無垢「フィオナの森は、俺が守る」(1000)

【注意】

◆デュエルマスターズの世界観を参考にしたSS
◆レインボーカードのみで組んだデッキの展開くらいの遅筆
◆「あのカードのフレーバーと噛み合わない」その矛盾に気付いたのは投稿してからだった
◆都合上、だいたい昔のカードしか出ない
◆作者が途中で挫折しないように神か悪魔に祈りな

じゃあ気長に

広大な野と山々に囲まれた雄大な自然の世界の夜。

この世の果てまで続くと思われる美しいフィオナの森を、神秘のオーロラが包み込んだ。

獣人も、妖精も、巨大な甲虫も、夜行性ではない全ての生命さえも異変を察知して、空を見上げた。


星々の輝きを掻き消すオーロラの虹色のうねりは、見る者全てを魅力し、彼らの口を半開きにさせる。


フィオナ「………」


しかし巨大な鹿のような姿をした、森を治めるこのホーンビーストだけは、近づく静かな災厄を予見した。

異変を知ったのは自然の土地だけではなかった。


「おい、出てみろって」

「うるせェ、まだ酔いが醒めてね…」


男が悪友に連れられ、今日も誰かが暴れてグチャグチャになった酒場を出てみると、暗いはずの空が虹色に輝いていた。


「な、言っただろ?ジョー」

ジョー「…ピコラ(職人)が作ったアラテの花火じゃねえだろな、ホーバス」

ホーバス「あいつにこんな上品な輝きを出せるもんかよ」


普段なら“違いねえ”と笑うところを、オーロラの美しさに心奪われたジョーは口に出せなかった。

火山の麓に構える火の文明のうるさい街の夜も、この日は静かであった。

この惑星の大半を占める海の中に先進文明を構えた者達も、上空の異変に気付いた。

満月でもないのに異様に明るい夜空の光りは、水中深くを静かに回遊するリヴァイアサンの背に築かれた都市からも確認できたのだ。



「おい、“月”が起動したのか?禁止されていたはずだろ、アクアン」

円柱型のガラス中にいる全身真っ青の――まるでエイリアンのような――男が、隣のチューブにいる男へ話しかける。

アクアンと呼ばれた男は“にひひ”と笑いながら、ホログラムパネルを操作して報告に目を通す。


アクアン「ん~、“月”を起動した痕跡はないねぇ、かといってただのオーロラといったわけでもなさそうだけど、にひひ」

「…何もなければいいが」

アクアン「なにを心配しているんだい?ウォルタ」

ウォルタ「いや…」


ウォルタと呼ばれた者も、ホログラムにより写された空の映像を目の前に展開する。


ウォルタ「何も…」


水文明の科学力をもってしても解明できていない謎のオーロラは、ただただ不気味に美しい。

地下で暮らす暗闇の住人さえも、オーロラの出現に気づいていた。

地下世界へ続く巨大な縦穴の深部まで、虹色の輝きが射し込んでいたのだ。


当然のように墓場を歩く生ける屍達は光を前に迷惑そうに目を細め、縦穴を行き来するゴーストらも陰りを探して霧散している。

夜の光に慣れない闇の世界の住人にとっては、これだけでも割と迷惑な現象であった。


「夜まで空が輝いていては、縦穴のゴーストたちには酷ですわね、フリードさま」


黒や紫を基調にした妖艶なドレスを纏った貴族の女が話しかける。


魔将「では縦穴を塞ぎ、昼も夜も暗い世界にしてしまいましょうか、ユリア」

着こんだ鎧に赤マントを羽織った男が姿勢低く答える。


ユリア「それはいささか退屈なものね?くすくす」


闇の貴族らにとっては、ロマンチックな一時であったらしい。

唯一、オーロラを“上から”眺める者達がいた。

雲の上に黄金の機械文明を発展させた、孤高の光文明だ。



雷鳴の無い雲の輝きが全くないではなかったが、今夜の輝きは異常であるらしく、夜空には無数の小型戦闘機が編隊を組み飛び回っていた。

虹色のカーテンの周辺を一通り探った無人機達がその体に見合った無機質な電子音をあげると、空をゆらゆらとさまよっていた黄金の板の集合体が空を切って“夢見の神殿”へと入り込んだ。


黄金の神殿には椅子もなければ祭壇も像もない。

ただ光に包まれた黄金の空間に、多数の黄金の球体が浮かぶだけである。



《伝道師がラ・ウラ・ギガ編隊の報告を伝えた。“異常なしである”と。》

ひとつの球体は喋った。


《雷雲のメカ・サンダーが活動しているわけでもない。しかし自然現象にしては規模が異例である。》

《ガーディアンを広域に分散させ調査しているが、まだ不穏な情報は掴めていない。》

《やはり自然現象か。》


球体たちの会議が終わろうとした、その時。



《――お告げである。》


ひとつの球体――預言者――が再び口を開いた。


《下界が混沌に包まれる、と。》



惑星の深部で大爆発が起こった。


天地鳴動。

地下都市の岩盤は崩落、火山はより強く噴火し、水中の都市さえも巨大な衝撃を前にしては無力であった。


この夜、フィオナの森をオーロラが照らし――

平和な時を過ごしていた5つの文明は、悲鳴と炎に包まれた。

戦乱の世の突入の始まり。その黙示録の始まりの日である。

これ、第一弾からの始まりなんだぜ…
ジルワーカは出しても出さなくても

だいたい自然文明中心にやっていこうかな

フィオナの森の夜に悲鳴が木霊した。

大爆発により起こった巨大な地震が地を割り、山を砕き、氾濫した川が生き物を飲み込むのだ。

突然の大災害を前にして、森の住人は逃げるべき場所もわからず、ただただ広い空間へとゆくしかなかった。



猿人「はっ…はっ…!」

戦斧を片手に木々の合間を走るこの猿人も、行き場の分からない者の一人であった。

昆虫や鳥人は空を飛べるが、手足しかない獣人(ビーストフォーク)にとっては地を駆るしか選択肢が無かったのだ。

しかも、


戦斧「はっ…はぁっ…いいかい、絶対に離すんじゃないよ…!」

「……」


猿人の背中には、一匹の子猿が掴まっていた。

この獣人は、子をもっていたのだ。

――ゴシャン


戦斧「!!」


走る猿人の目の前の林が、水を含んだ破壊音と共に一瞬で擦り潰された。

体毛に覆われた巨大な体に、2本の大きな角を携えたホーンビーストである。


戦斧「ひいっ…!こんな時にッ…!」


牙の覗く口から吐き出される白い吐息を見て、猿人はすぐに身を翻した。

背中に預けた子供を腹に抱き抱え、戦斧などは捨てて一心不乱に駆け出す。

未だ揺れ続ける大地に足をすくませながらも、我が子を守るために。


だがしかし、木々をへし折りながら近づくホーンビーストの足音は、無慈悲に着々と近づいてくる。

「ぶぉぉおぉっ!」


ロングホーン。長い角と体毛が特徴のホーンビーストだ。

普段は群れを成して行動する大人しい獣だが、よそ者が縄張りに入ることだけは酷く嫌い、気性が一転して凶暴化し、暴走する。


戦斧(まさか、ロングホーンの縄張りに入っていたなんて…!)

猿人の母は牙を食い縛りながら走る。
可能な限り木々の密集する場所へ向かうようにして駆けるが、執拗に追いかけるロングホーンは道中の木々を全て薙ぎ倒してゆく。

破壊音と荒い息遣いがほんの真後ろで聞こえた時、猿人の母は自らの死を覚悟した。


戦斧(せめてこの子だけでも…!)


この森はからみカズラが生い茂る場所だ。

なんとかからみカズラの枝に子を放り投げることができれば、運が良ければ生き延びることができるかもしれない。

子を投げるなどとんでもない事だが、手段はそれしかないように思えた。


戦斧(お願い、生き延びて…!)


一際高いからみカズラの梢めがけて、子猿を投げた。

だが現実はより悪夢的な方面へと事を運んだ。


「ぶぉおっ」


自分の体を覆う大きな影に、猿人の母は一瞬何が起きたのかを理解できなかった。

しかし全ての悲劇を目の当たりにしたのは直後である。


「ぐるるるる…」

戦斧「! いやぁあぁあ!」


一瞬の間に跳躍したロングホーンは猿人の真上を越えて、投げられた子猿を食ったのだ。

子猿をくわえる大きな口からは、おびただしい量のヨダレが滴り落ちる。


戦斧「その子に手をかけるというのなら…!」


母の死の覚悟は、怒りと戦いの覚悟へと変わった。

何をしてでも子を守る。

使い慣れた自身の獲物を取り出そうと背中へ手をやるが…。


戦斧「……あ…」


斧は逃げる途中で棄ててしまっていた。

もはや逃げる術も、抗う術も残されてはいなかった。

「ぺっ」

戦斧「!」


成す術なく体を震わせるばかりだった猿人の目の前に、子猿が吐き捨てられた。

目の前の猛獣のことなど意の外であるかのように即座に拾い上げる。


子猿は歯跡や唾液こそついてはいたが、無傷。


「こっちだ、ビーストフォーク。フィオナがよんでる」

戦斧「!」


ロングホーンが拙い口調で話しかけてきた。これには猿人も驚いた。


長角「よりおおくのビーストフォークをあつめ、たすける、これがフィオナのいし」

戦斧「…フィオナが…?」

長角「フィオナにいわれて、ビーストフォークあつめてる」


追いかけてきた時とは打って変わって、ホーンビーストは穏やかな息遣いでこちらを見ている。


長角「あとすこしでひろばだ、ついてこい」

戦斧「……」


彼に敵意などは最初から無かったらしい。

猿人は促されるがままにロングホーンの後を追った。

ロングホーン落石や落盤など危険な箇所を敏感に察知し、それらを上手く避けるようにして歩いていた。森を歩き慣れた猿人からみても見事なものである。

彼の案内がなければ、果たして猿人は生き延びていられただろうか。


戦斧「貴方のようなホーンビーストも喋ることができたのね、知らなかったわ」

長角「ホーンビーストは、だいたいみんなしゃべる」

戦斧「そうなの…」


地形の荒れた森を見回す。

それはもう、慣れ親しんだ森の姿とは違っていた。

関係ない事書くのもあれだけど、主の持ちデッキが気になったり。

>>29
バイケンとかハンゾウが出た当初まではやってたけどそっからは世界観のアレさとイラストのアレさに愛想尽かせて息絶えた

持ちデッキは初見殺しイニシエートだよ

広場というよりは荒れ地に近かった。

そこは広い空間というよりも、木々を薙ぎ倒して作られた災害の跡地と呼ぶにふさわしいものである。

しかしこの広場では間違いなく獣人達が各々の傷を癒し、家族の死を悲しみ吠えていた。


「ここはホーンビーストがまもってる、いちばんあんぜん、フィオナもいる」


ロングホーンは手早くそう告げると、獣人の腕に抱かれた子猿を一舐めして、再び森へと去っていった。


戦斧「…そう…フィオナが、私たちを守ってくれていたのね…」


フィオナの森の夜。

多くの命が失われた悲しみの夜である。

海中では低い轟きと共に連続する小刻みな振動が水中都市を襲っていた。

原因不明の大爆発は、サイバーロードらが築きあげた文明都市をも破壊していたのだ。



「コロニー・キングポセイドンの沈没を確認」


青い半透明の身体をもつサイバーロード達は、ひとつの場所に集い、状況の把握と復旧にあたっていた。


ウォルタ「バカな、リヴァイアサンだぞ!?たかだか地震くらいで…シュトラ!」

シュトラ「都市周辺に展開させたゲルフィッシュからは敵襲の報告はないよ?」

ウォルタ「では何故だ!」

アクアン「原因不明の大爆発、で良いんじゃない?にひ」

シュトラ「海水がここまで押し寄せないことをサファイア・ミスティにでも祈るしかないよ」

ウォルタ「お前らこんな時に…!」

クリスタルチューブを隔てて会話するサイバーロードを大きな衝撃が襲った。


ウォルタ「くっ」

シュトラ「ひゃあ」

アクアン「にひ」


三者三様に怯える。適温の清水で満たされた空間で安全に暮らしてきたサイバーロードにとって、このような事態はまさに未曾有だからだ。

揺れはすぐに収まった。


ウォルタ「…サイバークラスター(自律重機)をフル出動させても、衝撃をなんとかできなければ…」

アクアン「お?ゲルフィッシュからの報告だ、リヴァイアサンは死んだみたいだぜ」

ウォルタ「なに!?」

アクアン「いやー、この都市もついに回遊できなくなったってことだな、にひひひ」

シュトラ「もう海中旅行できないんだね…」

ウォルタ「言ってる場合か!」

大爆発の影響を最も色濃く受けたのは、他ならぬ闇文明の地下世界だった。


落盤、炎上、汚水の流出から果ては実験動物の脱走まで。

世のあらゆる災厄をこの地に集めたかのような、それはまさに地獄。

かつても無法地帯ではあったが、今はその最たる状況であると言えよう。

生ける屍、亡霊、合成魔獣、全ての種族が苦痛にもがき苦しみ、暴れていた。


闇の支配者達、人型をした彼らダークロードも例外ではない。


ユリア「…」

魔将「ユリア様…」


美しい闇の妃は悲しみに暮れていた。

彼女の目の前には墓“だったもの”があり、中に埋葬されていた死体は大爆発の影響により焼け果て、跡形もなく残っていなかったのだ。


ユリア「…死体が…消えてしまった…」

魔将「…」

ユリア「死体が無ければ!魂を宿せないではないかッ!」

魔将「ユリア様…」

ユリア「兄上の美しい肉体が嗚呼!なんてこと!どうしてくれるの!もう兄上を拝めないとでも!」

魔将「落ち着いてください、ユリア様」

魔将「ユリア様、肉体無き死はリビングデッドにも、命を吹き返させて再びダークロードとすることもできませぬ」

ユリア「うう…ううう…兄上に!兄上にゴーストになれとでも…!」

魔将「…」

ユリア「嫌!ゴーストだなんて!ただゆらめくだけの影だなんて…!」

魔将「ユリア様、ともかく兄君の“器”が消え去ってしまった以上、彷徨う兄君の“魂”を見つけなければなりません」

ユリア「兄上の魂を…」

魔将「気は進まぬでしょうが、兄君の死体には魂の半分が納められていました…その半分の魂をゴーストの彷徨う腐敗の森から探し出さねば」

ユリア「腐敗の森…」

魔将「気を緩めれば“影”に食われ、ミイラ取りがミイラとなる恐るべき場所でございますが…それしか」

ユリア「…私の使い魔である程度は死霊を調律できる、捜索は…リビングデッドに行わせるわ」

魔将「……地底深くの地獄の門、インフェルのゲートさえ開けることができればこうも悩むことは…」

ユリア「フリード、ともかくとして、兄君の魂の捜索と我が領土で“魂と肉体がくっついている”者の捜索を並行して行うように」

魔将「は!」

ユリア(兄上…アザガースト様が甦れば、この地の者らを統率することができる…!)


半壊した館から見下ろす暗い崖下の景色は、黒煙と炎が絶え間なく飛び続ける地獄の中でさえ映える地獄絵図であった。

1日1レスって決めてるのかな?
主から方針を言っといてもらえると舞ってる身としてはありがたいんだが。
あと書きための有無も教えてほしいな。

ビーストフォークら獣人が集うフィオナの森の広場が静まりかえった。

重くも静かな足音が地震のそれとは違う微かな揺れを大地に与え、集いし者は彼の近づきに息をのんだ。


フィオナ「……」


フィオナの森の主にして、全ての住人の長。フィオナ。

彼は巨大な身体と美しい大きな角を備えた、誰もが認める森の長である。


夜の中で薄く緑に輝くフィオナが広場の中央に歩んでくると、それを囲う形となったビーストフォークたちは慌てて片膝をついて頭をさげる。


戦斧「……」

その中には猿人の姿もあった。


フィオナ「…巨大な、災厄である」


低い声でそう零すと、ビーストフォークは静かに、しかし騒然という感じでざわめいた。フィオナの口から最初に出た言葉は当然であるとも言えるのだが、場に危機感を走らせる。


フィオナ「森も山も大きな被害を受けた……家族を失った者も多い、これは…かつてない災厄である」

「長!これは、これは一体何なのですか!?」


ビーストフォークの群れの中から野太い声が頭を出した。


フィオナ「銀の拳(シルバーフィスト)…我にもまだ、この災害の全容を掴み切れておらなんだ」

消極的な答えが戻って来ると、銀の拳と呼ばれた大柄の獣人はがくりと地にうなだれた。


フィオナ「銀の拳よ、勇気あるビーストフォークを束ねる銀髪団(ぎんぱつだん)のリーダーであるおぬしに命ずる」

銀の拳「はっ!長!」

フィオナ「団の規模を拡大し、行方の知れぬ皆の家族を捜すのだ…まだ生きている者も多かろう、ただちに」

銀の拳「は!この拳に誓って!」


彼が拳を掲げると、周囲にいたビーストフォーク達も遅れて腕を掲げて咆哮をあげた。


戦斧「ぉおおおおおっ!」


そこにも、猿人は含まれていた。

>>42
当然のように書き溜めてないし、もう気分の書き込みになるよ
でもみんなのDMの愛に反応して投稿が増えるかもしれないよ

AGとかは書くとしたらかなーり後になるね

銀の拳「! シルバーアックス、無事だったか!」


斧は持たねど、猿人…つまり彼女の名は、シルバーアックス(銀の戦斧)といった。


戦斧「ええ、なんとかホーンビーストのおかげでね…この子も、無事で良かった」

彼女が背中の子猿を抱きかかえると、銀の拳は頬を綻ばせて喜んだ。


銀の拳「おお!おお!お前も無事だったか!名もなき猿人の子…!」

戦斧「ふふ、地震が起きても鳴き声ひとつあげずに私にしがみついていたのよ、きっと将来、素晴らしい名を授かるわ」

銀の拳「そうだな、そうだと良い…!」


獣人の男は顔を真剣なものへと戻し、周囲のビーストフォークを見回した。


銀の拳「まだ子は残っている!皆、絶望するな!」

「おお!!」

銀の拳「フィオナの森に苗が一本でも残っている限り、森は不滅!希望を持て!」

「おおッ!!!」

銀の拳「さあここにいるビーストフォーク達よ!森のどこかに残された同胞を救いたいか!?それとも自身の塒に戻り、安眠へ逃げ帰りたいか!?」

「あなたと共に!シルバーフィスト!」

銀の拳「ならば俺についてこい!同胞を助け、森を復活させるぞ!」

「「「おおおーッ!!」」」


仲間と家族を何よりも重んじる自然文明の住人達は、大爆発の直後すぐに立ち直った。

被害こそ大きなものであったが、誰もがこの災害を“自然”のひとつであると受け止めたのである。


フィオナ「この災厄について、何かわかったことがあれば伝えよう」

銀の拳「はっ!こちらからも逐次報告します、長!」

フィオナ「うむ」



森と大地の再生はつつがなく進行してゆく。

アクアン「にひぃ」

クリスタルチューブの中でサイバーロードがため息をついた。


シュトラ「で、これが新しいプログラムなんだけどね、互換性や確実性や汎用性はわからないけどかなり面白いと思うんだよね?」

アクアン「確実性と汎用性が損なわれているものに面白さを見出せるってのはすごいなぁ」


アクアン…彼は今、知り合いの自慢話を延々と聞かされている最中であった。


シュトラ「運が良ければリヴァイアサンに似たゲルフィッシュを製造することも可能だよ?どう?すごくない?」

アクアン「でも図体だけがでかくたってゲルフィッシュなんだろー?」

シュトラ「う、うん…今はまだ、ゲルフィッシュを変換するプロトタイプしかできてないからさ…」

アクアン「だめだめー、そんなんじゃ話になんない、どこのサイバーロードがそんなものを買うってんだ」

シュトラ「ううう…」


二人が面白おかしく話しているところへ、クリスタルチューブを伝って別のサイバーロードもやってきた。


トロピコ「おい!ふたりとも!やっとおれのゲルフィッシュがかんせいしたぞ!」

アクアン「お前もかよぉトロピコ、どうせ失敗作だろー?」

トロピコ「へへん!しっぱいなもんか!こんかいばかりはだいせいこうにつきるぞ!」

シュトラ「なになに?どんなのどんなの?」

トロピコ「みてのおたのしみさ!ふたりとも、ついてこいよ!」


彼の勢いに促され、3人はチューブを伝って進み始めた。サイバーロードは、そのほとんどの種がチューブと特別なカプセルの中でしか命を保っていられない、弱い種族なのであった。

トロピコ「かっこいいだろう!あたまががったいするんだぜ!」

アクアン「……」

シュトラ「すごい!すごいよこれ、かっこいいよ!」


ひどく勢いを増して感激するシュトラに大して、アクアンは退屈そうにクリスタルチューブの内面をなぞるばかりだった。


鮫「コハァァァアア…」


ガラスで仕切られた向こう側には奇妙なサメが一頭、大人しく泳いでいた。

頭部は平たく円盤型で、胴体との継ぎ目には歯が並んでおり…。


鮫「コハァ」カパッ

シュトラ「わああ!口を開けたら頭と身体が離れたよ!」


まぁ、そういうような生き物だった。


トロピコ「すごいだろ!?なづけてソーサーヘッド・シャークだ!」

アクアン「ただの鮫型のゲルフィッシュだろ?」

トロピコ「わかってないな!こいつはてきをかくにんするとえんかくですいりゅうをうみだし、そいつをふきとばしてしまう、すごいのうりょくをもってるんだ!」

シュトラ「すごい!すごいよトロピコ!しかも口を開くと頭と身体が分かれるんでしょ!?」

アクアン「なんでそこで感激できるん?」

トロピコ「だよな!やっぱ、とうぶにどっきんぐするのはおとこのろまんだよな!」

アクアン「にっひー、付き合ってらんねー、時間無駄にしちゃったよ、帰ろ帰ろ…ん?」


アクアンがホログラムパネルを操作してチューブ内を移動しようとしたその時だった。


鮫「……」


ソーサーヘッドシャークが黄色い眼を光らせて、こちらを見ている。


アクアン「…おい、おいおい、トロピコ緊急停止…!」

トロピコ「え?なに?」

シュトラ「ん?」

鮫「コハァァアアアア!」


どんっ


アクアン「ぎゃあぁぁあああああ」

シュトラ「うわあああぁぁぁぁあ」


突然のチューブ内の水圧と共に、アクアンとシュトラの二人は管に沿ってどこかへ吹き飛ばされてしまった。


トロピコ「…いっけね、モードまちがえてた」


持ち主のトロピコだけは吹き飛ばされなかったという。

赤錆びた機械が宙に浮き、ゆっくり進んでいた。

途中でピタリと停止すると、機械は本体の両端に備わった柔軟に可動する腕を下ろして、地面の瓦礫をまさぐりはじめた。

しばらく車輪やら大きな歯車やらをポイポイっとよそへ放り投げていたが、目標のものを掴んだらしく、金属ごみの中からついに目当ての品を取り上げた。

巨大なスパナの腕が握っていたのは、何の変哲もない鉄パイプだった。



ピコラ「よし、さすがは僕のスパナだ、良いパーツを引き当ててくれる」


その様子を瓦礫の丘で遠巻きに伺っている小人がいた。

全身赤い体毛に覆われた、獣とも人とも似つかない小人。

火山の近くに住む工兵種族、マシンイーターだ。



「あんなパーツで強化できるのかなぁ…」

職人・ピコラの隣の少年はため息をついた。

ピコラ「まぁまぁゲット君、機械は繊細なんだ、無駄なパーツは使わないように、これでも吟味してるんだよ」

ゲット「そうなのかなぁ…」

ピコラ「ゼノパーツは一生の仲間、パーツに妥協はできないんだよ…叩けば作れるもんじゃないってこと」

ゲット「…わかった、待ってる…」

「ついにゲットも自分のゼノパーツを手に入れるか」

ゲット「! ジョー!」


後ろからザクザクと踏み鳴らし、丘へあがってくる男がいた。

肉体に多くの機械を備えた半人半機の種族。

少年ゲットもジョーと呼ばれた男も、身体の半分以上を機械化したヒューマノイドである。


ジョー「本当なら大人になってからマシンイーターが作ってくれるもんだが、大地震の事もある」

ピコラ「そゆこと!体が元々丈夫なドラゴノイド(竜人)ならともかく、ヒューマノイドはどこまでいってもヒトだからね、ゼノパーツも広く必要とされる時代になっちゃったよ」


毛むくじゃらの小人は「仕事増えて楽しいから良いけどね」と付け足し、再び遠方の“スパナ”へ指示を出しはじめた。



ゲット「…ジョーから見たら、まだ僕は未熟なの?」

ジョー「全然だ、まだまだ勢いだけのヒヨっ子さ」

ゲット「むぅ…まだまだ、かぁ…」


少年はメカグローブをぎゅっと握りしめる。

ジョー「ゼノパーツはお前に従い、命令を卒なくこなすだろう…だがなゲット、人は道具に使われるもんじゃねえ」

ゲット「?」

ジョー「道具に頼ってばっかでテメエは何もできない…そんなんじゃかっこ悪いだろ?自分を磨くのをやめた時、それがそいつのオワリってことだ」

ゲット「な、なるほど!さっすが、僕らのジョーだ!」

ジョー「まぁ、ゼノパーツは便利なもんは便利なんだけどな」チャキッ


腰に付けられた掌に収まるくらいのコンパクトな工具を取りだし、それをゲットに見せた。工具はニッパーやバール、ペンチなど様々なものが組み合わさった、特殊な形状をしていた。

機械に溢れている火文明の町中でも、このような工具は一度も見た事はなかった。


ゲット「? なにこれ、マルチナイフってやつじゃあないよね」


少年はその道具に手を触れようとしたが…


工具「ピュィイイイ!」カシャンッ

ゲット「う、うわあ!?」


工具はコンパクトに折りたたまれた形態を解除して一気に展開し、それはニッパーを頭部に見立てた、人のような姿で地面に立った。


ジョー「はっはっは!俺のゼノパーツ、“ツールキット”だ、よろしくな」

ツール「ピュイピュイィィイ」

ゲット「び、びっくりしたぁ…それがジョーのゼノパーツなんだ…」

ピコラ「へへへ、心配しなくたって、ゲット君にも良いゼノパーツを作ってやるとも」

ゲット「…ありがとう!ピコラさん」

ピコラ「なぁになになに、いいってことよー」

各文明は大爆発による甚大な損害を受けたが、各々は自身の文明の復興に臨んでいた。

自然文明は破壊された地形を住みやすいように整え、水文明はリヴァイアサンの背から海底へと住処を移す計画を進め、火文明は火山活動が活発になってもお祭り騒ぎ程度にしかなっていないらしく気にしていないようである。

衝撃波により“天空の塔”のいくつかが倒壊し海上へ撃沈した光文明も、塔の住人の死を悼みながらもその深刻さはあくまで低く見積もり、特に気にする事も無く過ごしていた。


ところが闇文明だけは、そう安息の日々を送っていられなかった。

地下は1年が過ぎたこの時となっても依然とした荒廃に包まれていたのだ。


落盤が起こるたびに地底の瘴気が舞い上がってしまうため、人型の住人にとっては危険極まりない地域が増え、死ぬことのないリビングデッドさえも度々見舞われる災害に苦痛を味わうため、いっそのこと楽になれないことが彼らをより苦しめた。

闇の住人達は時を経るにつれて安息を求めて凶暴性を増し、闇の支配者ダークロードですらもその勢いには手を焼いているほどだ。



バラガ「我々の地区はもう限界です、痛みを恐れ、安定した住処を奪い合う同種族の共食いが横行しています」

漆黒の鎧に包まれた剣士は静かに告げた。


シルフィ「わらわとしては弱きものを振るいにかける意味でこれを見過ごしてもよい…しかし、強き者まで苦しむ現状は解決したいものと思うておる」

剣士の隣で椅子に腰かけた角を生やした女性が目を細める。


ユリア「それぞれの区画を再び復旧する必要があるということかしらね?」

邪妃「……」

退屈そうに会議に参加しているユリアの隣では、仮面をつけた女性のダークロードが沈黙を固めていた。


ユリア「と、言っておいてなんだけど、復旧しても既に地下は地獄…また再び余震が襲えば、いくら直し続けても崩れる」

シルフィ「領土争いでもするか?わらわは構わぬ」

バラガ「姫!お戯れを…」

ユリア「あら?良い度胸ですわね、妖姫シルフィ…この皇女ユリアに宣戦布告ですか?」

魔将「ユリア様…」

邪妃「見苦しいぞ」


仮面のダークロードの一言で、剣呑はその場で息を止めた。


邪妃「我々が地底で死の無い兵を争わせたところで延々と千日手を繰り返すばかりだ、その様を思い浮かべてみろ、全くもって見苦しい光景だ」

ユリア「でしたら、邪妃グレゴリア…何か闇の民を救う良い手だてをご存じで?」

邪妃「あるとも」

ユリア「……へえ」

シルフィ「ほう」

邪妃「我々闇が地獄を嫌うならば、地上を闇の住処に変えれば良い」

魔将「…!」

ユリア「地上へ進攻するとでも?」

邪妃「それ以外に何があるというのだ、皇女」

シルフィ「ほう…ということは、まず最も近い自然の地を侵すと?」

邪妃「フィオナの森は広い、手始めにそこを潰す」

シルフィ「面白い。名案だの、グレゴリア」


ユリア「……」

邪妃「地上の者の報復でも恐れているのか?皇女」

ユリア「…ふ、ふふふ…何を」


ユリア「フリード、どう思う?」

魔将「…自然の民は衆を盲信する愚かな者共、魔獣の軍勢を送り込み、我ら闇の領土として何ら問題はないかと」

ユリア「あら、前々から考えていたかのような滑らかな口ぶりね」

魔将「……」

ユリア「…ふふ、良いわ、久々の大きな…しかも異国の者たちとの戦、楽しむがいいわ」

魔将「! はっ!ありがたき幸せ…!」


シルフィ「乗り気だの」

ユリア「ふふ、本当に名案。素晴らしいはグレゴリア…近々ワインを飲みましょう?」

邪妃「馴れ合うな」

ユリア「あら釣れない…私は賛成よ、素晴らしい案だわ…他のダークロードにも伝えておかなければね?」



地下では凶悪な陰謀の流れが渦を巻きつつあった。

背の高い広葉樹の森を、ひとつの影が疾走する。

太い枝を蹴って右前方の木へ移り、次は左前方の木へ。

小さな影は縫うような歩幅で森を駆けていた。


そして、やや拓けた柔らかな地面へ向かって真っ逆さまに落ち、細い枝と若葉を踏みしめて着地した。


子猿「…」


木漏れ日が彼の右目だけを鮮やかに照らす。

彼は銀の戦斧(シルバーアックス)の子供。


大爆発よりはや1年、子猿は一人で木々を飛べるほどにまで成長していたのだ。


「また来たのか?獣人の子よ」


縄張りの土を踏みしめた子猿のもとに、橙色の体毛に全身を包んだ獣が歩み寄ってきた。

頭部から3本の角を伸ばしたホーンビースト、トライホーンである。



子猿「ここ一帯は入り組んでいて、練習するのに丁度いい」

臆した風も無く、子猿は赤い眼を向けてそう答えた。


三角「我々は構わないが、他の者の縄張りを踏む時は気をつけるのだぞ。喰い殺されても、何も文句は言えん」

子猿「ああ、気をつける」

三角「全く、お前が言うと本当に“気をつける”だけだから始末に負えんな」


6mはあろう巨体をのしのしと進ませて、トライホーンは子猿の真横を通り過ぎた。


子猿「狩りへ?」

三角「いいや、哨戒だ…お前の様な奴が居ないかを見回りにな」

子猿「そうか」

三角「やれやれ」


二人は静かに分かれた。

子猿は堂々と地を歩き、激しい運動で火照った身体を冷ましていた。

吹く風は森の冷やされた空気を運び、汗を引かせてくれる。


子猿「風はあっちから吹いているのか」


冷えた風を運んでくる方角に赤眼を向ける。


子猿「行ってみよう」


一休みのつもりが新たな目的ができてしまった。


子猿「ふっ」


細身の子猿はすぐに木の幹を蹴り、三角跳びで素早く高い枝に着地した。


子猿「フィオナの森は本当に広くて面白いな」


粗野な獣人らしくとも、少年らしくもない薄い笑みを浮かべて、そのまま子猿は森の奥へと向かっていった。

子猿「…冷える」


進めば進むほど、森は冬の様相を呈しはじめていた。

先程まで青々とした枝葉を空いっぱいに広げていた木々達も細身になり、葉などはなく、幹も寂しげな色へと変わっている。


そう、いわば冬だろう。


子猿「! …これは」


少年の頬にぶつかり、すぐに溶けた冷たいものが極めつけ。

確かめるように頬を撫でると、指には水滴の跡。


子猿「雪…冬のような森…母さんが言っていた、スノーフェアリーの住む森だろうか」


そろそろ身も凍えるような気温になっていた。

多少の体毛に服を纏っているとはいえ、細身の彼の身体には少々堪える。


子猿「スノーフェアリーか、初めて会う…見てみよう」


しかし。

しかしである。

好奇心に充ち溢れる彼の心は、寒さや疲れ如きでは止まる事は無い。


銀髪団では男の獣人に勝るほどの気迫があると一目置かれている母、銀の戦斧すら手を焼くほどに直らない彼の“門限破り”の癖。

森の番人であり支配者でもある、ホーンビーストの縄張りに“ひょい”と踏み入れる彼だ。ちょっとやそっと、当然寒いくらいでは、歩みをとめることなどない。


子猿「雪だるまのような姿をしているんだったか、楽しみだ」



彼の事を“将来はホーンビーストに踏みつぶされて死ぬ”と、獣人達は言う。

子猿「!」

雪の上を何かが滑る音が聞こえてきた。

音が次第に大きくなることから、それが徐々に近づいていることがわかる。


ざざっ、と地面の雪を蹴り、滑る音は止んだ。



「おや?ビーストフォークじゃないか、どうしてこんな所に?」

音の正体は、木で作られたイカダのような形の雪ぞりだったようだ。

そしてそりの上には…。


ポレゴン「どうした?面食らったような顔して」

子猿「…本当に雪だるまだ…」

そりの上には、まさに雪だるま。そうとしか見えない生き物が乗っていた。

聞いた話は本当だった。


子猿「…スノーフェアリーが雪だるまだと聞いて、気になって来たんだ」

ポレゴン「はあ?」


今度は雪だるまが面食らった。


ポレゴン「お前まさか、そのためだけにこの地に踏み入ったんじゃないだろうな」

子猿「それだけだが」


流れる沈黙はデュエル開始の1、2ターンのマナを置くだけの静けさにも似ていた。



ポレゴン「はっはっはっ!なんだそりゃー!命知らずもいいとこだなお前ー!」

子猿「? ?」


“何故笑う?”と戸惑う猿人の表情がさらに笑いを誘うものだから、雪だるまはしばらく大きな腹を抱えていた。

子猿「!」

雪の上を何かが滑る音が聞こえてきた。

音が次第に大きくなることから、それが徐々に近づいていることがわかる。


ざざっ、と地面の雪を蹴り、滑る音は止んだ。



「おや?ビーストフォークじゃないか、どうしてこんな所に?」

音の正体は、木で作られたイカダのような形の雪ぞりだったようだ。

そしてそりの上には…。


ポレゴン「どうした?面食らったような顔して」

子猿「…本当に雪だるまだ…」

そりの上には、まさに雪だるま。そうとしか見えない生き物が乗っていた。

聞いた話は本当だった。


子猿「…スノーフェアリーが雪だるまだと聞いて、気になって来たんだ」

ポレゴン「はあ?」


今度は雪だるまが面食らった。


ポレゴン「お前まさか、そのためだけにこの地に踏み入ったんじゃないだろうな」

子猿「それだけだが」


流れる沈黙はデュエル開始の1、2ターンのマナを置くだけの静けさにも似ていた。



ポレゴン「はっはっはっ!なんだそりゃー!命知らずもいいとこだなお前ー!」

子猿「? ?」


“何故笑う?”と戸惑う猿人の表情がさらに笑いを誘うものだから、雪だるまはしばらく大きな腹を抱えていた。

二重やってもうた…天使の悪魔の墳墓されたい…

子猿を乗せたそりが、森の雪道を滑らかに駆ける。


ポレゴン「ビーストフォークってことはお前、銀髪団かい?」

子猿「母はそうだが、俺はまだ入ってない」

ポレゴン「そうか、良かった良かった…銀髪団がここまで自治範囲を拡げてきたのかと思ったよ」

子猿「銀髪団はここまで来ない?」

ポレゴン「来ない来ない!スノーフェアリーが短気ってことはビーストフォーク達も知ってるからな」

子猿「雪だるまが短気…」

ポレゴン「スノーフェアリーは雪だるまだけじゃないけどな?女だと人型だし」

子猿「なるほど…」

ポレゴン「ほい、着いたぞ」


ドリフトによる急停止で身を乗り出してしまった子猿が降り立ったのは、雪のない土の地面。
寒くもないし彩りも鮮やかな森の風景だった。


ポレゴン「雪の妖精は特に怒りっぽいから、こっちの暖かい地帯で見ていくと良い、見学ってやつだな、はっはっ」

子猿「…わざわざすまない、ありがとう」

ポレゴン「なあに、お前みたいな無茶するやつは嫌いじゃないよ」


雪だるまは櫂をうまく操り、再びもとの雪道へとそりを向ける。


ポレゴン「こっちの妖精は氷精よりかは親切にしてくれるはずだ、帰り道は彼女らに聞いてみるといいだろう」

子猿「わかった。何から何まで、ありがとう」

ポレゴン「おうよー、じゃなー」


櫂を動かし、ポレゴンは雪の風景に消えていった。


子猿「………」


振り向くと、春の景色。

コートニーとか、無垢とはパートナーになれそうだな。効果的に。

>>80
あーあ

子猿「―――スゥ」


冷やされた冬を溶かす、春の香り。

深呼吸が心地よい。


子猿「この森はより一層、濃いマナに満ちている…」

小さな身体で大きく腕を広げて、大自然を受け止める。

目を瞑り心を開く。


子猿「…でもマナがひとつの形に留まっていない…?流れるように形を変えて、また元に戻って…」

「えへへぇ、それはね!この森の季節が次々に移り変わってるからだよ!」

猿人「!」


真上から無邪気な女の子の声が聞こえた。

そこに赤目を向けると、


「てや!」

子猿「痛っ」


子猿の顔を、硬い板状の何かが踏みつけた。

「いやぁービーストフォークがこの森までやってくるなんて初めてだからぁ、つい踏みつけちゃったよー」

子猿(……鼻いた…)


子猿の顔面に落下してきたのは、氷の板に乗った少女だった。

火山のふもとに住むという、ヒューマノイドだかに体の特徴は似ているが、それと比べると随分華奢だし、機械という鎧も見られない。

そんな感じで目の前のノンストップに喋くる自分より一回りも二回りも背の低い少女を興味深い目で観察していると……


「てや!」ペチ

子猿「いて」


今度は氷の板を手に持って殴ってきた。


「さっきから黙りっぱなしでつまんない!ポップルを無視したやつはみんな花粉まみれになるんだからね!」

子猿「すまない」

「む~!」


獣人にしては挑発にも口喧嘩にもひっかからない食えない奴。

それが春風を司る妖精、ポップルの、彼に対する第一印象。

ポップル「なんだぁ、ここまで探検しにきたの!ポップル達の住処を奪いにきたのかと思っちゃったよ!」

子猿「スノーフェアリーには雪ダルマ型と人型がいると聞いたから」

ポップル「ふーん…そんなことでここまで来たんだ…よくモンちゃんに出くわさなかったねえ」

子猿「モン…?」

ポップル「モンちゃん!ぷしゅーってなるとぐわーってなって、どごーん!って!」

子猿「…恐ろしい生き物がいるということか」

ポップル「うん、でもほんとは優しいんだあ」


子猿とポップルは横に並んで妖精の森を歩いていた。

大きな雪の結晶に乗りながらふわふわと浮かび移動するポップルの隣を、子猿はそれに合わせた歩調で歩く。


陽気は朗らかで、ついつい欠伸が出てしまいそうな、そんな散歩道だった。


子猿「…他にも…あっちにも、沢山妖精がいる」


子猿が辺りを見回すと、確かに木々の合間には薄く光る小さな何かが蠢いていた。

それに視線を向けると、光は逃げるようにして木々の陰にかくれてしまう。虫の類ではないことは確かだった。


ポップル「ビーストフォークはこんなところ歩かないからねー、みんな物珍しくて見に来てるんだよ!」

子猿「そんなにか」

ポップル「うん!なんたって獣人は臭いからね!見たいけど近寄りたくない!だからみんなこうして、様子見してるんだと思う!」

子猿「…臭い?臭うか?」クンクン


自分の腕の匂いを嗅いでみる。気のせいかもしれないが無臭だ。


ポップル「ポップルは別に何とも思わないなぁ?きみは不思議となんの匂いもしないよ、普通は獣人って臭いのにね」

子猿「……」クンクン


そう言われてもついつい更に自分の体臭を確かめてしまう彼だった。


「ねえねえ、聞いた?ビーストフォークの子供が妖精の森に入ってきたんだって」


雪の様に真っ白な肌の少女が、森の拓けた場所へ飛んできた。

同じくらい真っ白な髪を額で二つに分け、その先を二つに結んである。目もとまでは隠れて見えないが、口元は楽しそうに弧を描いていた。


「なんでもポップルに蹴られたり殴られたりしても構わずこっち側に向かってきてるんだとか…何だと思う?何かありそうじゃない?ねえ?」


少女は語りかける。

が、その相手は答えない。


「…律義ねぇ、舞いなんて時々休んじゃえばいいのに、コートニー」


雪のように白い少女、チャミリアが退屈そうなため息を漏らした先、広場の中心には。


鮮やかな橙に縁取られた純白の着物の裾を翻し、羽衣を思わせる長い袖は弧を描くように振り、短い腰布から伸びる華奢ながらも血色のよさそうな脚はよどみなく可憐に踊る。

虹色の木漏れ日のベールに包まれながらふわりと緩やかに舞う、黒髪の少女がいた。



コートニー「……ふう」


しばらくして少女は踊りをやめた。

小さな息を吐き、顔の左右でまとめて垂らした長い黒髪を指で梳く。


チャミリア「ごくろーさま、コートニー」

コートニー「舞いの時は話しかけないでよ、集中できないでしょ」


澄ました表情で踊っていた彼女は一変してむっとむくれた顔になった。


コートニー「一応聞いてたけど、何よビーストフォークって、どうでもいいわよそんなの…“如水の舞い”の生贄にもならないわ、そんなやつ」

チャミリア「生贄がいるの?それ」

コートニー「いらないけど」

チャミリア「…んー、で、良いの?見にいかない?」

コートニー「くだらない…他の妖精と一緒にしないでよ」

チャミリア「妖精たちはみーんなその獣人の様子を見に行ってるわよ?私もこれから行こうと思うのよ、うふふ」


血色の悪い白の表情に薄い笑みを浮かべた彼女は、どこか妖しい雰囲気が漂う。


コートニー「…“魅了”して氷漬けにする気じゃないでしょうね」

チャミリア「うふふ、うふふふ…どうかなぁ…ま、見てから決めるわ、じゃあね」


含み笑いだけを残して、チャミリアは堪えきれないといった様子で氷の結晶に乗り飛んでいってしまった。



コートニー「…されるわね、このままだと」


割と真剣な面持ちで、彼女も氷の結晶に乗って飛び立った。

ポップル「本当は雪の大妖精さまがいるんだけど、今日はお休みしてるみたい」

子猿「大妖精か…見たかったな」

ポップル「なに言ってんの!いなくて良かったんだよ!ビーストフォークが来たなんて大妖精さまに知られたら、直々に氷漬けにされちゃうんだから!」

子猿「そうなのか…」

ポップル「まったく暢気な…あれ?」


遠く前方から、様子を伺うのではなく近づいてくるスノーフェアリーが見えた。


ポップル「げぇ…チャミリアだ…」

子猿「チャミリア?」

ポップル「やなやつだよ、無視しといて」

ふわりふわりと雪が舞うように降りてきた白い妖精は、子猿より頭一つ分だけ高い位置で止まった。


チャミリア「はあい、貴女が迷い込んだビーストフォークね?」

子猿「ああ」

ポップル(無視してって言ったのにー!?)

チャミリア「あら…春の小娘もいたのね、小さすぎて気付かなかったわ」

ポップル「うるさいわね!ポップルはこの獣人と遊ぶの!チャミリアは放っておいてよ!」

チャミリア「あら良いわね…じゃあ私もその遊びにいれてもらおうかしら」


静かに笑んだ氷精が、手にした杖を軽く掲げた。


ポップル「! ちょ、ちょっとチャミリア!まさか…!?」

チャミリア「せっかく遊ぶんだから、ホームシックにならないようにね?」

杖が青白く輝く。

ポップル「み、見ちゃだめ~!」

チャミリア「もう遅いわよ」

子猿「………」


子猿は黙ったまま、杖の光に釘付けとなっている。


ポップル「な、なんてことを…」

チャミリア「ふふ…さて、小さなビーストフォークさん…これからずっと一緒に遊んでくれるわよね…?」

子猿「…すごい、杖から強いマナを感じる…静かでいて、しかし引き込まれような…」

チャミリア「…?ちょっと、これからずっと、一緒に遊んでって…」

子猿「ん?遊びか…わかった、夜までなら」

チャミリア「……こいつ、チャームが聞いてな…」


――ドゴンッ

チャミリア「きゃっ!?」


土に穴を空けるほどの赤い爆風が、白い妖精と子猿との間に炸裂した。

「どうして素性もわからないビーストフォークに手を出すのよ」

子猿(…地面が爆発した?いや違う…爆発する何かが上から降ってきた)


再び空を見上げる。


チャミリア「ちょっと、邪魔しないでくれる」

コートニー「ビーストフォークとやり合うなんて面倒、私は御免よ」


空から子猿に背を向け、妖精に立ちはだかるようにして下りてきたのは、これまた雪の結晶に乗った妖精。

だがこの妖精は他よりもやや身長が高いらしく、子猿よりも背は高めだった。


チャミリア「なによー、ちょっとチャームをかけて何日か遊ぼうと思ってただけなのに…」

ポップル「チャームかけて魅了したって、そんなの友達じゃないじゃん!ポップル反対!今すぐチャームを解いて!」

コートニー「友達とかはどうでも良いんだけど、獣人ともめ事はイヤ」


白い妖精には二人の妖精が立ちはだかった。


しかし争いの中心にいるはずの子猿はというと。



子猿「…不思議なマナ、色々なものを感じる…」

コートニー「……は?」

子猿「よく知っている自然の息吹だけではなくて……他にも色々な…そう炎、水の音…まだある」

コートニー「…なによ、この獣人」

ポップル「ちょっと変わってるよねぇ」

チャミリア「変わってるどころじゃないわ、私のチャームが効かないなんて…全く」

ポップル「え?」

チャミリア「言葉通りよ」


白い妖精は結晶に乗って浮かび上がった。


チャミリア「そいつで遊ぼうとか思ったけど、チャームできないんじゃ意味ないわ、帰る」

コートニー「随分勝手な理由で帰るのね」

チャミリア「ふんだ」


自分の術が失敗して拗ねたらしい。チャミリアと呼ばれた妖精はゆっくり飛翔しながら、森の奥へと消えていった。


コートニー「…で、あんた、何しにここに来たのよ」

子猿「?」

ポップル「あ、それは私が説明っ!」

コートニー「へえ、獣人がわざわざ妖精の森まで冒険ね…命知らずもいいとこだわ」

ポップル「すごいよねえ」

子猿「ここで見るのはみんな新鮮なものばかり、勉強になる」

コートニー「あーそうですか…まったく、獣人って変わり者もいるのね」


少女面倒臭そうに辺りを見回し、頭巾の上からつけた額当てを深く被り直した。


コートニー「私たちスノーフェアリーとしては賛否両論あるみたいだけど、私個人としてはあんたにはここにいてもらいたくない、わかる?」

子猿「あんまり」

コートニー「って、ぇええ……だからー、あんたがこの森にいると、あんたらの親やその親戚一同が難癖つけてここに踏み入って来るかもしれないってこと」

子猿「それは…あるかも」

コートニー「私らはそれが嫌なの、沢山の獣人に来られても臭いし、野蛮だし…ん」

子猿「?」

コートニー「……」スンスン


少女は子猿の頭に顔を近づけ、匂いを嗅いでみた。


コートニー「…あんたは臭くないみたいだけど」

ポップル「だよねー、ポップルも思った!」

コートニー「まあいいや、あんたの匂い関係なく!とにかく今から、強引にでも帰ってもらうからね!わかった!?」

子猿「…わ、わかった」


叱咤に近い勢いに思わず退いて子猿は頷いた。

コートニー「もっとしっかり掴まってなさいよ」

子猿「わかった」


雪の結晶に乗った二人が森の上を飛んでいた。

子猿は妖精の腰にある赤い帯を掴み、下の景色に夢中だ。


コートニー「私、獣人の住み処がわからないからさ、どこら辺で降ろしたら良い?」

碧の目が赤い目に訊く。

子猿「フィオナの森ならどこでもいい、ありがとう…えっと…」

コートニー「私の名前はコートニー、薫風の妖精、如水の巫女…まぁ呼び方はなんでも良いけど、あんたは?」

子猿「俺の名前はまだ無い」

コートニー「…はぁ?ない?」

子猿「フィオナからまだもらってないから」

コートニー「…ああ、ビーストフォークってフィオナ様から名をいただくんだっけ…それまでの呼び方に困る風習だわ」

子猿「じゃあ、名前をもらったら真っ先に伝える」

コートニー「また来る気?勘弁してよ…」

足場はゆっくりと下降し、二人は柔らかな地面に着地した。


コートニー「ふぅ、重かった…はい、降りて」

促されるがままに降りる。


コートニー「もう妖精の森には近付かないようにしてよ?何のための住み分けかわからなくなっちゃうから」

子猿「どうしてもダメなのか?」

コートニー「…ん~…決まりがあるわけではないけど…」

子猿「友達なのに…」

コートニー「…あんたとなった覚えはないよ」


思わず額当てを掻く。


子猿「コートニー、今日はありがとう、とても助かった」

コートニー「…はいよ」

子猿「ポップルやポレゴンにも伝えてくれ」

コートニー「はいはい」


“じゃあね”と手を振り、二人は別れた。

そっけのない別れだったが、そんなものである。

今はまだ。

お前らはコートニーの可愛さを何一つわかっていない(キリッ

水中都市が海底への固定に本格的に着手してはや1年、形だけはほぼ工事も完了し、津波が来ようとも耐えられる程度の安定性は確保できていた。

リヴァイアサンの背という害敵を一切寄せ付けない一等地は逃したものの、これはこれで安住の地である。

はずだったが。



ウォルタ「またサイバー・ウィルスを通じての通信だ、コーライルの調査結果が送られてきた」


いつも通りのサイバーロード達の会議、ではない。

災害騒動から一年を経て、彼らの水中都市には新たな問題が生まれていたのだ。


ウォルタ「海中の水温が都市周辺だけでも2度は上昇している」


その言葉に、その場にいた全てのサイバーロードが重く沈黙する。


アクアン「まだ1年目なんだろ?そのくらいのブレが出ても可笑しかないんじゃね?」

ウォルタ「いや、今回は遠くの方の地点の水温も測定し、原因究明に力を入れたらしい…季節のものとは違うという結果が出た」

シュトラ「暖かい地方からの海流?」

ウォルタ「そうかとも俺も、コーライルも思っていた……だが結果は驚くべきものだった」

アクアン「結局なんなん?」


一息呑みこんで溜めた後、すぐに低く言葉を紡ぐ。


ウォルタ「…溶岩流が、大陸から流れ出ている…らしい」


アクアン「……」

シュトラ「……」



水中都市の住人にとっての死活問題が、ゆっくりと海底を進んでいたのである。

ユリア「ようやくの始動、といったところかしら」

魔将「しかし闇の意見を全て統一する期間と考えてみれば、速やかに運んだかと」


未だ盛り上がり続ける闇の大衆を見下ろしながら、貴族の特等席で二人は話していた。

最下層の地に立ち演説を続けるブラック・モナークは貴族の席にまで届くかという程に背が高く、モナークの目線は貴族の目線と近い。

とはいってもモナークは現在熱を込めての演説中、彼ら貴族の裏を見せる話声など聞こえるはずもなかった。



ユリア「皆、表向きは苦しみの土地を棄てて闇の新天地を目指して歓んでいる…リビングデッドやゴースト達からすれば苦痛の無い土地は心から望むものだから裏は無いのでしょうけど」

魔将「ダークロードですか」

ユリア「そう、貴族は単純に移住するつもりではない…ダークロードの有力者たちは新天地での“領地”について頭がいっぱいの事でしょう」

魔将「しかし、我々も」

ユリア「当然。地下世界より広大な土地が広がっているとはいえ、ダークロードの欲は底無し…ちょっと乗り遅れれば土地なしの没落貴族なんてこともあり得ますわ」

魔将「…それぞれの全勢力を投入しての地上進攻が容易に想像できますね」

ユリア「ふふふ、そう…貴方も頑張らなくてはね?フリードさま?」

魔将「は、必ず…我々が大々的な勝利を掴む、素晴らしい秘策をご覧にいれましょう、ユリア」

ユリア「秘策?くすくす、楽しみだわ、何かしら」


シルフィ「総指揮はユリア配下のダークフリードか…つまらぬ」

バラガ「申し訳ございません、姫」

シルフィ「なに、ダークフリードの実力は地下世界でも随一といわれるほどのものである事は周知の事実…それにブラック・モナークの決定とあっては逆らえぬ」

バラガ「ブラック・モナーク…いつ見てもやはり、巨大な姿…」


黒い甲冑を上方に向けて、バラガは呟いた。

演説するブラック・モナークの頭部が見える。自分達が居る場所はこの広間の中で最も高い場所。これで、地底に立っているというのだから恐ろしい。


シルフィ「古より様々な魔術を修め、秘術を操り、魔獣を生みだし、…今の闇の世界を作った張本人とも言えよう」

バラガ「恐ろしいお方です」

シルフィ「なに、研究という一点では長けて入るが、戦の面ではそこそこ程度だと聞く…案外、木偶の棒なのやもしれぬぞ」

バラガ「姫、慎みさないませ…聞こえますぞ」

シルフィ「ふん、知らぬ」


椅子の隣に置いておいたパイプに手を伸ばし、一口分だけ煙を吸って、吐く。

気だるそうに宙を漂う紫煙は髑髏型となって霧散した。


シルフィ「ブラック・モナークの功績を利用するのも癪ではあるが、パラサイトワームの部隊を出す」

バラガ「…パラサイトワームでございますか」

シルフィ「不満か?バラガ」

バラガ「…いえ、非常に強力無比な存在…地上の者を痛めつけるにはもってこいかと…ただ」

シルフィ「他の兵が地上へ上がれぬな」

バラガ「まさに。あれらはダークロードでは到底手に負えない生物……奴らと共食いなど、とても」

シルフィ「ふ、我々ダークロードがわざわざ出ることなどないのだ…地上へ放つのはワーム、あとは…キマイラ程度で良い。弱小なリビングデッドなどは必要ない」

バラガ「はっ」

シルフィ「あとは……くくく、暇になったらば、“デーモン・コマンド”でも出してやれば良い」

バラガ「……!」

邪妃(…)

騎士を携えない妃は黙って演説に耳を傾けていた。

いや、傾けている振りである。


邪妃(ブラック・モナーク…あまりに強大すぎる闇のダークロード)

邪妃(戯れに闇の生命を創り、操り…現在の地下世界は彼の功績によるものがあまりにも大きい、彼がいなければダークロードが強大な力を手にすることはできなかった)


邪妃(だがいつまでもブラック・モナークを王にするわけにはいかない、いつまでの奴の天下に落ちつかせはしない)

邪妃(モナークの座は誰もが狙っている…そう、地上の侵攻はそれへの一手目なのだ)



邪妃(ブラック・モナーク…あまり自分の力に酔いしれない方が良い)


邪妃(王を狙う者なの、いくらでもいるのだからな…ククク)

巨大な戦斧が地面を深く抉った。

いいや、地面だけではない。深い傷跡を残した土の底には、一枚の薄い木片が潰されている。



馬人「ま、参った!」

戦斧「どうだ!大口叩いてた割には大した事ないねえ!」

「勝負あり!勝者は“銀の戦斧”!」


決闘を見守っていた獣人達から喝采が上がった。

少なめの観衆の輪にいた猿人の彼女は太い右腕を高く掲げ、誇らしげに勝利の余韻を楽しみ切っている最中のようである。

対して小さな槍と盾、両方の獲物をひねり潰された馬人はうなだれ、こそこそと奥へ引っ込んでゆく。


ビーストフォークの中でも血気盛んな自警団、銀髪団の日常風景である。



銀の拳「腕を上げたな、シルバーアックス」

戦斧「! へへ、世話の焼ける子供を探してたら、身体がもひとつ鍛えられたんだよ」

銀の拳「ガッハッハ!そうか!そいつぁ難儀だが良かった!」


右目に黒い眼帯を付けた身の丈3メートルはあろうこの獣人こそ、銀髪団のリーダー。銀の拳(シルバーフィスト)。

彼のカリスマはフィオナの森だけでなく、様々な場所にまで影響している。自然の土地で彼の名を知らない獣人はほとんどいないだろうと言っても過言ではない、それほどの男だ。


銀の拳「ほうら散った散った!お前らも身体を鍛えとけ!でないとこいつにペシャンコにされっぞ!」

「わっはっは!そりゃ怖ぇえ!へーい!」


決闘を拝んでいた野次馬らは鶴の一声で解散し、元通り静かな自然の土地の広場がそこへ戻った。

居るのは銀の戦斧と銀の拳、二人のみ。



銀の拳「…なにもあそこまでエモノを壊す必要はねーだろ」

戦斧「あんたに関係ないだろ」

銀の拳「あるさ、俺は銀髪団の長だぞ」

戦斧「ふん」


和やかなムードは二人になり一変した。


戦斧「もとはといえば、奴(青銅の鎧)がふっかけてきた喧嘩さ。家族を目の前で馬鹿にしやがって、あれくらいされて当然だろ」

銀の拳「あいつの口が軽いのは元からだろ?お前も奴の性格くらいわかってるはずだぜ」

戦斧「…ああ、わかってるさ…あいつは悪い奴じゃない」

銀の拳「…気持ちはわかるがな」


男は直径1mほどの切り株に腰を下ろした。

銀の拳「お前の子はそろそろビートルの狩りもできる年頃だ、いや、もう出来ていて当然の頃合いだろう」

戦斧「…狩りができないからってなんだい」

銀の拳「猿人ならでかめの虫や小さなネズミくらいなら取って食えるくらいだ…俺らでいう“根性がねえ”には確かに当てはまる」

戦斧「ぐ…だ、だからって…あいつはまだ銀髪団には入っちゃいないんだよ!?」

銀の拳「……だが、おまえは入れる気でいる、そうだろ」

戦斧「……」

銀の拳「俺としても、あいつに銀髪団の者としての資格があるかといえば…悩む」


銀の拳「銀髪団は強さがすべてだ、森の仲間を守る圧倒的な強さ」

戦斧「…あいつは優しい子なんだ」

銀の拳「優しいだけでは強くなれねーんだ、奴はすばしっこくはあるが細すぎる」

戦斧「……」

銀の拳「悪いな、なんだか責めるような言い方になっちまってた」

戦斧「…いいんだ、躾とく」

銀の拳「……」


銀の拳(賢者フィオナよ…あんたはあの子猿に、なんて名前を付ける…?)

フィオナ「なんだ、また来たのか、獣人の子よ」

子猿「また来た」


普通であればそう易々と、気軽に立ち寄ることなど許せない場所であった。

地面は淡く緑に輝き、薄く光る蛍の灯りが宙に漂う、どこか神秘的な場所。

フィオナが腰を降ろすその地はホーン・ビーストの縄張りの密集地帯。彼らの聖地と言っても良い。

他の種族が不用意に立ち入れば、すぐさま彼らの角で一突きにされてしまうような、ビーストフォークにとっての危険地帯でもある。


この子猿にとっては別のようだが。



フィオナ「そんなにこの場所が気に入ったか」

子猿「空気がどこよりも澄んでいるからな」


自身とは比べ物にならないほど巨大なホーンビーストの長を前にして、彼はいつもの調子を崩さない。

息を大きく吸い込み、しばらく溜めてから吐く。深呼吸が好きだった。


フィオナは巨体をどしりと降ろし、内心で薄く微笑んだ。



フィオナ「ここからおぬしの塒まで、必死で駆けても夜になってしまうだろう、また母が心配するのではないのか?」

子猿「心配…する」

フィオナ「ふふ…あまり親を心配させるものではない、ただでさえおぬしの母は、お前のことで頭を悩ませておるのだから」

子猿「? 俺がか」

フィオナ「まあ、気にする事はないだろう…我はそう思う」

子猿「フィオナがそう思うなら、気にしないようにする」

フィオナ「ふふふ、まったく」


なんとも面白い獣人だ。

と、いつものようにフィオナが笑おうとした時。



フィオナ「……!」

子猿「!」



捨ておけぬ異変を確かに感じた。

フィオナ「森に……踏み入りおったか…!」

子猿「なんてどす黒いマナだ…!」

フィオナ「! …おぬしも感じたのか」

子猿「フィオナも?」

フィオナ「うむ…どす黒いマナ、か…淵から闇の者が上がってきたということか…」


角を地に垂らして考え込む。

森のマナを通じて伝わるおぞましい光景が、精神を蝕んでしまいそうだ。


凶悪な魔獣たちの大軍が、森を荒らしている。



子猿「フィオナ、何が起きているんだ!」

フィオナ「!」

子猿「ツリーフォーク達の苦しみが伝わってきた…!」

フィオナ「…闇の住人が、地の底より這い上がってきたのだ…森を侵し、我が物とするつもりなのだろう…」

子猿「闇の住人…森を侵す…!?」


フィオナは立ち上がり、角を掲げた。



フィオナ《動かざるツリーフォーク達よ!災厄を振り払え!》


聞きなれぬ叫びと共に、フィオナを中心に枝葉のざわめきの波紋が拡散した。

子猿は震える草木の波を見て呆然としていた。

確かに感じた感覚だった。フィオナが草木に語りかけ、草木はそれに応えた。


フィオナ「ツリーフォークとホーンビーストに警鐘を鳴らした…しばらくは彼らが侵略者を食い止めるだろう」

子猿「! 俺にできることは!?」

フィオナ「残念だがおぬしにできることはない」

子猿「………」


フィオナ「…と、ビーストフォークならば言っているところだろうが…」

子猿「俺にもできる事が!?」

フィオナ「うむ、おぬしにしかできないことが沢山あるのだ」

子猿「何でも良い、俺にできる事なら捨て石だろうと構わない」

フィオナ「……」

子猿「森を守らせてくれ、フィオナ」

フィオナ(…この子猿……なるほど)

フィオナ「……銀髪団らビーストフォークたちには我々が危機を伝えよう…おぬしは妖精の森へ行け」

子猿「スノーフェアリーのいる場所か、わかった」

フィオナ「そこ一帯の主、吹雪の精がいる…そやつに“闇の住人が攻めにきた”と伝えればよい…もっとも、既に気付いているかもしれんが」

子猿「時間はかかるかもしれないけど、急いでいってくる!」ダッ


フィオナ「待て!」

子猿「?」


フィオナ「……おぬしに、名をやろう」

子猿「…名前」

フィオナ「妖精の森は“闇の淵”に近い場所にある…もしかすれば、既に襲われているやもしれん」

子猿「……」

フィオナ「危険な場所だ、おぬしも名を持たずに死にたくはなかろう」


フィオナ「…吹雪の精への名刺代わりにもなるだろう…“無垢の宝剣(イノセントハンター)”、そう名乗れ」

子猿「……わかった…任せてくれ、フィオナ」



無垢「フィオナの森は、俺が守る」

武器を持たない、名を貰ったばかりのビーストフォーク。

その身軽さと持ち前の敏捷性で、森の中を風のように駆けていく。


無垢「“無垢の宝剣(イノセントハンター)”…か」


ただ駆ける中でぼんやりと考える、己が授かった名。

森の賢者フィオナから与えられた名だ。

母の「銀の戦斧」という名にも由来があった。自分のこれにも意味があるに違いない。


だが今はなるべく考えないようにする。ただ、忘れないようにしっかりと記憶に刻むのみ。



無垢(今はただ、急いで妖精の森へ行かないと…!)


薄い雪の積もった地面が見えてきた。

「うごぉおおおおおおお!!」


巨体。

ホーンビーストのそれはとは全く違った、禍々しい巨体である。

全身に毛や、皮膚さえなく、剥き出しの筋肉や血管、骨などの組織を剥き出しにした巨体である。

その姿は地上のあらゆる野生生物に喩え難く、いうのであれば様々な生物を混合し、禍々しく生み出した姿であるといったところか。



木々と同等程度の大きさの魔獣達は、横一列に大挙してフィオナの森に押し寄せてきたのだ。



「フゥウウゥゥウううぅう…!」

頭部に象の頭蓋骨らしきものを剥き出しにした魔獣が、まずは木々に突進を仕掛ける。


彼らキマイラという種族のほとんどは知能の高いものではない。ただ攻撃することだけを知っている魔獣だ。

だから目の前に立ち塞がる邪魔なものを、つまり木々を最初の標的と見定めたのである。


闇の支配者たちからすればこれは誤算でもあった。

ダークロードはキマイラを森の住人の制圧のためにと送り込んだからだ。つまりビーストフォークや支配者のホーンビーストを相手と想定して送り込んだ先鋒である。

まさかこのように、立ち塞がる鬱蒼とした木々に手間取るなど、誰が想像しただろうか。


だがある意味、彼らキマイラの行動は正しかった。



からみカズラ「…ゴォオ…ゴォオオ…!」

キマイラ「……!」



まずキマイラの大群たちは、その数すらも圧倒的に上回る彼ら木々…“ツリーフォーク”を相手にしなければならなかったのだから。

銀の拳「なんだと!?それは本当か!?」

三角「我らのフィオナの言葉だ、偽るはずもない」


ビーストフォークの集落が一気にどよめいた。

銀髪団のリーダーの叫ぶような声を聞きつけて、家からも続々と獣人が現れ出てくる。


ビーストフォークの住む集落の広場には、珍しく何頭かのホーンビーストがいた。

オレンジの長い毛並みを生ぬるいそよ風に靡かせるトライホーンだ。



三角「他の者も聞け!……今、フィオナの森は、地の淵より出でた闇の住人達によって侵されている」

戦斧「闇の住人だって!?」

三角「地下世界の闇の文明だ…我々の預かり知らぬ者の支配下に置かれた世界…」

銀の拳「…地下にすむ者の話は、ビーストフォークであればガキの頃から聞かされてる事だ」

三角「ほう」


銀の拳「…“身体は玩具で、命はかざり、メシは屍肉で、遊びは殺し”……」

三角「まったく奴らに相応しい唄があったものだ」

戦斧「言ってる場合じゃない!どうするのよ!」


辺りはいよいよ騒然とした。ビーストフォークにも歳の差は幅があり、十歳前後の者から百を超える者までいる。

だがその中の誰も、直に闇の住人やそれらの住む世界を見たことが無い。


知っているのは、幼き頃より言い伝えられてきた“闇の領域に踏み入るな”という親の叱り文句のみ。



三角「フィオナの森に生きる者総出で奴らを迎え撃ち、追い払うしかあるまい」

銀の拳「…!俺らの出番ってことか…!?」

三角「ふむ、“銀髪団”…手の届く範囲で良い、守れるものを全て守れ」

銀の拳「……おおッ!」


銀髪団が立ちあがった。

森の自警のために発足した組織は、森の住人全ての命を守る大規模なものへと志を変える。

無垢「誰か!居ないか!」


子猿が、いや、無垢の宝剣(イノセントハンター)が叫んだ。

季節外れの雪が降る森に小動物の姿は見えず、近くには妖精もいないらしい。

呑気な景色がより彼を焦らせる。



無垢「…奥へ奥へと行くしかないか…!」


素足で雪を蹴り駆ける。

皮の厚い足は寒さを感じないだろうが、しばらくすれば症状も出てくるかもしれない。凍傷になれば歩く事もできなくなる。


長居は禁物だ。なるべくなら歩幅を大きく、かつ最短距離で冬を駆け抜けてしまいたい。


無垢「吹雪の精!どこにいる!いるなら返事をくれ!」



しばらくは不自然なほど静かな雪原を、ただただ走るのみだった。

チャミリア「凍てつきなさい!」

魔獣「ボッ…!」


キマイラの巨体を冷気が覆うと、幹のように太い脚はたちまちに氷漬けとなった。

襲い掛からんとしていた魔獣は体勢を崩し、周囲を枝葉を砕く豪快な音を立てながらあっけなく土の上に転倒した。


チャミリア「早く逃げて!こいつ、効いてない!」


肌の白い妖精の少女は叫ぶ。

慣れない大声を張り上げてでも、辺りで混乱していた妖精を誘導しなければならない。


ポップル「ポップルも手伝う!」

チャミリア「…ふん…!あんたなんて役に立たないわ!春風に飛ばされて、どこかにいっちゃいなさい!」


いつものように悪態をつけない。


ポップル「な、なにを~!?」

ポップル「春の花よ!力を貸して!」

チャミリア「!」


振り上げた杖から暖かな光が零れ、白い妖精を包み込む。

眠たくなるような暖かさが鬱陶しかったが、チャミリアは内側から湧き出るマナを感じていた。


ポップル「これでまだ呪文を唱えられるよ!」

チャミリア「あんた……」


小さな春の妖精は白い歯を出して笑って見せた。


チャミリア「…みんなを逃がすまでは、できるとこまで食い止めるわよ!ポップル!」

ポップル「任せて!」


立ちはだかる二人の妖精。

目の前には3体のキマイラ。


チャミリア「凍てつき砕け!足枷の霜柱!」

魔獣「!?」


素早い詠唱と共にまずは一体のキマイラの足が地面に凍てついた。

膝らしき部分にまで隆起した霜柱は頑丈らしく、動こうとするキマイラを許さない。


チャミリア「まずは一体…!」

ポップル「春風よ!甘い香りを届けて!」


放った呪文は相手の全身を凍らせるほど大層なものではないので、マナの消費は軽く済んだ。

更に消費するマナもポップルの紡ぐ呪文により補充される。

しばらくは詠唱を続けられそうだ。


魔獣「ばぁああぁああぁあッ!」

チャミリア「くっ…守れ!雪の盾!」


巨体の突進を氷の壁で止める。

土から真っ直ぐに伸びた薄氷は壊れはしなかったが、一撃で無数のヒビが走った。



チャミリア「凍てつき砕けっ!足枷の霜柱!」


隙を突き、再び唱える。

死なない相手なら行動不能にするしかない。

相手の攻撃を防ぎ、避け、足を固める。

ちまちまとした攻撃は相手に致命傷など与えられないし、こちらは後退するので精一杯だ。


チャミリア「もう妖精達は逃げ切れたかしら…!」

ポップル「た、たぶん!」


今はそれでいい。

今は一歩ずつの後退。それだけで構わない。

魔獣の注意を引き、みんなが逃げる時間を稼ぐ。


痛みもダメージも全く感じていないこの魔獣たちの群れがどこから来たのかはわからないが、今は逃げること。

そしてみんなを逃がすこと。


チャミリアはそれを最善の選択であると考えていた。



チャミリア「そろそろ私達も撤退よ!こいつら相手に徹底抗戦はキツすぎる…!」

ポップル「…」

チャミリア「…ポップル?」


小さな少女が力なくその場に倒れ込んだ。

ポップル「うぅ……」

チャミリア「ポップル!?」


小さな肩を抱き抱え、頭を揺らす。

前髪の奥に覗ける目は瞑られ、額にはうっすらと汗をかいていた。


ポップル「マナ…ちょっと無理しすぎたかも…」

チャミリア「バカ!あんたなんでそんな…」

魔獣「ばぁああぁあああ!」


僅かな会話も許さず、キマイラ達は動かない足を腕で補い、二人めがけて巨体を投げつける。


チャミリア「っ…!くそぉ!」


離すまいとポップルを強く抱きしめて、雪の結晶を足場に逃げる。


だが両手が塞がり、重量オーバーで速度の出ない雪の足場では、すぐに追い付かれることは目に見えていた。

キマイラ達は足を凍えさせるものが溶けていくうちに、どんどんスピードを高めていく



ポップル「チャミリアぁ…ポップルを捨てて…」

チャミリア「バカ!」


全速前進の真後ろではすぐ、爪を振るう音が聞こえる。風圧はチャミリアの白い髪を揺らしていた。


ポップル「ポップルが囮になれば、チャミリアは逃げられるから……」

チャミリア「バカ!あんたほんとバカ!チビ妖精のくせに……!」

チャミリア「!」


ぞっとする閃きが頭を掠めた。

下を見ると、ポップルとの重さですっかり低空飛行となっている結晶の足場。

スノーフェアリーが生み出す雪の足場のサイズは、フェアリー個体の大きさに比例する。

ポップルのようにとても小さなスノーフェアリーもいれば、コートニーのようにヒューマノイドの子供と同等のサイズの者だっている。


チャミリア「…いけるわ……ポップル」

ポップル「え…?逃げられる…?」


冷や汗を乗せたチャミリアの微笑を伺う。チャミリアも、ポップルの方を見ていた。


チャミリア「ポップル、この結晶にしっかり掴まって」

ポップル「なんで…?」

チャミリア「良いから…離しちゃダメよ、あともしかしたらこれ、途中で消えちゃうかもしれないから…」

ポップル「…!」


春の妖精はすぐに悟った。雪の結晶が消えることを意味するのは、自身の意思で足場を消す時か、雪の結晶の持ち主たるスノーフェアリーが消滅するかの二つなのだから。


ポップル「だ、だめ!チャミリア…!」

チャミリア「バカ」


ポップルが言葉を吐ききる前に、チャミリアが杖を掲げた。

妖しげな光をポップルの眼前に捧げ、涙を溢して呪文をかける。


チャミリア「…足場に、しっかり掴まっていて」

ポップル「えへ…はぃ…」


ポップルは惚けた顔で返事をした。

魔獣「がぁぁああぁあぁ」

チャミリア「…」


背後から粘液混じりの汚い爪が白い髪を鋤く。

氷精は一瞬だけ表情を歪ませたが、すぐに不敵な笑みでキマイラの群れへ向き直る。


チャミリア「さあ来なさい、バケモノ!あんたらが何だかは知らないけど!」


無謀にも杖を握り、一人雪の結晶を蹴り放って、キマイラへと飛びかかる。


チャミリア「あの子にだけは絶対!爪一枚触れさせないんだから!」


ポップルを乗せた結晶は速度をあげて戦場を離脱した。

コートニー「なんでこんな事に…」


結晶に乗り、森の上を飛ぶ妖精がいた。

遠くでは土煙がいくつも立ち上ぼり、獣や妖精の声がここまで聞こえてくる。


平和な妖精の森が、地獄の入口へと姿を変えようとしていた。


コートニー「…とにかくあの魔獣共をなんとかしなくちゃいけないわね…」


空からちらりと見える魔獣の大きな体躯。

非力なスノーフェアリーで奴らを相手にするのは難しい。

少女はつまらなそうに歯噛みした。


コートニー「…って、あれは…!……はあ、ちょっと勘弁してよね…」


どうしようか悩んでいた所で、地上に更なる悩みの種が見えた。

以前に一度だけ会ったことのあるビーストフォークだ。

コートニーは雪の結晶を傾け、森に向けて滑走させていった。


コートニー「ちょっと、今の私は忙しいんだけど」

無垢「! コートニーか」


物騒なキマイラの雄叫びが轟く妖精の森を迷いなく駆けていたビーストフォークの足が止まった。

空から降りてきた妖精は地面に立つと、腰に手を当てて子猿を睨んだ。


コートニー「見たこともない魔獣が妖精の森を襲ってるわ、早く逃げないと、あんた殺されるわよ」

無垢「魔獣……」

コートニー「口が沢山あったり、腕が沢山あったり…とにかく尋常じゃないの」

無垢「コートニー、吹雪の精のいる場所を知らないか?」

コートニー「吹雪の精?いるっちゃいるけど…それよりも逃げるのが先よ、あんたも早く引き返して…」

「ごぁあぁああぁああ!」

コートニー「!」


魔獣の雄叫びが近くから聞こえた。

妖精は再び結晶に乗り、身構えた。

手を広げ、祈るように言葉を紡ぐ。


コートニー「世界よ、護りの意志に応えて…」


袖だった白い布はほどけ、生ぬるい風になびく。

風が通り抜けると共に、妖精の少女を囲むようにして5つの光球が現れた。


魔獣「ごぉおぁおぉ…」


5つの珠が生成されたのと魔獣の出現は同時だった。


コートニー「今すぐ逃げれば時間かせぎができるわ、大して保たないだろうけど」

無垢「逃げない」

コートニー「なんのために立ちはだかってあげてると思ってんのよ」


森の深くから躍り出た魔獣の大きな身体は、明らかにスノーフェアリーでは太刀打ちできない威圧感を醸し出している。

威嚇か噛みつきか、魔獣がカバのような巨大な口を開いた瞬間だった。


コートニー「弾けろ!火の珠!」


その隙とも言えない僅かな隙を狙って、少女は5つの光球のうちの赤い珠を飛ばした。

両手のひらで包み込める頼りないサイズの珠がキマイラのグロテスクな口内へ飛び込んだ時、それは起こった。


―――ボンッ

魔獣「~ッ!?」


キマイラの口の中で珠が爆ぜ、巨体は大きく仰け反り土に倒れた。


無垢「! すごい…」

コートニー「早く後退!逃げるにせよ戦うにせよ、後ろに下がる!」

無垢「わかった…!」


鋭い言葉にこたえるように、子猿は大きな跳躍で退いた。

妖精の少女も結晶に乗り、子猿と並ぶ。


コートニー「結構すばしっこいじゃない」

無垢「そうでもない」

コートニー「下手な謙遜ね」


ビーストフォークの中ではそうでもない、という意味だった。

コートニー「弾けろ、光!森!“ソーラー・レイ”!」


後退をしながらも、少女は手を弛めなかった。

今度は目の前に碧と山吹色の光球を構え、その2つを混ぜて放ったのだ。


未だ悶えるキマイラに珠が当たると、強烈な局地的閃光が辺りを包み込む。



コートニー「しばらくは目を閉じていても眩しくて動けないでしょうね」

無垢「すごい呪文だ…」

コートニー「珠を2つ使っても、たったあれだけよ」


後退するコートニーを追うようにして浮かぶ光球は、紫色と水色の残り二つだけだった。


コートニー「で、どうしてこんな危険な時にわざわざ来たわけ?怒りっぽい氷精が徘徊する季節よりも危ないわよ」

無垢「フィオナに行けと言われたんだ」

コートニー「! …本当に?」

無垢「俺にも何か、みんなのためにできることがあるとフィオナは言ってくれた…力になる」

コートニー「ち、力になるって言われてもねぇ…?」

無垢「そのために、吹雪の精に会いに来たんだ」

コートニー「……吹雪の精、そうか…確かに彼女なら……」

魔獣の咆哮を避けるように、しかし目的の場所へと走る。



無垢「コートニー、吹雪の精とは普通のスノーフェアリーと違うのか?」

コートニー「そりゃあ違うわよ、冬の全てを司る氷の妖精…大妖精ね、私たちの主のようなものっていうか」

無垢「…?主はフィオナではないのか」

コートニー「フィオナ様だって万能じゃないのよ、森全てを護りきるなんて、あの方でもできないわ」


コートニー「…吹雪の精が目覚めれば、あの魔獣達を退ける事ができるかもしれない」

無垢「本当か!?すごいな…」

コートニー「ねえ、フィオナ様があんたを寄こしたってことは、相手の正体が何だかわかってるっていうこと?」

無垢「フィオナが言うには闇の住人らしい」

コートニー「闇…ウソでしょ?」

無垢「フィオナの言葉だ」

コートニー「…信じられない…闇の世界の奴らが森に攻め込んできたってこと…?」


氷の結晶の後部を力強く踏み込み、板を跳ね上げる。コインのように回りながら飛んだ結晶は頭の高さにまで上がり、コートニーはそれを掴んだ。

すると、結晶は淡い青の光と共に消えて無くなった。


急ぐ移動の中での急停止に、無垢も思わず立ち止まる。



無垢「コートニー、なんで足場を消す?急ぐんだろう」

コートニー「ちょっと待ってて…」


少女は両手を結び、手早く祈りの言葉を紡ぐ。唄の様な詠唱はすぐに終わる。


コートニー「…世界よ、この使命に応えて」

無垢(…また5色の珠が現れた…)

コートニー「待たせてごめん、ビーストフォーク…いきましょう」

無垢「ああ…そうだ、コートニー」

コートニー「ん?どうしたの?」

無垢「ついさっき、俺もフィオナに名前をもらったんだ」

コートニー「あら、良かったわね、これでやっとあんたの名前を呼べるってわけか」


少女は見た目の歳不相応に微笑んでみせた。


無垢「俺の名前は無垢の宝剣(イノセントハンター)、そう呼んでくれ」

コートニー「……イノセントハンター?」

無垢「?」

指を唇に当てて考え込む。

まさかこんな時にその名前が出てくるとは、彼女も思っていなかったのだ。


コートニー(…言い伝えにある無垢の宝剣…イノセントハンター…)


もしかしたらフィオナはこの事を見越して、幼いこのビーストフォークを遣わしたのだろうか。本当だとすれば大いにあり得る。

しかしどうにも信じられない。


コートニー「…本当に“無垢の宝剣”という名をもらったの?」

無垢「ああ、剣は持ってないけど、もらった」

コートニー「……そう」

無垢「この名前にはどんな意味がある?吹雪の精にこれを名乗れと言われたんだ」

コートニー「……」


無言で氷の結晶に乗る。


コートニー「…ちょっと、寄り道をしなきゃいけなくなったかも」

無垢「? そんな暇はない」

コートニー「良いから。考えがあるの…ついてきて」

無垢「吹雪の精に会わなきゃ……フィオナの言葉だぞ」


それでも少女は急ぎ足で飛び始めたので、子猿はどうしようもなくその後を追いかけた。


地上。

闇の淵からすぐの場所に、大勢のダークロードが各々の陣地を構えていた。

豪華で快適な環境を欲するダークロードが何十、何百とここに集まっているのだ。


普通であれば野営地などコンパクトにできるものだが、彼らの陣地は広くもはやひとつの大きな集落のようになっていた。



斥候に出た低級層のダークロードの騎士が無駄に広い自陣を駆け、息を切らしてやってきた。



一際高い位置に椅子とテーブルを構える貴族の前で片膝をついた。



騎士「報告します、将軍」

魔将「うむ、ご苦労」



広く縦長なテーブルの上座にはダークフリードが腕を組み鎮座しており、その隣でユリアが退屈そうにワインを啜り、興味なさげに羽衣をいじっている。

テーブルには他にも邪妃グレゴリア、妖姫シルフィなど、ダークロードの上位貴族が勢ぞろいでいた。



魔将「ありったけのキマイラ達を広範囲に展開させたが、どうだ?」

騎士「それが…計画の通りに円滑には進んでおりません、どうやら森自体がキマイラに反撃を加えているらしく…」

魔将「…森が?」

ユリア「あ、兄上から聞いた事ありますわ、確かフィオナの森には自ら動き、外敵から防衛する種類の樹木がいると…」

騎士「まさに!なにぶん森、全てが敵…痛みを感じないキマイラといえど、進攻にはかなり手間取っているようです」

魔将「ふむ…そいつら以外に脅威はあるか?」

騎士「はっ……まず巨大な昆虫です。一部のキマイラの部隊はキマイラと同じかそれ以上のサイズの昆虫たちによって撃退されています」

魔将「現地の野生生物が厄介だな…」

騎士「は、ですが最も厄介な存在といえばホーンビーストです」

邪妃「…森の支配者か」

騎士「奴らの連携は異常です…キマイラの大半は、奴らによって討たれているようです」

魔将「…フィオナと同じ種族だったな、なんとかせねばなるまい」


騎士「それと…こちらは脅威にならないのですが、妖精と獣人達も反撃を行っているようです」

魔将「ああ…そいつらはどうでも良い、適当に蹴散らす」

騎士「はっ」

魔将「引き続き斥候を…と言いたいところだが、これ以上は手駒が消耗するだけだな」

妖姫「どうするつもりじゃ?フリードよ」


魔将「…ワームを放つ。せいぜい敵の野生生物を利用してやろう」

無垢「ここは…不思議な場所だ」


促されるがままにやってきた場所は静かな広場だった。

広場は不思議な彫刻が施された5本の石柱で囲まれ、中央には木造の小屋のようなものがある。


緑色の光を零す蛍が辺りに漂い、背の高い樹木の葉傘を下から優しく照らしていた。

幻想的、そんな言葉がよく合う場所だ。



無垢「……ーー」

腕を広げて息を大きく吸う。悪くない空気だ。


無垢「コートニー、ここは?」

コートニー「ここは如水の祠、私の家みたいなものといえばいいのかな」


結晶から降りた少女は歩き、小屋の扉の前で立ち止まった。

両開きのドアを開くと、中から淡い光が漏れ出た。


無垢「なんて濃いマナだ」

コートニー「…あんた、前もそんなこと言ってたけど、マナを感じられるの?」

無垢「ああ、コートニーはわからないのか?」

コートニー「私にはわかるわよ。…私は役割上、特別そういう力が強いってのもあるからね」


イノセントハンターがコートニーの肩越しに祠を覗いた。



無垢「……?」

コートニー「入って」



小さな祠の中に足を踏み入れる。

床は厚い石で出来たいるらしく、子猿の裸足を心地よく冷やした。


無垢「…これは…剣か」


祠の中心に、石の床に突き刺さった大剣が居た。

非常に美しい金の装飾が施され、柄は長い。


ところが華美なそれらとは裏腹に、刀身は荒っぽい灰色の石で出来ている。


無垢「随分と大きな剣だな、俺には扱えそうにない」

コートニー「扱えるかどうかはまず持てるかどうか、というよりもここから“持ちだせるかどうか”なのよね」

無垢「…?」

コートニー「…まあ見ててよ」


少女は祠の中央の剣に歩み寄る。

小さく覚悟するように息を吐いたのちに柄を握った。


無垢「!」


子猿は赤い眼を見開いた。

先程まで灰色だった大剣の刀身が、鮮やかな緑に変化したのである。


それはまるで不透明なカンラン石のようにも見えた。



無垢「色が変わった」

コートニー「この剣は握る者によって色を変えるの…妖精たちが握るとみんなこの色になるわね」

無垢「すごい剣だ…先まで見たい、抜いて見せてくれるか?」

コートニー「抜けないの」

無垢「?」


柄を両手で握ったまま、コートニーが顔だけを後ろに向けた。


コートニー「今まで誰が握ってもこの剣が抜けることはなかったわ…ビーストフォークやヒューマノイドにも握らせたけど、誰も抜けない」

無垢「…力が必要なのか」

コートニー「ホーンビーストの中でも屈指の力持ちだっていうグレートホーンにも試してもらったけど、彼の力をもってしても駄目」

無垢「……」


少女が柄から手を離した。剣は再び、石の刀身へと姿を変えた。


コートニー「…でもこの剣には言い伝えがあるの。如水の巫女、薫風の妖精に受け継がれてきた言い伝え…それはあなたの授かった名前、“無垢の宝剣”という名の伝えよ」

無垢「!」


コートニー「“イノセントハンター”が封印されし“無垢の宝剣”を抜き放ち、」

コートニー「…“如水の祠”は高貴な役目を終える。…」


無垢「……なんだそれは」

コートニー「つまり、この祠は“イノセントハンター”を…あんたを待っていたのよ」

無垢「待っていた…って……約束してないぞ」

コートニー「だぁ、そういう問題じゃないの」


コートニー「…フィオナ様があんたにその名前を付けたってことは、間違いない…あんたは“イノセントハンター”」

無垢「……」

コートニー「私の推測だけど、イノセントハンターだけがこの“無垢の宝剣”を抜くことができるんだと思う」


少女は一歩退き、目線で大剣の方へ促した。


無垢「…わかった、抜いてみる」

コートニー「ん、見てるから」


無垢「………」

緊張はないが、釈然としない面持ちで剣の前に立つ。


コートニー(…無垢の宝剣は、握った者の色に染まる…妖精たちは緑だったけど、ヒューマノイドは赤に変わった…)

コートニー(色はきっと出身地や辺りの環境を示している……では、この獣人が握ると何色に…?)



無垢「………」ギュッ


子猿が、大剣の柄を握った。

あれ?投稿したはずなのに反映されてない





無垢「!」


激しく渦巻く嵐の中心に子猿は立っていた。

先ほどまでいた祠とは違う場所だろう。

周囲には誰も居らず、植物すらいない。さらに言えば、嵐が吹き荒れているというのに音さえなかった。



無垢「……ここは…」

「やっと使い手が現れたか」

無垢「!」


背後の声に振り向いても姿は見えない。


「おっと、魔……、…剣に込めた思念で会話してるだけだからね、実体はここにはないよ」

無垢「…お前は?」

「その剣を作った者さ、“無垢の宝剣”を、“イノセントハンター”のためにね」


声は飄々としていた。


「ちょっとやそっとの事では壊れないだろうが、大切にしてくれよ?大事なピースのひとつなんだからね」



無垢「…!」


まばたきの間に嵐は消え、イノセントハンターは驚いた。

祠に戻ってきているようだ。先ほどの光景は、一体何だったのか。

あの声の者は誰なのか。



コートニー「…すごい……なにこれ」

震え気味の声が横から聞こえた。

少女は子猿の手元に釘付けで、口は半分開いている。


無垢「コートニー、何………?」


何事かと、少女の目線の先を追って、そしてすぐに気がついた。

自分が柄を握っている大剣の刀身が、水晶のように透き通っているのだ。



無垢「…透明な…剣」ズッ

コートニー「っ!?」


そして当たり前のように大剣を石段から引き抜き、その先までをじっくり観察する。



無垢「これが無垢の宝剣…」


子猿の背丈以上はあろう巨大な剣だったが、不思議と相応の重さは感じなれかった。

無垢「抜けた」


コートニーに見せつけるように、無表情で大剣をぶんぶんと振り回す。彼女には彼が怪力に見えたことだろう。


コートニー「…やっぱり…言い伝えは本当だったんだ…ちょっと疑っていたんだけど」

無垢「この剣、かなり軽いから振り回しやすいぞ」


まだ振り回している。危なっかしいしが、大振りであっても手の中で操るその動きはまるで、小枝を振り回しているようだ。

扱いはてんで素人だったが、頼もしい。


コートニー「…無垢の宝剣を手にしたイノセントハンターは、災いから救うために戦うのだと云われてる」

無垢「!」

コートニー「……こんなタイミングでフィオナ様があんたに名を与えたのも、意味があったのよ」

無垢「俺が救う……」


手にした透明な刃。透けた先の景色は鮮やかに見えた。


無垢「…森を守ろう、コートニー」

コートニー「当然」


不敵な笑み。


コートニー「無垢の宝剣の封印が解かれたとなれば、吹雪の精も驚いて目覚めるわね」

無垢「吹雪の精に会いに行こう、案内してくれ」

コートニー「はいはい、急ぐからついてきてね」

よく訓練されたビーストフォーク達の隊は、その今日まで積み上げた経験と鍛え抜かれた野生の肉体でもってして、複数対一ではあるがキマイラとの戦闘で優位に立っていた。

怪力により振るわれる鋭い武器はキマイラの外殻なき組織をズタズタに割き、鈍い重量級武器は複雑に組み上げられた骨を更に怪奇な形に微塵としていった。



戦斧「うおおおお!」

魔獣「――!」


木陰から現れた猿。

背は小さいが、鍛えられた二の腕は自身を遥かに上回るサイズの石の戦斧を振り被っていた。


――ド


鈍い一瞬の音が炸裂し、斧はキマイラの巨体の股間手前の終点近くにまで斬り込まれた。

合成魔術によって生み出され、痛みを感じないよう都合よく調整されたキマイラといえど、その体が2分されてしまってはどうしようもなかった。


戦斧「よっしゃ次いくぞォォオオ!」

「「「おおおおッ!!」」」


猿人が振り上げる巨大な戦斧に、各々の戦闘を終えたビーストフォークも獲物を掲げる。

この場において、巨大な質量武器で巨体を破壊する銀の戦斧は手柄者であった。



銀の拳「油断するなよ!更に隊を左右に散らし、広範囲に展開する!黄金の翼!」

鳥人「俺の出番か」

銀の拳「百里を見渡すお前の目で、上空から敵の位置を掌握するんだ!それを俺らに伝えてくれ!」

鳥人「あいよ、まかせろ」



眼帯をつけた獣人の後方にいた鳥人は地を蹴りつけて高く跳びあがった。甲高い鳥の鳴き声が辺りに響く。そしてその他の翼あるビーストフォークは空へと飛んだ。


銀の拳「…子供、心配か」

戦斧「!」

銀の拳「あいつはすばしっこいから大丈夫だろうが、とにかく今は生きてる事を主に祈るしかねえ…俺らは森を守らなきゃいけねえんだ、雑念は払え」

戦斧「…わかってる、行くぞ!シルバーフィスト!」

銀の拳「ああよ!シルバーアックス!」


ビーストフォークは細々とではあるが、快進撃であった。

コートニー「! お出ましみたいね、下がって」

無垢「…!」


樹木の合間から見えた白い組織にいち早く気づいたのはコートニー。

イノセントハンターは急ぐ体を強引に停止させ、近くの適当な幹を蹴って引き下がった。


魔獣「ゴォオォオッ!」


それとほぼ同時にイノセントハンターがいた場所には巨大な爪が打ち込まれ、場にキマイラが躍り出た。


コートニー「吹雪の精がいる場所まで急ぎなんだけど…」

無垢「この大剣の強さを試してみたいな」

コートニー「言い伝え通りならやったかもね…でもあんた、多分だけど剣、振り回したことないでしょ」

無垢「わかるか」

コートニー「素人っぽい取り回ししてりからね」

無垢「…本当か」

コートニー「ええ」


魔獣の咆哮が響く。

コートニー「良い?あいつらを止めるには私の珠が3つ必要なの」

無垢「3つ…」


少女の周囲を周回する五色の珠。

先ほどもキマイラの襲来を食い止めた、見た目以上に頼もしいエネルギーを持った球体だ。


コートニー「頑張れば2つでも止められるかもしれないけど、期待はしないでよ…つまり、連続で止められるのは同時に2体まで」

無垢「俺も食い止めて3体だ」チャキッ


それっぽく大剣を構えるが、使い方はよくわからない。


コートニー「何いってんのよ…目的は吹雪の精に会うことでしょ?…あんたは先に行くこと、ただし進む先に敵がいないとも限らないから、慎重に走って」

無垢「だがそれだとコートニーが」

コートニー「牽制したらすぐに下がって並ぶわよ」


また微笑んだ。大人の笑みだ。


コートニー「フィオナ様の言葉に逆らうつもりはないけど、自分の身は可愛いから」

コートニー「この先まっすぐよ!弾けろ!光の珠!」

無垢「――!!」


小さな爆発音が合図。イノセントハンターは走った。

入り組んだ森の中で真っ直ぐと言われても困る、というのは整備された場所で生きる動物だけだ。

彼らビーストフォークは山道だろうと荒野だろうと、真っ直ぐに歩くことができる。



コートニー「…行ったわね」


去っていった獣人の背を横目に見送り、4つの光球を辺りに浮かべた少女は敵に向き直る。

爆風でよろけた相手だが、それが何だとでも言いたげに再び煤で汚れ焼け爛れた口を全開にしてこちらを睨んでいる。


少女もこの不吉な臨戦態勢に応えるように、珠を正面へ構えた。



コートニー(珠1つでは殺傷能力はない…2つでも怪しい…3つでやっと生き物をひとつ殺めることができるくらい)

コートニー(でもこの魔獣は全く規格外ね……5つ全てを打ちこんでも勝てるとは思えない…)

魔獣「ゴォオオォオオオッ!」

コートニー「っ!」


粘液絡みの太い腕が関節を全て外し、伸びるようにして縦に振り下ろされた。

水音と土の高い音と共に、コートニーの居た地面は砕け散っていた。


コートニー「つまり呪文しかないってこと!弾けろ、火、闇、光!“幻竜砲”!」


3つの珠が宙で炸裂し、光と共に収束して少女の頭上に登ると、それは赤く煌々と輝いて火炎の塊へと姿を変えた。

熱気が地へと降りかかり、それは偶然か必然かで吹き始めた薫風と共にキマイラだけに焚きつけられる。


魔獣「ゴ…ゴォオオオォオッ!」


皮膚の爛れは重々承知だが、それでもキマイラに痛覚はない。炎の出現に驚きはしたが怯むことはなく、呪文を真上に展開する少女を狙わんと再び腕を掲げる。

少女は恐れない。勝利を確信するが如く、口元だけで笑ってみせる。


コートニー「これは見かけ倒しじゃないわよ」

魔獣「……!」



炎の球体は再び形を変え、それは大きな炎の竜となってキマイラへと襲いかかった。

それでも戦おうと口を大きく開けたキマイラが正常な温度の空気を吸えたのは、わずか1秒だけだった。


ここは来る時とはまた別の雪道だろうか。

コートニーの案内が正しければ、この先には吹雪の精がいるのだという。



無垢「吹雪の精…どこだ、どこにいる…!」


吹雪の精というからには、まさに雪の妖精なのだろう。スノーフェアリー自体が皆氷の結晶を持っているようだが、吹雪ということはその元締めか。

雪ではなく吹雪。相当に強い力を持ったスノーフェアリーであることに違いない。


何よりも森の賢者フィオナがその妖精に会えと言ったのだ。意味のないはずがない。


無垢(それに、聞かなくてはならないこともある)


イノセントハンター、そして無垢の宝剣。

コートニーは自分が災厄から救うと言っていた。果たして自分にそれだけの力があるのか疑問だ。疑う余地も無いというべきかもしれない。


非力な自分になにができるというのか?

何ができるのか。それを聞かなくてはならない。



無垢「…ん」


雪の上を走っていると、その先に妖精の姿が見えた。

雪の上に座り込んだ、小さな小さな妖精。人型なので女の子だろう。イノセントには見覚えもあった。



「うぅ…あぅううっ…!」

無垢「…ポップルだったか」

「ううう…ぅうぅっ~…!」


声をかけてもこちらを意に介さないように、小さな妖精は雪の上で鳴き続けていた。


無垢「……」


少女の目の前の雪の上には、いくつも零したであろう涙の跡。

そして何か大きな水でも落としたのか、六角形に雪が溶けていた。

無垢「ポップル…」

ポップル「うぐっ…あぅぅ…チャミリアが…チャミリアが消えちゃったぁ…!」


雪の上で泣きわめく少女。イノセントは無言で彼女の小さな頭に手を置いた。


無垢「…今は危険だ、早く逃げるんだ」

ポップル「私を助けて自分は死んじゃうなんて…!チャミリア…ほんと嫌な奴っ!うわぁあぁぁ…!」

無垢「泣くな!ポップル!」

ポップル「!」



小さな妖精の体の正面に片膝をつき、赤い眼がまっすぐにポップルを見る。

底の知れない深い赤眼は、力強かった。


無垢「妖精の森は俺が守る…言いすぎかもしれないが、俺は死ぬまでここを守ってやる」

ポップル「……」

無垢「ポップルも一緒に守るんだ、そしてチャミリアがやりたかったことを受け継ぐんだ」

ポップル「…ぐすっ……チャミリアがやりたかったこと…?」

無垢「大事なものを守るんだ」

ポップル「……」


大剣が空を斬り、イノセントの肩へ置かれた。


無垢「俺はフィオナの遣い、“無垢の宝剣”。吹雪の精のところまで案内してくれ」

ポップル「……ちょっとまって」


涙声でつぶやき、袖で涙まみれの顔を拭う。


ポップル「…わかった!吹雪の精の所までいけばいいんだね!」

無垢「ありがとう、ポップル」

ポップル「吹雪の精がいる所まではこっち行ってすぐだよ!真っ直ぐだからついてきて!」


元の笑顔を取り戻して、少女は結晶の上に乗っかった。イノセントはその軌跡を追って再び走りだした。

「ゴォォオオォオオオ!!」


ポップル「こっち!」

無垢「ああ!」


どうやって聞きつけてきたか、背後からは魔獣達の叫びがこだまする。

細い枝葉を食い破りながらこちらへ暴走してくる巨大なキマイラだ。


4つの口からは紫色の長い舌が粘液を垂らしながら辺りのものを暴食しては吐き捨て、頭部の頭蓋骨は太い幹をいとも簡単にへし折って向かってくる。二人は必死だ。



ポップル「もうすぐだよ!急いで!」


春の妖精は小さい身体を最大限に利用して、細い木々の合間も縫うように進んでゆく。

イノセントは息つぎの間を惜しみ、黙ったまま持ち前の素早さで駆ける。



ポップル(そうだ、吹雪の精がいれば…!あの人が起きていればなんとかなる…!)


ポップル(チャミリアのためだもん!吹雪の精さえいれば!)




鬱蒼の雪森を抜けて、一面が氷に覆われた広場に出た。

ビーストフォークの集落よりも一回りも二まわりも大きい、非常に広い円形の氷の広場。


だが見渡せど見渡せど、空には雪、地面には氷。

吹雪の精らしき姿は見当たらなかった。


ポップル「…!そ、そんなぁ…こんな時に眠ってるなんて…!」


氷の結晶から飛び降りたポップルが氷の広間の中央に跪いて地面を見る。



―――静かに眠る、氷の精がいた。



ポップル(…っ!)

無垢「ポップル……」


途端にポップルの顔が青ざめてゆくのに嫌な予感を覚えたイノセントが後ろから声をかける。


ポップル「…吹雪の精の一日のサイクルはとても長いの!3日起きて、3日寝る…!ぅうぅ、なんでこんな時に…!」

無垢「なんだって……」



どすどすと、神聖な氷の上を乱暴に走る大きな足音が近づいてくる。


ポップル「あぅぅうぅ…!」


無垢(…コートニーが来れば…コートニーがいれば、食い止められる…!?)


靄から姿を現した魔獣が低く唸る。

もうイノセントは既に、キマイラから逃れられない間合いにいた。


魔獣「……ゥウウゥウ…」

無垢「…!」

ポップル「ひいっ」


しかもその数、3体。

空を飛べるポップルですら、退避が間に合うかも怪しい。


無垢「コートニー…く、…フィオナ…」


自分はこのまま何を斬ったこともない剣を抱いて死ぬのだろうか。

それとも、斬りかかってから死ぬのだろうか。

いや。


無垢「……死んでも構わない」

ポップル「えっ?」


もとより死を覚悟して臨んだ遣いだ。今更死ぬなど恐怖ではない。

恐怖とは、フィオナの遣いを果たせないこと。



無垢「吹雪の精…!眠っている場合じゃないんだ!」


切っ先を真下に、柄を両手で握り、高く掲げる。叫ぶ。


無垢「お前の力を貸してくれ!今だけでいい!妖精たちの森を…!フィオナの森を助ける力を!」



キマイラが襲い来る中、氷の地面に突き立てた剣が輝いた。



またこの場所だ。


分厚い入道雲のような不吉な青。吹き荒ぶ嵐。

イノセントハンターは、また台風の目の中心に立っていた。


無垢「…誰だ」

自分以外にも魔方陣に立つ者がいる。


巨大な氷塊。

シャープな、女性のような身体。


「イノセントハンターよ、力を貸してやろう」

氷の女性が手を差しのべた。

「私の魂は今、眠りの時にある。だがお前には、私を目覚めさせる力が備わっているのだ」

無垢「…吹雪の精……俺の力?」

「お前が意志をもって望めば、無垢の宝剣は何にでも輝く。光にも、闇にも」

無垢「…わからない。俺になにができる?」

「今はただ、私の心に身を委ねるのだ」

無垢「……心…」


イノセントは目を閉じる。


「そうだ…“怒り”、“哀しみ”…“自分への不甲斐なさ”…“無力感”…」

無垢「……」

「…だが目の前に現れた……“希望”!」


――ゴォッ


無垢「!」


嵐が晴れた。



ポップルはすべてを諦めていた。

自分自身やチャミリア、森でさえ諦めていた。


謎の魔獣によって全ては滅ぼされると、絶望していた。



「頭が高い!!ひざまずけ!!」


だが突然に巻き起こった猛吹雪は、悲観の全てを払拭してしまった。

爆発したかのように砕けた氷の地面からは凍てつく風が噴き出し、渦を巻き、人の形を呈する。


氷の彫像のような女性。スノーフェアリーの長。

ダイヤモンド・ブリザード。



ポップル「あ…!…そ、そんなまさか…!?」


他の追随など許さない圧倒的な冷気で目を覚ます。諦めるにはまだ早すぎるのだと。



「さっきはよくもやってくれたわね」

ポップル「!」


気付けば吹雪の精の周りには、沢山の妖精がいた。

それぞれ杖を、武器を握り、キマイラを睨んだいる。


チャミリア「もう、ただじゃ済ましてあげないからね」

ポップル「~!チャミリア!」


突然の吹雪と共に現れた吹雪の精。そして復活する、消えたはずの妖精達。

奇跡は起きた。


吹雪「全てのスノーフェアリーたちよ!待たせて済まなかった!」



吹雪の渦が辺りを包み込む。

キマイラは滴るよだれをつららに変えて、その場でじりじりと地団太を踏んでいた。


目の前に出現した氷の女性はあまりにも強大な力を纏っていると、獣だった頃の本能が継ぎ接ぎの肉体に訴えているのだ。



吹雪「私が来たからには何も恐れる事はない!我らの森を荒らす愚かな闇の傀儡共を、一匹残らず駆逐してくれよう!」

「「「おおおーっ!」」」


幼げな雰囲気の残る歓声があがった。

だが、先程まで怯えていた妖精たちのそれとは違い、明らかに雰囲気が変わっていた。



チャミリア「ダイヤモンド・ブリザード…ありがとうございます、あなた様が目覚めなければ、私はずっと消えたままでした」

吹雪「礼は後で聞く。今は奴らの奢った頭を凍てつかせ、目を醒まさせるのだ」

チャミリア「ハイッ!」


ポップル「……」

吹雪「…春の妖精よ、“この者”を導いてくれてありがとう」

ポップル「…えっ?」

チャミリア「ぼーっとしてない!戦うわよ!」

ポップル「わわわ…うん!」



強力なマナを感じて続々と押し寄せるキマイラ達。

木を蹴り、草をにじり、広場まで続々と集まって来る。



吹雪「……さあ……妖精の力を見せてやれ!」



小さな戦争がここで始まる。

無垢(これは一体…)


目の前に広がる、いつもより高い目線の風景。

内から湧き出る力。


無垢(…!)


自ら手を見て異変の謎は解かれた。透き通るような氷の腕。

間違いない。これはもう、ビーストフォークである自分の体ではなかった。



“聞こえるか、イノセントハンターよ”

無垢(その声は……吹雪の精)

“無垢の宝剣が私の眠れる魂を呼び覚まし、お前の体を介して私は世界に顕現した”

無垢(……)

“わからぬか、イノセントハンターよ。今のお前は私であり、今の私はお前なのだ”

無垢(…一体化…?)

“とも言える。私が動く事もできるが、お前が動く事もできる”

無垢(……)


試しに手にした両剣を振り回してみる。

見たこともない形の武器だったが、何故かそれとは昔から慣れ親しんでいた武器のように感じた。

取り回し、両手で回転させながら、


――ヒュッ

吹雪「はっ!」


最後に敵の方へ向けて刃を構える。

自分でも信じられない滑らかな動きだった。



“試しに目の前のキマイラを倒してみるといい”

無垢(あいつらを…できるのか……?)

“貴様、その言葉は私への侮辱と取るぞ?私が奴らごときに遅れを取るとでも?”

無垢(!)


冷たい怒気がこもった声だった。

無垢(これは一体…)


目の前に広がる、いつもより高い目線の風景。

内から湧き出る力。


無垢(…!)


自ら手を見て異変の謎は解かれた。透き通るような氷の腕。

間違いない。これはもう、ビーストフォークである自分の体ではなかった。



“聞こえるか、イノセントハンターよ”

無垢(その声は……吹雪の精)

“無垢の宝剣が私の眠れる魂を呼び覚まし、お前の体を介して私は世界に顕現した”

無垢(……)

“わからぬか、イノセントハンターよ。今のお前は私であり、今の私はお前なのだ”

無垢(…一体化…?)

“とも言える。私が動く事もできるが、お前が動く事もできる”

無垢(……)


試しに手にした両剣を振り回してみる。

見たこともない形の武器だったが、何故かそれとは昔から慣れ親しんでいた武器のように感じた。

取り回し、両手で回転させながら、


――ヒュッ

吹雪「はっ!」


最後に敵の方へ向けて刃を構える。

自分でも信じられない滑らかな動きだった。



“試しに目の前のキマイラを倒してみるといい”

無垢(あいつらを…できるのか……?)

“貴様、その言葉は私への侮辱と取るぞ?私が奴らごときに遅れを取るとでも?”

無垢(!)


冷たい怒気がこもった声だった。

げ、連投してもた。マジ天使と悪魔の墳墓。


“さあ行け!お前が行かずして、誰がゆく!?”

無垢(…わかった!)


意を決する。体が力でみなぎっているとはいえ、キマイラと対峙するのは恐怖だ。

それでも戦う。戦わねば。



吹雪「うぉおおぉおお!!」


よく響く叫びと共に、一瞬でキマイラの懐へと雪崩れ込む。

風のごとき速さに敵は反応できていない。



吹雪「ゥらァッ!」

魔獣「ボッ!」


薙刀を二つ繋げたような両剣の片方を下から突き上げる。柔らかい腹に、氷の刃は刀身が見えなくなるほど深く突き刺さる。だがこれで終わる筈はない。


吹雪「ぬん!」


刺した剣を真横に凪ぎ抜いて、


吹雪「そッ!」


反対の剣で勢い良く、キマイラの中央の首を跳ね、


吹雪「らァッ!」


両剣をぐるりと頭上で回し、敵を真上から叩き斬る。



魔獣「~ッ…!」

ズタズタに切り裂かれたキマイラは、もう言葉も発することはできなかった。


チャミリア「す…すごい……なんかカッコいい!」

ポップル「わぁあ…今日のブリザード…すごくたくましい……」

吹雪「さあみんな!俺に続けッ!」

チャミリア「はっ、はいっ!」

ポップル(俺!?)

「わー!」


結晶に跨がった妖精たちが魔獣の巨体を恐れることなく、我先にと突撃していく。

各々の個性ある呪文を駆使した波状攻撃は、見る間にキマイラを無力化していった。



“吹雪の精たる我が力、それは彼女らフェアリーを統べる力だ”

無垢「統べる…」

“フェアリーに死はない。私がいる限り、妖精達は何度でも蘇る”

無垢「……すごい」


今見ている戦うの光景でもそうだ。

魔獣に一口で喰われたはずの妖精が暖かな光と共に消滅し、



「まだまだ~!」

吹雪「……」


自分の傍らに、何事もない風に出現する。

そしてまた突撃。

死なない軍団。まさにそれだ。

ちなみにギガジールのつもり
他にも沢山の種類のキマイラいるけど似たり寄ったりな外見だから詳しい描写は割愛してる

魔獣「ゴァアァアアァ!」

チャミリア「!」

ポップル「!」


魔獣の様子がおかしい。

キマイラを囲み、執拗に攻撃を続けていたスノーフェアリーには目もくれなくなったのだ。

まっすぐにスノーフェアリーの奥……吹雪の精を見据え、2体のキマイラは吠えた。


“私の力に気付いたようだ”

無垢(どうすればいい?)

“私が消滅すれば妖精達は復活しなくなる”

無垢(死ねないということか)

“見くびるなと言っているだろう?私が奴等に引けを取る道理はないのだ、戦え”

無垢(…わかった)フンッ


氷の両剣を構える。


吹雪「スノーフェアリー!すまないが…俺の援護を頼む!」

「「「お~!」」」


いつも以上に猛々しい妖精の長に、フェアリー達もやる気十分だった。

吹雪「……よし!」


雪の大地に剣を突き立て、拳を掲げる。

それに合わせるようにして妖精達がどっと沸いた。

妖精の森一帯のキマイラを打ち倒し、勝利したのだ。


“よくやった、イノセントハンター”

無垢(こっちこそ、力を貸してくれてありがとう)


吹雪の精の力によって無限に甦るスノーフェアリーたちには恐れなどなく、果敢に攻め続けた結果がこの圧勝だ。

当然ながら、スノーフェアリーに死傷者はいない。



チャミリア「…あの…ブリザード…さま?」

吹雪「?」


歓喜の中、好き勝手にはしゃぎ回って踊る妖精達を尻目に、白髪の少女が近づいてきた。

その隣には、涙で顔がぐしゃぐしゃになったポップルが抱きついている。


チャミリア「ブリザードさまですよね?」

吹雪「いかにも、私だ」

チャミリア「あ、なら良かった…なんでもないです…」

吹雪「だがお前が違和感に感じた通り、厳密には私ではない」

チャミリア「…!」

ポップル「?」

ぬん?エラーでた

吹雪「“無垢の宝剣”の伝承を知っているか?」

ポップル「むくのほーけん?」

チャミリア「! イノセントハンターの伝承ですね」

吹雪「ふむ、確かチャミリアは如水の巫女と交友があったな?奴から聞いた通りの伝説が私を宿したのだ」

チャミリア「……」

無垢(……?)

吹雪「イノセントハンターたる当人もわかっておらんようだ、ハハハ」

チャミリア「わ、わかるように説明していただけますか?何がなんだか…」

吹雪「ふむ」


吹雪「…イノセントハンターが望めば、私であろうと大勇者であろうと…おそらくはフィオナでさえ、その力を我が物とできる」

ポップル「え!?」

チャミリア「なっ」

無垢(……!)

吹雪「今の私は、イノセントハンターの力によって休眠から解き放たれた、イノセントハンターと一体の存在」


吹雪「この戦いで妖精の森を守ったのは、呑気に眠りこけていた私ではなく…イノセントハンターなのだ」

「みんな大丈夫ー?」

チャミリア「あっ!コートニー!」


空を見上げると、結晶に跨がった少女がゆっくりと舞い降りてきた。

空から舞い降りたコートニーは吹雪の精を見るや、すぐに結晶を消してそちらへ向き直った。

緊張した面持ちに被さる白の頭巾は一部に穴が空いていた。


ポップル「コートニー!大丈夫だった!?」

コートニー「ブリザードさま、報告すべき事があります」

吹雪「わかっている、“無垢の宝剣”だな?今丁度、話していた所だ」


そこまで聞くと少女は気づき、辺りを横目でチラチラと伺った。


コートニー「イノセントハンターと名乗る獣人がここへ来ませんでしたか?」

吹雪「俺はここだ、コートニー」

コートニー「…はい?」

吹雪「無垢の宝剣の力により、私とイノセントハンターが一体となっているのだ、如水の巫女よ」

コートニー「え…えっと?」

吹雪「ああ、今喋ったのは吹雪の精で、これは俺が喋っている」

コートニー「ちょっ…ちょっと!ややこしいからあんたはしばらく黙ってて!」

吹雪「む?妖精の長に黙れとは、なかなか言うものだ。まあ、イノセントハンターを導いた大義に免じて許そうか」

コートニー「ブリザードさま!ふざけないでください!」

吹雪「はっはっはっ、なに冗談だ」

チャミリア「…このいじわるさ…いつものブリザードさまだ…」

ポップル「? ?」


ひたすらややこしかったという。


―――――――


コートニー「…つまり無垢の宝剣とは、姿形を強力なものに変える宝具…という認識でいいんですか」

吹雪「ふむ、なんというべきだろうか…単に強力になるというわけでもないのだ」


氷の広場に腰を下ろして二人は話していた。

最初は興味を示して辺りで聞き耳を立てていたスノーフェアリー達も、難しい話だと理解してすぐに飛び去ってしまった。

結局ここにいるのは、コートニーと吹雪の精、そしてチャミリアとポップルの4体だけだった。



吹雪「力を借り、その者になるための剣……というべきだろう」

コートニー「力を借りる」

吹雪「そうだ。私自身も詳しくはないが、イノセントハンターは他者の力を借り使う術を持っている」

コートニー「……そんな力があったんですね、その剣」

チャミリア「借りるということは、いつかはブリザードさまに力を返すわけですよね?まさかずっとそのままでは…」

吹雪「当然。一時的なものであろう…イノセントハンターも、ずっと私の器を使うわけにもいくまい」

ポップル「…あのー」

吹雪「?」

チャミリア「?」

ポップル「でも今はまだ、ブリザードさまはお休みになられてる時のはずじゃあ…」

チャミリア「え?」

吹雪「…うむ、問題はそこだな」

コートニー「本来なら今はまだ眠っているはずの時であると?」

吹雪「そうなのだ。今こうしていられるのも、イノセントハンターが眠りから醒ましてくれたおかげでな」



コートニー「……イノセントハンター?」

吹雪「……喋ってもいいのか?」

コートニー「…ええ、良いわよ」

チャミリア(しっかり黙ってたんだ)

ポップル(律義だ~)

吹雪「本来であれば、私は明後日に目覚めるはずだった」

吹雪「この眠りは封印のようなもので、正確な周期を刻む」

吹雪「今は敵を退けたが、また再び闇の軍団が押し寄せてくるとも限らん」


コートニー「…!…イノセントハンターには、妖精の森に居てもらわなくてはならないということですね」

吹雪「いかにも。私が真に覚醒するまではな」

吹雪「…フィオナも俺に、吹雪の精に会えと言った。なら吹雪の精に従う」

吹雪「うむ、自分の故郷のことも心配だろうが、しばらくは妖精の森に居てくれ」


氷の細い腕が両剣を空に掲げた。


吹雪「なにかあれば何時でも呼ぶが良い、私はどこでも、何度でも応えよう」




無垢「いつでも?どこでも…?」

吹雪「お前が考える以上に“無垢の宝剣”とは強力なものなのだ、イノセントハンター」

無垢「……」

吹雪「しかしフィオナも抜け目ないものだな、お前のような子猿からイノセントハンターの力を見出すとは」

無垢「…フィオナの意志なら信じる」

吹雪「…今はそれで良い、フィオナは間違えないだろう」


吹雪「だが戦というものは、いつだって差し迫ったものなのだ、イノセントハンター」

無垢「?」

吹雪「力を引き出すのはフィオナではなく、常にお前自身ということだ」

無垢「……」

吹雪「ま、良い…あと二日、妖精の森を頼むぞ」

無垢「…わかった」



先陣切って現れたキマイラのほとんどは無残な返り討ちになっていた。

もうそのほとんどがこの世から消えているだろう。痛みを感じないとはいえ、四肢がもげてしまえばただのケモノである。


ただ種を切り貼りしただけで質量と筋力しか取り柄の無い猛獣など、知識と経験の研鑽を重ねた美しい野獣の戦士に勝てる道理などなかったのだ。



銀の拳「俺らの勝利だ!」

「「「オオオー!」」」


何度目かもわからない咆哮が再び森に響いた。闇の軍勢にとってはさぞ恐ろしい雄たけびだろう。

闇の知将らは、森の中では比較的にサイズの小さなビーストフォークが守りの穴であると高をくくっていたに違いない。


それは大きな間違いだ。

怒り、結束したビーストフォークほど勇猛で強い種族など、この森にはホーンビーストを差し置いていないのだから。



「シルバーフィストよ、そちらもなんとかなったようだな」

銀の拳「!」



のしり、のしりと重い足音が近づいてくる。

決して急がず、だが愚鈍ではない知的な四足歩行。



銀の拳「フィオナ!よくぞご無事で…!」

「フィオナ様!」

「ははぁ~!」


勝利に酔いしれていたビーストフォークは彼の姿を見るや、一転して土の上にひれ伏した。

フィオナの森の主たる彼、通称“護りの角”フィオナ。

彼の存在は森の主であり、世界のすべてを知る大賢者であるとして、“この世の全ての命は平等である”と幼少より教えられるビーストフォークらですら、この森の何者よりも尊んでいる。


銀の拳「我ら銀髪団…いいや、ビーストフォークは無事です」

フィオナ「そうか、しかし念のためにこの縄張りにもホーンビーストをおかせてもらいたい」

銀の拳「はっ!」

フィオナ「うむ……銀の戦斧(シルバーアックス)」

戦斧「え、は、はいッ!」


フィオナ「お主の子であれば案ずるな、無事だ」

戦斧「……!」



柄にもなく、彼女は腰を抜かして転んでしまったという。

氷像の麗人からマナを帯びた光が溢れ出で、眩しさの暗幕が晴れる頃には、吹雪の精その人はいなかった。

その場にいたのは、静かな直立のまま透明な大剣を握り、考えるように目を閉じた猿人の子供である。

妖精の少女ら、特に二人は呆気にとられた。



チャミリア「うそ…まさかイノセントハンターが、本当に現れるなんて…」

ポップル「な、なにがなんだかポップルわかんない」

無垢「……」


子猿は無言のままに辺りを見回して、自分の手をしげしげと眺めた。

細かな皺のある猿人の手。

クリスタルのように透明な神秘の大剣。

他を知らぬ、他ならぬ自身の慣れた体であるにも関わらず、先程までの大妖精の身体に比べると、かなり脱力を感じる肉体だった。

自分の弱さが不自然に感じる。

不快な違和感だった。



コートニー「ねえ、イノセントハンター」

無垢「!」


正面に立つ少女。

コートニーは中腰で目線を並べ、普段のぶっきらぼうからは想像できないほど優しい口調で言った。


コートニー「…ありがとう」

無垢「……」


イノセントハンターは自分の右手を握って、静かに頷いた。



その頃、水中都市は大騒ぎだった。

死亡したリヴァイアサンの背に築いた都市を無事に海底へと固定し終えたサイバーロード達を待っていた更なる問題は、もはやどうしようもない危難であったからだ。



ウォルタ「このまま海中の水温上昇が止まらなければ、数年のうちに我らが都市は壊滅的な打撃を受けるだろう…」


輪を描くように並べられたクリスタルチューブの中にサイバーロードらが入っている。

さながらそれは円卓会議のようであった。


アクアン「にひ、壊滅的な打撃ってのは具体的にどんなのなわけ?」

ウォルタ「まず、最もデリケートな連絡系統…サイバーウィルス達の活動に支障が出るだろう」

シュトラ「水中に直に存在する彼らには、水温の上昇がモロに響くんだね」


サイバーロードら水中都市の住人は、その都市の外へ調査機などを派遣する際、必ず目に見えぬほどの小さなサイバーウィルスを利用して回線をつなげる。

ウィルスの神経回路を通じて行われる情報伝達は円滑であり正確。遠隔操作だって可能にする。


しかし体積の小さく神経を露出するサイバーウィルスは、熱に非常に弱い。

サイバーロードに利用される生命と言えども、生命は生命なのだ。それが菌ともなればなおさら熱には無防備。


海水温度の上昇は、まずサイバーロードらの活動範囲の狭窄を暗示するといえるだろう。



コーライル「サイバーウィルスの死は、警備のゲルフィッシュやサイバークラスターの機能半減を意味するだろう」

ウォルタ「半減ならまだ良い方さ、いちいち都市に戻って繋いで情報交換をするなんて、役立たずもいいところだ」

トロピコ「あ!サイバーウィルスだけじゃないな!ゲルフィッシュたちもあぶないんじゃないか!?」

アクアン「にひ、そうなるな。ゲルフィッシュだって体表は文字通りの“ゲル”だ、温度にはデリケートだじぇ」

トロピコ「おれのじしんさくがしんじゃう!?」

ウォルタ「落ちつけ!逸れてるぞ!」


至って真面目な円卓会議である。

ウォルタ「ゲルフィッシュやクラスターは二の次だ、一番はなんといってもサイバーウィルス。これがなければリキッドピープルの統治にも支障が出る」

アクアン「あー、いたねえそんなの」

シュトラ「リキッドピープル…」


サイバーロードの人工生命でありながらにして、意志を持つことを許された、水中都市でも特異な種族。リキッドピープル。

個別が管理する知能によって高度な自律行動が可能だが、それは自我を生むことにもつながる。

都市の完璧な管理を望むサイバーロードにとっては反旗を翻す可能性のある点を残す種族であるが、その有用性は他の種族や生命と比べて遥かに高いためにこの存在を受け入れている。


ウォルタ「現在のリキッドピープルの管理は、サイバーウィルスによる逐次の絶え間ない管理の下に成り立っているといっても過言ではない」

トロピコ「だね」

ウォルタ「ウィルスが消えてもしばらくは問題ないだろうが、長期間を経れば奴らの自我がどのような答えを出すかは謎だ」

アクアン「……」

トロピコ「……」



反乱?



シュトラ「サイバーウィルスを守らなくちゃいけないね」

ウォルタ「さすがシュトラだ、話が早くて助かる」

アクアン「…まー、水温上昇は確かに無視はできないな~」

ウォルタ「全ての問題は大陸の火山から海へ垂れ流されている溶岩だ」


サイバーロードの輪の中心に立体映像が浮かぶ。

粗削りではあるが、しっかり姿を捉えられた巨大な火山の外見である。

ただし山の半分や火口は空洞でモデリングされておらず、欠けた山頂付近から溶岩と思わしき流動体が陸から海へと流れ出している。


ウォルタ「海面からラシリウスで撮影した映像だ。海中とは違い、陸を被写体とすると撮影ポイントが限定されるから未完成ではあるが」

シュトラ「なるほど、でも問題はなさそうだね」


ウォルタ「溶岩流は緩く細く、止めどなく流れている。これを防ぐ必要がある」

シュトラ「防波堤を作る必要があるね」

アクアン「にひひ、だが、火文明の領土だぜ?」

むむむ。

ウォルタ「火文明……野蛮人の土地さ」

アクアン「野蛮人ね~、にひひ、まあ確かに文明レベルは低い土地らしいな」

トロピコ「やつらをせいあつして、かざんいったいをしはいかにおかなきゃな!」

ウォルタ「そうだ、防波堤だけでなく、ゆくゆくは火山自体を処理しなくてはならないからな」

シュトラ「火山……」


青い半透明の腕を小さな口に当てて、シュトラは考え込む。


シュトラ「ドラゴンがいるね」

ウォルタ「………」


サイバーロードの皆が嫌なことを思い出したように沈黙した。


アクアン「あ~、火山か、確かにそうだ、あそこそのものを支配下に置くのはまずいなあ」

エメラル「アーマードドラゴンたち龍の住処、だね」

シュトラ「龍の逆鱗に触れる。水中都市の存亡に関わるよ、シュトラは反対」

ウォルタ「…わかった、しかし火山は諦めるとしても、せめて防波堤は築かねばならん」

コーライル「奴等現地民は野蛮だ、ただちに侵略しよう」

アクアン「にひひ、侵略戦争ってわけだな。まあ、あいつらの土地はいらねーけど」


凶戦士「この土地はオレらのモンだ!!」


黄色い目を見開き、長い舌を暴れさせて、竜人は高々と叫んだ。


二足歩行に簡素な鉄板の鎧を纏った軽めの装備。

それらの点を除けば、風貌はトカゲに近いだろうか。

他にも様々な爬虫類属とおぼしき顔をもった竜人達が、群れるようにまとまりながら立ちふさがっている。

この礫や石だらけの道の先へ、“彼ら”を進ませまいと。



タイラー「ぁああん?聞こえねぇなあ?誰の土地だって?」


彼ら。つまりヒューマノイドは、立ちふさがる竜人、ドラゴノイドと対するように、いかつい顔を並べて向かい合っている。

ヒューマノイドの先頭に出てきた男は、巨大な鋼の拳に改造した腕を地面に叩きつけて威嚇する。

地面は小規模なクレーターを作ってしまっている。



凶戦士「ここは元々オレらドラゴノイドの縄張りだった、なぁ!?」

彼の仲間は首を縦に振る。


タイラー「ヒューマノイドの場所だろ?よう、みんなァ!?」

彼の仲間も首を縦に振った。


綺麗な平行線を辿る領土争い。

トラブルの発端は、大爆発の衝撃による山の土砂崩れである。


竜人ドラゴノイドと機人ヒューマノイドは、長く敵対関係にあった。

爬虫類やドラゴンのような特徴を身体に持ち、“勇者はドラゴンになれる”という伝承を信じるドラゴノイド。そして身体の一部また全てをサイボーグ化することによって“誰よりも強く”なろうとするヒューマノイド。

かけ離れた肉体をもつ両種族だが、彼らがいがみ合う理由はひとつ。


“相手が強いから”だった。



凶戦士「ンだとコラァアァア!!」

タイラー「やんのかァ!?ぉおおぉおッ!?」


トカゲの戦士は鋼鉄の爪を。

機人の戦士は巨大な鉄の拳を突き出した。



凶戦士「ぐぼっ!」

タイラー「げあっ!」



一歩早く敵の胸元に届いた爪に、質量では勝っていた機人の拳の威力は減衰した。しかし既に振られた拳の威力は細身のドラゴノイドの顔面を見事にひしゃげさせていた。

つまりは丁度良く発生した、気持ちいくらいベタなクロスカウンターだった。



「「「ヒューマノイドのチキン共なんてやっちまえぇえええ!!」」」

「「「竜を騙るイモリなんざ黒焼きにしてやらぁあああ!!」」」



二人のいがみ合いを見守っていた両勢力の者達も、咳を切ったように乱闘を始めた。

そもそものポテンシャルが高いドラゴノイドと、機械で強化された人間。



まだ昼ではあるが、今日で6度目の乱闘騒ぎである。

ジョー「まぁまぁ、おらテメーらどけ、邪魔だ」


乱闘も熱を帯びた頃、ヒューマノイド達を掻き分けるようにして男が現れた。

ほぼ全身がサイボーグ化された、頭部の黒髪のみが肉体の面影を残す男だ。


ドラグ「道を開けろ、さあ」


それとほぼ同時に、ドラゴノイドの群れからも一体の竜人が歩み寄ってきた。

血のように真っ赤な体表には軽い金属の鎧があしらわれ、刃のついた長い杖を持った全体像は、司祭を思わせる。

何よりも、他のドラゴノイド以上に頭部がドラゴンに近いことが威厳を放っていた。



ジョー「…」

ドラグ「…」


向かい合う二人。乱闘騒ぎに参加していた両勢力はいつの間にやら静まって、ピリピリと痺れる緊張の対面を見守っている。


ドラグ「…さて、この土地は我々ドラゴノイドがかつて演習に使っていた場所だ。こちらの蛇革の帳簿に記されている」

ジョー「奇遇だ、おれのじーさんの遺した帳簿にも、ここはヒューマノイドの射撃場として使われていたとある」


両名とも帳簿を見せつける。

二人は互いの帳簿を交換して、中身に黙って目を通す。


ドラグ「偽りはないようだ」

ジョー「こっちもな」


そして返却。互いが互いの目を見る。



ドラグ「演習場ならば日替わりの交代制で構わないだろう」

ジョー「だな、領地折半じゃ誰も得しねぇ」

タイラー「お、おい!交代制だぁ?折れたってのかよおい、ジョー!」

チョイヤ「俺らの場所だろ!?なぁ頭なんざ下げる事も、手ェ結ぶこともねーだろ!?」

ジョー「うっせえ!」


一括。岩場によく響く声だ。

それっきり黒髪のヒューマノイドの取り巻きたちは、何も言えずに参ってしまった。




凶戦士「どうしてあそこで譲っちまったんだよ!正しいのは俺らだろうがっ!」


一方ではトカゲが涎を飛ばしながら憤慨していた。

周りの竜人の者も同じような心持ちだ。どうも収まりつかないという風である。


ドラグ「ヒューマノイドが出した帳簿にも嘘偽りはない。昔からヒューマノイドも、もちろんドラゴノイドも使っていた場所だったのだろう」

凶戦士「ぐぐ、だからって…」

ドラグ「他者の領地に下心をもって踏み入り、かつ邪にもわが物にしようなど、それが龍の誇りか?」


「「「……」」」


竜人のみなが黙る。龍の誇り。その言葉には弱い。


ドラグ「精進するのだ。皆も、当然我も」

ホーバス「よう、お疲れ」

ジョー「早いな、よう」


いつもの酒場に二人はいた。

相変わらず店内はうるさいし薄汚いが、そんな雰囲気こそジョーは好きだった。


酒場ではヒューマノイドだけでなく、オレンジ色の毛玉のような種族“マシンイーター”も騒いでいる。

奥のテーブルにはドラゴノイドの集まりもいたが、いちいち目くじらは立てない。

酒場では誰だろうが、喧嘩をするかしないかが全て。種族は関係ないのだ。



ジョー「んじゃエールを」

「あいよ」


いつものカウンター席。

自分専用の席だと数年前に付けた“J”の傷は、未だテーブルに残されている。



ホーバス「…へっ…んじゃ、仲裁おつかれ!」

ジョー「サンキュー」


ぶつかる真鍮のジョッキ。

酒が踊る。

ホーバス「前々からといやそれまでだが、近頃は特に多いな」

ジョー「ん?」

ホーバス「抗争さ。絶えるもんじゃねえことは知ってるが、大地震以降は特にひっきりなしだ」

ジョー「…家屋、山肌…大した被害が出なかったとはいえ、いくらかの土地が引っ掻き回されたのは確かだからな」


残り一口のエールをぐいと注ぎ込む。


ジョー「みんな自分の領土を広げたいのさ」

ホーバス「それだけかね」

ジョー「…というと」

ホーバス「俺にはただ単に、奴等の火が燻っているようにしか見えんね」


ジョー「燻ってる、ね」

ホーバス「あいつらは何かにつけて暴れたいだけなのさ、その相手がいねぇ」

ジョー「くだらねぇ」

ホーバス「先の地震で家を壊された奴だっている、溜まってるんだ、怒りってやつがな」

ジョー「ヒューマノイドとドラゴノイドが争って何になる?こじつけで火種を熾しゃ無意味な消耗戦の繰り返しだ、それがクソ以下のループってな、ドラゴノイド方のドラグだって解ってるぜ」

ホーバス「昔からのライバルみてぇなもんなんだ、互いに矛先を向けるには丁度良かったんだろ」

ジョー「……けっ…つまんねえよ、仲間内の喧嘩なんぞはよ」


一気に酒を煽る。


ジョー「ワイバーンの二、三匹でも暴れりゃいいのによ」

無垢「……朝か」


開かれた赤い目が最初に捉えたのは、木製の天井。

半球状にできた大樹内部の空洞はちょっとした高級な一室だ。

さらに内側には湾曲した板が隙間なく張られ、朽ち木と思わせない清潔感がある。

ビーストフォークにとっては多少の沸いた虫などは気にもならないが、スノーフェアリーはそういった点では敏感だった。

昨晩チャミリアに聞いた話では、あまりに虫が苦手だからと、自身を氷漬けにして寝る妖精もいるらしい。


昨夜は麻の毛布に包まれながら、「面倒な種族なんだな」とかなんとか考えてる間に眠りに落ちた。


無垢(…外は騒がしくない)


赤い目の小猿。

彼の名前は無垢の宝剣(イノセントハンター)。

スノーフェアリーの長、吹雪の精の頼みで、昨日からこの集落にいる。

獣人であるイノセントハンターは本来住み分けるべき種族だが、特例中の特例だ。

ギィ


古い木のつがいが間抜けな音を鳴らして戸を開いた。

幹の一室は高床式の根の上にあるため、外の景色はやや高めの位置から見下ろすものとなっている。


低めの樹や草がある程度まで見渡せる、やはり高級な場所だったのだろう。


無垢(貸してくれた妖精達に感謝しなくては)パシッ


両手を合わせて目を閉じる。ひとつの感謝。そして深呼吸。


無垢(…昨日は吹雪の精に言われてここに泊まった。あと二日は泊まらなくてはならない)


平和なフィオナの森を襲った突然の闇の軍勢が思い返される。

おびただしい数のキマイラ達。生きているはずなのに生きた目をしていなかった。正直、恐ろしい生き物だと感じた。


彼らはなんのためにフィオナの森を襲ったのだろうか。



「おー!獣人が起きてる!やっと起きてきたかお寝坊さんめ~!今何時だと思ってるんだー?ひとんちを勝手に使っておきながら悠々なもんだねまったくー!」

無垢「……」


真上から声が聞こえた。


よく見れば、今イノセントが居る幹の部屋の真上にも同じような幹の部屋が設けられていた。


「しっかし空き部屋無いか?だってあの如水だか水如だかしらないがマセ巫女めぇー!霊符の借りがあるっていってもこんなタイミングで使わなくったっていいのにさ!ほんとケチだよねあの子!もうやんなっちゃう!」

無垢「……」


うるさい。その一言だけがイノセントの頭の中にあった。


未だぺちゃくちゃと喋り続ける妖精の少女はゆっくりと下降し、猿人の子と同じ目線に立った。

と思えば、なにやら顔が近い。イノセントと少女の顔は数センチの距離を保って近づいている。


「くんくん……あれ?あんたあんまり臭くないねー、そんなに毛むくじゃらなくせに。ビーストフォークって汗臭くって肉臭くって土臭いのばっかりだと思ってたのに、なんだか新しい発見って感じだよ!でもやっぱり見た目は不潔そうだから触りたくはないねー、あっはっは!」

匂いを嗅いでいたらしい。


無垢「…この家は」

「そう!私の家だよ!両方ね!あ、あたしの名前はオチャッピィっていうから!オチャッピィだよオチャッピィ!覚えた?覚えないんだったら何回でもあんたの耳元で大声で言ってあげるから安心してね!そのおかげでこの森であたしの名前を知らない妖精なんか一匹もいないんだ!へへへすごいっしょぉ!」

無垢「すごいな」


割合の偏った会話の応酬は数分だけ続いた。

コートニー「起きた?ビーストフォークは睡眠が長くて不便ね」

オチャッピィ「出たなマセ巫女!」


根元から浮かび上がってきた少女によって会話は終わった。

オチャッピィとうるさく名乗った少女はやけに彼女にかみついているが、コートニーは澄まし顔で終始受け流す形でいた。

大人だなとイノセントは思った。


コートニー「イノセントハンター、昨日はよく眠れた?」

無垢「ああ、干し草よりも眠りやすかった」

コートニー「…そんなところでいつも寝てるの」

オチャッピィ「げぇーっ、やっぱりビーストフォークって野蛮な感じー!干し草なんてあたし十分も寝てらんないよ!」

コートニー「種族が違ければ文化も違うの、私たちが特殊なだけなのよ」

オチャッピィ「えー!?火山の近くに住むヒューマノイドは私たちと同じような見た目してるし、同じ風にして寝るって聞いたよ!?ほんとほんと!」

無垢「ヒューマノイドか…火山…」

コートニー「今は大災害の影響で、向こうで何が起こっているのかはわからないけどね」

オチャッピィ「きっとどこもてんてこ舞いだよ!あ!もしかしたら向こうの方も闇の魔獣達に襲われてたりしてね!?物騒な世の中になったもんだよねぇほんと!」

無垢「……」


火山地方。フィオナの森があまりにも広いため、それより外の世界など特に考えることもなかった。

森の外の世界ではどのような種族が、どうやって生活しているのだろうか。

大災害による影響はどこまで響いているのだろう。

何者かによって襲われてはいないだろうか。


コートニー「向こうの事は向こうの事よ、今は妖精の森、フィオナの森が第一」

無垢「!」

コートニー「イノセントハンター、あんたは妖精の森を救った。でも吹雪の精の力が完全に覚醒するもうちょっとだけ、ここに居てもらいたいの」

オチャッピィ「うんうん!」

無垢「…俺でいいのだろうか。銀髪団には俺よりも、もっと…」

コートニー「これは無垢の宝剣を持つイノセントハンターにしかできないことなの、自信を持ちなさい」

無垢「…わかった」


優しく微笑みかけるコートニーは、まるでイノセントの良い姉のようであったという。

ってオチャッピィは妖精の森全域にくっちゃべって回った。数分で。

どこかへ気ままに飛んでいったオチャッピィを見送った二人は、春の陽気の下をゆっくり歩いていた。

普段は結晶に乗るコートニーも徒歩だ。


コートニー「妖精の捜索隊が昨晩のうちに魔獣達の出所を特定してね、やっぱり闇の淵からだって」

無垢「闇の淵…」

コートニー「フィオナの統治の外だから、淵が今どうなっているのかはわからないけど、これまで地上へ乗り出した事なんて無いから、原因はなんともね」

無垢「淵にはあんな生き物が沢山いるのか」

コートニー「んー…」


彼女も考え込む。

闇の淵の話は伝承ではよく聞いていたが、決して詳しくはない。

フィオナの森の住人も闇の淵の住人も、長いこと不可侵の住み分けを続けていたからだ。



コートニー「…私たちに対して友好的じゃないことは確かよね」

無垢「……」

コートニー「とりあえず近付いたら突ついときゃいいのよ」


現状はそれしかなかった。

春の花を踏まないように歩いた先に、木々のない拓けた野原が現れた。

昨日の氷の広場を冬の広場と名付けるならば、ここは春の広場と呼ぶのが正しいか。

芝のように背の低い草は綺麗に生え揃い、暖色の小さな花が幾つも咲いていた。


イノセントハンターは思わず鼻を利かせてしまう。


無垢「良い香り、綺麗な場所だな」

コートニー「ここで休みましょ、脚が疲れちゃった」


少女が小さな切り株に腰を降ろすのを見て、イノセントハンターはそのまま野原に座り込んだ。


コートニー「あ~…マナ節約なんてせずに乗っとけば良かったかしら…」

無垢「…」


細い脚をなでさするコートニーを見て、子猿は思う。

転んでしまったら折れそうだ、と。

無垢「コートニー、俺らはどこに向かってるんだ」

コートニー「ん?氷精のツンドラよ、当然…」


唇が止まって、顎に手を当てる。

碧の視線は左下。


コートニー「そっか、何も言ってなかったっけ」

無垢「何も聞いてないけどついてきた。ツンドラってなんだ?」

コートニー「うん、今から話すわ、ごめんね」


わざとらしい小さな咳払いをひとつ。


コートニー「スノーフェアリーには二種類いるっていうのはわかる?」

無垢「人と雪ダルマか?」

コートニー「そ。オスは雪の塊のような見た目で、メスは私のような人型をしてるの」

無垢「両方見たぞ」

コートニー「女のスノーフェアリーのほとんどは騒がしいし、お喋りが大好きだから良いんだけどね、男の方は無口なの」

無垢「……」


以前に会ったポレゴンの姿を思い浮かべる。

「そうか?」と首を傾げたくなった。


コートニー「スノーフェアリーは、性別が異なれば見た目や性格まで大きく変わってくる…司る季節もね」

無垢「季節…」

コートニー「あくまで傾向だけどね?オスなら冬寄りでメスなら春寄りって感じよ」

無垢「コートニーは?」

コートニー「私なんかはバリバリの春ね、範囲は広いからなんともいえないけど」

無垢「春か、冬かと思ってた」

コートニー「…なーんか、悪気なく言われると逆にむかつくわ…」



コートニー「…そんな色々な理由があってね、同じスノーフェアリーでもオスとメスの関わりって深くはないの」

コートニー「私ら女のスノーフェアリーは会話が好きだから昨日の事件や…あなたの事も、既に妖精に知れ渡っているはずよ」

コートニー「でもオスは別…お喋りが好きなフェアリーが少ないらしいし…そもそも喋れるか怪しい奴も多い」


コートニー「だから私らは、オスのフェアリーに“無垢の宝剣”についての報告しにいってるわけよ」

無垢「無垢の宝剣…」

コートニー「偉いフェアリーともなれば伝承を知ってる奴もいるからね、教えておかないと後々に拗れちゃいそうだから」


切り株から立ち上がり、尻についた木屑を払う。


コートニー「…さあ、そろそろ行きましょうか」

無垢「おう」

コートニー「ツンドラは寒いわよ、私は平気だけど、あんたはその格好で大丈夫?」

無垢「全然大丈夫」

コートニー「よし、良い子」


少女の足元に氷の結晶が現れた。

コートニー!コートニー!コートニー!コートニーぅぅうううわぁああああああ
ああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!
コートニーコートニーコートニーぅううぁわぁああああ!!!
あぁ!クンカクンカ!
スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…薫薫
んはぁっ!コートニーたんの艶やかな黒髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!筆髪モフモフ!メタモフ…ウィン、ウィィィイン!!
エキスパンション13弾のコートニーたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
再録されて良かったねコートニーたん!あぁあああああ!かわいい!コートニーたん!かわいい!あっああぁああ!
甲壱さんに全体画描いてもらえて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!カードなんて現実じゃない!!!!あ…イラストもSSもよく考えたら…
コ ー ト ニ ー ち ゃ ん は 現 実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!デュエマぁああああ!!
この!ちきしょ開闢 !やめてやる!!遊戯王なんかやめ…て…え!?見…てる?イラストのコートニーちゃんが僕を見てる?カードのコートニーちゃんが僕に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!僕にはコートニーちゃんがいる!!やったよエリクシア!!ひとりでできるもん!!!
あ、裏スリのコートニーちゃああああああああああああああん!!ちんとんしゃぁあああああああああああああああん!!!!
あっあんああっああんあグレゴリア様ぁあ!!メ、メガリアー!!ユリアぁああああああ!!!ファイアーソーサラぁあああ!!
ううっうぅうう!!俺の想いよコートニーへ届け!!自然文明のコートニーへ届け!


小さなコウモリの群れが放たれ、森へ散ってゆく。


「おらおらどけ、おいらが先だ!」

「なにをぅ!?俺が一番乗りさ!」

「仕事だ仕事だ!いそげぇ!」


否、コウモリではない。

羽を生やした、小さな悪魔である。

闇の使い魔・ガーゴイル。ダークロードのしもべだ。


ガーゴイルたちは自身の体の何倍もある革の袋を持ち、重さにふらつきながらも飛んでいた。

命令は「より遠くへ」。「より疎らに」。


袋の中身は、闇の世界ですら危険物扱いの“パラサイトワーム”の幼虫。

成体となるまでは豊富なエサとしばらくの時間がかかるが、その害の高さは計り知れない。


フィオナの森が不毛の地になろうが知ったことではない。

その上での作戦に間違いないだろう。

「ワームをぶちまけろ~!」

「あばよ~美しきフィオナの森~!」


小悪魔達が高い笑い声をあげながら袋を縦横無尽に振り回し、袋からはバラバラと小さな虫が飛び散ってゆく。

様々な色合いのそれらは柔らかな土の中へと潜り、すぐに姿を消した。小さな幼虫にとっては、多少の陽射しも命取りなのだ。

用済みとなった空の袋はぽいっと棄てられ、ガーゴイル達は主のもとへと帰ってゆく。

その場は一見して何も残らず、何も変わらない森の風景だけとなった。



数日後、その風景は悪夢へと変わる。

天空。

地上の大災害など一切の影響もない風に平然とそびえる天空の塔。

小型戦闘機のような体の光の住人が編隊を組み、今日も空の状況を観測している。



≪エリアR-56、異常無し≫

≪警備を続行する≫


風を切り、彼らは消えて見えなくなった。

異常は察知していない。

疎らに立ち並ぶ大きな針葉樹は行く手をほんの僅か煩わしい程度に隠すが、スノーフェアリーにとっては通い慣れた道である。


雪の上の十数センチを滑るようにして進む、結晶に乗ったコートニー。

灰色の幹を力強く蹴りながら、雪を踏まずに木々を足場にして彼女の後を追う子猿、イノセントハンター。


コートニー「身軽でいいわね、羨ましい」

無垢「コートニーのそれのが良さそうだ」

コートニー「これはほんの少しだけどマナを使っちゃうのよ、常に出せるもんじゃないの」


二人がツンドラ地帯に踏み入って数分が経った。両者とも疲れは見られず、口を開く余裕すらあった。

むしろ異文化をもつ相手との話に華が咲いていた。


ところが楽しい時間はすぐに流れてゆくもので、



「お?春のフェアリーが来るなんて珍しいモン?」

コートニー「あら、居た居た」


用事は本題へと移ってゆくのだった。

「ん?隣にいるのはビーストフォークじゃないかモン!何故ここにいるモン!」ブンッ


二人の前に立ちふさがっていたのは、有り体に言えば大きな雪ダルマ。

体長2mを超える真っ白な雪の体。頭部には目がなく、巨大な口だけがある。

手には眺めの武骨な杖が握られ、先端に硬そうな氷塊があしらわれている。


あの物騒な杖で殴り、弱ったところで大きな口で獲物を一呑みにする。間違いない。イノセントハンターはそう思った。



コートニー「滑降妖精のガラボンね、久しぶり。これにはちょっと込み入った事情があるのよ」

ガラボン「モン?よく見たらお前は如水の巫女じゃないかモン、ポップルの友達の友達なら信用できるモン!」

コートニー「こいつと友達になった覚えもポップルと友達になった覚えもないけど…ま、話が早くて助かるわ、集落に案内してよ」

ガラボン「モ~ン!」


肯定の返事らしい。

雪だるまの後頭部を飽きなく眺めて数分もすれば、雪のドーム…いわゆる“かまくら”が林立する広場にたどり着いた。

真っ白な景色に溶け込むようにして、案内役を務めたガラボンのようなスノーフェアリーもちらほら見える。


ガラボン「着いたモン」

コートニー「ありがとう」

無垢「すまない」

ガラボン「礼儀正しいビーストフォークだモン?じゃあガラボンは失礼するモン」


語尾が無ければ結構様になったカッコいい妖精なのかもしれない。とイノセントが考えている間にガラボンは見えなくなった。


コートニー「私からはぐれないで、スノーフェアリーの関係者って風に歩いてよ」

無垢「?」

コートニー「あんた単独で歩かれると、妖精達に袋叩きにされるかもしれないでしょ」

無垢「そ、そうか、わかった」

集落の長「如水の巫女が冬の妖精に何の用だモン」


柔雪の上座に座る氷精は他の個体よりも一回り大きく、声も一段階ほどハスキーに感じられた。

そういう要因もあり、あまり歓迎しないような口振りは結構な威圧感を湛えている。


コートニー「お聞きしたい事は二つあります」

集落の長「モン」

コートニー「昨日の魔獣襲来についてはご存知ですか」

集落の長「話には聞いているが、我々には興味のない事だモン」


イノセントは内心静かに驚いた。

自分と同じ種族が襲われているのに、まさか「興味がない」と来るとは。


集落の長「聞きたい事のもう一つはなんだモン?」

コートニー「“無垢の宝剣”」

集落の長「モ!」

無垢「…」

集落の長「……!まさか…」

コートニー「ええ」

コートニー「救世主イノセントハンター、そして無垢の宝剣の伝説、彼が現れたという事はつまり…」

集落の長「災い…」

コートニー「この獣人の子は無視できない、ってことです」


流し目で子猿を見やると、猫背で胡座をかいている。普段は姿勢の良い彼も、少しだらしなく構えるとやはり猿に見える。



コートニー「如水の巫女たる私が確認しました、間違いはないです」

集落の長「…災いとは一体なんだモン?こんな小さなビーストフォークに、一体何ができるというんだモン?」

コートニー「まぁ確かにパッと見じゃ疑わしいけど……少なくとも彼は昨日、私達春の妖精を救った…」


コートニー(災厄って何なんだろう。闇の魔獣?大地震?…まだわからないわね)

集落の長「……わかったモン、如水の巫女が直々に言うなら間違いないモン」

コートニー「ん」

集落の長「それで、我々はなにをすれば良いんだモン?イノセントハンターの護衛でもするのかモン?」

コートニー「この子は自分の身は自分で守れるから、集落に何かあったら狼煙でもあげてほしいんです」

集落の長「我々は手助けされる側、ということかモン」


長は指で頭を掻いた。雪がこぼれる。


コートニー「定期的に“秋らへん”の森に人を遣わせて、互いに情報交換しましょう」

集落の長「良い案だモン」


二人のフェアリーの静かな会合はすぐに終わった。

雪だるまの長は「他の者にも伝える」ということですぐに出ていったので、イノセント達は来て早々に帰る事となった。

コートニー曰く、もっと疑われるのかと思ったということ。思いの外早く相手が伝説の存在を認めてくれたので話は速やかに進んだらしい。



無垢「フィオナにも報告するべきなんじゃないか」

コートニー「ええそうね…ていうか、フィオナ“様”でしょ」

無垢「? フィオナはフィオナだ」

コートニー「……」


頭巾を掻く。ちょっと大人しいとはいえ、この子猿もやはりビーストフォークか。

少女はイノセントの知能レベルの認識を更に下方修正した。


コートニー「…フィオナ様はこの森全てを司る主、あらゆる自然の長…わざわざ報告するまでもなく手に取るように解っているとは思うけれど…」

無垢「俺の母や銀髪団にも伝えたいんだ、フィオナに伝えれば、きっとみんなにも伝わるから」

コートニー「ああ、家族がいるんだっけ…そうね、それなら心配させないように言っておくのもアリか」



とりあえず二人はツンドラを出ることにした。

春の森の土を踏む頃には既に夕時になっていた。

春の森へ戻ってきた。

少し歩くだけで気温が変わるのだから、妖精の森とは実に不思議な場所だ。


オチャッピィ「え~?私がフィオナ様に伝言?」

コートニー「そ、こういうのは得意でしょ」


春の森へ戻ってきてすぐ、コートニーは一番活発そうなフェアリーをつかまえた。

相手は今朝がた会ったお喋りなフェアリーだろう。寝床も貸してくれた親切な相手だ。


オチャッピィ「良いけど貸し1つだかんね、如水の巫女!フィオナ様の周りはどことなく落ち着いたマナでみんなは心地良いらしいけど、あたしからしてみりゃ息が詰まりそうになっちゃうからさっ!」

コートニー「はいはい、よろしくね」


微笑んで軽く受け流した。

4ターン目、無垢の宝剣召喚

5ターン目、無垢の宝剣を究極銀河ユニバースに進化、
攻撃して進化元の無垢の宝剣を墓地に

6ターン目、究極銀河ユニバースをさらに究極銀河ユニバースに進化させて攻撃、究極銀河ユニバースの効果により究極銀河ユニバースる

イノセントハンターは再び家主の居ない部屋に戻っていた。

普段から野性味溢れる生活を送っているビーストフォークにしては綺麗すぎて勿体無い部屋だが、貸した本人が快く許可してくれたのだ。甘えよう。

何より今は自分だけでなく、コートニーもいるのだから。


コートニー「えっとブリザード様には直接聞いたし、冬のフェアリー達にも伝えたー、で今からオチャッピィがフィオナ様にも報告するしー…」

無垢「…」


ベッドに腰掛けながら、細い指を折って虚空を数えている。


無垢「コートニーは親切だな」

コートニー「ん?」


それはイノセントハンターの心からの感想だった。


無垢「ずっと俺に付きっきりでいるし、スノーフェアリーのみんなのために働いてる…親切だ」

コートニー「別にそんなんじゃないわよ、役目なんだから」

無垢「役目?」

コートニー「そ」自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

コートニー「如水の巫女の役目は、如水の祠を、そこに奉られる“無垢の宝剣”を守ること」

無垢「ニョスイの巫女ってコートニーのことか」

コートニー「そ、私だけしかいないわ…如水っていうのは薫風が吹ける季節のことでね、薫風の妖精は私ひとりだけ」

無垢「すごいのか」

コートニー「…みんなそれぞれ役目が違うからなんともいえないけどね」


微笑んで子猿を指差す。


コートニー「でも、イノセントハンター。あなたが無垢の宝剣を引き抜いたおかげで、私が受け継いだ伝説は大きな価値を見出したわ」

無垢「…」

コートニー「如水の巫女の役目である“如水の祠”を守ること…それは、イノセントハンターが無垢の宝剣を抜いたことによって全うされたの」

無垢「もう役目が無い?」

コートニー「癪に障る言い方ね、それ…んなわけないでしょ」


コートニー「その無垢の宝剣を守ることが如水の使命なら、あんたがその剣を振り回してポッキリ折らないように見張ってなきゃダメでしょ」


冗談を含めた言い方だったが。


無垢「大丈夫、頑丈だから俺の力じゃ折れない」

コートニー「ふふふっ」


子猿はそのままに受け止めたらしい。

巫女の少女には、どこか抜けた彼の能天気さが面白かった。

フィオナは森を歩いていた。

ホーンビーストやビーストフォークからの連絡はないので、今現在交戦中という事はないだろう。それは喜ばしい事だった。

しかしキマイラの一陣目から何も音沙汰が無いのは不気味だ。森の様子を観察してみても異変は見られない。



フィオナ「む?」


そんな彼に、知らせはやってきた。


オチャッピィ「あーフィオナさまだ!いたいた!も~探しましたよ~」

フィオナ「イノセントハンターの遣いか」

オチャッピィ「…あれっ?知ってる?」

フィオナ「やはりか。獣人の子は元気にしておるか?」

オチャッピィ「無口だけどきっと元気ですよ~」

フィオナ「なによりだ……で、伝えたい事とは?」


―――


お喋りな妖精の色々交えた説明が一段落つくと、フィオナは満足そうに息を吐いた。


オチャッピィ「あと獣人が“銀髪団に無事を伝えてほしい”って」

フィオナ「ははは、なるほどな、良いだろう」


自らの母の安否は疑わないところがなんとも彼らしい。


オチャッピィ「如水の巫女はフィオナさまに直に会いたがってましたよ~?」

フィオナ「こちらの望むところだが、今はここを離れることは叶わん」

オチャッピィ「ありゃ、如水の巫女もしばらくは妖精の森から出られないのに」

フィオナ「彼女には手間をかけさせるが、しばらくは無垢の宝剣の世話をしてやってくれと伝えてほしい」

オチャッピィ「あっはっは、大丈夫です!もうすっかり獣人の“お姉さん”ですからっ!」



フィオナ「…!」

オチャッピィ「ん?フィオナさま、どーかしました?」


巨大な鹿のヌシも当然、異変に気付く。

角だらけの重い体を持ち上げ、鼻を高くあげる。


邪悪な涎の香りがした。


フィオナ「いかんな、ツギハギの魔獣よりも危険な存在だ」

オチャッピィ「え?なになに?何か感じ取ったんですか?」

フィオナ「先触れを頼むぞ、天真の妖精よ。フィオナの森に新たな危機が迫った」

オチャッピィ「…!チョソレテドユコトデスカフィオナサマクワシクセツメシテクダサイ!マタアノマジュガオシヨセルンデスカソンナノヤデスヨ!」

フィオナ「済まぬ、おぬしの圧縮言語は我には聞きとれぬのだ」

オチャッピィ「! 一体どうすれば!?伝えればよいということですか!?」

フィオナ「フェアリーに伝えるのだ、ビーストフォークやホーンビーストには我が伝える、今すぐ頼む」

オチャッピィ「は!」


はきはきとした真面目な返事と共に少女はその場から一目散に飛び立っていった。


フィオナ「急激な成長を感じ取らなければ、我も気付けなかっただろうな…まったく、恐ろしい生き物を使う!」


闇の世界からの軍勢、その第二陣。もはや偶然とは呼べまい。

コートニー「……」

無垢「……」


コートニーが巫女装束のまま椅子で眠っているのを横目に、子猿は未だ寝つけなかった。


柔らかな寝床の上で――ただし暑苦しいと毛布はかけず――今までの出来事を反芻する。

傍らに置いた石の大剣。

親切にしてくれるスノーフェアリー達。

闇の淵より来たという魔獣。


かつての散歩や探検に明け暮れる日々とは少し違った、スリリングな日々が自分の中で始まっている。


銀の戦斧(シルバーアックス)の名をもつ母からは優しく気ままに、甘やかすわけではなかったがそれこそ自由に育てられたものだ。

それに対して“銀髪団”からは甘ちゃんだと陰口を叩かれていたことも知っている。


そんな自分がフィオナの森を救う。

ちょっと、信じられない。

無垢「!」


野生の耳がドアの向こうの音を察した。

風を切る音だ。


「たいへん!敵襲よ!」

コートニー「っ!?」


穏やかではない叫びに、椅子で寝ていたコートニーも飛び起きた。


チャミリア「二人とも外に出て!」


結晶に乗ったままの姿のチャミリアが慌てた様子で入ってきた。

尋常ならざる事態に疑いはもたなかった。



コートニー「何があったの?」

チャミリア「オチャッピィがいうには“邪悪な生物が押し寄せる”って」

コートニー「嘘じゃないでしょうね」

チャミリア「当然、フィオナの言葉よ」

コートニー「…わかった、すぐに出る!イノセント、準備して」

無垢「終わってる」

コートニー「……よし、行くわよ」

外へ飛び出したイノセントハンターは木の根の高床から飛び降りた。


コートニー「わ」


人間であれば脚を折る高さでも、ビーストフォークにとっては段差に過ぎない。


無垢(フィオナが俺の中に力を見たのなら、俺は持てる全てを尽くす!)


着々と同時に握る大剣を大地へ突き刺した。

身の半分まで地面に潜り込んだ透明の刃だが、子猿の意図と反して何も起こらない。


無垢(…この前は地面に突き立てたら“吹雪の精”になれたのに…)


深く刺さっているが何も起こらない。

妖精の森を守るためには、吹雪の精に変身しなければならないのに。


コートニー「どうしたの?」

無垢「わからない、吹雪の精に変身できない」

コートニー「…姿を変えるには条件があるのかも…前にはできたんだから、大丈夫よ」


子猿の肩に手を触れる。


コートニー「とにかくいきましょう」

子猿「…ああ」

吹雪の精の力があれば、敵がどれだけの軍勢だろうと関係なく圧倒できる。

使えるものであればすぐにでも変身したかったが、他人の能力だ。そこまで万能なものではないのだろう。

今は使えない。受け入れて、ひとまず立ち向かう他はなかった。



無垢「いざとなれば普通に“剣”として使う」

コートニー「私が使った方がまだ様にはなるかもね」

無垢「そこまで下手じゃないはずだ」

コートニー「どうだか?」

チャミリア「もっと緊張感持ちなさいよぉ!」



平和なやり取りは魔獣の鳴き声が轟くまで続いた。

「ギョオオォォオオ!」

無垢「!」


聞いたこともない不吉な怪音が響き渡る。

身の毛もよだつ叫び声は、すぐ近くから聞こえた。


コートニー「もう既に近くまで!?」

無垢「ここまでの妖精はやられたのか!?」

チャミリア「そんなことない!はず…!私がいた時にはまだ」

「ギョオオオオッ!」


再びの叫び。今度は更に近くから聞こえたが、同時に具体的な位置も予想できた。


無垢「…!土の中!」


声の出所は地面。

フェアリー達には難しくとも、イノセントハンターだけは野生の嗅覚と聴覚で、敵の動きを看破できた。

敵は地中に潜り、進んでいる!



「何故変身できないのか、ってまぁ当然の疑問だろうね」

無垢「!」

「簡単さ、“そういう作りになっている”、理由はこれだけ」

無垢「…吹雪の精にはなれない…?」

「今はまだね、一度成った対象に再び“進化”するにはある程度の時間が必要だ」

無垢「俺はどうすれば?」

「こっちに振る?それは自分で考えてくれよ」

無垢「俺は…強くなって、妖精の森を守らなければならない…」

「ふむ?守るだけか、なら簡単なんじゃないかな」

無垢「簡単?」

「そこを守れるだけの存在を願って、それに成ってしまえばいいんだ」

無垢「…妖精の森を守れるだけの存在…」


無垢「フィオナの森を守れるだけの存在」




フィオナ「………」

無垢「!? 何故フィオナがここに!?」


突如イノセントの前に現れたのは、見間違えようもないフィオナだった。

嵐の中で悠然と立つその姿、偽物であろうはずもない。


フィオナ「無垢の宝剣、イノセントハンターよ、よくぞその剣を抜き放った」

無垢「……フィオナ、無垢の宝剣とは一体?何故フィオナがここに?」

フィオナ「我は無垢の宝剣の力によりここにいる、それが全てであるとは思えんか」

無垢「…わからない」


力なく首を振る。


フィオナ「森の主たる我ですら操ってしまう宝剣だ、お主はそれを手にしている」

無垢「……」

フィオナ「今は深く考える事もない…力を借りているものと思えばいい」



フィオナ「呼び出したのであれば、我を有効に使え」

無垢「…!」





イノセントハンターが叫ばなければ、敵の居場所などは知る由もなかっただろう。

理性を感じられない生物の叫び声は、微かに盛り上がった土からはっきりと聞こえる。

確かに聞こえていても、言われなくては気づけなかった。



チャミリア「コートニー!呪文!」

コートニー「わかってる!」


敵の位置がわかればあとは迅速だった。

闘いなど手慣れたもののように、チャミリアは杖を。コートニーは五色の珠を展開する。


迫る地面の隆起に息を呑む一瞬。


だが緊張の時は、あまりに意外な存在によって打ち破られた。



――力を貸そう。森のため。



フィオナ「おおおぉおお!!」


広く巨大な角が、地面をまるで砂糖のように掘り返し、一掻きで宙へ放り上げた。

舞い上がる土、草、石ころ、小さな木、そして身切れた異形のワーム。


全ては一撃の下、宙に舞った。

シャベルで柔土を突き刺し、放るような軽さ。

ホーンビーストの長の驚異の一撃に、フェアリー達が口を半開きにさせるのは仕方ない事だった。


チャミリア「な……」

コートニー「…すごい」


フィオナ「呆ける暇などないぞ」

コートニー「! フィオナ様!なぜここに…」

フィオナ「“無垢の宝剣”だ、詳しい説明など不要」

チャミリア「あのビーストフォーク、ブリザード様の次はフィオナ様まで!?」

フィオナ「構わぬ、全ては“イノセントハンター”に決定権がある」


巨体を震わせ、角についた土を払う。

パラサイトワームの臓物の破片も地に落ちた。


フィオナ「今、我が森で守りが弱いのは妖精の森のみ。ならば守るしかあるまい」

コートニー「守りが弱いって、言ってくれますね」

フィオナ「ダイヤモンド・ブリザード不在の今、スノーフェアリーに大きな力は無い」

チャミリア「その通りよコートニー、私達はブリザード様がいなくては脆弱な存在でしかない」

コートニー「わかってる、けどブリザード様の起床までもうすぐよ、それまで持ちこたえれば良い」

フィオナ「いかにも、だがこの問題、そう容易く終わりそうもない」


大きな足で土を踏む。

感触を確かめるように土に円を描き、再び踏み固める。


フィオナ「…場合によっては、他文明の力も仰がねばならんかもな」

コートニー「?」

鼓膜に厳しい怪音を発しながら、ワーム達は再び接近する。

枝葉を折り、根を砕き、森を蹂躙するが如き凶暴さで迫っている。



フィオナ「木々を食むならば、まだ森も寛容なもの」

フィオナ「だがお主らの体液は毒そのもの、通ったあとには何も残らぬ」

フィオナ「我らは護りの角、森の番人、我らホーンビーストの一族の名の下に……――許さん」



ワームの怪音など囁きかと嘲える程のフィオナの咆哮。

森の主にして、その木の葉を引きちぎるかの轟音に、フェアリー達は耳を塞いだ。


大地を震わす咆哮は、地中のワーム達を地上へと追いやるほどにまで苦しませた。

もはやワームのうめき声すらかき消える。

コートニー「…!ほんと派手な種族…!」


咆哮の衝撃波は布石でしかなかった。

フィオナの呼び声により駆けつけたホーンビーストの群れが、地を揺らしながら近づいてくる。

一瞬さえ鳴りやまぬ足音のドラムロールはどんどん大きくなる。



フィオナ「フェアリーよ、上に飛べ」

チャミリア「えっ?」

フィオナ「死にたくなければ、飛ぶのだ」

コートニー「早く!」


冗談めかさず叫んだコートニーは、既に飛んでいた。


チャミリア「ひい、一体何が起こるっていうのよ」

コートニー「すごい事でしょ」

数秒の地鳴りの後に、眼下を猛獣が埋め尽くした。

ホーンビーストの群れが現れ、大地を疾走しているのだ。

ただ駆け抜ける事により発生した土煙は地を覆い、唖然と口を開くフェアリー達の視界をたちまちに奪ってしまった。


チャミリア「想像以上にすごかったかも」

コートニー「そうね…」


土煙が晴れれば、そこには悠然と佇むフィオナの姿が。


フィオナ「同胞を喚んだ。ひとまずは安心だろう」

コートニー「ひとまず…」

フィオナ「闇の軍勢があのごときに留まるはずもない、ただの小手調べに過ぎん」


あの魔獣が小手調べ?

ゾッとする。

荒れた地に横たわるワームの残骸を横目に、


フィオナ「イノセントハンターによりやって来たが、我は帰らねばならん」


諭すような、穏やかな口調だった。


フィオナ「ある程度のホーンビーストにはここに残ってもらうよう頼んだが、我はゆかねば」

コートニー「とんでもない、我々フェアリーは九死に一生、フィオナ様のおかげで危機を脱することができました」

フィオナ「礼ならばイノセントハンターに伝えるがよい」

コートニー「…はい」


頭巾を掻く。イノセントハンターだって目の前にいるのに、改まって礼を言うのは恥ずかしかった。


フィオナ「……イノセントハンターには、しばらく親から離すことになり申し訳ないが」

コートニー「?」

フィオナ「無垢の宝剣イノセントハンター、如水の巫女コートニー、二人に頼みがある」


フィオナ「二人には火山地方へと赴いてもらいたい」

コートニー「か」

チャミリア「火山!?」


驚愕の声は白いフェアリーに横取りされた。

本人以上の驚きにはフィオナも面食らった。


チャミリア「スノーフェアリーが火山へなんて…!いえ!それより何故コートニーらがこんな時に!?」

フィオナ「火文明への遣いとしたいのだ、ホーンビーストにはできぬ役目だ」

コートニー「…種族柄、ですか」

フィオナ「支配種族が、しかも見た目は猛獣の我らが直々にヒューマノイドらの住まう土地に踏み入ることはできぬからな」

フィオナ「火山の麓には竜人の集落があるはずだ」


竜人。ドラゴノイド。

竜にて龍ならず。人にてヒトならず。

血気盛んで御し難い、暴れ馬のような存在だと聞く。


フィオナ「彼らの長に接触し、森の助力を請う」

コートニー「…しかしフィオナ様、彼ら火山の種族とは疎遠…願い出ても、上手くいくかどうか…」

フィオナ「急いで行かねばならん」

コートニー「……は」

フィオナ「説明する時間がない、すまんな…だが案ずることもないのだ、行けばわかる」

行けばわかるとは?意味深な言葉を残して、フィオナは薄緑の輝きに包まれた。


無垢「……」


後にはしげしげと自身の手を見つめるイノセントハンターが残された。

腰を抜かしたように地面に尻をつき、呆然と黙っている。


コートニー「……はあ」


ビーストフォークの子供が森の長に変身したことには未だ驚きを隠せないが、今はフィオナから直々に賜った遣いについてで頭がいっぱいだ。



チャミリア「…火山へ…行かなきゃね」

コートニー「当然よ、フィオナ様の言葉なんだから」


一息ついて、子猿に手を伸べる。


コートニー「立ちなさい、行くわよ」

無垢「……」

コートニー「なんだか長い旅になりそうだけど、あんたとの縁ってそれ以上に長そうな気がするわ」


イノセントハンターは右手を上着に擦り付け、コートニーの手を取った。

アクアン「にひ、視界良好」


モニターに映された景色は鮮明だった。

200度角を可視化させた映像にはまず静かな青い海面があり、遠くであろう奥には小さな陸が見えた。

今は小さい陸だが、近付けばあまりの巨大さに海の広さを忘れてしまうだろう。



ウォルタ「サイバーウィルスの接続が有効な今だけがチャンスだ、畳むぞ」

トロピコ「げるふぃっしゅを、まもらなきゃな!」

アクアン「にひひ、つっても今回の主戦力自体がゲルフィッシュなんだけどな」


サイバーロードの会議はやはり能天気だった。


シュトラ「ゲルフィッシュで包囲、その後リキッドピープル部隊で上陸、堤防の工作に入るわけだよね」

ウォルタ「ああ、海岸を打ち砕き岩を工面して堤防を作る」

アクアン「壊す量は“海岸”ってよりも“陸”までいくけどな~」

海原を埋め尽くす赤い目が、上陸可能な砂浜を視界に入れた。

だが付近に岩場はなく、岩石を採集するという目的を叶えるためには少々物足りない。


ウォルタ「…砂浜はだめだ、やはり岩場がいい」


サイバーウィルスの回路を伝って送られる映像は海中都市の深部へと届き、返事とばかりに指令を送り返す。



ウォルタ「よし、リキッドピープル部隊、上陸だ」

アクアン「にひひ~」

トロピコ「たまもってこ~い!」

シュトラ「…龍が出ませんように」

ウォルタ『よし、ではオペレーションを開始する、まずは手筈通りにだ』

「了解」

ウォルタ『海水温が高いせいでサイバーウィルスの耐久力が低くなっている、迅速にやれ』

「了解」


リキッドピープルが次々と岩石に乗り上げる。

空気は当然、海水よりも熱い。それでも彼らは自身の任務をまっとうしよううとした。


――ガラッ


岩石が動いた。

焼石を清水に落とした、という喩えでは生温い。

真に熱い物体と水が触れ合えば、爆発が起こるのだ。


ストーンザウルスと名付けられたクリーチャーが体内から噴出させた熱によって、周囲のリキッドピープルは一瞬にして水蒸気爆発を引き起こし、爆発は更に周囲のリキッドピープルを巻き込んだ。


結果として灼熱するストーンザウルスの周りからは生命が消え去った。

運良く近付いていなかったリキッドピープルが遠巻きに窺い、通信先のサイバーロードは顔色を更に青くした。



アクアン「……危険度Aだとよ、どうする?」

ウォルタ「…策を練ろう、退却は海中都市の死を意味する」

シュトラ「それにしても、不味いことになったね」

モニターを7分割し、現地の様相を多角度から見る。

暴れ狂う、全長7メートルはあろう熔岩の恐竜。

取り囲むリキッドピープル達を、まるで小蝿を落とすかのように消し去っている。


ウォルタ「…なんて高熱だ、これでは近寄ることもできないぞ」

エメラル「損害率が酷いよ、奴は無視しない?」

シュトラ「触らぬバカに祟り無しだよ」

ウォルタ「……無理だ」

アクアン「はぁ?あんなのぜって~無理だって、構うだけ時間と費用のムダ…」

ウォルタ「……ストーンザウルスが…増えた」



「「「…はぁ!?」」」

飛沫の柱が登り、岩石竜の咆哮が木霊する。

一体のストーンザウルスに気を取られたリキッドピープルの背後から、さらにもう一体のストーンザウルスが現れたのだ。


突然の強襲者に、尻尾を振るわれたうち半分の犠牲者は気付かぬままだった。


現地のリキッドピープルは挟撃に戦慄し、恐慌した。

相互信号がノイズで埋まり、指示を出すサイバーロード達をも混乱させる。

そうしている間にもストーンザウルスは一匹、また一匹と増え…。

いつしか、海岸はどちらが攻めているのかもわからない惨状となっていた。



ウォルタ「……対策を立てよう、このままではまずい」

シュトラ「アンチ・ストーンザウルスの種が必要だね」

トロピコ「つくるか!」

ウォルタ「頼めるか?トロピコ」

トロピコ「まかせてくれって!すぐにしあげるからな!」

トロピコ「はいはい!じゃあさっそくさくせんかいぎだ!」

アクアン「いえ~い」

ウォルタ「真面目にやれ」

エメラル「結局、どんな種を造るわけさ」

シュトラ「ストーンザウルスに単純なエネルギーで対抗するには、かなりの工夫が必要になるね」

トロピコ「パワーバトルなんてふるい!のうりょくこそすべてだ!」

ウォルタ「同意だな、単純なポテンシャルでは奴に勝てそうもない」

コーライル「特殊な役割を与え、ひとまず無力化させる」

シュトラ「決まりだね」

トロピコ「じゃあそれでつくるか~!」


ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ


トロピコ「でけた」

ウォルタ「うむ」
サーバを移転しました@荒巻 旧サーバ:http://vs302.vip2ch.com/

コーライル「種はサイバーウィルス、名前は“ステンドグラス”」

トロピコ「とくていしゅぞくのせいめいはんのうにたいして、すいりゅうやでんげきをはっせいさせるんだ」

ウォルタ「特定種族?汎用性はなさそうだな、量産にはコストがかかりそうだ」

コーライル「追加情報を入力した個体とドッキングし、共有できる」

シュトラ「使えそうだね」

トロピコ「がったいはさいこうだぜ!」

ウォルタ「よし、早速ステンドグラスを投入しよう」

しばらく待っていると、空から一匹の影が近付いてきた。

翼がある所を見るに、鳥だろう。


無垢「あれに乗るのか」

コートニー「ええ、飛竜の縄張り近くまでは、悠々と空の旅よ」

チャミリア「楽しすぎて縄張りに入らないようにしなさいよ?飛竜って、怒らせたらシャレにならないらしいんだから」

無垢「……」


飛竜。鳥より巨大な体を更に大きな翼で浮かせ、口から火炎を吐きつける。

想像するだけでも恐ろしい生き物だ。


コートニー「フィオナ様が何故私達を竜人族に会わせたがるのか解らないけど、とにかく行ってみないとね」

無垢「…!」


―――バサッ


4枚の透けた巨翼がしなり、コートニーの傍らへ舞い降りた。
竜の牙すら通るかわからない、鎧のような体表。

樹木程度ならばくしゃりと潰し切ってしまえそうな、二本の大鎌。


コートニー「私の友達、メイよ…乗り心地は保証できないけど、速さはあるから」

無垢「………」


もしかしたら、飛竜の縄張りに入っても大丈夫なのかもしれない。

イノセントハンターは巨大なカマキリを見て思ったのだった。

羽音がうるさい。

それと、甲殻が刺々しいために、体勢を誤ると非常に痛い。

空からの景色が良いという以外には最悪の乗り心地と言わざるを得なかった。



コートニー「ジャイアントインセクトの中でもまだマシな方だと思うけどね」


首もとに捕まる彼女が平然としているのが信じられない。


無垢「…できれば次からは鳥獣がいい…」

コートニー「贅沢言わない、帰りもメイよ」

無垢「…」

コートニー「私のボードに相乗りでもしてみる?長持ちはしないだろうけど」

無垢「……我慢する…」

コートニー「ふ」

移り行く地上の景色。

後方の彼方には煙が立ち上っている。闇の軍勢による影響だろう。


無垢「…集落の無事を祈るしかないか」


もうしばらく母と会っていない。子供心に、無性に寂しくなる。

シルバーフィストや、他の銀髪団のメンバーは生きているだろうか。



コートニー「あ、火山が見えてきたわ」

無垢「!」


望郷の間に随分と経ったらしい。

真下はかなり見慣れない森の景色が広がっていた。

そして目の前には、巨大な山。

無垢「ふう」

コートニー「長旅ご苦労さま」

「ギシ、ギシギシ…」

コートニー「メイもありがとう、もう帰って大丈夫だから」


カマキリは僅かに頷いたように、見えなくもなかった。

来た道へ飛び立っていった虫を見送りながら、コートニーは“さてと”とイノセントを見る。


コートニー「竜人の住処ってよくわからないけど、ヒューマノイド達も広く存在しているみたいだし、訊きながら回ればいいよね?」

無垢「フィオナの命だ、早ければいい」

コートニー「んー、そう急かされると弱いんだけど、他に探しようもわからないしね」

一行は宛てなく集落の面影を探しつつも、話の通じそうな相手を見つけたら訊いてみる、ということで合意した。

異文化の種族がどれほど聞く耳を持ってくれるのかはコートニーにとって大きな不安であったが、イノセントの方は相変わらず気楽に構えていた。


コートニー「…まぁなんとかなることを祈りましょうか」

無垢「言葉が通じれば、誰だってわかってくれる」

コートニー「そりゃ言い過ぎ、希望持ちすぎ」

無垢「……そうなのか」

コートニー「当然よ、フィオナの森が友好的ってだけ」

無垢「……む」

コートニー(…夢見る子供に、ちょっと容赦なかったかな)

コートニーにとってあまり好ましくない沈黙がしばらく続くと、イノセントは急に立ち止まった。


コートニー「ちょっと?」

無垢「……」


マフラーで覆われた鼻を高めに上げ、辺りの臭気を探っているらしい。

その姿はやっぱり獣だった。



無垢「…生き物の匂いがする」

コートニー「ホントに?」

無垢「ああ、けど会ったことのない種族かも…」

コートニー「竜じゃなければ会ってみたいわね」

無垢「道を尋ねる?」

コートニー「もちろん!」

フィオナの木々と比べれば背の低い樹木が多く、下草が少ないために、目当てのものはすぐに見つかった。

それは全身に鎧のようなものを纏い、幹の古い皮を硬い爪でバリバリと剥がしては、中に潜む白っぽい幼虫を長い舌で器用に掬い取り、食っていた。

まるでバクか何かのような食事風景だったが、まぁバクなら話が通じるだろう(フィオナの住人特有の歪んだ認識)ということで、イノセントは彼に話しかけてみることにした。


まずは一定距離を保ちつつも、相手にも見える位置まで近付く。

無垢の宝剣は背中に担ぎ、無害を示す。


無垢「おーい、そこのひと」

「! ギュルッ」

無垢「ギュル?」

コートニー「ギュル?」


小さなホーンビーストほどはあろう巨大なバクが振り向く。


リザード「ギュルルルッ…」


舌は長い。しかしそれは決してバクなどではなく、爬虫類の顔を持ち…。


コートニー「りゅ、竜よ!逃げなきゃ!」

無垢「あ、ああ!」


二人にはそう見えた。

竜にまつわる伝承は、ビーストフォークであれスノーフェアリーであれ、とても曖昧なものだった。

精々“手足と翼の生えた蛇”くらいの認識だし、資料も写真などは無いから下手な挿絵でしか残されていない。



コートニー「早く早く!追いかけてきてる!」

無垢「わ、わかってる…!」


だから好奇心で追いかけている生き物がドラゴンではない、しかもワイバーンですらない事に気づけないのは、ある意味仕方なかった。

「ギュルッ?」


追いかける彼の足が止まる。

四足歩行から両足で立ち上がり、顔を高く持ち上げる。


無垢「?」

コートニー「あれっ?」


突然相手が止まったものだから、二人は彼が諦めたのだとも思った。

だがそれにしては明らかに、こちらに対する興味が無さすぎる。


「ギュルギュルッ」


ついにリザードは四足をつき、のしのしとあらぬ方向へと歩きだしてしまった。

先ほどまでの走りっぷりが嘘のようである。



コートニー「何か別の獲物でも見つけたのかな…」

無垢「…行ってみよう」

つい先ほどまで追われていた事を忘れてしまったのか、二人はリザードの後をつけた。

この無邪気すぎる無防備さは、自然文面が生んだ固有の性格なのかもしれない。良くも悪くも。



無垢「……楽器の音が聞こえる」

コートニー「楽器?何も聞こえないけど」

無垢「笛のような…笛じゃないような…か細い、消え入るような音色」

コートニー「わかんないって、私は野生児じゃないの」

無垢「あ、誰かいる」

コートニー「どこ?」

無垢「この先、あいつが進む向こうに…」

コートニー「それも見えない…」

小さな手が握るそれは、ハーモニカのような、しかしか細い音色を奏でていた。

息を吹き掛ける度に硬い金属板が震え、硬質な高音を吐き出す。

紡ぐ曲は単調なパターンの繰り返し。彼のペットを呼び戻すための曲だ。



ピーカプ「~♪」


離れた林から、のしのしと四足で歩く姿が現れた。

奏でてやれば、数キロ離れた場所からでもちゃんと戻ってくる、優秀なゲッコーだ。

ヒューマノイドやドラゴノイドと違って身体的優位性のない技工士種族、彼らマシンイーターにとって、脚ともなりボディーガードともなるゲッコーは、生活に欠かせない存在である。


ピーカプ「……あん?」


見慣れたゲッコーの後ろに、見馴れない生き物が認められた。

ヒューマノイドのように見える生き物が2体。


ピーカプ「…いや違う、なんだあいつら」


派手で大胆な着物を着た子供の隣には、明らかにビーストフォークかそこらの、友好関係にはない異種族がいる。

丘の上に、オレンジ色の毛むくじゃらがいた。

彼が笛を吹き、竜を引き戻していたようだ。


コートニー「あんな種族いたっけ…」

無垢「話が通じたらいいんだが」


二人は警戒されていることも知らず、変わらぬ歩調でマシンイーターのもとへ近付いてゆく。


ピーカプ(おいおい、誰だよこいつら…)


見たところ襲いかかろうとする気配はないし、歩き方からも温和な雰囲気が感じ取ることはできたのだが、マシンイーターは非力だ。

用心に越したことはないだろう、ということで、ハーモニカをひと吹き。


「ギュルッ……」

ピーカプ「いい子だ」


リザードを自分のすぐ脇に置き、二人の出方を待った。

リザードがマスターによって操られる様子が、二人には曲芸師のように見えたらしい。

警戒されているとも知らずに、暢気に感心するのだった。


無垢「竜を飼い慣らすなんて…」

ピーカプ「……竜じゃねー、リザードだ」

コートニー「リザ…?」

ピーカプ「ただのゲッコーさ、竜でもなんでもない、普通の生き物だよ」


どう見ても顔が竜なのに。二人は顔を見合わせるのだった。


ピーカプ「お前らは一体何モンだ?なんか用があんだろ?」

無垢「ああ、フィオナの言葉だ、竜人に会わなくちゃいけない」

ピーカプ「竜人…ね、竜人か…」

コートニー「何のために、って…」

無垢「……」


子供と猿が顔を見合わせる。

猿の表情などは読めないが、ヒューマノイドの近種であろう子供の表情はよく読み取れた。

質問に困惑しているようだ。


ピーカプ(…しかし、追い詰められているわけではない…といった具合か)

コートニー「…信じてもらえるかは難しいかもしれないんだけど、私達もドラゴノイドの長に会うように言われただけで…理由を聞かれても、私らだって困っちゃうんだよね」

無垢「ドラゴノイドやヒューマノイドの姿を見てみたい」

コートニー「そればっかりね」

嘘をついているような様子は見られない。

仮に嘘で、突飛な話、この二人がドラゴノイドの長の暗殺を目論んでいたところで、本人一人の力で制圧される光景は容易く浮かんでくる。


ピーカプ「……うし、わかった」


難しい事を長く考える性格でもなかったので、彼は二人を案内することにした。

人より僅かに背丈の低い、地蔵のような花崗岩が、数多く路肩に立ち並ぶ。

岩の根本にはすらりと細身の草が伸び、わずかな生命の息づきを飾っている。

火山活動の活発な火文明。

山岳は多く、道は険しい。


ピーカプ「もうすぐヒューマノイドの集落につく、そこで一旦休憩としよう」

無垢「? 俺はまだまだ歩けるぞ」

ピーカプ「隣を見てやれよ、おサルさんや」

無垢「隣…」


赤目を横に向ける。

隣を歩くコートニーが、荒れたら地面に苦戦しているのか、顎から汗を滴らせながら、懸命な姿で歩いていた。


無垢「……コートニー…」

コートニー「な、なに…結晶ばっか使ってらんないわよ…いざというときのために、マナは節約しとかないと…」


とても辛そうである。

マナの消費以上に問題があるのではないか、とイノセントは密かに思った。

リザードの上に少女を寝かせ、かわってマシンイーターがイノセントと横並びになるように歩き始めた。


ピーカプ「最初はあんたらを怪しい奴だと思っていたんだが、こんな体力もないんじゃ危ない奴じゃあなさそうだ」

無垢「? 疑われていたのか」

ピーカプ「警戒はしてたさ」


けらけら笑うピーカプの話を心底煩わしく思うコートニーなのであった。


ピーカプ「で、あんたらはフィオナの森から来たんだって?」

無垢「ああ、遣いだ」

ピーカプ「随分前に大地震があっただろ?あの時はどうだったんだ」

無垢「…ビーストフォークもホーンビーストも、力を合わせて頑張っていたな…」

ピーカプ「ほ~」

無垢「火文明は山が多くて大変そうだな」

ピーカプ「地震かい?まぁそん時はビビったけどな、結局お祭り騒ぎで終わっちまったよ」

無垢「お祭り……」

ピーカプ「俺らは騒がしいのが好きでね…」


イノセントは頭の中で、輪を組んで厳かに踊る人々を想像していた。


ピーカプ「そろそろヒューマノイドの集落だ」


遠目に、つぎはぎの金属板の屋根が見える。

つぎはぎの鉄板の集落。

パイプの煙突。

空へ立ち上る白い煙。


その光景には、ダウンしたコートニーすら叩き起こす衝撃があった。


コートニー「…すごい、話には聞いてたけど…こんなに」

無垢「ビーストフォークの集落よりもすごい…」

コートニー「いや、さすがにアレなら私達の集落の方が上だけど」

ピーカプ「へへ、田舎もんだなぁ、お前ら」


高床式の家々を見回す二人を満足げに眺めるピーカプが、リザードの手綱を引いた。


ピーカプ「もう夕時だ、さっさと宿を探して休むとしようぜ?」

無垢「急いでるんだが…」

ピーカプ「だーから、リザードを休ませなきゃならないんだってえの、一日や二日で行けるほど近くはねえんだよ」

無垢「……」


見やれば確かに、リザードの顔には疲れが伺えるような気もする。

「なんだあいつら」

「ケモノじゃないか…なんでここに?」


通りは水桶や籠をもった人々で賑わっている。

その中央を恰幅のいいリザードに股がって偉そうに歩くピーカプ、の後ろに、コートニーとイノセントがついた。

コートニーに対してはそこまで違和感を持たないらしいが、人々のイノセントへの好奇の目は、凄まじかった。


無垢「……注目されてる、やっぱり俺は臭うのか?」

腕を嗅いでみるが、自分ではわからない。


コートニー「別に何の匂いもしないわよ、臭いそうな見た目はしてるけど」

無垢「じゃあなんでこんなに見られているんだ」

コートニー「…ん~…ビーストフォークの集落を、小さなドラゴンが歩いていたら…どうする?」

無垢「銀髪団がドラゴンを狩る」

コートニー「あー、もういいわ、やめよ、やめ」



空が藍色に染まりゆく。


ピーカプ「お前ら、金はもってるか?」

無垢「カネ?」

コートニー「無いわ」

ピーカプ「だろうな、酷い宿だが、ツテで金のいらない所がある、そこに泊まるといい」

無垢「…寝床を貸してくれるのか、ありがたい」

ピーカプ「良いってことよ」


そして、リザードの足が止まる。


コートニー「あら、もう着いたの」

ピーカプ「ああ、良い宿だぜ?」



ニヒルに笑う彼が親指で扉を示すと、二人は耳を近付けた。


「んじゃガキャァアアァア!!」

「萎びたジジイが偉ぶってんじゃねえぞ!!」

「酒だァ!おいさっさと寄越しやがれ!」



無垢「……」

コートニー「……」

「よう、ピーカプの旦那!新しいリザードでも拾ってきたのかい!?」

爆笑。

「随分と毛深いヒューマンもいたものだな!装甲付けようにも、まずは毛剃りから、ってか!?」

爆笑。

「おいマスター、猿が好きそうな酒でも出してやれよ、客は客なんだから」

爆笑。こいつら、とにかく笑う。


笑い所が理解出来ないイノセントとコートニーは、ただ場の雰囲気に気圧されるしかなかった。


ピーカプ「気にすんな、いつものノリさ…今日はハマってただけだよ」

コートニー「こういう所は大ッッッッ嫌いだわ」

ピーカプ「わりいわりい、さっさと部屋取ってやるから」

ピーカプ「見てくれは怪しいが、二人とも害意はねぇ、部屋をひとつ貸してくれねぇか」

「うちが得意に部屋を開けるのは、よほどそいつの世話になっているか、そいつが死ぬ一歩手前まで酔い潰れているかのどっちかだけだぜ」

ピーカプ「こいつらにゃ金がねーんだよ、何せフィオナの森方面から来た奴らだしな」

「フィオナの森!」

「おお!随分田舎からおいでなすったわけか!」

「マシンもワイバーンも使わずに徒歩か!?ハッハッハ!」



ピーカプ「…不服なら俺が金を出してやっても良いぜ?」

コートニー「! ちょっと」

ピーカプ「良いっての、こっちの信念の問題だ」

コートニー「……」


背の低いオレンジの毛むくじゃらが、今はかっこよく見えた。


「…金はいらないさ、良いだろうピーカプ、あんたに免じて…」

「おい、待ちな」


呼び止める声。

カウンター席の男が静かに立ち上がった。

なかなかビーストフォークとも引けを取らないしっかりした体格。

体を見るに、機械化を施したヒューマノイドのようである。唯一残る人としての面影は、頭部の髪ほどだろうか。


ガシャリガシャリと足音を鳴らし、男はピーカプの前まで来た。


ピーカプ「ジョー、なんだ」

ジョー「いくらピーカプの頼みとはいえ、易々と看過はできねぇな」

無垢「………」

ジョー「なぁ?」


赤い目と機械の目が交わる。

ジョーと呼ばれたこの機械の男、身長は2mに届こうか、とにかく大きい。

そこから見下ろす形で立っている子猿、イノセントハンターはヒューマンの子供程度、見上げなければ至近距離のジョーと向かい合うこともできない。

首の辛い対面だが、それでもイノセントはジョーの目をまっすぐに見た。



ジョー「ほお、ケダモノ臭ぇと思ったが、案外そうでもないらしい」

無垢「よく言われる」

ジョー「くくく、珍しい事ってか?ドラグの野郎と同じだな」

無垢「?」

ジョー「まぁ良いさ、竜が生臭けりゃ人は油臭ぇ、どっちもどっちよ」

コートニー「ちょっと、何か用」

ジョー「ぁあん?」


大男に割って入ってきたのは、子猿とほぼ変わらぬ背丈の、細い少女だった。


ジョー「ここは酒を飲む所だ、ガキはさっさと……」

コートニー「用がないなら絡まないでもらえる」


挑戦的に力を込めた碧の目が、真っ直ぐにこちらを睨んでいる。

上から見下ろされる威圧感にも動じない。なかなか気の強い子供もいたものだ。


ジョー(……しかし…これはまた)


派手な格好をした子供だ。

歳の割に着物の丈は短く、艶やかな細い脚は露出している。

また全体的に身体のラインが浮き出る装束のために、どうしても扇情的な印象を受ける。

こんな子供が裏通りを歩けば、数分と無事にはいられないだろう。



コートニー「!」


彼女は悪寒を感じた。

店の男達の視線が、自分の脚に注がれているのだ。

ジョー「おいおい、ガキがこんな店、しかも夜に来るもんじゃねえぜ」

「こんな店、とは随分言ってくれるなジョーさん」

ジョー「しかもそんな格好でうろつかれちゃあな、元々乱れてた風紀が、更に変な乱れ方をする」

コートニー「私はガキじゃないし、そもそもヒューマンでもないわよ」

ジョー「なに……」


見るからに人間の子供…だが、良く見れば耳の形などは違っている。

そう気付くほどに、目の前の小さな少女が異質なものに見えてくる。


コートニー「私もフィオナの森から来たの、フィオナ様から直々に命を賜ってね」

ジョー「…そうか…つまりはそっちの子猿のツレか…なるほどな、森からの使節団ってわけか…」


機械の顎を掻く。

しばらく硬質な思考音だけが酒場を満たすと、ジョーは膝を曲げて、イノセントやコートニーと同じ目線まで屈んだ。

それだけに、威圧感はより増した。


ジョー「余所者ってのは気に食わねえ……よう、子猿さんよお」

無垢「……」

ジョー「フィオナだろうがボルシャックだろうがシルヴァー・グローリーだろうが…余所者ってな、そう歓迎されねぇ…そういうもんだよなぁ?」

コートニー「!」


酒場が静かに殺気立つ。

このジョーという男が凄んでみせただけで、場は一気に同調したのだ。


ピーカプ「余所者嫌いなら、俺らもかい?ジョー」

ジョー「マシンイーターの旦那らは別だ」

ピーカプ「…そうかい」

ジョー「こっちもゴロツキなりに治めなきゃならねえシマってのがあってなぁ、ただ通るだけでも、舐められるわけにはいかねぇ…縄張りってのはそういうもんだろ」

無垢「そうなのか?」

ジョー「あぁん?」

無垢「俺はフィオナの森の色々な縄張りに入ったことがある」

無垢「ホーンビーストの家族、トーテム彫りの一族の邑、ユグドラジーガの聖域…」

無垢「確かに最初はみんな変な顔する、けど俺は何もしないから手は出さない」


無垢「そうこうしているうちに、みんなと友達になれた」

ジョー「……」

コートニー「……」クス

無垢「最初から全てを信じられなくてもいい、しぶしぶでも、認め合うから友達になれるんだ」

ジョー「…おい!聞いたかみんな!?」

「ああ、聞いてたよ」

「うむ」

ジョー「世の中には面白ェ子猿もいたもんだなぁ!?」

「全くだ」

「ホントにな」

ジョー「ようお前!」


朗々と声を上げ始めたジョーが、力強くイノセントの肩を掴む。

コートニーの眉がぴくりと動いたが、ピーカプの短い手によって、それ以上の動作を制された。


ジョー「名前はなんていう」

無垢「無垢の宝剣(イノセントハンター)」

ジョー「俺の名はジョー、爆炎のジョーだ!」


ジョー「この町はてめえみてーな熱い野郎なら、いくらでも歓迎してやる!そこに種族の隔たりなんざ存在しねえ!なあ、お前ら!」


喝采が轟いた。

がやがやと賑わう酒場。

満員御礼、騒がしさはいつもの3割増といったところだ。

椅子の足らない客達は床に座り込み、ジョーが5分置きに真鍮のグラスを掲げる度に立ち上がり、酒を煽っていた。


そんな酒場の片隅では、小さな丸テーブルを挟むコートニーとピーカプがミニチュアのように配置され、静かに話していた。


コートニー「自警団、ねえ」

ピーカプ「軟弱な種族、ヒューマンが他の生物に立ち向かうためには、身体の機械化…つまりヒューマノイドにならざるを得なかったわけだ」


もう何百、何千年と続いている。

そう言って、ピーカプもエールを煽った。



ピーカプ「縄張り意識も強くなけりゃ、やっていけない種族なのさ」

コートニー「ふうん」

コートニー「縄張り意識ねえ」

酸味の強い緑色のトマトジュースを唇で飲みながら、酒場の中央に目をやる。


ジョー「ビーストフォークに乾杯!」

「「「乾杯~!」」」

コートニー(それ何度目よ)



ヒューマノイドばかりの酒場かと思いきや、中にはちらほらと竜人も混じっている。

縄張り意識の強さとは如何程なのだろうか。


コートニー(まあでも)

コートニー(排他的ではないようで助かったかな?)

無垢「……はっ」

コートニー「あ、起きた」


イノセントが覚醒したのは、天井近くの小窓から差した朝日が、彼の脚を暖めた頃だった。

辺りを見回して狼狽えている。


コートニー「はい、ここどーこだ」

無垢「………わからない、確か最後、酒場に入って…」

コートニー「正解、酒場の二階の小部屋でーす」パチパチ


気のない拍手が小さく響く。

同時にイノセントを襲う、食むような頭痛。


無垢「っ…あ、頭が痛い…」

コートニー「やめとけって言ったのに、ジョーとかいう奴に勧められて酒を飲んだのよ、覚えてる?」

無垢「……」

コートニー「フィオナさまが短気だったら、角でどつき回されてるところね」

段差の大きな古い螺旋階段を静かに軋ませ、酒場の一階に降りる。

昨晩の喧しさが嘘のように、誰もいない店内だ。


ピーカプ「よ、お二人、おそようさん」

無垢「!」


いや、カウンター席に一人いた。

水もなしに、ほくほくと湯気の立つ芋を食べている。


ピーカプ「ドラゴノイドの集落まで目指すんだったな」

コートニー「ええ」

ピーカプ「俺がいるから手を出されるってこたぁないだろうが、気を付けろよ」

無垢「?」

ピーカプ「ドラゴノイドも気性が荒いからな」

マシンイーターがゲッコーに乗り、コートニーが雪の結晶に乗る。

傍らにはイノセントが、ぼーっと青空を見上げながら歩いている。



無垢「良い奴らだったな…」

ピーカプ「根は良い奴らなんだよ、どっちもな」

無垢「どっちも?」

ピーカプ「ヒューマノイド、そしてこれから会うドラゴノイドだ」


ピーカプ「ヒューマノイドとドラゴノイドは昔から犬猿の仲でな、領土争いから道の譲りあいまで、色んな事で喧嘩してきたのさ」

コートニー「ふーん、何か理由とか発端とか、あったの?」

ピーカプ「さあなぁ、最初からくだらない事で争ってたんじゃねぇかな、ははは」

岩場をひたすら休みなく歩く。

ゲッコーに跨がるピーカプは荒れ地の上でも慣れたもので、時々真鍮の水筒に口をつけながら欠伸をかいている。

コートニーは前日の苦労で懲りたか、結晶に乗って空中移動。もう出発してから何時間もそんな調子だ。


暇な旅の合間に聞くピーカプの話は飽きず、何もないながらもそれなりに楽しい道中だった。



無垢「……ん」スンスン

コートニー「? どうしたの?」


鼻を高く上げる。風が匂いを運ぶ。


無垢「…塩だ」

コートニー「塩ぉ?」

ピーカプ「鼻がいいな、塩田が近いんだぜ」

コートニー「へー」

所変わってフィオナの森。

ホーンビーストの力もあって、侵攻するキマイラやパラサイトワーム達は食い止められていた。


ホーンビーストだけでなく、ビーストフォークの自警隊、銀髪団や、森そのものであるツリーフォーク。

意図しない反撃ではあるが、ジャイアントインセクトも助力となった。


文明度の低い土地であると高を括っていた傲慢なダークロード達も、現状から敵を見直さなくてはならない所まで切迫していた。


だが、闇の軍勢の真の酷さは、これから発揮される。



ワーム「……ギィイィ…」ガツガツ


暴食に任せてキマイラの死体を食い漁る、この一匹のワームによって。




戦斧(やばい……あいつは絶対に、やばい!)

索敵に出たシルバーアックスはまずそれを見つけて“しめしめ”と思った。

だが斧を握りしめ、“さて”と敵を睨んだ時に、他との違いに気付いたのである


闇がフィオナの森へ送り出したワーム種は暴食性で、あらゆる生き物という生き物を食い、それらの性質を体に取り込むことがわかっていた。

中にはジャイアントインセクトに寄生して襲いかかるワームもあり、銀髪団は手を焼いている。


そんなただでさえ厄介なワームなのだが、彼女が監視する個体については、より強く、嫌な予感がするのだ。

野放しにはできない、そんな危険を孕んでいる。



ワーム「ギィ……」グチャグチャ



キマイラの死骸を一心不乱に食っている。

合成魔獣の巨体に負けず、かなり大きく成長しているが、様子は可笑しい。



戦斧「……!」

ワーム「…ギィイィ……」メキッ


翼を生やし始めたワームを見て、シルバーアックスはその場を急ぎで離れた。

放っておいたら大変なことになる。

内陸の塩田は、岸から染み込む海水を利用したもので、田と呼べる程洗練された機構ではない。

しかしどこまでも続くかと思われる広大な土地面積が、塩の純度の低さを補って余りある。

そもそも塩を必要とする文明種族が数えるほどしかいないため、何の苦労も問題もない。



無垢「………」ゴシゴシ


足を擦る。

長く塩分の多い大地を歩いていたために、皮膚に異常を来したのだ。

今はピーカプのリザードの上で休憩中である。



コートニー「私達二人だけだったら、辿り着けなかったかもね」

無垢「ああ…険しいな」

ピーカプ「へっへ、まぁここは近道みたいなもんさ、道中に邪魔してくる野性生物もいないしな」

リザードの背で山岳を眺めている間に、細い煙がいくつも登る景色が見えてきた。


ピーカプ「ドラゴノイドの集落だ」


一旦リザードが足を止めると、イノセントもコートニーも、身を乗り出すようにして前を見た。


コートニー「やっと着いた…」

無垢「もうすぐだな」

ピーカプ「ああ、だが気を付けてくれよ」

無垢「?」

ピーカプ「あっちに見えるだろう、あのデカイ火山、あそこに棲む龍にだけはノータッチで頼む」

無垢「龍…」

コートニー「ドラゴン?」

ピーカプ「ああ、高貴な種族だ、もし睨まれても粗相のないようにしとけよ」


「黒焦げになりたくなきゃな」と付け加え、再び手綱を握る。

ヒューマノイドの集落と似た構造の建物は多いが、どこか根本的に異なるものが共通している。

ドアがシャッターのような造りになっていたり、階段ではなく坂が多かったり。

金属のポールで登り降りするらしい建造物もある。



無垢(身体が違うから当たり前か)

ピーカプ「昨日のジョーは話せば良い奴なんだが、ここを治めてるドラグって奴は堅物だ、気を付けな」

コートニー「話したい相手が話しにくいわけね」

ピーカプ「ドラグに用があるんだっけ」

コートニー「ええ」


町ゆく細身のドラゴノイドが、ちらちらとこちらを見ている。

炎をあしらったような刺々しい金属の装飾。

一際目立つ宮殿のような建造物は、ネズミの干物の出店を横切った時に現れた。



ピーカプ「ここがあんたらの目的地だな」

無垢「そうなのか」

コートニー「そうよ。…案内、ありがとね」

ピーカプ「良いってこと、俺も仕事があるしな」


リザードから二人を下ろし、毛むくじゃらの彼は分かり辛く笑った。


ピーカプ「縁があればまた会おう、解体したい機械がありゃあ言ってくれ」


小さな背中を見送る。

大きなリザードに揺られる彼の姿は、小さくとも頼もしく見えた。



コートニー「…ピーカプには随分助けられたわね」

無垢「いつか、恩返しがしたいな」

コートニー「全てが落ち着いてからよ」


建造物を見上げる。

巨大だ。



コートニー「…さあ、フィオナ様の意志を果しましょ、イノセントハンター」

無垢「ああ」



両手を広げる。深呼吸。

肺いっぱいに、火文明の空気を堪能する。


無垢「行こう」

宮殿内は連なるトーチにより明るく照らされ、廊下の遥か奥にある扉もはっきりと視認できた。

イノセントハンターが冷たい滑らかな石の床をペタペタと歩き、その隣をコートニーが歩く。



竜人「!」


剣を腰に携えた警備のドラゴノイドが、曲がり角でそんな二人とかち合った。

イノセントハンターはまだゆるせたかもしれないが、その隣は本能が拒絶する。



竜人「このっ…ヒューマノイドめ!」

コートニー「え?」



抜刀。

粗い研ぎ代がギラギラ輝く。

殺意の灯った猫目がコートニーの首を補足すると、刀を大きく振り抜いた。

身体能力の高いドラゴノイドの一撃は、人の首程度なら軽く刎ねることができるだろう。


ガキンッ


竜人「!!」

無垢「ヒューマノイドじゃない、コートニーはスノーフェアリーだ」


広い透明な刀身が、見えざる壁として立ちふさがる。


竜人(…美しい…!)


無垢の宝剣を透かして見る向こう側の景色は、肉眼のみで見るよりも鮮やかで、綺麗だ。


無垢「……」

竜人「……」


刃の向こう側に、悪意なき二人の表情を見た。


竜人「…本当にヒューマノイドではないようだ、すまなかった…」

竜人「敵対関係になくとも、貴様らを完全に信用はできない」

コートニー「害意はないけど…」

竜人「前を歩け、次のランプを右だ」

コートニー「はいはい」


後ろではドラゴノイドが二人を見張り、指示を出して誘導している。

イノセントハンターの剣を相手にしては、一対一でも難しいとの判断からだ。

彼には大剣を軽々と振るうイノセントハンターが、相当の使い手にでも見えたのだろう。



竜人「少しでも変な動きをしたら殺すぞ」

コートニー「うっるさいわね、わかってるって」

無垢「……」


剣幕なままに、しばらくは歩き続けた。

大きな金属の扉。

両開きだが、両方を押し開ける気を無くすほどに重厚。



竜人「ドラグ様!異郷の者を連れて参りました!」

まるで敵の首でも取ったかのように朗々とした声だったが、気にしない。



「………入れ」

竜人「はっ」


威厳ある声に促され、扉が開く。

コートニーは、ひとつの運命の出会いに立ち会うのだった。

赤い体表は、鱗ではなく、甲殻の類いに見える。

爛々と輝く目はずっと向こうにあるはずなのに、威圧感はすぐそこにまで漂ってくるよう。


ドラグ「珍客だな」


広く薄暗い部屋に、ドラゴノイドの長は一人でいた。

あちらこちらに存在する独特の紋様が妖しげだが、その中央で胡座をかく彼自身にも、近寄りがたい雰囲気がある。



竜人「ドラグ様、こやつらを如何…」

ドラグ「まずは用件を聞こうか」


その手に戦杖を握る。

飾りがじゃらりと威嚇する。

コートニー「話は聞いてくれるのね」

ドラグ「まずは頭が会釈、相手の目を見、次には口が対話する…拳が出るか、足蹴にするかは、まだまだ下の話だ」


刃のついた戦杖はあくまで保険である。


コートニー「じゃあ、まず私達の話から…私達はフィオナの森からやってきた、自然の民」

ドラグ「フィオナの森、遠路遥々か」

コートニー「ええ、もう身体のあちこちが悲鳴をあげてるわ」

ドラグ「して、何用か」

無垢「俺達はフィオナの遣いとしてここへやってきた」

ドラグ「ほう…フィオナ、懐かしい名だ」

無垢「フィオナが竜人に伝えろと言った、力を貸してくれと」

ドラグ「我らに力を?何に」


動かない表情。鋭い目だけが語りかける。


無垢「フィオナの森が襲われているんだ、闇の淵から来た軍勢によって…」

コートニー「私達森の民だけでは限界があると、フィオナ様が悟ったのか…」


二人はフィオナの森での凄惨な出来事を語ろうとしたが、


ドラグ「甘えるな!!」


少しも述べる前に、叱咤が飛んだ。

ドラグ「我々を戦闘部族と見込んでやってきたのだろうが、戦っているのはお前たちだけではない」

無垢「……」

コートニー「それって、ヒューマノイドとの紛争?」

ドラグ「最近は我らの手の届かぬ場所でも行われている」

コートニー「統率がきいていないの?」

ドラグ「そう簡単にはゆかぬのだ」


ドラグ「…何かと戦っているのはお前たちだけではない」

「ドラグ様!」


慌ただしく扉が開かれた。

曲刀を握った竜人が突然現れたので、イノセントは無垢の宝剣を構え、コートニーの前へ出る。


竜人「! 貴様ら何奴…」

ドラグ「構わん、何事だ」

コートニー「イノセント、ややこしい事態みたいだから剣を下ろして」

無垢「そうなのか、わかった」


素直に剣を戻して無害をアピールすると、竜人兵は長い舌で鼻を洗い直して、片膝をついた。

高らかに告げる。


竜人「海岸にっ…!水の軍勢が押し寄せているとの報告が!」

コートニー「!」

ドラグ「なに」

竜人「海より熔岩海岸へと押し寄せ、ロックビーストと交戦中…!」

ドラグ「侵略か?敵の目的は」

竜人「内々へ目指す動きであるとしか、現段階では…」

ドラグ「ならば状況は」

竜人「熱への耐性はさほどではないようで、ロックビーストが敵を蹴散らす環境です……」

ドラグ「ふむ」

竜人「…しかし敵も切れ者、ロックビーストを退ける力があるようで……」

ドラグ「……」

雷光が煌めき、水面が弾けた。

自然の摂理を無視して生じた巨大な水の柱が斜めに伸びる。


「グルッ……!」


ストーンザウルスを呑み込むほどの水流が襲いかかる。

ほぼ予備動作のない水圧攻撃に、重鈍なロックビーストが対応できるはずもない。

ロックビーストに直撃した水流は、滝のように豪快な衝撃をもってして、何トンもの巨体をゆっくり押し退けてゆく。

しばらくは水蒸気爆発のやかましい音が鳴っていたが、ロックビーストの表面温度が下がり、終いには蒸気すら立たなくなった。




トロピコ「しょうめんとっぱ!」

ウォルタ「だな」


海岸に道が開かれた。

ドラグ「…すぐに我々も出撃しなければならんな」

竜人「釣り鐘を鳴らしますか!?」

ドラグ「無論だ、警備アーマロイドの奇数番も全て出撃させる」

竜人「はっ!」


ドラゴノイドの一般兵はどこか嬉しそうに走っていった。


コートニー「…大変、みたいね」

ドラグ「ヒューマノイドとの紛争どころでも無くなったか…報告が事実だとすれば、未曾有の大戦争となる」

無垢「俺らも加勢する」

コートニー「ちょっ……」

ドラグ「お前たちには関わりの無い話、故郷に帰るがいい」

無垢「フィオナの意思だ、共闘させてくれ」

ドラグ「……」


獣の赤い瞳。濁りひとつ無い、不気味なほど純粋な情熱を湛える真紅。

赤は嫌いな色ではない。


ドラグ「良いだろう、命の保証はしかねるが、戦いたければ来るがいい」

明るい意味で活気に溢れていた通りに、装甲機兵が列を成している。

フィオナの森から見れば最新鋭の機械達だ。魔術無しで動く無機物など、目で見ても信じられない。


コートニー「……すごいわね…火の民って」

無垢「……ああ」


ドラグ「開いた口が塞がらないか、ただの走神兵だというのに」


キャタピラーの音が一台だけ、列を抜けて二人に近づく。

真っ赤な鱗の戦士が、機兵の肩に腰掛けていた。


コートニー「これらが全部熔岩で動いてるって本当?」

ドラグ「不要になった熔岩を弾丸にして打ち出すタイプも存在する…アーマロイドに熔岩は不可欠だ」

機兵が平たい腕を二人の前に伸ばした。


ドラグ「乗れ、ウルヘリオンは速い」

無垢「……」

コートニー「……」


顔を見合わせる。

早くて楽に越したことはないし、何より無機物兵器という未知のオブジェクトだ。

乗りたくないわけがない。


両腕にドラグとイノセントが、イノセントにしがみつくようにコートニーが。

見た目は大所帯だが、重量オーバーにはまだまだ程遠い。


コートニー「ちょっと、恥ずかしいんだけど…本当に走るの…って、わあ!?」


発進。

無垢「く、首がしまる」

コートニー「落ちる!」


決して平坦なわけではない路面を、キャタピラーが全速力で疾走している。

軽いコートニーは初速だけで吹き飛ばされそうになったが、辛うじてイノセントの首に袖を巻き付けることに成功した。

コートニーの全体重を首だけで支えるイノセントの表情が強張っているのは仕方がない。


無垢「こ、コートニー…なんとか持ち直してくれ…」

コートニー「無理!ていうか止めて!」

ドラグ「お前達のために割く時間はない」


早々に、招かれざる客が歓迎されないことを思い知った二人だった。

赤い海岸。

ロックビースト達が怒っている証拠だ。

真上に吹き出した溶岩があちこちに見られる。



ドラグ「なるほど、沖を埋め尽くしているようだ」

コートニー「うう、死ぬかと思った……」

無垢「死にかけた……」

ドラグ「共闘するというならば、敵の姿を見ておくべきだろう?」

コートニー「…そ、そうね……」


気分悪そうに並んでうつむく二人が同時に顔を上げた。


無垢「……これは、」

コートニー「…海に沢山いる…」


見渡す限りの沖を占拠する何者かの影。

異変は海岸からも視認できた。

(*・∀・*)前日談…?

(*・∀・*)ナイヨ

平地にはキャタピラに鋼鉄のアーマロイド。

空には旋回し滞空するワイバーン。


無垢「…すごい統率だ」


海も海なら、陸も陸だ。


竜人「ドラグ様、報告が」

ドラグ「うむ」


駆け寄ってきた軽鎧のドラゴノイドが文字通り下を垂らしながら、状況を告げる。


竜人「…野生のロックビースト達は海からの侵略者と応戦していましたが、どうも彼らの動きが鈍くなってきたみたいで」

ドラグ「敵が圧してきたか」

竜人「このままだと水際が突破されます」

無垢「敵は海から来ているのか?魚か?」

ドラグ「クラゲのような生き物だとの話だが、異形だとも聞く」

コートニー「未知なのね」

ドラグ「奴らの目的もな」


無垢「…闇の淵の軍勢と関係してるのか…?」

コートニー「さあね、考えたってわからないでしょ」

無垢「話し合えれば早いんだが…」

ドラグ「最初に殴る輩に口など無い」



ドラグが片手をあげた。


ドラグ「かみつく牙はあってもな」


手を振り下ろす。

火の軍勢が始動した。

両腕に大砲の指を携えるアーマロイド、銃神兵ディオライオス。

圧縮した溶岩を連続で射出するそのパワーは、分厚い岩石の壁すらも打ち砕いてみせるだろう。

相手がクラゲ程度の生き物であるならば、なおのこと容易に違いない。


──ドドドドドドドドドドドドドド



重低音が海岸を赤く照らす。

着弾と共に泡立ち、水しぶきをあげる海面


ドラグ「随分と無防備だな、策か?」

コートニー「無防備って…」


どう備え、どう守ったらこの銃弾の嵐を防げるというのか。


空からはワイバーンが、地上からはアーマロイドが。

海岸を蹂躙していた。

モニター上にアラートマークが増えてゆく。


アクアン「やべくね?」

シュトラ「やべいね」

トロピコ「やべいな!」

ウォルタ「ふざけてる場合か!どうするんだこれ!」


海底都市の会議室は妙に落ち着いていた。

こうも圧倒的な戦力差を見せつけられては、さすがに呆けるしかなかったから。


ウォルタ「奴ら火の民は原始的で野蛮な連中のはず…!」

エメラル「単純な火力が僕らの小細工を凌駕したって話だね、よくあるジレンマさ」

ウォルタ「言うな!」

アクアン「まぁまぁ、事実じゃん、そこは冷静に受け入れようや」

奇妙な冷静さで会議は進む。


シュトラ「このままだと間違いなく都市は危機に瀕するね」

アクアン「何か打開策は無いかね?にひひ」

エメラル「無いわけじゃないよ」

アクアン「お?」

ウォルタ「なんだ、言ってみてくれ」

エメラル「簡単さ」


エメラル「12のロックファイルを入力して、あとはミスティの処理でリキッドピープルを作り出す」

ウォルタ「……」

シュトラ「可能ではあるね」

シュトラ「決定権はウォルタにある、全て委ねるよ」

コーライル「我々海底都市の存亡をな」

アクアン「俺も意義な~し」

トロピコ「いぎなしだ」


ウォルタ「構わないんだな?」

エメラル「“剣を抜く時が来た”、それだけだよ」

ウォルタ「……英知サファイア・ミスティ…回答を」


中央にホログラムの文字が映し出される。




《いいんでね?》


ウォルタ「…プログラム、ロック解除」

ウォルタ「目覚めよ、“槍”、“騎士”」

青い光と衝撃波が海底にまで届く。

海水中のマナとゲルが融和し、ミスティから“海”一帯へ送られる電気信号が、ゲルを人為的な結晶と成す。



ウォルタ「……初指令だが、禁断のプログラムだ……必ずやってくれるだろう」

《クリラン、クリパラ完成~》


エメラル「よし、じゃあ反撃を始めよう」

トロピコ「お~!」


ウォルタ「さあ……敵に風穴をあけろ!」

海面爆発。その現象を言葉にするならそれだった。

ロックビーストが水蒸気爆発で起こすよりも激しい飛沫が辺りに飛び散り、海水は巨大な柱となって、高く高くへ伸びた。



無垢「何か…来る!」

ドラグ「!」

コートニー「なにあれ…」



沖に打ち上がった巨大な水柱が崩れ落ちると、そこには一騎の騎兵が佇んでいた。


海面に四肢を預ける、馬のような下半身。

水のような、氷のような鎧を纏い、片手に剣を携えた、騎士のような上半身。


騎兵は沖に、静かに立っていた。



ドラグ「あいつは……嫌な予感がする」

コートニー「なんなのあれ、いきなり出てきた…」

ドラグ「敵の伏兵だ、何かある…総員!」


戦棍を掲げる。

一体であろうと野放しにはできない。



ドラグ「撃ち倒せ!」


炎の赤と水蒸気の白の煙が晴れる。


騎士「……」


一瞬ではあるが、確かに戦場の最大火力をぶちまけたそこには、無傷のまま佇む騎士の姿があった。


無垢「………」

ドラグ「………」


唖然とするしかない。

あの半透明で華奢な姿の一体どこに、それほどまでの強度があるのか。




ウォルタ「海上のクリスタル・パラディン相手に単純火力で攻めるとは、エネルギーのロスだな」

シュトラ「野蛮だね」

「……どうする」

「接近戦だ!船を出せ!」


竜人達の一部が立ち上がる。

彼らのように直に触れなければ理解できない者もいる。



ドラグ「……全ての砲撃が効いていない、とすれば、奴は一体」

コートニー「水の形をつくってるだけなんじゃないの?生き物とかではなくて」

ドラグ「…なるほど、ただの囮か」

コートニー「あの形を維持するだけなら、難しくはないんじゃないの?奴らにとってはね」

無垢「……」



曲刀を掲げる愚か者を5人ほど乗せた小舟は、どんどん沖へ近づく。



騎士「……」


パラディンが片腕の剣を掲げた時、全ての答えは出た。



竜人「は―――」


一瞬にして弾けた船の下の水面。

飛沫ののひとつひとつが針となって、船底を突き破り、乗員を引き裂く。


それは静かだった。

静かすぎて、一隻の小舟が、ただ消えただけのようにも見えた。



無垢「……まずい」

コートニー「ああだめだ、あれはまずいわね」

ドラグ「今何が起こったのだ」


無垢「奴は」

コートニー「水のマナを完璧に操っている」

遠くその会話に証明だと突き付けるように、続けて海上の異変は起こった。

水の騎士の足下から水流が発生し、さながら海上に背鰭を出すサメのように、それは海岸に近付いてくる。


竜人「なんだあれ」

竜人「こっちくるぞ」

竜人「魚か?」


魚とあたりを付けた水面が爆発する。


隆起する水の柱。

そこから現れる、半人半馬の騎士。


ドラグ「放て!」


戦杖を掲げる号令。

待機状態のアーマロイドが起動し、眼光が赤く輝く。


ウルヘリオンが積む重量級ミサイルが大空へ飛翔し、ディオライオスの機銃が熔岩弾を地平すれすれに吐き出す。

全てはこちらへ走り寄る騎馬、クリスタルランサーへ向けられていた。



ドラグ「これで……」

無垢「いや」


沖に佇むパラディンが、人知れず剣を掲げている。

騒がしく海原を駆けるクリスタル・ランサーとは違い、とても静かな騎兵だ。


騎士「……」


その役割は“防衛”。

水を用いた防壁、身代わり、撹乱、修復。

攻撃性能は低いが、リキッドピープルの軍勢を支える司令塔だ。


クリスタル・パラディンが防壁を生む。

クリスタル・ランサーが突破する。


攻防を合わせた水の切札に、ついにドラゴノイドの軍団の前線は壊滅的なほどに崩れていた。



ドラグ「……奴らめ、ここまでとは」

無垢「……」



遠くから押し寄せてくる小さな津波。

津波は容易く、アーマロイドをも貫くだろう。


無垢「……俺が、あいつを止める」

ドラグ「なんだと?」

コートニー「無理よ、相手は完璧に水のマナを…」

無垢「わかる、だが今しかないんだ」


ドラグ「何か策があるとでも?客人よ」


竜の目が子猿を見る。

小さなビーストフォーク。あまりにも小さい。

この小さな体で何ができるというのだろう。

火薬岩を掘ることもできそうにない体躯を相手に、何を期待すれば良いのだろう。


全て承知の上での酔狂だった。

自分の戦杖の星針が、吉兆の北極星を睨んだ時のように震えていたから。



ドラグ「……この窮地を、乗り越えられるというのか、イノセントハンター」

無垢「もちろんだ」


大剣を掲げて誓う。


無垢「必ず勝つ」

ドラグ「……その口に、まずは乗ってみよう」


ドラグ「我が名はドラグストライク……皆はドラグと呼ぶ」

無垢「ドラグ、よろしく」



竜人と獣人が固い握手を交わした。

固い固い握手だった。


無垢「コートニーは呪文を使えるな」

コートニー「は?まぁ、使えるけど」

無垢「もしかしたら、追撃してくる小さな水の兵隊は止められないかも」

コートニー「へえ、あの騎馬は止められるみたいな口振りね」


ちらりと海岸を見やる。

押し寄せる水の軍勢は、勢力図をあれよと書き換えている。



無垢「騎馬と一騎討ちで戦う…コートニーやドラグは、他を」

ドラグ「簡単にいってくれるものだな」


三人は歩み出した。

策もわからぬまま。

しかし己にできることを果たすため。

子猿が、体と比べ大きな剣を構えて走り出した。

しかし遥か前方から来る、生きた津波と見比べれば、その心細さといったらない。

イノセントも自身に何ができるのか、想像できなかった。


無垢(フィオナの森を護ったように…力を!)


ただ剣を信じるのみだった。

それは岸の二人にとっても同じだ。



ドラグ「奴は何をするつもりだ」

コートニー「…一騎討ち」

ドラグ「勝算は?」

コートニー「…わからない」


それでも、無垢の宝剣を信じたい。

コートニー(フィオナ様の言葉を信じるなら、全力で竜人を助ける)

コートニー(私はイノセントハンターを守る…!)


手を組み祈る。


コートニー「世界よ…たぎる闘志に応えて…!」

ドラグ「!」


祈りの言葉から力が沸く感覚を、ドラグは確かに感じた。

土地が祈りに応え、環境マナを抽出し、目に見える姿で顕界する。


コートニー「よし……」


少女の周囲には5つの赤い珠が浮かんでいた。


ドラグ「これは、火のマナか?」


浮かぶ珠を杖で突くと、珠は炎を振り撒いて反応した。

杖を離すと元に戻る。


コートニー「別のを使うこともできるんだけど、ここ一帯にある火のマナをそのまま使わせてもらうわね」


ドラグの杖を拒絶した珠に袖布を巻き付けると、今度は反応しない。

どうやら使用者に対しては無害らしい。



コートニー「……イノセントハンター、絶対に死なないでよ…」

ドラグ「仲間想いだな」

コートニー「私の呪文で死なないように願ってるのよ」

コートニー「火!」


マナが炸裂する。

ひとつずつ、蝋燭に灯した明かりを消すように、マナが自由なエネルギーに還り、求められた術のために形を変える。


コートニー「……全部、火!」


5つの珠全てがエネルギーに還ると、それらは火の粉の尾を引いて、地面へ潜っていった。


静けさがやってきたかと思われたが、そんなことはない。

間髪入れずに、胃をすくませる地鳴りが轟いたから。



ドラグ「これは…」

コートニー「陸が増えちゃうけど、先に謝っておくわね」


両手を結び、その名を唱える。


コートニー「…“灼熱波”!」


熔岩の間欠泉が吹き上がった。

緩くはない粘質だが、余りある勢いはマグマが水のように見える程だ。


灼熱の柱はひとつに終らない。

地面が割れたかと思いきや、そこからまた新たな間欠泉が生まれる。

大地は笛のように高い音で悲鳴をあげ、瞬く間にその内側をさらけ出していった。



ドラグ「なんという、危険な呪文だ」


間欠泉からある程度離れているドラグも、怒り狂った大地のスペクタクルに驚嘆を隠せない。


コートニー「強い威力で使えないけど…普通の敵ならまとめて潰せる!」


結んだ手をほどき、突き出し構える。

その小さな仕草と同時に、間欠泉の向きは一気に傾いた。




風景が消え去り、光が砕け、青い嵐が吹き荒れる。


無垢「……」


ここへ来ることにも慣れてきたイノセントハンターは、状況をよく理解していた。

無垢の宝剣が、自分の呼び声に応えたのだと。



「……よう、生き物を見るのは久しいな」

無垢「…?」


嵐の中、イノセントの正面にあったのは巨大な黒い岩。

その岩は、確かに言葉を発していた。



「オレが“燃料切れ”で死んでから何百、何千年が経ったのかはわからんが、こうして再び意志疎通ができるようになったのは喜ばしい事だ」

無垢「燃料…?」

「語弊はない、まあ、とにかくもっと近くに来い」


巨岩に歩み寄る。

黒い艶きらめくそれは、目の前まできたイノセントハンターに言う。


「オレはお前に力を貸すためだけにここにいる」

無垢「!」

「同時に、お前に救われるために、ここにいる」

無垢「…救う?どうやって」

「簡単なこと」


黒い岩は軽くわらう。


「体を打ち冷ます無粋な水を、怒りの炎で消し粒にしてやる!」




「ゴォオオオォォオオ!」


辺りを白く染め尽くした剣の光が収縮すると、そこにはもう非力な子猿の姿はなかった。


かわりにあったのは、半分赤熱した巨岩だ。



コートニー「あいつ、やったみたいね」


異様な変身は吉兆であると、彼女は知っていた。

自らが放った灼熱波にも後悔はない。



ドラグ「あ、あれはまさか…!」

コートニー「知ってるの?」

ドラグ「…随分大昔に姿を消したといわれる、ここ一帯のヌシだった奴だ…」


不自然に隆起した地面。

熔岩の団子。

マグマ溜まり。


何とも取れる何らかの大きな塊は、彼が言うには生き物なのだという。


森は怒っていたが、為す術はなかった。

ツリーフォークは毒の前に無力であり、容易く枯れる。


心強いはずの味方が無力化された自然の連合軍には、もはや統率された個別の種しかないように思えた。




邪妃「つまらん」

妖姫「退屈よの」

ユリア「拍子抜けね」



ダークロードは暇をもてあましていた。


ユリア「キマイラ、パラサイトワーム、ヘドリアン…ええと?あと何だったかしら…」

邪妃「リビングデッドとゴースト達だ」

ユリア「そうそう!彼らも出したわね」

妖姫「どちらも勝手に動くのが欠点よのう…バラガ、統率できんか」

バラガ「奴等に明確な理性はありません、難しいかと」

邪妃「今のところは地道に制圧する他にあるまい…なに、今は押し気味、すぐ終わる」



―――つまらん


ユリア「!」

妖姫「!」

邪妃「……」


『つまらんぞ!』


巨大渓谷の奥底から怒声が響く。

妖姫シルフィがふかしていた紫煙が掻き消される。

シルフィの眉根はぴくりと動いたが、言葉にするつもりはないようだ。




ユリア「ブラック・モナーク様……」

『やるならばもっと賑かに、派手に!奴らを屠るがいい』

ユリア「と申されますと…」


『悪魔を喚べ』


邪妃「……」

妖姫「デーモンコマンドを?大袈裟な…」

『我が生み出したパラサイトワームは好き嫌いを知らん、食うほどに成長するだろうしかし!』


『パラサイトワームとて、地の力だけではフィオナの森の大型種を超えることはできん』

邪妃「――…?」

ユリア「あら、モナーク様……パラサイトワームは自信作と…」

『魔術は既に存在する法則に大きく縛られる、ワームの姿で巨体を保つのは、非常に難しいのだ』


妖姫「………ふむ、確かにキマイラ達のサイズならば可能やも知れぬが」

ユリア「対抗種がキマイラだけというのも、味気ないものね」


邪妃「デーモンコマンド、面白い」

妖姫「グレゴリア、喚ぶというのか」

邪妃「もちろん…単調な攻め手に欠伸が出そうなのでな」

ユリア「今回ばかりは同感ですわね」


妖姫「……どう思う、バラガ」

バラガ「他のロードが喚ぶのであれば、仕方ありますまい……領土を占有に遅れを取るわけには…」

妖姫「それもそうか……よし」


妖姫「…ならば、わらわもデーモン・コマンドを喚ぼう」

ユリア「アハハッ、盛り上がってきましたわ」

邪妃「………」


邪妃(…“地の力だけでは”、か)

邪妃(モナークめ、何かを隠しているようだな)

邪妃(地の力を超える方法があるということか…)


邪妃(ふ、面白い)

邪妃(まぁ、今はまだ様子見としておこうか)


邪妃(…いつか必ず、この私が覇権を握ってやる)


ドボル「水溜まりから沸いたボウフラ共め!よくもこの地に踏み入ってくれたな!」


巨大な灼熱の岩石が、口から熱線を射出する。

赤熱する一条の線は横に薙がれ、砂浜に存在する数多のリキッドピープル達を蒸発させた。


騎士「……!」


熱線の斬激は走り近付くクリスタルランサーをも巻き込んだが、咄嗟に吹き上がった海水の柱が熱を阻む。

後方で状況を見据える、クリスタルパラディンによる防御だった。



ドボル「小賢しい!」


口から先ほど二倍はあろう熱線が、今度はクリスタルランサーにピンポイントで放たれた。


騎士「!」


馬跳びはある程度まで熱線を回避したが、長くは続かない。


巨大な水柱が上がり、熱線を防ぐ。

またもや後方のパラディンによる妨害だ。


ドボル「面白い!柔な水ごときで、どこまで耐えてみせるかな!」


分厚い水に阻まれようとも、照射の手は緩めない。

むしろ更なるエネルギーを上乗せして、水と真っ向勝負を仕掛けた。


騎士「……!」


だがクリスタルランサー自体は、その戦いにあまり関与していない。

パラディンの水が相手の攻撃から守ってくれているので、ランサーは自由に動けるのだ。

熱のレーザーと水の楯の戦いに、はじめて“槍”の手が加わる。

クリスタルランサーの片腕が螺旋状に渦巻き、辺りの海水を吸い取って膨らんだ。



槍「ォオオォオオ!!」


荒ぶる鉄砲水。

あらゆるものを呑み込む自然の猛威を片手に、クリスタルランサーは敵を隔てる水柱の壁に突っ込んだ。


そして、渦巻く巨大な右手を突き立てる。


巨岩獣「ウォオオ!」

槍「ォオオオオ!」


水の楯を弾き割り、槍が熱線に衝突した。

螺旋する水が集束する熱を分散させる。

それでもクリスタルランサーの全身は、瞬く間に発熱していった。


だが。


巨岩獣「……!」


槍がドボルカイザーに迫る寸前になっても、まだ蒸発には至らない。

巨大な破壊のランスが、岩に触れた。


形を保って届いた水槍は、間違いなく巨岩を穿つだろう。

少なくとも、その威力を知る水の軍勢は、そう予感していた。

だが闘いは、水が「じゅ」と焼け飛ぶ音と共に、急展開を迎える。



槍「……!ォオォオ!」


全力の熱線に耐え、強烈な一撃を叩き込もうと槍を伸ばしたクリスタルランサーに飛び込んできたのは、小さな熔岩の津波だった。


丁度ビーストフォークの腹くらいに届くような、小規模な津波だ。


ただでさえ加熱されて、熱湯状態のクリスタルランサーを、足下から熔岩で攻める。

一気に温度を高めたクリスタルランサーは、触れたそばから蒸発する。


うめき声をあげながら、熔岩に落ちるが如く、足下から消え去ってゆくその姿は、全てのリキッドピープルを戦慄させた。


ドラグ「なんという事だ…」


遠巻きに眺めるドラグストライクも、さすがに感嘆の溜め息を溢した。

強大な水を操る敵を、熔岩を操り御した。

火が水に勝った。言葉そのままの神秘的な戦いは、彼も経験したことがない。



巨岩獣「さあ次はお前だぁ!闘え!モヤシのウスノロ!」

騎士「…!」



沖側で戦いに横槍を入れていたクリスタルパラディンを挑発する。

槍を失った盾の戦闘力は、お世辞にも高いとは言えない。

クリスタルパラディン自身だけでなく、リキッドピープル全員が、現在の兵力の差を自覚していた。

「おいおい、なんだァ!ドラグよぉ!喧嘩してんなら俺らも呼べっての!」

ドラグ「!」

コートニー「?」



陸地から騒がしいキャタピラ音が近づいてくる。

ウルヘリオンに乗り、リザードに跨がり、機械の羽で飛び。


呼んでもいない増援は、闘いに見惚れている間に陸を埋め尽くしていた。


コートニー「うわ、なんか沢山来てる……」

「お?海洋のバカ共が宣戦布告か?上等ッ!」

「ドラゴノイド相手じゃ物足りねえ!喧嘩相手を探していた所よォ!」

「なんだとヒューマン風情が、ァアア!?咬み殺してやろうか!?」

「は~!やってみろ!」


ヒューマノイド、マシンイーター。

どこからか異文明の喧嘩を聞き付けてきた彼らは、仕事も何も放り出して、山越え谷越えの遠路も関わらず、ここまで加勢しにやってきたのだった。


「ようドラグ、喧嘩を独り占めたぁ水臭ぇじゃねえかよ」


一体の赤塗りのウルヘリオン――もとい、ディオライオスがドラグの傍で停まった。


機兵の上には3人のヒューマノイドが乗っていた。


ドラグ「……ジョーか」

ジョー「よう」


身体の大半をサイボーグ化した、通称“爆炎野郎”ジョー。


ホーバス「加勢しに来てやったぜ、といっても、既に色は付いてるようだが…」

レトロなサイボーグ鎧に身を包む、通称“一撃必殺”のホーバス。


ゲット「すっげー、本当の戦場だ…」

もう一人、機械の上に立つ彼は……まだ呼び名はない。


ゲット「よう、ドラグのおっさん!」

ドラグ「野次馬の小僧か、久しいな」

ゲット「もう野次馬じゃない、立派な戦士だもんね、へへ」


照れ隠しに鼻を擦り、ディオライオスの後部に積まれた鉄塊を見やる。


ドラグ「ゼノパーツか」

ジョー「ああ、こいつも晴れて俺らの仲間入りってわけだ……ん?」


地に降り立ったジョーが違和感を覚えたのは、一瞬でのことだった。

赤黒い痩せた地に、一際白く、異質な装束の子供がいたのだから。


コートニー「あ~、酒飲みの」

ゲット「こ、子供?しかも女の子!?」

ジョー「いつぞやの妖精のガキじゃねえか」

ゲット「え!?妖精!?」

ホーバス「ビーストフォークの子供と一緒だっただろう、こんな僻地で何をしているんだ」

ドラグ「僻地呼ばわりか?」

ドラグストライクは笏杖で一度だけ溶岩質な地面を小突くと、先を海側へ向けた。



巨岩獣「ゥオオォオ!」


海上に向けて熱線を射出する、巨大なロックビーストの姿が嫌でも見える。


既に水側からの侵略者、リキッドピープル達は満身創痍であった。

ヒューマノイドやマシンイーターの増援もあり、どちらが侵略されているのだか、わからない構図となっている。


ホーバス「酷く一方的な戦いだな」

ドラグ「先ほどまでは、どう転ぶかわからなかったがな」

ホーバス「この状況からでは読み取れないが…」

ドラグ「……全てはあの巨岩獣…いや、ビーストフォークの子のおかげなのだ」

ジョー「はあ?」

コートニー「………ふふん」


コートニーは口元を隠して微笑んだ。

同盟を組む。フィオナからの命令を達成できそうだ、と。


無垢(すごい、なんて高さだ!)


イノセントハンターは一人、壮観な高さから戦場を見ていた。

小高い山のような巨体……ロックビーストの親玉、かつてこの地を徘徊していたヌシ、ドボルカイザーとなったのだ。


溶岩の巨体は一歩踏み出すだけで足下の海水を弾かせ、新たな陸地を作る。

そして何より、



巨岩獣「ウォオオオオォオオオ!!」


口から発せられる、一条に収束した熱線だ。

熱線が海面を凪ぎ払うと、そこは水蒸気爆発を起こし、近くにいるアリのように小さなリキッドピープルを消し飛ばす。


それは獣と虫が戦っているような光景だった。



“感謝するぞイノセントハンター!熱の死より甦ったオレが、また再びこうして燃え上がることができた!”

無垢(!)

“お前はオレの身体を動かす権利がある!だがしばらく、俺に暴れさせろ!”

無垢(暴れ……)

“なぁに、池からごそごそ歩いてくるカエル共を焼き殺すだけだ!”

無垢(わ、わかった)


強引な勢いに圧されたイノセントハンターは、精神の中でただ頷くばかりだった。


巨岩獣「内陸の戦士共!喜べ!今日ここに新たな陸地を作ってやる!」



巨体の宣誓に、敵は怯え、味方は奮い立った。


ゲット「終わったね?」

ジョー「みたいだな」


ざっと見回しても、ゲル状の敵はいない。

殲滅は完了したと見て間違いはなさそうである。


ホーバス「こっちも片付いた」

ジョー「おう、ご苦労さん」


ヒューマノイドとドラゴノイドによる共闘。

連携を取った作戦、と呼ぶにはまだまだ程遠いが、ひとつの敵に対してこうも団結したのは初めてのことであろう。

好戦的なマシンイーターやアーマロイドの助力もあったが、二つの勢力は確かに協力した。



ドラグ「ジョーよ、加勢に感謝する」

ジョー「よせよ、水くせえ」


熔岩の荒野で握手を交わす二人。

彼らは元々、歩み寄る努力をしていたのだが、一般戦士達には知るよしも無い。


ドラグ「しかし、まさかイノセントハンター、お前にそのような力があったとは」

コートニー「ね」

ジョー「このビーストフォークのガキが、さっきのロックビースト?信じられねえな」

ゲット「………」


並走する3体のウルヘリオンの上で、賑かな会話は夕闇に目立っていた。


ドラグ「だが、我はこの小さきビーストフォークがロックビーストとなる様を見た。偽りは無い」

ホーバス「一体何が起これば、猿が岩石獣になるんだか」


ホーバスは一人、ウルヘリオンの上で呟いた。


夜が闇を濃くした頃には、アーマロイドに乗る一行はドラゴノイドの駐屯地に着いた。

火の民にとって、にわかには信じられない事であるが、掘っ立て小屋と松明の灯りしかないようなそこでは、ヒューマノイドとドラゴノイドが共に酒を飲み交わしていた。

共に戦って友情でも芽生えたか、一角では地べたで焚き火にあたる一団が賑かに笑い、しかしまた別の一角では剣幕な雰囲気で黙々と酒を傾けている。



コートニー「またお酒」


その様を見て、コートニーは溜め息混じりに言った。

後ろでは何故かイノセントハンターが申し訳なさそうに頬をかき、ジョーはがははと笑っていた。


ドラグ「フィオナの森の恩人よ、集落までは遠い…手狭だが、今宵はこの駐屯地で休んでいっていただきたい」

コートニー「んー、そう、させていただきますか」

無垢「ありがとう、ドラグ」

ドラグ「同盟の件、かなり前向きに考えさせてもらう」




フィオナの森。


魔獣虫「オオォオォ!」


手足の生えた巨体が、大木を薙ぎ倒す。


戦場に投入された闇の軍勢に、フィオナの森の原生生物達は劣勢だった。

しかしそれでもビーストフォークやホーンビースト達は地の理を活かし、単調な力押しでくる闇文明を巻き返しつつあった。


翼を生やしたワームが暴れる、そこ以外は。



銀の拳「なんてことだ、効きゃしねえ…!」


狼狽える。何が効かないか、と言えば、それは全てだった。

森の植物よりも頭ひとつ高い、屈強な四肢をもつワームには、ビーストフォークの一切の攻撃が通用しなかったのだ。


「シルバーフィスト!」


前線に馬人、青銅の鎧(ブロンズアームトライブ)が到着した。

彼が持つ木製の盾には紫色のシミが付着しており、ここまでに修羅場を潜ってきた事を教えていた。


銀の拳「どうした!?」

青銅「敵の勢力が弱まらない…!最初は共に戦っていたジャイアントインセクトも、奴らに取り込まれて操られている……!」

銀の拳「ああ…そっちもヤバそうだな……だが多分、ここが一番まずい」

青銅「え?」



青い音が響く。

踏まれてひしゃげた木が木片を散らす。



魔獣虫「ォオオォオオオオォオォ!」


青銅「……!」


青銅の鎧は遠目から見ただけで察した。

野生の勘が、あの生き物はまずいと告げている。



青銅「なんだあれ……!」

銀の拳「わからん!シルバーアックスの話では、奴らの中に仲間の死体を漁るものがいたとか…」

青銅「仲間って……あ…」


思い出す。

動物のパーツを継ぎ接ぎにさせたような異形の魔獣。



青銅「…あの身体…あの翼…」

銀の拳「食ったものを取り入れる力が、あいつにはあるんだろう…しかも奴は、まだ成長を続けている」

青銅「ど、どうすれば…!」


ブロンズアームは、森を荒し歩く巨体に怯えきっていた。


銀の拳「奴の相手は俺らでは無理……生半可なホーンビーストでも難しいだろう」

青銅「俺もここは無理だ!自分の持ち場が最悪だと思っていたが、とんだ間違いだ」

銀の拳「ああ、戻っておけ…そして、もしもグレートホーンを見つけたら伝えてほしい」


銀の拳「あなたの力がいる、と」


夜も更けてきた。


ドラグ「闇の淵からの軍勢、か」

無垢「ああ」


酒の入っていない二人は、落ち着いたトーンで話している。

すぐ傍ではジョー達が頭を揺らしながら寝ているが、駐屯所の大体がこんな状態だった。


ドラグ「我らが助けられておきながら、加勢しないわけもあるまい、だが…」

無垢「?」

ドラグ「我々山の火の民と、淵の闇の民は、古来には友好関係にあったのだ」

コートニー「え?」


これにはコートニーも口を開いて驚いた。


ドラグ「古代魔術師達の祖先、その源流では、火の民と闇の民は同じ道を歩んでいた」

無垢「魔術師?」

ドラグ「今ではほぼ存在しないが、マナを操る技術に長けたヒューマンがいたのだ」


ドラグ「火の文明、そして闇の文明……ヒューマンの大多数は、どちらかに流れていったのだという」

コートニー「それが今のヒューマノイド?」

ドラグ「そうだ」


焚き火がバチリと弾ける。


ドラグ「闇の文明にも同じくヒューマンがいる…両者は場所は違えど、古くからの同胞なのだ」

無垢「だからフィオナは、あえて竜人に助けを求めたのか」

ドラグ「そこまで考えてのことであるならば、随分な切れ者だ」

コートニー「私達の賢者よ?そのくらいは当然よ」


何故かコートニーが誇らしげだった。


ドラグ「ヒューマノイドに限らず、ドラゴノイドの中にも、我々に賛同できない者は現れるだろう」

無垢「え?」

コートニー「火文明の民にとっては、どちらへも加担する理由があるものね」

無垢「あ」

ドラグ「そういう事だ、気性の荒い奴ならば、闇側について何ら不思議はない」

無垢「それでもドラグは、俺らに力を貸してくれる…?」

ドラグ「うむ、我は中立…争いを好まん」


ドラグ「だが今回の水よりの襲撃、こういったものは断じて許せん」


土の上に敷かれた、巨大な魔方陣。

魔獣の灰によって描かれるそれには脈動する光が往来し、強いマナを発していた。


バラガ「我、汝に命ず……」


陣の中央で金のダガーを持つ、一体のダークロード。

甲冑からでも読み取れる胸の起伏は、彼の緊張を示している。


バラガ「我を喰らい、我に属せ」

バラガ「我が血は絆、舐める限りに我に与えよ…」


金のダガーが震えながらに、己の指先に小さな傷をつける。

ぷつりと浮き出した血の玉が、魔方陣へと落ちる。



バラガ「…!」


鼓動が早まる。


バラガ「ぐぁああぁあ!」


指先から血煙が噴き出す。

紅の靄は魔方陣に沿って渦を巻き、新たな血煙を巻き込み大きく、濃くなる。



シルフィ「ああ恐ろしい、くすくす」

邪妃「デーモン・コマンドの召喚…命がけだが、それだけの価値はあるという事だ」


遠目から召喚の儀を伺うダークロード達は、現在召喚中のバラガの姿を沈痛な面持ちで眺めていた。

その後ろでは、淵より僅かに顔を出した、巨人の黒い顔が。


『よき雄姿!素晴らしい!ハッハッハッ!』


覇王ブラック・モナークも、この場を見物していた。

シルフィじゃねえユリアだ


ガミル「――甘美なり」

バラガ「……」


陰った空を見上げると、そこには巨人が居た。

腐臭漂う鎧を纏い、無骨な剣を手にする、闇の騎士。


『おお、“憎悪の騎士ガミル”!素晴らしい、何千年ぶりか……』


巨人の姿を見て、覇王は興味深そうに書を開いた。

巨大な書物に何かを記している。ブラックモナークは、覇王でもあり研究者でもあった。



バラガ「…は、ははは!…お前…名はガミルというのか」

ガミル「いかにも、主よ」

バラガ「ククク…良い、最高な気分だ…!我が支配に従属せよ!ガミル!」

ガミル「御意」


妖姫「ふむ、まあまあ使えそうな悪魔を引いたの、バラガ」

バラガ「はっ…!」


ユリア「じゃあ次はシルフィ、貴女が召喚してみては?くすくす」

妖姫「よかろ」

ユリア「……え?」


バラガ「お待ちを!姫、危険です!」

妖姫「騎士にやらせておきながら、私はやらぬというわけにもいくまい」


『おお、良い心意気だ!妖姫シルフィよ!』


淵から覇王が讃える。


妖姫「覇王、素晴らしい悪魔を御覧にいれましょう」

『うむうむ!実に楽しみだぞ!』


見守るだけと決め込んでいたダークロード達が息を呑む。

やらなけばならない方向へ、話が動いている。


妖姫「………くく」


否。

これはふるいだ。

領土争いの参加者を、今この時より、少しでも減らそうというのだ。

己の身を削ろうとも。


ダークロードは、弱者を許さない。


妖姫「ははははは!」


渦巻く血煙の中で笑い声が響く。

紫に輝く魔方陣。辺りで怯えるゴースト達。


妖姫「我を喰らい、我に属せ!」

妖姫「我が血肉は絆!啜り、喰らう限りに我が下僕となれ!」

バラガ「な、何を!?」



召喚の詠唱が違う。

支払う代償があまりにも大きすぎた。


妖姫「!」


それは術者の指のみならず、腕に裂傷が刻まれることによって確かなものとなった。


バラガ「お止めを!姫、このままでは…!」

妖姫「腑抜けが!それでも我が淵の眷属か!?」

バラガ「!」

妖姫「死ぬ気のない者などここには不要!死を躊躇う者はわらわが滅す!」



血煙の渦が一層濃くなる。


獅子「………」


緩やかに渦巻く血煙の中に、巨大な獅子が姿を現した。

吼えも唸りもしない沈黙の獅子の凄みに、ダークロード達は息を飲んだ。


妖姫「……くく…くくく」

獅子「………」


シルフィにはわかっていた。


この悪魔は強い。

先ほどバラガが召喚してみせたガミルなどよりも、遥かに。



『間違いない…これはまさに、混沌の獅子デスライガー!いやぁ珍しいものを引いた、うむ』


覇王は楽しげに帳面に書きこんでいる。


『しかし、デスライガーを野放しにすれば、ほんの数日でフィオナの森が潰れてしまうなぁ』

邪妃「!」

『進撃はさらなる他のデーモン・コマンドに任せたいところか…』



邪妃「次は私にやらせてもらおう」


マントが翻り、妃は立ち上がった。

無機質な仮面の奥は、どのような表情を湛えているか。


それが何であれ、シルフィは薄く微笑んだ。



妖姫「いいのか、邪妃よ」

邪妃「私は妃でもあり騎士でもある、戦いに繰り出すのはもとより私の務め」

妖姫「くく」


邪妃グレゴリア。彼女は遅れを取るわけにはいかなかった。

召喚は適当に済ませようと企んでもいたのだが、シルフィのデスライガーを見て、そうもいかなくなった。


シルフィのものよりも強い悪魔を召喚しなくてはならない。



呻きを押さえて召喚に臨むグレゴリアを遠目に、ユリアとフリードは耳打ちし合う。


ユリア「次々と無茶な召喚をするわ…」

魔将「仕方ないことかと、ユリア」


血飛沫が舞い渦巻く頃には、さすがのグレゴリアも喘いだ。



魔将「シルフィの領土は落盤で壊滅的な被害を受け、魔獣研究の大きな障害となってしまった」

ユリア「シルフィの合成ね」

魔将「新たな研究材料を確保できる地上での領土拡大は、彼女にとってかなり意味の変わるものです」

ユリア「そのための蹴落とし、か」


腕に人工皮膚を巻き、魔術による治療を行うシルフィに目がいく。

だが何よりも、その背後に佇む獅子に目が泳いだ。


ユリア「……私も臨まなくては…」

魔将「ええ」



フリードは否定をしなかった。

グレゴリアの召喚が終わる。


「………」


薄く紅くかかったもやの中に、巨人はいた。

その7、8mはあろう人型の黒い体躯は、膝を折り、グレゴリアに対して既に仕えることを示すようにしゃがんでいる。



『む?この悪魔は…覚えがない』


ブラックモナークが手帳を捲る。

覇王すら知らない悪魔の登場に、ダークロード達は一時騒然となった。


そして沈黙は、悪魔自身によって破られる。


「我が名はギリアム、邪獄のギリアム」


重く暗い言葉に、息を飲む音が聞こえてきそうだった。


邪妃「…邪獄ギリアムよ、血の主たる私に仕えよ」

ギリアム「御意」


『ギリアムか、ふむふむ、新しい悪魔か……』


新たな発見に心躍る覇王をよそに、グレゴリアは肩透かしを食らった気分であった。

シルフィが喚び出したデスライガーに比肩する悪魔を出したつもりだったが、現れたのは細身の人型。

武器も戦闘向きとは言い難い、外観重視のもの。



邪妃(私の血ではここが限界だったか…)

ギリアム「………」

邪妃「……ギリアム、こちらに来い、他のロードの邪魔になる」


グレゴリアは恥をかかぬよう、そそくさと召喚陣から離れた。。

空になった召喚陣を見て、ダークロード達の間で再びの恐怖が甦る。



妖姫「さあ、次に喚ぶのは誰かの」

ユリア(……お兄様)


ダークロード達に課せられた挑戦。

無慈悲な血の駆け引きが始まる。



ユリア「う……っく…!」

魔将「ユリア!」


よろけた体をフリードが支える。



マギン「………」

ユリア「…私、では…ここ止まりか…」


巨体を見上げるも、その目には失望の色が伺えた。


『暗黒巨兵マギン、ふむふむ、まぁ扱いやすく、投入も容易なタイプといった所か』

ユリア「………」


曖昧な評価からも、控えめな意味は多めに含まれていた。


妖姫「馬鹿なものよ、ユリアも、フリードも」


デスライガーの蒼い鬣を撫でながら、シルフィはほくそ笑んだ。


魔将「………はぁあああぁっ」


邪妃「将軍自らの召喚、召喚失敗のリスクは高いな」

妖姫「ユリアに釣られ、汚名返上の賭け…まともではあるまい」

邪妃「盲目的というか、うむ、馬鹿だな」



紅い靄がかかりはじめた。


邪妃「さあ、悪魔が出るか、それとも術者が死ぬか……」


「――戦の香りかと思えば、血売りの儀であったとは」

魔将「!」


巨大なシルエットが月を隠す影となり、フリードを覆った。


「――我を喚びしダークロードよ、この魔の数、最終戦争でも始めるつもりか?」


鉈のように巨大な剣を持ち、指先から顔に至るまで、全てを包む重装。

銀色の分厚い鎧は、闇の中で妖しく輝いている。



『暗黒の騎士ザガーン!これはまた随分と上位の悪魔を出したものだ!』


銀の騎士を見るや、覇王は両腕をあげて歓喜した。

浮わついたその姿は、ザガーンと呼ばれた悪魔の騎士にも見て取れた。


ザガーン「ブラック・モナーク……」

『覚えていたか』



『まぁ、喚び出したのはロマノフ公ではない、過去の戦はもはや過去』


モナークの巨大な右手がフリードを指す。


魔将「……」

『暗黒の騎士ザガーンよ、今のお前の主君は、その者だ』

ザガーン「…」


鎧騎士がダークフリードに向き直る。

兜の切れ込みに、果たして眼は存在するのか。

重装の中の漆黒は読み難い。


ザガーン「我が名はザガーン、この身、あなた様の血のために捧げる…」


巨人は恭しく跪き、頭を垂れた。

鎧から感じる、眩しくも闇を湛える恐ろしげなオーラを、フリードは間近に感じた。

そして微笑む。



魔将「……ゆるす、存分に振るえ」



ギリアム「………」


強きデーモンコマンドの降臨に、何の反応も示さぬ悪魔が、一体だけいた。


偉大「おお!?なんだこいつらは!」


ぬっ、と梢の影から顔を出したのは、巨大な角獣の頭。

気高い螺旋の双角、闘志がたぎる目。

彼の名はグレートホーン。

ホーンビーストきっての力持ちだ。



「敵だべ!でかいべ!」

「うげえ!間違いね、こいつがフィオナだべ!」


慌てるヘドリアン。粛々と戦闘準備に移行するリビングデッド。

どちらの行動も、グレートホーンには関係ない。



偉大「うおおお!勝負だぁあああ!」


その叫びと共に繰り出されたラリアットが、木々を薙ぎ倒しながら、闇の歩兵達を磨り潰した。

戦闘開始と共に、全てが決したのだ。



偉大「お?なんだ、つまらんなぁ」

青銅「兄貴~…」


銀の拳「くぅっ…!黄金の翼の空中攻撃ですら刃が立たないというのか…!」

戦斧「地上正面からいくしかねぇ!」

銀の拳「急ぐな!まだだ、グレートホーン殿が到着するまでは…!」

戦斧「そんなの待てるわけないだろ!?これ以上やつの進行を許せば…!」


ビーストフォーク達は、一体のワームの対処に困っていた。

青銅の鎧に案内を任せるべきだったかと今更な後悔が押し寄せるが、考えても仕方のないことだった。



銀の拳「……」

戦斧「あんた、決断を」


銀髪団の長、シルバーフィスト。

彼の眼前には、何百もの獣人たちが、意を決した表情で並んでいた。



銀の拳(…かますしか…ねえってのか…)



丸太のように太い腕が上がる。

下ろせば、ここにいる過半数の同胞が死ぬだろう。



葛藤の最中に、それらはフィオナの森へ飛来した。


銀の拳「なん……!」


光の翼が金の粒子を振り撒き、半回転して再び空に上がる。

目にも止まらぬ空のアクロバットは、カオスワームの反撃を上手く避けながら、着実にダメージを与えていた。


「ウジュゥゥウゥ…!」


応戦の意思を示していたワームもついに諦めたか、黄金の飛翔体とは反対方向へ歩き始めた。



黄金「……ワームが」

銀の拳「去ってゆく……」


木陰に控えていたビーストフォークが顔を出し、逃げ帰るカオスワームの翼を眺める。

敵の撤退。こちらの勝利だ。


銀の拳「礼を言わせ」

ローク『我々光の民は、先程の闇の異端を抹殺するために動いている』

ローク『それにあたって、奴等と対立関係にあるフィオナの森の現地民と共闘関係を結びたい』

ローク『正式な同盟成立のためにフィオナと交渉したい、現在のフィオナの居場所は?』


息継ぎ無しの電子音声は、案外と容易く頭に刻まれた。

しかしどうにも話の通じにくそうな相手だと、シルバーフィストは厄介に感じた。


「同盟…」

「フィオナの森の住人でない奴と?」


生き物には到底見えない姿のロークを眺めるビーストフォーク達から、困惑の声があがる。



銀の拳「フィオナの意志を聞くべきだ」



戦うことを許された使徒、“イニシエート”は、光文明の中でも指折りの戦闘力を持つ。

その力はガーディアンにまでは及ばないが、多様な攻撃方法から敵を翻弄する技術を、彼らは持っている。

ガーディアンが力の守護なら、イニシエートは技の尖兵だ。



ローク『更に速度を』

黄金「これが最高速だよ、くそっ!」


先導する鳥のビーストフォークの背後に、ロークがぴたりとつける。

飛行能力が低い種族ではなかったが、イニシエートと速さ比べができるわけではない。


同盟が結ばれる以前に、個人レベルでの関係は悪化していた。


無垢「……」


朝の日差しで強調された、油臭い空気で目をさます。

周囲を見れば、焼きレンガと鉄パイプの高度な文明が築かれている。

彼のいる小さなベランダからは、パイプ製の曲がった煙突から小さな煙がもくもくと立ち上ぼり、その数はひとつの視界からでも9つは確認できた。



「おはよう、もうドラゴノイドの里よ」

無垢「?」


声する横に振り向けば、細身の少女がベランダの柵に腰かけている。

脚をぷらぷらさせ、あくびをひとつ。


コートニー「ふぁああ、まぁ、あとは帰るだけね」


無垢「俺は寝ていたのか」

コートニー「ええ、ぐっすりね」


もともと無口なビーストフォークなので、いつから寝息を立てていたのかは定かでない。

いつの間にか眠ってしまっていた彼の姿は、「やはり子供」であると、大いに宴の場を和ませたものだった。

それを彼自身に言うつもりもなかったので、コートニーはくすりとこぼした微笑みを隠すように、話を変える。


コートニー「フィオナの森に協力してくれるのは、ドラゴノイドだけじゃない…ヒューマン達の一部も、来てくれるらしいわ」

無垢「本当か?」


ええ、だけど。と昂りのない一拍を空けて、コートニーは言う。


コートニー「一部のヒューマノイドとドラゴノイドは、全く別の動きをするみたい」


無垢「……分裂は、どうにもできないのか」

コートニー「仲間との結び付きが強い文明ではあるけど、それぞれの考え方まで統一するようなものではないのよ」


柵から飛び降り、尻についた柵型の皺をごしごしと擦る。


コートニー「好き勝手なやつらってこと。気にする必要は無いんじゃない?」

無垢「……」

コートニー「ドラゴノイドやヒューマノイドの片割れと戦う事になる覚悟はいるけどね」


皺を直しながら言われても、そう容易く自信もつかないイノセントハンターであった。


そうこうしてるうち、階下からジョーの良く通る声が響いてきた。


「出発するぞ~」

コートニー「わかった、待ってて」



無垢「…ぉお……」

コートニー「うわ」


呑み込みかけた生唾も止まるくらいだ。

ジョーとドラグに町の外れまで案内されると、浅い勾配の丘一面に、部隊が敷き詰められていたのだ。



ドラグ「賛同し、フィオナの森に力を貸すと申し出た者達だ」

コートニー「こんなに?」

ジョー「戦いたいってだけの連中じゃねぇ、奴らは自分が死のうと、最後まで戦い抜くだろう」

無垢「……何故?」

ジョー「そこはお前らが気にする事じゃねえさ」



ドラグ「心酔しているのだ、ここに立つ皆がな」


伏し目のドラゴノイドがしゃがみ、イノセントハンターを正面から見据える。


ドラグ「ドラゴノイドは勇気ある者を讃える……他種族のために命を賭し、巨岩獣となり救った…」

ジョー「心酔ってのは俺らヒューマノイドもそうだぜ、お前らの勇姿に英雄を見たのは、こいつだけじゃない」



ジョーの傍らにいる少年の髪が乱暴に撫でられ、しかし少年は嫌そうな顔をしなかった。



隊列はリザードやアーマロイドに乗り、その人数に見合わぬ早さでフィオナの森へと行軍した。

道中でも、一帯の生態系の頂点を率いた旅団に襲いかかる生き物はなく、そのため心中も穏やかな旅であった。

唯一気がかりなのはアーマロイドの燃料切れであるとし、フィオナの森での戦闘を憂いる者は居ない。


気楽なものだった。


ゲット「ねえ、スノーフェアリーってどのくらい生きるの?」

コートニー「あ~?んー、生きようと思えば何十、何百年も生きるんじゃない」

ゲット「え、……じゃあ君は今、いくつ…?」

コートニー「さあ、いくつだと思う?」



2つ隣のアーマロイドに乗った二人を眺め、ジョーが静かに笑っていた。


ローク『基準値を上回るマナを観測』

ローク『“カオスワーム”と不一致、敵性保留』

ローク『ソースを探索』


大自然に不釣り合いな黄金が、人と同じ高さを飛行している。

彼らは周囲に浮かぶ蛍のような光に反応しては、互いに情報を交換しているらしかった。



「光の民よ、何用か」


だが彼らの情報収集も無駄になる。

数値異常の大元が、自ら近付いてきたのだ。



ローク『フィオナ』

ローク『“護りの角”』

ローク『自然文化圏の長』


イニシエートがざわめく。


フィオナ「……」


碧にひかる目が、金を射止める。

ロークは声らしき金属音を鳴らし合っては、ちらちらとフィオナに関心を向けていた。

そうして考えがまとまったのか、一体のロークがフィオナの前に出る。



ローク『我々は光の民、自然文化圏に協力を要請するため、やってきた』

フィオナ「協力とは」


尊大な口調も気にせず促す。


ローク『危険な闇因子の抹消』

ローク『光の塔に害を及ぼす個体を発見した』

ローク『対処しなくてはならない』



フィオナ「お主らも勘づいていたか」


ロークの目が誇らしげにきらりと光る。


ローク『ガーディアンがマナの爆発を観測し、それは無視できない値になり得る』

ローク『マナの係数に異常が発生していた』

ローク『看過すれば、それは精霊をも凌駕する驚異となり得る』

フィオナ「精霊すら、か」


森の賢者も、相手の力の底の無さには気付いていたが、精霊以上になり得る。

そう言われると、考えてしまう所はあった。


当然、諦めるわけではない。覚悟を決める。帯を絞め直すという意味だ。



フィオナ「共に戦おう、光の友よ」

ローク『今こそ結束の時』


使徒の体に光子が満ちる。


ガミル「いざ」

マギン「往かん」


先頭に並ぶ二体の悪魔。

続くリビングデッド。

取り巻くゴースト。


聖者でなくとも、盲目でも、彼らの行軍に近付けば、言い知れぬ嫌悪感に逃げてしまうだろう。



ザガーン「主に勝利を!」


振り上げる剣。

さらに沸き立つ一群。


フィオナの森、最大の危機が迫る。


「フリード様!」


鎧に着飾った陣内に、下級貴族が馳せ参じる。

最後にピアスをつけようと構えていたフリードが固まる。


魔将「何事だ」

「詳細は…不明!“火の軍勢”と名乗る者達が、我々に加勢したいと…!」

魔将「火の軍勢?…火山の奴らか、なんとまぁ……」

ユリア「…どうなさるおつもり?」

魔将「デーモンコマンドが加わった今、弱い兵などいらん、突き返せ」

「…それが…そう考えたのですが…奴ら、どうにもならぬ程に強く」



言い終える前に、爆音が鳴り響く。


爆発に掻き消されたのは声ではない。

その大元の、下級貴族だった。


魔将「――」


目の前の自体に迷わず剣を抜き放ち、


邪妃「――」


立てていた聞き耳は体は素早くウィップ・サーベルを構え、


ユリア「――」

妖姫「――」


盤上遊戯に興じる二人も、マナを練った。


最初から自陣の者すら疑う彼らに、隙はない。



「いいな、そのリアクション、戦争って感じで」


爆風に焼け焦げた貴族へ歩み寄る人影。

悠然と陣地に踏み入る者達。



魔将「……何者だ?」


問うた大将に、彼らは答える。


「闇の支援攻撃かね?」


魔将「闇の――」


真上の巨大な影に気付いたのはその時だった。

フリードを含め、大多数のダークロードが自陣への侵入を許した失態に驚愕したが、一部の者は自身の正気を疑った。


気付かないはずがないのだ。

爆発に気を取られる程度で、“これ”の気配を見失うわけがない。


宙いっぱいに翼を広げる、この巨大なドラゴンに。



ユリア「龍……!」

魔将「構え!」

「まぁ待てよ」


闇の陣地に総攻撃が触れる前に、その者は制した。



「闇の支援攻撃だって言っただろ?ガルクライフドラゴンを含め、俺らは味方だ」

魔将「……!味方だと?」

「ああ」


ブラスター「俺らは熱い戦いの中でこそ、ドラゴノイドたりえる存在だ」

「ああ、温い戦場に身を投じるなんざ、馬鹿な考えだ」

「フィオナの森を守ろうなんてな」


聞き捨てならない言葉だった。


邪妃「フィオナの森を守るだと?」

ブラスター「同盟さ、ドラゴノイドとヒューマノイドの多数は、あっち側に加勢した」

魔将「なんだと……」


新たなる戦力の補充。一つの文明の敵対。

それは簡単には測ることのできない、あまりにも大きな誤差となるだろう。


ブラスター「だが、ここに来た俺ら違う、立派なあんたらの援軍だぜ?」



竜人、機人、機神兵。

ゲッコー、ワイバーン、ドラゴン。


魔将「……」


目移りする面々。

彼らもまた、無視はできぬ勢力だ。




軽プレートに身を固めたヒューマノイドが前へ躍り出る。

背中にミサイルランチャーを背負った、物騒な姿のヒューマノイドだ。


ミサイル「アーマード・ドラゴンも2体いる、あんたら、何が不満だ?」


不信に躊躇う事のどこに非があるものか。

と考える前に、ダークロード達はバックの龍を見て尻込みしたようだ。



ミサイル「大爆発以来、龍と空の文明の奴らとの間では、軽い争いが起こっているようだ」

魔将「…ほう……初耳だ」

ミサイル「空の支配者争いってやつだ、見たことはないがな」



ブラスター「おいおい、プライドの高いアーマード・ドラゴンが味方につこうって話だぞ」

ミサイル「闇のお貴族様は、ひれ伏す子犬がお好みかい?」

妖姫「くくく、良いよる」


片耳に話を聞いていたシルフィは嘲った。



妖姫「龍、良いではないか、龍、のう」

魔将「……」

ユリア「貴重な援軍、逃す手はないわ」


沈黙を保ちつつ、有力な貴族は彼らの存在を細々と肯定した。

いかに無礼な登場をかまそうとも、龍の謁見とはつまり、そういう事だった。


強さに全てを見いだす闇の支配者。

彼らの奥ゆかしさは、文明を超える。



魔将「いいだろう、こちらとしても有り難い限りだ」

ブラスター「話がわかるな」

魔将「いつか戦うであろう、天空の住人…フィオナの森のついでだ、夢見の神殿も焼き払って損はない」


ダークロード達の展望に果てはない。

地上の領有権が尽きれば、次は上を目指すしかない。

遥か雲の上の住人であっても、いつかは戦うべき相手だった。


『ふむ、龍か…良い兵が手に入ったな』


ブラック・モナークも賛同している。



ギリアム「……」


自陣に構えて動かない悪魔は、やはり反応を示さなかった。



一方その頃の海底都市。

サイバーロード達の会議には、以前のように急を要する気配が無くなっていた。

問題が消えたのだ。



アクアン「にひひ、多すぎる溶岩は陸地を増やして、海まで流れなくなった」

シュトラ「防波堤を作らないで良かったね」

ウォルタ「……」


あれだけの騒動があって、結局は防波堤いらない。

嫌になるわけではないが、無気力になりそうだった。


ウォルタ「結果論だが、プログラムを2つ解放する意義もあったというものだな…」

エメラル「防波堤を作る必要も無くなったしね」

シュトラ「けど問題は残ったね」


落ち着いたトーンに皆が黙る。


アクアン「お前の言う問題は深刻っぽいからなぁ、にひひ」

ウォルタ「なら笑うな。で、シュトラが問題だと思う事は一体?」

シュトラ「簡単な話だよ」


シュトラ「僕たちは火文明に負けたってこと」


水色のクッキーをかじりながら吐くセリフが耳に障る。

認めたくない明らかな事実に、ウォルタは額を押さえた。


ウォルタ「……そのために拠点を強化しているんだろ」

シュトラ「不十分だね」




トロピコ「ふじゅうぶん……」

シュトラ「不十分、だってそうでしょ?戦力差があれば、攻められた時は負けるよ」

ウォルタ「…海底都市だ、迂闊に手を出せる場所では…」

シュトラ「出せるよ、あの火山文明だけでも、龍もいれば巨岩獣だっているんだから」

エメラル「具体的にどう攻め込んでくるかのイメージはないよ、けど油断は破滅の象徴だよね」


ウォルタ「……」

アクアン「にひひ、思ったよか厄介なのに喧嘩売っちまったわけだよな」

トロピコ「なんとかたいさくをうたないと!」


シュトラ「今の勢力図はこう、まず海がある」

アクアン「にひ、これ海底都市?」

シュトラ「適当なモデリングでごめん」

エメラル「気にしないよ、続けて」


フォローをうけて、シュトラは手元のホログラムを操作する。


シュトラ「一番違い大陸にまずは火文明、龍の火山」

トロピコ「ふむふむ」

シュトラ「あとは海岸沿いの遥か向こうには、別文明の領土がある」

ウォルタ「同じ蛮族だな」

シュトラ「深い森林に囲まれた、仮に自然文明とでもしようか」


立体の土地モデルが縮小され、全体像に主眼が置かれる。



シュトラ「そして、空には天上遥かな機械都市、光文明だ」


モデルの上空ほぼ全てに、細い何かが無数に現れた。

天空の塔だ。


エメラル「水は全てが領土」

シュトラ「水は全てを見透す、海岸付近は全て把握済み」

ウォルタ「…大地震以降の、今までの陸での勢力闘争は全て、か」


細く青い手を組む。


アクアン「さしずめ水、火、光、自然、てとこかね」

ウォルタ「まだもうひとつあるよ」

アクアン「え?…あ~」

ウォルタ「マナを操る魔導師達の末裔がいる文明のひとつ…今までは地下に隠遁を決め込んでいたが、それはさしずめ“闇”か」

アクアン「にしし、まぁ、でも奴らは陸地の地下じゃん?俺らにゃ関係ないよな」

ウォルタ「ああ、我々が気にかけるのは二つだけ」


ウォルタ「地下でも天空でもない……海岸を有した自然文明と、火文明のみ」

シュトラ「対処は必要だね」


高い木々の道に入り始めた。

アーマロイドのキャタピラーはがたがた鳴り、機体は大きく揺れる。

多少の砂利道などはものともしないアーマロイドだが、乗る者がそうとは限らない。

揺れが大きいという事は、そのまま添乗者の気分を害するという事だった。


ゲット「うぐ……」

コートニー「……」


一機の上は特に酷い有り様だった。

大きく上下を繰り返す機体に、二人とも耐えられなかったのだ。


ジョー「やれやれだな」

ゲットとコートニーが上下(意味深)

>>584
つぎはないぞ


ホーバス「幅はあるが、起伏が駄目だ……アーマロイドは単体で進ませよう」

ジョー「それが良いみたいだな……自然の厳しさってやつかね?」

ホーバス「いつだって認識の甘さが悪いのさ、俺らはな」


行軍は一旦止まり、全ての者が徒歩で進む事になった。

先頭ではイノセントハンターが誘導し、そのすぐ後ろにドラグとジョーらがつく形だ。

コートニーは、ドラゴノイド兵の広い背で休んでいる。



ドラグ「ここからフィオナの謁見まで、どの程度の時間を要するだろうか」


戦杖で土を突き、ドラグはイノセントハンターに訊ねる。

イノセントは後ろ歩きで答える。


無垢「あと半日もしないはずだ」

ドラグ「……」


半日。それは短いようでいて、山奥では厳しい時間だった。


エグゼ「おいおい、大丈夫かよ」


コートニーを背負う一般兵のドラゴノイドが、暇を持て余して声をかけた。

対するコートニーは、先ほどまでのアーマロイド酔いに正気を保つ事が精一杯で、ろくな答えを返せない。


具体的には「あぁ……」だとか「まぁ……」だとか、体調の波が時化ている時は「知らない……」とぼやいているといった具合だ。

無愛想な荷物だが、彼女を背負うエグゼドライブとしては、物珍しい種族とのコミュニケーション自体が新鮮なのか、不満はなかった。


コートニー「ぅうあ~……もう乗らない……」


行軍はしばらく静寂の下に行われていたが……。




無垢「……」


まず胸騒ぎを感じ取ったのはイノセントハンターだった。

静かなフィオナの森。

何度も何度も駆け回った、自分の庭。


比べられるからこそわかる。森を静寂が包んでいると。



コートニー「どうしたの?」


竜人の背中にもたれる彼女が、物言わぬが故に、見る事でしか態度を汲み取れないイノセントの微妙な違和感を訊ねた。

イノセントは首元のスカーフで鼻を拭う。



無垢「野生生物が…近くにいない」

コートニー「……そういえば」


彼女も違和を感じ取った。

虫や小さな動物の声に満たされたフィオナの森が、無音なのだ。


耳を傾けても聞こえるのは、風が葉を揺らす音ばかり。



コートニー「不気味ね……何があったのかしら」

無垢「急ごう」

コートニー「賛成かな」


ジョー「おい」

ホーバス「なんだ」


早足で森を歩く。


ジョー「あの二人、急いでないか」

ホーバス「みたいだな」


先頭のイノセントとコートニーが足を早めたらしい。


軽やかに悪質な地形を駆ける。

氷の結晶は滑るように走る。


後続の増援は、少しずつ離されていった。


ジョー「ちっ、見失わないように、俺らがなんとかするしかねえか」



無垢「っ」

コートニー「!」


それは露骨なマナの流れの変化だった。

たゆたうように細く、浅く流れていた自然のマナの中を、邪悪なドロドロしたマナが、流れの底を掘るように、正面からやってきたのだ。


無垢「危険な気配がする」

コートニー「ええ、不味い気配だわ……」


二人は歩みを止めた。何歩か下がり、正面の威圧から距離を取る。


無垢「……森が静かなのって…」

コートニー「今は言ってもしょうがない、来たやつだけを迎え討ちましょ」


無垢「わかった」


ジョー「! どうした」

無垢「何かが来る、近い」



二人の中にだけあった嫌悪感は強まり、やがてそれは足音となって、誰しもの耳にも届くようになった。

地面を叩く幾多の足音。次第に大きく、近くなる。



ドラグ「竜人の子ら、聖戦に構えよ」


戦杖を指先で弾き、人の耳には響かない高音を奏でる。


「戦いだ」

「現状で待機」

「始まるか」


隊列のドラゴノイドは臨戦体制となり、ヒューマノイドもそれに倣う。

自然と火の連合が準備を整え終えた頃には、近付く足音も露骨に聞こえてきた。



「哨戒なんて面倒だべ」

「斥候だべ?」

「どっちでもいいべ」


彼らの声も。


べだん。びだん。

水気混じりの足音は、すぐそこに。

独特の嫌悪感催す腐臭と共に、呑気な喋り声まで聞こえてきた。


五感いずれかに反応し、だれもが敵の出現を悟った。



ジョー「この臭い、この嫌な感じ……闇の奴らで間違いねえな」

無垢「臭い」

ホーバス「焼き払えばマシになるかもな」

コートニー「それ良いわね」


細い手を組み合わせ、コートニーは祈った。


コートニー「世界よ、怒りの激情に応えて…」


周囲がパチパチと明滅し、光の珠は現れた。

赤、赤、赤、黄、緑。

暖かみのある、しかし攻撃的な配色だ。



コートニー「…みんな力を貸して!戦うわよ!」

「「「ウォォオォオォオオオ!」」」


ザク。

鋼鉄の爪が、ヘドリアンの半身を吹き飛ばす。


「ぎゃ~!?」


叫ぶ間にも、さらに一撃。

下半身と胴だけが残り、あとは土に崩れ落ちた。


先鋒ブレイズクロー。

誰よりも早く戦場へ駆け付けては、一撃を繰り出す武闘派。

だが彼の真骨頂は、決して一度きりの一撃離脱ではない。


ブレイズ「ッシィッ」


一体目のヘドリアンを倒すや否や、直ぐ様もう一体の懐へと滑り込み、爪を叩き込む。


「こ、こんのお!」


呑気なヘドリアンもさすがに危機感を抱いたか、勢いの冷めないブレイズクローへと襲いかかる。

だが。


ホーバス「おいおい、射的かよ」


ホーバスの砲腕が火を吹き、固まるヘドリアンの一体に“何か”がめり込むと、その一角は派手な爆音を轟かせて四散した。


ブレイズ「シッ!まさかヒューマノイドと組むことになるたあなァ!」


ブレイズクローは援護がある限り、止まらない。


ゲット「いけ!ゼノパーツ!」


前線には少年の姿もあった。

顔や手足を機械化しただけの、生身の多いヒューマノイド。

弱点が晒されている事は大きなハンデだが、彼の腕の得物には関係がない。



ノコギリ「キュイイイィ!」

「んぎゃあぁああ!」


小さな鉄屑がヘドリアンの足下に滑り込み、その身を回転させる。

ノコギリだらけのボディは瞬く間にヘドリアンの兵を切り刻み、辺りを“沼”に変えてゆく。

「こっ、このっ」



小さな驚異を恐れた泥男が、金属ゴミの塊を握りしめてノコギリの背後に近付く。

そんな彼の頭部は爆風で消し飛んだ。



ゲット「持ち主を忘れてもらっちゃ困るね!」


爆発する銃弾。

ゲットの腕は、小さな大砲だ。


無骨な刃が引きちぎる。

弾丸が敵を炸裂させる。

火炎の噴射が、土に崩れ落ちたヘドリアンを無毒な消し炭に変える。


コートニー(すごいわね…!)


彼女の呪文が弱いわけではない。

周りの派手さに、呪文が霞んでいたのだ。


詠唱がなくとも繰り出される火器や銃器の並外れた威力こそが、火と自然文明の違いを最も表していると言える。



無垢「らァ!」

「あぎゃっ!?」


ふと横を見ると、無垢の宝剣を振り回しているイノセントハンターが見えた。

自身より大きな宝剣を振り回す彼の姿に、なんとなく微笑ましいと思ってしまうコートニーがいた。


この場のどんな火器よりも強い力を持つ無垢の宝剣。

未だ抜き放たれぬ魔具の力は、この戦いにおいて、皆に精神的な余裕をもたらしている。


ガシャン、と、巨大な火器が構えられる。

固い金属のレバーを引くと、火器は高温の炎を噴射し始めた。


ヘル「ヒャッハァー!」


バーニングヘル。

炎は土の上に残った有害なヘドロを焼く彼の姿が、それまでは“生け焼きねバーニングヘル”と呼ばれ恐れられていたとは、イノセントハンターは気付くまい。

ヘドロは「そのままではまずい」とのコートニーの呟きを、ドラグが密かに聞き届けたのだ。

ヘドロ処理を頼まれたバーニングヘルは意外にも、のどかな加熱処理を気に入ってるらしい。

的が動かないから楽だ、とかなんとか。

フィオナの森は地獄だぜ、とかなんとか。


つまりは、勝ったのである。

ヘドリアンの斥候に。


呪文でも野生の力でもない機械文明のポテンシャルに、コートニーは気圧されていた。

こんな武器もあったのか、という新鮮な衝撃。

だが耳を悪くする発砲音は、決して静かではない。


心強いが好きにはなれない。

素直な感想だった。


ジョー「味方さんはいないんかね?」

コートニー「ん~、あとすこしかな」


味方の匂いはする。

イノセントの嗅覚を頼りに歩いているため、闇雲に探しているわけではない。


ただ、ヘドロやキマイラの腐臭が強烈で、捜索がうまくいっていないのだ。

ビーストフォークの匂いは、確かに漂っているのだが。



コートニー「どう?」

無垢「……わからない」

コートニー「おかしいわね、もっと進む?」

無垢「ああ」



ゲット「匂いで進んでるの?」

コートニー「そうよ」

ゲット「うっそだぁ~」

コートニー「ビーストフォークの嗅覚は侮れないわ、ヒューマンとは比較にならないくらいとも言われているし」

ゲット「…ふーん…」


訝しげにイノセントを見る。

鼻はスンスンと鳴り、目的のものを探っている。


ゲットも真似をしてみるが、森の匂いが漂うばかり。



ゲット「わかんないぞっ」

無垢「…?」


いつの間にか横に並ぶゲットは、少し煩わしい存在だった。


ゲット「イノセントだっけ?」


鼻を鳴らす獣人に問う。

赤い目はこちらに向いた気がした。


ゲット「その大剣、さっきはブンブン振り回してたけど、軽い剣なの?」

無垢「かなり軽い」

ゲット「ちょっと持たせてよ!」

無垢「わかった」


嫌そうな顔ひとつせずに、イノセントは無垢の宝剣を抜き放った。


コートニー「ちょっと、大事な時に何遊んでるの」

無垢「少しだけ」


戦いや使命とは関係無い事をしている自覚はあるらしい。



ゲット「わ~…、すっげ…」


抜かれた宝剣の刀身は、見事な“無色”だった。

本体は太陽光を反射せず、向こう側の景色を鮮やかに映し出し、その代わりに刃には僅かな白い曇りが見て取れる。

それがわざとつけられた曇りか、本来必要のない光なのか。それはわからない。


ゲット「どれ、握ってみよ……っ!?」


宝剣を受け取ったゲットの表情は驚愕に染まり、手は一瞬、握力を失いかけた。


コートニー「やっぱり、抜いた後もこれは変わんないか」

無垢「赤だ」

ゲット「え、えっ!?これって不味いことしちゃった!?」


真っ赤な石の剣に変化した無垢の宝剣を持ち、ゲットはしばらく狼狽えていた。


無垢「あ」

ゲット「え?」


イノセントが赤い大剣を取り上げると、剣は再び無色透明となった。

突然剣を取られたゲットは戸惑う。


ゲット「や、やっぱり今の不味かったかな」

コートニー「どうしたの?」

ジョー「なんだなんだ、騒がしいな、ウンコか?」

コートニー「最低」

ジョー「った!てめぇ」



彼がローキックされていり間にも、イノセントはそっちのけで周りを見ていた。

そして何に気づいたか、イノセントが進行方向を見据る。

本当に何事かと周囲も不思議そうに見合わせいると、ゆっくり歩いてきた後続のドラグが獣人の子に並んだ。


ドラグ「敵か、イノセントハンターよ」

無垢「敵かもしれない」


静かすぎる森が続くだけかに見える正面。

しかし、イノセントは確かに感じ取った。


何かが近付いている。

しかしそれは自然の中で黒に白が混じったように、灰色でおぼろ気だった。

闇の住人とも少し違う気配を感じるのだ。

このグレーな感覚は、同じ森の同胞かもしれない。


初めての感覚に、判断は躊躇われた。


コートニー「…?あー、わかった、あんたの感じてる違和感…なんだろうね、これ…近付いているけど、わからない」


マナを感覚的に把握できるコートニーも、額ののヘルムをコツコツと指で叩いている。


コートニー「本当になんだろ、とにかくみんな気を付けて、何か来る!」


蜘蛛人間が爆ぜた。

赤い爆風は、同盟隊の視界全てを埋め尽くした。


ゲット「わっ」

コートニー「きゃっ」


熱と埃の余波が駆け抜ける。

誰もが思わず顔を覆った。


ジョー「おいおいホーバス、“一撃必殺”じゃ満足できなくなったか!」

ホーバス「ばかやろ、まだ撃ってねえよ!」

無垢「撃たないであの威力……」

ホーバス「いやだから撃ってねえっつってるだろ!」



肌を焦がしそうな余波が止んだ。


翼を広げた全長は6mにはなるだろうか。

金色のボディには曲線が多く、あからさまな接合部は見えない。


宙に浮く性能、外観、あらゆる面で、火文明のアーマロイドのそれとは一線を画すものだった。



ジョー「こいつは……」

ゲット「空の奴ら!」

無垢「?」

ホーバス「俺らにはあまり良い意味で馴染みのある相手じゃないんだ」


気のきいたホーバスの耳打ちで、イノセントハンターは状況をぼんやり把握した。

対して警戒を緩めることのないコートニーは、目の前で傲岸げに浮遊するガーディアンを睨む。



コートニー「なんでフィオナの森に?」


金色の機体の奥に瞬く“目”らしきそれが、一定のリズムで鼓動を変える。

それが何らかとのコミュニケーションであることに気付く頃には、ガーディアンは言葉を発していた。


『空を守らぬ守護者、言うなれば我が守りは我が“神速”、我が随行を達成する神速の守護者、リエス部隊大地の狩人“グラン・リエス”』


誰もが互いの顔を見合わせた。

この黄金のロイドは、今何と言ったのか。

言葉自体は聞き取れても、使い方に問題があるらしい。



コートニー「あのね、少し難しいから順を追って……」

無垢「フィオナの森を守ってくれるのか?」

『手段は選ばないが、そのような認識で構わない』

無垢「ありがとう」

コートニー「………」


何故通じる?

進む話に反して、部隊の精神は遅れを取るばかりである。


コートニー「えーと、貴方たちは何故、フィオナの森に加勢するのでしょうか」


長い髪の毛先を指で繰り巻いて、コートニーは訊ねる。


『蒼天時、危険な敵性因子を観測した』

コートニー「危険な敵性因子……?」

無垢「リエス達のマナは怖い雰囲気がない、大丈――」

コートニー「ちょい黙って」

無垢「痛っ」


髪留めの大きな翡翠玉をぶつけられ、イノセントは頭を抱えた。



『夢見の神殿に害為す可能性をもった因子、その芽を摘まなくてはならない』

ドラグ「夢見の神殿にだと!?」


戦杖を揺らして、ドラグは前に躍り出た。



ジョー「どうした旦那、そんなに驚いて、らしくもねぇ」

ホーバス「夢見の神殿とは?」


ドラグ「……天空に存在する、彼らの本拠地のようなものだ」

『正確には預言者たるライト・ブリンガーらの住処だ』

ジョー「ますますわからんね、そこが教われると何が困るのかも含めて、詳しく教えてくれねえか」


場をまとめたジョーの言葉に、しばらく眼を点滅させたグラン・リエスを確認して、まず口を開いたのはドラグだった。


ドラグ「…龍、つまりドラゴンにとって、彼ら空の…光の民は、敵だ」

無垢「敵?」

ドラグ「光の民は、空の全てを支配していると主張する一方で……ドラゴンもまた、空の支配者を名乗っている」

コートニー「領土があるじゃない」

ドラグ「両者とも、空はどこまでも自由な空なのだ」

コートニー「……譲らないわけか」


ドラグ「誇り高きアーマード・ドラゴンは、その矜持に泥を塗る輩を決して許さない」

ドラグ「ドラゴンは遥か昔から、幾度となく光の民を襲撃した」


ドラグ「狙いは常に変わらん、司令塔“夢見の神殿”」


ドラグの目がゆらりと揺れて輝いたのを見て、イノセントはどこか恐ろしげな気配を感じた。


ジョー「なるほどな……が、しかしそこにいる光の飛行機さんの言い方じゃあ」

ドラグ「ああ、夢見の神殿は難攻不落、ドラゴンすら辿り着けぬ光の聖域だ」

コートニー「ドラゴンですら手出しをできない聖域に危機感を与える“闇の軍勢”、か」



『領土を侵す闇の征伐はそちらの目的でもあるだろう』

コートニー「当然です」


むしろあなた達以上にね。という気迫が、ガーディアンに伝わったかはわからない。


『決定だ、これより我々リエスの部隊は、そちらと同盟関係を結ぶ』

無垢「ありがとう」

『そちらを現地種族“ビーストフォーク”、“スノーフェアリー”、“ヒューマン”と推測する』

ジョー「あ~、俺らは別だ、隣の火山方面からやってきた、また別の加勢部隊だ」

『理解した』


ドラグ「………」

ホーバス「それで、こっちにいる彼らはドラゴノイド、同じく加勢組だ」

『“ドラゴノイド”、理解した』

ドラグ「……待たれよ、ガーディアン」

『何だ』


ドラグは一歩踏み出し、ガーディアンを正面に据えた。


ドラグ「我々は龍を信仰し、龍への昇華を望む竜人だ」

『………』

ドラグ「龍が光の民の敵であるならば、我々との同盟は成り立つのか」

『成り立つ』


『ドラゴンでないならば、問題はない』


ドラグ「………」

無垢「………」


沈黙していたのはほんの一瞬のことで、誰しもが深く考えずに同盟を心強く思っていた。

イノセントハンターだけは、静かに怒りを青く燃やすドラグの表情なき横顔を見ていた。



『グローリー・ストーンをそちらに渡す。数は1個毎、携帯し非常時の使用を推奨する』

ゲット「わ、なんだこれ」

ジョー「ほお」


全ての者の前に、淡く光り輝く小さな石が現れた。

それぞれ石を手に取り、眺めたり擦ったりしている。光る以外には、これといった要素はない。



『使用方法は投げること。強く発光し、この反応は我々ガーディアンを召集させる』


つまりは信号弾。

真上の空に投げることで、他の種族との連携もできそうだ。


コートニー「純粋な光、まぁ、もらっておくわね」


光の珠を扱うコートニーも、光の魔術が得意なわけではなかった。


無垢「綺麗だ」

ジョー「すごいな…」



コートニー「ワーム…そういえば前に、大きな芋虫を見たけど…」

『奴らはあらゆるものを食らって成長を続ける“災厄の卵”だ』


ガーディアンは黄金の翼を閉じ、本体の推進力だけでゆっくりと森を進み始めた。

ヒューマノイドとドラゴノイドはその後をつけるように、長い列で歩く。


『獣、虫、既に様々な生物が食われ、中には身体を乗っ取られた者までいる』

無垢「……!」

『カオスワームは翼を手にいれ、夢見の神殿に牙をむ』







(電車で寝落ちしました)


ジョー「思っていた以上に、キナ臭いことになりそうだぜ」


片腕の火炎放射器を仮起動させ、ジョーはふてぶてしく笑った。

隣のホーバスもまた、砲腕に追加弾を装填する。


見れば、彼ら火の客人は皆、どこか楽しそうだった。

うっすら浮かべた、これからの波乱を期待する笑みに、コートニーは溜め息を隠せない。


逆にイノセントハンターは、そんな彼らに銀髪団と似た血の気を見て、頼もしく思うのであった。



コートニー「じゃ、とりあえずカオスワームを探しましょう…虫なら焼けばなんとかなるでしょ」

ジョー「ぉお!やってやるぜ!」



彼らはフィオナの森で最も能天気なのかもしれない。


ガミル「――ォオオォ」

偉大「なんじゃい、翼あるワームかと思えば」


グレートホーンが対峙するのは腐臭纏う騎士。

口から荒廃の煙を細く靡かせ、長く錆びた刀を構えている。


騎士は巨体だった。

一般的なビーストフォークの4、5倍はあろう姿は、周りの巨大な木々の景色に呑まれていない。


偉大「ただのゾンビかよ」


グレートホーン。

渦巻く双角と巨体が目印のホーンビーストである。


彼の右手には大きな棍棒が握られており、他には装備がない。

鎧騎士とは対照的な姿だった。


偉大「んルぁあああぁあぁあッ!!」


空気を押し退ける咆哮をあげて、棍棒を鎧騎士ガミルへ振り下ろす。


ガミル「グヌッ!?」


想像より二段階ほども重い一撃を刀に受け止め、後ずさる。


偉大「まだまだまだァ!」


が、グレートホーンの手は休まらない。棍棒には無数の傷が刻まれている。

ガミルは棍棒を打ち返そうと結集。


結集ってなんだよ。


ガミル「――良い力だ、しかし!」

偉大「!」


ガミルの腐臭が強まった。

鎧の隙間から流れ出る障気の煙は目に見えて濃くなり、二人の周囲を包み込む。



偉大「これはっ!?」

ガミル「我が秘技、魔流毒!」

偉大「魔流毒!?」


棍棒と刀で競り合っていたグレートホーンの体がよろめく。

力負けなどするはずがない、フィオナの森最強の獣が今、騎士の剣に圧されつつある。

その事実に衝撃を受けたのは何よりもグレートホーン、彼自身であった。



偉大「ぐぬぅ……!」

ガミル「我が体から流れ出る毒は、死者の渇望!正者への憎悪!」


煙は意思を持つかのように、グレートホーンの身体に巻き付く。

その縄縛に物理的な拘束力はない。

が、巻き付けば身体が“ギュ”と緊張し引き締まるような、恐ろしげな力を持っている。



ガミル「生命への毒に、戦略も剛力も無意味!ホーンビーストの戦士よ!ここで倒れ死ぬがいい!」

偉大「ぅおおおお!」


偉大「なかなかやるじゃあないかぁ!貴様ァ!」

ガミル「!?」


魔流毒の煙はグレートホーンにしっかりと絡み付いていた。

であるにも関わらず、グレートホーンは雄叫びをあげ続けている。

まるで自身を奮起するように。


そこには身動きの取れない焦りも、苛立ちも、まして恐怖など微塵もない。

にやついた闘志だけが、グレートホーンの鍛えられた肉体から漏れ出しているのだ。



ガミル(消さねば!すぐに!)


ガミルは焦った。

刀を振り上げ、口上も何も無しに、ただちに速やかに斬らなくてはならなかった。

彼は正しい判断をした。魔流毒は効いていないわけではない。しかし、グレートホーンを縛るにはあまりにもか細すぎたのだ。

縛りおけぬグレートホーンは、再び暴れだすだろう。そうなれば、次はないかもしれない。



ガミル「うおァッ!」


容赦なく刀を下ろす。


しかし。


偉大「ハァ!!」


その強さゆえに、彼の名は“グレートホーン”なのである。

単純な力ならば、時としてホーンビーストの長たるフィオナをも凌ぐ。


時に岩を砕き、土を掘り、大木を引っこ抜く。

培われた怪力に任せてしまえば、細く少し硬いだけの刀など、ちょっと角で小突くだけでいい。木っ端微塵にできるのだ。



ガミル「――」


回転しながら飛んでゆく刃。

ビーストフォークほどはあろう幅の鋼すら、野生の力は叩き折ってしまうのか。


偉大「ぬうん」



肩を突き出したホーンビーストが、こちらへ走り寄ってくる。

あのタックルに当たれば、自分の鎧はどうなるか。

そう考えようとして、ガミルは意識を手放した。



4本腕のビーストフォークが、悠々と歩いていた。

彼の巨体は、少し離れた場所で闘っていたグレートホーンや、ガミルほどもあろう。

彼の頭から生えた立派な角も相まって、ホーンビーストと見紛う姿である。

そんな彼が、闇の巨兵「マギン」と呼ばれていた物の首を掴んで、歩いているのだ。


足元すぐ近くにはリビングデッドやヘドリアンが立ち竦み、生首となったデーモンコマンドの惨状を眺めていた。



ふたつ牙「……来るか」



凪ぎ払われた剣に、フィオナの森の大木が3本、消し飛んだ。

拓いた奥に姿を見せるは、銀の鎧の暗黒騎士。

呪われた銀装束は妖しく煌めき、見る者の目を奪う。



ザガーン「マギンめ、殺られたか」


兜に横一筋刻まれた穴からは眼光も覗けない。

ただ、巨体とその鎧が動くだけで威圧感は充分だった。


ふたつ牙「両腕に得物があった割には、我が牙を4発しか受けきれなんだ」

ザガーン「ふ、4発!」


ザガーンは笑った。デーモンコマンドの兵ともあろう者が、獣の攻撃をたった4発だけしか受けきれなかった。


しかもその生首は今まさに“価値がない”とばかりに放り捨てられている。

これ以上、不名誉な死もあるまい。


ザガーン「ふはは、たったの4戟では退屈であろう、かかってこい」

ふたつ牙「8発は持たせる事だな」



大勇者は駆け寄る。


大勇者。それはビーストフォークの究極形。

大勇者。それは強さを極めた故に、自然の摂理により肉体が“超越”した、最強の戦士。


ふたつ牙「おおおおッ!」

ザガーン「ぬぅうう!」


4の腕から繰り出される、力強い野生の斬撃。

闘いの悪魔たるデーモンコマンドとはいえ、単純な手数の差とそのパワーに押し込まれるのに時間はかからなかった。


ふたつ牙「どうした闇の戦士よ、淵とはその程度か」

ザガーン「安心するがいい、我など末端、がしかし、我が負ける事など有り得んがな」

ふたつ牙「良い言葉を聞いた、ならば――」


ふたつ牙(デュアルファング)が腕を大きく開く。

視界いっぱいに広がる巨体に、ザガーンの動きはほんの一瞬硬直した。



ふたつ牙「マギンといったか、奴の両腕すら断ち斬り首をはねた、我が名がデュアルファングたる由来の妙技、貴様にも見せてやる」


神速のふたつ牙が左右から振られた。


ザガーン「ぬぅ!?」


闘いを司る悪魔の勘が冴える。

相手の殺気を感じてからすぐに大きく屈み、必殺の一撃を避けたのだ。



ザガーン(左右からの牙!挟まれれば死ぬ!)


見なくとも解る頭上での衝撃。

牙剣と牙剣がぶつかり合い、火花が出なくとも鼓膜を打ち破る轟音が響く。

デーモンコマンドの鎧は斧の一撃にも耐えうる強度を誇るが、この技には噛み砕かれてしまうに違いない。

力を過信せず正しく測る。それもまた、デーモンコマンドの勘である。


ザガーン「確かに良い威力だ、が!」

ふたつ牙「む」



ザガーンの分厚い銀の鎧。

その隙間の闇より、一本の柄が伸びる。


ザガーン「所詮は牙、最上級の鋼を相手に打ち合える代物ではない!」

ふたつ牙(あれは……剣か!)


鎧の関節から乱暴に取り出したるは、見事な造型の大剣。

が、ザガーンの巨体が握ればそれはちょっとした剣に過ぎない。

どう見てもこの巨体同士の闘いで有効な武器ではないそれを、ザガーンは自分の剣を差し置いて、堂々振るった。


嫌な予感がする。そうふたつ牙が感じた時には既に、ふたつ牙も自分の牙を振っていた。



ふたつ牙の武器が弾け飛ぶ。

ザガーンが笑う。


血色の刃は、牙剣二本を容易く切り落とした。


ふたつ牙「ム!」


牙剣が切り落とされる狭間で見たものは、その切り口。

滑らかで、引っかかり一つない、見事な鏡面。


大勇者の腕は4本。腕が持つ牙剣も4本。故にまだ2つの攻撃手段を持ってはいるのだが、それでもふたつ牙は退いた。

同じような一振りで牙剣全てを断たれては困るからだ。


ザガーン「見るがいい、この威力!銘はデーモンソード!我々悪魔の為に打たれた、至高の鉄剣よ!」

ふたつ牙「なんと……!」


武器同士ならば打ち合いが発生することが常であると思っていたし、それはふたつ牙の誤った認識ではない。

ただ、ザガーンが握るあの剣が異常なのだ。


ふたつ牙(今は勝てん……!)


判断は素早かった。

勝てないとわかっていても戦うことが勇気ではない。不屈に挑み続ける者が勇者なのではない。


大勇者は勝つために今の負けを認め、背を見せながら走り去ってゆく。


ザガーン「ふはっ」


その光景を見たザガーンは、追う気を一瞬に失くしてしまった。

後退りならばまだしも、敵に背を向けての全力疾走は、騎士の闘士を冷ますに余りあるものだったのだ。



ザガーン「誇り高き戦士はおらんのか!矮小なる地上の雑魚共め!」


侮蔑の勝鬨を背中に受けても、ふたつ牙は振り返りもせず走り続けたのであった。


『強大なマナを観測』

銀の拳「この中で間違いはねぇ」


上空で待機したロークの部隊と会話する。

空からの観測による状況把握は、カオスワームを追い詰めるために重宝した。


空を駆け回る“黄金の翼”にとっては名折れとなったが、彼らは気にしてはいない。

これより、憎きカオスワームを討てるのだから。



『マナの異常爆発を感知、接近中、衝突まで254、170、4……』


空が焼けた。

炎を束ねて白熱の光線としたエネルギーの塊が、空に展開したイニシエートを根こそぎ凪ぎ払った。



銀の拳「な………」


火炎を吹きながら墜落してゆくロークたちの一つ、今まさにシルバーフィストの真横に墜ちたイニシエートが、壊れかけの電子音で告げる。



『は、はやく。カオスワーー ム、を。』

銀の拳「……!」



ビーストフォークの銀髪団へ、突撃の命令が下された。


遠い空には、巨大な翼を広げた龍が見えた。


ジョー「いっひー!なんて地形だ!」

ゲット「あ、脚が壊れるよ……」


できるだけ平坦な道を選び進んでいたにも関わらず、火の援軍たちは音をあげはじめた。

それもそのはず。平坦な道とは最低でもビーストフォーク基準。ヒューマンとは身体能力が全く違うのだ。


コートニー「ちょっと、へばるの早くない?」


何しにきたのよ、辛口に言う彼女は氷の結晶に乗ってふわりふわりと浮いている。

ヒューマノイドたちはその姿に文句の五つや六つも言いたくなったが、自分らがお荷物になっていることは紛れもない事実であった。


それにここにはドラゴノイドもいる。彼らの前で無様な姿は、なかなか見せられないらしい。

とはいえそんなことを気にもしないジョーとゲットは、素直な弱音を吐いて皆のモチベーションを下げているのだった



ホーバス「ジョーは歳だからともかくとして、ゲット。お前はもっと体を鍛えろ」

ゲット「き、鍛えてるよ……でもこんな山道……」

ホーバス「機神装甲を着ると豪語したのは誰だ、しっかりしろ」


ホーバスの鋼鉄の脚がゲットの尻を勢いよく蹴り飛ばし、ゲットは「ぎゃん」と呻いて草の中に飛び込んでいった。

イノセントは茂みをじっと見ていたが、がさがさと揺れ動いていたので無視することにした。


コートニー「機神装甲ってなに?」


先ほどのやり取りに興味をもったか、未だ余裕をもって歩くホーバスの隣に結晶をつけて訊ねる。


ホーバス「機神装甲は、俺らヒューマノイドの終着点とも言える、究極の重装備だ」

無垢「重装備?」


イノセントはホーバスの肌を一切見せぬ姿を見ている。


ホーバス「これは機神装甲ではない、もっとデカいし、武器がこれでもかと搭載されている」

コートニー「えっ、それ以上に?」

ホーバス「実行するつもりは更々ないが、単体で龍と喧嘩することを想定してもいる」

ドラグ「何だと?」


噛み付いてきたのはドラグだった。


ドラグ「ヒューマノイドがドラゴンと闘うと言ったか」

ホーバス「ああ、言った」


食ってかかるドラグとは対照的に、ホーバスからは喧嘩腰な態度は見られない。

余裕を見せつけているわけでもない、淡々と事実を伸べている様子が見て取れた。



ホーバス「機神装甲は着る要塞、動く最大火力……マシンイーターの技術の粋から作りだされた主砲を、俺らヒューマノイドの歩兵が運用する」

ドラグ「……」


マシンイーターの技術の粋。その言葉を聞いては、彼も口ごもる。

何故ならば、火山のドラゴンが着こむ戦闘用の鎧もマシンイーター特製の献上品であり、彼らが誇る最高の武器であるからだ。


武装龍アーマード・ドラゴンの武器が放つその威力は、聞くところでは敵対勢力の容易い壊滅であるという。

その威力自体を、アーマードドラゴンが受け切れるかといえば、怪しい。


龍といえど、龍の武器に耐えうる保障はない。



ホーバス「だがその機神装甲を着るためには強靭な肉体と、超重量の機械を制御するための技術が必要だ」

ジョー「ああ、無暗に“もやし野郎”なんかが機神装甲を着りゃあ、通常弾を一発撃っただけで肩が文字通り抜けちまうだろうよ」

無垢「……」


イノセントは自分の肩を掴み、強く引っ張ってみた。


コートニー「抜けないって」

無垢「……うん」



ホーバス「まぁ、機神装甲自体がほとんど伝説に近いもんさ、装備できる奴はなかなかいねえ」

コートニー「へえー、みんな着れたら便利なのに」

ゲット「機神装甲はそんなに気軽なもんじゃないんだよっ!」


ホーバス「今まで着れた奴と言えば、ディオスの爺さん、カイザーのおやっさん、……あとは、えーっと」

ジョー「他にもいるだろーが、あの“ボーグ”とかよ」

ホーバス「ああ、“ボーグ”ね……」

ゲット「“ボーグ”か……」

コートニー「?」


ヒューマノイドの一団の雰囲気は、目に見えて曇った。

何か思い出したくない事でもあったらしい。


イノセントハンターは彼らの俯き方や表情に見覚えがあった。

母にどつかれる、新米の銀髪団のメンバーの顔と同じだったのだ。



――ゴォオオン


コートニー「!」

ドラグ「爆発だ、そう遠くはない」


一同の大隊が駆けつけると、そこには巨大なクレーターが形成されていた。


ゲット「おわっ」


勢い余って飛び出したゲットがよろけ、前のめりになる。

イノセントはゲットの機械化された腕を素早く掴んだ。


無垢「危ないぞ」

ゲット「あ、ありがとう、えっと……」

無垢「イノセントハンター」

ゲット「い、イノセント」


後続の者達も駆けつける。

皆が集まり、クレーターの外周を囲む。


全員で眺めてようやく囲みきれるほどの、巨大な陥没であった。



ドラグ「……何かが落ちてきた跡だ」

コートニー「落ちてきた?」

ドラグ「中心を探ってみよう、そこに何かがあるはずだ」


真っ先にドラグストライクが崖を降りると、続けてドラゴノイド達は降りていった。

ヒューマノイドは尻込みしているが、仕方あるまい。彼らは元来、タフさと身軽さを兼ね備えている種族ではないのだ。


崖を降り、放射状に砕けた地面の中心へ向かうと、そこには臭い煙を噴出し続ける金属の塊があった。

曲線主体のそれは目新しい機械だが、先ほどまで共に行動していたガーディアンとも似通った点は多く見られる。


ドラグ「色は煤け、暗いが間違いはないだろう……空の民だ」

無垢「……落ちたのか」

コートニー「……死んでるの?」

ブレイズ「見てみるぜ」


ドラゴノイドの中でも最も身軽なブレイズクローが、中心部の急斜面を素早く降りてゆく。

そして自慢の鋼鉄の爪で機械を確かめると、すぐに跳ねながらこちらに戻ってきた。


ブレイズ「あれが生き物なら死んでらァな、この高さから落ちたせいか、ペシャンコになってやがる」

コートニー「この、燃えてるような感じは何だろう、わかる?」

ブレイズ「……このやられ跡」


ドレッドヘアーをまとめ、考え込む。

何かを思い出そうとしているようだったが、先に答えたのはドラグだった。


ドラグ「プラズマカノンを撃たれた跡に似ているな」

ブレイズ「それだ!それ!」

コートニー「ぷら……?」

ドラグ「我々の……いや、主にアーマード・ドラゴンが扱う巨大兵器だ」


金属装甲の表面を流れる裂傷。

生身を持つ種族がこの攻撃を受ければ、無事ではすまないだろう。

金属でこれなのだ。生身であれば焼け焦げ、原型が留まっているかどうか解らない。



ドラグ「空で……それも、かなり高くで……プラズマカノンを受け、墜落したのだ」

無垢「……」


青空を見上げる。何も無い、静かな顔をする空だった。

この空の下で今なお、闇の淵とフィオナの森が戦っている。


一歩遠のけば戦場ではない、静かな森。

一時ではあるが、イノセントは戦いを忘れた。


無垢「――」

ドラグ「?」


木々が吹き飛び、拓けたクレーターの中心で深呼吸する。

木の香りは薄いが、抉れた土はより濃厚な森を感じさせた。


コートニー「この子の癖みたいなものよ、深呼吸」

ドラグ「……ほう」

ブレイズ「死体の前だぜ?イカレてんな」

ドラグ「戦場で冷静さを保つことは重要だ、不可解な死体を前にしての深呼吸、案外、理に適っているかもしれんな」

ブレイズ「そっスかねえ」


イノセントハンターの隣で大真面目に深呼吸を真似るドラグを横目に、ブレイズクローはやれやれと首を振った。

同じくコートニーは、天然馬鹿と、似たような真面目馬鹿が並んでいるのを見て、「この二人は長い付き合いになりそうだ」と、なんとなく思ったのだった。



クレーターから戻ったイノセント達はヒューマノイド連中とも合流し、再び先を目指すことになった。

爆心地点にあった装甲体について議論がなされたが、ジョーの「あーそれで良いんじゃね」ということで、光の民であろうと仮定された。

不真面目な態度に小石を蹴っ飛ばしたドラグを無視し、ジョーは空を見上げる。


ジョー「プラズマカノンは俺らの兵器だ、それで打ち落とされたって事は、俺らの中での“反対勢力”が動いている可能性が高いってわけだ」

コートニー「反対勢力ねえ、面倒くさいのも一緒に連れてきたわね」

ドラグ「面目ない……が、好戦的な奴らならば、遅かれ早かれ戦の匂いは嗅ぎ付けていただろうが」


戦杖で地面を突き、ドラグは歩き始めた。


ドラグ「かつての同胞だが、我々はフィオナの森を守るために戦う理由がある」

ジョー「ああ、いざ出会っても、なんの躊躇もなく撃ってやるぜ」


無垢「……」


イノセントは彼らが掲げる頼もしい腕を見て、裏腹に、銀髪団が敵に回ったら、という妄想を思い描いていた。

自分の母であるシルバーアックス、意地の悪いブロンズアーム、怒りっぽいバーニングヘアー。

大好きな彼らが自分を殺しにかかる想像をめぐらせ、少し悲しくなった。


コートニー「墜落した死体があるってことは、近くで戦いがあったってことよね」

ドラグ「もう少し進めば戦地に出るかもしれん、慎重に進んでみるぞ」

コートニー「ええ、……みんな!お願いね!」

「「「おー」」」


コートニーの号令に、ドラゴノイドもヒューマノイドも声を合わせて答えた。


ジョー「ちっちゃい指揮官が出来ちまったな」

ドラゴ「下手に我々のどちらかが取り持つよりは、上手くいくだろう」

ジョー「まぁな、はっはっは」


地下方向へと続く岩石の洞窟は、奥へ行くほどに広がっている。

慎重に足を勧める銀髪団も、次第に尖った岩面を潜める地に戸惑い始めた。


平ら、である。だが、あまりに足の裏に伝わる感触が滑らかすぎる。


戦斧「こりゃあ……」

銀の牙「遺跡のようですね」


隣を歩く人狼が良く利く夜目で当たりを見回す。

広い。そして、床は全て平らな石。


銀の拳「柱がある、……こいつぁデカいな、ミステリートーテムのような彫刻が施されているところを見ると、古代のビーストフォークが作ったものか」


シルバーフィストが石柱を撫でる。

その大きな手と比べてもはるかに巨大な石柱。地下の岩盤を削りだして作ったものだろうか?


たてがみ「臭う……腐ったダリアのような臭いだ、まだ奥に進んでいるぞ、だんな」

銀の拳「体液の道しるべが続いているな、追うぞ」


一団は足音なく、暗闇でも迷うことなく一方向を進んでいった。


冷たい地面はどこまでも続いている。

向こう側も、高いであろう天井も見えることはない、遥かな暗黒の世界。


ただ等間隔に伸びる巨大な石柱だけが、唯一真っ直ぐ進んでいる証として佇む、巨大な遺跡。



戦斧「シルバーフィスト、気をつけて」

銀の拳「わかってる、皆、散開」


銀髪団の全員がその指示の意図をわかっていた。


匂いの痕跡を辿れないビーストフォークはいないのだ。

皆、ここから先へ続く匂いが薄いことに気付いている。


不快な匂いが途切れているのだ。

そして、かわりに埃っぽい石の匂いが強くなっている。

砕けた岩や、砂の匂い。



銀の牙「……あたりに、岩の塊が落ちているようです」

戦斧「床を掘ったのかもしれない」

銀の牙「この堅い岩を?」

戦斧「そう深くは進めない、ほぼ埋まっているはずさ」


銀髪団は円形に散って、それぞれの得意な間合いで埃っぽい匂いを取り囲んだ。


たてがみ「俺が行こう、瓦礫を片付ける」

銀の拳「長居は危険だ、素早く頼む」

たてがみ「5秒でやる」


輪の中の一体が瓦礫に駆け寄り、岩のいくつかを吹き飛ばした。

長く強靭な体毛は鋭利な破片をためらいなく掴み、豪腕はそれを軽々と放る。

宣言どおりの5秒で、瓦礫の全ては綺麗に無くなった。


たてがみ「……」


岩を片付けた炎のたてがみが沈黙する。

作業音も止んでしばらくの静寂が古代の遺跡に訪れた。


銀の拳「……おい、どうした」

たてがみ「無い」

銀の拳「なに?」

たてがみ「穴なんて無い」



瓦礫を全て退けた岩の床には、いくらか砕けた傷があるのみで、カオスワームがもぐりこんだような痕跡はなかった。



たてがみ「……匂いはここで途切れているのに!」


銀の拳「! 上だッ!上に……」


精鋭、銀髪団の反応は賞賛に値するものであったことは確かだ。

誰もが、声と同時に上を見たからだ。


残念でならないのは、上を見ると同時に“それ”は放たれたのだ。



「ぎゃァ」


叫び声を伸び切らせる前に、彼の声帯は消えて無くなった。

がれき処理を買って出た炎のたてがみ(バーニング・ヘアー)の頭上から、紫色の閃光が降り注いだのである。


銀髪団の面々が助けに乗り出す間もなく、怪光線によって彼の雄姿は乾燥と懸濁とを繰り返して、言いようのない骸へと朽ち果てた。



「「「ウオォオオォオォオッ!!」」」


紫の光によって僅かに浮かび上がった怨敵の姿を見上げ、団員は皆吼えた。


カオスワームは、長い石柱の下部だけを砕き、その上にしがみついていたのだ。

だから瓦礫のようなものが山積していたし、匂いがそこで途切れていた。


等間隔に並んでいる柱の存在を忘れていなければ、そこには石柱があった事などすぐに気付けていたはずである。

その無念さもまた、咆哮の中には含まれていただろう。


象人「うごぁあああッ!」


無敵の咆哮(マイティ・シャウター)が大きな瓦礫のひとつを上に放り投げる。


猪人「おっごッ!」


鋼鉄の戦鎚が自慢の鎚を全力で手放す。


黄金「てめぇえええッ!」


同胞を多く失い、少なからず恐怖を抱いていたであろう黄金の翼(ゴールデン・ウィング)さえも、闇の中に蠢く巨体へ突進を仕掛けた。


暗がりでの死闘が始まる。


魔獣虫「ギュルッ!ギュルルッ!」

「うぁあああァ」


天井と柱を縦横無尽に移動し、ワームが銀髪団を葬ってゆく。

魔獣の生き物の一片が持っていたのであろう強力な腕と脚で、まるでヤモリのように素早く移動する。



――ピチャ



銀の牙「そこかッ!」


豪腕の爪が、暗闇の物音目掛けて振るわれる。

が、破壊されたのは柱にすぎなかった。


銀の牙「く…!」


――ピチャン

――ビタッ


気付けば辺り全てで水音が響いている。

ワームの血液。ワームの粘液。ワームの体液……。

様々な質感の様々な音が、既に天井や柱に張り巡らされていたのだ。


銀の牙「これじゃあどこにいるのかっ……!」

「もう匂いがどこだか……うわァあァ」

「誰かウギャ」


紫の明かりでワームの位置が暴かれると共に、仲間は着実に減っていった。


銀の拳「これ以上させるか!」

魔獣虫「ギェ!」


暗闇の中の僅かな蠢きを見逃さず、すかさず包丁を叩き込む。

粘液を噴出させて悶絶するワームが派手な音を立てながら這いずり逃げ出そうともがくが、周りはそうさせない。



夢蒼「逃がすものかァ!」


夢蒼の剛剣(ブレイブ・トルーパー)のブロードソードが後ろを見せたワームの後ろ足を叩き斬る。

ワームは不快な音を立てて横転し、体を苦痛に捻らせた。


だがその程度の姿では、同情もできないし怯みもしない。まして言葉を話し許しを請おうとも、彼らは一瞬の躊躇もしないだろう。



戦斧「これで……トドメだァ!」



続けざまに放たれる巨大な戦斧の一撃が、ついにワームの下半身部分を切断してみせた。

豪快に床の石が砕け散ると、溢れる体液はそこへ流れ込んだ。



魔獣虫「ギュィ……ギュ……」


虫の息とはこのことか。さすがに下半身も消えて、腕と翼と頭部のみとなったワームに、体を大きく捩る力は無い。

怪光線を射出する力も無いか、冷たい床の上でぐったりと動かぬままとなった。



「……仇を、取ったぞ…!」

「なんて虫だ……おぞましい、汚らわしい!闇の淵め!」

銀の拳「……」


物言わぬワームを前にしても、銀髪団が拳を掲げることはなかった。

戦いには勝利した。脅威は去った。


だが、気は晴れない。


見えざる暗黒の石畳に散っていった、数多の仲間達を想うばかり。


銀の拳「何故こんなにも……こんなにも森を蹂躙する……!」


団長の一際大きな拳が石柱を砕く。

手から滲み出る血。だがそれ以上に痛む心と、抑えきれない怒りがあった。


銀の拳「闇の連中は自分の都合しか考えていない……共生も、共存も無い!ただ一方的な支配!占有!殺戮…!そしてそれを楽しんでいやがるッ!」


拳は何度も何度も石柱に打ち付けられた。

強靭な肉体とはいえ、岩に打ち当て続けていれば酷く痛みもする。


しかし誰も止めはしなかった。

気持ちは、彼と同じだったのだ。


銀の牙「……団長、ここを出ましょう、外で再び、奴らと戦わなくては」


人狼が爪についた穢れた体液を拭いながら提案する。

周りの者達も同意のようだった。


銀の拳「ああ……だが、こいつにトドメを刺さなくちゃならねえ」


上半身だけになった動かざるワームに衆目が集まる。

鼓動があるためか、まだ僅かに腹が上下はしているようだ。


しかしそれも、あと戦斧の一撃でも浴びせれば絶えるであろうことは明白だった。



戦斧「じゃ、ここは私が――」



介錯を名乗り出たとき、地下の遺跡は大きく揺れた。


ミサイル「なんだよ……オイオイ、まるで手応えってもんを感じないぞ」


ヒューマノイドが、数秒前までは美しい光黄色だったロークの骸を足蹴に吐き捨てる。

樹高二十メートルはある巨大な樹木が立ち並ぶ森の中には、イニシエートたちの死体が点在していた。

その半数近くは彼の手によるものである。



ミサイル「戦っつうからもっと、こう……乱戦を想像していたんだがな……敵も疎らで派手さが足りんな」


鬱憤晴らしの重い金属の踵に、装甲は成すすべなく砕かれた。

完全に沈黙したイニシエートを蹴り退け、ミサイルボーイは次の獲物を探しに歩き出す。



ミサイル「やれやれ、フィオナの森ってのは湿気てるねえ、どうも……」

「じゃあ乾かしてやるよ」

ミサイル「!」



人間一人を容易く飲み込める程の大きな火柱が木々の向こうから吹き抜け、足元のロークもろともミサイルボーイを飲み込んだ。

炎はミサイルボーイを包み込み、なおも吹き続ける。


が、灰色の煙を節々から吹かす人影が、そこから転がるようにして抜け出た。

ミサイルボーイは九死に一生、火柱に屈しなかったのだ。



ミサイル「……ジョーか、危うくカラッカラになっちまうところだったぜ」

ジョー「遠慮すんなよ、水分という水分を吹き飛ばしてやるぜ?」


片腕の火炎放射器から余熱を吐き捨てるジョーが、茂みの奥から姿を現した。

焼け焦げて小さな炎を灯す下草を踏みつけ、ミサイルボーイと対峙する。


ミサイル「乾燥は不要だ、俺はドライなんでね」

ジョー「おう、そりゃあ良い、俺としてもかつての部下との湿っぽい別れは嫌なんでね」

ミサイル「!」


太い幹の向こう側から、続々と人影が現れる。


ヒューマノイド、ドラゴノイド、アーマロイド、小さなデューンゲッコーまで連ねる、大隊の影だ。

ミサイルボーイは思わず一歩、二歩と、よろけるように後ずさった。


無垢「……」

コートニー「あいつが敵ね、なるほど……見分けがつかない分、怖いかな」

ホーバス「俺は全員覚えているから安心しろ、全て吹き飛ばせば良い」

ゲット「ミサイルボーイ……ちょっと、尊敬はしてたけど……!」

ドラグ「少しでも同情の気があるならば、目を瞑ることだな」

ブレイズ「そうそう、俺らにゃぁ加減する理由もないんでね」


ミサイル「……ふん……良いだろう、こういう展開を待っていたんだからな」


大隊の全員が、ミサイルボーイ一体に構えを取る。

その中のホーバスは、腕の砲筒を向けたままジョーの隣へやってきて、同じ焦げた草を踏んだ。



ホーバス「さあ、ミサイルボーイ……最後に言い残すことはあるか?」

ミサイル「……最後?ククク、何を勝った気でいるんだホーバス」

ホーバス「おいおい、お前の装備なんざ百も承知だ、虚勢はよせ、見苦しい」

ミサイル「名前の通り全てが“一撃必殺”で片付くとでも思っているのか?」


機械化されていない口元が、震えの無い笑みを浮かべている。

ミサイルボーイが簡単には精神をゆさぶられない人間であることは、ヒューマノイドの全員が知っていることだ。

だがこの絶望的な状況下でも揺るがないはずはない。


ミサイル「一撃で終わらせはしねえさ……なあに、急ぐことはない。これから始まるんだ、楽しもうぜ?」

ジョー「……」


それなのに、目の前に居る彼が浮かべるのは正真正銘、虚勢でもなんでもない余裕の笑みだった。



無垢「地鳴り、何か来る」

コートニー「ヤバい、なんかヤバい生き物来るよ!」


大隊の中で誰よりも先に感づいた二人が声を上げると、皆は一瞬だけ武器の照準を外してしまった。


ジョー「く、撃……」

ホーバス「ダメだ回避しろ!」


ミサイルボールの背後から、土煙を引きずった巨大な影が顔と腕を出す。


ゼノ「ギャァアアァアアッ!!」

ジョー「うおおっ!?」


ヒューマノイド6人を一度に切り裂ける巨大なカマキリの腕が、ジョーやホーバスの立っていた場所を盛大に抉ってみせた。


跳躍し、変わらず口角を釣り上げたミサイルボーイがカマキリの頭と並び、背中のミサイルランチャーの最終ロックを解除する。



ミサイル「レディース アンド ジェントルメン。ふっとびな!」


まずは手始めにと放たれた三発の誘導ミサイルが、白煙を吐いて飛翔した。


ミサイル「大口を叩いてみせたんだホーバス、一発で俺を殺してみせろよ!」


巨大カマキリ、ゼノ・マンティスの肩に掴まったミサイルボーイが愉快そうに声を張り上げる。

その声と同時に、適当な3人に狙いを定めたミサイルが着弾し、派手に爆発した。


イノセントが率いる大隊は、大いに混乱した。


ブレイズ「オイなんだありゃあ!でっけーカマキリが襲い掛かってきたぞ!」

コートニー「わ、わかんない!けどフィオナの森の原生生物っぽい……!」

ゼノ「シャァアアアッ!」


鎌を地に突き立て、粘液の糸をふわふわと吐きながらカマキリが吼える。


コートニー「けど味方ではないみたい!」

ブレイズ「見りゃわかる!」


白く濁った目がこちらを睨み、再び巨大な構えを上へ振り上げた。


ジョー「くっそ……!撃て、一斉射撃で……!」

ミサイル「おっとそいつはさせねえ!」

ジョー「!」


指揮を出そうとしたジョーに向けて2発のミサイルが放たれる。


ジョー「くそ!」


が、ジョーは辛くも一発目の誘導弾を回避し、二発目を寸前のところで火炎放射で迎撃した。


ミサイル「オラオラオラ、死ね!腑抜け共!」


そうこうしている間に、ミサイルボーイの乗るゼノ・マンティスの鎌が集団を引っかき回しはじめた。

一番動きの遅いアーマロイドなどは容易く鎌の餌食となり、紙のように引き裂かれ散ってゆく。

その上のミサイルボーイは左腕に備わったマシンガンで、的確に狙いを定める立ち止まったヒューマノイドなどに鋼鉄の弾を浴びせていた。


ドラグ「くっ……!フィオナの森の生物さえ寝返ったか!」


鎌の軌道から運よく退避できたドラグストライクも弱音を零すほどに、暴れ狂うマンティスの野生の力は強大であった。


無垢「違う、あのマンティスは何かに操られてる!」

ドラグ「なに?」


偶然にも隣に転がっていた土まみれのイノセントハンターが、ドラグの独り言を否定する。


無垢「きっとワームだ、同じ匂いがする」

ドラグ「匂い……」

コートニー「私もそんな気がする!邪悪なマナが、あいつからは溢れているから……!」


浮遊する5つの珠がコートニーの前で輪を組んだ。


コートニー「弾けろ、火・火・火・水・闇!“トルネード・フレーム”!」


その呪文はコートニーが扱える中でもかなり上位の火炎呪文。

5つのマナの珠は弾けてエネルギーとなり、回転しながら混ざり合う。


渦を成したマナは燃え上がり、その渦の体積を何倍も何十倍も肥大させ、巨大な火炎の旋風となってゼノ・マンティスへと襲い掛かった。


ミサイル「ぐぅっ!?」

ゼノ「ギヤァアアア!!」

コートニー「ワームに操られているなら、そのワームを焼き払えばいい!」


炎に巻かれたマンティスは何足分か後退したが、すぐに持ち直す。

だが体勢を立て直したのは、火の隊にとっても同じだ。


ジョー「オーケーみんな、火だ!炎でやつを炙るんだ!」

ゲット「おおおお~ッ!」

ミサイル「させるかよ!火器を構えた奴から順に消してやる!」

ゼノ「ギャァアアアアッ!」


奇襲に混乱した火の大隊も戦いの準備を整えた。

ここからが勝負の始まりだ。




ホーバス「頼む、早く!きっと奴には、ジョーの放射器でも歯が立たない……!」

ピーカプ「ああ!俺の技師史上最速でやってるぜえっ…!」


大隊の後ろの輸送アーマロイドの群れの中で、ホーバスは身体の強化を施していた。


火器を持ったヒューマノイドが、その全弾をもってゼノ・マンティスを痛めつける。

が、それらのほとんどは強固なジャイアント・インセクトの外殻どまりで、内部にダメージを与えるまでには至らない。



ゼノ「ギィィイイァアアッ!」

「うぎゃぁッ!」


接近を試みたドラゴノイドの屈強な戦士は荒ぶる鎌で引き裂かれ、


ミサイル「ボーっとしてんじゃねえぞ~!」

「ふぐッ」


精密に狙おうと構えたヒューマノイドは、ミサイルボーイの誘導弾やマシンガンで倒れていった。


コートニー「くっ……上の奴を先に倒さないとキツいわね…!」

ミサイル「おっと!そこのチビも厄介そうだな!?」

コートニー「!」


マシンガンの銃口が無防備なコートニーへと定められる。


パタタタタ、と軽快な音を吐き出して連射される死の雨が降り注いだ。



コートニー「……」

無垢「無事か?」

コートニー「……え」


思わず目を瞑っていたコートニーの前には、透明な大剣を盾に立ち塞がるイノセントハンターがいた。


コートニー「あ、ありがと……」

ミサイル「チッ、なんだそのガラスは……!」


不愉快そうに舌を鳴らす。


ミサイル「猿如きがヒューマノイドの喧嘩にしゃしゃり出て来んじゃねえ!」


出し惜しみは無しだと、背中のミサイルランチャー5つが煙を吐き出す。


コートニー「させない!弾けろ!全ての珠!」


5つの球体も空へと飛翔し、それら全てがミサイルと衝突すると、大きな爆発のアーチを生み出して消えていった。


ミサイル「このガキぃ……!」

コートニー「ふん、如水の巫女を舐めるな」


頭巾ごと巻いた新緑色のヘルムを“くい”と直す。


無垢「ありがとう、コートニー」

コートニー「ばーか、あんたみたいな子供に守られてやるもんですか」


べっ、と出された舌を見て、イノセントはついつい額を掻いてしまった。


コートニー「さあ!私はもう、あの追いかけてくる奴の迎撃に回るわ!みんなでマンティスを止めて!」

ジョー「りょーかィイイイ!奴の数だけのガトリングは俺が防いでやるぜ!」

ムラマサ「ならば俺は!あのマンティスを斬り伏せてみせようッ!」

ジョー「おい旦那それは無茶だ!」


ゼノ・マンティスの前に、一体の大柄なヒューマノイドが立ち塞がる。

大柄とはいえそれはヒューマンとして。外側全てを鎧で固めていようとも、ジャンアント・インセクトと対峙すれば小さなものだ。


それでも彼、切断伯爵ムラマサは一歩も退きはしない。

ただその手に持った巨大チェーンソーを構え、眼光のランプを滾ら輝かせている。


ゼノ「シャァアアア……!」

ムラマサ「ゆくぞ!腐った魂を浄化してやる!くらえ、必殺……」

ゼノ「ギャァアアアアアッ!」

ムラマサ「うわぁああああ!」


目の前に立ちはだかった異物を、ゼノ・マンティスは当然のように跳ね除けた。

鎌で切断されなかっただけマシではあるが、ムラマサは太い木の幹に叩きつけられて動かなくなっている。


コートニー「うわっ」

無垢「く」

ゼノ「シャァアアアァアッ!」


尚もふたつの鎌による攻撃は繰り返され、隊は後退しながらちまちまと遠距離火力による攻撃を放つしかなかった。


ミサイル「無駄だってえの!俺の誘導弾は防げるかもしれねえが、こいつのアーマロイド以上のブ厚い装甲!そして鉄でも切り裂く鎌!」

ジョー「くそ……!」

ミサイル「この二つは突破のしようがねえだろうが!ぁあ!?」


高らかに謳う、ミサイルボーイの言うとおりだった。

炎による攻撃を浴びせてはいるが、ゼノ・マンティスからワームが抜け出す気配はないし、突破口は少しも見えてこない。


暴れる虫の巨大な鎌を前に後退してみせても、隊の者は一体一体と消されてゆく。



ミサイル「さあどうした!俺を一撃必殺とやらで倒すんじゃ……!」


朗々と叫ぶ途中で言葉が止まる。

ミサイルボーイの視線が地上を泳ぐ。



ミサイル「…………ホーバスの野郎、どこに行きやがった?」



地上にはちらほらと死体がある。だがそのどれもが、ホーバスのものではない。

生きている者の中にもホーバスの姿は見えない。


ミサイル「……!?」


ミサイルボーイは、訪れた寒気に思わずゼノマンティスの背後に隠れた。

もしもホーバスの腕の砲筒が、木々の陰から自分を狙っているのだとしたら。

そうイメージして、思わず恐怖してしまったのだ。


ミサイル(あいつ、どこに隠れた!?)


一撃必殺のホーバス。ジョーが統率するヒューマノイドの一団の中でも、最も優秀だといわれる戦士だ。

誰も彼の生身だった頃の姿を知らず、彼が装備を新調し備え付けたという話も、あまり耳にはしない。


ただ最初から付いていた異名、“一撃必殺のホーバス”のままに馴れ親しまれている存在だ。


ミサイル「……ゼノ・マンティス!とにかく殺せ!ヒューマノイドを重点的に殺すんだ!」

ゼノ「ギャァアアァアアッ!」

ジョー「マジかよオイ!」


ミサイルボーイは後ろに隠れ、ゼノ・マンティスは大いに暴れまわる。

そしてターゲットはヒューマノイドに絞られた。原理は不明だが、ミサイルボーイはゼノ・マンティスを操れるらしい。


「ぎゃッ」

「うわ、こっちに来……うわああぁあ!」


ミサイルボーイの焦りに呼応して、より速くなった動きがヒューマノイドたちを引きちぎる。

刺しては投げ飛ばし、刈っては血を払う。


ゼノ・マンティスの無双が止まることはなかった。



その時までは。



ピーカプ「セット、完了だぜ」

ヴァルバロス「オーケー、ピーカプの旦那……」


照準スコープが木々の合間からゼノ・マンティスの無双を捕らえた。

両腕を真っ直ぐ正面に伸ばすと、連携駆動する頭上の巨大な主砲が微動調整をやめてその位置に固定される。


主砲。それは真っ赤に塗られた、無骨なエネルギー砲筒。

そのまま直立したヒューマノイドを収めることも可能な、規格外れの大口径。


生物に向けるべきではないそれが、まっすぐゼノマンティスを見つめたまま、筒の先端に光を集め続ける。



ヴァルバロス「……ふっとぶのはお前の方だぜ、ミサイルボーイ―――」


収束した火炎の砲撃が4つの大きな樹木を横切り、その余波のみで幹を焼き尽くした。

余波の熱だけで水気を多く含んだフィオナの樹木を倒すのだ。砲撃が直撃した対象が何であれ、無事で済むはずなどない。



ゼノ「ギ―――」

ミサイル「くぁ――」


燃える空気は呼吸を許さず、弾丸を防ぐ頑丈な鉄の鎧も拷問器具のように熱い。

世界全てが敵に回ったかのような灼熱の地獄を味わい、ミサイルボーイは力なく地面に落ちた。


落下の衝撃で肩の骨を折ったのに彼が安堵したのは、土が唯一冷たかったからである。



ジョー「……へっ、居なくなったと思ったら、ついに使っちまったか」

80行がばってん印のワンクリックだけで消えた


ミサイル「……守りの戦いなんざ……違うだろうが……!」


焼けた器官を通る激痛を堪えた呪詛。

大きな足音がゆっくりと焼けた道を通り、ミサイルボーイの前に止まってレッグロックを落とした。


機神装甲はアーマロイドではない。

搭乗でもなければ遠隔操作でもない、装着である。


間接の補助機構を備えているとはいえ、巨大な鉄の塊を背負ったまま、ヒューマノイドのように歩くホーバスの真の姿に、一同は畏敬と戸惑いを感じていた。

ミサイルボーイもそれは同じ。


よくわからない奴だと思っていた先輩が、まさか機神装甲を着るほどだとは。

それでもミサイルボーイには、命を燃やしきる前に主張しなくてはならぬことがある。


ミサイル「戦いの中に加勢する!侵略する!戦いの流れに乗るのが俺らじゃねえのかよぉ!」

ホーバス「それは違う」


たった一言、間髪も入れない否定だった。


ホーバス「戦いには理由がある、戦うこと自体が理由じゃない」

ホーバス「俺は装甲装備の先輩として、“死ぬ理由を見出していない奴が機神装甲を着るな”といい続けてきたが」

ホーバス「戦う理由を見出していない奴は、ヒューマ“ノイド”にもなるな」


見下ろし吐き捨てる無常な言葉。

焦げて変色した土を掴む手に力が篭る。


破けた口の中から垂れた血混じりの組織液を全て吐く。


ミサイル「……理由なんざ、いらねえくらい……」


おぼろげな視界に部隊が見える。

背の低い新米のゲット、お調子者のチョイヤ、すぐに啖呵を切るタイラー、そして、いつまでも憧れていた男の姿。



「ギャギャ……ギャァア……」


腹ごとワームを消し飛ばされ、上半身だけになったマンティスが這い寄る。


死後はワームに体を操られていたが、ワームが消え去ったことで、ほんの僅かな時間ではあるが、正気を戻して戻して蘇生したのだ。

そして、死の間際に頭を占める感情は、大きな“怒り”。

矛先は言うまでもない。土を舐めながら近寄る気配に、背後ながらミサイルボーイも気付いていた。


ゼノ「ギャギャ……」


最後の力で振り上げられる、血濡れの鎌。



ミサイル「……闇騎士団!それが最大勢力、奴らは“ワーム”と“龍”の死をもって動き出……」

ホーバス「! お前」

ゼノ「ギャァアァアアアッ!」


鎌がミサイルボーイの背後を土ごと貫いた。



ミサイル「……」

ホーバス「……」


ミサイルボーイはもう何も喋らなかった。


イニシエートの死体、連なる。

紫電の光線は剣として振られ、空の支配者たる光の種族を、まるでハエか何かのように落としてゆく。


ガルク「“遅い、遅すぎる、的を呼んだ覚えはないぞ”!」


ガルクライフ・ドラゴンの高次元な龍言語は咆哮として響き渡り、イニシエートの通信系等に僅かな障害を与えた。


はるか後方から続々とやってくるイニシエートは無数。

距離を空けて龍の周囲を旋回するイニシエートは240。

龍の隙をついて飛び込むイニシエートは一度に60。

ガルクライフドラゴンの電撃によって打ち落とされる近づいたイニシエートの数は、55だ。


そして接近を許されたイニシエート5体のうち、3体は龍の翼のような鋼の兵器によって斬り潰される。

残った2体のうち1体は豪腕にて叩き潰され。



ローク「危険、回避――」

ガルク「ウガァアアアアッ!」



最後の1体は噛み砕かれる。

龍の無双。


圧倒的な兵器と力の前では、イニシエートはまさに虫同然だっただろう。



ガルク「……“ほう、ついに姿を現したな”」


だが、空の向こうから近づいてくる編隊は如何程だろうか。


『目標捕捉、距離800』

『目標“ガルクライフ・ドラゴン”の損傷軽微』

『イニシエート“追跡”部隊、評価の二段階下方修正を申請する』

『目標“ガルクライフ・ドラゴン”との戦闘行為は長期戦闘そのものを目的としているとの報告が』

『下方修正の申請を撤回する、一段階の上方修正を』

『了解、マザーシップ』



山吹色の輝きに包まれた巨大空母が、ガルクライフ・ドラゴンの“鋼の翼”以上に巨大で、雄大な翼を広げて接近していた。

その空母の内部や周囲には、“守護者”と呼ばれる無数の戦闘機達が構えている。


イニシエートが攻めならば、ガーディアンは守り。

そして彼らは何よりもその守りに重きを置いている。


それは、守りの戦闘力が攻めの戦闘力を遥かに上回っているという意味である。

精鋭ガーディアンたちを束ねる巨大飛行空母、守護聖天“ラディア・バーレ”。




ガルク「“龍でもない者が、我らが空に翼を広げた罪、死をもって償ってもらう”」



背中の鋼の翼が変形し、砲筒を形成する。



ガルク「“地に墜ちろ”」


鋼の翼がブラスターキャノンを形成する。

プラズマが迸り、収束し、光の塊が放たれた。


一点集中の主砲の射程は計り知れないし、実際に製作したマシンイーターにも解らない。

試す環境は、龍の目線にしか無いためだ。


そして今放たれた主砲は、空母である守護聖天までの超遠距離を全て貫こうとしている。




ラディア『フォーメーション・フルディフェンサー』

『了解、フルディフェンサー』



直線の雷が、まずは守護聖天の先端に直撃した。

光はそのまま空母を貫き、焼き焦がし、撃墜させるであろうと思われた。


だが光はそれ以降、ラディア・バーレの機体を貫くことはなかった。



ガルク『……!』


光は見えざる壁に阻まれでもしたかのように広がっていく。

ラディアバーレを中心として円形に拡散して、ガーディアンを焼くことも無くただ広がり弱まるばかりで、そしてエネルギーは完全に霧散した。



ラディア『目標、“ガルクライフ・ドラゴン”の危険度の三段階下方修正を申請する』

『了解、マザーシップ』


主砲発射の後にはタイムラグが生ずる。再び放つことはできない。


ラディア『制裁を開始する』

『了解、全機突撃』



光の大群が全速を開放して航行を開始した。

一発でも攻撃を受ければ、後は容赦などしない。

守る者ガーディアンは、抗う者を許さない。龍も例外ではない。


ガルク「“面白い、この玩具で戦うには勿体無い相手ということか”」


まだ高熱を帯びる主砲を解除、形状を翼に戻し、すぐに飛び立つ。

相手はこちらへ急接近しているが、ガルクライフ・ドラゴンにはそのスピードすらもどかしいものだった。


両腕のロングブレードが風を斬り、黄色い目がガーディアンの一団を睨む。



ガルク「“望みどおり、我がそのものの力で斃れるがいい”」

『緊急回避――』


量産機ラ・ウラ・ギガの群れを通過したブレードが、その3割に衝突して火花を上げた。

ブレードの風圧は爆風すらも巻き込んで、刃の奇跡を黒く染める。



守護聖天ラディア・バーレとガルクライフ・ドラゴンの距離は、もう既にゼロと言っても過言ではない。



蒼天『全機、サンダーネットを展開』

ガルク「!」



守護者の群れの中に飛び込んでいったガルクライフドラゴン。

両腕のブレードは確かに多くのガーディアンを蹴散らすだろう。だが、それは計算のうちだった。



白夜『展開』

暁『展開』

蒼天『展開』

晴天『展開』

黄昏『展開』

月光『展開』



機能や目的も違う全機種が、システム上で連結する。発動の準備は整った。



ラディア『サンダーネット発動』



全ガーディアンから高出力の、本物の雷が龍を襲った。

球状に展開したガーディアンが生み出す雷撃は、隙間の無い完全な白の光として空に輝く。

第二の太陽が生まれたと比喩してもよい、地上すら照らす閃光だったのだ。


それでも龍は生きていた。

形を保っているし、炭化もしていない。


だが両腕のブレードと、鋼の翼はそうはいかなかった。



ガルク「“―――!!”」



白熱化した翼とブレードに、腕と背中が焼かれる。

強力な雷撃は鋼を瞬時に焼き、そのギミックを内部から破壊した。


そして電流は鋼を伝わって身体中の神経を蹂躙し、すぐには回復しない機能障害も起こしていた。


翼の機能と翼を動かす能力を失ったガルクライフ・ドラゴンは、墜落を余儀なくされた。



ガルク「“ォォオオオォオオオ!!”」

ラディア『全機、目標を殲滅せよ』



機動性と防御能力を失った龍に情けはかけられなかった。

ただただ、無感情に全ての光弾が、光線が降り注ぐのみ。



ガルク「“ギャァアアアァアッ!”」


地に落ちるまでに、龍の命がもたないことなどは明らかだった。

命中と共に煙を上げて爆発し、止むことのない小さな爆風は、落下するガルクライフ・ドラゴンの体を向こう側へと押し返してゆく。


最初にガルクライフ・ドラゴンが戦っていた最初の場所、つまりは地下洞窟の真上まで押し返されて、そこでようやく彼は墜落した。


崩落する小さな山。

地下洞窟への入り口。


巨体に衝撃は凄まじく、ぼろぼろに傷を負った龍の身体を地下の遺跡まで崩落させた。



戦斧「……危なかった」

銀の拳「あと一歩でも遅れていたら……考えたくは無いな」



龍の撃沈によって何十メートルも沈下した地面を見下ろし、シルバーフィストはさすがに胸を撫で下ろした。

もしもあと一歩でも逃げ遅れていれば。

間違いなく龍に押しつぶされ、死んでいただろう。



銀の牙「シルバーフィスト!ご無事ですか!」

銀の拳「無事だった気はしねえがな……」


先に退避していた銀髪団が、シルバーフィストのもとに集まる。

改めて明るい場所で見回してみれば、ここへやってきた銀髪団の数は少なくなってしまった。


銀の拳「……無事じゃあねえよ、ちっともな」

戦斧「……」



ワームを倒し、龍は墜落。

現れた2つの脅威は去っていった。



ラディア『目標、沈黙』



上空から土煙を見下ろす守護者達から見ても、戦いの終結は明確だった。

脅威は去った。


だが未だ、闇は新たな戦力をこの広大すぎる森に投入し続けているという報告は受けている。

油断のできない戦況は、これからも続いていくだろう。



銀の拳「……ひとまず、長への報告が先だ」

戦斧「そうだね、フィオナ様からの指示を仰がなくちゃ、どうにも……」





――むしゃ


美味い。マトモな目があれば、感涙の滝をつくっていたに違いない。

そう思えるほどに、上質なご飯だった。



――むしゃむしゃ



新鮮で、硬いが食べ応えのある肉質。

濃厚な脂肪、引き締まった筋肉、強靭な骨。

どれをとっても、今まで食べたご飯の比ではない。



――むしゃむしゃむしゃ



食べても食べても、まだまだある。

いくら食べても食べたり無い。巨大なご飯。

いつまでも食べていたい。いつまでも貪っていたい。



――むしゃむしゃむしゃむしゃ



……だが、もうほとんど無くなってしまった。

極上のご飯が無くなった。まだまだ食べたりないというのに。

まだまだ美味しいご飯を食べたいのに。



??「……“なら、全てを殺せばいいのか”」



習得した高度な言語が、異形の口から零れる。

メキメキと音を立て、身体が急速に新たな形を求め、変形する。


今までの姿は不要だ。今までの姿は、これからの自分に向かない。

もっと強い身体でなくてはならない。もっと、そう、今食べた“これ”のような、強い姿でなくては。


この世の全てを殺戮し、貪り食うために。

龍のような翼で、悪魔のような翼で、この世界を飛び回るのだ。



??「……“もっと食わせろ”」



カオスワームは死の間際、舞い降りた龍を食らい、生まれ変わった。

龍の力を得たジェノサイド・ワームとして。


崩落した地下の遺跡は、多層構造で存在していた。

分厚い岩の階層は辛うじて大爆発の影響を受けなかったが、龍の墜落による衝撃まで受け止めることはできなかった。

3枚分の岩盤が崩落したその場所に再び森を蘇らせようとするならば、そこがコロニービートルの卵のうの爆心地となるか、巨大ホーンビーストの群れが何度も通過する必要となるだろう。


そんな瓦礫の山は、たった一撃で吹き飛んだ。




ラディア『!』



異常の観測は容易であったに違いない。

内蔵計器が示すマナ係数の異常値が、吹き上がる土煙が、紙くずのように舞い上がった岩石が。


魔翼虫「“おお、身体が軽い”」


生物としてのマトモな五感全てが異常を悟っていたのだ。


銀の拳「――」


噴き出したトーテム三本分の岩盤の欠片が、シルバーフィストのすぐ隣を亜音速で通過した。

小石の飛礫は樹木を叩き折り、掠めた地面を削り取る。


銀の拳「あぁ」


運よくシルバーフィストに破片は当たらなかった。

その代わりに、他のビーストフォークに焼きが回った。


鋭利な岩石の面がビーストフォークの誰かを削り去り、大きな血痕だけを残してそこから消える。


誰が消えたのかはわからない。

冷静に見回せばそれも解るだろう。


だが、ふと見ただけでも10体近くが居なくなっていた。



戦斧「な、何が起こって……!」

銀の拳「上だ……」

戦斧「え……?」

銀の拳「上に、何かがいる……!ヤバい奴が……!」


見下ろす双頭は、ひとつがワーム。もうひとつはドラゴン。

片方はその喉奥に、獲物を無尽蔵に食らう亜空間を覗かせ、もう片方は五重の顎に無数の牙を並べている。


それは暴食の限りを尽くさんとこの世に転生した脅威。

夢見の神殿を、フィオナの森を、ひょっとすれば闇の淵にすら牙をかけかねない、凶悪な者のそれに相応しい姿だった。


そして、そのワームは真下で呆ける銀髪団をじっと見つめていた。

内から沸々と湧き上がる怒りは、先ほどまで戦っていた過去の自分、カオスワームとしての怒りか。


半身であるガルクライフドラゴンを斃したラディア・バーレには目もくれず、ワームとしての自分を殺そうとした銀髪団目掛けて、ジェノサイドワームは翼を振るわせた。


ぶぶぶぶ、と強く空気を切りながら、龍のような巨体がこちらへ真っ直ぐ落ちてくる。



猪人「ぐぶッ」


ジェノサイドワームの赤い屈強な腕が、丸太を軽々持ち上げられるビーストフォークの肉体を、まるで柔らかな果実を掴むかのように、ぺしゃりと握り潰す。


魔翼虫「――?」


ジェノサイドワームには、周囲の時が止まっているように思えた。

羽ばたき、地に降りて、暗がりの中で自分に危害を加えたであろう一体の顔を見て“ああ”と思い出して、掴んで潰す。

その間に、周囲の何者も動かない。いいや、動けなかったのだ。


せいぜい自分が舞い降りた風圧によろけ、倒れ、あるいは目を見開くだけ。


彼は、誰も自分の動きについてこれていない事が、不思議で仕方が無かった。


黄金「ギャ」


不思議で仕方がなかったので、近くに居た翼のある鳥をもう一体、握り潰した。

周りの獣達はそこでやっと頭に事態が伝わったらしく、それぞれ得物を握る手に力を込めた。

それでもまだ、ジェノサイドワームにとっては退屈な動きだった。


一体、二体、掴んで握り締める。

そして食う。無力化と捕獲が同時に行われ、食欲は満たされてゆく。


魔翼虫「“面倒だ”」

銀の拳「や、やめろッ」


が、掴む必要など無いことに気付き、すぐにそのまま噛み付き飲み込む方法に変更した。

掴んで殺してから食う必要などない。周りの獣人は皆、のろまばかりなのだ。

どうせ噛めば死ぬ。飲めば死ぬ。


銀の拳「やめろぉ!」


左右の頭を交互に伸ばし、突き出し、ぱくりと一呑み。

武器を持っていようが関係なし。食うのは胴体。腕と脚は勝手に離れる。

離れてなくても武器ごと飲み込む。



銀の拳「やめろぉおおおおぉおおッ!」


無双する異形のワームの胴体に、一体の獣人が飛び込む。

銀髪団のリーダー、シルバーフィスト。


目の前で繰り広げられた惨劇を否定するように敢行した無謀な突撃は幸か不幸か成功し、鋼の包丁の半分をワームの身体へと埋め込んだ。



魔翼虫「“――ふう、ちょっとだけ、スッキリしたな”」

銀の拳「止まれえ!もう止まってくれえぇ!」


だがジェノサイドワームは背中に刺さった刃にも、それを押し込むシルバーフィストにも気付いていない。

龍の分厚い皮膚に多少の傷をつけたところで、痛みなどは生まれないのだ。



戦斧「あ、アンタ……!」

銀の拳「何故殺す!何故食らう!お前達も生きているんだろう!?ならば何故、手を取り合わないんだ!?」

魔翼虫「“空にも、殺したいやつがいるな”」


魔翼虫「“いこう、あの空へ”」


銀の拳「うぐッ!?」


突如、世界中のそれより強大な重力がシルバーフィストを襲う。

身体へかかる常識はずれな力と風圧。緊張と怒りで強張った彼の身体は、その両方を耐えた。



大きな背にシルバーフィストを乗せたまま、ジェノサイドワームは夕時近い空へと飛翔する。




魔翼虫「“気持ち良い、これが自由か”」

銀の拳「おおおおおッ!」


龍の腕を広げ、胸いっぱいに風を感じる。

背中のシルバーフィストは羽根の根元を掴み、銀色に輝く包丁を抜いては、力強く背中へ突き立てた。


何度も何度も、獣の力で振り下ろされる分厚い刃。

それでもジェノサイドワームは背中の獣人に気付かない。


どうでもいいのだ。この大空を意思のままに翔ける、最高に心地良い気分と比べたら。



ラディア『目標“ジェノサイド・ワーム”、危険度最高、総員全力をもって殲滅せよ』

『了解、マザーシップ』



夕日を背にしたラディアバーレが、同高度のワームを正面に据える。



無垢「……!」


体中を撫でた悪寒に走り出したイノセントハンターは、空がよく見える場所までやってきた。

ほどなくして、同じく嫌な予感に走り出したコートニーも追いつくと、イノセントにかけようと微かに浮かべていた言葉も忘れ、彼と一緒になって空を見上げた。



茜空には、ガーディアンとイニシエートが連なってできた、黄金の天の川。

暗くなり始めて微かに見えるようになった機械種族たちの僅かな点灯信号は、それこそ星のように煌いているようだった。

だが本質はそこではない。嫌な予感は、その天の川の遥か向こう側にあることを、二人は知っている。



コートニー「……跳び上がって彼らに聞けば早いんでしょうけど、私、今だけは絶対に飛びたくない」

無垢「うん、やめたほうがいい」

コートニー「よく友達からも言われるんだけど、私って薄情かな」

無垢「全然そんなことない」


天の川は遠くまで続いている。

その果ては、ここからではまだ見えない。


二人はまだ知らないのだ。

流れゆく天の川の全てをスクラップに変えてしまう存在が、この先に待ち受けていることを。


フィオナ「……!」


闇の淵に近い崖上からダークロードの巨大な陣地を監視していたフィオナも、空の異変には気付いていた。

森の生命の怯えが全身へ伝わる。

冷徹な光の援軍たちでさえも、“それ”への恐れを隠し切れていない。


フィオナ「恐れていたことが……」


食し、強くなるワーム。その究極系とも言える存在がついに誕生してしまった。

一線を越えた強さは惜しげもなく邪悪な波動を放ち続け、感覚の鋭い者であれば容易くその居場所を知ることができるだろう。


だが生物としての一線を超越したあのワームにとって、自分の存在を知るものがどこにいるだとかは、実に些細なことだろう。

ジェノサイド・ワームが誕生した瞬間に、ほぼ全ての生き物は二つの運命を背負わされてしまったのだ。


ジェノサイド・ワームから逃げるために生きるか。

ジェノサイド・ワームに食われて死ぬか。



フィオナ「……」


それでも今ならば、まだ間に合うかもしれない。

天空の精霊達の力を借りることができれば、今ならばジェノサイド・ワームに太刀打ちすることも可能だ。


だが、これ以上時間をかけてしまえば、そう遠くないうちに……。

ジェノサイド・ワームは、この星にそのものに寄生し、生まれた生物を根こそぎ食らう最悪の存在となってしまうだろう。


闇の淵が動いた。


巨大な地割れの中から、黒い巨人が這い上がる。

地上をがしりと掴み、巨体の重さを溝から持ち上げ、出ようとしているのだ。


それは鎧風な黒い外装に身を包んだ巨人、闇の覇王、ブラック・モナークその者である。



『おおおッ……!』

ユリア「は、覇王!出られてはお体に触るのでは……!」

魔将「……皆の者!モナークが大地へ出られるぞ!速やかに場所を空けろ!早く!」


動き出した大将に、闇の大本営は文字通り、山が動くほどの騒ぎとなってしまった。

つぶされまいと逃げる下級ダークロードや、それに付き従うガーゴイルたち。


普段は機嫌を伺い、内心で謀反を企んでいるダークロードたちも、巨人ブラック・モナークの立ち姿を前にしては、同じ闇の支配階級と言えども、蟻と人間ほどの力の違いに萎縮しきっている。

逆にブラック・モナークの機嫌は、山を動かすほどに昂ぶっていた。



『素晴らしい!やはり我がワームだ!限界を超え、その身をより高次元な生命へと昇華させおったぞ!』


遥か遠くを見つめて大歓喜する覇王の言葉に疑問を持つ者は少なかった。

それ以上に、ブラック・モナークが這い出て立ち上がった事の方が問題だったのだ。



ユリア「……何をわけのわからぬことをっ!これでは我々の本拠地を晒しているようなものではないかっ!」


声を控えて皇女が毒づく。無理もないことだ。今までなりをひそめていた自分達が馬鹿馬鹿しくなるくらい、今のこの場所は目立っているのだから。

フィオナの森で最も目立っているといっても過言ではなかろう。



魔将「しかしブラック・モナークのあの歓びよう、一体何を見たのでしょう」

ユリア「わからないわね、ワームとか、なんとか言っていたけど」



『皆のもの、よく聞け!』


耳を傾けるまでもない、森に響き渡る大きな覇王の声。


『今この時より、我々闇の眷属の勝利は確定した!』



木の葉を震わす声を聞いたダークロードからどよめきが起こる。

勝利は最初から疑ってはいなかったが、下級貴族はついに覇王が発狂したかと怪訝な目配せを回す。



『我々が放ったパラサイト・ワームのうち一体は、龍の力を呑み込むことで強靭な肉体を手にした!もう森の何者にも、あやつを殺せん!』

魔将「ワームが!?龍を!?」

『はっはっは!いきさつは知らんが、死体でも食ったか!いや、だがしかし好都合!』

ユリア「龍を食う……龍ってことは……」



強引に謁見した火文明からの増援たちのうちの2匹の龍が頭に浮かぶ。

とてもワーム如きでは太刀打ちのしようもない威光を纏っていたのだが。




邪妃(限界を超える、か……そこに龍が関わると?モナークよ)



一人、仮面の奥底で微笑む。



ギリアム「……」



そして付従う悪魔は、何も語らない。


『ワームがいる以上、既に我々が勝ったも同然!これより我ら総員、各々フィオナの森を侵略せよ!』

魔将「なっ、それは、モナーク!それはつまり!」

『戦いは終わった!これより先はもう戦いとは呼ばん!ただ蹂躙するのみ!』


高らかに告げられたそれは、覇王からの勝利宣言。

ダークロードの悲願、地上侵略の第一段階の終了。


そして真の侵略、フィオナの森攻略第二段階の始まりの合図だった。


かつては下級のダークロードも、今まさに上位のダークロードも、これより行われる侵略の手際によって、新たな地位を手に入れることができる。

領土も、水も、生き物も、食料も、全ての配分はここから決まる。


上級貴族や邪魔者の謀殺も、この期に乗ずれば容易いことだ。


ダークロード達は咄嗟に自分の戦力を横目で確認した。

悪魔、ガーゴイル、使役する亡者達。

そして心のおくだけでほくそ笑む。影でダークロードを始末するには十分だと。



妖姫「……覇王ブラック・モナーク!私が喚びし悪魔はもう、血に飢え手がつけられませぬ!」

『おお!デスライガーか!そうだな、もう勝ったようなもの!出陣をゆるすぞ!』

妖姫「はっ!」


誰によりも先に声をあげたシルフィが、颯爽と巨大な獅子に飛び乗る。

たてがみの中に腕を埋め一声かけると、獅子はひとつも吼えずに立ち上がり、風のように陣地を抜けて去っていった。


“先を越された”とダークロードたちが顔を青くするや、すぐにブラックモナークは声を張り上げる。


『さあ皆の者も、さっさと行かぬか!残すは後始末だけであるぞ!』

「「「お、おお!!」」」


それぞれのデーモンコマンドやキマイラに跨り、ダークロードたちは出陣し始める。


魔獣が、魔族が、全ての負の存在が、勢力図を紫に染め上げようと広がってゆく。

その中心には天に向かって大きく笑い続ける覇王ブラック・モナークがいた。


魔将「……」

ユリア「……フリードさま、わたくし達も……」

魔将「急いではなりませんユリア、今はまだ、ここで待つことが重要です」

ユリア「しかしシルフィはもう」

魔将「妖姫はキマイラの研究材料を欲しています、地下では落盤による被害が甚大であると嘆いていましたが……おそらく、研究材料が枯渇しただけ」

ユリア「……全てを実験に?……ありえるわね」

魔将「ええ、妖姫はもともと、領土自体には興味はありません……必要なのはここ、フィオナの森の強い生物でしょう」

ユリア「キマイラで一儲けするつもりね」

魔将「そして力は権力ともなる、領土はあとからついてくる」

ユリア「では、我々は?」

魔将「今闇雲に出陣しても、下級のロードたちに謀殺されるおそれがあります、デーモンの帰りを待ち……采配の正当な評価として、土地でも生物でも、モナークからいただけば良い」

ユリア「……それもそうね」


テーブルの上に上体を預け、熱い吐息で机上を湿らせる。


ユリア「今は身の安全と手堅い身分……そしてお兄様の復活、そこから復権していけばいいだけだものね」

魔将「その通りです、ユリア」

ユリア「うふ」


邪妃「……」


『おお?グレゴリアよ、おぬしは行かぬのか』

邪妃「我々闇騎士団は、常に我らの支配者をお守りするのが役目でございます、モナーク」

『おお!なんと謙虚な!いいやしかし、そのように謙虚で堅実な者も必要なのは事実!素晴らしい心がけだぞ!』

邪妃「光栄です、モナーク」


頭を下げるグレゴリアだったが、内心では全くと言っていいほどに落ち着いてはいなかった。


邪妃(火文明からやってきた龍は2体……)

邪妃(うち一体を、何者かのワームが食い、……何が起こったのかは不明だが“超越”し、我らの勝利を確かなものとした)

邪妃(ではもう一体を、我が忠実なるワームに食わせれば、どうなる――?)


グレゴリアの頭の中に浮かんでいる地上の支配構造は、決してモナーク下での領土拡大などではない。

もっと遥か高みへ、自分自身を頂点とした支配だ。


そのためには強大な力が要る。

闇騎士団は自分の忠実なる僕、闇文明において現時点では最大の勢力だ。それでも、モナークがいる限りは無意味だし、全てのダークロードを敵に回すほど圧倒できるわけでもない。


彼女はより強大な力を欲していた。


そのために、今すぐ火文明の龍を探そうと駆り出したかったのであるが……。



ギリアム「……」

邪妃(何故だ……何故拒む?)


自分が呼び出したデーモン・コマンドは、頑なに主人の出陣を拒んでいるのだ。

それまでは一切の意思表示をしてこなかったギリアムと名乗る悪魔が、この時になって示した、明確な拒否の意思。


戸惑いを隠せないグレゴリアは、図らずもモナークからの賞賛を受け取ることになったは良いものの、地上への出陣の機会を逃してしまった。



邪妃(……くっ、闇騎士団だけでも地上制圧は可能なのに……デーモンなんて呼び出す必要などなかったのに!)

ギリアム「……」


沈黙するギリアムは、ただただ動かず、戦とは無関心に森の彼方を眺めるばかり。






フィオナ(……あやつ)

ギリアム(……)



ただ、ただ、じっと。遥か彼方の茂みからこちらを睨む、森の支配者を見つめていた。


遠めに見れば、宙を舞う大量の紙切れと、蜂が戦うような構図だった。

空を埋め尽くす紙切れがいくら集まろうとも、突き刺し殺す手段を持つ蜂には勝てない。



『救援を――』

『対処不能、精霊――』

『捕捉不可――』



接近を試みたガーディアンの小型機は、音のように早く、鋼よりも強靭な翅の動きに切り刻まれる。



『センチネル・ガード――』

『帯電開始、サンダー――』


中型機すらも、ジェノサイド・ワームへ近づくには値しない。

二つの口から放射される紫と赤の怪光線が、空をなぎ払う毎に彼らを消し去るのだ。


そしてガーディアン最大勢力の大型機ですら、力は及ばなかった。



ラディア『“エンジェル・ソング”照射』



巨大空母の全体から収束する雷撃が放たれ、全てが光の速さでワームに衝突した。

高圧電流と特殊な電磁波は、生物の根幹にある機能を一時的に無効化することができる。



銀の拳「……!」

魔翼虫「“なんだそれは”」



ならば、全く効いてもいないこのワームは、もはや生物ですらないというのだろうか。

雷光に向かって右腕を伸ばしただけで、跳ね返せるはずもないというのに。

だが確かに雷撃は掌に弾かれ、消えてしまったのだ。



銀の拳「そ、そんな……あんな攻撃すら、効かないというのか……!?」


間近で見ていたシルバーフィストの戦慄は計り知れないだろう。



ラディア『推定、報告……精霊、全てのバーサーカーへ、目標“ジェノサイド・ワーム”はイニシエート所有の“ライト・ディフェンス”を簒奪――』

魔翼虫「“落ちてしまえ”」



ジェノサイドワームの双腕が振り下ろされ、ラディアバーレの胴体には巨大なクレーターができた。



ラディア『―――ガーディアン――イニシエート――指揮は――精霊に――』




魔翼虫「“弱い奴らばかりだ”」



光子を振りまきながら墜落してゆく巨大空母。

今ここに、守護者の要は陥落した。


森に近づきつつある影に、野生生物たちは我先にと逃げてゆく。



銀の拳「俺が……!もう俺しかいない!」


去り行く動物、指揮官を失い混乱するガーディアン。

もはやこのワームを止める術を持つのは、自分のみである。


シルバーフィストは覚悟を込めて、銀鋼包丁を握りしめた。



銀の拳「……俺しかいない……俺が、こいつを!」


両脚でワームの背中をしっかりと挟み込む。左手で堅い体皮を掴む。


持てる全力を振り絞り、銀の拳を振り下ろす。



魔翼虫「!」



背中に伝わる大きな衝撃に、ジェノサイド・ワームの身体は何メートルか急降下した。


魔翼虫「“なんだ?重くなった”」


背中に大柄のビーストフォークが乗っているというのに、ジェノサイド・ワームはまだ気付きもしない。

包丁の一撃を背中に受けても、それを“重さ”だと誤認し、状況判断に“敵”という概念すら持ち出してはいなかった。


言葉が通じなくともそんな挙動を見せるワームに、シルバーフィストには更なる怒りが沸いた。



銀の拳「ふざ……けるなあぁああ!」


身体を密着させ、再び包丁を突き立てる。

ワームの身体はまた大きく沈んだ。


そこでようやく、ワームも背中の異常に気付いたらしい。


魔翼虫「“背中、か”」

銀の拳「もう一度、この俺の拳で……地面に這い蹲れぇ!」

魔翼虫「“邪魔な奴だ”」


三発目の包丁を背中に見舞おうとしたシルバーフィストであったが、ジェノサイド・ワームに気付かれればもう遅い。

紅い龍の腕は大柄なシルバーフィストの胴を容易く掴み、背中から引き剥がしてしまった。



銀の拳「おおおおおッ!」


それでもシルバーフィストは攻撃をやめない。

背中へやる予定だった一撃が、腕への一撃に変わっただけだ。



――ガキン


銀の拳「……!」

魔翼虫「“重かったのはそれか”」



背中を傷つけるだけであっても、腕は断てるであろう。

それはあまりに単純すぎる幻想だった。


龍の腕が包丁程度で傷つくはずもないのである。


魔翼虫「“お前は何故刃向かうんだ?”」

銀の拳「うぐッ…ぉおおっ…!」



効かないとわかっていても、大きな紅い手の中で、何度も何度も包丁を突き立てる。

だがダメージを受けるのは銀鋼の刃だけ。龍と同格の皮膚を貫き、その奥に傷を負わせることはできない。



魔翼虫「“食おうとする前から攻撃してくるなんて、変な奴だ”」

銀の拳「お前はぁああぁ!この森にいてはいけないんだぁああ!」


渾身の力を込めた、正真正銘最後の一撃を振り下ろす。



銀の拳「……」


甲高い音と共に、白銀の刀身は弾け飛んでいった。


魔翼虫「“食われそうになってるのに抵抗するのは食べ物の証だ”」

銀の拳「……情けねえ」

魔翼虫「“でもお前は、狙われる前から攻撃している”」

銀の拳「何が、銀髪団だ……何が、シルバーフィストだよ」

魔翼虫「“つまりお前は、食べ物ではないんだな”」

銀の拳「そんな俺だって、結局……虫一匹殺せねえ、とんだ甘ちゃんなんじゃねえか」



龍がビーストフォークを強く握り、振りかぶる。


魔翼虫「“ふんっ”」

銀の拳「うゴぁっ!」


握り締める強大な圧力だけで、銀の拳のあばら骨が音を立てて砕けてゆく。



魔翼虫「“はっ”」



そして、それはまるで小石のように、母なる大地へと投げ込まれた。

龍の全速力。風圧だけで肉を引き裂くスピードで、血の帯を引きながら、シルバーフィストは消えていった。



投げ込まれた先は奇しくも、銀髪団がワームを葬らんと押しかけた、今や大きなクレーターが広がる地下洞窟の跡であった。



魔翼虫「“さあ、食べられるものを探そう”」



ワームが次の狙いを定め、双頭が斜陽を見る。その時にはもはや、シルバーフィストの存在などは忘れ去っていた。


興味は既に次なる獲物、西の空からやってくるであろう、いくつかの強大な存在へ向けられている。



銀の拳「……」



それは皮肉と呼ぶしかあるまい。

ワームが瓦礫に押しつぶされ、ガルクライフドラゴンが沈んだ地下遺跡の最下層に、シルバーフィストは横たわっていたのだ。


本来眠っているはずの龍や、ワームはここにはいない。

ここへ放り投げた当人こそワームであり、ドラゴンなのだから。


そのかわりに眠るのが銀髪団の長であるなど、これ以上はない皮肉なのだ。



銀の拳「……ふ、ふっ…ふぅ………」



だがシルバーフィストはまだ生きていた。

身体が引き裂かれるほどの速度で投げられたにも関わらず一命を取り留めたのは、ひとえに落下の寸前で盾となってくれたツリーフォークのおかげである。

意識あり動くことができるツリーフォークは、シルバーフィストを守ろうと、その枝葉を一枚でも多くクッションにしようと、寸前に大きく動いたのだ。


だがそれでも命の時間稼ぎ。

石畳に叩きつけられた衝撃は大半の内臓を破裂させ、彼の致命傷に変わりなかった。




銀の拳「…ひゅ……ひゅぅッ……ぅ…」


もう彼に言葉を発する力は残されていない。

ただ握り締めた右腕が僅かに持ち上がり、


――ごん


床の石を叩くのみ。


銀の拳「ひゅ……ぅう……っ……」


――ごん


柄だけになった包丁を握り締めて、シルバーフィストはその拳を何度も、何度も叩き付けた。

拳の骨が砕けようともお構いなしに、何度も何度も叩き付けた。


広大な暗い遺跡にわずかに響く、骨が砕ける音。

石の鳴る音。



銀の拳「ぉぉおおおッ……ぉおおおおおおおぉおおおぉぉおおッ!!」



その命がついに尽きる間際、シルバーフィストは全生命力を使い果たし、吼えた。


無念の哀哭は痛ましく、地下遺跡中に響き渡る。

石の壁に囲まれた彼の声は無数に反響し、大地の咆哮となって広がってゆく。



悲しみが大地に伝わった。

大地の咆哮は地脈を伝わり、広大なフィオナの森全域をかすかに揺らした。


シルバーフィストの慟哭が、死が、フィオナの森を伝播する。


深く、深く。


地の奥底にまで。




「――……哀しい」




彼の拳が、咆哮が、大地の王たちを眠りから呼び覚ました。


戦斧「……」


今日ほど、自身の良き目を恨んだ時もない。

空に連れ去られ、それでも銀鋼の包丁で奮闘したシルバーフィストは、巨大な赤い手の中で握りつぶされ、血を吐き、ゴミのように投げ捨てられた。

隕石のような速さで放られたシルバーフィストが生き残っている確率など無い。


その骸がどのような惨い状態であるかも、容易に想像できる。



戦斧「ああ……シルバーフィスト……」

銀の牙「こんな事って……」



彼の死が銀髪団に与えた絶望は計り知れない。

誰もが慕い、敬ってきた偉大なビーストフォークが死んだのだ。

彼の背中を追ってここまで来た者だって少なくない。


同胞を失い、団長を失ったビーストフォークたちは、ただただそこで佇み、膝をつくばかりだった。



樹精「……」


それでも一部のツリーフォーク達は陽光を集め、暖かな癒しの風を彼らに運んでくれる。

満身創痍を癒す森の妖精たち。だが心に負った大きな傷まで癒すことはできなかった。


ウルス『……』


陽のほとんどが落ち、藍色の闇が世界を覆う。

その世界で太陽のように空を仄かに照らす存在が、ジェノサイドワームの前にやってきた。


龍のように巨大なそれは、光で出来た鎧のようだった。

腕や脚はなく、辛うじて判別できるのは兜を模した頭部のみ。



魔翼虫「“……”」

ウルス『……』



二体は惹かれあうように距離を縮めていった。

ジェノサイドワームは周囲から去ってゆくガーディアンの挙動に何の疑問も持たず、威光を放つその者に近づく。



が、ある一定のところで、途端に身体が重くなった。




魔翼虫「“……?”」



光の人へ接近しようと翼をより強くはためかせるが、それでも身体が前に進まない。

見えざる壁に阻まれているかのようだった。



ウルス『粛清、開始』

魔翼虫「!」



精霊の声が凛と響くと共に、ジェノサイドワームの接近を阻んでいた光の粒子たちが収束し、大きなエネルギーの塊として放射された。



魔翼虫「“おお……”」


固形化した光子の濁流がジェノサイドワームを押し流す。

龍の皮膚といえども、押し寄せる無数の力には逆らえない。



ウルス『守護者達よ、光をこちらに――』



ウルスの指令によって、ジェノサイドワームの一方的な戦いに距離を取っていたガーディアン達が、浄化の精霊の周囲を旋回し始める。

飛行の際に僅かな光子を振りまくガーディアン達の光の翼。そこから零れる光子を集め、ウルスの光の奔流は更に勢いを増す。



魔翼虫「“おおおお……!”」


降りかかる光は、翼のはばたきすら許さない。

自由落下もできずに空中へはりつけられたジェノサイドワームには、高圧の光が降り注ぐ。


純粋な破壊を目的とした光の威力は、着実にダメージを与えているかのように思えた。


魔翼虫「“身体が固くなった、全く動けない”」

ウルス『……』

魔翼虫「“なぜ動けないのだ”」


かつては地上の太古文明を滅ぼした聖なる光をもってしても、ジェノサイドワームは傷つかない。

龍の強靭さが、魔獣が含む万種の野生による生存本能が、一個体のワームの中で最適な形を取って、死の光を防御している。


紫の怪光線によってイニシエートから喰らった防御ウェポン“ライト・ディフェンス”も敵に回ったこともあるだろう。

だがそれ以上に、今のジェノサイドワームのポテンシャルは、光文明の最も気高き精霊の浄化にさえ絶えていた。



『環境光子、減少』

ウルス『防御形態に戻る』



守護者から提供される光子が途切れ始めると、浄化の精霊は光による攻撃をやめた。



魔翼虫「“動ける”」



身体も、腕も翼も拘束から逃れたジェノサイドワームは、すぐさまその身体を精霊の真上へ飛翔させた。



ウルス『……』


精霊を覆う不吉な影。預言者ですら許されない、精霊以上の高度での飛行。

光の絶対なる空の秩序を乱した大罪に、気高き精霊は怒った。



ウルス『裁きを受けよ』

魔翼虫「!」


光子が集まるまでの時間稼ぎのために防御形態を取っていたウルスだが、怒りに任せ形態を転換する。



ウルス『“ホーリー・スパーク”』


フィオナの森に、一本の巨大な光の柱が聳え立った。


天から降り注ぐ光はジェノサイド・ワームを包み込み、そのまま地と垂直に流れて、彼方へと消え去った。


その光景はまるで、天から落ちてきた巨大な光の剣が虫を突き刺し、そのまま引っ掻いて捨てたような、神の干渉を感じさせる一瞬の出来事だった。



光の剣の軌跡に後に残るのは、焼けたフィオナの森。

気高き精霊の逆鱗に触れるということは、こういうことである。


それは一時の同盟すら意に介さない、光だけの都合による無慈悲な裁きの執行。

光の絶対なる秩序。その力を伴った傲慢さの表れだった。



ウルス『浄化の精霊より、全ての精霊と夢見の神殿に提案する』



聖なる声が支配者の空に響く。

精霊の声に、全てのイニシエートやガーディアンが、戦闘行動を中断させた。



ウルス『全精霊の召喚、精霊王の光臨によって、闇の淵をこの地より消し去る』

なんか違和感感じるなと思ったら精霊王じゃなくて聖霊王なんだ。ふーん。


神聖な声色が空に響いて、それを受諾するライトブリンガー達によるオルゴールのような音色が返ってきた。

空から届いてくる神秘の音楽は、決定を祝福するような明るいものだが、反面、精霊の声を聞いた地上の生き物にとっては、心安らぐものではなかった。



戦斧「……」

銀の牙「……」



空へ連れ去られた銀髪団の団長。

死闘の末に振り落とされたその雄姿。


そして精霊とワームによる、規格外の戦い。


勇ましいビーストフォークの戦士達にとっても、タチの悪い御伽噺のような時間だった。

彼らは呆然と、天上世界を祝福し続ける天空のオルゴールを聞きながら、自分達の住む世界の矮小さを思い知るのみ。



ウルス『聖霊王をここに――』


イニシエート、ガーディアン、バーサーカー、スターライトツリー。

光の民により提供される光子の全てが、精霊の頭上に収束する。



無垢「……威圧的なマナが……」

コートニー「どんどん集まってゆく……」





ジョー「おいおい、何が起こるっていうんだ」

ホーバス「……決まってる、ロクでもねえことだろう」

ドラグ「光の成すことだ、当然……」





ユリア「……フリードさま、あれは一体」

魔将「……わかりません」

『あれは聖霊王光臨のための儀式であるなぁ』

魔将「聖霊王……!?」



そびえ立つ巨人が、遠くに輝く太陽を眺め、愉快そうに笑った。



『デーモン・コマンドの対を成すエンジェル・コマンドの王だ。平時はその強大な力を天空に霧散させているが――』


黒い指が光の群集を示す。


『光子を一点に集中させることで聖霊王の身体を造り、意識体が憑依することによって、聖霊王は光臨するのだ』


魔将「聖霊王……!となれば、ワームなき今、狙われるのは……!」

邪妃「モナーク!ならば我々、闇騎士団の出陣を!」

『いいや、その必要は無い』


黒い笑みが足元のダークロードに向けられる。


『光臨には多くの純粋な光のマナが必要だ……ガーディアンなどが発する余剰光子から集めるには、かなりの時間がかかる』

邪妃「しかし、いつかは聖霊王が復活するというのであれば!」

『はっは、復活などするものか』

邪妃「?」


グレゴリアは巨人の笑いの意味に気付いた。

強大な敵を見て、ふと零した笑みではない。

“馬鹿なやつらだ”とでも言いたげな、乾いた嘲笑だったのだ。




魔翼虫「“とても重かった”」




遥か遠くの大地から、巨大な虫が再び飛来する。


ウルス『……!』


頭上に膨大な光子を溜め込んだウルスが異変を悟る。


遠く、丁度ホーリー・スパークで焼いた森の向こう側から、強いマナの反応を感知したのだ。

異変は精霊の万能な目でも視認することができた。


大きな双頭の口を全開にしてこちらへ向ける、仕留めたと思ったはずの異形のワームだ。



魔翼虫「“やったのはお前か?”」



二つの口が紫の怪光線を発射する。

紫光はウルスの纏った光輝の壁に阻まれたが、異なる二つの性質の光はバリバリと音を立てながら、互いに消滅してゆく。



ウルス『――下衆め』

魔翼虫「“喰ってやろう”」



黄金のオーラに闇のビーム。

ワームの禍々しい光が、儀式のための光子を蝕んでゆく。






『ほれみろ、だから言ったのだ。あそこまで成長したワームはもう、何者にも止められん』

邪妃「……は、はは……」

魔将「なんと……」

『あの高く留まった精霊を“喰い”殺す頃には、聖霊王ですら敵わぬ力を手にしているかもしれんなあ……ん?』



僅かに大地が揺れた。


『……なんだこれは、覚えがあるぞ』


ブラックモナークが自身にだけ聞こえるように呟く。

ぼそりとごちた巨人の珍しさに見上げていた足元のグレゴリアだったが、彼女もすぐに辺りを見回すことになる。



――ゴゴゴ


邪妃「! 揺れている!」

ユリア「何、まさか、また!?」

魔将「落ち着いてください!ただの揺れです!」


地上を襲ったのは激しい揺れだった。

森が揺れ、闇騎士団の本陣を囲む木々の葉がざわめき、邪悪な気配に縮こまっていた小鳥の群れが一斉に飛び立つ。



『違う、これはただの揺れではない……覚えがある、いや思い出した、これは!』


うろたえる黒い巨人。

ざわめきを増すフィオナの森。

状況把握に努めるダークロード達。


ただしそれら全ては地上での出来事。遥か空の精霊とワームの感知するところではなかった。


だから、気付けなかったのだ。


魔翼虫「“消えてなくなれ”」

ウルス『“ライト・ディフェンス”危険水域、更なる光子の供給を』



紫の線が空中を暴れ回り、精霊が纏う聖気を削ってゆく。

旋回するガーディアンを、イニシエートを打ち落とし、浮遊するバーサーカーの破片を砕く。



魔翼虫「“ふん”」

ウルス『!』


龍の豪腕がウルスの顔に突き出され、衝撃波が走る。


魔翼虫「“堅い”」


だが腕はウルスのセイントヘルムの寸前で止まっている。

本体へ当たる直前で光子の壁に阻まれたのだ。


ワームは紫光による攻撃で光を削りつつも、時折急接近したかと思えば、直接手を出してくる。

最初は気に阻まれ一切近づけなかったが、ワームの猛攻により光が減少するにつれて、着実に近接攻撃の距離が狭まっている。



ウルス『早急に光子の供給を――』

魔翼虫「“そろそろ当たるな”」


翼による勢いをつけた拳の一撃が光の壁に衝突する。



ウルス『――!!』

魔翼虫「“当たった”」



ワームの拳がエンジェル・コマンドの腹部に衝突した。


一撃が当たれば後は一方的な展開だった。

ワームの肉弾戦の前に、腕も脚も備えていないエンジェル・コマンドは成す術もなく、ただただ殴られ続けた。



ウルス『――』

魔翼虫「“まだまだ”」



殴っては飛ばされ、また殴っては飛ばされ。

一方的な戦いの終着点はきっと、エンジェルコマンドの外装が砕け散るまで続けられるのだろう。


もはや周囲のガーディアンも、イニシエートにも手出しはできなかった。

手出しはできても、どうしようもないのだ。


ワームはただ精霊を殴り、砕くのみで、その他の細事を気にも留めない。

矮小な光線を受けようとも動じることはない。


その堂々たる暴力こそ、数多の生物、数多の強者を取り込んだジェノサイド・ワームの本質を表す姿だった。




ウルス『――こ――ここで、消えるわけには――』

魔翼虫「“喰われて死ね”」




しかし。

自然は、不自然な強さを認めない。


深緑色の巨大な魔法陣が紺の空に現れた。

傷つき果てる寸前の精霊の目の前、ジェノサイド・ワームの背後。


秒針よりゆっくり回る第一環陣、逆時計回りの第二環陣。

二つの陣の中央は雷雲のような暗さを湛え、平面越しの向こう側を見ることはできない。



『――哀しいぞ』

魔翌翼虫「?」


空の上に突然浮かび上がった魔方陣。

その中から雷雲のような大きな腕が伸び、魔翌翼虫を鷲掴みにした。



魔翌翼虫「“な、なに……”」

『――解るか、大地に捧げられたこの拳の痛みが』

魔翌翼虫「ギ……ギャァアアアァアア!」

『――解るまい、貴様に、あの者の哀しみが』



ウルス『……』



傷ついた精霊はその光景を目の前で見ていた。

高位のメカサンダーを凌ぐ程の巨大な腕が現れた。

腕は、エンジェル・コマンドすら一方的に殴り殺せる規格外のワームを、熟した果実のように容易く握りつぶしてしまったのだ。


圧迫、狭窄、そして炸裂。

ワームが内包していた異常な係数のマナは弾けて爆発し、赤黒い火花を散らして空に輝いた。




戦斧「……」


空に上がった控えめな花火と、巨大な逞しい腕。

見上げるシルバーアックスは静かに涙を流した。


マナの炎に焼かれながら、大空から落ちゆく塊があった。

翼を生やした上半身だけのワーム。カオスワームだ。


巨大な手に握り潰された時、ジェノサイドワームとしての姿や能力を失ったらしい。

代わりにそれらの昨日が爆炎となって炸裂し、ワームを焼いているのだ。



「ギュィイィイイィイ……!」



龍の言語を失ったワームは、知性なき叫びを上げて落ちてゆく。

その運命から逃れる術はもはや尽き、


「――ピギュィ」


フィオナの大地に叩きつけられ、ついに絶命した。

闇の軍勢が生んだ最凶のワームは、ここに力尽きる。


蛆虫ほどの小さな幼体からここに至るまでに飲み込んできた生物は、数知れず。

彼の存在は、フィオナの森で永く語り継がれることとなるだろう。


ワームを打ち倒した彼らの存在も、また同様に。




広大なフィオナの森の端で、夜明けの陽を背に巨人が立ち上がる。

文明間の戦など露ほども知らないこの場所で最初に起きた異変は“彼”の目覚めだった。


『――私も、ともに戦おう』



霊峰連なる険しい土地ではその一つが崩れ、隆起し、中から“新たな山”が生まれた。

古代、ビーストフォーク達が祈りのために彫った御神体に魂が宿った、自然の超人の目覚めである。


『――我が拳に托すがよい』



大地に足をつけ、雲に顔を貫かせた彼もまた、今しがた渓谷から起き上がったところである。


『――その嘆きのために、我が拳を捧げよう』




彼らはジャイアント。

その姿は山より大きく、その命は大地のように永い。


誇り高き超人たちは大地の咆哮と共に目覚め、意志を同じくして拳を掲げた。




哀哭『――嘆かわしい。誇り高き彼の者に死を与えた者が、貴様とは――』


『……』




超人同士でしか成しえない、超遠距離での対峙。

二人だけが、互いの姿をその目に認めていた。



哀哭『――“外法”のモナーク……我が一族の恥め』

『――ふん、やはり、目覚めおったか……野蛮な土人どもめ』



妖妃「モナーク……?一体何が……」

『……ふん、くだらぬ、旧い友よ』


モナークの足元のダークロードには、何が起こっているのか理解できない。

黒き巨人の視線の先にあるものを眺めてみても、高い木々の壁に阻まれ、ひとつ向こうの山すら見ることはできない。


モナークが睨むその先は、山を八つ以上越えた谷間に聳える巨人だ。



哀哭『――滅ぶべし、悪しきモナーク』

『笑わせてくれる、原始魔術師』

哀哭『“ノクターン・ブレス”』


山奥で、深緑色の巨人が大きな魔方陣を展開する。

今や読み解く者の居ない古代の式にマナが走り、強い輝きを放つ。


『錆びた術を!冥界に堕ちよ!“ロスト・ソウル”!』


ブラック・モナークの胸が輝き、煙が噴出する。

黒い煙の帯は風の抵抗などものともせず、ただただ正面へ駆け抜ける。



いくつもの山を越えて碧光と紫光が衝突し、余波は一つの山を消し炭にした。

互いの呪文は相手の式を食みながらも、一瞬で出来上がった荒野の上に拮抗する。



ウルス『目標――“ジェノサイド・ワーム”の消滅を確認――』


外装の7割が砕け散った精霊が、バーサーカーのパネルの前でつぶやいた。

精霊の周りにはいくつもの守護者が旋回し、光子を供給し修復を図っているが、ウルスの生命反応は弱まるばかり。

ジェノサイドワームとの戦闘によるダメージは大きかったらしい。


ウルス『……聖霊王光臨の儀を、続行する――』

『光子不足、甚大』

『増援による光子の補給を提案』

『到着可能予測時間――』

ウルス『我が遺骸の光子を以って』


守護者が沈黙する。


ウルス『光臨の儀を、即時敢行する』


夢見の神殿からオルゴールの音が響き、それはすぐに空いっぱいに満たされた。

ライトブリンガーからの承認を得たのだ。



ウルス『……ガーディアンよ、汝らの献身を、無駄にはしない』

『……浄化の精霊』

『浄化の精霊』

『浄化の精霊』

ウルス『我が――霊魂を、解離する』



浄化の精霊の魂が、その魂を纏う全ての外装が、固形物としてのその形を失い、本来の光へと還元される。

強力に結合されていた光子は解き放たれ、その際には強力な輝きを発して、辺りを包み込んだ。


そして儀式は、周囲の守護者達によって引き継がれる。



『聖霊王を』

『我ら光の王を』

『誇り高き魂を』

『今ここに』



ウルスによって解き放たれたエンジェル・コマンドそのものの輝きが、再び形を求めて収縮を始める。



聖霊王『……』



光の鎧に包まれた上半身。

下半身は未だ無い。しかし収束する光によって、次第に構築されてゆくだろう。


腰から上だけとはいえ、その神聖さは薄れない。

天上世界を統べる王、聖霊王アルカディアスは、不完全ながらもここに光臨した。





無垢「……空に光が満ちてる」

コートニー「膨大なマナが……」



丘の上から空を見上げ、イノセントハンターがぽつりとこぼした。


ゲット「わぁ……でっけー金星が、あそこにあるみたいだ」

ジョー「太陽だな」

ホーバス「ああ、なんだありゃ」


夜の丘の上に大隊が集ってくる。

ヒューマノイドも、ドラゴノイドも、みな丘へ登り空を見ていた


紺色の空に現れた光の巨人。

彼の神聖なる姿を見上げれば、誰もが深い息をついた。



ドラグ「聖霊王、アルカディアス……光の者達」

無垢「……アルカディアスっていうのか」

ドラグ「龍ですら近付き難いと云われる、伝説の精霊だ」

コートニー「……そんなのが現れて、フィオナの森はどうなっちゃうのよ」


薫風の妖精は拳を握った。

コートニーちゃんマジフェアリー


ピーカプ「聖霊王かー、ただじゃあ済まねえだろうなぁ」


遅れてやってきた毛むくじゃらのマシンイーターが、丘の上に細い薪をばら撒いた。

その後ろを追いかける二足歩行のゼノパーツが、薪を細切れにカットしてゆく。

ゲットが所有する、ノコギリのゼノパーツだった。



無垢「あれは光なんだろう、味方じゃないのか」

ピーカプ「闇の淵のやつらを倒す上ではな~、それだけなのさ」

ゲット「旦那、俺も何か手伝うよ!」

ピーカプ「おう、鉄砲玉の小僧!そいじゃあウルヘリオンのシガーライターから火を持って来てくれるか?」

ゲット「うん、わかった!」

ジョー「火か?ンなことしなくても俺が用意するぜ?旦那よ」

ホーバス「やめろ、丘が消える」



見晴らしの良い丘の上で、イノセントハンター率いる火の応援部隊は休息を取ることになった。

日中は山道を歩き、敵と戦い通す過酷な時間だった。

疲労の蓄積は、火山地帯で生活するヒューマノイドやドラゴノイドにとっても凄まじいものがあったのだ。


明るくなるまでは一晩、ここで過ごすことになるだろう。



無垢「……闇を倒したら、光はフィオナの森を荒らすっていうのか」

ピーカプ「んー?そういうわけじゃあねえよー?ただ、光が闇を攻撃するときに、フィオナの森の安全を考えないってことさ」

コートニー「……なんか、ムカつく」

ドラグ「元来そういった一族なのだ、奴らは」


中央に薪を山積みに、その上に溶岩を数滴垂らす。

それだけで即席のキャンプの完成だ。


火文明が持つ熱に関する知識はヒューマノイド、ドラゴノイドに関係なく豊富で、誰もが慣れているようだった。

森を遠征し、夜に木を擦り合わせて何時間もかけて火を熾していたイノセントハンターとは天と地ほどもあろう。


無垢「アルカディアスは今、身体を作ってるんだな」

コートニー「みたいね……あれが現れてから、森が随分と静かになった気がするわ」

ホーバス「表面上だけだろう、戦っているところは、今も死闘だろうさ」

無垢「……」


それでもアルカディアスは空にいる。

あの身体が出来上がったとき、闇との戦いはどう変わるのだろうか。


何がどうなれば、この争いは終わるのだろうか。



無垢「なあ、コートニー」

コートニー「ん?何?」

無垢「何を倒せば戦いが終わるんだろう」

コートニー「……」

無垢「このフィオナの森は、フィオナがいなくなれば終わりだ」

コートニー「そうね」

無垢「じゃあ闇はどうなんだ」

コートニー「……」


コートニー「さあ……?」

無垢「わかんないか」

コートニー「けどさ、森を守っていれば、見えてくるんじゃない?」

無垢「なるほど」


透明な大剣に炎を透かす。

炎がより鮮やかに映り、マナの輝きまでも見通せるようだ。


無垢「コートニーは、俺がフィオナの森を救うって言ってた」

コートニー「うん、言った」

無垢「けど、こんなに広いフィオナの森で、全然知らないような恐ろしい生き物を全て倒すなんて、俺にはできない、気がする」


隣に座るコートニーが脚を擦りながら考える。

しばらく焚き火の弾ける沈黙が続いたが、巻き袖を手首で結び直し、優しげな瞳でイノセントハンターに微笑みかける。


コートニー「如水の巫女に伝わる予言が信じられないっていうの?」

無垢「……精霊の王が動いたり、大きな龍のようなものがいたり……俺にどうにかできるようには、思えないんだ」

コートニー「伝承への侮辱かしら、このっ」

無垢「痛い、痛い」


体毛をがしがしと引っ張られ、イノセントが悶える。


コートニー「あんた一人で考えてないで、周りを見て御覧なさいよ」

無垢「……?」


周りを見る。


ジョー「おーら今日は祝いの日だぞー!ゲットもどうだあ一杯!」

ゲット「な、ちょ、ジョー落ち着いてよ!」

ホーバス「またか、いい加減にしろジョー、というか飲むな」

チョイヤ「大丈夫大丈夫!一杯だけならシラフの範囲だって、一撃必殺の旦那!」

タイラー「おめーは両手にグラス持って何言ってやがんだ」



ブレイズ「うおー!ここのネズミはでっけえなあ!」

フロッガー「そいつも焼けば縮むだろ?同じようなもんさ」

エグゼ「んぐんぐ……んー、燻しが足りねえが、なかなかうめーな」

ドラグ「お前達、摂理を外れ、森の生物を乱獲するなよ」



ピーカプ「おい、そっちのスパナ取ってくれねえか」

ノコギリ『キュイキュイィ』

ピーカプ「さんきゅ~」


無垢「……」


焚き火に照らされる暖かな表情達を一巡する。


コートニー「自分ひとりだけでなんとかなる事なんて、少ないものよ」

無垢「……」


背中にまわったコートニーがイノセントハンターの頭の上に顎を乗せ、肩を撫でる。


コートニー「あんたのために集まったひとたちがいる……それに、ここはあんたの森でしょ?仲間は沢山いるでしょ?」

無垢「仲間」

コートニー「あんたの森を守ろうとする意志に剣が応えて、妖精の森を救った」

無垢「……」

コートニー「火文明の海岸だって守ったじゃない?ここにいるみんなは、それでついてきてるのよ?」

無垢「……フィオナの森全ても、守れるのかな」

コートニー「いつもの無責任な強気はどうしたのよ、きちんと良いなさい、無垢の宝剣」

無垢「……守る」

コートニー「うん」

無垢「フィオナの森は、俺が守る」

コートニー「ん、よろしい」

コートニーちゃんまじちんとんしゃん


村の人口ほども集まった丘の上には様々な火文明の種族が結集し、一夜にして拠点が出来上がっていた。

重機械アーマロイドが巨大材木を運び、ヒューマノイドやゼノパーツが木材を加工する。

打ち付けや固定などの作業は、楽々と高所へ昇ることができるドラゴノイド達が担当していた。


ゼノ・マンティスとの戦いで破損したアーマロイドの外装を用いたブリキ屋根、機関部を用いた簡素な鞴。

人数の多さと本格的な拠点の構築は、丘の上に新たな集落を作ってしまったのだ。



無垢「……」

コートニー「ちょっと目を離していた隙に、まぁ」



コートニーの裾に頭を乗せてうたた寝していたイノセントが金属音で目を覚ましてみれば、既に小高い丘とは言いがたい、村へと様相が変わっていたのだ。

宵闇の中では即席の篝達が丘の上を明るく照らし、木造の高床の小屋が2、3戸建っている。


ドラグ「イノセントハンターよ、目覚めたか」

無垢「……フィオナの森に住むのか?」


この集落は普通のビーストフォークの家屋以上の出来栄えであったため、イノセントからその質問が出たのは当然だった。

ドラグストライクは戦杖で土を二度突いて考え込むと、金飾りを鳴らした。


ドラグ「素晴らしい土地だ、食料も豊富、水もある……魅力的だが侵略のつもりはない」

無垢「ホーンビーストに言えば、大丈夫かもしれない」

ドラグ「そういうことではないのだ、イノセントハンターよ。ここには足りないものがあるのだ」

無垢「?」


首をかしげる。


ドラグ「我々は火の民、火文明の者達だ……我々が強い火と共に生き、強い火に寄り添い暮らし続けている」

コートニー「火山」

ドラグ「そうだ、火山がなくては……溶岩がなくては、我々はこれまでとは違う、ひどく原始的な生活をしなくてはならなくなるのだ」


杖を掲げ、高床小屋の脇に停めている4体のウルヘリオンを指し示す。


ドラグ「ここまでの遠征で、アーマロイドの燃料である圧縮溶岩も減ってきているのだ」

無垢「随分と走ったからな」

ドラグ「うむ……普通の火を機関圧縮することで多少は持つのだが、その場しのぎだ、膨大な木材や木炭が必要になる」

コートニー「溶岩がないと動かせないんじゃ、つらいわね」

ドラグ「拠点はあくまで拠点、定住は考えてはいない……その点でいざこざを起こすことはない、安心してもらって構わない」


ドラグ「もっと言えば、ここもより良い場所を見つけるまでの仮、つまりは仮の仮だ」

無垢「これで?」

ドラグ「簡単な突貫建築だ、火山もなければ地鳴りもないのだろう?ならば建てることも容易だ」

コートニー「最初から思ってたけど、すごい技術力ね……」

ドラグ「……そうでもないさ」



金飾りを撫で、空を見上げる。


未だ不完全な聖霊王に、砂粒のように微小な輝きが収束している。

その周りを小型機が旋回し、光子の供給のためにどこからか往復を繰り返しているようだ。


聖霊王は光臨したが、完全体となって行動するにはもう少しかかりそうである。



ドラグ「高度な機械によって空に生きる奴らは、空の王者たる龍の敵……」

ドラグ「だが龍に憧れ、龍を目指す我々ドラゴノイドは、皮肉にも機械の力に依存してしまっている」


ドラグ「……光の奴らは、我々ドラゴノイドの行き着く、遠い未来の先の姿なのかもしれん」

無垢「……」


空を巡回する小型機の小さな光を見上げながら、ドラグは寂しそうに零すのであった。


『ムゥン! “デス・スモーク”! “トラジック・スモーク”!』


破滅の煙と弱化の煙が空を翔る。

惜しげもなく呪文を行使するブラック・モナークに対し、彼方に向かい合う哀哭の超人(ノクターン・ジャイアント)は、ただただ寡黙だった。



哀哭『“ノクターン・ブレス”……』



巨大な魔方陣から放たれる碧の閃光が、モナークの呪文全てを打ち消し、貫いてしまうのだ。

深夜にまで及び続ける長い戦いは、大地より目覚めたジャイアントが圧倒していたと言ってもいいだろう。



ユリア(モナークが何かと戦い、苦戦している……!何故!?)

魔将「……ユリア、我がガーゴイルが相手を見つけました!」

ユリア「本当!?一体何者と戦っているの!?」



突如として高度な魔術を連発するモナークの様子を間近で見ようなどというダークロードは存在しない。

モナークの変貌からすぐに離れた二人のダークロードは、自身の拠点を隣の山へ移していた。



魔将「……何者……私には、わかりません、ユリア……」

ユリア「秘術の開祖たるブラック・モナークと対等に渡り合うなど考えられない!解らぬはずなど……!」

魔将「わからないのです!あのような巨人、モナーク以外に私は、見たことがない……!」



魔将ダーク・フリードの契約の瞳の中には、しっかりとガーゴイルの見る景色が映っていた。

山の彼方に聳え立つ、見間違えようもない巨大な“人”。


ダークロードは知らない。

古代の英雄達、ジャイアントのことを。


『ぐぬぅううぅうッ……!おのれジャイアントッ!』


碧の光線はじわじわと迫り、弱まったモナークの呪文を蝕んでゆく。

マナを失い灰になってゆく死の呪文。

無慈悲に迫り来る緑光。


じきに朝日も昇るだろう。

彼方で橙の差してきた空が、戦いの長丁場を表し始めた。


闇の中で本領を発揮するリビングデッドやゴースト達の力が弱まってしまう。

モナークは内心で焦った。そして僅かな集中力の乱れが、モナーク自身の術の構築を崩してしまった。



『――!』

哀哭『貫け』



ノクターン・ブレスの碧光が煙の光線を貫き、モナークの巨体に風穴を空けた。

その光景を見上げていた何人かのダークロード達の表情が凍りつく。



『お、ぉおおおッ!』

哀哭『今度こそ消え去るが良い、モナーク』



大地の呪文がブラック・モナークの全身を引き裂いてゆく。


『ふ……ふふ……、野蛮人め……さすが、長年大地の中で、マナを溜め込んでいただけのことはある――』


巨体の胴に大穴を空けたモナークが呟く。


モナークの足元から動かなかったグレゴリアが、ついにその膝を折り、大地に跪いた。


邪妃「モナーク……!」


いつかその座を狙ってやろうとは思っていたが、まさかこのような形で死ぬことになるとは、彼女も予想していなかった。

まず大前提に、闇の大勝がなくてはなからなかったからだ。


闇の総大将が崩れ落ちることなどは、計算の外も外。全ダークロードの謀略が総崩れした展開だった。

夜明けと共に、ブラック・モナークの身体はちりちりと煤け、その身体を崩壊させ始めた。



哀哭『……!』


崩れ去る瞬間に違和感を覚えたのは、他ならぬ彼方の超人だった。

胴体に空いた大穴から崩れてゆくモナークに感じる違和感。



『――ク、クカカカ……』


邪悪な笑みこそ、不吉な予感を明らかなものにした。



『……仕方ない、こうなっては修復も困難だ……ここはひとまず、我の負けとしておこう――』

邪妃「……モナーク……!」


ブラック・モナークの黒い巨体は煙となってあたりに立ち込めてゆく。

煤になり、広がってゆくのだ。



『我が“煤の秘術”――我が忠実なる悪魔によってこの身体が再び戻る時、その時こそまた、この世界を支配してくれようか――』


ブラック・モナークが消滅し、フィオナの森を黒く煤かしてゆく。

闇の煙は森に立ち込め、空を覆い、光を隠す。


哀哭『――肉体を棄ててもまだ、尚も世界に執着するか、モナーク……』


黒い肉体が煤となって散ってゆき、中の大きな白骨がむき出しになる。

白骨はしばらくの間だけ直立の姿勢を保っていたが、すぐに支えきれなくなり、ぐらりと大きく傾いた。


斃れる先は、背後の巨大な淵。

ブラック・モナークの白骨体は、元いた闇の中へと落ちて、見えなくなった。



ザガーン「!」


ライガー「!?」



別々の場所で、二つの強大な悪魔が不吉を察した。

強い魔力の波濤が消え去り、霧散して散ってゆく。


デス・モナークとは古代から見知った関係であるだけに、その消失には両者とも驚いたのだ。



両断寸前まで追い込んだビーストフォークの戦士を捨て置き、ザガーンは持て余していた全力をもって、大地を駆ける。

侵攻をやめてでも自陣に戻らなければならない理由があるのだ。


彼の主君は今、そこにいるのだから



ザガーン「我が主……!」



巨大な銀の剣が邪魔な大木をなぎ払ってゆく。

ザガーンの大胆な撤退の速さは、並みのビーストフォークでも追いつけるものではなかった。



ライガー「……ォオオオォオン!」

妖姫「さっさと行かぬか!何をしておる!」

ライガー「……!」



デス・ライガーも消滅した気配に悪寒を覚えたが、背中には絶対である主が指示を出している。召喚主のシルフィの命令には従うしかない。

それでも、頭では警鐘を鳴らし続けていた。


ユリア「……フリードさま、モナークは……?」


服にも木の葉にも積もらない煤煙が立ち込める中で、フリードの外套を掴む。

魔将軍は地の底へ崩れ落ちた白骨を見送ったまま動かない。



魔将「……モナークが死んだ」

ユリア「嘘……」

魔将「嘘じゃない……死んでしまったのです、ユリア」


邪妃「……モナーク亡き今……闇騎士団の役目は変わった」


より一層の黒い煙の中にいるグレゴリアが、傍らのギリアムにだけ聞こえる声でつぶやいた。

震える手で金の仮面を外し、その下の麗しい顔を顕にする。


邪妃「これより闇騎士団は私、グレゴリアのものとなった……異論などあるまい」

ギリアム「誰もいない」

邪妃「ふ……よろしい」


邪妃「邪獄のギリアムとやら、これからはお前にも動いてもらうぞ」

ギリアム「……」

邪妃「全体の規律に縛られていた闇騎士団は、これより全て私の管轄となり、自由な行動が可能となった」

ギリアム「我に動けと?」

邪妃「そうだ、お前も一応は、立派なデーモン・コマンドの端くれだろう?ならば多少は――」

ギリアム「侮るな」

邪妃「……なんだと?」


グレゴリアの眉の端が吊り上る。

膝を折って地面に腰を下ろすデーモンは、主の怒りに何の反応も示さない。


邪妃「この私に従えないとでも言うつもりか?血の契約を交わしておきながら!再び地獄に戻り、永久にここへ戻れなくなっても良いとでもいうのか?」

ギリアム「敵を“侮るな”と言った」

邪妃「……ほう、敵か」

ギリアム「禁呪によりその一族を追われたブラック・モナークすらも消し去る大地の呪文……ジャイアントはヒトの手には負えない生物だ」

邪妃「……一族?ジャイアント?何の話だ」

ギリアム「古代を知らないとは、嘆かわしい」

邪妃「私を愚弄するか」

ギリアム「空を見ろ、そこに何が見える?」

邪妃「何って……」


ギリアムの杖が示した方向へ、グレゴリアが顔を上げる。

空は辺りに漂う黒煙が邪魔をして不明瞭だったが、その中で太陽のように輝くひとつの光だけは目に付いた。


邪妃「……アルカディアス、か」

ギリアム「古代からの王だ、闇騎士団ならばアレに勝てるのか」

邪妃「……貴様らの眷属、ザガーンか、デスライガーか……その程度であれば……」

ギリアム「話にならん」


デーモンは首を振って呆れた。


ギリアム「デーモンは強力な闇魔術で全身を強化し、巨躯の力で敵を押し潰す」

ギリアム「力を授かり代償を受ける、マナを用いて呪文を放つ、貴様らダークロードと契約して魔の世界より顕れる」

ギリアム「デーモンの基本はマナ、呪文を介する契約だ」


大きな手の人差し指をグレゴリアの目の前に運び、鋼鉄のような爪で唇をなぞる。

力加減を弁えた微かな刺激に、グレゴリアの身体はピクリと震えた。


ギリアム「しかし、聖霊王は闇のマナの対極に位置する光のマナを拡散させ、広域を満たしてしまう……光に包まれた環境では光のマナが全てを支配する」

邪妃「……マナを支配する、だと?」

ギリアム「マナ自体の発生を抑制するわけではないが、行使が行えない……つまりは、呪文が機能しなくなる」

邪妃「何だと……!?」

ギリアム「既に行われ形となった召喚呪文、操作呪文には影響はない、だが新たに呪文を唱える事ができなくなる。その唇は戦場において、無意味となるだろう」

邪妃「そんな……」

ギリアム「となれば戦場のデーモンもたまったものではない、戦力は半減、それ以下となるだろう……ザガーンとかいったか?奴などは重い鎧を引きずり這い回るだけの、ただの木偶の坊に成り下がるな」

邪妃「……闇騎士団は、その程度……」

ギリアム「貴様の闇騎士団は一切の呪文を行使せずに戦えるのか?勇ましいことだな」

邪妃「……」


グレゴリアは愕然とした。

モナークが斃れ、途端に饒舌となった謎のデーモンが発する言葉の節々にある恐ろしい真実味に、口を利くことができなくなってしまったのだ。


聖霊王の復活。それによるマナ変換の制限の脅威。

フィオナの森を支配しようと目論む彼女の野望は一転、絶望へと転化した。



ギリアム「なに、恐れるな、ダークロード」

邪妃「……どうすればいい、モナーク無しで、ワームも増援も望めず、どうすれば……」

ギリアム「目を逸らすな、私を見ろ……」

邪妃「……」


底知れない闇を湛えるギリアムの顔が、グレゴリアに最接近する。


ギリアム「私は不思議で仕方がないのだ……人は何故、目の前の絶望に目を瞑るのだ?」

邪妃「……聖霊王を討つ者はいない、唯一モナークが頼りではあったが……もはや私の策略に、呪文の制限を食い止める手段はない……希望などあるものか」

ギリアム「何を恐れることがある、絶望をよく見つめてみろ」

邪妃「きゃ……!」


大きな手がグレゴリアの両肩を掴み、引き寄せる。


ギリアム「人は渇望し、絶望し、野望を抱き悪魔を喚ぶのだ……望むならば契約を結べばいいのだ、人間よ」

邪妃「契約……?私に呼び出された身で、何を契約しようというんだ」

ギリアム「簡単なことだ……私と契約すれば、空に浮かぶあの聖霊王を空から消し去ってくれよう」

邪妃「!」


グレゴリアは魔人の眼を見て固まった。

デーモンの瞳の奥底には、強大な力が渦巻いているかのように見えたのだ。


ギリアム「聖霊王だけではない、そこらに浮かぶ展開の有象無象も消して見せよう……ブラック・モナークを葬ったジャイアントすらも駆逐してやろう……その手段を、私は持っている」

邪妃「……ならば命令する、その手段を用いて……」

ギリアム「この手段を用いるためには、私を縛る貴様の契約呪文が抵触するのだ……その命令は聞けない」

邪妃「何……契約を、召喚の契約を解けというのか!?」

ギリアム「私も悪魔だ、契約を反故にしろとは言わない……ただ、力を発揮するために変更を願いたい、それだけのことだ」


紫に輝く魔人の瞳に気圧されても、グレゴリアは動じない。

それは、デーモンとそれの召喚主である自分との間に、絶対に破ることのできない絆があるためだ。


召喚の契約内容によって、デーモンの手で自分が死ぬことはありえない。

過酷な使役を命令しようとも、喚び出されたデーモンは服従し、付き従うしかない。


だが目の前の悪魔は、その契約を変更しろと申し出た。


ギリアム「安心しろ……殺したりはしない、そこも新たな契約内容として組み込んでおいてやるぞ」

邪妃「……」



グレゴリアの心が揺らぐ。


ギリアム「訝しげな眼をするな、私は協力を持ち掛けているのだ」

邪妃「悪魔の怪しい企てを、そう易々と信じるものか」

ギリアム「何を言う、悪魔は契約を守るために生まれた存在だ、契約が無ければ我々は存在しない」


杖で自分の額をコツ、コツと叩き、わざとらしく何かを考える素振りを見せた後、魔人は再びグレゴリアへ顔を近づけた。


ギリアム「なるほど、確かに私という手駒が離れることは、それだけで貴様の損失となる……納得のいかない理由はそれか」


ギリアム「ではこうしよう、契約として更に、貴様が率いる闇騎士団に悪魔の力を授けてやる」

邪妃「!」


悪魔の力。得体の知れない言葉だったが、野心家なグレゴリアを惹きつける魅力があった。


ギリアム「悪魔の力にデメリットなどはない、そちらが一方的に得をする要素であることを保障しよう」

邪妃「……」


グレゴリアが不適に微笑む。


邪妃「良いだろう、その契約……承諾してやる」

ギリアム「話の解かる人間だ」


この悪魔に表情は無いが、きっと微笑んだに違いなかった。


朝日が差して明るくなると、休んでいたヒューマノイド達が目覚め始めた。

焚き火にあたるドラゴノイドも目を覚まし、傍らに寄り添うデューン・ゲッコーをゆすり起こす。


毛むくじゃらのマシンイーターはいつまで作業をしていたのか、今になってもまだ爆睡中である。


騒がしくなってきたのを見計らって、コートニーは外れの高い木の上から降りてきた。

目を瞑って図体に似合わない大きなあくびをかくピーカプ。彼の寝癖がかった毛並みを観察中のイノセントハンターの横にまでやってくると、氷の結晶を消して隣に着地する。


コートニー「おはよう、眠れた?」

無垢「眠れた、コートニーは?」

コートニー「私はあまり寝なくてもいいから」

無垢「吹雪の精はよく寝るのに」

コートニー「……あー、厳密には違うけど、ブリザード様が私達の活動の肩代わりをしてるって感じだから」

無垢「そうだったのか」

コートニー「厳密には違うのよ?」


しばらくの間、二人はピーカプの毛並みを観察し続けていた。


ゲット「旦那、ピーカプの旦那ー、もう起きてくださいよ」

ピーカプ「んが……んがぁー……?」


揺すり起こされたピーカプが、人間の3倍以上はある大口を開けて欠伸を漏らす。

見ているだけでうつりそうな欠伸だったが、ゲットは起きてからもう何時間も経っていたので、ただ呆れた風にそれを見ていた。


ピーカプ「んおお、小僧、おはよー、今何時だ?」

ゲット「まだ朝だけど、結構経ってるよ」

ピーカプ「ほーかほーか、今日はどこ向かうんだっけかぁ」

ゲット「コートニーが言うには、ホーンビーストっていう森の支配者達に会うつもりなんだって」


援軍を連れてきたので、とりあえずはホーンビーストの指示を仰ぐ。

それがコートニーの判断だった。

現状、ワームを探すにせよ、光の軍隊と共闘するにせよ、必要なものは現在の情報と的確な指示である。


フィオナの森を網羅するホーンビーストに出会えば、何かしらの情報をもらえるかもしれない。


ひとまずはホーンビーストがいるらしき地帯へ向かうということである。



ゲット「それより旦那、その頭の後ろの、直したほうがいいですよ」

ピーカプ「んあ?」


ピーカプが自分の後頭部を撫でてみると、そこには触り慣れない綱らしきものがあった。

彼には見えていないが、それはよく編みこまれた橙色のおさげだった。



銀の拳の悲報は、あっというまにフィオナの森を駆け巡った。

天空高く連れ去られ、地下の古代遺跡へ放り棄てられた銀髪団団長の、最後まで抗うことをやめなかった雄姿は、夜の間も語り継がれたのだ。



三角「……シルバーフィスト」


以下遺跡の探索にやってきたホーンビーストが、最下層でシルバーフィストの遺体を発見した。


痛ましい姿だった。

拳は血にまみれ、骨も砕けているだろう。それなのに、何度も石の床を殴りつけたような、血の形跡がある。

堅い床がいくらか砕けているのは、彼の落下の衝撃だけによるものではない。



三角「お前が大地の英雄を呼び覚ましたのだろう……今の我々には、それがわかる」


トライホーンが血溜まりを踏み、シルバーフィストの骸を角で持ち上げた。

背中に乗せ、今度はまた、降りてきた険しい道を登りなおしてゆく。

シルバーフィストを落とさずに登るには、少々苦労しそうだ。



三角「銀髪団……我々の関わるところではないが、彼らはこれから……大丈夫だろうか」



遺跡から這い上がってきたトライホーンは、大勢のビーストフォークの戦士達に迎えられた。

姿を見せると、心配そうに穴を覗いていた彼らの半数近くは手で顔を覆ってしまった。


背中に乗せられた惨い遺体を、じっと見ていられなかったのだ。


戦斧「……」

銀の牙「……シルバーアックス」


シルバーアックスもその一人だった。

何時間か前までは“自分が探す”と喚いていたのが、シルバーフィストの遺体を目にした途端に足を崩してしまっている。

覚悟はしていても、未だに精神的なダメージが残っていたのだろう。


無理もないことだ、と白銀の牙は思う。

シルバーファングという名を持つ彼と同じく、シルバーアックスは隣でシルバーフィストを支え続けてきたのだ。

銀髪団を作ってきた彼ら古株にとって、その長の惨い死は悲劇でしかない。



三角「……埋葬するのか、フェアリーへ捧げるのか」


亡骸を前に呆然と道を開けるだけだったビーストに言葉を投げかける。


三角「とにかく早めに済ませることだ……敵はまだ、森の中に多くいる」

戦斧「……わかっている、手厚くはできないが……シルバーフィストもきっと、それを望むだろうさ」

三角「うむ、では、あとは任せたぞ」



トライホーンは背中の遺体をゆっくり降ろすと、ゆっくりその場を離れていった。


そしてホーンビーストの姿が見えなくなった頃に、ビーストフォークの戦士達は泣いた。

銀の拳を囲み、ただただ泣き続けた。


青空に薄い雲が流れる。

穏やかな地上とは違った風速に、雲は鳥のような速度で移動し続けていた。

渦巻く雲は、これから訪れる波乱の兆しのようだ。



聖霊王『――』


天高い強風の中で、一体の輝く精霊は直立姿勢のまま、同じ位置から動くことはない。

光子によって生成されてゆく身体も、残るところはあとつま先のみ。



『聖霊王が完全光臨する』

『闇の粛清が始まる』

『天に刃向かう者に光の裁きを』


光の王の完全復活を祝福するため、預言者ライトブリンガーも集まってきた。



哀哭『……精霊が再び戦いのために動き出すか……嘆かわしい、波乱の時代よ』


ジャイアントたちは精霊に干渉することはない。

古代から生きる彼らは、光の住人達の性質をよく知っているのだ。


天上に生きる精霊達は自分自身の都合でしか動かない。

逆を言えば、自分に仇する者以外は眼中にない。

有効的とはいえないが、敵対関係でも警戒する対象でもない。それが彼らの、光に対する認識だ。


哀哭『大地を汚さぬ限り、我々はただ見守るのみ……』




天空の塔より飛来する四角形のバーサーカー、球体のライトブリンガー。

空いっぱいに広がる黄金たちは、昼間でも星のように明るかった。



聖霊王『――が――いと――――き――』



精霊の王が微かに鈴のような声を漏らした。

同時に、地上の黒い煙は渦巻いた。


モナークの遺灰が渦を巻く。

渦の中心には謎のデーモンコマンド、ギリアムの杖があった。



ユリア「この流れは一体……」

魔将「邪妃のデーモンが何かを始めようとしています」

ユリア「何かって?」

魔将「それは……起こってみなければ、私にもわかりません、ユリア」



視界を黒い嵐の中で、グレゴリアはデーモンの輝く目だけを見ていた。


ギリアム「儀式の舞台は整った」

邪妃「……!」


怪しい紫の双眸が見下ろして、問う。


ギリアム「邪妃グレゴリアよ、この邪獄ギリアムを封印の呪縛から解き放つか?」

邪妃「……」


グレゴリアは自身の左薬指を犬歯で噛み、その指で下唇をなぞる。

紅く染まった唇を一旦閉じ、馴染ませる。


これより彼女の口から発せられる言葉は、血の契約を紡ぐものとなった。


邪妃「ひとつ、聖霊王を空から消し去ること」

ギリアム「良いだろう」

邪妃「ひとつ、あの空に集まった黄金の者たちや……ブラック・モナークを殺したジャイアントとやらも、駆逐すること」

ギリアム「その言葉の通りに」

邪妃「ひとつ、解き放たれたとしても、邪獄ギリアムは私を殺さないこと」

ギリアム「当然だ」

邪妃「ひとつ、私が率いる闇騎士団に、不利益のない悪魔の力を授けること」

ギリアム「容易い、力をくれてやる」

邪妃「……私は」


再び、デーモンの目を見る。

禍々しい。妖姫の喚びだしたデス・ライガーの目にも恐怖を感じたが、このデーモンはそれ以上だ。

召喚した時点ではそうは思わなかったが、今この時になって初めて思う。


これほど危険なデーモン・コマンドが、他にいるだろうかと。


だが、差し出された甘い報酬を目の前にして、紡ぎ出す言葉は止まらない。

脳裏で鳴っている静かすぎる警鐘などは振り切って、その言葉を口にする。



邪妃「私は、以上の契約を以て、“邪獄ギリアム”を召喚の契約から解き放つ!」

ギリアム「――」

邪妃「!」



漆黒の鎧ごと大きくゆがんだ口を見て、グレゴリアの背筋が凍った。

契約魔術と契約破棄の魔術が失敗したわけではない。

内容にも落ち度はなかったはずだ。

身の安全と力を得られたはずである。


それでも言い知れない恐ろしさを、自分は生み出してしまった。

正当な順序を踏んでしまったが故の過ちに、彼女は感付いたのだ。


ギリアム「契約は履行され、邪獄を組む従属の戒めは解き放たれた」

邪妃「――!!」


デーモンから黒い突風が吹き抜けてゆく。

ギリアムの黒い鎧が砕けた、その隙間から魔力が漏れているのだと、グレゴリアは直感的に解った。


ギリアム「古に堅く封じられた我が“魂”は開放され、自由なものとなる」

邪妃「何だこの魔力は!お前は一体、何者だ……!」

ギリアム「ブラック・モナークに封じられた私の魂をお前が解き放った、礼を言おう」

邪妃「モナークが封じた……!?」

ギリアム「後の儀式はこの“邪獄”が形を亡くす前に執り行う、問題ない……あとはそこで見ているが良い、人間よ」

邪妃「……!」


激しく渦巻いていた黒い煤が、不吉な竜巻となって空へ登る。

天高くへ昇った煤は青空を蝕むように暗雲を形成し、広がる黒は闇夜を作り出す。



フィオナ「……! いかん!」



翳ってゆく森を見たフィオナは傍観をやめ、崖から身を投げるようにして飛び出すと、一目散に闇の本陣へ駆け出した。

目指すは、妖しく輝く杖を掲げたギリアム。


姿勢を低くし、角で前面を覆い隠す。

木々の小枝を撥ねながらの全力疾走の目的はただひとつ。


術を展開している最中のギリアムを、術が完成するまでに、なんとしてでも殺さなくてはならない。



フィオナ(取り返しがつかなくなる前に……!)


大きな掌の中で、災厄の目が黒く輝く。

皆既日食の煌きが青空の守護者達を灰色に染め、あらゆる色彩を逆転させた。


『――!!』


炸裂した闇の眼がエネルギーとなり、祝祭の最中の黄金らを包み込む。

モノクロの空間に満たされた闇のマナが、それ以外の構成物を発見しては分解してゆく。


つまり、闇以外のマナで構成される全ての物質を破壊するのだ。


守護者達が、使徒達が音も立てずに砕け散ってゆく。

高位の預言者であろうと、伝達役のバーサーカーであろうとも分け隔てはない。

かつてジェノサイド・ワームが放っていた怪光の何倍もの太さをもつ闇の輝きは、それに照らされた全ての“敵”を消し飛ばしてしまった。



邪妃「なんだあの手は……!?あれがギリアムの力だというのか!?」

ギリアム『――ギリアムとしての私では、あの力を使うことはできない』

邪妃「馬鹿な、あれはお前が出したもの……!」


杖を掲げ黒煙を操るギリアムは、その体の半分以上が砕けてしまっている。

外殻の内部で揺れる青い篝火はグレゴリアの前に晒され、それは無防備な、丸裸の魂のようにも見えた。


邪妃「お前、死ぬ気か!?」

『身体などは仮の宿、重要なものは魂の在り処だ』

邪妃「……!? 自身の魂を移す!?そんな高等魔術を行うなど、大規模な魔方陣と、膨大な下準備がなければ不可能だ!」

『地獄の門を開くより、遥かに容易いこと』

邪妃「そんな技が容易くできるとしたら、モナークか、悪魔神でもなければ……!」

『――ふは』


ギリアムの鎧が砕け散り、残った青い炎は嵐に巻かれ、瞬きする間もなく暗雲に呑まれて見えなくなった。

そして黒い空は脈動するように、赤い雷鳴を走らせる。



聖霊王『……』


膨大な数の守護者や使徒に遮られていても、アルカディアスは無傷とは済まなかった。

僅か怪光に照らされた左腕は灰色に染まり、末端部から砂のように消失してゆく。


玉体の欠損に、光の住人達は高周波で叫んだ。

その嘆きはほとんどの生物の耳に届くものではなかったが、それでもいくつかの生物は、彼らの悲しみを受け取った。


そして、悲しみをうけて空を見上げる者は絶望するだろう。

渦を巻く暗い空の、雲の手の穴から緩やかに降りてくる、ひとつの存在に。




バロム『私の復活祭だというのに、随分と白けたものだな』



決してジャンアントやモナークほど大きいわけではない。

それは、ザガーンやふたつ牙を凌ぐ程度の巨体であり、比較をするならば対峙する聖霊王とほぼ同じであると言えるだろう。


だが大きさは問題ではない。



ユリア「……」

魔将「……」


伝説と崇められるその存在を知らぬ者は、闇の淵に居ないだろう。

一度も目にした事がなくとも、紙や石という媒体を扱う知能さえあれば、誰しもがそれを知っているのだ。


時に崇められ、恐れられ、祈られ、恨まれる。

何十、何百という数の種族たちから、何百年、何千年と様々な感情を向けられ続けてきたそれは、ついに何らかの感情に特別な御手を差し出すことも雷を落とすこともなかった。


いつからか“最も力ある者”の代名詞としてしか伝わらなくなったその名、その姿に、闇の住人達は閉口した。



邪妃「……」

バロム『案ずるな小さきヒトよ、契約は肉体ではない、魂で行うもの』


遥か高い空に座すそれが、小さく手を掲げる。


バロム『悪魔の契約は絶対だ』



くらい穴の空いた悪魔の掌が、隻腕の聖霊王に向けられる。


“悪魔神バロム”の名を知らない闇魔術士はいない。

烏の翼、雄山羊の頭、魔人の身体。

世の生命、魂を司る、悪魔の中の悪魔。


天に掌を掲げれば、死者は黄泉の国より舞い戻り。

地に掌をかざせば、指された正者は速やかに死ぬ。


個々が一国の将となるほどの力を持つデーモン・コマンドですら、悪魔神の前では単なる僕に過ぎないという。



魔導書に描かれたそのままの姿で雲の穴から現れた悪魔神を前に、それを視界におさめるダークロードたちは一斉に跪いた。



邪妃(嘘……!)


ギリアムを喚び出したグレゴリアも例外ではない。

膝をつき、手をつき、恐怖から顔を上げることすらできなかった。


先ほど交わした契約の内容などは、悪魔神の姿を見た瞬間に忘れてしまっていた。



バロム『どうした邪妃グレゴリア』

邪妃「!」


悪魔神に自分の名を呼ばれる。

それだけで心臓をわしづかみにされたような気分だった。


バロム『契約の履行を見届けよ』

邪妃「……!」



名指し。見よ、との命令。

だがグレゴリアはほんの少し。ほんの少しの間だけ、恐怖に顔を上げることができなかった。


冷や汗を一滴、土の上に垂らして顔を上げ、悪魔神を浮かべた空を見ると、


そこには既に、悪魔神に掌をかざされ、灰色に変色して砕け散る聖霊王たちの姿があった。


バロム『闇を侵す忌むべき光は消えた』


灰燼となって崩れていくアルカディアスは、風に吹かれる砂の城のようだった。

聖霊王は光子ごと消滅し、暗雲の下の世界は更に影を増す。


宙に浮かぶ守護者も、使徒も、伝道師の欠片も浮かんではいない。

ただひとつ、胡坐を組んで浮遊する悪魔神を除いては。


バロム『次なる標的は―― “ブラック・モナークを殺したジャイアントを駆逐すること”』


穴の空いた掌が、次は地平線の彼方へと向けられる。

近くにいた者はその動きに何も気付きはしなかったが、向けられた当人は並々ならぬ危機感を抱いたことだろう。

同時に、山向こうの巨人は激しい怒りを覚えた。


哀哭『――それでも……それでもまだ、足りぬというのか!』



ノクターン・ジャイアントの胸にマナの波濤が押し寄せる。

ブラック・モナークを葬った碧光の呪文が、まずは式となって宙に円陣を描いた。


バロム『巨人も、聖者も、死からは逃れられない』


呪文とは異なった、より純粋に“死”を湛える掌が輝き始める。



小高い崖から跳び降り、ダークロードの五人分の仮家屋を踏み潰して、フィオナは戦場に躍り出た。


フィオナ「させるものかッ!」


闇の拠点の端に突如として現れた自然の登場に、驚く者は少なかった。

ダークロードの一般騎士らは皆外へ出払っていたし、空に浮かんだ悪魔神の存在感に五感を鈍らせていた事もあるだろう。


とにかく、フィオナが本陣の半分近くを疾走するまでは、何者も彼の存在に危機を感じなかったのだ。


フィオナは巨大な角で拠点を破壊しながら、真っ直ぐバロムの方へと駆けてゆく。


だがフィオナの視界の端から、一体の銀の影が飛び出した。

影はダークロードの仮住まいを貫いて、右手に握った銀刃の大剣を振り上げる。



フィオナ「ぐぬうッ!退けッ!」

ザガーン「おおおッ!将が単騎で本陣を襲うとは!中々大胆な謀よ!」

フィオナ「デーモン……貴様らは許さん!この森において貴様らだけは、悪魔神だけは!」

ザガーン「モナークが死に悪魔神が復活した!闇の時代の幕開けだ!黙って見ているがいい、獣!」


角の塊といってもいいフィオナの突進を、悪魔の鎧騎士が剣で受け止める。

が、全力疾走だったフィオナの猛進を止めることはできない。


ザガーン「お、おおッ!?」


重厚な鎧。

常識外れの巨躯。

しかし両の脚はそこに留まらない。

靴底で土を削り、抉り、木の根に足をかけたとしても、やはり止まらない。

ガリガリと後ろへと押し出されてゆく。


ザガーン「な、なんという力……!」

フィオナ「退けと……言ったァ!」

ザガーン「!」


フィオナの強靭な角がザガーンの脇に差し込まれる。

しまった、と彼が思った時にはもう遅い。


何十トンもあろう巨大な悪魔は、角に跳ね上げられて、脇の大木へと叩きつけられた。


バロム『護りの角フィオナ、私を見るや駆けだすとは、意外……我らの眷属に加わりたいということか?』

フィオナ「!」


ザガーンを跳ね除けた先に見えた悪魔の姿を見て絶句する。

既に掌からは紫光が迸り、山の彼方へと伸びていたのだ。


フィオナには山向こうのジャイアントの姿は見えない。

が、彼がどのような末路に至ったのか、それだけは目で見る以上に理解できた。


フィオナ「聖霊王ばかりか、誇り高きジャイアントまで……貴様、何をしているのかわかっているのか!?」

バロム『全ては契約の下に実行された事に過ぎん』

フィオナ「貴様の囁きがそうさせた!戦の火種に油を撒き、恨みの火種を風で煽ったのだぞ!世界を――」


フィオナ「世界を、戦渦の中に突き落とすつもりか……!」


牙をむき出しに叫ぶフィオナの怒りに、辺りの木々たちがざわめいて応える。

それは敵への抵抗であり、怒りである。森自身もフィオナと意志を同じくしていた。


広大な自然の、しかし下々に過ぎない喧騒を見下ろして、バロムは静かに言い放つ。



バロム『私のものとなる世界がどうなろうと、私の自由ではないか』


フィオナ「――」


フィオナは角に溜め込んだマナを脚の筋肉に注ぎ込み、牙を剥いて咆哮した。

荒ぶる賢者の気迫は、その跳躍が、牙が、天高く浮かんだバロムにさえ届くであろうことを、容易く予感させるものだった。


バロム『契約の履行を邪魔するとは、デーモンではなくゴーストが好みか』


悪魔神の手がフィオナへ向けられる。

大きな手に震えなどはないし、躊躇もない。

森林を統べる賢者に殺意を向ける事の意味を理解した上での行為であった。


賢きフィオナは怒っていた。

森に鬱積した生命の怒りを一手に受け入れ、自身の力へ転化し、狂化してしまうほどに。


力の差すらも怒りで見えなくなっていた。


「ビーストフォークだ!止めろ!」

「これ以上の侵入を許すな!」


下級騎士達の怒声が、鈍った耳に微かに響く。

“ビーストフォーク”、その言葉でフィオナの正気は覚醒した。


「フィオナ様!退くのです!」


ふたつ牙「フィオナ様!」

フィオナ「……!」


フィオナが駆けて薙ぎ払った道の上に、大柄のビーストフォークが姿を現した。

呆然とする出来事の連続であっても、さすがに二連続の侵入者を見逃す者はいなかったらしい。


闇魔術師達の手痛い迎撃を受け、全身に傷を負ったデュアルファングが吼える。

咆哮の衝撃波は彼を取り巻き殺そうとするダークロードたちを吹き飛ばした。



ふたつ牙「早く!」


フィオナ「すまぬ、乗れ!」

ふたつ牙「は!」


冷静さを取り戻したフィオナはすぐにデュアルファングの傍へと駆け込み、応えるようにして相手も飛び乗った。

森の覇者ホーンビーストに跨る、大勇者のビーストフォーク。


一対の完成された戦騎が土を巻くって走り出す姿に、取り囲もうと中途半端な円陣を組んだダークロードは目を奪われた。



「あ、に、逃がすな!」

「奴を討て!」


まごつくうちにも、フィオナはすぐに拓けた場所から姿を消した。

巨体の上に巨体を乗せていようとも、それすら凌ぐ巨木の中に逃げ込まれては、追う手がかりもあるまい。


森の中は未だ、未知なる生物が潜んでいるかもしれない危険地帯なのだ。



バロム『私の邪魔さえしなければ構わない』


悪魔神は寛容だった。

広い野原でいくら走り回ろうとも、鹿は鹿である。


殺そうと思えばいつでも殺せるし、生かそうと思えば捨て置く。

庭を走り回る犬を気にかける飼い主はいない。


そんな些事よりも、重要なことは契約の履行である。

契約を履行することこそ悪魔の本分。これを終えなければ、まずは安心ができなかった。



バロム『……さて、邪妃グレゴリアよ、契約の仕上げだ』



バロム『ふむ』


グレゴリアの近くに目を落としてやると、彼女を取り巻くようにして多種多様なクリーチャーたちが集まっていた。

ゴースト、ヘドリアン、リビングデッド、パラサイトワーム。個性の強い不気味な面々が揃っているが、それぞれ静かに控えている所を見るにグレゴリアへの忠誠は高いのだろう。

ごみごみした集団は淵にまで続き、宙を漂うゴーストのせいもあって、その正確な数はわからない。



邪妃「……この者らが、私率いる闇騎士団……で、ございます」


かつては上だった自分の立場もすっかり逆転してしまった。

目に見える範囲の障害は全て取り除かれ、事態は明らかに好転しただろう。しかし頭にかかる重圧は、モナークが率いていた頃の比ではない。


バロム『闇騎士団、なるほどザガーンと対等……量、その点ならば勝るかもしれん』

ザガーン「……」


林から強襲を仕掛けたフィオナの進行を一時的に食い止めたザガーンは、バロムの前で跪いていた。

向こう側には契約を交わした主たる魔将ダークフリードの姿もあったが、悪魔神を前にしては全く気にかけていない様子だ。


バロム『暗黒騎士ザガーン』

ザガーン「は」

邪妃「!」


名を呼べば素早くかえって来る返答。

一生目にすることもないであろうと思っていた悪魔の上下関係は、そこに当然のようにあった。


バロム『奴らは闇騎士団という集団らしい……お前単騎で彼らと戦をしたとしよう、彼らをどこまで討ち倒せるか?』

ザガーン「時間さえあれば、一晩中にでも全てを」

邪妃「……!」

ザガーン「私が死ぬことなどは万一にもあり得ないこと、戦になどなりませぬ」


悪魔の騎士は静かにそう言ってみせた。


邪妃「ば、馬鹿な、いくら悪魔の騎士とはいえ、この数の軍勢を相手にしては……!」

ザガーン「試してみても構わない」

邪妃「……っ」


そのやり取りを、空の上で悪魔神が笑っていた。

笑い声らしい笑い声もなく、身振りもない。

聞きなれない笑い声らしい声がするだけだったが、グレゴリアは笑いだと決め付けた。


バロム『だが、この日よりグレゴリアよ、お前の軍勢は悪魔の力を手にするのだ』


悪魔神の掌の中に黄金の光が現れる。

それは眩しい金色の光だったが、不思議とゴースト達も、ほかの種族達にとっても眩しいものではなかった。


バロム『悪魔の軍勢を手にし、存分にその指揮を振るうが良いだろう――』


金色の球体は無数に弾けて、闇の騎士団へ降り注ぐ。

鋭い曲線を描いて飛び込んできた金色の輝きから逃れることはできず、それらは全ての者の腕や、首などに“巻きついた”。


邪妃「う、わっ……」


それは他ならぬグレゴリア自身の両腕にも飛び込み、巻きついた。



「な、なんでしょうこれは」

「金色の腕輪……重くはない、不可思議な」

「きれいズラ~……」

邪妃「……」


光が収まると、そこには金の腕輪があった。

グレゴリアの頭巾にもあしらわれている眼の模様と同じエンブレムが刻まれた、重厚な黄金。


邪妃「……ク、ククク」


不思議だった。

奇妙なものを付けられた、と思う前に、彼女はこの腕輪を気に入ってしまったのだ。


彼女は直感した。この腕輪こそ自分に力を与えてくれる、そのものなのだと。


邪妃「一晩で……我々闇騎士団を全滅させられると……そう言ったな、暗黒騎士ザガーンよ」

ザガーン「……!」


腕輪を装着した者達が一斉にザガーンの顔を見つめる。


邪妃「今の我々はどうかな……?戦にならないという結論だけは変わりないようだが……結果は随分と、変わりそうじゃあないか」

ザガーン「……そのようだ」


バロムから金の腕輪を授かった瞬間に、闇騎士団員が帯びるマナが気色を変えた。

今仮にザガーンが彼らに飛び込んだとして、1分持つかはわからない。



邪妃「素晴らしい力だ!感謝します、悪魔神!」

バロム『邪妃グレゴリアよ、これでお前との契約は以上だな』

邪妃「この力さえあれば、もはや他に何も……!」

バロム『もう既に力の虜か……まあ、これで私も契約を気にしなくて済む、一安心だ』


悪魔神の翼がはためいて、辺りに黒羽根を舞い散らせる。


バロム『これで私は自由、何に縛られもしない』



かくして、闇が誇る最大の物量組織“闇騎士団”には強大な力が備わり。

悪魔神バロムは真実、自由の身となった。


空には依然として、巨大な闇の天蓋が広がりつつある。


フィオナ「我を見失っていた、らしからぬことだ、すまぬ」

ふたつ牙「今は悪魔神をどう討つか、考えなくては」

フィオナ「うむ」


最強の騎馬と騎士は一体となり、フィオナの森を堂々と駆けていた。

バロムの手が届く一帯からは離脱し、着々と離れる動きである。


森の賢者に森の大勇者、このふたつが揃えば、決戦にて敵う相手などはいないだろう。

だがそれも生き物の範疇での話。デーモン・コマンド程度は撃破できても、宙に浮く絶対の悪魔神に一戟を刻む事は叶わないだろう。


フィオナ「最も恐れていた事態が起こってしまった……聖霊王は不完全なるままに消滅し、悪魔神が完全復活してしまった」

ふたつ「どうにかして近づけば、我が“ふたつ牙”で首を刎ねることも出来ましょう」

フィオナ「近づくなど容易な事ではない……奴の気配を察知する能力は、我らホーンビースト以上だ」

ふたつ「なんと、森そのものから事態を測るホーンビーストを上回ると」

フィオナ「我も考えていたのだ……特別に禍々しい気配を常に、動きがあろう時には奇襲しようと」

ふたつ「フィオナ様の奇襲が阻止されるとは、恐ろしい」

フィオナ「思わぬ介入者も居たのでな」

ふたつ「あの者、ザガーンは私の討ち損じでございます、全ては私の責任」

フィオナ「ふむ、立ちはだかるのであれば、あやつも斃さなくてはならぬか、厄介な」

ふたつ「次には必ず、始末してみせましょう」

フィオナ「うむ、お主には奴の相手を頼むか」



岩山を飛び越える。開けた渓流地帯へやってきたようだ。

枯れ木を踏み砕いて着地し、小川を跨いで更にその先へ駆ける。


ふたつ「フィオナ様はどちらへ?悪魔神を倒す手立てが?」

フィオナ「……」


賢者がその意を決するまでは、しばらくは風を切る音だけが続いた。



フィオナ「我は伝説に賭けてみようと思う、いいや、もはやそれしか残されてはおらん」

ふたつ「伝説に賭ける?伝説とは」

フィオナ「聞いたことがあるかデュアルファングよ、如水の祠に伝わる“無垢の宝剣”の伝承を」

ふたつ「イノセントハンター、存じておりませぬ」

フィオナ「もしこの森を救う者がいるとするのであれば、その者に違いないだろう」

ふたつ「それは新たなるビーストフォークの、大勇者の誕生ということですが」

フィオナ「我があやつにその名を与えた瞬間は……角継承の儀よりも、大勇者の覚醒よりも、遥かに大きな瞬間であったのだろう」

ふたつ「!」


息を呑む。ホーンビーストや大勇者の儀式以上に大きな拝名とは一体何なのか。


フィオナ「ただ名を与えるだけの行為だった、マナの行き来などは一切無かった」

フィオナ「しかしあの時より、あの小猿の運命はより明確に決定付けられたのだ」

フィオナ「そして、あの子に見出した器は本物であった……」


フィオナ「……あの時より信じた伝承をそのままに、悪魔神が復活したこの時でさえ信じ続けるならば……あとは彼に託すのみだ」

フィオナ「我はあの者の、切っ先の見えぬ透明な一刃に賭けてみようと思う」


そうしてフィオナは黙々と駆け続けた。

森に神経を張り巡らせ、角獣の同胞に指示を広げた。


一匹の小猿を探すためだけに、フィオナの巨体と無数の同胞は森を駆け続けた。


尋常ならざる激しい息遣いで、茂みから現れた一体のホーンビースト。

ゼノ・マンティスでの一件もある。突然飛び掛るようにして現れたホーンビーストに咄嗟の反撃を与えてしまったことは、これまでの旅の流れからすればある意味当然の処置である。


コートニー「~……!」

ホーバス「お仲間かい、そいつは悪かった」


だが一撃を放った奴が悪かった。

茂みから出てきたロングホーンの眉間目掛けたホーバスの“一撃必殺”のハンドカノン。


その腕から白煙を棚引かせた頃にはもう遅い。

群れが走れば荒野ができるとまで云われるロングホーンがピクリとも動いていないのだ。


コートニーは肩を竦ませて固まった。絶句した。


ジョー「おい、森の住人らしいぜ、やっちまったなホーバス」

ホーバス「涎振りまいて飛び掛ってくりゃ誰でも撃つだろ?」

ゲット「今のは俺もビビったよ……」


火の連中は横たわるロングホーンを囲んで様子を伺っているが、コートニーとイノセントハンターは一歩も動けなかった。


誤射。しかもその相手がホーンビーストである。

フィオナの森に禁忌はいくつかあるが、ホーンビーストに手を出すことやコロニービートルの産卵を観察することはその筆頭に挙げられるだろう。



コートニー「ど、どど、……」


周囲を見る。

辺りにホーンビーストの影は見えない。

このロングホーンは単独で行動していたようだ。


コートニー「どうしよう!?」

無垢「……どうしよう」


この凄惨な光景がロングホーンの群れに知れたら大変なことになることは間違いない。

長角獣の大軍が押し寄せ、アーマロイド共々蹄に潰され挽肉だ。


いつも冷静なコートニーも我を忘れ、目に涙を溜めて慌てるばかり。

種族の縄張り意識など意に介さずあちこちを行き来するイノセントハンターも、さすがに此度の誤射が“ただでは済まない”ことは理解できていた。

彼にも打開策は思い浮かばれなかった。


二人の中で、事態は最悪だった。

空に浮かんだアルカディアスが消滅した事以上に切迫した状況に追い詰められてしまったのだから。


ドラグ「イノセント、イノセントよ」

無垢「!」


頼もしい竜人が恐慌する二人のもとにやってきた。


ドラグ「森の大切な種族であったか?だとしたらヒューマノイドもドラゴノイドも関係ない、我々同盟軍の失態を認め、謝罪する」

無垢「……」


ドラグは深々と頭を下げたが、二人に謝っただけで好転する事態でもなかった。


コートニー「ホーンビーストは森の支配者なの、誇り高く絆の強い種族……縄張りに踏み入るだけでも大事なのに、彼らのうちの一体を殺めてしまったら……」

ドラグ「なんと……」

無垢「まだ死んだと決まったわけじゃないんだろう」

コートニー「そ、それもそうね、気絶してるだけかも」

ジョー「おーい、あんたら、どうにもこいつ、息がねぇみてえだが」

コートニー「ギャァ」


よくわからない所から悲鳴が出た。

フィオナの森の住人としては、いつ気を失ってもおかしくない状況である。


無垢「ロングホーン達に見られたら、事情を説明しないと」

ホーバス「……取り返しのつかないことをしてしまった」

ブレイズ「まぁ、なんだ、勢いでやっちまったもんは仕方ねえよ、落ち込むな」

ゲット「う、うん……とにかく、謝るしかないよ」



ホーバス「しかし謝るといっても、その相手がいないんじゃあ仕方ないだろう」

チョイヤ「こっそり埋めちまうか?」

ドラグ「貴様ら何を不穏な……!我々は同盟を結びにきたのだ、不慮の事故とはいえ隠すなど……」

ジョー「確かに、手ぇ組もうって時に死体隠蔽っつーってのは穏やかな話じゃねえな」

ピーカプ「不味いことになっちまったなぁ~」



「……ヒューマノイドが足を引っ張るからこうなるんだ」


角獣の骸を囲む議論の中で、誰かがぽつりと零した。

耳をそばだてていなくとも、蚊帳の外からの独り言でも、その言葉は皆の頭によく響いた。


タイラー「おい、今言ったのどいつだ?ドラゴノイドだな?」

フロッガー「無闇に撃つからこうなった、事実だろ」

ホーバス「……」

ドラグ「仲間割れをしている場合ではない、責任の追及は後からでも……」

「仲間?よく言うぜ、ドラゴノイドの態度を見て解ったよ、手を取り合う気は更々ねぇんだ」

ジョー「おいやめろ、話が進まねえだろ」


お互いが言葉を投げかけるごとに、ヒューマノイドとドラゴノイドとの溝は深まってゆく。

渦中のホーバスは押し黙り、中立のマシンイーターであるピーカプも、滅多に口を利けなくなってきた。


「なんだと?」

「ぁあ?」


次第に会議らしい会議などは形もなくなり、両者とも心無い罵倒を隠そうともしない、張り詰めた空気が漂い始める。



――パン



緊張した両種族を正気に戻したのは、イノセントハンターによる一回の合掌だった。

乾いた音が森の中に木霊すると、加速し熱を巻き込み続ける一方だった罵倒の嵐は嘘のように収まった。



無垢「……すまない」

長角「……」


イノセントハンターは何よりもまず、死んだロングホーンのために手を合わせ、頭を垂れた。

骸に拝み、死者が蘇ることなどはありえないが、イノセントハンターにとってはまず、真っ先にやらなければならないだろうと思いついたことがそれだったのだ。


コートニー「……そうね、まずは……彼のために偲ばないとね」


小猿の隣で、妖精の少女も手を合わせた。


ドラグ「……」

ジョー「……」


二人の姿に倣い、他の者達も骸に手を合わせだす。

先ほどまで罵詈雑言の醜舌を巻いていた者達は、流れの中で渋々と拝む最中に自分を恥じた。


何故ああも馬鹿けた言い争いをしてしまったのだろう。

目の前に横たわる哀れな骸のほかに、この悲劇を語るものなどないというのに。



「――やっとみつけた、イノセントハンター」

無垢「!」


遺体に黙祷を捧げていると、向こうの茂みから示し合わせていたかのようにホーンビーストが現れた。

ホーバスの誤射によって死んだ個体と同じ、長い体毛と長い角を備えるロングホーンである。


彼の出現にはさすがの火の部隊も肝を大いに冷やした。



長角「フィオナが……――んぐ、……このロングホーンは、どうした」

コートニー「あ、あの……それは……」


鉈を振り回さなければ払えないような強靭な下草も易々と踏み退けて、ロングホーンはこちらへと歩み寄る。



長角「しんでる」

無垢「……」


ホーバス「俺が撃ってしまったんだ」

長角「……」


ロングホーンは、勇気をもって名乗り出たホーバスに反応を示さない。

眉間に穴の空いた同胞に寄り添い、長い角を軽く叩いている。


死者の角と生者の角が打ち合わさり、コツ、コツと音を鳴らす。

しばらくの間はその音だけが一帯に響いていた。


長角「イノセントハンター」

無垢「!」


ロングホーンの漆黒の眼が小猿を射抜く。

感情の読めない、しかし強い眼差しに気圧されて、イノセントの体が揺れた。


長角「ここにいるのは、みんな“なかま”か?」

無垢「仲間だ」

長角「なら、みんないっしょにこい」



そう言うと、ロングホーンは静かに歩き始めた。

イノセントとコートニーはその後を追った。

火の援軍達も少し遅れてその後を追った。

最後にホーバスが、皆の背中を追った。


ホーンビーストが選ぶ山道の険しさは、それまでの旅路の比ではない。

岩も断層もひょいと飛び越え、下草など全く気にもせずに先へ進んでゆく。


追従する火文明の彼らは、出来る限りなだらかな道を選ばなくてはならなかった。

キャタピラーを主要な脚部とするアーマロイドがなかなか進めないのである。


それでもようやくたどり着いた目標地点である。終わりの見える苦行は存外に楽なもので、それまでに蓄積した疲れなどは忘れ、どうにかロングホーンを追うことはできた。

足並みも緩慢に、地面もなだらかになってようやく、火の大隊に束の間の休息がやってくる。


息も絶え絶えに、ふと辺りを見回してみれば、そこは今まで歩いてきたフィオナの森とは雰囲気が違っていた。


ホーバス「……蛍?」

ジョー「おー」


巨木の合間をゆらゆらと飛び交う若草色の小さな光。

森は蛍の柔らかな緑に染められて、影の薄い、遠近感のぼやけた世界へと変わっている。


ゲット「すっげえ……なんていうか、よくわからない場所だけど……神々しい、っていうのかな……」

コートニー「そうね、神々しいわ」


重厚な足音がこちらへと近づく。


おお、と誰もが声を漏らす。

神秘の林の向こうから、巨大なホーンビーストが姿を現したのだ。

フィオナの森全域を司るその角獣からは、威厳と神聖さが溢れている。


姿を認めるや、コートニーは深く頭を下げた。イノセントハンターは動かない。


フィオナ「イノセントハンター、“如水の巫女”コートニー、ご苦労だった」


森の賢者、フィオナが言葉を発した。

よく響く声はヒューマノイドの装甲を振動させ、僅かな痛みを与える。


無垢「ドラゴノイドを連れてきた」

フィオナ「うむ、そのようだな……ふ、しかし、不思議なものだ」

無垢「?」


イノセントハンターが首を傾げる。


フィオナ「ヒューマノイド、マシンイーター……様々な者たちをまとめ、連れてくるとはな」

コートニー「す、すみません」

フィオナ「よい」


ドラグ「フィオナの森の主、護りの角フィオナと御見受けする」


戦杖を傍らに、ドラゴノイドの長が前へ出た。


ドラグ「我はドラグストライク……このドラゴノイド達を束ねている者だ」

フィオナ「うむ……まずは長旅を労いたいところだが、状況はそう悠長にしてもいられんのだ、すまぬ」

ドラグ「共同戦線ということであれば、我らドラゴノイドは喜んで加勢する」

フィオナ「それはありがたい、かつてない脅威を孕む相手であるが故、命の保障はしかねるが……」

ドラグ「我らドラゴノイドにとっては、命懸けの戦いこそが本望……イノセントと共に戦うことを誓おう」

フィオナ「イノセントハンターか」


小猿を見やる。

彼は顔色一つ変えず、直立不動のまま目線だけをフィオナに向け返した。


無垢「ドラゴノイドは連れてきた、けど俺はまだ、森のために戦いたい」

フィオナ「ふむ……」

無垢「俺にできることがあれば、何でも言ってくれ、フィオナ」


小猿を赤い目に意志が宿っている。フィオナは確かに、それを見定めた。

森を離れる前の彼とは一味違った強い決意だ。旅の中で、それがより強固なものになったのだろう。


コートニー「……フィオナ様、イノセントハンターが戦うのであれば、是非私も」

ジョー「おーい、俺らを忘れてもらっちゃ困るぜ?」

ピーカプ「おうよ、こっちを守ってくれた礼だ、どこまでもついていって、守ってやるぜぃ」


フィオナ「……今、この森は悪魔神の危機に晒されている」

コートニー「悪魔神!」


妖精が声を荒げ、飛び跳ねた。


フィオナ「悪魔の中の悪魔、悪しき契約を司る神が現れたのだ」


神。その言葉に一同の沈黙はより深まった。

だがそれは、息を呑み込むまでには至らなかった。


ジョー「悪魔神だってよ」

チョイヤ「でけーのかな?」

ピーカプ「でかいなら弾も当たらァな」

コートニー「そういう問題じゃないの!相手は神なのよ!」

フィオナ「いかにも、我のようなケモノとも、おぬしらでいうところの龍とも違う、より格上の存在だ」


戦杖の飾りが鳴る。

ドラグストライクは更に一歩、前に出た。


ドラグ「……龍より上の存在に、立ち向かうというのか」

フィオナ「うむ」


冗談めかさない即答に、一団の雰囲気が重くなる。


フィオナ「悪魔神、その名はバロム……神とはいえ、実に狡猾な悪魔だ。上手く甘言を嘯き、この世に顕現したのだろう」

無垢「神って、倒せるのか?」

フィオナ「この世に顕現した以上、その肉体を滅ぼせば魂は霊界へと還るだろう」

ジョー「なんだ、弾が当たるなら大丈夫だ」

ドラグ「……楽観的だな」

ジョー「俺らが信じられるのは銃と刃物と炎だけだ、それが通じりゃ後は、なるようにしかならねえよ」

ドラグ「……」

ジョー「あんたらもそうだろ?」

ドラグ「……ふ、確かに、奇跡を信じていようとも、いざ戦いに臨んだ時には、現実が待つのみだな」


背に預けた剣の柄を握り、イノセントハンターは赤い視線を明後日へ向けた。


無垢「……大きな闇の気配、これが、悪魔神バロムのマナなのか」

フィオナ「いかにも。彼奴の力の波動に触れれば、たちまちに速やかな死を与えられるだろう」

コートニー「……妖精も、死ぬんでしょうね」

フィオナ「あの者が放つ死には、何者の例外もない」


フィオナ「だがしかし、イノセントハンターよ、お主の力があれば、悪魔神ですら斬り伏せてしまうのかも知れぬ」


小猿に対しての大きすぎる期待を、無茶だ無謀だと言う者はいなかった。


“あいつならばできるのではないか”

そう思う者の方が多いくらいだ。


フィオナ「如水の祠に納められた“無垢の宝剣”、その古き伝承の始まりは、我すらも覚えのない古代のもの」

フィオナ「賢者とも云われる我が、未知の伝承に未来を託すなど。そう笑ってくれ。だが我は嘲られようとも、愚直にもそこに賭けるぞ」


自嘲とも取れる言葉の直後に歪めたフィオナの口元は、不思議と愉快そうでもあった。


フィオナ「イノセントハンターよ、お主が悪魔神を討つのだ。討ち、この世に平和を取り戻してくれ」

無垢「わかった」


二つ返事だった。悩む素振りも見せなかった。相変わらずの意図できない反応に、コートニーは口元を押さえて苦笑した。


コートニー「ヤダって言っても、私が連れて行くわよ。ワームだろうが悪魔神だろうが、どこまでもね」

無垢「そんなことしなくても……」

フィオナ「ふ……」


「俺も共にゆくぞ、イノセントハンター」

無垢「?」


フィオナの背後から、重厚な二足歩行の足音が近付いてくる。

巨体の後ろといえど、背の高いその者の姿はすぐに明らかとなった。


ふたつ牙「活路を邪魔する奴は俺が引き受ける。お前は悪魔神だけに集中しろ」

無垢「……!」


ビーストフォークの肢体。そして屈強な四本腕を見て、さすがのイノセントも固まった。

赤いスカーフにすっぽり隠れた口が見えそうなほど、口も開け放っていた。


四本の腕が何を意味するかを知っているコートニーも、同じく全身が硬直した。


種族の事情を知らない火の文明の戦士達は、一様に“巨大なビーストフォークだ”と感嘆の息を零すのみである。


コートニー「……だ、“大勇者”…?」

ふたつ牙「事が事だ、不思議でもなかろう、妖精」

コートニー「……確かに」


大柄の獣人はイノセントの正面に立った。

身丈はイノセントの三倍も四倍もあろう。足を見下ろすような“ふたつ牙”の垂直な目線に、イノセントは首が痛さによるものだけではない心地の悪さを覚えた。


ふたつ牙「イノセントハンター、その剣、少し借りるぞ」

無垢「!」


背に預けた大剣が、植えたばかりの苗木でも摘むかのように抜き取られた。


ふたつ牙「……」


ふたつ牙は大柄のビーストフォークであったが、無垢の宝剣の柄は長かったため、ギリギリ片手に収まる程度の短剣として武器の存在を保つことができた。

が、その刀身は今までの無色透明とは打って変わり、何色も透かさない緑一色の、石のような光沢のないものへと変わっている。


ふたつ牙「これが無垢の宝剣か」

フィオナ「淀みのない心の持ち主にしか、その宝剣は力を示さぬ」

ふたつ牙「俺ならばあるいは、とは傲慢だったわけだ」


宝剣がそっと、イノセントに返される。

小猿の小さな手が宝剣の端に触れると、たちまちのうちに刀身は無色透明なガラス質へと変化した。


ドラグ「おお……」

ピーカプ「なんちゅー素材だ、そりゃあ……」

無垢「わからない、けど、便利だ」


未知を未知なるままに、背中へ背負う。

何気ない一瞬の動作だったが、誰もが思わず息を呑んでしまった。



無垢「……ありがとう、大勇者」

ふたつ牙「なに、相手に借りがあるのだ、それを返しにゆくまで」


フィオナ「目指す先は、イノセントよ、お主ならばわかるだろう」

無垢「あっちだ」


何とも無さそうに、鬱蒼と視界を阻む密林を指を差す。


フィオナ「いかにも……その直線状に、悪魔神は鎮座しているだろう、今すぐ、奴を倒さなくてはならぬ」

ジョー「夜を待って奇襲すればいいんじゃないか?」

フィオナ「夜闇こそ、淵の住人の領域。闇の中でこそ、奴らの真の力が発揮されてしまう……そうなれば、近付くことすらも難しいだろう」

ドラグ「……急がなければならない、ということか」

フィオナ「一度でも帳が降りれば、悪魔神は闇の中で力を溜め込む……待つほどに状況が悪化することは、想像に難くはない」


それは、チャンスが一度きりであるとも言い換えられることでもあり、これからまさに決戦が始まろうという、その予言でもあった。


ブレイズ「そのバロムってのが力を持ったら、どうなっちまうんだよ?」

フィオナ「悪魔神が世に顕れたとなれば、もはやフィオナの森だけの問題ではなかろう」


広大すぎるフィオナの森のすぐ傍らにあるものは、自分達が暮らす火の文明だ。


ブレイズ「……いよいよ、他人事じゃあないってわけね、へへ」

タイラー「参っちまうよなぁ、ホント」

ブレイズ「なぁ」

タイラー「好き勝手に喧嘩するってのが流儀だったのによ」

ブレイズ「キッキッキ、ちげえね、これじゃあまるで、ホンモノの勇者だぜ」


勇猛な火の民はがやがやと笑い出した。

咎める者はいなかった。誰もがその陽気さに、死を恐れない勇気に感服したものである。


フィオナの巨大な蹄が土の中へ食い込んでゆく。

足を捻り、土へと埋めてゆく。


フィオナ「――――」


大きな呼吸を何度も繰り返す。

そのたびに森の中に生暖かい風が吹き、それが止んだかと思えば、逆から風がやってくる。


巨大な賢者の集中は数分も続けられた。



フィオナの荘厳な呼吸がピタリと止んだ時、イノセントの隣に立つデュアルファングが下々の軍勢を見回して、言った。


ふたつ牙「“それ”と共に、ただ走れ。真っ直ぐにだ。横道を逸れるな。邪魔するものは全て蹴散らしてやる」

無垢「それ……?」


前に走るのはわかった。だが“それ”とは一体、何のことか。


ふたつ牙「あと、どうせ足が竦むだろうが言っておこう……最後まで動くなよ」

無垢「大勇者、“それ”って何……」



言い切る前に、件の大爆発以上に激しい大地の揺れが森を襲った。


無垢「ぉ――」

コートニー「――」

ドラグ「――!!」

ジョー「」


誰の声も聞こえなかった。

過半数の者の大きく開いた口を見るに、それらはきっと叫んでいるのだろう。

だがここはもう、静寂の森ではなかった。


暗い影の群れが突如として背後から現れ、棒立ちの大隊を魔法のように避けながら、それこそ大河の氾濫する速さで正面の森へ流れてゆく。


数百年、あるいは千年近く生きた巨木が次々に折れてゆく音は、まるで森の死そのものである。

暗い色の影が濁流のようにうねり、幹へぶち当たり、砕き、倒し、枝葉すらもそぎ落とす。

残った木片などは踏み固められ、それはまるでコルクのように土の上で一体化されてゆくが、その他大多数の木片は散り散りの粉となって舞い上がり、青臭いクリーム色の霧となって、視界を覆っていった。


この煙の中で、轟音の中で何が起きているのか。

立ち竦むだけの者らは考えた。

そのうちに、森を破壊しながら正面へと流れてゆく暗い無数の影の正体が、生き物であることに気付いた。


誰も見たことが無いようなホーンビーストの大行進。

いいや、きっとホーンビーストだろうと思っているだけで、違う生き物であるのかもしれない。


真横を堂々と通り過ぎてゆく真偽すらも土煙に隠して、獣の濁流はフィオナの森に“道”を拓いていった。


フィオナ「続け!」


猛獣の足音止まぬ中でも、一際大きなフィオナの声がはっきりと響いた。

真っ先に動いたのはふたつ牙で、ファングソードを両手に握って、先頭へと躍り出た。


ふたつ牙「ロングホーンの行進は終わりだ、突撃するぞ」

無垢「! ああ!」

ふたつ牙「“銀の戦斧”の子であるならば、着いてきて見せろ!」


巨躯の獣人は駆け出し、土煙の中にすぐに見えなくなった。

イノセントも慌ててそれに続く。


背後からは、水滴の尾を引く氷の結晶が走るイノセントに並んだ。


コートニー「あーもう!髪がゴワゴワになっちゃうじゃない!」


薫風の妖精は、髪を汚す土煙に文句を垂れていた。

それを見るイノセントは、神との決戦の前に気にすることではないなと思いながらも、戦事の前には最大限に着飾る銀髪団を思い出した。


無垢「髪は後で洗おう」

コートニー「後でね、後で」


やや遅れて、火の軍勢たちも追従を始めたようだ。


火文明からここまでの踏破を果たした、燃料切れ間際のアーマロイド達のキャタピラ音。

デューンゲッコーの、大地を擦るような足音。


コートニー「早めに洗っちゃいたいわ」

無垢「じゃあ、そうしよう」

コートニー「そうしたいわ」

無垢「そうするよ」


正面は深く霞んで、何も見えない。

だが道は確かにあった。


地脈を流れる肥沃なマナを吸い上げて、何百年、何千年とかけて高く成長する神霊の木々は、そう容易く折れることはない。

とはいえ、突き進む自然文明の戦士達の行く先を阻むかといえば、そういうこともない。


幹を太く肥ゆらせ、枝葉を高くに掲げた巨木の木の間は広く、また枝葉も一切が邪魔にはならない。

空を覆う若草色の天蓋も手伝って、大地には控えめな下草が脛の下に伸びるのみ。


強靭に絡み合う木々の根は土を堅くし、ホーンビーストを中心とした大所帯の直進撃は、その多勢の割には快調であった。

悪魔神が居座るであろう三百六十度角の中でも最も平坦で、進みやすい道である。


ホーンビーストらの、大地に対する深い知が成せる行軍だった。



長角「ぶおんっ」

泥男「うぐぼぁッ」


じきに、行く手をタール色の人影が邪魔するようになった。

とはいえ、ちらほらと木々の陰にいるだけで、隊を組んで激突しようとはしない。

気付けば地震のような後に、濃い土煙を見て、それで終わってしまうためだ。


先頭をゆく長槍部隊の前に身を晒せば、ヘドリアンはたちまちのうちに、柔らかな身を引き裂かれ宙を舞い、三、四頭目のロングホーンによって、跡形も無く霧散した。

その先にはまた別の生物もいるらしかったが、イノセントのところにまでその痕跡が残っているかといえば、無い。


土への血溜まりは土埃と足跡で消え去り、肉片などもどこかへ飛び散り、気配もしない。

断末魔さえも進軍の足音とキャタピラ音にかき消されるものだから、途中の敵などは居もしないかのように思えた最中のことである。


ヒューマノイドらの脚がほどよく疲労してきた時、先頭のホーンビーストは怪しい影を発見した。


『おやおや、悪魔神様の仰っていた通り、大所帯で来られましたか』


見晴らしの良い林の向こうに、宙に浮く頭骨が見えた。

二本の曲がった角を生やす、紛れも無くホーンビーストか、ビーストフォークのそれである。

小さく小型であることからおそらくビーストフォークに近い種のそれであろうが、宙に浮くとは怪しい限りである。


たとえ、いかに二本の角を掲げようとも、異質を許さないホーンビーストは、歩みに容赦なく、その頭骨目掛けて駆け続けた。

頭骨はカタカタと震えて哂う。



『“のぼれ新月、我ら亡者の涼みのために”』


頭骨が、追われる墨烏賊のように黒い煙を吐き出した。

煙は容易く空気の中に混じり、瞬く間にあたりへと広がってゆく。

視界を覆い始めた恐ろしげな暗がりに、先頭を行くロングホーンも自分の中の覚悟を確かめずにはいられなかった。


長角「じゃまするということは、てきということだ。てきならば、このまま、まっすぐつらぬく」


異質な頭骨に肉薄するよりも早く訪れた闇は、既に夕時ほどの暗さを湛えている。

その中でも宙に浮いた頭骨だけははっきりと視認できた。不気味な獣の亡霊ではあるが、見えるのであれば歩みの先を躊躇することも無い。

ロングホーンはまっすぐ正面に走り続ける。



『やれやれ、散っていただけないと困りますね……せっかく私が月夜の網を広げたというのに』


頭骨のゴーストの胴体が見えた。上半身のみの、骨の身体である。

そこから伸びる腕は青白い煙のような幽肢で、先端の手もまた骨であった。


朽ちかけた白骨の右手首には、眩い金色の腕輪が巻かれている。



『まあ、悪魔神様から頂戴した力です……強引にでも四方に散らし、戦力を殺がせていただきますよ』

『我が呪縛の言葉は、邪妃様のために……』



ゴーストの手の中に、おぼろげな黄色い月が浮かび上がった。


即席の夜が一帯に生み出された。

骨の手の中に生み出された人工の満月だけが、闇の中で妖しく輝いている。


闇騎士団の悪霊を束ねる、影の司令塔。その名をシャドウ・ムーンという。

シャドウ・ムーンは闇をつくり、月をつくる。

昼間を抉るようにして生み出された暗がりと月の空間は、周辺を漂う霊魂を引き寄せるには魅力が十分にあるものだった。



ムーン『生ける者たちよ、一足早く怯えなさい……これから訪れるであろう、闇の時代の一端に!』

『ウワァアァァアア!』

『イギャァアァァアア!』


月の中から無数の怨霊が湧き出した。

間欠泉のように噴き出した紫煙は、痛みにもがくように宙を回った後、引き寄せられるようにホーンビースト達へと飛び込んでいった。


苦悶の顔を浮かべた煙が、数え切れないほど宙を舞い、襲い掛かってくる。


『ウグゥゥウゥ!』

長角「ォゥンッ」


死を招く煙に噛まれ、一体が土を跳ねて倒れる。

餓えた怨霊の群れはそれでも足りないと、次へ次へとロングホーンを体を食い漁ってゆく。


長角「とまるな、はしれ」

「そうだ、はしれ」

「はしれ」


ムーン『ほう……?これを見てもまだ突進をやめないとは、少々予想外ですね』


ムーン『ですが、今の私の力はデーモンの加護によって増幅されています……』


月が一際明るく輝く。

背後の闇に潜んでいた死霊の大軍の顔が浮き彫りとなる。

一面を埋め尽くす苦悶の表情らは、もはや単一の煙とは呼べない。


通り抜けることの叶う煙ではなく、壁とも呼べる、異質な不可侵の面である。


ムーン『気力で押し通る心算でしたら、それ相応の跳ね返りを覚悟していただきましょう』


先ほどの倍近くはあろう怨霊の呻きが轟く。

ムーンライトの背に聳える死相の壁が、啼いているのだ。


その啼き声が、これより生み出される使者への嘆きか、操られている現状への嘆きかは汲み取れない。

ただひとつ。彼らに自制を求めることはできないということだけが、唯一確かなものであった。



コートニー「暗くなってるわね、この先ですごい事が起こっているみたい……どうする?」

無垢「真っ直ぐ進む」

パラオorシャドウムーン談義開始


夜のゴーストは、生者に干渉する力を持つ。

物を動かす、取り憑く。霊魂は様々なことをできるようで、影響力は極々小さい。


強い怨念があったとしても、せいぜい軋むような音を鳴らしたりだとか、不穏な気配を悟らせたりだとかが精々といったところだろう。


が、シャドウ・ムーンがつくる月明かりに姿を暴かれた怨霊たちは、全く違った。

邪悪なマナを帯びる月の光は、霊魂の存在を高め、よりこの次元に近い怪物へと成し上げられたのだ。



『ウワァアア!ァアァアアア!』


咽び、叫び、大きな口をあけて、煙がホーンビーストを一呑みにする。

餓えた煙が通り過ぎた後には、生臭く白骨化した亡骸が残るのみ。


殺せず、貪欲に襲い来る煙の亡者達に、ロングホーンは成す術もなかった。


それでも敵が構える前へ、前へひた走る。



ムーン『……こいつら、死を恐れていない』


ムーンライトが、溜まらず空中へと飛び退いた。

月を抱えて上空へ浮き上がれば、真下を生き残ったロングホーン達が続々と通過してゆく。


悪霊の攻撃が効いていないわけではない。

どちらかといえば無防備に、受けるがままに、食われるがままにといった戦況が、所々では広がっている。


ただ、敵の陣形が想像以上に堅く保たれたまま、崩れていない。

多少なれ左右へ広がり、閑散となってもいいものだというのに。



三角「安らぐべき死者の魂すらも操り、苦し続けるとは。許せん」

ムーン『!』


助走をつけたホーンビーストの大跳躍。

目立つ橙の体毛を風圧に流し、トライホーンの鋭い角がムーンライトへ襲い掛かる。


回避は間に合わなかった。

脆い肋骨を角が掠り過ぎた。脆い骨の一本は砕け散ったが、ゴースト本体への致命傷には至らなかった。


三角「芥潰しの任、退屈であろうと考えていたが、なかなかどうして、この角で貫きたい外道がおる」

ムーン『ぐぉお……!』


ホーンビーストの神秘とも呼べる能力の片鱗は、見事にシャドウ・ムーンの虚を突いた。


獣が、樹上まで跳べるはずもない。

まして、都合よく調整されたキマイラですらも飛べやしないのだから……。


それが何よりの慢心であった。


ムーン(そうだ、ただの獣ではないのだ!奴らが支配種族であることを忘れていた!)


見た目からの先入観を痛みと共に拭い去り、体勢を立て直す。

落ち着いた視界には、再びこちらへ跳ぼうと枝葉を揺らすホーンビーストが見えた。


間もなく、ホーンビーストの群れはシャドウ・ムーンを突き殺すために、梢を越して空気を裂き、迫るだろう。


ムーン『……私の役目は、足止め、分散!』


怨霊がシャドウ・ムーンに集い、繭のように球をかたちどり、角を受け止めた。

分厚い怨霊の煙が、鋭利な角を包み込む。


宵闇そのものである巨大なゴーストの塊が、暗黒の触手を無数に突き出しては、鞭のようにしならせ、地面を叩きつける。

鞭の標的は、橙の毛並み。

三本の鋭い角を備える角獣、トライホーンの群れである。


ムーン『さあさあ!正面突破のためだけに、どれほど犠牲を払っていられますかね!?』


暴力的なゴーストの乱打は、多くのトライホーンに傷を付け、殺した。

が、敏捷性の高いホーンビーストは迫り来る悪霊を避けてもいる。


不運にも逃げ場がなく、霊に食われてしまう者も少なくは無い。

しかしゴーストを操るシャドウ・ムーン自身が感じるところでは、明らかに不釣合いな戦果であった。


勘の良い蚊のように、トライホーンはシャドウ・ムーンの眷属から逃れている。

悪魔神に、なにより邪妃グレゴリアより賜った悪魔の力が、弄ばれている心持ちすらした。


闇騎士団の中では最も主に従順で、献身的なシャドウ・ムーンである。

それだけに、怒りはすぐに沸騰した。



ムーン『私の力を、邪妃様の力を!跳ね回って弄するつもりかぁ!?』


ゴーストの感情は力へと直結する。

怒りが高まれば、攻撃はより強いものへと変化するだろう。


途端に早くなった暗黒の鞭の動きに、捕らえられるホーンビーストも数を増してきた。

赤い血溜まりを増やす眼下の森に、シャドウ・ムーンは容赦なく猛攻を続ける。



長角「さあ、進むんだ」

コートニー「……ごめんなさい」

長角「きにするな、まっすぐすすめ」



目立つ橙色のホーンビーストの隅では、目立たない毛色のロングホーンたちに隠れた大隊が、ひっそりとムーン・シャドウの真下を通っていった。

怒りで力を強めたゴーストだったが、逆に注意深く警戒する能力は低下したようだ。


イノセントハンターは先へ進んだが、残されたトライホーンたちの戦闘は続く。


大軍はゴーストを煙に巻いた。

普段は化かす側のゴーストが化かされるとは可笑しいことだが、この先にも悪霊以外の敵が立ちはだかっているかと思うと、森の住人達にとっては気が気でない。

普段は伝承にしかないような悪鬼たちと出会い、立ち向かわなくてはならないのだ。


フィオナ「……トライホーンは、ほぼ全てが抑えられたようだ」

コートニー「そんな」

フィオナ「あのゴーストは膨大なマナを操っていた……先にも、同じようなつわものが待ち構えているかもわからぬ」

無垢「まだまだ、悪魔神は先か……!」

フィオナ「うむ、が、地形的な障害物はない」


平坦な道が続き、その先に倒すべきはいる。問題は、どれほどの敵が邪魔を仕掛けてくるかである。



フィオナ「ロングホーンが先行しているが、それもいつまで持つかわからぬ……いずれ、我らも強者との戦いに備えなくてはならん」

コートニー「フィオナ様が、そんな」

フィオナ「我でなく、イノセントハンターでなくてはならぬのだ」


なおも声を上げようとしたコートニーの口を、大地を揺らす轟音が止めた。



長角「……こんなばしょに、こんなものが」



最先頭をひた走るロングホーンは、さすがに洞窟の前で立ち止まった。

平坦なはずの正面には、巨大な崖と、洞窟とが聳えている。


正面をつっきることを役目とはしていたが、馬鹿正直のままに、地続きの洞窟を通るわけにもいかない。


そうして立ち往生している間に、後続の者達の歩みも止まってしまった。



「フィオナの森の原住民達よ!」



フィオナが現状を訊ねる前に、凛々しい声は崖の高くから響いてきた。


高い崖の上に立つ人間がいた。

被った頭巾からは二本の禍々しい角が伸びているが、その姿はヒューマンに違いない。


かといって、ヒューマノイドたちの同類とは思えない井出達である。

邪妃グレゴリアの表情を覆う金面越しにでも、邪悪さは手にとってわかるようだった。



邪妃「我らは闇騎士団!私は団を率いる者、騎士長グレゴリアである!」


高らかな声。しかし“闇”騎士団という言葉は、聞く者全てに最大限の警戒心を与える。

承知の上での宣言であった。


邪妃「この先は我らダークロードの本拠点である。これより先への侵入は許されん、ただちに立ち去るが良い」



見上げるコートニーは、すぐ近くで岩を砕くような音を耳にした。


コートニー「……?」

長角「……」


それが奥歯を噛み砕く音であることに気付いたのは、もうすぐ後の話である。


ジョー「闇騎士団……ミサイルボーイが言っていたな、闇の最大勢力だと」

チョイヤ「そいつらが通せんぼってわけか、穏やかじゃねーな」

ドラグ「正面衝突、避けられぬようだな」


走りに専念していた者が皆、目を血走らせ得物を握り締める。

崖上の女はその様子を覚めた様子で眺めていた。



邪妃「全生命力を使って、今すぐ後方へ退却するがいい……我ら闇の領土拡大以上の早さで撤退を続けていれば、貴様らはこの大地で最後の“原住民”となれるだろう」

長角「おまえはどかなくてもいい」


ホーンビースト達が姿勢を低く、毛並みを逆立て、白い吐息を鼻から噴き出す。


長角「ここはまかせろ、イノセント。おまえははしりつづけろ」

無垢「……」


唾液混じりに噛み砕いた奥歯を吐き捨て、ロングホーンの群れが集団の左右に分かれ、グレゴリアの崖へと掛け始めた。

真横を通ってゆく角獣は例外なく、皆怒りに狂っていた。




邪妃「いいだろう……給仕の手間が省けるというものだからな」


そうして、巨大な崖がもぞりと、寝返りでもうつように動きだした。


金面を被った頭部をこちらに向け、巨大な顎を開き、奥の生臭い暗闇を見せ付ける。

グレゴリアが立つ一枚岩の崖とも思えたそれは、生きていた。


ワーム「ゴォォオオォオオオオッ!」

邪妃「食事の時間だ、やれ」



何者よりも大きなワームが、大口を開けて襲い掛かる。



下顎が土を攫い、上あごが閉じれば、十数匹のホーンビーストが口の中に取り残された。


ふたつ牙「怯むな!」


龍のように暴れ狂うグレゴリアワームへと、全軍が突進する。

幸い頭部以外の組織は堅くないようで、身を暴れさせ大地を打っても、ぶよぶよと弾力のある皮を隔てた打撃の威力は、そう高くはなかった。

巨体の直撃を背中から受けても、気にせずそのまま走り続けるホーンビーストは多かった。


しかし。


コートニー「へぶっ」

無垢「あ!」


宙に浮くなどして移動している生き物にとっては、そのような打撃でも脅威だったらしい。


無垢「だ、大丈夫か」

コートニー「……鼻打った」

無垢「背負うから、掴まれ」

コートニー「……ええ……」


とはいえ骨の無い、水分ばかりを含む身体である。

足場の氷は破壊されてしまったが、怪我もなくやり過ごすことはできた。


ワーム「ゴォオォオオ!」

邪妃「ふははは!ワームの後ろに回っただけで安心するとは、気楽過ぎるんじゃあないか!?」

(ジェス*・∀・)つ)=∀・*クルト)



ワームの足止めはロングホーンの群れである。

よく跳び、動くロングホーンの大軍ともなればそれは蜂の大群と同じ。空を自由に駆ける虫と相違ない存在だ。


常軌を逸する脚力は梢を擦ってワームの頭へと跳び、襲い掛かる。

しかしその多くはワームの金面に阻まれ、弾かれて空しく地に落ちた。

グレゴリア自身も鞭のような武器を用いて、近付くホーンビーストの軌道を巧みに逸らしてゆく。


難攻不落という言葉は正しいだろう。

隊を率いる者が目の前にいて、それに触れられもしない。

ホーンビーストの群れも、グレゴリアの防衛能力の高さに気付いたようである。


邪妃「闇騎士団はこの地上で最強の部隊となる……摂理に任せた貴様らに抗えるものではない……受け入れよ、原住民」

屑男「ずら」


グレゴリアワームを避けて通った先には、ヘドロの海が待ち構えていた。

有毒な足跡を残すヘドリアンの大行進によって、周囲の木は既に立ち枯れてしまい、一枚の葉も見られない。


屑男「こっから先へはいかせないずら」

「だべだべ」

「んだべ~」


黒く褪せた幹の合間はヘドロの男達で埋め尽くされており、その先を望むことはできそうもない。

曇った声で喋るヘドリアンたちが口元のヘドロを弾けさせた際に浮き上がる劇臭の紫煙が、より一層、視界を暗く遮った。



無垢「……すごい数だ」

コートニー「……どうしよう。もう道を拓いてくれるホーンビーストたちは居ないし……」

ゲット「なんだよあの数……むちゃくちゃだよ」


後ろではワームが暴れ、前にはヘドリアンの海。

引き返す術も理由もせよ、“突撃”と叫ぶには少々心細い戦況だ。



フィオナ「案ずるな、そのまま行け」

ジョー「さすがに、正気かよ」

ふたつ牙「いいから行くぞ、目的地はまだまだ先だ」

ドラグ「無謀だ」

フィオナ「無謀などではない、全力だとも」



フィオナとデュアルファングの巨体が、待ち構える大軍などは気にせずに歩を進めてゆく。

火の軍勢とイノセントたちは、さすがにまだ一歩が踏み出せない。


フィオナ「もはや防衛など、悠長に構えてもいられぬ。決戦あるのみなのだ」

フィオナ「全力をもって戦い抜き、敵を斃す。全ての力を集結させ、好機に一点を突く。これ以上の作戦があろうものか」



空が翳る。空に羽音が響き渡る。



コートニー「あ」


雲でもかかったのかと上を見上げる。

翅をもつジャイアントインセクトの大軍が、薄い雲のように空を覆い尽くしていた。


ホーバス「……」

ドラグ「……」

フィオナ「これは決戦なのだ。全ての力を注ぎ込む、それはホーンビーストの結集だけではない」


悠然と歩くフィオナの後ろ姿は、大きく広がった角の鎧に固められ、美しく、頼もしい。

歩兵達はヘドリアンの海への恐れも忘れて、そのあとを追った。


フィオナ「全ての生命が、我が呼び声に答え集まっている。この森を敵に回すとはつまり、こういうことだ」


ジャイアントインセクトが羽ばたき。ビーストフォークが立ち上がり。ジャイアントが行進を始め。ホーンビーストは駆け抜けた。

森の主の呼び声にある種は鳴動し、声はどこまでも伝播した。


森に住まう全ての生命が、強弱の関係を無しに、フィオナのもとへと集まりつつある。


正面に待ち構える、汚泥の大軍の向こうへと……。


巻角「歩く者達よ、我らの背に乗れ」

ジョー「おお!?」


空から山羊の群れが降り立った。

ホーンビーストにしては小柄ではあるが、その体躯はよく見かける種より遥かに大きく、馬ほどもあった。

頭部から首にかけて、螺旋した角をいくつも伸ばす、見事な山羊の霊獣であった。


無垢「トルネードホーン!」

コートニー「あなた達も、一緒に?」

巻角「バルガロウの渓谷より、遅れたがやってきた。遠慮は不要、乗れ」

コートニー「バルガロウって……!」


そこがどれほど遠方にある渓谷であるかは、森の住人だけが知っている。

知らない火文明の者たちはトルネードホーンの脚を、その力に畏れることはあれど労わることはなく、素早く飛び乗った。


巻角「さあ早く、奴らを跳び越えるぞ」

無垢「……!」


ホーンビーストに跨った経験がないわけではない。イノセントはすぐに、一番丈夫そうな角を支えに飛び乗り、背負ったコートニーと一緒に跨った。


巻角「フンッ」

無垢「うぐ」


トルネードホーンに跨った者が全身に超重力を感じた瞬間には、既に大空を羽ばたくジャイアントインセクト達と並び、空を飛んでいた。


中型のガーディアン機以上の体積を誇る甲虫が、イノセントのすぐ脇を通り抜けた。


それは、母からは常々言われ続けてきた、“こいつに出会ったらすぐに逃げるんだ”という言葉の相手そのものだ。

獰猛なジャイアントインセクト、デスブレード・ビートルの姿に間違いない。


ゲット「すごい!空を飛んでるよ!」

ジョー「うおおお!ヒャッフゥゥウウウウ!」


ジャイアントビートルが形成する虫の雲の中でしばらく弧を描くようにゆったりと飛んでいたが、もちろんトルネードホーンが実際に飛行できるわけはない。

並外れた跳躍が成せる、軽い空中遊泳のようなものだ。


このまま勢いよく地面に着地するのだろうとは、誰しもが思ったことだ。



巻角「借りるぞ」

モス「キュッ」

ホーバス「おおっ」


ところがトルネードホーンは、足元に飛行する甲虫の背を思い切り踏みしめ、再びの跳躍をしてみせた。

一歩一歩、空飛ぶ虫らを足場に、トルベードホーンは群集の中を併走し続ける。


ドラグ「これはまるで、空を走っているような……!」

ブレイズ「こいつは良いな!ドラグライダーにでもなった気分だぜ!」



地上から一気に空へ。

眼下にはおびただしい数のヘドリアン達が、呆然と空のこちらを眺めていた。


……そうして油断しているところに、フィオナを先頭としたホーンビーストの角が通過してゆく。


霊気を発する角は汚泥を弾き飛ばし続け、穢れの無いままに地上兵を蹂躙した。




バロム『鬱陶しい魂共だ。ざわざわと輝きながら、蟻のように群がってくる』

ザガーン「で、あれば」

バロム『間引け。私は指で遊ぶ程度に、潰したいのだ』

ザガーン「御意」


銀の巨人が歩みを進め始める。


魔将「……」

ザガーン「お退きを」


無言で立ちはだかるのは一体のダークロード。

名刀な魔具を携えようとも、デーモンコマンドを相手にしてはあまりに無力すぎる、小さな種族だ。


魔将「お前は、誰が喚び出した悪魔だ?」

ザガーン「悪魔神が生み出し、あなた様が喚び出した」


デーモン・コマンドは、術者のもとを離れて歩いてゆく。

一体、二体と。その格を問わず、本陣の全てのデーモンがである。


もはやダークロードに主導権はない。ただ、呆然と立ち尽くすのみだった。


ふたつ牙「来る」

フィオナ「罷り通る」



先陣を切る一対の騎兵は、互いに目を細めた。

空気を切りながら、馬とびに木を避けながら、それでいて一切崩れることの無い重心は、着実に、最も早く目的地へと近いている。



クエイクス「――ゴォ」


辺りの木のように聳える長い胴。

鬼のように屈強な体躯。

四本腕は二本の大斧を振り上げ、来る者を両断するために待ち構えられていた。


ふたつ「ジャァッ!」

クエイクス「!?」


しかし四本腕はデュアルファングも同じだ。

斧を振り下ろすより早く、横に振りかざすより早く、デュアルファングの剣は凶骨の邪将クエイクスを切り裂いた。


ふたつ牙「芸の無い」

フィオナ「雑魚に構う暇は無い、本命が来るぞ」



胴と首を刎ねられたクエイクスの骸が崩れ去る様を見届けることなく、最強の騎馬は先を急ぐ。


無名の悪魔が立ちはだかる。

いずれも大勇者以上の巨体ばかりだが、その一体一体を確実に屠る。


デュアルファングとフィオナによる騎馬は無敵だった。

立ち塞がるどの悪魔も去り際に、“ついで”とばかりに命を斬り捨てられてゆく。


棒立ちの玉蜀黍でも収穫するかのような手際だったが、それでも恐怖する悪魔はいない。

背後の悪魔神がいる以上は、彼らに退却も裏切りも有り得ないのだ。


だからこそ、下級のデーモン・コマンド達は次々に倒れていった。


その騎士がやってくるまでは。



ふたつ牙「――」

フィオナ「!」


デュアルファングがフィオナの角を引いた。

高貴な角を手綱代わりに掴まれた事に憤ることはできない。切迫した大勇者のシグナルに、フィオナは馬の如く従った。



ライガー「ガォオォオオオオンッ!」

フィオナ「ぬぅ!」

ザガーン「“護りの角”フィオナ! その魂、頂戴する!」

ふたつ牙「おのれ……!」


突如現れた獅子に跨る暗黒騎士。


混沌の獅子の爪は、何本かの木と藪ごとフィオナの角を一本、切り裂いた。

何よりも早く反応できたデュアルファングでも、防ぐことが出来たのはザガーンの剣の一撃のみ。


混沌の獅子デスライガー。

地下深くの危険地帯、黒水晶の渓谷を駆る獅子にとって、地上の世界は走り易過ぎた。


その上に跨る暗黒騎士ザガーンも、瘴気の一切無い澄んだ視界に、剣の冴えを感じていた。


ザガーン「今の我らに敵は無し」

ふたつ牙「……」


そしてザガーンが握る剣、火文明特製のデーモン・ソード。

先進的な鍛造技術によって打ち出された魔鋼剣は、ビーストフォークらの得意とする牙刀・骨刀はもちろんのこと、軟い鉄製の武具ですら容易に斬り裂いてしまう。

大勇者であるデュアルファングが愛用していた牙刀でさえ、一太刀で両断する切れ味。

新たに用意した牙刀も、先ほどの一閃により、三分の一まで切れ込みが達していた。


ふたつ牙(次の太刀で、それ以上は保たんだろうな)

ザガーン「行くぞ獣人! 護りの角!」


ライガーが音もなく飛び掛る。

デーモンソードが空を切り、襲い掛かる。


フィオナ「抜き放て、大勇者よ」

ふたつ牙「応」


大勇者の丸太のような腕が、フィオナのたてがみに沈む。


ふたつ「この剣、そう簡単には折れぬぞ」


引き抜けば、その四本腕には角刀が一本ずつ、握られていた。


ふたつ牙「グローリー・ソード!」


神聖なるフィオ