操祈「好きでこんなことやってるわけじゃないわよぉ」美琴「その、ごめん」(856)

食蜂さんがちょっとエロい目に合うスレです

基本的な視線は御坂さんになります



・地の文あり

・18歳未満お断りのところあり

・キャラクター崩壊上等


のんべんだらりと生ぬるくやっていきます

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373850975

 縦に長い菱形の口から白い雫が一滴、重力に引かれて空中に身を踊りだした。
 そのまま踊るように透明なコップに注がれた白い液体に飛び込んで、見事なミルククラウンが描かれる。

 そして、そのアップ状態の牛乳入りのコップをぐわしと掴む手。

 画面は枠を広げ細い手の持ち主が全身を顕にする。
 見事なクビレ。見事な美貌。そして見事な乳房。
 コップの底を天に向けるように牛乳を一気に飲み干し、ぷはぁ、と美味そうに息を吐けば豊かな乳房がプルンと揺れる。

 流れるテロップにはカラフルに「ムサシノ牛乳」の文字が―――

 ふわふわと空中散歩を楽しんでいるかのような飛行船に張り付いている大型液晶に映える広告を御坂美琴は見上げていた。
 場所は学園都市でも五指に入る―――「五本指」の別名を有している名門校・常盤台中学の渡り廊下である。

 常盤台中学のある「学び舎の園」は女子学校しか存在しないエリア。
 教師すらも女性しか認められないという徹底ぶりの、文字通りの女の園である。
 そして学区エリアである以上、いや学園都市内である以上そこには成長期を過ごしている人間ばかりということになる。

 「ムサシノ牛乳を飲むと巨乳になる」という都市伝説を意識していないわけがない。
 思春期の少女は自分の肉体が何のためのものかを否応にも気づかされている。とても卑怯な宣伝方法とも言える。



「つか、ムカつくわよね」


 片眉を釣り上げて美琴が言う。
 誰に聴かせるというわけでもない独り言。応答するような爽やかな風が耳元をくすぐったが表情は変わらない。
 グラウンドが見渡せる渡り廊下に差し込んでくる日差しはとても強く彼女の目は糸のように細くなっていた。


「アンタらの商品にどれだけ投資してると思ってるのよ。いい加減効果出しなさいよ」


 下を向けば何一つ抵抗なくコンクリートの地面と自分の足元が見える。
 特段重いものをぶら下げたいとは思わないが投資に見合っただけのリターンが欲しい。
 具体的には手のひらサイズからの華麗なる脱却。
 女性として魅力的な肉体になりたい。

 彼女を知るごく少数からは疑問に思われることもあるが御坂美琴はお嬢様である。
 ツンの代わりに雷撃をぶち込んだり電磁力で超加速したコインをぶち込んだりすることはあるがそれでもお嬢様である。
 しかも学園都市に七人しかいない超能力者のひとりでもあり奨学金という名目の実験協力金を大量に稼いでもいる。
 毎日ムサシノ牛乳を一リットル飲み干したところで金銭的なダメージは皆無だ。

 だが、それ以前に日常生活を送っていながら牛乳を規定以上に摂取しようとするのはそれなりに努力がいる。
 それを「癖」にするまでは相応に気疲れするのだ。
 自己評価の高い美琴としては自分の努力に結果が出ないことが、出さないことがとても許せない。
 それが不満の原因の一つである。



 そしてもうひとつの原因は。


「アイツ……今度は何処いったんだか」


 つまりは、そういうことだ。


 少なくとも同じ光景を見れる場所にはいない。
 学び舎の園は男子禁制だとかそういうことではなく、おそらくこの学園都市に、いや日本にすらいないかもしれない。

 自分が戦えるということ、足手まといになどならないことは十二分に証明しているつもりの美琴だが
 頑なまでの彼の主張を覆すには未だ至っていない。
 世界には自分の知らないものがあって、カーテンの裏側、部屋の隅で何が起こっているのか。

 理屈も道理も理論すらも食い違う。
 科学とは異なる何か―――魔術であろうとなかろうと、
 きっと無敵の右手と無謀と紙一重の勇気で戦っているであろう彼を美琴は苦々しく思っている。

 憎悪ですら、ある。
 自分が女だから、弱いから―――そういうカテゴリーで切り捨てているわけではないのだろうけれども。
 ツンツン頭の彼の力になりたいという思いが叶わないのはとてもとても苦しいのだ。


 精神論で現実という歯車は回らない。
 数センチのナイフでも道端の石ころでも彼は簡単に死ぬ。
 もし自分がいたらそうならなかったのに。
 なんて思うような出来事があったらどれほど後悔すると思っているのだろう。

 距離が近づいてわかった事だが、彼は偽善者である。
 もちろんやらない善よりやる偽善だ。
 彼の行動は人を救い希望を与える。

 しかし彼はその理想を人に押し付ける。
 施しを与えるが代価は受け取らない。
 彼は常にその瞬間救うだけで次の日にはすべてを忘れている。
 自分の『救いたい』という願望が先に来ていて『本当に救ったのか』については興味がないのだ。

 なるほど、おとぎ話の英雄のように悪王から国を救った勇者が新たな支配者になるよりは、
 救われた民にとっては都合がいい。

 が、一緒に連れ添おうというものにとっては押しつけの偽善はとてもとてもひどく人格に傷をつける。
 守られているだけなんて、どれほど辛いことか。そこを少しも理解しようとはしない。
 彼は救うことにはなれていても救ったあとのことを考えようとはしない。
 他人事なのだ。



「その人に必要なものを用意するのが僕の仕事さ―――ってパパが言ってたケド。
 アイツに必要なのはなんなのかしらね」


 彼の行動は時に言い訳をしているようにも見える。
 あちらへふわふわ、こちらへふわふわ、風まかせ状況任せで自分というものがない。
 デクスエクスマキナとして都合よく物語を解決させるのだろうけれども、彼自身の物語は一向に進まない。

 思春期の男女においては二歳の年齢差は精神的に逆転する。
 美琴は上条当麻の子供っぽい部分が鼻についてきている。
 好きな相手だからと欠点をすべて丸呑みにするような愛し方をする美琴ではない。
 あばたはあばた。エクボはエクボ。

 もっと大人になってくれないと困る。
 どれだけの人に心配をかけ続けているのか、それに気づいて欲しい。

 美琴の思考はここで中断した。
 白い雲が日差しを遮って大きな影に埋もれた。
 たまたま目のあった通りすがりの同窓の少女が軽く会釈してくる。
 漫画の中のお嬢様がしているような耳元から縦にロールしている長い髪をしていた。
 ―――訂正。実際にお嬢様である。



「ごきげんよう、御坂様。三日ぶり……ですか?」

「ごきげんよう。
 そうねー、しばらく研究協力に出てたからそれぐらいかしらね。
 ……あれ、アイツはいないの?」


 本来ならば『ういっす』とか返答したいところだったが性格的に合わない言葉で美琴は返答した。
 どこのお嬢様だ、『ごきげんよう』だなんて。
 自分が『お嬢様』に分類されていることに無自覚な美琴は若干くすぐったさを感じた。


「ええ。どこに行かれたのでしょう?
 ここ最近女王はふらっといなくなることがありまして」


 へー。どっかの誰かみたい。
 描写が遅れたが時間的にはまだ放課後ではない。
 大学のように単位制である常盤台中学はその気になれば自由時間を作ることは不可能ではない。
 しかし実際問題としてほぼフルに時間割を埋め込んでいる生徒がほとんどである。

 だが。
 超電磁砲の異名と共に学園都市でもっとも有名な超能力者である御坂美琴。
 そして女王と呼ばれる常盤台中学のもうひとりの超能力者食蜂操祈。
 このふたりは例外となる。
 話は簡単で、研究機関への協力という名の外出がどうしても頻繁にあるからだ。



 だからこそふたりの時間軸はなかなか合わない。
 無理に合わせようとすれば合わせられなくもないのだが強いてそれをしようとは思わない。

 妹達に関わる事件や学園都市中のヒーローが大集合という事件で緊急的なコンビを組んだこともある。
 性格的完全に信用できるわけではないが彼女の中に何かしらどうしても譲れないものがあって、
 その件に関しては認めざるを得ない。

 この学園都市において御坂美琴に比肩しうる存在はわずかしかいない。
 超能力者としての順位は確かに美琴の方が上だがそれが素直に格付けであるわけでもない。
 直接戦闘能力は皆無だが精神を操作できる能力者としては頂点に君臨するだけあって美琴としても衝突は避けたい相手だ。

 いや、正確に記述しよう。
 互角なのだ。いい意味でも悪い意味でも。
 だからこそ意識するし無視を決めつけたりもする。

 むしろ負けている部分もある。
 周囲に撒き散らす人を惹きつける黄金色のオーラとか、中学生とは到底思えない豊かな乳房とか。
 特に後者はシャクに触る。触りすぎる。

 そんな相手が度々行方をくらませる、という情報は美琴の心の中の琴線に触れた。
 また何かしら良からぬことを……と警戒を強める一方で純粋な好奇心が湧き上がってくる。


「女王のことですから特に心配をするようなことはないのですが、
 派閥の采配はどうしても女王にやっていただかなければ困ることもありますので。
 できれば連絡を取れる場所にいてほしいのですけれども」


 派閥。
 非常に特殊な言葉である。
 常盤台中学の女子生徒は中学在学中に大学卒業程度の知識を身に付ける。
 そして研究者が視界に入っている生徒も当然多い。

 強い派閥に入れば自分のやりたい研究をしやすくなる、という実利的な面がある。
 一方で自分の望まない研究を割り振られる可能性もある。
 大きな視線で語れば人気がないからといってやらなくてもいい研究ばかりでもない。仕方がないことではある。

 だが言い方は悪いが群れている小魚とそれを率いているお山の大将とも言える。美琴はあまりいい感想を抱かない。
 憧れられることはあっても親しい関係を中々築けない美琴の嫉妬でもあるのだろう。
 だからこそ、


「何やってるのかしら、アイツ」


 素直に嘆息した。
 自分の仕事をあっさり投げ出すのは大人のやることではない。
 年齢的にまだ大人ではない、というツッコミは許されない。何故ならば食蜂操祈は嫌々ながらも御坂美琴が認めた存在なのだから。



「そう言えば御坂様。先程から空を見上げておりましたけれども?」

「あー、うん。大したことじゃないの。あんまり気にしないで」

「いえ、そうではなくて。本日は授業をお受けになるご予定では?」


 有名人は余計に税金を払う。有名税という。
 その金額の重さに少しばかり眉をひそめた美琴は―――なんで把握してるかなぁ―――肩をすくめ、縦ロールの少女の耳元に唇を近づけて、言った。


「今日は月に一度、調子が悪くなる日の前あたりなの」


 わかるでしょ、と言外に含ませた小さな声。
 は、と背を反らせて距離をとった縦ロールの少女が瞬間頬を赤らめる。


「そ、それは失礼なことを」

「うん、そういうことなのよ」


 無礼を肯定も否定もせず。
 大っぴらに口にする言葉でもないが女の子同士の会話だ。カウントには入らないだろう。

 しかしそれ以上に、


(今の動きで明確に揺れたわねー)


 なんてことに美琴の意識は割かれてしまった。
 これも食蜂操祈のことが心に引っかかっているからなのかもしれない。

 実際のところ。
 御坂美琴はとても『重い』部類に入る。
 常日頃活発な彼女からは想像もできないが陰鬱な表情を隠さなくなり露骨に眉間に皺を刻む。

 そういったこともあって上条当麻は美琴を置いていった―――のかもしれないことを彼女は否定できない。
 もともと凶暴な面も有しいている美琴がますますその牙を光らせるのだ。
 君子危うきに近寄らず。ハリネズミのジレンマ。どれが正しい表現だろうか。
 ふたりそろってこの時期の距離感を掴めていなくもあるのだ。
 下手に優しくされると怒りが爆発したりするのはとても理不尽なことだと思うが、それで自己嫌悪に陥る美琴だって傷ついている。
 もう少し、上手くやらなくてはいけないのだろう。



「だからねー、ちょっと休憩。保健室に行こうかなって。
 薬は飲んでるけど、今回は特に重そうなんで」


 少し前のめりになって、体を低くして。
 見上げるようにウインクする。
 縦ロールの少女はますます顔を赤くした。
 それは性的な羞恥なのか、それとも同性にすら感じさせる御坂美琴の魅力に被れたか、おそらくはその両方だろう。


 その瞬間。


「~~~!!??」


 ばちん、という音がした。
 ぱんと打った柏手で場が一瞬にして静寂に支配されるような、清浄になるような、一種異様なそれ。
 耳の後ろの内側あたりに痛みを感じた美琴が思わず苦痛に顔を歪める。
 超能力者が自動で形成しているフィールドが侵略しようとしてきている異物を排除した抵抗の痛み。
 目の前がクラクラとした。


 頭を下げていた姿勢で思わず縦ロールの少女に突っ込みそうなところをタタラを踏んで堪える。
 身を起こせば縦ロールの少女はうつろな眼差しでどこか遠くを見つめていて、視界に入っているはずの御坂美琴が目に入っていないようだった。


「授業、いかなきゃ……」


 表現としては矛盾しているが、大きく見開かれた瞳に星型の光が宿っている。
 唖然として見つめる美琴に意識を振り向けることなく、お辞儀の一つもすることもなく。
 縦ロールの少女がフラフラと赤レンガの校舎へとつま先を向ける。
 あ、と軽い声と共に思わず手を伸ばした美琴だったが、その手が何もない空中をぎりぎりと握り締めると歪んだ唇から憤怒の声が漏れた。


「ア・イ・ツ・はー!」


 精神支配。
 防いだとしても御坂美琴が苦痛を覚えるほどの圧倒的支配力。
 当然扱えるものはただひとりしかいない。

 食蜂操祈。
 精神系能力者の頂点に君臨し、読心・洗脳・念話・記憶操作・思考操作・感情移植など精神系のありとあらゆる能力を兼ね備え、
 かつ、すべてのジャンルにおいて彼女を上回る精神系能力者は存在しないという常盤台中学が誇るもうひとりの超能力者。

 外面だけはいい彼女は、そして自分の失敗は文字通り『記憶からなかった』ことに改竄できる彼女はきっと素敵な人格者なのだろう。
 だがその仮面の下には傲慢で陰湿な貌が確かに存在していて、それが見抜けてしまう美琴にとっては腹ただしい相手でもある。



(自分の取り巻きと私が会話してたからって邪魔しに来たのか……ということは近くにいる?)


 美琴の目が細くなった。
 超能力者第三位・御坂美琴は電磁能力者の頂点であり彼女は電磁波を『見る』ことができる異能をも有している。
 電磁波とは例えば光である。それは通常の人間が見ることができない紫外線赤外線も当然含まれる。

 つまりは、壁の向こうの人の体温程度ならば簡単に『見る』ことができるのだ。

 だが、


「―――いない?」


 その特別な脳で周囲を見渡したが数十メートル以内に存在する人物はフラフラと足を進めている縦ロールの少女だけだ。
 食蜂操祈の能力の範囲はとても広い。そのことを美琴は目の当たりにしている。
 だから『視界』の中に食蜂操祈の姿がないことそのものは不思議ではない。
 だが、『この場所』にいないというのであれば―――食蜂操祈が能力を発動させた意味が理解できない。

 少なくとも美琴と縦ロールの少女との会話を邪魔するためのものではないことは推測可能だ。


「ただの、偶然?
 アイツが何かしらをしようとしてる―――おそらくは『人払い』みたいなことを―――しているのが
 たまたまこのタイミングだったってだけ?」


 自分に説明するように独り言つ美琴。
 その額にはねっとりとした汗が浮かぶ。
 そのまま十秒ほど周囲を伺うが特に変化はない。

 ふらふらと右に左に頭を揺らす危なっかしい歩みをしながら縦ロールの少女の姿が建物の影に消えていくと
 美琴はやっと丸い息を吐いて緊張を解消させた。


「ったく!
 何やってるのよ、本当に!」


 明るい栗色の髪に指を突っ込んで頭をガリガリと掻く。
 それほど乱れなかった髪を手櫛でさっさと整え両の頬をぱんぱんと元気に叩いた。


(まぁ、いいわ。
 特に向こうから喧嘩を売ってくるようなことがなければ無視しましょう。
 調子もアレだしね―――)


 体調もそうだが精神的に安定していないという自覚もある。
 余計な喧嘩を自分から売ってしまうかもしれない。
 何かしら悪事を働いているというのであれば止めなくてはならないけれども、食蜂操祈は性格破綻者ではあっても悪人ではない。
 自分の利益に忠実ではあるがそれを押し通すために誰かを傷つけることを積極的に行う人間でもない。

 無責任なようだが今は自分の体調を優先させよう。
 美琴は大気圏まで突き抜けるような蒼穹を恨めしそうに睨んでから保健室へと歩みを進めた。
 常盤台中学の保健室は教員棟の一番端にある。
 通常ならば校舎内を突っ切っていく形になるのだがたまたま外から帰ってきたばかりの美琴は別のルートから行くことになる。
 職員室の前の廊下は、通らなかった。

 人の気配がないな。
 そんなことを感じながら保健室までたどり着く。
 電磁波で確認するまでもない。
 明確に誰もいない。生徒も、教師も。

 何を考えているかは知らないが、これが『食蜂操祈の望んだ結果』なのだろう。
 彼女の精神支配は教師陣といえども、否、無能力者ですらない未開発の大人が抵抗できるものではない。
 それならばそれで―――静かに休めるというものだろう。
 悪事に便乗するようなものかもしれないけれども、見逃して欲しいというものだ。

 それでも、


「失礼しマース」


 と、大きな声で、そしてめいいっぱい保健室の引き戸を開けた。


「へ!?」

「なっ!?」


 誰もいないと確信していたはずの保健室には先客がいた。
 視線と視線がぶつかり互いに息を飲む。

 流れるような金色の長い髪。
 大粒の瞳に不釣合なほど大きく宿る光。
 細い四肢は蜘蛛模様に編みこまれた白いレースのロンググローブとガーターベルト。
 まるで人工物のように整った顔立ちと中学生からかけ離れた豊かすぎるボディライン。

 食蜂、操祈。
 彼女が丸椅子に座っている。


「あ、アンタ、食蜂―――」

「ちょ、ちょっと来ないで!
 出て行ってよぉ、御坂さぁんっ!!!」


 優雅な弧を描いて金色の髪がふわっと舞う。
 胸元を抱えて上体を倒したのだ。
 全身を丸くして、身体の前を隠している。


 何を隠しているか。
 食蜂操祈はブラウスをはだけさせ、下着をも取り去っていた。
 上半身は―――ロンググローブを除けば―――裸だったのだ。
 中学生とは思えない大振りの乳房がむき出しだった。それを隠しているのだ。

 いつもの余裕綽々の態度とあまりにも食い違う光景に、一歩踏み込んだはずの美琴が硬直した。


「あ、あ、その、ごめん―――」


 くるり、とその場で回れ右をしてカレンダーのかかっている壁に視線を釘付けにさせる。
 いくら女同士といえどもじろじろと見るわけにはいかない。
 先ほどの縦ロールの少女ではないが、自分のを頬が赤くなることを美琴は自覚せざるを得なかった。


「―――出て行ってはくれないわけぇ?」


 恨めしげな声が背中にかけられる。
 この短時間でどうにもかくにも精神的に立て直したらしい。声にはいつものふてぶてしさが戻ってきている。
 いや、むしろ恥ずかしい場面を見られたことにより過剰なまでに『いつもの自分』を演じようとしているようだ。


「私もちょっと、用事があってね」


 その立ち直りの早さに、美琴は怒りを覚えた。
 カチン、ときたのだ。
 理不尽かもしれないが、とにかくそう思ってしまった。


「申し訳ないんだけどぉ、それ後回しにしてくれないかしらぁ?
 一応、私が先客なんだしぃ」

「あぁん? アンタの底意地悪い能力使ってみんなに迷惑かけてまで何しようとしてるのよ。
 こんなところで胸をはだけさせてさ」

「そ、そんなの関係ないでしょう!?
 とにかく出ってってくれなぁい? 私もそれなりに忍耐力使っていること少しは理解してもらえないかしらぁ?」


 少し振り返ってみれば。
 誰かが保健室にいるかどうかなんてまっさきに気づいていなければならなかった。
 それに、今気丈に振舞っている食蜂操祈の声にわずかなりとも『怯え』の濁りがあることも悟れたはずだ。
 いつもの御坂美琴ならば当然にこなしていただろうことだった。

 ただ、今日は体調が良くなかった。
 上条当麻に『置いていかれて』機嫌が悪かった。
 いつもの御坂美琴ではなかった。



「―――アンタ、いい加減にして」


 見上げていた飛行船。
 ムサシノ牛乳の広告。
 目をそらしていたものを強引に意識させるような食蜂操祈の豊満な乳房。
 ぎり、と奥歯を噛んでも怒りが消えない。
 嫉妬が、消えない。
 瞳の奥に粘性の炎が燃え上がる。
 いつもならば受け流せただろう。いつもならば。
 でも、今は違う。

 それを隠さないまま、振り返った。
 脱いだブラウスを羽織るように纏って、完全には胸元を隠しきれていない食蜂操祈がひっ、と小さく息を飲む。

 超能力者と超能力者。
 第三位と第五位。実はその差は決して圧倒的ではない。むしろ、互角。
 しかしこの状況においては戦闘能力の差は圧倒的だ。
 食蜂操祈の能力は御坂美琴には通用しない。
 一軍を屠れる火力に食蜂操祈は何一つ対応できない。
 一方的に嬲られる。

 もちろん、御坂美琴はそのような性格ではない。
 しかし『怒り』が混じっていた。『怯え』がそれを見抜いていた。


「私だって迷惑かけている方だとは思うけれども。
 けれども自分の能力がどれほど人に迷惑をかけているかをこれっぽっちも反省しないその態度はすごく苛立つわ」


 ぱちん、と美琴の額の前で青白い火花が散った。
 脅しであって構えでもある。いつでも好きなように能力が発動できると語っている。
 自分のことを棚に上げた言葉に暴力による示威行為。
 あまりにも卑劣だ。
 しかし何度も繰り返すが今の彼女は『いつもの御坂美琴ではない』


「ちょ、ちょっと御坂さぁん、え、あ、ち、近づかないで!」


 いつもの、少しだけ伸ばす口調は続けられなかった。
 操祈は膝の上に置いてあったポーチから大慌てでテレビのリモコンを取り出すと美琴に向けてボタンを押そうとする。
 それはただの標準合わせであって心理掌握の能力の発動条件ではない。
 しかし、その動作が終わる前にリモコンは操祈の手を離れて軽い音を立てて保健室の天井にへばりついた。
 御坂美琴が、学園都市最強のエレクトロマスターが磁力を使って取り上げたのだ。
 ポーチに入っていた他のリモコンも全部持ち上がって天井に張り付く。
 もう、操祈にはどうすることもできない。



「あ―――」

「アンタの心理掌握なんて私には効かないんだけど、頭が痛くなるのは嫌なのよ。
 さて―――話してもらえるかしら?
 わざわざ能力使って人を寄せ付けなくしておいてまでおっぱいさらけ出して。
 もしかして―――発情でもしてんの?」


 カツカツと、近づいて。
 もう完全に無力になった相手に。自分の上半身を抱きしめて小さくなっているだけの食蜂操祈を見下ろして。
 さも、いやらしいと言わんばかりの口調で。


「そ、そんなわけ無いでしょう!?」


 このような状況でも媚を売って自分を救おう、とは食蜂操祈は考えられない。
 彼女の視線で語るのならば乱入者である御坂美琴が暴力を見せつけて自分を弄ぼうとしている、そういう言い方ができる。
 いや、むしろそれが正しい分析だ。
 だとしたら陵辱者に尻尾を振って自分を切り売りしてどうするというのだ。

 だが戦力の差は圧倒的。
 どうすることもできない。
 精々が口で反撃するだけ。


 そして、


「あれ?」


 御坂美琴が何かに気づいた。
 それは角度的に食蜂操祈の身体で隠されていたスポーツバックだった。
 操祈の足元に置かれているそれを、彼女に近づいたことで視界に入ったのだ。
 正確に言えば電磁波で気づくことはできていたはずなのだが、意識に入っていなかった。


「アンタ、こんなバック持ってたっけ?」

「あ、それは―――」


 思わず手を伸ばそうとする操祈を制して美琴が磁力でバックを引き寄せる。
 ファスナーの金具を引っ張る形なので布地に変なダメージがあるかもしれなかったが気にも留めなかった。


「ちょっと!
 返して! 返しなさいよ!!!」

「ふぅん、なぁんか変なの入ってるんでしょここに。
 いいわ、調べてあげる」

「そんなの頼んでないじゃない! やめて、御坂さん!」


 嫌がる食蜂操祈を見て唇を釣り上げる。
 ここまでくればただのイジメだ。
 御坂美琴は嗜虐性を隠そうともしない。

 人間、赤ん坊だろうと老人だろうとそれは確かに持っていて、もし持っていないとしたら君子か狂人だろう。
 だとしてもそれを露骨にするのは―――とても下品だ。
 もし、これが今日でなかったら、食蜂操祈が相手でなかったら御坂美琴はここまではしないのだろう。
 偶然に偶然が重なってしまった。

 本来、御坂美琴は陽性の性格である。
 陰湿なことは嫌う性質だ。
 それが機能していない。
 御坂美琴の倫理では許せない、彼女の友達に対して操祈がした行為もそのきっかけとなっている。


「何が入ってるのかしら―――あれ、これは?」

「やめて! お願いだからもうやめてぇぇ!!!」


 紺地のバックから出てきたのは小さなポンプといくつかの小さな瓶。
 その瓶の二つほどには白い液体が入っていて、透明な保冷剤のパックに詰められている。
 なんだろう、と訝しむ美琴は真っ青になっている操祈を―――そしてその豊かな胸元を、見た。
 なんとなく、だが。
 知らないようで知っている匂いがそこからしているように思われた。
 それにこの道具。どこかで見たことがある。







「―――これ、母乳?
 アンタ、もしかして―――?」





「やめてぇぇぇぇ!!!」





 胸元を隠すこともしない。
 両手で耳を塞ぎ、その先を聞きたくないと大声で悲鳴を上げる食蜂操祈。
 ぎゅっと閉じた両目からボロボロと涙が溢れ始める。
 その姿は到底『女王』には程遠く、か弱さを感じさせるただの『女の子』だった。

 その細い華奢な姿を見て美琴は『やりすぎた』と後悔する。
 冷たい汗が流れる背中を明確に押していた『なにか』がいなくなっている。
 あれは本当に『自分』だったのかと自分に問いかけたくなるぐらいだ。

 と、同時にひとつ納得をする。
 なるほど、このような状況だったのならば人払いも仕方ないかもしれない。
 自分で母乳を絞る姿など誰にも見られたくないに決まっている。
 ましてや年頃の女の子で常日頃から『女王』などと呼ばれたプライドの高い超能力者ならば、だ。


「あ、その―――ごめん」

「ひ、ひう……ご、めんで……済むの、なら、警備員は、いらないわぁ……」


 顔を上げることもなく肩を震わせながら泣きじゃくる食蜂操祈。
 ただかけただけのブラウスからはみ出る肩と流れた金色の髪から覗く首筋がやけに白い。
 静脈の青い筋が透けて見えるほどの白い肌に、美琴は小さくつばを飲んだ。

今回は以上です

だいたいこんな感じでうすーくかるーくエロい話にしようかと思ってます

どうもいろいろ感想どもです
ですが少しだけ再確認を

>>1で書いてあるとおり「キャラクター崩壊上等」です
自分なりにキャラクターの分析はしてますけど、作中の文章がイコール>>1の考えではないですし、
ある程度キャラ崩壊させること前提の話ですので(みこっちゃんが一時的にでもドSになってたりするとか)
そこのところを踏まえて読んでいただけたら幸いです

言い訳ですけどね


あと宣伝
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(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367105141/l50)

こちらもよろしくお願いします

あんまり難しいことを考えない方がいいと思います
それらしいことの記述はありますが、それはただの雰囲気作りのアクセサリーでしかありません。

読んで5分楽しませられれば>>1の勝ち、程度の話と考えてもらえればなぁ、と。


 そのまま、互いに何も言わずに時間だけが流れる。
 心理掌握の発動により誰も来ない状況なのは幸いだった。
 五分ほど泣きじゃくった操祈はようやく落ち着いたのか、赤く腫れ上がった目をこすりながら顔を上げて美琴を睨みつける。
 言葉になんかしなくったって恨んでいるというのは丸分かりだった。
 

「繰り返すけど、ごめん。
 やりすぎた」

「御坂さんが謝るって言っても私には許さない自由ってものがあるってことを理解して欲しいわねぇ」


 ところどころ小さくしゃくりあげているが一度泣いて随分と心は落ち着いたようだ。
 誂うようなトゲトゲしさも感じられない。
 まぁ―――この状況でそれほどタフになれるわけもないのだが。


「それでも謝らせて。土下座しろっていうのならばするから」

「それは自分の土下座にはそれだけの価値があるって開き直りかしらぁ。
 だとしたら、私の忍耐力でもぶちきれちゃうかもしれないけどぉ」


 言葉こそはアレだが小さく鼻をすすりながらの声色。
 か弱すぎて美琴は申し訳なさが加速する。
 本当に、ついさっきまでの自分は『何かが憑いていた』と思えるほどだった。
 でも確かに自分の意思でしたこと。
 御坂美琴は当然完全な人間などではないが、自分の未熟すぎる部分に頭を抱えたくなった。

 強がっていても目の前にいるのは無力な女の子だ。
 それも相当―――こういう表現が正しいかどうかはわからないが―――上質な少女。
 隠しきれない乳房は闇夜の満月のように白い。
 透明感のある肌はきっとロンググローブとガーターストッキングの下もそうだと簡単に想像させる。

 御坂美琴は自分が好きな人間だ。
 理想の自分にはまだ遠いけれども『自分はそれなりに可愛い部類だよね?』と自画自賛する程度には自分が好きだ。
 そうではあるのだけれども。

 涙という最強の武器を装備した目の前の少女には敗北を認めざるを得ない。


「もう、本当に―――こんなこと誰にもバレたくなかったのにぃ。
 私の支配力なら誰も気づかないはずだったのにぃ」


 食蜂操祈の細い肩が小さく震えていた。
 屈辱や怒りや理不尽な状況に対する憤りや、色々なものがあるのだろう。
 それ以上に、自分の秘密が誰かにバレてしまった、という恐怖と―――そして僅かばかりの安堵がそこにはあった。


 安堵。
 食蜂操祈は、本当に僅かだが、安心を得ていたのだ。
 誰にも相談できない恥辱的な秘密。それを隠し続けていなければならない緊張が途切れた。
 もちろん、それを態度に出すようなことはない。
 ないが、少しだけネジを緩めてしまった。


「それ―――いつから?」


 そんな、場を読めない御坂美琴の声に疑問も持たず答えてしまう。
 わずかばかりに乾いた響きを不自然とも感じなかった。


「ひと月ぐらい前―――から?
 気がついたらブラが湿ってきて、だんだん痛くなってくるし……
 今じゃ三時間おきぐらいで絞らなきゃいけないし、ものすごくお腹が空くし……
 もう本当最悪だわぁ……」


 自分の身体を強く抱きしめながら食蜂操祈が答える。
 ブラウスを軽く羽織っていても豊満な乳房は隠しきれない。
 が、先ほどの『安堵』と女の子同士であるという気楽さが潔癖な対応を緩くしていた。


 それを肯定するように御坂美琴が取り上げたリモコンを食蜂操祈の目の前へと差し出す。
 心理掌握は超電磁砲には通用しないが、それは一種の降伏宣言なのだろう。
 腫れぼった目で見上げると申し訳なさそうな目をしながらも口元は少しだけ笑っていた。


「お腹、空くんだ」

「そりゃ、血液から作り出しているわけだから作った分血液減っていくもの。
 空いて当然じゃなぁい。
 けれども食べた分が全部そっちにまわるわけじゃないしぃ。
 節制してないとお腹周りがぼてっとしちゃうし」

「言われればなるほど、なんだけど教科書には絶対に載ってないわよね、それ」

「別に知りたくなんてなかったんだけどぉ」


 受け取ったリモコンをポーチにしまい込む。
 今更使う気にもなれないし、大泣きしてしまったことで怒るだけの気力も失せてしまっていた。

 微妙な距離感。
 加害者とか被害者とかではなく、奇妙な一体感がそこにあった。
 少なくとも食蜂操祈はそう信じてしまった。


 銀行強盗と人質のあいだに愛が芽生える、とかなんとか。
 ストックフォルムで起きた事件のように支配/被支配が強烈な関係においては強固な依存関係が発生することがある。
 そんなことは教科書にだって記載されている。精神系能力者の頂点が理解していないわけがない。

 ただ―――今の言葉にしづらい疲労が心地よい。
 昔、名前もつけられなかったとある少女との、互いに優しい嘘をつき続けた曖昧な関係のような。


「あの、さ……もしかして、なんだけど。
 妊娠してるとか赤ちゃん産んだとか―――」

「違うわよ!
 殿方とのお付き合いだってまだなのにそんなことあるわけないじゃない、馬鹿なの貴女!」


 やっぱりあの子じゃない。あの子はもう少し優しい。
 御坂美琴の遠慮のない発言に食蜂操祈は怒りの声を上げた。


「じゃあ、病気?
 脳腫瘍の可能性もあるんじゃ……」

「それはもう調べたわよぉ。
 スキャン能力のある子の意識を借りて自分自身を徹底的にスキャンしたわぁ。
 頭の中に変なものはなかった。それは確かだわぁ」


 心理掌握。メンタルアウト。
 自分自身の『外側』の能力を『掌握』できることこそが彼女の最大の武器だ。
 単独の万能性ではなく状況に応じて『装備品を交換できる』完全能力。
 自分自身の戦闘能力は無に等しいが、彼女は足らないものをいくらでも実装することができる。

 それは人間を能力の器とみなす行為であるし人格の否定である。
 そういうところが御坂美琴の嫌悪のひとつではあるのだが、食蜂操祈は気づかなかったし無視した。
 今ここで論を重ねても話は進まない。


「ふぅん……素直に病院に行けばいいのに」

「嫌よ!
 『母乳が出るようになっちゃったんだゾ☆』なんて話できるわけ無いでしょう!?」

「記録と記憶に残らないようにすればいいだけじゃないの?
 アンタなら簡単なことじゃない。正直気持ち悪いけど。」

「気持ち悪くて申し訳ありませんねぇ。
 ともかく、記憶はともかく記録を完全に消去できる自信はないのよぉ。
 まぁ……キットを使って血液検査ぐらいはしたケド……健康体、としかでないのよね」

「じゃあ、原因不明?」


「ホルモンバランスが崩れている、とは出てるけど。
 極端に崩れているわけじゃないし、女の子だったら正常に含まれる数値しか出てないんだもの。
 ただ……」

「ただ?」

「赤ちゃんでも母乳が出ちゃうこととか、胃薬で出るようになっちゃったとか、そういう例は結構あるらしくて。
 そういうのでも少し経てば収まるらしいんだけど……」

「でもひと月、経っちゃったわけね」


 うん。
 と、消え去りそうに頷きながら食蜂操祈は両腕で自分自身を抱えた。
 むに、と大きめな乳房が歪む。

 そんな食蜂操祈をみて御坂美琴は申し訳なさと同時にズケズケと踏み込んでしまっている自分を止められないことに驚いていた。
 もう少し自分は大人だったんじゃないのか?
 この状況で化けの皮が剥がれてしまったのか?
 いや、違う。
 食蜂操祈が等身大の小さな少女に見えることで親近感を抱きつつあるのだ。


 自分には無いものをいっぱい持っている気にいらない存在ではあるけれども。
 それでも愛らしさのようなものを感じざるを得ない。
 男の望む女の子の可愛らしさってこういうものなんだろうか?
 御坂美琴は胸の奥がきゅうと鳴る音を聴いた。


「状況はわかったけど……なんで母乳を保存しているの?
 この保冷剤に入ってるやつ」


 この、と言っている保冷剤ごとぶらりと掲げて見せながら御坂美琴が質問する。
 自分の恥部を見せつけられているようで居心地の悪さを感じた操祈だったが、反射的な抵抗が先に出てしまった。


「ホント、図々しいわねぇ……少しは遠慮してくれないかしらぁ」


 じと、と食蜂操祈が御坂美琴を睨みつける。
 が、美琴は操祈の視線から逃げない。
 呆れてか、ため息をついて操祈が視線をそらした。


「おっぱいって母親が赤ちゃんに与える神聖なものだもの。
 捨てたりなんかできないわよぉ。
 持って帰ってケーキ焼くときとかに使ってるわぁ。
 ……薄すぎてコクがないものしか焼けないんだけどぉ」


 そう吐き捨てるように言った操祈の頬は赤い。
 泣いた余韻ではなく自分のセリフが照れくさいのだろう。
 神聖、だなんて。でも嘘ではない。

 食蜂操祈は乙女である。
 心の底から尊敬できる素敵な男性と恋に落ちて純白のドレスを身に纏って。
 小さくても落ち着きのある家で、料理をしたり掃除をしたり。
 そして丸々と太った元気いっぱいの赤ん坊にミルクを上げて。
 そんな未来が来ることをどこかで信じている。

 学園都市の裏側の闇。
 それは人間の心の闇でもある。
 心理掌握は容易く人の心をのぞき込める。
 襞の中にこびりついた腐臭のする肉汁のようなココロの有様を何度となく見てきた。

 それでもその闇の中で綺麗なものを見つけてしまって。
 強くたくましい誰かを見つけてしまって。
 食蜂操祈は希望を持ってしまった。

 自分が心の綺麗な人間ではないことも知っている。
 けれども、それでもいつか素敵な王子様が、いや、王子様でなくたっていい。
 一緒に歩いていきたいという人が一緒に歩いていきたいと言ってくれて。
 手に手を取って一歩々々進んでいく。
 そんなことを夢見ている。
 夢を捨てるには彼女はまだ若すぎる。



(うわ、この子―――)


 そして、御坂美琴は言葉の外にあったその『匂い』に気づいてしまった。
 言うなれば『青臭い』匂い。
 白けた空気になってもおかしくはなかった。

 が、


(変なところで、私の同類?)


 御坂美琴もまた、乙女だった。

 本当に苦しかったとき。
 覆せない現実が、圧倒的な質量で覆い被さってきて。
 罪もない命たちが奪われていく中、救う術は何一つなくて。
 自罰的な捨命を選択しようとした時に。
 自分が振るう暴力を命懸けで受け止めてくれて。
 自分がどうしようもできなかった暴力をその勇気と右手で止めてくれて。
 自分も、自分が救いたかった命も、命懸けで救ってくれた『誰か』が居て。

 そんな『奇跡』を目の前にしたら恋という信仰に目覚めるに決まっている。


 ただ、少しだけ違いがあるとすれば。
 一方はもう一方より半歩ほど現実的だというだけの話だ。
 本質的には変わらない。
 肩幅のある白いワイシャツにアイロンをかける自分、なんてものを想像して顔を赤くしたりしているのだ。


「―――ちょっと、何黙ってるのよ」

「あ、ごめんごめん」


 ふたりして微妙に頬を染めて。
 片方がほぼ上半身裸であることを考えると妖しい状況だ。
 ごほん、と咳払いをして御坂美琴が話を繋げる。
 少しだけ目が泳いでいた。


「これは純粋な興味から聞くんだけど―――味はどうなの?」

「味って……
 コクがないって言ったじゃないの」

「そうじゃなくって。それそのもので」

「……」


 じと、と湿った目で睨みつける。
 なるほど、食材にしているのだからそのまま飲んでいてもおかしくはないかもしれない。
 それでも一度も何かしらのフィルターを通さないで飲んだ、というのは少しばかり話が違う。
 どこかしら異様な雰囲気を醸し出してしまう。


「どう―――だった?」


 どう、とはなんだ?
 御坂美琴の曖昧な質問に食蜂操祈は沈黙で答えた。
 回答のしようがない。
 味か? その時の心理的な葛藤か?
 それともまさか性的な興奮を得ていた、とでも聞きたいのだろうか?
 

「私も赤ちゃんの頃には母親の飲んでたはずなんだけどねー。
 これっぽっちも覚えてないからさ。
 ホント、やましいことまったくなくってただの興味なのよ」


 その言い方そのものがやましさを感じさせる。
 柳眉を歪ませて眺めれば要望はより過激さを増した。


「その―――飲んでみて、いい?」

「はぁ!?」


 政治的にどうとか勢力争いがどうとか、そういった大人の理屈ではなく。
 子供があれを買ってと親にねだるような口調で。
 御坂美琴は食蜂操祈にとんでもないことを願った。


「いいでしょ?
 コクのないケーキになるぐらいだったら私が飲んでみても」

「ちょっとぉ!?
 全然違うわよ!
 そんな、自分のカラダから出たものを他人に飲ませるなんてことできるわけが―――」


 私はそんなに抵抗ないんだけどね。
 音には出さない唇だけの動きは食蜂操祈には見えなかった。
 見えなくていい。
 抵抗があるのは食蜂操祈の方だ。
 汗を舐めさせろとか。
 涙を啜らせろとか。
 そんなこと平気でできるのだとしたら常識から外れている。
 変態―――としか言い様がない。


「純粋に興味の問題よ。
 赤ちゃんが夢中になって飲むものがどういうものか、体験してみたいの」

「だったら私以外の誰かでやってくれない!?
 私は絶対にゴメンだわぁ、そんな、恥知らずな行為は」

「いいじゃない、私とアンタだけの秘密だもの。
 ほかの誰かに知られる心配は一切ないんだから、少しぐらい冒険してもいいでしょ?」

「御坂さん、貴女ねぇ―――」


 強引で、自分勝手な意見。
 だが食蜂操祈は弱かった。
 上半身裸で両腕で身を隠しているという状況では保冷パックから瓶を取り出した御坂美琴を止められなかった。
 あ、と抗議の声をあげてもそれは形だけ。
 動き出している現状は止められなかった。

 ―――そこにわずかなりとも期待があったから、かも知れない。


「うん―――なんていうか青臭くて薄いわね。
 人間の身体から出るものだからかな。
 牛乳と比べるとすごく飲みづらい」

「あ、あ、あ―――」


「ゲテモノ食いってほどじゃないけど、うん、普通には受け入れられないのかな?
 でも、やっぱし凄いわ。
 舌じゃなくって頭が美味しいって言ってるような気がするもの」


 30ccもあっただろうか。
 それは簡単に御坂美琴の口の中に吸い込まれてしまった。
 止めるとか止めないとか、そういった話ではない。
 本当に、あっという間の出来事で食蜂操祈は胡乱に瞳を揺らすことしかできない。


「し、し、し―――信じられない!
 御坂さん、貴女本当に常識ってものがないの!?
 普通しないわよ、そんなこと!!!」

「毒を喰らえばなんとやらってところかしらね。
 開き直ったのよ。
 アンタに関しては気に食わないところもあったりするけれども、そういうんじゃない。
 ただ―――私の欲望をかきたてる部分、責任はとってもらおうかな」


 食蜂操祈という弱い存在を前にして肉食獣の目で御坂美琴が笑う。
 目の前の少女が美味しい肉に見える。
 本当にただそれだけの理由。


 リアルには程遠い夢のような異空間の中で。
 絶対に罪には問われない悪事を働けるという絶好の機会。
 そしてなにより、魅力的な少女の肢体を自由にできるという渇望の時間。

 御坂美琴は特段同性愛者というわけではない。
 普通にとある少年に恋をしているし愛してもいる。
 だが、歪んでいることが正当化されてしまいそうなこの世界の中で本能の部分の歯車が動き出してしまっただけ。
 ただでさえ本能が暴走しやすい状況という弾丸は込められていて、撃鉄がそれを叩いてしまった。

 女の子同士はノーカウント、という言い訳じみた言葉。
 この豊満すぎる肉体をもみくちゃにしたい。

 一方、食蜂操祈は肉食獣に変わった目の前の少女に恐れ慄いていた。
 怪我をする、殺されると言ってものとは違う『食べられる』という本能に根ざした恐怖。
 それは人格を蹂躙されるものと同じものだ。
 自分がただの一機能に還元されて個性というものを否定される。


「ちょ、ちょっとやめて―――
 お願いだからやめて―――」

「安心して。
 アンタの守りたいものに手は出さないから。
 ただ、ちょおっと直接飲んでみたいなーって希望を叶えさせてくれるだけでいいの」


「や、やだ―――
 そ、そんなのおかしいわぁ―――」

「わかってる。自分でもわかってる。
 けどねー、ちょっとシャクだけどやっぱりアンタすごく魅力的なのよ。
 少しだけ黒子の気持ちわかるかもしれない。
 そのでかいの、玩具にしてみたいのよ」


 ひ、と食蜂操祈は小さく息を飲んだ。
 立って逃げようとして足元がもつれる。 
 無様に前のめりに倒れそうになって、そこを御坂美琴に支えられた。

 腕の太さは同じぐらいだ。
 とても華奢な作りの細い腕。
 それなのに御坂美琴の両腕はとても力強く食蜂操祈を突き飛ばす。


「ぺにゃっ!?」


 頓狂すぎる悲鳴を上げて操祈はベッドに頭から突っ込んだ。
 保健室には当然ながら休憩用のベッドが備え付けられている。
 消毒薬の臭いの染み付いた、薄っぺらい毛布の乗せられたそこ。
 全体重を受けて乳房が歪んで潰れる。
 その分、わずかだけ白い液体が乳首から染み出してシーツに吸い込まれた。


「大丈夫大丈夫、痛くしないから。
 っていうかあれよねー。
 日頃自分がされてることをする側に回るとアイツの気持ちも少しは理解できるのかもしれないわねー。
 これは浮気じゃないわね、女の子同士だし」


 言い聞かせているわけではない。
 自分が納得したいだけ。
 つまり、食蜂操祈の抵抗を認めていない。

 仰向けになって上体を起こして両腕を伸ばして。
 少しでも距離を取ろうとする操祈だったがその両手はあっさりと掴まれてしまう。
 肉食獣の口は無数の牙と唾液の線を描きながら天地いっぱいに広がっていた。

 あとはもう、飲み込まれるだけ。


「いや、いや―――」


 こんなのは嫌だ。
 ちょっと興味を持ったから、なんて理由で蹂躙されたくはない。
 食蜂操祈は御坂美琴に対して複雑な思いを抱いている。


 とある少女の存在のきっかけになって、そしてそのことにまったく気付いていない無責任さと。
 その少女の存在をどうしても思い出させる風貌と。
 そして、きっとその少女がありのままだったらこういう顔をするのだろうなというほどの強い正義感と。

 だけれども、違う。
 こんなの、普通じゃない。
 もっと素敵なもののはずだ。それが当たり前のはずだ。


「痛くないから大丈夫だって。
 あ、キスとかもしないからアンタは綺麗なまんまよ?
 ただ―――少しだけ私のモノになりなさい」


 見下ろす笑顔はゾッとするほど透明感があって。
 こんなとんでもない状況であろうとも、そして一瞬のことであったが。
 食蜂操祈は間違いなく見惚れてしまっていた。

以上です

みこっちゃんがどSになりましたが仕様です。
都合のいいキャラ改変ではありますがご容赦の程を。

投下します
今回は18禁ですね

すごく軽いエロだけど

 不可解だが―――御坂美琴は困惑していた。


(私、こんなキャラだっけ―――?
 なんか全然別人じゃない―――)


 例えるのならば酔っ払いがアルコールのチカラで朗らかな語り口になる、ようなものだろうか。
 理性を完全に失っているわけじゃあない。
 だが状況に酔って『タガ』が外れてしまっている。

 シルク地の触り心地のいいロンググローブ。その下の細い手首を押さえつけて。
 腰の上にまたがる形でヒップを落とせばもう逃がすことはない。
 口惜しいかな、仰向けだというのに食蜂操祈の豊満なバストはつんと上を向いたまま形が崩れる気配もない。

 そして、一度思いっきり泣いて。
 再びその両目に涙を浮かべ始めている食蜂操祈は女である御坂美琴が息を呑むほどの美貌だった。
 悔しい、とすら思わない。
 濡れた大きな瞳。
 すっと通った鼻筋。
 薄い唇には健康的な赤みが差していて。
 ボリュームのある金色の髪がシーツの白さに溶け込んでイコンのように輝いている。
 膝をついて祈りを捧げたくなるほどの一枚絵。

 それなのに湧き上がるのは獣のような欲望だ。
 目の前の少女を貪ってみたい。
 御坂美琴は同性愛者ではない。
 それでもその感情が湧き上がってくる。
 抱かれるのではなく抱いてみたい。


「ひ、あ―――
 や、やめてぇ―――」


 いやいやと首を振る食蜂操祈は自身の能力、心理掌握を使う気配すらない。
 使っても無駄なのだ。
 リモコンは手の中にない。
 現在の人払いの状況を解除し、なお自分を救助させる程精密な操作をすることはできない。
 それに、そうしたところで御坂美琴に適うものが常盤台中学の中にいるとは思えない。

 否。
 理屈ではなく、屈服してしまっている。
 逆らうことはできない。
 逼迫した状況でなお視線だけは屈しなかった。それが壊れてしまった。
 自分に理解できないものに遭遇したとき、人が取れる行動は限られている。
 呑み込むか、呑み込まれるか。
 食蜂操祈は完全に呑み込まれてしまっていた。


「い、今ならまだ冗談ですますからぁ―――
 こ、こんなの嫌、いや―――」


 薄い唇が震えている。
 思わずキスをしたくなる衝動を覚えた美琴だったがそれは堪えた。
 好きでもない人に初めてを奪われるなんて、女としてどれほど屈辱的なことか簡単に想像つくからだ。


 その理屈で考えれば好きでもない、そして同性に押し倒されているなんてどれほど傷つくことか、それも連想できてしまう。
 分かってはいるが諦めてしまうには目の前の状況は『美味しすぎる』。
 御坂美琴が食蜂操祈に抱いていた反感の中にそれは確かに眠っていたのだ。


「正直、自分でも信じられない。
 なんでこんなことできるのかなーって、嘘みたい。
 けど止められないの。
 どうしても―――味わってみたいの」


 好きという気持ちの、恋愛の延長線上にあるものではない、ただの本能に根ざした欲望。
 それに突き動かされていることを明確に自覚しながら、なお御坂美琴はその流れに心を委ねる。
 品のないことを記述するのであれば排卵の直前で性欲が昂ぶっていたのだ。

 振り返ってみれば、あの飛行船を見上げていた時間からまだ三十分も経てはいない。
 日常があっさりと非日常に切り替わってしまっている。
 間が魔になる―――逢魔が時、と古い時代では呼称された。
 払い落としたはずの『魔』が今御坂美琴の背中に覆いかぶさっている。

 しかし食蜂操祈としてはたまったものではない。
 御坂美琴が憎いとか穢らわしいとか、そういった考えはない。
 だからと言って好きとか愛してるとかそういうものでもない。
 大体、同性だ。
 年頃の女の子同士で軽くじゃれあう、程度のことはあってもいいだろう。
 だとしても母乳を吸わせろ、だなんてあんまりだ。


「でも約束する。
 胸以外には何もしないから。
 それとも―――それ以上が望み?」


 交渉ではない。
 妥協しなければ突き進むと脅迫しているだけだ。
 もちろん、美琴にその気はない。
 ないが、組み伏せている少女をより一層泣かせてみても面白いと思ってしまってもいる。

 それが目の色に出ていた。
 綺羅星のような瞳と視線が合えば食蜂操祈の表情に怯えの陰りが出る。

 目を瞑って、自分を殺して僅かの時間耐えればいい。
 操祈はそう思ってしまう。
 損害を防ぐことはできない。ならばそれを最小限に食い止めるべき。
 だとしても、そんな理性の結果など悍ましいだけだ。

 それでも、


「好きに、しなさいよぉ―――」


 奥歯で何かを噛み殺しながら出てきた言葉はこれだった。


「貴女、最低よ。
 本当、信じられない。
 私だって好きでこんなことやっているわけじゃないのに、
 人の身体の異常を玩具にしたいだなんて―――」


 唇を噛むようにして睨みつける。
 心が屈服している。
 嫌悪を覚えていても背中を丸めて耐えるしかない。
 例えでなく実際に背中を丸めることができるのであれば守りきれるのかもしれないが、今の体制ではそれも不可能だ。

 御坂美琴も自分のしていることが唾棄すべき行為だと理解している。
 同時に、こんな好奇は二度と訪れないことも。
 そのうえでなお、常識から逸脱する行為を恐る倫理的な思考もまだ残っている。
 同じぐらい不道徳な行為に興奮を覚えてもいる。

 矛盾。二律背反。
 今ならまだ踵を返して優等生の自分に戻れる。
 ここがライン。本当に最後のライン。


「最低よね、私。
 レイプ魔そのものだと自分でも思う。
 それでもこれだけは言わせて―――ごめんなさい」



 だからこそ美琴は完全に開き直った。


「ひゃっ!」


 腹ただしいほど大きな操祈の乳房を片手で掴む。
 白い肌はうっすらと汗が滲んでいる。
 そして操祈の唇からは驚愕と怯えと妙な艶のある悲鳴が零れた。


「うわ……本当に大きいわね。
 これで同い年なんだから、カミサマは不公平だわ」


 少しトーンを落とした声で美琴が呟く。
 どうしても嫉妬は隠せない。
 そしてそれ以上に感動があった。

 まあ未熟であるはずの少女の肉体は既に妖艶な魅力を湛えている。
 豊満な胸の脂肪には一輪の花のように淡く乳暈が佇んでいて、美琴の細い指で拘束され表情を変えている。
 見ること、触ること。
 侵食すること。
 ぞくぞくっ、と美琴の背中を何かが駆けた。
 背徳の興奮は花の蜜より甘い。


 そして、その甘さは食蜂操祈も感じていた。
 望まない形で乳房に触れられる。それはとても不快な事実のはず―――だ。
 だが、


(いま、びりってするぐらい―――)


 感じた。

 操祈は思わず一瞬目を見開いてしまい、すぐさまそっぽを向いた。
 こんな恥じらいの顔など、この状況でも見られたくない。

 しかし杞憂だったかもしれない。
 御坂美琴は気づかなかった。
 操祈の乳房に意識を引きずられていた。
 酩酊したかのような多幸感。
 食蜂操祈の二つの果実は魅力と魅惑が強すぎる。

 御坂美琴の目の前に広がる白い乳肌。
 青白い静脈が透けて見えるほどの透明感とハリ。
 操祈が荒く息づけば乳房は上下に動き血色のよさも見えてくる。


「ずるい、本当に―――すごい」


 思わず生唾を飲み込む。大きく喉を鳴らす。
 大きく、弾力があって、手のひらに吸い付くようにしっとりとしていて。
 だがずっしりとした重さがあってそれが心地よい抵抗になる。
 不快な部分は何一つない。
 その上、母乳を出すこともできる。

 自分も欲しい、と美琴は思った。
 隣の芝生は青い。実際にはいろいろな苦労があるだけなのかも知れない。
 実際、母乳が出ることで操祈はあれほど嘆いていた。

 しかしそれを忘れてしまいそうなほどに、素晴らしい。
 これを持っているなんて、と美琴の視線が操祈の顔へと向かう。

 は、と息を飲んだ。
 恥辱に唇を噛み締め小さく震えながら、それでも火照る頬は興奮していて。
 強く瞑った目に女の意地を見せている、ように見える。
 やがて美琴の視線に耐え兼ねたかのように操祈がゆっくりと瞼を開いて横目に美琴を見た。


「もう満足したのなら、どいて欲しいんだけど」


 これが『女の貌』か。
 御坂美琴は思い知らされる。
 理屈ではない。パズルのピースがはまったかのようにしっくりと理解できてしまう。
 目の前の少女は―――女だ。



「ごめん、もうちょっとだけ―――」

「なら、さっさと済ませなさいよ!」


 悪夢なら早く終わらせろ。
 強気な被害者が吠える。
 それに慌てたように美琴は握る手に力を込めた。


(やっぱり、重い―――)


 ずっしりとした重さを持つ熟れた乳。
 非常に柔らかく、腹の方から持ち上げるようにしてやればふにゃりと形を変える。
 美琴自身の手のひらで収まってしまうそれとは別物だ。

 母美鈴よりも大きいのではないのだろうか。
 赤ん坊の頃自分も吸い付いていたはずのそれは記憶にはない。
 美琴が知る『乳房』というものは―――食蜂操祈のものが最初になるのだろう。

 仰向けの形でやや左右に広がっている。
 脇からすっと、フラスコのカーブのようなラインを描いて、乳暈と肌とのあいだに明確な境界線はない。
 ただぷくっと膨らんでいてその中央に小指の先ほどの乳首が存在している。

 その乳首に美琴は指を伸ばした。
 自分で触ったことがあるから乱暴にはしない。
 とても敏感な場所だ。



「んはっ!」


 瞬間、操祈が背中を震わせ声を漏らす。
 そのあまりの艶やかさにふたりとも硬直する。
 法悦の余韻を否定できない操祈が拗ねたようにそっぽを向いた。
 もう二度とこんな声を出さないと奥歯を強く噛んで目を瞑る。

 どきどきどき。
 御坂美琴の心臓が加速していく。
 子供じみた操祈の反応も催促されているようだと勘違いしてしまいそう。
 その勘違いと自分より優れた女体を探索したいという欲求のまま細い指で操祈の乳首を弄る。

 優しく、強く、僅かに扱くように。
 それだけではない。
 淡い乳輪を親指の腹で刺激する、押す。
 より一層乳首の勃起が強くなる度に操祈の顔は赤みを増して殺しきれない吐息が漏れる。
 その吐息は間違いなく官能に濡れていた。


「ん、くっ……」


 必死に耐えている操祈の細い眉がだんだん下がっていく。
 苦痛だけではない歓喜の混じり。
 無意識のうちに柳腰が動いてしまう。
 もじもじと太ももとふとももを擦り合わせ、足の裏が攣りそうになる。


 食蜂操祈が超能力者第五位で精神系能力者の頂点とはいえ年頃の少女であることは変わりがない。
 ある程度、自分で慰めた経験ぐらいはある。
 多少は性感が発達している。
 身体が熱くなって潤ってくるのを自覚してしまう。


「その―――吸っていいかな?」


 耐えられない。
 終わるのならば早く終わって欲しい。
 それに、乳房が張ってきている。乳腺が痛みを覚えてきている。
 この状況になればもう吸い出さないことには悶え苦しむほどの痛みを覚えてしまう。


「好きに、しなさいよぉ―――」


 食蜂操祈が返した言葉は先程と全く同じ。
 恨み、憎しみ―――ただ、僅かに『期待』のようなものが混じっている。
 身体が今以上の刺激を求め始めている。
 それを、否定できない。

 一方の御坂美琴も戸惑いを消しきれてはいない。
 踏み込んで蹂躙してなおいい子でいようとしている自分自身の卑怯さを否定できない。
 そしてそれを完全に飲み込んでしまうほどの期待と渇望。
 飲んでみたい。
 飲んでみたい。
 直に飲んでみたい。


 目と鼻の先。
 汚れない乳房が佇んでいる。
 美琴は一度強く頷いて。
 大きく広げた舌をそっとその先端に押し当てた。


 ―――ぺろっ


「~~~!!??」


 ただ一舐め。いやそこまでもしていない。
 それだけで食蜂操祈の身体は電流を流されたかのように震えた。
 ぴくぴくと細い肢体を痙攣させる。


「うわ、すごく敏感―――」


 舌先に本当にあるのかないのかわからないほどの甘さを感じながら。
 あまりの反応に御坂美琴は動きを止めて思わず言葉を漏らしてしまう。
 食蜂操祈の呼吸は荒く、きめ細やかな肌には小さな汗の粒が浮かび始めていた。


「―――なにしてんのよ。さっさとすませなさいよぉ……」


 あくまでも静かに、押し殺すように、泣き出しそうに。
 だが聴覚を甘く惑わすセイレーンのような声で。
 女の声が御坂美琴を焚きつける。食蜂操祈にその気がなかったとしても結果そうなった。


 ―――ぺろ、ぺろ、ちゅう、ちゅううう


 妖しさに当てられた美琴が食蜂操祈の乳首に吸い付く。
 瞬間、甲高い悲鳴。
 だがそれでも美琴は動じない。
 夢中になって乳首に吸い付く。
 口腔を真空にすれば僅かに甘い母乳が滲んでくる。


「ちょ、ちょっとやめて!
 痛い、痛いの!
 そういうんじゃなくって、その、吸うんじゃなくって、その、下から押して!」


 先ほどの悲鳴は快楽のものではなかった。
 操祈の言葉通り、痛みによるものだったのだ。
 そう言われ、はっと美琴は動きを止める。
 食蜂操祈を痛めつけることが目的ではない。
 それ以上のことをしているとしても、それだけはしたくない。


「えっと、下から押すって?」

「そ、その……乳首の下あたりを下唇で押すようにして。
 手で持ち上げてもいいけど……
 強く吸われると痛いのよぉ、お願い……」

 
 
 吸うのも初心者だし吸われる方も初心者だ。

 ただ、御坂美琴も女であって食蜂操祈の言いたいことはなんとなく想像がつく。
 少々乱暴にしすぎたようだ。


「ごめん、痛くしたわね」

「今更―――そんなことで謝られたって―――」


 謝罪が軽すぎる。
 ふたりともそれは分かっている。
 わかっていてなお御坂美琴は謝罪の言葉を口にし、食蜂操祈は受け入れなかった。

 しかしそれでもこの異様な時間は続く。
 御坂美琴はもう一度乳首に吸い付いた。
 今度は下唇で乳肉を押し上げるようにしながら軽く吸い上げる。
 時々チラチラと操祈の顔色を伺いながらどうすれば痛くないのかを探りながら。

 御坂美琴の鼻はけして高い方ではない。
 が、それでも乳肉に埋もれて呼吸が苦しくなったりする。
 それを踏まえてもやはり下側から、顎で乳房を持ち上げるような形が互いにとって望ましいとわかった。


「ひあ―――」


 食蜂操祈の声に甘さが混じった。
 瞬間、これまでより多量に母乳が噴出しはじめた。
 僅かに滲むのが雫になった程度ではあるが、それが途切れない。
 食蜂操祈が使っていた搾乳器用の小瓶から察するにトータルでは精々が30cc程度だろう。

 当然だが味は変わらない。
 青臭く、薄く、どちらかといえばまずい。
 だが美琴の脳は『美味しい』と悲鳴を上げていた。
 本能が求める味。
 生まれたばかりの時にそれしか考えられなかった味。
 もう、夢中になるしかない。

 片方だけでは飽き足らない。
 左右交互に舐める、しゃぶる、吸い出す。
 右往左往するように乳房が踊る。


「ひゃ、あああんっ☆
 いや、やめてぇ、そんなに吸わないでぇ……
 あんっ☆
 いや、こんな声出したくないの、やめてよぉ、みさかさぁん……」


 乳暈が張った。
 乳首が硬くなった。
 母乳が両方とも水鉄砲のように噴出した。
 操祈は思わず太ももと太ももを擦りつける。
 耐えられない、耐えられない。


「ん、うわぁぁっ、あああっんっ!!!
 いや、だめ、こんなのでイクなんてっ!!!
 いや、いやぁぁぁぁ!!!!」


 ―――がくがくがく!
 食蜂操祈の身体全体が強く痙攣した。
 上ずった嬌声を上げながら操祈が性的な絶頂を迎える。
 異様な状況、異様な相手、異様な興奮。
 それを間近で見つめる御坂美琴も感じる異様な高揚。
 武者震いのように全身が震える。


「あ、アンタ―――
 おっぱいだけで、イっちゃったの?」

「いやぁぁあぁ!!!
 言わないでぇぇ!!!!
 いや、いやぁぁぁぁ!!!!」

 
 
 
 

 女が女を絶頂させたという優越感。
 食蜂操祈という絶好の美少女をそこまで感じさせたという愉悦。
 そして乳房だけでそこまで達することができるという憧憬。
 それらの入り混じった御坂美琴の声に食蜂操祈は再度嗚咽を上げて泣き始めた。

 
 
 

 両手で顔を隠して。
 ボロボロと涙を零して。
 その姿は正しく強姦されたばかりの少女のものでしかなかった。

 
 
 

以上です

投下します

今回はちょっと話が動くかな、程度です

「お気に召しませんでしたか、女王」


 縦ロールの髪の少女がティーカップを持ちながら表情を曇らせた。
 カップの取っ手をつまみ、左手はソーサーを持つ英国式である。
 白いクロスを敷いたテーブルの中央にはスコーンとブルーベリージャムが置かれている。
 おやつの時間にしても少々遅いかもしれない。

 常盤台中学の学食は学園都市内でも異常なほど豪奢でかつ栄養価も高い。
 しかし皆が皆、毎日学食を食べているわけでもない。
 昼休みの時間は派閥内のごたごたを解決するために使ってしまった。
 なので、空腹を紛らわせるために放課後にちょっとしたティータイムを開催したのだった。


「いえ、そんなことはないわよぉ」


 無理ににこっと唇を持ち上げて笑みを作る。
 偽りの仮面を纒うのは食蜂操祈にとって大した手間ではない。
 星が溢れるような大粒の瞳に覗かれて縦ロールの少女はほっと胸をなでおろす。


「アッサムかしら。そんなに高いものではなさそうだけど」

「はい。
 失礼かと思いましたが、せっかくの新茶ですので用意させていただきました。
 本来ならばミルクティーで楽しんでいただくところですが、初々しい香りを味わっていただきたく……」


 冗談じゃないわよ、ミルクティーなんて。
 と、表情筋一つ動かさずに操祈は心の中で呟いた。
 それでも瞬間視線が下を向く。
 テーブルや曲げた膝を隠している大きな双乳が憎々しい。


 あれから三日程経っている。


 あのあと結局どうなったのか、操祈は正確なことは覚えていない。
 ただ、御坂美琴が土下座する勢いで頭を下げて。
 それでも許せなくて頭を踏みつけようとしたところで美琴が腹を抑えて苦しみだして。
 何が起こったのかを悟った操祈はそれ以上怒ることもできずに荷物を纏めて寮まで逃げ帰ってしまった。

 そのときに『人払い』を解除し忘れたのは失敗だったが幸いだった。
 赤く腫れ上がった泣き顔を誰にも見られることなく自分の部屋に飛び込めた。
 そのまま熱いシャワーを浴びて、陵辱されたことを忘れようと努めた。
 しかし一人になってしまうとどうしてもボロボロと涙が溢れてきた。
 そうしていつの間にかベッドで眠り込んでしまった。

 不思議なもので。
 十二時間以上の熟睡した翌朝。
 操祈の気分は随分と爽やかなものになっていた。

 母乳が染み出してくるようになって一ヶ月。
 ろくに睡眠を取れていなかったし、眠りについたと思っても乳腺の痛みで目を覚ますという日々が続いていた。
 どんな過程であろうと秘密を暴露し熟睡すれば気分は落ち着くのかも知れない。

 同時に。
 自分の圧倒的な弱みを握った御坂美琴がどういう態度で出てくるかを冷静に考えられるようになった。
 これまで見てきた彼女の性格ならば陰湿なことはしないだろう。
 が、狂ったような彼女の姿を体験したばかりだ。
 何をしでかすかわからない。

 食蜂操祈は人の心を操れる。
 その力を使えば御坂美琴を追い込むことも不可能ではない。
 例えば、御坂美琴を慕ってやまない明るい髪のツインテールのテレポーター。
 彼女を操作して自分に絶対の忠誠を誓う部下として支配してしまうのはどうだろう?

 それが取引のカードとして使えるかどうか。
 だとしてもやりたくはない。
 自分の復讐のために他人を巻き込みたくない、とかそういった偽善的な発想ではない。

 御坂美琴が逆鱗に触れられたとき。
 もし、ああいったことが再度起こってしまうとしたら。
 そう考えただけで恐ろしくてたまらないのだ。

 そして、今時分の食蜂操祈は絶対に認めようとしないのだが。
 胸の奥で甘いものがざわめいていた。

 御坂美琴に乳房を吸われて絶頂した。
 それは否定できないことだった。
 倒錯が悪夢のような媚薬となって脳の芯に残ってしまっていた。

 二度ほど自分で自分を慰めたがアレには程遠い。
 アレを思い浮かべてしまう。
 切りつけられた傷跡はあまりにも深く、じくじくと痛むようになってしまった。

 二律背反どころではないコンプレックス。
 ココロを支配する最強の存在が自分のココロの在り方を理解できていない。
 そもそも自分はどうしたいのか。
 御坂美琴を許したのか、復讐したいのか。
 母乳が出るようになってしまったことはともかく、そこをはっきりさせなければ行動を起こすことができない。


「そう言えば女王、最近御坂様が登校されていないようなのですが」


「え?」


 丁度御坂美琴のことを考えていた時にそう言われて一瞬食蜂操祈が戸惑う。
 煽り火のような残暑の中、美しい賛美歌が背景に流れた。
 描写は遅れたが常盤台中学校舎内の礼拝堂で賛美歌隊が練習しているのだ。
 女生徒たちの清浄な歌声が空気に溶け込んで心穏やかな彩を重ねている。
 そんな中、しかもお茶の席で。
 食蜂操祈の表情はなんとも言い難い苦虫を噛み潰したような、唇だけで笑ったようなものとなった。


「女王?」

「あ、ううん、なんでもないの。
 御坂さんが登校してないなんて、ちょっと意外だったからぁ」


 今自分が見せてしまった『表情』を誤魔化すために能力を使うべきか。
 一瞬ためらったが結局使わないことにして、いつもと変わらない笑みでスコーンに手を伸ばした。

 閑話。
 常盤台中学は名門校であると同時に『お嬢様校』とも言われる。
 その育ち故か生徒たちには十字教の薫陶をうけたものも多い。そして大多数がそうというわけではない。
 しかし一種教養として賛美歌を学ぶものはそれなりの数に登る。
 世間と隔絶した女の園に響き渡る歌声は多くのものの憧憬を集めるらしい。
 その憧憬が常盤台中学の幻想を強める結果にもなっているのだろう。

 閑話休題。
 硬いスコーンに軽く歯を立てる。
 これにも牛乳が使われているはずだが、外見的に感じなければ気にはならなかった。
 イギリス風の味の薄いスコーンを一口齧り、その凹んだ部分にブルーベリージャムを塗る。
 味の薄いケーキばかりを焼いていたせいか、非常に美味しく感じられた。


「ええ。わたくしも少々意外でした。
 ですが先ほど元気そうな姿をお見受けいたしまして」

「……ふーん」

「誰か、人に会いにいく、とか申されておりましたわ」


 優雅に、女性らしく。
 食蜂操祈は少しだけ眉を顰めた。


「文句がある、とか、何度言っても理解しようとしない、とかおっしゃっておりました。
 ですが表情は笑顔で、きっと大切な方とお会いになるのでは―――」


 かちん。

 食蜂操祈の中で何かが傾く音がした。

 何それ。
 貴女、自分が何をしたかわかってるの?
 うやむやになっちゃったけれど、私は怒っているし絶対に許さないのに。
 ―――笑顔、ですって!?

 パンパンに膨れ上がった風船を針でつつけばどうなるか。
 針の大小は関係なく結果は見えている。
 食蜂操祈の中でもみくちゃに絡まっていた感情がひとつのベクトルに纏まっていく。


「女王?」


 無言になった食蜂操祈が膝の上に載せたポーチからリモコンを取り出したのを見て縦ロールの少女が訝しむ。
 それに答えることなく食蜂操祈はリモコンを操作し始める。

 リモコン。リモートコントローラー。遠隔操作機。
 食蜂操祈のそれは能力発現の絶対の条件ではない。
 あくまでも補助的なものに留まる。
 が、その補助的なものが大きいのだ。
 範囲の指定。対象の選定。操作する心理。そのすべてが登録されている。


「ごめんなさぁい。
 お茶会はこれまでにするわぁ。
 ちょぉっとやることができたから」


 ピッ。
 右手首から流すように持った縦長のリモコン。細い親指でボタンを押せば周囲の光景がデッキの一時停止ボタンを押したかのように止まる。
 流れる賛美歌も。それに聞き惚れる女性徒も。目の前の縦ロールの少女も。
 午後の陽射しと流れる風だけが動いて食蜂操祈の長い金色の髪をなびかせる。
 その瞳には強い意思が宿っており口元にはふてぶてしいカーブが浮かぶ。


 リモコンの入った小さなポシェットからピンク色のシステム手帳を取り出す。
 紙とペンの旧式のデバイスだが、これはこれで利点がある。
 少なくともハッキングされることだけはない。
 ページを開いて丸みのある文字を追って添付されている小さな顔写真を確認する。


「えっと、操作追跡能力の長けた―――この子。遠視透視能力―――この子。
 あとは風力系で音を拾える子がいいわね。発電能力者で盗聴は御坂さん相手には無謀すぎるかしら」


 ピッ、ピッ、ピッ。
 小さな音が三度なって準備は完了した。

 心理掌握。メンタルアウト。
 精神支配系最強の能力である食蜂操祈の二つ名。
 しかし彼女の能力の最大の武器は『装備の選択が可能』であることにある。
 ほぼ全ての能力者を―――例外的なレベル5、超能力者を除きさえすれば―――複数同時に支配できる。

 いわば自分の外側に『自分』を複数構築できる。
 自分の肉体は安全な場所に置いたまま『自分』は外側で動くことができる。
 それはほかの超能力者にはない食蜂操祈だけの『最強』だ。

 常盤台中学は入学するためにはレベル3以上の能力を有することが条件となっている。
 つまり、この場所にいる生徒は例外なく能力者。
 武器はそれこそいくらでもある。
 食蜂操祈が『派閥』を率いているのはまさにこのため。


 もっともその『武器』への愛着が強すぎるため実戦で使い潰すことはできないのだけれども。


 だとしても超能力者ひとりの情報を収集するなど容易いこと。
 ここにいる食蜂操祈と今支配された三人の『食蜂操祈』の端末。
 戦力は十分に過ぎる。

 唇に凍るような笑みを貼り付けたままの食蜂操祈がすっかり微温くなったアッサムティーを唇に運ぶ。
 そして一口飲んで、片目を釣り上げて、そして残りをじゃあ、と地面へと捨てる。


「熱かったら美味しいんだけど、冷めちゃうとやっぱり美味しくないのよねぇ」


 その光景を目撃すれば傷つくはずの縦ロールの少女は何も言わない。
 何も見えていない。
 見えなくていい。


 食蜂操祈は愛溢れ英知に長け美貌を纏う最高の女王であればいいのであって、そうでない部分は見なくていいのだ。
 一個の人間でなくていい。
 装置でいい。
 期待には応えるが、だからこそ本音は見せない。
 綺麗なものをわざわざ土足で汚す必要はない。

 そんな彼女がただの人間として怒りを表す。



「邪魔して、やるから。
 貴女の笑顔―――潰してやる!」



 ぐ、と奥歯を噛む。
 肩を震わす。
 しかしその一方で。
 食蜂操祈の大振りの乳房の先端から、僅かに白い液体が染み出し始めていた。






――――――――――





 感動的な再会は御坂美琴の右ストレートから始まった。


「うぼぉわ!」


 腰の入ったいい一発をもらってツンツンヘアの少年がドスンと尻餅をつく。
 顔の中央に穴があくのではないか、というほどの気持ちのいい一発で鼻が潰れそうになったが幸い鼻血は出なかった。


「あ、あの……ミサカサン?」


 ぱんぱん、と両手を叩いて払っている少女をおずおずと少年は見上げる。
 ビルの谷間で直射日光が射しておらず薄暗かったが表情はきっちりと見えた。


「置いてった」

「あ、あの……」

「何度言っても!
 またアンタは!」

 追撃のように右足を高く上げた少女を見て少年は慌ててばさばさと後ろ手に逃げる。
 どすん、という女の子としてはどーかなー、という音を立てた踏み込みを回避した少年はそのまま壁に背を預けるようにして立ち上がった。
 っていうか短パン履いてなかったらパンツ見えますよそれ。


「ちょ、殺す気か!」

「ああン?
 殺す気だったら超電磁砲ぶっぱなしてるわよ」

「いや、マジに返すなよ……」


 街中ではあるが路地裏とも言えるビルの谷間で人影はない。
 だらしなくワイシャツをズボンからはみ出させている高校生と名門常盤台中学の女性徒。
 ふたりの乱暴な会話は当人たち以外には誰にも聞かれることはない。

 ふん、と両腕を組んで斜に少年を睨み付ける少女。
 呆れたように言葉を発した。


「……また怪我したでしょ」

「あはは、大したことはないんだ。
 本当、一日入院しただけでもう元気バリバリですのよ」

「見えてるわよ、胸元に、包帯」

「いや、大丈夫大丈夫。
 ちょろっと刃物で切りつけられただけなもので」


 怪我人ってわかってるんだったら少しは容赦して欲しいなー、なんて軽口を叩く。
 そして頭をボリボリとかけば少年―――上条当麻はギロっと睨みつけている視線に怒り以外の感情が混じっていることに気づいた。


「―――心配かけて、ごめん」


 その言葉と同時に深く頭を下げる。上半身が地面と平行になるまで。
 直接見えなくても見下ろす視線は感じるし怒りが収まっていないことも感じ取れる。
 が、やがて呆れたようにはぁ、という大きなため息が聞こえた。

「あのさ、わかってる?
 そこに傷があるってことはあと十センチも上を切られてたら、もしくは十センチも踏み込み深かったらアンタ死んでるのよ?」

「わかってます、わかってますのよ、いやホント」

「わかってない!」


 軽い口調で返した言葉は強く否定される。
 御坂美琴の組んだ腕はいつの間にか解かれ、握りこぶしが強く地面へと向けられている。
 その白い腕が小刻みに震えていた。


「いつも言ってるじゃない!
 私を連れてけって!
 私が居ればそんな傷つくこともなかった!」

「……でも、オマエにこの傷がついたかもしれない」

「構わないわよ!」

「俺が嫌なんだよ」


 つかつかと歩み寄って傷だらけの右手をぽんぽんと明るい髪の上に置く。
 力強く優しく撫でられると美琴の表情のうちから怒りと悲しみの部分が減っていった。
 だとしても二つの感情が否定されたわけではない。

「アンタは結局誰も信じてないのよ。
 誰かを救い上げたときの自分の万能感に酔いたいだけであってそれ以外の不純物は邪魔なのよ」

「そこまで酷いこと言いますか」

「大体、そんな生活いつまで続ける気?
 きちんと地に足着いた仕事してたらそんな暇なくなるのよ?
 学生生活だってぎりぎりでやってるのに」

「将来はまだ考えていないのですが、そのときになればなんとかなるんじゃないのかなぁ?」


 ふわりと頭を撫でられれば凶暴な超電磁砲だって丸くならざるを得ない。
 それでも溜まっていた不安と不満を吐き出さずに入られなかった。
 それなのに、上条当麻はどこ吹く風でまるで『自分のこと』だとは感じることが出来ないように見える。


「俺はただ、美琴を巻き込みたくないだけであって」

「―――当の昔に巻き込んでいるじゃない。
 そして、巻き込んでいるのならば自分の理想と現実を近づけるような努力をしなさいよ。
 自分の『やりたいこと』だけをやっていて『やりたくないこと』から目をそらしているだけじゃない」

 ここまで言っても上条当麻は何一つ理解できなかった。
 ただ、『やりたくないことから目をそらしている』という言葉は響いた。
 それはかつて存在した上条当麻を美化するあまりに現実からは程遠い偽善を吐いて、
 そして物語のような強運を持ってそれを履行してきた今の上条当麻によく当てはまった。

 怖くなかった、わけじゃない。
 逃げ出したくなかった、わけじゃない。
 だけれども『上条当麻はこんなことをしない』という強迫観念がそれをさせなかった。

 もちろん、そこには泣いている誰かが居て、救ってあげたいという思いと、
 それを適えるための強い勇気があったからではあるけれども。
 ただ『誰かを不幸から救い出す』とのお題目だけで戦っていたわけではない。

 満足はあった。
 ヒーローは気持ちよかった。
 それにのめりこんでいた自分を否定できない。


「アンタのやっていることは偽善よ。
 もちろん、それが立派な行為だってことは認める。
 けれども、『アンタだけしか救えない』って思っているのならば、それは滑稽な傲慢だわ。
 誰かが救わなければならないのならば誰が救ってもいいはず。
 ―――それが、私であったとしても」

 怖い思いをするのも。
 危険な目にあうのも。
 上条当麻だけが引き受けるなんて間違っている。
 御坂美琴が引き受けたっていいはずだ。


「―――ごめん、それでもやっぱりオマエが傷つくのを見たくない」


 きりり、と引き締まった顔での返答はそれでも同じものでしかなかった。

 間違っていても認められない。
 こういうものを信念という。
 自分がただの偽善者でしかないことを受け入れたとしても、御坂美琴を戦場には連れて行けない。

 状況はより悪化している。
 手段を選ばなくなってきている。
 我侭だとしても連れてはいけない。


「私の言うことなんか、聞いてくれないんだ。
 ふざけてるわよ、本当に―――」


 いらいらは止まらない。
 止まらないがこの表情をされると御坂美琴は逆らえない。
 逆らえないが納得したわけじゃあない。
 ふわりと頭を撫でられてしまえば悪魔だって逆らえない。

 蓋をして押さえ込めていてもいつかはあふれ出す。
 戦闘機を奪ってロシアまで突撃した美琴だ。
 いつまでもおとなしくしているわけがない。
 上条当麻の答えが何であろうとも―――次はついていく!


「でも、いいわ。今回は―――アンタも怪我人だし」

「その怪我人にスタンピングかまそうとしたのはどこの誰でしたっけ?」

「さぁ?
 美人で愛想のいい素敵な女の子なんじゃないの?」

「おいおい……」


 御坂美琴の口調が少しだけ柔らかくなって、上条当麻がほっと一息を吐く。
 なんだかんだといって、いつまでも怒られていては心臓に悪い。
 見た目は華奢な女の子だが単独で軍事行動が取れるほどの戦闘力の持ち主だ。
 そしてそれ以上に大切な存在を不機嫌にさせておくのは、つらい。


「ねぇ、この傷……大丈夫なの?」


 左手首から先を拳銃の形にして胸元に突きつける美琴に上条当麻が応える。

「もう傷は塞がってる。
 この包帯もオーバーなんだ。傷口だってほとんど見えないぐらいだ。
 ちょっとうっすらと赤くなってる程度だな」

「シャワーとか、平気なの?」

「平気平気。
 ちょこっとピリッとするぐらいで、じゃんじゃん使えって言われたよ」

「……運動は?」


 そこまで言われて、無骨な上条当麻もなにを言われているか気がついた。
 目と鼻の距離で明るい髪の少女を見詰め、互いに言葉が詰まってしまう。


「……みこったんはえろえろだなー」

「なによ、したくないっていうの?
 それとも呆れるぐらいしてきたってわけ?」

「上条さんは紳士だから浮気なんかしないのですよ」


 ここで何かしらの返答がくる。
 そう思い込んでいた上条だったが御坂美琴が言葉に詰まったのを見て不審になった。

「ねぇ……もしかしたら、私、浮気していた……かもしれない」


 人差し指で唇に触れながら。
 一つ一つかみ締めるように単語にして。
 御坂美琴が悪びれずに、言う。


「ねぇ、アンタ……母乳って、飲んでみたいと思ったことは、ない?」


 がん、と後頭部を殴られたかのような衝撃で動けなくなった上条当麻。
 なにも発せない彼に美琴はさらに理解不明の言葉をつなげる。


「飲んでみたく、ないかな―――?」


 うわごとの様に、曖昧で、ぼうっと火照った顔で。
 聞かなくても御坂美琴の心臓の鼓動が伝わる。
 上条当麻のぐにゃりと曲がった世界で木霊のようにその声が響く。

(え、なに言ってるの、コイツ。
 浮気って―――浮気だよな?
 それで母乳って、妊娠したのか!?
 え、だってきちんと避妊はしてて―――え、俺の子じゃなくて浮気相手の子?
 え、え、え、なんですかこれは、え、え、えええ!!??)


「あー、ごめん。ちょっと言い方失敗したわ。
 当麻の考えてることとはちょっと違うの。
 少なくとも私が妊娠してるとかはないし、男の人に抱かれたってこともないから」


 硬直している上条当麻にそういって、そしてぐいっと顔を近づけた。
 言葉は聴いていなかったかもしれないが顔が近すぎることで上条の意識が正常に戻る。


「お、オマエ……」

「詳しい説明はここでは無理。
 だから、河岸変えましょう、ね?」


 踵を浮かべて、一瞬唇を奪った御坂美琴。
 その場で上条の右手を取って背を向ける。
 浮気の告白、その混乱とキスのインパクトとで顔の赤い上条の手を引いてぐいぐいと歩んでゆく。

 ふたりの姿が路地裏から消えたのは十数秒後のことであった。

以上です

常盤台がカトリック系っていうのはないかもしれないけど、世界に通用する人材を育てるんだったら賛美歌ぐらい歌わせるかなぁ、と勝手に妄想

いつもと違う環境なのでちょっと投下間隔がおかしいかもしれません
ご了承の程を

b カードキーを壁のスイッチに刺し鉄製の重い扉を閉めた後、御坂美琴は怪訝な顔をした。
 スイッチで反応した室内が明るくなって二人の影が白い壁に映える。
 振り返ってこちらを伺う表情が考慮の外側のものであったために上条当麻も不安げな顔をする。


「え、なに? なんかしました?」

「ううん。というより『何もしない』のがさ。
 いっつも部屋に入った瞬間には襲いかかってくるでしょ、アンタ」


 いえ、それってミコトさんにもあてはまりますよねー。
 なんと呆れた表情を隠さず、そして『襲いかかる』を否定しない上条当麻。
 思春期の男子の性欲がサルレベルなのは自分でも理解している。

 実際問題、発情していないわけじゃあない。
 それ以上に理性が上回っている。
 スルー出来る事柄じゃあない。
 場合によってはふたりの関係を考え直さなくてはいけないのだ。

 場所はどこにでもあるビジネスホテルの一室。
 低層でなく高層でなく、最高品質でもない。
 シングルには大きめだけれどもツインとは言えない中途半端なサイズのベッド。
 ただ設置されているだけのユニットバス。
 外の風景は殺風景な街並み。b
 それでも休憩するのであれば十二分過ぎる。

 上条がベッドに腰掛ければ自然と御坂美琴が隣に座る。
 上条も当然のように受け入れる、もやはり心に大きなしこりがあった。


「流石に話聞かないでする気にはなれないよ。
 っていうか浮気ってどういうことだよ。事の次第によっちゃあ」


 その先は言えない。
 考えたくない。

 怯えるように奮い立つ上条当麻をすぐ近くで見つめて、御坂美琴は口を開く。
 それは裏切りを後悔し謝罪する態度ではなく、状況を淡々と説明する事務的なものだった。

「えっとね、まずは今からの話は絶対に口外厳禁なのを約束してくれる?」

「あぁ、それはいいけど」

「実はこの間……」


 先日の食蜂操祈とのアレコレを美琴は語った。
 もちろん個人名は出していない。
 しかしそれ以外の事柄に関しては何一つ隠さなかった。

 言葉が重ねられ、ストーリーを語られ。
 上条の表情は困惑から呆れ顔に変わっていった。
 同時に安心したように緊張感が解けていく。しこりが消えていく。

 実際、御坂美琴の行ったことは許されざるべきものだ。
 そうだとしても上条の中で明確な怒りにはならなかった。
 むしろ、悪戯を咎めるような口調になる。


「いや、美琴。それは犯罪」

「……そうね。
 あの子にはきちんと謝らないといけないわよね。
 でも、アンタのこんなになってるわよねぇ」

「そ、それは……男としての生理反応です」

 上条当麻の中では『女の子同士の恋愛』というものは形にならない。
 それに少なくとも御坂美琴に『その子』に対する愛情は感じられない。
 上条は『悪質なジャレあい』と捉えてしまった。
 寧ろ欲望を掻き立てるビジュアルが浮かんできてしまった。

 被害者である食蜂操祈にとってはレイプそのものだったのだが上条の想像力はそこまで及ばなかったのだ。
 単純に、少年の感覚と少女の感覚が食い違っているからだろう。

 上条からその言質を引き出して、美琴はほっと息を吐く。
 勝手な理屈で『女の子同士だったら浮気に~』などと言ったがそれを判断するのは上条である。
 今更後悔しても遅いが嫌われても仕方のない行為だった。が、とりあえずそれは回避できた。


「……美琴は女の子だよな?」

「隅の隅まで調べたくせに言いがかりつけない」

「ですよねー。
 それなのに女の子のカラダに夢中になっちゃったのかぁ。
 実はレズの素養があったりするわけ?」

「うーん、やっちゃった以上否定はできないのかなぁ?
 される側に回るのは絶対に嫌だけど」


 緊張感が解ければ言葉は軽くなる。
 誰かに聞かれることもない空間で、近い二人の会話なのだから遠慮とかそういうものはない。
 しかも肌を重ね合った経験からか敷居は低くなっていた。


「当麻だって同じ状況になったらわからないわよ?」

「え、いやぁ、どうなんだろ?
 母乳って意識の範疇に入ってないというか、グラビアとかならおっぱいの大きい女の人好みですけど。
 その場になったらわからないかもなぁ。
 でもそんなのやっちゃうのは犯罪だろ?」

「ちっちゃくて悪かったわね」

「いえ、みこっちゃんのちっぱいは大好物です」


 指先。肘。二の腕。胸元。
 ムダのような会話をしながらも互いが互いに触れる。
 上条当麻にとって御坂美琴の行為は浮気ではなかったし御坂美琴にとっては上条当麻に嫌われるかも、という問題が解決している。
 どことなくほっとした空気とともに距離が近くなっていった。

 開き直りとか、どうとか。
 そういうものではなく『ふたりきり』という環境が優先されているのだ。
 密室で、誰も見ていなくて、誰に遠慮することもなくて。
 健康的な思春期の男女がそこにいるのだ。
 結果なんて最初から決定している。
 この部屋に入った、そのスタートラインから、もう、既に。


「ねぇ、脱いでよ」


 ほんのりと頬を染めた美琴が数センチ先の上条当麻に強請る。
 荒い呼吸を互の肌で感じられる距離で切なげに甘えられれば嫌と言うことはできない。

 できない、が―――


「っていうかシャワー浴びね?」


 と、上条は別の案を提示した。


「今日も暑かっただろ?俺も結構汗かいてると思うし、さっぱりしてからさ」

「別にアンタが汗臭くても私は気にしないんだけどね」

「勘弁してください。自分が臭いというのを自覚しながらって結構精神的にきついっす」


 しかし美琴はそれに素直に従わない。
 いつもならばこのまま狭い浴室で一糸纏わぬ姿でいちゃつくところなのだが、栗色の髪の少女は諾としない。


「シャワーは浴びるわよ?
 けど、その前に傷口、見せてよ」

 甘える口調。甘える視線。
 しかしそこに一抹の哀しさのようなものが混じっている。
 それを敏感に感じ取った上条当麻はぐぅと息を呑んだ。

 数瞬、互いに何をしていいのかわからなくなって。
 その後、上条はゆっくりとだらしなく着込んだワイシャツのボタンを外していく。
 夏の制服は学ランではなく、半袖の白シャツだ。
 その下にTシャツなりを着込んでおく―――暑く汗をかくが何も着込んでいなければ汗で胸元が見えてしまう―――のが上条流だ。

 今回、Tシャツは来ていない。
 下には幅広の白い包帯が厚い胸を隠している。
 なんか、おっぱいをサラシで隠してるみたいね、などと感慨深くなる美琴。
 えっちらおっちらしている上条を手伝って少し汚れた包帯を解いた。


「これ―――」


 絶句した。
 上条当麻の大胸筋にはまさに赤い線が走っていた。
 大型の肉食獣が獲物に爪を突き立てたらこうなるんじゃないか、というような深い傷。

「見た目は派手なんですけどね。傷は完全にふさがってるんですのよ?
 縫い目とかも見えないだろ? それに日焼けでもすれば全然わからなくなるらしいし。
 今度一緒に海でも行こうか、っていうか行ってはいるんだよなぁ、中身は美琴じゃなかったけど。あはは」


 つんつん頭をボリボリとかきながら笑う上条。
 消毒薬の独特の匂いが汗の中に混じっている。
 冗談でもなんでもなく、それは『死』の足跡だった。


「……もうやめてって言っても、無駄なのよね……」

「お、おい!」


 ぎし、とベッドが軋んだ。
 御坂美琴が上条当麻を押し倒したのだ。
 瞬間、食蜂操祈を追い詰めたあの光景と被る。
 しかし上条当麻は恐怖など見せていないし、わずかに困惑しているだけだ。

「~~~!!??」


 痛い、わけではない。
 しかし通常の皮膚よりもはるかに敏感だ。
 再生したばかりの傷跡を舐められて上条の背筋に細かい漣が走る。


「ちょ、ちょっと美琴!」

「いいじゃない―――この傷、私のものにしたい」


 言って、薄い唇で傷跡を啄んでいく。
 美琴の鼻腔には汗の臭いが。舌先には汗の味が。
 そして上条は敏感すぎる場所を刺激されて快感とも苦痛ともつかない感覚に苛まされた。

 言うならば、痒いところを人に掻いてもらうような。
 痛みはあるのだけれども、それ以上の爽快感がある。
 それに、死を覚悟したほどの傷跡を舐められる行為には途轍もなく精神的に満たされるものがあった。

 もしかしたらこれは母親が自分の身を削って嬰児に乳を含ませるようなものなのだろうか。
 先ほどの打ち明け話のせいで上条の意識が変な方向に流される。
 仰向けになって、胸元スグソコをちろちろと舐められている。
 必死になって甘えている。そう感じてしまう。


「ねぇ? 痛くない?」

「痛くないわけじゃないけど、なんとも言い難い感覚が」

「じゃあ、気持ちいいも少しはあるの?」

「ど、どーなんかな?
 悪くはないと思うけど」

「……もう少し、続けるね」


 ちろちろ。ちろちろ。
 小さな舌が動くたび、パンパンに張ったズボンの前がより窮屈になる。
 そしてこの体制では隠すこともできない。
 さらに美琴は膝を曲げて刺激してくる。

 もしかしたらこれは母親が自分の身を削って嬰児に乳を含ませるようなものなのだろうか。
 先ほどの打ち明け話のせいで上条の意識が変な方向に流される。
 仰向けになって、胸元スグソコをちろちろと舐められている。
 必死になって甘えている。そう感じてしまう。


「ねぇ? 痛くない?」

「痛くないわけじゃないけど、なんとも言い難い感覚が」

「じゃあ、気持ちいいも少しはあるの?」

「ど、どーなんかな?
 悪くはないと思うけど」

「……もう少し、続けるね」


 ちろちろ。ちろちろ。
 小さな舌が動くたび、パンパンに張ったズボンの前がより窮屈になる。
 そしてこの体制では隠すこともできない。
 さらに美琴は膝を曲げて刺激してくる。

「ちょ、ちょっと……」

「びんびんじゃない。そっかー、当麻ってこういうのも好きなんだ。
 結構マゾだったり?
 いっつもせめられてばっかだったから知らなかった」


 ちろり、と舌舐りしながら見上げてくる美琴。
 玩具を見つけた子供のような目をしている。らんらんと瞳が輝いていた。

 当然ながらこの行為は先日の食蜂操祈の件が影響している。
 受身ばかりだった美琴だったが攻める方に回ることで新しい視線を得たのだ。
 がさつで無骨で、女の子ではありえないような密度を持つ男の肉体。
 崇拝に近い感動はあってもそれが可愛いものだとは考えもしなかった。


「……このまま、下もしてあげようか?」


 膝頭でぐりぐりと根元を刺激して。
 小悪魔の目で上条を見つめる美琴。
 完全に発情した牝の目でありながら清楚さを失っていない。
 欲望の中にも愛情が詰まっている。

「いやいやいや!
 流石にトイレ行ったりしてるからシャワー浴びてから!
 上条さんそういう趣味ないから!」

「私は、アンタが望むのだったら別に構わないんだけどね」

「望んでない!
 いや、ちょっとは考えたけど!
 でもやっぱりダメ!
 あとで頭抱えて後悔するから絶対にダメっ!!」


 上条当麻も健康な男子である。
 一番近い位置の快楽への欲求は高い。
 それに、汚いものを舐めさせるという行為は変態性があって興奮する。

 だとしてもそこでアクセルを踏めるか踏めないかは全く別物であって上条当麻は踏める人間ではなかった。
 最初からそれが分かっていて発言した美琴は、胸中やっぱり、と考えながらどこかしら不満になる。
 奉仕する喜びというものを理解しつつある彼女は高すぎるハードルを突きつけられたいという思いもあった。
 攻撃性は高いが御坂美琴はマゾヒズムの側に傾いている。

 女の子の身体は非常に繊細である。
 ちょっとしたことでバランスを崩す。
 妊娠もしていない少女が母乳を出すことも決して―――まぁ、珍しいことではあるがありえない事象ではない。
 ただ、やはりそれは一時的なものだ。
 食蜂操祈のように一ヶ月も続く、とは御坂美琴は考えていない。

 それこそ、今日か、精々明日まで。
 だったらそれを知ってもらいたい相手は―――上条当麻ただひとりだけ。

 フロントホックのブラが外されればこぶりな乳房が顕わになる。
 いつもと変わらない、白くて、薄くて、先端は綺麗なピンク色で、尖っていて。
 本当に何も変わらない。
 何度も、呆れるほど揉み、舐め、しゃぶった場所だ。
 本当に出るのか、と上条は訝しむ。


「本当に少しだけなんだけど……見てて?」


 言って、美琴が乳房を下から持ち上げる。
 そのままゆっくりと揉み込むように搾り出すと、つんとした乳首から透明な液体がほんの僅かだけ染み出してきた。

 それがだんだんと量をまして表面張力を持った雫へとなると若干透明感がなくなって白くなる。
 これは確かに―――母乳、だ。


「え、美琴、これって……」

「あ、ごめん。この体勢だと届かないわよね。
 私が膝立ちにならないといけないんだ」


 言って、乗せていた腰を空中に浮かせる。
 その開いた空間に上条が上半身を持ち上げる。
 鼻奥に鉄錆の臭いを感じ、脳が灼熱化しつつあることを認識しながら上条がおずおずと唇を美琴の乳首へと近づける。


(うわ……)


 味は、しない。
 するとかしないとか言う液量ではない。
 しかし上条は確かに舌の味蕾に甘さを感じ、美琴は授乳の喜びに身を震わせていた。

「あ、はは……私、当麻におっぱいあげてる……
 おっきな赤ちゃん、だ……」


 浮かれたような声。膝立ちで上条の頭を両腕で抱えて胸に押し付けて。
 目の裏側がビリビリとするような、喉がからからになるような。
 自分の中の母親の機能までも差し出して、御坂美琴は感動を得ていた。

 男の肌に奉仕するのも、自分の胸で奉仕するのも。
 方向性が違うだけで御坂美琴にとっては同一のもの。
 それに、今夢中になってまだ青い果実に舌を這わせてくれている上条が愛しくてたまらない。

 上条もまた今の異様な興奮に溺れていた。
 いや、むしろ足りない。
 もっと飲んでみたい。もっと味わってみたい。
 ただ一滴口に含んだ。
 それは爆発的な渇きを生む。
 足りないのだ、本当に。もっと呆れるほどに飲んでみたい。

 上条当麻は御坂美琴に不満などない。
 自分にはもったいないほどの女性だと心の底から思っている。
 だからこそ上条の渇きは異常であって、そして当然の事だった。
 哺乳動物の本性として、この満足は否定できない。不満をかき消せない。
 その『満足と不満』が股間で痛いほど張っていた。

 今、直接ペニスは刺激されていない。
 それなのにもう射精寸前だ。
 パンツの中は先走りの液でずるずるになっている。
 早く外に引きずり出しておかないと大変なことになる。

 わかっていても美琴の乳房は美味しすぎる。
 硬いズボン越しにでも腹筋を突いてくるペニス。
 だが上条は美琴の腰を引き寄せた。首筋に手をかけていた。
 乳房と舌先とだけで宇宙が構成されている。
 与えるものと貪るものが融け合って興奮がひとつに重なっていく。


「あはっ、もう、本当にーーー」


 その後、なんと言ったのか。
 上条は聞こえなかった。
 何故ならば。

「う、うわぁぁ!!!
 だ、ダメだっ! 出るっ! 出ちまうっ!!!」


 ―――どくんっ! どくどくっ!  びゅるるるっ!!!


 灼熱の塔が内部から崩壊する。
 火災にあった高層ビルで内部の鉄骨が劣化して自壊していくように。
 スローフィルムで見ているような長すぎる一瞬。
 下着の中がとんでもないことになっている、けれども止められるわけがない。
 射精とは途中で止められるものではない。

 この一瞬前、美琴の細い手が上条の股間に伸びていた。
 指先で、布越しで触れた。
 ラクダの背骨を折るのは最後の麦藁だという。
 本当に、これだけで十分だった。


「あ、あはは。
 ヤダ、当麻……カワイイ……すごくイッてる……
 すごく、幸せぇ……」

 腕の中で、胸の中で絶頂する恋人。
 彼は世界を救う英雄で、か弱い誰かのための救世主。
 それなのに、自分の胸でこんなにも快楽に震えてくれている。
 しかも、刺激は指一本。
 自分の身体にそれだけ溺れてくれている。
 今の自分が誇らしくてならない。
 母乳が出る―――その異様さがこその、快楽結末。

 この状況は誰が構成したものか。
 望んだものではないにせよ、それは食蜂操祈にほかならない。
 彼女が居てこその現在。
 そしてー―ー彼女の肉体は御坂美琴のよりも優れている。

 もし―――もし、上条当麻がもっと溺れてくれるのならば。
 そう想像するだけで顔が蕩けてくる。
 悔しいとかそういう問題ではない。
 ただ彼が幸せで居てくれさえすればいい。

 もちろん、これは妄想。
 そんなことはあるわけがないし、実際目の前でその光景を見たとしたら発狂するかもしれない。
 だがそれほどの傷を負うだろうからこそ、傷跡がどれほど甘くなるのかを考えてしまう。

 絆と束縛。
 何処かに行ってしまいそうだという不安。
 そうなるぐらいだったら、いっそ。
 魔術サイドの人間ではダメだ。彼が遠くに行ってしまう。
 自分に身近な人間がいい。自分が支配できる誰かがいい。

 くりかえすが、これはもちろん絵空事で御坂美琴が本気で考えているわけではない。
 しかし、彼女の中の打算が式を構築してしまう。
 何よりも、自分の腕の中で快楽に震えてくれている彼を失いたくない。

 圧倒的な幸福に包まれながらも御坂美琴の一部は氷のように冷たく、見えない歯車は空回りしつつも回転を上げていった。 

以上です
お盆の時期のちょっとした楽しみになってくれると嬉しいです

前回は通常と環境が異なる条件での投下だったので色々と失敗がありました
深く謝罪します

今回は失敗しないぞ、と省みての投下です

「うぇ……不幸だ……」


 誰が悪いか、と言われればまず自分が悪い。
 そりゃ確かに恋人の悪戯もあるだろうが、そこまで興奮していた自分が誰よりも悪い。
 それでもネトネトになったパンツの中をしょうがない、でスルーできるわけでもない。


「こりゃズボンにまで染み出してるか?
 我ながら量多すぎるだろ」


 成人男性が蓄積できる精液の量は四日分と言われている。
 それ以上造成しても貯めておくことはできず、寧ろ身体の内部で抗体ができてしまい精子が弱くなってしまう、らしい。
 上条の拙い知識でもそれぐらいのことは分かっている。
 しかし、下着の中にぶちまけた量は四日分を遥かに超えている、ように思える。


「やべ、着替え持ってきてねぇよ、俺」

「洗ったら?
 部屋出る前には乾くでしょ」


 上半身裸になった美琴がスカートのホックを外しながら、言った。
 このホテルには脱衣所、と言うほどの場所はない。
 トイレと一体になったユニットバスにはふたりが着替えるほどのスペースはなく、ベッドに座りながら服を脱いでいる。

 上条がこれまでで一番の快感に身を震わせたのはわずか五分ほど前。
 お互い抱きしめ合いながら荒い息を重ね、唇を重ね、唾液を交換し、熱情に火照る身体を落ち着けた。
 落ち着いた、といってもアイドリングストップというわけではない。
 エンジンは低速でも回り続けている。

 それでも興奮が収まって上条は自分の下着の中の惨状に気づいた。
 自分が放出したものだとしても、いやだからこそ自分と切り離された体液というのは不快だ。
 汗にせよ血液にせよ涙にせよ唾液にせよ、皮膚にねっとりと絡み付けば悍ましいこと極まりない。
 シャワーを浴びよう、と散々言っていたこともあり、自然とそういう流れになった。


「うーん、こんなことになるんだったらコンビニで替えの下着を買っておくべきだったかなぁ。
 でもコンビニだと割高なんだよなぁ。
 それ考えるとこれでいいのだろうか、うーん」

「くだくだ言ってないで洗っておきなさい。
 っていうか……要らないんだったらそれ、欲しいかも。
 なんだったら新しいパンツ、ルームサービスで取り寄せようか?」

「はぁん!?
 いつからそんなにエロエロな子になったんでせう、みこっちゃんは!
 っていうかルームサービスにそんなのあるのかよ!?」


 じろっ、と言葉にはせず視線で反論する美琴。
 上条ほどではないが彼女の下着もひどい有様だ。
 傷口を舐めたり、母乳を飲んでもらったり、月に一度のお客が帰ったばかりの身体には刺激的すぎる状況でどうしようもないほど濡れてしまった。
 でも、それはそれで―――自分の身体が『そういうもの』になった喜びを感じられる。

 ただ、少々俗物的なことを言えば―――『匂い』を制服に染み込ませておくのは危険だ。
 誰かしらに感づかれる。
 ちょっと失敗したかな、と思いつつも美琴はそんな自分を嫌いにはなれない。


「普通に考えたらさぁ、ぜぇんぶアンタのせいよね?」


 だけど言葉は辛辣に。
 伸ばした足の先から白のソックスを引き抜いて、言う。
 少しだけつま先部分が汚れているのは汗をかいたからだろう。


「―――下着汚したの、アンタだけじゃないんだから」


 消え去りそうな小さな声で、上条の前に立って。
 見せつけるように下着をおろしていく。
 薄い体毛で隠しきれていない場所から薄い糸を引いて、足首から抜かれて、丸まる。
 その、丸まった下着を両手で広げて、上条に突きつけた。


「こんなになっちゃったんだから」


 実のところ、美琴の側に関して言えば下着の替えは用意してある。
 終わったとはいえども女の子の身体はアンバランスだ。また降りてくるとも限らない。
 が、今回に限っては博打がうまくいった、のだ。
 クロッチ部分の汚れは透明で、僅かな発酵臭が混じった甘い香りがしていた。

「~~~っ!」


 さらっとした髪が小首を傾げたことで揺れ、少女の幼い微笑が女の目で嗤う。
 文学的な表現で、天使か悪魔か。とにかく人の理に収まるものではない。
 目の前の少女は少女のままどんどん変わっていって、それを上条に見せつけている。
 潤いを増した瞳は牡を誘う牝のものだ。

 下品で、淫乱で、そして清純なままで。
 だからこそ上条の股間は痛いほど膨らむ。
 欲望をそのままぶつけたくなる。


「あーっ、もう当麻、すっごい目してる」


 誂う口調は本当に楽しそうで、それが一層御坂美琴の魅力を引き出してしまう。
 起伏に乏しい細い身体。
 あどけない顔立ち。
 攻撃性が高いくせに甘える時のブレーキが効かない。
 自分の評価がとても高い反面、それが肯定され続けていないと不安になる。
 精神的にも肉体的にも完成には程遠い。

 だが、全力だ。
 全力でぶつかってくる。

 美琴の方にだって言い分はある。
 不安、なのだ。
 目の前の恋人がいつ消えてしまうか不安で堪らないのだ。
 彼は美琴にいろいろなものを与えてくれる反面自分では受け取ろうとしない。
 見知らぬ誰かのために自分が傷つくことができても自分のために見知らぬ誰かが傷つくことには耐えられない。
 一番隣にいる存在と最も遠いところにいる存在が等価。
 彼の前では才能や努力や知恵や財力といったものが輝きをなくす。

 それは、今積み重ねている彼女にとってはどれほど怖いことか。
 自分の努力が明日出会う誰かにあっさりと崩されるかもしれない。
 もちろん、世界とは多かれ少なかれそういうものなのだろう。
 しかし上条当麻の見る世界はそれが顕著すぎる。

 どこまで行っても安心できない。
 手を抜くことが許されない。
 それは心地よい緊張感である反面、とても疲れるのだ。

 だから、だからこそ―――夢中になってもらっている瞬間が、とても嬉しい。

「―――シャワー、浴びるっ!」


 怒鳴るように言って、逃げるように上条は立ち上がる。
 そして実際に逃げるように下着だけを持ってユニットバスに駆け込む。


「あ、待ってよ当麻」


 美琴もすぐさま追いかける―――が、ふと立ち止まり、自分の下着を持ってきたカバンの中の小さな着替え袋に詰め込んだ。
 プレゼントとしてあげてもいいけれども、こんなことをしておきながらだけれども、やっぱり恥ずかしい。
 まだ紙袋に入ったままの着替え用の下着をサイドテーブルの上に出しておいて、そうしてからようやく上条を追いかけた。

 追いかけた、といっても距離的には3mもない。
 何分狭いビジネスホテル。
 本当に目と鼻の先だ。
 ただユニットバスへの扉を開くだけ。

 そこにはシャワーと、1m×2m強のユニットバスと、そして歯磨き用の洗面台でじゃぶじゃぶ下着を洗っている上条当麻の姿があった。
 洗面台の蛇口からは熱いお湯が流れ狭い密室に湯気が立ち込めようとしている。
 そんな中で上条は一心不乱に下着を揉み洗いしていた。

「ちょっとぉ、無視しないでよ」

「……美琴さん、今日は本当にいやらしすぎです。
 正直、上条さん戸惑ってます」


 腰に手を当てて拗ねた声で言えば背中を向けたまま言葉だけが返ってくる。
 ワイヤーを束ねたような太い筋肉が皮膚の下に隠れている背中。
 そこに強く抱きついてもっともっと拗ねてみせた。


「……だって、私のこと寂しがらせたじゃない」

「っ!
 いや! それはそうかもしれないけどっ!
 なんか本気でおかしいぞ、オマエ!」

「おかしくも、なるわよ……すごく、怖かったんだから……」


 女の子とは違う男のカラダに両腕を伸ばして、絡ませて。
 その指先が赤い傷跡をなぞる。
 ぞくぞく、という甘美な電流が上条の脊髄を通って、脳と股間とを灼熱に勃起させる。

 背中に当てられている丸い膨らみは、小ぶりではあるけれども確かに存在する二つの乳房で。
 先ほど、一滴に満たない母乳を飲み干したばかり。
 肩甲骨のあたりに投げかけられる吐息は甘く赤く上条を侵食する。


「帰ってくるかな、もしかしたら帰ってこないのかな。
 痛い思いしてないかな、怖い目に遭ってないかな。
 そんなことばっかり考えていると、自分がどんどん小さくなるんだ。
 アンタは―――知らないでしょ?」


 だから、怖くなる。不安になる。フレームが壊れて足元が崩れてしまいそうになる。
 それぐらいにのめり込んでいる。イカれている。
 自分のための自分なんていらないぐらいに惚れてしまっている。


「そ、それは悪かった、から―――」

「言葉だけ、でしょ?
 どうせアンタはまたおんなじ事を繰り返す。
 囚われのお姫様を助け出したら他のお姫様を助けに行く。
 そういうふうにしか生きられないのは、もう、わかってるの」


 でも。
 でもだからこそ。
 それが怖くないぐらいの何かが欲しい。

 きっとこの人は自分に負けないぐらいに自分を想ってくれている。
 それはとても良く伝わってきている。
 それでも生き方を変えてはくれない。

 そもそも誰かを助けるために特別な力が必要だという時点で彼の思想とは食い違いが生じている。
 彼は誰彼構わず救う。
 誰からも慕われる可憐なお姫様だろうと、世界を滅ぼす悪の巨人だろうと。
 そんなものは関係ない、平等なのだ。
 善良なるも邪悪なるも嬰児も老翁も教祖も仏奴も国士無双も絶対佳人も人類皆平―――上条当麻ただひとりを除いて。

 それはとても素敵で、とても綺麗で、とても傲慢な思惑。
 タチの悪いことに、上条当麻という舞台装置はそれを成し遂げてしまう。
 だからいつか『英雄ではない上条当麻』は『英雄という神話の一部』に飲み込まれてしまうのだ。

 それが嫌だから、自分に縛り付けたい。ううん、自分でなくたって構わない。
 絶対に自分のところに帰ってくるという確証が欲しい。
 だったら―――淫らになりもしよう。

 呆れかえるぐらいに上条当麻が欲しい。
 そのためだったらなんだってしよう。自分のための自分なんていらない。
 きっと、御坂美琴は狂ってしまっている。
 自覚している。

「―――今だけでも寂しくさせないで?
 怖いの、全部吹き飛ばしてよ」


 引き締まった腹筋を通って硬い茂みを抜けて、白い指が上条の剛直を握り締める。
 瞬間、びくっと肩と竦めた上条を、目視せずとも確信し、淫らな微笑みを熱病に魘されたような震える言葉で伝える。


「シャワー浴びるんでしょ?
 綺麗にしたら、してもいいのよね?」


 顔を真っ赤にして、俯き加減で。
 だが言っていることは途轍もなく過激で。
 羞恥心を自覚しながらもアクセルをベタ踏みする。
 欲望に対して歯止めが利かない。
 自分と同格の少女を押し倒し乳房を弄んだ時のように。

 そうして、軽く刺激してから手を離し身を離した。
 狭いユニットバスの、1m四方もない余った空間。
 一歩下がって浴槽の淵に腰掛ける。
 振り向いた上条の股間で男根がヘソを突く勢いで猛々しく憤っていた。

「美琴、いい加減にしろよ……
 上条さんだって健康な青少年なんですよ、もうケダモノスイッチ入っちゃいますよ」

「いいわよ?
 当麻が夢中になってくれるんだったら、私はどうなって構わない……」


 血走った視線を優しい微笑みで返して。
 それでも互いの呼吸が荒く重ねられる。
 御坂美琴は嬉しくてたまらない。

 上条の手が透明な水栓に伸びる。
 乱暴に回転させると高い位置のシャワーのノズルから勢いよくお湯が吹き出してくる。
 夕立の雨音にも似た強い飛沫の弾ける音。
 ユニットバスの密室に曇っていた湯気はいっそう濃度を増す。
 弾かれた雫が飛んで美琴の背中が濡れる。もしっとりとしたきめ細かい肌は当たり前のように跳ね返していた。

 浴槽に数センチの湯が張られた中で二人してシャワーを浴びる。
 どうしようもなく興奮しているのに、一言も発さない。
 重力に逆らうように天を突くペニスに焦がれるよう、美琴が丸い尻をおろし、顔の位置が揃うように座った。

「して、あげるね―――」


 腫れ物を扱うように優しく、御坂美琴の両手が上条当麻を包み込む。
 時として男性そのものと表現される上条のそれは偏差としては標準に内包されるものの平均値よりは大きい。
 カリの部分が大きく、幹はスラッとしていて饂飩のような血管が皮膚直下に脈打っている。
 硬度があり、濃厚に圧縮された血液が強いポンプで送り込まれているのを感じ取れる。

 御坂美琴が『女』として知る限りの唯一の、それ。
 信じられなそうな、そして恍惚の混ざった表情で上条当麻が見下ろしている。


「……いつものことながら、すごくやばい絵柄です」


 人形のようなベビーフェイスに突きつける野獣のような剛直。
 花と蛇か。
 美しいものと悍ましいものとの組み合わせは異常なまでに本能を掻き立てる。


「アンタにしか見せないから、いいわよ―――」

 言って。
 上唇をアヒルの嘴のように伸ばして、先端部分を口に含む美琴。
 濡れた舌でぺろり、と舐める。


「うわっ、すごい当麻の臭い……」

「んぐっ!」


 亀頭を舐められ名状し難い快楽に身をよじる上条。
 その幅広い肩に熱いシャワーが叩きつけられている。
 タイル地の壁についた左手が何かを掴むように歪む。

 ―――ちゅる、じゅる、ちゅべ、ねりゅ……

 上目遣いで上条の表情を観察しながらうっとりした様に瞳を緩ませて。
 自分の行為で好きな人が気持ちよくなってくれるという快楽に御坂美琴は酔いしれる。
 髪の毛も指もココロも骨も全て彼のもの。
 だから、排泄器官に口腔で奉仕するという矛盾も心地よい。


「っ!
 なんていうか、すごく上手になったな、みこ、と!」

「じゅ……馬鹿ね、回数こなしてるんだもの、上達するわよ」

 シャワーの音に負けないように大きな声で快楽を喘ぐ上条と褒められて頬を染める美琴。
 強い右手で頭を撫でられてインチキのように心が幸せで満たされる。
 今ここにいるのは学園都市第三位の超能力者などではなく、ひとりの女で、そのことがとてもプライドを満たしてくれる。

 だから、舌先はより激しく、熱情的になる。
 人間の肉体の中で人為的に最も激しく動かせる筋肉が舌だ。
 それが一個の生命体のように自在に動く。

 それだけではない。
 下顎で軽く引っ掻いたり、或いは内側の頬の肉を使ったり、さらには口腔の奥の壁まで突かせたり。
 到底中学生とは思えないような性技を御坂美琴は自在に使いこなす。

 一軍を屠れる火力をダウンロードできる脳髄は相応の学習能力を持つ。
 獲物を狙う猛禽のように覗き込むように目を細めた次の瞬間、


「うおっ!」


 ぴりり、と美琴の舌先から電流が放出され、それが上条の性器を刺激した。

 もちろんこの瞬間上条の右手は美琴の頭から離れている。
 震える膝にかかる負荷を両手で壁に手を当てることで軽減していた、わずかな時間。
 隙をついたように能力を使う。

「だ、ダメだって美琴!
 それは本気でヤバイっ!」


 が、と上条の右手が美琴の頭を掴んだ。
 もちろん乱暴にではない。が、水に濡れた髪に立てる櫛としては粗雑なものに変わりはない。
 その粗末な櫛が美琴の能力をかき消した。


「えーっ、なんで邪魔するのよぉ」


 ちゅぽん、と口からペニスを引き抜いた美琴が左手でそのペニスを扱きながら不満気に上条を見上げる。
 奉仕欲を満たされなかったことを視線で非難する。


「いやいやいや、それは気持ちよすぎるんだって!
 美琴のフェラはただでさえ気持ちいいのに、それやられちまうと、本当にもうっ!」


 ばちばちと快楽の火花が目の前に弾けたことをどう告げればいいのだろう。
 上条の悲惨な語彙では強烈すぎる快楽が苦痛だということを伝えきれない。
 太腿の肉がひきつるほどの性感は上条の唇を引きずりあげて言葉を繋げさせない。

 こうしている間にも踊るように動く御坂美琴の左手。
 ふくよかとは言い難い双乳もタイミングに合わせて踊る。
 ぽっちりと浮かんでいる乳首が痛いほど張っているのがとても良くわかる。
 その先端から、先ほど望んだ母乳の雫が形になりつつあった。

 シャワーの雨の中で。
 いくら上条の肉体が傘になっていようとも。
 それが形になるなんて。

 エロティックすぎる光景が交感神経を刺激して燻りを豪炎に変えていく。
 卑怯すぎて、淫らすぎて、上条の背骨に即死するほどの快楽電流が流れる。
 ビリビリくる口腔奉仕がなくったって、限界は当たり前に訪れる。


「ダメだ美琴っ!
 もう出ちまうっ!」

「あ、まだダメっ!
 今度はちゃんと飲んであげるから―――」


 瞬きもせず、凛とすら言える表情で美琴が上条のペニスを咥える。
 視線は上条を見つめたままで、口腔を性器に見立てて大きく激しいストロークで動かす。
 大量に溢れているカウパーが舐め取られ、それ以上に精神的なエネルギーを奪われている。

 そして上条の目に焼き付いた美琴の乳首。
 豊かではないからこそこの状態でも見える。
 表面張力を力強く主張しながら白い雫が乳首にしがみついている。

 もはや両足と左手では体重を支えられない。
 自分の意志とは関係なく右手が美琴の頭から離れた。
 その瞬間、勝ち誇ったかのような光が淫蕩な御坂美琴の瞳に宿った。


 ―――びりりっ!


「うわっ、ダメだっ!」


 上条が喘ぐ。
 相手が誰かを忘れてしまうほど感じてしまう。
 ただ心が爆発しそうなほどの愛しさが溢れてきて止まらない。
 白と白と白で構成された世界が視界で広がっていく。

 亀頭が膨らむ。
 固い芯を支えた肉棒が異様なまでにしなる。
 そのペニスを咥えた美琴は真剣な眼差しで上条を見つめている。

 薔薇色の唇。
 美しいラインを描く紅く染まった頬。
 愛くるしい顔立ち。
 勝気なくせに女の目で見つめている大粒の瞳。


 全てが、上条当麻という男の性感をレッドゾーンに叩き込んだ。


「本気で、出るっ!」


 前屈みになりながら放出の瞬間を訴える上条。
 その情けなく哀れな男を心の底から愛しいと思いながら御坂美琴は奥の奥まで吸い込んで、そこで止まった。
 いつの間にか添えられた柔らかな指が陰嚢を撫であげる。
 転がす。


「がぁ、くぅっ!」


 上条が最後の意地のように奥歯で嬌声を咬み殺す。
 だが腰は前後に戦慄いて芯に溜まってたマグマのような熱い塊が一気に尿道を駆け上がった。


 ―――どくんっ! どりゅりゅっ!! どくどくどくっっ!!!


「!」


 乱暴にしなるペニスを口腔に収めた少女が驚きで目を見開きながら、それでも口を窄める。
 上顎内部の粘膜を内側から叩きつける生臭い精液を舌の根元に貯め、ペニスで埋まった食道に必死に送り込む。
 そうしている間にも二度目三度目の砲撃が放たれて、不可思議な模様を描くように踊った。

 恋人を苦しめているというのに、上条当麻は著しい甘美に浸っていた。
 つま先から脳天までを一気に白く染め上げるような快楽電流。
 脳が理性という機能を失ってしまいそうに濃厚で、それなのに愛しいという気持ちが止まらない。

 同時に精神世界の虚の淵で形のないドロドロの化物が顔を出す。
 快楽を。
 一心不乱の快楽を。
 もっとあるはずだ。きっとあるはずだ。
 奇跡のようなそれを何度でも再現し限界を踏破してたどり着く。 

 誰の心にでもあるヘドロのような魔物。
 それが一瞬だけ顔を出した。
 が、今の上条当麻はそれを認識しない。
 快楽が圧倒的すぎて、ガタガタ震える両足で体重を支えるのが精一杯すぎて。

「はっ、はっ、はっ」


 快楽の頂点も長くは続かない。
 視界がだんだんと現実の色に染まっていく。
 自分自身の荒い呼吸が煩わしく感じつつあった上条当麻は。
 御坂美琴が一度たりとも視線を外していないことに最後まで気づかなかった。

投下します

ひさかたに食蜂さん登場です
一応この話のメインのはずなんですが

「ああ、もう、がっつかないの。
 私はどこにもいかないんだから」


 心の底から嬉しそうに笑いながら御坂美琴が野獣一歩手前の上条当麻をあしらう。
 バスタオルで水滴だけを取った、湿り気たっぷりのままでベッドにダイブすれば上条はすぐさま美琴の両肩を抑えてきた。
 白く丸い肩に乱暴に食い込む指は獲物を捉えた鷲を彷彿とさせる。
 ただ、この場合の獲物はどちらなのかは―――まぁ、両者にしかわからないだろう。


「あれだけ人のこと煽っておいて逃げるんじゃねぇよ。
 本気でブレーキがブッ壊れましたよ上条さんは」


 血走るような目をしながら顔を近づければ美琴は黙って目を閉じて顎をあげる。
 口を塞ぐような軽いキス。一瞬だけのそれのあとで離れれば赤らんだ少女の顔が無言のままで上条に甘えてきた。
 繰り返す。
 口だけではなく頬にも鼻にもおでこにも、何度も何度も繰り返し、やがて美琴の表情が骨まで溶けるようにうっとりとしてきた。

 軽く胸を触る。
 抵抗を示さない。
 親指の先でツンとした乳首を跳ねれば上条の股間が痛いほど疼く。

 同じ風呂場で同じボディソープ。なのにこれほどまでに違うのは何故だろう。
 湿った肌は人工的な甘さ以上の芳香を放ち上条の本能を掻き毟る。
 尖った顎と白い首筋を舌先で何度も味わったあと、上条はまた再び―――御坂美琴の乳房へと帰還する。


「あはっ、当麻のせいでそーいう体質になっちゃうのかも」


 乳腺が腫れてきているのを御坂美琴は自覚していた。
 身体が男に媚びている。
 こうなったのは本当に偶然で、しかもつい先程のことで。
 こんな出来損ないの物語のような都合のいい出来事が上条当麻を喜ばせるために具現化している。
 運命でも奇跡でも堕落でもいい。
 御坂美琴は構成する分子のひとつまでが彼のものであって彼にとって都合がいいように組み立てられている。

 一方の上条当麻もあってはいけないはずの甘さに完全に溺れきっていた。
 麻薬と一緒だ。
 脳の中でそれが快楽であるというサーキットが構成されてしまった以上、こんなに興奮することはない。
 少女から大人になりかけている青い果実があってはならない蜜露を与えてくれている。
 肋骨の内側で心臓は狭苦しいと暴れまくり頭骨の内側で理性を司る脳は性欲にドロドロに溶けて沸騰している。

 舌を伸ばした。
 本当に僅かながら白い濁りを浮かばせているさくらんぼ色の果実にしゃぶりつく。

「んっ!
 やだ、ちょっと強引すぎるってばぁ……
 そんなに吸っても少しか出ないわよ……」


 痛みを訴える悲鳴は鼻にかかったように曇って。
 それでも御坂美琴は上条当麻を突き放すようなことはしない。
 自然と両手が上条当麻の頭に重ねられ抱き寄せるように胸に押し付ける。

 荒い吐息に上下すれば上条の顔と挟まれて白い肉が潰れて広がる。
 ボリュームはなくとも上条当麻の脳と御坂美琴の心臓の距離は10センチも離れていなかった。


「ねぇ、もっと飲みたい?」

「え、ああ。
 正直言ってそれはあるけど……でもそんなの関係なしに美琴の胸に夢中になってるよ、俺」

「誤魔化しとかしなくてもいいのよ?」

「誤魔化しとかそういうんじゃなくってだな、とにかくもう本気で夢中です」

 少しだけ身体を浮かせ、視線を合わせた上条。
 その真意を伺うように見つめていた美琴だったがとりあえずは納得したのか、白い腕を再び伸ばして呆れるように上条を抱きしめる。
 ベッドのシーツに刻まれた皺が波打って新しい形を作った。

 少女の肌はきめ細かく張りがある。
 なるほど、確かに起伏には欠けるが触れる視線で語ればしっかりと抱きごごちがありながらも女の子の柔らかさも感じさせる。
 走り回って引き締まった身体は原石をカットして輝きを増したダイヤモンドを思い起こさせる。
 しかも御坂美琴はまだ完成していない。
 どんどん美しくなる。

 だが、御坂美琴の自分自身への評価はそれほど高くはない。
 自分の才能や努力といったものに対する評価は自己で過剰に盛る嫌いがあるが、反面『女としての魅力』というものには辛口になっている。
 御坂美琴の見ている範囲の女性たちが得てして美人ぞろいという理由もある。
 それ以上に自分の肉体にコンプレックスがあるのだ。
 例えば『ムサシノ牛乳を飲むと巨乳になる』という都市伝説に夢を追ってしまうぐらいに。


(……ムサシノ牛乳よりアイツの方が『効く』のかしらね)


 快楽と感動に震えながら、御坂美琴の脳髄の片隅でくだらない考えが浮かぶ。
 この発想が出る時点で食蜂操祈に対する行為を反省をしていないように見える。
 反省していないわけではないのだ。
 母乳が出ているという共通項で一方的な共犯者意識を有し始めているだけなのだ。

 犯罪的な心理回路。
 一滴のミルクがコーヒーをマーブルに変える。
 そして一滴のコーヒーがミルクの白さを引き立てる。

 やがて。
 食い散らかすように美琴の胸を弄んだ上条が切羽詰ったように身体を起こした。
 同時に美琴の両膝に手をおいて、開かせる。
 殆ど生え揃っていない美琴自身が顕になり空気に分子を漂わせる。


「いい、かな?」

「あ、ダメよ……
 今日は終わったばかりで薬も飲んでないもの。
 ちゃんとつけてくれないと……」


 爛々と目を輝かせ息も荒い上条を前に慌てたように美琴が言う。
 子宮内にまだ卵子がいる可能性がある。
 今日は受け入れるわけにはいかない。


「えーっ、そのつもりだったのに」

「ダメだってば。
 できちゃったら大変なことになっちゃうでしょ?」

 少しだけ鼻白んだ上条を諭すように美琴が言う。
 破裂しそうな程膨らんだ男根も不満そうに腹筋を叩いた。

 美琴は実感として感じている。
 身体がそうしたいと言っている。きっと今日は通常の危険日よりはるかに可能性が高い。
 心の中でもそれを望んでいることを否定できない。
 ただ、理性がそれを留めているだけなのだ。

 だからもし、上条が本気で美琴を口説けば受け入れてしまっただろう。
 しかし上条にも理性がまだ残っていた。
 将来のある美琴のこれからの人生を一時の快楽で弄んではいけない。


 そうであるが故に―――残りの人生の設計を計りにかけてでも感じてしまう興奮というものがあるのではないか。


 言葉にはせずともふたりしてそれを感じてしまっていた。
 瞳と瞳が絡む。
 しかし、これは踏み出せない。踏み出してはいけない。
 いつか踏み出すとしても、少なくとも今ではない。






――――――――――





 どこか納得のいかないものを感じながら上条は避妊具を装着する。
 薄皮一枚、しかし絶対に届かない距離。
 これは相手を尊重する行為であるし人と動物とを隔てる境界でもある。

 そんな上条を見ながら美琴も物悲しさを感じていた。
 理想と現実のすり合わせ。
 それが小さな傷になる。
 痛みが、心地よかった。


「いつか―――ちゃんと受け止めてあげる」


 だから、来て。

 自分で自分の膝を抱えるように大きく脚を開いた御坂美琴に上条当麻は一匹の牡としてのしかかっていった。

「なぁ、やっぱり送っていこうか?」

「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの?
 そこらのスキルアウトなんか相手にならないわよ」

「と言ってももう暗いし、治安はよくないんだし。
 美琴も女の子であることには変わりないんだしさ」

「とかなんとか言っちゃって。
 結局私と離れたくないんでしょ」


 えへへ。
 腰の後ろに手を回した美琴が擽ったそうに笑いながら額を上条の胸に押し付ける。
 傷跡が痛いのか、疼くのか。
 上条が何とも言えない顔をした。

 学園都市に夜の帳が降りている。
 学生が過半数を占めるこの街では夜が来るのは意外と早い。
 昼の人気はほとんどが消え失せ、切り抜き細工のようなビルを髑髏のような赤い月が照らしている。
 ビルとビルの狭い路地でふたりの影はひとつになっている。

 いつものことだが別れの時間は寂しくなる。
 同じベッドで朝を迎えることのできないふたりだが、納得できないまでも受け入れるしかない。
 上条にも美琴にもそれぞれの生活というものがあるのだから。


「美琴の強さは信用してるけど……何かあったらすぐに連絡しろよ?
 どこにいようと駆けつけるから」

「その言葉は本当は私が言いたいんだけどね。
 どっかの誰かさんはてんで言わせてくれないのよね?」

「あの、美琴さん……まだ怒ってる?」

「そりゃ怒ってるわよ?
 置いていかれて悔しかったのも心配したのも絶対に消えないもの」

「ですよねー。あはは」

「どうせまたアンタは私を置いてどっか行くつもりなんだろうけど。
 次は追いかけてくからそのつもりでね?」


 目と鼻の距離。排出した二酸化炭素を吸い込み合うほどの距離。
 踵を浮かせた美琴は唇を奪ったあとで数歩下がった。

 くるん、とその場で一回転。
 そして左手を目の前にかざして距離を測り、伸ばした右手の親指が見えない何かを弾く。
 どーん、と美琴の口が小さく誇らしく呟く。

 超電磁砲の空砲は無敵の右手でも防げなかった。
 胸の中にある空虚に思いっきり形のないコタエを充填された上条は恥ずかしげに笑う。


「じゃ、またね?」

「ああ、お休み」


 物足りない気持ちが消えたわけではない。
 が、仮の別れの言葉を告げる程度には心が整理された。
 ツンツン尖った頭を右手でボリボリ掻きながら、かなわないなと上条の唇が動いた。
 
 いつものことだ。
 子供っぽく一緒にいたいという上条の欲望を御坂美琴は少女の爛漫さで華麗に回避する。
 上条は上条の生活をしなくてはならない。
 上条は思いっきり手を振って、そして帰るべき日常へと走り去っていった。

 そんな少年の背中を懐かしそうに美琴は見つめていた。
 彼の背中を追いかけ続けていた日々はそう昔のことではない。
 しかし今の御坂美琴はとても穏やかな気持ちで小さくなる彼の姿を眺めることができる。

 それでも、心の片隅に小さく濁った黒いものがあった。
 自分は彼を満足させられているだろうか。
 隠してはいるけれども、いつも思考してしまう悪癖。
 純粋な気持ち以上の、麻薬のように中毒性のある何か。
 それを彼に植えつけ、彼が逃げられないようにしたい。
 そういった闇が御坂美琴の中に息づいている。


「……」


 自覚しながらも、美琴も日常へと帰らなくてはならない。
 寮の門限までに帰らないと鬼の寮監にどんな目に遭わされることか。
 物語の枠組みを壊しそうなほどの恐怖の対象を思い浮かべ、背筋に凍った漣を浮かべながら美琴は空を眺めた。

 紅く赤く朱い月。
 まるで魔女の悪意の視線。
 今にも落ちてきそうな空の中。
 ビルの隙間は赤い染まって、仏話で出る地獄のようでぞっとしない。

 その気になればビルの上を磁力で飛び回って時間を節約できる美琴ではあったが余りにも月が悍ましいのでその手段は選ばなかった。
 ローファーの踵をトントンと整える。
 走れば十分に間に合うだろう。
 大きな通りを選ぶ余裕はない。近道を行くか。

 そうして美琴は走り出した。
 短いスカートだが裾を抑える必要はない。
 色気がない、と評価されるショートパンツが女の子の大切な部分を視覚的に隠している。
 優雅に女性らしく、と求められる名門常盤台中学を代表する生徒とは思えないほどの雄々しさだ。
 ネコ科の大型動物のようにしなやかな四肢が跳ねる。
 狭い路地は右に左にと曲がらなくてはならない。
 当然トップのスピードは出せない。
 出せないまでもそれなりに疾走すれば気分は爽快となる。

 そんな気分が、壊れた。


「!」


 突然、何かボールのようなものが襲いかかってきた。
 瞬間的にサイドステップしなければ顔面を直撃していただろう。
 そして不思議なことに『ボールのようなもの』なんて存在しなかった。

 否、この街では不思議なことなんて何もない。
 多分今のは空気の塊。
 それを射出するような能力。

 場所は変わったが狭い路地裏であることに変わりはない。
 視界は悪く、直線的な攻撃が発せられたのであればその発動者は当然ながら視界に入る。
 右を向けばそこには美琴と同じ常盤台中学の制服を着た黒髪の女生徒がいた。
 軽く右手を突き出した姿勢は次の弾丸を充填しているように思える。


「いきなり何すんのよ! って、聞こえちゃいないみたいね」


 怒鳴りつけても微動だにしない表情。
 白い光を宿した瞳。
 その表情が不敵に笑った。


「聞こえてるわよぉ、み・さ・か・さぁん」


 その独特の台詞回し。
 御坂美琴の眉が釣り上がる。
 やや前傾姿勢になって踵を浮かせ、突撃を可能とする戦闘態勢を取る。

「食蜂?
 アンタ、その子を支配してなんのつもり?
 復讐したいんだったら直接来なさいよ」

「復讐?
 あはは、我ながら小さな理由かもしれないわね?
 でもね……貴女、とても気に入らない。気に入らないのよ!」


 子供がゴッコ遊びで作る拳銃の形。
 その指先からバレーボール大の空気の弾丸が打ち出される。
 この黒髪の少女はレベル4の空力使い。
 空気の振動をコントロールできる。
 数百メートル離れた場所の音を聞き取ることも空気の弾丸を飛ばすこともできる。
 汎用性がある一方で同レベルの空力使い―――例えば、婚后光子の十分の一程度の出力が限界だ。

 それでも人ひとり叩きのめすには十分すぎる戦力となる。
 この狭い路地裏。
 バレーボール大の数発もの空気の弾丸―――当然透明だ―――を回避することなど不可能だ。

「ちっ!」


 しかしそれは通常の人間の話。
 弾丸が放たれた瞬間右手を天に向けた御坂美琴はビルの外部に露出している配管に磁力の紐を伸ばす。
 次の瞬間には数メートル上に少女の身体は飛び上がっていた。


「悪いけど、今は相手してられない。
 明日、きちんと謝りに行くわ。
 許してくれるかどうかわからないけど―――」


 そう言って、そのままビルの外壁を駆け上る。
 近現代のポルトランドセメントは鉄筋コンクリートと為すのが主流だ。
 当然、学園都市のビルの外壁も鉄筋コンクリートであって、超電磁砲たる御坂美琴は磁力で駆け上がることができる。
 高さとして十数メートルというのは大きいが走る距離としては非常に短い。
 あっという間に美琴は屋上にたどり着いた。

 ―――が。

「えっ!?」


 それは本当に偶然だった。
 屋上についた瞬間、僅かにしゃがみ込んだ。
 その美琴の髪を空気の弾丸が引きちぎって飛んでいった。

 今度はバレーボールの大きさはない。
 精々がピンポン玉程度。
 しかし、速い。まさに銃弾に等しい速さだ。
 当然殺傷力は比べ物にならない。


「あらぁ、ざんねぇん。この子の射撃力でも回避しちゃうんだぁ。
 さっすが御坂さぁん」


 ビルの下から食蜂操祈の声がする。
 当然、声質は違う。
 別人の声だ。
 だが食蜂操祈の声だ。何故ならばとてもココロをイラつかせる。

 しゅ、しゅしゅ。

 美琴の左右で気の抜けた音がした。
 反射的に前のめりに転がると美琴が今いた地点で明確に渦が巻く。
 超高速で複数の何かが通り抜けたように。


(見えている!? どこから!?)


 攻撃の起点がわからない。
 わずかに音がするがそれだけでは回避するのが精一杯だ。
 他のビルに飛び移ろうにも、そのタイミングで仕掛けられてしまい身動きが取れない。
 この状況において御坂美琴が取れる最善の手段は黒髪の少女を叩くことだが、それは心理的に不可能だ。
 つまり御坂美琴は追い詰められた。

 空力使いの少女の出力はそれほどでもない。
 しかし汎用性は高い。
 自身から離れた場所を基点として空気の弾丸を射出できる程に。
 その応用として離れた場所の会話を盗み聞くことも可能だ。
 だが今御坂美琴の位置を特定しているのは黒髪の少女の能力ではない。


(見えているわよ? 御坂さん。
 私の『心理掌握』の支配力……複数の能力者を有機的なネットワーク上に置くことで戦術的最適化をはかる。
 それを、味あわせてあげるわぁ……)


 食蜂操祈はここにいる。
 ほかの場所にも存在する。
 通りを挟んだ別のビルの非常階段にいる二人組の少女。
 ひとりの食蜂操祈は遠隔透視能力で御坂美琴の位置を特定。
 もうひとりの食蜂操祈は追跡能力で御坂美琴を襲撃するポイントを選択した。
 星のような光を瞳に宿らせながら食蜂操祈の表情で笑う。

 そして、真に本体である『食蜂操祈』は―――近場にたむろしていたスキルアウトと呼ばれる不良集団を支配していた。
 彼らには異能はない。
 ないわけではないが表立って発現するほどの出力はない。
 だが体力は有り余っている。
 ひとりの少女をボロ雑巾に変えるぐらいには。


「貴女が私を陵辱したんだったら、私も陵辱し返しても構わないわよねぇ?
 もう二度と、笑えないようにしてあげる―――!」

 即席のレギオンを携えて。
 切り抜き細工のような街並みの、紅く赤く朱い月の下で。
 女王蜂のように傲慢に、女王蜂のように傲岸に。女王蜂のように不遜に。 
 蜂の羽のように広がった金色の髪が夜の風に靡かせながら、食蜂操祈が笑った。

 ただ―――彼女自身も気づいてはいなかったのだが。
 食蜂操祈が望んでいるのは御坂美琴の陵辱、などではなかった。
 復讐なんかじゃなかった。

 嫉妬だ。
 母乳が出る、なんていう少女としては苦悩でしかない事象を誇り高く甘美な女の喜びに変えたこと。
 そしてそれ以上にそんな御坂美琴を見せつけた相手が憧れでもあった上条当麻であること。
 一番見たくなかった光景を目撃し、それなのに納得しつつある自分自身を許せないこと。
 上条当麻と御坂美琴であるのならばきっと許されることであって、そこに自分自身の居場所なんてないことを納得していること。
 あんなふうに彼の隣りで笑うことが自分にはありえないということ。
 対等であるはずの御坂美琴と自分は対等なんかじゃないということ。

 食蜂操祈は悪魔のように笑っている。
 魔王のように傲岸不遜に立ち振舞っている。
 しかしそれでも―――心の奥底では小さな女の子のように泣き叫びたくてしょうがなかった。

以上です

274と275が前後しちゃいましたが脳内補完しておいてください

食蜂さんの過去ってどうなんですかね
いつごろレベル5になったとか、どういう生活していたのかとか

まぁ、そういうのを妄想するのがSSなんでしょうけど
.>>1の考えと食い違っていてもこのスレの中では.>>1が優先ということにしてください

 ひらがなでいうところの『く』の字に曲がったプラスティックのアーム。
 その『く』の頂点が獲物を捉えるギリギリのラインでボタンを離す。
 するとサイケディリックに彩られた怪しい物体が能天気すぎるリズムを奏でながら降下する。
 透明な強化プラスティックに大粒の瞳が中央に寄って真剣に覗き込んでいる画像が反射している。
 も、息を飲んで見守っている少女は気づかない。
 あどけない少女の成長をはじめている胸が期待と不安とでかき鳴らされた。

 結果。
 すかっと。外した。


「んなー!
 私の計算力は完璧なのになんで持ち上げられないのよぉ!」

「計算が完璧でもタイミングが完璧にずれてるんだからしょうがないと思うんですよね上条さんは」


 場合が場合ならばほどよくゲットされて満面の笑顔の少女の胸元に抱きしめらている。
 という至福を味わっているはずのクマさんは悲しそうにケースの中で転がっていた。
 こてっ、という擬音が似合いそうな丸々しい無表情が痛々しい。

 場所は歓楽街のゲームセンター。
 紳士と淑女の社交場である。
 紳士と淑女の年齢が著しく低いのは学園都市という場所の特異性だろう。
 少なくとも異様な光景ではない。

 異様なのは春休みのお昼どきという学生が入り乱れているはずのこの時間帯なのにこのふたりの周囲だけが異様に静かなことだ。
 きっちりと5メートル。その半径に誰も入ってこようとはしない。
 クレーンゲームが下手なことを気にしている少女がギャラリーがつかないように『結界』を張っていたのだ。
 しかしながら、この少年にとって『結界』なんてものは役に立たなかったらしい。


「なんていうかなー。
 反射神経的なことは本当にだめだめだよな、食蜂は」

「うっさいうっさい!
 人の気にしていることを悪く言うなってご両親に教わらなかったのぉ!?」

「悪くは言ってないし、なんだったら取ってやろうかって何度も言ってるだろう?」

「私は自分のチカラでゲットしたいのよぉ!」


 見た目的にそうは見えないが食蜂操祈はまだ小学生である。
 おしゃれや化粧に興味とあこがれを抱き、そして優れた頭脳ゆえに年齢以上にそれを習得。
 結果として実年齢以上の風貌、よーするに老け顔になった。
 といっても精々が中学生に見えるかなーという程度だ。
 中学生だとしても少々大きすぎやしないか、と肉体の一部が成長しているせいでもある。

 もっとも高位能力者として好奇の目に晒されているキライもあってか精神年齢も実年齢以上だったりする。
 大人びているのだ。
 が、そんな彼女でも最近知り合いになった少し年上で少しだけ視線の高い黒髪の少年の前では幼児のように感情的になる。

 思春期を迎えた少女というのはとても背伸びをしていて我侭だ。
 大人になりたい一方で大人の責任は負いたくない。
 高位能力者ということで周囲の羨望と嫉妬を一身に浴び、それに負けじと天を見上げていてもたまにはぐだーっと芯を抜きたくなる。
 だれかの期待を背負う自分、ではない、仮面なんて何もつけていないもっと素直な自分。
 食蜂操祈は少年の前でだけではやけに素直になれる自分に驚いていた。

 かつて。イギリスにおいて。
 羊のクローンが作られた。
 名をドリーと言う。
 ドリーの存在は世界に賛否両論を巻き起こした。

 人が神の摂理を反して命を『作り出す』という行為に対する批判。
 この実験によって得られた研究成果によって将来の多くの人が助かるのではないかという賞賛。
 実際のところ、クローン程度ただの安物のコピーでしかなかったのだが倫理的に許されないという世界的な判断がなされ。
 かつ、クローンを作成するよりも効率のいい『細胞の全能性』の研究が進んだことによってクローン技術は枯れ果てた遺物となった。

 それでも『安上がり』というメリットが注目されることもある。
 彼女に付けられた『ドリー』という名前はそんな程度のものだった。

 思考を実世界にダウンロードするためだけに生み出されたいのちの名前で呼称されていたとある誰かとの出会いと別れ。
 それは『辛いこと』なんて一言で済まされるものではない。
 きっと『楽しかった』し『嬉しかった』のだ。
 だからこそ『ドリーは笑って逝った』のだから。

 しかし元々斜に構えて世界を見ていた食蜂操祈は徹底的な人間不信に陥った。
 人間はどこまでも残酷になれる。邪悪になれる。心の中が腐っている。
 人間じゃないから、実験動物だから。
 だからどんなことをしてもいい。心なんて痛まない。
 科学は進歩する。世界を革命するべき巨大な歯車が動くのであれば、その隙間に挟まった小さな虫なんてどうだっていいではないか。

 そう言って薄汚い張り付いた笑みを浮かべる研究者たちをどうしたか、はここでは記載しない。
 問題なのは食蜂操祈が誰も信じられなくなったことだ。
 全ての苦しみを受け入れてなお慈愛にあふれる聖母を見てしまったこともあってか、少女は人の黒さを悍ましく思う気持ちが強くなった。
 だから、食蜂操祈は出会った人間全ての心をのぞく。
 そうしないと怖くて仕方がない。

 だが綺麗な部分だけを持っている人間なんていない。
 誰だって汚い部分を持つ。
 そうこうしているうちに、食蜂操祈は人間というものを悟ってしまった。

 所詮、こんなものだ。
 ああ、この人もこの程度なんだ。
 いつの間にか食蜂操祈は期待を持てなくなった。
 そして同時に―――それでも本当に優しい誰かがこの世にいることを―――強く信仰するようになった。

 そんなときにたまたま。
 テレビでコマーシャルを打っているキャラクターを見かけ。
 それは購入するものではなく景品としてゲームに勝利することで得られるものだということを知り。
 こんなの簡単に決まっている、と思って挑戦するも何度も何度も失敗し。
 後ろでクスクス笑われたから能力を使って人を遠ざけたら。
 誰もいなくなっているはずなのに―――彼がいた。

 本当にただそれだけのチープな出会いだった。

 心理掌握が通用しない、ということで最初は自分と同じ超能力者かと思った。
 あとをつけてみた。
 彼の行動を数日追ってみた。
 同じような心の闇を抱えているのか―――もしかしたら傷を舐め合いたいとでも思っていたのだろうか―――と観察を続けた。

 バカみたいだった。
 バカそのものだった。
 困っている人がいれば自分の状況も考えずに助けに入るし。
 不幸だ不幸だと叫んでいる割には誰かの不幸を見過ごすこともできない。
 この人は本当に馬鹿なんだな―――そう判断した食蜂操祈の口元は何故か笑っていた。

 彼はただの無能力者で。
 でもただの無能力者ではなかった。
 特別すぎる出会いに―――チープすぎる筋書きに―――とてもワクワクした。

 心の読めない人を見つけてしまった。
 興味を持った。
 恐怖よりも好奇心がまさった。

 だから話しかけた。
 怖かったけれども、そうしたかった。
 能力を使って距離を縮める、という発想そのものが―――通じるとか通じないとかではなく―――なかった。
 話せないことも多かったけれども、色々と話をした。

 どうやら彼は超能力者ではなく無能力者らしい。
 だが、ただの無能力者ではない。
 すべての異能を無効化する右手を持っている。
 心理掌握も通用しない。
 通用してもすぐさまキャンセルされてしまう。

 心を覗く、ぐらいはできそうだった。
 が、敢えてそれはしなかった。
 ようやく見つけた蓋の閉じた宝箱なのだから、開ける前のワクワク感を楽しみたかった。



 例えば、ほら。
 今のように。

「じゃあ、上条さんがタイミングとってやるから。こう肩を叩いてさ」

「それじゃ私の力でとったことにならないじゃなぁい」

「百円玉がぱすぱす消えていく光景は上条さんの目には毒なんです。
 ちょっと我侭聞いてくれよ」

「いっつも思ってるんだけどぉ。
 もやしが1円安いとか言って狂喜乱舞している人がなんでゲームセンターになんて通うわけぇ?」

「あはは。あはは……
 まぁ、理由のひとつは食蜂に会えるから、かな」


 ポリポリと右手で頭を掻く上条当麻に対して、食蜂操祈が息を飲んだ。
 能力なんか使わなくても下心なんて存在しないのが丸分かりの生の表情が恨めしい。


(勘違いする子も増えたりするのよねぇ……)


 もちろん自分は違う、と信じて。
 それでも僅かにだけ体温が上がったことを無視しようとして、敢えて上条当麻の手を取る。

「え?」

「肩を叩くとかめんどくさいこと言わないで、私の手ごと押せば済む話じゃない?」

「それでいいの?
 自分の力で取りたいとか力説してなかったっけ?」

「取りたいわよぉ?
 だから妥協力でこうしてるのよ。文句あるわけ?」


 文句なんてありませんのことよ。
 そう言って上条当麻が食蜂操祈の背中を見下ろすように並んで右手と右手とを重ねる。
 思っていたよりもゴツゴツしているけれども不快でなくて、なんでこんなことをしたのかと食蜂操祈は自分を省みたりした。
 斜め後ろの少しだけ真剣な顔をアクリルパネルの反射で覗き込む。
 まぁ、及第点かな。なんて心の中で笑ってみて。

 原音バリバリのメロディと共にUFOが動く。
 左右にずれて、奥へと進んで。
 そしてくわっとアームを広げて下へ押し込まれて。

 もちろん1回では取れない。
 取れないが確かに出口へと進んでいる。
 早くボクをゲットして、と切なそうに見つめてくるクマさん。
 徐々にその願いは叶えられつつあった。

「そういや進学先は決めたのか?
 長点上機付属とか霧ヶ丘付属とかから来てくれって言われてるんだろ?」

「んー?
 まぁ、どこでもいいんだけどぉ。
 上条さんところにしようかなぁ」

「おいおい。
 上条さんの名前もよく覚えてないようなレベルの中学来たってどーしようもないだろ」

「一年間しか一緒にいられないしねぇ。
 常盤台中学にしようかなぁって思ってるんだけどぉ」


 ぬいぐるみのクマの大きすぎる頭が出口の枠に引っかかった。
 あとはこう、上からぐいっと押し込んでやるだけだ。
 もう自分は用済みだと判断した上条が手を離そうとする、が操祈が人差し指と中指とで上条の人差し指を絡めさせて止めさせる。
 肘の内側が肘の内側に当たる形で見上げれば、上条当麻は少しだけ困ったような顔をした。


「で、なんで常盤台?
 やっぱりお嬢様学校だから?
 でも中高一貫コースがある方が受験とか楽じゃないのか?」

「受験なんて、私の頭脳力には関係ないしぃ。
 それにね、常盤台にはないのよ」

「え、何が?」

「特別クラス。
 常盤台中学だけなのよねぇ、ほかはみぃんな特別クラスがあって、そこに放り込まれるのが確定してるもの」


 へぇ、と上条が納得したような納得しなかったような声を出す。
 そのタイミングで降りてきたUFOがバランスの悪いクマの後頭部を押す。
 すると、するっとひっくり返りながらクマが景品取り出し口へと落下した。


「わぁ! 取れた取れた!」

「良かったな。
 でもいくらかかったんだそのクマ」

「別にいいでしょお?
 私の経済力には何の問題もないんだからぁ」

「すいませんでした。ケチつけて本当に申し訳ありません。
 だから睨みつけないでください。指四の字やめて超痛い」


 あんまりやっていると自分の関節が太くなるから、という理由で上条当麻の指を解放する食蜂操祈。
 左腕でぬいぐるみを抱きしめながら自分の右手をじっと見る。
 少しだけ赤くなっていた。

「あ、わりぃ……肌弱いんだったな」

「ううん、気にしないで。
 私が頼んだことだから。
 でもこれからは手袋でもしようかしら」

「常盤台行って手袋してたら本当にお嬢様だな」

「クドイわよぉ。
 大体、お嬢様なんてやってたらゲームセンターで遊んでたりしないと思うんだけどぉ」

「はは、確かに食蜂はお嬢様のイメージじゃないな」


 上条当麻にとって食蜂操祈は少し身体が弱いだけの年相応の少女だ。
 意地っ張りで我侭で。
 もちろんすごい奨学金をもらっていてお金持ち(あくまで上条視点の話であって世間一般的にはちょっと裕福だ、程度だが)ということもある。
 けれども、やっぱり普通の女の子だ。
 深い窓の向こう側で静かに本を読みながら紅茶を啜っているイメージはない。

 でも、それも似合うのかもしれないな。
 祖母が北欧の人だった、とか説明された―――あくまで、説明されただけで真実とは限らない―――金色の髪と大粒の瞳はまるで人形のようだ。
 顔立ちは整っているし、年齢相応に見られないほどに肉体的にも発達している。
 こういう表現はいささか過激だが『いい女』だ。

 だからこそより『少女』性が目立つ。
 超能力者ということで周囲の羨望と嫉妬と、そして大人たちからの期待を寄せられて背伸びをしている。
 そんな彼女が肩の力を抜ける相手が一人ぐらいいてもいいし、自分の役割はそれだろうと上条は思っている。

 景品を入れる袋と格闘しながらなんとかぬいぐるみを抑えようとしている彼女。
 すまし顔は何処へやら、嬉しそうに微笑みながら悪戦苦闘している姿は小学生相応だ。
 はいったー!、と頭がまるまる飛び出したクマのぬいぐるみINビニール袋を高々と掲げて上条に見せつけてくる。

 苦笑した上条をからかわれたと感じたのか、軽く蹴っ飛ばすフリをして。
 そうしてふと思い出したように食蜂操祈が言った。


「あ、あとひとつ」

「うん?」

「常盤台を選んだ理由。
 最近超能力者になった子、知ってるでしょう?」

「ああ、名前だけなら聞いたことがある。
 御坂美琴、だっけ?
 低能力者からレベルアップしたんだろ? すげぇよな」

「その子も常盤台みたいなのよぉ。
 ちょぉっとだけど、興味があってねぇ」

 ドリーという名前の少女のことは言っていない。
 御坂美琴を素材とした軍用クローンのことなんて仄めかしたりすらしていない。
 だが、食蜂操祈自身が御坂美琴自身に興味があった。

 自分の遺伝子マップを、それがどんなことが起きるか承知の上で売り渡せるような悪魔なのか。
 それとも本当に何も知らないで利用されただけなのか。
 もしかしたら、ドリーと同じような優しい心の持ち主なのではないだろうか。

 不安と期待と。
 好奇心。
 よくわからない自分の心。
 帰りたいのか取り戻したいのか、先に進みたいのか。
 きっと、会ってみればわかるだろう。


「仲良くなれたら上条さんにも紹介してあげるわぁ」

「はは、食蜂が友達作れたらいいな」

「なによそれ。私ポッチだとても言うつもり?」

「友達と一緒にいるところ見たことねぇし」


 むか、っときた。
 自分が他人を信用できないことを食蜂操祈は知っている。
 だとしてもこのように見られていたとは心外だ。

 たしか、常盤台には『派閥』というわけのわからない代物があるらしい。
 友達とは違うかもしれないが、一番大きな派閥を作ってやろう。
 100人ぐらい引き連れて上条当麻に見せつけてやる。
 その時の少年の驚く顔を想像して、操祈は本当に楽しくなった。


「確かにぃ。
 私は上条さんの前でしてるような顔はいつもしてるわけじゃないけどぉ。
 だからって友達ができないって思い込まれたら困るわよねぇ」

「別に友達できないなんて言ってないだろ。
 超能力者だと周囲と壁を作りやすいからって、だったらおんなじ超能力者同士だったらどうかなって思っただけだろ」

「まぁ、馬が合う合わないはあると思うけどぉ。
 じゃあ、友達して御坂さん連れてきたら上条さんにはなんかしてもらおうかしら」

「おい。
 なんだよ、なんかって」

「その時のお楽しみにしておくわぁ」

「優しくお願いします」

「ふふ、楽しみにしておいてね?」


 クマのぬいぐるみのように。
 何度も失敗するかもしれないけれども。
 繰り返していけばいつかは成功するだろう。
 ドリーと続けられなかった時間を取り戻すことができるかもしれない。

 入学まであと一週間。
 そのときを楽しみにしながら、食蜂操祈はゲットしたトロフィーを大きな胸元にぎゅっと抱きしめながら。
 そしてからかうように上条当麻を睨みつけた。

以上です

過去を捏造しながら書いていると本編が進んだあとで恥をかくわけです
けどあんまり気にしてはいけない

先週はちょっと忙しくて時間が取れませんでした
今週もちょっと忙しくなりそうです

二次創作でキャラクターが違うという問題が取りだたされますが
残念ながら各書き手読み手の解釈が異なることは否めません
最大公約数的にうまくできればいいんですが、まぁそれは理想論です
敢えて危険球を投げる必要がある場合だってあるでしょう

だから読み手の方でちょろっと「チューニング」してもらうしかないんじゃないでしょうか
こちら側の努力不足を押し付けるようでアレなんですけれども

何が言いたいかというとこの話の中の食蜂さんは>>1の解釈の食蜂さんなのでデレデレでも問題はないのです
御坂さんもヤンデレのデレデレで問題はないのです
少なくともこのスレ内ではそういうふうに解釈してください

 緑の色が深くなって初夏もやってきている六月中旬。
 生活的なことで言えば高校生であることにも慣れてきた。
 日常という歯車にぎくしゃくとしたものを感じられなくなったツンツン頭の上条当麻はいつものようにダッシュで街並みを抜けていく。
 硬いアスファルトで靴底をすり減らしながら大声で叫んだ。


「特売特売ー!!!」


 今日は卵が1パック98円である。Lサイズである。
 その上に小麦粉が安い。なんと200円である。
 貴重なタンパク源と幸せになれる魔法の白い粉(それなりに中毒性は高い)を求めて行き交う人々を背景に背景にと押し込んでいく。
 両手両足が振られるたびに細身のようで結構筋肉質な上条当麻の肉体は加速していく。
 シャツの背中には大きくポツポツと汗のシミが出てきているもどことなく爽やかさを感じさせる。

 が、その足が急に止まった。
 目的のスーパーまではあと数百メートル。
 二つ先の陸橋の手前だ。
 しかしながら上条当麻は一つ目の陸橋を挟んだ通りの向こう側を見てしまった。
 ひとりの少年が複数の柄の悪い少年たちに絡まれている。
 少し小太りのおどおどしたまだあどけない中学校の制服を着た少年と。
 イカサマ臭いアロハシャツに紺地のジーンズや金色のネックレスを身につけたスキルアウトたちと。
 視界に入って離れない。

 一秒。卵のことを考える。
 二秒。小麦粉のことを考える。
 三秒。アイツらの格好土御門っぽくね? いや、土御門がアイツらっぽいのか?


「ああ、くそっ! 不幸だっ!」


 言って、上条当麻はつま先の方向を変えた。
 走り出す。
 二段抜きで階段を上って、同じスピードで駆け下りる。
 異常なまでに発達した肺機能を持つ上条でも相応にスタミナを消耗する。

 少しだけ豪勢になるはずの一週間の食事と。
 この疲労。
 どう考えてもバカのすることだが。
 それでも上条当麻は偽善者であることをやめられなかった。
 見捨てるぐらいなら自分でババを被ったほうがいい。


「おいこら、お前ら何やってやがるんだ!」


 ぜいぜい、と荒い息で自分の膝を両手で押し込んで。
 ぼたぼたと落ちる大粒の汗がアスファルトに黒いシミを作る。

 そんな上条を見て不良少年たちは怪訝そうに、


「ああん?」


 語尾を上げた不快そうな表情を返した。

 二車線で分離帯のある道路はたくさんの車が行き交いし、歩道もそれなりに広く車以上に人が行き来する。
 それだけの人がいるというのに太り肉で童顔の少年を助けようとする者はいない。
 当たり前だ、下手に首突っ込んで巻き込まれて怪我でもしたらどうする。
 そんなの馬鹿がやることだ。

 ただ、学園都市という世界は少しだけ特殊で。
 みんな、異能に憧れてやってくる生徒ばかりで。
 きっと、みんなヒーローになりたいと目をキラキラさせていて。
 そうして無能力者という無価値のレッテルを貼られて夢を諦めさせられた人間ばかりで。

 だからこそ、まだヒーローをやっているバカを哀れに思うと同時に憎悪のような嫉妬の視線が混在して上条を遠巻きに見ていた。

 ああ、高位能力者なんだ。
 あんなスキルアウトなんて問題にないぐらいの『力』があって、ヒーローごっこをやってるんだ。
 は、カッコイイねぇ。

 そんな聞こえないはずのノイズ。
 当然上条も理解している。
 わかっているさ、上条当麻は偽善者なのだから。

「おう、兄ちゃん。こいつの知り合いか?
 いやぁ、見てくれよこれ。俺のかっこいいピカピカのバッシュが踏まれちゃってさぁ。
 超レアなビンテージものなんだぜ?
 十万はくだらねぇんだ。
 なぁ、どうにかしてくれよ? ん?」


 茶色のドレッドヘアのなりそこないのような髪型のスキルアウト。
 困っているような口ぶりだが唇はニヤニヤと笑みを浮かべている。
 ズボンに両手を突っ込んで、ひとりだけが太っちょの少年の両肩を後ろから押し込んで、あとの五人が上条を半円形に取り囲む。
 少しでも心臓の位置を下げてスタミナを回復しようとしている上条の頭は彼らからは見下ろす位置にあった。


「そんな大切なもんだったらよ、ケースにでも入れて飾ってろよ」


 そこから、見上げる。睨みつける。
 荒い息を短時間でまとめ、酸素不足の肉体を異常なまでに発達した肺機能が回復させていく。
 この状況で強気で睨みつけられて、スキルアウトたちは鼻白んだ。
 数秒の沈黙の後、ぴくり、と唇の端が動いた。

「あははははは、ちげぇねぇわ。
 でもよぉ、兄ちゃん。靴っていうのは履かねぇと意味がねぇんだわ。
 あ、もうひとつあったか。
 こうやって、よっ!」


 ぶん、と前のめりになった上条の顔めがけてバスケットシューズにくるまれた足が飛んでくる。
 所謂ヤクザキック。
 両手をズボンに突っ込んでいるのだからそれしか攻撃手段はない。

 だから、上条当麻は簡単に受け止めた。
 クロスして構えた両腕が少し痺れたが、そのまま茶色ドレッドの足首をつかみ、ぐいと引っ張った。


「少しは話し合いする素振りを見せろってよっ!」

「どわっ!」


 足一本の体勢で体重を支えているところにもう一本の足を引っ張られたのだ。
 当然、ドスンと尻餅をつく。
 硬いアスファルトの上に尻ポケットになにか硬いものでも入れていたのだろう。
 茶色ドレッドの顔が赤くなり青くなり、そして屠殺される豚のような悲鳴を上げた。

「て、てめぇ!」


 仲間をやられて顔の色を変えたスキルアウトたちが一斉に上条に襲い掛かった。
 右腕を思いっきり肩のラインより後方まで引き上げてパンチを打とうとしている素人丸出しの顔面に軽く右腕でジャブ。
 動きの止まったところに左の膝で鳩尾を貫く。
 次の瞬間には右肘を後方の男の鼻先に叩き込み、思わず顔を抑えたところに全体重を込めた頭突きの一発。

 たちまちのうちに三人のスキルアウトを倒してのけた上条だったが、あとのことは考えてなかった。
 隙の多い頭突きの直後、別のスキルアウトに後ろから羽交い絞めにされる。
 動きの止まった上条当麻にまだ無傷のスキルアウトが思いっきり力のこもった右ストレートを叩き込んだ。


「げはっ!」


 顔面に一発をもらった上条だがその勢いのまま羽交い絞めにしている男の顔面に後頭部を叩きつけた。
 そして踵で相手の足の甲を思いっきり踏みつけ、急所を打たれた痛みで腕の離れたところを一回転。勢いをつけて裏拳を叩き込む。
 まともには当たらなかったがこするように顎を跳ね上げたそれは一人のスキルアウトを昏倒させるには十分すぎた。

 わずか十数秒で四人

「て、てめぇ……もう許さねぇぞ……」


 小太りの少年を押さえつけていた、そして上条の顔面に景気のいい一発を叩き込んだスキルアウト。
 青筋を立てて後ろポケットから何かを取り出した。
 かちゃん、という音と共に持ち手からナイフの刀身が飛び出てくる。
 先ほど茶色バッシュが悲鳴を上げたのはきっとこれが尻ポケットに入っていたからだろう。
 周囲で息を飲んでいた見物人たちが悲鳴を上げ、そして鼻血をダラダラ流している上条当麻の顔にも戦慄が走った。

 喧嘩の強さというのはステータスになる。
 ましてや落ちぶれてスキルアウトになった彼らにとってはたったひとりに四人ものされたことは恥でしかない。
 異能力で敗北したのならばまだ言い訳もできる。
 だが今回はそうではない。
 素手と素手とで、たったひとりに負けたのだ。
 もちろん悪いのは喧嘩を売った彼らだ。
 しかし良い悪いの問題ではない。
 プライドの問題だ。

 吹けば飛ぶようなプライドであるからこそ、必死になって虚勢を張って守りたがる。
 毛並みの悪い野犬を怒らせてしまった。

 ああ、やっぱり不幸だ。
 自分から首を突っ込んでおきながら上条当麻は心の中で嘆息する。
 スキルアウトの頭の中にはもう太り気味の少年はいないのだろう。
 そういう意味では上条当麻は成功したのだが、支払う代金は高いものになりそうだった。

 誰か都合よく助けてくれないかなー。
 なんて、脳天気に考えられる程度には余裕があって。
 でも上条さんは不幸ですからねー。
 と、諦めと開き直りができるぐらいにはタフさが漲っていた。


 ぴっ。


「はいはい、そこまでそこまで。
 ダメなんだゾ☆、喧嘩でナイフ使うのは」


 まるで録画映像を一時停止たように時間が止まる。
 その場にいる誰も彼もが動きを止め話し声も止まる。
 そして上条当麻たちを遠くから囲んでいた見物人の群れの中からひとりの少女が片手にリモコンを下げ、片手にスーパーのビニール袋を下げて現れた。

 いきなり身動きが取れなくなった。
 その異様に声は出せなくとも多くの人間が怯えの空気を醸し出す。
 ただひとり上条当麻は突然現れた少女に呆れたように苦笑し、肩をすくませてみせた。

 誰か都合よく助けてくれないかなー。
 なんて、脳天気に考えられる程度には余裕があって。
 でも上条さんは不幸ですからねー。
 と、諦めと開き直りができるぐらいにはタフさが漲っていた。


 ぴっ。


「はいはい、そこまでそこまで。
 ダメなんだゾ☆、喧嘩でナイフ使うのは」


 まるで録画映像を一時停止たように時間が止まる。
 その場にいる誰も彼もが動きを止め話し声も止まる。
 そして上条当麻たちを遠くから囲んでいた見物人の群れの中からひとりの少女が片手にリモコンを下げ、片手にスーパーのビニール袋を下げて現れた。

 いきなり身動きが取れなくなった。
 その異様に声は出せなくとも多くの人間が怯えの空気を醸し出す。
 ただひとり上条当麻は突然現れた少女に呆れたように苦笑し、肩をすくませてみせた。

「随分と都合がいい登場だな。
 タイミング見計らってた?」

「偶然よぉ。
 もう、スーパーで待っていたらこんなところで油売ってるしぃ。
 本当に上条さんは上条さんよねぇ」

「それは一体どういう意味だ」


 首元からかけている白いポーチにリモコンを乱暴に突っ込んで。
 そうして空いた右手でVの字を作って顔の前に持ってきて。


「食蜂操祈、ただいま見参なんだゾ☆」


 と、腰まである金色の髪を風に靡かせ。
 きらりと星のように輝く瞳をいたずら小僧のように輝かせ。
 そして小さくちろっと出した舌はからかうようで。
 有名な常盤台の制服に雲の刺繍の入ったロンググローブとガーターストッキングというお嬢様を強調した格好。
 自分の可愛らしさというものを理解したあざとさを全面に出しながらも悪びれた素振りは見せない。
 そして、大きな胸の谷間を強調するように紐がかかっているポーチから白いハンカチを取り出して上条当麻に差し出した。

「ほら、鼻血。
 まったく、ちょっとカッコ悪いゾ☆」

「別にカッコつけてやってたわけじゃないんですし、
 それにこんな高級なハンカチ汚していいのかよ。血の汚れって落ないぞ」

「そう?
 常盤台の授業で確かあったはずだから可能なんじゃないかしらぁ?
 私はお昼寝してたからよく覚えてないけどぉ。
 あ、それに捨てちゃって構わないわよ?
 別にそんなに価値力あるものでもないし」


 高くないってこれシルクだぞ?
 いくらするんだよ。
 困惑する上条当麻に無理矢理鼻を拭かせて。

 再びリモコンを取り出しいくつかのボタンを連続で押す食蜂操祈。
 すると彼彼女らを取り囲んでいた見物人が潮を引くように消えていく。
 この場に残っているのは食蜂操祈と上条当麻と、スキルアウトたちと彼に絡まれていた少年だけだった。

「さて、と。面倒だからちょっと私の改竄力で記憶操作させてもらっちゃうんだゾ☆」

「あんまりめちゃくちゃなことするんじゃないぞ」

「大丈夫よぉ。
 怖い思い抱えてたら悪夢みちゃうかもしれないし、喧嘩で負けたってことで上条さんをしつこく狙ってきても困るでしょ?
 あと、そこのお尻が切れちゃった人は流石に麻酔力かけてあげないと可愛そうだしぃ」

「そりゃそうなんだが、食蜂の能力は強力すぎるからちょっと不安なんですよ上条さんは」


 そこは信用してもらうしかないわねぇ。
 そう言って食蜂操祈が白い手袋越しに長い親指でリモコンを操作する。
 上条当麻を除いたこの場の全員が食蜂操祈の精神支配下に置かれた。


「これでよし、っと。
 風紀委員呼んでおいたからあとはどうにかなるでしょ。
 あ、貴方は帰って良くてよ?
 これに懲りてこれからは悪い人に絡まれないように気を付けないとダメなんだゾ☆」


 言って、小太りの少年を帰宅させる食蜂操祈。
 大体30分ぐらいは彼女の命令通りに動いて、違和感を持たないように自我を取り戻すプログラム。
 それを打ち込まれた少年がふらりとその場を立ち去った。

 残されたのは自業自得的に負傷を負った憐れむべきスキルアウトたちだけで。
 食蜂操祈はそんな彼らに興味は持たなかった。


「さて、行きましょう?
 騒がしいのは嫌いだしぃ。
 風紀委員が来るまであと2分もないと思うわよ?」


 上条当麻がスキルアウトに絡まれている少年を見つけてしまってから10分も経ていない。
 話が急展開すぎるきらいはあるが、これが上条当麻の日常であり食蜂操祈もそれを理解している。


「近くに静かな喫茶店があるのよぉ。
 少しお茶しましょう?」

「……上条さん基本的に100円ソフトドリンクで長く駄弁ってられるハンバーガーショップか、
 もしくはドリンクバーのあるファミレスにしかいかないんですが」

「あと一段階ぐらい上げられれば選択力は随分と増えると思うんだけどぉ」


 おごってあげる。
 そう言って食蜂操祈は上条当麻の手を取ろうとした。
 が、その前に左手からぶら下げている安っぽいビニール袋を上条当麻に差し出した。

「はい。卵と小麦粉。
 これだけで何が作れるのかすっごく疑問なんだけどぉ。
 砂糖いっぱい入れたカステラぐらいしか作れないんじゃなぁい?」

「いやいや、この二つは魔法の素材ですよ。
 これだけでどれほど上条さんの食生活が豊かになるか」

「……なんだったら何か作りに行ってあげてもいいんだゾ☆」


 ビニール袋を受け取った上条。その反対側の左腕に自分の右腕を絡ませて。
 元々育っていたが常盤台中学に進学してからその成長が著しい部分をわざと上条の肘に押し付けて。
 そしてちょっとだけ背の高い彼を見上げてみた。
 きらん、と星のように瞳が光った。


「おいおい、そういうことやられると勘違いするからやめろって」

「……本当、上条さんは上条さんよねぇ」


 仕方ない、と一回腕を離して。
 そして今度は手を取って引っ張った。
 滑らかな光沢の手袋越しの細い指は意外と力強く、上条は呆れ気味に操祈の進みたい方向へと誘導される。
 経済力に差があるとはいえ年下の女の子に奢られるのは些か恐縮であり沽券に関わる。
 も、元々そんな大したもののない上条当麻は苦笑いをしながら食蜂操祈と同じペースで歩き始めた。

「でも、いきなりどうしたんだ?
 いつも忙しい忙しいって言って電話で話すぐらいだろう?」

「実はね、ちょっと長期間拘束されそうなのよぉ。
 実験協力ってやつで、多分夏休みが終わるぐらいまでかなぁ」

「それは随分と長いな」

「でしょ?
 で、しばらくはまともに顔を見ることもできなくなりそうだから会いに来たのよ。
 光栄に思うんだゾ☆」

「食蜂『本人』と会うことはなくても食蜂とは結構会ってる気がするけれどもな」


 まぁ、私のほうが顔見たかったりするしねぇ。

 常盤台中学には特殊な風習がある。
 派閥、と言って自主的な相互協力機関のようなものだ。
 居力な派閥に所属すれば自分のしたい研究に配属されやすくなる。
 一方で誰もがやりたがらない人気のない研究をやらなくてはならなくなる可能性も高まる。
 卒業時点で世界に通用する人材を育成する、という常盤台中学においては『研究』というものはとても重要なもんだ。
 だからこそ『派閥』の重要性も高まる。

 常盤台中学において最大の『派閥』を率いている食蜂操祈はそれなりに多忙だった。
 少し話がそれるが、常盤台中学は『学舎の園』と呼ばれる地域に存在する。
 学び舎の園は女子学校が数校存在し、そしてそこには教員や業者も含めて女性しか入れないということになっている。
 常盤台中学は『お嬢様学校』だ。男性恐怖症の女生徒もそれ相応の数がいる。
 そして『食蜂操祈の率いる派閥の中にも男性恐怖症から学び舎の園から外出したくない』女生徒がそれなりの数いるのだ。
 彼女たちの面倒を見るためには彼女たちのそばに居なくてはならない。
 世間知らずなために無給で就労体験をしたりするお嬢様を率いるにはそれなりに拘束もされる。

 結論として。
 食蜂操祈はあまり学舎の園から離れることはできない。
 なにせ住んでいる寮ですらも学舎の園の中なのだ。
 一個の街として完成している学舎の園に存在しない施設はない。
 ずっと引きこもっていても生活には困らない。

 が、精神的に上条当麻に会えないのは辛い。
 ために何人かよく外に出歩く生徒の『協力』を得て上条当麻に『食蜂操祈が会いに行っている』わけだ。
 ある程度の距離を離れてもなお精神を支配して『食蜂操祈』として動かすにはそれ相応に能力を消耗する。
 それでも自分の我侭のための労力は厭わない。


「あれ」


 食蜂操祈が指差した先―――高い高い摩天楼よりもさらに高い―――天に登る細い線があった。
 線ではない。
 天まで届くとても大きな建築物。

 赤道直下ではないところに立った軌道エレベーターというとんでもない科学の化け物。
 申し訳程度に太陽光のパネルが貼られているがあんなものでは到底運用できるはずもない、動力すら正確なところはわからない。
 科学という名の悪魔の生み出したバベルの塔。


「エンデュミオンかぁ。もうすぐ完成なんだってな。
 あれがどうかしたのか?」


 太陽のそばまで続く天に至る道を目を細くして見上げる上条。
 その口調には『自分には関係がないけどな』という響きが露骨に現れている。
 テレビの向こう側で戦争が起こって子供たちが悲鳴を上げていても可哀想とは思うだけで何もできないように。

 また勝手に傷ついてる。悪い癖なんだゾ☆
 食蜂操祈は綺麗事ばかり言って自分が偽善者であると矮小化する癖のあるヒーローの大人になりきれない部分をおかしく思った。


「あれの運用において宇宙にいる職員に精神的なダメージがないか、とか。
 あと宇宙で暴動が起こったときに地上から制圧出来る方法がないか、とか。
 まぁ、私の『心理掌握』の支配力でどうにかできないかなーって研究をしたいって話なのよぉ。
 高度数万mっていうと結構すごいけど、直線距離で考えると数キロだから、
 何かしら私の能力をブーストかける手段があれば不可能でもないのよねぇ」

 実のところ、可能だ。
 食蜂操祈には隠し球がある。
 それを使えばどうということもない。

 が、それは公開したくない。
 それに出来うるのならば自分自身の能力を底上げすることで軌道エレベーターの質量コントロールセンターすらも支配できるようにしたい。
 実際に自分がそのような使い方をしたいかというと疑問ではある。
 が、食蜂操祈も超能力者であり、超能力者は自分の異能にプライドを持っている。
 できないか、と言われて、はいできませんとは言えないのだ。


「スッゲェなぁ。
 食蜂ってやっぱり超能力者なんだな」


 自分が無能力者である悲哀を隠して上条が食蜂操祈に微笑みかける。
 そこには自分の小ささを嘆く心はあっても操祈を妬む部分はない。
 心の底から褒めてくれている。
 しかも、


「そういうふうに言ってくれるのは上条さんだけなんだゾ☆」

「え?」

「『超能力者』の前に『食蜂操祈』を持ってきてくれる人って、やっぱり嬉しかったりするのよねぇ」

 やっぱり。
 そう言ってくれる。
 それは常日頃の意識が『超能力者』ではなく『食蜂操祈』として彼女を捉えているから。

 こんな彼の前だと自分が素直になれる。
 解放されている。
 だれかの期待に応えることは嫌いではないが、それでもやはりこびりついた人間不信は拭えていない。
 食蜂操祈が利益をもたらすかどうか、そう言った視線。
 隠しているようで隠しきれていない下心。
 お嬢様特有の全能の誰かに身を任しきって信頼ではなく心酔する横着さ。
 上条当麻にはそういったものは何一つない。

 なるほど、彼は偽善者だ。馬鹿だ。
 さっきだって周囲の人間が上条当麻に対して感じたことは敬意よりも敵意だった。
 彼の行動は周囲には愚かなものに見えている。

 でもそんな上条当麻が食蜂操祈は大好きだ。
 自分だって決して綺麗なママの自分じゃあない。
 人の心を覗きすぎて歪んでいるのは自覚している。
 それでも彼の前ではとても素直になれている。それが心の底から嬉しい。

「あ、そういやさ」

「うん?」

「御坂美琴って子と仲良くなったのか、結局」


 一年より少し前。
 ふたりはそんな会話をした。
 超能力者で同い年で、そして同じ学校で。
 もしかしたら友達になれるかもしれない、なんて。

 心はねじれていたけれども今よりも純粋だったかもしれないし。
 恋心を自覚した頃かもしれない。


「うーん?
 どうにも私、嫌われちゃってるみたいなんだけどぉ。
 っていうか、御坂さんって尊敬はされていても友達はできないっていうか。
 自分から壁作っちゃって人の輪に入っていけないのよねぇ」

「そうなのか?
 尊敬というかそういうキャラでもなかったぞ?」

「え、上条さん御坂さんと会ったの?」

「会ったっていうか……
 スキルアウトに絡まれているところを助け出そうとしたら一緒に電撃ぶっぱなされてさ。
 右手がなかったら黒焦げでしたよ。
 しかも結構な頻度であれから喧嘩売ってくるようになったし」

「あらあら。気に入られちゃったんだぁ。ちょっと妬けちゃうんだゾ☆」
  

 どちらに、だろうか。
 なかなか口説き落とせない御坂美琴のおメガネにあっさりかなった上条当麻に対して?
 自分が憧れを抱いている上条当麻の日常にあっさり土足で踏み入れる度胸のある御坂美琴に対して?
 きっと、どちらもだろう。
 きゅ、と食蜂操祈の大振りの乳房の内側で何かが鳴って甘酸っぱく切ない痛みがした。


「食蜂がアイツと仲いいんだったらそっちからどうにかしてくれないかなって思ってたんだけど」

「っていうか、御坂さんが私と上条さんの仲を知ったら余計に酷いことになるんじゃないかしらぁ?
 私の解釈力関係なしに私と上条さんが『仲間』だと思われたら私にまで喧嘩売られちゃうかも。
 私の『心理掌握』は御坂さんには通用しないから私ボロ雑巾になっちゃうわよぉ」

「そんなに乱暴なのかよアイツ。
 喧嘩売ってこないときはそれなりに気さくっぽいイメージなんだけどな」

「上条さんの右手に興味持ってるんじゃない?
 御坂さんは負けず嫌いだし、自分の能力が通用しないのが気に入らないんじゃないかしらぁ」

「そんなこと言われてもさ、上条さんはこの右手以外は本当に何もない無能力者なんですのよ」

「それを言ってあげればいいじゃない」

「何度も言ってます!」


 食蜂操祈はなんとなく理解した。
 超能力者は孤独だ。
 自分が最強であることを理解しているものは自分より強いものに甘えることができない。
 確かに超能力者の順位としては操祈は第5位で御坂美琴は第3位。
 もっと上がいる。

 しかし、上には挑まなくてはならない。
 だって、最強なのだから。
 挑む相手に甘えられるのは父親の全能を信じてパンチを繰り出す小さな子供ぐらいのもので。
 虎が猫に甘えたりなんかできない。

 できないのに。
 上条当麻は御坂美琴を受け止めてしまったのだ。
 それがどんな形であれ、自分が勝てない相手。
 しかも見下したりなんかしない。
 きっと自分にするように怯えたり妬んだり憎んだり、そういった感情を一切見せなかったのだろう。

 だから御坂美琴は上条当麻に甘えているのだ。
 自分では気づいていないかもしれないけれど。

 たとえ超能力者だといってもただの中学生。
 大人の階段に一歩足を踏み入れたとしても、まだ甘えたい。
 ましてや学園都市に住んでいる以上親に会う機会も少ない。
 超能力者として周囲の期待に応えなくてはいけない。
 その息苦しさから解放されたい。

 食蜂操祈は嫉妬した。
 嫉妬したが、御坂美琴の心がわかってしまった。
 だから、


「でもぉ、上条さんのその右手があれば何の問題もないしぃ」


 突き放せとは言えなかった。
 自分の気持ちだけを考えれば余計な枝は切り落とすに限る。
 だが、御坂美琴には複雑な気持ちを抱いている。

 ずっと観察を続けて。
 どんな結果が起こるかわかっていて遺伝子マップを提供した、ようには見えなかった。
 そんな性格ではなかった。

 強気で、自信に満ち溢れていて。
 努力すれば絶対結果がついてくるという幸運を自分の力と勘違いしていて。
 だからこそ努力を裏切るような真似ができなくて。
 一度『折れた』人間にはとてもうっとおしい存在だけれども、とても眩しい。

 そして、ドリーが持っていた優しさを垣間見せる時がある。
 自分が嫌われたとしても嫌いになんかなれない。


「こっちだって命懸けなんですけどね」


 言って、上条が立ち止まって空を見上げる。
 一本の線が描かれていても蒼穹はなお蒼く、大気圏の果てまで澄んでいた。
 その横顔を見つめ、そしてつられるように操祈も空を見上げた。
 天はとても広くて、超能力者だとか無能力者だとか、エンデュミオンだとか学園都市だとかすべてを丸呑みにしてしまっている。

「……ねぇ?」


 空の蒼さに心を奪われたように。
 そして上条当麻に甘えている御坂美琴に嫉妬して。
 食蜂操祈は言った。


「私が本当に困ったときには助けてくれるかしらぁ?」


 空から上条の顔に視線を移して。
 言えば、きょとんとした表情で上条が操祈を見つめ返してきた。
 ツンツン頭の前髪の下の額に汗のシミが浮かんできている。


「ああ、絶対に助けに行くよ」


 いつになく真剣な顔で。
 真剣な言葉で。
 そして、食蜂操祈の右手を握っている左手に強く力を込めて。
 上条当麻が言った。言い切った。

「あはっ☆
 きっとそう言ってくれると思った」


 上条の言葉に溢れるばかりの満面に食蜂操祈が笑う。
 そして決意する。
 次に会うときには、言葉にしようって。
 それは少女にとって千丈の崖から飛び降りるよりも勇気がいる行為だったが、この顔を見てしまったら関係ない。
 数ヶ月の時間は少年少女にとってはとても長いのだけれども、待つ時間も楽しい。

 辛いことが多かった人生で、それを隠しながら生きてきた食蜂操祈。
 心理掌握でもなく常盤台の女王でなく。
 食蜂操祈としてこれほどまで幸せに笑ったのは初めてのことだったのかもしれない。

 お目当ての喫茶店に上条当麻を引きずり込む。
 たわいのない話をする。
 イミのない会話がとても楽しい。
 一時間ほど経って、思いっきり手を振って別れた。
 今度会うときまで連絡は控えよう、と思った。
 濃度を高めたほうが結晶の純度は高まる。
 そう思ったのだ。






 数ヵ月後。
 食蜂操祈は自分が絶対能力者進化実験から遠ざけられていたことを知る。
 クローンを生成し、殺害するという狂気じみた実験に介入できなかったことを知る。










 そして。
 食蜂操祈が再び出会った上条当麻は既に上条当麻ではなかった。





以上です

次で現代に戻ってみこみさ決戦、その次あたりでエロに突入っすかね
引っ張った分だけエロエロにしないとなぁ、と思う反面>>1で「軽いエロ」と書いているのでどうしようかと

新刊読んでないんですよね
ですので矛盾が発生していても許してください
御坂さんの電子に対する操作性能のところは理論上可能かどうか、結構盛ってます

 学園都市。
 夜の街。
 あたりに人影はない。
 空には朱い月が禍々しく浮かんでいる。
 動かないはずのビルの並びが狐狸妖怪の類のようにうねうねと蠢いているとすら錯覚する。

 即席の一群を率いて。
 食蜂操祈は焦りを覚えていた。
 御坂美琴を追い込んだ。
 そこまではいい。
 しかしこの状況は簡単に逆転する。

 もし『自分が無傷で生き残ること』だけを条件として御坂美琴が行動すればあっという間に逃げられる。
 例えば今御坂美琴を追い詰めているビル。それを倒壊させてしまえばいい。
 彼女の二つ名でもある『超電磁砲』を一発打ち込むだけであんなビルなんて屋上から地下まで貫通してしまうだろう。
 そして自重で崩壊するビルの噴煙に紛れてしまえばいい。
 避難経路は簡単に作ることができるのだ。

 御坂美琴がそれをやらないのはただ『被害を抑えたい』だけである。
 物理的被害だけではない。
 空気弾を発射している黒髪の少女を無力化する、というわかりやすい手段も回避している。
 空力使いとしては非常に多様な能力を持つ反面出力の低い黒髪の少女には御坂美琴の攻撃を無効化する手段がない。
 落雷一発で終わる。
 それをしないのはやはり『被害を抑えたい』からだ。

 もちろん、御坂美琴にもメリットはある。
 騒ぎが大きくなれば当然『なぜそこに御坂美琴がいたのか』が問題になる。
 そうすれば『男と一緒にいた』ことを隠しきれはしないだろう。
 面倒なことになる。
 それは食蜂操祈も望むところではない。

 危ういバランスで両者の利害は一致していた。
 このように御坂美琴が思考することは当然食蜂操祈には理解できていた。
 偵察部隊に過ぎない僅かな戦力で御坂美琴を襲撃したことの一因でもある。
 勝ち目があるということだ。

 ただ、盤上においてこそ食蜂操祈は御坂美琴を追い詰めているが。
 まだ懐に抱えたままの駒の数は御坂美琴の方が圧倒的に多い。
 桂馬と香車、あとは精々の歩。
 竜王と龍馬を併せた以上の戦力を持つ御坂美琴に対し勝つ戦略は王手をかけ続けるしかない。

 しかし、状況が長引けばこちらの戦力不足は見破られる。
 偶然の環境がいつ崩れるかもわからない。
 それ以上に御坂美琴がいつ将棋の盤そのものをひっくり返すようなルールブレイクを行ってもおかしくはない。
 王手をかけ続けても詰みに追い込めるチャンスは限られている。
 こちらが圧倒的に有利だと錯覚させ、それを見破らせない。
 そして数少ない勝機を絶対にモノにする。
 精々が数分内での決着。
 食蜂操祈なら可能だ。可能のはずだ。

 白いロンググローブを嵌めた右手。
 その中指に無意識のうちに歯を立てた。
 指先に空間を作り、ぎっ、と引っ張る。
 多少グローブが伸びても強い摩擦で脱げることまではいかない。

 この白い布地の下にある右手のアザ。
 食蜂操祈はいつの間にかすがるような気持ちで己の右手を見つめながら白い額に汗を浮かべていた。


 御坂美琴は追い込まれていた。


(これじゃ首ごきゃだけじゃ済まないかも……)


 目の前の状況に、ではない。
 門限を破ることが確実になってきて、そのあとに起こりうる絶対回避不可能な惨劇に追い込まれていたのである。
 名門常盤台中学の寮の管理人は能力開発等を一切受けていない(はず)一般人であるはずなのだかその力は常人の域ではない。
 超能力者第三位、単独で一軍に匹敵するはずの御坂美琴であっても戦闘能力で言えば足元にも及ばない。
 絶対能力者がすでに存在する、と言われても納得してしまうだろう。

 だがここであっさり背を向けて逃げることができない。
 そうしたかったのだが次々と撃ち込まれる空気弾を回避するだけで精一杯だ。
 まぁ、そもそも弾速的に躱すことそのものが不可能なはずなのだが御坂美琴はそれを可能としている。

 どのように。
 ビル屋上をぐるりと取り囲んだ鉄柵に磁力の紐を伸ばし自分の身体を高速で移動させているからだ。
 進路上に弾丸が発生しても別の方角に移動方向を変更することで回避することができる。
 御坂美琴の肉体そのものも磁力で浮遊しているため初動時のロスも存在しない。

 魔術サイドにおける核兵器にそうとうする『聖人』と呼ばれる存在。
 肉体そのものが『神の子』の模倣品であって『神の子』と同様の力が―――非常に劣化したものではあるが―――使える存在。
 一秒間に十の選択が行えるという規格外品にも程がある彼らと御坂美琴は対等以上に戦った。

 その理由の一つがこの高速移動だ。
 もちろん近代建築の上、ビルの屋上や陸橋などでしか使えない。
 しかし性能はこのとおり。
 常人には見えない電磁波のレーダーで敵の動きを完全に察知する。
 その能力とも組み合えば近接戦闘では無敵を誇る。

 ここでひとつ御坂美琴に不利な条件を挙げるとすれば。
 空気が絶縁体であるということだ。電気を流さないということだ。干渉できないということだ。
 御坂美琴が電磁波レーダーを用いても空気を見ることは不可能なのだ。
 移動し続けること以外に手段はない。


(コンクリートから砂鉄を取り出したらこのビルは廃ビル一直線よねー。
 精々が屋上入口の金属製のドア盾にするぐらいかしら。
 それでも事件だってことになって警備員が動き出しちゃったりすると厄介なことになるし)


 風紀委員の後輩を救うためにビルに大穴を開けたことはある。
 しかし今回は別だ。
 事の発展は自分が絶対的に悪いのだし人命がかかっているわけでもない。
 穏便に収めるのに越したことはない。

 それに。
 追い詰められてはいても切羽詰ってはいない。
 直接肉体で味わったわけではないが、空気弾はそれほど殺傷力があるわけではないらしい。
 暴徒鎮圧用のゴム弾。
 ちょうどあの程度。
 当たり所が悪ければ骨にひび程度は入るかもしれないが死ぬことはない。

 そして。
 状況を覆すカードは何枚も所有している。
 被害を抑えたいがために切っていないだけだ。
 ただ場を支配され自分が手玉に取られていることだけは気に入らなかった。

 心理掌握に何ができるか。
 真正面から対峙すれば直接戦闘能力を持たない相手ではある。
 しかし姿を隠し他者を支配媒介しての攻撃となるとこれほど厄介な相手は存在しない。
 敵が『どれだけの数のカードを持っているか』がわからない。
 兵隊をいくら倒しても女王蜂一匹さえいればいくらでも戦力は回復するのだ。

 御坂美琴の取るべき次善の選択は食蜂操祈との対面だ。
 余計な被害を出すことなく彼女の前に立つ。
 御坂美琴の勝利条件は実にシンプル、だが非常に難しい。

 最善の選択はもちろん逃げることだ。
 しかし『見えない弾丸を正確に狙撃される』戦況がそれを許さない。
 躱すだけではダメだ。
 相手を観察しろ、理解しろ。

 御坂美琴は考える。
 空気弾にそれほどの威力はない。盾になるものがあれば防ぐことができる。
 もしくは弾丸を『察知』できればいい。
 回避し続けるという『後手』の状況を『後の前』に変えてしまえばいい。
 そして、どのように食蜂操祈が自分の位置を正確に把握しているのか。
 どのような能力なのか。

 このふたつだ。
 このふたつをクリアすれば暴力のエースを場に出さずに勝利を収められる。
 そして気づいた。
 最初。
 この屋上に電磁の紐で身を翻したとき彼女を襲い一握の髪を引きちぎったあの空気弾。
 わずかにしゃがんでいたから回避できた、はずのアレ。

 もしあれが『バレーボールのサイズ』だったのならば。
 回避できなかったはずだ。
 それをしなかったのは何故か。
 威力があるからだ。『一撃で御坂美琴を昏倒できる』だけの威力があったからだ。

 逆に言えば。
 最初の、ビルの谷間の狭い路地裏での襲撃。
 あそこで『バレーボールのサイズの空気弾』を用いる必要なんてなかったはずだ。
 見えないところから狙撃できるのであればピンポン玉サイズでガンガン打ち込めばいい。

 つまり。
 上だ。
 上空から見ている。
 ビルの隙間は薄暗くて上空から視認することはできなかった。
 そう考えれば辻褄があう。

 そういえば。やけに月が赤くないだろうか。
 上条当麻と別れてからビルの屋上を磁力で跳んでいくのを忌み嫌うほどに今日の月は赤い。

 そもそも『赤い月』というものは月の出、月の入りのときのような地平線に近い状態で起こる現象だ。
 朝焼けや夕焼けと同じものだ。
 赤い光の波長は空気の層を通っても散乱しにくい。
 青い光が散乱し、残った『赤』が月を血の色に染める。

 つまり『天頂に赤い月がある』今の状態は不自然なのだ。
 その不自然から導き出されるのは。
 今御坂美琴が頭に抱えている『大気は通常のものではない』という推測。

 莫大な量の大気を変貌させる必要はない。
 学園都市のごく一部。
 このビルを中心に数キロ四方。
 汎用のせいの高い風力使いが協力すれば何かしらの物質を散布することは決して不可能ではない。

 それがある種のカメラだったとしたのならば。
 実際に機械である必要はない。
 そういった能力であったのならば。

 気づく。
 今日は風がふいていない。
 無風だ。
 壺の中のように空気が澱んでいる。


「―――あはっ」


 すごい、と思った。
 御坂美琴は素直に心の中で褒め称えた。
 学園都市に存在する異能には常識が通用しない。

 食蜂操祈が選んだ能力者。
 彼女は水の分子からカメラを作り出す能力者。
 学園都市全校で行われる最大にして唯一の体育祭、大覇星祭。
 その最中、御坂美琴と食蜂操祈とが手を組んで最悪の科学者と対峙した際、わずかに関わった能力者。

 食蜂操祈は彼女を自分の手帳に書き加えていた。
 横車を押して常盤台中学へ入学させた。
 いつか使えるかもしれない、そう考えたからだ。

 現在彼女たちの上空数百メートル程度にある空気層には無数の水のカメラが漂っている。
 それが正確に御坂美琴の位置を把握する。
 空気弾を打ちこんでいる少女の力で流されないよう留まっている。
 汎用性の高い大能力者の空力使いは複数の能力行使を同時に行うことができる。
 ―――ただ、このエリアが無風であるのは偶然である。大能力者にそこまでの出力はない。


 この偶然が終わる前に御坂美琴が分析を完了すること。
 勝利の必須条件が満たされた。

 御坂美琴が自分のスカートのポケットから筒状の何かを取り出す。
 コインホルダーだ。
 中にはゲームセンターのコインが二十枚程入っている。
 高速移動をし、空中を移動しながら彼女はホルダーを開いた。複数のコインが磁力に引かれて空中を舞う。

 次の瞬間、コインの表面から金属特有の電子共有による光沢が失われ、潰れるように粉々に砕け散った。
 強引な電子操作により自由電子を強引に陽イオンに組み込ませ、矮小な結晶単位まで分解したのだ。
 出来た粉末はひとつのボールになって御坂美琴の手のひらに収まる。


「ま、カミナリ雲を喚んでもいいんだけど。
 被害がコントロールできないからね」


 言って。
 金属の粉末のボールを空中に高く打ち上げた。
 上空20数メートル。
 そこまで打ち上げて、瞬間、御坂美琴の額から発せられた雷撃がそれにある一定以上のエネルギーを与えた。

 安っぽく漫画で描写すれば「ピカッ!」とでもなるのだろう。

 閃光弾。
 金属粉末が酸化燃焼して。
 爆発のような白虹が雑居ビル立ち並ぶあたり一面を支配し、影という影すべてを消失させた。


「っ!」


 くら、っと『食蜂操祈』がよろめいた。
 もうひとりの『食蜂操祈』がその身体を抱きとめる。


「やってくれるわぁ。
 もう『この子』は使えない―――ショックが大きすぎて」


 通りを挟んだ別のビルの非常階段。
 その踊り場で佇んでいたふたりの『食蜂操祈』の端末。
 追跡能力と遠隔透視能力を持つ能力者。
 水滴をレンズとし視認する能力を持つショートカットで眼鏡をかけた小柄な少女。
 手足の長い活動的な印象のポニーテールの少女に抱きかかえられている。
 ふたりとも今現在の表層人格は『食蜂操祈』だが、小柄な少女の方は無数のレンズで同時に閃光を見てしまった。
 認識は完全に同調しているため『食蜂操祈』全体にダメージは及んだ。
 幸いというべきか、強力な光を無数の目で同時に見てしまったため意識のブレーカーは瞬間的に落ち、全体としての衝撃は最小限で済んだ。
 精々が軽い目眩程度で足元が少しふらつくかな、といったところだ。



「でも、私の予想力の範疇―――『まだ貴女は見えている』のよ、御坂さぁん?」


 今回、食蜂操祈の率いている戦力は現地で調達したスキルアウトたちを除けば情報収集に特化している。
 追跡して、聞いて、見て。
 水滴をレンズとし遠隔から誰かを視認する能力―――小柄な少女は『透視能力者』ではない。
 遠隔透視能力者はポニーテールの少女の方だ。

 今、もし。
 御坂美琴が『食蜂操祈が御坂美琴を追跡する手段を失った』と勘違いしたのならば。
 絶対に隙ができるはずだ。脇の甘い行動をとるはずだ。
 例えば、今ビルから飛び降りて寮へと一番近いルートの路地裏を選択して逃走を開始したように。

 最初からそれが計画の内側に組み込まれ、予想できる範疇のものであったのならば。
 食蜂操祈の選ぶ手段はそれこそ指数的に増殖する。


 そして、場面は非常階段の踊り場から薄暗いビルの影の隙間に変わる。

 
 
 




「―――いらっしゃぁい、み・さ・か・さ・ん☆」


 御坂美琴が飛び込んだ先には食蜂操祈が待ち受けていた。
 さらには。
 食蜂操祈の隣に御坂美琴が非常に見知った顔があった。


「えっ、黒子!?」


 当然、御坂美琴は虚を突かれた。一瞬硬直する。
 同じタイミングで瞳に星の模様の光を宿したテレポーターが跳んだ。
 距離を零に詰め、全体重をかけたドロップキック。
 それでも反射的に回避できたのは御坂美琴の肉体的なスペックが並外れに優れているからだ。

 だとしても油断をしていたところを意表を突かれ反応が遅れた上に筋肉の限界を超えるような回避行動をとった御坂美琴には。
 透明な空気の弾丸を避けることなどできなかった。



「っ!」


 とん、という軽い音が御坂美琴のこめかみで鳴った。
 明るい色の髪が舞い上がり花模様のヘアピンが弾け飛んだ。
 そしてぐらり、と身体が前のめりに崩れる。
 いくら驚異のタフネスを誇る御坂美琴の肉体であっても急所は急所だ。
 むしろ頭骨に亀裂が入らなかったことが奇跡といってもいい。

 よろ、っと横にふらつく。
 それでも足首に力を込めてなんとか倒れるのを防ぐ。
 しかし食蜂操祈の攻撃は止まらない。
 真上にテレポートした白井黒子の軽い身体が重い石に変わって御坂美琴にのしかかる。
 流石に耐え切れず、二人分の体重で加速しながら御坂美琴は地球にキスをした。


「ぐ……はっ……」

「気分はどうかしらぁ、御坂さぁん?」

「あ、アンタ……食蜂……
 黒子まで巻き込むなんて……」

 ズキズキと痛み疼くこめかみと鼻頭。
 無様な格好で這い蹲りながら食蜂操祈を睨みつける御坂美琴を金色の髪の少女は憐れむように見下す。
 女王は女王で虫は虫。地べたを這いずり回るがいい。
 現在の対峙と体勢が彼女たちの関係を表している。


「最初は白井さんを使うつもりはなかったんだけどね。
 でも貴女の振る舞いには私の忍耐力も限界だったのよねぇ」


 食蜂操祈が白井黒子を『呼び出した』のはつい先程のこと。
 ここから数キロ離れた場所にある風紀委員の詰所でお茶を楽しんでいた彼女を精神支配し召喚した。
 いまや自分の大脳皮質を養殖培養した巨大外部脳によるブースト効果がなくとも可能だ。
 心理掌握は進化している。
 とは言っても、同時にコントロールできる人数は限られている。
 最小にして最大の効果を発揮する一手。
 それが白井黒子の支配だった。
 超能力者を封じ込めるだけの大能力者など最初から限られている。

 御坂美琴の追跡を始めた当初は情報を収集するだけのつもりだった。
 弱みを握る。
 それだけでよかった。
 怒り心頭だとしても完全に敵対することでまた自分が同じような目に遭わされてしまうのではないか、という恐怖が拭えなかった。
 アレは特別に異常な出来事で御坂美琴が再び同じことを繰り返すつもりがなかったとしても、被害者は加害者を疑うのが当然だ。
 自分の身体を自分の意志ではなく他人の意思で自由にされることの悍ましさは体験したものでなければ理解できない。

 だが、見てしまった。
 誰と会っていたか。何をしていたか。
 シャワーを浴びているふたりの状況を飛沫のレンズ越しに見てしまった食蜂操祈は本当の意味で心が折れてしまった。
 壊れてしまった。

 だって。
 だって。
 だって。

 あんな顔で。
 あんな笑顔で。
 あんな笑顔で何もない裸の肩を抱いて。

 なんであの笑顔が私の隣じゃなくて。
 なんであの笑顔が私じゃない誰かに向けられていて。
 なんで私がこんなに苦しんでいるのになんで貴方はそんなに簡単に彼女の罪を許すのか。

 嘘つき。
 嘘つき。
 助けてくれるって言ったのに!

 あの日見た青い空はもう存在しない。
 あるのは禍々しい赤い月。
 もう違う日で違う場所で、そして違う人だ。
 人格とは記憶の連続性にこそあって肉体の連続性を指す言葉ではない。

 もう否定することしかできない。
 認めることはできない。
 この苦しい心の暴風に一秒だって耐えることはできない。
 だからこそ完全に自分が有利だと確信しないままに御坂美琴を襲撃した。

 好きでこんなことをやっているわけではない。
 そうしないと食蜂操祈はもう崩壊してしまうのだ。
 理性があっても理屈があっても裏切られたとしか考えられない。

 心の中で大切にしてきたものを大切なはずの存在に踏みにじられた。
 だったらもう汚すしかない。
 傷つけられたのならば牙を剥くしかないじゃあないか。


「貴女が私にしてくれたこと、私が仕返しても構わないわよね?
 人数だけは揃えられたから精々楽しんでくれると嬉しいわ」

 言って。
 ボタンも押さずにリモコンの先端で丸を描けば。
 ビルの影に隠れていたスキルアウトという派手な服を着た壮健な少年たちが現れる。
 ハイチのゾンビのように生気を失い、しかしながら獣のように眼球だけが爛々と輝いている不良少年たち。
 遅い歩みで御坂美琴を取り囲んだ。


「バカにしてるの?
 いくら頭部に衝撃を受けたからといってこの状況から逃げ出せないとでも思ってるの?
 マックスで演算できなくてもこれぐらいの人数―――」

「思ってるわよ?
 だって、ほら―――」


 ―――ばちん!


 御坂美琴の後頭部で大きな音がした。
 食蜂操祈が発動した『心理掌握』が侵食し、御坂美琴の『超電磁砲』のオートフィールドがそれを跳ね除けた音。
 食蜂操祈の『心理掌握』は御坂美琴には通用しない。
 が、軽い頭痛ぐらいならば与えられる。
 継続的に行えば超能力者の演算を阻止できる程度には。

「っ!
 巫山戯てるの!
 っあっ! アンタのスタミナがそんなに持つわけがないじゃないっ!」

「そうね。普通ならばね。
 でも私はすごく怒っているの。悲しんでいるの。
 今の悲痛力ならば私はどれだけでも耐えられる。
 食蜂操祈を―――心理掌握をバカにしないでくれるかしらぁ?」


 ここからはただの我慢比べ。
 食蜂操祈の体力が尽きる前に御坂美琴の心が折れるか。
 御坂美琴の精神力が食蜂操祈の怒りと悲しみを上回るか。
 ただそれだけのこと。

 すべての登場人物に笑顔をもたらすような都合のいいヒーローなんて存在しない。
 泣いて喚いても結局のところ人は自分自身で救われるしかない。
 自分の不幸で誰かが幸せになるのならば誰かの不幸で自分が幸せになってもいいじゃあないか。
 例えそれが空っぽで表面だけで、すぐに崩れ落ち去るような一瞬の幸福であったとしても。

 食蜂操祈はすでに三人の『食蜂操祈』を開放していた。
 彼女たちは三十分後にはそれぞれの寮の部屋でふと我に返るのだろう。
 細かい制御を伴う精神支配を三人分も余計に抱えて置けるだけの余裕はない。

 ただ自分の命令に従う自立で自律の人形たちと。
 彼女の敵と。
 彼女自身。
 この空間にはそれだけで十分だった―――

「くわっ、くっ! 痛っ!
 え、演算が、一秒でもあればこんなの―――」

「させない!
 貴女はここでボロボロになってしまえばいい!」


 彼女たちの死闘は続いた。
 実に奇妙で哀れで地味な形で。
 食蜂操祈は狂ったようにボタンを押し続ける。

 背中に乗っている白井黒子を跳ね除けることもできず。
 醜い男たちの腕が自分の肌に触れるのを嫌がる素振りすらできず。
 御坂美琴は侵食されていく―――

 食蜂操祈は自分の唇が奇妙な形で曲がっていくのを知っていた。
 自分の中の素直な部分が凶っていくのを知っていた。
 そう、丁度。
 思春期のホルモンのバランスが崩れて母乳が出るようになっている自分の身体のように。

 このままでは苦しくなる。おかしくなる。
 でももう壊れてしまっている。
 助けて。
 助けて。
 苦しいの。
 助けてよ。

「あっはははっはははははははははっはははははははは!!!!!!!
 壊れろ壊れろっ!
 素敵にバラバラになって愉快に腐って綺麗に笑えなくなってしまえばいい!!!!」


 しかし口から溢れるのは高揚しきって脳内麻薬に犯されて。
 まるで発狂しきったような笑い声。
 食蜂操祈を知っている誰もが己の目を疑うような光景。

 食蜂操祈だって知っているのだ。
 自分の中の大切な部分が再起不可能な程に壊れてしまいつつあるのを。
 箍が外れる、という言葉がある。
 木桶は釘を使わない。箍という金属のバンドだけですべてを固定している。
 それが外れたらバラバラになる。
 もう戻らない。
 食蜂操祈を外側からきつく抱きしめてくれる誰かがいなければ食蜂操祈はバラバラになる。

 追い詰めつつ、追い詰められている。
 悲惨な結果がわかっていてもアクセルをベタ踏みする以外に彼女の選択肢はない。
 例えどちらの結果になっても食蜂操祈は壊れてしまう。
 だから、だとしたら。

 見えないヤスリで精神も体力も削られていく。
 胸が痛くなった。
 母乳を絞っていない。
 乳腺が腫れてきている。

 でも、もうどうでもよかった。
 だから笑い続けた。能力を使い続けた。
 御坂美琴の常盤台の制服が半分以上脱がされた。
 何もかもが真っ平らになるまですべてが崩壊してしまえばいい。
 昼も夜もあるものか。
 蒼穹も朱月も知ったことか。
 バベルの塔は朽ち果てた。
 高きものは落とされるのがこの世の定めだ。

 饗宴は繰り広げられた。
 狂宴は歌われ続けた。
 己自身を削りながら食蜂操祈が腐敗の音楽を奏でる。

 
 
 
 
 
 
 ―――こんな場面で都合よくヒーローが現れる、その瞬間まで。

 
 
 
 
 

以上です

どうしても接待戦闘にならざるを得なかったんで派手さがまったくありませんという言い訳
食蜂さんは結構穴のある能力ですよね
そもそも戦闘を中心とした能力じゃないんで仕方ないんですけど

今回で前提条件はだいたいクリア
次回からはようやく大トロの部分に入れます

 食蜂操祈は呆れたように振り返った。
 ビルの谷間の細い路地の入口で、つんつん頭の少年が荒い息を吐いて立ちすくんでいる。
 その右手は強く強く握られて顔には怒りと困惑の表情が浮かんでいた。


「―――何を、しているんだ、食蜂」


 ああ、今更そんな顔で私を見るんだ。


 出来損ないの物語のようにヒーローは現れた。
 考えてみれば当然のことだ。
 御坂美琴が打ち上げた閃光弾。
 あれは狼煙でもあったのだろう。
 通信手段としては古代からあるものだ。
 恋人の帰宅の方向からあんなものが打ち上げられたら誰だって駆けつける。
 考えるまでもない。

 だが、食蜂操祈は考えなかった。
 信じられないかもしれないが発想そのものがなかった。
 そんなことがあろうとなかろうと『上条当麻は御坂美琴を助けにやって来る』確信があった。

 だって、そういう人だから。
 どんな時だって彼の物語は都合よく生成される。



「―――見て分からないわけぇ?
 それなりに俗物力はある方でしょう?」


 口から出たのは挑発するような言葉。
 額には気持ちの悪い汗が浮かんでいる。
 額だけではない。
 全身が発熱している。背中はびっしょりだ。手袋の先がたぷんと汗が溜まっているような気がする。


 そして。


「―――あはっ☆」


 御坂美琴が苦痛に耐えながら恋人に微笑みかけた。
 ―――安心、した。
 同時に今の情けない姿の自分を見られてしまったという後悔の念が表情に出ていた。

「大丈夫だ、美琴―――今助ける」


 冷静に、確信を持って上条当麻が言った。言い切った。
 善も悪も関係なくヒーローはヒロインを救い出す。
 物語はそのように構成されている。


 けれども。


「できるのかしらぁ?
 幻想殺しなんて―――触らなければ意味がないじゃない」


 食蜂操祈はあざ笑う言葉を発しながらも心理掌握を発動し続けている。
 御坂美琴は苦痛によって男たちの悍ましい手から逃げることができない。
 そして上条当麻は状況に混乱しながらも恋人を助け出そうと右手を強く握った。

 体力は限界だ。元々それほど恵まれている方ではない。
 それを精神力で補っているだけだ。
 ただの意地。それだけが食蜂操祈の膝を支えている。

 それに、本当はこんなふうな言葉の遣り取りなんて―――したくなかった。


「邪魔をしないで―――白井さん」


 食蜂操祈が一言口にする。
 白井黒子が御坂美琴の上から『跳んだ』
 瞬間移動。
 食蜂操祈と上条当麻とを遮断するようにテレポートし、そして太腿に装備してある鉄針を両手に構えた。
 瞳には星色の光が染まっていて、そして表情はほの暗く微笑んでいた。
 ツインテールにまとめた茶色の髪が靡く。

 路地裏は狭い。
 そして短い。
 距離を武器とする空間移動能力者にとっては決して有利な地形ではない。
 だが、そんなものは些細なことと切り捨ててしまえるほどに『空間移動』という異能は恐ろしい。

 間は魔である。
 格闘戦しかできない無能力者の上条当麻にとっては。
 拳の届かない距離から右手でも打ち消せない物理的な攻撃ができる敵はかなり厳しい条件となる。
 空間移動能力とはそのような異能だ。
 ましてやあの鉄針を肉体そのものにテレポートされてしまっては文字通り一撃必殺。
 何もできずに地面に血反吐をぶちまけるだろう。

 食蜂操祈にも、そして精神支配されている白井黒子にもそこまでの被害を出させるつもりはない。
 食蜂操祈にとっては上条当麻が『何もできずに見ていればいい』のであり。
 白井黒子にとっては上条当麻を『何もできずに制圧してしまう』ことが目的である。
 それ以上は余計なものだ。


「白井! 美琴が何されているかわかっているのか!
 くそっ! 心理掌握かっ!」


 にたぁ、と笑った白井黒子が瞳孔を開いて鉄針を『跳ばす』
 数メートルの距離がゼロになり、横が縦に変換される。
 瞬間身を引いた上条当麻の顎のあった位置に針が現れた。
 その場所にいたのならば喉を掻っ切られていたのかもしれない。
 上条当麻の背中に冷たい汗が浮かぶ。

 最初の攻撃はただの脅し。
 躱すことをわかっていての圧力。
 しかし身を逸らしたことで上条当麻の後ろ足に体重がかかった。
 ほぼ同じタイミングで白井黒子が特攻する。
 身を低くして頭から上条当麻の腹に突っ込んでいく。

 能力を使っていない肉体的な攻撃。
 そして足の発条を殺されている一瞬、回避不可能となる。

「ちっ!」


 ならば止める。
 上条当麻は右手を振るった。
 今のタイミングでは異能を殺す能力は使えない。
 しかし物理的な意味合いはある。
 白井黒子の突進を止める効果はある。

 が、無駄。
 重心が後ろに傾いている状態で右手を振るったところでそこに力は入らない。
 寧ろ余計な形にバランスを崩す。
 距離を詰めた白井黒子は絶妙の間合いで足を止め上条当麻の右手を両手で取った。
 そして引っ張る。
 上にあげ、そして自分の斜め左下へ。


「うわっ!」


 柔道で言うところの浮き落とし。
 所謂空気投げ。
 細い肉体に重心を操られ上条当麻が空中で前転するように一回転した。
 そして無様に背中から地面に叩きつけられる。

 実戦経験が豊富な上条当麻だが投げられた、ということは殆どない。
 実戦だからだ。
 投げは実戦において有効な武器ではない。
 ナイフで切り裂いたほうが遥かに速く早く確実だからだ。
 このナイフを学園都市の開発した異能に変えても歴史と神話から構成される魔術に変えても同じことだ。
 投げは、遅い。
 そして間合いが短すぎる。

 しかし投げられてしまえば身動きが取れなくなる。
 戦場においては致命的すぎる状況だ。
 必殺ではある。
 ただ、
 そしてその必殺は学園都市の風紀委員においては制圧能力という形で継承されている。


「―――ジャッジメントですの。余計な抵抗は心象を悪くするだけですのよ?」


 白井黒子には上条当麻が何に見えているのだろうか。
 アスファルトの硬さを全身で味わって呼吸も苦しくなっている上条当麻に風紀委員の腕章を見せつける。
 そして、その手には電子手錠がぶら下がっていた。


「拘束させていただきますの」

 衝撃と重力で縛り付けられている上条当麻は苦しい呼吸と筋肉の痙攣と、そして全身の痛みの中で白井黒子を見上げた。
 あれはまずい。
 幻想殺しは異能にこそ効果はあるがそれ以外に関しては何の役にも立たない。
 あんなものを取り付けられてしまってはそれこそ『ここで見ている以外何もできなくなる』


「―――すまん、白井! アザになっても許してくれよ!」


 受身は取れなかったが頭は庇っていた。
 肉体的な苦痛はあったが思考はクリアだった。
 それが上条当麻を次の行動へと繋げた。

 いくら白井黒子でもテレポートで手錠をはめる、なんて器用な真似はできない。
 一歩間違えれば簡単に腕を切断してしまう。
 だから白井黒子は上条当麻から手の届く距離にいた。
 地面に横になっているものと立っているもの。間合いは当然違う。
 それでも女の子と少年の違い。足の長さの違い。
 上条当麻は白井黒子の足を蹴り飛ばした。

 油断があったわけではない。
 白井黒子はその程度の攻撃は予想していた。
 だから十分に余裕を持って回避した。
 予想外だったのは思っていたよりも上条当麻の足が長かったこと。
 そして不自然な体制であるにもかかわらずとても力強い蹴りだったことだ。

「―――!?」


 ぐらり、と膝が揺れた。
 落ちた。
 白井黒子の身体が崩れる。ツインテールが不自然に揺れる。
 瞬間、後ろに『跳躍』した。数メートル。上条当麻の追撃が不可能な地点まで。

 同時に上条当麻が跳ね起きる。つんつん頭が弧を描く。
 苦痛で神経が衝撃を受けて呼吸が成立していない。
 それでも繰り返された戦いの経験が上条当麻の限界値を引き上げていた。
 そして―――食蜂操祈と上条当麻との中間に存在しなくなった白井黒子の存在を完全に無視して、食蜂操祈へと突進していく。

 空間移動は連続ではできない。
 次の跳躍まではどうしてもラグがある。
 一秒もあるかどうかわからないが―――今この時だけは白井黒子は上条当麻を攻撃できない。

 それだけあれば十分。
 食蜂操祈とのあいだに壁は何もない。
 コンマ数秒もあればお釣りがくる。

 一撃で、終わらせる。
 上条当麻が強い右手を強く強く握り締める。
 振りかざす。
 下半身に鞭をいれ全身の発条をひとつの弾丸として収縮させる。
 あとは―――打ち放つだけ。


「お、おおおおおお!!!」


 その、コンマ数秒のあいだに。
 食蜂操祈が懐かしい目で上条当麻を見つめていた。
 羽のように開いた金色の髪と瞬く星のような光を宿した瞳。
 一秒にも満たないわずかな時間。
 心理掌握もなにもなく、ただの食蜂操祈がそこにいて。


 そして、






「―――うそつき。
 たすけてくれるって―――いったのに」




 と、小さく呟いて、微笑んだ。
 つぅ、と大粒の涙が溢れて丸い頬を伝って、すっと地面へと落ちた。

 その言葉を聞いて。
 その涙を見て。
 上条当麻の肉体が硬直した。
 上条当麻の意思に反して。
 まるで肉体が脳に抵抗しているかのように。

 二十世紀、米国コネティカット州。
 臓器移植を受けたクレア・シルヴィアという女性。
 移植手術後、彼女は食べ物の好みや性格が変貌した。
 それは何故か―――彼女の自伝にはレシピエントである18歳の少年の記憶を受け継いだからだ、と記載されている。

 率直に言えば疑似科学であり宗教だ。
 強引に解釈すれば臓器内の神経組織に記憶が植えつけられていた、という説となる。
 また生物の細胞自体に記憶を蓄える能力がある、とされる説もある。
 どちらにせよ、科学の発達しきったこの学園都市においてもそれはまだ仮説の域を出ない。
 ―――いや、もしかしたら証明されているのかもしれない。

 そんな曖昧な。
 しかし、もし記憶を失っているとしても肉体そのものは『上条当麻』である現在の上条当麻に。
 自分の大切なものを傷つけるなと『かつての上条当麻が抵抗しようとした』のであれば。
 こんな馬鹿げた仮説も意味があるのかもしれない。

 人格とは記憶の連続性だ。
 五分前の自分と今の自分が繋がっていると確信できるから人は人でいられる。
 だから、その連続性が切断されれば肉体は同一でもそれは別の誰かだ。
 同じ肉体で、同じ思考回路で、同じ嗜好で。
 ただそれだけの別人。



 ―――そんな訳がないじゃないか。



 人間というのは大脳の表面を漂っている薄っぺらい電気信号のことだけを示しているのではない。
 すべてが揃っての人間で、すべてが人間なのだ。
 確かにかつての『上条当麻』は死んだ。
 食蜂操祈が約束した彼はもうこの世にはいない。
 でも、生きている。
 だって『上条当麻』は理不尽な暴力から食蜂操祈を確かに助けたのだから。

「あ―――」


 お前、なのか。
 上条当麻は驚愕していた。
 自分の中に誰かがいる。明確に分かる。
 それは自分だ。自分自身だ。
 だが今の自分じゃあない。
 けれども今の自分の中にいた。
 水面に手を突っ込んで探し続けたような光に反射するもうひとりの自分。
 その『自分』が、今の上条当麻の喉元に腕を伸ばして強く締め付けてくる。
 守りたい何かが、あったのだ。


「あ、ああ―――」


 時間にすればすべてを合わせて一秒にも満たない。
 しかし永劫にも思えるような時間。
 食蜂操祈は奇跡を見てしまった。
 それが勘違いでも思い込みでも構わない。
 これだけで食蜂操祈は救われてしまった。
 約束を完全に守ってくれたわけじゃあない。それでも守ろうとしてくれた。
 ―――もう、これで十分だ。この奇跡だけで、十分に幸せだ。

 だから、幸福を持って。
 食蜂操祈は壊れてしまった。
 そうしようとした。 
 ただの悪女として上条当麻の記憶の中に残ろう。

 心理掌握という異能。
 コンマ数秒のさらにごく短い時間。
 心理掌握は上条当麻を支配し、自分を守ってくれた存在をも汚し。
 神も悪魔もそして奇跡も平等に無価値にするその拳を振り抜かせた―――はずだった。

 そんなツギハギだらけのエンディングすらも陵辱する存在がいた。


「あああああっ!!!!」


 一秒にも満たない僅かな時間だが。
 食蜂操祈の攻撃は中断された。
 痛みに耐えて全身には脂っぽい汗が浮かびスカートは捲られ、下着すらも脱がされかけている哀れな女。
 けれども、空白の時間がそれだけあれば。
 超能力者御坂美琴が演算を終了させるのは十分すぎる。
 絶叫しながら、意識をひとつに絞り上げていた。

 それに。
 ずっと見ていた。
 自分のことなんてどうでもいいから彼を見ていた。
 何が起こっているかはわからなくても何かが起こっていた。
 思考ではなく反射が肉体の車輪を回転させた。
 それをさせてしまえば―――上条当麻に大きな罅が入る。
 理屈ではない部分で確信してしまった。
 だから。

 御坂美琴が能力を解放する。
 刹那に満たない僅かな時間に彼女を中心として衝撃が波紋となって広がった。
 彼女に襲い掛かっているスキルアウトたちが見えない壁に突き飛ばされて痙攣し、崩れ落ちる。
 指向性を持つ電磁波。
 ノン・リーサル・ウエポン。
 アクティブ・ディナイアル・システム。
 通称ADS。
 ミリ波の電磁波を対象物へと照射することで対象人物に『火傷を負った』と錯覚させ、神経のパニックを引き起こし無力化する兵装。

 雷撃では強すぎる。殺してしまう。
 今の御坂美琴にはそこまで繊細な能力のコントロールはできない。
 最初から『殺さないことを前提とする武器』を使う。

 その武器が食蜂操祈と、その延長線上にいる上条当麻並びに白井黒子にも襲い掛かった。


「―――!!??」


 見えない力に襲われて食蜂操祈の身体が海老のように跳ねた。
 思いき入り背を反らせ髪の毛が舞い上がる。
 溢れた涙が電磁波の中で弾けた。

 殴るというモーションに入っていた上条当麻。
 繰り返すが現在の描写はごくわずかな時間のあいだに行われている。
 その短すぎる時間の中で死んでしまったかつての自分と会合し、心理掌握で洗脳されてしまった、はずの上条当麻は。
 筋肉がちぎれるほど無理矢理制動をかけ、モーションを中断し、勢いを殺し。
 そして殺しきれない勢いで食蜂操祈の頭を掴んだ。
 猛禽が獲物を捉えるのを彷彿させながらも、できるだけ優しく、労わるように。
 ばきん、という独特の音が響き渡る。

 それは心理掌握からすべての人間を開放した音であり。
 ADSのショックから食蜂操祈を開放した音であり。
 ADSから上条当麻と白井黒子を守りきった音でもあり。
 ―――そして、上条当麻が幻想と邂逅した音でもあった。






 赤い月の下。
 湿った路地裏。
 薄汚い空間。

 がくり、と食蜂操祈の全身から力が抜ける。
 一瞬であってもADSの直撃を受け、その威力で意識を失ってしまったのだ。
 糸を切った操り人形のように地面に崩れ落ちる彼女の身体を必死になって抱きとめる上条当麻。
 それはまるで恋人同士の抱擁のようだった。





 脱がされて伸びた服を必死に引っ張りながら震える膝で立ち上がった御坂美琴は。
 そんな二人を朱い月のような絶望した濁った目で見つめていた―――




以上です
個人的に非殺傷兵装をいくつか出したいなと思ってました
放水とか音響爆弾とかも盛り込みたかったんですけど

今日は天下一品の日だそうですよ
10と1で
ラーメン1杯無料券がもらえるんですよ

日曜に食べに行ったばかり、タイミングが悪すぎます

 ―――くろこ、おきなさい、くろこ―――


 ふわっとしたクリームのような世界。
 自分が誰かなのかすらも溶け出しそうな境界線のない世界。
 その声で白井黒子は自分が誰なのかを思い出す。

 この声は。
 ああ、この声は。

 柔らかなベッドに横たわる滑らかな肢体。
 華奢で四肢がすらりと伸びていて、僅かながら女の脂肪が乗っている少女の肉体。
 天蓋が覆う闇から白い手が招いている。

 時間はわからない。
 何もかもがぼやけている。
 でもきっとここは素敵な場所であの人は素敵な人だ。


「さぁ、いらっしゃい。
 私が受け止めてあげる―――」


 見間違えるわけがない。
 白井黒子が一人の人間として心の底から敬愛し、一人の女として心の底から求める人。
 御坂美琴その人。

 いつもつっけんどんにあしらわれているが、今は心が通じる。
 黒子の愛を受け止めようとしている。
 それがわかってしまう。

 わたくしの思いがやっと通じたのですね。
 白井黒子は柔絹の寝巻きの肌寒さを感じながらこみ上げてくる熱いものに突き動かされた。
 頬が火照りサイズAAの胸が切なく高鳴る。
 花開く前の蕾の美しさを纏い、白井黒子が両手を広げて愛する人に抱きついた。
 競泳の選手がプールに飛び込むような勢いで、ダイブ。


「んーーっ!」



 お姉様。
 ああお姉様。
 お姉様。
            ―――白井黒子。心の俳句。




 感激に身を震わせながら唇を突き出す。
 んーっ、とひょっとこのように伸ばした唇がなにか柔らかいものに触れた。
 まさに至福の時。

 が、その瞬間。


 ―――ごらぁ! 何する気よっ!!!」


 ごんっ!


 とてもいい音を伴った脳天への一撃をくらった。
 ぐわんぐわんと点かれた鐘のように脳を揺らしながら白井黒子が痛みの中で意識を取り戻した。
 そのままどすんっと尻餅を付いた。


「ほ、ほわっ!
 ほ、ほねぇさま!?
 わ、わらくひのあひをうけとめてくれたのではっ!?」


 舌を噛んだわけではない。
 ただ衝撃が顎に突き抜け、キスの構えをしていたところに拳骨の強打を受けて前歯と前歯が火打石のようにぶつかっただけだ。
 大粒の涙を浮かべながら痛む頭部を両手で抱えて、そうして白井黒子は今見ていたものが現実ではなかったことを知る。

「は、ここは!?」


 ベッドなんてない。
 薄暗い路地。
 月には薄暗い雲が張っていて夜の闇が一層濃くなっている。
 どうやら時間的には午後八時ぐらいか。
 生き延びるために絶対に守らなくてはならない常盤台中学の寮の門限はどうやらぶっちぎってしまっているらしい。

 冷たいアスファルトに足を伸ばし、ごつごつとしたビルの立ち基礎部分を背もたれにして気を失っていた白井黒子。
 自分を見下ろしている存在に気づいた。
 腰の両サイドに両手を付け、呆れたような目で見下ろしている。

 明るい色の髪。
 白い花のデザインの髪留め。
 陽性ながらも勝気な瞳。
 スカートから覗く白い足。その付け根は見事に短パン。

 御坂美琴。
 白井黒子が心の底から敬愛する『お姉様』である。

「目が覚めた?」

「え、ええ……どうやらわたくし眠っていたようですが、でも何故こんなところで?
 それに、確か書類仕事も一段落して初春とお茶を楽しんでいたはずなのですが……」


 きょろきょろと辺りを見回す。
 どうやらここはビルの谷間の薄暗い場所で少し離れたエリアにはスキルアウトと呼ばれる不良少年たちが死屍累々。
 魂が抜けた顔でごろごろと転がっている。

 ヒップを地面につけた状態の白井黒子。
 スカートを履いているとは言えアスファルトは冷たい。
 汚れを払って立ち上がろうとする。
 と、嫌な痛みが足首に起こっていることに気づいた。


「?
 わたくし、足をくじいたりしましたっけ?」


 あー、と愛しのお姉様が回答し終わって回収されたテストに大きな勘違いがあったことに気づいたかのような声を出す。
 そうして右手で後頭部をぽりぽりとかいた。

「あ、うん。それは謝っておくわ。
 緊急避難的なものだけど黒子が悪いわけじゃないんだし」

「???
 わたくし、お姉様の言っていることがとんとわかりませんの」

「足首に関しては私の責任だって、そう思ってて」


 痛む足首を伸ばし、白井黒子は御坂美琴と身長を揃える。
 すると、今まで認識になかったものが飛び込んできた。
 あちらこちらに滲む痣。
 わずかに土埃を被った髪。
 伸ばされて傷んだ制服の布地。
 スカートなんて裂け目が入っている。


「お、お姉様!?
 そ、そのお姿は!?
 ま、まさかあのクソ猿どもが何かしらとんでもないことを畜生羨ましい」

「うーん、まぁ、半分はそうなんだけどアイツ等も被害者っていうか。
 っていうか、なんだ最後の羨ましいとかは」

「は、思わず本音が!?
 いけませんの、とんでもない状態で正義感が暴走を!」

 ジャジメントですの捕まえますの八丈島送りですの。
 とかなんとか騒ぎ始め電子手錠を取り出してスキルアウトたちに飛びかかろうとする白井黒子の襟元に軽くチョップ。
 あふん、と妙な鼻に抜ける声を出した黒子が恨めしそうに美琴を振り返った。
 誤魔化そうとする行為は時間の無駄だ。


「何をするんですのよ、お姉様」

「アイツ等は、別に捕まえなくてもいいのよ。
 少なくとも今回のことに関してはただ巻き込まれただけなんだから」

「でもお姉様がこんな目に!
 ……あれ、でも不自然ですの。
 いくら数が揃おうとお姉様があんな奴らにこんな目に遭わされるわけが……」


 そもそも今の黒子の状態が不自然ですの。
 時間を吹き飛ばされたような気分ですの。
 宇宙から戻ってきたら地球が猿の惑星になっていたような気分ですの。

 ぶつぶつと自分の現状を理解しようとし、そして混乱していく白井黒子。
 たったひとりの名前を出せば簡単に説明は付けられるのだが、美琴はそれを避けた。
 何が起こったかをしればおせっかいな後輩は首を突っ込んでくるだろう。
 登場人物一覧をこれ以上窮屈にしたくない。

 ごめんね、黒子。
 美琴は心の中で謝る。

 そして、


「―――頼みがあるの」


 とても真剣な目で大切な後輩に語りかけた。


「な、なんですの?
 黒子はお姉様の頼みでしたらなんでも引き受けますのよ?」


 自販機蹴っ飛ばしてジュース盗んで来いとかお子様下着を身につけろとかでなければ。
 そう言葉をつなげる後輩で同居人に、それはなんでもじゃないわね、と笑いかけた。
 破けたスカートの端を強く握って、そして言う。


「お願い!
 なんとか寮管ごまかして!」

 ぱん、と両手を叩いて拝み倒して。
 前傾姿勢で見上げてウインクして。
 女の子の可愛らしさという兵装をありったけ搭載して。
 そう頼む御坂美琴に白井黒子は素直にうんと―――言わなかった。


「ご、誤魔化すって……
 ま、まさか!
 あああ!!!
 門限が過ぎてますのっ!」


 最新型過ぎてとても使いづらいタバコのように細長い携帯電話。
 ポケットから取り出したそれから画面部分を巻物のように引き伸ばして、そして映る時刻に白井黒子は絶叫する。
 その数字が意味するところは―――地獄の幕開けだ。
 学園都市最強かもしれない鬼の寮管(30)に首を360度回転させられてしまうことが決定してしまった。


「い、急いで戻りませんとっ!
 一分でも一秒でも早く戻ればもしかしたら270度ぐらいで済むかもしれませんの!」


 恐怖に顔が青ざめている白井黒子。
 正義感の強い風紀委員の顔はぽろっと落っこちてしまった。
 不良生徒を取り締まるとか、今はもう頭に残っていない。
 一応、被害者たる『お姉様』がいいと言っているのではあるけれども。
 大切な『お姉様』の肌を怪我された黒子の嫉妬はリアルな世界の恐怖の前に押し出されてしまった。

 と言うよりも。
 まだ夢心地だったのかもしれない。
 何分と現実離れしている状況だからだ。
 今日も疲れましたわ、美味しいパフェのお店見つけたんですよ一緒に行きません、いいですわね、でも最近太り気味じゃありませんの初春。
 なんて会話を楽しんでいたはずなのに気づけば薄汚いビルの谷間の澱んだ空気の中に居て。
 それでも愛しのお姉様と心と身体が繋がるような夢を見ていたところを拳骨一発でたたき起こされて。
 いくら非日常が日常の中に溢れている学園都市だとしてもリアリティがなさすぎる。

 そして。
 そんな後輩につけこむように。


「―――ごめん。帰れないんだ」


 と、御坂美琴が言った。


「―――なにをいっているんですの?
 本当に首がねじ切れてしまいますわよ?」

「わかってるわよ。
 でも、今日だけはダメ。
 今日、これからどうしても決着をつけないといけないことがある。
 逃げたら一生後悔することになる」

 信じられないものを見たかのように目を見開いた後輩に優しく微笑みを返す。
 なんだかんだ言ったところで白井黒子はお嬢様で子供だ。
 不愉快なお姉様なんて見せる必要はない。


「それ―――危険なことではありませんわよね?」

「まぁ、少なくとも身の危険だけはないかなぁ。
 どっちかというと人間関係の話だから」

「―――あの類人猿め」


 悔しげに指を噛む黒子。
 愛しいお姉様の瞳の中に宿る光が誰を指しているのか、それぐらいは理解できる。
 悔しいけれども、白井黒子は彼には勝てない。


「でも、少なくともその服装はまずいのではありませんの?
 もし巡回している警備員にでも見つかったら言い訳なんかできませんわよ?」

「一応、隠れ家みたいのがあってさ。
 そこに着替えあるのよ」

「隠れ家なんてお持ちですの!?
 お姉様、すっかり世間ずれしてしまって……黒子は悲しいですのっ!」

「まぁ、実際には隠れ家という使い方はあんまりしてないんだけどね……」


 最後の方でごにょごにょ言っているのは聞き取れないぐらいに小さい声で。
 そしてほんのりと頬を赤らめて。
 幸いというか、夜で、薄暗い路地裏で、そして平常心からは程遠い白井黒子の精神状態で。
 その意味が気づかれることはなかった。


「ともかく、さ。
 詳しくは話せない。
 けど、どうしても決着をつけなきゃいけないことがあるの」

「それは、今じゃなければどうしてもダメなんですの?」

「ダメ。
 私が蒔いた種だし、でもそれだけじゃない。
 私の知らないところで絡み合っている蔓をほどかないと」


 御坂美琴が強い顔をした。
 決意のこもった、意志の輝きを放つ顔。
 込められた決意がなんであれ、強引な自我は人を引き寄せる魅力を持つ。

「『もし、やってしまってそれで決着がつくのならば今すぐやればいいのだろう』」


 艶やかな唇から溢れる旋律。
 鎖につながれた女優のように艶やかな響きは白井黒子に沈黙を強いる。
 その強さは隣にいることさえ許さなかった。

 空の月は白さを取り戻し煌々と輝いている。
 その白さがビルの谷間に差した。
 ロウソクの炎であるかのように二人の影法師が揺れる。
 人生は歩く影にすぎぬ。与えられた時間だけを舞台で気取って歩き、騒ぎ、やがて噂もされなくなる。
 だからこそ、今日この日だけは御坂美琴は納得を得なくてはいけない。

 見てしまったことを。
 感じてしまったことを。
 もし、自分が思っているとおりだとするのならば。
 どうすれば彼が一番幸せになるのだろう。


「マク、ベス……」


 沈黙を破って、白井黒子が震える唇で言った。
 その名の示すとおり月光に白く映えた顔と暗い影が切り抜き細工のような美しさを醸し出す。
 そこにはもう弱さや混乱はなかった。

「ごめんね、黒子。
 私はアンタを利用するだけ利用する。
 あとで絶対に恩を返すから、今日だけは、お願い」

「―――わかりましたの。
 でも、責任は持てませんの。
 お姉様の首が二回転しても黒子のせいにしないでくださいまし」


 その瞳には力強さが戻ってきていた。
 何が起きているのか、何を決意したのかはわからないけれども、お姉様を信じます。
 視線がそう語っていた。
 いいとか悪いとかを聞かず、味方する。
 それはとても嬉しいことだ。

 ―――実際問題として、この話における御坂美琴は加害者の側の人間だ。
 偉そうに何かを言う権利などない。
 だけれども、被害者という強権に蹂躙されるわけにはいかない。

 食蜂操祈。
 上条当麻。
 きっと、何かがあるのだろう。
 それはもう確信している。

 だとしても、彼を一番に愛しているのは自分だという自負がある。
 心も身体も捧げた。
 今更昔の女に大きな顔をされても困る。

 ただ―――そのまま食蜂操祈を否定できるか、と問われると。
 否、としか答えようがない。
 何かしら引っかかるものがある。
 御坂美琴は食蜂操祈を嫌っているはずだが―――でも、不幸にさせたいかというと違う。

 借りがないわけではない。
 強敵に立ち向かうために手を組んだこともある。
 陵辱してしまったという心理的な弱みもある。

 いや、違う。
 そうじゃない。
 彼だ。
 上条当麻。
 もし食蜂操祈を切り捨てることで上条当麻の心に傷を残すとしたら。
 それが当たり前だとしても―――御坂美琴は自分を責めるだろう。
 後悔を抱えたまま自分に笑顔を向ける彼を想像するだけで目の前が暗くなる。

 どうすればいい?
 わからない。
 絶対に自分は捨てられたくない。
 そもそもふたりのあいだに何がある?
 それも理解しないまま決着なんかつけられてたまるか。

 だから戦う。
 鉄火を持つことだけが闘争ではない。
 自分は女だし、女であることを否定できない。
 好きだという気持ちを押し殺すのはもうゴメンだ。

 でも、やはり女だから。
 食蜂操祈の気持ちも想像できてしまう。
 もし、自分の惚れた男が。
 自分を陵辱した女に優しく微笑みかけていたのならば。
 捻れてしまっても仕方がないのだろう。

 そもそもなんであんなことをした?
 いくら魅力的だからといって女が女を押し倒して母乳をすするなど。
 この物語は最初から間違っている。
 綺麗だから穢したかった?
 自分にないものを持っていたから嫉妬した?

 ―――きっと、それだけじゃない。
 自分と同じ匂いを感じていたからだ
 身を切られるほどの恋情。呼吸が苦しくなるほどの慕情。

 でも、それだったら。
 なんで戦わなかった?
 御坂美琴は考える。
 食蜂操祈はきっと自分より早く上条当麻が記憶を失っていることに気づいたはずだ。
 だったらその段階で何かしら動くべきだった。
 そうすれば今彼の横に立って笑っていたのは彼女だったのかもしれない。


「お姉様?」


 怒りを感じてきた。
 でも、同じぐらいに悲しくなってきた。
 二律背反の感情が胸の中に広がっている。


「私は、なにをしたいんだろう―――」


 白井黒子に聞かせたものではない。
 ただの独り言。
 そしてツインテールの後輩は、その質問にただ沈黙で答えるしかなかった。










――――――――――






 同時刻。
 食蜂操祈は重い瞼をあけた。
 ぼんやりとした室内灯。
 部屋のすみずみにまで明かりが行き渡っていないように思える。
 自分がベッドに横たわっているのを知覚した。

 どこか、小さなホテルか。
 部屋の作りは狭苦しく調度品は安っぽい。
 天井に見える四角い換気口なんて玩具の色をしている。
 だが、ベッドは不快を覚えない程度には柔らかい。

 鮮烈な光ではないが、閉じられていた瞳には眩しい。
 無意識のうちに右手で光を遮ろうとする。
 そこで違和感を覚える。
 いつもと違う光景。
 食蜂操祈は今手袋をしていない。
 赤いアザが手の甲に見えている。


「―――起きたのか、食蜂」

 優しくかけられた声に食蜂操祈は驚愕した。
 上半身を発条仕掛のように跳ね起こして声の方向に視線を向ける。
 そこにはかつて恋い慕って、そしてつい今しがたまで敵であったつんつん頭の少年がいた。

 二人が座るのも苦しいような小さなソファ。
 その中央に腰掛けて膝の上で両手を絡ませている。

 クリアになった意識で現状を確認する。
 食蜂操祈は常盤台中学の制服とレースの手袋とガーターストッキングを身に纏っていなかった。
 裸というわけではない。
 安っぽいホテル用の寝巻きに着替えさせられていた。


「悪いと思ったが、その―――汗だくだったし、失禁もしていたんで―――」


 失禁。
 その言葉を聞いて食蜂操祈は膝を閉じた。
 感覚として、ない。

 そして今更気付いた。
 胸が軽い!
 肩が重くない!
 
 両方共つけていない!!!

「言い訳にしかならないと思うけど、見てないからな!
 できるだけ触らないようにしてたし!
 言い訳だっていうのは再三言いますが!
 本当にやましいところはなかったんだから、なかったはずだ、なかったらいいなの三段活用!」


 ぼっ、と顔を真っ赤に染めた操祈になにか馬鹿を言っているどこぞの誰か。
 先ほど感じた心の充足は一体なんだったのか。
 食蜂操祈は八つ裂きにする勢いで上条当麻を睨みつけた。
 見えない圧力にあっさりと上条当麻が土下座する。


「すいませんでしたー!」


 大声で言われて、食蜂操祈は怒りたい感情を喉の奥に飲み込んだ。
 羞恥心はまだ大きく炎を上げているけれども、大声で騒いだって自分が子供のように思えるだけだ。
 変なかたちでプライドの高い超能力者は寛大なフリをして今の遣り取りをなかったことにした。

「―――なんか、聞きたいことは?」


 顔の赤いまま女王の言葉で食蜂操祈が上条当麻に声をかける。
 ベッド際に腰掛けて足を組んでいるのは防御の姿勢だ。
 ストッキングのない白い足を見せつけているわけじゃあない。
 少し汗臭い髪をかきあげる左手が素のママであるのも微妙に居心地が悪かった。


「ごめんなさい、不愉快なのは重々承知のことですのよ。
 でも流石に失禁している女の子をそのままにしておくのはどうしても上条さんの中の紳士の部分が痛むんで」

「そうじゃなくて」


 失禁だのなんだの。
 そういう話はもう結構。
 食蜂操祈はこれまでと全く別の意味で御坂美琴を憎んだ。

 約一分程の沈黙と緊張。
 大きくため息を吐いて、金色の髪の少女が強引に話を戻す。


「―――自分の恋人をひどい目に合わせようとした女に食ってかからないのかしらぁ?
 どんな聖人君子の忍耐力だって耐えられる光景じゃなかったと思うけどぉ」

 憎々し気に。
 傲慢に。
 不遜に。
 いっそ潔くカッコイイほどに。

 食蜂操祈が支配する側の人間の言葉で話す。
 確かに奇跡があって、それを信じているけれども。
 そうだとしたのならば余計にそれを上条当麻に信じさせてはいけない。
 自分は邪悪な女であって、そのほうが彼の物語は正当化される。

 食蜂操祈はすべてに決着がついたことを自覚していた。
 自分の敗北で物語が終結したことを。
 それでも敗者には敗者の誇りというものがある。
 泣き喚いて無様にすがりつくことだけは許さない。

 恋は叶わなかったとしても、それを気づかせてはいけない。
 責めてもの、意地だった。

 大体、気づくわけがない。
 失った記憶の中でいくら言葉を交わして同じ世界を共に歩んだとしても。
 もう上条当麻はかつての彼じゃあない。
 だから、もう―――終わったんだ。

「大体、想像はつくよ。
 アイツが―――美琴が言っていた『女の子』が食蜂だったんだろ?」


 だから、その仕返し。
 正当なる復讐。
 プライドをドブに突っ込まれてそれでもへらへら笑って明日を生きるなんてことができるわけがない。

 だとしても。 
 食蜂操祈が御坂美琴にした行為はやりすぎであって。
 その生々しい現場を見てしまった上条当麻は操祈という少女に対して逆恨みのようなものを抱いてもおかしくはない。
 いや、それが本来の姿のはずだ。
 恋人というのはそれぐらいに大切なもの、なのだから。

 もうボタンはかけちがっていて。
 元に戻るすべは何一つない。
 私と同じ痛みを貴方に味あわせるわけにはいかないの。
 食蜂操祈は感づかれないように小さくつばを飲み込んだ。

「そうね。その通りよ。
 だから復讐したの。
 いい格好だったでしょ?
 まるで羽をもいだ蝶ね。無様にもがき苦しんで。
 とても―――すっきりとしたわぁ」


 違う。
 本当は違う。
 楽しくなんてなかった。
 ただ一瞬の逃亡ができればそれでよかったのだ。
 復讐の快感を嬉々として語るような女じゃあない。

 けれども。
 希望なんてないぐらいに嫌われてしまえば。
 どんな恋だって過去の箱に仕舞い込めるだろう。
 いっそ激しく斬られてしまえばいいのだ。

 だって、一度は救われてしまったのだ。
 これ以上を望んではいけない。
 あとはもう贅肉だ。

 上条当麻が顔を上げた。
 苦虫を噛み潰したかのように表情を歪めている。
 善人の瞳には形容のできない光が浮かんでいた。

「ちがう、よな」

「なにがぁ?
 確かに邪魔されちゃったけどぉ。
 心理掌握が超電磁砲なんかを遥かに上回ることは証明されたんだしぃ。
 私としてはイライラしたものを利息つけて返済できて、とっても爽快な気分なんだけどぉ。
 あ、でもぉ。
 やっぱり最後の最後までボロ雑巾にできなかったのは悔しいかしらぁ」

「―――違う、だろ。
 じゃあ、あの顔はなんだよ。
 苦しくて、必死に手を伸ばしてたんだろ。
 それに―――俺が嘘つきって―――どういうことだよ」


 俺はオマエを助けられたのかよ。
 苦い液を吐くような台詞。
 余裕を見せつけている食蜂操祈の表情にわずかに罅が入る。
 覚えていた。
 聞かれていた。
 それは私とあの人だけの奇跡だったのに。

 やめてよ。
 希望を持ってしまう。
 パンドラの開けた箱の中に最後に残っていたのは希望。
 それはわずかに希望が残っていることこそが絶望であるという逸話。
 どうせ貴方は私のものになりはしないのに、そんなことを言わないで。


「―――聞き間違えでしょ。
 私がそんな純粋力のある人間だとでも思える?」


 自分で言っていて、不自然だと食蜂操祈は思った。
 考えてみる。
 ここはホテルで。
 自分が座っているのはベッドで。
 纏っているのは薄い寝巻き一枚だけ。
 この状況で平然としていられる少女が並みの神経をしているわけがない。

 そして、平然となんてしていなかった。
 一度意識してしまえば、狭い部屋がもっと狭く思えてくる。
 距離が近すぎる。
 体温まで感じ取れそうだった。

「アイツがしたことはひどいことだ。
 俺もようやくわかった。
 それでも、俺は美琴を愛してる。
 俺は世界中を敵に回してでもアイツをえこひいきしなくちゃいけない。
 アイツが何万人も殺した殺人鬼だとしても、俺だけはアイツを許さなきゃいけない」


 毛足の短いカーペットに正座して。
 膝頭に指を立てて。
 見下ろすものを見上げて、上条当麻ははっきりと言い切った。
 そんなものよね、と食蜂操祈が自虐的に唇を歪める。
 心臓が高鳴って、希望を見てしまって、でもやっぱりこれだ。
 自分はヒロインにはなれない。


「けれども―――ほんの、ついさっき。
 あの路地裏で食蜂があの涙を見せたとき。
 俺の中で爆発的に湧き上がる感情があったんだ。
 それは―――美琴に対するものと同じだった」


 しかし、上条の続く言葉に金色の髪と昴の瞳を持つ少女が息を飲んだ。
 声の響きと表情と。
 心理掌握なんてなくたって、理解できてしまう。
 きっと、それは望んでいたものだったから。

 上条当麻は記憶を失っている。
 そのことを食蜂操祈が知っている前提で話をしている。
 心理掌握の前には無駄なことだ。
 だがそうではない。
 食蜂操祈という名前の少女に対して話をしている。


「―――頼む。教えてくれ。
 俺は―――記憶を失う前の『上条当麻』は『食蜂操祈』を愛していたのか?」


 そこには困惑があるのだろう。
 そして同じぐらいに確信があるのだろう。
 だが自分の記憶にはないのに自分の感情だけが暴走していることをどう理解すればいい?
 上条当麻はわからなかった。
 これが勘違いであるのか、それとも過去の自分が今でも現在の上条当麻の中に息づいているのか。
 信じたいのか疑いたいのか。
 きっと結論は出ているくせに、敢えて回答を求めた。
 ほかの誰でもなく、『食蜂操祈』に。

「あ、あ―――」


 酷い。
 狡い。
 あんまりだ。
 そんなことを聞くなんて。

 もはや女王の仮面は砕け散った。
 余裕なんてない。
 今にも泣き出しそうだ。
 とてもとても大切にしてきたものを差し出せと言っているのだこの男は。

 その結果、どうなるのか。
 地に落ちて灰になるのは目に見えている。
 だって、上条当麻は言い切った。
 御坂美琴を愛していると。
 だったら、この宝物がどうなるかなんてわかりきっている。

 けれども。
 けれども。
 とても不思議な話だけれども、食蜂操祈は動けなかった。
 身体が勝手に動いていた。
 理屈とか理性とかじゃない。
 生命の歯車が勝手に駆動していた。
 そして、それがとても心地よかった。

「―――自分で判断して。
 全部、見せてあげるから」


 リモコンなんていらない。
 幻想殺しも関係ない。
 溢れ出す感情が少女の身体を突き破ってあの日の出会いとそれからの日々を両手に込める。


 ―――ぱちっ、ぱちっ!


 学園都市の能力者はひとりにひとつの能力しか搭載できない。
 ふたつ以上の能力を同時に行使できない。
 それが原則であり例外はない。
 複数の脳をつないで複数の能力を使った、というアレも、このコトワリから逃れた力ではない。

 これはただ心理掌握の出力が大きいというだけの話。
 ただそれだけの、幻想的な光景。
 だが、その映像はどうしても電撃使いの少女を連想させる。

 脳裏に映る愛しい少女。
 泣かせたくない。
 けれども、今逃げたら、それはもう上条当麻じゃない。
 自分を突き動かしていたかつての上条当麻のすべてを受け入れる。

 きっとこれはただの感傷で。
 到底理性的な行動ではないのだろう。
 かつての自分なんて切り捨てて。
 かつての自分が愛した女なんかゴミとして葬り去って。
 大切な少女のみを独善的に愛するべきなのだろう。

 だからこれは裏切り、かもしれない。
 大体、本当に過去の自分が大切であったのならば。
 記憶を失ったことを秘密になんかするべきじゃあなかったのだ。
 自分に思い出を作ってくれようとした両親や。
 小学校中学校時代共に勉学し共に汗を流し一緒に思い出を積み上げてきた友達やクラスメイト。
 彼らの思いを投げ捨てた。
 記憶を失ったことを隠した偽善者。
 そのまま偽善者として生き続けて偽善者として完成してしまった。
 根っこのない英雄。
 そんな自分を認めてくれた人を、裏切る。


 それでも、取り戻したい。
 納得はすべてに優先する。


 だから、つんつん頭のヒーローは。
 ほんの少しだけの恐怖と。
 ほんの少しだけの寂しさと。
 ほんの少しだけの申し訳なさを持ってして。
 心理掌握を受け入れた。

以上です

一瞬白井さん混ぜようかなとか思ったけど収拾がつかなくなりそうなんでパス
みさきち脱がせるとき上条さんは触ってないとか言ってますがはっきり言って嘘ですのでそこのとこよろしく

1週間プラスアルファのペースでなんとか投下してきたんですけれども
今回はちょっと本業の方が忙しくて家に帰ったら寝るだけの生活で書く暇が本気でありませんでした

でもあともうちょっとなのでなんとか終わらせたいです

 かちゃり、とドアのノブが回る音がした。
 一瞬肩を震わせて反応したが視線は向けなかった。
 見ているのはベッドに横たわっているツンツン髪の少年の寝顔だけ。
 ベッドサイドに腰掛けてカーテンのように髪を垂らして、食蜂操祈は穏やかな気持ちで少し抜けた顔を眺めていた。


「……こういう場合は『お帰りなさい』なのかしら。
 それとも『いらっしゃい』なのかしらぁ?」

「客の立場はアンタの方よ。
 でも、言い方なんか好きにすればいい」


 勝気に傾いた声が近づいてきた。
 それでも視線は動かさない。
 すぐ傍に立つ。
 そして真横に座られた。
 流石に、目をやった。
 やれやれ、と迷惑していると言わんばかりに。

「で、アンタは当麻に何をしたの?」

「見てもらってるのよ。私の記憶を、ね」

「……やっぱり、そういうことよね」

「少しは理解力があるようでほっとしたわぁ」


 白い手で少年の頬を撫でる。
 滑らか、とは言い難かったが健康的な力強さを感じさせる。
 少年というよりも既に青年の領域に足を踏み入れているのかもしれない。

 そんな食蜂操祈を御坂美琴は黙って見つめていた。
 ただ、不愉快だという表情は隠さない。
 その男は自分のものだという喧嘩腰を顕にしている。


「でもさ、アンタ大覇星祭のときこいつに『はじめまして』なんて言ってなかった?」

「隣に御坂さんがいたからね。
 あの状況で記憶喪失ってことバラされたくないでしょう? 上条さんも」

「そうだとしても、そのあといくらでも接触できるチャンスはあったんじゃないの?
 なんで今の今までコイツに会おうとしなかったのよ」

「……怖かったから、って言ったら笑うかしらぁ?」

 言って、やっと食蜂操祈が御坂美琴を真正面から見据えた。
 白い肌。
 整った顔立ち。
 六十と四の輝きにも勝る大粒の瞳。
 金色の髪。
 艶やかな唇。
 それが、食蜂操祈。

 御坂美琴は気圧された。
 今の自分はボロボロの衣装に埃まみれだ。
 超能力者としてはともかく、一個の女として搭載している機能で勝負となれば勝目は薄い。
 それを本能的に察した。
 しかし、だからといって納得するわけには行かない。


「怖かった、ねぇ。
 コイツがアンタの知っているコイツじゃないってことが、怖かったわけ?」

「そうね……
 同じ身体を持つ別の人だったら、と思うと、とても、ね。
 それに……」

「それに?」

「私はね、御坂さん……貴女に傷ついて欲しくなかった。
 本当にね。
 ……信じられる?」


 半開きの唇から溢れる音色。
 そこには恨みも何もない。
 不可解なことかもしれないが、食蜂操祈にはもう御坂美琴に対する憎しみは残っていなかった。
 上条当麻に対する絶望もなかった。

 するりと、落ちていた。

 魔が憑いていた。
 それは文学的な意味でもオカルト的な意味でもない。
 そういう心理状況に陥っていた。
 ココロに関する最強の能力者がココロの黒白から抜け出せなかった。

 暴走によって心の内側の圧力を消耗したということもある。
 一瞬に満たない奇跡で心を満たされたということもある。
 けれども、自分が蓋をして閉じ込めていたものを素直に受け入れてくれた上条当麻に対しての感謝もあった。
 それはある意味で宗教的な洗礼に近いのかもしれない。
 穏やかな顔で語る食蜂操祈の言葉に嘘はなかった。

 だから、御坂美琴は信じた。
 上条当麻が信じたのだから―――たとえ騙されているとしても―――御坂美琴も信じなければならない。
 それにきっと、今から語られることこそが納得に足る真実、なのだろうから。


 そして。
 食蜂操祈は語り始めた。
 訥々と。
 朗々と。
 粛々と。
 ひとりの少女とひとりの少女がどのようにであって別れたのか。
 生き残ってしまった少女がどのように救われていったのか。

 一人の観客として、御坂美琴は聴き続ける。
 今の上条当麻がされているように直接記憶を見せつけられてもいいのだろう。
 だが、食蜂操祈はそうしなかった。
 きっと、それは彼女の人生にとっては御坂美琴の方が異物に近いから。
 同じ時間を共有した人に自分の時間のコピーを見せることはできても、そうでない女には編集したものを聴かせる。

 悪意、からではない。
 その方が自然だから、なのだろう。
 ドリーと呼ばれた彼女が隠したかった身体を、見せるわけには行かない。

 もちろん、上条当麻にも見せてはいない。
 彼に見せているのは自分がどれほど絶望していたか、そしてどのように彼に救われていったか、だ。
 ただ隣で立っていてくれるだけで湧いてくる勇気もある。

 けれども、御坂美琴には告げなくてはならない。
 実験動物として生まれ、そして死んでいった彼女がどんなに優しい少女だったのかを。
 自分の知らないところで生まれ、死んでいった御坂美琴のコピーがオリジナルを恨んでなんかいなかったことを。
 だからこそ、食蜂操祈は御坂美琴の敵にはなれなかったことを。


 ―――結局、敵対はしたが、そこまで追い込んだのは御坂美琴と上条当麻であることを。

 
 
「後悔しているのは、絶対能力者進化実験を止められなかったこと……

 あの実験の期間―――少なくとも外部実験をやり始めた最中は、私は別の実験で動けなかった。
 私の支配力と統率力で実験を邪魔されるのを嫌がったのねぇ。
 あの『一方通行』にとても勝てるわけじゃないけど、でも、サポートぐらいできたはずなのに」


 最後にそう言って、食蜂操祈は沈黙する。
 すべてのカードは場に出てしまった。
 あとはコールかレイズか、それともドロップか。
 次に出てくる御坂美琴の声に従うだけだ。

 そして、御坂美琴も沈黙した。
 言葉が出てこない。
 自分が知らないところで、自分のクローンが生まれ、苦しみ、悲しみ、死んでいった。
 体験して、そして心に抱えているそれを再び見せられた。

「ど、りー……」


 一度も会うこともなく、優しい言葉一つかけてあげることもできず、存在すら知らなかった、妹。
 自分が何も知らないシンデレラだったことを思い知らされる。
 魔法が解けてしまえばただの灰かぶりの娘。
 ガラスの靴を持って追いかけてくる王子様だってまた夢を見せてくれるわけじゃあない。
 強く唇をかんだ。
 涙が浮かんできそうになる。

 けど、


「でも、コイツは、当麻は―――あの子達が生まれてきたことだけは否定しちゃいけないって、言ってくれた。
 それだけで誇っていいって、言ってくれた。
 それで私の罪が消えるわけじゃないけど、でも、コイツの言葉に縋りたかった」


 そう、自分の弱さを曝け出した。
 攻撃でも防御でもない。
 ただ、ありのままの素直な形。
 それが御坂美琴の答えだった。

 助けてくれた。
 そのことに感謝している。
 事件を解決するという意味でも、心の重荷を軽くしてくれた意味でも。
 この提示は、誰にも聞かせたことはない。
 御坂美琴が食蜂操祈に見せた誠意だった。

「そう―――やっぱり、変わってなかったんだ。
 綺麗事を言って、自分でも信じてないくせに、信じようとして。
 そのことで誰かを救えるって、そう思い込もうとして」


 どこか自慢げに、悲しげに食蜂操祈が微笑む。
 きっと本当に誇らしいことだったのに、抵抗すらも許されず無理矢理に奪われてしまって。
 遠くの店の陳列棚に並んでいるのを、見つけてしまった時のような。
 愛しいけれども届かない諦めの微笑み。

 それは琥珀のように透明だった。
 時間を閉じ込めていた。
 かつて生き物だったものが化石になっていた。

 だからこそ、御坂美琴は激怒した。


「なんで!
 なんで過去に閉じ込めるのよっ!
 なんで諦めているのよっ!
 わからないっ!
 私にはアンタが理解できないっ!」


 唐突に怒り出し立ち上がった御坂美琴を食蜂操祈が不思議そうな目で見上げた。
 眩しそうに、羨ましそうに、そして少しだけ憎らしそうに。

「だってっ!
 私はコイツに救われたっ!
 偽善の言葉だとしても、私は救われたんだっ!
 どうしようもなくコイツのことが好きになったっ!
 救ってくれたから好きになったわけじゃないけど、でも、コイツにとっての一番になりたいって心の底から思ったっ!
 アンタもおんなじだったらなんで最初っから諦めてるのよっ!」


 そして、彼女はとうとう理解してしまった。
 食蜂操祈が御坂美琴に抱いている複雑な感情。
 そこに、嫉妬、していたことを。
 似ているのだ。
 近親憎悪だ。
 認めているからこそ逃げている今が気に入らない。


「―――何を、言っているのかしらぁ?
 もし、この人が私を選んだら、御坂さんはどうなるか、その程度の想像力はあるでしょう?」

「わかってるっ、わかってるわよそんなことっ!
 私はっ! 当麻が幸せになれるんだったら私じゃなくてもいいって思ってたっ!
 けど、やっぱりイヤっ!
 捨てられたくないっ!
 一緒にいたい、側にいたいっ!」


 絶叫の少女。
 両手を胸に当て、全身を震わせ、そして涙ながらに言葉を放つ。
 全身の細胞が恐怖に震えていた。

 それでも、


「だから、納得できないっ!
 この気持ちを平気で抑えこめるアンタがっ!」


 戦わない食蜂操祈を肯定できなかった。

 そして、食蜂操祈は御坂美琴を理解できなかった。
 何故、自分が不利になるようなことを、そこまで感情的になって訴えるのか。
 理不尽すぎる。
 第一、そんなことを自分に訴えることができる立場なのか。
 引き金を最初に引いたのはどこの誰か。
 鏑矢を最初にはなったのはどこの誰か。

 少しだけ、怒りが湧いた。
 ただそれは陵辱されたとか、自分の大切な男を奪ったとか、そういった事柄ではなくて。
 自分が彼を好きだということを、否定されたような気が、して。


「―――だって、この人は御坂さんを愛してるって、言ったから。
 それが、結論なんじゃないの?」


 時系列さえ無視した言い訳を、した。

 この言葉は、つい先程聞いたばかりだ。
 そもそも、今日の午前中には上条当麻と御坂美琴との関係すらも知らなかったはずだ。
 恐怖に怯え、そして激怒して、復讐に走ったのはつい先程の話だ。
 なのに、すべてが過去の箱の中に押し込められようとしている。

「―――それで、アンタは納得できるって言うの?」


 白い指がシーツを握る。
 皺になる。
 檻になる。
 閉じ込められる。
 閉じこもろうとしている。

 でも、
 でも。
 、でも
 。。でも
 でもでもでもでもでもでも!!!!


「―――平気だと、思っているの!!??」


 手足を縮めても箱にはなれない。
 感情に蓋なんてできない。
 理屈じゃない。
 圧縮したガスは爆発する。


「この人は誰も彼も信じられなくなっていた私を救ってくれたっ!
 居場所になってくれたっ!
 それなのに、お別れの言葉もなく会えなくなって!
 私のことを忘れてて! 別の誰かになってって!
 そして―――私が御坂さんにされたことを軽く扱ってっ!!!
 それで何もかもが納得できて丸めて飲み込めるほど、私は器量力はないわっ!!」

 陵辱されたことじゃあない。
 陵辱されたことを一番大切な人に軽くあしらわれたこと。
 けれども、それでも嫌いになったわけじゃあない。
 だからこそ、苦しい。切ない。
 そうであったとしても―――幸せになって欲しい。

 幸せにしてくれた人の幸せを願いたい。
 自分が不幸になって、そうなるのなるのならば、そうしよう。

 しかし、それも―――信仰と呼べるほど強い願いではない。
 単純に疲労している現在からの逃避、とも言い換えられる。
 だから、もし、もっと素敵なエンディングがあるのだとするのならば、きっと全身全霊でそれに縋ってしまうだろう。

 食蜂操祈だって、救われたいのだ。
 それでも、プライドを守ろうとしてしまう二律背反。
 人間は、しぶとい。人間は、抗う。
 だからこそ苦しむ。悲しくなる。抱きつきたくなる。
 それを隠そうとする。
 灰に帰るようなイミのないプライドのために。

 余裕をまとった化粧は所詮借り物だ。
 借り物でもそうあろうとした。
 理由をつけて大切な人の胸の中に飛び込む度胸がないことの言い訳だとしても。

 それでも、子供のように甘えたいという幼稚な感情は心の奥底で煽り火となって燻り続けている。

「だったら戦いなさいよっ!
 自分の方が御坂美琴より上条当麻を幸せにできるって証明してみなさいよ!
 敵はここ、さぁ、証明しなさいよっ!
 私は、誰よりもコイツを幸せにしてみせるっ!」

「五月蠅いっ!
 何にも知らなかったお嬢様が吠えてるんじゃないわよっ!
 何時だって私の領域に土足で踏み込んでおいてっ!
 その厚顔力、どうにかしなさいよっ!
 貴女が軽率でなかったのならばドリーの悲劇は生まれなかったのにっ!」


 そして、言ってしまった。
 言ってはいけない言葉を。
 その言葉が空間を歪める。
 吹雪のように世界が凍る。

 御坂美琴の顔にはなんとも表現のしようのない感情が彩られた。
 言った側の食蜂操祈も自分の言葉の鋭さに絶句した。
 激昂した感情が凍らされた。

 言葉は刃だ。
 時に簡単に人の心を切り裂く。
 思っていても言ってはいけない言葉がある。

「あ―――」

「いい。何も言わないで。
 アンタが正しい。
 あの子達の悲劇を生み出したのは間違いなく私だ」


 食蜂操祈は言葉をかけようとした。
 そして拒絶された。
 自分で傷つけておいて、そしてその傷の大きさに怯えるように驚いていた。


「け、けれど……
 まだ幼い御坂さんに大人の嘘を見抜けるわけが……」

「理由はいくらでも付けられる。
 けれども、やっぱりダメなのよ。
 私が私であることを捨てない限りその罪は否定できない。
 そして―――知らなかった、罪も」


 どんなに共感したって。
 実際に渦の中心にいたものと縁にいたものとでは背負う重さが違う。
 それは理解していたはずだ。なのに。
 食蜂操祈は己の無神経さに臍をかんだ。

 子供ではない。
 しかし大人というには早い。
 いくら超能力者と雖も思春期の少女はまだ精神的な完成には程遠い。
 自分という獣を飼い慣らせていないのだ。

 ふたりとも、歯車が噛み合わない。
 どうしても。どうしても。
 お互い、背負った傷が大きすぎて。
 距離が怖い。
 踏み込むか、遠ざかるか。適切な呼吸を測れない。


「―――だったら、その罪は俺も背負うよ」


 そんな、曖昧模糊としたセピア色の時間の中で。
 うっとおしいほどの偽善者が、目を覚ました。


「あ―――」

「とう、ま―――」


 ふたりの少女が振り返る。
 ベッドの上を見遣る。
 遠く空を掴むように右手を突き出したつんつん頭の少年が、長い旅路を終えたような顔で世界を見回した。

「はは……
 実時間的にはどうだかわからないけど、俺の主観では一年も経っているような気がする。
 こういう場合、ただいま、でいいのかな?」

「おかえり、当麻」

「……おう、ただいま」


 足をもちあげて、ふるって。
 反動で身を立て直した上条当麻。
 そのまま立ち上がってベッドサイドにすとんと下りる。
 スリッパも履いていない裸足だが気にも止めてない。
 寝くたびれて重たくなった瞼を懸命に持ち上げながらにやりと御坂美琴に微笑みかける。

 そして、食蜂操祈を、観た。
 そして、空気の粘性が強くなった。
 今しがたの火薬庫の中のようなヒリヒリとした感覚でも。
 ナイフで人を刺してしまったあとのねっとりとした手のひらの汗の感覚でもない。
 言うなれば、厳正たる判決の場のような、重さ。


「……」

「食蜂には上条さんってああいうふうに見えてたのか。
 正直、美化しすぎじゃねぇかって思えるよ。
 でも、なんていうのかな……あれが上条当麻で、そして、俺のことなんだって、とても納得できた」

 食蜂操祈はこれから下される判決に怯えていた。
 覚悟は決めていたはずだ。
 それでも怖い。恐ろしい。
 だって、これで、もう……彼の隣で笑うことはできなくなる。

 辛くて苦しかったら、思いっきり胸に飛び込んで、大声で泣いて。
 大きな手のひらで慰められることも、なくなる。
 可能性がゼロに等しいのとゼロそのものなのはやはり違うのだ。

 同時に、御坂美琴も怯えていた。
 信じてる。
 彼を信じてる。

 けれども、自分の危惧した通りに、この少女を切り捨てることで愛する人が苦悩を見せたのならば。
 御坂美琴という器は砕け散ってしまうかもしれない。
 だって、状況を都合よく自分のいいように利用して陥れて捕まえたというロジックを成立させてしまう。
 自分じゃない誰かが彼の隣で笑っているなんてすごく嫌だ。
 それでも、自分が笑っている時に返してくれる笑顔が、苦悩の上に被った仮面であると、ずっと、疑ってしまうのだとしたら。
 それは真綿で首を絞めるような拷問そのものにほかならない。


「なんだかんだで、俺は食蜂を裏切ってた。
 どんな理屈をつけてたって俺が上条当麻である限りそれは変わらない。
 だから、どんなに恨まれたって言い訳のしようがない」

 違う、そんなことを言いたいわけじゃあないの。聞きたいわけじゃあないの。
 小さくふるふると首を振って、泣きそうになるのをこらえながら食蜂操祈が沈黙で答える。
 今言葉を発したら何を言うか自分でもわからない。
 食蜂操祈の中の目に見えない無数の歯車は、彼女自身ですらも想像もできない程に空回りしている状態だ。


「自分が記憶を失っていることを隠すという行為がどれほど人を傷つけるものなのか、まったく理解してなかった。
 酷すぎるよな。
 自分勝手な理屈で簡単に切り捨てた。
 目の前の誰かだけ救えればいい。そこから先は自分の問題じゃない―――本当に、無責任な偽善者だよ」


 自嘲気味に笑う上条当麻。
 シニカルに釣り上がる唇。
 近視眼的な発想には想像力の貧弱さがある。それを嘲笑っていた。


「けれど、さ。
 こうして、昔の自分ってやつを欠片でも取り戻しちまうとさ。
 無責任な馬鹿野郎だとしても、食蜂には不幸になってほしくないなって、そう、思ってるんだ。
 昔の俺だったら言葉にできなかっただろうけれども、でも、美琴が居てくれて、感情が理解できた」

 わずかに視線を外しながらの上条当麻の言葉に。
 ふたりの少女は小さく息を飲んだ。
 ひとりは希望を、ひとりは絶望を飲み込んだ。


 だめ、だめ。信じちゃダメ。
 これ以上の高さをつけて落とされたら私が壊れちゃう。
 お願いだから、もう、希望なんて持たさないで。


 やめて、やめてよっ!
 一緒にいたいの!
 捨てないでっ! 私を捨てないでよっ!


 コインの裏表のような関係。
 表面が天を見上げるとき地に伏しているのは裏面で、そして裏面が太陽の光を浴びているとき泥に塗れているのが表面だ。
 どちらかを踏み台にすることでもう片方の幸せが成立する。
 信じたいけれども信じることに恐れを抱くものも。
 縋り付いてでも現在の幸福を維持したいもの。
 どちらにも都合のいいハッピーエンドなんて、存在しない。
 それが、ルール。

「記憶を失う前の『上条当麻』は、俺の中にいる。
 そのバカ野郎の感情は今の俺ならば言葉にできる。
 断言できる。
 それは、俺が美琴に対して抱いているのとまったく同じ気持ちだって」


 過去形、ではなくて。
 かつてあったもの、ではなくて。
 今現在存在するものとして語っている。

 ふたりの少女の希望と絶望が加速される。
 崖っぷちにまで追い込まれる。
 具現化しそうなほどの緊張。
 今、この瞬間、与えられたタームだけを考えるのならばふたりは同じ場所。
 でも判決は下される。
 その線引きで天国と地獄が決まる。


「私が、コイツに何をしたか、知ってるんでしょう?」

「知ってる。
 俺も同罪だ。
 俺にはシンプルな想像力すらもなかった」

「私が御坂さんにしたこと、上条さんは許せるわけ、ないわよねぇ?」

「ああ。
 どんなことがあったって美琴を守るって、俺は決めてた。
 だから、絶対に許すことはない」

 なのに、なんで。
 ここで自分が不利になるようなことを言うのか。
 ふたりともわからなかった。

 多分、きっと。
 不純なものは何一つ入れたくなかったから。
 自分が最高の場所にたどり着いた時に口の中に泥を飲み込んでいたくない。
 そこにたどり着けなかった時に、少しでも心と身体が軽くあるために。


「じゃあ、言ってよ」

「泣くかもしれない。叫ぶかもしれない。
 けれども、納得力で押さえ込むわぁ。
 ―――決着を、つけましょう?」


 そして、判決を強請った。
 余裕なんてない。
 救われたい。
 隣にいて、甘えてみせて、拗ねてみせて、そうしてしょうがないなと無理矢理に納得させて。
 それでも幸せそうに笑ってくれる、その特等席が、欲しい。

「きっと、酷いことを言うと思う。
 殺されても仕方がないことを、言うと思う」

「うん……」

「でも、俺には他に選ぶ選択肢がない。
 いや、違う。
 これを、選びたいんだ」

「……そう」


 ポツポツと言葉を吐き出す上条当麻に御坂美琴も食蜂操祈も優しく応えた。
 苦しくて胸をかきむしりたくなる。
 それなのに、妙に心が穏やかだった。
 信じるということは裏切られても相手を憎まないこと。
 そんな綺麗事、偽善者にしか、言えない。
 けれども、御坂美琴も食蜂操祈も、その偽善者を、愛していた。
 差し伸べられるのが暖かな腕でも、轟音立てて落ちるギロチンの刃でも構わなかった。







 ただ、静かに―――答えを待った。





以上です

だんだんとキャラクターも崩壊してきてます
そこに至るまでの理由をできるだけ作中で表現しているつもりではありますが
「これ、名前を借りているだけの別キャラじゃないの?」と思われることもあるんじゃないでしょうか

すっかり寒くなってきました
書き始めた頃は夏だったのに、遅筆なものです

 星空が近い高原のペンション、ではない。
 波の音が近いヨットハーバー、でもない。
 時代錯誤のような古城の天蓋付きのベットの上、でもない。

 月光のランプもない。
 心を落ち着けるアロマもない。
 恐怖心を安らげる一杯の甘いワインも、着飾るべき可憐なドレスも、ない。

 第一、ふたりきりではない。
 ほかの誰かがいる。
 普通じゃない。
 そんなことはわかりきっている。

 それに、胸が痛い。
 文学的な表現ではなく、肉体的に。
 内側から引きちぎられそうな痛みが湧き上がっている。
 即物的に解放されたい。

 食蜂操祈はベッドの上に腰を下ろした。
 心臓が高鳴っている。
 今にも肋骨を突き破って外に飛び出してしまうんじゃないか、と思えてしまうほど。
 脳の奥は真っ赤になってガンガンと音を立てている。
 体温が上昇しているのがわかる。
 夢か現かの境界線が曖昧になって、今自分がここに居るのかも確信が持てなくなっていた。

 痛みはある。
 逃れたい。
 けれどもその先の一歩はやはり怖い。

 この状況を一度たりとも考えたことがない、とは言えない。
 確かに違う。違いすぎる。
 まったくもって想像していた光景とは別物だ。
 それに『そうなった』としてもそれは遠い先のことでもっとゆっくりと時間をかけて信頼と愛情を深めてからのことだと思っていた。

 そもそもスタートラインにも立てなかった食蜂操祈の思考としては些か乙女に偏りすぎている。
 しかし食蜂操祈はこれでも年相応に乙女だったし、想像するパラメータが現実離れしていても仕方がないだろう。
 ただ、やはり想定からは離れすぎている。
 中学生という年齢、そして性交渉がまったくないのに母乳が溢れているという現状。
 そしてもはや敵であり、そして信頼すべき存在である御坂美琴がこの場所で自分を見ているという、そのこと。

 明かりを消す気配もない。
 このまま、すべてをさらけ出すしかない。


(だ、大丈夫大丈夫。私は超能力者なのよ。
 この程度のこと、精神力で簡単に乗り越えられるわ。
 怖くない、怖くない―――)


 簡単に言えば、混乱していた。
 地に足がついていなかった。
 胸はもう爆発しそうなほどに痛くなっているし、それこそ秒単位で時間がないのだろうけれども。
 恐怖が歯の根っこを震わせている。

(で、でもどうすればいいの?
 確かに、上条さんが御坂さんとしている『行為』は見たけどっ!
 そ、その、舐めたりとか、するの?
 え、でもイキナリそんなことできないわよ!?)


 女王としては世間の些事に詳し過ぎるのも興ざめを誘うような事柄だろう。
 そして、意外なようだか、食蜂操祈は心理的に『お嬢様』だった。
 年齢的には大人びているし判断力も優れているが、どうしても心の奥底には『誰かに誘導されたい』というお嬢様の思考回路が根付いている。
 この事そのものは特段悪いことではないし、追い込まれなければその顔は出てこない。
 しかしながら今この瞬間に限っては食蜂操祈は無力すぎた。

 もっとも、仕方がないことだろう。
 まったく経験がないということはそういう意味なのだから。

 食蜂操祈は自分の肉体に価値があることを知っている。
 心理掌握は人の心を覗き見ることができるし、そんなことをしなくとも男どもの視線がどこを見ているのか、女だったら言葉にする必要もない。
 性欲に傾く彼らを下らないと思いつつも、どこかしら誇らしく思ってもいたし、だからこそ自慢もしていた。
 だが、それは言ってみれば表側のことであって、実際内側のことまでは理解しようとしていなかった。

 女であることを誇りに思っているのだから、大切だと思える人にしか見せたくない。
 それが、当たり前だ。
 精神世界のことだとしても、それを貫き通したかった。

 だからこそ、御坂美琴の行為は恐ろしかった。
 食蜂操祈は精神的には異端者である。
 この街のほぼ全ての人間をコントロールできる彼女は自分より『上』に置いていい人間の存在を知らない。
 その例外が上条当麻であり、御坂美琴だった。

 自分がモノ扱いされた。
 人格を無視して弄ばれた。
 自分の意思というものが無視された。
 それは、とてもとても恐ろしいことだ。
 きっと、食蜂操祈は御坂美琴を許すことはないだろう。

 そして、だからといって憎み続けるか、という命題が成立するわけでもない。
 あの行為はともかく、他の事柄については美琴に共感している部分も多い。
 何より、今そんなことを言ったら大切な人を傷つけてしまう。
 傲慢なロジックの上に立つ藁の家だとしても、それを吹き飛ばすことはできなかった。

 いや、小難しいことはいい。
 あの辛かったことを、塗り消して欲しい。
 そうすればきっと、御坂美琴を許すことができる。
 縋るような目で、食蜂操祈は上条当麻を見上げた。

「ん……」


 ぽりぽり、と耳の横をかく。
 上条当麻は放つ言葉を考えているようだった。
 そして、一瞬だけ、助けを求めるように御坂美琴を見た。


「何やってるのよ。さっさと始めなさいよ。
 こうしている間にもこの子は痛みに苦しんでいるんだからね」


 呆れたように言う美琴の表情は冷たいままだ。
 しかしながらわずかに眉がつり上がっていた。
 嫉妬を隠しきれていない。
 そして嫉妬ほどではないが興味の色が瞳に宿っていた。


「大体さー、アンタ私の時には殆ど無理矢理だったじゃない。
 何を今更気後れしてるのよ」

「は?
 いやいや、確かにその通りなんですが!
 あの時とは明確に違うわけなのでしてっ!」

「私がいるから?
 でもこれもアンタが望んだことの派生でしかないのよ。
 今更、何をグダグダ言ってるのよ!」

 強引に尻を叩く姿はまるで熟年の夫婦のようだ。
 食蜂操祈は嫉妬するよりも感心してしまった。
 これでは上条当麻と並んで自分も尻に敷かれてしまうのではと思えてしまう。
 自分と上条とのあいだには存在しない深い信頼関係をまざまざと見せつけられているように、思えた。

 そして、食蜂操祈の前に突き飛ばされる上条当麻。
 中途半端なサイズのベッドがぎしっと音を立てる。
 両手をついて上半身を支えるような体制の上条当麻と女の子として座っていた食蜂操祈との視線が10センチほどの距離で交わった。


「っ!」


 息を、飲んだ。
 上条当麻の『記憶』には自分自身の視線で見た食蜂操祈の姿はない。
 ただ、どんなふうに視線で探して、そして発見して、その時どんな気持ちになったかが分かるだけだ。
 そしてその感情は自分のものではなくて。

 金色の髪。
 大粒の瞳。
 すっと通ったまゆ。
 自己主張の少ない鼻。
 頬は美しいラインを引いていて顎は抜けるように尖っている。

 肩は幅が狭く、腕は細く。
 それなのに乳房は自己主張が激しくて、大きいけれども大きすぎるまでには至っていない。
 ロンググローブを身につけている日常からか、指先は抜けるように白い。
 そして、右手の甲には出会った時にはなくて、忘れていた時にも消えなかったアザが見えている。

 端的に言って、美人だ。
 どちらかが美人か、という一点だけで語るのならば上条当麻でも食蜂操祈に軍配を上げざるを得なかった。
 だが美人であるかとか可愛らしいとかは方向性の違いであって、トータルで御坂美琴が劣っているわけではない。
 そもそもこのふたりに甲乙をつけられない。
 けれども、この矮小な一点だけは否定できなかった。

 誤解を恐れずに言えば、欲情した。
 これだけの美人を自分の好きなようにできるとなって、興奮しない男はいない。
 ましてや、彼女がどのように自分を見てくれていたのか、考えていてくれたのかを上条当麻は『体験』している。
 深層心理の獣の部分が大気圏を突破するほどに愛しさを募らせた。


「あ、あ……ど、どうかよろしくお願いしますっ!」


 が、そんな沈黙があっさりと崩壊する。
 食蜂操祈が飛び上がるように正座し直して、両手をついて深々と頭を下げたのだ。
 緊張に耐え兼ねて理性的とは言えない行動をとってしまった。

 人の精神支配して、悪ぶれなく飄々と美琴の批判を受け流す、そんな姿ばかりを見ていた美琴は操祈のこの姿に目を見開いた。
 と同時にとても納得した。
 何故なら、


「アンタ……私とおんなじことしてるんじゃないわよ」


 それは自分の経験にもあったから、だ。
 はぁ、と大きく息を吐いた。


「そりゃテンパっちゃうのもわかるけどさ……
 なんで言うこと同じで土下座までおんなじなのよ、出来過ぎじゃないの、こんなの」


 子供の頃の夢を書いたタイムカプセルを大人になって開いたときのような感傷とでも表現すればいいのか。
 背伸びして大きく見せていた自分を成長してから苦々しく思い出すときの感情とでも表現すればいいのか。
 未熟だった過去を突きつけられれば人間目を背けたくなる。
 どうやら、根っこのところでは御坂美琴と食蜂操祈の思考回路は似通っている部分があるらしい。


「ははは、そっか。似てるのか」

 そして上条は擽ったそうに笑った。
 ふたりに共通点があるということが嬉しかったのだ。
 食蜂操祈の横に座り直して、そして土下座を辞めさせる。
 まだ混乱が抜けていない操祈の両肩に優しく手をかけて、視線が逃げられないようにする。


「『こちらこそよろしくお願いします』」


 と、嘗て言った台詞を、今言った。
 優しい響きに食蜂操祈が虚を突かれる。
 その瞬間、上条当麻が美琴を見上げれば、少女は両腕を握り締めたまま小さく頷いた。


「あっ……」


 両肩にかけられた男の右手が後頭部に回された。
 脊髄が脳に連結される場所とそこから耳元へのラインを抑えられる。
 やわらかい髪に太い指が串のように入れられた。
 左手は頬に回されて、そして顎の下に指を運ばれた。
 そして、そのまま引き寄せられる。

「んっ―――」


 ごく自然に顎を持ち上げさせられて。
 ぷるりとした唇を上向きにされて。
 そのまま、奪われた。


「―――!?」


 食蜂操祈は一瞬混乱を極める。
 脳が胡乱になる。
 しかし、次の瞬間には落ち着きを取り戻していた。
 怖がらなくていいと理解したから。
 安心したように力を抜き、目を閉じて、細い両腕を少年の背中へと回した。


「一言、いってほしかったかもぉ」


 触れるだけのやさしいキス。
 それが終わって、それでも体温が伝わる距離で互いの表情を置いて。
 初めてのキスの評価を減点からはじめる食蜂操祈。
 頬が一層火照っているのを自分でも理解している。

 すごく、素敵だった。
 うっとりとしてしまう。
 好きな人にキスされることがこんなに心落ち着くことだとは知らなかった。
 すごく落ち着いているのに、心臓が加速していくことも、知らなかった。

 そんな光景を御坂美琴は見ていた。
 尋常な精神ではいられない。
 けれども、努めてそれを出さないようにしている。
 が、お見通しだったらしい。


「美琴も、来てくれ。
 ……いや、来い」


 頬を染めた操祈を抱きとめたまま、懇願するように上条が美琴を見上げた。
 懇願ではなく命令。
 とても傲慢で残酷な思考だ。
 自分の男が自分ではない女を求めるという構図を互いに近距離で見せつけ合う。
 けれども、それを受け入れると決めたはずだ。納得しようと思ったはずだ。

 だからこそ、その傲慢さは上条当麻に還元される。
 男と女、どちらが優れているというわけではないしどちらがより上位かという話でもない。
 ただ道理を無視しているからこそ命令という形式をとる。

「……うん」


 御坂美琴という少女は、その忘八な言葉に素直に従った。
 反発する心もないではなかったが、でも上条当麻の意識の中にきちんと自分の居場所があったことが嬉しかった。
 しかしそうなれば操祈の方でも反感を覚える。
 自分という女を抱きしめていながらほかの女を呼び寄せるとは何事か。
 それはすなわち自分に夢中になっていないということだ。
 こんなに人を馬鹿にしたことはない。


「ごめんな、傷つけて」


 だが、そんな心理をあっさりと見抜かれてしまった。
 表情には出していない。いや、そのはずだ。
 けれども上条当麻の前では感情をコントロールしないという『癖』がまだ残っていたらしい。
 優しく微笑みかけてくる近距離の少年の顔に、食蜂操祈は言葉を失う。


「それでも、俺にくれ。
 もう、失うことも失わせることも、できない」


 目的語のない宣言。
 空っぽの括弧には何が入っているのか。
 都合のいいように解釈してしまっていることを自覚しながらも言葉に逆らえない。

 考え方や価値観。
 必ずしも同一ではない。
 それでも信じてしまう。
 信じたいと思ってしまう。

 食蜂操祈は何も言わずにただ身を任せた。
 横たえられる。
 安っぽいホテルの寝巻き。その胸襟を文字通り開かされた。
 羞恥心や恐怖はあったが、ひんやりと触れる空気の温度と小さく止まった二つの呼吸とが快感だった。


「―――!!??」


 驚嘆の声はない。
 息を飲んでいる。
 既に一度見て、そして強引に弄んだはずの御坂美琴も美しさに飲み込まれていた。

 グラマラスでゴージャスな肢体。
 立っていても寝そべっても存在感の変わらない乳房。
 それは透き通るように白く、皮膚の下の青白い血管までうっすらと見えている。
 当然、だからといって嫌悪感を覚えるようなものではない。

 芸術的な曲線で構成される丸み。
 小ぶりのメロン程もあろうサイズ。
 先端に鎮座する桜色の乳輪と小豆大の突起。
 そして何より―――とても懐かしい匂い。


「すごい、な」

「本当……おんなじ女として嫉妬するわ」


 欲望を前に理性を失う。
 ここで一気に飛びかからなかったのは上条当麻に経験があったことと、その経験を与えた少女がこの場に居たからだった。
 だが、それでも。
 熱病にうなされたように夢中で手を伸ばし、大きな乳房を鷲掴みにしていた。


「んっ!」


 遠慮のない上条の手に食蜂操祈がビクッと身体を震わす。
 暖かな手のひらと乱暴に見えてその実痛みを与えない太い指と。
 指と指の間からこぼれ落ちそうな乳房の肉は上条の鼻の穴を大きく広げた。

「ちょっと、アンタ鼻息荒すぎ」

「興奮、してくれてるのぉ?」


 嫉妬の色を隠さない御坂美琴が上条当麻に後ろから抱きついた。
 そうして手慣れた手つきで上着を脱がしにかかる。
 されている側の食蜂操祈はされるがままの自分をどこか第三者の視点で眺めている。

 柔らかくて、弾力があって、揉み心地十分。
 外側から軽く撫で回しながら力点を中央へ中央へと運んでいく。
 腋の下からアバラに沿って、外側から内側へと。
 円を描くように捏ねまわし、感触を楽しみながら上条当麻は食蜂操祈の大きな胸を揉みほぐしていった。

 乳腺は限界まで張っている。
 痛みも誤魔化せない。
 だが、男の手で優しく揉まれているとやはり身体の力が抜けてくる。
 痛みが気にならなくなって、寧ろ解放されるのではないかという安堵が積み重なってくる。

 何よりも、嫌じゃない。
 嫌悪感がまったくない。
 とても安心できていて、そして誇らしかった。

 頬を上気させ、夢心地の食蜂操祈とそんな彼女の肉体に夢中になっている上条当麻。
 そんな最中で御坂美琴は上条当麻の上着を脱がしきった。
 が、流石にきつく縛った包帯を解けるほど器用ではない。

 その包帯に、ぴゅっと噴出した液体が降りかかった。


「―――あ……」


 パンパンにミルクの詰まった重量感のある乳房。
 それを鷲掴みにしていればこうなるのは自然だったのだろう。
 簡単に指が食い込み、たゆんと揺れて、それでも内側には生命が詰まっている。
 身体を震わせながら食蜂操祈が射乳していた。


「や、やだ、出ちゃった、いやぁ……」


 つん、と生意気に存在している乳首。
 そこから白い液体が噴出する。
 大量に、勢いよく。ではなく。
 ほんの少量が一瞬だけ。
 だが間違いなくそれは外気に触れて独特の青臭い匂いを周囲に振りまいた。

「うわ、すげぇ……」


 今日この部屋で。
 上条当麻は既に母乳を味わっている。
 背中から抱きついている御坂美琴という名の少女の、それ。
 だが一瞬の噴出だけで美琴の母乳以上の量を目の当たりにして、イメージというものが思いっきりズレた。
 舌先で一瞬だけ味わう高貴な雫ではなく。
 その気になればごくごくと飲むことのできる泉の水。
 それが今ここにあった。


「あ、あのっ!
 おっぱいがこのまま無駄になっちゃうのは嫌なのっ!
 で、できたら……全部、飲んで、くだ、さい―――っ!」


 余裕がない。
 言葉使いがいつもと違う。
 何故ならば余裕というものは甲高く発してしまうであろう嬌声を抑えるのに使っているから。

 そんな状況でも食蜂操祈にも通したいスジというものがあった。
 母乳というものは血液を材料にしている。
 文字通り血肉を削って生み出している神聖なものだ。
 それを無駄になんかしたくない。
 母乳は排泄物ではないのだ。

 美味しいものではないということは知っている。
 それに排泄物ではないとしても人間の肉体から分泌されるものだ。
 それを飲めというのは、些か常識から外れているのかもしれない。

 が、杞憂だった。


「……いいんだな?」


 確認する少年の顔は答えを得る前から喜色に溢れている。
 赤ん坊に与え分けるのが本来の意味。
 だがこれほど魅力的な構図から逃げられる男はいない。
 ふるふると揺れる魅惑的な乳房から甘い液体を飲んでいい、となればこうならざるを得ない。

 それに、元々。
 この空間で母乳を味わった。
 嫌悪感なんてない。
 あるわけがない。
 寧ろ渇望している。
 神聖なものを陵辱することは男として最大の充足感を与える。
 しかも、それが、互いに望んだことであるのだから。

「えっと、『いただきます』」


 間抜けな言葉を吐いて、上条当麻が大振りな乳房に顔を寄せた。
 樹液のような青い匂い。けれどもどこかしら甘く感じる匂い。
 尖った乳首に口を近づける。
 まるで血液が沸騰しているかのように興奮している。
 その興奮はきついズボンの中で大きく膨れ上がっていた。

 若々しい弾力。温もり。息遣いに合わせて上下する。その度に柔らかく揺れる。
 人間だ。人間の身体だ。
 だが、とても信じられない。
 神秘的すぎて。

 頭が真っ白になって、すべての感覚がこそばゆくなる。
 かっかと鼻の奥が熱くなって妙に喉が渇いていた。
 もう、止められなかった。


「ひあっ!」


 ちゅうう、と音を立てて吸い付く。
 じゅるじゅると舐める。
 力強く揉む。

「や、やだっ! 痛いってばっ!
 そんな焦燥力で吸われると痛いのよぅっ!
 ゆっくり、乳首だけ吸うんじゃなくって、まわりから押し上げるようにしてぇっ!」


 びゅるっ、と母乳が上条の口内に飛び込んだ。
 が、同時に操祈が悲鳴を上げた。
 どうやら母乳を吸うという行為も上手い下手が存在するようだ。


「ごめん、ちょっと慣れなくてさ」

「ものすごく痛いんだからぁ……もっと優しくして欲しいわぁ……」


 涙目で鼻声になっている食蜂操祈。
 金色の髪と大人びた顔立ちと、大粒の瞳と。
 そんな男の望む理想を具現化したような彼女が子供のように涙目になっている姿は妙に悩めかしい。


「もういっかい、いいかな?」

「今度は痛くしないでよねぇ……」

 白い腋をおおきく開く形で。
 両手で口元を抑えて。

 腋を開いているのはそうしないと胸を吸うのに邪魔になるからだ。
 口元を抑えているのは痛みの声を聞かせたくないからだ。
 正直言えば怖さが残っている。
 けれども、ジンジンという痛みを発している乳房を楽にしたかったし。
 その行為を大切な、好意を持っている人に捧げたかった。


「んんっ……っ!」


 再度、少年が授乳器官にむしゃぶりついた。
 が、今度は優しくゆっくりと。
 乳首だけではなくて乳輪とその周辺の肉を巻き込むように吸い上げる。
 腋の下から続く丸みを温めるように手のひらを動かし、もう片方の乳房は親指の腹で乳首を弾いてやる。


「ひっ―――あっ―――」


 びゅるる、と母乳が上条の口内に飛び込んでくる。
 ゴクゴク飲める、という程の量ではない。
 しかし絶え間なく溢れ出てくる。
 口腔は既に甘い匂いで満たされて鼻腔が中毒なりそうなほどに充填されている。

「ふ、にぃぃ―――」


 咬み殺す嬌声は猫の鳴き声のよう。
 ビリビリと小さな電流を流されているような痺れる感覚。
 自分の口から出たとは思えない艶のある頓狂な声に食蜂操祈は驚きを隠せなかった。

 理解はしている。何をしているのか。
 そして決して不快な感覚ではない。

 いや、嬉しい。
 無邪気に夢中に飲んでくれているという事実はとても女としてのプライドを満たしてくれている。
 興奮気味の鼻息が柔らかい乳肌を擽る。
 唾液で濡れて微妙に感覚が変わっていて、見えもしないのにはっきりと感じ取れた。


「んっ! ひあぁぁっ……」


 逆サイドの胸も簡単にひしゃげる。
 その度に僅かに母乳も染み出てくる。噴乳する。


(なんていうか、実にけしからんおっぱいですな……)


 御坂美琴が思わず押し倒して玩具にしてしまった。
 なるほど、納得してしまう。
 それが意味することが途轍もなく食蜂操祈の人間性を侮辱していることは理解している。
 だが、リアルという説得力は圧倒的すぎた。

 こんなにすごいもの、夢中になるに決まっている。


 もう自分の意志でも止められない。
 それは上条当麻にとってもそうで、食蜂操祈にとってもそうだった。
 ただ、この形で外にはじき出されてしまう御坂美琴としてはどうしてもちょっかいを出したくなってしまう。


「うおっ! お、おい美琴っ!」


 ぐい、と背後から。
 ズボンの中でパンパンになっている男性性器を背後から両手で、布地ごしに握り締めた。
 焼けた鉄塊のように固くて熱いそれに細い指を食い込ませる。


「まったく、さっき4回も出させてあげたのに、もうこんなにして。
 この子のおっぱいがすごいのはわかるけどさ、妬いちゃうわよ」


 目を細めて、惚けた声で囁く。
 食蜂操祈に比べると哀れな程に薄い胸を上条の包帯越しの背中に押し付ける。
 わずかに高い体温と女の子の匂い。
 それは別のベクトルから上条当麻の興奮を掻き立てる。

「ほら、ぼっとしてないの。
 まだおっぱい残ってるんじゃないの?
 全部出してあげないとあとで可哀想なことになるんだからね?」


 ある意味で脅迫。
 隆起した肉茎を細い指が往復する。
 刺激だけで熱が熱を呼ぶ。


「あーあ、こんなに窮屈にしてさ」


 内側から持ち上げて、そして布地が押さえつけるテント。
 生卵を掴むような慎重な動き。鍵盤を叩くような滑らかな動き。
 甘い吐息を耳の裏で感じて、サラサラの前髪がわずかに触れる。


(う、ううっ!)


 たくさん飲んだはずだ。
 だが、もう喉がカラカラだ。
 口の中の粘膜に罅が入りそうだ。
 脇の下に妙な汗が浮かんでくる。

「……無視、しないんでほしいんだけどぉ」


 奥歯で嬌声を噛み殺して快感に変えていたはずの食蜂操祈が、じとっと湿った目で上条当麻を見上げていた。
 不満そうな表情を隠そうともしない。
 星が篭った大粒の瞳は快感に耐える少年を強く責め立てていた。

 ぎゅ。
 細い両腕を上条当麻のツンツンとした頭に回した。
 そして強引に引き寄せる。
 甘い匂いのする自分の乳房へ。

 二人の少女の熱っぽい視線。
 嫉妬と独占欲と、否定しようのないほどの愛欲。
 その渦の中で上条当麻は選択肢と理性を奪われていく。
 雄としての快楽を加速させながら赤ん坊のように目の前の大きな乳房にむしゃぶりついた。

 開き直った。
 母性にのめり込むことも性器の快楽に溺れることも、幸福だ。
 妖艶な劇場に前のめりに突っ込んでいく。

 母乳を吸い出される快楽に喘ぐ少女と自分の男に快楽を与える快楽に身もココロも震わせる少女と。
 ありえない組み合わせの世界の終わりで。
 脳内を白と赤に埋め尽くされながら上条当麻は男として最高最大に満たされつつあった。

以上です
あと1回で終わる、はず
終わるかな?
まぁ、そんときはそんときで

計画通りに物事を進められないのはだめだめなのですが
実際問題ダメダメなのでどうしようもないです

1ヶ月も間を置いて結局終わらせられませんでした
分量もたいしたことないんですが、流石に間を空けすぎたんで投下します

 狭い浴室で髪の感触を確かめながら食蜂操祈は曇った鏡を右手で拭った。
 湯気にあてられた白いに手のワイパーで磨かれた小さな空間。
 そこからよく見慣れた顔が不安そうに食蜂操祈を見つめている。

 そのまま次の展開に雪崩を売ってしまいそうなところで最後の抵抗でシャワーを浴びる時間を作った。
 胸が軽くなって痛みも薄れてきたが、その分だけほかの場所が湿り気を帯びてきていた。
 肉体的には準備が整っていた。

 が、失禁をしたとかどうとか、そういうことを思い出してしまったのだ。
 最初の体験でそういうことはやめてほしい。
 ただでさえ普通ではないのだから、ああしておけばよかったという後悔は少しでも減らしておきたい。


「やっぱりアンタってスタイルいいわよね」


 そんな操祈の背後でバスタオルを巻いただけの御坂美琴が腕組みをしてたっていた。
 振り返って視線を交わせる。

 狭い空間はもう満員だ。


「普通に腕組みができる御坂さんよりは、ちょっとは、ねぇ」

「それはどういう意味よ」

 どうもこうもなく、ある程度以上のバストサイズの持ち主は腕組みをすればわかる話だ。
 同じサイズのバスタオルを使っているはずなのに呼吸が苦しくなるほど胸元を押さえつけているのは操祈だけだ。
 同い年のはずだが持つもの持たざるものの差は明白だった。
 短い髪をタオルで纏めて白いうなじを湿った空気に晒している御坂美琴はムサシノ牛乳の効果に対して疑問を覚えざるを得なかった。


「アンタ、どうやったらそんなに大きくなんのよ」

「悪いけどぉ、先天的な要素の方が大きいと思うわよぉ。
 努力とかそーいう問題じゃないんじゃないかしら」


 喧嘩を売るほどではない軽口。
 心理的な誘導というよりは狭い空間には強すぎる個性がぶつかっているだけなのだろう。
 が、食蜂操祈の心は少しばかり軽くなった。


「―――よく、納得できたと思うわよぉ」


 視線を逸らす。
 単純に、逃げた。
 逃げたと同時に疑問をぶつけた。

 安いホテルの狭い部屋。
 その中でふたりっきりになれるチャンスはきっと今だけ。
 だからこそ、聞いた。


「納得した、というよりは呑み込んだだけよ。
 女としてこんな結論認めるわけにはいかないじゃない。
 けどさ―――理屈なんかじゃないのよ」


 この都合の良すぎる物語の中で、御坂美琴は何も得ていない。
 食蜂操祈は得た。
 上条当麻も見つけた。
 だが、御坂美琴は自分の居場所を削られただけだ。


「絶対能力者進化実験なんていうくだらないもののせいで私の妹達が一万人以上も殺された。
 私はさ、どんなことがあったって努力すれば乗り越えられるって思ってたし、それだけの努力もしてきたつもりだった。
 けど、何にもできなかった。
 足止めすらもできなかった。現在進行形で殺される妹に手を差し伸ばすことすらできなかった。
 救えなかった。
 そして、それ以上に救えなかった自分に絶望していた。
 絶望から逃げるために死んでもいいって思ってた」

 けどさ、と言葉を続ける。


「絶望のそこにいたまま、私はアイツに救われてしまった。
 何の罪もない妹達を見殺しにし続けた私がよ?
 これ以上妹達を殺させなくて済むという安堵とこんな私が救われてしまっていいのかっていう罪悪感。
 そして、救われてしまった以上、幸せにならなくちゃいけないという義務感。
 ―――幸福と不幸を一緒に味わっていたわ」


 けれどね、と言葉を繋げる。


「やっぱり私は幸せにならなくちゃいけない。
 心の底からそう思える。
 アイツを愛してる。全身全霊で、私を構成するDNAのすべてから。
 でも、だからこそ―――アイツのなりたい幸せを全力で守らなきゃいけないのよ。
 そうしないと私は幸せになれない」


 だからね、と言葉を重ねた。


「アンタは―――食蜂操祈は、上条当麻が幸せになるためのピースだとしたら。
 気に入るとか気に入らないの問題じゃない。
 受け入れるしか、ないじゃない―――」

 その瞬間、逃げた食蜂操祈は御坂美琴を見つめた。
 御坂美琴は優しく微笑んでいた。
 聖母そのもののように、代価を求めない無償の愛で。

 食蜂操祈は思った。
 勝てない。
 私じゃこの人に勝てない。
 大脳の下の爬虫類の脳ですらもそう思った。

 しかし。
 同時に。
 一秒後の食蜂操祈が負けるとは限らないと思った。
 一分後の食蜂操祈が負けるという脚本ではないと理解した。
 一時間後の食蜂操祈ならたどり着けなくても影を踏める領域まで駆けられると確信した。

 言い換えるのならば、覚悟が決まった。
 抱かれる覚悟。
 処女を失う覚悟。
 ではなく。
 もっともっと重い何かを背負う覚悟。


 一生をかけて目の前の『女』に張り合う覚悟。


 ―――負けたく、ない。

 星の宿った瞳に何かが灯った。
 トカゲの舌のように細く長く赤いフレアが垣間見えた。
 そんな食蜂操祈を見て、御坂美琴が肩をすくめて軽く笑った。


「言っておくけど、当麻は完璧な人間なんかじゃないわよ?
 夢想家で現実がまったく見えてない。
 一日先のことは考えられても一年後のことは考えられない。
 一緒にいれば苦労するのは確実よね。
 あとで後悔しないことね」


 既にその覚悟ができているという余裕なのか。
 釈然と笑う御坂美琴。

 食蜂操祈は気圧される。
 けど、もう引けない。
 淡いピンク色の小物もないおしゃれの欠片もない部屋の、片隅の狭い狭いバスルーム。
 どうせ足を引ける空間なんてないのだ。
 だから前を向くしかない。

「―――私は、自分さえよければそれでいいのよ。
 余計な忍耐力なんて使いたくないの。
 だからこそ過去の後悔を背負った未来なんてもう嫌」


 食蜂操祈は主人公ではない。
 ヒロインでもない。
 ましてや都合よく物語を終焉に引きずり込むレティクル座の天使でもない。
 自分の物語の外側の人物を切り捨てることも―――躊躇いがあるとしても―――切り捨てることもできる。

 自分の無力を知っている。
 それでも好きだからしたいということがあるはずだ。
 嵐のようにもみくちゃにされて理性を削られて強引に打ち上げられたこの場所。
 頭の中が沸騰してココロもどこかに飛ばされてしまった。

 何もかもに絶望していた時の、陳腐などこにでもあるようなちょっとした偶然の邂逅。
 とても小さな幸福をくれた人に綺麗なものを見つけたほんの数年前の、けど今よりも子供の食蜂操祈。
 走馬灯のように思い出す。
 あの時の小さな自分を裏切りたくない。
 あの瞬間から積み重ねてきた誰にも晒さなかった自分を形にしたい。

 いろんなことがありすぎた大覇星祭のあの日。
 誰にも見られない場所で思いっきり泣いた。
 別れの言葉もなくて他人になった。
 もう一度時を重ねる勇気がなかった。
 だから、しまいこんだ。

 そのしまいこんだものが。
 ずっと重石の下に押し込めていた焦りが。
 ジンジンと疼いてくる。
 好きだから―――するんだ。

 項垂れた。
 震えた。
 怖さがなくなったわけじゃあないけど。


「明日には破滅するとしても。
 御坂さんほど強くなくても。
 私は、いま前のめりに進まないと、きっと何もかもにも向き合えなくなるの。
 あの眩しさの側に、私は居たいのよ」

 食蜂操祈はまだ弱いままで。
 身に付いた逃亡癖は染み付いたままで。
 これからも不都合な真実からは目をそらし続けるのだろう。

 それでも上条当麻にとって都合の良すぎる不安定な世界でも。
 そこには自分の居場所がある。
 だから―――怖くても飛び込める。
 そう、決めたんだ。


「―――そう。
 正直言えばさ、今からでも取り消してくれないかなって、そう思ってる。
 アイツは私一人だけ見てくれてればいいって、ずっと考える。
 でもアンタはそんな私と戦いなさいよ。
 私よりアイツを幸せにしてみなさいよ」


 宣戦布告。
 報われなくても構わない。
 現実離れした綺麗事ですらない綺麗事を御坂美琴が口にする。
 それを食蜂操祈は否定しない。
 丸呑み、する。

「私は御坂さんとは違うわぁ。
 道徳や社会正義なんてどうだっていい。
 誰にどう思われようと構わないの。
 ―――ただひとりを除いては、ね」


 宣戦布告。
 眠っている間に七人の小人と素敵な王子様が何もかもを解決してくれるなんて素敵な女の子じゃあない。
 そんなことはわかっている。
 心の内側にはドロドロの粘性の黒いものが渦巻いている。
 それでも、もう、引き下がれない。


「だから、謝らない。 
 悪いなんて思ってないもの。
 けれど、貴女が不幸になればいいと願っているわけじゃあないわぁ」


 思いつめた声は数段低くなった。
 脅迫するように、哀願するように、嗚咽をこらえるように。
 それはジレンマと想いの深さ。
 それでも小悪魔のように飄々と笑ってみせた。

「私と御坂さんとは友達にはなれないのかもね。
 貴女はやっぱり、あの子なんかじゃないんだもの」

「そうね。
 けど、その子がアンタの不幸なんか願ってないんだから、アンタも守ってあげるわよ」

「そう?
 だったら、精々貴女に嫌われないようにするわね、『美琴』さん」


 丁々発止の遣り取り。
 呼び名を変えられて、御坂美琴という少女は虚に包まれた。
 が、瞬時の後、口元を綻ばせて笑う。


「よろしくお願いするわ―――『操祈』」


 狭いホテルのさらに狭い浴室。
 とても曖昧で不釣り合いのバランスの中で、少しだけふたりは距離を詰めた。

 上条当麻は肺活量には自信がある。
 肺活量そのままスタミナと言い換えられる。
 科学と魔術の交錯の中で彼が生き延びられた理由は異様な体力と回復力だ。
 異能をすべて打ち砕く右手ではない。

 そして同様に精神的にも異様だった。
 プライドを打ち砕かれ、己の無力さに絶望することもあるけれども。
 いつまでもその場所に蹲ることもなく次の瞬間には天を見上げて走り出している。

 圧倒的なタフネス。
 それこそが上条当麻の最大の武器だといってもいい。

 だが、そのタフネスな彼もうっすらと汗を浮かべていた。
 空調は少し肌寒さを感じるぐらいだ。
 真横に長い胸の傷がひきつって微妙な熱を持っている。
 むしろ心地いいぐらいだ。
 上半身裸でいることを考えれば室温は完璧といってもいいだろう。
 右手には内部空間を強引に切り取ったような浴室のエリアがあって、今そこにふたりの少女が入っている。

 とても狭苦しい場所だ。
 のんびりくつろぐというよりはとりあえず汗が流せるという機能性だけで成り立っているような浴室だ。
 だが、このホテルの一室の中でさらに閉じられた密室であって。
 そこの会話は上条当麻には伺えない。

 何を言われているのか。
 想像だにつかないがきっと呆れているのだろう。
 そう考えるだけで背中に冷たい汗が流れる。


 自分が何を言ったのかを理解できないほど上条当麻は愚かではない。
 

 とても愚かなことを、勢いだけで言い切ってしまった。
 もちろん、その選択に後悔はない―――はずだが、まったくしてないかといえば嘘になる。
 失礼極まりないことを、不埒極まりないことを押し付けたという思いもある。
 だが、ほんの十五六分ほど前のあの時間に戻れることがあったとしても、きっとまた同じセリフしか言えないだろうという確信がある。

 過去の自分と今の自分。十数年生きてきた肉体と、その半分も生きていない精神。
 それはどちらも同じ自分であって、その混乱を解決するためにふたりの少女を軽んじる結論を用意した。
 とは思わない。

 到底信じてはもらえないかもしれないけれども、あの告白に嘘はないのだ。
 世界中のありとあらゆる困難から守りたいという思いも幸せにしたいという気持ちも、自分だけで独占したい気持ちも。
 ふたりの少女に、同じように、崩壊しそうなほどに積み上がっている。

 しかし、それは結局のところ自分自身が可愛いだけの我侭だとも言える。
 相手の気持ちよりも自分の感情を優先させた、都合の良すぎる選択。
 それでも、選んでくれた。
 感謝に耐えない。
 限りなく不幸なオトコは残された一生分の幸福を使い切ったのかもしれない。

 かちゃり、と金属のドアノブが回った。
 するりと浴室のドアが開かれる。
 内側から、ふたりの少女が、裸身にバスタオルを纏っただけの姿で現れた。

 息を呑む。
 中学生ながらにすらりとして余計な肉がついていないのにどんな女よりも色気を持つ御坂美琴。
 中学生離れした肉体のバランスと小悪魔的な風貌ながらも子供の残酷さと純真さを残している食蜂操祈。
 一日後のことはわからなくても、今この瞬間は絶対的に上条当麻のものだ。


「―――お待たせ。
 ちょっと時間かかりすぎたかな?」


 ほんのわずかな時間。
 シャワーで身体を温めただけ。
 だが、その色気は窒息しそうなほどに濃厚で。


「―――女の仕度には時間がかかるものなのよぉ。
 少しは我慢してくれないとねぇ」


 桜色の淡いオーラには少女の甘さと成熟した芳香がして。
 大人にはなりきれていないはずなのに目線の仕草は艶やかさに満ちている。
 金色の髪はわずかに濡れていて。
 安っぽい室内の電灯の光を纏ってキラキラと輝いている。

 上条当麻の視点の記憶はない。
 あくまでも食蜂操祈の視点の記憶。
 だが、それでもあの頃の彼女より一回りも二回りも大きくなっているのがひと目でわかる。
 先程母乳をあふれるほど飲んで、十分すぎるほど揉みほぐしたはずなのに、視点の位置が変わればもう別物のように新鮮。

 たちまちのうちに、飢えた。

 今の状況を描写すればベッドに腰掛けた上半身裸の上条当麻の前にバスタオル姿のふたりの少女が立っている光景となる。
 自然、見下ろしている。
 見下ろす先で、ズボンの下で、窮屈そうになっていくのが露骨に目視できた。


「―――アンタ、節操なさすぎ」

「仕方ないだろう!?
 さっきだってお預け状態だったんだし!」

「私の経験から言って、5回目までは普通に出来るけど、6回目になるとものすごく怪しいのよ。
 できないってわけじゃないんだけど」


 腰に手を当てて、叱りつけるような口調の御坂美琴に子供のように反論する上条当麻。
 そんなふたりを見て、食蜂操祈がわずかに視線を逸らした。

「―――生々しすぎるんですけどぉ」

「何言ってるのよ。こんなのすぐ普通になるわよ。
 けど、そうよね。単純に回数半分って納得できないからアンタ、もう少しできるようになってもらおうかしら。
 なんだったら少しぐらい怪しい薬、手に入れてもいいし」

「いやいやいや、そういうのはニトロと同じですぐエンジンダメになってしまうんですのよ」

「だったらエンジンを鍛えることね。
 別に100回、200回って言っているわけじゃないんだから。
 せめて10回、20回はクリアしてくれてもいいんじゃない?」

「死んでしまうわ!!!」


 軽々と言葉を交わす上条当麻と御坂美琴。
 そんなふたりを微妙に距離を掴みそこねている食蜂操祈は不安げに見つめた。
 が、覚悟を決めた以上逃げることはできない。


「まぁ、私が力使えばその程度の回数こなしてくれるように出来るとは思うけれどぉ」


 敢えて、踏み込んだ。

 改めて言うまでもないことだが、少なくともこの瞬間の食蜂操祈は処女だ。
 経験がない。
 だから見当違いなことを行っているかもしれないという自覚がある。
 けれども、精神を支配するということにかけてはこの学園都市でも頂点に立つものだという自負もある。


「え、アンタの心理掌握ってコイツにも効くの?」

「そりゃあ、ずっと右手で頭抑えられていたら効かないけどぉ。
 私の支配力は大脳皮質にだけ作用するものでもないし、限界なしに興奮状態にすることも不可能じゃないわぁ。
 ―――まぁ、そのあとどうなるかまでは責任が持てないんだけどぉ」

「いや、ほんとマジで死んでしまいますやめてください」

「でもぉ、ふたり同時に付き合いたいって言うんだったら、ふたりとも満足させるのが最低条件なんじゃないのぉ?」


 ドキドキしている。
 自分が発しているとは思えない程。
 向こう側の言葉をこちら側の自分が想像で語っている。
 それは、もうあちら側に踏み込むということ。

 恐怖もある。
 期待もある。
 よくわからない。
 けれども―――喜んで欲しい。
 できるのならば、心の底から、笑い合いたい。
 ひとりでなく、ふたりでもなく、さんにんで。

「もっともぉ、私には『美琴』さんと違って夢中にさせられるものがあるしぃ」


 二の腕に少しだけ力を込めて、寄せる。
 非常に不可思議なことだが、あれだけ苦痛だった母乳が出るという異常体質が嫌ではなくなってきていた。
 自慢できるようにすら思えてくる。


「ふん―――まぁ、アンタには宝の持ち腐れかもしれないわよね」


 それを、拗ねたような口ぶりで御坂美琴があしらった。
 完全に本気、というわけではないだろうがまったく無感情に反応した、というわけでもない。
 事実、その魅力で食蜂操祈を押し倒してしまっているのだから。
 人間に搭載された奇跡の中で圧倒的な破壊力を持っている。


「なによ、持ってない人がひがまないでくれるかしらぁ?」


 そして、そのことを食蜂操祈は前向きに捉えることができるようになっていた。
 オンナの身体は誰のためにできているかを本能的に理解し始めていた。
 与えて満たされることがどれほど幸福なのか。
 スタートラインにたったばかりでも歯車は明確に駆動していた。

「すごいっていうのはわかるけど、生かしきれてないわよねぇ?
 そりゃ、ボリュームでは勝てないけれど、私にはアンタより当麻を気持ちよくしてあげられるもの」


 ある意味、とてもわかりやすい喧嘩の売り方。
 実際問題経験のない食蜂操祈に勝ち目はない。
 ないが、じゃあ降参です、とは言えない。
 こういうところがこのふたりはとても良く似ている。

 超能力者は頭を下げて弾丸を回避するという方法を知らない。
 しかしそれ以上にこの戦場で逃げることなんてできない。


「美琴さんに何ができるっていうのよぉ」

「『見てた』んでしょう?
 私が当麻にしてあげて、当麻がすごく喜んでくれたこと」


 明るい茶の短い髪の少女が意味ありげにちらりと赤い舌で紅い唇を舐めた。
 刹那、食蜂操祈の脳裏にとある光景が浮かんだ。
 水滴をレンズにしカメラにするという異能をさらに異能で支配して覗き見た光景。
 常盤台の、学園都市が誇る超能力者第三位の電撃使いが男の性器に己の口腔で奉仕していた光景。

 知識としては頭にインプットしているが、知っている人間がそれをしていたということはとてもショックだった。
 そして、そのショックも自分がそれをするかもしれないというリアルに比べれば軽いものだった。

 何を言われているかを理解して食蜂操祈はくらりと眩暈を感じた。
 ―――あれを、しろっていうの?

 どうしたって食蜂操祈にはお嬢様の部分がある。
 誰かにしてもらうことには敷居が低くても誰かに尽くすことには敷居が高い。
 これが外衣を纏った行為ならば脅威ではないだろう。
 だが、場末の女のような真似を自分ができるかと問われれば―――とても興奮した。


「まぁ、まだ『膜付』のアンタには心理的に敷居が高いとは思うけどね。
 でも―――初めての時でも私は『した』わよ?」


 挑発。
 軽く小鼻を膨らませて、少しだけ勝ち誇った眼で。
 奴隷は自分をつなぐ鎖を自慢するという。
 もちろん上条当麻は御坂美琴を奴隷にしているつもりはない。
 が、御坂美琴の奉仕したいという欲求はプライドと言えるほどまで純度を高めている。

「―――できないとでも、思ってるわけぇ?」


 食蜂操祈の考えている男女の恋愛とは。
 一緒に映画を見たり夜景の見える高台の公園で空を見上げながら手をつないだり。
 ゲームセンターのダンスゲームで息が合うことを確かめ合ったり。
 宿題を片付ける図書館で隣同士で座って、ここを教えてとかそういう会話をしながら肩と肩が触れ合うことに喜んだり。
 そういうものだ。

 もちろん、男と女だからそういった方向の概念がまったく皆無というわけではないけれども。
 すべてがセックスに還元できるほど擦れてはいない。

 でも、だとしてもやはり女としての本能も組み込まれている。
 男に―――奉仕してみたい。
 母乳を差し出すような静的なものではなく、もっと能動的なもので。

 手を繋ぐだけでドキドキしたような。
 同じタイミングで一緒の方向を見ることができるだけで幸せだったような。
 純粋な子供の恋愛を捨てるつもりは毛頭ないけれども。
 愛しているという欲求を表現する舞台では、もう、一歩も引かない。


「えっと、なんか少しはぶられている気がするんですが―――期待していいのかな?」

 ポリポリと頭をかきながらツンツン髪の少年が困ったような―――そして情欲を隠そうともしない顔で、笑った。
 うっすらと汗ばんだ肌からは男くさいフェロモンが湧き上がっている。
 紳士ぶったところで一皮むけばこんなものである。
 が、だからといって―――多少呆れはしたものの―――御坂美琴も食蜂操祈も、この少年を嫌いになることなんて、なかった。


「っていうかぁ、さっきから気になってたんだけどぉ」

「?
 なんだよ」

「そのすごい傷。いったいどうしたっていうのよ」

「操祈、アンタ『聞いていた』んでしょう?」

「一から十まで全部聞いていたわけじゃないわよ」


 上条当麻の命を奪いかけた大きな傷口。
 ふたりの少女の視線が突き刺さる。
 これから性的なことをするという空気なのに微妙に不穏当な風になった。

 目の前の現実の大きさに恐れおののいて少しだけ距離をとった、と言えなくもない。
 が、やはり気になっていることを気になっているまま一生に一度の時間に飛び込むことはできない。
 それに、宣言するのならば。

「―――決めた。そういうの、させないようにするわぁ」


 やはり、今しかなかった。


「当麻に誰かを救わない生き方なんてできないと思うけど」

「それは私の支配力でも無理かもねぇ。
 そういうところはあの頃と全然変わってない」

「はは、そうかな?
 記憶がないからよくわからないんだけど」

「言っておくけど褒めているわけじゃないわよぉ?
 心の底から呆れているの」


 それが上条当麻なのかもしれない。
 命の危険がどうだとか、そういったところが壊れていて。
 誰かを救うという己の英雄譚に酔っている。
 自分では決してそうは言わないだろうけれど。
 そして、英雄なんて画面の向こう側だから、語り部の物語の中だから許されるのであって。
 隣にいる大切な人がそんなものだとしたら、それは苦痛ばかりだ。

 そうだとしても。
 そんな彼じゃなかったらふたりとも、溺れるほど好きになんてならなかった。

 第一。
 彼は自分たちに何を要求したのか。
 受け入れたとしても、こちらから何かしらを要求する権利は当然にあるだろう。
 そのことは御坂美琴も食蜂操祈も確信している。


「だから、そうならないように私が側にいてあげる。
 相性の悪い相手は確かにいるけど、私の天才力ならほとんどの場合で守ってあげられるわよ?」


 だって、助けてくれるって約束、守ってくれたんだから。
 だから、私も、同じこと、してあげる。


「……ふぅん、アンタ、やっぱり全部聞いていたんじゃないの?」


 自分が出した結論とそっくりそのままの結論を食蜂操祈が口にしたことで、御坂美琴は緊張をもって食蜂操祈を見遣る。
 もっとも、その結論は御坂美琴が望んでいたことでもあった。
 心理掌握がどれほど恐ろしい能力なのかはとてもよく知っている。
 けれども、やっぱり『自分ならば上条当麻を守れる』という言葉が『自分の意思がなくとも上条当麻は守られる』となってしまえば。
 子供じみた嫉妬が湧き上がるを得ない。

「っていうか、群れてないアンタに何ができるのか、正直疑問なんだけど」

「そんなもの、いくらでも『補充』できるわよ。
 相手が悪党ならば使い潰したところで夢心地が悪くなるわけじゃないしぃ」

「そういう考え、当麻は好きじゃないと思うわよ?」

「私はヒーローでもヒロインでもないもの。
 女王、なんて言われているとね、自分の『領民』を守るために他の国を亡ぼすこともできるようになるのよ。
 正しいとか正しくないとかじゃなくてね」

「……」

「でも、今は『女王』なんて呼ばれたくは、ないわぁ―――」


 ペルソナ。社会的に演じている自分の仮面。
 だが、仮面は食い込む。
 自分の内側に。
 やがて混じりあって離れなくなる。
 そうだとしても、仮面の重さに疲れることはある。

 例えば。
 偶像化した過去の自分を具現するために『誰かを救うためならば』決して逃げることができなくなったとか。

 例えば。
 ただ目の前のハードルを越えて、越えられる自分になりたかっただけなのに。
 他の模範たれ、などと言われて。
 成功を重ねた特別な自分だと周囲から距離を置かれ。
 本当の自分と成功した自分との乖離を感じる日常を送るようになったりとか。

 そして。
 かつての自分が、純粋な善意で差し出したものが。
 世界中の悪意で踏みにじられて。
 数えきれないほどの悲劇を生みだして。
 それでもなお、笑っていなければいけないという自分自身を―――許せなくなったり、とか。


 苦しい。
 切ない。
 許して。
 助けてよ。


 そんな傷口を舐めあうような馴れ合いの依存。
 でも。
 きっと―――強い。
 強いけれども、求めたい。求められたい。
 背負ったものが重くて投げ出したくなっても、逃げられなくても。
 誰かがいれば、耐えられる。

 その誰かを、御坂美琴が食蜂操祈から奪ったのだとしたのならば。
 後悔はないけれども、感傷がある。
 感傷はあっても嫉妬もある。
 決して言葉一つで表現できるようなものではない。

 けれども。
 強い人間が弱さを見せるのは、信頼している相手にだけだ。
 そのことは知っている。
 食蜂操祈は信頼を見せている。

 力が抜けた。
 理解していると言葉にはしていてもどうしたって残っている反感が大人しくなった。
 食蜂操祈が上条当麻を守りたいということを全面的に信じよう。
 飼いならされたわけじゃないけれども。


「―――ちゃんと考えて決めて、そして全部本気だったら、証明して見せなさい。
 ほら、大切な当麻が期待して待ってるわよ。
 何をするか―――わかってるんでしょう?」

 御坂美琴が食蜂操祈の背後に回って、そっと裸の肩を押す。
 一歩だけ、突き出された。
 その距離に食蜂操祈は驚く。
 見上げてくる人はあの頃よりも近くて。 
 そしてもっと近くになる。

「わかってるわよ。そんなこと、言われなくたって、わかってる」


 興奮するとかしないとか。
 そんなこと関係なしに怖いものは怖い。
 と同時に興味もある。
 何よりも自分だけ遅れたステージにいることが我慢できない。

 結局食蜂操祈も御坂美琴と同類だった。
 だから、少年を立たせて自分がその前で膝をつくことに抵抗なんてなかった。


「―――」


 上条当麻の記憶は複雑だ。
 今ツンツン頭の中の脳に記載されているのは上条当麻自身の視点の記憶ではない。
 見下ろしている少女の視点だ。
 だからこそこの状況が想像だにつかなかった。
 ―――本当だろうか?
 確かに素直な性格ではない。歪だ。それでも見せてくれていた笑顔は軽く扱っていいものじゃあなかった。
 記憶を失う前、最後の逢瀬。
 あのとき、勝手に腕を組まれて。
 上条当麻は何一つ感じなかったというのか?
 自分で自分に気づかないふりをしていた。
 そのことに後悔していた自分がいたからこそ、あんな恥知らずなことをなりふり構わず言うことができたのではないか?

 真上から見下ろす。
 表情が完全に見えているわけではないが思いつめた真剣な顔をしているのがわかる。
 そして、そんな視界でも自己主張の激しい胸が狭苦しそうにバスタオルに詰め込まれていた。
 揉んで、吸って、飲み干して。それなのにとても新鮮で鮮烈。


「ほら、何してるのよ」

「う、五月蠅いわね!
 今するところじゃないっ!」


 いつの間にか同様に膝をついて食蜂操祈の右隣に座っている御坂美琴。
 赤く頬を染めながら口ぶりはからかうよう。
 金色の髪の少女が声を震わせながらおずおずと右手を伸ばした。

 そこには赤いアザ。
 そんなものかつてはなかった。
 その理由を上条当麻は知っている。
 ただ、薬を使えば簡単に消えただろうそれを消さなかった理由は―――想像はついても、確信とするには気恥ずかしいものがあった。
 だが、今はそれ以上のものを感じている。

 ベルトが細い指にからめとられた。
 見上げられた。
 不安を隠そうとしない。哀願するような瞳の光。
 けれども興奮の情欲も混じっている。
 そして確実に、求められたいと強請っている。
 その強訴は―――とてもよく効いた。

 バックルとズボンのホックが外された。
 ファスナーも下げられた。
 拘束が緩んでペニスが弾け出る。もっともまだ下着に抑えられていたが。
 そして、天を衝く男根とは別にズボンはするっと地面に落ちる。
 しわくちゃになって足首にまとわりつく。
 間抜けな足枷をとりはずそうと足を上げる前に上条当麻はパンツを膝まで下げられていた。


「ぅわっ!」


 剥き出しになったペニスが食蜂操祈の目の前に突き付けられた。
 自分がやろうとしていることで、当然想定には入っていても、突然拳銃を目の前に突き付けられるよりはるかに驚いた。
 ふたりの愛しい少女の吐息を性器で感じるというシチュエーション。
 長さも太さも、これまで以上だった。

「―――もしかして、私としてる時より大きくない?」


 怒る、というよりは単純に驚きと興味の声で御坂美琴が言う。
 大きくなったといっても倍も大きくなったわけではない。当然人間としての器に収まっている。
 それでもやはり大きくなっていた。

 角度が上を向いている。
 赤黒い亀頭が膨れ上がっている。
 ごつごつとした幹の部分にはうどんのような血管が埋め込まれていて熱い血潮をペニス全体に送っていた。


「こ、こんなに凄いものなの―――!?」


 大きいといっても人間のサイズ。
 精々が小ぶりの人参。
 だが到底人間の器官とは考えられないほどグロテスクで生々しい。

 御坂美琴と身体を重ねた後シャワーを浴びているからだろう、石鹸の匂いがする。
 が、それに僅かに混じってこれまでに嗅いだことないような本質的なものが感じられた。

 そして、食蜂操祈は自分が驚いたことに気づく。
 もう後退はしない、との勝気な部分が怖気づいた自分を押し殺す勢いで顔をだし、右手でむんずとペニスの中ほどを握った。
 しっかりと、握る。
 離さない。

「うぉっ!」


 強すぎる刺激が腰のほうまで抜けて、上条当麻が思わず声を漏らす。
 鍛えられた腹筋が作用してペニスが雄々しく跳ね上がる。
 カリの部分は大きな段差になって、そして早くも鈴口は開きはじめ透明な液体が顔を出そうとしていた。


「え、えっと、これまだ射精じゃないわよね!?」

「決まってるでしょう?
 ほら、握ってるだけじゃなくって、もっと!」


 とん、と御坂美琴に肩を押され、食蜂操祈が指を絡ませた右手を動かし始めた。
 カリの首から骨の奥に埋もれそうな付け根のところまで。
 指で作ったわっかで擦りあげる。


「う、おぉっ!
 ちょ、ちょといきなり激しい―――っ」

 苛烈な動きに掘り起こされる疼き。
 傘のように開いたエラがぞくぞくと切ない。皮を引っ張られれば僅かな痛みとその何百倍もの甘美があふれ出て。
 男性性器を上下されているのではなく、脳をシェイクされているような。
 そういえば、この少女は精神操作の頂点。
 なればこれは既に道理。


「は、はは―――私、気持ちよくできてるじゃなぁい―――」


 食蜂操祈の声が上ずっている。
 青い血のような透ける白い肌は真っ赤に染まっている。
 女王の高慢なんてどこにもなくて、少女の純真な残酷さがあって。
 断続的な吐息がさらにくすぐっている。


「ちょっとぉ!
 私の時と反応違い過ぎない!?」

「い、いや、なんていうか、技術的なことじゃ美琴の方が圧倒的なんだけどっ!
 その、状況が状況だからっ!」

「小手先のテクニックなんかじゃないって、ことなんじゃないのぉ?
 私の純真力が効いているのよ」

「アンタが純真なわけないでしょお!?
 あったまきた―――!」


 御坂美琴の紅潮した美貌。
 食蜂操祈を押し出すように無理矢理上条当麻の正面に座り込んで、握ったまま離さないペニスを奪い取る。
 そして、てらてらと濡れ光りはじめた亀頭にためらいなく唇を重ねてきた。


「お、おいっ!
 いきなりビリビリフェラは反則すぎるってっ!」


 びりりっ
 絶妙の電流を搭載した舌が亀頭をねっとりと舐め上げた。
 亀頭から幹を通って、腰の奥の熱い部分を蕩けさせる。
 上条当麻の表情を確認し、目元がだらしなく下がったのを見届けて、御坂美琴は一度唇を離し、今度は伸ばした舌先で鈴口をつついた。
 そして舌を収納しながら唇が再度近づき、今度は唇が亀頭の丸みをなぞるように丸く、みっつりとなぞっていった。

 鼻からする呼吸はとても楽しげだ。
 そして、呼吸が苦しいほどに飲み込む。
 喉の奥までどんとつく、までは流石にいかないが鼻先は陰毛に埋もれて。
 ペニスを咥える女の顔というのはなぜこれほどまでに淫靡で蠱惑的なのだろうか。
 しかも、びりびりと感じさせられる電流がより一層の快楽を与えてくれている。


「ん、ふ☆」


 頬が凹む。
 吸引される。
 ひょっとこのような顔は見方によってはとても頓狂なのだが、頬の内側の肉がみっちりとペニスを包み込まれれば上条当麻にそんなこと考える余裕はない。
 それに御坂美琴の細い指が陰嚢を触って、揉みこみ始めた。
 こりこり、と内側の急所を玩具のように転がされる。
 玉を揉まれる心地よさに上条当麻の眉は自然と下がっていった。


 ―――ちゅぽんっ!


 そうして一分ほども上条当麻を弄んで、満足したように御坂美琴が唇を離した。
 射精させるのが目的ではないのだから最後までアクセルは踏み込まない。
 が、自分のテクニックを認めさせるのはとても心地よい。


「どう?
 これでも私より気持ちよくさせられてるって言いきれるのかしら?」


 勝ち誇った御坂美琴の表情。
 それは女としての自慢。
 目の前で行われた口淫に圧倒されて口も挟めなかった食蜂操祈だったが。


「そんなこと、試してみないとわからないじゃないのぉ」


 すぐさま言い返すことはできた。
 もっとも―――心臓が早鐘のように打ち鳴らされて顔が真っ赤になっていることは隠しようも―――なかったが。
 ただ、とても幸せそうにしゃぶっていた御坂美琴を、とても綺麗だと、思ってしまっても、いた。

以上です

尻切れトンボで申し訳ない
どうしてもここは長くなるんで一気にいきたかったんですが、どうにも書けません
時間がないのもあるんですが、お料理教室だとさくっと書けたりするんですよね

すいませんすいません嘘になってしまいました
更新遅いわ、終わりにならないわ、です

でも少しは進んでるんですよ、本当に

 あれ、こんなものなのかな?
 それが食蜂操祈の感想だった。

 行為全体についての感想ではない。
 自分の口と舌で男に奉仕する。
 こんなこと、リアルで考えたことなんかなかった。
 第一、敷居が高すぎる。
 男の性器は同時に排泄器官でもある。
 そんなものを自分の口に含むなんて。

 けれども。
 実際体験してみれば、それは大した事柄じゃあなかった。
 潔癖症でなくともおぞましく感じてしまうのは当然、のはずだったが。


(負けられない、ものね―――)


 すぐ隣にいる明るい髪の色の活発な少女。
 対比されるのを受け入れた、けれども。
 だからこそ負けることは許されない。

 嬉しそうに、楽しそうに、誇らしげに。
 舌を使い口腔に収め、先端だけではなく幹も袋のほうにまでありとあらゆる手段を使って奉仕する。
 それを間近に、それこそ文字通り目と鼻の距離で見せつけられて。
 はいそうですか、と納得できるほど食蜂操祈は大人じゃあない。

 それに、この距離でこの形で見上げると。
 上条当麻の肉体がよくわかる。
 腹筋は引き締まっていて腰がくびれている。
 胸元は意外と厚く、筋肉の彫が見える。
 そこに赤い筋が見えていて、深い傷があるのがとても気に入らないけれども。
 そしてそこだけじゃあなくて、あちらこちらに傷跡が見える。
 とても頼りになる男の、肉体。

 この人のことを喜ばせたい。なんて。
 やっていることはとても生々しいことなのだけれども、どこか乙女じみて。
 羞恥的で、屈辱的で、けれどもどこか幸せを感じている。よくわからない心の複合体。
 浮かび上がりそうなほどふわふわと脳が溺れていることを自覚しながら食蜂操祈は拙く舌を這わせる。

 仁王立ちした男の性器に奉仕する。
 しかも自分だけではなく、ふたりで。
 顔の火照りが互いに通じてしまいそうで、とても恥ずかしい。
 その恥ずかしさも見てもらいたい。

 そして。
 やはりどうしても意識してしまう。
 一心不乱に奉仕して、尽くす相手を観察しながら。
 そのうえで自分をからかうような視線で一瞥する。
 御坂美琴という少女。

 まだ勝てない。
 この淫蕩さを自分は醸せ出せない。
 時々、舌と舌がぶつかる。びりり、と刺激的な電流を感じてしまう。
 キスよりも濃厚な交わりかもしれない異様な、それ。
 友達にも恋人にもなれないけれども、きっと大切なんだろう。


 上条当麻はそんなふたりを見下ろしていた。
 無言の問いかけにこくこくと頷きを繰り返す愛しい少女と恋しい処女。
 男ならばこの光景に感動を覚えないはずがない。

 上条当麻という少年は一部純真なところがある一方で卑怯者だ。
 正論で相手を論破する。
 その偽善者然とした生き方に自分でも嫌悪を覚えているところがある。
 ロジックなんてどんな状況だろうと構築できるまさに詭弁であって、なるほどリアルを解釈する一つの手段ではあろうものの。
 実際に戦場に立っていない人間が戦争を語ることなんて、思い込みや感情論にしかならない。なりっこない。
 後出しで最高の選択肢を提示するなんて卑怯にもほどがあるだろう。
 営々と時間をかけて構築したものがどんなに不恰好だろうとそれを選択したものには何物にも代えがたい努力の結晶なのだ。

 もちろん、だからって被害者を無視して加害者を救えという道理ではないし、罪なき弱きものを救う行為はとても立派なのだけれども。
 正しいか間違っているかは相対的なものであって、悪と戦うにはもうひとつの悪になるしかないのだ。
 絶対正義なんてものはない。
 そして、選ぶべき悪に道筋が立っていれば人はまだ耐えられる。
 戦場において戯言を口とし、それをもって動揺を誘う。よくやってきた手じゃないか。

 誰よりも理解していたからこそ。その道筋を通すために自分から戦場に飛び込んでいないか。
 上条当麻は省みる。

 描写するまでもないことだが、明々白々と脳内でくみ上げていたわけじゃあない。
 視覚的な興奮と、快楽と。
 ショートしそうな意識と興奮しまくる心臓の音。
 それでもなんとなくそんなことを考えていた。

 この状態、誰もかれもが正論で彼彼女らを責めたてる。
 堕落には腐敗がつきものであって、腐敗臭はそれにたかるハエを呼び込む。
 そのことを誰よりも強く知っているじゃあないか。
 だからこそ蓋をしなければならない。
 気づかれないようにしなければならない。

 けれども、けれども。
 今この瞬間も、そしてこれからも、お願いだから止めてほしいなんて絶対に思わないだろう。
 傷つけているのは分かっている。奪っているのもわかっている。
 けれども欲しい。
 欲しい欲しい欲しい。
 二人の少女を構成するすべてのものと二人の少女が構築するすべてのものが欲しい。

 腐って曲がって歪んで落ちて。
 この開き直りだけは確定していた。


「う、くっ……」


 奥歯を噛む。もう回数なんてわからない。
 太ももの裏の筋肉が緊張する。
 目の裏が充血して真っ赤になる。

 興奮しきった視線が、自分の与える快楽を確信している御坂美琴と、自分の与える快楽を徐々に理解しつつあった食蜂操祈と交錯した。
 濡れた発情しきった瞳。
 糸屋の娘は目で殺す、なんて都都逸があるけれども。
 この瞳だけで達してしまいそうだった。 

 髪をかき上げながら上目遣いで舌を這わせる食蜂操祈。
 女王然としたものはそこにはない。
 女王とは奉仕されるものであって奉仕される存在ではない。
 この感覚は食蜂操祈にはとても新鮮で、そして居心地が良かった。

 尽くせば尽くすだけ、必要とされる。
 その確信がある。
 奉仕があったってなかったって彼の態度は変わらないだろうけど、尽くす自分は好きになっている。

 だんだんと態度も大胆になっていった。
 そもそも食蜂操祈は超能力者、レベル5。すぐれた頭脳を持つ。
 その頭脳の持ち主が観察と考察と体験と失敗を繰り返しながら成功を導く方程式を立てていく。
 そうなれば、ほら。

 太い幹の部分をハーモニカのように横に咥えた。
 唇で、そして軽く前歯を立てて。
 その場所は決して滑らかじゃなくてごつごつとふしくれだっているけれど、内側からは人の熱が放射されていて生きているんだってわかる。
 咥えたまま首を動かす。
 そうして先端まで顔を動かして、今度は先端を口に含む。
 赤く張ったそれは鬼灯のようで人のものだということに違和感はまだ残っているがどことなく可愛らしさを感じてしまう。

 それに、ぼうとしてしまう。
 味は、ない。
 ないけれどおいしいと思ってしまう。
 脳が、そう訴えている。


(美琴さんが、夢中になるの、よくわかる―――)


 女の本能というやつなのか。
 カリカリと肉体のどこかで回る見えない歯車群。
 自分の中には存在しない、別の色の歯車を与えられて、噛み合って。
 しっくりと馴染んで、最初からそうだったかのように安心できる。

 もう、奉仕することに躊躇いなんてなかった。
 ぴちゃぺちゃと猫のように舐める。犬のように貪る。
 いくら観察をこなしてもまだ拙いものだけれども、夢中になっていった。

 そして、女として急激に成長している食蜂操祈を横目で見ていた御坂美琴が何とも形容しがたい表情をしていた。
 見せつけているはずなのに追いつかれようとしている。
 差は圧倒的だけれどもそう感じてしまう。
 余裕と焦り。
 自分が独占していた場所に割り込まれた不快感。

 要するに、不安なのだ。
 今の今まで自分が彼に愛されていることに疑いはなかった。
 今でも疑っているわけじゃあない。
 けれども、その総量が減ったわけじゃないとしても、不安になる、不満になる。
 足元がぐらぐらと崩れそう。

 だからこそ、持てる技術も持っている感情もすべて曝けだして、夢中で奉仕する。
 太ももに挟まれた場所の間抜けな袋の部分。
 そこで上条当麻の種が生産されている。
 男の急所、であるらしい。
 打たれればそれだけで悶絶するとか。

 ならば、そこを自在に弄んでいるということは絶対的に信頼されているということなのだろう。
 クルミのようにコリコリとした感覚。
 口の中で含んで舌先で転がす、引っ張る。


「くわ、そこ、は――――」


 上条当麻の悲鳴が聞こえた。
 短すぎる距離でも食蜂操祈のやっていることは分からない。
 だって、そういう体制なのだから。
 けれども、この悲鳴は自分に対するものだという確信があった。

 そして、


「そ、そこに電流はマジでやばいって!
 子供が作れなくなっちま―――!!!!」


 と、そのまま後ろに尻餅をついた、
 幸いというべきかなんというべきか、すぐ後ろのベッドがあって、ちょうどそこに腰かけるような形になる。
 状態もわからず口からペニスを引き抜かれた食蜂操祈は少しの間きょとんとしていたが。
 大股開きで腰かけている上条当麻に改めて襲い掛かるように身を寄せる御坂美琴の姿に、負けじと自分も続いた。

 そして、再び同じ形になる。
 わかりやすい先端は譲った。
 だからこっちは自分のエリア。領域。
 思う存分、侵略してあげる。

 痛くはしていない。
 自分じゃないのだからわからないのだけれども御坂美琴は電磁電撃の支配者だ。
 間違うことはあり得ない。
 そうだとしても上条当麻もオスであるから恐れてしまった。


「―――そりぇは、しんひょうするひひゃないんらなひの?」

 メスのクロヒョウのように残酷で楽しげな瞳で。
 口に含んだまま上も見ないで。
 第一この体制では上条当麻にはなにもできはしない。
 大体、新しい女にうつつを抜かして鼻の下を伸ばしていたのは誰だ。
 わざわざ『敏感な場所』は新しい女に譲ってあげたのだから、ここでは自由にさせてもらおう。

 悪戯じみた感傷で恋人の抗議を突っぱねるショートカットの少女。
 自棄になって攻撃的になっていることは否めない。
 少しぐらい乱暴に扱われても、それも含めて男の責任というものだろう、と決めつけて。

 皮が全部伸びきってしまうぐらいまで、ふやけてしまうまで、唾液がじゅぼじゅぼ音を立てるほどに。
 そして彼女だけが支配できる甘美な電流を伴って。
 御坂美琴というこの学園都市ならば誰もが憧れる超能力者第三位の少女は。
 淫猥に陰嚢を責めたて続けた。


「く、ぐっ……」


 奥歯で嬌声をかみ殺す。
 上条当麻も男だから鼻息を荒くすることはできても快楽に喘ぐ声を漏らすことはできない。
 意地のようなものだ。

 最初からフルスロットルでアクセルベタ踏みのこの状況においてこの快楽に逆らうとするのならば。
 言うだけでいい。
 耐えられそうにないから次へ行こう、と。
 それを、負けを認めるような気がした。

 認めるも何も最初から負けているのだがやはり馬鹿な男の意地がある。
 そして、御坂美琴にはそんな馬鹿な意地のために遠慮するような性格じゃあなかったし。
 食蜂操祈はまだ経験が少なすぎて―――確かに、この僅かな時間でとてもよく『学習』はしていたけれど―――状況がつかめていない。

 改めて描写する内容ではないかもしれないが、食蜂操祈は体力が低い。
 女の子だということを考えても、御坂美琴とは比べ物にならない。
 化け物じみた体力の御坂美琴と比較すること自体がおかしな発想かもしれないけれど、それを考慮しても、同年代の女の子と比較しても、運動能力は低い。

 元々身体を動かすのが好きじゃあない。
 どちらかといえば一人静かに木陰で本でも読んでいるタイプだ。
 つまりは、肺活量も低い。

 そんな彼女だから、口腔いっぱいに上条当麻のペニスを含んで鼻で呼吸するなんて器用な真似はできなかった。
 口に含んではいても、ある程度舐めたら自然と口を離してしまう。
 一生懸命頑張ったところで精神力で贖える類のものでもないし、どうしたって美琴のように喉奥まで飲み込むなんて行為は不可能だった。

 息が苦しいのとの妥協で確立したスタイルは逞しい幹を両手で扱きながらその先端をちろちろと舐めるというものだった。
 これならば息はそんなに苦しくならないし、その余裕で周囲を見渡すこともできる。
 空間としてはとても狭苦しくて、文字通り身体と身体とがぶつかる関係で、いろいろと視界的に邪魔で行為そのものは見えないけれど。


(そこも、気持ちいいのね―――)


 御坂美琴の行為から食蜂操祈は余計なものを学んだ。
 学べば試してみたくなる。
 人のものならば欲しくなるというお嬢様の我儘さも顔を出していた。

 しかし、じゃあ今一生懸命舐めている場所を譲れるかというとそれも違う。
 未開拓の大地は見えなくなる地平の向こうまで隠れていて、踏破するのには時間がかかる。
 それでも全部欲しい、という傲慢さが。

 既に上条当麻の限界は近いという場面で愛撫を緩めることをさせなかった。
 小さな鼻で苦しく息継ぎながら貪るように舌を絡める。
 すでに唾液にまみれ妖しい光沢を放つ男根を縦横に這う赤い舌。
 それは御坂美琴がいつもより大きいと評したときよりも更に膨らんでいて。
 そして、咽び泣くように身体の芯が疼いていた。

 ピンク色の炎が下腹部で燃え盛っている。
 食蜂操祈は、発情していた。
 触れてもいないのに蜜がこんこんと溢れてくる。
 自分でも自覚はしていて、それを無視しようと舌先を乱舞させる。

 そのたびに上条当麻が小さく呻いた。
 見上げる腹筋に緊張が走るのもわかる。
 御坂美琴の奉仕ではなく、自分の奉仕で感じている。
 そう思えば、食蜂操祈はとても満たされていることに気づかざるを得なかった。

 そして、自分で気づいていても、そこまでとは思っていないのだろう。
 鼠蹊部はむわっとする性臭を放っていた。
 内またに痙攣が走り、軽く持ち上げていたヒップは無意識に左右に振られる。
 発情の形がメスそのものになっていた。

 瞳が潤んでいる。
 ただでさえ大粒で星が宿っているような瞳に女だけの甘さが溶け込んで、ぞっとするほど美しくなる。
 元々造形的にも豪華すぎる食蜂操祈だ。
 その毒は致死量を遥かに超える。
 その目で見上げた。
 そして緩んでいたのだろう。
 はらり、とバスタオルがほどけて落ちた。
 ぷるん、と大きめの乳房が揺れて顕わになる。
 その先端に、うっすらと、透明なのに白濁している液体が、見えた。

 その光景を、上条当麻は見た。
 ただでさえ御坂美琴の甘い電流の陰嚢への刺激が強烈なのに。
 こんな目で、こんなに綺麗な女に見られて。

 それが、最後の藁になった。


「う、うわあぁっ!!!」


 嬌声。
 上条当麻はとうとう殺しきれなかった。
 同時に押しとどめていた射精の回路がONになる。
 堰が、切られる。


 ―――どく、どくどくっ! どびゅんっ! びゅるるっ!!!


 パチンコ玉ほどの塊が尿道を駆け抜けた。
 痺れる快感が下半身を蕩けさせ、渦に変貌させる。
 正確な理解のなかった操祈だったが、その瞬間にはなぜか頬と舌を密着させていた。

「~~~~!!!!」


 美琴にしゃぶられ伸ばされた陰嚢からすべての精液が製造され、放出させられたような。
 魂の裏側にある形のないエネルギーを丸ごと奪われた可能ような、射精。
 理性とか知性とか、そういったものすべてが呆けてしまったかのように圧倒的。

 御坂美琴とのこれまでのものが劣っているわけではない。
 技術的なものではない。
 ただ、目の前の光景が信じられないほど蠱惑的過ぎて、衝撃的すぎる快楽だった。

 が、それを受け止めざるを得なかった食蜂操祈としてはたまったものではない。


「っ、げほっ! げほげほっ!」


 言うなれば夢心地にほろ酔い気分で月下の夜道を唄でも吟じながら歩いていたら。
 突然すぽっと足元が抜けて氷の海に落とされたようなものだろうか。

 繰り返しになるが、食蜂操祈は幸せだったのだ。
 心の底から惚れ込んでいる男と一番近い距離にいる権利を認められて。
 男に奉仕する充足を味わって。
 自分が夢中になればなっただけ大好きな人が気持ちよくなってくれて。
 ぼお、と頭が真っ白になっていて。

 そんなところで急激に喉奥の粘膜を攻撃されたのだ。
 たまったものではない。
 しかもそれは強い粘性がある上に独特の臭気を放っていた。
 当然ながら肉体は異物と判断する、咳き込む。
 げほごほと背中を丸めながら食蜂操祈が眦に涙を浮かべた。


「……ちょ、ちょっと、酷すぎるわぁ……」


 少し熱情が離れて理性が戻ってくれば。
 こうなることは予想ができた、はずだったことに気づく。
 いくら男の生理を知らないとはいえ、一番外側のフレーム自体はおおよそながら理解はしていた、はずだ。
 けれども、居眠りしながら聞き流した保健体育と実際に自分が経験したことの間にはあまりにも温度差がありすぎた。
 口の中にはまだ異臭がする。
 口の周りにも、鼻先にもかかっている。
 手で拭おうとして、一瞬ためらってしまった。
 思わず、纏い落ちたバスタオルに手を伸ばした。


「こらこら、アンタそのバスタオルで何するつもりよ」


 が、その手を掴まれた。
 右手。
 赤いアザがある手の甲を、抑えられた。

「は?」

「言っとくけどね、それは当麻の赤ちゃんになるかもしれなかったものなんだからね。
 汚れやゴミじゃないんだから」


 おいおい、それは違うだろ。
 と、激しい射精で疲労してぼんやりとしか脳の動かない上条当麻は思った。
 が、音声にはならなかった。
 ぜいぜいと荒い息を整えるのに必死だった。


「アンタ、当麻のオンナだったら、どうすればいいか、わかるでしょう?」

「え、は、はぁー!?
 え、ええっと、つまり、これを、その―――」


 指先に、それが絡んでいる。
 目の前に持ってきた。
 糸を引いた透明なそれ。
 粘性があって青臭くて、自分の肉体ではけっして構成されないタンパク質。

 ごくり、と操祈の喉が鳴った。
 つまりはそういうことだ。
 美琴の言いたいことは理解できる。
 できるが、難易度が高すぎる。
 大体、食蜂操祈はまだ尻に殻がついたひよこのようなものであり、第一にまだ処女なのだ。


「―――私は、したわよ?」


 だが、鼻で笑うような声で御坂美琴が言うと。
 かちん、と勝気な脳が勝手に反応した。


「私にできないとでも、思ってるのぉ?
 こんなの、そんな、簡単に―――」


 ぐ、と口元に持ってくる。
 口は当然鼻のすぐ下で、匂いがとてもよくわかる。
 少なくとも食欲を誘う匂いなんかじゃあない。

 が、ついさっきまで。
 これを放出した器官を嬉々として舐めしゃぶっていたことを食蜂操祈は思い出す。
 あの感覚。
 あの感動。
 もしかしたら、それの濃縮したものが、これなのだろうか。


 そんな魔が取りついた。


 女だから、してみたい。
 嫌悪感が消えたわけじゃあないけれど。
 でも、だからこそ。

 まだ疲労から抜けきってない脱力しきった上条当麻。
 彼のだらしない顔を見る。見つめる。
 どこか眠そうに眦が下がっているけれども、その目に期待の光が宿っていた。
 食蜂操祈は理解した。

 だったら。


「できるにきまってるでしょう―――」

 どくん。
 どくんどくんどくん。

 心臓が高鳴る。
 ついさっきまでもきっとそうで、でも夢中すぎて気づかなかったけれども。
 甘く切なく苦しく鳴り響いている。

 自分の分泌物を彼にはたくさん飲んでもらったのだから。
 その逆をしてもいいはずだ。

 めちゃくちゃなロジックだが、とりあえずは繋がる。
 繋がれていれば回路に電流は流れる。
 唾液が、溢れてきた。


「ただ飲み込むんじゃないわよ。
 ワイン味わうみたいに口の中で広げなさい」


 未成年、だがワイン程度は淑女の嗜み。
 食蜂操祈は女王には程遠い少女と娼婦の混じり合ったような顔をして。
 精々見せびらかすように。
 ゆっくりとその白濁液を口の中に含んで、唾液と混ぜて、ゆっくりと飲み干した。  

リアルが忙しいのはいいことなんです
なんですが、「あ、三連休か。少しは進められるかな」と思っているところが無休だったりとかはちときついです
年末年始もおそらく仕事入るでしょうが、まぁ、それでもなんとかケリつけたいです

いつの間にやらお正月が過ぎて七草粥も過ぎて成人式も過ぎて
遅筆で申し訳ない

一応、今回で大体の話は終わりです

 赤毛。
 金色の柔らかな髪よりも陰毛は濃度が高かった。
 黒々とまではいかないのは自称北欧の血が混じっているからなのか。
 女性器を隠すほどの密度は到底なく、到底生えそろっているとは言えない。
 それなのに性器そのものは赤く充血し滔々と蜜を溢れ出している。

 そこに、ガサツな男の指が躍る。
 意外なほどに丁寧に、繊細なまでに乱暴に。
 鍵盤でも叩いているかのように指の動きに合わせて少女の嬌声が狭い室内に響き渡る。
 音楽。
 楽器。
 そうだとしても淫蕩に過ぎる。

 食蜂操祈は背中越しに少年に抱かれている。
 ベッドの上、座り込んでいる上条当麻に上半身を預けるような形で背中を預け、その代価に性器と乳房を弄られている。
 両手は真っ赤になった顔を隠している。
 必死で必至だ。
 余裕がもうかけらも存在しない。
 頭が灼熱に染まってただひたすら快楽に耐えているだけだ。

 それなのに少年は声を出させようと敏感なところを苛める。
 そして、もう一人の御坂美琴という少女は食蜂操祈の右の乳房にむしゃぶりついていた。

「(あ―――あ―――)」


 ぷるぷると肩を震わせながら必死に奥歯をかみしめる食蜂操祈。
 それはまるで大声をあげて泣いている子供の様で。
 だがやっていることとやられていることは子供のすることじゃあない。
 生まれて初めて自分じゃない誰かに自分の一番恥ずかしいところを提供しているという自分。

 もう女王でも超能力者でもない。
 ただ一人のオンナ、だった。
 いや、なりつつある。
 処女を失うという儀式は肉体的にも精神的にも容易いものではない。

 怖い。
 怖い。
 恥ずかしい。
 顔から火が出そう。

 けれども、この世のものとは思えないほど気持ちよくて、呆けてしまいそうで。
 くすぐったいところもある。
 もどかしいところもある。
 けれども自分で慰めるよりも何倍もの快感だった。

 あれから。


 一度嚥下してしまうと嫌悪感というものは綺麗に溶けた。
 むしろ、そうすることができた自分が大人になったような気がした。
 超能力者とか女王とか、そういったことがらでない期待に応えるということ。
 外側の構築物以外の芯の部分の自分が満たされたということ。

 拭っては口に運び、脊髄を恍惚に震わせた。
 どんどん大好きになっていった。
 
 紅い唇の端にこびりついていたもの。
 大ぶりな白い乳房へと零れ落ちていたもの。
 頬や首筋にしがみついていたもの。
 指ですくって、口に運んで。
 そのたびに身を震わせて味わった。

 その姿に興奮を抑えられなくなったのか。
 御坂美琴が抱き着いてきて。
 頬に、首筋に唇を運んでちろりちろりと舐められた。
 熱い体温の舌に肌を舐められればくすぐったくて、唾液の残った肌に吐息が当たれば心地よくて。
 決して不快じゃあなかった。
 とても似たようなことをされたときはとても不快で、そうされた場所を切り取ってしまいそうなほどの屈辱だったのに。

 ただでさえ高ぶっていた体温がさらに上昇した。
 額に大粒の汗が浮かんできて、つぅと鼻筋を通って唇へと流れ。
 それが口に入って。
 そんなことがあっても振りほどこうとすら思わなくって。


「ちょっと、美琴さ―――」

「ん―――駄目よ、ふたりでやったんだから、半分は私のモノ、なんだから―――」


 言いたいことが正確に伝わっていなかった。
 確かに―――愛する人の精は大切だけれども―――意識し続けた健康的な少女が猫のように自分を舐めてくるという倒錯。
 舌だけではない。
 ちゅ、ちゅと啄む唇は柔らかくて熱さと吸引力が適度で。
 その衝撃は思っていた以上だった。
 くすぐったいのは肌か、心か。
 平静を保つための呼吸がどんどん荒くなっていった。

 食蜂操祈は同性愛者ではない。そのはずだ。
 だが今の御坂美琴の行為はとても心地よくて。

 そんな少女ふたりの姿を見ていた少年は激しい射精のあとの疲労も落ち着いて、ふと気が付いた。
 今のを含めて五度。今日はそれだけ射精している。
 数日分のストックはあるはずだが―――だとしても、五回だ。

 なのに、まったく衰えていない。
 太く逞しく熱いまま、勃起を保っている。


「はは、こんなの初めてだ―――」


 ツンツン頭の双眸にどろりとした欲望が燃えている。
 唇が下卑た曲線で吊り上がり、少年の若々しい声で自慢するような響きで言葉を零す。
 可憐な少女達の淫靡な密着体勢を目の当たりにしてオスの喜びが身体の内側で渦巻いていた。

 今、上条当麻は満たされている。
 心と身体とふたりの自分が隙間なく一つに組み合わさっていることを実感している。
 充足は幸福だ。
 それを実感していることは、きっと、もっと幸福なことだ。


「―――おかしくない?
 そんなになったこと、今までないじゃない」

 豊満な少女に抱き着く形のもっと華奢な少女が勝気な目で少年を睨み付けた。
 その股間と、自慢げな笑みとを軽蔑するように、拗ねたように。


「こんな光景見せつけられりゃ萎えてる暇はないってことだよ。
 正直、自分でも驚いてるけどな。
 レベルアップしたのかな?」


 侮蔑の視線を鉄面皮で受け流して、上条当麻が開き直る。
 その上条当麻を前に御坂美琴は自分の計算が狂ったことを知る。
 今更かもしれないし、自分でも完全にそちらに振りきれているわけではないけれども。
 できるのならば上条当麻をここで完全に満足させてしまって。
 食蜂操祈の処女を奪う日を今日でなくしてしまいたいと考えていた。

 半分は納得している。
 けれども納得していない自分もいる。
 いつか、いや遠からずそうなるのだろうけれども。
 でも、今日この日では嫌だという気持ちも強く残っている。

 それに理由は―――自分以外のオンナを抱いてほしくないという独占欲がある。
 うん、確かに受け入れるしかないのだけれども。
 一秒でもその瞬間を後に引き伸ばしたい。

 ―――違う。
 そうじゃない。
 それじゃうまくいかない。

 今の自分よりもっと強い『大丈夫な自分』になりたい。
 その一点を超えるまでは引き伸ばしたい。
 何を意味しているのかまだわからないけれども。
 御坂美琴は―――今日のこの日はいろいろなものを失ってばかりで。
 だからこそ彼女だけに与えられるべき、彼女が明確に強くなれる何かを要求する権利がある、はずだ。

 その何かがよくわからなくて。
 確実に存在するかどうかもわからないけれども。
 でも、あと少しで理解できそうだという確信もあって。

 だから、一秒でも時間が欲しい。
 そんな打算が言葉を押し出していた。


「―――で、それでもう押し倒すつもり?」


 責めるようで庇うような言葉。
 鼻息荒かった少年も御坂美琴の言いたいことを理解する。
 直線的に一番短距離ではないけれども、なるほど魅力的だ。

「この子、初めてなんだから、よく濡らしてあげないと、ね―――」


 話の中央の食蜂操祈は理解していない。
 いや、わかってはいるけどリアルじゃあない。
 経験が薄い故に仕方がないのだけれども。

 少年と少女に流されて、食蜂操祈は自分の流れるべき道を決定させられた。
 この状況において彼女の希望から大きく離れるものでもなかったし、決して最悪の選択肢でもないのだが。
 


 そうして描写は元の時間へと戻る。


 男の指が躍るたびにくちゅりくちゅりと淫らな水音が鳴る。
 いくら男を受け入れる器官とはいえ音が鳴るほどしとどに濡れるというのはかなり大概なことだ。
 自分で自分を慰めた経験は当然ながら食蜂操祈にもあるのだが、彼女の薄い経験にはこんなことはなかった。
 信じられないほど感じている。
 だが、もう理性でそれを解釈できる脳はない。

「は、ひゃあ、ひぅ―――」


 両手で顔を抱えて必死に嬌声を殺そうとしても。
 肉体というのはとても正直すぎて、食蜂操祈の意思と裏腹に恥辱の音楽を奏でさせられている。
 アンバランスに成熟した彼女の肉は快楽に贖う術をまだ搭載していなかった。
 いや、たとえ経験豊富な大人の女性だとしてもこの異常な状況で快楽に流されないわけがない。

 全身は発熱して、白い肌はもう湯上りのようにピンク色に染まっていて。
 心臓の鼓動も呼吸も苦しくて仕方ないといったありさまで。

 だが、そうもなれば嗜虐的な獣の部分が上条当麻の中で大きくなってくる。
 暴れたくなってくる。
 それはもう仕方のないことで、新しい初恋の人を溺れさせたいという欲望に塗れている。
 英雄だとか主人公だとかそんなことはどうでもよく、やはり男である以上の本能がある。

 泣かせたい、喜ばせたい、自分のものにしたい―――
 それが本能だ。
 どんなに下品だとしても。

 食蜂操祈という少女。
 金色の長く柔らかい髪に隠された小さな耳。
 その裏側。
 体臭が濃いそこの匂いを嗅ぐ。
 同じ人間の肉体なのに、不快に思えるところが少しもありはしない。
 卑怯なぐらい―――素敵だ。

「ひあっ!」


 その耳を後ろから軽く食んだ。
 性器や乳房ではない、意識の外側からの攻撃に金色の髪の少女は思わず声をあげてしまった。
 砂糖細工のお姫様のように綺麗でもろく、そして甘い悲鳴。
 その存在自体が反則。
 だが、彼女はそれを認識していない。

 繰り返すが食蜂操祈は性的な事柄に対して経験が薄い。
 自分がどういう視線で男に見られているかは識っている。
 が、知っているわけではない。
 体験が、ない。
 だから性器や乳房以外の愛撫で肉体が感じてしまうということが―――少しばかり恐ろしく感じてしまった。


「な、なんで耳なんて―――」

「あー、こいつそーいうの大好きだから。
 もう、素直にあきらめたら?」


 思わず顔を隠していた両手を離してしまった。
 その手首を捕まえれた。
 まるで、水面から浮き上がってくる舟幽霊のように。
 下から見上げてくる視線は御坂美琴。
 呆れたような顔をしながら眼だけは笑っていない。

 だが、その意味を食蜂操祈は理解しきれない。
 もう心のキャパシティが限界なのだ。
 決して深いなんかじゃないのだけれども、知らないことをされるということは、とても疲れる。


「もう『こういうものなんだ』って素直に呑み込んじゃったほうが楽だと思うわよ?
 普通、っていうのもわからないんだけどさ、少なくとも上条当麻っていうのはこういう性癖なのよ」


 御坂美琴の吐息は母乳の独特の香りがしている。
 それは、食蜂操祈の肉体が文字通り身を削って作成したもので。
 物語の始まりはそれの強引な搾取から始まっている。

 でも、もう怖くはない。
 怖いというのならば、今一番怖いのは、野獣のようなオスのオーラを放っている上条当麻だ。
 頭で受け入れようとしていても、心と身体のどこかが抵抗しようとしている。

 これは別に食蜂操祈が悪いというわけじゃない。
 どうしようもない反応なのだ。
 いくら割り切ってしまえと言われても、はいそうですかとはいかない。
 そして、豊満にして未熟な肉体の中に燃え上っている欲情を抑え込もうという発想もなかった。

 気持ちいいものは気持ちいい。
 それを否定することはできない。
 でも、否定はできなくても一番納得できる形で呑み込ませてほしい。

 限界、なのだ。


「も、もう―――いいから、もう―――これ以上はいいから―――」


 自分の知らない自分を開拓される。
 それは驚きもあるが精神的なエネルギーも消費する。
 これから行われるであろうことを乗り切れるだけのガソリン残量はもうギリギリだ。

 食蜂操祈はただでさえ疲労していた。
 一か月、乳房の痛みに耐え。
 三日前、御坂美琴に凌辱され。
 今日、上条当麻に裏切られて、暴発して、そして都合のいい形に収められた。
 救われたようで、不安はなくなったけれど。
 別の不安が爆発的に膨れ上がっている。

 継続的に果断なく与えられる快感は苦痛と変わらない。
 そして痛みとは痛覚そのものよりもそれが持続する時間が恐ろしいものであって。

「お願いだから、もう、我慢力が限界なの―――」


 語尾は誤魔化す。最後まで言えない。
 羞恥心を失ったわけじゃない。察してほしい。
 生まれたての小鹿のようにプルプルと全身を震わせながら、そして生まれたての小鹿のようには自分から立とうともせず。
 食蜂操祈は哀れに健気に乞う。
 まだ自分が自覚できているうちに―――オンナにしてもらいたい。

 食蜂操祈は、やはり『お嬢様』だった。
 最後の一歩を、自分からは踏み込めない。
 恥も外聞も、今の空間にはもうないはずなのだけれども。
 自分の肩越しに振り返り、見つめる瞳には居直るような甘えがあった。


「―――うん、わかった」


 鈍感で無骨なところはあるが上条当麻とて朴念仁というわけでもない。
 この状況で、この瞳で、言いたいことは理解できる。
 それに、どっちにしろ、上条当麻にももう余裕はなかった。
 すべてをかき集めて一発の弾丸を構成できるかどうか。
 単純に勃起するだけならばもっとできるだろうけれども―――最初である行為をそんな形で終わらせるのは不躾だと感じていた。

 そして。
 御坂美琴はまさに肌を重ねた距離でこの遣り取りを聞いていた。
 心の中に大きなしこりがある。
 受け入れた、はずだけど。
 まだ、何かが納得できていない。
 何かが足りない。
 足りないままで、いいのだろうか。

 しかし言葉には出さない。
 そして、彼女の複雑な表情はいっぱいいっぱいの食蜂操祈は気づくことができなかったし。
 そして、上条当麻といえども、この状況で御坂美琴へ気配りをする配慮を忘れていた。
 だから、スポットのように超電磁砲の存在が消えていた。
 忘れたわけじゃあない。ただ、すこしだけ。ほんの少しだけ。

 そして食蜂操祈は施術される患者のように横たわる。
 金色の髪が白いシーツふわっと広がる。
 されるがまま、少しだけ横を向いて。ちょっとだけ拗ねたような気持ちで。
 仰向けに向きを変えられて、大きめの乳房が重力にたわむ。
 強い呼吸で乳房がさらに揺れた。

 足が広げられる。
 空気にさらされる。
 ひんやりとする肌触りに羞恥の炎がより一層熱くなった。

「―――ちょっと、アンタ、スキンは?」

「あ、そうだな。つけないと」


 きゅ、とシーツを握りしめて。次の痛みへの恐怖と、一線を確実に超える恐怖と、そして自分が誰かの特別な存在になれるという感動に備えていた食蜂操祈の耳に。
 そんな、不作法で生々しい言葉が入ってくる。
 そして、その言葉を聞いて、


「(赤ちゃん、作る行為―――だったんだ―――)」


 と、当たり前のことを今更のように思い出した。
 しかし、それを思い出したところで引き返そうという発想は既に食蜂操祈には存在しなかった。
 第一、そんなことはリアルに考えられる事柄ではないし、今現在をクリアするだけでも精一杯だったのだ。
 だから、


「大丈夫な、日だから―――」


 と、きちんと計算もせず、あてずっぽうで。
 このままじらされたくないという思いだけで、言った。

 でも、催促しているようで顔は見られなかった。
 淫らな女だとしても羞恥心をまだ捨てられないでいる。
 そして、妊娠をするかもしれない恐怖とか、責任感とか、そんなものを食蜂操祈は一切感じていなかった。

 言い訳をするのであれば、彼女にはすでにそれほどの余裕はなかったし。
 なにより。
 母乳が出るという症状をすでに抱えている身としては、そんなこと―――女が子を孕むという覚悟―――なんて大したことではない、と。
 そう、思ってしまった。

 上条当麻には分らない。
 彼は英雄の成りそこない、奇跡の舞台装置ではあっても、男だから。
 当事者にはなり切れても、他人事だ。


「よし、わかった。いいんだな?」


 うん、と小さく顎を引いて、やはり顔は横に向けたままの食蜂操祈。
 強く目をつぶっている彼女をかわいいと思いながら、大きく開いた足の、その付け根の。
 まだ誰も踏み入れたことのない処女地に自分の腰を近づけ。
 強く勃起した男性器の先端を、当てる。

 厚ぼったく晴れるほど充血した敏感な場所。
 身体の一番内側に。
 当てられて、食蜂操祈が小さく震えた。
 怖い、痛いのかな。でもいつかこうなりたいって願っていた。
 忘れられた絶望よりも怖くはないはず―――

 永劫よりも長い一瞬を、目を固く閉じ、息をのんで、待った。



 ―――だが、それは訪れなかった。



「だめぇぇぇ!!!!!」



 それがおこるべき瞬間、上条当麻は突き飛ばされていた。
 誰に?
 決まっている。
 この場所にいるもうひとりの上条当麻のオンナ。


 御坂美琴。

 その目は大きく見開かれていて。
 喜怒哀楽をどのようにハイブリッドすればこんな表情になるかというぐらいに。
 複雑な顔をしていた。

 彼女は見ていた。
 食蜂操祈が、嘘をついた瞬間を。
 理解してしまった。
 食蜂操祈は将来のことというものを軽んじているということを。

 そして納得してしまった。
 これだ、これだ!
 これならば―――私は何もかもを呑み込めるほど強くなれる!

 第三者が当事者の内情を知って分析すれば両者ともただ空回りしているだけだと判定するだろう。
 否、御坂美琴も食蜂操祈もその程度の知性はある。
 なにせ、彼女たちは天才なのだから。
 だが、追い詰められているときに、理性的な選択肢を必ず選べる人間ばかりではないし。
 その点において彼女たちはとてもよく似ていた。

 彼女たちを庇う論点で語れば。
 経験が不足しすぎていて、精神的なバックボーンがなかった。
 だから、とりあえず一番目の前の大きなものをクリアできればいいと判断してしまった。

「え、お、おいっ!」


 その状況に彼女たちを追いこんだ戦犯は、いま、御坂美琴に押し倒されていた。
 華奢な身体にある筋肉ではなく、迫力で。
 はぁはぁと大きく肩で息をする短く明るい色の髪の少女は。
 上目遣いで見下ろして、切なく狂おしい感情の獣の首にかけたロープを必死に引っ張っている。


「わかった、わかったのよ。
 今更、アンタが操祈も選んだことは否定できない。
 けど、それに耐えられるだけの強さが私にはない。
 だから、今はダメ。
 今は、私が強くなるんだから―――」


 理解させるつもりがあるのかないのか。
 少なくとも上条当麻には、そして食蜂操祈にも御坂美琴の言っている内容が理解できない。
 具体的な言葉を抽象的に言い換えて、そしてそれを相手に強要して。

 まるで、強姦魔。

「だから、して―――私に、膣内に、出してよ―――」


 暗い声で、切なげで、狂おしくて。
 興奮状態で、かわいい声で、上条当麻の腰をまたぐ形で前かがみに、蹲踞の姿勢でしゃがんで。


「あ、あ、あ―――?」


 食蜂操祈は目の前の状況を理解できないでいた。
 だって、御坂美琴という少女は。
 今の今しがたまで、あんな表情をしていただろうか?
 まるで別人―――いや―――

 あの時。
 能力で人払いをして、痛みを発し始めた乳房を少しでも楽にしようと母乳を絞ろうとしていた時。
 常盤台中学の、保健室。

 知っている―――理性的とは言い難かった、御坂美琴を。


 そして、御坂美琴が食蜂操祈に振り返った。
 喜怒哀楽のすべてを混ぜ合わせた、そしてそのどれでもない表情で。

「アンタは、こいつのもの―――
 それは、私には否定できないわ。
 けど、今は、今だけはダメ―――
 今だけは―――」


 御坂美琴という名の少女の薄い繊毛。
 しっとりと濡れている。
 その向こう側で、透明感を感じさせるピンク色の襞がうっすらと口を開いている。
 血走った、不器用な手つきで。


 御坂美琴は、その場所に、上条当麻を受け入れた。


 みち、みち。
 ほんの僅かだが、上条当麻の勃起は常日頃よりも大きく、そして御坂美琴の受け入れ態勢も不十分なこともあって。
 とても、窮屈で。
 御坂美琴は強い痛みを感じながら。
 それでも、最後まで必死になって。

「お、おい!
 美琴!
 確か、今日は危険日―――!」


 今更、周回遅れのような抗議の声を上げる上条当麻。
 だが、まるで処女のような強い締め付けと。
 そしてとても傷ついて、それでも必死に自分を愛そうとしている愛しく笑顔のまぶしい少女が。
 本当に縋り付くような弱い目で全身全霊をぶつけてきて。


「知ってるよ、そんなの。
 ―――それじゃあ、ダメなの?」


 ―――――ぞくぞくぞくぞくっ!


 背筋に、凍るほどの愛情を感じた。
 それは紛れもなく快感で。
 あんなに勝気で強い御坂美琴をここまで弱くしてしまったことにとても満足感を覚えて。

 御坂美琴には輝かしい未来が待っている。
 超能力者として、何よりも才能ある少女として。
 彼女には約束された栄光がある。

 けれども。
 もし、ここで、上条当麻の子を受精したとしたら。
 そんなもの、全部、吹き飛んでしまう。


 それでもかまわない。


 御坂美琴にはその覚悟があって。
 それを自覚したことで―――狂いながら強くなっている。


 その強さを、可憐さを、はかなさを、純真さを。
 強姦される快感に見せつけられて。

 上条当麻は。
 本当に、一呼吸前までは処女を奪おうとしていた食蜂操祈の存在を。
 忘れてしまいそうになっていた。

 そして、そのことに食蜂操祈が気付かないわけがない。
 時間として、一分もたっていない。この圧倒的な逆転劇。
 けれど、けれども。
 『忘れられる』ことだけは絶対に嫌だった。

「いや、いやぁぁぁ!」


 理解しきったわけではない。
 けれども、飛び起きて、必死になって上条当麻に抱きついた。
 少しでも肌を接触させておかないとすべて奪われてしまいそうだから。

 もう、理解していた。
 食蜂操祈は御坂美琴に敵わない。
 この狂ったような愛情を、食蜂操祈は持ち合わせていない。
 けど、けれども。
 あの充足を味わってしまって、それを取り上げられるなんて。
 食蜂操祈には絶対的に耐えられない。

 これが、ひとりの男をふたりの女が愛するということ。
 この絶望的なことが常に続くのであれば、精神をあっという間に摩耗してしまう。

 そのことの恐ろしさに、上条当麻はやっと気づいた。
 自分が如何に馬鹿なことをふたりの少女に押し付けたのかということを。
 そして、それを理解したとしても。


 後悔はまったくなかった。

 申し訳ないという気持ちはある。
 傷つけているという自覚も、その傷口を見せられている現状も理解している。
 けれども、それでもやっぱり。


「―――頼む、笑っていて、くれない、か?」


 上条当麻は、偽善者だった。

 御坂美琴のきつい膣肉にペニスを刺激され。
 母乳の甘い香りのする食蜂操祈の胸に顔をうずめながら。
 それでも上条当麻のままで。
 途轍もなく―――自分勝手な綺麗ごとを言う。


「だった、ら―――私の、膣内に、して?」

「忘れないで! ずっと私を守ってくれるって!」


 どんどん細くなる。固くなる。
 削れば削るだけ純粋になってもろくなる。
 そうして不安になるほどゆらゆらと足元が崩れて、色々なものが祓われる。
 濃厚な、我欲だけが残る。

 同じことだ。
 奪われたくない。自分のものでいてほしい!
 そうでないとしても、隣に立つだけの資格が欲しい。

 だから担保を設定する。
 自分自身を、自分の心を、自分の未来を。
 全部あげるから貴方を頂戴。
 ―――結局、御坂美琴も食蜂操祈も『そういうもの』だった。

 この男にすくわれてしまった。
 どんなに強い個人でも逆らえない世の中の悪の濃厚な膿の中で。
 その手を伸ばしてくれた人。

 それが淫らさに置換される。
 愛情を表現する方法が、一番濃厚だから。

 食蜂操祈は少年に自分の乳房を差し出した。
 痛いほど勃起した乳首を舐めさせる。
 あれほど飲まれたのに、新たな母乳が生成されて、溜まってきている。

 でも痛みはない。
 痛くないけれど沁みる。
 期待と興奮に溺れている。

 今日は、処女をささげられないかもしれない。
 けれども―――自分にはこんな武器がある。
 誰にもできないことを、この人に味わってもらうことができる。
 もう、それは誇りだった。

 そんな乳房に上条当麻が貪りつく。
 もう飲み方は覚えた。
 それでも、強く吸い付く。
 痛みを覚えない程度に、刺激を与えて。

 白い肌に咲くピンク色の花。
 舌で転がして、前歯で扱く。
 コリコリとした硬さは乳房の柔らかさを相まって吸い付きがいがあった。


「んはっ、はぁ、はぁーっ、はぁーっ
 もっと、吸ってぇ!」

 もう少しで、出そう。
 既に食蜂操祈はその感覚を自分のものにしていた。
 大きな乳房の中で造成される誰かに与える自分自身。
 魅惑の肉体は歓喜に震えている。

 それは、処女膜をささげるよりも―――明確に『セックス』だった。

 ぷっくりと膨らんだ乳首を吸われれば金色の髪と昴の瞳の少女は甘ったるい声でなく。
 愛しい少年の頭をしっかりと抱く。
 ベッドに横たわる彼のため、不自然な姿勢を苦とも思わない。

 そして、その我儘な少年は、世界を構築する神すら破壊するその右手でしゃぶっている側と別の、極上の揉み心地の乳房をもてあそんでいる。
 食蜂操祈という極上のオンナを贅沢に味わっている。
 手のひらに収まりきらない乳房を鷲掴みにしながら中のミルクをどんどんと作らせて、パンパンに膨らませていく。

 ずっしりとした重さは御坂美琴では感じられなかった。
 夢中になってしゃぶりついているとまるで本当に赤ん坊にでもなったかのようで。
 食蜂操祈の胸には―――魔力がある。

 生唾を刷り込むように舌を使う。

 そうしている間も。


「やだ、ずるい―――当麻の、まだおっきくなる―――」


 熱を持った肉に包まれている。
 御坂美琴という名の、極上の少女の、天上のような熱い肉。
 
 それだけではない。
 細い腰と丸い尻がゆっくりと、前後に、そして上下に動き始める。

 紅潮した額に大粒の汗が浮かんでいる。
 すっと頬を伝って落ちれば、熱い肉は単独の生き物のように騒めきはじめる。
 みりみりと締め付ければ、潤滑油がすこしづつ分泌され、上条当麻のペニスを侵食していった。

 だが、上条当麻の意思でのピストン運動は、できそうにない。
 上半身を食蜂操祈に抱えられ、体勢的に難しいのだ。
 ベッドのスプリングがあっても、だ。
 それでも御坂美琴の膣肉は締め付けてくる。
 少年の鼓動に合わせるかのようにねっとりと、絡みつく。
 能動的に、精が欲しいと、初めてのように願って。

 だから上条当麻はじっとしていることもできず、ピストン運動といかないまでも下腹部を突き上げるように動かしていた。
 その瞬間、


「ふぁんっ!!!」


 ―――と、美琴が鼻から抜けるような甘い悲鳴が上がる。
 あまりにも明確すぎて、上条当麻も、食蜂操祈も動きが止まった。
 抱きかかえて、抱きかかえるまま、振り返るように見上げるように、太陽の匂いのする髪の少女を見つめる。


「―――ちょっと、びっくりしちゃった。
 こういうの、初めてかも―――」


 またいでいる太腿が痙攣するように震えて。
 片目だけ開いて見せて、コケティッシュに笑って見せて。
 切なさを否定もできないけれども気恥ずかしげで。


「まだ、アンタにあげてない処女の部分、あるのかな―――」

 脈打つように収縮したり、緩んだり。
 何度も何度も繰り返す。
 亀頭の粘膜がとても硬いところを突き上げている。
 こりっとした感覚。
 騎乗位という形だから、体重をかけているから、感じられるかもしれない―――感覚。

 と。

 いったん浮き上がった美琴の身体が、すとんと落ちた。
 まろやかな下半身の肉が、そのまま巨大な渦になったかのように、何度も何度も上条当麻を吸い込んでいく。
 きゅ、ぎゅ。
 奥のほうへ、奥のほうへと。
 顔をくしゃくしゃにした美琴が歯を食いしばるようにしながらも、だらしなく唇を歪めて。
 食蜂操祈には到底かなわない薄い胸が、それでもぷるぷると揺れ動く。

 ペニスは御坂美琴を貪っているはずだ。
 だが、少年はそれをクリアに理解できない。
 感覚というものが暴走している。

 それは御坂美琴も同じことで。
 そして、理解したからこそ、食蜂操祈は負けじと乳房を上条の押し付ける。
 もう抱えるのは辞めた。
 両手で乳房を合わせて、中央に揃えた乳首を交互にしゃぶらせる。
 そのたびに甘い声をあげ、ふくよかな腰を不慣れに左右に振る。

「はぁん、あんっ、また出そうなのぉ!
 当麻さん、いっぱい、飲んで、ほしいのぉっっ!」


 ―――ぴゅ、ぴゅるるうるっ!!!

 操祈が悲鳴のように淫らに強請れば。
 甘く酸っぱい味が上条の口内いっぱいに広がった。
 両方の乳首を無邪気に一気に吸い込んで、さらにあふれ出た母乳を呑み込んでいく。

 そして御坂美琴の動きも加速する。
 筋肉のみっしりとつまったしまった腰。
 上条の腰の上でくねくねと短く動いて、上下にぶつけてきて。


「ごんごん、きてるよぉ―――
 とうま、すごいよ、すごい―――」


 美琴の膣肉に扱かれて、もう限界を超えていたはずの上条のペニスはあっさりとそれを踏破する。
 微細な粘膜の襞が蠢動して絡みついて。
 ごつごつとした幹に、血管を揉みこんできて。
 そして急激に自己主張してきた子宮口は、上条のリキッドをもとめ、スパゲッティ一本分程度しかないはずの穴を、広げつつあった。

「(く、くびれにまで、きてやがるっ!
  操祈のミルクもすげぇしっ!
  やばっ、もう限界―――)」


 柔軟性に富んだ肉だから。
 わかるのだろう。


「―――当麻、ねぇ、我慢―――しないで?」


 美琴が少しだけ腰を浮かせて、落とす。
 亀頭が柔らかな肉に扱かれる。
 ドロドロに溶けたバターのように。
 ぐちゅ、と鳴る。
 息をするようにひきつる。
 内臓で淫らに誘いながら、慈母のように笑って、せがむ。

 簡単な意味じゃあない。
 リスクは明確に突き付けて、それでも愛してくれるのか。
 覚悟を問うている。

 御坂美琴は―――受け入れた。
 上条当麻の幸せのためだったら、どんなことだって。
 だったら、上条当麻は―――御坂美琴の幸せのために、どんなことを、して、くれ、る、の、か―――


「や、もっと吸ってぇ!
 吸って、よぉ―――!」


 そして、御坂美琴が夢中にしようとしている上条当麻に、食い込ませるように。
 だらだらと滴るほどに染み出てくるミルクを、乳房を絞って、飛沫にするようにして呑み込ませて。
 桜色に染まった白い肌ととがったピンク色の乳首は上条当麻以外の誰のものでもない。

 食蜂操祈の母乳は飲んでも飲んでも尽きることがない。
 最初、青臭い植物のような匂いがしていたのが、いつの間にか甘いものに変わってきている。
 味も濃厚になってきている。
 ―――いや、きっと。
 そういう風に脳が作り変えられてきている。


 それが、わかってきて。
 金色の髪の少女はうっとりと、安心したように笑みが浮かんできている。

 上条当麻の脳は、もう、食蜂操祈の母乳を忘れることができない。
 もちろん、御坂美琴の膣の肉の感覚を削り取ることだってできない。


 ―――だから、もう、限界―――だった。


 びゅるるっ、どくどくどくんっ!どくどくどくどくっ!!!


 膣粘膜を貫く愉悦。
 母乳を貪る法悦。
 爆発のように振りあがってくる、尿道口まで駆け上がってくる快感。
 上条当麻はまさに極楽の境地に入り込んでいた。


「や、あはは―――はぁっ―――
 すごい、びりびりってくるよぉ―――
 安全日じゃないと、こんなに感じるんだ―――」


 惚けた顔で、だらしなく開いた唇からは涎を垂らしてまで。
 御坂美琴が幸せそうな顔で、膣内受精を喜ぶ。

 噴き出すものを受け取る感覚。
 膣の奥を打つ音。
 一秒、二秒、三秒―――四秒。

 腰の動きを止めて、じっと。
 天使のように、白痴のように笑って。
 それは、信じられないほどの爽快感。

 ―――何もかもが満たされていく。


「―――いっぱい出したのなら、その分、栄養とらないと、ね―――」


 ぷるる、と食蜂操祈が肩を震わせた。
 少しだけ、達したのだ。

 ベッドまで濡らすほど母乳を、ミルクを、与えて。
 本当に幸せそうに、心の底から満たされて。
 大きく肩を上下して、肺活量の小ささを誤魔化しながら。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 ―――ありえないような奇妙な形で、男と、女と、女の『今日』という幕が、下りた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

以上です

あとはエンディングとその後の話です

最近、本当に忙しいんですが、エンディングはできるだけ近日中に仕上げたいと思います

自分で言うのもアレですが、三大欲求のうち食欲と性欲はそれなりに書ける自信があります
が、睡眠欲はどうやって書けばいいのかまったくわかりません
ふわふわのベッドとか泥のように眠るとか書いてもなんか違いますし・・・・・・

ともかく、この話はこれで終わりです
長らくのお付き合いありがとうございました

 マロニエの葉が風に揺られて掠れるような音がした、ように思えた。
 厚みのある幅広の葉であるとしても音楽室から流れてくる弦楽器のメロディに到底勝てる音量ではない。
 だから、本当にただの気のせいなのだけれども。

 いつものような放課後のお茶会。
 日差しの気持ちいい二階のエントランスにちょっとした空間を作って、食蜂操祈はここから見える世界を見渡していた。
 処理するべき書類も、認識のすり合わせをしなければならない打ち合わせも何事もなく終了。
 イカの神経を用いた自律式のコンピュータ、なんていう面白い研究テーマを打ち上げた少女に予算を出したり研究所への紹介状を書いたり。

 余談だが、この研究をやりたいと言い出したのは水滴のレンズを介して遠隔視をすることのできる少女だった。
 彼女の研究のために少しばかり横車を押したのは女王の我侭に付き合った褒美―――でもあったりもする。
 実際問題、彼女たちにそういう記憶は残していないのだが、実益に対する褒章は必要だと食蜂操祈は考えている。

 ほかの子にも何かしら考えておかないといけないわね。

 と、薄いカップを唇に運びながら食蜂操祈は考える。
 カップの中の紅茶はその名前通りに透き通るアカ―――ではなく。
 白く濁っている。


「久しぶりだからかしら、ミルクティーが美味しいわねぇ」


 正確にはチャイだ。
 生姜の搾り汁も、たっぷりの砂糖も入っている。
 紅茶にフレッシュミルクを入れたのではなく、ミルクで紅茶を煮出したのだ。
 だが、敢えて指摘するほどのものでもない、と縦ロールの少女はご機嫌な女王をちらりと見て、自身もカップを口に運んだ

「やはりアッサムの強い香りはミルクと合いますわね」

「茶葉を味わうという意味では邪道力すぎるけどぉ、世界的にはこっちのほうが人気はあるものねぇ」


 一瞬、強い風が吹いて髪が舞い上がって。
 反射的に二人の少女が自身の髪を抑える。
 長い髪。柔らかい髪。
 互いに抑えている姿を見て、何かしら感じて、ふと、お互い笑いあった。


「―――よかったです」


 意味もないことで笑うなんて、思春期の少女にはよくあることで。
 次の瞬間にはなんで笑ったのかも忘れてしまうのだけれども。

 縦ロールの髪の少女は笑いの意味を変えて、慈しむように女王と慕う食蜂操祈に表情を見せた。


「あら、今のがそんなに愉快力あったかしらぁ?」

「いえ、ここひと月ぐらい何かしら悩みを抱えていらしたようですが、それが無事解決したようで。
 しかも―――とてもいい形で」

 言われて、思わず食蜂操祈はきょとんと、した。
 言われて、目の前の少女が木石の類なのではなく、それなりに洞察力のある一個の人間なのだと今更のように気づいた。


「―――解決した訳じゃないわぁ。これからも、ずっと考えなきゃいけないことだけど―――
 でも、ありがとう。それにごめんなさいね」

「あら、ごめんなさいとはどういう意味ですか?」

「―――少し、見くびっていたわ、貴女を」


 今度は縦ロールの少女が虚を突かれた。
 悪戯っぽい笑みの操祈を見て、からかわれたと怒るふりをして、笑った。
 そして―――笑ってはいても、昴の瞳が笑っていないことに気づいて、縦ロールの少女の笑みが不自然になった。


「今度から、こういう交渉とか、やってみない?
 面倒なのは確かだけれども、私だけしか運用できない『システム』っていうのも、問題力ありまくりだしぃ」


 二秒ほどの沈黙。
 沈黙の後、操祈はのんびりと、それこそ十秒以上の時間をかけて、カップを干して。
 そして改めて凍り付いたかのように固まっている縦ロールの少女を見つめる。

「そんなに決断力必要なことじゃないと思うけれどぉ」


 こう言えば逆らえない。
 それがわかっていて言葉にする。
 食蜂操祈は卑怯者だ。

 と、同時に。
 これは別に嘘とか騙そうとか言うのじゃあなくて。
 ―――『女王』じゃない部分に『食蜂操祈』の配分を多くしたいという、彼女の我侭。
 そして、そのことを隠そうともしない。


「―――わかりました。
 微力ではありますが、最善を尽くさせていただきます」


 一分ほどの沈黙の後、縦ロールの少女が言った。言い切った。
 強い決意の色が目に浮かんでいた。
 覚悟を決めた、のだろう。
 少女は少女のままで確かに強くなって―――食蜂操祈の我侭を受け入れた。


「あんまり難しくは考えないでほしいんだけどぉ。
 たまぁに、私がいなくなるときに、だけの話なんだからぁ」

 くすっ、と軽く笑って。


「それに、ね。仮にも『世界に通用する人材』になるんだったら、『女王』程度の統率力は必要だと思うわよぉ?」


 金色の髪をふわりと掻き上げた。
 そのまま、手の櫛で毛先まで流して、玩具のように指先でくるくると纏めた。
 そして、ふっと指先に息を吹きかけて、魔法を解いたみたいに髪の毛を開放する。

 一連の子供じみた行為も絵になるのは―――やはり『女王』の気品だろう。


「ずいぶんと難しい命題を出されますのね」


 少し緊張してか、口調の硬くなった縦ロールの少女。
 食蜂操祈は彼女を見て、少しだけ肩をすくめて、そして立ち上がった。


「さて、お茶会はこれでおしまい―――後片付けはお願いするわねぇ。『将来の女王様』」

「『女王』になるのにも下積みが必要なのですね。
 承りました。どうぞ―――頑張ってきてくださいな」

 お気に入りのポーチを手に取った食蜂操祈に掛けられた声は、戦場に赴く兵士への激励のようにも聞こえる。
 緊張した心を読まれでもしたのか、と食蜂操祈は足元が浮ついていることを自覚し、それでなお不敵に笑って見せる。
 軽く手を振って、そして次の場所へと。
 足取り軽く。
 指先を歯でひっかけて。
 右手の長いロングローブを引き抜いて。

 大股の行進。
 女王の優雅さよりも少女の爛漫さを意識するようで。
 身体は熱く火照ってきて、乳房が疼いて痛みを訴えてきている。
 乳首が勃起してつんと内側から下着を突き上げて、先端からは既に母乳が滲んできている。


「―――来たんだ」


 常盤台中学。
 その校門。
 解放された赤レンガの空間。

 そこに、明るく短い髪の、白い花の髪飾りを付けた勝気な表情の少女がいた。
 御坂美琴。
 超能力者ではなく、超電磁砲でもない。
 ただの、御坂美琴。

「来ないとでも、思ってたわけぇ?」

「まさか。
 でも―――来ないでくれないかなぁ、とは思ってたわよ?
 オンナだからね、アイツを独占したいっていうのは、否定できないわよね」


 既に喧嘩は始まっている。
 ひとりの男を奪い合う女同士。
 友達にはなれない。


「それでも―――アンタのオカゲかな。
 曖昧に見えていた未来が、少しだけクリアに見えてきた。
 間違いなく私は強くなったわ」


 それはどういう意味だろう。
 挑発するように自分の下腹部に手を置く美琴と睨み付ける操祈。
 昨日の今日で、膣内に精を受けたとしても妊娠したかどうかもわかりはしない。
 第一、そう簡単に受精するものでもない。

 ただ、その覚悟とそうなってもおかしくない行為を選択したという事実は。
 御坂美琴という少女を一回り大きくさせた。
 そのことを、食蜂操祈は感じ取った。

 だから。


「古式にのっとって、決闘を申し込むわ」


 つかつかと歩み寄って、右手に嵌めていたロンググローブを押し付ける。
 蜘蛛をデザインした、蜘蛛の糸のように軽い手袋。
 それを、御坂美琴に握らせた。


「―――どういうつもり?」

「決まってるでしょう?
 『美琴』さんがそうやって強くなったんだったら、『私』も同じ方法で強くなって―――そうして、私に夢中になってもらうのよ」


 見下すような言い方で、でも目はふざけているようで。
 軽く笑った食蜂操祈の髪を風が撫でる。
 さなぎの殻が割れて、金色の蝶が羽化する。

 その美に圧倒されながらも、不敵に笑うのは御坂美琴。
 勝気なのはもって生まれたサガだ。
 うけとった手袋を、投げ捨てるでもなく、自分の右手に嵌めて操祈に見せつけた。

 ぐー。ぱー。
 そして、超電磁砲の発射のポーズ。
 どーん、という口からのセリフとからっぽのコインの弾丸。
 何もないはずの衝撃が食蜂操祈を打ちぬく。
 決闘は、始まった。


「できるのかしらね。
 だって、アンタまだ処女じゃない」

「無理矢理邪魔した人が勝ち誇って言うセリフじゃないわよねぇ」

「マグロのままじゃ今日も同じ結果になるかもしれないわよ?」


 積極性という面で食蜂操祈は御坂美琴に劣る。
 けれども、彼女には彼女の武器がある。


「そういえばぁ、ちょっと調べてみたんだけどぉ。
 『ぱいずり』っていう行為があるみたいなのよねぇ。やってあげたことあるのかしらぁ、み・さ・か・さぁん?」

 そう。
 中学生からかけ離れている肉体。
 数値だけならば御坂美琴を遥か凌駕する。

 とくに乳房。
 谷間ができているかも妖しい美琴より何倍も上のはずだ。


「正直、恥ずかしいんだけどぉ、『あの人』が喜んでくれるんだったらどんなことだってしてもいいわねぇ」


 まるで娼婦のように唇をゆがめて媚びを売るような声で。
 そうして喧嘩を売っている。
 経験はまったくないけれど―――なに、すぐのことだ。

 まだ怖いけれど、痛いのならば耐えられる。
 忘れ去られるよりは何倍もましだ。
 それに、やっぱり。


「私だって、好きだから、って証拠―――欲しいんだもの」

 食蜂操祈もオンナだった。
 彼女たちにはまだきっとやるべきことがあって。
 手を伸ばせば届くものばかりでもないのだろうけれども。


「喧嘩売ってるんだったら買うわよ?」


 もう、伸ばした手を捕まえられてしまったのだから、しょうがない。


「喧嘩売ってるのよぉ?
 気づいてないのぉ?
 どれだけ理解力うすいのかしら?
 その胸ぐらい?」

「よしわかったその邪魔なもの引きちぎるわよちくしょう」

「ちょ、ちょっと待って!
 暴力的な行為は反対よぉ。
 美琴さんみたいにアマゾネスになるつもりは私にはないんだからぁ」

 きゃあきゃあ、と喧しく騒がしく。
 年頃の少女のようで、立っている場所は到底違う場所で。
 ただ、本当に、たった数日のことではあったけれども、『色』が変わった。
 そのことだけは否定のしようがない。

 狂おしい嫉妬もあるし、憎悪もある。
 友達にはなれない。
 それでも―――ある意味、対等であって強いところも弱いところも見られてしまった共犯者の関係。

 堕落、と呼ぶべきかもしれない。
 洗脳された、というべきかもしれない。
 世間はきっと理解してくれない。



 ―――けれども彼女たちは紛れもなく恋をしていたし、幸せになろうとしていた。
 たとえ、世界中のスベテを敵に回したとしても。

 
 
 
 

以上です

エンディングが薄いのはメインがエロだからです
エロも薄かったですけど


あとはこの設定上でのエロエロ話ということで
おっぱい話を書く予定です
気長にお待ちください

 賑わっていた。
 平日の放課後。堅苦しい授業から解放された束の間の休息。
 第十五学区の繁華街。その一角にある少し古びたゲームセンター。
 新しい競合店が雨後の筍のようににょきにょき現れているというのにここの客は絶えない。

 外資系のチェーン店が進出してきても厳選した豆を丁寧にいっぱいづつドリップして客に提供する昔ながらの喫茶店とでも譬えられるのだろうか。
 特段大きな違いはないはずなのだが、妙に居心地のいい空間だ。

 ただ、やはりそこはゲームセンター。
 なんだかんだと騒がしい―――はずなのだが。

 一角。
 景品を釣り上げて穴に落としてゲットするというキャッチャーな筐体が立ち並ぶエリアの一部は妙に人影がなかった。
 カーテンを切り裂いて暗闇の部屋に無理矢理太陽の明かりを入れたような、人為的な自然さ。
 そしてその自然な不自然に店にいる誰も彼もが気付いていない。

 正確に言えば『気付くことができない』でいる。
 仲間内で騒ぐ男子生徒たちも、腕を組んでお互いしか見えないでいる親密なカップルも。
 少ないお小遣いを握りしめて背伸びをしている小学生も。
 よく見れば、みな同じような目を―――『星』に染められた目をしていた。

 洗脳、である。
 心理掌握という恐るべき能力によって支配されているのである。
 自分が自分である、という確固たる理由の一つである『心』を残虐にも操作された哀れな犠牲者たちである。
 が、実のところ、それで何かしらの肉体的社会的なダメージを受けているかというとそんなことはない。
 洗脳という概念がおぞましいということを除けば極めて地球に優しいエコロジーな暴力の類であろう。
 余計なエネルギーを使わないという意味で。

 近所づきあいが希薄になったと言われるこの現在で―――まぁ、学園都市で寮に住んでいる『学生』たちは隣の部屋の住人は大抵クラスメイトだったり同級生だったりするのだけれども。
 人間関係のトラブルというやつはどうしたって発生するわけであり。
 その余計な争いを避けるという能力と考えればこの『悪』にもそれなりに意味はある―――のかもしれない。

 モラルとしてどうなんだろうかなー、と考えながらつんつん頭の少年は卑劣極まりない悪を行っている隣の少女を見遣る。
 夢中になってボタンとアームと格闘を繰り広げている姿は悪魔というよりも小悪魔といったほうがいい。

 夕日を浴びる小麦畑のような金色の髪。
 ふわっと広がって太陽の匂いがする。
 化粧っ気はない。
 薄く塗ったリップクリームだけ。
 しかし素材が良さには余計な味付けは不要だ。
 媚を売るときは裏側にナイフを隠しているが、彼の間では余計な媚を売ることもない。
 肩を軽くして、そして、されていられるんだ、と感じられて不思議な癒しになっている。

 じゃあ女としての魅力がないのか―――と言われれば当然答えは否で。
 名門中学の制服を窮屈そうに盛り上げる乳房はたわわな果実で歩けばそれだけで揺れて視線を誘う。
 くびれたウエストはまさに蜂のように細く、それでいながらヒップラインは下品さを感じさせないギリギリのところまでボリュームがある。
 短いスカートから覗く足のラインはとても優美で肉付きのよさを感じさせながらも足首の細さが十分に引き締まって感じさせる。

 そして、とても重要なことだが。
 これだけ『色気』を強調した外見であるのに、食蜂操祈はまだまだ少女のあどけなさと残虐さを残していた。


「絶対おかしいわよっ!
 私の完璧な計算力で、こんなに失敗するわけがないじゃなぁい!」

「計算は完璧でもタイミングも完璧にずれていると上条さんは愚考する次第でして。
 っていうか、完璧系お嬢様の割には操祈ってテンポとか致命的にダメダメだよな」

「は、はぁーっ!?
 人が気にしていることずばっと言ったりするのって失礼過ぎないっ?」


 到底色気のある会話ではない。
 が、それでも当人たちは結構楽しんでいる。
 ゼロハリのペンケース―――カエルのキャラクターのシルエットが彫り込んである―――なんて、いったい何に使うんだこんなもの、という景品をゲットするための云々かんぬん。
 ペンケースの入ったビニール袋から輪っかが伸びていて、その輪っかが壁から突き出た棒に引っかかっている。
 要するに、ペンケースをぐわっと掴んで引っ張ってやるとポロンとゲットできる単純なルールだ。

 子供だましも甚だしいが。
 ルールよりも景品よりもその過程が楽しいのだ。
 ちょっといいところを見せてあげるわへへん500円で十分よ、から、こんなはずじゃなかったのにー!、までまで。
 無価値と言われればそれまでのバカバカしい行為も、結構夢中になれたりする。


「まぁ、この手のやつはある一定数までお金を入れないとフラグが立たなくて正確に狙えなかったりするんだけどな」


 そうだとしても既定のコイン数はとうにオーバーしているはずであって。
 という後半部分は口にはしない。
 若干呆れながらの口調ではあったが、上条の言葉に食蜂操祈は振り返って我が意を得たりと頷いた。


「そうよ、そうなのよぉ!
 まだフラグが立ってないだけなのよね!
 私の計算力には何の問題もないのよぉ!」


 はい、計算力は問題ないと思います。たぶん。
 問題なのはリズム感や空間把握能力の方だろう。
 この我侭ボディの我侭娘は幼児が無邪気に駆け回っているうちに構築していくであろう体感的なことが悉く欠けている。
 実際、まだ連れていったことはないけれども―――カラオケなんかも出来は期待できそうにない。

 まぁ、それも個性の一部。
 多少のことが劣っているからと言って魅力が欠けているというわけでもない。
 誰にだって得手不得手はあるわけで、それが誰かの迷惑にまで発展しない限りは十分に尊重してされるべきだろう。
 からかったり貶めていいわけではない。

 それに、下手な鉄砲もなんとやらで。


「お、おお!?」


 神様が気まぐれを起こしたのか、それともゲーム機の中に設定されてある投入できるコインの上限―――まぁ、そんなものあるなんて思えないけれども―――を超えたことで強制的に『当たり』になったのか。
 おそらくはただの偶然なのだろうけれども、安い作りのアームがぐわしとペンケースを掴んだ。


「あ、あ―――いけるんじゃないかしら、これっ!
 ほら、見て見てぇ!」


 そして、力強く、ぐいっと引っ張る。
 棒の端っこまでするすると輪っかが滑って、最後の少しだけ膨らんだところに引っかかって。
 だけれども、プルプルと震えて、取れるか取れないかのギリギリのところで―――

 ぴゅうううん。
 という気の抜けた機械音とともにアームから力が抜けて、ペンケースを離して、元の位置へと戻っていく。
 残されたペンケースはぷらんぷらんと、まるで食べ残しの果実のように揺れていた。


「……ちょ、ちょっとぉ?
 何なのぉ、これぇ!
 期待させておいてあんまりなんじゃなぁい!」

「いやいや、これもまたゲームの醍醐味というやつでして」

「いらないわよ、そんな醍醐味!」


 期待してしまった分、子供のように憤慨し癇癪を起す食蜂操祈。
 本当に年相応というか、むしろ幼いぐらいの反応に上条当麻は苦笑して返すしかない。
 が、その言葉だけでは納得できないのか、本当にキャラじゃないのだけれども。


「ああ、もうっ!」


 どん、と。
 食蜂操祈はケースのガラスを両手で叩いた。

「お、おいっ!
 そんなことしたら警報が―――」


 上条が慌てる。
 操祈の心理掌握の能力で店員が駆けつけてくる心配はないけれども、思わず反応してしまった。
 電子的な記録が残るという判断も少しはあったのかもしれない。

 が。


「ほえ?」


 ガラスを叩いた振動で、ペンケースがすとんと落ちた。
 落ちて、景品の下に設置してある機械によって取り出し口へと運ばれる。
 がたん、という乾いた音がした。


「あ、あれ―――取れちゃった?」


 漫画のような展開にふたりは一瞬呆然とする。
 そして、お互いの顔を見つめて、次の瞬間にはぷっと同時に噴き出していた。

「あは、は―――
 なぁんだ、こうやってとるものだったのねぇ。
 私の天才力でも気づかないなんてなんて設計力なのかしらぁ」

「いやいやいや、違うからね?
 そういうもんじゃないからね?」


 腹筋がひきつるといわんばかりにお腹を押さえて笑い転げる操祈に上条はうやうやしく勝利のトロフィーを差し出す。
 ゼロハリのペンケース。
 数千円の価値があるかは疑問だが、それもまた一興一笑。
 涙を眦に浮かべながら受け取った少女に対し、胸に手を置き、腰よりも低く頭を下げる最上級の礼で返すツンツン頭の少年。
 過剰な慇懃さが、またふたりの間に軽い笑いをもたらした。


「あー、おっかしい。
 もう、笑わせないでよ、当麻さぁん」

「いえいえ、お嬢様のご活躍にはわたくし常々敬服しておりました」

「もう、あんまり過ぎると怒っちゃうゾっ☆」


 上条のケレン過ぎるアクションに大げさなリアクションで返す操祈。
 その表情に僅かながら苦いものが混じっていることに気づいた上条が一瞬表情を凍らせた。

「―――」


 お気楽に見えて、上条当麻という人間はそれなりに頭もよいし観察力もある。
 誰かの心情を理解するということにも―――長けていた。
 少なくとも、記憶を失う前の上条当麻はそういう人間だった。

 食蜂操祈は考える。
 記憶を失った後の上条当麻には観察力はあっても誰かの心情を理解しようという能力が欠けていた。
 正確にいうのであれば、自分に近づけようとしなかった。
 心を理解されれば心理的な距離はぐっと近くなる。
 記憶を失って、確固たる足場のある自分を失っていた彼は、自分に自信がなかった。
 誰かに頼られることはあっても頼ろうという発想に欠けていた。
 ようやってメサイアコンプレックスに溺れていったのかもしれない。

 あれだけ強引に距離を詰めた御坂美琴との間とでもコミュニケーションの空回りは存在した、と食蜂操祈は分析している。
 いや、あの関係は御坂美琴が本当の意味で辛抱強かったということなのだろう。
 そうだとしても御坂美琴も上条に理想を押し付けたがるきらいは強かった。
 互いに我が強かった。
 ぶつかり合いながらもうまくいっていた。

 今。
 食蜂操祈が上条当麻に見せたい食蜂操祈は『お嬢様』である食蜂操祈ではなく。
 それなのに彼女を『お嬢様』と評した彼に一瞬の小さな悲しみを感じてしまった。

 肌を重ねても完全には理解されないというアンニュイな感情。
 それを悟られてしまった。

 これじゃあ疲れちゃうなぁとも正直思うし、それを告げることもできない。
 上条当麻というキャラクターは上条当麻に対しては全能を求めすぎていて、上条当麻には辛辣だ。
 もうちょっと食蜂操祈に対して乱暴でもいい。

 大体、こんなどうしようもない小さなことをいちいち察したり、それで傷ついたりなんて。
 なんというか、女々しい。


(女心なんてこれっぽっちも判らないくせに、ねぇ―――)


 そこまで組み立てて食蜂操祈は思考を停止した。
 下らないことだ。
 いちいち気にすることじゃあない。

 それに。
 せっかくの楽しい時間に余計なものを混ぜ込みたくない。
 鬼の居ぬ間の洗濯。
 おっかない電撃ビリビリ姫に所要があるのだから、楽しい楽しいふたりっきりのデートを満喫しなくては。

 食蜂操祈はゲットしたペンケースをリモコンに見立てて、ぴっと存在しないボタンを押した。
 雌猫のような所作。
 その先。
 指し示したところにはゲームセンターの花形筐体である写真シール作製機、通称プリクラが鎮座していた。
 よけな光を遮るためのカーテン部分には彼ら彼女らと同年代であろう少女たち三人が決めポーズを付けた写真がプリントされている。
 和気藹々とした少女たちの表情は、まさに青春そのものに見える。


「ねぇ、せっかくの記念だからプリクラとってみない?」


 小さくウインクして。
 思いっきり媚びた笑顔で。
 お願いではなくて既に決定事項で上条当麻には拒否権は与えられていない。

 加えて。
 おどけて『お嬢様』と自称してしまえば小さな違和感なんて簡単にほどけてしまう。
 歯車に入った小さなゴミはふぅっと息を吹きかければ簡単に飛んでいってしまうものだ。
 

「昔よくふたりで撮ったんだゾ☆」


 少しだけ身体をかがめて、上目づかいで。
 大きな乳房を強調するような姿勢で食蜂操祈が見つめる。
 上条当麻の記憶は食蜂操祈の記憶で補正されているもので、必ずしも『過去の上条当麻』と同一ではないのだけれども。
 敢えて、こんな風に歯車を強引に噛み合わせた。

「そっか。そうだな」


 上条が何とも言えない微妙な顔をする。
 転がされてると自覚したのだろう。
 でもそれが楽しかったりする。


「そういえば、あんまり写メとか撮らないわよね?
 メールだってそんなにしてくれないし」

「結構な頻度で携帯が壊れるもんでして。
 どーにもそういう習慣が身につかないのでありますのよ」

「この『学園都市』の人間が言うセリフじゃないわよねぇ」


 カーテンの中に入れば外側の世界よりも眩しい白の色が溢れ出した。
 ある意味で結界なのかしらねー、なんて思いながらコインを投入する操祈。
 そして手慣れた風に画面をタッチしていって、付属のスタイラスペンで文字を書き加えていく。


「おいおい、この『変態おじさん』ってどーいう意味ですか」

「言葉の通りだけどぉ」

「変態はともかく、おじさんって、ねぇ……」

 キラキラした星とかハートとかで画面内をデコレーションしている操祈の表情を見ていると上条の抗議も弱くなる。
 実年齢以上の経験は確実に―――それこそ人生一万回以上――-あるだろうけれども、でもおじさんはないよなぁ、と思う。
 それでも、満面の笑みで頬を緩めて、ふんふんと鼻歌交じりでフレーム内に星をまき散らしている姿が画面から見つめてくれば。


(幸せ、だよな―――)


 うん、悪くない。
 いやいや、最高だ。
 上条の頬のラインも甘いものになる。


「ねぇ、私の美術力ばかりに任せてないで、自分でもやらないとダメなんだゾ☆」


 操祈が上条にペンを渡す。
 画面には操祈の隣に妙な空間が開いている。
 そこに何かしら書け、ということらしい。
 きょんとした表情で横を見れば金色の髪の天使の顔をした小悪魔は期待の視線で見つめ返した。


「んあ―――」


 少しだけ上を見て考える。 
 二秒ほど考えた後、上条は画面の中の操祈の横に文字を書き込む。






 寂しがりやの女の子





「……ふぅん、当麻さんは私を『寂しがりや』って思ってるんだぁ」

「根拠があるわけじゃないんだけどさ」

「ちょっとは当たってるかもねぇ」


 会話はここで一時中断。
 ポーズをとって、ぱしゃこんという如何にもな音がして。
 ゴージャスなお嬢様とさえない男子高校生とのツーショットが撮影される。


「次はこのぽーずでぇ」


 二枚目三枚目四枚目。
 ボタンを押せば合成音でシャッターが切られる。
 出来がいい二枚を選択してプリントアウト、となる。
 十六枚のプリクラが印刷されたシートが筐体から吐き出されて、それを手にする。


「うーん、我ながら素晴らしい美貌力よねぇ」

「自画自賛かよ。
 ―――まぁ、その通りだと思うけどさ」

「素直に可愛いっていうもんだゾ☆」


 ひらひらとシートを振ってけらけらと操祈が笑う。
 だが、視線はまだプリクラの方を向いていて、どうやらまだまだ撮り足りない様子だ。
 無邪気な笑顔に少しだけ別の色が混じる。


「またデートできて、すっごく、嬉しい」


 小さな声で、いつの間にか挑発的な視線になって。
 とん、と一歩踏み込んで上条の腕にしがみつく。
 お互いの吐息が重なるぐらいに近づいた。
 突然間を詰められて上条が目を見開いた。
 狭い筐体がさらに狭くなる。


「お、おい―――」

「けどね、私の操作力を舐めてもらっちゃ困るんだゾ☆
 ―――その携帯電話の、バッテリーに美琴さんとの『ちゅーぷり』貼ってあるの、知ってるんだから」

 んが。
 上条が石を呑み込んだかのように硬直した。
 え、アレ見られたの?

 誰かに見られたら赤面卒倒もの間違いなしの恥ずかしいもの。
 このさんにんの場合、『食蜂操祈』は『誰か』の中に含まれるのかどうか微妙なところだが。
 ともかく、上条は頬が赤くなることを自覚した。


「あ、勘違いしないでよね。
 別に携帯手に取ったりはしてないわよ?
 ちょっと遠隔視できるコに協力してもらっただけで」


 目の前の魅力的すぎる少女が、一瞬だけ幼女のような素直な顔になって、そして娼婦のような淫らな貌になる。


「おかしいわよね?
 美琴さんとはしているのに、私とはしてないなんて。
 同じこと、してもらわないと、ねぇ―――?」


 同じこと、なのか。それともそれ以上か。
 ごくり、と唾をのむ上条。
 目の前の少女をオンナにしてから大体二か月程。
 危険を楽しむように色香のある誘いを仕掛けてくる。

「それに、ね。
 そろそろおっぱいが張ってきちゃったから。
 痛くなる前にどーにかして欲しいのよねぇ」


 店内には大量のBGM。
 そして超能力者第五位の心理掌握による人為的な結界。
 気づかれる心配は、ない。

 ないが。


「なぁに、逃げようと考えてるのかなぁ?」


 なんて、さらに見透かされてしまうと。
 んが、とさらに喉の奥の塊のようなものを飲み込んでしまう上条。

 常識とか世間体とかうんぬんかんぬん。
 恐らくはそういったものと対極の誘い。
 これは確実に罠であるが、罠だとしても仕掛けられた餌はいかにも魅力的だ。
 耳の裏側できーんと音がする、ような気がする。

 
 
 
 
 
 
 結局―――――

 
 
 
 
 

今回は以上で

言い訳がましいのですが、2月は中盤まで申請書類の追い込みでシャレにならず
そのあとSS速報が落ちていたのを知り、ちょっと心が折れる
消費税とか色々な制度の切り替わりのおかげで別件の仕事が増えたのに加えて駆け込み需要もアレで3月は本気で公私ともに忙しくて忙しくて

他にIS○だの工場○当だの宅地建○取引業35条に適用しない土地賃貸借契約だの、自分の仕事って一体何という状況です


でもゲーセンでエロいことをするのは最初から書きたかったことなので自分自身のためにさいごまで書ききりたいです

「まぁ?
私の『心理掌握』ならばともかく?
美琴さんの『超電磁砲』じゃ、こんなこと可能力ないんだけどぉ?」


半裸の状態で強がっている。
普通ならばただ滑稽なだけだが、このふたりの間だけには妙な迫力があった。
喧嘩を売っているというよりは自慢している。
能力のことじゃあない。
貴女にここまでのことができるの?
それを輝く瞳でほくそ笑んでいる。


「それにぃ、いくら嫉妬力丸出しだとしてもぉ。
流石に当麻さんこんな風にしちゃうのはあれじゃなぁい?」


激痛力よね。私にはわからないんだけど。
しゃがみ込んで、地獄の汗を流して白目を剥く上条の頭を抱える。
いい子いい子、と赤ん坊を撫でる母親のように慈愛に溢れたーーーように見せながら。
実際には美琴をからかうネタにしているのだけれども。


「 感触的には潰れてないから大丈夫よ。
大体、アンタ、その格好で、カーテンが開けっ放しの状態でよく平気でいられるわね」

「ま、そこら辺りはねぇ。
完全に知覚できないようにしているしぃ。
私の洗脳力が効かない美琴さんの方が普通じゃないんだしぃ」


異常なシチュエーションはスパイスだからいいのであって、自分の白い肌を誰彼ともわからずに見せるつもりは操祈にもない。
だったら最初からプリクラでえっちなんかするな、というのが美琴の意見だがここら当たりの常識/非常識のラインが普通とは違うのは性格破綻者たる処だろう。

「大体?
出張中に作った現地妻が本妻に偉そうに説教力しめすのはなんかおかしくなぁい?」

「誰が本妻だこの露出狂。
捨てられた昔の女をお情けで相手してもらっているのを勘違いすんじゃないわよ!」

「はぁー!?
別に捨てられてないしぃ!
ただ、ちょぉっと記憶失ってただけでしょう?
元々私のなんだから! 泥棒猫はそっちじゃない!」


きゅう、と内臓まで引っ込んでいた睾丸の痛みがまだ鮮烈ながらなんとか落ち着いてきた上条だったが、声を上げられずにいる。
そもそもが、この状況の責任はどう考えても自分である。
タマゲリは勘弁して欲しかったが、大昔ならば不義密通は二つに重ねて胴切りなのだから、しょうがない罰というべきか。
いや、でもふたりと同時に付き合うことは同意を得ているわけで………

と、クリアにはなりきれない意識でなんとなくそんな理不尽さを感じる上条。
同時に、自分の方が愛されているんだ、特別なんだと張り合っている怒鳴り合いがちょっと嬉しかったりもする。
罪深い男である。
下半身剥き出しにして激痛に走る股間を押さえながら白眼を向いて口から泡を出している罪深い男である。

「いい加減かわいそうだから、麻酔力使ってあげるわねぇ」


粘っこい汗を浮かべて地獄の苦しみにもがいている上条の頭を操祈がゆっくりなでる。
それだけで上条の激痛は溶けるように消えた。
食蜂操祈はリモコンの補佐がなくともこの程度は手慰み。
心理掌握は伊達ではない。


「脳が完全に勘違いするまでは右手で触らないでねぇ」


上条当麻の右手は異能の現象を何もかもかき消してしまう。
ただ、それから発生した副次的な作用は別だ。
心理掌握は操作できるのは文字通り精神だけだから、肉体が完全に咀嚼し経験してしまったことは幻想殺しの適用の範囲外となる。


「あ、ああ……ありがとう、すげぇ楽になりました」


刺すような美琴の視線をグサグサ感じながら、痛みでない冷や汗で上条がなんとか笑い顔を作る。

「で、アンタ、私に言うことは?」


実に冷ややかな視線で見下ろしてくる美琴。
いかに上条が鉄面皮でも受け流せそうにない。
ははは、と乾いた笑いで一秒ほど誤魔化して、


「できればタマゲリは勘弁してもらえないでしょうか」


とできるだけ卑屈に言った。
ことをできるだけ矮小な事象にとどめようとする努力である。
が、そんなものが役に立つわけがない。
できるだけ穏当に現状を修復できる素敵な回答を導くため、沈黙する。
そしてそんなものが役に立つわけがなかった。


「大丈夫よぉ、そんなに怯えなくたってぇ。
怖いアマゾネスから私が守ってあげるからぁ」


言うと同時にますます上条を抱きしめる操祈。
それは豊かな胸を強調するような仕草でもあって、言葉とは裏腹に火をつけ煽る行為でしかない。


「あー、そう?
そういう考えなわけ?」


明るい、短い髪の少女の周囲で青白い火花が舞った。
空気中の酸素が分解、再構築しオゾンとなった独特の光。
文字通り雷光の威力の電子の変位が起こっている証拠だ。
彼女の最強の電磁系能力者である。
その雷撃はこんな店ぐらい容易く灰燼と化す。


「ちょ、ちょっと待て美琴 !
ここには善良な紳士淑女の皆さんが!」

「その善良な紳士淑女の皆さんの前でアンタこの子と何してくれたぁ!
私にだってしたことないのに、どんな嫌味だぁぁあ!!!」

「なぁんだ、やっぱり嫉妬してたんじゃない。
あとでたっぷりしてもらえばぁ?
私としては、とりあえず満足力充分だしぃ。
まぁ? 当麻さんが『シタイ』んだったらできる限りつきあうんだけどぉ」

会話のボールを奪って捏ねくりまわして誰かに回す。
そしてそれを楽しんでいる。
悪意よりも悪戯の気持ちが強い分だけに性質が悪い。
食蜂操祈の毒の部分は、結局のところ、圧倒的な信頼に基づいている。


「ふふ、当麻さんの『ここ』はまだ『シタイ』って言ってるみたいだしぃ。
もう一回しましょうか?
いっぱい、プリクラも撮りたいし」

「操祈!
アンタこの状況でまだ……」

「美琴さんも、混じりたい?」


いや、いくらなんでもそれはダメだろ、と上条が思った瞬間。
ほんの一秒ほどだが美琴の表情が止まった。
虚を突かれた、というきょとんとした表情。
操祈の言葉に含まれた迷いの花弁で、ボタンを外された。


「だってぇ、『キスプリ』はしてたんだからぁ、それ以上のことに全く興味がなかったわけじゃあ、ないんでしょう?
本当は自分だって相手して欲しかったんでしょう?
自分で自分騙したって、全然キュート力ないんだけどぉ」


復讐するような見透かしたような、ため息ひとつ混じりの言葉。
上条は御坂美琴の足が半歩退いたのを見た。
おそらくこの少女たちはーーーとても噛み合わせが悪い。


「そ、そんな破廉恥なこと!」

「メランコリィになる言葉しか言えないんだったらぁ、このままカーテン閉めちゃうけどぉ」

いつの間にか御坂美琴から感じるイメージが怒りのそれから何処かしら弱々しい丸いものに変わる。
そして、そんな彼女にーーー上条当麻は欲情した。
勝ち誇ったような操祈の顔に一瞬だけ別の黒いものが混じった。


「それとも、尻尾巻いて逃げる?」


かちん。
露骨な挑発に御坂美琴の怒りが容易く復活した。
瞬間沸騰機。
だが、その怒りは途轍もなく妙な方向にねじ曲がる。


「いいわよ、その喧嘩買ってやろうじゃない。
当麻のこと一番にわかってるのは私なのよ。
証明してやろうじゃない」

「どうかしらぁ?
当麻さん、結構趣味が悪そうだけど、美琴さんが満足力与えられるのかしらねぇ?」

「はぁ!?
私は当麻とお尻でしたことだってあるのよ!
なんだってするしなんだってさせてあげるわよ!
正妻舐めんな!」


御坂美琴が踏み込んだ。
カーテンが閉められる。
狭い世界が益々狭くなって、酸素不足になって。
そして上条当麻は何度も不幸だ不幸だと心の中で呟きながら、その何十倍も、何百倍もの幸福を味わうのだった。

以上です。
無線LANが飛んで週末まで何もできませんでした。
使ってる端末にLANポートないんで有線で使えないし。

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