P「受験か」伊織「そうよ」(767)




「今、いい?」

パソコンから顔を上げると、伊織が立っていた。
一枚のプリントを手に持っている。

P「駄目」

伊織「ここなんだけど」

P「駄目って言ってんじゃん!?」

伊織「駄目でも聞くわ」

P「はいはい……っと、はいよ、どこだ?」

伊織「ここ」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371233865


プリントの、伊織が指し示した場所を見る。
問題にざっと目を通し、伊織の回答も確認しておく。

P「ああ、これな」

俺は立ち上がってホワイトボードのマーカーを取った。
伊織は俺の椅子に座る。

ホワイトボードに『U』の形をざっと書く。

伊織「ちょっと、それはわかるわよ」

P「いいから確認だ。一応な」

伊織「……はーい」

……しかし、素直に頷くようになったな。
思いながら、『U』の字の左上に接するように○を描く。


P「んじゃ、ここの位置エネルギーを100とするか」

○の近くに位=100と書く。

P「この時物体は静止している。運動エネルギーは?」

伊織「0」

P「そうだな」

運=0と記入する。

P「じゃ、手を離すと物体はレール上を転がっていった。そして一番下まできました」

『U』の字の底に○を描く。

P「この時の位置エネルギーは?もちろん、一番下が基準面な」

伊織「0。で、運動エネルギーは100」

P「そうだな」

位=0、運=100と○の近くに書きこんだ。


続けて、『U』の字の右上に○を描く。
一つ目に描いた○と同じ高さ。

P「はい、それぞれ?」

伊織「運動エネルギーが0、位置エネルギーが100」

P「オッケイ」

それぞれ記入する。

今度は一つ目に描いた○と一番下の二つ目の○の間、やや下寄りにもう一つ○を描いた。

P「じゃあここ。運動エネルギーを……25にするか」

描いた○の近くに運=25と書く。

P「はい、位置エネルギーは?」

伊織「75」

P「おし」

書きこむ。
ここからは口頭でいいだろう。


P「位置エネルギーと運動エネルギーを合わせて何エネルギー?」

伊織「力学的エネルギー」

P「じゃ、その力学的エネルギーはどの場合もいくつになってる?」

伊織「100」

P「そのことを?」

伊織「えっと、力学的エネルギー保存の法則」

P「よし。ちなみに一番物体の速さが速くなっているのはどこだ?」

伊織「一番下」

P「両端の物体の高さは?」

伊織「どちらも同じ高さ」


P「おし、基本の確認終了」

伊織「だから大丈夫って言ったでしょ」

まあ、このくらいはぽんぽん答えてもらわないとな。
ボードをひとまず消し、今度はひらがなの『し』の字を少し横に引き伸ばしたような形を描く。

P「んじゃ問題のこれだ」

言いながら『し』の字の左上に○を描いた。

P「さっきの基本ができてる伊織様ならきっとできるぞ?」

伊織「はいはい、お願いしますー」

返す言葉にもどこか元気がない。
当然か。
ちらりと時計を見ると、時間は10時を回っていた。

進研ゼミのスマテ…じゃないよな?(震え声)


P「初めに物体はこの位置。手を放したら運動を始めて一番下を通り、レールから飛び出しました。そういう問題だな?」

飛び出した後、物体はどの高さまで上がるか。
選択肢は三つ。

ア、最初の物体の位置より、高く上がる
イ、最初の物体の位置と同じ高さまで上がる
ウ、最初の物体の位置より、低い位置までしか上がらない

伊織はイに○をつけていた。

伊織「そうよ。だから、さっきと同じならエネルギー保存で同じ高さまで上がるじゃない」

P「まあな……伊織、一個質問。飛び出した後の物体が最高点に達したときのことを考えてくれ」


レールから飛び出したあたりの位置に○を描く。

P「こいつが最高点に達したとき、こいつ、止まってるのか?」

伊織「?」

しばらく待つ。

伊織「止まって……ない」

P「そう。横には移動してるだろ?だから……」

伊織「……もうわかったわ」

P「……物体の運動エネルギーは?」

伊織「もう!わかったって言ってんでしょ!?」

この半分怒った顔。
これはちゃんと納得した時の顔だ。これなら大丈夫だろう。


>>7
ちゃうわ。それ書くとしたら、毎回Pがこっそり伊織の答案を赤ペンで添削するやつ書くわ。


P「ほい、んじゃ俺に説明してくれ」

伊織「えっと……横方向には運動してるから、運動エネルギーが0じゃないってことでしょ?運動エネルギーが0じゃないってことは、位置エネルギーは100にはならないから、100以下だから、元の物体と同じ位置までは上がらないってこと」

伊織「これで満足?」

P「ああ。オッケイ」

伊織「はぁ……わかってみると簡単ね」

P「まあな。ただ、この問題はよく出るパターンだけど初見の人なら8割くらいは間違える問題だぞ。今間違っておいてよかったな」

伊織「ふん」

一応のフォローもお気に召さなかったらしい。
伊織的には、正解の2割に入りたかったんだろう。


P「あとはいいのか?」

伊織「うー……うん」

P「んじゃ、キリのいいところでそろそろ帰るぞ。もう10時半になる」

伊織「そうね」

伊織は自分のデスクに戻っていく。
その背中を見ながら俺は考える。

だいぶ勉強する体力もついてきたと思う。
基本的な動きや勉強法も完璧だ。
ただ……これからは本当に、精神的にも肉体的にもきつい時期に入る。
伊織といえども。

弱さを見せない分、心配でもあるんだよな。


伊織「ちょっと、終わったわよ」

伊織の声で我に返る。

伊織「そろそろって言ってたアンタが準備してないって、どういうわけ?」

P「悪い悪い、すぐ準備するよ。あ、チョコ食うか?」

伊織「うん」

俺がデスクの引き出しから出したミニチョコを、伊織は素直に受け取った。
その間に俺は手早く準備を済ませる。

伊織「……おいしい」

P「おし、行くか」

伊織「うん」




事務所からの帰りは、伊織を送っていく。
この習慣ができてから……もう何か月だ?
3、4か月ぐらいか?

以前は新堂さんが伊織の送迎をしていたが、現在帰りに送るのは俺になっている。
理由は

P「あー、じゃあ目ん玉のつくり。覚えてなきゃならないとこ全部」

伊織「網膜、視神経、虹彩……レンズ、または水晶体」

P「完璧」

伊織「簡単すぎ。次」

これだ。


車内では口頭でやり取りできる一問一答形式の出題を、俺が出し、伊織が答える。
これは伊織が言い出したことだった。

P「数学。三平方で覚えてなきゃならないやつ。1:1:√2みたいなやつな」

伊織「えーと……3:4:5と、1:2:√3、あとは」

P「あと一個」

伊織「ちょ、言わないでよ!思い出すから!!」

P「へーへー」

伊織「……」


伊織「……ひんと」

P「全部整数、ちょっと数字が大きい」

伊織「!……5:12:13!!」

P「正解」

伊織「ふふん」

P「……すごいすごい」

同名スレが3つありますお


いくつかやり取りをした後、大体は世間話に移す。

P「この間の模試、解き直しやってるか?」

伊織「やってるわ。あ、それも質問がいくつかあったんだった。明日持ってくるから」

P「ああ」

勉強方法のことや、

伊織「……って、わかってるわよそんなこと!律子だってそう言ってたし!」

P「……直接は言ってないだろうな」

伊織「い・ち・お・う・ね!でも次は言っちゃうかもしれないわ!」

P「勘弁してくれ」

仕事の愚痴など。


>>16
教えていただき多謝!!なんかエラーばっか出てたんすよ……すぐ依頼しときまふorz


なるべく勉強漬けにならないよう、一応配慮しているつもりだが……伊織はわかってて話をしているんだろうな。
その上で、この時間が多少の息抜きになっていればいいと思う。

伊織「ちょっと聞いてる!?」

P「聞いてるって!」




P「おし着いた」

伊織「ありがと。アンタ明日は?」

P「んーと……ちょっと待った。明日結構……」

鞄からスケジュール帳を取り出し、確認する。

P「そうでもなかった。8時くらいには戻ってる。遅くても9時」

伊織「わかったわ」


P「ゆっくり休めよ。いつも言ってるが……」

伊織「無理なんてしてない。いっつもわかったって言ってるでしょ」

P「……そうかい」

助手席から伊織が降りる。

伊織「……いつもありがとね」

P「お……」

伊織「おやすみ」

ドアが閉じる。
その向こうで伊織が手を振っている。
遠く敷地内に見える玄関には、いつものように(顔は確認できないが)新堂さんが立っていた。

俺も軽く手を振って、車を出す。


―季節は冬の初め、十二月。

水瀬伊織。
元俺の担当アイドルにして、現竜宮小町のリーダー。

そして、今年高校受験を控える受験生だ。




プロローグ了、つづく


って感じでちょくちょく書いていきたいと思います。読んでくれた方ありがとうございました。

補足:以前書いた、伊織「あ~よかった」、ってやつと同じ設定で書いてます。知らなくても問題ないように書くつもりで   はいます。
   URLは忘れましたスマソ

今回はプロローグでしたが、次回以降は4月から時系列で書いていく予定です。もしよろしければお読みください。

追記:同じスレタイで2個ぐらい立ててしまいました。ほんとすいません。エラーが出て立ってないものと思ってました。
   期待してくれてた方もいたみたいでほんとすいませんすいませんすいませんすいませんそのぶんがんばります

>>22
今回だけだそ、ググれば出てくるぞ

伊織「あ~よかった」


あとあわてんな乙

>>25
サンキューガッツ

投下します


―4月

年度が変わり、新しい始まりの季節。
別れと、そして新しい出会いの季節でもある。

当然、この765プロにも新しい出会いが―

小鳥「えー!?新しい事務員さん、入ってこないんですかあ!?」

ありませんでした。


高木「うむ、応募は殺到したのだがどうもティン!とくる人材がいなくてねえ。いやあ、まいったまいった、はっはっはっ」

小鳥「まいったじゃないですよ!ただでさえみんな知名度が上がってきて忙しくなってるのに、このまま私ひとりじゃほんと過労死しちゃいますよ!?」

高木「うむ、音無君は本当によく働いてくれているよ」

小鳥「全然わかってないぴよーーー!!」

律子「……ぶっちゃけ、プロデューサーも足りてませんよね?」

P「……言うな。現実が重くのしかかってくる」

アイドルが売れてきているのは喜ばしいことだが、そうすると裏方の負担も増える。

P「はあ……ほんと、今年も乗り切れるかな……?」

律子「ですねえ」

こんな会話をしている最中も、俺と律子はお互いも見ず、手も止まらない。
まあ、なんだかんだで去年も乗り切ったから大丈夫……だと思いたい。


とまあ、新年度になって顔ぶれは変わらないとはいえ、全く関係ないわけでもない。
うちの事務所のアイドルの多くは学生だ。
新しい学年になり、いろいろと変化もあるだろう。

俺たちも学校の様子を聞いたり、年間行事予定表を集めたりと何かと忙しい。

あずさ「……学生さんは大変ねえ」

貴音「そのようですね」

あずさ「懐かしいわあ……」

貴音「おせんべい、食べますか?」

P「……」




数日後。
基本的には大過なく過ごさり、新年度の慌ただしさも収まってきた、そんな日の午後。

P「お疲れさまでーす」

小鳥「あ、プロデューサーさん、お帰りなさい」

P「お疲れです。あ、来客中ですか?」

奥の応接室から話し声が聞こえた。
声量を落として音無さんに尋ねる。

小鳥「はい。ええと……」


応接室のドアが開いた。
中から見覚えのある男性と社長が出てくる。

俺は姿勢を正して会釈をした。
音無さんは出入り口のドアを開けて、その場に控える。
男性は俺の方をちらりと見た後、社長に声をかけた。

男「じゃ、また連絡する」

社長「ああ、待っているよ」

重みのある声でそういった。
俺は会釈したまま男性の顔を記憶の中から検索していた。

見送りのため、社長は男性と共に外に出て行った。
音無さんが戻ってくる。


P「……あの方は?」

小鳥「伊織ちゃんの、お父様です。ほら、水瀬グループの」

そうだ、伊織の父親か。
道理で見覚えがあるはずだ。
伊織の父親、そして水瀬グループの社長。

P「珍しいですよね。何の用事だったんですか?」

小鳥「さあ?私も詳しくは……」

ドアが開いて、社長が戻ってくる。

高木「ふう……お、ご苦労様だね」


P「あ、お疲れさまです。なんだったんですか、伊織の父親」

高木「うむ……詳しくは律子君が戻ってきてから話そうと思うんだが、水瀬君……伊織君の進路のことでちょっとね」

P「し、進路……ですか?」

高木「うむ、さしずめ進路相談と言ったところかな?はっはっはっ」

P「……」

高木「……音無君、お茶をもらえるかな?」

小鳥「あ、はい」

高木「まあ、詳しくは今日の夜にでも話そう。君は事務所に戻る予定だったかな?」

P「は、はい、一度戻ってこようとは思っていましたが」

高木「ではその時に律子君も交えて話そう」



―夜

高木「……ということで、ひとまず今日の話は落ち着いたよ」

P「……」

律子「……そうですか」

律子はしゃんと背筋を伸ばして、頭を下げた。

律子「申し訳ありません、本来ならば私が配慮するべきでした」

高木「いや、いいんだ。対応が後手に回ってしまったのは私のミスだ」

高木「それに彼は私の友達だ。私に直接話すのが一番手っ取り早かったんだろう。彼も多忙な男だからねえ」


話はこういうことだった。

伊織は今年中学三年生になり、来年には高校生だ。
ということは、通常であれば行きたい高校を選び、その高校の入学試験を受ける必要がある。
いわゆる受験だ。
が、水瀬グループの令嬢ということもあり、基本的には父親の意向で入る高校が決められており、その点については以前から約束していたため伊織も特に反対ということではないらしい。
ここまではまあいい。

ただ、父親には気にかかっていることが一つあった。
伊織の学校の成績があまりよろしくないことだ。
俺は、もともと伊織は勉強はできる方だったと記憶している。
しかし、伊織は売れ出した時期が早かったこともあり、去年から仕事の時間が増えてきていた。
そして今は竜宮小町だ。
765プロの一番の稼ぎ頭。
学校の成績も維持しろというのは正直酷だろう。
俺たちならわかる。
いつもアイドルを見ている俺たちなら。

しかし、父親の立場で言えばそうではない。
もともと伊織の父親は伊織のアイドル活動についてあまり賛成している方ではなかったはずだ。
それでも、今までは伊織の意志に表立って反対することはなかった。
だが、今回ばかりは、ということらしい。


高木「水瀬君を一年も活動停止にすることは、正直難しいねぇ……」

律子「でも、お父様のおっしゃっていることもその通りです。いくら私立で入学ができるからとはいえ、中学の勉強がおろそかになっているのは……」

高木「そこなんだよ、問題は」

父親は、社長の方から本人に一年間活動停止を言い渡してくれないかということだった。
受験という名目であれば周囲も納得するし、今までの遅れをこの機会にしっかり取り戻させたい、と。
社長は本人の意向も尊重したい旨を伝え、一度本人と家庭で話し合ってほしいと提案した。
その上で必要であれば、三者面談でも四者面談でも行い今後どうするか決定しようと。


高木「伊織君はよく頑張ってくれているが、どうしても限界はある」

高木「しかし、彼の娘を思っている気持ちも理解できる。真面目な男だからね。両方を知っているからこそ、私もあまり強くは言えなくてね」

P「……親としては、当然の考えですからね」

高木「うむ、この先アイドルを続けるにしろそうでないにしろ、しっかり勉強をしてほしいというのは親のさがというものだよ」

律子「……」

小鳥「どうするのが一番なんですかねえ」

P「悩みどころですね」


律子「私、一度伊織と話してみます」

P「律子」

高木「いや、それはやめておいた方がいいだろうね」

律子「なぜですか?」

高木「家庭で一度話し合うということで今回の話は納まった。きっと伊織君と彼…父親と、奥さんは進路について話しあっているはずだ」

律子「はい」

高木「さらに、学校でも進路の話は出ているはず。両親に言われ、学校でも言われ、その上律子君、君にもその話をされたらどうだろうか?」

律子「それは……」


P「……」

確かに、社長の言う通りだ。

P「……律子」

律子「……はい」

P「悩んでるようだったら、話を聞いてやればいいんじゃないか?いつでも話は聞くって伝えてやれば。それなら構いませんよね?」

高木「うむ。むしろ、そうしてやってくれたまえ」

律子「……はい」


P「あんまり、一人で抱え込むなよ。だから、社長だって俺たちがいる場所で話してくれたんだから」

律子「……」

高木「では、この件は先方からの連絡待ちだ。その後、改めて対策を考えよう」

律子「……ふふ」

高木「うん?」

小鳥「ねー、律子さん」

律子「ほんとですね」

二人は顔を見合わせて、得心がいったように笑っている。


P「どうした?」

律子「いえいえ、うちの男の人たちは極端だなあと」

小鳥「こういう頼りがいのあるところを、もう少し普段の時にも見せてくれればねー」

高木「おいおい、ちょっとひどいんじゃないかね?いつも頼りになるだろう?」

律子「そうですね、ありがとうございます。……プロデューサー殿も」

P「あ、ああ……俺も社長と同じ感じだったの?」

小鳥「もうちょーっと、普段から今のオーラを出してれば、律子さんもコロッっといっちゃうかもしれませんよぉ?」

律子「ないですね」

P「……」

高木「……社長と同じ感じって、どういうことかね?君ぃ」

P「あ、いや、その……!」


律子「ふふ……」

律子「……」

律子「やっぱり、伊織のプロデューサー……ね」

小鳥「律子さん?どうかしました?」

律子「……いいえ、なんでもないですよー」




P「んがー……」

凝り固まった体を伸ばす。
筋肉を緊張させ一気に力を抜くと、じんわりと体にしびれが残った。

小鳥「どうぞ」

音無さんがお茶を持ってきてくれる。

P「あ、ありがとうございます」

小鳥「まだ時間かかりそうですか?」

P「まあひと段落はしましたが……もうちょっとやっとくと明日楽なんで。音無さんは何もなければお先にどうぞ」


音無さんはそれには答えずに、ちらりと応接室の方を見た。

小鳥「……あっちも長いですね」

P「そうですね」

応接室では伊織と律子が何やら話している。
らしい。
俺が事務所に戻ってきたときにはもう応接室に入っていたので、少なくとも30分以上は経っている。

P「来た時の伊織って、どんな感じでした?」

小鳥「うーん、私にはいつも通りに見えましたけど」


聞いた話では、伊織の方から律子に声をかけたということだ。
正直、話の内容が気になって残っているところもいくらかはある。

その時、ちょうどドアが開いて伊織が出てきた。
ちょうどそちらの方を見ていた俺の前に、つかつかと歩いてくる。

P「お……」

伊織「あんた、今から私の専属家庭教師ね」

伊織の後ろでは、律子が手を合わせてこちらに申し訳なさそうな顔を向けていた。




つづく


今回は以上。
読んでくれた方お疲れ様&ありがとうございました。


P「あー……」

目の前には仁王立ちの伊織がいた。

P「……何言ってんだお前?」

伊織「だから、あんたは私の専属家庭教師になるの。今日から。今から。この瞬間から」

P「それはもう聞いた」

伊織「あ、よろしくお願いします」

そう言って伊織はぺこりと頭を下げた。


伊織「『きちんと頭を下げてお願いする』、どう?ちゃんと言われた通りにしたわよ?」

P「……ちゃんと説明してくれ。意味が不明だ」

こいつの言うことはいつも唐突だ。
慣れたつもりが、いつも俺の予想の斜め上のちょい内角を攻めてくる。

P「俺もある程度は事情は聞いてるがな、何がどうなれば……」

律子「……プロデューサー殿」

P「律子」

律子「詳しくは私が説明します。伊織はもう帰りなさい」

伊織「あらそう?じゃ、頼んだわよ」

そう言って伊織は事務所を出て行った。
あとには呆けた顔の俺と、律子、音無さんだけが残される。


糸が切れたように、律子は椅子に沈み込んだ。

P「意味が分からん」

律子「はあぁ……私も疲れましたよ」

小鳥「お、お疲れさまです。長かったですね」

律子「あの子を制御するのはほんと、エネルギーがいりますね」

律子「ま、今回は制御できなかったに近いですけど」

P「んで、どういうことだ?お疲れのとこ悪いが」

律子「ああ、はいはい。えーとですね……」


小鳥「あのー……」

音無さんが時計を指差しながら言う。
時間は10時半を回っている。

小鳥「とりあえず今日はもう帰りません?そろそろ明日に響きそうな時間ですし……」

P「あ、もうこんな時間ですか」

律子「ふぅ……そうですね」

P「じゃあ、お二人さんは俺が送りますよ」

P「律子、そん時に話聞かせてくれ」

律子「うぃー……」

珍しく律子が伸びていた。

P「……はあ。面倒の予感」




―車内

律子「えーと、順を追って話すとですね」

律子が話し始める。

律子「まず、伊織は家で両親と話し合いをしました」

小鳥「この間のことですね」

律子「ええ。で、お父様からは勉強は大丈夫なのかと聞かれたと」


小鳥「正直どうなんですか?」

律子「まあ学年の上位三分の一には入ってるってことでしたけど」

P「……かなり落ちてるな」

P「以前はトップ10前後だったはずだ」

小鳥「ぴよっ!?そ、そんなに頭良かったんですか?伊織ちゃんって!」

P「まあ、お家柄もありますが……」

律子「基本負けず嫌いですからね」

P「んだ」


律子「戻しますね。伊織は大丈夫と言いました。お父様はそれでも心配でした」

律子「実際成績は落ちているじゃないかと」

P「まあなあ」

律子「それから勉強の大切さ、高校に入ってから勉強について行けなくなることの怖さ、将来についてなど、延々とお話しされた、と」

小鳥「うつむきながら堪えている伊織ちゃんが目に浮かびますねぇ……うふふ」

P「妄想は後にしてください」

律子「そこで伊織は、どうしたらお父様が納得してくれるのかを考えました」

P「……なんとなく予想できた。当たってほしくはないが」


律子「竜宮小町リーダー兼負けず嫌い日本代表、伊織ちゃんは言いました」

律子「『ならお父様が安心できるように、実力で高校に受かって見せます!』」

小鳥「……当たってました?」

P「……見事に」

律子「それで、お父様が指定した高校を受験して、見事合格してみせることになった、と」

律子「……めでたしめでたし」

P「はあ……あいつはほんと、どこまでいっても伊織だな」


小鳥「でもなんでプロデューサーさんが家庭教師なんですか?」

小鳥「伊織ちゃんならほら、すごくいい塾とか通えそうじゃないですか」

律子「それは私も聞きたかったんですが……プロデューサー殿って、家庭教師をやってたことあるんですか?」

P「家庭教師じゃなく、塾講師な」

律子「へえー、ちょっと意外ですね」

小鳥「……先生……プロデューサーさんが先生……」

後ろから怪しいつぶやきが聞こえてくる。

律子「それでですか。伊織が、あいつ数学と理科ならできるわよ、って言ってました」

P「以前ちらっと話したことを覚えてたんだろうな。……失敗した」


律子「一応私は止めたんですよ?かなり厳しいから考え直した方がいいって」

律子「万が一受験するにしても、きっちりスケジュール調整して、塾や予備校に通ったほうが効率もいいだろうし」

P「……」

確かに、律子の言ってることは正しい。
しかし。

P「それじゃ、あいつは納得しなかっただろ」

律子「……よくご存じで」

律子の提案を次々にはねのける伊織が目に浮かぶ。
不覚にも少し笑ってしまった。


P「あいつ、普通の提案を嫌うからなあ。期待通りじゃなくて、期待以上の結果を出したがる癖がある」

律子「基本的にはいいことなんですけどね」

P「まあな」

父親を見返すために、よりハードルの高い「受験」で実力を認めてもらう。
いや、認めさせる、か。
しかも両親に頼んで塾に通ったり、今までの仕事を減らしたりすることなく。

P「かっこいい伊織でいたいんだよな、あいつ」

律子「さすが、元プロデューサー」

P「元言うな。まあ事実だが」

それが伊織のいいところであり、俺が惹かれた部分でもある。
が、今回ばかりは正直分が悪いと思う。

小鳥「……放課後……教室……いや保健室?……」


P「ところでさ」

律子「はい?」

律子の話を聞いて気になっていることが2つあった。

P「一応確認なんだが」

P「まず、合格だったら父親を納得させられるってこと。これはいいが」

P「……万が一、不合格だったら?」

律子「……あの子も、最初は言うのを嫌がってました。絶対に合格するから大丈夫、って」

P「あ、もしかしてそれで時間かかったのか?」

律子「それもありますね」


P「で、どうなんだ?」

律子「……お父様が社長におっしゃったように、一年間勉強のために活動休止」

P「まあ……そうか」

律子「はい……高校に入学してから、中学の復習と高校の内容をみっちりやるそうです」

P「そうか。……もうひとつ」

P「受験校は父親の指定ってことだったな?」

律子「はい」

P「そうか……」

律子「何か気になる点が?」

P「……ないとは思うが、最悪、負けが仕組まれた勝負になっている可能性もある」


律子の眉間に皺が寄る。

律子「……どういうことですか?」

俺は律子に説明した。

高校受験の合否は受験前に半分決まっていると言っても過言ではない。
というのも、高校受験は、受験の点数以外に選考の基準となっているものがあるためだ。
学校での成績――いわゆる、評定。
三年生の評定はこれからの努力次第で変えられるが、一、二年生の評定は変えられない。
そして、多くの高校では二年生の評定も選抜基準に含まれるのだ。
つまり現段階で伊織の成績が受験する高校の基準に対してあまりにも足りていなかった場合、戦わずして負けになる可能性がある。


話を聞いた律子は明らかに動揺していた。

律子「……そうですか。知りませんでした」

P「たぶん、普通は知らないさ。受験の制度も年々変わってるし、自分の時のことなんてあんまり覚えちゃいないからな」

P「だが、伊織の父親がそこまでするとも考えにくい」

律子「で、ですよね……」

P「いちおう、調べてはみる。かなり厳しいことになってなければいいがな」

律子から、伊織が受験する予定の高校名を聞く。

律子「すいません、よろしくお願いします」

P「ああ」


律子「……いまさらですが、どう思いますか?」

P「どの話についてだ?」

律子「伊織が受験するって話です」

P「……正直、無謀だ」

俺は本心を話した。

P「できれば避けるべきだと思う。まだ伊織の成績も把握してないから何とも言えんが」

P「……律子は自分が受験したときのこと、覚えてるか?」


律子「え?い、いえ正直そんなに……」

P「そうか……俺が以前教えていた経験で話すとだな」

P「自分の本当の志望校に合格できるのは、受験生全体の二割程度だと思う」

律子の目がわずかに大きくなった。

まず、自分の成績と行きたい高校の受験難度を考えて、最初からあきらめる。
これが三割程度。
次に、受験勉強の大変さに、途中で「違う高校でいいや」と妥協しドロップアウト。
これが約二割。
さらに評定により、受験で満点でもとらない限り合格できない状況に追い込まれ、あきらめる。
これも二割程度。
で、無事受験までたどり着いた三割のうち、一割が残念ながら不合格。

結果、本当の志望校にいけるのは二割程度。


P「――と、こんな感じだ。まあ、あくまで俺の主観だが」

律子「……大変ですね」

P「ああ、大変なんだ。……伊織はたぶん、それだけ厳しいってことを知らん」

律子「そうですね。私だって今びっくりしてますから」

P「だから、避けられるなら避けたい。が、ここまで話が進行してしまっているから……どうだろうな」

律子「……」

車内の空気が重くなる。


律子を脅すようなことを言ってしまったかもしれない。
しかし、受験は本当に大変なのだ。
これは関わった者でなければたぶんわからない。

P「ま、とりあえずは明日になってからだな。俺もちょっと伊織と話をしてみるよ」

律子「……なんだか、大変なことになってきましたね。すいません」

P「律子のせいじゃない。それに」

律子「?」

P「大変なのは、765プロの通常運転だ」

律子「……ですね」


P「ところで」

律子「はい?」

P「後ろ、任せていいか?」

律子「いやです」

きっぱり。

はあ。
俺はため息をついて後部座席を見る。

小鳥「……ああ、先生駄目です……いいじゃないか、小鳥君……うふふ」




『件名:遅くにすまん
本文:明日は事務所に戻る予定か?』

『件名:まだ寝ないわよ
本文:特に用事がなければ戻らないわ。何か用?』

『件名:Re;まだ寝ないわよ
 本文:話がある。悪いが帰りに事務所に寄ってくれ』

『件名:受験の話?
 本文:わかったわ』


『件名:Re;受験の話?
 本文:そんなとこだ。あとその時に学校の成績を聞くから思い出しておくように』

『件名:わかったわ
 本文:成績って、テストの順位とかでいいの?』

『件名:Re;わかったわ
 本文:それもあるが、各教科の5とか4とかの成績だ。通知表持ってないだろ?』

『件名:持ってないわ
 本文:お父様お母様に見せたら、学校に返却してるもの』


『件名:Re;持ってないわ
 本文:じゃあ、大体でいいから思い出しておけ。以上』

『件名:わかったわ
 本文:じゃあまた明日ね。おやすみ』

P「あとは選考基準、定員、実地要領……ってとこか」

P「さ、もうひと頑張りするか」



つづく


とりあえずここまで。
読んでくれた方ありがとうございました。

通常入試に内申関わるっけか?
地方ごとにも制度違うから把握し切れないな

>>75
県ごとに違いますからね。実は2次選考っていう点数だけで合否が決まる場合もありますし。
そこらへんは優しく見てやってください。



ちなみに伊織の受験校の名前募集します。
何でもいいです。

小出高校(おでこうこう)

>>79
なくはなさそうだし、理解して上手いと思ったので使わせていただきます。
ほかにも書き込みくださった方ありがとうございました。

投下します。


――翌日。

伊織「戻ったわ」

午後8時20分、伊織が事務所に帰ってきた。

P「おう、お疲れさん」

小鳥「お疲れ様、伊織ちゃん」

伊織「うん。律子はまだ戻ってないの?」

P「ああ。じゃ、ちょっと話してもいいか?」

伊織「ふう、一息もつかせてもらえないわけね」

大仰にため息をつく。


P「まあもう遅いし、さっさと話を終わらせて帰りたいだろ?」

伊織「まあね。あ、今日送って」

P「……送って?」

伊織「送ってく・だ・さ・い!」

P「気が向いたらな」

俺は立ち上がった。
鞄から封筒を取り出す。


小鳥「じゃ、お茶持っていきますね。社長室ですよね?」

P「はい、すみません」

伊織「……社長室?」

P「行くぞ」

伊織「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」




高木「……なるほど。状況は分かったよ。ご苦労だったね」

俺が報告を終えると社長は組んだ手の上に顎を乗せ、目を閉じて考え込んだ。
俺の横には気持ち不満そうに見える伊織がいる。

父親に指定された、伊織の受験する高校は小出高等学校。
偏差値は67。
印象としては、各地域ごとのいわゆる「できる」生徒が進学する高校と言ったところだ。
超難関というほどではない。
そこまでではないが――

高木「……君の考えを聞きたい」

P「やめた方がいいでしょう」


伊織がこちらを睨んでいるのがわかる。
俺は伊織の方には顔を向けなかった。

高木「そうかね?」

P「分が悪いです」

伊織「アンタ……」

伊織が口を開く。
まあ、自分に関係なく話が進行しているのだ。
伊織が割り込まないはずがない。

伊織「アンタ、あたしが合格するのは無理だって思ってるの?」

P「……そうだ」

言う。はっきりと。


伊織「……!」

伊織「なにを……!」

声を上げようとして、思いとどまった。
……成長したな、と思う。
すぐに食って掛かってきた昔がなつかしい。

伊織「……説明しなさいよ」

P「いいだろう」

P「成績に関してはさっき説明したな。可能性はなくはない」

P「ここからは一般的な受験に関する知識と、俺の考えだ」


P「厳しい理由は大きく分けると2つ。一つ目は圧倒的に時間が足りない」

P「伊織は仕事をしてるからな」

伊織「ちゃんと時間を作って勉強するわよ」

P「そういうレベルじゃないんだ」

伊織「……どういうことよ」

P「あのな」

P「学校でみんな部活に入ってるだろ?」

伊織「そうね」

P「受験では、運動部より文化部の方が厳しくなる傾向がある。なぜかわかるか?」


伊織「さあ。でも普通は毎日遅くまでやってる運動部の方が大変なんじゃないの?」

P「そう思われがちだがな」

P「三年生になったら夏の大会で運動部は引退するだろ?」

伊織「そうなの?」

P「知らないか……まあいい、引退するんだ」

P「そうすると、学校が終わると時間がまるまる空くわけだ。そこを勉強に充てる」

P「まあ、そこできっちり切り替えるのがなかなか難しかったりするんだが……」

P「一方、文化部は秋の文化祭あたりで引退するケースが多いからな」

P「2、3か月引退には差がある。そこがでかい」

P「ま、すべてが当てはまるわけじゃないが一つの例として捉えてくれ」


P「ちなみに、夏は受験の天王山、、って聞いたことあるか?」

伊織「……ない」

高木「あるとも!」

P「いいますよね。まあそのくらい夏の勉強は大切だってことだ」

P「周りは皆、夏休みだからな。塾の講習とか合宿なんかでがりがり勉強する」

P「ただ、伊織の場合は夏も仕事だろ?夏休みなんか特に忙しい」

伊織「……」

P「ただでさえ一部の授業は休まなければならない」

P「2、3か月の引退時期の差で厳しいと言われてるのに、伊織は受験直前まで仕事だ」

P「受験生はお盆も正月もないが、お前は元々ないようなもんだしな」


高木「うむ、年末年始などむしろ忙しい時期だからね」

P「そうです……とにかく、周りと比べて時間がなさすぎる」

伊織「……だったら」

伊織「だったら今まで以上に頑張ればいいでしょ!?」

P「それだ」

伊織「……なにが?」

P「二つ目の理由」


P「お前は自己管理が苦手だ」

伊織「……」

P「無理して焦って根詰めて、体調を崩す」

P「受験生は体調管理も仕事なんだよ。もちろんアイドルもな」

P「……お前が一番わかるだろう?今よりさらに睡眠時間を削って、普段通りに動けるのか?集中して勉強できるのか?」

伊織「……」

高木「うーむ」

P「……なあ、俺は別にお前をいじめたいわけじゃないぞ?」

P「昔経験してるからわかるんだよ、受験の厳しさが」


そう……昔経験したんだ。
受験は生易しいもんじゃない。

生徒はみんな、思ってるんだ。

自分は結局、合格するんじゃないか……って。

しかし現実は甘くない。
がんばって練習しても、死ぬほど練習しても、部活の試合で負けることがあるように。
点数が足りなければ容赦なく落とされるのだ。

そんな思いを伊織には――

伊織「……って何?」

P「……?」

伊織「昔経験してるって、なに?」


P「いやだから前話しただろ?昔塾の講師をしてて……」

伊織「アンタが昔教えた生徒に、私がいたわけ!?」

P「……!」

伊織「私は今回初めて試験を受けるの!それなのにどうして無理だなんて決めつけるわけ!?アンタはなに?神様!?」

伊織「……馬鹿!」

P「……伊織」

高木「ふむ……水瀬君、彼の話を聞いてどう思ったかな?」

伊織「馬鹿だと思いました」

P「……言いすぎだ」

高木「はっはっはっ、そうかね!」


高木「気持ちは変わらないかい?」

伊織「はい。むしろ、見返してやりたいやつが増えました」

高木「……よろしい。やってみたまえ」

P「……本気ですか?」

高木「うむ」

高木「ああ、もちろん君には水瀬君のサポートを頼むよ」

伊織「別にやりたくなきゃもう頼まないわ。無理だと思って見物してたら?それじゃ、失礼します」

そう言って伊織は社長室を出ていった。


高木「はは、彼女は強いねえ」

P「……全くです。あんなに怒るとは」

高木「まあ、あれは無理だと言われたことよりも、君に……」

P「はい?」

高木「いや、なんでもない。しかし、水瀬君は本気のようだね」

P「そうですね」

高木「……そして、私も負け戦は嫌いなんだよ」


高木「勝てると思うからGOサインを出すんだ。水瀬君と君なら、ね」

P「……」

P「……努力します」

高木「うむ!君も大変だと思うが、頼んだよ」




社長室から出ると、伊織が俺の椅子に座っていた。

……あの顔は、まだ怒ってるな。

P「あー……結局、お前の勉強を見ることになった」

伊織「……」

無言。
く……この感じ、昔を思い出す。

P「……」

昔、か。


P「……はは」

伊織「……なに笑ってんのよ!?」

P「いや、昔なんて毎日こんな感じだったなと思ってな」

伊織「……」

伊織の顔はまだ怒っている。
顔は怒っている、が。

P「まさか伊織にひっぱたかれて喝入れられるとはなあ」

伊織「ひっぱたいてないわよ」

P「言葉でひっぱたかれたんだよ」


P「ま、これで覚悟も決まった」

伊織「……」

P「……言っとくが、相当厳しいぞ」

伊織「……わかってるわよ」

P「今お前が考えてるキツさより、3倍は覚悟しておけ」

伊織「……」

伊織「きょ、去年より?」

P「ああ。たぶんな」


伊織「……」

伊織「ふん、望むところね」

伊織「私だって去年より3倍は成長してるから」

P「はは、そうか」

P「よし……合格、するか」

伊織「……当然でしょ」

『伊織ちゃんなんだから』


二人の声がかぶった。

P「やっぱりな、ははは」

伊織「~!うっさい!変態!」

P「さて、帰るぞ。帰りの車内で早くもミーティングだ」

伊織「……ふん!」

ということで、伊織と俺の受験戦争は始まった。
正直、かなり厳しい戦いになると思う。
先のことを考えるとハゲそうだ。

それでも。

俺は久しぶりに伊織と活動することに、気持ちが高揚しているのを感じた。



つづく


ここまでです。
読んでくれた方ありがとうございました。

>>1です。
投下します。

※実在の人物・高校等は関係ないです。念のため。
小出高校(おでこうこう)は都内のどっかにある設定でお願いします。




美希「お疲れさまですなのー!」

P「ん……おうお疲れ」

美希「ハニー!今日のミキはもうぐったりなの!きっとハニーのハグがなきゃ死んじゃうの!」

P「そうか。あ、そういや給湯室におにぎりあるぞ」

美希「え!ほんと!?」

P「ほんとほんと」

美希「やったー!ハニー大好きなのー!」


言って美希は給湯室に駆けて行った。

時間はもう9時半を過ぎた。
美希が疲れているのもわかる。
念のためおにぎりを買っておいて正解だった。

P「……っ」

椅子の上で体を伸ばす。首を回す。腕を回す。
右肩が張ってるな。
左手で肩を揉みほぐす。

P「しかし……」

こんだけ美希が騒いでも来ないってことは……

寝てるな。


美希「はーにい!」

後ろから美希がのしかかってくる。

P「どうしたー?食べながら立ち歩くなって言ってるだろー?」

美希「もう食べちゃったの」

P「……」

美希「それよりハニー、疲れてるみたいなの。ミキが肩もみしてあげるの!」

肩もみ。
抗いがたい誘惑だ。


P「ほんとか?」

美希「うん!ミキ、肩もみ上手いんだよ!」

美希が両手でグニグニと肩をもんでくる。

美希「わ、すごい凝ってるの!」

P「ああ~……」

声が出ない。いや出ているが。
なぜ人にしてもらう肩もみはこんなに気持ちいいのか。

美希「パソコンばっかりカタカタやってるからなの。たまにはミキと外に遊びに行けばいいって思うな」

P「できるならおれもそうしたいよ。けどお前らが有名になってきたから、仕事が増えてな」

美希「あれ?でもこれ……」


パソコンをのぞきこみながら美希が言う。

美希「……さんすう?」

P「数学だろ」

美希「同じなの。これ、ハニー何やってるの?」

P「伊織の問題作りだ。あ、お前もやるか?」

美希「結構です」

敬語だった。


P「お前もおんなじ学年だろ……」

美希「でこちゃん、調子はどうなの?」

話をそらしやがったな。

P「……まあまあ」

まあまあ、あんまり変わっていなかった。




伊織に最初に出した指示は二つ。

一つ目。

P「仕事が終わったら事務所に帰ってきて、勉強すること」

伊織「えー……」

P「えーじゃない。命令」

伊織「家でやったらだめなの?」

P「駄目」


P「二つ目は……」

伊織「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ」

P「なんだよ」

伊織「なんで家じゃだめなのか説明してよ」

P「眠くなる。すぐ集中力が切れる。以上」

伊織「以上って……」

P「家に帰ると大抵スイッチが切り替わるんだ。オフになる」

P「これは環境の問題だからしょうがないな。人間そういうふうにできてるんだ」

P「だから事務所でスイッチ切らないようにして勉強。わかんないところがあったらすぐに聞けるしな」


P「それに、自分の部屋だとすぐ他のものに意識が移っちゃうだろ」

P「ぬいぐるみとか」

伊織「まあ……ってなんでよ!」

P「あれ?シャルルとお話ししてるんじゃないのか?」

伊織「そ、そんなこと……」

P「まあなんでもいいや。とにかく命令」

P「あっちにお前専用の自習スペース作ってやるから」

伊織「ふーん。一応考えてんのね」

P「一応ってなんだよ。次」


P「二つ目。学校の提出物はきちんと出すべし」

伊織「提出物?」

P「ノートを提出しなさいとか、ワークをここからここまで月曜までに、とかあるだろ?」

P「それをきっちり提出する」

伊織「そんなの、しょっちゅう早退とか遅刻とかしてるんだからわかんないわよ」

P「それを変えるんだよ」

P「今までちゃんとやってなかっただろ?」

シャルルをわさわさ触り始める。
……図星か。


P「……学校の友達にこまめに連絡して、提出物の情報をしっかり聞け」

伊織「ねえ」

P「なんだ」

伊織「それより勉強をきっちりして、テストで点数を取った方がいいんじゃないの?」

はあ。
俺はため息をついてから、説明する。


学校の成績……評定。
ちなみに伊織は

国語…5  技術家庭科…4
数学…4  保健体育…3
英語…5  美術…5
理科…4  音楽…5
社会…4  

だった。伊織の記憶違いがなければだが。

P「この評定ってのは単にテストの成績だけで決まっているものじゃないんだ。各教科ごとに観点別評価というものがあってだな」

伊織「……観点別評価?」

P「ああ」


例えば、「関心・意欲・態度」であったり、「知識・理解」「技能・表現」など、各教科の中でもさらに細かく評価される観点が設定されている。
それぞれの項目を十分に満たしていればA、まあまあならBと言ったように評価が決められ、それを点数化して合計し、最終的に『5』や『4』などが決められる。

P「つまりテストでいい点を取ったとしても絶対に『5』がつくとは限らないんだ」

P「提出物をきちんと出したり、授業中に積極的に発言したりしないと『関心・意欲・態度』はAにならない」

伊織「……ってことは」

やはり頭の回転ははやい。

P「そうだ。逆に言うと、提出物がきっちりできてれば主要5教科ぐらいはオール5になった可能性はある」

そういうと伊織はわずかにだが顔をしかめた。


評定の受験における重要性はすでに説明している。
ちょっとした油断が成績に響いたことを悔いているのだろう。

わかっていたらやったのに。

そうありありと表情から読み取れた。

P「まあ、過ぎてしまったことはしょうがない」

P「それに、提出物などがおろそかでこの成績ってのは正直驚いた」

本心だ。

伊織「……ふん」


P「ま、わかったらこれからはきっちりやれ。できるかぎり」

P「あとは、『ここわかんないんですけどぉ~』って先生に聞きに行け。評価につながる」

伊織「……気持ち悪い」

P「俺がやるからキモいんだ。お前そういうの得意だろ」

伊織「人聞きの悪いこと言わないでよ。それに卑怯じゃない、それ?」

P「わからないところを聞きに行くんだ。何も卑怯じゃない」


伊織「……気が乗らないわ」

P「……練習!!」

伊織「せ、先生!あの……さっきの授業でわからないところがあったんですけど……質問しても――」

伊織「――いいですか?」

P「ぐはっ」

伊織の上目遣い、破壊力バツグン。

伊織「って、なにやらせんのよ!」

ゲシゲシ。

P「蹴るな!」

伊織「アンタが変なことやらせるからでしょ!変態!」


P「とまあ、こんなところだ。あとあたりまえだが学校の授業はちゃんと聞いとけ」

伊織「わかったわ」

P「はい、じゃあ復讐だ」

伊織「え?」

P「これからやること。二つ」

伊織「……毎日事務所に戻って勉強する、提出物をきちんとする」

P「おし、おっけい」

伊織「……」

P「じゃあ、とりあえず……って、なんだ?」

伊織が俺の顔をまじまじと見ている。


伊織「なんだかほんとに先生っぽかったわね、さっきの」

P「……ほっとけ」

先生――か。

またそう呼ばれることになるとは。

伊織「ところで、その二つだけでいいの?」

P「ああ。いきなりいろいろ詰め込んでもしょうがない。少しずつだ」

伊織「そう。わかったわ」

信頼してくれているんだろう。
指示に対してそれ以上食い下がることはなかった。


以前であれば、

伊織『なんで!?時間がないんだから!私だったらもっとできるわ!!』

ってところかな。
変わったもんだ。

伊織「なににやにやしてるの。気持ち悪いわよ」

P「……」

あんまり変わってないかもしれない。




ってことで、指示を出してから数日。

P「あーあー……」

伊織は机に突っ伏して寝ていた。
シャーペンを握りながら、すーすーと寝息を立てていた。

美希「でこちゃん、寝ちゃってるの……」

美希が後ろから小声で話しかけてくる。

P「まあな。今日は8時くらいからやってたからな」

起こさないように、上着をかけてやる。


新堂さんに連絡をして、迎えの車を回してもらう。

美希「でこちゃん、起こさなくてよかったの?」

P「ああ」

美希「でも、勉強しないといけないんじゃないの?」

P「それはそうだ。でも、伊織にはまだ勉強する体力がついてないからな」

P「まずは勉強する習慣をつける。それができたら集中して勉強できる時間を少しずつ伸ばしていく」

P「今はその基礎作りだな」


美希「へぇー、ハニーもいろいろ考えてるの」

P「なんだそりゃ……でもキツいはずなのに、まあまあがんばってるよ」

美希「でこちゃん偉いの」

P「そうだな」

伊織にとって、己の矜持は相当大切なものなんだろう。
それを守るために、今までひやひやさせられることも多かったが。

P「そういや、美希も三年だろ。高校はどうするんだ?」


美希「あ、そうなの。なんかそのことで社長から電話があったみたいだよ」

P「社長から?」

そうか。もう手は打ってあったのか。

美希「パパもママも、好きなところに行きなさいって」

P「ふーん、どっかいきたいとこあるのか?」

美希「ないの」

P「ないのってお前……」


美希「ミキは、アイドル活動ができるところならどこでもいいの」

美希「ミキね、今は仕事をしているときが一番楽しいから!」

P「……」

美希「あ、でもハニーとデートしてる時間は一番より上なの!」

P「……はは、そっか。ありがとな」

P「お……来たかな?ちょっと見てくる」


美希「うん」

美希「……」

美希「ミキも、受験勉強ってやつ、してみればよかったかな?」

美希「……でも、勉強はきらいなの……」

美希「うぅー……」

美希「……」

美希「ま、いっかなの!」




つづく


入れ忘れました。


はい、ってことで今回は以上。
読んで下さった方、ありがとうございました。
毎回コメントくれる方もありがとうございます。

そうかまだ中学なのか
乙でーす
しかし毎回思うけど、評価基準がぜんぜん違う学校の成績を受験資格とか合否の判断基準に使うのってどうなのかね
関係ない話で申し訳ないけど

>>146

いやほんとそうだと思いますよ。
学校によって教師によって、内申のつけ方全然違いますからね。

まあ最近は内申:点数の割合を4:6とか3:7とか点数重視にしている高校が多くなってきているようですが。
生徒会長とかも評価の対象にされていたり、言い出したらきりがないですがね。




今日は土曜日。
明日は日曜日。
本来なら楽しい休日の午後。

P「はーい、それじゃ作戦会議を始めまーす」

伊織「……」

二人ともだらっとしていた。


P「やる気出せよー、土曜日のせっかくの空き時間なのにってのもわかるけどもー」

伊織「アンタもね」

P「俺はどうせこの後も仕事なんだよー」

P「明日も仕事だよー」

伊織「私だって仕事よ」

P「……最後に一日休み取ったのいつか覚えてるか?」

伊織「覚えてるわけないでしょ。去年じゃない?」

P「はあ……」

伊織「ため息つかないでよ。こっちまでやる気なくなるわ」


P「ま、こんなこと言っててもしょうがないし、やるか」

伊織「……はあ」

P「って、お前もため息ついてるじゃん」

伊織「ついてないわよ……はあ」

P「……」

伊織「デートでもしたいわ」

P「な、なぬ!?」

伊織「何慌ててんのよ、ばか。冗談に決まってるじゃない」


P「ぐ……!」

P「……」

P「……そういや、今度夏祭りがあったなあ」

伊織「夏祭り?」

P「ああ、結構近くでな。出店も出るし花火もやるみたいだ」

伊織「ふーん」

P「ふーんって……」

P「だ、誰か誘って行ってこようかなー?」

伊織「アンタが誘ってついてくる子がいるとも思えないけど」

P「……」


伊織「それにどうせ仕事でいけないのがオチよ。いつものパターンじゃない」

P「……んあー」

伊織「はいはい、さっさとやるわよ。そんな妄想してないで」




季節は初夏。6月になっていた。

伊織が受験勉強を始めて一か月半ほど。

勉強をする習慣もある程度ついてきたし、提出物もしっかりやっている……らしい。
まあ、仕事が長引いて事務所に来る時間がなかったり、どうしても疲れて寝落ちしてしまうこともあるにはあったが、良くやっている方だと思う。
提出物については伊織の言を信用するしかない。
まさか学校にまで侵入するわけにはいかないしな。


ということで、今日は基本的な学習方法についてと、約三週間後に迫った中間テストについての作戦会議だ。

P「とは言っても、成績を見る限りじゃテストの点数は悪くなさそうなんだがな」

伊織「そりゃ毎回テスト前はちゃんと勉強してるわよ」

P「うむ。ただ、これからは『効率のいい』勉強方法を身につけていかないとな」

伊織「ふーん」

P「ってことで、これをやれ」

一枚のプリントを差し出す。
理科。


伊織「はあ!?実際にやるの?」

P「言葉で説明したってわからんだろ。実践あるのみ」

伊織「くっ」

P「ちゃんとテスト範囲のプリントになっているはずだから安心しろ。テスト勉強にもなる」

伊織「……はいはい」

P「できたら教えてくれ」

伊織「うん」

伊織がバッグから筆記用具を取り出したのを確認して、俺は会議室を出た。


俺が教える教科は数学と理科。
いわゆる理数系。
正直、文系の科目は指導するのは無理だった。

ただ、伊織は文系か理系かと言えば文系寄りだった。
国語は『5』だし、本人もまあまあだと言っていた。
古文が少し苦手らしい。
英語は安定の『5』。まあこれは当然か。
リスニングはおろか、普通に話せる。
半分バイリンガルみたいなもんだしな。
社会は『4』だが、嫌いではないらしい。
この嫌いではないという感覚は重要だ。
苦手意識がなければ社会は暗記科目だから何とかなるだろう。
まあ時間はかかるかもしれないが。


そして理数科目。
数学は『4』。
伊織曰く、

伊織「問題が解けると嫌いじゃないけど、最近難しいから嫌い」

らしい。

数学は積み重ねの教科だ。
2年生ぐらいから成績が落ち始めたようなので、そこの内容がしっかり入っていなければ、3年の内容について行けるはずがない。
ただでさえ3年の内容は難度が高いのだ。

理科『4』。
伊織曰く、

伊織『嫌い』

……。


まあいい方向に考えれば、苦手強化を指導するのが俺の任務なのだから問題はない。

これで伊織が文系科目が苦手だったりしたら俺は必要ないということになる。
むしろ現役高校生の春香とか千早に任せた方がいい、なんてことにもなりかねない。

伊織「できた」

なんてことを考えながら仕事をしていたら、伊織がやってきた。

P「できた?」

伊織「うん」

P「できました、だろ」

伊織「で・き・ま・し・た!」

会議室に戻る。


P「よし、こんな感じで問題をやるだろ?プリントでもワークでもいいが」

P「そしたら丸付けだ」

解答を渡す。

伊織「え?アンタが丸付けしてくれるんじゃないの?」

P「アホか。いつも俺がいるわけじゃないだろ」

P「それとも、いつも俺がいたほうがいいのか?」

伊織「冗談」

伊織はさらさらと添削していく。


伊織「できたわ」

P「間違ったところ赤ペンで正しい答え書いたか?」

伊織「書いたわ」

P「んで、その間違ったところは覚えたか?」

伊織「だいたい」

P「完璧に覚えろ。なんだ大体って」

伊織は大げさにため息をついて、プリントを見直す。
ちなみに今回やった単元は『遺伝と生殖』。
大半が暗記のところなので、間違ったところは覚えてなかっただけ、という可能性が高い。
染色体数とか、説明が必要そうなところもあるけどな。


ちなみに、ここの単元はそんなに苦手というわけではないはずだ。
伊織が、というより女子が、ということでだが。
女の子は暗記が多いところ、つまり生物や化学の暗記部分が強い傾向がある。
そのかわり物理や化学の計算は苦手だ。
『光』や『電気』、『運動』なんかの単元は特に女子に嫌われる。
逆に男子はそういうところが得意だったりする。

伊織「大丈夫。覚えたわ」

P「じゃ、これ」

伊織がやっていたプリントを回収し、新しいプリントを渡す。

伊織「?」


伊織「これ……おんなじプリントじゃない」

P「そうだ」

伊織に渡したのは、さっき丸付けをしていたプリントとまったく内容が同じものだ。
ただし、また一からやらなきゃないまっさらなやつだが。

P「今やったばかりなんだから、もちろん今度は全問正解になるよな?」

伊織「……」

P「じゃ、よろしく」

伊織が恨みがましい目を向けてくる。
無視して俺は会議室を出た。


しばらくすると伊織がプリントを持って会議室を出てきた。

伊織「……」

無言でプリントを差し出してくる。

P「完璧か?」

伊織「……知らない」

不安だな、こいつ。
今度は俺が丸付けをする。
伊織は固唾をのんで見守っている。

P「……はい、一問間違い」

伊織「……」


P「言い訳は?」

伊織「……なによ、その言い方」

伊織「ちょっと勘違いしただけでしょ!?」

P「そこが重要なんだよ」

P「いいか、別に俺はいじめてるわけじゃないぞ」

P「必要なことだからやってるんだ」

そう、重要なことなのだ。
ここをちゃん認識していないといまいち成績が伸びない、ということになってしまう。


P「いいか、ただでさえ人間の記憶ってのは次第に薄れていくんだ」

P「一回やった内容はそこで100%覚えるつもりでいかないとな」

伊織「……」

不満そうだ。

P「例えばさ、今日やった内容を100%覚えたとするだろ?」

P「それでも、人間は忘れる生き物だから明日には80%に減ってるんだ」

P「これはしょうがない。誰でもそうだ。だからもう一回復讐して覚えなおすしかないんだ」

P「ここまでは納得できるか?」

伊織「……うん」


P「じゃあ、今日やった内容が50%しか入ってなかったらどうだ?」

P「明日になったら40%になる」

P「全体の40%しか覚えてない状態でテストを受けたらどうなるかわかるだろ」

伊織「……わかったわよ」

素直にうなずく。

伊織は基本的には頭がいい。
文句を言っているときも大抵は納得できない理由があるからだ。
だからちゃんと理由を説明してやれば、理論的に正しければ、納得してくれる。

ただし、時には感情論で文句を言ってくることもある。
……その時は手ごわい。


P「って感じで一人で勉強するときもやるわけだ」

伊織「まとめると?」

P「①問題を解く

  ②丸付け、間違い直し
  ③もう一度同じ問題を解いてみる」

P「間違い直しをしているときによくわからないところがあれば質問しに来い」

P「わかりやすく教えてやる」

伊織「わかった」

P「いいか、大事なのは妥協しないことだ」


P「大体大丈夫かなーとか、なんとなくこんな感じ、で覚えた内容はちょっと問題が変わるとすぐに間違える」

P「自信を持って答えて、正解するってのが完璧なんだ」

P「だから、問題を解いている最中に自信を持って答えられなかったところはちゃんとチェックしておく」

P「自信がないところは今回正解だったとしても、次は間違える可能性があるからな」

P「あ、もう一つ」

伊織「まだあるの?」

P「これで最後だ」

P「これからは問題を解くとき直接ワークとかテキストに書き込むんじゃなくノートにやること」

伊織「もう一回問題を解けるようにするため?」

P「正解」

伊織「わかったわ」


P「はい、じゃ次」

新しいプリントを渡す。

伊織「はあ~あ」

P「がんばれ」

伊織「……はいはい」

P「伊織」

伊織「なによ?」

P「このやり方でやってれば必ず点数はついてくる」

伊織「わかってるわよ」

伊織「……だから素直に従ってるんでしょ」

P「そうかい」


P「それやり終わったらアイスでも食うか」

伊織「……にひ」

P「もちろん丸付け間違い直し、それから二回目をやった後な」

伊織「……は~い」




つづく


今回は以上です。読んでくれた方ありがとうございました。

あとコメでいろんな情報くれる方、ありがとうございます。都道府県ごとに違っていておもしろいです。
やっぱり紙に書いてあるような情報より俺はこうだったとか、こんなことがあったって体験談のほうが面白いですね。

>>1です
投下




P「んじゃもう一回な」

伊織「……」

俺が添削したプリントを受け取ると、無言のまま伊織は自分の自習デスクに戻っていった。

P「……うーむ」

「あの、プロデューサー?」

顔を上げると千早が立っていた。


P「ああ、なんだ?」

千早「いえ、ただ難しい顔をしていたので、どうなさったのかと」

P「なんだ、心配してくれたのか?」

千早「いえ…あ、まあそうなりますかね」

P「ありがとな。でもだいじょうぶだよ」

千早「伊織のことですか?」

P「……するどいね」

千早「さっき、同じような顔をした伊織とすれ違いましたから」


P「そうか」

P「ん?お前いつから伊織のこと伊織って呼ぶようになったんだ?」

千早「え……い、いつからでしょうか?変ですか?」

千早は少し慌てていた。

P「はは、いいんじゃないか?」

千早「もう……それで、何かあったんですか?」

P「うん……千早はさ」

千早「はい」

P「オーディションに落ちたら、やっぱり落ち込むよな?」


千早「……それは、まあ」

P「当然だよな。悔しいもんな」

千早「そうですね」

……もしそれが俺のせいだったら、やっぱり怒るよな。

言いかけて、やめた。
そんなことを言っても、千早が困るだけだ。

P「そういう時ってなんて励ましたらいいのかなあ?」

千早「……」

千早「あの」

P「ん?」


千早「私もオーディションが駄目だったときとか、仕事がうまくいかなかったときプロデューサーが励ましてくれるのはすごくありがたいです」

千早「でも、最近は励まされると、その……」

P「え?」

千早にしては珍しく口ごもっていた。
何か言いにくいことなんだろうか?

千早「その……つらい時もあります。たまにですが」

つらい?

P「な、なんでだ?」


千早「……最近プロデューサーや律子が仕事を取ってきてくれてることがすごくありがたくて」

千早「というか、今まではそんな当たり前のことに気づく余裕すらなかったんです」

P「……」

千早「だからそのせっかくの仕事やオーディションを失敗してしまうと申し訳なくて、いたたまれなくて」

千早「……声をかけてもらうと、つらいことも」

P「……そうだったのか」

千早「あ、で、でもすごく励まされます!ほとんどはありがたいんですけど!」

慌てて弁解する。
珍しく千早の顔が少し赤くなっていた。


P「いや、参考になった。ありがとな」

千早「い、いえ」

千早「……ところで、何の話をしていたんでしたっけ?」

P「ん?千早が俺に励まされるとうれしいって話だろ?」

千早「な……!ち、違いますよ!」

P「なんだ違うのか。あーあ、ショックだなあ」

千早「……もう」

でも、そうか。
伊織もそんなことを考えたりしているんだろうか?


P「……」

いや、違うな。
今回悪いのは完全に俺だ。

7月の初め。
伊織は調子が悪かった。
調子が悪いと機嫌も悪い。

原因はわかっている。

中間テストの結果が悪かったせいだ。
……たぶん。




テスト対策は約3週間前から始めた。

自分の中では若干早めにスタートを切ったつもりだった。
しかし―

伊織「……わかんない。もう一回」

やはり仕事が増えている影響は大きく、学校の授業内容はほとんど理解できていなかった。
というか、ぶっちゃけ授業自体に出れていないことが多かった。内容が入っていないのは当たり前だ。

気を取り直して一から授業をやった。


まず数学。
内容は展開、因数分解、そして平方根のあたりだ。
展開、因数分解の基礎は教えるとすぐにできた。
応用問題は若干苦戦していたが、まあまあ。
平方根は飲み込みがいまいちだった。
どうやら平方根という概念自体、納得がいってないらしかった。
何度も根気強く説明した結果、

伊織「まあ、だいたいおそらく半分くらいはたぶんわかったかも」

とのことだった。

ここまでさらっとやった時点で、テスト2週間前。
学校のテスト範囲が発表される。


P「なん……だと……?」

伊織「?」

数学は予想通りだったが、理科のテスト範囲が予想とは全く違っていた。
イオンが丸々と、生殖と遺伝が半分くらい。

理科の場合、最近のカリキュラムの進め方は学校ごとに自由になっている。
よって、どの単元から始めるかは学校の先生次第、ということだ。
それはわかってはいたが、大体の学校はまだそんなにカリキュラムをいじっていないと油断していた。
昔は三年生になると、大抵「物体の運動」か、「生殖と遺伝」から入るのが大多数だった。
しかし、伊織の学校は「イオン」から入っていたらしい。
完全に想定外。


一縷の望みをかけて伊織の理解度を確かめてみると、

P「伊織、陰イオンって代表的なのは何がある?」

伊織「陰イオン?なにそれ」

P「陰イオンだよ、マイナスイオンともいうが」

伊織「ああ、エアコンから出るやつね」

P「……」

P「伊織、イオンってなんだ?」

伊織「だから、エアコンから出るやつでしょ。あ、空気清浄器?」

俺は頭を抱えた。
抱えていてもしょうがないことに2秒後気づき、授業をした。


しかしもともとイオンは難しい範囲だ。
ゆとり教育でいったんなくなっていたが、指導要領の改訂によって復活した単元。
数学の復習・演習もしつつ進めていたら、イオンを半分くらい教えたところでもう一週間前になっていた。
予定よりも時間を食っていた。

他にも文系の科目だってあるし、理数ばかりやっているわけにもいかない。
仕事もある。伊織もあるが、おれだってある。

時間を見つけて、睡魔と闘いながら伊織はがんばった。

しかし結局、テスト前までに全範囲復習することはできなかった。

ここは塾ではないので過去問題で傾向対策することすらできず、テスト初日を迎えた。


甘かった。
甘々だった。

今までだって、ある程度の点数は出してきた伊織だ。
なんだかんだで

伊織「ま、こんなもんよ。伊織ちゃんにかかればね。にひひっ」

と言ってくれるのを期待していたのか。

それとも、甘えではなく自己満足か、ブランクか。

久しぶりに授業をして、ここまでやったんだからという気持ちがあったのか。

ブランクのせいで感覚がずれていたのか。



初日のテスト終了後、伊織は事務所に来なかった。


後から聞いた話だと、初日の数学の時点で失敗していたらしい。

そのままずるずると調子を戻せないまま、最終日までのテストを受けた。

そして数日後、すべてのテストが返却された。

英語は問題なかった。98点。

国語は88点。まあ、これもいいだろう。

社会80点。及第点と言ったところか。

理科74点。厳しい。

数学64点。


完全に、俺の責任だった。

ちなみに伊織が60点台をマークしたのは中学校に入ってから……いや、生涯初めてのことらしい。
この点数を伊織の父親に見られたら、最悪すぐに芸能活動を休止させられるのではないかとすら思った。

伊織に、

伊織「まあ、しょうがないわね」

と言われたのも堪えた。

俺は伊織にフォローされたのだ。


あれだけ伊織に受験について説教を垂れておきながら、どうやら甘かったのは俺の方らしい。
以前の経験を全く生かし切れていなかった。
かといって、「俺が悪かった、許してくれ」と伊織に言うわけにもいかなかった。
そんなことを言われても、伊織も迷惑なだけだろう。

「結果が出たものはしょうがない、切り替えていこう」と言うのが精一杯だった。

……結局切り替えることはできなかった。

なにより、俺自身が引きずっているのが一番の問題だ。




千早「……そう」

伊織「……うん」

伊織「……ほんと、合わせる顔がないわ」

千早「プロデューサーはそう思ってないんじゃないかしら?」

伊織「あれだけやってもらったのに、結果が出せなかったのよ?」

伊織「最近口数も少ないし」

伊織「怒ってるし……がっかりしてると思う」

千早「……」


伊織「思ったより、できないんだな……って」

千早「……ほんと、似た者同士ね」

伊織「え?」

千早「なんでもないわ」

千早「とにかく、このままじゃいけないって思ってるんでしょう?」

伊織「……それは」

千早「早く解決した方がいいわ」

千早「後になればなるほど……溝を埋めるのは大変になる」

伊織「……」


千早「……じゃあ」

千早「あ、これ」

伊織「?」

伊織「……レッド○ル?」

千早「差し入れ」

伊織「あ、ありがとう」

千早「がんばってね」

伊織「……うん」


千早「……」

千早(距離が近すぎると、お互いが見えなくなるものなのかしら?)

千早「……私にも、まだチャンスが?」

千早「……なんてね」




つづく


はい、今回は以上。読んでくれた方ありがとうございました。

>>1です
投下




P「おおー、やってるやってる」

伊織「すごい人ね」

P「まあな。夏の風物詩だし」

伊織「ね、ねえあれなに?」

P「ん……輪投げじゃないか?」


伊織「あれは?」

P「射的。んで隣のが型抜き」

P「なんだ来たことないのか?」

伊織「あ、あるわよ!一応確認しただけ!」

P「さいで」

7月末。
俺と伊織は夏祭りに来ていた。




伊織が声をかけてきたのはテストから約2週間後。
まだ若干ぎくしゃくとした雰囲気が残る時期だった。

伊織「暇そうね」

P「……そう見えるか?」

こんなやり取りも久しぶり。
俺としてはとうとう不満を言いに来たかと思っていた。

しかし、テストの結果が悪かったのは俺の責任。
何を言われても甘んじて受け入れ、なんとかやる気を取り戻してもらわなければならない。


ところが、伊織が言い出したのは

伊織「夜店、行きたい」

だった。

P「……」

P「なぬ?」

予想外の出来事に一瞬固まる俺。

伊織「7月27日。おごりね」

それだけ言うと、踵を返して立ち去ろうとする。


P「お……ちょ、待て!」

伊織「なによ?」

P「夜店?出店?縁日?あの夏祭りの?」

伊織「そう」

って、そんなことを確認したいんじゃない。

P「どうした?急に」

伊織「何よ。いいじゃない、たまには息抜きぐらい」

P「ま、まあそれはいいが……」

伊織「……」


確かにこの先は勉強漬けになるだろう。
あまり根詰めてやっても効果は薄いだろうし……

P「……おごり?」

頷く。

P「はあ……」

これで許してやると言うことだろうか?
直接口に出さないあたりはいかにも伊織らしい。

それに、俺としてもそれはありがたかった。

教える側として、自分が失敗した、悪かったと軽々しく言うわけにはいかない。
生徒の方が「この先生本当に大丈夫か?」と不安になるからだ。


P「……わかったよ。好きなだけ食えばいいさ」

伊織「にひひっ」

伊織の笑顔を、久々に見た気がした。




P「三匹」

伊織「……もう一回!」

……

P「二匹」

伊織「も、もう一回よ!」

……

P「三匹。出目金含」

伊織「きーーーーーーーっ!」


店主「お、お嬢さん一匹もってくかい?」

伊織「もう一回よ!」

伊織「アンタ!なんかコツがあるでしょ!?」

P「ん?ああ、まあ……」

伊織「こういう時はふつう優しく教えてくれるもんでしょ!?」

P「いや、下手に手出しすると怒るかな、ってな」

伊織「教えなさい!」

P「はいはい。まず網は垂直に持ち上げるんじゃなくてだな……」


……

伊織「や、やったわ!」

一匹ゲット。

店主「おー、やるねえ。ほいよ」

伊織「ふふん、当然ね!」

P「ってか、こんなにどうすんだ?」

ちなみに俺のラストは四匹。
伊織がやるたびに「アンタも付き合いなさいよ!」と言われやった結果、合計10匹以上になっていた。


伊織「ふっふーん、名前何にしようかしら?ジュリエッタ?ヘンリー?」

P「聞け」

伊織「うっさいわね、ちゃんと面倒見てあげなさいよ」

P「こんなに飼えるか」

伊織「じゃあ事務所で飼ったら?」

P「学校じゃないんだ。みんな喜ぶかもしれんが、面倒が見きれないだろ」

伊織「あ、やよいにあげるのはどう?兄弟もいるし、喜ぶんじゃない?」

P「やよいか」


確かに喜ぶだろう。が。
……経済的なことを考えるとなあ。

伊織「……じゃあ、私のこのかわいいフランソワーズをやよいにあげるわ」

P「え?」

伊織「一匹だけなら世話もそんなに大変じゃないでしょ?」

伊織「ついでに水槽と餌も一年分くらいプレゼントしようかしら」

相変わらず人の気を読むのが早い。

伊織「そのかわり!アンタの取ったその子たち、あたしちょうだいよね!」

P「……ああ。やよいも喜ぶんじゃないか?きっと」

伊織「にひひっ!さあ、次よ次!」


……

伊織「きゃ……!」

P「人が増えてきたな。はぐれるなよ」

伊織「……」

伊織「……ちょっと」

P「あん?」

伊織「人が増えてきたわね」

P「……そうだな」


伊織「人が増えてきたわね!歩きづらくなってきたわね!」

P「なんだよ!」

伊織「~~!気が利かないわね!手ぐらい引いたらどうなの!?」

P「はいはい」

P「……これでよろしいでしょうか?お嬢様?」

伊織「……フンだ」


……

伊織「次はあれ」

P「ま、まだ食うのか?」

伊織「歩いてるからお腹がすくのよ。文句言わない!」

P「……んあー」


……

伊織「これかわいいわね」

P「……」

伊織「あ、こっちもいいかも」

P「……」

伊織「うーん、でもやっぱりこっちね」

P「……」

伊織「ね?」

P「……これください」

マイドッ!


……

伊織「ふぅ、ちょっと疲れたわね」

P「……ちょっとか」

俺はちょっとではなく疲れていた。
こういう時に歳を感じるようになってきた。最近。

出店の喧騒から少し離れたところに腰を下ろす。


伊織「ふう、情けないわねえ」

伊織「アンタ、ここでちゃんと荷物見てなさいよ」

そう言うと、伊織はどこかに走っていった。

P「元気なやつだ」

まあ、普段から歌ったり踊ったりしているんだから当然と言えば当然か。
……久々のオフだしな。スケジュールが半日でも調整できたのは運が良かった。
それに、きっと初めて来たんだろう。
今日は特にはしゃいでいたように思う。

P「……これで、少しは罪滅ぼしになったかな」

しばらくして、伊織が戻ってきた。


伊織「アンタ、メロンね」

P「これ、今回の報酬か?」

伊織「ま、そんなとこ」

伊織はいちごだった。

P「うん、うまい」

伊織「そうね」

しばらく無言でかき氷を食べた。

伊織「……」

伊織「……あの」


P「んー?」

伊織「その……」

P「なんだ?なんか言いにくいことでもあるのか?」

P「あ、出費のことか。それならこの前給料日だったから別に気にしなくても……」

伊織「……ごめんね」

P「……は?」

伊織「……テスト」

伊織「いい結果出せなかったでしょ?」

P「……」


伊織「せっかく教えてもらったのに……」

なんで。

P「……みんな、そうなんだろうな」

伊織「え?」

P「……」

以前教えていた生徒もそうだった。

受験に失敗して、落ちて。

一番つらいのは本人のはずなのに。


俺の前に来て言うのだ。

せっかく先生に教えてもらったのに、と。

努力してきた生徒ほど、優しい生徒ほどそうだった。

ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も謝る。

P「……」

伊織「……」

お互い横に座っている相手の方は見ない。


P「……俺の方こそ、すまん」

伊織「……え?」

P「というか、今回のことは完璧に俺の采配ミスだ」

伊織「……」

P「だから……伊織が怒ってるんじゃないかと思ってたよ」

伊織「……私が教わってる側でしょ」

P「それでも、な」

伊織「……」

自然と自分の中で引っかかっていた言葉を口にしていた。
伊織の気持ちを聞いたからかもしれない。この夏の夜の独特の雰囲気のせいかもしれない。


いや違う。元々はそうだったのだ。
お互いに納得するまで話し合い、ぶつかった。一緒にアイドル活動をしていた頃は。
少し離れている間に忘れてしまっていたようだ。

しかし、今日以前のようにはしゃぐ伊織を見て思い出した。
生徒以前に伊織は伊織。
765プロのアイドルで、仲間で。
そして、俺の初めてプロデュースしたアイドル。

そう思うと自然と言いたいことを言っていたのだった。

何を思っているか口に出さなきゃ伝わらない。
伊織のことは大方わかっていると思っていたが、まだまだだったようだ。


伊織「……ほんと、馬鹿ね」

伊織「……お互い」

P「そうだな」

P「……こっから」

伊織「?」

P「ここからリスタート、だな」

伊織「……ふふ、そうね」

プロデューサーなのだからアイドルを支え続けなくてはならない。
例え、今はメインで担当していないとしても。

……大人の言い訳だろうか?
アイドルだから、プロデューサーだから。
俺は――


伊織「ところで」

P「ん?」

伊織「……」

伊織「やっぱり、言わない」

P「なんじゃそりゃ」

伊織「何を言おうとしたか当ててみなさいよ」

P「はあ?言わなきゃわからんだろ」

伊織は無言でこちらを見ている。
なんとなく、前にもこんなことがあった。


言葉にしなければ伝わらない――

が、言葉にしなくてもなんとなくわかることもあるようだ。

P「……浴衣、似合ってるな」

伊織「にひひっ、当然でしょ!」

遠く夏の夜空に花火が打ちあがった。




つづく


はい、今回は以上。勉強成分がほとんどない回となりました。

読んでくれた方ありがとうございました。

本番は>>1が問題を出して、読者がどれだけ解けるかで伊織ちゃんの成績が決まります?

>>238
それ面白そうですね。考えときますノシ

次回の参考
        ,, <: : : : : : : : :>、

       /: : : : : : : : : : : : : : : \
      /: : : : : : : : : : : : : : : : : : : ∧
     ,': : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ::l

      .l: : : l: :l: : |l|: : |:|: : :|:|: : |: : |: : :l
     |: |: :|: :|: : |リ: : |:|: : :|:|: : |: : |: :|::|
     |: ト┼┴ニ_,L_」」、_ -─' ̄L/: :|
     | :lヽ|ィ=ァt、     ィアユハ  |/):|
     |: \| l 弋リ       l 弋リ //: ::|
     |: : : l ///   l   //// /: : : :|
     i: : : ∧    ,---、    /: : : : :|
     i: : : : : :\       /: : : : : : |
     |:,---ミ: : /> _ <|: : : : : : : : :|
    /   ̄`ミl `ー-‐ ' _|__ : : : : : : :|
   /     ィ=イ!_   _/ /\: : : : : |
  ./  _,, -‐'::/    ̄    /:::::/` ヽ: : :i
 /  /  /:/        /:::::/   ハ: :l
/   |  /::/______/:::::::|     }: :|
   l  {三三三三三三三三三ミl _ l: ::|
   ノ  j:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/   `|: :| 

>>1です。
まあ入試についてどうするかはその時に考えます。
ストーリーに関係なく伊織達中学生はこんな勉強をしてるんだよって紹介程度に問題出してもいいかもしれませんね。

さて、では投下します。今回の参考資料は>>243




P「……似合ってるぞ」

伊織「うるさい、さっさと行くわよ」

伊織が社用車の助手席に滑り込んでくる。灰色のワンピースタイプの制服に、臙脂色のリボンタイ、バッグを一つ持っていた。伊織の学校の制服だ。
普段と違う点がもう一つ。

伊織「ちらちら見るな」


今日の伊織は前髪を下ろしていた。綺麗に横に切りそろえられた前髪を慣れないのか所在無げにいじっている。

P「でも普段はそうしてることも多いんだろ?」

伊織「家だとね。外出するときにこの髪型なのはあんまりないから、なんか違和感」

確かにこの髪型を見るのは俺自身二回目だった。

8月16日。
今日は伊織が模試を受ける日だ。




模試の話をされたのは7月の終わり、夏祭りに行ったすぐ後のことだった。
プロデューサーが以前講師をしていた塾の模試に行くぞ、と。

P『本当は講習とか合宿に出てほしかったんだが、そんなに何日もスケジュール調整できないからな』

P『合宿が終わって次の日、最後のまとめとして模試があるんだ。合格判定も出る』

P『そろそろ受験で戦う相手を知っておくのも悪くない』

確かに学校では私の周りに受験者はいなかったし、雰囲気を味わっておくのも悪くないと思った。
それに、少しは自信もある。
元々勉強はできる方だったし、最近はさらに時間を作って勉強もしている。
まあ、先日のテストでは散々な結果だったけれど……。
そのリベンジも兼ねて、私は外部受験者としてその模試に参加することになった。


P「着いたぞ。ここだ」

車があるビルの駐車場に入っていく。
ビルには『JA共済総合ビル』と書いてあった。

伊織「ここ?」

自分の想像していた建物とは違っていた。
塾の教室とかそういうところを想像していたのだ。

P「ああ。今回は都内にある教室の生徒が一斉に集まって模試を行うからな」

P「会場三つ借りて大規模に行うんだ」

車が止まる。


P「受験票は持ってるな?」

ええ、と答えつつ一応バッグの中を確認した。
あった。
ちゃんと入っている。

P「じゃあ大丈夫だな。中に案内板があるはずだから、指定された会場に入れ」

P「会場の各机に受験番号が置いてあるから、その机に座ること。開始時間わかってるか?」

伊織「9時でしょ」

現在の時間は8時30分。まだ余裕がある。

P「あと何か不安なところはあるか?」

特に思いつかなかったので大丈夫、と言っておいた。


P「おし。まあ模試なんてこれから何回でも受けることになる。リラックスして受けてこい」

車のドアを開けて外に出る。エアコンの効いた車内とは違いむわっとした空気に包まれた。

P「終わるころに迎えに来る。大体この場所にいるから」

わかったわ、と答えてビルの入口へ向かった。
周りには同じ年頃の制服の子供たちが歩いていて、皆ビルの入口に入っていく。
友達同士だろうか、談笑しながら入り口に向かっていく女の子の3人組や、一人でウォークマンを聞きながら歩いている詰襟を着た男子生徒。
そういえば同い年の男の子なんて久しぶりに見るわね、と思った。
自動ドアの入り口付近にはスーツを着た男性が二人いて、来る生徒にあいさつをしている。
きっと塾の講師なのだろう。
アイツもこんなことしてたのかしら?と思いながら私もあいさつをして入り口をくぐった。


中に入ると、入り口の目の前、ロビーの中央に位置するあたりに案内板があった。
8,9,10階が会場になっているらしく、受験番号によって入る会場が違うらしい。
念のため、もう一度バッグから受験票を出して確認する。
伊織の番号は『9061』だった。
改めて案内板を見てみると、10階の欄に『7000番台、9000番台→椿の間』とある。
伊織は受験票をバッグにしまい、エレベーターの方に向かった。

エレベーターの「▲」ボタンを押して待っていると、後ろに生徒が集まってくる。
こんなところに私がいるってばれたら大変なことになるわねと思いなるべく後ろを見ないようにした。
エレベーター内では奥の方で横を見ながら待つ。
8階、9階でそれぞれ何人か生徒が降り、10階についた。
エレベーターを降り館内表示を見ながら『椿の間』に向かう。


何度か角を曲がると、前方に『椿の間』と書かれた扉が見えた。
『椿の間』の入口は両開きの扉で2か所あった。右側の扉を押して中に入る。
中はかなり広く、バスケットコートより一回り大きいくらい。
長机が大量に置かれていて、前方向には司会用の机があった。隣にはホワイトボードも見える。
机は横に三列に並べられていて、各列縦には20個程度。
一つの机には椅子が二つ配置されていて、間を開けて二人ずつ座るようだ。
机の右隅、あるいは左隅に番号の書かれた小さな紙が配置されていた。
受験番号とは別に、何枚かの紙が各座席に置かれている。
自分の番号が書かれた机を探し、席につく。
伊織の席は一番右側の列、真ん中付近の位置だった。
席につきバッグを下ろす。
自分の腕時計を確認すると、時間は8時45分になっていた。
普段は腕時計はしない伊織だが、今回つけてきたのはプロデューサーの指示だった。

P『基本的には自分の腕時計で時間を確認すること。席についたら腕時計は外して机の端にでも置いておけ』

腕時計を外そうとして、一応お手洗いに行っておこうかしらと思い直し、バッグを持って席を立った。


洗面所で石鹸をつけて手を洗い、外見を確認する。
前髪は下がっているが、基本的にはいつもの伊織ちゃんだ。
正直、自分がこんなところに来たら大騒ぎになるんじゃないかと考えていたがそんなことはなかった。
もしかしたら気づいていた人もいるのかもしれないが、誰ひとり声をかけてこない。
それに、会場の雰囲気も意外だった。
各教室の生徒が集まってくると聞いていたので、もっと友達同士で集まったり、談笑したりしているものかと思っていた。
しかしそんなことはなく、生徒たちはみな机に座り、テキストや教科書を開いて勉強していた。
会場に入ってきた人に目を向けることもなく黙々と。
伊織は大きく二回深呼吸をすると、会場の自分の席に戻った。


9時5分前になると前の司会席に男の人が立った。

「えー、池袋東教室の和田です、よろしく」

ダークスーツに白いシャツ、無地のネクタイをつけた男の人だった。ずんぐりとした鼻で、顎にひげを蓄えている。頭は丸刈りの小柄な人物だった。

和田「それでは教科書等はしまってください。机の上に出していていいのは鉛筆、またはシャーペン、消しゴム、定規、時計だけです。筆箱はしまってください」

これはプロデューサーから聞いていたので、もう筆箱はしまってあった。

P『筆箱は基本的にはしまわなきゃならないからな。シャーペンの芯はちゃんと入れておけよ。できれば消しゴムは二つ』

何人かは筆箱をバッグにしまう。
その後もいくつか注意点が続いた。


バッグは座席の下に置くこと。
問題が配られたら開始までは答案用紙、問題ともに伏せて待つこと。
筆記用具、消しゴム等を試験中に机の下に落としてしまった場合、挙手をして試験管に知らせること。
また、具合が悪くなったり、会場が暑い、寒いなどがあるときも挙手をして知らせること。
試験時間は一教科50分で、『はじめ』の合図で始め『やめ』の合図で筆記用具を置くこと。

和田「それでは最後に、志望校記入用紙の説明をします。みなさんの机にあらかじめおかれていた紙が三枚ありますね。確認してください」

確認すると、冊子のようなものが一冊に、白い紙が2枚あった。
冊子を掲げながら、和田が話す。

和田「えー、この冊子のようなものが志望校のコード表です。自分の志望校をこのコード表で探して――」

今度は白い紙を見せる。

和田「こちらの志望校記入用紙に書き込みます。志望校記入用紙にはほかにも氏名、性別、受験番号、など書き込む欄がありますのでもれなく記入してください。何か不明な点がある場合は挙手をして近くのスタッフに聞いてください」

和田「それでは20分まで記入の時間とします」


みんなが一斉に用紙に記入する音がする。
伊織も必要事項を書きこんでいく。
志望校を記入する欄は3つあったが、伊織は一つだけしか書かなかった。

和田「記入が終わった人は用紙を伏せて机の端に置いておいてください。スタッフが回収します。あ、あともう一枚の紙は模試の案内なので今のうちにバッグにしまっておいてください」

伊織は書き終わると模試案内をバッグにしまい、おとなしく待っていた。
時間になると一人一人志望校記入用紙を回収される。

和田「はい、それでは試験は前の時計で9時半から開始します。最初の教科は英語ですので、用のない人はそのまま席についていてください。どうしてもトイレに行きたい人は素早く行ってきてくださいね」

和田がそう言い壇上を降りる。
と同時に周りの生徒はバッグからテキストを取り出して見直しを始めた。
伊織もそれにならってテキストを取り出した。


しばらくすると、再び和田が壇上に上がった。

和田「さ、それでは問題を配りますのでテキストなどはしまってください」

時間は9時25分。どうやら30分ちょうどに開始するために早めに問題を配るらしかった。

前から順に用紙が配られる。
伊織も伏せたまま一枚取り後ろに回した。

和田「始める前に問題の確認をします。問題が正しく印刷されているかを確認しますので、ページが1から13ページまであるか確認してください。確認が終わりましたら問題は再び伏せて置いておいてください」

こんなこともするんだ、と思いながらぺらぺらと確認する。問題はなかった。


和田「それでは、始めの合図とともに試験を開始します。がんばってください」

と言いながら、和田は上半身をひねって前に掛けてある時計を確認した。
まだ1分ぐらい時間があった。

和田「……まだ1分ぐらいありますね。えー、試験が始まったらまず真っ先に名前を書いてくださいね。0点になっちゃいますから」

和田「それと、最初はリスニングです。試験が始まったらすぐにCDが流れますからね」

再び時間を確認する。秒針は『8』のあたりに来ていた。あと20秒。

伊織は緊張していない、大丈夫と言い聞かせていたが、若干心臓の鼓動が早くなっていた。
意識して呼吸をしているのがその証拠だ。
とにかく、最初に名前を書く。

和田「――はじめ!」


一斉に紙をめくる音が響く。
続いてペンが一枚の紙を挟んで机を叩くカツカツと言う音。
会場にいる100人以上が鳴らす同じ音は、一つ一つは小さくても合わさって伊織の耳に響く。
伊織も問題を開き、答案用紙を裏返す。
名前を書く。受験番号を記入する。

『第4回全国統一模試、英語、リスニングテスト』

会場内にスピーカーから、無機質な女性の声が響いた。




時計を見ると12時45分になっていた。
伊織は午前中の教科を終えてそろそろ昼食を取っている頃だろうか。

「戻りましたー」

「戻りましたぁ」

事務所のドアが開きあいさつをしながら真と雪歩が帰ってくる。


P「お、おかえり」

小鳥「お帰りなさい、真ちゃん、雪歩ちゃん」

真「ふぅー、あっついー」

真は右手で自分の顔を煽ぎながらソファに体を沈める。
疲れたねー、と言いながら雪歩は給湯室のほうに歩いて行った。

P「今日はダンスだったか?」

真「そうですよー!この時期のダンストレーニングはきっついですねー」

P「ちゃんと水分取れよ。室内でも熱中症になるんだから」

真「はい!今日はスポーツドリンク二本も飲んじゃいましたよ」

P「それでいい」


真と話していたら雪歩がお茶を持ってきてくれた。

雪歩「はい、プロデューサーもどうぞ」

P「お、サンキュー」

雪歩「いえー」

雪歩はお盆を持ってソファの方へ歩いて行った。
お茶を一口飲む。麦茶だった。

P「ふむ、うまい」

ひとりごちる。

さて、夕方には伊織を迎えに行かなければならない。
それまでにできるだけ仕事を片付けておこう。
気合を入れなおすと俺は再びパソコンの画面に意識を向けた。




車で待っていると、入り口から生徒がわらわら出てくるのが見える。
どうやら模試が終わったようだ。
ビルの入り口前では講師が見送りをしていた。
俺も以前はやっていたな、と思いながら伊織が出てくるのを待つ。
それから数分後こちらの方に伊織が歩いてくるのが見えた。

P「お疲れ」

伊織「ええ」

車を出す。
迎えの車で込み合っているので、講師たちの誘導に従う。


P「どうだった?」

伊織「まあまあ」

P「自己採点しただろ?」

伊織「いちおう。でも自己採点なんてするの初めてだから誤差がひどいかも」

P「まあな。それもこれから慣れてかなきゃならん」

P「記述問題のところだろ?」

伊織「そう」

P「まあ数学と理科なら俺が後から見る。文系の正確な点数は結果が帰ってきてからだな」


P「ちなみに数学は何点だった?」

伊織「証明を抜いたら71点」

P「理科は?」

伊織「たぶん72点」

71と72か。
まあ自己流で勉強したにしてはまずまずだろう。

勉強方法は教えてはいたが、受験に向けての本格的な勉強はまだまだしていないに等しかった。
一年生の内容や2年生の内容なんて抜けているところが多いだろうし、これから復習をしていかなければならない。
今までは定期テストの勉強やワーク、ノートなどの提出物のために時間を割いていたので本格的な勉強はこれからというところだ。


正直スタートは遅くなったと言わざるを得ない。
予定では夏休み開始から総復習を始めるつもりだった。
しかしテスト結果のごたごたがあったためまだ始められていないのが現状だ。

今はまずまずの状態だが、本当ならもっともっと周りに差をつけておかなければならない。
なぜなら――

伊織「ねえ」

しばらく黙っていたら伊織が話しかけてきた。

P「ん?」

伊織「みんな……真剣だったわ」

P「だろうな」


伊織「正直もっと気が抜けてるのかと思ってた」

伊織「学校の周りの子たちはテスト前とかテスト中でもそんな感じだし」

まあそうだろう。
伊織の周りには受験をする子なんてほとんどいないはずだ。
私立の学校だと高校まで、または大学までエスカレーター式だ。
定期テストや模試に緊張感がないのも仕方がない。

P「あの雰囲気を感じてほしかったから模試に申し込んだようなもんだしな」

伊織「そうなの?」

P「ああ。もちろん合格判定を出すのも目的だが」

伊織「……」


伊織「……みんな、この後成績が上がるのよね」

P「……そうだな」

やはり頭の回転が速い。
というか、先を見る能力がある。
これも芸能活動の副産物だろうか?

P「今回の模試は夏期講習や合宿でのまとめみたいなもんだ」

P「講習とか合宿の成果を試す場所。塾に通っている生徒の結果は以前と比べてどうなってると思う?」

伊織「……そりゃ上がってるんじゃないの?」

P「まあそうなんだが」

P「実は点数的には以前と変わらないか、少ししか点数が上がってない生徒が大半なんだ」

P「人によっちゃ下がってるかもな」

伊織「……意味ないじゃない」


P「意味なくはない。……というか、塾側はそれをわかった上で別の意図を持ってこの時期に模試をやってるんだ」

伊織「別の意図?」

P「正直一か月死ぬ気でやったって、あんまりは成績は変わらん。特に模試なんかの総合問題だと特に」

P「だから折れずに努力を続けることが大切なんだ」

伊織「……」

P「一般的に勉強の効果が出るのは三か月後って言われてる」

伊織「へえ」

P「三か月がんばり続けないと成績ってのは伸びてこないんだよ」

P「これは筋トレとかでも言えるらしいが」

P「……その代わり、三か月経過からは見違えるように成績が伸びていく子が多い」

伊織「……」


P「だからちゃんとやってるやつは……そうだな、10月とか11月あたりに急激に成績が伸びてくる」

まあそれまでに心が折れなければだが、と付け足そうとして、やめた。
偏差値的に、伊織の敵は最後まで努力したやつらばかりが志望してくるはずだからだ。

伊織は沈黙している。何を思っているのだろうか。

P「そんなやつらと戦うことになるな、これから」

伊織「……難儀ね」

P「珍しく弱気だな」

伊織「弱気じゃないわよ。ただ……」

P「ただ?」

伊織「……ううん、なんでもない」


P「まあ、今回はこれから戦う相手のことがわかっただろ?」

P「勝負はこれからだ」

伊織「……そうね」

それから伊織は事務所に着くまで黙ったままだった。
無表情な顔の下で何を思っていたのだろうか。

そして事務所につくと仕事のため律子とともに移動となった。
朝から夕方まで模試を受け、その後に仕事。
こんなスケジュールが試験まで続く。

伊織は簡単に折れるやつじゃないが、ただがむしゃらに勉強させればいいわけでもない。
以前よりはましになったとはいえ、伊織は自分のコントロールが決して得意ではない。
そこを補うのがプロデューサー兼先生である俺の役目だ。


……

律子「大丈夫、伊織?なんだか調子悪そうね。疲れたの?」

伊織「……ううん、ちょっと考え事してるだけ」

律子「ならいいけど、何かあったらすぐ言いなさいよ」

伊織「うん」

伊織「……」



つづく

直角三角形で覚えるのは三角定規だけで良いだろ……
この二つは2等辺三角形だったり正三角形からくるから(角度も分かって)重要なのであって、
辺の長さが整数なのは大して重要ではないと思う


以上です。読んでくれた方ありがとうございました。
それとコメント下さる方、ありがとうございます。いつもありがたく読んでます。

乙です
伊織の受ける高校は私立なのかな?
俺の住んでたとこでは私立高校は評定関係なしで当日試験のみだったからなぁ…


>>276
一応公立(都立ですし)の雰囲気で書いてますが……
現実だったら公立に受かったのに行かないなんてたぶん怒られるでしょう。誰に?誰かは知りませんが。
ちなみに私立でも内申を見られるところもふつうにあります。なんでどちらでもいいですね。

>>274
公立ではあまりないが、私立の入試で出てくることもある

>>1です。

>>274>>278さん
そうですね。というより三平方は計算さえしっかりできれば答えは出るので覚える必要はないということになってしまいます。
教えてるのはスピードアップのためです。特に5:12:13とかは気づければ相当時間短縮になります。
こっそり公立とかでも出てる県もありますし、伊織レベルであれば覚えておくべきでしょう。

ということで投下します。




P「それでは、第二回テスト対策作戦会議を始める」

伊織「質問」

P「はい、伊織くん」

伊織「なによそれ……質問というか今更ってカンジなんだけど」

伊織「なんで夏休みが明けてすぐに『期末』テストがあるの?前々から思ってたけどおかしくない?」


P「うむ、それは日本の教○○○会が[ピーーーーーーーーーー]だからだね!!」

伊織「……」

P「いやー上の考えてることはわからんね。ゆとりって言ってみたり今度は内容増やしてみたり、教科書だっていつまでたってもわかりやすくならねーしなー」

伊織「……アンタ、消されるわよ?」

P「冗談だ。真面目に説明すると3時間ぐらいかかるが、説明するか?」

伊織は顔をしかめて手をひらひらと振った。

模試を受けてから3日後、伊織の午後が珍しく開いていたのでテスト対策を行うことにした。

先ほど伊織が言った通り夏休み明けには期末テストが行われる。
簡単に言うと伊織の現在の学校は2期制のため、1年間が前期と後期に分けられている。
つまり9月の期末テストをもって前期が終了し、前期分の成績がつけられるわけだ。


伊織「中間テストで失敗しちゃったから、気合入れないとね」

伊織「頼んだわよ、先生」

P「……ああ」

苦い思い出だ。
当時は俺も伊織もだいぶ気落ちしていて、何とか切り替えるのに一か月以上かかった。
だが今になればあれも必要な経験だったかなと思う。
この先もっと苦しいことはたくさんあるからだ。

P「さて、とは言っても基本的にはやることは同じだ」

P「内容的に中間テストから少し進んだとはいえ、範囲が重なっている部分も多い」

P「前回の復習をしつつ新しい内容を確認していくという形を取る」


伊織「具体的には?」

P「まずはこれをやるべし」

プリントを手渡す。問題二枚に、答案用紙一枚。

伊織「これ……中間テスト?」

P「うむ。もちろん解き直しはやっておるな?」

伊織「……」

まあやってないと思って言ってるんだが。
今回伊織に渡したのは、前回64点だった中間テスト。問題と解答をコピーし、修正液で書き込みや途中式などを消して白紙の状態に戻したものだ。もちろん数字などは一切変えていない。


ごめんなさい中断します。
今日中には残り上げます。

ID変わってますが>>1です。

続き投下します。


P「前回とまったく同じ問題だ。さすがに解けるだろ」

伊織「……なんか、アンタの傾向がわかってきたかも」

P「40分な」

伊織「短いわね」

P「二回目だからな。おし、始め!」

伊織はカリカリとペンを走らせ始める。
俺は会議室を出た。邪魔にならないようにというより、俺にも仕事があるからだ。


「あ、プロデューサーさん!」

デスクに戻ると春香が駆け寄ってくる。

P「おう、今から現場か?」

春香「はい!」

P「販促イベントとラジオだったか」

春香「そうです!今度こそTOP20を狙いますよ!」

P「うむ、期待しておるぞ」

春香「はい!あ、これプロデューサーさんもどうぞ」

女の子らしい包み紙で包装された小さな包みを渡してくる。リボンとシールまでついていて、ふわんと甘いにおいがした。


P「サンキュ。今日は何なんだ?」

春香「フィナンシェですよ、フィナンシェ!」

P「……すまん、わからん」

春香「別にプロデューサーさんがわかるとは思ってませんよ」

P「うぐっ。お前口悪くなってないか?」

春香「あはは、冗談です。名前はまあいいですから、いい出来なので食べてみてください」

P「ああ、仕事に疲れたらいただくよ」


春香「あ、あとこれは……そうだ」

P「?」

春香「プロデューサーさん、付箋持ってません?」

P「付箋? ……ほら」

春香「あ、ありがとうございます」

付箋を渡すと、春香はペンを取り出し机の上で何かを書きはじめた。

春香「……よし!これは伊織の分です。渡してもらっていいですか?」

P「……なるほどな。わかった、よろこぶよ」


春香「どうなんですか?伊織の調子」

P「まあまあかな。後で本人に聞いてみたらどうだ?」

春香「……なんとなく勉強中って話しかけにくいじゃないですか」

P「それはそうかもな」

P「それより春香は学校の勉強だいじょうぶか?」

春香「……」

P「目をそらすな」

のヮの「」

P「顔芸するな。お前だってそろそろ定期テストが……」


春香「お仕事行ってきまーす!」

P「……」

不自然に回れ右をして駆けていく。

春香「わあっ!?」

ドンガラガッシャーン!!

お約束も忘れない。
勉強はともかくお笑……アイドルとしては成長しているようだな。




30分後、伊織の様子を見に行くともうすでに終わっているらしかった。
頬杖を突きながら空いている手でペンを回している。

P「できたか?」

伊織「……だいたい」

P「んじゃあそこまで。これ以上考えてもわからんところはわからんだろ」

模範解答を渡して自己採点をさせる。


伊織「……できた」

P「ふむ」

丸付けが済んだ答案用紙を受け取り、点数を計算する。

P「70点だな。前回のテストが終わった後、解き直ししたか?」

伊織「……してない」

P「しような」

伊織「……怒らないわけ?」

P「まあ今の伊織の顔見たら別に言う必要ないか、と」

P「解き直しやっとくべきだったってちゃんと自覚してるみたいだしな」

伊織「……」


P「次からちゃんとやればいい」

伊織「……ふん」

P「定期テストの解き直しをする意味は二つ。一つは当たり前のことだ」

伊織「……解けなかった問題を解けるようにするため?」

P「ああ。それはどの問題でも、いや勉強全般に言えることだ。もう一つ、わかるか?」

伊織は少し考えて、首を振った。

P「学校の先生の問題に慣れておくためだ」


伊織「……どういうこと?」

P「定期テストは模試とか入試と違って学校の先生が作るだろ?」

P「先生によって作る問題はだいぶ癖がある」

P「その傾向に慣れておくことが定期テストでは重要だ。本当は過去問でもあれば一番なんだが、あいにくここは塾じゃないからないしな」

過去問によるテスト対策はかなり重要だ。
テストによってはそれで10点20点の差が出たりする。
学校の先生が問題を作る際、どうしてもその先生なりの重要ポイントであったり絶対に組み込んでくる問題があったりするためだ。
極端な話、去年の問題の数字を変えただけのほぼ同じテストが使われることもある。


P「その二つだ。まあ一番重要なのは一つ目だな」

P「前回解けなかった問題は確認しておかない限り二回目も解けない」

P「『これ前回も出た問題だ!』ってわかってるのに解けないなんて嫌だろ?」

伊織「……そうね」

P「はい、じゃあ解き直し。わかんないところは解説するから言ってくれ」

伊織「じゃあまずここ」

P「因数分解か……しかも、結構難しいやつだな。方べきの順って知ってるか?」

伊織「聞いたことないわ」

P「そっか、まあ中学校ではやらないかもな。でも覚えておくと便利だぞ」

……


P「こんなとこか」

伊織「もう一回?」

P「今はいい。その代わりもう一枚真っ白なやつやっとくから、明日にでももう一回解いてみろ」

伊織「わかった」

P「次は理科な」

……


理科の中間テストの解き直し、解説を終えると時間は夕方5時になっていた。

伊織「……ふぅ」

P「いったん休憩。俺もそろそろ迎えに出なきゃならんし」

伊織「アンタ、戻るのは何時になるの?」

P「たぶん夜だな。8時か……遅ければ9時だな」

伊織「わかったわ」

P「あ、あとテスト勉強で絶対やらなきゃないことは?」

伊織「学校のワークでしょ。覚えてるわよ」

P「ならいい。とにかく基本的には学校のワークから問題が出されるからな」


P「適度に休憩入れてやれよ」

伊織「うん」

P「じゃ……あ、そうだこれ」

包みを伊織に渡す。

伊織「なにこれ?」

P「春香からだ」

P「フィなんとかってお菓子らしい。フィ……」

伊織「フィナンシェかしら?」

P「ああ、たぶんそれだ」


伊織「……」

包みには付箋がついている。

『伊織、ファイトだよ、ファイト!勉強の休憩中にでも食べてね!春香』

伊織「……ふふっ」

P「あとでお礼言っとけよ」

伊織「わかってる」

伊織「……わかってるわ」




コンコン

高木「ん、誰かな?どうぞ」

伊織「失礼します」

高木「おお、水瀬君か!どうだね、調子は?」

伊織「……まずまずです」


高木「うむ、そうか。あまり無理はしないようにね」

伊織「はい」

伊織「それで、その、ちょっと相談があるんですけど」

高木「……聞こうか。掛けてくれたまえ」



つづく


はい、今回は以上ということで。
読んでくれた方ありがとうございます。

>>1です。
投下




伊織「ええ!?技能科目のほうも勉強するの!?」

P「当たり前だ!主要五教科より軽く見てるやつが多いが、同じ価値のある内申がつくんだぞ!?」

P「特に保健なんてこの前評定3だったんだからやるに決まってるだろ!」

伊織「ぐ……!」


……

やよい「伊織ちゃん、調子はどう?」

伊織「……鬼軍曹二人にしごかれてるわ」

P「伊織、終わったか!?」律子「伊織、歌詞覚えたでしょうね!?」

やよい「あ、はは……大変そうだねー……」

やよい「あ、これ伊織ちゃんのために作ってきたの!」

伊織「……おにぎり?渡す相手間違ってない?」

やよい「間違ってないよー!最近遅くまで勉強してるって言ってたから、お腹が空くかなーって!」

伊織「……ありがとう、やよい」

やよい「ううん、がんばってね!」


……

P「おーい、もう帰るぞー……」

伊織「あと1ページだけだから」

P「さっきもそう言ってなかったか?」

伊織「……」

P「はあ……じゃああと10分だけな」


……

P「おし、これで全範囲終了か」

伊織「あと三日はなにをすればいいかしら?」

P「そうだな……苦手なところと総合問題演習ってところか」

P「お前平方根と展開の混ざった計算とか苦手だろ?あそことか、あとは2次方程式の応用とか……」

伊織「……うぇ~……今度のライブの振り付けも覚えなきゃなんないのに~……」


……

P「まあ、がんばってこい。今回は全範囲きっちりやったし、吉報を期待している」

伊織「まあやれるだけやるわ」

P「うむ」

……

P「……」

小鳥「落ち着かないですね、プロデューサーさん?」

P「あ、い、いえそんなことは……!」


律子「今伊織は何の科目やってるんですかね?」

P「……たしか数学だと思う」

小鳥「ふふ、定期テストでこれなら、本番の入試だったらもう居ても立ってもいられないんじゃないですか?」

律子「まあそうでしょうね。プロデューサー殿は特に」

P「……ぬぅ」


……

P「明日で最終日だな」

伊織「英語は問題ないけど、理科と保健体育ね……」

P「まあ、今日だってテストがあったんだから疲れすぎないうちに切り上げるぞ。明日になって頭が働かなかったら元も子もない」

伊織「ええ」


……

あっ!

と言う間に期末テストも終わった。
伊織的には良くもなく悪くもなくといったところらしい。
今回はスケジュール自体はしっかりこなせたが、それで劇的に点数が変わるかと言ったら素直には肯定できない。
やはり三年生ともなると内容が難しくなっているし、テスト対策をしたとは言っても芸能活動の合間を見ながらなんとかこなしたと言ったところだからだ。

とりあえず今は素直に結果を待つ。

その間に――

P「失礼しまーす、765プロのものですがー」

伊織「……なに言ってんのよ」


伊織が体調を崩した。
今まで気力でカバーしていた分がここにきて一気に来たのかもしれない。

P「お、シャルル元気か?」

伊織の横にはいつものぬいぐるみが一緒に寝ていた。

伊織「アンタね……どっちの心配をしに来たの?」

P「そりゃもちろんみんなのアイドル伊織ちゃんに決まってるだろ」

伊織「どうだか……」

P「ほいお見舞い。765プロからな」


俺が持ってきたバスケットにはフルーツではなくオレンジジュースが大量に入っていた。

P「フルーツなんかはいいものいくらでも食べれるんじゃないかと思ってな」

P「事務所近くの自販機のパックのオレンジジュースだ。ほら、体に染み入る事務所の味だぞ」

伊織「……まったく、大げさなのよ」

P「はは、大げさか」

伊織「うん……」

P「……」


P「……あー、体調はどうだ?」

伊織「まあまあ」

P「俺も出先で知ったからあんまり詳しく聞いてないんだが、どうなったんだ?」

伊織「ちょっとめまいがして気持ち悪くなっただけよ」

ちょっと、か。

伊織の言うことは大体鵜呑みにしてはいけない。
強情を標準装備しているような奴だ。
弱いところは周囲に見せない。

伊織「もう良くなったから、心配ないわ」


伊織は多少の体調不良なら普通に仕事に来る。
他人に迷惑をかけることを嫌う。
いや…嫌うようになった。
昔は天上天下唯我独尊わがままワンダーガールだったくせに。
その伊織が休むということは、相当だったんだろう。

P「そうか」

伊織「ええ」

P「……」

伊織「……なによ」

P「べつに」

伊織「……ふん」


口には出さない。
「無理してるんじゃないのか?」「やっぱり受験と芸能活動の両立は難しいんじゃないか?」
言ったところで何も解決しないし、言い争いになるだけだ。

伊織が決めて始めたことだ。
俺はそのサポートを全力でするだけ。
去年一緒に活動していた時と同じだ。

P「まあ、なんだ……なんかあったら言ってくれよ」

伊織「……うん」

それぐらいしか、言えない。


伊織「……ところでアンタ」

P「うん?」

伊織「この子のほんとの名前、憶えてるわよね?」

隣に寝ているうさぎ(のぬいぐるみ)を撫でながらそんなことを言う。

P「覚えてるよ」

P「……ケン・コバヤシ」

布団から足が出てきて、左ひじのあたりを蹴られた。


P「冗談だ。うさちゃんだろ?」

伊織「ふん!最初から言いなさいよ、馬鹿」

普段伊織が言っているうさぎの名前シャルルは芸名みたいなものだ。
シャルル・ドナテルロ18世。
本名はうさちゃん。伊織が小さいころにつけた名前だ。
ただ小さいころにつけた単純な名前が恥ずかしいと思ったのか、少しずつ売れてきてからは対外的にシャルルと呼ぶようになっていた。
事務所で本名を知って言るのはたぶん俺だけ。

伊織「……忘れちゃったかと思ってたわ」

P「忘れるわけないだろ」

P「……よくわからんが俺が学校の先生と面談したりな」

伊織「ふふ、そんなこともあったかしら?」

P「ったく」


そう、伊織のわがままや破天荒ぶりには散々振り回されてきた。
だから今回の受験もなんてことはない……。

うさちゃんを撫でている伊織を見る。
調子はまあまあだと言った伊織。
ちょっとめまいがしただけといった伊織。

……芸能活動を始めて、ほぼ初めて体調不良で休んだ伊織。

伊織のわがままや破天荒ぶりには散々振り回されてきた。
しかし……。
今回ばかりはさすがに厳しいのではないだろうか?

伊織「?……どうしたの?」

P「……いや、なんでもないよ」


P「さて、ほんじゃ病人に気を使わせるのも悪いしそろそろ行くわ」

伊織「……」

P「なんだ、寂しいのか?」

伊織「……うん」

P「……」

固まってしまった。

P「……あ、あの……?」

伊織「……」


伊織「ぷ」

P「!?」

伊織「ぷ、あははははは!」

伊織「なにあほ面して固まってんのよ!」

P「く……!」

伊織「冗談よ、冗談!たまにはこんなパターンもいいでしょ?にひひっ」

P「ぐぬぬ……」

伊織「ふふふ、ちょっと元気でたわ」

伊織「……ありがとね」

P「……お役にたてて光栄ですよ」


P「ゆっくり休めよ」

伊織「うん」

伊織の部屋を出る。
最後に隙間から見えた伊織は、笑顔で手を振っていた。

広い廊下を玄関に向かいながら考える。

今俺が伊織に対してできることはなんだろうか?

車を運転して事務所に着くころには、ある一つの考えが固まっていた。


……

小さな音を立てて扉が閉まった。
伊織は振っていた手をおろし、しばらくしてから起こしていた上体を横にした。
天井を見上げる。

寂しくは、ないわプロデューサー。

小さく口の中でつぶやく。
少しだけ上体を起こし、ベッド横のチェストの一番上の抽斗を開ける。
チェストの上には先ほどプロデューサーが持ってきたオレンジジュースのバスケットがあった。


抽斗から白い錠剤のシートを取り出す。
2錠ほど取り出すとそのまま口に含む。
そこでオレンジジュースがあることを思い出し、包装を破って一本取り出した。
横についているストローを取り出し、パックにさす。
一口飲む。
錠剤を飲み下すと伊織は再び横になった。

2、3分ほど横になっていたが、手探りでシーリングライトのスイッチを手に取ると室内の明かりを消した。

室内が暗くなる。

やがて伊織はゆっくりとベッドから這い出した。


……

P「戻りましたー」

律子「あ、お疲れさまです」

P「まだいたのか」

律子「ええ、スケジュール調整が思ったようにいかなくて」

律子「あ、伊織どうでした?」

P「んー、比較的元気だったかな」


律子「明日からはスケジュール組んでも大丈夫そうでした?プロデューサー殿の見立てでは」

P「おそらく。そう何日も休むようなやつじゃないし」

P「多少減らすとか午後からにするとか保険は掛けといたほうが無難だとは思うが」

律子「そうですか。参考にします」

P「……あのさ」

律子「はい?」

P「少し相談があるんだが……」



つづく


以上です。読んでくれた方ありがとうございました。




P「戻りましたー」

律子「あ、おかえりなさい」

夜八時半。事務所に戻る。

亜美「あ!兄ちゃんだ!お疲れちゃーん!」

あずさ「おつかれさまです~」

P「おつかれさまです。竜宮がそろってるなんて珍しいですね」

あいさつをしつつ鞄を下ろす。


失礼、ちゃんと>>1です。投下します。


律子「そうですかね?あ、そうそう」

律子「竜宮のリーダーが呼んでるみたいですよ?」

机の上には一枚の付箋が張ってあった。

『質問あり!戻ったら三秒以内に伊織ちゃんのところまで来ること! 伊織』

P「へぁ……」

あずさ「うふふ、大変ですね~、プロデューサーさんも」

P「まあテスト前なんでしょうがないですけどね」


亜美「っていうかこの前もテストあったのにいおりんまたテスト受けるの?」

P「三年生になればそうなるんだよ。お前も覚悟しとけよ?」

律子「その時は私がみっちりしごいてあげるから、心配しないで亜美」

亜美「う……りっちゃん軍曹の顔が怖いよー……」

あずさ「あらあら~学生さんは大変ね~」

あずさ「……」

あずさ「……学生時代か……」

P(……律子、あずささんが遠い目をしてるぞ)

律子(今話しかけると引き込まれますよ)


P(引き……?)

亜美(前うっかり『あずさお姉ちゃんの学生時代ってどんなんだったの?』って聞いたとき、すごかったもんねー。すごいってか、長い!)

P(……)

10月。
残暑も過ぎ去り過ごしやすくなってきたころ。
伊織は重要なテストを控えて勉強中だった。




前回の定期テストが終わると、すぐに夏に受けた模試の結果が返却されてきた。

都立小出高等学校 合格判定 『B』

伊織「このBっていいの?」

P「一応合格率は60~70%ってところだな」

伊織「ふーん」

P「まあ今の段階だとあまり参考にはならん」

P「内申だってまだ決定していないしな」


夏あたりの模試の判定はおおよその基準にしかならない。
内申も決定していないし、まだほかの生徒だって本格的に勉強を始めたばかりだ。
前にも少しだけ話したが、成績が伸びてくるのはこの後10月から11月あたり。
伊織はその時に周りのやつらの成績について行かなければならない。

P「……ま、現段階でB判定ってのはなかなか悪くないんじゃないか?」

……

続いて定期テストが返却されてくる。

伊織「……なんか普通だったわ」

英語97点。国語88点。社会79点。理科77点。
この辺りはさして変わらなかった。


ただ前回64点とやらかした数学が、今回は

79点。

P「ぴよっしゃああああああああああああああ!!」

伊織「うるさい」

蹴られた。

P「やったジャン!さすが俺の伊織!」

伊織「誰がアンタのよ!」

伊織「第一、一年生のときとかは90点台だったのよ。まだまだじゃない」

P「いや、三年生の内容でこの点数はいい方だろう。特に前回と比べたらな」

伊織「……ふん」

ちょっとうれしそうだった。




P「ということでテストが引き続き返って来たわけだが、一息つく間もなく次のテストがあるわけだ」

伊織「えー……」

伊織「そうなの?」

P「うむ、そして次のテストこそ本当に勝負のテストになる」

P「……約束!」

伊織「だからうるさい。急に大声出すのやめなさいよ」


P「今から俺が言うことを聞いても、殴らない、蹴らない、罵らないことを約束しますか?」

伊織「は?」

P「約束しますか!?」

伊織「……たぶん」

P「うむ、実は今までに受けた前期の中間と期末のテストなんだが――」

P「実は入試の時に考慮される評定には関係ない」

伊織「……」

伊織「よくわかんない」

俺は伊織に説明した。


入試。正式には高等学校入学者選抜試験だが、この時に考慮されるのは大きく分けると3つ。
内申、学力検査、そして面接。
学力検査と面接は入試日当日に判定されるものだが、内申は学校の成績で決まる。

つまり学力検査は当日の学力を、内申は3年間の勉強の成績を見るわけだ。

しかし、3年間の成績とは言っても3年間すべての成績が考慮されるわけではない。
入試で考慮されるのはその中の一部のみ。
伊織の受ける小出高校の場合『2年生の後期』と『3年生の後期』の二つだけだ。

成績がつく科目は全部で9教科ある。
それをもしオール5を取ったと仮定すると5×9なので45点満点。
さらに『3年生の後期』の成績はさらに2倍して評価される。

つまり2年生後期分=45点、三年生後期分=45点×2=90点
両方合わせて135点満点で評価されるわけだ。


ちなみに学習外活動評価という評価対象もあり、例えば『生徒会長を務めていた』なら3点、『部活動で部長を務めていた』なら2点、『英語検定3級以上を持っている』なら1点など学習外での活動も吟味される。

P「――ただし、すべてが加点されるのではなくその中で点数の高い1項目だけが加点される」

P「つまり『生徒会長』で『部長』だった場合、『3+2で5点』じゃなく、高い方の『生徒会長だから3点』しかプラスされないわけだ」

ここまでホワイトボードを使いながら説明する。

P「まあこれも地域や学校によって違うからな。少なくとも小出高校はこんな感じだ」

伊織「私、生徒会に所属してるわよ。点数になるかしら?」

P「え?それは知らんかった」

伊織「にひひっ、伊織ちゃんのことを何でも知ってるなんて思わないことね。100万年早いわよ」


P「……他に質問は?」

伊織「……あ、3年生の後期の成績って言ってたけど」

P「ああ」

伊織「3年生の後期の成績なんて出るの2月とかじゃない。入試終わってるわよ?」

P「そこで、冒頭の次回のテストが重要って話に戻るわけだ」

P「……実は三年生の後期の成績は次の『後期中間テスト』のみで決まる」

そう、後期の評定は受験に関係するものなので早く評定を決めなければならない。
よって、次の後期中間テストの成績でもう後期の評定を決定するということになっている。
いわゆる『仮内申』というやつだ。
ちなみに早く成績を出さなければいけないため、前期期末テストが終わって一か月後にはもう後期中間テストが行われるという強行スケジュールとなるのが一般的だ。


P「だから次のテストは死ぬほど重要なのさ。なんてったって2倍されて考えられる評定を決めるテストで、しかも一発勝負だからな」

伊織「なるほどね」

伊織「……ねえ」

P「ん?」

伊織「今の話で何が怒るところがあるの?」

P「いや『前期の成績が関係ないんだったらもっと手を抜いても良かったじゃない!もっと早く言いなさいよ!』って言うかと思ってな」

伊織「アンタね……」

P「余計な心配だったか」

伊織「私だってそのくらいわかるわよ!」


伊織「次のテストで成績が決まるったって、まともな先生だったら今までの成績とか前期の点数とかも踏まえつつ評価するでしょ?」

P「……その通り」

いくら後期のテストだけずば抜けて良くても、前期の成績がいまいちだと評価は上がらないものだ。
教員側としては「今回のテストだけがんばったんだな」とか「前回は手を抜いていたのか?」と考える人もいるからだ。

P「そういやテストも帰って来たし、そろそろ前期の評定が出ると思うが」

P「低くても、あまり落ち込むなよ」

伊織「はあ?アンタね、出てもいないうちから……」

P「いや、フォローするわけじゃなくてだな」


P「結構、前期の成績は辛めにつける先生が多いんだ」

伊織「……どういうこと?」

P「『もっと頑張らないとだめだぞ!』という意味で前期は厳しくつける先生も多いんだよ」

P「まあ発破かけだな」

伊織「ふーん」

P「実際に成績が出てからこのこと言ったら『なによ!下手な慰めなんていらないわよ!』って言われるかもしれないから今のうちに言っておく」

伊織「はいはい」


P「ま、知っておくべき情報はこんなところだ」

P「はい、今の話からわかったことは!?」

伊織「今度のテストが重要」

P「そのためにどうするの!?」

伊織「がんばる」

P「……もうちょっと言い方が」

伊織「じゃあ、めっちゃがんばる」

P「……」


後日、前期の評定が発表されたが2年生の後期とまったく変化はなかった。
中間がいまいちだったことを考えるとまあ悪くはないだろう。

3年生前期内申

国語…5  技術家庭科…4
数学…4  保健体育…3
英語…5  美術…5
理科…4  音楽…5
社会…4  

計 39




亜美「うぇ~……」

律子「亜美もがんばらないとねー」

大体の話を聞かせると亜美はソファに仰向けになって、伸びてしまった。

あずさ「努力……青春……懐かしいわ~……」

P「……」

P「まあ、竜宮のみんなには迷惑をかけるが、伊織も大変なんだ」

P「すまんな、仕事調整してもらって」


テスト前だということもあり、俺は律子に頼んで伊織の仕事を減らしてもらっていた。
ちなみに伊織には話していない。
まあいずれはばれるだろうがその時はその時だ。

律子「いえ」

P「あ、そうそうそのことで……」

口を開いたところで会議室のドアが勢いよく開いた。

伊織「ちょっと!!」

怒っていた。

伊織「アンタねえ!戻ってるなら早く来なさいよ!!」

P「悪い悪い」

伊織「質問いっぱいあるんだから!帰れなくなっちゃうじゃない!」

P「……へーへー」


伊織「とっとと……!あ」

俺の腕をつかんで引っ張っていこうとしていた伊織の動きが止まる。

伊織「……アンタ、先会議室に行ってて」

P「え?」

伊織「いいから!聞きたいのは机の上にあるプリントの印のついてるところだから!」

P「あ、ああ……」

追い立てられるように背中を押された。

やれやれ、律子に少し話を聞こうとしていたのに。


最近……いや、伊織が一度体調を崩したあたりからだろうか。

どうにも本調子ではない気がしていた。

そのことについていつも仕事を一緒にしている竜宮のメンバーにも話を聞きたかったのだが……。




伊織「……あの」

亜美「い~おりん!調子はどうなの?」

伊織「うん……まあまあ」

亜美「ダミですなぁー。そこは『ぼちぼちでんな』って返さないと!」

あずさ「そうだわ~、みんなでこれ買ってきたのよ~」

伊織「なに、これ?」


あずさ「差し入れよ~。冷えぴたと~……」

律子「パワフルミン3000と」

亜美「眠気覚ましにぴったり!スーパーシゲキックスDXα!!」

伊織「あ、ありがとう……」

律子「でも、あまり無理しないようにね。体調は大丈夫なの?」

伊織「うん、平気……」

伊織「……ごめんね、みんな。私のわがままで……くぎゅ!?」

あずさ「うふふ、そういうことは言いっこなしよ~」

亜美「あ~!亜美も!亜美もいおりんのことぎゅってするのー!」


伊織「ぅ……あずさ、くる……!」

あずさ「……がんばってね、伊織ちゃん」

伊織「あずさ……」

亜美「そうだよ、いおりん!」

亜美「亜美なんか真似できないよー!勉強なんて10分で限界だし!」

律子「亜美……」

律子「おほん、まあ心配しないで」

伊織「……」

律子「伊織は自分のやるべきことをしっかりやりなさい。私たちを信じて」

律子「仲間なんだから」


あずさ「うふふ、そうよ~伊織ちゃん」

伊織「……」

亜美「そうそう!そしてスーパーいおりんになって亜美にべんきょー教えてね!簡単に点数が取れるやり方!」

伊織「……うん」

伊織「……私、絶対に合格するから」




その後、テストまで伊織はみっちり勉強をした。

そしてテスト終了後。

伊織の芸能活動休止が発表された。



つづく


今回はここまでです。読んでくれた方ありがとうございました。

>>1です。更新遅れた、すみませぬ

ということで投下




P「じゃあこの前の岩石のつくりの復習。まず火山活動でできる岩石を何という?」

伊織「火成岩」

P「火成岩は大きく分けると二種類あったな」

伊織「えーと、深成岩と……火山岩?」

P「正解。じゃあ火山岩の代表例三つ」

伊織「えーと……りかちゃんあせってだから……」

伊織が空中で何かを書くように手を動かす。
先日教えた暗記表を描いているのだろう。


伊織「流紋岩と……玄武岩と……」

伊織「……うー」

俺は何も言わずに伊織の答えを待つ。

伊織「『あ』で始まるやつでしょ?」

P「そう。もう着いちまうぞ」

伊織「あ、あ……あー!」

水瀬邸の門前を通り過ぎ、ひらけたところでUターンをする。
門の真ん前で車を止め、ハザードを出した。

P「はい時間切れ。正解は安山岩」

伊織「あーそうだわ……くっ」

P「ほい、じゃあお疲れさん」

失態だわ、とつぶやき伊織は足元のバッグを抱える。


伊織「じゃあ、明日も学校終わったら行くから」

P「ああ。俺はたぶんいないが、指示があったら机の上に残しておく」

伊織「わかった。じゃあありがとね」

P「ゆっくり休め。最近顔色がよくない気がする」

伊織「わかってるわ」

伊織が助手席から降りていく。

P「おやすみ」

伊織「……おやすみなさい」

ハザードを消した後、ウインカーを出しギアを入れる。
後方を確認した後、ゆっくりアクセルを踏み込んだ。
サイドミラーには伊織が映っていた。


伊織を仕事終わりに送るようになって2週間。
言い出したのは伊織だった。

伊織『帰り、車の中でも勉強するから送ってって』

伊織『いいじゃない。アンタが帰るまで勉強するって決めたのよ』

伊織『それに間違えそうなところとか覚えてなさそうなところとかアンタの方が把握してると思うし』

伊織『とにかく!アンタは私のことを送ってくれればいいの!』

強引に送り役として抜擢された。

大きな変化は他にもあった。

伊織は今、芸能活動を休止中だった。




話はしばらく前にさかのぼる。
伊織が体調を崩して、俺が見舞いに行ったその帰り。
俺は伊織の今後について相談するために事務所に戻った。

P『……あのさ』

律子『はい?』

P『少し相談があるんだが……』

律子『伊織のことですか?』

P『ああ』


律子『……やっぱり、悪そうでした?』

P『いや、おそらく大丈夫だろう』

P『ただ「今回は」だが』

律子『……』

P『なあ、俺は仕事先でのことはわからないんだが現場ではどうなんだ?』

律子『そうですね……』

律子『前置きしておくと、私も伊織のことは注意して見てますよ?』

P『……』

律子『その上で言うと』

律子『……正直、いつも通りですね。以前と同じです』

P『そうか……』

俺は大きく息を吐く。
律子は腕組みしながらこちらを見ていた。


律子『まあ、合間合間の空き時間にハンドブックを見ていたりテキスト開いていたりって変化はありますけど』

律子『プロデューサー殿が気にしてるのはそういう変化じゃないでしょう?』

P『ん……そうだな』

律子『何か気になることが?』

P『……』

自分の中で考えていることを整理する。なるべく律子の理解を得られるように。

P『今回のことに関してだが、今後のことをしっかり考えるいい機会かもしれない』

律子『いい機会……?』

P『ああ』


P『いつも一緒に活動している律子たちにも伊織の変化は気づかなかったんだろ?』

律子『……はい。面目ないですが』

P『ってことはこの先もなんの予兆もなく伊織が体調を崩す可能性があるってことだ』

P『それはどう考えてもまずいだろ』

律子『そうですね……』

P『だから今後の伊織のスケジュールを見直すいい機会ってことだ』

P『まずどうして今回のような事態になったか。考えられる理由は二つ』

P『一つは伊織自身も気づかないうちに、疲れやストレスが溜まっていた可能性』


芸能活動をしてると体調が万全なんてことはほぼない。
なんとか折り合いをつけてうまくこなしているのが現状だ。
一流のアイドルはそういう体調管理なども含めて一流ということだ。

伊織はそういう技術を一年目にしっかり身につけているはずだ。
俺との活動中も、最後の方はしっかり体調管理できていたように思う。

ただ、心の負担に関してはそう簡単なものではない。
俺もプロデュースを始めたころに社長に言われたものだ。
「ストレスというものは自分でも気づかないうちに溜まっているからストレスと言うんだよ」と。

P『二つ目は、単純に無理をしていたのを隠していた可能性だ』

P『……なあ律子。あいつ、トップアイドルと呼ばれるようになってから以前とは変わったと思わないか?』

律子『どの点でですか?』

P『以前はわがままで振り回されることが多かったが、自分が事務所の中でも重要なポジションにいると自覚してから……なんつーかな』

P『……自己犠牲、って言ったら言い過ぎかもしれんが』

P『自分のことは後回しにする傾向が強くなった』

律子『……』


P『まあ成長したってことで喜ばしくもあるが、度を過ぎると褒められたもんじゃない』

P『竜宮のリーダーになってからさらに責任感も増しているみたいだしな』

P『その状態で今は受験を控えて勉強してるわけだ』

P『伊織の頭の中で何が起きているかは俺もわからん』

P『ただ、いろんな要素によって自分を削ってでも勉強しなければならない状態にあるのかもしれない』

律子『プロデューサー殿にも……わからないですか?』

P『……なんとなくだが』

P『ただ父親を見返したいからとか、受験すると言ってしまって取り返しがつかないからとかそんな理由ではない気がする』

P『……ほぼ勘に近いがな』

律子『……わかりました。私も私なりに考えてみます』


律子『ただ、その前に具体的な対策は打たなければなりません』

律子『……今日来たのもそのことでしょう?』

P『有能だな、プロデューサー』

律子『そういうのいいですから。 ……正直、プロデューサー殿はどうしたらいいと考えてるんですか?』

P『……この先のことも考えると、仕事は減らすべきだと思う』

伊織には一度言ったことがあるがこの先周囲の生徒の成績が伸びてくる。
しかし現状では、伊織はそれに対抗するための勉強時間が確保できないのだ。
周りに追いつかれてきている焦り、それでも勉強時間が取れない不安、そして仕事。
それは伊織にとってはさらなる負担となるはずだ。

律子『……そうですか』


最初から仕事を減らすことは考えていた。

しかし伊織ならばもしかして、と言う気持ちもあって今までは行動していなかった。

そうして様子を見ていたら今回伊織が体調を崩したわけだ。

完全に後手に回ってしまった。

ただ、今回のことでこのままではいけないことが確実となった。
律子や社長、そして一番手ごわい伊織を説得するのは今のタイミングしかない。
律子や社長はともかく……

『……冗談じゃないわ!それじゃ結局お父様が言った通りにするのと同じじゃない!!絶対休みなんかしないんだから!!』

伊織の顔が浮かぶ。
説得するのは……まあ俺だろう。


律子『わかりました』

P『……うん?』

律子『伊織の仕事は調整します。急には無理ですが、徐々に減らしていく方向でいいですか?』

P『いけるのか?』

律子『おそらく』

律子『……私だって何も考えてないわけじゃないですよ』

P『あ、そ、そうか』

いやにあっさり。
もう少し難航するものかと思っていたが。


P『じゃあ伊織の方には俺が……』

律子『いえ、私の方でやります。社長にも話を通しておきますので』

P『そうか?』

律子『……ふぅ。あなたは他の子たちのプロデュースもあるんですから』

律子『伊織のことを考えすぎて今度はプロデューサー殿が、なんてことはないようにお願いしますよ?』

P『あ、ああ』

律子『じゃあそういうことで』

P『ああ。悪いが頼んだ』

律子『いいえー』


律子『……』

律子『……やっぱりこうなりましたか』

律子『すごいですね、プロデューサー殿は……』

律子『ううん、プロデューサーたちは、か……』




その後はスムーズに話が進んだ。

後期中間テストの前には仕事が半分くらいになり、テスト中はなし。
テスト空けは多少仕事をしたが、一週間後くらいには正式に活動休止が各所に通達された。
来年の2月、受験終了まで。

トントン拍子に話が進んで正直少しだけ違和感を感じていた。
一番意外だったのは伊織が何も言ってこないことだ。
律子がうまく話したのか。
少なくともそのことで俺に抗議が来ることはなかった。

十月も終わり、十一月になろうとしている。
入試本番まであと三か月と半月。


芸能活動を控えて負担は減ったはずだが、伊織の様子に変化はなかった。
相変わらず調子の悪そうな日の方が多い。
仕事でも負担が減れば改善されるかと思っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。

伊織は表面上はしっかりしているし、聞いても特に何も話さない。
俺の思い違いだと言われればそうなのだろう。

しかし、どうもすっきりしない。

やはりプレッシャーを感じているのだろうか?
単純に見守っていればいい一過性の変化だろうか?
それとも仕事がなくなったことで逆にリズムがつかめないのだろうか?
もうしばらくすれば安定してくるのだろうか?

最近いつも考えている。

が、答えは出ない。

結局、受験とはこういうものとも戦わなければならないものだったことを俺は思い出していた。



つづく


今回は以上。更新遅くなったわりに、内容的にはあまり進まんかったね……すまぬ。ただ、失踪はしないと約束します。
いつもコメントくれる方々ありがとうございます。励みになります。禿になります。

読んでくれた方ありがとうございました。


>>1です。投下




11月初め。
いい知らせと悪い知らせが一つずつあった。

いい知らせの方は、伊織の後期の仮内申が出たこと。
これでついに内申が決定したわけだ。

伊織「どう?」

久々に伊織の自信に満ちた顔を見た。

P「むむむ……さすがとしか言いようがないな」

伊織「ふふん、やっぱり私は天才ね」


三年生後期仮内申

国語…5  技術家庭科…5
数学…5  保健体育…4
英語…5  美術…5
理科…5  音楽…5
社会…5  

計 44

ちなみに二年生の前期は

国語…5  技術家庭科…4
数学…4  保健体育…3
英語…5  美術…5
理科…4  音楽…5
社会…4  

計 39


つまり44×2+39=127

これが伊織の最終内申だ。

伊織「ふふ、これじゃ合格は決まったようなものね」

P「調子のんな」

伊織「わかってますよーだ」

最近あまりなかったが、珍しく軽口も言う。
しかし俺も久々に気分が上がっていた。
135点満点中の127点とは恐れ入る。

まあ受験に関係する内申だから教師側で多少色を付けたというのもあるだろう。
それを考えてもやはりすごいと思う。

しかし、ここで気を引き締めさせるのが俺の役目。


P「まあ内申に関してはよくやったな」

P「でもほんとに油断できないぞ」

P「例えば伊織より内申が低い……そうだな、117。伊織より10内申が低い子がいたとするだろ?」

伊織「うん」

P「その子が伊織を逆転するには何点分伊織より点を取ればいいと思う?」

伊織「さあ?100点ぐらい?」

P「40点だ」

伊織「40点……」

P「ああ。つまり一教科8点ずつ負けてればそれで伊織とその子は同じ点数になるってことだ」


最近は受験の点数を重視して合格判定する高校が増えてきている。
入試の点数と内申、そして面接の考慮割合は各高校によって決まっているが、伊織の受ける小出高校の場合『入試:内申:面接=5:3:2』となっている。
ちなみに面接の割合も最近変わった受験制度のおかげで(せいで?)最低2割は考慮しなければならなくなっている。
それの影響もあり入試:内申で見ると入試の点数が内申より1.5倍程度の価値を持つようになっている。
つまり、

P「……最近の傾向として、入試での逆転劇が起こりやすいってことだ」

P「それに小出高校の去年の合格者平均の内申は124.4」

偏差値67は伊達じゃないと言ったところか。

P「伊織の内申は127だから、決して楽勝な勝負じゃないからな」

伊織「ふーん」

P「だから油断するなよ」


伊織「アンタの知ってる伊織ちゃんは、そんなにツメの甘い子なのかしら?」

回想。

P「……確かライブ後、ステージからはけるときに大こけしたことが……」

伊織「うっさい!」

……




内申が出てから数日後。
以前に受けた模試の結果が返却されてきた。

P「な?」

伊織「……」

P「油断大敵」

伊織の合格判定は『C』だった。前回は『B』。

まあ正直なところこの判定はそんなにあてにはならない。
内申については2年の後期の分しか判断材料に入ってないからだ。
おそらく最新の内申も考慮すれば判定は上がるだろうが、あえて言わなかった。
ある程度の危機感は持っていた方がいい。


伊織「……前と点数はそんなに変わってないのに」

意外と冷静だった。
以前なら『なんで点数が変わってないのに判定が落ちてるの!?おかしいわよ!?』と騒いでいるだろう。

P「周りの点数が徐々に上がってきてるってことだ」

伊織「……そうね」

P「ま、伊織も活動休止中だしこれからだな」

言ってからぎくりとしたが、幸い伊織が特に何も言ってくることはなかった。
未だに俺に対してそのことでは何も言ってこない。

伊織「次の模試はいつだっけ?」

P「あー……再来週の日曜だな」

伊織「その時にリベンジしてやるんだから、見てなさい」

P「そうだな」


伊織は毎月模試を受けている。
以前俺が仕事をしていた塾の外部生として模試だけ受けているのだ。

この時期の受験生は毎月のように模試がある。
それに塾に通っている生徒は、土日は文字通り朝から晩まで勉強漬けだ。
夏ごろから行っている全学年の総復習も大体ひと段落し、今の時期は難易度の高い単元の再復習と、入試形式の総合問題をがりがり解いている時期だ。
この段階でまた心が折れる生徒も出てくる。

ちなみに伊織はまだ1、2年生の復習を行っている段階だ。
平日は学校が終わり次第事務所に来て俺が帰るまで勉強。
これはもうほとんど習慣化した。
帰りの車の中での一問一答が追加されたくらいだ。
土日も朝から事務所で勉強。
俺も仕事の合間を縫って問題を解説したり、プリントを作ったりしているがほとんどは一人で勉強している。


ちなみに、以前事務所に帰ってくると同時に音無さんが泣きついてきたことがあった。

小鳥『ぷ、ぷろでゅーさーさ~ん……』

P『は?な、どうしたんですか?』

小鳥『わ、わたし社会人失格かもしれません~』

伊織『こ、小鳥、私が悪かったから……』

小鳥『謝らないで~!』

どうやらどうしても納得いかないことがあって、俺が戻るまで待てなかったらしい。
それで、事務所にいた音無さんに質問したら

P『お、おれだって専門教科以外は答えられないですし……』

小鳥『……しくしく』

答えられなかったらしい。


他にも

雪歩「伊織ちゃん、お茶どうぞ」

真「伊織ー、見て見て!うカルビーってのかあったから買ってきたよ!……な、なんだよその顔!」

響「いっおりー!脳の活動にはブドウ糖がいいって聞いたから買ってきたぞー!」

貴音「受験生応援らーめんと言うのがあったので買ってきました」

そんなこともありつつ、新しいリズムで伊織の勉強生活は進んでいた。

P「とりあえず近いところの目標は次の模試。それと11月中には全範囲復習終わらせるぞ」

伊織「わかった」

……


P「じゃあな」

伊織「ええ」

P「……伊織」

伊織「『ちゃんと休め』でしょ?わかってるわよ」

P「……ならいい。今日も夕方ぐらいからぶっ続けでやってたんだからな」

伊織「大丈夫よ。すぐに休むから」

伊織「おつかれさま」

P「……ああ。おやすみ」

――――




―水瀬邸

伊織「今日も合間に少し寝ちゃったわ」

新堂「……そうでございますか」

伊織「だからいつものやつ、お願いね」

新堂「かしこまりました」

新堂「……」

新堂「……お嬢様、差し出がましいとは思いますが」

伊織「このやり取りも定番になってきたわね」


新堂「それでもあえて言わせていただきます……どうかご自愛ください」

伊織「ありがとう。でも、大丈夫よ」

新堂「……左様でございますか」

伊織「ええ。自分の体のことくらい、わかってるから」

新堂「……かしこまりました。それではお夜食の方はすぐお持ちいたしますので」



つづく


以上。ありがとうございました。

>>1です。投下




AD「はーいオッケーでーす!」

雪歩「ありがとうございましたぁ」

都内スタジオ。雪歩のイメージ写真撮影が終わった。

P「お疲れさん。立派にポーズ取れるようになったな」

雪歩「えへへ、慣れてきました!あ、ちょ、ちょっとはですけど……」

関係者にあいさつを済ませたあと、次の現場に移動するため地下駐車場に向かう。
雪歩とともに車に乗り込み、スタジオを出た。


P「やっぱり冬っていうと雪歩って感じがするな」

雪歩「そうですか?」

P「ああ、イメージ的に」

P「それに『秋は夜を目一杯乗り越え 冬は雪歩目一杯抱きしめ』って……」

雪歩「はい?」

P「……いやなんでもない」

雪歩「もうすぐ今年も終わっちゃいますねぇ」

P「そうだな。雪歩は今年アイドルランクが2つも上がったし、もうトップが見えてきたな」

雪歩「わ、私なんかまだまだですよ……」


P「ははは、謙遜しなくてもいいだろ。今年はがんばったからなあ」

雪歩「ありがとうございます。でも、今年は本当に時間が過ぎるのが早かったです。この前お正月だったのにまたお正月が来ちゃうみたいな……」

P「はは、そうか。でもお正月の前に……っと」

雪歩「?」

P「……年末まで仕事があるからなあ。大変だけど頑張ろうな」

危ない危ない。
危うくクリスマスのことを話題に出すところだった。

クリスマスは雪歩の誕生日。
それに向けて事務所のみんなはクリスマスパーティといいつつ、雪歩のサプライズ誕生会を計画中だ。
なのでなるべくそのことを話題に出さないように、というお達しが出ていた。


雪歩「でも、みんな去年と比べると本当に忙しくなりましたよね」

P「……そうだな」

クリスマスはみんな集まれるんだろうか。
律子と俺である程度は調整しているが、全員と言うのは厳しいかもしれない。

それに――

アイツはどうするんだろうか。

雪歩「プ、プロデューサー?」

P「ん?」

雪歩「な、何か考え事ですか?お顔が怖いですぅ……」


P「はは、この顔は生まれつきなんだ……なんてな」

軽口を叩いたつもりだったが、雪歩はぎこちなく笑っただけだった。
……担当アイドルに気を使わせるなんて、プロデューサー失格だな。

季節は12月の中旬。
まだ雪は振っていないが冷え込みはだいぶ厳しくなり、コートが手放せない。
年末に向けてアイドルたちの仕事も忙しくなり、俺も仕事に追われる日々が続いていた。
より気を張って仕事をしなければならない時期だが、俺はいまいち調子が悪い。

伊織の顔を思い浮かべる。
伊織が事務所に来なくなって数日が経っていた。




12月の初め、11月の模試結果が届いたあたりから少しずつ何かがずれ始めた。

P「ここはこのあいだやった問題の応用だろう?気づかなかったか?」

伊織「……」

P「まあ気づかなかったならしょうがないが……でもこっちの規則性のところなんかはせめて一つは解けたはずだ。ただ地道に数えていけばな」

俺と伊織は模試の見直しをしていた。
11月の模試の判定は『C』。
前回と変わらず、合格率は40~60%となっていた。


11月の模試は内申が決定してから初めての模試だったので、俺も伊織も判定が上がることを期待していた。
伊織の三年生後期の仮内申はなかなかのもので、そのおかげで小出高校の合格者の平均内申は上回っている。
内申が出ているため今回は純粋に点数勝負、点数が良ければいい判定が出る。
判定の信頼度が高くなってきている時期の模試だったのだ。

それで出た判定が『C』。
俺も意外だった。

伊織も気落ちしているだろうとは思ったが、早急に原因を調べなければならない。
いつもであれば伊織が自分で解き直しをやり、俺がその解説をしつつ模試の状況について話す。
ただ今回に関しては返却されてきた解答を持ってきてもらい、すぐに俺も交えて見直しをした。


その結果わかったことは――

P「……ここもだな。単純なケアレスミスだ」

らしくないケアレスミスが今回点数が伸びなかった原因だった。

伊織「……」

伊織は椅子の上で自分の解答を凝視している。

単純な計算ミス、問題の意味の取り違え、理科や社会での漢字ミスなんてものもあった。

俺も解答を眺めつつ思案する。

この時期の生徒対応は非常に難しい。
勉強をしていないから点数が伸びない、という単純な構図ではないからだ。
点数が伸びないなら原因は何なのか、原因がわかったらなぜそうなってしまったのか、しっかり大元に対してアドバイスをしなければいけない。
生徒自身、勉強に多くの時間を割いているのに点数が上がらないと悩んでいるケース。
実は見えないところでは勉強をしていないケース。
もうとっくに心が折れてしまっているケースなど、枚挙に暇がない。


また、原因がわかったとしても対応をどうするか?
発破をかけるのか、あえて突き放すのか、励ますのか、褒めるのか。
対応を一手間違えると、取り返しがつかなくなるなんてこともある。

悩んだ。大いに悩んだ。

そして、今回に関しては理論的に諭すのがいいという結論に達した。

点数に関して言えば今回の失点の多くはケアレスミスだし、ミスが減れば自然と点数も伸びる。そこまではいい。
問題は、今回なぜミスが異常に多いのかだ。それの原因をしっかり把握し、次への対策を考える。
その心当たりについては伊織に直接聞くしかない。

そういえば、今日は解答を持ってきた時から伊織の口数がやけに少ない。
というか最近ずっとこんな感じである。
ストレスか、はたまた違う原因か。


P「伊織さ……」

返事はない。

答案用紙から顔を上げる。

P「伊織?」

伊織は顔を俯けている。先ほどまで見ていた解答用紙も今は手に持たれているだけで、だらりと膝のあたりに下げられていた。
左手で口元を押さえている。

……泣いてるのか?

よく見ると、わずかにだが肩が震えている。
手を伸ばしかけて、止まる。


伊織の呼吸が荒い。
震えも大きくなってきている。
伊織の手から用紙が落ちる。
ぐらりと体が横に傾いだ。

P「……伊織!」

伊織が倒れる前に何とか体を抱きとめる。
伊織は、はあっ、はあっと大きく呼吸し、自らの体を守るように抱きしめていた。
顔が苦しさにゆがみ、額に汗をかいている。

P「――過呼吸か」

小鳥「プロデューサーさ……伊織ちゃん!」

会議室のドアから音無さんが入ってきた。先ほどの声を聴きつけたのだろう。


P「すいません音無さん、何か紙袋、なければビニール袋でも構いませんから小さめのものを持ってきてもらえませんか?」

小鳥「ふ、ふくろですか!?ちょっと待っててください!」

音無さんが会議室を出て行く。

腕の中の伊織に目をやる。
熱い。
体が熱を持っている。

P「伊織。聞こえるか?伊織!」

呼びかけてみるが返事はない。瞳は苦しさからかぎゅっと閉じられたままだ。

P「大丈夫だから心配するな。聞こえてるか?」


小鳥「プロデューサーさん!こ、これでいいですか!?」

P「ありがとうございます」

音無さんが持ってきてくれたのはちょうどハンバーガーが入ってくるくらいの紙袋だった。
それを伊織の口元にあてる。

P「伊織聞こえてるか?きついかもしれんが呼吸を落ち着けるんだ」

うっすらとだが瞳が開けられた。荒い呼吸を繰り返してはいるが、声は聞こえているらしい。

P「いいか?俺の声に合わせて呼吸をしろ。大変だとは思うが、がんばれ」

P「はい、吸ってー……吐いてー……吸ってー……吐いてー……」

普通に呼吸をするよりもかなりゆっくり呼吸のリズムを作る。
伊織は苦しそうにしながら呼吸を合わせようとしている。


P「がんばれ。吸ってー……吐いてー……吸ってー……吐いてー……」

何回か繰り返していると、徐々に呼吸が落ち着いてくる。
荒く大きい呼吸から、ゆったりとしたリズムの深呼吸に近くなる。

P「吸ってー……吐くー……大丈夫か?そのままゆっくり呼吸しろ」

顔からも苦痛の色がだいぶ消えてきた。

小鳥「あ、あの、伊織ちゃんは……?」

P「過呼吸です。……もともとそんな傾向があるとか知りませんよね?」

小鳥「は、はい。伊織ちゃんについてそういう話は聞いたことは……」

P「ですよね……伊織、自分で袋を支えれるか?もうしばらく口元にあててるんだ」

だいぶ落ち着いてきたのでそのまま伊織を抱えてソファまで連れて行く。
ソファに体を横たえる。
今はすぅすぅとした浅い呼吸になっていた。
体は汗ばんで熱を残していたが、苦しそうな状態ではないのでひとまず大丈夫だろう。


P「ふう……」

小鳥「……おつかれさまです。大丈夫ですか?」

P「ひとまずは。あ、なんか濡らしてもいいタオルかなんかありましたっけ?」

小鳥「あ、持ってきます」

音無さんから受け取った濡れタオルで伊織の額を拭ってやる。
そのままおでこにのせた。

小鳥「びっくりしましたね……何かあったんですか?」

P「いえ、普通に模試の話をしていたら急に」

小鳥「過呼吸?って言ってましたっけ。私言葉くらいしか聞いたことないですけど……」

P「そうですね。たまになる人もいるらしいですけど」

今回のことは何か原因があったのだろうか?

P「……ひとまず落ち着いたと思いますが、できれば病院に連れて行きたいんですが」

小鳥「大事を取ってそうしたいですね。あ、でも……プロデューサーさんはこの後仕事ですよね?」

P「そうですね……なんとか調整かけられれば……」


伊織「……だ、いじょうぶ……」

伊織が力ない声をだす。気が付くと目も開いていた。

小鳥「……伊織ちゃん、だいじょうぶ?具合は悪くない?」

伊織「……うん。体はだるいし、ちょっと気持ち悪い……」

伊織「でも、だいじょうぶ、だから……」

P「……全然声が大丈夫じゃないだろ。いいから横になってろ。音無さん、伊織の家に連絡してもらっていいですか?」

P「親御さんがいらっしゃったら病院に連れて行ってもらいます。新堂さんしかいらっしゃらなかった場合、こちらで病院に連れて行ってもいいか聞いてください」

小鳥「わかりました」

音無さんがデスクに戻り、受話器を取り上げる。
それを見ていると、下から小さな声が聞こえてきた。

伊織「……だいじょうぶだって、いってるじゃない」

P「寝てろ」




病院の駐車場で電話をかける。

律子『……もしもし?プロデューサー殿?』

P「ああ。今ひとまず診察が終わったよ。悪かったな」

律子『何言ってるんですか。それより伊織はどうでした?』

P「あーっと……とりあえず心配はいらない。詳細は事務所で話してもいいか?とりあえず伊織を送って休ませたいんだ」

律子『大事がないならよかったです。それで構いません』


P「すまんな。そっちは大丈夫だったか?」

律子『ええ。一人でこなしてくれた子たちも多かったですし』

P「そうか。助かったよ」

律子『それじゃあ、事務所で待ってますね。伊織のことよろしくお願いします』

P「ああ」

電話を切って、車に乗り込む。
後部座席には伊織が横になっている。

P「車出すぞ。気分が悪かったらすぐ言ってくれよ」

返事はなかった。

俺は普段よりなるべくゆっくりとアクセルを踏み、車を発進させた。

……




伊織の家に着くと、伊織は頼りない足取りながら自分で歩いて玄関に入っていった。
もちろんその両サイドには御付きの人間がいたが。

新堂「――この度は真にありがとうございます。お手数をおかけしました」

P「いえ。こちらこそ伊織さんの体調に関して気配りが足りなかったようです。申し訳ございません」

新堂「いえ」

新堂「それで、重ね重ね申し訳ございませんが、旦那様と奥様へ今回の出来事について御報告しなければなりませんので、少しだけお話しを聞かせていただいてよろしいでしょうか?」

P「もちろんです――私も少し伺いたいことがございましたので」



つづく


今回は以上。ありがとうございました。




事務所に戻ってきたころには時刻は10時を過ぎていた。

律子「お帰りなさい」

小鳥「お帰りなさい、大変でしたね」

軽く返事をして、どっかりと椅子に腰を下ろす。
座った瞬間に腰を中心にじんわりとした疲労が全身に広がっていく感覚がした。
どうやらだいぶ疲れているらしい。精神的なものもあるだろうが。

小鳥「お疲れ様でした。どうぞ」

音無さんがお茶を持ってきてくれる。
一口飲んだ後、軽く肩の周りや腕、首を回す。


律子「それで……話を聞いてもいいですか?」

ああ、と返事をし今日の話を大雑把に、時系列順に話す。

伊織と模試の見直しをしていたこと。
伊織が急に過呼吸になったこと。
俺自身は原因について思い当たる節がないこと。
伊織の両親が不在だったため許可を得て病院に連れて行ったこと。

P「『過呼吸だと思うんですが』って言ったらとりあえず呼吸器内科に回されてな」

P「状況を話したらおそらくそうだって言われたよ」

律子「原因については?」

P「……心因性のものだろうと」


身体的な要因だと激しい運動の後に過呼吸になることがあるが、今回は関係ない。
そうすると考えられるのは精神的なものしかないだろう。

小鳥「やっぱりストレスが溜まってたってことですかね?」

P「まあそう考えるのが普通ですが……」

律子「何か?」

P「……伊織のやつが何も話さなくてな」

律子「何も話さない?」

体調はある程度回復していたはずだが、伊織は医者の問いかけに対して何も答えなかった。
俺が話を促しても口を開かず、結局そのまま診察は終わりになった。

P「まあショックもあるだろうからって先生は言ってたがな……」

律子「そうですか……」


P「ただ、本人の話を聞けなかったのはちょっとな。伊織の体のことは伊織しかわからないし」

P「場合によっては軽度のパニック障害の可能性もあるらしいからな」

小鳥「パニック障害……?」

医者から聞いた話を話す。

パニック障害、PDは強い、又は慢性的なストレスによって発症することが多い精神疾患の一つである。
その症状は動悸、めまい、頭痛、異常な発汗などに始まり、強い恐怖感、閉塞感などを感じる。
その症状の一つに過呼吸が含まれることもある。

P「一応本人の話とかも聞かないと判断できないだろ?けど伊織が話さなかったからはっきりとは先生も判断できないらしい」

律子の顔がこわばる。

律子「じゃあ、もしかしたら……」

P「……ただ、パニック障害は人の多いところや公共の場なんかで症状が出ることが多いらしいから、今回はおそらくただの過呼吸だろうということだ。断定はできないがおそらく大丈夫だろうって言ってたぞ」

律子「……そうですか」

律子はあからさまにほっとした表情を浮かべる。


小鳥「びっくりしました……でも、やっぱりショックだったんでしょうね」

律子「……」

会話が一度途切れる。
ただ、俺には話しておかなければならないことがもう一つあった。
気乗りしないまま口を開く。

P「……病院の診察とは別に報告がある」

律子「……あまりいい報告じゃなさそうですね」

P「どうもアイツ、家に帰ってから相当遅くまで起きてるらしい」

律子「……勉強してるってことですか?」

P「ああ。たぶんな」

これは伊織を送った後、新堂さんから聞いたことだ。
少し話しにくそうにしていたが、特に伊織から口止めされているというわけでもないらしく教えてくれた。


小鳥「それは……あまりよろしくない?」

P「ただでさえアイツここで10時過ぎまで勉強してますからね」

P「休日なんか8時か9時くらいに来て、10時過ぎまでやってるってなると」

律子「……その時点で10時間以上は勉強してますね。ご飯や休憩を抜いたとしても」

小鳥「じゅ、10時間……」

律子「……確かにちょっと」

P「それに……」

律子「それに?」

P「ああ、いや……」

新堂さんから聞いた話を思い出す。

新堂『どうやらお薬を服用されているようで……』


何の薬かまではわからないらしいが、使用人などが薬を手に入れるよう頼まれた事実はないらしいのでおそらく頭痛薬か何かだろうと言っていた。
……遅くまで起きているのに睡眠薬ということはないだろう。
とにかく、伊織はそこまで体を騙しながら勉強時間を作っていたということだ。
一瞬話の流れで口を突きかけたが、おそらく話してもどうなるものでもないだろうと思い、余計な心配をかけないため口をつぐんだ。

……ただ、あとで本人には確認をしておく必要はある。
話すとしても事実がはっきりしてからでいいだろう。

P「……実は勉強の時間自体はそんなに問題視してないんですよ」

小鳥「え?そ、そうなんですか?」

P「はい。この時期になると時間的には珍しくないというか……」

小鳥「……私絶対無理です」

P「いやまあ大変なのはそうなんですよ?ただ時間よりも気になるのは」

P「……追い詰められたように勉強してるのがちょっと」

律子「……」


P「アイツ、根は真面目なやつですから」

律子「……確かにそうですね。最近は声をかけるのもためらわれるというか」

以前までは事務所のみんなも激励の声をかけたり、伊織もそれに答えたりしていたが、最近はそんな光景もあまり見なくなった。
伊織は事務所に来ても自習用のデスクに張り付いて黙々と勉強している。
そんな鬼気迫る様子に他の子たちも気軽には声をかけれないようだった。

P「もちろん質問に来たりはするんですがね。思い返すとそれ以外は最近まともな会話もしてないような」

P「模試の思ったような結果が出なかったりして……」

律子「……焦ってるというか……それこそ追い詰められてるって印象ですね」

P「ああ。それだけが引っかかる。今回のこともそういう精神的なものの積み重ねじゃないかと思ってな」

小鳥「……」

場が再び沈黙する。


P「……明日はとりあえず1日休むように新堂さんに言付けてきました」

P「あとは俺が何とかします」

小鳥「何か対策があるんですか?」

P「……」

律子「……プロデューサー殿?」

P「……考える」

律子「考えるって……」

P「どうすれば最善か、少し考えてみる」

P「……俺の責任だしな」

小鳥「プロデューサーさん……」


律子「……はあ」

律子がため息をつく。心配しているのだろう。
担当アイドルを預かっている身として申し訳なく思う。
今は活動休止中とはいえ、今後の伊織の活動についてはこの受験が運命を握っていると言っても過言ではないのだ。

律子「プロデューサー殿」

P「ん?」

律子「……ちょっといいですか?」

P「……?」

――――




12月24日。

(……きたよ!きたきた!)

雪歩「はぅぅ、も、もどり……」

一同『雪歩、誕生日おめでとー!!』

盛大にクラッカーが鳴らされ、拍手の音が重なった。

雪歩「……」

春香「ゆーきほ!ささ、主役はこっち……に?」

ぱたりこ

真「わぁぁぁぁぁあ!?ゆ、雪歩!?」

真美「うーむ、やはり20連発はやりすぎでしたかなぁ?」

P「……ま、お約束だな」


――――



P「おめでとう、雪歩」

雪歩「あ、ぷ、プロデューサー……ありがとうございます」

P「回復したか?」

雪歩「は、はい……うぅ、私ってば相変わらずで……」

P「まあ気にすることないさ。それより今日は主役なんだから肉食べろ、肉」

雪歩「あ、は、はい、いただきます」


――――



亜美「さーて、それでは決勝戦は兄ちゃん対……まこちーん!!」

真「よろしくお願いします、プロデューサー!」

P「ふ……男として負けるわけにはいかないな」

真美「解説の律子さん、この勝負はどう見ますか!?」

律子「まあ、普通に考えたらプロデューサー殿でしょうね……というか腕相撲で真が勝ったらアカンでしょう」

真美「なるほど、極めて普通の解説ありがとうございます!」

響「まことー!自分に勝ったんだから優勝しなきゃ許さないぞー!」

美希「うー、ハニーに勝ってほしいけど、真くんにも負けてほしくないの!」

春香「両者力を抜いてー……レディー……」

春香「GO!……と言ったら始めてくださいね!」

「……」

のヮの「あれ!?」


――――



P「……」

あずさ「ぷろでゅーさーさん?」

P「あ、あずささん。食べてますか?」

あずさ「はい~、頂いてますよ~。プロデューサーさんこそ食べてますか?」

P「ええ」

あずさ「ふふ~、額に皺を寄せてるからなにか考え事でもしてるのかと思って~」

あずさ「……伊織ちゃんのことですか?」

P「……眉間ですよね?」

あずさ「あら?そうとも言いますね~」

あずさ「うふふ、でもきっとこのパーティーの後に……」

P「……はい?」

あずさ「いえいえ~、ささ、飲んでください~」

P「はあ……」

P「……って、あずささん飲んでるんですか!?」


――――



真美「うへ~い……」

律子「ちょっと亜美真美~、ちゃんと働きなさいよ」

亜美「燃え尽きちまったぜ……真っ白にな……」

P「お前らな……片付けの時はいっつも死んでるよな」

真美「真美たちの辞書に片付けの文字はないからね~」

亜美「一瞬でもいい!一瞬でも輝けたら……俺たちは満足なのさ……」

P「さっさと動け」


――――




そして、片付けも大方済んだ頃。

律子「はいはい、じゃみんなちょっと注目~!」

律子が手を叩きながら話し出す。

律子「みんなが集まってるいい機会だし、ちょっと相談があるの」


――――




――水瀬邸

12月24日。クリスマスイブ。

去年の今頃は何をしていただろう。
確かクリスマスイベントをこなした後、ミニライブをやって、その後事務所に戻って。
事務所ではパーティの準備がされていて――

パーティ、か。


事務所に行かなくなって2週間ぐらい。
みんなの顔を見ていなかった。
でもしょうがない。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
……アイツにも。

何度か携帯の留守電にはメッセージが入っていた。
パーティの誘いだった。
結局、行くのはやめた。
こんな辛気臭い顔を見せるわけにはいかない。
それに、みんな気を遣っちゃうでしょう?
私は受験生なんだから、クリスマスもお正月もないの。
一人で孤独に勉強してるのがお似合いってもんね。

目の前のテキストを見る。
事務所に行かずに勉強をした方が気を使わせることもなく、集中できると自分に言い聞かせたが、気持ち的には全く乗らない。
今日は特に。


なんだか糸が切れてしまったよう。

何のために勉強しているんだっけ?

何のために試験を受けるんだっけ?

何のために――

コンコン

ノックの音が意識を現実に引き戻す。

誰何すると、ゆっくりと扉が開き新堂が一礼して話し始める。

新堂「お嬢様、お勉強中に失礼致します」

新堂「――ご友人がお見えになられておりますが」

伊織「――は?」

思わず間の抜けた声が出てしまった。


「いっおり~!」

「伊織ちゃ~ん!うわぁ、なんか久しぶりだねぇ!」

「伊織ー!元気だった!?」

「こんばんは」

伊織「――はぁ!?」

思わず間の抜けた声が出てしまった。たぶん、さっきよりも。



つづく


今回は以上。




始まりは私が欠席したクリスマスパーティの日、24日。
春香と真、雪歩が泊まりに来た。

伊織『今日はパーティだったんじゃないの?』

春香『そうだよー。はいケーキ!』

伊織『ありがと……じゃなくて!』

伊織『どうしてウチに来るわけ!?』

雪歩『う……よ、用事がないと来ちゃいけないかなぁ?』

伊織『そ、そんなことないけど……』

……




伊織『あんたたち、もう11時よ?』

真『大丈夫、今日は泊まってくから』

伊織『はあ!?何言ってんのよ!』

雪歩『まあまあ』

伊織『まあまあの意味が分からないわ……』

千早『迷惑かしら?』

伊織『……その質問は卑怯だと思うわ』

伊織『そもそもなんでよ?』

春香『私、終電なくなっちゃったー』

雪歩『た、誕生日だしー……』

真『うーん、なんとなく』

千早『特に理由はないけれど』

伊織『まともな理由があるの、春香だけじゃない……』

……




雪歩『真ちゃん惜しかったんだよねー』

真『うーん、でもなんかまだ余裕そうだったからなぁ』

伊織『っていうか、17歳の仮にも女の子が成人男性に腕相撲で勝っちゃダメでしょ』

真『仮にもってなんだよ!?』

春香『まあまあ』

……




伊織『なんでここで寝るのよ!?』

雪歩『まあまあ』

伊織『ちゃんと来客用の寝室があるからそっちで……』

真『まあまあ』

伊織『……アンタたちね』

のヮの『まあまあ』

……




真『……伊織、もう寝た?』

伊織『……起きてるわよ』

雪歩『伊織ちゃん、早く寝ないとだめだよ?』

伊織『そうね』

千早『……今日以外の日もね』

伊織『……え?』

千早『ううん、なんでも……』


春香『……試験、がんばってね』

伊織『……』

雪歩『応援してるよ』

真『ボクも』

伊織『……ありがと』

……




次の日。

やよい『伊織ちゃん!』

亜美『めりー!』

真美『くりすまーす!!』

あずさ『まーす。ふふふ、来ちゃった~』

伊織『……』

……




真美『ほいいおりん、ケーキだよー!』

伊織『……昨日も食べたわよ』

亜美『なにぃ!?亜美たちのケーキが食えないだとぅ!?』

伊織『昨日春香たちが来たからその時に食べたわ』

真美『ふーむ、それは初耳ですなぁ』

亜美『駆け落ちってやつですなぁ』

伊織『……抜け駆け?』

亜美『そうそれ!』

……




伊織『アンタたちも泊まってくわけ?』

真美『もち!』

亜美『ろん!』

あずさ『めいわくかしら~?』

伊織『……予想はついてたから』

伊織『でもやよいは家の方は大丈夫なの?』

やよい『うん!今日は長介にちゃんと頼んできたから!』

……




あずさ『うふふ、伊織ちゃん一緒に寝る?』

伊織『なに言って……』

亜美『寝る~!』

真美『真美も~!』

あずさ『あらあら~』

伊織『アンタたちね……』

やよい『私も一緒にいいですかー?』

あずさ『もちろんよ~』

伊織『やよいまで……』


亜美『いおり~ん、あずさお姉ちゃんすっごくやわらかいよ~』

真美『それにすっごくいい匂いがするよ~』

伊織『……』

真美『むう……亜美隊員、敵はなかなか粘り強いぞ!』

亜美『作戦の変更が必要であります、真美隊長!』

真美『んっふっふ~』

亜美『とつげきぃ!』

伊織『きゃあ!?』

……




伊織『……なんで五人で一つのベッドで寝なきゃならないのよ』

あずさ『うふふ~、たまにはいいじゃない』

亜美真美『zzz』

やよい『…………ウッウー……』

あずさ『ねえ伊織ちゃん?』

伊織『なに?』

あずさ『……私たち、伊織ちゃんのことが大好きよ』

伊織『……なによ、急に』

あずさ『ふふ、なんとなく言いたくなったの』

伊織『……』

あずさ『がんばってね、伊織ちゃん』

伊織『……うん』

……




さらに次の日。

美希『家出したから泊めてなの』

響『迷子になったから泊めてほしいぞ!』

貴音『今日は満月なので泊めていただきたいのですが』

伊織『……もうなんでもいいわ』

……




響『そういえば美希は受験はいいのか?』

美希『うん、適当なトコに行くの。パパとママは私立でもいいって言ってたし』

伊織『気楽でいいわね』

美希『でも、でこちゃんと一緒に勉強してみるのも良かったかも』

伊織『え?』

美希『うーん、ミキ勉強は嫌いだけどでこちゃんと一緒ならちょっとは頑張れたかもしれないなって』

伊織『……意味が分かんないわよ』

美希『ミキもよくわかんないけどね。あはっ』

貴音『ふふ』

……




美希『……ナノ……』

響『……zzz』

伊織『……』

貴音『……これは寝言ですが』

伊織『……』

貴音『……忘れないでください。あなたには事務所のみんながついていることを』

伊織『……』

伊織『……わかってるわ』

貴音『ふふ、そうですね。貴女は頭がいいですから』

伊織『……ありがとう』

貴音『どういたしまして』

……



そして12月27日。

新堂から話を聞いて玄関に行くと――

伊織「……律子も来るのね」

律子「久しぶり」

律子が立っていた。
仕事終わりらしくスーツ姿。

伊織「昨日が最終日かと思ってたわ。それで、今日の理由はなにかしら?」

律子「いやー、終電逃しちゃってねー、私としたことが」

伊織「……まあ、どうぞ」

律子「お邪魔します」


伊織「てっきり昨日が最終日かと思ってたわ」

律子「なんのことかしら?私は『偶然』終電逃しちゃっただけだけど」

伊織「……まあいいわ」

律子「そ。今日は何時ぐらいに寝るの?」

伊織「……12時くらいかしら」

律子「わかった」

伊織「律子も私の部屋で寝るわけ?」

律子「当然」

伊織「ま、いいけどね」

……




伊織「じゃあ電気消すわよ」

律子「ええ」

律子「おやすみ伊織」

伊織「おやすみ」

パチン

律子「……」

伊織「……」

伊織「……ねえ」

律子「うん?」

伊織「……アンタたちの差し金?」

律子「差し金ってひどいわね。それにアンタたちって?」

伊織「律子と……アイツよ」


律子「さあどうかしら?」

伊織「……」

律子「……気になるなら本人に聞いてみたら?」

伊織「だから聞いてるんでしょ」

律子「もう片方よ。それとも連絡できない理由でもあるわけ?」

伊織「……」

伊織「……こんな遅い時間に連絡したら迷惑でしょ」

律子「プロデューサー殿がこの時間に寝てるかどうかなんて」

律子「伊織が一番わかってるでしょ?」

伊織「……」

……




<カガヤイターステージニタテバー

P「ん……」

家に持ち帰った仕事を処理していると電話が鳴った。
気づくともう日付が変わっている。

こんな遅い時間に連絡してくるのは――

P「もしもし」

『……久しぶりね』

P「……ああ、そうだな」

伊織だった。
今日は律子が泊まりに行っているはずだからな。
なんとなく予想はしていた。


P「元気か?」

伊織『ええ』

P「そうか」

伊織『……』

P「……」

伊織『……あの』

P「ん?」

伊織『……』

P「どうした?」

伊織『……今日律子が泊まりに来てる』

P「ああ」


伊織『それと、クリスマスの日からかわるがわるみんなが泊まりに来てるんだけど』

P「そうみたいだな」

伊織『そうみたいだなって……』

P「言っとくが俺が言いだしっぺじゃないぞ」

伊織『……そう』

話し方から嘘は言ってないとわかったのだろう。
……長い付き合いになるのも考え物だな。

P「それだけか」

伊織『……うん』

P「そうか」


P「じゃあ俺の方も言いたいことがあるんだが」

伊織『……』

P「お前、嘘ついてたな?」

P「いつも送った後、俺はちゃんと休めって言ってたよな?」

伊織『……』

P「でも、お前は遅くまで起きて勉強していたらしいな。体調にも影響が出るほど」

伊織『……ごめんなさい』

P「……今回のことは俺が言ったんじゃない。律子の話を聞いてみんなが自主的に考えて行動したことだ」

P「律子の、伊織が心配だって話を聞いてな」

伊織『……』


P「……みんなも心配してた」

伊織『……』

P「俺からはそれだけだ」

伊織『……』

P「……」

伊織『……ごめんなさい』

P「いいさ。俺のほうも反省点はいっぱいある」

P「ただ今はそんなことを言ってても始まらない」

P「……受験まであと少しだ」

P「この一年間の……努力が試される受験までな」

伊織『……うん』


P「だからあとちょっとだけがんばろう」

P「そして、受験が終わったら『ほんとにきつかった、いろんなことがあった』って話そう」

P「……もちろん笑ってな」

伊織『……うん』

P「……おし、じゃあもう休め」

伊織『……うん』

P「なんだ、返事してばっかだな。大丈夫か?」

伊織『……大丈夫よ』

P「伊織ちゃんなんだから?」

伊織『……馬鹿ね』

P「はは、それでいい」


P「じゃあ、切るぞ」

伊織『……うん、おやすみ』

P「ああ、おやすみ」

電話を切る。

最後の方は少しは元気になったかな。

……結局、俺が頭の中でぐちゃぐちゃ考えていてもいい考えは浮かばなかった。

伊織が過呼吸で倒れた。
伊織がだいぶ無理をしていたことがわかった。
話し合おうにも、それ以前に伊織が事務所に来なくなった。

その後一人で考えてみたが、どうするのが一番なのかわからなかった。

俺が何とかするべきだと思っていた。

それが責任だと思っていた。



その結果。

……律子に説教された。

……




伊織が倒れた日。

律子『プロデューサー殿』

P『ん?』

律子『……ちょっといいですか?』

P『……ああ』

律子『正座』

P『……は?』

律子『正座!』

P『は、はい!』


律子『……言いたいことは二つ』

律子『まず一つ目』

律子『なんでも一人でやろうとするなんて、あなたは完璧超人ですか? ってことです』

P『……り、律子さん?』

律子『なんですか?俺の責任って』

律子『アイドルに対しての責任は会社全体のものでしょう?』

律子『プロデューサー殿まで倒れたりしたらどうするんです?』

P『いやそ……』

律子『そうならないようにする、ってのは却下』


律子『社長が以前言ってたでしょう?ストレスとは気が付かないうちに溜まってるものだ、って』

律子『それともパーフェクト超人のプロデューサー殿は、俺だけは大丈夫とか言い出すつもりですか?』

P『……』

律子『二つ目は……』

律子『……私たちだって伊織のことを心配してるんですよ?』

P『……律子』

律子『亜美やあずささんはもちろん、事務所のみんな、音無さん、社長……』

P『……』

律子『……私もです』

律子『なにか協力できることがあるなら喜んでやります』


律子『だから……もっと相談してくださいよ』

律子『仲間の二人が大変な思いをしているのに』

律子『何もできないっていうのが一番……つらいです』

P『律子……』

P『……そうだな。悪かった』

律子『わかればよろしい』

P『……はは、一応俺の方が先輩のはずなんだけどな』

律子『そうですね。でも』

P『ん?』

律子『プロデューサー殿とは違う立場だからこそ、わかることもあると思います』

P『……伊織のことで、なにか心当たりが?』

律子『……まあ、あくまでこれは私の考えですけど』

律子『きっとあの子は――』

……




律子「――かっこよく見せたい人が変わったのね」

伊織「……」

暗闇の中、律子の声だけが聞こえる。
カーテンの隙間からわずかな光が差し込んでいるので天井がぼんやりと見える。
見慣れた天井を見ながら律子の声を聴いていた。

律子「以前の伊織はお父さんやお兄さんに認めてもらおうと、『スーパーアイドル』な伊織ちゃんを見せてたけどね」

律子「その分、事務所ではわがまま言い放題だったけど」

伊織「……そんなでも……なかったでしょ?」

律子「さあ?それを知ってるのはプロデューサー殿だけだから」


律子「でも人気が出てきて、知名度が出てきて、トップと呼ばれるようになって……」

律子「かっこよく見せたい人が、変わったんじゃない?」

かっこよく見せたい人。

律子「事務所のみんなにはトップとして輝いている姿を」

律子「亜美やあずささんにはリーダーとして強くなきゃいけない」

律子「そしてあの人には……」

律子「……」

律子「……まあそれはいいとして」

律子「そういうプレッシャーも、感じちゃったんじゃない?」

伊織「……」

伊織「そんなこと……」

律子「ふう……ほんとに、意地っ張りなんだから」


律子「こっちきなさい」

伊織「え?」

律子「プロデューサー命令」

伊織「……なんか、一緒に寝るの流行ってるの?」

ベッドを出て、律子の布団に近づく。
薄暗いので変なところを踏まないように気を付ける。

律子「えい」

伊織「……苦しい」

律子「いいじゃない、たまには」

伊織「……」


律子に抱きしめられていた。
頭上からと、体を通して2方向から声が聞こえる。

律子「……いいのよ、大変な時は大変って言えば」

律子「いつもいつも、強くいられるわけじゃないんだから」

伊織「……」

伊織「ちょっと……話してもいい?」

律子「もちろん」

伊織「……最初は、なんてことないと思ったの」

伊織「もともと勉強はできる方だったし、アイドルも二年目で大体要領もつかめてきたし」

4月。元々はお父様が来たのがきっかけだった。
……アイツから『ほんとに大変だぞ』って何回も念を押されたっけ。


律子「……うん」

伊織「でも、思ったように成績は変化しなかった」

伊織「ただ勉強をするんじゃなくて、いろんなテストに向けての対策なんかもしなきゃなかったし」

伊織「それに、昔の復習なんかもしなきゃなかったし……まあ3年間の内容が全部出るんだから当たり前なんだけど」

律子「そうね」

伊織「それでも、なんとかなると思ってた」

伊織「テスト勉強もあいつが教えてくれたし、テストを失敗してもあいつが励ましてくれたし」

花火、キレイだった。


伊織「模試に連れてってくれたり、質問に答えてくれたり……」

律子「……」

伊織「それに……みんなも」

伊織「私が勉強してるとがんばれって励ましてくれたり、差し入れをしてくれたり……」

伊織「……律子にも、スケジュールを調整してもらったり」

律子「……そんなこともあったわね」

社長に話を通した上で、律子にスケジュールを調整してもらった。
ただし、条件が一つ。

『プロデューサーがスケジュールについて相談してきたら、活動を停止する』

アイツが判断して、スケジュールを減らすべきと判断したらそれに従うため。
自分の意見がすんなり通ったことにプロデューサーは不思議がっていたようだった。
ちゃんと考えてくれていたことはうれしかった。


うれしかったけど――

伊織「けど……だんだん」

伊織「……こわく、なっ、てきて」

律子「……」

声が詰まる。
目元がじんわりと熱くなる。

伊織「みんなに……っ」

伊織「助けてもらって……るのに」

アイツに。

一杯迷惑をかけてるのに。

伊織「そ……れに……」

伊織「ファ、ンの……みんな……にも……めいわ、くっ……!」

自分の都合で活動を休止してしまった。
今までさんざん支えてきてもらったのに。

そんなにいろいろな人に迷惑をかけて。


伊織「……ひっ…………もし……」

伊織「……だめ、だったら、って、考えると……」

堪えてきた。
一人で堪えてきたつもりだった。
私はできると思い続けた。

けど。

顔を合わせることはできなかった。
できなくなっていった。

伊織「……ごめ……ちょ、っと……」

律子にしがみつく。
律子はそっと抱きしめてくれた。

律子「……」

伊織「……ひっ……ぅう……」

律子「……だいじょうぶ、だいじょうぶよ」


あたたかい。
なんだかとても安心する。

ずっとこうしてもらいたかったのかもしれない。
ああ、私は――

律子「――よくがんばったね」

認めてもらいたかったんだ――

……




伊織「……」

律子「……」

伊織「……ごめんね」

律子「……いいのよ。プロデューサーなんだし」

伊織「ふふ」

伊織「あーあ。それにしても、私もまだまだお子様みたい」

律子「どうしたのよ、急に」


伊織「律子に『がんばったね』って言われたとき、うれしかったもの」

伊織「……まだ目的も達成してないのに、褒められることを望んでたみたい」

伊織「まだまだね」

律子「ふふ、それが普通なのよ」

律子「人間には承認に対する欲求ってのがあってねえ……」

伊織「あー、はいはい。もういいわ」

律子「説明してあげようと思ったのに」

伊織「……でも、ほんとありがとね」

律子「……協力してくれたみんなにも、あとで言っときなさい」

伊織「……わかってる」


伊織「……あのね」

律子「うん?」

伊織「さっきはその……ちょっと、泣い……ちゃったけど」

伊織「実はだいぶ気持ち的には楽になってるの」

律子「……うん」

伊織「みんなの顔を見て……話してるうちに……」

伊織「……」

伊織「うまく言えない。とにかく、今はそんなにつらくないってこと」

律子「……ふふ、みんなのおかげ?」

伊織「……たぶんね」


伊織「ほんと、お人好しばっかりよ。うちの事務所は」

律子「お人好しだから困ってる人を見ると助けたくなるのよ、みんなね」

伊織「……うん」

律子「……ただ一つ、お説教」

伊織「う……な、なに?」

律子「みんな迷惑だなんて思ってない」

伊織「……それは」

律子「思ってない」

伊織「……わかった。ごめん」

律子「謝罪もいらない」

伊織「……」

伊織「……ありがと、律子」


目の前で、律子が笑っている。

薄暗くてわからないけど。

絶対に、いつもの笑顔で笑ってるに決まってる。

今日だけはいいよねと自分に言い訳しつつ、私は律子の胸に顔をうずめた。



――――




律子が伊織の状況を話すと、みんなは即決で伊織に会いに行くということを選択した。

実際に伊織に会って。

伊織と話して。

心配していること、無理をしないでほしい、ということを直接伝えて。

――大丈夫、と伝えることで。

さっきの電話の様子からすると、もう心配はいらないと思う。

きっと今頃は律子が上手くやってくれているだろう。


結局俺はほとんど何もできなかった。

正直、「俺が」解決したいという気持ちがあったのだと思う。

まったく、独りよがりな考えだ。

俺が何とかしてやりたかった。

プロデューサーなのだから、と。

結果、今の俺にできることは受験が終わるまでプロデューサー兼先生という役割をきっちり演じることぐらいだ。

ただすべてが終わったら。

その時は、今回のことをきっちり謝ろう。


思いっきり褒めて、思いっきりねぎらって、思いっきり謝ろう。

その後伊織にお礼を言って。

……文句を言われても甘んじて受けよう。

そして。

思いっきり二人で笑うんだ。



つづく


今回は以上。読んでくれた方ありがとうございました。


プロローグの場面が12月初頭だからと考えると時系列がよくわからないぞ

いおりつこってええなぁ…

ひとつ気になったところ
>>451で「春香と真、雪歩が泊まりに来た。」ってあるけど
>>452で千早がひょっこり出てきちゃってるなぁと

>>501 時系列について
プロローグが12月頭。そのすぐあと模試返却&病院送り。伊織が来なくなり約2週間でクリスマス。って感じかな。
ちなみにプロローグでPが「伊織を送るようになって3、4か月」とか言ってますが、本文では10月中旬以降から伊織を送るようになっています。それは「あっ……(察し)」でお願いします。Pだって疲れてるんです。……ごめんなさい。

>>502 単純にミスった。後悔はしている。

でもミスを指摘してくれるのはありがたい。やっぱり自分だと読み返しても気づかないミスもあるし。

ということで言い訳が済んだところで投下。




伊織「……」

P「……」

伊織「……ふぅ」

P「……」

伊織「……」

P「……」

伊織「……長い」

P「……年を取ると願い事も多くなるんだよ」

伊織「あらそう。大変ね」


合わせていた手を離し、後ろの参拝者に列を譲る。

俺と伊織は初詣に来ていた。
もちろん合格祈願のためだ。

伊織「たこやき食べたい」

P「……」

ちょっとした仲直りの意味もあったりする。

……いや別に喧嘩してないけどな?

P「すいません、二皿」

<アイヨッ

伊織「ちょっと……」

伊織にくいくいとコートを引かれる。

伊織「一皿でいいわよ。ちょっと食べたいだけだし」

P「……」


P「すいません、やっぱ十皿ください」

伊織「!?」

おっさん「おー!あんちゃん気前がいいねぇ!まいど!」

伊織「……馬鹿?」

P「事務所へのお土産だ」

たこやきを受け取って少し外れに移動する。

P「おっと」

ポケットからハンカチを取り出して平らな縁石の上に敷いた。

P「どうぞ、お嬢様」

伊織「あらありがとう、あなた様」

P「貴音の真似か?」

伊織「なに言ってんのよ。アンタこそ少しはわかってきたわね」

P「立派な晴れ着が汚れたらいけないからな」

――




P「絵馬書くか」

伊織「……えま?」

P「うん……え?」

P「知らない?」

伊織「……たぶん」

P「……」

……セツメイチュウ……

伊織「裏?」

P「ああ。絵が描いてある方が表だから、無地の方に願い事を書く」


伊織「ふーん。なんか決まりごとはあるの?」

P「あー……一般的なのは『小出高校合格!』とか書いて、あとは適当に飾り付けすりゃいいんじゃないか?」

P「後は名前か……」

P「まあ名前はばれるとまずいから書かなくてもいいだろ」

伊織「イニシャルくらいならいい?」

P「ん?ああ、それくらいならいい」

P「あ、そうそうあとは『合格しますように』じゃなくて『合格します』みたいな言い切るように書いた方がいいらしいぞ」

――




伊織「完成!」

P「……」

たっぷり20分は待たされた。

伊織「ほんとは金箔でも張り付けてやろうと思ったんだけど」

P「おいおい……」

伊織「冗談よ。で、これはどうするの?」

P「ああ、あそこに掛けるんだ」

拝殿と手水舎の間くらいに、すでにたくさんの絵馬が掛けられている絵馬掛けがある。


P「でも、持って帰ってもいいぞ」

伊織「そうなの?」

P「ああ、たぶん」

伊織「たぶんって……」

P「そんなにはっきり決まってるものでもないんだよ。持って帰ってお守りにして、願いが成就したら御礼として持ってきて掛けるってのもいいだろう」

P「ま、好きにしていいぞ」

伊織「……」

伊織「……じゃあ持って帰る」

伊織「神様に頼むのもいいけど、今は勉強してきた自分の力を信じたいしね」

P「そうかい」


伊織「あ、アンタここにはんこ押してよ」

P「はんこ?」

伊織「そう」

P「……はは」

思わず少し笑ってしまった。

伊織「な、なによ!?」

P「なんでもない。事務所に行ったらな」

伊織「……ふん!」

笑ったのは別に伊織が言ったことが変だったからではない。
昔講師のバイトをしていた時も教え子に頼まれたことがあったからだ。

いつの時代も受験生の考えは似てくるものかもしれない。

――




P「ほれ」

伊織「……ありがと」

伊織にお守りを渡す。
お守りには『合格祈願』と書かれている。
絵馬があるからいいと言っていたが、勝手に買って渡した。

伊織「強引なんだから」

P「まあまあ」

伊織「……っていうか他にも買ったの?」

P「ああ、神社なんてめったに来ないからな」

P「事務所に商売繁盛と……アイドルのみんなには健康祈願……」

P「……小鳥さんには迷ったんだけど」

伊織「……恋愛成就?」

P「いや縁結び」

伊織「……ノーコメント」

――




P「じゃあ、一回戻るんだよな?」

伊織「ええ。さすがに晴着のままで勉強なんてできないわよ」

P「ああー、伊織の晴れ着がもう見れないなんて!神はいないのか!」

伊織「……ばかじゃないの?」

P「褒め言葉だな。ありがとう」

P「もう連絡したのか?」

伊織「ええ。すぐ来ると思う」

P「そうか」

伊織「……」

伊織「そういえば、アンタにもまだちゃんとお礼言ってなかったわね」

P「あ?なんだ急に」


伊織「言うつもりもないけど」

P「だから別にいいって。今さら……って」

P「なにぃ!?」

伊織「あら、言わなくてもいいんでしょ?」

P「ぬぐぐ……確かにそうだが」

P「面と向かって言われるとなんか腹立つ」

伊織「ふん、嘘ついた罰よ」

P「……うそ?」

伊織「……みんなが私のうちに泊まりに来たことだけど」

P「ああ、それが?」

伊織「アンタは関わってないって言ってたわよね」

P「……ああ」


伊織「……じゃあ律子だけはプロデューサーから頼まれた、ってのは律子の嘘かしら?」

P「……」

P「……律子の嘘だな」

伊織「この嘘つき大人!」

P「いて、殴るな!」

伊織「晴れ着なんだから蹴れないの!しょうがないでしょ!」

P「暴力行為をやめろと言ってるんだ!」

伊織「ふん、ほんとかっこつけたい年頃なんだから」

P「ぐ……」


P「い、いやせっかくだから律子も行ったらどうだってちょっと言っただけだぞ?」

伊織「ふーん……」

P「ほんとだぞ?」

伊織「……」

P「……それに何もしてないというか、何もできなかった、の方が正しい」

伊織「……」

伊織「私は……あ」

見慣れたリムジンが近づいてくる。
神社の前の細い道、プラス人混みなのにもかかわらず滑るように近づいてくる。

伊織「じゃああとで事務所に行くから」

P「ああ。俺はたぶんいないがな」

目の前にリムジンが止まり、運転席から新堂さんが降りてくる。

新堂「プロデューサー殿、ありがとうございました。お嬢様、お待たせ致しました」

恭しく頭を下げた後、後部ドアが伊織のために開けられる。
伊織は軽く新堂さんに声をかけると車内に乗り込んだ。
新堂さんがもう一度こちらに向かって頭を下げた後、運転席へ戻る。


新堂さんの後ろ姿を目で追っていると、後部ドアの窓が開けられた。

伊織「一つ、宣言しとくわ」

P「宣言?」

伊織「私、残りの受験までの勉強を楽しんでやることに決めたの」

P「……楽しむ?」

伊織「ええ」

伊織「っていうか最初からそれに気づいてればよかった」

伊織「いつも通りやれば、伊織ちゃんが合格しないわけないもの」

P「……急に伊織になったな」

伊織「……どういう意味かしら?」

P「なんでもない」

伊織「ふん……」


伊織「いつも通り……事務所に行って」

伊織「春香のドジを見て、真をからかって、亜美たちにからかわれて、美希を起こして、みんなに突っ込んで……」

P(突っ込み役は自覚してるのか?)

伊織「……みんなとがんばればいい。それだけのことだった」

伊織「それで……」

伊織「にひひっ、それで絶対に合格してやるんだから!」

伊織「……アンタにお礼を言うのは、合格した時の一回で十分よ!」

P「……そうかい」

そこまで話したところで、車のエンジンがかかった。

伊織は窓を開けたまま手を振っている。
俺も軽く手を挙げて応えておいた。

やがてリムジンがゆっくりと走り出す。


窓から見えていた伊織が見えなくなった頃――

『アンタにはいろいろしてもらってるわよ!何もできなかったなんて言うな、馬鹿!』

姿は見えなかったが、声だけが聞こえた。

リムジンはさらに遠ざかる。

声だけしか聞こえなくとも、俺には伊織の顔がはっきりと浮かんできた。

いつもの、不機嫌そうな顔で『ふん!』と言っているのだ。

P「ったく」

P「……いつもの伊織、だな」

そう、普通の人が見たら不機嫌そうな顔で。

けど俺は知っている。その表情は本当の伊織の気持ちとは関係のないことを。


受験まで残り二か月と少し。

いよいよ勝負も大詰めとなってきた、一年の始まりの日のことだった。



つづく


今回は以上。読んでくれた方ありがとうございます。

あと3、4回ぐらいで終わる予定です。その分一回あたりの分量が多くなることが予想されますが。
いつも見てくださっている方ありがとうございます。ぬるっと続けられてこれたのは皆さんの「乙」のおかげです。
もしよければ最後までお付き合い下さい。

>>1です。

訂正 >>521 一行目
誤 残り二か月と少し
正 残り一か月と少し 
です。失礼しました。

では投下。




――1月中旬

P「これは……」

本日分の全仕事を終えて事務所に戻ると、昨日までなかったものがホワイトボードに飾られていた。
絵馬を模した五角形の型紙に『いおりん高校受験本番まであと「30」日!!』と書かれてある。
日付の部分は付け替えできるようになっており、一日一日カウントダウンされていくらしい。

律子「それ、真美と亜美が作ったんです」

P「へぇ……いい出来じゃないか」

律子「ただ、ちょっと心配してました」

律子「『これ、いおりんプレッシャーに感じないかなぁ?』って」

P「……今のアイツなら大丈夫だろ。喜ぶと思うぞ」

――――




伊織「わかった。ありがと」

P「おし」

美希「あ、でこちゃん!調子はどうなのなの?」

伊織「『なの』が多くない?調子はいいわよ」

美希「それはよかったの」

P「っていうか美希は大丈夫なのか?」

美希「なにが?」

P「あれ……」

『高校受験本番まであと「20」日!!』

美希「……」

美希「あはっ☆」

伊織・P「いやいや『あはっ』じゃなくて」

――――




『いおりん高校受験本番まであと「10」日!!』

伊織「……」

小鳥「ごめんね、勉強中」

伊織「ん……小鳥?」

小鳥「うん、ちょっと軽食をね」

小鳥「コーヒーと、ドーナツ。どう?」

伊織「あ、ありがと」

小鳥「どういたしまして」

伊織「……おいしい」

小鳥「そう?春香ちゃんが作ったのよ」

小鳥「春香ちゃんにも言ってあげてね」

伊織「うん」


小鳥「そういえばこの間、みんな伊織ちゃんの家に行ったのよね?」

伊織「うん」

小鳥「あーあ。私も行きたかったなぁ」

伊織「……いつでも来ていいわよ。別に」

小鳥「そう? ふふ、じゃあ今度お邪魔しちゃおうかしら?」

伊織「構わないわ」

小鳥「……がんばってね」

伊織「……ありがと」

――――




P「さて……」

『いおりん高校受験本番まであと「1」日!!』

とうとう伊織の入試前日。

小鳥「プロデューサーさん?」

P「はい」

小鳥「そろそろ時間ですよ」

P「……そうですね」

時計を見ると時刻は夜8時。
今日はいつもより早く帰り、明日に備えることになっていた。


P「さて、じゃあ声をかけてきますか」

会議室へ向かう。
伊織は普段事務所の一画、パーテーションで区切られた専用の自習机で勉強しているが、今日は適当な理由をつけて会議室で勉強してもらっていた。

年が開けてひと月と半、伊織は再び事務所に来て勉強していた。

以前は事務所に来ても必要最低限のことしか話さなかった伊織。
ほとんどの時間を机に向かっていて声をかけにくい雰囲気だった伊織。
しかしこの1か月半はそんなことはなくなっていた。

休憩を定期的にはさみ、その時間は事務所にいるメンバーと雑談をしたり。
差し入れをもらった次の日にはお返しのものを持って来たり。
誰かに頼んでテキストから問題を出してもらったり。

いい意味で肩の荷が下りたようだった。

会議室の扉をノックする。

伊織「時間?」

P「ああ」

言いながら会議室のドアを開ける。


伊織は座ったまま首だけを回して俺を見た。

伊織「あと2、3分だけいい?あとちょっとで見直し終わるから」

P「ああ。じゃあ終わったら来てくれ。電気も消してな」

伊織「わかった」

会議室のドアを閉め、伊織を残して俺だけ戻った。

「どうでした?」

「バレてる?」

P「いや大丈夫だろ。それよりすぐ来ると思うぞ」

――――




伊織「お待たせ……って」

伊織「……何やってんの?」

真「お疲れさまー!伊織!」

響「おつかれー!」

伊織「みんなが揃ってるなんてどうしたのよ?こんな時間に」

真美「ぐーぜんだよ、ぐーぜん!」

伊織「偶然、ねぇ……」

P「なぜ俺を見る」

伊織「別に」

律子「まあまあ」


律子「明日が本番でしょ?だからみんな伊織に一声掛けたいって戻ってきたのよ」

美希「でこちゃん泣いちゃう?泣いちゃうの?」

伊織「はぁ……泣くわけないでしょ」

伊織「第一明日が本番なのに」

P「さて、それじゃ時間もないし始めるか」

P「まずはこれ」

ゴンッ

伊織「……」

伊織「……なにこれ?」

P「願掛けだ」


小鳥「プ、プロデューサーさん、いつの間に?」

P「今日買ってきました」

春香「これどうするんですか?」

雪歩「あ、もしかして選挙とかでやってる……」

P「そう、まず願掛けとして左目を入れて、願いが叶ったら右目を入れるんだ」

伊織「私がやるの?」

P「当たり前だろ」


高木「墨と筆も用意しているよ」

伊織「しゃ、社長まで?」

高木「はっはっは、もちろんだよ。さ、これを使いたまえ」

高木「この筆は由緒あるものでね、昔私がプロ 伊織「どっちに描けばいいの?」

P「左目だから、伊織から見て右側だ」

亜美「いおりん失敗しないでね~」

伊織「……当たり前じゃない」

グリグリ……




. .     _., -‐――- 、
     /_____ \

    / / ⌒=‐-‐=⌒ヽ  ヽ
   /  /彡( )   ● ミヽ  l
.   l   l     (´`)    l   |    
   |  l  ≪ミ^ー^彡≫ l  |       
   |  l________l   |
   l                  l
   ヽ.      合       /
.    ヽ     格      /
.     \          /
       └─────┘





伊織「……」

一同『……』

P「……ぶふぅ!」

伊織「!?」

亜美「ぷっ!」

真美「あはははははは!!」

伊織「な、なによ!」

千早「くくく……」

P「お、お前……ぷぷ……目ん玉全部塗ったな……くく」

伊織「ち、違うの?」


律子「……全部塗りつぶしちゃね……くっ」

小鳥「ま、まあ味があっていいんじゃ……ぷ……ないですか?」

伊織「……!」

P「はは」

伊織「……いいじゃない、独特で」

P「はー……そうだな」

P「おし、んじゃこれは神棚に置いて……と」

P「じゃ、みんなお祈りするぞ」

伊織「みんなでするわけね」

P「ああ」

パンパン!!


P「……」

伊織「……」

P「ふぅ……おし」

P「あとは、合格したらもう片方入れるからな」

伊織「はいはい」

P「あとは……」

伊織「なに?」

春香「伊織!」

伊織「は、春香? どうし……」

春香「えへへ……はい!これ」

伊織「はいこれって……」


伊織「……リボン?」

春香「うん!応援してるよ!伊織!」

伊織「ちょ、ちょっとこれ……!」

貴音「……水瀬伊織」

伊織「た、貴音?これってなんなの?」

貴音「……これを」

伊織「……」

貴音「このへあばんどを、わたくしだと思ってください」

貴音「……応援していますよ、伊織」

伊織「……」

伊織「……ありがとう」


美希「でこちゃん!」

伊織「美希」

美希「ミキはこれなの!はい!」

美希「美希の一番のお気に入りのイヤリングだよ!」

伊織「一番のお気に入りって……いいの?」

美希「うん!でも、ちゃんと合格して返してね!」

伊織「……わかった。借りとくわ」

伊織「ありがとね。あとでこちゃんはダメ」

美希「うん!がんばってねでこちゃん!」

伊織「……」


真「伊織!ボクはこれ!」

伊織「リストバンドね……ふふ」

真「あー!な、なんで笑うのさ!」

伊織「いや、真らしいなって」

伊織「ありがと」

真「がんばってね、伊織!」

響「伊織!」

伊織「響」

響「自分はこのいつもつけてるヘアゴムさー!」

伊織「ありがと。でもこれ借りてていいの?その長い髪まとめらんなくなっちゃうわよ?」

響「うん!それよりいつもつけてるやつだからこそ、伊織に持っててほしいんだ!」

伊織「……ありがと、響」

響「へへ、がんばってね!応援してるぞー!」


雪歩「伊織ちゃん」

伊織「雪歩……ゆきほ?」

雪歩「わ、私はスコップにしようとしたらプロデューサーに止められて……」

伊織「……」

雪歩「だから、はい、これ」

伊織「……ブレスレット?」

雪歩「これ……私が初めてライブに出た時のアクセサリーなの」

雪歩「記念に大事に取っておいたやつなんだけど……」

伊織「……いいの?」

雪歩「うん、もちろん!がんばってね!」

伊織「ありがとう……雪歩」


千早「伊織」

伊織「千早」

千早「私はこれ」

伊織「腕時計?」

千早「ええ。初めてのお給料で買ったものなんだけど」

伊織「いいの?」

千早「ええ。試験の時に腕時計が必要だって聞いたから」

伊織「……ありがと。がんばるわ」

千早「……がんばって」


やよい「伊織ちゃん!」

伊織「やよい」

やよい「えへへー、はい、これ!」

伊織「ありがと。でも片方だけになっちゃうわよ?ちゃんと代えのゴム持ってるの?」

やよい「持ってないよ!」

伊織「も、持ってないって……」

やよい「いいの!伊織ちゃんに持っててもらいたいの!」

伊織「……わかった。借りとくわ」

やよい「うん!応援してるからね!ハイ!」

『た~っち!いぇい!』パシン!

やよい「えへへ、がんばって!きっと大丈夫だよ!!」

伊織「……ありがとう、やよい」


真美「い~おりん!」

伊織「真美……」

真美「ほい!伝説のヘアゴムだよ!」

伊織「伝説って……いつもつけてるやつじゃない」

真美「だから力が込められてるんじゃん!もうこれで合格間違いナシだね!」

伊織「ふふ、そうね。ありがと」

真美「がんばってね!セ~ンパイ!」


あずさ「……伊織ちゃん」

伊織「あずさ」

亜美「おーっと!今回は亜美も一緒だぜ!」

あずさ「私たちからは、これ」

伊織「これって……?」

亜美「新曲の、新衣装のイヤリングだよ!!」

伊織「……!」

あずさ「……仕事再開は新曲発表からって、律子さんが」

伊織「……」

亜美「……がんばってね、いおりん」

伊織「……あり、がと……」

あずさ「待ってるね、伊織ちゃん」

伊織「……うん」


律子「さーて、じゃあ私からはこれ」

伊織「……律子がいつもつけてる」

律子「そ。髪留め」

律子「がんばってね、伊織」

伊織「……あ、あの!」

律子「……」

伊織「その……」

律子「……」

律子「……だいじょうぶ」

伊織「……」

律子「話ならあとでいっぱい聞いたげるから、今は明日のことに集中しなさい」


伊織「……」

伊織「……ふふ」

律子「なに?」

伊織「やっぱり私の、竜宮のプロデューサーね。律子」

律子「当たり前じゃない」

伊織「ありがと……私、がんばるから」

律子「……信じてるからね」

小鳥「伊織ちゃん」

伊織「こ、小鳥もなの?」

小鳥「もちろん!私はこの胸のリボン!」

伊織「ひよこ色のやつね」

小鳥「がんばってね、伊織ちゃん」

伊織「ありがと、小鳥。……それと、いつもお茶、ありがとね」

小鳥「……ふふ、どういたしまして」


P「さて、それじゃ……」

P「最後に、社長からお願いします」

高木「うむ」

亜美(……ピヨちゃん、社長とか大丈夫なの?)

小鳥(だ、大丈夫よ……たぶん)

高木「うほん!あー……水瀬君」

伊織「はい」

高木「4月からここまで、よくがんばったね」

伊織「……」

真美(まじめだ)

亜美(マジメだね、めずらしく)

律子(……あんたたちね)


高木「はは、もちろんここがゴールじゃない。明日が本番なのはわかっているよ」

高木「それでも、今はねぎらいの言葉をかけたいと思う」

伊織「ありがとうございます」

高木「そして、明日に向けて本当は激励の言葉を掛けるべきなのだろうが……」

P「……」

小鳥「社長……?」

高木「……ただねぇ」

高木「私には、どうしても君が負ける姿が想像できないんだよ」

伊織「……」


高木「どう思うね?」

伊織「……」

伊織「……そうですね」

伊織「私は合格しますから」

高木「……ふふ、素晴らしい。ならば私から言うことは特になさそうだね」

高木「では、いつも通りやってきてくれたまえ」

伊織「はい」

高木「ただ」

高木「……君には、みんながついている。そのことは忘れないでくれたまえ」

――――




P「じゃあ、な」

伊織「ええ、ありがとう」

簡単な激励会の後、俺は伊織を送って帰った。
今日は車の中でいつもの一問一答ではなく、明日の諸注意などを軽く話した。

P「確認」

伊織「持ち物は今日中にそろえておくこと、朝ごはんをちゃんと食べること、早めに家を出ること……えーと」

P「明日の試験中」

伊織「あ、試験中も見られているという意識を持つこと」

問題を解いている最中も試験管に見られている。
だから机に肘をついたり、問題を解き終わったからといって気を抜いたりしてはいけない。


伊織「あとは」

伊織「……早めに寝ること」

P「ん、オッケーだな。ちゃんと実践しろよ」

伊織「わかってる」

会話が途切れる。

P「……」

伊織「……」

伊織「……じゃあ」

P「ああ」

伊織が助手席から降りる。

コンコン。

窓をノックされたので、助手席の窓を開けた。


P「なんだ?」

伊織「……なんだか話したいことがあった気がするんだけど」

P「……」

伊織「よくわかんない」

伊織「……いっぱいありすぎるのかしら?」

そう言ってこちらを見つめてくる。
伊織の顔をはっきり見るのは久しぶりな気がした。

少し前に事務所に来なかった時期があったからではない。
だいぶ前からだ。

伊織との仲が深まるにつれて、距離が縮まるにつれて。
なんとなくそうなっていた。
お互い話しているときはどこかあさっての方向を見ていることが多かった。
視線を合わせなくても伊織がどんな顔をしているかわかるようになったこともある。
それに。
なんだか気恥ずかしかったのも、あったかもしれない。


伊織の顔をじっと見る。
視線を合わせる。

不思議と今は気恥ずかしさは感じなかった。

暗さのせいだろうか。夜の空気のせいだろうか。

ともかく――

P「……試験が終わったら、いっぱい話そうな」

そんなことを言っていた。

伊織「……うん」

伊織も素直に返事をする。
伊織も俺と同じことを考えているのだろうか。
俺と同じことを普段も感じているのだろうか。


伊織「ありがとう……私、がんばってくるから」

P「……ああ。がんばってこい」

俺はあんまりがんばれという言葉は好きではない。

がんばってることなんて、知ってるからだ。

毎日毎日半端ではない時間を勉強に費やして。

睡眠時間を削って勉強し。

挙句の果てには薬まで飲んで、体調を崩すまで。

これ以上、何をがんばれというのか。

しかし、それしか言えない。

送り出す側としてはいつもそうなのだ。

取材の時も、レコーディングの時も、ライブの時も。

そして、今回も。

伊織がこちらを見ている。




P「……信じてるぞ」

伊織「……ありがとう」



やっぱり、俺にはそんなことしか言えなかった。



つづく


以上。読んでくれた方ありがとうございました。


いろいろ書き込みくださってありがとうございます。
>>1です。

とりあえず問題は本文に載せますので、解いてみようかという方は解いてみてください。

では投下




――自然と、意識が覚醒する。
室内は暗かった。
最初はまだ目がはっきり開いていないからだと思ったが、そういうことでもないようだ。
枕元の時計を見る。
まだ目覚まし時計が鳴る前だった。

ゆっくりと体を起こす。
今日は仕事がなくなった目覚まし時計を止めた。

軽く体を伸ばす。
起き抜けでも意識ははっきりしていた。
昨日は早く寝たからだろうか。

ベッドから降りてカーテンを開けると、外もまだ薄暗かった。


「――おはようございます、お嬢様」

室内の気配を察知してか、新堂がノックをしてからゆっくりとドアを開く。
私もあいさつを返した。

新堂「しっかりお休みになられましたでしょうか?」

いつもは目覚ましにお世話になっているので(もちろん新堂に起こしてもらうことも少なくない)、自然に起きたことを気にしているのかもしれない。

ぐっすり寝たと言っておいた。
事実だ。

シャワーを浴びて、朝食をとる。
いつも通り朝食は一人だった。


部屋に戻り制服に着替える。
バッグの中身は昨日のうちに準備してあったが、一応もう一度確認した。
筆記用具、テキスト、ポケットティッシュなどなど。
そして受験票。
新堂に頼んだおいた昼食について聞くと、

新堂「こちらでございます」

普段とは違う包みを渡された。
普段は昼食を頼むと料亭や高級仕出屋の弁当が用意されているはずだが。

私の顔から疑問を読み取ったのか、新堂が口を開いた。

新堂「昨日、奥様が遅くに戻られまして」

驚いた。

なんでも昨日家に(珍しく)戻ってきて、お弁当を作り、再び出て行ったらしい。
昨日は早く寝てしまったのでまったく気づかなかった。


新堂「それと、こちらは旦那様からです」

一通の封筒を手渡される。
中には手紙が入っていた。

ちなみに今まで父親から手紙をもらったことはない。

読んでみると「思えば私が勉強に対して口を出したことがきっかけだった」から始まり、ほとんどが一年間のあらすじみたいな内容が書かれていた。
ただ最後に、

「精一杯頑張ってきなさい」

と書いてあった。

読み終わった手紙は封筒に戻し、そのままバッグに入れた。

時間になり、新堂の運転で受験会場となる小出高校に向かう。
着くまでは申し訳程度にテキストを開いてざっと目を通した。


20分ほどで目的地に到着したことが告げられる。
事前に言っておいたので校門からは少し離れたところで車は止まっていた。

車から出る際、

新堂「……差し出がましいとは思いますが」

新堂「成功をお祈りさせていただきます、お嬢様」

伊織「ありがとう」

伊織「……いつも、ありがとうね、新堂」

新堂「もったいないお言葉でございます。いってらっしゃいませ」

校門へ向かう。
学校の敷地に沿って歩き、一つ目の角を左に曲がると数人の人が集まっている場所が見えた。


さらに近づくと、どうやら校門の前にいる人は学校の関係者ではなく塾の講師らしいということがわかった。
あいさつをされたのでこちらもあいさつを返す。

胸に名札をつけ、腕に塾の名前が入った腕章をしていた。
登校してきた生徒の何人かはその講師たちの元に集まって話をしている。

アイツもこんなことをしてたのかしら、と考えた。
少し立ち止まってその光景を眺めていると、

並んでいる大人たちの一番端に、見慣れた姿があった。
その人影はこちらに気づくと軽く手を挙げた。

近づく。

P「おう、ちゃんと早く来たな」

何してるの? と問いただした。


P「早朝激励、ってやつだ。ほら、他の塾の先生も来てるだろ?」

別にアンタは塾の先生じゃないでしょ、とか、こんな朝早くに来なくても良かったのに、とか思ったが黙っておいた。

P「調子はどうだ?ちゃんと寝たか?」

大丈夫、と答える。
実際ちゃんと寝たし、体調も良かった。
現段階ではあまり緊張もしていない。

P「そうか。ほんとに大丈夫そうだな」

P「……ま、来といてなんだがあんま話すこともないんだよな。昨日激励会やったし」

何よそれ、と笑う。


でも、プロデューサーの顔を見て安心したのは確かだ。
別に気を張っていた訳ではないと思うが、顔を見た瞬間なんだかふっと体が軽くなった気がした。

ほんと、お人好しね、コイツ。
といった半分呆れたような、やっぱりね、というような気持ちが近いかもしれない。

P「ほら」

プロデューサーが手を差し出してくる。

なに?と聞く。

P「握手だ。……まぁ、儀礼的なものというかなんというか」

左手で自分の頬を撫でながら、右手は突き出したまま。視線は横を向いていた。

はいはい、と言いながら応じる。
触れる直前に、プロデューサーと握手するなんてどのくらいぶりかしら?とふと思った。

手を握る。大きな手だった。


P「……信じてるからな。お前も信じろ」

もちろん。

ぎゅっとプロデューサーの手に力が込められる。
私も強く握り返す。
車から降りたばかりの私の暖かい手とは逆に、プロデューサーの手は冷たかった。

どのくらいここで待っていたのか。
具体的に何時ごろ向かう、といった話はしていなかった気がする。
きっとずっと待っていたのだろう。

伊織「……ありがとう」

今日はなんだか『ありがとう』とばかり言っている気がする。

ふとあることを思いつき口に出す。
そういえば。

P「ん?」


プロデューサーだけ、激励会の時何も渡してくれなかったわね。

P「え?お、俺もか?」

別に、と言う。
別にいいけど。

P「うーん……って言ってもなあ。今は何も持ってないぞ?」

じゃあ、ペン。

P「ペン?」

そう、シャーペンもついてる多機能ペン。いつも使ってるじゃない。
あれ貸して。

P「あ、ああ……そんなもんでいいなら」

プロデューサーはコートの胸元から手を入れて、いつも使っているペンを取り出す。

P「ほら」

ありがとう、と礼を言ってペンを受け取る。


P「……さ、そろそろ行かないとな」

うん、行ってくる。
プロデューサーの元を離れ、受験生入口と書かれた昇降口に向かう。

途中で一度だけ振り返ると、プロデューサーはまだこちらを見ていた。
私に気が付くと、軽く手を振って応えてくれた。

ああ、そうだ――

初めてのライブの時がこんな感じだった。
私は緊張してないって言ってるのにプロデューサーが落ち着かせようとしてくれて。
私は呆れつつやっぱり体が軽くなって。
握手をして、ステージに行く前に一度振り返ると。

やっぱりプロデューサーは手を挙げながら笑っていた。



――――




P「……はは」

P「きっと、ヘアバンド以外もつけてるんだろうな」

P「……」

P「がんばれ、伊織」



――――




案内の通りに教室に入り、試験までの時間をテキストを見ながら待つ。

時間を確認した後、試験前にとお手洗いに行き鏡で身なりをチェックした。

目を閉じ、深呼吸を二回。

大丈夫――大丈夫。

目を開けると、いつもとは違うヘアバンドが目に入った。

伊織「……がんばるからね、貴音」


――――



四条貴音は事務所へ向かっていた。

今日の仕事は午前中のみ。

けれど貴音は、仕事が終わった後事務所に戻り、夕方まで残るつもりだった。

時計を確認すると午前九時近く。

貴音「……きっと大丈夫ですよ、水瀬伊織」


――――



教室内の机がすべて埋まる。

室内には30人近くの生徒がいるのに、教室内は静かだった。
暖房の音と、時々聞こえる咳払い。後はテキストをめくる音だけが聞こえた。

時間になり試験管が教室に入ってくる。
二人だった。

軽く注意を受けた後、問題用紙と解答用紙が一人一人配られる。

伊織は腕時計を外し、机の左端に置いた。

ありがとう、千早。

間もなく英語の試験が開始された。


――――



如月千早は電車で移動していた。

今日は自宅から直接スタジオへ。

事務所には夕方近くに帰ることになっていた。

彼女が戻るまでに、私は事務所に戻ることができるだろうか。

体を少しひねって窓の外を見る。

冬独特のきれいな空気のおかげか、ところどころに雲が浮かんでいる青空がいつもより高く見えた。

……がんばって、伊織。


――――



一時間目の英語が終わった。

英語は得意なので、ほぼ確信に近い状態で解答することができた。

ミスさえなければ満点だって狙えるはずだ。

気持ちを切り替え、次の数学に向けてテキストを用意する。

ついでに左のポケットを探り、入っていたものを取り出す。
しばらくそれらを眺めていた。

伊織「……ありがと、真、雪歩」

リストバンドとブレスレットをポケットに戻し、数学に向けてテキストを読んだ。


――――



雪歩「も、もう一時間目とか終わったころかなあ?」

真「そうだね。二教科目に入るころかもね」

雪歩「そっか、そうだよね……」

真「……」

真「ねえ雪歩」

雪歩「うん?」

真「社長が言ってたけどさ、ボクも伊織が失敗するところって想像できないんだ」

真「いつも生意気だけど、その分努力して結果をちゃんと出す、ってのが」

真「……ボクらの知ってる伊織だろ?」

雪歩「……うん」


真「……大丈夫だよ、伊織は」

真「きっといつものように『受かって当然ね!』って帰ってくるに決まってるさ」

雪歩「……」

雪歩「……そっか、そうだよね!」

がんばれ、伊織!

がんばってね、伊織ちゃん。


――――



平成二十二年度 小出高校入試問題 数学


問1、(-2)-3×(-5)^2 を計算しなさい。

問2、あるプロダクションの今年の人数は、去年より男性が25%増え、全体で10人増えたが、女性は1人減り、男性が   女性より7人多くなった。今年の男性の人数を答えなさい。

問3、1つの内角の大きさが140°である正多角形は何角形か、答えなさい。

問4、2次関数 y=2x^2 のxの変域を -2≦x≦4 としたとき、yの変域を答えなさい。

問5、あるxy座標平面上に3点 A(2,2)、B(4,1)、C(5,4)がある。
   いま点Pは原点Oを出発点として、さいころの目の出方によって、次のように移動する。
   ・1か2の目が出れば、x軸の正の方向に1
   ・3か4の目が出れば、x軸の正の方向に2
   ・5か6の目が出れば、y軸の正の方向に1
   さいころを4回投げたとき、点Pが△ABCの内部または周上にある確率を答えなさい。


――――




試験管「それでは、休憩に入ってください」

ふっと教室の空気が弛緩する。けれど誰かが口を開くことはない。

二教科目の数学と三教科目の国語が終わり、50分間の休憩時間になった。
教室内は席を立つものと、座ってお弁当を広げるものに分かれる。
普段の学校のように座席を移動して、友達同士でグループになる生徒もいない。

伊織も一人で弁当を食べた。
食べながら作ってくれた母親のことを考え、食べ終わると弁当箱をバッグにしまった。

時間がまだあったのでお手洗いに行っておく。

席に戻る。

試験管は教室にはいなかったが、ちょっと身を隠しながら制服の袖をまくり上げた。

右腕には様々な色のヘアゴムやリボンがついている。

みんなきれいだね、とてもきれいだね――か。

ありがと、春香、響、真美、やよい、小鳥。
今のところうまくいってるわ。
だから、大丈夫――


――――



P「……」

小鳥「今頃お昼食べてる頃ですか?」

P「そうですね」

小鳥「今日は落ち着いてますねー、プロデューサーさんは」

P「まあ」

P「落ち着いてないのは……」

響「うぅ、なんだかじっとしてられないぞ……」

やよい「お、お掃除でもしようかなー……でももうトイレも給湯室も階段もやっちゃったし……」

真美「うあー、また死んじゃったよー!ゲームに集中できないー!」

春香「ちょ、ちょっと真美、声大きいよー」

P「……」

小鳥「ふふ、気になるんですねー」

P「まあしょうがないですけどね」


響「ああー!もう!」

真美「うわ!急にどうしたのひびきん?」

春香「だ、だから二人とも声が……」

やよい「プロデューサーに怒られちゃいますー」

P「……」

響「だってじっとしてられないぞ!」

真美「まー、わかるけどさー……」

P「響」

響「う……な、なに?」

P「じっとしてられなかったら屋上行って叫んで来い」


春香「プ、プロデューサーさん?」

P「午後の仕事に差し支えるからな。一言叫ぶくらいなら苦情も来ないだろ」

P「……たぶん」

響「ホント!?よーし、自分行ってくるぞー!」

真美「あ、真美も真美もー!!」

春香「ちょ……!ほんとにいいんですかプロデューサーさん?」

P「……いいさ。じっとしてらんない気持ちは俺も良くわかるからな」

やよい「……わ、私も!行ってきますー!」

春香「や、やよいまで!?ま、待ってよー!私も行……わぁ!?」


P「ふぅ……元気な奴らだ」

小鳥「今日は甘々ですね、プロデューサーさん?」

P「……返す言葉もないです」

P「小鳥さんは行かなくてもいいんですか?」

小鳥「私は、ここでいいです」

小鳥「……がんばって、伊織ちゃん」

『がんばるさー!いっおりー!!』

P「お?」

『いおりん!ぜったい合格だよー!!』

『いおりちゃーん!がんばってねー!!』

P「……はは」

『がんばれー!いおりー!!絶対!大丈夫だよー!!』


――――



平成二十二年度 小出高校入試問題 理科


問1、植物細胞にあり、動物細胞にないつくりを3つ答えなさい。

問2、主に火山の活動などでできる火成岩は数種類の鉱物でできている。その中でも色が無色、または白色の鉱物を無色鉱物というが、無色鉱物を2つ答えなさい。

問3、ある物質を水に限界まで溶かしてできた水溶液を何というか、答えなさい。

問4、日本で冬至の日に太陽が南中したときの南中高度は約何度か、次の中から選びなさい。ただし、日本の緯度は北緯37度とする。
   ①29.6度 ② 45.6度 ③53.0度 66.6度

問5、最近会社や建物の近くに小規模な発電装置を造り、電気を作り出すだけでなく発電時に発生する熱エネルギーも利用するシステムが注目されている。このシステムのことを何というか、答えなさい。


――――



四教科目、理科が終了した。

ご飯の後は眠くなるかも、と言われていたがあまり眠気は感じなかった。

次で、最後――

右のポケットに手を入れ、中に入っているものを取り出す。

銀色のキラキラしたイヤリング。

ピンク、黄色、紫のひし形を連結したような形のイヤリング。

緑のイヤリング。

伊織「……ありがとう、美希、亜美、あずさ」

伊織「……律子、ありがとう」

バレッタをぎゅっと握る。

あと一教科。
あと50分で試験は終わる。


――――



律子「うん!だいぶ良くなったんじゃない?」

亜美「へへ……やーりぃ!」

美希「あ!真クンの真似なの!」

あずさ「あらあら~……ふぅ」

律子「じゃあ、3分休憩後、また頭から確認ね!」

亜美「うぇ~ぃ……」

美希「……聞いてはいたけど、やっぱり鬼軍曹なの」

律子「聞こえてます」

美希「うっ……」

律子「協力してくれるって言ったでしょ?」


亜美「あーあ。ミキミキ、こりゃ雪歩穴を掘るってやつですなー」

律子「……」

美希「……」

あずさ「え~と……もしかして、墓穴を掘る?」

亜美「そう!」

律子「……絶対わかんないわ」

美希「……」

美希「ティンときたの!」

律子「な、なに?どうしたの急に?」


美希「ちょっとあずさ、亜美……」

亜美「……ほうほう」

あずさ「あら~、いい考えじゃないかしら?」

亜美「のった!」

律子「あ、あなたたちね、いったい何を……」

美希「あのね!?」

……

律子「無理無理無理無理!!」

美希「その方が楽しいの!」


律子「楽しいとかはいいから!まずあなたたちが……!」

亜美「……いおりん、喜ぶと思うよ?」

律子「うっ……」

あずさ「それに、『まずは』と言うことは、私たちが完璧になれば律子さんも考えるということですよね~?」

律子「あ、あずささんまで……」

美希「決まりなの!」

律子「ちょ、ちょっと待ちなさい!大体……!」

ギャーギャー!!

あずさ「ふふ」

あずさ「がんばってね、伊織ちゃん……待ってるから」


――――




P「……」

一旦仕事の手を止めて時計を見ると、時刻は5時半を回っていた。

小鳥「……ちょっと遅いですね」

P「まあ順番によってはこのくらい普通だと思いますが」

学力検査自体は3時前には終わっているはずだったが、その後に面接がある。
受験番号だけでは順番はわからないので伊織が何時ごろ戻るかはわからない。
夕方ぐらいまでは何回も「まだですかね?」と確認に来ていたアイドルも今は静かになってしまった。

P「……6時ごろになっても来なかったら、一応迎えに行ってみます」

俺自身、それ以上遅くなると他の仕事場のアイドルを迎えに行かなければならない。
ちなみに今事務所にいるのは雪歩、真、貴音の三人だけだ。
みんなそれぞれの仕事が終わった後に事務所に戻ってきて、そのまま残っているのだった。

と、その瞬間ドアが開く。


真「い、いお……!」

千早「……戻りました」

P「おう、お疲れさん」

雪歩「……ほ」

貴音「……」

小鳥「お疲れ様、千早ちゃん」

千早は中に入ると周囲をきょろきょろと見回した。

真や雪歩の様子を見て、

千早「……伊織は、まだ戻ってないんですね」

そう言った。


P「ああ。面接の順番が遅いみたいでな」

千早「そうですか……」

伊織「ただいまー」

P「……」

小鳥「……」

千早「……伊織!」

真「伊織!」

雪歩「伊織ちゃーん!」

伊織「ふぅ……疲れたわ」


戻ってきた伊織は俺の椅子に座ると、肩にかけていたバッグを下ろした。

P「……お疲れさん」

小鳥「お疲れ様、伊織ちゃん」

伊織「……疲れたわよー、小鳥ー」

そんなことを言って、笑った。

真「……」

雪歩「……」

千早「……伊織」

貴音「……首尾は、いかがでしたか?」

伊織「……」

雪歩や真が聞いていいものか迷っているうちに、千早、そして貴音が声をかけた。

伊織「……」

伊織はすぐには答えなかった。
が。


伊織「……完璧」

机に体をだらしなく預けながらも、Vサインを作って言った。

雪歩「……うわぁ!」

真「へへっ!やーりぃ!」

千早「……お疲れ様」

ようやく場の雰囲気が明るいものとなる。

伊織「ありがと……それと」

左腕を上げ、袖をまくる。

伊織「……これもね」

貴音が微笑む。

伊織の左腕には、リストバンドにブレスレット、そして腕時計が着いていた。


――――




P「みんなを安心させるためにそう言ったかと思ってな」

伊織「……まあそれも少しはあったけどね。でも大きなミスもなかったと思うし、自分の力は出せたと思うわ」

P「……なら完璧で合ってるか」

伊織「ええ」

事務所に戻ってきた後、だいぶ疲れているようだったので伊織はすぐに返すことにした。
みんなはまだ話を聞きたいようだったが、伊織のことを考えたのか一通り労をねぎらった後それぞれ帰途についた。

ちなみに事務所のホワイトボードには、

『無事終了!みんな、ありがとね!!』

と、これから事務所に戻ってくるみんなに向けて伊織直筆のメッセージが残されている。


P「……」

伊織「……」

車内は静かだった。
疲れてるだろうしゆっくりさせてやりたいとも思うが、もう少し話も聞きたい。
俺は一人でそんな葛藤をしていたが、結局口は開かなかった。

その代わりではないが、今後のことをすこし考える。

昔講師をしていたころは試験終了後に自己採点をし合否のめどを立てるのが普通だったが、今回に関しては自己採点はするつもりはなかった。
というか、自己採点をしたとしても他の受験生の点数などのデータがないのでいかんせん正確性に欠ける。
せいぜい去年までのデータと比較する程度だ。
なので今回は自己採点はなし、合格発表の日ですべてが決まる。

まあ、事務所に帰って来た時の様子を見ると出来がよかったのは本当だろう。


ふと伊織を見ると、小さな寝息を立てながら目を閉じていた。

精神的なものもあるのだろう。やはりだいぶ疲れていたようだ。

P「……よくがんばったな」

まだ合格発表も済んでいないけれど。

それでも。

伊織の寝顔を見ていると、不覚にも少し目の前が滲んだ。

ここまで、来たんだ。

もちろんすべてが順調な一本道じゃなかった。

俺自身大変なこともたくさんあったが、伊織の比にはならない。

つらいことや、折れそうになったこともあったはずだ。

それでも、一年間俺についてきてくれて。

今日も、一人で戦ってきたんだ。

P「……ほんっと」

P「……すごいやつだよ、お前は」


長かった受験も、勉強自体に関してはこれにて一段落。

あとは約2週間後。

運命の合格発表を残すのみとなった。



つづく


以上。

もし問題解いた人いたらぜひ書き込んでね。模範解答はそのうち出します。

残りはたぶんあと一話+書けたら後日談。
まあ最終回が長すぎたら分割するかもしれませんが……まあその辺はてきとうに。では

1.
-77
2.
"去年の"男性をx,女性をyとすると、
今年の男性、女性の和はこのような関係
(x*1.25)+(y-1)=(x+y+10)
(x*1.25)=(y-1)+7
これをxについて解くとx=44
つまり今年の男性は44×1.25=55人
3.
外角→40[deg]
360/40=9
正九角形
4.
下がって上がるから0≦y≦32
5.
△ABCの周と内部の格子点で、4回サイコロ振って行けるのは
(2,2), (3,2), (4,1), (4,2)
サイコロが12の場合をA、34をB、56をCとすると、
全事象は3^4=81
移動方法は次の組み合わせを並び替えたもの
(2,2)→AACC→6
(3,2)→ABCC→12
(4,1)→AABC→12
(4,2)→BBCC→6
(6+12+12+6)/81=4/9
かな?

>>1です。
前回の模範解答

数学

問1、-77
問2、55人
問3、正九角形
問4、0≦y≦32
問5、4/9

理科

問1、葉緑体、細胞壁、液胞
問2、チョウ石、石英(長石、チョウセキ、セキエイなども可)
問3、飽和水溶液
問4、①
問5、コ・ジェネレーションシステム(コージェネレーションシステムでも可)

数学に関しては>>622参照(>>622さんありがとう)

理科は主に単語・知識問題なので解説はなし


それでは最後の投下です




受験から2週間と2日。
合格発表の日は晴れていた。

発表の時間は午前11時なので、朝は比較的ゆっくりでいい。

のんびりと8時過ぎに起き、朝食をとった。
準備をしながら、芸能活動をしていたころは考えられないわね、と思った。

その後制服に着替え、9時過ぎに家を出た。
高校まではプロデューサーと行くことになっていたので、10時に事務所で待ち合わせをしている。

いつもの送迎用の車に揺られながら外を見る。
月が替わり三月になっても気温はまだまだ低い。
今日は雲が少なく青空が広がっていた。
そんな青空を見ていたらふとあることを思いつき、新堂に行先の変更を告げた。


――――




車が止まり、外からドアが開けられる。

新堂「お待たせいたしました」

礼を言って降りる。
やっぱり気温は低い。
晴れている分、より肌寒く感じた。

伊織「もう戻って良いわよ。どうせすぐそこなんだから」

かしこまりました、と頭を下げ新堂は運転席に戻っていった。
エンジンがかかり車が去っていく。

こういう時、新堂は私の心が読めるんじゃないかしら、と思う。
新堂は余計なことは言わないし、聞かない。
それでも、私の気分が落ち込んでいるときは一言断りを入れて話しかけてきてくれる。
学校や芸能活動のことを差し支えない範囲で聞いて来たり、家であったことを簡単に話してくれたり。
新堂になんでもないことを話しかけられて『私、もしかして気分が沈んでる?』と考えることさえあるほどだ。
そして、よく考えてみると大抵は思い当たる節があったりする。

今回だって何も言わず、すぐに一人にしてくれた。

車が見えなくなるまでそんなことを考えた後、公園に入ってベンチに座る。


公園に来たのに何か理由があったわけではない。
以前本当に売れてなかった頃、プロデューサーと来たことを思い出したからなんとなく来てみただけだ。

今日が合格発表だからと言って特に気負っているつもりもない。
いつも通りだ。
ただ、急にこんなことを思いつくなんてやっぱりいつもとは何かが違うんだろうか。

ブランコや滑り台、ジャングルジムなどの遊具がある。
あの時のようにハトもいた。

『ねえ、ここらで私もアンタもやめちゃうってのも一つの手かしら?』

『だって~、続けたって打ちのめされるばっかりじゃない……』

『そうだ、もしそうなったら家でアンタ雇ってあげる!なんでも好きな仕事やらせてあげるわよ?』

『……そう。じゃあ、もしここでやめちゃったらアンタとはジ・エンドって訳ね』

『せっかく組んだのに、結果ゼロっていうのも……やっぱりもう少し頑張ってみようかしら』

『い、言っとくけど別にアンタと離れたくないから続けるんじゃないわよ!カン違いしないでよね!!』

思わず口元が緩んでしまい、慌てて口元を隠す。
なぜこう昔のことを思い出すと笑ってしまうのだろう。

自分があまりに子供だったからなのか。
それとも。


「……なーに感傷に浸ってるんだ?お嬢様」

背後から声をかけられる。
バッと振り返る。

伊織「あ、あんた……!」

P「何してんだ?こんなところで」

まったく、なんでこいつはこうもタイミングが悪いのか。
それともタイミングがいいのか。

伊織「別に……アンタこそどうしたのよ」

P「別に」

むかっ。

なにか言い返してやろうとして、やめた。

私は大人になったのだ。


プロデューサーが横に座る。

P「どっこいしょ」

伊織「……おっさん」

P「うるせー」

体を伸ばしている。
……やっぱりまだ子供かもしれない。
さっきのお返しにこんなことを言ってみる。


伊織「ねえ、ここらで私もあんたもやめちゃうってのも一つの手かしら?」

P「あ?」

不審な顔をしている。
が、すぐに気付いたようだ。

P「何を言うんだよ、まだ始めたばっかりじゃないか」

伊織「だって~、続けたって打ちのめされるばっかりじゃない」

もちろん、あの時のような悲観的な口調ではない。


伊織「そうだ、もしそうなったら家であんた雇ってあげる!なんでも好きな仕事やらせてあげるわよ?」

P「世話にはなれないなあ、残念ながら」

伊織「そう。じゃあ、もしここでやめちゃったらあんたとはジ・エンドって訳ね」

P「そうだなあ、残念だなあ」

伊織「せっかく組んだのに、結果ゼロっていうのも……やっぱりもう少し頑張ってみようかしら」

伊織「言っとくけど別にあんたと離れたくないから続けるんじゃないわよ!カン違いしないでよね!!」

P「……」

P「……なつかしいな。もう2年前くらいか」

そこで会話が途切れた。
ややあってからプロデューサーが聞いてくる。


P「……不安か?」

伊織「全然」

本心だ。少なくとも自分自身が把握できる範囲では。

P「そうか」

伊織「私は、アンタが信じてくれた私自身を信じてるもの」

プロデューサーが面食らった顔をこちらに向ける。

伊織「……なんてね。にひひっ」



――――




事務所には小鳥しかいなかった。他のみんなは仕事で出ているらしい。
まあかえって気を使わせなくてよかったかもしれない。

いってらっしゃい、といつも通り見送られてプロデューサーの運転で事務所を出る。

P「今日はこの後は何か予定はあるのか?」

伊織「ない。お父様たちはいつも通り仕事だしね」

伊織「なに?デートのお誘いかしら?」

P「そうだとしたら付き合ってくれるのか?」

伊織「冗談」


ちなみに芸能活動の再開については今回の結果次第なので正式には発表されていないが、受験が終わった直後からレッスンは再開していた。
ただし案の定体はなまっていて、初日から徐々にレッスンの時間を増やしていくというリハビリに近いものだったが。
合格していれば近いうちに復帰ライブなりイベントなどを考えているらしい。
不合格であれば……あまり考えたくはない。

そんなことを考えているうちに小出高校に着いた。

一旦校門の前を通ったが、すでに生徒が集まり始め、校門前には保護者の姿も見られた。

近くのパーキングに車を止め、プロデューサーと並んで歩く。

伊織「こうしてると親子に見えるのかしら?」

P「……俺はそんな年か?」

伊織「だって普通は保護者じゃない」

P「せめて親戚のお兄さんとか」

伊織「まあなんでもいいわ」

P「じゃあ言うなよ……さて」

今度は歩いて校門前に着いた。


P「こっからは一人だな。案内板が出てるはずだから、それに従って行けばいいはずだ」

P「ちなみに合格発表は一斉に張り出されるわけじゃないからな」

伊織「え、そうなの?」

てっきり昔のドラマやニュースなどのような光景を想像していたので少し驚いた。

P「ああ、最近個人情報とかがうるさいからな。一人一人封筒で手渡しされる」

P「受験票は持ってきてるよな」

伊織「ええ」

P「じゃあ受験票を見せるか、番号を聞かれるから用意しとけよ」

P「封筒を受け取ったら開けると……まあ結果が書いてあるはずだ」

結果。

二文字か三文字かが書いてあるというわけだ。


P「なにか質問は?」

伊織「それ受け取ったら戻ってきていいの?」

P「……たしか。その他の手続きとかに必要な書類は同封されているはずだし」

伊織「わかった」

P「……じゃ、行ってこい」

伊織「ええ」

プロデューサーを残し、校門をくぐる。
今日は一度も振り返らなかった。

周りには制服を着た集団がいくつか歩いていた。
どうやら各中学校ごとに生徒だけで来るほうが多いようだ。
私のように一人で来ている生徒は少なかった。

とりあえず人の流れについて昇降口の方へ行くと、『平成二十二年度入学者選抜試験結果案内→』と書かれた看板があった。
矢印の方を見ると、少し離れたところに人の列が見えた。

そちらに向かうと、学校の職員だろうか、最後尾の案内をしているスーツ姿の男性がいた。
案内に従い列の最後尾に並ぶ。


腕時計を見ると時間は10時50分。
生徒の数はすでにかなり多かった。

あと10分で結果発表が始まる。

大丈夫、大丈夫と気持ちを落ち着ける。

他の生徒たちは同じ中学の友達としゃべったり、落ち着かなく身なりを整えたりしている。
雰囲気のせいか緊張を押し隠そうとしているように見えた。
みな小声で話しているが、人数が人数なのでそれでも大きなざわめきとなっていた。

待つ。

ポケットに手を入れる。

触れるのは滑らかな木の感触。
五角形の木片の周囲を指でなぞったあと、ぎゅっと握りしめた。

大丈夫。

やがて、列が進み始めた。


――――




時計を見る。

11時を1分回っていた。

もう発表が始まっているはずだ。

伊織は何番目くらいに並んでいるのだろうか。
ここからは生徒たちは見えない。

周りは何人かの保護者、主に母親だろう、が同じく手持無沙汰に待っている。

年配の男性が目の前を横切る。生徒の父親だろうか。
煙草の匂いがした。

――俺も煙草でも吸おうか。


大学を卒業してから禁煙していたが、久々に吸いたくなった。
いや、正確には吸いたくなったわけではない。
何もすることがない状況が堪えがたいだけだと思う。

俺が緊張したところでどうなるものでもないが、緊張するものはしょうがない。

しかしこの場を離れるのもなんとなく気が引けるため、結局そのまま待つことにする。

携帯をいじったり、時計を確認しながら待つこと5分程度。

校門から生徒が出てくる。

最初に出てきた女生徒の二人組は、赤い目をしていた。


――――




ようやく列の先頭が見える位置まで来た。

事務窓口のようなところで封筒を渡されているのが見える。
封筒を受け取った生徒は列を外れ、少し離れたところで封筒を開封している。

その後に上がる歓声。
合格していたのだろうか。

先ほどから封筒を受け取って帰る生徒と何度もすれ違った。

三人とも喜んで、よかったね、と言い合いながら帰る生徒もいれば、一人沈んでいる生徒を慰めながら帰る集団もいた。
はっきりと明暗が分かれている。
今日は受験をしてきた生徒たちにとって黒か白しかない。
合格か――不合格か。

また列が進む。

大丈夫、大丈夫。
ぎゅっと絵馬を握る。


後ろで話している男子たちの会話が耳に入る。

「……そういや、渡された瞬間に合格か不合格かだいたいわかるらしいぜ」

「ああ、なんか封筒の厚さが違うってやつだろ?」

「そうそう、合格者はいろんな書類が入ってるから封筒が厚いらしい」

「うわぁ、俺薄かったらどうしよう」

そうなのか。
いやただの噂かもしれない。

薄かったらどうしよう、か。

列が進む。

大丈夫、大丈夫。

心臓の鼓動が早くなっているのがはっきりとわかる。
ドクン、ドクンと体中に血液が流れている。


絵馬をぎゅっと握る。

不安になってるんじゃない、緊張しているだけ、と言い聞かせる。
そもそもこんな緊張感はいつだって乗り越えてきた。
ステージの前、収録の前、レコーディングの前。
失敗してはいけないとき、どうしても失敗したら、というイメージが浮かぶ。
今までだってそれを乗り越えてきたのだ。

列が進む。

泣いている一人の女生徒が横を通る。
一人で来ているのか、いたたまれなくなり集団から抜けてきたのか。

絵馬をぎゅっと握る。
列が進む。
もう前にいるのはあと4,5人になっていた。

心臓が早鐘のようになっている。
今までだって乗り越えてきたが、これはちょっと次元が違う。

一年――
そう、一年間だ。
今までの一年間が今日の結果にかかっている。

何を今さら。
わかっていたことじゃない。


列が進む。

窓口は二つあるので、もう次か、その次には私の番だ。

絵馬をぎゅっと握る。

そう、今までだって乗り越えてきた。
乗り越えてきたが。

いつも横にはプロデューサーがいた。
不安なときは手を握ってくれたし、なんでもない話で緊張をほぐしてくれたりした。

馬鹿って言ったり、わがままだって言われたりした。
でもそのおかげで落ち着くことができた。

プロデューサー。
今、すごく手を握りたい。
ぎゅっと握るから、ぎゅっと握り返してほしい。
それだけで、私は。


すぐ前の一人が窓口に行く。

もし。
もし、ダメだったら。

きっとプロデューサーは励ましてくれる。
見放されることは絶対にない。
みんなだって、よくがんばったねって言ってくれるはずだ。

けど。
みんなが笑顔になることはない。

右の窓口から人がいなくなる。

私は。
私はアイドル。

みんなを笑顔にしなきゃいけないんだ。
だってそれが――

「次の方、どうぞ」

アイドル水瀬伊織ちゃんであることの証明なんだから。


「受験票をお願いします」

受験票を渡す。
窓口の奥に大量の封筒が用意されているのが見えた。
その中から一つの封筒が選ばれる。
右上にマジックで3487と書いてある。

「はい、3487番ですね。お疲れ様でした」

受験票と一緒に封筒を受け取る。
ありがとうございました、と言って窓口を離れる。

あっさり終わった。
拍子抜けするほど。
心臓はまだバクバクいっているが。

手には封筒。
茶色の、A4の書類が入る大きいものだ。
下には学校名が印刷されていて、右上には受験番号。


ふと思い出して厚さを確認する。
が、厚いのか薄いのかは判断できなかった。

一息ついて、封筒をつかみ直す。
これを開ければ、結果が書いてあるはずだ。

合格か。

不合格か。

一年間の努力が実るのか。
それとも。

手が震える。

ああ、みんなすごいわね。

いくらアイドル伊織ちゃんでも、これは結構しんどいわよ。

深呼吸を2回した後、意を決して震える手に力を込めた。



――――




待ち始めて約40分。
永遠にも等しい時間だった。

何人もの泣いている生徒が通り、何人もの喜んでいる生徒が通り。
再び用もない携帯を取り出しかけたとき、やっと伊織の姿を確認できた。

表情はいつも通り。
笑っているわけでも泣いているわけでもない。
足取りも普通だ。
結果については全く分からない。


喉が渇いていることに今更ながら気づく。

伊織が近づいてくる。
手には封筒を持っている。

歩いてきた伊織が、目の前で止まった。

伊織「……」

P「……」

P「……ど」

どうだった? と聞く前に目の前に封筒が突きつけられる。

P「お……」

伊織「まだ開けてない」

P「……は?」


伊織「はさみがなかったから。持ってない?」

封筒の封は確かに切られていなかった。

P「お前な……」

伊織「はさみ、持ってない?カッターでもいいけど」

P「持ってるわけないだろ」

伊織「そう。じゃあしょうがないわね」

あっさり引き下がり、伊織は封筒に手をかけた。

本当は手続き関係のことを考えればすぐに開封しなかったことを注意するべきだったかもしれない。
けど、結局入学することにはならないだろうと思いやめておいた。
それに、勝手な考えかもしれないが。
一人で結果を見ることが怖かったのかもしれない。

伊織はその考えを否定するかのようにためらいなく封筒を開けた。


伊織「……」

中に入っていた書類を、まとめて封筒から引き出す。
数枚の紙と冊子。

伊織は一番上に入っていた紙を見つめたまま動かない。

――どっちだ。

合格か。

それとも。

ふと周囲の音が消こえなくなっていることに気が付く。
が、周りを見渡してみる余裕も俺にはなかった。

目の前の伊織は静止画のように動かない。

どのくらい時間が経ったか。

たった数秒だったかもしれない。
それとも1分以上はかかったのかもしれない。

そして。


伊織「……」

一枚を反転させてこちらに向けた。

白い紙。

はやる気持ちに目が追い付かない。

本文に目を通す。

あなたは、先に行われました平成二十二年度小出高校入学者選抜試験に――




伊織「これ……合格ってこと?」



合 格 
致しましたのでここに通知いたします。





P「……」

伊織「……」

しばらく無言の時が過ぎる。

伊織はもう一度自分に向けて書類を確認した後、こちらに差し出した。

合 格

何度確認してもその二文字の前に余計な一文字はついていない。
ちゃんと二文字で終わっている。

というか本文以前に、上にでかでかと『合格通知書』と書いてあった。




                          『合格通知書』



あなたは、先に行われました平成二十二年度小出高校入学者選抜試験に 合 格 致しましたのでここに通知いたします。



                 <受験番号>             3487番


                  <学科>              普通科


                  <氏名>              水瀬伊織




P「……」

伊織「……え?」

2度、読み返した。
合格、と書いてある。

伊織「……何とか言いなさいよ」

書類から伊織の顔に目を移すと、不機嫌そうな顔をしていた。

もう一度書類に目を戻す。

合格、と書いてある。

次の瞬間には体が動いていた。


伊織「わ……!」

伊織はなにか言いかけたが物理的に言葉を発することができなくなる。
それくらい強く抱きしめた。

何秒か経った後。

伊織「……くるしい」

呻くような声が腕の中から聞こえてくる。

そこでようやく腕の力を緩める。
伊織が胸の前に持っていた封筒が少しくしゃくしゃになっていた。

伊織「……アンタね」

我に返るが言葉は何も出てこない。

P「あー……」

P「すまん」


伊織「通報されるわよ」

P「すまん」

伊織「これ、合格で間違いないのよね」

P「ああ」

伊織「合格……」

手に持っていた合格通知書を返す。
伊織はもう一度目を通した後、封筒の中にしまった。

そして。

伊織「……はぁぁぁぁぁぁぁ」

でかいため息をついた。


P「はは、どうした?」

伊織「緊張した……」

ようやく、笑顔になった。

満面の笑みでも、いつもの自信満々の笑顔でもない。

困ったような、泣き笑いのような。

俺でも初めて見る笑顔だった。


――――




結局軽く書類を確認した後、早々に車まで引き上げた。

伊織「みんなにメールしとこうかしら?」

P「直接伝えたらどうだ?」

伊織「でも、仕事が終わるまで心配しちゃわない?」

P「いいニュースなんだから大丈夫だろ」

伊織「そう……あ、でも、新堂には連絡しておくわ」

そう言いつつ携帯を操作する。


P「お父さんはいいのか?」

伊織「お父様はどうせ仕事ででないわよ……あ、新堂?」

伊織「うん、合格だった……ありがと」

伊織「ま、当然……え?」

伊織「……もしもし」

伊織「はい、合格でした……はい」

伊織「ありがとうございます」

伊織「はい……はい、失礼します」

電話を切った。

伊織「……お父様がいたわ」

P「ほう」


伊織「なんでいるのかしら」

P「伊織のことが気になったからじゃないのか?」

伊織「……そうなのかしら?」

P「なんか言われたか?」

伊織「『よくがんばった』って……」

P「……」

P「……よかったな」

伊織「……うん」

P「なあ、この後ちょっと付き合ってもらってもいいか?」

伊織「なに?」

P「まあ……どうだ?」


伊織「……まあいいけど。どうせみんなが帰ってくるまで事務所にいるつもりだったし」

伊織「でも、アンタ仕事は?」

P「もちろんあるが……まあ仕事みたいなもんだ」

伊織「……?」

P「気にするな」

目的地に着くまで、伊織は何度も鞄から合格通知書を出して確認していた。
もちろん幾度となくどこに行くの、と聞かれたがそのたびにまあまあ、と言ってごまかしておいた。

20分ほど車を走らせたところで、目的地に着いた。


――――




プロデューサーに連れてこられた場所は、

伊織「……スタジオ?」

ライブスタジオだった。

P「そ」

伊織「なんで?……って、待ちなさいよ」

P「ほら行くぞ」

プロデューサーはずんずん中へ入っていく。
最近は入ることのない小さなスタジオだった。
デビュー当時は前座でも来たことがあるし、初めてのライブもこのくらいの小さなハコだった気がする。


伊織「なんでライブ会場なの?」

P「んー、って言うか明日ライブがあるんだよ」

伊織「誰の?」

P「お前の」

足が止まった。
その間もプロデューサーは先に進み、階段を下りていく。

伊織「は、はあ!?聞いてないわよ」

P「言ってないからな」

どんどん離されていくので小走りで追いかける。

伊織「ちょっと!ちゃんと説明しなさいよ!」

P「まあまあ。あとで説明してやるから」


階段を下りた先にある扉をプロデューサーが開く。

P「さあ、入れ」

厚い防音扉をくぐる。

伊織「……」

小さな室内は、扉とは逆側に腰くらいの高さのステージがあり照明によって照らし出されている。
ホールにはマイクスタンドが数本端に置かれていて、壁にはいくつかのステッカー。
ステージとは対照的に薄暗い。

懐かしい光景だった。

P「ま、好きなとこに座ればいい」

言いながらプロデューサーはいくつか無造作に置かれているパイプ椅子に腰かけた。
私もとりあえず隣の椅子に座る。


伊織「……で、説明は?」

P「ああ、ちょっと待ってろ。すぐにわかる」

伊織「はあ……アンタはいつもそうよね」

P「何が?」

伊織「ときどき強引になるってこと。余計なことはぺらぺらしゃべるくせに肝心なことは……」

そこまで言ったところで急に照明が落とされた。
唯一の光源がなくなったせいで、ホールは真っ暗になった。

伊織「……」

数秒後、

『……本日は、765プロダクションシークレットライブにお越しいただき、誠にありがとうございます』


スピーカーから、増幅された声が聞こえる。

伊織「……小鳥?」

『本日のお客様は二人だけですので、どうぞゆっくりとお楽しみください』

『それと』

『……合格おめでとう、伊織ちゃん』

伊織「……」

『ちょ、ちょっと、小鳥さん!』

『抜け駆けはずるいぞ!!』

複数の声が割り込んでくる。春香と……響だろうか?

伊織「……アンタたち、仕事じゃないの?」

聞こえるわけはないだろうが、独り言が漏れる。
隣でプロデューサーが笑ったような気がした。


『ちょ、ちょっと!マイクマイク!』

スイッチが切れるような音とともに静寂が戻る。
いや、どこか遠くから言い争うような声は聞こえてきていたが。

伊織「まったく……」

ほんとうに、この事務所は。

しばらくして、音楽が流れ始める。


『それでは改めまして!聞いてください!!』

『765プロオールスターズで、「The world is all one!!」』


伊織「……」


『空見上げ 手を繋ごう この空は輝いてる 世界中の手を取り』

『The world is all one !! Unity mind♪』


袖からみんなが出てくる。

伊織「……ガチンコじゃない」

全員ステージ衣装だった。



『ねえ、この世界で ねえいくつの出会い どれだけの人が笑っているの?』


春香、千早、雪歩、真。


『ねえ、泣くも一生 ねえ、笑うも一生 ならば笑って生きようよ 一緒に』


やよい、貴音、響。


『顔を上げて みんな笑顔 力合わせて 光めざし 世界には友達 一緒に進む友達がいることを忘れないで!!』


竜宮のみんなはいなかった。きっと仕事が忙しいのだろう。
真美や美希の姿も見えなかった。



『ひとりでは出来ないこと 仲間となら出来ること 乗り越えられるのは Unity is strength』


この曲は皆で歌うことが多かった。
今日は7人。
それでも振り付けは完璧だった。
こんなことは練習なしにはきっとできない。


『空見上げ 手を繋ごう この空はつながってる 世界中の手を取り――』


伊織「……」


『空見上げ 手を繋ごう この空は輝いてる 世界中の手を取り』

『The world is all one !! The world is all one !!Unity mind♪』


――――



その後もいくつか曲が続いた。

雪歩、春香、真の『alright』や貴音、響の『オーバーマスター』。
やよいと千早の『キラメキラリ』にはちょっと笑ってしまった。

一通り楽曲が終わった後。

やよい『それじゃあ改めましてー!』

千早『合格、おめでとう。伊織』

伊織「……ありがとう」

ステージにいた二人の元へ袖から出てきたみんなが集まる。


春香『へへー、びっくりした?』

伊織「まあね。黒幕はこいつ?」

隣にいるプロデューサーを指差す。

雪歩『ううーん、発案者はそうですけど……』

真『ボクたちもすぐそれに乗っかっちゃったからね!へへ』

伊織「……ありがとう。きっと忙しい中練習したのよね?」

響『へへ、まあちょっとはしたけどね!』

貴音『……あなたの努力を考えたらきっと比べ物になりませんよ、水瀬伊織』

伊織「……ありがとう」

真『へっへー、実はこれで終わりじゃないんだよ?』

響『そうそう!伊織を祝いたいって人はまだまだいるんだからな!』

そう言うとみんなはステージから降り、観客席のパイプ椅子に座った。


『……!』

伊織「……?」

なんだかマイクを通してぼそぼそと話している声が聞こえる。

春香「あー……ごねてるねー」

千早「……まあ、いきなりだったものね」

『……それでは、次の曲をお楽しみくださいなの!』

伊織「え?」

いまのは美希の声だった。
どうやら袖にはいたらしい。
いたならどうしてさっきは、と思っていると。


小鳥『……はーい、音無小鳥でーす……』

どう見ても元気のなさそうな小鳥が出てきた。
服もステージ衣装ではなくいつもの制服のまま。
……そういえば、小鳥の私服姿を見たことがない気がする。

響「ぴよ子ー!元気がないぞー!!」

観客席からも発破がかかる。

小鳥『うう……なんで私だけソロで……それもこんなに急に……』

やよい「きゅ、急とか言わないでくださいー!」

真「そうですよー!ばれちゃいますから!」

雪歩「わわ……真ちゃん、その発言もまずいよぅ……」

P「あいつら……」

伊織「……いい意味でグダグダじゃない。いつも通りでほっとするわよ」


伊織「……いい意味でグダグダじゃない。いつも通りでほっとするわよ」

小鳥『……まあいいわ!開き直った事務員の力を見せてあげる!!』

真「ヒューヒュー!」

雪歩「い、いいぞー!ですぅ!!」

小鳥『音無小鳥で「空」、聞いてください!』


――――



『――続くレインボー♪』

小鳥が歌い終わる。
相変わらず上手かった。
本気でなぜ事務員をやっているのか疑うレベルだ。

小鳥『……改めて、合格おめでとう、伊織ちゃん』

伊織「……ありがとう」

歓声が沸く。

小鳥『それに、私が恥を忍んで歌ったかいもあったみたいね』

小鳥『……それじゃ、あとはお任せするわ』

そういって小鳥もステージを降りる。
観客席の方に来て椅子に座った。

あとは……美希かしら。

照明が再び消える。

『元気な君が好き 今は遠くで見てるよ ほら笑顔が ううん 君にはやっぱり似合ってる――』

……この曲は。


ステージが明転した。その上には。

伊織「亜美……真美……」


『どんな場所にいても君だとわかる 明るい声が ああ 聞こえる 話しかけてみよう 勇気を出して 君の隣に座ってさ』


来てたんだ。
てっきり竜宮のみんなは来てないと思っていた。


『夕日の校庭振り向く横顔 僕の宝物に 一瞬が永遠になる』


そういえばさっき小鳥が急遽ステージに立ったようなことを言っていた。
もしかすると、時間調整だったのかもしれない。
……竜宮のみんなが、仕事から来るまでの。


『元気な君が好き 赤いリボンもキリッと ああ奇跡を起こしそうな 不思議なチカラだね』


聞いたことのない曲だった。
新曲かもしれない。
きっと、これも練習したのだろう。



ふと、声がぶれていることに気づく。
真美じゃない。

伊織「亜美……」


『元気な君が好き 今は遠くで見てるよ――』


亜美が、泣いていた。
ほぼ泣きながら叫んでいるに近い。

伊織「……」

そういえば、亜美が泣いているところは記憶になかった。
一番年下でありながら、つらいレッスンでも、仕事がうまくいかなかったときも泣いたことはなかった気がする。

その亜美が。


『ほら 笑顔が ううん 君には やっぱり似合ってる――』


――――



曲が終わった。
拍手が起こる。

真美『いおりん、合格おめでとう!』

伊織「ありがとう、真美」

真美『ほら、亜美も……』

亜美『……ぅう……ひぅ……』

亜美はまだ泣き止んでいなかった。
もう最後の方はあまり歌詞も聞き取れなかったが、真美が何とかカバーしていた。

伊織「亜美……」

と。

亜美『うぁああああああああん!!』

亜美がステージから飛び降りて、そのまま飛びついてきた。


亜美「よかったよぉ……いおり~ん……」

抱き留めて、頭を撫でる。
正直、私もちょっとまずい。
目の奥の方に、じわっと何かが込み上げてくる。
のどがつまったようで声が出にくい。

伊織「……ありがとう、亜美。もう大丈夫」

なんとかそれだけ言うことができた。

亜美「うぐっ……たいへんだったよぉ……いおりん、が、いなくて……」

伊織「ごめんね……もう大丈夫だから……」

意外だった。
亜美がこんなふうになるなんて。
いつも通り素直に喜んでくれると思っていた。

『ほんと、大変だったわよ~』

気が付くと、ステージ上にはあずさと律子がいた。

伊織「……あずさ……律子」


あずさ『やっぱり、リーダーがいると「竜宮小町」って感じがするわね~』

律子『……改めて、合格おめでとう伊織』

伊織「……ありがとう」

伊織「……ところで、その恰好は?」

あずさはともかく、律子もステージ衣装を着ていた。
後ろ髪を三つ編みにしていて、完全に以前の「アイドル秋月律子」だ。

律子『まあ……成り行きで』

亜美「……へへ、りっちゃんもお祝いしたいんだって」

腕の中の亜美が言う。
まだ目元は濡れているが、新しい涙は出ていないようだった。

律子『まあ……ね』

あずさ『うふふ~、律子さんも素直じゃないからね~』

あずさ『じゃあ、私たちからはこの曲をお祝いとして歌わせてもらうわ~』

律子『……「Best Friend」』


曲が流れ始める。
この曲も聞いたことがない曲だ。


『もう大丈夫心配ないと 泣きそうな私の側で いつも変わらない笑顔で ささやいてくれた』


伊織「……」


『まだ まだ まだ やれるよ だっていつでも輝いてる――』


伊織「ねえ……亜美」

亜美「……なに?」


『時には急ぎすぎて 見失う事もあるよ 仕方ない』


伊織「迷惑……かけちゃったね」

亜美「……」


『ずっと見守っているからって笑顔で いつものように抱きしめた』


亜美「……ほんとだよ」

伊織「……ごめん」



『あなたの笑顔に 何度助けられただろう ありがとう ありがとう――』


亜美「……でもね」

伊織「……」

亜美「ちょっと、うれしかったかも」


『Best Friend――』


伊織「……うれしい?」

亜美「……いおりんががんばってるの、知ってたし」


『こんなにたくさんの幸せ 感じる時間は瞬間で』


亜美「それに……いつもリーダーとして亜美たちを助けてくれたでしょ?」

伊織「……」


『ここにいるすべての仲間から 最高のプレゼント――』


亜美「だから……少しでも大変ないおりんに、恩返しできたかなぁ、って」

伊織「……」



『時には急ぎすぎて 見失う事もあるよ 仕方ない』


亜美「……」

伊織「……もちろん……ううん」


『ずっと見守っているからって笑顔で いつものように抱きしめた』


伊織「いつも、助けられてるのは……私の方よ」


『あなたの笑顔に 何度助けられただろう ありがとう ありがとう Best Friend』

『ずっと ずっと ずっと Best Friend――』


――――



曲が終わり、律子とあずさはそのまま袖に引いて行った。

P「……さて、じゃあ亜美」

亜美「うん!」

伊織「?」

亜美「行こっ、いおりん!」

伊織「え?」


――――



亜美に手を引かれ舞台袖の控室に入ると、律子、あずさ、そして美希がいた。

美希「でこちゃん!おめでとーなの!」

私の姿を認めた瞬間、美希が抱き着いてくる。

伊織「ありがと」

美希「へへー、やっぱりでこちゃんはすごいの!さすがミキが認めてるだけのことはあるって思うな!」

伊織「まったく口が減らないわね」

美希の肩越しに笑っているあずさと律子が見える。

あずさ「……」

律子「……よく、がんばったね」

伊織「……うん」

ああ、まずいまずい。
また泣きそうになってしまうから、そんな顔でそんなことを言わないでほしい。


美希「でこちゃん、今日はミキも一緒に踊るからね!」

落ち着けと自分に言い聞かせていると、美希がそんなことを言う。

伊織「……どういうこと?」

律子「こういうことよ」

律子が、後ろにあったダンボールからビニールに包まれたものを取り出した。
それをこちらに差し出してくる。
白をメインに襟から首元にかけてピンクを基調とした極彩色で彩られている。
真ん中には七色のひし形が縦に並んでいた。

伊織「これ……」

律子「新曲の、衣装」

伊織「……」


律子の手から衣装を受け取る。
後ろから亜美が声をかけてきた。

亜美「いおりんと一緒に着るってがまんしてたんだからね!」

あずさ「うふふ、そうそう」

伊織「今度の……新曲ね」

律子「そう。今日は明日のリハーサルも兼ねてるからね」

伊織「あ、そう言えばプロデューサーが明日はライブだって言ってたけど、どういうこと?」

律子「ええ。伊織の復帰ミニライブを計画したのよ」

律子「……プロデューサーがね」

伊織「……やっぱりアイツなのね」


律子「まあね。ほんとは伊織の活動再開は新曲リリースからってことになってたんだけど」

律子「ほら、伊織が『絶対合格するから大丈夫』ってもうレッスン始めてたでしょ?」

確かに、受験が終わってから合格発表の今日までレッスンを再開していた。
……正直レッスンを入れたりして時間を埋めないと不安だった、という理由もある。
余計なことばかり考えてしまいそうで。

律子「……私には、その勇気はなかったんだけどね」

伊織「え?」

律子「だって、ライブってことは事前に告知もしなきゃないしチケットももう販売してるのよ?伊織は気づかなかったかもしれないけど」

律子「もちろん伊織のことは信じてたけど……万が一ってことがあったら取り返しがつかないじゃない」

確かに。それが普通だろう。

律子「それを『責任は俺が取る』って自分で進めちゃったんだから」

あずさ「……『伊織も、きっと早く復帰したがってるだろうから』ってね~」


亜美「まったく妬けちゃいますな~」

伊織「な……!なに言って……!」

亜美「まあ亜美にはりっちゃんがいるからいいんだけどね~」

まったく。
亜美もすっかりいつも通りだ。

いつも通り――

伊織「……ふふ」

思わず顔がほころぶ。

そう、いつもの場所だ。

私のいるべき場所。


――――



衣装に着替えながら、話の続きを聞いた。

伊織「……ふーん、ってことは明日もみんなでやるってことね」

律子「そ。さすがに伊織だって新曲の練習しかしてないし、今から他の曲の立ち練習なんてやってる時間ないしね。竜宮でやるのは『SMOKY THRILL』と新曲だけ」

伊織「で、律子もアイドル復帰って訳ね」

律子「ちがっ……!」

伊織「冗談よ」

律子も衣装に着替えていた。
どうやら今日は一緒に歌ってくれるらしい。

伊織「どうせならこのまま復帰しちゃえばいいのに」

律子「冗談。今回用の軽めのレッスンだけでへとへとになっちゃったんだから」

美希「そうそう。律子……さんよりミキの方が覚えが早かったの」

律子「……否定できないのが悔しいわね」


ちなみに今回は美希が入ってクインテットになっていた。
四人より五人の方が立ち位置の調整や振り付けなど、ベースがある分簡単だからだ。
美希は『でこちゃんを驚かすためなら喜んでやるの!』と快く受けてくれたらしい。

亜美「そうだ、いおりんイヤリング持ってきてくれた?」

伊織「イヤリング?」

言われて気が付く。

そう言われると確かに色合いがぴったりだった。

亜美「そう。あれがないと亜美もあずさお姉ちゃんもバランスがおかしくなっちゃうよ」

脱いだ制服のポケットから借りていたイヤリングを取り出す。
それを渡そうとして。

伊織「……」

借りていたものを、自分の耳に着ける。
その代わり、私用にケースに入っていたイヤリングを二人に渡した。


ついでなので、律子にあることを頼む。

律子「これでいい?」

鏡を見る。
けっこう似合ってると思う。

伊織「うん、ありがとう」

律子「さて……それじゃ行きますか」

おさげ髪の竜宮小町のプロデューサーが言う。

あずさ「うふふ~、新曲初披露ね~」

私のイヤリングを右耳に着けたあずさ。

亜美「んっふっふ~、竜宮小町、完全復活!」

私のイヤリングを左耳に着けた亜美。

美希「ミキが加入してるから、パワーアップしてるって言ってほしいな!……あと律子、さんも」

律子「アンタね……」

今回のためだけの衣装に身を包んだ美希。
今回のためだけに復帰してくれる律子。


伊織「……」

深呼吸をする。
大丈夫。

私は、アイドル。

亜美「いおりん!」

あずさ「伊織ちゃん」

律子「……伊織」

美希「でこちゃん!」

伊織「……ええ」

伊織「竜宮小町、行くわよ!」


――――




真「あ、来た来た」

P「……」

新曲の衣装は、文字通り七彩だった。

真美「くぅ~、やっぱり新しい衣装はいいですなあ!」

雪歩「うわー、なんだかどきどきしてきちゃった……」

同じ衣装に身を包んだ五人が配置につく。

律子「……それでは、本日の主役から一言」

中央の伊織が、一歩前に出た。
スタジオは沈黙している。
普段は騒音を出すのが仕事のはずの機材までもが耳を澄ませているようだった。


伊織「……みんな」

声が反響する。

伊織「今日は、ありがとう」

伊織「……ううん、今日だけじゃない」

伊織「今日まで……そして、いつも」

伊織「……ありがとう」

伊織が五指を広げた右腕を上げる。
その右腕には。


伊織「みんながいたから……」

色とりどりのヘアゴムやリボンが巻かれていた。
他にも腕時計やブレスレット、リストバンドも見える。

伊織「みんなのおかげで……今日があるの」

ヘアバンドも伊織のものじゃない。
髪型も、普段の律子のように後ろ髪をまとめてアップにしてあった。

伊織「みんながいたから、この歌を、ここで歌うことができる」

伊織「だからその感謝の気持ちを……この歌に込める」

伊織「だって私は……ううん、私たちは」

伊織「……アイドルだから!」

歓声が上がる。

誰よりも、伊織の言葉の意味が分かるから。



伊織「聞いてください、竜宮小町で」

伊織「……七彩ボタン!」



『君がくれたから七彩ボタン すべてを恋で染めたよ』

『どんな出来事も 越えて行ける強さ――』




『――君が僕にくれた』



――――




伊織「……お待たせ」

P「お待たせって……着替えてないじゃないか」

シークレットライブを終えた後、俺は伊織を待っていた。
他のアイドルたちは最後の曲が終わると慌ただしく仕事に向かってしまった。
……現実はこんなものである。
まあ、なんとかスケジュールを調整して数時間だけでも全員に空き時間を作ることだけでも相当大変だったのだが。

伊織「いいじゃない。どうせアンタもこの後は空いてるんでしょ?」

P「夜まではな」

律子がいらん気を回して俺にも空き時間ができていた。


P「……まったく、律子さまさまだな」

本音だ。
正直、律子やほかのアイドルたちの協力がなければ合格の二文字を勝ち取れていたかわからない。
みんなが仕事の移動を自分たちでしてくれたり、律子や音無さんが事務仕事の大半を担ったりしてくれたおかげで俺も多くの時間を伊織の勉強に裂くことができたのだ。

それは伊織も良くわかっているのだろう。

伊織「……ほんとにね」

伊織は俺の横まで来ると、隣のパイプ椅子にすとんと座った。

P「ほら」

伊織「……」

オレンジジュースを差し出す。
待っている間に自販機で買ってきたものだ。

伊織「……気が利くじゃない」

P「光栄だ」


ステージを見る。

先ほどの竜宮小町のステージを思い出した。
正直2週間で伊織の勘が戻るか心配ではあったが、なかなかどうして立派なものだった。
これなら明日のライブも大丈夫だろう。
小規模のものとはいえ、お客さんに中途半端なものを見せるわけにはいかないのだ。

ふいに隣から笑い声が聞こえる。

P「なんだ?」

伊織「ううん」

伊織「……アンタからオレンジジュースをもらうと、一緒に活動してた頃を思い出すな、って」

P「……そうだな」

P「しかし……いつまでたっても落ち着かないなあ」


去年……いや、もう去年ではないか。
一昨年にデビューして、お互いにぶつかり、蛇行しながらトップへの道をなんとか頂上付近まで上ることができた。

もう俺の手を離れても大丈夫と、別々に活動し始めた直後に竜宮小町結成。
その時も一悶着あった。

そして今回である。

伊織「……まったくね」

伊織「でもいいじゃない。山も谷もない人生なんてつまらないでしょ」

P「……お前はすごいよ」

伊織「ふん、当然よ」

伊織「……」

伊織「でもまあ今回は……」

P「ん?」


そう言ったきり続きの言葉は出てこなかった。

そう短い付き合いじゃない。
特に言葉を促すこともせず、何も言わずに待った。

椅子がぎしっと音を立てる。

隣を見ると伊織が立ち上がっていた。

伊織「……ねえ」

P「なんだ?」

伊織「実は、もう一曲練習したい曲があるんだけど」


――――



伊織「じゃあ、いいわって言ったら曲かけてちょうだい」

そう言って伊織はマイクを持って音響室を出て行った。

ライブハウスの専門の機械など使ったことはなかったので、音無さんに電話をかけた。
指示を聞きおそるおそるスイッチをいじって、なんとか曲をかけることに成功した。
これで俺のスキルがまた一つ増えたわけだが、それよりもこういう機械の扱いまで心得ている音無さんには全く驚かされる。
音無さんも過去が全く読めないからなあ、などと考えていると

『聞こえてるー?プロデューサー?』

室内の天井、角に設置してあるスピーカーから伊織の声が聞こえた。

P「聞こえてるよ!!」

ドアを開けステージ方向に大声を出す。
ここから見るとステージはだいぶ遠く見えた。

スイッチに手をかけ、伊織の合図を待つ。


伊織『……』

スピーカーからはマイクが拾った雑音、そしてかすかに伊織の息遣いが聞こえる。

伊織『……ねえ、プロデューサー?』

なんだ、と言いかけてここからじゃ声が届かないことを思い出す。
扉の方へ移動しようとしたところ、スピーカーからの伊織の声に押しとどめられた。

伊織『そのまま聞いて』

伊織『……』

伊織『今日は、本当にうれしかった。みんなが来てくれて』

P「……」

伊織『正直、本当にきつかったわ、この一年間』

伊織『プロデューサーの言っていた通りだったわね』

ガラス越しにステージ上の伊織が見える。
位置的に見えるのは横顔、どこを見ているのか、まっすぐ観客席を見つめたまま話している。


伊織『ほんと、いつ心が折れてもおかしくなかったと思う』

伊織『でも、なんとか耐えて頑張ることができたのは……』

伊織『きっと、みんながいたからだと思う』

伊織『いつも気を使ってくれたし、励ましてくれたし……』

伊織『みんなのためにも頑張らなきゃって、そう思った』

伊織『……』

伊織『うん……そう思ったの』

伊織の声が途切れる。
ステージ上の伊織は、うつむいて言葉を探しているように見えた。

どうせ声を出しても聞こえない。
俺は黙って次の言葉を待った。

伊織『……あは、やっぱり何が言いたいかうまくまとめらんないわ』

伊織『普段のインタビューとかだったら、すらすら話せるのに……』

伊織『……伝えるって難しいわね』

P「……ほんとにな」

聞こえるはずもないのだが思わず相槌が出た。


思いは言葉にしなければ伝わらない。
しかし、言葉にしたからと言って思いが全部伝わることなどありえない。
そのせいで今回だっていろいろと大変な目にもあった。

……伊織も、今同じことを思っているのだろうか。

伊織『……けど』

伊織『けどね』

伊織『……たった一言で、すごく救われたこともある』

こちらを見る。

伊織『ふふ、きっとアンタにはわからないでしょうね』

伊織『なんか思いつく言葉があるなら言ってみてくれないかしら?』

P「……?」


何だろうか?
特定の言葉など、正直思いつかない。

伊織『……はい時間切れ』

遠目にだが伊織の口元がわずかに微笑んだのが見えた。

伊織『はあーあ、しょうがないわねー』

伊織『そんな鈍感なプロデューサーにはこの歌を用意しといて正解だったわ』

伊織『準備はいい?』

準備。
慌てて再生スイッチに手を伸ばす。

伊織『それじゃ、聞いてください。水瀬伊織で――』



伊織『――ホウキ雲』




『どこか遠くで 耳を 澄ましている人がいる あらゆる場所で 空を見上げているひとがいる』



伊織『昔経験してるって、なに?』

伊織『アンタが昔教えた生徒に、私がいたわけ!?』

伊織『私は今回初めて試験を受けるの!それなのにどうして無理だなんて決めつけるわけ!?アンタはなに?神様!?』

伊織『……馬鹿!』



P(……どうなることかと思ったな、最初は)




『夜空の下で 口笛ふいてる僕たちは 言葉もないまま 指でただ星座をなぞってる』



伊織『……ごめんね』

伊織『……テスト』

伊織『いい結果出せなかったでしょ?』

伊織『せっかく教えてもらったのに……』



伊織(中間テスト、あれは落ち込んだわね)




『寒がりやの夢 冷たい君の手 あたためる魔法は 1つの道を信じること』



伊織『ぷ、あははははは!』

伊織『なにあほ面して固まってんのよ!』

P『く……!』

伊織『冗談よ、冗談!たまにはこんなパターンもいいでしょ?にひひっ』

P『ぐぬぬ……』



P(……あの時気づいておけば、って後々後悔したっけな)




『彗雲の向コウに見つけた 一粒の星は 輝く星でも かすかな星でも 君だけの光』



伊織『……ごめんなさい』

P『いいさ。俺のほうも反省点はいっぱいある』

P『ただ今はそんなことを言ってても始まらない』

P『だからあとちょっとだけがんばろう』

P『そして、受験が終わったら『ほんとにきつかった、いろんなことがあった』って話そう』

P『……もちろん笑ってな』



伊織(クリスマス……本当にありがたかった。仲間がいることがこんなに頼もしく思えたことはなかったわ)




『胸の雲の向コウに見えないままの道しるべ さぁ この手をひらいて今 何を信じますか?』



伊織「私、残りの受験までの勉強を楽しんでやることに決めたの」

伊織「いつも通り……事務所に行って」

伊織「春香のドジを見て、真をからかって、亜美たちにからかわれて、美希を起こして、みんなに突っ込んで……」

伊織「……みんなとがんばればいい。それだけのことだった」

伊織「にひひっ、それで絶対に合格してやるんだから!」



P(……ああ、やっぱりこいつすごいな、って素直に思ったな)




『ほんの少しの風が吹きました 最後の魔法は――』



P「……信じてるぞ」



伊織(きっと……あなたは説明してもわからないわね)



『――弱い心も信じること』



伊織(あの言葉に、どれだけ救われたか)






『彗雲の向コウに見つけた 一粒の星は 輝く星でも かすかな星でも 君だけの光』



伊織(実際に試験を受けてるときも)



『胸の雲の向コウに見えないままの道しるべ さぁ この手をひらいて 今 何を信じますか?』



伊織(今日の……発表の時だって)



『目をとじて 目をあけて 今 何が聞こえるの? 何が見えてるの? 君だけの光』



伊織(……いつだって、怖かった。もう駄目かもって思った。けど)



『青い屋根に登って 生まれた夜空 見下ろした 叶わないことなんてない――』



伊織(プロデューサーが……あなたが、いたから)



伊織『――ひらくのは その君の手――』





伊織『……』

P「……」

伊織『……』

伊織『……ありがとう。今なら言えるわ』

P「……」

伊織『……みんなが、プロデューサーがいたから』

伊織『今日、この日、この場所にいられるの』

伊織『本当に』

伊織『……ありがとう』

P「……こちらこそ」

ステージにいる伊織の頬を、涙が一粒だけ流れた。


伊織はまだ前を、観客席の方を見つめている。

俺には横顔しか見えない。

ふと、先ほどの七彩ボタンの歌詞を思い出した。

『ほらね 気づいたら 同じ 目の高さ――』

……身長が、少し伸びたな。

あたりまえか。

もう伊織と出会ってから2年以上経つのだ。

以前はまだ子供だった伊織。

わがままお嬢様だった伊織。

ただ、今ここから見える横顔は――


伊織『ところで』

伊織がこちらを見ていた。

泣きながら、笑っている。

P「……なんだ?」

聞こえるはずはない。

が、伊織には聞こえているのではないか。

伊織『……』

伊織『……あんなに強く抱きしめられたこと、パパにもないんだからね』

P「……」

伊織『それに、あの時はもういろんなことが頭の中をぐるぐる回ってて何もわからなかった』

伊織『……』

伊織『……それだけ』


機材のスイッチを切った。
当然マイクのスイッチも切れたため、伊織の声も聞こえなくなる。

問題はなかった。

俺には、伊織の言いたいことがわかっていたから。

それに。

アイツが――伊織が、素直に言葉にするはずがないということも。

音響室を出て、伊織に近づく。

伊織が口元からマイクを下げた。

うるんだ瞳で、笑っている。

きれいだ、と思った。

そして。


伊織「……今私が何をしてほしいかわかる?」

P「ん……なんだろうな」

いつものやり取り。
ちょっとだけずれてる、言葉のやり取り。

伊織「はぁ……まったく、プロデューサー失格ね」

P「……まあ一個だけ、これかな? ってやつはあるがな」

それにしても照れくさい。
でもしょうがないのだ。

伊織「……なに?」

P「合ってるかどうかわからんが、やってみてもいいか?」

P「……伊織がしてほしいこと」

女王様が、それをご所望なんだから。


笑いながら、いたずらな表情で、伊織は言った。



伊織「違ったら――」



伊織「――にひひっ、違ったらおしおきなんだからね!!」





おわり


ということで以上となります。もしここまで読んで下さった方いましたら、お疲れ様でした。そしてありがとうございます。


万が一質問や意見などありましたらどうぞ。とりあえず明日あたりにHTML依頼出そうかと思いますので、それまでに書き込みくだされば基本何でも答えます。

気が向いたら短い後日談でも書こうかと思いますが、いったんはこれで終了です。では

>>1お疲れ様でした!
懐かしいものもあって伊織愛が伝わってきました
それと合格発表の時にじらすなんて意地悪だわ
ずーっとドキドキして悶え苦しんでたwwww
よければ後日談もみたいです!

とにかくお疲れ様でした!

>>726
すまぬ。飯作ってたんだ

出遅れた乙です!良いSSだった

嫌なレスするけど>>1がもし他のアイマスSS書いてたら読みたいので良ければ教えて下さい

>>1です。

>>736
最近だと

律子「モンスターファーム?」

律子「モンスターファーム?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371923722/)

P「もう夏が来た……」

P「もう夏が来た……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1373365109/)

とか書いてました。
少し前で、今回みたいなストーリー仕立てだと

真「アゲハ蝶とあいのうた」

やよい「わたしとハクサイ」

律子「悪くないですね」

雪歩「LOST」
雪歩「LOST」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1369769060/)

雪歩「ドジな子ほどかわいい?」

とかですかね思いつくのは。
嫌なレスって、こういうこと聞かれて気にする人もいるんでしょうか?自分はふつうにうれしいですけどね



それといろいろと感想下さった方、ありがとうございます。
少し長い話になりましたが、読んでくれている方がいて感謝感謝です。続編は未定です。
あと、もしこういうのが読みたい!ってのがあれば教えてください。
書けるかどうかはわかりませんが……

それでは感謝をこめて後日談を載せて終わりにしたいと思います。
ありがとうございました。








おまけ 

P「受験のあと」




P「……」

少しブレーキを離してはまた踏むといった作業を続けて30分ほど経っていた。

P「……はあ。こりゃまた電話がかかってくるのも時間の問題だな」

ため息をつきながらハンドルを指でトントンと叩く。
前を見ていてもブレーキランプが赤く連なっている、さっきからまるで変化しない風景が見えるだけなので、車内に目を移した。


『――当日の気持ちはどうでしたか?』

『ええ、本当に不安でした。もし……万が一ダメだったら……ファンのみんなに会えなくなるって……』

P「……よく言うよ」

普段は地図を映しているモニターには、10分ほど前にお怒りの電話をかけてきた張本人が映っていた。


――――




あの後、伊織の合格が決まってから芸能活動に復帰するまではそう時間はかからなかった。

とりあえず発表日の翌日のシークレットライブを無事成功させ、その時点で俺はお役御免となった。
その後は律子により新曲リリースの宣伝、曲のPR、ライブの企画と続き、三月末には新曲がリリースされた。
去年伊織の受験から活動休止と、何かと話題になったこともあってか新曲の売り上げは好調だ。
上手くいくと過去最高売り上げを更新するかも、とのことらしい。

伊織の親父さんに関しては有言実行を文字通り体現したため、特にトラブルになることはなかった。
ただがんばって合格を決めた小出高校にはやはり入学せず、事前に話に出ていた通り、通っていた中学の高等部にそのまま進学した。

以前、入学してから高校の制服を見せに学校からそのまま事務所に来たことがあった。

伊織『小出高校の制服を見せてあげれればよかったんだけどね』


ちなみに時間を見つけて達磨の目を入れ、絵馬も納めに行ってきた。
絵馬の奉納は伊織が言い出してきたことだ。
別にそのまま持っててもいいと思っていたし、手放すのも気乗りしないのではないかと思っていたのだが。

伊織『別に……それに、私には他にもお守りがあるからいいの』

と言っていた。
みんなから激励会で預かったもののことだろうか?
結局そのまま今でも預かってるって言ってたしな。

美希『預けてるだけだからね!そのうち帰してもらうの……いつになるかわかんないけどね。あはっ☆』




そんなこんなで現在は四月。
俺も以前の生活に戻り、プロデュースを続けていた。

また竜宮として活動し始めたので、現在の活動は詳しく把握していない。
ただやはり受験勉強をしていた去年一年間が肉体的にも精神的にもだいぶ厳しかったらしく、今は仕事だけに集中していられる分精力的に活動を行っているようだ。

今日は珍しく俺が伊織の迎えに行くことになっていた。

単独の雑誌取材で、律子も他の仕事に出ているためだ。

なのに。

P「……」

そんな日に限って渋滞に巻き込まれていた。

『なるほどね。だいぶ大変だったみたいですねぇ』

『ええ……でも、それよりも活動を休止してしまったことの方がファンのみんなに対して申し訳なくて』


画面にはトーク番組が映されている。
司会者と、テレビ用の妙にしおらしい伊織がツーショットで映っていた。

これが10分ほど前に怒りの電話をかけてきた少女の、皮をかぶった状態だ。

伊織『アンタねえ!何やってのよ!?この伊織ちゃんを待たせるなんて何様!?』

皮をかぶらないとこうなる。

あと5分以内に絶対来なさいと叩き切られたが、それからもうすでに10分以上経過している。
きっともうすぐ……

Prrrrrrrr……

ほいきた。

画面の表示を見る。


『伊織』

やはり。
イヤホンマイクをつけ、ふうと一息ついて電話に出る。

P「もしもし?」

伊織「……アンタ、ぶっ飛ばされたいの?」

P「そんな趣味はない」

P「渋滞なんだからしょうがないだろ」

伊織「……そこまで見越して行動するのがプロってもんじゃないの?」

P「無茶いうな。今日は週末でも五十日でもないのに、こんなに混んでることの方がおかしい」

伊織「よりによってなんでこの伊織ちゃんの迎えに来る時に限って渋滞に巻き込まれるわけ!?」

P「俺が知るか」


……まったく、すっかり元の伊織様になりやがって。

テレビを見る。
このくらいしおらしければ、もっと扱いやすいのに。
ファンのみんなはこの本性を知らないから「伊織様」というが、本性を知っていれば「伊織様」という言葉もきっと違う意味を込めて口にされることになるだろう。



『……うん、でも無事合格できてよかったねえ』

『ありがとうございます。ファンのみんなの応援があったからです』



伊織「ちょっと聞いてるの!?」

P「聞いてるよ」

伊織「……って言うか、誰か乗ってる?」

P「ん?」

伊織「話声がする」

P「テレビだろ。お前映ってるぞ」

ボリュームを上げてみる。

P「聞こえるか?」

伊織「……」


伊織「……!!」

伊織「消して!」

P「うるさ……!」

耳元で急に大声を出されて、思わず耳に手を当てる。

伊織「うるさいって何よ!それはいいからすぐ消しなさい!っていうかなんでそんなもん見てるのよ!?」

速射砲のように次々と言葉がくる。

P「偶然だ。ニュース見てたらそのままかかっただけだ」



『まあ、ファンのみんなにも支えられただろうけど、他にももっと助けられたんじゃない?』

『……そうですね』

『うんうん、例えば?』

『例えば……』



伊織「いいから消しなさいよ!すぐ消して!!」

P「……」

返事はせずにボリュームを下げた。
もちろんイヤホンマイクのだ。
これでようやくイヤホンとテレビの音が大体同じくらいに聞こえるようになった。


テレビの中の伊織は、少し沈黙した後話し始めた。
なにかを言うべきか迷っていたが、決意したような表情。
これは演技か。それとも。



『……事務所のみんなには、本当に助けられました』

『去年1年間を乗り越えることができたのは、仲間のおかげです』



P「いいこと言ってるじゃん」

伊織「3秒以内に消しなさい!さもないとアンタを消すわよ!?」



『それと……お守りに、助けられましたね』



P「消せって言われて素直に消すはずないだろ。あきらめろ」

P「それよりお守りってなんだ?絵馬は神社に持ってったし」

伊織「……!き、聞いたら○すわよ!?」



『お守り?』

『はい……実は今も持ってるんですけど』




P「アイドルがそんな言葉を使うものじゃありませんよ?」

伊織「アンタ……!覚えてなさいよ……!」

耳元からは怒りに震える伊織の声が聞こえる。
画面上の伊織はそんなことはお構いなしにあるものを取り出した。



『……ペン?』

『はい』

『いつも……いつも、一緒でした』

『受験勉強をしているとき、いつもそばにいたんです』

『つらいときも、うれしいときも』

『これが……支えてくれたから。きっと合格できたんです』

『そう。きっと大切なものなんだろうね』

『……はい』

『大切な、大切なお守りです。だから――』

『つらいとき、大変な時は、これと……そして、仲間と一緒なら』

『きっと、乗り越えていけると思います』





P「……」

気づくと、耳元の怒声は聞こえなくなっていた。

P「……」

何も聞こえない。
テレビはCMに入っていた。
切られたか?と思ったところで

伊織「……聞いた?」

蚊の鳴くような声が聞こえた。
ボリュームは下げてあるけれど、それでも。

P「あー……」

伊織「……」

P「……光栄、だな」

伊織「……!」

伊織「う、うるさいばか!」


P「ったく、同一人物とは思えんな」

伊織「ばかばか!ばーか!」

P「……小学生か」

伊織「うっさいうっさい!アンタの顔なんか見たくない!!」

P「どうやって帰るつもりだよ」

P「あともう少しで着くからおとなしく待ってろ」

伊織「~!来たら復讐してやる!!だから……」

伊織「……早く来い!ばか!!」

ぷつりと電話が切れた。

やれやれと思いながらイヤホンを外す。


目の前にはしばらく先まで続くテールランプ。

もう少しとは言ったが、まだ道のりは長そうだ。

本音を言えば、早く伊織に会いたかった。

ただ、よくよく考えるとこの渋滞も悪くない気がした。

理由は2つ。

去年1年間の伊織との思い出を、ゆっくりと思い出すことができるから。

それと。

楽しみなことを後に控えているときのわくわくした時間は、けっして嫌いじゃない。

俺はスタジオに着いた時の伊織の反応を思い浮かべながら、ハンドルを握り直したのだった。




おわり



ほんとにおわり!
みなさんほんとうにありがとうございました!ではまた!!

過去SSありがとうござます!よく他のSSでも特定厨と言われてるのを見たことがあったので嫌かなーと

乙でした!いおりかわいかったです!

おつおつ!
今雰囲気好きだな

これが伊織じゃなくて美希が真剣に受験するやつ読んでみたいな



>>753
人によってはそうなんすかね。よくわからん

ラピュタおもしろいよラピュタ


ハクサイ見てたよ、いつも面白かった

>>756

少し前ですけど見ててくれましたか。ありがとうです

>>754

美希は勉強やってないだけでやればできる子だから、ハニーにちゃんと教えてもらえればどんどん成績上がるって思うな!

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