P「俺が…タイムスリップ?」(1000)

・地の文多め
・未来物

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ある日起こった奇跡。

日が暮れ始めたある日の夕方。
いつも通りに訪ねた見舞いで、
あいつは私と初めて会った、
あの日とおんなじ顔をして、
一人ポツリと呟いた。

P「えっと…貴方は…?」

あいつの声を聞いたのは、多分…六年ぶりぐらいだったと思う。

P「え…えーっと…本当にどなた?」

春香「プロデューサーさん!忘れたんですか!?私ですよ!天海春香ですよ!」

春香が必死に自己紹介をしている。
あいつはただ、呆然として春香の自己紹介を聞いていた。
そして春香の自己紹介が終わって、そっと口を開く

P「…えーっと…本当に、春香…なのか?」

春香「そうですよ!貴方の天海春香です!」

P「春香…じゃあ、そっちのデコは…」

誰がデコだ。そう文句を言ってやろうとしたのに、喉は音を出そうとしなくて、

P「…伊織…か?」

私は頬に、涙を流した。

とりあえずさわりだけ
続きは夕方に投下します

思ったより早く用事終わったので御飯食べたら投下します

あと結構長くなる予定なので、一週間おきぐらいに少しずつ小出しする形になっていくと思います

第一章 伊織「突然の告白」


彼が口を閉ざして六年

彼が体を潰して六年

私があいつを、潰して六年。

あいつに記憶があると分かると、春香は事務所のみんなにメールをし始めた。

春香にしては珍しく落ち着いていたように見えたが、少しして春香からプロデューサーが生き返ったと書かれたメールが届いた。
落ち着いた風に振舞っているだけだったようだ。

春香がメールを送ってから少しすると、メールを読んだらしい律子と小鳥が病室に訪ねてきた。
プロデューサーのお見舞いばっかりしてたら私、肌が荒れちゃって困ったんですよ! とか
プロデューサーが入院するから、仕事が溜まっちゃって困っちゃいましたよ とか
皆、口々にプロデューサーへ言いたいことを言う。 涙を流しながら。

その間、あいつはずっと相槌を打つだけだった。
何が起こったのかわからないのはあいつのはずなのに、前と変わらず優しく笑って、自分へ涙を流しながら文句を言ってくる皆を一人ずつ、撫でていた。

全員の文句が終わった後、あいつは少し小さめの声で

「…ごめん。」

そう、つぶやいた。


その後は誰も喋らない時間が続いた。
まるで音が完全に消え去ったかのような、そんな時間。

しばらくの静寂を破ったのは、ここには来ていなかった、一人がドアをあける音。

「貴方様!」

勢いよくドアを開けて飛び込んできたのは、

P「えっと…貴音…か?」

貴音は、いつものイメージに似合わず髪をボサボサにして、
息を切らして病室に飛び込んできた。

貴音「…よかった…ちゃんと、入れたのですね。」

そう呟いて、貴音は崩れ落ちた。
何か緊張が解けたのか、支えが無くなったかのようにだらりと崩れ落ちて、地面に座り込んだ


しばらく座り込んで息を整えていた貴音は、立ち上がり、プロデューサーの顔を見た。

貴音「…よいですか皆様。これからわたくしが述べることは、嘘でも狂言でもなく、真実です。」

貴音が皆の顔を順に見つめる。
最後にプロデューサーの顔を見て、何かを決意したように目を閉じる。

貴音「…まず、貴方様。今、西暦何年ですか?」

P「は?…えっと…2014年…じゃあ、ないのか?」

自信なさげなプロデューサーの発言に、皆が顔を見合わせた。

P「…えっと、状況が飲み込めないんだけど…」

貴音「次に…水瀬伊織。今、西暦何年の何月ですか?」

「…2024年の5月1日よ。」

久しぶりに話したあいつに聞かれる言葉は上ずっていて、心の中で笑ってしまった。

プロデューサーは分かりやすく戸惑った顔をして、
しばらくキョロキョロした後、助けを求めるように貴音を見つめる。
貴音は少し寂しげな顔をした後、

貴音「残念ですが…プロデューサーは、10年、タイムスリップしてしまったのです。」

あまりの非現実に皆、言葉が出なかった。



P「…俺が…タイムスリップ…?」

初めに口を開いたのは、タイムスリップしているらしい本人。

春香「タイムスリップって…そんなの…」

春香は少し泣きそうな目で貴音を見つめる。

貴音「…ええ。非常に非現実です。無理に信じろとは申しません。が、これは嘘偽りのない、真実ですよ。」

「…仮に、タイムスリップしてるとして、なんでそれをあんたが知ってるのよ」

貴音「…これです。」

貴音はポケットから一枚の小さな紙切れを差し出す。

春香「…これは?」

貴音「先程、私の家に届きました物です。」

そこには、何か暗号のような物が数行書いてあっただけだった。
しばらく春香と律子が文字の解読に取り組んでいたが、少しの間微笑ましそうな笑顔で二人を眺めていた貴音が、暗号の内容を喋りだす。

貴音「そこにはプロデューサーの筆跡で、「本日、タイムスリップして自分に入れ替わる者がいるから、ちゃんと入れ替われたか、確認してくれ」
といった旨の事が書かれています。」

P「…俺が…?」

貴音「ええ。しかし、発送日時は先週。つまりこの手紙を出したのは、昨日までそのベッドで寝ていた貴方様。」

「…じゃあここにいるこいつは、私達のプロデューサーじゃない…ってこと?」

貴音「…そうであって、そうではないです。」

貴音が少し、含みのある言い方をする。
彼女の余裕に、なぜか無意味に腹が立って、貴音の胸ぐらを掴む

「含みのある言い方をしてる場合じゃないのは、分かってるんでしょ」

小鳥「い、伊織ちゃん!」

貴音「大丈夫です…ふふ。やはり恨まれ役はこうでなくては」

貴音の冷静な態度にさらに腹が立つが、このままでは話が進まない。
小さく謝って、貴音を放す

貴音「さて…ここにタイムスリップしてきたのは、間違いなく私の知っているプロデューサーです。
ですが、貴方が毎日見舞いに来ていたプロデューサーとは、別人です。」

「…?」

もしこいつが十年前から来たのなら。
難しく考えようとすればするほど、事態は難しくなっていく。

貴音は簡単にそう述べた。
難しく考えている自分が非常に馬鹿馬鹿しくなって、頭を冷してこようと病室のドアを開ける。

P「…伊織…?」

「…ごめん。ちょっと…散歩してくるわ」

春香「伊織!」

春香が私についてこようとする。
私は、頭の整理をしたいのだ。それが何故わからないんだ。
頭のなかの苛立ちが大きくなり、病室のドアを力いっぱい閉める。

貴音「良いのです…それより、春香はよいのですか?納得、したのですか?」

春香「…納得は、してない。けど、私は…お姉さんだから…」

春香「…えへへ。全員二十を過ぎてるのにお姉さんってのも、変な話だけどね…」

貴音「…いえ、とても立派ですよ…しかし、泣きたいときは泣いたほうがよろしいかと」

私は、病院の廊下を後にした。
少しだけ頬に、涙がこぼれた

とりあえず今はここまで
次は今日の夜か、明日になると思います

少しだけですが投下します

「…はぁ。」

頭を冷やすついでに考えをまとめようと出てきたのはいいが、今日はやたら肌寒くて考え事どころではない。
仕方なく、近くにあった喫茶店へ入る。オレンジジュースだけを注文し、物思いに耽る

あいつは10年前からやってきたプロデューサーで、昨日までベッドで寝ていたプロデューサーは、今はいなくて…

「…わっかんないわよ…」

少し、気分を変えようと持ってこられたオレンジジュースを飲みながら、外の景色を眺める。
しばらく窓から外を眺めていると、喫茶店のドアが開いたらしい、鈴の音が聞こえた。

無意識にドアに視線を向けると、くわえタバコをした女性が入ってきていた。
どこかで見た事あるが、病院であったとかそんな所だろう。
一人で自己完結して、
その女性から視線を外す。

しかし、もう一度ふと見ると、その女性はこちらへ歩いてきていた。
上を見上げると喫煙席。失敗したなと思いながら、絡まれないうちに伝票を取る。

「伊織ちゃん!」

しかし、その女性は私に声を掛けてきた。
そしてその女性の顔を改めてよく見る。
改めて見ると大分美人に育っていたが、昔の特徴的なおっとりしたような、弱そうな目はそのままだった。

「…雪歩…?」

雪歩は私が座っていた向かいの席に座り、コーヒーを頼む。

雪歩に座るよう促され、渋々雪歩の向かいに座る。

「…雪歩、どうしたのよあんた」

雪歩「あはは…私、見た目がひ弱だから、男の人に絡まれることが多くって…」

雪歩は恥ずかしそうに笑いながら、タバコの煙を吐き出す。

「…それで、威厳を出そうとタバコ?ファッションタバコってやつかしら。体を大事にしないわね」

雪歩「へ…?ああ、違うよ伊織ちゃん。これ、水蒸気が出てるだけだよ」

…水蒸気が出てるだけだとわかると、すごくダサい物に見えてきた

雪歩「電子タバコって言ってね…正確には水蒸気じゃあないんだけど、まあ味がついてる煙を吸ってるだけだよ。
見た目はタバコだから吸ってるだけ。」

…見かけだけ、ね。
うちにも一匹そんなのいたっけ…
またこういうのが増えるのね

「…まぁいいんだけどさ…」

そういう事務所も、ありかもしれない。なんて、つまらないことを考えながらオレンジジュースを飲む。

「…っていうか、私口紅付けた女って嫌いなんだけど」

コーヒーカップについた口紅を見て、一言
雪歩はわかり易く苦笑して、コーヒーカップの口紅を撫でながら答える

雪歩「私は伊織ちゃんが口紅も何も付けてない事に驚いたよ」

「私はいいのよ。付けなくても綺麗だから」

そう言うと雪歩は少し考えていたが、
突然ハッとした顔になって、

雪歩「泣くために落として来たでしょ」

「…ぶっ[ピーーー]わよあんた」

思っても黙ってればいいのに…

「随分と態度でかくなったわね」

雪歩「…まあ、いろいろあったから…」

雪歩は苦笑いを浮かべて、わかり易く目をそらされた。
あんまり聞かれたくないらしい

「はぁ…で、どうしたのよあんた。こんなトコロで」

雪歩「…?多分、伊織ちゃんと同じ理由だと思うけど」

雪歩は少し不思議そうな顔をしながら、コーヒーを啜る。
コーヒーを啜るだけでもどこか様になっているのは、成長なのだろうか。

「…あいつの見舞い?」

雪歩「うん。喋れるようになった~って言ってたから、とりあえずと思ってさ。」

「とりあえずって……で、貴音の話は聞いたの?」

春香のメールを読んだのだろうか
…春香が雪歩の新しいアドレスを知っているとは思えないんだけど

雪歩「まあ…それなりに。四条さんが打ったメールだったみたいだし、誤字脱字ばっかりだったから分かりづらかったけどね」

あの貴音が一生懸命ケータイを見つめてメールを打っている様を想像して、少し笑みが零れそうになる。

「…そう。」

なんとなく、空気で笑うことはできなかったけど。

雪歩「…」

雪歩はゆっくり煙を吐き出すと、そのタバコの電源を切って、ポケットへ入れた。
煙の匂いが完全にチョコレートだったのだが、それは本当に威厳になるのだろうか

雪歩「…で、伊織ちゃんはどうしたのかな?こんな所でさ」

雪歩はコーヒーを啜り、店員にお代わりを注文する。

「…現実逃避よ」

若干の自嘲を含めながら答える。
雪歩は少しコーヒーを啜りながら私の顔を見ていたが、しばらくして視線を離すと、

雪歩「…伊織ちゃんはさ、多分、難しく考え過ぎだよ」

「…!私は…!」

つい手に力が入ってしまい、机を叩く。
衝撃でオレンジジュースが零れてしまい、雪歩は苦笑いしながら、店員に雑巾を頼んだ。

雪歩「…伊織ちゃんが何をしたのか、何が起きたのか、私は詳しくは知らない。」

雪歩は雑巾で机のオレンジジュースを拭きながら答える。

雪歩「…それでも、伊織ちゃんは難しく考え過ぎ。」

雪歩「皆が大好きなプロデューサーが帰ってきた。今はそれだけじゃ、ダメかな?」

コーヒーを啜ると、オレンジジュースが入っていたのか少し顔を歪めて、雪歩は交換を頼んだ

「…そんな、簡単なことじゃ…ないのよ。」

雪歩「…そっか。」

雪歩は深くは追求して来なかった。

>>24 6行目
「…ぶっ[ピーーー]わよあんた」 ?
「…ぶっ殺すわよあんた」   ○

とりあえず今日はここまで
次の投下は明日か、次の土曜日になります

遅くなりました。投下します

6年近く会っていない友人というのはなんとも話しづらいもので、
その後は、しばらく二人で飲み物を飲むだけの時間が続いた。

あまりに長い沈黙に耐えられなくなって、そろそろ話を振ろうかと考えた頃、外を見ながらコーヒーを啜っていた雪歩が、ゆっくり口を開いた

雪歩「…この喫茶店はさ、昔、プロデューサーさんに連れてきてもらった喫茶店なんだ。」

「…」

コーヒーを飲む雪歩はとても様になっていて、オレンジジュースを飲んでる自分がすごく、子供に思えた。

雪歩「ここって、飲み物のお代わり自由っていうドリンクバー状態になってるでしょ?
安月給の俺には丁度いいんだ~って、お昼休みに連れてきてもらったんだ。」

「…そ。」

それはいつのあいつなのだろうか。
今病室にいるあいつに聞いて、分かるのだろうかなんて、つまらないことを考えながら、オレンジジュースのストローを噛む。

雪歩「…あれから、もうすぐ六年だね。」

雪歩が少し寂しげに笑いながら、言う。
きっと私は今にも泣きそうな顔をしていることだろう。

「…そうね」

雪歩「…とりあえず、今は受け入れられなくてもさ、喋れるプロデューサーさんになら言えること、あるんじゃない?」

「…」

雪歩は電子タバコの咥える部分を外して、何かを交換し始めた

雪歩「何味にしよっかなー…っと。」

雪歩はカバンから小さな箱を取り出し、机に並べる。
オレンジ、アップル、ミント、チョコレート…メンソールやマイルドセブンっていうのもある。

「…これでいいんじゃない?」

オレンジの箱を指さして、少し作り笑い

雪歩「…じゃあ、これで。」

昔と変わらない笑顔を見せて、オレンジの箱から小さな瓶のような物を取り出し、さっきのタバコに取り付ける。
そしてスイッチをオンにして、咥える。

雪歩「さて、そろそろ出よっか。伊織ちゃん」

「…ええ。」

勘定は、なぜか雪歩がすべて払った。

雪歩「どうする?プロデューサーさんの所、行く?」

「…まだ、もう少し、待ってくれるかしら」

雪歩「…うん。」

私は肌寒い春のベンチで、雪歩に抱きついて、泣いた

短いですが眠いので今日はここまでです
明日の昼にもう一度投下します

すみません用事が終わらなくて…
夜ですが投下します

 第二章 P「タイムスリップ」

春香「うあっ…えぐっ…ぷろりゅうさあさん…うわあああああああああん!」

春香の泣く声が、静かな病室に響き渡る。
これが貴音の冗談ならば…皆がそう考えた。が、皆から見れば俺の体が若返ってるのは間違いないし、俺の記憶は2014年だ

「…貴音。その、タイムスリップ…について、少し詳しく教えてもらってもいいか?」

貴音「…ええ。いいですよ。しかし、春香が泣き止むまで、待ってあげてください。」

「…ああ。」

自分の胸で声を殺して泣く春香を、悲しげな目で見つめる貴音。
何かを考えるように窓を見つめている、律子。
社長に電話する小鳥さん。

十年の間に何があったのか、俺はまだ何も知らない。
しかし、俺が喋っただけで皆が騒ぐほど、その十年は大きかったらしい。

春香「…ふぅ…もう…いいですよ。プロデューサーさん。」

春香は目を真っ赤に腫らして、俺見て微笑む。
俺はそっと微笑みを返すと、貴音を見る

貴音「…さて、タイムスリップについて詳しく、でしたね。」

「ああ。頼めるか」

寝ころんで話を聞くというのも失礼だと気づき、ベッドの縁に座る。
起き上がった時、小鳥さんが支えようと手を差し出して、すぐに手を引っ込めていた。

貴音「…小鳥嬢。春香を連れて、少し、ジュースでも買ってきて頂けませんか」

小鳥「へっ?え、ええ。」

貴音の提案に、少し驚いたような顔をするが、小鳥さんは春香の手を取って外に出て行った。

貴音「この先は若干しょっきんぐかもしれませんから…律子嬢は、聞いていかれますか?」

椅子に座った貴音に話しかけられ、意識を取り戻したかのように一瞬ビクッとした律子は、一度だけ首を縦に振った。

貴音「左様ですか。では、何から話したものでしょうか」

貴音「・・・まず、貴方様に残された時間は、おそらく一ヶ月程度」

突然の告白。
ずっと空を見上げていた律子も、驚いて貴音を見る。

「…それは、どういう意味の残された時間だ?」

貴音「…こちらに残っていられる時間、そして、入れ替わる前の貴方様の体に残された時間、と言った所ですか」

律子「えっ…?」

「…」

要するに俺は、前の俺が、死ぬ最後の瞬間までの代わりにこっちに来た…ってことだろうか

貴音「それが、貴方様の、最後のお願いでしたから。死ぬまでの一ヶ月だけ、自由に動ける体と、自由に話せる喉が欲しい、と。」

「…その結果が、なんでタイムスリップなんだ?」

貴音「ふふ。神とは、些か意地悪のようでして。神は、昨日までここにいた貴方様に動ける体と喋れる喉を差し出さず、動ける頃の貴方様を差し出した。」

貴音は立ち上がると近くの棚にあったコップを1つ取り出し、その上にあったコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。

貴音「まあそれだけでも人には出来すぎた奇跡なのですが…飲まれますか?」

「…いや、いいよ。」

律子も首を振ると貴音は小さく笑って、カップを持って改めて椅子に座る

暖かいコーヒーを啜る貴音は、コーヒーを飲んでいるだけでも様になる、大人の女性になっていた。

貴音「…ふふ。コーヒーでも飲まねば、間が持ちませんから」

「…」

貴音「…さて、タイムスリップの理由は分かって頂けましたか?」

「…ああ。」

貴音「…他に、ご質問など、御座いましたら。」

しばしの沈黙。

律子「…じゃあ、私から一つ」

貴音「はい。律子嬢」

律子は手を上げたのが恥ずかしかったのか、赤い顔でそっと手をおろし、続ける

律子「プロデューサーは…死ぬまでの一ヶ月で、何をしようとしてたの?」

貴音「それは、私にも分かりません。私に届いたのは、先のタイムスリップするという報告と、理由のみですから。」

律子「…そう」

律子は悲しそうに俯いた。

「…俺は、帰れるのか?」

ふと口から漏れていた言葉は、今この瞬間を心配するものではなく、自分の居た時代を心配するものだった。

貴音「…ええ、きっと…私も、古都の詳しい学者に問うてみようとは思っております。」

「…そうか。」

安堵の息をついた俺をみて、貴音は微笑んで、続ける

貴音「さて…ここからはあくまで私の想像に過ぎないのですが…」

コーヒーをひと啜りして、貴音は続ける。

貴音「先程律子嬢が仰った、プロデューサーが一ヶ月でやりたかった事…おそらく死期を悟った貴方様は、一ヶ月の間に皆へ恩返しと、最後のプロデュースをしたかったのではないでしょうか」

「最後の…プロデュース?」

貴音「ええ。765プロの皆は、貴方様が二度と話せなくなった後で、心に様々な傷を負いました。」

貴音は寂しげな顔で呟く。皆、10年の間に問題を抱えてしまったんだろう。

貴音「もちろん皆それぞれに苦しんでいます。しかしおそらくその中で、最も苦しんでいるのは…」

律子「…」

貴音は一息つこうと、コーヒーを喉に流し込む。
そして、俺の顔を再度見つめる。

貴音「…プロデューサーを一生しゃべることはできない、一生寝たきりの体に追い込んだと、自分を攻め続けている・・・」

貴音「水瀬伊織かと」

場の空気が、凍りついた。

投下します

「…伊織…が?」

貴音「…ええ。」

貴音は窓辺へ行き、新しく入れたコーヒーを啜る

貴音「…貴方様がどうしてそうなったのか、私がお話してもいいのですが」

律子が貴音を止めようと一歩踏み出す
そんな律子を見て、微笑んだ貴音は

貴音「やはりそれは、本人からお聞きください。」

「…」

貴音「どのアイドルから解決するか、それは貴方様次第です。」

問題を目の前に積まれ、一人、反応に困る俺。
どのアイドルも大切で、どのアイドルも助けてあげたい。

貴音「…おそらく、一分一秒を争うほどの深刻な時間不足、というわけではないと思います。
事実、一ヶ月ございますし、何も全員を解決する必要は御座いません。
萩原雪歩など、深刻な問題を抱えず生きている者もおりますから。」

貴音が雪歩の名前を出すと、律子が大きく反応した。
なにかあったのだろうか

貴音「それから、貴方様の残された時間については、皆には話さない方がよろしいかと」

「ん?そうなのか?」

貴音「ええ。貴方様が一ヶ月で消えるという事実は…おそらく、皆にはつらすぎるかと」

俺は、しばらく考えこむ。ベッドに戻り、背もたれに体を預け、思考だけに集中。

貴音「…医者の方は、私が退院手続きをしておきます。心の整理がつきましたら、お帰りください。
お荷物はすべて病院で購入したものですから、置いて帰っても自宅で生活する分にはなんの支障もないでしょう。」

「…色々、ありがとう」

貴音「…いえ」

貴音はしばらく沈黙したあと、コーヒーを飲み干してカップをゴミ箱に捨て、
病室を去っていった。

話が終わってからしばらくすると、目の腫れが治った春香と、少し目の下の化粧が取れた小鳥さんがジュースを持って帰ってきた。
ジュースを飲みながら、しばしの雑談。

春香は自分の近況やら、765プロの近況やらを、笑顔で語っていた。
…明るい話題しか出さなかったのは、俺への気遣いだったのだろうか。

すみません用事がありますので短いですがここで。

次の投下は今日の夜か明日になると思います

投下します

 第三章 伊織「私とあいつと765プロ」


喫茶店を出て数十分後。
しばらく泣くと、やたらと頭はすっきりしていた。

「…もういいわ。ありがとう雪歩。」

一人ベンチで泣き喚く私は、さぞ滑稽だっただろう。
想像するだけでも笑いが零れそうだ

雪歩「…じゃあ、病室、行く?」

「…ええ。行きましょう。」

まだ決心が着いたわけじゃない。
でも、まずはタイムスリップした原因を聞こう。
これからどうするかはそれからでも遅くないと思うから。

「…ただいま」

病室のドアを開くと、楽しそうに話す春香、それを優しい顔で見つめる小鳥
窓の外をじっと見つめて動かない律子、そして…私と雪歩に気づいて顔をこちらに向けて、嬉しそうに微笑むあいつ。

P「伊織と…雪歩か?」

雪歩「こんにちわ。プロデューサー。」

春香「…えっ…雪歩…?」

雪歩「久しぶり。春香ちゃん。」

小鳥「…雪歩ちゃん、なんだか、雰囲気が…」

昔の雪歩とは比べ物にならないくらい、しっかりとした雪歩を見て、病室の皆は口々に雪歩へ質問をし始める。

雪歩は、プロデューサーが六年前に…あんなことがあって、一度病院で泣き、それ以降一度も事務所にも病院にも訪れることはなかった。

P「荒んだって聞いてたけど、よかった。雪歩は雪歩のままか」

雪歩「…あはは…私は…変わっちゃいましたよ。」

「…で、あんたがタイムスリップした理由、分かったの?」

雪歩が話しづらそうにしているので、助け舟を出す。 雪歩は少し苦しそうな笑顔をこっちに向けてきた。

P「…俺がタイムスリップしたのは…」

そこからは、私にとっても、誰にとっても、非現実で、信じ難いことだった。

やっぱりこいつは10年前のプロデューサーだったらしい。
信じろと言われても難しい話だ。

ただ少し裏がありそうな話し方だったから、でもこれからはずっと一緒なのねーなんて鎌をかけた。こういう話には、そういうリミットが付き物だって前に読んだ小説に書いてあったから。

そしたら案の定あいつは悲しそうな顔をして、黙りこんだ。
その後律子が咳き払いをして仕切り直したりしてたし、つまりそういうことなのだろう。

そんな非現実な話から数分後。
皆がそれぞれ非現実を受け入れるための静寂を破ったのは、プロデューサーだった。

P「…さて、と。着替えるからみんな少し出てくれるか」

あいつを置いて病室から出ると、
病室の前で貴音が待っていた。

貴音「…皆様にひとつだけ、お願いをと思いまして。」

そう切り出した貴音は、少しだけ微笑んで、こういった。

貴音「今病室におられるプロデューサーとの時間を、そして、動けるプロデューサーとの時間を、どうか大切に。」

そう言い残して、貴音は逃げるように階段へと歩いて行った。

そしてその日、プロデューサーは6年の入院の末、退院した。

P「…よし。じゃあ、帰ろうか。」

そう言ったあいつは、とても不安そうな目をしていた。

今日はここまで
次は明日か来週かです

少しですが投下します

 第四章 P「765プロへ」

退院した後、皆に送られて一人、家に帰った。
10年後の自分の部屋は綺麗に片付いていて、10年で自分も成長したんだなと思ったが…
俺は6年前から動けないらしいし、片付けてくれたのは事務所の誰かなのだろう。

部屋には見知らぬ家具の中に、ちょくちょく見知った家具がある程度になっていた。
まあ4年も動けたらこんなものか。

10年前と変わらないソファに腰掛けて、一息。

状況整理もしないといけないが…とにかく、寝よう。
寝て、明日は765プロへ行こう。
そう決めて、布団に入った。

布団に入ってからしばらくしても、全く眠れないので、時間を見ようとケータイを開く。

3時と表示された時計と、メール1件の通知。
メールは10時…家に帰ってすぐ位に届いていたらしい。

メールは春香から、明日は昼まで来るな。という内容のメールだった。

…とりあえず、目覚ましを昼にセットし直し、もう一度目を閉じた。

しかし30分後には、ダイニングの漫画を読みあさっていた。徹夜は慣れっこだ

とりあえずここまで。
次は来週の土日です。

すみません仕事が長引いてしまいました
申し訳ありませんが次の投下は今日の昼になると思います

投下します

次の日の昼頃。
結局眠る事はできなかったが、約束は約束なので、765プロへ。

765プロへ向かう途中、大きなビニール袋を持った伊織に会った。

「おはよう」

笑顔で挨拶すると、伊織は俺の顔をしばらく見つめた後、

伊織「…おはよう」

と返して、事務所へ走って行った。

6年ぶりにやってきたらしい765プロは、見た目も場所も、俺の知っている765プロだった。
少し、二階の窓の765プロと書かれたテープが剥がれかけているのが気になったが。

見知った階段を上り、見知ったドアを開く。その先には見知った部屋に見知ったアイドル達が座っているはずだった。

「…プロ…デューサー…?」

事務所のソファに座っていたのは、真…だった。

「…真?」

真「…おかえりなさい。」

元気がない。お世辞にも以前の真とは思えない、暗い、元気の無い声が帰ってきた。

少し立ち尽くしていると、給湯室から雪歩がお茶を持って出てきた。

雪歩「あ、プロデューサー。おはようございます。」

「おうおはよう…真、どうしたんだ?」

雪歩は真にお茶を出して、こっちに歩いてきた

雪歩「6年で何かあったみたいで…聞いても話してくれなくて」

寂しそうな顔をする雪歩。
そんな雪歩の前でなにもできずに立ち尽くしていると、また給湯室から人が。

伊織「…」

伊織は何も言わずに真の前に座って、ケータイを弄る。

伊織と真と雪歩が固まっているのに会話が無いのが、10年前では考えられなくて、違和感がすごかった。

違和感に耐えられなくなって、奥の休憩室へ。

休憩室にいたのは、美希だった。
お気に入りらしいソファに座り込んだ美希は、髪を茶色に染め、髪を短く切っていた。

美希は、俺が近づいてもわからないほど、熱心に何かの番組の企画書を読んでいた。

邪魔をしたら悪いので、声をかけずに自分の事務机へ。
10年ぶりだか6年ぶりだかに使ったらしい自分の事務机は、俺が一昨日まで見ていた物と変わりなかった。
ただ、何かの香水のような匂いが鼻についた。

一人、椅子に座ってぼーっとする。
事務机から見える景色が、10年経っても変わらないことに、少し安堵を覚えた。
しばらくして机の中の整理を始める。前の俺から何か、残された物があるかもしれない。

…結局、そんなものはなかったが。
アドバイスとかくれてもいいだろうと、前の自分に少し呆れながらまた机からの景色を楽しむ。

しばらくすると、ソファから立ち上がった伊織がこちらへ歩いてきた。

伊織「…で、誰から救うか決めたの?スーパーヒーローさん。」

皮肉たっぷりで話しかけてくる伊織。
10年前と変わらない皮肉が嬉しくて、多分にやけていたと思う。

「…まずは、何人か、カウンセリングみたいなものをしようと思うよ。」

伊織「…カウンセリング…ね。」

「俺は皆の問題が何か全然知らないからな。」

俺はそっと立ち上がって、元気を取り戻さない真の隣で、
申し訳なさそうに座っている雪歩の前に座る。

「…雪歩。少し話、いいか。」

俺が声をかけると雪歩はゆっくり頭を上げ、軽く微笑む。

雪歩「…はい。どこでお話しますか?」

ここじゃダメなのかと思ったが、皆にはあまり聞かれたくないのかも知れない

「どこでもいいよ。別室がよかったら社長室でもいいし」

雪歩「…じゃあ、屋上で。」

この時期に屋上でお話か
まあ、冬に比べれば暖かくなったか。

「じゃあ、行こうか。」

雪歩「…ふー。」

雪歩は屋上に行くとすぐに、ポケットからタバコを取り出した。

「…体、大丈夫か?」

しばらくなんのことか考えていた雪歩だが、タバコのことだと気付くと、少し笑いながら

雪歩「これ、電子タバコっていうんです。体に害のない、味付きの煙を吸ってるだけですから。」

説明すると、雪歩はタバコを咥えながら笑う。

雪歩「えへへ。伊織ちゃんにも、同じ事言われました。」

「…そうか。」

雪歩「…私は、私の体を傷つけたりはしませんよ」

雪歩は少し微笑んだまま、煙を吐き出す。

「…雪歩は、昔のまんまだな。」

貴音が言っていた通り、雪歩は問題を抱えることなく生きてこれたらしい。
そう思って安心すると、雪歩はしばらく俺の顔を見て、こう言った。

雪歩「…聞きますか?私の、心の、荒み。」

雪歩は、悲しそうに微笑んだ

 第五章 P「心の荒み」


雪歩「…聞きますか?私の、心の荒み。」

雪歩は、寂しそうにそう切り出した。

「…雪歩?」

雪歩「…プロデューサーが入院した日、私は強くなろうと決めました。
プロデューサーが心配しないように。プロデューサーが安心できるように。」

雪歩の煙を吐き出すペースが少しだけ上がる。

雪歩「そう決めた私が乗り込んだのは、昔お父さんに連れて行ってもらった…俗に言う裏街でした。」

雪歩「多分、私の強いイメージは、お父さんだったんだと思います。
でも、数十分後にそこへ乗り込んだことを後悔するんです。」

雪歩は拳を強く握る。

雪歩「…路地裏で、私は男の人に囲まれました」

「…!?」

悔しそうに、寂しそうに、少し涙を浮かべながら話す雪歩。
力一杯握られた雪歩の手は小さく震えて、白くなっていた。

雪歩「…服を破かれた時に、私はヤケになって暴れて、その時はなんとか逃げ出しました。
でも、あの頃の私にとって、男の人に囲まれるっていうのは、本当に恐怖でした。
それに、そういう体験って、普通の女性でもすごく恐怖を感じる物なんですよ。」

雪歩は、目尻に浮かべた涙を、一粒だけ頬に流して、
目尻を拭って、笑った。

雪歩「…でも、自業自得ですから。親に助けを求める気にはなりませんでした。
結局カタカタ震えながら、服屋さんで服を買って、トイレで着替えて帰りました。
…これが、私の心の荒み…なんて大きなものじゃないですけど。私を傷つけ続けてる、トラウマです。」

ぽつりと落ちた雪歩の涙を追って下を見ると、雪歩の足は小さく震えていた

「…雪歩、もしかして…男が…」

雪歩「…えへへ。男性恐怖症、前よりひどくなっちゃったんです。がんばってプロデューサーと克服したのに。
でも、体にダメージはないし、いいかなって。」

雪歩はどこか諦めたような、そんな目で空を見つめた。

雪歩「…まあ、全部自業自得ですから…トラウマとか荒みだとか言うのは、おかしいですけどね」

少し意地悪な顔で、そう言った雪歩。
雪歩の頬には、ポロポロと大粒の涙が流れていた。
結局俺には、雪歩を抱きしめて、涙を拭いてやることしかできなかった。

とりあえずこの位で
次の投下は来週中のいつかの予定です。

日が変わってしまいましたが少しだけ投下します

雪歩「…もう、大丈夫です。」

十分ほど泣き続けただろうか。
彼女はそっと顔を上げて、微笑んだ。

雪歩「…えへへ。久しぶりの、プロデューサーの胸でした。」

「…俺は、怖くないのか?」

雪歩「…ええ。プロデューサーなら…大丈夫みたいです。」

少し笑みを浮かべながら、俺の手を握る雪歩。
その足は、ガタガタと震えていた。

「…ごめんな。抱きついたりして。」

雪歩「あはは…じゃあ、戻りましょう。」

「…なぁ雪歩」

雪歩「はい?」

雪歩はドアに伸ばした手を引っ込めて、俺の方を向いた。

「…俺は、なんでこの時代に来たんだろうな」

さっき雪歩が落とした電子タバコを拾って、軽く土を払いながら、言う。

雪歩「…プロデューサーが救える人は、きっといます。その人を、探してあげてください。」

「…ごめん。雪歩。」

雪歩「…」

俺からタバコを受け取ると、雪歩は何も言わずに屋上から出て行った。

雪歩が出てしばらく空を眺めていたが、雨が降りだしたので、俺も事務所へ戻った。

すみません先週分はこれだけです
次も一週間中の予定です

 第六章 P「退院祝いパーティー」


屋上から帰ると、小鳥さんと律子が、机の上に食べ物を並べていた。

「ただいま戻りました。」

小鳥「あ、プロデューサーさんおかえりなさい。」

律子「おかえりなさい。」

改めて見ると、律子は大人の女性、といった感じの雰囲気に成長していた。
小鳥さんは変わらず、綺麗だった。

しばらく同僚二人を眺めていると、後ろから伊織に呼びかけられた。

伊織「…雪歩、どうだった?」

「…何も、できなかったよ。俺じゃあ」

伊織「…そう。」

伊織はどこか呆れたような顔で、事務員二人を手伝いに行った。



給湯室では、春香、雪歩、美希、真の四人がお茶を入れていた。

春香は、少し落ち着いたが、俺の知っている春香のまま大きくなっていた。

雪歩は、たくましく成長していた。体も大きくなっていたが、なにより彼女を取り巻く雰囲気が、変わっていた。

美希は、茶髪のショートの、ナイスバディな女の子になっていた。まぁ中学生であの体型だったのだから、当然といえば当然だろう。

真は、活発そうな長髪の女性になっていた。しかし、活発そうなのは見た目だけで、とても内面に真王子の面影があるとは思えなかった。

しばらく給湯室で楽しそうにお茶を淹れる四人を見ていると、美希が俺に気づいて、

美希「…おかえりなさい。プロデューサー。」

俺の顔を見て、そう言った。
美希のプロデューサー呼びが、やたら寂しく感じた。

短いですがここまでです
すみません

投下します

第七章 P「男性恐怖症」


雪歩との話から数時間後
パーティーは終わり、律子が皆を仕事に送り出す。
俺は、仕事内容に大して変わりはないと思うが、念のため ということで、今日は雪歩と一緒に雨の中春香の仕事の付き添い

皆の仕事は10年前と変わらず、大きな仕事ばっかりで安心した。

春香「ああ、私は一人、この場に立って、あの人の帰りを待ち続けているのに…!」

春香の演技は10年前と比べて格段にうまくなっていた

雪歩「すごいですね。春香ちゃん」

俺の大股四歩ほど横で雪歩が少し涙ぐみながら春香演技を見つめている

「ああ、本当に…」

スタッフ「ハイ!お疲れ様でしたァー!」

春香達がある程度練習をしていると、突然大きな声が会場に響き渡る。
春香の演技に見惚れてたせいで、これが練習終了の合図だと気付くのに少しかかった

春香「お疲れ様でした!」

春香は監督に挨拶をして、トコトコと俺の方へ走ってくる。

「お疲れ様。」

雪歩「すごかったよ春香ちゃん!」

春香は額の汗をぬぐいながら、微笑んで、

春香「ありがとうございます!」

10年前と変わらないはずの言葉

でも彼女の笑顔が、どこか作り笑顔に見えたのは俺の気のせいだったのだろうか。


春香の仕事が終わり、春香を駅へと送る。

春香「お疲れ様でした。プロデューサーさん。雪歩。」

雪歩「うん!お疲れ様!」

「お疲れ様。」

春香はもう一度ニコッと笑って、改札口へ駆けていった

「この駅は10年経っても変わらないんだな」

雪歩「…駅はそんなに簡単に変わる物じゃないですよ。」

「…それもそうだな」

春香がいなくなって一緒にいなくなった会話。なんともいえない空気が、二人の間に流れ始めた。

「…雪歩、その…さっきは」

雪歩「プロデューサー」

「…」

謝ろうとすると怒った顔の雪歩に遮られた。
あまり同じことをだらだらと謝罪されても、困るだけか。

雪歩「…」

「…」

会話のないまま事務所へ向かう。
しばらくすると静寂に耐えきれなくなり、仕方なく話を振ってみる

「…そういえば雪歩」

雪歩「はい?」

「…おタバコ、吸われないんですか?」

タバコを吸わないのか、女性に聞くのは少し失礼な気がして、何故か敬語になってしまう。

雪歩「ふふっ…なんですかその口調」

雪歩がクスリと小さく笑う。
まだ笑顔は見れてないけど、雪歩が笑ったと思っただけでなんだか少し楽しくなった。

「…で、雪歩がタバコを吸うのってどんな時なんだ?」

雪歩「んー…そうですね…」

雪歩は立ち止まって少し考えると、ひとつずつ例を上げていく。

雪歩「お腹がすいた時、甘い物が食べたいとき、間が持たない時、ちょっと危なそうな風貌の人を見かけたとき…でしょうか」

雪歩は、改めて考えるとおおいですねと、少し自嘲気味に笑う。

「体に影響はないのか?」

雪歩「電子たばこですから安心です」

「…未だにその電子たばこってのがぱっと来ないんだが」

雪歩「吸ってみますか?」

傘を持っていない方の手でポケットからタバコを取り出して、器用にクルクルと回す雪歩

「あはは…折角だけど、遠慮しとくよ」

男とタバコの回し吸いとかできる子とは思えないしな…
断ると雪歩は少し安堵の表情を示した

雪歩「っていうかそもそもプロデューサーはお煙草吸わない人でしたね。すみません」

「えっ」

雪歩「…え?」

驚く俺に驚く雪歩。
そういえばアイドル達の前で吸ったこと無かったっけ

「…ニコチン入ってるタバコなら吸うぞ?」

雪歩「えっ…そうなんですか?」

「ああ。ほら」

ポケットから今朝買ったばかりの未開封タバコを取り出す。
10年前に吸っていたタバコが、10年後のコンビニに売っていた時は感動したものだ

「息抜きにしか吸わないから正直持ち歩く必要ないんだけどな」

雪歩「えっと…じゃあ回し吸いは私に気を使ったとかですか?…それなのに私…」

雪歩の顔がどんどん赤くなっていく。
茹で上がってるみたいで楽しい

「…まあ、そうだな。…気を遣うのが迷惑だったら、今吸わせてくれるか?」

雪歩が俯いて考え込みはじめる。
少し、意地悪しすぎたかと、謝ろうとした時、雪歩がバッと顔を上げる。

雪歩「今は!…今は…無理ですけど…いつか、私がプロデューサーに触れるようになったら、吸わせてあげます」

雪歩の目はどこか決心したような目だった。

「…そっか。じゃあ、楽しみにしてるよ」

雪歩「はい。」

「…ニコチン入ってるタバコなら吸うぞ?」

雪歩「えっ…そうなんですか?」

「ああ。ほら」

ポケットから今朝買ったばかりの未開封タバコを取り出す。
10年前に吸っていたタバコが、10年後のコンビニに売っていた時は感動したものだ

「息抜きにしか吸わないから正直持ち歩く必要ないんだけどな」

雪歩「えっと…じゃあ回し吸いは私に気を使ったとかですか?…それなのに私…」

雪歩の顔がどんどん赤くなっていく。
茹で上がってるみたいで楽しい

「…まあ、そうだな。…気を遣うのが迷惑だったら、今吸わせてくれるか?」

雪歩が俯いて考え込みはじめる。
少し、意地悪しすぎたかと、謝ろうとした時、雪歩がバッと顔を上げる。

雪歩「今は!…今は…無理ですけど…いつか、私がプロデューサーに触れるようになったら、吸わせてあげます」

雪歩の目はどこか決心したような目だった。

「…そっか。じゃあ、楽しみにしてるよ」

雪歩「はい。」

またしばしの静寂。
遠い現場なのに車で来なかったことを悔やみつつ、雪歩と事務所を目指す

「…っていうか、今は俺の近くでも大丈夫なのか?」

近くと言っても大股一歩は空いているが。

雪歩「んー…ええ。大丈夫みたいです。隣を歩き慣れてるんでしょうか」

真顔でそんなことを言うもんだから、少し照れて顔を背けてしまう。
そんな俺を見て小さく笑いながら、雪歩はポケットからタバコを取り出す。

雪歩「…あ、コーヒー味切れてる」

「ん?何の?」

雪歩「タバコです」

「…えっ」

雪歩「えっ?」

また驚く俺にまた驚く雪歩。

「タバコなのに味があるのか?」

雪歩「ええ。電子たばこって大体オレンジとかレモンとかありますよ?」

「まじか…科学の進歩すごいな…」

10年という時間を噛み締めていると、そこに雪歩が少し申し訳なさそうに続ける

雪歩「…電子たばこって多分プロデューサーがいた時代の数年前にはとっくにありますよ?」

「」

無性に恥ずかしくなって立ち止まってしまう

雪歩「その時代は、味は大した種類ないでしょうけど、タバコ自体はあったと思いますよ」

「…まじか。現代科学すげぇ」

雪歩「…」

雪歩がなにか優しい目で見つめてくるのに耐えられず、タバコの話を掘り下げる

「…で、その味ってどこに売ってるんだ?」

雪歩「基本は電気屋さんとかなんですけど、最近は電子たばこ屋さんっていうのが出来たので、私はそこで」

「ふむ…明日にでも、行ってみるか?」

雪歩は立ち止まって、少し嬉しそうな目で俺に攻め寄ってきた

雪歩「いいんですか?」

「ああ。俺もちょっと見てみたいしな。吸う予定はないけど」

雪歩「…ふふ。じゃあ明日のお昼に駅前の…」

そのあとの雪歩は若干ご機嫌で。
時々スキップとかしながら、事務所へ戻った。


「…よし。こんなもんか」

昨日残業して終わらせた事務仕事。
とりあえず今日までは律子に営業を変わってもらう代わりに事務仕事を全て引き受けることになっている。

小鳥「あ、プロデューサーさん、お仕事終わりですか?でしたら私の仕事も」

「すいません小鳥さん。このあと用事があるので先に上がります。」

小鳥「え、あ、はーい…」

立ち上がった小鳥さんを再び椅子に座らせて、事務所から出る。
あの人昨日も俺に事務仕事押し付けて煎餅食べてたからな。
いくら俺が6年仕事サボってたとしても一ヶ月サボらせるわけにもいかないしな

「…さてと、行くか」

車は駐車場に置いたまま、駅へと走り出した。

とりあえずここまでかなーって

やっと100
投下します

約束の20分前。待ち合わせ場所には既に雪歩らしき姿があった。

「すまん、待ったか?」

後ろから声を掛けると雪歩の背中は一度大きく反応して、しばらく動かなくなったあと、ゆっくりと後ろを振り向いた

「…雪歩。どうしたその格好」

雪歩は、マフラーしてニット帽を被って、サングラスをつけてマスクしていた。

「あ、プロデューサー…すみません。もっと変装したほうがいいとは思ったんですけど…」

「…えっとさ、雪歩」

怒られると思ったのか、体を硬直させる雪歩。

「…雪歩がアイドルしてたのって何年前だ?」

雪歩「え?…六年…でしょうか」

「…変装必要か?…逆に目立つぞそれ」

雪歩「…変装いりませんかね?」

「…多分」

雪歩はしばらく考えて、サングラスとマスクを外してポケットに入れた。

「…さ、行こうか。お嬢様」

雪歩「はい。」

雪歩「ここです」

しばらく雪歩について行くと、少し小さめの個人営業の電気屋みたいな建物にたどり着く。

「ほー…結構、普通に電気屋に見えるけど…」

素直に感想を言うと、雪歩は軽く笑って

「まあ悪い取引するわけじゃないですから、電気屋と兼業の方が儲かるそうです」

「なるほど」

電気屋のコーナーにでもあるのかな等と想像していると、店の中から人が出てくる。

雪歩「あ、おばちゃん。こんにちわー」

雪歩が俺の知らない人に親しげに話しかけている姿は少し新鮮だった。

電化製品のおいてある中に、小さく電子タバコのコーナーがあるものだと想像していたが、中に入ってみると真逆。
店一面に棚があって、そのうえに味の書いてあるビンと箱が置いてあった。

「チョコレートにグレープフルーツ、ぶどう、みかん、コーラ、ソーダ、ラムネ…こんなに種類が…」

雪歩「最近は食べ物を入れると煙が自作できるキットみたいなのも発売されたんですよ」

店主らしい人と話し込んでいた雪歩が、後ろから話しかけてくる

雪歩「ちなみに私のおすすめはチョコレートでやめた方がいいのは梅干です」

「へぇ。梅干美味しくないのか?」

和風なイメージがある雪歩にしては珍しい。 まあタバコの味の話なので和風も何もないが

雪歩「梅干は嫌いじゃないんですけど、タバコになるとちょっと」

「チョコも大概だと思うけどな…」

まあ、苺は美味しくても飴にすると甘すぎるみたいなことかなのだろうか

雪歩「あはは…」

「で、補充終わったのか?」

雪歩「はい。コーヒー味と、新しく入った抹茶味買ってきました」

「これだけあってまだ増えるのか?」

雪歩「タバコの進化は止まりませんよ」

タバコの箱が入った袋を持ち上げて少し誇らしげに語る雪歩。

雪歩「ちなみに喫煙者向けにマイセン味とかもありますよ」

使ってないですけどと呟いて、雪歩は袋の中身をポケットにしまい込んだ。

雪歩「さて…じゃあ、どうしますか?」

突然聞かれたため、仕事の癖で腕時計に目が行く。
時計は一時を指していた。

「…そういえば雪歩、昼飯食べたか?」

雪歩「いえ。後でうどんでも食べようかと」

十年前の雪歩が一人でうどんを食べるところを想像して、
微笑ましくて少し笑ってしまいそうになったり。

「…食べにいくか?」

雪歩「いいんですか?」

拒絶されるかと思ったが、そこまででは無いらしい。相変わらず距離は大股一歩空いているが。

「今日の仕事は午前中に終わらせてきたからな」

雪歩「えっと…じゃあ…お願いします」

「おう。」

「ふぅ。食った食った。」

雪歩「ご馳走様ですプロデューサー」

雪歩の行きつけらしいうどん屋で昼飯。隣の客との距離が大きく開いており、隣の知らない客に絡まれないのが好きらしい。

「っていうかまさか俺がおごることになるとは…まあいいけどさ」

雪歩「年上ですから…って、今は私の方が年上ですね」

年上は奢らないといけないみたいな約束が雪歩の中で出来ているらしい。

「そうなんだよなぁ…最年少の一つ上とか信じ難いよ」

雪歩「ふふ。意外と、経験できない物ですよ。年上のお姉さんをプロデュースなんて」

そう考えると少しいたずらっぽく笑う雪歩が、すごくお姉さんに見えてくる。

「…でもお前らは俺を年下としては扱わないだろ?」

雪歩「扱って欲しいんですか?」

首を傾げる雪歩。想像してみると年下プロデューサーがアイドルに弄られる姿しか浮かんでこなかった。

「やめてください」

雪歩「ふふ。でも、今思うとプロデューサーって小さいですね」

自分の背と俺の背を比べる雪歩は、少し誇らしげだった。

っていうかまだ少し俺の方が大きいよ

「雪歩は、色々大きくなったな」

身長でいばられたのに少しムカッとして、少し反撃にと意味深なことを言ってみる。

雪歩「セクハラです」

涙目で怒る雪歩は、少し怖かった。

雪歩「…10年の差、感じましたか?」

雪歩の家へ送るため、二人で会話もなく歩いていると、雪歩が突然立ち止まった。

「ん?」

雪歩「タバコで科学の進歩を知って、私で人の成長を知って。10年前の自分との違いを感じましたか?」

雪歩は俺の方を見ることなく、答えを待っている。

「…ああ。実感したよ。」

雪歩「…残り一ヶ月を過ごす上で、10年の差を認識するというのは必要なことだと思います。…多分、10年前の常識は通じませんよ」

「…ああ。」

雪歩「…さ、帰りましょうか。プロデューサーも早めにお仕事終わったんですし、早く帰って休んでください。」

小さく笑いながら振り向いた雪歩の顔は、少し作り笑いに見えた。

「そうだな…でもなんか自分の家が人の家みたいで落ち着かないんだよな…」

家具の配置は勿論のこと、服や上着、シーツなども変わっていた。家具が全部一新とかされてたら自分の家だと気付かなかっただろう。


雪歩「でしたらお家まで遊びに行ってお茶入れましょうか?…なんて…」

雪歩がからかうように呟く。
年上が年下をからかっているようなからかい方に少しむっとして、やり返してみる。

「ああ。頼めるか?」

雪歩「えっ」

「えっ?」

俺の反応が予想外だったのか、硬直する雪歩。今日は少し弄りすぎたと反省して謝ろうとすると

雪歩「…いいんですか?」

予想外の答えが飛んできた。

「え、えっと…別にいいぞ?」

雪歩「…じゃあ、お邪魔します」

雪歩の顔がパァっと明るくなったような気がした。

雪歩「…あ、じゃあ行く前にお茶の葉を…」

今回はここまで
律子誕生日おめでとう

一週間開いてしまいました
投下します

雪歩「…男性の一人暮らしの割に綺麗な家ですね」

玄関入って一言目にそれって…男の一人暮らしに一体どういう認識を抱いてるんだこの子は
まあ確かに片付けは得意ではないけど…

「うんまあ…多分、春香達が掃除してくれたんだと思う」

雪歩「…ふむ。」

居間に入って、立ち止まる雪歩。

「どうした?埃でもあったか?」

雪歩「…ふふ。いえ、なんでもないです。」

「…?」

雪歩「さ、お茶入れますね。」

「あ、ああ。お願いします」

雪歩は台所に歩いて行った。

「…」

なんというか、沈黙が多すぎたかも知れない。
少し前まで小さかった子が、いきなり大人になったというのは、思ったより距離感が掴めない物だ。

雪歩「…はい。お待たせしました」

「あ、ありがとうございます」

しばらくして、雪歩は台所から嬉しそうにお茶を持ってきてくれた。
それだけいい出来だったのだろうか。楽しみだ

雪歩「店長さんのお勧めのお茶っ葉です。心が落ち着くそうですよ。」

コトッとお茶が目の前に置かれる。
お茶の隣にはお茶っ葉と一緒に買った羊羹が置いてあった。

ゆっくりとお茶を啜る。いい感じに冷えたお茶は10年前と変わらず美味しくて、少し涙ぐんでしまった。
事ある事に泣くわけにもいかないのでなんとか堪えて、ゆっくりお茶を堪能する。

「…うん。うまい。」

雪歩「ふふ。良かったです」

少し鼻声だったかもしれない。
それがやたら情けなくて、顔が赤くなりそうだ。

「…ふぅ。ご馳走様」

雪歩「ふふ。お粗末様でした」

結局たった一杯のお茶を、10分ほどかけてゆっくりゆっくりと飲み干した。

「雪歩のお茶は変わらず美味しいな。なんていうか、落ち着いたよ。」

雪歩「ふふ。そう言ってもらえると入れた人としても嬉しいです。」

その後、少しお茶について話していたが、雪歩のお茶が10年前と変わらなくて落ち着いたのか、襲ってくる急激な眠気。

「…」コテン

結局座ったまま雪歩の方へ倒れ込んでしまった。ああ、ごめんよ雪歩。この借りはいずれ…

雪歩「へ?」

雪歩「…プロデューサー?」

雪歩「…寝てる…」

雪歩「…鍵開けっ放しで一人で置いておくのも…」

雪歩「…むむむ」

その後少しだけ雪歩の唸る声が聞こえたが、内容はいまいち頭に入らないまま、俺の意識は途絶えた。

しばらくすると目が覚めた。
何時間寝たのか分からないが、薄目しか開けられないのと、体がだるいので時計を探そうとは思えなかった

「…ふぅ。久しぶりに…よく寝た…」

軽く目を擦る。
昨日一昨日と眠れなかったせいで、結局一人で寝てしまったらしい。
雪歩には悪いことしたなあ…今度謝らない…と…

雪歩「ス-…ス-…」

上を見ると、雪歩の顔があった。
しばらく考えて、この頭の下にある枕は、雪歩の膝だと分かった。

「…」

起こすべきか、起こさざるべきか。
少し膝が惜しいが、仮にも相手はアイドル。いつまでもアイドルの膝の上というのは色々まずい。

しかし、多分雪歩は俺が寝てるから膝の上でも安心だったのだろう。
今起こすとしばらく硬直したあと、気絶する可能性がある。

「…どうしよう」

壁を背にぐっすりと眠る雪歩は、できることならあまり起こしたくなかった。

「…もうちょっと寝よ」

別に膝が名残惜しかったわけではない。

差し込む夕日が赤くて、少し眩しかった。

第八章 P「兄ちゃん復活祭」

「…おはよう」

もう一度目が覚めると、枕は暖かい膝から、ベッドに置いてあった枕に変わっていた。

少し残念に思いながら、ダイニングへ出ると

雪歩「おはようございます。」

雪歩が台所で何かを料理していた。
エプロンを付けて皿を持つ姿は、何だか様になっていた。

「おはよ。」

そして雪歩の後ろからフライパンを持って顔を出す女性が…

「…って、あれ、伊織?」

顔を出したのは、雪歩と同じエプロンを付けて、髪を後ろで括った伊織だった。

伊織「そーよ。伊織ちゃんよ。」

雪歩「お掃除に来たらしい所を確保しました」

誇らしげに胸を張る雪歩。
その姿は可愛かったが、その姿を見た後ろの伊織は、かなり面倒臭そうな顔をしていた。

伊織「帰ろうとしたらドアの鍵閉められたのよ…で、お話をしようって言われて、じゃあ料理でもしながら…ってことになっただけよ」

10年前の雪歩では絶対に無理な行動。
伊織の面倒臭そうな顔も納得だ。

伊織「…はいできた。雪歩持ってって」

伊織が皿に一通り盛り付けていく。
料理をする伊織というのはなんとも想像しづらかったが、慣れた手つきで盛り付ける姿は、お嬢様というより奥様って感じだった。

「おー…なんだか豪華な…」

雪歩は、肉やらサラダやらが乗った皿をどんどん持ってくる。とても三人じゃ食べられないような…

伊織「…さっき亜美が訪ねてきてね。どうせだから第二回プロデューサー復活祭を開催するぜー!とか行って、みんなを呼びに行ったのよ」

雪歩「というわけで料理も多め、というわけです」

なるほど。あの二人の言いそうなことだ。
でもパーティー二回目か…
それだけ歓迎してくれているのだろう。嬉しくて涙が出そうだ。

「…でもこの家、みんなで入れるほど広くないぞ?」

皆を呼んでくるって言ってたなら、仕事のない子達が多くても3、4人はくるだろう。
となると雪歩達を合わせて7人程度…

雪歩「…まあ、なんとかなりますよ」

まあ、考えても仕方ないか。

亜美「ではでは!」

真美「第二回!兄ちゃん復活祭!」

亜美「イン兄ちゃん宅を!開催しまーッす!」

亜美真美「「はい拍手ー!」」パチパチ

「大分窮屈になったな…」

結局、こっちに来てから会ってない千早とやよい、病室で以来誰も姿をみてないらしい貴音、少し前から仕事以外で姿を見ないらしい響に、仕事で来れないらしい美希、真、社長を抜いた、計8人のアイドル、事務員、プロデューサーが来ていた。

「予想はしてたけど…夜に仕事が無いアイドルが6人も来る事務所ってのもなぁ…」

仕事が無いんじゃないかと心配してしまうが、さっき律子に聞いてみた所、

律子「大丈夫ですよ。今日はたまたま仕事がないだけで、夜中のバラエティとかの仕事もよくあります。
昼も夜もずっと仕事は余り良くないので、夜は少なめですけどね!」

と一生懸命説明してくれたので、そういうことなんだろう。


亜美「どーだ兄ちゃんよ!」

真美「今や真美達はグラビア雑誌に使われるほどのナイスバデーになったのだ!」

薄着の二人が腕に絡みついてくる。
大きくなった亜美と真美は、プンプンと酒の匂いを漂わせている。

「酒飲んで人に絡みつくなって」

真美「うへへ~飲んどらんわーい!」

亜美「うっふっふ~♪…ヒック」

二人はそう言い残して、酒臭いまま雪歩や春香達の方へ走っていく。

亜美「…あ、そうだ兄ちゃん」

「ん?」

少し行った辺りで引き返してきた亜美が、周りを見回しながら尋ねてきた

亜美「お姫ちんは?」

「…貴音?」

貴音は一昨日から誰も姿を見てないらしいが…

「今日は来てないぞ?…どうした?」

来てないと伝えると亜美は頭を抱えて考え込んでいたが、少しして何かを閃いたように頭を上げて、

亜美「まあいっか!なんでもない!」

そういって真美の後を追って走っていった

「…」

絡まれて困っている春香から視線を外すと、年長…年上組が亜美達を眩しそうに眺めながら、酒を煽る姿が目に入る。

あずさ「うふふ…事務所最年少がお酒飲める歳になったんですねぇ~」

小鳥「時代を感じますねぇ。」

少し前まで一緒に飲んでいた二人は、昔よりさらに大人っぽくなっていて、なんだか悲しくなった。

危うく涙を流しそうになったので、もう一度亜美達に視線を戻すと

真美「よぉ~し!お姉さん一肌脱いじゃうぞー!」

そう叫びながらTシャツを脱ぎ始める真美の姿

「っておいこらやめろ!」

真美の腕を掴んで、Tシャツから手を離す。危なかった。色々。

「…っていうかお前、そんなに大きいわけでもないだろ。10年前の千早にもグラビアの仕事来るんだからグラビア基準でバインバインになるな」

昼間読んだプロフィールを思い出し、そう呟くと少し怒った顔をした真美は、律子の方へと走っていく。

真美「りっちゃーん!兄ちゃんが虐めるよー!」

律子「はいはい…そんなことよりプロデューサー。伊織知りません?」

寄ってくる真美を片手でなだめつつ、辺りを見回す律子。
そういえば皆が来たあたりから見ていない。

「この辺は入り組んでるから心配だな…ちょっとさがしてくるよ」

自分のコートを亜美から剥ぎとって、羽織る。買った覚えはないが、暖かい。なかなかいい趣味してるな未来の俺。

律子「あ、それなら私も…」

「律子は春香と一緒に酔っ払い共の介護を頼む」

チラッと小鳥さん達の方を見る。

小鳥「あずささあああん!私いいい!もうだめえええ!」

あずさ「だめよ小鳥さん!こんな所で寝たら死んじゃうわ!」

亜美「寝るな!寝るんじゃねえ小 鳥ッ!寝たら死ぬぞおお!」

春香「皆酔いすぎだよ…」

律子「…はい。」

酔っ払い共の有り様を見て、苦笑いしながら了承してくれた。

「じゃあ、行ってくる。くれぐれも酔っ払ったアイドルを外に出すなよ」

律子「分かってますよ…」

真美に絡まれながら右手を振る律子は、言っちゃなんだがお母さんみたいだった。

ネットの調子が悪いので今回はこの辺りで

すみません遅れました投下します

「伊織」

玄関に靴があったので、伊織は案外簡単に見つかった。
二階から出られる屋根の上に腰掛けて、伊織は月を眺めていた。

伊織「…あら、どうしたの」

「いや、酔っ払ったまま外に出られてたら困るからな。ちょっと搜索に」

伊織「…私は接待以外で酒は飲まないわよ」

やれやれといった感じにため息をつく伊織。

「そうか…っていうか、酒の接待があるのか?」

伊織「アイドルじゃなくて家でね。パパに会いに来た人の接待をたまにさせられるのよ」

「へえ…さすが水瀬財閥のご令嬢。」

片膝着いてお辞儀をすると、伊織は少し黙って、頭を叩いてきた

伊織「なーにやってんのよ。馬鹿」

「ははは…接待なんて、お金持ちっぽいこともするんだなって思っただけだよ」

伊織「…接待させられる酒なんて、ろくなものじゃないわよ。あんなの、下心しかないんだから。」

月を見ながら伊織は寂しそうに話し始めた。

伊織「酌は基本的に、メイドかママがするわ。私に接待させるのは、バレないようにセクハラしようとするおっさんとか、息子とくっつけようとする奴とか、そういうやつばっかなのよ」

「…大丈夫なのか?」

伊織「ええ。新堂がいるから、おっさんにセクハラされたことはないわ。それにうちは仕事のお見合いとかも必要ないしね。」

それでも酒臭いおっさんの接待なんて嫌だけどと、小さく笑う伊織。そうか、新堂さんがいるなら…

「…あれ、新堂さん、まだ執事やってるのか?」

伊織「ん?ええ。やってるわよ?」

新堂さんって確か大分年を召された方だったような…しかも今は十年後…

「…あの人何歳だ?」

伊織「さぁ…」

屋根で二人、首をかしげた。

「…で、何してたんだ?」

閑話休題。屋根の上にもう一度腰掛けて、伊織の方を見る。

伊織「…さあね。考え事よ」

伊織は月を見たまま答える。
仕方ないので一緒に月を眺める。

伊織「追求しないの?」

何も聞いてこないのを疑問に思ったらしい伊織が、不思議そうにこっちを見る。

「追求して教えるようなキャラじゃないだろ。」

伊織「…それもそうね。」

「10年で聞いたらすぐ答えるようなキャラになったんなら話は別だぞ?」

伊織「まさか。むしろ追求されたら警察に突き出す程度に進化してるわよ」

「えっ」

ケータイを取り出した伊織を見て、土下座の準備。
伊織は無様に土下座をしようとする俺をしばらく見て、

伊織「…冗談に決まってるでしょ…」

と言って、ケータイをしまった。

伊織「…本当にあんたも変わらないわね。10年経っても。っていってもあんたと最後に話したのは6…」

月を眺めながら懐かしそうに語っていた伊織だったが、突然体をこわばらせて黙ってしまう。

「…?伊織?」

伊織「…ごめん。気分悪いからもう少し夜風に当たってるわ。あんたは先に…」

「なら、俺も…」

伊織「私は!」

伊織「…少し、頭を冷やしたいのよ…ある程度したら戻るわ」

「…分かった。」

ゆっくりと二階へ戻り、階段を下りる。
階段を下りている間、上から小さな泣き声が聞こえた気がした。

一階に戻ると、ダイニングのソファで律子が一人りんごジュースを飲んでいた。

律子「あ、プロデューサー。どうでした?伊織いました?」

「ああ。屋根の上にいたよ」

律子「屋根って…」

「うちは屋根に登れる構造になってるんだ。酔っ払ってはいなかったし、しばらくしたら戻るってさ」

冷蔵庫のチュウハイを持ってきて、律子の隣に座る

「で、なんでこっちに来たんだ?」

律子「シラフがいると冷めそうですし…っていうか酒の臭いだけで酔いそうなので」

「あー…まあ、酔いそうだ」

ふすまを閉めている今でも大分臭ってくるくらいだ

「…で、酔っ払い達の様子は?」

律子「真美がトイレに篭もってます。」

トイレを指さして、苦笑いする律子。
どんだけ飲んだんだあいつ…

律子「ほかの人達は隣の部屋で寝てたり飲んだりしてます」

部屋を散らかさないで欲しいんだが…まあ、いいか。

「…じゃ、律子も飲もうか」

開き直って、隣の部屋から日本酒を一本貰ってくる。

律子「えっと、私は皆の世話が…」

「気にすんな。俺は酒強い方だし、いざとなれば伊織がいるさ。」

律子「…じゃあ、一杯だけ。」

律子のリンゴジュースの入っていたコップに酒を注ぐ。

流されやすいのは、相変わらずみたいだ。

今回はここまでです

おはようございます。
投下します

第九章 P「疲れ」

しばらく二人で飲んでいると、急に右肩が重くなった。
右肩には、眠った律子の頭が乗っていた。

「…さてと」

律子の眼鏡を外して、床に寝かせる。
日本酒の瓶を隣の部屋に返して、コップを洗う。

「…そういえば」

もう一度酔っぱらい達の部屋を覗く。

「あずささん。あんまり飲み過ぎないようにしてくださいよ」

あずさ「はぁ~い。考えておきまぁす」

「…まだ2階かな…少し、様子見に行くか」

二階へ上がると、伊織は廊下で倒れていた。

「…伊織?」

伊織「…」

近寄ると小さく寝息を立てていた。
少し安心しながら、屋根へ上がる窓を閉める。

その時見た外は暗くて、もうすぐ日が変わると再認識した。

「みんなの親に連絡しないとな…」

「…おい、伊織。風邪引くぞ」

戸締りをして、もう一度伊織に呼びかける。
デコでも叩いてやろうと顔を覗きこむと

伊織「…ごめんなさい…」

「え?」

伊織は、泣いていた。

伊織「ごめん…すみません…ごめんなさい…」

「おい、伊織?」

伊織「私が…ごめんなさい…エグッ…ヒック…」

「伊織!」

伊織「…!…あれ、私…」

伊織は涙を流したまま起き上がって、じっと俺の顔を見つめていた

「…風邪引くぞ。」

伊織の手を掴んで、引き上げる。
しばらく立ってぼーっとしていた伊織は、もう一度俺の顔を見た後、周りを見回した。
そして…

伊織「…」

フラリと、バランスを崩した。
一度バランスを崩した後は、ただ重力に従って…

「…伊織?…伊織!おい!」

伊織は、倒れた。

一階へ駆け下り、律子を起こす。

「律子!救急車!」

律子「ふぇ…?」

「早く!伊織が倒れた!」

律子「!?…分かりました。頭を打ってるかも知れないので、動かさずに呼びかけてください!」

「ああ!」

押入れから毛布を取り出して、もう一度二階へ。

律子「真美!伊織が大変らしいの!早く出て!」

真美「なんですとっ!」

律子「…涙拭いてから、二階にいって。」

真美「うい!…おえっ」

律子「もしもし!救急車を…」

真美「目立った外傷はないですな…それにこの高熱…」

おでこを合わせて熱をはかっていた真美が顔を上げる。
伊織はうなされているようで、先ほどから謝罪を繰り返している。

真美「…とにかく、ここじゃ病気も分かんないよ。救急車が来るの待ち。とりあえず、タオルを」

「ああ!」

タオルを濡らしに一階へ駆け下りる。

真美「急ぎすぎっしょ…まあ、兄ちゃんもまだまだ若いからしょうがないね」

真美「…さて、亜美を叩き起こしてきますか」

亜美「ふむふむ…ここでは詳しくは分かりませんが…多分、風邪ですかな」

ゆっくりと伊織の口を閉じて、体温計が音を鳴らすのを待つ亜美。
でもただの風邪でよかった。安心すると大きくため息がでて、膝が崩れそうになった。

真美「安心するのはまだ早いかなぁ。たかが風邪にしては、熱が高すぎるような…」

静かな空気の中、ピピピと鳴り響く体温計の音。
デジタル表示された文字は、40.6度。

真美「ふむ…」

亜美「…いおりん、低体温だって言ってたし、よっぽどですな」

そしてしばらくの沈黙。じっと考えこむ亜美と、何度もタオルを濡らしては絞りを続ける真美
少しすると、救急車のサイレンの音と、律子が一階から駆け上がってくる音が聞こえた。

律子「亜美!真美!救急車が来たわ!」

医者「診察の結果、風邪です。恐らく疲れによるものかと」

伊織の寝ているベッドとは別の部屋で、医者は軽い感じでそう言った。
亜美が別室で病名宣告なんて不吉だね!とか不吉なことを呟いてたが、そんなことはなくてよかった。

「疲れ…ですか?」

医者「ええ。何かで気が抜けて、疲れがどっと来たようです。」

真美「…」

「真美、心当たりは?」

真美「…」

真美は小さく俯いてしまった。
心当たりがないのを申し訳なく思っているのだろうか

医者「まあ、入院は必要ないでしょうから、とりあえず熱が下がるまでは安静にして…」

話の終わったあと、伊織のところへ向かう通路。
真美はまだ俯いたままだった。

「…真美」

真美「へっ!?あ、なんですか?」

わかりやすくテンパって口調まで変わる真美。
それでも、まだ俯いていた。

「…何か、心当たりあるのか?」

真美「…」

一瞬体を大きくビクつかせた真美は、少し伊織の病室の方向を見て、また俯いた。

「伊織には亜美と律子がついてる。少しくらいなら、いいと思う」

真美「…ごめん。なんでもないよ…そんなことより早くいおりん達の病室に…」

「真美」

真美「…」

病室へ駆け足で戻ろうとした真美を呼び止める。

「…どうしても、話せないか?」

真美「…はあ…」

真美は大きくため息をついて、近くの自動販売機にお金を入れた。

真美「兄ちゃんいる?」

「…ああ。」

自販機で2つジュースを選んで、こちらに投げ渡してくる。
代わりに金を渡そうとしたら、断られた

真美「…兄ちゃんが入院したのは、いおりんが関係してる」

真美「真美から言えるのはそれだけ。」

真美は悲しそうにそう言った。
気にはなっても、問い詰めようとは思えなかった。

「…分かった。」

真美はニコッと笑って、病室へ走っていった。

後で真美が投げてきた缶を見ると、パッケージにはスイカラーメンスパ味と書いてあった。

「…あいつ…」

無理に聞いて、怒ったのだろうか。

一口飲んで吐きそうになったが、がんばって全部飲んだ。

亜美「まあ、入院するほどじゃなかったなら、よかったですなー」

病室に戻ると、病室に真美の姿はなかった。
俺が通路の椅子でジュースを飲んでいる間に、二人に病気の原因を話して、全員分のジュースを買いに行ったそうだ。

律子「入院ではなかったけど…」

亜美「疲れ…か」

「…」

亜美も律子も、皆俯いて考え込んでいる。
なんていうか…苦しい沈黙だ。こんな短い期間に病院での沈黙を二度も体験するとは思っても見なかった。

「…とりあえず、伊織どうする?」

結局沈黙に耐える事ができず、話を振ってしまう。
話を振ると、三人は顔を上げて、なにもなかったようにこっちを向いた。

律子「…さっき伊織の家に電話したんですが…」

「そう…なのか?さすが律子だな」

褒めると律子はすこし顔を赤くして髪を弄っていたが、すぐ頭を振ってまた俺の目を見る。

律子「伊織が珍しく人の家に泊まるから、新堂さんは両親のお仕事についていったらしいんです。」

「えっ」

少しの沈黙の中、真美がジュースを抱えて帰ってきた。

真美「えっと…ただいま?」

律子「あ、おかえり。」

部屋の空気に少し戸惑っていた真美に、律子がもう一度初めから説明をする。

真美「ほふーむ…」

全員にジュースを配り終えた真美が、考えこむようにうつむく。

亜美「…どうするの?兄ちゃん」

「…とりあえず、一旦家に帰ろう。酔っぱらいも置いてきたしな…」

一応春香を起こしてきたので大丈夫だとは思うが…用心に越したことはない
っていうか一回酔いつぶれた留守番ほど心配な物もない

律子「そうですね…じゃあ、私タクシー呼んできます。」

律子はケータイと缶ジュースを握りしめて外へ走っていった。

とりあえず伊織は亜美と真美に任せて、医者に挨拶。
丁度薬を貰ったくらいに律子の呼んだタクシーが到着した。


それで三人を呼びに病室に行ったら亜美の炭酸が破裂してたり
誰が伊織をタクシーまでおんぶするかじゃんけんさせられたりした後。

待たせて怒った律子の小言を聞きながら、乗り込んだタクシーの中。
結局乗る前に誰が伊織を膝枕するか、というじゃんけんまでさせられた。

結局真美が伊織を膝枕して、そのとなりに俺。
助手席に亜美と律子が二人詰め込まれることになった。
運転手さんが苦笑いしていたが…まあ、仕方ない。

「それで、さっきから気になってたんだが」

真美「ん?」

破裂しなかったジュースを飲みながら真美が答える。

「伊織の家の執事さんが一人いなくなったくらいで、家に誰もいなくなるのか?
伊織の家って召使一杯いたような気がするんだが…」

前に行った時は大勢の人に玄関で迎えられてびっくりしたことを覚えてるんだが…

亜美「説明しよう!」

律子「こらっ…亜美…立ち上がらないで…」

椅子に膝立ちになって後ろを見てくる亜美と、それを注意する律子。
というか律子が手すりに押し付けられてすごい苦しそうになってるし…運転手は不安そうにチラチラ隣見てるし…

亜美「いおりんね、四年前くらいに前より小さいお家に引越ししたんだよー」

「…そうなのか?」

真美「そっか兄ちゃん知らないんだねー」

亜美「それでねー」

律子「…亜美…そろそろ…」

手すりに押し付けられ続けて限界になったらしい律子が呻る。

亜美「あ、ごめんりっちゃん」

律子「…座ってなさい」

律子に首根っこ捕まれて、座席に引っぱり戻される亜美。
そんな亜美を、呆れたように笑う真美

真美「あはは…まあ、それでいおりんの家には今使用人さんは二人。」

「…」

…とりあえず、今は伊織を布団に寝かせてあげよう。
その後のことは、その後考えればいい

真美「…あの、兄ちゃん」

「ん?」

何か申し訳なさそうにジュースの入った缶をくるくると回す真美。

真美「…さっきの…あの、病院の廊下の…」

「ああ、さっきのか…」

一応真美も申し訳なく思っていたらしい。ヒントだけでも与えてしまったのが申し訳なかったのか、ヒントしか与えなかったことが申し訳なかったのかは分からないが。

「なんていうか、ごめんな真美。無理矢理聞いちゃって」

真美「え?…あー…」

真美「…そーだよ!女の子に無理やりなんて論外だよ!プンスコだよ!」

二十歳過ぎた女性にプンスコと言われる衝撃は測りしれない

ブンブンと回す真美の手を掴んで、真美の目を見る。

「…俺は、伊織本人に聞くことにしたから、大丈夫。」

真美「…そっか」

真美は少し嬉しそうな表情をしていた。

缶ジュースの水滴が一滴、伊織の額に落ちた。

今回はここまでです

長いこと開きました。すみませんでした
投下します

第十章 P「就寝」

無言でタクシーに乗ること数十分後
疲れたのか、我が家に着く頃には真美は船を漕いでいた。

ドアの外でニヤニヤしながら真美を眺めていた亜美に伊織を任せ、真美は俺が背負うことになった。

律子「はぁ…全く真美ったら…」

律子は1、2回真美の顔を撫でて、小さく笑った。

律子「…さて、私も亜美の手伝いしてきます」

「ああ、頼んだ。」

律子は駆け足で2階へ昇っていった。

とりあえず一度酔っ払い達の部屋を覗く。

あずささんと小鳥さんは相変わらず飲んでいたが、春香は一人ケータイを弄っていた。

少しして帰ってきた事に気付いたらしい春香が、駆け寄ってきた。

春香「伊織、大丈夫でしたか?」

「ああ、ただの風邪だったよ。留守番ありがとうな」

春香「いえ、頼まれたことですから…」

座り込んだ春香がまぶたをこする。
眠いのに起きていてくれたのだろう。ありがたいことだ

「春香、ここで寝るのはなんだし、ベッド使ってくれるか」

頷いた春香の手を掴んで、背中に真美を背負って、寝室へ。

真美をベッドに寝かせ、春香が寝たのを確認したあと、布団をかける

「…ありがとな。ふたりとも」

二人共昔のままかと思っていたが、たくましく育っていたらしい。

寝ぼけて春香の胸を揉み始めた真美の寝相を笑いながら、寝室を後にした。

ダイニングの空き瓶を片付け、机を拭く。
やっとのことで片付いた部屋を見回して、達成感を味わう。

小鳥さんの歌声が響きわたる隣の部屋は放置。


というわけにも行かないので、部屋を開ける。
酒瓶を握って肩を組んで歌う小鳥さんとあずささんはとてもおっさんっぽかった。歌がうまいのが腹立つレベルだ

「あずささん、いつまで飲みます?」

答えは期待してないが、一応聞く。

あずさ「あら~プロデューサーさんも一杯どうぞ~」

話を聞いてすら貰えない。
酔っ払ったあずささんは昔から話を聞かなかったし、10年経っても変わってないらしい。
仕方なく酔っ払い二人を無視して部屋を見回す。

「…こりゃあまた…」

まず目に付くのは散らかった空き瓶と空き缶。
さらにその周りに散らかったつまみの袋。
そしてそこらじゅうに無防備に散らかった酔っ払い

一度大きくため息をついて、

「あずささん、小鳥さん。気が向いたら片付けておいてくださいね」

あずさ「ほぁ~い…」

小鳥「かーしこまりましたぁ~」

期待できない返事が帰ってきたが、元々期待してないので問題ない。
もう一度散らかさないように言って、ダイニングへ戻る。

ダイニングでは律子が疲れたーとか呟きながら寝転がっていた。

「お疲れ様。」

律子「!?…おはようございますプロデューサー」

声を掛けるとかなり大袈裟に飛び上がって、正座された。
少し酔っているんだろうか

律子「…真美はどうでした?」

「ああ、春香と一緒にベッドで寝てるよ。そっちは?」

律子「体拭いて、プロデューサーの服を着せて寝かせました。今は亜美が看病を。」

亜美が看病なんて10年前じゃ考えられないな…なんて言ったら失礼か

「ありがとな」

律子「いえいえ…で、どうすることにしたんですか?」

「まだ考えてる」

律子の隣に腰掛け、顎を押さえて考え込む。

どっちにしても酔っ払いがいるので泊めるのは今更だが…家の方が安心出来るんじゃないかと思ってしまう

律子「…今、新堂さんに帰ってきてもらうと、いつも執事二人で回しているらしい家を、新堂さん一人で回すことになります」

「…」

律子「多分、普段以上に看病はできないと思います。新堂さんも大分お年を召してますし」

「 …そう…だな」

律子は、バッグから真美が買ってきた缶ジュースを取り出して、飲み始める。

律子「あまり詳しいことは言えませんが、プロデューサーが帰ってきて、伊織は…多少なりとも、安心したんだと思います。」

「…そうなのか?」

律子「まあ、私の勝手な想像ですけどね」

律子は缶ジュースを飲み干して、いたずらっぽく笑う。

「…分かった。じゃあ、新堂さんに電話してくる」

律子「はい。了解です。」

律子の空き缶をシンクに置いて、新堂さんに電話をかける

10年後の自分のケータイは、微妙に操作が難しくて泣きそうになった

電話をかけて数十分
気が付くと新堂さんと世間話をしていたので、時間を考えて電話を切る。

「とりあえず、明日の朝まで預かることになったよ。」

10年経ってもまだカパカパしていた自分のケータイを閉じて、ポケットへ。
春香のケータイもカパカパしていたし、10年経ってもガラケーは一般的のようだ。

律子「そうですか…あっちの酔っ払い共はどうしましょうか」

電話が終わる頃にはあずささん達のおっさんみたいな笑い声は止んでいて、我が家はようやく静かになったらしい

「…毛布は何枚かあるから、皆で畳でゴロ寝してもらおう」

律子「…まあ、大丈夫でしょう。自業自得です」

人の家で酔い潰れて寝るなんて~とか、酔っ払いへの文句を吐き出す律子。
まあ確かに人の家で寝るのは少し無防備過ぎて、色々心配に…あれ

「律子もさっき寝てたよな?」

律子「…そんなことよりプロデューサー。亜美達の様子を見てきてください」

わかり易く話をそらされた。
でもまあ亜美も心配だったし、言われた通り2階へ。

階段を登っている途中、律子があずささんを怒る声が響いた


2階へ登って、伊織が寝ているらしい部屋へ

部屋に入ると布団に寝ている伊織と、その隣でぼーっとしながらタオルを濡らす亜美

「…亜美?」

声を掛けると一瞬体を震わせて、こっちを見た。

亜美「あー、ごめん。うっすら寝てた」

目を擦りながら、片手でタオルを伊織のおデコに載せる

「いや、亜美も今日頑張ってたしな。眠かったら寝ていいぞ」

亜美「んー…まあ、寝るならここに布団敷いて寝るよ」

ベッドで寝てもらおうと思ったが、よく考えると伊織の看病は必要だった
っていうかベッドは春香と真美が占領してたか

「…じゃあ、後で交代に来るよ」

亜美は小さく右手を上げた。

とりあえず、一度1階へ戻ると、
ダイニングで律子が眠っていた

「他人の家で寝るなんて…ね。」

壁に掛かっていた俺のコートを律子に掛けて、一人寝室へ
二人が寝ているベッドの下に、2階から持ってきた少し薄めの敷き布団を敷いて、適当に寝床の準備を済ませる

その後ダイニングに戻って、律子を起こす。別にここで寝てもらっても構わないが、明日体が痛いとか言われたら困る

「律子」

律子「ん…あ、おはようございます」

目を擦りながら欠伸をする律子。
眼鏡ないのはなかなかに新鮮だったが、
今はそんなことしてる場合じゃない。

「律子、寝室に布団敷いてあるからそこで寝てくれ」

ダイニングも使われると俺が寝る部屋がなくなってしまう
声を掛けると律子は一度立ち上がって、直ぐに座り込んだ

「り、律子?」

律子「…引っ張ってくらさい」

…酔っているのか寝ぼけているのか

「ほら律子、ちゃんと立って」

律子の手を掴んで、寝室へ

「はい。ちゃんと布団かぶれよ」

律子「はぁーい」

律子を布団に押し込んで、ベッドの方を見る
真美の手が春香の服の中に入っていたが…布団だけ直して、扉を締めた。


やっと静かになったダイニングに
一人座り込んで、大きくため息。

その後、酔っ払いに適当に毛布を掛けて、洗い物を済ませた

おはようございます。
投下します

おはようございます。
投下します

第十一章 P「晩酌」

部屋が一通り片付いたのを確認すると、もう一度大きなため息が出た。

少し休憩しながら、冷蔵庫を確認する。

冷蔵庫の中にはそれなりの材料は入っていた。これなら朝ご飯全員分くらいなら大丈夫そうだ
足りなかったら食パンで我慢してもらおう

「…さて」

亜美が寝落ちする前に2階へ行かないと

ゆっくりと襖を開くと、さっきと変わらない構図。
亜美が伊織のタオルを取り替えているだけ。ただ、さっきよりタオルを取り替える速度が大分早いような気がする。

「亜美」

亜美「ん、ああ、おはよう兄ちゃん」

寝ぼけてる所を見るに、どうやら寝ていたらしい。

「代わるよ」

亜美「んー…うん。じゃあ頼んだ」

亜美は押入れから布団一式取り出して、手際良く伊織の隣に敷いた。

その後はただただ沈黙。
静かな部屋に、タオルを絞る音だけが響く。
そんな静寂を破ったのは、亜美だった

亜美「…兄ちゃん」

「…どうした。眠れないのか?」

亜美「…まあ」

「…ごめん」

亜美「…なんで兄ちゃんが謝るのさ」

寝れないなら2度も起こした俺のせいかも知れないし。

軽く頭を下げると、亜美は小さく笑って、頭を撫で始めた

「くすぐったいよ」

亜美「くすぐったくしてんの」

ぐしゃぐしゃにしたりゆっくり撫でたり、手櫛でといたり。

いい加減くすぐったくて、亜美の手をそっと掴んで止めさせる。
亜美の手は、大分大きくなっていた。
10年経ってもサイズが変わってなかったら逆に心配だが。

亜美「どうしたの兄ちゃん、亜美の手じーっと見つめて…ムラムラした?」

頬を染めてもじもじする亜美は、相変わらず俺の知ってる亜美だった。

「…亜美も真美も、10年前と変わらなくてなんか安心しただけ」

亜美「…」

照れるかと思ったが、亜美は寂しそうな目で俺のことを見ていた。
怒ったのだろうか…さすがに10年前と同じは言い過ぎか?

「あ、でも体は…」

亜美「兄ちゃん」

亜美の視線がとたんに冷たくなる
よく考えたらセクハラだ

「あー…すまん、セクハラだな…」

亜美「…もういいや」

眠くなくなったのか、布団から出て俺の隣に座る亜美
亜美だと分かっているのに、20歳超えた体を、変に意識してしまう

「…あの、亜美さん…少し、離れて…」

亜美「お断りー」

いたずらっぽく笑って、腕に絡み付いてくる。

亜美「…さて、兄ちゃん君は少し10年の長さを知った方がいいかもしれんね」

亜美は俺の腕から離れて、改めて隣に腰掛けた。
とりあえず一度伊織のタオルを取り替えて、亜美の隣にあぐらをかく。

「10年の長さなら…」

亜美「長いとかそういうのを言ってるんじゃないよ」

亜美は一度大きくため息をついて、

亜美「どーせ眠れないし、10年の成長を振り返ろうか兄ちゃん君」

「成長…ね」

身体面の成長ならともかく、内面を知る時間はまだ無かったんだけどな…

亜美「スケベな兄ちゃんのためにまずは体の成長から振り返ろう」

「…変わってないのは、小鳥さんと社長くらいか?」

亜美「ピヨちゃんは外見も内面も変わらないねー。今でもたまに鼻血垂らしてるし」

「うわぁ…」

安易に想像出来る、10年前と変わらない姿。

亜美「まあピヨちゃんは化粧の濃さだけは昔と段違いだろうけどね」

その後少し小鳥さんの話で盛り上がっていたが、年の話になった辺りで下から殺気を感じた気がして、やめた

亜美「…よし、次行こっか」

亜美「次はー…亜美と真美」

亜美と真美は外見が大分変わっている
まず10年前は上向きに括っていたサイドテールを、下向きに括っている。

次に身長。
見た感じ亜美より真美の方が背が高い。いくら双子でもさすがに違いが出てきたらしい。

亜美「まあ、おかげで入れ替わり作戦とかできなくなったんだけどね」

20超えてもやるつもりだったのかそれ・・・

さて、次は内面。

「…亜美と真美は医大生だっけ?」

さっきの対処は医大で習った適切な処置なんだぜー?と、帰りの車で真美が言っていたのを思い出す。

亜美「うん。パパとママの後継がないとだかんね」

案外将来のことを考えていた亜美に
少し驚いたが、よく考えるとこいつももう23だ

「勉強楽しいか?」

亜美「あんまりー。でも、真美が隣にいるから、がんばる」

楽しそうに笑う亜美。
妥協のない、本当に楽しそうな笑顔

亜美「真美と一緒に家をてきとーにお客さんが来る診療所にするんだー」

「…そっか。」

嬉々として夢を語る亜美は初めてアイドルとしての夢を語っていた頃と変わらず、眩しかった。

亜美「…はるるんは、綺麗になってたっしょ?」

次は春香か…考えながら、一度伊織のタオルを取り替える。

春香、春香か…

「昔より、大分大人っぽくなってたな。」

髪は昔と同じパッツンでリボンだが、まず身長が大きくなっていたし、雰囲気もなんとなく大人っぽい

亜美「ここ数年、突然大きくなり始めたんだ。成長期かな」

成長期っていうには少しばかり遅いような気がするが…
同じ時間を生きた人が言うんだし、そうなんだろう。

「あと春香は胸も大きくなってたなあ。」

亜美「…」

亜美の視線が一気に冷たくなる

「…えっと、グラビアとか活躍できそうだなぁ…ってことなんだが」

必死に弁解する俺を見て、亜美は一度大きくため息。
本当に変な考えがあったわけじゃないんだけどなぁ…

亜美「…はぁ…まあいいけどさ…」

真剣な顔でため息を疲れるとダメージがすごい。

もースケベなんだからーとかバカにしてもらった方が幾分ましだったかも知れない。

「大人っぽくといえば、雪歩もだな」

亜美「まぁ、ゆきぴょんは…亜美が知ってる中で一番大っきくなったね」

「顔も目元くらいしか面影ないしなあ…」

病室では真面目に誰か分からなかったくらいだ。
よく見ると目元以外にも分かる場所はあるが、そもそも纏う雰囲気が雪歩ではない。

「まあ、亜美達が一番会ってない人だからそう思うだけかも知んないけどね」

「…6年だっけか?」

6年前の、俺が入院した日。
昼間小鳥さんに聞いた話だと、その日が雪歩がいなくなった日で、765プロが揃った最後の日だったらしい。

亜美「うん。ゆきぴょんが6年何をしてたか、いつか問い詰めないとだね。」

嬉しそうにガッツポーズする亜美
なんだかんだ言っても雪歩が帰ってきて嬉しいらしい。
765プロは全員揃って765プロなんだから。

「おう。報告期待してるよ。」

その後しばらくの沈黙
何かあったのかと思ったが、
ぼーっとしながら次は誰にするか考えているようだ

「…あずささんも、変わらないな」

あんまりに静かで寝てしまいそうだったので、話を振る。
亜美は驚いたようにこっちを見て、一度小さく微笑んで、また視線を戻した

亜美「まあ、そうだね。
あずさお姉ちゃんとピヨちゃんは歳取らないように見えるよね」

まあ歳を取らない裏には血の滲むような努力と汗の滲むようなファンデーションが…とかブツブツ言う亜美

亜美「…よし、次のアイドルに行こう」

「おう。」

あずささんは、内面も変わりなくおっとりしてて、今でもよく迷子になるらしい

そういえば、ここで酒盛りをする前に、あずささんは小鳥さんと一緒にどこかで飲んでいたらしく、俺はこっちの時代に来てからシラフのあずささんを見てなかったり。

「…美希は、大分変わったな」

亜美「…あー…茶髪で、短くして?」

「ああ。」

亜美は気まずそうな顔をして、伊織のタオルを何故か二、三回取り替える

亜美「ミキミキは、兄ちゃんが入院した次の日に、髪染めて、仕事真面目にするようになったの」

「…何か決心でもしたのか?」

亜美は一度大きくため息をつく
何かを聞き返す度に亜美の機嫌が悪くなってる気がする

亜美「…少し前にミキミキに聞いた話だと、仕事は兄ちゃんが残してくれた最後の物だからがんばるんだって」

「…」

亜美「残してくれたっていってもまだ兄ちゃん生きてるんだけどね」

アハハと笑った亜美は、ゆっくりと俺の顔を見て、

亜美「最後に残したのが仕事なんて、寂しいよ。」

「…そうだな…」

…俺に何が出来るだろうか
話を聴くだけで不安になってきた

…でも、やらないと。
誰かの悩みを残したままなんて、死んでも死にきれない。

決心を決めて、もう一度亜美を見ると、亜美は大きく欠伸をして、

亜美「ま、がんばりたまえよ兄ちゃんくん」

嬉しそうにそう言った。

亜美「んじゃ、次りっちゃん」

…律子に関しても10年前との違いが見つからない。身長は伸びたみたいだが、髪型は同じだし…

亜美「りっちゃんは…兄ちゃんがいなくなって、兄ちゃんの分もお仕事しなくちゃいけなくなってさ」

「…」

そうだ、小鳥さんと仕事を分けると言っても、小鳥さんには事務仕事がある。

3人しかプロデュースしていなかった律子に、突然9人のプロデュースも押し付けたことになる。

亜美「だから、りっちゃんは6年間、ずーっと忙しくて、時々空回りしながらがんばってきたの。」

「…そうか。」

亜美「だから…亜美の言えることじゃないけど、今までの分、お仕事手伝って上げてね。
亜美達が手伝えることなんて、少ししかないんだから。」

…亜美は、これからはずーっと、俺が765プロにいると思っている。

…一ヶ月立ったら、律子はどうすればいいんだろう。

亜美「んーとあとは…響はすごかったでしょ」

「…んー?」

…響?

亜美「あ、そういえば会ってないんだっけ」

律子には俺が来てからは見かけてないと聞いた。
避けられているのだろうか。
早く765プロのみんなに会いたいものだ

亜美「響はすごいよー…色々ね。」

いたずらっぽく笑って、デコピンしてくる。
直撃したデコピンが思ったより痛くて、少しやり返してみる

「…胸がとかそういうやつか?」

亜美「…」

胸ネタも二度目となれば反応しないらしい。亜美は何も言わずに伊織のタオルを変え始めた

「…で、何がすごいんだ?」

亜美「…内緒。会ってからのお楽しみかな」

なんじゃそりゃ。
…まあ、よっぽどすごいのだろう。会うのが楽しみだ

亜美「…あとは、まこちんもすごかったっしょ?」

「…ああ。真は何が?」

空気は一転した。
真は一度見ているだけに、心配だった。雪歩が必死に励ましても復活しないってことは、それだけ大きな何かがあったのかも知れない

亜美「…まこちんはね、穴の空いた765プロを一人で引っ張ってたんだよ」

「…春香は?」

そういうとき、765プロを引っ張るのは春香だとばかり思っていたが…

亜美「はるるんはさ…兄ちゃんの方が大事だったんだよ」

「…」

亜美「勿論、はるるんが765プロを大事にしてないとか、まこちんが兄ちゃんを大事に思ってないとかじゃないよ?」

亜美「でも、はるるんは兄ちゃんが大事だった。だから、765プロを引っ張る余裕も力も、はるるんにはなかったんだよ」

亜美は立ち上がって、伊織の横へ
それから軽く布団を直す。

「…それで、真が?」

亜美「うん。まこちんが兄ちゃんははるるん達に任せて、765プロの皆は自分が引っ張って行くー!って決めたらしくてさ。」

「…そっか。」

10年前の真の性格なら、容易に想像できた。

亜美「まこちんはさ・・・多分、疲れちゃったんだと思う」

亜美「・・・兄ちゃんがああなって…二ヶ月ぐらいの間、まこちんは昔のまんまの無駄に元気な王子様スマイルでがんばってたわけよ。」

亜美「…でも、ゆきぴょんがいなくなってまこちんも…ううん。まこちんが一番悲しくて、辛かったんだと思う。」

悲しそうに言葉を発する亜美。
まるで舞台のような演技に、既に雰囲気で泣きそうになるが、話はまだ終わっていない。

亜美「二ヶ月くらい経ったある日、まこちんはさ…」

亜美「とあるテレビ局で、笑顔が不自然だって、言われたんだって。」

「…!」

亜美「…そう言われたのは、まこちんだけじゃないよ?はるるんも、響も言われたの。」

亜美「でも、はるるんと響は作り笑顔だったんだって。でもまこちんは…」

亜美「まこちんは…作り笑顔をしてるつもりなんて、なかったんだってさ」

「え…?」

亜美は少し頭を掻いて、目を合わせてくる

亜美「精神的ストレスで無意識のうちに本気の笑顔のつもりが作り笑いになってる、っていうのはよくある話なの。
昔はるるんもあったよね」

亜美「そういう症状があるってことは説明したんだけどね。よっぽどショックだったのか、まこちん、しばらく765プロには来なくなっちゃってさ。」

雪歩がいなくなったことは、あの子にとってそれだけショックだったらしい

亜美「みんなの説得のおかげで、今はちゃんと来るようになったけど…元気のないまこちんには、仕事は来なくなった。」

「…そうか…」

亜美「って、話し過ぎた!まこちんに怒られちゃうよー!」

…だめだな、皆、それぞれに大きな問題を抱えてるのに。
俺がのんびりしてちゃ、意味無いよな

亜美「まこちんもはるるんも、765プロのみんなも、中身は兄ちゃんの入院した日のままで止まってる。」

亜美は一人、どこを見るでもなくそう言って、俺の方を見て座りなおす

亜美「みんなの時計を動かしてあげてね。止まったままじゃあ、皆いつか壊れちゃう」

「…うん。」

ゆっくりそう答えると、亜美は満足げな顔をした。

亜美「まあ、時計が動くのがはや過ぎな人も何人かいるけどね」

意味深に笑う亜美。
10年前はいたずらしてケタケタ笑うだけだったのに、大きくなったものだ

「…じゃあ、貴音はどうだ?」

亜美「えー…お姫ちんねー…」

亜美はぶつぶつ言いながらじっと考え込み始める

亜美「お姫ちんも相変わらず謎でさ…姿以外何が変わったのかわかんないんだよね。」

「…あー…まあ、確かに」

あいつ髪型も身長も変わってないらしい
かろうじて変わったのは雰囲気が大人っぽくなったくらいか

・・・まあ、貴音らしいといえば貴音らしい。
10年程度でブレるとは思えないしな…

「そういえばこっちに来た初日に髪の毛ボサボサで息切れしてる貴音を見たぞ」

亜美「なにそれすげーレアじゃん」

貴音の話題で盛り上がること数分
亜美の欠伸を節目に、次のアイドルへ

「千早はどうなってるんだ?」

全員終わらせるまで亜美は寝るつもりはないらしいし、さっさと終わらせて寝てもらおう。
眠そうに目を擦る姿は、見ていて楽しいものではないから。

しかし、千早の話を振られた亜美は、難しい顔をした。

亜美「…千早お姉ちゃんは、兄ちゃんが入院して、少ししたくらいから一回も姿は見てない。」

「…!?」

しばらくの沈黙。
入院してからってことは…

「…6年、会ってないのか?」

亜美「そゆことー。」

「…亜美。他にお前が6年間、一度も会ってないのは?」

…少し嫌な予感がして、亜美に一つ質問をする。その声は何故か震えていて、怒りとも恐怖とも違う震えだった。

亜美「やよいっちとゆきぴょんは一回も見てないね。」

「…」

淡々と話す亜美に腹が立って、亜美の肩を強く掴む。
仲間を大切にしてないように思えたのかもしれない。皆が離れていった原因の癖に腹を立てる権利なんてないけど。

亜美は困ったように笑って、俺の手を握って、こう言った

亜美「千早お姉ちゃんは、移籍したの」

第十二章 P「深刻な人」

「移籍…?」

亜美から知らされた、衝撃の事実。
引き抜き?もしくは何か弱みを…
無意識に頭の中で理由を探してしまう。

亜美「しゃちょーの知り合いの事務所。あまとうのとことか涼ちんのとことは違う所らしいんだけど…」

「…」

876でも961でもないなら…
咄嗟にケータイを取り出し、電話帳から知り合いのプロダクションの名前を…

亜美「兄ちゃん!」

亜美に手を掴まれ、ハッと我にかえる

亜美「どこにかけるのか知らないけど、この時間に電話なんて、さすがの亜美もドン引きだよ?」

亜美が俺の手を掴む力はどんどん強くなっていく。
ふと見た時計は、深夜2時を指していた。

「…すまん。」

ケータイを閉じて反対の手でポケットに仕舞うと、亜美は微笑んで、手を離した

亜美「千早お姉ちゃんのことは、今度ピヨちゃんとかに聞けばいいよ」

「…ああ。そうだな」

熱くなりすぎた。酒が回ってきたのかもしれない。
よく考えると社長の知り合いの事務所なら安心だろう。弱みを握られたくらいで移籍させるような社長じゃない

亜美「さてと、次行こうか」

「…じゃあ、やよいは?」

亜美「…」

亜美は足を組み換えて、座り直した。
そして一度咳払いをして、

亜美「やよいっちは、借金取りに追われてる。」

「…え?」

借金取り?なんでまた…
さすがに電話を掛けるほど熱くはならなかったが、色んな考えが脳をよぎる。

亜美「6年会ってないからやめた理由しか知らないけど、親の借金のせいで辞めたって。」

「…ちなみに今どこにいるかは分かってるのか?」

知ってどうするのか、そんなことは後回しだ。とりあえず無事だけでも…

亜美「…一人だけ、やよいっちのケータイでGPS検索できる人がいるの。だから、やよいっちが危険になったらすぐ分かるようにはなってる。」

「…伊織か?」

正解しても亜美は答えるわけないのに、無駄な詮索だ

亜美「ノーコメント。さ、どうする?いおりん起こして聞く?」

亜美は指をパキパキ鳴らしながらそう言う。
多分、起こしたら代わりに俺が眠らされたりするのだろう。

「…今度、聞いとくよ」

亜美「うむ。よろしい」

亜美はニカッと笑って、伊織のタオルを変える

「…最後は伊織か」

亜美「あー…いおりんは、口止めを…」

亜美が申し訳なさそうに弁解する。

「何があったかは本人から聞くから、家の事とか頼むよ」

亜美「家、家かー…」

頭を抱えて考え込む亜美。
どうやら口止めされている事をばらさないように、言葉を選んでいるらしい。

亜美「さっき言ったように、いおりん小さい家に引っ越して、召使いは二人だけらしいよ。」

前まで住んでいたところに何人召使がいたのか知らないが、多分だいぶ減ったのだろう。

亜美「んで、前まで住んでた家はお兄さんに任せたんだってさ。いおりんは親と一緒に隠居生活。」

「…なるほど」

伊織の家だけでも、10年で大分変わったらしい。

「ちなみに今の家に越したのはいつだ?」

亜美「ん?…んー…多分6年前くらいかな」

…また6年前か…まあ、伊織は偶然か

「…そうか。」

亜美「これで全員?」

「おう」

亜美「ふぅー…眠い!」

大きなため息をつきながら、俺の膝に倒れ込んできた。

「こら亜美。ちゃんと布団で寝ろ」

亜美「分かってるって。ちょっとだけちょっとだけー」

亜美を膝に乗せて、しばらく他愛のない話をした。
10年の間にあったしょうもないこととか、しょうもなくないこととか、そういう話。

俺はこの10年後で、何ができるんだろうか

第十三章 P「朝」

しばらくどうでもいい話をしていた亜美だったが、突然意識を失ったように眠ってしまった。

亜美を布団に寝かしたあと、伊織の看病をしたり、シャワー浴びたりすること数時間
何気なく開いた携帯は、7時を指していた

気が付かない内に大分時間が経っていたらしい。
皆の朝ご飯を作らないといけないので、最後にもう一度伊織のタオルを変えて一階へ降りる。

まずは酒の匂いがプンプンする、居間へ。
相変わらず酔っ払いは爆睡していた。脱げそうになっていた小鳥さんの服を直して、寝室へ。

寝室のドアを開いてしばらくあたりを見回していると、ゆっくりと春香が起き上がった。

「あ…悪い、起こしたか?」

春香「あ、いえ。大丈夫です」

春香は小さく笑って、目を擦りながらベッドの上の掛け時計を見る。

春香「うん。いつも通りの時間に目が覚めただけですから。」

眠そうに目を擦る春香。
いつも通りなら、もう一度寝ろっていうのはおかしいか…

「じゃあ…今から朝飯作ろうと思ってたから、手伝ってくれるか」

春香「…!はい!喜んで!」

少し考えたみたいだったが、すぐにいつもの明るい笑いになって、顔を洗いに走っていった。

「…」

走っていく春香は10年前よりずっと大きくて、そのままどこかに走って行きそうに思えた。

春香「…あの」

「…えっ」

春香「洗面所どこでしょうか…」

…やっぱり春香は、春香だった。

「じゃあ、献立は…」

顔を洗った春香に、献立を伝える。

春香は相変わらず料理は慣れたもので、手際よく野菜を切っていく。

「春香は今も実家で暮らしてるのか?」

春香「へ?あ、一人暮らしですよ」

一人暮らしか…よかった。この手際で実家暮らしだったら…いや、春香ならありえるか


「そういえば…」

春香「はい?」

「春香、俺の家入ったことないのか?」

さっき、春香が洗面所の場所を聞いてきたときからずっと疑問だった。

春香「…?はい。私は初めてですよ?」

てっきり春香が家を掃除してくれてたのかと思ってたが、違ったらしい。

春香「そういえば、プロデューサーさんの家の鍵、6年間見当たらなかったんですよ」

…ほう?

春香「毎日お見舞い行って、ベッド周りお掃除したんですけど…なかったんです」

「…でも、俺はコートのポケットにあったぞ?」

春香「不思議ですよね…何度も探したはずなんですけど…」

春の台所で二人、考え込んでいた


「よしできた」

ダイニングの机には、大皿に盛られた大量の野菜炒め。
材料が種類より量といった感じだったので、一品しか用意していないが…まあ、大丈夫だろう。

あとは人数分のご飯と、食パンを焼く準備もOK。これほど豪華な朝ご飯は食べたことがないかも知れない。野菜炒めだけだけど

「じゃあ、皆を起こそうか」

春香「はい!」

隣の部屋へ走って行く春香。
しかしふすまの前で立ち止まったかと思うと

春香「プロデューサーさん!初めての共同作業でしたね!」

と叫んで顔を真っ赤にしながら酒臭い部屋に駆け込んで行った。

春香なりのギャグだったのだろうが、実際朝飯を作ったので、シャレになってなかった。

「あの天海春香と朝ごはん作ったんだぞー…みたいな」

友人がいたら自慢したいくらいだ。
この時代の友人なんて一人も知らないけど

隣の部屋へ走って行く春香。
しかしふすまの前で立ち止まったかと思うと

春香「プロデューサーさん!初めての共同作業でしたね!」

と叫んで顔を真っ赤にしながら酒臭い部屋に駆け込んで行った。

春香なりのギャグだったのだろうが、実際朝飯を作ったので、シャレになってなかった。

「あの天海春香と朝ごはん作ったんだぞー…みたいな」

友人がいたら自慢したいくらいだ。
この時代の友人なんて一人も知らないけど

今回はここまで
前回の投下から大分時間が開いてしまいすみませんでした

お久しぶりです。投下します

寝室へ行って、真美と律子を起こす。

真美はゆっくり起きて顔を洗いに行ったが、律子には起きた瞬間距離を取られてしまった。その上

律子「私から半径1メートル以内に入らないでください!」

とまで言われた。
半径1メートルという距離がやたらリアルで、少し凹んだ

「亜美ー」

律子を起こして、2階へ。
起きないような気もしたが、とりあえず亜美を起こす

亜美「んあー…あ、兄ちゃん…」

目をこすりながら、大欠伸。

「朝飯できたけど、食べるか?」

亜美「んー…うん、食べるよ」

亜美は立ち上がって、大きく伸びをする。

「伊織はどうしようか」

亜美「あー…多分起こしてもご飯は食べられないかもだから、自然に起きるの待った方がいいかもよ」

伊織のデコにデコを合わせて、そう言った。

「うい…じゃあ、行くか」

亜美「うっす」

一階ダイニング。
全員揃って椅子に座る姿はやっぱり壮観で、いつもは広すぎる家が少し狭く思えた。

皆で賑やかに野菜炒めを取り合う姿は微笑ましくて、765プロって感じで。
何人かいないのが、本当に残念だ

「それにしても…」

あずさ「どうしたんですか?」

さっき周りを見回して気付いたが、これって結構贅沢な事になってるんじゃあ…

「まさか10年後のアイドル達にご飯をご馳走するとは思いませんでした。」

春香にも手伝ってもらったし、凄く質素な食事だけど、自宅で有名アイドルが自分の飯を食べているというのはすごいことなのではないだろうかと

そう思ってぽつりと呟くと、周りは突然静かになった

不思議に思い見回すと、皆は考えるように手を止めていた。
亜美と真美すら、手を止めて下を向いている。

時が止まったかのような時間。
誰も動くことなく、ただ時間だけが過ぎる。
と思ったが、よく見ると雪歩だけは黙々と箸を動かしていた。

「…あー…えっと」

空気に戸惑って、オロオロしてしまう。
誰もが下を向いて何かを考えている。
春香は目尻に涙を貯めていた。

「あの…」

伊織「皆も6年いなかった奴のご飯食べれるなんて思わなかったんでしょ」

皆が声のした方を見る。見た先には、壁に手をついていたり、服がワイシャツだったりするが、いつも通り元気そうな顔をした伊織がいた。

しばらく皆が伊織を見ていたが、少しすると亜美と真美はやれやれとため息をついて、雪歩がせっせと皿に盛った野菜炒めを奪いに行った。

あずささんと小鳥さん。あと律子も、すぐにさっきと同じように楽しそうにご飯を食べ始めた。
そんな中、じっと伊織を睨みつける春香

伊織「…なによ。涙まで浮かべて…」

春香「伊織にそんなこと言う権利があるの?」

伊織「…六年前にこいつが動けなくなったのも、今ここで飯作ってるのも事実でしょ。何が権利よ」

春香「伊織…!誰のせいで…」

「あーえっと…春香、ほら、あーん」

春香がすごい顔で伊織を睨んで、すぐに喧嘩が始まりそうだったので、とりあえず春香をなだめる。

空気を読んだのか、律子と亜美とあずささんも伊織をなだめに行ってくれた。

春香「んふー…美味しいですプロデューサーさん」

「あー…うん…」

さっきまで普通に食べていた野菜炒めを嬉しそうに咀嚼する春香。
少しして何もなかったかのように歩いてきた伊織が律子の隣の空席に座る。

亜美「もー。伊織も春香も相変わらずなんだから…ぷんぷん」

亜美の言葉で、数人が吹き出した

朝飯の後、数人で皿洗いを済ませ、皆それぞれにソファやら床やらでゴロゴロとくつろぐ

「…そういえば律子」

律子「へっ?あ、なんでしょう」

相変わらず1メートル離れている律子。
少し傷ついたが、とりあえず理由を聞かないことにはどうしようもない

「俺…なにかしたっけ?」

律子「え?…あ、違いますよ!プロデューサー殿のせいじゃあ…」

俺のせいじゃあないと言われて、一安心。

「…あれ、じゃあなんでそんなに離れてるんだ?」

律子「…あの、お風呂に入ってないので…汗が…」

…えっ

亜美「…あー…そういえば入ってないや」

春香「そういえば…」

「おいアイドル…」

皆気付いたのか、全員が俺から距離を取る 。
傷つくからやめて欲しい。

真美「どうしよっか」

亜美「入らないっていうのは乙女としてどうかと思うぜぇ?」

春香の腰に抱きついて匂いを嗅ぐ亜美。
春香は真っ赤な顔で亜美の頭を引きはがしていた。

「…律子、ちょっと」

律子「…はい?」

皆が汗を気にしているのに男がいるのは失礼だろうと思い、隣の居間へ移動する。

移動しても律子は相変わらず1メートル離れたままだが、ちゃんとついてきてくれるだけマシか。

「美希とか響とか真に、全員分下着買ってきてもらえたりとか…できないか?」

男の俺が女の子の下着を買うことは…出来るだろうけど、一人二人ならともかく8人分となると、厳しいものがある。
っていうかみんなが嫌がるだろう
となると残りはこれくらいしかない。

律子「…確かに、それが一番いい策かも知れませんね」

少し考えて、律子はポケットからケータイを取り出し、電話帳から名前を探して、電話を掛ける。響に掛けているようだが、無理そうだ

律子が次にかけるのは真だろうし、先に美希に掛けてみる

数回のコールの後、回線の繋がった音がした。

「あ、美希か?」

美希「…はい」

聞こえてきたのは確かに美希の声だった。眠そうでもなく、元気でもない。ただテンションの低い声だった。

「…えっと、皆の下着を買ってきて欲しいんだが…」

美希「…はぁ?」

驚いた声は少しだけ元気で、昔の美希を思い出す、可愛らしい声だった


「…ってわけなんだ」

状況を説明すること数分。
事情を一通り聞いた美希は一度大きくため息をついて、

美希「分かった。とりあえず全員の下着のサイズを書いて、プロデューサーの家のポストに入れといて欲しいの」

「ああ、分かった。頼むよ」

美希はもう一度大きくため息をついて、通話を切った。
最後の方は少し素に戻っていて、昔の美希と話しているみたいで、嬉しくなった。
美希は本質的には変わってない、無理をしている状態らしい。

律子「プロデューサー殿…?」

響と電話を終えたらしい律子が、心配そうに立っている。

「ん、ああ。届けてくれるってさ。全員の下着のサイズ書いてポストに入れとけって」

律子「よかった…分かりました。じゃあ全員分書かしてきます」

「おう、頼んだ」

ボールペンを投げ渡すと、律子は一回ニコッと笑って、みんなの居る所へ駆けていった
なんとなくだが、10年前より笑うようになったのかな


少しして、律子は皆の下着のサイズを書いた紙を持ってきた。

別にじっくり見ようとしたわけじゃないが、チラッと紙を見る。
すると目に入ったのは、亜美のパンツの所に書かれた×マーク

「…この×は一体…?」

分からないってことなのだろうか。
そう思って律子の方を見ると、後ろでニヤニヤしている亜美の姿

「…亜美、この×はなんだ?」

亜美の方をじっと見て聞くと、亜美はニヤニヤしたまま、

亜美「亜美はスパッツの下は履かないタイプなのだ!」

「…は?」

律子「23にもなってこの子は…」

大きくため息をつく、プロデューサー二人。本人はニヤニヤしているところを見るに、恥ずかしがってはいないのだろう。
っていうか俺が恥ずかしがるの見て楽しんでいるように見える。

「…じゃあ、ポストに入れてくるよ」

律子「あ、お願いします」

少しして玄関で靴を履いていると、さっきまでいた居間から、律子のげんこつの音と、亜美の小さな悲鳴が聞こえた。あの二人も相変わらずだ。

外に出ると、ポストを漁る美希の姿があった。

「あ、すまん。待ったか?」

美希「…ううん。今来たところだよ」

ゆっくりと、口調を選んでいるように話す美希。
紙を手渡そうと前に出すと、美希は恐る恐る手を伸ばし、サッと紙を奪い取った。
その様子は10年前の雪歩を彷彿とさせるもので、少し心配になった。

「えっと…じゃあ、頼むよ」

美希「…うん。」

それだけ言って、美希は早足で曲がり角を曲がっていった。
あんまり俺とは話したくないらしい。
受け取りは律子に頼むか…


家に戻ると、バスルームから亜美と真美のはしゃぐ声が聞こえた。

我が家のバスルームはゆったりできると思うが、それはあくまで一人の話。
20代もそろそろ半ばという女の子が二人で入ると窮屈で仕方ないと思うが…

まあ、双子なりに楽な入り方とかあるのだろう。


外からダイニングに戻ると、汗の臭いを気にしているらしい皆は居間にひきこもっていた。
男の俺は匂いを嗅がないように隔離されているらしい。

仕方ないので、次は律子が出るようお願いだけして、ダイニングで一人コーヒーを啜る。
インスタントコーヒーなのに普通に美味しい辺りに、改めて時代を感じたり。

インスタントコーヒーも二杯目に入ろうとした頃、よく聞きなれたチャイムが、家の中に響いた。

ドアが開いた音がして少しすると、大きなレジ袋を1つ持った律子と、同じく1つ持った美希がダイニングに入ってきた。

「よ、よう…」

美希「…律子さんに出させたら引っ張り込まれるのは容易に想像できたよね?」

美希の笑顔は本気でひきつっていて、申し訳ない気持ちになる。
なるほど律子ならそうなるか

「あー…えっと、朝飯食べたか?」

美希「…食べてないよ。」

美希は、大きくため息をついて、律子と一緒に居間で下着を配り始めた。

伊織の分に残しといた野菜炒めでも入れて、おにぎりでも作っておいてやろう。


10年前にも、たまに美希のためにおにぎりを握ることはあった。
最初は律子や春香がいない時に、事務所にあった冷凍ご飯で小さなおにぎりを二つほど握っただけだったが。

それでも美希は美味しそうに食べてくれて。気がつけば週に1回美希におにぎりを握る日 なるものがあったくらいだ。

なんてことを思い出しながら、炊飯器のご飯でおにぎりを3つ握り終えた頃。
居間からだるそうな美希が出てきた。

美希「…あー…疲れた」

「あはは…すまん」

椅子に座り込んで、ぐったりする美希を見て、とりあえず謝る。
おにぎりは3つしか作れなかったが、まあ朝飯だし構わないか。

おにぎりをテーブルに持っていくと、美希はしばらくそのおにぎりを観察した後、一つに手を伸ばした。

美希「…いただきます…」

「おう。召し上がれ」

手に掴んだおにぎりをじっと見つめて、口に運んだ。
一口食べて、美希はおにぎりを皿に戻した。

美希「…ちょっと、ごめんね」

美希は俺の顔を見ないで謝って、二階へ上がっていった。

二階には伊織がいる。着替えはさっき終わってたみたいだから、着替えに遭遇するとかはなさそうだが、朝の春香みたいにならないとも限らない

そう思って階段を登ろうとしたとき、二階から美希の泣き声と、伊織が慰める声が聞こえた。

結局俺には、ダイニングでおにぎりにラップをかけるくらいしか、できなかった。

しばらくして、目の周りを腫らした美希と、面倒臭そうな顔の伊織が降りてきた。

美希はおにぎりを持って、嬉しそうに台所へ走っていった。機嫌はよくなったらしい。

伊織は俺の隣に座って、

伊織「春香みたいなのも面倒だけど、美希みたいなのも面倒だわ」

と、ため息をついていた。

「お疲れ様…でいいのか?」

伊織「…二人ともあんたのせいだけどね…」

それだけ言って、伊織は再び二階に戻っていった。屋根の上、気に入ったのだろうか

亜美真美「「いやぁ!いい汗かいたぜぇ!」」

美希が来てから数分後、2人は額を拭いながら、ダイニングに入ってきた。
風呂入ってたのに汗かいてどうするのだろうか。

真美「あれミキミキじゃん」

亜美「お、ボインのミキミキだ!揉ませろ!」

遠くから手を振る亜美と、濡れた頭で美希に飛びかかる真美

美希「ちょっと、真美!冷たい濡れる!離れて!」

そして、執拗に胸を揉もうとする真美を、必死で引き剥がそうとする美希
見ていて微笑ましかったが、このままだと美希の服がびしょ濡れになりかねない

「ほら、女の子なんだから頭くらい拭け」

洗面所からタオルを持ってきて、真美の頭に掛けて、拭いてやる。
しばらく適当に拭いていると、亜美が変わると言ってきた。

正直女の子の髪の扱い方なんて知らないのでちょうどいい。あんまり髪を痛めてもよくないしな

結局真美はドライヤーを持った亜美に連れられて、洗面所に歩いていった。
20超えても仲良し姉妹なのは傍から見ても大変微笑ましい。

美希「…そういえば、伊織と何かあった?」

声をかけられて階段から美希に視線をずらすと、美希は真剣な目でこっちを見ていた。口だけはもぐもぐ動いていたが。

「…んー?特に何もないけど」

美希「…ふーん」

美希は釈然としないような顔をして、再びおにぎりを口に含んだ。

「どうかしたのか?」

美希「ん…ああ、伊織が少し熱っぽかったから風邪かなって思っただけ…」

「ああ…」

伊織の意識はなかったので、伊織と何かあった訳じゃないが…
とにかく、昨日伊織が熱を出してからの流れを簡単に美希に説明する。

話し終わると美希は一度大きくため息をついて、

美希「まさか当たってるとは思わなかったの…」

「ん?」

何かを小声で呟いていたが、声が小さいのと真美がやかましくて聞き取れなかった。

美希「…なんでもない。じゃあそろそろ失礼するね」

「ん、ああ。分かった。ありがとな」

最後のおにぎりを口に詰めて、そそくさと帰る用意をすませる美希。

美希「…こちらこそ。」

それだけ言って、早足で玄関の方に出て行った。

見送ろうと俺も玄関に出ると、玄関前の階段に伊織が座っていた。

伊織「…あんたは、みんなと楽しんだりしないわけ?」

美希「…私は、伊織がここに来てることの方が驚きだよ」

伊織「私は巻き込まれただけよ…」

美希「…」

ギスギスとした空気。
とりあえず二人を止めなければと思っていたが、美希は伊織に一度デコピンして、早足で出て行った。

伊織はしばらくデコをさすっていたが、少ししてから嬉しそうな顔で二階に上がっていった。

…あの二人は仲いいのだろうか

更新が遅いのは申し訳ないです。
書き溜めと同時進行で更新なので、あまり更新が早いと追いついてしまうのです
軽く投下します

第十四章 春香「許さない人」

美希が帰ってから数時間

私、伊織、雪歩以外の皆にお仕事が入っていたので、プロデューサーさん達は皆の付き添いです。

「…どうしようかな」

洗い物もお風呂もお掃除も終わって、今は雪歩に借りた電子たばこをくわえて、縁側で一人のんびり

雪歩に借りたタバコはオレンジの味がして、ほんとにお菓子みたい。

「…よし」

なんてのんびりしてる場合じゃないや。
朝みたいな事がもう起きないように、話し合いしなきゃ

私はタバコをくわえて、階段を登った

二階の窓から屋根の上に上がると、案の定伊織がいた。

伊織「…なんかガラ悪いのが来たわね…」

「…ご挨拶だね」

タバコをくわえてるだけでなんだか強くなったような気分。口の中はオレンジだけどね

伊織「…で?何か用があるんじゃないの」

伊織は軽く私を睨みながら挑発してくる。
目付き悪いなあ…怖い人みたい

「お話しにきただけ。あんまり朝みたいな事ばっかりじゃ困るでしょ」

伊織「朝はあんたが絡んできたんでしょ…」

伊織は空を見上げてため息をつく。

「…ねえ伊織。」

伊織「…何」

無視はされないみたい。
ゆっくりと伊織の隣に腰掛ける。
伊織はちょっと嫌そうな顔でこっちを見たけど、すぐにまた空を見上げた。

「…伊織さ、プロデューサーさん来てからずっと機嫌いいでしょ」

伊織「…気のせいでしょ」

うーん。素直じゃないなあ

「ま、いいけどさ…」

伊織「…あんた、朝はなんで絡んで来たのよ」

お、伊織から話してくれた。

朝かぁ…

「…なんでか私にも分かんないけど…」

伊織「はぁ…」

呆れたみたいにため息をつく伊織。

「…多分、元気なプロデューサーさんとご飯を食べてるって再認識して、私達のプロデューサーさんを思い出して…」

思ったより言葉はスラスラ出てきた。
これが本心なのか、今咄嗟に考えた理由なのかは分からないけどね

「その私達のプロデューサーさんが動けなくなった理由を考えて…そしたらやたら伊織に腹が立ってさ」

八つ当たりといえばそれまでかもしれない。
冷静になると朝の私の言い分は無茶苦茶だったし、伊織に悪いところはなかった。

「…ごめんね」

伊織「…はあ…いいわよ別に。」

「…ただ」

あれ、和解しにきたんじゃなかったっけ…
でも、これだけは言わないとね。

「私は、伊織を一生許さないよ。」

伊織は何も言わず、空を見上げていた

伊織「…別に、あんたに許されなくても困らないわよ」

「…和解しにきたはずなのにおかしいよね…」

お互いに喧嘩腰になっちゃった。
必死にこうなった理由を考えていると、伊織がまたため息をついて、

伊織「多分、和解は無理よ。一生ね」

「…」

それから伊織は窓から中に入ろうとしたけど、思い出したみたいに少し戻ってきて、

伊織「…あとあんた達、やたらとあいつに事故の事隠してるわよね?」

そう言った。もしかしたら私、今伊織のこと睨んでるかも。
…伊織が振ってきたのは、6年前の事故の話。

「…別に伊織のためじゃないよ」

伊織「…あっそ」

伊織は呆れたみたいな顔して、窓から家に戻っていった

「あはは…うーん…」

あー怖かった。和解については後で雪歩にアドバイスもらおう

タバコの煙を大きく吐いて、一息ついたあと家の中に戻った。

1階に戻ると、お風呂から上がったらしい雪歩が、ダイニングで一人お茶を飲んでいた。
伊織はさっき新堂さんと一緒に帰ったたみたい。

雪歩の前に座って、タバコを指で回しながら、さっき起きたことを説明する。

「…って訳なんだけど…」

説明が終わった頃には雪歩の顔はひきつって、変な顔になっていた。

雪歩「…春香ちゃんってさ」

「ん?」

雪歩の入れてくれたお茶を少し飲む。
相変わらず美味しいなぁ。

雪歩「…6年の間でやたら不器用になってない?」

…不器用…ではないと思うんだけど

「でも私、お菓子と料理だけじゃなくて最近はパンとか手打ち麺とかもチャレンジしてるし…」

雪歩「…分かって言ってるでしょ…
っていうかオールマイティすぎてちょっと怖いよ」

怒られちゃった。雪歩の怒った目の方が怖いよ。

1階に戻ると、お風呂から上がったらしい雪歩が、ダイニングで一人お茶を飲んでいた。
伊織はさっき新堂さんと一緒に帰ったたみたい。

雪歩の前に座って、タバコを指で回しながら、さっき起きたことを説明する。

「…って訳なんだけど…」

説明が終わった頃には雪歩の顔はひきつって、変な顔になっていた。

雪歩「…春香ちゃんってさ」

「ん?」

雪歩の入れてくれたお茶を少し飲む。
相変わらず美味しいなぁ。

雪歩「…6年の間でやたら不器用になってない?」

…不器用…ではないと思うんだけど

「でも私、お菓子と料理だけじゃなくて最近はパンとか手打ち麺とかもチャレンジしてるし…」

雪歩「…分かって言ってるでしょ…
っていうかオールマイティすぎてちょっと怖いよ」

怒られちゃった。雪歩の怒った目の方が怖いよ。

「…6年さ、プロデューサーさんとしか話さなかったから。」

雪歩「…」

雪歩が真剣な目でこっちを見る。
そんな真剣に聞かれてもなー…

「朝起きて、必要最低限の会話でお仕事終わらせて、お花屋さんで花買って…」

雪歩「…それを6年?」

そんな心配そうな目で見ないでよー…
辛かったら6年前にやめてるよ。

「…毎日プロデューサーさんの顔を見るだけで疲れが飛んでいくから、辛くなかったよ。ある種の習慣みたいな物だから。」

習慣になる前は仕事せずにお見舞い行って真と律子さんにこっぴどく叱られたりしたっけ。

もう一度飲んだお茶は大分冷めてて少し飲みづらかったけど…熱いよりは飲みやすいかな

「…まあ、それのせいでコミュニケーション能力落ちてるとかもあるかもなんて言い訳してみたけど…」

「…本当は仲直りなんてしたくないのかもね」

電子タバコを一度吸って、煙を吐き出しながらタバコを雪歩に渡すように持つ。

雪歩「…まあ、そのうち和解できるよ。」

私の頭をポンポンと叩く雪歩。

「…そうだといいね」

雪歩は少し笑ったあと、私の手からタバコを取って、二階へ登っていった。

一人残された私は

「…よし」

少し寝ようと、ソファに横になったのでした。

それではまた来週

第十五章 P「双海の記憶」


美希が帰って数時間

俺は亜美と真美のバラエティ番組の付き添いに来ていた。

司会「と、言うわけで。今回はアイドルの双海姉妹に来てもらっています!」

亜美「よろよろ→!」

真美「今日もバンバン質問しちゃうから覚悟してね!」

司会「質問するのはこっちですよ!」

「フリーダムだなあ…」

番組はごく単純なもので、よくある質問バラエティ。
質問バラエティなのに亜美達はちょくちょく出演しているらしく、その度に高めの視聴率をたたき出しているんだとか

司会「と、いうわけで第一問!」

亜美「待ってました!」

真美「がんばりまーす」

司会「ついこの間、765プロのプロデューサーが退院したそうですね?」

初っ端から飛ばしてくるなあこの番組…

司会「ずばり、プロデューサーに言っておきたい事は?」

亜美「えー!?まじで言うのぉ!?」

真美「…あはは、ちょっと恥ずかしいかなー…」

ノリノリで話を続ける二人
ちなみにこの番組、二人が一切台本通りに動かないので、二人がゲストの回では毎回台本は存在しないそうだ。

スタッフさんは皆ニコニコしてるし、いい職場みたいだ

亜美「言いたいことねぇ…やっぱり…」

真美「…病室の金払えってことかな!」

「!?」

突然真美が手元にあったペットボトルを思いっきり投げつけてくる。

なんとか横に避けたが、地面にぶつかった衝撃でペットボトルの水が飛び散った

…雑巾借りてこよう

雑巾を借りて帰ってくると、俺に言いたいことの話はちょうど終わったみたいだった。

多分ボロクソ言われたのだろう。
帰ってから録画を見るのが楽しみだ


さっき溢れた水を拭き終わって、
少しあたりを見回すと、スタッフ陣が皆真剣な顔をしていることに気付いた。
インタビューには全力なのかな

司会「じゃ、次の質問行こうか」

真美「おう!かかってこい」

司会「第二問!亜美ちゃん真美ちゃんはアイドル続けて何年だっけ?」

亜美「んー…?」

真美「何年?」

あ、こいつら覚えてないな…
…あれ、何年だっけ

亜美「…あ!去年765プロ全員で所属10周年記念パーチーやったよ!」

全員20きったのにパーティとかさすがだな765プロ

真美「じゃあ11年くらいかな」

司会「おー。じゃあ11年間もアイドルを続けられる秘訣を教えてください!」

真美「惰性」

亜美「暇潰し?」

うわ、しょうもない答えだ

司会「惰性なの?」

亜美「…まあ、なんとなく続けてる部分はあるし…」

真美「あ、あと大切な人への恩返しみたいな所もアルヨ!」

大切な人…親とか社長とかかな
恩返しで10年続きゃ立派なもんだろ

司会「ちなみにその大切な人は?」

亜美「そりゃもちろん…」

真美「ひ・み・つ♪」

真美がカメラに向かってウインクする。
そんな真美を見てか、再びスタッフ陣に笑顔が戻った。
インタビューは常に真剣…って訳じゃないのかな?

司会「第三問!11年の間に大きなお別れはあった?」

亜美「…お別れかぁ…」

真美「千早お姉ちゃんの移籍と、やよいっちの休業と…」

司会「その二人はしばらくどこのニュースでも流れてたねぇ」

移籍した時の千早はAランク、休業した時のやよいはBランクだったらしい。
高ランクが引退やら移籍やらをすれば世間では大ニュースだ。
10年前に庶民派アイドルグループの一人が引退した時は一部にしかニュースにはならなかったけど。

亜美「あ、あと竜宮小町解散とかかなぁ」

元々期間限定のユニットだった竜宮小町は、この時代から7年前、俺のいた時代から3年後に解散したらしい
元々は2年程度で解散する予定だったが、少し延長して3年続いたらしい

司会「じゃあその2人以外は10年間ずっと一緒に?」

亜美「まあ、そうだね!765プロは仲良しが売りですから!ね、真美!」

真美「…ん?え、ああ、そうだよ」

「…?」

真美が少し上の空なのが気になったが、そんなことで収録を止めるわけにもいかず、気になったまま収録が終わるのを待った。

司会「じゃあ最後の質問!」

台本がないというのは終了時刻の予測がつかないというデメリットがある。

亜美と真美のテンションによっては3時間になったり30分になったりするらしい。
そのため今日の番組の開始から数時間は仕事は入っていない。今日は結構時間通りに行った方かもしれない

司会「また今度、来てくれるかな?」

亜美真美「いいともー!」

番組が違う。訴えられるぞこの番組

最後の質問の後、告知やら挨拶があった後、収録が終わった亜美と真美が、嬉しそうに走ってきた

亜美「兄ちゃん!今日のどうだった!?」

23とは思えないくらいの笑顔で思いっきり飛び込んでくる亜美。
さすがに痛くて顔が歪むが、我慢して亜美と、その後ろで苦笑いしている真美の頭を撫でる。

「ああ、見てて楽しいトークだったし、スタッフさんも褒めてくれてたよ。本当にお疲れ様」

二人はしばらく嬉しそうに笑っていたが、少しすると着替えるために楽屋の方に走っていった。

そのあと、着替えてきた二人と一緒にスタッフに挨拶に回って、テレビ局の外に出た。
長時間室内にいたせいか、外の空気がやたら美味しかった。

相変わらず外は暑かったが。

亜美「うーっし!飯ィ食い行くぞ野郎共!」

真美「おっしゃー!」

収録終わって直ぐにこのテンションはさすがだ。
見てるだけだった俺でも疲れてるのに。
主に胃痛で

亜美「今日は亜美のおごりだー!」

真美「いやいやここは真美が!」

「…じゃ、俺が」

亜美真美「「どうぞどうぞ」」

10年後の世界でこのネタはどれくらいの人に通じるのだろうか
そろそろ知ってる世代絶滅するんじゃないか

「じゃ、行くか」

亜美真美「「うっす!」」

その後ラーメン屋に入ろうとすると、ケチケチすんなと怒られた
奢ってもらう側の態度かそれ

亜美「あ、そういえば亜美買う物あったんだわ」

寿司屋でうどんを啜りながら、亜美が突然叫んだ

「声でけぇよ…で、買う物って?」

レールの上から寿司を取りながら聞き返す。
回ってても寿司が美味しいのはさすが未来だ。別に10年前のが不味いわけじゃないけど

亜美「鉛筆とかシャー芯とか…要するに勉強道具」

真美「あ、それなら真美も…」

亜美は急いでうどんを掻き込んで、口の周りをポケットティッシュ拭ったかと思うと

亜美「…君は、生きるんだ」

…なんか始まった
真美の肩を掴んで悲しそうな顔をする亜美と、亜美の反応を見て急いでカバンから目薬を取り出す真美

真美「…先輩…!」

目薬をさして、泣き真似をする真美と、
自分のカバンを掴んで背を向ける亜美

亜美「…じゃあな。お前と過ごした数ヶ月間…悪くなかったぜ…」

そう言い残して、亜美は店の扉へ走っていった。
そんな亜美を見ながら、真美は一度涙を拭ってこちらに振り向いて、

真美「…なんだったの今の」

…いや、知らんよ

亜美が出て行ってすこしすると、真美のケータイに説明のメールが届いた。

真美「…要するに、真美の分は亜美が買っといてやるから兄ちゃんと一緒に先に帰ってあわよくばお菓子買って来いってことだったらしいよ」

「最初からそれだけでよかったろ…」

なんだったんだあの小芝居…
とにかくさっき小芝居してから店員の目が気まずいので、伝票を持って立ち上がる。

レジに行くまでの間、やたらと真美が静かなのが気になった。
さすがに亜美がいないとテンション上がらないか


支払いを済ませて、駐車場へ出る。
車はさっきのテレビ局に置いてた物を律子が乗って行ってしまったので、徒歩で事務所へ戻ることに

「じゃ、事務所に帰ろうか」

真美「うん」

その後、しばらくゆっくりのんびりと歩いていると、頬に少し冷たいものを感じたような気がした

「…気のせいか」

自分の頬を撫でながらそう呟いたら、真美は突然走り出して、

真美「気のせいじゃないよ!雨だよ兄ちゃん!」

「!?」

真美を追って走り出すと、また頬に冷たい感触。
空を見ると雲は真っ黒だった。
こりゃあ本格的に降りそうだ

それではまた来週

真美「うあうあー!」

スライディングで地下道に滑り込んでくる真美。
外はすっかり土砂降りになっており、二人ともびしょびしょになっていた

「ぜぇ…はぁ…」

スーツ姿だからというのもあるんだろうが、全力疾走して一つ年下の女の子と足の早さがそんなに変わらないのは驚いた。

真美「…どーしよっか」

「…うーん」

階段に座り込んだ真美の、隣に座って考える。
咄嗟に入った地下道は、向こう側に渡るだけの物で、店があるわけでもトイレがあるわけでもなかった。
10年経ってもこんなものがまだあるとは思わなかった

真美「…とりあえず、雨宿りしよっか」

何かあったらその時に考えるっちゅーことで! と 笑って、髪型を整え始めた。

「そうだな…」

地下道で二人揃って服やら髪やらを直す光景は、傍から見ると異様だったに違いない。

すみません最後の一回投下し忘れてました。すみませんでしたまた来週

第十六章 P「真美の思うところ」

雨宿りをして雨を防いでも、温度は下がっていく。
加えて服はびしょ濡れ…体温も下がる一方だ。

そのせいで、数分立つ頃には5月にも関わらず、二人でガタガタと震えていた。雨が降り始めてから、気温が異様に下がったような気がする

真美「…寒いね」

「…そうだな」

とりあえずカバンに入っていた上着を貸したが、大した足しにはならないだろう。

真美「…ねえ兄ちゃん」

真美はゆっくりと立ち上がって、俺の目の前に立った。
…っていうか俺、真美と数センチしか身長変わらないんだな…

真美「…」

なんて思ってたら、突然抱きつかれた。
動揺しておろおろする俺を見て少し笑ったあと、俺の肩の上に顎を載せて、

真美「…真美達、二十歳になっても、まだ一緒にいるんだね」

…大分真面目な話らしい。…っていうかこんな話、さっきも…

「…さっきのインタビューの話か?」

真美「…うん」

さっきから黙ってたのはそれのせいか。色々と考える年頃なのかも知れない。
今の俺と1つしか変わらないけど

「…まぁそうだな。お前らは、10年経っても一緒なんだな。」

真美「…でも、絶対いつかお別れの時が来るよね?」

真美が抱きつく力が、少しだけ強くなる。

「…人って言うのはそんなもんだと思う。出会って別れてを繰り返すようにできてる。」

真美「…そんなもんなのかな?」

「そんなもんだよ。」

真美「…」

真美は一向に離す気配がない。
引きはがすのは何か違うような気がするので、話を続ける事にする

「真美は、765プロのみんなと別れるの嫌か?」

真美「…まあ、そりゃあ。」

「…そうか。」

20ともなれば、学校の卒業式やら転校やらも沢山あっただろう。
まあ10年も11年も一緒にいれば学校の友達とは違うか…

真美「…兄ちゃんは、皆と別れるの嫌じゃないの?」

真美が顔を上げて、心配そうに聞いてくる。

「…まあ、嫌かな」

1年2年しか765プロと付き合ってない俺でも、別れるのは少し嫌だ。
それだけ馴染みやすい場所ということなんだろうし、俺の5倍もの時間765プロで過ごしてきた真美達にしてみれば、もっと嫌だろう。

「…でもな、真美。絶対に迎えないといけない別れ、ってのはあると思うし…」

真美「…真美も、いつまでも子供じゃないからそのぐらいわかるよ」

悲しそうな顔で、そう答える真美
その時は真美がやたら大きくみえて

「…お前も、もう23だもんな」

真美「そーだよ!」

23にしては子供っぽ過ぎるが、それも真美と亜美の特徴なのかもしれない。

「…よし。じゃあ、大人の真美さん」

真美「何かね子供の兄ちゃん君」

「…別れるまでに、一生懸命みんなと遊んどけ。」

真美「…」

「一生の別れなんて滅多に来ない。
大体会おうと思えば会える別ればっかりだよ。だから、そんな未来の心配すんな」

真美「…うん、そうだね!」

ニコッと笑う真美。
一生の別れが滅多にないって言うのは、少し無責任だったかもしれない。
…1ヶ月後の一生の別れを知って、真美は笑って送ってくれるだろうか。

「…さて、事務所帰ってお菓子でも買いに行こうか」

雨も大分上がったみたいだし、また降り出す前に帰った方がよさそうだ

真美「じゃあ事務所まで競争!」

「はぁ!?あ、ずるいぞ真美!」

事務所に向かって全力疾走しながら見た真美の顔は、10年前と変わらない笑顔で

真美の中で何かが吹っ切れたのなら、雨でスーツが濡れるくらい、いいかなって思えた。

第十七章 P「パーティー」

事務所に帰ると、今朝我が家に居た伊織以外のアイドル、事務員、プロデューサーが揃っていた。

「…どうしたんだ皆」

真美「…あー…」

真美が何かに気付いたように一度大きくため息をつくと、先に帰ったらしい亜美が、給湯室からリボンを付けて出てきて、

亜美「プロデューサーさん!バースデーですよ!バースデー!」

春香「ちょ、亜美!?」

…バースデー…?

あずさ「プロデューサーさん、今日は何日ですか?」

「…」

…えっと、こっちに来たのが5月1日で、それから3日経ったから…

「…5月4日…?あ、伊織か」

伊織の誕生日は5月5日のこどもの日だったはず。
そう思って呟くと、亜美と真美が嬉しそうに笑ったあと、

亜美「そのとおり!」

真美「というわけで皆でクレッシェンドを送ろうって話になってたのです!」

…多分プレゼントか。だんだん強くしてどうするんだ

律子「…相変わらずですよね」

「…ああ。」

どこで買うのかとか相談し始めた皆を見ながら入口横に立っていた律子が少し嬉しそうな顔でそう言う。
10年前から、相変わらずだ。本当に。

少しだけ感動していると、一番後ろに埋まっていた春香が一番前に飛び出てきて、

春香「プロデューサーさん!プレゼント買いに行きましょう!プレゼント!」

と、言うわけで今をときめくアイドルとデパートに買い物へ。
一応皆変装しているが、さすがに完全に隠せる物ではなく。

すれ違う人がアイドルをじっと見て、首を傾げるといった事が何度かあったが、さすがに大所帯だからか、声をかけてくる人はいなかった。
亜美と真美がガン飛ばしてるせいかも知れないが

そんなこんなで無事に着いたデパートはここ数年の間にできたものらしく、
10年前までは小さなスーパーがあったはずの所に大きなデパートがあった時はびっくりしたり。

律子「さて、皆買うものは決めてきたわね?」

真美「モチよ!」

あ、皆決めてきたのか。先に言ってくれれば俺も決めてきたのに…
まあそれは後で決めようと律子の方を見ると、律子は大きく頷いて、

律子「じゃあ集合時刻は…」

こういっちゃなんだが、律子は遠足の引率に来た小学校の先生みたいだった。
全員20超えだけどな


真美「よっしゃあ!行くぜぴよちゃん!支払いは任せたぜ!」

小鳥「えぇっ!?私今日ちょっとしか持ってきてないんだけど…」

説明が終わると、真美は小鳥さんの手を掴んで二階へ走っていった。
律子とあずささんもそれに着いて歩いて行く

春香「プロデューサーさん!買いたいもの、決まりましたか?」

そんな中、春香と雪歩と亜美が三人でこっちに歩いてきた。

「あはは…さっき知らされたばっかりだからな。まだ全く決まってないよ」

亜美「じゃあ兄ちゃん!亜美達と一緒に選ぼーぜ!」

そう言って亜美は俺の手を掴んでエレベーターの方に引っ張っていく。

「お、おい。ちょっと…」

雪歩「行きましょう。プロデューサー。」

雪歩が俺のもう一方の手をつかむ。
さらに背中を春香に押されて…

女の子に三方から固められ、エレベーターへ連行されるのだった。

その後なんとか離してもらって、エレベーターに乗り込む。
階数のボタンを押すと、エレベーターが上がる音だけがエレベーターの中に響いた。

「そういえばお前らはまだプレゼント決めてないのか?」

なんとなく沈黙は嫌だったので、なんとか話題を捻り出す。
亜美以外は年上であって年上ではないような状態なので、なんとも話しづらい

亜美「ん?決めてないよ?正直プレゼントってデパートとかで実物見ながら考えるもんじゃん?」

春香「あはは…まあ、私もそんな感じです」

雪歩「私は二人を参考にしようと思って…」

こういう10年前と変わってないような所があるから話しづらい。
それがあるからこそ今の765プロを765プロと認識できるわけだが。

その後少し他愛もない話で盛り上がると、エレベーターはすぐに目的の階へ到着した。

亜美「ほないくで!」

雪歩「あ、亜美ちゃん!ちょっと待ってー!」

ドアが開くと同時に走っていく亜美と、それを追いかける雪歩
そんな二人を後ろで春香と一緒に眺めていた。

「…春香、なんか俺達おじいちゃんとおばあちゃんみたいだな」

春香は何も言わずに少し考えていたが、
俺の腰を蹴飛ばしてから亜美を追っかけて走っていった。


最初にやってきたのは化粧品売り場。
このデパート、階数を多くして、一つ一つの店を大きくしているらしく、化粧品売り場だけでもかなりの広さがあった

亜美「やっぱよォ!女の子へのプレゼントっつったら化粧品が定番だよなァ!」

春香「そうだね!」

雪歩「亜美ちゃん…なんなのそのキャラ」

皆別々の物を買いに行くらしく、三人が全く別の方向に歩いて行った

「亜美」

亜美「ん、あれ兄ちゃんじゃん。どしたん」

適当に歩いていると、香水の匂いをぷんぷんさせた亜美に会った

「くっさ…どうしたんだその匂い」

亜美「いやあ、試しにやってみろって書いてあったからさ」

試供品全種使ったのか…
亜美が掲げる手からは、色んな匂いがして鼻が痛くなった

亜美「ねえねえ兄ちゃん。これとかどうかな」

「ん?」

亜美が持ってきたのは…フェイスパックだっけか。
昔音無さんが夜の事務所で使ってたのを見ただけだが、シワを伸ばすのに使うと聞いたことがある

「…伊織はシワ伸ばす必要ないんじゃないか?」

見た感じは肌きれいだったし、何よりまだ肌を気にするような年じゃないだろ
すると亜美はパックを袋ごとおでこに引っ付けて、

亜美「おでこに磨きを?」

…殴られるぞお前

亜美「なんちゃって!にゃはは!」

亜美は笑いながら違う棚へ走っていった。
…何がしたかったんだあいつ


亜美が走っていった方向へ歩いて行くと、今度は棚を真剣に見つめる春香に会った

「春香?」

春香「…あ、プロデューサーさん」

春香はこっちに気付いて一度笑った後、再び棚の方に視線を戻した。

「何かあったか?」

春香の視線の先を見ると、大量の口紅
すべて少しずつ色が違ったりするらしく、春香はそれを悩んでいるらしい

春香「んー…やっぱりピンクがいいのかなぁ…」

そういえば伊織のイメージカラーはピンクだったか
ピンクの口紅を手にとって、じっと考えこむ春香。
朝は喧嘩してたけど、その辺りはちゃんと考える辺り春香らしいな

「…今の伊織は結構大人っぽい感じだし…」

その後少し春香と一緒に伊織に合いそうな口紅の色を考えていたが、
最終的に春香は最初のピンクの口紅を手にとって、

春香「やっぱりこれにします!直感を信じます!」

と言って、レジの方に走っていった。
…まあ、確かに変に考えるよりはそういう考え方のほうが良いのかもしれない。

雪歩「…あの、プロデューサー」

少しの間春香が走っていった方向を眺めていると、後ろから雪歩に声をかけられた。
びっくりして後ろを振り向くと、突然振り向いた俺にびっくりした雪歩が、大きく跳ねて棚の物を幾つか落とした

「あ、すまん」

雪歩「いえ、あの、こちらこそ…」

少しの沈黙の後、二人で落とした商品を拾い始めたが、最後の一つで偶然手が重なった時に
雪歩が悲鳴を上げながら持っていた商品を放り投げた。

「…あはは…」

雪歩「す、すみません…」

雪歩の男性恐怖症は大分酷いものらしい。
その後拾った物を棚に戻して、雪歩に話し掛ける

「で、どうしたんだ?」

雪歩「あ、えっと…これを…」

良く見ると雪歩の後ろにはレジかごが落ちている。

その中にはいくつかモノが入っているらしく、雪歩はビクビクしながらカゴを見詰めている

「…もしかして、プレゼントを見て欲しいとかか?」

雪歩が力強く頷く。
…雪歩、タバコ買いに行った時より大分弱くなってないか

雪歩「いくつか候補を持ってきたので、見て欲しいんです」

…長くなりそうだし、何を買うか頭の片隅で考えながら聞こう


雪歩「まずはこれです」

雪歩は少しカゴの中を漁って、何かを取り出す

一つ目は…染髪料かこれ
しかも金髪て

雪歩「だめですか?」

「…いや、ダメじゃないけど伊織には似合わないかなあ」

伊織が金髪とか赤髪に染めてる姿は真面目に想像できない。

雪歩はがっかりしながら、染髪料をカゴに戻す

その後少しの間、雪歩のプレゼント鑑賞会が続いた


「…これもダメだろ」

新しく持ってきたカゴに赤髪のウィッグを入れる。気が付くとカゴの中は雪歩が持ってきたプレゼント候補で一杯になっていた。

そんなカゴを見ながら一度大きくため息をついた雪歩は、

雪歩「私、6年くらい若い女の子にプレゼントなんてしたことなくて…だから何をプレゼントすればいいのか分かんないんです」

雪歩は少し悲しげに笑いまたカゴの中身を漁り始めた

「…」

本当に雪歩はこの6年何をしていたのだろうか。
それを聞こうか聞かまいか悩んでいると、また雪歩は立ち上がって、

雪歩「最後はこれです」

最後…か。
これまでウィッグやら染髪料やらばかりだったし、最後もダメだったら一緒に選んであげよう

「…おお?」

そう覚悟していたが、雪歩が取り出したのは水玉の化粧ポーチ。

…よかった、普通のプレゼントも出来るんじゃないか
なんで最後にしたんだこれ

雪歩「どうですか?」

「ああ、すごいいいと思う」

パァッと嬉しそうな顔になる雪歩
少し地味な気はするが、伊織はキャピキャピしてる感じじゃないし丁度いい。

雪歩「これ、戻してきます」

春香「あ、雪歩!」

金髪の染髪料を持って棚へ走って行こうとする雪歩を、レジが終わったらしい春香が呼び止める

春香「雪歩!プロデューサーさん!」

すごく嬉しそうな顔でケータイを握り締める春香は、俺と雪歩の顔を見たあと、

春香「貴音さんと響ちゃんの10年記念パーティーしましょう!」

…またプレゼントを選ぶのかと軽く絶望したような雪歩の顔がやたらと頭に残った。

「で、なんだって?」

亜美を呼びに行った春香が帰ってくるのを待って、もう一度聞くと、春香は興奮覚めやらぬ様子で、

春香「記念パーティーですよ!記念パーティー!」

昼頃のインタビューで亜美達がそんなことを言っていたような気がする
そういえば元々貴音と響は961にいたから、765プロに来たのは皆より一年遅いんだっけか
美希は…どういう計算なのだろうか

亜美「おっしゃー!そうと決まれば皆に知らせないとね!」

亜美はポケットからケータイを取り出して、皆にメールを送り始めた
打つのが無茶苦茶早くて、さすが現代っ子と尊敬した

亜美「真美がプレゼント選ぶついでに拘留しようって」

「…もしかして合流か」

拘留してどうするんだ

亜美「カツ丼に犯人の頭を突っ込んで、「ネタは上がってんだよクソが!」って叫ぶのはアイドルとして一度はやっておきたいよね!」

なんの役だ
暴力尋問とかするのは大抵は能無し上司だと思うが…
っていうかアイドルがクソがとか言うなよ

なんてくだらないやりとりをしていると、さすがに待ちくたびれたのか、

雪歩「早く行きますよ」

やたら低い声でそう言われた。
目付きも悪いし、すげえ怖いよ雪歩

雪歩がポーチを買ってくるのを待って、四人で集合場所の某ブランドショップへ

春香「おまたせー」

相変わらず一階層が広く、大量のバッグやら服やらがずらっと置いてあった

亜美「真美達はいおりんのプレゼント決めたの?」

律子「私達は最初から決めてたわよ」

律子は亜美に紙袋を見せながら溜息をつく。
亜美達が決めてなかったのはバレていたらしい

春香「さ、選びに行きましょう!」

春香を先頭にぞろぞろとブランドショップへ入っていった。
…何買おうか悩むなぁ


店に入って数十分ほど経った頃
ショップの一角で、結構いい感じのプレゼントを見つけた

「…よし、伊織にはこれにしよう。」

箱を手に取って、レジへ持っていく。
表示された値段に少し引いたのは内緒だ


律子「さ、皆買えたかしら?」

春香「おー!」

あずさ「はーい」

全員がいくつか袋を持って入口前に集合したのは入ってから一時間ほど経ってからだった。

律子「じゃ、帰りましょうか。そろそろ何人か仕事の時間よ」

「「はーい!」」

小鳥「プロデューサーさん」

デパートからの帰り道。
数人分の紙袋を持たされながら歩いた見慣れた道で、小鳥さんに話しかけられた。

小鳥「…いつも通りだったでしょう?」

「…?」

何のことか分からず首を傾げると、小鳥さんは少し笑って、

小鳥「皆10年前と変わらなかったでしょう?」

「…ええ。そうですね」

前を歩く皆は、10年前と大差ないように思えた。

「昔から誕生日とか記念日を大切にする子達でしたね。」

小鳥「ええ。毎年皆の誕生日だけは祝ってたんですよ…何があっても」

小鳥さんは自分の紙袋を持ち直しながら、笑った

「…何があっても、ですか」

小鳥「はい。6年前も、です」

「…」

6年前という言葉が出て、何気なく視線を逸らしてしまう。
視線を逸らした俺を見て、小鳥さんも笑って視線を逸らした。

視線を逸らした先にあったのは、大きなテレビ局だった。
社長さんがアイドルが大好きで10年前も大分お世話になったっけ。

そういえばタクシー乗り場が局の目の前にしかないから見られて恥ずかしいって春香が文句垂れてたっけな

そんなことを思い出しながら、テレビ局を見ていると、入り口から一人女性が出てきた。

顔を完全に帽子で隠して、青い髪が綺麗な女性だった
なんて考えながら眺めていると、先に行ったはずの亜美がこっちに走ってきて

亜美「にいちゃん!あれ千早お姉ちゃんだよ!」

「!?」

…気付いた時には、千早が乗っているらしいタクシーは走り出していた。

「…千早…」

亜美「…追っかける?」

「…いや」

今から横断歩道を渡って向こうでタクシーを見つける頃にはタクシーは見えなくなっているだろう

「小鳥さん、千早の移籍先について何か知りませんか」

小鳥「…すみません。私は移籍したとしか…」

小鳥さんの申し訳なさそうな姿を見るに本当に聞かされていないのだろう。

…となると

「…律子は?」

亜美に着いてこちらに来ていた律子も、首を横に振る。

律子「私も社長の知り合いの所に移籍したとしか」

亜美「兄ちゃん…」

亜美が心配そうな目で見つめる。
手掛かりなしか…さっき追いかけとけばよかったかな

「…今日はとりあえず帰ろう。荷物もあるしな」

亜美の頭を撫でながら、そう言った。
小鳥さんも律子も、そんな申し訳なさそうな顔することないだろうに

…とりあえず、帰ったら社長に聞いてみないとな


事務所へ帰ると、先に帰っていた春香と雪歩が、仕事の準備をして待っていた。

律子「待たせてごめんなさいね。さ、行くわよ」

律子は車のキーを取って、

律子「いってきます」

「ああ。いってらっしゃい」

そう返すと律子は笑って、早足で階段を降りていった。

…さて、亜美達の仕事までに社長と連絡取れるといいけど

今週分は終了です。
終わる前に少しだけ

・章分けは投下の区切りをつけるためだけのものなので大した意味はありません

・アイドルランクはファン人数をランク分けしたもの

それではまた来週

第十八章 雪歩「初仕事」

律子さんに連れられて来たのは、最近新しく出来たらしい、初めて来るテレビ局でした。

春香ちゃんは大分お世話になっているらしく、軽くスタッフさんに挨拶を済ませて、楽屋に直行。

私はと言うと、挨拶をしようと男のスタッフさんを前にすると、緊張と恐怖で固まっちゃって…女の人なら話せるんですけどね

「ごめんね春香ちゃん、律子さん…」

春香「大丈夫!私もたまに迷って固まって滑って転んでミスしたりするから!」

律子「春香はともかく…雪歩は6年ぶりのテレビ局なんだし、仕方ないわよ」

…6年ぶり…か。
そうだよね、私6年もアイドルサボってたんだっけ。レッスンも何もやり直しかな

春香「それにしてもまさかテレビ局に雪歩のファンのスタッフさんが居るとは思わなかったね」

私のファンっていうのはさっき挨拶中に話し掛けてくれた女性の方で、6年前の私に憧れてテレビ局で働くのを夢見たんだとか。

律子「6年前のアイドルを顔見ただけで思い出すなんてね」

自分で言うのもなんだけど、私6年で大分顔付き変わったと思うんだけどなあ

ほかの人から見たら案外そんなことはないのかも

律子「って、言ってる場合じゃないわ。早く着替えてね」

よし、10年ぶりのお仕事、頑張らなくちゃ


着替え終わると、春香ちゃんと律子さんに連れられて監督にご挨拶。

男の人で少し怖かったけど、そんなこと言ってる場合じゃないよね。

監督「じゃあこの所はこう…」

律子さんが監督と打ち合わせをしてる内に、台本を読む

番組の内容は私と春香ちゃんが雑談しながら料理を作るものみたい。
私きちんと春香ちゃんと話せるかな…

少し二人で番組の流れを確認してると、お話が終わったらしい律子さんが歩いてきた。

その後律子さんから説明を受けて、やっと番組開始。

春香「春香と!」

「雪歩の」

春香ちゃんがタイトルを読んで、タイトルコールは無事終了。
でも、頭に残る違和感

違和感の正体を考えながら春香ちゃんを見ると、春香ちゃんの顔はとても楽しそうで

春香「と、言うわけで今回からこの番組でMCを勤めさせていただきます、天海春香と…」

…そうだね、6年前まで何も考えずに楽しんで収録してたもん。失敗してもなんとかなるよね

「…萩原雪歩ですっ!」

こんな大きな声、出したの数年ぶりかも


監督「お疲れちゃーん!ちょーぜつ良かったよぉ!」

収録はリテイクされることもなく、大体2時間くらいで終わった。

不安だった話題も、6年貯めただけあって途切れる事無く続いた。
何より相手はお話上手の春香ちゃんだったしね

春香「雪歩お疲れ!」

「うん。お疲れ!」

春香ちゃんは楽しそうに笑っていて、私も釣られて笑っちゃって。
お仕事って、こんなに楽しかったんだね

お仕事が終わって数十分
二人で話しながら着替えて、別々でスタッフさんに挨拶を済ませる。
途中で昔ファンだったらしいスタッフさんが色紙を持ってトイレの前を行ったり来たりしているのを見かけて声を掛けると、

スタッフ「!?あ、えと、その…」

すごくテンパりながらサインを求められました。
基本的にサインはだめだって言われてるんだけど…まあ、少しくらいならいいよね

サインをし終わるとそのスタッフさんは一度お辞儀をした後、嬉しそうに色紙を抱えて走って行きました。


律子「ただいま戻りました」

P「おかえり。三人ともお疲れ様」

挨拶を終えて、律子さんの車で事務所へ戻ってくると、事務所にはプロデューサーが一人事務仕事をしていました

律子「亜美達の仕事は終わりました?」

P「ああ、軽く写真撮るだけだし問題なく終わったよ。」

プロデューサーは椅子から立ち上がって、給湯室に歩いて行く。

P「コーヒーいるか?」

律子「ええ。お願いします」

春香「あ、私もお手伝いしますね!」

先に給湯室に走って行く春香ちゃん。
春香ちゃん元気だなあ。私なんてまだ足がくがくしてるのに

P「雪歩は?」

「あ、お願いします」

プロデューサーは一度ニコッと笑って、春香ちゃんの後に着いて行った

律子「…」

「…」

事務所に、律子さんのキーボードの音だけが響く。
なにか話した方がいいんだろうけど、キーボードの音がやたら心地よくて

それを察したのか律子さんも、ただ黙ってキーボードを叩いていた。

そんな時間が数分続いた頃
コーヒーを入れ終わった春香ちゃんとプロデューサーが、給湯室から帰ってきた

春香「お待たせー」

春香ちゃんは私の前にコーヒーを置いて、隣に座る。
プロデューサーも律子さんの机にコーヒーを置いて、自分の椅子に腰掛けた。

春香「ふー…」

コーヒーを一口啜って、大きくため息をつく春香ちゃん
その後少し背もたれにもたれてぼーっとしてたけど、突然起き上がって、

春香「ね、雪歩。メアド交換しない?」

…あ、そういえばしてなかったっけ

P「あ、俺も交換していいか」

4年前くらいに一回ケータイが二つに割れちゃって、買い換えてから誰とも会ってなかったんだった。

「はい。大丈夫ですよ」

…あれ、だったら四条さんは一体どこで私のアドレスを知ったんだろう…
相変わらず謎な人だなぁ

片手でケータイを取り出しながら、反対の手でコーヒーを手に取る。
インスタントのはずなのに、いい匂い。

そう思って一口口に含んで…

「甘!」

口の中に広がる砂糖とミルクの味
とりあえず一度コーヒーを置いて、後ろを振り向くと

P「…あはは…」

プロデューサーが笑ってた。
…そういえばこの人甘党だったっけ

第十九章 P「コーヒー」

「いや、本当に悪いな雪歩…」

雪歩「いえ、大丈夫です…」

雪歩のコーヒーが甘かったのは、春香が俺のコーヒーと取り間違えていたからだったらしい。
とりあえずまだ口につけていないブラックのコーヒーを差し出して、砂糖たっぷりのコーヒーを受け取る

春香「そういえばプロデューサーさんって甘党でしたっけ」

「いや、甘党ってわけじゃないんだけどさ…」

疲れた時には甘いものがいいって言うしな…別にブラックのコーヒーを飲まないってわけじゃないし甘党ってわけでもない
なんにしても雪歩には悪いことしたな…

「っていうか雪歩、甘いものダメなのか?」

雪歩「…ええ、まあ。」

…まあ、10年もあれば好みも変わるか。
それ以上は詮索せず、メアドだけ貰って作業再開。

早い所事務仕事終わらせないと帰るの遅くなりそうだ

雪歩「じゃあ私はそろそろ」

作業を始めてからしばらくすると、雪歩がゆっくり立ち上がった。

時計は十時…そうか、もうそんな時間か

律子「ん、じゃあ私もそろそろ上がろうかしら」

雪歩が立ち上がったのを見て、律子も立ち上がって伸びをする。
そんな律子を見て雪歩は小さく笑って、ポケットから電子タバコを取り出した。

律子「お疲れ様です。」

律子は机からカバンを取って、早足で雪歩の方へ向かう。
二人共歩きらしいけど、この時間だし一人で帰るよりはいいだろう。

雪歩「お疲れ様です」

春香「お疲れー」

「お疲れ様」

深々と礼をする雪歩に釣られて、春香と俺も立ち上がってお辞儀をする
そんな姿を見て雪歩はもう一度小さく笑って、律子と一緒に外に出て行った。

「春香はまだいいのか?」

春香「あ、はい。私はプロデューサーさんが終わるまで待とっかなって」

まじか…一度ため息を付いて、机に置いてある書類を数え直す

「…まだ大分掛かるぞ」

春香「大丈夫ですよ。台本も覚えないとですし」

…早めに終わらせないとな


「そういえば春香」

作業が一区切り付いた所で、少し休憩
人を待たせているから、休憩とか言ってる場合じゃないけど

春香「はい?」

春香はじっと眺めていた台本から目を離して返事をしてくれる

「春香、電車通勤じゃなかったか?」

春香「ん?…ああ、そうですね」

春香は窓を開けて、少し周りを見回すと、俺の方を見て手招きをはじめた

呼ばれるままに窓辺へ行くと、春香は事務所のすぐ近くにある住宅街を指さして

春香「私の家、あそこです」

「!?」

そういえば一人暮らしって言ってたか
10年前と比べると随分近くなったんだな…

「…でも、いくら近くてもあんまり遅くなったらダメだよな」

急いで机に座って、残りの仕事を片付ける。
早ければ30分で終われるだろう。


「終わったー…」

オーディションやら仕事やらの資料に目を通してパソコンで処理するだけの仕事だったが、10年の間に進化したらしいソフトのせいで大分時間が掛かってしまった。
慣れれば早いんだろうが、慣れるまでは勝手の違うソフトなんて使いづらいだけだ

春香「お疲れ様です」

給湯室からコーヒーを二つ持った春香が出てきた。
ソファに腰掛けて目の前に置かれたコーヒーを飲むと、程よい甘さで大分好みな感じだった。

「うん、美味しいよ」

春香「えへへ」

嬉しそうに笑って、向かいで春香もコーヒーを飲む
誰も話さずただただコーヒーを飲んでいると、時間がゆっくりと流れていくのを感じた


「よし、じゃあ帰るか」

洗い物を済ませて、声を掛ける
それを聞いた春香は小さく微笑んで、台本を鞄に仕舞った

春香「行きましょうか」

「おう」

外は既に真っ暗で、時計は11時を指していた。
しかもその後錆びた窓を締めるのに手間取ったりして、結局事務所を出たのは11時半くらいになってしまった。

今回はではまた来週

第二十章 春香「私の親友」

「この辺りで大丈夫です」

事務所を出て少しすると、すぐに住宅街の入り口に到着した。
何時間も掛かっていた通勤が突然数分に変わったときは本当にびっくりしたっけ

P「ん、そうか。じゃあ、また明日な」

「はい。また明日」

6年待ちわびた、プロデューサーさんとのまた明日。
そんなことがとても嬉しくて。

プロデューサーさんがいなくなったのを確認して、近くの公園で少し泣いた

「はぁ…」

少しだけ泣くつもりだったのに、30分くらい泣いてたみたい
夜の公園で30分号泣なんて1つの怪談だよ…

少し自己嫌悪しながら、家へ向かって歩く

家が視認できる辺りまで来て、家の前に誰かがいるのに気付いた

…え、今12時だよ?

携帯を握り締めてゆっくりと家に近づく
電気が付いてないし背中しか見えないけど、体つきは女の人みたい。

覚悟を決めて、玄関の近くまで歩いて、

「誰!」

携帯のライトをその人に当てる。
照らされたのは青い髪の綺麗な…

「…千早ちゃん?」

千早「春香…?」


「えっと…どうぞ」

千早「どうも」

外にいた怪しい人は、千早ちゃんでした。
多分、会うのは6年ぶりだよね

6年ぶりの千早ちゃんは相変わらず綺麗で、ガラスみたい。
触ったら壊れちゃいそうだ

「千早ちゃん、なにか飲む?」

千早「いえ、結構よ。すぐ帰るから」

変わらないなあ千早ちゃん。

「で、どうしたの?」

千早ちゃんは、プロデューサーさんが入院して765プロが短期休業に入った頃に、どこかの事務所に移籍したらしくって、それ以降は一度も会ったことなくって

千早「…」

6年ぶりの親友はとても懐かしくて

「あのさ、千早ちゃん」

千早「…なに?」

「…ちょっと、胸貸して?」

千早「…ええ。」

…今日は泣いてばっかり

「…ありがと。もう大丈夫」

千早「そう」

ずっと頭抱きしめててくれてたみたい。
千早ちゃんの胸で泣いたのも6年ぶりかー

「それで千早ちゃんはどうしたの?」

閑話休題。
こんな時間に訪ねてくるくらいだし、何か大切な用なのかな

千早「…春香に会う予定はなかったのだけど」

千早ちゃんは持っていた鞄の中から小さな箱を1つ取り出した

千早「これ、明日水瀬さんに渡してもらえないかしら」

「伊織に…?」

…あー…なるほど、誕生日プレゼント持ってきたんだね。

「…自分で渡した方がいいと思うけど」

千早「…私にも私の生活があるのよ。軽々しくライバルの事務所になんて行けないわ」

千早ちゃんは一度お茶を啜って、私の目をじっと見る

「…伊織に会うのが気まずいとかじゃないの?」

千早「…かなわないわね」

千早ちゃんはプレゼントを私の前に置いて、一息ついた

千早「確かに水瀬さんだけじゃなくて、四条さんにも、プロデューサーにも…皆に会うのがきまずいわ。」

千早「でも、事務所の都合があるのも確かよ」

「…」

千早ちゃんはまっすぐ私の目を見る
…六年前と変わらない、まっすぐを見た目

「…分かった。責任をもって渡しとく」

千早「…ありがとう」

その頼み方は反則だよ
そんな真っ直ぐな目をされたら、誰も断れないよ

どれだけ会いたくないんだって少し引くけどね


「それで千早ちゃん」

千早「なに?」

プレゼントの代わりに出したお茶を啜りながら、千早ちゃんはこっちを見た
この暑いのに温いお茶って辺りが千早ちゃんらしいね

「千早ちゃんはこの6年、何をしていたの?」

千早「…秘密」

むむ、中ヶガードは硬いみたい

「じゃあお酒で聞き出そう!」

千早「…私、お酒は強いわよ?」

「どんとこいだよ!」

多分明日もお仕事なんだろうけど、付き合ってくれるのがすごく嬉しかったり。

千早「…春香ー?」

体がフワフワする…おえっ

千早「弱すぎよ春香…」

千早ちゃんは自分の隣にあった大量の空き缶をゴミ袋に詰めながら、呆れるみたいに笑った

「どう考えても千早ちゃんが強過ぎるよー」

眠れない時のために買ってあった缶ビールがほとんど無くなるとは思わなかったよ

千早「さてと、じゃあ私は帰るわね」

「ん?大丈夫?」

千早ちゃんは空き缶の入ったビニールを庭に出して、鞄を持って立ち上がる

千早「後輩が迎えに来てるから大丈夫よ」

「後輩かー」

…765プロに後輩って感じの後輩はいない
あくまで千早ちゃんは違う事務所の、違うアイドルなんだって再認識しちゃう

「車?」

千早「ええ。マネージャーが車出してくれてるわ」

「そっか」

じゃあ車までは送って行こっと
なんて思って上着を取ろうと立ち上がって、コケた

「うわわっ!」

千早「ふふ…すぐそこだから送ってくれなくても大丈夫よ」

「あはは…ごめんね」

千早ちゃんの手を取ってなんとか座り直す

「…千早ちゃん」

千早「なあに?」

引っ張ってくれた千早ちゃんの手がなんとなくプロデューサーさんに重なって見えて

「…プロデューサーさんには、会わないの?」

気が付くとそう聞いていた。
千早ちゃんは驚いてたけど、すぐにいつもの優しい顔に戻って、

千早「私が行かなくても、そのうちあの人から来るわよ」

千早「あの人はそういう人だもの」

「…そうかもね」

移籍したなんて聞いて、置いておくような人じゃないもんね
私が満足したのを確認したのか、千早ちゃんは鞄を持ち直して、玄関の方に歩いて行く

千早「…プレゼント、お願いね」

「まかしぇといて!」

大きく胸を叩いて、笑う
そんな私を見て千早ちゃんも1回小さく笑って、玄関を出て行った

家に残された私は、一人で窓の外を眺めた

外はすっかり真っ暗で、真っ黒の空には細い月が浮かんでいて
…ああいう月はなんて言うんだっけ。中学校で頑張って覚えたような気がするけど…忘れちゃった

ではまた来週

テスト

HDDフォーマットしちゃってトリップ消えたので今度からこれで行きます

第二十一章 P「誕生日と」

次の日の朝、いつも通り出勤すると律子に会議室に引きずり込まれた

律子「伊織がいるので手早く済ませます」

律子はポケットから手帳を取り出した
日程の確認らしい

律子「まず皆の今日入っている仕事を終わらせてください」

手帳には全員の仕事の時間が書かれていた。
全員昼頃に仕事は終わるらしい。

ホワイトボードにはダミーの仕事がぎっしり詰まっていた辺り、無駄に手が込んでいる

律子「それで、プロデューサー殿には、最後に伊織の迎えをお願いします」

少し遠めのラジオ局でラジオの収録がある伊織を連れて帰ればいいらしい。

大雑把に確認して、手帳を閉じる律子

律子「じゃあ、お願いします」

「了解」

ため息を着く律子は、子供の遊びに付き合わされる大人のようだったが、良く見ると口元が緩んでいて

「相変わらずだな。皆」

律子「はい?」

「なんでもない」

すごく、楽しみになってきた

朝の確認から数時間後
今日の仕事は全て終わらせて、伊織の迎えへ

カーステレオに流れる伊織の生放送ラジオを聞きながら長い渋滞を待つ

「…」

一人の車内っていうのはなんていうか…シーンとしてしまう
あんまり車内で一人ブツブツ言ってるほうが危ないっちゃあ危ないけど

ラジオ『そーいや、伊織ちゃんは今日誕生日だっけ?』

『ああ、そうね』

静かな車の中に、伊織とラジオの相方の声が響く
…あ、渋滞ちょっと動いた

『誰か祝ってくれる人とかいるの?』

『…どうかしらね』

祝ってくれる人か。
事務所の方の準備はもう終わったのだろうか

『伊織ちゃんも売れっ子アイドルだから難しい?』

『いや、今更売れっ子も何もないでしょ…』

皆、アイドルを初めてもう10年だが、未だに仕事はたっぷりある
765プロの将来は安泰だ

『…あ、今日の曲の紹介やっちゃわないとね』

『…水瀬伊織で、七色ボタンです。どうぞ』

ラジオから流れてきた七色ボタン
元々は竜宮小町の曲として作られた物だが、この音源は伊織単体

竜宮小町は解散後、四人に一曲ずつ持ち歌として割り振られたらしい。
3年間歌い続けた曲だし、やっぱり思い入れがあったらしく、伊織や亜美の提案だったそうだ

…あ、渋滞動いた
なんとか間に合いそうだ

ラジオ局に着いたのはラジオ終了数分前だった

さすがに遅れたくらいでプンスコ怒ったりはしないだろうが、誕生日だしあんまり気分悪くさせるのもな

なんて考えながら階段を上がると、丁度仕事が終わったらしい伊織が収録現場から出てきた

相方「おつかれー伊織ちゃん」

伊織「はいはいお疲れ様」

二人は同期らしく、年も近いのでたまにご飯を食べに行ったりする仲らしい。

「お疲れ様です」

相方「あ、お疲れ様です」

相方さんはニコッと笑って、自分の楽屋の方に走って行った。

「伊織、お疲れ様」

伊織「ええ、本当に疲れたわ」

肩を揉みながら階段へ歩いていく伊織

「ラジオじゃあ楽しそうに話してたのにな」

伊織「勝手に聞いてんじゃないわよ馬鹿」

おおう、怒られた

「結構可愛いこと言ってたじゃないか」

伊織「気のせいでしょ」

スタスタと早足で階段を降りる伊織を、数歩離れて追いかける

「あ、そうだ伊織」

伊織「なによ」

伊織はこっちを見ずに歩いている

「アイス、食べに行こうか」

外は5月とは思えないほど、暑い。
10年前では考えられないほどだ

伊織「…気が向いたらね」

伊織は小さく笑って、車の方に駆けていった。

少し嬉しそうな顔をしていたし、暑かったのかな

コンビニでアイスを買って、近くの駐車場に車を停める

「はいどーぞ」

注文のあったハーゲンダッツとスプーンを伊織に手渡して、自分のカキ氷のカップアイスを袋から取り出す

伊織は黙ってハーゲンダッツの蓋を開けて、黙々と食べ始めた。

「ハーゲンダッツって量少なくないか?」

伊織「あんまり大量に食べて身体壊しても困るでしょ」

「ふーん…」

いろいろ考えてるんだなとか少し関心しながら、大分水っぽくなったカップアイスを掻き込んで、

「っ…!」

突然、頭部に鋭い痛みが走る
しまった、これは…!

伊織「…あんた、ガキじゃないんだから…」

カキ氷で頭痛に襲われた俺を、冷たい目で見る伊織

我ながら少し恥ずかしい


その後、少し長めの渋滞があったため、事務所に到着したのは6時頃になってしまった

事務所の電気は消えている。
本当に手が込んだ誕生日だ

伊織は電気の消えている2階を眺めて、少し悲しそうな顔をしていた

「…上がっていくか?」

伊織「…ええ」

伊織について、事務所への階段を登る。

階段を登り終えて、伊織がドアを開くと

事務所に鳴り響く、クラッカーの音

それと同時に照明が点き、皆の笑った顔と、机に並んだ大量の料理が見えた

皆「「「誕生日おめでとー!」」」

伊織「…」

伊織はびっくりした顔のまま、硬直している。

亜美「ホワイトボードはダミー!」

真美「電気が消えてたのもダミーだよ!」

みんなの先頭で楽しそうに説明する亜美と真美
二人の説明を聞いて、やっと事態が飲み込めたのか

伊織「手の込んだことしてんじゃないわよ馬鹿!」

嬉しそうに、そう言った

亜美「ほらほらいおりん!乾杯ですよ!乾杯!」

亜美が伊織にオレンジジュースの入った大きなグラスを手渡す

「…って、ピッチャーじゃねえか」

どこにあったんだよピッチャージョッキなんか…
なんて思っていたら亜美は俺に普通のジョッキを手渡して、真美の方へ走っていった
 
真美「じゃあ…」

亜美「かんぱーい!」

「「かんぱーーい!」」

伊織「…乾杯」

ピッチャーで乾杯をする姿は、少しシュールだった

亜美「…あり、そういや響とお姫ちんは?」

春香「二人ならさっき少し遅れるってメールが…」

事情を説明しようとした春香がケータイを取り出すと、外で車の音がした
どうやらタクシーが到着したらしい。

雪歩「響ちゃん達かな」

春香「…プロデューサーさん、ちょっとこっちへ」

春香はしばらく窓の外を見ていたが、こっちを見て少し微笑んだ後、俺の手を引っ張って給湯室へ連れていった。

「どうしたんだ?春香」

給湯室に入って、しばらく黙っていた春香だったが、俺の方をみて少し笑って

春香「プロデューサーさん、少しここで待機おねがいしますね」

そう言って皆の所に戻っていった
何かを企んでいるような顔してたなぁ…

しかしまぁ考えても仕方ないので椅子に座って待機
少しすると事務所の扉が開いた音がした。

亜美「お姫ちーん!おっすおっすー!」

貴音「ふふ、御機嫌よう。双海亜美。皆も遅れて申し訳ございません」

雪歩「大丈夫ですよ!伊織ちゃんだって今来たばっかりですから」

そういえば雪歩は6年のブランクの割に皆に大分馴染んでいるようだ。
まあ、初対面じゃないしそりゃあそうか

春香「ねね、ちょっと給湯室からコップ二つ取ってきてもらえないかな?」

?「…ああ」

…なんだ今の柄の悪い声
なんつうか、少し怖い声だ。機嫌の悪い時の伊織みたいな、ドスの聞いた声…

うちにあんな怖いアイドルいただろうか…

しかし足音と共に給湯室に入ってきたのは…

「…あれ…」

?「…あ?」

給湯室に入ってきたのは、10年前によく見た格好
その服がお気に入りだとかでよく着ていた子がいたけど…

…あ、もしかして

「…響?」

響「…やっぱプロデューサーか」

響は少し俺の顔を見ながら考えていたが、一度皆がいた所へ戻って

響「…おい春香。なんでプロデューサーがいるんだ」

春香「え?呼んだからだよ?」

春香の楽しそうな声
空気から察するに…誰も響に俺がタイムスリップしたことは言っていないのだろう

響は頭を掻きながら少し考えた後、春香にチョップしてから、コップを二つ持って皆の所へ戻って行った

「…響、何があったんだ?」

春香「…響ちゃん、誰にも理由話してくれないんですよ」

春香「プロデューサーさんにならーって思ったんですけどね」

しばらく悲しそうに俯いていた春香だったが、すぐに顔を上げて、

春香「でも、とりあえず今は伊織の誕生日です!」

春香は冷蔵庫からいくつか調味料を取り出して、戻って行った

…問題は山積みのようだ

亜美「じゃあプレゼント渡しのコーナー!」

響と衝撃の再開を果たしてから数十分。しばらく皆で賑々しく食べていたが、少し酒の入った亜美が突然大声で叫び始めた

「コーナーって…番組じゃないんだから」

真美「ちっちぇえことは気にすんな!」

こっちも酒入ってるらしい
テーブルには既に空いたビール瓶が数本転がっている

亜美「というわけで亜美からいおりんにプレゼントー!」

亜美は懐から綺麗に包装された小さな包みを取り出した

伊織がゆっくりと包みを開けると、中には竜宮小町のマークのネックレスが入っていた

亜美「前に仕事でアクセ作ってる人に知り合ってさーその人がなんと竜宮小町のファンだったんだって!」

伊織の誕生日だと知って、特注で作ってくれた物らしい。

伊織「…よくできてるわね」

しばらくネックレスを見つめた後、ネックレスを亜美に渡して、

伊織「つけてもらえる?」

亜美「あったりまえだよ!」

亜美はニカッと笑って、前から伊織にネックレスを付ける

亜美が伊織の前を離れたときには、伊織の胸には小さな宝石で装飾された、懐かしいマークがあった。

春香「似合ってるよ、伊織。」

律子「なんていうか、本当に懐かしいわね」

俺にはほんの数日見てないだけのマークだが、伊織達には6年ぶりに見たマークで。

伊織「…ありがとう」

伊織は亜美に抱き着いて、しばらくそのまま抱き合っていた

また来週

おはようございます。投下します

第二十二章 春香「紫苑」

真美「じゃー、次ははるるん!」

プレゼント渡しも終盤へ。雪歩のポーチを伊織が嬉しそうに受け取ったのを確認して、真美は次のターゲットに私を指名した

亜美「はるるんのプレゼントは何かなー」

「えへへ…私はねー…」

鞄の中から、昨日買った紙包みを取り出す。

「はい、伊織。」

伊織「ありがとう。春香」

昨日少し喧嘩しても、すぐに仲直りするのが女の子だったりするわけで
昨日の気にしてたらどうしようとか考えたけど、杞憂だったかな

伊織「あら、綺麗な色じゃない」

「伊織口紅しないからさ…しなくても数本はもってた方がいいよ?」

伊織「…そうね。ありがとう」

お礼を言って、伊織は私の口紅を机の上に置いた。さすがに終盤にもなるとプレゼントが机から溢れそう

亜美「じゃあ次は…」

「あ、まって!」

亜美を静止して、鞄からもう一つ小さな箱を取り出す

亜美「んん?これは?」

「これ…千早ちゃんから」

事務所の時間が止まったように、皆の動きが止まった。

伊織「…千早?」

「うん」

伊織がゆっくりと口を開いた。
6年前に別れた友達からのプレゼント、もうちょっと勿体ぶった方が良かったかな

P「春香…千早に会ったのか?」

「はい。昨日、家で」

皆の反応を見るに、千早ちゃんの事を忘れてた人はいないみたい。
6年って、結構な年月だと思うけど

伊織「…千早は元気だった?」

「うん。昔と変わらなかったよ」

伊織「…あっそ」

伊織がゆっくり箱を開けると中に入ってたのは兎のストラップと…花?

伊織「…紫苑、ね」

「しおん?」

花を持ち上げながら、伊織が呟く
なんでその花なんだろう?

亜美「そろそろ答え発表してよー」

真美「いおりん達だけ分かってずるいよー!」

私と同じように、分からない様子の亜美達
周りを見渡すに雪歩と律子さん、あと貴音さんとあずささんはわかってるみたい

伊織「紫苑の花言葉は「さようなら」よ。」

…千早ちゃんらしい、ストレートなプレゼントだと思った

P「なんつーか…千早らしい真っ直ぐなプレゼントだな」

あ、プロデューサーさんもおんなじこと考えてたみたい
そんなプロデューサーさんを見て伊織はため息をついて

伊織「こういうのは真っ直ぐなとかストレートなとかじゃなくて安直なとかひねりがないとかって言うのよ」

伊織はそれだけ言って何かを考え始めたみたいで、顎を抑えたまま黙っちゃった。

律子「…6年越しの別れの挨拶なのかしら」

千早ちゃんの移籍を知ったのは、6年前、プロデューサーさんが入院して、1週間ほど経ってからだった

プロデューサーさんが入院してからもしばらくはメールでのやりとりはしてたんだけど、結局会うことはなくて

最後にごめんなさいってメールが来て、千早ちゃんはアドレスも番号も変えた

電話番号も、メールアドレスも、住所も変わって、私と千早ちゃんの接点は一切なくなった

伊織「…にしたっておかしいわ」

皆がそれぞれに思考を張り巡らせていたそんな静寂を破ったのは伊織

伊織「どうして今なのかしら」

「…気持ちの整理がついたから…じゃないの?」

6年越しの再開に喜んでたけど、よく考えるとおかしな話ではあるのかも

貴音「…今は難しい話はやめておきませんか」

亜美「…そーだよ!むつかちい話は後にしよーぜ!」

真美「今日はいおりんの誕生会なんだからさ!」

再びの沈黙を、遮ったのは貴音さん
それに便乗して亜美と真美も盛り上げる

雪歩「うん、そうだね!」

あずさ「それじゃあ次は私がプレゼントしようかしら~」

それに雪歩とあずささんも便乗して、伊織の誕生会は再び賑やかな雰囲気を取り戻した。
伊織はまだ何か納得していない顔だったけど、すぐにさっきまでの伊織に戻っていった

…考え込んでたのは、響ちゃんとプロデューサーさんだけ…かな

すみません締め忘れましたね。
また来週

第二十三章 P「春の夜」

伊織の誕生会も大分終盤へ
伊織の他、響と貴音へのプレゼントも済ませ、あとは各々適度な時間まで騒ごうという話らしい

千早の件に区切りがついたわけではないが、今は伊織のため、そして皆と自分のためにも、忘れて騒ごうと決めた。

亜美「双海亜美!双海真美!歌いまぁす!」

真美「『黎明スターライン』!」

どこから引っ張り出したのかカラオケセットを使って、二人の小さなライブが始まった。
今を輝くアイドルの生歌、ファンなら涙物だが、正直狭い事務所で大音量でカラオケ大会されると中々にうるさい
…だからといって止めるような無粋なことはしないが

亜美真美の生歌をBGMに周りを見回す

響、雪歩と一緒に小鳥さん秘蔵のワインを煽る春香

また別の場所でなぜか缶ビールを飲むあずささん、小鳥さんとそれを見ながら一人チューハイを飲んでいる律子

窓際で月をジッと見上げる貴音と、時々貴音に話しかけながら隣で月を見上げる伊織

10年前と比べると人数は減ったが、懐かしい、楽しい事務所の風景がそこにはあった。

なんて事を考えながらしばらく貴音の向こうに見える月を眺めていたが、こっちに気づいた伊織が亜美真美の間を通ってこっちへ向かってきた

伊織「ずいぶんと楽しそうじゃない」

「…おかげさまで」

一人ポツンとしていることに対する皮肉なんだろうが、この光景を見ているだけでも十分楽しいのだ
爺くさいわねとか言いながら、伊織はテーブルからグラスのオレンジジュースを取って、隣にやってきた

伊織「千早はどうするつもり?」

「…社長に連絡を取って、移籍先を聞く」

テレビにもネットにも載ってない、事務員もプロデューサーも知らない。そうなれば知ってるのは社長だけじゃないか

第二十三章 P「春の夜」

伊織の誕生会も大分終盤へ
伊織の他、響と貴音へのプレゼントも済ませ、あとは各々適度な時間まで騒ごうという話らしい

千早の件に区切りがついたわけではないが、今は伊織のため、そして皆と自分のためにも、忘れて騒ごうと決めた。

亜美「双海亜美!双海真美!歌いまぁす!」

真美「『黎明スターライン』!」

どこから引っ張り出したのかカラオケセットを使って、二人の小さなライブが始まった。
今を輝くアイドルの生歌、ファンなら涙物だが、正直狭い事務所で大音量でカラオケ大会されると中々にうるさい
…だからといって止めるような無粋なことはしないが

亜美真美の生歌をBGMに周りを見回す

響、雪歩と一緒に小鳥さん秘蔵のワインを煽る春香

また別の場所でなぜか缶ビールを飲むあずささん、小鳥さんとそれを見ながら一人チューハイを飲んでいる律子

窓際で月をジッと見上げる貴音と、時々貴音に話しかけながら隣で月を見上げる伊織

10年前と比べると人数は減ったが、懐かしい、楽しい事務所の風景がそこにはあった。

なんて事を考えながらしばらく貴音の向こうに見える月を眺めていたが、こっちに気づいた伊織が亜美真美の間を通ってこっちへ向かってきた

伊織「ずいぶんと楽しそうじゃない」

「…おかげさまで」

一人ポツンとしていることに対する皮肉なんだろうが、この光景を見ているだけでも十分楽しいのだ
爺くさいわねとか言いながら、伊織はテーブルからグラスのオレンジジュースを取って、隣にやってきた

伊織「千早はどうするつもり?」

「…社長に連絡を取って、移籍先を聞く」

テレビにもネットにも載ってない、事務員もプロデューサーも知らない。そうなれば知ってるのは社長だけじゃないか

伊織「…それから?」

「それからっていうのは?」

伊織「6年前に移籍した奴に会って、あんたは何がしたいの?」

伊織はため息をつきながら一度オレンジジュースを飲んで、

伊織「やよいにしたってそう。6年前に事務所を、アイドルをやめた子に会って何をするの?借金肩代わりでもするわけ?」

ジュースを置いて、正面にたって目を見ながらそう問い掛けてくる。

「…それでも、この時代の俺が最後のプロデュースをするって決めたんなら、俺は皆に会うよ」

しばらく伊織の目を見ていると、伊織は一度ため息をついてから、再びジュースを取って、隣に立った

伊織「響も雪歩も、10年が皆に引き起こした問題は大きいわよ」

「…わかってる」

伊織はしばらくこっちを見ていたが、それ以上は何も言ってこなかった。

しばらく月を眺めていると、歌い終わったらしい酔っ払いがこっちにやってきた

亜美「おいこらお二人さん」

真美「真美達の美声をBGMにお熱くなってんじゃねーぞこらー」

伊織「なってないわよ」

オレンジジュースを飲みながら、ダミ声だのなんだのと罵声を浴びせる双子伊織
伊織に対抗してか、同じように缶ビールを飲む双子

しかしすぐに真美がビールの缶を振り始めた

亜美「どしたん?」

真美「なくなった!」

そう叫んで、真美は一人小鳥さんの方に走っていったが、少し話してからこっちへ戻ってきたかと思うと、亜美に耳打ちして、二人でマイクの方へ走っていった

亜美「えー…レヂースえーんジェントルメーン!」

真美「これよりィ!「酒が切れたぞ誰か買ってこいよじゃんけん」を始めたいと思いまァす!」

誰か買ってこいよじゃんけんって…

律子の方を見ると、小さくながら手を叩いている。チューハイで酔ったらしい


春香「負けちゃいましたぁ~ん…おえっ」

結局、酒が切れたぞ誰か買ってこいよじゃんけんで一番最後まで残ったのは春香だった。しかも超デロデロ

亜美「というわけで残ったのははるるん!」

真美「いってらっしゃーい!」

「鬼かお前ら」

春香の背中を押す二人に、後ろからチョップをかます

亜美「うぇー?」

真美「じゃあもうデロデロじゃないやついけよー!」

「あーさむ…」

伊織「五月にしては寒すぎよ…」

真美の最もな提案通り、飲んでない俺が買い出しに行くことになった

しかし俺が一人で行くと言うと酔っ払い全員で止めてくるので、やむなく伊織もついてくる事になった

伊織「はぁー…」

伊織が大きくため息をついた

「…事務所で待っててもいいんだぞ?」

買い出しリストを見ながら、正直頑張れば一人で持てない事はないだろうとか思いながら提案したが、それを聞いた伊織は真面目な顔で

伊織「…一人で行かせてなにかあったらどうするのよ」

何かあるほど暗いわけではないが…

「…まあ、それもそうか」

せっかくしてもらった心配だし、ありがたく受け取っておくとする

その後、特にこれと言った会話もないまま歩いていたが、しばらく歩いてもうすぐコンビニという所で、伊織は突然俺の右手を掴んだ

「…伊織?」

伊織の手はほんの微かにだが、震えているような気がする

伊織「…なに?」

「…いや」

横断歩道を渡ってコンビニに着くと、伊織はすぐに手を離して、

伊織「あんたはお酒お願いね」

「…了解」

伊織は何もおかしいとは思ってないらしい。6年前までに習慣化でもしたのだろうか

頼まれた物を全て買い揃えると、一人では持てないほどの量になってしまった。
成り行きで伊織が着いてきてくれて良かったかもしれない

コンビニから出ると、伊織は袋を持っていない右手で、再び俺の手を取った
取ったとは言っても、俺は両手持っているので、結果的に包み込んだだけだが

「…」

伊織の方をじっと見るが、やはり伊織は何もおかしいとは思っていないらしく、まったく目が合わない

…動ける頃の俺は一体何をしたんだろうか…帰ったら春香辺りに聞いてみよう

「…」

伊織「…」

夜道を歩く二人は、共に無言

暗い中無言というのは怖いので、なんとか話題を探そうと頑張るが…

「…あ、そうだ」

案外、頑張らなくても見つかった

「伊織」

伊織「…なに?」

「誕生日、おめでとう」

ポケットの中から取り出した、昨日買った小さな箱

伊織はポカンとしながら、小さな箱をしばらく見つめていたが、すぐに意識を取り戻したように箱を受け取った

伊織「開けても?」

「おう」

プレゼントは、小さな指輪。
別に意味があって選んだわけじゃない。伊織に似合いそうだから、買っただけ

伊織「…ありがとう」

「それサムリングって言ってな、親指に付ける指輪なんだとさ」

それを聞いて伊織は親指に嵌めようとしたが、手を止めて少し考えて、指輪を俺の手に乗せた
…付けろってことか

「失礼しますよ、お嬢様」

右手の親指に指輪を嵌める。
サイズはちょうどよかったようだ。合わなかったらどうしようとか考えたが…うん、良かった

伊織「ありがとう」

もう一度お礼を言って、右手をじっと見ている。どうやら気に入ってもらえたらしい

「さ、冷えるし帰ろうか」

伊織「ええ」

春の夜にしては、外は寒かった。
昼間はクソ暑かったのに、夜は冬とまでは言わなくても、初春のように寒い。
この時代に来た日も結構寒かったし、昨日は雨が降ってとても寒かった。なんというかこの時代の気温は大忙しだ
10年後は、温暖化とかも進んでそうだしそのせいだと思うが

また来週。

第二十四章 P「誕生日」

事務所へ帰ると、亜美と真美が飛び込んで来て、その後ろで春香と律子が安堵の息を吐いてたりと壮大な歓迎を受けた

「重いから飛んでくんなっつーの」

亜美「兄ちゃん女の子に重いとか言わないの!」

真美「はるるんが可哀想でしょ!」

春香「なんで!?」

亜美と真美はまだまだ酔っているようだが、春香は酒が切れたからか大分しらふのようだ

亜美と真美を降ろして、ビニール袋から缶ビールを数本取り出す

亜美「これじゃよこれ!」

真美「これが欲しかったんじゃよ~!」

缶ビールを奪い取って、亜美真美は小鳥さんとかに配りながら定位置に戻って行った

春香「大丈夫でしたか?」

そんな亜美真美の後ろに立っていた春香が心配そうに上目遣い
そんな姿が可愛くて頭を撫でようとしたが、

伊織「あんたはいい歳して事務所でなにやってんのよ」

伊織に首元を掴まれ、窓の方に引きずられて行った

P「ははは…」

律子「プロデューサー」

春香と伊織が向こうで言い争っているのを見ながら笑っていると、後ろから律子の声がした

律子「大丈夫でしたか?」

律子は真剣な顔で心配していたが、大丈夫だと伝えるとすぐに安心したような顔をして、亜美真美の方に歩いて行った

「皆心配性…なのか?」

空に質問したが、答えてくれる人はいなかった

酒を買ってきてしばらくすると、亜美真美が再びカラオケを始めた
亜美が何曲か歌うと、数人がノリ始め、カラオケはすぐにカラオケ大会になった

少し皆の歌に耳を傾けていると、窓の方から貴音がジュースを取りにやって来た

貴音は俺と目が合うと小さくニコッと笑って、ジュースを取って俺の隣の壁にもたれ掛かる。

「楽しんでるか?」

貴音「ええ、おかげさまで」

コップを小さく持ち上げて、中のオレンジジュースを揺らした

貴音「…それであなた様」

「…ん?」

春香達の方を見たまま、返事をする

貴音「現在の状況を報告して頂けますか」

今なにか起こっているのかと周りを見渡したが、何も無い。
貴音が聞きたがっているのはこの時代の皆の状況だと気付くのに、少しばかりの時間がかかった

「まだ会ってないのは千早とやよいだけ」

貴音「…高槻やよいと如月千早、ですか」

貴音は何かを考え込んでいるらしい。
少し間を開けたが結果はまだまだ出そうにないのでとりあえず続きを話す

「んでとりあえずある程度問題について話をしたのは…真美だけかな」

貴音「…水瀬伊織はまだですか」

「…今度伊織にも聞いてみるよ」

やよいの事も伊織の事も、別に忘れている訳ではない。ただ、タイミングが掴みにくいだけ
そういう意味ではさっきの買い物は絶好のチャンスだったのかもしれないが…

「…まあ、進歩はそれだけだよ」

貴音「・・・このペースなら、上々かと思いますよ」

5日に1人だと一月でも6人しか解決できない計算になるが…

「褒め言葉として受け取っとくよ」

貴音「ええ、褒め言葉ですよ」

それだけ言って貴音は再び窓のところへ戻っていき、月を眺め始めた
飽きないのだろうか…まあ、飽きないか

しばらくはしゃいでいた皆だったが、亜美が目をこすり始めたため、誰が言うでもなく皆それぞれに片付けを始めた

時計はすでに日付を変えており、春香が電車だったら完全に乗れないなとか考えながら、テーブルの上に散らかった空き缶を袋に詰める

「大丈夫か?」

亜美は空き缶を握ったまま船を漕いでいる。話しかけるとすぐに目を覚ました

亜美「…大丈夫」

昨日夜遅くまで話していたからだろう。
亜美にも皆にも、悪いことをしたなと反省

「帰りは連れて帰ってやるからソファー座っとけ」

亜美「うん…そうする…」

亜美はゆっくりとソファーに腰掛けると、すぐに目を閉じて寝始めた
よっぽど疲れていたらしい

真美「兄ちゃんが中々寝かせてくれなかったから疲れたんだってさ」

カラオケを片付け終わったらしい真美が、空き缶を片付けながらニシシと笑った

「誤解を招く言い方すんなって」

遠くで片付けてた春香と律子がすごい勢いで振り返ってただろ

真美「んじゃ、真美もうちょい片付けてくっから兄ちゃんは亜美を頼んだ」

「頼まれた」

もう一回ニシシと笑って空き缶の入った袋握りしめて給湯室の方に駆けていった

流れで頼まれたが…まあ、ソファから落ないように見張ってればいいか

そう思って自分の事務机から仕事のファイルを取り出して、亜美の隣で読む

眠っている亜美は、大人しかった…いや当たり前か

みんなが片付けているのを見ながら亜美を見守っていると、少しして小さなビニール袋を持った春香がこっちへ歩いてきた

「よう、春香」

春香「はい。プロデューサーさん」

そういうと屈んで、机の下の小さなゴミを袋に入れ始める春香

少しそんな光景を見ていたが、無言に耐えられなくなって話題を探す。
仕事上、取引にしたって普通の雑談にしたって、無言は嫌いらしい

「…そういえば、毎年皆の誕生日、祝ってるんだってな」

春香「え?…ええ。」

春香は突然話しかけられたことに驚いて手を止めたが、すぐに作業を再開し始めた

「何か理由でもあるのか?」

…誕生日を祝うのに理由がいるのか?とは、言ったあとに思った。自己嫌悪

返事が帰ってこないのを覚悟して、黙っていると意外にもすぐに春香は口を開いた

春香「…誕生日はですね、大切なんです」

「…?」

春香はゴミを拾うのをやめて、俺の方を見た。

春香「もしもその人がその日に生まれなかったら、今の性格にはならなかったかも知れない。」

春香「もしもその人が今の性格に生まれなかったら、アイドルにはならなかったかも知れない。」

春香「もしもその人がアイドルにならなかったら、私達は出会う事は無かったかも知れない。」

春香は真剣な顔で述べる。
その真剣さに俺は何も言えなかった。
別に言い返す事があるわけではないけど

春香「…今のこの一瞬は色んな偶然が重なった結果なんです。」

春香「11年前にプロデューサーさんに会えたのも、5日前にまたプロデューサーさんに会えたのも、今まで重なってきた偶然の結果です。」

春香「…だから私は誕生日も記念日も、大切にするんですよ。」

…パラレルワールド、とか、そういう話だったと思う。これは

今と少しでも違う世界がどこかにあるとしたら、その世界では俺は入院なんてしていないのかも知れない。
もししてるとしても今みたいに長々と延命せず、さっさとくたばってくれてるかも知れない。

しばらく黙っていると春香は机の下のゴミを拾い終えて、袋を持ってほかのところへ移動していった。

「じゃあ俺は亜美を送ってから帰るよ」

律子「はい、お願いします」

亜美を背負って、事務所前
片付けが終わったので全員明日の仕事確認を済ませ、事務所の鍵を締めた

「…貴音、響。明日は8時に事務所集合な」

貴音「ええ、心得ております」

響「わぁってるよ」

響は今日だけでは心を開いちゃ貰えなかった。そんなに話してないのもあるが

春香「真美、プロデューサーさんをお願いね」

真美「まかされたー」

雪歩「送り狼に注意してね」

あずさ「あらあら…」

小鳥「あらあら…」

真美「二人共顔が怖いよ…」

最後に伊織が鍵を締めて出てきたので、鍵を受け取って

伊織「じゃあ、また明日」

「おう、また明日」

それだけ言うと伊織は若干早足で帰って行った。それを見た皆は一同にこっちにやってきて、また明日とか気を付けて帰れとか言ったあと、数人で纏まりながら帰って行った。なんだありゃ

真美「皆、兄ちゃんが心配なんだよ。」

「…そうか」

良く分からないが心配されて悪い気はしない

今日は劇場版の公開日でしたね。私も朝一番のやつ行ってきました。
それではまた来週。

第二十五章 P「」

この時代に来て五日目になって言うのはなんだが、十年も経つと道路が増えたり店が増えたり変わったりで、町並みというのは結構変わる

真美「次は?」

「・・・左」

真美「はずれー。真っ直ぐだよん」

・・・こんな感じに昔通っていた道よりも、近道ができてたりすることがある

真美「っていうか兄ちゃん道覚えてないっしょ」

「覚えとるわい」

真美「だってさっきの道左行ったら黒井さんちの方だよ」

黒井さんちってもしかして961プロか
・・・あれ、俺もしかして方向音痴か

真美「じゃあ次は?」

「・・・右」

真美「ここからは一直線で曲がり角ないよ?」

「なんで聞いたんだよ!」

「そういえば」

ようやく見知った場所に出て、落ち着いた所で会話が途切れた。
無言で歩いているのも別に構わないが、気になっていた事もあったので、話を振る

「今日皆がやたらと過保護だったんだがなんかあったのか?」

真美「・・・うん?」

真美は物凄い不思議そうな顔で俺の顔をじっと見る。やっぱり本人じゃないと気付かないか

真美「・・・え、もしかして理由聞いてんの」

・・・と思ったが、案外真美も気付いていたらしい

「うん」

真美「・・・いおりんと話した?」

入院の原因はタイミングがなくてまだ聞いていない旨を伝えると真美は大きくため息をついて

真美「・・・酒買いに行った時は何してたの」

「横断歩道で手を繋がれてびっくりしてたかな」

真美「・・・ヘタレ」

ボソッときついことを呟いた後、真美はしばらくサイドテールを手で解いていたが、ある程度するとまたさっきと同じように歩き出した

真美「まあ、ちかたないか・・・」

「・・・なんで伊織からじゃなきゃ言えないんだ?」

伊織の問題だから、といえば確かにそうなのかもしれないが、誰に聞いても本人から聞けというのはさすがにおかしい

真美「・・・別に真美から言ってもいいけどさ」

真美はまた髪を解き始めた
一種の癖なのだろうか

真美「真美から言うのはぶっちゃけいおりんのためになんない」

・・・伊織のため?
どういうことかと質問しようとしたが、顔の前に人差し指を立たされた。黙って聞けってことらしい

真美「兄ちゃんが入院した原因は世間的にありふれたものだけど」

真美「いおりんが自分で兄ちゃんに言う事で、いおりんの中の問題は解決できると思う」

・・・見た感じ伊織はこれといった問題を抱えていたようには思えなかったが
なんて思っていると顔の前から真美の指が消えた。話してもいいらしい

「ようするに伊織の問題だから他言はできないってことか」

真美「・・・まあ、それは建前だけどね」

真美「皆が・・・真美も含めて兄ちゃんに言わないのは多分、怖いからなんだよね」

「・・・怖い?」

聞き返すと真美は後ろの亜美を指差した。話すのに熱中してずり落ちてきてたらしい。亜美をもう1度背負い直して真美の方を見ると、真美は1回頷いて、続ける。

真美「本当の事を話すとさ、兄ちゃんはきえちゃうんじゃないかって」

「・・・」

真美「別に誰かが最初に言い出したわけじゃなくてさ、ただ自然といおりんが兄ちゃんに話すってことになったみたい」

・・・なるほど。これで皆が異様に話したがらない訳も、伊織もその話を振ってこない訳も分かった

真美「なんちゅーか非現実を集めたみたいな日々だからさ、何が原因で兄ちゃんが消えるか分かんないし」

真美は立ち止まって、俺の顔を見ながら

真美「皆、怖いんだよ。」

少し泣きそうな顔で、そう言った

正直、真美には1ヶ月後には消える事を言った方がいいんじゃないかと思った

765プロのアイドルとの別れを震えるほど怖がる真美には、早めに言って心の準備をしてもらった方がいいんじゃないかって

それでも言えなかったのは、亜美がいたのと・・・なんだろうか
真美の言う通り、ヘタレだからかもしれない

「あと大丈夫か?」

真美「だいじょーぶ。任せとけ」

双海家の中に入るわけにもいかないので、真美に亜美を預ける

同じ身長の人を背負うのはきついので心配していたが、よく考えると真美の方が亜美より数センチ大きかった

真美「じゃーね兄ちゃん。気を付けて帰ってね」

「おう」

真美が家に入っていったのを確認して、帰路に着く。

明日も仕事、頑張ろう

ではまた来週

第二十六章 P「替え玉」

次の日。あいっかわらず寝付けない。
マンガを読む気分でもないのでやむを得ず早めの出勤。朝の六時に事務所の鍵を開けるはめに。
念のため社長室を覗くが、昨日置いたメモは微動だにしていない。社長は帰ってきていないらしい

とりあえず軽く掃除。窓を開けて軽く拭き、机も軽く拭く
外は寒くも暑くもない、結構過ごしやすい空気だった。

ある程度の掃除が終わったら給湯室でインスタントのコーヒーに砂糖を2、3個入れて、事務椅子へ
10年前に座りなれた椅子に腰掛けてコーヒーを一口飲んだ後、今日の仕事の確認、メールのチェック、資料の整理など

家にいるよりよっぽど有意義な時間が過ごせる気がする

今できる事務作業は全て終わったのでコーヒーを飲みながら適当に資料の整理をしていると、事務所の扉が開く音がした
ふと時計に目をやると7時50分。それなりな時間つぶしにはなったようだ

貴音「おはようございます。貴方様」

響「おはよう」

「おう、おはよう」

響は相変わらずの無愛想だが、挨拶はちゃんとしてくれる辺りそんなひどくぐれたとかじゃないらしい

「じゃ、ちょっと早いけど行こうか」

貴音「ええ、行きましょう」

どうでもいいことだが、響の手にすごい分厚い上着があって、多分暑くて脱いだんだろうなとか思ったり

貴音と響の仕事はローカルのテレビ番組だった。貴音はファン数をランク換算するとBランクなので、
小さな仕事も無駄にしない姿勢、とも言えないことはないがEランクの響には地方仕事しかないんじゃないかと思う

需要無視のイメージチェンジってやつだろう。
一昨日の雪歩のように実力の確証はあるので誰かの仕事に付けて行く、ということもできるが、できることなら個人で仕事をとってあげたいものだ

貴音「貴方様」

「ん?」

貴音「この後はお暇ですか?」

仕事が終わる前から終わった後の話とはさすがだ

「なんの用事もないから帰って寝るだけだけど」

貴音「でしたら食事でも如何ですか」

「別にいいけど・・・響は?」

響の方を見る・・・と思ったらさっきまでいた所に響はいなかった。どこかに移動したらしい

そんな俺を見て貴音は少し真面目な顔で

貴音「響にはこれからです。貴方様が望むなら響は誘いませんが」

「…まさか、逆だよ。」

貴音は小さく笑って、扉の外へ歩いて行った。おそらく響の所だろう
貴音と話していると全て見透かされているような気分になる。これも貴音の雰囲気が成せる技なのだろう

推理サスペンスの主役とかやったらすごいいいものができそうだ、とか貴音と食事となると後で金おろしとかないと、とか考えながら
一人、控室の椅子に腰掛ける。アイドルがいないのにプロデューサーだけが控室にいるってのもおかしな話ではある

「はぁ…」

番組収録が始まったので、控室の小さなテレビで収録を見守りながら、今週のスケジュールの確認
最初は今日が月曜日なことに驚いていたりしていたが、真剣に見始めると真と響、あと春香と雪歩の仕事の少なさにため息が出る

売上がどうこうとかじゃなく、ただ普通に他の皆がBランク以上で仕事がそれなりに入っているのに仕事が無いのはさすがに可哀想だな、と思った
真と響はさっき言ったように需要無視のイメージチェンジでファンが離れただけなので、その方向で売りだしていけばいい。
雪歩はここ6年はアイドル業していなかったしやむを得ない…が、春香はどうしたものか

春香は10年前はFランクで現在はDランク。一時期はCランクまで行ったそうだが6年前から大きなオーディションを受けていないらしく、
ファン数は減る一方だ

「…後で律子と相談すっか…」

この問題は一人で悩んでると番組収録が終わってしまいそうだ
小さなテレビに視線を戻すと、響が台本通り、一文字違わぬセリフを低い声で話していた。
律子と相談の前に響と相談する必要がありそうだ

「…あのな、響」

テレビ収録終了。軽く謝りながら挨拶に回った。スタッフの皆さんはかなり微妙な顔をしていた。
その後テレビ局近所にある貴音お勧めの静かなラーメン屋へやって来たわけだ

響「なんだよ…」

響は軽く不機嫌そうな顔で返事をする
その不機嫌そうな顔の隣で貴音が幸せそうな顔でとんこつラーメンを啜っているのはシュールな光景だが、今はそんなこと気にしている場合ではない

「一字一句間違わず台本読み上げたのは問題ないけどな、読み上げただけじゃダメだろうに」

響は頬杖をついて睨みつけてくる。結構腹の立つ態度ではあるが、まあ、聞いてるだけマシか
なんて思ってると響は

響「好きで読み上げてるわけじゃねえっつの…」

響の態度にイラッとした、その瞬間

パコーン!

静かなラーメン屋に、大きな音が響き渡った。
ついに手が出てしまったか、なんて考えていたが俺の手は相変わらず机の上だった

不思議に思い響の方を見ると、頭を押さえる響と、さっきの番組の台本を丸めて持った貴音

響「いってぇ!」

響は涙目になって貴音を見上げた。なんていうか、10年前から考えると考えられない光景だが、
今見ると反抗期の子供とその親みたいだ

貴音「響、言葉の意味が正しく伝わっていませんよ。」

響「うっせぇないいだろ別に!」

響は立ち上がって、何も言わずに店から出て行った。
困ったような顔の店主に頭を下げて、ラーメンを食べてさっさと帰ろう。

貴音「申し訳ありません貴方様…」

と思って前を見ると貴音が申し訳無さそうな顔でこっちを見ていた。

「気にすんな…それより、さっきの言葉の意味がどうこうってのは?」

貴音「…申し訳ありません。それは響本人から聞いていただけますか?」

…要するに伊織と一緒、本人が言わないと解決しない問題ってことらしい
で、その言葉の意味を聞くと響の問題が分かってしまうと

「分かった。じゃ、さっさと食って帰ろう」

貴音「了解いたしました」

響の問題は仕事を増やすためにも早めに解決しておきたかったが、そう簡単にはいかないようだ
思わずつきそうになったため息を飲み込んで、前を見ると貴音がまた申し訳無さそうな顔で

貴音「…替え玉してもよろしいでしょうか」

「…二回までだぞ」

貴音は嬉しそうな顔で店員に替え玉を頼んだ。二杯
飲み込んだため息が結局出てきてしまった

投下と同時進行で書いていますので投下ペースはどうしようもないです。
では、また来週

おはようございます。
投下します

第二十七章 P「未来の自分が残した傷」

「ふぅ食った食った」

ラーメンを食べ終えて、外にでるとラーメン屋のラーメン臭い空気とは違う、きれいな空気が肺に流れ込んできた
そうすると一気に自分が満腹であることを再認識するような気がする

貴音「ご馳走様です」

貴音は満足気な顔で口元を拭いている。
そりゃあ替え玉2杯づつを2回、合計四杯食べればそりゃあ満足だろう

「気にすんな」

こっちの金はこっちの時代でしか使えないだろうし今のうちに使っておかないとな
配偶者、みたいなのはいないみたいだし

貴音「さて、問題は響ですか」

貴音はティッシュをゴミ箱に捨てて、真剣な顔で本題に入った。

「…響の方は俺がなんとかするよ。貴音は心配すんな」

軽く貴音の頭を撫でると貴音は少し驚いた後、にっこりと笑った。

「さて、帰るか」

律子とも相談せにゃならんしな
事務所に向かって歩き出すと貴音は俺の後ろについてくるように歩き始めた

第二十七章 P「未来の自分が残した傷」

「ふぅ食った食った」

ラーメンを食べ終えて、外にでるとラーメン屋のラーメン臭い空気とは違う、きれいな空気が肺に流れ込んできた
そうすると一気に自分が満腹であることを再認識するような気がする

貴音「ご馳走様です」

貴音は満足気な顔で口元を拭いている。
そりゃあ替え玉2杯づつを2回、合計四杯食べればそりゃあ満足だろう

「気にすんな」

こっちの金はこっちの時代でしか使えないだろうし今のうちに使っておかないとな
配偶者、みたいなのはいないみたいだし

貴音「さて、問題は響ですか」

貴音はティッシュをゴミ箱に捨てて、真剣な顔で本題に入った。

「…響の方は俺がなんとかするよ。貴音は心配すんな」

軽く貴音の頭を撫でると貴音は少し驚いた後、にっこりと笑った。

「さて、帰るか」

律子とも相談せにゃならんしな
事務所に向かって歩き出すと貴音は俺の後ろについてくるように歩き始めた

「ただいまー」

貴音「ただいま戻りました」

扉を開けると中にいたのは春香、雪歩、伊織、亜美と真美と律子、小鳥さんって所か
皆のおかえりを聞きながら、律子を社長室へ呼ぶ。
愛の密談だなんだと茶化す亜美の脳天に向かって、律子から雑誌が飛んだ


律子「どうかしましたか?」

「んー…皆の仕事について、かな」

そういうと律子は申し訳無さそうな顔をした。責めてるわけじゃないっての。
765プロのアイドル、プロデューサー達はちょっと卑屈すぎるんじゃないかと思う

律子「春香、雪歩、響、真について、ですかね」

「…おう」

律子もその四人の仕事については重く受け止めているらしい
仕方ない、やむを得ないで済ませるのは雪歩だけだし、そりゃあ重く受け止めないとダメか

律子「はぁ…すみません。私が不甲斐ないばっかりに」

「いや、6年間小鳥さんと二人で回してくれただけで十分だよ。不甲斐ないのは寝て傍観してた俺の方だ」

律子は申し訳無さそうな顔をやめて、いつもの厳しい顔に戻った。
やっぱりこの顔の方が律子って感じだ。言ったら怒られそうだが

律子「雪歩はこの間の仕事での出来を考慮して舞台の脇役の役をもらいました」

「そっか…雪歩はまだこれからだな」

雪歩は性格が変わったわけでもオーディションを受けないわけでもないし、これからランクアップが可能だろう。
舞台の脇役となれば小さな仕事だがテレビよりファンが増えやすい仕事だ

「ただいまー」

貴音「ただいま戻りました」

扉を開けると中にいたのは春香、雪歩、伊織、亜美と真美と律子、小鳥さんって所か
皆のおかえりを聞きながら、律子を社長室へ呼ぶ。
愛の密談だなんだと茶化す亜美の脳天に向かって、律子から雑誌が飛んだ


律子「どうかしましたか?」

「んー…皆の仕事について、かな」

そういうと律子は申し訳無さそうな顔をした。責めてるわけじゃないっての。
765プロのアイドル、プロデューサー達はちょっと卑屈すぎるんじゃないかと思う

律子「春香、雪歩、響、真について、ですかね」

「…おう」

律子もその四人の仕事については重く受け止めているらしい
仕方ない、やむを得ないで済ませるのは雪歩だけだし、そりゃあ重く受け止めないとダメか

律子「はぁ…すみません。私が不甲斐ないばっかりに」

「いや、6年間小鳥さんと二人で回してくれただけで十分だよ。不甲斐ないのは寝て傍観してた俺の方だ」

律子は申し訳無さそうな顔をやめて、いつもの厳しい顔に戻った。
やっぱりこの顔の方が律子って感じだ。言ったら怒られそうだが

律子「雪歩はこの間の仕事での出来を考慮して舞台の脇役の役をもらいました」

「そっか…雪歩はまだこれからだな」

雪歩は性格が変わったわけでもオーディションを受けないわけでもないし、これからランクアップが可能だろう。
舞台の脇役となれば小さな仕事だがテレビよりファンが増えやすい仕事だ

「問題はあと三人だな…」

律子「そうなんですよね…真は雪歩とプロデューサーが帰ってきて元気を出す可能性がありますけど…響ですよね」

「響はなぁ…」

ついこの間も…なんて律子の響への愚痴が始まった。
10年前と比べると俺に対して話すことが増えたように感じる。4年の間にちゃんとした信頼を得ていたらしい。

「律子も響がああなった理由、知らないのか?」

律子「…ええ、全く…」

愚痴が終わったのを見計らって聞いてみたが、律子はまた申し訳無さそうな顔に戻った。
だから気にしすぎだっての

「どーすっかな…」

徐々に心を開いて行くしか無いのだろうが…9年だか10年だか一緒にいる律子にも春香にも心を開いてないとなると中々に難儀しそうだ
任せとけなんて言ってよかったのだろうか

律子「多分、プロデューサーなら大丈夫だと思います」

「…その心は」

律子「プロデューサーは、プロデューサーですから。私や小鳥さん、春香にできないことでもプロデューサーならできます」

「またえらい自信だな」

律子「私や小鳥さんにはタイムスリップなんかできませんから」

…別に俺もしたくてやったわけじゃないと思うんだが
でも貴音の話じゃ未来の俺が過去の俺を呼んだらしいし、なんかおかしな能力でもあるのだろうか

なんてことを考えていたが、自分で考えてても答えは出ないことがなんとなくわかった。

「…分かった。響はなんとか頑張るよ」

閑話休題

律子「春香の方も、私ではどうしようもないです」

「…そうか」

6年で結構な努力をしたのだろう。
一月で全員分解決しろと言われても、俺はやらなきゃならない

律子「春香は精神的ショックでオーディションを受けようとしません。仕事はちゃんとこなしてますが…」

「精神的ショックってのは…俺の入院か?」

律子「はい」

何人の心にショックを与えれば気が済むのだ俺は
できることなら6年前の自分を思いっきりぶん殴ってやりたい

「…春香もなんとかする」

律子「すみません、役に立てなくて」

「まぁ、俺が起こした問題だし仕方ないさ」

いつまでも社長室に居座るのは社員としてあまり良いことではないのでそそくさと外にでる
愛の密談は終わったのかい?とか話しかけた亜美が再び律子に殴られていた。
なんというか二人の間の一連の流れ、みたいになっているようだ

「春香、今日の仕事は?」

春香「え?…あ、2時から写真集です!」

2時からか…まだ少し時間がありそうだが春香と話するのは撮影が終わってからでいいだろう

「今日の仕事、俺もついていくよ」

春香「へぇ!?え、あ…はい!」

春香はずいぶんと動揺しているようだ
何かやましいことでもあるのかと思ったが、春香が伊織の方に走って行ってお腹を摘んでため息をついていたので、まぁそういうことなのだろう

「どっこらせ…」

自分の椅子はやはり落ち着く。
おっさん臭い掛け声と共に座り込んだ事務椅子に、しみじみと思う

亜美「兄ちゃんおっさんくさ~い」

真美「加齢臭やで~」

「意味が違うからやめろ」

年上に言われると結構傷つく
その後も亜美真美は二人して俺を弄ってきたが、少しすると標的を変えて春香の方へ走っていった

律子「プロデューサー、これを」

それと同じ頃に、向かいの机に座っている律子から紙を渡された。
中には春香の仕事の内容が書いてあった。なんというか仕事の早い

今日の春香の撮影は亜美と真美の仕事、制服での写真撮影の空き枠にねじ込んでもらった物らしい
俺が来てから春香はやる気を出し始め、色んな仕事にねじ込んでもらっているんだそうだ

それと、何日か前に行った劇の主役の仕事みたいなのは昔春香が劇の主役をやった実績を買ってくれた監督さんらしく、
あのくらい大きな仕事が春香に入るのは珍しいことなんだそうだ

仕事はきっちりこなすが、突然頑張り始めたので、春香はすごく「分かり易いやつ」みたいな扱いを受けているらしい

6年オーディションも積極的な仕事もしなかったのだ。そりゃあ分かり易いやつ扱いも受けるだろう

・・・なんてことまで書いてあるメモを読んで律子の仕事の早さに驚きながら、ひとつ大きなため息

「問題は山積みか」

世間の春香は現金なやつという誤解を解くこと、そして俺が帰った後も笑ってアイドルをさせること。

重要なのは二つだけだがこの二つの大きさは計り知れない。はたして俺一人でなんとかなるのだろうか・・・

「・・・なーんて弱音吐いても始まらんわな・・・」

時計を見ると仕事までまだ少しありそうだ
今のうちに小鳥さんの仕事でも手伝っとくか…

ではまた来週

SS板が無事復活してよかったです
投下します

第二十八章 P「春香のやる気」

「よし、そろそろ行くか」

亜美「うっしゃー!」

真美「いくぜはるるん!」

春香「う、うん」

小鳥さんの仕事を手伝ってたら、大分いい時間になった。
約一時間あったが終わらなかった小鳥さんの仕事を返して、律子の机から車の鍵を借りる

「じゃあ、行ってくるよ」

律子「ええ、気をつけて。」

ちょうどいい高さに頭があったので律子の頭を少し撫でると、手を叩かれた。
そんな全力で嫌がらなくてもいいだろうに

…最も自分が10歳年下の小鳥さんに頭を撫でられて、拒否しないかと言われると少し考えてしまうが

「ほら、早く乗れ。遅れんぞ」

亜美「ういー」

真美「あいさー」

時間的にはまだ余裕があるが、このメンツなら置いておいたらいつまでも遊んでいそうだし、こうしたほうがいいだろう
適当な返事をしながら亜美と真美は仲良く後部座席へ乗り込んだ

「春香」

車から少し離れた所で事務所を見つめている春香に、声をかける。
春香はぼーっとして窓の765のガムテープを眺めている

「はーるか」

声だけではダメそうなので横からおでこへ逆水平チョップ

春香「いった!何するんですかもう!」

「いや、声じゃ聞こえないみたいだしさ」

春香「じゃあ肩を叩くとかあったでしょ!なんでチョップなんですか!」

不意打ちチョップにびっくりして倒れそうになって怒っているらしい。
軽く謝ったが車に乗ると後ろに座った亜美と真美に散々弄られ、スタジオに着く頃には春香のほっぺたはまるで餅のように膨らんでいた。27にもなって何をしてるんだこいつは

春香「むー・・・」

「おーい春香。そのパンパンのリス顔撮るのか?」

春香「違いますよ!」

プリプリしながら更衣室の方に歩いていった。撮影までに機嫌直るのだろうか…

番組の収録が始まったので、見に行く前にもう一度、仕事を確認し直そうと思った。

間違ったらいけないから、なんて適当な理由は思い付くが、数人だけ真っ白なスケジュール帳を、信じたくなかったのかも知れない。

スケジュール帳を開けたり閉めたりを繰り返す。
何度開いても仕事は増えなかった。

「・・・何してんだ俺は」

思い返して恥ずかしくなって、そそくさとスケジュール帳を鞄に仕舞う。

真と響は売り方を考え直す必要がありそうだ。雪歩は・・・順調。このままでも行ける。

「・・・よし」

なんてことは帰ってから律子と相談すればいい。

今はこの仕事で春香の仕事嫌いの打開策を見つけないと。

待合室のドアを開けて、スタジオへ向かった。

「失礼します・・・」

軽く挨拶してから、スタジオに入る。
会うのが初めてじゃない人も何人かいたが、誰も覚えていないようだ。

十年の時を感じながらプロデューサー専用席、みたいな所に移動する。

人の間を掻き分けて着いた位置から見えたのは、

「・・・なんだ。楽しそうじゃないか」

亜美と真美に弄られながら、楽しそうに笑う春香がいた。

よかった。仕事が嫌いな訳じゃなさそうだ。あれが愛想笑いじゃなけりゃ、だけど

亜美「あり、兄ちゃんじゃん」

「おう。大丈夫か?」

これから個人の撮影らしく、亜美と真美がこっちにやってきた。

真美「伊達にプロデューサーなしで10年やってないっちゅーの」

「・・・すまん。」

亜美「あー・・・謝んないでよ。兄ちゃんが悪いわけじゃないんだしさ」

誇らしげに胸を張る真美を見てると、無意識に謝ってしまった。
亜美と真美の頭をくしゃくしゃと撫でる。

亜美「もー、兄ちゃん」

真美「これから撮影なんだからやめてよねー」

「あ、それもそうか・・・すまん」

真美「うあうあー!さっきと同じ謝り方なのに明らかに反省してないの丸分かりだよー!」

その後も亜美と真美が暫く愚痴っていたが、無視して春香の撮影を見ることにした。

春香は一人でも楽しそうに撮影している。亜美と真美が一緒だから楽しい、とかではなさそうだ。

と、なるとオーディションを受けないのは・・・

「俺のせい・・・か」

律子の見込み違いとかも期待したが、そんなうまいようには行かないらしい。

亜美「さーてと、そりょそりょ亜美行ってくるねー」

真美「がんばんべー」

「ああ、頑張れよ」

がんばんべーの意味はわかんないけど、亜美は手を振ってメイクさんの方へ走っていった

真美「どうかね、うちのアイドル達は」

「・・・しっかりした、いい子達ですね。」

真美「そうだろうそうだろう。はっはっは」

真美の社長の真似は全然似てなかったけど、なんとなく、社長だって分かった。

「さっきの社長か?」

真美「うむ、大正解だ。お馬鹿な兄ちゃんでも分かるくらい似てた?」

「ヘタクソ過ぎて全然わからなかった」

真美「言うようになりよって・・・」

その後もしばらくくだらない話をしていたが、春香が帰ってきて、亜美の撮影が始まったので

真美「んじゃあ真美は特等席行ってくるよ。」

と言ってステージに歩いて行った。

「・・・春香」

春香「はい?」

真美と入れ替わりにやってきた春香は、特に何をするわけでもなく、俺の隣に立った。

よく考えると春香と話す機会は久しぶりなんじゃないだろうか

そう考えると色々聞きたいことが出てきて、それを聞こうと思って・・・

「・・・後で四人で飯食べに行こうか」

やめた。
問題を後回しにしただけ、とも言えるがなんとなく、今はやめておいた方がいいような気がした。

春香「!はい!行きましょう!」

嬉しそうな顔で喜ぶ春香は、まるで子供のようだった。

真美「お疲れ様ですー。」

亜美「じゃーねカメラマンちゃん。また会おう!」

春香「お疲れ様でした」

撮影は無事終了。
春香の頑張りにより、スタッフも全員満足そうだ

春香「さ、行きましょうプロデューサーさん!」

亜美「おーごり奢りーにーいちゃんの奢りー」

真美「真美こないだいおりんに連れてって貰ったフランス料理店がいい!」

「給料足りねえよ」

伊織の行くフランス料理店なんか俺の給料より一桁くらい多そうだ

亜美「えー!兄ちゃんのケチ!安月給!」

真美「じゃーどこ行くかじゃんけんしょっか」

真美の号令でじゃんけんが始まる。
亜美か真美が勝つと、破産しそうだ

第二十九章 P「最後のライブ」

昨日のラーメン屋が昔の風情を残していただけで、10年も変わると店の中も大分変わる。

この店も、10年前とはだいぶ変わってしまっている

真美「誰かケータイ充電する?」

春香「あ、じゃあ一個もらえる?」

亜美「りょーかい」

亜美がカウンターの上にあるタブレットを操作すると下から一本のケーブルが出てきた。

そのケーブルを持って、二人で先に適当な席に座ると、今度は真美が机のタブレットを操作し始めた

亜美「にしたってお昼ご飯がファミレスって」

真美「ちょっと金持ちな高校生じゃないんだから」

「うっせ」

10年前でもファミレスはそれなりにいい値段するもんだったし、10年後に物価がどうなってるか、なんて心配もある。

実際は亜美真美に急かされて咄嗟に口にしただけだが。

亜美と真美のブーイングを軽く流しながら、席に着く。春香も俺の隣に腰掛けた。

「それに春香もファミレスに賛成してたろ?」

春香「え?あ、はい!」

真美「はるるんは兄ちゃんとご飯食べたいだけっしょー・・・」

真美がため息をつく。春香の方を見ると春香は顔を真っ赤にしながら俯いていた。

亜美「さて、とりまドリバーっしょ」

真美「おう。ドリバー4つー!」

力強くタブレットを叩く。迷惑な客だ

10年のファミレスの変化と言われてまず思い浮かぶのは全てタブレットで注文するようになったこと。
レジから席の注文に至るまで、全て。
さっきから厨房にチラチラと人が見えるところを見ると、何人かはいるようだがそんなに多くなさそうだ

次にさっきもらった、充電ケーブル。
テーブルに4つ、USBポートがついていて、カウンターでケーブルを貰うとケータイが充電できる・・・ということなのだろう。多分

他にも色々思うところはあったが、そんなことを思う前に、前から向けられる冷たい視線に気付いた

亜美「・・・兄ちゃん田舎者じゃないんだからキョロキョロすんのやめてよ」

真美「まあ10年前の東京な
らある意味田舎者でも間違いじゃないけどね」

・・・当然ながら亜美真美だった。
すごくニヤニヤしながらこっちを見ている。

何か言い返そうと思ったが、考える暇も与えず亜美が立ち上がった

亜美「さてと、兄ちゃんなんか置いといてドリンクバー取り行こうじぇー」

真美「そーしよそーしよー」

「・・・じゃあ俺烏龍茶で」

真美「パシリ!?」

春香「じゃあ私オレンジ」

亜美「はるるん!?」

冗談のつもりが春香が乗ってきてしまった。春香の顔が少しムスッとしているのでさっきの赤面に怒っているらしい。

冗談だという暇もなく亜美真美はぶつくさ言いながらドリンクバーへ歩いて行った

「・・・春香」

春香「はい」

二人がドリンクバーへ歩いて行って、少し経った。
春香は無言でどこを見るわけでもなくぼーっとしているので、話を振ってみる。聞きたかったこともあるし

「・・・千早、どうだった?」

まず何よりも気になっていること。
現状千早と接触したのが春香だけだし、春香に聞かずして誰に聞くのかってレベルだ。

春香「・・・千早ちゃんは・・・」

春香は少し考え込んでいたが、すぐに口を開いた。

春香「変わってませんでした。昔のまま、ずっと前を見た、真っ直ぐな目で」

春香「昔のままの、どこまでも飛んでいくような綺麗な声で」

春香「昔のまま・・・抱き締めたら壊れちゃいそうな、儚さで」

春香は少しも休むことなく、ゆっくりと、しっかりと話す。
春香の目には大粒の涙が浮かんでいる。
拭かない所を見るに本人は気付いていないのだろう

春香「・・・千早ちゃんは・・・変わってませんでした・・・」

ついに春香の目から、涙が零れ落ちた。
春香の目はまた、どこを見ているのか分からなくなった。

「・・・分かった。ありがとな」

千早のことは、軽々しく聞いてはいけないことだった。
俺は一週間前までは普通に会っていたが、この時代の人にとっては6年振りなのだ。
そのことをもっと重く受け止めて、ちゃんと聞くべきだった

「春香、涙拭いとけ。」

零れ落ちた涙に続くように、春香の目からは涙が次々と零れている。
ハンカチを渡すと春香はやっと自分が泣いている事に気付いたらしく、頬を暫く撫でていた

春香「え・・・あ、、、」

春香はハンカチの匂いを嗅ぎながら、泣き崩れた。

そういう使い方で渡したわけじゃないんだけどな・・・だとか、10年のうちに泣き虫になったなあ。だとか言いたいことは幾つかあったけど

俺には、春香が泣き止むまで抱いて、スーツで涙を吹くとか、そんなことしか出来なかった。

途中で帰ってきた亜美真美は、溜息を付いてから無言で向かいの席でジュースを飲み始めた。

春香が泣き止むまでに、二人のジュースは3回、空になった。

「・・・寝たか」

泣き止んでしばらくすすりあげていたが、すぐに聞こえなくなり、代わりに小さく寝息が聞こえてきた。

亜美「うあー・・・もうお腹タプタプだよー」

真美「兄ちゃん。真美達は慰謝料としてお昼ご飯プラススイーツを要求しまーす」

二人は頬を膨らませて、抗議している。
結構声がでかくて春香が起きそうだし周りに目立つしで、俺が断る選択肢はないみたいだ

「・・・一人一個な。食べ過ぎたら律子にぶっ叩かれるぞ」

真美「やっほーい!兄ちゃん[ピザ]ー!」

亜美「若年性メタボリックー!」

散々な言われようである。
そりゃあアイドルの皆よりは太っていると思うが、これでも男の中では痩せてる方だと・・・っていうか

「太っ腹って意味か」

気付くまでに結構な精神ダメージを食らってしまった

「・・・ん?」

春香に上着でも被せようとして、春香の方を見ると、机の上に春香のケータイを見つけた。

どうやら春香はケータイを充電せずに寝たらしい。
来て直ぐに充電しなかったところを見るに、今すぐ切れるわけではないみたいだが、ケーブル貰ったのに使わないのも勿体無い。

仕方ないので春香のケータイを拝借して、ケーブルに刺す。
中を見ないつもりだったが、電力を受けたケータイの画面が光って、うっかり目に入ったのは・・・

「・・・これ・・・」

春香の、待ち受け。
伊織を中心に俺も、千早も、やよいも響も、雪歩も真も美希も。皆の揃った、集合写真だった

「・・・亜美、真美。これいつのか分かるか?」

時間経過で消えた画面をつけ直して、二人に見せる。
人の待受を見せるのはどうかとは思ったが、集合写真だしなんとか許されるんじゃないかと思う

二人はしばらく写真を見たあと、二人で話し合っていたが、すぐに結論は出たらしく、二人で顔を近づけてきた。

亜美「これ、6年前のいおりんのバースデーライブの奴だよ。」

真美「そーそー。765プロの最後のライブ。」

「・・・最後…?」

いつまでも女の子のケータイを見ているのは悪趣味この上ないので春香のケータイを机の上に伏せる。

亜美「兄ちゃんが・・・入院する少し前にさ、いおりんのバースデーライブがあったの」

真美「誕生日は兄ちゃん貸し切りでお出掛けするからーってさ、誕生日の前日にやったんだよね」

亜美「まぁ裏目に出ちゃった訳ですが」

その後、次の言葉を少し待ったが、亜美も真美もこれ以上を話すつもりはないらしい。

二人とも黙って、テーブルのタブレットで注文を決め始めた

亜美「じゃあ亜美はこれとこれとこれ!」

真美「真美はこれとこれー」

・・・三つも頼んで食べ切ったら律子に怒られるだろう。奢りだからって大量に頼み過ぎだ。

・・・最後のライブ、か。

>>379
真美「やっほーい!兄ちゃんデブー!」

また来週

では、投下します

第三十章 P「明日の仕事」

亜美「うぇーっぷ!ごっちょさーん!」

真美「いやー満腹満腹!兄ちゃんごちー」

適当に選んでいるように見えて、制限カロリー内だったらしい。
なんだかんだ言って二人もそれくらいの計算はしているようだ。

「どう致しまして・・・」

そこまで出来るなら俺の財布も計算してくれればいいのに。
死人の財布だからどうでもいいがあと一月乗り切れるか不安だ

亜美「じゃ、コンビニスイーツ買って帰りますか」

「はい?」

真美「さっきのでパシられた分はチャラねー」

立ち上がって、二人の頭を軽く叩く。
伝票を持って、レジへ向かって・・・

「・・・これどこで払うんだ?」

二人が腹を抱えて爆笑していた。
自腹で払わしてやろうかあいつら

その後恥ずかしながら真美に使い方を教えてもらいながら支払い。
会計はテーブルからするらしい。

亜美と真美に爆笑されながら口封じにコンビニスイーツを約束させられ、春香を背負うことになってしまった。

「車行ったら代われよ?」

真美「仕方ないな~兄ちゃん君は」

亜美「真美、じゃーんけーん」

亜美真美「「ぽん!」」


真美「さぁて兄ちゃん!出発しよかー!」

結局車の前に乗ったのは真美。
つまりじゃんけんで負けて後ろで春香を見るのは亜美。

落ちないように支えとく役目をじゃんけんで決められる春香が不憫ではあるが、寝ているし別にいいか

「シートベルトしたか?」

亜美「おっけい!」

真美「準備ばんちんだよー!」

「うし。じゃあ帰ろう」

亜美「コンビニだっちゅーの」

帰ろうとハンドルを握ると、後ろから亜美に叩かれた。
忘れてくれてないらしい。仕方ないのでコンビニ行きだ。

・・・あんまり買われると破産しそうだ

真美「いやー、買った買った」

コンビニに着いたのはいいが、春香を車に置いていく訳にも行かないので、1500円だけ渡したのだが、少ないだなんだとグチグチ文句垂れてた割にしっかり金一杯に買ってきやがった。

亜美「やっぱセ〇ンのスイーツはモンブランしょ」

真美「いやいちごババロアっしょ。ミキミキにしばかれても知らないよ?」

亜美「ミキミキがいちごババロア食ってんのなんか数年見てないっちゅーの」

真美「兄ちゃんはどう思う?」

くだらない口論に巻き込まれたらしい。
スイーツ2つも仲良く買えないのだろうか

いや、仲はいいのだろうが。

「コンビニでスイーツ買わねえから分からん」

亜美「あっ・・・ごめんね?」

真美「コンビニスイーツなんて高価なもの、兄ちゃんじゃ買えないよね・・・」

「そのスイーツ誰の金で買ったと思ってんだ」

奪い取って全部食ってやろうかこいつら

いつまでもコントしているわけにもいかないので、事務所へ車を出す

真美「そーいや兄ちゃん」

「ん?」

少し無言だったが、すぐに真美が話始めた。
ずっと無言よりよく話す方がずっとやりやすい

真美「いおりんと話した?」

「・・・まだ」

真美「ヘタレ」

即答された言葉にダメージを受けて、変なうめき声が出てしまった。

真美「・・・はぁ。ほかの人で忙しいのも仕事に馴れないのも分かるけどさ。もっといおりんを気にかけてあげてよ」

「・・・すまん」

亜美「兄ちゃんのタイムスリップを引き起こした、とも言えないこともないしね。」

後ろに座っていた亜美が顔を出す。
春香は亜美の鞄を枕にしているようだ

真美「兄ちゃん、スケジュール帳あったっしょ」

「・・・なんで知ってんだ」

真美「現役大学生の観察眼を侮っちゃあいけないよ。ちょっち貸して」

真美は早く出せと手を出してきた。

「・・・亜美、後ろの俺のカバンからスケジュール帳取って」

亜美「あいさー」

トランクに置いてある仕事用の鞄から、無事にスケジュール帳を取り出した亜美は、そのスケジュール帳を見たまま目をぱちくりさせている
何にそんなに驚いたのかと思ったが、すぐに分かった。

亜美「これりっちゃんのとおそろじゃん」

「その律子からの貰いもんだからな」

こっちに来てすぐのこと。
1ヶ月のためにスケジュール帳を買うのも勿体無いということで、律子が歳末セールで2つ買ったスケジュール帳を1つ貰えることになったわけだ

「今買うと高いからな。律子に余ってるやつもらったんだ」

・・・そのままのことを、言えばよかったのに、何故か誤魔化してしまった。

亜美「帳面一つにも大きな物語があるんですなぁ・・・」

「一言完結の物語だけどな」

昨日の晩御飯だとかそんなレベルに小さい物語だ

真美「ええからはよ渡せっちゅうの」

亜美と話していると、痺れを切らしたらしい真美が、亜美の手からスケジュール帳を奪い取った

しばらくパラパラとページを捲っていたが、最後まで行ってすぐにあるページに戻って、俺に見せて来た

真美「兄ちゃん、明日はこれついて行って」

真美が指さしている先は・・・明日の伊織と美希の劇の稽古

「・・・ついて行く仕事って俺が決めるもんじゃないし、なんともな」

真美「兄ちゃん他について行く仕事なんかないっしょ」

亜美「っつーかりっちゃんがいおりんの仕事についていくの反対するわけないっしょ」

・・・それもそうだ。
まぁ行かなくても暇を持て余すだけだし別にいいか

「分かったよ」

真美の手からスケジュール帳を取って、亜美に渡す。
亜美は何も言わず鞄に戻して、後ろで体制を整え始めた

亜美「うーし、じゃあおやすみ」

春香の頭を膝に乗せて、亜美は目を閉じた。寝る気満々らしい。

相談しようと真美を見るとこっちもこっちで先に眠っている。

・・・こりゃあ急がないと誰か座席から落ちるな

真美「兄ちゃん、明日はこれついて行って」

真美が指さしている先は・・・明日の伊織と美希の劇の稽古

「・・・ついて行く仕事って俺が決めるもんじゃないし、なんともな」

真美「兄ちゃん他について行く仕事なんかないっしょ」

亜美「っつーかりっちゃんがいおりんの仕事についていくの反対するわけないっしょ」

・・・それもそうだ。
まぁ行かなくても暇を持て余すだけだし別にいいか

「分かったよ」

真美の手からスケジュール帳を取って、亜美に渡す。
亜美は何も言わず鞄に戻して、後ろで体制を整え始めた

亜美「うーし、じゃあおやすみ」

春香の頭を膝に乗せて、亜美は目を閉じた。寝る気満々らしい。

相談しようと真美を見るとこっちもこっちで先に眠っている。

・・・こりゃあ急がないと誰か座席から落ちるな

真美「兄ちゃん、明日はこれついて行って」

真美が指さしている先は・・・明日の伊織と美希の劇の稽古

「・・・ついて行く仕事って俺が決めるもんじゃないし、なんともな」

真美「兄ちゃん他について行く仕事なんかないっしょ」

亜美「っつーかりっちゃんがいおりんの仕事についていくの反対するわけないっしょ」

・・・それもそうだ。
まぁ行かなくても暇を持て余すだけだし別にいいか

「分かったよ」

真美の手からスケジュール帳を取って、亜美に渡す。
亜美は何も言わず鞄に戻して、後ろで体制を整え始めた

亜美「うーし、じゃあおやすみ」

春香の頭を膝に乗せて、亜美は目を閉じた。寝る気満々らしい。

相談しようと真美を見るとこっちもこっちで先に眠っている。

・・・こりゃあ急がないと誰か座席から落ちるな

おおう、連投してしまった
>>393-395 は同じですすみません。
また来週

投下します

第三十一章 P「帰ってきた」

車内は無言のまま、事務所についた。
誰も落ちることはなかったが、無言が嫌だったのでラジオを付けたら、飛び起きた亜美真美に大ブーイングを受けた。

その後すぐに到着してしまい、中途半端にしか眠れなかった亜美が機嫌悪そうに上へ上がって行った

「子供かっつーの…」

真美「765プロはお子様集団だよー…昔っからね」

同じように助手席から目を擦りながら、真美が出てきた。

「真美は怒って上がらないのか?」

真美「兄ちゃん一人じゃ心配でしょ」

…まあ、それもそうだ

「たーだいま」

真美に開けてもらった扉を入って、事務所へ
中にいるのは先に帰った亜美と…

伊織「…おかえり」

その亜美を膝に乗せて寝かしつける伊織
二人はまるで姉妹のようだったが、こんな事言ったら二人にぶん殴られそうだ

とりあえず春香をソファに降ろす。

「他に誰か?」

伊織「雪歩と小鳥が薬局に生活用品の買い出し。あずさと貴音が仕事」

伊織は亜美を膝に乗せたまま鞄から台本を取り出す。器用なもんだ

真美「ピヨちゃんが薬局かぁ…」

「どうかしたか?」

昔何かあったのだろうか

真美「ピヨちゃんが特売のトイレットペーパーとか抱えてると完全におばちゃんだよね」

…本人が聞いたら泣きそうだ
想像して少しニヤけてしまったが。

伊織「…そういえばあずさからの伝言」

伊織は台本から視線を外すことなく、淡々と話す。
っつーか台本読みながら話すとか無駄に器用だ。読んでないだけかも知れないが

伊織「世話になってるディレクターから新番組のパーソナリティを頼まれたから返事と日程の組み直ししとけって」

「…了解」

…直接言えばいいのに、とは言えなかった。

「…そういえばあずささん、しばらく会ってないな」

真美「…まあまず間違いなく避けてるよね」

真美は溜息をつく。
…え、俺避けられてるのか

伊織「その気付いてなかった!みたいな顔やめてくれない?ぶっ飛ばすわよ」

…手厳しい。
それにしてもあずささんに避けられているとは、中々の精神ダメージだ

「…他に避けられてるのは?」

真美「ミキミキとひびきん?」

伊織「それと真ね。てか避けられてるって言い方やめなさい。自意識過剰っぽくてきもいわ」

「…悪い」

美希と響は分かってたけど真もか…

伊織「わかり易く凹んでんじゃないわよ」

…伊織の目は依然台本から動いていない。それでどうやって俺が凹んでるのを認識したのか疑問だ

少し黙っていると、突然立ち上がった真美が、給湯室へと歩いていった
…入る直前に、真美と一瞬目が合った。
どうやらその間に伊織と話せってことらしい

「…伊織」

伊織「…なに?」

伊織は多分台本から目を離していないだろう。見ると傷付きそうなので前を見たまま、続ける

「俺が入院した理由、教えてくれないか?」

…少しの沈黙の後、パタッ、と、音がした。
音がした方向を見ると、台本を置いた伊織が、あきれ顔でこっちを見ていた

伊織「…遅い」

「…すまん」

俺がこっちに来てから、早いもので6日が過ぎてしまった

伊織「…ま、ヘタレだから仕方ないわね」

「あはは…」

呆れたように言う伊織の顔は、少し嬉しそうに笑っていた。


伊織「わかり易く凹んでんじゃないわよ」

…伊織の目は依然台本から動いていない。それでどうやって俺が凹んでるのを認識したのか疑問だ

少し黙っていると、突然立ち上がった真美が、給湯室へと歩いていった
…入る直前に、真美と一瞬目が合った。
伊織と話せってことらしい

「…伊織」

伊織「…なに?」

伊織は多分台本から目を離していないだろう。見ると傷付きそうなので前を見たまま、続ける

「俺が入院した理由、教えてくれないか?」

…少しの沈黙の後、パタッ、と、音がした。
音がした方向を見ると、台本を置いた伊織が、あきれ顔でこっちを見ていた

伊織「…遅い」

「…すまん」

俺がこっちに来てから、早いもので6日が過ぎてしまった

伊織「…ま、ヘタレだから仕方ないわね」

「あはは…」

呆れたように言う伊織の顔は、嬉しそうに笑っていた。

伊織「あんた明日行く仕事決まってる?」

「…伊織と美希の劇の稽古」

伊織「…そう…どうせ真美が決めたんでしょ」

「あはは…ご名答」

伊織「今回の件に関しては気持ち悪いほど真面目なのよね…」

伊織の視線の先で、給湯室との区切りの隙間から、棚の上の茶菓子を漁っている真美が見えた。

二人でじーっと眺めていたが、真美が茶菓子を見つけたらしく、椅子から降りてきたので、

伊織「明日」

「ん?」

伊織「明日の仕事の後、どこかに食べに行くわよ。物語の始まりは、そこで話してあげるわ」

そう言い残して、給湯室でフラフラしている真美の所へ向かって行った。

「…」

その後真美と伊織が持ってきたコーヒーを飲みながら、伊織と美希の劇の資料を机から出して読んだ。
最もあらすじしか書いてなかったので、大切なことは後で伊織に聞かなくちゃな

小鳥「ただいまー」

雪歩「ただいま」

真美「おかえりちゃーん」

しばらくすると、買い物から小鳥さんと雪歩が帰ってきた。
結局二人が帰ってくるまで事務所内では紙をめくる音以外が鳴ることはなかった。

真美「どこ行ってたの?」

小鳥「トイレットペーパーが安かったから買いに行ってたのよ」

…真美が口元を抑えてトイレに駆け込んで行った。
伊織も台本をじーっと見つめているが、さっきからページが進んでいない。明らかに笑うのを我慢している

小鳥「…って、そうじゃなくて!プロデューサーさん!」

小鳥さんが両手に持った生活用品を地面に落としながら、こっちに駆け寄ってきた。
それだけ大きな用事なのかもしれないが、後ろで拾っている雪歩が地味にかわいそうだ

小鳥「さっき薬局で社長に会って!」

「…へ?」

理解するのに少し時間がかかってしまった。
てっきり社長室に帰ってくるものだと思っていたから。まさか薬局とは

「社長、帰ってきてたんですか?」

小鳥「ええ、そうみたいで…」

社長に会って何をしないといけないんだったか思い出す。
…まず千早の移籍先を聞かないといけない
その後にでも今の自分の状況を説明して…

伊織「何するかなんて会ってからでいいでしょ…その社長は?」

小鳥「後で来るって別れたわ」

伊織「…それでこなかったらぶっ飛ばすわよ」

?「いやあ、ただいま」

伊織が小鳥の胸倉をつかもうと手を伸ばしたところに、事務所のドアが開いた。
開いた先には10年前と変わらない…

「社長!」

社長「おお、本当に帰ってきていたのかね。これは驚いた」

小鳥「おかえりなさい、社長」

社長は俺を見て少し驚いたが、すぐに興味がそれたらしく、事務所の中をキョロキョロと見まわした。
なんというかこの人の適応力というか適当な所はただただ尊敬する

社長「ふむ、ではプロデューサー君…ちょっといいかね?」

「はい」

さっき立てた予定とは順番が前後してしまったが、まあ仕方無い。
先に社長室に入っていった社長を追いかけて、社長室へ入る。

社長「さて…今回のことについて、説明をお願いしてもいいかね」

「…今回の件は正直貴音から聞いたほうがいいんじゃないかと思います。俺自身にも今の状況はさっぱりですし…」

社長は少し考えた様子だったが、

社長「四条君には後で聞いておく。大切なのは君の口から顛末を聞くことなのだよ」

「…わかりました。」

千早のことを聞こうと思ったが、長い話になりそうだ。
…説明してから聞いても、遅くないか。

社長「…ところでお腹、減らないかね?」

「へ?」

話そうと頭の中で整理していると、社長は突然そんなことを言い出す。
こっちに帰ってきてから何も食べていないらしく、少しお土産話を聞かされ、最終的に食べに行くことになった。

…こっちって、この人は一体どこへ行っていたんだ

社長「音無君、少し出てくるよ」

小鳥「ええ、わかりました…今度はちゃんと帰ってくださいよ?」

社長「はっはっは!すまないね。しばらくはちゃんと帰るつもりだよ」

社長と小鳥さんが楽しそうに話している姿は、なんとなく夫婦みたいだ。
こんなこと小鳥さんに言ったらすごい怒りそうだが。

社長「では、行って来るよ。水瀬君」

伊織「は?…え、ああ。いってらっしゃい」

社長はなぜか伊織にも話しかけている。事務所にいる全員に行く場所を伝えないといけない規則とかできたのだろうか
そんなことはないだろうが、もしもそうならどれだけ心配かけたらそうなるのか逆に気になる

社長「さ、行こうか」

「はい」

事務所では、雪歩は給湯室に篭ったまま、小鳥さんは社長室に入っていった。
伊織は一人、難しい顔をしてこっちを睨んでいた。

何か言うのかと伊織を見ていたが、結局社長に連れられて出るまで、伊織は動くことはなかった。

ではまた来週。
話が進む章と進まない章がありますが、章分けはあくまで投下ペースの区切りでしかないので
気長にお待ちいただけるとありがたいです。
一応今年中に完結予定です

第三十二章 P「プレゼント」


社長「さて…」

小さな喫茶店の、一番奥の席。
社長は店に入るなり迷うことなくここに来たので、指定席のようなものなのだろうか

社長「では、頼むよ」

「ええ、わかりました」

軽いものを食べながら、社長に今までを話す。
目を覚ました時から、今に至るまで、起こった事を。大雑把にではあるが。

社長「ふむ…なんとも信じがたいことだね」

「ええ、俺自身も…まだ、信じきれてません。」

社長「…しかし前に君がいるということは、本当のことなのだろうね」

「…はい、おそらく」

社長は少し唸りながら考えていたが、またすぐにいつもの顔に戻った


社長「それで、君はいつまでこっちにいられるんだい?」

「えっと…貴音の話では、1ヶ月」

社長「ふむ…1ヶ月…か」

コーヒーを飲み干して、社長は俺の方を見たまま

社長「…と、いうことだそうだよ」


社長「それで、君はいつまでこっちにいられるんだい?」

「えっと…貴音の話では、1ヶ月」

社長「ふむ…1ヶ月…か」

コーヒーを飲み干して、社長は俺の方を見たまま

社長「…と、いうことだそうだよ」

俺に言ったのかと思って少し考えていたが、よく見ると社長は俺より向こうを見ている

後ろを振り向くと…

伊織「…ま、予想圏内かしらね」

雪歩「あ、すみませんコーヒーおかわりで」

二つ後ろの小さな席に、二人が堂々と座っていた。

「…あの、社長」

社長「はっはっは、水瀬くんの頼みでね」

頼みって…誕生日プレゼントってことか
誕生日プレゼントで軽く教えてもいいことだったのだろうか…

伊織「いつまでも黙ってるからお願いしたのよ…帰ってくる日程が未定だからそのうち、って言われたのだけど」

社長「いやあ、水瀬くんの誕生日から二日も過ぎてしまった。すまないね」

「…ごめんな、黙ってて」

伊織はコーヒーを飲み干して、おかわりを頼んだ。
何も言わない伊織に痺れをきらしたのか、

雪歩「プロデューサー、私達に気を使ってくれたんですよね?」

「えっと…まあ、そんなとこだよ」

伊織「…貴音の指示でしょ?」

…お見通しらしい。
それにしてもいつかは言うつもりだったが、こんなに早くにバレるとは

指示っていうか、助言だよ」

伊織「おんなじようなもんよ」

手厳しい。
何かいい返そうかと思ったが、正直貴音がしたことが助言だろうが指示だろうがどっちでもいい事に気付いた

「…で、伊織、雪歩。お前らはそれを聞いて、どうするんだ?」

みんなに教えて回るなら、それはそれでみんなに話す手間が省けてよさそうだ

伊織「私はあんたを助ける。最初からそれしか考えてないわ」

雪歩「私も、協力します」

伊織は俺の目を見ながら、即答で言い切る。雪歩も目は伊織を見ているが、即答してくれた。
…意外。なんて言ったら伊織に殴られるかも知れない。

社長「…皆10年で大きくなったと思わんかね?」

「…ええ、大きくなりました。本当に」

…10年前の二人にこんな話をしてどうなるか、想像もつかないが。

と、いうわけで協力者が二人、増えたらしい。
二人もそれなりの問題…いや、765プロでも上位に入るほど大きな問題を抱えているはずなのだが…

「…というかなんで雪歩も連れてきたんだ?」

別にいるのが悪いわけじゃないが、伊織の性格でこういう所に誰かを連れてくるのは珍しいんじゃないかと思う

伊織「…雪歩はイレギュラーなのよ。765プロにおいて」

雪歩「…ひどくない?」

雪歩のコーヒーを飲む手が止まった。
イレギュラー…というのはどういう意味なのだろう。

伊織「私は雪歩じゃないからこんな知ったような事を言うのはおかしいかもしれないけどね」

伊織「多分今765プロに所属してて、あんたに一番興味がないのは、雪歩だと思うのよ」

雪歩「…そんなことないけどね」

カップを置いて、伊織の方を睨む雪歩。そんな雪歩に小さくため息をついて、伊織は続ける。

伊織「今765プロにいるのはね、プロデューサーを忘れて、新しい道へ歩いていくことができないような、そんなやつばっかりなのよ」

伊織「プロデューサーに興味がないっていうより、別れに対して765プロで一番強い。」

伊織「昔の男を忘れられないうじうじした連中ばっかりの765プロにおいて、雪歩は一番のイレギュラー」

伊織「…だから、連れてきたのよ」

…だから真美は連れてこなかったのかと納得。雪歩も再びカップを持ってチビチビ飲み始めた。

「765プロで一番強いのが雪歩で一番弱いのが真美か…」

なんというか、普段の逆というか
雪歩が根の強い子なのは10年前からそうだが、765プロで一番、ってレベルに強いとは

雪歩「…そうですね、真美ちゃんは…一番弱いですね」

伊織「あんたでもそのくらいは気付けたのね」

「お褒めに預かり光栄だよ」

春香にしても真美にしても、10年前はもっと芯の強い子だと思っていたが…

伊織「真美も春香も、弱くなったのは間違いなくあんたが入院してからよ。」

…なんだかなぁ、って感じ
6年前の俺が残した傷が大きすぎる。
こんな大きな傷を1ヶ月で直してくれなんて、無茶言い過ぎだろ、俺

社長「…では私は先に帰るよ。仕事しないと音無くんに怒られてしまうからね」

「はい、お疲れ様です」

社長は料金を全て支払って、事務所へ戻って行った。

伊織「…協力ということにおいて」

少しの静寂を破ったのは、伊織。

伊織「必要なのは報連相(ほうれん草)と互いの情報の交換。あと信頼」

伊織「私と雪歩は6年振り、ほうれん草はともかく、信頼と情報の交換は…」

雪歩「…簡潔に」

淡々と話す伊織に、じれったくなった雪歩が急かすようにコーヒーを置いた。

伊織はしばらく黙って天井を見ていたが、何かを決心したように雪歩の顔を見て

伊織「協力すんなら自分の事を話せっつってんのよ」

雪歩「…」

なんで喧嘩腰なのだろう。
伊織の顔は怒っているというより、どちらかといえば悲しそうだった。

雪歩はポケットから煙草を取り出して、スイッチを入れた

雪歩「…私は6年前、プロデューサーが入院した日、病院で…」

雪歩の話が続く間、伊織は終始真剣な顔で話を聞いていた。

二日目に屋上で聞いた話を少し詳細に話しただけだったが、それでも、雪歩の6年の濃さは十分に伝わってきた

雪歩「…あ、あとそこで出会ったお師匠さんがいてね」

伊織「師匠?」

雪歩「うん、裏街で会った人。街の生き方とか、仕事の見つけ方とか、色々教えてもらったの」

…雪歩は、男性恐怖症が酷くなってからも裏街に行き続けたそうだ。
それほどまでに、強くなりたかったらしい。

雪歩「そのうち家を飛び出して、一日中お師匠さんについて歩くようになった」

雪歩「私にとってお師匠さんは強くなる、目標みたいな感じだった」

お師匠さんについて話す雪歩は、さっきまでより顔がイキイキしている。
それだけ大事な想い出なのだろう。

雪歩「お師匠さんはお金も家もなかったけど、それでも自分より年下とご飯食べに行ったら、絶対自分で払ってた。」

…それでうどん屋では奢らされた訳か
伊織も何かに納得したように頷いている。
伊織も何か奢らされたのだろうか…いや、伊織はずっと雪歩の年下だし、何かを奢ってもらったほうか

雪歩「あとお師匠さんは煙草を吸ってて…」

伊織「オッケー、分かったわ」

雪歩が話していると突然、伊織が会話を切った。

…確かに雪歩の6年が語られそうになったし、伊織の判断は正しかっただろう
とりあえず空になったコーヒーのおかわりをもらおうとカップを持ち上げると…

伊織「…じゃああんたは帰りなさい」

手からカップを取られ、伊織に手払いをされた。隣の雪歩は何も言わずカップを見つめている

「なんでまた…」

伊織「こっからは乙女の時間なの」

「えっと…とりあえず帰ればいいのか?」

伊織「そうよ。変な事考えずにさっさと帰りなさい」

…二つ後ろの席に座ってやろうかと思い伊織のほうを見ると、雪歩と目が合った。…笑顔が怖いって雪歩
仕方がないので言われた通りトボトボと、一人事務所へ帰った
…帰ったら社長に千早の移籍先を聞こう

…さっき最後に目が合った時に思い出したけど…話しているときは最後まで雪歩と目が合わなかったなぁ

>>419-420は同じですね。すみません
ではまた来週

第三十三章 伊織「あいつらしさ」

あいつが帰ったのを確認した後、私は雪歩にプロデューサーが入院した理由を話した。

「…と、まぁ、こんな感じよ」

雪歩に全てを話し終わるまでに、私のコーヒーは二回程空になった。
そんなに長い話ってわけではないが…緊張でのどが渇いた。

もしかすると、雪歩に責められるんじゃないかとか、そんなことで緊張した。

雪歩「…素直な感想を述べると」

「…なによ」

雪歩「なんだかなあ、って感じ」

責められなかったので安心したが…こいつは話を聞いていたのだろうか
春香なんて話を聞いてすぐに責め立ててきたのに…いやまあ、春香は春香で考える所があったのだろうから、気にしちゃいないが

雪歩「…でもまあ、プロデューサーらしいね」

「…どこがよ…意味分かんないわよ」

意味が分からない自分に、腹が立った

煙草を吸う雪歩はやけに落ち着いていて、腹が立った。

雪歩の態度にも、吐き出す煙から香るチョコレートにも、腹が立った。

…これじゃあただの八つ当たりだ。

これ以上いると雪歩に当たってしまいそうで、鞄をとって逃げるように立ち上がる

「…帰るわよ。あいつが心配するわ」

今のあいつに人を心配する余裕があるかは分からないが。
でも雪歩は何かを察したらしく、小さく笑って、店を出た。

「…」

雪歩「…」

理由はわからないが、なんとなく雪歩とは気まずい。
もうすぐ雪歩が帰ってきて一週間になるが、6年のブランクはそんな簡単に埋められるものではない

「…そういえばもう皆と話したの?」

雪歩「んー…?そうだね、一応…現765プロは全員かな」

現765プロ。ということはやよいと千早はまだなわけだ
まあこの二人と会話するのは私でも難しいし、番号を知らない雪歩にはほとんど不可能だろう

「で、みんなと話してみた感想は?」

雪歩「…皆、すごく変わってたね」

まあ、当然の感想だ。響や美希は誰の目から見ても…
…皆?

「皆って、私も?」

雪歩「伊織ちゃんも大分変わってると思うよ。春香ちゃんも、亜美ちゃんも真美ちゃんも」

雪歩「伊織ちゃんはずっと皆の傍にいたからさ、変わったってわからないんだよ」

…そんなものか
私は雪歩が変わったのも、プロデューサーが変わったのも分かる。最もプロデューサーはこれから変わっていくのだろうが

雪歩「人間は1日に少しづつ変わっていく。6年も間を開けた私にとっては、皆はすごく、変わってるんだよ」

…まあ、変わらない人間なんていないのだろう。6年変わらないってのもそれはそれで怖い

雪歩「…こういう話は、プロデューサーに聞くのが一番かもね。10年分の変化を、一日で経験したんだからさ」

伊織「そう…ね」

…プロデューサー…か

伊織「あいつ、あと1ヶ月しかいないのね」

さっきは想定内だとか言ったが、あと1ヶ月で帰るというのは結構驚いた。
タイムリミットがあるのは最初になんとなく察していたが、精々1年程度はいるものだと思っていた。

雪歩「…寂しい?」

伊織「…まあ、多少は…」

強がりだ。
少し声が震えていたような気がするし、多分それは雪歩にも分かっただろう
…何より目尻が冷たい。

伊織「…初日」

雪歩「ん?」

伊織「初日にあんたに会って、泣いたの、この辺だったかしら?」

我ながら何を言っているのだろう
回りくどい言い方をして、恥ずかしさを誤魔化しているだけだ。

雪歩「…そうだね。会った喫茶店があそこだから」

少し向こうの喫茶店を指さす雪歩
雪歩の目を見ながら、決心する

伊織「…もう一回だけ、泣いてもいいかしら」

雪歩「…うん。いいよ」

いい歳して何をしているのだろう。私は
…でも、やっと会えたプロデューサーが、すぐにどこかへ行くと知って、

泣かずには、いられなかった

…もう泣かないから。これで、最後に、するから…きっと

雪歩「落ち着いた?」

伊織「…ええ、ごめんなさい」

いい歳して大声で泣いていたのを思い返して、すごく恥ずかしくなるが…その分、すっきりした。気がする。

雪歩「…じゃあ、1つ聞いていい?」

真面目な顔で、私の目を見る。
雪歩の方が背が高いので、少し見下げるようになって、結構な威圧感がある。

雪歩「伊織ちゃんが今流した涙は、何から来る涙?」

雪歩「プロデューサーと別れるのが、悲しいから?それともプロデューサーさんが帰ることでまた罪の意識に囚われるから?」

…真面目な顔で何を聞くのかと思えば…
くだらな過ぎてため息が出そうな質問だ。

伊織「…私はもしこのままプロデューサーが居続けたとしても、あいつを…殺したっていう罪は消えないわ」

伊織「あいつは10年前のあいつであって、この時代のあいつじゃないもの。」

伊織「私は一生私を許さないし、この罪を一生背負って生きていく」

考えなくても出てくる言葉を、淡々と言い続ける

…それを聞いて嬉しそうに笑った雪歩は、また事務所へ歩き出した

その後ろについて、私も事務所へ歩く

雪歩「やっぱり変わったなあ。伊織ちゃんは」

伊織「…私は6年前からこんな感じよ」

雪歩「ううん。なんていうか…大きくなったよ」

雪歩は小さく、笑った
…あんたも、大きくなったわね。昔から強くて大きい奴ではあったけど

少し歩いていると、雪歩はポケットから煙草を取り出して、銜えた

「…気に入ってんのね。それ」

雪歩「…これ、お師匠さんが私に初めてくれた物なの。」

雪歩の中でそのお師匠さんはとんでもなく大きい存在らしい

「…私には分からないわね」

雪歩「…伊織ちゃんはプロデューサーにもらった初めてのプレゼントがあるとして、それを大切にしないの?」

「…なんで例えがあいつなのか意味がわからないわ」

雪歩「それだけお師匠さんは私にとって大切な存在ってこと」

雪歩の口からは相変わらずチョコレートの煙が出ていたが、顔は極めて真面目だった。

…でも雪歩は男性恐怖症のはずだし、となると……いいことを思いついた。

「雪歩、その師匠って女?」

雪歩「ん?…そうだけど…え、なにその暖かい目は」

「私にとってのプロデューサーならあんた…」

一歩ずつ後ずさる。
無論そんなことは思っていない。尊敬の念だってことは分かっているが…
3回も泣き顔を見られた雪歩に、少し腹が立っただけだ

雪歩「え、ちょっと、違う、違うから!」

半泣きで追いかける姿を見ながら、やはり雪歩は雪歩だと確信する。

それがなんだか嬉しくて、気が付くと事務所の前まで追いかけっこしていた。

雪歩「はぁ、ま、まって、伊織ちゃん…誤解…」

必死に追いかけてくる雪歩はとても真剣だった。少し離れているので大声で

「バーカ、分かってるわよ」

それが聞こえたらしい雪歩は立ち止まって、咳をしながらその場にうずくまった

「雪歩!?…雪歩!」

煙草を吸っている奴を走らせたことを思い出し、鞄を放り出して雪歩のところへ駆け寄る。
雪歩の近くに屈みこむと…

雪歩「なんちゃって」

笑顔の雪歩が、顔を上げた。
…雪歩のおでこに一度デコピンをかまして、事務所へ戻る。
鞄が傷のつかない奴で良かった

第三十四章 P「克服作戦」

伊織「ただいま」

雪歩「ただいま戻りましたー…」

仕事をしていると、怒った顔の伊織と疲れた様子の雪歩が帰ってきた

「えっと…お疲れ様?」

雪歩「あはは…有難うございます」

伊織「謝ってやろうかと思ったけどさっきので謝る気が失せたわ…」

二人の間に何かあったらしい。
春香と伊織みたいな喧嘩ではないようだが。

「そういえば、春香はさっき帰らせたよ。亜美と真美は応接間で寝てる」

伊織「いい歳して応接間で昼寝って…」

雪歩「まぁ、疲れてたんじゃないかな」

社長は小鳥さんと一緒にどこかへ出かけたらしい。帰ったらいなかったのでそういうことなのだろう

ソファにかばんを置くと雪歩は応接間、伊織は給湯室へ歩いて行った
丁度コーヒーも欲しかったので、給湯室へ行くと伊織が冷蔵庫からオレンジジュースを取り出していた

「そのオレンジ、やっぱ伊織のか」

伊織「当たり前でしょ…他にオレンジジュース飲むような奴いないわよ」

あったら飲まない事もないと思うが…でも事務所に常備してあるようだし、伊織が頼んでいるのだろう

伊織が取り出したパックのオレンジジュースは、当然のように100%だった

「相変わらず100%好きだなあ」

伊織「…もうオレンジジュースにこだわりなんてないんだけどね…たまに、後ろを振り返りたくなることも…あるのよ」

ジュースにストローを刺しながら、伊織は俺の隣をすれ違って行った

「…」

伊織が何がいいたかったのかは分からないが…要するにオレンジジュースが好きってことだろうか

コンロの上に沸かしてあったコーヒーをカップについで、自分の机の上に置く。

資料を見て思い出したのでソファでオレンジジュースを吸っている伊織に、明日の仕事の概要を聞こうと思ったが…

それは後でいいか。
とりあえず、雪歩が入っていった応接間へ向かった

伊織「…ま、こんなとこよ」

伊織に聞いた概要、要するに普通のミュージカルらしい。
大分大きな箱でやる物らしく、団員いわく「これまでの集大成」なんだそうだ
主役は伊織、副主役は美希と、765プロで大切な役を貰っている。

それと驚いたのは、美希と伊織はその劇団の団員らしい。
かれこれ3年ほど所属しているらしく、3年目にして初めての主役になるこのミュージカルでは、普通の仕事よりも稽古の方が多く取ってあるのだとか

公開は今月末。
それまで残っていられるかは分からないが…出来たら絶対に見に行きたい

「了解…あらすじとかあるか?」

伊織「あんたの読んでた資料に書いてあったでしょ…」

「ざっくり短い…伊織のオリジナルあらすじとか…ないか?」

スケジュール帳の備考欄に書くにはあのあらすじは長過ぎる。
…無理に書く必要はないのだが

伊織「…戦争で死んだ旦那を約束の木の下で待ち続ける女と、その木を切り倒せば旦那が帰ってくると思ってる性悪女の話」

…確かにあらすじにはそんな感じのことを書いてあったが、もうちょっと言い方とかあったろうに

「…水瀬さん、今度公開されるミュージカルのあらすじを軽く教えてもらえませんか?」

伊織「私の演じる女の子と、美希が演じる女の子が男の人の帰りを待ち続けるラブストーリーです!…何やらせんのよ」

伊織の謎のノリにちょっと笑いながらさっき言われたままを書きとめる。
ラブストーリー…と。

伊織「…この主役はね、美希から譲り受けたようなものなのよ」

「…譲り受けた?」

真面目な話が始まったらしい
スケジュール帳を閉じて鞄に閉まって、机からコーヒーを持ってくる

伊織「あんたがいなくなって、美希は頑張るのをやめたのよ」

伊織「必要最低限。相手に不快な思いをさせず、事務所に次の仕事が来るギリギリのラインを見定めて、最低ラインの仕事しかしてない」

伊織「今回だってね、765に主役と副主役をやらせるって話になったとき、美希は副主役を選んだ。事務所で言われた、その日にね」

…美希は…やる気がないってことか
それも昔とは違う意味で

伊織「見る人によっては真面目にやってるように見える。そういうやり方を、あいつは見つけたのよ」

伊織「あんたが残した仕事を一生懸命やりつつ、褒めてくれる人がいない仕事を適当に済ませる」

伊織「昔と何ら変わらない。あいつは昔のまんま、あんたの残したものを背負って生きてんのよ」

…そういえば亜美は「美希は仕事を真面目にやり始めた」って言ってたか
人によって美希の見え方が違うのか、伊織の見方が特殊なのか

…何にしても美希とは明日、話をしてみないといけない


少しすると応接間から雪歩があくびをしながら出てきた。

伊織「おはよう」

雪歩「寝てないよ…」

雪歩は給湯室に入っていき、しばらくしてコーヒーを持って出てきた
10年でコーヒーを飲む人が大分増えたようだ。誰が飲むのか知らないが全員飲むなら13人。
インスタントコーヒーだけで結構な出費になりそうだ

伊織「…じゃ、私は帰るわ」

「ん?そうなのか?」

ソファから鞄を取って、雪歩と入れ違いになるように立ち上がった。

伊織「用もないのにいつまでもいるのも何でしょ。事務所はたまり場じゃないんだから」

雪歩「あはは…春香ちゃんが聞いたら怒りそうだね」

10年前は普通にたまり場として使われていたが…
そういえばこの事務所に仕事がない人が遊びに来ているところを見た覚えがない。
いや、元々仕事がない人が事務所に来ることのほうがおかしいのだが。

伊織「春香もこの事務所に今更溜まったりしないわよ。昔じゃないんだから」

…皆は、寂しくないのだろうか。
10年前に春香がなったように、寂しさを抱え込んだりとかしていそうで…

「…伊織は、それで寂しくないのか?」

伊織「…寂しいなんて、今更でしょ。10年前に戻すには…もう、遅すぎるのよ。いろいろね」

伊織「戻すなら5年前だとか、そのくらいにしときなさい…あんたもずっといるわけじゃないのに、10年前に戻すのは…不可能よ。」

「…それもそうか」

…それもそうではないことは、さすがに分かる。
でも、今の俺にはどうしようもない。
どうしたいか答えが出るまでは…黙ってたほうが良さそうだ

伊織「…じゃあね。明日、始まる一時間前には事務所に来てなさいよ。揃ったら即出発すんだから」

「りょーかい」

出る前に一度給湯室からオレンジジュースを取って、伊織は事務所から出て行った。

…そして、無言。雪歩は俺とは6年話していないのだから、気まずくても仕方ないが…多分それだけではないだろう

「…雪歩の男性恐怖症って、結構ひどいのか?」

雪歩「…プロデューサー、高いところ得意ですか?」

何の話だ…とは思ったが、素直に答える。

「…まぁ、あんまり得意ではないな。大嫌いってほどじゃないけど好んで上りはしないかな」

雪歩「その状態で海に向かって綱なしバンジーするとどうなります?」

「…イメージできないけど、高いところには絶対上りたくなくなるんじゃないかな」

・・・普通に海面に叩きつけられて死ぬとは思ったけど、多分雪歩の求めてる答えはそれじゃないだろう

雪歩「そういうことですよ」

…どのくらいひどいのかは分からないが…つまりできる限り男とは話したくないってことだろうか

「…じゃあ俺と話してるのもいやなのか?」

雪歩「いえ、顔を見ない分にはいいんですけどね…プロデューサーが男だと認識すると…」

ふむ…結構ひどいものらしい。
10年前の雪歩の男性恐怖症もひどかったが、二日目に言っていたようにアレをさらにひどくしたようなものか。

「日常生活に支障は?」

雪歩「ないことはないですけど…10年前より我慢できるようになりましたよ…あんまり長時間だと呼吸困難になったりしますけど」

普通に支障だらけじゃないか…これは色々とやばそうだ

「…雪歩、メールしようか」

雪歩「…はい?」

短い思考の結果、出てきた手段
まずは顔を見ない方法で、男に馴れてもらう。

次に電話、テレビ電話とでもステップアップしていけば、そのうち雪歩の男性恐怖症も治るのではないかと

雪歩は説明を聞きながら頷いていて、すべて説明が終わると

雪歩「…それで治るかは置いておいて…いい手段なのかもしれませんね」

「だろ?」

今話せはしているのだからそれでいいだろうとは思うが、今雪歩は俺と話しているのを男と話していると認識していないようだし…

「じゃあ、毎日夜、メールするよ。メールが来たらプロデューサーから、じゃなくて男から、って認識するんだぞ?」

雪歩「あはは…がんばってみます」

雪歩は笑いながらも、携帯電話を握り締めている。
これで治るとは行かなくても、日常生活に支障が出ない程度まで行ってくれればいいが…

.第三十五章 P「移籍」

亜美「うぇー…」

真美「ちぃと寝すぎたじぇ~…」

応接間から二人で肩を支えあった亜美と真美が出てきた。起きるタイミングまで一緒なのかこいつら
ゆっくりノソノソと歩いてきた二人は、ソファに倒れこむように座った。

雪歩「…コーヒーいる?」

亜美「お願いします~」

真美「このご恩は一生忘れませぬ~」

「何言ってんだお前ら…」

寝ぼけているのか、起きていてこのテンションなのか…
雪歩が汲んできたコーヒーを二人同時に飲み干して

亜美「うっしゃあ起きたぁ!」

真美「ウルトラハイテンションで完全復活ー!」

…起きててもこのテンションだった。
起きる前と大してかわらないじゃねえか

長いなぁと思ったら投下ミスってましたね
>>441の後半、三十五章は来週投下予定ですすみません

ではまた来週

投下します

真美「…よし」

亜美「…んじゃ、そういうことで」

お代わりをもらったコーヒーをゆっくり飲み干して、二人同時に立ち上がる

「…いや、どういうことだよ」

亜美「んもー!亜美達は勉強が忙しいから帰るってさっき言ったっしょー!」

真美「若年性ボケもほどほどにしてよねー!」

雪歩「そんなこと言ってないでしょ…」

謝りそうになったところに雪歩のツッコミが入る。言ってないのかよ
…とりあえず二人の脳天にチョップすると、二人は頭を抑えたまま扉へ駆けて行き、

真美「兄ちゃんのDV男ー!」

亜美「七つ集めてギャルのパンティーもらってしまえ!」

「…それDB男だろ」

ギャグが分かりにくすぎる。雪歩が隣で意味を理解できず首傾げてるじゃねえか

亜美「じゃ、また今度」

真美「兄ちゃんちゃんと明日仕事行けよ!」

「分かってるよ」

俺の反応を見てニカッと笑って階段をかけ降りて行く真美と、その後ろを着いていく亜美。
…寝起きから元気だなぁ、あいつら

「一家全員と会話できないのか?」

雪歩「…お母さんがご飯を持ってきた時と、お父さんのお弟子さんとはお話しますけど…」

……父親と母親とは話せない、と
っていうかご飯も別で食べるんだな…それでも出るだけマシなのだろうが

「…それも、解決していかないとな」

…これは俺の入るべき問題なのか、分からないが。
家の問題に立ち入るのは…お節介ではないだろうか

雪歩「…ええ、お願いします」

と、思ったが…そんなもん今考えても仕方ないか

「…じゃあ今日は俺が帰るときに一緒に送っていくよ」

雪歩「はい、お願いします。」

…複雑だなあ。765プロ…よく今まで持ったものだ。
ここに来てもう1週間。

…後三週間で本当にどうにかなるのだろうか

小鳥「只今戻りましたー」

「あ、おかえりなさい」

雪歩「おかえりなさい」

社長「うむ、ただいま」

しばらくすると、社長と小鳥さんが大量の書類を抱えて戻ってきた

「手伝います」

社長「ああ、すまないね」

社長の書類を半分貰うと、雪歩も音無さんの書類を半分貰って、四人で社長室へ

社長「萩原くんのはここ、音無くんと君のは…ここに頼むよ」

社長に言われたところに資料を積み上げると、結構な高さになった

社長「ははは、二人共すまないね」

「いえ…これ、なんですか?」

小鳥「1ヶ月溜め込んだ仕事ですよ」

1ヶ月でこんなに貯まる物だろうか。
というか1ヶ月も帰ってなかったのか社長

社長「なに、目を通してサインするだけだからね。今日だけでも終わるさ」

…この量を一人で一日で終わらせるつもりなのだろうか。さすがだ

「…社長、でしたら1つ、聞いておきたい事が」

社長「ん?…ふむ」

社長は少し俺の目を見ていたが、何かを察したのか、音無さんと雪歩に仕事を頼み、二人は外へ出ていった

社長「さて、何かね」

社長椅子に座る社長は10年後とは思えないほど、貫禄があった。もう還暦の筈なのだが、全く衰える気配が…って、今はそんなことどうでもいい

「…まず、千早の移籍についてを」

社長「ああ、そういえば話していなかったね」

話していなかった、ということはちゃんと知っているらしい。…社長が知らなかったら誰も知らないと思うが

社長「…音無君はなんと?」

「社長の知り合いの事務所へ移籍したと」

社長は少し俯いて考えていたが、頭を上げて、

社長「如月君の移籍に関しては、私はなんの情報も持っていないのだよ」

…ああ、これは本当に誰も知らないのかも知れない。

社長「移籍した理由も、私は知らない。そうだね、移籍した時期は君が入院してすぐ…だとか、そんなことしか知らないのだよ」

と、なれば千早は道ですれ違うのを待つしかない、ってことか

社長「あと高槻君は、退職届けを貰った正式な引退だよ。」

社長「…彼女の…お父さんが借金をしたらしい」

社長「君が居なくなってすぐに判明したことで…仕事が不安定なアイドルでは借金を返せないとのことでね」

社長「…彼女もBランクだったからね、もう大人と同等の稼ぎをしていたんだが…」

…それもそうだ。
Bランクの稼ぎなんて俺の3ヶ月分の稼ぎくらいだった筈。それなのにやめるって事は…

社長「君が入院することで皆仕事の量を極端に減らし始めて…その事で高槻君に入る仕事も減って行ったのだよ」

…やっぱり俺か
この時代の俺は皆を傷付けて、やよいを苦しませて…

…考えるだけでため息が出た

社長「まあ、過ぎたことを考えても仕方ない。君は今いる子達を…」

「いえ、絶対に…二人を765プロに戻します」

この時代の俺がやったことを全て治せるとは思わない
それでも、できる限り昔の765プロに、戻しておかないと

社長「…そうか」

社長は何も言わずに俺の目を見ていたが、仕事が終わった小鳥さんが迎えに来たので社長の後ろに着いて社長室を後にした

第三十六章 P「雪歩の家族」

社長室を後にしてからしばらく経った
社員と社長、それぞれが資料の整理だとかの仕事をしていると、時計は10時を指していた。
…黙々と作業していると、時間の感覚がおかしくなるから困る

10時か。あまり遅くなると雪歩の親も…きっと心配するだろう

「雪歩、そろそろ帰ろうか」

ソファで楽譜を読んでいる雪歩に声を掛けて、自分も帰る用意を済ませる。
ソファで楽譜を読んでいる姿は、なんとなく千早を思い出した

雪歩「あ、はい。分かりました」

雪歩は少し残念そうな顔をしたが、いつまでも事務所に居させるわけにもいかない。

…27の女の子に言う事ではないが。

「俺が言えたことじゃないけど…6年心配かけたんだし、話さなくても帰ってやるくらいは、したほうがいいと思う」

雪歩「…ええ」

雪歩はニコッと笑った
その笑顔は無理したもののようにも見えたが…

今はどうしようもないよなあ…
早いうちに家庭訪問しなきゃだ

「じゃあ、お先に失礼します」

社長「うむ、気をつけて帰るのだよ」

小鳥「雪歩ちゃん、また明日ね」

雪歩「はい。お疲れ様です」

自分の仕事の片付けと荷物の片付けをしたあと、律子の机から車のカギを取って、外に出た。
社長は自分の貯めた仕事の片付け、小鳥さんはそれの手伝いがあるらしいので、おそらく今日は二人とも徹夜になるのだろう
…仕事は貯めすぎると大変だな

雪歩「さむー…」

今月何度目になるであろう寒いという言葉
それほどまでに、外の気温は低い。

「さ、帰ろうか」

雪歩「はい」

車があればよかったのだが…あいにく事務所の車しかないため、送りは歩き。
タクシーでも呼ぼうかとは考えたが…へんなことで領収切ると律子が怒りそうだし…少し、話しをする時間も大切だろう

「…雪歩のお父さん、帰ったとき何か言ってたか?」

雪歩「ん…ええ、今後一切話はしないっていうのと…帰って一番に顔をぶん殴られましたかね」

…娘の顔を殴るか。アイドルは関係ないとしても娘の顔を殴るのは…本当に怖い親父らしい
前に契約更新のときに会ったことはあるが、顔がとんでもなく怖かったのを覚えている。
他の事は周りにいる弟子のインパクトのせいで何も覚えていないが。

「でも…なんだな。それで他の人の家に逃げない辺り…」

「強くなったな、雪歩。よかったよかった」

軽く頭を撫でると、雪歩は下を向いて立ち止まった
何事かと一緒に立ち止まると、雪歩は再び歩き出した

雪歩「…10年は…私、いえ私達にとって、とても長く…大きな10年でした」

雪歩「変わって良かったものがあるのと同時に、変わらなければ良かったものもある。そんな10年なんですよ」

雪歩はポケットから煙草を取り出して、咥える。
スイッチを入れると、吐き出す煙からイチゴのにおいがした。

雪歩「今の私は10年前の私がなりたかった私であって…10年前の私が絶対になりたくなかった私でもあります」

雪歩「…私は10年前のまま、強くなりたかったんですよ」

雪歩の言わんとしている事は、分かった。

雪歩「私は…強くなるために10年前から変わらなければならなかったなら…強くなんて、なりたくなかったです」

10年で変わったことなんて、数え切れないほどあるだろう
多分雪歩が言いたいのは…家の会話と…765プロという場所。

…要するに、雪歩は今…一人なのだろう

「…あのな、雪歩。雪歩は一人なんかじゃ…」

雪歩「…一人なんですよ。私は」

頑固だ。10年前からこんな子だったろうか…いや、こんな子だったような気がする

「俺だっているし、雪歩にはそのお師匠さんだって…」

雪歩「…でも、プロデューサーは消えるんですよね?」

…それもそうだが…
何か言い返そうと考えていると、電柱にぶつかってしまった

雪歩「…ごめんなさい。こんなことプロデューサーに言っても、何の解決にもならないのに…」

「そんなこと…!」

雪歩「…明日、伊織ちゃんのことお願いしますね。じゃあ、また」

雪歩は走って帰ってしまった。
…バッドコミュニケーション。
ため息をつきながら、一人、家へ帰った。

夜に雪歩に謝罪のメールを送ってみたが、返事はなかった。
…初日から失敗。後が心配だ

投下遅れてしまいすみませんでした
ではまた来週

投下します

第三十七章 P「二人と雨」

次の日はあいにくの雨
アイドルの仕事は雨天中止になったりはしないが、通勤のときに車がないのが悔やまれる。

玄関の傘立てには傘はなく、靴箱の中でほこり被っていた折りたたみ傘を使うことにした。
今度買わなくちゃいけない。一月しか使わないが

律子に借りてもいいが…傘くらいは自分で買っておきたい。スケジュール帳も買えよとは思うが。

小さい折りたたみ傘を見てタクシーでも呼ぼうかと思って電話を手に取ったが、律子の顔が頭をよぎって、やめた
ワンメーターだから待ってる間に事務所に着けるしな。

結局メールしたりしながら徒歩で事務所に着くと、事務所の前で傘を差した二人組が立っていた
…もしかしなくても二人だ。

「おはよう。二人とも」

伊織「おはよう」

美希「…おはようございます」

少しイライラした様子の伊織と、相変わらず素っ気無い美希
俺が来たのを確認して、美希はそそくさと車の方へ歩いて行った

「…もしかして遅れたか?」

伊織もイライラしているようだし…
そう思って聞くと、伊織は笑って車の方へ歩きながら

伊織「私朝は低血圧なのよ」

低血圧か…それはよかった。遅刻なんかしたら何言われるか分からないからな…
もっともこの二人なら特に何もいいそうにないが

…ということは美希が車へ歩いて行ったのは俺を避けてるからか
朝っぱらから大ダメージだ

「っていうか何で外で待ってるんだ?」

伊織「…一々傘畳むの面倒でしょ」

それもそうだ。
…傘を畳む手間と外で雨に打たれてる手間どっちが面倒かと言われたら少し考えてしまうが。

伊織「ほら、行くわよ」

傘を閉じて車に乗り込む伊織。
美希は迷うことなく後ろに乗っている。
…こんなこと気にしていたらキリがないのでもう気にするのはやめようと思う

でも一週間前まで仲が良かった人に避けられるのは、結構ダメージのあるものだったり…

伊織「早くしなさいよ…早く来た意味なくなるでしょ」

一時間前に来た意味がなくなることはないと思うが…
とりあえず運転席に乗り込んで、エンジンをかけた

伊織「ここ左」

出発したのはいいが、二人の所属する劇団の練習場所なんて知るはずもなく。
ナビをつけるより早いという理由で、伊織にそこまでの道案内をしてもらうことになった

伊織「そこ右よ」

「了解」

結構近いらしいのだが、何分道が入り組んでいて覚えるのに苦労しそうだ。
そんなに送り迎えすることがあるのかわからないが

「…車がない時は二人ともどうやって行ってるんだ?」

伊織「歩きよ。当たり前じゃない…ここ右」

まあ、車がないなら歩くしかないか
電車が走っているような距離でもなさそうだし

「美希も歩きなのか?」

美希「…」

伊織「行きは事務所集合でそっから歩きにしてるのよ。帰りは自由だけどね」

だんまりの美希の代わりに伊織が答える。
美希に話しかけても返事は返ってこないし代わりに答える伊織の機嫌がどんどん悪くなるだけか…

伊織「…ああ、ここよ」

伊織が指差したのは少し大きな公民館のような所
伊織いわくここはただの練習場で公演はまた別のところでやるらしいが…練習だけにしてはずいぶんと大きい

伊織「ここでも人は呼べるんだけどね…ここじゃ入りきらないくらい、人が来んのよ」

ここで入りきらないほどって…結構な数だろう
舞台を詳しく知っているわけではないが、それは結構すごいことなんじゃあないだろうか

なんて考えていると、いつまでたっても停まらないのに痺れを切らしたのか、美希が一人で降りていった

伊織「…ほら、さっさと行くわよ」

そんな美希を見て伊織はため息をついて、駐車場への道を指差した。
美希との距離はまだまだ遠いらしい。

第三十八章 伊織「二人の楽屋」

「じゃ、私はこっちだから…適当に挨拶して回って待機場所とか聞きなさい」

P「了解…頑張ってな」

「はいはい…」

プロデューサーが稽古場に歩いて行ったのを確認してから、私も楽屋へ入る
扉を開けると美希が鏡の前に座って自分のメイクをしていた

「…美希、自分のが終わったら私もお願いね」

美希は何も言わないが、伝わっているだろう。
765プロにはお金がない…わけではないが、美希とか真がスタイリストを雇うことを嫌うため、自分達でできることは自分達でするようになった。

美希などスタイリストの勉強をし始め、学校へ行くほどではないにしろ同じ現場の仲間のメイクをするくらいにはなった

鏡の前に座って待っていると、自分のメイクが終わった美希が私の後ろに立って、髪を弄り始めた

「…あんたもうまくなったもんね」

馴れた手つきで編まれてゆく髪を見ながら、ポツリとつぶやく
美希は髪から視線を離さず、反応する

美希「伊織が自分でやらないからだよ」

「あんたがスタイリスト雇わないからでしょ…」

美希は人に髪を触られるのが嫌なのだそうだ。
キスより髪を触られる方が嫌な女もいるとは聞くが…それでスタイリストが雇えないのではアイドルとして色々とダメだろうに

六年前までは髪を触ると目を細めて喜んでいたのに

この短い茶髪も、自分で切って自分で染めたらしい。最初の頃は染めに失敗してプリンのようになっていて面白かった。
理由が理由なので誰も笑わなかったが…あの時は結局私が手伝って染めたのだったか

そんなどうでもいいことを考えていると、美希は鞄から紫の髪留めを持ってきて、私の髪をとめた。
試行錯誤の結果アップに落ち着いたらしい。

「…そういえばあんた…なんでプロデューサーをあんなに避けてるわけ?」

化粧品を取りに行こうとした美希の足が、止まった。
と思ったらすぐに歩き出して、自分の化粧品を持ってまた私の後ろに立った

美希「…とびきり変なメイクで稽古したくなかったら、それ以上踏み込んで来ないで」

「…いいわよ?私の専属スタイリストがしたメイクだもの。どんなに変でも私は恥ずかしくないわ」

脅しのつもりらしいが、そんな子供みたいな脅しで引き下がるわけないだろうに
美希はため息をついて、私の化粧を再開した

美希「…いつか芸者みたいなメイクでテレビ出してあげるね」

「ええ、楽しみにしてるわ」

皮肉を言い合って、互いに小さく笑い合う
美希は化粧に戻って、真面目な顔で話始めた

美希「…プロデューサーの中の美希を、壊したくないから…かな」

「…意味わかんない」

美希はだろうねなどと言いながら、笑う

美希「10年前とは、変わりすぎてるから。10年前の星井美希のイメージを、壊して欲しくない。今の私なんて、知らないでほしい」

…プロデューサーがそんなことでイメージを変える奴ではないことくらい、美希も分かっているだろうに

「考え過ぎよ」

美希「そうかもね…そうだとしても…今の私を星井美希として見て欲しくないの」

「…あっそ」

…まあいい。そんなことは私の知った所ではないし、あいつが美希をこのまま放っておくこともないだろう
その辺はあいつに任せておけばいいか

美希「はいできた」

最後におでこを叩いて、美希は自分の椅子に戻った。

「事ある毎におでこ叩いてんじゃないわよ」

化粧の邪魔してやろうかと思ったが…変な化粧のまま出られても困るのでそれはやめておこう

「…先行くわよ」

とりあえず動きやすい服に着替えて、先に楽屋を出た。

…プロデューサーのイメージを壊したくない…か
そんなことで悩んでいる奴が、765プロに何人いるだろうか。
とりあえず確定は3人だ

その中でも美希は際立って見える。変わりすぎて、戻すこともできないのだろう。

…ま、そんなことはあいつに任せておこう。協力するとは言ったがそんな所まで人に踏み込むことは、私にはできないから

それに、私はあいつを、そこまで信用してないもの。一人で頑張ってあいつが駄目だったら…骨折り損じゃない

ではまた来週

第三十九章 P「舞台の稽古」

伊織と別れたあと、言われた通り、団員さん達に挨拶をして回った。

皆最初は怪訝な顔だったが、伊織と美希の保護者だと分かるとみんな親しげに話し掛けてくれるようになった。
保護者ってか俺の方が年下だけど

「伊織と美希は、どうですか」

ステージの一番奥で皆を見ていた女性…要する所の団長さんに、話しかける。

すると団長は笑って、ステージの方を指差した

団長「…ふふ、見れば分かりますよ」

照明が消えて、暗転。
点いたスポットライトの先には、髪をアップにした、レッスン服の伊織

そして次に点いたスポットライトには、同じくレッスン服の美希の姿があった。

二人共真剣な顔つきで、セットの木の周りを歩いている

美希「早くこの木を切り倒してよ!」

ステージに、美希の声が響き渡る
その声は美希らしい、透き通った、堂々とした声

伊織「嫌!ここは、あの人の帰ってくる場所なの!」

伊織の声は強く、弱々しかった
自分でも何を言っているのか分からないが…とにかく、そんな感じ
伊織らしい強さと、役にあった弱々しさが、確かにあった

ふと、隣を見るとさっきまで笑っていた団長さんの顔は険しく、真面目な顔になっていた

周りの団員も、皆そうだ。

二人の演技は、人を完全に話に入り込ませる物だった。

すみません時間なので続きは帰ってから投下します

お待たせしました。投下します

伊織「お疲れ様でしたー!」

美希「お疲れ様です」

舞台が終わると、団員数名から拍手が聞こえた。そして俺も、稽古とは思えぬクオリティに無意識で拍手をしていた

その拍手にラストのままの格好の二人は笑顔で挨拶した

伊織はともかく、美希の笑顔はこっちに来て初めて見たかも知れない

団長「お疲れー」

拍手が止んだ頃に、隣から笑顔の団長がステージの方へ歩み寄って、二人と話をし始めた

…なんというか、律子みたいな人だなと思った。仕事とそれ以外の分け方がキッチリしている。そんな印象を受けた

と、すれば伊織とも美希とも、相性は良さそうだ。団長さんの中身を知らないからなんとも分からないが。

少しすると話が終わったらしく、二度目の稽古が始まった

二度目は二度目で一回目とはまた見方が変わる。演技の細かさだとか、台詞の早さだとか。
最も俺は舞台なんて小学校以来なので見たところでいいのか悪いのかなど分からないが

…舞台か。10年前の営業にも入れてみようか
春香とか貴音とかは中々いい演技をしそうだ。アイドルの仕事なのかと言われれば少し考えてしまうが…それは今も同じだろう。

後で入ったきっかけとか聞いてみよう…
10年前の心配なんかしてる場合じゃないけどな

「…ふー…」

二度目の稽古が終わると、休憩時間に入った。
二人は団員の人と話していたので、ジュースでも買っておこうと外に出た。

外はすっかり晴れ。さっきまでの雨が嘘のようだ

「あ、どうも」

団長「ん…ああ、どうも」

外に出ると、灰皿前でタバコを吸っている団長さんに出会った

何気なくポケットを漁ると、煙草が一箱入っていた。
そういえば二日目くらいに買ってそれっきりだったか

団長さんの隣に立って、煙草に火をつける。
息を吸うと肺の中にやたらと懐かしい味が漂った。

「…どうですか、二人は」

さっきと同じ事を聞くと、団長さんは一息吸ったあと

団長「…プロデューサーさんはどういう感想持たれました?」

「…大きくなったなあと」

言ってから、事情を知らない団長さんには意味がわからない言葉だと気付いた。

慌てて訂正しようとすると団長さんは笑いながら頷いていた。違う意味で受け取ったようだ

団長「大きな彼女達しか知らない私でも、彼女達の演技は大きくなったと思います」

団長「3年前に出会ってから、二人は大分大きくなりました。だからこその主役抜擢です」

団長さんは火を消してスタジオに入って行く。二人はどうか、なんて主役になってる事から既に明らかだったわけだ

「これからも、お願いします」

団長「あんたもね」

団長さんは右手を振りながら入って行った。
…俺もあいつらのこれからもこれまでも、お願いできるなら、されたい

…10年の俺は、何を考えて俺を呼んだのだろう。
それも一ヶ月という短い期間だけ

…考えても仕方ない。とりあえず今は二人の仕事を見ておかないとな…

タバコの火を消して、ジュース3本買ってステージに戻った

団員の人の分買っておけば良かったかと思ったが…全員を把握しているわけではないしまあいいか

美希「…お先に」

稽古が終わると、皆に笑顔で挨拶を済ませて、不機嫌そうな顔で俺の隣を通って出て行った

仕事とそれ以外の分け方がキッチリしている。うんうん

伊織「何一人で納得してんのよバカ」

あきれ顔の伊織にデコチョップされた。口には出てなくても顔に出ていたらしい

「…俺ってとことん美希に嫌われてんなーと思ってさ…」

伊織「…そうかもね」

慰めの言葉を期待していた訳ではないが、結構バッサリ言われてしまった

伊織「着替えてくるわ。ここで待ってて」

「了解…あ、これ、二人で飲んでくれ」

伊織は缶ジュースを受け取ると早足で楽屋へ歩いて行った。
さてと、伊織が帰ってくるまで何をしようか

第四十章 P「理由で原因」

団員の人と話していると、楽屋からは先に美希が出てきた

「美希、お疲れ様」

団員の人の前で挨拶するとどうなるのかと思ったが、帽子で顔を隠したまま、頭を下げて出て行った。

どれだけ嫌われているのだろう。ここまで来たら逆に微笑ましい
っていうか今ので好感度下がってそうだ

伊織「何してんのよ馬鹿」

その後ろからあきれ顔の伊織が出てきた。

「バッドコミュニケーションの連続でちょっと挫けそうになってた」

伊織「勝手に挫けてなさい」

ポケットから車の鍵を取って、スタスタと車へ行ってしまった

特に用事があったわけでもないので挨拶だけ済ませて、駆け足で車に戻る

お嬢様の機嫌を損ねてないといいけど…
車のドアを開けると待ちくたびれた様子の伊織が助手席に座っていた

伊織「…立ち直った?」

「お陰様で」

伊織「…喫茶店でいいかしら」

さっき渡した缶ジュースを飲みながら、昼飯の場所を指定する伊織
…指定されても分からないので結局伊織が案内するわけだが

「…っていうか大事な話なら車の中の方がいいんじゃないのか?」

伊織「…あんた私が喉乾いたらすぐジュース買ってくるわけ?」

…どんだけ長い話になるんだ

伊織「いいから早く行きなさい」

「へいへい」

…この後ナビは必要ないと思っていたらしい伊織のお陰で、数十分迷った

伊織「はぁ…疲れた」

数十分の迷子の末たどり着いたのは昨日社長に話を聞いた喫茶店の近くだった

「この辺結構喫茶店あるんだなー」

伊織「…ここは…雪歩と会った喫茶店よ」

…そういえば雪歩は伊織が連れてきたのだったか

ドリンクお代わりし放題か。10年前にこんな喫茶店は在っただろうか
…帰ったら探してみよう

とりあえずオレンジジュースとコーヒーを頼んで、伊織は話を始めた

伊織「…さてと…あんたが入院した原因だったわね」

伊織「あんたはあんたが入院した日…5月5日について、どのくらい知ってる?」

…こどもの日、と答えそうになったが、そう言う事ではないだろう
要するに俺にとっての4年後…この時代にとっての6年前のことだろう

「…伊織のバースデーライブを1日早めたんだっけ?」

伊織「ん…それは知ってんのね」

「まあ、成り行きでな」

成り行きっていうか春香の待ち受けを覗き見ただけだが

運ばれてきたオレンジジュースを飲んで、伊織は一度深呼吸をした

伊織「あんたの入院理由は…交通事故よ」

「交通事故?」

交通事故で、何故伊織が悪い事になるのだろうか

伊織「っていうか、轢き逃げね。あんたを轢いた後逃げて…まぁそいつはすぐ捕まったのだけど…」

伊織「…私のファンだったのよ。そいつ」

…あー…なんとなく話が見えてきた

伊織「要するに隣を歩く男が私の彼氏だと…勘違い。裏切られた気分になったから私を轢き殺そうとした」

伊織「それがたまたま私に触れる直前に気付いたあんたは私を突っ飛ばした。私はかすり傷で、あんたは撥ねられて植物人間」

「…そりゃあまた」

ひどい勘違いもあったもんだ
765のホームページにプロデューサーって書いてあるだろうに。

伊織「…私が迂闊だったのよ。バースデーライブを早めて、誕生日当日に男と二人で変装なしで歩いてたら…そりゃ怒るわよね」

それで殺そうとするのは良く分からないけれど。なんて笑いながら、ジュースのお代わりを頼む伊織

伊織「…ま、これが物語の顛末よ。今の765プロが始まった理由であり、何の間違いかであんたがこの時代に呼ばれた原因」

伊織「だから私はあんたにそれを話す役目を負わなくちゃいけないし、あんたの望みなら皆の助けをしなくちゃいけないわけ」

そう言って伊織はジュースを飲み干して、またお代わりを頼んだ

「まあ、俺はそれを聞いても消えなかった訳だし…よかったんじゃないか」

伊織「…そう。真美、そんなことまで言ったのね」

真美が言ったのは確定らしい。
そんなことを言いそうなのは真美くらいって事なのだろうか

伊織「…この話をしようがしまいが、あんたは1ヶ月で消えるんでしょ?」

良く考えたらそれもそうだ。
…ってことはやっぱりあの時真美に言っておけばよかったか…

帰らぬ過去を後悔しながら、コーヒーをお代わりすると、伊織は真剣な顔で

伊織「…あんたはどうして、私なんかを庇ったのかしらね」

「…は?」

話が終わったかと思ったら何言い出すんだこいつは

伊織「あの時私が轢かれれば、あんたが入院して皆が悲しむことも、あんたが10年前から飛ばされることも無かったじゃない」

皮肉かと思ったが、結構本気で言っているらしい。
そんなくだらない事を、もしかして6年間ずっと考えていたりとか、するのだろうか

「…あのな伊織。もし仮に伊織が轢かれたとしても…悲しむ人の数は変わらない。むしろ身内がいる分、増える」

「どっちもが轢かれないならそれが一番だけど…それが出来ないのなら、多分それは最良の結果だったんだ」

カップに残ったコーヒーを飲み干す。
喉に苦い味が広がる

「それにな伊織…子供を守るのは大人の役目なんだよ。昔から…多分、今でも」

「その時の俺もさ、おんなじ事を考えたんだと思う」

こんな言葉で伊織が救われないのは分かってる
それでも、これが伊織の疑問の、答えになる筈だから

伊織「…何よそれ…自己犠牲なんて、格好良くもなんともないわよ…」

「んー…じゃあ、もう一個理由を上げてやろうか」

伊織の重荷が一つでも下りれば
俺が居なくなるのだから、全てを6年前には戻せない

「俺がお前らの…いや、伊織の、プロデューサーだからだよ」

それでも、誰かの考え方くらいなら…俺でも6年以上前に、戻せるんじゃないかって思うから

伊織「…この…バカプロデューサー…」

伊織は下を向いてボソボソと話し出す

伊織「そんなの…なんの理由にも…なんないわよ…バカ」

伊織は下を向いたまま、目を擦る。
何度も何度も擦って、そして

声を殺して、泣き始めた

伊織「…あんたが来てから4回目よ」

「…何がだ?」

泣き始めて5分程経った。
伊織の嗚咽も、涙も止まったと思ったら、伊織は赤い目で顔を上げた

伊織「なんでもないわ…帰るわよ」

「ん…おう」

伝票を俺に渡して、さっさと車に戻って行った

あれだけ飲んだのに本当にドリンク二杯分の値段しか取られないことに改めて驚愕しながら、支払いを済ませて車へ

車には伊織がいたが…さっきとは違い、待ちくたびれた様子はない。なにか考え事をしているようだ

「…じゃ、帰ろうか。直帰でいいのか?」

確かこの後、伊織に仕事はなかった筈だ。帰って美希と話をしようかと思ったが、美希には仕事が入っていたので多分もう出発しているだろう

伊織「事務所でいいわ。今日は他に用事があるから、新堂が車で迎えに来んのよ」

…新堂さん車運転できるのか。本当に何歳なんだあの人

「了解」

とりあえず事務所へ向けて出発。
それから何度か話を振ってみたが、相変わらずなにか考え事をしている様子なので、ラジオを流しながら無言で車を走らせた。

伊織「…やっぱりおかしいわよ」

「…ん?」

もうすぐ事務所に着くという所で、伊織が口を開いた。考え事は終わったらしい

伊織「今あんたがこっちに来た日、5月1日のことを思い出してたんだけど…」

伊織「落ち着いて考えると貴音の発言はどう考えてもおかしいのよ」

「…おかしい?」

伊織はまた少し考えていたが、やっぱりおかしいわ。と言いながら頷いて、こっち

伊織「あいつ、よく考えたら手紙の発送日時は先週って言ってんのよ。先週も何もあんたは6年前から動けないのに」

「…聞き間違いじゃないのか?」

あの日は皆気が動転していたから、聞き間違えてもおかしくない。

伊織「そうかもしれないけど…貴音は、今回の件に関してあんまりにも詳しすぎる」

伊織はその後すぐに考え込んだ。
気になる所で話を切られたが…残念ながら車は事務所に着いてしまった。

話の続きを聞こうとしたが、伊織はドアを開けて、

伊織「…気をつけなさい。今回の件に一番深く関わってるのは…貴音よ」

そう言い残して向かいの駐車場に止まった黒い車へ駆けていった。

よく見るとその車の隣に新堂さんが立っている…10年前より少し老けているが…相変わらず元気そうだ

…貴音、か

ではまた来週

第四十一章 P「貴音の仕事」

事務所に戻ると、中には音無さんが一人だけだった

「ただ今戻りました」

小鳥「あ、お帰りなさい。」

音無さんはディスプレイから顔を上げてニコッと笑って、給湯室に入って行った

机に戻って仕事をしようと思ったが…
さっきの伊織の言葉が引っ掛かって、ホワイトボードで貴音のスケジュールを探す。

…3時から貴音の仕事があった。
伊織の聞き間違いかも知れないが…一応、聞いてみたい

仕事が終わったあとで…飯にでも誘って、それから聞いてみよう。

とりあえずの予定を決めて、自分の椅子に戻ると、丁度音無さんがコーヒーを持って来てくれた

「ありがとうございます音無さん」

小鳥「…?」

音無さんはコーヒーを置くのを少し躊躇ったが、すぐに元に戻って、机にコーヒーを置いた

「…どうかしました?」

小鳥「え?ああ、なんでもないです」

何かを誤魔化すように自分の机に戻って行った

何かおかしな所があったのだろうか…でもすぐに戻ったってことは…俺の仕草が何か10年後と違った…って所か

…音無さんの中ではまだこの時代の俺が仕事をしているのだろうか

聞いてみようかと思ったが…音無さんは自分の仕事に熱中しているようなので、やめた

俺も自分の仕事しないとな

貴音「おはようございます」

しばらく自分の仕事を黙々と片付けていると、一人静かに貴音が入ってきた。

「おはよう」

小鳥「おはよう貴音ちゃん」

貴音に気付いて手を止める。
仕事の進行状況を考えて…うん、これなら大丈夫そうだ

「音無さん、今日は貴音の仕事、俺が着いていきますね」

小鳥「あ、はい。了解です」

貴音「…ふふ、それは心強いですね」

貴音はソファに鞄を置いて、ホワイトボードを確認し始めた

出発までまだ少し時間はあるし、少しでも仕事を終わらせておこう

再びキーボードを叩くと、音無さんが机にいないことに気付いた

しばらく周りを見回してみたら、ホワイトボードで貴音と話をしている。
スケジュールの変更だろうか

「…うし」

一人だけ仕事するのもなんだか寂しい
自分のカップを手にとって、給湯室へ入った。

ついでに貴音にコーヒーでも入れてやろう

「うい、貴音」

貴音「ありがとうございます」

コーヒーを入れ終えて再びソファに戻ると、スケジュールの変更は終わったらしく、音無さんは自分の机に戻っていた

ソファにいる貴音にコーヒーを渡して、向かいに腰掛ける

「貴音、今日の仕事終わったら飯でも食いに行こうか」

貴音「…!宜しいのですか?」

貴音の顔がパーっと明るくなった。

「おう。ラーメンでもうどんでもなんでもいいぞ」

…カロリー制限内でな
それにしても今日の仕事はグルメリポートだった筈なのになぜ帰りの食事をこんなに嬉しそうに喜べるのだろう。

貴音の胃袋に限界はないのだろうか…

貴音「ふふ、では行きましょうあなた様。善は急げ、ですよ」

「お、おい貴音…」

貴音に手を持って、早足で引っ張られる

「音無さん!いってきます!」

小鳥「はーい。いってらっしゃーい」

音無さんはソファでコーヒーを飲みながら小さく手を振る

事務所の扉を閉めると、再びワクワク気分の貴音に腕を引っ張られる

「貴音、そんなにラーメンが嬉しいのか?」

貴音「ええ、勿論」

…どんだけラーメン好きなんだ
アイドルとしてどうなんだとため息が出た。

しかし階段を降り切ると貴音は立ち止まってこっちを振り向いて、笑う

貴音「それに…貴方様は、私に話があるのでしょう?」

…かなわないなあ。貴音には

「まあ、ちょっとな」

貴音「ちょっとで結構ですよ。それに…私も、貴方様に話がありますから」

貴音はいつもの不思議な雰囲気で微笑んで、車へ歩いて行った

不思議すぎるな…貴音は
仕事が終わるまで我慢できるか不安になってきた

…でももし、伊織が言っていた事が本当なら、多分今すぐ話始めても仕事までに話は終わらないだろう

心のどこかで伊織の聞き間違いであることを願いながら…運転席に乗り込んだ

いくら気になっていることがあると言っても、仕事は仕事
着いてきた以上は営業に勤しむ

それに貴音が全く気になっている素振りを見せないのに、俺がそわそわして仕事に集中しないわけにも行かないだろう

「ああ、すみません。そこはダメです」

貴音の番組はラーメンを食べているだけなので俺が口出しする必要はないだろう

その間に他の打ち合わせを済ませながら、貴音の仕事の様子を確認する

…どこにあれだけの量が入るのだろう
10年で身長色気ミステリアスの他に胃袋も成長していそうだ…
こんな失礼なこと本人には言えないけどさ

「ここでしたらこっちの都合もいけます」

っていうかアイドルの仕事なのか?これ
ラーメン三十発!マシンガングルメレポート!って…

明らかに大食い芸人の仕事だろこれ
未来での貴音の扱いが少し見えてしまった気がした

貴音「お疲れ様でした」

結局貴音はラーメン30杯を綺麗に汁まで完食した。
大食いとか成長とかじゃなくて最早怖いだろこれ

しかし10年の間に色々あったらしく、貴音が30杯平らげても誰も怖がったりしない。っていうか今日少し調子悪かったんじゃない?などと声を掛ける人までいた

貴音「ええ、この後まだ昼食が残っておりますので」

…この後の飯の為に貴音なりに手加減しているらしい。別に喫茶店とかでいいんだが…

「お疲れ様、貴音」

貴音「はい。お疲れ様でした」

貴音はニコッと笑って、楽屋に入っていった

この色々と変わった765プロで、貴音だけは相変わらずで、少し安心した

…まあ、それもこの後次第だが

少しすると貴音が鞄を持って楽屋から出てきた。少し化粧を落としたようだが、それ以外は特に変わっている様子はない

貴音「…さ、行きましょうか」

ああ、あと…雰囲気が少し真面目になっているのもさっきと変わった所か

「おう」

どうやら聞き間違いとかで済みそうに無い

「…で、またラーメンか」

ちょっと化け物じみてて真剣に怖えよ

貴音「ラーメンは文化。ラーメンは進化。ラーメンは可能性…でしたか」

「ん…ああ、確かな」

進化してるのはラーメンじゃなくて貴音だろうけどな

「…そういえば生っすかはどうなったんだ?」

10年前に放送終了が決定したが、時間を変更することで放送再開
765プロといえば、と言わんばかりの知名度を誇っていた生っすかレボリューション

春香が大好きだった番組だったが…また放送終了したのだろうか

貴音「…生っすかは、765プロが集まれる、もう一つの場でした」

貴音「…雪歩も真も千早もやよいも…春香すらもいない生っすかに…本当に価値などあるのでしょうか」

…ってことはやっぱり元を辿れば俺のせい

そろそろ一発殴っても誰にも怒られないだろう。

貴音「…そういうわけで水瀬伊織の提案で生っすかは無期限の放送休止ですよ」

「…そうか」

伊織の提案か
確かに…伊織はそういうことに意味を求めそうだ
意味もなくダラダラと続けるなら、さっさと辞めた方がいい。

…伊織と俺の思考は、結構似てるのかもしれない

貴音「さて、貴方様…話が、あるのですよね?」

…閑話休題
話を振るタイミングが掴めなかったが、貴音が振ってきてくれて良かった

「…初日の会話をもう一回思い出すとさ」

伊織が思い出したんだが、今は黙っておいた
伊織の聞き間違い、で誤魔化される可能性があったり、もし本当に聞き間違いだった時、伊織の信頼が下がるよりは俺との信頼が下がった方がいいだろうしな

「俺のタイムスリップの顛末が書いてある手紙が届いたのは…先週だって言ってたよな?」

貴音の顔付きが少し険しくなった
険しくなった顔でラーメンを啜っているので大分シュールだが

「俺は植物人間だったんだろ?先週の俺から手紙が届くってのは…有り得ないんじゃないか…って思ってな」

いくら未来とはいえ、自分の事を植物人間だと言うのは、少し変な感じだ

貴音は俺の話が終わると小さくため息を着いた

貴音「…では、貴方様の認識について少しずつ直してまいりましょう」

貴音はまさに「面妖な」笑みを浮かべた

第四十二章 P「貴音の知っている事」

貴音「まず…私は貴方様から「タイムスリップの顛末が届いた」などと申し上げた覚えはありません」

「…え?」

…思い返せば、確かに言ってない気がする…が、その場合貴音がタイムスリップについて知識を持っているのはおかしくなる

貴音「貴方様から届いた紙に書いてあったのは、貴方様が来るのが5月1日だということだけです」

貴音「これがどういうことか、分かりますか?」

…貴音が聞いたのは、俺がこっちにくるのは5月1日だと言うことだけ
なら、それより前にこのタイムスリップについては知識を持っていたということになる

貴音「…それが二つ目の認識の相違点」

貴音「貴方様が思っている以上に、私はこの件に深く関わっている、ということですよ」

貴音はラーメンを完食して、汁を飲み干す。伊織と話した時のコーヒーとのギャップが、少し面白い

「深くってのは?」

貴音「…貴方様のタイムスリップを計画したのも、それを起こしたのも、私です」

「…はい?」

深く…っていうか、主犯じゃないか

「…主犯は俺じゃないのか?」

貴音「確かにタイムスリップを願ったのは貴方様ですが…実際に起こしたのは私です」

要するにタイムスリップを企てた植物人間の代わりに行動を起こしたのは貴音ってことか

貴音「…そして3つ目ですが…」

貴音「私も、嘘はつきます」

「…要するに?」

回りくどいのが貴音らしくはあるが、回りくどすぎて分からない

貴音「手紙は確かに貴方様からですが、出したのは私です。最後の一ヶ月にしたい事も推測ではなく聞いたことです」

あー…そういう意味か
初日に話した事は、殆ど嘘だった訳だ

貴音「律子嬢にも聞かれたくない話というのもあるので…要は貴方様を呼び出すための嘘です」

貴音「そして、あの手紙はあの場で律子嬢を納得させるためのロシア語の暗号文です。」

ロシア語だったのかアレ…
手紙の内容を思い出そうとしたが、難読だったので覚えていなかった。

貴音「あれはロシアの文字をキーボードに置き換えてローマ字で変換して…まあ、生前の貴方様と戯れで作った暗号です」

と、思ったけど思い出しても意味はなさそうだ
っていうかロシア語なら伊織が分かるはずだし、そりゃあそうか

貴音「さて、では律子嬢にも聞かれたくない話を始めましょうか」

律子に聞かれたくない話
初日は律子が居たから話せなかった話

それをするために貴音は初日に嘘をついた

貴音「まず…貴方様のタイムスリップについて」

貴音「貴方様のタイムスリップで私がしたことは、ただの百度参りです」

「…百度参り?」

もっと変な発明とかかと思ってた
10年後ならタイムマシンとかあるのかと

貴音「ええ。願いの事だけを考えながら、100回神に参る、と言う奴です」

「…どこの神社に?」

そんな素敵な効能を持った神社なんてこの辺りで聞いた覚えがない

「…ふふ、そうですね…「ざあど」でも聴いてみては如何ですか?」

「…?」

ざあど…ZARDか?
深く聞こうと思ったが、貴音は一度咳払いで場を仕切りなおすと、真面目な顔で話を再開した

貴音「今から2週間ほど前でしょうか。病室に私だけになった時に一度、貴方様が目を覚ましたことがあるのです。消える前のロウソクは…という奴です」

貴音「百度参りは元々もう一度動ける様に、という願いでしたのでそれで十分叶っていましたが…」

「…最後の願いか?」

貴音はゆっくり頷く。
俺の最後の願い。最後のプロデュース、か

貴音「言葉は変えずに意味だけを変えた、という所でしょうか。その後1週間百度参りを続け、無事やり遂げたのですが」

貴音「神を欺こうとしたのがバレたのか、貴方様に動ける喉と体を差し出さず、動ける頃の貴方様を差し出した」

貴音は俺の顔を見て、小さく微笑んだ

貴音「百度参りを終わらせてすぐに、再び病院で貴方様が目を覚ましまして」

貴音「御自分の事ですから、なんとなく分かっていたのでしょうね。6年以上前の、自分が来ると。」

…話が濃すぎて胃もたれしそうだ
真美の言う通りだ。非現実を掻き集めたような、そんな出来事だ
最も真美はそういう意味で言ったんじゃないだろうが

貴音「その日、貴方様と打ち合わせをして…念のための予防策に貴方様に手紙を書いて頂き、郵便局に出した、と」

貴音「何か質問は御座いますか?」

突然話を振られて、少し跳ね上がってしまった

「俺が後一ヶ月しか居られない、ってのは?」

貴音「…タイムリミットの一ヶ月は、貴方様に聞いたことです。理由は、教えてもらえませんでしたが」

…自分の事だから、ってことか?
俺は俺で一体何者なんだよ…

猫とか老人は自分の死期をなんとなく察する…みたいな奴か?

貴音「…さて、では次にそのタイムリミットについての話をしましょうか」

「…おう」

貴音「これはおそらく…あなた様がいた時代に置いてきた体と、今ここに存在する精神が繋がっていられる時間の限界です」

貴音「あくまで推定でしかないですが…一ヶ月以上の時をこの時代で過ごすと精神と体のりんくは切れ、動かないあなた様、ようするに死体だけが残るわけです」

…おおう、それは…多分一番避けたい事態だ
多分この時代には居続けるんだろうが、10年前の俺はなんかの理由で死んでしまって…って事だろう。

…あれ…そうなるとこの時代に俺が居続けたとしても、10年前の俺は死んでいるわけだから…結局消えるのか?

貴音「…と、これは精神だけのタイムスリップなら可能と言う前提での話です」

貴音「なのでもう一つの仮説として…この時代はあなた様が見ている夢なのかも知れません。」

…夢?

貴音「今貴方様がいるこの時代は、10年前に貴方様がベッドで見ている「夢」に過ぎない」

貴音「それなら世間一般的に不可能なタイムスリップをした理由も、まぁ分からないことはない…と」

貴音「…まあ、どちらも私の考えた推測…仮説に過ぎないのですが」

…夢、か
…夢、なぁ

「…難しくって俺には分かんないよ」

貴音「…ふふ、そうですね…これではあまりに、難しすぎますね」

貴音はラーメンの替え玉を頼んだ
話が難しくてシリアスなのに、それをラーメン屋でやるあたりさすが貴音だと尊敬する

貴音「…さて、貴方様の疑問も解けた所で私の疑問の解決へ行きましょう」

「…疑問?」

これだけなんでも知っている貴音の疑問。
そんなもの、俺にどうこうなるのだろうか

貴音「…とは言っても一つだけですし…おそらく貴方様の無意識がする事でしょうが」

聞かれる前に結論出てるじゃないか
それ疑問じゃないだろ…ため息をつくと、貴音は真面目な顔になって、言った

貴音「…貴方様は小鳥嬢を…なんとお呼びですか?」

真面目な顔で、貴音はそんなことを聞いた

「…音無さんだけど」

真面目な顔になって聞くものだから、内容のしょうもなさに唖然としてしまった

そんなこと、いまさら聞くことでもないだろうに

貴音「ふむ…おかしいですね」

と、思ったが貴音の真面目な顔は続く。
俯いて、何かを考え込んでいる

貴音「貴方様はこちらに来てすぐの頃は…小鳥嬢のことを「小鳥さん」と呼んでいたはずですが」

…へ?

何を言い出すのだろう、こいつは

「俺が音無さんのことを小鳥さんだなんて呼ぶ訳無いだろ?」

年上を下の名前で呼ぶ度胸はない
あずささんは呼ぶよう言われて呼び出した訳だし

貴音「それについて小鳥嬢が不安そうにしておりましたよ」

…さっきのはスケジュール確認かと思ったが、それの話か

「それが、俺の無意識っていうのは?」

貴音「…これは先程のタイムリミットが10年前の貴方様の体と精神がくっついていられる時間、という説である前提での話ですが…」

貴音「入ったばかりの精神の貴方様は、馴れるまで体の操作が完璧ではない、というのはどうでしょう」

…なんともアホらしい話だ。
これをいい歳した男女がラーメン屋で真剣に語らう話だろうか

でももし、音無さんの言う事が本当なら…それはアホらしい話、なんて簡単な流し文句では片付けられない物になる

「体の操作、か」

貴音「なんでもいいですから…何か自分の体で10年前と変わった事、ありませんか?」

10年前と変わった事なんて、数え切れないような気がするが…

「…あー…」

貴音「何かありましたか?」

そういえば劇的におかしいものが一つだけ、あった
こっちにきて1週間になるが…

「なんか、夜寝れないんだよ。3日目辺りに1回寝たっきりだ」

貴音「…ふむ、眠れない、と」

貴音はポケットからメモ帳を取り出して、メモをし始めた。

今回のタイムスリップを纏めて本でも出すのだろうか

「あとタバコの煙がやたら懐かしかったかも」

貴音「…貴方様、タバコ吸っておられたのですか?」

「え…おう」

貴音も知らないのか
…俺も10年前に本当に吸っていたのか不安になってきた

貴音は少し首を傾げたが、それもメモして、ポケットにしまった

貴音「ふふ、本当に此度の現象は未知ばかりで…実にそそられます」

「あはは…楽しそうだな」

貴音はなんだかイキイキしているように見えた
そりゃあタイムスリップなんて出来事、知り合いが体験したらイキイキもするか

貴音「知るべき事が芋づる式に湧き出てきますから…探究心に終わりがないのが嬉しいのですよ」

貴音「今回のことについて知れば知るほど…貴方様の助けになるかもしれませんから」

…貴音はいい子だなあ
いい子、とは言っても身長も年齢も、俺の方が下になってしまったが

貴音「さて、では最後に二つ程度助言と参りましょう」

「…助言?」

正直何をすればいいか分からないこのタイミングで、今回のことに深く関わっている貴音の助言は嬉しいが…

貴音「まず、最近眠れない件について」

…まあ、何からすればいいか、なんて助言はもらえないか
最もそんな助言をもらったら最後のプロデュースをしたのは貴音になっちゃうしな

貴音「これは貴方様の体の操作が完璧ではないから、とした場合、眠れないのは後数日程度だと思いますよ」

ああ、よかった。
不眠は解決するらしい。夜中特にすることもなく暇をつぶすのは飽きてきていた所だ

貴音「…最後に貴方様の成すべきことに関して」

貴音「貴方様はやよいと千早を…連れ戻すおつもりと聞きましたが」

「…?そのつもりだけど」

貴音は神妙な顔をする
社長もそうだが、なぜこんな微妙な顔をするのだろうか

貴音「…貴方様、この時代の貴方様が貴方様を呼んだのは、決して皆を再び765プロに戻すため、ではないのですよ」

「…じゃあなんのためだと?」

今度は俺が微妙な顔をするハメに
最後のプロデュースっていうなら、それが最善の結果だと思ったが…

貴音「貴方様のしたかったことは最後のプロデュース。5年の間、楽しんだ貴方様の、恩返しです」

貴音「…そこだけを、見間違わないようにしてください」

…それだけ言って、貴音は勝手に支払いを済ませて、出て行った

どうせ車なんだからそんな格好良く退場しなくてもいいだろうに…

「…恩返し…か」

恩返しだけじゃない。
貴音の話は…なんか、色々と驚きだった

…多分、次に伊織に会ったときに貴音について聞かれるだろう
何を話して何は話さないか…決めておかないとな

「…はぁ」

口から溢れ出たため息は何によるものだったのか…自分でもわからなかった

長いのでここらで一区切り
それではまた来週

投下します

「ただいまー…」

事務所に着くと貴音はすぐに帰ってしまったため、一人で事務所の扉を開ける

事務所の中には音無さんと…

「…あれ、伊織?」

何故かソファに腰掛ける伊織の姿

伊織「おかえり」

「お、おう…用事は?」

伊織「終わったわよ。そのまま直帰の予定だったんだけど…あんたが貴音に着いていったって聞いたから待ってたのよ」

…なるほど
伊織も気になっていたようだ

伊織「貴方の疑問についてはプロデューサーに伝えておきます…ってメール来たのよ」

…ん?

「音無さんに聞いたんじゃないのか?」

伊織「ん…小鳥にも聞いたけど、用事中に貴音からメールが来たから寄ったのよ」

…あいつ、説明全投げしやがった

伊織「んで?私の疑問について、教えてもらえないかしら?」

…とりあえずコーヒーでも入れよう

「…貴音に言われたのはこの位だよ」

結局何を行って何を言わないか、決める時間もなかったので…全部話してしまった
とりあえずの策として、俺が一週間眠れていないことと、小鳥さんの呼び方については黙っておいたが。

伊織「やっぱ1枚噛んでたのね…」

「1枚どころか3枚くらい噛んでたよ」

…まあ貴音が噛んでるのが765プロで一番予想しやすいが。

「…」

伊織に話すことで、俺の中で軽くでも頭を整理できた

整理すると今回のことの異常さに気付いて…

伊織「な、なによ」

気が付くと伊織の頭を撫でていた

今触っているこの髪は、本当に触っている髪なのか、それともただの夢なのか

「…夢なんかじゃ、ないよな」

伊織「…馬鹿ね、そんなわけ無いでしょ」

伊織は俺の腕を掴んで、手を握った

伊織「この手の感覚を感じられるなら…それはきっと現実よ」

伊織「今の世界がただの夢なんて夢みたいな話、考えても答えなんか出やしないわよ」

「…そうだな」

正直にそんなこと気にしてても…仕方ないよな

今の時代が夢だろうが夢でなかろうが、結局やることは変わらない。

伊織「…じゃ、帰るわ。ちょっと長居しすぎたわね」

小鳥「いいのよ。皆がいなくて私も寂しいんだから」

伊織は手を振りながら出て行った

再び事務所には二人だけ。10年前と比べると随分と寂しくなったものだ

「…えっと、小鳥、さん?」

小鳥「はい?」

下の名前で呼ぶのは何となく、恥ずかしい。

「名前と名字、どっちがいいですか?」

小鳥「…貴音ちゃんに、聞いたんですか?」

頷くと小鳥さんは少し考えたあと

小鳥「私はどっちで呼んでもらっても構いません」

小鳥「人の呼び方っていうのは何でもいいんですよ。それが相手を指しているとだけ伝わればいいんです」

「…そうですね」

美希のあだ名にしろ亜美真美のあだ名にしろ、相手を指している事だけ伝わればそれでいいのだろう

「えっと、じゃあ、小鳥さん」

小鳥「…はい」

「改めて、よろしくお願いします」

小鳥「はい」

「…なんだか、プロポーズみたいですね」

…小鳥さんは暫く考えていたが言葉の意味を理解したのか林檎のように顔を赤くして、ジュースを買ってくると叫びながら事務所を出て行った

10年前から本当に変わらない人だ

律子「…あ、プロデューサー。お疲れ様です」

「おうお疲れ」

小鳥さんがジュースを買いに行っている間に、律子が先に帰ってきた

「ごめんな、色々迷惑かけて」

律子には、俺がついていけない仕事…真とか、あずささんとかの仕事をお願いしている

今朝メールした時には暇だからいいと言ってくれたが…

律子「いいんですよそんなこと」

律子は笑って、給湯室でコーヒーを火にかけて帰ってきた

律子「そういえば今日千早に会いましたよ」

「ふーん…千早になぁ」

…ん?

「千早に会った?」

律子「ええ、テレビ局で」

出会う確率が低いから千早はどうしようか悩んでいたが…

「テレビ局って、テレビの収録か?」

テレビ局に来るのか。結構遭遇率は高そうだ

律子「どうやら同じ事務所の子の付き添いみたいでしたけど」

律子が再び給湯室に入って、沸いたコーヒーを持って出てきた

テレビ局か…着いていく仕事の数、もうちょっと増やさなきゃな

律子に貰ったコーヒーを飲みながら仕事を片付けていると、真っ赤な顔でプンプンと怒った小鳥さんが、ジュースを飲みながら帰ってきた

最初は酒でも飲んでるのかと思ったが、ジュースはただのジンジャーエールで、どうやら酔っ払ったフリをしているらしい

そんな小鳥さんを見てなんとなく状況を察したのか、律子は大きなため息をついた。
何に対してのため息なのかは分からないが。

小鳥「次やったら横断歩道に投げ飛ばしますからね」

「あはは…すみません」

中々に皮肉の聞いた返し方だ。さすが小鳥さん
二人で笑っていると律子が機嫌悪そうにコーヒーを飲み干して給湯室に入っていった

…律子が怒る前に仕事しよう

「律子、今日後誰か仕事あったっけ」

律子「…深夜に真のバラエティがあるくらいですよ」

真の仕事か…着いていってもいいが美希みたいになるのが目に見えてるしな…
真は事務所で偶然会うのを待つことにしよう

となると…明日行く仕事だけ決めて帰るか
律子もなんだかイライラしてるみたいだしな

「…んー」

朝からは…貴音、響、真美で雑誌撮影と春香とあずささんが地方番組収録か…

…どうすっかなあ

「律子、明日の朝の仕事どっち行く?」

律子「ん…あずささんの方ですけど」

…まあ、そりゃあそうか
響も微妙に避けてる節があるから心配だったが…前にラーメン食ってるし大丈夫か
正直今の手探り状態ならどっちに着いていってもあたりってことはなさそうだしな

「じゃあ俺が貴音の方ついていくよ」

律子「ええ、了解です」

スケジュール帳にメモして、帰ろうかと鞄を手に取った

「…そういえば真ってこの後事務所に来るのか?」

律子「ん…ええ、私の仕事もありますし、私のついていく仕事は基本事務所集合ですけど」

仕事にはついて行かずに、事務所で少し話すだけ…それを狙うくらいなら……

律子「…言っておきますけど、待ち伏せはしないほうがいいですよ?」

…バレバレらしい
顔に出ていたのか、律子はため息をついて、

律子「真にしても美希にしてもあずささんにしても…それなりに理由があってプロデューサーに会わないようにしてるんだと思いますから」

律子「無理な接触は避けた方がいいと思いますよ?」

「…そうか…そうだな」

朝から美希とのコミュニケーション失敗したのに懲りない奴だ

偶然会うのを待とう。避けられてる理由を突き止めるまで、敢えて受身ってのも悪くないだろう

「ごめんな律子。真をよろしく…すみません小鳥さん。先に失礼します」

律子「ええ、お疲れ様でした」

小鳥「はい、お疲れ様です」

再び鞄を取って、事務所を後にした

入り口辺りですれ違うのを少し期待したが、まあそんな上手くいくわけもないか

今日でスレを立ててめでたく1年です。レスは500まで行きましたが物語的には一週間しか進んでいません
ではまた来週

第四十三章 P「大型のバイク」
5/8

「…はぁ」

結局不眠のまま朝8時。
徹夜でケータイって…女子校生かよ

眠くなくて体になんの異状もないという色んな人が喉から手が出るほど欲しがりそうな不眠ではあるが、特になにかすることがある訳ではないのでなんだか時間を無駄にした気分だ

…まあ、いまさら悩んでも仕方ない。
今日こそは寝れる事を祈りながら、朝食を作った。


カップ麺食べながら10年の進化を噛み締めていると、ケータイにメールが来た

この時間に来るってことは昨日は寝ていたのだろう。タイトルに1回、本文の中に6回ほど『昨日はごめんなさい』と入った、雪歩からのメールだった

メールの内容は何気ない普通のものだったが、やたらと誤字脱字が見られるので男だと認識しながらのメールは一応は成功しているらしい

…重症だなあ、雪歩…

残り少ないカップ麺を飲み干して、ゴミ箱に投げる。
10年経ってもゴミを自動で拾いに来てくれるロボットは開発されてないらしい

「さて、と…」

時計は大分いい時間を指している。
少し早く着きそうではあるが…遅いよりはましだろうし…よし、そろそろ出よう

「おはようございます」

事務所に着くと中では眠そうな真美と同じく眠そうな小鳥さんがソファでコーヒーで眠気を覚ましていた

真美「おあよー」

小鳥「おはようございます」

なんで小鳥さんと俺は敬語なのに真美はタメ口なのだろう

いや、今更そんなこと気にはしないが

「真美が一番乗りか?」

真美「ちょっちばかし早起きしちゃってねー」

大欠伸をする真美を見て笑っていると、小鳥さんがコーヒーを持って来てくれた

「ありがとうございます。小鳥さん」

真美「…兄ちゃん、いおりんから聞いた?」

…そういえば真美には言ってなかったか
本来なら最初にいうべきだったのにな

「大丈夫、消えてないよ」

真美「…うん、よかった」

真美は口での反応の割に明らかに安堵した表情を見せた

そんな表情に、でも俺あと1ヶ月で帰っちゃうんだよーなんて、言える訳が無い

勿論後にすれば後にするほど面倒そうなのは分かっている。が…なんつーか、真美には言いづらい何かがある

というか真美は…話すとポッキリ、折れてしまいそうで

嬉しそうな顔で本を読む真美を見ながら、そんなことを思っていた

数十分後、事務所の外から大きな排気音がした
何事かと窓から外を見ると、大型バイクが、事務所の前に止まっていた

「…なんだありゃ」

たるき亭でご飯でも食べるのか?

まあ用事があるのはうちじゃないだろうし、窓から顔を引っ込めようとすると…

遠くから貴音が歩いて来ていた

「…あ」

あのままじゃ鉢合わせだ
別に大型バイクだから柄が悪い、って訳じゃあないが…
あれがうちの事務所を知ったストーカーの可能性もあるし、アイドルと接触させるのはあまり良くない

「…ちょっと行ってきます」

真美「え…あ、うん」

正直貴音ならストーカーでも何とかなりそうではあるが…用心に越したことはない
大急ぎで階段を駆け下りて、表に出ると…

「貴音!」

貴音はすぐそこに迫っていた

貴音「おや、貴方様…」

…貴音がここまで来て何もしないってことは、ストーカーじゃなかったらしい。杞憂でよかった

「…真美が待ってる。響はまだだけど…」

貴音「…?響ならそこに」

貴音の指差す方向にあるのはさっきの大型バイク
運転手はゆっくりとヘルメットを外すと…

「…あれ、響?」

響「気付いてなかったのかよ…」

いや普通気付かないだろ…
…でも、ここは十年後…全員が車やらバイクやらに乗っていても、問題ないんだな

誰も免許を自慢して来ないのですっかり忘れていた

「…すまん」

貴音「ふふ、まあよろしいではないですか。」

響は納得行かない様子だったが、貴音に宥められながら駐車場にバイクを止めに行った

怖いなあ、響…どの方面で売り出せばいいのか真剣に悩むぞこれ…

…いや、もしかしたら響の問題を解決すればあの態度は直るかも知れない。

売り込み方なんかを考えるのは、後でもいいだろう。響の仕事が一切ない、って訳でもないようだし。

とりあえず一度ため息をついて、事務所の扉を開けると、

「あれ、どうした真美?」

真美「ん…いや、響が来たんならお姫ちんも来たんじゃないかなーって」

…真美は響が来たの分かってたのか

「止めてくれればよかったのに」

真美「…あれが響だって言ったら信じた?」

…正直無理だろう。
少なくとも10年前の響しか知らない人には、響が大型バイク乗ってる姿なんか想像もできないと思う

「…っていうかなんで響だけあだ名じゃないんだ?」

真美「ん…なんでだろね」

真美ははぐらかしたまま車へ歩いていった

あだ名で呼ばない理由…?


少しするとバイクを止めた響が帰ってきたので、車のエンジンをかける

「スタジオって前に真美が撮影したとこでいいのか?」

真美「まあ階層は違うけどそこで合ってるよ」

「了解」

一番に助手席に乗り込んでいた真美にシートベルトを締めさせて、出発。

響に何か話しかけようかと思ったがどう考えてもこの間の美希と同じ結果に終わるのでやめた。

「真美はなんか雑誌の撮影とか、そういう仕事が多いな」

真美「…真美は、ね」

何か言うのかと思ったら、真美は、ね。で終わりらしい
真美は何か考えているのか、話しかけても返して来なくなった。

時折後ろの二人に話しかけながら、スタジオへ向かった

響は話しかければ一言二言は返してくれる。美希よりは距離は近いらしい

仕事が始まって一番に思ったが、響は黙ってれば昔のままだししばらくは雑誌撮影中心で仕事を組めばいいのだと気付いた

「伊達に6年回してないか…」

さすが律子だ。色々と参考になる

真美「何一人でぶつぶつ言ってんのさ」

休憩中の真美が歩いてきた。
ステージの方では撮影中の貴音と、ステージ下で響が座っている。
座り方も怖いな響…

「律子は凄いなーと思ってさ」

真美「凄いのは兄ちゃんのせいだけどねー」

肩のサイドテールをすきながら、水を取りに行った

…まあ確かに俺のせいだわな

貴音「真美は…明るくなりましたね」

「ん…ああ、そうだな」

現状一番明るいのは真美なんじゃないだろうか

…最も、すぐに帰ることを、いつかは伝えなくちゃいけないが

「俺が帰ること…皆にいつ言えばいいかな」

貴音に問いかける。
しばらく答えが帰ってこないので貴音のほうを見ると、貴音はじっと俺のほうをみていた

貴音「…貴方様が望むなら、社長と協力してクビになったでも、療養に帰ったでも言えますが」

「それは駄目だ」

今は嘘をつくが…いつかは明かさなきゃいけない
嘘をついたまま一生会えないのは最悪だし…葬式を事情を知ってる人だけで上げるのは、十年後の俺も報われない気がする

即答に驚いた貴音は少し硬直していたが…すぐに笑顔になった

貴音「それでこそ貴方様です」

貴音は考え込む様に下を向いた。
しばらく一緒に考えていると貴音は顔を上げて

貴音「お勧めとしては全員の問題が解決してから、でしょうか」

「…一ヶ月中に終わるのか?それ」

全員の問題が判明してる訳じゃないが…雪歩なんて下手すりゃ一生かかるかも知れないのに

貴音「無理かも…といえば、やめますか?」

「まさか」

少し迷ったけど
皆の為にも、十年後の俺の為にも、辞めるわけにはいかないだろう

貴音は嬉しそうに笑って、ステージの方に歩いて行った

…これで一ヶ月中に終わらなければ、なってもいない病気の療養のために実家に帰らされる、という明確な罰ゲームが決まったわけだ

「頑張んなきゃな」

大きく背伸びをして、ステージの方に向かった

「よっ、調子はどうだ?」

響「…普通」

…まあ普通だろうな
実際撮影が普通なのもあるんだろうが…

「あんまり俺と話したくない?」

響「うぜえ」

響は俺を睨んで、飲み物を取りに行った
…どうすればいいんだこれ

真美「うへへー…みーちったみーちった♪」

飲み物を持った真美が面白そうに笑っている

真美「兄ちゃんが響と不良中学生とその親みたいなやりとりしてるとこー♪」

…なんだ不良中学生とその親って…どういう設定なんだそれ

真美「ま、そんなことはどーでもいいよね」

「…まあ、確かにどうでもいいけどさ」

なんなんだこのやり取り

真美「響にも困ったもんだね…どうしようか」

「ああなった原因を知るためにああなった原因を知らなくちゃいけないって事らしいよ」

もしくは偶然そういう場面に立ち会うか…

真美「んー…真美からそれを教えて上げてもいいんだけどさ」

真美「真美は今回もいおりんの時と同じ反応かなあ…兄ちゃんが消えるとか消えないだとか関係なしに、ね」

真美はまた髪をすき始めた
貴音も教えてくれないみたいだし、これも本人に聞く他ない、か

「…はぁ」

美希にしても響にしても、理由を聞いて素直に教えてもらえるとは思えない

…となると理由がわかる場面に立ち会うしかない。後一月以内に

…千早と出会う以上に確率低そうだ

真美「ま、そう気を落としなさるな。いつかその時は来るよ、きっと」

「…その心は?」

問うと真美は笑顔になって

真美「兄ちゃんは兄ちゃんだもん。生きてさえいるなら…きっと何とかできるよ」

…真美は…要するに後10年もあればなんとかなるだろ、ってことが言いたいのだろう。
それは…俺がいつまでもこっちにいると思っているなら、当然の思考で

「…ああ、そうだな」

10年なんて悠長なことを言っている場合じゃない。
皆、全員を何とかするなら…1週間だ。

第四十四章 P「ライブをしよう」

真美「あーちかれた」

帰りの車の中。
仕事は無事終了。真美の次の仕事も入手しながら、事務所へ戻る

「お疲れさん」

真美「うむ、ありがとう」

お礼の言える正しい日本人。
おそらく社長の真似をしただけだろうが

「…そういえば3人とも」

3人に話しかけると、案の定反応が帰ってきたのは二人だけだった

貴音「はい?」

真美「んー?」

返事の帰ってこない響に少し落胆しながら、話を続ける

「亜美と真美が前に言ってたんだが…765プロのライブって、6年間やってないのか?」

真美「6年…もう、そんなになるのですね…」

なんだそのキャラ…貴音の真似かそれ

貴音「全員揃ってのライブは、6年前の水瀬伊織のバースデーライブ…以来ですね」

「…ってことは個人個人ならライブはあったのか?」

真美「あったっちゃああったけど…大体1人か、多くても三人だから、規模はお察しだよね」

…ふーむ。
まあ歌を歌う仕事はあったみたいだし、三人でやるライブもライブだし問題はない…が

「やっぱり765プロのライブは全員揃って、だよな」

真美「ん…じゃあやるの?」

真美はもっと食いつくかと思ったが、少し想像と違った。まあ、こいつも23だしな…

「まだ律子の許可とか、ハコとか、全員集まるかとか、問題は山積みだけど…やってみようと思うよ」

真美「…だってよ響?」

響「…んだよ」

真美が響を煽る。
ミラーで後ろを見ると、不機嫌そうな響と、何かを考えている貴音

真美「んにゃ、別にー?」

「…結局やるのはお前達だからさ、ライブを開催するか、とりあえず聞いとこうと思ってな」

響を煽りながらニヤニヤしている真美を放置して、後ろの二人に問い掛ける

響「どうでもいい」

…うん、まあ、そうだろうな
ミラーで貴音に目を向けると、下を向いていた貴音は顔を上げて、

貴音「私は構いませんよ」

真美「真美もオッケーだよ」

…うし、多数決で決定。
一応事務所内全員に聞いてみる予定だが…ここで躓かなくてよかった

貴音「ですが…全員参加というのは、何分リアリティに欠けるかと」

貴音はあと一月で全員を集めるのは厳しい、って話をしているのだろう
確かに厳しいけど…

「…やってみなきゃ分からないよ。何事も」

真美「そーそー」

真美もうんうんと頷く。
真美が時間を勘違いしているのは、貴音も俺も分かっているが…

貴音「…そうですね」

とりあえずは納得してくれたらしい。
うん、よかった。

真美「たらいまー」

亜美「おかいもー」

真美達の仕事が終わった時間が丁度よかったらしく、帰った事務所には朝からの仕事が終わったメンツと、昼からの仕事が始まるメンツが集まっていた

珍しく賑やかな事務所を掻き分けて、律子の机へ

「ただいま」

律子「おかえりなさい」

資料の整理が終わったらしい律子が、立ち上がって大きく伸びをする

事務所にいるのは…多分、前に家に泊まったメンバー。あずささんと伊織の姿はなかったが、大体あの通りの筈だ

「皆に話があるんだけど…いいかな」

律子「…ええ、あと1時間程度ありますよ」

時計を確認して、ホワイトボードの前に立つ
みんなの視線が集まって少し恥ずかしかったが、丁度いい

「…今月中に一度、ライブをしようと思う」

給湯室から出てきた春香と小鳥さん
変なポーズで真美と抱き合っていた亜美に、机で資料を束ねながらこっちを見ていた律子

全員の動きが、一瞬止まった

律子「…ライブ、ですか?」

先に律子には話しておけば良かったなと今更な後悔をしながら、頷く

律子は少し考えた後、眉間を押さえて黙り込んだ

「勿論これは律子にも話していなかった事だから、あくまで計画段階に過ぎない」

「お前らがやりたくないっていうのなら…俺は無理に開催なんかしない」

10年前からの皆の成長を、
10年という時間の長さをもう一度体感しておきたかった

亜美「いいじゃんライブ。やろうよ」

一番に賛成してくれたのは、亜美
それに同意するように真美と貴音が頷いて

小鳥さんは皆にお茶を配って、律子が溜息をつきながら頷いた

「…春香は、どうする?」

春香「…私は…」

ポケットから取り出したケータイを、強く握る春香
皆春香の答えを待つように、黙っていた

静寂を打ち破るように、春香は

春香「やりましょう!プロデューサーさん!」

満面の笑顔で、頷いた。
こっちに来てから初めて見たんじゃないかと思うほどの、明るい笑いだった

「…じゃ、満場一致で」

元々6年ライブやってないんだ。皆だって、それなりにやりたかったはずだしな

「さっき言ったようにハコが抑えられるかも分からない。それでも各自ライブに向けて一生懸命練習しておくように。以上、解散!」

ホワイトボードから離れると、皆の視線はどこかへ行ってしまった
少し安堵の息を漏らしながら、自分の机に戻る

律子「…ああいうのは事前に私を通してもらわないと困ります」

「あはは…すまん」

言った後に思い出したんだから仕方無い

律子「どうして今日なんですか?…いや、別に何かある訳じゃないですけど…」

律子「皆のライブが見たい、なんて初日に思うか思わないか、ってくらいにありふれた事なのに、なんで一週間も経ってからなんですか?」

律子はスケジュール帳をペラペラと捲りながら、問い掛ける。
それなりに難しそうな話なのに、律子の目線はスケジュール帳から離れていない辺り、さすがだ

なぜ今日なのか、か

「別に理由なんかないさ。さっき思いついただけ」

一週間も経ってから、じゃなくて一週間経ったからこそ、こんな事を思えたんだと思う

律子「…そうですか」

「…どうだ?スケジュールとか、ハコとか」

律子「2週間後なんでまだスケジュールは決まってないですけど…亜美と真美の誕生日とかどうですか?」

…開催まで時間があるならライブは土日の方が人が集まりやすい。
でも今回のように開催まであと2週間程度しかないのなら、なんの脈絡もないライブよりはバースデーライブの方が人は入りやすいかもしれない

「よし、その日にしようか」

2週間後の予定は全く未定、なアイドルってのもおかしな話ではあるが

律子「…とりあえず決まってるのはあずささんの雑誌撮影だけです」

「雑誌撮影の日付ってずらせないか?」

律子「…掛け合ってみます」

律子は電話を取って、その出版社に電話をかけ始めた
面倒臭そうな反応だったが、なんとなく律子の顔も嬉しそう…な気がする
気のせいだったら恥ずかしいので何も言わないが

春香「プロデューサーさん」

「ん…?どうした春香」

給湯室から戻ってきた小鳥さんと一緒に、春香がやってきた

春香「いえ…その、ライブっていうのは…全員ですか?」

「おう、そのつもりだけど…どうかしたか?」

出るのが嫌なのだろうか
それならとりあえず今は出演予定から外すこともできるだろうが…

春香「…あの、そのライブ、千早ちゃんは…」

…あー…なるほど
春香らしい心配だ。

「大丈夫。千早もやよいも…両方会ってないけど…多分、大丈夫だよ」

小鳥「いやそこは言い切りましょうよ…」

色々不安だもんで…と返すと、そのやりとりを見た春香が、楽しそうに笑った

春香「ふふ、あはは、ゲホッ、あははは」

「ど、どうした春香?」

時々むせているのが心配で声をかけると、春香は目尻に溢れた涙を拭いながら

春香「いえ、小鳥さんとプロデューサーさんのやりとりが…変に懐かしくって」

小鳥「…春香ちゃんの笑顔、久しぶりに見たわ」

春香「あはは…はい、久しぶりに笑った気がします」

もう一度春香が目尻を拭うのを見ていると、律子に脇腹パンチされた

律子「なんで必死に謝り倒してる隣で爆笑してるんですか」

「お、おう…すまん」

謝りづらそうだな…それ
それはともかくで結果を聞こうとすると、聞く前に律子は親指を立てて

律子「とりあえず二日前にずらせたので、ライブ当日は全員フリー…参加決定です」

「よし!」

春香と小鳥さんも嬉しそうだ
…とりあえずは全員参加…数人は未確認だが、残るはハコと…千早とやよい、か

春香は用件が済んだらしく、ソファに戻って行った

目標も決まった所で、こっちに来てもう一週間。先週と同じペースで解決していては間に合わない

特に急ぎの仕事もないので机から紙とペンを取り出して、皆の問題を書き留める

春香はやる気がない。千早は移籍。真は元気がない。雪歩は男性恐怖症で、やよいは引退。美希、あずささん、亜美と響は今だ不明…

真美は解決…伊織は…解決なのか?

「…なんだこりゃ」

半分くらい不明じゃないか。上司に提出したら舐めてるのかと怒鳴られるだろう

俺が上司なら一週間何をしていたんだと問い詰めたい

「…んー」

全員の問題を知るのを優先するか、分かってるやつだけでも解決するか…

分かってるやつだけでも解決すれば、その子からの情報提供とかで問題は判明するかもしれない

…が、もしその行動がまだ不明な問題の一つを解決不可能にするものだったとしたら

考え過ぎかもしれないが、掛かっているのは一人の人生。そんな簡単に考えていいものではない

…しかし今のままでは不明の人達の問題は分からないだろうし…結論としては

「なるようになる…かな」

投げやりじゃああるがどうしようもない。
書き留めた紙をゴミ箱に捨てて、書類の整理を始めた

ではまた来週。

第四十五章 P「午後の仕事」

「そういえば律子、午後の仕事は?」

ライブの発表で忘れていたが、春香と亜美は午後の仕事のために来てたんだった。春香は珍しく午前からの引き継ぎだが

律子「二人は美希と同じ仕事ですけど…着いていきます?」

「んー…」

春香と亜美と美希なら、ついていっても大した問題はないか…

「じゃあ、着いていくよ」

律子「了解です…ハコの方は押さえときます」

「ああ、頼むよ」

立ち上がって、大きく背伸びをする
パキパキ鳴る背中を見ながら律子が苦笑いをしていたが、すぐに仕事に戻っていった

ソファの周りに行くと、随分と人数が減っていた。2人の他に、貴音と真美以外は帰ったようだ

「そろそろ仕事の時間だぞ?」

春香「あ、はーい」

春香が一番に、鞄を取って立ち上がる

亜美「はるるんは兄ちゃんが来る仕事だとノリノリっすな…」

律子「そのやる気を午前から出しなさいよ…」

小鳥「春香ちゃんには基本プロデューサーさん着けた方がいいんですかね…」

事務所の全員がため息をついて、その光景を見ながら春香が苦笑い

春香「さ、行こう。亜美」

亜美「老体を急かすものではないわい…」

ご老体(自称)の亜美は立ち上がって、鞄を取ると春香を置いて出て行った

春香「行きましょう、プロデューサーさん」

嬉しそうに手を差し延べてくる春香
気付かずやってるのか真面目にやってるのか…

差し延べられた手を取ると、春香は更に嬉しそうに笑って、俺の手を引いて事務所を出ようとした

「じゃあ行ってきます」

真美「てらー」

呆れ顔で律子と小鳥さんも手を振っている。
なんだろう、こんなこと昨日もあったような気が…

「お、おい春香、あんまり引っ張ると危ないぞ」

春香「えへへ~」

…ま、いいか


「お待たせ」

亜美「お待たされすぎ」

春香に手を引かれたまま車にたどり着くが、先に出た二人は車の鍵を持っていないので、車の外で棒立ちしていた

「…そういえばなんの仕事なんだ?」

車のエンジンをかけながら、全員に問いかける
亜美は今更かと呆れていたが、今思い出したのだから仕方無い

亜美「…なんだっけ」

今助手席には春香が座っているが、亜美が隣に座っていたら頭をひっぱたいたと思う

春香「バラエティ番組の撮影です。亜美と私は撮影で、美希はスタイリストとして、です」

…美希がスタイリスト?

「美希の奴、スタイリストなんかできるのか?」

亜美「んー…基本ミキミキの担当は自分とまこちんくらいなんだけどさ、最近はスキルアップと資金削減のために他の人に着いてくことも増えたんだよね」

春香「美希は他人に髪を触られるのが嫌らしいです。真は他人との接触をそもそも好まないですし」

それでスタイリストの勉強を始めるって辺りが美希らしいっちゃらしい

「…じゃあ途中で美希を拾ってテレビ局向かえばいいのか?」

亜美「まぁそんなとこかな。兄ちゃんにしてはよく理解できたね」

なんだろう、今日はウザイ系のキャラで推していくのかこいつ

春香「美希は伊織以外との仕事の時は事務所とテレビ局の間に喫茶店を探して、そこで暇を潰してるんです」

春香「今日のテレビ局の場所だと…多分ここです」

使い方がわからないので放置していたカーナビの電源をつけて、春香は一つの喫茶店を行き先に指定した

…アイドルとの待ち合わせ場所が不規則って会社的にどうなんだそれ

亜美「さ、ミキミキ目掛けて突っ込めー」

「突っ込んじゃダメだろ…」

カーナビの見方は十年前と大差ない。
これなら今回は無事迷わずに行けそうだ

「ここか?」

春香「はい…じゃあ私呼んできますね」

カーナビ使えば迷わずに来れたので一安心といえば一安心だが、それだけで迷わずに来れるのなら無駄に迷った昨日は一体なんだったのかとも思う

少し亜美と話していると、喫茶店から美希を連れて春香が出てきた

「おはよう、美希」

美希「…おはようございます」

美希は挨拶だけ済ませて、後部座席に座って一言も喋らなくなった

春香「さ、行きましょうプロデューサーさん」

「…おう」

少し凹んだが、美希もあずささんも避けられ続けて一週間なのでそろそろ慣れたいものだ

…いや…できれば一生慣れたくないなこれ

小さくため息をついてから、車を出した

「到着」

テレビ局の駐車場に停めて一息つく
二人も何故か一息つきはじめたので、美希だけ一人降りていってしまった

いつまでものんびりするわけにも…いや、スケジュール的には問題ないんだが、いつまでも車にいるのはスタッフにも美希にも失礼だ

車から降りると他二人も合わせて降りた。どうやら待ってくれているらしい。いや、そりゃそうか

春香「…あの、プロデューサーさん」

「ん?」

局に向けて歩いていると、後ろを歩いていた春香が話し掛けてきた。
振り返ると春香は少し不安そうだ

亜美が心配そうにこっちを見るので大丈夫だと頷き返すと、亜美も一度頷いて、局の中へ入って行った

「…どうした?」

春香「プロデューサーさんは…美希のこと嫌いですか?」

…765の子達は本当に心配症だと思う。

…どういう流れで嫌いになったのかも気になるが…多分会話がなかったから、だろう。

「俺が765プロの子達を嫌いになることはないし…美希はこっちに来てからずっとアレなんだ。問題ないよ」

春香「…そう…ですか」

腑に落ちない様子だったが、何か返答を間違えただろうか…

かと言ってなにか間違えたか?などと聞くわけにもいかないし…

春香「プロデューサーさん!私、先に行きますね」

「おう。頑張ってな」

春香に手を振ると、笑顔で手を振り返しながらテレビ局に入って行った

「…一人…か」

迷わなきゃいいけどな…

数分後。案の定少し迷いながら、なんとか、スタジオのある階にたどり着いた…と思う

時計を見ると収録開始15分前。
結構ギリギリになってしまった。

もう二人は着替え始めただろうかだとか、緊張していないかとか思ったが…

よく考えれば皆アイドル歴11年な訳だし、今更緊張するわけもないか

「…よし」

スタジオ前に着いた。
迷って収録間に合わなかったらどうしようかと思っていた所だ

スタジオのドアを開けようと手を伸ばす。が、

美希「プロデューサー!」

走ってきた美希に呼び止められた。
珍しいこともあるものだとは思ったが…この時間になって走って来るってことは…

「な んかあったのか?」

美希「亜美が…亜美が逃げた!」

…美希から軽く聞いた話では、楽屋で台本を読んでいたはずの亜美が突然駆け出して行ったらしい

春香と美希は二人で少し口論になっていたため、気付くのが少し遅れたらしい

美希「後は春香にでも聞いて!とりあえず私は亜美を探すから…」

「俺も探すよ」

時計を見る。収録10分前…

「美希、収録5分前になったら楽屋に戻れ」

美希「…春香の化粧なら、自分でできるって…」

「そうじゃなくてさ、亜美の代わりに出てくれ」

衣装がないのは分かっているが、春香一人で出させる訳には行かない。

意味を察してくれたのか、美希は頷いて、またどこかへ走っていった

…亜美…

テレビ局を駆け回りながら、電話帳から律子の名前を出して、電話する

数回のコールの後、無事に律子は出てくれた。よかった、出なかったらどうしようかと

律子「プロデューサー?ハコならまだ…」

「律子、今日の仕事ってメンツの指定は人数か?」

律子「え、ええ。765から二人…どうしたんですか?息が荒いですけど…」

「出演予定を亜美から美希に変更しようと思う。局には後で俺からも謝るから、律子も電話で謝っといてくれ」

自分でも滅茶苦茶なことを言っているとは思うが…

「亜美がどこかへ逃げ出したらしいんだ」

律子「…分かりました」

短い言葉だが、これだけでなんとなく意味は伝わる。
納得してくれたらしいので電話を切って、次は亜美にかけてみる

数十回のコールのあと留守番サービスに繋がった。
まあ、そりゃそうか

短めの留守電だけ残して、再び駆け回る
…収録終了までに見つかるといいけどなあ

見つからないままテレビ局を軽く一周してしまった。

戻っている可能性もあったので楽屋を覗いたが、亜美の姿はなかった

美希の状態も気になるので次にスタジオを覗いてみる

春香「私オレンジジュース好きなんですよー」

美希「春香にはオレンジジュースより麦茶か生ビールの方がお似合いなの」

…うん、美希はさすがだ。私生活が変わっててもアイドル星井美希が崩れた様子はない。トークの意味はさっぱりだが

「あの、すみません。うちの双海亜美、来てませんか?」

スタッフ「いや、見掛けてないけど…」

「そうですか、ありがとうございます」

人が多いところでは聞かざるを得ないが、あまりテレビ局で亜美の行方を聞くのはよろしくない。

番組開始5分前にキャストの変更をおねがいしたわけだしドタキャンがバレると後々の亜美の仕事にも関わってくる可能性がある

「…とは言ってもなあ」

この辺では小さい方だが、テレビ局はテレビ局。
適当に探し回って見つかるとも思えないし…

ふと思い立ってケータイを取り出す

「あ、真美か?」

真美「うむ、いかにも私が真美だが…」

どういうキャラなんだ
聞くのも面倒なのでスルーするが

「もしもテレビ局で隠れるとしたら、どこに隠れる?」

真美「…はるるんのスカートの中かな」

「なるほどちょっと探してくるよ」

ノリが意味不明過ぎて電話を切ろうとすると、

真美「10年前なら、真美達はどこに隠れた?」

十年前…って言われてもな…

真美「多分、そこだよ」

「多分そこって…10年前と同じなのか?」

真美「真美達はここ10年くらい仕事サボって逃げたことなんてないから…多分、一緒だよ」

「…分かった」

真美は電話の向こうで、嬉しそうに笑った。
礼を言って電話を切って、駆け出した

「…見つけた」

亜美「あ…兄ちゃん…」

亜美がいたのは、テレビ局内の社員食堂
端っこの椅子に隠れて座ってた

「お前…俺が見つけずに帰ったらどうするつもりだったんだ?」

亜美「…考えてない」

…ま、そりゃそうか
そんな先まで考えていたならそもそも逃げ出さないだろうし

「亜美の代わりは美希が出てくれてる。…楽屋に戻ろう」

右手を出すと亜美は俯いたまま、俺の手を取った

楽屋のテレビでスタジオの様子は見れたはずだ。
今更番組に参加させてもらうわけにもいかないので、亜美は楽屋で俺と一緒に待機だな…

「…なんで逃げたんだ?」

楽屋へ戻りながら、亜美に問い掛ける
通路に人は一人もいない。

まるで子供に話を聞く大人みたいだな…間違っちゃいないが年齢が真逆だ

亜美「子供っぽかった、から」

「…は?」

いかん、少し切れそうになった

亜美「真美は…雑誌撮影とか、大人の仕事が増えたのに…」

亜美「亜美は相変わらず、子供の役ばっかりで」

…真美がさっき言っていた、「真美は、ね」というのはこういうことか

亜美「いつもは耐えられるんだけど…今日は、なんでだろうね」

亜美「10年、耐えてきたのに…なんで、今更なんだろうね」

…10年、か

亜美「…ごめんね、兄ちゃん。お仕事放り出して…なにしてんだろ、亜美」

「…いいさ。後で一緒に謝れば」

亜美「…ごめん」

亜美の頭を撫でるが、反応はない。反省している…というか、落ち込んでいる様だ

こりゃ重症だなあ…
とりあえず楽屋についたので、亜美を椅子に座らせて、テレビをつけた。

テレビではスタジオの様子が流れている。亜美はしばらくそれをじっと見ていたが、話を続けようとテレビの音量を下げると、俺の方を見てくれた

「さっきまでのいたずらっ子は、どうした?」

亜美「…あはは、亜美ももう…大人だからさ」

亜美「なんて…仕事放り出すなんて、まだまだ亜美も子供だね」

亜美の顔は笑ったが、いつもの満面の笑みでは、なかった

「…亜美、アイドル辛いか?」

亜美「まあ、もう大分いい歳だとは思うよ」

…仕方ない。ライブを前にして一人失うのはキツイが…

亜美「…でも、やめないよ」

亜美は、今度はちゃんと笑った。
理由を聞くまでもなく、亜美は勝手に続けた

亜美「亜美も真美もさ、学業とか医者の仕事とか、そういうのとの両立が出来なくなるまでは、アイドル続けようって決めてるんだ。だから…やめないよ」

「…そうか」

亜美の目は真っ直ぐ、テレビを見ている。
本人が続けると言っているのなら、好きなだけ続けてもらえばいい。

「…でも、続けるなら今日みたいなのは勘弁な」

亜美「あはは…ごめん」

亜美だけじゃない。今後のみんなの売り出し方を…一度、律子と相談する必要がありそうだ

前に響とか数人の話はしたが…把握してない人の方が案外危ないのかもしれない

…ま、とりあえず帰ったら律子を一度叱ったほうが…

亜美「…りっちゃんを怒るのは…筋違いだよ。兄ちゃん」

なんだろう、顔に出やすいのか、俺?

…ギャンブラーには絶対向いてないな

亜美「りっちゃんは兄ちゃんがいない数年、765プロを一人で回してきたんだから。怒らないであげて」

「…ああ、分かったよ」

叱るかどうかは話してからだ。
勝手に俺が居なくなってその後を回してくれたのは償っても償い切れないほどだが…

それでも、完璧に回せないのなら人員を増やさなくちゃいけない。そういう仕事だ。プロデューサーは

亜美を見ると、またテレビをじっと見ている。
収録から逃げ出すような事が…一度だって、あっちゃダメなんだって俺に教えてくれたのは、律子だろ

春香「お疲れさ…あれ、亜美?」

「お疲れ様、春香。美希は色々ごめんな」

収録が終わった二人が、楽屋に戻ってきた。
亜美はテレビで二人の収録が終わったのが分かってから、入口をじっと見たまま動かなかったが、二人が入ってきてすぐに立ち上がって、

亜美「ごめんなさい、二人共」

春香「え、ああ、いいよいいよ。体調が優れないことってどうしてもあるし…」

頭を深く下げて謝る亜美。
そんな亜美を宥める春香と…

美希「…体調が優れないから逃げたわけ?」

責める美希

亜美「…うんそう。ごめんねミキミキ。ちょっと熱っぽくって…」

亜美が最後まで言い終わる前に、楽屋に軽くて、重い音が響いた。

音が消えて残ったのは…手を振り抜いた美希と、頬を赤くした亜美

春香「み、美希!」

美希「私もプロデューサーも、律子も…人間だから、言わなきゃ分かんない。なにもね」

美希「言わないで気付いてもらおうなんて…甘いこと考えてると、一生誰にも気付かれないままだよ」

美希はそれだけ言って、後ろの更衣室に入って行った

亜美を励まそうと思ったが、春香に手払いされたので、外に出た。

美希の今の言葉は…どういう意味で言ったのだろう。体調不良のことだろうか…

そんなこと、考えても仕方ないか

それでは、また来週

第四十七章 P「11年目の」

外で待っていると真美に亜美が見つかった報告をするのを忘れていたのを思い出した。律子にも後でしとかないとな

「…あ、もしもし」

真美「はいはーい。こちらスーパーアイドル双海真美ちゃんでぇ~す」

「…すみません間違えました」

また意味不明なノリしやがって…
切ろうとしたら慌てて引き留めてきた

真美「んで?亜美は見つかったかね」

「ああ、真美の助言通りだったよ。ありがとう」

真美「うむ。美少女名探偵真美ちゃんにかかればこんなもんよ」

美少女探偵、か。金を要求される前にさっさと切ろう

真美「りっちゃんに代わるかい?」

…中々気が利くじゃないか
そう思ったが、よく聞いたら電話の向こうで律子が何かを言っている声が聞こえるので、真美が気を利かしたんじゃなく律子に代われと言われただけだろう
断ったらどうなるのか少し気になりはしたが、俺が何かを言う前に電話の向こうでガチャガチャと大きな音がして…やがて、やんだ

「んーと…律子か?」

律子「プロデューサー、亜美、見つかったんですか」

「おう。迷惑かけてごめんな」

電話の向こうで大きな溜息が聞こえた。

律子「…逃げ出した原因、亜美は話してましたか」

「…子供っぽかったから、だってよ」

律子「…そうですか」

沈黙が増えてきた。
律子も思うところがあるのだろう

律子「本当に、すみませんでした」

律子が謝る
少し涙声に聞こえたが…触れちゃだめだわな

「亜美に律子のことを叱るなって言われてるし…俺はお前のこと、怒れないけどさ」

「自己プロデュースの欠点は本人だけじゃ売り出し方を変えられない事だ」

「逃げ出すまで気付いてやれなかった、俺達が悪いよな」

律子「…はい」

10年前に同じような失敗をした俺に、律子を怒る権利はない

でも10年前の律子が怒ってくれたことは…言っておかないといけなかった

きっとそれは、律子の帰るべき初心なのだろうから

そのあと、電話を変わった真美と少し世間話をしていると、楽しそうな春香とイライラした様子の美希に、落ち込んだ亜美が出てきた
10年前のようにツーンと拗ねているだけなら可愛いが、この時代の美希の怒りは中々に鬼気迫るものがあった

「亜美、美希と話したか?」

亜美「…うん」

春香の楽しそうな様子を見るに春香も話に参加したのだろう。
とりあえずこの三人が事情を知ったなら…それでいい

「二人は先に車に戻っててくれ。俺と亜美はちょっとテレビ局の人に謝って…」

美希「私達も行くよ」

…遮られた。
真剣な顔の美希の向こうで、春香もうんうんと頷いている。

亜美のほうを見るとあははと笑っていて…

「…そうだな、じゃあよろしく頼む」

大の男がテレビ局をアイドル三人連れて謝り歩く姿は、さぞ不可思議だったに違いない。

「ただいま」

テレビ局では関係者に謝って回ったあと、寄り道することなく真っ直ぐ事務所に戻った。
ドアを開けるとソファに座っていた律子が立ち上がってこっちに駆けてきた

律子「皆、ごめんなさい」

…帰って直ぐに律子に頭を下げられるのは4人の誰にとっても予想外で、皆呆然としてしまった

亜美「…りっちゃん?」

最初に意識を取り戻したのは亜美
しかし相変わらず目の前の状況を理解できていないようだ。
そりゃあそうだ。俺だってできていないんだから

美希「なんで律子さんが謝るわけ?」

美希の問い掛けに亜美と春香の目線がこっちに送られる

俺を見られても知らねえよ…

律子「亜美の気持ちに気付けなかったのは私の責任。それのせいで三人に迷惑をかけて…私、最悪ね」

亜美「そんなこと!」

…真面目だなあ、律子は…

それが律子らしいといえば確かにそうだが…10年経っても相変わらず責任感が強い。というかまだ29だし責任感とかは増す一方か

亜美「亜美こそごめんなさい。わがまま言って、皆に迷惑かけちゃって…」

亜美も深々と頭を下げる。
お互いに謝りあってどう考えても話にならないので、春香に目配せすると春香は頷いて

春香「…うん、じゃあここは両成敗ってことでどうですか?言わなかった亜美も悪いし、気付けなかった律子さんも私達も悪い、ってことで」

巻き込まれた美希が少しびっくりしてはいたが、律子が納得しそうな理由だしまあいいか

律子「…そうね、ごめんなさい」

亜美「ごめんなさい」

春香「こちらこそごめんなさい」

美希「…ごめんなさい」

美希は言われなくても気付いてはいたんだろうが…春香の流れに逆らえずに謝ったようだ。

春香「ほら、プロデューサーさんもですよ」

「え…ああ、ごめんなさい」

…俺が一番謝らなきゃな
結局765が基本自己プロデュースになったのも、亜美が今回逃げ出したのも、普通に俺のせいなんだから

春香「はい。今回は喧嘩両成敗。今後は言いっこなし。いいですか?」

律子「…ええ」

律子は納得したのかしてないのか分からない顔で、席に戻っていった

春香は鞄を置いてソファへ。美希は少し亜美を見ていたが、大きくため息をついて、帰って行った

そして亜美も美希についていく様に帰って行った。後で真美にフォローするようメールしとこう

真美へのメールを終えて無言で作業していると、向かいに座っている律子が突然ケータイを持って出て行った。

「…あー」

いなくなって思い出したが、みんなの方針について話し合わないと…
カバンは置いて行っているので、そのうち戻ってくるだろう

「おーい、春香」

春香「はい?」

ソファに座っている春香を呼んで、スケジュール帳を開く

「春香は今の営業方針でいいと…自分で思うか?」

春香「…んー…」

春香は少し考えていたが、すぐに答えは出たらしく

春香「私は今のまま、撮影と舞台と時々テレビだけで、十分だと思ってます」

…春香は6年前からオーディションを受けていないのだから、仕事の量に不満とか漏らすかと思ったが…

「…そのペースでトップアイドルは、遠いぞ?」

春香「…それでいいんです。私は週に何度かのお仕事で…仕事がなくなるまで、少しでも長い間この事務所で仕事ができれば」

春香は、こんなにやる気のない子だったろうか。いや、やる気はあるのだろうが…やる気の向かう先が、随分と低くなったように思える

…これも俺のせいなのだろうし、やる気の向かう先なんて本人次第。周りがどうこう言ってやることじゃない、か

春香「…個人的にアイドルがアイドルとして売れるのはデビューから2年程度だと思ってます。正直、今更ですよ」

デビューから2年以上経ってトップに輝いた人だっているだろうが…そこは春香の気持ちの問題であって、そんな人を羅列した所でなんの解決にもならないだろう

もしかしたら、この事務所の人達は皆そんな考えなのかも知れない。
そんな考えだから、千早は移籍してしまったのかも知れない

なんとかして励まそうとしたが…そんなすぐには言うべき言葉が浮かばなくて

えっとそっとと考えていると、春香は笑って挨拶して、鞄をとって事務所から出て行った

…なんだかなあ

春香との話…っていうほど話にすらならなかったが…が終わって、机でぼーっとしていると、用事が終わったらしい律子が戻ってきた

律子「…なにしてるんですか」

「…ぼーっと」

律子「…ハコ、取れました。横アリが丁度空いてたので電話したらオッケーだそうです」

…おおう、横浜アリーナか…

律子「…どうです?」

「最高。765プロの復活ライブにはぴったりだ」

少しもビビっていないかと言われれば少しはビビったかも知れないが…765プロのメンツには十分だ。

それに横浜アリーナなら俺もライブを経験したことがある。
経験が少しでもあるなら、ない時より緊張は大分減るはずだ。正直行ってみないと分からないが

律子「出演予定、どうするんです?」

「…いつものメンツに、あの二人が参戦…とか」

律子「…本当に千早とやよい、出すつもりなんですか?」

「…?そのつもりだけど」

律子は大きな溜息をついた
そのつもりで聞いたんじゃないのだろうか

律子「私は現765プロから全員出演させる気なのか?って聞いたんですよ」

…あーなるほど
響だとか美希だとか真だとか、765プロ内にもそれなりの不安要素はある

「…そっちは多分、大丈夫だよ」

確証はないけどな

数人許可どころか話してすらいない人もいるし、美希なんかは今話しても参加しそうにない

律子「じゃあ参加予定は12で出しときますよ?」

「オッケーだ…名前は書かないようにな」

このライブはサプライズだから、なんて言っておけば、聞こえはいいが…名前を書かないのはもしも誰かが参加できなかった人の枠に律子を入れることが出来るからだったりする…

「…最終手段だよなあ」

レッスンをかれこれ10年ほどやっていないであろう律子にステージに上がらせるのはあまりにも酷すぎる

こうなったら876から律子のコネでアイドルを借りるか…?

…そういえばこっちに来てから876の人達を見た覚えがない。元気でやっているのだろうか。今度行ってみよう

では、また来週

投下します

「…ふぅ」

疲れたのでそろそろ帰ろうと思う。
とりあえずホワイトボードへ向かって、明日の仕事を確認する。

明日の仕事はー…っと

「律子、どっち着いていく?」

律子「まあ、その仕事ならあずささんの方でしょう」

即答…ま、そりゃそうか
明日の朝はあずささんと真でラジオ収録と、響と伊織と美希、春香と雪歩の五人で雑誌の撮影の仕事がある

この分け方なら当然律子はあずささんの方だろうけど…なんとも扱いづらそうな五人だ

美希と春香は何かを言い合っているみたいだし…伊織と春香もあまり仲は良くなさそうだ。響は相変わらずだろうし。雪歩は…どうなんだろう

ため息がこぼれそうになったが、ため息をこぼした所で何が変わるわけでもないので、飲み込んだ。

こっちに来てからため息が多いような気がする。逃げて行った幸せを集めたら宝くじで数千円当たりそうだ

「うし、じゃあ今日は帰るよ」

律子「了解です。気をつけて」

深夜の仕事は誰もないようだし、律子も直に帰るだろう。

「お疲れさん」

律子「ええ、お疲れ様です。また明日」

手を振ってから事務所の階段を降りる。
家へ向かいながら、ケータイを取り出して、雪歩にメールを打つ

まだ三日目くらいだが、一日の整理をするのに結構いいのかもしれない

10年前に戻ったら日記でも始めてみようか

とりあえず最初に今大丈夫か?なんて許可を取っておく。
昨日みたいに寝てたら可哀想だし

少しすると短いメールが帰ってきた。
そういえば最近雪歩に会ってないなあとか思いながら、長々と書き留める
最近とは言ってもせいぜい1日2日くらいだが

家に着く頃にはメールは結構な長さになっていた。長すぎても正直引くのでこのくらいにして、送信

よく考えると夜中に女の子宛の長文メールを送信する成人男性って…

…これ以上考えると挫けそうなので、思考を停止させて、鍵を開けた

「たーだいま」

相変わらず代り映えしない我が家の電気を着けて、ソファに座り込む

「はぁ」

…今のは深呼吸だ。幸せは逃げていかない

「…何言ってんだ俺」

意味もなく、答えもない自問自答。
今の状況を考え直して、独り身はこじらせるとこうなるのかと納得

「…恋人にでも会いに行くか」

棚から仕事の資料を取り出しながら、呟く

仕事が恋人とは言うが自分で言うほど悲しいことはない。

しかもその資料が入社した時にもらった仕事のマニュアルなので虚しさ倍増だ。

しかしこのマニュアル、入社当時に読み過ぎて軽くなら暗唱できるレベルなので、直ぐに飽きてしまった

やることを探したが特にこれと言って見つからないので、カップ麺でも作ろうと台所へ向かうが…

「…あー」

そういえば今朝最後のを食べたんだった
冷蔵庫を漁っても買い出しに行ってないのでもやし位しかない

もやしを馬鹿にするわけではないが…一袋ではどうしようもないし、正直いつからあるものなのか

「明日買いに行こ…」

もやしは取り敢えず冷蔵庫に戻して、スーツの上着を羽織る
とりあえず近所のコンビニ行ってカップ麺でも買ってこよう

っていうか神様も睡眠じゃなくて飯がいらない体にしてくれりゃいいのになあ…

家から少し歩くコンビニで、カップ麺を三個ほど買って、店を出た

その場のノリでポテトチップスも買ってしまったが…まあそのうち食べよう

もし眠れなかったら今日はいかにして時間を潰そうか、なんて考えながら前を見ると…大きなホテルが目に入った

10年前も別に大きな建物が少なかった訳ではないが…10年前より、増えたし広範囲になった

もし俺が10年生きていたら、あんなホテルに泊まる機会なんてあるのだろうか

…いや、多分ない
あのホテル、見るからに高そうだし…あのホテルに泊まるのは多分大金持ちの爺さん婆さんと…

伊織「あら?」

その孫の坊ちゃんとお嬢様くらい…

「…あれ、伊織?」

声が聞こえた気がして前を見ると黒いドレスを纏った伊織の姿があった

伊織「そうだけど…何してんの」

「いや…買い出しだけど」

買い出し?と聞き返して来るので右手のカップ麺を顔の前にやると、伊織は呆れた顔でため息をついた

伊織「不摂生ね…料理とかしないわけ?」

「いや、10年前はしてたんだけど…なんか気が向かなくてさ」

笑いながら右手を下げる
伊織は何か言いたげだったが、それ以上はなにも言ってこなかった

「伊織こそ、こんなとこで何してるんだ?」

伊織「親の付き添いよ。挨拶だけ終わったから歩いて帰ろうかと思ってたところ」

「歩いてって…」

金持ちのお嬢様がしていいことなのかそれ

伊織「家はすぐそこだし、通る道は大通りばっかり。心配ないわよ」

大通りが安心ってのは庶民の考えだと思うんだけどなあ…まあ、そんなことは家の教育方針だろうし、俺が口を挟むことじゃないか

「じゃあ、送るよ」

伊織「…どうも」

本人には言えないけど一度ファンに嫉妬で轢かれそうになった奴を一人で帰らせられる訳が無い

「伊織、結構一人で歩くこと多いのか?」

伊織「…今日は予定にない早退きだもの。いつもは新堂が迎えに来るわよ」

…まあ、そりゃそうか。
あの家が伊織を夜に一人で歩かせる訳がない

それにしても黒のドレス…か。誘拐も交通事故も起こりやすそうだ

「…あんま夜に出歩くなよ?危ないぞ?」

伊織「…そんなの気にしてたら常時家に居なきゃいけなくなるでしょ」

そんなことはないと思うが…

「昼間は外出れるだろ?」

伊織「あんたが撥ねられたのは昼間よ」

…こう言われては言い返しようがない。
軽率な発言を反省しよう

「…すまん」

伊織「気にしてないわ」

その後少し無言だったが、突然伊織は立ち止まって、右方向を指差した

伊織「あんたが撥ねられたの、たしかこのビルの向こう辺りよ」

…自分の死に場所(正確には生きてるが)を教えられるというのは、なかなかに貴重な体験だ

「…深く聴いて欲しいのか?」

伊織「どうでもいいわ。いくわよ」

カッカと先に進んでいく伊織を駆け足で追いかけた

…にしてもこの辺り、10年前にも何かあったような気がするんだが…

…駄目だ、思い出せない。
まあ、そのうち思い出すか

伊織「ここでいいわ」

住宅街に入った頃、伊織は再び立ち止まって、言った。

「ここでいいって…まだ住宅街だぞ?」

伊織「私の家、この先の小さな一軒家なのよ」

…住宅街の一軒家なのか。
前の家より小さいだけでまだまだ大きいと思っていたが…そういえば召使いは二人だけって言ってたな

伊織「あんた、明日の仕事ついてくるんでしょ?」

「ん…おう」

伊織は少し嬉しそうに見えたが、すぐに普通の顔に戻って

伊織「じゃあね、また明日」

「ああ、また明日」

そう言って住宅街に入って行った

「…さてと、帰ろ」

カップ麺を右手に下げて、家へ向かう
あの時お弁当にしなくて良かったと思う
これだけ時間かかったら、普通に冷めてただろうから

「ただいま」

靴を脱ぎながら玄関の姿見に目をやる

ビニール袋というのは、持っているだけで結構変なイメージを植え付けることが多い
しかも中身がカップ麺オンリーな成人男性では見ようによっては乞食のように見えて…

「…やめとこ」

カップ麺の封を開けながら、一人呟く。
今日は細かい考え一つ一つが意味もなく心に突き刺さる。

とりあえずカップ麺を台所に置いて、ポットの電源をいれる

とりあえずそそくさと着替えて、再び台所に戻って来た

3分経ったラーメンを食べながら、これからの予定を考える。
とりあえず今後は分かっている人の問題から先にしていくにしても…千早とやよいには一度接触しておく必要があるだろう。

千早はテレビ局でのランダムエンカウントを期待するしかない。
所属プロダクションも、電話番号さえも分からない今の状況では、できることは歩き回ることしかない

やよいは…手掛かりなし。社長も小鳥さんも知らないとなると、正直ほかの手掛かりが765プロに転がっているとも思えない

やよいはこの世界のどこかでのランダムエンカウント待ち。千早の数倍難易度が高い…と

今度やよいと千早の家に行ってみよう。
社長が知らないと言っていたのだから恐らく二人共引っ越したのだろうが…なにか小さくでも手掛かりがあるかも知れない

一瞬今から行こうかとも思ったが、さすがに今から人の家を訪ねるのは色々と問題だ

明日以降に、いつか。
そう決めてラーメンを飲み干して、ゴミ箱に投げる

今後やることでも書き留めておこうと、キャビネットからメモ帳を取り出す

正直ケータイ使えばいいのだが、使い方を全然知らない未来のケータイなんて使いこなせる気がしない

やることやること…っと
まず一番上に千早とやよいの家に行ってみる、と書いた
その下にテレビ局で千早を探すと。

「ああ、そうだ」

飯の買出しも書き加えた。
冷蔵庫の中に入っている食べ物は全部捨てた方がいいだろう。
持ち主が6年帰ってこない冷蔵庫なんて雑菌の住処になってそうだ。元々もやししかないが

皆が泊まりに来た日は雪歩達が買って来てくれたらしいし、いつまでもそれじゃダメだろう

「…あ、そういえば」

自分から送っておいてなんだが、雪歩のことを忘れていた

机からケータイを取るとメールが一通届いている。
読むと…一つ一つの出来事に丁寧に返事してくれていた。

「すまんな雪歩…」

長々と書いたせいで長いメールを打たせてしまって。

今後は少し文面を考える必要がありそうだ

とりあえず長文への謝罪を入れ、明日の仕事の確認も一緒に書いて、送信。

今回はだいぶ短めにまとめたので大丈夫だろう。いや、何が大丈夫なのかは分からないが

ケータイを机に置いて、風呂に入ろうとスーツを脱ぐ。

今日こそは眠れるといいなあ

では今週はここまで

書き溜めが追いついてしまったのでそのうち休憩の週とかもあるかもです…
申し訳ないです

すみません遅れました。
投下します

第四十八章 P「ランク」

いつも通り、眠ることはできずに朝になった

しかし今日は寝たと思ったら目覚ましが鳴って起きただけなので、もしかしたら今日辺りは眠れるかもしれない

夜への期待を心の中に抱きながら、ゆったり起き上がる

この体の利点の一つとして、寝起きでも眠くないのがある。
…眠れないのだから当然だとは思うが

眠くもないのに勝手に出てくる欠伸を煩わしく思いながら、パジャマをスーツに着替える

今日は四人との仕事、か
10年前なら激しく疲れるが…今はどうだろうか

着替え終えたが食欲が沸かないので今日は朝食は食べずに家を出る。途中でおにぎりでも買って行こう

鞄を持って玄関で靴を履いて
10年前から習慣化したそんな作業をしてから、いつものようにドアを開けると…

伊織「おはよう」

習慣化されていないお出迎えがあった

「…あれ、伊織?」

伊織「そうだけど…昨日もこんなやりとりしたわね」

…そう言えばしたような気がする
でも道でばったりと家の前ででは状況が全くちがう

「こんなとこでなにを?」

伊織「別に…ちょっと早起きしただけよ」

…にしたってアイドルが朝から男の迎えなんて色々と問題だと思うんだけどなあ

「…んーと…行こうか」

伊織「ええ」

手を差し出したりはしないが、俺が歩き出すとその隣をスタスタと歩き始める

並んで歩いてるだけでもアイドル的には…

「6年前もこんなことあったのか?」

伊織「…まあ、ちょくちょくね」

…迂闊すぎるだろ…そんなだから轢かれたんじゃないのか俺…

「…アイドル的にはあんまり宜しくないと思うんだけど」

伊織「そんなの分かってるわよ…宜しくないのを承知の上で、あんたを迎えに来てんのよ」

承知しちゃダメだろそれ…

「…まぁ、いいけどさ」

色々と言いたいことはあったが、そんなのは本人の問題だ。助けでも求められない限りズカズカと入って行っていいものではない

…その後はしばらく無言が続いた。
話すことがないのか、ほかに何か集中しているのか…
そんなこと考えてもわからないが。

結局伊織が口を開くのはもうすぐ事務所、という所になってからだった。

伊織「あんた、寝てないんでしょ?」

…口を開くにももう少しましな内容がよかった

「…貴音に?」

伊織「ええ。昨日あんたと別れた後にメールが来てたのよ」

余計な…いや、貴音的には意味のあることだと判断したのだろうか

そんな細かい事を話すならそのままあの日の内容全部伊織に説明してくれればよかったのに…

…と、今は貴音に文句を言っている場合ではない

「…まあ、ちょっと不眠症かなって感じだよ」

伊織「嘘ね」

…即答か

伊織「貴音がそんなどうでもいいことでメールするわけないでしょ」

「…そんなことはないと思うけど」

貴音だって765の仲間なんだし…

伊織「それに、さっき私が寝てないの?って言った時の自分の顔思い出してみなさいよ」

そんなひどい顔してたのか俺…
いや、そりゃひどい顔にもなるか

一週間以上睡眠してないなんて、誰にも知られない方がいいに決まっている。
貴音にだって、できれば知られたくなかったし

伊織「…一睡もしてないわけ?」

「…三日目くらいにちょっと寝ただけ、だったかな」

伊織「…そう」

伊織は何かを考えるように前を見て、また何も言わなくなった

春香「あ、おはようございます。プロデューサーさん」

結局無言のまま事務所につき、ちょうど向こうから歩いてきた春香と一緒に階段を登る

春香は喋らない伊織を少し心配げに見ていたが、すぐに話題を変えてくれた。
こういう時春香は本当に頼りになる。さすが女子高生って感じだ

春香「私、今日はおみくじ式星座占い、大吉なんですよー」

おみくじ式星座占い、というのはあずささんがレギュラーコーナーを持っている番組に出てくる、星座占いをおみくじのような結果で発表するという直球すぎるタイトルを冠する番組、だったはず。

詳しいことは知らないが、あずささんがなにかのイベントでタロット占いをしたのが大盛況であずささんレギュラーで立ちあげることになったコーナーらしい

春香「願いとか待人とか、全部「よい」だったんです!」

それって信じていいものなのか…?
なんか安いおみくじみたいで信憑性にかけそうな結果だ

春香がその番組のことを楽しそうに語るので、そんな水を差すようなことは言えないが

そんな話をしながら事務所の扉を開けると、中には律子と小鳥さんがソファでコーヒーを飲んでいた

律子「…両手に花ですね」

「…おう」

朝から律子の視線が冷たい。
二人共偶然であったんだから仕方ないだろ…
いや、伊織は偶然なのか分からないが

小鳥「あ、おはようございますプロデューサーさん」

春香「おはようございます!」

伊織「おはよ…」

俺が呆れている間に春香は給湯室、伊織は小鳥さんの椅子に腰掛けた

「まだ二人だけか?」

律子「ええ。雪歩と響はいつもの調子ならもう少しかかるかと思います」

…そうか。
二人が来るまで、何をしてようか

小鳥「というか、今日は皆早いですね」

律子「…そういえばそうですね…春香はともかくとして、伊織は…」

伊織「…今日はたまたま早起きしただけ…春香なんかと一緒にすんじゃないわよ」

春香「ひどい言われようだなあ…」

淡々と春香への嫌味を呟く三人に、春香がお茶を手渡す。
うん、春香は気が利くいいこだな。
感心していると、春香は嬉しそうにお茶をこっちにも持ってきてくれた

春香「どうぞ、プロデューサーさん!」

「おう、ありがとな」

お盆からお茶を一つ貰って、飲む
冷たいお茶が喉を通って、やっと目が覚めたように清々しい気分になった。

「うん、うまい。ありがとな春香」

小鳥さんの席に座ってお茶を飲んでいた春香を礼を言いながら撫でると、春香は嬉しそうに笑った

春香「えへへ~…どういたしまして」

伊織「そういうところが春香ならともかく、とか言われんのよ」

春香「うるさいよ」

律子の席、つまり俺達の向かいに座った伊織が、冷ややかな目で茶化す。

春香はそんな伊織を睨んで不機嫌そうに返す。

一触即発で喧嘩が起きそうで、宥めようとしたが…それだけで二人の話は終わったらしく、伊織は律子達の方を見ながらボーっとし始めた。

「…春香と伊織って、仲悪いのか?」

春香「いえ?…10年の習慣なんです!私達の」

嬉しそうに笑う春香
そんな春香を見ながら伊織は不服そうに舌打ちしたが、すぐにあっちをむいて黙ってしまった

…10年の習慣で喧嘩ってのはもっと問題あると思うが…
この辺のいざこざができた原因も、調べないとな…

とりあえず今週はここまで。また来週

今回も少し短いかもしれませんが、投下します

数分後にやってきた雪歩と美希、最後に時間ぴったりにやってきた響を乗せて、スタジオへ出発する

乗らなかったら響ともう一人はバイクで行ってもらおうかと思ったが…皆、この車に何人も乗るのは慣れているらしく、誰も文句ひとつ言わず、少し大きめの四人乗りへ乗り込んで行った

五人もいればもっと騒がしいかと思っていたが、メンツがメンツのせいで聴こえるのは座り直す服が擦れる音と、無言に耐える俺がする咳と欠伸だけだった

なるほどなあ、この面子ならこういう反応が起きるのか。
半現実逃避気味に分析してみる。

が、分析したところで誰かが話し出す訳でも居心地の悪さが解消されるわけでもない

…とりあえず冷静に分析してみて、車内が静かな原因はいつも盛り上げ役の春香が黙っているからだと気付いた。
本当にそうなのかは分からないが、試してみる価値はある

「こういう人数の仕事って、多いのか?」

助手席の春香に話しかけると、春香は嬉しそうにこっちを向いた

春香「そう…ですね。高ランクの誰かのお仕事でお世話になった人が765プロから4、5人って言うのは、結構多い気がします」

「高ランクって?」

春香「…貴音さんとか、あずささん、ですかね」

春香「それと昔やった仕事の縁で貰える仕事もあります。私がCランクの頃とか、やよいが貰った仕事とか…」

春香「千早ちゃんの、お仕事とか」

千早の名前を出すとき、春香の顔が少し暗くなった。
その後春香は少しうつむいていたが、すぐに顔を上げて、いつもの春香に戻った

春香「好きな事務所だからってお仕事を頼めるくらい大きなスタジオに、もっと一杯縁、作っていきましょうね」

「…おう」

春香はそれだけ言うとまた俯いて、何も喋らなくなった

もう一度誰かに話しかけようかと思ったが、思っていた以上に後部座席は雰囲気が悪いようで、話しかけても返事は期待できそうにない

結局、春香以外には話しかける事はなかったし、話し掛けられる事もなかった。

「おはようございます。今日は宜しくお願いします」

カメラマン「ああ、こちらこそよろしく」

スタジオに着いてカメラマン含む関係者に挨拶して回る。
どうやらこのスタジオ、本当に結構デカい所のようだ

「…この仕事は、誰のなんだろうな」

低ランクのうちは嬉しいが…仕事は自分で取って来れるようになって欲しいものだ

いつまでも人に頼ってばっかじゃ、その人が居なくなった時苦労するだろうし

「…まぁいいか、そんなこと」

今は目の前の仕事に集中しないと

とりあえず一通り挨拶は終わったと思うので、楽屋前に移動する

扉には使用中のマークが出ているので、扉前で出待ち。

女の子のアイドルの楽屋の前で立ち尽くすのは色々と問題があるような気がしたが…まあ挨拶して回ったし、大丈夫だろう。

少し待っていると衣装の学生服に着替えた美希と響が出てきた

「…二人とも、よく似合ってるじゃないか。まだ学生で行けるんじゃないか?」

響「…どーも」

響が軽く返事をして、二人でスタジオに歩いて行ってしまった。
うーん…いや、もう何もいうまい

歩いて行った二人から目を外して前を見ると、春香が響たちのほうを見ながら立っていた
ちょっとびっくりしたが、楽屋の前ならそりゃ出てくるか

「春香もよく似合ってるな」

春香「…えへへ、ありがとうございます!」

伊織「似合っちゃいるけど…」

春香に続いて伊織と雪歩も出てきた。
皆、制服がやたらしっくりくる。雪歩の制服は大人っぽい雰囲気のせいでどことなくコスプレ感が拭えないが

伊織「25とか27とか、その辺の年齢のアイドルに制服なんて…完全に趣味全開よね」

雪歩「伊織ちゃん…思っても黙ってた方がいいよそれ…」

伊織は文句を垂れているが、制服はきちんと着ているし、やる気はあるようだ。

「まあ、確かに局内では言わないほうがいいかもな…」

誰も聞いてないだろうから別にいいけどさ…

春香「プロデューサーさん、そろそろ行きましょう?」

「ん…ああ、そうだな」

もうすぐ開始時間だ。あんまりのんびりしてちゃだめだな
オレの手を取って引っ張る春香と、その後ろでため息をつきながら着いてくる伊織に、
嬉しそうに笑う雪歩。

これで響と美希がもう少し10年前のままならなぁ…なんて、叶いもしない願いを思いながら
手を引かれたままスタジオへと急いだ

春香「おはようございます!」

スタッフ「おはよー」

スタジオに入って一番に、春香の大きな挨拶が響いた。
うん、春香は元気なほうがいいな。

春香が手を離してカメラマンのほうに歩いて行ったので、俺は壁際で待機。

10年前のままの5人ならカメラマンも手を焼いていただろうが、今の5人の様子なら、サクサクと撮影が進むだろう。
文句を言いそうな奴、いないしな…

…何でもかんでも10年前と比較するのも、やめたほうがいいな。
この時代に失礼だ

打ち合わせに参加しようかと思ったが、カメラマンの指示を受けているだけのようなので待機したままでいいだろう
ただ棒立ちするのも暇なので鞄から取り出したスケジュール帳をペラペラ捲ったりしていたら、撮影が始まった。

…春香とか伊織とかは特に違和感ないが、雪歩と響の衣装は少し違和感がある
纏っている雰囲気とかそういうののせいなのだろうが、制服が似合う25歳も、制服が似合わないアイドルも
どちらも微妙な違和感があるような気がする

…年齢って大事だなぁ

あと、意外なことに美希は結構制服が似合っている。
伊織も美希も大学は出ているはずなので、数年前まで制服を着ていたのだろうから、似合って当然といえば当然だが

コロコロとポーズを変えながら写真を撮られる美希を見ながら、そんなことを思う
カメラマンの指示が的確なのもあるだろうが、それに全て答えられる美希はさすがだと思う

次に出てきた春香が指示に答えながら転んでいる所とか見ると、ますますそう思う
まあ、春香と美希の方向性が違うのは10年前から明確だったが

…しばらく交代交代で写真を撮る5人を見ていると、ポケットでケータイが震えた
画面を見ると律子からの着信らしい。どうかしたのだろうか

5人は問題なさそうだし、一旦スタジオから出て、電話に出る

スタジオに戻ると5人は何事もなく順調に撮影をしていた。
5人とも仕事はできるんだよなぁ…響や美希はともかく、春香はただのモチベーションの問題、か

何かあったわけではないが、ステージの近くに寄ると、伊織の撮影が終わって、春香の撮影が始まる所だったようだ

ステージから降りてきた伊織が、制服の裾を出しながら歩いてきた

「さっきので撮影、終わりか?」

伊織「まぁね…あと春香が数枚撮ったら終わりよ」

最少年齢25歳の制服ファッション雑誌か。完成が楽しみだ
春香が撮影の指示を受けているのを黙って見ていると、さっき来た方向とは違う扉から、雪歩が入ってきた

腕に抱えたペットボトルを見るにジュースを買いに行っていたようだ

「言ってくれれば買ってきたのに」

雪歩「撮影は終わったので大丈夫ですよ」

…暇だからってことか
大分離れた所に座った響と美希にジュースを配る雪歩を見ていると、なんだか和やかな気分になった

伊織「雪歩は10年経っても、ああいうところは変わんないわね」

「…ああ、優しいな」

うちのアイドルは全員根は優しいが、雪歩はその中でも一番だとすら思う
あの状態の美希と響に会って一週間程度でジュースを配れるのはすごい

俺の適応が遅いだけかもしれないが…

少し凹んでいると、伊織が俺の裾を引っ張った

伊織「…春香の撮影よ。手でも振ってあげたら?」

「ん…おう」

春香の方に手を振ると、春香は嬉しそうに笑ってお辞儀をした。

春香の撮影が始まって少しすると伊織は舌打ちをしてから、雪歩にボトルを貰ってまた違う出口から出て行った

その伊織と入れ替わるように、雪歩がこっちにやってきた

「伊織は何があんなに気に入らないんだ?」

春香を見ながら、雪歩に聞いてみる
雪歩は少し黙っていたが、俺にペットボトルを手渡して、春香の方を見たまま話始めた

雪歩「春香ちゃん、さっきより撮影のペース、上がってるんですよ」

雪歩「それが伊織ちゃんは気に入らないだと思います」

…そう…だろうか?
俺にはいまいちわからないが…

雪歩「…まぁ、やる気のスイッチがあるだけ、よかったと思いますよ」

雪歩「スイッチをオンにできない人とか、オフにできない人とか、そんな人ばっかりの765プロでは、貴重ですし」

…それもそう、なのかなあ
特定の条件が揃えばすぐにやる気が出る、というのは確かにいいことじゃああるんだろうが…

「俺が居なくなったらどうすんだ…」

雪歩「…またオーディションを受けずに仕事だけこなして、プロデューサーが帰ってくるのを待つんじゃないですか」

…スイッチの入らないやる気スイッチなんて、邪魔でしかない、と
律子に相談…してもどうにもならないか
こればっかりは本人と話さないとな…

大きくため息をつくと、隣に立った雪歩が

雪歩「…プロデューサーがどこにも行かなかったらなんの問題もなく解決できるんですけどね…」

…何も言い返す言葉がない。
いつまでもこの時代にいると前の時代がややこしくなるだろうから、いつかは帰るが…
せめて一ヶ月なんていわず一年は欲しかったよ

こんなこと言ったところで何の解決にもならないのは分かっているし
一ヶ月でも大分限界なのだろうことも分かってはいるが…

「…はぁ」

こんな非現実なタイムスリップ。不条理に少しため息をついたところで不満値はカンスト済みだ
あえて困ることを上げるなら幸せが逃げるくらいだろう

逃げていった幸せを空気中でキャッチしてみようかと思ったが、人目があるし隣に雪歩がいるのでやめた。

雪歩「…さ、プロデューサー。そろそろ撮影、終わりますよ」

「ん…おう」

こんなくだらないことに考えを巡らせている場合じゃなかった。
問題は春香だけど…

「どーすっかなぁ…」

意味のない独り言を漏らしてみる。隣の雪歩は少し何かを考えていたが、何もいわずに春香のほうへ歩いて行った。

いつか好機はやってくるかもしれない。
逃げといえば逃げだが…今春香のために何か行動を起こしても、裏目に出るような気がする。

とりあえず今は待つ。時間が有り余っているわけではないが…千早のこととか、他にもやるべきはある
そちらを先にしたほうが、いいと思う

「…よし」

一度自分の頬を叩いて気合を入れると、春香と雪歩が歩いてきた。

「春香、お疲れ様」

春香「お疲れ様です、プロデューサーさん!」

一度頭を撫でると、嬉しそうにえへへと笑った

…さっき出た春香の解決案の一つに、俺が極端に嫌われれば春香は俺がいなくなって清々するようになって、問題解決なんじゃないか、とか考えたが…
改めて思うとそれはないな…春香の強さをなんとかしないと根本からの解決とは言いがたいし…

この笑顔を曇らせるのは、俺の精神じゃ無理だ

考え込みながら春香の頭から手を退けると、雪歩を連れて楽屋へ戻っていった。

辺りを見回してもいない辺り、他の三人も楽屋に戻ったのだろう。

俺も戻ろうかと思ったが、どうせ楽屋前で待つならこの辺りでスタッフの話でも聞いておこう。
着替えが終われば誰かが迎えに来てくれるだろう。

では、また来週

投下します

置いて行かれたらどうしようかと思ったが、ちゃんと伊織が呼びに来てくれた。

スタジオに駆け込んできた時は何事かと思ったが…聞いても別にしか言わないので、理由なんてさっばりだ

スタッフに挨拶を済ませて伊織と一緒にスタジオを出る

「もしかして、結構待ったか?」

伊織「…はぁ」

心配になって聞いて見ると、伊織はため息をついて

伊織「…別に待っちゃいないわよ…着替えてすぐに探しに…っていうか、呼びに来たんだから」

…そうなのか?
じゃあ何で怒ってるのか益々分からないが…

聞いて見ようかと思ったが、また別に、みたいな答えが返ってきたら伊織の機嫌がすごく悪くなりそうな予感がしたので、黙っておいた

春香「あ、伊織!」

楽屋のほうから、春香が息を切らしながら走ってきた
春香も息を切らしている…?何か重大な用事でもあるのか…?

それにしては二人とも何も言わないし…

伊織「…スタジオにいたわよ」

春香「…よかったぁ…」

やたらとのんびりしているように見える

春香は壁際に座り込んで、呼吸を整えはじめた

「…」

春香「…よし、帰りましょうか、プロデューサーさん」

「お、おう」

春香にも何かあるのか聞いて見ようかと思ったが、これもまた伊織の機嫌が悪くなりそうだ

今度律子にでも聞いて見よう。もはや現場にもいない無関係者が分かるとは思えないが

「雪歩とかは?」

春香「皆車です。先に戻っただけなので大して待ってないとは思いますけどね」

伊織「もし仮に待ってても文句をいう面子じゃないけどね…」

…まあ、確かに雪歩はともかくあの二人ならどれだけ待たせても待たせなくても表情は変わらないような気はする

それは別にどれだけ待たせてもいいって訳ではないが

「じゃ、急ごうか」

伊織「話聞いてたわけ?…別にいいけど」

春香「食前運動ですね!」

運動いうほど走らないけどな…

少しばかしの駆け足で車に戻った。
…もしも走っていたら最初にバテるのは当然俺だったろうしな

戻ると面倒臭そうに窓に肘を載せた響と、反対の窓から外を見る美希、その二人に挟まれた雪歩

どういう座り方なんだあれは…
あのふたりは仲悪いわけでもなさそうだし、雪歩を間に挟む必要はなかったろうに…

雪歩も気まずそうな様子ではないので、別にいいが…

「…美希と響って仲悪かったりするか?」

念のため二人に聞いておく。
二人は相談する様子もなく、即答で

春香「響ちゃんは誰とも仲良くないです」

伊織「美希が誰かと仲がいいの、しばらく見た覚えがないわ」

…なるほど、仲良くはないけど悪くもないから間に雪歩を挟んでもなんの問題もない、と

雪歩もそういう空気を気にするキャラではなさそうだしな…
適当に座ったらあの順番だっただけだろう

「…さ、帰るか」

疑問とも言えないような疑問が解決した所で車に乗り込む。
ドアを開けると案の定中は静寂だった。

「…えっと、お待たせ」

返事はない。雪歩が笑って頭を下げてくれたが、他の二人は依然外を見たままだ。
…いや、別にいいけどさ

伊織「美希、もっと寄んなさいよ」

美希「…」

助手席には春香が真っ先に乗った
後ろは少し揉めているようだが、美希が一度降りて雪歩と伊織を真ん中に詰める形で安定したらしい。
…いや、これで安定してるのか分からないが

「皆、どっか寄るところあるか?」

春香「プロデューサーさん!ご飯食べに行きましょう!ご飯!」

後ろを見ながら問いかけると、隣の春香が一番に乗り出してきた。
そういえばさっき食前運動とか言ってたな…

食べに行くのは一向に構わないが…

「響と美希は…食べに行くか?」

美希「…用事があるから帰るよ」

…まぁ、そりゃそうか
響は依然外を見たままだが…多分、降りるだろう

「じゃあ、事務所まで送っていくよ」

雪歩と伊織は行くのか分からないが…

どこに食べに行こうか、なんて考えながら、車を出した。
食べに行くところは春香にでも聞こう

.第四十九章 P「如月」

ミスです。>>638の最後は消して置いてください

ではまた来週

第四十九章 P「如月」

事務所に到着したが、車の中で聞こえるのはエンジンの音と、沈黙に耐え切れずに途中で掛けたラジオだけだった。
春香は疲れたらしく眠っていたし…春香が話さないと誰も話さないのかこのメンツ

駐車場に車を止めると、エンジンを切る前に美希はそそくさと事務所へ入っていった
響はすぐには降りなかったが…まどの外を見たまま俺とは一切目をあわせようとしない。

「おーい、着いたぞー」

春香を揺すりながら言うと、伊織と雪歩は先に下りて、美希の後を追うように事務所へ戻った

春香「ん…」

「おはよう春香。着いたぞ」

春香は目が覚めてしばらくボーっとした後、一度伸びをしながら大きな欠伸をした

春香「おはようございます…」

扉を開けて車を降りて、それからもう一度伸びをする

「疲れたか?」

春香「えへへ…昨日はちょっと夜更かししちゃって」

春香って今一人暮らしだったよな…
夜更かしってゲームとかだろうか。もしそうなら相変わらず子供みたいだな…
あんまり女の子の私生活に入るのはよろしくないので、詳しくは聞かないが

「響、着いたぞ?」

運転席から降りるときに、響に声を掛ける
少しの間無言だったが、すぐにドアを開けて降りてきた

春香「プロデューサーさん、ご飯どうしましょう?」

「んー…伊織と雪歩に声を掛けてからにしようかと思うけど」

春香「分かりました!」

…伊織が来るのを嫌がるかと思ったが、そんなことはなかった。
伊織が嫌いって訳じゃないのか

ってことはあの喧嘩は性格の問題なのかもな…

もしそうならそれは二人の問題だし俺にどうこうできることじゃなさそうだなぁ…
いや、でも10年前は仲良かったわけだし…

一人悶々と考えながら立ち尽くしていると、

春香「さ、プロデューサーさん!善は急げですよ!」

春香に手を引っ張られた。
…二人がああなった理由なんて、あとで雪歩にでも聞けばいいか

なら、今は二人を観察でもしてみよう。
案外簡単なところに解決策とかはあるかもしれないし…

何より、楽しみにしてくれている春香のためにも、小難しいことを考えながら外食なんて失礼だと思う
…この状況で小難しいことを考えるなってのも無理な話だとは思うが

貴音「…あら、貴方様」

「おう、貴音。おはよう」

事務所の前の横断歩道を渡ると、丁度仕事へ向かう貴音と律子が出てくるところだった。
律子は俺の顔を見て何かを言いかけたが、春香に気づいて口を閉じた

多分千早のことだろう
春香も千早を見たと聞いて泣き出したり探しに行ったりするほど子供ではないと思うが…まぁ、黙っていたほうがいいのは確かだ。

「春香、先に戻っててくれるか?」

春香は少し考えていたが、仕事の話だと分かると一人で事務所へ入っていった。
後ろに響が見えるが…まあ、響なら聞かれても問題ないか。
聞いた所で何か言ってくるキャラでもないだろうしな

「…千早の話、だよな?」

律子「ええ…念のために状況とかを、詳しく話しておこうかと」

律儀だなぁとは思ったが、千早の乗っていた車を見かけたら直ぐ追いかけるだとか
それくらいの焦りは必要だ。

律子「乗ってたのは黒の軽四で…」

律子の細かな状況報告が始まった。
正直車の見た目だとかナンバーだとか言われても、運転中にそんなもの見える訳がないが…

知らないよりは知っているほうがいいに決まっている

貴音「おや、響。お帰りなさい」

響「…おう」

後ろで横断歩道を渡ってきた響と、貴音が話している

この間台本でぶん殴ったときは驚いたが、二人の仲は相変わらず良いようだ
いや、この響の状態からじゃあ誰が仲良いかなんて分からないが…

それにしても随分と遅かったなと思って後ろを見たら、響はライダースーツに着替えていた。
黒のライダースーツを着た響はとても様になっていたが…ちょっと怖いな

というかあのライダースーツなら昨日の朝に見たな
…いや、昨日はどうだったっけ?

律子「…聞いてます?」

「おっとすまん。聞いてるよ」

くだらないことを考えて律子に怒られてしまった。
いかんいかん、真面目に聞かないとな

律子「じゃあ今まで言ったの、もう一度言って見てくださいよ」

「黒の軽四の…丁度あんな感じの奴だろ?」

遠くに見えた車を指差して、言う
うん、あんな感じだよな?律子の怒号が飛んでこないってことは、合ってるのだろう

良かったおぼろげにでも聞いておいて。
丁度ナンバープレートも似たような…

「…律子、ナンバー何番って?」

律子「…丁度あれと同じ番号です」

…同じ番号っていうか、アレじゃないのか
…っていうかアレだろ

律子と俺が固まっていると、その車は事務所の前を通過した。
後部座席に見えたのは…

「千早!?」

大当たり。偶々事務所の前を通ったようだ

なんて考えている場合じゃない。辺りを見回して、何か追いかける手段を…

「響!キー貸してくれ!」

最初に目に入ったのは、事務所の扉の奥に止めてあった、響のバイク

近くに寄ってから、響に声を掛けると、響は少し考えて、ポケットからキーを投げ渡した

響「運転できんのか?」

「…原付なら」

車の教習で習ったし、案外なんとかなるだろう
というかなんとかしなくちゃならない

しかし響は大きくため息をついて

響「はぁ…律子、倉庫にある貴音のヘルメット持ってきてくれ」

律子「え?…あ、ええ」

事務所に駆け込んでく律子と、その後ろを普通に歩いてくる響
響は俺の手からヘルメットを奪うと、自分の頭に被せた

「…響?」

響「大型バイクの運転ってのは原付とは勝手がぜんぜん違うんだよ。」

…そりゃそうか。
響は呆れたようにため息をついて

響「後ろに乗せてやるからプロデューサーは千早の曲がった方向でも覚えてろ」

「あ、ああ」

急いで横断歩道まで走ると、千早の乗った車は丁度右へ曲がるところだった

響はもう少しかかりそうだし…
問題は千早を追いかけて、何をするか

事務所へ戻れ?そんな簡単な話じゃあない。
移籍の理由を聞いて…聞いて…

聞いて、俺は…一体、何をする?

貴音「貴方様」

「…どうした?」

一人、悶々と考えていると、さっきから立ちっぱなしの貴音が、口を開いた。

貴音「この世界は、貴方様の夢かもしれません」

貴音「そんな世界で、貴方様が信じられるのは紛れもない貴方様自身です」

貴音「追いかけてどうするか、など追いかけてから考えればいいことです」

貴音「こんな事態で、難しく考えたところで答えなど出ませんよ」

「…そうだな」

響のほうからエンジン音が聞こえる。
行こう。今は、追いかけるだけだ

話を聞いて…無理そうならライブの代わりは律子にしてもらえばいい
それだけで、今はいいだろう

響「プロデューサー!」

声がしたほうを見ると、響からヘルメットが飛んできた。
キャッチして、被る。ヘルメットの中は暑く、息苦しかったが今は気にしない

前に出てきた響の後ろに乗って、貴音のほうを見る

貴音「貴方様、私から一つ助言です」

貴音「如月千早の真意に近付くには、今までの千早の行動を考えるべきです」

貴音「あの水瀬伊織の誕生日に、伊織がたどり着くべきだった答えを…貴方様が、見つけるのです」

「…わかった」

答えると、貴音は嬉しそうに笑った
貴音が言いたかったことは、今はわからないが…
追い掛けながら、考えよう

響「プロデューサー、方向は?」

「そこを右だ。頼むぞ」

響「…落ちんなよ!」

響のバイクが発進した。
事務所の前では貴音と律子がしばらく手を振っていたが、曲がるとすぐに、事務所は見えなくなった

響「車の色は?」

「黒。車種は…」

さっき聞いた情報を、そのまま響に伝える。
ナンバーなんて聞いても役に立たない、なんて言ったがとんでもない。聞いて直ぐに役に立ってしまった。

伝え終わったあと辺りを見回したが、その車の姿はない。

目立つ車種ではないが…これだけ見回してもいないとなると、少し距離を開けすぎたか

響「…車道はしばらく一本だ。細かい道に入られでもしないかぎり、そのうち追いつける」

「…そうだな」

響なりに励ましてくれているのだろうか
口調はアレだが、響の中身はそんなに変わっていないのかもしれない

…変わってないは流石に言いすぎかもしれないけど

「…」

響「…」

交差点だ
完全に見失ってしまったらしい

響「…どーする?」

どーすっかな…
まさかバイクに乗って追いかけても見失うとは…

響「…行き先に心当たりは?」

「…ない」

っていうかここがどこかなのか既に怪しい
辺りをキョロキョロ見回していると、響が大きくため息をついて

響「…もう少し回って見るか?」

「ああ…すまん」

回っていればどこか知っている場所があるかも知れないし…
いや、今の場所も事務所の近くだから知っちゃあいるんだが…

…千早の行きそうな所にたどり着くことを祈ろう

響「…あれは?」

「…ナンバーが違う」

数分後。
何度目とも分からないこのやり取りを終えて、響と俺は同時にため息をついた

響「…戻るか?」

「…そうだな」

春香達を放っといて出てきたし…
戻ったら春香に謝って…理由を説明して…

…理由、か
春香に千早を追いかけた、なんて言ったらどういう反応をするのだろう

…その後春香が元気なら…事務所の皆に声を掛けて、ご飯でも食べに行こう
…そういえば、響には声を掛けていなかったか
いや、掛けたには掛けたが…返事を貰ってない

「なぁ響」

響「…何」

響はさっきまでの励ますような感じとは違った、いつもの態度に戻った
戻っても戻らなくても、昔の響とは遠くかけ離れたものだが

「この後春香達と飯食べに行くけど…一緒に行くか?」

響「…今日は…ちょっと墓参りがあるんだよ」

…響は本当に用事があるらしい。美希は…どうか分からないけど

墓参りか…そういえば俺も先祖の墓参り、6年位行ってないってことになるのか
そろそろ行っておかないとご先祖様に怒られそうだ

「…墓参り?」

…!

「響、この辺りに墓地ってあるか?」

響「…多分、さっき通り過ぎた所に一つあったと思うけど」

「行ってくれ!そこが違ったら、事務所に戻ろう」

響「…分かった」

響はUターンして、墓地のほうへ向かった
ここは事務所からそんなに離れていなかったはずだ。

となると、ここの近くの墓地といったら、多分…

では、また来週

投下します

響「…どうだ?」

墓地に着いたはいいが…ぱっと見回した感じ、駐車場にさっきの車の姿はない

「…行って見ないとわからない…と思う」

まぁもしいなくても…墓参りをして帰れば来た意味はあるしな

「響はどうする?」

響「…待ってるよ」

響はバイクを置きに駐車場の奥へ入って行った

墓地は10年前にも来たことがあるところで、木が修繕されていたりする所はあるが、大きな部分は昔のままのようだ
あえて言うなら地面に描かれた白線が薄れているところが、一番10年の年月を感じさせた

もう一度響に目をやってみる
響はバイクを止めて、その隣でケータイをし始めた

…あんまり待たせるのも悪いし、早く済ませないとな
墓地に一歩足を踏み入れ、辺りを見回す

昼前ということもあって、墓地の中は一人もいない、寂しいものだった

…いやまあ、墓地が混雑している方が不気味ではあるが

そういえばこの墓地に来るのはいつぶりなのだろう

自分の家ですらしばらく墓参りに行った覚えはないし、人の家の墓なんてもっと少ないんじゃないだろうか

…いや、家の墓よりこっちのほうがよっぽど近いし、こっちの方が多かったか?

そんなどうでもいいことを考えながら、一歩ずつゆっくりと目的地へ向けて歩いて行く

それにしても例えタイムスリップなんて非現実に直面してそんなことを考える余裕がなかった、とは言っても時間がかかりすぎたと思う

「なぁ、そう思わないか?」

?「…ええ、そうですね」

独り言っぽく話したら、ちゃんと反応してくれた。
…うん、今思うともはや自分に呆れた笑いしか出てこない。

千早に会える可能性が結構に高い場所が、こんなに近くにあったのに。

「探したよ、千早」

千早「…そうですか」

18年前に交通事故にあった弟のお墓の前で手を合わせていた千早は、立ち上がった。
立った千早は、10年前より少し大きくなったようだった

「えーっと…何年ぶりになるんだ?」

千早「…6年、ですかね」

6年か…長いな

「元気か?」

千早「…ええ、それなりに」

…こんなことで誤魔化してる場合じゃないか
大きく深呼吸をして、本題に入る。

「…なんで事務所をやめたんだ?」

千早はしばらく何も言わず、弟の墓を見ていたが…千早は少し笑った後

千早「何でだと思います?」

真剣な顔で、言った。
…理由か

「…皆が仕事をしなくなったから…か?」

千早「…そうですね、そこまでは正解です」

千早はそれだけ言ってまた黙ってしまった。
仕事をしなくなったから…の続きを考えろってことなのだろう

しなくなったから…愛想を尽かした…?

いや、千早の性格を考えて、それはないような気がする
出会ったばかりならともかく、10年前くらいから千早は春香と引けを取らないくらい、事務所が好きだったはずだし

その好きだった事務所を移籍してまで、千早がしたかったこと…

「…765プロのために、できること…?」

思えば亜美も小鳥さんも、千早は社長の知り合いの事務所に移籍したと言っていた。
社長は知らないと言っていたが…Aランクのアイドルが、社長に無許可で移籍なんてできるのか?

いくらアイドルのやりたいように、が会社の方針とは言っても…そんな適当な移籍が本当にあるのだろうか?

そして、社長が嘘をついているとして…律子に聞いた話だと、千早がメディアに出てきたのは最近だったはずだ
移籍してきたAランクアイドルをテレビに出さない、なんてことがあるのか

途切れることなく次々に出てくる疑問にため息をついて、出てきた結論を述べる

「要するに…千早は社長の紹介で移籍して、その先でアイドル以外の『何か』をしていた…とか?」

美希がスタイリストの勉強していたように、10年の歳月は人が何かを始めるには十分な時間だろう

千早は一度頷いて、再度弟君のお墓に手を合わせた。

…事務所が好きな千早が、その好きな事務所を移籍してまで、したかったアイドル以外のこと。
ここまで分かれば…後もう少しか

…たとえば、春香の「今のままでいい」という考え方。
これを聞いたとき、千早はその考えに呆れてやめていったのかと思った

でも、千早は765プロが好きで、事務所のアイドル達が好き
今のままでいいという春香の考えのままでは、765プロに未来はない。いつかは必ず事務所は消えていくだろう

千早がしたかったのは、その考えの立て直しだったとしたら

その考えの発信源が天海春香だったとしたら
今の春香に足りないのはやる気。そのやる気がないのは…自分で言うのは何だが、俺がいないから

俺は一生再起不能だろう。その状況で、春香のために他の人ができること…

近くで最低限の仕事を持ってきてやることと…春香の中における…俺の代わりになる、こと

…例えば、亜美の言葉
「子供っぽかったから」

律子のプロデュースが、12人全員にいきわたっていないことは…千早の素人目から見ても、十分分かりうることだろう
そんな状態の765プロ存続のために、千早ができること

「つまり、千早は…」

春香の欠けてしまった部分。アイドルへのプロデュース
真を初めとした、皆のコンディションの管理、そして皆への仕事

これらを全て、補える可能性を持った、千早が移籍してまでやりたかったコト

…つまり、千早は…

「千早は、プロデューサーになるために、移籍した」

俺の答えを聞いて、千早は嬉しそうに笑って、弟君の墓を撫でた

千早「大正解です。さすがはプロデューサー…って事ですかね」

少し考えれば分かることではあった。
律子が最初に千早を見たときに、「同じ事務所の子の付き添いだったみたい」って言ってたし

千早はもう一度弟君の墓を撫でて、立ち上がった。
立ち上がったり座ったり忙しないなとは思ったが、墓参りを途中でさえぎってしまった俺が悪いしな…

千早「…すみません、試すようなことをしてしまって。でも、私はやっぱりプロデューサーとしてはまだまだだと実感できました」

「…それは良かった」

もし千早が6年前からずっとプロデューサーの仕事をしているなら、まだ2年目だか3年目だかの俺よりよっぽどベテランだけどな…

千早「おかえりなさい、プロデューサー」

「ああ、ただいま」

少しぎこちない笑顔で迎えてくれた千早は、10年前と同じだった
状況は一番変わった千早でも、精神面とかは、765プロで1番2番を争うくらい、たいした変化はないのかもしれない

「それにしても…プロデューサーを目指すだけなら、765プロでも問題なかったんじゃないか?」

千早がいるだけでも春香のやる気は結構違っていたと思うけど
最も、これは結果論でしかないが…

千早「仕事がない765プロでプロデューサーを続けていては…何年掛かるか、分かったものではないですから」

…ま、そりゃそうだ
変にあっさりしていて面白かったが、765でのんびりと…律子みたいなことを続けていくより、
移籍して新人アイドルをプロデュースでもしたほうが早いという考えにたどり着いた…ってことだろう

「…じゃあ千早、歌はどうしたんだ?」

出会ったばかりの頃の千早は歌にしか興味がない感じだったし、出会ってから1年経って歌以外の仕事も請けるようになったが…
相変わらず、歌は大好きだったと思う。

千早「…歌は、歌ってます。でも、アイドルは辞めるつもり…そういうことです」

「…そっか」

千早は特に悲しそうな顔をするわけでもない、ただ普通の顔でそういった。

要するところに、千早は歌う場所を仕事ではなく、個人にした、というだけ
だけ、なんて言ってしまったが…千早は元々歌手がやりたくて、アイドルになった。
世界に、弟が褒めてくれた歌を届けたかった、だっけ。

それだけの決意をして始めたアイドルを…諦めるには、相当な覚悟をしたのだろう
俺なんかのせいで、千早には夢を諦めさせてしまったのだろう

「…ごめんな、千早」

この言葉で千早はやっと少し驚いたが、少し硬直した後、呆れ顔でため息をついた

千早「…今のこの状況を6年前のプロデューサーが故意に起こした、って訳じゃないんですから」

千早「プロデューサーが謝ることなんて、何一つとしてないですよ」

「…すまん」

優しく慰めてくれたが…それでも、小さく謝った。
千早は少し困った顔をしていたが、また弟君の墓に目線を戻す

千早「…それで、プロデューサーはどうして戻ってきたんですか?」

二人互いに無言で弟君の墓を見ていると、千早は思い出したように言った。

そういえば…千早には説明していなかった
話しかけても驚いた表情を見せないので、すっかり忘れていた

外に響を待たせているし、手短に説明しないといけない

では、今日はここまで
今週は少し進みが良いので、今日か明日か明後日にも、少しですが投下しようかと思います

短いですが投下します

第五十章 P「我那覇」

「…って感じかな」

貴音が俺を呼んだ事、こっちに来て見た、765プロの皆の事。

そして皆にはまだ話していない、俺が1ヶ月で帰るということ

こっちに来てからの一週間を短くまとめて、千早に話す
千早は時々何かを考えるように下を向いたりはしたが、大きく驚いた様子はなかった

この動じなさはさすがというか…
なんというか、貴音と同じ物を感じる

千早「…四条さんの話で、プロデューサーが一番気になったところ、教えてもらえますか?」

「ん…?」

話し終わった後、千早は俺にそう、質問した。
気になったところ…

「やっぱり、この時代が夢、って所かな」

この話については、伊織の助言で「考えても答えが出ない事」と割り切って考えないようにしていた。

考えたところでそれを証明する方法なんてないわけだし

千早「…じゃあ、それについて私の推論を一つ」

また推論か…いや、この疑問については誰か納得できる意見をしてくれる人を求めていたところだ。
千早の意見で納得できるかどうかは置いておいても…誰かの意見を参考にするというのは、問題解決において最も重要なことだと思う

そんな感じで軽く見ていたが、千早は真面目な顔で結構真核に近いかもしれないことを話し出した

千早「…四条さんが「この時代が全てプロデューサーの見ている夢である」可能性を提示したのは…多分、一種の保険なんですよ」

…保険?

聞き返すまでもなく、千早は続ける

千早「もしもプロデューサーがその「最後のプロデュース」をする上で何か取り返しのつかない失敗をしたとしても…
プロデューサーが1ヶ月後に帰る、元々いた時代には何の影響もない」

千早「だからこそ「この時代は夢」なんて夢みたいな推論を立てておけば、あの失敗は夢でした小さな失敗にすぎない。現実ではこんなミスはしないようにしよう…で、済む、と」

「…なるほど」

いかにも、貴音が考えそうなことだ。
千早を追いかける前にしてもそうだが…本当に、貴音には守られてばかりだ

千早「参考になりましたか?」

「ああ…もう、それが答えでいいんじゃないかってくらいだ」

もしそれが真実でも…それを貴音に質問したら、貴音がしてくれたことが無駄になるので、答え合わせなんかはできそうにないが。

千早「…さてと、そろそろ帰りましょうか」

千早はお墓の前においた鞄を取って、歩き出した。
確かに他の事務所のプロデューサーと長々と話するのは、あまりよろしくないな。
アイドル的にも、プロデューサー的にも。

「…そっち、響がいるぞ?」

千早が歩いていく方向を指差しながら言うと、千早は少し止まった後振り向いて、

千早「…大丈夫です。それに、出口はこっちしかないですから」

そういって再び出口に向かって歩いて行った。
…いつまでも待たせたらアレだし、俺も帰ろう

千早の後ろについて、俺も出口を目指して歩き始めた。

墓地の出口…というより、駐車場につながる門をくぐると、直ぐ近くに響がヘルメットを持って立っていた。

響「…おせぇよ」

「悪い」

不機嫌そうな響だったが、俺が謝るとすぐに千早の方に視線をやって、

響「…伊織と春香が心配してる」

千早「…水瀬さんにはよく謝っておいてください。春香には…多分、これからも何度か会うと思うので大丈夫です」

二人の現実の距離はそんなに遠くなかったが、心の距離は遠いのであろうことが千早の敬語から伺えた。
響もその微妙な距離を感じたらしく、

響「…千早、いつか絶対帰ってこいよ」

千早「…ええ、ありがとう」

そういって二人は別々の方向に歩いて行った。
…そうか、響にとっては6年ぶりか

何か色々言いたいこともあったろうに…でも、あの距離じゃあ仕方ないか

歩いて角を曲がっていく千早を見届けて、俺も響の後を追った。

バイクに着いて、響が準備をしている間
何か話しかけようかと思ったが、あまり邪魔するのも良くないかと思って黙っていた

少ししてエンジンが掛かって、後ろに乗る
そのまま互いに無言で、出発した。

「…千早、どうだった?」

俺は一週間前まで普通に見ていたわけだから、中身は変わってない、とかそういう感想しか抱かなかった

ここは6年会わなかった響に、感想を聞いて見るべきだと思った。

響「…別に、中身は変わっちゃいないとか、そんな感想だけだ」

…と思ったが、響も同じ感想だったらしい。
外見は…昔見た、千早のお母さんに良く似てきていたと思う。

まぁ、写真を見たことがあるだけだから、詳しく知っているわけではないが…

「敬語だったけど?」

響「…違う事務所のアイドルだからだろ」

…なるほど、そういうのを気にするのか
よく考えると他の事務所の子に気安く話しかけた10年前が少しおかしくはあった…のか?

響「別に敬語が当然なんじゃなくてよ…千早が真面目すぎるだけだ」

響の顔は当然前を向いたままだが、響はどこか寂しそうな声色で、言った。
違う事務所のアイドルだから、なんて理由を考察したけど…響も響なりに寂しいらしい

その後少しの無言。響にはこっちから話振らないと多分ずっと無言だなと気づいて、何か振る話題を探す

「そういえばさっき墓参りがあるって言ってたけど…誰のだ?」

…いや、この話題は空気がもっと重くなるだけだろ…何考えてんだ俺
聞いてしまったものは仕方ない…実際結構気になることではあったしな…

響「…すぐ終わるから、ちょっと寄り道してもいいか?」

「え…おう」

返事をすると響は少し行ったところでUターンした。
…寄り道…?

どこに行くのか聞こうかと思ったが…なんだか響が聞いても答えそうにない雰囲気を醸し出している…気がする。
さっきからハンドルを握る手に力が入っているようだし…

行けば分かる、か…?

と思ったら、響のバイクはすぐに方向を変え、小さなホームセンターに入っていく。
駐車場にバイクを止めて、響はヘルメットを俺に渡して、一人で中に入っていった。

…待っとけってことだろうか

では、また来週

投下します

響がホームセンターに入ってから数分後。
響は少し大きめの袋をもって、出てきた。

「それは?」

響「…供え物」

響はそれ以上何も言おうとせず、ヘルメットを俺から受け取って、代わりにその袋を渡し、バイクのエンジンを掛ける
袋の外から中がみえるかと思ったが…うーむ、分からない。

多分開けた所で怒られはしないとは思うが…もう響のほうは準備できたみたいだし…これもすぐに分かることだろう
ヘルメットを被って、響の後ろに乗る。ビニール袋を持ったまま乗るのは少し難しかったが…乗れてしまえば案外、すぐ馴れた。

響「…着いた」

ホームセンターを出てからずっと無言だった響が、ボソッと喋った。
着いた先は…ペット霊園?

この時点で誰の墓参りか、多少察しはついた。
が、響はヘルメットを置いて先にすたすたと歩いて行ってしまうので、答え合わせをする時間もない

…いや、ここは聞かなくて正解か

急いでハンドルにヘルメットを掛けて、響の後を追う。
と、思ったら響は霊園の入り口に立っていた。
どうやら待ってくれてたらしい

響は追いついてきた俺からビニール袋を受け取って、霊園の中に入っていく。
その後に着いて俺も霊園の中へ

人間の墓地だろうが、動物の霊園だろうが、この時間帯では人数はさっぱりしている。
それにしても、動物の霊園か…

ふと、小さいころに実家で飼っていた犬の葬式を思い出した。
何分小さいころの話なのではっきりと覚えているわけではないが…

確かその犬は葬式をした後、骨は引き取ってもらって…共同墓地に入れてもらったと思う

そう考えると、個々で墓を作ってもらえるのは…よっぽど愛してもらっている証拠なんだろうと思う。
響のように、一人暮らしだとペット達への思い入れはとても強くなるのだろう

そんなことを考えていると、響はとある墓の前に立ち止まった。
その墓は周りと比べると小さかったが、その分数が多かった。

1、2、3…6個か。
2列に分けて3こづつ置かれた墓石には一つ一つ、丁寧に名前が彫られていた。

響はその墓達の前にある籠の中に、ビニール袋から取り出したペット用のペレットを取り出して、置いた。
それから立ち上がって、手を合わせた。俺もその隣で、一緒に手を合わせる

少しの静寂の後、響が手を下ろして、一番右の墓石を指差して、

響「…右から、へび香、シマ男、うさ江とねこ吉、モモ次郎と…」

名前を呼びながら、順番に指差していく。
そして一番前、皆の一番真ん中にある墓を指差す。

響「…ハム蔵」

…やはり、ここは響の…家族の墓だったらしい。
10年も経てば…大体のペットは死んでしまうだろう。

ということは所々開いているスペースは…
いや、これを響に問うのはさすがにないなと思いとどまった。

響「今日は…ハム蔵の7回目の命日なんだ」

…なるほど、それでペレットか。

少し前まで生きていた墓を見るというのは…気分が良いものではない。

響より一歩前に出て、ハム蔵の墓の前で手を合わせる。

ごめんな、皆
俺が動けなくなって…多分、響のことで皆に一杯、心配掛けたんだと思う

今更謝っても、仕方ないのは分かってるけど…ごめん

しばらく手を合わせていると響が後ろから線香とライターを手渡してくれる。
よく見るとさっきの籠が置いてある台の下に、線香を立てる場所がある。

火をつけて線香を立てると、響がその隣にもう一本、線香を立てた。
そして二人で合掌。

皆にかけた苦労とか、迷惑とか、心配とかを謝罪して、立ち上がって、もう一度合掌。

これからも、響を見守ってやってくれ。そんな思いを込めて、深く、深く。

響「よし」

しばらく合掌していると、響が立ち上がって、俺のほうを向いた

響「帰ろうか、プロデューサー」

「…ああ」

頷くと響は先にスタスタと歩いて行く。

最後にもう一回、皆の墓に礼をして、響の後を再び追う。

「響の家、あと何匹家族がいるんだ?」

響「…イヌ美とオウ助とワニ子とブタ太で4匹」

4匹か…
もう、半分以下になってしまったわけだ
そして、響は家族の葬式を、6回も経験したことになる

「6回も葬式、辛くないか?」

辛くないわけがない

でも、聞いて見たかった。
俺は小さい頃の犬で懲りてしまったから…

家族の葬式なんて、辛すぎて、俺なら逃げ出してしまいそうだから

でも、響は立ち止まって、頭の後ろに手を組んで、言う

響「なんくるないさー…って奴だよ」

…響の声は昔と比べると低かったが、沖縄弁は、とても懐かしく感じた。

響「ペットを飼うっていうのは、最後まで看取る覚悟をする…って、事なんだ」

響「それは飼い主としての当然の義務だと自分は思ってる。だから…辛いけど、逃げやしない」

響「そういうもんだ、人間って」

響は結局こっちを見ないまま、バイクへ歩いて行った。

看取る覚悟、か
10年前の響でも、同じことを言ったのだろうか?

…いや、言うだろう。
響はああ見えて…本芯は強いやつだ

…10年前に戻ったら、響を連れて…先に逝ってしまった愛犬の墓参りに行こう。
そんなことを考えながら、霊園を後にする

それにしても…響が変わった原因に、ペットが死んでしまったことにあるとすれば
それは…俺や律子や…プロデューサーになった千早に、どうこうできる問題なのだろうか

…考えても仕方ない、か
どうこうできる、じゃなくてどうこうしなくちゃならない訳だしな…

「…帰ろ」

霊園の時計を見ると…2時

…後でどこかに飯でも食べに行こう。安くつく所で…
…って、あれ…飯?

「…あー」

春香との約束、忘れてた

急いでケータイを見てみるが…メールや電話はなし。
少し安堵したが…こういうときは連絡がないほうが心配だったりするものだ

「響、ちょっと急ぎ目に帰ってくれるか?」

響「…」

バイクに駆け寄って響に声を掛けると、少し考えた後、小さく頷いた。
今から帰ってなんとかなるかは怪しいところだけどな…

では、また来週

すみません、投下します

運転は響なので迷いはしなかったが…渋滞に巻き込まれ、結局事務所に着いたのは3時
この時間だと昼御飯じゃなくておやつだな…

千早を追って事務所を飛び出したのが何時か忘れたが…
昼ごはんとか言ってたから1時前後だったと思う

とりあえず律子に報告もしないといけないし…
事務所の前で響のバイクから降りると、響は降りることなく、

響「…じゃあな」

と言い残してバイクを発進させた。
墓参りは終わったから飯に誘おうかと思ったけど…いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃないな

よく考えるとこれでのんびり響をご飯に誘ってから事務所に上るなんて、とんだクソ野郎だ

そんなどうでもいいことを安堵しながら、急ぎ足で事務所の階段を駆け上がって、事務所の扉を開ける

「ただいま戻りました!」

挨拶しながら事務所に入ると、小鳥さんが机から静かにしてとジェスチャーを送ってきている。
…足音を潜めながらゆっくり進むと…

「…ごめんな」

ソファで春香が一人、眠っていた。
ホワイトボードを見ると…昼からの仕事は貴音単独でテレビ撮影と、伊織と雪歩と亜美が写真集撮影

…どうやら春香は、一人で待っていてくれたらしい。

罪悪感を感じていると、小鳥さんが

小鳥「…春香ちゃん、ついさっきまで起きてたんですけど…」

…夜更かししてたって言ってたし…かわいそうなことをしてしまった。
起きたら晩飯にでも誘おうか…いや、眠そうなら帰らしたほうがいいのか?

…起きてから考えればいいか

休憩室から毛布を取ってきて、春香に掛ける
春香は少し寝言をつぶやいたが…起きることなく、再び眠りについた。

「律子は今日、直帰ですかね?」

小鳥「んー…いえ、貴音ちゃんの仕事はすぐに終わるので…もうすぐ帰ってくると思いますよ?」

…じゃあ、待っていればいいか
どの道春香が起きるまで帰るわけにはいかないし

特に急いでやることがあるわけでもないので、自分の席に座って、一息つく

「…千早、元気そうでしたよ」

小鳥「…よかった」

小鳥さんは嬉しそうに笑ったが、詳しいことは聞いてこなかった。
律子に話すときに…小鳥さんにも、一緒に聞いてもらおう。

この人も6年…いや、11年以上前から765プロを支えてきた、765プロには欠かせない人なのだから。

…数十分後に帰ってきた律子と貴音に、小鳥さんと二人で顔の前で人差し指を立ててジェスチャーを送る姿は、さぞ面妖であったろうことは、聞くまでもない。

律子「…なるほど」

千早に会ったこと、弟の墓は、千早に一番会えそうな場所であることとか、移籍の理由とか。

三人にざっと話したのは、このくらい
響のことは話そうか悩んだが…千早と違って響はいつでも会えるわけだし…言いたくなったら自分で言うだろう

一通り言い終わったあと、最初に口を開いたのは貴音。

貴音「千早らしいといえば、らしいのですかね」

「…ああ、すごく千早らしいと思うよ」

律子と小鳥さんは黙ったままだが…多分、自分の力不足とかを嘆いているんだろうことは、聞かなくても分かった

貴音「ちなみに千早と次に会う約束などは…」

「…してない」

今思うとすればよかった
次に会う約束じゃなくても、連絡先を聞くとか…やりようは色々あったはずなのにな…
完全に忘れていた

貴音「…では、もし次に千早に会ったら、聞いておいて欲しいことがあるのですが…よろしいですか?」

「ああ、もちろん」

ライブについてもいい忘れてたし、どの道あともう一回以上は会わなくちゃならない

その時に一つ二つ聞くくらい、大した苦労にはならない。

貴音「では…紫苑の意味と…プロデューサーが生きていると知っていた理由」

律子「…知っていた?」

俺が聞き返そうとしていた事を、律子に言われてしまった
仕方が無いので無言でうんうんと頷くと、貴音はキョトンとした顔で

貴音「動けなくなったはずの人が突然話しかけて来て…律子嬢なら冷静な態度で反応できますか?」

律子「…無理ね」

貴音「まあ、その程度の推測でしかないですから…違ったなら違ったで問題はないですよ」

「…分かった」

そのくらいのことなら余裕で聞けるだろう。
…まあ、会えたらの話だが

話が終わると二人は立ち上がって給湯室だったり春香の隣だったりに移動して行った

小鳥さんは少し何かを考えていたが…俺と目が合うと、一回ニコッと笑って、自分の机に向かって仕事をし始めた。
誰かに話しかけようかと思ったが、各々で作業を始めてしまい、話しかけれる雰囲気ではなさそうだ

俺も何かしようと机を漁ってみるが…なんか、気分じゃないのでやめた

背伸びをしながら立ち上がると、丁度給湯室からコーヒーを持った律子が出てきた

律子「新しく沸かしたので…いりますか?」

「いや、自分で入れるよ」

律子と入れ替わりに給湯室に入って、コーヒーサーバーからコーヒーを入れる

…コーヒーを入れた所で集中力が上がるわけではないのは分かっているが

仕事確認でもして今日は帰ろうかと思ったが…いや、春香が起きるまではいよう。

別に償いって訳じゃないけど…約束放り出した上に何も言わずに帰るのはさすがにないなと思うし

一人ぶつぶつ考えながら給湯室を出て、自分の机に戻ろうとしたが…やっぱりやめてホワイトボードへ

特にしなきゃいけない仕事があるわけでもないし、別にいいだろう

ゆっくり啜りながら明日の仕事を確認すると、律子が隣に歩いてきた

律子「明日、仕事は2つなんですけど…」

指差す先を見ると、あずささん、伊織でテレビ出演と、真と雪歩と貴音で伊織とは別でテレビ出演…

「…どうするかこれ」

どっちについていってもダメ、か

ここらでどっちかと接触しとくのも必要だとは思うが…

「二人とも、俺はまだ会わない方がいいんだっけ?」

律子「そうですね…多分、まだ時期じゃないかと」

律子がそういうなら無理に会おうとはしないけど…

「最後まで会わないって訳には行かないぞ?」

律子「…ええ、分かってます」

律子はそれだけ言って、自分の机に戻って行った

…にしても明日は何をしようか
とりあえず出勤して…それから?

この時代で一人で暇をつぶすのは、中々にしんどそうだ。いっそ家で寝たふりでもするか

貴音「もし明日することがないのなら…」

後ろから貴音の声がして、バッと振り向いた。
どうやら律子と入れ替わりにやってきたらしい

貴音「他の事務所や千早の弟のお墓、やよいの家…行くべき所は尽きないのではないですか?」

…それもそうだ
876にしろ961にしろ、一度は行ってみないといけない。
いや、特に用事があるわけではないが…10年後の皆には、一度会っておきたい

それに、やよい。
やよいの居場所を知っているのは…伊織だったか?

そういえばそのことを伊織に聞いていないことに気付いた。
仕事が終わって戻ってきたら聞いてみよう。

となると益々帰るわけには行かなくなった。
明日の心配より今何をするかを心配しないと

…特にすることがあるわけではないので、机に戻る。
他の二人が仕事してるのに俺だけやらないのも変な話だしな…

しかし机についた所でやる気が勝手に湧き出てくるわけでもない
やる気がないから仕事しないなんてアホなことがあるわけ無いが…別に急ぎの仕事って訳でもないし、別にいいだろう

忙しないなとは思いながらも再び机を立ち上がって、ソファで何かの資料を読んでいる貴音の向かいに腰掛ける

「何読んでるんだ?」

貴音「…此度の事に関して、私がまとめた物…でしょうか」

本当に本でも出すつもりなのか?

「見せてもらってもいいか?」

貴音「…ふふ、駄目です」

受け取ろうと手を伸ばすも、貴音は渡そうとしない
少しそのまま互いに硬直していたが、俺が手を下げると

貴音「添削がまだですし…人に見せるには、まだまだ不十分です」

「…そうか」

少し残念だが、作者がまだまだだというのなら無理に見るわけにはいかないだろう

貴音「なにより、まだ完結してません」

貴音「あなた様の行動を最後まで見届けて…人に見せるのは、それからです」

真面目…なのか?
まぁ、確かに未完成を見られるのは少し恥ずかし…かったかもしれない

何かを作ったのは高校の夏休み以来だったような気もするが

「でも、それじゃあ俺は最後まで見れないんだな」

貴音「…こんなもの、見ないほうがいいですよ」

こんなものって…自分で作ったものをそういう風に言うのはどうかとは思うが

貴音「それで、貴方様は明日、どうするのか決めたのですか?」

…誤魔化された。
あのまま話を続けても見せてはくれなかったろうから、どっちでもいいけどさ…

んで、明日の予定、か

「やよいの居場所を伊織が知っているか…それ次第だよ」

知っていても教えてくれるとは思えないが
律子があずささんや真と会わないほうがいいと言ったのと同じように、伊織もやよいと俺を会わそうとはしないと思う

貴音は少し考えて、意地悪そうに笑う

貴音「やよいも千早も、765プロに戻るより、今のほうが幸せかもしれませんよ?」

笑うだけじゃなくて、言うことも意地悪だった

「…そんなもん、会ってみないと分からないさ」

そんな問いに俺が返せることなんてこのくらいしかない。
貴音は嬉しそうに笑って、給湯室に入っていった。

…今まで何度も会って見なきゃ会って見なきゃ言ってきたが、会って見てダメだったらどうするつもりなのだろう、俺

…会って見てダメだったら、なんて今考えても仕方がないこと、か

静かに眠る春香を見ながら、コーヒーを少し啜った。

では、また来週

おはようございます。投下します

第五十一章 P「やよいの居場所」

コーヒーを汲んで戻ってきた貴音は、再び無言で文章の添削を始めた。

相手にしてもらえそうもないので結局机に戻って、ぼーっとしていると律子に怒られたので、小鳥さんに先月の皆の仕事一覧を借りて、黙読することにした

…勿論こんなもの、一月程度で大きく変動するようなことではないので、仕事量最下位は今月と変わらず響と真、春香。
今月始まってからまだ一週間だが、多分今月もこの調子で行くのだろう

あえて違う点を上げるなら雪歩くらいだろう。
先月までは名前すらなかったわけだし

美希はぱっと見結構仕事があるかと思ったが、ものすごく真ん中くらいの順位を維持しているようだ
これが美希なりの手の抜き方ってやつ…なのか?

ここまで整理して、皆の問題はなんとなく把握したとしても、そうなった理由を把握しているのは春香と雪歩、あと真と千早と伊織くらいだと気づいた

なんだか誰の問題も、もうすぐ分かりそうな所で止まっているような気がしてならない
これからは積極的にその理由を調べていかないと、時間がなくなってしまいそうだ。

貴音は聞いた所で教えてくれないだろうし、本人に聞いていくしかないだろう

伊織「ただいま」

亜美「おーっす」

雪歩「ただいま戻りました」

しばらく机で同じ資料をじーっと眺めていると、仕事に行っていた三人が帰ってきた

時計を見ると結構時間が経っていたようで、いい感じに時間を潰せたな思う反面、すごい無駄な時間を過ごしたなと後悔したりしたが…

先に立たないのでやめておこう

律子「おかえり」

小鳥「おかえりなさい」

返事をする二人を見回して、その二人の間に俺を見つけたらしい伊織は、スタスタとこちらへ歩いて来て、春香を見た

伊織「…んで、春香を置いといて追っかけた分くらいの収穫はあったんでしょうね?」

「…多分」

あの時千早を見失っていたら今伊織に怒鳴られていたんだと思う
…最も、千早を連れ戻すことはできなかったわけだから、なんの収穫もないといえばないが

伊織「…聞くわ。雪歩と亜美はどうする?」

「…どっちでもいいよ。特定の人間にしか知られちゃだめ、って訳じゃないし」

伊織はしばらく立ち止まっていたが、直ぐに歩き出して、入口にいた二人の手を引いて、社長室に入って行った

…これは、入ってこいってことなのだろうか
この社長室完全にただの密談部屋と化してるな…

入る前に春香の様子を少し見る
貴音の隣で静かに眠っているし、もうしばらく寝ていそうだ

春香に黙っておくわけにもいかないから、どうせ説明するなら一緒にして回数を減らした方がいいんじゃないかと思ったが…

まあ、そう上手くも行かないようだ

伊織「…」

さっき律子に話したようなことを、そのまんま三人に話す

三人の反応は律子と似たような物で、話が終わっても、黙ってじっと考えている

しばしの無言のあと、口を開いたのは雪歩

雪歩「千早ちゃんらしい…んじゃない?伊織ちゃん」

雪歩がさっきの貴音と同じような事をいう。
なんだかさっきの場面とかぶって面白かったが、笑える雰囲気じゃないので黙っておく

伊織「…そうね」

伊織はそれっきりじっと考え込んでしまった

亜美「…ま、これで千早お姉ちゃんは解決ですかな」

そんな伊織の後ろで、亜美が呟く
…まだライブの返事を聞いてないとはいえ、会えただけでも結構な進展だと思う

亜美「後は…やよいっち?」

「ああ、そういえば…伊織、やよいの居場所、知ってるか?」

伊織「…いえ、知らないわ」

…即答
そう簡単には教えてもらえないよな

「…頼む、どうしても一度、会っておきたいんだ」

頭を下げながら伊織に懇願する
そんな姿を見て溜め息をついた伊織は

伊織「本当に知らないのよ。みっともないから頭上げなさい」

…伊織に軽く叩かれた頭を上げて、伊織を見るが…うーん、嘘をついている様子はない

雪歩…は、知らないだろうし…
助けを求めるように亜美のほうを見ると、亜美も小さく溜め息をつく

亜美「いおりんはやよいっちと仲良かったけど…兄ちゃんのことが…」

亜美が何かを言いかけた所で横から伊織が亜美の口を塞いだ

伊織「いらないこと言ってんじゃないわよ」

その後少し亜美の口は塞がれていたが、両手を挙げて降参すると、伊織は手を下ろして、二、三歩後ろに下がって、元の位置へ戻った

亜美「ったく…いおりんは変なとこでこだわりが深いっちゅーか…」

ぶつくさ言いながらも亜美は少し笑った後、咳をして仕切り直した

亜美「いおりんは…なんちゅーか、口が硬い方じゃあないから。少なくとも、兄ちゃんに対しては」

亜美「やよいっちは多分、兄ちゃんとも、765プロの皆とも、あんまり会わない方がいいと思うからさ」

亜美「だからそれを知っているのは765プロでも口の硬い数人しかいないんだよ」

「…口の硬い数人って?」

亜美「それを教えちゃ意味ないでしょーが」

…まぁ、そりゃそうか
口の硬い人なー…

考えつくところで千早、貴音にあずささんと…あと律子と小鳥さんくらいか?

…考え直してみると確かに口の硬そうなメンツだ。こいつらから情報を引き出すのは正直無理だと思う

と、なるとどこか他の人、情報が漏れてる可能性がある人を見つける必要があるが…

「…だめだ、わからん」

とっさに思いついたのは響だったが、それはあくまで10年前の話。今の響は貴音に勝るレベルで口が硬そうだし、やめた方が良さそうだ

亜美「まぁ、せいぜい悩みたまえ若人よ」

亜美は悪役の如き高笑いをしながら俺の背中を叩いて、社長室を出ていった

若人っつっても亜美よりは年上なんだけどな…

「っていうか、伊織もしばらくやよいに会ってないのか?」

伊織「…そうね、確かやよいが引っ越す前日くらいに電話があったけど…それっきりかしら」

あれだけ仲良かったのに、とは聞かなかった。

やよいが引っ越したのは親の借金がどうこう言ってたけど…多分、引っ越したのは借金取りから逃げるため、とかじゃなくて…765プロの皆から逃げるためなんじゃないか、って、思ったから

伊織もそんなことを考えて、会わなかったんじゃないかと

…もしやよいに会うことができたら、その辺も聞いてみよう

では、また

おまたせしました。投下します

「…口の固い人…なぁ」

他の何かを考えてみたところで、結局行き着くのはこの疑問。

やよいに何かを聞くとしても、会わないことには始まらない

765プロで口が硬くて、それでも他の人と比べると口が軽い方の人

…だめだ、わからん

伊織「…私の方でもやよいについては調べてみるわ。とりあえず今は、尻尾しか見えてない兎を追うより、目の前のやるべきことを一つずつこなしていきなさい」

伊織も俺の背中を叩いて、社長室を後にする
残された雪歩を見ると、雪歩は小さく微笑んで、伊織の後について出て行った

結局、社長室に取り残された
目の前のやるべきこと…か

…とりあえず一服しよう
そう思って胸ポケットに手を伸ばしたところで…今いる場所が社長室なのを思い出して、手を引っ込めた

…屋上行こう

社長室から出て、とりあえず変わったことといえば…

まず、さっきまでデスクにいた小鳥さんがいない。
律子は座ったままだったが…その奥に小鳥さんの姿はない

…と思ったらソファに座って亜美と駄弁っていた。仕事しろ仕事

それから、伊織と雪歩が給湯室にいるのが見えた。

この二人は案外仲がいいのだろうか?
10年前がどうだったか忘れたけど…

あと、貴音は帰ったらしく、姿が見えなかった。
何か言ってくれればいいのに、とは思ったけど…まあ、いつ終わるか分からない話を待つ必要はないか

そして、何より気になったのは…

「小鳥さん、春香は?」

さっきまでソファで寝ていた、春香がいない事
起きたのは分かるが、春香も貴音と一緒に帰ってたりとかしたら償いも何もできない

小鳥「ああ、春香ちゃんならさっき屋上に行きましたよ?」

…よかった、帰ってはいなかったようだ

俺も今から屋上に行くつもりだったし、丁度いい。

「ちょっと迎えに行ってきます」

小鳥「はーい」

律子「…あ、プロデューサー」

「ん?」

ソファの隣を通って、外に出ようとドアに手をかけたところで、律子に呼び止められた

何事かと後ろを振り向くと、律子は早足でこっちにやってきて、小さな声で話し始めた

律子「この間、春香が受けてる舞台の仕事を見ていたっていう、その舞台とは違う監督さんから電話がありまして」

春香が受けてる舞台の仕事って…俺が二日目だかに雪歩と一緒について行った奴だろう

春香にほかの舞台なんて大きな仕事はなかったはずだし。

そんなことを考えていると、律子は真剣な顔で

律子「作り笑顔の上手なアイドルですね、って」

…作り笑顔の上手なアイドル?

「それって…」

律子「…話の真偽自体は不明ですが…今から春香に会いにいくつもりなら、一緒に聞いておいて下さい」

「…ああ」

返事をすると律子は一度頷いて、自分の椅子に戻って行った

作り笑顔、か

「…おはよう、春香」

春香「…おはようございます、プロデューサーさん」

屋上では春香がタバコを吸っていた。最初は少し驚いたが、火がついている様子はないので

「それ、雪歩のか?」

春香「はい、ちょっと気に入っちゃって」

雪歩の電子タバコを指でくるくる回しながら、春香はあははと笑った

「千早のことは…聞いてないみたいだな」

春香「律子さんが教えてくれるとは言ってましたけど…やっぱり、プロデューサーさんの口から聞いといた方がいいかなって」

亜美に話してるのを見たから、全員に言うつもりなのを察してくれたらしい。

律子の気の周りに感心しながら、春香の隣に立って、タバコに火をつける

春香「プロデューサーさんってタバコ吸ってましたっけ?」

「吸ってた…と思うんだけどなぁ」

こっちにきてからいろんな人に言われすぎて、本当に吸ってたか怪しくなってしまった

春香「…でも、そうですね。タバコ吸ってるプロデューサーさん、なんだか懐かしいような気がします」

それはそもそも俺が動いてるのが懐かしいんじゃないか?とは思ったが…言わなかった

春香「じゃあ、聞かせてもらってもいいですか?」

「…ああ、もちろん」

本日三度目にもなると、いい加減話しながら内容を考えなくても暗唱できてしまいそうだ

最も、あったことを淡々と述べているだけなのだから、元々そんなに考えながら話していたわけではないが

そんな律子や伊織達に話したのとほとんど同じ言葉を、春香はうんうんと聞いていた。

「ってくらいか」

そんなに長い話ではなかったが、話終わる頃には俺のタバコは三本目に突入せんとしていた

短くなってそろそろ熱くなってきたタバコを踏み消して、体に悪いだとかを少し迷ったあと、三本目に火をつけた

春香「千早ちゃん…」

「千早らしいっちゃ、らしいだろ?」

律子と雪歩がした反応と、全く同じことを聞いてみる

春香「…はい」

最初は泣くかもとは思ったが、その辺はさすがに20過ぎてるだけあって、突然泣き出すことはなかった

春香は何か思うところがあるのか、小さく一言だけ返事して、無言でタバコを吸い始めた

ああ、なるほど、電気だから火をつけ直す必要がないのか。少しずつでも購入を検討してみよう

春香「…あの、プロデューサーさん」

「ん?」

しばらく煙草を吸って吐いてだけを繰り返していた春香だったが、ひとしきり考え終えたらしく、小さな声で問い掛けてきた

春香「千早ちゃんが変えたかった事って、なんだと思います?」

「…」

春香が聞いていることは、千早が765プロを移籍してまで、変えたかったこととは何か。

それは千早とあった墓地で何度か思考したこと、そのものなんだと思うが

はたしてそれを、春香に告げていいのだろうか

「千早が変えたかったのは、765ブロの人手不足だよ」

…頭の中でそんな思考を繰り返しているにも関わらず、口からは勝手に言葉が出てきた

本心とは全く違うが、問題的には別に間違っているわけでもないような、そんな言葉

春香「…そうですね」

春香は、再びタバコを銜えて、俺から目線をそらした

春香の顔は…どんな顔だったんだろう。
安心したようにも、怒っているようにもみえる、そんな表情だった

怒っているように見えたのは、俺が嘘をついていると自覚しているせいかもしれないが…

「…そういえば春香」

しばしの沈黙の後、春香が口を開く様子はなさそうなので、こっちから振って見る。

「春香、作り笑顔してないか?」

春香のタバコを持つ手が、止まった

春香「…どうしてそう思ったんですか?」

「どっかの監督さんがそう電話してくれたんだってさ。律子が困ってたよ」

春香「…そんなことでいちいち電話なんて、お節介な監督さんもいたもんですね」

まぁ確かにお節介だとは思うが…もし本当に作り笑顔なら結構な眼の持ち主だろう

春香「…作り笑顔は真の仕事です。私の笑顔はちゃんとした笑顔ですよ」

「…そうか」

真の仕事ってのはさすがにひどいとは思ったけど…そんなことをツッコむ空気ではなかったので、再び煙草をくわえて前を向いた

春香も全く同じ行動を取って、事務所の屋上は再び静かになってしまった。

作り笑顔、か。

確かに、初日からの春香を見ていて…何度か、作り笑いのようだ、と思ったことはある
が、どこかの監督さんに言われるまで気のせいだと思っていたし…そもそも、俺の技量では春香の作り笑顔が本当に作り笑顔なのか、見分けることはできない。

監督さんの言葉に便乗して、本当に作り笑顔ではなく、本当の笑顔だったら…それは、真と同じ結果に落ち着いてしまう可能性だってあるほど、大変な勘違いなわけで

「…春香って、明日、仕事あったっけか?」

春香「へ?…いえ、ないですけど…」

「…じゃあさ、春香」

今の俺の技量では、春香の作り笑顔を見抜けないなら…

「明日、一緒に遊びに行こうか」

一日、観察してみるのも悪くないだろう

では、また来週

投下します

春香「…へ?」

しばしの硬直の後、春香から出てきたのは短い一文字だけだった。
その後またしばらく硬直していたが…状況を飲み込めたのか、春香は一歩後ずさって

春香「え?」

と発した…って、一文字なのは変わってないじゃないか

春香「えええええええええええええええ!?」

…この時点でようやく言葉の意味が分かったらしく、春香は真っ赤な顔をして大声を出した
…って、なんで赤い顔?

春香「ちょ、ちょっと待ってください…それって、で、デー…」

「あー…すまん、言い方が悪かった。明日、用事に付き合ってくれないか?」

その場の流れで口にした言葉を、今更になって思い返した。
一緒に遊びに行こうなんか言ったら誤解されても仕方ない…んだと思う

春香は大げさなリアクションを取りながら落胆したが…気にせず続ける

「俺も明日休みを貰ってさ、この際だからこの時代のいろんなところに行っておきたいとおもうんだけど…」

「先日分かったんだけど、俺って結構な方向音痴らしくてさ…だから、道案内を頼みたいんだ」

春香「…はい!分かりました!」

春香は少し何かを考えていたが、満面の笑みでそう返した。

この笑みは、本当に春香の、満面の笑みなのだろうか

疑心暗鬼は、入り出したら止まらない物だが…春香の嬉しそうの笑顔すら作り笑顔に見える自分に、呆れた

春香「それでプロデューサーさん、明日はどこへ?」

春香に聞かれて思い出したが、そういえば行くところなんて全く決めていない。

貴音は行くところは尽きないと言っていたが…いざ聞かれてみると案外浮かんでこない物で

「…とりあえず876プロかなあ」

春香「なるほど、いろんな所ってそういう意味だったんですね」

「…もっと映画とかそんなんだと思ったか?」

春香「まあ、少しだけ。でもプロデューサーさんと一緒ならどこでも楽しいです」

春香はニコッと笑ったが、これも作り笑顔かどうか以下略

今思うと春香の仕事にはそんなについて行っていないのだから、仕事中は作り笑顔ってだけで、普段はちゃんとした笑顔なのかもしれない

だとしたらこの作戦は根本から間違っているわけで…うーん、やってしまった感じだ

まあ、さっき言った方向音痴云々も間違いではない訳だし…春香がいいなら問題ないか

何かヒントが見つかるかもしれないし

「あとは…どこ行こうか」

明確に行くところって876くらいしか決めてないような気がする。

春香「…961プロ、とかですかね?」

「961かぁ…」

…961なぁ
黒井社長にはいい思い出が皆無と言ってもいいくらいだ。
仕事の邪魔されたり雑誌に悪口書かれたり…できることならこの時代では一切関わらなくてもいいんじゃないかってくらいなんだが…

「黒井社長は、相変わらずか?」

春香「んー…あの人、ジュピターの次にプロデュースしたグループがやめていってから、大分大人しくなったんですよ」

「…そうなのか?」

なんというか、意外だ。あの人は一生あのままなのだろうと思っていたから…

っていうか、代われるならもっと早く変われば、どっちもいいアイドルになったろうに

春香「6年前のアイドルアルティメイトでそのグループが元ジュピターの人に負けちゃったらしくて」

…ジュピター、か。
10年前には随分と困らされたものだが、つい先日社長とのやり方が合わなかったと解散したばかりだったはずだ
いや、つい先日ってのは10年前の話でこの時代じゃ後輩アイドルがいるんだっけか

解散してから移籍するまでの間に少し世話しただけだが、その後の10年で彼らとの関係がどうなったのか…
でもまあ、いい子達だった。いい子とは言っても一人は俺と大して年が変わらないのもいたが

春香「その時に元ジュピター全員にお説教されて、それから社長に張り合うんじゃなくて、アイドルを高みへ持っていくのを目標にしだしたらしいですよ」

…そりゃあまた、なんていうか…
丸くなったなあ、黒井社長…

「…っていうかあの人にあれ以外のやり方なんてできたのか」

春香「まぁ、貴音さんも961はやり方が嫌なだけで待遇はいいって言ってましたし…」

変えるのはやり方だけ、か。
それだけならなんとかなる…のか?

…会ってみるのも面白そうだ

「じゃ、961プロも追加っと」

後はどっかで昼飯でも食べて…

「あと、家の冷蔵庫に何もないんだ。買い出し手伝ってくれるか?」

春香「はい!勿論です!」

よし、それくらい…か?
一つにどれくらいかかるか分からないが…まぁ、これだけ行けば結構いい時間になることだろう

もし結構時間があるようなら、元千早の家や、元やよいの家にも行ってみよう。

春香は連れ回す事になるから、後で何かお礼を…

春香「…あの、プロデューサーさん」

「ん?」

そんな事を考えていると、春香はやたらはっきりとした声で俺の思考を遮った。

まだどこか行き忘れたか?と思ったが、春香の顔は思ってたよりずっと真剣で

…どこか、行きたいところがあるのだろう
目を見て黙っていると、春香はしばらく黙っていたが、決心が決まったらしく、呟いた

春香「千早ちゃんに、会いに行ってもいいですか?」

…ああ、そういえば忘れていた

いや、忘れていたというより避けていた訳だが…
何も考えずに千早に会いにいくのは、春香を傷つけかねなかったから。

「…大丈夫か?」

そして今でも、傷つけかねないと思っている。
しかし春香は目線を一切動かさず、言い返す

春香「大丈夫です。私は千早ちゃんに会って…1つ、けじめをつけないといけないことがあるので」

「けじめ?」

聞き返すと春香はようやく目線を逸らして、前を向く

前を向いて最後に思いっきりタバコを吸って、電源を切ってポケットにしまって

春香「明日のお楽しみです。」

小さく笑った。

「…そうか」

お楽しみかどうかは置いといて…春香がしたいことがあるって言うんなら、俺にそれを止める権利はない

…っていうかまた会えるかは分からないけどな…

次の約束をしなかった事を悔やみすぎて、頭痛すらするような気がする。

痛い頭を抑え、額を押さえたまま、春香に問いかける

「…千早に会うには、どこに行ったらいいと思う?」

春香「…千早ちゃんは、きっと…プロデューサーさんを待ってます。」

春香「だから、次に会う約束をしてないなら…きっと、そこにいますよ」

…根拠はわからないが、春香がそういうならそうでいいのだろう

なにより、千早と出会う確率がある場所を、あの墓以外に知らない

それに、そんな遠くない場所なのだから会えなくても毎日通うべきだろう。

…と、考えていたらほとんど一日かかりそうなプランが出来上がってしまった。

…行くところが尽きないのは当然か。
わざわざ初めに考えないでも、最初に行くところだけ考えて後はブラブラ歩くだけ~とかでも意外と行くところには困らなかったかもしれない

春香「さ、そろそろ戻りましょう」

「ん…おう、そうだな」

時計を見ると思っていたほど時間は経っていなかったが、話した内容が内容なだけに随分と長い時間に感じた

…ああ、そうだ。最初の目的を忘れてた

「春香、この後飯でも行かないか?行けなかった昼ご飯の分も、さ」

春香「…はい!喜んで!」

春香は笑って、そう答えた

では、また

おまたせしました、投下します

第五十二章 P「食事」

その後春香が戻ったあと、一服してから事務所に戻った。

事務所はさっきと比べると随分とがらんとしている。どうやら小鳥さんと亜美は帰ったようだ

春香は先に戻って、給湯室に入って行った。中には伊織と雪歩がいたはずだが…

喧嘩にならないか心配だったが、10年やってきた訳だし常時仲が悪いって訳でもないのだろう。

声はかけようか悩んだが…結局かけずに給湯室の隣を通って、自分の机へ向かった

律子「おかえりなさい、プロデューサー」

「おう、ただいま」

ソファの隣を通ったあたりで、事務机の律子に声をかけられた

なにか話があるようなので律子の隣の事務椅子に腰掛けると、真面目な顔で話始めた

律子「あの、春香はどうでした?」

「…特に問題はない、とは言えなそうだけど…直ちに問題はなさそうだ」

っていうのが、俺の見解。

春香に関しては少なくとも俺が帰るまでは、問題ないだろう

いや、今の状況も十分問題ではあるけど…

律子「作り笑いの件は?」

「…作り笑顔は真の役目ですよー、だってさ」

律子「…」

どこかの監督さんの言うことを信じるか、春香を信じるか

普段なら春香を信じるで即答だったけど…今は、たまに感じていた「かもしれない」のせいで、即答することは出来なくなっていた

それがすごく、悔しかった。

ふと顔を上げると律子も同じような顔をして俯いている。まあそりゃあ、今更そんなこと言われたら律子の方がダメージはでかいか。

そんなことを考えていたら、つい10年前の癖で、律子の頭を撫でてしまった

また払い除けられるかと思ったが、律子は意外にも俯いたまま、黙ってなでられていた。

律子はしばらく何も言わずに撫でられていたが、しばらくすると俺の手を掴んで、俺の膝元に戻して、

律子「多分、春香に関して私ができることは、ほとんどないんだろうと思います」

律子「プロデューサー業務はいくらか引き継ぎます。しばらくは春香に付き添ってあげてください」

「…おう、わかった」

律子はしばらく給湯室の方を見て、何も言わずにパソコンに向かい直した

その隣で無言で座っているのもなんだか気持ち悪いので、立ち上がる

まぁ、立ち上がった所でなにかすることがあるわけではないが…

すみません、今回はここまでです。また土日に

投下します

「なぁ律子、何かやることないか?」

律子「…そうですね、じゃあメール整理でもしますか?」

律子はとなりの机の引き出しから大きなカバンを取り出して、俺に差し出した

受け取って机に戻って開けてみると、中から出てきたのはノートパソコン

「これは?」

律子「少し前にサーバー用にもらったノートパソコンです。事務所に届くメールは全部それで管理できるようになってます」

サーバー用か、道理ででかいと思った
っていうか、よく見たらこのパソコン、10年前にもどっかの電気屋で見たような…

試しに起動してみると、なんとも言えない高速起動。パーツ情報には見たことのない部品が並んでいたし、中身は新しいらしい。

デスクトップにあるメールソフトというものすごいシンプルなアイコンをクリックしてみると、アイコンとは打って変わって
随分と凝られた外見のソフトが立ち上がった。

見たこともないソフトだ。
10年の間にできたソフトなのだろうから見たことないのは当然だが…

「あー、なるほど、こりゃすげえ」

昨日見た俺のパソコンに届いたメールもちゃんと閲覧できるようになっている
律子の所に届いた奴も見えるようだし、すごく便利だ

律子「便利でしょう?誰かさんのパソコン、一々起動するの面倒だったんで譲ってもらったんです」

「お、おう…」

迷惑を掛けて申し訳ないと思う反面、律子の露骨な嫌味がなんとなく、面白かった

小さくクスリと笑うと、律子もそれに釣られて少しだけ笑った。

「…そうだな、帰るまでに関係者さん達にはメアド変更ってことで送っとくよ」

律子「いえ、それは大丈夫ですけど…そうですね、ケータイにメールする人には言っといてもらえるとありがたいです」

「了解」

まぁその辺に関しては後々やっていくとして、今はメールの整理だ

どうやら受信できるメールは律子のパソコンと俺のパソコンに来たメールらしい。一瞬ケータイのメールまで見られてたらどうしようかと思ったが、さすがにそこまでハイテクではなかったらしい

しばらく弄ってみて分かったのは、やり方自体は10年前とそんなに大差ないこと。

技術の進歩がなかったのか、10年前より進歩するべきところがなかったのかは分からないが、10年前から来た身としてはありがたい。

適当に流し読みしながら、要らないものを捨てたり未返信の物に返信したりしていると、一つだけ見慣れないアドレスに届いているメールがある事に気付いた

差出人は未登録で、件名は…乙姫様へ?

「なぁ律子、このアドレスってなんのやつか分かるか?」

律子「いえ…見たこともないですね」

律子が知らないアドレス…?

どこのメールを受信しているか、もう一度開いて見てみるが、検索結果はさっきと同じく俺と律子の二台だけ

本文は何もなし…添付ファイルはあるが…中身におかしな文字列が書かれたテキストファイルだけ

「…いたずら?」

にしてはなんというか…っていうか、アイドル事務所のパソコンにいたずらができるってのは色々とどうなんだ…

「…わからん」

頭の中にもやもやを残したままだが、解決できる手段を持ち合わせている訳でもないので、諦めて整理を続けることにした

とりあえず誰かパソコンに詳しい人に会うまで、頭の片隅にだけでも残しておこう

すみません、加筆してました。
また来週

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