上条『異能の力なら、どんな幻想だってぶち殺して見せる』 (547)

投下の前に、前書きを。

このSSは禁書と空の境界のクロスオーバーであり、一度VIPで完結させました

それで続編を書こうというのにあたって、せっかくなので修正を加えながら、初めからもう一度投下しなおしていき、そのまま次章に進もうと思います

リアルタイムで前スレを見てくださった方には退屈かと存じますが、よろしければどうぞお付き合いください

それでは始めます


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1394604204

削除依頼はどうしたらいいんだこれ
SS投下はこっちでやるよー

おk以来出してきた

じゃあ今度こそ開始

魔神オティヌス率いるグレムリンと世界の一件が終わり、冬になり、雪の降る日々が過ぎ、そして木々が春を待ちわびる季節―――つまり、3月になった。

上条当麻もなんとか進級が決まり、激動の一年を振り返りつつもまた新たな一年に思いを馳せて、彼は今日も家で上条(の夕飯)を待つインデックスのために、夕飯の買い出しに出掛けていた。

さて。

ご存じの通り、上条当麻は不幸である。

大変不幸なのである。

故に。

上条「狙い通りの買い物がすべて達成できるなんて、今日は最高についてるな。…こういう日こそ気を付けて帰らないとな、無駄になっちまう」

という意識がどうしても働く。
しかしそれでも、不幸と言うものは。

??「………」

こういう日に限って、

??「(スッ)」

上条当麻を、ろくな目に遭わせないのである。

上条「……!?」

不意に背後に嫌な気配を察知し、二歩分足を早めて距離をとった後に急いで振り返る。

上条の目に映ったものは、今まさに我が身に突き刺さんと振り上げられたナイフだった。

前兆の察知。

上条は買い物をしたビニール袋を道の端に放り、ナイフの軌道から外れるために急いで身を捻る。

「っぶねえ……!?」

ナイフの恐ろしいところは、振り上げておろす、という決まった動きのみではなく、
どの位置からどの向きへ動かしても、そこに対象が居さえすれば切りつけることができる点である。

フードを深くかぶり、雪の溶け始める季節には少し遅れた季節感を醸し出すかなり厚手のコートを着こんだ通り魔は、
かわされたナイフをそのまま上条が動いた方向へと振り流していく。

だが、人間の体は急な動きからまた違う向きへの急な動きに滑らかにもっていくことなど、
ましてや殺人のための動きならば、訓練をしていなければなかなか出来るものではない。

だから、降り下ろし終えてから向きを変えた攻撃が来るまでの間に、上条にはほんの一瞬、
微々たる時間があった。

彼はその一瞬を無駄にしない。

「うおおお!!!」

次に来るナイフの軌道を予測する。
通り魔が上条を[ピーーー]ために動かさなければならない腕の動きを先読み、動く。
そして、ナイフを持つ腕を止めるために必要なタイミングで左手をのばす。

「―――!!」

えっ・・・伏字・・・・

通り魔のナイフのある腕を完全に脇に挟み込み、刺される前に右の拳を堅く、鋭く、
通り魔のフードの下へぶちこんだ。

「がッ……!!」

通り魔が後ろに傾いたところで、つかんだままの左腕を今一度引っ張る。

「っらあッ!」

さらに一撃、通り魔の顔面に叩き込む。初撃は殴られる衝撃に合わせて、
通り魔が無意識に頭を後ろへ下げていたために軽減されたようであるが、今度は本当の、もろな一撃である。

「ガフッ…ガアッ…ガハッガハッ……」

鼻血が流れ出している。殴られた瞬間に、少量の血が喉のほうへ逆流してしまったのか、
苦しそうに咳ごんでいる。

「なんだテメエは!?なんでいきなり襲いかかってくるんだ!!」

問いかける上条だが、この間で上条は息を整え、目の前の通り魔を視察しているのである。

すると通り魔も呼吸を整えてから、ゆっくりと返答した。

「…無能力者狩りだよ。・・・なんだ、お前は能力者じゃないようだな」

「無能力者狩り?なんだよそれ、そんなことが許されるとでも思ってるのか!?」

なんだよそれといいつつも、噂くらいは聞いたことがあった。だが、詳細は知らない。

スキルアウトのリーダーが死んだという噂が流れた辺りから無能力狩りというワードも聞かなくなっていたため、上条も完全にその話を忘れていた。

―――通り魔がフードを外す。お世辞にも格好いいとは言えない容姿の男だ。

「スキルアウトがいけないんだ、やつらだってあの手この手で俺達を潰そうとしやがる」

怨みのこもった声で男は言う。

上条は、以前聞いた話を何となく思い出していた。

元は、無能力者を襲うゲームをやっていた能力者達がいて、それにスキルアウト達が対抗していた、というような話を。

上条は預かり知らないことだが、とある暗部の活躍でそのあたりは解決していたのである。

だが他の事件が連続して起きていた一方で、こちらの状況は大きく様変わりしていたようだ。

「(スキルアウト達だけで無能力者狩りを止められたとは思えない、他の誰かが止めたんだろうけど上条は預かり知らないことだが、とあるやつらの活躍でその辺りは解決していたのだが。
他の事件が連続して起きていた一方で、こちらの状況は大きく様変わりしていたようだ。


「(スキルアウト達だけで無能力者狩りを止められたとは思えない、他の誰かが止めたんだろうけど―――
それが手酷いもので、それがまた怨みになってスキルアウト達、拡がってまた一般の無能力者に、
暴力として向けられてるってのか?)」

「(もしそうなら、そんなのはダメだ。初めに悪いのはどちらか、とかじゃなくて、またこういう状況になってること自体がダメだ。なら―――)」


「(誰かがまた、止めてやらなくっちゃな)」


上条は覚悟を決めると、右手をグッとかたく握りしめる。


―――ここで、上条はある疑問を抱いた。

「無能力者狩りって、まるで能力者がみんなして寄ってたかって無能力者を傷つけようとしてるような言葉の響きだけど。
組織があるのか?それに、お前こそ、さっきから能力を使ってねえよな?」


そう。無能力者狩り、なんて言うわりには、さっきから能力を全く使わないのが上条は腑に落ちなかった。

「組織、かもな?知らねえよそんなこと。俺は俺でやってるだけだからな。
組織というなら、組織ぐるみだと思われる程度には、やつらを潰したい能力者が居るってことさ。
あと俺の能力だっけか、みたけりゃ見せてやるよ!!」


「このっ――――――!!」



男の言い分に上条が激昂し、なにか言いかけるが、通り魔がナイフを掲げるとナイフの刃の部分が突如液体と化す。
それらはどういう理屈か空中で静止し、水滴のような形にとどまる。

その様子を見た上条も、口を閉じ身構える。

その粒の一つ一つは夕日を反射して、非常に美しい輝きを放っていた。

だが―――次の瞬間、一斉にそれらは拳銃から放たれた弾丸のような速さで上条に襲いかかる。

その有り様は、美しくも、紛れもなく凶器の雨だった。

「!!」

上条当麻の右手に宿る神秘の力、幻想殺し――

だけでは、当然すべての弾丸を打ち消しきれず。

心の臓や頭を撃ち抜かんとするものだけは反射神経のみでとっさに右手を慌ただしく動かして打ち消したが、
両腕(幻想殺し以外)両足、腹、鎖骨周り等は撃ち抜かれ放題撃ち抜かれた。

「が……あッ……!!!」

「俺はレベル3の金属操作(メタルマスター)でね。…それよりお前、今なにをした?確かに俺はドタマと心臓も狙った、
それをかばった右手が無傷なのは何でだ?」

上条当麻は、もはや怪しいフレーズではあるが、一応ただの高校生である。
銃弾ではないにせよ、銃弾並に凶悪な攻撃など基本的にかわせるはずはない。

そもそも異能の絡まない武器や近接攻撃等にはめっぽう弱いのが上条当麻なので、
奇跡の右手無しであれば今ごろは死んでいただろう。
いずれにしても、もはや上条にはどうすることも出来ない。

幸いしたのは、金属操作の手元を離れた弾丸の動き自体が異能の力の範疇であったことだ。

もし金属操作が念力の部類の力で、ただ念力を打ち消すだけならば、弾丸そのものの勢いはそのままなので、あっさりと上条は殺されていた。

教えてくれた人ありがとう



――――ひとまず、問いにだけは適当に返しておく。

「……ッ、さあな!(万事休すかッ……!?)」

なんとか一度逃げる方法を考える事にした上条だったが、良い手段が浮かばない。

次が来たら今度こそまずい。

「(本気でまずい。どうする―――)」


不意に。


ポトッ、なんて音がした。

プシャアアアア、という音をたてんばかりの『赤』が突如吹き出し、地を染め始める。


「……え?」

「……は?」

突然、男の右腕が、肩から綺麗に落ちた。

その切断面から、蛇口を捻ったように血が流れる。

何が起きたのか、上条にも通り魔にもわからなかった。

が、ただ上条だけは、通り魔の背後に人影を見た。

夕日に照らされるその人は、中性的で、美小女にも美少年にも見える美しい顔立ちをしている。

髪は、肩の辺りで乱雑に切りそろえられていて。

どういうわけだか、藍色の着物の上に赤い皮のジャンパーを着ている。

目は蒼い……が、瞳はなんだか紅いような色。

上条より1つか2つ歳上に見えるその人は、無表情で上条を見据えていた。

――その右手に、振り降ろしたナイフを持ちながら。

「………おい!?なにしてるんだおまえ!?」

あっけにとられていたが我に戻った上条が、男の背後の美しい新たな通り魔に向けて叫ぶ。

その怒声で通り魔も我に帰り、自分の右腕が綺麗に切り落とされたという事実を再認識したのか、

「あ?あ…あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

悲痛な叫び声をあげながら、上条の周りで弾丸となっていた金属の粒たちを再び液状化、流動する刃にかえ、美しい通り魔に向ける。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



『……。』



流動する刃がまっすぐに飛び、襲いかかる。が――――

なんてことはないというように、その刃を着物の女はナイフで斬りつけた。

すると流動する刃は突如形を留め、ヒビが入り、砕け、ボロボロと地面に落ちていった。

「あ…ああ………あ……」

男は恐怖した。

この少女なのか少年なのか知れない人は、自分の腕を切り落としたばかりか、能力まで完全に無力化した。
――――流動する刃にしなければよかったものを、パニックに陥っていた男には冷静な判断は出来なかった。


膝が笑っている。

ついに尻餅をつく。

着物の女は、つまらないものをみる目でただそこに立って男を見下ろす。

そしてついに口を開いた。

『お前なんて殺す価値もない。じゃあな』

とだけ。
声を聞くに、女性である。

上条はこのとき、別段なにを考えていたわけでもないのだが。
反射的に、呼び止めた。

「待て!お前、お前のせいで、じきに死んじまうぞそいつ!?このままお前を帰らせるわけにはいかねえ!
…誰なんだよ、お前は。お前も能力者か!?」

その人は。

くだらないとばかりに。

『なんでお前なんかにオレのことを教えなきゃいけないんだ。
…そいつなら死にやしない、俺が殺したのは右腕だけだ。ほら、血も止まってるだろ。
気になるならお前が病院につれていけ。どうせ繋がらないけどな。』

なんて、言い捨てた。

「お前ッ……!!」

怒りを露にする上条だったが、今は男のことが先だ。

女の側で生まれたばかりの鹿のようになっている男のもとへ走る。

傷口をみる。感心するほどきれいな切断面だ。

血は確かに完全に止まっているが――ありえない。そんなことがあるはずはないのだ。

上条は傷口に、何の気なしに、触れた。右手で、である。

その瞬間、突如として血が吹き出し…
なんてことはなく、一切の変化はない。
女はこの男の右腕を『殺した』と言った。
死んでしまったものに関しては、いかに幻想殺しだろうと、あるべき様に戻ったりしない。

死は、幻想などではないのだ。


訳がわからないが、とにかく落ちた右腕と男を担ぎ、上条は病院を目指す。

男はすでに気を失っている。

背後から女が呆れたように上条に声をかける。

『…本当につれていくんだな。自分を殺そうとした相手なのに、このお人好し。
お前、死にそうなのはむしろお前の方だと分かってないのか』

もっともな言い分であるが、上条当麻にその理屈は通用しない。


「なんとでもいえよ。目の前で死にそうになってるヤツを放っておけるわけ無いだろ。
お前のいうことが信用できるかなんてわからないんだ。運良くまだ誰も死んでない。
今なら誰も死ななくてすむんだ。
こいつが殺したかもしれない奴に関しても、償わせることができる。
だから俺はこいつを見捨てない。
お前の事ももういい、今は命の方が先だ。行けよ、それと、もうこんなことするなよ」

『へえ…そう』

女は脳裏に、目の前のウニ頭の少年とは真逆の落ち着いた髪型をした、眼鏡で色白の穏やかな青年を浮かべていた。
お人好しなところに限り、そっくりなのだ。「アイツ」、と。

『お前、名前は?』

「そっちはさっき教えてくれなかったのに聞くのかよ!?…いいぜ、俺は上条当麻だ。さあ、俺は聞かれて答えたぞ、お前だって教えろよ」

女は涼しい顔を崩すことなく、自身の名を告げた。


『両儀、式』

「なるほど、そりゃ幻想殺し(イマジンブレイカー)だな」

「幻想殺し―――?」


ここは伽藍の堂。
封印指定を受けた蒼崎燈子という魔術師のアジト兼職場である。

以前はまた違う街にそれを構えていたのだが、白純里緒という起源覚醒者との一件が終わり、
幹也が退院した後の春のこと。とある魔術師に伽藍の堂の場所が、すなわち蒼崎橙子の住み家がバレてしまい、

科学の世界に紛れ込めば大丈夫だろうという、魔術師らしからぬというか蒼崎橙子らしいというか、
とにかく彼女の突飛な発想で学園都市に移転したのである。

(実を言えば、科学の目が張り巡らされている街だからこそ、人間の無意識下に、伽藍の堂の存在に気づかぬよう働きかける結界の効果がより発揮されるという狙いもあった)

相も変わらず大量の資料や段ボールに、
良くわからないが古いものということはわかる用途不明の不気味な物体でごった返しのこの事務所に、
着物姿の気だるそうな彼女――式は、いつものように訪れていた。

蒼崎橙子が重宝している社員で、この式という少女にベタ惚れ――白純里緒との一件以来、

式からも「彼」に対してなかなかにデレッとするときが目立ち始めた(橙子からみれば)が――

である黒桐幹也という青年は、蒼崎橙子が会社移転なんて事をしたために、

もう立派な社会人であるのに学園都市に来ざるを得なくなってしまい

(黒桐だけでなく式も当然反対したが言いくるめられてしまい、黒桐が行かざるを得ないなら
当然式も付いてくるし、なんというかとにかく大変だったのである)、

橙子の弟子であり黒桐幹也の妹でもある黒桐鮮花も一時だけだがもちろんついてきた。

ところで鮮花は禁忌の起源を持つ(と自称している)魔術師見習いで、魔術を使う以上、

学園都市による能力開発を受ければ魔術など使えなくなってしまう。

蒼崎橙子は土御門元春がそうなった例を知っていたので、学園都市理事長の元へ行ってこれが雲隠れのための移転であり、

「プラン」の邪魔はしないことを条件に、黒桐鮮花と両義式には能力開発を施すことなく住み家を用意し、普通に生活させる事を約束させた。

ちなみに式と黒桐は別々に暮らすことになっている。

橙子が式に「なんだおまえ、黒桐と暮らせばいいじゃないか」とニヤニヤしながら告げると、

式がナイフを橙子に飛ばして暗に「オレたちの間に余計な口を挟むな」と眼と殺気で告げたのである。

橙子は「なんだ?まだ恥ずかしいのかお前?ん?」とでも追撃してやろうかと思っていたのだが、

それを顔から察したらしい黒桐が「橙子さん。」と無表情で制止したためにやめたのだった。

ここの学園都市理事長アレイスター・クロウリーもまた魔術師なので、蒼崎燈子の事もよく知っている。

本来であれば、こんな蒼崎燈子の身勝手すぎる契約など一蹴するところなのだが、

今後の「プラン」の都合上、優秀な魔術師が街に一人くらいはいたほうが都合がいい

――特に、蒼崎燈子のように、誰がオリジナルだとかそういう話をすることが何の意味もなさなくほどの人形を、

もしくは上条当麻ならそれを「立派な人間」と呼ぶものをいくらでも作れる者は――

ので、「学園都市理事長の依頼は断らない」という条件を蒼崎燈子に課すことで、契約を結んだのだった。

―――これが後に、昨年凍結した絶対能力者進化実験(level6シフト計画)の行く末を大きく変えることになることを、

蒼崎橙子は知るよしも無ければ興味もなかった。

余談だが、式が学園都市に来るにあたり、両義家の屋敷は学園都市に移転することも考えられた(秋隆氏が騒いだため)が、実際には起きなかった。

「自由に私たちが外へ出る権利を寄越せ。外でやらなくてはならないことができないとなると、
、、、、、、
そういうものを学園都市でやらなければならないんだ」


それはプランに悪影響を『出すぞ』という、八割ハッタリな事がミエミエかつ、
わざわざ要らない悪影響を及ぼさせるという悪意本位な脅迫を蒼崎橙子がアレイスターにかけたためだ。

アレイスターも当然屈したわけではないのだが、荒屋宗蓮のように両義式を狙うものが学園都市に現れて余計なことをしないとも限らないので、

受け入れても害はないであろう(万一あっても問題なく処理できる)その脅迫をアレイスターは受け入れた。

なお、その日、黒桐達に「行ってくる」と告げた蒼崎橙子と、
「今戻った」と告げた蒼崎橙子は別の器であったことを知るのは、蒼崎橙子とアレイスターだけである。


ともかくそういうわけで、両義家の難しい問題は無事パスされているし、伽藍の堂御一行の外との行き来は自由になのである。

さて、式が今この伽藍の堂にいるのは、橙子に昨夕遭遇した不思議な右手をもつ少年について聞いてみようと思ったためだ。


すると橙子の口から「イマジンブレイカー」なんて訳のわからない言葉が発せられたので、式も怪訝な顔をする。

「橙子、ついに頭おかしくなったか?」

「言うじゃないか、式。私からすれば、お前の黒桐への不器用な愛情表現の方が可笑しいと思うね」

クックッと笑いをこぼしたり紫煙を吐いたりと忙しい橙子を式が睨み付けるが、当の橙子はどこ吹く風である。

するとそこに黒桐幹也が現れる。

「式の話だと、その変な力で弾丸になった金属が、右手に触れただけで殺傷力を失ったんだよね?」

呑気な声で、紅茶を淹れながら質問をする。

「ああ、不思議なことにな」

繰り返しの説明になるが、実はあの弾丸は、加速度を与えられたのでなく、

ただ紙飛行機を飛ばさないで手で持ったまま動かした時のように動かされていたために動いただけであり
(メタルマスターは実のところサイコキネシスの系統である)、

弾丸にかかった異能が消えたら紙飛行機を持って動かしていた腕が消えてしまうのと同じで、
人を殺せるような勢いどころか、全くの勢いを失ってしまうのである。

だから、上条当麻という少年は殺されずに済んだのだ。

「…あれだけの弾丸をくらって、男ひとり担いで歩いていけるのも不思議だったけどな」

「そこだけ聞くとまるでターミネーターみたいだね、その少年」

「それで?イマジンブレイカーってのはなんなんだ?」

ふむ、と一思案した後(長い話の前兆である)、橙子の講義が始まった。

「世界の修復のための基準点・復元点といったところか。
魔術師たちが大真面目に好き勝手やったら、世界なんて簡単に歪む。
もとの世界がどうだったか、分からなくなってしまうくらいにな。
そこで、魔術師たちがもとの世界へ戻したいと願った結果生まれたのが、イマジンブレイカーってやつさ。
もし魔術の影響を受けないものがあれば、世界を歪めてしまってもそれだけは元の姿を保ったままだから、
それを基準に元の世界の姿を思い出すことが可能になるだろう?」

黒桐は既によくわからなくなってきていたが、とにかく、歪んだ世界を戻すためのバックアップという事はわかった。

「トウコ、それが、どうしてあの力に繋がるんだ」

退屈そうに式が質問を重ねる。

……聞いたのは君じゃなかったかな、式?

「まあ聞け。その力は今まで様々な形で存在したが、そうか、今は人の右手とはな。
力の本質は今話した通りだが、その力が右手に留まり、容器から溢れ出した程度の力が現れるなら、
確かにそいつは「異能を打ち消す」くらいに留まるだろうな。
…もしかしたら、第三次世界対戦を引き起こしたのもロシア正教のフィアンマとかいう魔術師だったらしいし、
「抑止力」として世界に後押しされた身なのかもしれんな、その少年は。
イマジンブレイカーをその右手に宿してしまう形で世界から抑止力として後押しされ、
気がつけば第三次世界対戦を終結させた。
となれば、恐らく他にも様々な問題に巻き込まれているのは疑いようがない。その右手が原因でな。
神の奇跡も打ち消す右手は、大気を通して神の加護をも容赦なく打ち消すだろう。
そういう意味ではそれもこれもすべて含めて、きっとさぞ「不幸」なやつなんだろうなあ」

また聞きなれない単語が出てきたので、黒桐は素直に質問をする。

「橙子さん。抑止力って、なんですか?」


「平たく言えば、現在の世界の延長を目的とする力のことだ。言ってみれば、集合無意識によって作られた安全装置か。
いいか黒桐、抑止力には地球が持つガイア論的なものと霊長が持つアラヤ論的なものがあるんだ。

ガイアの抑止力は人間の世を存続させようとするが、世界が無事ならば人間などどうなってもよいという結論を持つものだ。

一方、人間全体が生み出すアラヤの抑止力は、星さえも食い潰して人間の世を存続させようとする。
こちらはカウンターガーディアンで、既に発生した事態に対してのみ発動するんだ。

世界を滅ぼす要因が発生した瞬間に出現して、この要因を抹消する。
抑止力自体はカタチのない力の渦で、絶対に勝利できるよう抹消すべき対象を上回るように規模を変えて出現するんだ。

大抵は抑止力によって後押しされた『一般人』が滅びの要因を排除し、結果として『英雄』として扱われる。
今話に出ている少年なんてまさにそんなところだろう。

ちなみに、アラヤ側の抑止力によって英雄になった人間は、その死後はアラヤに組み込まれると言われてる。
無意識から生じたものであるために発生しても誰の眼にもとまらず、誰にも意識されることはない。なんとも皮肉な話だがね」


「あの、橙子さん。今の話だと、まるで式の話に出た少年が単独で第三次世界対戦を終結させたみたいじゃないですか?
その抑止力に後押しされて、不思議な右手を持って、それだけで、まだ10代の少年がそんなことをしたっていうんですか?」

橙子は涼しい顔で答える。

「そのつもりで言ったんだが、そう聞こえなかったか?まあとにかくその通りだ、黒桐。

第三次世界対戦は、不思議な右手をもつ少年の力で終結した。フィアンマを倒す形でな。
まあ、聞いた話じゃその少年は学園都市の第一位を倒し、フィアンマ以外の神の右席とかいう連中もその手で倒し、
グレムリンとかいう魔術結社の陰謀も阻止して、さらには角ばった魔神オティヌスも丸くおさめたとかいうからな。

大した少年だろう?だから別に、不思議な話ではないんだよ、黒桐」

黒桐は話がまるで理解できなかった。

言っていることはわかるのだが、あまりに現実味のない話過ぎるのだ。
出る名前、組織、その少年の功績、いずれもあまりにぶっ飛んでいて、まったく信じることができない。

第一位?神の右席?グレムリン?魔神?そういうものをただの少年が右手ひとつで丸く納めた?
この人はいったい、何をいっているのだろう?

頭が混乱している黒桐を尻目に、新しい煙草に火を付けながら橙子は続ける。

「まあーオティヌスが『槍』を完成させた時点で世界は終わっていたというか現に何度か終わったからな」

「昨年の11月頃だったかな、ちゃんとあの右手は世界を修復したんだぞ?黒桐。実行したのは好き勝手やった魔神本人だったようだがね。その少年の存在に感謝しなければなるまいな」


「その少年―――上条当麻には、な」

―――両儀式と名乗る女と別れた上条当麻は、通り魔の男を上条いきつけのとある病院まで、
全身から血を流しながらも頑丈な体を遺憾なく使い倒し、なんとか気合いで連れていった。

通り魔の男の腕がもげているのに血がまったく流れていない上、
切れ方があまりに美しいというか筋組織がまったくめちゃくちゃじゃないというか、
とにかく片腕の男の患部を診た結果、カエル顔の医者の経験から
このままだと出血多量で死にそうな上条の治療を真っ先に行う方がいいという判断を下し、
その後、上条を専用の病室に送ったのだった。
上条が病院内の電話からインデックスに電話を掛けことの顛末を話したところ、インデックスは急いでこの病院にやってきた。

そして案の定―――上条の後頭部をガブリ、である。

不幸だ、と叫びたいところであったが、それより上条はインデックスに訪ねたいことがあった。

両儀式が見せた力。

イマジンブレイカーとは少し違うようだったが、通り魔の男の能力を無力化した事には変わりはなく、正直上条当麻はかなりの衝撃を受けていた。

その手の力を持つものは、恐らく自分だけだろうと、オッレルスからかつて聞いた話やら何やらで無意識にそう思い込んでいたのだ。
……そして、あの眼。
美しいが、おぞましい。

何か、果てしない、我々では絶対に到達し得ない何かを見ているような、あの眼。

力の正体はあの眼にあるのだろうか、と考えていた上条は、両儀式について見たままにインデックスに聞いてみた。

するとインデックスもまた、ひどく驚いた様子を見せた。

「それ、多分直死の魔眼なんだよ!」

「直死の魔眼……?なんだそれ、厨二病じゃあるまいし」

「イマジンブレイカーに言われたくないかも!」

「ぐっ……!!言い返せねえ……!?」

学園都市における能力名はなにか厨二心をくすぐるものがある。

上条にもイマジンブレイカーが例にもれないことは自覚していたのだ。

しかし、改めて言われるとなんだか辛いものがある。

なんというか自分が名付けたわけでも望んで手に入れたわけでもないのだが、
所有している自分自身でそう読んでいる以上、改めて言われると布団に顔を埋めて足をバタバタしつつ転げ回りたい気分になる。
そんなことで胸中が混沌としている上条の思考など知らないインデックスは、呆れたというように、はあ…、とため息をつく。

「また入院なんて連絡がきたから今度はどうしたのかなと思ったら、
無能力者狩りなんて続けてる人にやられかけて、その上直視の魔眼に遭遇するなんて、わかってはいたけどとうまは不幸に恵まれ過ぎかも!
魔神オティヌスを庇う戦いがやっと終わって入院して、それでようやく退院したと思ったらこれだもんね…ちょっといい加減にした方がいいんだよとうま!」

プンスコという効果音が聞こえてきそうな勢いで起るインデックスだが、正直なところ怖さは皆無である。

「ああうんすみませんでした。それより、直死の魔眼ってのはなんなんだ?」

「平謝りな上に話をそらされた!?……まあいいんだよ、懐の広い私は許してあげるんだよ。直死の魔眼って言うのはね、
簡単に言えば、睨むだけで万物の死を具現させる眼なんだよ。
…バロールっていうケルトの神様の言い伝えにあるんだけどね、まさか実在したなんて―――」

直死の魔眼―――
モノの『死』を視る眼で、魔眼の中で最高位のものである。

これは『魔眼』と呼ばれることがままあるが、これほどの能力は魔術によってでは為しえない『超能力』であり、『直死の眼』と呼ぶほうが正しいとされる。

この眼は、脳髄と眼球のセットで初めて機能する。

ただし眼球を潰しても、死は眼球だけで視るのではないので死の概念を掴み取れることに変わりはない。

つまり視覚ではなく、知覚できるのだ。

「万物の死って、どういう意味なんだ?」

「いい?とうま。万物には全てに綻びがあって、完璧な物体なんてないんだよ。
だから、みんな壊れて一から作り直されたいって願望があるの。

直死の魔眼はね、その綻びが視えるんだよ。
霊装が術者次第で強い魔力を持つのと同じように、その目は霊的な視力が強すぎるんだと思う。

私たちでは見えない線が視えて、かつ、そのリョウギシキって人は、それがなんなのか分かってしまうんじゃないかな。
仮にとうまや私が視えたとしても、それが何なのかは理解できないんだよ。
知識としてなら私も知っているけど、理解はできないの。

結局ね、脳が死を視てるんだよ。触れることもできるはず。
とうまがみたのは、まさしくそれだと思うんだよ」

「なるほど……それで、あの腕は……」

「傷なら治療はできるけど、死んだ箇所は治療できない。
そういうことなんじゃないかな?死からの蘇生なんて、それこそ魔法使いの領域なんだよ」

インデックスの説明はざっくりであったが、厳密には以下の様になっている。

魔眼を持つものは脳髄の回線が根源の渦に対して開いており、
それを通して理解した万物が誕生と同時に内包した『死(物質の寿命、発生した瞬間に定められた存在限界)』を視るのである。

魔眼は、モノの死に易い黒い『線』と、モノの『死』そのものである『点』が視える。

線を断たれればその箇所は本体が生きていようと死滅し、二度と動くことはなくなる。

点を突かれればその個体は完全に停止する。

線は意識しなくとも視えてしまうが、線を流している原因たる点を視るためには極度の精神集中が必要。
判りやすく言うと、線を断たれた腕はたとえ物理的に肉体に繋がっていようと二度と動くことはないし、切断された場合は繋ぐこと
もできない。

点を突かれた場合はいくら頑強なものであろうと必ず死ぬ。

死の点はその存在にとっての死という概念そのものだからである。

突き詰めるとモノの『概念』を殺すので基本的に何でも殺せるが、『死』を捉えることが重要なので
『死』は死を視ている(捉えている)者が貫かねばならない。
また、本人に理解できないもの、その時代において殺せない(壊せない)ものはその『死』も理解できないので線も点も視えず、殺せない。

人間である保持者の基準はその時代の人間の限界に準じるからである。
『死』を視るにはそれを理解しなくてはならず、根源の渦の対象のチャンネルにあわせねばなら
ない。

元々直死の魔眼は、元来備えていた淨眼が死に触れて『死』を視るように発展したもので、超能力に分類される。

両儀式は、蒼崎橙子から魔眼殺しを勧められたがそれを断り、
橙子に制御法を教わってからは常時死が見えた状態ながら自分の意思で制御できるようになった。

ただし式は『点』と、意識しなければ生物以外の『死』は視られない。

式の場合は「 」に繋がっているうえ死の概念を学習したために死を視る事は呼吸をするくらい当然のことである。

が、死を視ても脳に負担がかからない式も、死を視ることが奇怪で気持ち悪いことは変わりない。
式は「 」に触れて事象の視覚化に特化していて、
式の直死は式にとって『生きている(lifeではなくlive)』ものならば死の線は視える。

例えば壊れた電話を『壊れている=死んでいる』と認識した場合にはその電話を殺すことが出来ない。

過去、巫条霧絵の周囲にいた幽霊たちは死んでいるが現世に介入できている時点で『生きている』。そのため、霊体にも死の線は視える。

式は荒耶宗蓮が左腕に埋め込んだ仏舎利の死を視ることができなかったが、

これは仏舎利が『生きながら入滅した』覚者の物だったためで、

これを殺すには通常の死の概念より何段階も高度な死の線を読み解かねばならない。


未来とはあやふやなものなので式であっても殺すことはできないが、
瓶倉光溜のような自らの意思で未来を確定させる未来測定は未来に明確なカタチを付与してしまうため
死の概念が適用され、直死によって殺し得るものとなる。


「………とうま、なんだか嫌な予感がするんだよ」

「幹也、今夜は帰りが遅くなる」

「………式?」

察しはついていた。こうなることがわかっていて、目の前でニヤニヤしている上司は、上条当麻という少年の武勇伝を式の前で話したのだ。

「少し興味がわいた。大丈夫だよ幹也。上条ってやつを殺しにいくわけじゃない。ただ、異能を殺すって右手が気になるんだ。
あの時、あいつの右手だけ、本当に死の線が無かった。だから、確かめにいくだけだ。」

「大丈夫だよインデックス、もしあいつが襲いに来ても、俺にはこの右手がある。たとえ相手が万物の死を視る直死の魔眼でも―――」

「あの魔術師だって最初は死の線が見えなかった。けど、よく目を凝らせば見えた。たとえ神の奇跡を打ち消す右手だろうと―――」

「異能の力(生きているの)なら、どんな幻想(神様)だって(ぶち)殺して見せる」

「また戦って傷つくのをやめてほしいと願うわたしの気持ちが、とうまにはいつまでたってもわからないのかな!?」ガブッ

「上条当麻は殺さないっていったって、右手は殺しに行く気満々じゃないか。
そんなのはだめだよ式、行かせないからね。反対だよ、僕は。」ズイッ

ウギャアアアアアアアフコウダアアアアアアアアアアアア

ナッバカハナレロチカインダヨミキヤ!ハナレロッテオイ!



異能を殺す右手と万物の死を視る眼が出逢うとき、
物語は始まる――――

その夜――


午前1時。とあるカエル顔の医者が勤務する病院にて。



上条「zzzzz………」

インデックスの小萌の家にお泊まりが決まって一安心した上条は、
小萌の食卓が凄惨な光景になるだろうことについては胸のうちで合掌して済ませ、入院中は暇なので早々と就寝していた。

していたのだが。

ガラッ…

上条「zzzzz…… ……?」

誰かが入ってきたようだ。
まったく頭が覚醒していない上条は、目を開けようともせず、寝返りをうって再度眠りの体制に入り、来訪客をスルーすることにした。

??「…。おい、上条。」

呼ばれている。だが知ったことではない。こちらは全身に穴は空いてるわ後頭部に歯形はあるわ疲れはあるわで寝なければやっていけないのだ。

「………。」

上条は起きそうにない。
だから。来訪客は。

両義式は、猛獣でさえも震え上がらせるような殺意を、上条に向け放った。

これにはさすがの上条も飛び起きる。

「zzzzz……………!?」

バッ、と布団から飛び起き、殺気を向けてきた方をみる。

するとそこには、涼しい顔をした両儀式がいて、

「よう、上条。昨日ぶりだな。」

なんて告げた。



「やっと起きたな、幻想殺し」


…ようやくまともに上条の思考が始まる。

ドアが開いたあとのゲタが地面を蹴る音。すれる衣の音。

よくよく考えれば、見えていなくても、来客の心当たりなんて一人しかいない。

「……お前、両儀、だったか。なんでイマジンブレイカーなんてものを知ってるんだ」

「知り合いの魔術師から聞いたんだ。お前、第三次世界対戦をとめたり、魔神オティヌスを丸くしたりしたんだって?」

……この女はいったいどこまで知っているのだろう。
ともかく、先程から殺気が今もこちらに向けられ続けてる以上、気は抜けない。………ところで

今、この女はすごく重要なことをいった。

、、、、、、、、、、、、
知り合いの魔術師に聞いたと、そういったのだ。

上条「それもその魔術師に聞いたのか。…ああ確かにそうだよ、俺ひとりの力じゃないけどな。それよりお前、魔術師の仲間か?だったら学園都市に何のようだ!?お前も俺の右手が狙いか!?」

深夜の病院であることを考慮した声量で荒々しい声をあげる上条。

それでもやはり、式はどこ吹く風な表情のままである。

「一度にそうたくさん聞くなよ。オレは魔術師の仲間でもなんでもない。ただ、ある魔術師とたまたま知り合いになっただけだ。
どちらかと言えば、「魔術師」ってヤツとは戦ってきた身だよ、オレは。」

ある意味では鮮花とも、である。
上条はそんなことは知るよしもないが。

「……まだ目的について聞いてないぞ」

「それだよ、それ。その、一切包帯が巻かれてない右手。―――やっぱり、ないな。」

突如、両儀式の黒く深い瞳を持つ眼が、昨夕も見た例の眼に――直死の魔眼に変わる。

そしてこういった。
、、、
ないな。

上条はインデックスとの会話を思い出す。

右手にはないもの。
つまり、直死の魔眼を持つ彼女が言うのなら、それはきっと――

「死の線が、か?」

「―――!」

いつも涼しい顔をしている式の両目が大きく見開かれた。
場違いだが、直死の魔眼というのは確かに底知れぬ、死そのものを感じさせるが、
しかしながらに美しい眼だと、上条は思ってしまった。

そして。式はニヤリとした表情を浮かべて。

「へえ、やっぱり、知ってるんだ。」

式は蒼崎燈子の言葉を思い出す。
上条当麻はやはり世界各地で魔術師との繋がりが濃いこと。
上条当麻には、イギリス聖教に属し、『10万3000冊の魔導書』を頭に入れたインデックスという少女がいること。
第三次世界対戦では、上条当麻は主に、フィアンマに捕らわれたインデックスを救いにロシアまでいったこと。


そのインデックスから、もしかしたら上条当麻は直死の魔眼について聞いているかもしれない、ということも、蒼崎橙子は言っていた。

ところで、なぜ蒼崎燈子はそこまで詳しいのか?答えは簡単、蒼崎燈子もまた封印指定されるほどの魔術師であるからだ。

世界中の宗教団体で、「蒼崎」という名を知らないものはいない。

蒼崎橙子のこともだが、蒼崎青子のこともまた、である。

しかし後者のことはまた別の、今にも壊れそうな世界に生きる少年のお話で語られるだろう。

ともかく蒼崎橙子は、黒桐の従兄弟の刑事からも事件の情報などを自由に聞き出していた。話術のみで、である。

(とはいえ、その刑事は燈子にぞっこんなことも要因だろう―――というのは、橙子の左目は魅了の魔眼であるのだが、普段橙子は魔眼殺しをかけているため、その刑事すなわち秋己刑事は本気で橙子にぞっこんなのだということである。)

さらに、話術を用いて身元を隠しながら橙子は世界中の魔術師から距離の壁を魔術で越えつつ、情報を得ていた。

ちなみに、上条当麻について情報を与えたのはとある最大主教なのだが、滞空回線の存在に気づいた燈子は学園都市の外から連絡を取ったため、アレイスターには気づかれていない。

だが、この病院での会話でアレイスターにバレてしまうのは秒読みである。
蒼崎燈子が知るとすれば、世界中の魔術師の誰かに聞くしかないのだから。
可能性をあげていけば、必ず最大主教も候補には上がるのだ。かといって、なにか起きるわけでもないが。

「インデックス、か。ふうん。」

「……インデックスの事も知ってんだな。トーコ、っていってたな。そいつから聞いたのか?」

「ああ。……それよりその右手。本当に線がない。初めから死んでいるみたいだ」

「……とにかく、この右手をどうしたいんだ。ほしいのか?潰したいのか?」

「―――場合によっては殺そうかと思った」

鋭い視線が上条を射抜く。

「でも、いい。殺す価値なんてない。そんなものを殺せたって、意味がない。ただ、確かめたかっただけだ。じゃあな」

そういってゆっくり立ち去ろうとする式を、上条は呼び止める。

「待てよ。昨日の通り魔をあっさり斬ったよな、お前」

それを聞いた式は、眼をぱちくりさせて。

「なんだ、まだ気にしてたのか?あんなの」

「あんなの、じゃないだろ?お前、直死の魔眼なんてものをもって、その力で普段からあんなことやってるのかよ?」


ちなみにであるが、あの通り魔の腕に関しては、くっ付けられないという意味では、カエル顔の医者の三度目の敗北となった。

インデックスのいう通り、死んだものは治せないのだ。

結局、男は義手になった。

「……オレは殺人に焦がれてる。そういう嗜好の持ち主なんだ。だから、別に――」

実のところ、式にはさらさらあの通り魔を殺す気は無く、何となく目について殺されそうになっていた少年を気まぐれで助けただけ
―――臙条巴の時のように―――
だったのだが、自身のうちに渦巻く殺人衝動を押さえるのに苦労している身としては、やはりそう答えてしまうのだろう。

実際に殺したことがあるのは白純里緒ただ一人だけであっても、命の価値を、殺人の痛みを、彼女は辛くなるほどよく知っている故に。

人が人を殺せるのはたった一度だけ、自分を殺してやる時だけだと、わかっている故に。


「――それ、本気でいってるのか?殺人に焦がれてるって」

上条の目付きが変わる。こういう目は、式は嫌いではない。

「なんだ、おまえ、許せないだとかいうつもりか?」

式は挑発的な口調で上条に問いかける。

しかし上条の反応は、式が考えていたものとはだいぶ、いやまるっきり違った。


「いや。きっと、大変なんだろうな、って、お前って、スゴいんだなって思ったからさ」

「いや。きっと、大変なんだろうな、って、お前って、スゴいんだなって思ったからさ」

式は訝しげな表情を浮かべる。

「なにいってるんだ、おまえ?」

上条は落ち着いた調子で続ける。

「両儀『式でいい』――式は、きっと誰も殺さないよ。
今までずっと我慢、してきたんだろ。
もし今まで全然殺人衝動を押さえ込まないでいたなら、昨日も殺人衝動に負けて、最後までアイツを殺してたはずだ。
でも殺さなかった。自分で今まで押さえてきた証だ、ずっとずっと。
そうやって今まで我慢してこれたんなら、これからも我慢できる。絶対だ。
でもそれって、すごく大変な事だと思う。
自分の嗜好から来る衝動を抑え続けるなんて、並大抵の人じゃなかなか出来ない。
だから、大変だ、スゴい、って言った。それだけだよ」



式は、心底驚いていた。

目の前の少年が穏やかに告げた言葉には聞き覚えがあった。

式が、白純里緒を殺した日。電話で幹也に言われた言葉と、ほとんど同じだから。

だから。式は、聞かずにはいられなかった。

「絶対ってなに。オレに分からないことが、どうしてお前に分かるんだ、カミジョー」

上条の返答は。

式が、まさかと思いながらも、もしかすると、と考えていた、まさにその言葉―――

「―――だって、お前は優しいから」

「俺を助けてくれたし、通り魔だって、普通に切ったら絶対出血死だったのを、式はその眼で、わざわざ死なないようにしたんだ。
…それに、こうみえて俺も今までたくさん、いろんな人にあってきたからさ。人を見る目はあるつもりだから」

「―――、」

式は言葉を失った。
似ている。雰囲気などは真逆ではあるが、昨日に関しても、一般論をしれっと並べてくるところが。
恥ずかしくなるようなことを平気で言うところが。
なにより、その言葉の、そこに込められる意味が。
確かに二人は完全に違うものの、なにか似すぎている。

そしてついに、式はこらえきれなくなった。

「……フッ、フフ、ハハハッ!」

「ぐ……俺は大真面目だ!笑ってんじゃねえ!」

ベッドの上なら腹を抱えて転げ回っていただろうという勢いで笑う式。

「悪い悪い、そんな気はなかったんだ。お前が真面目な顔でそんなことを言わなきゃな」

「ともかく俺の用は済んだ。じゃあな」

「おい!式、おいって!」

式は振り向きもせず、病室からさっさと立ち去っていった。

上条には聞こえなかったが、最後に、ポツリと。

本当に―――――幸せな男。

と、呟いて。

「あいつ………。」

彼女は、殺人はいけないことだと、当たり前の事をちゃんとわかっているのだろう。
だからこそ彼女は殺人鬼なんかじゃない。
そう、上条は考える。

上条は知る由もないが、もし打ち止めならば、アクセラレータの「殺したくなかった」という胸のうちを見抜いたときの様に、
式の殺人衝動と殺してはいけないという観念の衝突が今も起き続けていることを見抜いただろう。

――そして、そんな彼女を支える、大きな存在がいることも。

いつしか上条は考えることをやめ、再び眠りについた。

数日後―――

伽藍の堂


今日も今日とて、日常の光景である。紅茶を淹れながら質問するのは黒桐やはり黒桐。

「橙子さん。式は能力開発を受けないことになってはいますが、四月から学校にほんとに行けるんですか?」

「ええ、もちろん。学園都市理事長に掛け合ったらね、ここから近い上に色々と融通も聞く上、私服ありな学園都市トップランクの長点上機という学校に決まったわ。
学校には、高校3年で学園都市に来ての転入なんて、過去に類をみないと言われたわよ。
とりあえず直死の魔眼については能力の内容についてのみ包み隠さず話して、教職員達の目の前で色々殺させたら、原石という形で良い評価をうけてね。転入試験は無事合格。
ちなみにこの都市のナンバーセブンも原石で、科学の手は一切加えられていないそうよ。
厳密には力が繊細すぎて科学者も手が出せないだけ、みたいだけどね。
式も同じようなものだから、式も特になにもされはしないでしょうね。」


色々と殺させたって、なにを殺したんだろう、式は。
…学校だから、人は殺させないだろうけど。今はとにかく。

「そうですか!よかったね、式?」

「別にオレは学校なんていかなくたっていいんだけどな…」

なんて言う式の顔は、心底どうでも良さそう―――というより、複雑な顔をしている。

すると先程まで眼鏡をかけていた橙子さんが眼鏡を外し、クックッと意地の悪い笑みを浮かべる。

「そうか、そうか。考えてみれば当たり前だ、式は常日頃、黒桐の側にいたいのだからな」

橙子さん、お願いだから故意に式の機嫌を損ねるのをやめてください。切実に。

「……殺す」

ナイフを取り出して物騒なことを呟く式の頬は、本当に僅かにであるが、ほんのり紅くなっていた。このあたりが、以前の式とは違うところである。

「まあまあ落ち着いて式。大学中退した僕が言えることじゃないけどね、やっぱりちゃんと学校は行くべきだ」

「黒桐がこういってるんだ、いかないわけにはいくまい?」

燈子さん、ここぞとばかりに便乗する上でのその顔をそろそろやめてください。式がやばいです。本当に。

―――ここは、話題転換を図るべきだ……!

「橙子さん、鮮花もやはりこっちの学校にくると言ってましたか?」

煙草に火を付けながら、橙子さんはつまらなそうに受け答える。

「鮮花本人はその気まんまんだったよ。
私も住み家まで用意してやったしな。
だが、残念ながら今の学校がそれを許さないと言ってきてね。
鮮花は変わらず、向こうの学生寮に拘束状態さ。
ゴネまくって、最後には私に『燈子さん、私の人形作ってください』なんて言い出す始末だよ」


「鮮花が二人なんて頭がいたくなる、それだけはやめろ、トウコ」

「当然断ったさ。また夏休みにでも遊びに来たらいい、といっておいた。
大覇星祭や一端欄祭を見に来るのも良いだろう。
魔術の修行も、基本的には課題の形で2年分予め出しておいた。かなりの量だ。
時おり私が様子を見に行けばいい。
鮮花のことだから真面目にやるだろうし、
ひょっとすると半年で片付けてしまいかねないな、鮮花なら」

真面目にやる理由が、式に張り合うためでなければ褒められることなんだけど。
最後の言葉は兄としては非常に末恐ろしい。
第一、妹が魔術に触れること自体反対だけど、それは今さらどうにもならないからな……

「とにかく式、ちゃんといくこと、いいね?」

黒桐のしつこい念押しに、式もため息を漏らす。

「わかった、わかったからそんなにいうなよ」

しかしその顔をみるに、まんざらでもないようである。

―――見せつけてくれる、と橙子は顔には一切出さずに心の内で毒を吐いたのだった。

そして、四月、始業式―――


「カーミやーん、また同じクラスだにゃー!よろしくだぜい」

「おっ、ボクもやー!よろしゅうなつっちー、カミやん!」

「おう、デルタフォースは永遠に不滅だ!」

「なんだにゃー(やねん)、そのテンション…うざいですたい(わー)」

「お前ら新学期早々厳しいな!?」

「またお前たちかデルタフォース、新学期早々うるさいぞ!」

何だか男っぽい口調で怒声を浴びせてきたのは、委員長キャラで広いデコに長い黒髪、そして立派なメロンを二つお持ちのその人―――

Δ「げっ……吹寄!?」

―――吹寄制理である。

上条「お前ももしかして…」

吹寄「同じクラスよ。あーあ、今年も先が思いやられるわ」

吹寄はカミジョー属性に対する抗体を持つ唯一の女子なのだが、上条と同じクラスなこと自体はまんざらでもないのは秘密である。

「まあまあ、吹寄が困ることなんてカミやんのラキスケくらいだブフッ!?」

ゴチン☆

「くだらないこといってないで予習でもしてなさい!!」

「相変わらず手厳しいねんなぁー吹寄ちゃんはゲバッ!?」

ゴチン☆

「ある日突然ちゃん付けを始めるな気持ち悪い!……逃げるな上条!」ガシッ

「な、なにか起きる前に逃げておくのは常套手段ですのことよ!」バタバタ

「貴様私から意味なく逃げるなど失礼だと思わないのか!?事故なら起きないよう気を付ければいいでしょう!」デコキラーン

ああ、これはもうだめだ。
お決まりのセリフの出番である。
すなわち―――

「ふっ、ふっ、不幸だああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

ゴッチン☆


かくして、吹寄によるデルタフォース一人一デコアタック式制裁は完了したのだった。


なお、姫神は違うクラスである。

―――四月のある日・窓の無いビル内部





「はあい、アレイスター。呼び出すのはいいが、空間移動能力者の一人くらいよこせ。ここへ来るのは大変なんだ。」


「―――かつてはいたのだがね、今では彼女は手中に置いていない。暗部へと堕ちていったのでな」


「ふん、そいつについては別にどうだって良い。…それで、用件は?私に依頼なんだろう?」


「…ああ。その内容は――――」

「学園都市第三位、御坂美琴を百二十八人。及び、学園都市第一位、一方通行を一人。
――――完全なものを用意してもらう」

蒼崎橙子は、なんと反応したものかまったくわからなかった。

――同じ少女を128人と、その少女より格上のある少年を1人だと?こいつまさか―――

「…アレイスター、お前――『詮索するな』――!!」

ここで、蒼崎橙子という人物について、簡単に説明をしておく。

彼女は二十代後半の卓越した人形師で専攻魔術はルーン。
工房・伽藍の堂のオーナー。
礼園女学院―――つまり、黒桐鮮花の所属する学校のOG。
魔術回路の数は平均的な20ほどだが、精密さで他を圧倒する美しいものである。
さらに生まれ持った魔眼、世界の機微を感じ取る五感、自らの特異性を削ることなく摂理に適合する知性と非の打ち所のない才能の塊といっても過言ではない。

魔術回路以外の才能で優れた魔術師となった。
魔術師としての能力はトップランクで、他の魔術師のように現代社会に寄り添う必要はない、と純粋培養で育てられた『魔法使いの卵』だった。
ルーン魔術を専攻していたが、その腕前はさほど強くはなく、単純な戦闘力は黒桐鮮花に劣る。
が、ルーン魔術そのものに関しては素晴らしい技能を持ち、ステイルなどでは彼女の足元にも及ばない。
本領は人形造りとちょっとした生体改造である。
これはアレイスターは知らないことだが、『魔術師が最強である必要はなく、最強のものを作り出せばよい』という理論に基づき、戦闘は彼女が作り上げた使い魔に任せている。

その使い魔はオレンジ色の鞄の幻灯機械によって生み出される影の猫と、匣じみた大きな鞄の黒い怪物。
また、蒼崎橙子は人体を通して根源の渦に到達するための研究過程で自分とまったく同じものを作り上げている。

『まったく同じならば自分ではなくても問題ない』という考えからそのとき生きている橙子が死ぬとストックされていた橙子にスイッチする。

そうして目覚めた橙子は、目
的を達成してから自分をもとにして人形を作り再び眠りに就く。

起動中の人形から次の人形への移行は一眠りして目覚めるくらいスムーズ。
前作の人形が壊れた経緯の引継ぎについては距離に関係しており、近ければ近いほどその経緯を引き継ぐが、遠くなるとその分の記憶のブランクができる。

起動した人形はまず自分の人形を作ってから活動を始めるが、小川マンションでコルネリウス・アルバに殺された後はこのルールを破って即座にアルバを殺しに行った。

なお、橙子人形は世界各地に保管されている。

本人は『青』の称号が欲しかったが、魔術協会から『赤』(どんな『赤』かはわからない。少なくとも原色の赤ではない)の称号を与えられている。

そのためか『傷んだ赤色(スカー・レッド)』と呼ばれることを嫌い、そう呼んだ者は学院時代から例外なくブチ殺している。

コルネリウス・アルバはその為に殺されたのである。

20代でマスタークラスになった。彼女はまったく同じもの(人体)を作る最高位の人形遣いであるが、それは魔術が全盛を誇った中世において下された『人間を超える人型は造れても、決して人間と同じモノは作れない』という絶対の法則を覆すものである。

自分の名前が嫌いなのに必ずオレンジ色の装飾品を一つ身につける習性がある。

本業は人形の製作だが、建築なども手がける。依頼を受けることはせずに直接依頼人に売り込み、全額前金で受け取ってから製作を開始する。

だから、アレイスターとの契約がなければ、こんな風に呼び出しには応じなかった。これはかなり特異な例なのである。

製作した人形を売ることは基本的にないようだが、橙子が無一文になって「あー、ビール飲みてぇー」という気分になったら二束三文で売り払ってしまう。

眼鏡をかける→はずす、で性格を意図的にスイッチする。眼鏡をかけたときは主観的で人情家。眼鏡をかけていないときは客観的で酷薄。どちらが作為的でない蒼崎橙子なのかは本人にもよくわからないらしいが、どちらにしても根はロマンチスト。

両儀式にいわば仕事の下請けをさせることがあるが、この際の報酬は一時的にせよ式の殺人衝動を解消できること。

しかし実際には式が満足できる報酬を得られていないため、その代わりに義手を強化したり珍しい刃物を与えたりしている。

黒桐幹也と両儀式の恋路を見守っているのはある意味では暇つぶし。

単純に面白がっているのと、式と幹也が迎えているであろう『自分のあり方としての山場』を既に卒業した者として後輩に最低限手を貸しているという状態である。

式と幹也は答えを既に見つけたので、あっさりと消えるつもりだったのだが、事情が変わってしまったためこれまでの状態を継続している。

「お前の作る人形はもはや人形の域にはない。人間を超えた人型ならばこの街でも作れるが、人間と言うものは作れない。
クローンにせよ不完全だ。
それが常識。だが、お前は違う。
その常識を、私の前で覆してみせた。私はお前を確かに殺した。
だがお前はここにいる。代わりだというが、私はお前の本物を殺したとは思っていない。
そしてそれは、お前にすらわからないんだろう?
蒼崎橙子。お前が、人形なのか、オリジナルなのか」

アレイスターが微笑を浮かべて淡々と告げると、橙子もつられるようにクックッと笑いながら返す。

「ああそうさ。私には、私が本物かどうかなんて疑問は、なんの意味も持たない。
少し昔話をしてやろう。私は、お前に殺されたとき、工房で目覚めた。
だから私は生後2週間、といったところだ。私は何年か前、ある実験の過程で、私と寸分違わぬ人形を造り上げた。
自分以上の能力をもたず、しかし自分以下でもない、まったく同一の器だ。
だから、私とまったく同じ人形だから、私が死んだ後も私と同じように私は次の段階へ進んだ。
…ちなみにだ、お前に殺された私は、これとまったく同じことをコルネリウスという馬鹿に講義したことがある。
私を傷んだ赤色(スカーレット)と呼んだために命を落としたがね。
アレイスター、お前はコルネリウスより理解が早いようで助かっているよ」

「…今の私は、活動していた私が死んだ時点で目覚めた。以前の橙子が得た知識は記録されているから、引き継げば何ら問題はないわけだ」

「いずれも同じ器だから、自分が本物か偽物かなんて事は存在しない。……ならば今生きているお前は紛れもなく蒼崎橙子だ。だから、お前は、同じように、人形を作れるのだろう?」

「その通りだ。さすがはアレイスター・クロウリー、か」

「お前以外の人間への応用は?」

「必要なものが揃えば可能だ。…やる気はしないがね」

紫煙を吐きながらつまらなそうに言う橙子。

「報酬は弾む。お前は社員に給料を払わないことがあるそうだな。ボーナスでもだしてやればいい」

「そいつはありがたい話だがな、アレイスター。私は犯罪者になるつもりはないんだが?」

「いいや、お前は言われた通りに確固たる意志と自我を持った自動人形を作るだけ。使うのは私だ。それ以上でもそれ以下でもない。簡単だろう。」

「だから気が進まないといっているんだ。
、、、、、、、、、、、
本物かもしれないんだぞ、私の人形ではなくな。その区別すら存在しないんだ。ほら、大変なことになりうるじゃないか」

「ならば契約を結べ。応じないなら両儀式をプランに組み込む。」

「―――具体的には?」

「第二の“荒耶宗蓮”を生み出す」

荒耶宗蓮。

外見は四十代後半だが、二百年以上を生きる元台密の僧。魔術師としての能力は穴だらけだが、自己の強さは何者をも凌駕していると蒼崎橙子は評価した。

苦悩が刻まれた貌と魔術師にあるまじき強靭な肉体が、対峙した者に嘔吐感に似た重圧を与える。

左手に仏舎利を埋め込んでいる。

魔術回路は30ほど。長く生きすぎてもはや一つの概念になっている。

起源は“静止”。

魔術師としては平凡だが、結界作りに関しては屈指の冴えを見せる。特殊な才能を持たない彼は、歳月と信念を積み重ねて自己を完成させ、一流の結界師になった。

かつて時計塔に所属していた。蒼崎橙子とは師を同じくした学徒であり、同郷ゆえに気が合ったという事ではなく、志が似ていたために意見交換をするようになったという関係。

ヒトの意味を検分するためにヒトの魂を通して根源の渦を目指した。
また、何度も運命を繰り返せば変化が起きるかもしれないと思い、小川マンションを一日で生と死のループを繰り返す異界にした。

荒耶が求めた根源とは、つまり歴史の終末、人間の価値を記したものである。

両儀式にぶつけるため、巫条霧絵に二重存在を与え、浅上藤乃の背骨のヒビのみを治療し、白純里緒の起源を覚醒させた。
かつて、両儀式に殺されかけた黒桐幹也を助けたことがある。

何度も自身の身体のスペアを作り、破壊されるたびに交換してきた。

最終的には根源に至るハードウェアである両儀式の肉体を奪おうとした。
小川マンション(奉納殿六十四層)は本来、そのためのものである。

最期は小川マンションで両儀式の肉体を奪おうとしたが、式に殺されたのだった。

橙子はアレイスターの言動を鼻で笑ってやった。

「―――出来るとでも?」

「出来るのだよ、蒼崎橙子。わたしもかつては根源の渦を目指したものの一人だ。荒耶宗蓮の事も当然よく知っている」

こいつは――やっかいだ。
しかし、私が依頼は基本的に断れない契約で、私からの無理な要求を以前アレイスターはのんでいる。
これ以上は平行線だろう。

「しかたない、受けよう。あまりに数が多いのでな、3ヶ月はかかるぞ。いいか、お前サイドのみでやれ。面倒をこちらに持ち込むな。それが条件だ」

「約束しよう――――」






―――ビュウ…


「………ア?」

「どうしたの、あなた?ってミサカはミサカは訪ねてみる」

「―――――イヤ、なンでもねェ―――」

春の到来を告げる爽やかな風なはずなのだが、その感覚はなんだかひどく気持ちの悪い手つきで肌を撫でるようで――

突発的に、一方通行をひどい胸騒ぎが襲った。

昨年、悲惨な目に遭いまくった垣根帝督という青年がいる。

オリジナルは冷蔵庫にされ、復活したはいいが己の能力から生まれた別の「垣根帝督」にシステムの支配を奪われ、魔神オティヌスにバレーボールにされ、最後は破滅した。

垣根帝督の能力から生まれた真っ白な垣根帝督は、フレメア=セイヴェルンを守る保護者としての側面と、人助け等の善行ばかりを進んで行う清く正しい学園都市第二位としての側面を持ち、今や第三位・御坂美琴と同じように学園都市の広告塔となっている。

本人は学園都市第二位の垣根帝督であることは隠しておきたかったのだが、誰かが気づいて広めてしまったのであろう(誰も知らないことだが犯人は心理定規である)。

さて、黒桐幹也は蒼崎橙子にパシられてセブンスミストに行く途中であった(蒼崎は既に窓のないビルに向かっていることを彼は知らない)。

行く途中であったのだが。

「……えーと?」

眼前で銀行強盗が起きている。アンチスキルが来ているようだが、犯人が能力者なのか(成人しても能力が失われないんだなあ、と成人したら能力が無くなるという勝手な妄想をしていた黒桐は本当に驚いた)、ジャッジメントの到着待ち状態になっているようだった。

「……あれを黙って見過ごせ、っていうのは、良心が痛むなあ……」

あれ、というのは。

アンチスキルが銃を向けている銀行強盗に銃を向けられている若い母親とあまりに幼い娘の親子である。

別に式との結婚生活をたまに考えるからその母親が式にダブるとかそういうのではないのだが、何か、心が黙ってスルーを許してはくれないのだ。

「一般人がでしゃばるのはあまりよくないけど…仕方ないな」

橙子に『無能力者狩り対策に持っておけ』といって渡された、橙子の魔力が込められているので扱うだけなら素人でも扱える使い捨て魔術兵器――コンパクトなケース状の物体をポケットから取り出す。


「お願いしますよ…橙子さん」

人を殺してしまわない程度の威力に留まることを願いながら、ケースを開く。

すると、ケースから出てきたのは、影の猫…科であることは確実そうな何かであった。

幸い、みんな銀行強盗に気を取られているので、誰も気づく事はなく、銀行強盗の意識はこちらに向かなかった。

「―――あの銀行強盗を、とっつかまえるんだ」

そう告げると、この真っ黒な獣は目にも止まらぬ速さで銀行強盗に向かって突撃する。

次の瞬間には、銀行強盗をはったおし、かつて赤い人を食った時のように口を大きく開け、ビビった銀行強盗がつい手を離してしまった銃を即座に食い、銀行強盗を取り押さえた状態で獣は主の指令を待つ。

「もういいよ、よくやったね、ありがとう」

距離があいているのになぜ聞こえるのかは分からないが、ともかく黒桐がそういってケースを開くと、獣がケースの中に戻っていく。

何が起きたかわからない銀行強盗がポカンとしながら倒れたままなところで、すかさず


「今じゃん!取り押さえろ!」

と、怒号が響き渡った。


「無事解決したみたい、だね。さて、セブンスミストに行かないと…っと、燈子さんは使い捨てって言ったけど、込められた魔力が尽きるまでは何度でも使えるんだな。燈子さんがいる限りは充電式じゃないか、全然使い捨てじゃないね…」

燈子が「使い捨て」と称したのにはちゃんと理由がある。
そもそも、込められた魔力が尽きた段階でケースが壊れる仕様なので、充電など出来ないためだ。

さて、黒桐はなるべく誰にも見られないように事を成したわけであるが、あるたった一人には、偶然終始見られていたのだった。
が、当の黒桐はまったく気づいていなかった。

数時間後―――


「燈子さん人使い荒いにも程があるよ…この量を僕一人に買いにいかせるって…」

無事お使いを終えた幹也だったが、あまりに買い物量が多すぎて、まるで海外から日本に来た買い物目当ての観光客のようになっている。
もうタクシーでも使おうか、などと考えていると、不意に背後から声をかけられた。


『あの、大丈夫ですか?よろしければ手伝いましょうか?』

驚愕である。
黒桐が振り替えると、そこには全身真っ白かつ長身で美形の男が立っていた。ただ、白さに関しては、色白とか、そういうレベルではなく、本当に全身真っ白なのだ。

「ええと…」

『申し遅れました。私は垣根帝督と言います。真っ白なのは、能力の関係です。』

なるほど。とりあえず納得である。納得しなければならない。魔術でも、能力でも、何でもありなのはもう仕方がない。

「そうなんですか。……僕は黒桐幹也と言います。あの、今、荷物を…」

「ええ、お持ちしますよ」

なんだかわからないが、垣根帝督と言う名はもちろん黒桐も知っていた。すごくいい人な学園都市第二位であると大々的に広告されていたために、である。
とにかくいい人だと言うことだし、実際目の当たりにしてもまったく邪気というか人の悪さを感じさせない。
完全無欠の善人な雰囲気を感じさせる。信頼できるだろう、ととりあえず判断する。
なにより、今の黒桐は猫の手も借りたいくらいしんどいのである。

だから、もちろん返事は、

「じゃあ…お言葉に甘えて。お願いします」

の、一択だった。

黒桐幹也は基本的に黒づくめの服装である。

狙っているわけではないのだが、黒桐の服装はどういうわけか黒一色でまとまってしまう。

故に、隣で荷物を持ってくれている垣根帝督――くどいようだが、いわゆるカブトムシさんの方の――が真っ白なため、
黒桐と垣根が並んで歩くとまるでオセロである。

垣根のおかげで荷物運びが大分楽になったので、黒桐にも雑談する程度の余裕が戻ってきた。

――それにしても、この人は白い。石膏細工みたいだ。いや、もうすこし有機物らしい白さだけど。

「…銀行強盗」

しばらく無言で歩いていたのだが、垣根が唐突に口を開く。

「逮捕に導いてましたね、見ていましたよ」

――居たのか。居たのに、この学園都市第二位スルーしていたのか?それとも、僕がケースを開けたタイミングでたまたま着ただけだったのか。今さらだし追求もしないけれど。
苦笑しながら、誰にも見られずに済ませるつもりだったんですけどね、と返す。

「残念でしたね、偶然見てしまいました。…なにか不思議な力を使ってたようですが。あなたの能力ですか?」

「違いますが…まあ、いろいろありましてね」

それを聞いた垣根もまた笑顔を浮かべて、
       、、、、
「そうですか。こちらも追求はしないでおきます。」


―――この人は読心術でも使えるんだろうか?


ともあれ、学園都市第二位と知り合えたのはラッキーかもしれない。
この先、能力関係で困った時に、質問できる相手がいるのはきっと助かるはずだ。

橙子さんはこの街の超能力についてはさっぱりだといっていたし、何よりあの人は超能力が嫌いだといっていた。聞けばスリッパでも飛んでくるだろう。

―――気になっていたことを、聞いてみよう。

「あの」

「なんでしょう」

「このあと、少し時間ありますか?」

「ええ、空いてます」

今日は、フレメア・打ち止め・フロイラインの三人娘は一方通行が面倒を見ている。

フレメアの鞄には垣根のダークマターが――カブトムシのキーホルダーが付いているので、フレメアの状況は常に把握できるようになっているのだ。

「手伝ってもらっておいてこんなことを言うのも申し訳ないんですが、わけあって、今からいくところには関係者以外招けないんです。
ですから、荷物運びはここまで手伝っていただければ十分です。ご親切に、ありがとうございました。」

「いえ、どういたしまして。――それで、どうして時間について?」

「そこにある喫茶店に居て頂けますか?お礼に、奢ります。」

垣根としては別にそこまで礼をされるようなことをしたつもりはないのだが、この人の好意を無下にしようとも思えず、

「そうですか?では、お言葉に甘えて。――では、また後で」

「ええ、15分くらいで戻りますから。また後で」

そして垣根は黒桐が指した喫茶店へ、
黒桐は燈子がふんぞり返っている(と思っている)伽藍の堂へと足を進めた。

伽藍の堂――


黒桐「橙子さん、言われた品すべて、買ってきましたよ。………橙子さん?」


人の気配はない。
どうやらではからっているようだ。
――人をパシっておいて、いったいどこにいったのだろう、あの人は。
とにかく、今日はこれで退社しますと置き手紙を書いて、早く垣根さんのところへ戻ろう。
…ついでに、この街の超能力について調べてきます、と書いておこう。
しかし、本当にどこへ消えたんだろう?仕事なんて入って――いや、セールスにでも行ったのかな?
明日からまた、忙しくならなければいいけど―――



この翌日から橙子さんが『しばらく古いアジトの工房へ戻る。用があれば電話しろ、仕事はFAXで指示する』という置き手紙を残して消え、

僕の仕事が二倍になって死ぬほど忙しくなるということを、この時の僕はまだ知らなかった。

『……まいったな』

黒桐指定の喫茶店にて、黒桐を待つ垣根。
黒桐が戻るまで、彼も暇をもて余していたので、意識を持つ他のダークマターを経由し、学園都市のあちこちを見ていた。

結果、現れた黒桐幹也にもまるで気づかない、石像のように硬直した美白イケメンが完成していた。

『垣根さん、起きてください。垣根さん!!』

ハッ!!としたように我に帰る垣根。

『あっ、これは失礼しました。少し考え事をしていまして』

考え事をしてたのか、いまのは。なんというか、千里眼で遠くで起きたなにかを見ているような感じに見えたけど。

『いえ、大丈夫ですよ』

それよりなにか頼みましょう、と僕は提案する。

垣根さんは、律儀にも、まだなにも頼んでいない。

……会計は最後だし、別にいいのに。

そして、そろってアイスコーヒーを注文。

さて、質問をしよう。

『あの、実は、いくつか教えていただきたいことがあるんです』

『なんでしょう?答えられる範囲なら、何でも答えますよ』

『ありがとうございます。聞きたいことと言うのは―――まず、この街における超能力についてです』

ちなみに、本人に聞く事は叶わないが、蒼崎橙子ならば超能力については以下のように答えるだろう。

超能力とは、すなわち異能。
ヒトという種がヒトの普遍的無意識(阿頼耶識)から生み出した抑止力で、偶発的に発現する一代限りの変異遺伝のことである。

抑止の対象は霊長類として頂点に立つヒトに仇すモノたち。

本来、人間という生き物を運営するに含まれない機能のことで、超常現象を引き起こす回線。

つまり脳のチャンネルが人間の常識ではないチャンネルに合うことで得られる能力。

魔術とは違い、先天的な才能が必要不可欠である。異能の回線を持つ者たちは息を吸うかの如く超常現象を引き起こす。

本人たちにとってそれは『出来て』当たり前のことなので、一般常識を持った外部からの指摘で初めて自分が異常なのだと気付く。

学園都市においては素養格付によってこの先天的な才能を見いだし、脳を開発する形で無理矢理引き出す事で、超能力者を生み出している。

阿頼耶識など完全に無視、抑止も何もないのである。

すなわち超能力は、陰陽の理を無視した、自然から独立した人間種が持つ最果ての能力であり自然干渉法だ。
自然干渉というが、実のところはそれをねじ曲げているものに近いのだが。そのあたりは後に垣根が説明してくれるだろう。

ちなみに超能力は陰陽の理にそぐわないだけのちっぽけな力であり、魔や混血の自然干渉には敵うわけもなく、超能力者単体では魔や混血には到底敵わない。

学園都市にはそんなものは存在しないので、脅威ではないが。

――そんな、通常の人間には不可能な超常現象を引き起こす力。超能力 。

以前、橙子の紹介で訪れた研究員から聞いた話では、超能力者というのは、以下のようなものであった。

人間の脳をテレビに見立て、12個のチャンネルがあるとする。一番視聴率のいいチャンネルが8ならば、我々は常にその8チャンネルに合っている状態にある。
それ以外のチャンネルはあるが、我々には見れない。
一番みんなが見ている番組が常識で、その常識の中で生きていられる私たちがもつチャンネルが8チャンネル。
常識という絶対法則に守られて意思疏通ができる。
超能力を観測するチャンネルがあればすごいが、そこには8チャンネルで流れる常識はない。
他のチャンネルにはそのチャンネル独自の番組、すなわちルールが流れる。
今の時代に即して生きる為のチャンネルは8なので、たとえば4チャンネルを見ている人が8チャンネル――社会に適応できるはずがない。

要するに、8チャンネルがないというのは精神異常者ということになるわけだが、大抵の超能力者は8チャンネルと4チャンネルを同時にもち、使い分けながら生きている。
そうして世間に紛れ込む。故に容易には見つからない。

だから、4チャンネルしか持たない者には常識が通用しない、いや、そもそも存在しない。

その研究員は、そんな彼ら超能力者を――“存在不適合者”と称した。4チャンネルしか持たない者が、8チャンネルの中で生活など、完全に不適合であるからだ。

しかし、学園都市に来てみると、たとえば目の前の垣根のように、至って普通のいい人にしか見えない超能力者が存在する。
子供達の中にも、当たり前のように能力者が存在する。

これはどういうことなのか。

もしかしたら、殺す以外に、存在不適合者を適合者にする方法が、この街にはあったのではないのか。

あの時とはまた違ったやり方で浅上藤乃を救う術が、あったのではないのか。

―――そう考えると、僕はこの街の超能力が気になってしたがなかった。
調べるのもいいが、この街の技術資料を見ても多分学力的な問題で完全理解できるかは危うい。

外の世界なら大学院でやるような内容を中高でやるようなこの街のレベルには、大学を中退した僕には着いていけない気がする。

だから――頭のいい人に、解説してもらうのが得策だろう、と僕は考えた。

垣根さんと知り合えたのは本当についている。

垣根さんはニッコリと笑うと、やはりこの街の育ちではないのですね、と確認をしたようだった。

『きたばかりでね。…それで、超能力については…』


「そうですね、…どこから説明しましょうか。
まず、ですが。超能力とは、 薬物投与 、 催眠術による暗示 、直接的な電気刺激などを施すことによって脳の構造を人為的に開発し、 科学的に 作り出すものです。

手から炎を生み出す、手を触れずに物を動かす、人の心を読む、などいくつもの種類が存在します。
その原理としては、「 自
分だけの現実(パーソナルリアリティ) 」と呼ばれるものを確立することでミクロの世界を操り、
それによって物理法則を捻じ曲げ、超常現象を引き起こし自在に操作するというものです。」

……既にぶっとんだ話になってきている。パーソナルリアリティ?ミクロの世界を操って物理法則をねじ曲げる?

物理法則をねじ曲げる、すなわち自然干渉を行うということである。やはり、説明は違えど、超能力というものの本質は確定的であると言えるだろう。
橙子の話を聞けない黒桐がそれを知るよしはないが。

とにかく、黒桐はまた聞きなれないワードについて質問をしてみることにした。


『自分だけの現実、とはなんですか?』

はい、と垣根は説明を続ける。


『能力者が個々に持つ感覚で、能力発現の土台となる根本法則です。
量子力学の理論を基にしているとされています。シュレティンガーの猫みたいな話ですね。
物理現象は起こり得る複数の可能性の中から一つを選択することで確定し、通常の人間は常識的な可能性しか選べません。
対して能力者は、「手から炎を出す可能性」「人の心を読む可能性」などのごく僅かな可能性を選び取り、
本来あり得ない現象を確定し、ミクロの世界を自在に歪めることが出来るわけです。
この通常とは異なる可能性を観測する現実とズレた独自の認識や感覚を、「自分だけの現実」と呼びます。
能力開発では、科学的手法を使ってある種の人為的な脳障害を引き起こし、「自分だけの現実」を確立する事で能力を発現させています。
「自分だけの現実」とは、平たく言えば妄想や思い込みに近いですよ。
非常識な現象を現実として理解・把握し、不可能を可能に出来ると信じ込む意志の力とも言われるほどですし。
より強い個性を保ち、強靭な精神力や確固たる主義を持つことが、「自分だけの現実」の強さに繋がるとされています。』







―――なるほど。つまり、あの研究員の言うように、能力者は自分独自のチャンネルを持ち、それをこの街ではパーソナルリアリティと呼ぶわけだ。
そして、他の人には見ることのできないチャンネルをみることが出来るのが能力者で、
人為的に、8チャンネルに合わせてある人の脳が4チャンネルも見れるように脳をチューニングすることがこの街で行われる能力開発。
…外の世界もあと30年したらそんなことが行われるようになるのかな?

『基本的に一定のカリキュラムを受ければ誰でも能力を開発することが可能ですが、
能力の系統・種別は各個人の先天的資質に大きく左右されますから、どんな能力が身に付くかは開発するまで分かりません。
また、能力は 1人につき1種類しか使えず、一度発現した後では能力の種類の変更は不可能です。
ちなみに、未発見ですが、複数の能力を使う者は多重能力者(デュアルスキル)と呼びます』

―――浅上藤乃だ。万物をねじ曲げる歪曲と、透視能力(クレアボイアンス)をその魔眼に発現している。彼女はこの街なら、多重能力者と呼ばれたのか―――――


『また能力は、全て6段階の強度(レベル)に分類されます。
能力自体は「自分だけの現実」で発現しますが、能力の行使と制御には頭脳による演算が必要不可欠です。
どんな能力にもそれぞれに計算式があり、それを正確に演算することで能力を発動させるので、
一度開発してしまえば後は準備なく身一つでどこでも即座に能力が使えます。
ただし、何らかの外的要因で集中が乱れると能力の精度などに影響を及ぼし、
極度の混乱や精神的疲労などに陥れば一時的に能力の使用が出来なくなることもあります。
演算能力がそのまま能力の正確性や威力に繋がり、訓練や学習で演算能力を鍛えればレベルも上がります。
そのため必然的に上位の能力者は演算能力が高い=勉学能力が高いということになりますね。
ただ、能力開発の技術自体は科学的に確立されてますが、その能力が生み出す現象のメカニズムの解明や、
その現象の他分野への応用、発現する能力の種類の個人差などは未だ研究中のため、
学園都市における能力開発はそれらの研究の手段に過ぎません。
つまり、学園都市というのは、巨大なひとつの実験場なんです。
能力名は原則として学校側がシンプルな名前を決めていますが、
学生自身もしくは開発者が申請した名称も存在します。
大半の能力名は、漢字4文字にカタカナのルビを当てた名称になっていますよ』

―――巨大なひとつの実験場。それが、学園都市の正体。
……式や鮮花が開発を受けなくて、本当によかった。


『レベルの決定はどう決まるんですか?』


『身体検査(システムスキャン)と呼ばれる、学生の能力レベルを測定(査定)する制度があるます。
定期的に受けることが義務付けられ、試験と同時期に実施されていますね。
測定の対象は、能力の威力、効果範囲、制御などです。
この結果によってレベルが決められ、成績の一つとなります。』


『せっかくですから、AIM拡散力場(エーアイエムかくさんりきば)についても話しておきましょう。
あれは、能力者が無意識に周囲へ発している微弱な力のフィールドを言います。
AIMは "An Involuntary Movement" (「無自覚」という意味)の略です。
「発電能力」の微弱な電磁波、
「発火能力」の微弱な熱量、
「念動能力」の微弱な圧力などが該当し、
能力の種類によって様々に異なります。
あまりに微弱なため、精密機器を使用しないと測定できません。
AIM拡散力場を計測することによって「自分だけの現実」や能力自体への解析や探索、干渉が可能とされ、
実際に「AIMジャマー」やレベル5候補の一人である「能力追跡(AIMストーカー)」など、
AIM拡散力場を応用した能力や技術もあります。』

『能力についてはわかりました。では、能力者そのものについてはどんなことが言えるんですか?』


『難しいですね。当然のことではありますが、能力者とは能力を有する人間の総称です。
基本的に「能力者」と呼ばれます。
学園都市外部の人間が学園都市内部の能力を有する者を指す場合や、
学園都市内部の人間が「 超能力者(レベル5) 」を指す場合は「超能力者」と呼称しますので、そこは区別が必要です。
一部の原石を除き、基本的に全ての能力者は学園都市に在籍する学生であり、
能力者になるには学園都市内の学校へ入学し能力開発の「時間割り(カリキュラム)」を受ける必要があります。
それゆえに年齢制限も存在し、下限は5歳から、上限は少なくとも30代までですね。
能力開発とは研究目的で実施されており、有り体に言えば能力者は 人体実験の被験者ということでもあります。
能力者とはいっても、能力があること以外は通常の学生と同じで一般的なライフサイクルを送ってますし、
能力を活用した行動は本分ではなく、基本的に能力は成績としてしか意味しません。
ゆえに、日常生活の中で能力を使うことはあっても、喧嘩が常である不良や能力者の治安維持要員である
風紀委員(ジャッジメント)などの一部を除く大多数の能力者は能力を使った戦闘は行わず 、
能力者の軍事利用などもされません。』

……式は原石扱いだったっけ。それに、基本的に全ての能力者は学園都市―――

やはり巫条霧衣、浅上藤乃達は学園都市からみてもイレギュラーな存在なのか。
それに、起源覚醒者なんてものも世の中にはいる。それから、魔術師なんてものも―――

ただ、いまの説明を聞くに、やっぱり能力開発を受けても普通に生活していけてるなら、能力開発したからって8チャンネルがなくなる訳じゃないんだ。

それに、なんだか聞いた感じ、なんだか能力者だらけといっても平和そうな印象を受けるけど………

『ただしそれはあくまで表向きで、暗殺や破壊活動が主な暗部において、
暗部所属の能力者はその能力を日常的に戦闘に応用しており、
格闘や銃器などの軍事訓練も積んでいます。
また能力者のクローンを兵器として製造・運用する量産型能力者計画と呼ばれる計画もかつては存在しました。
…この街の闇や、暗部には関わらないほうが得策です。』

出来ることなら僕も絶対に関わりたくないし、関わる予定もない。

『では、原石、というのは、どんなものなんですか?』

『原石とは、学園都市外部において自然に発現した天然の能力者です。
学園都市の能力開発と同じ環境が自然に整った場合に生まれるとされています。
能力開発による能力者が「 人工のダイヤ 」なのに対して、
「天然のダイヤ 」と評されますね。世界的に見ても非常に数が少なく、
現在確認されている「原石」の総数はわずか50人前後。
その存在はあまり知られておらず、学園都市内においても噂の域を出ません。
学園都市が創設される遥か昔より存在し、 魔術と呼ばれるものの発祥の要因にもなったそうですよ。』

予想通りだ。すると、いままで見た能力者はみんな原石なわけか。
魔術に関しては橙子さんの専門分野だし、それは後に聞こう。

…しかし、学園都市が提供するのと同じ条件が揃ったとき、なんて、この街はよほどその科学力に自信があるらしい。
血筋やまた別の要因による必然、なんてものもあるに違いないのに。

「また、超能力者(レベル5)
に関して言うと、能力のランク分けにおける最高位であり、
学園都市の全学生約180万人の内7人しかいない極めて稀少な存在です。
当然ですが、レベルの高いほどにその人数は少ないですね。
能力そのものの威力もしくは効果の応用範囲が非常に高く、
戦闘面においては単独で軍隊と対等に渡り合える程で、他を圧倒する超絶な能力です。
名実ともに能力開発競争の頂点に君臨するエリート中のエリートであり、
全ての能力者から羨望の的となっています。
当然ながら、努力だけで到達の出来る領域ではなく、レベル5にまでなった者は、
いずれも天性的な才能があったからこそ、その不動に等しい絶対的地位を得ています。
御坂美琴が幼少期より電気体質であった事等からも、
レベル5になれる者は幼少期より能力の兆候があったと言うことですね。
なお、この7人の中には第1位から第7位までの序列が存在します。
この序列は個々の能力研究における工業分野や学術分野などの応用価値から生まれる利益が基準であり、
必ずしも強さを表すものではありません。
また、その能力強度から「 自分だけの現実」も強いとされますが、それ故に個性的な人物が多いですね。」

『結果、レベル5は人格破綻者の集まり、とか言われます。確かに破綻しているものもいますが…』

――存在不適合者の見方を帰ると、そういう表現になるわけだ。やはりこの街においても、そういうのは存在してしまう。

高位能力者ほど変わり者なら、その不適合ぶりにも段階があって、その最たるlevel5が存在不適合者―――浅上藤乃のような人間だと言うことか。裏を返せば、レベル4まではまだすこし適合している部分が残っている。

アナログから地上デジタルに少しずつ移行したように、一般のチャンネルから超能力者のチャンネルへと少しずつ移行してあく過程―――それが、レベル。

「それとは別に、絶対能力(レベル6)なんて概念もありますね。』

『なんです、それは?』

『超能力者を越えた能力とされる仮定のレベルですよ。
理論上の概念であり、実際には未だ到達した人間はいません。
「最強を超えた無敵の存在」「神の領域の能力」とも評されています。
今は破壊されてありませんが、かつてあった学園都市お抱えのスーパーコンピュータ、
樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)が行った予測演算によれば、学園都市第一位の一方通行にのみ到達できる可能性があり、
それに基づく 絶対能力進化計画 と呼ばれる実験も存在しました。
……とある少年が止めましたがね。』

黒桐はその言葉でひとつの名前を浮かべていた。
話を聞いていると、やることなすこと全てが高校生離れしている例の彼。

『まさか…上条当麻、ですか?』

垣根ははじめて驚愕する。

『ご存じで?』

『話を聞いただけ。……そうか、それも上条当麻なんだ……』


いつかあってみたい、と素直に思う黒桐だった。

『わかりました、長々と説明させてしまってすみません。ありがとうございました。』

『いえ、大丈夫ですよ。長くなってしまうのは仕方ないんです。この街には、いろいろありますからね―――』

その眼は、虚ろ。

『色々、ですか……」

その色々に巻き込まれなければいいんですけどね、と困り顔の黒桐。

『それがなかなか難しい、のかもしれませんね…』

この二人、なんだか気があってしまっていた。

会計を済ませ、連絡先を交換した後垣根と別れた黒桐が伽藍の堂へ戻ると、いつのまにやら蒼崎が戻っていた。


『どこにまた遊びにいってたのかは知らんが、お使いご苦労だった、黒桐』

『橙子さん、今月給料なしとか言ったらさすがの僕も怒りますよ』

それはもう、心から。

『安心しろ、ちゃんと払う。
――驚け黒桐、夏にはボーナスを出してやる』

あっ、…これは地球がヤバイかもしれない。抑止力が働く可能性があるぞ。

『なんだ黒桐、その明らかに疑っている顔は。』

『だって、橙子さんが急にボーナスなんて口にするから―――』

『そうかそうか、いらないんだな。なら仕方ない。私の趣味にでも回すとしよう』

『いえ!ありがたくいただきます!橙子さん今日はずいぶんと似合うスーツを着てらっしゃいますね!綺麗ですよ、ええ』

『このスーツはいつも着ているしこのやり取りも二度目だ。………まあいい、同じように世辞は受け取っておく』

『そろそろ式の学校が終わる時間だろう、迎えにいってやったらどうだ』

『そうですね。では今日はこれで失礼します』

ちなみに、昏睡状態になる前の式の成績は優秀だった。
目覚めた後も外部で高校に通っていたが、さぼり癖が出るため先生方の覚えは悪くなる。
基本的な性能は高いが、やる気がないので学力は平均点。

例にもれず長点上機でも同じように平均的学力を保っているが、長点上機内での平均的学力を保つと言うのは、
これまたすさまじい事であるが、当の式はまったく気にもかけていない。

そして黒桐は無事式と合流し、他愛ない話をしながら共に帰宅し。

上条当麻はΔ組でゲーセンに行き、買い物をしてインデックスの夕飯を作り。
御坂美琴は常磐台三年生として新入生の世話を焼き。
一方通行は無能力者狩りを行う集団を潰して回り。
浜面仕上とアイテムの面々は今日もわいのわいのと騒がしくすごし。

平和な日常が、今日も、過ぎていく。皆、それぞれの戦いで勝ち取った平穏な生活。
それを喜んで享受し、明日も、明後日も、この平穏が続く事を願って、今日も人々は生きていく――――

そんな平穏な日々は、ある日、突如として破壊される。
かつて起きた悲劇を呼び起こし、塞がりかけた傷跡をかき回すようにして。

二ヶ月過ぎて、6月のある日―――窓の無いビル内部

『完了だアレイスター。報酬を寄越せ』

『―――1ヶ月の短縮か。素晴らしく早かったな、蒼崎。3ヶ月と聞いていたが』

『この私が(たまに)徹夜までしたんだ。当然だよ。完成度も無論、一体として100%に満たないものはない』

実際、本気を出せば一月と数日で終わっていたのは秘密である。

『いいだろう、報酬はお前の口座に振り込んでおく。後で確認したまえ』

『かなり骨のおれる仕事だったんだ、それ相応の報酬でなければ私はお前を殺してしまうぞ』

『生涯遊んでも使いきれない程度の額ではあると思うがな。不満なら再び来るといい』

『御免だ、それもそれで骨がおれる。今はとにかく寝たい』

『ゆっくり休むことだ。―――人形達は明日回収に行く』

『おいおい、結界の意味がなくなるだろう。やつらは私が研究所まで運ぶ』

『では、第19学区の氷掛研究所まで運んでもらおう』

『第19学区だと?あんな廃れた学区に、研究所などあるのか』

『無論、用意した』

そこまでいってしまえば内部が気になるかもしれないが、知らぬ方が身のためだ、蒼崎。
命を吹き込んだ身だ、アレらがどんな結末を迎えるかなど知らないほうがいいだろう』

『あいにくだが私は罪の意識に潰されるような精神構造は持ち合わせてはいないんだ。だが、せっかく作ったものを次々壊されたのでは人形師としては気分が悪い。ただでさえ不味いこのタバコがさらに不味くなってしまうからな。知らぬ身でいることにしよう』

『―――ここまでだ、蒼崎。話は終わりだ、ではお帰り願おう』

『二度と会わないことを願っているよ、アレイスター』

『……プランの再構築も終了した』

―――期待しているよ、第2のアクセラレータ―――

『…ここみたいね』


氷掛研究所まで、蒼崎橙子は128ものミサカミコトと一人のアクセラレータをトラックで運んできた。

今日は白衣に眼鏡という研究員にしか見えない格好だ。美しい容貌と紅い髪が白衣によく映えている。
それでいて知的に見えるのだから、これも蒼崎橙子の魔術を追求する、ある意味では学者としての一面が現れたものだろう。

研究所の前に付くや否や、待っていたかのように研究所内から研究員たちがぞろぞろとでてくる。

その内の一人が、蒼崎に話しかける。

『統括理事長に依頼を受けた方ですね』

どうやら私の名は伏せたらしい。たいした徹底ぶりだ、アレイスター。

『ええ、そうよ。荷台にすべて入ってるわ、勝手に持っていって頂戴』

そこからははやかった。
あっという間にのべ129のヒトガタは運ばれていった。

最後に研究員が頭をこちらに下げ、そして研究員も全員中へと入っていった。

………さて、合図があったら、あの白髪とシャンパンゴールドを一人だけ、目覚めさせなければならないのだったな。

アレイスターの指定時間はあと10分後。

―――それで私の仕事は終わり、だ。

目が覚める。ここはどこだ。

……どこかの研究室のようだ。

自分は何をしていたのだったか?確か、いつものように突っかかってくるバカを蹴散らして、自宅に向かい―――
そこからが思い出せない。


『やあ、目が覚めたかい、アクセラレータ』

ああ、またか。
また胡散臭い研究者のクソ野郎か。
こいつも殺してやろうか。

??『……なンのつもりだ、こりゃ?』

『説明すると長いんだ。だが、心配はいらない。それより、君はレベル6に興味はないか?』

??『レベル6だと…?』

戯れ言だ。殺す。

『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の演算結果、レベル5の中でレベル6になれる可能性があるのはアクセラレータ、君だけだという結果が出たんだ。』

『君は、無敵になれるんだよ。無敵になりさえすれば、もう誰も君と戦おうなんて思わない。それほどの絶対的なチカラ、それがレベル6(絶対能力者)だ』

……ツリーダイアグラムを持ち出してきやがったのか、その演算のために。

能力を発現して第一位になってから、今までもう数えるのが馬鹿馬鹿しいほどの襲撃を受けた。
普段は能力を反射に設定してあるから、やつらは勝手に自滅していく。
このチカラは確かに畏怖の対象で、学園都市に来る前はみんな俺を化け物扱いした。
石を投げてくるガキどもが勝手に跳ね返された石で怪我をして、親たちが俺を糾弾した。
そのうち、軍隊が出てきて俺を包囲した。
結果、軍隊は全滅した。世界は、ひどい有り様だった。
もう、あんなことにならなくていいってなら。俺は。

『―――それで?レベル6シフトって、具体的にどォすりゃいい』

『簡単なことさ。学園都市第三位、御坂美琴の人形を128回殺せばいい』

なっ、と驚きを隠せないアクセラレータ。

『……クローンでも作りやがったかァ?』

『まあ似たようなものさ。あまりに人間らしいから人形に見えなくなるやも知れないけどね、忘れるな。思い出せ。あれらは全て人形だ。一体が死ねばまた次が動き出す、自動人形だ。ああそうそう、バーチャル空間で128通りの戦場を用意する、君も128通りの殺害をするように。』

『……それで本当にレベル6になれるンだな?』

『ああ。そうすればもう、君は誰も傷つけることはない。誰もレベル6に挑もうなどとは思うまい。』

『あァ…そうか。なら、やってやる。やってやろォじゃねェか、絶対能力者進化実験。』

『頑張りたまえ。実験はこの後だ。時間になったら、こちらから連絡しよう。』

『あァ。……』


歴史は、繰り返す――――

同時刻、短めに切り整えられたシャンパンゴールドの美しい髪を持つある少女が覚醒した。


―――ここは?
わたし、何をしていたっけ?
そう、木山春代一連の事件が終わって、寮に帰って――

……それからの記憶がない。どうしてこんなところに?いや、考えていても仕方ない。とにかくここから――

『おはよう、ミサカミコト君』

不意に背後から声。
ここの研究員らしい。

『……誰よ、あんた。ここはどこ?何を企んでるのかしら?場合によっては―――』

紫電をバチバチと発現させ、威嚇するミサカミコト。

男はクックッと笑いを溢し、なにも知らぬ少女を嘲るように言う。

『悪いが君に教えることはなにもないんだよ、レールガン。』

パチン、と指を鳴らす。すると―――

ミサカミコト『AIM、ジャマー―――!?』

あれはレベル5に効く代物ではなかったはずだ。改良を施したらしい。
頭が割れるようにいたい。能力が、使えない。

『ここから出る方法だけ教えてあげよう』

男がニヤリと笑う。………気色悪い。

ミサカミコト『まるで何かのゲームね。―――いいわ、乗ってあげる。それが嘘でも、自力で脱出すればいいんだしね。暇潰しくらいにはなるわ』

あくまで強気である。この精神力こそが、御坂美琴がレベル5になれた大きな要因だ。

『ノリがよくて助かるよ。さて、今から後ろの扉の鍵が開く。その向こうにある世界には、ある男がいる。ここから出るための手段というのはね、その男の撃破さ』

『へえ。ゲーム、ね。悪趣味だけど、シンプルこの上ない条件でいいじゃない。とにかく―――
    、、、
そいつを倒せばいいのね』


御坂美琴はわりと戦闘狂な――いや、好戦的な部類である。
雷神トールといい、電気を扱う者特有なんだろうか?

『そうだ。ちなみに、チャンスは128回だ。それでは、健闘を祈る』

『…何よその半端な数字。チャンスって、なんの話よ』

『いけばわかるよ、ミサカミコト君。それでは、ゲーム開始だ!』

研究員の指す方向の扉がゆっくりと開く。
すさまじい光が研究室をつつむ。

ミサカミコトは、臆することなく扉をくぐっていく―――

その頃、第18学区―――



「―――ということで、ようやく僕にボーナスなんてものが出そうなんですよ」

「それはよかったですね、給料無しの月があったことには大変驚きましたし…」

とある喫茶店で、黒桐はいつものように垣根と時間を潰していた。

―――すると、女子中学生四人組がまた新たに入店してきた。

「ここのパフェが最高なんですよ佐天さん!」

「ほんとに好きだねえ初春……御坂さん、初春が太らないのって能力か何かじゃないんですか?」

「初春さんの能力は低温保存だし、体温を平温より低めに保って代謝を上げることは出来るわね」

「それか初春!?」

「ち、違いますよ佐天さん!まだレベル1ですから、そんなことできませんって!白井さん助けてください!」

「私はお姉さまの美しいボディさえ変化がなければそれでかまいませんの」

「ここでも歪みない変態か!!」

「あふんっ!ああんお姉さま、黒子はやられてしまいましたわ!さあ、次はお姉さまの番であbbbbbbbbbb」

ビリビリ炸裂である。

「学びませんねー白井さん…」

「あっははー、いつも通りの元気な白井さんだけどね―…」

入店してきたのは。

学園都市第三位御坂美琴、

変態ジャッジメント白井黒子、

学園都市有数の電子戦の強さを誇るゴールキーパー初春飾利、

レベル0だが元気はレベル5級の佐天涙子である。


「くっ、黒子はこのくらいではもはや屈しませんの!」

「黒子あんたタフになる方向性間違ってるから!風紀委員的なタフさに転換して!?」

「早く座りましょうよ二人とも…あっ」





初春の眼に、いつか会った男が映る。

「あ――――」

「―――!!」

その視線に垣根も気づく。かつての垣根の記憶ももちろん持つ垣根は、自身があの少女に何をしたのかも克明に覚えている。

「…初春?」

初春は。覚悟を決めたように、息をのんで。

「佐天さん、二人と一緒に、向こうの席に座っててください!私、ちょっと花を摘みに言ってきますから!」

にっこりと佐天達に笑顔を向けて、言う。

御坂はその笑顔に違和感を覚えたが、何かあれば駆けつければいいだろうと気には止めなかった。

じゃあ、あの席にいるからね初春!」

「分かりました!」

そして、その少女が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

その表情は、頭の花飾りによる和み補正がまるで意味をなさないほどに厳しいものだった。
そして。ついに、垣根のすぐ横に立ち。

「―――お久しぶりですね、垣根帝督さん」

垣根に鋭く、視線を向けた。

初春は、あの後とある二人の戦いがあり、その二人が一方通行と垣根帝督であることを突き止めていた。
だから、この接触は、命がけのはずだった。
だが―――ひどく、違和感があった。

私を痛めつけたあの男、垣根帝督は確かにこの容姿で間違いないが―――こんなに白かっただろうか?こんなに柔らかい雰囲気だっただろうか?こんなに―――
人畜無害そうな男の人と仲良くしそうな人に、あのとき見えただろうか?

初春飾利は、とにかく、色々と確かめるべく、垣根と会話をすることにしたのだった。

「―――ええ、お久しぶりですね」

敬語だ。やはり、というか―――まるで別人ではないか。


「間違い、ないんですね」

「ええ。私はあなたを痛め付けた垣根帝督そのものであり、ひいてはその能力そのものです」

「―――垣根さん、まるごと能力だったんですか?」

黒桐が目を見開いて驚く。

「ええ。元の垣根帝督は、かつて暗部にいました。学園都市に牙を向こうとしましたが、その手段としてまず第一位を倒すことから始めようとして―――敗れました」

「その際、垣根帝督は第一位を誘き出すために彼が大切にしている少女に危害を加えようとしました。
その少女を探す過程で、居場所を知りながら口をつぐんだこの方に、私は―――あろうことか、暴力で口を割らせようとしました。
それから私は第一位に敗れ、回収され、脳だけになり、それから垣根帝督は能力のみで脳以外の体の全てを―――いや、脳さえも作り出せるようになりました。
そうして生み出されたのが私です。私は垣根帝督であり、その能力ですが、「垣根帝督」の主権を握っていた、かつての悪に染まっていた垣根帝督から私は垣根帝督の主権を剥奪しました。」

「今でこそ私は善良な学園都市の第二位だと、学園都市の広告塔として扱われていますが
―――貴女を傷つけたのもまた紛れもなくこの垣根帝督です。貴女には私を糾弾し、どうとでもする権利があります。
黒桐さん、これが事の顛末です。
そして、貴女「初春飾利です」
……初春さん、私からは、以上です」


―――垣根さんがやけに白いのは能力の関係だと聞いてはいたけど、まさか能力そのものだったなんて。
そういえば、学園都市第二位の能力は未元物質、といったっけ。
話を聞くに、創造性の高い能力なんだろうけど
――――未元物質から生み出した垣根さん一人一人は別人で、かつてその大元、マザーコンピュータにあたっていた垣根帝督がこの初春飾利という少女を傷つけた、要約すればそういうことらしい。
それで今はマザーが目の前の垣根さんになっていると。なるほど―――

垣根さんは、この初春という子の考え方によらず、勝手に罪を背負うだろう。
―――こんなに良心のある人なら、その重さは、僕には想像もつかないものかもしれない。
この人は、たまたま足が引っ掛かって少年が転んでしまっただけでも、
すごく申し訳なさそうに『すみません、大丈夫ですか?』と言う人だから――――

黒桐がそんなことを考えていると、ついに初春も口を開いた。

「大体の事情は分かりました。垣根さん。
あなたが今学園都市にとってどんな存在になっているかも私はもちろん知っていました。
そして、始めにそれを聞いたとき、私は混乱せざるを得なかったです。」

「―――はい」

「私は、あの日あなたにされたこと、あなたがあの子にしようとしたことを忘れたことはありませんし、
もしかしたらこれからもあなたを見るたびに思い出して、忘れることなんてできないと思います」

「―――、はい」

「だけど―――垣根さん、私は風紀委員なんです。風紀委員の仕事は、困ってる人たちを助けてあげることが主なんです。ここ数ヵ月、よく聞いていました。」

「カブトムシさん助けてって言ったら―――白くて背の高い、格好いいお兄さんが駆けつけてきて助けてくれたという報告を、です」

「私も初めは都市伝説だと思っていました。でも―――あまりに風紀委員本部にそういった情報が寄せられるので、
そんな優しい親切なカブトムシを名乗る人の存在を認めたんです」

「確信しました。あなたの事だったんですね、垣根帝督さん」

この少女が風紀委員であることもさながら、黒桐は垣根の善行が風紀委員本部に届くほど頻繁に行われていると知り、それもそれとてまた驚きを隠せなかった。


―――この少女は、もしかして―――

「ええ、そうです。ですが―――それと、これとは別です。私は、私のしたいままにしているだけですから。免罪符にするつもりも、ありません」

「垣根さんはきっと、私のことなんて忘れていたでしょう?
だって、話を聞いてる限りじゃ、確かに同じ垣根帝督だけど、あの人とあなたはやはり違う人ですから。
自分自身がやった事でもないのに、私と会わなくてもあの日のことを常に思い出しているなんて、その方がおかしいじゃないですか」

「だから―――あなたの善行は免罪符になんてはじめからありませんし、あなたには罪なんてありません。私は―――あなたを恨んではいませんよ、垣根さん。」

「なっ、初春さん、それであなたは――――」

「ほんとは良くないですよ?でもね、垣根さん。私が恨むべき垣根帝督さんは、貴方が殺してしまったんです。
ズルいですよ、これじゃ私は何にも怒れないじゃないですか。
しいていうなら、勝手に知らず知らず仇を撃ってしまったあなたを恨むくらいですが
―――あなたも悪人だったらよかったんですけどね、そんなこと、できないですよ」

先程までの般若のような顔はどこへやら、初春飾利はニパッという笑顔を垣根に向けた。

「―――初春さん、何かあればすぐに私を呼んでください。貴方が許しても、私は私をそんなすぐに許すわけにはいきませんから。風紀委員の手伝いでもなんでも構いません。手伝わせてください。」

「………容赦なく呼びますよ?これから夏休みがやって来ますし、やることも増えるんですから」

「構いません」

―――よかった、丸く収まったらしい。この初春という子が、見た目よりも遥かにしっかりした考え方をしている。



「それじゃ、私友達と来てますので、これで失礼します」

「―――いつかまた会いましょう、垣根さん」

そちらの方も、失礼します、と礼儀正しく頭を下げて、少女は向こうの方の席に去っていった。

しかし、ほんとにできた子だった。あれくらいの年頃なら、まず怯えて声もかけられないとか、逆に激怒してひたすら糾弾し続けるとか、それくらいしてもおかしくなさそうなのに。

「―――救われましたね、垣根さん」

垣根さんはそうですね、と苦笑いを浮かべて、甘い味のジュースを口にした。

そこは、市街地だった。


『で、なんなの、これ?』

辺り一面にビルや店が立ち並び、上方はガラスで覆われている。

―――妙ね、まだ太陽がさんさんと出ているのに、人一人いないわ。…やはりここは研究所の中のまま。バーチャル空間の技術がいつ確立されたのかは知らないけど、とにかくそういうこと、か。



とにかく、ターゲットを探さないと――――

『よォ』

またしても背後から声。……ミサカミコトには電磁波レーダーという能力の副産物がある。先程は起きたばかりでボケッとしていたからうまく機能していなかっただけなのだが、今に関しては気づかないはずはないのだ。

『……!?』

急いで振り返る。

アルビノのような白髪に白い肌。殺意のこもった、赤く鋭い目。――こいつ、ヤバイ。

『御坂美琴、でイイんだよなァ?』

『ええ。…じゃあ、あんたが私の――』

『そォだ。オマエの脱出条件が俺だ』

学園都市第三位と知ってこの余裕。ただの命知らずか――いいや、研究員がセッティングした以上、戦いにならないような相手はださない。
こいつは確実に強い。なめてかかれば、きっと痛い目に遭う。

『――なら、もう言葉は要らないわね。戦うのみよ。…それで、早くここから出させてもらうわ』

『ハッ、せいぜい頑張るんだなァ』

『いくわよ――』

電撃の槍を白髪男に向けて放つ。まずは様子見…の、はずが。
この男、まるで動く気がない。
このままなら電撃の槍が直撃、それで私の勝ち。無事脱出―――






『んだァ、このシケた攻撃は』

結論から言うと、眼前の男はなにもしなかった。ただ、雷撃の槍が、私に向かって帰ってきたのだ。
私はそれをまた操作し、事なきを得る。

『(……能力がなにかは分からないけど、とにかく色々試す必要がありそうね。
それで能力の正体を暴いていって、攻略法を考えていくか――)』

『こねェならこっちからいかせてもらう』

白髪の男が地面を軽く踏むと、突如ビル群が崩壊し、ビルを構成した瓦礫や鉄骨がミコトに襲いかかる。

『―――なによ、それ!?』

唖然とするが、今はとにかく切り抜けなくてはならない。
すぐに思考を切り替え、磁力を駆使して鉄骨から鉄骨へと移動、電撃で瓦礫を破壊、その繰り返し―――

――その過程で、白髪の男から意識を離したのが、いけなかった。

『はァい、まずは一人。残機は残り、127だァ』

どこからともなく現れた白髪の男が、ミコトの首を捉える。

最後に聞いた白髪の男のそんな言葉が、暗転するミコトの世界に、いつまでもこだまし続けた―――――

昨年の事である。
上条当麻は、不注意にもオリアナ=トムソンの胸に飛び込んでしまったことがあった。大覇星祭中の事である。

一度あることは二度ある、というのは、二度あることは三度ある、という諺の前につけて
「なんだよ、じゃあ一回あったら二、三回起きるじゃんかよー」なんて笑いに繋がるネタ程度の言い回しでしかないのだが。

こと上条当麻の不幸ぶりについては、笑えるネタにはならないのである。

今現在、上条当麻は偶然衝突した両儀式に土下座していた。

「……今から殺すけど文句はないな?」

「ほへはいひはふ、はんへんひへふははひ………」

事の顛末は単純明快。

ベタな少女漫画のようなタイミングで、第七学区のとある曲がり角で上条と両儀式が衝突し、その際に上条が式の女性的な胸をおもいっきり掴んでしまったのである。

元々式には女性人格の式と男性人格の識が居たが、今存在する式は100%女性の式。

かつての式ならそんなものなんとも思わないのだが、黒桐との出会いによって変化した式には、その辺りの恥ずかしさもちゃんとあるのである。

―――殺意として現れたが。

よって、反射的に式は格闘術をもって上条をボコボコにしたのだった。

はあ、とため息をついて、式は後ろを向く。

「カミジョー。第18学区に喫茶店があるらしいんだけど、場所がわからない。だから、連れてけ」

上条も用があって第7学区に来たので、あまり行きたくはないのだが、
ここで断ると右手以外のすべてが殺されてしまいかねない。
だから、まずは魔眼をおさめてもらい、それから案内に徹することにした。


そもそも式の所属する長点上機は第18学区にある。なぜ第7学区などに居るのだろうかというと、たいした理由はない。

なんとなく学園都市を探索して回っていたら第7学区に着き、

ここでふと幹也が最近出来た友人とよく行く喫茶店の話を思い出したので行ってみよう、と思っていたところで
上条当麻にしてやられた、というわけである。

上条は式にどんな話を振ればいいのかまるで分からず無言のままでいた。一級フラグ建築士も形無しである。
だから、道中で最初に口を開いたのは式だった。

「カミジョー。おまえ、高校生だろ」

「そうだけど。それがどうかしたか?」

「おまえ、ずいぶん場数を踏んでるだけあるよな。腕や足は戦いをする人間特有の鍛えられかただし、とくにお前の右腕は細かい傷や傷跡が無数にある。そういうところ、高校生なんかにはみえない」

「去年なんて高校にいけなすぎて、留年確定も目の前だったくらい色々あったからなあ………」

「どうせ誰か他人のために首突っ込んだんだろ」

「うっ…!?それはその、たまに……」

「やめやめ。お前みたいなタイプは、嘘が下手だ。全部とまでは言わないけど、大方自分のやりたいようにやるとかなんとか言いながら結局はお人好しなことをしたんだろ」

「―――うちにも似たようなお人好しがいるから、わかる」

式が浮かべるのは言わずもがな、黒桐である。

式がこの世で一番怖いものは、黒桐幹也の無防備さ―――故に、あのお人好しな性格が式には危なっかしく思えて仕方ないのだ。

「そうなんだ。ところで式、なんでいつも着物なんだ?」

やはり今日も式は着物姿に下駄である。白地に暖色の模様が入っているその着物の擦れる音は、なんだか心地よい。

「昔からそうなんだ。だから、これからも着物だ」

「ふーん……でも本当に式は着物が似合うよな、最初見たときこれがヤマトナデシコか、って思ったよ」

始まった。上条の、何の気なしの口説くような文句である。

だが。

「ああ、そう」

両儀式には、カミジョーフォースは通用しないのである。

「前の高校では、オレが男だと思ってる奴もたくさんいたな」

「その一人称としゃべり方のせいじゃないのか?なんでオレ、なんだ?」

「―――秘密だ」

「………???そうか、まあいいけどさ。―――そういや式は今、どこに通ってるんだ?」

「長点上機」

「長点上機!?」

言わずと知れた名門校、長点上機。


「式って――ああ、その魔眼の力が原石として認められたのか?」

「ああ。機械、光線、よくわからない化け物、色々殺したらlevel4認定された。なんでも、工業的な価値がないからlevel5にはなれないらしい。聞いた話じゃ、工業的な価値って、level5内の話のはずなんだけど」

level5になると有名になってしまったり、色々厄介なので蒼崎橙子が裏で糸を引いたのだがそれを知るのは学校側だけである。

「式ってlevel5にこだわりもなさそうに見えるけど―――」

「ああ、ないよ。level自体はどうだっていいんだ。
だけど、一人なんだかうざいやつがいるんだよ。
何だっけ、ソギイタだっけ?学園都市のナンバーセブン。
アイツにオレの試験の様子を見られてから、根性とか暑苦しいことを騒ぎながら会う度に根比べやトレーニングに誘ったり、
勝負を仕掛けてきたりするんだ」

「削板――軍覇」

かつて美琴が操られて暴走したときに共闘した、あの男か。

「そう、そいつ。―――うっとうしくて、アイツの……すごいパンチか、あれ殺したんだ。
連発してきたから、皆殺しにした。
そしたらあいつ、今度はオレがlevel5じゃないのはおかしい、level認定システムには根性がないと騒ぎだした。
やかましくてかなわないよ」

「あの根性男なら言いそうだな。大変だな、式」

「まったくだ。布束ってヤツがいつも削板を連れてってくれるんだけどさ」

そこからは、第18学区の喫茶店まで会話はなかった。


そして―――――


「あれだよ式、あれがたぶん、その喫茶店。」

「らしいな―――アイツがいるから」

アイツ、とは自分そっくりなお人好しのことだろう。

「上条、次は本当に殺すからな」

「はいっ!?」

クス、と微笑を浮かべて、式は踵を返し、喫茶店へと向かって歩き出す。―――後ろにいる上条に、軽く手をあげて別れを言いながら。

『―――ハッ!?』

草原。

辺り一面の草原。

青い空。地平線が見える。

『わたしは…アイツに首を捕まれて――』

殺された。首に指が食い込んできて、首が爆発した。
厳密には、血管を爆発させられて。

――――なん、で、私、生きて―――――


『チャンスは128回だ』

『残機は127だァ』

―――つまり。わたしは死んで、生き返らされたのか?
それで、その可能な限度回数が127回ってこと?

ああ、ダメだ、訳がわからない。
この街の科学力は、死者蘇生までやってのけられるほどになったってのか。

そんなわけは―――――

『死者蘇生じゃねェぞ』

いつの間に現れたのか。やっぱり、電磁波レーダーには引っ掛からなかった。

『…あんた。私を、殺した、わよね?』

『あァ。確かに俺はオマエを殺した。だが、オマエはこうして生きている。オマエは特別なンだ。』

特別?私が?確かにわたしはレベル5だ。でも、それだけ。
わたしは所詮、能力がなければただの少女だ。
間違っても、死んでも生き返るような『特別』はない。

『…いいわ、考えてもわからないもの。とにかく、わたしはアンタを倒してここから出る、それだけ考えるわ』

『そのほォがいい。そんじゃ、二回戦目といこォか』

そこからは、流れる時間の感覚さえ失われていった。

レールガンをぶっぱなせば、次の瞬間には私の体はずいぶんと風通しが良くなっていた。

砂鉄剣で切りつければ、次の瞬間には私の体が五体バラバラになっていた。

時には、私がなにかするまえに一瞬で距離を詰められ生体電流を乱されたり、
血流を逆にされて全身が爆発したり、
あり得ない威力のパンチを叩き込まれて一撃でひしゃげさせられたりした。

途中で名前を聞いた。
アクセラレータ、と名乗った。

―――第一位だということはミサカミコトは知らなかった。

だが、確実に第一位か第二位だろうとは考えていた。

ミサカミコトは、50を過ぎた辺りから、もう何度殺されたか、数えるのをやめていた。

発狂寸前まで精神は追い込まれ、立ち向かっても絶対に勝てず、そして殺されてはまた全身全快となってあの男の前で意識を取り戻す。
その度に戦う場所も違う。

ミサカミコトは、心も、レベル5第三位としてのプライドも、ズタズタになっていた。

それでも、もとの場所へ帰りたい一心で、弱音を吐くこと無く、完全に折れてしまうこともなく、涙の一滴も流すこと無く、何度でも、勇敢にも立ち向かっていく。


―――応用力に置いて最大の価値を持つミサカミコトの能力だが、思い付く応用の限り実践した挙げ句、目の前の男には何一つ通用しなかった。

だが、諦めずに戦い抜きその中で考察を重ねていくことで。
白髪の男の能力が、ただあらゆるものを反射するだけというものではなく、
万物の「向き」と「大きさ」を自由に操作するものだということには気がついていた。

すなわち、この男の能力が「ベクトル操作」であるということを、だ。

通りで、運動量や熱量のみならず、自身の能力そのものである電気量まで操作出来る―――

具体的には、たいした早さで移動してもいないし見るからに体重は軽そうなので、
運動量は少なめに見えるパンチが恐ろしい威力だったり、 全身が蒸発するような熱におおわれて焼け死にさせられたり、
能力を発動させているのにまったく電気が言うことを聞かないもしくは発言もしなかったり―――

わけである。

相手の能力が割れても、まず反射の壁を破らなくては、たったの一撃もいれられない。
その看破方が、どうしても見つからないのだ。

ただただ、殺される。

殺されて、殺されて、殺される。

なぜ殺されて生きているのか、などということにはもはや思考が回らない。

とにかく考えろ。
全神経をこの男の打倒に集中しろ。
自分の可能性に天井を作るな。
こんな絶望的な状況においてであっても、自分だけの現実だけは強くもて。
能力が揺らげば勝率は0だ。
絶対に折れてはならない。
絶対に、自分自身に負けてはならない―――――――!!!!

オリジナルの御坂美琴は中学三年生になっているが、ミサカミコト達はボディこそ中学三年生相当であるものの、
橙子のがアレイスターから受け取った『素材』の内容の問題で、
記憶や精神力は中学二年生当時の状態のままなのである。

かつて麦野がたまたまサンドリヨンを作り上げてしまうことになったとき、
あのサンドリヨンは元のサンドリヨンの記憶を保持していた。

ミサカミコトとアクセラレータがこれまでの御坂美琴の記憶を保持していたら困るので、アレイスターは橙子に依頼したのだ。

そんなミサカミコトの精神力は、
かつて御坂美琴がアクセラレータが、
第一位と知り勝てるはずもなく絶望して妹達(シスターズ)を救うために死を選んだ時でさえ、
ミサカミコトは絶望こそしていたもののそれでも『妹達を助けたい』という心は、その精神力は生きていた。

ただ、そのあまりに強すぎる精神力が、悲劇を招く。

もしミサカミコトが128の戦いの中で、一度でも涙を流して地にへたりこみ、
『もう戦いたくない』とアクセラレータに訴え叫んでいたのなら。



悲劇は、そこで、止まっていたのかもしれない―――







そして。
ミサカミコトは気づいていなかった。

自身が殺された回数が、とうとう126回に到達していた事に。

―――今度の舞台は、ただ広がる地面以外、何もない空間。
銀河を連想する辺り一面の景色が、ここを世の終点かなにかと錯覚させる。

やっぱり眼前には―――126回目の再会を果たすこととなる、アクセラレータが気だるそうに立っている。

『よォ。ようやく127戦目まできたなァ。オマエさァ、諦めるって言葉、知らねェのか?
まァ、ここまで来て今さらってのもあるだろォが。
聞いただろ、チャンスは128回だ。今回もダメで、この次も死んだら、オマエはもう二度と生き返りはしねェんだぜ?』


そうね、と目をゆっくり閉じてミサカミコトは返事をする。

『なンだァ?ハッ、もォ腹ァくくりましたってかァ?』

『いいえ、わたしだってまだ諦めてない。生きてみんなの元へ帰る。だから―――』

目に光を宿し、キッとアクセラレータを睨み付けて。

『わたしは、今回で、アンタに勝つ』

高らかに。勝利を宣言する。

『……何を言い出すかと思えば…オイオイオイ、まだそンなこと言ってンですかァ?』

『何とでもいいなさい。秘策はあるのよ』

『流石は応用力故の第三位、ってかァ。…もォいい、さっさと終わりにさせてもらう』

『―――!!』

正面から突っ込んでくるアクセラレータ。
能力に頼ってきたからか、動きそのものは戦いのド素人そのものだし、かわすことも動きを読むことももはや簡単だ。

問題は、反射の膜。


………反射。そう、反射。

ここまで、いくども能力を反射された。一戦につき一回は最低でもされている。

計300回くらいだろう。さすがに300回も反射を受けてその能力の発動を感じれば、タイミング、当たると反射されるアクセラレータの体からのミクロン単位での距離、そういったものが掴めてくる。

持ち前の頭脳で、それらを計算していくことも出来る。

だから、ミサカミコトは、最後の賭けに出た。

突っ込んでくるアクセラレータをかわそうともせず。

ただ、アクセラレータを、可憐な少女には似合わぬ拳でもって迎え撃つ。

そして。アクセラレータにミサカミコトの拳が触れる瞬間。
ミサカミコトは、全力でその拳を手前に『引いた』。

すると。
今まで、どんなことをしても、傷どころか埃1つつかなかったアクセラレータが。

ミサカミコトの拳をもろに顔に受け、鼻血を流し、自分が元立っていた方へぶっ飛び、地を転がる。

ミコト『―――やった』

ミコト『ついに、破った。反射の膜……破った。破ったわ!!』

歓喜に打ち震えるミサカミコト。―――だが、まだ勝利したわけではない。気は抜けない。

アクセラレータは。意味がわからず唖然とする。

今まで、自分に触れられた人間など誰一人としていなかった。何が起きたのか。

だが仰向けに倒れたアクセラレータは、ここであることに気づく。

――――あるじゃないか。反射を破られたとしても、大気という。地球という。目の前の少女を確実に殺せる、武器が。

『早く起き上がりなさい、いつまで死んだフリしてるのよ。それともなに、反射の膜を破られて、心が折れちゃったかしら?』

アクセラレータは、ゆらゆらと立ち上がり。三日月形に、口が裂けそうなほど歪んだ笑みを浮かべる。

『いやァ…悪かったなァ、確かに驚いたのは事実だ。だがここからはもう、
、、、、、、、、、、
一度として破らせねェ。
…終わりだ、レールガン』

アクセラレータは両手を広げ、なにやら演算を始める。


『(―――まずい…!!あれをされる前に、叩き込まないと、何かよくわからないけど、まずい!?)』

アクセラレータに向かって走るミサカミコト。だが。

『ざァンねェンでしたァ。』

走れど走れど。
前に、進まない。

『アンタ、一体、何を!?』

『なァに大したことじゃねェ。オマエの立つその地面だって自転してる。だから、そこのラインだけ、地球一周丸々自転の速度を遅らせてるだけだ。』

『なっ………!?』

無茶苦茶だ。確かに速度はベクトルだが、地球規模で無理矢理一部分だけ操作するなんて。

今の状況は、ルービックキューブの両端二列は早く回り、真ん中の列はゆっくりと回っている、そんなイメージで間違いない。
地球はどうなってしまっているのか?バーチャル空間だからクリアだというのか。

それに、上空にできてる、アレ。
風を集約し、圧縮している、アレ。アレは―――――

『まさか、プラズマ………!?』

『だァい正解!正解したミコトちゃンにはァ、こいつをプレゼントしてやるぜェ!!!!!』

―――そんな。
能力でプラズマを作り出せるなんて、信じられな―――――



思考は最後まで完了することなく。
視界は、無に帰る。


暗転――――――――――――


――――――無茶苦茶にもほどがある。
地球と大気、その膨大な二つに同時干渉を行う演算力。
どうしたらいいのか?
どうすれば勝てるのか?

もう127回目の復活となる。

舞台は――――とある操車場。
この二人は知る由もないが、ここはかつて絶対能力者進化計画の第10032次実験が行われ、上条当麻がアクセラレータを倒す形で実験を阻止した場所である。

『さァて、これが最後の戦闘だ。さっきはイイ線いってたぜェ、ミコトちゃン?』

ミサカミコトは、アクセラレータの言葉などまったく聞いていない。
ひたすら思考していた。
―――ここにきて、初めて原点に戻って。

『―――ねえ』

『あン?』

『アンタ、どうして、こんなことやってるの?私を128回殺して、それがなんだっていうの?
私がなにかアンタに恨まれるようなことをしたから、殺されてるのかしら?
だとしたら、私には身に覚えがないんだけど』

操車場を気持ちの悪い風が吹き抜けた。
シャンパンゴールドの髪が儚げに揺れる。砂ぼこりが舞い、視界に入るアクセラレータが少しセピアに映る。


『―――、』


『考えてみればはじめからおかしいじゃない。
気づいたら変な研究室にいて、敵を一人倒せば出れるゲームを出されて、その敵が――
さっきので確信したわ、アンタどうせ第一位でしょ。
そんな格上相手に戦わせられて、殺されてもまるでなかったことみたいにまた生きてて。
それだっておかしいじゃない。私は間違いなく御坂美琴よ。
でも、御坂美琴には生き返る術なんてない。死んでしまったら、どんな医者でも生き返らせられはしないわ。
ねえ、私は誰なの?本当に御坂美琴?どうしてこんなところでこんなことをしなくちゃならないの!?
アンタなにか知ってるんでしょ!?アンタも何で私を何度でも殺すの!?

何がどうなってるのよ!?ねぇ、答えてよ!!!!』

今にも泣きそうな顔で、ミサカミコトは。半狂乱気味に叫ぶ。

二人が挟んで立っているレールの錆びた鈍い色が、今はやけにアクセラレータの勘に触った。

チッ、と小さく舌打ちをして、アクセラレータはまっすぐミサカミコトを見据える。

『イイぜ、冥土の土産に教えてやる。―――これは実験なンだ。』

風に吹かれた鉄骨やコンテナがミシ、と音をたてる。二人以外誰もいないこの世界では―――その音の聞こえは、いささかうるさいほど。


『…実験?』

『そォだ。樹形図の設計者によれば、学園都市第一位の俺、アクセラレータは、
学園都市第三位の御坂美琴を128回殺すことでレベル6にシフトできる。
俺だけが、レベル6になれる可能性があると、結果を出したらしい。』

『な――によ、それ………じゃあなに、アンタはそのレベル6になるために私を何度も殺して―――
なら、私はなんなの?レールガンを128回殺すって、普通に考えて不可能じゃない!?
御坂美琴は一人しかいないのよ!?一回死んだら終わり――――』

終わって、いないではないか。それとも、御坂美琴は128人居るというのか?
それとも、序盤で聞いたように、私にはなにか『特別』が隠されてるのか?
なにもわからない。何一つとして、理解の範疇に収まらない。

『……そこら辺は科学者連中がやってることだ、俺もよくは知らねェ。
だが、やつらは俺にこういった。俺は御坂美琴の『人形』を128個ぶち壊すだけで良いんだ、ってなァ』

『人形?私が?レールガンも使えるし、物心ついてから今までの記憶もある。
それなのに、御坂美琴じゃなくて、御坂美琴の人形だって、いうの―――?』

『そォだ。……もしかしたら、1/128の確率で本物の御坂美琴もいたのかもしれねェな。
もしかしたらそれはオマエかもしれねェし、初めからオリジナルなんてものさえ存在しねェのかもしれねェ。
オマエが127回殺された記憶を保持してる辺りもよくわからねェ。
正直、オマエがなんなのかは、俺にもわかってねェ。』

『なによ……それ……ふざけないでよ…イカれてるわ、こんなの。
なんなのよ…私は、御坂美琴……そう、そうよ……外に出ればわかることだわ……
アンタを倒して、外に出て、真実を知ればいいんだ。
私に関しては、それで全てわかる』

頭がクラクラしてきたミコトだったが、あまりに話が飛びすぎているので現実味が薄い。
そのために、深く受け止めてしまう前に、心をもちなおすことが出来た。

だが―――ミサカミコトにはひとつ、やっぱりどうしても聞いておきたいことがあった。先も聞いたが、また聞き直さずにいられない。それは―――

『―――でも、どうして?アンタはこの街最強の能力者。つまりは世界最強よ。
…それ以上の力を欲しがる理由が、わからないわ』

アクセラレータはバツが悪そうに俯いたかと思えば、今度は、ハッ、と嘲笑するような笑いを浮かべる。

『最強、か。そいつァあくまで「最強」だ、最強止まりなンだよ。
今まで俺に喧嘩売ってきたやつは一人残らずぶっ潰してきた。
連中の頭ン中はみんな似たよォなもンだ、学園都市最強のアクセラレータってなァどの程度だ?
あわよくば倒して自分が―――ってなァ。
今の俺の力はその程度なンだよ。
ダメだよなァ、その程度じゃ、全然ダメだ。
俺が目指すのはその先――「挑戦」しようってのが馬鹿馬鹿しいくらいの、
「戦おう」って思うことすら許さねェほどの、絶対的な強さ―――
「無敵」、さ。俺は無敵になりてェんだ。だから―――』

ああ、そっか。やっぱりか。
わかっちゃった―――私も、レベル5だから。
もう聞くまでもない。紡がれる言葉を、遮って。
この人を、助けてあげよう。
この人は、ただ――――

『――――辛かったわね』

あァ?と、思わず間の抜けた声で返してしまうアクセラレータ。
何をいってるんだ、この女は?


『ずっと、孤独だったんでしょ?自分の力の事で、悩んでたんだ?』


『――――、!?』


なんだ。なんなんだ、この少女は。こんな年下の少女に、自分の何が、どうしてわかるというんだ。


『アンタのその反射の力が、きっと周りをさんざん傷つけてきたのね。
アンタが無敵になって成し遂げたいことは、聞いてれば、もう誰も傷つかないことじゃない。
なんだ、そんなことだったの。なら、話は簡単で―――』

それは、ひどく柔らかく、暖かい口調で。
さも当然の事をいうような自然さで。

『私と友達になりましょ、アクセラレータ』

――――そんなことを、ミサカミコトは告げた。


―――アクセラレータは。
言葉を、失っていた。
こんな、年下の女子中学生に。
見透かされた胸の内。
暴かれた真意。
そのうえ、目の前の少女は。
127回自分を殺した相手に、大真面目に友達になろうなどと提案したのだ。
アクセラレータの理解など、とうにこえてしまっている。

『――オマエ、ついに頭ァ狂ったか?適当なことを、知った口調で言いやがって。
それに俺は127回オマエを殺してンだぞ?恨み辛みでいっぱいじゃねェのかよ?
しかも俺とダチになろうなンざ、どうしたらそんな発想が――――』

『だって、アンタは悪くないもの』

それは明確な、強い意思の込められた言葉。心底そう思っているからこその、力強さ。

『……ァ?』

ミサカミコトは、心を閉ざした生徒に優しく語りかける先生のように。言葉を紡いでいく。

『そもそもさ、持とうとして持った訳じゃないんでしょ、その力だって。

アクセラレータを発現する資質があって、研究者に目をつけられて、好き放題やられて第一位になって。

そしたら今度は、他人が勝手に挑んできて勝手に傷ついて。
だったらアンタは悪くないわよ。『うるせェ』むしろそれで傷ついて、もう誰も傷つけないために、
挑まれもしないために無敵を目指そうなんて。
確かに方向性は間違ってるけど、アンタは優しい。
『うるせェよ』そりゃ、127回殺されたことに関しては私も思うところもあるわ。

127回分の経験は全て記憶にあるしね。それで思い返してみれば、今まで必死で全然気が付かなかったけど―――

アンタ、最後の瞬間は、いっつも泣きそうな顔だったわよ。
アンタどんな気持ちで私を殺してきたの?『黙れ』本当はアンタ、誰も傷つけたくないし、私の事も殺したくなかったんじゃないの?

人形だと聞かされても、ちゃんとした一人の人間だって、生きてるんだって、確信してくれてたんじゃないの?
『もォ黙ってくれ』だから――許せないとかそれ以上に、アクセラレータ、私はアンタが可哀想。

こんな方法しか選べなかったアンタが。『うるせェっていってンだろ』誰にも相談できず、力故に孤独だった、アンタが。

でも、その力故に孤独になってしまうのは私もよくわかる。

―――だから、友達になりましょう?そしたら、127回の事はチャラにしてあげる。アンタはもう誰も傷つけない。

アンタに挑戦しようとするやつには、私がお説教してやるわ。
アンタはもう孤独じゃない。無敵になる必要もない。だから――――――』

『うるせェっつってンのが!!!!!聞こえねェのか!!!!!!あァ!?』

――――ここが、限界だった。

そんなアクセラレータに臆すことなく。
ミサカミコトは、聖母のような笑みを浮かべて。

『大丈夫よ、アクセラレータ』

一歩ずつ、歩み寄る。

手を、さしのべながら。

『来るな…来るんじゃねェ、殺すぞ!!!!!』

アクセラレータはこれまでにない、想像も付かなかったような動揺を見せる。

その姿は、ミサカミコトに怯えているようにも見える。

『……アクセラレータ』



『今さらおせェンだよ!!!!!誰がなンと言おうと、例えオマエが許そうと!!!!!
俺はもう戻れねェンだ!!!!!127回もオマエをぶち殺して!!!!
いや、127人の「御坂美琴」をぶち殺しておいて!!!!!!
今さらオマエのダチになろォなんざ、虫がよすぎるだろォが!!!!!!』

ミサカミコトは、ゆっくり目を閉じる。

『―――人を殺すってことが、どういうことなのか―――そんなにもよくわかってたのにね』

『どうして、こうなっちゃったんだろうね』

ミサカミコトは、哀しかった。目の前の優しい少年が、こんなことになってしまったことが。ただ、ひたすら哀しかった。

それを知ってか知らずか。アクセラレータには、振りきることしか出来ない。

『――もォ知ったことじゃねェ。それでも、それでも俺は!!!引き返せねェンだよォォォォォ!!!!!』

それは、心の底からの覚悟。
もしかしたら。第一次実験でこのやり取りが行われていれば。

アクセラレータは、かつてもう一人の一方通行が犯した過ちを繰り返すことなく、ミサカミコトという最大の理解者を得ていたのかもしれない。

だが、時は、戻りはしない。
ミサカミコトを127回潰したという事実は消えない。いや―――

彼はこういってたではないか。

『127回もオマエをぶち殺して、いや、127人の「御坂美琴」をぶち殺しておいて』、と。

まったくミサカミコトの指摘通りで、もはやミサカミコトは―――あるいは初めから、彼には人形になど見えてはいなかった。
だからこそ、アクセラレータは自身にもう戻れないと言い聞かせる。

―――ここにはいない黒桐幹也は、かつてこういったことがある。

罰というのは、その人が勝手に背負うもの。その人が犯した罪に応じて、その人の価値観が自らに負わせる重荷。
それが、罰。良識があればあるほど、自身にかける罰は重くなる。

だから――もしアクセラレータがこの場でミサカミコトの手をとれば、きっと彼は幸せになる。
そうすると、アクセラレータが幸せに生きれば生きるほどに、彼の罰は重くて辛くなる。
自身が招いた傷ではあるが、その心の傷は永遠に癒えることはない。
それはふとした弾みで思い出される。
また、ミサカミコトがアクセラレータを許せば、もやは誰も責めてくれない。
なら、自責するしかない。殺戮を重ねる身になるには、アクセラレータには、心の奥底で、良識がありすぎたのだ。

心の深淵に優しさをしまいこんだ第一位。
自らの悪を討ち滅ぼし善性を得た第二位。

かつてのこの二人は対称的であった。破壊と創造だの、第一位の第二位だのといううわべの話ではなく―――――

大切なものを守るためになら戦える者と、ただ憎い敵を潰すためになら戦える者、である。

しかし、垣根がこうなった今では本質的には非常に近いはずなのに。どちらも善性を持ち、大切なものを守ることのために命を懸けられる人間であるというのに。

どうしてか、こんなにも迎える結末が違ってしまった―――――

幸せな程に重い罰から逃れたくて。

自身が人に許されることも許せず。

アクセラレータには、どうしても、ミサカミコトの手をとる事が出来ない。

「アクセラレータ。
もしアンタが無敵になっても―――アンタは生きていけないわ。
アンタは優しすぎるもの。このまま無敵になったって、アンタの心の傷はいつまでも青いままよ」

「ならなくてもそォだろォよ。今さらおせェンだよ。何もかも。
ああ、確かに胸が痛ェよ。今にも張り裂けそォだ。こんなのが続くかと思うと、気が狂いそォだぜ。
――でも、そんなのは128回殺されるオマエに比べりゃ、大したことじゃねェ」



「―――力の代償がこの痛みなら、俺はいつまでだって受けてやる」

これもまた、明確な意思の込められた言葉で。

「これが罰だってンなら、死ぬまで背負い続けてやる」

アクセラレータは、腹を決める。


アクセラレータを蝕むことになる、罰。

良識ゆえの、罪の意識。
あったはずのハッピーエンドを手にできず、先へ進むしかなくなった、いや、そんな結末しか手にできなかった自身への戒め。

いつまでも残り続ける、切り裂くような胸の痛み。


――――――そんな、痛覚残留。

『―――そっか。いってわからないのなら、仕方ないわ。
私はアンタを倒して、なんとしても――――
    、、、、、、、、、
ここからアンタと一緒に出る。
その後で死ぬまで好きなだけ苦しみなさい。
私はそんなアンタを支えてあげるわ』

ミサカミコトも腹を決める。
これが、今の自分が選べる最善手。


『―――だから。これでひとまず全部、終わりにしましょ』

『………あァ』


ミサカミコトは、自分の全身の生体電気を操って、普通の人間ではあり得ない身体能力を発揮することが出来る。
かの聖人相手に通用するほどに、だ。

……先程の拳を『引く』、つまり反射の膜もあくまでベクトルを逆にするわけだから、はじめから逆のベクトルの攻撃を当ててやれば反射の膜が働いてアクセラレータに衝撃を向けてくれる。

あれを、この強化した状態で何発も成功させれば。能力に頼りきりで実際はひ弱なアクセラレータの撃破は可能だ。


――これで、最後。

『いくわよッ!!!』

迫り来る少女。なにも知らず、自分の手によって127回殺された少女。

人形なんかにはまったく見えない、確かに怒りと悲痛の感情をむき出しにして、アクセラレータに叫んだ少女。

アクセラレータの苦悩を、孤独を見抜き、太陽のように照らさんとしてくれた少女。

アクセラレータを許し、救いの手をさしのべてくれた少女。


―――あァ、わかってた。実験の、一回目から。
コイツは人形なンかじゃねェ。ちゃんと生きてる、人間だ。
…だが、今さら引き返せねェ。
俺は、オマエ達の屍を越えて、レベル6にならなきゃいけねェ。
オマエが許したとしても、俺が俺を許せねェ。
―――とんだバカ女だ。こんな俺とダチになるなんざ。だから―――

『もォ、オマエで最後だ―――「御坂美琴」』

アクセラレータが反射の設定を切り替える。すなわち――
、、、、、
自分の方へ衝撃が反射されるのが、デフォルトであるように。

瞬間。強化されたミサカミコトの拳が手前に引かれた瞬間、そのまま衝撃の全てがミサカミコトの拳に反射される。

―――ゴキッ。

右の拳がひしゃげる。腕全体にヒビが入る。

『―――、』

その顔は、見る者によっては泣き顔に見えたかもしれない。

アクセラレータは最後の言葉をミサカミコトに告げる。

それは、ありがとうと素直に言えないアクセラレータの精一杯の感謝の言葉――――――


『――――忘れねェ』


アクセラレータが、ミサカミコトの肩に触れる。

最後にミサカミコトが浮かべた表情。
それは、畏怖でも苦痛でもなく。
アクセラレータの真意が伝わっているかのような。



「あったり前じゃない」なんて聞こえてきそうな、満面の笑顔だった―――――――

ミサカミコトはその場で生命活動を停止し、崩れ落ちる。
アクセラレータのベクトル操作で、血液の流れを止めたのだ。

横に倒れんとするミサカミコトの体を、地面に落とすまいと片膝立ちの体制でしっかりと受け止めるアクセラレータ。ミサカミコトの顔は、ひどく安らかだ。

顔にかかった髪の毛をどけてやる。

この少女は。二度と喋らない。二度と怒らない。二度と笑わない。――――二度と、アクセラレータを呼んではくれない。
1
27回殺しても128回自分と会話を交わしてくれた少女は、その自分の手で殺され。

最後の最後で、最大にて唯一の理解者となってくれたこの少女は、笑みを浮かべて、自らの腕の中で死んでいる。

アクセラレータは、ミサカミ
コトを抱き寄せて。

いつまでも。
天まで届きそうな叫びを、ずっと、ずっとあげ続けた。









―――以上、計128人のミサカミコトの殺害を以て、新絶対能力者進化実験は終了とする―――

とりあえずここまで

前スレ全体を第一章とするならこれで一章の前半が終わった
この分だと、このスレのうちに第三章までいけるのかな

わかんね 三月が終わってしまうと更新ペースすさまじく落ちてしまうからなぁ

希望としては第六章+最終章で締める感じで行きたいけど
来年になる恐れがあるからちょっと悩みどころ

余裕で踏み込む
最終決戦はまだまだ遥か先だけど
第一章でも少しだけ踏み込む・・・ようには読めないかもしれないけど
確かにこれで踏み込んだ、という意識で読んでもらって間違いない
これ以上はネタバレになるから黙秘

そうなんだ、OKありがとう
がんばる

なんだったら書き込みがない間は雑談スレにしてもいいや
禁書とらっきょに関する雑談の。落ちなくて済むし。950行ったら次スレ立てればいいんだしね
その辺は適当な感じで

さてそれじゃあ第一章完結といきますか

投下

―――――伽藍の堂



「橙子さん、二ヶ月ぶりに姿を見せてそうそうこんな話を持ちかけられるのも嫌かと思いますが、お給料ください」

そう。僕、黒桐幹也は橙子さんが失踪して以来すべての仕事を一人でこなし、
空いた時間は式と出掛けたり垣根君と雑談したりしながらこの二ヶ月を過ごした。
そして4月の終わりに僕は気がついてしまった。
――――橙子さんがいないのではお金が支払われないじゃないか、ということに。

FAXを送ってくるのはいつでも前の工房からだったので、一度前の工房付近で張ってみたが橙子さんはやって来る気配はなかった。

仕方なくここへ戻ってくると、橙子さんから

「給料なら戻ったらまとめて払うから当分は自分でなんとかしろ、あと仕事に余裕があるようだから追加だ」

などと、そろそろブラック会社認定してもいいんじゃないかという内容のFAXが届いていた。

level4認定を受けた式にお金を借りる、というのはさすがに男のプライドが許さなかったので、頭を下げて垣根君にお金を借りることにした。

二月分の生活費まるまるを年下の垣根君に借りるというのもかなり気持ち的にクる者があるけど、背に腹は変えられなかった。

僕が話を切り出して垣根君が快くお金を貸してくれる事になった翌日、垣根君が

「これくらいですか?」と札束をポンと寄越したのには愕然としたけれど。

あまりにもすんなり頼みを聞いてくれたので、つい金額を伝え忘れた僕にも落ち度はあるものの、さすがにこれは予想できなかった。

このとき、大人びて見えた垣根君が僕より年下な事が発覚して、垣根君が「さん、は無くていいですよ黒桐さん」と申し出てから、僕からの呼び方は「垣根君」になった。

―――level5の財力とはこんなにもすさまじいものか、と思い知らされながら札束(具体的には100万の束が5つ重なったもの)は丁重にお返しして、結局必要最低分の25万だけ借りた。

下世話な話ではあるけれど―――恐る恐る全財産がどのくらいか聞いてみると、月の半分を買収できるくらいですかね、なんてあっさりとした口調で返事が返ってきたのには目眩がしてしまった。

ともかく、6月に入ってもまだなかなか橙子さんが戻らないので、僕はまた泣く泣く垣根君に頭を下げて借金をしなければならないのかと思案していたところ、橙子さんが昨日突然ひょっこりと戻ってきていた。
――――なぜかトラックで。

昨日は仕事が山場だったので、定時で切り上げてからは疲れ果ててすぐに帰ってしまったけれど。

今日こそはお給料を貰って、早く垣根君にお金を返したい。

そんな僕の胸中が見え透いていたのか、ははあ、と橙子さんはまた意地の悪い笑みを浮かべる。


「いやあすまなかったね黒桐、私にも色々あるものでな。給料だろう?――――手を出せ、黒桐」

「橙子さん、お土産なんて出したらさすがの僕も角が生えてしまうかもしれませんよ」

「お前がそんな魔的なヤツだったと分かれば、式が魔だけをすぐに殺してくれるさ。
まあ、安心しろ黒桐。私がいない間、伽藍の堂を一人で管理してくれた事も考慮して、夏のボーナスを早めに出してやろう」

「あ―――――」

そういえば、消える直前にボーナスがどうとか言っていたような―――

そして僕が橙子さんに貰ったのは、一枚の紙きれ。しかし、ただの紙きれじゃない。こんなことが、あっていいのだろうか。

「橙子さん、………どうしたんです、こんな――――」

驚愕するしかない。なぜって――――橙子さんから受け取ったその紙、すなわち小切手に書かれた金額が、垣根君が僕にポンと出した金額のまんまだったから。

「どうしたもこうしたも、労働したから給与を出しただけだろう?足りないとでもいうつもりか?一応、一般的なサラリーマンの年収くらいは出したと思うのだがね」

「……それが問題なんですよ、いったいなぜこんなに出せるんですか?橙子さん、この二ヶ月間、どこで何をしたんですか」

「言っておくが刑務所送りになるような事はしていないぞ、黒桐。私の本職の方で、ちょっとしたビジネスチャンスがあったというだけの事だ」

本職―――人形造りか。

いったい何を作ってきたのだろう、この人は?

「まあ、受けとれ黒桐。来月からはまたいつも通りの給与だ。」

はあ、じゃあありがたくいただきますと僕は小切手をまず封筒にしまい、次に余分を折ってから財布にしまい、さらにその財布ごと鞄の底にものの一分でしまいこんだ。

「さて」

「なんですか、橙子さん」

「いやあ、私が昨日仕事を終えてから丸一日。そろそろ頃合いかと思ってね」

「………全く話が見えないんですが」

「そうだろうな。見えていたらお前は世界一優秀な探偵を名乗ってもいいぞ、私が保証する」

そういって、橙子さんはいつものように煙草に火をつける。

「黒桐、私はね、自分が作った人形をどこかへ引き渡すとき、必ず3つの細工をするんだ。当ててみろ」

「急ですね、また」

「当てられたら、そうだな、2日休みをやろうか――――」

「わかりました、当てて見せましょう」

呆れるほどいい食い付きだな、と橙子さんは苦笑を浮かべる。

仕方ないじゃないですか、僕はここ二ヶ月と数日、ハードワーカーだったんですから。

さて、橙子さんがどこかへ渡す人形を作った際に、仕掛ける細工か。

まず橙子さんは封印指定の魔術師だから、居場所が割れると困る。
つまり、橙子さんの作る人形は世界一精巧なのだから、人形の存在が知れればまず橙子さんだと魔術師たちは気づくだろう。
それを辿って、居場所がばれてしまいかねない。
なら―――――

「自動消滅、ですか?」

「残念。いい線行ってるが、『消滅』は『蘇生』と並んで魔法使いの領域だ。私に時限式消滅機能の設置は出来ない。」

「じゃあ―――――――」

いや、まてよ。人形達が人目にさらされないように、ということなら、人形達に管理の目が行き届いていればいいことになる。
つまり、橙子さんが人形達の行く末を確認できれば、万が一バレそうになっても先になんとか手を打つことができる。

と、いうことなら。

「橙子さん、専攻はルーン魔術でしたよね」

「ああそうだ。使い物になるところまで発達させただけだがな。最近は、またイギリスでルーン文字に関する研究そのものを進めた魔術師がいると聞いたよ」

「はあ、そうなんですか。そういうのの研究ってあまりイメージわきませんね」

―――――――――――――

「ぷぇっくしゅん!!!」

「おや、風邪ですかステイル?」

「いや。―――日本には、噂話をされるとくしゃみが出るという謂れがある。上条当麻か土御門元春あたりがまた何か噂しているのだろう」

「あなた達、仲が良いのか悪いのか分かりにくいですね」

「神崎、僕はあの男と仲良くしようと思ったことは一度もないよ。君こそ、上条当麻には借りばかりで、いつ返すんだい?」

「なッ!いや、それはですね………その……………。」

「…………すまなかった」

――――、なら細工というのは、きっと。


「橙子さん、人形一つ一つにルーンを施したんじゃないですか?3つと言いましたね、順に当てていきましょう。

1つ、人間の五感に対応する人形の各部位から、映像・音声・その他情報を獲得するもの。

2つ、それら情報を脳以外に保存しておけるもの。

3つ、橙子さんの好きなときにそれら情報を発信させて、こちらで受信できるようにするもの。


―――――どうでしょう?」

うん、と頷いてから、橙子さんの答え合わせが始まる。


「記憶の四大機能には―――銘記、保存、再生、再認というものがある。以前礼園で起きた事件があっただろう?
アレの元凶―――根源の渦と呼ばれる位置、アカシックレコードまで到達した統一言語師(マスター・オブ・バベル)こと玄霧皐月は、
そのうち「再認」を失った。そして、早い話がヤツにとって全ての出来事は何度繰り返そうが初めての体験になっていた。
とまあ、そんな具合に各機能は非常に大事なんだ。
さて、話を戻そう。私が人形達にルーンを施した、というのは大正解だよ黒桐。内容はわずかに異なるがね、9割正解といっていいだろう」


「では模範解答を提示しようか。

1つ、記憶を銘記し続けつつ、その定期報告。

2つ、保存した記憶の整理、送信と受信、そして任意再生。

3つ―――平たく言えば、魔術に関係する全て、の感知と報告だ」

あ――――そうか、五感で認知できないような魔術的な操作をされた場合はそれも自動で何かわかるようにしてなくちゃいけない。

――――あれ?でも、今の――

「橙子さん、それ、よく考えたら3つじゃないですよ」

「まあそういうな、技術の問題でセットなんだ、切り離せない仕様にしてしまったんだよ」

そういうのって、クイズにするべきじゃないと思う。

「とにかくだ、私はね黒桐。この二ヶ月で130体近くの人形を作り、そのすべてに今言ったような細工を施した。
そして、各人形が得た情報は今も続々と私の手のひらに書かれたルーンを通して私の脳に直接流れて来ている。
理由はお察しの通り、私の所在がアレが原因でバレるわけにはいかないし―――――」

それに、とつまらなそうに続ける。

「私は人形師だからな、あいつらは自分の作品なんだ。それがどうなるかは気になるに決まっているだろう?――――なあ、アレイスター。」

アレイスター?アレイスターって、学園都市のトップだったっけ―――にしても、

「橙子さん、キメたんですか?」

幻覚でもみてるのだろうか―――などと考えていたら、ついに口に出てしまった。これはヤバ―――いてっ、スリッパが飛んできた………

「次はないぞ黒桐。―――そうか、お前は知らなかったか。
学園都市にはね、大気中に滞空回線と呼ばれる粒子みたいな細かさの回線が飛び交っているんだ。
アレイスターは、その全ての滞空回線を掌握・管理して情報を得ている。
だから、私たちのこの会話ももちろんヤツには聞こえているし、私の呼び掛けも聞いているわけだ」

滞空回線―――かつての学園都市第二位はピンセットというものを狙ったらしい、そのピンセットによれば、とらえることが出来る回線――――それが滞空回線、だったっけ。垣根君ありがとう。

「プライバシーもなにもないですね。―――そういえば、橙子さんは時々窓の無いビルに行っていましたね」

「ああ、アレイスターに会いに行っていたからな。式のあれこれを交渉しに、とかな」

「また話が脱線してしまったな。さて、そういうわけで私は人形達に細工を施した。頃合いだと言ったのはね、黒桐。そろそろ――――作品達の結末も、最終章に入ろうとしているからだ」

「最終章、ですか」

ダメだ、これ以上は聞かない方がいいかもしれない。脳が警鐘を鳴らしている―――――

「そう、最終章。私の作品は、厳密には129体もあったのに、丸一日たった今ではたったの1体だ。―――信じられるか黒桐?
この学園都市のトップは、人に二ヶ月がかりの仕事をさせておいて、受け取ったかと思えば2日にして128体をダメにしやがったんだぞ。」

――――以来主は、アレイスター・クロウリーだったのか。それで、あんなにお金が入ったと。納得した。

しかし――――128体の人形をダメにするなんて、何に使われたんだろう。

そして、残り1体はどうなったんだろう?

いや、それもだけどもっと気になることがある。

「橙子さん。橙子さんは、人間を複製できる人形師でしたね?」

その人形は、本当に人形だったのか―――――?

「えらく察しがいいじゃないか、黒桐。――――その通りだ。私は129体の生命を生み出した。
そして、そのうち128体は無惨にも殺されてしまったよ。―――残り一体にな」

やはりか――――
橙子さん、あなたは――――

「そうなるって、分かってて依頼を受けたんですか」

「いんや?まったく。」

心底意外でした、みたいな顔をする橙子さん。なんだろう、少しだけ腹立たしい。

「私は依頼されて『創造業』をしてきたまで、のつもりだったがね。蓋を開けてみればコレだ。
いわば私は産みの親だからな、私からすれば我が子を130人近く殺されたようなものだ。
それも、殺めたのもまた我が子ときた。
これで、そう仕向けたこの都市に微塵も怒りを覚えないヤツはいないよ。まあ、私は被害者というよりは加害者になるわけだが、
それでも作品を壊された芸術家、ひいては娘たちを殺された母親のような怒りを覚える権利は誰にも否定させん。
私とて人間だ、アラヤやゴドーワードのように概念と化したわけでも人間をやめたわけでもないからな」

まったく、私と無関係にやれと言ったもののやはりこうなったか、
などと淡々に続ける橙子さんの表情はヘラヘラとしていない。
結構本当に怒っているのか、煙草の灰が落ちているのにも気づいていないようだ。

「―――じゃあ、復讐に行くんですか」

「ああ、それがいいと私は思うのだがね、黒桐。
もう一人、この手合いの『殺戮』を許せないヤツがいるのを忘れてやしないか?
――――聞いていたんだろう、式」

「………なんだ、無視してたくせに」

驚いてドアの方を向くと、そこにはひどく―――いや、過去最大級に不機嫌そうな式がいた。

「トウコ。おまえ、起きた出来事すべて把握してるといったな。全部話せ」

こういう時の式はまずい。
浅上藤乃が無差別な殺人を犯したと聞いたときの式の苛立ちはすごかったと聞いたけど、
多分、その時よりもイラついているんじゃないだろうか。

「いいだろう。ただな、式。これを話す上で、1つ、先に把握しなければならない事がある。
――――黒桐、調べものだ。5分で調べろ」

「5分って―――わかりました、やってみます。それで、案件はなんですか」

「ああ、今から言う単語が全てだ。
昨年の今頃から行われた実験で、名を――――」

「絶対能力者進化実験という。」

同時刻―――氷掛研究所内部・バーチャルシミュレートルーム


アクセラレータは、既に声を枯らしていた。
―――バーチャル空間が消えていく。
操車場だった世界が、無機質で何もない、白いだけの空間に移り行く。

すると、突然背後の何もないはずの壁から、ドアが開くような音が聞こえる。

―――――知ったことではない。

しかし、現れたその人はぬるい声でアクセラレータに声をかける。

『やあ、アクセラレータ。これで無事実験は終了だ。これから計測を―――』

黙れ。

『―――というわけだから。時間はあまりないぞ』

黙れよ。

『――――あのね、はやく“それ”を捨てて、こっちにきたまえ。
君は忙しい身なんだ。わかったらはやく―――!?』

――――それが、合図だった。

「がああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああ
ああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

学園都市全域に、警報が鳴り響いた。

第一級警報(コードレッド)――――本来は、「テロリス
トの侵入が完全に確定した状態」を表す、最上級の特別警戒宣言――――が、今回は特殊な事例であるとして発令されたのだ。

その内容は、以下のようなものであった。

『第19学区氷掛研究所を中心に、高密度かつ膨大なエネルギーおよびそれによる爆発が発生。
規模はおおよそ半径二キロメートルであり、原因は不明。
安全のため、学生は全員自宅に避難し、状況確認及び原因の究明が完了するまで警備員(アンチスキル)及び風紀委員(ジャッジメント)は統括理事会からの指令を受けるまで待機せよ。繰り返す―――――』

同時刻―――第三学区のとあるショッピングモール



「――で、黒子?買い物も済んじゃったし、どうする?これから」

「そんなのは決まっていますわお姉さま!今すぐ寮に戻って共にシャワーを浴びて長い長い夜を熱く――――」

「御坂さん、今のは失敗ですよ~…」

「うん、こういう場面で黒子に意見を求めた私がバカだったわ」

「初春もなかなか手厳しいよね~!」

「ああ~んお姉さまのい・け・ず~、初春は後で覚悟を……!?」





ドーーー……ン



「「「「なっ………!?」」」」

突然の轟音。あの方角は―――第19学区だろう。

「どこかの研究所で爆発事故でも起きたかしら」

「それにしては大規模すぎますわ。それに、あちらは第19学区。ろくに研究所などありませんの。―――申し訳ありませんがお姉さま、黒子は今からジャッジメントの白井黒子に切り替えますので。どうか先に寮に―――」

言いかけて、黒子の未来型携帯電話が鳴る。

「失礼。―――もしもし、白井黒子ですの」

「もしもし、白井さん?」

――――固法先輩だ。

「電話した理由はだいたい分かるわね?」

「ええ、もちろんですの。これから向か―――」

「いいえ。今すぐ支部に来なさい、統括理事会直々に連絡だそうよ」

「そんな!?いままさに被害に遭っている方がいるかもしれませんのに、ですの!?」

「それについては私も同感よ。――でも、上はすべて知っているかもしれない。誰も被害にあっていないとか、あるいはジャッジメント全体に対する緊急指令のための詔勅かもしれないわ。すぐに警報も出るでしょうしね。とにかく、一度支部に来て、白井さん」

「………わかりましたの。今すぐいきますわ」

電話を切る。納得いかないが、ひとまず従わなければなるまい。だから―――

「お姉さま、私はこれから――――――」

――――すでに、常盤台のレールガンこと御坂美琴は、そこにはいなかった。

「―――――一応聞いておきますが初春、佐天さん、お姉さまはどちらへ?」

ばつが悪そうに、佐天が答える。

「ええと、御坂さんは―――
………シーッ、のポーズをとったあと、磁力で飛んでいっちゃいました☆」

「止めてください佐天さん!!ていうか、風紀委員なのになぜ止めないんですの初春!?」

「一応止めはしたんですけどー…」

ああ、わかっている。あの猪突猛進な電撃姫が止まるはずがない。

「…………また勝手なことを、お姉さまはアアアアアアアアアァッーーーーーー!!!!!!!!!」

いくら叫べど、すでに御坂美琴には届かないのである。

同時刻――――第七学区・とある高校付近


「ちくしょう、どうせ補修が必要になるからって、小萌先生が先に補修を俺の年間予定に組み込んでおいたなんて……不幸だ………」

不幸だとはいうが、小萌先生が大事な生徒である上条のためを思い考案した、苦肉の策なのだ。そんなことを言うとバチが当たる。
第一、昨年に色々あって仕方がなかったとはいえ、
あまりに学校に行かなかったのは上条の落ち度だし、こういっては仕方ないが、行ったところで今度は上条があまりにもおバカさんなために、
補修ばかりはどうしようもない宿命みたいなものである。

「ちくしょう、式に頼んで補修を殺してもらおうかな…………いや、そんなこと言ったら俺が殺されるか…………」

そんなくだらないことを考えながらとぼとぼと歩いていた上条当麻だったが、次の瞬間にそんなことは言っていられなくなる。


ドォーーーーー…ン


爆音、ほぼ同時に地響き。


「な、なんだッ………!?」


なんだ、とはいいつつも上条はなんとなく感じ取っていた。
   、、、、
この、力の感じ。

そう――――確か、ロシアで体験した、アレに近い。

「くそ、まさかまた魔術師―――――!?」

懲りることを知らない上条当麻は、一目散に音の起きた方へと全力で走り出した。

同時刻――――黄泉川家

「ねぇーあなたってば、もう夕方だよ、明け方寝たからってこれは寝過ぎって、ミサカはミサカはあなたの完全な昼夜逆転生活を非難してみる!!」

「アアアアアわかった起きるから喚くなクソガキが………」

本年度に入ってからカエル顔の医者の提案で彼の後継者として医者になる方針を固めていた一方通行は、
平たく言えばカエル顔の医者の弟子になっており、彼の学園都市第一位を誇る頭脳にかかれば課題として出される医学書の内容は一晩あればすべて完全理解し頭に入ってしまう。

そんな一方通行をみたカエル顔の医者は、早く彼を研修医にしてやるため、次々と医学書を一方通行に課した。

一方通行も一度スイッチが入ればとことん続けるタチ(今回判明した事実ではあるが)なので、1週間かけてとりあえずカエル顔の医者が指示した、彼の後継者になるための、必要最低限の学習をすべて終えてしまったたのだった。普通の人ならこれだけで数年かかるだろう。

これは夕方までどころか、丸3日寝てたっていいハズなのだが。

打ち止めは1週間一方通行に構ってもらえず(一方通行は自室に籠りきりで、打ち止めも入室を許されなかったので、何をやっているかは知らなかったのである。

カエル顔の医者もまだ一方通行にしかこの話はしていないので、病院勤めの妹達からのMNWを介した情報にも、一方通行のことはなんら含まれていなかった)、やっと姿を見せたかと思えばまた部屋に戻りそのまま眠ってしまうので、不満でいっぱいだったのである。

「明日はチョーカーの調整、オマエも定期調整の日だったな。……行きたい所言え、終わったら考えてやる。」

「考えるなの!?そこは連れてってやる(キリッとかじゃないの!?ってミサカはミサカはそれでも見えた希望に大歓喜!!」

その時だった。

ドォーーー…ン

「あン………?」

「爆発、だね。……何が起きたのかな、ってミサカはミサカはMNWに情報を求めてみる」

「どォせまたバカな科学者達が変な実験やったンだろ。関係ねェよ。」

――――一方通行の携帯が鳴る。

嫌なタイミングで電話が来るな、と素直に思う。正直出たくない。

呼び出し人は――――

浜面仕上、だった。

「……一方通行だ」

「よう、一方通行?久しぶりだn」

「大した用じゃねェなら切るぞじゃァな」

「まてまてまて切るな!!」

「早く用件を言えよ馬面」

「浜面だ!わざと言ってんだろお前!あと用件を言わせなかったのは誰だ!?」

「――とにかく、用件があるのは、実は俺じゃねぇ。――――滝壺だ」

「あァ……?」

滝壺理后。浜面の彼女にして、AIMストーカーという希少な能力をもつ少女。
その滝壺理后が、自分に用だと言う。

「じゃあ、代わるよ。……ほら、滝壺」

「―――もしもし、あくせられーた?」

「おォ。―――何の用だ?」

「うん。あくせられーた、いま、能力暴走してる?」

してたらこうして会話できないだろう。滝壺は不思議ちゃんなのである。

「してねェ。―――なにか観測したのか?」

「それがね、あくせられーた。―――あ、ちょっと能力使ってみて」

「………?」

言われるままにチョーカーのスイッチを切り替え、簡単な風のベクトル操作を行う。

「使った。で、なンだってンだ」

「やっばり―――おかしい。」

「あくせられーたのAIM拡散力場が、二つある」

「はァ!?」

電話の向こうから浜面の驚愕する声も聞こえる。

「オイオイオイオイ、そりゃ何かの間違いじゃねェのか?あり得ねェだろ、“アクセラレータ”って能力は唯一無二だ。それを持つ俺とAIM拡散力場が同じって事はだ、俺がもう一人いることになる。」

「クローン?」

「かも知れねェが、レベル5級の力の再現は不可能だ」

―――なんだろうか、すごく嫌な予感がする。
何か、自分は今、大きな間違いをしたような気がしてならない。

「うん――あと、このAIM拡散力場、ちょっと変。なんだか、異質。あくせられーたと同じはず、なんだけど…」

――――これは、確かめる必要がありそうだ。

「……オイ、浜面に代われ」

「うん。代われって、はまづら。」

「もしもし、なんだ?」

「車回せ。案内役にAIMストーカーも連れてこい。確かめにいってやる。」

「わかった、じゃあカエル顔の医者の病院前にいてくれ、拾っていくよ」

「あァ」

電話を切る。
すると、側では打ち止めが不安そうな顔を浮かべていた。

「またどこかにいっちゃうの?って、ミサカはミサカはあなたの腕を離すまいとふんばってみる」

「大丈夫だ、必ず戻る。事の真偽を確かめにいくだけだ。」

「そうだよね、お医者さんになるんだもんね?そして、もちろん生涯ミサカの主治医になってもらうんだって、ミサカはミサカは確定宣言!」


―――もしも。第2の一方通行が何らかの方法によって産み出され、かつての自分のようになっているとしたら。

もしも。例の実験が姿形を変えて何らかの名目で実行され直していたとしたら。

自分が、それに気づかずのうのうと平和を享受していたとしたら。
考えるだけで、意識が飛びそうだ。怒り。苦しみ。そんな負の感情が、一方通行を支配していく。

何が起きているのかは知らないが、止めなくてはならない。
場合によっては、医者になろうと決めたこの手で、再び人を殺めなくてならない。

大事なものを、勝ち取った平和を、守り抜くために――――――

――――伽藍の堂


ドォーーーー…ン


「「………!!」」

……すごい音がしたな。爆発事故かなにか起きたんだろうか?いや、それにしては――――滅多なことでは眉のひとつもピクリとも動かさない二人が、驚きすぎなくらいに驚いている。

先に口を開いたのは、橙子さんはだった。

「―――テレズマ(天使の力)、か?いや、少し違うな。なんだ、ずいぶん気色の悪い空気になってしまったな。」

なんて言ってるけど、僕にはまったくわからない。橙子さんや式にはハッキリ何か大きな変化があったとわかるらしい。テレズマ、とはなんだろうか。

「――――それより黒桐、調べものはどうなった。まもなく五分だが」

「ええ、あとは印刷するだけです。あと少しだけ待っててください」

コードレッドが敷かれたばかりのようで、ぎりぎりセキュリティが甘い状態だった。
結果、あっさりと書庫(バンク)――――学園都市の総合データベースで、基本的に生徒や能力など学園都市に関わる情報の全てが登録されている――――にハッキングを仕掛けることができたので、
なんとか無茶苦茶に思われた5分という時間には間に合わせられそうだった。

―――出来ました、と報告を開始する。

「まず、絶対能力進化計画(レベル6シフトけいかく)についてです。
平たく言えば、学園都市第一位の一方通行をレベル6へと昇格させる計画です。
樹形図の設計者の予測演算により、各種演習を通して、量産能力者(レディオノイズ)を計2万体殺害することを実行しました。

提唱者は木原幻生、とあります。

また、一方通行が約半数を殺した後の10032次実験において、無能力者である上条当麻が一方通行を倒したことで計画は凍結されたようです。
ここは以前、橙子さんもご存じのようでしたね。


――――また、量産型能力者計画(レディオノイズけいかく)についてです。
本来、これは御坂美琴のDNAマップを使って、レベル5(超電磁砲)を人為的に量産しようとした計画。でした。
主導したのは天井亜雄、とあります。
最終段階で樹形図の設計者の予測演算により、製造されるコピーは御坂美琴のスペックの1%にも満たない
「欠陥電気(レディオノイズ)」
であることが判り、計画が打ち切られ、その後、絶対能力者進化実験が始動し、
一方通行のターゲット役として用いられることとなったようです」

「ははあ、レディオノイズか。それで私に依頼したというわけか、あの宙ぶらりんは」

「――――橙子さん、僕は実は学園都市第二位と交遊があるんですが、彼はこの街をこう評していました。」

「巨大な1つの実験場、と」

何を今さら、と返してきたのは式だった。

「人間の脳みそをいじくり回す時点でそんなのわかってた。この街全部小川マンションみたいなものってことだろ。」

「だね。――――式、許せないか?」

「何が?生命倫理なんてオレは興味もないしわからない。
ただ意味のない人殺しをする馬鹿が、おもちゃ感覚で実験を語って簡単に人の命を奪う研究者がいると思うと――
――ひどく気持ちが悪いんだ。ただ、それだけ」

「まあ、結論だ。
樹系図の設計者による演算の結果レディオノイズが20000体必要だったと弾き出したのは、
おそらく先に御坂美琴本人が何体必要なのか演算した後だっただろう。
そして、その数が128。この都市で御坂美琴は128人も用意できないから、
仕方なくレディオノイズを利用することにして再演算した。
―――本当に、目的が第一位のレベルシフトかは怪しいがな。
とまあ、今年になって私がやって来て、まんまとアレイスターに目をつけられたというわけだ。
まったく、我ながら情けない。
しっかり御坂美琴を128人生み出し、あまつさえアクセラレータも生み出してしまった。
――――さあ、式。ここで選択だぞ。
初めから存在した一方通行は10032人。
私が生み出したアクセラレータは128人。
統括理事長アレイスター・クロウリーは、他にも数知れずの殺戮を犯したことだろう。実験と称してな。
さて、どこからいくね?」

「トウコ。おまえ、分かってて聞くの、やめろ」

うざったそうに顔をしかめ、目を閉じる式。

「殺した数なんて問題じゃない。オレは、その第一位がなんで殺したのかをまだ聞いてないんだぞ。
それで今決めろ、というなら―――――」

「アレイスター・クロウリー以外にいないじゃないか」

クックッ、と笑いを押さえきれない橙子さん。


「ああ、そうだったな。では―――大事になる前に、今回の事の顛末を手短に話すとしよう」

―――――率直な感想を言えば。

僕は今まで見たどんなドラマにも、こんな哀しいストーリーに覚えがないというほど、哀しい話だった。

なにがなんでも、新絶対能力者進化第一次実験を行わせるべきじゃなかったのではないか、というのは今となってはわからない。

でも、どうして、勝手に産み出され、勝手に殺されたり殺させられたり、芽生えた希望さえ摘み取られなくちゃいけないんだ。

こんなことが、あっていいはずがないじゃないか――――――


そんな風に考える一方、僕の頭の片隅にはもう一つ、疑問があった。


「橙子さん、記録によれば一昨年の秋から冬にかけての間に絶対能力進化計画が開始され、ミサカ1号が殺害されました。
また、昨年の5月の中旬に9982号が誕生しました。
曰く、ミサカシリーズは一気に生産し、それから外部研修を行うそうです。

そして8月15日に、9982号が殺害されました。
具体的な実験開始がどういうわけか記載されていないので11月1日と仮定したとして、
10031号が殺害されたのが8月20日とあります。これで292日です。

とすると、平均して一日辺り、約34人殺している計算になります。

これは相当なペースで殺していますが、一日、34人―――――
それも、戦闘条件を変更しながらの実験を行うのというのは、非現実的ではないでしょうか?

だとすれば、何人も一気に殺害することもあったと考えられます。

しかし、この時第一位と戦闘を行っていたのは、オリジナルの1%にも満たないスペックとされるレディオノイズでした。
ですが今回は違います。

橙子さんが作る人形は完璧に本物と同一だという前提で話を進めますが、
相手が本物の第三位では、たとえ第一位でも一度に何人も相手にするのは不可能でしょうから、
一気に殺害が行われるとは考えられません。

これも予想の域を出ませんが、そうすると第一位と第三位の本気の戦闘が一回一回着実に、
計128回行われることになるわけですが―――――
そのレディオノイズを128回殺害するのにも3日か4日かかる実験が、一日で終わってしまうとは考えにくいんです。

これは一体、どういうことなんでしょうか」

ふむ、と珍しく橙子さんが長考に入る。

「生憎として私は科学には精通していないのだが―――――黒桐、相対性理論という言葉は聞いたことがあるだろう」

「考えられるとすれば、彼らが実験を行っていたバーチャル空間は時間の流れがおかしい――――つまり、非常に流れが遅かったのだろう。

時間の遅れというのはね黒桐、相対性理論が予言する現象で、運動している状態によって時間座標の進み方が異なることを指すんだ。
時間座標というのは、まあ、時計の事だと思ってもらって間違いないだろう。

特殊相対性理論では、ある速度で動いている観測者の時計の進み方は、
それより遅い速度か静止している観測者の時計よりも進み方が遅くなることが予言された。これは実験的に確認されているものだ。

一般相対性理論では、強い重力場にいる観測者は、それより弱い重力場にいる観測者よりも時計の進み方が遅いとされている。
いずれも静止している観測者や重力源から無限遠方の観測者を基準とするから、時計の進み方が「遅い」と表現されるわけだ」

「ええ、その手の話は何となく聞いたことがあります。―――実験する二人は、研究室にいたんですよね?
バーチャル空間が展開できるだけで、外界との隔たりの無い、ただの研究室に。それなら―――――」

「地球上では、厳密に定義された時間に比べ、1秒当たり100億分の7秒遅なる。
では黒桐、そのバーチャルルームそのものにかかる重力さえ、この街の科学技術で操作できるとしたら?
早い話、重力加速器なんてものを用意し、それによって部屋全体にかかる重力そのものを百億倍に出来るとしたら?
―――――ほら、厳密に定義された時間と比べて、既に七秒も遅れるじゃないか。つまりそういうことだろう」

「待ってください橙子さん、それって、その空間内にある物や人にかかる重力も百億倍になるってことですよ?
そんなことをすれば、どんなものだって一瞬でひしゃげてしまうんじゃ―――――」

「そう、そこなんだ」

ふう、と煙を吐き、不満げな顔をする。

「まさか特殊相対性理論に沿ってバーチャルルームそのものを光速に近いスピードで飛行させ、
宇宙中を旅させて戻ってきて『ウラシマ効果』にしたとは考えにくい。
となれば一般相対性理論に基づいて今いったような議論になるわけだが、先もいったように、私は科学には精通していないんだ。
ただでさえそれなのに、この学園都市の技術は外界よりも遥か彼方までその技術が進んでいると来た。
だからその先は私達では分からない事だよ。どんな理屈で時間を遅らせていたんだかな。
そうだな、木原とかいう気違い科学者集団にでも聞けばわかるんじゃないか」

そうですか、と返すしかなかった。いや、もう一つ可能性がある。昨年起きた戦争以来、
世界に魔術という得体のしれない力の存在が知れ渡った。
橙子さん的には、魔術教会の存在とそれに準ずる魔術の世界が崩壊したわけではないので
私たちには何も関係がないという。しかしやっぱり複雑な話で、魔術自体が疎遠な僕には
何がだめ、何がいい、それはこういう理由、だとかは全く理解できないけれど。
とにかく学園都市でも、魔術を科学的に研究している可能性はないとは言い切れない。

「では、魔術的に説明はできないんですか?」

「出来なくはない。魔術師達の世界においては最大級の奥義であり、禁忌であり、魔法に限りなく近い魔術――――
固有結界、と呼ばれるものがある。こいつは魔法の類の中では比較的容易だから、魔術の到達点のひとつとされている。
この魔術の一種に、時間操作があるんだ。基本的に元から存在している物に手を加える事によって形成される通常の結界と異なり、
使い手の心象風景を形にして現実を塗りつぶし、世界その物を作りかえる。
言うなれば、特定の空間を丸ごと別の空間と入れ換えてしまうようなものだな。
なるほど、重力をかけなくとも、戦闘を行う場所のみバーチャルで再現し、バーチャルルーム全体をおおうように
固有結界を張ってやれば、確かに矛盾なくこの事は説明できる。だが黒桐、私の知る限り今現在この魔術を扱えるものはいないんだ。
なにせ、結界を最も得意とする荒耶でさえこの魔術には到達し得なかったんだからな。
それなのに、つい最近魔術の存在を知ったような世界の一部でしかないこの学園都市に、そんな大魔術を使える者がいると思うか?
世界を探したっているかいないかわからんぞ、こればっかりは」


矛盾を解消できても、それをなす事が出来る者がいない。
本当にいなくて、科学の力だけで矛盾を解消したのか、それとも実際はこの学園都市にそれが出来る魔術師がいて、
この実験に何らかの理由で加担したのか。それは、橙子さんのいうように、僕たちでは分からないのかもしれない。


―――まぁ本当はいるといえばいるんだ、黒桐。

間違いなくクロだが、今それを説明したって仕方がないから、シラを切らせてもらう。

どうせ後々知ることになるだろうしな。

何より、長話にいい加減しびれを切らせているヤツがいる。

――――なぁ、式。

式が、なにも言わずにこの部屋を出ていこうとする。

「式、――――君、どっちへいく気?」

式は振り返りもせずに、立ち止まって言う。

「トウコが作った第一位のところ。」

ほう、橙子さんが声を上げる。

「なぜ、そう決めた」

「―――なんだっていいだろ」

「よくないよ、式。相手は得体が知れないんだ。ここまでの話通りなら、アクセラレータはlevel6になったって事じゃないか。level5でさえ、既に単独で軍隊と対等に渡り合える程の、他を圧倒する超絶な能力だそうだっていうのに。
さっきの轟音も、きっとアクセラレータだ。だから、少し慎重になった方が―――――」

「幹也、そういうことじゃないんだ」

スパン、と僕の言葉を斬るようだった。

「本人の言う通り、もう止まれないんだよそいつ。―――殺人はそれできっと最後。でも、殺戮は止まることはない。だから、殺しにいく。どれだけ強くても、関係ない。」

―――式の言い分には、僕は納得できない。

「なんだってそんなこと言うんだ、式。話し合いが通じるかもしれな――――」


『結果、レベル5は人格破綻者の集まり、とか言われます。確かに破綻しているものもいますが…』


「――――ッ!」

垣根の言葉を思い出す。話を聞く分には、普段のアクセラレータはそこまで破綻していないとしても。こんなことになったのでは、ここで改めてめちゃくちゃに破綻してしまった可能性だってあるのだ。
――――さっきの爆発が、その表れだという可能性が。

「それにさ、幹也。
      、、、、、、、、、、、、、
オレだって、アクセラレータを殺しに行くだけ。アクセラレータを殺しにいくわけじゃない」

……なんだかややこしいけど、それって、つまり――――

「なら、あの気持ちが悪い力だけ殺しに行く―――そういうことか式」

紫煙を吐きながら確認をする。

「ああ。不本意だけどな―――幹也がうるさいから、仕方ない」

はあ―――まったく、それならダメと言う理由が見当たらない。
確かに式は女の子だし危ないところへは行かせたくないけど、多分、止めても止まりはしないから。

でも、今回は。

「……わかった。けど、僕もいくよ」

なんだかいかなくてはならない気がする。

―――それを聞いた橙子が、呆れた、とばかりに言う。

「ほうら始まった。まったく、式のこととなるとすぐにたがが外れるんだ、お前は」

「いいじゃないですか、別に」

―――こういうときはいつもからかうような顔の橙子さんが、険しい顔をしている……!!

「今回ばかりはダメだ、黒桐。普通の人間とテレズマを使うアレ、つまりほとんど天使か。
そこの間にはな、アリから見たアフリカゾウくらいの差があるんだ。
式のように異能の力があるならまだしもさ、お前、わざわざ殺されにいきたいのか?」

それを言われてしまうと――なにも言い返せないけれど。

「まあ、本場の天使の力とも少し違うようだがね。AIM拡散力場と天使の力がごっちゃごちゃだ。やはり科学製、といったところか。
式!――――こいつを持っていけ」

橙子さんはおもむろにごった返しで悲惨な状態のデスクから鞘に納められた刀を取りだし、式に放る。

「トウコ、これ―――」

「おっと、出すなよ工房が魑魅魍魎で溢れてしまう。そいつはお前がアラヤと戦った時に折れた、例の古刀だ。
完璧に修復したし、さらに鍛えられてもある。500年前の品にしては非常に扱いやすい仕様だったよ。
ついでに、直死の魔眼に関係なく霊体なんかを切れるようにしておいた」

たまにはトウコも気が利くじゃないか。
なら―――――早速、試したい。

「じゃあ、遠慮なく持っていく」

そういうと式は早足で伽藍の堂から出ていく。刀の復活が嬉しかったらしい。にしても―――

「――――橙子さん、鍛冶も出来たんですか?」

「そんなわけないだろう?知り合いさ、知り合い」

しれっとそんなことをいいながら、新しいタバコを吸い始める。

「さて、黒桐」

「なんですか」

「私たちも行くか」

「というと―――――」

橙子さんはニヤリと笑うと、力強く答えた。

「――――無論、学園都市統括理事長の大馬鹿野郎の元へだ」

さて、きりのいいところで休憩

――――ああ、なんて愚か。
自分は、絶対能力者の力なんて要らなかった。
一番最初に、ミサカミコトと一緒に実験を止める選択をしていれば。何もかも話していれば。
こんなことにはならなかった。幸せな未来を手に入れることが出来た。
自分は、ミサカミコトを殺して、チカラを手にした。
そして、人を殺すのは、ミサカミコトで最後だと誓った。
だけど――――命を玩具みたいにに扱うこの街を、自分は許せない。殺した自分がこんな事を言うだなんて、検討違いも甚だしいという事はわかっている。
それでも。ミサカミコトを勝手に産み出しといて勝手に死ぬシナリオを書き上げたこの街の上層部が、科学者たちが、自分は許せない。
――――これから起こす戦いは、復讐なんて清く正しい戦いではない。まっとうですらない。贖罪行為にもならない。
己の、自己満足。
もう、第2の自分や第2のミサカミコトが生み出されないように。
この街に潜む、生命倫理の欠片もない、科学に潜む悪を。闇を。狂気を。






『必ず、ぶち殺してやる――――!!』




誰に言ったわけでもないその呟きに、返事があった。


『―――なァにをぶち殺すってェ?』

それは、嫌なくらい聞き覚えのある声。特徴のある口調。
声のする方には、白い人影。――――よく知っている、知りすぎている顔、姿形。
だが、あり得ない。そんな馬鹿な―――!!



―――アルビノのように真っ白い肌に白髪、そして赤い目。
こいつは、紛れもなく――――


『オ、マエ、は――――』


ニタリと笑って、ヤツは名乗る。






『一方通行(アクセラレータ)だ。よろしくゥ、偽物野郎』




第19学区を荒野に変えたアクセラレータは、ぼう、っと空を仰いでいた。
ミサカミコトを抱き締める手は緩めず。
ただただ128回の殺人の記憶を再認し。
ミサカミコトの言葉を反芻し続けながら、何度でも最後の笑顔を思い返す。

――――そんなことをしながら、どれ程の時が経ったか。

吹き抜ける風の音と、警報の音だけが聞こえる。

しかし――――同じ荒野でありながら、アクセラレータの心象風景には風の1つも吹かない。

憎しみと、殺意と、嫌悪。

自己に向けたものか都市に向けたものかさえ混沌に陥った、どす黒い空の色。

彼の世界を照らした太陽は、もはやどこにもいない―――――

――――――そして、そこに現れた、自分。

世界は鏡像であったか。

まずは己を殺せと告げるのか。

己の心象風景を世界に投影しろというのか。

いや―――もはやそんなことはどうでもいい。

やることなど、決まっていなくとも“衝動”が己を突き動かしていく。

さあ、まずは――――――


                オ マ エ カ ラ ダ

『―――偽物はオマエだクソ野郎が』

そう返してやると、呆れたように眼前の己がため息をつく。

『ハイハイそォかよ、まァ吠えるのは好きにやってりゃァいいが―――オマエ、そいつ、誰を抱き抱えてやがンだ?』

顎で、己が抱き抱えている少女を指して続ける。

『俺にはよォ、どォ見ても、第三位にしか見えねェンだが?』

あァ――抱き抱えたままだった。しかしコイツ、親しいのか?ちゃンと両親から生まれることの叶った方の、第三位と。

気にくわないが―――ここはちゃんといってやらねばなるまい。

『――あァ。こいつの名前は、ミサカミコトだ』

やはり、か。しかし、オリジナルかはわからない。クローンかもしれない。とにかく確認すべきは―――――

『―――生きてンのか?』

すると一方通行を連れてきた浜面の車内から、滝壺が、一方通行に向けていう。

「あくせられーた。南南西からみさかのAIM拡散力場が近づいてくるよ。あれは、みさかじゃない。多分―――」

『クローンか―――!』

第三次製造計画でミサカシリーズの製造は止まったハズなのに。知らないうちに、また製造が始まってやがったってのか。クソ、俺はなンて大間抜けだ―――!!


―――――クローン。


その単語を聞くとアクセラレータは目を瞑り、とうとうと言葉を紡ぎ出す。

『―――クローンだと?』

『ちげェ』

『ちげェよ』

『コイツは確かにミサカミコトだった』

『怒ったり、笑ったり、必死になったり、苦しんだり』

『常磐台のお嬢様にはまるで見えやしねェ性格の』

『だけどどうしよォもねェくらい優しい心を持った』

『ただの、メスガキだった』

『俺なンかのダチになろォなンて抜かすくらい、あり得ねェくらいお人好しな、馬鹿女だった』

『それを、クローンだと?』

『許せねェよなァ…』

『――――どうせこの街はぶっ潰すンだ』

アクセラレータの声が、呟き程度の声量から、相手に伝わる程度の声量に変わっていく。


『……まずはそこの俺の鏡像と、コイツをクローンと言いやがった女、オマエだ』

片膝をついていたアクセラレータが、ミサカミコトをお姫様だっこの形で抱き抱えて、両足で立つ。

―――――呟いていた間は閉じていたその真紅の眼をカッと開いた、その瞬間。

アクセラレータの背中から、四枚の神々しい光を放つ純白の翼が出現し、辺り一面を黄金に近い、しかし禍々しい光が埋め尽くしていく。

そして。一度枯らしたはずの喉が再び張り裂けるような叫びをただ一度だけあげ、アクセラレータは
宣戦布告する。

『―――――地獄に送ってやらなきゃ、気がすまねェよなァァァァァァァァ!!!!!!!』

刹那―――アクセラレータの翼から放たれる光が、より強くなった。

まずい、と浜面は素直に思った。なんとかして滝壺を守り抜かなければ――――

そんな焦りまくりの浜面をよそに、一方通行が口を開いた。

『ハッ、あくまで俺は俺、クズって事か。―――イイぜ、来いよ三下。
この世界に生み出されて、てめェが何をやらかして、何を背負ったかなンざ知らねェ。
抱き抱えてるそいつとの間に、何があったかなンて興味もねェ。だがな――――』

あの顔をした少女は、アクセラレータが守ると誓ったもの。

『そいつが目を覚まさねェ理由がてめェなら』

この日常は、平和な学園都市は彼が何に変えても維持すると決心したもの。

『てめェが、俺の守りてェものを傷つけるかもしれねェってンなら』

そのためなら―――殺人さえ躊躇わないと、覚悟を決めたもの。

『―――オマエは、俺の手でちゃンとぶち殺してやる』

一方通行の背中から黒翼が生える。
同時に、ミサカミコトを抱き抱えたまま上空に飛び上がり白翼を羽ばたかせるアクセラレータが、金色の光と共に一方通行に向かって突っ込んでいく。

向きの転換の問題で一瞬遅れての飛び出しだが、一方通行も迫り来るアクセラレータに向かって突っ込んでいく。




『こりゃあ―――半端じゃ、ねぇぞ。第一位同士の戦いなんて―――』

「離れよう、はまづら。私たちがいたら、多分、あくせられーたが存分に戦えない」

一方通行はああ見えて、身内には過保護とも呼べるほどに気を配るところがある。現実、第一位を止められるのは第一位しかいない。

『そうだな、第一位が存分に戦えないんじゃ、アレを止めるなんてできないしな―――しっかり捕まってろ、滝壺!』


一方通行の勝利を信じ、浜面仕上と滝壺理后は、安全確保のためアイテムのアジトへと向かうのだった。

『ウオオオオオオォラァアアアアアア!!!』

一方通行は、まず黒翼を右から左からとにかくぶつける猛攻撃をしかけ様子をみることにしたのたが―――

『―――ンだァ?鳥さンごっこってかァ?シケた遊びではしゃいでンじゃねェぞこの

――――三下が』

全く、きいていない。
いや―――
           、、、、、、、、、
アクセラレータに、翼がとどいてさえいない。


『チッ……!!』

アクセラレータは白翼を振るうどころか、ミサカミコトを抱き抱えたままで、攻撃の体勢をまるで見せずにいる。
それどころか、一方通行の攻撃が、アクセラレータの体から7~80cm辺りの所で見えない何かに弾かれる。

『(どォなってやがる………!?)』

まずは相手の能力がどこまで突き抜けたのかを看破しなくてはならないのだが、アクセラレータはそんな余裕を与えることを許さない。

『――ほら、まずは一撃、受けてみやがれ』

アクセラレータが四枚の白翼のうち1つを、風を起こすように振るう―――

それだけだった。それだけで、一方通行は二枚の黒翼を消し飛ばされ、全身にすさまじい衝撃を受け――――地に、墜ちていく。

『がッ―――ア……!?』

地表に激突―――しただけではすまなかった。アクセラレータの落ちた位置を中心に、大地が砕けヒビが走る。

『が、が、アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

叫ぶことでアドレナリンを無理矢理引き出そうと無意識に試みる。―――今は、痛みに構っている暇などない。

『ぐっ……クソがァ………!?』

アクセラレータは、いつかエイワスに叩き潰されたときの事を思い出していた。

手も足も出ないこともそうだが、なによりこの力の感じ―――近い。非常に、近い。

アクセラレータが、一方通行の眼前に降り立つ。

そして、つまらないものを見るように、言う。

『あーあ幻滅だ。紛い物野郎、やっぱりてめェは―――ああそうか。そうだったな。てめェはあくまで「最強」のままだからか。そりゃァ相手にならねェわけだ』


―――なんだと?目の前のクローン野郎は、今、確かにこういったのか?「てめェはあくまで最強のまま」、と。
つまり。その言葉の示すところは。
この、理不尽なまでに強い、「無敵」に思える程のチカラは。
やつが抱えている、シャンパンゴールドの髪の少女の正体は――――
………ヤツはさっき、『確かに、ミサカミコトだった』といった。もし、それが真実なら。
さらには、滝壺がとらえたAIM拡散力場の持ち主。すなわち、
、、、、、、、、、、、、、、
これからやって来る御坂美琴も紛れもなく本物だとするならば―――

よく考えれば、たどり着く事は容易な話ではないか。『アクセラレータ』という能力をもつ者と、学園都市第三位という組み合わせが指し示す1つの実験の名称――――絶対能力者進化実験。

完全に凍結されたことで、安心しきっていた。万が一自分のクローンが作られようと、そいつは劣化していて、レベル5のチカラなど持たないハズだと。

加えて再び20000体の第三位のクローンの用意など、もはやそんな資金はどの研究所にも提供されないだろうと。

第三次製造計画のような例外もあったが、それも目的は別だったし、自分が阻止した。だから、もう、『絶対能力者なんてものに関する話は、出てきやしないだろう』と。

一方通行は知らず知らずそう考えていた。だが、もし。それが、前提から間違っているとしたら。

すなわち、
『第一位のクローンは第一位と同等のチカラを持たない』
『第三位のクローンは第三位と同等のチカラを持たない』
この二点。この二点が、もし、完全に覆されていたとするならば。

第二のアクセラレータは、記憶も、下手をすれば人格でさえも、今ならばテスタメントのようなものでどうとでもなり、無事誕生する、のかもしれない。

しないとは限らない。

―――『確かに、ミサカミコトだった』

この言葉から察するに、抱えられているあのミサカは、かつてのミサカシリーズのように完全な別人ではなく、ちゃんと初めから感情もある―――?

いや、そんなものどころじゃ済まないかもしれない。

人格、記憶、能力、その一切がオリジナルの御坂美琴と全く同一の器の製造に成功していたとしたら。

もう、いったいどちらが本物なのか、作った側も、本人達にもわからなくなるほどに精巧な、いや、まったく同じ人間が、能力ごと作れるとしたら。

―――そのミサカミコトを128人。その用意が、難しくないとしたら。

その場合。
目の前にいる、『アクセラレータ』を使うこいつも。

かつて自分が絶対能力者進化実験に誘われた前までのアクセラレータの記憶までを植え付けられているとしたら。

そしてコイツも、かつての自分と同じように、絶対能力者進化実験に誘われ、首を縦に振ってしまったのだとしたら。


そのまま、128人の『御坂美琴』を殺してしまったと、したら――――――



事態は、想像以上、どころではない。
考えうる全ケースの完全に外側からやってきた、最大最悪のケース―――――――

『オマエ――まさか、まさか…………!?』

『あァ、まだ名乗ってなかったな。俺は―――』

アクセラレータは、一方通行でさえ浮かべたことのないような、ひどく歪んだ笑みを浮かべて、名乗る――――






      、、、、、、、
『学園都市に一人しか居ない絶対能力者(レベル6)、
アクセラレータだ。――――すぐに殺すが、それまでよろしくゥ』






「…なによ、これ」


到着した御坂美琴は開いた口が塞がらなくなっていた。

学園都市最強で、かつて絶対能力者進化実験で自分に絶望を叩き込んだ男。

妹たちを容赦なく殺し続けた男。
何の因果か(いや、上条の人たらしのせいだとわかってはいるのだが)ハワイでは共闘じみたことまでするはめになった男、一方通行。

ただでさえ死ぬまで会いたくない相手ナンバーワンの男なのに―――――

「なんで、ふたり、居るのよ―――!?」

そう、口にせずにはいられなかった。

「…なによ、これ」


到着した御坂美琴は開いた口が塞がらなくなっていた。

学園都市最強で、かつて絶対能力者進化実験で自分に絶望を叩き込んだ男。

妹たちを容赦なく殺し続けた男。
何の因果か(いや、上条の人たらしのせいだとわかってはいるのだが)ハワイでは共闘じみたことまでするはめになった男、一方通行。

ただでさえ死ぬまで会いたくない相手ナンバーワンの男なのに―――――

「なんで、ふたり、居るのよ―――!?」

そう、口にせずにはいられなかった。

「!?」

美琴がやって来たことに気づいた一方通行の目の色が変わる。

「(クソがっ……!!)」

打ち止めを守ることに幾度も命をかけた一方通行だが、守る対象はなにも打ち止めだけではない。
今の一方通行にとっては、
、、、、、、、、、、
あの顔をした女は全て命を懸けて守る対象なのだ。それはつまり、
、、、、、、、、、、、、
御坂美琴も守る対象の一人、ということだ。

「逃げろオリジナル!!殺されるぞ!!!」

「あ………ああ………?」

「(錯乱してやがるッ……!!なンとか早く正気に戻さねェとまずい、が―――最悪だ、ここには、よりによって俺しかいねェ……!!)」

「い……嫌……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

目の前の現実が理解できない。
神々しい翼を持ったアクセラレータと、目の前でボロボロになっているアクセラレータ。
二人いるだけでも心が受ける衝撃は計り知れないのに、なのに、第一位が第一位叩き潰して第一位は―――――――

いや、それよりも。翼を携えたアクセラレータが、抱えているのは、妹達ではないのか――――

実験、実験、再会、記憶、一方通行、絶対能力者、実験、実験、実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験実験また実験かまた実験かまた実験か――――――

「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

そして。御坂美琴の能力が、暴走し始めた。

バチバチバチッ!!!と
辺り一帯を紫電がドーム状に覆うように走る。

偶然、既にアクセラレータが辺り一帯吹き飛ばしていたから学園都市には何一つ影響はないが―――

「やべェ、電極が―――!?」

電気製品への影響は深刻なものとなる。

まずい、非常にまずい。どうにかしなければ―――

「チッ―――」

アクセラレータが、小さく、舌打ちをしたかと思うと、右手を高く上げた。
すると―――紫電が、まるで霧が晴れるかのように、消え去った。

「―――ァ?」

「ああ、あ………?」

何が起きたかわからない、いや、一方通行には分かっていた。

これは、自分もよく知っている能力だ。つまり――――

「(なるほど、なァ…ベクトル操作―――)」

それはつまり、絶対能力者は、触れなくても、ベクトルを操作できるということに他ならなかった。

つまり一方通行の黒翼は、空間中に作られた反射の壁に遮られていた、というのだ。

アクセラレータが、ミサカミコトを守り抜くために。

………よくよく考えれば、一方通行はミサカミコトを抱えたアクセラレータに平気で倒しにかかったわけだが。

以前垣根と再戦になったとき、垣根が情報を読み込んで『再生』した妹達を、確かな決意を持って消し飛ばしたあの意識と同様だったのだろうか?

あのミサカミコトは、新たに作り出された妹達というよりは、何らかの手段で再生された妹達だと彼は思ったのだろうか?

―――いずれにせよ、ほとんど真実に行き着いている一方通行には、もう攻撃などできはしない―――――

「チク……ショウ………」

そう呟いた一方通行の後で、小さく、消え入りそうな、しかし確かに怨めしい呟きが聞こえた。

「……のよ」

それは、一方通行に向けたもので。

「……?」

「なんなのよ、アンタ。また、怪しい実験をしたの!?また、私の妹を、オモチャみたいに作り出して、殺したの!?まだ、アンタは最強を諦めきれないの!?」

怒声。御坂美琴自身、こんな声をあげたのはどれ程ぶりだっただろうか。

「………違ェよ、俺はもう最強になンざ興味はねェ。だが、アイツは、違う。―――アイツは、三下にぶっとばされる前の俺だ。
俺のコピーなンだよ。クローンなんて劣化した技術じゃねェ。もっと精巧な技術で作られた、過去の俺そのものだ」

そう、冷静に告げる一方通行を見て、御坂もいくぶん冷静さを取り戻す。

「なによ、それ。じゃあ、アイツが抱えてるのは―――」

「あァ、そォだ。妹達なンかじゃねェ。あれは、もォ、オリジナル、オマエと―――」

『黙れ』

「がッ、アアアアアアアアア!?」

――――本当に同じ顔だ。いや、こちらの方が少しだけ大人びているか。あの怒り方、立ち振舞い方。
紛れもなく、御坂美琴らしい。
でも――――それでも、やっぱりあいつとは違う。
己に寄り添おうとしてくれたミサカミコトでは、ない。
だから、あいつの姿を投影することはできない。
姿形こそ同じだが―――それでも別人だ。
俺にとってミサカミコトは、あいつ以外にはあり得ないんだ。だから――――

ミサカミコトと御坂美琴を同じにするなんてのは、認めるわけにはいかない――――

『黙れ』



たった一言放つと、アクセラレータは一方通行にかかる重力加速度を操作し、彼を地面に張り付けた。

彼のモヤシボディには、とんでもない負荷となっているはずだ。

「―――コイツは、たった一人の、ミサカミコトだ。オリジナルと同じなワケねェだろう。―――で、お前が御坂美琴か」

「アンタの言ってること、私にはまったくわかんないけど―――ええ、そうよ。
見苦しいところを見せたわね、あまりにショッキングな光景で、つい取り乱しちゃったわ。
………アンタ、暴走してるのかと思ったら、会話通じるのね」

すっかり落ち着きを取り戻した御坂美琴。

「―――チカラァ制御出来ないよォじゃ絶対能力者とは呼べねェよ。
―――率直に言う。俺は、もう余分な殺人をする気はねェ。特に御坂美琴、お前は殺しづらい」

「アンタ、一方通行を殺そうとしててよく言うわね。それに、アンタが抱えてるのって―――きっとアンタが殺した子でしょう!?何を今さら―――」

「そこの偽者ゴミ野郎は、コイツをクローンなどとぬかしやがったンだ!!許せねェに決まってンだろォが。だがミサカミコトは―――あァそうだ、確かに殺したのは俺だ」

なんとも聞いてて複雑になるが、それにしてもしかし―――

「言ってることメチャクチャじゃない!―――ちゃんと、全部、説明しなさい。アンタ、私は殺しにくいんでしょ?私に対して何かある証拠じゃない。話しなさい、今すぐ、ここで全部よ!!」

「話すことなンざ何もねェよ。この記憶は、俺だけのものだ。お前らなンかに、少しだって分けてなンぞやるものか―――――!!!」

再び四枚の翼が強い光を帯びる。


「―――あァ、俺とそこの三下のどちらがコピーとかオリジナルとか、ンなこたァもォどォだってイイわ。
ミサカミコトとオマエは明確に違うが、俺たちに関しちゃ―――どうせどちらも本物だ、
力があるかないかが違うだけで、等しくクズだ!!!
だから、俺は、俺は―――オマエを殺したくてしかたねェ―――!!!!!!」





―――御坂美琴は、口を開きあぐねていた。
言葉が、見つからなかったから。

アクセラレータの翼が、一際輝きを増した。

「スクラップの時間だぜェェェェェ!!!!!」

一方通行は未だに地に張り付けられているまま。

「ぐっ、オオオオオオオオオオオオオオ!?」

「あ、一方―――――」






視界が。純白に染まっていく。





―――キュイン、とどこからともなく甲高い音が鳴り響いた。



それは、御坂美琴も、一方通行も、よく知っている音。



学園都市最弱のlevel0にして、学園都市最強を打ち負かした男の右手が発する音。



―――イマジンブレイカーが、異能の力をぶち殺した音。

現れたのは、紛れもなく。

「あ、あんた―――」

「……どうなってるんだ、これ――!?」

右手を前につき出した、上条当麻その人だった。

『これ、どうなってるんだ――――!?』

訳がわからない上条。
なにせ、アクセラレータがふたりいる。

片方は倒れているが、御坂美琴も二人いる。

―――御坂妹かもしれないけど、アクセラレータが抱えてるのは、何かおかしいよな。これって――――?

戸惑う上条に、地に伏した一方通行が声をかける。

「…オイ、よく聞け三下。事情はあとで話す。とにかく、アイツは敵だ。放っておくとどうなるか分からねェ。だから―――」

「―――何としてもここでヤツを倒す、手を貸せ」

「!!!」

あの一方通行が助けを求めた事に驚きを隠せない上条。
ひとまず頷き、一方通行にかかっているらしき異能を解くべく、一方通行に右手で触れる。

「………よし、事情はよくわからねぇけど、とにかく止めるんだな?」

「そォだ。―――ヤツはlevel6だ、簡単にはいかねェ」

絶対能力者が目の前に居ると聞き、驚愕する上条。

――――絶対能力者進化実験は止めたはず、それなのに、どうして―――!?

上条当麻は、こういう緊急の時にはすさまじく頭がよく回る。
そして、答えを弾き出す。

「――じゃあ、あそこにいるのは、御坂の―――」

「イヤ、似てるようで別もンだ。もう死ンじまってるから、直接は分からねェがな」

すると、力をかき消されて唖然としていたアクセラレータが我に帰る。

「オイオイオイオイなンなンですかァ!?てめェ、いきなり現れて能力をかき消したかと思えば、今度は訳知り顔で探偵ごっこってかァ?―――関わるな、殺すぞ」

ひどく、冷たい声。
恐怖とか、そういったものさえも凍てつくような。

だが――――そんなものに怯む上条当麻ではない。

『なら―――探らない。」

場の雰囲気にまったく合わない穏やかな口調で、上条は告げる。

「でも、お前が暴れるって言うなら、俺はお前を止めるよ。
―――そしたらさ、お前の口から話してくれよ。お前が大事に抱き抱えてる御坂と、お前の話を。
何か色々あって、レベル6になった――――きっとそれだけじゃないんだろ?
だって、それだけなら、そんな顔しないもんな』

柔らかい笑みを浮かべる上条当麻。
この場の誰も知らないことだが、その笑みは、殺人衝動に悩んでいた少女の代わりに罪を背負ってやると言い放った黒ずくめの青年が浮かべたものによく似ていた。

―――それでいて、まっすぐな上条の瞳が、アクセラレータを捉える。

アクセラレータは、とても人間らしい人間だった。

一方通行と同一のはずなのに、一方通行よりも、人間らしかった。

そんなアクセラレータには、上条当麻は、あまりに天敵となる存在だった。

心が、揺さぶられてしまうから。

本来的に、上条当麻はもう少し直情的で、有り体に言えばアツい部類の人間だった。が―――
昨年のたくさんの経験が、上条当麻を成長させた。
ただ説教して、自身の正義を押し付けて、右の拳で殴るだけの上条当麻は既に卒業した。

今の上条当麻は、どんな相手でもまずは冷静に見極め、どうすれば相手のために最善なのかをちゃんと考えてから動くことができる。
その上で、言うべき言葉を選び、必要ならば戦いもする。
平たく言えば、つまりは大人になったのだ。

だからといって、いちいちもたつくわけではない。頭の回転の早さにも磨きがかかっているので、思考から行動までの切り替えの早さはむしろ昨年よりも早いほどだ。

ただ成長していないところといえば、このように自らの命を省みることを知らず、誰かのためにすぐ首を突っ込むところだけだろう。この辺りだけは、他がいくら大人になろうと変わりはしないのである。

果たして、御坂やインデックスはあと何度背筋を凍らせればよいのだろうか?

こればかりは、知る神さえも上条自身が殺してしまうのだろうから、わからない。

「(こいつ、は、だめ、だ―――目をあわすな、口をきくな、話に耳を傾けるな―――)」

「―――揺らいでるわね、アンタ」

「!!」

そう言い放つ御坂美琴も、上条当麻と全く同じ眼をしている。

「いいわ、今はとにかく止める」

『聞いてる限りじゃ、その私と私は同じにも関わらず異なる人間。これは仮の話だけど、もしそこにいる私がアンタの見方であろうとしたなら―――ここにいる私だって当然アンタの味方よ」

そう仮定したのは、アクセラレータの様子からだった。
最初から今まで、アクセラレータは、ずっと大事にあの亡骸を抱えている。
なら―――あの少女が、アクセラレータにとって大切な存在になったに違いない。アクセラレータの性格を考えれば、始めに寄り添ったのは間違いなく自分なのだ。

―――そんなことを、美琴だけでなる、上条も一方通行も頭の隅では考えていた。

「だから――――止めてあげるわ、アクセラレータ』

チョーカーのスイッチを再度切り替えながら、一方通行も続く。

『―――哀れだなァ、どんな馬鹿より哀れだ。ボーナスチャンスがあったのに、みすみす逃すよォなマネしやがって。
まァ、一方通行(おれ)はアクセラレータ(お前)で、
アクセラレータ(お前)が一方通行(俺)だってンだからクズ同士やりようがねェところなんだろォが。
――――自分でやったことなら、落とし前も自分でつけなきゃならねェ。
だから、ココで終わりにしてやる―――――!!』

「―――ほざけ。叩き潰してやる」

その一言が合図だった。

上条当麻、御坂美琴、一方通行の共闘が始まる。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!」

アクセラレータに真正面からつっこむ上条。

「……!」

先に、一方通行にやったように重力操作を行ったが、上条はすぐに右手で自分に触れて立て直す。

その時生まれた一瞬の隙に、アクセラレータは翼から光線を飛ばす。

「うぉっ!?」

紙一重でかわした――かと思えば、次々光線が来る。

なんとか右手で消――――いや、コイツは消せない、右手でそらすしかない!!

先程のエネルギー拡散と違い、光線状になった天使の力の密度は非常に高い。故に、幻想殺しで消しきれる威力を越えてしまっていた。

―――上条の後ろにいるのは揃ってlevel5、あまりそらす方向に考慮が要らないのは非常に助かる。

「(―――レールガンは反射されるし、攻撃手段は大体防がれるわね。なら、私の出来ることは――――)」

その応用力を最大限生かし、上条当麻達の補佐にまわること―――――!!

上条「うおっ、なんだ!?」

上条の体を砂鉄が覆う。

そして、地表の砂鉄たちが一斉に直線をあちらからこちらへとそこらじゅうに描いていく。

よく見るとその直線は二本ずつ対になって、平行に描かれていっている。はて、どこかでみたようなその幅は――――

まさか、と上条は顔を真っ青にしたが、もう遅かった。

「御坂美琴特製リニアモーターカーよ!!途中で消えると死ぬから、右手は前につきだしとけ!!」

「うわああああああああああああああああやっぱりかあああああああああ!?」

学園都市製の音速旅客機を彷彿と(体感的に)させる速度で上条はアクセラレータに向かって飛んでいく。

人体がどうにかなってしまいそうだが、御坂美琴はその辺もちゃんと加減している。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


なんとか右の拳をアクセラレータにつきだしながら突っ込んでいく上条。

決まればあくまでひ弱な体のアクセラレータは一撃だろう。だが―――

「―――おせェ」

アクセラレータは。
上条を白翼で、ドンピシャのタイミングで叩き伏せてみせた。

「あがっ……ぁッ……!!!!!!!」

「あ…………!?」

顔が青ざめる美琴。

アクセラレータは退屈そうな顔で、見下ろした先の上条当麻に言い捨てる。

「絶対能力者は、無敵だ。てめェみたいな三下とlevel5が二人ごときで勝てると思うな」

「く、そ―――――」

その場を支配したのは、微かに漂い始めた絶望の匂いだった―――

――――遡ること十数分前・風紀委員第177支部

白井黒子の血管は、今にもぶちギレそうなほどにピキピキと青筋をたてていた。

「…固法先輩、私もう我慢なりませんの。第19学区にいかせてください」

「ダメ。本当は行かせたいけど、これは統括理事会直々の命令なのよ―――万が一の時はどうするの」

万が一、というのは私が処分を受ける場合の話だろうか。
それとも、第19学区にいった先で、命を落とすようなことがあった場合の話だろうか。

「ここまで頑なに私たちの動きを封じるのには、きっとなにか理由があるわ。アンチスキルさえ向かわせないのには引っ掛かるけど―――」

そこなのだ。だいたい、なにか事件があれば真っ先に向かわせるのはアンチスキルのはず。なのに、今回はアンチスキルさえもが動きを封じられている。

――――あれ、じゃあ、一体状況確認を行っているのは、誰なんですの―――?

せめてその確認はしたい。白井黒子はここであることを閃く。

「初春、人工衛星にハッキングして第19学区の映像を―――――」

言いかけて、だめです、と初春に遮られる。

「先程から何度もやってるんですが――――コードレッドが敷かれてから、今までではあり得ない高度なセキュリティがかけられてるんです。
仮にこのセキュリティを突破できたとしても―――アクセス権限無しでは通過できない、
つまりハッキング不可なまた次の同じようなセキュリティがかかってると思います。
―――――諦めずにやってはみてますけど、突破の目処はまだ…………」

電子戦においては風紀委員随一の実力を誇り、守護神(ゴールキーパー)とまで評される彼女が突破できないとなると、本当に成す術がない。

「そんな――――あそこには、お姉さまが行ってしまわれたんですのよ!?電話にも出ませんし、何かあったに違いありませんわ!―――もうじっとしてなんて居れません、行きますの!!」

「わーわー落ち着いてってば白井さん!?」

「離してくださいな佐天さん!佐天さんはお姉さまがどうなってもよろしいんですの!?」

「いいわけないですけど、それは白井さんも同じです!」

うっ…と口ごもる白井。

「それに御坂さんはlevel5の第三位ですよ、今までだってどんな事件も解決してきてますし、御坂さんなら大丈夫ですよ!信じましょう白井さん!」

「し、しかし――――」

「白井さん、あなたの負けよ。―――気持ちはわかるけど、今は耐えましょう」

「――――わかりましたの」

血が滲むほどに歯を食い縛り、白井黒子は自らを制することにしたのだった。

同時刻―――第七学区・上条宅

いつもは上条が補習終わりにトラブルに巻き込まれて帰ると、おっっっそいんだよとうま!などとぶちギレて頭に噛みつく腹ペコ・ニートシスターことインデックスなのだが。
今日は、あまりに帰りが遅い。それだけでも不安なのに、先程の爆発音、そして――――

「―――禍々しい波動を感じるんだよ…」

向こうの方からひしと感じる、魔力―――いや、天使の力か―――にしては異物感があり、どちらかと言えば風斬氷華が纏うものに近いもののような気もする。

正体は分からないが、いずれにしてもよくないものであることは間違いない。

これは―――

「きっと、またとうまが巻き込まれてるに違いないんだよ!―――ちょっと見てくるからお留守番しててね、スフィンクス」

スフィンクス―――上条家の猫である。アイアイサー、みたいな顔をしているが、実のところは「よっしゃ自由だベッドで寝てやろう」などと考えているただのしたり顔である。

「とうま―――無事でいてね」

そう小さく呟くと、インデックスは慌ただしく部屋を飛び出したのだった。

同時刻・第七学区のとある道

「―――橙子さん、なぜ乗り物を使わないんですかね」

窓の無いビルに向かうと言ったは良いのだが、なぜか歩きなのだ。

「今は厳戒体制ですから、道は空いてるんじゃ―――」

「相変わらず考察力には欠けるな、黒桐。いいか、最大の厳戒体制が敷かれてる間、全ての生徒や職員は避難しなければならない。
従って、確かに道路はがら空きだが―――そこに突然車やハーレーが走ってみろ、目立つどころの騒ぎじゃないぞ。
駆り出されずに待機しているアンチスキルの目に止まって面倒なことになるのは目に見えているじゃないか」

確かに、言われてみたらその通りだ。そういえば僕らのIDは特別らしいし、見つかれば厄介か―――

…というか、僕や式は普通のIDだけど、橙子さんは偽造だったような。確か、この街に居たと言う明らかな痕跡を残してしまうとまずいから、といって。本音はそっちなんじゃ―――まあ、別に構わないけれど。

窓の無いビル自体は既に見えている。ここからはあと2、30分も歩けばつくだろう。

「でも橙子さん、窓の無いビルって、窓はおろか入り口すらないんでしたよね」

ああ、と煙草を吸いながらの返事が返ってくる。

「入る方法か?」

「ええ、―――やっぱり気になるじゃないですか、そういうの」

「おまえ、やっぱり根っからの探偵気質かもしれんな。起源は“探求”か?」

「それは知りませんけど。今までどうしてたんですか」

ふむ、と一息吐いて、また恒例の維持の悪い笑みを浮かべだす。

「当ててみろ」

「また、ですか…………」

実は、前もって窓の無いビルについては少しだけ調べてある。
「演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト=フォートレス)」
という、衝撃波のパターンを計測し最適な振動を行って衝撃を相殺する特殊技術が用いられた装甲板
が使用されているらしい。
その性能は核兵器すら耐えるほどで―――記述によれば、自転エネルギーを使った学園都市第一位、一方通行の攻撃も全く効かなかったとか。
この分だと、各種の薬品や温度への対策も別に講じられていると考えてよさそうだ。

―――そんなむちゃくちゃな建物への侵入方を当てろ、だなんて。


「いいじゃないか、着くまでは暇なんだ。答えあわせはこのあと入るときにな」

「じゃあ、着くまでに考えておきます。ついたら発表しますよ」

「む。問答を面倒がったな、黒桐。ヒントは要らないと言うわけだ、それで当てたらシャーロック・ホームズも真っ青だろうな」

「僕はこのあと自分が真っ青にならないかが不安でしかたありませんよ」

それを聞いてハハ、と笑うと橙子さんはこんなことを言った。


「心配するなよ黒桐、魔術師というのは身内には優しいんだ。だから―――」

「死なせる気はないよ、黒桐。第一、そんなことになれば私が式に殺されてしまうだろう?まあ、もし殺されてしまったら複製してやる。記憶もな」

そんな、素直に喜べない複雑な善意を受けたときはどうすればいいのか。

それはどうもありがとうございます、と一応返してはおいたけど。

『ねえ』

背後から声。
うん?と橙子さんが振り替えると、そこにはこの科学の街では当然浮くだろう、白い修道服を着た小さなシスターがいた。年は12、13歳かその辺りだろう。

「ええと、君、シスターかな?僕たちに何か用かな?」

穏やかに聞いてみる―――このときには既に、シスターの顔は驚愕に満ちていた。

『あなたは―――蒼崎、橙子かな―――――!?』

ああそうだよ、とシスターとは対照的な態度であっさり返す。

「初めましてだな、Index Librorum Prohibitorum…いや通名の方がいいか、―――――禁書目録(インデックス)」

インデックスが家を飛び出したあと、力を辿り第19学区に向かって居たのだが、それとはまた別に付近に
―――具体的には第7学区内に―――魔力回路を感じたので、
侵入した魔術師かもしれないと考えて追跡を試み、ついに追いついたのだが。

なにやら話しているので盗み聞きをしてみると、女が口にした言葉―――『魔術師』。
これは決定的だ。あの人は魔術師。もしかしたら、元凶かもしれない―――――!!

そう思っていたところで。
共に歩く男は彼女をこう読んだ。

『橙子さん』

橙子。橙子。トウコ。まさか―――――まさか、あの橙子か?封印指定の魔術師でルーン魔術にも精通している、世界最強の人形師――――蒼崎橙子だというのか?

真偽を確かめるため、インデックスはついに呼び掛けた。

うん?、なんて言って振り向いたその人は―――――

ああ、いつか写真でみたことがある。この人は、間違いなく。

『あなたは―――蒼崎、橙子かな――――!?』

かの、蒼崎橙子だった。

「―――何で知ってるのか知らないけど。貴女は一体こんなところで何をしているのかな?」

「お前を知らん魔術師なんぞいないさ。13000冊の魔導書をその記憶に保持する少女なんて、前代未聞だからな。それと―――私がここにいる理由か?簡単だ、協会から逃げるにあたって、科学の街が雲隠れしやすかったからだ。」

皮肉にも、その科学の街の統括理事長も世界有数の魔術師だったがな、と心のうちで毒づく。

「そういう意味じゃないんだよ―――あれ、じゃああっちで起きてる魔力と貴女は無関係なのかな?」

「無関係というわけではないがね、私が今からいくところはその第19学区で起きてる事件の元凶がいるところさ」

「そうなの?―――何しに、いくのかな」

「復讐さ」

キッパリと、答える。

「芸術家にとっては自分の作品は我が子だからな。私は子供をたくさん殺された。今第19学区で起きた事件は、そこから始まったものだ。―――だから潰しにいくというわけだ」

「橙子さん、いいんですか、そんな簡単に喋ってしまって」

「構わん、第一、魔術師が秘密主義なのは魔術に関することのみだぞ?それに――――このシスターは有能だ、問題はない」

「はあ…………」


―――この人は、なにか人形を作ったんだ。多分、利用されて。今向こうで起きた事件は、その人形から始まったってことみたい。それで、自分を利用した人がこの先にいる――――――
なら、その人を止めれば、第19学区の異常も止まるかもしれない――――

そこまで考えたインデックスは、覚悟を決める。

「私もいくんだよ」

えっ!?と黒い服の穏やかそうな人が声をあげる。

「ダメだ、危ないよ。えーと……インデックスちゃん」

「インデックスでいいんだよ。………今ね、とうまが大変なの。きっと、第19学区で事件に巻き込まれてるんだよ。わたし、いつも助けられてばかりだから――――今回こそは、私が助けてあげたいんだよ」

また、上条当麻――――と黒桐はいい加減に感心するしかなくなっていた。その少年は、どれだけトラブルに巻き込まれやすいんだ、と。

「ああ、幻想殺しの少年か。」

「知ってるのかな?」

「お前に劣らず有名人だ、知らん訳がなかろう。―――まったく、阿羅耶識も人使いが荒いもののようだからな」

「アラヤ?―――なんだかよくわからないけど、とにかく早く私もつれていって!私も何か役に立てるはずなんだよ!早くしなきゃまたとうまが死にかけちゃうかも!」

またって―――一体何度死にかけたんだろう、その少年は。

「ダメなものはダメだ。―――いいかいインデックス、君はまだ子供なんだ。いくら頭に魔導書を持ってたって、君を危険な目に遭わせるわけにはいかない。上条当麻君が君をつれていかないのだって、君に傷ついてほしくないからだと思うよ―――――」

「わかってるもん!!」

怒鳴るインデックスの目には、少し涙が浮いている。

「でも、私だって、守られてばっかりは嫌かも!私だって一緒に戦える!スペルインターセプトくらいならできる!だから――――」

「ああ、わかったわかった、だから大声をだすな。アンチスキルが来たらどうするんだ」

「うっ………ひっく……」

「あの、橙子さん?本当に――――連れて行く気ですか」

「連れていかざるを得なくしたのはお前だろう黒桐。まったく、式に諭すようなトーンで一般論をいいやがって。これくらいの子には一番辛いんだぞ?そういうの。むしろ、怒鳴り散らされて怒られた方がマシなくらいだ」

うっ―――確かに、そうかもしれないけれど―――

「あとお前、自分が泣かした少女を置いていけるような薄情ものだったのか」

この人はまた、こうやってニヤニヤと人を誘導する。
悔しいけれど――――勝ち目はないか。それに、やっぱり僕が泣かしてしまったのだし、置いていくのはこの件でなくたって心苦しい。

「………わかりました。」

「本当!?」

インデックスは目を輝かせる。

「うん。さっきはごめんね。でも、これだけは約束してほしい。絶対に一人でどこかにいかないこと、―――それから、万が一の時は君だけでも逃げること。いいね?」

「うん、約束するんだよ―――私の方こそごめんなさい。あなた、本当に優しい人なんだね。お名前、何て言うのかな?」

「黒桐幹也。よろしくね、インデックス」

「こちらこそなんだよ、コクトー!……ふふ、なんだかフランスの詩人みたいかも」

「よく言われたなあ、それ」

主に、式に。

「さて―――話はまとまったな、それじゃあ先を急ごうか。」

「そうですね。――――あ、ビルの突破法のこと忘れてた」

「今からでも十分だろう?」

「ビルって、あのビルのことかな?」

そういって、インデックスは窓の無いビルを指差す。

「ああ、そうだ。私は侵入法を持っているが、黒桐は知らないんだ。インデックスは分かるか?」

ううん、わからないかも、と首を横に降るインデックス。

「じゃあ、お前たち二人で相談しながら当ててみろ」

「そうですね。――絶対に当てようね、インデックス」

「103000冊の魔導書の名に懸けて、もちろんかも!当てるんだよ、コクトー!」

さて、と橙子さんが新しい煙草に火を着ける。

「向こうも、そろそろ大詰めかな」

「と、いうと?」

無論、と橙子さんは一拍おいて答える。

「式が着いた頃合いだろう、ということだ」

「…………そうですね」

「シキ?トーコの仲間かな?」

「突然馴れ馴れしくなったなお前。―――まあ良いが、仲間ではないよ。コイツ、黒桐は私の事務所の部下でね。式は、黒桐のフィアンセさ」

「フ、フィアンセ!?」

顔を赤くするインデックス。

「橙子さん…」

「なんだ、黒桐。違うのか?―――ああ、そうか。言葉にしてしまえば偽りだものな。お前たちの純愛には恐れ入るよ」

「橙子さん、この話やめましょう。―――インデックス?」

シキ。どこかで―――――
ああ、そうだ。確か当麻を助けた人で、直死の魔眼を持つ―――

「―――両儀、式ってひとかな?」

「やはり知っていたか。上条当麻から聞いたのだろう?―――魔眼のことも」

いつだったか、式が初めて上条当麻と遭遇したと言うときに橙子さんが言っていた通りだ。
―――この人、実は千里眼なんじゃないかとたまに疑いたくなる。

「うん。―――シキって、魔眼無しでも強いのかな?ただ魔眼があるだけじゃ、危ないかも」

紫煙を吐いた後、ククッ、と笑って橙子さんは答える。

「アレは刀を持てば無敵だ。強いなんてものじゃない」

橙子さん、そういう紹介はやめてください。

「じゃあ、とうまは――――」

「間に合ってさえいれば、心配いらないよ。―――上条当麻が殺される前に、な」

「とうま―――――」

僕は、本場のシスターの祈りというものを、生まれて初めて見たのだった。

「まあ、式が敵うかは勝敗には影響しないさ。」

え?と二人が同時にすっとんきょうな声をあげる。

「いいから、はやく突破法を考えろ。―――あと15分くらいだぞ」

「ああ、そうでした。―――魔術はどうかな、インデックス?」

「うーん、例えば―――――」

二人の相談が始まった。
まあ、当てられるとは思ってないがね。
それより。今回ばかりは式では勝ち目はないぞ、―――――両儀式。

その頃、第19学区――――



漂う絶望を壊しにかかったのは、一方通行だった。

「―――無敵だァ!?くだらねェ!!」

「!!」

いつのまにやらアクセラレータのすぐ真上にいた一方通行が、攻撃のモーションに入っていた。

「無敵になンざならなくとも、俺たちの欲しいもンなンざ、どこにだって転がってンだよ!!!」

黒翼をアクセラレータに叩きつける。が―――

「転がってたって、掴みとれなきゃ、守れなきゃなンにもならねェだろォが!!!」

白翼一枚を、軽く振るう―――――

「がァっ………!!」

「(!!………いかにレベル6だろうと、あくまで能力は『アクセラレータ』。 穴はあるハズだ―――)」

一方通行は思考をやめない――しかし、アクセラレータは思考時間を与えない。

「諦めがわりィな、なら―――絶望を教えてやる。知れ、恐怖しろ、脅え、震えて泣き叫べ雑魚ども。これが――――」

「―――絶対能力者だ」

アクセラレータが両手を広げて力を解放する。天使の力を大気中に拡散させ、それをベクトル操作のための媒体とする。
いつかロシアで見た、黄金の空に変わる――――

「―――――!!」

「ま、じゅつ―――!?」

「―――!?」

御坂美琴は、急いで上条当麻と一方通行をリニアモーターカーで手前に引き戻す。

「ベクトル操作の応用は、ついにここまできた。全ての引力は、向きと大きささえあれば、俺の力の操作範囲だ。見ろ、アクセラレータが造り出すチカラの塊は―――――」

「光さえ逃さねェ闇までも生み出した」

誰だってその言葉は知っている。大質量の物体どうしであれば大質量であるほどに強い万有引力、その最たるもの。

――――ブラックホール。

アクセラレータは、小規模であるが、どんな理屈か天使の力に質量を与え(これは魔術に属する操作である)、それを高密度で凝縮したものにベクトル操作を施すことで万有引力を何千何万倍にも跳ね上げ―――ついにブラックホールを生み出したのである。

しかしまだ、引力は本物に比べればゴミのようなものだが―――それでも、吹き飛ばされてさえいなければ第19学区は全て吸い込まれていただろうくらいはある。

「ぐっ………!!」

今、上条と一方通行を地に付けているのは御坂美琴の力である。地殻中の金属と体に巻き付けた砂鉄との磁力でもって、なんとかブラックホールに吸われずにいる。

「御坂、俺の磁力を解除しろ!俺があれに触ればなんとか―――」

「近づいただけでオマエはただの熱に変わるぞ、体なんぞ残って塵だ!!」

「くそ―――!」

「(あれをどうにかするには―――同じアクセラレータ、俺の力でなきゃ無理だ。どうする、どう使えば止められる。学園都市第一位のこの頭脳、今フルに働かせねェでどうする―――!!!)」


「ぁっ、やっ、ばい――!!!」

「「!!」」


ついに、美琴の力が耐えきれないほどの引力に達した。

三人揃ってブラックホールに吸われ――――

―――ることは免れた。


「アクセラレータ!俺たちにベクトル操作を!」

「……!!それしかねェか………!!!」

御坂御坂が砂鉄で三人の体を覆い、砂鉄で繋げ―――
三人を一体として、一方通行がその運動量を操作し、真逆へと移動する。

「だが、いつまでもこれじゃ持たねェぞ―――!!」

「くそっ、どうする―――!?」

「砂鉄も吸われちゃって、もう全然ないわよ!?」


この間。


アクセラレータはミサカミコトを地面にそっと寝かせ、空間ベクトル操作で見えない反射の箱をつくり、ミサカミコトをその内部に安置する。


「…………」


一言も、アクセラレータは口を開かなかった。ただ、哀しい眼をしているのみ―――――



―――――カツン、カツン。


―――その音は、下駄が地に着く音だった。

ブラックホールの轟音の中にも関わらず―――その下駄の音は、不思議にも全員の耳にちゃんと響いていた。

「――――、」

アクセラレータが音のする方を見れば、どこまでも深い黒色で艶のある―――肩の辺りで適当に切りそろえられた美しい髪を揺らし、着物を着た女がこちらへ歩いてくる。

アクセラレータはじっ、と女を見る。

一方、女は気だるそうな目でアクセラレータを見据えている。

一方通行たちは、あの女が誰なのか――――いや、それよりこの女は、なぜブラックホールに吸い込まれないのかと疑問を抱いていた。


女はまるで引力などないかのように、自然な足取りで―――ついに、アクセラレータの正面に立つ。





「―――やっと会えたな、絶対能力者」



すみません今日は色々忙しくて予定通り第一章を完結させられそうにないです
といっても、第一章ももうほとんど終わりなので次の投下で終わると思います
投下自体はいつになるか分かりませんがそれは予告有ったほうがいいんですかね
ともかくそんな感じで今日はここまでです本当ごめんなさい(◞≼●≽◟◞౪◟◞≼●≽◟)

ID変わったけど1です。
コテ付けたほうがいのかな

さて、投下を始めます

上条は驚愕していた。あのスタイルで街を歩く女は、上条の知る限り一人しかいない。

「―――――式!」

すると、式はふらっと上条の方を向いて、

「ああ、上条か。なにしてるんだ、おまえ」

「見ればわかるだろ!?吸われてるんだよ!なんとか持ちこたえてるけと!――お前はなんで平気なんだ!?」

そういう意味じゃないんだけどな、と呆れ顔をして。

「オレを引っ張る力を殺しただけだよ」

「な―――――」

そうだった、式の直死の魔眼は概念さえ殺せるんだった。
いや、今はそれよりも―――

「そうだ式、なんでここにいるんだ!?」

「アンタ、知り合い?あの着物の女は何者なの?見ない顔だけど」

「後で話す!」

「………絶対だからね」

少し不満な顔をする御坂だが、今はそれどころではない。今も横では一方通行がフルパワーでベクトル操作を行っているのだ。
――――というか、上条はそもそも御坂のそういう顔には気づかない。

「お前には関係ないよ。でも、目的は多分同じだ」

淡々とした口調で告げる。

それを聞いたアクセラレータは式を嘲笑って、言う。

「へェ、お前もか。―――誰だかしらねェが、この引力を突破したのだけは認めてやる。だが――――」

「お前じゃ勝てねェ」

両手を広げて、アクセラレータは断言する。

「―――ああ、そう」

つまらなそうに式は答える。

「たいそうな翼を生やして、頭には輪まで浮かして―――天使みたいだな、お前。けど―――」

式の眼が、直死の魔眼へと切り替わる。

「天使だろうとlevel6だろうと、今のお前はただの破壊者だ」

アクセラレータの死の線を見る。しかし―――線が、見えない。左手に仏舎理を埋め込んだあの魔術師と同じだ。

「オレはお前みたいなヤツをみると、勝ち負けなんかどうでもよくて―――――」

右手で、抜刀する。

「殺さずには、いられないんだ」

「―――――、」

アクセラレータは困惑していた。
この女は、一体なんだ?あの眼―――あの眼は、いったいなんだと言うんだ。
自分はlevel6、無敵だ。恐れるものなどない。それなのに。己のうちの何かが、あの女に関わるなと警告する。
だが―――放っておいても、あの女は宣言通り自分を殺しに来るだろう。だったら――――

「上等じゃねェか。無敵の俺を殺すだと?――――――やってみやがれェ!!!」

アクセラレータの翼の光が強まる。

「式!お前、そいつを殺す気か!?ダメだ、やめろ!止めるだけでいいんだ!直死の魔眼は本人には使うなよ!!」

うるさいなあ。幹也かおまえは。
しかも余計なことをバラしやがって。

「いいからそこでじっとしてろよ上条。―――こいつは放っておくと次々人を殺す。この先煩わしいのもごめんだ、だからここで殺す」

かちゃり、と式の持つ刀が鳴る。
刀の柄を握り直した音。

「ハッ、こりゃよっぽどの自殺志願者だ。殺すだと?笑わせるなっつゥンだ――――」

この時、御坂も、一方通行も、このやり取りが奇怪で仕方がなかった。
ブラックホールを作り出すような「無敵」を、ひょこっと現れた着物の女が―――おかしな眼をもつあの女が、殺せるというのか?
上条は殺すなと言うが、それは「殺せる」からこその言葉だ。
―――あの女は、それほどまでに強いと言うのか?
半信半疑から抜け出せない―――


「―――、」

それは、まさしく刹那。

式の直死の魔眼が、アクセラレータではなくブラックホールの死の線をとらえた直後――――

「うわあ!?」

「きゃっ!?」

「―――!!」

式は地面から一歩でこちらに近づいたかと思えばその勢いのままに飛び上がり、上条、御坂、一方の順に踏みつけてさらに高く飛び上がる。

「ここだ――――!!」

そして―――ブラックホールを、縦一文字に、斬った。

そして当然、ブラックホールの引力がなければ下へと三人は落ちる。


ドサッ。


「いてて…サンキュー式…」

「っつぅ~…ちょっとアンタ、アイツ本当に何者なのよ!?」

「(―――ブラックホールを斬るだと?そんな、バカな――――)」


スタッ、と華麗に着地する式。

「ちょろっと、アンタ―――ありがとう、だけど何したの!?」

式はそのまま御坂の問いを無視してアクセラレータと対峙する。

「無視かい!?」

「やめろ御坂。―――今、式はアイツしか眼中にないんだ」

式は散歩するような自然な足取りで、再びアクセラレータに向かって適度な距離まで歩く。

「へェ…やるじゃねェか。どんな手品を使ったんだァ?」

式は眼をゆっくり閉じて、口を開く。

「簡単だよ。オレとあの『黒』との間に働く力をまずは殺した。―――それから、『黒』そのものを殺した」


まず、それから、なんていうが、実際式はその二つを一太刀でやってのけている。


そう言いながら、式は正眼の構えをとる。


「――――おまえ、嘘が下手なわりには嘘ばかりつくんだな」

「あァ?」

アクセラレータは怪訝な顔をする。

「何を壊したって救われないって、知ってるくせにさ。
      、、、、、、、、、、
―――オレは今のそういうおまえが『有る』のがなんだか許せない。だから、やっぱり殺すよ」

式がひどく冷たい殺気を放つ。それは、チリチリとアクセラレータの肌を焼いていくような殺気。テレズマで満ちている大気さえも震えを止めてしまうような。
上条達も、その場から一歩も動けなくなっていた。

再び、式が正眼の構えをとり直す。

上条は一人で戦うな、式―――と声をかけようとしたが。

     、、、、、、、、、、、、、、、、
そこには、上条当麻の知る式は既に居なかった―――――

そして。
、、、
両儀式は、眼を閉じたままで女性的な微笑をチラ、と上条に向けた。
――――だがそれは、決して温かい笑みではなかった。

「オオッ!!」

アクセラレータと式が、同時に眼をカッと見開く。

殺しあいが、始まった。

―――――この時アクセラレータは、眼前の女を恐れていた。

故に。絶対に殺さねばならぬと、直感していた――――――





式の動きは、アクセラレータの「オオッ!!」という叫びより早かった。

両儀式はアクセラレータの翼を、光線を、重力操作を次々かわしていき、かわしようがなければ殺していく。

しかし式の攻撃もまた、斬らねばならない空間ベクトルの壁に阻まれる。その死の線を瞬間的に見つけて斬り伏せる頃には、アクセラレータのまた次の手が両儀式を襲う。

昨年、荒耶宗蓮と戦ったときと同じ白い着物であったこともあり、その有り様はさながら閃光のように見える―――――

アクセラレータと式の攻防は、上条達の誰にもまともに見えていなかった。

突如、二人の動きが止まる。
戦っている者達にしかわからない、静止、見合いのタイミング。

「―――やるじゃねェか。おまえ、level5か?」

いいえ、と両儀式は答える。

「まァ、その眼が能力の肝らしいな。―――原石か」

どうでしょうね、と両儀式。

「ふン――――だがこれじゃまだ俺は殺せねェな。お前の獲物はその刀――――なら、一定の距離を保ちつつ隙を与えなきゃ済むことだ」

そうね、と両儀式は全く動じる様子がない。

「チッ。もォいい、殺――――」

そういいかけたアクセラレータの眼に映ったのは、全身が内側から凍りつくような、両儀式の微笑。

「――――無理よ。もう、視えているもの」

そう告げたのを聞いたときには、既に彼女はそこには居なかった。

両儀式は、一歩で5メートル近い距離を0に詰めた。とんでもない歩法。その踏み込みから、全力の一刀をアクセラレータに叩き込んむ―――――――!!

「なッ――――!?」

とっさにかわしたアクセラレータ。

「クソが、今のは危なかっ―――――」

否。かわしきれてなどいない。

「―――――、なっ…」

アクセラレータの左腕が、見事に切り落とされていた。

「がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」

舞うようにアクセラレータを斬り、華麗な着地をする両儀式。
凛、という音が聞こえてきさえしそうなその動作は、見るものを圧倒ではなく魅了するほどだ。

が―――アクセラレータを今一度見据えるその眼は、やはり禍々しい。
彼女の美しい動きと力の禍々しさとが織り成す混沌が、彼女の有り様を如実に示すかのようだった。

――――――思考を切り替えろ。痛みに構うな。ヤツの動きに魅せられるな。奴は叩き潰さなければならない敵だ。左腕は斬られたが、むしろ、左腕だけで済んだと考えるべきだ―――――――!?

それすらも、甘い認識だった。
斬られたのは、なにも片腕だけではない。
―――四枚あった羽が今は三枚しかなかったことに気づいたのは、急いで両儀式との距離を稼ごうとした時だった。
もちろん激痛はあるが、もはやこれ以上叫ぼうという気にはならない。


「(――――何をやっても攻撃自体が斬られる。羽ももう三枚しかねェ、動きは今までより少し衰えるか。にしても、こいつのこの動きの変わり様―――)」

「―――なるほどなァ、戦闘意志の制御か」

上条と御坂が両儀式の戦いに魅せられている間、こちらの一方通行もまた両儀式の動きを冷静に解析していた。

「どういうことだ?」

「―――昔、侍は刀を抜く瞬間に殺し殺されを受け入れるように覚醒する人間だった。覚醒ってのは、殺し会うための肉体、生き残るための頭脳に切り替わることだ。自分の全てを戦闘用に作り替えていた。―――あの女がやってンのは、そういう話だ」

なるほどね、と美琴が納得したらしい声がする。

「確かにあれじゃあ、筋肉の活動の仕方も常識じゃあり得ないし………自己暗示で戦闘用に自分の体を部品交換してるってわけか」

「あァ、あの女にすりゃ、10メートルまでなら一歩で踏み込めるだろォよ。その作り替えのスイッチが、あの構え。―――正眼。基本にして最強とされる構えだ」

「とんでもない人がいたものね……あの反則じみた身体能力と身のこなしが一切能力に関係無い、元々のものだっていうんだから。
それでいてあんなに綺麗な戦い方、私みたことないわよ。でも、あの、何でも斬る力は――――?」

ああ、と今度は上条が答える。

「直死の魔眼、って言うらしい。早い話、概念だろうとなんだろうと殺せるそうだ」

―――オレの力以上にチートじゃねェか、と一方通行は言いたくなったがなんとか飲み込んだ。



「直死の魔眼、ね―――絶対能力者とまともに戦えるなんて。もしかしてあの人、level5の第六位なんじゃないの?」

これは、口には出さないが一方通行も疑っていた。が、上条によってその疑心はぶち殺される。

「でも、式はlevel4だそうだぞ」

「「はあ(ァ)!?」」

まあ、当然と言えば当然のリアクションである。なぜって―――

「あんなチートとまともに戦ってる、いや圧倒できる人がlevel4なの!?はっきりいって、私や一方通行より強いわよあの人!?」

「もっともだけど、んなこと言われても知らねぇよ…とにかくアイツは長点上機の三年生で、“直死の魔眼”のlevel4だってさ。エレクトロマスターみたいな名前は無しで、そのまま直死の魔眼。」

「――――、」

長点上機。一方通行も一応席だけ置いている学校だ。まともに行ったことはないが――――課題を終えてから研修が始まるまでの間に一度あの女を訪れてみようか、とこのとき一方通行は思ったのだった。

   、
―――式とアクセラレータは、再び静止していた。

アクセラレータは式を倒す算段についてを考えていた。
式は、戦いとはまた別のことを考えていた。
―――チラ、と安置されたミサカミコトをみる式。

「おまえさ」

「―――あァ?」

「おまえじゃない。そこで寝てるヤツだ」

そういって、反射の棺で眠るミサカミコトを指し示す式。

「―――そりゃあ、機嫌も悪くなるよな」

「何を言ってやがンだ、てめェ」

「別に。―――おまえはさ、絶対能力舎になって、さあこれで誰も傷つけなくてすむ―――そのつもりだったんだろ。
でもさ、お前がそのチカラであの女を守ってるって事は、あの女は守られなかったら傷ついてしまう状況にあるってこと。
ほら、おかしい。死体をわざわざ傷つけるヤツなんていないんだ。
なら―――あの女はなんでわざわざ守られる必要があるんだ?絶対能力者のお前がいるだけで、守られなくたって傷がつかない、そうでなきゃおかしいじゃないか」

「――――――、」

「それに、お前が力を爆発させたりしなければ、はじめから戦いなんていらなかったんだ。
―――結局さ、おまえは闘争に逃げたいだけなんだよ。苦しい、悲しい、だから争いを引き起こして、戦って、壊したい。
そうやって自分じゃどうにもできない気持ちを、何かに救ってもらおうとしてるんだ。
なあ、なんて簡単。―――暴れまわった結果お前が為す事は、ただの殺戮だよ』

その言葉は、アクセラレータが激昂するには十分だった。

「黙れ!…俺は、俺は――――――」

だけど―――うまく反論の言葉が、出てこない。学園都市第一位の頭脳なのに。

「言い訳の余地を残すなよ、白もやし。
一応言っておくけど逃がさないぞ。――――ミサカが、逃がすなっていうから」

そして、式は再び正眼の構えをとる。

「俺は殺戮者になる気なンざねェ。知ったようなことを言いやがって――――覚悟はできてンだろォな」

「おまえこそ」

式は、今度こそ。ハッキリと告げる。

「おまえこそ、覚悟はいいか。ミサカに怒られる覚悟は――――」

その一言を合図に、アクセラレータは怒りの全てをエネルギーに変えた。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

残り三枚の羽を1つに重ね、そこへ全テレズマを集約させる。

「終わりだ、クソ女―――――――!!!」

そうしてできたのは、途方もなく巨大な剣だった。

「式―――――――!」

上条があの剣を止めにいこうとする。が―――――

式が、左の手のひらをこちらに向けて、制止した。
―――こいつはオレが殺すんだ、だから来るなと言うように。

御坂も、一方通行も、ただその制止を受けて止まっている事しかできなかった。第一、あの女の側では自分達がいたところで足手まといになってしまう、それ程彼女の強さは異次元だと嫌になるくらい思い知らされてしまった。
学園都市に七人しか居ないlevel5の第一位と第三位が、ただ式の勝利を信じるしかないというこの状況は、どれだけ異常なことだろうか――――――


「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


アクセラレータが光の大剣を振り下ろす。それは、まるで――――

「神の審判ってヤツみたいだな」

そう呟いて、式は。再度しっかりと刀を構え、こういい放つ。

「でも、生きてる。覚えておけ、絶対能力者。オレは―――――」


式は、振り下ろされる光の大剣の真下を走り抜け、大剣の真ん中の位置へと滑り込む。

そこで―――式の魔眼が、光の大剣の『死の線』を確かに捉えた。
そして、その両手で持つ古刀で、
真上に迫った光の大剣を、捉えた死の線にそって斬りつける――――――!!


―――――この時。眼を開けていられないほどの光が、第19学区全域を包んだ―――――その光の中で、アクセラレータは、確かに聞いた。
あの着物の女が、自分に向けて、確かにこう告げたのを。すなわち――――









――――“生きているのなら、神様だって殺してみせる”と―――――――――――










―――その言葉を最後に、アクセラレータの意識は途絶えた。

―――目を覚ますと、そこにはあの着物の女がいた。



地の上に横たわる自分のすぐ横で、複雑な表情を浮かべている。
怒っているような、悲しんでいるような。

―――ああ、そうか。あの光の大剣に全エネルギーを注ぎ込んで、負けた。いや―――殺されたのか。この女は、神さえ殺すというのだから。

「………俺の敗けだ。殺すンだろ?何してやがる―――早く殺せ」

そうぶっきらぼうにアクセラレータが言うと、ああ、と言って女が刀を抜く。

―――式の眼が、再び直死の魔眼に切り替わる。

これで、すべてが終わる―――そう思っていると、式が話しかけてくる。

「―――死にたいのか」

「――――、」

この女は、いちいち自分の突かれたくないところばかり突いてくる。なんだというんだ。

「さてな、わからねェ。けど――――生きていたいとは、もォ思えねェんだ」

「そうか。忘れてた―――おまえは、うそつきなんだった」

チャキ、と刀が音を鳴らす。

「じゃあ、これでアクセラレータとはおさらばだ―――なにか言い残したいことは」

アクセラレータ、とは能力の事だろう。発現してから今まで、ずっと己を苦しめてきたアクセラレータ。
常に誰かを傷つけてきたアクセラレータ。そんなアクセラレータと、死をもってようやく別れることができる。
だから、言うことなら、1つしかない。それは――――

「もォ二度と、誰のもとでも発現するな。この、クソ能力」

そう言い放って、アクセラレータはゴロン、と仰向けになって眼を瞑る。

―――そんなアクセラレータに式は、最後の言葉を落としていく。


「―――おまえはさ、自分の能力を認めてやればよかったんだ」

それは、本当に穏やかな声。

「きっと、おまえの力は人を救うことにだって使えた。でも―――おまえは、力の悪いところばっかり見て、力を否定して、力を憎み続けた。
それで、おまえはいつしか力に振り回される自分を無意識に嫌った。自分の能力と同じくらいに。
だから、おまえはこう名乗るんだ。

―――『アクセラレータ』って。」


「――――――、」


「能力が人を傷つけるといったって、扱うのは、結局はおまえじゃないか。
―――なら、力がおまえを左右するんじゃなくて、おまえが力を左右してやるべきだったんだよ」


――――ああ、きっと、その通りだ。自分は、そんな簡単なことにさえ気づかなかった。そんな事にさえ気づかず、無敵を求めて、ミサカミコトを128回も殺したんだ。

今この場所にミサカミコトが居てくれたら。彼女は、何て言うだろうか。きっと怒るかもしれない。
例えば、「気づくのが遅すぎるのよ、このバカセラレータ」だなんて―――――

「それじゃあな。お別れだ、“アクセラレータ”」

「――――あァ」

なァ、ミサカミコト。今まで輪廻転生なンざ信じた事ァ無かったけどよォ。
もし、生まれ変わって、また会うことができたのなら。

今度こそ、俺の――――――



そして、式は、真っ直ぐにアクセラレータの頭を刀で貫いた。

―――式が刀を引き抜く。
するとアクセラレータの頭部には、たった今貫かれていたにも関わらず、一切の外傷が残っていなかった。




「―――――式!」

カミジョーの呼ぶ声だ。
向こうの方から走ってくる。
―――本来のもやしと本来のミサカも一緒か。

「―――――式、やったな。見てたぞ」

「見てたって―――おまえ、オレが刀をコイツの頭に指すとき、なにも言わなかったじゃないか。
オレ、上条なら絶対に止めに来ると思ってたぞ」

すると上条は。
いやあ、ははは―――なんて乾いた笑いをみせると、

「御坂も止めなきゃ、止めなきゃって騒いだけど、俺が止めたんだ。
式は絶対にアクセラレータを殺さないから大丈夫だ、って。俺、式を信じてたから」

またコイツはそんなことを言う。

「なんで大して親しくもないのにそこまでオレを信用できるんだ、このお人好し。
オレが絶対にアクセラレータを殺さない保証が、どこにあったっていうんだ」

それを聞いた御坂が、驚きの声をあげる。

「え―――じゃあ、本当にアクセラレータは死んでないの?刀で刺したのに?
……確かに貫いた跡が見当たらないけど――――ああもう、どうなってるのよ」

混乱する美琴に対しうるさいな、と式は肩をすくめる。

「オレはただ、能力の方のアクセラレータを殺しただけだ。本人を殺したわけじゃない。だから、傷がないのは道理だろ」

いや、式。なにも知らない人からしたら、それは全然道理じゃないと思うぞ。

「とにかくさ、前にも言った通り―――――式は、優しいから。それで、絶対に殺さないと思ってんだよ。ほら、やっぱり殺さなかっただろ?式は、心が強いから――――だから、絶対殺さないと言いきれるんだ」

心なんて見えないものなのに、コイツは強いとか、弱いとかなんて言い出すのか。馬鹿みたいだ。だけど―――――

「カミジョー。オレ、おまえみたいな馬鹿は嫌いじゃないよ」

「んなッ――――!?」

と、声をあげたのは御坂。

――――ヤバい、また敵が増えたというのかっ……………!!!

御坂美琴は完全に先走った勘違いをしている。式が好きなのは幹也だけで、別に敵になどなってはいない。―――だが、こういう勘違いは決定的な証拠が出るまではいつまでもされたままなのである。

そんなことは露しらぬ、という調子の上条当麻は、ヒラヒラと手で扇ぎながら言う。

「ああ、サンキュー式。………あれ、一方通行は?」

そういえば先程から一方通行の姿が見えない。どこへいったやら―――――

ああ、あの白もやしならあそこにいるぞ、と式が鞘に納めた古刀でそちらを指す。すると――――

「―――――、」

反射の棺に入ったままのミサカミコトの前で、一方通行は立ち尽くしていた。

「一方通行……」

「…………。」

心配そうな上条と、複雑そうな御坂。そんな二人をよそに、式がスタスタと一方通行の方へ歩いていく。

「―――よう、第一位」

ああ、着物の女か。
まったく、あんな戦いを見せられたら、第一位なんて呼ばれてもバツが悪いだけなのに。この女は、そういうところの察しはわるいのか――――

一方通行は、二人の戦いが始まった時から、二人の解析を進めると同時に、音の速度のベクトルを操作して音声を拾っていた。
それはつまり、式がアクセラレータに言ったことはみんな、一方通行にも聞こえていたということである。

――――この女の言うことは、自分にもしっかり当てはまる。
なぜなら、一方通行とアクセラレータは、進んだ道は違えど人物は同じだから。
だから。

この後に式が言うだろう言葉を、一方通行はあまり聞きたくなかったのだ。

だが、式の口から出た言葉は意外なものだった。

「おまえ、どうしたいんだ」

「………あァ?」

どうしたい、とはどういうことか?そもそもなんの話なのだろう?

「だからさ。そのミサカミコトは、もう死んでる。でも、あのアクセラレータは、まだ死んでない。今のうちに殺すこともできる。
―――で、どうするって、聞いてるんだ」

ああ―――なるほど。このミサカミコトは、アクセラレータにとって大事な少女。
この後アクセラレータが目覚めても、この少女がいないのでは、もはや生きる気などしないだろう。
だから、俺の、俺自身の手で。アクセラレータに決着を着けてやるのかどうか、選べとこの女は言っているんだ。

ンなもン決まってンだろォが、と一方通行は一言おいて。




「―――決めンのはアクセラレータだ、俺じゃねェ」





ひときわ強い風が吹き抜け、一方通行と式の髪を揺らした――――

そう、とはじめから返事がわかりきってたかのように、短い返事が戻ってくる。

「じゃあとりあえず、この棺は殺しておかなくちゃな。―――なあ、おまえが眠る場所はここじゃないものな、ミサカ」

左手からナイフを出し、アクセラレータが残した反射の棺の死の線を断ち斬る。

「―――――一方通行、おまえコイツを背負っていけ」

チッと舌打ちをしたものの、ちゃんと一方通行はミサカを背中におぶる。

「アクセラレータはどうするの?」

「俺が背負っていくよ」

と、上条。

「うーん、なんだか複雑な光景ね、私が一方通行に背負われてるってのは………」

それは背負う一方通行も同じなのだが、目の前で絶対能力者を倒した女に言われてはNOとは言えないのでやりようがない。

「それで、式。これからどうするんだ?」

「―――、」

式は一思案してから肩をすくめて答える。

「元はといえばトウコが余計なことするから面倒をくったんだ。全部トウコにおしつけよう」

トウコ、とは誰だろうか?と三人は思ったものの、式の本気で恨めしい鋭い目に気圧されて口には出来ない。

ついてこい、と言うように式はさっさと歩き始める。

ピタ、といきなりとまって、式。

「――――御坂、おまえはどうする」

なぜこの人は私の名を――――ああ、このバカが私のことを呼んでたからか。

「もちろん、いくわ。……その二人がどうなるのか、ちゃんと最後まで見届けたいもの」

「そうか」

やはり短く答えると、今度こそ式はなにも言わずにただ歩いていく。

三人も黙ってただそれについていく。

―――かくして四人は無事アクセラレータを止め、無力化することに成功し、荒野と化した第19学区を後にした。

荒野の真ん中にポツンと落ちたままの白く細い左腕は、枯れた大地にただ一輪だけ咲いた、なんだか儚い百合の花のように式には見えたという――――――

同時刻―――――第七学区・窓の無いビル付近



「―――さて、そろそろだが答えは出たか?二人とも」

「ええ、一応」

「出たんだよ!」

窓の無いビルの突破法当てクイズの答え合わせがいよいよ始まろうというところだった。

「聞こう」

「やっぱり、ルーンじゃないかと考えました」

「ほう?」

インデックスが続ける。

「魔術攻撃なら科学のビルの壁の性質に関係なく、魔女狩りの王みたいな攻撃方法で突破できるんじゃないか、って思うんだよ!」

「投げやりじゃないか、おい。考える時間はあっただろう?」

「ありましたけど、僕は魔術に関しては素人ですよ」

「おまえはともかく、インデックスはどうなんだ」

「103000冊の魔導書の中には、ただビルを壊したりするだけなら答えはたくさんあるけど、コクトーが言うみたいな無敵なビルなんて聞いたことがないかも。だから、魔術と言えど性質を無視できないのなら、科学に疎い私には何が最適なのか、判断が出来ないんだよ」

「………103000冊には攻撃魔術しかないのか?」

「そんなことはないけれど、ルーンと人形作りがメインのトウコには専門外な魔術ばかりだから………」

「まあ、それもそうだな」

ふむ、と吸っていたタバコを窓の無いビルに押し付け、携帯用灰皿に放り込む。

「―――インデックス、魔術についての知識量においてはおまえの右に出るものはいないだろうが。魔術そのものについては理解が浅いらしいな」

放っておくんだよ、と魔術を使えないインデックスは頬を膨らませる。

「いいか、インデックス。魔術というのはね、魔力を以って行う秘儀、禁忌の類ではあるが奇跡ではないもののことだということはわかるだろう。

有り体に言えば魔を操る術だ。人為的に神秘・奇跡を再現する行為の総称。

常識から乖離した現象だが資金と時間に制約をつけなければ現代の技術で再現可能な神秘を指すわけだ。

根本は『歪曲』と『逆行』。

もとは魔法で、『根源』から引いている決められた力だ。
よって、それを知っている人間が増えれば増えるほど力が弱くなる。
まあ、十のものを一人で使うか二人で使うかの違いだよ」

「根源―――――?」

以外にもインデックスはその単語を知らなかった。

「なんだ、知らないのか?根源とは、あらゆる出来事の発端となる座標のことだ。

万物の始まりにして終焉。この世の全てを記録し、この世の全てを作れるという神の座。
アカシックレコード、という言葉は聞いたことがあるだろう。世界の外側にあるとされる、次元論の頂点に在るという“力”だ。

まあ、根源の渦という名があるために「 」とは微妙に違うがね。

根源の渦に至るという願いは魔術師に特有のものだ。………おまえの知る魔術師には根源にいたろうと考える者が居なかったのか?
ローラやアレイスターは目指したと言っていたがね。まあ、これは世界の外側への逸脱で、これによって世界の内側にもたらされるものはなく、
世界の内側にしか視野を持たない聖堂教会にとっては全く意味のない企てとしか思われないからな。
――ああ、そうか。おまえたち魔術師が属するのは十字教のような宗教団体だものな。世界観そのものが違うわけだ。
私のいた魔術協会にとって、根源に達する儀式は協会の監視下で行われるべきものだった。
宗教とは一切の接点を持たず、ひたすらに魔術を極める人種が我々協会の魔術師だからだ。
まあ、そうやって奇跡を求めるような、誰より弱い人種と言われればそれまでだがね」

「門派ごとに違いはあるが、基本は『術者の体内あるいは外界に満ちた魔力を変換する』機構となっていることは分かるな。

魔力を以って『既に世界に定められたルール』を起動、安定させることで自然干渉を起こす術式が魔術だからだ。

各門派が取り仕切る基盤(システム)に従って術者が命令(コマンド)を送り、あらかじめ作られていた機能(プログラム)が実行されるというもので、命令を送るのに必要な電流―――これを魔力という。

車という『ルール』にガソリンに当たる『魔力』を注ぎ込むことで走らせるわけだ。

魔術の起動に必要なものは3つある。もうクイズにはせん。

1つ、その起動に必要な魔力量。

2つ、エンジンを回すためのキー―――すなわち、パス、呪文、コードの類いだ。

3つ、魔力をエンジンに注ぎ込むための魔術回路―――この三つ。

知っての通り、もちろん魔術は万能ではない。だが知っているか?魔術は、等価交換を基本とするんだ。つまり出来る事を起こすのであって、出来ない事は起こせないということ。

だがその『無』、あり得ない事に挑むことが魔術という学問の本質であり、大魔術、大儀式と呼ばれる大掛かりな魔術は「 」、魔法に至る為の挑戦に他ならないわけだ」

「なんだか私の知る話と大分違うんだよ」

「そりゃあそうだろう、魔術を学んだ場所も環境も違うんだ。今私が言ったことさえ、師から学んだこととは多少離れている。なぜだと思う?
――――私が根源を目指したものだからだよ。根源を目指す過程で、本来の魔術、そして魔法というものを本質的に理解したんだ。
おまえたち宗教に属する魔術師達は各々魔法名を持ち、
その名の下に自己の利益を追求するのだろう?その目的がなんであれな。
―――ほら、やはり魔術師は何かを目指す人種なんだ。つまり、それが根源か、そうじゃないかの違い。
だから、違う話に聞こえるかも知れないが、元の元を辿れば魔術師というものの根本は同じなんだよ」

「ああ、いい忘れていたが、呼吸法などで血液の流れや内蔵のリズムなどを無理矢理いじることで魔力を精製することも可能だ。

おまえたちのやり方は、そうやって魔力が得られたら、自分の血管や神経や 霊装に魔力を通し、身振り手振り・呪文・文字・道具などで記号を示すものだろう。

どんなものが「記号」になるかはケースバイケースだが、基本的には神話をモチーフにしたものが用いるそうだな。

喩えるならおまえたちの魔術は、神話をモチーフにした演劇なんだ。
霊装は演劇における小道具や大
道具に相当する。さらに大規模な魔術を用いる場合には、劇場に相当する神殿を用いる。

厳密に言えば神話に頼らず全くのゼロから記号を構築することも不可能では無いようだが、大抵の場合は既存の神話を参考に記号を探すことが多いしな。
まあ、魔術と宗教が密接な関係を持つという性質上、魔術に適さない神話は長い歴史の中で淘汰されて魔術に最適化された神話だけ
が生き残っているわけだから――――ゼロから構築するよりも、淘汰を生き延びて来た神話を参考にした方が効率が良いからなんだろうな。」

私たちはそういうもろもろなど気にかけたこともないが、と新しい煙草に火をつける。

「個々人の才能で異能の質も量も決まってしまう超能力と異なり、魔術は自分で望むように組み合わせて異能をセッティングすることができる。

超能力と比べれば、非常に自由度・万能性が高く、便利な力であると言えるが――――先も言ったように、大して万能な訳でもない。起こせないことは起こせないからだ。

それに、「セッティング」にも莫大な手間と時間がかかる。
具体的には霊装や術式作成にはかなり時間がかかり、まともにやると数~数十年、短縮しても数日がかりという事もザラだ。
ものによっては数百年かかるものまである。
魔術師同士の戦いは下準備がメインであり、そこでいかに戦力を整え、相手の魔術への対抗策を練るかが課題となるが―――」

それはおまえたちのレベルの話だな、と紫煙を吐く。

「上級の魔術の戦いになれば、それはもはや概念と概念の戦いだ。
どちらが強者かではなく、どちらが綻びのない秩序を有しているかの計りあいになるんだよ」

ああ、これは橙子さんが夢中で語りだすと止まらないダメなパターンだ。話が終わる気配がない、断ち切らないと。

「あの、橙子さん。話が見えないんですが――――その、魔術そのものについての談義が今からやることとどう関係があるんですか」

「おおそうだったな。早くしないと、厄介なものを片付けた式たちが私たちに追い付いてしまいかねない。とにかくだ、今言った通り、上級魔術同士ならそれは概念と概念の衝突になる。つまり―――――」





「私の魔術が、このビル以上に綻びの無い秩序を有していれば突破は容易だ、ということだよ」





「あの、このビルが難攻不落なのはその科学技術からですよ、橙子さん。
今の言い方だと、まるでこのビルが魔術的な防膜も張られてるみたいじゃないですか―――――あ」

「そうだ。言わなかったか?ここの統括理事長アレイスター・クロウリーは過去最悪とも称される魔術師なんだ。
昨年、学園都市に四人だか五人だかの魔術師が忍び込んだらしいが――――
まあいずれもアレイスターが目的ではなかったようだし、目的だったとしてもこのビルの突破は不可能だっただろう。
なぜなら、このビルは対魔術師用の防衛魔術が常時張られているからだ。アレイスター直々のな」

これには流石に黙って話を聞きいれられないインデックスがあわてて口を開く。

「ま、まって!ここは学園都市なんだよ!?その一番偉い人が魔術師で、しかもかのアレイスター・クロウリーだなんて、にわかには――――」

「ああ、信じられんだろうな。だがすぐに分かるさ、なにせこれから会うんだから」

そういうと、橙子さんはずっと持っていた匣―――人ひとりが収納できる旅行鞄大の―――を地に下ろした。

気になってはいたけれど、触れない方がいいような気がして僕は触れなかった。
多分、インデックスもそうなんだと思う。

形は鞄というよりは立方体といった方が近い。―――なんだかここからは見てはいけないような気がする。

「コイツを下手に放てば周囲のものが全てなくなってしましあねなくてな――――そんな派手なことになると協会に嗅ぎ付けられてしまうから、私はこれの使用はあまり好ましく思っていないんだ。
本当ならな。だがここは学園都市だ、そんな心配はない。
ではいつものようにやらせてもらおうか――――失礼、アレイスター」

誤字ひどいんで訂正


そういうと、橙子さんはずっと持っていた匣―――人ひとりが収納できる旅行鞄大の―――を地に下ろした。

気になってはいたけれど、触れない方がいいような気がして僕は触れなかった。
多分、インデックスもそうなんだと思う。

形は鞄というよりは立方体といった方が近い。―――なんだかここからは見てはいけないような気がする。

「コイツを下手に放てば周囲のものが全てなくなってしまいかねなくてな――――そんな派手なことになると協会に嗅ぎ付けられてしまうから、私はこれの使用はあまり好ましく思っていないんだ。
本当ならな。だがここは学園都市だ、そんな心配はない。
ではいつものようにやらせてもらおうか――――失礼、アレイスター」



橙子さんはしゃがみこんで、ビルに匣の開き口を向けて匣を開く。その次の瞬間、中から茨のような触手と数千の口を持つ得体の知れない――――
形容するなら、「魔」が飛び出してあっという間に眼前のビルの一部を貪り食ってしまった。
よし、何て言いながら橙子さんは匣を閉じ、再び取っ手を持って立ち上がる。

「「―――――、」」

僕たちは揃って言葉を失うしかなかった。そんな僕たちをチラ、とみて、

「さあ、お邪魔しよう」

なんて、この上ない気軽さで言ってきた。

「……………底無しかも」

「………同感。」

それは、あの匣の中身の事か、橙子さんのことか。
何となく通じあってる気がして、僕たちはそれ以上は口にしなかった。

窓の無いビル内部――――――

「ここの構造はすべて把握している。こう見えて建築関係も一通り頭には入っていてね、最初に入ったときにある程度把握しておいた。アレイスターも魔術師だからな、構造物の好みはわかりやすいんだ。趣味の悪いことこの上なかったがね」

「ねえねえ、トウコはぱそこんも使えるのかな?」

「無論だが、なんだいきなり―――ああ、魔術師らしくないといいたいのか」

「そこまでハッキリいうつもりはないけれど…でも科学に詳しい魔術師なんて滅多にいないんだよ!」

「まあ、私も魔術師以前に現代に生きる文明人だということだよ」

「なんかその言い方だと私が非文明人みたいかも!」

「なんだインデックス、唐突に自己紹介か?」

「むきーーーーーっ!コクトー、トウコがいじめるんだよ!」

「よしよし、ひどい目に遭ったねインデックス。あの人お金持ちだから、今度お詫びにおごってもらうんだよ」

「ホント!?」

「黒桐、おまえ何を勝手に――――」

「やったー!トウコのおごりなんだよ!よろしくねトウコ!」

「―――というわけです、トウコさん諦めてください」

「…………黒桐おまえ、覚えておけよ」




後日、インデックスをご飯につれていった橙子が、真っ青な顔で頭を抱えながら伽藍の堂に帰ってきた。その際、上条当麻は感謝やら謝罪やらで落ち着きがなかったという。

「橙子さん、統括理事長はどんな人物なんですか」

これから会うとはいえ、やはり気になるものは気になる。知っておいた方がいいこともあるだろう。


「そうだね、じゃあヤツのもとにつくまでの暇潰しだ、アレイスター=クロウリーに関する講義をしてやろう。

―――ヤツは世界最高の科学者としての側面も持つ、男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』だよ。

この建物に設置された生命維持槽から滞空回線で外界を伺い、基本的には表に出ない引きこもりだ。

ヤツは普段、弱アルカリ性培養液で満たされた生命維持槽のビーカーの中で、緑の手術衣のまま逆さまになって浮かんでいる。
ハッキリいって意味がわからん。

推定だが、寿命は1700年程だろう。アラヤと同じで、アレイスター=クロウリーというのはもう概念になってしまっている。

世界最大の魔術師と同名を名乗ってはいるが、かつての大魔術師とは特徴などが科学的・魔術的に一致しないから、
関わりを持つ人間のほとんどには「同姓同名の別人、もしくは偽名」と思われているがね、
アレは紛れもなく魔術勢力から追われ、討たれたとされる大魔術師アレイスター=クロウリー本人だ。

全く、魔術協会に属していればやつも間違いなく封印指定だっただろうな。ヤツは協会に属さずに根源を目指した稀な魔術師だ。

『法の書 』を書き記したのも史実通りヤツだよ、インデックス。
―――持論として、「『法の書』の完成と共に十字教の時代は終わった」
とかぬかしているが―――私には関係ないがね、インデックス、おまえ達言われたい放題だぞ。

アンナ=シュプレンゲル と似たように、存在そのものが曖昧なヤツに言われるのも癪だろうがな。

ちなみにだがアイツ、そのビーカーに居ながらにして、ロシアや別の場所にも同時に存在することすら可能なんだ。
馬鹿げてやがる。物理法則もなにもあったものじゃない。私からすればアレこそ真の超能力だね、反則過ぎて」

「――――じゃあ、アレイスター=クロウリーというのはとんでもない実力者と言うことですか」


「いや―――『実力者』なんて次元にはないよ、黒桐。アレの強さは言葉では説明できないんだ。
ビルに施された魔術なんて、あんなものはヤツのお遊び程度にもなっていない。
―――かつては世界最高最強の魔術師であり、その実力は新約聖書に登場してもおかしくないレベルの、『伝説級の魔術師』と言われているほどだからな。

活躍したのはおよそ70年ほど前だが、その70年で数千年を超える魔術協会外の魔術の歴史は塗り替えられてしまったと言っても過言ではないんだよ。

時計塔の連中の間では、アレイスター=クロウリーに関する情報は禁忌とされていたが――――早い話、それは一言で言えばヤツ最悪の人間だったからだ。

ある魔術実験では守護天使エイワスと接触する器として共に世界旅行に出かけていた妻の体を使っていたり、

娘のリリスが死んだ時も顔色一つ変えずにmagikの理論構築を行っていたと言われている。

しかもその実験では、娘と同い年ぐらいの少女達を犠牲にしていたようだ。
これだけでヤツがどれだけ悪趣味かわかるだろう?

因みに、それらの功績として、天界や魔界などの層の異なる重なった世界の新定義を見出し、それまでの魔術様式を一新したそうだ。
もちろんインデックス、おまえ達側の話だぞ」

なるほど―――アレイスター=クロウリーはただ強いだけではなくて、魔術の探求に関しても非常に優秀な魔術師だったんだ。

「でも――――橙子さん、なら、そんな魔術師の頂点に立っていた魔術師が魔術を捨てて科学に走ったというのは、大問題じゃないんですか」


「無論だ。だから、ヤツは「世界で最も魔術を侮辱した魔術師」として世界中の魔術師を敵に回す羽目になったんだよ。
魔術師討伐組織に追われ、最終的にはイギリス清教の追っ手に致命傷を負わされた。
イギリスの片田舎で死亡したと公式には記録されているが―――まあ、偶然腕のいい医者にでも救われたんだろう」

私の予想だが、多分そいつはカエルみたいな顔をしていそうな気がすると橙子さんは笑って言う。

「生命維持装置もどうせその医者に提供された物だろう。まったく、とんでもない負の遺産だよ、アレは」

「トウコ、―――イギリス清教はこれまでに蓄積した『アレイスター=クロウリー』の情報を元に追跡を続けているけれど、
現在の彼は怪しいとは思われつつも、別人だと認識されていて―――全然見つかる気配がなかったんだよ。
アレイスター=クロウリーは本当に―――――」

「ああ、そりゃあその情報はヤツ自身が意図的につかませている誤情報だからだろう」

あっさりとヘコむようなことを言う。インデックス、負けるな頑張れ。

さて講義はこれでおしまいだ、と橙子さんは煙草を処理し、目付きを変える。

「――――じきだぞ、黒桐、インデックス。そんな伝説のバカ野郎はもう、すぐそこだ」

「―――やあ、蒼崎。二度と会わないことを願うと言っていたが、よもや君の方から来るとはね」

開口一番、大魔術師アレイスター=クロウリーは橙子さんを挑発することから始めた。

―――橙子さんがいっていた通りの状態だ。ビーカーみたいなものの中で、手術衣を着て逆さまに浮いている。――――この都市はぶっ飛んでいるけれど、統括理事長が一番ぶっ飛んでいるじゃないか。

「私とて好きでこんなところにきたわけじゃないよ、アレイスター」

その声には、明確な殺意が込められている。

「私が何をしにきたかは知っているだろう?――――なぜここまで罠の1つも用意しなかった」

「来客だからな」

「――――、」

アレイスターの表情はまったく変わる様子をみせない。橙子さんの殺意などどこ吹く風、とでもいうかのように飄々としている。

ずっと黙っていたインデックスが口を開く。

「あなたが――――アレイスター=クロウリー…」

「はじめまして禁書目録。―――ジョージ大聖堂で紅茶を飲むしか脳のない女に首輪など付けられて、災難だったな」

「―――?なんだかよくわからないけど、はじめましてかも」

「インデックス、それくらいにしておこう。―――僕もお初にお目にかかりますね、統括理事長。」

「ああ、はじめまして。―――知っているぞ、黒桐幹也。なるほど、間近で見るとまた印象が違うな。」

黒桐幹也。あまりに「普通」過ぎるゆえの、「異端」。当たり前に生きて、当たり前に死んでいく、男。なんという孤独な男なのだろうか―――

「スミマセンが、あまり光栄じゃないですね。あなたのことは橙子さんから聞きました。そして、今回のことも。
―――なぜ、あんな実験を二度も行ったんですか」

そう問う黒桐の声も、また穏やかさのなかに怒りが窺えるものだ。
しかし―――――

「それに答える義理はないのでな、黙秘させてもらおうか」

「黒桐、やめろ。こいつとまともに会話しようとすること自体が間違いだ。私たちが自分を殺しに来てると知っていて、来客などと称すんだからな」

ほう、と息を漏らすアレイスター=クロウリー。

「分かっているだろう蒼崎。私には挑むことすら無駄だ。―――お前たちの目的がなんであろうと、それが果たせないのなら、それはただの来訪に過ぎないだろう」

「言ってくれるじゃないか」

橙子さんがあの匣を下ろす。

「―――使い魔か。まったく、お前が度々ビルを壊してくれるおかげで大層迷惑しているよ」

「知ったことか。よくもまあ私の子らをあんなに虐殺してくれたものだ。―――――今一度死んで詫びろ、アレイスター」

橙子さんがあの匣を開ける。
また、あの魔物が飛び出してアレイスター=クロウリーに襲いかかる――――が。

「――――burst(死せよ)」

たった、一言だった。
その一言で、橙子さんの使い魔が一瞬にして消え去った。

「と、橙子さ―――――」

「――――終わらんよ、アレイスター」

橙子さんがそう宣言すると、その匣からまた次の怪物が現れてアレイスター=クロウリーに襲いかかる――――!!

「―――――!」

飛び出した「魔」はまた同じものだった。だが、この出来事はアレイスターの眉間をピクリ、とわずかに動かすには足るものだった。

「―――なんだ、お前もホラーというものがわかってなかったのか?いいだろう、教えてやる。人を恐怖させる三つの条件だ。

1つ、怪物は言葉を話してはならない。
2つ、怪物は正体不明でなければならない。
3つ、怪物は不死身でなければ意味がない――――!!」

そう指をたてて言う橙子さん。あの匣に入っている怪物は、言葉を話さず、正体もわからなくて、なおかつ不死身なんだ。―――それに対し、アレイスター=クロウリーは―――――

「ふむ、なるほど―――蒼崎、お前は私が恐怖したというのか。」

「――――愚かな」

そして。その魔術師は、またなにかを今度は高速で唱える。その詠唱はあまりにも早く、所々の強い発音くらいしか聞き取れなかった僕には、確かにこう聞こえた。

――――des-tr-oy・the-m・a-ll(全テヲ破壊シ尽クセ)、と―――――――

その瞬間。橙子さんの持っていた匣ごと、文字通り、僕らとアレイスター=クロウリーを除くこのフロアのすべてが吹き飛んだ。

「「うわぁッ―――――!?」」

爆発の瞬間、僕はとっさにインデックスを抱きかかえるようにして守る。

しかし、僕ごとインデックスが吹き飛ぼうという瞬間、

「チッ――――」

橙子さんが何かを僕に向かって投げつけてきた。
それは背中に命中し、僕としてはかなり、それは痛かった――――


そこで、僕の意識は途絶えた。









―――おい、黒桐、インデックス。いつまで寝てるんだ、起きろ―――――――


「――――あ……あれ?」


少し時間が経ったのか、砂ぼこりもようやく落ち着いて視界が見れるようになってきた。
というより、僕がほんの一瞬気を失っていたのか。


「橙子さん―――インデックスは?」


「寝惚けるな、お前の上にで気を失っているのが誰だかわからないのか」


「え―――あ、本当だ」


どうやら、気こそ失ったけど僕はちゃんとインデックスを守れたらしい。インデックスも気を失っているけれど。
にしても、僕もよく無事で―――あれ、いや、その前に。

「橙子さん、アレイスター=クロウリーは―――――」


ふう、と肩を竦めて、橙子さんが愚痴るように告げる。


「もういないよ。いや――――初めからここには居なかったんだ、アイツは。」

「―――初めから、居なかった?」

どういうことなんだろう。だって、あの人は確かにそこで逆さになって、僕たちと会話をして、橙子さんの使い魔を倒したのに――――

「言っただろう、黒桐。アレイスター=クロウリーは、いかなる法則も完全に無視した、次元さえも違う曖昧な存在なんだ。
ヤツを完全にとらえているのは恐らく根源だけだろう。
さらに概念とも化している大魔術師アレイスター=クロウリーという存在はね、
来る途中も言ったが、同時に複数の場所に存在できるんだ。」

「―――なるほど。じゃあつまり、同時にどこにでも存在できるということは―――――」

「ご名答だ黒桐。つまりヤツはね、どこにでも存在する反面、
、、、、、、、、、、、
どこにも存在していないんだよ」

それで、もうここから姿を消したのか。――――恐らく、生命維持装置ごと。

「じゃあ、今度は学園都市の理事長が失踪したと、大問題になりますね」

僕がそう言うと、いいやそうでもないよ、と煙草に火を付けながら橙子さんが返答する。

「早くて明日、遅くても一週間後には、このビルの修繕も完全に終了するだろう。
その頃には既に、アレイスター=クロウリーは何事もなかったかのように、またここで浮いているだろうさ―――――――」

「―――それで、式。ここにこんなに部外者を連れ込んで、どういうつもりなんだ」


――――伽藍の堂。

アレイスター=クロウリーが姿を消してしまい、気絶したインデックスをおぶった僕と橙子さんが伽藍の堂に戻ると、
見事に無傷な式と傷だらけの少年少女合わせて5人が事務所内にいた。

聞けば、上条君、美琴ちゃん、一方通行という幻想殺しにlevel5二人の三人がかりでかかったにも関わらず、
level6のアクセラレータには手も足もでなかったというのだけど――――それをいきなり現れた式が、完膚なきまでに叩きのめしたのだという。

僕らが戻るなり、気絶したインデックスを見て非常に焦ったツンツン頭の少年――――まったくターミネーターには見えない、見たところは普通の高校生としか思えない――――彼、上条当麻が急いで僕のもとへ駆け寄ってきた。

事情を話すと少年はすぐに分かってくれて、僕と橙子さんにお礼と謝罪の言葉まで述べた。

でも、アレイスターの概要については簡単に説明するにとどめ、橙子さんが講義したような内容はある程度伏せておいた。

上条君のことだから単独でまたあのビルに突っ込んでいってしまうに違いない、と思ったから。
ただし彼があの防壁を突破できるかはわからないけれど、念には念をということで。

それから僕達は、少し遅れた自己紹介をし合った。

式の紹介は橙子さんがやって式の怒りを買ったし、一方通行の紹介は上条君がやって一方通行は不機嫌になったけれど。

そしてそこで目を覚ましたインデックスが橙子さんを魔術師とバラしたり、僕と式がフィアンセだと堂々と言ってしまったりと、本題にはいるのは大分遅れてしまった。

ここで橙子さんが一言いれなければ、ただの雑談会になっていたかもしれない。




「どういうつもりもこういうつもりもないよ、責任を取るのはお前の仕事だろ」

いつから私はおまえ達の親御になったんだ、といいかけたが、橙子はすぐに式の真意に気づく。

「ああ、そうだな。―――そこの片腕を無くしたアクセラレータと、綺麗な死に顔のミサカミコトの責任は確かに私にあるからな」

橙子さんのその一言で上条君達はあわや荒立つ寸前だったけど、なんとか落ち着かせて話を聞いてもらうことに成功した。

――――主に上条君が美琴ちゃんと一方通行を抑えてくれたから。





「まあ、そういうわけで、私も知らず知らずに立派な加害者となったわけだ。恨みを晴らすなら好きにしろ、悪いが抵抗はさせてもらうがね」

正直昨年に自分達も加害者となっていた御坂や一方通行としては、自分には橙子を裁く権利など無いと感じていたので、特に非難することはなかった。

――――上条も、別に橙子に悪気があったわけでもないし、その上申し訳なく思っているのなら――――と、橙子を非難することはなかった。

それに先の自己紹介でインデックスが、橙子がいかにすごい魔術師かを目を輝かせながら語ってしまったことと既にlevel6との戦いで疲弊しきっている事とで、
彼ら上条達には橙子と争う気が起こらなかったのもあるだろう。

それから橙子さんは、僕と式に説明したのと同様に、新絶対能力者進化実験の全てを彼らに語った。

アクセラレータと初めのミサカミコトが目覚めたこと。

二人が理不尽な実験をやらされる過程。

アクセラレータ抱えていた闇。

126回殺されてからの、127戦目におけるミサカミコトの健闘。
そして――――――

128戦目の、哀しい最後。




じっ、と話を聞いていた上条君達は、橙子さんの話が終わってからも言葉を発さなかった。

僕も、式も、なにも言わなかった。

言おうと思えば、言う言葉も探せばあったかもしれない。
でも―――――

僕達は既に、この問題に対する自分なりの答えを見つけている。

その僕たちが、今まさに自分なりの答えを探し求めようとしている彼らに何か言うことは、彼らの成長を阻害することだから――――

だから、なにも言わなかった。

………式に関しては、元々ただ黙っているつもりなだけかも知れないけれど。

そして、最初に口を開いたのは意外にも一方通行だった。


「………やっぱりコイツは殺すべきだ。
俺があって、初めてコイツが生まれた。
俺が去年に過ちを犯していて、それがあってこそコイツが同じ道を辿った。
なら――――コイツは、本当なら何も悪くなンかねェんだ。
俺がこンな道を歩ンでいなけりゃ、こいつは罪を背負うことを約束させられて生まれることも、きっと無かった。だから―――コイツの罪は、俺が背負うべき罪だ。」


別に、一方通行が昨年その実験を断ったとしても橙子がアクセラレータとミサカミコトを作り、
そのアクセラレータが実験を承諾してしまえば結局は同じ事ではあったのだが、おそらく、
その真意は「自分が実験を承諾するような人間でなかったならば」という意味なのだろうと解釈した。
橙子さんもそうなのだろう、そうか、と相づちを打つ。

「だからお前は、そいつを解放してやるために殺したい、そういうんだな。
しかし――――一方通行、アクセラレータは確かにミサカミコトを128回殺している。
その罪が消えることはないし、他の誰かが背負うものではない、というのはお前が一番よく知っているだろう。
なぜなら、罪は罪を犯したとうの本人にしか背負えないからだ。
では、アクセラレータの罪はいったいどうなる。
血の涙を流しながら歩んだ彼らのそれぞれの思いは、いったいどこへ行く?」

「私が背負う」

――――それは、御坂美琴の確かな誓い。その華奢な体に似合わない、異様なまでの力強さをもった言葉。

「元々、昨年の実験だって、遠い昔に私がDNAマップを提供したことから一連の事件は始まってる。
生み出されたきっかけという見方も出来るけど、やっぱり殺された原因だって見方を否定することはできない。

なら、私が殺したのと同じことでしょ。………ただ利用されただけだから、なんて理屈は通じない。

橙子さんがさっき、学園都市の統括理事長の依頼を受けて私を複製したこと、殺されると知らなかったのに謝ってくれたわよね。
その扱いに怒りを覚えて、窓の無いビルに殴り込みにいってくれたわよね。

私の気持ちは、そんな橙子さんと、とてもよく似ているわ。だから、その罪は、私が背負うべきものでもある。だから――――」

『やめろ』


「「「「――――!」」」」


その言葉を発した主は。
今まで死んだように眠っていた、片腕の天使――――いや、今は能力を失った、ただの少年だった。

「………もォ、黙ってろ。言っただろォが、この記憶は、俺だけのものだって。なら、この罪だって、俺だけのものだ。オマエ達が背負うだと?ふざけるのも大概にしろ」

穏やかな声だけど、激しいまでの主張だった。
……きっと彼の胸には今も、ミサカミコトを殺した痛みが残留し続けているはずだ。
この世界から、何度も何度も、執拗に引き裂くような罰を受け続けているはずだ。
その彼が、すべての罪を、誰にも渡してなんてやらないと言う。
彼は、本来はこんなにも強い人間だったんだ。
いや、そうじゃない。そんなにも、彼の中で―――――

ミサカミコトが、かけがえのない大切な存在になっていたんだ。


「目が覚めたか、アクセラレータ。気分はどうだ」

「――――最悪だよ、クソ人形師」

「―――話はどこから聞いていた、アクセラレータ」

「…………さァな」

実のところ、アクセラレータが目覚めたのは一方通行が答えを口にする少し前だった。

「アクセラレータ、目覚めたからにはお前にも問わなければならない。
――――どうやって罪を背負う。目からは紅涙を流し、胸は四つにも八つにも引き裂かれ、それでもお前は最後までその罪を背負わなければならない。
その方法は君自身が決めることだ。だがもし、君が罪の意識でどうするかを決めるというのならそれは間違いだぞ。
我々は背負った罪によって道を決めるのではなく、決めた道で罪を背負うべきだからだ」

その言葉は、アクセラレータだけではなく、上条当麻・御坂美琴・一方通行の三人にも強く響いたようだった。

アクセラレータは、しばし、無言だった。
そして目を再び閉じ、橙子さんの問いに答え初める。


「・・・人形師。オマエ、俺をただの人形に戻せるか」


「―――可能だが、なぜだ」


「俺とミサカミコトを人形に戻せ」


「――――――、」

正直に言うと、この時アクセラレータの言ってることは、僕にはよくわからなかった。
ただ人間であることをやめて、人形に戻って――――そして痛みから逃れようとしているのか、という解釈しか出来なかった。

そんなときだった。今までずっと黙っていて、目さえ閉じたままだった式が、
ゆっくりとその目を開き、アクセラレータを見据えたのは。

「なァ――――シキ、っつったっけか。オマエ、言ったよな。今の俺は、逃げているだけだって。
あァ、その通りだった。俺は、『ミサカミコト』が悲しくて、『ミサカミコト』が苦しくて、『ミサカミコト』が辛くて――――
俺は、ミサカミコトから逃げたいだけだったンだ。最後の戦いでアイツは俺に歩み寄ってくれた。あの時も、俺は逃げた。
なのに――――ミサカミコトが俺に殺されて、死ンでからも、俺はミサカミコトから逃げ続けたンだ」

――――だから、とアクセラレータは一息ついて、ハッキリと宣言をする。僕たち全員に、そして誰より、ミサカミコトに向けて、誓う。

「俺はもォ逃げねェ。この痛みと共に、永遠にミサカミコトの側に居続ける。ただ一人俺に歩み寄ってくれたミサカミコトを、一人になンざ出来ねェ。
―――そして、永遠に俺がミサカミコトを守り抜く。それが、俺がミサカミコトに出来るせめてもの贖罪行為――――いや、これが、俺の最後の願望だ」


みんな、それを黙って聴いていた。アクセラレータの真意を掴み損ねまいと、その言葉をただの一言も聞き逃さないように。

「そっか。アクセラレータ、――――それで、良いんだな」

上条当麻だった。彼はこんなにも穏やかなのかと、僕は初めて思い知った。

「あァ。――いや、それがいいンだ。無敵なんて要らねェ。絶対能力者なンてなる必要ねェ。そうだろ、―――一方通行。
オマエの言う通り、俺の欲しいものなンて本当にすぐそこにあった。
初めから、オマエ達が来たときから、俺はこの手にちゃんと持っていたンだ」

一方通行はアクセラレータのその言葉に対し、チッ、と小さな舌打ちだけで答えた。

――――彼らしい、と誰もが思った。同じ『一方通行(アクセラレータ)』だから、それだけで十分なんだ。余計な言葉は、彼らの間には必要ない。


「アクセラレータ」

最後に声をかけたのは、式だった。

「――――なンだ」

「嫌いなものは」

「―――――、」

みんなその質問の意味は、よくわからなかった。だけど、二人の間には通じるものなんだろう。
      、、、、、、
「そォだな。特にはねェが―――」

強いて言うなら、とアクセラレータは。ほんの少しだけ、嬉しそうな笑みを浮かべて。

「―――俺は、シキが嫌いだな」

なんて、穏やかに、ゆっくりと言葉を返した。

それを聞いた式は怒るどころか、小さく笑いさえして、返事をする。
     、、






「そうか。シキも、アクセラレータが嫌いだよ―――――――」





伽藍の堂は、年に一度人形の展覧会を行うアトリエとしての一面もある。

入口を通ってすぐ道が二つに分かれていて、片方は今いる事務所―――階段を降りれば工房へと続く―――への道で、本来は関係者以外立入禁止、となっている。

もう片方の道は、橙子が今まで作った作品―――人形たちを飾る、展覧エリアとなっている。

ガラスのショーケースに収められた人形達には、人形にはまるで見えない、99%人間といえるものもあれば―――わざとらしく人形人形した造りにされているものもある。

かつて僕が式の在り方そのものだと胸のうちで評したあの人形は今はないけれど、
それでもここの世界最高の人形師が手掛けた作品群はどれをみても目を奪われそうなくらいに素晴らしい出来だ。

―――あの日から2日が経ち、橙子さんからその場にいたメンバー全員に招集が掛かった。

今日は、展覧会ではないけれど。

僕らが一生忘れることのない、特別な日だから。

最初に全員事務所に集まった時、橙子さんがインテリアとして置いていた、ルーンの刻まれたアメジスト
―――なんでも橙子さんが自ら発掘ツアーに参加して発掘してきたというもので、かなり大きい―――
に上条君がうっかり右手で触ってしまい、ルーンどころかアメジストそのものがバラバラに砕け散ってしまってから今に至るまで、上条君の右手は封印されている。

というのも、急にニヤニヤした顔で橙子さんが美琴ちゃんを指名し、上条君の右手にその左手を繋いで封じておけ、という提案をしたからだった。

あんなに真っ赤になってあからさまに―――それも自然なあからさまさで―――照れる女の子を僕は見たことがない。
だって、式の照れ方は控えめだからね。ああ、かわいい。

展覧エリアでは、基本的に一本道を進みながら両サイドのショーウィンドウに置かれた人形を見ていく形になっている。

ある程度進むと広いエリアに出て、そこからは童話、神話、演劇とテーマ別に人形が置かれたブースがいくつもあるような構造。


僕たちはその、一番奥にあるブースに進んでいく。


最深部のブースには、ただ1つしかショーウィンドウは無い。

そのショーウィンドウには、左腕が無く、細身で色白、さらには白髪で仏頂面をした少年。

もう一人、シャンパンゴールドの髪の、今にも目覚めてお転婆に動き回りそうな少女。

ショーウィンドウの向こうでソファにもたれかける二人は、幸せそうに寄り添っていた。

――――ずっと、一緒にいられる『誰か』を渇望してやまなかった少年と、そのすべてをありのままに受け止めて歩み寄ろうとした少女。

それは、その二人の哀しい物語がついに迎える終焉。

――――その有り様は、永久に続く、相愛。

そのブースを後にする時、僕は最後に一度だけショーウィンドウを振り返った。

ショーウィンドウの向こうの少年が、『これが、俺の望んだ全てなんだ』、と僕に告げたような気がした。

――――不器用で優しい彼のその表情は、彼らのその有り様が正しいのだと、確かに僕らに示すようだった。

この、最後のブース。

ショーウィンドウの上のプレートに刻まれたテーマは、橙子さんらしからぬ小学生の習字みたいな言葉だった。そこには、


“人間”と、簡潔に、しかし深く刻み込まれていた――――――

昨日から梅雨に入り、外の天気はあいにくにも雨だった。

コンクリートにぶつかっては弾ける水滴が、なんだか今日は清々しく見える。

僕は傘をさして式と肩を並べながら、ゆっくりと歩く。

「なあ、幹也。あの第二位って、どこに住んでるんだ」

「普段はカブトムシのキーホルダーとして、フレメアちゃんって女の子のカバンにくっついてるらしいよ」

「あのさ、冗談を言うならもう少し面白いこと言えよな」

「僕としてもそうしたいところなんだけど、これが冗談じゃないものだからどうしようもないんだ」

・・・学園都市っていうのは、変なことばっかりだ。

「式、君、垣根君が生身の人間じゃない事を一目で看破してから少し厳しいな。
心配してくれてるのなら、心配いらないよ。僕は彼ほど善良な人は見たことがないからね」

「別に。第一、オレはあの第二位の事はどうでもいいんだ」

えーと、・・・うん?どういうことなんだろう、それは。
まあでも、式が心配してくれてる事は初めの二文字で分かったし、嬉しいからいいか。

「それより幹也。今日は泊まっていけ」

「いいけど、君の部屋って、なにも―――――」

このやりとりを去年もやったことに気がついた。デジャヴってやつか。
・・・いや、式の誘導かもしれない。
そんなことを考えてはいるけどまだ僕はいいかけだ。しっかりと式が遮ってくれたけれど。

「今日はハーゲンダッツじゃないぞ」

「―――え?」

あっ、しまった。やられた。

「どうやって辿り着いたんだか、昨日御坂がウチに来たんだ。
それで、礼だって言ってオレと幹也で食べろって黒蜜堂って店のデザートを大量に持ってきた。
オレ一人じゃ始―――食べきれない。だから、今日おまえも食べていけ」

今、始末って言いかけたけど。でも、今度はちゃんと言葉づかいを何とかしてくれた。
うん、なんていうかすごくうれしい。

「わかった、じゃあ泊まって行くよ、式」

そう微笑んで返すと、式はプイッとそっぽを向いてしまった。
いったい、なんだっていうんだろうか。

そんな僕らの帰宅路も、もうすぐ終わり。

―――まだ、梅雨入りしたばかりだというのに。

なんだかこの雨模様は、夏の到来が間近であると、やけに騒がしく僕たちに知らせているかのように思えた。

―――――第一章「紅涙終極」  完

というわけで、第一章無事完結です。
本当ならもっと早く終わらせると言っていたんですが終わりませんでしたね、大変スミマセンデシタ。

レスにもありましたが、禁書と型月は結構相性がいいみたいです。
ちゃんと両作品の設定を細かく見ていけば、
矛盾なく(あっても最低限、もしくは何とかごまかしがきく)魔術や超能力の話をしていけますからね。

ただ、そのためにはちゃんとして説明などがどうしても必要になってしまうため、
第一章では長ったらしい説明がどうしても多くなりがちになってしまいました。
細心の注意を払ったつもりですが、これでもまだ矛盾点など見つかれば是非指摘していただけると嬉しいです、
早急に(橙子さんが)なんとかします。


鮮花を出したいんだけど目処が立たないどうしよう

乙! ゆっくり待ってる

境界の構成と雰囲気を見事に演出できてるな。お見事。

乙です。鮮花が出るなら吹寄や姫神との絡みがあったら嬉しいな(中の人繋がりで)

姫神「生きているのなら存在感だって殺してみせる」

>>349
ありがとうございます!


>>350
ふおおおおなんという好評価…!
ありがとうございます!


>>351
鮮花自体は第三章で出すと思います、おそらく第三章は鮮花無しだと戦闘要員が式と上条さんしかいない可能性があるので…おっとこれ以上はイカンぜよ

小ネタ(以降番外編と改めます)の方の話ですが、一端覧祭でとある高校に大好きなお兄さんと共に遊びに来るかもしれません。その時は吹寄や姫神と絡むことがあるやもしれませんねー


>>352
やめたげてただでさえ(原石とはいえ能力的に月姫ネタになってしまって色々面倒だから排除するために)姫神だけ別のクラスになってしまったんだから…

ぼちぼち投下します

丁度、16時をまわった頃。

廊下側の窓よりほんのわずか西へ傾いた太陽から夕日が病室に差し込み始め、白い病室は既に淡い、淡い臙脂色に包まれ始めていた。

この時には白井黒子はすっかり眠りの世界に落ちており、それからの黒桐は今に至るまでずっと文庫本を読んでいた。


眠りの世界に落ちる前は、黒桐と文庫本を1冊読み終えた白井は雑談に花を咲かせていた。


風紀委員の話や御坂美琴の話、初春や佐天の話――――白井にはあまりに珍しい事だが、終始白井が一方的に喋り通しだった。


白井黒子が「等身大の一人の少女」として接することの出来る相手など、これまではただの一人もいなかった。

故に、機関銃のように喋り続ける彼女の顔は、黒桐に出会えたことや黒桐と話が出来ることそれ自体が相当に嬉しかったことが容易に窺える表情―――ちょうど、昨年彼に出会ってからしばらく、対等に扱ってもらえるのが嬉しくて御坂美琴が上条当麻にちょっかいを出していた時のような―――を浮かべていた。


一方の黒桐は、これまた朗らかな笑顔でうんうんとずっとそれを楽しそうに聞いていた。


――――白井が昨夜の恐怖を思い起こしてしまうことから逃れ、精神を安定させるためには、この全てが本当に最善であった。

そもそも居たのが黒桐でなく式だったなら、今ごろは「昨夜何があった」という質問から蘇る恐怖でうち震え始める白井と、黙ってそれを見ている(途中で飽きて病室を出ていくであろう)式という救いのない構図が出来上がっていたに違いない。

話の途中、初春の話が出てきたときは黒桐も少し驚いたが、たまたま知り合いになったのだと適当に返し、白井も特に気にする様子はなかった。
初春はどこにいても親切心を発揮するため、そもそもからしてかなり顔が広い。

そうして、喋り疲れた白井が眠りについてからは黒桐も暇になり、文庫本を開いたのである。

ちなみに、白井黒子がこれまで等身大の一人の少女ではいられなかったと言うような記述をしたが、御坂美琴・初春飾利・佐天涙子達との関係はまた彼女にとっては特殊なものである。

御坂美琴に対しては敬愛してやまないばかりかそのまま変態的な路線でに流れてしまうし

(それを除いても親友というよりは無二のパートナーである)、

初春飾利や佐天涙子達に関しては中学生同士とはいえあくまでも女同士の付き合いだ。

どんなに仲が良く、どんなに信頼しあう仲であっても、「等身大の少女」としての一面を見せることには必ずしも繋がらないのである。

この辺りの難しさや複雑さは、世の中の男には到底理解しがたいものであろう。

クラスの女子に「女同士はめんどくさいんだよ」などと正直どうでもいいというかこちらからすれば馬鹿馬鹿しい話をつらつらと語られた経験が、特に高校時代、男子諸君にもあるのではないだろうか。


―――僕が今読んでいた文庫本の内容は、高校生達の青春を描いた淡い恋愛小説だった。

女同士は面倒というフレーズは、この小説の登場人物の一人の女の子が、主人公となる青年につらつらと女世界の酷さ加減を語り始めるその第一声だった。

僕は誰からもそんなことを聞いたことがない。

式に至っては――――以前在籍していた学校は僕も通っていたからわかるのだけど、私立進学校の特徴なのか(僕はあの学校にしかいなかったからあの世界しかわからない)、なんだかさっぱりした女子が多かった気がする。

勉強や運動―――そういったものに精を出す人ばかりで、友人関係も至って正常、といったらおかしいけれど、まともなものに思えたし、この小説みたいな恋愛話は滅多に聞かなかった。

……だからこそ、高一で僕と式が付き合ってると噂になったのはある意味必然だったんだと思う。

あんな風に過ごす程度の仲になる男女さえ、全然居なかったからね。仲良くできればそれでいい、って。

高校生活か―――上条君達はまだ二年生、楽しい盛りだ。

僕も高校生活が懐かしくなってきてしまったな。

式のいない、二年間。

あの日、あの冬の日から僕は、毎朝登校して校舎に入る度に虚無感を覚えていた。

式がいないから、お昼ご飯は学人や他の友達と食べていた。

夜になれば、あの日のことを時々思い出しては色々なことを考えていた。例えば、あの時。

轢かれる直前、笑顔を僕に向けたのはどちらだったのか――――、とか。

僕は定期的に式の眠っていた病室に通い続けて、病院の看護婦さんにはすっかりお馴染みになってしまっていた。

子犬君っていってたの、実は聞こえてたんですよ。気にしてませんけど。





文庫本がきっかけとなり、自身の高校生活を思い起こし、馳せていた黒桐。

意識が現実から離れて過去を遊覧して回っていたため、突然にガラッと病室の扉が開く音に驚いてしまうのは無理ないが。


「――ぅわ!?」

ガタタタッ!

黒桐が座る椅子が、彼の驚いてビクッとする動きに合わせてステップを踏み、短く騒音をたてる。


黒桐がそちらを見やると、そこには――――――


「よォ。久しぶりじゃねェか、コクトー」


白髪頭に全身色白で紅い眼をした、式に言わせれば目付きの悪いウサギのような青年―――白衣を着た一方通行だった。


「やあ、一方通行。そっか、今は研修医なんだったね」


現実に戻り、文庫本を閉じ、一方通行に微笑む黒桐。


「あァ。―――あンときゃ、オマエ達には世話になったな」


一方通行が上条に頼み事をしたときも驚きだったが、こんな風に素直に礼を言うようになったのもまた驚きだ。


かつての怪物は、こんなにも人間らしく、まるくなった。


「こちらこそ、橙子さんが迷惑かけたね」


事件のあと、あの人は珍しく自分の行いを気にかけていた。


悔恨とかじゃなくて多分、自分が利用されたことへの屈辱から来るものだと思うけれど。


「別に借りとは感じてねェ。俺はあいつを責められる立場じゃねェからな。
それより、俺が両儀に借りを作っちまったンでな」


「それ、式にいってごらん。きっと、『ああ、そう。どうでもいいよ、そんなことは』なんて返されるよ」


「違いねェな」


ニヤリ、と笑う一方通行。

かつては化け物扱いされてたり、最大の人格破綻者と言われてたみたいだけれど。

今はそんな人外じゃなくて、立派な医者のタマゴ。

なんだか、そういうのは素直に嬉しいと思う。


「そういえば、どうしてここに?」


「オマエが来たっつゥから、面ァ見せに来ただけだ。…世話ンなった、からな」


そこは少しくらい照れくさそうに言っても言いんじゃないだろうか。

仏頂面でお礼を言う人って、一方通行くらいじゃないのかな。

ああ、もしかして照れ隠しかな――――いや、もうやめておこう。

これ以上の思考はなんだか危険だと僕の危険センサーが警鐘を鳴らしている。それにしても、


「…僕はなにもしてないよ?」


「情報を操作したり、あちこちに根回ししたのはオマエだと両儀から聞いたンだよ」


「ああ――そうだったね、どういたしまして」


すっかり忘れていた。


そう、あの事件のあと、僕はネットに爆発と吹き飛んだ19学区に関する真相について、大多数が自力でダミー真相に辿り着くような嘘情報を流す形で情報操作をしたんだった。

黄金の光とか、天使とか、大剣とか、どうやってごまかそうかとあの時は本当に頭を抱えた。

無事うまくいって、学園都市の一般人はダミー真相を信じこみ、あの件に関心を向けなくなった。

上層部はそもそも揉み消す気だったようで、真相に繋がるような一切の情報は消されていた。だから結果としては、二重の隠蔽が行われたこととなったんだよな。

風紀委員は上層部からの通達で、あの件に触れてはいけない事になったらしい。…というのは、さっき黒子ちゃんが愚痴を溢してたから知ったことなんだけど。

警備員も同様なんだけど―――一人、一方通行がひどい怪我をして戻ったのがきっかけとなって(これは後から聞いた話)、単独で捜査を始めてしまったという人がいた。

橙子さんがそれに勘づいて僕に仕事という形で捜索を押し付けてきたために、僕はその警備員を探すはめになった。

その人は一日で見つかり、黄泉川さんと言う人だった。

僕は黄泉川さんと話をして、なんとか真実を隠しながら丸く収まっていただくことに成功した。

一方通行は黄泉川さんがどんなに心配したかわかってるんだろうか?

―――でも、学園都市最強なのに、どこかすごく危うい彼をこんなにも心配してくれる人がいると分かった時も、僕はかなり嬉しかった。
…ていうか、今さらだけど、


「――あれ、君、式にまた会ったの?」


「あァ。1日だけ学校にいった。その時にな」


わざわざ式に会いに学校へいったらしい。理由はだいたい想像がつくけれど。

これは言わないことにしておくけど、別に学校じゃなくても式には会えるのに。

……生い立ちを考えれば、ほんの少しだけかもしれないけど――――学校に行ってみたい気持ちがあったのかな?聞いても、一秒かからず否定されるだろうけど。


「そうなんだ。式、学校ではどうなの?」


「さァな、俺ァ授業は受けてねェからな。教室も違ェし。まァ、ダチくらいはいるんじゃねェの?」


「うーん、どうかな?いればいいけど………」


「やたらとナンバーセブンに絡まれてたのは見たがな」


…式が言ってたな、ナンバーセブン、削板軍覇君だっけ。聞いた話、暑苦しくて声がでかい、トレーニング好きの変人だとか。
式いわく、ただのやかましい筋肉バカだそうだけど―――悪い人じゃないんだろう。そういう人はだいたいいい人だ。


「…まァ、気持ちはわからねェでも無ェ。両儀は確かに強いからな、特にナンバーセブンなら多少なりとも関心がわくのは仕方ねェ。
ナンバーセブンはそォいうヤツだと聞いてたが、本当にそォいうヤツだったしな。
俺だって両儀はレベル6を倒したのに、あれでレベル4ってのが信じられねェ。
いや、納得いかねェ」

やっぱりか。そりゃあ気になるよね、学園都市第一位としては。

「そうだね―――うん、確かに君の言う通りだ。式がレベル6を倒したのは学園都市の上層部も分かってることだからね。

研究対象としては概念からもうわけがわからない世界だし、そういう理由で手が出せない原石だけど―――それなら、ナンバーセブンだっている。なのに、レベル5にならないのは少し違和感がある。

あらかじめ橙子さんが釘をさしたとはいえ、レベル6を倒したのにレベル4のままってところは流石に何かあるとしか思えない。

僕としては、式がレベル5になることで手を伸ばしてくるかもしれない学園都市の闇に近づかなくて済むから、いいんだけど――――」


一方通行はその仏頂面にさらに険しさを増した表情を浮かべ、黒桐に忠告する。


「その手は伸びてねェとは限らねェぞ。最悪、レベル0だって闇に堕ちることもあるンだ。
とにかく―――両儀は学園都市に確実に目を付けられたと思って間違いねェだろォな。
――――あまりに、静かすぎる。何か企んでやがる可能性は十分にあるぞ。
例えば、どこまでなら、何までならあの魔眼は殺せるのかっつゥ殺害実験に両儀を使う計画とかな。
魔眼のシステムを科学的に解明しにかかるかも知れねェ」

魔眼のシステム自体は橙子さんが説明してくれたからだいたいわかるけど。

―――科学的な解明が可能なら、とっくに橙子さんが独自の手法で魔眼も複製してただろうと思う。

さすがに魔眼の類いは作れないと、人間さえ作れる世界最高の人形師が無理だというんだから、科学的にというのもきっと不可能だ。

反則でさえ不可能なものが、非反則の技術で成し遂げられるはずはないんから。

その不可能を不可能と思わず解明しにかかろうとすれば、きっと人間の所業とは思えない残酷なことだってすることになるはずだ。

そんなものに、式を関わらせるわけにはいかない。


「その手は伸びてねェとは限らねェぞ。最悪、レベル0だって闇に堕ちることもあるンだ。
とにかく―――両儀は学園都市に確実に目を付けられたと思って間違いねェだろォな。
――――あまりに、静かすぎる。何か企んでやがる可能性は十分にあるぞ。
例えば、どこまでなら、何までならあの魔眼は殺せるのかっつゥ殺害実験に両儀を使う計画とかな。
魔眼のシステムを科学的に解明しにかかるかも知れねェ」

魔眼のシステム自体は橙子さんが説明してくれたからだいたいわかるけど。

―――科学的な解明が可能なら、とっくに橙子さんが独自の手法で魔眼も複製してただろうと思う。

さすがに魔眼の類いは作れないと、人間さえ作れる世界最高の人形師が無理だというんだから、科学的にというのもきっと不可能だ。

反則でさえ不可能なものが、非反則の技術で成し遂げられるはずはないんから。

その不可能を不可能と思わず解明しにかかろうとすれば、きっと人間の所業とは思えない残酷なことだってすることになるはずだ。

そんなものに、式を関わらせるわけにはいかない。


「そうだね、出来るとは思えないけど―――それなら式の知名度が上がらない方が都合がいいね。いきなり現れた長点上機に通うレベル5の学生が、今度はいきなり消えたりでもしたら、大ニュースになってしまうから」

いかにもというようにアクセラレータが頷く。

「あァ、その場合はレベル4のままの方が都合がいい。…何にしても、気を付けるべきだな。オマエ、アイツが大事なンだろ。両儀は本当に強いが―――――」

未来視したかのように続きが分かりきっているアクセラレータの言葉を遮り、黒桐は、ゆっくりと、笑顔で、返答する。

「うん、わかってる。式は完璧に見えて、昔からどこか放っておくとすぐに怪我をしてしまいそうな危うさがあるんだ。
…そんな式を僕は好きなわけだけど、それを差し引いても僕は式を放ってはおけなかった。
これからも、もちろん放っておいてなんてやる気はないよ。
僕には君みたいに特別な力はないけど――――」

至極真面目な顔で、黒桐は宣言する。

「僕にはこの手があるからね、十分。

僕は
        ハナ
―――一生、式を許さないと、誓っているから」


黒桐がそんな歯の浮くような台詞を大真面目に言うのを聞くと、一方通行は1つ笑って黒桐に背を向ける。


「―――なら、絶対離すんじゃねェぞ。何があってもだ」


それは、一方通行が知らず知らず自身にも向けた言葉だったのかもしれない。

だが、黒桐は一方通行と彼が何より大切な少女―――打ち止めを知らない(打ち止め自体は知っているが、打ち止めと一方通行の今の関係については全く知らない)ので、その事には気がつかない。


「もちろん。―――ありがとう、一方通行」


「―――フン」


そしてゆっくりとした自然な足取りで、一方通行は病室から出ていった。





―――それにしても、式達…遅いなあ。
お見舞いを買いに、寄り道してるのかな?


「……まあいいか、もうすぐ来るよね」


文庫本を再び開き、黒桐の読書タイムは再開した。



病室から出ていった一方通行が廊下を少し歩いた先にある広いロビーに出ると、円形のソファに見知った顔の女二人とその他女子中学生二人がいた。

ただ、少し様子がおかしい。
おかしいというのも―――


「――――なにしてンだ、オマエら」


「……一方通行、おまえ殺していいか」


唐突である。そんな物騒な第一声を放ったこの着物の女は俯いており、髪で隠れて顔がよくみえない。


「なンでいきなりオマエに殺されなきゃならねェ。俺がオマエに何したってンだ」


「………おまえのせいだ……」


「あァ?」


肩をプルプルさせながらひたすら俯いていた女がついに顔を上げ、一方通行を怒りをぶつける。



病室から出ていった一方通行が廊下を少し歩いた先にある広いロビーに出ると、円形のソファに見知った顔の女二人とその他女子中学生二人がいた。

ただ、少し様子がおかしい。
おかしいというのも―――


「――――なにしてンだ、オマエら」


「……一方通行、おまえ殺していいか」


唐突である。そんな物騒な第一声を放ったこの着物の女は俯いており、髪で隠れて顔がよくみえない。


「なンでいきなりオマエに殺されなきゃならねェ。俺がオマエに何したってンだ」


「………おまえのせいだ……」


「あァ?」


肩をプルプルさせながらひたすら俯いていた女がついに顔を上げ、一方通行を怒りをぶつける。





「おまえのせいで病室にはいれないじゃないか!どうしてくれるんだ!」






「………はァ?」



そう。


そこにいたのは、顔を真っ赤にして恨めしそうに一方通行を睨みつけている両儀式と、


なぜか同じく顔を赤くして意識が異空間にでも飛んでいったかのように上の空な


―――具体的には「イッショウ…ハナサナイ…イッショウ…」という呟きを繰り返している―――御坂美琴、


「式さん可愛い………!!」とでも言いたげに輝いた表情で式をじーっと見つめている初春飾利に、


明らかに式をつっつきたくてうずうずしている、非常に楽しそうな佐天涙子の四人組だった。




「あァ―――さっきの会話、聞いてたのか」


「ああ!オレがナンバーセブンに絡まれてるとかなんとか話してるところから全部聞いてたし、こいつらにも聞かれたよ!
……おまえがあんなこと言うからこうなったんだ!!」


まだ熱が引かない真っ赤な顔を一方通行に向けて、大いに怒りを伴った文句を言う式。


かつての式なら、一方通行をはっ倒して首にナイフをあてていてもおかしくはなかった。


つまるところ、まるくなったのは一方通行だけではないということなのだろう。


それにしても―――正直、こんなのは全く式のキャラではないのだが。


やはり式だってちゃんと女のようで、愛する男にあんなことを言われてしまえば、平静を保つなんてのはとても不可能に近いようである。


4人がこのフロアに来たとき、閑静な病棟では白井の病室での会話が病室付近の廊下までは聞こえていた。


式は元々だが、かすかに会話が聞こえてからは、他三人も口を閉じて病室のすぐ側まで行った(一方通行の声がしたため、美琴は少し強張っていたが)。


するとかなり会話が聞こえやすくなった―――というかまる聞こえになったのでしばらく聞いていると、なんだか話の方向性が一方通行の言葉によって式的にまずい方へ向かっていき、最終的には黒桐の言葉でとうとう耐えきれなくなった式は、ここまで逃げ戻ってきてしまったのだった。


それによって、式を追いかけてきた他三人も、前述のようになったのである。



―――あまりに式が良い反応をするので、レベル5とかレベル6とかの気になるワードが飛び出ていたものの、柵川中学生二人組の頭からはそんな現実味の薄い話はすっかり飛んでいってしまっていた。


それはそれとて、一方通行にはどうしてもわからないことがあった。それは、


「なンでオリ…第三位までトリップしてやがンだ?」


好きな男の子がいるわりに、こういうのにあまりに耐性のない御坂美琴嬢がこの有り様になるのはある意味では必然だが、それがわかっているのは式だけである。
式だけなのだが。


「知るか!……ちくしょう、あんなの聞いちまったら、どんな顔して病室に入ればいいのかわからないじゃないか」


今の式にはそんなことを考える余裕などない。


黒桐幹也と言うのは、こちらが恥ずかしくなるようなことを台詞を大真面目に言う人間なのは分かっているし、あの台詞もあの夜の言葉そのままだけれど、あのときと今では場合が全然違う。


第一、あの台詞自体、黒桐の歯の浮くような台詞にはある程度耐性のある式でさえ結構クるものなのだ。


だから、こうして改めて言われてしまうとやはり赤面は避けられない。


………しかし今の式は、そういうのが嫌いじゃない。それは当然、あの台詞も含めてだ。


「知らねェよ。コクトーが勝手に言ったンじゃねェか。………とにかくお前ら邪魔だ。いくなら早く病室に行け」


心底めんどくさそうにそう答える一方通行に八つ当たり以外の何者でもない殺意を覚えた式だが、これ以上は不毛だし遅くなりすぎても仕方ないので、向かうことにした。

「………ほら、帰ってこい御坂。行くぞ」


「ふぇっ!?あっ、うん!そうね!黒子待たせてるしね!」


「声がでけェ黙れ早く行け」

式の呼び掛けでようやくこちらに帰ってきた第三位を、心底迷惑そうな口調で一方通行は病室へと促す。

すろと美琴。
ここで初めて、すぐそばの一方通行に気がついた。
―――白衣を着ている。やはりというか、出てくる言葉は当然、

「………なにそれ」

である。

「……オマエには関係ねェだろ」

「なんだ、御坂知らなかったのか?」

「式、これどういうわけだか知ってるの?」

「ああ。一方通行、いいだろ言っても。御坂にはいずれバレてたんだし」

「―――チッ」

OKサインである。

それを見た式が、気だるげに美琴の方を向きなおして適当な調子でネタばらしする。

「見て察しがつくだろうけど、一方通行は今、研修医なんだとさ。御坂が理解しにくいのは、どうしてそうなったってところだろ。まあ、そこも少し考えれば分かるんじゃないか」

「…………、」

正直なところ、冷静に考えるといくつか答えになりそうな思考はあった。

だが、それが事実なのだと認めることが彼女には非常に難しい。
彼女にとって、一方通行は変わらず悪の権化なのだから。
―――とはいえ、しかし。
錯乱思考のなかで、これだけは言えそうであると美琴は結論付ける。


「………研修医ってことは、その。……つまりそういうことよね」


それだけで、学園都市トップの頭脳をもつ彼には話が通じる。


「あァ。……ハワイでアイツら(クローンども)にゃ借りを返す、つった通りだ」


実際、適当な感じなら美琴はここで一方通行を糾弾していたかもしれない。友人達がいる中で外へ連れ出し、怒鳴ってさえいたかもしれない。

だが―――こう告げた一方通行の揺るぎない瞳が、彼女にそうさせなかった。


「そう。―――なら、頑張んなさいよ」


「オマエにいちいち言われる筋合いはねェな」


「あっそ、もう早く行きなさいよ。研修中なんでしょ」


「あァ、俺もいつまでもうるせェのに構ってる暇はねェからなァ」




――――そう言って、一方通行が美琴の隣を通過する時だった。



「―――あの子達の調整」


小さい声で美琴が言うと、ピタと止まる一方通行。

「あの先生がいなくなったら、次はアンタがやるんでしょ」

「―――あァ」

他の誰にも聞こえないような声で、会話を交わす。

すぐそこでは、式が会話を二人に聞かれないように「オレ達は先にいこう」と初春と佐天を連れて病室に向かって行っていた。

初春と佐天は会話の内容が気になっていたものの、聞こえなかったし式に行こうと促されてしまったのと、何より空気を読んで先に行く。



「あの子達を死なせたら、私―――アンタを許さないから」

その目は、非難に満ちているように見えるが―――

「元々オマエは俺を許さねェだろォが」

「そうだけど、………アンタは学園都市で一番の頭脳だし、能力的にあの子達の調整を引き継ぐ人間としてはアンタ以上の人材は恐らくいないわ」

そう告げる美琴の口調は、一方通行からすれば気味が悪いくらいに穏やかで。

「………、」

「私はアンタを恨むし憎むし許さない。これは揺らがないわ。でも、アンタが本気であの子達が生きるための手助けをしてくれると言うなら、ちゃんと借りを返しているって意味でそこだけ信頼してあげる。―――信頼できない人間に、あの子達の命は任せられないもの」

―――目だけではない。
美琴の表情全体が、翳りと、敵意と、僅かな期待が入り交じっている。

その僅かな期待にも勘づいた一方通行は、もちろん憎まれ口で答える。


「ハッ、何を言うかと思えばオマエ、血迷いやがったか――――」

「アンタを倒したレベル0、上条当麻がね、よく言うのよ」

しかしそれを遮って、穏やかに、心のうちで深呼吸をするようにゆっくり、目を閉じて美琴は告げる。

「悪人がいつまでも悪人でいなきゃいけない理由なんて、ないんだ―――って。」

「――――、」

「だから、私は―――アンタの未来までは否定しない。確かに今まで、死ねば良いのにとか殺したいとか、散々思ったわ。でも―――アンタが今も変わり続けていて、これから先も変わり続けるっていうのなら」

閉じていた目を開けて、ほんの少し―――本当に少しだけ口許を緩め、真っ直ぐに一方通行を見る。

「私は過去のアンタを憎むより、未来のアンタを信じるわ」


一言で言うなら、ただただ衝撃だった。
一方通行からすれば、美琴には恨まれて、憎まれて、殺意を向けられて然るべきなのだ。
それが、憎みながらも自分を信じてみると言い出した。
一方通行にはまったく理解できない発言であった。

「――――正気か、オマエ」

ひどく動揺していると見える一方通行を見て、珍しく優勢に立っている美琴は若干の優越感を覚える。

「ええ、正気よ。―――知ってる?知らないでしょう、女ってのはね、常に前を向いて生きていこうとするものなのよ。過去を忘れることはないけど、いつまでも執着するような真似はしないわ」

「チッ――――」

『女は過去を振り返らない』と言うのは、時々打ち止めが同じことで以前に叱られた事をうやむやにしようとして使う文句なので、一方通行としては戯れ言の類いだと思っていたのだが――――これは案外、本当に女の本質なのかも知れないと一方通行は考えた。

正直なところ、打ち止めはただ都合よく逃げるための文句として使っているに過ぎないのだが、その辺の具合を彼が理解するのはかなり向こうの事になりそうにある。


「それに―――いつまでもアンタを見るたびに吐きそうになってたらキリがないしね。未来の妹の主治医なんだし」


当麻にも怒られてしまうしね、というのは口には出さない。


「………そォかよ」




それだけ答えて、また歩き出して階段にさしかかる一方通行。



「オリジナル」



同じくして病室に向かおうと歩き出した美琴が、足を止める。



「何よ」



一拍おいて、一方通行が一言だけ告げる。



「予言してやる。――――オリジナルのオマエより、クローンどもの方が長生き出来るってなァ」




―――それは、一方通行なりの、美琴への誓いの言葉。



かつて殺戮者であったその贖罪として、これから『妹達』の主治医となるその責任として、『妹達』を必ず長く生き長らえさせることを約束するもの。



「―――そう、日の当たる縁側であの子達と一緒にお茶を啜る日が楽しみだわ」



それを聞いた一方通行は、自然な足取りのままツカツカと階段を降りていった。


―――一方通行が階段を降りていった音を聞き届けてから、美琴も早足で病室に向かっていったのだった。

今回はここまでです

それからすぐに、美琴ちゃんが病室へやって来た。

美琴ちゃんを視界に捉えた途端に飛び付こうとした結果苦痛に身を捩る黒子ちゃんを落ち着けてから、僕たちは今後について考えることにした。

話通りにいくと風紀良いんである黒子ちゃんは狙われの身だし、病室へ敵がやってこないとは限らない。

どうにかして彼女を守らなくちゃ、きっと危ない。

「風紀委員――黒子を襲ったのはどんなやつだったか、覚えてる?」

―――美琴のこの質問は、黒子ちゃんの顔をみるみる青ざめさせるには十分だった。

「…………。」

「ちょっと、黒子……!?」

心配そうな表情をする美琴を今度こそ確かに目で制す。



「ご心配なさらず。…大丈夫ですの、お姉さま。そうですわね。一言で言えば―――アレは、人ではありませんでした」




―――人ではない。




その言葉は、病室内の誰も―――式を除いて―――を驚かせるには、十分な威力を持っていた。



「人では、ない?」

「ええ。……人形(ヒトガタ)をしてはいましたが、見たこともない異形の生命体―――そう表現するのが正しいと思いますの」


人形をした、異形の、生命体。

人とはかけ離れているにも関わらず、シルエットだけは人の形をしている生き物。
―――魔術側の話だろうか?

だとしたら、橙子さんに相談すべきか――――?

そこまで考えた時、僕は式の目が直死の魔眼に変わっていることに気がついた。


黒子ちゃんの患部を凝視しているけど―――何を視ているんだろう?


そんな僕の思考は、一旦、美琴ちゃんの発言によって頭の隅へ流れていく。


「黒子、具体的にどんな風だったか―――わかる?」


「ええ、鮮明に覚えてはいますが―――言葉で説明するのは難しいと思いますの。…絵に描いてみますの」

それなら、と鞄をごそごそする初春。

「裏紙とシャープペンシルなら今持ってます、これを使ってください」


「ありがとうですの、初春」


…………………………
15分後、襲撃者のスケッチは完成した。

15分かけて白井黒子が描いた、非常にリアルな襲撃者の絵は―――彼らの想像を遥か上回る、まさしく「化け物」という表現がピッタリな絵だった。


まず頭。両目は、その目のある横ラインが×印に突起している。
目らしきものがその内側にあるとするならば、これはゴーグルのようなもののようにも思える。


頭部後ろ半分は全体的に左右に広がっており、その上部には角のようなものがある。


口は人よりも大きく割けていて、あまりに鋭い歯に関してはもはや牙にしか見えない。

そして、体。


ありがちな狩猟ゲームにおける防具を装備した様な出で立ち、と表現すれば大部分は伝わるだろう。


物々しく堅牢そうな――それでいて体をぐちゃぐちゃにかき回したような模様を持つボディに、スポーツマンが付けるサポーターというサポーター全てを全身に―――特に肩は尖った三角状のサポーターを―――身に付けたような、とにかく、確実に化け物という表現で間違いない姿形だった。


スケッチを見る限り、指先は非常に鋭い。爪などはなく。指先が非常に鋭くなっている。
切り傷は確実にこの両手につけられたものだろう。


最大の特徴は、背中の禍々しい形をした翼か。


一方通行や垣根帝督の持つ美しい翼とはまるで異なる、まるで壊れた傘を縦に切り開いて横に展開したような―――黒い翼を、この化け物は持っている。




「白井、さん……本当に、こんな………?」

声が震えている。

「残念ながら本当ですの、初春。――私だって未だに信じられませんわ。こんな生き物がいて、しかも襲われるだなんて。しかも、風紀委員ばかり――――」

「白井」

いつのまにか魔眼から目を標準状態へ戻した式が、まったく胸の内を読ませない無表情で白井に問うた。

「おまえ、昨日一日なにしてた?」

一瞬きょとん、とした白井だったが、すぐに意図に気づいた。

「……昨日は、授業後すぐに支部に行って、デスクワークをしておりましたの。そのうち、あちこちの支部で多数の風紀委員が欠席・音信不通という知らせが各支部に届きましたの。それで固法先輩と初春は電脳世界から、私は能力で現実から斬り込んで調査することにしましたの。そして―――私はこの化け物に遭遇し、交戦しましたわ。どこに鉄釘を刺してもまるで応えず、空き缶を化け物の胸部にテレポートしてやっても死ぬことは――――」

「―――あの、ちょっといいですか?」

はっとしたように話を遮ったのは、初春。



「なんですの、初春?話を途中で遮るのはよろしくありませんわよ」

「はっはい、すみません………。どうしても気になることがあったので、つい。―――あの、授業後、すぐに支部まで来た、と言いましたよね?」


「ええ、言いましたの。行きましたし。それがなにか?」



―――僕らが遭遇した事態の深刻さは、この後の飾利ちゃんの言葉を境に、急激に増すこととなった。











「それは嘘です、白井さん。白井さんは昨日―――支部には来ていません」













久々の更新なのにまたしても少レスのみとなってしまいました、すみません。

今回は(この後また更新するかもしれませんがとりあえず)ここまでです。

―――混乱。

各々が動揺し、ざわめき、誰よりも黒子ちゃんの目が一番点となってしまっている。

そんなわけはないのに。
確かな記憶を語っただけなのに。
なぜ初春に否定されたのか、本気で理解できないという顔をしている。

襲撃された黒子ちゃんの事情を聞いてみたが、飾利ちゃんによればそれが嘘であるという。

嘘をつく必要性は黒子ちゃんにはない。

記憶が錯乱しているだけなのだろうか?それとも――――


学園都市、か。


『―――なるほどな。ようやくわかった』

重々しさを増す雰囲気の中、最初に口を開いたのは式だった。


『わかったって、何が?』

『こいつの正体』

『――――!!』

その場にいる、式を除く全員が「は?」だの「え?」だのと声をあげた。

『あの、式さん。まさか、この白井さんが偽物だと言うんですか………?』

『そんな!私は間違いなく白井黒子ですの!嘘だと思うならなんでも聞いてくださいな、すべて完璧に答えて見せますの!お姉さまのスリーサイズ、お姉さまの下着全種、お姉さまの趣味趣向、お姉さまの―――――』

バリバリバリッ!!!!

――続きを言い切ることなく、電撃姫による天誅が下ったことは言うまでもない。

『……はあ。とにかく、黒子は本物よ。今のではっきりしたわ』

まさか自らの乙女固有秘蔵情報を危険にさらすことと等価交換式に後輩の身分を証明することになろうとは、つゆほども思ってはいなかったであろう。


それを聞くと、式は「あのな…」と呆れたように腕を組みなおす。

『誰も白井が偽物だなんて一言もいってない。俺も偽物だとは思ってない』

『じゃあ式、さっきのは―――?』

『―――こいつはな、「白井黒子だったもの」だよ』

遂に耐えきれず、少女達は式に食って掛かる。

『ちょっ―――いったいどういうつもりですか式さん!?白井さんが、一体なんだっていうんですか!?見てくださいよ、どう見たって変態で変態で変態ないつも通りの白井さんじゃないですか!』

『そうよ、それに黒子だったものって―――じゃあ黒子はなにをされてどうなったのよ!?この黒子はなんなのよ!?』

『―――式?』

騒ぎ立てる中学生二人をなだめるように、黒桐が穏やかに式に問いかける。

『だから何度も言わせるな。そいつは本物の白井黒子だけど、白井黒子でなくなりかけてるんだ』

『それは、つまりどういうことよ?』

まったく納得いかないといった様子の美琴嬢。無理もない。こんな話を一発で理解できるとすれば、某人形師くらいのものだろう。

『知らない。でも、こいつの内部には明らかに違うものが混ざってる。白井黒子じゃないものが、白井黒子を侵してる。拉致されたとき、何かされたんじゃないのか』

『それで、記憶が改変された――――』

言いかけた初春が、強く異議を唱える。

『―――不可能です。人間の記憶というのは出力も入力も、学園都市の技術を以てしても出来ないはずです』

『それはお前がそう思ってるだけだ』

冷たい式の語調と視線に、初春は一瞬生命活動を止められるような錯覚を覚えた。

『オレはここに来てまだ日は浅いけど、それでもわかるくらいこの都市の闇は深い。どんな技術があったっておかしくない。そうだろ、御坂』

『ッ――――!!』

否定するには、あまりにも御坂美琴は学園都市の闇に近づいてしまっていた。
何より―――テスタメントや食蜂の例があるので、記憶の改竄は不可能だと言えないのだ。

………食蜂?
まさか、もしかしてまたあいつが関わって………?

思考を巡らせる美琴の深刻な顔を一瞥し、白井も口を開く。

『………結局、わたくしは何かに侵されているということでよろしいんですの?あと初春はあとでお話がありますの』

そう問う白井の語調は、さしあたり弱くなる気配はない。
いかなる状況でも気の強さは変わらない。

『す、すみませんつい…』

『―――ああ、そうだ』

初春は後でシメるとして、まずはこちらが優先ですの。

『――あなたはお医者でもないのに、なぜそのようなことが?』

『面倒だから、視えたからだとだけいっておく。そのうち、普通の検診でも見つかるんじゃないか』

『―――、』

そうまで迷いなく断言されてしまうと―――否定する方が話が進まなくなってしまうような気がしてきますの。
真実ならば早急に解決せねばなりませんし、虚偽ならば何事もなく済むのですから問題はありませんの。


その時、病室の白いドアが不意に開いた。顔を出したのは、妹達がかかりっきりの名医であった。


『やあ、失礼』

『これは先生、―――何か?』

『実はね?―――あー…ちょっといいかい?』

『いえ、ここにいる人達は話を一緒に聞いても大丈夫ですの。移動が厳しいですから、この場でお願いしますの』


『…なら、話すよ?君の検診をしたときに、少し脳及び全身の細胞に異常があったんだね?―――例えるならば、観葉植物のあちこちの葉に白い部分があるような、あんな風にね?』

『なっ――――――!!』



侵されて、いた。

何かに、侵されていた。

式の、言う通りに。


『僕も付きっきりで見てあげたいのだけど、そうもいかないからね?少しばかり優秀な人材を派遣して、万一の時は僕にすぐ知らせる形にしようと思ってね?』

『優秀な人材―――先生がそうおっしゃるなら、本当に優秀なんでしょう』

美琴ちゃんはかなり信頼をおいているようだけど、僕や式はお世話になったことがないから分からない。
………………式に至っては急に苦虫を噛んだような顔をしているけど。どうしたんだろう。


『御坂。今の撤回しとけ』


『え?なんでよ、式』


『後悔することになる』


『ちょっと式、いくらなんでも失礼―――』






『―――言ってくれるじゃないか、式』





その声を聞いた瞬間、僕も皆の先生への信頼に同調し始めたことを激しく後悔した。



『………何でいるんですか。橙子さん』

『おや、この医者の話を聞いていなかったのか?黒桐』

『いえ、そういうことではなくて―――――』

『黒桐さん、ある意味正しいですよ』

『―――美琴ちゃん?』

なんだか諦めたような顔をして、美琴ちゃんは橙子さんを見る。

『だって、いくら特殊な技術を用いたといっても、医学に相当精通してなかったらあんな真似は出来ないから』

うん、それもそうだ。
―――いや、そういう問題じゃなくて。

『というわけさ、御坂はものわかりが良いな。全く、黒桐の察しの悪さは今日も平常運転か』

『放っておいてください』


なんだか突然現れた白いワイシャツにオレンジのネクタイを締めた、優秀な人材と称される赤毛の美人と式に黒桐、御坂が知り合いらしいというこの状況に、他三人の少女は完全においてけぼられていた。


『では、改めて自己紹介だ。この医師の紹介で白井黒子ちゃんの担当医を勤めることになった、蒼崎橙子だ。以後よろしく頼む』


僕は、ついつい聞いてしまった。


『………橙子さん、いつからそのお医者さんとお知り合いなんですか?』


そりゃあ、と肩を竦めると、


『学園都市に来たときからに決まってるじゃないか』


なんて言うので、もうここで会話を切り上げることにした。

とりあえずここまで。

ああ、話が進まない。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年07月03日 (木) 06:25:41   ID: Vj8GkfLL

とても面白いです完結目指して頑張ってください。

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