且つ静かにエンジンを止めシートから降りた那由他は、
工山に別れを告げると闇の中へと飛び出す。







『――しかしまぁ、君も難儀な性格には違いないだろうさ。
そこまでしてしたいものなのかね、復讐なんてさ』




那由他が降りたのを見届けた後。

呆れたような工山の声は、街中を不自然に流れる風の中に掻き消された。







――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――
――――――

暗く重たい闇。

水を打ったような静寂。


それが、操車場にある全てだった。


「ハッ、初めてにしちゃ上出来の威力じゃねェか」


砂利は飛び散り、コンテナの山は崩れ落ち。

プレハブの小屋も倒壊したその破壊の中で。

最強の少年は、独り呟く。





「――だが、まだ足りねェ。もォ少し調節が必要だな」


軽く言いながら、地面に目をやる。

そこにあるのは、一冊の生徒手帳。
戦闘の最中、介旅のポケットから落ちたのであろうそれを取り上げ、


(介旅――初矢)


その名を見た瞬間、一方通行の表情が一瞬固まる。

続いてその口元が歪み、彼は介旅の吹き飛んだ先
――崩れたプレハブの小屋へと視線を戻した。


「『オリジナル』が呼ンだ時から予想はついてたが……
そォかよ、介旅、ねェ。やっぱりオマエは――あの野郎の息子か」


応答は期待していなかったが、予想に反し反応はあった。

瓦礫の中から、一つの影がゆっくりと立ち上がる。





「……げ、ほっ……。――父さんを、知ってるのか……?」


口から生命の赤い液体を垂らしながら、震える足で介旅は立つ。

一方通行は面食らったように目を丸くすると、
少し思考してから納得したように笑った。


「丈夫な――イヤ、運の良い野郎だな、全く。
プレハブの脆い壁がクッション代わりになったってワケかよ」

「答えろ! お前は、父さんを――っ」

「あァ、知ってるよ。――仇、だからな」

「ッ――――!?」





満身創痍で言葉を詰まらせる介旅を追い詰めるように、一方通行は続ける。


「オマエの親は、俺の親も同然だった男――木原を殺した。
それがまるで事故であるかのよォに見せかけて、な」


「そんな、わけっ……!」


「あァ、確かに物的な証拠は一切見つかってねェよ。
……だが、そのときの状況を鑑みりゃソイツは火を見るよりも明らか。
上層部の連中は隠したがってたみてェだが、隠し通せやしねェ」


「……ッ!!」



反論をする余地もなかった。

一方通行は一旦言葉を切ると、小さく暗く、笑って言う。



「文句があンなら、かかってこいよ――三下」




――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


その女は暗い路地に立ち、ペットボトルに入った紅茶を飲んでいた。
先刻まで着ていたらしい駆動鎧が、その足元に転がっている。

銃を構える音に気付くと、彼女は空になったストレートティーのボトルを投げ捨てる。

いつも一緒にいるのに、なかなか"彼"とは趣味が合わないな、と。
適当なことを考えながら、女は気だるそうに口を開く。


「――よく分かったわね、私の居場所」

「居場所じゃない、目的が分かってただけだよ。
……依頼を無視して勝手な行動を取ったおばさんを処分する。
そういう依頼を『実験』側から受けてるんでしょ?」


静かに言いながら、那由他は地面に目を落とす。

動きを停止した駆動鎧の中のテレスティーナは、どうやら意識を失っているようだ。





「うーん。残念だけど、それは建前でしかないわ。
私のオトコ、どうやらコイツに恨みがあったみたいでね。
私怨ついでに依頼を受けただけよ」


肩を竦めながら、女は聞いてもいないことを得意気に話し出した。


内容はほとんど耳に入ってこなかったが、
テレスティーナを殺す正当な理由を手に入れるため、彼女の暴走に協力しただの、
そのためにわざわざ彼女の部隊で側近的な立ち位置に成り切っただの、大体そんなものだった。


耳障りな声を聞き流しながら、那由他は長い息を吐く。





「……まあ、どうでもいいかそんなこと。
重要なのは、数多おじさんの仇であるアナタがココで死んでくれる事なんだから」

「あら。やっぱり知ってたのね、私が木原数多を殺したんだって。
……彼の部下――マイクだっけ?――に聞いたのかしら。一緒に殺しておくべきだったわね」

「ううん。『猟犬部隊』のみんなは、私に復讐をさせたくなかったみたいで、教えてくれなかったよ。
だから、自分の力で暗部の依頼の記録を漁ったの。
おかげで元々、アナタ達二人のどちらかだとは知ってたんだけど――
その答えで確信できたよ。ありがとう、正直に教えてくれて」

「……カマをかけられたってワケか。ガキのクセにやるじゃない、流石は『木原』」


銃を突きつける那由他に、会話の相手は小さく笑う。

引金を引かれれば頭が吹き飛ぶ状態でもなお余裕を見せる彼女は、
神に祈るかのような動作をして嘲るように言う。




              ・・・・・・・・・・・
「――でも。できるのかしら、優しい心を持つあなたに」







「――ッ!!!」


引き金にかかった人差し指に、力が篭る。

だが、


「ふふ。撃てないでしょう?
心を許した人間に引き金を引けるほど、アナタは『木原』に染まっていない」

「――、ぁ、う、――」


那由他の右手に握られた拳銃は、カタカタと震えていた。


あと1センチ。
それだけ指が動けば、木原数多の仇、目の前の女を殺せるというのに。


できない。
たった1センチが、まるで何光年もの距離のように感じられる。





「な、んで……っ!」


悔しさからか、握りこまれた左拳から血が滲んだ。

そんなことには興味なさげに銃を取り出すと、女は冷徹に銃口を向ける。


「残念だったわね。復讐なんて考える程度の心じゃ、私を殺すなんて無理よ」


那由他には、向けられた銃口から逃れることすらできない。

心を開いた人間に裏切られる。
それは那由他の幼い精神を蝕むには十分すぎる理由だった。


女の口が、横に長く歪む。


直後。


パン、と、乾いた銃声が響いた。





――――――――――――――――――
――――――――――
――――――


『介旅が、俺を殺した――ねぇ』


釈然としない。
          A I =A.KIHARA
木原数多――いや、木原数多の複製は、自律思考モードでその思いを募らせていた。


彼が最後に持つ記憶、つまり木原数多が生前残した最後の記憶は、
当然のことながら彼が死を迎えるよりも前にしかない。

具体的に言うならば、それは数カ月前、『AIM拡散力場収束実験』の朝まで。

逆説的に、機械の脳を持つ故に彼はその時までの記憶を完全なまでに記憶している。


だからこそ、彼は一方通行の言葉に納得できないでいた。





『話としちゃ確かに整合性が取れてる。
……だが、確証に至るにゃ性急すぎんだろうが。
アイツだって、少し考えりゃ分かるに決まってんだがなぁ』


自らの思考をまとめると、彼は声を投げる。

介旅初矢の思考領域の一部。
世界で唯一、彼ら二人だけが会話を交わすことのできる場所へ。


『気にするな。どうやらアイツは、誰かに責任を押し付けねぇと心が保たなかったらしい』

(……じゃあ、木原さんは本当に父さんに殺されたんじゃない……?)

『真実は知らねぇよ。証拠が足りねぇとしか言えねぇ』



違う、と言い切れないのは確証の無いことへ断言をしない科学者としての性質か。


はたまた、息子の言葉を多少なりとも信じようとする父親としての甘さか。





(……そう、なんだ……)

『……はー……』


情けない心の声に、木原は小さく嘆息した。

無理もない、と思える心は彼にもあったが、今ここでその感情は無用だろう。


『ウジウジしてんじゃねぇよ、小僧』

(……、でも、)

『まぁ、アイツの言ったことが真実である可能性は確かに捨てきれねぇ。

けど、な――』

(…………っ?)


不思議そうに眉を潜める介旅に、見えないと分かっていながらも笑いかける。




『アイツの言葉と、お前から見た両親の姿。

どっちを信じるかは、お前次第じゃねぇのかよ』






(……)

『どうなんだ。お前から見た両親は、本当に俺を殺すような人間だったか?』

(……、違う)

『じゃあ、迷う理由はねぇよな。

……真実なんてモンがどうであれ、そんなのは後で気にすりゃいい。
まず今やらねぇとならねぇことは……』

(分かってるさ)

『……可愛げのねぇ野郎だ』


その目に再び光を宿し直した介旅は、前を見据える。

最強の超能力者。
どうしても乗り越えなければならない、一枚の大きな壁を。



(行くよ、木原さん。あと少しだけ、力を貸してくれ)

『失敗は許されねぇぞ。この俺サマが協力してやんだからなぁ!!』





――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――


「っ……おおォォォォォォ!!!」

「威勢はイイが……体が追い付いてねェよォだな」


自分に向かい走る介旅を、一方通行は哀れむような目で見つめていた。

全身を血で赤く染め、前に倒れるようにして辛うじて進むその姿に、最早脅威は無い。


「――――ッ!!」


破壊された範囲の外側に居た美琴の喉から、悲鳴が漏れた。

今にも息絶えんとする介旅を案じてか。
それとも彼女自身に待ち受ける絶望の運命を知ってか。


その程度の感情の機微に、一方通行は関心すら示さない。


彼の目には、笑えるほど遅い足取りで近付く介旅しか入っていない。





「あァ、そォだ。そォいやさっき、面白ェこと思い付いたンだ。

くかか、丁度イイからよォ、オマエで試してやンよッ!!!」



言葉と同時、轟!!と風が渦巻く。


操られた風が向かうのは、介旅ではなく。
一方通行、その頭上へ。


圧縮された空気が、やがて一つの凶器の型を成す。







「圧縮、圧縮。空気を、圧縮ゥッ!!!!」

「――――ッ!?」



それは空気を構成する分子から、あまりの圧力により電子が抜けてしまった状態の、
凄まじく大きなエネルギーを持つ陽の電気を帯びた塊。



      プ ラ ズ マ
――即ち、高電離気体。




地上数十メートルで生まれた、一点の光。

それが爆音とともに、瞬く間に巨大な光球へと成長を遂げる。





「痛っ――!」

「ひゃっ――はははははッ!!
スゲェ、スゲェなオイ! 見ろよコレ、ぎゃはははははっ!!」


遥か上空で起きたはずの現象は、熱という形で地上にまでその余波を与える。

白色の光球、その温度は摂氏にして一万度オーバー。

地上に届くのはその百分の一にすら到底届かないような熱量だが、
それでさえも肌に痛みを覚えさせるには十分すぎる。


その光球が、ゆっくりと――しかし確実に、地上へと接近してくる。






「ま、ず……っ!!」


危険に感付いたのか、介旅の足が早まる。

しかし、ろくに体勢も保てない彼の足では、
光球の着地よりも早く一方通行にたどり着くなど不可能だ。


そして、超高温の高電離気体が地面に接触すれば、辺り一帯は跡形もなく吹き飛ぶ。

運の良い悪いで生き残れる威力ではなく、必死で走って逃げきれる範囲でもない。

そもそも、核シェルターをも簡単に掘り返してしまうほどの一撃だ。
人間に向けて放つなど、オーバーキルも甚だしい。

つまりは今度こそ、介旅初矢は完全なる死を迎える。

皮肉にも、彼が守ろうとした二人の少女をも巻き込んで。






(第三位の電撃使いなら、電子を操って高電離気体を消す事も出来るかも知れねェが……
無駄だな。俺が高電離気体を生成するスピードには追い付けねェ)


この一撃は、一体どれだけの範囲を吹き飛ばすだろうか。

少なくとも、未だ嘗て彼が具現させたことも無いほどの大破壊をもたらすのは間違いない。

確実なステップアップだった。

これも、『実験』による影響の一つなのだろう。


(今度こそ、終われよ雑魚がッ!!)


後は、指を少し動かしてやるだけでいい。

それを合図に光球は加速し、一瞬の後には介旅を地盤もろとも焼き尽くす。

勝利を確信し、口元に笑みを浮かべる。




その瞬間だった。










――――ヒュウ――――





笛を吹くような、甲高い音。

それを認識し、出処を探ろうとした直後。




空気に溶けて、混じり合うように。



まるで、最初からそこには何もなかったかのように。





・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・
莫大に膨れ上がっていた高電離気体が、一瞬で霧散した。








「――――、な、ンだと……?」


風の操作を失った。
原因に思い当たるのは、早かった。

演算に不備があったか、あるいは間が悪く街中で誰かが風を操ったのか、と勘繰る。

だがその考えは、続く声によって否定された。


「お前の能力は風使いじゃない、あくまでも『向き』操作だ。
自ら風を起こすんじゃなく、元々の風の『向き』を変化させるだけ。
そのための演算式は、馬鹿みたいに複雑になってるはずだ」



流暢に介旅は言い、次いでその足を更に早める。


その速度は、既に彼の持つトップスピードに近かった。

先程までの遅い歩みは、一体なんだったのだと思わせるほどに。





「な――ッ!?」

「複雑な演算は、少しのミスでもすべてが破綻してしまう。
つまり演算を乱す『向き』を持つものを空気に混ぜてやれば、風の操作は出来なくなる」

「――ッ、弱ったよォに見えてたのは、俺の油断を誘って少しでも安全に近付くためか。
確実に演算を乱すため、近距離から音を聞かせよォと――ッ!!」



嫌な考えを振り払うかのように、一方通行は再び風の『向き』を掴み直す。


――そう何度も、繰り返し妨害出来る訳がない。


その甘い考えは、介旅が指を咥えて音を出すと同時に打ち砕かれる。




「~~~~ッ!!」

「ただの指笛でも、この右手で演算を逆算して、
"正確にその音を出すための振動"をさせてやればお前の能力に干渉できるワケだ」


「――ハッ。分かってたってのかよ。
演算能力の問題で、風と磁力を同時に操れねェってのも!!」


「お前の浅い底ぐらいなら、最初から分かってるさ」


「野、郎……ッ!!」


ダン!!と、介旅の足が地を強く押し出す。

最後の一歩で急加速した身体が、一方通行に肉薄する。






「喰らえよ、最強!!」

「っ、、、ああァァァァァッッッ!!!」


苦し紛れに繰り出した拳は、いとも簡単に身を捻って躱される。

喉を干上がらせた最強の顎に、介旅の膝が炸裂する。


「ッが――!」


ゴッ!!と、鈍い音が響いた。

脳を揺さぶられた一方通行の口から、赤黒い液体が漏れる。


それだけでは終わらない。


『反射』を逆手に取った蹴撃は、彼の細い体をノーバウンドで何メートルも吹き飛ばした。


数瞬の時を経て、その体はドサリという音を立て背中から地面に落ちる。





「、っ――」


それを見届けると同時、介旅の両足から力が抜けた。

無理な挙動と失血によって、意識が遠のく。



どう見ても、そこが限界だった。


一方通行と介旅初矢は、ともに倒れる。


それが、決着。




・・・・・・・・・
そうなるはずだった。




雌雄は決したはずだった。

引き分けという形で。
痛み分けという形で。

それ以外に、結果があるはずがなかった。



なのに。



「――まだ、だ。まだ俺は戦える。まだ俺は、負けちゃいねェ!!!!」


「……こっちだって――。そう簡単に行くとは思ってねぇよっ!!!!」



なのに両者は、再び立ち上がる。


二本の足で。


折れずに立ち上がり、眼光は再び敵意を燃やす。





身体の限界は、とっくに超えていた。


ならば二人を立たせるものは、一体なんなのか。




――お互いに、気付いていた。
相手も自分も、共に精神力だけで立っている。


だからこそ、負けるわけには行かない。


能力も何も関係ない。
ここで負けるのは、信念の強さで負けるのと同義だから。






片や風に揺れる柳の葉のように。

片や水面に浮かぶ白い泡のように。

不安定な体が、頼りない身体が。

意志という一本の芯だけで、信じられない程の力を漲らせる。




「っ…………」


「ッ――――」



次の攻防は、恐らく今度こそ最後になる。

言葉を交わすまでもなく。
思考を巡らすまでもなく。

本能的なところで、両者はそれを感じ取っていた。



空気が貼り詰める。

汗の落ちる音ですら、最後の引き金と成り得る程の緊張感が漂う。


それが何なのかは、分からなかった。

だが、何らかのきっかけがあった。


「「ッ!!!」」


靴底が砂利を踏み鳴らす。

最後の全力を振り絞り、最短距離で相手へと突撃する。


  ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――その動きは、しかしその寸前で強引に停止させられる。








「――止まりなさいっ!!」


「「っ!?」」



激突せんとする二人の足を止めたのは、あらぬ方向からの声。

極限まで集中力を研ぎ澄ませていたからこそ、それを崩され出鼻を挫かれる。


その声は、ミサカのものでも、美琴のものでもない。

耳をすませば、聞こえる。

操車場の外側。

誰もいないはずの場所。

そこから、ひとつの足音が近付いていた。






「――そこまでよ。止まりなさい、二人とも」


そして現れたのは、白衣の女。

その姿を見た瞬間、一方通行は怪訝そうに眉間に皺を寄せる。


「……芳川、桔梗……?」

「久し振りね、一方通行」

「オマエ、一体何の為にココに……っ」

「何の為、か。そうね……」


女は柔和な笑みを作ると、ゆったりとした歩調で歩み寄る。

介旅と一方通行、双方から数メートル程の場所まで来ると、
彼女は漸くその足を止めた。








「――この無意味な戦いを終わらせるため、といったところかしら」



「っ……!?」

「な、にを……」


驚愕する二人に微笑みかけながら、芳川は続ける。

落ち着き払った声で、優しく言葉を口にする。





「――アナタ達には、知る権利がある。
だから語りましょう。木原数多の死、その真相を」











そして語り部は、紡ぐ。



役者すら知らぬ、物語の裏側を。







【操車場の戦い―You can live―】Fin.





Next Episode……




【全ての始まり―give them the truth―】




おお、何か思ったよりも量が多かったんだぜ
これなら半分くらい書けたとこで投下しても良かったですね

あと誤字訂正、>>370は貼り詰める→張り詰める

この物語も少しずつ核心に近づいて参りました。
しかしまだまだ伏線はたっぷりです

ニコ生での禁書アニメ一挙放送とか
超電磁砲Sとかゲームとか劇場版とか10万3000冊限定冊子とか
楽しみがいっぱいで幸せです


それはそうと友達からブラックブレット借りて読んだけど自分的には好みですね
それだけ。特に意味もオチもありません


ではまた、次回の投下まで。



あ、忘れてた。

あけましておめでとうございます(すごく今更)

乙 すごく面白い
次も楽しみに待ってるよ

乙でした

そろそろかな

もうすぐ二ヶ月、またしても危なかった……
二ヶ月もあると色々と起こりすぎてトレンドな話題が出てきませんの

ダラダラと感想みたいなの垂れ流すので投下だけ見て下さる方は次レスからどうぞ

劇場版禁書は予算かかってるだけあって
アニメを大幅に上回るクオリティで驚かされました
初日に行ってきましたがもう劇場の混雑具合とんでもなかったですね
禁書好き多くて嬉しい反面良席を確保できず複雑な気持ちでした
興行収入も相当の高額になったんでしたっけ?
儲かると分かったのでこれからじゃんじゃん映画化とか無いかな

その前日章のゲームもなかなかに面白かったです
ただ科学編のあの子はプラシーボ効果とはいえ超能力者クラスの力を発揮できてしまって……?

あとは、『簡単なモニターです』ですかね
前半は論理パズルというかロジックみたいな感じかと思いきや後半、特に終盤の方向転換。
トンデモ設定にはかまちー独特のキレがありますねぇ
最後の方はチートクラスの能力が乱立しちゃってましたし
かまちー作品の中でも最強最大の力なんじゃないでしょうか?(あるいはヴァル婚か)


ふう、まぁざっとこんな感じでしょうか
では投下始めたいと思います
過去編、及び一方通行戦クライマックスです





【全ての始まり―give them the truth―】



――――――――――――――――――――
―――――――――――――
――――――――


――数ヶ月前、学園都市郊外の研究所――


「……こりゃまた、大したモンだなオイ」


研究所の扉を開けた途端、木原数多は驚きを隠せないように呻いていた。


その外観は窓の無い真っ白な、縦20メートル横50メートルほどの巨大な直方体。
木原がいるのは、その側面にただ一つだけある扉のところだった。

見てくれからして既に建築基準法を堂々と無視している建築物だが、
その中身は更に常軌を逸している。


高さ5メートルほどのところにある白の天井から吊られた照明が、
所狭しと並べられた大量の機材を照らし出す。

内部には障壁も柱も無く、建物そのものが一個の部屋となっていた。
こうなると天井が自重で落下しかねないのだが、一体どんな技術で支えているのだろうか。

壁と床は天井と同じ白で統一されていて、
そこに一片の汚れも無いことを如実に示している。





異物の無い環境に、整った設備。
研究に使うにはこれ以上のものは無いクラスの条件だが、
それ故にその中に立つ人物の異彩さが際立っていた。


「あぁ、どうも今晩は。すみません、機材がデカいんで狭いでしょう」


燻んだ色の傷んだ茶髪。

細身だが芯が通りしっかりした体。

その身に纏う白衣は手入れに気を使っているのかあまり着ていないのか(恐らくは後者)、
買ったばかりの新品のように皺一つ無い。

全く科学者らしからぬ風貌の(木原が言えたことではない)その科学者の名は、介旅破魔矢。

快活に笑う彼の影には、コンピュータで何らかの操作を行う彼の妻、初野の姿もあった。




「いや、問題ねぇよ。ところで……また、すげぇ設備だな」

「またまた、天下の『木原』様が何をおっしゃる。
アンタらのトコのに比べりゃ、恥ずかしくてお見せできないような設備レベルですよ」


何を馬鹿なことを、と木原は内心吐き捨てる。

周りに大量に設置された機材群。
それらの一つ一つに、家を何軒買えるか分かったものではないほどの莫大な価値がある。

これだけの設備を築くなど、いくら『木原』でも至難の技だ。
それをこの男は、僅か一ヶ月で完璧に揃えてしまった。

環境のおかげではない。
コネを使ったわけでも先代のノウハウを用いたわけではなく。
目の前の彼は、自分の持つ純粋な才能と努力だけでそんな無茶が出来るまでに成り上がったのだ。


「……まぁいい。それで、こっちの用意は『コレ』でいいんだよな?」

「えぇ、助かります」





破魔矢が頷くのを見ると、木原は懐から取り出した宝石のようなものを投げ渡す。

意外にも機敏な動作でそれを受け取った破魔矢は、感心するような声を漏らした。


「――へぇ、これが『天使の涙』――」

「正確には『複製品』だが、な」

「……そっちの知識に疎い俺でもわかりますよ。
――コイツは間違いなく、『オカルトの領分』でしょう。
手に持った瞬間、変な感覚が全身に伝わってくる」

「……、」


苦笑するその顔に、思わず木原は目を丸くした。

まさか自分以外にも『科学では説明できない何らかの力』に気づいている人間がいたとは。

しかし驚愕と同時に、どこか納得している自分が居ることも明らかだった。
そうでなければ、こんな突拍子も無い実験を思いつくはずがない、と。





「……あぁ、そうだよ。元々は『天使と会話できる』とかいう触れ込みだった石だ。
原理はさっぱり分かんねぇが、周囲から何らかのエネルギーを集める性質があった。
それをそのまま科学的に出来る限界まで再現したワケだよ」

「当然ながら元の石の性能は発揮できない、その代わりに似たような性質を得た。
とどのつまり、この石は周囲からAIM拡散力場を集めることができる。
そういうことですよね、木原さん?」

「ったく、それを今から説明してやろうと思ってたんだが」

「すみません、早く実験に移行させて頂きたく存じまして」


慇懃無礼、ここに極まれり。

大きく嘆息し、調子が出ない様子の木原は頭をガシガシと掻く。




「この機材ってよ、今は試運転の最中なんだよな?」

「えぇ、そうですよ」

「そうか。ならちょっと出掛けてきてもイイか?
腹減っちまってな、コンビニ行きてぇんだわ」


腹を擦るジェスチャーをすると、破魔矢は小さく笑った。

返事はないが、良いということにしておこう。

内心で申し訳なく思いながらも、木原は引き戸の取手に手をかけて、






「ーー本当に、『ちょっと』で済むんですかねぇ?」









「ーーッッ!!!?」



破魔矢の冷たい言葉は、木原の背筋に悪寒を走らせるには十分すぎた。


急いで外に出ようとするが、案の定ドアは開かない。
いつの間にかロックされている。



「……ッ……何の真似だ」


「ねぇ木原さん、今日は上層部を出し抜くには最適の日ですよね?
AIM拡散力場に干渉する機材の影響で、AIMジャマーと同じ原理で
この研究所の周囲百メートル程度では能力者が思うように能力を使えない」


「……ッ!!」





そういうことか、と木原は歯噛みする。

わざわざこんな町外れの研究所を選んだのも、"知られてはならないこと"があったからか。


「何故それを知ってるーーイヤ、聞くまでもねぇよな」

「そのような状況下では、例えアナタが『絶対能力進化実験』を止めるために
研究者達を皆殺しにしようとしても『白鰐部隊』を差し向けることはできない。
そこまで分かってるんだから、当然上層部のすることは一つ、ですよね?」


破魔矢の返答は返答で無いようでいて、明確に疑問への答えを提示している。

冷や汗を流す木原は、敵意を込めた視線で彼を射貫く。


「テ、メェら……っ!!」

「まぁ要するにさ、木原さん」



破魔矢は屈託無く笑って、








「俺ら、上層部から、アンタを殺すように依頼されてるんですわ」







木原がドアを蹴破って外に出ようとするのと、
初野がコンピュータのエンターキーを叩くのがほぼ同時だった。



壊れたドアが倒れるよりも早く、入力された数値が効果を発揮した。

壁に向かって繋がれたケーブルの先にあるのは、壁紙の下に埋め込まれた爆薬。




電気信号を受けた大量のTNT爆弾が、一気に炸裂する。







(ご、げふっ、が、、っ、あァァアアァァッッッ!!!??)



迸る閃光、遅れてやって来る衝撃。

爆風の余波に全身を絞られるような感覚に、木原は絶叫しようとした。


だがそれさえも不可能。
爆発で酸素が大量に消費された結果、気圧が大幅に下がり呼吸すらままならなくなっている。



「――ッ!!」


酸欠で意識が朦朧とし始める。
木原は咄嗟に地面に倒れ込み、なんとか新鮮な空気を確保し気絶を回避した。





「ーーはっ、はぁっ、、危ねぇトコだった……!」



冷や汗が滝のように流れ出てくる。

一応、これでも運は良い方だろう。
爆風の直撃を受けたら間違いなく死んでいた。


安堵と同時、背後からの足音に木原は身を固くする。

爆炎に包まれた研究所から現れた二つの影が、彼にゆっくりと歩み寄る。

ここまでか、と観念するように眼を瞑る。
だが、次に耳に入った声は彼の予想を大きく裏切るものだった。





「だーもー、無理に外に出るから危なかったじゃないですか」

「そもそもあそこまで警戒させることを言った破魔矢さんの責任では?」

「だってまさかあのドアを蹴破れるとか思わないしなー……」

「……、何、を?」


破魔矢と初野。
二人の会話を聞いて、木原は拍子抜けしたように口を開けてしまう。

おかしい。
どう考えても、人を殺そうとした人間たちのする会話ではないーー。





「さ、立ってください木原さん。
地面はコンクリートで固めてあるんで、火は燃え広がりはしないはずです」


「何を――テメェは何を言ってる!?
今俺を殺そうとしたのはお前自身だろうが!!」


「失礼ですが、木原さん。
あなたは本当に、私達があなたを殺そうとしたとお思いですか?
最新兵器を用意する事も出来たのに、『爆殺』なんていう不確実な方法で」

「ーー、」


冷静に言い放つ初野の姿が木原を益々混乱させる。

信じられるわけがない。
今しがた、彼は実際に死にかけたのだ。





だが、彼女の言うことの論理性も十二分に分かっていた。


そもそもあの爆発の指向性はどう見ても研究所の外部に向いていた。
自分たちの身を守るためという理由もあるだろうが、
それで木原を殺せる可能性を減らしていては本末転倒。


むしろ木原が外に出て危険に曝される方が、彼らにとって想定外のことだったのだろう。



そこまで考えることはできる。
だがそこまで考えると、木原の思考はある一点でぴたりと止まってしまう。



「……何が目的だ。
上層部の依頼を蹴ってまでして、俺を生かす。
お前らにとってそれがどんなメリットになる?」


「いや、まぁ依頼っつーか報酬を用意してあるだけで実質命令だったし。
蹴るなんて恐ろしい事は出来ませんでしたよ、だから一応"殺す意思"は見せた。
人を殺すなんて後味悪いしね。
ただそれだけのことでしかないですよ」





十分に納得のいく理論だった。


だがそこで、木原は再び眉を潜め言い放つ。




「……そんなワケねぇよな。
ならわざわざ『爆殺』なんて手段は取らねぇ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ーーわざわざ空気中に散布されている統括理事長専用監視網、
・・・・ ・・・・・・・・・・
『滞空回線(アンダーライン)』を吹き飛ばしてくれる理由になんかならねぇ。
俺の計画の中で一番厄介で、力任せに突破しようと思ってた障害を、な」


「――やりづれぇなぁ、アンタは」




破魔矢は降伏するように両手を上げる。

降参だ、と言ってから彼はばつが悪そうに笑う。


「あーもーそうですよチクショウ。
子供を助けようとするアンタを放っとけなかったってだけの話。
後はまぁもしかして、一方通行くんが可愛かったのもあるかもな。
丁度ウチの長男と同じくらいの年頃だったし、さ」




「……、は?」



なんだそれは、と。

予想外、想定外の返答に木原の思考が固まる。

理解できない。

同じ言葉を話しているはずなのに。
単語の意味は分かるのに。

この男が何を言いたいのか、全く見えてこない。





「私にとってはむしろ後者の方が大きいですね。
街で見かけた時にわざと目の前でハンカチを落としてみたんですけど、
もう、仏頂面で拾って渡してくれる姿がかわいくて可愛くて」

「……え。ちょっと待ってそんなの聞いてねぇよ!?
何してんの初野ちゃん!!」

「可愛い物には弱いんですよ、私」

「……は、はは……?」


そんなバカなことが有り得るのだろうか。

賑やかな二人の会話を聞きながら、
木原はその言葉に呆然としていた。

上層部の命令に逆らってまで、自分を助けてくれた?

それが発覚すれば、彼らの命すら危ないのに。

その理由が、そんな簡単なもの――?




善意。

言ってしまえば簡単なものだ。
木原だって、少しぐらいの善意の持ち合わせはある。

だが、これだけ大きな善意が現実問題、自分のような人間に向けられるなど有り得るのか――?



「本当は電波を遮断された場所で木原さんにも相談しときたかったんですけどね。
俺らと『彼』がそうしたのと同じように。
ただ、どうしても都合が合わなくて」


「、『彼』、だと……?」


混乱しながらも、木原は会話を続ける。

そうでもしなければ、目の前の彼らを直視することすら出来なくなってしまうかもしれない。


「えぇ。アンタが一番信頼してる部下。
マイクさんにはこの計画を既に伝えてあります。
今頃は、あのエセ外人のトコに向かってるはずですよ」

「……アイツの動きが『滞空回線』で察知される恐れは?」

「大丈夫、『滞空回線』の通信方式はちゃんと計算済みですよ。
吹き飛んだのはこの付近十数メートルですけど、
そこで発生したエラーは連鎖して半径一キロ――ヤツらの研究所すらも包みます。
マイクさんにはそのエラーの発生する範囲を動くよう伝えておきました」

「……用意周到ってレベルを越えてんな」



マイクは既に銃器の用意もしている。


もうこれで、彼らの行く手を阻むものは何もない。

必要事項を確認し終えると、木原は破魔矢に背を向けてからぽつりと呟く。






「……、恩に着る」









走り出した木原は、二度と後ろを振り返ることはなかった。

残された破魔矢と初野は、小さく微笑みながらその背中を見送る。


「……、上手くいくかね?」

「ここまでお膳立てをしたんです。成功してもらわないと」

「この腐った街の上層部をこんなことで出し抜けたんならいいけど、な」


冷静に答える初野とは対照的に、破魔矢はどこか心配そうに爪を噛む。


理路整然とした初野に比べると、彼は些か勘のようなモノに頼る性分があった。

その勘が告げている。なにか良くないことが起こる、と。




杞憂であって欲しかったその心配は、しかし現実のものとなってしまう。

彼がそれを知るのは、もう少し後の話。






【全ての始まり―give them the truth―】Fin.





Next Episode……

【全力のぶつかり合い―FINAL FIGHT―】


思ってた以上にレス数がかさんで、この後を突っ込むと
読むのが大変な量になりそうだと分かったので一旦ここまでで切らせていただきます
次回はそこまで遠くない日に投下します

乙  破魔矢さんいいキャラ 介旅もあんな風になる可能性があるのか 面白い
次回真相語りの続き、楽しみにしてる

乙。楽しみに待つ。乙。

そんなに遠くないうちに来ると言ったな!あれは嘘dごめんなさいなかなか来れませんでした

そうこうしてる間に超電磁砲Sは始まってしまいますしね。たまーに画面に映るエンデュミオン探すの地味に楽しい。
いや、しかし誰だよあの布束さん。もはや別人だよ!
まぁ原作通りに健気可愛けりゃなんでもいいけどな!うん!!

では投下しますー
こんどこそ、vs.一方通行クライマックス。




【全力のぶつかり合い―FINAL FIGHT―】




――――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――

「――これが、わたしの知っている全て。
初矢くん、あなたのお母さんから伝え聞いた真実よ。

その後木原数多が何故死亡したのかは、推測するしかない。
でも順当に考えれば、『実験』側につく上層部の手にかけられたと考えるのが妥当ね」


芳川は柔らかく微笑むと、介旅と一方通行双方の顔を見る。

初野の話が真実であるという確証は無い。
だがそれでも、伝える事に意味はあった。


「さあ、分かったでしょう。本当の敵が誰なのか、何なのか。
この悲劇の原点が、いったい何処にあったのかが」


この戦いを止める。

無意味な戦いを、無駄な犠牲を。
今ここで、完全に止めて見せる。

それだけが、芳川の願い。
『甘い』彼女が初めて見せたその『優しさ』。





「拳を下ろして、二人とも。
そして考えて。これを聞いた上で、あなたたちが何をすべきか」



二人が口を開くのはほぼ同時だった。


脱力し呆然と彼女に耳を傾けていた二人が、ゆっくりとその顔を上げる。






「――駄目だ」




「……無理な相談、だな」






「――、え?」


予想外の返答に、芳川は眩暈すら覚えた。

何故、と。
一瞬で干上がった喉が、辛うじて声を上げる。



「……俺はもう、止まる気は無ェ。
木原を殺したのが上層部? それがどうした。
そンなモノは、『絶対能力』を諦める理由にはなりゃしねェンだよ」



「芳川さん、だっけ。その話を聞いて確信が持てたよ、ありがとう。
……でも、違うんだ。それを聞いたところで、コイツは止まらないよ。
『結果』のために『手段』を犠牲にしたコイツは、
たとえ間違っていると分かってもその『結果』を得るまでは絶対に止まれない。

……だから、駄目なんだ。僕が止めてやらないと、さ」



「……っ!!」


芳川が口を挟む間もなかった。

二人の間で再び空気が張り詰め、一触即発の緊張感が場に漂う。

こうなっては、もう芳川の言葉など何の意味も為さない。
止められない『流れ』が、既に始まってしまっている。





だが、


「――介旅!!」


その『流れ』を止めたのは、予想だにしない方向からの声だった。

御坂美琴。
ミサカの介抱をする彼女が、介旅の背後から強い意志の込もった視線で彼を見つめている。


「美、琴……?」


その時。芳川は自然と安堵のようなものを覚えていた。

御坂美琴――彼女はもう、一方通行の恐ろしさを十分に知っているはずだ。
介旅の行いの無謀さを見咎め、彼を止めようとしているのだろう、と。

本来の目的とは多少異なるが、それでも構わない。
この戦いを止められるのならば、そのくらいの誤差は気にする事ではない――と。





けれど芳川は、そこでひとつの誤算をしていた。
それは誤差というにはあまりにも大き過ぎる誤算。


「――絶対、負けないで」


美琴の眼に浮かんだ色が、心配ではなく信頼であったこと。

それを向けられるほどに、介旅は一方通行とまともに戦えてしまうということ。




「――あぁ、絶対勝つさ」



自信に満ち溢れた声に、芳川は声をかけることすらままならなかった。

それほどまでに、彼女にとってこの現状は受け入れ難いものだった。






「――、そん、な……ダメよ、待って……っ!」




積み重なった『想定外』。
それはつまり、芳川の計画の失敗を意味する。



拳を納めさせる事は適わない。
となれば、その結末は二つに一つ。



介旅が勝つか、一方通行が勝つか。



結局のところ、話はそこへと帰結するのだ。





「さぁ、これで最後にしようぜ一方通行。
今の話のおかげで、ここがまだ『中継地点』だって分かった。
父さん達も関わっている『妹達』、そして学園都市の『闇』について知るための」


「だから、何だってンだ」


「こんなところに時間を割いていられない。
さっさと決着を付けて、次のステップへ進むって言ってんだよ」


「……。イイねェ、オマエ。今日一番でムカついちまったよ。
お望み通り、すぐに終わらせてやろうじゃねェか」



「――行くぞ」


「――あァ」




拳が鳴り、空気が揺らぐ。

ダン!!と、両者の靴底が砂利を蹴り出す。




最短距離で激突した二つの拳が交差し。





一方通行の死の両手を避けた介旅の左拳が、彼の顔面へと突き刺さる。








「ッ!!!」

「――――っ!」


骨と骨のぶつかる鈍い音が響き。

渾身の一撃を受けた一方通行の体は後ろに振れ、







――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――


(痛っ――!?)


介旅は、左手首に走る激痛に顔を顰める。

『反射』の突破に失敗したのではない。
そもそも、そんなことが起こる状況ではない。



(――コイツ、一瞬だけ『反射』を解除して――!?)



彼の左手は度重なるダメージにより、人を殴り飛ばせるような状態ではなかった。

『反射』を逆手にとって利用することで、
打撃の反動を一方通行の方へ押し付けていたに過ぎない。


だからこそ。

一方通行は打撃の瞬間に、『反射』を完全に解いた。

『反射』を利用する介旅を、無力化するために。






(クソ、木原さんの格闘術の原理を見抜いてた? いつの間に――!?)


『イヤ、不思議でもねぇ。以前、一度だけアイツに対して使ったことがある。
その時から余剰演算領域を使って解析を試みてたとしたら、あるいは、な。

……だが、重要なのは――本当にマズイのは、「そこじゃねぇ」!』


(、なん、だって――?)


『本来のアイツは極度に「痛み」を恐れていた。
いくら『反射』を解けば意表を突けるとわかってても、出来るはずが無かった。
……つまり、今アイツにはその恐怖を克服するだけの「信念」があるってことだ!!』





木原の言葉は、あるいはその道の人間にとっては恐ろしく耳に入っただろう。


信念。
心の強化。


それが意味するのは、『自分だけの現実』拡張の可能性。


無論、能力開発について知らぬ介旅含めた大多数の学生には知る由も無い。

しかし、それでさえもその後に起こることは予想がついた。


背後へふらついた一方通行の眼に、妖しい光が宿る。


慌てて追撃を放とうとする介旅よりも、彼がアクションを起こす方が早い。

『向き』を操作し後方に跳んだ一方通行の周りで、『何か』が動く。






――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――――

(……『反射』は切った。効果が無ェなら使わねェ。
余剰分の演算領域を使い、奴へ有効な攻撃手段を見つけ出す)


静まり返った思考で、一方通行はそっと目を閉じた。


感じる。
莫大な力の奔流を。

今までに無い新たな『力』が、彼の手に宿っている。




(……終わynりだ)



『新しいパラメータ』は入力された。

今度こそ終わりだ、と一方通行は笑う。


その思考の中にノイズのような信号が走っていることに、彼自身は気付かない。





(大気よりも磁td力よりも、ずっと身近にあっhgた『向き』。
くかか、何で気付かなtgdmかった。あンじゃねェか、うってつけの『jgam弾nqvr』がよ)



何かを掴むように、手を緩やかに握る。

常人には、そこには何も無いように見えるのだろう。
だが、彼には『観える』。


あらゆる『向き』を掌握した彼は、遂に『それ』を操作するに至った。
学園都市を満たすその『向き』を。



(小細iob工は通じねuzkェぞ。今度こそ、トドメcwだ)


介旅との距離は十メートル。
時間にして二秒もあれば届くだろう。


しかし。
そもそもそれだけあれば、狙いを定め『弾』を当てるには十分すぎる。



(終tfわれよ――)


「――介g旅、初矢ァァァァァァァァ!!!!」





――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――――


(ヤ、バイ――っ!!)


一方通行の元へと走る介旅初矢は、戦慄していた。

視線の先は、彼に固定されている。
両手で何かを掴むような格好は、見ようによっては滑稽に映ったかもしれない。

けれど、


『マズイ、ぞ。「アレ」は、まさか――!?』


ただの空間。塵と空気だけで構成されているはずの『そこ』で、"何か"が動いている。

片栗粉の溶けた水をかき混ぜた時のように、
色も形もなく、しかし感覚的に見える"何か"の流れ。

その『向き』が、徐々に彼の手の中へと収束されている。





           ・・・・・・・
『間違いねぇ、アレはAIM拡散力場――ッ!?
「自分だけの現実」の拡張だけじゃねぇ、新たな演算領域の獲得まで――ッ!!!』


(……何言ってるかは分かんないけど、感覚で分かるよ。
『アレ』が、さっきの高電離気体が可愛く見えるくらいのものだってのは!)


『分かってるなら話は早い。絶対に喰らうんじゃねぇぞ!!』



言われずとも、と返事をしようとした。

しかしそれよりも先に、姿勢を低く沈める一方通行が目に入った。



「――ッ!!」

「死yrgねbt」






瞬きすることすら許されなかった。
それだけの暇があれば三回は死んでいただろう。

沈められた足が僅かに伸びたのを見た次の瞬間。
一瞬で肉薄した一方通行が、空間の『歪み』を掴んだ手を繰り出す。


『ッ!? 全力で身体ぁ捻れ!! 当たったらオシマイだぞ!!』



脳に直接響く木原の声は、どこか遠くのもののように聞こえた。


極度の緊張感に、全身の神経が焼け付くように痛む。

目の前の『死』を逃れんとして、全ての感覚が極限まで研ぎ澄まされる。






「――こ、の……ッ!!!」


避けるのが精一杯。

身を躱しつつ攻撃を放つためには体勢が不十分。

だが逆に言うならば、避けるだけなら不可能な話では無い、と介旅は確信する。


(――最後の最後で選択を間違えたな、一方通行。
僕を殺すのに、一撃必殺の攻撃なんていらなかった。

逆に、お前にとって最大威力の攻撃なら。必ずそれ相応の隙が生まれるはずだろ!!)


『分かってるとは思うが一応言っておく。
この攻撃は、命中精度を上げるため極端に近付いてきちゃいるが形状は「弾丸」だ。
恐らく直線的に飛ばす程度なら可能な筈。
後方に距離を取って安心すりゃ、そのまま貫かれんぞ!』





音声データではなく純粋な『情報』として脳に流れる木原の声が、介旅の思考に流れ込む。

これが死の淵へ追い詰められた窮状だったなら、パニックを引き起こした可能性もある。
だがあくまでも介旅にとって、これは決着をつける最後の『チャンス』でしかない。


(左足を下げ、後方に下がる素振りを見せてから右足を軸に右方へ回転。
相手の勢いを利用し背後に回り込んで、無防備な後頭部に打撃を加えて意識を落とす!)


勝利の具体的な算段を立て、即座に実行に移す。

左足を下げた瞬間、想定通りに空間の『歪み』が射出される。





(――、行ける。勝っ――)


回避のタイミングとしては紙一重。

しかし前提として「必ず成功する」と分かっているからこそ、
彼の思考はそう切羽詰まってはいない。

寧ろ、勝利を導く方法を再度反芻する程度の余裕はあった。





・・・・・
――だからこそ、と言ってもいいだろうか。

余裕があった。だからこそ、介旅は気付いてしまう。







「――、あ、」



『弾丸』の軌道は、一本の直線。

既に放たれたその動きを変えることは不可能。


だから。


つまり。


・・・・・・・・・
介旅の背後の人間は。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一方通行と介旅を結ぶ直線上に座る御坂美琴は。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その暴力的な破壊の直撃を受けてしまう――ということ。






一方通行自身、意識しての行動ではないだろう。


ただ偶然その攻撃の先に美琴がいた、それだけの話なのだろう。



しかし。だからこそ、その攻撃を止めさせることは不可能。


唯一止められる可能性のある彼自身が、その結末に気付いていないのだから。







「――――おォォォッ!!!!」




介旅の全身を嫌な悪寒が駆け抜ける。


不快な汗が一気に吹き出る。


美琴が超能力者の『超電磁砲』であることなんて、少しの安心材料にもならなかった。


そもそも、この世界に存在する真っ当な物理法則で
真正面から受けられる攻撃だとはとても思えなかった。




地面を蹴る。



回転する体を止めて、無理矢理逆方向に引き戻す。







「っ……一、方、通行ァァァァァァァッッ!!!」




人の体一つなどティッシュペーパー一枚程度の気休めにすらならないとか。


介旅が何もせずとも、美琴は自ら危機を察知し避けられたかもしれないとか。


・・・・・・・・・・・
そんなどうでもいいことは、頭の中に残されていなかった。



御坂美琴に。大切な人に迫る危機。

それだけで、介旅にとって自らが盾となろうとするには十分すぎるほどの理由となる。







そして。





目を見開く美琴の目の前で。




一方通行の放った渾身の一撃が。








背後を庇うように両腕を広げた介旅の、左胸に突き刺さる。










音が破裂した。


空間が炸裂した。




それまで辛うじて受け流し続けてきた学園都市第一位の攻撃。


軽く触れただけで人を殺すほどの力を持った、遥か格上の相手の。
全てが込められた、全力の一撃。




「ーーーー、ぁーーーー」




まともに喰らえばどうなるかなんて、分かりきったことだった。


絶大な衝撃を受けた介旅の口から、紅色の液体がこぼれ落ちる。






――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――



その瞬間。

勝った、と一方通行は確信していた。



彼が放った一撃――AIM拡散力場の塊は、
炸裂すれば直線距離1キロは跡形もなく消し飛ばせる程度の威力があった。


それだけの攻撃を、介旅はあろうことか生身で、しかも心臓の真上に受けたのだ。


どう考えても生きているはずがない。

死んだ。


介旅初矢は、一方通行の『敵』は、死んだ。





――そう考えるのが妥当。

・・・・・・・・・・・
そうでなければいけない、はずだった。



だが待て、と一方通行の脳裏におかしな信号が走る。

勝利の爽快感よりも先に猛烈な違和感が、彼の思考を支配していた。




(――1キロを吹き飛ばす威力の攻撃。

・・・ ・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・
なのに、なンで。何でコイツの体は、そのまま原型を留めてる――ッ!?)






介旅の体は、倒れない。


いや、そればかりではなかった。


あらゆる『向き』を操る一方通行は、その体表面の状態から容易に確認できてしまう。
介旅の身体を流れる血液が、未だ止まらず動き続けていることを。

導き出される結論は一つだった。


介旅初矢は、生きていた。

一方通行の全力を真正面から受け止めてなお。

その身体が折れることは、なかった。






心理学的にとか生物学的にとか、そんな次元ではない。
物理学的に、絶対に有り得てはいけない現象。


そもそも彼の体は消し飛んでいなければならない筈なのに。


馬鹿な、と一方通行は思わず呟いていた。
瞬間。介旅が更に深く笑んだのを、彼は確かに見た。


ゴガッ!!!と、硬質な音が響く。


同時、彼の視界を赤色が埋め尽くした。

それが介旅の右手に殴られた自分の血だと気付いた時には、もう全てが終わっていた。






「が、ァ、――」


意識が飛ぶ。
それが分かっていながらも、最早抗う事すら出来なかった。



脱力したその身体が、四肢を投げ出しながら地面に落ちる。



砂利が『反射』に弾かれることなく、その背に突き刺さった。






つまりは。



今度こそ、本当の決着だった。





介旅初矢の勝利。

操車場の闘いは、それをもって幕を閉じることとなる。








【全力のぶつかり合い―FINAL FIGHT―】Fin.







Next Episode……
【全てはここで終わったのか―Is this the Ending?―】





次の章の名前が意味ありげなのは意味があるからです

未回収の伏線はまだいくつかあったりしますが、次回以降の章で明らかにしていこうと思います。
最後まで伏せられたままのとか無いようにしたいですがどうなるか。
「レスに対するリアクション」が伏線の一端になってるのもあります。相変わらず伏線と言えるか微妙なレベルですが


――「vs.一方通行」はクライマックスだけど、物語はクライマックスではない。と、いうことは……?


さて次は久々の那由他ちゃん登場回。
前回は結構ヤバイとこで終わってますが果たしてその命運やいかに?乞うご期待!

乙  介旅どうなった?!  決着はついたけど余計にこの先が気になることになってしまった
続きを急かしたいとこだけど大人しく待機してるから次もよろしくな 

すげ~な

ぶっちゃけ介旅って不憫でも何でもなくね?
風紀委員狙ったのも単なる逆恨みだし、小さな女の子まで巻き込んだ。
上条が現れたのも初春が女の子を庇ったのも結果論でどうしようもないだろ。
禁書の中で一方通行並に救いようがないキャラクター

>>448
結果として取り返しのつかないことをしてしまうところだった
という感じであってそこに至るまで……そんなことをしてしまうほど追い詰められていた、
っていうのが不憫かなーっと思ったわけであります

あと一方さんはダントツで救いようのないキャラだと思います
横に他の誰かを並べる余地が無いという程度には
それでも足掻き続けるのが魅力だ、とも



今日私のIDをどこかで見たような気がしたらきっと気のせいです。そういうことにしておこう




さて、新約7巻とインテリビレッジ読んで参りました。かまちー働きすぎだと思う

ちょびっと雑に新約7巻の感想垂れ流すので投下だけ見てくださる方は次のレスからどうぞ


とりあえず安定の表紙詐欺でしたね。みーちゃんとは何だったのか
新約における大きな流れの一つ「人的資源」並びにフレメアの正体を回収する回でした
土御門ダークサイドはキチガイかっこよかった。そして雲川先輩つよい
「ヒーロー」って言葉の意味を深く考えさせられましたねぇ
根性さんマジイケメン。そして恋査さんのチート具合とそれに伴う垣根ホワイトさんの噛ませ化
まぁ今回は最高に面白い巻だった!前巻のドンパチにも引けを取らない楽しさよ
……インデックスさんが空気なのはしょうがないよ……


さーそれでは投下始めますか




【全てはここで終わったのか―Is this the Ending?―】




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――――――――――――――――――
――――――――


「……何で生き残れたのかは、さっぱり分かんねぇけど。
取り敢えずコレは、僕の勝ちって事でいいんだよな」


静かに息を吐き、口の周りの血を拭ってから、介旅は肩の力を抜く。

地面に倒れた一方通行を見やるが、起き上がる様子はない。


『……AIMの方は、不発――ってトコか? 運が良かった、ってことでいいのか……?』


木原は腑に落ちないようなことを言っていたが、介旅にしてみればどうでもよかった。

そんなことよりも、勝ったという事実の方がよっぽど大事なのだから。





『まぁ、それはそうと。最後に右手を使ったのは正解だったな。
対「反射」の設定では小手先の動作だけだからほとんど気付く事もねぇが、
思い切り振るとなりゃ普通の腕よりは硬く重たい。鈍器を使う感覚だ』

(……アンタの子供だから、アンタの形見の腕で……みたいな発想にはならないのな)

『そんな感傷的な事を考える余裕があったわけでも無ぇだろ』

(確かに左手が痛いから右手を使っただけなんだけどさ)


そこまで会話したところで、介旅は背後からの暖かい感触を感じた。

不意の感覚に一瞬戸惑うが、暫し考えてから体の力を抜く。


「ほら、勝てた。約束通りだろ、美琴?」

「……こんなにボロボロになるまで……。
アンタ、分かってる? もう少しで死んじゃうところだったのよ?」

「ヒロインになった感想はどう?」

「……バカ」




飄々と口にする介旅だったが、腰に回された手に一層の力が篭ったことに気付き押し黙る。

気まずそうに頬を掻くと、少し思考してから小さく呟く。


「……ごめん、心配かけて」

「ううん、ありがとう。私とあの子を、守ってくれて」


抱きしめられた手が、少しずつ上体に沿って上がってくる。

腕が首に回ると、擽ったさに少し身を動かし、介旅はそのまま微かに笑った。


「……そういうのは、寧ろ僕が後ろ側に回るモンじゃないの?」

「いいの、別に。アンタ細いから腕が回しやすいし」

「身長差があるから、体勢キツいだろ」

「いいの。私がこうしたいんだから」



そうしていたのは、一秒だったかも一時間だったかもしれない。

時間の感覚が狂っていた。
どんな時間も平等に、永久のように長く感じられた。


……が、


「……若いって、いいわね」

「どうも見せつけてくれますね、とミサカは学習装置のデータから最適な言葉を浴びせます」

「っ!?」

「あはは……」


突然浴びせられた冷ややかな言葉に、美琴が慌てて手を離し跳び退る。

現実に引き戻された介旅は火照った顔を悟られぬよう手で煽ぎながら、
次の行動を取るため闇に目を凝らした。




あれだけの戦闘の中でも倒壊しなかった数個の街灯のおかげで、
目当てのものはすぐに見つかった。


「……ケータイ。戦い始めたときに胸ポケットから落ちたみたいだ。
早いとこ連絡取って、『向こう』の状態も知りたいんだけど……って、アレ?」


取り上げた携帯から"何かが足りない"ような違和感を覚えた介旅だったが、
後で調べればいいと気を取り直し携帯自体に意識を向けなおす。

画面を点けて動作を確認する。

流石は学園都市製というべきか、
大きな衝撃を受けたにも関わらず内部機構に影響は無いようだった。

最低限の検査を終えると、介旅は急ぎ電話をかける。

1コールが終わるか否かといったところで、相手はすぐさま応答した。





『よう、介旅。電話をかけてきたって事はそっちは円滑に終わったってことかな?』

「終わったよ、その話はまた後でしてやる。
それより工山。まだ『回線』は切ってないな?
那由他ちゃんは今どうしてる?」

『……何のことだか』

「さっき芳川って研究者に聞いた。
僕の両親と、那由他ちゃんの親戚――木原さんにある程度の関わりがあるって。

つまりは那由他ちゃんが僕を仲間に引き入れたのは偶然でもなんでもない、
その辺りの因縁みたいなものを知っていたからだと考えるのが妥当だ。

……そこまで知れたんなら、あの子が木原さんを殺した真犯人を知っててもおかしくない。
時を見計らい仇を討ちに行くってのも容易に想像が付くよ」

『……憶測を根拠にしすぎじゃないか?
推理の方針としては落第点も良いとこだ』

「生憎と今欲しいのは答えだけだ、批評はいらない。
で、僕の推測は合ってるかな?」




有無を言わせぬ介旅の物言いに、工山は呆れたように嘆息した。

数秒の沈黙の後、諦めるような口調で彼は話し始める。


『……ご名答だよ。しかし勘が良すぎるな、新しい能力にでも目覚めたか?
都市伝説にあったな確か。「全知無能(ワールドノウン)」とかいう――』

「手短に頼む。那由他ちゃんは今どんな状況だ」

『……口止めされてるから詳しくは言えない。
一つ言えるのは、「終わったから心配するな」ってことだ』

「……大丈夫、だったんだな?」


眉を潜めながら語調を強くして聞くと、電話口から聞こえたのは小さな笑いだった。

間髪入れず、自信に満ち溢れた声で工山は続ける。


『あぁ。なんせ――"ボクがついていたから"ね』




――――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――

―PM9:00,とある路地―


女の言った通り。

木原那由他は、心を許した相手に引き金を引けるような人間ではなかった。

そして、女の取り出した拳銃は確かに那由他の眉間を狙っていた。


順当に行けば、女の発砲した銃弾が那由他の脳髄を砕く事に疑いはない。





だけど。

それでも、


・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それでも、銃声を発したのは那由他の手にある拳銃だった。




「……、え……?」


ドサリ……と重たい音がした。

自分の体が倒れる音だと認識するのに、数秒の時間が必要だった。


胸を撃ち抜かれた女の表情が、混乱の一色に染まる。


何が起こったのか分からない、と。

口は動かずとも、その目が雄弁に語っていた。





「アナタ、一体、何、を……?」

「能力は、解けた……ね。
良かった。後腐れが無く済みそうで」

「……その、様子だと。冷徹になりきって撃った、訳じゃない……?」

「答えてあげる義理があると思う?」

「ふふ。確かに、無い……わね」


低く抑えた声に、返ってきたのは否定の返事だった。

那由他は次の弾を装填すると、銃口を地に伏す女の脳天へ向ける。





「さて、仇は討たせてもらうよ。
数多おじさんを殺したって言うから相当の実力者だと覚悟してたんだけど。
……案外、呆気なかったね」

「……それ、を。"彼"に会って、からも言える、かしら、ね」


決着は一瞬だった。

最後の抵抗とばかりに落とした銃を拾おうとした女の頭を、
那由他が放った大口径の銃弾が撃ち抜く。





――――――――――――――――――――
――――――――――
――――

―PM9:10,とある路地―


「……はぁ。危ないところだった」


木原那由他が立ち去り、動く者は誰もいなくなった路地で。

一つの影が、ゆっくりと立ち上がる。

人影は那由他が去った事を確認すると、怠そうな様子で携帯電話を取り出した。





『よう。予定よりも遅い報告だな』

「えぇ、想定外のトラブルがあってね。
『コーティング』が無かったら死んでいたかも」

『あぁ、例の「木原」か』

「木原……那由他だったかしら。対策も不要だと思っていたから不意を突かれたわ」


電話先の男の声に、頭に銃撃を受けたはずの女は淡々と応える。

その語調になにか感じ取ったのか、男の口から微かな笑いが漏れた。





『ほら、やっぱり正解だっただろ? その特別製の「全身タイツ」着てて』

「……『コーティング』と言って」

『いや、どっから見ても全身タイツじゃ』

「『コーティング』!」

『はーいはい。どうでもいいことを気にすんのなお前は』

「印象の問題よ。私嫌よ、『全身タイツ』なんか着てるって言うのは」


言いながら、女は自分の腕を軽く撫でる。

返ってきたのは本来の瑞々しい肌とは程遠いザラりとした感触。

厚さにして1ミリ以下の薄い布状の物体。
彼女の体を覆うそれが、那由他の銃弾を完璧に防いだ物の正体だった。


『今度から正式着用にするか? 全し――じゃなかった、「コーティング」をよ』

「冗談じゃないわ。夜の任務で、しかも電灯のほとんど無い場所だったから渋々着たのよ。
明かりの下で見たら全身が失敗した写真みたいに白く写って、気持ち悪くて仕方ないわ」

『……微妙にショックだったりするぞ、俺としては』

「私に着せたいならもう少しマシなデザインにして」





適当に言いながら、地面の銃弾を拾う。

暗闇だったことが幸いしたのだろう、
那由他がこちらが出血すらしていないことに気付くことは無かった。

最も、気付かれたところで女の側が傷を負う事は無かっただろうが。


『それで。木原那由他は、お前の『能力』をどうやって突破したんだ?
以前のヤツのプロファイリングを分析した感じじゃ、
正面からは切り抜けられそうに無かったが』

「……私の勘で言わせてもらうと多分、同系統能力で上書きされた感じね。
あの子の体の"機械部分"だけが私の間接的な支配を逃れてた
――つまり、あの子自身の意思とは無関係に動いてたように見えたわ」

『機械だけ、ってとこがミソか。珍しい能力だから特定は早いだろうな。
"次"が終わったら、ブラックリストに入れといてやるよ』

「次、っていうことは……」

『あぁ、今から"出る"』





男の口調の微妙な変化に、女の身体が強張る。

軽薄に見せかけたその言葉の中にあるのは、絶対的な覚悟。
隠し切れない冷たい殺意が、暗い感情に慣れた彼女すらも震えさせる。


『終わったらまた連絡する。それまでは待機してな』

「……えぇ」


短い言葉を最後に、電話は切れた。
女は短く息を吐き携帯をしまう。

それから思い出したように地面のテレスティーナへ視線をやるが、





「……あら?」


気付けば駆動鎧だけが場に残され、中にいたはずのテレスティーナは消えていた。

見ていない間に彼女が意識を取り戻し、
同時に動きを止めていた『何者か』のチカラも効力を失っていたのだろうか。


「これは、怒られちゃうかもね……」


間違いなく、自分が油断していた故の出来事だ。

また面倒なことになった、と溜め息を吐く。


「まぁ、いいわ。丁度いい暇つぶしになるでしょ」









・・・・・・・・・・・・
そして、赤いドレスを身に着けた女は再び駆動鎧に身を包む。






・・・・ ・・・・・・
暗部組織に身を置く、『心理定規(メジャーハート)』の能力をもつ彼女が暗闇へと踏み出す。







――――――――――――――――――――
――――――――――
――――――


『万が一の事が起こった時のために、
那由他ちゃんには一度ボクの家まで来てボクと接触してもらった。
本来は気絶でもした時に機械部を操って逃げ出すために使おうとしてたんだけど、
そいつを使って敵さんの不意を突けたみたいでね』

「じゃあ、那由他ちゃんはこっちに向かってるんだな?」

『……何でそこまで分かる?』

「色々と『昔話』を聞いたからな。ともあれ、それだけ聞ければ十分だ」

『そうか。じゃあな、介旅。今度会う時は病院のベッドの上か?』

「冗談なんだろうけど、本当のことになりそうだよ……じゃあな」


力なく笑いながら、介旅は通話を終える。

改めて自分の体を確認すると、相当に酷い有様だった。
これは全治何週間になるだろうか、とぼやいたあたりで、
彼はふと携帯の違和感の原因に気付いた。





「あ……『お守り』が無くなってる? どこにいったんだろ」


ストラップにして携帯につけていたはずの「お守り」の紐が千切れ、
先に付いていた石が無くなってしまっていた。

恐らくはこれも戦闘中に落ちたのだろう。

地面を探そうと下に目を落とすが、
この暗闇で小さなものを探すのは無理だと思いとどまる。







「……介旅、初矢」




――横合から突然声をかけられたのは、その時だった。








「……どうした?」


介旅は緊張で再び冷や汗を流しながらも、悟られぬよう軽い声で応える。

声の主は当然、一方通行。
この短時間で意識を取り戻した彼が、仰向けのまま脱力して話しかけていた。

「反射」は取り戻している様子だが、そもそも体を動かせないため大した攻撃は出来ない。
木原に急ぎそれだけを確認すると、介旅は緊張を解いて肩の力を抜く。


「……俺は、オマエに負けたのか」

「取り敢えず、今回はそういう結果になったな」

「……『今回は』?」

「お前のことだ、どうせこれじゃ諦めねぇんだろ。
『実験』中止の連絡が来ても、構わず続けようとする。
お前の力なら、研究員を脅して『実験』を継続させるのくらい簡単なことだろうしな」

「ハッ。分かってンじゃねェかよ、自分で。
オマエが無駄なことをしてたってのはよ」

「無駄なんかじゃないさ」

「どォする、俺を殺すのか? 『反射』があるとはいえ、動けねェ今なら可能だが」

「いいや」





その言葉に対し疑問符を浮かべる一方通行に、介旅は挑発するような仕草で、


「今日この場はこれで終わりだ、これ以上の戦いはしない。

そして、お前が再び『実験』を始めようとしたら……
その度に止めてやるよ、この僕の手で」


「………………は?」


枯れた喉から出た掠れた声には、ただ困惑のみが表れる。

一瞬思考してその意味を理解すると、
浮かび上がったのは怒りでも驚きでもなく呆れの色だった。






「驕ってるワケじゃねェが……、俺が負けたのは、不意打ち的な面が強かったからだ。
次となりゃこうはいかねェぞ、次はオマエが負ける番だ。
そして俺は、自分の邪魔をする奴を生かしておくよォな――」

「負けないよ、負けられないから」

「……」

「このまま『実験』を続けるってんなら、それこそ無駄なことだ。
その度に僕に止められるんだからな。

……だから、もうやめよう。これ以上、誰かが傷つく必要なんてどこにも無い。
美琴も『妹達』も、――それにお前自身も」

「……出来るワケ、ねェだろ。俺は、止まれねェ。
……最初に『妹達』を殺したあの時から、一度道を踏み外したあの時から。
俺はもう、この過ちを最後まで犯し続けるしか――」


悟すような介旅に対し、一方通行の声は、突き放すように冷徹だった。
それでいて、それはどこか泣き出しそうな子供の心の叫びのようだった。

そこには、無理矢理に取り繕われた大義名分なんて存在しない。
紛れもなく、それが彼の本音だった。





弱く幼い理屈だ、と介旅は思う。
正義の人間にとってみれば、そんな理論は真正面から否定されるべきものだ。

けれど、


「誰が決めた? 一度間違えたら、ずっと間違え続けないとならないなんて」

「……ッ!」


介旅は、決して『正しい』人間なんかじゃない。

いくらでも間違えてきた。
いくらでも道を踏み外してきた。

でも。
だからこそ。

介旅には分かる。
介旅には言える。




「もう、いいんだよ。
間違えた事をした人間が、正しい事をしちゃいけないなんてルールは無い。
我慢する必要なんてない。自分が正しいと思う事をしたって、いいんだ」






本当に『正しい』事をし続けてきた人間には、決して言えないことだった。


ただの綺麗事なんかじゃない、
聖人君子の、上から目線の慰めでもない。


介旅初矢だからこそ。
間違いを犯し、それでも正義を成そうと足掻いた人間だからこそ。


彼には、一方通行の想いを正しく理解できる。
その言葉は、紛れもない心からの言葉としての意味を持つ。


「……、やり、直せるのか。この、俺が。
正しい事をするのが、許されるのか?」

「お前が犯した罪は消えない。許されることじゃない。
それこそ、例えお前が『妹達』を生き返らせようと、な。
……でも、それはお前が正しい事をしちゃいけない理由になんかならない」

「……だからって。俺に、自分を守るしか能のねェ俺に、出来る事なンて――」

「布束さんが言ってた。『妹達』を取り巻く問題は、この『実験』自体に留まらない。
まだまだ解決しないといけないことが、沢山ある。
……それに、『上層部』の動きも気になる。分かるだろ、お前の力が必要なんだ」

「……正気、か?」

「多分、お前にとっては辛いことだと思う。
『妹達』を殺したって罪を、余計に重く感じる結果になっちまうだろう。

ただ、それでもさ。
要はお前の選択は、『妹達』を殺すか救うかの二択だ。

――ヒーローになるか、悪役のままでいるか。どちらかに決めろよ、自分自身で」

「――――、」





暫しの沈黙があった。

一方通行は、何かに思いを馳せるように目を閉じていた。


そうしていたのは、時間にすれば僅か数秒。

けれどきっと確かに、彼はその時間を永久の如く感じていたに違いなかった。



やがて何かを振り切るように、彼はその首を左右に振る。

新たな覚悟の宿った赤の両眼が、再び介旅を見つめる。








「――俺は――」




言葉が紡がれる。


震える唇が、静かに開かれる。












――よりにもよって。





――その瞬間、だった。











視界に突然、何かが入り込んだ。

直後に響いた鈍い音に、介旅は始め何が起こったのか把握できていなかった。


「がっ、あ……?」


数瞬の後、漸くそれが自らの身体の中から響くものだと認識する。
その原因が脇腹に突き刺さった爪先だと気付いた時には、もう"切れて"いた。

何らかの能力によるものではない。
原理としては至極単純な、ただ一発の蹴り。

雑魚を散らすようなその一撃で、介旅の身体から力が抜け地面へと沈む。

明滅する意識の中に、滑り込んだのは軽薄な声だった。







「やっほう。殺しに来たぜ、第一位。

――名乗る必要はあるか?」










「超能力者序列第二位、『未元物質』――垣根帝督だ」







空になったストレートティーのペットボトルが、
垣根と名乗った男の手から放され砂利の上に落ちる。

その軽い音を最後に、介旅の意識は深淵へと引き摺り込まれた。







――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――

【とある電話回線】



「砥信お姉さん、聞こえる?」

『えぇ……何かあったのかしら。焦っているように聞こえるけれど』

「悪いお知らせと良いお知らせがあるけど……順番の問題で、良い方から言わせてもらうね」

『どうぞ』

「『猟犬部隊』から連絡があった。
……上層部が独自の情報網で、『介旅初矢の一方通行への勝利』を確認したって」

『――Wow――まさか、本当にやり遂げてしまうなんて……』





「……じゃあ、次。悪いお知らせの方」

『やけに淡々としているわね。
そこまで「悪い」知らせ、ということ?』

「――約一時間前、初矢お兄さんが戦闘を開始した頃から。
暗部組織『スクール』のリーダー、垣根帝督の行方が分からなくなってるの」

『……Frankly,喜んでいる暇は無い、と』

「考え過ぎかもしれないけど、もしかしたら――とってもマズイ、かもね」

『In case……もしも彼が、「アナタの考えていること」をしようとしているなら。
私に、なにか手伝えることはあるかしら』

「うん、お願いしたいことがあるの。
お姉さん、『実験』関連の研究員にある程度の繋がりがあるよね?」

『Of course、ただしそこまで権限の強い人間はいないわ。
それでも十分かしら』

「問題ないよ。それじゃあその人達に『お願い』して、
『妹達』の検体メンテナンスに使う『バイオポッド』を借りて。
工山お兄さんが車を回してくれるから、それに乗せて操車場付近まで運ばせて!」

『……アナタ、何を……?』

「工山お兄さんに協力して貰って、『垣根帝督と戦える術』を組み立てるのに必要なの!」

『出来る、の? そんなことが――』

「勝算は薄い。けど、やるしかない! お姉さん、お願いだから協力して!!」





【全てはここで終わったのか―Is this the Ending?―】Fin.


Next Episode……

【操車場の戦い#2―LEVEL5 vs.LEVEL5―】




書き溜めは一応あと1、2回投稿分くらいは出来ているのですがなかなか進みません
(原因……次回作を既に書き溜め始めていること)



さて、忘れ去られていたであろうストレートティー、そしてまさかの私のセリフ「部下M(メジャーハート)」という伏線まで回収。
相変わらず地味な伏線ですこと


さてそれでは次回も1ヶ月ちょっとしたくらいに来ると思います
さようならなのです

投下してたのね 

おついち

乙  介旅満身創痍なのにまだ休めなさそう  でもタフになったもんだな  
なんか頑張ってるらしい那由他と布束さんと工山くんの活躍も楽しみに待ってる  
あ、気のせいですが、一方さんにはあった方がいいと思う派です  

何で公であれだけの事件を起こしたのに介旅は少年院に行ってないの?

>>491
反省文で済んだんじゃなかったっけ?

>>490
まあ当然そういう意見もあるでしょうね。原作的には普通に男っぽいですし。
しかしですね、モノの付いていない男性は性欲を解消するために本来するはずのことができないから溜まってる分を噛み付いて発散したりとかですね色々と素晴らしいんですよ

気のせいですけど



>>491
一応前スレ冒頭あたりにありますが読み返して頂くのも申し訳ないのでざっくり説明すると
「能力者が暴走したのは『幻想御手』のせいなのでは」的な意見が出てきて押し通された結果
本人が十分反省してればOK的な流れになって反省文と拘留、それから一定期間の停学という処分になったのです
(一部文章中で説明しきれていないような気もする)




ピクミン3発売記念してピクミンをどうにかクロスさせた短編でも書こうと思ったけど無理でした残念
誰か書いてくれてもいいのよ?

それではぼちぼち投下していきます
内容はまあサブタイトル的なのから察していただければ




【操車場の戦い#2―LEVEL5 vs.LEVEL5―】





――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――
――――――

垣根帝督と名乗った男は、格好だけ見れば街を闊歩するホストのようだった。

フォーマルな雰囲気のするスーツを見事に着崩し、
大きなエメラルドか何かのネックレスを着けたその姿は、
『闇』なんて言葉とは無縁に思えたかもしれない。

一方通行が即座にその危険性を感知できたのは、
単純に男の方に隠すつもりが まるで無かったからに過ぎない。

殺気、警戒、悪意。
そういった本来なら隠されて然るべきモノを、彼は見せ付けるかのように顕にしている。


「死ね」


殺しに来た、と彼は言っていた。

その宣告通りに、彼は何の躊躇もなくその右足を振り上げ一方通行の首へと落とす。





「――っッ!?」



咄嗟に腕を交差させたのは、先程までの『反射』を使わない戦い方の影響でしかなかった。
もし仮にそれがなければ、本当に死んでいたかもしれない。


ゴキリ、と鈍い音がした。
『反射』で守られているはずの両腕に、垣根の靴底がめり込む音だった。





「がっ!!??」


有り得ない現象だった。

介旅から受けた打撃とも違う。
もっと別種の、もっと危険な『何か』がある――。


「……へぇ。資料と違うじゃねぇか。
普段『反射』に頼りきってるせいで、咄嗟の反応が遅れるって話だったのによ」

「オ、マエ、一体、どンな原理で……?」

「うーん? まぁ、大したことはしてねぇんだけどな。
なんせ、お前自身が『反射』の中に俺の攻撃を素通りさせてくれるんだからよ」

「……どォ、いう……」


疑問は、口をついて出たものだった。

答えなど期待してはいない。
垣根の側に答えるメリットが存在しないのだから。


だが予想とは裏腹に、垣根は得意そうな顔すらせず、



・・・ ・・ ・・・・・・・・・・・・
「分かんねぇか? お前の『反射』は絶対じゃねぇだろうがよ。
音を反射したら何も聞こえねぇ、光を反射したら何も見えねぇ。
強さによってフィルターはかけてあるだろうが、
とにかくお前は自分に無害なモノを『反射』の対象から外してる」





「それが、一体……」

「俺の『未元物質』は『この世に存在しない物質』を生み出し操る能力だ。
『未元物質』が干渉した『向き』は、この世のものとは違う現象を起こす。
つまり、この能力を使えばお前の『反射』を突破する――
『反射』のフィルターには『無害』と認識され、
且つお前にダメージを与えられる『向き』を作り出すことも出来るってわけだ」


垣根の言ったことは確かに、理論的には可能ではあった。

しかし机上論は机上論。

それを実践するとなれば、話はまるで別のことになってくる。


「……そンなこと、出来るワケがねェ。
それをするためには、俺の『反射』の演算式を完全に把握する必要がある。
何の準備も無く、いきなり出来るワケが……」


振り絞るように一方通行は否定する。

それは己の能力への過信ではない。

客観的に――いや、事実として見て。
垣根にそんなことが可能ならば、演算能力の面で一方通行を遥かに超えることになる。

それならば第一位と第二位の序列が逆になっているのが自然なはずなのだから。





「あーあー。成程な。確かに的を射た考え方だ。
……でも違うんだな。お前は一つ大きな勘違いをしてる」


小馬鹿にするように垣根は肩をすくめ、首を大きく振って言う。


「なぁ、第一位。俺がいつ、今この場所に到着したところだって言った?
お前と介旅初矢との戦闘中に『反射』の演算式を逆算してなかったとでも言ったか?」

「な――」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず気付けよな。『反射』のフィルターを最強にする戦闘中に
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
髪が風に揺らされることなんてねぇはずだろうが」

「――っ!!」


垣根のその一言に、一方通行は戦慄する。

そうだ。

彼が『風の操作』を思い付いたそのきっかけは、髪を風に揺らされたことだった。

つまり遅くともその時までには、
垣根は演算式の逆算を殆ど終えて戦闘に介入すらしていたのだ。






「理解したか。お前はもう既に、俺の掌の上で踊ってるだけにすぎねぇんだ」

「ッ!!」



犬歯を剥き出しにして笑いながら、垣根は思い切り足を振るう。


一方通行は反射的に両腕を使い体を庇った。

だがその隙間を掻い潜る形で、垣根の蹴りは彼の脇腹に突き刺さる。


「ぎ、あッッ!!」






まともな叫び声さえ出なかった。

口の中に鉄の味が充満する。

垣根の一撃は、最早鈍器のそれだった。
内臓が一つも潰れていないのが、むしろ不思議なことにすら思われる。


「ガードが甘ぇよ」

「……野、郎……っ」

「ん? 卑怯だとでも言いてぇのか?
それとも、やめてくださいって懇願か」

「違、ェ。オマエは一体、何が目的で――」

「知る事が必要か? これから死ぬテメェによ」


冷徹に言うと、垣根は三度足を上げる。

動くことの適わない一方通行を、ただ殺す。それだけの作業のために。

つまらなそうに息を吐きながら、彼は己の足に人を殺すに足るほどの力を籠める。







――しかし、その足が振り下ろされることは無かった。








「――ッ!?」



轟ッッ!!と。


音すらも置き去りにして、橙色の閃光が一方通行の目の前を通過する。




学園都市第三位の超能力者の。


異名の由来ともなった攻撃が。







ドン!!!!と、音は遅れてやってきた。


その時には既に垣根の体は、遥か彼方へと吹き飛ばされていた。




「――超電、磁砲?」



有り得るわけが無かった。
その閃光が指す意味は、有り得ていい筈が無かった。

目を見開き、一方通行は掠れた声を発する。






対して。



「……勘違いしないで」



磁力を使って砲弾のように加速し、その脇に降り立った御坂美琴は。


憮然とした表情で、こう付け足す。



「別に、アンタを赦したワケじゃない。
……そもそも、"加害者"の側である私にアンタを赦す権利なんてないしね。
でも、アンタの出した答えすら聞かずに見殺しにするなんて出来ない。
それに――どう見ても、アイツは私達の味方には見えないし」







彼女の言葉に、迷いは無かった。
憎悪の対象であったはずの一方通行を助ける事に、何の抵抗も無いような声色だった。


――否。抵抗が無いはずなど無い。

それほどまでに、一方通行の犯した罪は重い。


だが、美琴の答えは「それでも助ける」ことだった。

介旅初矢が、悪人として以外の道を示したように。

御坂美琴もまた、彼に別の道を示しているのだ。






「……、オリジナル。オマエは、……」


続く言葉は、出てこない。

言いたいことは、言うべきことは。
いくらでもあるはずなのに。


それを口に出すことの恐怖が、彼の唇の動きを止めてしまう。



その躊躇いはもしかしたら、彼から最後の機会を奪い去ってしまったのかもしれない。

ザリ……、と。

静かに小石を踏み歩く音に、一方通行は体を硬直させる。






「――痛ってぇな」


そして。

暗闇から現れたのは、一人の男。


傷すらなく。

もはや彼自身の放ったその言葉ですら真実か疑わしくなるほどの軽い足で。


垣根帝督は首を鳴らすと、警戒する様子もなく美琴の目の前で立ち止まる。





「……へぇ。流石は、私より上の序列を名乗るだけの事はあるわね。
死なないとは思ってたけど、まさか無傷だなんて。
ホスト崩れみたいな格好の割には、やるじゃない」


美琴の言葉は、誰にでも分かるような強がりだった。

あの超電磁砲は、間違いなく垣根の不意を突いていた。
少なくとも、骨の一本や二本持っていく程度の期待はしていたのに。


「……そしてムカついた。俺の邪魔をするってんなら容赦はしねぇ。
絶対的な力の差ってのを教えてやるよ格下」


軽く言う垣根は、緩く拳を握り腰を落とす。

それが戦闘開始の合図。

傍からすれば無謀にも思える、電撃使いに対する徒手空拳。


けれど美琴には分かる。

それは驕りでも油断でもない。


獅子は兔を狩るのに全力を注ぐ必要などない。

適切な力を適切に使う――まさに本来の王者の在り方。


恐らくは、それが垣根と美琴の間にある圧倒的な実力の差を表している。

それでも、美琴は逃げない――絶対に。

ア ク セ ラ レ ー タ
介旅が勝てるはずも無かった敵に立ち向かったように。

彼女もまた、自らの思いを貫き通す。





勇気と無謀は違う。

しかし、慎重と臆病もまた違う。


美琴は相手の動きに警戒しながら、じりじりと自分の戦いやすい距離を測る。


(……ここはマズイ。一方通行と介旅を巻き込んじゃう。
まずは適当なところに誘導して――)

「イキナリ考え事か。随分と余裕だな」

「チッ!!」



舌打ちと同時に、ダン!!と地面を強く踏みしめ、後方に勢いよく飛び退る。

だが、垣根の追撃はそれよりも圧倒的に速い。

一瞬で距離を詰めた垣根の蹴りが、美琴の腹に突き刺さる。


――それよりも一瞬早く、彼女の左腕がガードに出ていなければ。
その一撃で、既に勝負が決まっていただろう。






「っ――!」

「おー、何だ。素手での戦闘能力自体もなかなかみてぇだな。
俺の蹴りを片腕で受け止めるとは」


蹴りの勢いで美琴は本来の着地地点よりも大きく後方に着地し、
なおも勢いを殺しきれず革靴が砂利の上を滑った。

想像以上に重い一撃に、受け止めた左腕がビリビリと痛む。
何度も喰らえば、骨にまでダメージが入りそうな感覚があった。

跳び退った瞬間、つまり正面からの打撃の勢いが殺されているにも関わらずそれだ。
まともに受けたらどうなるかは考えるまでもない。


「それはどうも。――だけど、隙だらけよっ!!」


痛みを振り払うと、美琴は右手から最大出力の雷撃を放つ。

片腕の痛みと引き換えに手に入れた隙に、叩き込むのは10億ボルトの電圧。

御坂美琴。『超電磁砲』。
その全力を、真っ直ぐに。

掌から打ち出した電流が、垣根の胸へと直進する。






ズバヂィ!!と、鋭い音が激しく響いた。

胸の中心を射抜いた電撃が、空気を焦がし異臭を漂わせる。


しかし、垣根の表情に苦痛の色は見られない。

あくまでも平然とした様子で、垣根はその一撃をこう評価する。


「――ハッ。その程度か」

「ッ――、効かない、か――っ!」

「残念だが、届かねぇよ。お前程度の攻撃じゃあな」


焦りを見せながらも体制を立て直そうとする美琴だったが、それすらも許されない。

一瞬で肉薄した垣根の拳が、嵐のような打撃となって襲いかかる。






「――、ッの……!!」


徐々に後退しながら、その攻撃をなんとか凌ごうとする。

休む暇など一瞬たりともなかった。

隙を見せない事を重視した細やかな連?は、能力を使う時間すらも与えない。

右手の攻撃を凌ぎ、左を避けた時には既に右が次?を放っている。
僅かでも気を許せない連打だが、
かといって両手の攻撃だけに集中すれば小刻みに動く足が飛んでくるだろう。

ドガガガガッッ!!と、およそ格闘とは思えないほどの音が連続した。

垣根の攻撃は美琴にまともに入ってはいなかったが、
美琴の方はそもそも決定打となるものを放つことすらできていない。

デフォルトで展開している電磁波のレーダーのサポートはあるが、
それでも互角かそれ以下の肉弾戦だった。

受け損ね、避け損ねた攻撃が少しずつ、けれど確実に美琴の体力を削っていく。






(くっ――このままじゃマズイ!
身体能力と格闘センスが、段違い――っ、)


防戦一方では、いずれ枯渇する。

そう判断した美琴は、敢えて一度攻撃を流さず片腕で受け自ら大きな隙を作る。

それを好機と見たのか、あるいは誘いを見抜いた上で乗ってきたのか。
垣根の手足が、それまでとは違う、明らかに「殺す」ための動きへと変化する。

タイミングを合わせて反撃しなければ、そのまま意識を狩られていただろう。
だがレーダーを持つ彼女にとって、カウンター自体はさほど難しい話ではない。

首に伸びる右手を左手で外側へ払い、
左手のアッパーカットを右掌で押さえ込んで何とか演算するだけの時間を確保する。


「ッ――やるじゃねぇか――!」





「これなら、どうよ……っ!!」


重い打撃を受けた事で腕が痛むが、そちらに気を配る余裕はない。

次いで垣根が足を出すよりも早く、地中から掻き集めた砂鉄がその足を捕えた。


「チッ――鬱陶しい!」

「まだよ! これだけじゃ終わらない!!」


動きが止まったその隙を突き、美琴が後ろへ跳んだのを皮切りにして、
チェーンソーの刃のように高速振動する砂鉄が、次々と垣根の体にまとわりついていく。

相も変わらず、垣根の顔に苦痛を感じるような素振りは見られない。
ただ今度ばかりは明確に、有効打ではあった。


黒い鎧のように体を覆った砂鉄が、拘束具となり垣根の動きを阻害する。
『未元物質』と自称した彼の能力がどんなものなのかは知らないが、
もしかすると防戦向きで、砂鉄の拘束を破るだけの突破力が無いのかもしれない。






「はっ……この程度で、俺の動きを完全に止めたとでも思ってんのか?」

「――やっぱり、そう甘くは無いか……っ!」


砂鉄の中から聞こえる異音に、美琴は小さく舌打ちした。
どういう原理かは知らないが、砂鉄が徐々に自分の制御下から外されていくのを感じる。

そう長くは保たない、という予感があった。
だが逆に、ほんの少しなら余裕がある、とも取れる。



「じゃあ――見せてあげる」



その足は、速度を上げながら後方へ。

目算で25メートル。
正確に計測すれば、24.85メートル。
そこまで退がったところで、彼女はポケットから取り出したコインを宙に放り投げる。

その数は十。

そして軽く広げた十本の指が、それぞれを導く別々のレールを形作る。







「『超電磁散弾砲(レールショットガン)』ってところか!
だが甘ぇ、数が増えた程度じゃ俺に傷一つ付けられねぇぞ!!」


黒い砂鉄の塊が砕け、垣根の身体が拘束を振り解いたのはまさに撃ち出す瞬間だった。

だが、その足は未だに砂鉄に囚われている。
着弾までにそこから逃れ、次の一撃を避けることは不可能だろう。

だから美琴は、高々と力強い声で口にする。



・・・・・・・・・・・・・・・
「残念。ショットガンなんかじゃないわよ」







「な――」


「喰らいなさい。

――これが、私の!! 全、力、だぁぁぁぁ!!!」




バチン!!と、一際大きな音が炸裂する。
それを合図に、宙に浮かんだコインが一斉に放たれた。


それぞれの速度は、音速の三倍。
衝撃波を伴ったオレンジの閃光が、まとめて垣根へと襲い掛かる。







――――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――



(――、何だ? 威勢の割には大した事がねぇ。
一発一発の威力が足りねぇんだ、何発撃ったって同じだってことは分かると思ってたが……)


垣根帝督は、半ば呆れたような調子で迫る閃光を見ていた。

なんとまぁ、一つ順位が下がるとここまで違うのか。
これでは、わざわざ手加減してやっているのも無駄骨かもしれない。



(しかしまぁ、狙いも杜撰なもんだな。
こんな弾道じゃ俺に直撃するのは精々一、二枚程度――)







と、そこまで考えて垣根は気付く。

・・・・・・・・
そんなわけはない、と。

御坂美琴の『超電磁砲』は発射の際に、相手との間に磁力線レールを敷く。
レールがある限り、彼女のコインは確実に自分の急所を狙い打たなければおかしいのに。


(――ま、さか)


ドグン、と。
垣根の心臓が、大きく跳ねた。

思い至った"ある可能性"。
その脅威に、今更になって気が付いてしまう。


(まさか――っ!)


垣根の目が捉えたのは、コインの弾道――『ではない』。


より正確には、コインが周囲に撒き散らす衝撃波。
通常は拡散されエネルギーの無駄となるはずの衝撃波、その『向き』。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(コイツ、『超電磁砲』の衝撃波の『向き』を合成してやがる――!?
本命はコイン本体じゃねぇ、それが発生させる衝撃波の槍か!!)


向きの違う10の衝撃波は、互いが互いを強め、『向き』を変えて干渉する。

そして形作られるのは、鋭く巨大な槍。
ただの『超電磁砲』とは比べ物にならない射程と威力を持った、
それまでの彼女のものとは格の違う攻撃手段。

言うならばそれは、貫通力を極限まで高めた『超電磁貫通砲(レールライフル)』。


(こんな威力の攻撃が可能だなんてデータにゃ無かったぞ!?
……ってことは、まさかこの短時間で独自に作り上げた――?
ここまで複雑な演算を、土壇場で組み上げられるはずが――)


否。
思い当たる節は、あった。

この攻撃は、『向き』を重ねて放つ超電磁砲だ。

――そう、『向き』を。


(――成程。一方通行の戦闘を見て、『向き』の攻撃的な利用法を学んだってか――!)







暗部のそれなりに深いところの人間ならば、『暗闇の五月計画』を思い浮かべるだろう。

第一位の『自分だけの現実』を能力者に植え付け、
『向き』操作による応用の効く能力へと変化させる計画に、どことなく似通った部分がある。


(――面白ぇ。第一位の真似事の『向き』操作程度、真正面から受け止めてやる!!)


垣根は口の端を上げながら両掌を差し出す。

直後、その掌の中心に衝撃波の槍が突き刺さる。


「ぐ、……おーーっ」


能力で守られているはずの腕が、押し戻される。

彼の能力で作り出した『コーティング』が割れ、両腕が弾かれる。

衝撃波の槍は直進して無防備な彼の胸元へと飛び込み、そしてーー。








――――――――――――――――――――
――――――――――
――――――


ズドォン!!! と、爆音が鳴り響いた。

美琴が作り出した衝撃波の槍は、確かに垣根の懐へと飛び込んでいた。

だが、分かったのはそこまで。
着弾した瞬間に舞い散った粉塵が、彼女の視界を完全に遮ってしまう。


「っ――」


美琴は目を細めて煙の奥を注視する。

粉塵の中では電磁波のレーダーが機能しないため、
垣根の状態は視覚で判断するしかなかった。






「……やばっ、やり過ぎた……?」



正直なところ、『向き』操作を応用した超電磁砲など今まで試したことすらない。
どれだけの威力か、そもそも成功するのかまで分からなかった。

加減が分からないので、『取り敢えず』全力で撃ってみたのだが……。



「この威力じゃ、介旅まで巻き込んじゃったかも……!?」



己の失策を嘆きながら、粉塵の中へ踏み込む。

介旅を巻き込んだかもしれない、という不安は当然あったし、
垣根を殺してしまったかもしれないということも不安材料の一つだった。



(垣根、だっけ。その辺に、動けないくらいの重傷で倒れててくれると助かるんだけど……)


目を凝らし、粉塵に覆われた地面を注意深く見ようとする。

その結果、美琴はそこで無事に倒れている介旅を発見しただろう。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・
――突如として背後から襟元を鷲掴みにされ、強引に後ろへと引き倒されなければ。









「痛ッ――!?」

「あーあー、ったくよぉ」


苛立ちを顕にしながら、垣根は美琴の肩を踏みつける。

鉄柱のように頑強な足で美琴を拘束すると、彼は前髪を掻き上げながら口を開く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「用意に時間がかかる『コーティング』が剥がれちまったじゃねぇか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
対艦砲程度なら真正面から受けられる代物だぞ。
・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いくら俺でも、身に付けられる重さと薄さでこの強度を維持するのは骨が折れるんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・
どうやって落とし前付けるつもりだよ、おい」


「っ――――」


肩の痛みに耐えながら、美琴は絶句していた。

対艦砲を受け止めるとか、そういう言葉の内容に対してではない。

その言い方に対して。まるで気に入りの洋服を汚されたチンピラのような口調に対して。

それはつまり垣根にとって、
美琴の攻撃はその程度のものでしかなかったということだ。






決定打を浴びせられない、なんて次元ではない。
勝負にすらなっていない。同じ土俵にすら立つことを許されない。

絶対的な力の差、という言葉が美琴に重くのしかかる。
その意味を、ようやく今になって実感する。


……思えば、一方通行に対峙した時もそうだった。

美琴は手も足も出なかった。
介旅がいてくれなかったら、彼女はあそこで終わっていただろう。


けれど、今度は違う。
守られるだけじゃない。今度こそは、美琴が誰かを守る番だ。







「……つーかよ、お前の原動力って何なんだ?
お前にとっちゃ第一位は『仇』だろうが。
これから利用するつもりだったならまぁ納得できなくはねぇが、
そうだとしてもそこまで必死に守ろうとする義理はねぇだろうがよ」


「……あ、はは……」



垣根の言葉に、美琴は力なく笑う。

諦めや自嘲、ではない。

逆だった。



そんな風にしか物事を考えられない彼に。
彼女は、哀れみすら覚えていた。







「――アンタには多分、一生分かんないわよ」

「それはつまり、死にてぇって意思表示と取っていいんだな?」


額に青筋を浮かべた垣根が、肩を踏んでいた足を振り上げる。

全体重を乗せた踵で、肋骨をまとめて折りに来るつもりなのだろう。

狙いを定めるため、垣根が美琴に目を向ける――その瞬間を、彼女は見逃さなかった。

バヂヂッ!と即座に生み出した電流が、正確に垣根の両眼を狙う。






「ッ――!」

「どんなもんよ!」



電撃自体に意味はない。
それ自体微弱なものだったし、仮に最大出力でも難なく止められてしまっただろう。


だが、少なくとも雷撃に伴う光は防がれない。
垣根が普通の人間と同じく眼を頼りにしているのは、
行動を少し見るだけで分かるようなことだった。


閃光と共に身を起こし、美琴は後方へと走る。

一方通行や介旅を置き去りにする形になるが、
垣根は彼らよりも自分を優先して追ってくるという確信があった。






「ッ……の……! 逃がす訳ねぇだろ!」



背後から怒鳴るような声が近付く。

目眩ましが効いているのか、あまりスピードのある動きではない。


だがそれもいつまで保つか分かったものではない。
美琴は足を急げ、横っ跳びにコンテナの影に飛び込む。


それを追った垣根が、何の冗談かただの跳躍によって
散乱したコンテナの一つを飛び越え、美琴に追い付く――直前だった。







――ゴッッ!! と。



物陰から飛び出した那由他の蹴りが、垣根の横っ腹に直撃する。



微妙に区切れが悪いですけど今回はここまで

次回は多分那由他ちゃんの活躍回?

乙  兎  髪気づかんかった・・・読み落とし多い
美琴が久々に動いてくれて良かった  那由他も楽しみにしてるわ

乙です

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