サシャ「もう、嫌だ……暴力なんて……」(371)

ライナー「――……!?い、ってぇ……」

サシャ「…………」

ベルトルト「ライナー!だ、大丈夫か?」

ライナー「あ、あぁ。かなり痛ぇが……」

ジャン「なんだ……?一体、何が……」

コニー「け、喧嘩か?ライナーとサシャが?」

ライナー「……どういうつもりだ、サシャ……。
     突然殴られるようなことをした覚えはないぞ……」

サシャ「……え……。あ、あれ?私、今……えっ……?」

アルミン(っ……!サシャ、やっぱり君は――)

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……全ての始まりは数日前のことだった。

サシャ「はぁ~、今日の訓練も疲れましたねぇ」

エレン「なんだよサシャ、へばっちまったのか?」

アルミン「仕方ないよ。サシャはほら、
     対人格闘術の時に教官に怒られてその後かなり走らされたから……」

コニー「へへっ!それなら俺もだが、別にへばったりはしてないぜ!」

ミカサ「自慢するようなことじゃないと思うけど……」

訓練後の談笑……それは、いつもと変わらない日常の風景。
しかし、それは突然やってきた。

サシャ「あぁっ!アルミン、なんてことを!それは私の水ですよ!」

アルミン「えっ?あ、本当だ!ご、ごめんサシャ」

コニー「オイオイ、しっかりしろよアルミン」

エレン「まぁ仕方ないんじゃねぇか?
    見た目は同じなんだし、名前が書いてあるわけでも……」

珍しいアルミンのミスを、エレンとコニーは軽く笑い、流そうとする。
当然これも日常の中の些細な出来事のはずだった。
だが……

サシャ「私の水……!返してください!」

突然そう叫んだサシャ。
そして次の瞬間、サシャはアルミンに向かって勢い良く拳を振り上げ……

アルミン「痛ッ!?」

サシャ「水!私の水!!」

エレン「!?オ、オイ。サシャ……」

アルミン「ちょ、ちょっとサシャ、いっ、ご、ごめん!ごめんってば!」

何度も、何度も、拳を振り上げ、振り下ろし、アルミンを殴打するサシャ。
アルミンも必死に腕で顔や頭を守ってはいるが、サシャの拳は容赦なくその腕を打ちつける。

コニー「そ、そんなに殴らなくたって良いだろ!落ち着けよ!」

ミカサ「サシャ、落ち着いて……!」

その明らかにじゃれ合いの度を越した様子を見、
ミカサがサシャの両手を掴んで静止させる。
そうして、ようやくサシャの暴力は治まった。

サシャ「うぅ、私の水……」

コニー「なんだよ水くらいで……。ほら、俺のやるよ」

そうコニーに水を差し出された途端……
サシャは先ほどまでの様子がまるで嘘だったかのようにその表情を一変させた。

サシャ「!本当ですか?ありがとうございます!」

コニー「……良いよ別にこのくらい。変な奴だな」

サシャ「ゴク、ゴク……ぷはぁ~」

ミカサ「アルミン、大丈夫?」

アルミン「あ、あぁ大丈夫……いたた……」

サシャ「あ……」

左腕を押さえ、苦痛に顔を歪めるアルミン。
水を飲み満足げな表情を浮かべていたサシャだったが、アルミンのその様子を見ると、
その表情は再び180度色を変え、

サシャ「ご、ごめんなさいアルミン!
    その……よく考えたらちょっとやりすぎでした……」

アルミン「イ、イヤ、良いよ。僕にも原因はあるんだし……」

エレン「ったく……やりすぎってのがわかってるんなら良いけどよ」

サシャ「はい、反省してます……。どうして私、ただの水であんな……」

アルミン「…………」

夕食

エレン「……アルミン?」

アルミン「えっ?何、どうかした?」

エレン「イヤ、なんかぼーっとしてたからよ……大丈夫か?」

アルミン「あぁ、うん。なんともない、大丈夫だよ」

サシャ「…………」

何か考え事をしていたのか、あまり食事が進んでいないアルミン。
そしてそんなアルミンをじっと見つめるサシャ。
それに一番早く気付いたのは……

ミカサ「……サシャ」

サシャ「は、はいっ?」

ミカサ「あなたもしかして……」

サシャ「え!なんですか?別に何も考えてませんよ?
    食欲がないのなら残りもらっても良いかなぁなんてそんな!」

ミカサ「……アルミンにあんなことをしておいてその上夕食まで奪おうとするなんて……」

エレン「サシャ……お前は反省が足りんようだな……」

サシャ「だ、だから反省して、口には出さないようにと我慢を……」

サシャの食欲に呆れ果てる2人だが、
その反応を見て、サシャは明らかに落ち込む。
反省の意を込め、一応は本気で遠慮しようとしていたらしい。

ミカサ「口に出さないようにって……」

エレン「結局出しちゃってんじゃねぇか」

サシャ「すみません……」

落ち込むサシャを見てバツが悪くなったのか、
アルミンは自分の食器をサシャの方にずらしつつ、口を開く。

アルミン「い、いいよ。そろそろ腹八分だし……あげるよ」

サシャ「良いんですか!?ありがとうございます!そしてさっきはすみませんでした!」

エレン「お前なぁ……。まぁアルミンが良いってんならこれ以上何も言わねぇが」

サシャ「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」

アルミン「…………」

男子部屋。
普段よく会話するメンバーが集う、そう珍しくも無い光景。
ただ今日の話題はいつものような他愛も無いものとは少し違う……例の事件についてのことだった。

コニー「しかしビビったよなぁサシャの奴。いきなりアルミンに殴りかかるんだもんよ」

ライナー「俺は詳しくは知らないんだが、何かあったのか?」

マルコ「なんでも、アルミンがサシャの水を間違えて飲んだとか……」

ジャン「は?たったそれだけのことでか?あいつの食い意地はただの水にまで向いてんのかよ」

コニー「知らねぇけどそういうことじゃねぇの?」

ライナー「あいつならあり得ると思えてしまうところが恐ろしいな」

ベルトルト(教官の目の前で盗んだ芋を食べるくらいだしなぁ……)

マルコ「でも殴りかかるって言っても冗談みたいなものだろ?
    イヤ、僕は直接見たわけじゃないから分からないんだけど」

コニー「ん~……オレが見た感じじゃ結構本気だったように見えたぞ」

ライナー「流石にそれはないと思うが……。
     たかが水ぐらいで本気で殴るなんて、いくらあいつでも考えられん」

ジャン「本気かどうかは当事者に聞きゃ分かるだろ。アルミンの奴はどこだ?」

そう言い、ジャンは辺りを軽く見回す。
しかし……

ベルトルト「少し前に出て行ったよ。色々持ってたから……多分浴場じゃないかな」

コニー「えっ?風呂って、今頃か?」

マルコ「そう言えば、さっきみんなで行った時は居なかったような……」

ライナー「よく見りゃエレンも居ないな……あいつも一緒なのか」




アルミン「っ……」

脱衣所で1人、濡れた体を拭くアルミン。
右手に持ったタオルで左腕を拭き……少しだけ顔を歪める

恐る恐る、もう一度指で軽く押す。
……やっぱり痛い。
1日経てば少しは良くなるだろうか。

そんなことを考えていた……その時だった。

エレン「アルミン、お前……!」

アルミン「!?エ、エレン!?もう入浴は済ませたはずじゃ……!?」

エレン「お前の様子が何か変だったから来てみたんだよ……。
    それより!その左腕、見せてみろ!」

アルミン「あっ……!」

歩み寄り、少し強引にアルミンの左手を掴むエレン。
そして次の瞬間、エレンの目に飛び込んできたのは……

エレン「っ……痣になっちゃってるじゃねぇか……!」

アルミン「いや、これは……ちょっと、打っちゃって……」

エレン「何言ってんだよ!ここ、サシャに殴られたとこだろ!?
    しかも一箇所じゃねぇ……ここも、ここも……!痣になってたり、腫れてたり……」

アルミン「っ……」

エレン「あ、あいつ、こんなになるまで本気で殴ってたってのかよ……!」

エレン「間違って水飲まれたぐらいでどうかしてるぞ!?」

アルミン「ち、力の加減ができなかっただけだよ……!」

エレン「そういう問題じゃ……」

怒りを露にして、更に何か言おうとするエレン。
しかし、その言葉はアルミンによって静止された。

アルミン「エレン……!サシャはもう、謝ってくれたんだから。
     反省もしてたし、それで全部おしまいだ。
     後になって新しい事実が分かったからって、騒ぎ立てるべきじゃないよ」

エレン「……!それは……そうかも知れねぇけどよ……」

アルミン「僕なら大丈夫だから。このことはもう、忘れてくれ」

エレン「……お前がそう言うなら……。だが、本当に大丈夫なのか?
    訓練に支障が出たりはしねぇだろうな……?」

アルミン「そこまでじゃないよ。触ると少し痛むけど、それだけだ」

エレン「そうか……悪い。なんつーか、昔を思い出してつい熱くなっちまった。
    普段ミカサにガキ扱いするなとか言っといて、オレも人のことは言えないな。
    ……それじゃ、先に戻ってる。お前も早く来いよ?」

アルミン「うん。それじゃ、また」

そうして、脱衣所にはアルミンが1人残された。
痣をなで、例の事件からのサシャの様子を振り返る。

“いくらなんでも、流石にやりすぎじゃないのか”
“食い意地が張っていると言っても、水ごときで本気で他人に殴りかかるような人間だっただろうか”

そんな、当然抱く違和感。
それがすべての始まりだった。




ユミル「……シャ。オイ、サシャ。オイ聞いてんのか芋女」

サシャ「あ……え?はい?」

ユミル「はい?じゃねぇよ馬鹿。水汲みだよ、行くぞホラ」

クリスタ「だ、だからやめなよユミル。駄目だって、そんなことしちゃ」

ユミル「良いんだよ。こいつが恩返しのためにやってんだから。なぁサシャ?」

サシャ「あはは……は、はい」

クリスタ「だから……!そ、そうだサシャ。今日、体調悪いんじゃないの?
     ううん、今日に限らず最近ずっと変だよ?」

サシャ「え……?」

ユミル「こいつが変なのはいつものことだろ?」

クリスタ「もう!ユミルは黙っててっ」

ユミル「チッ……」

サシャ「あぁ、えっと……」

クリスタ「だから、無理はしないで?水汲みはちゃんと私達でやるから。ね?」

サシャ「その……あ、ありがとうございます……!」

ユミル「ハァ……言っとくが、今日だけだからな。体調が治ったらまた……」

クリスタ「ユミルっ!」

ユミル「あぁーわかったよ、ハイハイ。じゃあさっさと終わらせようぜ」

サシャ「あ、クリスタ……!」

クリスタ「?なに?」

サシャ「その……私、体調悪いように見えました?ど、どんな風に見えました?」

クリスタ「どんな風?えっと……ぼーっとするって言うか、
     何か考えてるような何も考えてないような、そんな表情になるって言うか……。
     最近、いきなりそうなることが多いような気がして。
     もしかして……気付いてなかったの?」

サシャ「あぁ、いえ!今ぼーっとしてたかな、とは時々……。
    えっと、わかりました!ありがとうございます……」

ユミル「……?もう良いだろ、クリスタ。ほら、早く行くぞ」

クリスタ「あ、うん……」

サシャ「…………」

サシャには、自覚があった。
ぼーっとすると言えば大した問題ではないように聞こえるが、
ここ数日、不意に意識が飛ぶことが何度かあった。

今日の水の件……実はサシャには、はっきりとした記憶が残っていない。
イヤ、正確には記憶はあるのだが……それが自分のものだという実感がない。

アルミンが自分の水を飲んでいることに気付いた瞬間、ほんの少しだけ感情が動いたのは事実だ。
だがそれは、怒りなどとは到底呼べない些細な感情の揺らぎ。

“もう、アルミン。気を付けてくださいよっ?”
“ただの水とは言っても、人のものを勝手に飲むのは駄目なんですからね!”

この程度で済むべき問題のはずだった。
しかし……現実は違った。
現実の自分は怒りを露にし、手加減もせずに殴りかかり……。

片手で拳を作り、もう片方の手でその拳をそっと撫でる。
少し、痛い。
何故か今になって、痛み出してきた。

その痛みで改めて……自分がとても酷いことをしたということに気付かされる。
殴った拳がまだ痛むんだ。
殴られた方は当然、もっと痛いに決まってる。
自分はそんな力で、何度も、何度も、アルミンを殴ったのか。

……やっぱり残ったご飯は、遠慮するべきだった。
エレンの言う通りだ。
自分には、反省が足りてなかった。

どうしてあんなことをしたんだろう。
殴っている時の記憶がないわけじゃない。
ただ、まるで夢の中の出来事か、自分じゃない誰かがやったことかのように……。
どこかふわふわしていて、実感がない。
しかし、あれは間違いなく自分がやったこと。

私は……どうして、あんなことをしたんだろう。

今日はこのくらいにしておきます。
お察しの通り、例の嘘予告を基にしてシリアスを書いてみたらどうなるかという試みです。

次は多分明後日の夜に更新すると思います。

翌朝。
食堂に行き、いつもの席に向かうと……
当然、そこにはいつものように、エレン、ミカサ、そしてアルミンが居た。

サシャ「あ……あの」

まずは挨拶をしなければと、おずおずと話しかけるサシャ。
それに対しサシャに気付いたアルミンは、いつものように明るく挨拶する。

アルミン「やぁ。おはよう、サシャ」

エレン「よぉ」

ミカサ「おはよう」

サシャ「お……おはようございます……。え、えっと、その……き、昨日は……」

アルミン「サシャ。良いよ、僕なら大丈夫だから」

サシャ「でも、私……」

ミカサ「サシャ。アルミンが良いと言ってるんだから、もうその話はするべきじゃない」

サシャ「ミカサ……」

エレン「ったく……まぁその様子だと晩のうちにしっかり反省したみたいだな。
    謝罪は昨日済ませたんだし、もう忘れようぜ?」

サシャ「っ……は、はい!ありがとうございます!」

3人の優しさに触れ、サシャは罪悪感が少し和らいだ気がした。
アルミンがそれを望んでいるのなら、自分も昨日のことは忘れよう。
いつものと同じように振舞おう。
そう決めて席に座った、その時。
アルミンが小声で話しかけてきた。

アルミン「……ねぇ、サシャ。その……最近、体調が悪かったりはしない?」

サシャ「えっ……?あ、えっと……ど、どうしてですか?」

アルミン「あぁイヤ……なんでもないなら良いんだ」

サシャ「…………」

アルミン「ただ、もし何か体に異変を感じたら……無茶はしないで欲しいんだ……。
     ……ごめん、変なこと言って」

サシャ「い……いえ。心配してくれてどうも……ありがとうございます」

どうやらアルミンも『体調不良』に気付いていたらしいことがサシャには分かった。
しかし何故このタイミングでそれを訊いたのか……。
それがよく分からなかった。

アルミンが気付いていた異変がクリスタと同じ異変だとすれば、
ぼーっとすることと昨日の件が、何か関係あるとアルミンは考えた……?

……しかしサシャには、それ以上は何も分からなかった。




コニー「オラァ!」

サシャ「とうっ!ふふっ……まだまだ甘いですねコニー!」

対人格闘術……。
今日は、サシャはコニーと組み、訓練に励んでいる。

昨日の件や今朝のアルミンの様子に少し引っかかるところはあったものの……
こうして体を動かしているうちは、余計なことを忘れていられる。
だからサシャは、努めてこの訓練に熱中することにした。
しかし……サシャが忘れているか否かに関わらず、『それ』はやってくる。

コニー「くそっ!もうこうなったら俺の新技を見せるしかねぇようだな!」

とてもおもしろいので黙って読んでます

・・・書き込んだけど

サシャ「し、新技ですって!?一体どんな!」

コニー「そいつはな……実際に食らってその身で知りやがれ!」

サシャ「む!?望むところです!」

コニー「行くぞ!オラァー!」

サシャ「どんな技か知りませんが、そんな大振りな動きが私に当た…………」

……コニーが異変に気付いた時には、既に遅かった。
あと少し早ければ、体を捻るなりして上手くやれたはずだが……。

コニー「っ……!?」

“危ない”“避けろ”

そんな言葉を口にするヒマもなく。
思い切り飛び上がってから繰り出されたコニーの蹴りがサシャの側頭部を直撃し……
うめき声すら上げることもなく、サシャはそのまま地面に倒れた。

コニー「う……嘘だろオイ……!オイ、サシャ!大丈夫か!?オイ!?」

サシャ「…………」

コニーは慌てて屈み、サシャに呼びかける。
しかしサシャはぐったりとして、何の反応も示さなかった。

コニー「っ……!だ、誰か!誰か手伝ってくれ!」

ライナー「なんだ、どうした!」

エレン「!?サ、サシャに何かあったのか!?」

コニー「オ、オレのせいでサシャが、えっと、えっと……!
    せ、説明はあとだ!良いから医務室に!早く!あっ、でも頭を打ったから……!」

ライナー「わかった。エレン、運ぶぞ!頭を動かさねぇよう気を付けろ!」

エレン「あ、あぁ!」




サシャ「……ン、あれ……?ここは……」

目を覚ました時、一瞬自分がどこに居てどういう状況なのか分からなかった。
天井が初めに目に映り、そして少し視線をずらすと……

クリスタ「サシャ!よ、良かった、目を覚まして……」

サシャ「クリスタ……?えーっと……?」

……どうやら自分に何かあって医務室に運ばれたらしい、とサシャはなんとなく分かった。
部屋の中に居たのは、まずクリスタ。
その横にユミル、そしてアルミン、エレン、ミカサだった。
キョロキョロと周りを見回していたサシャに、アルミンが恐る恐る声をかける。

アルミン「も、もしかして覚えてないの……?
     対人格闘術の時にコニーの蹴りが頭に当たった、って聞いたけど……」

サシャ「あ……そう言えば……」

言われて徐々にはっきりと思い出してきた。
そうだ、自分が最後に見たのは確か、跳び上がって蹴りを繰り出そうと勢いをつけるコニー……。

サシャ「それじゃあ、えっと……コニーは……?」

エレン「教官に滅茶苦茶怒られたあと、走らされてたな。
    “ブラウスと同じ状態になるまで走れ”って。多分今もまだ走ってるんじゃないか?」

サシャ「そ、そうですか。何か、申し訳ないですね……」

ミカサ「それよりサシャ……具合は?」

サシャ「あ、えーっと。ちょっと頭の左側が痛いですけど、その他には別に……」

アルミン「左側……コニーの足が当たったところだね。傷が残らなきゃ良いけど……」

ユミル「はッ。どうせふざけてたんだろ?自業自得じゃねぇか」

クリスタ「ユ、ユミル!怪我人なんだから、そんな……」

サシャ「い、いえ……ユミルの言う通りです。
    その……コニーは外なんですよね?ちょっと会って来ます」

エレン「オ、オイ。大丈夫かよ?もう立ち上がったりして……」

サシャ「はい、打ったところが痛む以外はなんともありませんから」

アルミン「い、一応僕たちも付いていくよ」

クリスタ「そうだね、何かあったらいけないし……」

サシャ「すみません……ありがとうございます」




サシャ「っ……!」

コニー「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……!」

既に日が暮れた中、息も絶え絶えに走るコニー。
その姿を確認し、サシャは駆け寄る。

サシャ「コニー!」

コニー「っ……!サ、シャ……!?お、お前、もう、体、大丈、夫……」

サシャ「しゃ、喋らなくて良いですよ。まずは息が落ち着いてから……」

コニー「駄目、だ……まだ、気絶、して、ねぇ……!オレ、は……オェエエエエエ」

サシャ「ひえぇーー!も、勿体無い!」

コニー「ハァ、ハァ……オエッ……うぐぐ……」

サシャ「も、もう良いですって!ホラ、私はこの通り元気ですから!」

コニー「うっ……す、すまん、サシャ、本当に……ぐすっ……オレがふざけたせいで……」

サシャ「な、何も泣かなくても……。
    それに私だってふざけてたんですから、お互い様ですって!」

コニー「で、でもよ……」

サシャ「良いから!私はもう元気なんですから、コニーも元気出してください!」

コニー「ぐすっ……あ、あぁ、わかった……。
    そ、そうだよな、教官にお前と同じ状態になれって言われてんだもんな……!」

サシャ「え?あ、あぁー、そうです、はい!
    だからコニーも元気にならなくちゃ駄目ですよ!」

コニー「へへっ……悪いな、サシャ……。変に……気ぃ遣わせちゃってよ……」

サシャ「いえいえ。それよりホラ、水も持ってきてますからまずはこれを!」

コニー「あぁ……すまん……!」




コニー「ぶはぁ~、生き返った……。うっ、安心したせいか、急に疲れが……」

サシャ「それじゃ、もう戻りましょう。
   近くにエレンたちも居るはずですから、部屋まで連れて行ってもらえますよ」

コニー「あぁ、そうなのか……悪いな、手間かけさせて……」

サシャ「いえ、このくらい!」

サシャはそう言って、コニーに背を向けみんなの居る方へ歩き出す。
コニーもそのすぐ後ろを付いて歩き出し……小さな声で、呟くようにして言った。

コニー「……あのよ、サシャ。1つ訊いて良いか……?」

サシャ「はい?」

コニー「その……こんなこと訊くのも変かもしれねぇが……。
    ……お前、なんで避けなかったんだ……?」

サシャ「……それは……」

コニー「あぁイヤ!もちろん悪いのはオレなんだが……。
    だがなんつーか……お前なら絶対避けられたはずだって、オレは……。
    ……悪い。これじゃまるで言い訳してるみたいだな……忘れてくれ」

サシャ「…………コニーの技が凄すぎたんですよ!
    あんなの、流石の私でもなかなか避けられるものじゃありません!」

コニー「!そ、そうなのか?」

サシャ「はい、そうです!」

コニー「……そうか……あれがそんなに恐ろしい技だったとは……。
    永遠に封印するべきかもしれねぇな……」

サシャ「……そうですよ、危険な技でしたからね!」

コニー「あぁ……そう、だ、な……」

次の瞬間、コニーの膝ががくりと折れた。
サシャは驚き、慌ててコニーの体を支える。
まさかコニーの体調にまで何か、とサシャの頭を一瞬不安がよぎったが……

サシャ「……寝てるだけ……ですね」

と、ちょうどその時。
近くに居たエレンたちが様子を見に来た。

エレン「よぉ、話は終わったか?……って、コニー!?」

クリスタ「ど、どうしたの!?大丈夫!?」

サシャ「あっ、みなさん……!て、手伝ってください、流石に1人で支えるのは……」

アルミン「もしかして本当に気絶を……」

ミカサ「……違う。寝てるだけ」

見ると確かに、コニーは深い寝息を立て、ぐっすりと眠っているようだった。
いびきすらかいているようにも見える。

ユミル「ハァ……能天気な野郎だぜ」

クリスタ「し、仕方ないよ。ヘトヘトだったんだし……。
     それに、きっとサシャが元気になったの見て安心して寝ちゃったんだよ」

エレン「ったく、しょうがねぇな……。じゃあオレが右側支えるから、アルミン。
    お前が左側支えてくれ。2人で男子部屋まで連れてくぞ」

アルミン「あ、あぁ分かった!」

サシャ「すみません、それじゃあお願いします……」

エレン「……ん?なんか変なニオイしねぇか?」

クリスタ「このニオイってもしかして……」

ユミル「オイオイ……まさかこいつ吐きやがったのか?きったねぇな……」

ミカサ「……よく見たら服に少しかかってる」

エレン「うわっ!?オ、オレの服にもちょっと付いちゃってるじゃねぇか。
    目が覚めたら洗ってもらうぞコニー……」

アルミン「あはは……」

サシャは回復し、コニーとの関係がこじれることもなく……これで一件落着のはず。
しかしアルミンは、どうしても不安が拭い去れなかった。
今回の頭部へのダメージが、何か悪い方向に影響してしまわないかという不安が……。

そしてその不安は、的中することになる。

ちょいと1時間ほど抜けます。
戻ってきたらちょっとだけ続き更新します。

>>38
嬉しいですありがとうございます




それは翌日の夜……食事が終わった頃に起きた。

エレン「しかしサシャ、お前に何もなくて良かったぜ。
    いつも通りに訓練できてたもんな。怪我が影響してないかと心配だったが」

サシャ「はい、何事もなくて良かったです」

アルミン「うん……そうだね、本当に何もなくて良かったよ」

確かに、今日1日サシャに特におかしなところはなかった。
怪我のことは、心配しすぎだったか……。
アルミンがそう考え始めた、その時だった。

サシャ「…………」

エレン「?なんだ急に立ち上がって。どうかしたか?」

何の脈絡もなく立ち上がったサシャの行動に、3人は疑問を覚える。
しかしエレンの質問に、サシャは答えない。
イヤ……何の反応も示さない。
その表情は何か考えているようでもあり、何も考えていないようでもあり……。
そこからは一切の感情を読み取れなかった。

ミカサ「……サシャ?」

アルミン「ま、待ってサシャ!どこへ……!」

ミカサの呼びかけにもアルミンの制止にも応じずに、サシャは席を離れ、どこかへ向かう。
……が、その歩みはすぐに止まった。

ライナー「おっと……悪い。ぶつかりそうになっちまったな」

サシャ「…………」

サシャは少し目線を上げ、自分の目の前に立っている人物……ライナーの顔を見る。
じっと見ると言えば良いのか、ぼんやりと見ると言えば良いのかは分からない。

ライナー「……?あぁ、そう言えばお前もう頭の方は……」

昨日の事故を思い出したライナーの、サシャを案ずる言葉。
しかしその言葉は、唐突に止められた。
……唐突にもらった“平手打ち”によって。

ライナー「!?」

乾いた音が食堂に響き渡る。
一体、何が起こったのか。
ライナーがそれを理解しようとする前に、サシャは今度は思い切り拳を振りかぶった。

“拳で殴られる――”

瞬時にそう思った……が、ライナーを襲ったのは“肘”。
予想外の“肘”の衝撃により、ライナーは思わずよろけ、尻餅をついた。

ライナー「……!?い、ってぇ……」

サシャ「…………」

頬と顎をさすり、表情を歪めるライナー。
その様子を、サシャは相変わらずの無表情で見下ろしていた。

ベルトルト「ライナー!だ、大丈夫か?」

ライナー「あ、あぁ。かなり痛ぇが……」

少し離れたところに居たベルトルトが、慌てて駆け寄る。
その表情はとにかく困惑を浮かべていた。
しかし困惑していたのは彼だけではない。
その場、食堂に居たほぼ全員が、サシャの唐突な暴力を目にしていた。

ジャン「なんだ……?一体、何が……」

コニー「け、喧嘩か?ライナーとサシャが?」

ライナー「……どういうつもりだ、サシャ……。
     突然殴られるようなことをした覚えはないぞ……」

身に覚えのない暴力……。
その目に、困惑と微かな怒りの色を映し、ライナーはサシャを問いただす。
しかし返ってきた反応は、その場に居た全員の誰もが予想していなかったものだった。

サシャ「……え……。あ、あれ?私、今……えっ……?」

まるで感情の読み取れなかった表情から一変……。
今のサシャが浮かべているのは、周囲の人間と同じ……イヤ、それ以上の困惑の色だった。

アルミン(っ……!サシャ、やっぱり君は……)

ライナー「……オイ、サシャ。どういうことだ……?
     説明してもらうぞ。こんなことをした理由を聞かせて貰いたいんだ」

サシャ「えっ、あ、その……」

ベルトルト「……?」

ライナー「聞こえなかったか……?俺を殴った理由を聞かせてくれと言ったんだが」

サシャ「り、理由……えっと……」

ライナー「……無いってのか?」

サシャ「え、えっと、あの……」

ライナー「……特に理由もないのに暴力を振るわれるとはな……」

まず困惑、そしてかすかな怒り、さらに、呆れ……。
特に理由のない暴力に襲われ、様々な負の感情を抱き始めたライナー。
しかし……すぐに彼は1つの推測に至った。

ライナー「まさかお前……頭の怪我が……」

サシャ「!」

ライナー「頭はやばいと聞くが、何かそのことが……関係してるんじゃねぇのか。
     でなきゃお前が理由もないのに暴力を振るうなんて考え辛いしな……」

理不尽な暴力に遭いつつもただ感情的になるだけでなく、
状況を整理してその上、相手の心配までする……。
流石と言うべきか、同期から慕われるライナーらしい反応だった。
しかし……

コニー「……オレのせいで、サシャがおかしくなっちまったってのか……?」

ライナー「!コニー……そうか、確かお前との訓練で……」

コニー「お、おかしくなるって、それってかなりヤバイってことだよな?
    オ、オレの、せいで……サシャが……」

そう、ライナーの推測が正しいとすると、全ての責任はコニーにあることになる。
コニーの悪ふざけのせいで、仲間の脳に障害を残したということに……。

元々自責の念に苛まれていたコニーにとって、
そんな事実をここまではっきりと突きつけられるということはあまりに酷なことだった。

……ライナーとサシャに向けられていた周囲の視線は、今はそのすべてがコニーに向けられている。
それはつまり、非難の目がコニーへ向いたことを意味していた。

“コニーのせいでサシャはおかしくなった”
“コニーが悪ふざけをしたせいで”
“コニーのせいで……”

……少なくともサシャは、そういう意味だと思った。

サシャ「っ……ち、違います!私はおかしくなんかありません!
    頭の怪我も、関係ありませんから!」

その言葉で、視線は再び一気にサシャに集まる。
サシャは本能的に、この視線を二度と逃してはいけないと感じた。

サシャ「そ……そう、私は、その、ライナーのことが嫌いなんです!」

ライナー「……嫌われるようなことをした覚えはねぇが」

サシャ「な、なんとなくですよ!そう、アレです!生理的に無理ってやつです!
    筋肉ムキムキだし!目つきはいやらしいし!
    さっきは急に私の前に立たれたからつい手が出ちゃったんです!」

ライナー「…………」

ライナーは、ほんの少し前まではサシャの突然の意味不明な行動に困惑しつつも、
頭部へのダメージの影響を考え、彼女を心配していた。
しかし、今ライナーの目に浮かぶ主な感情は……。

サシャ「ふ……ふん!これに懲りたらもう私に近付かないことですね!ライナーのバーカ!」

ライナー「……言われなくてもそのつもりだ」

サシャ「っ……」

ベルトルト「ラ、ライナー……」

ライナー「行くぞ、ベルトルト」

ベルトルト「あ……あぁ」

そうしてライナーは、周りの誰とも目を合わせることなく……食堂を去った。

今日はこのくらいにしておきます。
次は多分明日の夜更新します。
無理なら明後日の夜更新します。




夕食後。
男子部屋ではつい先ほど起きた事件の話題で持ちきりだった。
尤も……渦中に居たライナーとベルトルトは除く者たちの中でだが。

ジャン「しかし驚いたな……。まさかサシャの奴がライナーのことを嫌っていたとはよ」

マルコ「あぁ、本当にその通りだ……」

コニー「あ、あのさ……あれって、マジだったのかな」

ジャン「は?どういう意味だよ。サシャがそういうんだからそうじゃねぇのか」

コニー「そ……そうかな……」

エレン「うーん……しかし参ったな。明日からサシャと上手く接せる自信がないぞ。
    あんな変な理由でライナーのこと殴るんだもんよ、サシャのやつ……」

ジャン「まぁな……。こう言っちゃなんだが、サシャはアレでかなり敵を作っただろうぜ。
    同期にゃ今までライナーに助けられた奴も多いしよ……」




ライナー「…………」

ベルトルト「…………」

ベッドで1人横になり、目を瞑っているライナー。
そしてベルトルトはそんなライナーに話しかけることもできず、ただ気まずそうに様子を見ていた。
が、その時……誰かが梯子を上って来る気配にベルトルトは気付く。
彼らのベッドの下から顔を出したのは……

ベルトルト「!アルミン……」

アルミン「……や、やぁ」

ベルトルト「どうしたの?何か用?」

アルミン「あ、うん……良いかな、ライナー」

ライナー「……なんだ」

アルミン「その、実は……さっきの、サシャとのことについて、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

ベルトルト「……!アルミン、でもそれは……」

その話題は避けたほうが良いと、ベルトルトは制止しようとする。
しかしライナーは、横になっていた体を起こし、アルミンに向き直った。

ライナー「イヤ……良い。興味本意ってわけでもなさそうだしな。
     とりあえず質問してみろよ。答えられそうなら答えるぜ」

アルミン「ありがとう。まず確認したいことがいくつかあって……。
     ライナー、君はサシャと何か喧嘩したとか、そういうことはないんだよね?
     怒らせるようなことをしたとか、そういうことは?」

ライナー「少なくとも覚えはねぇな。オレが無自覚だっただけかも知れんと思って
     さっきベルトルトにも訊いたが、こいつも何もわからねぇと言っていた」

ベルトルト「……あぁ。ライナーとは大体一緒に行動してるけど、
      そもそもサシャと会話すること自体がそんなに多いわけじゃないし……」

アルミン「そうか……。それじゃあ、えっと……。サシャが君を殴った力は、本気だった?」

ライナー「……多分な。見た目こそあまり目立っちゃいねぇが、口の中が切れて今も痛ぇ」

ベルトルト「…………」

アルミン「やっぱり、本気だったのか……。
     それはそうだよね、ライナーが尻餅をつくくらいなんだし……」

ライナー「訊きたいことってのはそれだけか?」

アルミン「あぁ、うん……」

ライナー「……お前もあいつに本気で殴られたのか」

アルミン「!」

ベルトルト「それは……例の、水を間違えて飲んだとかいう……?」

ライナー「どうなんだ、アルミン。
     お前も似たような目に遭ったから、それで俺にも訊きに来たんじゃないのか」

アルミン「う……うん。そうなんだ……。僕も、その……」

アルミンはそう言い、少し袖を捲くる。
左腕にはまだ、サシャに殴られた時の痣がしっかりと残っていた。

ベルトルト「……!」

ライナー「やっぱりか……。サシャの奴……ここまで手加減のできねぇ奴だったとはな。
     数年一緒に過ごしてきたが、まったく知らなかったぜ……」

アルミン「……本当に、『知らなかった』んだろうか」

ライナー「なに……?どういう意味だ」

アルミン「『サシャのそういう一面を知らなかった』んじゃなくて……
     そもそもそんな一面は今まで、『存在しなかった』んじゃ……」

ライナー「そりゃつまり……あいつがおかしくなっちまったってことか?」

アルミン「あくまで僕の推測に過ぎないけど……」

ライナー「……それはもちろん俺も考えたさ。だが、あいつが頭を打ったのは昨日だろ。
     お前の件にはまったく関係ないはずだ」

アルミン「それはそうなんだけど、でもなんと言うか……。
     頭を打つ前から、サシャはどこかおかしかったような気がするんだ。
     イヤ、はっきりしたことは何も分からないんだけど……」

ライナー「お前の言うことが本当だとして……じゃあどうするんだ?」

アルミン「それは……まだ、分からない……。
     そもそも僕の気のせいかも知れないんだし、本当だとしても原因も何も分からないし……」

ライナー「……今俺に出来ることと言えば、あいつに近付かねぇことだ。
     だが……何か分かったことがあれば言ってくれ、アルミン。
     立場が似たもの同士、協力しようぜ」

アルミン「う……うん、ありがとう。それじゃ、また明日……」




サシャ「…………」

言い過ぎた……。

食堂に1人残り、サシャは頭を抱え後悔の念に苛まれていた。
その場の勢いでついあんなことを言ってしまったが、
他にもっとやり方があったんじゃないのか……?
完全にライナーを怒らせてしまった。
あの後にみんなが自分を見る目も……。

……当然だ。
生理的に無理なんて下らない理由で唐突に暴力を振るう人間が、好ましく思われるはずがない。

多少常識に欠けるサシャにも、それは分かった。

……だけど、どうして……。
記憶はある。
だけど、その記憶の中に……意識があったとは思えない。
ただぼんやりと、自分がライナーを殴っている様子を無感情に眺めているような……。
そして突然、そこに感情が戻ってきたような……そんな感覚。

どうしてしまったんだろう……。
まさか本当に、頭を打った時の影響が……?
イヤ、でも……さっきのあれは、アルミンの時と似ていた。
アルミンの件は、自分が頭を打つ前……。

……分からない。
自分は、どうしてしまったんだろう。

サシャ「……ごめんなさい」

さっき言えなかった……言うべきだった言葉を1人、誰も居ない食堂で呟いた。




翌朝、食堂。

サシャ「あ……お、おはよう、ございます」

エレン「……よぉ」

アルミン「うん……おはよう」

ミカサ「おはよう」

サシャ「…………」

やはり……ほんの少しだけ、雰囲気が違う。
自分が現れた瞬間にほんの少しだけ空気が緊張したのをサシャは敏感に感じ取っていた。
3人とも出来るだけいつも通りを装おうとはしているが……
やはりあんなことがあった翌日にまったくの今まで通りとは行かないのだろう。

……しかしそれでも、出来るだけ今まで通りを装おうとしてくれているだけ良い方だった。

どちらかと言えば仲の良い3人だから、いつもと変わらぬようにしてくれてはいるが……。
普段あまり話さない他の同期たちは、あからさまだった。
自分を見るものは全員、ヒソヒソと何か小声で話し、目を向けるとピタリと止め、目を逸らす。

入団式の翌日にも似たようなことはあったが……似ているようで、明らかに違う。
あの時はまだ、大して気にはならなかった。
むしろ自分が話のネタにされていることに、言われてから気付いたくらいだった。

しかし、今回は明らかに違う。
信頼の厚いライナーに向けて特に理由のない暴力を振るったことにより……
あの時とは違う、圧倒的な負の感情が自分に向けられている。
自分自身の後悔の念もあり、そのことは痛いほど感じ取れていた。

サシャ「…………」

目の前の食事が、いつもよりずっと美味しくなさそうに見える。
パンを口に運ぶ。
……味はいつもと変わらなかった。
でも、やっぱりいつもより美味しくなかった。




今から始まるのは対人格闘術の訓練。
サシャは、ここまで気の進まない訓練は始めてだった。

まずコニーとの事故を思い出してしまうというのもあるが……。
何より、自分とペアを組んでくれる人が居るとは思えなかった。
現に、今自分は1人だ。
もうすぐ始まってしまうというのに、誰も自分と組んでくれない。
話しかけても、みんな逃げるようにどこかへ行ってしまう。

……これも、当然か……。
理由もなく人を本気で殴るような人間を相手に格闘術の訓練をするなんて、嫌に決まってる。
仕方ない……今日はアニのように、教官にバレないようサボろう。
上手くできるかわからないけど……。
と、サシャがそう思ったその時だった。

クリスタ「ね……ねぇ、サシャ」

サシャ「え……?」

クリスタ「その……もし良かったら、私と組んでくれないかな」

サシャ「……!え、あ……で、でも……」

クリスタ「私、あぶれちゃって……相手が居ないの。だからお願いできない、かな?」

そんなはずはない。
サシャは瞬時にそう思った。
クリスタは同期の中では嫌われているどころか、むしろ人気の高い方だと言える。
彼女が組んでくれと言えば、たとえ既にペアが出来ていたとしても
3人組みとして組んでもらえるだろう。

……イヤ、それはクリスタでなくてもそうかも知れない。
3人組みにすら入れてもらえない今のサシャの状況が特殊なのだ。
そしてクリスタは恐らく、そんなサシャの様子を見て、居た堪れなくなって声をかけたのだ。

クリスタが自分に気を遣ってくれていることは、すぐにわかった。
しかしそれでも……サシャにはそれが何より嬉しかった。

サシャ「で、でも、その……私なんかと組んで……。だって、私……」

昨日の件に触れようと、おずおずと話すサシャ。
そんなサシャにクリスタは、少し困ったような笑顔で答える。

クリスタ「うん……。えっと、昨日のことは……きっとサシャが悪かったと思うの。
     どんな理由があっても、いきなり人を殴るなんて、いけないことだと思うから……。
     でも……反省したんだよね?
     今朝のサシャの様子見てたら、それがすごく伝わってきて……」

サシャ「ううっ……ぐすっ……」

クリスタ「や、やだ、泣かなくても……」

サシャ「ほ、本当に、良いんですか……?私と、組んでもらえるんですか……?」

クリスタ「……みんなはきっと、サシャに対して怒ってるんだと思うけど……。
     でもサシャはもう反省したんだし……
     こうやって仲間はずれみたいにするのは、良くないことだと思うの」

クリスタ「えっと、だから……この訓練が終わったら、まずはライナーに謝りに行こうよ!
     きちんと謝れば、きっとライナーも許してくれるから!
     私もこの後みんなに、サシャはすっごく反省してるって言っておくよ。
     そしたらまた、みんなと一緒に楽しく笑えるようになるよ!」

サシャ「か……神様……!」

クリスタ「も、もう、その呼び方やめてってば。恥ずかしいよ……。
     えーっと、それじゃあ……組んでくれるよね?」

サシャ「も、もちろん!あ……で、でも……」

クリスタ「?どうしたの?」

サシャ「……私……いえ、えっと……う、上手く説明できないんですが……」

クリスタ「……?」

サシャ「も……もし何か私の様子が変だと思ったり、
    危なくなったりしたら……すぐ、逃げてくださいね?」

クリスタ「え……?う、うん。わかった……」




クリスタ「えいっ!」

サシャ「あうっ!や、やられました……」

クリスタ「大丈夫……?怪我になったりはしてない?」

サシャ「あぁ、はい。それは全然」

訓練も中盤……普段はよくふざけるサシャだが、
当然今日は少しもふざけることなく真面目に訓練に取り組んでいた。
心配されていたような異変も特になく、順調に進んでいる。

クリスタ「良かった、それじゃあ今度は私がならず者をやるね」

サシャ「はい、いつでも襲って来てください!」

クリスタ「じゃあ行くよ!はあっ!」

サシャ「ほっ!」

クリスタの短刀を、サシャは素早い動きでかわす。
かわされたところをまた斬りつけ、またかわす。
そして3度目。
サシャはわずかな隙を見つけ、
短刀を持っていたクリスタの腕を掴み、足を引っ掛け、転ばせた。
もちろん、怪我をさせないように注意しながら。

サシャ「てぇいっ!」

クリスタ「きゃっ!いたた……やられちゃった」

サシャは腕と同時に短刀も掴んでおり、既にクリスタは短刀を手放していた。
だから、これで一旦は終わりで、また仕切りなおし。
……の、はずだった。

サシャ「…………」

……クリスタが仰向けに倒れた状態から起き上がろうとした、次の瞬間。
強い力がそれを止めた。

クリスタ「きゃっ!?」

突然の衝撃に驚いて一瞬目を閉じてしまったクリスタだが、
一体何が起きたのかと慌てて視認する。
クリスタの目に映ったのは……
自分の腹辺りに馬乗りになり、無表情でこちらを見下ろすサシャだった。

クリスタ「え……?サ、サシャ?もう短刀は……」

そこまで言い、クリスタは思い出した。
訓練前にサシャが言っていた言葉と、今のサシャの表情に見覚えがあることを。
サシャの表情は……昨日ライナーを殴った時のそれと、まったく同じだった。

それに気付いたと同時に、サシャの拳が、クリスタを襲った。

クリスタ「あぐっ……!?」

サシャ「…………」

咄嗟に手で防ごうとしたクリスタだが、サシャの拳はクリスタの両手の間を縫い、
右目辺りを直撃した。
鈍い痛みに怯むクリスタ。
だが……サシャの暴力はそれで終わりではなかった。

クリスタ「いっ、痛ッ!や、やめ、サシャ!ッ……やめて!やめてぇ!」

何度も、何度も、サシャの両拳がクリスタを襲う。
クリスタも必死に腕で守ってはいるが、
マウントポジションからの容赦ない攻撃を完全に防ぎきることはできない。
この拘束から抜け出そうと?いても、元々体格に差があるせいか、それも叶わなかった。

クリスタ「ぐぅっ、ぁっ……やっ、おねがっ……サ、シャっ……!」

抵抗もむなしく、クリスタは何度も、何度も、拳をその顔に浴びる。

時間にすれば短いものだが、その暴力はクリスタにとってはそのまま永遠に続くとすら感じられた。
このまま自分は何も抵抗できずにサシャに殴られ続けるのか……そう思った。

……が、サシャは唐突に殴打をやめた。
そして、一瞬後。
サシャは大きく口を開け……

サシャ「っ……!?」

強い蹴りがサシャの胸元に直撃したのは、それとほぼ同時だった。
その衝撃に彼女は上半身を仰け反らせ、勢いよく後ろに倒れ、
クリスタは、ようやくサシャから解放された。

……何者かがサシャの暴力を、別の暴力によって強制的に止めたのだ。
仰向けに倒れたサシャはわずかに上半身を起こし、蹴りの主を確認する。
自分とクリスタの間に立ち、こちらを見下ろしていたのは……

ユミル「……何してんだ、お前……?」

ユミル「なぁ……オイ?今、お前……クリスタに何してた?」

ユミルの表情は、同期の誰もが今までに見たことのないものだった。
口調こそ静かだったが……その目には尋常でない怒りがこもっていた。

……当然、異変を察知し駆けつけたのはユミルだけでない。
周りには……特にクリスタの周りには、彼女を心配する仲間たちが多く集まっていた。

エレン「クリスタ!オイ、大丈夫か!?」

クリスタ「う……う、ん……」

アルミン「っ……なんて、ことを……!」

意識は、一応ははっきりしているようだったが……。
クリスタの愛らしい顔は今や、
見る者すべての心を悪い意味で締め付けるのに十分な有様に変わり果てていた。

ユミル「…………」

サシャに対峙していたユミルだが、クリスタの周囲に居る者たちのざわめきを聞き、
一瞬だけ振り向き、その姿を見……その目はより黒く染まる。
サシャに向き直ったユミルの目には、怒りとも憎しみともつかない、強い負の感情が宿っていた。

ユミル「……てめぇも……てめぇも同じ目に遭わせてやろうか?」

そう言って、ユミルは地べたに座り込んでいるサシャに歩み寄り、胸倉を掴む。
そして拳を振り上げる……が。
その拳が振り下ろされることはなかった。

ミカサ「待って……!」

ユミル「……離せよ」

ミカサ「駄目。落ち着いて、ユミル……」

ユミル「離せって……言ってんだろうが!!てめぇは今のを見て何も感じねぇってのか!?
    エレン以外の奴はどうなっても構わねぇってか!?あぁ!?」

ミカサの手を振り解けないもどかしさからか、ユミルは遂に感情を表にだした。
しかしそれでも、ミカサは冷静に対応する。

ミカサ「違う、私だって何も感じてないわけじゃない。でも……何か様子が変……」

ユミル「は!?何言って……」

……ミカサは、じっとサシャを見ていた。
ユミルは反射的にミカサの目線を追う。
感情を表に出したことで逆に少し冷静になれたのか……
直前まで気付かなかったサシャの明らかに異常な様子が、はっきりと見えた。

サシャ「はっ……はっ……はっ……はっ……」

呼吸は乱れ、体は震え、涙すら流し……その表情は、絶望に染まっている。
その異常の原因がユミルの蹴りのダメージなどではないことは、ユミル自身にも分かった。

ユミル「……なんだよ、お前……」

サシャ「わ……わた、し……あ……」

キース「……一部騒がしいと思えば……どういうことか説明してもらおうか」

異変が起きてから恐らく1分も経ってはいない。
しかし事態がほぼ収拾してから現れたキースに、ユミルは不満を感じずにはいられなかった。

ユミル「……随分早いご登場ですね……」

キース「不満はあるだろうが後にしろ。まずはクリスタ・レンズを医務室まで運べ」

ユミル「……はっ」

サシャ「き、教、官……」

キース「サシャ・ブラウス……あれは貴様がやったのか?」

怒鳴ることなく、キースは静かに問いただす。
もっとも、サシャの両手は血で濡れており、サシャが加害者であることをキースはほぼ確信していた。
しかし状況の異様さを感じ取りキースは敢えて冷静に質問した。

そしてやはり……状況は普通ではなかった。
加害者であるはずのサシャはキースに向かって跪き、声を震わせてすがり付いた。

サシャ「や……やだ……助け、助けて、ください……!助けて……!わ、私、わたし……!」

その様子を見て、キースはサシャの手を掴み、立たせる。
そして周りに集まっていた訓練兵に向かって言った。

キース「私は一度この場を離れるが……他の者は引き続き訓練に励め」

ライナー「……しかし教官」

キース「ここの医務官は優秀だ。それに貴様らが心配したところで
    クリスタ・レンズの回復には関係ない。わかったら訓練に戻れ」

ライナー「……はっ」

キース「来い、ブラウス」

サシャ「うっ……ぁ……ぅぁあ……」

そうして、サシャはキースへ連れられ、
訓練場に異様な雰囲気を残したままその場を去った。

今日はこのくらいにしておきます。
次は明日の夜更新します。




医務室。
ベッドに横になってぼんやりと外を眺めていたクリスタだったが、
ふと人の気配を感じて入り口の方へ顔を向ける。

ユミル「…………」

クリスタ「あ……ユミウ……」

ユミル「はッ……酷ぇツラだな。それになんだよユミウって。笑える喋り方しやがって」

クリスタ「……ごめんぇ。口の中が切ぇたってて……」

ユミル「だったらもう喋るんじゃねぇよ。ただでさえ面白ぇツラになってんだ。
    私を笑い死にさせるつもりじゃないんなら黙ってろ」

クリスタ「……ん……」

ユミル「で……具合はどうだ」

クリスタ「……さっき喋ぅなって」

ユミル「……うるせぇよ……。私が質問したのには答えて良いんだよ」

クリスタ「ふふっ……」

ユミル「ちっ……。まぁ笑えるぐらいならまだマシみたいだな」

クリスタ「あぃぁと、ユミウ」

ユミル「だから私まで笑わせる気かっての。アイアト?意味がわからねぇ。
    何言ってるかさっぱりだからもう喋るな」

クリスタ「ん……」

しばらく、沈黙が続いた。
何も話すことがないのでクリスタはまたぼんやりと窓から外を眺め、
ユミルはそんなクリスタの横顔を眺める。
視線を感じクリスタがユミルの方へ顔を向くと、ユミルは目を逸らす。

そんなことが何度か続いた、その時。

アルミン「クリスタ、入るよ……?」

ライナー「…………」

ユミル「……あぁ?なんだお前ら」

クリスタ「あ……」

ユミル「お前は喋るなっつってんだろクリスタ。……で、何の用だよ」

アルミン「……ごめん。クリスタに少し、話があるんだ……」

ユミル「そういうことなら悪いが帰ってくれ。今のこいつは喋るのは無理だ」

ライナー「なら、話を聞くだけで良い。相槌程度でも十分だ」

ユミル「……お前ら分かってんのか?こいつがどんな状態なのか……」

クリスタ「ユミ……ル」

ユミル「……!」

クリスタ「きっと、大切な、話……だかぁ……ね?」

ユミル「……あぁーわかったわかった、流石女神さまだ。
    2人のご足労は無駄にできないってか、お優しいね」

クリスタ「ユミゥ……」

ユミル「はぁ……ホラ、とっとと済ませな。話とやらをよ」

アルミン「ありがとう、ユミル、クリスタ。
     えっと……喋るのが辛いようなら、ライナーの言った通り相槌でも構わない。
     こっちも出来るだけ質問はハイかイイエで答えられるものにするから」

クリスタ「……うん」

アルミン「先に言っておくけど、話っていうのはサシャの件だ」

クリスタ「ん……」

アルミン「それじゃあ、早速訊くけど……。
     自分がサシャに殴られる理由に、何か心当たりはある?」

ユミル「は?お前、クリスタが悪いって言いたいのか?」

アルミン「えっ?イ、イヤそういうわけじゃ……」

ライナー「ユミル。……こいつにはこいつなりの考えがある」

ユミル「……チッ」

ライナー「気にするなアルミン、続けてくれ」

アルミン「う、うん……。えっと、それで、どう?クリスタ……心当たりはある?」

クリスタは黙って首を横に振る。
アルミンはそれを見て、やっぱりそうかと言うように、そのまま次の質問に移る。

アルミン「じゃあ、サシャに殴られる直前、彼女の様子が変わったりした?
     ……例えば突然無表情になって黙ったりとか。そういうことはあった?」

クリスタは今度は黙って頷く。
それを見てアルミンとライナーは顔を見合わせ、更に質問を続ける。

アルミン「その表情は……昨日、ライナーを殴った時のものに似ていた?」

クリスタは再び頷く。

アルミン「……そうか。それじゃあ……」

そこでアルミンは自分のポケットを探り、そこから何か取り出す。
それは、紙とペンだった。

ユミル「……それがあるんなら最初から出しとけってんだよ」

アルミン「まずは色々確認しておきたかったんだ……。
     ハイかイイエで答えられる質問なら、動作で答えた方が早いしね」

アルミン「今からする質問への答えは、その紙に書いてくれ」

そう言ってアルミンはクリスタに紙とペンを渡す。
クリスタはそれを受け取り、黙って頷いた。

アルミン「じゃあ訊くよ……。異変が起きる前のサシャに何か変わったことはなかったか、
     直前の会話ややり取りなんかを思い出して、書いて欲しいんだ。
     急がなくて良いから、じっくり思い出して欲しい」

クリスタ「…………」

その質問を受け、クリスタはすぐにペンを走らせた。
思い出すまでもなく……ずっと心に引っかかっていたことがあったから。

しばらくし、クリスタは紙をアルミンに渡す。
そこには、訓練が始まる直前のサシャの発言について書いてあった。

『何か様子が変だと思ったり危ないと思ったらすぐに逃げてくれって言ってた』

ユミル「……何……?」

ライナー「こりゃつまり……訓練前にサシャが自分でそう言った、ってことか?」

クリスタは頷き、そして黙って手を出した。
それが次の紙をくれと催促しているのだと気付き、アルミンは別の紙を渡す。
クリスタはその紙にペンを走らせ、すぐにそれを見せる。

『何か怖がってるみたいだった』

それを見て更に疑問符を浮かべるライナーとユミル。
そんな2人を尻目に、クリスタはその紙を裏返し、また何か書き始める、
今度はさっきよりも早く、その文字を3人に見せた。

『サシャは悪くない』

そして誰かが何かを言うより先に、クリスタはまたその紙の余白にペンを走らせ……。

『助けてあげて』

クリスタ「おね、がい……」

クリスタの目には、涙が溜まっていた。




食堂には、例の事件直後ほどではないまでも、やはり重苦しい雰囲気が漂っていた。
クリスタの安否が心配だというのもあるが……みんなが気にかかっていたのは、サシャの挙動。
訓練で相手を……それも力も体格も劣るクリスタを
あそこまで一方的に痛めつけるなど、どう考えても異常なことだった。
直後のサシャの反応を見ていた者は特に混乱していた。

あの時のサシャは絶対にどこかおかしい。
今まではそんなことなかったのに……。

大半の者がそんな風に困惑していた、その時。
食堂の扉が開いた。

キース「……全員揃っているか」

キースの姿を確認し、真っ先に反応したのはコニー。

コニー「き、教官!サシャは、サシャはどうなったんですか!あいつは……!」

キース「座っていろスプリンガー。今説明する」

そう言うと、キースは落ち着いた声で淡々と説明し始めた。
曰く……暴力行為の罰に関しては保留になったらしい。
サシャには何らかの精神的疾患の疑いがあるため
検査と治療のためにしばらくは隔離されることが決まり、
そして結果によっては、兵士としての適正がないと判断され開拓地へと移される、とのことだった。

アルミン「っ……」

コニー「……そんな……」

キース「ブラウスが優秀な兵士となる資質を持っていたことは事実だ。
    貴重な兵力を減らすことは至極残念だが……精神面に問題があるのならそれも仕方ない。
    回復できなければ兵士になどなれるはずもない。
    ……現時点で伝えられることは以上だ。何か質問はあるか?」

そこで真っ先に手を挙げたのは……やはりコニーだった。

コニー「その……精神に異常が起きた原因は、やはり頭部への……」

キース「原因についてはまだ分からん。判明し次第また伝える。他に質問は?」

アルミン「……面会は可能ですか?」

キース「まだ許されていない。それも可能になれば伝えよう。他に質問のある者は?」

しかし以降は挙手も発言もなく……それを確認し、キースは食堂を出る。
後に残されたのは、“やっぱりおかしくなっていたのか”という、
知っていた事実を改めて話されただけで終わったような、すっきりしない空気だった。

エレン「……くそっ!結局何もわからねぇってことかよ……」

ミカサ「私達が文句を言っても仕方ない……。サシャの回復を祈ろう」

アルミン「…………」

“どうか、次のニュースが朗報であって欲しい”と、その場に居た誰もがそう思った。
……しかしその願いは、翌朝に早くも崩れ去ることになる。

サシャはその夜のうちに医務官と駐屯兵を負傷させ、行方をくらました。

翌日、医務室。

クリスタ「う……嘘、そんな……!」

ユミル「本当のことさ。正常なままやったのか、
    それともイカれた状態でやったのか……。どっちかは知らねぇが……」

クリスタ「け、怪我させて、逃げ出すだなんて、そんな、何か、理由……っ……!」

ユミル「オイ……多少マシになったようだがまだ切れてんだろ?無理して喋んなって」

クリスタ「ま……まだ、見付かってないの……?」

ユミル「……あぁ。普通に考えりゃ、もう見付かってもおかしくはねぇんだが。
    ……まさかマジで……」

クリスタ「……?」

ユミルは、サシャが見付からない原因について……
何か心当たりというか、推測していることがあるらしかった。

それが一体何なのか、クリスタが訊こうとしたその時。

アルミン「……ユミル、やっぱりここだったんだね」

ユミル「なんだ……何か用か?」

アルミン「悪い予感が的中した……。もう結構な騒ぎになってるよ」

ユミル「……!くそっ、お前の言ってた通りかよ……」

クリスタ「な、何……?何なの?悪い、予感……?」

アルミン「……サシャの立体機動装置がなくなってた」

クリスタ「っ!?そ、それってもしかして、壁を……!」

アルミン「うん……その可能性が高い。
     だから少しでも人手を増やすために、僕達にも捜索命令が出てるんだ。
     と言っても訓練兵が捜すのはトロスト区内だけだけど……。
     とにかくそういうわけだ。行くよ、ユミル」

ユミル「……ちっ。あの馬鹿なに考えてんだ……」

そうして、サシャ・ブラウスの捜索活動が開始された。
しかし、トロスト区内はもちろん……区外でも、今日1日では発見されなかった。

立体機動装置を使って壁を登ったと推測されることから、
ウォール・ローゼ内に入り故郷へ向かったとも考えられていたが……。
故郷にも、そこに至るまでにも、サシャの影は見当たらなかったらしい。

エレン「故郷に帰ったわけじゃなかったのか……?じゃあ一体どこへ逃げたってんだよ……」

マルコ「故郷が駄目だったとなると、捜索範囲は一気に広がる……。
    本当に見付かるのか、サシャは……?」

コニー「オイ!何言ってんだよ!?諦めるってのか!?」

マルコ「イ、イヤ違うよ!そうは言ってない!僕はただ……」

ライナー「落ち着け、コニー!俺たちが今焦ったところで、どうにかなる問題じゃないだろ」

ベルトルト「…………」

コニー「っ……くそっ……」

しかし、焦燥感を覚えていたのはコニーだけではない。
サシャを見つけられる可能性が一気に下がったことで、
みな少なからず不安や焦りを抱えていた。

重い沈黙が続く……そんな中。
不意に、ジャンがぽつりと声を漏らした。

ジャン「……そう言や、妙な噂を聞いたぜ」

アルミン「噂……?って、どんな?」

ジャン「単なる噂だし、こんなことを知って何かの役に立つとも思えねぇが……」

エレン「なんだよ、ジャン。勿体つけずに早く言えよ」

ジャン「……街を捜索してる時に上官方が話してたのをたまたま聞いたんだ。
    サシャが逃げる時に2人傷を負ったって言ってたよな?
    その傷……どうやら、噛み付かれて負った傷らしいぞ」

エレン「……は?どういうことだよそりゃ?」

ジャン「今言ったとおりだよ。あいつ、逃げる時に医務官と駐屯兵に噛み付いたらしい。
    しかも駐屯兵の方は、指を食い千切られかけたんだと。
    幸いギリギリ食い千切られずに済んで、なんとかくっ付きそうだって話だが……」

アルミン「噛み付くなんて……余程錯乱していたのか、
     あるいはそれほど必死に抵抗したということなのか……」

ライナー「どちらにしろマトモな話じゃなさそうだな……」

ジャン「……続きを聞けば更にマトモじゃねぇって思うぞ」

コニー「つ……続きがあんのか?」

ジャン「その噛み傷だが……1つや2つじゃないらしい。
    無数にあって、しかも……噛み傷以外の傷はまったくと言って良いほどなかったんだそうだ」

ベルトルト「っ……!?」

ライナー「そ、そりゃ確かな話か……!?」

ジャン「さぁ、どうだかな……。先にも言った通り、単なる噂だ。
    話しといてなんだが、俺だって丸っきり信じてるわけじゃない。
    噂なんてもんにゃ尾ひれが付いて当たり前だしよ」

コニー「そ、そうだよな……」

エレン「それに……仮にその噂がマジってんならサシャの奴、
    相手に噛み付くことしか頭になかったってことになる。
    いくらなんでも、そりゃちょっと信じがたいっつーか……」

ライナー「……俺もそれはないと思いたいが」

ベルトルト「…………」

ジャン「まぁ……なんだ。こんな馬鹿げた話、やっぱするべきじゃなかったかもな……。
    どうやらオレもこの異常事態に頭がイカれちまったらしい」

マルコ「イ、イヤ……尾ひれが付くとは言っても、まったくのデタラメってわけでもないはずだ。
    恐らく、少なくとも噛み付いたということは事実だと考えて良いと思う……。
    今のサシャがどんな状態にあるのか、少しは実態に近付けたんじゃないかな」

アルミン「…………」

……ジャンの話を聞き、アルミンはあることを思い出していた。
それは、サシャがクリスタに暴行を加えたあの時のこと。

アルミンは、サシャの暴力が終わる瞬間に“それ”を目にしていた。
直前までのあまりに異常な光景と、“それ”がほんの一瞬だったことで、
今の今まで忘れていたが……たった今、鮮明に思い出した。

サシャはユミルの蹴りを食らう直前……何をした?
拳での殴打を唐突に止めたその直後、サシャは何をした?
サシャはクリスタに馬乗りになったまま、彼女を見つめ、そして……。

脳裏に鮮明に浮かぶその一瞬の光景を、アルミンは今聞いた噂を思い起こしながらじっと見る。
そこに映るサシャの姿はまるで……。

そこで一瞬出かけた言葉を、アルミンは無理に抑え込んだ。
いくらなんでもそれはない。
あまりに飛躍し過ぎているし、何より不謹慎だ。
こんな発想馬鹿げている……ふざけていると言って良い。
そうだ、そんなはずはない。
そんなこと……あり得るはずがない。

今日はこのくらいにしておきます。
次の更新は多分明日です。




サシャが発見されたという知らせを聞いたのは、それから数日後だった。
訓練兵たちにとってはそれだけでも十分大きなニュースだったのだが、
何より驚いたのは、サシャを発見したのが……

エレン「は!?ち、調査兵団!?」

マルコ「調査兵団はつい昨日まで壁外調査に出ていたはず……ということはつまり……!」

ユミル「あいつは壁外に居た、ってことか……?」

ベルトルト「っ……」

アニ「……普通なら考えられないけどね」

ライナー「話によると、今日にでも調査兵団から直々に説明があるらしいが……」

と、その時。
食堂の扉がノックされた。

その音に全員扉に注目し……直後、扉が開く。
そして入ってきた2人を見、一斉にざわついた。

ハンジ「みんな、ここには揃ってるかな?」

リヴァイ「…………」

エレン「リ……リヴァイ兵士長……!?」

マルコ「じ、人類の英雄が、こんなところに……!」

ハンジ「みんな初めまして。私は調査兵団で分隊長をやってるハンジ・ゾエ。
    こっちの彼は……紹介は必要ないみたいだね」

アルミン「分隊長に、兵士長……!?」

調査兵団とは聞いていたが、まさか分隊長と兵士長が、来るとは1人として予想していなかった。
そして全員、この予想外の展開が事の大きさを表していることに薄々気付いた。

この状況の中、アルミンは先日の嫌な予感が再び湧き上がってくるのを感じた。
こう言ってはなんだが……
彼らはたかが精神を病んだ訓練兵1人に関わるような人たちではないと、そう思った。

ハンジ「それで、今日私達がここに来た用事はみんな聞いてるよね?
    君たちの友達、サシャ・ブラウスのことについてだ。
    みんなも知っての通り彼女の身柄は今、我々調査兵団が預かっている」

エレン「サ……サシャは、無事なんですか?」

ハンジ「ん?……怪我はないと言う意味では、無事だね。
    ただし君たちの知ってるサシャとは、恐らく全然違っていると思うけど」

コニー「……!?あ、会わせていただくことは可能ですか!?」

ハンジ「……君はサシャの友達?」

コニー「は……はい」

ハンジ「そうか……うん。あんまり大勢は無理だけど、どうしてもと言うなら。
    あの子と仲の良い子たちだけなら会わせてあげられるよ」

ハンジのその言葉を聞き、少し後ろに立っていたリヴァイが初めて口を開く。

リヴァイ「オイ。お前……わかってるよな?」

忠告とも警告とも取れるリヴァイの発言。
その真意はわからずとも、訓練兵たちはそれで一気に緊張感を覚えた。
しかしハンジは、落ち着いて答える。

ハンジ「わかってるよ。でもいつまでも隠し通せることじゃないし、
    それにあの子と仲が良かった子たちは知っておいた方が良い。そうでしょ?」

リヴァイ「…………」

ハンジ「それで、どうする?あの子と面会したいっていう子は居るかな?」

……サシャがどんな状態なのかは確かに気になる。
しかしリヴァイ兵士長の発言を考えると、軽々しく会って良いようなものではないかも知れない。

訓練兵全員にそんな緊張感が充満する。
そしてその中、真っ先に反応したのはコニーとエレンだった。

コニー「行きます!あ、あいつに会わせてください!」

エレン「オレも、行かせてください……!」

エレンはミカサとアルミンに目配せし、2人はそれに対し頷く。
彼らもサシャに会うことを決意したらしい。
そして他の訓練兵たちも、各々どうするかを決めていく。

マルコ「ど……どうしよう。サシャは気になるけど……」

ジャン「……俺は行かねぇぞ。行方は気になってたが、捕まったってんならそれでもう良いだろ」

アニ「……ライナー」

ライナー「そうだな……行こう」

ベルトルト「…………」

クリスタ「私も……!ユ、ユミルも行くでしょ?」

ユミル「……あぁ」




そうしてエレンたちは、ハンジに連れられてサシャの元へ向かう。
と、ハンジは不意に立ち止まって振り返って言った。

ハンジ「そうだ、まず……聞いておきたいな。サシャが脱走に至る経緯について……。
    大体の内容は君たちの教官から聞いたけど、
    あの子と多く接してる君たちにしか分からないことがあるかもしれないしね」

リヴァイ「…………」

ハンジ「例の、クリスタという子の事件についてでも良いし、
    それ以前に何か話しておきたいことがあれば教えてくれ。どんな些細なことでも構わないよ」

クリスタ「あ、その……ク、クリスタは私です」

ハンジ「!あぁそうか、その怪我は……。
    思い出すのは辛いかも知れないけど、事件について教えてくれるかな?」

クリスタ「は……はい。わかりました」

クリスタは、以前アルミンたちと話したことと同じ内容を話す。
そして彼女に続いてアルミンたちも、自分たちの体験、知っている情報をすべて話した。

ハンジ「……なるほどね。随分前から兆候はあったのか。ありがとう、色々教えてくれて。
    あ……そうだ。えっと、コニーと言ったかな」

コニー「!は、はい」

ハンジ「君は自分がサシャに負わせた怪我が原因だと考えてるようだけど……。
    直接的な原因ではないと思うよ。だから、そのことについて気負う必要はない」

コニー「そ……そう、ですか……!」

ハンジの言葉に、ほんの僅かに声色を明るくするコニー。
だが自分に原因がないと分かったからと言って、それでサシャが元に戻るわけではない。
そのことはコニーもわかっていたので、決して喜んだりはしなかった。
ただ、彼がずっと抱えてきた罪悪感は、この瞬間にようやく解消された。

ハンジはそれを見て、少しだけ表情を和らげたが……それも一瞬。
今度は先ほどより一層真面目な表情となって、言った。

ハンジ「……サシャに会う前に、君たちに2つほど言っておくことがある」

リヴァイ「…………」

ハンジ「まず1つ、これから見ることはかなり刺激が強いということ。
    そしてもう1つは、他の人にはあまり言い触らして欲しくないということ」

エレン「は……?ど、どういうことですか?」

ハンジ「それが分かった子だけ付いて来てくれ。良いね?」

それだけ言い、質問に答えることなくハンジは再び歩き始めた。

エレン「っ……」

ミカサ「エレン」

エレン「あぁ……わかってるよ。それしかないなら、従うさ……」

アルミン「…………」

そのまま全員しばらく歩き続け、ある建物に着いた。
中に入り、1つの扉の前でハンジは立ち止まり、言った。

ハンジ「この部屋の中にサシャは居る。
    君たちにも入ってもらうけど……私とリヴァイより前には出ないように」

一呼吸置き……ハンジは部屋の扉を開けた。
まずはハンジとリヴァイが部屋に入る。
そして、その後に続いて入った訓練兵たちの目に飛び込んできたのは……

エレン「ッ……!?えっ、は……!?」

ライナー「……!」

ユミル「っ……」

そこに居たのは、確かにサシャだった。
しかし……彼女の姿には決定的におかしなところがあり、訓練兵たちは言葉を失った。

ハンジ「……話しておこうか。私達がサシャの身柄を確保した経緯を……」




エルド「右後方から7m級2体、5m級1体!更に15m級接近!」

グンタ「前方からもだ!右から3m級!左から15m級!1体ずつ接近中!」

リヴァイ「ちっ……多いな。前の奴らは俺がやる!お前らは後ろの班を支援しろ!」

ペトラ「はっ!」

オルオ「行くぞお前ら……。間違っても俺の足は引っ張ってくれるなよ?」

ペトラ「うるさいな!早く行くよ!」

それは、壁外調査からの帰途でのこと。
行きだけでなく当然、帰り際にも巨人は現れるため、必要があればこうして交戦にもなる。

リヴァイ「俺はさっさと帰って汗を流したいんだ……邪魔をしてくれるな」

ぶつぶつと何か文句を言いながら……
人間の常識を超えた動きでリヴァイは右側の1体を秒殺する。
そしてその数秒後には、左側の1体も倒れ伏せていた。

リヴァイ「…………」

屋根の上に立ち、すぐに後方に目を向ける。
目に映ったのは、兵士の1人が最後の一体のうなじを見事削いだ瞬間だった。
それを見たリヴァイは一息つきながら刃を納め、後方と合流する。

ハンジ「!リヴァイ。流石、お早い到着で」

リヴァイ「……怪我人は居ないか?」

ハンジ「あぁ、1人ちょっと巨人の手に当たっちゃって……足が折れたかも知れない」

リヴァイ「命に別状は?」

ハンジ「大丈夫、それは心配ないと思うよ」

リヴァイ「……なら良い」

リヴァイ「他に巨人は居ないな?早急に他の班と合流するぞ」

エルド「はっ!」

と、その時。
その場に居た兵士の1人が何かを発見し、大声を上げた。

調査兵「オ、オイ!見ろあそこ!」

その場に居た全員が彼の指差す方向を見る。
するとそこには……フラフラとこちらへ向かって歩く影が1つ。

グンタ「……巨人か?」

ペトラ「え……ま、待って。……小さすぎない?あれは、流石に……」

そう、その影は巨人というにはあまりに小さかった。
距離が離れているためはっきりとは分からないが、2m……。
いや、2mもないくらいに、サイズは人間のそれに近かった。

それによく見れば……その面積はかなり小さくなっていたが、
その影は衣服の残骸のようなものを身に着けていた。

“……まさか、人間か……?”

その影が近付くにつれ、みながそう考えるようになり……
そして今、もうはっきりと分かる。
明らかにそれは、巨人の大きさではない。
どう見ても170cmかそこらのただの人間、そして……少女だった。

だが……あり得ない。
あの少女は衣服すらボロボロで、馬もなく、立体機動装置も付けていない。
そんな丸腰で、壁外で生存できているなどあり得ない。

……武器は、つい最近失ったのか?
途中までなんとか馬や立体機動で乗り切ったが、限界を迎え……
丸腰のまま今まで必死に逃げた結果が、あの状態なのか……?

確率で言えば奇跡に近いものだったが、そう考えるのが一番自然で、妥当だった。

奇跡的に壁外で生き残った人間。

まだその少女との距離はそれなりに離れていたが、
その場に居た多くの兵士は既にその結論に至った。
そしてうち1人が、その少女に駆け寄る。

調査兵「あ、あなた、大丈夫?でもどうしてこんなところに……」

少女の瞳に光はなく、表情も虚ろだった。
そんな彼女を心配するように、駆け寄った兵士は顔を近づける。

調査兵「とにかく、こっちへ来て。もう大丈夫、私達が守ってあげるから……」

そう言って手を差し伸べた……次の瞬間。

リヴァイ「ッ!離れろ!!」

リヴァイの叫びとほぼ同時に……少女は、その兵士に噛み付いた。

調査兵「いッ……!?ぁあああ、ぐ……!」

腕に思い切り噛み付かれ、苦痛に顔を歪める兵士。
その顎の力は、とてもじゃないが人間とは思えない。
分厚い服の上からでも徐々にその歯は肉へと食い込んでいくのを兵士は感じた。

調査兵「ぁ、ぐっ……!は……離せ、このッ……!」

空いている方の腕で、調査兵は少女の顔を掴む。
その際、親指が少女の右目にずぶりと食い込んだ。
その痛みに怯んだのか、少女はうめき声を上げ調査兵の腕から口を離す。

調査兵「ハァ、ハァ……!な、なんだ、こいつ……!?」

ハンジ「大丈夫!?傷を見せて!」

調査兵「は、はい……痛ッ……く、くそっ……」

オルオ「オイ、なんだこいつは……イカレちまってるのか……!?」

エルド「わからん……だがマトモじゃなさそうだ」

グンタ「とにかく危険だ。すぐ拘束して……」

その瞬間、グンタは言葉を失った。
グンタだけではない。
少女に目を向けていた全員が……自分の目を疑った。

ペトラ「う……嘘でしょ……?」

うなり声ともうめき声とも付かない声を上げ、顔の右側を両手で覆う少女。
……その手の下からは、蒸気が上がっている。

呆然とその様子を見る兵士たち。
しばらく後、少女は顔から手を離すと……
潰されたはずの右目が、元に戻っていた。

ハンジ「あ……えっ?」

負傷した兵士の手当てを行っていたハンジだが、
異様な空気を察知し、少女へと目を向ける。
そして、何が起きたのか理解した次の瞬間、

ハンジ「こ……拘束しろォッ!!壁内に連れ帰るぞぉおお!!」

大声で叫びながら、少女へと突進する。
拘束しろと命令を口にしつつ、自ら少女へ接近し、
素早い身のこなしで身動きを封じ、無力化した。

調査兵「ぶ、分隊長、なんて危険なマネを!無茶しないでください!」

ハンジ「早くロープを!拘束するんだよ!急いで!早くぅうう!」

リヴァイ「……まさかこんな収穫があるとはな」

そうして、人類史上初の“1.7m級巨人”……サシャ・ブラウスは捕獲された。




コニー「……は?え、あ……?き、巨人……?」

ハンジ「話だけなら当然信じられないだろうけど……分かるだろ?
    サシャは今君たちの目の前に居るんだから」

エレンたちは初めに拘束されたサシャを見た時……一瞬、裸だと思った。
イヤ、確かにサシャは何も身に着けておらず、裸だった。
しかし彼女の体には……人間には当然あるはずの器官が存在しなかった。

サシャ「うぅ~~……あぁ~~~……」

エレン「な……なんだよ、これ……。巨人、だってのか……!?
    あいつ……巨人だったってのかよ!?」

クリスタ「ちっ……違うよ……!あ、あんなの、違う……!サシャは、だって……!」

ハンジ「女の子たちは……浴場なんかで確認してるはずだよね。
    やっぱり君たちの知ってるサシャの体には、生殖器があったの?」

ミカサ「……はい。少なくとも……こんな体ではありませんでした」

コニー「ってことは……き、巨人に、『なっちまった』ってのか……!?」

ハンジ「信じられないかも知れないけど……そういうことで間違いないと思うよ。
    少なくとも今のあの子は、サイズが小さい以外は巨人とほぼ同じだ。
    知能もなければ生殖器もない。人の肉を食おうとすることも驚異的な再生能力も確認済みだ」

クリスタ「そ、んな……」

アルミン「サ……サシャにそっくりな巨人という可能性は考えられないのでしょうか!?」

ハンジ「……そのことについて教えるには、
    まず私がサシャに行った実験について話さなきゃいけないんだけど」

コニー「じ、実験!?」

リヴァイ「…………」

ハンジ「そんなに睨まなくても分かってるよ、リヴァイ。
    彼女は他の巨人とは違う。私だって心を痛めてるんだ」

アルミン「は……話してください。実験について……」

ハンジ「……部屋の外に出よう。ここじゃ集中できなさそうだしね」




捕獲した巨人に行う実験は、まずは意思の疎通。
これは過去にも何度か試した、実験の第一段階だ。

ハンジ「こんにちは!」

サシャ「……う~~……」

ハンジ「君は他の子に比べて随分小さいよね。どうしてそんなに小さいの?」

サシャ「う~、うぅ~……」

巨人との意思疎通は、人類史上例がない。
そしてこの子の場合も、この段階では意思疎通は不可能であるという結論に至った。

次に私は、この巨人が人間そっくりであるということに着目し……。
他の巨人が彼女に興味を示すかどうかを試すことにした。

巨人「あ~~~……う~~~~~……」

サシャ「……う~~~」

彼女とは別に捕獲した3m級巨人。
彼とサシャとを接触させた。
サシャは私より小さいくらいだったからね。
兵士が2人も居れば動きを封じるのも移動させるのも、そう苦労しなかったよ。
……とにかく、サシャをその3m級巨人のところまで移動させたんだ。

結果は……その巨人は、サシャには興味を示さなかった。
まぁ予測はできていたけどね。
丸腰にも関わらず壁外で生存していたという事実があったから。

しかしここで予想外のことが起きた。
3m級の方はまったく無反応だったのに……なんとサシャの方が向こうに食い付いたんだよ。

巨人「あァアァアアア!!」

サシャ「ぐむ、がりゅ、ぐちゅ……」

兵士1「なッ……!?」

兵士2「く、食ってるのか!?巨人を……!」

ハンジ「うぉおおおおお!?君は他の巨人を食うのか!?共食い!?
    その肉どうするの!?飲み込むの!?飲み込んじゃうの!?消える前に飲み込めるの!?」

兵士1「分隊長!あまり顔を近づけないで!危険です!」

ハンジ「あぁッ!?今飲み込んだ!飲み込んだぜ!!すげぇ!!
    でも巨人の肉って消化できるものなのか!?それも調べ……」

……その時だった。

サシャ「……ぅ……ぁ……」

ハンジ「ん!何?どうしたの?美味しかった?友達の味はどうだった?」

サシャ「……た、すけ……て……」

ハンジ「……え……?」

サシャ「や、だ……嫌だ……」

兵士1「ッ……!?」

兵士2「……こ、こいつ今……」

ハンジ「黙って!……何?良いよ、続きを言ってごらん」

サシャ「ごめん、なさい……すみません、ごめんなさい……」

ハンジ「……!」

サシャ「助けて……嫌だ……私……ごめんなさい……」

ハンジ「何が、嫌なの?君は何を謝ってるの……?」

俯いている彼女の顔を覗き込んで、私は気付いた。
彼女は……涙を流していた。

サシャ「もう、嫌だ……暴力なんて……」

ハンジ「……君は……」

兵士1「ッ!危ない!!」

ハンジ「うわッ!?」

次の瞬間、サシャは大きく口を開け私に食い付こうとした。
間一髪で避けて、改めてその顔を見ると……

サシャ「……う~~……」

ハンジ「……!」

兵士2「な……なんだったんだ、今の……」

兵士1「あ、あぁ。確かに今、言葉を喋っていた……。
    だが間違いなく巨人、なんだよな?こいつ……」

兵士2「そりゃ、まぁ……。生殖器もねぇし……」

ハンジ「…………」




アルミン「っ……!」

ハンジ「その直後だったよ。脱走した訓練兵、“サシャ・ブラウス”の話を聞いたのは。
    ただ私は、話を聞く前から……この子を巨人として扱うのをやめようと決めた。
    この子は巨人なんかじゃない……。サシャは間違いなく、人間だ」

ライナー「……暴力が、嫌だ……か」

クリスタ「や……やっぱり、そうなんだよ……!サシャは、悪くない……。
     あの時のこと、すごく後悔、してるんだよ……!」

ハンジ「あぁ……脱走に至る経緯は聞いたよ。仲間に対しての度を越した暴力が原因だって……。
    しかしそれはサシャの意思とは関係なかった。
    恐らく、この……巨人化とでも言えば良いのか……その兆候だったんだ」

ユミル「…………」

ハンジ「あの子に残ってる記憶はきっと、自分が仲間に振るった暴力についてのことだ。
    そして何故か……他の巨人の肉を食べたときだけその記憶と意識が少しだけ戻る。
    どういう仕組みになってるのかはさっぱりだけど……実験の結果はそう言ってる」

リヴァイ「オイ……もう良いだろ。これ以上ガキ共をここに居させる意味はない」

エレン「っ……し、しかし!原因は分からないんですか!?
    何故サシャが巨人になってしまったのか……!元に戻すための方法は!?」

ハンジ「残念ながら、何も。今話したのが現時点で判明しているすべてだよ」

エレン「……くそっ……」

ライナー「…………」

リヴァイ「先にも言ったが……このことはあまり言い触らさない方が良いぞ。
     あいつを解剖されたくないならな」

クリスタ「か、解剖……!?」

ハンジ「巨人になった人間なんて、
    お偉い方に知られればどんな扱いを受けるか分からないからね……」

ハンジ「私たちのように、彼女を元の人間に戻すことを最優先に考える人ばかりじゃないってことさ。
    巨人の謎を解明するためには1人の命なんて安いもの……。
    そう考える人はいくらでも居る。
    正直言うと……私もそれが間違ってるとは言い切れないし」

リヴァイ「お前らがあのガキを解剖すべきだと考えているのなら止めはしない。
     その時は好きなだけ言い触らすと良い。上の奴らにもあっという間に伝わるだろう」

エレン「じ……冗談じゃない!サシャを解剖なんてさせてたまるか!嫌ですよそんなこと!」

リヴァイ「そうか……ならせいぜい必死に黙っていろ。……話は終わりだ。
     これ以上お前らの相手をしている時間はない。わかったらさっさと帰れ」

アルミン「……わかりました。
     こんな重要なことを教えていただいて……本当にありがとうございました」

ハンジ「イヤイヤ。まぁ、何か分かればまた教えるよ。
    ……帰りは案内は要らないね?それじゃ、また」

そうして訓練兵たちは各々、様々な思いを胸に抱き……サシャの居る建物を後にした。

今日はこのくらいにしておきます。
次の更新も多分明日の夜です。




訓練兵舎への帰り道……。
今までに経験したことのない異常事態に、訓練兵たちは頭を悩ませる。

コニー「ど、どういうことだよ、あれ……。サシャが巨人になったって……?
    まったく頭が整理できないのはオレが馬鹿だからじゃねぇよな……!?」

エレン「どうすりゃ良いんだよ、くそっ……!なんでサシャが巨人なんかに……!」

ユミル「しかし……ただの巨人でもねぇんだろ?
    デカさもそうだが、巨人の肉を食ったり、しかも……」

ライナー「……大量に食わせりゃ完全に元に戻るってことはないのか……?」

ベルトルト「…………」

アニ「さぁ……どうだろうね。その程度のことはすでに試されてると思うけど……」

クリスタ「ぐすっ……ぇぐっ……」

ユミル「……お前が泣いてどうにかなる問題なら良かったんだがな」

クリスタ「で、でも、だって……」

ミカサ「巨人の謎がもう少し分かれば……サシャを元に戻す方法も分かるかもしれないけど……」

アルミン「……巨人の謎……か」

ライナー「!アルミン……お前、何か分かったのか?」

アルミン「っ!あ、あぁ、イヤ……何か分かったとかじゃなくて、その……」

ユミル「なんだ……言えよ。何を考えてたんだ、お前?」

アルミン「み、みんなと同じことだよ。
     サシャと他の巨人との違いだとか、どうすれば元のサシャに戻れるんだろう、とか……」

ライナー「……詳しく話してくれ」

アルミン「え?な、なんで……」

ライナー「お前のことだ、何か仮説を立てたんだろ?
     今は全員、少しでも情報を得たいと思ってる。
     それが単なる推測であってもな。だから話してみてくれ、アルミン」

ライナーの言い分は尤もだった。
全員きっと、ワケの分からない状況に放り出されて、頭が混乱してる。
謎が謎のままで、思考がそこから先にまったく進まない。
だから、少しでも意見や考えを得て、手がかりにしようとしている……。

みんなが自分の意見を求めるのはそんな状態にあるからなのだと、アルミンは思った。
自分の意見が役に立つだなんて到底思えなかったが、
みんながそれを求めているのなら……

アルミン「ほ……本当に単なる憶測だし、くだらないことなんだけど……。
     も、もしかしたらサシャは、今は巨人として不完全な状態にあるのかも知れない……」

エレン「ふ……不完全……?」

アルミン「人だけでなく巨人の肉をも食うことと、それと何より、
     体の大きさがまったく変わってないこと……。これらのことからそう思ったんだ。
     そして不完全だからこそ、時折人間の意識が戻るのかな、って……」

ユミル「……巨人の肉を食えば意識が戻ることの説明は?」

アルミン「その仕組みは分からないけど……やっぱり、肉に秘密があって……。
     でも、意識が戻るのがほんの一時だということは……
     た……多分、ただの巨人の肉じゃ駄目ってことなんじゃないかな……」

コニー「そりゃつまり……き、奇行種の肉を食わせれば良いってことか!?」

アルミン「それも考えたんだけど……。僕は……イ、イヤ、やっぱりよそう。
     こんなの、本当に妄想だ。根拠なんて欠片もないし、あまりに……」

コニー「オ、オイ……気になるだろ。話してくれよ……!」

エレン「あぁ……話してくれ、アルミン」

アルミン「っ……も、もしも。仮に……知性を持つ巨人が居たとして……。
     そいつの肉なら、サシャにも知性が戻るんじゃないか、とか……」

ユミル「…………」

アルミン「それから……サシャと同じように巨人化した人間が居て……
     その巨人が、サシャとは違って人間としての意識を保っているとすれば……。
     そいつの肉を食わせれば、サシャの意識は完全に戻るんじゃないか、って……」

アルミン「た、ただの巨人の肉の効果が一時なら、
     そういう巨人の肉ならもしかして……って、そんな風に、考えてたんだ……」

アニ「……あんたは、本当にそんな巨人が居ると思うの?」

アルミン「イヤ……。そんな巨人の存在も、そいつの肉を食えばサシャが元に戻るというのも、
     そうだと良いなっていう……僕の願望、妄想だ」

ライナー「確かに……妄想だな、そりゃ」

ベルトルト「…………」

アルミン「……ごめん。こんなの、ふざけてる……。
     サシャが大変だって言うのに、こんなくだらない……」

クリスタ「そ、そんなことないよ……! サシャを何とか元に戻す方法はないかって、
     アルミンが一生懸命考えた結果でしょ……!?
     それに私だって、アルミンの話聞いて……
     本当に、そうだったら良いなって……思っちゃったもん……!」

アルミン「クリスタ……」

クリスタ「ほ……本当に、本当に、そう、だったら……」

コニー「そりゃ……オレもアルミンの話がマジなら、とは思うけどよ……。
    でもやっぱ……流石に……。そんな巨人が居るってのは……」

クリスタ「っうく……嫌だ……嫌だよ……。
     サシャぁ……戻ってきてよぉ……ひっく……ぇぐっ……」

ライナー「…………」

ミカサ「……もうすぐ訓練兵舎に着く。みんな、くれぐれもこのことは……」

コニー「あぁ……黙ってるよ。何を訊かれても答えたりしねぇ。
    あいつを絶対に、解剖なんてさせてたまるか!」

エレン「少しでも……あいつが元に戻るための時間を稼ぐんだ。
    誰にも知られなけりゃ、その分謎を解明する時間が増える……!」

アルミン「あぁ、信じよう……サシャは必ず、僕達のところに戻ってくるって……」




そして、その日の深夜。
みんなが寝静まった後……屋外で話し合う3人の影があった。

アニ「……どうする?今の状況は、はっきり言ってあまり良くないんじゃないの?」

ベルトルト「サシャがどうしてあぁなったのかは分からないけど……。
      少しでも早く状況を変えた方が良いのは、間違いないだろうね……」

ライナー「特別な巨人の肉を食わせれば元に戻るってのは……お前らはどう思う……?」

アニ「何の根拠もないよ。ただの巨人で無理なら……って考えも
   分からないわけじゃないけどね。試すにしたってリスクが高すぎる」

ライナー「……そうか。そうだよな……」

ベルトルト「…………」

ライナー「だが……ならどうする。あいつがこのまま調べられ続ければ、いずれ……」

ベルトルト「あぁ。元に戻すのが無理だとなると、あとは1つしかない……。
      ライナー、お前も……もう分かってるはずだろ」

ライナー「……くそっ……」

アニ「じゃあ……いつ実行するのが良いと思う?」

ベルトルト「今日にでも、実行するべきなんじゃないのか……?」

アニ「……イヤ、流石に早すぎる。
   このタイミングだと私達に疑いがかかる可能性が高くなるだろうし」

ベルトルト「!あぁ……確かに、そうかも知れないな」

アニ「やるなら、もう少し空けてから。詳しいことは……また話そう。
   それで異論はないね……?ライナー」

ライナー「っ……あぁ。異論、なしだ……」




夜明け前。
物陰から辺りを窺う。
あの時から増えて居なければ、見張りは1人のはず。

……大丈夫、増えてない。
予定通りやろう。

調査兵「ッ!誰だ!」

物音に気付き、武器を構えそちらへ向かう見張りの調査兵。
しばらく注意深く辺りを探っていたが……

調査兵「……気のせいか」

周りは木々で囲まれている。
きっと動物か何かだったのだろう。
そう思い、見張りの兵士はもと居た位置に戻る。

……がやはり気になって、念のために例の部屋を見に行く。
扉を開けるとそこには……

サシャ「……うぅ~~~~」

暗い部屋で変わらず、サシャ・ブラウスはベッドに固定されていた。

調査兵「…………」

それを確認し、部屋を出る。
そしてしばらくして……ベッドの下から、大きな影が現れた。

ライナー「…………」

ベッドに両手足を固定されたままライナーを見つめるサシャ。
うめき声を上げながら、目の前の肉に食い付こうと歯をカチカチと鳴らす。

ライナー「…………」

ライナーはそんなサシャを、黙って見下ろし……不意に右手を動かす。
その手を、サシャの顔の目の前まで持って行き、そして……

ライナー「ッ……」

サシャはその手に思い切り食い付いた。
直後、嫌な音を立てて、ライナーの右手の小指と手の端の肉が食い千切られる。
それをサシャは、口の中でよく噛み、そして、飲み込んだ。
そして……すぐにまた、新たな肉を求めて歯をカチカチと鳴らす。

ライナー「……駄目か」

分かっては居たが……やはりこれではサシャは何も変わらない。
それもそのはず。
今サシャが食ったのは、人間の肉なのだから。

サシャを元に戻したいのなら、巨人の肉を食わせなければならない。
しかもただの巨人ではなく……。

だがそれも、推測に過ぎない。
“特別な巨人”の肉を食わせたところで、本当に元に戻る保証などどこにもない。
それに今のこの状況で巨人の肉を食わせることは、恐らく不可能。
出来たとしても、すぐに人が集まり……そうなれば何もかもおしまいだ。
リスクが高すぎる。

……だからと言って、当然このまま何もせずに帰るわけにはいかない。
あの後の2人との話し合いで……
“サシャをこのまま調べさせるわけにはいかない”と意見が一致したのだから。

だからこそ、ライナーは覚悟を持って今この場に立っていた。
目を閉じて、その覚悟を改めて自身に問いかける。
僅かな希望にかけて自分の肉を食わせ、それが駄目だった時は……。

ライナー「……すまん、サシャ」

そう呟き、ライナーはゆっくりと目を開く。
そして……刃渡りが十分にあるナイフを取り出した。

ちょいと抜けます。
1時間後くらいに続き更新します。




夜明け直前。
時間が来たので、見張りの兵は部屋へと向かった。
何か問題が起こっているとも思えないが、そう決められているからだ。
眠い目をこすりながら部屋の扉を開ける。
そして……その目は一気に覚めた。

調査兵「なっ……!?う、嘘だろ!?くそっ……!」

慌てて外へ飛び出し、辺りを見回す兵士。
しかしすぐにそんなことをしても無意味だと悟り、人を呼びに行く。
彼が去った後の部屋には、静寂だけが残る。
うめき声もうなり声も、物音すら聞こえない。

サシャが居たはずのベッドには今や……誰も寝ていなかった。
跡形も無く消えていた。
巨人が消えるということは、考えられる可能性は2つ。
逃げ出したか、それとも……。




森の中、ライナーは息を切らせて走っている。
どれくらい走っただろうか?
周りは木々に囲まれ、建物もとっくに見えなくなっており、当然人の気配もない。

葉の間から、空を見上げる。
いつの間にか夜が明け始めていた。
そんなに走っていたのか……。

それに気付くと同時に、ついにライナーは地に膝をついた。

ライナー「……ぐっ……!限界だ、流石に……」

呻くようにそう呟き、担いでいたものを半ば投げ飛ばすように、地面に下ろす。

ライナー「はぁ、はぁ……くっ……」

ライナーの右腕は、真っ赤に染まっていた。
指からの出血もあったが、それ以上に、腕の傷の方が酷かった。
ライナーの右腕の肉は既に半分近く無くなっており、そしてその肉の行方は……

サシャ「うぅ~~~~……」

ライナー「俺の腕をこんなに食っちまいやがって……パンじゃ済まされねぇぞ、サシャ」

……そう憎まれ口を叩きつつも、それはお互い様か、とライナーは思っていた。
と言うのも、サシャを拘束から解放するために、彼女の両手足を切断したからだ。
もちろんすぐに再生することは分かっていたし、
そうでもしなければサシャを逃すことなど出来なかったのだが……。

そしてライナーはサシャを解放してからここまで担いでくるまで……
彼女が声を出したり余計に暴れたりしないよう、ずっと右腕に噛み付かせていた。
自分の右腕を食わせながら、ここまで担いで走って来たのだ。

サシャ「うぅ~~……」

地面に下ろされたサシャは、再び目の前の肉に向かって歩き始める。
ライナーはそれを見て……苦痛に汗を流しながら、

ライナー「だが、まぁ……自分で傷付ける手間が省けたぜ」

そう言って僅かに笑った次の瞬間、爆発が起きた。

衝撃と爆風で、サシャはよろけ、倒れる。
しかしすぐに起き上がり、爆発のした方向に目を向けると、そこには……

ライナー「あんな小さい腕じゃ物足りなかっただろうが、これなら十分だろ?
     固さは抑えてるつもりだが……まぁ多少固くても我慢しろ」

巨大な腕……。
サシャはそれを見て、その肉の塊へフラフラと歩いて行き、
口を大きく開け、かぶりついた。

かぶりつき、引きちぎり、咀嚼する。
その様子を、ライナーは見下ろす。
そしてサシャはしばらく噛んだあと、ライナーの肉を飲み込んだ。

ライナー「…………」

ライナーはサシャの様子を、緊張した面持ちで見つめる。
もし、これが駄目なら……今度こそ……。

サシャ「……ぁ……」

ライナー「!サシャ、聞こえるか……?」

サシャ「あ……嫌、私……もう、嫌だ……私……!」

ライナーはそれを見て急いで腕を引き抜き、サシャの元へ駆け寄る。

ライナー「オイ、サシャ!聞こえてるのか、サシャ!」

サシャ「ごめんなさい、ごめんなさい……!嫌だ、助けて……!ごめんなさい……!」

頭を抱え下を向き……拒絶、謝罪、そして助けを求める声を叫び続けるサシャ。
ライナーは、自分の姿も、声も……彼女に届いていないことに気付くと、
サシャの頭を彼女の両手ごと掴み、強引に自分の方へ向けさせた。

ライナー「サシャ!俺の方を見ろ!!」

サシャ「あ、あ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

ライナー「ッ……!」

初めて間近で見るその表情は……ライナーの心を強く締め付けた。
罪悪感、後悔、恐怖、絶望……その痛々しい表情を見、思わず顔を背け目を瞑る。
しかし……その目はすぐに開かれた。
強い決意を持ったその目で、ライナーは再びサシャに顔を見る。
そして、黒く染まった彼女の瞳を覗き込むようにし、叫んだ。

ライナー「お前は……お前は悪くない!俺も怒っていない!
     お前の仲間は……!誰1人お前を責めていない!!」

ライナー「それにお前はもう助かった!元通りだ!お前は誰も傷付けない!
     俺たちも傷付かない!お前はもう、理由のない暴力なんか振るわない!!」

……ライナーは出すべき言葉は全て出し切ったと言うように、そこで口を閉ざす。
サシャも何も言わず……辺りは再び静寂に包まれた。
しばらく2人は至近距離で、何も言わず見つめ合い、そして、次に口を開いたのは……

サシャ「ラ、イナー……」

ライナー「……!あ、あぁ、なんだ!」

サシャ「本、当……?本当に、私、もう……誰も……?」

ライナー「本当だ……!お前はもう、元通りだ。あいつらもみんな、お前の帰りを待ってる。
     だから、早く帰ろうぜ。あいつらのところに!」

サシャ「……!あ、ありが、と、う……」

ライナー「!?サシャ!」

突然、サシャは膝から崩れ落ちた。

ライナーは慌ててそれを支える……が、しかし。

ライナー「あつッ……!?」

サシャの体は異様な熱を持っていた。
その熱さにライナーは思わず手を離し、サシャはうつ伏せに倒れる。
サシャの体からは、蒸気が上がっていた。
まるで……巨人が消える瞬間のように。

ライナー「まさか……!」

サシャは消えてしまうのか、とライナーは一瞬思った。
しかし、違った。
すぐに蒸気は治まり、そして、その後にもサシャの体はそこにあった。

それを見て安堵に胸を撫で下ろすライナーだが、
すぐに慌ててサシャの体を仰向けにし、何度か顔を叩いて呼びかける。

ライナー「オ、オイ、サシャ!大丈夫か、オイ!」

サシャ「……ん……」

少し眉根を寄せ、声を出すサシャ。
それを見て命に別状はないと判断し、ライナーは安堵する。
……しかし、今の蒸気は一体……。

と、疑問に思ったのはほんの一瞬。
すぐにライナーは、熱と蒸気の原因に気付いた。

気付くと同時に、ライナーはサシャの体を確認する。
直前まで巨人と同じように、あるべき器官の無かった体だったが……。

ライナー「……!」

人間と、同じ体になってる。
つまり……正真正銘、サシャは元通りだ。

そう確信し、ここでようやく、ライナーの表情がほころぶ。
後はなんとかしてサシャを……と、目線をサシャの顔に向けたライナーの目に映ったのは、
目を覚まして首を少し上げ、こちらを見ているサシャの顔だった。

ライナー「!サシャ、お前目を……」

と、安堵の声を上げかけたライナーだったが、異変に気付き口を止める。
サシャの表情は……今までに見たことのないもの。
あらゆる感情、考えが渦巻き、気持ちの整理がつかないといった表情だった。
……そして次の瞬間、サシャの顔は一気に赤くなった。
それを見てライナーはようやく、あぁそうか、と気付いた。

サシャ「ひっ……ひぇあぁああああ!?」

サシャが素っ頓狂な声を上げ、
ライナーが“こいつも裸を見られるのは恥ずかしいんだな”だとか
“やっぱり顔を叩いて起こすのは後にした方が良かった”だとか思ったと同時に、

ライナー「おふうッ!?」

割と理由のある暴力がライナーを襲った。




ハンジ「どう、居た!?まだ見付からない!?」

調査兵1「すみません、まだ……!全力で森の中を調べていますが……」

ハンジ「っ……引き続き調べて!」

調査兵2「はっ!」

しかし果たして見付かるのか……。
ハンジを含め、サシャを探す調査兵全員がその疑念を抱かずには居られなかった。
部屋の中から姿を消したとなると、外に逃げたと考えるのが普通……。
しかしそれは人間の場合だ。
巨人の場合は……殺された場合でも姿は消える。
もしサシャが何者かに殺されたのだとすれば……

ライナー「ハンジ分隊長!」

突然後ろから呼びかけられ、驚いて振り向く。
と、建物の陰からライナーが姿を現した。

ハンジ「君は確か……え?何、その格好……下着?」

見ると確かにライナーは、上下共に肌着を一枚ずつしか着ていない。
その服装に疑問を抱くことは当然だったが……

ライナー「俺の格好より……こいつを見てください!」

そういうと同時に、ライナーの後ろからもう1人姿を現した。
それは、ライナーの服を着た……サシャだった。

ハンジ「……は?」

サシャ「ど……どうも……」

複雑な表情を浮かべ、気まずそうに挨拶するサシャ。
それを見て、ハンジは……

ハンジ「ちょっ、え!?サ、サシャ!?サシャ・ブラウス!?」

サシャ「え?は、はい、まぁ……」

ハンジ「ストぉーーップ!動かないで!!手を挙げて!!」

サシャ「は、はい!?」

ハンジの勢いに押され、サシャは反射的に両手を挙げて固まる。
それと同時にハンジはサシャの元へ駆け寄り、
そして、上着を捲り上げてズボンをずり下げた。

サシャ「ッ!?ひぃぁああああ!?」

ライナーは学習していたので目を背けた。

サシャ「や、やめっ!やめてくださいぃいいい!!」

ハンジ「良いからじっとして!今確認するんだから!!」

サシャ「あうっ!?」

2人で暴れるうちに、サシャはハンジに押し倒される。
仰向けに倒れ、そして起き上がる暇もなく、サシャは両足を掴まれて思い切り開かれた。

サシャ「あぁああああ!?あぁあっぁああああああ!?」

ハンジ「!?あ、ある!間違いない!生殖器だ……!」

ライナーは全身で汗をかきながら遠くを見つめていた。
そして、少し見る方向を変えた時、いつの間にか近くに誰か来ていたことに気付いた。

リヴァイ「オイ……どういう状況だ、これは」

ライナー「リ……リヴァイ兵士長!」

ハンジ「あっ!リヴァイ!ちょっと見てよこれ!ホラ!生殖器だ!生殖器があるんだよ!」

サシャ「やめてぇええええ!!」

リヴァイ「……ついにイカれたかクソメガネ……」

ハンジ「違うんだって!ホラよく見てよ!サシャなんだよこの子!サシャ・ブラウスだ!」

リヴァイ「っ!何……!?」

それを聞き、リヴァイはハンジの横にしゃがみ込む。
人類の英雄にアソコを覗き込まれるってのはどんな気持ちなんだろうな、とライナーは思った。

リヴァイ「……確かにあるな。オイ……こいつを連れて来たのはお前か?」

ライナー「!はい、俺です」

リヴァイ「詳しく聞かせてもらおうか……。ここは人目につく。場所を移すぞ」

ライナー「……はっ」

今日はこのくらいにしておきます。
次の更新も多分明日の夜になります。
多分明日で全部書き終わります。

そうして4人は、サシャの姿を他の誰かに見られる前に室内へと場所を変える。
そこでライナーは、自分がサシャを発見し今に至るまでの経緯を話した。

リヴァイ「……するとお前はこう言うんだな?
     明け方、外に気配を感じて様子を見に行ってみるとこいつの姿を見かけた、と」

ライナー「はい、その通りです」

ハンジ「それで後を追うと、サシャが突然倒れた。駆け寄って見てみると、人間に戻っていた……か」

リヴァイ「ずいぶん都合の良い話だな」

ハンジ「それはその通りだけど……信憑性の無さで言えば
    ライナーがサシャを連れ去って何らかの方法で元に戻した、って展開も大して変わらないよ。
    寧ろ私はそっちの方がロマンがあって好きだけどね」

リヴァイ「……まぁ良い。話が進まねぇから取り合えず信じといてやる」

ライナー「はい……ありがとうございます」

そうして4人は、サシャの姿を他の誰かに見られる前に室内へと場所を変える。
そこでライナーは、自分がサシャを発見し今に至るまでの経緯を話した。

リヴァイ「……するとお前はこう言うんだな?
     明け方、外に気配を感じて様子を見に行ってみると、こいつの姿を見かけた、と」

ライナー「はい、その通りです」

ハンジ「それで後を追うと、サシャが突然倒れた。駆け寄って見てみると、人間に戻っていた……か」

リヴァイ「ずいぶん都合の良い話だな」

ハンジ「それはその通りだけど……信憑性の無さで言えば
    ライナーがサシャを連れ去って何らかの方法で元に戻した、って展開も大して変わらないよ。
    私はそっちの方がロマンがあって好きだけどね」

リヴァイ「……まぁ良い。話が進まねぇから取り合えず信じといてやる」

ライナー「はい……ありがとうございます」

ハンジ「えーっと、それでサシャ。君は何も覚えていないの?」

サシャ「ぐすっ……何も覚えてないです……」

ハンジ「自分が今までどういう状態になってたかも?ライナーから聞いてない?」

サシャ「は……はい。ここに着いてから説明する、って……」

ハンジ「……参ったな、何も覚えてないのか……。
    じゃあさっきの私達はこの子から見ればまるっきり変態じゃないか」

リヴァイ「…………」

サシャ「……?え、えっと……?」

ハンジ「誤解を解くというのもあるけど……流石にこれは、教えないわけにはいかないよね」

リヴァイ「あぁ……全て話せ。こいつ自身、自分に何か起きたのか知っておくべきだ」

ハンジ「今の君はどこからどう見ても普通の人間だけど、観察や検査その他諸々……
    調べる必要はあるだろうし。それでも良いかい?」

サシャ「は、はい……!調べてください、ぜひ……!」

そう自ら懇願するサシャ。
自分が人間であることを確かめたいという、強い気持ちが窺えた。

ハンジ「そうか、理解してくれて良かったよ」

リヴァイ「……オイ」

ハンジ「わかってるって。ちゃんと人間として扱うからさ。
    そうだ、それから……調査兵団のみんなにも説明が要るよね。
    みんなに黙ったままサシャを調べるのは無理だろうし、
    それにこっそりやってるのがバレたとなれば余計厄介になる」

リヴァイ「しかしどう説明するつもりだ?
     1.7m級巨人と脱走兵サシャ・ブラウスを結び付けて考えている奴は、
     せいぜいお前と一緒に実験をしていた2人ぐらいのもんだと思うが」

ハンジ「だろうね。あの光景を見てない限り、
    人間が巨人になったなんて発想は思い付きもしないだろうし」

ハンジ「だから……うん。みんなに事実をありのまま伝えるかどうかは要検討ということで。
    混乱を防ぐためには多少の嘘も必要だしね」

リヴァイ「その嘘とやらは通用するのか?」

ハンジ「どうだろう。通用しなかった時は、またその時考えよう。
    とりあえず……ちょっと待ってて。今サシャに着替えを持ってくるから、それに着替えてもらうよ」

サシャ「あ……は、はい」

そうしてハンジは部屋を出て、後にはリヴァイ、サシャ、ライナーが残される。
気まずい……とライナーが思うが早いか、リヴァイが口を開いた。

リヴァイ「お前……その怪我はどうした」

サシャ「え?あ、これはさっき……」

リヴァイの目線の先には、肘をすりむいた後が。
どうやら、ハンジから逃れようと暴れた時についた傷らしかった。

リヴァイ「治らないのか」

サシャ「え?あっ……。は、はい、そうみたいです……」

リヴァイ「……そうか」

ライナー「…………」

リヴァイの質問の真意は、2人にはすぐ読み取れた。
巨人なら怪我はすぐに治るはず、治らないということはお前は巨人じゃないんだな?
暗にそう確認しようとしているのだと思った。
そして直後、リヴァイはまた口を開く。

リヴァイ「お前、巨人になる前の最後の記憶はなんだ」

サシャ「あ、えっと……教官に連れて行かれて、そこで検査を受けた辺りから
    記憶が途切れ途切れで、曖昧で……。
    なんとか覚えてるのは、立体機動装置で壁を越えたこと……です。
    そして気付いたら、ライナーが……うぅ……」

ライナー「すまん……」

サシャ「い、いえ……。か、確認しなきゃ、いけなかったんですし……」

リヴァイ「……壁を越えてから今日まで、一切記憶はないのか」

サシャ「は、はい……。あ……でも、夢は見ていたような気がします。
    私がみんなに暴力を降るって、それについて謝るっていう、夢を……」

ライナー「…………」

リヴァイ「……そうか」

サシャ「…………」

ほんの少し、沈黙が続いた。
が、すぐに扉が開き、

ハンジ「お待たせ!服のサイズはたぶん合ってると思うよ。
    私達は部屋の前で待ってるから、着替え終わったら出てきてくれ」

サシャ「あ……はい、ありがとうございます」

サシャを1人残し、3人は部屋を出る。
そうして数分後、扉が開いた。

サシャ「お、お待たせしました」

兵士の服を着、ゴムで髪を結ったサシャ。
これでようやくいつもの見慣れたサシャの姿になった、とライナーは感じた。

ハンジ「うん、やっぱりサイズはちょうど良かったね。それにこれなら全然巨人っぽくない」

サシャ「ど、どうも……。あ、ライナー、これ……あ、ありがとうございました」

ライナー「ん?あぁ、そうか……」

サシャが持っていたのは、先ほどまで自分が着ていたライナーの服。
ライナーはそれを受け取り……

ライナー「…………」

サシャ「も、もう!早く着てくださいよ!」

ライナー「あ、あぁ。そうだな、すまん」

ハンジ「さて、仲良しなところ悪いけど……付いてきてくれるかな、サシャ」

サシャ「ハ、ハイ!えっと……しかし、どこへ……?」

ハンジ「君を探すのを手伝ってくれたみんなが外で待ってる。
    まぁ、君は私の隣で敬礼して立っていてくれれば良い。説明は全部こっちでしちゃうから」

サシャ「は……はい」

ハンジ「取り合えず、私が先に外へ出るよ。サシャは私が呼んだら出てきてくれ」

サシャ「わ、わかりました」

ハンジ「それじゃ、行ってくる」

そうしてハンジは外へ出る。
建物の前には……調査兵が数十人集まっていた。

建物からハンジが出てきたのを見、兵士たちは声を上げる。

調査兵1「分隊長!例の巨人は発見できたのですか!?」

調査兵2「捜索に当たっていたものを全員集めろとは、一体……!」

ハンジ「みんな落ち着いて。それを今説明するから……」

彼らをなだめつつ、兵士たちの前に立つ。
そして、落ち着いた声で話し始めた。

ハンジ「みんなも薄々分かってたとは思うけど……彼女は多分、死んでしまったんだ。
    あれだけ探し回っても見付からなかったんだし、
    それにあの拘束から抜け出すなんて考えられないからね……」

落ち着いたどころか、落ち込んだ様子で話すハンジ。
その様子を見て、確かに貴重な被検体を失ったのは残念だが
それだけではないんだろうな、と兵士たちは思った。

調査兵1「あの……分隊長。では……」

と、兵士の1人が声をかけたが、それを遮るようにハンジは言った。

ハンジ「でもね、彼女の代わりになるかは分からないけど、良い子を見つけたんだよ。
    ちょっと君たちに紹介するから……オーイ、サシャ!出ておいで!」

ハンジの発言に疑問符を浮かべる兵士たち。
そして、直後……建物の中から、1人の少女が現れた。
緊張した面持ちで歩みを進め、ハンジの隣に立つ少女。

調査兵2「……?あ、あの、分隊長?その子は……?」

ハンジ「さぁ、サシャ。自己紹介して」

サシャ「ウ……ウォール・ローゼ南区、ダウパー村出身!
    訓練兵団所属、サシャ・ブラウスです!」

見事な敬礼と共に自己紹介するサシャ。
しかし兵士たちには、その意図がまったく掴めなかった。

 「サシャ・ブラウスって確か……脱走した訓練兵がそんな名前だったよな?」
 「まだ見付かってないと聞いていたが、見付かっていたのか」
 「しかし、なぜ今ここでその子が……?」

例の巨人についての話だったはずが、何故か唐突に紹介された脱走兵の少女。
……が、ある兵士が1人、呟く。

調査兵3「……なんかあの子、例の巨人に似てないか?」

彼の周りに居た兵士たちはそれを聞き、サシャの顔を凝視する。
そして……

 「……い、言われてみれば、確かに……」
 「あ、あぁ。似てるな、確かに。しかし……」
 「でもあいつはどう見ても人間、だよな?」

徐々にざわつき始める兵士たち。
それを見たハンジは、最初に呟いた兵士を指差し、叫ぶ。

ハンジ「そう、その通りだよ!この子は例の巨人に似てるんだ!」

調査兵3「え……?」

ハンジ「この子の身柄は今日からしばらく、調査兵団が受け持つことにする!
    そして、色々調べるんだ!サシャと例の巨人が似ていることに、何か関係がないかをね!」

調査兵3「な……何か、関係?どう関係があると……?」

ハンジ「だからそれが分からないから調べるんだよ!」

調査兵3「は、はぁ……」

兵士たちは白熱するハンジを見るうちに、その熱に反比例して徐々に冷静になっていく。
またいつもの分隊長の暴走か……と。
その温度差は、室内から様子を窺っていたリヴァイとライナーにも感じ取れた。

ライナー「……なんというか、意外ですね……。
     思ったより誰も、サシャに対して疑念を抱いていないように見える……」

リヴァイ「当然だ……あいつが変身するところを見たわけでもねぇんだからな」

リヴァイ「人間が巨人になるだの、巨人が人間になるだの……。
     顔が似てるってだけでそんなことを本気で考える奴は居ない。
     仮にその発想が浮かんだとしてもそんなもんが妄想の域を出ねぇことくらい、あいつらは全員わかってる」

ライナー「……なるほど」

リヴァイ「まぁ……そう思ってない奴らも居るがな」

ライナー「……!」

リヴァイの視線の先には、こちらへ戻ってくるハンジとサシャ。
そして後ろから付いてくる2人の兵士が居た。
恐らく彼らが、実験に携わってあの光景を見た2人だろう、とライナーは思った。

ハンジ「お疲れ、サシャ。緊張した?」

サシャ「は……はい、ものすごく……」

調査兵1「…………」

調査兵2「……その、ハンジ分隊長……」

ハンジ「ん?何?」

調査兵2「分隊長は、どの程度本気で……その少女と例の巨人が関係しているとお考えですか?」

ハンジ「うーん……どの程度と言われてもなぁ」

調査兵1「……率直に言って、私は……この少女は危険だと思います。
     もし本当に例の巨人がこの少女だとすれば……」

サシャ「っ……!」

ハンジ「コラコラ、本人を目の前にしてそういうことを言うものじゃないよ」

調査兵1「しかし……!」

リヴァイ「……お前がそう主張する根拠はなんだ?」

調査兵1「やはり……外見が酷似していることと、
     例の巨人が人間の言葉を喋ったこと……この、2つです」

調査兵1「それらのことから、あの巨人がサシャ・ブラウスであると……。
     この少女は、巨人が化けたものであると、そう推測します」

ハンジ「うん、まぁそう考えるのも仕方ないと思うけど……
    君の言う根拠はどちらも決定的な証拠にはならないな。
    喋ったって言っても、『私はサシャ・ブラウスです』って自己紹介したわけでもないんだし。
    あの巨人がサシャに変身する瞬間か、それともその逆か、
    そのどっちかを目撃していれば話は別になるけど」

調査兵1「それはっ……その通りですが……」

ハンジ「しかし確かに君の言う通りである可能性が高いことは事実だ。
    だから、君たちに協力して欲しいんだよ。
    サシャと例の巨人との関係性の有無を調べることにね」

調査兵1「……わかりました」

調査兵2「その……現時点では、まだ何も……?」

ハンジ「取り合えず今分かってるのは、サシャは意思疎通が可能なこと、
    人肉に興味を示さないこと、生殖器があること、怪我が再生しないこと……くらいかな」

調査兵2「……そうですか」

ハンジ「他に質問は無い?無いなら早速調査に取り掛かろう」

調査兵たち「……はっ!」

ハンジ「それじゃ、悪いけど……ライナー。君はもう訓練兵舎に戻りなさい。
    サシャのことは私達に任せてくれ。
    あぁそれから、分かってると思うけど今日あったことはまだ内密に頼むよ。
    訓練兵のみんなには、また私達の方から説明に行くからさ」

ライナー「……はい、わかりました」

サシャ「……ライナー……」

サシャは少し震えた声で名前を呼び、ライナーを見上げる。
自分に向けられる敵意と、何をどう調べられるのかという不安で、サシャは涙目になっていた。
今ここで唯一知っている顔と離れ離れになってしまうことが心細くて仕方ないのだろう。
そんな風に怯えるサシャの肩に手を置き、ライナーは言った。

ライナー「大丈夫さ、お前は人間なんだ。誰もお前に酷いことはしない。
     すぐに証明されて、あいつらのところに帰れる。だからそんな顔をするな」

サシャ「ぐすっ……は、はい……」

そうして、サシャはハンジたちに連れられて行き、ライナーもその場を去った。

訓練兵舎に戻った頃には、ちょうど朝食の時間になっていた。
食堂に入ってきたライナーを見つけ、ベルトルトが声をかける。

ベルトルト「!ライナー……今までどこへ?」

ライナー「あぁ、ちょっとな。早くに目が覚めたもんで、散歩に出てた」

ベルトルト「……そうか」

ジャン「オイ、コニー!さっきから呼んでるのに無視しやがって!聞こえてんだろうが!オイ!」

コニー「……!」

ライナー「……あいつはどうかしたのか?」

ベルトルト「あぁ……余計なこと喋らないようにって、
      一切声を出さないことに決めたらしいんだ。おかげで今朝からずっとあの調子だよ」

ライナー「…………」

すぐに声を出せるようになるからもうしばらく頑張ってくれ、とライナーが思った、その時。
食堂に教官と、そして調査兵が何人か入ってきた。




コニー「なんだったんだ、さっきの……?」

エレン「わからん……。なんだって急に全員の刃を調べたりしたんだ……」

アルミン「多分、無許可で刃を使った者が居ないかを調べるためだと思うんだけど……。
     でも一体何があったのか……」

調査兵たちが突然現れたかと思えば、
ほとんど何の説明もされないまま、訓練兵は各々の立体機動装置の刃を調べられた。
何故こんなことをするのか、大半の兵士はまったく分からなかったが、
ライナーはそれを知っていた。

サシャ……つまり1.7m巨人を殺した犯人を捜していたのだ。
情報を明かさなかったのは、恐らくハンジの指示だろう。

しかし当然、犯人など見付かるはずはない。
巨人の血は蒸発するため痕跡など残らないし、
そもそもサシャは死んでいないし犯人など存在しないのだから。




エルヴィン「やはり、犯人は見つからなかったか」

リヴァイ「……犯人とやらが存在してるかどうかも怪しいがな」

エルヴィン「あぁ。ハンジの言うことが真実であれば、1.7m巨人は殺されてはおらず……
       サシャ・ブラウスとして生き続けている可能性が高い。
       犯人が特定できなかった以上、サシャの検査結果が出るのを待つしかないな」

リヴァイ「お前は……あいつをどうするつもりで居る」

エルヴィン「検査の結果次第だ。今はあらゆる可能性が考えられるが、
      仮定の段階で何を言っても仕方がない」

リヴァイ「……そうだな」

エルヴィン「彼女の検査はすべてハンジに任せている。
       我々にとってもサシャにとっても望ましい結果が出ることを祈ろう」

リヴァイ「あぁ……そう伝えておこう」




ハンジ「団長、なんて?」

リヴァイ「良い結果を期待しているんだそうだ」

ハンジ「……良い結果って言ってもなぁ。もし何も出なかった場合、団長は納得してくれるかな」

リヴァイ「さぁな……。取り敢えず現段階であらゆる可能性を想定していることには違いないだろう。
     その中に、1.7m巨人とサシャは無関係というのもあることにはあるだろうが……」

ハンジ「やっぱり本命は1.7m巨人=サシャ?」

リヴァイ「だろうな」

ハンジ「だよね……」

リヴァイ「だがまぁ……ヤツのことだ。仮に巨人とサシャが結びつくような結果が出たとしても、
     そう悪いようには扱わないはずだ。だから安心して全力で検査に取り組め」

ハンジ「あぁ……もちろん、そのつもりだよ」

今日はこのくらいにしておきます。
私が無能なばかりにただいたずらにレスを伸ばし
今日中に書ききることが出来ませんでした。

明日の夜にはきっと全部書き終わります。




翌日、夜。

ハンジ「お待たせ、サシャ。夕食を持ってきたよ」

サシャ「!わーい!ありがとうございます!」

ハンジ「どうだい?今日も色々調べさせてもらったけど、体の調子は……」

サシャ「むぐ、ハムッ、ハフハフっ……!えっ?あ……はい、大丈夫です!」

ハンジ「……そうか、なら良かった。それじゃ、私はこれで」

そう言い、ハンジはサシャの居る部屋を出、別室へ行く。
そこには調査兵2人が既に待っていた。

ハンジ「さて……それじゃあ現段階での検査結果を確認しようか」

調査兵たち「はっ」

ハンジ「まず今日の昼に行ったサシャと通常の巨人との接触実験だけど……。
    やっぱり以前行った時とは明らかに結果が違っていたね」

調査兵1「はい。以前とは全く逆の結果……。
     サシャ・ブラウスは巨人の肉を食おうとはしませんでしたが、
     あの巨人の方は彼女を食おうとしていました」

調査兵2「つまり巨人から見ても、今のサシャは巨人としては認識されていないということに……」

ハンジ「うん。サシャが巨人を見た時の反応も、人間と同じだった。
    それから体組織だけど、これも昨日と今日調べた限りでは人間と同じだ。
    だから既に判明していることも含めて、肉体は人間と変わらないと言って良いと思う。今の段階ではね」

調査兵1「……しかし……」

ハンジ「……あぁ。やっぱり、アレは少し気になる。もう少し様子を見よう」

調査兵2「ひょっとすると、肉体ではなく精神の方に問題が……?」

ハンジ「その可能性もあるし、まだ調べきれていない体の一部に原因があるのかも知れない。
    いずれにせよ、まだ観察と検査は必要だ」




それから数日が経った。
ここ数日でサシャの面会に行ったメンバーは何度かサシャについて質問されることもあったが、
コニー以外は全員、特に不自然なこともなく適当にごまかした。
そして、ある日の夕食後……ついにその時が来た。

ハンジ「……というわけで、今日は面会させてあげられるよ!
    まぁ、やっぱりあんまり大人数は困るんだけどね。
    誰かサシャに会いたいっていう子は居る?」

訓練兵たちがハンジから伝えられたのは、サシャが快方に向かっているという話だった。
それを聞き、特に驚いたのはやはり真実を知っている者たち。
当然彼らは今日も面会を望む。
更に今日は、前回の重苦しい雰囲気に圧されて面会に行けなかった者も何人か増えた。

ハンジ「おっ、今日はなかなか多いね。あんまり広い部屋じゃないけど……
    このくらいなら行けるか。それじゃ、行こう。ついておいで」




ハンジ「やぁ、お疲れ。変わりはない?」

調査兵1「はい、問題ありません」

調査兵2「……その子たちが……」

ハンジ「うん、サシャの友達。仲良しな子が多かったみたいだね」

調査兵1「……そのようですね」

ハンジ「それじゃあみんな、入って。サシャもきっと喜ぶよ」

そう言い、扉を開けるハンジ。
訓練兵たちは……特に前回の面会に行った者たちは、恐る恐ると言った様子で中に入る。
部屋の中には前回と同じようにベッドがあり、前回と同じようにサシャが寝ており、そして……

サシャ「!みなさん来てくれたんですか!」

エレン「サ……サシャ、お前……!」

アルミン「な、なんともないのか!?どこか、異常は……!?」

サシャ「アルミン……はい、おかげさまで」

トーマス「な、なんだ。サシャの奴、いつも通りじゃないか」

サムエル「あぁ、一体どんな酷い有様なのかと思ったが……」

ミーナ「良かった……元に戻ったんだね、サシャ!」

マルコ「ははっ……良かったよ。本当……」

ジャン「あいつらが隠しやがるからどんなもんかと思えば……拍子抜けしちまったぜ」

そう軽口を叩くジャンだが、やはりその表情には他の同期と同じように安堵の色が浮かんでいた。
表には出さなかったが、ジャンも仲間のことは多少なりとも気にかけていたらしい。

自分たちのよく知るサシャの姿……。
それを見て、小さな影が飛び出した。

クリスタ「サ、サシャぁ!」

ユミル「あっ、オイ……!」

ユミルの制止も間に合わず、クリスタはベッドの横まで行ってサシャの手を握る。
その目には早くも涙が浮かんでいた。

クリスタ「も、元に戻ったの……?元のサシャに、戻ったの……!?」

サシャ「クリスタ……はい、私、その……ほ、本当に……本当に……!」

クリスタ「良いの、私……サシャが元に戻っただけで……!良かった、良かったぁ……!」

サシャ「ぐすっ……ぅえぇえ……クリスタぁあぁ……!」

喜びの涙を流すクリスタを見て、とうとうサシャまで泣き出してしまう。
その様子を見て、ユミルは複雑そうな表情を浮かべた。

尤も……複雑そうな表情を浮かべていたのはユミルだけではない。

コニー「オイ、これ喜んで良いんだよな?なぁ?喜ぶぞ?良いよな喜んでも?」

ユミル「わからねぇなら黙って喜んでろよバカ」

アルミン「た、確かに喜ばしいことではあるんだけど、でも……」

真実を知る者たちの大半は、もちろん喜びや安堵の感情はあったが、
やはり困惑や疑問も抑えきれなかった。
そんな彼らの様子を見、ハンジが声をかける。

ハンジ「今日初めて来た子たちはそのままサシャと会話してもらって構わないんだけど、
    前回も来てた子は、ちょっと部屋の外に来てくれるかな?話さなきゃいけないこともあるしね」

エレン「ハ……ハイ、わかりました」

ライナー「…………」

そうして、真実を知っている全員が外に出た。
と同時に、まずエレンが口を開く。

エレン「ど、どういうことですか!?あいつ、どうやって……」

ハンジ「しっ!声が大きいよ。ちゃんと私が話すから、質問はその後で。良いね?」

エレン「……!は、はい、すみません……」

ハンジ「まず先に言っておくと……どうしてサシャが元に戻ったのかは全く分からない」

エレン「は……!?じ、じゃあなんで……」

ミカサ「エレン、落ち着いて」

エレン「っ……」

ハンジ「実は君たちが面会に来た日の深夜から早朝にかけて……サシャが部屋から姿を消したんだよ。
    それで行方を追っていたんだけど見付からなくて……。
    もしかして何者かに殺されたんじゃないかとそう思ってた頃に、
    人間に戻ったサシャを連れて現れたのが、そこに居るライナーだ」

ベルトルト「っ!?」

アニ「……!」

コニー「ラ、ライナー!?お前本当かそれ!?」

ライナー「あぁ、本当だ」

クリスタ「で、でもどうして……!?」

ライナー「明け方、外に気配を感じたもんで見に行ってみたら、あいつが居たんだ。
     俺が見つけた時には既に人間に戻っていた。気を失っていたがな」

ユミル「…………」

エレン「なんだよライナー!黙っていやがったな!早く言えっての!」

アルミン「し、仕方ないよ、エレン……。
     これは流石に、そう簡単に公開して良い情報じゃない」

ミカサ「……それじゃあ、先日みんなの刃を調べられたのは、犯人を捜すために……」

エレン「ん……?だが誰もサシャを殺してはいないんだよな?
    犯人なんか居ないのに、なんで……」

アルミン「調査兵にも……情報をある程度伏せている、ということですか?」

ハンジ「その通り。1.7m級巨人=サシャ・ブラウスという可能性を考えているのは、調査兵団の中でも極一部だ。
    彼らは『1.7m級巨人は殺されておらず、サシャになって生き続けている』と考えているけど、
    それ以外の大半の兵士は、サシャと巨人とは無関係だと思ってる。
    だから1.7m級巨人は殺されたものとして考えているのさ。
    まぁ、無駄な労力と時間を使わせてしまって、彼らと訓練兵には少し申し訳ないと思ってるけどね」

コニー「…………」

ハンジ「今の説明でわかってくれたかな?」

コニー「!は、はい。なんとか、多分」

アルミン「……一般の兵には情報を伏せていることは分かりました。
     では、その……団長には、どの程度の情報を?」

ハンジ「そりゃ全部話したよ。こんな重大な情報を団長にまで隠すわけには行かないだろ?」

コニー「え……!だ、大丈夫なんですか?それ……」

ハンジ「多分ね。団長も、サシャの命は出来るだけ救ってやりたいと考えている。
    口には出さないけれど、もしかしたらサシャの体に
    巨人の痕跡が残っていないことを望んでさえいるかも知れないね。
    イヤ……それは流石に言い過ぎかな。
    まぁでも、もし何か異常が見付かってお偉い方に報告しなきゃいけなくなるような事態は、
    団長も出来るだけ避けたがっているとは思うよ」

エレン「そ、それで!何か発見されたんですか!?」

その質問を聞いた途端……ハンジの表情が真剣みを増したのをエレンは感じた。

ハンジ「……そう。今日の本題はそれだ。
    君たちを呼んだのも、第一の理由はそれを説明するためなんだ」

険しい表情と、重々しい口調。
ハンジのその様子を見て、訓練兵の間に一気に緊張感が走る。

ライナー「まさか……見付かったんですか?何か、異常が」

ハンジ「検査の結果は、今のところは異常なし。人間と変わらない。
    巨人としての特徴は一切見られなかった」

コニー「だ、だったら……!」

ハンジ「異常が発見されたのは検査によってじゃなく……観察によってだ。
    数日あの子を観察するうちに、どうしても無視できない性質が見付かったんだよ」

アルミン「む、無視できない、性質……?」

固唾を呑んで、ハンジの説明を待つ訓練兵。
しばらく間を置き……ハンジは重々しく口を開いた。

ハンジ「……食欲が尋常じゃないんだよ、あの子。
    なんというか、我慢ができないみたいで……十分な量は与えているはずなのに。
    もしかしたら、巨人化の後遺症なのかも知れない……」

アルミン「…………」

ハンジ「これが唯一なんだけど、やっぱり1つでもそういうのが見付かってしまうと……」

エレン「あぁ、イヤ……それはいつも通りです」

ハンジ「は?」

コニー「調理場から芋を盗んで入団式中に食うような奴ですから」

アルミン「他にも何度か盗みはやってるかと」

クリスタ「パンをあげたら神様扱いされたこともありますし……」

ミカサ「食べ物さえ与えれば何をしても許してくれます」

ハンジ「あぁ……そうなのか。すごいね、あの子」

ライナー「……それでは、今のところあいつには異常はないということですね?」

ハンジ「あははっ、うん。そうみたいだね。安心したよ。
    この調子なら君たちのところへ帰れる日もそう遠くはなさそうだ」

そうして、エレンたちも再び部屋へと戻り、サシャと会話をして……。
懐かしい雰囲気を堪能し、建物をあとにした。

そして……その日の深夜。
みんなが寝静まったのを確認し、再び3人は屋外に集まっていた。

ベルトルト「……ライナー……。サシャはもしかして……」

ライナー「あぁ、そうだ。俺がやった」

アニ「!つまり……アルミンの考えは正しかったってこと?」

ライナー「そのようだな。大したもんだぜ、あいつは本当に」

ベルトルト「……しかしわかってるのか?お前がやったことはあまりにも……」

アニ「そうだね……。結果は確かに良かったみたいけど、
   下手すればあんただけじゃなく私達まで……」

ライナー「あぁ……その通りだ」

ベルトルト「ライナー。もう二度と……こんな無茶はしないでくれよ」

ライナー「……わかってるさ。もう、あんな馬鹿な真似はしない……絶対にな」




1ヶ月後。

エルヴィン「……そうか。異常は無しか」

ハンジ「えぇ。この1ヶ月間あの子の体を隅々まで調べつくしましたが、人間と変わりありませんでした。
    行動も観察しましたが、報告にあったような精神的異常などは見られませんでした。
    本当にただの健康な人間だと判断して構わないかと」

エルヴィン「あぁ……そのようだ。しかしそうなると、本当に彼女は巨人とは無関係だったのか。
       それとも、巨人としての性質をまったく失ってしまったのか……。
       謎は謎のままでわからずじまいになってしまったな」

ハンジ「私も貴重な1.7m巨人を失ってしまい、とても残念です」

エルヴィン「……とにかく、わかった。サシャの身柄を訓練兵団へと返そう。
      ただし分かっているとは思うが……今後も警戒を怠ってはいけない。
      彼女らも、そして我々もな」

ハンジ「えぇ……もちろん」




サシャ「か、帰れるんですか!?みんなのところへ……!」

ハンジ「うん、団長の許可も下りたことだしね!」

リヴァイ「……つまり、この1ヶ月間ただのガキの体を調べまくってたというわけだな。
     こんなくだらねぇことに付き合わされてたお前らには同情するが……」

調査兵1「い、いえ。サシャを疑っていたのは自分ですし……」

調査兵2「それに、ただの人間だと分かって寧ろ安心しました。
      あ、いや!もちろん、巨人の謎に迫る手がかりが得られなかったのは残念ではありますが!」

リヴァイ「とにかく……そういうわけだ。お前にはもう用はない。
     とっとと自分の居るべき場所へ帰れ」

サシャ「あはは……。え、えっと、お世話になりました、みなさん……!
    本当に、ご迷惑、その……あ、ありがとうございました!」

調査兵1「良いって別に。それより、仲間が待ってるんだろ?
     早く帰って安心させてやりな」

調査兵2「だがもし何か異常があったらすぐ来いよ?」

リヴァイ「…………」

サシャ「は、はい!では、その……失礼します!」

ハンジ「取り合えず外までは付き添おう。そこからは迎えに任せるけどね」

サシャ「はい?迎え……?」

ハンジがその疑問に答える前に、2人は屋外へ出る。
そしてそこには……

ライナー「!よぉ……サシャ」

サシャ「えっ?ラ、ライナー?……だけ?」

ライナー「あぁ。ハンジ分隊長にお前の迎えを頼まれたんだが……」

ハンジ「そういうこと。早く恋人と2人きりになりたいかなと思ってね」

ライナー「……は?」

2人にとってまったく想定外の発言。
それを聞いてライナーは呆気に取られ、サシャはほんの少し慌てた。

サシャ「こっ、恋人っ?私とライナーが?」

ハンジ「え?うん……アレ?もしかして違った?」

ライナー「そりゃ、勘違いです……俺とサシャは別に」

サシャ「し……しかし何故そんな勘違いを……?」

ハンジ「だってあんまり仲良さそうだったし……。
    お互い好き合ってる感じはしたんだけどなぁ」

ライナー「…………」

サシャ「…………」

ハンジ「……ま、いっか。
    取り敢えずライナー、サシャを訓練兵舎までエスコートしてあげて。
    この子は道を知らないはずだからさ」

ライナー「……わかりました」

ハンジ「あ、そうそう。それからサシャにはさっきも言ったけど……。
    次にもし何か異変が起きたらすぐにここに来るんだよ。約束できるね?」

ライナー「はい、もちろんです」

ハンジ「よろしい。それじゃ、もし縁があれば卒業後にまた会おう。じゃあね」

サシャ「え、えーっと……さようなら!ありがとうございました!」




そうして……サシャ・ブラウスは訓練兵団へと帰って来た。
サシャはまずみんなの前で迷惑をかけたと言って謝り、
それから個別にアルミン、ライナー、クリスタにも改めて謝った。
当然、3人ともそれを笑顔で許した。

彼ら以外の大半の同期は、やはり初めはどう接すれば良いのか少し戸惑っていたようだったが、
被害者であるライナーやクリスタたちがサシャと楽しく話しているのを見て、
翌日にはぎこちなさもほぼ解消され、それまで通りの雰囲気が戻っていった。

……ただ、ほんの少しだけ、サシャの様子に違和感を覚える者が居た。
前日にサシャが帰ってきて、そして今日半日を過ごした結果……
サシャに対して覚えた違和感。

クリスタ「……サシャ?何見てるの?」

サシャ「あぁ、はいっ?なんでしょう?」

クリスタ「あ、イヤ……今、ぼーっと何か見てなかった?確かあっちの方を……」

ユミル「ぼーっと、だと?……オイお前、まさか……」

サシャ「え?あっ……!ち、違いますよ!?前みたいに意識が飛んでたりとかは……」

クリスタ「あ、うん!大丈夫、前のとはちょっと違う感じだっていうのは分かってるから!」

ユミル「じゃあなんだってんだよ」

サシャ「あ、はい……。その、ちょっと考え事をしてて」

クリスタ「考え事……?」

ユミル「はッ。どうせ今日の晩飯のことでも考えてたんだろ?」

サシャ「あぁいえ、それはいつも……」

ユミル「…………」

クリスタ「じゃあ、何の考え事をしてたの?」

サシャ「え?えーっと……ゆ、夢を……」

ユミル「夢?なんだそりゃ」

サシャ「あはは……。ま、まぁなんでもない夢なので、気にしないでください」

ユミル「あぁ?そこまで言ってやめんのかよ」

サシャ「す、すみません……」

クリスタ「……悪い夢じゃ、ないんだよね?」

サシャ「あ……はい。悪くはないと思います。たぶん……」

クリスタ「そっか、だったら良かった!じゃあ、無理して話さなくても良いからね」

ユミル「チッ……」

サシャ「あ、ありがとうございます」




夢の内容と、何をぼーっと見ていたのかを追求されなくて良かった、とサシャは思った。
サシャはこの1ヶ月間、同じ夢をよく見るようになった。
厳密には細かいところが色々と違うのだが、共通してそれは……助けてもらう夢。

真っ暗闇の中で彷徨っていると、誰かが手を引いて明るいところまで導いてくれる。
暗い水の底で息が出来ず苦しんでいると、誰かが手を掴んで引き上げてくれる。
そんな夢。

そして、その手はすごく温かい。
冷たく冷え切った自分の両手を、温かな、大きな手のひらで包み込むように掴んでくれて、
自分を温かな光の中へと連れて行ってくれる。
そんな夢。

夢の中では、その誰かの顔を確かに見た。
ただ、はっきり見えたのはその人の瞳だけ。
距離が近すぎたのだろうか?
目だけははっきりと覚えているのに、顔全体はぼんやりとして思い出せない。

しかしサシャには、その目に見覚えがあった。
自分のよく知る目だった。

夢の中で自分を助けてくれたのは、
あの苦しみから自分を解放してくれたのは、多分……

サシャ「!」

ライナー「おっと……悪い。ぶつかりそうになっちまった」

食事を終え、一足先に部屋に戻ろうとしていたサシャ。
そんな彼女の目の前には……夢でよく見る、あの瞳があった。

完全に意表をつかれ、サシャは咄嗟に目の前のライナーから距離を取ろうとする。
……が、足がもつれてバランスを崩し、そのまま後ろに……

ライナー「!?」

サシャが倒れる前にライナーはいち早く反応し、
片手でサシャの手を掴み、もう一方で背中辺りを支える。
その瞬間……自分を支えてくれる手の大きさと伝わってくる温かさを、サシャは確かに感じた。

ライナー「オイオイ……しっかりしろよ、サシャ」

体勢を立て直し、そして改めてライナーと向かい合うサシャ。
ほんの数秒見つめ合ったかと思えば、不意にサシャは顔を俯かせる。
ライナーがそれを疑問に思ったのと同時に、サシャは右手を振りかぶり……。
とん、と軽くライナーの胸板を叩いた。

サシャ「ラ……ライナーの馬鹿」

ぽつりと呟き、食堂を足早に出るサシャ。
そんなサシャの後姿を眺めながらライナーは、
サシャと結婚するのも悪くないかも知れん、と思った。



  おしまい

付き合ってくれた人ありがとう、お疲れ様でした。

ギャグのシリアス化とか無謀なことをしてはいけない(戒め)

ライナー「オイオイ……しっかりしろよ、サシャ」

体勢を立て直し、そして改めてライナーと向かい合うサシャ。
ほんの数秒見つめ合ったかと思えば、不意にサシャは顔を俯かせる。
そして……

サシャ「……ありがとう……」

ぽつりと呟いた。
その様子を見てライナーは、おかしい、どこか様子が変だ、と感じた。
そしてすぐに……最悪の可能性に思考が至った。

ライナー「オ、オイ!お前、まさかまた……!」

サシャ「へっ?」

ライナー「くそっ……!早く調査兵団のところへ連れて行かねぇと……!」

サシャ「……ラ、ライナーのバーカ!」

そう叫び、サシャは走って食堂から出ていく。

その様子を、同期の大勢が見ていた。
そしてその視線が……主に女子からの視線が自分に突き刺さるのを、ライナーは感じた。

アニ「はぁ……」

ミーナ「……やっちゃったね、ライナー」

ミカサ「ライナー、あなたはサシャに謝るべき」

ユミル「お前もなかなか酷ぇことするなぁ、オイ。見てる分には笑えたけどよ」

クリスタ「わ、笑えないよっ!ライナー、今のはあんまりだよ!」

ライナー「……!?」

割と理由のある言葉の暴力がライナーを襲う!



  おしまい

どっちにしようか迷ってたけど、
改めて見るとやっぱり最初に書いた終わり方の方が好きだなぁと思いました。
今書いたのはあくまでおまけってことで

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