八幡「ブラコンめ」沙希「シスコンめ」(866)

木曜日


帰り道。
友達とおしゃべりをしたり恋人と手をつないだりして帰路につく高校生はごまんと居る。
そして同様に、誰と話すわけでもなくただ一人哀愁だけを背負って帰路につく高校生も当然居る。
さながら残業上がりのサラリーマンのごとく。

あー、もう皆死なねーかなー。

しかし今日の俺はちゃんと目的をもって歩いている。
我が愛する妹君の為に、百戦錬磨のババアどもが徘徊する死地へと向かわねばならぬのだ。


覚悟を決め、自動ドアを潜る。
夕方時、それ即ちスーパーのタイムセール時。
部活が終わったタイミングでここに寄るとジャストタイミングなんですわ。


うん、今日の我が家は俺が料理担当なんだ。




修学旅行も終わり、秋ももうじき終わろうとしている。
俺の心には一足先に冬が到来している。

しょーがないよねー、フラれちゃったもんねー、いや嘘告白だけど。

あの一件以来俺は部室でも居心地が悪い。
雪ノ下は以前に比べると殆ど毒舌を挟んで来なくなった。最早氷の女王は氷の氷像状態。
由比ヶ浜は頑張って俺に話しかけようとする姿勢は見えるが、無理しているのがバレバレだ。
寒いぜ・・・あの部屋、冷凍ピザとか保存できるんじゃないかな。

対して今目の前に広がる光景はどうだ。
若奥様から魑魅魍魎までよりどりみどりの熱気に溢れているではないか。
あ、今日は鶏肉が安いのね。

オーケィ。
ホットでクールにレッツパーリィだぜ。
今日は親子丼に決定だな。
間を取って兄妹丼とか誕生させちゃるよ。

「「あ」」

鶏肉に手を伸ばし、触れようとしたところで別の何かに触れた。人の手だった。
指先がちょこーっと触れただけだが、相手はすごい勢いでバッっと手を引いた。

川崎沙希
2年F組屈指のブラコンがそこに居た。

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「ひ、比企谷か・・・」
「おう、お前も夕飯の買い出しか?」

やべーよ超ビクついてるよ。
思い返せば文化祭が終わったくらいからこいつは俺に対して妙によそよそしい。

こいつの家と俺の家は、駅にしてみれば近い。
学校帰りのタイミングでタイムセールをやっているスーパーで出くわす確率も否定するわけじゃない。
しかし正直なところ、コイツに限らず誰とも会いたくなかったなぁ・・・
最近ステルス機能調子悪くね?

「う、うん・・・今日はあたしが料理担当でね・・・」

マジかよ、比企谷家とカブってんですけどー真似すんなよー。

「そうかそうか・・・で、お前も鶏肉?」
「え?あんたも鶏肉?」
「鶏肉」
「鶏肉」

意味不明なニクニクしいトークの後、一呼吸。
出会い頭は意図せぬ相手と出くわしたためか挙動不審だったがすぐに落ち着きを取り戻したようだ。
その一瞬、ふと悲しげな目をこちらに向けた気がした。
・・・気がしただけか?出会ったのが俺ってのがそんなに悲しい事なのか?心当たりは・・・ありすぎるわ。

「いやー、今日は親子丼にしようと思ってなぁー。小町も肉大好きの肉食系なもんでねぇー。」
「ん・・・大志がから揚げ好きだからさ。今日はゼミもないし、タイムセール狙って少し時間潰してたんだ。」

そういって二人とも同じ商品に手をかけようとする。

「「・・・」」

あれ・・・?もうこれ1パックしかなくね?

その時、二人に電流走る。


「へ、へぇー・・・でもよぉ、大志も中学3年だろ?思春期真っ盛りジャン。油モノばかり食べさせるとニキビ増えちゃうんじゃないの?こっちの方がいいって。」
そう言って俺は隣に鎮座していた豆腐を差し出してやる。
クラスメイトの弟の顔面事情をさりげなく気遣ってやる俺カッコイー。

「お、おいおい・・・それはあんたの妹さんだって同じだろ?高校入学前にお肉ばっかり食べてたら体重気にしちゃうんじゃないか?あたしなら気にするね。だからこっちにしときなよ。」
あっさりスルーして俺にアスパラガスを差し出してきやがった。しかもこっちから視線逸らさずに取りやがった。
何それ超テキトー。何でもいいんかい。
にゃろう・・・譲らない気か・・・。

「甘く見ないでくれよ、俺が妹にそんな重荷を背負わせるような雑な料理するわけないだろ?健康管理にはバッチリ気を使ってるだからこの肉は比企谷家のもんだ。」
ちょっと裏声になっちゃったぞ。
「あんたが作るのか。わざわざ気を遣ってもらってるとこ悪いがあたしだって女であり姉なんでね、弟の肌の手入れくらいお手のもんなのだからコレはウチの食卓のから揚げになるの。」
お前もちょっと裏声になるんかい。

「いい加減にしなさいよぉ!?どうしてチミは弟の事になるとそんなムキになるんですかそろそろ突き放してみるのも愛なんじゃないのブラコンぼっちが!」
「あんたに言われたくないんだよいい年こいて妹中心の食生活で恥ずかしくないのかシスコンぼっちめ!」

一触即発の睨み合い。
しかし、こいつは割と押しに弱いと思ってたんだがな・・・。
ブラコンこわっ!近寄らんどこ・・・って今すげぇ近いじゃん。

ははぁ・・・さては俺の妹への愛を目の当たりにしてブラコン魂が炎上しちゃった系だな?
いいだろう、ここは白黒はっきりさせて───

「「ああっ!?」」

鶏肉の霊圧が・・・消えた・・・?

振り返る。
そこに鶏肉はあった。
(バ、ババアーーーーーー!?)
名も知らぬババアの手の中に。

そして俺たちが無駄な言い争いをする原因となった"ソレ"は最後の1パックだった。
鶏肉1パックから始まった戦いはババアの不戦勝で幕を閉じた。

「なんなのお前、そんなにうちの食卓邪魔したいの?お前のものは俺のもの理論なの?ジャイアンなの?・・・はぁ・・・」
「そんなわけないだろ結局手に入らなかったんだから!・・・はぁ・・・」

お互いお目当てのセール品は全く買えなかったようだ。
スーパーの前で項垂れる俺とブラコン女。

「大体あんた専業主夫志望とか言ってたけど、本当に料理できんの?」
「当たり前だ。なんなら小町の弁当を毎朝でも作れるわ。寝坊の多いお前にゃ無理かもしれんがな。」
「人の事言えんの?あんただって結構遅刻してんじゃん。」

い・・・痛いとこ突くじゃないの・・・
だが俺は比企谷八幡だ。天下一シスコン会が開催されたら千葉で2位くらいには食いこむ自信がある。
こんなブラコンに押されてなるものか。ってか1位誰だよ!

「いつもどこで食ってるか知らないけど、購買でパン買ってるとこくらいは見たことあるよ。そんなあんたが弁当だなんて。」
「なんで見たことあるんだよ。それってお前もパン買いに来てるって事じゃねーか。」
「何?そんなにあたしの作った弁当が見たいわけ?疑ってるの?」
「お前こそ俺の弁当スキルを疑いまくってるじゃないか。」

舐めんな、最近の楽しみは毎週月曜のソーマなんだぜ。


「「・・・・・」」

しばしの沈黙。



「ブラコンめ」
「シスコンめ」



「「明日が楽しみだなぁ?」」

こうして木曜日が終わる。
沈黙のコックが2匹、厨房という名の檻から解き放たれた。

金曜日


午前の授業が終わり昼休み。2年F組で異変は起こった。


我がクラスには2人のぼっちが確認されている。


比企谷八幡
川崎沙希


ぼっちは本来お互いに干渉し合わないからぼっちであるからして、イベント等以外ではこの2人が教室内で向き合う事はほぼ無い。
はずだった。


最初に動いたのは川崎の方だった。
鞄からお弁当箱らしき包みを取り出し、迷いなくある方向へ歩いていく。
それだけなら誰も気に留めないのだが、向かっていく先にはもう1人のぼっちが座っていた。
いつもなら真っ先に教室から姿を消し、いつの間にか午後の授業に居る男。

比企谷は川崎の行動を視認すると鞄からお弁当箱を取り出し机の上に置く。

そして2人は向き合った。

一瞬で教室内が静まり返った。
男女がお互いのお弁当を出し合って見つめ合うなんて光景は、普通に考えれば冷やかしの1つや2つ飛ばされてもいいだろう。
普通であれば。



「・・・・・」
「・・・・・」



(((見つめ合うどころか睨み合いなんですけどぉー!?)))


「席、借りるよ。」
比企谷の前の席に居た女子に一切目もくれず川崎が言い放つ
「は、はひぃ!?」
猛スピードで立ち退く彼女。

そしてやっぱり一切目を逸らさずに座る川崎。
対して一切目を逸らさずに微動だにしない比企谷。

(やべーよ怖いよ何なのアレ?ロマンチックのかけらもないんだけど!つーか何でこの組み合わせ!?)
(川崎さん普段から怖い印象だけど今日は一段と怖くいらっしゃるー!)
(比企谷お前いつもの腐った目はドコいったんだよ!?今日は腐った悪魔の瞳じゃねーか!いつもの目は擬態なのぉ!?結局腐ってるけど!)
(そう言えば川崎さんは何かヤンキーっぽいし、比企谷はいつぞや凄い暴言を平然と吐いたらしいし・・・)
(う、動けねぇ!誰か金の針使ってくれぇ!教室内全員石化じゃねーか!)


注目の2人はしばらくするとお互いの弁当を相手側に差し出す。
交換されたお弁当の包みを全く同時に開いていく。



「・・・・・」
「・・・・・」



視線を逸らさずに。



(((弁当を見ろよぉぉぉぉ!!)))

(視線を逸らしたら死ぬの?石になるの?確かに俺ら身動き取れないですけど!)
(何で全く同じ動きなんだよフュージョンかよ!魔人はお前らの方だろ!)
(こんな精神と時の部屋はイヤだぁー!超帰りてぇー!)


お弁当の中身が露わになる。
その出来栄えは小さな弁当箱に彩り良く丁寧に詰められた、誰が見ても素晴らしい中身であった。
少なくとも見た目だけでは勝敗を付けられない。


「へぇ・・・言うだけはあるじゃないか。正直驚いたよ、あんたにこんな腕があるなんてね。」

(いや、一切弁当に目ぇ向けてないじゃん!いつ中身確認したんだよ確かにすげぇ小奇麗だけど!A型かよ!)
(つーかあれ比企谷が作ったの!?ふざけんなよ私が作ったのより10倍は美味そうじゃないか[ピーーー]よ!)
(俺のなんてばーちゃんが作った弁当だぞ!かーちゃんですらないんだぞ!)

「よせよ、お前の腕前だって中々だぞ?まぁ俺が作ってきたのは小町の弁当を完璧にコピーした弁当だし、当然っちゃ当然よ。」

(手作り弁当の交換会だとぉ!?何だコレ普通なら超羨ましい状況なのに全然羨ましくねぇぇぇ!)
(完璧にコピーってどういう言い回しだよ、Ctrl+AからCtrl+Cしたの?そして弁当箱クリックしてCtrl+Vしたの?)
(つーか小町って誰だよ!)


「随分気合入れてくれたんだ、ご苦労さん。あたしのは大志の弁当を昨日の夕飯のありあわせで作って、更にそれの余りで作ってきたてきとーな弁当だけど。」

(ありあわせの更に余りって何だよ!?それビックリマンチョコのシールのおまけでついてくるウエハースの、更に下に敷いてある厚紙レベルじゃねーか!)
(それだと普段大志クン何食ってるんだよ!どんだけいいもん食ってんだよ小指骨折しろ!)
(つーか大志って誰だよ!)

言いたいことを言ったのか、2人は箸をつけ始める。


(あんだけ顔が近いのに全然ドキドキした光景じゃないんですけどむしろハラハラするんですけど!)
(何で食ってる時すら睨み合い!?)
(お前らいい加減弁当見ろよ!顎に第三の目でもついてんのか!)

どれくらい時間が経っただろうか。
お互い完食し、ようやく箸を置いたようだ。



「「やるじゃない」」

「味の方も想像以上だったよ。犬のエサレベルと踏んでいたんだがね。」

(川崎さーん!褒めるのかバカにすんのかどっちかにしてー!)
(フェイントかけていきなり近大パンチ仕込んできたよこの人!)


「残念ながら家で飼ってるのは猫でね、ドッグフードは持ち合わせてねぇんだ。」

(かわしたぁ!?立ちパン見てからしゃがみ回避余裕でした!?)


「そいつは俺が妹の為に作ったブツの模造品だぞ?不味いわけないだろ。そっちの弁当こそ驚きだよ。俺はてっきりタッパーにウォッカをブチ込まれてくると思ってたぜ。」

(そのままカウンターのしゃがみ大パンチ!?俺たちしゃがみ大ピンチ!誰一人立ち上がれねぇ!)
(それもう弁当じゃねーよ!丸々酒だよ!進学校で急性アルコール中毒患者を出すつもりか!)
(って妹?さっき言ってた小町って子は妹?)


「大志の弁当のついでって言っただろ。あんたウチの弟をアルコールランプか何かと勘違いしてんじゃないの?」

(立ちパンもフェイントだとぉ!?そのまま直前ガードでやりすごしたぁぁぁ!)
(・・・え?大志ってのは弟?弟って言った?)
(これって・・・)

(((ただのシスコンとブラコンのぶつかり合いじゃねーか!!)))




(ちょ・・・え・・・えぇー!?あんなにガン飛ばし合っておいて内容が妹と弟への愛情比べ!?)
(何でこいつらハイレベルな弁当使ってローレベルな争い繰り広げてるわけ!?)
(そんなみみっちい争いの余波ごときで動けない俺ら何なんだよ!あと大志小指燃えろ!見たこともないけれど!)

由比ヶ浜は何が起こったのか判らないのか、オロオロとしている。
三浦は女王の威厳はどこへ行ったやら、涙目になっている。トラウマでもあるんだろうか。
葉山は普段のイケメンっぷりからはかけ離れて、変な顔で口を半開きにしている。
海老名は多少余裕があるのだろうか、真剣に携帯で動画撮影している。
戸塚は真っ直ぐ2人の元へ歩いて・・・・歩いて!?



「はい、そこまでだよ2人とも」


(((と、戸塚ぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)))

2人の間に割って入って来た。



「何かの勝負事だと思うんだけど、そんなんじゃ決着つかないよ?」

(ど、ど、ど、どういう事だ?石化してたんじゃないのか?)
(というか今まさに悪魔の瞳×4に挟まれてるんだぞ!?状態異常無効なのか?)
(まさかリボンか!?リボン装備しているのか!?)
(リボン装備戸塚だとぉ!?もっとやれ!)

「・・・・・」
「・・・・・」

争いが平行線なのを理解したのか、2人の肩から力が抜けていった。
どうやら一時休戦のようだ

「だからさ、来週は僕とお弁当一緒に食べよ?2人で交互に作ってきて、週末に僕が判定するの。」

「・・・ふむ」
「・・・・ん」

「も、勿論、僕もお弁当持ってきて分けてあげるよ?それに・・・僕も八幡や川崎さんと一緒にお昼食べたいし・・・ダメ・・・かな?」

(((と、戸塚ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)))

「・・・戸塚がそこまで言うなら聞かないわけにはいかないな。」
「・・・ふん。じゃぁ月曜はあたしから行かせてもらうよ。」

そう言うと2人は教室を静かに出て行った。

(((た、助かった・・・)))


(スゲーよ戸塚。あの状況をたった数秒で打破しやがったマジ天使)
(しかも来週以降の悪魔の晩餐会をナチュラルに普通の食事会に落とし込んだマジ天使)
(悪魔2匹を一瞬で抑え込む戸塚マジ天使)
(ヒキタニ君と川崎さんにヤキモチ焼いて割って入ってくる戸塚君・・・ブッハァ!)

放課後


「川崎さんお待たせ。」
「いや、あたし部活やってないから時間は平気だよ。」
「僕も今日は用事があるって言って、抜け出してきちゃった。」

あたしは戸塚に呼び出されていた。


「お昼は急にごめんね。」
「気にしてないよ、大丈夫。」

そう、別にあれは比企谷を憎んでやった行動ではない。

「うん、だと思った。」

そして戸塚はそれを見抜いていたようだ。

「川崎さん、ここ最近八幡が元気ないの気づいていたでしょ?」
「まぁね、修学旅行が終わった辺りからどうも変だった。平然を装っているけど、たまに辛そう。」


戸塚は比企谷に対してかなりの信頼を寄せている。
そんなヤツだからだろうか、あたしは素直に思っている事を言った。
多分他のヤツ相手だったら言えないだろうなぁ・・・恥ずかしくて。
これじゃまるでいつもあいつを見てるみたいじゃないか。

「昨日の帰り、スーパーであいつと会ったんだ。相変わらず元気なさそうだったけど妹の事になったらちょっとだけ気力が出てきたみたいでね。」
「小町ちゃん、川崎さんの弟さんと同級生だっけ?そっかぁ、それで・・・」

どうやら察してくれたようだ。

「うん、だからちょっと対抗心を煽って、あいつに本気になってもらおうと、ね。小芝居をうって出たのさ。」

まぁちょっとだけ・・・ほんのちょっとだけあたしも本気だったけど。鶏肉目当てだったのは本当だし。


「ハ、ハハ・・・あれ芝居だったんだ・・でもそうだね。あんなに活き活きしてる八幡見るの、久しぶりだった。」

方法はちょっとアレだが、どんな事であれあいつが本気になってくれた。
あの弁当美味しかったな・・・ちょっと悔しい。

「・・・八幡はね・・・あんまり関心のない人に対しては結構素直に言っちゃう人なんだ。」

・・・なんとなく判る。あたしもそういう相手にはズケズケと言うところがある。

「でもね・・・ある程度仲良くなった相手には言葉選んじゃうんだよ。」

・・・・・うん。

「そして本音は・・・本当に辛い事や悲しい事は誰にも話さないんだ。」

・・・すごいな戸塚。そこまで見抜いているんだ。

「だから今日のお昼の事は、僕にとってチャンスだったんだ。」
「チャンス?」
「うん、八幡と本当の友達になれるチャンス。八幡が本気になって向き合ってくれるチャンス。」

「昼の一件から既に察していたっていうのかい?あんた相当すごいよ・・・。」
あいつ、あたしを突き放す気満々だったし。

「そりゃ最初はちょっと怖かったかな。でも川崎さん、八幡が言い返すのをちゃんと聞いてあげて同じだけ返してあげてた。」
「・・・うん。」
「八幡の言い回しに、ちゃんと同じ位置に立って答えてた。」
「・・・うん。」
「八幡怖い目してたのに、ちゃんと目を逸らさないでいてあげてた。」

あ、それは単純に逸らせなかっただけ。
本当はすごい怖かったの。

「そういうの、僕にはできないから・・・川崎さんと2人がかりなら八幡にもっと近づけると思ったんだ。」
「そっか・・・」

なんとなくだが見えてきた・・・。

「だからあいつはシスコンなのかなぁ・・・」

あのシスコンの正体が。

「どういう事?」
「あいつが今一番心を許しているのは妹なんだと思う。多分雪ノ下や由比ヶ浜以上に。」
「うん。」
「要するにあいつは一度心を許した相手にはすごい甘くなるんだと思う。・・・だから必要以上に他人と仲良くならない。」
「あ・・・でもそれじゃ結局・・・」
「そ、だからあいつはシスコンのまま。」

恐らくあいつは、あたしとは全く違う"他人との距離の取り方"をしている。
あたしは高い壁を作って周囲を見えないようにし、無関心を貫くやり方。
あいつは深い溝を作って周囲を見つつも、踏み込ませないやり方。

そうだ・・・あいつは周囲をしっかり見て、見渡して、観察した上で、それぞれに対応した深さの溝を掘っているんだ。

強ぇ・・・周囲を見ないやり方をしてきたあたしじゃ、きっと耐えられない。
だけど・・・だからこそ・・・同時に墓穴を掘る事を恐れている。

踏み出してしまえば自分も落ちてしまう。深く掘った穴を埋めるには時間がかかりすぎてしまう。
そしてちゃんと踏み固めなければ・・・やはり崩れ落ちてしまう。

あいつにとって妹は、溝の内側に居る唯一の存在なんだろう。
それこそがコンプレックス。あいつの正体。

そんな事を戸塚に話してみると

「そっかぁ・・・うん、僕が感じてたのと大体同じ。ギリギリのところで線を引いた部分があったんだと思う。」

やっぱりか・・・。
男友達でもこの有様じゃ、異性のあたしは溝を埋めるのにどれだけかかるか・・・

「来週一週間で飛び越えられるかなぁ。」

!?

「土日でどれだけ助走つけられるかが勝負だね。」

・・・驚愕した。
この戸塚彩加という人物は、ハナから溝を埋めるつもりなんてなかった。
どれだけ溝が深かろうとお構いなしな手段に出ている。
チャンスってそういう事か・・・こいつはワンチャンスで内側の世界へ行くつもりだ。

全く・・・あたしの周りの男はどうしてこう強いヤツばかりなんだろうね・・・


飛び越えるかぁ・・・それなら・・・

「なら、サポーターが必要だな。」

いっそのこと羽を付けて飛べばいい。別にルールとか無いし。

奉仕部


「・・・・・」


今日の彼は最初の挨拶以外一言も発していない。
それだけなら今までも似たような事はあった。

修学旅行以来、彼とは部室においてもあまり会話していない。
判っていた、話しかけようとしていないのはむしろ私たちの方だ。
心がモヤモヤする。彼と私たちの距離感は今、大きな亀裂によって離れてしまっている。

しかし今日はちょっといつもと違っていた。

彼はいつもは文庫本を黙々と読んでいる。読書という点では今日も変わりはない。

"放課後キッチン"
"今日と明日のお弁当レシピ"
"お手軽ランチ教室"

書物の内容を除けば。

彼は専業主夫という馬鹿げた進路希望を望んではいるが、多少の料理スキルは持ち合わせている。
怠惰なこの男の事だ。それ以上の能力は余計だと判断して今まで一定の能力をキープしてきたんだと思う。
それが何故今になって?

「ヒ、ヒッキー・・・川崎さんとの勝負・・・ちゃんと続ける気なんだ。」

川崎さん・・・?勝負・・・?

「あぁ、あいつにだけは絶対に負けるわけにはいかん。」

負けるわけにはいかない・・・ですって?

私は小声で由比ヶ浜さんに話しかける。
「あの男が負けたくないだなんで、何があったのかしら?」

"負ける事に関しては最強"を貫いてきたこの男から、明確な勝利への渇望が湧き出ている。

「今日、川崎さんがヒッキーにお弁当渡したんだよ・・・それでヒッキーも川崎さんにお弁当渡したの。お互いの手作りみたい。」

一瞬言葉を忘れそうになる。

「まさか・・・ありえないわ・・・」

比企谷君が女の子と手作り弁当を交換?
自分でもよくわからない衝動に駆られる。

「そりゃあたしもね、最初は川崎さんがヒッキーの所へお弁当持って行った時はびっくりしたんだけど・・・」
「したのだけれど・・・?」
「全然その・・・イチャイチャーみたいな空気じゃなくて・・・既に険悪ムードだったの・・・教室の全員が動けなくなるくらい・・・」

ますます意味が判らない。


「それがね・・・なんかわかんないけど川崎さんとケンカ・・・?してるみたいで・・・」
「喧嘩・・・?あまり穏やかではないわね・・・それが何故料理資料を読んでいる事やお弁当に繋がるのかしら?」
「あ、うん。ケンカの原因はわかんないんだけど内容は判るんだ・・・ハハ・・・」
「・・・?」


・・・・・
・・・・
・・・
・・

「呆れた・・・」
「ハハ・・・まぁ・・・そうだよね。」

元々妹さんへの歪んだ愛情が強烈な男とは思っていたけど、まさか対抗馬が居るとは。

シスコン、というカテゴリでは私も身に覚えが無いわけではない。
完璧な存在である姉が私にはいる。故に劣等感を感じることもある。
これも一種のシスコンのうちなんだろう。


しかし同じシスコンでも私と彼は全く違う方向性だ。彼はこれでもかと言うくらいに溺愛している。
そう、私と彼が似ているわけではない。

彼が妹の話をし始めると、大体の人間は引いてしまう内容だ。
だからこそ、全く引かずにぶつかってくる存在が居る事が意外だった。

少し・・・逸らしていた目を向けてみよう。
悔しいからではない。決して。

「ア、アハハー・・・あ、あたしもお弁当一緒に持っていこうかなー・・・なーんて・・・」
「そうだな、作れたらな。」
「はうぅ!」

由比ヶ浜さん、3秒で撃沈。

「あら、私はお弁当くらい作れるわよ。」
「お前じゃ無理だ、勝負にならん。」

迷いなく返してきた。

「どういう事かしら?私の料理があなたのそれに劣るとでも?」
「料理の出来がどうこうじゃねーんだ。お前、姉に対して手作り弁当作れるか?」
「・・・・・無理ね。」

私は試合放棄した。

「ゆ・・・ゆきのんがあっさり沈んだ!?」

「そういう事だ、これは兄の意地を賭けた負けられない戦いなんだよ。」
「ものすごくしょーもない戦いに見えるんだけど・・・」
「低レベル極まりないわね・・・」

くだらない・・・けど・・・そんなくだらないやり取りを久しぶりにやった。
だから今日の所は私の負けにしてあげる。
姉さんにお弁当作る機会は今後無いでしょうけど。

「そんなわけだしよ。他の事ならともかく、この勝負に限っては俺1人で挑まにゃ意味がないのさ。」

あ・・・

「んじゃそろそろいい時間だしけぇーるわ。またな。」

「ゆきのん・・・あれって・・・」
「・・・えぇ。」


"他の事ならともかく"


「他の事だったら、ちゃんと頼ってくれるのかな。」

由比ヶ浜さんが私の気持ちを代弁してくれる。

「だといいわね・・・」

こんな距離になったって、しっかりと、彼はこちらを見ているのだ。

「それにちょっとだけ、元気になった気がするんだぁ。」
「お昼の話かしら?」
「うん。確かにその・・・トゲのあるやりとりだったけど・・・アハハ・・・」

まぁ・・・まだちょっとぎこちない私たちだけれども・・・それでも・・・
今日はほんの少しだけ、奉仕部が以前のような空気に戻った気がした。

日曜日

先週の一件以来、俺は鈍った料理スキルを磨きあげるべく奮闘を続けている。
金、土曜と一心不乱に献立を頭に叩き込み、今日から実践開始だ。
恐らく川崎家の事だ、普段ゼミがあるとき以外は川崎本人が料理担当していると予想される。
対して比企谷家はたまに俺が担当するくらいで殆どが小町担当だ。

ま、まぁそれでも負ける気はしないけど?足元がお留守になる前に補強くらいはね?

「お兄ちゃんおはよ~・・・ってお兄ちゃんが日曜なのに小町より早く起きてる!?しかも朝食作ってるー!?」
「おう、おはようさん。ちょっとばかし理由があってなー。」

小町には今日から一週間、俺が料理を担当することを伝えた。
ゼミの日は仕方ないので、その日だけは自分で作るとも伝えた。

「お兄ちゃん急にどうしたの?そりゃお兄ちゃんの料理食べられる機会が増えるのは嬉しいけど。あ、今の・・・」
「小町的にポイント高い、だろ?まぁちょっとな。今週の火、木、それと金曜日は弁当作っていかないといけねぇんだ。」
「お、お、お兄ちゃんがお弁当作り!?ま、まさかとは思うけどそれって誰かと一緒に食べるって事!?」
「あぁ、その通りだ。」

予想通りの反応どうもありがとうよ。
その後ちょっと可愛いニヤけ面になることも想定済みだ。

「へぇ~、それってもしかして~、結衣さんと一緒に食べるの~?それともクラス跨いでまで雪乃さんの所へ行くのぉ~?」

全く予想を裏切らないマイシスター。だが俺の答えはきっと小町にとっては変化球だろう。

「いや、川崎と戸塚。明日は川崎が作ってきて、そっから交互に作る。」
「ほわっ!?た、大志くんのお姉さんとですってー!?しかもお兄ちゃんに対してお弁当を作って来るですってー!?って・・・戸塚さんも?」
「あぁ、明日から一週間、川崎と弁当勝負だ。戸塚はそのジャッジ。」

まったく珍しい組み合わせもあったもんだ。

「まったく珍しい組み合わせもあるもんだねぇ~」

何コレ、当たり前のように心読んでるよこの子。サイコメトラーなの?EIJIなの?触れられてもいないんですけどぉー?
ハッ!?もしかして逆!?俺がサトラレ!?だから皆して俺が何もしてないのに『うわ何あいつキモーい』とかそんな目で見てたわけ!?

「しかし第三勢力か~。小町の視界に入らないところで着々と力をつけていたとは驚きだよ~。」

なんだよ第三勢力って。ジャンプ・サンデーの間に入ってくるマガジン的存在?
確かに川崎のキャラ的にはマガジンっぽいけどさぁ。
どっちかっつーと俺は戸塚とBOYS BEだよ!君のいる街にぬぷぬぷっとアゲインしたいよ!
そのうち第四勢力にチャンピオンが来るの?
フジケン連載最中にエイケン始まっちゃうような気まずいぽわぽわした存在なの?それとも背中に鬼背負ったモンスター勢力?

回答者の居ない質問攻めを虚空に投げかけていると小町の携帯が悲鳴を上げ始めた。

「小町ぃーメールだぞー。」
「あいあーい。」

携帯をぽちぽちいじくりまわしている小町を横目に朝食を並べる。さっぱりとした和食だ。

「準備できたぞ。いつでもどうぞ。」
「ちょっと待っててー。一緒に食べよー。」

こういう事サラリと言うところでポイント高いアピールしない所がポイント高いわ。
なんか胸のこのへんとかあのへんとかがキュンってなっちゃっただろキュンって。


「「いただきまーす。」」

「あ、お兄ちゃん。小町今日お昼前くらいから友達と会う事になったの。」
「あいよー。弁当はいるか?昼前だったら一緒に作っちゃってもいいけど?」
「ほんっとそのポイントの高さ他の人に向けてあげられないかなー。ま、今回は大丈夫だよ。色々あって、相手が奢ってくれるみたいだし。」
「あー、もしかしてさっきのメールってその事か。わかったよ、夕飯は戻ってくるの?」
「うん、そこまで時間掛からないよ。」
「そーかぁ。今日は親2人揃って休日出勤みたいだし、夕飯のリクエストあれば聞くぞ。」

まったく不憫なものである。
カレンダーが赤い日に職場に足向けるなんざ、考えただけでも死にたくなる。働きたくねぇー。

「そうだなぁー・・・ドリアが食べたい!」

完全にサイゼ脳だよこれ。サイゼ舌だよこれ。ミラノ風の追い風に乗ってきちゃったよこれぇ。

「ま、今日は時間たっぷりあるし・・・299円の挑戦状受けてやるよ。」
「おぉー、マジですか。お兄ちゃん本気だなぁ・・・これはひょっとするとひょっとするかも・・・」

小町が小声で何かブツブツ言っている。だがそれくらいの挑戦は受けて立たねばこの一週間、勝ち残れない。
あ、弁当用のちっさいグラタンとかに応用できるかも。一緒に作って試してみよ。

「それじゃ、いってきまーす!」
「おぅ、いってらっしゃっせー。」

さて・・・具は何にすっかな。
エビかナスか・・・キノコもありかな。

久しく感じていなかった微かな充実感。
いつも無気力を装い、"それなりに"を目標点にしていた自分が、何かに本気に取り組んでいる事に。
この時俺は気づいていなかった。


そして俺たちの弁当ウォーゲームが始まる。

月曜日

「うわぁ~。改めてみると川崎さんのお弁当綺麗に整ってるね。・・・うん、それに美味しい!」

先攻は川崎のターン。
戸塚は自分の分は用意しているようで、比企谷と川崎自身の2人分のお弁当が拡げられている。
ジャッジである戸塚は自分のお弁当の具を少しずつ交換しながら食べている。

「まぁね、裁縫とかと一緒で整えるのは得意なんだ。」
「しっかし大志にはちょっと物足りないんじゃないのー?中学生男子なめんな。」
「いいんだよ大志は好き嫌いない子だし。下手に量が多いだけよりも、栄養価が高い方が頭も体も動けるんだよ。」
「つーかなんだよこのアスパラガスとミニウィンナーを串で連ねたヤツ。爆竹みてぇな絵ヅラじゃねーか。」

(何でいちいち攻撃しないと食べられないんだよ小姑かお前は!)

「よく子供がカエルで遊んでるだろヒキガエル。」
「完全に俺への当てつけじゃねーか!大志関係ねーよ!何でお前が俺のトラウマネーム知ってんだよ!爆破テロか!?」

(聞きたくもねぇトラウマ発掘されたー!果てしなくどうでもいいんだよそんな個人情報は!)

「まぁまぁ八幡。物足りないなら僕のサンドイッチいる?」
「いる!超いる!食べさせてください!」

火曜日

「八幡のお弁当は可愛らしいね。あ、このミニグラタンも手作り?すごいなぁ。」

後攻は比企谷のターン。
本人の見た目とは裏腹にどうやら可愛さアピール全開のようだ。

「そりゃ小町用の弁当だしな。あいつに無骨な中身の弁当を広げさせるわけにはいかねーさ。」
「馬鹿じゃないの?いちいち周りの目なんか気にしちゃってさ。」
「ったくお前ってヤツは。お前みたいなのが周りがEXILEの話題で盛り上がってる中で、一人だけSADSあたりのファンで会話の輪に入れないんだよ。」
「時代背景が古いんだよ!冷たい地下室にブチ込まれたいの!?」

(結局清春好きなんかい!図星なの?会話の輪に入れなかったの?きっとファン居たって!EXILEと方向性がちょっと違っただけでちゃんと居たって!)

「誰が硝子の少年だよ。俺のガラスハートを砕くつもりか?」
「それ違う少年じゃないか!どいつもこいつもミーハーぶりやがって!」

(やべーよ超ムキになってるよ!こっちもこっちでトラウマ発掘しちゃったよー!そっちも古ぃーよ!)

「まぁまぁ川崎さん。僕はちょっと興味湧いたかな。」
「ほんと?今度CD貸すよ。」

水曜日

川崎のターン。

「あ、今日はちょっと男の子っぽい内容だね。」
「ま、まぁね。そんな日もあるよ。」

(対抗心燃やしまくりじゃないですか・・・)

「あ、このハンバーグ、中にチーズが入ってるんだ。美味しいー。」
「てっめこのチーズどうせアレだろ?裂けるチーズなんだろ?さきさき。」
「全然うまくないんだよ!何であたしの名前と弁当の内容が直結するんだよ!あとさきさき言うな!八つ裂きにされたいの!?」
「おいやめろ、それもうさきさきじゃなくてザキだ。」

(やめてぇー!教室が血の海になるぅー!もうお肉食べられなくなっちゃうー!)

木曜日

比企谷のターン。

「今日のお弁当、なんだかちょっと大人っぽいね。野菜多めだぁ。」
「おう、レパートリーは豊富な方がいいからな。ドレッシングもあるぞ。」

(見た目に変化つけるのもう義務なの?やらなきゃいけない事なの?)

「しそ風味のドレッシング?僕好きなんだぁ。」
「知らないなら教えてやるけど、犬って肉食なんだよ、HACHI。」
「HACHIってなんだよハチって!昨日の仕返しか!?そういう事は渋谷駅前に俺の銅像立ててから言いやがれ!」
「目の腐った銅像を集合場所にする人の身にもなりなよ。」

(ソレもうただのカルト集団じゃねーか!あるわけねぇだろそんな銅像!)


(つーか週頭の頃はまだ妹弟バトルっぽかったのに後半の方はもう敵しか見てねぇじゃねーか!)
(前半でお互いのトラウマ発掘したのがそんなに堪えたの?お互い一撃必殺だよこれ!)
(こえーよあいつら、目ぇ合わせただけで過去のトラウマ見抜かれるとか恐怖以外の何物でもねーよ!)
(ぼっち同士が徒党を組んだらどんな事になるか・・・その片鱗を垣間見てしまった・・・)

そして最終日

「じゃあ今日は最後だし、場所を変えよ?」
「そうだね、あんたも無様に負ける様を他人に見られたくないだろ?」
「ふざけんなよ何で俺が負ける事前提なんだよ。」

そう言って3人は教室を出て行った。

1週間もその光景を目にしてきたからか、居なくなったらなったで少しだけ寂しさが残る。

「なんていうか意外だったねー。」
「そうだねー。最初はあのシスコンっぷりとブラコンっぷりにちょっと・・・いやかなり引いちゃったけど。」
「なんだかんだであの3人のトークは面白かったなぁ・・・会話だけなら面白いんだけど・・・目が・・・」
「あぁ判る、比企谷と川崎さんが言い争ってそれを戸塚が抑え込む様式美みたいな?」
「いやー・・・でもやっぱりあの2人はちょっと怖いかな、私。」
「川崎さんはともかく、比企谷なんかにお弁当の内容で負けたのはホントにムカつくわ・・・マジキモい。」

ひそひそとだが、思い思いの言葉を語り合っている。
もうどっちが勝つかなんて、どうでもいいのだろう。

屋上

「うん、ちょっと寒いけど風もないし、天気もいいから問題ないかな。」

太陽にさらされた戸塚の白い笑顔が眩しい。
最初から屋上で食べるのを決めていたのか、戸塚はビニールシートを持ってきていた。
3人でシートを広げ腰を下ろす。

短いようで長く感じた1週間だった。
待ってろ小町。お兄ちゃんが勝利を持ち帰ってやるからな。

俺と川崎が持ってきた弁当は、先週の金曜日の時とほぼ同じものだった。
ふっ・・・判ってるじゃないか川崎。

「最初と同じ弁当か・・・あんたのシスコンっぷりもここまで来ると呆れるね。」
「お前だってしっかり最初のをチョイスしてんじゃないかブラコン。まぁ最終回でOP曲が流れるのは清々しい最後に相応しいだろ?」
「あんたはどうせバッドエンドなんだし、素直にドッグフード詰め込んで来ればよかったんじゃないの?」

こんにゃろう・・・事あるごとに挑発してきやがって・・・雪ノ下とは違うベクトルで口撃してきやがる。
ってか戸塚サン?この状況でニコニコしてるとか結構肝据わってますね。

「んなわけねーだろ!小町の弁当の丸コピーだって言っただろ!?」
「何が妹の弁当だよ見栄ばっかり張っちゃって。大体あんたの妹の中学はお昼給食じゃないか馬鹿。」
「馬鹿はお前だ!そんな事お前んとこの弟も同じだろーが!小町と大志はそもそも同級せ・・・」

え・・・?

俺は今・・・何に気付いた・・・?

中学・・・同級生・・・給食・・・

・・・あっ!?

川崎を見る。
今まで見たこともないニヤけ面で『今更気づいたのか』みたいな視線を投げかけてくる。

戸塚を見る。
胸の手前で手を合わせ『ゴメンネ』とでも言いたそうな顔をこちらに向ける。可愛い。

そうだよ・・・確かに俺は知っていた・・・小町の中学が給食だって事を。俺も同じ中学だったし。
だから最初から"小町の為の弁当"なんてものはハッタリだったんだよ。全力で作ったけど。
そんでもってこいつは・・・こいつも・・・
・・・って・・・あ・・・あ・・・ああああああああああああ!?





「あんたの負けだな。」





ハメやがったああああああああああああああああああ!!


比企谷八幡、完全敗北の瞬間だった。

弁当を食い終わり、俺は敗北の余韻に浸っていた。

「つーか何?もしかして最初にスーパーで会った時から今日のこの時まで丸々茶番?」
「あっはははははははは!まぁそういう事になるかな。多少、まぁ多少は本気だったけど・・・ッククク。」

川崎がこんなに笑うのを初めて見た。殴りてぇ・・・返り討ちになるのがオチだろうけど。

「八幡ごめんね。でも今週の件は僕の案だったんだ。」

ぐぬぬ・・・戸塚がそう言うなら許してやらん事もないが・・・
それにしたって何だってこんな・・・

「それで、どう?全力になれた感想は?」
「なっ・・・!?」

「今週の八幡、先週とは比べ物にならないくらい元気だったよ。」
「んなっ・・・!?」

「1週間続くかどうかは結構賭けだったんだけど、こうも上手く行くとはねぇ。」
「な、何がだよ・・・」
「八幡ってさ、あんまり思ったことをすぐに口にしないタイプでしょ?心の中で一度整理してから言葉を選んでたよね。」
「だ、だから何を言って・・・」
「これまでのやり取りを思い返してみなよ。普段の慎重さなんてすっかり忘れたような頭の悪い内容だったよ。」

お・・・お前ら・・・

「ほら、昼休みもそろそろ終わりだよ。」
「八幡、放課後部活前にちょっと時間取れる?」
「あ、あぁ・・・」
「じゃあもう一度ここに来て。そこで色々話したいことがあるから。」
「・・・わーったよ。負けちまったし、断るわけにはいかねーな・・・くっははは」

自然と笑い声が出た。
わり、小町。俺、負けちまった。

まったくよぉ・・・
やっぱり最終回でOP曲が流れるのは清々しい最後に相応しかったってわけだ。
最初の弁当どころか、最初のきっかけで決着つけられちまったぜ・・・

放課後

「由比ヶ浜ー、今日の部活は遅れるって伝えといてくれ。」
「え?うん、わかった。何か用事?」
「あぁ、昼の決着つけてくるわ。」
「そっか。それじゃ伝えとくね・・・へへへ・・」
「なんだよいきなり気持ち悪ぃ・・・」
「キモくないし!なんていうか、さ・・・ヒッキーなんだかすっきりした顔してる。」
「今更俺の顔褒めても目の腐敗くらいしかやれねぇぞ?」
「いらないよ!」
「そうだな、俺も簡単に手放さんよコイツは。」

そう言って、俺は屋上へと足を運んだ。
去り際に見た由比ヶ浜の顔は、なんだか不思議そうな顔をしていた。
ま、そりゃそうか。

「来たぞー。」
「ん・・・」
「あ、八幡ー。」

屋上についたのは俺が最後のようだ。
もう勝負はついた。
これからは種明かしだ。

「おう。お話、聞こうじゃないか。」
「うん、この1週間の事なんだけどね・・・」
「実はね、サポーターが居たんだよ。」
「サポーター?」

「そ、あたしたちの・・・じゃなくて戸塚の目的は文化祭や修学旅行で何があってあんたが落ち込んでいるかを、他ならぬあんたから聞き出すこと。」
「でも普通に聞いたら絶対教えてくれないもん。だから八幡が、僕らの事を"本音が言える友達"って判らせる必要があったんだよ。」

と、友達って・・・

「八幡、どんな関係の人にも辛い事とか話してくれないんだもの。」

う・・・

「んで、その協力者が・・・あんたの妹だよ。」
「うえぇ!?」

日曜日の朝、小町の携帯に来たメールは川崎からの呼び出しメールだった。
ご丁寧に俺にバレないように大志経由で。
にゃろうあの男・・・小町のメアドを消してないとはまだ諦めてなかったのか?
呼び出したはいいが、その時は文化祭や修学旅行の事は何も聞かなかったらしい。
いやどうせ小町にも話してないけど。
昼食をダシに小町は川崎たちにある依頼を受けた。

俺の弁当献立を教える事。
俺の好きな弁当の具を教える事。

そして

普段の小町と俺の会話やりとりを教える事。

妙に川崎が会話の切り替えし上手かったのはそのせいか・・・
戸塚がなだめるタイミングも妙に自然だったし・・・

「しかしなんだってこんな・・・」
「八幡。」

戸塚が俺の言葉を遮る。

「僕、ちょっと怒ってるんだからね?」



・・・それは。
・・・いつだったか、誰かが言った台詞。
・・・その時の相手は・・・意地を張って無理していたヤツだ。


そっか。
俺ってば、そう見えてたんだな。

「話してほしいな、八幡の辛かったこと。」
「あぁ・・・」

俺は文化祭まで遡り、その出来事を話した。
そして、修学旅行で何をしたのか。それ以来の奉仕部内の空気の事を。

・・・・・
・・・・
・・・
・・




「真相さえ聞いてしまえば何てことはないな。」

えぇー・・・それはそれで悲しすぎるんですけどー・・・

「八幡が考えた事だもん。時間が無かったり、切羽詰まった場面で仕方ない事だってあるよ。」
「・・・」

「でもね、僕たちが聞きたかったのは、そういった八幡の悩みとかなんだよ。」



「すまんかった・・・」
「ダメだよ。許してあげない。」

ぐあぁ!
と、戸塚に・・・戸塚に見捨てられる!?

「だからちょっとお願いを聞いてもらうよ。」
「わ、わかった!」

戸塚はにこにこと微笑んでいる。
あ、この返し方と頼み方は小町に似てるなー。
こんな細かいやり取りまで教えてたのか・・・

「これからは、僕の事名前で呼んで?」
「え!?あ・・・」






「・・・彩加。」
「うん!八幡!」


敵わねぇな・・・

「じゃあ、僕からはおしまい。次は川崎さんだよ。」
「えっ、あ、あぁ・・・」
「僕ちょっとジュース買ってくるね。」
「あ、ちょ・・・」

とつ・・・彩加は行ってしまった。

川崎は何やら言いづらそうにモジモジとしている。
弁当ウォーズの時は芝居だったり、小町から聞いた情報から予行演習するなりして平気だったかもしれんが・・・
こいつは結構口下手なんだよな。

わざとらしく深呼吸をすると、ようやく口を開き始めた。

「比企谷・・・さっきあたしは"真相さえ聞いてしまえば何てことはない"って言ったよな?」
「あぁ。」
「何てことないんだよ。あんたが変な解消法で自爆したり、自分に欺瞞を感じたって構いやしないよ。」
「へ・・・?」
「あたしたちはまだ高校生だろ?そんな何でもかんでもやってのけようなんて無理だよ。」
「あ、あぁ・・・」
「だから、あんたが考え抜いた方法で派手に墓穴掘っても、あたしも戸塚も遠ざかってやんない。」


!?

誰だよ口下手って言ったヤツ。
あぁ俺だ。この1週間こいつとしゃべり続けた俺だったわ。

こいつはもう俺に対して遠慮しない距離に居るんだな・・・
あれだけ同じ部活で一緒に過ごした雪ノ下や由比ヶ浜でも招き入れた事のない不可侵領域。
17年間、小町だけが居座り続けた孤島。
たった1週間で・・・この2人は・・・俺が溝を作る暇を与えずにやって来た。

「あんたはやたら人との間に溝作るのは得意みたいだけど、ここまで来たんだ。もうあたしたちには通用しないよ。」
「・・・・・」
「戸塚が1週間前に何言い出したと思う?溝を埋める方法じゃなくて飛び越える方法だったよ。」
「んげっ・・・」

反則じゃねぇか・・・ってルールとか別に無かったか。

「斜め下ばっかり見てっから、斜め上に気付かなかったんじゃないの?あんた。」
「ごもっともです・・・。」

シスコンブラコン戦争は俺に下を向かせるフェイク。
その間に空からやって来られちゃ勝ち目ねぇわな・・・どうやって飛んだんだよ・・・
あ、と・・・彩加は天使だったか。そりゃ空も飛べるわマジ天使。

気づいた。
とんでもなく強引で、凄まじく効果的。そんな方法をいつも取り続けてきた人物。


・・・俺じゃねぇか。


自分で言うのもなんだが、そんな悪魔みたいな方法なんて思いつくのなんて、周囲を一切気にしないぼっちくらいにしか・・・
あ、こいつぼっちだったわ。そりゃこんな強行策を思いつくはずだわマジ悪魔。

「し、しかしなんだってお前まで俺に近づこうとしたんだ?」
「ん?」
「だ、だってよ・・・お前だってその・・・女だし・・・?あんまりそうやって強引に近づかれるとその・・・」
「あぁ、その事か。」

そう言って、彼女は俺に近づいてくる。

真っ直ぐこっちを見て。

鼓動が早くなる。

目が離せない。

そして俺の目の前まで来て。










「愛してるぜ、比企谷。」

言ってのけた。



・・・・・
・・・・
・・・
・・



「どうだい?どこまで勘違いした?」
「ふへっ!?」





勘違い・・・勘違い・・・そう、いつも俺が自分を戒めてきた事・・・





「思い知ったか!あたしが文化祭以来抱えてきたモヤモヤを!」
「あ・・・あぁ!?あああああああああああああああああ!?」

言った!確かに言った言っちゃってたぁぁぁぁぁ!


何てこった・・・俺が勘違いしたんじゃなくて、俺が勘違いさせていたんだった!

「あれ以来まともにあんたを視界に入れられない日々が続いちゃったよ!」
「うああああああ・・・」
「ずっと何て話しかけていいか判んなかったよ!」
「うああああああ・・・」

「・・・クハハ。ま、これで許してあげる。」
「・・・え?」
「あんたさっきから『え?』とか『へ?』とか『うああああああ』とかしか言ってないよ?」
「し、仕方ねぇだろ!あんな事言われちゃ・・・」
「・・・あたしも言われたんだけど。」
「う・・・」

「その場のノリみたいなもんだってのは判ってたんだけどさ、やっぱりそうなっちゃうじゃない?」
「そうだな・・・それは良く判る。」
「だから、これで貸し借り無し。謝罪もいらない。」

それは・・・いつか俺が誰かに言った言葉。

「そんで、こっからやり直し。」

それは・・・いつか誰かが俺に言った言葉。

「それがあたしが今回やりたかった事。あんただったら貸し借り無しにした時点で、それまでの関係ごと溝の外へふっ飛ばしちゃうんだろうけど。」

確かにそうだった。

「あんたとあたしは、ちょっとくらい似てたかもしれないけど、全然違うからね。」
「あぁ、そうだな。」


ったく、今日は負けてばっかりだ・・・ほんっと、敵わない。




「おまたせ2人とも。」

しばらくして彩加が戻ってくる。
むぅ・・・心の中でも名前呼びはちょっと恥ずかしいものがある。

「はい八幡。」
「あぁ、サンキュー。でもいいのか?貰っちゃって。」
「うんいいよ。これまでお弁当たくさん分けて貰ってたし。」
「はい川崎さんも。お疲れ。」
「ん。」

3人、壁を背にして座り込む。
俺の両脇に座る彩加と川崎。俺たちの距離感を表現したような位置。

俺たちの距離感だって・・・?全く、普段の俺からは想像もつかない考えに行きついちまったもんだ。

「ったくお前ら良かったのか?俺と居るとろくな人間にならんぞ?」

この期に及んで見苦しいが、つい聞いてしまう。
もしかしたらこの一言で怒られてしまうかもしれなかったのに。
それでも聞きたかった。

「アハハ。それは無いよ。」

彩加が笑って切り返す。
断言しちゃうのか。

「ずっと一緒に居たあんたの妹さんは、ろくな人間じゃないって言うの?」

川崎が横目で切り返す。
おのれさすがブラコン。シスコンを言いくるめる術を知ってらっしゃる。




「あんたは自分の目を腐らせちゃったけど、妹さんは腐らせない。そうだろ?」
「おま・・・っ!お前らまさか・・・」
「うん、小町ちゃんから八幡の目の話、聞いたよ。」


昔。小町が中学に上がった頃。
小町が家で泣いたことがあった。
原因は俺・・・の風評。
俺自身はその頃にはもう風当たりの強さには慣れてしまっていたが、小町はそうもいかなかった。
小町自身が悪く言われたわけではないのに。

我が家で小町が泣いているという絵ヅラは非常に不味く、こんな光景が両親に見られたら間違いなく俺がどやされる。
その時の俺は多分そんな事を考えていたんだろう。

俺は小町にこう教えたんだ。

"涙流してしまえば辛い事なんざ一緒に流されていく"
"でも流しきれないうちにまた辛い事があると悪循環が起こって目元に辛い事が溜まっちゃうんだ"
"結果、目が腐る"

しかしあいつは不貞腐れて『なら小町もお兄ちゃんと一緒に腐る』とか言い出しちゃったんだ。
そんな事になってみろ、俺は家を追い出されかねん。

"俺は別にこの目が嫌いなわけじゃないんだ、むしろ気に入ってるまである"
"腐っちまった目ん玉だから腐らせちゃいけないものくらい一発で解るんだぜ"
"お前は腐っちゃいけないヤツだから、辛い事があったら逆に笑うんだ"













「『じゃないと俺はこの家から追い出されるぞ』だっけか?」
「うがあぁぁぁぁ!比企谷家でトップクラスに恥ずかしいエピソードをお前らぁぁぁ!」

俺が家から居なくなるのが嫌だったのか・・・どうかは知らないが、それから小町は常に笑うようになった。
俺が妹離れできないくらいに強い子になった。

「だから僕たちが間違ったら、八幡が止めてくれるよ。」
「うぅぅ・・・うぅぅ・・・」

唸るな俺、これじゃ本当に犬みたいだ、HACHIだ。



「あのさ・・・戸塚。さっきから気になってたんだけど・・・僕"たち"って・・・あたしは別にその・・・」

さっきまでの余裕ヅラはどこへ行ったのか、川崎が照れくさそうに言う。

「ううん、八幡はもう川崎さんを放っておかないよ。」

聞いてるこっちが恥ずかしい事をさらりと言う彩加。

「あ、もしかして僕たちが名前で呼び合ってるから?じゃあ2人も名前で呼び合って欲しいな。」
「「えぇ!?」」

笑顔で何て事言い出すんだ可愛いなその顔。

「僕もこれからは沙希ちゃんって呼ぶから、ね?」
「う・・・」
「じゃあ僕から、沙希ちゃん。」

ほんと彩加すげぇな。迷いがねぇ。

「え・・・さ・・・さ・・・・・・・・・・彩加。」

消え入るような声でボソっと言う。

「じゃあ次だね。ほら、八幡も。」

逃げ道にシャッターが下ろされた。これはもう断れないムード。
べべべべべ、別に?彩加だって呼べるんだから、こここここ、こいつの事だって、よ、余裕だしぃ?
"さきさき"を2文字略せばいいだけだしぃ?

「さ・・・さ・・・」

パンダかよ・・・

「は・・・は・・・」

カーチャンかよ・・・

かゆ・・・うま・・・じゃないんだよ。
彩加は何でこんな時だけ男らしいんだ。惚れちゃうだろ。
えぇい!決めろ八幡!あいつのゴールネットにアステロイドキャノンだ!






「・・・沙希。」
「・・・八幡。」




・・・・・
・・・・
・・・
・・




「・・・ぷっ!」
「・・・クハハ。」
「アハハハ。」


「「「アハハハハハハハハハ!!」」」



何時ぐらいぶりだろうか。
もしかしたら初めてかもしれない。



こんなに、腹の底から、大声で笑ったのは。

奉仕部

「遅いね・・・」

ヒッキーはまだ来ない。

「・・・」

ゆきのんは黙ったままだ。
以前なら、こういう時もあれこれ小言を言ってたんだけどなぁ。

部活の時間はもうすぐ終わろうとしている。

コンコン

「うーっす。」

ノックの後、ガラッっと扉が開く。

「ヒッキー遅いよ!もう部活終わっちゃうよ?」
「まったく・・・部活動を何だと思ってるのかしら。」

ゆきのんがようやく口を開く。
やっぱり・・・ゆきのんもちょっと寂しかったのかな。
そんな事を勘ぐってしまう。

「悪い悪い・・・ってもうそんな時間だったのか?」
「気づかなかったの!?」
「呆れるくらいに無頓着ね・・・」

「だから悪かったって、下校時刻まではちゃんと居るからさ。」




びっくりした。
ヒッキーの口からナチュラルに出た言葉は、すごい柔らかかった。
ゆきのんも同じことを感じたのか、驚いたような目をしている。


椅子に腰を掛けたヒッキーはいつも通り本を開く。それはもう料理関係の本ではなかった。

「そ、そういえばヒッキー、結局勝敗はどうなったの?」
「そうね、そのための遅刻だったのでしょう?ちゃんと負けてきたのでしょうね?」

ま、負ける事前提なんだ・・・


「あぁ負けた。もう完膚なきまでに。」





ドキっとする。
相変わらず腐った目で・・・なのにそんな顔しちゃうんだ。

「そ、そう・・・それにしては不思議な顔をしてるのね。」
「ん?あぁそりゃな。あんなに笑ったのは初めてかもしれねーし、そりゃ摩訶不思議の1つや2つあるさ。」
「えぇー!?ヒッキーがそんなに笑ったの!?」

な、何があったんだろう・・・
私じゃ・・・私たちじゃできない事なのかな・・・?

「ま、無理はねーかもな。俺自身が信じられんくらいに腹から笑ったわ。」
「その割には目が腐ったままなのだけれど。神様は残酷ね、あなたに爽やかさは与えてくれなかったようね。」
「そ、そーだよ!やっぱり負けた事気にしてるんだ!」

ヒッキーの目は何も変わっていなかった。
出会ったときから何も変わらない・・・優しい目。

「仕方ねーだろ。俺はなんだかんだで、お前らの言う腐った目ん玉が結構気に入ってんだよ。」
「え・・・?」
「何を言っているのかしら、普通の感性を持っていたらその目を気に入るなんてありえないと思うのだけれど。」
「じゃあ普通じゃなかったんだろ?それだけの話さ。」
「理由!理由は何なのー!?」

あたしは聞いてみる。
知ってみたい。その理由。

「おいおい、俺がその理由を知ってていいと思えるヤツなんて友達だけだ。」
「なら誰も知らないって事ね。」
「ヒッキー友達いないじゃない!」
「はっはっは、だからお前らにはまだ教えてやんね。」

あたしたちの悪態にものともせず、ヒッキーはすっと立ち上がる。

"まだ"
って事はそのうち教えてくれるのかな。
そうだといいな。

「そろそろいい時間だなー。そんじゃそろそろ帰るわ。」
「そうだねー、ヒッキー10分くらいしかここに居なかったけど。」
「仕方ないわね。今日は依頼者も来なかったし。」
「ゆきのんー。一緒にかえろー。」

この感じ。
やっと奉仕部にいつもの空気が戻ってきた。
ヒッキーが少し元気になっただけなのに。
やっぱり奉仕部の中心はヒッキーなのかな・・・。



そんな事を思いヒッキーを見ていると、扉の前で少し立ち止まった。

「そうそう、理由だっけか・・・そいつを知ってるのはなー・・・」



くるりとこちらに顔を向け、悪戯っ子のようなニヤけ面で





「この学校内で、"沙希"と"彩加"だけだ。」

パタン

扉が閉まる。










「・・・なっ!?」
「えええええええええええええええええええええええええええ!?」

校門

いつだったか、雪ノ下に言った事がある。

友達って『達』ってついてるから基本的に複数居る事が前提なんだよな。

確かに屁理屈。単なるしょーもないやり取りの一つ。
しかし雪ノ下の事だ、そんなしょーもない事の1つもちゃんと覚えてるんだろう。


いつだったか、由比ヶ浜に言われたことがある。

・・・じゃ、じゃあ、ゆい。でも、いい

名前を呼ぶ、という行為。あの時はちょっと口を滑らせたが、以降名前で呼んだ事は無い。
どうせ由比ヶ浜の事だ、未だに名前で呼ばれる事を諦めてはいないんだろう。






だからこれは、今までの、ちょっとした仕返し。
お前らが腐らない程度には見ててやっからよ。
今は悶えまくれボケが。クハハハ。

校門の横に2人を確認する。
心を落ち着かせ、脳内で名前を繰り返す。
・・・沙希・・・彩加・・・沙希・・・彩加・・・よし、大丈夫。

「おう、お待たせ沙希、彩加。」
「あぁ、は、八幡・・・」

ククク。どもってるなぁ?

「はちまーん、お疲れ様。それじゃ帰ろうか。」



俺たちは歩き出す。初めての友達との集団下校だ。

「2人は今日ゼミだっけ?それじゃ明日か明後日3人で遊ぼうよ。」
「おー、いいぞ。どうせ予定ないし。」
「沙希ちゃん、八幡のお家知らないんだっけ?行ってみない?」
「い、いきなり家に上がるのか・・・?あたしの家からさほど遠くないって事くらいは知ってるけど・・・」
「やめとけ彩加。こいつ確か猫アレルギーだし。」
「あ、そうなんだ。僕は沙希ちゃんのお家知らないし・・・」
「きゅ、急にあたしの家だなんて・・・」

まぁそうだわな、ぼっちが家族以外を自分の家に招き入れるってのはハードルが高いものなのだ。

「無難に3人でどっか出かけるのがいーんじゃないか?」
「あ、それなら3人でプリクラ撮りに行こうよ。前に八幡と撮った所で。」
「え?彩加あんた八幡と一緒に撮ったの?」

おー、俺の名前どもらずに言えたか、えらいえらい。

「うん、大変だったんだよ。あの時はカップルじゃないと入れませんって言われちゃって。」
「あんた・・・」
「い、いや!その!コッソリ!コッソリ入って撮ったんだよ!」
「見る?これなんだけど・・・」

彩加は携帯を取り出し裏面を沙希に見せる。
そこに貼ってるのか・・・うわー恥ずかしい。何で俺が恥ずかしい。
もう1枚のは別に取っといてあるんだろうか。

「ふ、ふーん。しかし八幡変な顔してるな。」
「うっせ、プリクラなんて初めてだったからシャッターのタイミングが判らなかったんだよ・・・」
「クハハ・・・ん?なんか後ろに写ってる・・・え?何コレ・・・幽・・・霊・・・?」

あぁ、そんな事もあったな・・・

「あぁそれは材も・・・」
「幽霊じゃないぞ、そいつはちゃんと実在している。実在の妖怪だ。豚の妖怪。」
「は?何言ってんの?あんた彩加を猿の妖怪扱いするつもり?」
「俺ぁ河童確定かよ!何でゲーセンの隅っこにガンダーラが設置されてんだよ!あるわけねぇだろ!」

太陽拳の使い手は三蔵だったのか。

「それに今回は八幡と沙希ちゃんが居るから、すんなり入れるんじゃないかな?3人で入っていいかは聞かなきゃいけないかもだけど。」
「え・・・そ、それって八幡とカ・・・カップ・・・」
「いーじゃねぇか沙希。利用できるもんは利用しちまおうぜぇ。」
「ほわぁっ!?ま、まぁ・・・3人で入って大丈夫なら・・・」

くっはー。俺も言うようになったもんだねぇ。
ここで冷静な切り返しができるなんて八幡的にポイント高い♪

・・・もしかしたら小町的にもポイント高い・・・かもな。

俺たちは、明日遊びに行く約束を取り付けたところで別れた。
彩加が俺の家を知っているので、沙希と彩加が合流して俺を迎えに来てくれるようだ。
まったく小町になんて言われることやら。

そんなことを考えながら、俺は玄関のドアを開けた。





「ただいまー。」

書き溜めはここでおしまい
思いついたらプリクラ話も考えてみます。

こんばんわ>>1です
プリクラ編やってきますー

それとageたほうがいいんですかね?

土曜日


ピンポーン

「はいはーい。」

時刻は午前11時過ぎ。
玄関に立っていたのはお兄ちゃんのお客さんだ。

「こ、こんちわ。」
「あ~これはこれは沙希さーん。兄がお世話になってます~。」

川崎沙希さん。
驚くべき速度でお兄ちゃんに急接近したダークホース。
大志くんは学校で見かけるけど、お姉ちゃんとこうして再び顔を合わせる事になるとは。

大志くんは学校で見かけるけど、お姉ちゃんとこうして再び顔を合わせる事になるとは。
ううむ・・・考えてみればお兄ちゃんの部活関連の女の人以外はなかなか情報得られないからなー。
灯台下暗し。ごめんネ大志くん。小町が絡んであげられなくて。
直接言う機会は多分無いだろうから、心の中で謝っておくヨ☆

「あ、いやこちらこそ・・・えっと・・・八幡、いる?」
「あぁちょっと待っててくださ・・・ってうえぇぇぇ!?は、はち・・・」

ななななななんですってー!?お兄ちゃんが既に名前で呼ばれているですとー!?

「え!?あ、あの・・・だからこれは・・・」

うっわーマジですか。だって1週間ですよ?
小町が言うのもなんですが、兄の攻略難易度はビニールテープでレインボーブリッジからバンジージャンプするくらいですよ?
強くてニューゲーム?

しかし・・・ほう・・・ちょっと照れたこの感じ・・・これは・・・
第一印象とのギャップがまた・・・うんうん・・・たまりませんなぁ。

はっ!?いかんいかんお兄ちゃんじゃあるまいし・・・

「こんにちわ小町ちゃん。」
「あ、戸塚さーん。こんにちわですー。」

沙希さんの後ろからひょこっと顔を覗かせる戸塚さん。
ふむー。やっぱりお兄ちゃんと沙希さんと戸塚さんとは珍しい組み合わせだなぁ。

「八幡を迎えに来たんだけど、いるかな?」
「っと、そうだった。ちょっと待っててくださいねー・・・お兄ちゃーん!」

「聞こえてるよ。」

身支度をしていたのか、着替え終えて階段から降りてくるお兄ちゃん。

「はちまーん。おはよ。」
「あ、お、おはよう。」
「おう、おはよ。」

ほほう・・・このトリオ・・・ありかもしれない・・・

「つーわけで小町ぃ。今日は沙希と彩加と出かけるわ。」
「ふへぇ!?あ、あぁ~うん、かしこまりかしこまちぃ~。」
「なんだよその頭悪そうな返事・・・」

いかんいかん動揺が表に出てしまった。まさかお兄ちゃんまで名前呼び捨てとは・・・しかしこれはいける・・・いけるぞ・・・!
ごめんなさい結衣さん雪乃さん。小町は誰の味方かと言われたらお兄ちゃんの味方なのです、テヘッ☆

しかもこちらのトリオ、女性は沙希さんオンリー!フフフ・・・これは一本道ルート待ったなし!
・・・とは言い難いのがお兄ちゃんなんだよなぁ・・・なーんせ戸塚さんが大穴に控えてるし。
ぐぬぬ・・・小町は許しませんよ!そんな・・そんな・・・

「そんじゃ、何かあったら連絡するわ。」
「いってきます。小町ちゃん。」
「はーい、いってらっしゃーい・・・あ、沙希さん沙希さんちょっと待ってください。」
「ん?あたし?」

沙希さんを呼び止める。
そしてお兄ちゃんの死角に入るようにして・・・




「沙希さん、メアド交換してもらってもいいですか?」

「あたしとか?ま、まぁいいけど。」
「ありがとうございます~。これで大志くん経由じゃなくても小町が色々サポートしちゃいますよー。」
「へ?あぁ、そりゃどうも・・・?」

うーん、よしよし。予想通りちょっと判ってない感じの返事だ。
うふふふ、今はそれでいいですよー。
ぽちぽちぽち・・・っとほい完了っ。

「沙希ー。どしたー?」
「うん、今行くよ。それじゃ、えっと、妹さん、どうも。」
「えへへー、"小町"でいいですよ~お姉ちゃん。」
「うわぁぁ、まったくもう!意地が悪いところは兄とそっくりだな・・・」

そう言って沙希さんも歩き出した。













「ま、まぁ何かあったらあたしにもメール寄越しなよ・・・小町。」





・・・・・
・・・・
・・・
・・






は・・・
は・・・・・
破壊力すごっ!?
くっは~!なんじゃこりゃぁぁぁぁ!小町殉職しちゃうよ!

総合アミューズメントパーク『ムー大』

カラオケ、ゲーセンから居酒屋に至るまでなんでもござれのごった煮空間。
本当になんでもあるんで、昼飯もここで済ませちゃおうという流れだ。

「とっ言っても俺、さほど腹減ってないぞ。」
「ならクレープとかでいいんじゃないか?」
「あ、いいねクレープ!八幡は甘いのが好きだよね。」

クレープか・・・うん、今の腹具合にはぴったりかもしれん。
選ぶものによっては量も調整できるし、うむ、悪くないチョイスだ。

オープンテラス式のクレープ屋を見つけ、沙希に席を取って置いてもらう。
丸机に椅子が3つ。っかー!意味はわかんねぇけどそこはかとなくリア充臭がする。いやほんと意味わかんねぇけど。
俺と彩加でクレープを注文しに行く。使いパシリは男の仕事だからな。決して彩加と2人っきりになりたいわけではない。



「いらっしゃいませー。」

女の子の店員が元気よく挨拶する。

「アップルカスタードとハムチーズサラダ1つずつ、彩加は?」
「僕はストロベリー生クリームを1つ。」

特別読み切り!さいかちゃんストロベリー!生クリーム添え!作:比企谷八幡。
このままでは俺がストロベる。
さっさと沙希の所へ戻って平常運転に切り替えよう。

「戻ったどー。ほい、サラダ。」
「ありがと。」
「サラダもこうしてみると美味しそうだねー。僕クレープって甘いものってイメージだから、なかなかサラダ注文できないんだ。」
「そうだね。最初はちょっと戸惑うかもね。」
「まぁ俺はどの道甘い方選んじゃうけどな。」

他愛のない会話をしながら食べ始める。
こうして3人で食事をするのは先週散々やってきた。
普通であれば俺の心に執筆している『敗北!トラウマ日記帳』の新たな1ページとなるくらいのエピソード。



しかし俺は全く新しい自由帳の記念すべき1ページ目に記載した。
こうして3人で机を囲んで食事ができるのも、あの1週間の・・・あぁやめだやめだ。
誰に語りかけてるわけでもないのに気恥ずかしさが湧いてくる。

それより彩加とストロベリるぜ!あ、俺のリンゴだった。

「まさかこうして3人で食うのを続けられるとはね。」

沙希も同じことを思っていたのか、ふとそんなことを漏らす。
まぁ内容はアレだったしなぁ・・・俺相当頭に血が上ってたし。

「そうかな?僕はこんな何気ない関係結構憧れてたんだけどな。あ、女の子1人だから?小町ちゃんも呼べばよかったかな?」
「い、いや!流石にもう・・・その・・・友達ってのに慣れてなくて・・・いっぱいいっぱい・・・次回以降で。」

などと気恥ずかしそうに口走る沙希。
普段の突っぱねた態度を見ているだけに、こういう場面に出くわすとニヤけてしまう。

「お前なぁ、俺が本音を言えるようにするのが目的だったんだろ?今のお前もすっげぇ口緩いぞ。本音ダダ漏れ。」
「う、うっさい!あんただってそんなムカつくニヤけ面をポンポン見せるようなヤツじゃなかっただろ!」
「なーに言ってんのぉー?これはお前が勝利宣言した時のニヤけ面の真似ですぅー。」
「じゃあ真似すんな!と言うかそんな顔してない!」

なんというか、先週丸々コイツとの口論に費やして思ったのだが・・・沙希は話しやすい。

雪ノ下とのしょーもないいがみ合いも結構好きだ。
由比ヶ浜とのしょーもないじゃれ合いも結構好きだ。

こいつは・・・なんだろう・・・そのどっちも内包していて、どっちとも全然違う。そんな新鮮な感覚。
俺はこの感覚を忘れないように、また自由帳に・・・ってやめい。これほんと恥ずかしい。


「アハハ、もう2人とも。喋ってばかりで全然進んで無いよ。」
「あ、悪ぃ。」
「あれ?彩加もう食べ終わっちゃったの?」

見ると彩加のクレープは無くなっており、包み紙が綺麗に折りたたまれていた。

「うん、僕のはそんなに大きいやつじゃなかったからね。」

何てこった。ストロベリーが彩加にストロベリられるところを見逃してしまった。

「ゴミ捨てるついでにジュース買ってくるよ。何がいい?」
「コーヒー。」
「あ、ならあたしも。」
「うん、待っててね。」

こうしてまた2人ぼっち。前回も彩加はジュース買いに行って退場してしまったな。
ジュースの女神さまはどうやら俺と彩加が一緒に居る事に妬いているらしい。困ったもんだぜ。
仕方ないので戻ってくるまでに食い終わらせようとクレープを頬張る。

「あ、八幡。落ちそう。」
「え?」

齧り付いた場所が悪かったのか、俺の口元からポロリとリンゴが落ちかける。

「あ。」

その時、ひょいっと沙希の手が伸びた。
見事にリンゴの一欠けらは地面への不時着を回避した。すげぇ。




・・・・・で、そのリンゴどーすんの?俺の口から落ちたやつなんだけど。

沙希もそれに気付いたのか、あわあわと口を開きながら『どうしよう?』みたいな目でリンゴと俺を交互に見る。
いや、間に俺を見ないでくれ。俺だって困る。

まさか自分で食べる気じゃないだろうな?そんな光景目の当たりにしたら八幡どうにかなっちゃうよ。

沙希は。
その手を。




「・・・っ。」

俺の口に戻した。




いやいやいやいやいやおかしいでしょ!
数ある選択肢の中で一番おかしい選択でしょそれ!

「あああああああああそんな顔しないでくれぇ!」
「む、無理言うな!何でこの選択肢にしたんだよ!」
「思わず手が伸びただけでキャッチできるとは思ってなかったんだよぉ!自分で食うわけにもいかないだろぉ!」
「こっちの方がもっと恥ずかしいわ!どーすんだよこれぇ!なんかもう残りのリンゴも恥ずかしさの塊に見えて来ただろ!」
「食え!何もかも忘れて食え!あたしも残り食うから!」

もう俺の自由帳が『羞恥!ハズカシメ日記帳』に変貌しつつある。

俺たちは顔から赤みを振り払うように残りのクレープを食った。
味なんて忘れた。


「おまたせー。」

彩加ぁぁぁ!待ってたよ彩加ぁぁぁ!

「はい。」
「サ、サンキュー。」
「う、うん。」

裏声になりかけた。

俺たちはコーヒーを受け取るとそのまま一口飲む。

「あれ?八幡シロップは?」
「あ、あぁ。最初の一口はそのまま飲みたいんだよ・・・」
「あ、あたしも、そう・・・」

この口の中でぽわぽわとしたリンゴとカスタードの甘みがヤバいんだ。



・・・・・
・・・・
・・・
・・



小町視点かわいい!

>>163
投稿者は「saga」を使うと良いらしいですよ。

ゲームコーナー

ようやく目的地に着いた。
そう、ようやくだ。
時間にしたらそれほどでもないけど、とにかくようやく着いたんだ。

「八幡、たしかこっちだよ。」

あぁ、俺も今視界に入れたところだ

"女子・カップル専用ゾーン"

見間違えようがない。まさしく愛の国ガンダーラ。
やべーよ本当にあったよ。

「すんなり行けるといいね、店員さんどこかな。」
「や、やっぱり無理なんじゃないかな・・・」

沙希がちょっと消極的になってきている。
いや判る、すげー判る。気持ちはすげー判る。

少し前までこいつも勘違い生命体だったんだ。
あんなビックリドキドキイベントの直後だもの。"カップル"なんて単語が目の前にあったらどうなるか。






意識しまくりですよホント。

しかし今日の日を一番楽しみにしていた彩加の為にもここは避けて通れぬ道なのだ。

「あ、見つけたよ。」
「んじゃちょっと待っててくれ、俺が聞いてくるよ。」

ここは俺が男を見せる時。というかこの場面で俺が聞きに行かないと色々とオカシイ。


「すいません、店員さん。」
「っしゃーせ。何でしょっか?」

軽いノリの店員さんだ。以前と同じ人物か・・・?
しかしこれなら・・・いけるかもしれない。

「俺らプリクラ撮りたいんですけど、3人ってOKですかね?」
「3人っすかー?一応カップル用として置いてあるんっすけどー。」
「あっちの2人が連れなんですがね。」

そう言って視線を2人に向ける。

「おぉー、女子2に男子1っすか。」
「いやー今日はですね、Wデートの男役が1人2役なもんでしてね。」
「あ、あぁ~なるほど~。お兄サンやりますね~。」

何をだよ。

「いいっすよ。どうぞお通りくだっさい。」

おっけぃ。大きく出てみるもんだぜ。

「ただし一応ですねー・・・」

ん?

「ホラお客さん。あっこにカメラありますでしょ?ウチもバイトとは言え仕事なもんでしてねー。」

店員さんがやや小声になる。

「入るところがカメラに収まっちゃうんでー、ウチが言い訳できるように判るように入って欲しいんっすよ。」

バイトも大変だな、全く。

「っつーわけでしてね・・・」








「あ、八幡おかえり。」
「で、ど、どうだった。」
「あぁ、オッケー貰えたよ。」
「マジでか・・・」

「・・・3人で手ぇ繋いで入場すればオッケーだってよ。」


「う、うえぇ!?」
「よく判んないけど、それで入れるのかな?」
「俺も良く判らん・・・」

ゲームコーナー:数刻前

むふん、本日は晴天ナリ晴天ナリィ。
絶好のあるかな日和であーる。

最近は他のあるかな勢も力を着けてきておるからな。
                 アナザー ファイティング テクニック
特に!初心者を名乗りつつ百 戦 錬 磨 の 指 使 いを有する戦士たちを相手にした場合は特に困る!
上級テクニックや基盤バグを知り尽くさねば初心者狩りができぬぅぅぅぅ!

む!?センサーに反応が・・・?
あ、あれは我が盟友!八幡ではないか!?横にはと・・・戸塚氏!

このような戦場で出会うとは最早これは運命!さながら我らは遠い昔から強い絆で結ばれた数百年越しの戦友に違いない!

「はちま・・・む?」

道行く人の1人と思っていたがよく見ると横で八幡に話しかけているあの女狐・・・いやあれは・・・女豹、いやそれも違う・・・魔女!?
な、なんだあれわぁぁぁぁぁぁぁぁ!

違う!いつもの八幡じゃない!
その女は魔女なのよ!ラリアットが弱点なの!


うむむいかんいかん、もっとよく見たらいつものラスボス女でも遊び人女とも違う・・・あれは・・・誰でおじゃる?
むむ・・・何か怪しげな密談をしておる・・・

「プリクラってどっちだっけ?」
「八幡、たしかこっちだよ。」



ピコーン!



「店員殿ー!」
「あ、まーたアンタっすかぁ・・・今度は何やらかすんです?」
「えぇい我の事ではなぁぁぁぁい!1つ頼みごとがあるのだが・・・・」






うむ!我の目論み通りである!
八幡のヤツ、戸塚氏と魔女と手を繋ぎプリクラに向かって行きおった・・・




パシャリ!








ムホホホホ!今日の所は見逃してやるぞ八幡!だが!お主は後に知ることになる・・・
この剣豪将軍、材木座義輝に妖刀を握らせていた事をなぁ!ムハハハハハハハ!!

プリクラ台

「このプリクラ毎度毎度入場難易度高すぎなんですけどー。」
「う、うぅ・・・」
「まぁまぁ、でもやっと着いたねー。前回と同じ台でいい?八幡。」
「おー。」

正直見分けつかねーし。

相変わらずサンプル画像にはモンスターどもが貼り付けられている。
よくこんなのを他の人が見れるところに貼れるな。仮にこれが俺だったら磔だぞ、同じ読みでもこんなに違う。

「そういや沙希、お前プリクラ撮った事あんの?」
「いや・・・こういうのは初めて・・・」
「あ、そうなんだー。いいの撮ろうね、沙希ちゃん。」

筐体は流石に3人だと狭い。
そりゃそうだ、もともと女子・カップル用と言うのだから2人が限度なんだろう。
なんという密度。

「じゃぁ今日は背景これにしようかなー。」
「プリクラは元々彩加の要望なんだし、任せる。」
「うん、任された。」

あぁ・・・以前まだ"戸塚"と呼んでいた頃の関係じゃ、今の返し文句は絶対無かったな・・・
お前が彩加でよかったぜ。

「いいみたいだよ。」

そう言って彩加が1歩下がる。

横を見てみると。

「・・・・・」

うへぇ・・・
目に見えて超緊張しておる。
口元凄い事になってるもん、『へ』の字から更に口元を無理矢理釣り上げたような感じになってるもん。
目凄い事になってるもん、ガン開きだもん。
おいおい、そんなんじゃ三蔵法師の太陽拳は耐えられないぜ?以前の俺よりも無様な顔になりかねん。

ま、それはそれで面白いんだけど

俺は以前撮った時のシャッタータイミングを思い出す。










ここだ!

「ふへぇ!?」

パシャ!

帰り道

「だーもう!何てことしてくれるんだよ!」

沙希は1枚目のプリクラをつまみつつ俺に怒鳴りつける。

「いいじゃねぇか、おかげでフラッシュに目を潰されずに済んだだろ?」

真ん中で笑顔を作る彩加。
渾身のニヤけ面で笑う俺。

そして・・・





「だからってこれは無いんじゃない!?」

俺に頬を引っ張られて、びっくりしたような目で俺を見る沙希。

「アハハハハ。」
「でもほら、これ2枚連続で撮ってくれるし!」

そして2枚目。

俺と沙希は頬の引っ張り合いどつき合い。
それが写った画面を指さして笑いこけている彩加。

「でも今日はバッチリいいのが撮れて良かったよ!」
「やったな沙希。要望者がご満足のようだぜ。」

「うー・・・ま、まぁ・・・いいけど・・・」










そう言った先の手の中には──

3枚目、逆三角形を描くように顔を並べて3人で笑う1枚が握られていた。

プリクラのプチエピソードはこれにておしまいです
けどもうちょっとだけ続くんじゃ

投稿者はageてくれると投稿したっていう目安になりまっせ

sage進行なんじゃないんですかね?

訂正

>>165
1行コピペミス
>>201
×先 ○沙希

うーん、完結までこぎつけたら誤字チェックと整形をして別の所にまとめてアップするのもありかなぁ・・・


>>184
>>211
>>214
ありがとうございます、カシコマリカシコマチー
次回再開時に一度ageて、本文投稿時はsage進行といった形にしておきます

細かいこというかも知んないけど「」内の言葉には。いらないんじゃないか。

葉山拒否られすぎて悲しくなるな

>> 324
でも葉山みたいなタイプは実際少しウザい時がある

ここにいるやつ大半非リアだしな 葉山を好きになるやつは少ないと思う

上でもでてるけどまともな書籍だと
。」←こうはならんよ

>>328
。」という書き方が間違いだとどこで覚えた?
現代では"」"の直前には"。"を使わない人が多数派なだけで、それが間違いだという記述はどこにもないはずだよ
現に小学生の時に作文書くときには"。」"が採用されていたはず
確かにくどいから最後の句点は使わない人が多いけどね
横書きだととくに

>>324
>>325
>>326
まさに青春の塊である葉山くんは、個人的にはそんなに嫌いなキャラじゃありません
むしろ今のヒッキーに対する位置は結構気に入ってるまである

なので青春特有の悩みに直面させた次第であります
海老名さん的な事では断じてない断じて


>>293
>>328
>>330
確かにこれだと国語の教科書みたいな感じですね
次からはとりあえず指摘にある書き方で書き溜めてます

どうもー、再開してきますー

奉仕部

「そっかー、小町ちゃんも受験シーズンかぁ」
「おー、だから期末試験の勉強と受験勉強の面倒で最近はいっぱいいっぱいだわ」

早いもんだなー。3学期って短いし、合格発表あったらあっという間に終わっちゃう。
小町ちゃんが合格したら、同じ学校かー。なんか不思議な感じ。
と言いつつも、ヒッキーは部室で勉強している。

「小町さん、受かりそうなの?」
「もーちょいって感じ。まぁ残りの期間で十分埋められる範囲だと見てる」
「そういえば沙希の弟くんは?」

大志くんだっけ?あの子も中学3年生だったはず。

「あぁ、同じく総武高受けるみたいだし、最近じゃ2人纏めて面倒見てる・・・って由比ヶ浜」
「うん?」
「お前沙希の事名前で呼んでたっけ?ちょっと前『川崎さん』じゃなかったか?」
「そういえばそうね、比企谷くんがみっともない負け方した時はまだ名前では呼んでなかったと思うけど」
「だー、みっともないは余計だ」
「あ、あはは~・・・えっとね・・・」

そう、修学旅行では普通に名前で呼んでた。
でも・・・恥ずかしながら・・・

「ヒッキーと最初にお弁当交換した時の沙希、すごい怖くってさ・・・なんか馴れ馴れしかったのかなー・・・って思っちゃって・・・」

思わずそんな空気を読んでしまったのだった、あたしは。
うぅ・・・情けない・・・

「お前・・・あれから沙希と話した事ある?」
「いや・・・ハハハ・・・実は無い」
「由比ヶ浜さん・・・本人の居ないところで空気を読んで、本人の居ないところで元に戻ったのね・・・」

「でも!もう大丈夫だから!ちゃんと"沙希"っていつでも呼べるんだから!」
「んじゃ呼ぶ?」

へ?

「一応部活動中なのだけれど・・・?」
「そっか。依頼者じゃねーしな」
「あ、その辺はちゃんと律儀なんだヒッキー」

でも、すごいなぁ沙希。
あんなにムキになるヒッキー初めて見た。
さいちゃんの話だと、小町ちゃんや大志くん絡みの話じゃなくても遠慮がなくなってきているらしい。
ヒッキーはゆきのんとも結構そんなやりとりしてるけど、沙希とヒッキーのはそれと全く違う。

強いて言うなら、そう・・・ライバル。
2人はほんのちょっとだけ似ている部分があって・・・全然違っていたりする。
けど、そのほんのちょっとの似た部分がぶつかり合う。
全然違うからこそぶつかり合う。
だけど・・・ちゃんとお互いを理解している。

ヒッキーはよく軽口のようなノリで自虐ネタを使う。
ケンカするような友達いねーし、みたいな事も言った事があると思う。

そんなヒッキーの事を真ん前からぶつかってケンカ相手になってくれる・・・強い信頼関係。

「ま、呼び名は好きにしとけよ。お前は勝手にあだ名つけて、勝手に定着させるようなヤツだろ」
「そうね、妙なところで強引なところがあるわね」
「あ、まぁ・・・そうなんだけど・・・」


なんかゆきのん、最近ヒッキーに対して前ほど否定的じゃなくなってきてるー。
以前のような関係に戻るのにちょっと時間が掛かってるのかな・・・?

それともヒッキーが・・・前よりほんの少しだけ、柔らかい感じになったから・・・かな?

「俺だって『ヒッキー』って呼ばれ方に1度も納得しなかったじゃん」
「えー!いいじゃん『ヒッキー』って!呼びやすいし、愛着わくじゃん!」
「苗字的には小町もそれに当て嵌まるんだけど?絶対呼ぶなよ!?絶対だぞ!?」
「よ、呼ばないよ!小町ちゃんは小町ちゃんじゃん!」
「『マッチ』もダメだからな」
「・・・しゅん」

ふふ・・・
でもやっぱりヒッキーは小町ちゃんの話をしている時が一番元気なんだな。

あーあ、沙希といい小町ちゃんといい・・・妬けちゃうなぁー。






「あ、でも・・・」
「うん?」
「『さきさき』はやめとけ、バラバラに引き裂かれるぞ。マジもーほんとブラッコンすごいですね」
「そんな事されるのはヒッキーだけなんじゃ・・・」

姫菜は『サキサキ』って呼んでたし。

「それほどでもない」
「何が!?」

土曜日


「ひゃぁ~・・・終わったぁ~」
「つ、疲れたッス・・・」


本日の比企谷家のリビングでは入試問題が拡げられている。
高校入試前のラストスパートの為、俺たちは講師となっているのだ。
ちっ・・・大志のヤツは招き入れたくなかったけどな!

とは言うものの、実はそれなりに慣れてきている。
元々沙希とつるむようになった時点でこいつが関わってくるのは避けられないしな。
兄妹ぐるみで、しかも妹たちは同じ高校を目指すともなれば、ある程度は腹をくくるしかない。

彩加がテニススクールの無い日だったり、俺と沙希がゼミの無い日は平日でもこの5人は集まったりする。
こうして時間を見ては受験勉強の面倒を見たりしつつ、俺たちは俺たちで期末試験の勉強をしている。

こうなってくるとどうしても避けられないのが呼び方だ。
俺は頑なに大志が『お兄さん』と呼ぶ事を拒否してきた。当たり前だボケェ。
小町との"霊長類ヒト科オトモダチ権"を頂けただけでもありがたいと思ってほしいわ。
とは言え大志は小町の事を「比企谷」と呼んでいるわけで非常にややこしい。
『あの・・・』とか『すいません・・・』とかを使えよ。察せるだけの能力と経験はある。
ましては『小町ちゃん』、それどころか『小町』とか呼ぶようになってみろ。俺は人を辞める。

ここで1つ問題が起こった。
小町が沙希の事を『お姉ちゃん』と呼ぶようになってきたのである。
元々小町は人を名前で呼ぶ事が多く、最近になっては彩加まで名前で呼ぶようになってきた。
しかしそれと同じタイミングで、今まで『沙希さん』だったのが『お姉ちゃん』になってしまったのである。

両方いっぺんに変えないと済まないんかい。

もちろん沙希の方も最初は頑なに断ってきたが、最近ではすっかり定着してしまったのだ。やはり押しに弱い。
沙希までそうなってしまっては俺もう立場ナシ。

悪あがきで小町に「俺が雪ノ下姉妹を呼ぶときだって2人とも苗字だろ」って意見したが、
「正直横で聞いてるとものすごいややこしいんで今すぐやめなさい」って怒られた。やめねぇけど。

まぁそんなこんなで、お前の姉貴に免じて特別に『お兄さん』と呼ぶ事だけは許可してやる。他意は無い。
だから一定距離以上小町に近寄るんじゃねぇぞ?俺はいつでも貴様の舌を引っこ抜く準備はできてる。




「八幡、変な事考えるのはやめな」

リビングから沙希の冷たい声が発せられる。
弟の事になると勘良すぎるだろお前。

「アハハ、八幡、大人げないよ」

彩加にまでダメ出しされた。ぐすん。

猫アレルギーの沙希は最初あまり我が家に上がる事はなかった。
しかし小町が沙希と結構な頻度でメールのやり取りをする様になってからは、小町が気を利かせてカマクラを退避させる。
メアドいつの間に交換したんだおのれら。
俺と大志?するわけねぇだろ。

カマクラはカマクラで超がつくほど無精なのか、大抵小町の部屋に隔離されてごろごろしている。
たまに様子を見に行くが、特に不満はないらしい。

そんなわけで最近では珍しくない光景だ。

俺はひと段落つきそうな頃合を見計らってキッチンに入り、休憩用のおやつ作りをしていた。
ホットケーキにホットコーヒー。
勉強で頭を使った後は甘いものに限る。


「お前らー、メープルとハチミツどっちがいい?」
「小町ハチミツー」
「あ、俺はメープルがいいッス」
「あいよ、沙希と彩加は?」
「あたしもメープル」
「あ、僕もメープルがいいな」
「ほいほい、メープル3にハチミツ2、っと」

皿に乗せたホットケーキにマーガリンを乗せ、それぞれにシロップとハチミツを塗りたくっていく。
うちはマーガリン派だ。
この徐々に溶けてゆくマーガリンとシロップやハチミツが混ざり合う光景が食欲をそそる。


「ほい、お前らお疲れさん」
「はーい。お疲れなのでしたー」

「お兄さん、ごちそうになるッス」
「・・・おう、ごちそうになれ」


・・・くっそぅ・・・殴りてぇ。いや我慢しろ俺。
死ぬぞ俺が。
さっきから呆れているようで睨むようでやっぱり呆れたような視線がこっちを見てる。

「そういえばね、僕の通ってるスクールで、初心者体験として友達を連れてきていいって言われたんだ」
「ほー、そういうのもやってるのか」
「うん、連絡してみて使えるコートがあるなら、2人まで連れてきていいって」
「・・・!あ、小町テニスやったことないから興味がありますぅ~」
「うん。2人とも最近勉強ずくめだったから誘おうと思って」
「お、俺もいいんスか?」



・・・なんと?

「僕も受験勉強で疲れた時は、よくテニスやってリフレッシュしてたんだ。2人さえ良ければ明日コート使えるか電話してみるけど?」
「わ~い!全然おっけーですよ彩加さーん!」
「ありがとうございますッス!」



あ、あり・・・?

「悪いね彩加、あした面倒見てもらえるかな?」
「うん、任せて」



マジかよ!俺取り残され組み!?

く・・・た、確かに彩加が一緒なら小町を任せられる。大志の魔の手が届かぬようにするのも容易だろう。なぜなら彩加が天使だから!
しかしいいのか俺!?小町と彩加がどっちも居ない休日に今更耐えられるのか俺ェ!?

「彩加さん、それって何時からなんです?」
「平日は夜なんだけど、休日は日中だよ。お昼から5時まで」
「んっふふ~、そですかそですか~。それじゃお兄ちゃんお姉ちゃん、明日は小町たちが終わる頃に合流して外食にしません?」


・・・はっ!?この流れ、まさか小町っ!?

「う、うん、それはいいけど」
「じゃあじゃあ~、その間は悪いんですが2人で時間潰しててくださいまし~」
「・・・!そうだよ姉ちゃん。そっちも試験勉強同時にやってたんだし、そっちはそっちで気分転換してきなよ」
「えぇ!?あ、うん・・・わかったよ・・・」


・・・なん・・・だと・・・?
大志・・・貴様いつから小町とアイコンタクトするようになったんだ。その目玉ブチ抜くぞ。




コートの使用許可はOKが出たらしい。
こうして、恐らく初めて、2人だけの休日を迎える事になる。

日曜日


まさか再びここへ向かう事になるとは・・・
電車で向かう先はいつぞや、由比ヶ浜の誕生日プレゼントを探しに行った場所。
そして高校生の良く使うデートスポット。

東京BAYららぽーと。

この流れで驚くべきところは、場所指定が小町"ではない"点である。
意外な事に小町はテニスの件が決定して以降、場所に関しては一切意見を出してないのである。
希望者はまさかの沙希だった。


とは言え意見を出していないのはあくまで場所だけ。
その後「途中合流じゃなくて現場で待ち合わせにする事!」と念を押された。
ま、この手のネマワシはもう慣れっこだし。今更突っ込む気力もない。

電車を降りて待ち合わせ場所へ向かう。

なんだろうか、待ち合わせ地点に向かうのってこんなに心躍るものだったんだろうか。
もしかしたら自分が遅刻しているかもしれない。そんでもって「ごめん待った?」みたいな事を言い、返事の内容に一喜一憂する。
もしかしたら自分が先に着くかもしれない。そんでもって相手が来たときにどんな返事をするかをあれこれ考えて結局相手が来ない。来ないのかよ。


俺はこんなことを自分に当て嵌めて考えるヤツだっただろうか?
俺は変わってしまったんだろうか?
と自分に問うと、実はそうではないという答えが出てくる。

そうだ、昔からそんな思いや期待はそれ相応に積み重ねてきた。
ただ、それらが全て失敗と絶望に繋がったまでの話だ。
だから俺は溝と言う線引きをした。自制というブレーキをかけた。


実は俺自身の在り方は、昔から何も変わっちゃいない。それに気付いた。
ブレーキをかけて止まる車も、高速道路を走る車も、同じ車種ならそれは同じなのだ。

それに気付けたのは、溝の内側に飛んできた人物が居た事。
陸の孤島には剥き出しの俺自身が居た。

それに気付けたのは、ブレーキをかけてない感情を真正面から受け止めてくれた人物が居た事。
真っ直ぐな感情の正体は本音。

俺は今、間違いを恐れずに本音を出せるだろうか・・・

待ち合わせ場所まではもうしばらくは歩く。
歩く距離が長いほど、そんな考えが頭を廻る。





「「あ」」





待ち合わせ場所まではもうしばらくは歩く。
辿り着く前に、待ち合わせ相手と出会ってしまった。



出会っちゃうのかよ!台無しだよチクショウ!

いや判らんでもない。そもそも俺と沙希の家はさほど遠くない上に使う電車も同じなのだ。
待ち合わせ時間が決まっているんであれば、同じタイミングで同じ電車に乗っていた可能性は低くはならない。



「・・・クッハハハハ、こんなとこまで八幡は八幡だな」
「・・・うるへー、次はこうはいかねー」


「フフ・・・あぁ、"次は"期待してるよ」
「・・・おう」

間違いを恐れない。
情けないほど小さな精一杯は、どうやら間違いではなかったようだ。

もし間違いだったとしたら、こいつは笑い飛ばすだけだ。
「馬鹿じゃないの?」とか言いながら。本当に馬鹿にするように俺を笑うんだ。
そのくせ、どんなに俺が笑われるような馬鹿やらかしても離れちゃくれない。
何ならそのままネタ引っ張って言い争いに発展させるまである。本当にしょーもない言い争いに。
それが川崎沙希という女なのだ。

だから俺は俺のやり方を貫ける。こいつがもし間違ったら・・・そうだな・・・




俺がもっと間違って正してやろう。それが俺という男だ。昔も今も。

東京BAYららぽーと


「で、今日何すんの?目的すら何も聞いてないんだけど」
「ちょっと新しい裁縫道具やら布や綿とか欲しくてね。別に買えるならどこでもよかったんだけど、夕方まで時間潰すならいいかな、っと」
「おー、そっか。そういやお前得意だしな」


最近は勉強ずくしだったんで見る機会は無いが。

川崎は衣類に対するセンスはかなりいい。
手持ちの小物はかなりの割合でお手製で、少しずつだが制服にも手を入れている。
文化祭時、口ではなんやかんや言いながらも1度担当し始めたらひょいひょいっと衣装を作っていってた。
いや、当時はあんまり教室の様子見れてないんだけど。

そんな限られた当時の様子を思い出していると、ふと気づく。
こいつはあれだ、口や態度では突っぱねるような事してても、結局は世話焼き・・・いや世話焼きたがりなのだ。
ほんともーなんだよこいつ、カーチャンかよ。


世話焼きたがり・・・か・・・頼めば俺にも何か作ってくれんのかな。

「元々服は制服くらいしか弄ってなかったんだけど、色々機会あったしね。ちょっとずつ手を出してみようかと」
「ほー」
「あんたの服で」
「俺のかよ!?」

頼むまでもなかった。

「当たり前だろ?何で慣れてない事をあたしの服でやるのさ」
「俺のはいいんかい!?デバッグかよ!」
「だからお金の掛からない古着とかも買うよ。あ、それはあんたの服だからあんた出してね」
「ええぇー・・・」

遠慮もなかった。

「いいだろ?あんたその辺無頓着なんだから。着れればなんでもいいーって感じで」
「どうせ私服着てる時は家に居る時だしよー」
「だったらなおさら服改造してもいいじゃない」
「あ・・・」

くそう・・・ある意味その通りだ・・・
小町ですら家に居る時は俺のシャツでぶらぶらしてるし・・・


最近の沙希は俺を丸め込めるのが上手くなってきている。
俺はティッシュか。

「八幡、あんたどんな色が好き?」
「緑」

まぁ以前出かけた時は彩加の要望だったし、今日はこいつにとことん付き合ってやろう。
俺?外出の要望なんて言うわけないじゃん。自室バンザイ。

「・・・あんたどんだけ自分好きなの?」
「おいなんだそれ、緑っぽいってか?自然ってか?演劇の木の役ってか?」

いーじゃん緑超自然じゃん。自然に溶け込む俺にぴったりじゃん。
木を隠すには森・・・あぁそりゃ俺普段誰からも見つからんはずだわ。
最近は周辺伐採されてステルス機能が薄れつつあるけど。

さきさきはチェンソーを装備した!

引き裂かれるくらいじゃ済まねーわこれ。
切り落とされる。

「自然って言うか・・・藻?」
「藻!?毬藻とかそのへん!?」
「いやちょっと違うか・・・苔?」
「もう離れよ、な?その辺から離れよう?」

・・・・・
・・・・
・・・
・・


「思ったより買わないのな、こんなもんでいいのか」

ちなみに服も含めて全部沙希チョイス。

服はともかくそれ以外はバッグに入る程度だった。
もう何?エコ?うんそれ、超エコロジー。略すとチョロジー。
うっわーまじかー、エコロちゃんチョロいわー。

「彩加たちが終わるまでまだ結構時間あるだろ?そんな荷物抱えてらんないよ」

勿論荷物持ちは俺。
一度戻るという選択肢はないのか
いやまぁ・・・折角ココまで来ちまったんだし今更帰るのもそれはそれでめんどいけど。

「そだなー。といっても合流したらそのまま食事の流れだろうし、今から何か食っちゃうのは厳しいな」
「コーヒーでいいんじゃない?少ないとはいえ一度袋置きたいでしょ?」
「あぁ、そうな」

こうやって男に荷物持ちさせつつ、忘れたころに気を遣ってくるところは、やっぱ姉貴だなぁ。

そう言ってコーヒーショップに向かおうとしたところで・・・



「あっれー?比企谷くんじゃーん」



ラスボスの更に姉、裏ボスの登場である。


「うげ・・・雪ノ下さん・・・」
「雪ノ下・・・?」
「あぁ、姉だよ・・・」

雪ノ下さんは友人に「ちょっと先行っててー」と言うとこちらに寄って来た。
なんかデジャヴ。

「やっはろー比企谷くん。珍しいね外出なんて」
「どーも、その挨拶別に奉仕部専用じゃないんでやめてください」

流行っちゃったらどうすんだよ、手におえないぞ。

「んっふふー、そう嫌そうな顔しないの。それとも、会いたくないタイミングだった?」

チラっと、雪ノ下さんが沙希を見る。

「初めましてー。雪乃ちゃんの事は知ってるかな?」
「はぁ」
「姉の陽乃です。よろしくね」
「こちらこそ、川崎沙希です」

おー、すげぇなこいつ。陽乃さんの鉄のスマイルに鋼の顔で返しやがった。

「と・こ・ろ・でぇ~・・・」

あ、まず。
鉄仮面さんにロックオンされた!俺だけを弄る兵器かよぉ!

「比企谷くぅ~ん?雪乃ちゃんというものがありながら、今日は別の女の子とデートぉ?関心しませんなぁ」
「すんませんね、お宅の雪ノ下お嬢様とはご期待に添えませんで」
「ほんと意外に思ってるんだよ?比企谷くんがまさかわたしが会った事ない女の事デートしてるなんて」
「一枚岩じゃなかったってことですよ、雪ノ下さんも相変わらずですね」

こういう時はスルーを心がけろ比企谷八幡。

「川崎さんだっけ?比企谷くんに手を出すのはダメダゾ。比企谷くんは雪乃ちゃんのものだからね~」
「確かに雪ノ下からは前までちょくちょく弄られてましたね」
「そぉなのよぉ~。それがちょっと最近まであんまりちょっかい出してなかったみたいでね~。お姉ちゃんとしてはもう気が気じゃなくて」
「ハハ、今は大丈夫なんですか?」
「そうそう!またちょっと元気になってくれたんだ~!ふっふーん?比企谷くんどうやって攻略したのかな~?」

あんたどこまで見てるんですか。仮にも別の場所に住んでるんだぞ。
しかし沙希もサラッと会話合わせてサラッとスルーに持ち込んでいる。

「だーかーらー、そういうんじゃないですって。どれだけ俺と雪ノ下をくっつけたいんですか」
「んー?別にわたしとくっついてくれても、い・い・ん・だ・け・どぉ~?」

これ見よがしに腕を絡めてくる雪ノ下さん。
沙希を遠ざける魂胆か?甘く見ないでくれよ・・・




パシャッ!





「・・・」
「およ?」



沙希はいつの間にか携帯を取り出し、俺の腕がばっちりバストホールドされている瞬間を激写していた。
あ・・・このニヤけ面は・・・

「あーあ、見ーちゃった」

甘く見ていたのは・・・

「小町にこの写真送っちゃおうかなー」

俺もだった。





「ちょちょちょちょちょちょっとぉ沙希ぃぃぃ!?そりゃないんじゃないのぉ!?」
「わっ」

雪ノ下さんの腕を振り払い沙希に詰め寄る。

「いいじゃないか、あたしは八幡の弱みならいくらでも持っておきたいんだ」
「いやいやいやよくねーよ!なんだよ弱みって!お前の携帯は俺のトラウマ大陸か!?」
「あたしの携帯差し出したらあんたのマヌケ面アルバムが返ってくるくらいにはしたいところね」

とんでもねー事を言い出した。

「何がマヌケ面だぁ!大志にお前のマヌケ面プリクラ見せないようにしてるの知ってるんだぞ!?」
「見せれるかぁ!ホンットあんなの見つかったらどーなちゃうんだよ!家じゃしっかり者の姉なんだぞ!あんなの見られたら姉の威厳ゼロだよ!」
「うっせぇ!そんな写真送りつけられたら俺の居場所がゼロだよ!毎週休日になるたびに『お兄ちゃんなんで家にいるの・・・?』みたいな目で見られるだろぉ!?」
「外に出れて健康的だろ!?写真の女性とデート行って来いよって気ぃ遣ってるだけだろそれ!」
「ただでさえ俺ぁカマクラより下位層なんだぞ!おめーんとこのプリクラ一枚とはワケが違うんだよぉ!頭の中何割弟で占有されてんだ!」
「妹で10割詰まってるあんたよりはよっぽど低いわ!そんなんだからまともな計算式も頭に入ってこないんだろ!?」
「るっせぇぇぇ!俺の小町への思いが10割程度で収まるわけねぇだろ!とっくにオーバーフローじゃ!計算式ごときで当て嵌められるか!」
「自慢できることじゃないだろ!」
「うっせぇブラコンめ!」
「うっさいシスコンめ!」



「ちょ、ちょっと2人とも・・・」

「「なんですかシスコンさん」」

「息ぴったり!?しかもヒドイぃ!・・・むぅー、わたしが会話に入れないなんてぇ~」

雪ノ下さんは少しふくれっ面をしている。

「ま、まぁ今日はこの辺で退散するよ。またね比企谷くん、川崎さん」

俺たちの言い争いに押されたのか、雪ノ下さんは去って行った。
あの人ですら引くのか・・・


「ふぅ・・・」
「サンキュー沙希、助かったぜ」

あの人を退散させることができたのはこれが初めてかもしれない。

「まったく余計な体力使わせやがって、コーヒー代は八幡が持てよ」
「わーったよ」


彩加たちと合流するまで、飽きない時間は続く。
合流しても、飽きない時間は続く。

なんだよ俺ら最強じゃん。

休日デートの部はここまでです
また溜まったら再開します

本日2回目の投稿
2学期も終わりですね

12月末


今日で期末試験が終わり、ようやく肩の荷の1つ目が下りた。
毎回文系上位理系ドベという両極端な俺だが、今回は沙希と彩加のフォローがある。

手ごたえは俺としては快挙、ドベ脱出は叶っただろう。
それどころか追試脱出も叶ったまである。いやほんと今回は自信あるんだ。

それに追試なんかで時間取られるわけにいかなくなっちまったしな。


もうすぐ冬休み。
今のうちに準備しておかないとな・・・


今日は半ドン。
久しぶりの1人での帰宅。
沙希と彩加も今日は1人で帰る。

「ヒッキー!」

昇降口に向かう階段手前、声を掛けられる。
由比ヶ浜がこっちに向かってくる。俺はこの時点でこいつが何を言い出すのかが読めてしまった。

「試験お疲れ様!これから打ち上げい・・・」
「行かない」

すまんね、ホント。

「えぇ~またヒッキーそうやって~」
「だいたいよぉ、お前らのようなグループは打ち上げだけじゃ済まないだろ?」

「どうゆうこと?」
「冬休み前は終業式の打ち上げ、入ったらクリスマス、大晦日もなんやかんやで集まって、冬休み終了前には『最後だからー』とか言ってまた集まって、何回騒げばいいんだよ。どれか1つにしろ」

ほんと何で事あるごとに集まらなきゃならんの?リア充イベント多すぎでしょ。

「ヒッキー体力ないー!今まで殆どこーゆーイベント後の打ち上げ来ないんだから今回くらいいーじゃん!」
「体力じゃねぇ、気力がねぇんだ。雪ノ下だってどうせ行かないだろ?」

「ゆきのんはこれから誘うよ!」
「あ、じゃあもう手遅れだわ。多分あいつもう帰ってるぞ」

試験前の数日間と試験中は部活動が無い。
部活が無い時点で、雪ノ下が放課後にだらだらと学校に居残ってるような女のわけないだろう。

「それに今日俺は用事があるんだ」
「え?またまたぁ」
「俺の予定に否定から入るのやめてくんない?これでも少し急いでんだけど・・・」



できれば今日の行動時間は多い方がいい。
今日を逃してもチャンスはあるだろうが、最も時間が取れそうなのは今日と終業式の日くらいなのだ。



「まさかホントに?」
「あぁ。連休の頭でも良かったんだが、それも難しそうでな」

「うん、と・・・じゃぁ・・・クリスマスなら集まれる?」

「え?」
「クリスマスパーティだよ!ほら、沙希とさいちゃんも誘うから!」

どれか1つにそれを選ぶか、由比ヶ浜らしいな・・・
ま、いいだろ。

「わーったよ、ただし沙希と彩加が2人ともOK出したらな」
「うん!絶対だよ!」

「それと、俺は小町連れて行くが、多分沙希は大志連れてくるぞ」
「うん、顔も知っているし大丈夫だよ」

「判ってると思うが、あいつらはお前が誘えよ?」
「判ってる!じゃあね、ありがとヒッキー!」


言って、由比ヶ浜は戻っていった。
なにが"ありがと"だよホント。恥ずかしいヤツめ。

おっと、俺も急がねば。







もうすぐ冬休み。
俺は人生で初めて、小町以外への"クリスマスプレゼント"を買おうとしている。

2学期最終日


終業式が終わる。
今年が終わる。

俺は今日中にやらなければならない事がある。



『今の葉山くんだと、難しいと思うな・・・』
『あいつと"仲良く"するのは、今のあんたじゃ無理』



あの言葉に───俺は決着をつけなければならない。

林間学校の夜、あいつは問題を"解消した"。

痛ましい環境に置かれている子に対して、その子を取り巻く環境ごと谷に突き落とした。
結果、環境は全て変わった。

"群れ"という環境は、それぞれの"個"となって自立して行った。
俺は、思春期に入った。

文化祭の最終日、あいつは相模さんを"叱った"。

思春期の子が親の言う事を素直に聞かないように、叱るだけでは相模さんは動かなかっただろう。
だが、そこには他の子がいた。

子は親に反発し、子の味方である事で、子を動かす事ができた。
俺は、反抗期に入った。

修学旅行の最終日、俺はあいつを"頼った"。

反抗期の子は親に頼りたくないが、頼らざるを得ない状況がそれを許さなかった。
あいつはいつも通り、子に嫌われる行動を取りそして・・・
俺は・・・




『結論にもう1つ加えるよ。あんたが八幡と"仲良く"出来ない原因は、あんたがガキだからよ』


俺は・・・子供だったんだ・・・
自分を取り巻く環境と親が相容れないと思い、親を嫌う子供・・・

はっきりと判った、俺はあいつが嫌いだったんだ。
だから───





「比企谷!」

帰ろうとしている彼に声を掛ける。

「ん?」

彼は変わらない。何一つ変わっちゃいない。

「今年も終わりだな」

「おー、来年まで会う事もねーな」

何も変わらず、ただただ見守っている。

「今年は色々迷惑かけちゃったな」

「ハッ。毛ほども気に済んなよ、気持ちわりぃ。俺はいつもあんなんさ」

何も変わらず、どっしりと構えて、まるで"父親"のように・・・



『それが、家庭における"父親"の役割』


川崎さん、君の言うとおりだったよ。
彼は、比企谷八幡であり続ける事が、彼の役割だったんだ。





比企谷───

俺はまだ、子供のままだよ。

君と"仲良く"するのはまだ遠い・・・
もしかしたら、学生の内には届かないかもしれない・・・

だけど・・・俺が大人になれたら・・・
その時は肩を並べさせてくれ・・・


この高校生活を、笑い話にできるくらいになったら・・・
いつか、君と笑って話してみたい。

「来年は、もう少し"上手く"やれるようになるさ」

そう言って俺は、手を差し出す。

「あいよ。ま、お手柔らかに」

彼はその手を叩く。


いつかと全く同じやり取り。
いつかと全く変わってない距離。


だけど1つだけ変わった。




「あぁ、来年もよろしく。比企谷」

俺は"ヒキタニくん"と呼ぶのをやめた。


彼は通り過ぎて行く。
俺は振り返らない。

視線は真っ直ぐ前を見て、振り返らない。


俺の視線の先には・・・


「ふふ・・・うふふふふふふ・・・やはりはやはち・・・最近は彩八に浮気気味だったけど・・・やはりはやはちが原点・・・ぐふふふふ」

血の池を広げつつある姫菜の姿があった。


「はぁ、全く・・・」

比企谷、君と、君の周りの人間はすごいな。
俺の心の片隅で蠢いていた黒くて醜い悩みを・・・文字通り"解消"してしまった。

だから、"解決"するのは俺がやらなきゃならない。





見ていてくれ。

というわけで葉山くん決着編です
彼は本当にこういった青春ドラマの似合う子

八幡はたまたまそーゆー役どころに位置しているだけで、中身はちゃんと子供なんですよね
葉山くんはまだ八幡の子供な部分まで見切れてないのです
そんなところが葉山くんの子供な部分

八幡がゆきのんに憧れている時期に位置する感じ+でも認めきれなかったって感じです
少なくともこのSSの中ではそんな考えで置いときました

まぁもう出番無さそうですが・・・

そんなわけで続きです

12月23日


冬休みとっつにゅう~。

入試が2月だから受験前のまとまった休みはこれが最後なのだ。
基本的に小町には甘いお兄ちゃんだが、ここ最近はしっかり勉強の面倒を見てくれて合間合間に甘やかしそうになる。
結局甘いんかい。

でもあっちもあっちで、期末試験が終わったので余裕が出てきたのだろう。
小町や大志くんの面倒を見る時間も少し増えてきたし、お姉ちゃんと彩加さんも居る。
人数が増えた分、負担も減ったんだろう。

お兄ちゃんは基本勉強に対しては継続タイプだ。
勉強は少しずつ丁寧に、かつ日々継続して教えてくれる。
なので一呼吸置くタイミングも程よいところで挟んでくる。

今日と明日には勉強会の予定を一切入れてない。
ここで2日間とっちゃうところが甘いんだよなぁ~お兄ちゃんは。ま、そこも好きなんだけどね。

それにちゃんと考えてみれば社会人である両親も、連休はぐーたらしっぱなしだ。
大人の休日ってこんな感じなのかなぁ・・・

多分こんなことお兄ちゃんに聞いたら『つまり休日はしっかりぐーたらしている俺はマジ大人!』とか言い出しそう。
はぁ、お兄ちゃんは変なところで大人で、変なところで子供なんだよなぁ。
ま、大人な部分だけを見ている人なんて流石に居ないだろうけど。なんせお兄ちゃんだし。


お兄ちゃんはまだ寝ている、もうお昼過ぎだよお兄ちゃん。
堕落に対しても継続タイプなのは関心しませんなー。

あのお弁当大戦以来、お兄ちゃんがキッチンに立つ機会は多くなった。
今では落ち着いたものの、"ほぼ小町が食事担当"から"日々交代制"へと変わった。

要するに今日は小町担当で、職務の無いお兄ちゃんは働かない日なのである。
まったくもう・・・せめて部屋の掃除くらいしてよ。

でもまぁ、明日はお兄ちゃんにとって一大イベントが控えているのだ。体力を温存しているのだろう。
なんせ明日はクリスマスイブ!そしてなんと結衣さんと雪乃さんからパーティのお誘いが来ているのだ!
さらにさらに、そこにはお姉ちゃんも参戦!うっふっふ~これは見ものですなぁ・・・


ぴんぽーん


「はいはーい、今出ますー」

何だろう?宅配便かな?

ガチャ

そこに居たのは沙希お姉ちゃん。
あ、"お姉ちゃん"だけでもいいけど"沙希お姉ちゃん"って響きも小町的にポイント高いかも☆

「こんちわ小町」
「お姉ちゃん、いらっしゃいませー。今日はお1人で?」
「うん、今日は勉強の予定入れてない日だしね、単純に遊び目的もいいかな、っと」

お姉ちゃんと彩加さん、それとお兄ちゃんは常に3人ってわけじゃない。
お兄ちゃんは彩加さんだけと出かける時も結構ある。
けどお姉ちゃんだけと、ってのはこの間のデートが初めてだったっぽい。




やっぱあのデートは大正解だったなー。はっ!?まさか彩加さんもそこまで読んで!?
・・・
うーん、どうだろ?ま、大志くんも素早く空気読んでくれたし、万事よし!

「さっすがお姉ちゃん~!あー・・・でもですねー・・・兄はまだ寝てるんですよぉ・・・」
「はぁ・・・まったく・・・あいつの部屋ってカマクラはあんま入んないんだっけ?」
「はい。あんまって言うかほぼ近寄りませんね」

お姉ちゃんは猫アレルギーだ。
そんなお姉ちゃんが猫を飼ってる我が家に単身で来てくれるまでになるとは・・・

「それじゃあたしも起こしてみるか。小町、起こし方教えてよ」
「おっまかせあれ~」


いつの頃からか、お姉ちゃんは最近お兄ちゃんに対して遠慮がなくなってきている。
雪乃さんの言葉攻めとも、結衣さんの猛烈アタックとも全然ベクトルが違う。

普通に、自然に、当たり前と言った感じの接し方。

これは本当に小町的にポイント高いのである☆
でもですね~、もうちょっとこう、"デレ"な部分が欲しいかなぁ、と小町は思うのです。

「そういや小町、カマクラの写真ありがと」
「いえいえ~。あんな感じでよかったんですか?」
「うん、あれだけあれば十分」

この間お姉ちゃんに『カマクラの写真を何枚か撮って送って欲しい』と頼まれた。
お姉ちゃんは猫アレルギーではあるが、猫自体は結構好きなんだそうな。

「そうそう、小町。裁縫教えてほしいって言ってたっけ?」
「そうなんですよ!お姉ちゃんの持ってる小物とか手を入れた服とかずっと気になってたんですよ~」
「フフ・・・総武高に受かったら家でも学校でも教えてやるよ」


・・・は、はわっ!
今のすごっ!ふっと笑った感じ超かっこよかった!さり気に入試に対して挑発織り交ぜてくるところとかスゴイ!





コンコン

「お兄ちゃんー、入るよー。おういいぞ。それじゃ遠慮なくー」

全く隙を作らせずに進入する。

「八幡、邪魔するよ」



「・・・・・」



ありゃー、予想通りとはいえ完全に惰眠モードでしたわ。
意識、ここにあらず。

お兄ちゃんが眠っている事を確認すると、お姉ちゃんはおもむろに近づき・・・



「起こす前にやっておかないとね」

パシャ!


おもむろに寝顔を撮った。



「お姉ちゃーん、見せて見せてー」
「ほら」

小町とお姉ちゃんが寝顔写真でやいのやいのやっていると、騒ぎに気付いたのか、お兄ちゃんが寝返りをうつ。

「ん・・・小町と・・・沙希か・・・?」

薄目でチラっと確認すると、そのまま睡眠モードへ移行する。
そこは突然の来客に驚いてガバっと起きる展開でしょ!

「ハハ・・・まぁ二度寝に関してはあたしもそこまで強く言えたクチじゃないからね」
「そーなんですか?」
「あぁ、バイト辞めた後でも寝坊癖はなかなか抜けなかったよ。遅刻はこいつといい勝負」

ちょっと困ったような顔で教えてくれる。
ほへー、意外・・・でもないかも。

「で、いつもはどうしてるんだい?」
「んー、朝だと怒鳴ったり、布団剥がしたり、乗っかったりですよ」
「まぁ別に急いでる平日の朝ってわけじゃないし、2番採用でいくか」

小町的には~3番も捨てがたいですよ~☆
ちょっと想像してみよう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「八幡!ほら早く起きな!」

お姉ちゃんは寝ているターゲットを確認するとおもむろに布団の上からダイブ!

バッ!
ドスッ!

「う・・・っげぇ!?」

・・・・・
・・・・
・・・
・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あ、あれ!?だめだ!導入部までしか想像が続かない!?
いやいや頑張れ小町!仮にもお兄ちゃんの妹だぞ!

も、もう一度だ!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「八幡!ほら早く起きな!」

お姉ちゃんは寝ているターゲットを確認するとおもむろに布団の上からダイブ!

バッ!
ドスッ!

「う・・・っげぇ!?」
「逃がすか!」

ガシッ!

お兄ちゃんの頭部を鷲掴みにし、身動きを封じる。

「うが・・・が・・・」
「そしてトドメ!」

ドガッ!

鳩尾にその拳が振り下ろされる。

「カッ・・・ハッ・・・」

・・・・・
・・・・
・・・
・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


トドメ刺しちゃった!?

うーむ・・・悔しいが2番が最もしっくり来る。
そうこう考えてるうちにお姉ちゃんは布団に掴みかかる。

「八幡!ほら早く起きな!」

ガバッ!

「うげぇ!?さ、寒っ!?」
「ったくもう昼だよ?それに寒いのは薄着だからでしょ?」

お兄ちゃんはシャツ1枚とベジータの息子スタイルで寝ていた。




えー、お姉ちゃんそこも動じないのー?
もうなんか完全にこの2人、小町の予想をはるかに上回ってる。

「おー、沙希か・・・おはよーさん、何しにきたんだよ」
「ん、おはよ。あんたを起こしにきたんだよ」
「さよか・・・ふわぁぁぁぁぁ・・・そりゃごくろーさん」


お兄ちゃんもお兄ちゃんで、そこはもっと恥ずかしがってもいいんじゃないかなぁ。
完全に小町に起こされた時と同じテンションだよ。

「それじゃ、顔洗って着替えてきな。あ、別に出かけるわけじゃないから服は適当でいいよ」
「あいよー・・・」


お兄ちゃんは首をぐりぐりコキコキいわせながら部屋を出て行った。
ダメな部分丸出しである。


「ほへー・・・お姉ちゃん、お兄ちゃんの扱い手馴れてるなー」
「あぁ、まぁどこの家も似たようなもんだよ」


あー、なるほど・・・こりゃお兄ちゃん尻に敷かれるよ、ホント。
でもでも~、そーゆーのも小町的にはアリ!

・・・・・
・・・・
・・・
・・

「んで?俺の睡眠邪魔する為だけに来たの?」
「ばーか。時計じゃないよあたしは」

お姉ちゃんはそう言って、鞄を置く。

「ほら、あんたの服で色々試作するっつったろ?持ってきたんだよ」
「ふ、服ぅ!?それに試作って・・・」
「あー、そんなん言ってたなぁ・・・」


なんと・・・お兄ちゃんがコーディネイトされていく。
お兄ちゃんがお姉ちゃん色に染まっていく。

いいぞー。もっともっとー。

「んじゃ俺着替える必要無かったんじゃね?起こした時点で服渡せよ」
「うっさい、まずは部屋の掃除だよ。どうせこのままじゃ年越し前にも掃除しなさそうだしね」

確かにお兄ちゃんは掃除はそれほど得意じゃない。
大して物を置いておかない部屋のくせに、散らかすのだけは大得意。

「まじかー、そうだな・・・掃除も専業主夫には必須スキルだしな・・・」

お兄ちゃんはまだ寝起きモードから脱出できていないのか、ぼーぜんとそんな事を言ってる。

「小町、手伝ってくれる?」
「モチのロンですともー」

まぁさほど広い部屋というわけではないので、3人でやってしまえばパパっと終わる。

「それじゃ窓開けて、小町はゴミを纏めちゃって。あたしは脱ぎ散らかしの服畳んじゃうから、八幡はマンガとか参考書とかちゃんと仕舞って」
「うーっす」
「了解でーす、それじゃゴミ袋取ってきますねー」

一旦部屋を出て、キッチンの奥からゴミ袋を持ってくる。

「にゃーご」

そこに居たのは餌を食べ終わったカーくん。

「おっとそうだったそうだった!」


お兄ちゃんの部屋に戻る前に、カーくんを連れて小町の部屋へ。
うぅ・・・やっぱカーくんちょっと重いよぉ~。

「カーくん、今日は小町のベッド使っていいから、おとなしくしててね☆」

ベッドにカーくんを下ろす。

『おう、お前の兄貴のためだもんな。わぁーってるよ』

などと思ってるのかどうかは知らないが、おもむろに腹を上にしてゴロゴロし始めた。
不満は特にないらしい。


お兄ちゃんの部屋へ戻ってくる。
部屋は半分以上片付いていた。手際いいなー。

なんだかんだでお兄ちゃんも一度行動を始めればちゃんとやってくれるみたいだし。
お姉ちゃんはそんなお兄ちゃんにちゃんと行動させるし。



ゴミを袋に移しながら、様子を見てると、ふと思いつく。

「やっぱ2人は息合ってるって感じだなぁ~もう何か夫婦!って感じ☆」

ここはいっちょ爆弾投下!さぁどうなる・・・?

「あーそうね。このまま相手居なかったらあたしが貰われてやるよ」

ほぁ!?

「まじかー、サンキュー沙希ぃー、愛してるぜー」

ほあぁぁ!?

「はいはい、あたしもー」

・・・ほぁ?

「でも専業主夫はダメだかんね」
「まじかー、カーチャンそりゃないんじゃないのー」



「うわー・・・なーんかテキトーだなぁ・・・」

小町とお兄ちゃんとの会話と同じテンションだった。
お兄ちゃんは遠慮が要らない相手だと、とことん遠慮しないんだよなぁ。






「ほへー、これが元古着とはー」

掃除を終え、リビングに戻ったところでお姉ちゃんは鞄から服を取り出した。
この前の2人のデートは、裁縫道具の新調とお兄ちゃんの服の材料を買ったようだ。


「衣服に手を入れるのはあんまり経験がなくてね。けど興味はあったし丁度良かったんだ」
「大志くんの服も何か手を入れてたりするんですか?」
「いや、私服に手を出すのは初めてかな。だから試作」

ふむふむ、古着特有の古ぼけた部分をしっかり補強してるし、腰元あたりはスッと引き締めて強調してる。
派手に改造するわけではなく、あくまで自然に。

「お兄ちゃん、早速着てみてよ!」
「はいはい・・・言っとくけど今日は出かけないからなー?着るだけだぞ」

お兄ちゃんは洗面所へ向かって行った。

「上手くいくようになったら、小町の分も何か作ってみるよ」
「あ、でもでもー、そうであれば小町も一緒に作りたいですー」
「ハハ、そうだったね。じゃあ受験が終わって時間がいっぱいある春休みになったら一緒に作ろうか」
「是非に!うっわー、楽しみだなー」

その為にもちゃんと合格しなきゃね。

「戻ったどー」

お兄ちゃんがリビングに戻ってくる。

「おぉ!お兄ちゃんイメージ変わるぅ~」

スラリと引き締められた上半身がバランスよく、姿勢も心なしか良く見えるようになってる。
視線を上げていくと・・・あぁ、やっぱり相変わらず腐った目。

「ふーん・・・うん、試作にしちゃ我ながら上出来だね。あんたを最初にしといて良かったよ」
「おー、そいつはどうもー。文化祭での経験が活きたわけだ」
「ハハ、あん時はどうもね」

お姉ちゃんは文化祭の時、衣装担当をしたそうな。
その時は自分から名乗り出れなかったんだけど、お兄ちゃんがこっそり助け舟を出してくれたって。
そんな事を以前、ちょっとだけ嬉しそうに教えてくれた。

「お兄ちゃん、明日の服は決まったね!」
「え、マジか。これ着て行くの?」

そりゃそーでしょ!全くゴミぃちゃんめ!

「何言ってんだ、その為に今日持ってきたんだろ?」
「お前試作って言ってただろ・・・どんだけ自信満々なんだよ・・・」


お姉ちゃんも自分が手を入れた服を着てもらえるのが嬉しいのかな。






さーて、小町は明日何着て行こうかな。

次はクリスマスパーティですかね
それでは失礼します

こんばんわー
続き書いてきます

12月24日


「うぃーっす」
「みなさーん、お待たせしましたー」

昼過ぎ、駅前。
"クリスマスパーティー"などという超絶リア充イベントに俺は足を踏み入れる事になる。

「やっはろー!ヒッキー!」
「おう、待たせちまったか?」

「そんな事ないよ、僕も丁度さっき来たんだ」
「そ、そうか。遅刻しないでよかったぜ」

彩加ぁ!お前ってヤツはどこでそんな高等待ち合わせテクニックを!
まさしく夢と憧れのやり取りだよコレ!もういい!男でもいい!

「こんにちは比企谷くん。まさかよりにもよってこの日に顔を合わせる事になるなんてね」
「コンニチワ雪ノ下サン。そう思うなら誘った由比ヶ浜に文句を言うか、お前が来ないって選択を取って下さいよ」
「あら?あなたが来るのは確定だったのかしら?」
「うっせぇ・・・」

「もう2人とも、すぐそんな事言い出すんだから。今日は楽しくやろ。ね?」

由比ヶ浜が雪ノ下に抱き着きながら言う。

「ま、まぁ・・・善処するわよ・・・」
「うん!」

相変わらず由比ヶ浜に対してコイツは甘々だ。


「ヒッキーも!クリスマスパーティー来てくれてありがとうね!」
「あいよ」

そりゃさ、確かに『どれか1つにしろ』って言った時点でこーなる事は容易に想像できたわけだよ。

年末行事の中ではぶっちぎりに強いヤツ。とびっきりの最強。12月24日がやらねば誰がやる。
しかも何?今日は"クリスマスイブ"で明日が"クリスマス"だぁ?いい加減にしろよ双子かよ。

冬という季節を象徴した氷のロマンスと、熱く火照った体を象徴する炎のロマンスで一夜越しのシンメトリカルドッキングですかぁ?コノヤロー!
俺の下の方の竜がザ・パワーってか!?そのまま光になれぇ!浄化されろ!身も心も浄化されて坊主になりやがれ!あっちの方も坊主になりやがれ!

とかなんとか思いながら布団に包まりひたすら朝が来るのを待つ。それが"クリスマスイブ"と"クリスマス"という悪夢の2日間。
ぼっちにとっては1年で、どんな学校行事よりも難易度の高いナイトメアモード。参加権すら通常ありえない。マストダイ。

しかしそれはぼっちの話、今の俺には何の問題もない。
と、友達、い、居るもんね!居るもんね!
ただちょっと初参加だから立ち振る舞いが判らないだけで、き、緊張とかそういうんじゃないんだからねっ!


そ、それにぃ?友達が居る場合でも男の場合は、こんなイベントに参加するというのも結構難易度が高いんだ!

友達居た状態でクリスマス迎えた経験なかったから不確定要素ではあるが、男女混合のクリスマスパーティーなんてよほどの幸運の持ち主だ。
女同士ならまだ考えられるが、男同士でクリスマスを共に過ごすなんて大参事だけは誰もが避ける。

つまりだ、今この場において俺は超リア充、超幸運、超高校生級の幸運の持ち主!
裁判で超幸運を駆使して切り抜けてズタボロの屍になるまである。って俺ゲームオーバーじゃん!?



「ごめん、お待たせ。あたしが最後かな」
「こんにちはッス」

なんて無駄な考えをしていると沙希と大志がやってくる。

「あ、沙希ちゃん、大志くん」
「やっはろー!今日は来てくれてありがと、沙希」
「う、うん、こちらこそ・・・ありがと」


・・・考えてみたらこいつ、女友達がいねぇんだよな。
小町はどっちかっつーと大志と同じ位置に居るし、忘れそうになるけど彩加は男だし。
いや、沙希はちゃんと彩加の事を男として認めてるはず。

なのでこうして遊び目的で同じ女子と会話するのは新鮮なのだろう。所謂"デレ"だ。
最近では俺に対してはめっきり遠慮が無くなってきており、かといって彩加、小町に対しても普通に接してしまっている。
大志はもっての外。

なので俺の視界に入るこいつの"デレ"は早々無くなってしまった。
寂しいものである。

「お久しぶりッス。今日はお招きいただきどうもッス」
「あ、大志くんも、やっはろー!」
「こんにちは、お元気そうで何よりだわ」

近い未来の後輩(予定)の登場におもむろに先輩面。
いや、奉仕部は2年の俺らだけだし、なんだかんだで関連のある後輩ができるのは、こいつらでも嬉しいのかもしれない。



「よ、待たせちまったかい?」

沙希が俺に声を掛ける。

「いんや、俺もついさっき着いたところだ」

言ってやる。

「う、うん・・・フフ・・・上出来だよ・・・」

あぁ・・・俺もやっと言えたよ・・・




って、だーもうなんだこれ恥ずかしすぎるだろ!次からは絶対俺が遅れてきてやる!

カラオケ店


場所は以前由比ヶ浜の誕生日を祝ったところと同じ。
何なの?定番化させるつもりか?

「まぁどうせここだとは思ってた」
「パーティールームは広いし、時間も長く居れるからね。僕もここだと思ってた」

マジで!?彩加と思いが重なっちゃった!62秒でケリを付ける!

「まぁね、これだけの人数だと誰かの家でってのも流石に無理があるし」

由比ヶ浜も手慣れた様子だ。流石パーティー企画と進行には定評がある。

「そうだなー・・・ってかあの時は誕生日ケーキ持ち込みだったけど、クリスマスもオッケーなの?」

見ると雪ノ下はケーキを持ってきている。
以前のケーキのサイズはそこまで明確に覚えてないが、多分それより大きいだろう。

「うん、今回は事前に聞いてオッケー貰ったよ」
「基本的にこの店は、お祝い事に関しては結構許容してくれるそうよ」
「うむ!やはりそれくらいの懐の広さを持ち合わせてなければ、我が愛刀の置き所にも困ると言うものよ!」

「あ、俺カラオケって久しぶりッス!」
「ん?そうなんか大志。ってまぁ中学生だとそこまで頻繁に来れる財力も難しいか」
「むふぅん!そうであろうそうであろう!か弱き後輩の面倒を見るのも、将軍の務めであろう!」

「と言ってもー、歌うとは限らないよ。ほら、前も小町が言い出さなかったら多分歌ってなかったし」
「そ、そうなのか?まぁあたしはこーゆーのあんま・・・慣れてないし・・・」
「無理しなくていいよ沙希ちゃん。今度僕と八幡と一緒に来よ?その時慣れればいいよ」

「なっはっはっは!我も八幡あるところ我もありだぞぉ!」
「ごちゃごちゃうるせぇー!」

すっげぇムカつく図体を蹴り飛ばす。

「たわっばぁ!」


スっ転んだ豚を横目に、ふんっ!と鼻息を鳴らす。

「で、何でいるの?誰かに呼ばれたの?お前を呼んでいるのは調理場のコックだぞ」

俺の目は今まさしく『養豚場の豚を見る目』だろう。


「な、なんスかこの人。初めて見るんスけど・・・」

見ろ、大志が怯えてるじゃねぇか。激しくどうでもいいな。

「なんだこいつ、どっかで見た事あるんだが・・・なんだっけ?心霊写真か何かで見たような・・・」
「あぁほら、豚の妖怪だよ。天竺目指して旅してたら、他のメンバーに食われそうになったんで逃げてきたんだよ」
「ブヒッwwwwwwww」

「まぁまぁ、ちゃんと入れてあげるから。でも中二ってヒッキーの来るところになんだかんだで突然現れるよね。ストーカー?」
「なるほど、俺は警察に通報すればよかったんだな」

失念してたぜ。まさかこんな簡単に解決できる方法があるとは・・・

「え、ちょ、ちょっとぉ?はちまーん!?」
「あら、警察に不審人物として捕まりそうなのは比企谷くんの方じゃない?通報自体が分の悪い賭けよ」
「電話越しでもダメなのかよ!?」


ま、しゃーない。なんだかんだで由比ヶ浜の誕生会にも、文化祭の打ち上げにもこいつ居たし・・・ほんと何で居たんだろう。
こいつは一人で移動イスに座らせるという事で手を打とう。

・・・・・
・・・・
・・・
・・

「「「メリークリスマース!」」」


カチン!と乾杯の音が鳴る。


各々が飲み物を一通り飲んだところでようやく腰を下ろせる。
まったくなんで乾杯まで立ってやるんだよ。

おっとその前にコート脱がないと。


大き目なパーティールームは収納スペースが配置されていたりする。
多人数の上着や荷物などを置いておくスペースだ。

沙希も彩加もその手の上着は着てきていない。

彩加はちょっとダボダボ気味のパーカー。うん、それ八幡的にポイント高いわ。
沙希は妙にカッコいい短めのジャケット。スタイルの良さが際立っている。

小町と大志は部屋に入った時にさっさと仕舞ったようだ。

材木座はあれ脱いだらキャラぶれるんで放っておこう。THE・木材とかになってしまう。

んじゃ残るヤツは・・・と

「雪ノ下ー、由比ヶ浜ー。コート仕舞うぞ、ほれ」
「えぇ、お願いするわ」
「えへへー、ヒッキーありがとう!・・・ってあれ?」

コートを脱いでハンガーに掛けてる俺を由比ヶ浜が観察している。



「んん?ヒッキーなんか服の感じ変わった?」

むむ・・・流石上位カーストに食いこんでいるだけはあるな。
変化に、特に衣服の変化に気付くのが早い。

「あら、そういえば・・・あなたは服に関しては無頓着だと思っていたけれど・・・」

いやまー、たしかにそーなんだけどさ・・・。

チラリ、と沙希を見る

沙希は平静を保とうとしているが、口元がわずかに緩んでいるのが見て取れる。
カッコよくキメてきたワリにコップ両手で持ってもじもじしおってからに・・・
ククク・・・そーゆーのが見たかったんだよ。


「んふふふふぅ~その服はですねぇ~・・・ふふふふ」
「あら小町さん、あなたの見立て?」

乱入者現る!
まぁ気づかれたなら仕方ないさ、俺も白状しよう。

「いえいえ、そうではないんですよ。この服はですね・・・」
「沙希が作ってくれたんだ。古着に手を加えてな」



「・・・なっ!?」
「ええええええ!?ホントに!?」

「う・・・その・・・うん・・・」

「へぇー沙希ちゃんやっぱり上手だなぁー。」
「はははははは八幡のよよよ鎧が、カスタマイズ聖衣だとぉぉぉ!?」

んだよ鎧って、冥界に行けってか。

「いやその・・・あたしだってその・・・私服に手を出すのは初めてというか・・・その・・・」
「おい、お前らその辺しとけ。沙希がいっぱいいっぱいだ」

今の沙希にはここらが限界だろう。
ったく家で話してた時と全然態度が違うじゃねぇか。あの自信満々な態度はどこ行ったんだよ。

「む~・・・んー、でもやっぱり沙希っぽいな。デザインそのものはあんまり変えてないけど、所々強調されてる」
「そうね・・・元々は古着だって話だけれど、それ自体も比企谷くんの姿勢に噛み合ってる・・・これも川崎さんが選んだのかしら」

ジロジロとみられる俺。まるで動物園のパンダ。
あ、いやどっちかっつーとナマケモノか。あぁ・・・怠けてぇ・・・

「そっかぁ、姉ちゃん遂に私服も弄るようになったのかぁ」
「えへへへへ~、小町も~、受験が終わったらお姉ちゃんに裁縫教わる約束なんですよぉ~」

小町が沙希に抱き着く。
おい沙希、そこは俺の場所だ!俺の位置だ!

「えぇ~!いいないいな~!あたしにも教えてよ沙希ぃ~」
「お前は料理を覚えるのが先だろ?」
「ぐ・・・」

「はぁ、そう焦るなって小町。ちゃんと教えてやるからさ」
「うぉう!?へ、へへへへ~」

沙希が小町をちょっとだけ引き寄せるように頭に手を乗せる。
あ~ん小町ちゃんったらもうヘヴン状態!

「おい、お前もその辺にしとけよ沙希。これ以上俺の妹に変な道を教えるな」
「変な道って何よ。ならあんたも大志で同じことやりなよ」
「できるか!」

俺の胸に飛び込んでいい男は彩加だけだ。

「姉ちゃん・・・流石に俺もお兄さんに対してそれはちょっと・・・」
「当たり前だ!そこはもっと強く否定しろ!」

ただでさえうちのクラスでは、そのような軽率な行動は死者がでかねないんだぞ。

「ま、やったらやったで、手首が逆向きになる事くらいは覚悟するんだね」
「自分で言っておいて結局そこに行きつくのかよ・・・いいからそろそろ離れろ」

小町のおでこをグッと押し込んで離してやる。

「ほんっと過保護だねぇあんた・・・別にちょっかい出そうってわけじゃないんだよ」
「過保護はお互い様だろーが・・・お前のは判りやすすぎるんだよ」

小町を押した手を掴まれる。

「あ・・・この流れは・・・」
「?どうかしたの由比ヶ浜さん」

「おい、あたしのどこが判りやすいって?あんたに呆れながら合わせてるだけでしょーが!?」
「なーに言ってんのぉ?男の思春期にあれこれちょっかい出したり押し付けたりするもんじゃねーよ!」

掴まれた腕を払い、世界一嬉しくない恋人繋ぎへ移行。

「そろそろおとなしくなりなシスコンめ!」
「引き下がるのはそっちだよブラコンめ!」

「かんぱーい」

彩加が俺たちのグラスを持ち、俺たちの目の前でチンッと合わせて・・・

「「!?」」

反動でグラスは俺たちの口へ。
そのままちょっとだけ傾ける。

「・・・」
「・・・」

グラスが離される。

「・・・っぷぁ!わ、悪い彩加!」
「・・・っぷぁ!またやっちまうとこだったぜ!サンキュー彩加!」


「アハハ、変わらないなぁ2人とも」


最強の笑顔で、いつも通りに微笑みかけてくれた。



「おぉ・・・さいちゃん凄い・・・」
「お見事だわ・・・」

「まー、この3人の中で誰が一番頂点に居るかと言えば彩加さんですからねー」
「そうッス。あの状況になった2人を一瞬で止められるのは彩加さんだけッス」



ふぅ・・・危ない危ない・・・
彩加が居ないときはある程度自制したり、止めるタイミングをお互いに理解してたりするが・・・
居ると居るで安心しきって気が緩んじゃうんだよな・・・

「ふむん・・・あの魔女との激闘を見続けるのも戦士の血がうずいて悪くなかったのだがな・・・」

材木座が小声で話しかけてくる。ウゼェ。
移動イスに座らせたのが間違いだったかもしれん・・・動ける[ピザ]は厄介だ。

「おい魔女って言うな、あいつは物理アタッカーだぞ。普段はモンクで、スイッチが入るとバーサーカーだぞ」

こんなこと聞こえる声じゃ絶対に言えないな。
カラオケルームというのはなんだかんだでBGMが常に流れているのが逆に助かる。

「ところで兄様?聖衣を新調なさったみたいですが、妹君は普段どんな服なのでございまするか?」
「・・・白い特攻服だコノヤロー。お前をミンチにする為のなぁ」

俺の目は再びダークサイドに染まった。



・・・・・
・・・・
・・・
・・



「あ、美味し・・・」

俺たちは雪ノ下の持ってきたケーキを食っている。
相変わらずうめぇ。流石に菓子作りはそこまでレパートリーは無いしな、俺。

「雪ノ下はこうゆうのも作れるんだな」

沙希が関心したように言う。

「あら、料理の技量に関しては、あなたも相当なものだと聞いているけど?」
「あ、でもあたし普通の料理は作るんだけど、お菓子とかはあんまり作ってないんだ・・・」

まぁ菓子は菓子だしな。
料理スキルに必須ってわけじゃない。

「ふふ・・・あなたのそうゆう部分をお話しできるとは思ってなかったわ、川崎さん。ちょっと変わったのかしら」
「うぇ!?そ、そんなわけじゃ・・・」
「おいおい、沙希は最初の依頼の頃とあんまし変わっちゃいねーぞ。元からこーゆーヤツだ」

そう、ただ単に人付き合いに慣れていなかっただけで、こいつは元からこんなヤツだ。
根っこの部分は早々変わるもんじゃない。

「ふーん・・・ヒッキーよく判ってるね」
「当たり前だ、ぼっちは互いに干渉し合わないのがぼっちだが、見捨てるのとは訳が違う」

ぼっちはぼっちでそれぞれのカテゴライズがあるのだ。
そしてぼっちはそれを人一倍敏感に察知するのだ。

しかし相変わらず誰も歌おうとはしない。

いや、俺としては全然構わないんだが、よくこれで時間持つなぁとは思う。
既に数時間経過してるが会話が途切れる気配は今の所無い。
それどころか様子を見る限り、フリータイムの最後までトークで終わる勢いだ。

受験の話、高校生活の話、中学時代はどうだった、ケーキの作り方がどーのこーの、弁当の作り方がどーのこーの・・・

マイク拗ねてるよ?


・・・・・
・・・・
・・・
・・



ケーキを食い終わり、ドリンクの追加注文が来たところで

「もふん!さて皆の者、いくら我でもクリスマスプレゼントくらいは用意してあるぞ?」

材木座が全然キャラと違うとんでもない事を言い出した。
え?お前がクリスマスプレゼントだって?冗談だろ?

「おー!そうだクリスマスと言ったらプレゼントだよ!中二極稀にいい事言うじゃん!」

ほんっと極稀には言うかもしれんが、いくらなんでもこいつがプレゼントを事前に用意していたとか考えられん。

「で、自信満々のようだが何?自分のハラミでも削ぎ落とすの?」

絶対食わねぇけどな。

「フフン・・・八幡よ・・・戦の場では余裕を見せるべきではないぞ?今からここは戦場になるのだ!」

ほんっと何言ってんだこいつ・・・
戦場になってるのはお前の頭の中だろ。そのまま脳内共倒れしてしまえ。

「我からの皆へ送るプレゼントは・・・これだぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

「「「!?」」」

そう叫んで材木座が取り出したのは・・・自身の携帯。


は?そろそろマジで着いて行けねーんですけど。
お前のロクに使用価値の無いしょっぱいテレフォンなんぞ一体何になると言うのだ。

と、思っていたが様子が変だ。




「・・・・・」
「・・・な・・・な・・・」
「こ、これは・・・」
「う、うひょー・・・」



・・・?
どうにも状況が理解できない。
というか俺と沙希と彩加に丁度見えないように携帯を見せている。
いや・・・携帯の画面を見せている。

この様子では材木座がケータイ小説なんぞに浮気したわけでもなさそうだ。
いや、ラノベ完成させられない時点でそんなもんに手を出すはずないんだけど。

「おい、材木座。一体何がどうなって・・・」
「フフフ・・・ドーモ、ヒキガヤ=サン。ハチマンスレイヤーです」

そう言って・・・
画面をこちらに向ける・・・


そこには・・・





「「「あぁー!?」」」






俺たち3人が手を繋いでプリクラ台へ向かう光景が収められていた。


アイエエエエ!テレフォンショッキング!?テレフォンナンデ!?

「どどどどどどどどーゆー状況ぉ!?」
「ひ、比企谷くん、全く理解ができない写真なのだけれど?」
「お、俺も全然わからないッス・・・」
「んっふふ~、中二さん見直しましたよぉ~。確かにこれは最高のサプライズプレゼントですねぇ~」


「どうだ八幡?我が苦心の末に手中に収めた、妖刀の切れ味は?」


こ、こんの野郎ー!!

俺たち3人は3人揃って口も利けない状態だ。


「もほん!喋る事もままならない八幡に代わってわ・れ・が!説明しようではないか!」

や・・・やめ・・・

「時に、この写真の奥に見えるもの・・・なんだと思う?」
「これは・・・あー!プリクラだ!」

流石由比ヶ浜・・・この手のはすぐに判別がつくようだ。

「プリ・・・クラ・・・?いえ、今は説明を聞くのが先ね」
「うむ!続けるぞ!この地はただのゲームセンターなどと言うチャチな場所ではない!」
「ど、どーゆー事ッスか!?」

「この地はかの幻の地!すべての秘宝が眠る幻の大陸!『ムー大』のゲーセンなのだぁぁぁ!」

き、貴様まさか・・・あの時・・・!?

「ムー大・・・プリクラ・・・あ!?中二まさかソコって!」
「察しがいいようであるなぁ!そう!このフロアは・・・女子!または"カップル"専用の!いわば愛の国!!」

おめーもそのネタ引きずるんかいぃぃぃぃ!!




やべーよこの状況。もうこの場に居られねーよ。
説明したいけどさせてくれ無さそうだよ!
むしろ下手に説明しても明後日の解釈になりそうだよ!

彩加を見る

「いや・・・そのー・・・僕らはそういうんじゃ・・・」

流石の彩加も上手い言い訳が思いつかずに顔を赤くしている。

沙希を見る

「あ・・あの・・そ、そのっ・・・別にっ・・・」

最早こいつは頬を染めるどころのレベルではない。熟れたリンゴのような顔だ。

・・・・・

財布を見る

樋口一葉様が『なんだい?もう出番かい?』みたいな顔で俺を見てる。

へへっ・・・わりぃねおっかさん。オラにほんの少しだけ元気を分けてくれ。

俺は机の上にスッと5千円札を置く。

皆の視線が一瞬、5千円札に向いたその瞬間───


虚空を振っていた沙希と彩加の手を握り・・・

「小町!コート頼む!」
「わっ!」
「あっ!」




部屋を飛び出した!



出る瞬間、少しだけ振り返る。

小町と目が合う。
小町は、今にも身を乗り出しそうな雪ノ下と由比ヶ浜の腰に手を回し押さえている。


八幡センサーが電波を受信する。


───お兄ちゃん!小町はいつだってお兄ちゃんの味方ですよー!


───サンキュー小町!愛してるぜ!


───ばかぁ!そーゆー台詞を言う相手は別に居るでしょ!


───わーってるよ!後を頼む!

大志と目が合う。
大志は、2人の前に手を広げて立ちはだかりフンフン!っとディフェンスしている。


・・・一応電波状況を確認してみる。


───うっす!ここは俺も体張るッス!任せてくださいッス!


───サンキュー大志!それ以上小町の傍に寄るような事があったら、利き腕の神経切断するぞ!


───おい、あんたの両腕を腐らせるぞ。


妨害電波を受信してしまった。

材木座と目が合う。
こっそりと、親指を立てた拳をグッと俺に向けてくる。


この野郎・・・


───八幡よ、この戦場は剣豪将軍たる我が引き受けた!存分にやれぇい!


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───え、ちょ、ちょっと!?八幡!はちまーーーーんっ!


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俺たちは走る。

「・・・くくっ」

気恥ずかしさを振り払うように

「・・・っははは」

ひたすら・・・笑いながら走る。

「・・・っぷ!クハハッ」



「「「アハハハハハハハハハ!!」」」



その日、手を繋いで爆笑しながら爆走する変な3人組が目撃された。
ま、クリスマスイブだもの。そんな光景も、1つくらい見かけられる事もあるさ。

「はぁ・・・はぁ・・・アハハ・・・もう・・・八幡ったら強引なんだから・・・アハハ」

「ふぅ・・・ふぅ・・・も、もう・・・戻れないじゃないか・・・・クハハハ」

「ぜぇー・・・ぜぇー・・・うるせー・・・お前らだって何も言えなかっただろ・・・クックック」


3人で息を整える。
とんだクリスマスイブ。
きっと間違った、最高のイベント。

「僕たちのクリスマスプレゼント、渡しそびれちゃったね・・・アハハ」
「しょーがねーよ・・・後で俺が五体投地するわ。」
「プライドのかけらもないね・・・フフ・・・ま、無茶苦茶な方が八幡らしいや・・」


こりゃ小言じゃ済まねーな。

「今更戻るわけにもいかないし・・・僕はこっちだから、先に2人にプレゼント渡しておくね。」

そういって鞄から取り出したのは2つの紙袋。

「お、おうサンキュー。」
「あ、ありがと・・・見てもいい?」
「うん」

紙袋を少し開けて中を見てみると、薄緑色の・・・これはなべつかみ?

沙希のはピンク色の同じ物だった。お、お揃いか・・・

「お、俺も、そうだ俺も渡すよ!」

プレゼントを取り出す。
そういえば咄嗟に出てきたけど、3人とも鞄持ったままで良かった・・・

「ほら、新しいテニスウェアだ」
「ほんと!?嬉しいなぁ・・・えへへ」

「あ、なら丁度良かったかも。これはあたしから・・・はい、彩加」

取り出したのは小さな紙袋。中身は・・・

「あ、テニスラケットのキーホルダー!これ沙希ちゃんが作ったの?」
「う、うん。八幡のとセットになったみたいで・・・」

これ自分で作ったって言うのか・・・網目の部分とかよくできてるな・・・

「ありがとう沙希ちゃん!」

彩加の満面の笑みを見れた。

「じゃあ名残惜しいけど、僕はここで。またね!八幡!沙希ちゃん!」
「あぁ、またなー!」
「気を付けてね彩加」


残されたのは・・・
帰る方向が一緒の2人・・・

「あ、じゃあさ、沙希にも・・・クリスマスプレゼント・・・」
「あ、うん・・・」

俺は包みを渡す。
丁寧にラッピングされた、手のひらより少し大きい箱。

「あ、あ、あり・・・がとう・・・」
「おう・・・」

あの場のノリだったら、もうちょっと自然に渡せたかもしれない。
今は2人。

「あたしからは・・・これ・・・」

彩加の時と同じくらいの紙袋。
中身は・・・

「あ、これって・・・猫・・・?いや・・・カマクラ?」
「う、うん・・・あたしは直接見るの難しいから・・・小町に写真何枚か送ってもらって・・・」

ハハハ、こりゃ来年新学期から、ふてぶてしい面した猫のキーホルダーを鞄からぶら下げて登校する事になるのか。

「あ、あたしの方も見て・・・いいかな?」
「お、おう・・・」

俺が渡したのは・・・
飾っておくタイプの指輪。




指輪を飾る部分がウェーブになっていて、こいつの髪の毛のような形をしている。
くっそ!思い出すだけで恥ずかしい!


「・・・フフ、ありがと八幡」
「・・・あぁ、こちらこそ・・・ありがと・・・う・・・ックシュ!」


うぉぉぉ!寒ぃぃぃ!

「あー、そうか・・・コート置いてっちまったしな・・・」
「ハハハ。ならさ、ほら」

俺の手がひょいっと掴まれた。

あの日、プリクラ台に入る時みたいに・・・

俺たちの手は繋がれた。





「ちょ、ちょっとはマシかい?」

ぶっきらぼうに言い放ってくる。

「・・・ちょっとはな」

体中熱いわ!




こうして、俺たちも帰路につく。

「はぁ・・・早くあいつらの受験終わってくれねーかなぁ」
「そだね、なかなか気が休まらないよ」
「あぁ、そうなー。早く肩の荷を下ろしたいぜ」
「・・・うん」


じゃないと俺らは気が気じゃないんだよ。

あいつらの受験が終わって・・・結果が出たら・・・


俺の結果も出さないとな。

クリスマスイベントが終わってしまいました
また次回

材木座くんは場を乱すには最適のキャラクター
故にどの場面で登場させるかは初期段階で決まってたんですよね

そのせいでなかなか出番を与えられなかったですが、オイシイ役割を与えられたと思います

基本的に原作メインヒロイン2人組は救済とまで行くような事は無いと思います

このSSでは八幡視点+場面による決まったキャラクター視点という形で進行しています


教室内→その他大勢のモブ視点
奉仕部内→ゆきのんとガハマさんの交互視点

2人は原作川崎さんと位置を入れ替えたような感じなので、あくまで他人視点からの様子が限度ですね
まぁその辺は他のSSや原作が保障してくれるんで、うちはうちスタイルでさきさきをイジります


あとイケメンくんは多分もう出番ないです☆

1月4日


本日の集合場所も相変わらず比企谷家。

理由は至って簡単、うちの両親は正月過ぎると即居なくなるからだ。
その上親戚付き合いもやたら少ない。

元からその辺りが学生の活動とマッチしたのか、大抵は比企谷家が溜まり場になりつつある。

ちなみに大晦日のお参りは両親と小町で勝手に行かせた。
クリスマスに労力の8割を費やしたんで、冬休み中の活動能力に限界をきたしていたんで俺はパスした。
別にパス名乗り出ないでもハブ食らうんですけど。

小町は小町で「まぁお兄ちゃんにしては頑張ったからね~」みたいなこと言って勝手に納得していた。
ほっとけ。

更に初詣。こちらもご勝手にどうぞ状態。
大晦日がパスの時点で、翌日の活動が行われる可能性は限りなく低くなるのが俺。

そもそも沙希に聞いたら「朝絶対起きれないだろうし、着物も持ってないしパス」なんて答えが返ってきた。
俺は俺でそれを聞いてテンションだだ下がりなワケで、ぐーたら寝ていた。
後で聞いたら沙希も予想通りぐーたら寝ていたそうな。

彩加はわりとその辺のイベントは家族でちゃんとやっているみたいなので、こちらはこちらで邪魔するわけにはいかない。
というか正月ってのは家族水入らずで過ごすべきなのである。
あ、俺まだ彩加の両親に会った事ねぇな。菓子折り持って挨拶せねば。息子しゃんをくだしゃい!あ、噛んだ。

「お兄ちゃん勉強終わったよー」
「でも今日はこのくらいでよかったんスか?」


受験生どもが拘束具から解放されたようだ。
しかし今日の勉強量は俺が制限した。

「いーんだよ。結構期間開けちまったし、頭慣らすとこから始めるんだよ。新学期始まったら、お前ら塾もあんだろ」
「あ、そうだねー」
「急にオンオフ切り替えても逆に着いていけねーって。残りの休み使って徐々に戻して行けばいいさ」

急激な切り替えは頭を疲れさせるだけだ。
ソースは休み明けの毎週月曜出勤する直前の親父の顔。毎回決まって『くたばれ月曜日』って呪詛呟いて出て行く。
男はみんな将来あぁなるのかなぁ・・・はぁ・・・





「じゃあ今日はどうする?僕らもすぐに試験があるわけじゃないから結構余裕あるし」
「そだなぁー、ゲームひっぱり出してきてもいいが・・・」
「八幡、どんなの持ってるの?」

沙希に問われてふと思い返すが・・・
パーティーゲームできるほど人が我が家に来たことが今まで無かったしな・・・
持ってるのは1~2人用ばかり。

PSPするわけにもいかないし・・・ここはWiiにしとくっきゃねぇなぁ・・・
この辺は大抵親父の手持ちになってしまうからな、俺もどんなのがあるのか把握しきれてない。

ごそごそと親父の所有ゲームを漁っていると・・・
ん・・・?



「彩加ぁー」
「何?八幡」

トテトテと近づいてくる彩加。今日も可愛いぜ。

「彩加ってこーゆーの好きだったよな」
「あ、うん!これならプレイする人少なくても楽しめるかも」


・・・・・
・・・・
・・・
・・



「え゛・・・」

沙希から一瞬、変な声が漏れた。

「お、お兄ちゃんそれやるの・・・?一応今真冬なんだけど・・・」
「別にいーだろ。俺も結構この手の好きだしよー」

俺の手に握られたもの。

寒気をそそるような文字。

意味ありげに黒で塗り固められた背景。

いかにもなタイトル。


「プレイ人数1人でもぎゃーぎゃー騒げそうなブツじゃん。彩加もノリ気だぞ」
「うん、楽しみだね。僕これやったこと無かったんだぁ」

所謂、ホラーゲーム。

「お、俺この手のはちょっと苦手なんスよ・・・」
「そ、そーだよお兄ちゃん!それにほらコレ!」

と言って三角形の注意書きを指さす。

「しんぞーが悪いお方はプレイをお控えくださいってあるじゃん!小町ちょーっとその、最近心拍がアレなものでしてー・・・」
「な、なんだとぉー!?よし判った!お兄ちゃんがすぐにでも心臓マッサージ16連射だ!」
「女の子の胸に気安く触るなゴミぃちゃんめ!」


「まぁいい、ほれ、起動すっぞ」

ちなみにコレはホラーゲーの中でも"幽霊系"に属するもの。
"ゾンビ系"のものは親父の趣味では無かったらしい。まぁ、グロ系は控えた方がいいよな。

沙希は見ての通り滅茶苦茶つえーからな、血とか臓物とか見たら比企谷家がリアル殺害現場になりかねん。

見ての通り・・・



「・・・ふ、ふーん・・・ままままま、まぁ、冬の今にほほほほホラーってのも、ロロロロマンチックでいいいいいい、いいんじゃないかな・・・」



いや何!?ロマンチックって!?
ホントの勇気見せてくれたら俺にくれるのぉ!?


「お、おう・・・」

とりあえず、生返事しておいた。



・・・・・
・・・・
・・・
・・



ゲーム進行は俺と彩加で交代しながらやっている。
場面転換したら交代のタイミング。

他の3人は・・・

「いや~、流石に小町もこの手のはパスしたいとういか~・・・ほら、見てるだけでも楽しめるゲームだし!」
「お、俺は遠慮しとくッス・・・この手のはウチじゃあんまり見る機会ないんスよ・・・」
「・・・」

とかそんな感じ。
最後のヤツに至っては無言の圧力をかけてきた。
すっげぇへっぴり腰で圧力の"あ"の字も感じられなかったけど。

つーかコイツそんなにホラーダメだっけ?
・・・あ、そういえば。

思い出してみる。修学旅行。
こいつと行動した時があったじゃないか、そう、あの妙ちくりんな暗い道通るやつ。
滅茶苦茶制服引っ張られてたじゃん。あぁそうか。今度コイツに俺の制服も改造してもらおう。


「おっと、切り替わりか。んじゃ彩加、パス」
「うん」


とにかくだ。"怖いのが苦手"ってのは既に俺に知られているのだ。
それはそれで別に表に出してしまってもいいんじゃないか?
どうせ知られてるんだし。

「あ、ちょっとトイレ借りるッス」
「!?」


部屋から大志が出た瞬間、俺の腕は突然握られる。
もうがっちり鷲掴み。なんでそこは手じゃなくて腕なんだよ。

なるほど・・・読めた。

さっき大志のヤツはこう言ってた。

"この手のはウチじゃあんまり見る機会ないんスよ・・・"

つまりだ、川崎家でもある程度避けられているものなんだ。
当然大志は姉のこんな臆病な姿を見かけた事は少ない、または一切無いのかもしれない。
あのプリクラ1枚見せられないんだ、どうにかして平静を保ちたいのだろう。

「・・・っ」

威厳どころじゃねーなこいつ。


脚は正座モード。突き出した右手は俺の左腕を鷲掴みにし、左手は同じ角度で虚空を彷徨っている。
ガンタンクかよ。

「あー、やられちゃった」

彩加は何度か幽霊にやられながらも、全く動じる気配は無い。

「・・・んーと・・・」

小町は一応画面を見ながらも、何やらメールをしている。


そうこうしていると大志が申し訳なさそうに戻ってくる。

「あ、すいません。俺ちょっと別の友達の所にも顔出しに行くことになったッス」
「えっ!?ちょ、ちょっと大志!?」
「いだだだだだだだ!沙希!ちょっと沙希やめて!」

もげる!捻じ切られる!

「あ、うん。気を付けてね大志くん」
「まったねー、大志くん☆」


その時、俺は見逃さなかった。
小町と大志のアイコンタクト。


・・・こ、こいつらまさかまた!

「それじゃお邪魔しましたッス!姉ちゃんの事よろしくッスー!」
「オイ待て!大志!大志くーん!忘れ物!おっきいお姉ちゃん忘れ物!あと何小町とアイコンタクトしてんだ!目玉串刺しにすんぞボッケ!」


・・・クソガキがぁ・・・!!


しかし沙希は沙希でさっきの俺の発言に全然反応しない。
余裕無さすぎ。

「あ、八幡。場面変わったよ。はい」
「おう」

コントローラーを受け取る。

「おい沙希、俺操作になったんで腕離せ」

小声でちょっと注意する。


「・・・」

スッと力が抜け、手が離れる。
何か喋れや・・・

実際の所、Wiiのコントローラーは両手を必要とするわけではなく、このゲームも片手一本でやれなくはない。
しかし沙希は手を離してしまった。こうなってしまっては再び掴む訳にはいかなくなる。

ここで俺は微かな異変に気づき、少し彩加に目を向けてみる。


「彩加さ~ん、小町もこーゆーの苦手なんですよぉ」
「そうなんだ?八幡は結構何ともないのに」


小町が彩加の腕を掴んでいた。
ぐ、ぐぬぬ・・・いや、彩加ならセーフ!





しかしこれで小町の策はすべて解けた。
俺が今まで何度お前からこの手のおせっかいを食らってきたと思ってる。



①沙希の弟である大志を退場させる事により、沙希が強がる理由を無くす。

②小町自身が彩加とペアになる。

③こうする事で沙希の逃げ場が必然的に俺1人となる。


さっきのメールは大志へのミッションメール。
大志はそれを察して早々に退場して行ったのだ。どうせ今日はもう勉強しないし。
無駄に連携プレーが上手くなってからに・・・絶対に許さない。絶対にだ。

まぁいいさ、もう小町のこの手には慣れっこだ。
今日の件はお前ら2人が受験に合格することで許してやるよ。



気を取り直してコントローラーを握る。
沙希のクラッシュハンドから脱出した左手に若干の痺れを感じつつも画面に向き合う。
すると・・

ガッ!

「うぉ?」

俺の両肩が掴まれる。
振り返るまでもない、微かに感じるシャンプーの匂い。間違えようが無い。

「・・・そう、何事も無いように振る舞え。あたしの事は気にするな」

どうしようもなく情けない震え声が聞こえてきた。

ガンタンクが子泣きジジイにジョブチェンジした。
年齢どころか性別まで超越してしまった。
一線を越える!いやこの場でそんな事されても困るけど。俺のハラワタが螺旋にブチ撒けられてしまう。




「あー!ほら今映った!来る!来るって!」
「落ち着け、幽霊はあの距離ならまだ余裕はある」
「うっさい!幽霊じゃない!CGだ!」
「いや、確かにCGだけどさ・・・」

このゲームは危険が迫ってくると画面が振動する。
それを見て対処をしていくんで、幽霊が見えても画面が揺れていないなら問題無いのだが・・・

「・・・っ!来たぁ!ほら八幡!」
「うががががが」

画面に連動して、俺の体は震度7。

そんな様子を見て彩加はニコニコと笑っている。
そんな様子を見て小町はニヤニヤと笑っている。

これには八幡くんも苦笑い。


・・・・・
・・・・
・・・
・・


夜も更けてきたところで解散となった。
結局、沙希はもう1人じゃ帰れないモードへ移行していた。

俺は沙希を家まで送り届けている最中。
流石に小町に言われなくてもそれくらい空気読める。


「・・・」

沙希は一言も喋らない。それは居心地の悪い沈黙とも、居心地のいい沈黙とも違う。
ふくれっ面で睨んできている。下手に喋れないだけの情けない沈黙。

「おいもういいだろ?ほら、ちょっとくらい怖いのが苦手な方が可愛げあるって」

こんな感じで俺、ひたすらフォロー。

「・・・あんただって最初の頃は、あたしの事怖がってたじゃん」
「そりゃ沙希がそーゆー風に振る舞ってたからだろ?だからもういーじゃん」

そう言って手を離してやろうとする

「だー!タンマタンマ!」

再び捕まる。




しょうがねぇなぁ・・・

この間の体が熱くなるような手の繋ぎ方とはまるで違う、しょーもない手の繋ぎ方で送り届けてやった。

前回が甘すぎなエピソードだったんで、今回は本当にしょーもないエピソード
それではまた次回・・・次回のイベントほんとどーしよ

バレンタインがあるじゃん?

>>576
シーズン的にはバレンタインと受験~合格発表がカブりそうなんですよね
両方同時にって手もありますが、もうワンクッションくらい挟みたいところですね・・・

今度こそそんなに甘くないから!無糖だからー
ミルクの代わりに赤い液体使ってますけど無糖ですからー

短いイベントのぶらしす始まります

3学期


1月も半ば、俺たちは相変わらず屋上手前の踊り場で昼休みを過ごしている。
相変わらずの光景、しかしほんの少しだけ変化がある。

"八幡くん私服改造計画"からしばらく、沙希は俺の考えを知ってか知らずか男子制服にも手を出し始めている。
これに関しては俺もどちらかというとノリ気な面があって、特に断らなかった。

沙希は相変わらず、最初に俺の所持物でスタートダッシュを切った。

結論を言うと、まず俺の制服がちょっとだけ沙希っぽくなった。
何だ沙希っぽくって。
男なら沙希に染まれってか?そんな文句の雑誌見た事無いわ。ガイアが俺にもっと腐れと囁いちゃうだろ。

そしてもう1つは・・・




普段ジャージで過ごしていた彩加が、制服で過ごすようになったのだ。
俺の次に手を入れらてたのは彩加の制服だった。
ま、流れ的には順当なものである。

制服はデザイン自体は特に変わらない。魅せ方が変わるのだ。
彩加は元々女顔負けな可愛さである事を知ってか知らないでか、"男の子らしさ"に憧れるフシが元々あった。

そんな彩加にとって、ちょっとカッコよくなった制服はたまらないものがあったのだろう。
何より、"友達"が作ってくれた服に袖を通すのが嬉しくて仕方ないのだろう。

おかげで俺が彩加を目に移す時のもにゃもにゃ感は格段にアップした。
ダウンじゃない、アップなのだ。


それにしても見事なのは沙希の手腕にある。

制服の丈や袖の長さを絶妙に調整し、スリムさを演出させつつも、気持ち程度体つきを良く見せているのである。
元々小柄な彩加はダボつく制服が男らしく見られないという点が、あまり好きではなかったようだ。
まぁそこに関しては、彩加は天使なので許される部分ではあるのだが。


普段殆ど制服姿の彩加を見た事が無かった俺にとって、今の彩加はまるで宝塚女優のようだ。
グッド!なんだかわからんがとにかくよし!その姿、待ち焦がれておりました!


「そういえば、新学期始まってしばらく経つけど・・・あの2人にはなんて言われたの?」

彩加に見とれているとふと、可愛い口からそんな質問が投げかけられる。
あの2人とは当然、雪ノ下と由比ヶ浜だ。

「クリスマスの時はあのままトンズラしちゃったしね」

沙希も気にしていたようだ。
だが・・・

「それが俺にもよくわかんねーんだよな。休み中は何故か連絡来なかったし。あ、いやどうせいつも連絡こねぇけど」
「そなの?」
「あぁ、それに部活始まったら始まったで、何故か小言少し聞いたら『小町ちゃんに免じて許してあげる』って」

そう、結局雪ノ下に聞いても、由比ヶ浜に聞いても、小町に免じて許してやるの一点張り。
小町に聞いても『お兄ちゃんは知らないままでいてくれる方がポイント高いかな~☆』と返された。

大志と材木座はあの直後の憂さ晴らしか何かにちょっと付き合った後、小町に追い出されていた。



「真相を知っているヤツらがちっとも口を開いてくれないんだ、なので真相は謎のまま」
「よくわかんないね・・・」
「ま、あんたの問題だし、小町がそう言ってるなら諦めな」


うーん・・・ホント何なんだろうか。
妙にあの2人はすっきりしたような感じするし・・・
あ、でも『ゆきのんにはクリスマスプレゼントだけじゃなく、誕生日プレゼントも渡しなさい』って迫られたわ。



そういえばもう1つ、変わった事がある。
それは・・・




「ヒッキタッニくーん!戸っ塚くーん!それとサキサキー!おっまたせー!」
「待ってねぇ」
「待ってない、あとサキサキやめろって何度も言ってるでしょ」
「あ、また来たんだね。いらっしゃい海老名さん」


そう、腐海のモンスター、滾る血液(鼻)のビート、海老名さんの襲来回数が激増した事だ。

「まーまー、そんなカタイ事言わずに。カタイのはヒキタニくんのジョイスティックだけでいいからさー」
「おい、俺ら一応飯食ってる最中なんだけど」

まぁ襲来回数が増える理由は判らんでもない。というか判りきっている。
彩加が制服になったからだ。

「あぁ戸塚くん!戸塚くんがやーっと制服着てくれるようになって嬉しいわぁぁぁ!サキサキにはほんっと感謝しないとね!」
「もう・・・恥ずかしいなぁ・・・」
「はぁ・・・サキサキをやめる気はないの?」


なんか、あだ名に関するゴリ押しさは由比ヶ浜以上だなぁ、海老名さん。


「沙希、ここはスルーする方法をとるべきだ。この手の輩は基本こっちが何言っても届かない」
「やれやれだね・・・」

海老名さんは俺たちから数歩離れた距離をキープしている。
これは鼻血射程圏より外に居る事で、弁当が血塗れになるのを未然に防いでいるのだそうな。

気遣いはいらん、そんな危険性があるなら最初から来ないでくれ。


「大体、あたしと八幡は最近それほど言い争ってないだろ?何でまだ撮影続けてるのさ」
「いやー、あれはあれですごい楽しいんですがー、目的はもっと別の所にありましてー、愚腐、愚腐」

おい、その笑い方やめろ。モビルスーツかあんたは。
マロン社の宇宙旅行にでも行っててくれ。

「もうねー、彩八はもうちょっと味付けが足りないかなーって今まで思ってたんだけどさー!」

「八幡、ミニグラタン作るの上手いよね」
「僕これ好きなんだぁ」
「おぉ、気に入ってもらえて何よりだぜ彩加」

「お互いが名前で呼び合ってからはもー何て言うの!?一歩リードって言うの!?やっぱ名前って重要ポイントよねぇー!」

「うん、僕も料理できるようになりたいなぁ」
「そだね。できる事は多いに越した事はないよ」
「おいおい、ますます俺ら頭上がらなくなっちゃうじゃん」

「もちろん見た目だって重要よ!?だからこそ制服にクラスチェンジした戸塚くんとの絡みが堪らなくてぇぇぇ!」


「おい、おいちょっと、海老名さん」
「やっぱり学生BLは制服シチュを押さえておかないと!はやはちと違ってそこが彩八に欠けていた部分!それが今学期から補完されて・・・え?呼んだ?」

そろそろ止めてやらねぇと噴出の危機だな。
実例だけでなく妄想で大噴火を成せるのが海老名さんだ。

「毎回動画撮ってるみたいだけど、殆ど海老名さんの叫びしか録音されてないんじゃねぇか?」
「・・・・・はっ!?」



・・・・・
・・・・
・・・
・・



「ふぅ~、ごちそうさま!」

この場で一口も食べてない人物から漏れた言葉がコレである。

「いや~今日は鼻血出さずに済んだよ」

海老名さんが俺たちの食事中に鼻血吹いて倒れる事はそこそこある。


彩加の弁当からおかずを箸渡しした時。
彩加が俺の頬に付いていたご飯粒を取った時。
彩加と俺が何気ない会話中に笑いあった時。


まぁ判っちゃいたけどこんなんばかりだ。

しかし鼻血こそ吹かないものの、食いつきがいいのは彩加絡みだけではない。


沙希が弁当のおかずを俺の弁当から盗んだ時。
沙希の弁当から俺がおかずを盗んだ時。
沙希としょーもない口論が始まった時。


どこが海老名さんの琴線に触れるのか、こんな感じの時に興味深そうに身を乗り出してくる。
つーかロクな事してねぇな俺ら!

「でも海老名さん、結構鼻血出してるのにピンピンしてるね」
「というかよく毎回そんな事になるね。どうやったら自前で鼻血出せるの?」

当然の疑問だ。

「え?出ないの?」

不当な回答だ。

「・・・出るの?」

不自然な振り方だ。
つーか俺に振るの?

「ややこしい事振りやがって・・・」
「いや、漫画とかだとこーゆーのって男側のポジションだと思うんだけど・・・」
「鼻血出るまでって相当だぞ」

ここは海老名さんを見るべきだ。
なんてったって実例だろ。

「うーん、こーゆーのは男女関係ないと思うんだけどなぁー」

いや、そんなどうでもいい証明はいらないよ。

「八幡」

なんだ?沙希が変な事に興味を持っちまったのか?

「鼻血が出るような事考えて鼻血出してみてくれよ、あたし見たい」
「無茶振りすぎるわ!」

うーん・・・鼻血が出るような事・・・
マジか?この状況で考えやすいのは・・・沙希しかいねぇ・・・

やってみる・・・か・・・?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「八幡・・・」
「さ、沙希・・・」

沙希は自分の服に手を掛ける。


"Armor Cast off"


え?何この効果音。


バッ!


沙希は上着を脱ぎ捨て軽装となり───

「ヒュッ!」

猛スピードで俺の目の前へ──

ガッ!

「うがっ!?」

──そのまま俺の顔面めがけて正拳突き!

「かっ・・・はっ・・・」

そのまま俺は鼻血を吹き出し・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「・・・ちま・・・はちま・・・」

・・・ん?

「八幡!」
「大丈夫?ヒキタニくん。ちゃんとエロい事考えてた?」
「八幡、どんな事考えてたのかな?」



「・・・・・・・・・・沙希の事だよ・・・・・・・・・・」

鼻血どころじゃねぇ。
目玉まで飛び出るところだった。

「嘘つけ!なんか青い顔してるぞ!」
「八幡ほら、ジュース!ジュース飲んで!」



とにかくあれだ、俺の脳はまだピンクな思春期モードを扱いきれないのだ。
いいところまで行っても過去の経験が記憶を、いや妄想を捏造する。


「アハハ、まぁそろそろ時間もいい感じだし、教室戻りましょ」
「うん、片付けたら僕らも行くよ」





まぁなんにせよ俺が無事でよかった。
なんとか命繋がったわ。







「んで実際の所、俺がお前の想像で鼻血出せてたらどーよ?」
「そりゃドン引きだわ」

ですよねー

意図的に伏線張った部分ならともかく、どうでもよさそうなところから拾うのってえらい難しい
3人+EVINAさんが見たいみたいなコメがあったんでちょっと使ってみました

それではまた次回

今回は本当におまけのおまけ

ある日の夜


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FROM 大志
TITLE nontitle

すいませんっす!お伝えするのを忘れてたっす!
明日は放課後ちょっと学校の用事で30分ほど遅れるっす!

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FROM 八幡
TITLE Re

あいよー
小町や沙希はもう知ってんの?

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FROM 大志
TITLE Re2

比企谷にはまだ伝えてないっす!
姉ちゃんは今風呂で、上がったら伝えるっす!

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FROM 八幡
TITLE Re3

小町には伝えなくていい
俺が伝えるからお前はおとなしく小町のアドレスを消せ
つーかまたそのタイミングかよ
お前は姉貴が風呂のタイミングでしかメールできないの?

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FROM 大志
TITLE Re4

ひどいっす!?
あ、そういえば風呂と言えば
最近姉ちゃん風呂上りにちゃんと服着るようになったっす

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FROM 八幡
TITLE Re5

へぇ
なんでまた突然

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FROM 大志
TITLE Re6

俺もわからないっす・・・
思い返してみれば2学期が終わる直前くらいからっす
最近になって気づいたっす

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FROM 八幡
TITLE Re7

お前が勉強に集中できるようにじゃねーの?

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FROM 大志
TITLE Re6

俺もわからないっす・・・
思い返してみれば2学期が終わる直前くらいからっす
最近になって気づいたっす

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FROM 八幡
TITLE Re7

お前が勉強に集中できるようにじゃねーの?

----------------

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FROM 大志
TITLE Re8

それだとありがたいっす!
これもお兄さんのおかげっす!

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----------------
FROM 八幡
TITLE Re9

変な言いがかりはよせ
俺が沙希の風呂上りについて矯正したみたいな言い回しはやめろ

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----------------
FROM 大志
TITLE Re10

間違いないっす!
姉ちゃん家に居ても話すことは決まっておに

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----------------
FROM 八幡
TITLE Re11

おい、おにって何だよ
鬼?鬼が出たの?

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----------------
FROM 沙希
TITLE nontitle

お待ちかねの鬼だよ
バカ八幡

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----------------
FROM 八幡
TITLE Re

よう、服は着たか?

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----------------
FROM 沙希
TITLE Re2

うっさい!
セクハラか!

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途中連投してしまったごめんなさい
やってみたかったメールのやり取り&最初の海老名さん襲来時の口ゲンカの内容回収

バレンタイン後半戦
スレもSSもラストスパートっぽいです




気を取り直せ八幡。
とりあえず奉仕部で今日は帰る旨を伝えてしまおう。


コンコン。


「よ、よぉ2人とも・・・」

い、いかん・・・頬に力が入らない・・・

「あ、ヒッキー」
「全く、完全に緩みきった顔ね・・・何があったのかは丸わかりだわ」

や、やばい・・・バレバレだ・・・っ!
ど、どうする!?

「そりゃぁヒッキー、授業中に飛び出しちゃうくらいだもん。あ、沙希もか」
「ふふ・・・おめでとう。それとお疲れ様とでも言うべきかしら」

あ、そうだよ。今の俺は小町が合格したことにニヤけているんだよ。
よし、大丈夫。このまま緩んだ顔を維持してしまおう。

「あ、あぁ・・・そんなわけだしよ・・・今日の活動はだな・・・」
「判ってるわ。合格祝いをしに帰るのでしょう?」
「それも奉仕活動だしね!こっちの方は任せて!」


あの顧問にしてこの生徒あり。
どうやら放任主義のように見えて、平塚先生はしっかり顧問としての役割を全うしているようだ。


「でもその前に・・・ヒッキー、今日はもう1つのイベントがあるでしょ?」
「え?お、おぉ・・・」

2人は紙に包まれた箱を取り出し俺の前へ来る。
そういえばすぐ撤退するつもりだったからまだ部室に入ってなかったんだった。

「はい、その、バレンタインのチョコ、だよ。エヘヘ・・・」
「受け取ってもらえるかしら」



ものすげぇ真っ直ぐ言われた。
ったく少しはこいつらを見習えよ沙希。
ま、でも俺とこいつらがここまで関係を修復できたのも沙希のおかげでもあるし・・・



「あ、あぁ。ありがとな」
「ちゃんと小町さんに渡してあげなさい、私からの合格祝い」
「そっちかよ!」



・・・沙希のおかげでもあるし、不問にしておこう。

「ね、ヒッキー」
「ん、なんだ?俺はそろそろ行くけど」
「沙希からもうチョコ貰ったでしょ?」


・・・なぜ知ってる。


「更に言うと、川崎さんからのチョコはもう食べたようね。それもさほど時間が経ってない」


・・・な、なぜ知ってるんだ!?

「はぁ・・・ヒッキー。口元、チョコついてるよ・・・」
「!?」


ま、まさかあの行動は・・・隙を生じぬ2段構え!?
柔の拳の使い手かよぉ!


「じゃ、じゃあな!」

俺は一目散に去った。
ちっくしょぉぉぉぉ!沙希ぃぃぃぃ!!




「もう!ヒッキー!・・・まったく・・・」
「こればかりはどうしようもないわね。流石は川崎さんと言ったところかしら」
「ふふ・・・そうだね」

沙希め、きっちりマーキングして行きやがって・・・
どうやって仕返ししてくれようか・・・



そう、小町たちが合格した時点でもう何もしがらみは無いんだ。それは沙希も同じだ
たまたまバレンタインデーだったから女子である沙希が先手を取れたんだ。
今日と言う日は確かに男子である俺には不利な状況だが、できる限り落ち着くんだ。



良く考えろ、今の俺の状況はどんなだ?

あいつに対してだけは期待に胸ふくらませていた多感なあの頃の俺なんだぞ今は。
言うなればディスク3に突入したFF7だ。飛空艇で無駄にテンション高い指示を出すんだ。
言うなれば本当の自分と合体したDQ6だ。結局喋らないじゃねーか!

ふぅ・・・とりあえず無駄な思考を駆け巡らせて落ち着く事はできた。

そうだ、今更溝を作るなんて無理だ。もう内側に入り込まれている。
仮に作れても飛び越えてくる。そもそも作る気も無い。
最強の守備力で固めていた比企谷くんも、防具の内側はぬののふくな八幡くんなんだ。
防御力なんて無きに等しい。今の俺は攻めるしかあるめぇて。


・・・・・
・・・・
・・・
・・


今日はどうせ夜まで騒ぐんだろうと思いスーパーに寄って帰ってきた。
結局部活やってる時と同じ時間じゃねぇか。

まぁいい、騒ぐにはちと冷蔵庫の中が寂しいところだったんだ。
準備のための時間を得られたと思えば問題じゃない。


「ただいまー」
「おー、おかえりお兄ちゃん。買い物してきたの?」


トタトタと小町が駆け寄ってくる。先に帰って来ていたようだ。

もうこいつも高校生になるんだなぁ。早く制服姿が見てみたいぜ。
制服、改造されるんだろうなぁ。他ならぬコイツ自身の手で。
沙希から伝授された拳法・・・じゃなかった教わった裁縫で。

「おぉ、お祝いするには、チトうちの冷蔵庫の現状じゃスペック不足だしな」
「そうだそうだ冷蔵庫、ちゃんと冷やしておいてありますよー」

そう言って、俺の手からスーパーの袋を手に取ると、またトタトタとキッチンへ向かって行く。
慌ただしいやっちゃな。



さほど間を置かずに・・・

「はいお兄ちゃん、バレンタインチョコ&今までのお礼でーす」
「おう、お前も頑張ったな、おめでとさん」
「へへへへ~」

何はともあれ・・・本当にお疲れさん。
お兄ちゃんもようやく気が楽になったってもんだよ、ホント。

「それでそれで~、お兄ちゃんどれくらいチョコ貰いましたかぁ~?」
「去年までなら絶対に聞かなかった台詞だな・・・それ」

だってその台詞、俺の傷を抉るだけだし。
はぁ・・・まぁ今年の俺には色々あったからな。不思議なもんだ。

「お姉ちゃんは誰より早く渡すでしょ?それから雪乃さん結衣さんがくれて、小町のぶんで4つと見た!」
「・・・そーですよ」

順番までバッチリですよ。
ここまで来るとサトラレ疑惑がいよいよ説得力を持ってきた。
もしくは俺の目は知らないうちにカメラに改造されてるのでは?腐ったのはその後遺症。

「うーんまさにミラクル!お兄ちゃんお兄ちゃん!貰ったチョコ全部持ってみてよ!写真撮りたい!」
「やめなさい、やめてください」
「え~、小町もお姉ちゃんみたいに、色んなお兄ちゃんの写真収めたいよぉ~」
「あれは真似するんじゃありません!」

そう、沙希の携帯は日に日に俺の写真が増えてきているのだ。
7割くらいが俺のマヌケ面やドジってるところの写真というのが非道ぃぃ!
その辺の妙ちくりんな手癖だけは伝授させてはならない。

「いいじゃんいいじゃん、お兄ちゃんの激レア写真撮りたい!」
「おい、俺そろそろ鞄置きてぇんだけど・・・」


ぴんぽーん。


すぐ後ろでチャイムが鳴らされる。
あ、そう言えばなんだかんだで結構いい時間だったんだ。

「はーいどうぞー」

ガチャ

「こんばんは。あ、八幡もう帰ってたんだね。おかえり」
「おう、彩加もお疲れさん」

部活を終えた彩加が訪ねてきた。
てことはそろそろ沙希を呼ばないとな。

まだ仕返し考え付いてねぇぞ・・・

「あ、彩加さーん、お待ちしていましたよ!丁度来る頃だと思ってたんですよー!」

そう言って小町は1歩前に出て・・・

「はい彩加さん。バレンタインチョコです。いやー、お世話になりました!」
「あ、うん。ありがと小町ちゃん!」






その時、八幡に電流走る。






う・・・お・・・小町がチョコを渡している・・・
さ・・・彩加が小町からチョコを受け取っている・・・

この光景、目の前のこの光景・・・八幡的にダブルショッキング!



「さ、さ、沙希を迎えに行ってくるぅぅぅぅ!」
「あ、お兄ちゃん!?」


本日二度目の激走。


「お兄ちゃんどうしたんだろ?鞄も置かずに」
「沙希ちゃんなら電話すればいいのに・・・」

川崎家


なんだろうこの光景は。

「兄ちゃん!兄ちゃん!」
「アハハ!変な目!変な目!」
「・・・・・」

八幡が複雑そうな顔をしながら、弟と妹にイジられている。

いや、イジられているのは判る。
たまにこいつも家に来るけど、決まってこの2人にイジられている。
八幡の方もなんだかんだで小さい子に対しては面倒見がいいのか、遊んでやってくれている。



問題は八幡の方だ。

「さ・・・沙希ぃぃぃぃぃ・・・」

とんでもなく情けない声が絞り出すように発せられる。
さっきはやりすぎたか?

確かにアレは今日という日を最大限に活かした渾身の一撃だったと思う。
・・・すっごい恥ずかしいが。

いや!理由はあるんだ!あたしだってこの手の行動は全くのド素人なんだ!
だから前々から散々頭の中で繰り返し練習してたんだ!
何なら夢の中ですら予行演習してたまである!



・・・誰に言ってるんだ、これこそ恥ずかしいよ。

「あー、ほらあんたたち。そいつはあたしの客だから、そろそろ離してやりな」
「「はーい」」

「・・・沙希ぃぃぃぃぃ・・・」
「だー、とりあえず部屋に来な、ほら」


・・・・・
・・・・
・・・
・・



「で・・・そのままあたしん家に駆けこんだってわけ?」
「・・・そです」


なんというか・・・こいつらしいと言えばこいつらしい。
忙しいヤツだねあんたも。

「ったく・・・あんた、彩加と小町のどっちにヤキモチ妬いてんの?」
「どっちも!」

呆れるほど正直だ。

「今後どうなるかはともかく、あの2人はまだくっつくような感じじゃないと思うよ?」
「・・・そうなのか?」


今の所は、だが。
少なくとも現状だと、小町の妙な気の回し方をした際に彩加を八幡から引っぺがしているに過ぎない。
おかげで最近じゃ大志も連携してくるようになった。
余計なお世話ばかりしやがって・・・そんな気回さなくたって・・・

「とにかく八幡、冷静になってみな」
「おう、なってみる・・・」
「間違い探しは得意だろ?仮にあの2人がくっついたとして、それは間違いか?」


八幡は今まで間違えだらけだった分、冷静にさえなればしっかり判断できるヤツだ。
だからこうやって1つ1つ間違い探しをさせるんだ。

「いや・・・大丈夫だ、うん、間違いじゃない・・・」
「そうそう、そうやって落ち着いて答えてってみな。んじゃ、あたしのさっきの不意打ちは?」
「ありゃ間違いだろ、おかげ様であれから殆ど冷静な判断できてねぇ・・・」
「ハハハ、悪い悪い、ちょっとやりすぎたよ」


1つ1つ、ゆっくりと。

「というか、チョコわざと口元に残しただろ!?びっくりしたわ!」
「バレたか・・・」


いつもの八幡に戻す。

「それじゃ、あたし達の勘違いをやり直ししたのはどう?」
「間違いじゃない。うん、大丈夫だ」
「その調子」


うん、大丈夫だ。




「じゃあさ・・・」


あたしは・・・


落ち着きを取り戻したこいつの顔に手を添え・・・


こっちを向かせ・・・



「!?」

そのまま唇を奪った。





・・・それほど間を置かず、そっと離す。
そして聞いてみる。


「あたしの行動は・・・間違い?」

聞いてみる。

あんたはどんな返事をする?





「ま・・・」

頬を染め・・・それでも真剣な眼差しで・・・

「ま・・・・・」

さっきあたしがしたように、あたしの顔に手が添えられる・・・






「・・・間違ってる」

その言葉を聞くや否や、あたしの唇は逆に奪われていた。




・・・再度、唇はそっと離される。


「じゃ、じゃぁ・・・答え合わせ・・・どこが間違ってた?」

・・・

「こ、こうゆうのはな・・・先に惚れた方から仕掛けるもんなんだよ・・・」
「え?」


予想外の回答。
予想外という事が、予想通り。
まだ、八幡は語り続けている。

「ほ、惚れた方が負けって言うだろ?俺はな、負ける事に関しては最強を自負しているんだ・・・」
「・・・」
「だから、な、その、お前から仕掛けてくるのは・・・間違ってる」


とんでもない答えが返ってきた。
あたしより早く・・・あたしに惚れていたって?

「あいつらの合格発表があって、やっとしがらみが無くなって、だけど今日はバレンタインで・・・」
「・・・」
「ったく、男側に厳しい状況になりやがって」
「・・・」
「し、しかも俺が混乱している時に・・・更に不意打ちを重ねてくるとは・・・」
「・・・ッハハハ」


なんだい。
あんたも同じ事考えてたのか。
ククク・・・悪いね。

「でもあんたの方が早く惚れてた保障がどこにあるのさ」
「あるさ」
「なら・・・い、いつから?」
「決まってるだろ・・・やり直しを言われたその瞬間からだ」


!?


「いいか、俺はな・・・」

八幡は目を逸らさない。

「雪ノ下の気高さに幾度となく憧れた事がある」
「・・・」
「由比ヶ浜のアプローチに幾度となく心が揺れた」
「・・・」
「平塚先生を本気で貰ってやろうと思った事だってある」
「・・・」
「でもな・・・お前に負けて、やり直しを言われた瞬間から、女の子の事はお前しか考えられなくなっちまったんだよ」
「・・・ハハ」
「俺にこんな・・・こっ恥ずかしい事まで本音を言わせるようになりやがって・・・」


そうだ、やり直しをしたんだよ。
それまでのお互いの思いを一度リセットして、再スタート。
その瞬間からだなんて・・

「馬鹿じゃないの・・・あたしだってやり直しの瞬間からだよ・・・」
「うるせ、俺はやり直しの"し"言い終わる前には既にベタ惚れだったよ・・・」


ほんと、こいつは・・・
そうやって、間違いに対して更に間違って、負い目を感じさせないようにする。
だから今まで痛い目見てきたんじゃないか・・・
でもね、あたしは遠ざかってなんてやんないよ。


「わかったよ・・・フフ」

だから言おう。
見つめあったままの、この距離で。



「あんたの負けだな」
「あぁ、俺の負けなんだよ」




「・・・ハハハ」
「・・・ククク」

間違いだらけのバレンタインデー。
間違いだらけのキス。
間違いだらけの・・・青春。

すぅ・・・と、同時に息を吸う
もう、何を言うかは判っている。


だから最後を締めくくる愛の告白も・・・
やはり、あの"間違いだらけの台詞"に、ありったけの"本音"を乗せて・・・








「サンキュー!愛してるぜ沙希!」
「サンキュー!愛してるぜ八幡!」








まるでコメディ。
とんだラブコメ。
やはりあたしの青春ラブコメは間違っている。



・・・・・
・・・・
・・・
・・



今になってようやく恥ずかしさが襲ってくる。
いや、さっきだって十分すぎるほど恥ずかしかったんだけどさ。

それは八幡も同じようだ。
腐った目が今にもぐるぐると回りそうだ。



でも・・・少しだけこの沈黙は心地いい・・・



ブブブブブ・・・

「「!?」」



沈黙の中だったからか、マナーモードにされた八幡のスマホの振動音ですら大きく聞こえる。

「も、もしもし!?」
『お兄ちゃん遅いよ!もう大志くん着いちゃったよ!?』
「あ!わ、悪い小町!」


音量大き目なんだろうか、小町の声があたしにまで聞こえてくる。
そ、そうだった・・・こいつはあたしを迎えに来ているんだった・・・

『もう!ホントにお祝いしてくれる気あるの!?・・・あ、もしかして小町たちを置いて2人でイチャイチャ?』
「うが・・・」
『・・・え!?えぇ!?ま、まさかほんとにぃぃぃぃ!?イヤッホォォォォ!お祝いの内容が1つ増えちゃったよ~!』
「あ・・・ぐぁ・・・ちょ、ちょっと待て小町・・・」


ま、丸聞こえなんだけど・・・
しかも追い打ちを掛けるように『マジで!?やったぜ姉ちゃん!』なんて声まで聞こえてきた。

ええい!もう引き下がれるか!

「は、は、八幡、代われ!」

スマホを奪い取る。

「も、もしもし?小町?」
『お姉ちゃぁぁぁぁん!遂に!遂にやり遂げたんですねぇぇぇぇ!ホントのお姉ちゃんになるんですね!』
「あ、ハハハハハ・・・その・・・」
『うんうん判ってるんですよー、小町たちが合格するまで待っててくれたんですもんね!』


全部バレてた。

「全部バレてた・・・」

八幡、言わなくていいから・・・

『それでそれで!どっちから仕掛けたんです!?』
「え・・・う・・・っと・・・仕掛けたのはあたしだけど・・・惚れただのなんだの・・・そういうのは八幡が先・・・みたい」
「だー!ちょちょちょっとぉ!」


うっさい、これくらい言わせな。


『な、なんと・・・お兄ちゃんがそこまで・・・ヒャー!こりゃ三日三晩の宴じゃ済まされないなぁー!』
「フフ・・・それほど意外でもなかったんじゃないかな」
「・・・」


とうとう八幡は沈黙を選んだ。

『あ、ちょっと待ってくださいね。彩加さんと代わります』
「え、えぇ?彩加?」
「?」

なんだろう?

『もしもし、沙希ちゃん?八幡もそこに居る?』
「う、うん」
『アハハ・・・沙希ちゃん、言った通りだったでしょ?』
「え?」


言った通り?
彩加に何を言われたっけ・・・

『八幡はもう沙希ちゃんを放っておかない、って』
「「!?」」


え・・・ちょ、ちょっと・・・?
それっていつ?思い出せ・・・


"ううん、八幡はもう川崎さんを放っておかないよ"


この台詞、どこかおかしくないか?
だってあたしの事『川崎さん』って呼んでる・・・
ってことは、呼び方が『沙希ちゃん』に変わる前・・・直前・・・


「「えええええええええ!?」」

『沙希ちゃんの見方が変わってたもん、すぐ判ったよ』
「すぐ判ったって・・・だってあの時って・・・」


やっぱり彩加は強かった。もうあたしたちじゃ敵わない。


『でもこっちも準備しちゃったから、ちゃんと来てね?』
「う、うん!それは勿論!」
『待ってるよー、それじゃまた後で』


ツー・・・ツー・・・ツー・・・

「・・・おいおいマジかよ彩加、もうそれスーパーサイカ人じゃん」
「こ、これ以上待たせても悪いし・・・い、いこっか・・・」

ほんとにもう、どんな顔して行けばいいんだよ・・・
・・・いいか、堂々と行こう。

「そだな、流石にこれ以上ダラダラしてたら祝う時間も無くなっちまう」
「フフ・・・一応平日だしね」
「どーする?手でも繋いで行ってやるか?」




そうだね・・・


「思い切って腕組んで行こうか」
「仰せのままに」

バレンタイン決着&色々決着&色々回収です
次はやっとエピローグですかね

もう少しだけお付き合いください
ではまた次回

それではラストでーす

新学期


遂に高校生。
新しい机の感覚は心躍る。
これから1年この机にはどんな事が詰め込まれていくのかと、期待に胸ふくらませる。


ん~!やっぱ高校生って感覚はこそばゆくていいな~☆


以前お兄ちゃんがこんなことを言ってた、"高校生活はフィクション"だと。

でもそのフィクションっぷりがたまらないんですよ。
あるがままのスタイルでフィクションばりの存在となった兄を見てるとそう思うのだ。

「比企谷さん、比企谷さん」
「はい?」

隣の席の女子に声を掛けられる。

「比企谷さんて、隣のクラスの川崎くんと仲いいの?」
「あぁ、それ私も気になってたんだー」


前の席の女子が振り向く。
この手の話題には食いつきがいいなー、ホント。
なんてったってここに居る全員は入学して間もないのだ。
右も左もままならない状態で、既に仲良くおしゃべりしている男子と女子が居たらそりゃ話題にしたくなる。

「あー、うん。大志くんの事?」
「そうそう、既に名前で呼んでるし!」
「いやー、別に小町と大志くんは皆が期待するような関係じゃないんだよー」


大志くんとは今までもこれからもオトモダチです☆

「と言うと?」
「実はね、大志くんのお姉ちゃんと、小町のお兄ちゃんが仲いいの!そりゃもーべったりですよ」
「・・・比企谷さんの・・・お兄さん?」
「・・・あ・・・その人って・・・」


そう、実は小町が総武高に入学してすぐに・・・
1年生の間ではお兄ちゃんは話題の人物になっていた。
誰が流したのか、お兄ちゃんに関する謎の噂が・・・1年生の間で流行っていた。




奉仕部


「・・・あぁー・・・」

目の前で頭を抱える男が1人。
部室に来たときから既にこんな感じだ。
机に突っ伏し、頭を抱え、困ったような唸り声をぼそっと吐き出している。

原因は彼、比企谷くんの噂にある。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

比企谷八幡に関する噂


1つ、彼の目は腐っている。

普段はやる気の無さそうな、まさしく死んだ目をしている。
しかし本気で睨まれると、たちまち石のように動けなくなる。
その目は睨まれた者にトラウマを植え付ける。


1つ、暴言・暴挙はお手の物。

彼の口から発せられる言葉はまさしく言葉の暴力。
一言話を交わした者は瞬く間に自身のトラウマを読み取られ、的確に指摘される。
その行動は文化祭を引っ掻き回し、体育祭では反則すら持ち込んだ。


1つ、しかし彼の存在を確認した者は少ない。

これだけの騒ぎを起こしているにも拘らず、目撃情報が殆ど無い。
突然なりふり構わないような事をしでかして、忽然と気配を消す。
どこかに引き籠っているのではないか?

そんな彼は、その名前から取って"ヒッキー"と呼ばれている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ネッシーかよ俺はぁぁぁぁ!!」


彼は今、1年生の間ではさながら珍獣扱いであった。

「あら、良かったじゃないの新入生のアイドルさん。文化祭の時とは違って人気者じゃない」
「よくねーよ!誰だよこんなワケのわからない噂流したヤツぅ!何だよこのユカイツーカイな怪物くんは!」

吼える。
いや彼の場合は吠えるか。

「あ、あははは・・・でもほら!『キモい』とか『ぼっち』って単語は入ってないじゃん!」
「だから何だってんだ!お前は慰めてるのか傷口抉ってるのかどっちだよ!」
「あら、由比ヶ浜さんは今でもちゃんと料理の勉強はしているのよ。今回は調味料を選んだだけよ」
「傷に塩か!?」


本当に、誰が流したのかしら・・・


「だいたいこの名前!由比ヶ浜しか使ってなかったじゃん!お前か!?犯人はお前か!?」
「そ、そんなわけないでしょぉ!」




コンコン。



ドアがノックされる。

「どうぞ」
「ククッ・・・し、失礼します・・・」


笑いを堪えるように入って来たのは、川崎沙希さん。
こんな話題の人物である比企谷くんの・・・恋人。
不思議なものだ。

「いらっしゃい川崎さん、本日は依頼かしら?」
「あぁ・・・今1年生の間で噂の・・・ククク・・・人物を探すのを手助けして欲しくてね・・・クッククク・・・」
「・・・うぐぐ・・・ぐ」


恋人・・・なのよね?


「ふふ・・・えぇ、その依頼、喜んで引き受けるわ」

「うっがぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぷっははははははははははははは!!もういい!もう解決!ありがと助かったよあはははははははは!!」

全く遠慮なしに大笑いし始めた。
本当に、不思議なものだ。
不思議な関係。

「だってこんな・・・こんなバケモンみたいな噂の人物が、ははははは!こ、こんなヤツ・・・あははははは!」
「だぁー!沙希ぃぃぃぃぃ!!」


川崎さんはそのまま部室を去っていく。

「おいちょっと待て!待ちやがれ!待ってぇー!お願いだから!」
「あ、ちょっとヒッキー!部活は!?」
「こっちはお前らに頼る!俺は沙希を追う!」

そして比企谷くんも部室を出て行った・・・まったく。
こんな時に頼られたって・・・

そして入れ替わるように・・・

「入るぞー、ったく担任の目の前で堂々とサボりおって・・・」
「先生、ノックを」
「扉が開きっぱなしだったんだよ」


そう言って入ってくる。
目の前でサボりが発生した割に、穏やかな表情だ。


「噂は私の所にも届いているよ」
「ホント、誰が流したんだろ?新入生が入ってくる絶妙なタイミングだったし」

そうね・・・手馴れてるのかしら?

「さーなぁ。まぁしかし、"上手く"やってくれたもんじゃないか」
「先生はご存じで?噂の根源を」
「私は何も知らないさ」

フッ・・・と微笑むように、どことなく嬉しそうな表情をする。

「それに噂の元を探る行動にも出れないさ、そういった依頼は無いしな」

基本的に奉仕部への依頼は平塚先生を通してだ。
そもそも普通であれば平塚先生を通してでないと奉仕部へは辿り着けない。
あとは2回目以降の依頼だったり、過去の依頼者からの紹介だったり。

「しかし困ったもんだな、比企谷の孤独体質が更生されてしまった・・・これではいつ部を抜け出すか判らんな」
「あら、それは無いですよ」
「ほう?理由を聞いていいかね?」
「先生、ヒッキーの事を"捻くれた根性の更生と腐った目の矯正に努めたまえ"って言って置いてったんでしょ?」


そう・・・
確かに彼を取り巻く人物環境は変わった。
しかし、彼自身はちっとも、呆れるほど変わってないのだ。

相変わらず捻くれたままだし、相変わらず目は腐ったまま。


「あの目は小町さんの話によると、もう治らないそうですよ」

クリスマスパーティーの時、小町さんは男子を追い出した後・・・話してくれた。

彼の目の正体。


"兄はそうですね・・・嬉しい事があった時とプリキュア見てる時くらいしか基本泣かないんです"
"辛い事があっても平気なように振る舞って、そんな兄からみんな遠ざかって、残るのはいつも小町だけ"
"それでも小町が泣かないようにして、笑えるようにしてくれる、小町は腐っちゃいけないからって"
"そーゆーのが見分けられる目なんです、兄の目は"


腐った目の正体。

"お姉ちゃんは多分、ずっと弟や妹の面倒を見てきた・・・親のような存在だったからこそ、どこかで気づいてたんですね"
"彩加さんはそんな兄が辛いときに話を聞いて、間違ったときに叱ってあげる、そんな友達になりたいと言ってくれました"


彼らの関係の正体。


"なんだかんだ言いつつ、兄はこの話を自分からは絶対誰にも言いません"
"今までは小町だけは、何があってもお兄ちゃんから遠ざかりませんでした"
"家族である小町と同じ考えを聞いたから、小町はお姉ちゃんたちにこの話をしたんです"

小町さんは同じ兄妹とは思えない程の活発で天真爛漫とした子だ。
でもそういった小町さんに育て上げたのも、紛れもなく兄である比企谷くんだった。

家族が腐ってしまわないように、自分は腐った目のままを維持する。
変わらない事。彼が変わらない理由。




ふふ・・・ちょっと過大評価すぎたかしら?
でもそんな事を聞かされたら、私も由比ヶ浜さんも、許してあげるしかなくなってしまうじゃない。

「なっはっはっは!なるほど、じゃああいつは未来永劫奉仕部だな!」
「えぇ」



コンコン。


ドアがノックされる。

「どうぞ」


数人、部室に入ってくる。
男女入り混じって・・・見たところ1年生のようね。

「あの、奉仕部ってここでいいですか?」
「お願いしたら、その"手助け"をしてくれるって聞いてきたんですけど」


ちょっと驚いた。
いつもは新規の依頼者だと大抵平塚先生が連れてくるのに。

「私を介せずにここに辿り着くとは・・・ふふふ、有名になってしまったか?」
「君たち1年生?どんな依頼内容なのかな?」


聞くと、おずおずと話し始めた。

「あの、今1年生の間で噂になってる"ヒッキー"って人物について、調べてるんですけど・・・」
「入学したばかりの僕らじゃ全然足取り掴めなくて・・・」
「知ってる事があれば・・・聞いてみたいなと思いまして・・・」


・・・ぷっ!


「フフ・・・フフフ・・・」
「アハハハハハハハ!」
「はっはっはっは!ほんとに"上手く"やってくれたもんだよははは!」


1年生たちは不思議そうな顔をしている。
それもそうだろう、噂の名が出た途端に笑い始めたのだ。

「いいぞ君たち、我々は彼の事ならたくさん知っている」
「なんでも聞いて!殆どしょーもない事実が出てくるよアハハ!」


今年は私たちも3年生。
最後の1年は、奉仕部も楽しい1年になりそうね。



「ようこそ奉仕部へ。その依頼、引き受けましょう」

帰り道


「だーもう!やっと捕まえたぜ・・・」
「クッハハハ、悪い悪い。あまりに面白かったもんだからつい・・・」


結局部活を抜け出してしまった。
本当にしょーもない追いかけっこのせいで。

「どーすんだよ、もう戻れないじゃないか」
「あんただってクリスマスの時戻れなくしただろ?これで差し引きゼロってことでさ」

それを言われると困る・・・
まぁ今回でチャラになったしいいか。


くそっ!俺もどうしてこいつに対してこんなに甘くなっちまったもんかね!
・・・はぁ、元から小町には甘やかし根性全開だったし、当然の結果なのかもな。

「ったく。まだ部活時間中だし、彩加はテニス部だなぁ」
「まぁいいんじゃないの?入学してからは小町がしょっちゅうあっちに顔出してるみたいだし」
「ぐ・・・むぅ・・・そういや大志は?部活入るのか?」
「どうかな、でも折角だし帰宅部にはさせたくないね」


いつもの会話。いつものやりとり。
いつもと同じ、繋がれた手。


「自分は帰宅部なのにか?棚に上げてよく言えたもんだな、このブラコンめ」
「あんたこそ、小町が彩加の所に行ったくらいで唸るなよ、このシスコンめ」


あぁ・・・
このやり取りも変わってねぇなチクショウ。

「あぁ、まぁいいか。戻れなくなったついでにちょっと遊びに行くか」
「なら丁度いいや」

ん?丁度いい?

「あんた、彩加と2人だけ写ったプリクラ撮ったでしょ?そっちも見せてもらったよ」
「げ」


そういえば最初に彩加が見せたのは妖怪が写り込んでいるヤツだった。
もう1つ、2人だけのベストショットが見つかってしまった。


「今日は丁度2人なんだし、あたしたちも撮ろうよ」
「マジかよ、またガンダーラに向かうのか・・・」


俺の中であのフロアは天竺に確定していた。
これも全部材木座ってヤツの仕業なんだ。

「構いやしないだろ?もう堂々と入っていけるんだし」
「ま、そうだな。侵入難易度は格段に下がったよ」
「それじゃ決まりね」


キュッ、と、握られた手に力が入る。




嗚呼、聞こえますか?
大嫌いな大嫌いな、ラブコメの神様。聞こえますか?
俺はあなたが嫌いです。大嫌いです。

よくも今まで俺の青春ラブコメを間違いだらけにしてくれやがりましたねコノヤロォ。
おかげ様で今はこんな状況ですよ。

俺があなたを嫌いだから間違いだらけなんですかね?
あなたが俺を嫌いだから間違いだらけなんですかね?

どっちでもいーや。とにかく俺はあなたが大嫌いです。



「ほら、八幡、さっさと行くよ」
「わーってるよ沙希」


だからどうか・・・
この1年も間違いだらけでありますよーに!

も一つ、ダメ押しだ!
セーシュンのばかやろぉ─────っ!

おしまい
長々とお付き合いいただきありがとうございました

さきさき:
本編主人公。魔王を倒す勇者ポジション。必殺技は八つ裂き。
メインカメラこそヒッキーに譲るものの、だいたいこいつのせい。
良く使わせる台詞は「うっさい」
意図していない伏線を拾ってくる問題児。

ヒッキー:
本編メインカメラ。よくやられる。
たかがメインカメラをやられただけだが大抵負ける。
魔王ポジ。ダンジョン難易度は高レベルを要求されるが本体はSO1ラスボス並のチョロイン。
「良く使わせる台詞は「しょーもない」
意図した伏線を使いこなせない問題児。

さいちゃん:
天使。マジ天使。天使すぎて思考が読めない。
計算ずくか天然か偶然か誰も判らない。故に目線になる事無し。
公式チート武器。アケで言うところのトキとかペットショップレベル。
またはアシストコロッサス。生かさずコロッサス。
最強キャラ。



後日HTML化を依頼します。
2週間前後という短い間でしたが、改めてありがとうございました。

乙コメントが止まることを知らない……

pixivに『ぶらしす』って題名で発見しました
『ブラコン』と『シスコン』からとって『ぶらしす』ですね

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月24日 (金) 18:35:05   ID: ck5NlQkS

いいね

2 :  SS好きの774さん   2015年09月15日 (火) 03:39:18   ID: q90u9Z4Q

これ所々抜けてない?
サキサキのチョコのシーンとか葉山のシーンとか

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