剣士「黒き鬼……?」(171)

酒場の店主「ああ。最近東の山に住み着いたって噂だ」

剣士「そいつを倒せば騎士団入りの可能性もあるのね」

酒場の店主「確かに、腕利きの賞金稼ぎも、国の討伐隊も返り討ちにあったって聞いたし、有り得なくはないんじゃないか?」

剣士「ありがとう、それだけ聞ければ十分だわ」ジャラ

酒場の店主「お、おい! まさかお嬢さん一人で行く気じゃないだろうな!」

剣士「大丈夫。私、強いから」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1346425920

――魔物が山に住み着いた

東の峠を越えてくる商隊がなくなってから、そんな噂が流れるようになった

調査に向かわせた兵達は消息不明。騎士団は本格的に山狩りに乗り出す

しかし、討伐隊は多くの兵を失い敗走。命辛々逃げ延びた兵士は、山中で見た惨劇をこう語った


……禍々しい、黒い影を纏った人喰い鬼

その身の丈は十尺をゆうに超え、その力は岩をも砕く

刃はその身体に届かず、なすすべもなく仲間達は怪物の腹に飲み込まれた

あれは鬼、黒い鬼だ……


小国は恐怖に震えていた――

剣士「静かだ……鹿はおろか、鳥の一羽も見かけない」

剣士「それに、黒鬼討伐隊はどこだ……昨日今日で撤退するとは思えない」

鬼の棲むという東の山に、剣士は単身乗り込んでいた

国境付近に位置するこの山は、普段なら旅人や商人の馬車が行き交う比較的交通量の多い地点なのだが……

剣士「まるで、山全体が死んでいるような静けさだ……」ザッ…

剣士が掻き分ける茂みの音が、妙に大きく聞こえる

空気が身体に纏わりつく

喉元に刃を突きつけられているような錯覚

山の異変に気味の悪さを感じながら、剣士は鬼を捜して奥へ奥へと進んでいった

じりじり、じりじりと、鬼の気配を探りながら、粘っこい空気の中を進む

すると、

剣士「……っ」

山頂から吹き下ろす風が、不吉を告げた


錆臭い、血の混じった風

地獄の釜を開け放ったような悪臭


それは、国の精鋭達が全滅している事を物語っていた


仕官の足掛かりにしようとした身ながら、鬼の噂が真実であるという事に剣士は奥歯を噛み締めた

剣士「……」チャキッ


柄を握る手に汗が滲む

鼓動がやけに耳につく

巡る血が熱く、熱く、全身に力を送り込む

生存本能

剣士の、死への拒絶反応が静かに燃え上がる


剣士「……」スラッ

剣士は無意識の内に息を殺していた

剣士「……」

息を飲み込み耳を立てると、先までの静寂が嘘のように、音が聞こえてきた


ボリ…
    ウ……ウァ……
クチャ…クチャ…
       ベチャッ
メチャ……


骨が、肉が裂け、摺り潰れる音

肉片が水風船のように弾ける音

肺が潰れる時に出る、呻きにも似た音


そして、今の今まで風だと思っていた、怪物の呼吸……

その全てが水位が上昇するように山中を埋め尽くした

剣士の進む先に怪物はいた

黒い影に覆われた巨大な体躯に、煌々と光る真紅の眼

大樹の幹のような太い腕で、殺した人間を腹に開いた大口に放り込む

鎧を着けていようがいまいが、グチャグチャと大顎で咀嚼する


正に悪鬼

人喰いの鬼であった


剣士「であああああッッ!!」ダッ

背を見せた瞬間、剣士が疾駆する

鎧を纏っているとは思えぬ、獣の如き強襲

完全な不意打ちに悪鬼は振り向く事も叶わず、


――――ザシュッ


脳天を割られた

剣士「!? 手応えが」

ドゴォッッ――――


      ―――――ドンッ  ドッ  ズシャァァ…


違和感に気付いた時には、剣士は既に宙を舞っていた

身体の何倍もある豪腕に薙払われ、剣士は二回、三回と地面に激突しようやく止まった

剣士「…………ぐっ」

天地もわからぬまま、剣士は見上げる


『ガァァアアアアアアアアアアッッ!!』


そこに、圧倒的な悪意がいた

剣士「……はっ、く」

バラバラになりかけた身体が悲鳴を上げる

左手はぶら下がっているだけで感覚がない

胴体に至っては激痛でどこまでが鎧かわからない


一撃でこの有り様

手痛い現実を突きつけられ、剣士は死を予感した


剣士「……ッ、ああ……!」グッ

それでも、絶望の最中にあっても剣士は立ち上がった

無様に敗走するにも、一矢報いるにも、先ずは立ち上がらねばならなかった

『グルル…………』

ズゥン

ズズゥン

悪鬼が一歩、また一歩と近付いてくる

獲物を射[ピーーー]赤々とした眼は、剣士を捉えていた


剣士「…………」

剣士はその視線を受けて立った

瞳には強い光

邪悪を射抜く強い光があった

ズズゥン…ズズゥン……


肉迫する悪鬼を前に、剣士は目を瞑る

そして、目の前の状況から、取り巻く世界から、痛みを訴える肉体から意識を切り離し、深く深く……心の奥底へ呼びかける


剣士「……風よ、我に応え給え」

光が溢れる

剣士「陽光よ、我に力を授け給え」

それは木々を、草花を、大地を、空を……人間達を加護していた精霊の光

剣士「悪しきを駆逐する光を……」

高く掲げた右手に光が集まる

『グ…………』

眩い光は悪鬼を眩ませ、その進撃を止める

剣士「我は天騎士、正義を為す者……!」

やがて光は一振りの剣となり、剣士に邪悪を滅する力を与える


剣士「見よ、これぞ我ら天騎士が秘技――聖剣なり」

――聖剣

騎士の中の騎士と謳われる天騎士が放つ光の刃

その一撃は闇より井でし黄昏の軍勢さえも殲滅すると言われている

正に必殺、神が与えし力である――



『グ…………ッ』

聖剣の光を目の当たりにし、悪鬼がよろめく

聖剣は、低級悪魔なら光を浴びただけで灰になってしまう程、強い神性を帯びている


剣士「……はぁッ、はぁッ」

故に、剣士自身も無事では済まない

必殺の一撃、聖剣

しかし、それを外すという事は死に直結する


剣士「…………っ」

膝が笑う

軸足がぶれる

間合いに入ろうにも足が上がらない

身体は血を失い寒気に襲われる

何より諸手に構えるべき聖剣を片手で扱わねばならない


それでも、剣士は叫んだ

剣士「ゆくぞ悪鬼! 光へと還るがいいッ!」


――――ズバァァァアアアアアッッ――――


空を切り裂き、熱と光の刃が悪鬼へと伸び、


――――バシュウッッ


『…………ガ』

深々と突き刺さった


剣士「…………やった」ガクッ

『……………………』



『ガアアアアアァァアアアアアッッ!!!!』

剣士「何!?」

聖剣を受けて尚、悪鬼は健在だった

光の刃を持ってしても、刀傷一つついていない

剣士「そん……な」ドシャッ

急速に力が抜ける

押し込めていた体中の痛みが、波のように押し寄せる

『ガァァァァアアアアアッッ!!』ズズンッズズンッ


膝から崩れ落ちた剣士に、悪鬼が突進する

その口中、歯に挟まった死肉と同じ運命を、剣士もまた辿る

剣士「御先祖様……申し訳ありません」グッ

剣士は人知れず、無念の涙を流した






「良き剣だった」


声が聞こえた

地鳴りのような足音の中、確かに声がした

「では、何故仕損じたか」

軋む右手で涙を拭い、声に顔を上げる



侍「それは、未だ心の眼が開いておらぬからだ」



そこには、夜より黒い瞳を持った男が立っていた

突進する悪鬼に、男は立ちはだかる

だが、男の帯びた剣は未だ抜かれていない
剣士は大きく目を見開いた

自分を助けに来てくれた人が、巻き込まれて死ぬのだけは防ぎたかった

『グアアアアアァァァッッ!!!!』

剣士「に、逃げ……」ググ…





「鋭き事――――」



ビッ――――


光が翻る

切っ先に宿った青い光が弧を描き


――――ズバァァ……


侍「――稲妻の如し」チャキッ


悪鬼が引き裂かれた

ほんの、一瞬の出来事だった

いつ剣を抜き、いつ納めたかもわからない、神速の斬撃

まるで白昼夢を見ていたような気さえする

侍「……南無」

ぼやけた視界には、黒い瞳の男と消滅する悪鬼が映っている

剣士「…………そうか」

それを認めて、ようやく剣士はこれが現実だと知る

剣士「……ぁ」グラッ

落下する感覚

消えゆく意識の中、剣士は「なんて美しい太刀筋だろう」と思った

あ、saga忘れてた、失敗

一瞬エルクゥかと思ったがそんなことはなかった

……


剣士「…………」

涼風に瞼を開いた

白い布団、白い包帯、開け放たれた窓

揺れる梢の音が心地良い

剣士「…………」

なのに、何故だか胸が騒ぐ……


医師「……お、気が付いたかね」ガチャ

剣士「…………貴方は」

医師「見ての通り、医者さ。ここは国営の病院なんだが、運び込まれる心当たりはないかい?」

剣士「……」

剣士の脳裏に一つの画が浮かび上がった


青い光

闇を切り裂く一筋の閃光

鋭く宙を滑る、美しくも危うい軌跡


剣士「…………」

医師「……何も、思い出せないかい?」

剣士「……黒」

医師「黒?」

剣士「黒い瞳…………私は黒髪黒眼の男に会った」

医師「それは、最近噂されている黒鬼の事かい?」

剣士「鬼……」


医師の言葉に、剣士の記憶が急速に蘇る


粘つく空気

蔓延する血の臭い

消えない咀嚼音

亡骸の視線



人喰いの悪鬼


剣士「…………くっ」ズキッ

医師「! すまない! 余計な事を言ってしまった」

剣士「いえ……大丈夫です」

医師「いや、病み上がりなんだから、無理はいけない。まして、5日も目を覚まさなかったんだからね」

剣士「5日……5日もですか!?」

剣士「……っ」ズキッ

医師「ああっ、大人しくしてなさい。まだ混乱はあるだろうが、じき落ち着くさ」

剣士「……」

医師「何か軽めの食事を用意させよう。食欲が無くても、早く回復する為にもちゃんと食べるんだよ」

ん一旦終わりかな?乙

……

剣士「……」カチャカチャ…

ガチャ

衛士長「食事中すまない。私は近衛騎士団の衛士長を務めている者だ。黒き鬼の件でいくつかお聞きしたい事がある」

医師「という事だ。無理のない範囲で答えてくれないか」


衛士長「勿論、食事が終わるまでは待たせてもらう。体調が優れないと言うのであれば、日も改めてよう」


剣士「……いえ、大丈夫です。聞きましょう」

医師を伴って現れた軍服の男は、手近な椅子を引き寄せると腰を下ろして手帳を広げた

剣士は、長くなりそうだと他人ごとのように思った

衛士長「先生、少し席を外して下さい」

医師「わかりました。くれぐれも、怪我人に無理をさせないで下さい」

衛士長「ええ、何かあったらすぐ呼びます」

……バタン

衛士長「単刀直入に聞こう。君が、あの鬼を倒したのか?」

剣士「……いいえ」

衛士長「ならば一体誰が……?」

剣士「……黒髪黒眼の男。どうやら私は、彼に助けられたらしい」

衛士長「黒い髪に黒い眼……異国人か」

剣士「恐らくは」

衛士長「その男はどうやって黒き鬼を倒したんだ。黒き鬼は雲の様に刃をすり抜けると聞いたが……やはり魔術か」

剣士「……剣で、真っ二つに」

衛士長「!? 斬ったのか?」

剣士は首を縦に振り、肯定の意を示す

衛士長「馬鹿な……聖剣でも使ったと言うのか?」

剣士「……」ギュウッ

剣士「彼の剣は聖剣でも魔剣でも……魔術装飾すらかかっていない、ただの剣です」

剣士「しかし、その太刀筋は稲妻の様に鋭く、脚色でもなんでもなく斬撃は見えなかった」

衛士長「斬撃は見えなかったのに太刀筋は見えたのか? いや、君の証言を疑う訳ではないが」

剣士「信じられないでしょうが、事実です。剣を抜いたと思ったら、既に鞘に納まっていました。遅れて残光が走り、黒鬼を切り裂いた」


剣士「或いは、彼の剣は、刃の形をした稲妻だったのかもしれない……」

剣士「……」

言葉をひとつ紡ぐ度に、記憶の欠片が蘇る

褪せていた記憶は色付き、繋がり、確かなものに生まれ変わる


衛士長「…………よし。ともあれ、黒き鬼は消滅したという事だな」

剣士の証言を記していた衛士長が顔を上げる

剣士「ええ。気を失う前に黒鬼が消えるのは確かに見ました」

衛士長「ありがとう。それが確認できれば、長らく封鎖していた東の峠を開けるし、兵を派遣して事後処理もできる」

衛士長「君達の協力無くして黒鬼打倒はなかった。皆を代表して、まず礼を言わせてくれ。……ありがとう」

剣士「いえ、私は……」

衛士長「勇敢に戦いを挑み、こうして生還したのだ。何も……恥じる事はない」


剣士はその時、衛士長の言葉の意味を垣間見た気がした

ありがとう

生きていてくれて、ありがとう

そう、聞こえた気がした


剣士「……はい」

衛士長「近々正式に報酬が出る筈だ。国としての礼はその時に改めて。勿論、ここでの治療費は国が負担する。ゆっくり休んでくれ」

剣士「お心遣い感謝します」

なかなか面白いよ?

……バタン

剣士「……」

衛士長が去り、再び一人になると剣士は横になった


眠れない

瞼を閉じると、瞳に焼き付いたあの光景が浮かんで消えない

剣士「……黒髪黒眼」

まだ、あの男はこの国にいるだろうか

そんな事を考えながら、剣士は深く布団を被り直した

きたーおつ

無粋な質問をするようだが、あの侍と同一人物なのか?
よく似た別人なのか?

同一人物

…………

剣士「ふう……」ザッ

翌日、悪鬼との死闘から七日後の朝

剣士は再び、東の山に足を踏み入れていた

山の空気は朝焼け澄み渡り、辺りは草木が目を覚ます気配を微かに感じるばかり

とても、あの惨劇があった場所とは思えない

剣士「……」

だが、確かにあった

肉啜り骨を喰む、形容し難い闇の住人

鬼と怖れられた魔物は、確かにいたのだ

ザッ…ザッ…

明けゆく山林の中に剣士の足音が響く


抉れた地面、へし折れた樹木、散らばった鎧の破片


争いの痕跡を踏み越え、剣士は奥へ奥へと進んでいく

今日が、自分の人生の転機となる

そんな、確信めいた予感を抱きながら

ザッ…ザッ…

無意識のうちに歩みが早くなる

まるで、蝶が灯火に誘われるかのように

剣士「……」ザッ

やがて、悪鬼に遭遇した場所へと辿り着いた

そこには、突き立てられた剣や槍、あるいは積まれた石等が八、九十並んでいて、

剣士「これ全部、奴にやられた人達の……」

墓のように見えた


剣士「……これは?」

その、山中の共同墓地の一番奥に、剣士は一際大きな石を見つける

>>39
>>40さんが言って下さった通りです
不定期でちょこちょこ書いていきますのでよろしくお願いします

一際大きな積み石には鋭く切り取られた跡があり、その跡は読めはしないが文字のように思える

剣士「石碑……慰霊碑か?」

それにしては雑なような気がする

文字を彫るという事自体は手が込んでいるが、石碑には土台がなく、そのまま地面に置かれているだけである

とはいえ、災害現場が遠方の場合、犠牲者を埋葬した場所、墓地と災害現場の二箇所に慰霊碑を建てる手法は珍しくない

が、それなら犠牲者の遺体は街の墓地に埋葬される筈だが、見る限り遺体はここに埋葬されている

剣士「つまり、弔ったのは街の者でない誰か……」

鬼武者かと思ったがそんなことはなかったぜ

おっつー

乙乙

誰が弔ったのか、大凡の予想はついていた

あの日、悪鬼を葬った黒髪黒眼の剣士

あの男以外考えられなかった

そんな、予感がしてならなかった

剣士「……」

間もなく夜が明ける

剣士は死者に祈りを捧げると、また山林を奥へと進む

男がいるであろう、その先へと

乙乙

それから――どう歩いたかは覚えていない

幾つ梢を潜り、幾つ茂みを抜け、幾つ朝露が頬を濡らしたのか、覚えていない

朝霧のようにぼんやりとした意識の中、微かに漂う予感にただ身を委ね、遠くに自らの足音を聞いた


それはまるで、眠りにつくような、現実感を手放すような……それでいて、鋭敏な感覚だった


そう、まるで「聖剣」を握る時のような――

乙乙

――心に剣を携えよ

己の道を拓く剣を


心の刃を研ぎ澄ませ

眼差しは切先となるだろう


刃に光を与えしは意志

剣を鍛えしは理解


理解せよ

剣を携えるという事を

理解せよ

剣とは、何なのかを――

乙乙

おっつ

――ガサッ

剣士「あ……」

最後の茂みを抜け、剣士は山頂へ至った


双眸に映る昇陽、山端の靄

朝日を受け輝く明け方の大気


幾度となく、幾度となく

一日たりと欠かす事なく迎えてきた筈の光景が、今日この日ばかりは違って見えた


剣士「貴方は――」

乾いた唇で言葉を紡ぐ

眼前には男の背

日輪に黒髪が映えていた

剣士「貴方は……」


言葉が出てこない

何か、大切なことを確かめに此処まで来た筈なのに

何を問い、何を得る為に此処まで来たのか
剣士「……」



剣士「……何を見ているのですか」

侍「……」



――世界を


侍「世の広さを感じていたのだ」


待たせやがって
もうだめかと思ったろ

次回はもうだめかと思う前に頼む

同感ですお願いします

ご心配おかけ致して申し訳ありません
週1ペースは守るようにします

世界、世の広さ

その言葉を剣士は測りかねた

この男が言っているのは、地図や地球儀や国境線や……そういうものではなくて


――聞こえぬか


剣士「……え」

侍「聞こえぬか。風が運んでくる遠い国の歌が」

侍「感じぬか。肌に触れる生命の息吹を」

侍「見えぬか。我等を取り巻き移り行く大気が」

侍「お主ならば解る筈だ。私は――」


その全てを知りたいのだ――

「知りたい」

遠い異国から来た男は、初めて空を見た子供の様に、そう、言った

そして、その言葉通り、全てを知る為にここまで歩いてきたのだろう


途方も果てのも無い、自分自身の心を探す旅


「お主も見よ。夜明けだ」


人はその旅を、人生と呼ぶのかも知れない

…………


侍「して、拙者に何か用か」

剣士「!」

男の声に剣士は我に返った

変わり映えのない夜明けの景色、眼下に広がる平凡な人里


特別でもなんでもない、世界のどこにでもあるありきたりな光景

そんな、ありきたりのものに、いつの間にか剣士は見とれていた


侍「お主も日の出を見に来たのか」

男は一人納得し、口元に笑みを浮かべる

元々、要件など纏まっていない

だが、剣士は男の笑みを見て、言葉がさらに喉奥へ引っ込むのを感じた

剣士「っ……私は!」

振り絞る

強張った身体から必死に声を

悪鬼を目の前にした時より、余程強い緊張の中、男の闇より深い眼を見据え剣士は吠える


剣士「私は! 強くなる為に此処へ来た! 私に剣を教えてくれ!」


強く

剣士の願いを表したかのような声が朝靄を切り裂いた


侍「強く、か……」

無骨で不躾で、純粋過ぎる言葉を受け、男は瞼を閉じた


たった、それだけの挙動に、額から汗が吹き出る

剣士は、脳裏に僅かに残った冷たい部分で、かつて感じた事の無い鼓動の熱さを感じた

男は暫し、眼を伏し俯き加減で思案していた

そして、やがて静かに眼を開け、剣士を見据え問う


侍「では問おう。お主の言う『強さ』とは何だ」

剣士「強さ……」



剣士「決まっている! 何者にも負けぬ力と、それを律し従える強靭な心と聡明さ。それらを兼ね備えた英雄たる資質こそ、強さだ!」

sage進行だったのか
更新に気がつかなかったぞ

侍「英雄たる素質、か」




侍「ならば、既にお主は『強さ』を持っているではないか」

剣士「え……」

侍「先の戦いで見せた秘剣。あれは心技体全てを備えた……正に英雄たる者でなければ会得できん」

侍「お主は、既にその域にいる筈だ」

剣士「……」



剣士「剣しか能がないだけです。私はそんな……できた人間じゃない」

侍「剣しか能がないのは私も同じだ。故に、一太刀見ればその者の心の内までわかる」


侍「剣とは刃であり、心を映す鏡でもあるのだからな」

>>67
超ゆっくり進行なので、あげるのはちょっとはばかられます
年末の連休には大量更新したいと思っていますが……

がんばります

ふむ

ひたすら忙しくて長らくjaneタブでくすぶってた侍スレからブログ経由してここまでやってきました記念
ブログコメントもレスもあまり残してきてないけど応援してんよ!!

>>71
ありがとうございます!


今週ちょっと忙しいくて書けてません
のろのろ進行で申し訳ありません

構わぬ
続けばそれでいい

剣士「……ならば」


剣士「ならば、何故私の刃はあの鬼に届かなかったのです!」

侍「……」



侍「強さを持つが故、だ」

剣士「……え」

侍「強さを持つが故に盲目。強き故に、剣士は討たれる者が何者であるか顧みない」

侍「強きだけでは影を斬る事はできぬ」

剣士「影……」

剣士の脳裏に、鬼の姿が過ぎる

全身を覆う黒い靄と、禍々しく輝く赤い瞳

それは正に影であった


剣士「影を斬るには、どうすればよいでしょうか」

侍「……さあ、な」ザッ

剣士「さあなって……ちょっと! 話はまだ終わってない!」

侍「下山前に墓参りに行く。お主も来い」ザッザッ

剣士「ま、待ちなさい!」ザッ

――生を授かると同時に、女の身でありながら「天騎士」の神託を受け、十余年

己を研鑽し立身を志すも、心根の純粋さ故に迷い、気付けば国を出て流浪の身

大功を成して帰参する事を誓うも、未だ能わず、我武者羅に剣士を振るう日々



そのような大迷の中、女は一人の剣士に出会った

剣士「決めた。本当の『強さ』がわかるまで、貴方について行く」



これは、後に英雄と呼ばれる女の物語である――

いいね

…………


剣士「師匠」

侍「……その師匠と言うのは止めてくれぬか」

剣士「ではなんと呼べばよいのですか? 師匠、お名前は?」

侍「……さて、なんだったかな」

剣士「師匠!」


剣士「……それで師匠、さっきから何をしているのです?」

侍「墓参りの準備だ」カチッカチッ

男は皮袋から粉の様なものを一掴み、二掴み、三掴み墓前に盛ると、火打ち石で火を点けた

剣士「それは?」

侍「香だ。最期の別れに供える物が何も無いのは、忍びなくてな。亡骸弔う傍ら、下手なりに作ってみたのだ」

煙が立ち昇り、仄かに甘い臭いが香る

焼香がうまくいったのを見届けると、男は墓前に座して手を合わせた

侍「南無……」


――ザザ……


剣士「!」

木々のざわめきが聞こえた

それだけではない

草葉の声や地の鼓動、目には映らない大気の流動、山に棲まうものたちの存在……

そんな、普段は些細で気付かないものが、剣士に押し寄せてきた



侍「さて、行くとするか」

剣士「あ……」

気付くと焼香は燃え尽き、男は立ち上がって膝を払っていた

剣士「今のは……」

剣士はさっきの感覚を知っていた



聖剣

無我の境地に立ち、森羅万象の加護を得る事で放つ天騎士に授けられた奥義

今覚えた感覚は、正に聖剣を握る時の――世界と共鳴する時の感覚であった



きたかあけおめ

>>81
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

剣士「師匠!」

剣士の呼びかけに男が振り返る

剣士「師匠、今のは……」

侍「今のとは」

剣士「とぼけないで下さい。今……貴方は聖剣の柄に触れましたね?」


先の感覚を思い出すと共に、剣士の脳裏に一枚の画が浮かび上がる

それは、虚空に手を伸ばす剣士の姿

伸ばされた手は宙を掴み、無より一振りの剣を抜く


今日まで、聖剣を抜いた回数は決して多くない

だが、身体に染み付いた聖剣の感触が、記憶が――天騎士の血が、先の不可思議な現象に呼応した


剣士(或いは――)

私はさっき、聖剣を抜いていた

そう錯覚する程、強い印象を受けたのだ

ほんとに亀進行だなおい

侍「私は墓に手を合わせていただけだ。聖剣など、触れる由もない」

剣士「しかし、私には――」

男が剣士の反論を手で制した

侍「話は道中でもできるだろう。下山するぞ」

剣士「…………わかりました」

渋々、剣士が了承すると、男は微かに表情を和らげ、墓所をあとにした

剣士は最後に一度だけ墓所を見渡すと、男の後に続いた

…………

ザッ、ザッ、ザッ

侍「……」

剣士「……」


剣士は、男の言葉を待った

待って待って、待ち続けるうちに、道程は半ばに差し掛かっていた

剣士(やはり駄目なのか……?)

男は剣士の師事を受け入れていない

先の問答も核心に触れる事はなくはぐらかされ、今もまともに取り合ってもらえていない


もしかすると、このままついて行っても何一つ得られないのではないだろうか……


そう、思った時だった

侍「お主はさっき、聖剣の柄に触れたかと言ったな」

男は歩みを止め、小枝を拾い上げた

侍「答えは否だ」スッ


――――ピッ


男の携えた小枝が、宙を舞う落葉を撫でる

二度、三度……十重に二十重に撫でる


侍「私には、『これ』がある」ビッ

最後に一度、落葉を叩くと、落葉は幾百幾千と散った


侍「故に、魔術も聖剣も要らぬ」

剣士「か――」


僅かな大気の乱れにも翻弄され、ひらりひらりと人の手を逃れる落葉を捉えるのは容易でない

まして、刃をもたぬ路傍の小枝で何度も斬る事など、不可能に近い


その上、業の途中で四散せぬよう寸分の狂いもなく『剣』を通すとなれば


剣士「――神業だ……!」

侍「お主の言う『聖剣』も、私の『これ』も、大元は同じだ」

侍「これらだけではない。我らを取り巻く世の其処彼処に大元は在る」

剣士「そこかしこに、ですか」

侍「其処彼処に、だ」

無意識のうちに、剣士は周囲を見渡していた

辺りには緑が溢れ、何の変哲もない山道が剣士の前後に伸びている

侍「お主は大元が何か知りながら、まだ理解していないようだな」

男は剣士に歩み寄ると、さっきまで振るっていた小枝を渡し

侍「精進せい」

そう、言った

…………

剣士「……師匠、何をしているのですか?」

侍「細工だ」シャッシャッ

剣士「それは見れば分かります!」

麓の街に到着すると、男は風呂敷を広げ、中に仕舞われていた木彫り細工を並べた

今までも細工を売る事で路銀を稼いできたのか、細工の造形はなかなかに見事で、はじめ、剣士も思わず感嘆の声をもらした

剣士(しかし……)

彼程の腕を持つ男が街角で商いをしている事が、剣士は勿体無く思えた

勿論、彼の生き方をとやかく言うつもりはない

だが、あの『神業』を見てしまっては、万民の為に剣を取り采を振るうのが、彼の天命のように思えて仕方なかった


生まれながらにして『天騎士』であった自分のように――

侍「ほれ」シュッ

剣士「!」パシッ

侍「お主もやってみろ」

剣士「いえ、私は……」

侍「ぼうっと突っ立っているより万倍良いぞ」シャッシャッ

剣士「……」

剣士は落胆した

精進しろと言われたかと思えば、修練を言い付けるでもなく、このような手慰みに興じろと言う

侍「……」シャッシャッ

剣士(これなら素振りをしていた方が万倍マシではないか……)

侍「……」シャッシャッ

剣士「……」

剣士は修練に行くでもなく、男の隣に腰を下ろし、ぼうっとしていた

修練に行くには何となく気乗りしないが、かと言って木彫りに勤しむのも悔しい

結局、剣士はどちらを選ぶ事もできず、考えるのを止めてしまった

剣士「……」

剣士の頭を、国を飛び出した時の記憶が過ぎった

剣士(私は、また選べないでいるのか……)

投げ寄越された木片をじっと見る

どんなに凝視しても、それはただの木片だった

剣士「売れませんね」

侍「うむ」シャッシャッ

一刻が過ぎても、男の細工は売れなかった

売れないどころか、誰一人足を止めない

剣士「他の商人のように、呼び込みなどしてみてはどうです」

剣士達の他にも露天商は何組もいた

幟を立てたり、声を大に商品の良さを謳ったり、曲芸で目を引いたり、皆競って客引きをしている

それに比べ、男は細工にばかり精を出している

客が寄り付かないのも無理はない

侍「よいのだ」シャッシャッ

剣士「……はあ」

何がよいのかはさっぱり分からなかったが、剣士は追求しなかった

こっそり告知させて下さい


以前書いていた少女と侍のSSの小説版を下のページで公開中です
よろしければ読んで下さいまし

http://kotobagatsuujinakutemo.web.fc2.com/


現在3話まで公開中、アップ作業が終わり次第順次更新します

おお乙

お乙

侍「それよりも、何か見えてきたか」シャッシャッ

剣士「……え」

侍「木彫り細工だ。長い事考え込んでいたようだったのでな、そろそろ輪郭が見えてきた頃合かと思ったのだが」シャッシャッ

剣士「いえ、私は……」

全く考えていなかったと答えるわけにもいかず、剣士は言葉を濁した

それをどう受けたのか、男は「ふむ」と顎を一撫でして、

侍「なに、焦る事はない。何事も、取り掛かるまでが一番時を要するものだ。じっくり向き合うといい」

と、返した

……

侍「……」カリカリ…

剣士「……」

更に一刻の時間が経った

日は西に傾き、人の行き来も落ち着き始めている

辺りに目をやれば、店仕舞いをする商人もちらほら現れ、もうじき街が眠りにつく事を物語っていた

剣士「結局、一つも売れませんでしたね」

侍「そうだな」カリカリ…

剣士「いいのですか? どれだけ貯えがあるかは知りませんが、今日のような日が続けば、いずれ路銀が……」


「ねえねえ」


剣士「……ん?」

子供「これ、なぁに?」

振り返ると、子供が剣士の袖を引いていた

4つか5つくらいだろうか。膝小僧を擦りむいている、如何にも好奇心の強そうな男の子だ

子供「ねえねえ、これなに? 怪獣?」

剣士「ああ……えっと」


侍「それは八岐大蛇。私の国の神様だ」


子供「神様? 蛇なのに?」

侍「八岐大蛇は八つの首、八つの尾を持つ蛇の姿をした神で、その身体は八つの山、八つの谷を以てしても収まらない程巨大であった」

子供「これで一匹なの!?」

侍「これ、神様に向かって匹とは罰当たりな」

子供「でも、蛇なんでしょ?」

侍「蛇であり、神であり、自然そのものである」

子供「?」

侍「あの山も、空もこの大地も……我々を取り巻くもの全てが、神の身体の一部なのだ」

子供「神さまの?」

侍「左様。故に、我々の都合で汚したり壊したりすると、このような大蛇の姿や『黒き鬼』になって罰を与えに現れる」

剣士「!」

何故、己の刃があの鬼にとどかなかったのか

剣士は、なんとなくわかった気がした

剣士(あの時、私は目の前の「敵」を屠る事ばかり考えていて……自分が戦っている相手が何者なのかなど、考えてもみなかった)


子供「ねえ、おじさんは『やまたのおろち』を見た事あるの?」

侍「ああ、あるとも」

子供「本当に!?」

侍「ああ」


――彼の者達は常に我等の傍に在る――


侍「お主にも、いずれまみえる日が来るだろう」ワシャワシャ

子供「ん……」


剣士「……」

……

子供「またねー!」

侍「気をつけて帰るのだぞ」



剣士「あの置物、タダであげてしまって良かったのですか」

侍「良いのだ」

心なしか嬉しそうな表情を浮かべて、男が答えた

侍「人も物も、出逢うべくしで出逢う。あの男子の手に渡るのが、木彫りの大蛇にとっても幸せなのだろう、と私は思う」

剣士「そうですか」

侍「うむ」

剣士「……」

侍「何か」

剣士「……」



侍「何か、彫ってみたくなったか」


剣士「……」


剣士「はい」

きたか

…………



剣士は宿の自室で木片をじっと見ていた


自分も何か彫りたい


そんな、一時の気の迷いとも言える衝動を覚え、胸を焦がし、今の今まで何を作るか悩ませている

十数年、剣を振るう事しか考えていなかった剣士にとって、太陽が東に沈むかの如き変化であった

剣士「何か……」


自分にも、見えるだろうか


それは、これから刃を入れる木彫り細工の輪郭

或いは、己の心

はたと途切れた、自身の歩く道の続き


剣士「……」

知らず、剣士は祈るように木片を覗く

結局、その夜、剣士が木片に刃を入れる事はなかった

[らめぇぇっ!]

チチ…… チュンチュン

鼓膜をくすぐるさえずり

剣士「…………ん」

瞼を舐める陽の温もり

剣士「…………」モゾ

遠く聞こえる、市井の営み……




剣士「……しまった!」ガバッ

時刻は間もなく十時。いつもの起床時間を四時間も過ぎていた

剣士「はぁ……何をやっているんだ、私は」

深く溜息をつき、剣士は机の上に置いてある手付かずの木片を、無意識のうちに恨めしそうな目で見た


欠かす事のなかった研鑽を怠り、細工などに現を抜かし、挙げ句の果てに朝の修練をするどころか昼前まで寝過ごしてしまった

剣士(私は、強くなる為に「あの男」に師事したというのに……!)


強く、拳を握り締め――すぐに解いた


剣士(……焦るな、私)

一朝一夕の努力で『強さ』が身に付かない事は、自分自身よくわかっている

だからこそ、一日一日を大切にし、日々努力と進歩を続ける事が重要だと、剣士は心得ている

剣士(怖れるな、私)

もう一度、胸元で拳を握る


剣士(日課を怠った事は反省して正せばいい。だが、変化を怖れて古い規則に縋るな)

剣士「思い出せ、昨日の感覚を。変化のきっかけを」

いい進歩だな

変化を恐れて古い規則に縋るな……か
いい言葉だ

剣士「……ふう。……はーっ」

目を閉じ、深呼吸をひとつ……ふたつ

感覚を研ぎ澄まし、身体を巡る血の流れを感じる

次に鼻先、五指、足底……

末端から丹田へ、丹田からまた末端へ、繰り返し繰り返し意識を巡らせる


剣士「…………よし」


ゆっくりと瞼を開く

視界は澄み渡り、剣士の心を映しているかのようだった

鍛錬の準備をしながら、冷静さを取り戻した頭と心で剣士は少し考えた

自分の感情がこれほど揺れるのは何故だろう、と

振り返れば、あの「黒き鬼」に追い詰められた時よりも、さっきの方が余程焦っていた気がする

剣士「可笑しなものだ。死中に在って冷静でいられる程の強さを、私は持っていただろうか」

死を目前にし、腹を括ったと言えば響きはいいが、どうも腑に落ちない


落ちないが、剣士はそこで思考を止めた


人間には過ぎてしまった事、とりわけ自分自身の事を省みると、知らず知らずの内に己の良いように事実をねじ曲げる悪癖がある

それも、悪い出来事ほど記憶は改竄され、正常な判断を妨げたり、或いは靄で包み隠し忘却させる

剣士は、自分にもそういう弱さがある事を知っていた

剣士「だから、結論を急ぐのは止そう」

そう、わざと口に出し、剣士は自分自身にまた言い聞かせた

戦靴の紐を結び、籠手に手を通したところで、ふと机の上の枝に気付いた

剣士「聖剣は必要ない……か」

何の気なしに、瑞々しさを失いつつある落枝を手に取り、指先でなぞってみた

長さは約一尺半。細く長く、まだしなやかさを帯びている

とはいえ、およそ鋭さ、剛さなどとは無縁で、物を斬れる代物ではない

剣士「……だが、あの人は斬った」


それも宙を舞う落葉を、何度も、何度も

それは、黒曜石を細く深々と貫くような繊細さ

それでいて、湖面を滑る魚の群を刈るような迅さ

それらを兼ね備えた「鋭さ」に収束した業のように見えた

剣士「…………ふッ」

右腕を腕をしならせ小枝を振るうと、ビッ、と空を切る音がした

剣士「……違う。あの人の太刀筋はもっと……」キュッ

剣士の目つきが変わる

脳裏には昨日見た「神業」の残像

その影に誘われるように、剣士は小枝を何度も振るった

きたか

頭の、血の通った部分から声がする

「結局あの男に惑わされ、衝動に身を任せ剣を振るうのか? 結論を急ぐのは止めるのではなかったのか?」

頭の、冷たい部分は答えない

「今感じている変化の兆しのようなものも、己が生み出した幻想なのではないか?」
やはり、冷たい部分は答えない

ただただ、誘われるがまま、感じるままに動け、剣を振れ、と冷たい部分は言う

その声に、剣士もまた答えなかった

自身の内で繰り広げられる葛藤の声は、今の剣士には聞こえない


小枝を振るう度に心が澄んでいく、無心になる

そんな、気がした

……

日が西に傾き始めた頃、剣士はようやく宿の中庭へ出た

剣士の額には汗が滲んでいる

ついさっきまで振るっていたのは、剣とは比べ物にならない程軽い木の枝だったが、それも一刻、二刻もの間、真剣に振っていれば当然汗をかくし、疲労も溜まる

だが、剣士は先程までの行動は鍛錬として数えず、日常の鍛錬はあくまでこれからこなすつもりでいた

惰性ではない

どんなに迷おうと、伸び悩もうと、この積み重ねた鍛錬こそが今日までの自身の強さの裏付けであり、この先も変わらず己を支える力の大元であると自負していた

きたか

剣士「あ……」

中庭に出ると、木陰に座る男の姿があった

男は背筋を伸ばして顎を引き、膝を畳んで正座の姿勢をとっていた

剣士「…………っ」

足が前に出ない

中庭に一歩足を踏み入れた瞬間、剣士は男がそこにいる事を察知した


空気の変化

殺気とはまた違う、張り詰めたような感覚

まるで、自分の体中に糸がついて、何をするにも許しがいるかのような……

剣士「…………くっ」

剣士はそれを爪先で感じ取った

男とは4間ほどの距離がある

だが、剣士はすぐ近くにいるような錯覚に陥っていた


いや、事実そうなのかも知れない


この、空気に呑まれる感覚は、既にあの男の間合いに入っているという証拠で、男にその気があったなら、既に首が飛んでいたかもしれない

剣士「……」

だが今は、そんな風に刃が飛んでくるという事もない

そう、わかっていながら、剣士は未だ一歩も進めていなかった

この雰囲気いいな

剣士「……っ」

息苦しい。満足に瞬きもできない

視線を彼の男から逸らす事は能わず、出した足を下げる事も叶わない

どれくらいの間、そうしていただろう


これが、恐怖というものなのだろうか……?


と、無意識に己が抱いている感情を推察した時の事だった



――――チャキッ


剣士「……あ」

マダ~?

心配ないと思うが一応

2013年6月8日から1ヶ月間誰の書き込みもないスレッドは自動的にHTML化されます。
詳しくは以下のURL先をご確認ください。
【運営から】 6/8から1ヶ月間書き込みのないスレッドは自動的にHTML化されます
【運営から】 6/8から1ヶ月間書き込みのないスレッドは自動的にHTML化されます - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1368247350/)

*)ミヒィ

右手が柄に添えられる

踏み込み、背筋は伸びたまま右足が大地を捉える

――――チャキッ

鯉口を切る音

「時に、舞う雲雀が如く」

刃が光を生み、空に弧を描く

「時に、佇む大樹が如く」

西日の中を翻る刀身が、今度はゆっくりと天に向かって聳える


――――ビッ


力強く、愚直とも言える袈裟斬り


      ピッ、フォン、フォン――


かと思えば、切先を追う事も能わぬ突き、払い


――キュッ

「閃光の如く、雲霞の如く」

静止、平突きの構え


「剣とは――」




――――ビィッッ


真直に、本当に真直に、剣が空を突いた

それは、ほんの一瞬の太刀であり、瞼を焼き、記憶に焼き付く光だった


それは、天道に他ならなかった


侍「剣とは――」

男が剣を納めると一陣の風が吹き抜け、二人の髪を揺らした

剣士はそれに気付く事なく、ただ瞳を見開いていた


侍「剣とは、まさに形を持つこころ。剣とは、心の体現也」



そういえば、言葉が通じなくともはもう書かないのか?

まだかいな

大丈夫か

……チン

夕日を溜めた刀身が鞘に収まる

男は再び膝を折り、背筋を伸ばして座ると、両手を地につき深々と頭を下げた

何に対する礼だったのか、それはわからない

形式的な礼なのか、剣を教えてくれた師への感謝なのか

或いは……



――剣とは――



剣士「こころ……」


或いは、何だろうか

剣士は解を得ぬまま、男の言を反芻していた

……夜

剣士は未だ中庭に居た

他の宿泊客が訝しむのも気にせず、中庭への出口に正座すると、飽くこともなく、男が一礼を捧げた場所を視ていた


剣士(……ああ、私はどうしてしまったのだろう)


宵闇が辺りを包んでも、夜風が頬を冷やしても、剣士の眼に映るのは夕方の光景だった

剣士(師匠は……あの人はまだ彼処にいる)

残像がちらつく

剣士(鳥のように、雲のように、繰り返し繰り返し……)

刀身が描き生み出す万理

切先から火が、花が、星が…………生まれ、消えてゆく


剣士はその営みを、じっと視ていた

あの日、男が飽く事無く朝焼けを視ていたように

長らく投下できずご心配をおかけしました
少しずつペースを上げられたらと思います


>言葉が通じなくても
現在凍結中で投下はできませんが、続きは書きます
何らかの形で発表、完結させたいと思っていますので長ーい目で見てやってください

把握

握。おつ

今夜は月も星もない

消灯時間を過ぎると辺りはいよいよ闇に覆われ、男のまぼろしが一際はっきりと眼に映った


剣士「……」


闇の画布を刃が彩る

剣士は最早何も考えなかった

眼前の剣舞、まぼろしを、世のある事象と受け入れていた

水が零れ落ちるのと同じように、月が満ち欠けるのと同じように、受け入れる事ができた


……或いは、彼のまぼろしは剣士自身の願望、心のあらわれだったのかもしれない

……零時を回った頃、剣士は静かに瞼を閉じた

男の残像、まぼろしを見る事はなく、ただただ暗闇と一つになっていた


瞑想ではない

答えを得ようなどとは思わなかった

ただ、そうしたかっただけ

いま、この「時間」を感じたかった




剣士「……!」

ふと、眼を開くと、そこに「男」はいなかった


剣士は、男と同じように深く礼を捧げると、ようやく部屋へ戻った

……

その日の夜、剣士は夢を見た

時が経ち、色褪せても決して消えない、遠い日の記憶

幼き日の、母との約束



ただ、ただ母の笑顔が見たかった

「すごいね」と「えらいね」と、褒めて欲しかった

だから、英雄「天騎士」になろうと決めた

私は強くなる

強くなって母を守るんだ、と


そう、決めたんだ

……

支援

地の文が多すぎる

来てほしいなー

翌朝の目覚めは昨日に比べ大分良かった

剣士は街の目覚めより少し早く起きると、半刻ほど汗を流し、湯浴みと朝食を済ませた


侍「今朝は早いな」

街路の端に陣取る男を見つけると、剣士は挨拶もせず、どっかと腰を下ろした

剣士「…………貴方のまぼろしを見ました」

やや時を置いて、剣士が口を開いた

剣士「貴方が去った後も、私は庭に残り、貴方が残していった残像を見ていました」

剣士「何を得られたかは、わかりません。ただ……ただただ目が離せませんでした」

男は木を削る細工の手を止めず、口を開かず、目を向ける事もなく……それでいて静かに聴いていた

剣士「いつしか、私は目を瞑っていました」

何か、妖に誘われるかのように

剣士「そこには貴方のまぼろしは居らず、宵闇が広がっていました。瞼を閉じた闇ではなく、私を取り巻く真の夜があったのです」

剣士「私は、あの感覚を知っていた……」

眼ではない何処かで視るという術を

剣士「あれは……」

あの感覚は、何と綴ればよいのだろうか

剣士は遠く宙空、或いは己が奥深く、言葉を求めて意識を漂わせた

結局今は何と言う事もできずに終わるのだが、男は剣士が我にかえるまで、隣で待っていた

おつ

……

シャッ、シャッ、シャッ


まもなく正午という頃合。二人は変わらず街路脇に座っていた

男は時折やってくる客の相手をしながら、なにやら枝のような物を作り上げていた


シャッ、シャッ、シャッ


木を削る音が耳をくすぐる

まるで時を刻むかのようなこの音が、今の剣士は嫌でなかった

侍「……」シャッシャッ

剣士「……」

上手だな、と剣士は思った。

一度刃を誤れば木人形の首は飛び、なにものにもならず、ただ棄てるほかない

元はただの木片、と言えばそれまでだが、そのような心で挑んではそれこそ、なにものにもならない

侍「……」シャッシャッ

まるで、愛娘の髪を梳く母の様な男の所作

震えも迷いもない

その刃はひたすらに優しかった

侍「……」シャッシャッ

剣士「……」


剣士「あの……」

長い沈黙を経て、剣士がまた口を開く

剣士「それは、鍛錬の一環なのでしょうか。それとも、純粋に路銀を稼ぐ為に?」

侍「そうだな……」

男は少しだけ手を止め、

侍「趣味だ」

と、答えた。

剣士「趣味、ですか」

侍「こうしていると、落ち着くんだ。心は静まり、考えは纏まる」

剣士「……」

おつ

侍「お主も、やってみてはどうだ?」

剣士「あ、私は……」

そう返され、剣士はふと、自分が随分熱心に木彫り細工の様子を見ている事に気付き、顔が熱くなった

男から貰い受けた木片は腰から下げた皮袋に入っている

宿に置いてきても良かったのだが……なんとなく、手放せなかった

侍「いや、無理に彫れとは言わぬ。もっと楽に、気が向いたらで良い」

男は一度、そう断りを入れ

侍「ただ、必ずしも、器を決めて懸かることもない。込めるものの赴くままに、器が現れる事もある」

そう言葉を締めた

おかえり

はよ

シャッ、シャッ、シャッ……

それ以降、男が剣士に言葉をかける事はなかった

シャッ、シャッ、シャッ……

男は黙々と、それでいて楽しげに木片に刃を入れ続けた


どうにも手持ち無沙汰だった


剣士ははじめ、再び声がかかるものだと思っていた

しかし、男がこちらを気にかけている気配はない

まるで「言うべき事は全て言った。後は自分で考えろ」と言っているように思えた

男の言葉は一々意味ありげであった

もっとも、意味のない言葉などないのだが

それにしても、男の言葉はどこか確信めいていて……全てが自分に向けられた言葉のような気がしてならなかった


そしてそれは、思い過ごしではない筈だ


剣士「…………」

…………何故

何故、このような回りくどい事をするのだろう

男は「強さ」を教える気があるように思える

しかし、直接指導するつもりはないのだろう


剣士「…………はぁ」

取り出した木片をなぞってみる

考えは纏まりそうもなく、気持ちは逸るばかりだった

危ない保守保守

剣士「……」

手中の木片をまた、なぞる

この塊が、男の手の中にあるような複雑極まる姿に変わるなど、剣士には想像がつかなかった

いや、複雑でなくとも、例えば水挿しのような簡単なものですら、よくよく考えてみると、どこから一刀目を入れるのが正しいのかわからない

そも、いきなり刃を入れるものなのか?

要は想像通りの形に出来ればいい話なのだが……

剣士「……」


わからない

いや、わからない、ではない。できないのだ

剣士には木片が水挿しになった姿も、水挿しになった姿も、想像ができなかった

きたか

剣士はここに至り一つ理解した

何故自分が「とりあえず」でも刃を入れないのか

気乗りしないからではない。完成が想像できないからだ

剣士にとって手中の木片は木の塊でしかなく、水挿しにも匙にもなる可能性の塊ではない


可能性を見出せない

それは、人間という明日へと生きる生物にとって重大な欠陥であろう


剣士「…………ふう」

何が、自分をそうさせているのか

結論を探す前に剣士は一度、呼吸を整えた

大きな発見であった

もしかすると、三年に及ぶ堂々巡りから前に進む切欠を掴んだかも知れない

呼吸を整えたにもかかわらず、剣士の胸はそんな期待に高鳴っていた

今日はここまでです

私が未熟なばかりにいつも間をあけて申し訳ありません

 【このスレは無事に終了しました】

  よっこらしょ。
     ∧_∧  ミ _ ドスッ

     (    )┌─┴┴─┐
     /    つ. 終  了 |
    :/o   /´ .└─┬┬─┘
   (_(_) ;;、`;。;`| |

   
   【放置スレの撲滅にご協力ください】  
   
      これ以上書き込まれると

      過去ログ化の依頼が

      できなくなりますので

      書き込まないでください。


            SS速民一同

はよ

およ

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom