純「ドーナツの穴」 (18)

梓「なーにしてるの、スミーレ、直」ギュッ

菫「新曲のことを話していたんです」

直「どうしたらいいか相談してた」

梓「なになにー。あぁ、ここはね…」

梓「えー、これはね…」

菫・直「梓先輩?」

梓「…憂。ちょっと来てくれる?」

憂「なぁにー」

梓「ここなんだけど…」


純「…」


最近、梓が先輩風を吹かせてる。
今だってスミーレと直に後ろから抱きついてスキンシップをとってる。
先輩らしさの表現がスキンシップなんて唯先輩の影響が強すぎる気もするけど、
スミーレも直もまんざらではないみたいで、やっと部長らしくなってきた感じ。

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帰り道。


ジャズ研後輩「さようなら、純先輩」

純「あっ、さようなら」

梓「…今のジャズ研の子だっけ?」

純「うん。私の後輩」

梓「そっか」

純「うん」


チクッとした。

笑顔でさよならと言ってくれた後輩。
あの子は、バレンタインにチョコをくれた子だ。
恋愛感情なんてない友チョコだけど、嬉しかった。

あの子に屈託ない笑顔で挨拶されると、あまり物怖じしない私でも、少し心が痛む。
もちろん顔に出したりはしないけど。

家に帰ってから、ベッドの上で寝転んだ。
こういうとき、ふと考えてしまう。

あの後輩のこと。
ううん。後輩だけじゃない。同級生もいる。
ジャズ研の仲間だった人たち……。

あの子達は、私に会うと笑顔で挨拶してくれる。
辞めるときだって、無理に引きとめようとはしなかった。

私が軽音部を気にしていたのを前々から気づいてたみたいで、
「純の意志を尊重する」と言ってくれた。

まともに引き止めたのは顧問の先生ぐらいだ。

だけど、私は知ってる。
三年生になると同時に部活を変えるなんて、決していいことじゃない。
コンクールでも再編成が必要となる。

それでも、私は軽音部に移った。

◇◇◇


恩に着せるつもりはないけど、軽音部に入ったのは梓のためだ。

去年まで、軽音部は梓を含めて5人でやっていた。
中野梓、秋山澪、平沢唯、琴吹紬、田井中律。

私の憧れだった秋山澪先輩。
梓にとっても憧れの先輩だった。
お姉ちゃんにしたい人ナンバーワンだとか。

憂のお姉さんでもある平沢唯先輩。
いつも梓に抱きついてた人だ。
先輩のことを話す梓はいつも楽しそう。

ミステリアスな琴吹紬先輩。
彼女がいたからこそティータイムができたそうだ。
お茶目なお母さんみたいな人だとか。

お調子者の田井中律先輩。
信じ難いことだが、この先輩は部長だった。
梓とはよく口喧嘩してたけど、強い信頼関係も築いてたみたい。

みんな梓にとってはかけがえのない人だったけど、卒業と同時にいなくなってしまった。
先輩達の大学は遠くて、気楽に会いに行ける距離じゃない。

とは言え、梓がもっと器用に立ち回れる子だったらこんな心配はしなかたのかも。
でも梓は違う。
一人で上手く勧誘して部員を集められるタイプじゃない。
どちらかというと口下手で誤解されるタイプ。
1年の頃よりはマシになったけど、まだまだだと思う。

そんな梓を助けたいと思ったから、私は軽音部に入部した。

軽音部がとても楽しそうに見えたのもあるけど、それは理由にならないと思う。
ジャズ研だって大好きだったから。

決めたのは自分の意志だ。
後悔がないと言ったら嘘になるけど、決定に責任ぐらい持ちたいと思う。
ジャズ研の子に会うと感じるこのチクッとした痛みも、私にとっては必要なものなんだ。

申し訳ないのは、軽音部が楽しすぎること。
軽音部が羨ましいと思っていたのは、おいしい紅茶とお菓子があったからだ。
紬先輩の紅茶は本当に美味しい。
お菓子は言うに及ばす。
あれほど美味しいお菓子がこの世に存在するなんて、本当に知らなかった。

先輩達が卒業してしまった以上、紅茶もお菓子もなくなるものだと思っていた。

が、そうはならなかった。
斎藤菫。通称スミーレは紬先輩の妹分らしく、甲斐甲斐しく紅茶を入れてくれる。
家で余ったお菓子もたまにもってきてくれる。

スミーレについてもう少し話しておこう。
彼女は紬先輩から密命を帯びて軽音部にやってきた。
任務はティーセットの回収。

けど、任務というのは嘘で、軽音部にスミーレを入部させるための策略だったそうだ。
紬先輩もなかなか粋なはからいをしてくれたものだ。
おかげでスミーレのいれてくれた紅茶をこうして楽しめるのだから、いくら感謝してもし足りない。

スミーレはとてもよい子だ。
なんでも上手く立ちまわれる憂よりは、梓寄りかもしれない。
特に何かの才能があるわけではないけれど、努力でそれを埋めるタイプ。
最近は直と仲良しみたいで、色々やってるみたいだ。

そうだ。直につても話そう。
奥田直。
ちょっとぶっきらぼうな喋り方をする子で、ジャズ研だったら言葉遣いを注意されてたと思う。
そういう意味で、軽音部は直に合ってる。

直は楽器が弾けない。
そのかわり作曲をやってくれる。

いつもパソコンでカタカタやってる変わった子だけど、私は直が好きだ。
主張するのは苦手だけど感情が顔に出やすくて、昔の梓を見てるみたいで楽しい。


スミーレと直。
正直、最初はちゃんと一緒に音楽やっていけるのか不安だった。
でも、今ではスミーレは真剣にドラムを叩いてるし、直は作曲に夢中だ。

二人は次代のけいおん部を担うメンバーとして、立派に成長してくれた。

例えば、こんなことを考える時がある。
私が軽音部に入らなかったらどうなったんだろう?

梓、憂、スミーレ、直。
4人いるから廃部にはならない。

ギター、キーボード、ドラム。
ベースはないけど、バンドとしては問題ない。

でも、こうも思うのだ。
自惚れかもしれないけど、梓があんなに早く立ち直ったのは、憂だけじゃなく私もいたからだって。

梓は私の前では強がろうとする。
それがいい影響を与えたんだと思う。

それに憂と梓だけだと部活として上手く機能しなかった気がする。
憂は少し優しすぎるから。
私みたいなちょっと強引なヤツがいたほうが、きっと良かった。

自分を正当化してしまうけど、あながち間違ってもいないと思う。
以前、真剣な顔の梓にお礼を言われたこともあるし。

完全に正しい答えなんてない。
だったら自分の信じた道を行くしか無い。
私はそう結論づける。

ただ、ジャズ研の部屋の前を歩くと後ろめたさを感じる。
それは、梅雨が明け、文化祭の直前になっても変わらなかった。

◇◇◇


曲が完成するのが遅かったせいもある。
スミーレが楽器初心者だったせいもある。

とにかく、文化祭前はもう駄目だと思ってた。
でも、必死の努力とさわちゃんの協力でなんとか持ち直して、
私たちは演奏をやり遂げた。

演奏が終わった後の自由時間、ジャズ研の先輩にばったり会ってしまった。

ジャズ研OB「あれ、純じゃないか」

純「先輩!」

ジャズ研OB「やっぱり。変わってないね」

純「先輩はおめかししてますね」

ジャズ研OB「変かな?」

純「そんなことありません」

ジャズ研OB「そう言ってくれると嬉しいよ」

純「積もる話もありますし、そこのメイド喫茶でも入りませんか?」

ジャズ研OB「あぁ、いいよ」

先輩は、ショートカットでちょっとボーイッシュ人。
同じベースということもあり、部活では随分お世話になった先輩だ。
バレンタインにチョコを贈ったこともある。
恋愛感情はなかった……と思う。


ジャズ研OB「くくっ、純はまだ埃つけてるんだ」

純「埃じゃありません!!」

ジャズ研OB「あはは。変わらないね」

純「先輩もおかわりないようで」

ジャズ研OB「うん。純はジャズ研辞めちゃったんだね」

純「はい……ごめんなさい」

ジャズ研OB「謝ることないって」

純「あはは、そうですか?」

ジャズ研OB「後悔してないんだろ?」

純「どうでしょう…?」

ジャズ研OB「後悔してるのか?」

純「ちょっとだけ」

ジャズ研OB「…純にそんな顔似合わないよ。ちょっと話してみな。それで楽になることもあるから」

純「…それじゃあ」

◇◇◇


ジャズ研OB「なるほどね。その梓って子のために軽音部に入ったんだ」

純「はい」

ジャズ研OB「これかい?」

純「ち、違います。でも大切な友だちで」

ジャズ研OB「まぁ、それならいいじゃないか」

純「ジャズ研にいるより、梓のためにしてやれることのほうが多かったと思うんです」

ジャズ研OB「う〜ん。それは違うんじゃないか」

純「えっ」

ジャズ研OB「純を慕ってくれる後輩は沢山いただろ。純に期待してた奴もいる。私みたいにさ…」

純「…」

ジャズ研OB「そういや純にあこがれてベースを始めた奴もいたね」

純「…」

ジャズ研OB「今更言っても仕方ないことだけど、純はジャズ研にとってもかけがえない存在だったと思うよ」

純「私…」

ジャズ研OB「なんだい」

純「どうすればよかったんだろう」

ジャズ研OB「さっき2年のベースの子に会ってさ。あの子純に気があった子だろ?」

純「そ、そんなんじゃありません」

ジャズ研OB「だってチョコレート——」

純「あの子、先輩にもあげてました!!」

ジャズ研OB「そうだっけ?」

純「それくらい覚えておいてください!」

ジャズ研OB「わ、わるい。……っとそれはともかく」

純「はい」

ジャズ研OB「あの子達とちゃんと接してるかい?」

純「…挨拶ぐらいは」

ジャズ研OB「やっぱりね。それはよくないよ」

純「でも、なんか後ろめたくて」

ジャズ研OB「後ろめたいのは当然だろ。私だって純がジャズ研を辞めたと聞いて悲しかったよ」

純「すいません…」

ジャズ研OB「でも、だからと言ってあの子たちを避けてたら、あの子たちの気持はどうなる?」

純「それは…」

ジャズ研OB「私はね。さっき純が誘ってくれて嬉しかった」

純「え」

ジャズ研OB「そそくさと逃げちゃうかと思ってたから。誘ってくれて嬉しかった」

純「…」

ジャズ研OB「あの子たちも、私と気持ちは一緒だと思うよ」

純「…そうですね」

ジャズ研OB「軽音部の子達との時間を蔑ろにしろとは言わないけど、あの子たちとの時間も大切にして欲しい。私はそう思うよ」

純「はい」

ジャズ研OB「でもさ。その梓って子は幸せものだね」

純「へっ」

ジャズ研OB「だってそうだろ、今まで続けてきた部活をやめてまで付いてきてくれる友達がいるんだよ」

純「そんな私なんて…」

ジャズ研OB「私だったら好きになっちゃうかもしれないね」

純「せ、先輩!!」

ジャズ研OB「あははははは。冗談冗談。でも絶対に感謝はしてるって」

純「で、ですよね」

ジャズ研OB「あぁ、純は自慢の後輩だからね。だから純はいつも笑っててくれよ」

純「先輩、口説き文句が上手くなりましたね」

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