照「咲の地球儀」(889)

・以前VIPで書いた
 久「大阪へ行きたいかー!」 咲「お、おおーっ///」
 久「大阪来て良かったやろ?」 咲「せやなー」
 を修正、加筆をして、その後の続編を書いていきます。
・ストーリーの大筋は変えません。
・一日に長いこと時間をとれないのでゆったりめのスピードで更新していきます。

 よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1356449020


トントン

照「咲、起きてる? 朝ごはんできてるから」

照「あと、咲が欲しがってた牌譜、ドアの前に置いておくね」

照(返事なしか、まだ寝てるのかな)

照「――咲」

照「インハイの決勝、気にしているのか? ……あれはしょうがないことだった」

照「こんなこと慰めにならないかもしれないけど」

照「お前は弱くないぞ」



照「だから、出てきてくれ」

照「もうこんなの嫌だよ……」

 

トントン  トントン

……


咲「私は」

  『テルの妹って聞いたから期待してたけど』

咲「私は、足手まとい」
 
  『たいしことなかったね。がっかりだよ』

咲「麻雀以外ろくにできないのに」

  『それで宮永を名乗るのはちょっと恥ずかしいんじゃないの』

咲「麻雀もヘタクソだった」

  『ねぇ、』

咲「私は、」


  『ポンコツさん』


咲「ぁあああぁあっあああああああぁぁぁあ!」

ガチャッ

照「!! 咲!」

咲「ぅああ……」ポロポロ

照「泣かないで、お願い」

咲「……もう、私は、」

照「大丈夫だから。お姉ちゃんがいるから」ギュゥ


ピンポーン

照「……」

ピンポーン

照「ちょっと行ってくるね」

咲「……」ブツブツ


照「……」ガチャリ

久「あら照。こんにちは。咲いる?」

照「いるよ。帰ってきてからずっと。一歩も外を出ようとしない」

久「ちょっと会わせてほしいんだけど、いいかな?」

照「いい、けど、たぶん会話にならないと思う」

久「インハイ終わった時からずっとあの状態?」

照「……うん」

久「そう。照はいつまで長野に?」

照「学校始まるまでだからあと二週間かな」

久(二週間か……、あんまり長く連れていくのは気が引けるわね)

照「なぁ、私にはわからないんだ。咲は私と会うために麻雀を始めたのだろう?」

照「だったらなんで、私といっしょにいるのに壊れてるんだ?」

照「咲にとって麻雀は手段じゃないのか?」

照「だから麻雀なんて、」


久「南四局、劇的な逆転の跳満振込み」

照「それ、」

久「これが全てよ。あの子は大星さんに壊されたの」

照「淡をせめるのか……? あいつは勝つために全力でやったんだぞ」

久「現に咲はその後個人戦で一勝もできなかった。嶺上牌に愛される事なんてなかったのよ」

照「それを私に納得しろと」

久「そうよ。それが現実」

照「っ、」

久「照はどうしたいの?」

照「どうしたいって、何がっ」

久「咲をどうしたいの? また一緒に笑って姉妹で仲良くしたいんでしょ?」

照「それは、そうだよ」

久「私も可愛い後輩が廃人状態だなんてシャレにならないわ」


久「相談があるの」

照「うん?」

久「彼女を三日ほど借りたいのだけど」

照「それは今の咲の状態を変えられるの?」

久「少なくとも良くはなるわ。でも期待はしないで。気休め程度にしかならないかも」

照「そ、それでも!」

照「私はもうあんな咲は見たくないよ。助けて、久」グイ

久「ち、近いわ照」

照「あ、ごめん……」

久「……嘘。おいで。今までなにもしてあげられなくてごめんね」ダキ

照「……こ、」

照「こわ、かったんだ。咲が、わ、私の前でっ、あんな」グス

久「うん。本当は部長の私がすぐにでも彼女を助けてあげられればよかった」ヨシヨシ

照「何をしてもっ、笑ってくれなくてっ」

久「一人でつらかったのね」


照「私は、無力、だった」

久「……」

 
◇◆◇◆◇◆

久「悪いのだけど、私一人で話をさせてくれない?」

照「うん、私は部屋の外にいる」ズルル

久「鼻水出てるわよ。はいティッシュ」

照「うん」チーン

久「(かわいい)……お邪魔します」ガチャ

咲「……」ブツブツ

久「っ!?なにこの――印刷用紙?これ」ピラ

久「牌譜……」

照「咲が、インハイの牌譜が全部ほしいって言うから、その、がんばって印刷したんだ」

久「この量、普通じゃないわ。個人戦も全部!?」

照「……うん。ご、ごめん」

久「謝ることではないわ。でも、」

久(やっぱり、肉親の保護は毒にしかならないのかしら)

久「咲」


咲「……」ブツブツ

咲「……そっか」

咲「この安牌ドラ切りでわざわざオリのふりを見せて、他家につっぱらせたんだ」

咲「それで逃げ切り二位。そっかそっか」

咲「次の局、次の局」ガシ

久「あなた、おかしくない? 何やってるの?」

久「長野に帰ってきて一週間よ。ずっとこんな事してるの?」

咲「放して」ブン

久「……」

咲「放せ」ギロ

久「放さないと言ったら?」

咲「……」

咲「部長にはわからないです」


久「何が?」

咲「部長は私じゃないからわからないです。私の振り込みで大会の決勝で負けたのに」

咲「あんな惨めで、重圧で頭おかしくなりそうで」

咲「それがわから」

パチン


久「なにそれ、むかつくわね」

久「立ちなさい」

咲「……」

久「あなたが負けたのは団体戦よ?」

久「団体戦はあなただけで勝つの?」

久「咲が背負って咲が振り込んだら咲が全部責任をとるの?」

久「そんなのおかしくない?」

久「私達のことなんかこれっぽっちも期待してなかったてわけ?」


咲「そ、そんなこと」

久「だったらもっと人に頼りなさい。人のせいにしなさい。他人に逃げなさい」

咲「それでも、あれは全部私が悪くて、」

久「――っ」

久「歯、食いしばって」スッ



照「久」グイ

照「これ以上殴るのは勘弁してほしい。私の大切な妹なんだ」

久「……」

久「照、下に行きましょう」

照「もう話はいいの?」

久「ええ。……咲、あなたが私達に迷惑をかけたと思うのなら」

咲「……」

久「明後日の朝六時に清澄高校に来なさい」

久「さようなら」


バタン


久「はっきり言って重症ね」

照「そんなはっきり言わないでよ……」

久「でも、意外だったわ。麻雀が嫌いになったのかと思った」

照「……それは私もびっくりした」

久「むしろ飢えてたわね。あんだけ牌譜を読み漁っていた。ならなぜ打たないのかしら」

照「……」

久「何か心当たりある?」

照「……いや、わからない」

久「そう。咲のリハビリを考えてたのだけど、ちょっとプランを変えようかな」

照「リハビリ? さっき言ってた清澄で何かやるのか?」

久「大阪に連れて行くの」


照「大阪?なんで?」

久「最初は気分転換のつもりで、無理やり旅行にでも連れて行こう思ったんだけど」

久「情熱が失われていないならそれはそれで結構だわ」

久「だから、彼女に二日分の着替えと旅行セット一式持たしてほしいの。もちろん頼めるわよね」

照「うち、お金があんまり……」

久「全国ベスト4の我が麻雀部に学校が何もしないと思う? それに私は議会長なの」

照「職権濫用?」

久「ま、そうなるわ。別に悪いことだなんて思ってないけどね」


照「……ありがとうございます」ペコ

久「え?ちょっと頭下げないで。私そんなつもりじゃあ、」

照「あんな妹ですが、よろしくお願いします」

久(なんか変わってる。この人も)


久「顔上げて。あと敬語もやめて」

照「うう」ズルズル

久(ま、また泣いてる)

久「照ってなんだか、思ったよりやわらかい性格なのね。会ってまで二週間もたってないけど」

照「よく言われる」ズズズッ

久「なんていうか、ギャップ萌え?」

照「……」

久「可愛いわぁ」ボソ

照「!?」ビクッ

久「ねぇ、話は変わるんだけど」

久「照は、女の子同士ってどう思う?」


◆◇◆◇◆◇

その日の夜


和『なぜ私がついていってはまずいのですか』

久「まずいとは言ってないじゃない。意味がないと言ったのよ」

和『――っ、私は咲さんにとってそれほど無価値なのですか?』

久「ろくに言葉も話さず、やせ細った咲を見て冷静でいられるの?」

久「どうしてこうなるまで放っておいたんだと怒鳴り散らすんじゃない?」

久「咲の家まで行って照にね」

久「あなたは優しすぎるわ。悪い事じゃないけど感情的になりすぎる」

和『言ってくれますね』

久「あなたのためでもあるのよ。鬱は感染するって言うし」

 
和『う、鬱!?咲さんが!?』

久「言葉の綾、のつもりだけど言い切れないかもしれない」

和『そんな……』

久「……ま、私がなんとかするから。お土産楽しみにしてて」

和『部長』

久「なに?」

和『咲さんがもっと悪くなったら、部長のこと許せないかもしれないです』

和『勝手なこといってすいません。でも、そうでもしないと私の中で納まりがつかないんです』

和『異常だと思ってもかまいません。私は――咲さんが好きです』

久「……」

久「告白は本人に言ってね」

久「それにあなたは咲に比べたらよっぽど正常だわ」

久「帰ってきたらまた電話する。じゃあまたね」

和『……はい』ピッ


久「……」

久「……重い」ズーン

久「最悪、照と和の恨みを買いそう……」

久「はー、言いだしっぺなんだから頑張らないと!」

久「可愛い後輩たちのためにも」

今日はここまでです
このペースでがんばります

>>1に追加で
・鬱展開あります。
・人によっては嫌悪する表現があります。

 
◇◆◇◆◇◆

二日後


久「おはよう照、――咲」

照「おはよう。ちょっと不安だから学校まで着いていくことにした」

久「そんなに妹の貞操が心配?」フフン

照「そ、そういうわけじゃないよっ。この前だって何かあったてわけじゃないでしょ」

久「あらそう。……咲、ちょっと顔色良くなったわね。ご飯食べてる?」

咲「……」コクン

久「なら結構。もうちょっと顔見せてもらっていい?」

咲「う、」カクレ

照「あ、どうしたんだ。……まったく」

久「ねぇ照」ヒソヒソ

照「なに?」


久「もしかして咲、幼児退行してる?」ヒソヒソ

照「いや、これはたぶん久にびびってるんだと思うよ」ヒソヒソ

久「この前の一発効いてる感じ?」ヒソヒソ

照「うん、顔殴られたことないから」ヒソヒソ

久「あちゃー」

照「ごめんね。嫌な役押し付けちゃって」

久「いいのよ。こっちは恩返しでもあるんだから」

照「恩返しって、ああ、全国キップのこと」

久「彼女の恩恵が大きすぎるからね」

照「そうか。自慢の妹を持ててよかった」

久「あなたもいいお姉さんよ」

照「そうかな」

久「私は一人っ子だからこういうのよくわからないけど、」

久「少しだけ羨ましいな。あ、タクシーきた。行ってくるね」

照「行ってらっしゃい。咲も気をつけるんだぞ」

咲「……うん」バイバイ

 
◇◆◇◆◇◆

久「やーっと新幹線のれたー」バタ

咲「……」

久「荷物貸して」

咲「……はい」スッ

久「ありがと」

久「……」

久(さっきから全然会話ができない……)

久「咲は、今回の旅行の目的はわかる?」

咲「はい」

久「照から?」

咲「……聞きました」

久「なら話は早いわ。一応観光も兼ねて姫松の方々と三日間打ちます」

久「姫松の愛宕さんが二つ返事でオーケーしてくれたから、変に気を使わなくていいわよ」

久「気楽にね。また元気な咲がみたいのよ。私も部のみんなも」

 
咲「部長は、」

咲「部長はなぜそこまでしてくれるんですか?」

久「あー、『もう引退で部とは関係なくなるのに』はナシね」

咲「全国に行けたからですか?」

久「そのお礼もないってことはない。だけど結果云々の以前に私達、部の仲間でしょ?」

久「部員が集まって、団体で大会に出られるってだけでも十分だった」

久「たとえ県大会で終わっても、それはそれで満足」

久「あなたたちへの個人的な評価は変わらないわ」

久「意外とね、おせっかいなのよ私」

久「一度仲間と思い込んだらずっと離れられなくなるの。心配性でいっつも他人の顔色ばかり見てる」

咲「……」

久「重いかな、やっぱり」

咲「……重い、です」

久「こら、もうちょっとオブラートに包みなさい」

咲「でも、うれしいです」


咲「私、みんなに嫌われたと思って」グズ

久「バカね、誰もあなたを嫌いになったりしないわよ」

咲「……頭ではわかってるんです。和ちゃんも優希ちゃんも染谷先輩も京ちゃんも、」

咲「そんなことは思ってない、あの人たちは私を見捨てたりなんかしない、って」

咲「でも、もしかしたら、」

久「寝たほうがいいわ。着いたら起こしてあげるから」

咲「……はい」

久(咲痩せたわ、本当に、可哀想なぐらいに)

久(――大星淡、か。なんだろうこの感情)

久(……そっか、これは)

久(殺意かな)

 
◇◆◇◆◇◆

――新大阪駅――


久「どう? 大阪は初めて?」

咲「修学旅行で駅だけ、京都へ行くための乗り換えですけど」

久「そう、じゃあここでお好み焼きとか、たこ焼きとかは初めてなわけだ」

 「おーい」

久「あ、洋榎! やっほー」

洋榎「ほんまおっそいからこっちまで来てしもうたわ」

久「これでも時間どおりのはずなんだけど」

洋榎「こっちの人間はせっかちやからな。時間通りなんて甘っちょろいこと言うってっと生きていけへんで」

久(テンションたかいなー)

久「はいはい。私は生粋の長野県民だからね。一生関係なさそうだわ」

洋榎「卒業したらうちの嫁来んのかと思うとったわ」

久「……」

洋榎「だ、だまんな! これじゃあうちピエロやろっ!」

久「いやぁ、それもいいかなーって」

洋榎「はっ!?」

久「そこはちゃんとつっこまないと。なんでビックリしてるの」

洋榎「えっ? ああ、ホンマ卑怯やわ久は……」

久「洋榎は面白いわね」

洋榎「……むぅ、そういや、一人置いてけぼりくらっとたな」

 
久「咲、あれ?」

咲「……こ、こんにちは」カクレ

洋榎「んん?久に隠れてどしたん?堂々せえや」

久「えっとね、電話でも言ったけど咲はちょっと傷心中で」

洋榎「関係ないなそんなん。あんた恭子ボコボコにしといてその態度はないやろ」

洋榎「あいつ、今でも口開いたら言葉の前と後ろにカタカタがつくんやで」

洋榎「まぁ、それは冗談やけど」

洋榎「……白糸台の大将にぶっ壊されたんゆうのはマジだったんやな」

咲「ご、ごめんなさい」

洋榎「なんで謝んねん!うちが脅してるみたいやろ」

洋榎「いや、これ以上言うてもしゃあないな。埒あかんわ」

久「どーみても、いじめてるようにしか見えないけど。まぁその言い方じゃあねぇ」

洋榎「生まれつきやこれは。……さっさと高校行くで。うちの連中待たすのも悪いし」

久「あーそっか高校でやるんだよね。制服持ってきたほうが良かったかな」

洋榎「別に外部は許可書を首からぶら下げとけば問題ないで」

久「せやろか」

洋榎「せやせや……、て!関西外は関西弁使ったらあかんの!」

久「せやなー。ほらほら急ぎましょ~」

洋榎「こ、これもスルーかい」

咲「……」

 
◇◆◇◆◇◆

洋榎「うらー 元主将のおでましじゃい!」バタン

絹恵「おねーちゃんおかえりー」

漫「おかえりなさい」

洋榎「あ゛!? 恭子と由子はどないした」

絹恵「末原先輩はなんか体調悪い言うて帰ったよ」

漫「由子先輩はドラマ見るから、」

洋榎「あーもう言わんでええ。勝手なやつらやな」

久「そんなこと言わないで。まだ部は大会明けでお休みなんでしょ? 無理を言ってお願いしたのは私だから悪く言わないであげて」

洋榎「それもそうやけど……。えー、おっほん。紹介します。魔境長野から引っ張ってきました。竹井久と宮永咲や。仲良くしといてな」

久「清澄高校元部長の竹井です。本日は私の勝手なお願いでお集まりいただき感謝の言葉もありません」

洋榎「はいおわりおわり~。そんなカチンコチンな言い方せんくてええよ。堅っ苦しいやっちゃなー」

 
咲「み、宮永咲です。よろしくお願いします」ペコリン

絹恵「よろしくお願いします」

漫「よろしくです」

洋榎「あっちのメガネ巨乳デコが妹の絹恵や。でそっちのロリ巨乳デコが上重漫」

洋榎「みんなお互いにしっとるとは思うてるけど、一応は紹介やっとこんとな」

洋榎「そうしないとド忘れしてたとき相手の名前呼ぶのためらうからなー」

洋榎「『そこの巨乳!』なんて言うたらどっちがどっちかわからへんもん」

絹恵「あかん、自分の発言に自分でフォローしはじめた」

漫「由子先輩いないと延々と一人で喋っとるからなー」

洋榎「立ち話もなんやし早速打とか」

洋榎「最初は漫が牌譜記録しといてや」

漫「ええっ、また私ですか?」

洋榎「安心せえ、後で絹と変わってもらうから」

漫「そ、それはそれで、」

洋榎「はいはい、じゃあカメラのセットも頼むわ」

久「カメラ?すごい、上からとれるのね」

洋榎「せやで。牌譜は咲だけ記録するけど、これならみんなの河がわかるしな」

久「流石姫松」

洋榎「もっとほめい」ドヤッ

久「あなたがドヤ顔してどうするの」

 
洋榎「やっと久からつっこみもろたわ。信州人はもっと日常的にボケたほうがええで」

久(この子たちも毎日大変ね)

洋榎「今なんか失礼なこと考えとったやろ」

久「毎日騒がしい先輩がいて楽しそうだなーって」

洋榎「ほめてんのかけなしてんのかわからん物言いやで」

絹恵「竹井さん、お姉ちゃん手なずけるのうまいなー」ヒソヒソ

漫「私ら関西人でさえ手に余る存在やからね主将は」ヒソヒソ

洋榎「こらー巨乳コンビ! お前らのおっぱいが振動してこっちまでヒソヒソ声伝わってくんのや!」

「……」

洋榎「うぉおおおい!誰か突っ込まんかい!」

久「それじゃあ始めましょうか」

絹恵・漫「はい」

咲「……はい」

照「はなせばわかる」
照「はなせばわかる」 - SSまとめ速報
(http://www.logsoku.com/r/news4vip/1354704061/)
vipの調子悪くて途中で落ちたから完結してないし
どうせ書くだろうから読んどく必要はないと思う


◇◆◇◆◇◆

第一半荘
南三局

36900 絹恵 親
24500 久

22000 洋榎  
16600 咲   

洋榎(一人浮きの絹をずりおろし、最低二位あがり)

洋榎(想定は団体大将戦の二位抜け勝ち上がりやからな)

洋榎(……)

洋榎(いや、やっぱり二位は癪や。トップがええ!)

洋榎「絹ー振り込ませたるから覚悟しいや」タン

絹恵「もう、二位で我慢しい。それもさせへんけど」タン

洋榎「なんやとこら。泣きみせたるわ」

久「私も一応、トップ狙ってるわよ」タン

洋榎「久は飛ばし圏内やで。きいつけときな」

洋榎「それにしても咲は元気ないなー。そんなんやとツモもよくならへんよ」タン

咲「あ、はい」

洋榎(……、どないしたんやホンマ。焼き鳥やし一度も槓してせえへん)

洋榎(あれだけ副露における明槓率は相当なものやったと思うけど)

洋榎(今回はポンのみ。加槓もない)タン

洋榎「漫、これ終わったら私と交代や」

漫「ええんですか?」

洋榎「ああ、気になることあってな」

咲「……」タン

洋榎「ロン。2000」

咲「はい」ジャラ

洋榎「うーむ……」


南四局

36900 絹恵   
24500 久  
24000 洋榎 
14600 咲  親


洋榎「さてさて、本気出すかー」ドサドサ

絹恵「お? なんやそれ、リストバンド?」

洋榎「これ片方5キロするんやで! こいつを外したうちは無敵……」

絹恵「ま、まさか今までそんな重いものを! いったい本気になったおねーちゃんはどうなってしまうんや(棒)」

洋榎「絹、演技下手すぎ!」

久「仲いいわねー」フフフ

洋榎「とまぁ、冗談はおいといてさっさと始めるで」チラ

咲「……」ポチ

洋榎(おいおいおい! ノーリアはあかんやろノーリアは!)

洋榎(わざわざこれの仕込みのために朝から着けてたのに)

洋榎(まぁホントは300グラムもせんからええんやけど……)

洋榎「……」カチャカチャ

洋榎(ずいぶん対子多いなー)

洋榎(チートイ+2飜を絹に直ってもギリまくりなしか)

洋榎(ドラは一枚……)

洋榎(自風きとるし、染めるかトイトイでええか)


咲「リーチ」

  “!?”

洋榎(ダブリー!?そんなに待ちええんか?)タン

洋榎(ラス親であれば何順か回して待ちを増やす)

洋榎(安手でも次を狙えるのはでかい。それをしないってことは両面以上の待ち……?)

久「あたったらほんと事故ね」タン

洋榎「久があたれば儲けモンや」タン

久「あなたもやばいじゃない」

洋榎「うちはもともと三位や。失うものなどあらへん」

洋榎(せや、びびって相手の待ち読むのもあほらしい。ここは全つっぱや)


…………
8順目

洋榎(三暗刻自風ドラ1を一聴牌)

洋榎(ダマで満貫。リーチしても一発か裏がつかなきゃハネない)チラ

絹恵「むむ」タン

洋榎(まぁベタオリやな。早上がり狙わんてことは相当配牌悪かったんやろ)

洋榎(咲の当たり牌――みんなの捨て牌を見る限り筒子の1、4てとこか)

洋榎(こっちは一索と七索のシャボで、――お、きたきた聴牌!)

洋榎(ダマでもいいけど、いい流れを感じる)

洋榎(こんだけ刻子そろっとんのや。裏がガッポリのっても神様は許してくれるはずや)

洋榎「通らばリーチ」タンッ

洋榎(そして四索を捨てる。できすぎちゃうんかこれ)

洋榎(あかんあかんフラグたちまくりやで。一発は――)


 つ 二筒<よろしくニキー


洋榎「一発ないんかーい!」バシィッ

咲「あ、それロンです。ダブリーのみ3900です」

洋榎「」

久「……へー」


一筒・三筒<スマンナー


洋榎「か、カンチャンやとー!?」ガビーン

絹恵「お姉ちゃんええ手やったんか?」

洋榎「へ、へへ。んなことないわ」

洋榎「ケチな点棒拾う気なし」キリッ

絹恵「それ振り込んだ人間が言う台詞やないで」

洋榎「う、うっさいわ。……、」ジロ

洋榎(少なくともタンヤオピンフの形は見える。なんで手代わりせんでこんな悪待ちを……)

洋榎「久みたいやな」ボソ

久「え?なにが?」

洋榎「あ、声に出とったか。……いや、咲の待ち気持ち悪いなー思て」

咲「……」ブツブツ


南四局 一本場

36900 絹恵 
24500 久  
20100 洋榎 
18500 咲  親 

久(さて、ここが勝負どころって感じね)

久(洋榎が少し落としてくれたのはありがたいけど、結局は3900以上を振り込めば一緒)

久(二位キープを意識ってのはなかなか特殊よね)

久(守るか攻めるか……)

久(もちろん攻めね。ツモ和了りされたら簡単に三位落ちしちゃう)

  
   
   『いや、咲の待ち気持ち悪いなー思て』



久(確かに、あの待ちは意味不明。なにもダブリーするような場面ではなかった)

久(以前の咲はこんな打ち方はしなかった。もっと自己完結していた)

久(悪く言えばテーブルゲームの駆け引きを無視した独りよがりな打ち方)

久(なにかしら、この違和感)

カチャカチャカチャ

久「……!」

久(中の刻子に三向聴!)

久(四筒がひければ一、四、七筒待ちの好形ができるわ)

久「むふふふ」

洋榎「お、配牌ええみたいやな」

久「せやでー」

洋榎「もうそれにはつっこまん」



…………
三順目

久(いよし! ずっぽし四筒きた!)

久(あとは、三、六索もしくは筒子周りをひいて聴牌)タン

咲「リーチします」タン

久(あらら、土壇場になって聴牌速度があがってるわ)

久(、おっと三索引きあてた。ツモ運良すぎて気持ち悪いぐらいね)

久(咲の第一打は二萬切り。理牌前にフラッシュシンキングで切った)

久(これは通る! 一萬!)タン

咲「……」ニコ

咲「ロンです。リーチ一発ドラドラで12000、一本場で12300です」

久「ひー」

久(一二三四五萬から二萬を抜いて単騎待ち!?)

久(まわせる牌が少ない私を狙い撃ちした……?)

久(それとも悪待ちを意識させられてる? ――まさか)

咲「……」

久(表情から何も読み取れない。さっき笑ったように気がしたけど)


ゴォッ


久(なに、今の感じ……)

久「……」

久「あはは、ラス落ち……」ショボーン

洋榎「つ、次や次!」

 
◇◆◇◆◇◆

久「もうこんな時間ね」

洋榎「言うても三半荘しかうっとらんけどな」ジャラジャラ

久「ホテルのチェックインが7時までだからそろそろ行かないと」

洋榎「あーそれなんやけどな」

久「ん?」

洋榎「さっき便所行ったとき帰りに絹がな、あの二人うちに泊めたらどうかって」

絹恵「いやいや、言いだしっぺはお姉ちゃんやろ」

洋榎「ばっ、この流れでいくって言うたろさっきは、」

絹恵「積もる話もあるやろし、姉のわがままですが、うちに泊まりにきてくれませんか?」

久「もちろんそのほうが明日のホテル代が半分ぐらい返ってくるからありがたいんだけど」

久「咲はどう?」

咲「め、迷惑でなければ」ペコ

久「というわけでお世話になるわ」

洋榎「ほ、ホンマか」パァァ

絹恵(うわぁ、めっちゃうれしそう)

洋榎「そうと決まればスーパー行って肉買いまくるでー。今日は焼肉や焼肉」

洋榎「漫、自分暇やろ? 食っていき」

漫「ほんまですか? ごちそうになります。あ、だったらおかんに夕飯いらんてメールせんと」ポチポチ

今日ここまでです
>>52に貼ってもらった三作目ですが、あまりにもアレなんで結構話の内容を変えていくと思います
このままだと続編いくまで時間かかるのでできるだけ週末に進めるよう努力します

乙ー

これ以上酷い方向に改変はないよね・・・?
これは確かに警告いるわ・・・
このままの展開なら該当一部のキャラ好きは改変強くて見ない方がいいレベル

>>62
sageよう

>>64
自分もsageたほうがいいですか?

や、よくここのルールがわからなくて
一応ガイドスレは見たんですけど、何か見落としがあるかもしれないので指摘よろしくです

 
絹恵「咲ちゃんはこういうのどう?」

咲「あの、私そういうのあまり経験ないので、」

絹恵「ほー。友達んとこで夜中まで騒ぐのは楽しいで」

絹恵「ほいで帰りたくなくなったら、うちの子になったらええよ」

咲「ええ! そ、そんな私なんかがいいんですか?」アセアセ

絹恵「!」

絹恵(おっほっ)

絹恵(あぶな、本気で鼻血でそうやったわ)

絹恵(なんやこの子可愛いなぁ。冗談を素で返すとか天然由来の萌成分満載や)

絹恵(うっさいおねえちゃんも好きやけど、妹がおったらこんな子がええなぁ)

咲「?」



――その頃清澄高校では――

バズン!

優希「おわ!エトペンの右腕が爆発したじぇ!」

和「なにやら嫌なことが起きている気がします。咲さんに危機が迫ってる……」ゴゴゴ

まこ「おいおいエトペンは神棚かなんかか」

京太郎「やっとここで俺のハギヨシさん仕込み(意味深)の裁縫が生きるわけだ」スチャチャ

優希「流石は私の犬だじぇ!」



――その頃宮永邸では――

照「湯のみの中でお茶が回転を始めた……」

バリン

照「……」ビチャビチャ

照「湯のみが割れる→不吉なことが起きる→咲の貞操が危ない」

照「いやでも、久がいるし大丈夫……」

照「……」

照「逆に不安だ」ギュルルルル





久「――だから、私はまだ何もしてないって」

久「え? なんでそこに噛み付くのよ。……大丈夫大丈夫心から誓います」

久「ほんとほんと、……なんなら変わる?……あーはいはい」

久「もう切るわよ。じゃあね」ピッ

洋榎「どないした?」

久「咲のお姉ちゃんがね、ちょっと様子を聞きたかったらしくて」

洋榎「ああ、チャンプか。あんな仏長面でも妹思いなんやな」

久「ドがつくレベルでね。いいお姉さんよ」

洋榎「ふーん……、まぁ絹があんなんなったらうちも発狂する自信あるわ」

久「あれでも喋るようになったわ。ここに来て良かった」

洋榎「そう言うてもろたらうちもうれしいわ」ホッコリ

洋榎「お、ここ肉やっすいなー。おかんのカード使うまでもないな」

久「本当に出してもらっていいの? お金ならあるわよ?」

洋榎「この前雀荘で稼いできとってな。そりゃもう馬鹿勝ちよ」

久「あんたに勝てるのはそうそういないわよ……」

洋榎「漫も爆発しとったし、な! あれぐらいのをインハイでも出せや!」

漫「うええ、そこでうちに振るんですか?」

絹恵「ちょ、雀荘行ってるなんて話初めて聞いたで! ばれたら停学やよ!?」

洋榎「まぁまぁ、あん日が初めてや。もう行かん」

漫「うちは主将に来いって……」

洋榎「やったら同罪や。バレたら仲良く家で遊んでようや」

漫「いやや……、目え付けられんのは勘弁です」

洋榎「なんやとこらー」グリグリ

漫「いたたたた、やめてーー」

 
◇◆◇◆◇◆

洋榎「はー食った食った」

絹恵「やっぱりおかーちゃん帰ってこんかったな。千里山の集まりやったっけ」

洋榎「懇談会の皮を被った責任者への弾劾裁判やろ? ようやるでほんま。不健康すぎちゃうか」

絹恵「OBやら父兄がおると千里山の子たち全く意見言えんしな。それどころか存在すらしらんかも」

久「大変なのねー、名門にでもなると」ズズ

洋榎「うちんとこはまだましやで。まぁ代行はヤバイかもしれへんけど」

絹恵「おかーちゃんそろそろあかんかもなぁ」

洋榎「辞めろ言われたら、はいしか言わんいっとったからね」

久「ねぇねぇ、もし洋榎のお母さん辞めたら清澄にこない?」

洋榎「そういや清澄は指導者いないんか。よく生徒だけで全国これたな」

久「そうなの、来年ちょっと心配なのよね」

洋榎「……決めるのはおかんやし、うちは何も言えんけど、」

洋榎「やっぱ厳しいんちゃうかな、家空けるの嫌がるし」

久「だったら家族みんなでこっちくればいいじゃない」

洋榎「ぶふっ、アホなことぬかすな」

久「結構真面目よ。絹恵ちゃんだって清澄に来てくれたら色々はかどるんだけど」ズイッ

絹恵「え、あ、あははー、そういう判断をするのはちょっと……」

絹恵(この人なんでこんな色っぽい顔してんねん)

 
漫「うぇええ!?絹ちゃん長野いってまうの!?」ドタドタ

絹恵「いやいや、決まったわけじゃ――って酒くさ!」

洋榎「ああ!!こいつ、おかんの玉露にアルコール混ぜたわけわからん酒のみよった!」

咲「どしたんすかー」ポワポワ

洋榎「こいつもあがっとるやないか。誰や飲ましたの!!」

久「ごめんねぇ、冷蔵庫から適当に取ってきていいっていうから、これお茶かと思って」

洋榎「お前も酔ってたんか……そ、その目やめっ」

久「洋榎、お願い許して」ガバ

洋榎「おいこら、謝りながらなんで押し倒すんや」

久「本当に悪いと思ってるのよ?」ガシッ

洋榎「だ、誰かっ」

咲「仲いいですねー」ポワポワ

漫「わっふるわっふる」グヘヘ

洋榎「き、絹は、絹はどこや」

漫「カメラ探しに行きました」

久「んーー」チュー

洋榎「うおぁあああああ!!」

 


・ 
久「……」ヒリヒリ

洋榎「あれはとっさに、な?うちも女の子やねん」

久「二発も叩いた……」

洋榎「だ、だから悪いって。堪忍してや。それに原因作ったのは久のほうやろ……」ボソ

久「んん?」

洋榎「はいはい! 事前に注意せんかった私のミスですよ申し訳ありませんでしたぁっ」

久「お、認めるんだね……だったら、罰として私と一緒にお風呂入りましょう」

洋榎「?? 罰なんかそれ?」

久「じゃあもっとひどいのに」

洋榎「いやいや、それで勘弁してください」

久「じゃあ入る?」

洋榎「そろそろ漫を送った絹と咲が帰ってくるから、先に入らしたろ思うて」

洋榎「それにちょっと話したいことがあんねん」

久「私だけに?」

洋榎「せや、他のやつには言わんほうがええとおもってな」

久「なにー? もしかして愛の告白?」

洋榎「ちゃかすなアホ。咲についてや」

久「咲?」

洋榎「あいつ、リンシャン和了りできんくなったやろ」

久「……」

洋榎「能力……言うたらオカルト染みてて嫌なんやけど、あいつリンシャン使い言われてたやんか」

洋榎「その能力、使えんくなったと思う、たぶん」

久「やっぱりね。みんなの前で打ちたがらなかったはずだわ」

 
洋榎「気付いとったんか。だったら」

久「だったら何?いったい私はどうすればいいの?」

久「慰めでもすればよかったかしら」

洋榎「ぐっ、すまん、確かにやることないわ」

久「……私も、今のはごめん。カっとなっちゃって」


バタン  タダイマー

洋榎「お、帰ってきた。おかえりー」

絹恵「あら、まだ風呂はいっとらんの?」

洋榎「ああ、お前ら先に入ったらええ」

絹恵「よっしゃ、咲ちゃん一緒に入るで」

咲「ふぇ? よ、よろしくです」

絹恵「ほな行くで」グイ

ズドドド


洋榎「……行ったか」

ゴソゴソ

洋榎「これ」

久「今日の牌譜?漫さん字が丁寧ね」

洋榎「そんなんどうでもええ。最後に書いてある咲の局中聴牌率見てみ」

久「67%!? でも咲は、」

洋榎「三半荘やって6回しか上がってない」

洋榎「そのうえ三回とも二位終了や」

洋榎「これを見る限りツモ運は半端なく良い。ならばなぜあがれへんのか」

洋榎「途中、当たり前のように崩してる。両面待ちだろうが、三面待ちだろうがな」

久「他の面子は?咲が崩したとき聴牌してるの?」

洋榎「それも計算してみた。およそ九割ってとこやな」

久「要するに超防御麻雀ってことかしら」

洋榎「聴牌速度は速いんやけど、最後のツモがなかなかけーへん。それは自覚してるみたいや」

 
洋榎「後ろで見てて気味悪かったで。聴牌嗅ぎつけたらすごい勢いで安牌集めだすんや」

洋榎「そして振込みはうちに2000と久に1000だけ」

久「それで、崩した後裏めった回数は?」

洋榎「十七回中に二回」

久「化け物だわ……」

洋榎「そんでな、まだあんねん」

洋榎「一回目の半荘、ラス親咲ん時に久でかいの振り込んだやろ」

久「満貫直撃の?」

洋榎「あんとき、嫌な気せんかった?」

久「振り込んだら誰だってそうよ」

洋榎「そうやない。何か頭ん中覗かれてるような気味の悪さ」

久「……確かにあったわ。その後、読みがぶれて咲に二回も振り込んだ」

洋榎「その二回、どちらも久が聴牌した後、リーチかけてんねん」

久「そうだった。……私に勝負させた?」

洋榎「ああ、あれはどう考えても狙い打ちやった。しかも三面待ちの好形でな」

洋榎「それまで咲の悪待ちを知ってたから、無意識に強気に打ってたやろ」

久「そういわれてみればそうね」


久「咲はなぜ、私を狙ったのかしら」

洋榎「いろいろ理由は考えられるな。一番長く打ってる人間だからクセを把握してるとか」

洋榎「その中でも、これうちの勝手な推測なんやけどな、久を狙えば安定して二位抜けができるって考えかもしれん」

久「私が一番弱いってこと?」

洋榎「ちゃうわ! ……あーごめん、久は絹や漫よりも全然うまいで」

久「ありがと」

洋榎「安定感があるんや、あの二人に比べて。あいつら爆発するときはほんま稼ぐけど、それ以外はさっぱりや」

洋榎「だから安定して二位以上を確保していた久を狙う」

洋榎「二位にぶち当てれば場合によるけど、基本は三位飛び越え二位にあがれる」

久「二位抜けでいいルールなら合格ね」

洋榎「遊びのつもりやったけど、あいつは徹底しとった」

洋榎「そして、悪待ちを使ったブラフ……」

洋榎「なぁ、あいつは前からこんな気持ち悪い打ち方できたんか?」

久「いえそんなことは」


キャアアアアア


久「!?」

洋榎「絹の声や!」

 
ガラッ

洋榎「どした、――うお、」

久「咲、その髪……」

咲「あはは、やっぱり自分で毛染めするとだめですね」

咲「昨日は洗っても大丈夫だったのになぁ。なんでだろう」

久「真っ白、」

洋榎「いつからや、それ」

咲「長野に帰ってきてからです。起きたらこんな風になってました」

久「照は? 髪のこと知っているの?」

咲「夜中に染料買いに行ったから、たぶん見つかってないと思います」

絹恵「う、うちがお湯かけたらこ、こここんな」

洋榎「落ち着け」ペシ

絹恵「あう」プルン

洋榎「とにかく、風邪ひかんように洗うとこ洗ってからでてき。ほら絹」

絹恵「う、うん」




洋榎「えーというわけで、緊急会議です」

久「何を会議するの」

洋榎「何色に染めたら可愛いか、グエ」

久「ちょっと! 何当たり前にいじる路線に入ってんの」ヒソヒソ

洋榎「アホか、このままお通夜みたいな雰囲気嫌や。ここはいじるのが大阪としては」ヒソヒソ

久「いやいや傷心旅行言ったでしょう」ヒソ

咲「ふふ、」

久「!」

洋榎「ほらな、こういうときは無理に慰めなくてええねん。提供されたネタはおいしくいただかんと」

咲「本当面白いです。もっとひかれるかと思いました」

洋榎「んなことあらへん。関西人はな、落ちてるババにもつっこみ入れな死ぬんやで?」

絹恵「おねえちゃん、下品や」

久「ババって?」

洋榎「うんこ」

久「なるほど」

絹恵「それにしても、綺麗に真っ白やなー」サワサワ

洋榎「出たで、セクハラおっぱいや」

絹恵「うち、染めんでもええと思うよ」

洋榎「いや、ここは紅のように真っ赤にな」

久「だったら濃橙で」

絹恵「もし染める方向なら淡い青を入れてな、こう外巻きにすると可愛いと思うんよ」ムフー

 
洋榎「収集つかんから、この話ここまで!」

久「あなたが振ったんじゃない。ま、サイケな色にして帰ったら照が卒倒するわね」

咲「はは……」

洋榎「染料が落ちるってのは髪質的な問題やな。なんなら自然体で通したらええ」

久「そうね、うっかりばれるよりもカミングアウトしたほうが精神的にいいもんね」

絹恵(ほんまこの人たち他人ごとやなー)

絹恵(つってもおねーちゃんたちの言う事も一理あんな)

洋榎「ほいじゃ寝るか。明日もあるし。で、咲はどっちの部屋で寝るん?」

咲「どっち?」

洋榎「うちはお客さん用の寝室空けてないから、久と咲がうちと絹恵の部屋どちらかで寝てもらうんや」

絹恵「んなもん咲ちゃんはこっちにきまっとるやろ」

絹恵(竹井さんと同じ部屋で寝たら絶対ヤバイわ。主に、貞操が)

洋榎「ま、そうなるわな。……て、久なんやその顔」

久「そんなことわかりきってんのに、なんでいちいち聞くのかなー」ツーン

洋榎「ああもうなんでお前はいじけとんのや」

久「洋榎が私と寝るのいやなのかな、て」

洋榎「いやいやいや、別にお前と寝るのが嫌じゃない……ってぇ!何言わすんじゃ!」

久「え、同じ部屋で寝るだけでしょ? それ以外になにか?」ニヤニヤ

洋榎「~~~~~っ、このアホぉ!」ゴチン

久「いったぁ、……またぶったー」ウルウル

洋榎「う、ちょっとやりすぎたわ。――え、え? マジ泣き? ごめんごめん、ほんま悪かったって」

久「うう、」ウル

洋榎「久、とりあえず部屋いこう、な?……絹、咲、おやすみっ!」

絹恵・咲「「おやすみ」なさい」

久「……」ニヤリ

 
バタン

絹恵「竹井さん笑ってなかった?」

咲「き、気のせいじゃないですか?」

絹恵「長野県の人はこういう、なんていうかな、弱みに付け込むのがうまいんか?」

咲「長野県民の名誉のために誓って言いますけど、そんなことないです」

絹恵「あの人、魔性やで。何人あれで落としたんや」

咲「結構いるかと。たぶんうちのお姉ちゃんも」

絹恵「は!? チャンプも!?」

咲「この前、会ったばかりなのに部長のことずっと聞いてきて、うんあれは、たぶんそう」

絹恵(アカン)

絹恵「……咲ちゃんは大丈夫なん?」

咲「私は別に……。たぶん部長は身内の人間には手を出さないようにしてるんだと思います」

絹恵「なんで?」

咲「嫌われたくないから……かな」

咲「部長、いつもふわふわしててつかみどころがないけど、麻雀に対しては本気だし、部員のことだっていつも考えてくれてます」

咲「尊敬してます。部長のこと」

絹恵「そっか。ええね。そういう関係」

絹恵「部員少ないほうが絆が強いんやろな」

絹恵(――清澄、か)

絹恵「そろそろうちらも部屋行って寝よか」

咲「はい」

 
◇◆◇◆◇◆

絹恵「ほな、電気消すで。マメ電付けといたほうがええかな」

咲「あ、どっちでも大丈夫です」

絹恵「ほい」カチ

絹恵「おやすみ」

咲「おやすみなさい」


ゴソゴソ



咲「絹恵さん、」

絹恵「んー」


咲「やっぱりそっち、行ってもいいですか?」


絹恵「え?」


咲「長野に帰ってきて毎晩夢を見るんです」

咲「私が決勝卓で跳満ふりこんだ一挙一動、何を思って、何を言われたか」

咲「焼きついた記憶が延々と流れて、怖いんです」

絹恵「……」

咲「こんなこと言われて気持ち悪いかもしれないですけど、今日だけでいいんです、」

咲「一緒に寝てくれませんか」

絹恵「」ツー

絹恵(あ、やば、鼻血。シーツ汚れちゃう)

絹恵(いや、咲ちゃんがいってんのはそういう意味ちゃう。何を妄想してんのや。ほんまうちお姉ちゃんの言うとおりスケベかも)

咲「絹恵さん?」

絹恵「おいで」ポンポン

咲「ありがとうございます」ゴソゴソ

絹恵「うん――あっ」

咲「ちょっとくっついてもいいですか?」ギュー

絹恵(ンゴゴゴゴゴゴゴwwwwww)


――原村邸――

エトペン『うああああああっ』


バズンッズババババパァーン


和「え、なに!?」ガバ

残骸「」

和「こ、これ」フルフル

和「エトペーン!」ガク

和「……くっ」

和(これは間違いなく咲さんへの『危機』ッ!)

和「エトペン、あなたの命がけの行動ッ! 私は敬意を表します!」


和「大阪……、それでは荷造りを始めましょう。危機ならしょうがないですよね危機なら」キラキラ


残骸「……」



――宮永邸――

グラグラグラ

照「うわーーー」

父「地震!?」

照「咲ぃ、怖いよ怖いよ」

父「お、収まったか。結構強かったけど震度いくつだ?」ポチ

父「……」

父「あれ? どこも速報やってないぞ……」

照「!、 咲が危ない!」

父「は?」

照「咲が危ないのー!」

父「いや、意味が」

照「この時間夜行バスでてるかなぁ」

 
絹恵(何も考えるな何も考えるな何も考えるな)

クンカクンカ

絹恵(あー、咲ちゃんの髪ええ香り……じゃないじゃない)

絹恵(煩悩を排除するんや)

絹恵(無心)


サワサワ


咲「んっ、……お姉ちゃん」ボソ

絹恵(寝言か? はうあー。生殺しやろこれ)

咲「怖いよ助けてよ私を見捨てないで」

絹恵「……」

絹恵(ほんま最低やなうち。こんな子に手え出したら地獄に落ちるわ)

絹恵「ここにいる間はうちがおねえちゃんの代わりなるからね」ボソ

今日はここまでです
読んでくれてありがとうございました
次に少し加筆入ります
またよろしくお願いします

>>1です
来月中には再開します

 
深夜の一時、目が覚めた。
就寝前に用を足そうとしていた日課は身体は覚えていた。
異常に近い絹恵を優しくおいやると、足のほうへするすると抜けていき、無事脱出に成功した。

咲「トイレあっちだったかなぁ」

一般家庭よりも一回り大きい愛宕家が悪いんだ。
まさか遭難するとは思わないが、それでも絹恵の部屋の位置を覚えておく。
階段を上って廊下の突き当たり一個手前。
ふむ。これで問題なし。

咲「これだけ大きいと大変」

トイレの明かりをつけ、一息つくと、何が方向音痴の原因なのか思慮する。
あらゆる記憶が一巡して、やっぱり血統であるという理由に帰結した。
宮永の血は争えない。父親が特にダメで、照と咲を連れてデパートで行方不明になることもしばしばあった。
迷子センターでうろたえる父の姿は今でも噴飯ものである。その話を蒸し返すたびすごーく嫌な表情を浮かべるのだ。

ガチャ

隣の風呂場のドアが開いた音が聞こえた。

誰だろう。こんな時間に。
絹恵はもちろん、久も洋榎も咲の後に入浴は済ませていた。
……。
まさか泥棒が風呂を利用しているなんてことはないだろう。
夕飯時の会話で絹恵たちの母親が遅く帰ってくることを思い出す。

洗面台の前に立つと、白い前髪をいじった。もちろん手洗いは済んでいる。
不思議と老けては見えない。が、似合うとも思えない。
ちょっとだけ微笑む。

形容しがたい嫌悪感が背筋を突き抜けていった。鏡の奥からこちらを見つめる自分は、自分じゃない。そんな感覚。
右手をあげれば向こうも逆の手をあげ、横を向けばそれに合わせる。だけど、
だけどなんだろう。
これは――

「くそがああああ!!!」

突如、風呂場から反響してきたアルコールの混じった絶叫にビクリと身体を震わせ、そそくさと脱衣所から退散した。

 
何事もなく絹恵の部屋に戻ると、机の上に蛍光の緑色を発している地球儀を見つけた。
夏みかんほどの大きさで、乱雑に置かれた教科書の山の奥に隠れていた。
外灯が差し込む絹恵の部屋に唯一明るみを放つ地球儀は、SFに出てきそうな地球外生物のガシェットのように思えた。

咲「……」

北極点と南極点には両側から磁力で押さえ込まれ、指でなぞるとストレスなく回っていく。ちょっとだけ手の込んだ代物だ。
流石に文字までは読めないが、小さな太平洋の西に浮かぶもっと小さな列島を見つけた。

咲「世界は大きいなぁ」

咲には世界へ飛んでみたいという漠然とした願望があった。
ただしそれは数週間前のインハイ準決勝から決勝の直前までのごく短い期間の話である。
準決勝の大将戦、咲は世界を知った。極東の島国だけでは触れることのできない興奮。自身の姉とは違う種類の狂気的強さを目の当たりして、本心から麻雀が楽しいと思えた。
決勝の大将卓にて淡に精神を握りつぶされるまで、変わらずそんな気分だったのだ。

死ななくて良かった。
自分はまだやれる。

目の前には光がある。
全てを失ったと感じるほど、状況は悪くなかった。
これほど自分を囲む人間に恵まれた人はいないだろうと咲は思う。
明日、久にありがとうを言おう。そして彼女の期待に沿えるためにも努力しなければならない。


咲にしてみれば純粋すぎる白色の希望で、悪魔の顕現に付き合ってもらおうだなんて思ってはいなかった。


~次の日~

チュンチュン

久「ふわぁー」

洋榎「おはよ」

久「おはよう。……意外。起きるの早いのね」

洋榎「あ、ああ。まぁな」

洋榎(こいつより寝てたら何されるかわからんし)

久「あれー、携帯光ってる」パカッ

久「うげっ」

久(着信52件にメール32件!? 和と照からだ。電源切っといてよかった)

久(なんかあったのかな)

洋榎「絹たち起こしに行ってくるわ」

 
ガチャ

洋榎「おーいおきr」

洋榎「うっわ、なんでこいつら抱きあって寝てんの」

洋榎「クーラーつけっぱやし……」ピッ

洋榎「あれ、咲、頭が赤黒く――血かこれ」

洋榎「てことは、」ゴロン

絹恵「んん~咲ちゃんー」ムニャムニャ

洋榎「鼻血、出すぎやろ」

咲「ふぇ」

洋榎「お、き、ろ!」

咲「――おはようございます」ボー

絹恵「おはよぅ」

 
洋榎「二人まとめてシャワーあびてこい」

絹恵「っ、なんやこの血、ってうちの!?」

絹恵「ああ~、咲ちゃんの髪にも……」ゴシゴシ

洋榎「まだ半渇きやし落ちるやろ。シミになる前にいってこい」

久「殴られたみたいな感じね」

洋榎「こいつ、中学のサッカーで顔面セーブきめてから鼻の血管切れやすいんや」

咲「おおぅ……」

絹恵「咲ちゃんひかんといてーな」

洋榎「はよ、いけ!」



洋榎「あいつら出てきたら、うちらも入るか」


キャアアアア


久「……」

洋榎「またかいな……」

 
洋榎「ほーい、おまっとさん」

絹恵「あ、あれ……」

洋榎「!!、久、咲、見んな!!」

洋榎(おかんがすっぽんぽんで風呂場で寝てる)

久「えーどうしt」

洋榎「見んな言うとるやろ!下がれ下がれ!」

洋榎「絹、バスタオル持ってきて。うちは湯船洗っとくから」

絹恵「……おかーちゃん生きとる?」

洋榎「死んでたらいびきかかんやろ。ほれ、持ってこい」

ンゴォ

絹恵「あ、ほんまや」

今日分終了です
咲のモノローグがあるのは多分今回だけです

◇◆◇◆◇◆

洋榎「おはよう、酔っ払いおばさん。気分はええか?」

雅枝「……ええわけないやろ、いてまうぞ」

久「お、おはようございます。私、洋榎さんの友達で竹井って言います」

雅枝「おお、どこかで見たと思ったら清澄さんとこの部長さんか」

雅枝「遠くはるばるこんなきったない街へようこそ。食いもんしかないけど楽しんでってや」

洋榎「今は風呂はいっとるけど、大将の宮永も来とんねん」

雅枝「ああ、あの子か……。決勝可哀想やったなぁ。元気にしとるか?」

久「長野に帰ってから家にとじこもちゃってて、それでようやく連れ出せたんですよ」

雅枝「はぁ、慰安旅行ちゅうわけやな。大阪選ぶとはセンスええで」

洋榎「アンタさっき汚い言うとったやろ」

雅枝「ええやん、事実やし。――あたしもどっか旅行したいわー。もう疲れた」

洋榎「子供の手前でんなこと言うのやめーや」

雅枝「……昨日、まぁ、色々言われてな。おかーちゃんちょいとニートになるわ」

洋榎「千里山の監督、……クビ?」

雅枝「一応自主的にな。あんだけ圧かけられて続けられるほど強くあらへんよ」

洋榎「……そっか。おつかれさん」

雅枝「なんや気持ち悪い。友達の前だからええ顔しとるんか」

洋榎「なんかそういう気分でもないしな」

雅枝「ほーん。ありがとな」

 
久「ときに愛宕さん、もし監督復帰するとして名門と無名、どっちがいいですか?」

雅枝「え、」

洋榎「おまえ……」

雅枝「どっち言われたらそりゃ名門やろなぁ。まだこの子たち食わせなきゃあかんし。お金いっぱい貰えるとこの方がええよ」

雅枝「……なんでそんなこと聞くん?」

久「お恥ずかしい話なのですが、清澄には指導者がおらず来年は手続きやらが不安でして……。もしよければなーなんて」ウワメ

洋榎(こいつアタマおかしいんちゃうか。なんでおかんに色目つかっとんねん)

雅枝「……清澄、ええかもね」

久「ほ、ほんとですか? そしたら私、すっごいうれしいです!」

洋榎「……」

雅枝「すぐには決められんし、もし他校から呼ばれたらそっち行くかもわからんよ。可能性があるとしか言えへんね」

久「いえいえ、それだけでも! でも、千里山からうちへなんて落差がひどすぎて経歴に傷がついちゃうかもしれないですね……」

雅枝「おいおい、全国ベスト4が言っていい台詞ちゃうで。まっ、来年はこの愛宕雅枝が率いて頂点間違いなしや」ガッハッハ

久「ですよね!雅枝さんがいてくれれば心強い事この上ないです」ニヤリ

洋榎「おいこら、オマエ今『ちょろいな』おもたやろ」ボソボソ

久「失礼ね。勘ぐりすぎよ」

 
洋榎(その後は終始、久のペースにもっていかれ、うちが口を出す隙さえなかった)

洋榎(用意周到に持参していた清澄のパンフレットやら、教員規約の説明までしておかんをその気にさせていた)

洋榎「うちはお前に乗せられへんぞ」

久「何いってんの。あ、そろそろね」

ツギハー ヒメマツー オオリノオキャサマハー

咲「……」ボー

絹恵「まだ眠い?」

咲「あ、ごめんなさい。少し考え事を」

絹恵「悩みあんならお姉ちゃんが聞いたるで」

洋榎「いつから咲の血縁になったんや」

絹恵「昨日?」

洋榎(こいつ、まさか手を出しよったんか)

絹恵「ここにいる間だけはうちがお姉ちゃんになる決めたんや」

洋榎「ああそう……」

洋榎(もううちの家族はダメかもしれへんな)

 
洋榎「今日からもう部活始まるからな、久は部員に色目使わんように。つうか無意味に声かけんな」

久「なにそれ、それじゃあまるで私がたらしみたいじゃない」

洋榎「自覚ないんかワレ」

久「誰彼かまわずってわけではないのよ」

洋榎「ほんまかいな。ずいぶん色欲多情な気があるように感じるんやけど」

久「例えば大阪(ここ)に来てから、スキンシップをとったのはあなただけ」

洋榎「スキンシップって……、昨日の夜、手相見る言うて手握っただけやん」

久「ああいうの、他人の領域を侵すような感じが嫌であまりやらないの」

洋榎「うちは別にどうでもええんか」

久「洋榎は私のこと受け入れてくれる気がしたから、かな?」

洋榎「涼しい顔してよくそんな事言えるな」

久「洋榎の前だからね」

洋榎(名前連呼すんのほんま勘弁してくれ……)

 
◇◆◇◆◇◆

姫松到着。

洋榎「と、言うわけで今日明日この二人に練習加わってもらうからな。二人と打ちたいやつは予約しとき」

久・咲「よろしくお願いします」

ヨロシクオネガイシマース

洋榎「来年はこいつらぶっとばすぞ、みたいな意気込でかかれよー」

由子「のよー」

洋榎「というかなんでうちが進行してんねん。これは恭子の仕事やろ」

末原「うちはもう部長やないし、それにたぶんこれ新部長の漫ちゃんの仕事ですよ」

漫「確かに」

洋榎「何が『確かに』や。来年ここも心配やわ」

末原「ほいじゃ、打ち始めますか。最初は宮永さんはうちと由子と漫ちゃんの卓に入って貰いましょう。竹井さんは洋榎と一、二年達と打って指導まわってもらえますか?」

久「ええ、いいわよ」

洋榎「結局、恭子がまとめるんかい。久、さっき言ったこと覚えてるよな」

久「普通に指導するわ。普通に、ね?」

洋榎(あんだけ釘刺しときゃ大丈夫やろ。それよりも恭子や、まさか自分から咲と打つ言い出すとはな)

 
末原(髪の色、どないしたんやろ)

由子(綺麗なのよー)

漫「……髪、どうしたん? 昨日は黒かったのに」

咲「染めてたのが落ちちゃって……。白くなったのは長野から帰ってからです」

末原「お、おお、そうなんか」カタカタ

由子(動揺するとこじゃないのよー)

咲「やっぱり変ですかね、この髪色……」

由子「んなことないのよー。綺麗でカワイイよ」

末原「せ、せやで。ちょっとびっくりこいたけど、小悪魔というか神域というか魔族的な感じがして、」カタカタ

由子「恭子、あんた……」

末原「うん、まぁ、あんま気にせんでええと思うから始めるで」ポチ

漫「先輩……」

末原(いかんいかん。今ここで退いたら一生もんの傷になってまう。乗り越えるんや、恐怖を!) 


席順 末原→由子→咲→漫

……

末原(うう、やっぱり対面からえげつないオーラを感じる……)

咲「よろしくお願いします」ペコ

末原「あ、ああよろしくな」

由子「お手柔らかになのよー」

漫「おなしゃす」

咲「今日のルールはどうします?」

恭子「アリアリの赤1でウマが、」

咲「あ、そうじゃなくて、昨日は二位抜けを意識して打て、ということだったので」

洋榎「咲ー、今日はトップ狙えっ!」

恭子「というわけや」

咲「――わかりました」ゴォッ

とりあえず今日分終了
今回は特に変更なし

>>1の過去作教えてください

菫「ここが松実館か」ドキドキ

菫「銀の龍の背に乗って」

ぐらいは知ってる
他にも書いてんじゃない?

銀の龍の背に乗っての続編として
菫「ファイト!」
菫「冷たい別れ」
があるな

しばらく書かないようだが

 
◇◆◇◆◇◆

東一局

スチャ

末原(配牌――最悪っ。字牌ばっかで対子もあらへん)

末原(ツモで九種九牌、いけるか?)

スッ

末原「……ぐっ」タン

由子「気合入りすぎなのよー」

末原「しゃあないやろ。配牌ごっつ悪いんやもん」

咲「……」ピクッ

漫「うちは逆にめっちゃええですよ」

絹恵「こらー。真面目にやってください」←牌譜係り


…………八順目

末原(なんとまぁ、あんだけ配牌わるかったのにほぼツモ切りってわけわからん)

末原(おっと、由子が真ん中ぶったぎってきた。そろそろあかんな)

末原(ふりこむよりマシや。さっさと危なっかしいのきっとこ)タン ↓六筒

咲「ロン。タンヤオのみ1300点です」

末原「」

末原「――はい」ジャラ

咲「……? 大丈夫ですか?」

由子「ほんまや。顔真っ青なのよー」

末原「大丈夫。ちょっとお腹痛かっただけや。もうええよ」

 
末腹「……っ」

末原(なんで、なんで誰もつっこまんのや!)

末原(手出しした⑥筒は三枚目、そんであいつは、)

末原(二順目から――ずっとツモ切りなんやぞ!?)

末原(あいつ、うちになんか恨みでもあるんか?)

末原(二順目、あいつは漫ちゃんの⑥筒をスルー)

末原(そして、六順目にまた漫ちゃんから出とる。それも見逃している)

末原(⑥筒周りは死んでいなかった。いや、そもそも東一局の平らな時点で相手を選ぶ意味がわからん)

末原(考えろ、なんでうちを狙ったんや。嫌がらせ?……流石にそこまでの畜生には見えん)

末原(勝つため、か? いやでも、それしか)パシン

末原「いてっ」

洋榎「おいこらなにブツくさっとんのや」

恭子「あ、後輩見てて言うたじゃないすか」

洋榎「なんか心配になってな、色々と……」ジー


洋榎「恭子、呑まれるなよ」

恭子「?」

 
◇◆◇◆◇◆

東三局

31000 末原
23900 由子
23200 咲 親
21900 漫

末原(東二の由子の連荘後、満貫ツモ和了りでトップ)

末原(今回も牌牌は悪くない)タン

末原(呑まれるな、か)

末原(あの東一は揺すぶりってことか)

末原(ええ根性しとるで。思い知らせたる)

末原「……」タン

末原(いや、これたぶんフラグになるな。余計なこと考えせんようにしよ)


…………十三順目

末原(二回鳴いて、索子の清一に見せかけたタンヤオ聴牌。ドラポンしたからそう簡単には勝負できひんやろ)

漫「あかんですよそれー」

末原「何言うてるんや。勝負せんかい」

末原(手代わりして両面待ちにもってきたいなー)

咲「……」タン

末原(宮永も索子と字牌ださんし、ベタオリやな)

由子「ポン」

末原「え?」

由子「ポンよ?なんかおかしい?」

末原「勝負するんかーって」

咲「……」ピク

 
由子「たった今、『勝負せんかい』って自分言ってたのよー」

末原「まぁそうなんやけど」

末原(由子になんか癖が見抜かれてるんかな。今度自分の顔録画しながら、)

咲「リーチします」タン

漫「まじか」

末原(こいつ、おりてなかったんか)

末原(つうか、清一に見えへんのかなこれ、びびらなすぎやろ。そもそもどうみても7700以上確定してるんやけど)

漫「これかなぁ」タン ↓二萬

咲「……」

末原(そこ通るんかいっ。端っこの危ないやつやないか)

末原(正直ここは勝負したい。たとえ振り込んでも赤ドラは二枚切られてるし、表ドラはうちが抱えとる)

末原(ツモ、おし安牌)タン


…………十七順目

末原(手代わりもせんし、どないしよ、あっ)

末原(二萬引いたわ。さっき漫ちゃんが捨てたから安パ――)

末原(……もし、もしやけど、東一みたいに宮永がうちを狙っていたとしたら?)

末原(可能性はある。そしてあの河)

末原(今思えばヤオチュウ牌が明らかに少ない。チャンタがあるかもしれへん)

末原(ラス牌までやりたい、けど、ここで当てられたらメゲちまう)

末原(幸運にも作った頭が宮永の安牌。ここは凌げる)

末原「ちょい待ち」

漫「リスペクト小瀬川白望すか?」

絹恵「上重さん、よう相手の名前覚えてるな……」

由子「海底狙いかもなのよー」

絹恵「ああ、去年の長野の子ですか」

漫「ありゃーマジもんの魔物でしたね。同い年ってのが信じれません」

末原(あかん、こいつらうるさくて集中できひん)

 
末原(悔しいけど、しゃあないオリやな)タン


ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
  ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ


末原(!?っ なんやこの寒気は、)


――一巡後

末原(ぐぅううっ! 結局当たり牌引くのかよ。クッソ!)タンッ

末原「……ノーテン」

漫「ノーテン」

由子「テンパイ」

咲「テンパイです」バラ…

末原「か、空テン?」

咲「?」

末原(なんで頭にハテナ浮かべるんや!)

漫「ひえー」

 
◇◆◇◆◇◆

南四局一本場 ドラ②筒

31400 末原
27000 由子
22700 咲
18900 漫 親

末原「こ、ここここで終わらしたるからの」カタカタ

洋榎「なんでトップのお前が震えてんのや」

久「絹恵ちゃん、ちょっと牌譜見せてもらっていい?」

絹恵「ほい、これです」

久「ありがと」

久「……ふむふむ」ヨミヨミ

久(咲は出和了り二回でどちらとも末原さんだけか)

久(東一の流れなんてモロね。そしてリンシャンは一度もなし。槓もない)

久(パッと見、昨日よりエグイことしてるわこりゃ……)

久(なんとなくわかってたけど、)

久(嶺上開花を失った咲は弱くなっていない。以前のベクトルは違えど確実に化けている)


…………三順目

久(咲の手、遅くはないけど打点は高くなりそうにない)

久(このまんまじゃ、満貫手も作れるか怪しいわ)

咲手牌 ④⑥四四四六ⅢⅤⅧⅧⅨⅨ西 ツモ六萬

久(ここは周りの手は早くなさそうだし、安牌用の字牌を抱え込む必要もない)

咲「……くる」ボソ

久(長考――打西じゃないのかしら)

咲「……」タン ↓四萬

久(す、四萬!?っ、 危ない、表情を出さないようにしないと)

久(……この四萬打ち、まさか聴牌気配のブラフ?)

久(今までの聴牌スピードを考えればそう見えなくもない)

久(一巡前の八萬切りが効いてきて……)

咲「……」

 
洋榎(うっわ、ここで四萬きってくんのかー)

洋榎(恭子のやつ、目に見えて警戒しとるな)

末原手牌 ①③⑥⑥⑧七八九ⅠⅡⅡ南北 ツモ発

洋榎(未だ字牌整理……。咲以外はみんな遅そうやし、ここは根性で和了らなあかん)

末原「むぅ」タン ↓北

洋榎(なんとかして自場風の南か発を持って来たいところ)

咲「……」タン ↓④筒

洋榎(けったいやな)

洋榎(降りろ言うてるようにしか見えへん)

末原「……」 ツモⅢ索

洋榎(おっし、手が進んだ。がんばれ恭子!)

…………七順目

末原(逃げんでよかった。これで張った――!)

末原手牌 ①③⑥⑥⑧七八九ⅠⅡⅢ南南 ツモ②筒

末原(いける、⑧筒は通る!)

ゾクッ ゾクゾクゾク

末原(……)ブルッ

末原(こ、こんな威圧、たいしたことないわっ。 名門姫松の元部長なめんなや!)タン ↓⑧筒

咲「……」ピクッ

咲「……」


末原(なんや、当たりなんか?ちゃうやろ)

由子「……」

末原「由子っ、ツモ」

由子「あ、ごめん。ちょっと意識が飛んでたのよー」チャッ

 
末原「なっ……、大丈夫か?」

由子「恭子が捨て牌握る瞬間なんか悪寒がして、」

漫「オカン?」

末原「発音ちゃうで、そういうとこは関東準拠でええねん」

漫「お↑か↓ん→?」

末原「ちゃうがな、お→か↓ん→や」

由子「それもなんか違うのよー」

ワイワイ

洋榎「……」プルプル

洋榎「……こらあ、集中せい!」

末原「ああ、ずっと後ろおったんですか」

洋榎「気付かんかったんかい。ほんまおどれらは一人が口開けばピーチクパーチクやかましいなー」

由子(洋榎には言われたくないのよー)

末原(この人にだけは言われたくないわ)

漫「先輩にだけは言われたくないです」

洋榎「おお? ええ根性してるなぁ漫ぅ」

漫「あ、声でてました?」

洋榎「ほう、元主将を侮辱とはえらくなったもんや。後でデコ書きな」

由子「そんなことより今誰がツモ番のよー?」

咲「あ、私です。すいません考えてました」

末原・由子・漫・洋榎 (影薄っ)

咲「リーチです」グゴゴゴォッ

末原・由子・漫・洋榎 (前言撤回)

…………八順目

末原(いっぱつ!……ならずか。まぁ別にリーチしとらんけど) ツモ東

末原(リーチすればシャボでまてる。けど……)チラ

咲「……」

末原(そう誘っとるんか? なぁ、宮永)

末原(……ええい! リーチすんだったら一巡前にカンチャンで待てばよかったんや。今更引き返すな)

末原(南で待つ。これは変えられん)タン ↓東

末原(……通った。というかコレ三枚目やし。なに考えとんのやうちは)

咲「……」タン

末原(一発なしか。よかったー)

末原(宮永はリーチはするけど、ほとんどツモ和了りせんな)

末原(さっき漫ちゃんが言ってた通り、槓もせん)

末原(せんのになんで、こんなこいつのこと怖いんやろ)


…………九順目

由子「リーチなのよー」

末原「……」ビクッ

由子「あ、反応したね。びびってんのよー」

末原「ちゃうわ!」

末原(むふふ。これで生牌の南が出易くなる)

末原(……んん?生牌?そういや宮永のやつ字牌整理早かったな)

末原(いや、まさかな。ハハ……)

宮永「……」タン

末原(南出さんかなー)ソワソワ

 
…………十順目

漫「こいつだぁっ」タン

洋榎「なんや気合入ってるな」

漫「逆転の一手を製作中ですからねぇ。ウチもいること忘れられたらあかんですよー?」

洋榎「うわーテンション高いなー。追い詰められたら燃えるタイプか。Mやな」

漫「そりゃちょっとおかしいですって」

末原「……」チャッ ツモⅡ索

末原(またしてもツモれんかった。漫ちゃん喋るとツモ運悪い気がする……)

末原(宮永のリーチ牌がⅢ索。モロ裏スジや)

末原(せやけどそのスジのⅤ索は既に切られている)

末原(カンチャン待ちかもしれへんけど、それじゃあ大した点にはならん。いってチャンタリーチ。三元牌もない)

末原(しかしドラが一枚しか見えてないから……、いや、四順目に④筒を切ってるから可能性は低いな)

末原(もし南が通れば、次もかわして由子と宮永の防御無しの殴り合いを眺めてればいい)

末原(切りたい……!この南を……)

末原(でもそれじゃあ、宮永の連荘を許してしまうかもしれんし……)

末原(女末原、ここは勝負だ!)タン ↓Ⅱ索

咲「……」

 
末原「と、通った……」

由子「のよー」チャッ

由子「……」

由子「一発! じゃないのよー」チキショイッ ↓南

末原「……ああっ、それロ 「ロンです」

末原「……え?」

咲「ロンです。頭ハネ、です」バラ


   四四五五六六ⅦⅦⅧⅧⅨⅨ南


末原「南、え?――単騎?」


咲「リーチリャンペーコーで、裏は二枚乗ったから――




こんにちは、末原さん

末原「――っ、」

今日分終了
ちょこちょこ改善

末原ちゃんVIPの時にもリーチ後のフリテン忘れてたような気がする>>146

>>159
指摘サンクス
ちょい書き直します

由子「たった今、『勝負せんかい』って自分言ってたのよー」

末原「まぁそうなんやけど」

末原(由子になんか癖が見抜かれてるんかな。今度自分の顔録画しながら、)

咲「リーチします」タン

漫「まじか」

末原(こいつ、おりてなかったんか)

末原(つうか、清一に見えへんのかなこれ、びびらなすぎやろ。そもそもどうみても7700以上確定してるんやけど)

漫「これかなぁ」タン ↓二萬

咲「……」

末原(そこ通るんかいっ。端っこの危ないやつやないか)

末原(正直ここは勝負したい。たとえ振り込んでも赤ドラは二枚切られてるし、表ドラはうちが抱えとる)

末原(ツモ、おし安牌)タン


…………十七順目

末原(手代わりもせんし、どないしよ、あっ)

末原(五萬引いたわ。河には既に二・七萬置いてあるし、これは――)

末原(……もし、もしやけど、東一みたいに宮永がうちを狙っていたとしたら?)

末原(可能性はある。そしてあの河)

末原(今思えばヤオチュウ牌が明らかに少ない。チャンタがあるかもしれへん)

末原(ラス牌までやりたい、けど、ここで当てられたらメゲちまう)

末原(幸運にも作った頭が宮永の安牌。ここは凌げる)

末原「ちょい待ち」

漫「リスペクト小瀬川白望すか?」

絹恵「上重さん、よう相手の名前覚えてるな……」

由子「海底狙いかもなのよー」

絹恵「ああ、去年の長野の子ですか」

漫「ありゃーマジもんの魔物でしたね。同い年ってのが信じれません」

末原(あかん、こいつらうるさくて集中できひん)

>>140

久「この前の貸し返してほしいんだけど」 美穂子「……」

宥「穏乃ちゃんの内臓あったか~い」 穏乃「」ピクピク

淡「タカミ、今日は二人だけ?」 尭深「かも」

穏乃「憧!増水してる川見にいこ!」 憧「濡れるからやだ」

もこ「……」ブツブツ 穏乃「(よく聞こえん)」

照「麻雀あきた」

菫「ここが松実館か」ドキドキ

菫「銀の竜の背に乗って」

菫「ファイト!」

菫「暇だから宥を監禁してみるか」

菫「冷たい別れ」

竜華「ちんぽ生えてもうた」

エイスリン「ちんぽ」


思い出せたのはこれだけです
あと京咲カップリングスレに何回か載せてますが思い出せませんすいません

1の京咲読みたいな
探すからいつ頃投下したか良かったら教えてくれ

末原先輩が部長だと思ってました
修正するのもアレなのでそういう設定にします。部長≠主将

 
◇◆◇◆◇◆

半荘三回終了後

漫「はい、じゃあ休憩とりまーす。終わってる卓から20分間とってください」

洋榎「おー、様になってるやないか。うちらがいなくなっても安心やな」

漫「愛宕先輩にまともに褒められると、鳥肌たってしまいますわ。あ、いい意味でですよ?」

洋榎「悪意しか伝わらんわあほ。……恭子はどした?」

漫「五分ほど前にトイレいったきりです。あの、先輩、」

洋榎「うちが見に行くわ。心配せんでもあいつは折れん。漫は部活のことだけ考えておけ」

洋榎「みんなー、聞いてー。言い忘れとったんやけど、この階の一番近い曲がり角んところのトイレ今清掃中なんや」

洋榎「悪いけど下の階いってくれー。忘れんといてなー」

漫「……」

洋榎「だから心配すんなって!」





洋榎「恭子、まくられてから崩れってたな……」

洋榎「あそこまで精神削られてる恭子を見たのはインハイぶりや」トボトボ

洋榎「咲と、やらせんほうがよかったかな」

洋榎「トラウマの払拭で良かれと思って受け入れたけど、恭子にはマイナスにしかならんかったのか……」

洋榎(でも……、咲を乗り越えにゃ恭子は進むことはできん。手を抜かれても一緒。うちはどうすりゃええんや)

洋榎「きょうこー? おるかー?」


末原「ん? おりますよー。どうしたんですか?」

洋榎「え? あれれ?」

末原「?」

洋榎「もう、休憩入ったからな。それ伝えようと思って」

末原「もしかして、」

末原「心配してきてくれたんですか?」

洋榎「」ドキリ

 
洋榎「す、すまん! 結構きつそうにしてたし、もしかしたらこの前のインハイみたいに、」

末原「そうですか、心配かけてすいません」

洋榎「……恭子?」

末原「宮永、眉動かさんであんな業物しこんでおりました」

末原「でもその後は全然リンシャンとか点数調整とかせーへんのにすごい強くて、場の支配力が尋常じゃなかった」

末原「オカルト抜きで化け物。そんなやつ、憧れてしまいますわ」

洋榎「……咲な、長野帰ってきてずっと閉じこもってたらしいんよ。ひたすら牌譜貪って、久が連れ出すまで廃人みたいな状態だったんやって」

洋榎「うちは怖い。そこまでして得るものが正しいのか。そしてあんな打ち方する咲が」

洋榎「思考誘導――あいつの普通じゃない読みと勘。うちはあれがオカルトの塊にしか見えへん」

洋榎「それでもお前は、「あっ、」


咲「ここ、あの、清掃中のとこでしたっけ? あれ?」

 
洋榎「さ、咲!? どうしたんここまできて」

咲「トイレ探してて、それで私方向音痴だから、」

洋榎「あーそっかそっか。そういやそんな属性あったな、忘れとったわ。丁度今な清掃終わったとこやねん」

末原「せいそう……?」

洋榎「よし、恭子ジュース飲みいこ。ほら休憩終わってまうで」

洋榎「じゃあな咲。戻り方はわかるよな」

咲「それぐらいなら大丈夫です。あと、末原さん」

末原「ん」

咲「最初の半荘にトップとられたの、すっごい悔しかったです。あとでもう一戦お願いしますっ」

洋榎(ヒャー)

末原「うん。今度はトップ取ったるわ。本気で潰すつもりでこい」

咲「ありがとうございます」ニコ


洋榎「……恭子お前、成長したな」

末原「そうですか?」

洋榎「うん。……あと、もううちら引退やから敬語はやめてくれ」

末原「それもそう――やな」

今日ぶん終了

>>165
ゴミ箱からサルベージしたので速報に乗っけておきます。良かったら読んでください。咲「京ちゃん」で立てます。

 
◇◆◇◆◇◆
 
洋榎「そろそろ戻らんと」

末原「……」

洋榎「どした?」

末原「なんか昔に戻れた感じがして」

洋榎「恭子は色々背負ってたからな。うちは好き勝手やってたからそんなことあらへんけど」

末原「部長になれ言われた日の夜は眠れんかった」

洋榎「恭子らしいわ。そうやって責任を感じるのはええとこや。うちにない素質やな」

末原「うち自身は単なるびびりかと思ってたけど、そう言ってもらえるとうれしい」

洋榎「のびのび打つ麻雀もええやろ」

末原「せやね。ほんま久しぶりやわ」

末原「そういやさっき、なんか言いかけたやろ」

末原「宮永が来て、えーっとなんやったっけ」

洋榎「ああ、あれか」

洋榎「うちも忘れたわ。感情のまま口走ってたし、たいしたことじゃないんよ。たぶん」

末原「ふーん」

 
ガヤガヤ

洋榎「なんか部室騒がしいな」ガチャ

洋榎「戻ったで、え、あれ? なんか多くない?」

由子「おかえりのよー」

漫「おかえりです」

郁乃「おかえんさ~い」

久「ああ洋榎、この二人、」

和「初めまして、咲さんと同じ清澄高校一年の原村です」ズイ

照「宮永咲の姉の宮永照です。うちの咲が迷惑をかけてないか心配で、」ズズイ

和「なにいってるんですか! 咲さんは他人に迷惑なんてかけません!」

照「原村さん。会って半年もたたないあなたが咲についてどうこう言う資格があるのかな」

和「お姉さんだって二年もほったらかしにしといて、いまさら保護者面ですか」

照「……そこに触れるのは人としてどうかと思うよ……?」ギュルルルル!

洋榎(うっわ、めんどくせー)


久「はいはいストーップ。ここは現責任者の私が保護者も兼ねているので、これ以上の『咲は私のもの議論』は不毛でーす」

洋榎「おいおい、火に油注ぐな」

絹恵「う、うちも大阪にいる間は咲ちゃんの仮のお姉ちゃんやから、」

洋榎「絹も黙っとき」

ギャーギャー

郁乃「末原ちゃ~ん、ほんまこの子らおもろいな~」

末原「代行、楽しんでないであんた唯一の大人なんだからこの状況なんとかしてください」

末原「というか今日は奈良行って知り合いと呑む言ってたじゃないですか」

郁乃「あれは、いろいろあって中止したんよ~。それに団体トップ4と個人チャンプが来るなんて面白そうやん」

郁乃「それと、末原ちゃん。あんた今ええ顔しとるな。なんかあったん?」

末原「――解放されたん言うのはちょっと違うけど、久しぶり好き勝手麻雀打たせてもらって、その、気持ちよかったです」

郁乃「せやか。元気になってもらえると私もうれしいで~」

末原「そんで……、あの二人は?」

郁乃「高校前でうろうろしてたから連れてきたんよ~。宮永さんが心配で長野からかけつけたらしいで」

末原「へ、へぇ」

ガチャ

咲「もどりましたー。……あ」

 
照・和「「!?」」

照「どうしたんだ、その髪!」

和「綺麗……じゃなくて、誰にやられたんですかっ」

咲「こ、これは、」

照「久を信じて送り出したのに……。咲がグレた」ウウッ

和「だから私もついていけば良かったんです」

照「だからなぜ君は咲をどうにかできると思っている。結局、肉親の私がいかなきゃダメだったのか」

和「お姉さんは期待されてませんよ。それに一緒についていくっていう選択肢を放棄したのはお姉さんですよね」

照「放棄したわけじゃない。久が『私だけで大丈夫』って、」

和「部長がたらしなの知らないんですか? よく平気で妹さんを預けられたと思いますよ」

久「……」

照「そんなこと言ったって、久があんな目をして言うから安心しちゃったし、それに君だってうまく言いくるめられたんじゃないか。人のこと言えるの? 愛があれば押し切れたはず」

和「それは……」

久「よくも好き勝手言ってくれたわねぇ……。ちょっときなさい」ゴゴゴ

照・和「「ひっ」」

 
◇◆◇◆◇◆

和「ごめんなさい」ペコ

照「……」ムスッ

久「あらら、教育が足りないみたいねぇ……」

照「!、ごめんなさい許してください」ペコォ

久「謝るのは私じゃなくて咲にだけどね」

和「私としたことが、体の変化に気付けないなんて……。もっと気をつけていれば」サワサワ

照「相談ぐらいしてほしい。私にだったらいくらでも面倒かけてもいいから」サスサス

咲「あ、あはは、とりあえず髪の毛触るのやめてもらえるかな……」


洋榎「変態共も大人しくなったし、そろそろ始めよかー」

漫「あのお二方どうします? せっかく全国区レベルが来てくれたんやし、卓入ってもらいましょうか」

洋榎「せやな、あの個人決勝でチャンプにぼこられた借りも返さんとなぁ」ゴゴゴ

漫「そうじゃなくてですね、指導回ってもらうって話ですよ」

洋榎「血が騒ぐわぁ。まさかプロ入り前に一戦交えることができるなんて……」フフフ

漫「こらあかんわ」

 
漫「と、いうわけで、チャンプ――じゃなくて宮永さんと愛宕先輩と原村さんが卓囲むんですが、あと一人、入りたい人~」

シーン

洋榎「新部長! 気合みせろや!」

漫「ですよねー。うちしかいないですよねー」

由子「トップとったら焼肉おごるのよー」

漫「はい。がんばります」

洋榎「由子! うちは?」

漫「洋榎は缶ジュース」

和「咲さん! 絶対トップになります! そしたらあとで髪触らせてください!」

照「させるわけにはいけないな。それに君は少し発言に気をつけたほうがいい」ゴォッ

久「私達はあっちで打ちましょう」

咲「そうですね」

 
◇◆◇◆◇◆

二時間後

照「ずるい……。よってたかって私を狙い撃ちするなんて」ションボリ

久「まさか照が二回続けてトップをとれないなんてねぇ。明日は槍でも降るのかしら」

洋榎「うち、やりきったで……。たのしかっ、たよ」ガクリ

絹恵「完全燃焼しとるけど、お姉ちゃんもトップとってないやん」

洋榎「なんでこんな子に育ってまったんや。昔はもっと優しかったのに」ブツブツ

和「咲さん! 約束です」ワキワキ

咲「うんうん! 和ちゃんすごかったよー」

和(ティヒヒ)

漫「由子先輩!」

由子「そのうちね。ちゃんと奢るから、ね。その目怖いのよー」

郁乃「そろそろ締めようや~」

 
漫「今日の部活はここまでですー。今後の日程についてはプリント配布しますんで確認お願いします」

漫「それじゃ赤坂監督より一言お願いします」

郁乃「んー、その前に、久ちゃんと照ちゃんから一言もらいたいな~」

照「……名門だけあってレベルの高い練習が臨めて大変収穫がありました。私はもう引退ですが、ここでの経験を東京に帰って後輩たちの糧になるよう生かせたらいいなと思います」

久(流石は二面相の照)

久「私は、そうですねー、やっぱり沢山の女の子たちに囲まれながら打つ麻雀は楽しいです」ニコ

洋榎(ブレんなホンマにこいつは)

和(やっぱりたらしじゃないですか)

咲(今日は何人落としたんだろう)

赤坂「私からは、来月の練習試合までに新主将決めたいから、いろいろアピールしてや~ってだけ。誰にもチャンスあるで~」

漫「以上です。解散」

 
◇◆◇◆◇◆

洋榎「よっしゃ飯食い行こう」

照「お好み焼き! お好み焼き!」ウキウキ

洋榎「キャラ崩壊しとるで。……せっかくやし道頓堀いこか」

久「大阪といったらって感じね」

洋榎「言うほど観光するところやないけどな」

洋榎「恭子たちは?」

由子「いくのよー」

漫「同じく」

末原「……」

洋榎「恭子」

末原「っ、どした?」

洋榎「大丈夫かお前ー。さっきもずっとだんまりやったし。道頓堀行くけどついてく?」

末原「お供させてもらうわ」

洋榎「おうけい。気いしっかりせえよ?」

 
◇◆◇◆◇◆
 
鶴橋○月

久「席決めどうする?」

和「咲さんのとなりで」

絹恵「咲ちゃんの横」

照「咲の横か下」

末原「あ、うちも宮永さんの横がいい」

洋榎「なんやて!?」

照「私のとなり?」

洋榎「ちゃうやろ。めんどいからクジな」

由子「それもめんどうなのよー」

洋榎「じゃあ、咲、誰の横がいいか決めて」

漫「残酷やなぁ」

咲「ええ~~、それじゃあ、末原さんと絹恵さんで」

絹恵「っしゃあああ!」ガッツポ

末原「ありがとな」

 
照・和「」チーン

久「オススメってある?」

洋榎「○月焼きっちゅう看板が、まぁハズレなくてええんやないか」

久「じゃあ私はそれ。みんなは適当に頼んで分けましょう」

久「そして支払いは私に任せないさい!」

おおー

久「ホテル代バックと学校からのお小遣いがあるからね。好きなだけ頼むといいわ」

照「好きなだけ……?」

洋榎「なんやチャンプ。食い意地はってんのか」

照「私の胃に限界はない。故に最強」

洋榎「どっちが食えるかやりあうか? さっきのリベンジマッチや」

照「第三回長野焼き芋大食い競争優勝の私にか?」

洋榎「はん、問題あらへん。底なし沼の洋榎言われたうちや。負けるきせえへんわ。地元やし」

照「かかってこい」

 
◇◆◇◆◇◆

末原「ここの⑨筒切りたいんやけどどう思う?うちはペンチャンより良形持っていきたいんやけど」

絹恵「うちもそう思います。だけど咲ちゃんはそのままリーチしてますね」

咲「はい。ここで部長の視線から推測するに既に張ってました。だから私は――」

ジュージュー

久「ねぇ、ここまで麻雀にのめりこんでる咲って珍しくない?」

和「すごい楽しそう……」チュー

久「聞いてる?」

和「……聞いてます。正直怖いぐらいです。それとなんというか」

久「魅力的」

和「それは以前からですけど。正確に言えば、より魅力的になった、です。部長狙ってます?」

久「私は不退転の決意があるの。安心して」

和「咲さん、以前より人を惹きつけるなにかがある……。だからみんな樹液に群がるコガネムシの如く咲さんにまとわりつくんです」ヂュゴゴゴ

久「コガネムシって……。ドリンク、持ってこようか?」

和「私が行きます」スッ

 
和「あ、咲さんのグラスも空ですね。持っていきましょうか?」

咲「いいの? ありがとう和ちゃん」ニコ

和「すいませんグラスを、」

照「待て、私が取ってあげよう。それと私のも頼む」スススッ

和(今、明らかに自分のと咲さんのグラスを入れ替えた!?)

和(いや、あの手馴れた手つき、何千何万とくりかえしているはず。入れ替えた動きさえブラフかもしれない)

和(油断していました。もう少し注視していれば判別できたのに……)

和(こっちの思惑がバレているのか……。ならばこれは『牽制』であり『利用』されているッ)

照「咲と私は『オレンジジュース』。二人とも『オレンジジュース』だぞ? いいか、忘れるなよ……」フフフ

和(二人が同じ内容物なら、お姉さんが受け取った時点で、咲さんに渡すほうを選択するのは、お姉さんですね)

和(だったらこの二つのグラスには差異があるはず。お姉さんだけが見抜ける小さな違い)

和(わからない、一体どうすれば気付けるッ)

和(いっそ運否天賦に……いや、)

和(それでは咲さんのグラスを手に入れる確率は二分の一。ここは確実に獲る!)

 
和(結局ドリンクバー前まで来たのに未だに『差異』に気付けていない)

和(グラスの底も)クルッ

和(目に映る証拠は何一つありません……)

和「目に映る?」

和(まさか、)サスサス

  ”!?”

和(彫ってある……。浅く広くだけど、確実に)

和(右腕の回転パワーを指先まで伝え、擦り傷を残さず削り取ったのですね)

和(文字、でしょう。……『て』、『る』、『の』?)

和(『てるの』、グラスの所有権を主張するものでしょうか)

和(そんなことにわざわざ?印ならここまで複雑な文字をつけなくていい)

和(そうこれは、『照のグラス』ではなく、『照の(物の)咲のグラス』の意!)

和(あのにじみ出る変態性と独占欲から、彼女の持ち物全てに印をつけている可能性すらある)

和(きもちわるい! けどこの勝負、私の勝ちです!)

 
照「ふふふ」

洋榎「なにわらっとんのや。はよ食え」ハムハム

照(今頃原村さんは底の文字に気付き、そして理解し、私を出し抜いたと喜んでいるはず)

洋榎「さっきの威勢はどうした」

照(しかし、甘いな。なぜ渡したグラス二つのうち一つに咲のが含まれていると考える?)

洋榎「ほう無視か。ならばこっちにも手はあるで」

照(運否天賦であれば二分の一。そんな可能性にかければ私の敗北もありうる)

洋榎「こんぐらいの大きさでええかな」


照(だから、私は用意した。もう一つのグラスを!)

照(店員さんに一つ追加の注文を告げるとき、周りに不審がられないよう注意したおかげで誰も気付いていない)

照(咲のグラスを受け取る瞬間、既にそれは膝元に待機。自分の体で隠しながら取り替える!)

照(そして今、さりげなくバッグにつっこんだ一個こそ、咲の接吻付きグラス!)※犯罪です

照(そして、誰も見てない隙に何食わぬ顔でテーブルの上のと交換し、使用するッッ)

照(会計時に入れ替えたグラスを出せば窃盗にならない!)

洋榎「おい口開けろ」ガシ

照「は?」

洋榎「あーん」ムリヤリ

照「あががががが」フガフガ

 
漫「末原先輩、なんだか変わりましたね」

由子「一年坊の頃を思い出すのよー」

漫「じゃあ戻ったって感じですか?」

由子「そうね。強くなるためにひたすら打っていた女だもん。お昼の間もずっと麻雀誌読んでたのよー」

漫「トラウマも乗り越えられたみたいやし、彼女ら招待して正解でしたね」

久「へぇー、うれしいこと言ってくれるじゃないの」ズイ

由子「わっ! びっくりするのよー」

久「あらら、ごめんなさい。ついうれしくなっちゃって」

漫「そういや咲ちゃん、引きこもってらしいけど、そんな風には見えませんね」

久「私が会ったときはずいぶんやつれてたけどね。久しぶりに打って調子もどせたんじゃない?」

漫「でもあれって、インハイで会ったときと全然ちゃいますよ。今の咲ちゃんと打ってるとなんていうか、どす黒いオーラみたいな」

由子「失礼なのよー」

久「……否定できないわ」

◇◆◇◆◇◆

 「お会計は12695円です」

久「(ちょwww)……二万からお願いします。領収書は清澄高校名義で」

和「ホテル代から引くんじゃないんですか?」

久「私は議会長の特権を最後までしゃぶりつくすつもりよ」

漫(うちも見習お)


洋榎「苦しい……。こいつほんまもんのアホやで……」

絹恵「まったくもー。子供やないんやから。うち、胃薬持ってるけど飲む?」

照「大阪のどぶ沼は大したことないな」キリッ

咲「お姉ちゃん、未だに大食漢だったんだね……」


由子「こっからどうするのよー?」

洋榎「まだ暮れるのまで時間あるから観光やろ」

久「せやせやー」

洋榎「この辺りなら、大阪城とかやな」

漫「華の女子高生がお城見学って」

洋榎「なんやとこら」

久「いいじゃない。大阪城、風情があっていいわ」

照「うん。(咲と)お城見たい」

和「いいですね。私も(咲さんと)見て回りたいです」

久「ポンコツコンビもそう言ってる事だし決定」



 
◇◆◇◆◇◆

雅枝「家で一人酒。思ったよりむなしいな」ポリポリ

雅枝「しても遅いなぁ。もう8時やで。午前練聞いたのに。日本橋でも回ってるんやろか」

雅枝「……暇や。なんかゲーム買っときゃ良かった」

ガチャ ジャマスルデー

雅枝「おお、おかえり……。なんか増えてるな」

和「お世話になります。原村です」

照「照です。咲の姉の」

洋榎「キャラバンに新メンバーや。宿なしやからうちで預かろう思うてな。ええやろ?」

雅枝「別にええけど……。面子集めて雀荘つぶしに行ってたのかとおもたわ」

雅枝(局地的に雀力集まりすぎやろ。悪うもんでも呼び寄せよるんやろか)

洋榎「あ、夕飯食ってきたから」

雅枝「わかった。そうだ、今日の牌譜のデータと録画したやつある?」

洋榎「ちょいまち……。これや」

雅枝「ありがと。じゃあおばさんは自室でこもってますわ。みんな自分家みたいに気楽にしてな」

 
久「熱心ね」

洋榎「あれは趣味みたいなもんや。極々偶に指導やらダメだしされるけど、所詮飯ん時の会話のタネ程度やしな」

絹恵「子供よりも教え子のほうがかわいいみたいやもん」

洋榎「それはちゃうよ。単純に家ん中でも指導者面したくないだけやろ。たぶん」

絹恵「ふーん。そんなもんかなー」

久「絹恵ちゃん、お母さんのこと苦手?」

絹恵「別にそういうわけやないですけど、教えて言うても学校がー監督がー言うてまともにとりあってくれへんから……、千里山の子たちには嫉妬してしまいます」

久「じゃあ、好きなんだね」

絹恵「そうですね。うち、マザコンだと思います」

洋榎「開き直りすぎやろ。こっちが恥ずかしくなってきたわ」


照「洋榎」チョンチョン

洋榎「なんや」

照「あれやりたい」

 
洋榎「64?ソフトだったら、TV台の下にいっぱいあるからそこから選びな」

照「わかった」トテテ

洋榎「……あいつオーラなさすぎぃ!」

久「宮永一族は雀卓以外だと普通だからね」

洋榎「そもそも姉のほうには感情を感じないんやけど、そのへん大丈夫なん?」

久「最強な上、個性豊かでアイドル気質だったら、そんなの神様が許さないわよ」

洋榎「それが強さの秘訣……? お、マリパやんのか。うちも混ぜてーな」

照「泣いて逃げ出すことになるがよいかな?」

洋榎「持ち主にその発言はありえんやろ。ぼこるわ」

照「何か賭けよう」

和「咲さんと一緒にお風呂に入る権利でいかがでしょうか」キリッ

照「なぜ君が出てくる。だがその提案は大いに結構。負けるはずがないからね」

絹恵「うちもやります」

洋榎「なんやこの求心力は。咲はどこぞの教祖か」

 
照「またスター出た」イェ゛エ゛ー

洋榎「な!? おかしいやろ! なんでマス踏んだだけでそんなボーナススター貰えんのや!」

照「全ての事象は私に収束する」ドヤァ

洋榎「意味わからん……。まぁミニゲーム一回も負けとらんからええけど」

和「おかしい……目押しは完璧なのに……、乱数パターンfのはず……」ブツブツ

絹恵「ごめん、おねーちゃん! うちの養分になって!」ゴー!テレサ

洋榎「やめろおおおおお」カチャチャチャチャ


久「楽しそうね」

咲「部長は参加しなくていいんですか?」

久「私、TVゲームって苦手なの」

咲「私と一緒ですね。見てるほうが楽しい」

久「……咲、元気になって良かった」

咲「はい」ニコ

久「……、この前、叩いてごめん」

中断
ふと照玄書きたいと思った

 
咲「?」

久「あなたの家に行った日」

咲「、あ、あれですか。……悪いのは私です。みんなの気持ちも知らずに、勝手に自己嫌悪に陥ってました」

久「頭にきたのは演技じゃなくて事実、なんだけど、まさか力が……」

咲「嶺上開花使えなくなっちゃったのはしょうがないです。奪われちゃったものをどうこうすることは、たぶん無理です」

久「奪われた? ……大星さんに?」

咲「彼女が教えてくれました。『こんな素敵な力をありがとう』って」

久「……」

咲「あれだけ悔しかったのは人生初めてだったな……。自分でも怖いぐらい怒りが膨れて、おかしくなりそうでした」

咲「というかちょっと壊れちゃってましたね」アハハ


咲「私、もう昔みたいに打つことはできないんです――よね」


久「……っ、」


久「ごめん」

咲「!っ、 部長、どうしたんですか?」

久「なんで咲が、て。何も悪いことっ、してないのに、」

久「私、本当に何もできなくて、後輩一人守れなっ、くて」

照「咲が……久を泣かした……」

咲「ええ!? いや違っ、――違くはないけど、」オロオロ

洋榎(何したらあの女を泣かせることができるんや)

久「お手洗い、行ってくる」

 



久「大星、淡……」

久「返してよ、私の後輩を、」

久「前みたいに、心から笑ってくれる咲を……」



.


ガチャ  ドン

雅枝「おおう、悪い。前見てなかったわ。……大丈夫?」

久「あ、いえ。こちらこそごめんなさい。お怪我ありませんか?」

雅枝「そうじゃなくて、今泣いてたやろ。嫌なことでもあった?」

久「……もう、落ち着いたんで、大丈夫です」

雅枝「そうか。久、あ、下の名の呼び捨てでもいい?」

久「はい」

雅枝「――後で、チャンプと一緒にうちの部屋来てくれへんかな。寝る前でええよ」

久「かまいませんが、」

雅枝「ちょっと聞きたいことあってな。なんなら今すぐでもええんやけど、どうする?」

久「照がまだ遊んでるようなので、後でお邪魔させてもらいます」

雅枝「うんわかった。また後で」

久「はい、」

久「……?」

今日分終了


1の好きな咲キャラBEST3を聞いてみたい





洋榎の部屋

照「ぶー。咲と寝たかったー」

洋榎「まぁまぁ、ええやないか。お姉ちゃん連合みたいな感じして、な」

久「そう言われてみれば、そうかも。大人の会合ってやつ」

久「……今日は二人を寝かさないわよー」ニヤ

照・洋榎「」

久「冗談よ。いくら私だって二人相手は身が持たないわ」

洋榎「……お前、ほんとは処女やろ……」ボソ

久「そういう属性もありね。実は純情で乙女な私」

洋榎「もう何がほんまかわからんなコレ」

久「ああそうだ、照、今から雅枝さんに呼ばれてるんだけど、一緒に来てくれない?」

照「――ん? ごめん寝てた。今から?」

洋榎「今まで喋ってたやろ! で、なんで? 理由は?」

久「聞かされてないわ。とにかく照を連れてこいって」

 
コンコン

雅枝「入ってええよん」

久「お邪魔します」

照「どうも」

洋榎「邪魔するd」

雅枝「いやいや、あんたは呼んでへんから」

洋榎「なんやとー! やっぱ、絹が言うように教え子のほうがかわいいんか……」

雅枝「こら、イジイジすんな。そういう性質やないやろ。……まぁええわ。本当は、二人だけで決めてほしかったんやけど、ヒロ、あんたは余計な口出ししない、約束せえ」

洋榎「そんな重い話なんか?」

雅枝「約束」

洋榎「わーったって。するする」

雅枝「じゃあ、そのへん適当に座ってな。楽にして聞いてくれ」



雅枝「……――二人で、咲が今後麻雀を続けるかどうか決めてほしい」

照「……は?」

 
照「おっしゃってる意味がよくわからないのですが」

雅枝「端的に説明するとな、あの子の打つ麻雀は人を潰す。だから、被害者が出る前に、」

照「おかしいです。同じ卓で打ってもいないのになぜそんなことがわかるのですか」

雅枝「わかるよーそりゃあ。だってあの子に似た人知ってるもん」

久「まさか……小鍛治、健夜?」

雅枝「なんやわかっとるんか。――なんでそう思った?」

久「昔のインターハイの動画を……、いえ、でも、」

雅枝「日本麻雀界の至宝であり、無双の悪鬼、小鍛治プロ。あいつの学生時代そっくりやで」

洋榎「でもでも、小鍛治プロは現役やろ!? おかしいやん、あの人が許されて咲は駄目なんて。それにそんなん本人に、」

雅枝「約束忘れたんか?」

洋榎「うっ、」

雅枝「ヒロ、悪いんやけど、これは保護者二人が考えて結論づけることなんや。部外者が横から口出ししたらあかん」

洋榎「……わかった」

 
雅枝「小鍛治の新人の時、なんて言われてたか知ってるか?」

照「いえ、」

雅枝「『吸血鬼』や。意味わかる? 同じ卓囲ったら最後、生気が抜けて屍人のようになる。そいつが強ければ強いほど、ひどい有様になってまう」

雅枝「奈良の阿知賀の先生な、昔小鍛治にぶっ壊されて長い間牌握れなかったらしいんよ。あんだけの実力あれば今頃プロで結果残してたってのに」

照「咲は違います」

雅枝「何が違うんや」

照「咲は他人に危害を加えるような子じゃありません。純粋で優しい子です」

雅枝「じゃあ質問。小鍛治はなんで地元の独立リーグへ行ったと思う?」

久「強すぎたせいで……飛ばされたってことですか?」

雅枝「ほとんど正解。あいつはな、日本のプロ連中を壊しすぎた」

雅枝「あいつが十九の時に引退したプロの数、ざっと前年の3倍やで」

雅枝「確かに強い。けども層が厚い日本は小鍛治に及ばずともそれに近い連中はぎょうさんおる」

雅枝「それが軒並み引退して、小鍛治が孤高になっちまったら、団体がメインの世界戦でやってけへんやろ」

 
雅枝「小鍛治は強者を求め続け暴れまくった。そして上の連中が危惧した結果、ちっぽけなリーグへと放り込まれた」

雅枝「悪意はなく、打つことが楽しくてしょうがなかったんやな」

雅枝「純粋すぎる故に性質が悪い。一応名誉のために言っとくと相手の不幸に喜べるやつではない。これは咲にも言えることやろ」

照「それでも咲は……」

久「っ、先ほど洋榎も言ったようになぜ、咲本人へ聞かないのです? 私達は所詮、管理者と姉です。麻雀を離れろと言うのなら本人が決断すべき事柄なはずです」

雅枝「あの子は――辞めろ言われたら辞めるやろ。そんなのフェアやない」

久「矛盾していませんか? 雅枝さんは先ほどからおっしゃってることは、咲に麻雀を辞めてほしいようにしか聞こえませんが」

雅枝「……十五の子にその道を絶てだなんて、子供がいる身からしたらホンマは言いたくない」

雅枝「それに、続けるのであればサポートはする。それでも、大会ではどうなるかわからん」

久「それって……」

雅枝「ああ、夏休み明けは清澄の監督を希望する。明日にでも学校のほうに連絡入れるわ」

久「!!、 ありがとうございます」

雅枝「ふふ、悪いなーこんな話のときに。本当はもっとびっくりさせたかったんやけどな」

 
洋榎「今日の朝話したばっかやろ。そんな都合つくもんか?」

雅枝「元プロ・元千里山監督の愛宕雅枝やぞ? 喉から手が出るほどほしいはずや」

洋榎「自分で言うかそれ。家はどうすんのや。うちはプロ行ったら絹の世話は無理やで」

雅枝「ヒロにそんなん期待してるはずないやん。それに再来月あたりパパが帰ってくるよ」

洋榎「げっ、あいつニュージーで牛のケツに顔つっこんで窒息死したんやないのか」

雅枝「嫌うのはわかるけど、あんた、自分の父親をそんな適当な設定で殺すな」

雅枝「で、話は戻すけど、どうする。やめさせるなら私がうまいこと言ってどうにかする。あんたらは誰も傷つかん」

照「私は、咲の意思を尊重したいです……」

久「彼女には打たせます。私の後輩から幸せを奪うのは絶対に嫌です」

雅枝「続けることで誰かが不幸になるかもしれへん。回りまわって咲がそれを被る可能性もある」

久「……――それでも、私は彼女にはまだ部のみんなと麻雀をさせてあげたい」

雅枝「わかったわ。まあまだ完全に力は覚醒しとらん。引き返せる段階にいる。明日一緒に打ってみてその後もう一度聞くわ」

 
◇◆◇◆◇◆

洋榎「zzz」


照「久、起きてる?」

久「うん」

照「謝らなきゃいけないことがある。久に嘘をついていた」

久「嘘?」

照「咲が嶺上開花を和了れなくなったのは、淡のせい」

久「咲から聞いたわ。それでさっきね。なんだか私のほうが悲しくなっちゃって」

照「そうだったのか……」

久「後輩を庇うのも、先輩の仕事だから。責めはしないわ」

照「……」

照「淡は極度の興奮状態になると相手の精神を取り込み力を奪う」

照「私も一度だけ、やられたことがある」

久「その時はどうしたの?」

照「その半荘が終わったら元に戻ったよ。私には咲が戻らない理由がわからない」

 
久「咲に嫉妬したのかもね」

照「淡が?」

久「大星さん、あなたと仲良くしてたじゃない。カメラの前でしか見てないけど、」

久「先輩後輩は血縁以上の関係にはなれないから……。咲より自分がすごいんだぞってアピールしたかったのかも」

照「そんなくだらないことで……」

久「ええ、くだらないわ。そんなくだらないことで私の後輩は壊された」

照「ひ、久?」

久「自分を慕う女の子がある日、まともに口も聞けなくなり以前の笑顔を失ってしまった。あなたは加害者に対しどう思う?」

照「……悲しい」

久「違う。憎しみが生まれ殺意を覚える、だよ。受身の感想を述べられるほど、被害者に近しい人間は冷静じゃない」

照「……」

照「私には、淡を責めることはできない」

照「――それに、咲はもう以前と変わらないぐらい元気になったじゃないか。打ち方は変わっちゃったけど、麻雀も強いし、それでも久は淡が許せない?」

久「……」

久(以前と変わらない、か)

久「もうこの話はやめましょう。明日は七時起きだから、そろそろ寝るわ。おやすみ」

照「……うん、おやすみ」

 
照と咲の間にどんな澱みがあったのかは知らない。
知ろうともしなかった。家族間の問題に、ほとんど赤の他人のような私が口を出していいとは思えなかったからだ。
それでも最低限のサポートはしたし、琴線に触れない程度には相談に乗った。
妹ができた気分だった。片親で、一人っ子の私にはそれがどれほど幸福だったことか。
だけど、そんな家族ごっこは長くは続かなかった。

インハイの最終日、照は既に崩壊の始まっていた咲と仲直りをした。


ずるい。

和の言うとおりだ。二年も放っておいて、今更また家族になろうだなんて虫が良すぎる。
私は咲が欲しかった。
似た境遇を持つ彼女にただならぬ親近感と、部員関係の一線を越えた不浄な何かを感じるほどに私は咲に夢中だった。
雨の日に捨てられていた子犬にミルクを与え、毛布で包み、毛づくろいをした矢先に、捨てた人間がそれは私のだと強引に関係を踏みにじられた気分。


いや、流石にそれは被害妄想のいきすぎか。
咲はそこまで弱くないし、私も干渉していない。

でも――


久「照」

照「……zzz」

久「寝てるか」ハハ




久「いらないんだったら、頂戴。どうせあなたにはわからないから」

今日分終了です。ちょっと追加
>>214
玄ちゃん、菫さん、ワハハです

 
◇◆◇◆◇◆
 
次の日

末原「おはようさん」

洋榎「おはよう。珍しいな、駅で会うなんて。いつもはもっと早入りしてんのに」

末原「引退した三年は重役出勤がデフォや。それに下の子たちが意識して、早くこられても困るしな」

洋榎「うちなんて開始ギリギリが普通やのに、恭子は偉いなー」

末原「いや……何回言われても、その姿勢を崩さなかったのは洋榎だけやで」

洋榎「でもな、無遅刻無欠席が自慢や。すごいやろ!」

末原「……」

洋榎「今、バカは風邪ひかん的な吹き出しがちらついたで」

末原「自覚しとるやん」

洋榎「おぉ? 朝から挑発的やのー。あとで同卓入れや」

末原「ははは、お手柔らかにな」

 
久「ふわぁ~」

照「久も欠伸するんだ」

久「そりゃまぁ人間ですから」

照「そういう意味じゃなくて、……まぁいいや」

久「何よ、歯切れ悪いわね」

照「快眠快食をモットーに生きてそうだから」

久「私、自分の枕じゃないと寝つき悪いの」

照「へー」

洋榎「……」


――昨晩――

雅枝「なんやこんな時間に、トイレはここやないで」

洋榎「起きてる。さっき、うち、会話入れんかったから、」

雅枝「言いたいことあった?」

洋榎「……咲と打ったら、壊れる言うたやんか。でも恭子、逆に昔に戻ったっていうか、良くなったんよ」

雅枝「うん」

洋榎「だから、咲が麻雀続けることが言うほど悪いもんなのか、ってそれが疑問で」

雅枝「小鍛治の通り名『吸血鬼』、卓についたやつを潰すって他にも意味がある」

雅枝「ほんと稀にらしいけど、あまりの強さゆえに他人を引き込み、魅了するんやて。その上そいつに力を与えてまでな」

洋榎「仲間増やすんか。まんま吸血鬼やないか」

雅枝「ほんまやで。どんだけこの業界はオカルトで溢れてるんかいな。……だから末原さんも咲に惚れてまったのかもな」

 
洋榎「ただ、昔に戻っただけと信じたいわ。恭子にあんなうち方は似合わん」

雅枝「録画を見る限り、まだ咲は未完成品やな。毒が毒を打ち消して、いい方向に転がったのかもしれへんやろ」

洋榎「ああ、バキでもそんなことあったし、うちはそれを信じるわ」

雅枝「せやでー。めんどうなのは全部おかあちゃんに任せとき」

洋榎「隙あらば良母アピールか。そういうのは絹にしてあげて」

雅枝「絹は私よりあんたのほうが好きなんやで。それに気付かんから咲にべったりやんか。大事な妹、とられちまうぞ」

洋榎「うっ……、それは嫌やわ」

雅枝「ま、あんたは明日、みんなと楽しんできなさい」

洋榎「……おかん、ありがとな」

雅枝「まさかヒロの口からそんな言葉が……さぶいぼ立ったわ」

洋榎「……ばばあ」ボソ

雅枝「冗談よ。おやすみ」

洋榎「おやすみ」


―回想終わり~―


洋榎(咲が問題なければええんやろ。楽勝やで)





プルルルル

戒能「おはようございます」

戒能「ええ、もう校門前です」

戒能「――いえ、詳しくは。はい、――、?」

戒能「赤阪監督から是非にと」



戒能「咲さん?」



戒能「ええ。そのつもりですが、今日は彼女の調整も兼ねています」

戒能「楽しみですよ。私の後輩ができるなんて。だから、」

戒能「――そうです。あなたは手を出さないでください。私がなんとかします」

戒能「会合には愛宕さんと向かいます。では」

ピッ

戒能「……」

戒能「体操しておこう」ヨイショ





 
漫「そこで、ぐわーっとサイドからふっかけてくるんですよ! もうタイヤスレスレ!」

洋榎「ほうほう」

漫「で、やっぱりあのカマホリカマ野郎、アウト手前でカマ掘っちゃって。今季二回目ですよ!!」

洋榎「へー」

漫「ちゃんと聞いてます?」

洋榎「あ、そうや。今日の卓決め、うちが全部決めてええか?」

漫「いいですよ。なんだかやる気まんまんですね」

洋榎「珍しいかな? 麻雀に対してはいっつも真摯やで」

漫「カワイイ後輩達のためなら、キャラを捨ててまで指導に徹する。先輩の鑑ですわ」

洋榎「せやな」

漫「……」

漫(つっこみないんかーい!)

 
洋榎「――そんで、こいつらんところに由子入れて、」

漫「あれ? それじゃあ、咲ちゃん半荘二回しか入れませんよ」

洋榎「……他の人の打ち筋を生で見せるのもええかなって思って。ほら、清澄って部員少ないから」

漫「『打たなきゃ強くならん。口動かす前に手え動かせ』がモットーの先輩の発言とは思えませんね」

洋榎「人は変わるんやで」


久「姫松の売店、バナナ売ってるかしら」

由子「休日は売店休みなのよー」

照「近くにスーパーがある。昨日アイス買った」

久「あら、休憩にでも行きましょうか」


洋榎(久も照も、思ってたよりへこんでへんな。部外者のうちが一番気にかけてるってどういうことやねん)

洋榎(お節介焼きかな。らしくないわ)

漫「あ、戒能プロ」

洋榎「え、」

ズルリ

戒能「グッモーニン、エブリワン。今日も楽しくレッツ麻雀」

 
洋榎(なんや今の登場の擬音。ズルリっておかしいやろ)

漫「おはようございます。代行に呼ばれて来たんですか?」

戒能「答えはノー。このあたりから強者の香りがしてね。つられて私が吸い寄せられてきたわけだよ」

末原「いやいや、昨日代行が口滑らしてましたよ。『明日はビッグなゲストがカムインするんやでー』って」

戒能「なんと。せっかくサプライズさせようと思ってたのに」ガックシ

戒能「……おや? 君達は宮永シスターズ。やはり私の嗅覚は間違っていなかったね」

照「アイラブサキ」

戒能「わざわざ英語でお答えしなくても結構。それに会話が成立していないよ」

照「ひさしぶりですね、戒能さん。今日はよろしくお願いします」

戒能「こちらこそよろしく。私の前ではナチャラルでオッケー。――咲さん?」

咲「は、はい!?」

戒能「そんなに強張らなくても……。髪、白くなったんだね」

咲「あ、これ……――はい」

洋榎(……ん?)

今日分終了です

 
◇◆◇◆◇◆

戒能「――若輩者ですが、プロとしてビシビシ指導を当たらせてもらいます。今日は一日よろしくお願いします」

郁乃「というわけで、戒能良子ちゃんでしたー。はい拍手ー」

パチパチパチ

戒能「どもども」


洋榎「久」チョイチョイ

久「なに?」

洋榎「今日のメンバー表見てもろうた?」

久「ええ。あれで異存はないわ。流石に姫松の子たちが――、いや、まだ咲がそうだとは限らないけど一応保険だし」

洋榎「一応二回半荘の機会はある。……ええんか? 久もは入っとるけど」

久「昨日も一昨日も打ってなんてこと無かった。咲が無害だって証明するわ」

久「……それに、照、ああ見えて内心びくびくしてるのよ。たぶん、咲が本当に人を喰う魔物だったら辞めさせると思う。だから私がなんとかしなくちゃ」

洋榎「お前、少し咲に対して入れ込みすぎやないのか?」

久「……そうかしら?」

洋榎「うちと久や咲はたった二週間程度の付き合いや。だから久達の関係がどこまで根深いもんなのかはわからへん」

洋榎「それでもちょいとお前……、行きすぎやで」

久「ただの後輩思いのお姉さんキャラのつもりだけど?」

洋榎「……ほうか。ならええわ」

由子「そろそろ始めるのよー」





戒能「咲さん、少しよろしいかな?」

咲「私、休憩後まで見学なのでお時間とれますよ」

戒能「お話があります。ちょいとこちらへ」


洋榎(むむむ!)

洋榎(やっぱ怪しい! 戒能プロ、人生五巡はしてそうな経歴持ってるからな。変な人やとおもっとったけど)


戒能「――。――」

咲「――」


洋榎(こっからじゃ何も聞こえん。読唇術読唇術……)

 「先輩、あの、」

洋榎「、ごめんごめん、ちょっと考え事をな」タン

 「ロンです」ジャラ

洋榎「ほげ……」

 
戒能「どう? 調子は優れた?」

咲「はい。竹井先輩や大阪のみなさんのおかげで、なんとか調子戻ってきました」

戒能「それで、大星さんに奪われたものは」

咲「やっぱり戻りませんでした。でも、前とは違ったうち方ができるようになって、これはこれで楽しいです」

咲「長野へ帰った後、戒能さん達と打ったおかげもあると思います。あのときからなんだか不思議と力が沸いてきて、」

戒能「おっと、その話は他言無用でお願い」

咲「? 約束通り誰にも言ってませんが……、何か理由があるのですか?」

戒能「……プロが個人的に指導をするというのは、贔屓だのなんだの、うるさく言われるからね。それに親御さんへ知らせず深夜に連れ出したわけですから」

咲「……わかりました」

戒能「それだけ守ってもらえれば、ノープロブレムだよ」ニコ

咲「それじゃあ私、他の方の見学に行ってきますので」トテテ

戒能「……」


戒能(やはり、笑顔に影がちらついた)

戒能(結局同類を作ってしまった。よかれと思ってしたことだけど、罪の意識が無いといえば嘘になる)

戒能(赤阪監督の話ではドラゴンの雛。何のことやらと思いましたが、なるほど、これは覚醒前のモンスターなわけですね)


戒能(小鍛治プロ、あなたの思い通りにはさせませんよ)

 
……一週間前……

戒能「連れてきました」

健夜「うん、お疲れ」

咲「……」

健夜「この子生きてる?」

戒能「脈拍はあります」

健夜「人間としてだよ」

咲「……」ブツブツ

戒能「病院で脳波検査取りますか?」

健夜「そんな時間ないよ。これ見つかったら結構バイヤーだからね」

戒能「ばいやー?」

健夜「良子ちゃんもその反応するんだ……。あそうか、こーこちゃんよりもわかいからね」

戒能「ふむ、あまり触れないでおきましょう」

健夜「ひどいなー」

 
健夜「四年前、覚えてる?」

戒能「ええ」

健夜「この子にはそういう血筋じゃないからあそこまで無茶できないけど、ま、ほとんど同じ事するよ」

戒能「……」

健夜「ご不満?」

戒能「……いえ」

健夜「だよね、また傷増やすのも嫌だもんね」

戒能「あと一人はどうします?」

健夜「もういるよ」

戒能「え、」


郁乃「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」

戒能「……赤阪監督」

郁乃「『古っ』ってつっこみ待ちだったんやけど~」

健夜「私の世代でもないですよそれ」

郁乃「あら~」ニコニコ

 
戒能「呼ばれた理由知っているのですか?」

郁乃「なんや人体開発聞いたけど~。宮永さんとは知らんかったわ~」

咲「……」

郁乃「髪真っ白になってお人形さんみたいや」

戒能「来る前にシャワーを浴びせたら……。私も経験があるとはいえここまで綺麗に抜けるとは思ってませんでした」

健夜「赤阪監督、どうです」

郁乃「ええんやない?」クルリ

健夜「……じゃあ行こうか」





今日分終了です
野球トークは金本選手の引退と今季のヤクルトがボコボコなのでカットしました
無念です

 
戒能「貸切の雀荘というのはなんとも寂しいものですね」

健夜「静かでいいと思う」モグモグ

戒能「こんな時間にカップ焼きそばは身体に悪いですよ」

郁乃「せやでー。すこやんもう若くないんやから~」

健夜「だって雀荘って言ったらカップ焼きそばでしょ!?」

戒能「そうなんですか?」

郁乃「知らんわ~」

健夜「うちの地元はそうなの!」

郁乃「ここ、喫煙ええの?」

健夜「大丈夫ですよ」モグモグ


戒能「……では、」

カシャン

ジャラジャラジャラジャラ

咲「……」ブツブツ

郁乃「お、ちゃんと手は動いて牌は持っててるな~」

健夜「――ストップ」

郁乃「ほ?」

 
咲「……」

健夜「手、開ける前に聞きたいことがある」

咲「……?」

健夜「麻雀で人を殺せると思う?」

郁乃「……」スパー

戒能「咲さん?」

咲「……どういう意味ですか?」

郁乃「あらー喋れるやん」

健夜「『はい』か『いいえ』でいい。これは私の興味だから」

咲「……」

咲「……」

咲「はい」

健夜「理由は述べなくていいよ」

健夜「手、開いて」

咲「…………!!」


咲手牌:①②②③⑥七七七九九発発発

 
健夜「続けてツモして」

咲「……」

ツモ:③筒

郁乃「ははっ」

健夜「何が来たかまではわからないけど、そのままダブルリーチ、五順目カン裏ドラ爆ノリ、その次順ツモ倍マン」

健夜「それがスタンダードな大星さんの攻め方。まるで美しくない」

郁乃「うちは好きやで~」

健夜「団体戦の決勝卓、大星さんは非常に苦しい状況だった。メンツて意味でね」

健夜「準決で完全敗北を喫した高鴨さんに王牌を制する宮永さん」

郁乃「……」ニコニコ

健夜「じゃあ、ちょっと回してみよっか」


……四順目

戒能「……」タン

健夜「カン」チャ

スッ

健夜「で、もう一個カン」

健夜「ツモ。終わり」

咲「……」

 
健夜「どうかな? 大星さん役は」

咲「……別に」

健夜「被害者が加害者の目線で見るのは意外と『面白い』ことだと思う」

咲「……」ガタ

咲「私は面白くなんてなかった」

咲「私はあの子にめちゃくちゃにされた。――せっかく麻雀を好きになれたのに」

健夜「実はね、大星さんからしてみればあなたと高鴨さんは途中まで加害者なんだよ」

健夜「全力前傾での大星さんは王牌支配が必須であなたはそれを妨害し、高鴨さんは問答無用でツモ和了りを阻止する」

健夜「絶対王者の大将が新参二名に邪魔されてるんだよ? そんなの、許されないよ」

咲「……だからって……っ!」

健夜「その回答が『能力を奪う』。コピーでもなく、盗むの。過去の牌譜にも載ってなかった。私もびっくりしたよ」

健夜「前提として対象者の畏怖や憎悪、とにかく負の感情がスイッチとなる」

戒能「それは目測ですか?」

健夜「そうだよ。でも間違いない」

 
健夜「高鴨さんを取り込まなかったのは、彼女自身が聖域だったんだろうね。よって矛先はあなた」

健夜「お姉さんにも思うところがあったみたいだし、それは自然な成り行きだった」

健夜「大星さんは思ったはず、『殺してでも勝ちたい』って」

健夜「あなたはどう?」

咲「……してほしい」

健夜「……」

咲「返してほしいです……」

健夜「そんなんじゃダメ。弱すぎる。――言いなよ。本音を」


ギィン

咲「殺してやりたい……!」


パキン

戒能「天板にひびが……」


咲「私は絶対あの子を許さない」


健夜「……わかった」

健夜「良子ちゃん」

戒能「失敬」

トン

咲「ぁ――」ガク

郁乃「そんな風にこめかみ叩いたら危ないんちゃう?」

 
戒能「今から開発に入ります。催眠状態で行うため、ちょっと意識朦朧になってもらいます」

咲「あっ……」ビクン

郁乃「サイコソルジャーになってまうやん」

戒能「一連の発言と行為は記憶には残らないでしょう。終わり次第脳の自己防衛で勝手に楽しい記憶と置換してくれます」

郁乃「うちいる意味ないやーん」

戒能「後々打ってもらいますよ」

健夜「もういい?」

戒能「ええ」


健夜「宮永さん?」ガシ

咲「ぅあ」

郁乃「ほんま大丈夫なん? 涎垂らしとるで」

健夜「今何時かわかる?」

咲「午前二時 さんじゅうろっぷん じゅうよん、びょう」

戒能「プラス五秒です」

健夜「合格だよ」ニコ

健夜「――じゃあ、始めるとしますか」



郁乃(こいつらホンマにキチガイやな)

郁乃「ま、面白そうやからいいけど」ボソ


………………

…………

……

眠れなかったので追加

 
 
 
戒能(彼女は自分が何をされたか気付いてはいない。夜中こっそり抜け出し特打ちをしただけだと勘違いしている)


戒能「……」

戒能(……負い目を感じている場合か? 拒否すれば小鍛治プロに何されていたかもわからないんだ)

戒能(そうだ、これが最善)


 「咲~、今からこっちの卓の牌譜みとってー」

 「はーい」


戒能(初期段階は終わった。深淵の開発。そこから力のコントロール。……私だけで矯正できるのだろうか)

戒能(小鍛治プロはコントロールはしなくてもいいと思ってる。自分と瓜二つのモンスター――地雷のつもりか)

戒能(そしてまさか、姫松が開発施設になるとは。とは言え竹井さんの意志でここへ連れてきたみたいだし)

戒能(赤阪監督はそれでいいのだろうか……。教え子が潰されるかもしれないのだぞ)


戒能(全ては小鍛治プロの手の内か)


漫「すいません、お暇であれば一局お願いしてよろしいですか?」

戒能「おーけー。ちょっとウェイトしていて」


洋榎「……」ジー

 
◇◆◇◆◇◆

休憩後

洋榎「さてさて、ついに咲が卓につくでー。暇な奴は見物せえ」

咲「……///」テレテレ

照「こら、咲が恥ずかしがってるじゃないか。やめなさい」

洋榎「緊張してようやく本来の実力になるんや。大会慣れしといたほうがええやろ」

戒能「誰が入るか決まってる?」

漫「竹井さん、絹ちゃん、そして原村さんです」

戒能「ふむ。では見学させていただくよ」

久「今日は誰を狙うの?」

咲「ええっ?」ドキリ

久「別に隠さなくていいわ。あなたの打ち方を否定するわけではないし」

咲「……わからないです。感覚通りに体が動くので……」

和「いったいお二人とも何の話をしているのですか?」

久「打ってみればわかる。和、絹恵ちゃん。気楽に打ちましょうね。気楽に」

絹恵「はぁ……。よろしゅうです」

和「……?」

 
久(私の精神に影響が出なかったのは失うものがないから、とも考えられる)

久(1、2戦であればプライドもそうそう傷つかない。『そういう日もあるわ』で済む)

久(だったら賭け物を作ればいい。そうすれば、私はがむしゃらに戦い、自分を追い込むことができる)

久(そこに漬け込まれなければ、咲は潔白)

久(穴だらけの証明だけど、今の自分自身を納得させるにはこれしかないわ)


和(竹井先輩から、鬼気迫るオーラを感じる……。気楽にやれと言ったくせに自分は本気ですか。ならば私も全力でかからせてもらいます)

絹恵(気楽に言われてもなー。咲ちゃんと打つの最後やし、ここは真面目にいかせてもらお。お姉ちゃんもみとるしな)


咲「……」


――――――

――――

――

 
◇◆◇◆◇◆

南三局三本場

久(おかしい……、なんで……?)

久(本当に、手も足も出ないなんて……っ!)


47600 咲 親
21400 絹恵
20500 和
10300 久


咲「ロンです」バララ

咲「3900の三本場は4800」

久「っ、」


戒能(これは、本当に雛なのか?)

戒能(後ろで見てる私でさえ、あまりの邪気でくらくらする)

戒能(竹井さんと言ったか。あの子、そろそろやばい)

 
久「リーチ」ボソ

咲「すいません、ロンです」

咲「チートイドラドラ、6400の四本場は――」

久「トビ……です。ありがとうございました」

ザワザワ

久「トイレ、行ってくるわ」フラフラ



咲「部長……」スタ

戒能「フリーズ。咲さんは次がある。ここは私が行くよ」

洋榎「次も久入ってるんよ……。だから、」

戒能「とにかくみなさん、しばしお待ちを」

 
戒能「油断していました。まさかここ二、三日であそこまで化けるとは」スタスタ

戒能「しかも、本人に自覚なし。これはヘヴィーにまずいですよ……」


   ガン!

 「いっ……!」


戒能「!!っ、竹井さ、ん」

戒能「何やってるの! それ!」

久「ぐぅっ……! 意外とうまくいかないものね」

戒能「かなづちを置きなさい! そんなもの、どこから持ち出したのですか」

久「……賭けをしたんです。自分自身に。負ければ親指を潰す。こうすれば私は『負けることを恐れる』ことができるんです」

戒能「意味がわからない。これは特打ちですよ? 練習にそんなものは必要ない!」

久「必要ありますよ。咲が、あの子が純粋であることを証明するために……」

久「それに、賭けは絶対。そうでしょう?」

戒能「あなたは咲さんの何なのですか!?」

久「……先輩よ」


 
戒能「後輩のために指を潰す先輩がいてたまるかッ!」

久「しょうがないじゃない」

戒能「指を見せてください」グイ

久「ひっかかるわね。戒能プロ、あなた何か知っている?」

戒能「何がって何ですか」

久「なぜ、咲のためという点で疑問を持たないの?」

戒能「それは……」

久「黒ね。洋榎の言うとおりだった」

戒能「そんなことより治療を!」

久「誤魔化さないでほしいわ」

戒能「わかりましたお話します。だから早く保健室に、」

久「ここがいい」

戒能「なぜです!」

久「言い訳を考える時間を与えたくない」

戒能「~~~~~~っ。だったら指見せなさい。やれることはここでやります」

 
戒能「まったく、自分の体を人質にするなんて」ブツブツ

久「少し、楽になりました。ありがとう」

戒能「溜血を抜いただけです。しかし折れていなくて安心しました。それでもちゃんと治療を受けなくちゃ駄目ですよ」

久「治療具を持ち歩くプロってのも珍しいわね。週刊誌に書かれた経歴も嘘じゃないのかしら」

戒能「あれはほぼ偽の情報です。そんなパーフェクトな人間は存在しません。はいこれで終わり」マキマキ

久「それじゃあ、お話してもらっていいですか?」

戒能「……」

戒能「私は、彼女に能力の開発を施しました」

久「……やっぱりあなたが、」グッ

戒能「落ち着いて話を聞いてください。それに私に暴力は通用しません」

久「あれを見て落ち着けって……」

戒能「咲さん、インハイでパワーを失われ、誰から見ても廃人の状態でした」

戒能「あの状態は大変危険で、自暴自棄に陥り自傷、最悪命を絶つ危険性もあった」

戒能「だから……開発に関して言えば、しょうがないといえばしょうがないのです」

久「まさかあなたが関わらなければ死んでいたとでも?」

戒能「無いという話ではありません。開発による精神崩壊の可能性もありましたが」

久「だったら病院でもなんでも入れさせればいいじゃないですか!」

戒能「……それについては、」

久「黒幕、いますよね。こんな人をおちょくったことをする人間。少なくともあなたではない」



戒能「……」

戒能「いえ、全て私の独断です」

 
久「なんですって……」

戒能「冷静に考えてみてください。彼女の実力は超高校生級。そんな宝石をみすみす放棄するなんておかしいでしょう?」

久「おかしいのはあなたの頭よ。人のかわいい後輩をいじって遊んで、そんなこと人間のやることじゃないわ」

戒能「いいですか? 彼女は復活し、楽しそうに牌を握っている。それもたった一週間ほどで。ただの精神科医にここまでの結果は期待できません」

戒能「私は絶対に成功すると確信し、実行しました。この現状に不満があるのですか?」

久「……咲は、もしかしたら将来他人を壊すかもしれないと言われた」

久「あの、小鍛治プロにそっくりだって」

久「確かに、また一緒に麻雀が打ててうれしい。だけど、」

久「彼女も小鍛治プロと同じレッテルを貼られるかもしれない。そんなの嫌」

戒能「……そのための私です。彼女は私の身を引き換えてでも『安定化』させます」

戒能(予想外のモンスターですが、責任の一端は私にある。……『身を引き換えてでも』、冗談じゃすまなそうですね)


久「あなたって、誰の前だと丁寧語になるの?」

戒能「気分が昂ぶったときにそうなりま――なる。クセだよ」

久「そう」

今日分終わりです
照「はなせばわかる」にあたる続きは、完成していたわけじゃないありませんがあまりにオチが不条理で、読み直したときに気分が悪くなったので後半ほとんど消しました
とは言っても途中までは一緒です。たぶん。また変わるかもしれないですけど

どうでもいい話ですが、他の人が書いた鬱SSって苦手で病気の宥や怜だったり悲恋物という設定だけで耐えられなくなります
だからイチャラブの宥菫好きです誰か書いてください

 
◇◆◇◆◇◆

戒能「お待たせしました」

洋榎「……久はどうしました?」

戒能「彼女は廊下で転んで……、親指に怪我を。今は保健室のほうへ」

洋榎「は!? 怪我!?」

戒能「ええ。だけど大したことはなく、本人も心配しないでほしい、とのことだから安心して」

洋榎「……せやか」

照「気分とか、その、」

戒能「心配ご無用。彼女は強いから」

咲「……」ホッ

戒能「それでは最終戦。竹井さんの代わりに私が入るよ」

漫「え、指導は?」

戒能「咲さんと打ってみたいので、我侭いい?」

郁乃「うちはええで~」

漫「いえ、私も異論ありませんが、」

戒能「ではこの戒能良子、一戦お相手願います」


郁乃「そんじゃ、竹井ちゃんの様子見てくるから楽しんでってな~」バタン


 
◇◆◇◆◇◆
 
東一局

起家:咲→洋榎→照→戒能


照(久、大丈夫かなほんとに)ソワソワ

照(さっきの咲のオーラ、卓外でもすごかった……。あれに久が喰われたんだ)


  『あの子の麻雀は人を潰す』


照(愛宕さんの言うとおり、やめさせたほうがいいのかな)

照「……」チラ

咲「……」カチャカチャ

照(どうしたらいいんだ)


照「咲」

咲「ん?なに?」

 
照「この半荘、本気でやってほしい」

咲「私、いつも本気でやってるよ」

照「『本気で人を潰す』つもりで、てこと」

咲「つ、潰す!? そんなことできないよ」

戒能「……」

照「お願いだ、咲」

咲「そんなこと言われても……」

洋榎「こいつの言いたいことは、絶対に何をしてでも勝つつもりでやれってことや。口下手やからな、言葉誤って暴言しかでてこん」

咲「そういう意味なら……」


   ゴッ


洋榎(おぉーう。これが未完成品かぁ。よう言うわうちのおかんも)ブルッ

戒能(小鍛治プロ……、我々はとんでもないものを目覚めさせてしまった)

今日分終了です


…………
一巡目


照(セオリー通り、照魔境を、)

  グモモモモ

照「なん、だこれ」

照(黒い煙が気色悪く蠢いている)

 ピシィッ

照(そんな、割れていく……)

咲「効かないよそれ」

照「……」

咲「私には効かない」



咲「本気でいくから」

 
戒能(もしも、殺人級のオーラが出たら私もどうにかなるかもしれない)

戒能(そいつを事前に潰せるように、私もある程度は開放しておかないと)グゴゴ



洋榎(おいおい、全方位からとんでもない圧力感じるで)

洋榎(これが押しつぶされる感じか。確かにいい気分ではないなー)

洋榎(こいつらホンマプロ雀士やなくて呪術師にでもなれるわ)

洋榎(だけどな、ほい)

洋榎「ツモ、白のみ、400・700」

洋榎(うちも負けてられんわ。こんなん楽しすぎるやろ)ニヒヒ



戒能(ヒロエには心配はいらないようだ。ここにきて天然のいいところがきている。……バカとは言えません)

戒能(照さんも動揺はしているが、彼女の精神力であれば、汚染は免れる)

戒能(この半荘はチャンス。一気に能力を開花させ制御下におけるレベルまで持っていってしまおう)

 
◇◆◇◆◇◆

東二局


26500 洋榎 親
24600 照 
24600 戒能
24300 咲


洋榎(チャンプはこっからや。あのふざけた連荘を止めん限り、うちにも咲にも勝利は無い)

洋榎(戒能プロ……この人は打ち筋がひねくれとるからようわからん。ま、いつも通りいこうかな)

 
…………
三順目


照「リーチ」タン

洋榎(早い! 流石や。点数を考えればこの二順後が最速やろな。一発はない)

戒能「……」タン

咲「ポン」

洋榎(……あかんぞ咲、そないことするとチャンプのやつ、当たり引いてしまうかもしれんぞ)

洋榎「お」

洋榎(うちも結構ええ手牌なんやけどなー。しかしこの局は無理や。0本場のチャンプはきつすぎる)タン

照「……」スチャ

照「ツモ。リーチのみ400・700」

洋榎「ですよねー」


戒能「…………」
 
戒能(まさかとは思うが、ヒロエの打点の高さを考慮してわざと照さんにツモらせたのでは)

戒能(事実今の局、憂慮すべきは照さんの即和了りではなく、ヒロエのワンチャンス高火力)

戒能(投入口へ牌が流れる瞬間、ちらりと見えたが、ヒロエの手牌は東東①②*④⑥⑦⑧*三*五)

戒能(二向聴、いや、張っていた可能性すらある)

戒能(敵の長所を利用せよ。……アートオブウォーか。むふふ)


◇◆◇◆◇◆

東三局


26100 照 親
25800 洋榎 
24200 戒能
23900 咲


照「リーチ」タン

洋榎「ダブリーですかい」

戒能(データ通りなら、この局の打点は2000~3900)

戒能(ダブリーのみなら30符か40符。一発はない、はず)タン

咲「……」スチャ

咲「……」

咲「……」タン

 ゴッ


戒能(おや)

戒能(私の手牌に陰りが見えるな。ということは、)

 
…………
二順目


照「……」タン

戒能(ここまでは予定通り。そしてここからも)

戒能(たぶん、コレでしょう)タン

咲「チー」タン

洋榎「今回はよう鳴くなー」タン

戒能「ポン」タン

洋榎「まじかい」

戒能(ツモらせなければ和了れない。なんて単純で困難なのだろうか。しかし、咲さん、あなたであればノーミスで可能なはず)

咲「……」タン

戒能(ここまで無茶苦茶にしたツモ順であれば、いくら牌に愛されようが、)

照「っ、」タン

戒能(そう、和了ることはベリィハード(巻き舌))

 
咲「ポン」タン

戒能(これで二副露。聴牌かな)

洋榎「流れごっつ悪いわ」タン

戒能(それも違う)

照「む」タン

戒能(それでもない)

戒能「……」スチャ

戒能(当たりはおよそこの牌。照さんを止めるためにもここで、差込み……、)タン


――ッ

戒能(――この違和感、っ……、まさか)


咲「ロンです……。ごめんなさい」

戒能「は、」


咲「安く、ないです」バラ

咲「タンヤオとドラ4つ。8000です」

戒能「……」


戒能(ナイスなボディブロー。おかげで目が覚めた)

戒能(『私にアシストはいらない』……そういうことだね)

戒能(それだけ、自信をお持ちであれば、……いいだろう、その決別宣言! 姉妹共々お相手しよう)


洋榎(なんや戒能プロの殺気ただもんやないで)

洋榎(コンビ打ち……とまではいかんが色々補佐してたら、仲間に裏切られて腹立っとんのか)

洋榎(意外と子供っぽいところあるんやなー)

洋榎(後でいじったろ)グヒヒ


照(なんだか私だけ蚊帳の外)ポツーン

 
◇◆◇◆◇◆

東四局


31900 咲

26100 照 
25800 洋榎 
16200 戒能 親



戒能(……いい機会なので、咲さんに深淵の一部を見せてあげよう)

戒能(もちろんこれはさっきやられたお返しというわけではない)

戒能(そう、これから使い手となるための言わば教育だ)

戒能(いい大人の私が仕返しなんてノーウェイです。ふふふ、ちょこっとだけ)ニヤ


 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ


照(ぬわー! なんだこれー!?)

洋榎(あかん、ちょっと吐き気が……)ウッ


咲「……っ」ゾクゾク


…………
五順目


洋榎(三向聴スタートで、全部ツモ切り……)

洋榎(たぶん原因は、)チラ


戒能「……」グゴゴゴ


洋榎(あの人やろうなぁ)


照「……?」タン


洋榎(0本場のチャンプを抑えるなんて、なかなかやるやないか)

洋榎「……」スチャ

洋榎(うーわ、またも他風牌か。これ、いつまでつづくんかいな)

洋榎(しゃあない。手変わり手変わり)タン


…………
十七順目


洋榎(一度鳴いたのに、張ることさえできんかったわ)

洋榎(チャンプも恐ろしいけど、対面の方もなかなかの圧力やで)

洋榎(嫌な予感が、)

戒能「リーチです」

洋榎(っ、)

洋榎(おいおい、一瞬びびって表情出てまったわ)

洋榎(ラス牌は戒能プロ……。ときたらあれしかない)

洋榎(とりあえず、安牌)タン

洋榎(さあてどうなる?)

戒能「……」スチャ

戒能「……」タン

洋榎「は?」

戒能「テンパイです」ドヤッ

洋榎「ファッ!?」


洋榎「いやいや、そこは『ハイテイのみです! ドーン』やろ!」

戒能「グッドなつっこみ。サンキュー」

照「ぷぷぷ」

洋榎「おい今笑ったか」

照「――笑ってなどいない。そんなことより私もテンパイだ。早く点棒をよこせ」ホレホレ

洋榎「……くっそムクツクわー」ジャラジャラ

照「……ふ、ぐっ」ピクピク

洋榎「何がつぼったんや。口元ひくひくしてるぞ」

照「うるしゃい」


戒能「冗談はさておき」

洋榎「冗談?」

戒能「ええ、ここからはマジ、えーっと、シリアスリィ。……咲さん、長野の天江さんを覚えてる?」

咲「はい、――忘れることはないと思います」

戒能「決勝戦、あなたは彼女にどのように勝利をおさめた?」

咲「確か、明槓から清一対々三暗刻三槓子赤と嶺上開花で数え役満の直撃を」

洋榎「ぶは!」

戒能「そう、それ、嶺上開花。今のあなたは使えない」

戒能「ならば、天江衣をコピーした私を止めるにはどうしたらいいかな?」

咲「……」

戒能「答えは簡単。私だけに集中し、私の息の根を止める」

咲「でもこれ、たぶん……」

戒能「私のことなど気にしないで。そして、あなたがそれを使いこなせないのであれば――その程度だったわけだよ」

咲「わかりました」

戒能「グレイト」

 
戒能良子から笑みがこぼれた。
欲しかった玩具を目の前にして、純粋に喜びを表す子供のような微笑。
溜め込んでいた鬱憤を晴らすように、体中の筋肉を引き締め、そして力を抜いていく。
軽く間接の骨を鳴らすと、ふと天井まで視線を上げた。

まぶしい。
瞳孔が最大径まで開いているせいだろう。
副交感神経をバグらせるほどの脳内麻薬に、右腕が震える。


洋榎「戒能プロ? お、おい」

戒能「ソーリー、なんともないよ」ニコ


麻雀はただのテーブルゲームじゃない。
一つまみの牌達には運命を揺さぶる力がある。
牌を置いて役を作り、自分以外の奴らから点棒を奪う。

たったそれだけで命の取り合いが生まれるなんて、

――ああ、


戒能「生きてて良かった」



東四局一本場

30400 咲

27600 照 
24300 洋榎 
17700 戒能 親



…………
十順目


洋榎(メゲるわー。なんやのもうこのツモ)タン

洋榎(どうにうかして、この状況から脱したいわ)

洋榎(戒能プロが咲を挑発しとったけど、意識するべきはチャンプのほうやないのか?)

洋榎(まさか、うちらのツモ運をにぎりつぶしつつ、咲と殴り合う気か)

洋榎(場の支配は、目に見えて戒能プロが優勢やな)


照(テンパイから七順経過した)

照(くる牌くる牌全てがかすりもしない)

照(手変わりすれば、裏目ってしまう)

照(これがプロの洗礼ってやつか)

照(高校生だけでは味わえない恐怖。だけど……楽しい!)ニヤ


洋榎(うわっ、チャンプの笑顔怖っ!)

洋榎(あいつの素の笑顔ってあんなのか……。そら家族離散も起きるわな)

洋榎(やけど、ちょっとだけ空気が変わった気がする)

洋榎(……今だけは戒能プロを集中攻撃。これしかあらへんか)

洋榎(共闘してやろうやないか)ギロ


照(よくわからないが、なぜか洋榎が私を睨んできている)

照(昨日のテレサで集中狙いしたのまだ怒っているのかな)

照(しょうがないな、少しだけ洋榎にツモ運を譲ってあげよう)

 
…………
十三順


照「……」タン

戒能「チーです」タン

洋榎(これでハイテイコースか。宣言どおりやな)

洋榎(思い通りいってると勘違いしとるんやろなぁ。だけどな、戒能プロ、)

洋榎(あと五順、何もできず指咥えて和了りを見過ごすなど)

洋榎(この愛宕洋榎が許すわきゃなかろう!)

照「……」タン

洋榎「そいつじゃ! ロン」

洋榎「どや! 戒能プロ! うちがこのまま引き下がると、……おも、たか?」

戒能「……残念、頭ハネです」バララ

洋榎「あの、ハイテイは?」

戒能「ソーリー、出和了りも『可能』。もちろんラス牌は」スッ

戒能「……これ。どちらにしろ和了れたわけだね」ニッコリ


洋榎「」ポワワーン

絹恵「お姉ちゃん、おーい」ユサユサ

洋榎「はっ、今、おとんが川の向こうで手ぇ振ってたわ」

絹恵「おとんはまだ絶賛存命中やろ。……大丈夫?」

洋榎「絹」

絹恵「なに?」

洋榎「ちょっとおっぱいもませて」ムンズ

絹恵「な、なにすんの!///」

洋榎「しゃおら、補給完了! 勝負はこっからや」

照(いいなぁ、私も咲に)

咲「……」ゴゴゴ

照(やめとこう)

絹恵「お姉ちゃんが……壊れてもうた」

 
戒能(顔色ひとつ変えないのは流石だ)

戒能(愛宕の血のいいところ。日本の名血統は伊達じゃない)

戒能「……」ブルッ

戒能(――壊したい)

戒能(壊したい壊したい壊したい壊したいっ)

戒能(……、)

戒能(……落ち着け。いったいここに何をしに来たんだ)

戒能(私が呑まれてどうする。――だけど、こんな状況滅多に、)



         『いいんじゃないかな一人ぐらい』ズルッ



戒能「――ですよね」


洋榎(お? 戒能プロの殺気がおさまった)

洋榎(なんやもうガス欠か~。気合入れ損やわ)


咲「……」


◇◆◇◆◇◆

東四局三本場


35800 戒能 親
30400 咲
21100 照
11700 洋榎


末原(……チャンプも洋榎も配牌よーなっとる)

末原(さっきまでの圧倒的な支配力になすがままのようやったけど、やっぱりそれも長続きはせんか)

末原(……咲大人しいな。チャンプと戒能プロにあんだけ言われて、何も手えだしてこんな)

末原(爆発力は、南入してからのほうが高いけど、そのままおっとり待ってたんじゃあ喰われちまうぞ)


…………
二順目


末原(チャンプ、当たり前のように張ったわ)

照手牌 ③④⑤⑦⑧二二二四西発発発 ツモ:西

末原(もちろんダマ。洋榎は気付いてるようやけど、戒能プロはどうなんや)

戒能「……」タン 打:東

末原(生牌の東切り、こっちもなかなかのスピードや)

末原(次のツモ、チャンプは安和了りの可能性濃厚。せやから、勝負放棄はありえんな)


照(……このツモで終わりだ)スチャ

照「……」 ツモ:七萬

照(こういう日も、)

戒能「こういう日もある。麻雀は絶対じゃない。……本当にそうかな?」

照「……」 打:七萬

戒能「カン」


照(なぜだ……? 盤面支配は既に終わっ、)

 ドスッ

照(なにこれ……右腕に違和感が)

戒能「気付いたかい? ひどく細く鋭く、なおかつフェイタルな支配。『真髄の針』とでも言っておこうか」

戒能「あなたのツモ運はここで終わる」

照(場の支配は無くなってはいなかった。ただ単に絞っただけ。私達が気付けない程度に)

照(そして腕に何かが突き刺さっている。邪悪な影が)

洋榎「なんの話しとるん?」

戒能「力は伸縮自在ということ。……」タン 打:八萬

洋榎「うち、物理わからんからな。何言ってんのかさっぱりや」

絹恵「お姉ちゃんは全部さっぱりやろ」

洋榎「なぁ!? うち数学だけは赤点とったことないで!」


戒能「……」

 
…………
八順目


照(恐ろしいな。まるで呪いだ。イタコとは聞いたがそれを麻雀に応用できるのか)

照(これで外せないかな)ギュルルル!

 モワモワ

照(む、駄目か)

照(……しょうがない、こいつは貸しだぞ。洋榎)ギロリ

洋榎(おお? チャンプの殺し屋のような目つきがうちに突き刺さる)

洋榎(うちを殺しに、ていうわけやないみたいやな)

洋榎(……)スチャ 

洋榎(きたっ。テンパイ。サンキューチャンプ)

洋榎手牌 ①①①2223456899 ツモ7索

洋榎(ダマかな。でも裏ドラ期待できるし……)


戒能(――スキあり、です)ズルリ

 
  『リーチやろ洋榎』

洋榎(せやかな~)

  『四面待ちやぞ。自分のツモ信じられんのか』

洋榎(だって怖いんやもん。対面とか上家とか……)

  『自分自身に言うのもなんやけど、ほんまなっさけないわー』

洋榎(なんやと)

  『嫌な予感なんかそうそう当たらん』

洋榎(でも、)

  『自信持てや、な?』

洋榎(そこまで言うなら……やったるよ)

洋榎「……リーチ」タン ↓9索

  『大丈夫大丈夫、ほんま気にせんでええ――って普通は思うけど』


洋榎「あ?」

戒能「どうかした?」ニコッ

洋榎「お前、まさか」ガクガク

 
末原「年上、それもプロにお前はまずいやろ洋榎……、洋榎?」

洋榎(頭ん中入られた)

洋榎(汚され、――あ)

洋榎(駄目――中見られ――、思考の操――て過)

洋榎(なん――この声)


『言うほどやないなぁ』   

             『親の七光やしゃあない』  

            『弱っ』                     『口だけかいな』

   『元主将がこれって……』   


                      『何が後ひっかけの洋榎や』



     『からあげラーメンなんて食えるわけないやろ!』



洋榎(心の声……? みんな、そんなこと思ってるんか……?)

由子「洋榎……、すごい汗かいてるのよー?」

洋榎「あ……ああ、大丈夫や。気にせんといて」カタカタ

絹恵「ちょっと止め 「ええからっ!」

洋榎「大丈夫やから。うちはこんなんじゃどうにもならへん」カタカタ

洋榎「早く牌、切ってくれ」グッ


照「う、うん」タン 打:八萬

戒能「ポン」タン

洋榎「八萬をポン? さっき自分で捨てて――ポン」

洋榎「おか……しいやろ、そんなのっ!」

戒能「現状で必要なのは、誰に、いつ、当たり牌を掴ませられるか」

戒能「どんなに読みが鋭くとも、リーチはまるでその意味をなくす」

戒能「握ったら最後、捨てるしかない。つまるところ凡俗に成り下がる。……次、槓したら嶺上開花で和了る」

洋榎「んなこと……!」スチャ

洋榎(5索……一枚も見えてへん)

洋榎(まさか、ほんまに)ポロ

戒能「……カン」                      「ロン」


戒能「リンシャン牌を、」パシ

                                   
咲「それ、ロンです。聞こえませんでしたか?」


戒能「……ロン?」



咲「洋榎さんの5索で、白のみ2100」

戒能(何を言っている?)

洋榎「お、おう。すまん。ぼーっとしてた」ジャラ

洋榎(なんや? 急に気が楽になったわ)

咲「戒能さん、『これ』すごいですね。みんなの気持ちが透けて見えてくる」

戒能(完全に使役しているのか……? そんな、いくらなんでも早すぎる)

咲「ほら、戒能さんの『それ』も、」ズイ

照「……咲?」

戒能(この子、わざと私――、まずい、汚染が始――止め、)


  『さようなら』


    
       「た、たすけ、――私の中に入、って、こな、でっ、」




咲『駄目』

.


   





咲「麻雀って楽しいですね」





.

今日分終了です
点数ミス、描写ミスなどノータッチでお願いします
直せる気がしないです

東四局二本場が抜けてました
そこで洋榎→戒能へ三槓子の12600の責任払いが発生してます

東四局二本場
30400 咲
24300 洋榎 
23200 戒能 親
21100 照



東四局三本場
35800 戒能 親
30400 咲
21100 照
11700 洋榎

たぶんこれで合ってるかと
麻雀描写って難しいですね

 
◇◆◇◆◇◆

久「あの、そろそろ……」

郁乃「ええ~、もうちっとお話しようよ~。大会とか長野とか話してないこと盛りだくさんやん~」

久「そうはいっても……。ほら血は止まりましたし、もう大丈夫です」

郁乃「んなこと言うて、また自傷されても困るしな~」

久「気付いてたんですか?」

郁乃「竹井ちゃん、ちょ~っと嘘下手なんやもん」

久「初めて言われました。……すいません、このことは、」

郁乃「ああ、誰にも言わんよ~。だからもうちっと、」

プルルル

久「あ、雅枝さんからだ。すいません、失礼します」

ガチャ

郁乃「……も~。せや、そろそろうちも健夜ちゃんにお電話しとこ」


久「どうしました?」

雅枝『絹もヒロも出えへんからな。ちょっと戒能に代わってもらえへん?」

久「なぜ、その名前を……」

雅枝『あら? おるやろ?』

久「き、来てますよ。そうじゃなくて、」

雅枝『……ここらでプロの会合あってな。私も関係者やし、ついでやから乗っけていこうと思って』

久「咲の原因、あの人です」

雅枝『…………』

久「雅枝さん?」

雅枝『それ、良子から?』

久「(良子……?) ええ」

雅枝『本人にそれ、聞いておく。久はどう? 何か問いただしたいこと、あるか?』

久「十分わかりました。いえ、わかったつもりです」

雅枝『悪いな』

 
久「……」

雅枝『黙らんといてや』

久「あ、ごめんなさい」

久「そろそろ部室につくので、切らずにそのまま渡しますね」

雅枝『頼んだ』

ガチャリ

久「戻りました」

久「あれ?」

洋榎「おーおかえりー。指大丈夫かー?」

咲「あ、部長、おかえりなさい」

久(思ってたより殺伐としてないわね……、やっぱり私の自滅だったのかしら)

照「ロン」

戒能「はい」ジャラ

久「戒能プロ、今いいですか?……お電話です」スッ

戒能「お借りします」スカッ

久「?」

戒能「ごめん、少し疲れが……。ここかな」スッ

久(ここ……?)

戒能「お電話代わりました、戒能です――」

 
洋榎「はぁーつかれたわー」

久「あら、今のオーラス?」

洋榎「ああ、チャンプがチャンプ通りチャンプしてくれたわ」

久「意味わからないわよ」

洋榎「点数見ろって」

42100 照
22200 戒能
20700 洋榎
15000 咲

久「あーなるほど……え? 咲がラス!?」

咲「一歩及びませんでした……」タハハ

和「咲さん……」

咲「和ちゃん、私、もっと強くなるから!」

和「――そうですよね。咲さんはこれからももっといけるはずです! 一緒に頑張りましょう」

 
戒能「ソーリーみなさん、少し早いのですが、急用ができたのでここいらでお暇させてもらいます」

由子「プロは忙しいのよー」

漫「ありがとうございました」

ゴザイマシター

洋榎「来年まっとれい!」

末原「こらこら」

戒能「ふふ、あ、咲さん」

咲「はい」

戒能「さきほどの一撃、覚えておくよ」

咲「……はい」ニコ

 
◇◆◇◆◇◆

戒能「ようやく校外……ですよね」フラフラ

 「おーい」

戒能「愛宕さんですか?」

雅枝「なにフラフラしとんのや。ほら、車こっち」

戒能「……すいません」フラ

雅枝「お前、もしかして、目が」

戒能「やられました。完全に失明しています」

雅枝「っ、とにかく車乗り!」


雅枝「目の他は?」

戒能「親指以外の指先の感覚がほとんどナッシングです」

雅枝「……わかった。ストレス性の一時的なショックや。安心せえ。じき治る」


戒能「ごめんなさい」

雅枝「なんでお前が謝んのや」

戒能「私、ヒロエに侵入して……」

雅枝「……ヒロはどなった」

戒能「寸でに咲さんに助けられました」

雅枝「寸で? どこまでいった」

戒能「ゴーストラインの不可侵領域に触れました」

雅枝「うちの娘を壊す気か」

戒能「たぶん、そのつもりだったと思います」

雅枝「……今うちは、はらわた煮えくり返ってる。やけど、お前が抵抗できなかったということも分かってる」

戒能「私は酔っていました。完全確実に使役していると勘違いして、呑まれて、」

雅枝「だから甘いんよお前は。おおかた負荷を減らして場の支配に躍起になってたんやろ」

戒能「……はい」


雅枝「その結果が、両目と指や。やっぱりあの子は、」

戒能「いえ、咲さんは麻雀を続けるべきです」

雅枝「小鍛治の意志やろ。騙されんな」

戒能「……潰そうと思えば、やれたのに、それでも彼女は私をこの程度で許してくれた。あれは善良な人間です」

雅枝「……」

戒能「そして、彼女からまた麻雀を奪えば崩壊するでしょう。異常なまでにのめりこんでますよ」

戒能「それでも?」

雅枝「……お前の言いたいことはわかった」

戒能「……」

 
雅枝「なにがお前をそこまでにさせるんや」

戒能「昔の自分を見てるようでしてね。……個人的に応援してあげたいんです」

雅枝「咲はええ子やと思う。小鍛治のように他人を蟻ん子みたいにいじくらんやろう。やけどな」

雅枝「……人は無意識に負の感情を持ち歩いてる。咲がいつそれを爆発させるかわからんぞ」

戒能「その時はその時です。相手が悪い。なぜなら咲さんを怒らせたのだから。人を怒らせたら報いをうけるべきです」

雅枝「つくづくお前のそういうところは好きになれんわ。白か黒で生きられる人間はおらんぞ」

戒能「それでも私は、あの子がよければいいと思います」

雅枝「自分勝手やな」

戒能「そうですかね」

雅枝「……ほんま、馬鹿ばっかやわ」

今日分終了
宥菫を速報で書きたいけどちょっと無理そうですね
VIPより自由度が高いので、できればと思いましたが残念です

 
愛宕家前

洋榎「あら? 鍵かかっとるやん」

絹恵「朝出かけるゆーてたよ」

洋榎「あ、そか」カギカチャー

久「もうこの家ともお別れか……」シミジミ

洋榎「また来ればええやん」

久「え、いいの?」

洋榎「別に断る理由もあらへんし」

久「じゃ、卒業旅行にでもまたきちゃおっかな」

洋榎「卒業旅行はもったないやろ」

久「えーでも、それだと他にタイミングないしなぁ」

洋榎「うちに会いたくなったらくりゃええんや」

久「へぁっ」

洋榎「!っ、な、なんなんそのリアクション」

 
久「いいつっこみがおもいつかなかったの」

洋榎「ツッコミ待ちだったわけじゃあないんやけど……」

久「マジ?」

洋榎「あ、あ~~~、もうナシナシ! 忘れろあほんだら!」

久「はいはい、あれ? 三人組は?」

照「二人がコントしている間に絹恵さんの部屋へ行った」

 
和「と、これで全部ですね。咲さん、忘れ物はないですか?」

咲「もうっ。私そんな子供じゃないよ!?」プンプン

絹恵「忘れたら届けにいってあげるよ」

咲「そ、そんな。悪いですよ」アセアセ

絹恵「冗談やでー」

和「愛宕さん、わざわざ一晩泊めていただきありがとうございました」

咲「ありがとうございます」ペコ

絹恵「そんな気にせんといてーな。妹二人できたみたいで楽しかったからね」

和「もしよろしければ長野に、清澄に遊びに来てください」ニコ

絹恵「せやなー。そのうちお姉ちゃん連れて、道場破りもとい麻雀部破りにいかせてもらおかな」

和「もちろん、受けてたちますよ」

絹恵「あ、そや。なんかお土産でも用意しておけば良かったなぁ」

咲「!」

絹恵「ん? あれ?」

 
和「あの地球儀ですか?」

絹恵「昨日寝る前までずっといじくっとたからねぇ」

咲「……」チラ

絹恵「ええよ。うちには必要ないもんやしな」

咲「ほんとですか!」パァア

絹恵(ふぉお)

咲「やったぁ」ニコニコ

絹恵「そんな喜んでもらえてなによりや」

和(良かった。本当に元の咲さんへ戻ってる……)

和「しかし、なぜ地球儀なんですか?」

咲「……私、将来海外へ行ってみたいと思ったんだ」

咲「麻雀のプロでも、それ以外の仕事でも、とにかく世界を回ってみたい」

咲「だからかな。――知りたいんだ、いろいろなことを」

和「……」

咲「へ、変かな……」モジモジ

和「かっこいいです。咲さん」

絹恵「せやな。恥ずかしがることないで、夢はおっきく世界ランク一位や」

咲「///」プシュー


◇◆◇◆◇◆

――大阪駅――

久「照、打ってる間咲はどうだった?」

照「別段目立っていなかったな。南入前に、変な雰囲気はあったけど」

久「変な……」

照「それよりも、その怪我、本当に転んでできたの?」

久「ええ、そうよ? 私よく頭ぶつけたりするし、ぬけているところあるから」

照「自分でそれ言うの。……それ、咲が原因だと思ったんだ」

久「心やられて、転んで怪我したみたいな?」

照「そんな感じ」

久「何言ってるの私、ピンピンしてるじゃない。……まぁ、本音を言えばあそこまでボコボコにされてちょっと心折れそうだったけどね」

照「!、」

久「でもそんなの普通じゃない? 相当メンタル硬くなきゃ堪えることもあるわ」


久「私は彼女にこれまでどおり打ってもらう。なにより清澄の大事な戦力よ」

照「……嘘。そうやって自己利益で動く女のふりをする」

久「そうね。いまさらキャラを作ってもしょうがないわ」

照「なんでそんなに咲にこだわるの?」

久「いったでしょう? 私の可愛い後輩なの。それが理由じゃだめ?」

照「久は重い」

久「それ、本人にも言われたわ。馬鹿さ加減は照も一緒よ」

照「そうかな」

久「まさか、自覚なかったの?」

照「ん」

 
絹恵「なー咲ちゃん。最後に一緒に写真とろ!」

咲「はい、じゃあ、」

絹恵「こんなふうにな」ギュー

咲「あの、頭に、胸がっ」

絹恵「ええやんええやん。姉妹(仮)なんやし」

照「は?」

和「へ?」

洋榎「え?」

久「ほら、携帯貸して、……はい、これでいい?」

絹恵「ありがとー♪」



洋榎「元お姉ちゃん同士で撮ろうか……」

照「やだ」

洋榎「ひどい……」


◇◆◇◆◇◆

ダー シエイリヤス

久「また来るわー。それまで独り身でいてねー」

洋榎「うっさいわー! 窓から顔出すなー!」


洋榎「……いってもうた」

絹恵「お姉ちゃん、ホンマ好かれとるなぁ」

洋榎「モテる女はつらいで~。そう言う絹も咲からべったりくっつかれたやんか」

絹恵「せやねー。おしいわー」

洋榎「絹……おかんと一緒に、清澄行く?」

絹恵「考えたんやけど、それはないわ。やっぱり地元で勝ちたいもん。それに清澄とは戦いたいし。お姉ちゃんは? どこでプロなるん?」

洋榎「せやな、絹のことほっとけんし、できるだけここにいられるようにしとくよ」

絹恵「……ありがと、お姉ちゃん」

洋榎「お、おうよ」テレテレ


ピロリン ピロリン

洋榎「おかんからや……今日は遅くなるて」

絹恵「どっか食べ行く?」

洋榎「いや、久々に二人で作ろか」

絹恵「ええね。じゃあ唐揚げ」

洋榎「唐揚げラーメン?」

絹恵「それは勘弁して(笑)」

洋榎「な!? 否定するんか!?」

絹恵「えぐすぎるやろー」

洋榎「あの声は絹だったかー」

絹恵「声?」

洋榎「あ、いや、なんでもあらへんよ」

絹恵「――あれ、」

洋榎「うお! 夕立か! 雨のカーテンやないか、つうかこっちきとる!」

絹恵「逃げるでお姉ちゃん!」ダッ

洋榎「うおーまたんか絹ー!」ダッ


◇◆◇◆◇◆

久「降ってきたわね」

和「夕立でしょうか。愛宕さんたち大丈夫かな」

久「まーすぐやむでしょ」

和「だといいですね」

久「……」

和「……」

久「信じてくれた?」

和「はい。改めてお詫びさせてもらいます」

久「ふふ。あなたって頑固のようでちゃんと謝れるいい子ね」

和「竹井先輩を蔑んだ物言いをしたのは事実です」

久「ま、一件落着ってところよ」

和「はい」

久「……見て」


咲「スースー」

照「zzz……」

久「並んでるとそっくり。お互いにもたれかかって可愛い」

和「姉妹ですから。あれが自然なんです」

久「和って照と犬猿の仲のように見えたけど、そんな事言えるんだ」

和「……別に嫌いなわけじゃないです。それに最初に因縁つけてきたのはあっちです」

久「ま、その話はおいおい聞かせてもらうわ。面白そうだし」

和「面白くもなんともないですよ」

久「ははは、やっぱり和、あなた照といいコンビ組めるわ」

和「私は咲さんがいいです」

久「それはあちらの都合よ。それに大きな壁があるし?」

和「お姉さんですか? まぁ確かにそうですけど……」

久「……」フフフ

和「先輩、帰ったら特打ち付き合ってください」


久「やる気があっていいわね。先輩としてうれしいわ」

和「このままじゃ咲さんの隣にいることができませんからね」

久「来年、期待してるわよ」

和「優勝してみせます」


夕立は過ぎ去り、窓の外から日光が差し込んだ。
南を背にした咲の銀髪が光を散らし、天使の輪のように光り輝く。
少なくとも和の目にはそう映った。

久は小指の爪を噛むと、誰にも気付かれること無く口角を上げた。





前半終わり

今日分終了です

二年夏やります
おまけです

 
咲 高校二年の八月

カラオケ屋にて


雅枝「ほら次久! お前歌え!」

久「まこ、チャゲアスのOn Your Mark入れて。歌いまひょう」モグモグ

まこ「わしゃわからんぞ」

雅枝「だったら私とデュエットせえや」

久「いいっすねー」

雅枝「つうか古いな、お前いくつや」

久「ピッチピチの19歳でーす」ヒック

雅枝「なーに酒のんどるんやコラ。……あ、飲ませたの私か」ガハハ

久「そうだぜェ!」


まこ「お疲れ会でOGと監督が酒盛りとはたまげたわぁ」

優希「じぇ」スッ

まこ「あ、こら! お前も飲もうとするな!」ピシッ

優希「厳しいじぇ」

まこ「当たり前じゃろあほたれ」

 
和「まさか監督から誘われるとは思いませんでしたね……」

優希「意外だじぇ。酒入るといつもの威厳はどこいった」

和「羽目を外すのも、いいかもしれませんが」

優希「のどちゃん、上から目線だじぇ!」

和「ええ!? そうですか?」

優希「ま、のどちゃんらしいけどなっ」

和「らしいって普段の私はどういう風に見られてるんですか。答えてください優希」

優希「そんな迫真な顔されても困るじぇ。……うーん、『空気が読めない』ところもある、かな?」

和「……!」

優希「ところもあるだから。それは欠点であり、のどちゃんのいいところでもあるじぇ?」

和「その言葉、深く心に刻んでおきます」

優希「ちょっと罪悪感湧いてきたじぇ」

 
京太郎「発注――じゃなくて注文するけど、みんな食いたいものとかある?」

ムロ「先輩、そういうのは私がやりますよ」←新一年

京太郎「いいんだよ。こういうことで俺の存在意義が成り立つんだ」

ムロ「先輩……」ジーン

マホ「じゃあコーラお願いします~」←応援

京太郎「マホは容赦ないな。他は?」

雅枝「酒」

久「酒」

まこ「緑茶とあと、唐揚げにポテト。これならみんな食えるじゃろ」

和「ウーロン茶をお願いします」

優希「タコス!」

京太郎「ねーよ」

咲「……」

京太郎「おーい咲、」

咲「……え?」

京太郎「注文。大丈夫か?」

咲「え? あ、うん。じゃあ、私も冷たいお茶がいいな」

京太郎「了解」

 
極彩色に点滅する八畳の部屋。
現在午後九時。開始から三十分が経過。

今日、長野代表清澄高校は準決勝にて敗退した。
二位との点差僅か500点。

高原ヶ原出身の室橋裕子を向かい入れ、先鋒片岡、次鋒染谷、中堅原村、副将室橋、大将宮永の布陣。
悪くはない。咲の弱体化さえ目を瞑れば。

ダークホースの二年目。それも王者宮永照の妹の活躍に数々の麻雀誌から注目を集めていた。
結果は期待はずれ。渾身の見出しを無駄にされたライターの嫌がらせか、辛辣な記事を書く人間は少なくなかった。それでも準決勝まで進めたのも、前年から指導を務める愛宕雅枝の援護があってこそだろう。
そして清澄は、咲の振込みを最後に舞台から引き摺り下ろされたのだった。
ミスらしいミスはなく、完全デジタルの和でさえ、「運が悪かった」で済まされた咲の打牌。
二年連続のベスト8に不満を吐く者はいなかった。それが元弱小校の当然の成り行きで、負けず嫌いの和も三日後の個人戦を見据えていた。


咲「……トイレ行ってくるね」

和「はい」

ガチャン

京太郎「十分経っても帰ってこなかったから、和、迎えにいってくれないか?」

和「え、なぜですか?」

京太郎「咲、泣いてたんだ」

久と雅枝の歌声に和の返事は塗りつぶされた。

 
―――――――――――

   『もしもし、宮永さん、わたし、小鍛治。こんな遅くにごめんね」

  咲「こんばんは。どうしたんですか」

   『うん、単刀直入に言うね。明日の準決勝、負けて欲しいんだ』

  咲「えっと……?」

   『個人収支じゃない。団体戦敗退してってこと』

  咲「なんで……ですか?」

   『聞きたい?』

  咲「そりゃそうです。意味わからないです」

   『それはまぁ……大人の都合ってやつ?』

  咲「??」

   『じゃ、頼んだ』

  咲「待ってください、待――」

――――――――――


大将後半戦、何四局八順目、三位との点差は2100で最悪を起こさなければ逃げ切りの二位通過だった。
三位からのテンパイ気配。安牌はなく、読みも場だけ見た確率論からすれば全てが誤差の範囲。
だけど直感は囁いた。これだけは切るなという牌。一筒と二筒のターツが咲が手を近づけるだけで棘が刺さったような痛みが走った。
――負けろだって?
小鍛治の言うとおりにしようだなんてサラサラなかった。
そして九順目、二筒を重ねての聴牌。もちろんここは見送るはずだった。一筒を切れば四面待ちの聴牌にはなるが、振込んでは意味が無い。
他の牌へ指を伸ばしたとき、一瞬意識が遠のいた。

 
「ロン」

 
視界を取り戻した咲は自分の右腕を疑った。
自身の河には一筒が捨てられ、下家の三位がそれで和了っていたのだ。
審判の終了の声、周囲のため息、二位となった女子の感涙。

全てが現実だった。咲は負けた。淡との決着をつけることも無く、準決勝で二年の夏は終わりを告げる。


恒子「なぜ、宮永選手は個人戦に出場しなかったんですかね? 小鍛治プロ」

健夜「彼女なりに思うところがあったのでしょう。去年のこともありますし……」

恒子「あーそういえばそんなことも……。新人つぶしのすこやんならそういうのもわかるみたいな?」

健夜「ちょ、ちょっとー、こういう席でそういう発言よくないよー」

恒子「失礼、ちょいと口が過ぎました」

健夜「まったくもー」


その後、和が慰めてくれたことも覚えている。
優希がタコスをくれたことも。まこが満足気な表情でお疲れ様と言ってくれたことも。

見返りのない優しさに唇が震えていいわけもできなかった。
あの最後の手出しは自分の意思じゃない、手が勝手に動いて、

和の胸で思いっきり泣いた。
どんな理由にせよ、自分のせいで清澄が負けた事実は変わらなかった。

 
場面は現在に戻る


咲「……」

トイレの鏡には無表情の宮永咲が立っていた。

咲「なんで勝手なことをするの」

答えはない。無言でこちらを殺し屋のような目で見つめている。

咲「邪魔しないで」

鏡を右腕で押す。

咲「邪魔するなら、」

両目から赤い涙が流れた。
ガラスにひびが入り、

和「咲さん!!」

咲「和ちゃん……?」

 
和「私、空気読めないから、こんなときになんて言っていいのかわかりません」

和「でも、あなたと一緒にまだ打ちたい! 私にできることならなんだって言ってください」

和「あなたのためならなんだって――」

咲は鏡へ視線を戻すと、そこに映る宮永咲の目からは無色透明の涙が流れていた。


―ごめんね心配させちゃった。
―もう大丈夫だよ。和ちゃんも「なんだって」なんて言ったらダメだよ。
―うん、和ちゃんの個人戦応援するから。私の分まで勝ってきて。


その言葉も本意ではないのにスラスラと口から出てきた。
それでもこんな自分を親友扱いしてくれる和を大切に思ったのは事実だ。
事実だからこそ、内に潜むもう一人の自分を見られるわけにはいかなくなった。

どうすればいいのか。自分は、どの道に進めばいいのだろう。

和に抱きしめられた咲は遠い目をしていた。

本当は悔しさなどなく、淡への報復を成し遂げられなかったことの憤りが爆発しただけなのかもしれない。



鏡の咲は笑っていた。

おまけ終わりです
次から後半です

猫の地球儀ってヒロインが片手潰されて惨殺、主人公が生死不明、もう一人の主人公が笑いながら終わるアレですか

タイトルは確かに猫の地球儀をもじってものですが、このSSのストーリーは関係ありません
>>377さんの書かれている内容の正確性はともかく、「猫の地球儀」はとても秀逸な作品ですので、手にとってもらえたら一ファンとしてうれしいです
同作者の作品は全部オススメです。嵌ると渇きます

後半入る前に
・残虐な描写あり
・中二病な設定
・すこやん好きの方ごめんなさい
を念頭に置いてもらえると助かります
それと、照「はなせばわかる」を完全に書き換えたわけではなく、あのスレ分はほとんど変わってないです
元々用意していた中盤からの展開を変えただけです。自分の曖昧な伝え方で勘違いされた方がいたら申し訳ありません

 
団体戦決勝 大将戦前半

淡(すごい! すごいよサキ! こんなすごい力を持っていたなんて)

淡(点差が七万点あったのに、みるみるうちに縮まっていっちゃった!)

淡(すごすぎて……ほんとムカツク)

淡(ムカツクムカツクムカツク!)

淡(テルの興味の先はいっつもサキだった)

淡(私がどんなに頑張ってどんなに結果を残しても)

淡(サキ、サキサキサキ、サキばっか!)

淡(なんでそんなに邪魔するかなぁ)

淡(……殺してあげるよ。サキ)




 
『ここで前半戦終了ー! そしてまさかの展開ですっ!』

『一位白糸台がなんとラス転ーーーっ。オーラス、清澄高校へと跳満を振り込んでしまいました!』


淡「う、そ……そんな……」

咲「二年ぶりだね。去年はうち、決勝これなかったから」

淡「壊したのに……」

咲「んーん、私壊れてなんかないよ。逆に淡ちゃんはこの二年間何してきたのかな?」

淡「わ、たしは、」

咲「あんなに期待してたのに」 ズズ

淡「やめて」

咲「それで白糸台の大将を名乗るのはちょっと恥ずかしいんじゃないかな」 ズズズ

淡「やめてっ、こないで」

咲「ねぇ、」 ズズ…


  
 「ポンコツさん」

 




五年後





.

◇◆◇◆◇◆

九月二十日

照「おはようございます」

 「おはよう。一月ぶりぐらいかしら」

照「ええ。開幕前の調整があって忙しくて」

 「大変ねぇ。……じゃあ、面会簿に名前お願い」

照「……はい」カキカキ

 「はいバッジ。荷物はここね」

照「これ、持って入っていいですか? 昨日焼いたケーキなんです」

 「いいけど……、フォークの扱いには注意して。一応ね一応」

照「プラスチックで先が丸いやつだから安全だと思います」

 「……あの子もいい先輩を持ったわ」

照「私の可愛い後輩ですから」

 「淡ちゃん、昔みたいに戻れるといいわね」

照「それまで通うつもりです」

 
照「淡、入るよ」

 「うん」

照「おはよう」

淡「おはよ」

照「……」

淡「……」

照「……えっと」

淡「ははっ。あいかわらずテルは自分から話し出すの苦手だよね」

照「うん、苦手。……あ、これケーキ」イソイソ

淡「おお~~。中見ていい?」

照「いいよ」

淡「!!、綺麗に作れてるだと……!?」

 
照「練習したから。喜んでほしくて」

淡「こういうのはすごいブサイクなんだけど、食べてみたらおいしいっていう展開だと思ったんだけどなー」

照「ぷっ、なにそれ」

淡「あるあるだよー。お約束ってやつ」

照「ちょっと作りすぎちゃったかな」

淡「大丈夫大丈夫、冷蔵庫になんも入ってないし、テルーの作ったお菓子大好きだからさ」

照「ありがと。じゃ、食べる?」

淡「うぃ~」

淡「お茶を――、」ガクッ

照「っと、大丈夫? 立てる?」

淡「……だいじょうぶだいじょうぶへいきへいき」

照「淡?」

淡「……ん。悪いんだけど代わりに淹れてもらえる?」

照「あ、ああ」




 
照「そろそろ時間」

淡「……早いね。もう二時間たっちゃったんだ。久しぶりに会えたのに」

照「最近来れなくて悪かった。来週、暇な時間にまた来るよ」

淡「そっか。前から思ってんだけど、照って仕事何してるの?」

照「え……? この前言ったよね……?」

淡「んん?? そうだっけ」

照「プロの……麻雀の選手だって」

淡「マージャン? なにそれ」

照「うそ、この前は麻雀のことは覚えてたのに……、なんで、」

淡「ちょっとテル、そんな顔しないでよ。私、変なこと言った?」

照「……私達は高校三年間、何をしてきた?」

淡「高校……、えっと」

淡「――――――――――――夏の、」

 
淡「――誰、この人」

照「どうしたの、」

淡「私の中で、目の前でっ、知らない、テルに似てる、誰、あっ―――――サキ」

照「……淡?」

淡「ァああああああああああっ!」

照「落ち着いて!」

淡「ごめんなさいごめんなさい許して許して許してゆるして!」

照「淡、おいっ!!!」

淡「私の中に入ってこないで! お願い! 謝るから! なんでもするから!」

照「だ、だれか」

 「どうしたました! っ、」

照「淡が、おかしくなっちゃって」

淡「離してっ、殺されるぅっ」

 「くそ、暴れるな」


照「――いっ……いつになったらよくなるんだ。いつになったら、」

 
五年前の夏に当時高校三年だった大星淡の精神は崩壊した。
大将戦の決勝卓、トップを維持できず二着で終わった。
五連覇をかけた戦いだった。ただ、その結果全てが淡を破壊した原因ではない。

卓には私の妹もいた。宮永咲。淡と同じ高校三年。

前半戦の卓を離れる瞬間に、何かを淡に囁いた。
あれが原因。それしかない。
わかっていたのに。こうなることはありえたのに。止めることができなかった。

私の妹は人の心を喰う魔物だと知っていたのに。


決勝終了直後に淡は病院へ担ぎ込まれ、当の加害者は何食わぬ顔で個人戦に参加、そして一回戦を終えた直後に姿を眩ました。


そして五年が経った。私はプロになり、チームメイトの原村和とともに麻雀を打ち続けている。

あれから、妹とは一度も会っていない。
何かしら事件に巻き込まれたのか、それとも自身の意志だろうか。
けれども生きている。それだけはわかる。

 
◇◆◇◆◇◆

十月二十二日 午後三時
ハートビーツ大宮 選手寮

照「あ、寮の鍵、どこだっけ……」ゴソゴソ

照「実家っぽい……。どうしよ」

照「……和いるかな」ピッピッ

オカケニナッタデンワハ オキャクサマノツゴウニヨリ……

照「あれー? 電源切ってるなんて珍しいな」

照「むー」

 ブロロロロ

照「監督の車だ、良かった~」

 キキッ

はやり「照ちゃん? 何してるのかな?☆」

照「鍵忘れちゃって……」テヘヘ

 
はやり「管理人さんに言えばいいのにー。そんなことより、物忘れ多すぎだぞ☆」

照「またかって顔されちゃうから……。物忘れは昔からです。はい」

はやり「治そうねー☆」

照「精進します。……そういえば和知りませんか? さっきから電話にでないし、いつもなら寮にいるはずなんですけど」

はやり「朝に着信あったよ。はやり、朝弱いから起きれなくて気付かなかった☆」

照「でも、電源切っているなんておかしいですよね」

はやり「そうだね、あと1時間でミーティング始まるのに……」

照「もしかしたら迷子かも。探してきます」

はやり「ちょおっと待ったー!☆」ガシ

照「ぐふへ」

はやり「あなたは大人しく待機。はやりが適当に車でこのへん回っとくから」

照「ごほごほ」

はやり「それにね、迷子になるのは照ちゃんぐらいだよ☆」

照(だから余計に心配なんだよなぁ)

 




照「ふむ……」ペラ

照「この前のは砂糖が多すぎたのか……、なんて初歩的なミスを」

照「今度は何を作っていこうかな。……ミルフィーユ」

 『お姉ちゃん、今度これ作ってよ!』

照「……咲」

照「……ちっ」

照「――忘れろ忘れろ」グシグシ

 『お姉ちゃん、どうしたの?』

 
照「うるさいうるさいうるさい!」バゴン

 『本ぐらい大切に扱おうよ』

照「うるさいっ!!」

ピピピピピピピピ

照「和……じゃない、090-xxxx-xxxx?誰だ?」

ピピピピピピピピ

照「……」ピッ

照「もしもし」

???『もしもし』

照「誰?」

 
???『誰だかは大した問題じゃない』

照(変声機?)

照「イタズラなら切る」

???『別にいいけど。困るのはそっちだよ』

照「何が困る。今私はすごくイライラしているんだ。だからさっさと、」

???『原村和』

照「……和がどうした」

???『見ればわかるよ。とにかく早くみつけてあげて。場所は大塚駅の北口から一番近い女子トイレ』

照「おい!」

???『これ、善意だから。彼女が誰かに見つかる前に。あと警察頼らないほうがいいよ」プツッ ツーツー

照「……なんなんだよ、これ」

照「……大塚駅、北口」ピッピッ

 
照「――もしもし!?」

はやり『ど、どうしたの? 大きな声出すからびっくりしちゃった☆』

照「今から東京の大塚駅まで行けますか?」

はやり『ええっ、ミーティングまであと三十分しかないから、今は無理だよ。それより和ちゃんは?」

照「和がたぶんそこにいます」

はやり『??、もしかして男捕まえに行ってたとか☆?」

照「それは色々と間違ってます。……じゃなくて、たぶん良くないことに巻き込まれたんだと」

はやり『よくわからないけど、はやりは大塚駅へ行けばいいのね☆ その後は?』

照「北口に一番近い女子トイレだと言ってました」

はやり『言ってた? 相手は誰?』

照「わかりません」

はやり『……、ミーティングは照が主導で進めて。私はそこへ向かう。何かあったら逐一連絡する。いいわね』

照「はい」

 
照(さっきの番号……非通知じゃなかった)

照「……」ピッピッ

照「……」プルルルルル

プルルルル プルルルル

照「出ろ」

プルルルル

照「出ろッ……、」

ピ

???『もしもし』

照「和に何をした」

???『……賭けの代償を』

照「賭け? お前と和は何を賭けたんだ」

???『そんなことどうだっていいでしょ。それより見つかった?』

照「まだだ」

???『……そう』


照「和に何かあったら、」

???『……』

照「……お前を絶対に許さない」

???『変わんないね』

照「ああ?」

???『昔からずっとそう。あなたのそれは表だけのうすっぺらい信念。虚勢だけで、あとは空気を読むだけ』

照「おまえ……!」

???『久しぶりの会話がこれって……。まぁいっか』

???『……和ちゃんによろしく。……ごめんって』プツッ

照「……」


――咲?


照「……もしもし」

ツー ツー

照「咲、咲」ピッピッ

オカケニナッタデンワハ

照「咲、出てよ。お願いだよ。……咲」


◇◆◇◆◇◆

照「――であるから、明日のオーダーについては私が大将を務める。誰か質問は」

 「あ、あの、オーダー変更については先ほども説明されましたよ?」

照「え゛、……すまない。じゃあ次に、」

 「監督が不在……は、しょうがないかと思いますが、しかし原村さんは?」

 「中堅がいない状態で進められてもしょうがないかと。どこにいるんですか?」

照「えっと、それは……」

ピピピピピピピピ

照「ごめん、少し失礼」


照「監督、和は、」

はやり「急いで病院来て」

照「病院?」ビクッ

はやり「うん××病院。そっからタクシー拾って三十分でつくから」

照「何があったんです」

はやり「今はだめ。みんなには解散を伝えて。監督命令としてね。じゃあ切るよ」

照「……」

照「……いかなきゃ」


二年前のインハイ決勝を今でも思い出す。
あの年は例年にも増して実力者が多く、大会全体で見れば過去最高に近いハイレベルな戦いだった。
決勝の解説を任され、無難に、時には熱く、プロとして文句の言われない仕事をこなしていた。

「宮永プロは学生時代、どのような思い出がありますか?」

実況との会話が途切れたとき、ここぞというときのために暖めておいたであろうネタを振られた。
予測できた質問である。

「団体戦三連覇の瞬間ですかね、あの日はすごい舞い上がっちゃって、まるで眠れませんでしたよ」

「おお~、意外ですねー。失礼ながら宮永プロの可愛い一面を見れて満足です」

本当は椅子でくずれ落ちていく咲の姿しか頭になかった。
水滴が落ちた。

「え、あれ、み、宮永プロ? 何か私まずいことを」

それだけで入社二年目の新人アナをパニック状態へと至らしめるには十分な効果があった。

「いえ、ごめんなさい。少し昔のことを。――あ、親がテンパイしましたよ」

「は、はい失礼いたしました。鹿児島の永水女子――」

あの日は少しだけ妹の話題が蒸し返された。といってもそこらの二流の麻雀誌の小話程度だ。
<宮永プロの実妹、未だ消息つかめず>
五年前はそれなりの騒ぎになったが、今では表紙にさえ見出しはない。
これでいいのだと思った。私には妹などいなかった。ひたすら嘘をつき続ければ、それが本当のことだと脳みそが勘違いしてくれる。
現状に不満はそれほどない。そんなつもりだった。


◇◆◇◆◇◆

××病院

照「っ、すいません!」

 「え!? は、はい!」

照「ここで入院、いや、運ばれてきた、原村って人、どこですか?」

 「運ばれきた? 救急車ですか? それとも自家用車で?」

照「えっと、わかんないです!」

 「そうなると、こちらで把握するには、」

 「あなた原村さんて言いました?」

照「はい」

 「ほら、さっき、口外禁止でって」

 「ああ、あの――、申し訳ありません、お名前よろしいでしょうか」

照「宮永です。宮永照」

 「……少々お待ちください」

 「…………」

 「確認がとれました。こちらへ」

 
照「監督」コンコン

はやり「一人で来た?」

照「、はい」

はやり「じゃあ鍵開けるよ。騒がないでね」

ガチャ

シュコー シュコー

和「……すぅ」

照「なんなんですかこれ。何で和が呼吸器つけてベッドで寝てるんですか?」

はやり「静かに」

照「なんで、何があったんですか!」

はやり「静かにして」

照「監督!」

はやり「黙れっづってっら!」

照「……っ」

はやり「ええがや? よー聞け。――和ちゃんね、……暴漢に襲われたのよ」

 
はやり「私が見つけたときは死体袋のようなものに入れられてて、薬で眠らされてた」

はやり「――顔、きれいでしょ? でも体、痣だらけで、」

はやり「……股から出血の後があって、太ももに精液がこびりついてた」

照「警察、……警察呼ばないと」

はやり「駄目」

照「早く、犯人を」

はやり「警察は駄目。この子が入れられていた袋にDVDが入ってたわ」

照「中身は、何が……あっ」

はやり「うん。和が二人の男に犯されているところをひたすら撮られていた。脅しね。警察に行けばネットでも流すとか」

はやり「そのためにここの病院に口外しないよう頼み込んだわ」

はやり「ねぇ、さっき電話で聞いたって言ったわよね? 相手の声で誰かわからない?」

はやり「……照?」


照「咲だ……、咲が、ごめんって」

はやり「さき……? 妹さん?」

照「なんで、あいつは、和に、」

照「和が何したって言うんだ、何で、」

和「主将、」スルッ

はやり「和ちゃん! 良かった、意識が戻って」

和「――ご迷惑を、お掛けしました」

照「体を起こさないで。安静に」

和「何言ってるんですか、明日は横浜との三連戦の初日ですよ? ここで寝てても、……ぐっ……」ガタ

照「……自分が何されたかわかってる?」

和「道端で男に捕まり暴行されました。それだけです。私はこんなことより明日のほうが大事なんです」フラッ

はやり「座れ」

和「」ビクッ

はやり「あんたはそれでいいかもしれないが、私は大事な教え子を傷つけられたんだ。犯人を本気で殺したいと思っている」

照「!!っ、……」


はやり「照、『咲』といったな」

照「は、はい」

はやり「なぜ妹の名が出た。答えろ」

照「それは……」

和「っ、主将はパニックに陥って、それでわけもわからず咲さんの名を呼んだのでしょう」

はやり「お前に聞いてない。今は照が答える番だ」

和「……咲さんは関係ないです」

はやり「照」

照「あの、その……」モゴモゴ

はやり「……わかった。何か答えられるようになったら、私に連絡しろ。今から寮へ行く」

和「私も行きます」

はやり「そんな状態で明日の試合に臨めるとでも?」

和「問題ありません」

はやり「明日は補欠と交代だ。監督命令。わかるよね」


和「……わかりました」

はやり「和――ちゃん」

和「はい」

はやり「無理はしないでほしいな」

バタン

和「……っ」

照「ごめん」

和「なんで主将が謝るんですかっ」

照「ごめんね……」

和「やさし、しない、くださいっ」

照「私がいるから」

和「……った」

和「――怖かっ、た、ずっと殴ら、れて、あそこに、入れっ、」

照「もう怖くないから、」

和「咲さん、助けてくれなかっ……た」

照「……」

 
◇◆◇◆◇◆

照「コーヒー」

和「……ありがとうございます」

照「落ち着いた?」

和「さっきのあれ、油断しただけです。一つ借りです」

照「はは、いつもの和だ」

和「……今日のこと全部話します。でも、その前に、」

照「なに?」

和「なぜ、咲さんが関係していると?」

照「電話があって、和を見つけてくれって。その時に声は変えてあったけど、口調とか、あと昔を知っているそぶりがあったからかな」

和「そう、ですか」

照「今日何があった?」


和「見つけたんです」

照「?」

和「咲さんの居場所。日本に帰ってきていました」

照「……、咲、外国にいたってこと、だよね。どうやって知ったの?」

和「彼女がいなくなってからずっと探してました。父の弁護士の人脈も使ってやれることはやって、」

和「一週間前です。イタリア籍のアジア人が入国した際にトラブルがあったらしく、その筋の人間から顔写真をもらいました」

照「それが、」

和「はい、咲さんです。帽子を被っていましたが、すぐにわかりました」

和「そこからは簡単で、彼女の使用した交通ルートを洗い出して、一昨日の夜に居場所をつきとめました」

照「……」

和「国外マフィアと繋がりのある輸入業の事務所です。そこで彼女と会いました」

照「……、なんで和は襲われたんだ」

 
和「賭けに負けたからです」

照「咲も賭けが、って」

和「私は咲さんにそんな連中から手を引いて戻ってきてほしいと頼みました。だけど、無理だって言われ」

和「……、麻雀で勝ったら。それが条件で勝負をしました」

照「和が負けたら、お――犯されることを条件に?」

和「本当は、両腕の切断と貞操でした。無茶苦茶な提示をして身を引いて欲しかったんだと思います」

照「でも、両手は無事だった」

和「……この程度で許してくれるなんて、咲さんは本当に優しいです」

照「!!っ、和、本気で言っているのか?」

和「本気です。このぐらい、」

照「目を覚ませ! あいつは、咲は、親友が暴行されている間、助けようとしなかったんだろ!?」

和「助ければ、彼女自身に危害が及んだでしょう。当然の判断です」

照「……おかしいよ、そんなの」

 
照「これからどうするつもり?」

和「私はまだ諦めきれません」

照「次は本当に腕を取られるよ。もしかしたら命も」

和「それは、」

照「……和も私の前からいなくなっちゃうの?」

和「え?」

照「また、私の大切な人間が、せっかく仲良くなれたのに、」

和「て、照さん?」

照「あいつはまた私から奪うのか」

 
照「和、私が咲を連れてかえる。その事務所の場所、教えて欲しい」

和「私もついていきます」

照「警告を受けた和が顔を見せたら間違いなくこの話は終わる」

和「一人じゃ危ないですっ」

照「一人でつっこんで行ったやつが吐いていい台詞じゃないよ」

和「それはそうですけど……」

照「心配しないで、」

和「……」

照「……それに私にも姉としての責任があるんだ」

 
◇◆◇◆◇◆

ぼごっ
 

和『んぐっ、誰かたすけて!』

 『黙らせろ』

和『んーっ、』


ぼごっ


和『――きさん!、たす』


ずっ


和『……あっ、……』


ずっ ずっ ずっ


和『おぇっ、』


びちゃびちゃ


 『Vaffanculo!』


ぼごっ


 『そこまで。もういいよ』

ピッ

 
十月二十二日 午後八時

戒能「……」

健夜「……、ふーん。少なくとも食事中に見るものじゃないかな」

はやり「君の教え子がやらかしてくれたわけだけど、感想はそれだけ?」

健夜「久しぶりに食事に誘われたと思ったら、こういうのを見せたかったんだ。はやりちゃんて悪趣味だね」

はやり「……今、はやり、すごーいむかついてんの。もっとマシな意見を聞きたいな」

健夜「お互いが提示した条件を呑んでの結果でしょ? 私は当事者じゃないし、はいひどいですね、ぐらいしか言うことないんだけど」

はやり「へー、でも元々の原因はすこやんにあると思うんだけどな」

健夜「原因か。ま、それは否定できないかな」

はやり「清算が必要だよね」

健夜「何? 保護者の腕?」ケラケラ

はやり「宮永咲の身柄」

健夜「それは無理」

はやり「なんで?」

 
健夜「あの子はもう私が制御できない領域にいる」

はやり「あの、外人連中、もしかしてすこやんの私兵じゃなかったの?」

健夜「正真正銘、咲ちゃんの私物だよ。この五年間、いろいろあったからねー」

はやり「聞かせて欲しいな」

健夜「嫌だと言ったら?」

はやり「実力行使で、」

健夜「なるほど、わざわざ一部屋借りたわけはそういうこと」

はやり「……ふ、」

 
ピタッ

戒能「暴力はおやめください」

はやり「やっぱり良子ちゃんもそっち側だったんだ」

戒能「私は、」

はやり「一瞬で首筋に。それ、カタギの技術じゃないよね。先生は誰? それとも自己流?」スッ

パシン ヒョイッ

戒能「!!」

はやり「はい、没収~☆。まだまだ甘いね。会話に乗せられちゃって。それにね、」

はやり「殺意が篭ってないんだよ。そんなんじゃ脅しにならない」

戒能「……」

はやり「その程度の覚悟で光り物だすんじゃねぇ。ガキが」

 
健夜「しょうがないな、まぁ、減るもんじゃないしね」

はやり「最初からそうしなよ」

健夜「五年前、咲ちゃんが消えた理由、あれは私のせいなんだけど、」

健夜「元はといえば、咲ちゃんが私との約束を破ったせいかな」

はやり「……それで?」

健夜「白糸台の淡ちゃん、彼女もなかなか素質の持ち主でね。彼女も開発してあげようと思ってたんだ」

健夜「それをね、咲ちゃんたらさ、『半壊程度ね』っていう約束無視して完全に壊しちゃったの。だから、」

はやり「大星淡を? 彼女もあなたのおもちゃ候補だったの?」

健夜「そうだよ。壊して強くして私の相手をしてもらう。それだけ」

はやり「……っ」

健夜「続けていいかな? ……それでね、私は咲ちゃんに罰を与えたの」

はやり「罰?」

健夜「拉致して、イタリアに連れてってそれで知り合いのヤクザさんに預けたんだ」

はやり「あんたねぇ、それ完全に犯罪なんだけど」

 
健夜「落ち着きなよ。こっからが面白いのに」

健夜「あっちも賭け麻雀が盛んだったりする。ということは代打ちなんてのもあるわけ」

健夜「あの子が負けたら、何をされてもいいっていう条件で代打ち契約。まぁ条件を結んだのは私なわけだけど」

健夜「身寄りもお金もない咲ちゃんはそこで生き残るには、勝ち続けねばならない」

はやり「……」

健夜「最初はずうっと泣いてたよ、『お姉ちゃんお姉ちゃん』って。淡ちゃん壊しといてどの面下げてんのかって感じ」

健夜「だけど負けたらどうなるかわからない。選択肢は一つだけ。あっちにはスナッフビデオっていう文化があるし」

健夜「それ見せて『もしかしたらね』なんて言ったら大泣きしちゃってさ。あの日は大変だったなー」

はやり「こんの下衆が……!」ガシ

戒能「はやりさん!」

はやり「ガキャあだまっちょれ! さとも、おめーはきゃん話きーち平気でおんのか」

戒能「……それは、私だって」

 
健夜「122人」

はやり「あ?」

健夜「咲ちゃんと戦って廃人になった人の数。あの年で私兵持つなんて普通じゃないよね――」

健夜「すごいんだよ。咲ちゃんあっちで無敵でさ、全部の勝負に勝っちゃったの」

健夜「だから結構な地位もらってるんじゃないかな。といってもそういう世界のお話だけど」

はやり「そぎゃん嬉しか」

健夜「え?」

はやり「他人の人生めちゃくちゃにすることがそんなに嬉しいか」

健夜「私はね、もう昔みたいに麻雀だけやってるんじゃ楽しめないんだよ」

健夜「『吸血鬼』はさ、人の命が糧になるの。気に入ってるんだよ、昔の通り名」

はやり「あんたを楽しませるために、周りの人間は生きてるんじゃない」

健夜「娯楽は必要だよ。それがどんな形であれ、ね」

 
健夜「……そろそろ手、離してもらえる? 私をどうしようが事態は何も好転しないよ?」

健夜「むしろ、ここで原村さんが手を引けば全てが収まる。原村さんは賭けに負けて処女を奪われ、咲ちゃんは現状維持。それでいいじゃん」

健夜「傷穴広げる前に、さっさと元の世界に帰れば?」

はやり「……」ストン

健夜「キレたら相手の首袖掴むクセ直したほうがいいよ」

はやり「すこやん、本当に変わった」

健夜「人間は常に変わってるよ、良くも悪くも。だから咲ちゃんだって、可能性の一つの終着点がこれだっただけ」

はやり「そんなの言い訳だよ」

健夜「ま、とにかく責任は私にも存在するでしょう。だからといって何をしようってわけじゃないけど」

はやり「協力して」

健夜「何を?」

はやり「宮永咲を元の世界に返す。これだけ」

健夜「さっきも言ったけど、私はどうすることもできない。国内でさえ私の力では手が出せない」


健夜「私にできることなんかないよ。そもそも、あったとしても協力するとは限らないし、……そこに私を満足させるようなイベントがあれば話は変わるけど」

健夜「……中華おいしかったよ。じゃあね」


はやり「満足させれば協力するのか」

健夜「かもね。でも期待してないから」





はやり「……」

戒能「……」

はやり「……」

戒能「……」

はやり「……いかないの?」

戒能「私はもう、彼女の犬ではないので」

はやり「だったらあいつの顔を殴らせてよ……!」

 
戒能「ここに来たのはあなたの身を守るためです。小鍛治プロに誘われたというのは建前ですから」

はやり「なによそれ」

戒能「小鍛治プロ、あの性格からしてなにかしらの報復は考えていたでしょう……。以前のあなたはもっと冷静でした。今日はいくらなんでも、」

はやり「安い挑発に乗りすぎたっていいたいの? ――自分のチームの子がレイプされて素面でいられるほど私は強くない」

戒能「そう、ですね。失礼しました。今の失言は忘れてください」


戒能「……私は咲さんに望みすぎました」

戒能「彼女の実力なら力の使役は楽でしょう。だから私も愛宕さんもGOサインを出したのです」

戒能「大星さんへの恨みは予想以上に強かったようで、まさか二年間も本意を隠されたまま麻雀を教えることになるとは……」

はやり「それ以前に宮永咲を開発していたことさえ知らなかったよ。ただの師弟程度だと思ってた。すこやん、もうやらないって言ったのに」

戒能「私の開発の成功で味を占めたんだと思います。GDRの脳医学研究所で子供相手に人体実験もしてました」

はやり「麻雀するために? 馬鹿らしくない?」


戒能「およそ、施設の目的は後天性技術のためのESP開発でしょう。小鍛治プロは七年間の咲さん成長レポートや私のデータやら、あとは彼女自身の財力でしょうか、ひたすら取引していたそうです」

はやり「まるで採算がとれないわよ」

戒能「彼女の『趣味』です」

はやり「一体何を得えられるの」

戒能「人類進化への手助けと、――彼女のゲーム相手です」

はやり「そのクソふざけた取引に、平気でその科学者達は応対したわけか」

戒能「小鍛治プロの立場は特殊ですからね。表向きは競技麻雀のプロ。海外への足も軽く、そのうえ日本国とのしがらみは薄い。欲望に忠実で望みが叶えられれば約束は絶対守る。ビジネスパートナーとして上出来」

はやり「実験用のボディは? 貧民街の浮浪者でもパクってくるの?」

戒能「東欧諸国の、ソ連崩壊前の研究者たちの残党ですから、それほど資料には困らなかったようです。実験台もほとんど旧ソのモルダビアから調達していました」

はやり「なんて世界よ……」


はやり「……、そういえば良子ちゃん、この情報どこで拾ったの?」

戒能「その前に一つ、今回の咲さんが来日するまで異常なほど情報が絞られていたこと、気付いてました?」

はやり「照ちゃんと和ちゃんがプロの片手間と言えど、死に物狂いで探してたのに一向にしっぽ掴めなかったからね。おかしいとは思ってた」

戒能「シチリアマフィアは統制社会を形成し、日本の暴力団に比べると情報規制が厳しく秘密主義を徹底させます」

はやり「そっか。だから手も足もでなかったんだ」

戒能「ですが、髪の毛一本残さない神隠しは、こちらに対して攻性的な隠蔽工作がなければ不可能です」

戒能「……竹井久、という女性を知っていますか?」

はやり「うん、七年前、清澄が初めて全国出場したときの部長さんでしょう? 和ちゃんの先輩だから知ってるよ」

戒能「彼女が原村さん達への情報かく乱の主犯であり、私への情報提供者です」

今日分終了
中二要素があると書いてて楽しいので、やっぱりこんな感じで進めてきます
六月二十四日はUFOの日です。何か書こうと思いましたが何も思い浮かびませんでした


◇◆◇◆◇◆

 <うん、『交通料』は渡してあるから、……そうそう、いつも通りにID申告だけすれば中までは見られない>

 <……ほんとこれだからあんた達は……。欲しいもの買ってあげるからって伝えて>

 <『おーいお茶』……そんなのでいいの? わかったよ。関税ひっかからない程度にいっぱい買っとく>

久「こんばんわ。まるでお母さんみたいね」

 <ごめん、もう人来たから、――気をつけて>ピッ

久「もういいの?」

 「ええ。お久しぶりです。竹井先輩」

久「私はあんまり久しぶりって気はしないわ」

 「そうですか。……そうですよね、あれだけ嗅ぎまわってれば」

久「近くで会えたのは本当に久しぶりだけど。……綺麗に伸びたわね。お姉ちゃんそっくりよ――咲」

咲「やめてくださいよ。私にはもう、姉はいませんから」

久「照が聞いたら自殺するわね」

咲「そんなことないと思いますけど」

久「そうかしら。にしてもムラのない白銀。触っていい?」

咲「にしてもってなんですか。ダメですよ、こちらも警戒してますから」

久「ケチ」

 
咲「……」チラリ

久「パネライ? しかもそれフェラーリじゃない。ずいぶんな時計持ってるのね」

咲「言うほど高いものじゃありません」

久「プレゼントねそれ。ちょっと無骨なデザイン、誰かから譲り受けたもの?」

咲「そんなところです」

久「……時間が気になる? 今日ってずっと暇じゃなかったのかしら」

咲「日が変わるまでに戻ることができれば」

久「例の事務所ね」

咲「あそこは既に売り払いました。タダ同然で不動産に押し付けましたよ」

久「そう……」

久「……和、止められなかったわ。ごめんなさい」

咲「……」

久「……今日はそれを、」

咲「清澄、行きませんか?」

久「こんな時間に? たぶん後輩は帰ってるわよ」

咲「流石に部に顔は出せませんよ。一応行方不明者ですし。ただ見て回るだけです」





◇◆◇◆◇◆

清澄高校

咲「やっぱり日本のタクシーはいいですね。便利で接客態度も良好」

久「ミラノは……、人柄は悪くはないんだけど、ぼってくるのよねー」

咲「先輩もやられました? 日本人だって言うと急に態度変わりますよね」

久「頭にきて、自分はインターポールだってフランス語でまくしたてたら無料にしてくれたわ。咲もこれ使うといいわよ」

咲「私、英語とイタリア語しか喋れないですよ」

久「それでも十分じゃない。私は職業上必要なだけだしね」

咲「アメリカの保険調査員……でしたっけ? 正直その経歴も怪しいんですけど」

久「謎が多い女は魅力的でしょ? やっぱりというか、私のことも調べられているのね」

咲「うちは敵が多いですから。いつボスのこめかみにライフル弾が突き抜けていくかわかりませんし」

久「ふーん。マフィアって大変なのね」

 
久「そろそろ、あ、懐かしの学び舎」

咲「校舎はあっちですよ」

久「私にとってはこっちのほうが思い出深いの」

咲「……どうします? 窓から侵入しますか?」

久「後輩が私のいいつけを守ってれば鍵は開いているはず」

久「よいしょ」ガコガコ

ガキンガキン

咲「ここの鍵直したみたいですね。ほら、枠が綺麗になってます」

久「あららー」

咲「諦めましょうか」

 
久「待ちなさい、……これ」

咲「あ、それ知ってます。バンプ式の開錠鍵ですよね」

久「そうそう。旧式のピンシリンダーで助かったわ。こういうところが公立って感じよね」

咲「泥棒入られたところで盗まれるものはありませんし」

カチャカチャ

久「あーこれ……タンブラーね。玄関口でもないしこんなもんか」カチン

咲「空き巣ぐらいしか使わないですよそれ」

久「まぁまぁ、黙って見てなさい。……よっと」カコン

カチリ

咲「おおっ」

久「あなた達はどうするの?」

咲「散弾銃、無ければ拳銃で鍵穴の斜め45度から錠自体を破壊します」

久「下品」

咲「どうせそういうときって、物漁りじゃなくて皆殺しですから」

久「ああそう……」


ガチャリ

咲「わっ、すごいすごい、卓が6つもありますよ!」

久「この隣の部屋も今麻雀部の部室なの。強豪だからね。流石に私達が現役のころよりは結果残せてないみたいだけど」

咲「なんだか雰囲気変わりましたね、ここ」

久「……そうね」

咲「……あっ、パソコンも新しい」

久「ねぇ咲」

咲「はい?」ゴソゴソ

久「打たない?」

咲「時間、……いいですよ。一局ぐらいなら」

久「ありがとう、少し話したいこともあるの」


ジャラジャラ

久「まさか、咲が今日会ってくれるとは思わなかったわ」

咲「アメリカ支部の内部から直接メールが送られてきましたからね。ほっとけないですよ」

久「へぇ、じゃあ私は体よく捕まっちゃったってこと?」

咲「そんなことないです。捕まえてるなら竹井先輩が現れた時点で部下が車で拉致ってます」

久「私と会って大丈夫なの?」

咲「上には伝えています。『協力的な外部の人間が接触を図ってきた。私の旧友なので会わせてほしい』って」

久「ふーん。普通だったら咲をスパイ容疑で捕まえて、その外部の人間は口封じで湾に沈めちゃいそうなもんだけど」

咲「デコイですけど一応は正規の交易ルートを任されてますからね、信頼もあるのでしょう」

久「それでも組織内の視線は悪くなりそう気がする……、ツモ、タンヤオドラ3の2000・4000」


咲「竹井先輩も結構無茶しますよね、支部とは言え、そこに物理的に侵入して本部に直接メール送るなんて」

久「あんなの大したことないわ。近くの水道管破裂させて、工事の面目で地下からそこのサーバーに暗号パルスを逆流させればいいだけだもの」

咲「いいこと聞きました。今度から気をつけるよう下の人間に伝えときます」

久「……今、どこまで力を持っているの?」

咲「本部にチーム1つと交易ルート1つ」

久「平気でペラペラしゃべるわね。なんだか心配になってきたわ」

咲「竹井先輩はうちのスカウトが目を付けてますから。来月辺りは誰か合いに来ると思います」

久「それはなにより」

咲「それと今、麻雀の先生もやっているんです。といっても部下の子達に対してですけど」

久「咲が先生か……。まぁ、それだけ聞いたら現状よりよっぽどリアルね」

咲「この5年間、私は、」タン

久「ロン、中のみ1300」

咲「はい」ジャラ

 
久「遮っちゃってごめん」

咲「いや、どうせ竹井先輩の知っていることですし」

久「あなたの言葉で聞きたいわ、咲」

咲「……――色々ありました」



五年前の夏に私は小鍛治健夜に拉致され(正確に言えばその知り合いのヤクザに)、イタリアのシチリアで目が覚めた。
どこかの建物の屋上、瞳には青だけが映り、磯の香りが鼻腔を突き刺す。さっきまで東京で牌を握っていたはずなのに、私はどこにいるのだと怯え、再び目を閉じた。
そしたら、知らない言葉が水と一緒に降ってきて、強引に起こされ、そこで初めてこれは現実なのだと頭が理解した。

「助けてお姉ちゃん」

これがイタリアで初めて発した「お姉ちゃん」って言葉だった。目を泳がすと周りには男だらけ、それもひたすら日本人とは違う造形をした顔ばかり。
だけど、その中に一人だけ知っている顔がいた。小鍛治健夜。私は必死で助けを求めた。

「うるさいよ嘘つきちゃん」

私は下着を汚した。絶対に犯されると思った。だって小鍛治の顔は悪魔そのもので、歪な笑顔は私の値段を勘定している人売りのそれだった。
小鍛治は異人に混じって、当時の私には一欠けらも理解できない言語を駆使して、相手のえらそうに髭を蓄えたおじさんと話していた。
今思えば、わざと私を不安にさせてたんだと思う。だってそういう人なのだ。

小鍛治健夜は正真正銘のクズだ。


その日の夜、小鍛治から説明された。

「咲ちゃんは嘘つきなので、罰を与えます。死にたくなければ打ちなさい」

あまりに簡素で強烈な一言だった。だけども、現実を逃避し続けている自分には夢の一片でしかない。何を言ってるんだこいつはって感じ。
死ぬとか罰とか、ただ麻雀を打つだけでなんでそんなやりとりしなきゃいけないんだって、全然理解できないし、したくない。
とにかく、ここからにげなきゃと思って、小鍛治を押しのけて泊まっていたホテルの玄関口まで飛び出したとき、突然怒鳴り声がして振り向いたら顔を殴られた。
相手は筋肉がいっぱいついた赤髪の男。拳銃のグリップの底で何度も顔と頭を殴ってきた。叫ぶたびに衝撃が強くなっていたのを覚えてる。
額が切れて、たんこぶが4つできた辺りで乾いた音がした。
私を殴っていた男はただの肉になって、赤い液体を垂れ流しながら私の上からずり落ちた。

「ねぇ見て、こいつ勃起してる」

小鍛治がいた。にやけ面で男の股間を3発撃った。私はまたおしっこを漏らした。

それから私が期待したことは何も起きなかった。
警察が駆けつけることも、小鍛治が解放してくれることも、悪い夢から覚めることも。


その三日後が初めての代打ち。
顔と頭の腫れは引いてないし奥歯も折れてた。それでも日取りが遅れることはなくて、当然のように卓に座らされた。
その後聞いた話だと私を殴った男は小鍛治の命令だったらしい。「もし宮永咲が逃げ出したらとっ捕まえて、好きなだけ殴れ」。そして小鍛治に殺された。
たぶんだけど、小鍛治の本気度を示すためのパフォーマンスなのではないかと思う。2千万ユーロのかかった勝負だ。負けは許されない。尻を叩く意味で人一人殺したのだ。
だから死ぬ気で打った。前の晩に見せられたビデオの女の子には絶対なりたくなかった。足をもがれてレイプされながら首を絞めつけられ殺されるなんて。

結局、私が相手を飛ばしてトップで終わった。
次の瞬間、相手の脳漿が私の右手に飛び散った。
そういう契約。私と一緒だったのだ。私が殺したも同然だった。


咲「それからは打って、お金を貰って、信頼を得ての繰り返しです」

久「私がアメリカで私立探偵の免許取得に躍起になってるころかしら」

咲「探偵免許も持ってるんですか?」

久「案件を持たないゴーストだけどね」

咲「はぁそれで。だからか……」

久「……」タン

咲「……よく、私が海外へ連れて行かれたことがわかりましたね」

久「最初に目を付けたのは戒能プロなの。でも彼女は潔白だった。だから、その師である小鍛治プロがね、どうも怪しいと思ってたし」

久「彼女の渡航歴も、咲が行方不明になった二日後にはアメリカへ飛んでいた。まさかそこからヨーロッパへ向かって、煙にまくだなんて思わなかったけど」

咲「それでアメリカへ飛んで、今の職を?」

 
久「直接ヨーロッパへ行ったところで、あそこって連合名乗ってるくせに隣国といがみあってて情報の流通があまり円滑じゃないの」

久「そこで時間食うよりは情報の集積回路でもあるアメリカで探ってたほうが、なにかと捗るかと思った。保険調査員兼探偵ってのは適当な職を選んだつもり。あっちでは珍しい兼職じゃないから目立ちもしないわ」

咲「真保裕一の小説みたいですね。なりゆきで探偵かー」

久「長かったわ。あなたがイタリアで代打ちをしていることを知ったのは二年前。小鍛治プロの足跡を追ってようやく辿りついたわ」

咲「銀のボディに青のラインのフォード」

久「良く覚えてるわね」

咲「イタリアであんな車乗られたら意識しなくても覚えちゃいますよ。顔を覚えてくださいって言ってるようなものです」

久「咲が気付いてくれたら何かしらアクションがあると思ったの」

咲「言っときますけど、あと一回うちのシマを走ってたら自白剤飲まされて今頃病院生活です」

久「そしたら咲が助けてくれるわ」

咲「そんな力ないですよ……。だから和ちゃんだって……!」


久「……」

咲「和ちゃん諦めてくれますかね」

久「どうかしら、腕を取るっていっても退かなかったのでしょう?」

咲「……はい」

久「警告は何度も出したのけれどね。やっぱり止められなかった。情報源の連中をまとめて消しちゃえば良かったかもしれない」

咲「汚れ仕事は竹井先輩には合わないです。嫌われ者は私だけでいい」

久「メンツのためとは言え、よくやったわあなたも。一番ベターな行動だと思っている」

咲「和ちゃんが私を好きなのは知っていました。だけど、所詮は高校生の惚れた腫れたで、あれだけ脅せば大人しく帰ると思いました」

久「あの子は本気だったわ。全てのオフをあなたを探すためだけに使っていたからね」

咲「……本当に正しかったのかな……」

久「いまさら取り返しはつかないわ。悩んでもしょうがない」

咲「好きとか嫌いとか、もっと単調なことだと思ってた。この五年、私が学んだことは遥かに機械的でした」

久「……」

今日分終了
咲ちゃんは白髪のまんまです
三年のインハイで淡を壊したのはほとんどが無意識でやったことです

 
――二年前、冬――


咲「はい、お茶」

 「ああ、もう交代か。ってなんだこれ。グリーンティー?」

咲「うん、この前頼んだやつがようやく届いてね。日本製の高いやつなんだよ」

 「へー、それにしても渋いな。ジャップの味覚は面白い」

咲「そんなこと言うならもう飲ませてあげない」プイ

 「……率直な感想だ。あんまり怒るなよ」

咲「そーですか」

 「わかったわかった。だったら監視の交代の時間伸ばしてやるよ」

咲「いいよ別に。私の最初の仕事だもん」

 「日本人は頑固だなぁ。サキは代打ちっていう立派な『シノギ』があるじゃないか。あれ、発音あってるよね、『シノギ』」

咲「シノギは組織全体から見た収入や手段だよ。私は打って組織からお金貰ってるだけだから」

 「あんまり変わらないだろそれ。それに結局はサキの勝ち金に頼ってるところもある」

 
咲「だったらなんでボスは私をこんな仕事に?」

 「ボスの愛人の浮気調査なんてちょろいもんさ。わざわざ対面のマンション一部屋まで借りてな。とろいサキでもできる」

咲「ますます私じゃなくてもいい気がする。昼間っから麻雀打って遊んでる子たちにやらせなよ」

 「違うな、これはいわゆるそいつの信用の問題だ。仕事は楽だが、とんでもなく責任は重いぞ」

咲「ふーん。それが一日中双眼鏡から部屋を眺めてるだけとはね……。もっと尾行したり、地下から音波で中の動きを探ったりとかさ」

 「なんだそれ、またくだらない本の影響か」

咲「小説だよ。この前映画化されたのに、見てないの?」

 「逆にどれだけお前は暇なんだよ」

咲「別にいいじゃん。……なんか普通にしゃべってるね」

 「寒くなってきたし中戻りな」

咲「……私も一緒に監視する」

 「女の子ってのはよくわかんねーなー」

咲「もう二十一だよ! 胸のこと言ってるなら殴るよ」

 「強気な女は好きさ~」

咲「むぅ~~~~~……」

 
 「サキはさ、暇な時間あるなら日本帰ってみればいいじゃねーか」

咲「いまさら?」

 「いまさらって……。だって家族とか友達とかいないわけじゃないんだろ?」

咲「もう遅いよ。私は死んだことになってるだろうし、今会ったところで昔に戻れるわけじゃない」

 「理解できないな。家族を安心させることを否定すんのか」

咲「そんなこと言ってない……、もう今までの宮永咲じゃないんだよ。半ば暗闇に足突っ込んでる『普通』じゃない人間なんだ」

 「俺にとっちゃ、ちんちくりんの泣きべそかいてるガキだぜ」

咲「うるさいうるさい」ベシベシ

 「いたっ、痛いって! ごめんごめん謝る。……なぁサキ」

咲「うん?」

 「この調査が終わったら、次のマージャンギャンブルまで時間があるだろ? とりあえず日本に行ってこいよ」

 
咲「だからいいって、」

 「俺にもガキがいる。今は母親んとこで暮らしてるがな、ときどき会いにくるんだ」

 「いいもんだぞ。こんな道外れた人間にも会いたいと思うやつがいる。そんな嬉しいことはない」

 「それに親心つーもんはガキには中々理解できない。自分が初めて親となり自分と相方の分身ができたとき、その大切さが理解できるんだ」

咲「説教くさ……」

 「そうだ、大人の言葉はよく聞いとけ、おこちゃま」

咲「子供じゃ、ないもん……」

 「だからこそだよ。『お姉ちゃん』にも会いたいだろ」

咲「……うるさい」

 「Dum fata sinunt vivite laeti」

咲「それ、私には関係ないから」

 「若えのに何言ってんだよまったく」

咲「イタリア人ってさぁ、昔の人は偉人多いのにさ、何で今はボンクラしかいないの?」

 「……十四世紀のペスト大流行時代を知ってるか?」

咲「うん」

 「そん時、まだまだ情報なんてのは人の口伝えで正確性と即効性は現代と比べるもなく悪かった」

 「病気の流行なんてのは当時の人間からしたら脅威だ。碌な治療法もなくバタバタ人が死んでいく」

 「それが致死率9割の疫病だとしたら、人はどうする?」

 
咲「……逃げる?」

 「そうだ。だがいっぺんに大勢の人間が他国へ逃げたとしても、混乱が起きて国はめちゃくちゃ。だから上の人たちは国の利益を考えて情報規制と国外へ逃げる人間の選定をしたんだ」

 「国の支柱の学者や――ま、お偉いさんだ。国が回るぐらいには残してたみたいだが」

咲「で、その人たちは戻ってこなかったの?」

 「戻る約束はしてたみたいだけど、『住めば都』ってわけさ」

咲「なるほどね。そうしてこの国に残ったのはボンクラの遺伝子ということ」

 「……」

咲「……作り話でしょ」

 「バレた?」

咲「嘘ついてる気がした。鎌かけ」



 「……きた」

咲「……え?」

 「双眼鏡、ほら」

 
咲「……!」

 「あいつ、この前入った、――バカが」

咲「この前って16の子、だよね」

 「最悪だ、まさか組織の人間だとは思わなかった」

咲「どうしよ、写真、」

 「待て! ここは俺が行って話をつけてくる」

咲「え、でも、それじゃあ言われたことと違う」

 「オメルタは絶対、だ。わかってんだろ?」

咲「そうだけど! ……そうだけど、命令も絶対だよ」

 「仲間内で殺し合いなんてまっぴらごめんだ。……それに、あいつは善悪のつかない子供だ」

 「お前はここにいろ。今の監視は俺が担当していた。お前は寝てたからわからない。いいな」

咲「う、うん」


 「絶対部屋から出るなよ!」

バタン

咲「……、」

咲「あの二人は、」

咲「……!」ビク

咲「……カーテン閉じられちゃった」

咲「……」

咲「……」

咲「……いかなきゃ」

咲「私の仕事だもん。私がどうにかしなくちゃいけないんだ」

咲「行け、宮永咲、びびるな」

咲「びびるなびびるな」

咲「……っ」グッ


タッタッタッタ

咲「待って!」

 「バカっ、ついてくんなって言ったろ」

咲「この件で責任があるのは私でしょ。あなたがミスれば私も追求される」

 「……、じゃあ止めるのか?」

咲「できれば血をみたくない。だからその行動には賛成だよ」

 「わかった。ドア開けたら後ろに隠れてろ。テンパられて撃たれるかもしれん」

咲「銃は?」

 「持ってる」

咲「私の分」

 「……お前、人間を撃ったことあるか?」

咲「あるよ。三週間前に命がかかった勝負で相手の処刑を私が行った」

 「――わかった。M93Rだ。少しでかいが問題ないだろ」

咲「ありがとう」ニコ

 「!――」ゾク


パァン パァン

 「銃声!? 何かあったんだ! 俺らの他に監視は?」

咲「……いないよ。急ごう!」

 「部屋、三階か。階段でいくぞ」

咲「うんっ」


咲「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」

 「なんだっ」

咲「この銃、私物?」

 「そうだが? それがどうした」

咲「わざわざサイドアームにセミオートの制圧マシンピストル?」

 「……! 今はそんな話をしてる場合じゃないだろ」

咲「……」

 「この部屋だ。咲、後ろに――」

咲「ボス?」


「遅かったな」

 「遅かった……? どういうことです? ……!!、こいつら、」

「『たまたま』帰ってきたら『たまたま』俺の女とガキが抱き合ってた。だから『たまたま』持っていた銃で撃ち殺した」

 「そう――ですか」

「俺はお前らに監視させ、証拠の撮影を命令したはずだが?」

 「それは、」

「まぁいいさ、どうせお前はここまでだ」

 「俺は、ガキが殺されるのがたまらなくて……、決して命令を背くつもりでは、――さ、サキには手を出さないでください!」

「勘違いしているな」

 「え?」

「お前の突入はまるで、どこぞの犬のようだったぞ。腰を下げ、丁寧にドアの周りに銃口を向けてな――
 国策安全局の。違うか?」

 「!!!」

咲「!っ、……本当なんですか」


「ああ、そこそこ泳がしたおかげで、無線傍受に成功した。16桁の乱数を指向性の送受信アンテナで送っていたようだ」

 「そんなことありえません!!」

「何がありえない? わざわざこんな茶番まで用意して、まんまと引っかかってくれたじゃないか」

 「それは、」

咲「裏切り者」

 「サキ」

咲「名前で呼ばないで」

部屋中に破裂音が響く。
引き金は思っていたよりも軽かった。

 「っがああああっ、……サキ、」

「脚を狙ってどうする。こいつは既に吐かせる情報などない。殺していい」

咲「……」


咲「私信じてたのにっ。この三ヶ月、私のそばで……裏切り続けてきたんだ」

咲「子供がいるって、親心がどうとかほざいてっ、全部嘘だったのかよっ!」

 「子供は、嘘じゃない」

咲「あんたが日本に行けって言うからいい人なんだと思って、あんな説教してえっ」

「殺してやれ」

 「サキ……、頼む、お前は、」

咲「そんな目でみるなああああああああっ」


弾倉が空になっても引き金を引き続けた。
初めて直接人を殺した。
拳銃をもらう時についた嘘が、今現実となった。


                             『どう? 人を殺す感触は』



「稀にだがこういうのもいる。ずいぶん肝が据わっていたやつだった」

「『初めて』の人殺しだな。記念にその銃はとっておけ」

咲「……」

「これから拳銃を握るときは怖気づくな。粛清も重要な仕事だぞ。いいな」

咲「……はい」


回想終わり~


久「へぇ、その話をしたってことは何かしらの目的があるわけでしょ?」

咲「お察しの通りです」

コト

咲「これが例の拳銃です」

久「で?」

咲「何もしないというのは嘘です、ごめんなさい」

久「それ、脅し?」

咲「竹井先輩には『虫』を入れさせてもらいます。ちょっとした記憶コントロールと位置情報を把握するための処置です」

久「なるほど。私はストレス発散だったわけだ」

咲「久しぶりの旧友とのおしゃべりですからね、楽しかったですよ」

久「私も。あなたが元気で良かった」

咲「では、」

久「ねぇ咲」


咲「はい?」

久「銃口が下がってるわよ」

咲「……」

久「セーフティを下げる時、片手に持ち替えたわね。底をテーブルへ置いていたのに銃口が下へ向いたってことは弾倉は空なんじゃないの?」

咲「とっさのためにチェンバーに一発と、マガジンは三発しか入れていません」

久「だったらわざわざセミオートを持ち歩く必要はないわ。M93Rはあなたの手に対して大きいしね」

咲「ためしてみます?」

久「私を撃つの?」

咲「証明が必要であれば」

久「……ふふふ、冗談よ。仮に弾倉が空だとして、あなたを取り押さえればすぐさま下の連中が押しかけるでしょう」

咲「気付いていたんですか。本当にあなたは」

久「伊達にこの職で食ってないわよ。わざわざ三台でローテーション追跡とか、本当にシチリアマフィアって徹底してるわね」

咲「そうでもしないと生き残れませんから」


久「……それって本当に空なの?」

咲「言ったじゃないですか。最低限は入れています」

久「気が変わったわ。賭けをしましょう」

咲「賭け?」

久「そう。今ここで一発撃つ。空なら私の勝ち。一つだけ望みをかなえて欲しい」

咲「なんですか? このまま逃がしてほしいってのはナシですよ」

久「キスさせてよ」

咲「は?」

久「キス。セックスでもいいわよ」

咲「おっしゃってる意味が……、いやわからないことはないです」

久「減るもんじゃないし、今生の別れもかもしれないじゃない。あなたが望めばだけど」

咲「今日だけの記憶を消すだけだといいましたが」

久「あなたうそつきだもん。信用できないわ」

咲「……いいでしょう。キスぐらい」

久「まさか処女?」


咲「違います」

久「ふーん」ニヤニヤ

咲「それじゃあさっさと答えあわせをしましょうか」

久「あら、どこ行くの?」

咲「窓の外へなら跡が残らないですし、それに音だけで判断できるでしょう」

久「つまらないじゃない。狙うのはここ。私の顔」

咲「……!」

咲「馬鹿じゃないですか」

久「一応元先輩なんだけどなー」

咲「和ちゃんと違って聡明な方だと思ってました。死にたいなら勝手に自殺してください」

久「愛ゆえにってとこかしらね」

咲「キス程度で命かけるなんて狂ってます」

久「お金と自分の命を同じテーブルに乗せて遊ぶ人間に言われたくないわ」

咲「……あなたになにが分かるっていうんですかっ!」


久「わかるわよー。この五年間必死で追いかけまわしてたから」

咲「……」スッ

咲「銃口向けられた気分はどうですか?」

久「咲にだったら嫌な気分はしないわね」

咲「……弾頭は眼球を貫通、遅れて眼孔内が内圧で破裂し弾丸とともに蝶形骨をまきこみながら、脳へと切り込みます」

咲「この距離なら頭頂骨を破壊し、頭がざくろのように割れるでしょう。……思ってるよりも悲惨な死体ができあがりますね」

久「死んだら関係なくない?」

咲「残された人達がどう思うか、気にならないのですか?」

久「さあ? 最近日本にいなかったし、忘れられてるんじゃないかな」

咲「やっぱり竹井先輩は狂っていますよ」

久「原因は咲。それにあなたの記憶だけに残れば十分だわ」

咲「お姉ちゃんが、……っ、悲しみます……」

久「やっぱりいるじゃない、『お姉ちゃん』。――嘘つき」


咲「……、撃てないです」

久「変わってないわね。私の勝ちでいいかな?」スッ

咲「……。あっ――。キスだけって」

久「いいじゃない。こんなチャンス二度とないんだから」



   きんくり!

今日分終了です


◇◆◇◆◇◆

十月二十四日 午後八時

照(二日も動けなかった……)

照(和の情報筋曰く、まだ日本は出ていないようだけど、)

照「……」

菫「おい」

照(居場所が突き止められっていないのに、そんなはっきり言い切れるのかな)

菫「照」

照「……」

菫「……てるっ!」

照「!」ビクッ

照「ごめん、何か言ってた?」

菫「もうそろそろ着くから」

照「……うん」


――――――

照「ここの三階」

菫「……明かりがついてないな」

照「……いってくる。菫はここで待ってて」

菫「バカか。私達も行く。わざわざうちの護衛をつけてきたのに単身で乗り込むなんて何考えてるんだ」

照「……危ないし」

菫「だったらなぜついてきて欲しいだなんて頼んだ」

照「保険ていうか、」

菫「親友を保険扱いか? ひどいやつだよ」

照「保険じゃなかった……。ええっと……、」

菫「相談に乗って、兵を貸し出す提案をしたのは私のほうだ」

菫「人の好意を無下にするな」

照「……」

照「……ありがとう」


菫「付き添いは二人でいい。デカい銃はいらない」

 「了解しました。お嬢様」

照「銃……?」

菫「いまどき、拳銃所持なんて珍しくない」

照「そっか。弘世グループの令嬢だもんね。危険がいっぱい」

菫「そういうわけだ。殺されるよりは殺すほうがマシってな」

 「先導いたします」

菫「頼む」

カツ カツ カツ

照「ここに、咲が」

菫「まだ忘れられなかったか」

照「……当たり前だよ」

菫「、――そうだよな。すまない」


菫「会ってどうするんだ?」

照「説得」

菫「原村和の説得には応じなかったのだろう? それで、」

照「言わないで」

菫「……。お前、説得できると思っているのか。まさかとは思うが何も考えてないわけじゃないよな」

照「……」

菫「姉という立場に甘えてる」

照「知ってるよ。……でも責任がある」

菫「お互い成人しているのに? 本当は顔を見たいだけじゃないか?」

照「責任を取らせるよ。和へも謝罪させて、悪い道から引っぱり出す」

菫(――変わってないな)

菫(そんなことができるはずない。認識がぬるすぎる)

菫(照、お前もあのときから少しずつ壊れていっているんだ)


 「お嬢様と照様は我々の後ろに」

照「はい」

ガチャ ――バチッ!!

 「あっ!?」

菫「どうした!?」

 「電流が……、」

照「……」チョン  バチチッ!!

照「いたた」

 「触らないでください!」

照「ご、ごめんなさい」

菫「静電気ではないな。向こう側から何かしらのトラップが張られているのだろう」

 「お嬢様、ここは一度退いてから応援を呼び、中の状況を確認させることを提案します」

菫「……、これはただの時間稼ぎだ。蹴破れ」

 「はっ」

照「菫怖い」

菫「お前はもう少し、真剣になれ」


アッ!  ドウシタ!?

戒能「おや? お客様のようです」

久「みたい。どうしよっか」

戒能「窓から……、いや、駄目そうですね、見てください」

久「いつのまにバン二台……、咲が戻ってきたのかしら」

戒能「あなたが余計な事をしでかしたから追いかけてきたのでは」

久「フフーフ。エッチのときあの子あんな敏感だとは思わなかったからね、ちょいとお薬盛ったらヘロヘロよ」

戒能「肩を撃たれたのに、ずいぶん余裕なもんです」

久「飛び降りたときに挫いた足のほうがつらいわ」

戒能「……さて、」

久「そうね、ロッカーにでも隠れる?」

戒能「ロッカー」ブルッ

久「……閉所恐怖所なの?」

戒能「そうではありませんが、直感が訴えてきてるんです……、薄くて高い、――本」

久「意味わからないこと言ってないで入った入った」


 「お二人は離れて」

ズガン

ロッカー「……」

菫「なんだ……荒らされていたのか?」

照「もぬけの殻」

菫「……」ジー

菫「いや、私達が到着する寸前まで人がいたはず」

照「なんで?」

菫「ドアノブのこれ、簡易式のショックバリヤだ。反対で触れると電流が流れるようになっている」

照「ふむ」さわり

バチバチ

照「痛っ! ……こっちからでも流れるじゃないか」

菫「バカなのかお前は」

 「外さずにそのままにしておきます。二重のトラップがあるかもしれません」

菫「見て分かるように時間稼ぎだな。裏の非常階段は?」

 「鍵が開いていました。下の人間に周辺を当たらせます」

菫「頼む」


照「咲……」

菫「流石に逃げられたか。今いたのは空き巣狙いの窃盗犯だろう。咲達ではない」

照「……」

菫「一応、調べておくか? 足跡を残していくとは思えないが、何かしらは、」

照「菫」

菫「どうした?」

照「少し二人で話さない?」

菫「何いってるんだ。警備会社に通報されてるかもしれないんだぞ。あまり時間はない」

照「ん」チョイチョイ

菫「……?」

照「なんかね、嗅いだことがある匂いがするの」

ロッカー「……!」

菫「……、お前達、すまないが下へ戻っててくれないか? ここはもう安全だろう? だから二人で少しだけ話したいんだ」

 「了解しました」


菫「匂い……、どこからだ」

照「あれ」

菫「本当に知っている匂いなんだな」

照「うん絶対大丈夫」

菫「いくぞ……」

ロッカー「……」ビクビク

ギィ

菫「……何もないな」

照「あら」

菫「お前の直感はあてになるから、手がかりがあるかと思ったんだが……、とにかく、目ぼしい物は持っていけ。どうせここには戻ってこないだろう」

照「うん。わかった」


戒能(っぶねーDEATH)

久(匂いがどうたら言うから私達のことかと思った)

戒能(それよりも、まさか照さんと弘世さんだとは)

久(一歩遅れてきたのね)

照「……」チラリ

久(うっ)

戒能(気付かれてませんか?)

久(どうかしら)


十分後

ロッカー「……」ガチャリ

戒能「いませんよね」キョロキョロ

戒能「……見つかるかと思いました」

久「心配するようなことはなかったでしょ?」

戒能「正直、久さんと密室を過ごすのは遠慮したいですからね」

久「ひどい言い草」

戒能「事実ですよ」

久「さて、私達もおいとましましょうか」

戒能「ですね――碌に得るものがありませんでしたが……、空振りよりはマシでしたね」

久「ログ漁ったところで小鍛治の悪行は掴めそうにないけど」

戒能「立件するまでには至りませんが、少なくとも臭いモノは出てくると思います」

久「ねぇ、一昨日に助けてもらってこんなこと言うのもなんだけど、」

戒能「はい、」

久「もうやめた方がいいわよ。ばれてると思うし」


久「あなたも咲を無理に元の世界へ戻そうと考えているのなら、私はこれ以上協力はできない」

戒能「心外かと思われますが、私は咲さんはこのままでいいと思います」

久「逆にそこまではっきり言われると腹が立つわね」

戒能「だったらどう言えばいいんですか」

久「……少しでも後ろめたければ、後悔の一つや二つあってもいいのだけれど」

戒能「どっちつかずでいろと? 嫌いだけど好き、乙女ですねあなたも」

久「ハッピーエンドは誰だって望んでいるはずでしょう?」

戒能「あなたの理想は現状維持のベターかと」

久「必要であれば、それも正解よ。それにね、」

久「誰かが傷ついて、ないがしろにされてその上で成り立つ幸福なんて吐き気がするわ」

戒能「既に原村さんが傷ついてます。無視できますか?」

久「だからこれ以上、誰もが不幸にならない様に立ち回るしかないのよ」

戒能「もし、無理にでも更生させればどれほど犠牲が出ると思います?」


久「報復を受け宮永家は皆殺しね。裏でつながっている私達も無事にはすまない。それだけ冷酷で徹底しているのよ」

戒能「ここ、日本ですよ」

久「いまどき北と西から密入者の数なんて東京で採れるカブトムシよりも珍しくないわ。大元が地球の裏側とは言え、国外にも力は入れているしね」

戒能「あなたがおっしゃることなら間違いないのでしょう」

久「わかった? ここはどうあがいても血をみることになる」

戒能「……もし、ですが、咲さんの所属するファミリーと賭博をし、その代償を咲さん自身にして得る、というのは?」

久「無理ね」

戒能「絶対?」

久「私も考え付いた、けどねそんなの」

戒能「本当に、本当に無理?」ズイ

久「……まず場のセッティングにお金がかかる。これが一つ目。そして二つ目は暴力。手ぶらでつっこんで勝って、そのまま帰してくれると思う?」

戒能「殺されてうやむやにされるのがオチでしょうか」

久「そう。お金は工面できないこともない、問題は渡り合う武力よ」

戒能「……一つだけあります」


戒能「小鍛治プロ」

久「本気で言ってる? 私、あの人の顔見ると殺しそうになるんだけど」

戒能「協力を仰げば間違いなく乗ってくるはず」

久「あなた、やっぱり洗脳解けてないんじゃない?」

戒能「手枷はなくなりました」スッ

久「……っ、それって、自分で?」

戒能「彼女に逆らえば刃物で自傷をする。いつの間にやらそんな暗示が頭の中に埋め込まれてましてね。……ですが、去年の春先から傷は増えなくなりました」

久「さっき、『このままでいい』って言ったじゃない。あなたの行動に矛盾が生まれてるわ」

戒能「……ただの可能性の話です。現状では久さんのおっしゃるとおり机上の空論でしょう」

久「それにしてはずいぶん押し気味だったけど」

戒能「意志を通すわけではなく、一考を経て最善にすがるのは罪ではありませんから。現在のスタンスは言ったとおりです」

久「私だって、誰も傷つかないのであれば、咲が帰ってくることに反対するわけじゃない」

戒能「誰も、ですか」

久「……あなたって卑怯ね。そうやって私から意見を出させ、同意の流れで行動を起こそうとする」

戒能「十年……、私が受けた人格矯正の結果です。……ソーリー、言い訳です」

久「そうだわ。あなたも被害者。だから余計に頭にくるのよ」

今日分終了です


◇◆◇◆◇◆

菫「空振りだったな……」

照「……」ブツブツ

菫「お前は少し会話の相槌を打つことを覚えろ」

照「匂い……」

菫「それもハズレだった」

照「あれは、久の匂いだった。久の吸ってたメビウスの匂い」

菫「久……? 竹井久か?」

照「うん、絶対久の、とは言えないけど」

菫「竹井はこの五年間何やってたんだ?」

照「詳しくはわからない。海外で仕事して、時々日本に帰ってた。年に一度食事に誘われてた」

菫「!、それ、『当たり』だろ」

照「……かな」

菫「竹井と咲の関係は?」


照「……わからない」

菫「部の先輩と後輩ってだけだったか? そういえば清澄は私達が三年のとき部員が男子含め六人だったな」

菫「クサいぞ。竹井はお前から見てどんなやつだ」

照「後輩思いの……。いい先輩だった。私よりもよっぽどまともな人間」

菫「隠すな。お前、竹井が絡んでいることを知っていたろ」

照「知らない。私は何もわからない」

菫「じゃあ感づいてもいなかったていうのか? 食事のときは何を話した?」

照「他愛無いことだよ。私の成績だったり、あとは、そう……咲。見つからないね、って」

菫「お前っ! イカれているのか!?」

照「、」ビクッ

菫「どう考えても黒だ。本当にお前は咲のことが心配だと思ってたのかよ!」

照「……!!」

照「思ってた! 私はずっと咲のことを考えていた! いくら菫だからって……そんなこと言うなんて……っ」

菫「……少し考えさせてくれ」


菫「……」フゥ

菫「竹井を捜して捕まえる。たぶん、そっちのほうが手っ取り早い」

照「……」

菫「おい」コンコン

 「はい」

菫「特命と法務と情報部の連中を起こしてコンフラックスしろ。県立清澄高校出身の竹井久という女を捜せ」

 「かしこまりました」

菫「照、生年月日はいつだ?」

照「私の?」

菫「違う馬鹿、竹井のだ」

照「そこまではわからない」

菫「わかった。今日はもう終わりだ」

 「そろそろ駅です」

菫「竹井を捕まえ次第連絡する」

照「私は……久は咲の協力者じゃないと思う……」


菫「……このまま平行線で物事が進めば、いずれかは一方の破滅だ。お前にはその認識がないようだから一つ言っておく」

菫「既にお前の妹はお前のチームメイトに法を超えた暴力を振るった。わかるか? この国でそれは、」

照「言わないで! そんなこと、私にだってわかるよ」

菫「……」

菫「――容赦しないだろう。たとえお前相手でもな」

菫「こいつを渡しておく」カチャ

照「……!? 銃……?」

菫「違う、そう見えるだけで中身はスタンガンだ。見た目がこうなのは発射機構もついているから。引き金を引けばワイヤを飛ばし1メートル以内の標的に届く」

照「こんなのいらないよ」

菫「うちの兵をお前につけることが最善なのだが、お父様がそれを許さなかった」

菫「私も四六時中お前に付き添うことはできない」

照「だからってこれは……」

菫「照」ズイ



菫「私の親友が悲しい顔をするのは我慢ならない。お前が望めばなんだってやってやるよ」


菫の眼はひどく澄んでいて、確かに言葉通りの行動を起こしそうな威圧があった。
弘世財閥の下部組織を操る菫は、高校時代のそれとはわけが違った。
力がある。照にはない後ろ盾がある。
咲の存在に最も近いのはこの女であろうと照は理解していた。昨日の夜に菫へ電話したのも親友との相談というのは建前で、本心では無償の味方が欲しかったのだ。

ひどく無力で、ひどく自己愛が強く、そして弱虫な自分。
和にも久にも一歩遅れて、自らの安全を最優先に妹を助けに行った。
ようやく気付く。咲は、自分よりも久を選んでいた。宮永照には姉の資格など無かった。


十月二十六日

霧が晴れて意識が覚醒していく。
白い。床はタイル張りだ。顔をあげようにも力が入らない。視線もうまく合わないから二日酔いのような感覚で、無意識に首を振った。

――起きたか?

声がした。方向は正面。影が見える。
舌が動かない。

――使いすぎたかな。

目線を戻すと、体が縛られていることに気がついた。電気椅子に座らせられた死刑囚のように、両腕が椅子の肘掛にベルトで固定されていた。

しくった。
昨日の夜、戒能の自宅を出て行ったときからの記憶が消えていた。

 「起きたのなら返事をしろ」

唾液でべとべとになった顎を持ち上げられた。一瞬の不快感と共に視界に入ったのは、

久「……弘世」

菫「君とは初めてかな。こんにちは竹井久」

虚空の笑みを向ける弘世菫が、照明で影を作りながら見下ろしていた。


五感が研ぎ澄まされていくにつれ、強烈な臭気が鼻腔を襲い、顔をしかめる。

菫「一応オムツはさせたのだけれどね」

全身は包帯のような拘束具で巻かれており、それでも無理に尻を動かすと嫌な感触があった。
そうか、自分か。

菫「すまない。もう少し我慢してくれ」

羞恥心を感じることもなく、とにかく少ない情報から現状を理解しようと脳みそが躍起になって血を巡らせる。

久「あ」

菫「?」

久「……発声練習」

菫「はは、面白い女だな」

まともに話が通じるような相手ではないことを確信した。
弘世菫――知る限りでは元白糸台麻雀部部長。現弘世重工の、確か、

久「何者よ」

菫「君からの質問は無しだ。今の状況を理解してるかい」

久「わからないわ」

菫は、ふっと鼻を鳴らし無骨なステンレス台に置かれたメスを拾い上げると、刃を久の手の甲に押し当てた。

菫「君に人権はない」


刃が抵抗なく皮膚を切った。赤い血だまりが浮かんで、自重に耐え切れず親指の付け根へ流れる。
久はできる限り表情を変えないように努める。

菫「不感症なのか?」

アメリカで強盗目当ての浮浪者とかち合ったときもここまで一方的ではなかった。
そのときは銃で威嚇して結果的には追い払ったし、少なくとも抵抗できる切り札は持っていた。

我慢できずに、奥歯を鳴らした。

菫「いいぞ」

ステンレス台にメスを置くと、間を置いてからこちらに向きなおした。

菫「質問に答えてもらおう。君は、宮永咲と関係を持っているか」

関係。俗な意味ではないだろう。

久「……」

菫「咲が入国した理由はなんだ」

久「私に会いに来た」

菫「君と咲は同じ所属ではないのか?」

拍子抜けな質問だった。
なんだ、そんなことも知らなかったのか。

久「咲の状況を知らないみたいね。それなのに監禁って。誰に頼まれたの」

 
菫「私怨だ」

久「は? 私に恨みがあんの?」

菫「間接的にだが、そうだな」

最悪だ、と久は思った。

久「……どうして」

菫「君にとっては理不尽かもしれないが、私は淡を壊した咲が憎い。つまりは指導者の君に恨みがある」

久「咲は照の妹なのに? 照も嫌いなの?」

菫「嫌い? むしろ好きだ。同性という壁を越えて私は照を愛している。だからこそ、彼女の家族にそんな屑がいてはたまらない。そしてその責任は君にもあるだろ?」

久「はっ……?」

ストレスが爆発に変わる。

久「先に咲を壊したのはてめぇらだろっ!!」

菫「黙れ」

右手に焼けるような痛みが広がった。
メスが自立できるほど深々と刺さっていた。

菫「照の前では取り繕っていたが、本当は咲に消えて欲しかった。咲の前で見せる照の笑顔は最高に輝かしく私の心を抉った。そして五年前、私の後輩を壊してどこかに消えた」

菫「そのまま消えてくれ。お前らなんかこの世からいなくなればいい」

久「ふざけんじゃねぇよ……」


菫「咲について知っている情報を吐け」

久「殺せ」

菫「君が同属でなくとも咲について関係していることはわかっている」

久「殺せって」

菫「……痛いぞ」

菫は容赦なくメスを捻った。

久「ああああああっ!!」

菫「もうまともに箸を握ることもできないかもな」

肘掛から血は流れ続け、久に巻き付く包帯を赤く染めていく。

菫「詳しく教えてくれれば楽にさせてやる。咲は、どうなるかわからないがな」

久「て、照に知られたら、あんたどうすんのよっ」

菫「人一人消えたところでね、しかも元々行方不明者だ。今までなんの変わりもない」

久「くたばれ」

唾を菫の顔に吐いた。

今日分終

 
◇◆◇◆◇◆

同日

照「これで荷物は全部?」バタン

和「はい。わざわざありがとうございます」

照「和も専属ドライバーつけたらいいよ」

和「迷惑でしたか?」

照「……あ、いや、そうじゃなくて、ただ便利だから」アセアセ

和「そういう主将もご自身で運転されているじゃないですか」

照「運転好きなんだ」

和「へ、へぇ」チラ

ボコボコにへこんだフロントバンパー「……」

照「和も免許とったらクラウン乗るといい。ぶつけても中は安全だよ」

和「人は轢かないでくださいね」


バタン

照「シートベルトよし。ミラーよし」シュルシュル

和「いちいち言うんですか?」

照「え? だって教習所の先生は確認しろって」

和「主将ぐらいですよ。律儀に守ってるの」

照「そうなんだ……。あ、でも人を乗せてるわけだしさ、このぐらい気をつけなきゃ」ウシロカクニン

和「駐車券持ってますか?」

照「はい」

和「三十分過ぎてますね。いくらでしたっけ」ゴソゴソ

照「私が払うよ」

和「……? 退院の手伝いをしてもらってその上駐車料を払ってもらうことなんてできませんよ」

照「いいから」

和「よくないです。これは先輩とかそういう上下の関係は意味ありません」

照「私が車を出したいって言った。それが理由。だめ?」

和「主将、それは少し違うかと……」


照「……ねえ」

和「はい?」

照「私のこと名前で呼んでみて」

和「突然どうしたのですか。気持ち悪いですよ」

照「……」

和「何か言い返してくれないと困ります」

照「照って呼んでほしい」

和「悪ふざけですか?」

照「違う」

和「じゃあ、」

照「ごめん、無理言った」

和「照さん」

照「…………ありがとう」






照「雨、降ってきたね」

和「大きい低気圧が近づいているらしいです」

照「そうなんだ……、和」

和「傘ならあります」

照「じゃなくて、咲のこと」

和「――はい」

照「事務所に行ってみたんだ。だけどあそこにはもう誰もいなかった」

和「本当に一人で行ったんですか!?」

照「友人とその護衛とだから大丈夫」

和「それでも危険です。思いつきの行動はやめてください」

照「和も同じでしょ」

和「私は私だからいいんです」

照「それって変だよ」


和「変でいいです」

照「よくない。私が」

和「……私は私が異常だと思います。自分でも気付いてます」

照「咲のことは、」

もう諦めよう――、喉まで出てきてすぐに飲み込んだ。
和の前で口が裂けても言えなかった。

和「なんですか?」

照「ん、なんでもない。あ、今から淡のお見舞いに寄ってもいい? ここから近いんだ」

和「ええ」

照「……会ってく?」

和「大星さんが私を拒否するのではないかと……」

照「…………うーん」

和「いいですよ。車で待っています」

照「ごめんね」

和「照さんて謝ってばっかりですね」

照「癖なんだ」

 
照「ラジオ付けていい?」

和「構いませんよ」

照「ぽちっとな」

ガガガ
ロセジュウコ――ハツガアリ――シショウシャハ

照「電波よくないな。えい」ピッ

~♪

照「こっちにしよう」

和「……」

和(ろせじょうこ……弘世重工? はつが、はつ、――爆発)

照「どうしたの?」キョトン

和「いえ、ちょっとぼーっとしちゃって」

照「打ってるときもあるよね。なんかエロい」

和「セクハラです」

照「同性でそれはおかしい」


和「あなたはもう少し発言に気をつけたほうがいいと思います。カメラの前以外で油断しすぎです」

照「素を否定されるのは悲しいぞ」

和「このまえも後輩の女の子泣かせてたじゃないですか」

照「『好きです付き合ってください』って急に言われたら、走り出したくもなる」

和「大人の対応をしてください。フォロー大変だったんですからね」

照「和が私の補佐として優秀だから悪い」

和「人の苦労も知らずに……」

照「着いたよ」

和「……大きい病院ですね」

和(窓に鉄格子がはめられている……)

照「こういう病院は少ないから」





照「ケーキ屋にでも寄っていけばよかったな」



照「こんにちは」

 「こんにち……ん?」

照「?」

 「忘れ物?」

照「ケーキですか?」

 「じゃなくて、今出て行ったばかりだから、……あら、着てる服も違う」

照「!!」

照「すいません、ちょっと面会簿見せてください!」


来訪者番号34

14 25  宮永 照 (入)
14 58  (出)


照「私の字じゃない」

 「……?」

照(二時五十八分、いまから二分前……!)

照「ごめんなさいまた来ます!」


 「あ、ちょっと! 宮永さん?」

照「……ッ」

心臓を握り締められたような感覚だった。
無我夢中で足を動かして「そいつ」の行った先へ目指す。
病院の受付まで自分とすれ違わなかった。ということは「そいつ」は第二駐車場を使った。
いやしかし、車を使って来たという保障はない。

息を切らし、勢い降りつける豪雨の中、照は走った。

鞄に潜ませていたスタンガンを手探りで握る。

第二駐車場の入り口、

そいつは、



照「咲ィ!!!」


 「……」ピタ


ベレー帽を深く被った、懐かしい後姿があった。


距離7メートル。


自分と同じ髪色をしていて、


咲「はは、――最悪」


自分と瓜二つの妹がいた。

今日分終

新しくスレ建てたんで良かったら読んでください

菫「ロリ宥は最高だな」 ゆう「ふぁ」
菫「ロリ宥は最高だな」 ゆう「ふぁ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1372776548/)

両方コンスタントに続ける気なのでこっちもちゃんと頑張ります

 
膝に手をついて呼吸をする照、振り向きもせず歩み始める咲。

照「ま、待て!」

雨音に負けないぐらい声を張り上げた。幸いにも周りには人影は無く、ぱっと見で同一人物が二人いる状況を誰彼に目撃されることはなかった。
ずぶぬれの照はもう一度腹の底から声を出す。

照「咲、なんで」

なんでここにいるんだ
なんで淡に会ったんだ
なんで私のふりをしているんだ

その髪色はなんだ

なんで、なんで和をあんなふうに――

咲「私はもうここにはこない」

つっかえていた言葉よりも早く咲は答えた。

咲「そして、あなたにも会わない」

照「……っ、和に謝れ」

反応はなく、照など存在しないかのように咲は歩き続ける。
がくがく音が鳴りそうなほど震える足を一歩だして、咲との距離を縮めた。

照「止まれって言ってるんだ!!」


スタンガンを出して咲へ向ける。距離5メートル。射程外は変わらない。
咲からは見えていない。しかし咲の身体はピタリと止まった。


照「お願い。戻ってきて」

言葉の尻が震える。
それに呼応するように、くるりと咲は振り返った。

咲「銃を向けて頼みごとですか?」

――安全装置の解除は二回。ぱっちんぱっちんだ。覚えておけよ。

照「まだこっちに帰ってこれるよ」

咲「――本気?」

照「咲には家がある」

咲「じゃあどうして銃を向けるの?」

照「……咲が怖いから」

咲「は?」

照「私は咲が怖い! だから同じぐらいの力が必要で! 私は脅す力がないと声も出せない臆病者なんだ!」

咲「意味わかんないし」

咲は傘を放り投げると、帽子も落として空を見上げる。

咲「……うざい」


咲「その銃どこの?」

散歩の足取りで近づく咲。
距離4メートル

照「し、知らない」

距離2メートル

咲「セーフティは?」

照「セ――?」

距離1メートル。射程内。
人差し指に力を入れた。

何も起こらなかった。

咲「何これおもちゃ?」ヒョイ

照「ぅあっ」

咲「なるほどスタンガンか」カシュンカシュン

咲「……セーフティかかってるよ」

奪い取ったスタンガンを照の顔に向ける。

照「やめっ」

尻もちをついた。
咲は笑いもしなかった。


十月も終わる季節に、バケツを返したような豪雨は体の芯まで冷やしていく。

咲「宮永咲は死んだ」

照「私の前に、いる」

咲「私は亡霊だよ。咲なんていない。もしかしたら最初からいなかったのかもしれない」

照「嫌だっ」

咲「だだこねるなんてらしくないね。私を一度捨てたようにまた捨てればいいじゃない」

照「そんなの嫌」

咲「じゃあ私がこれからどうしたらいいか、今ここで示してよ」

照「――和に、」

咲「和ちゃん?」

照「和に謝って、今咲がいるところから抜け出して、また家族四人で暮らそう」


――麻雀部みんなで全国に行って、お姉ちゃんと仲直りして……、また家族一緒に暮らすんだ。


咲「ばっかじゃないの?」


いつのまにか咲の髪からは染料が抜け落ち、銀の輝きを放っていた。


咲「今ここで勘当、いや決別? とにかくお別れしたいんだけどさ。納得する?」

照「しない。せっかく会えたのに」

咲「あなたのそういうところが嫌い」

咲「状況で理念を曲げるのは弱い人間がすること」

照「曲げてなんかない!」

咲「ああそう」



咲「死ぬ?」



照「咲がそうしたいなら」

咲「私の判断ってこと。……そう。残念だけど罪悪感なんてとうの昔に忘れた」


咲が背に腕をやると、金属の弾ける音がした。
戻した腕の先に握られていたのは拳銃。

咲「死なないとわからないみたいだね」

セーフティ解除。遊底を引いて薬莢を排出。次弾装填。

咲「馬鹿は死んでも治らないらしいけど、来世ならもう少しは頭よくなるかも」

照準を頭へ。銃口の横へ血しぶき避けの手をかざす。

咲「まさか、家族を殺すことになるとは思わなかったよ」

照「咲……」

咲「ばいばい、お姉ちゃん」


三発。照の身体に赤い花が咲いた。









和「照さん!! 起きてください!!!」

和「誰か助けて! 誰かぁっ!!」

今日分多分終了

 
◇◆◇◆◇◆

同日 咲と照の接触より三時間前

久「ぐっ、うぁ」

菫「すごい。よく耐えていられるな」

久「……変態女が」

ぐりん

久「ッッ!」

菫「なぜこんな簡単な質問に答えない」

久「どうせ生きて帰す気なんてないからよ……」

菫「実際そうだったとしても、その精神力は尋常じゃない」

久「……くそ」


口元を歪ませながらメスで手の甲を切り刻む女に、たとえ咲の情報を渡したとしても、この拷問とも呼べない一方的な暴力が緩和されるとは思えなかった。
無抵抗な人間を弄ぶサディストに、常識は通用しない。
ならばどこまでも耐えてやろうと久の中の灯火はより強く燃える。

菫「これ、知ってるか?」

菫が無色透明の液体の詰まったポリエチレンの四角い容器を目の前に持ってきた。

菫「フッ化水素と五フッ化アンチモンの混合液だ」

久「ばっ……」

菫「ああ、いい反応だぞ竹井」

本気の恐怖に失禁をした。
菫が提示したのはおそらく地球上で最強の酸。

菫「フルオロアンチモン酸というのが正式名称らしい。開発部から借りてきた」

久「ひっ」

その威力を知っている。
在米中に知った数々の拷問の中でもトップクラスにヤバイ代物だった。

菫「どこに垂らしてほしい?」


菫「あ、その前にだ。咲の情報を教えてくれ。そういう体だったよな」

久「……」フルフル

どうせ答えても、何を言っても実行してくる。この一時間で学んだことは弘世菫は咲の身柄など興味はなく、人をいたぶる理由が欲しかったのだ。菫本人は気付かなくとも、本能は贄を求めて自分を攫った。
だとすれば咲も同じ目に合うことだけは回避したかった。こんな理不尽な暴力に付き合うのは自分だけで十分だった。

久「ふぐぅっ」

菫「唇をかみ締めてまで言いたくはないか……。体ともっと相談したほうがいいぞ」

久「ぐ」フルフル

菫「そうか。――いくぞ」

スポイトで劇薬を吸い上げる。
久の心臓が最大まで高鳴る。
菫の手の動きがコマ送りで見えた。
原型を留めていない右手の上に一滴、


ジュ


久「あああああ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


久「あ゛あ゛あ゛っっ!!!」


久「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああや゛め゛てええええええええ゛え゛」


菫「遅いよ」ハハ


三十分――永遠に続く三十分間だった。
6メートル四方の白い実験部屋は久の叫び声だけが響き、血と糞尿の悪臭に塗れたまさに地獄の様であった。
久は何度も母の名を呼んだ。助けてくれと血を吐くほど叫び、そしてついには咲の情報が口から漏れ出すことも止めることはできなかった。

その十五分後、弘世重工本部地下の特別実験施設に二人の女性が訪れた。

ガチャリ

菫「!!……、今は外部の人間は立ち入り禁止にしているはずだが?」

健夜「招待したのはそっちでしょ。時間だよ。時計持ってる?」

菫「小鍛治さんか。……もうこんな時間でしたか。失礼しました」

健夜「ま、いいけどね。あら竹井さんこんにちは」

久「……」

健夜「生きてるの? 右腕ないけど」

菫「切ってくれって叫ぶものだから私が落としてやったんです」

健夜「んん? ……じゃあどのような御用だったのかな」

菫「その前に、そちらの方は?」

健夜「良子ちゃんだよ。知らない? 戒能良子。松山所属のプロなんだけど。私の専属のボディガードでもあるんだよ」

菫「ああ、どこかで見たと思ったら」

戒能「……」ガタ

菫「どうかしました?」

戒能「いえ別に」


菫「場所を変えましょう。ここは少し臭う」

健夜「その子どうするの?」

菫「飽きたので部下に処分させます」

戒能「――き」

健夜「待て」

戒能「っ、」

菫「?」

健夜「ここでいいよ」

菫「私が招いたわけですし、こんなところでゆっくり話すというのは……」

健夜「こっちもそんな時間ないからさ。それに、呼んだ理由っておたくの借株の空売りでしょ?」

菫「……そうです。あれほどの大量売買を行われてはうちの名に少々傷がつく」

菫「利益見込みがあると踏んだ理由をお聞かせ願おうと思い、ね」

健夜「わざわざ呼びつけるってことは相当頭にきてるんだ」

菫「信用の世界で生きる身です。そちらも相応の言い分をご用意してきたのでしょう」



健夜「そらまぁ、馬鹿儲けだからだよ」カチャ

菫「は?」

健夜「これ、弘世と剣菱が開発したセブロM5。試作段階だけど、ほんといい銃だと思うよ」

菫「……治安部隊、」ピッ


健夜「あー、もう上の連中死んでるよ」

菫「何をした」

健夜「これからするんだよ。三十分後ここに設置されたプラスチック爆弾70キロの雷管へ信号が送られる。国内最大手の武器製造企業が自社の、それも本部で事故はまずいよねぇ。株価前日比-99%も夢じゃないよ」

菫「脅しだな。うちの部隊が女二人にやられるはずはない」

健夜「逆に聞こう。その根拠は?」

菫「国内最強の私兵部隊だからだ。それに無線もどうせ、妨害電波かその類だろう」

健夜「国内最強? へ?」

健夜「……強かった? 良子ちゃん」

戒能「第三兵装はさせていますが、純粋なESP持ちは皆無でした。百戦やっても負けることはないでしょう」

菫「……」

健夜「人間兵器の戒能良子を舐めないでほしいな」


戒能「覚悟」

菫「待、」

パァン



健夜「リコイルなしでこれ? パない威力だね。あーあ、脳みそぐちゃぐちゃ」

戒能「約束通り久さんを回収します」


健夜「好きにしていいよ」

戒能「久さん、ごめんなさい。こんなことになるなんて」

久「……り者」ブツブツ

戒能「……」

久「裏切り者……」

健夜「良子ちゃんが私に協力したのは、あなた自身を助けるためなんだけどね。その言い方はないんじゃない?」

久「あんたの助けなんか……っ」

健夜「死ぬよりましだよ。たぶん」

久「……ぅあっ」ポロ

戒能「もう大丈夫です。私があなたを守ります」

健夜「それじゃ行くよ。もうすぐ運搬トラックが荷物を届けに来る」

健夜「また明後日。私は上の掃除組と一緒に帰るね。二人は沿道に赤いマスタング置いてあるからそれ乗って帰って」

健夜「じゃ」


戒能「私達も行きましょう」

久「……」スースー

戒能「生きてあなたに会えてよかった」


赤のマスタングには豊富な治療器具が用意されていた。
小鍛治にはある程度の予想はついていたのだろう。
戒能は唇を噛んだ。結局、久の居場所も、武器の用意も、バックアップの準備もなにもかもが小鍛治まかせだったからだ。
あれほどの短い時間でここまで用意できる小鍛治が、咲に接触できないことに違和感があった。
そして襲撃を見越してか三日前に行われた株の空売り。明日小鍛治が売りつけた株は紙くずになる。

小鍛治の力があれば、咲を取り戻すことも不可能ではないはずだ。
久の寝息を聞きながら、戒能はアクセルを踏みつける。宣言からきっかり三十分、遠くのほうで爆発音が聞こえた。

今日分終

菫さんがこんなに簡単に死ぬとなると生き残り保証のあるキャラなんていないなこれ
照の生存も諦めた方が……

>>610
ここで聞くことじゃないんだがそのスレタイ教えてくれないか?

>>620
たぶん
洋榎「次鋒戦と副将戦が無くなるんやて」
洋榎「次鋒戦と副将戦が無くなるんやて」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1369647348/)
これじゃないかと

>>602の下から二行目修正

健夜「これ、弘世と剣菱が開発したセブロM5。試作段階だけど、ほんといい銃だと思うよ」

健夜「これ、弘世と剣菱が開発したM5。試作段階だけど、ほんといい銃だと思うよ」

セブロってよく考えたら社名でした

>>571のスレをHTML化することにしました
本来なら当該スレで告知するのが筋なのですが、正直そのスレを覗くのが怖いというのが本音です

これからは、ちゃんと本編を読み直して口調などを確認してからSSを書いていく所存です
まこと勝手な理由で中断することをお許しください


◇◆◇◆◇◆

日本のどっかのBAR


郁乃「……」ジー

健夜「……」

郁乃「……お」

健夜「流石だね」

郁乃「はー」

健夜「この後もっとすごいよ」

郁乃「……」

郁乃「……すご」

健夜「説明いる?」

郁乃「んにゃ、ええわ」

健夜「ここで14人目をキルして終わり。撤退やら上へ伝えることをせず殲滅にかかったのは単一の部隊だから」

郁乃「事前情報通りってことやね」


郁乃「こういうの目線カメラ言うんやっけ? 重いんやないの?」

健夜「良子ちゃんに着けてもらったのは耳掛け式のちっちゃいやつ」

郁乃「今の時代、そんなちっこいのでもこんな鮮明に撮れるんやなぁ」フーン

健夜「感想聞かせて」

郁乃「素人のでよければ」

健夜「うん」

郁乃「ダンスやね」

健夜「あ、いい表現」

郁乃「それと良子ちゃんてサイボーグなん?」

健夜「制御下の箍を外してるからそう見えるだけで、赤阪さんもちゃんと体鍛えればこの動きできるよ」

郁乃「え~、半ば人間やめてるやん。絶対嫌やわ~」

健夜「ふ、まぁそうだね。彼女は長く生きられないだろうし。持ってあと十年かな」

郁乃「……」

郁乃「これがすこやんの言うプロトタイプなん?」


健夜「ここまでぶっとんだレベルじゃないけど、目指すのはこれに近い」

郁乃「ということは良子ちゃんはガンダムみたいなもんか。……ただの麻雀打ちがなんで銃持って暴れとるンやろなぁ」

健夜「元々ギャンブラーってのは、攻撃的な運を持ち合わせてる。競技人口の多い麻雀って遊びの中から、特異な人間が出てくるのも自然なことだったんだよ」

健夜「麻雀打ちが超自然な能力を得るのではなく、その能力を持っていた人間がただ麻雀を打っていただけってこと」

郁乃「オカルトすなわちエスパーが麻雀で遊んでたってことかいな。うちはデジタル専門やし、よーわからんな」

健夜「現象に干渉する能力は多様。私や良子ちゃん、そして咲ちゃんみたいな相手の精神へ介入するようなのもいれば、衣ちゃんみたいに電子機器に作用する者まで」

健夜「心が脆弱しきった瞬間、人は防衛本能により新たな能力に目覚める。シックスセンスってのは面白いことに、メンタルが強ければ強いほど手に入りにくい」

郁乃「その子らが当たり前のように豪運を引き込むのはそれと同列なん?」

健夜「そうだね……例えば雀卓。オカルト打ちは間違いなく物理的に牌を動かしてる」

郁乃「それを実証する方法は……あっ」

郁乃「……横浜ロードスターズの姉帯ちゃんがガラス牌で打つ企画。あれなんでぽしゃったんやろーなぁ」

健夜「知りたい?」フフフ

郁乃「あんたかいな~」ケラケラ


健夜「あの企画姉帯さんの選手生命終わらすところだったんだよ?」

郁乃「なんでぇ?」スパー

健夜「私の予想では、ガラス牌では彼女の力は発揮されずに終わり、以降彼女は能力が使えなくなっちゃう」

郁乃「理由は?」

健夜「そういうものなんだよ。科学的な矛盾が生まれたとき、オカルトは潰される。誰にも観測されないからこそオカルトはオカルトであり続けるんだ」

郁乃「いくのん頭悪いからわかんな~い」

健夜「研究は必ずしも善にならず、知らなくていいこともあるってね」

郁乃「……触らぬ神にたたり無し?」

健夜「それは少し違うかな」

郁乃「ちゅーか意外と優しいんやねぇ。姉帯さんの今後を考えて、圧かけちゃうなんて」

健夜「だって可哀想じゃない?」

郁乃「ぶほぁっ!」

健夜「はいティッシュ」

郁乃「しっけいしっけい」フキフキ

健夜「おかしいかな? 私がそんなことを言うの」

郁乃「つっこみどころ多すぎやで~」


健夜「確かに私の存在は現代社会の道徳からは外れてるかも。でも、」

健夜「ある程度は生物の規律は守ってるよ。やられたらやりかえす。もっともな言い訳を携えてね」

郁乃「そらおかしいで。昨日の弘世重工本部テロで200人死んだらしいやん。その人らはすこやんになんかしたの?」

健夜「将来、憲法改正が行われたとき、自衛隊が専守防衛ではなくなり海外派遣も今よりは活発に行われる。もしかしたら諸外国に対し武力政治をするかもしれない」

健夜「そんなとき、使われる武器のほとんどは弘世重工製だろうね。つまりあそこにいた連中は将来の殺人を間接的に担ってるわけだ」

郁乃「業を背負ってるちゅうわけか。しっかしそんな未来の話でぶっ殺されても遺族は納得せんやろー?」

健夜「いいんだよそれで。とにかく何か殺す理由さえあれば私は引き金を引く。だってみんなそうでしょ? 嫌いな相手の落ち度を見つければ、大義名分で好き放題打ちのめしてさ」

郁乃「平和主義から一転、独裁者論か。まぁったく理解できまへんわ」

健夜「宗教観みたいなもんだよ。私の正義は今言ったとおり、私が悪とみなしたものは全てが悪で殺していい。それにね、警察が国を取り仕切ってる現状、正義の頂点は暴力なんだ」

健夜「腕っ節が強けりゃ、それがルールになる」

健夜「生殺与奪は常にナイフを握ったものにある。弱者はつまり悪である」

郁乃「でもみんながみんなそんな思考回路してたら社会が成り立たへんよ?」

健夜「それはあれだよ。『みんな違って、みんないい』」

郁乃「はははっ、このキチガイめ」






郁乃「ふぃ~、酔っちったー」

健夜「送っていく?」

郁乃「すこやん運転下手やから吐いちゃうかも~」

健夜「別にいいよ。新しいの買ったから今の車でゲロゲロされても」

郁乃「何買ったん?」

健夜「BMWのX6。プラス二千万かけて防弾防熱仕様にしてみちゃった」

郁乃「お金持ちはええなぁ。結局空売りでいくら儲けたんよー」

健夜「40億とちょい。売り価がほとんどイコールで懐に入ったものだからね」

郁乃「ん~~、そういや報道だとほとんどテロ扱いされとるけど、すこやん真っ先に疑われてるやろ?」

健夜「ああ、それね。私の知り合いに外事課の人がいてさ、」

健夜「丁度今、イタリア国籍の怪しいアジア人がいるから、そいつ犯人扱いしてくんないかなーって頼み込んで、おっけーもらった」

郁乃「いくらで?」

健夜「二億」

郁乃「やっすー! ケチりすぎやろすこやん」


健夜「昔からの付き合いだし、私はこんなもんかなと思ったけど」

郁乃「バレたら終わりなのになぁ。かわいそ」

健夜「それはともかく、明日から忙しくなるよ」

郁乃「なんかすんの~?」

健夜「良子ちゃんの遊びに付き合うことにしたんだ」


健夜「『宮永咲奪還計画』。久しぶりに楽しくなりそう」


郁乃「へー……、あ、もどしそ、」

健夜「あ、ちょ、まっ」

郁乃「おぅぇぇえぇええええ」ゲロゲロゲロ

健夜「まったくもー……」

今日分終了

区切りがいいので>>643で後編その1終とします
大した理由はないのですが、おまけ的なものをはさみたいので


咲「お姉ちゃん」

照「……」

咲「お姉ちゃん、もう帰ろうよ。お母さんたちに謝ろうよ」

照「……やだ」

咲「もう暗いし、怖いよ……」

二つ歳下の妹の手が震えていた。
自分だってこんな見知らぬ場所で、しかも西の陽は落ちてもうすぐ夜が来るってのに冷静でいられるわけがない。
九歳の照に、まともな思考が保てるわけも無く、

照「う、うるさいっ。じゃあついてこなきゃ良かったのに!」

咲「ふぇ、」

そうなるのも時間の問題だった。

咲「お姉ちゃん嫌いにならないで」

あーもう、お姉ちゃんお姉ちゃんって。
いつもは何とも思わない自分の呼び名が、今は責任をつきつけて咲の口から襲い来るのだ。
照はきつく睨むと、崩壊寸前の顔を押さえる咲の手を握った。

照「行くよ」

咲「どこに?」

ずびびっ。鼻をすする咲。

照「家」

奇跡と呼べるレベルで自宅と逆方向につま先は向かっていた。






咲「ここどこ?」

照の額から冷たい汗が流れる。

照「うちの近く。……たぶん」

たぶん。
たぶんなのだ。
そう言えばもし間違っても言い訳できるじゃろ……? なーんて、
照は後悔した。
あそこから動かなければ、心配になった両親が探しに来たかもしれない。ちょっと怒られて今頃お風呂に入って夕飯を食べながら、UFOの特集番組に夢中になって、咲にあれこれ信憑性のかけらもない薀蓄を刷り込めていた。
意固地になった自分が恨めしい。昔から悪手を選ぶことが人より多かった。

咲「……」

咲も咲で、「たぶん」の一言に状況を理解してしまっていた。
姉は物事をはっきり言う。それが恐ろしくかっこいい。だから曖昧に濁すときは大抵やらかした後となる。

照「ごはん、今日はカレーだったっけ」

母親がスーパーの帰りに持っていたレジ袋には、五個入り180円のジャガイモと特価セールのシールが貼ってある豚肉が入っていた。

咲「……うん」

照「咲、豚のほうが好きだったよね」

咲「うん」

照「私もそっちのほうが好き」

嘘。本当は牛の塊肉のほうが好きだ。
こうして気休めの会話は咲の相槌だけで終わった。


二人の背後から生ぬるい風が突き抜けた。それに合わせて、まるで示し合わせたかのように音の山が盛り上がる。

照「かえる」

田んぼのカエルが合唱を始めた。
山まで続く盆地の田んぼ畑は、外灯の間隔が薄くぼやけるぐらいに遠かった。
むき出しのドブを乗り越えて田んぼ脇の草原に降りた。

咲「危ないよ」

黒一面にボウボウと生えた稲穂の間から月に照らされたアマガエルがこちらを覗いていた。

照「捕まえてみる」

咲「危ないって」

振り回していた木の枝の先でちょんとつつく。
すると、狙われた一匹は臆することなく丁字に分かれた先っぽへ張り付いた。

咲「お姉ちゃんすごい!」

どんくさい照でも捕れるカエルの捕まえ方である。自慢げに鼻をこすると、咲の前に枝を突き出した。

咲「見せて見せて」

長野の子供には別段珍しい生き物ではないのに、咲は興味津々でカエルのおなかをつついた。
それでもカエルは動じない。ふてぶてしいヤツだな、と照もケツのあたりをデコピンした。

ゲコッ。
それは流石に、と咲がつぶやく前にカエルは飛び上がり咲の麦藁帽子の天辺に飛び乗った。


咲「わぁっ」

目の前から消えたカエルに、どこだどこだと咲がくるくる回る。
自分のしっぽを追いかける子犬のように、視界を回し続けた。

照「上だよ」

肩をつかんで制止させ、鼻にあたらないように麦藁帽子のゴムを外し、またどこか飛んでいかないようにそっと咲の頭から持ち上げた。

咲「ここにいたんだ。ぜんぜん動かないね」

照「持ち帰っちゃおうか」

咲「うん!」

ようやく笑顔を取り戻した咲に、照は胸をなでおろす。
お姉ちゃんらしいこと、それはつまり妹を守ることなのだ。九歳の照には人一倍強い責任感がある。
咲が同じクラスのやつからいじめられたときも、保育園でおしっこを漏らしたときも、自分が移した風邪が咲を苦しめたときも、男相手をぶっとばして替えのパンツを取りに家まで走って風邪よ治れと神社の賽銭箱になけなしの千円札を投げ込んだ。

その見返りは求めない。ただ傍にいてくれればいい。

咲「どうしたの?」

照「なんでもないよ」

半分しか光ってない月を見上げる。あいつだけでも灯りは十分だ、と照は思った。
そしてそろそろゲームオーバーだな、と遠くで揺れるここの地主の家を見て助けを呼ぼうと考えた。
電話を貸してもらい、親に迎えに来てもらうしか道はあるまい。
照が両親、というよりは厳格な母親に対してなんと言い訳をしたらよいか脳みそをこねてるとき、咲が後ろに向かって走り出した。

咲「くるまくるま! うちのくるまだ!」

照「咲――」

小さな咲の体がライトで白くなったときにはもう、咲と自動車の間は5メートルもなかった。

照「危ないっ!」


 「ばっかやろう!!」

自動車はタクシーで、宮永家と同じ旧型のクラウンだった。

 「突然飛び出して何考えてんだ!」

怒鳴られるのは当たり前なのに、まるでそいつが地獄からやってきた鬼に見えた。

照「ごめんなさいごめんなさい!」

尻餅をついている妹を心配する前に、とって食いそうで角まで生えてそうなタクシーの運転手へ侘びをいれまくる。

妹「ふぁ……」

泣くな咲――それだけは勘弁だ。
照の心情を察することなく咲の目尻からぽろぽろ涙が溢れた。

照「ごめんなさい……」

咲の分まで謝らなきゃ、そうじゃないと、

 「お前ら、迷子か?」

推定四十後半のハゲ頭は、怒鳴り散らして溜飲を下げたおかげか角が消えて、どこにでもいそうなただの親父になっていた。

 「おーい、お姉ちゃんのほう」

私? と、照が目をぱちくりさせる。

 「こんなところで遊んでちゃあぶねぇよ。今だってほら、ちゃんと妹ちゃんの子守をしてなきゃ」

返す言葉が見つからず、ぶんぶんと首を縦に振った。


 「時間も遅いし……。家は?」

と聞かれて、どこにあるのかとか、そういう意味なのかよくわからず、内心バクバクの照は、

照「いっけんやです」

そういうことじゃねぇ、と顔で示すハゲ頭に照は別の回答を用意することができず口をもごもごさせる。

 「近いの?」

イエスノーで返せる質問に切り替わる。ハゲ頭はうっすら伸びた顎髭を手のひらでなぞった。

 「う、あ」

わからない。今現在の居場所なんて知る由もない。

照「遠い、と思います……」

申し訳なさそうに、語尾が下がる。

 「自分の住所わかる?」

それなら、とピンクの財布に刺してあった小学校で貰った「なんちゃって名刺」をハゲ頭に提示した。

 「もちょっと近く来てくれ。……あー、結構遠い。車でも10分かかるな。しゃあねぇ、」

『安全運転』と丸文字で印刷されたステッカーの下に赤色のデジタル文字が表示され、ねじれた有線式の無線片手に、

 「こちら20号、どうぞ」

いつの間にか泣き止んでいた咲が、なんだなんだと窓から中を覗く。

 「納車時間を遅らせます」

そして、ノイズが切れた。その早さから相手の応対は無視したようである。


 「乗ってけ」

照「お金……」

 「ばか。とるわけないだろ」

咲「乗っていいの?」

咲、復活。

 「おう」

ゆったりと後部座席のドアが開いた。

照「迷惑じゃないですか?」

 「小学生は他人に迷惑かけるもんだろ。俺だって昔、田んぼに爆竹投げ込んで稲をだめにしたもんだ」

何かズレを感じる。
しかし咲は既に座席の奥で目を輝かせていた。

咲「タクシーはじめて!」

 「そらよかった。……お姉ちゃんも乗りな」

照「知らない人についていくのはダメってお母さんが、」

 「そう言われちゃうとなぁ。信用がないのは確かだけど……」

咲「お姉ちゃん、このおじさんたぶん優しいよ!」

 「たぶんてひでぇな」

咲「じゃあ絶対!」

咲がそう言うなら。
初めてのタクシーの最初の感想はちょっとタバコ臭いのと座席のすわり心地が良かったってこと。






 「俺は昔な、やーさんやってんだよ」

咲「やーさん?」

 「おう。一言で言えば、めっちゃ悪いやつだ」

照「ええっ」

 「もう心は入れ替えたけどな。足を洗うって言うんだ。まー色々あったよ。聞きたいか?」

咲「うん!」

ハゲ頭は、喉を鳴らすと顔に似合わない外国語を繰り出した。

咲「……英語?」

 「違う。イタリア語だ。知ってる?」

イタリア、確かそうだ、えっと、

照「長靴?」

 「ふはは、そうだよ。そんな形してたな」

咲「パスタ!」

 「そうそう。こりゃ話をわかってくれそうで楽しいわ」

照「外国の方ですか」

にやり、ハゲ頭の口元があがる。バックミラーに黄色い歯が映った。


 「いんや。日本の生まれだよ。でも、二十歳んときに日本にいられなくなって外国へ逃げたんだ」

咲が地球外生命体を見つめるような目で、そいつの後頭部に目を向ける。

 「行き着いたのがそのイタリアでな。そっからまぁ~~大変で」

黄色くなった信号の手前でハンドルを丁寧に切る。ようやく見慣れた風景が広がってきた。

 「……お母さんとお父さん、悲しませるなよ」

咲「イタリアで何があったの?」

そこでハゲ頭は口をつぐんだ。自分からぺらぺら喋り始めたくせに、のってきたところで止めるというのは聞いてる側からすれば、非人間的行為である。

咲「おじさん……?」

 「……パスタが美味かった」

咲「行ってみたい!」

 「お金貯めて、ちゃんとしたツアーパックで行けよ」

咲が元気よくうなづく。
ツアーパックの意味を理解できてないのだろうが、ハゲ頭の言葉は全てが魅力的だったから仕方がない。

異質。自分とは違う人間。悪の名代。
長野は外国人が少ない。そのせいか、照にとってしてみれば異文化交流のようなものである。そのハゲの言葉が真実であればの話だが。

 「ついたぞ」


ハゲ頭はドアを開けた後、「じゃあな」しか言わなかった。

その後、母親にはこっぴどく叱られた。
でもすぐにいつも通りになって、ご飯を食べて、お風呂に入って、布団に入った。

変な一日だったと思う。

両親の喧嘩を見たくなくて、家を飛び出して、それに咲が付いてきて、そして結末は怪しい親父に助けられた。

なんてこともなかったかもしれない。


途中で消えたカエルのことを考えながら照は瞼を閉じた。

今日分終
この話が伏線になるとか、そういうことじゃないです。ただなんとなく書きたかったので書きました。


この十何年後に咲に撃たれるのか…
HTML化した宥菫ってもう書かないの?VIPとか

>>665
自分で言うのもあれだけど、結構話的にお気に入りなのでそのうちpixivにでもあげようかと思います。
どうしてもVIPだと地の文メインが受け入られづらいし、1レス三十行だと変なところで切れちゃうからです。

後半その2に入ります
しつこいようですが残酷な描写ありです


――――――――――
――――――
――――


暖かくなってきたと思った矢先、初春の雨のせいで気温は十度を割り、少なくとも昨日着たルーズニットでは風邪をひいてただろう。
切れかかった電灯の明かりを踏みつけ目的地へ歩を進める。
喪服で黒に染まった影はいつもより濃く感じた。錯覚なのはわかる。気分的な問題だ。
国道に沿って押しボタン式の横断歩道の手前、それはあった。

   『故大星淡 儀 葬儀式場』

看板には大きく右への矢印が書かれている。社名はない。そりゃそうだ。二十三歳の病人が死んだだけだから。

照「ああ」

そっか。
やっぱり死んだんだ。
喪服に着替え、数珠を探して焼香の一通りの動作を調べても、心のどこかでは淡のイタズラ顔がちらついて自分をおちょくってるのだと思った。
一分ほど看板を眺めた。文字を追っていくと告別式の日程も記載されていた。
看板を二週読み返したところで一歩も動き出せないことに気付いた。足元にセメントを流し込まれたようにびくともしない。
信号は青になり、向かいから数人向かってくる。舐めるような視線を感じても、一向に動こうとしない足に嫌気がさしてきた。

久「照?」

照「……久」

横断歩道の流れに乗っていた一人は竹井久だった。四年ぶりに再開した少々複雑な関係の友人は、大人の匂いを漂わせ綺麗な口紅をつけていた。

久「老けないわね」

照「久は綺麗になった」

久「そう? ありがと」

照「こういうときは、なんていうんだっけ」

久「……さあ。私も初めてだから」


久「もしかして行きたくないの?」

照「そう、かも……」

久「咲が原因だから?」

照「……」

照「はっきり言うんだね」

久「間違ってないと思ったから。それに照の気持ちはわかる」

照「私、ずっと断られてたんだ。何度も面会を頼んでも会わせられないって親御さんから言われて」

照「淡もきっと私の顔を見たらおかしくなる。諸悪の根源の姉に、なんてね」

久「へぇ」

久「似てるからねぇ。しょうがないか」

久は黒の鞄からタバコの箱を取り出して、一本咥えると手馴れた手つきでライターを点けた。
たちまち紫煙が視界に広がる。こちらのことなどおかまいなしに、黙々とすい続ける。
文句の一つでも言えば、火を消すのだろう。だから吸っている。言わなきゃわからないで済まそうとする。

久「やめとけば? 会って癇癪起こされたら余計嫌になるよ」

照「……かもね」

照「久は、」



照「久は最近なにやってるの?」


久「何をやってると思う?」

照「……危ないこと」

久「正解。あの子がいなくなってずっとそう」

久「照はそうそう諦めちゃったけど私は違う。私は今でも探してる。もしかしたら死体が出るまで、それが本当に咲だって現実をつきつけられるまで、何年でも探すよ」

照「咲は――もう、」

久「生きているわ。肉親が諦めてどうするの?」

照「そうじゃない! 私も生きてると思ってる。だけど、もう違う世界にいるんだよ」

久「意味わからないわね。同じ地球にいれば会うチャンスなんていくらでもあるわよ」

照「どこかで生きている。たぶんそこで新たな生活を作ってる」

久「奴隷のごとき扱いで男の慰み物として生きていたら?」

照「そんな――そんなことって!」

久「照は、大星さんのほうが好きだったのよ。それだけ。子分を殺されて頭に来てた。おわり」

照「違う!」

久「だってそうじゃない。姿を消した妹よりもイカれた後輩の心配をしてたじゃない」

照「違う!!」

久「それじゃあ私行くから。咲を見つけたら連絡あげる」


照「久あっ!!」

久「なに?――ああ、そういうこと。……ふふ、またね」


――――――
――――――――
―――――――――――



照「ッ!!!」ガバ


照「――」キョロキョロ


 「おお、起きたか」


照「……夢」

 「なーんかうなされとったで」

照「ここ 「今友達呼んでくるわ」

バタン

照「私、咲に」


照「咲に?」


ドタドタドタ

和「照さん!!」

照「おはよう」

和「おはようじゃないです!!」ドン

照「……?」

和「あなたが何をされて今どこにいるのか理解できていないのですか!?」

 「今どこにいるかってのは、そら無理やろ」

和「心配したんですよ……」

照「病院……じゃない。どこだろ。あれ? なんで包帯巻かれてるの……?」


はやり「ふぁーあ。夜更かしはお肌の敵なんだぞ☆」

和「監督! なんですかそれっ」

はやり「照ちゃんが無事なのはわかってたでしょ?」

和「そ、そうですけど……。でも、丸一日寝てたんですよ!」

はやり「最近疲れてたのもあるし」

和「でも……」

はやり「和ちゃんビークワイエット」

和「ぐっ」

はやり「照ちゃん、私のことわかる?」

照「瑞原監督……ですよね? これってドッキリ?」

はやり「ふむふむ。そうきたか」

照「そちらは、えっと」

はやり「ひろっちだよ☆」

浩子「会って二日でアダ名かいな」


照「……ひろっち、ひろっち」


照「千里山の」

浩子「おおー覚えてもらえてるとは。光栄に存じます」

照「船久保さん」

浩子「今はその姓やないけどな。旦那おんねん」

照「へー……」


和「みなさん。話を進めてください」

はやり「和ちゃんこわーい」

和「真面目にお願いします!」

照「結局今ここで私は何をしてるんですか?」


はやり「妹の咲ちゃんに撃たれたの」


照「……?」


和「待ってください! まだ咲さんだと確定したわけでは」

はやり「じゃあ他に誰がいるの?」

和「酔狂なファンだとか……」

はやり「おかしいよねそんなの。それに肩、太もも、心臓を撃ちぬくのはイタリアにある悪魔祓いの作法だよ」

照「心臓……?」サスサス

浩子「お、せや。それの説明しとこと思ーてな」

ガサガサ

浩子「このレントゲン見てみ。心臓上の動脈掠めて鎖骨も傷つけずに貫通しとる。妙技やで」

照「これ、私の?」

浩子「うむ。欲しいんなら持って帰ってええよ」

和「……」プルプル


和「何がそんなに面白いんですかぁ!!!」

浩子「そんな力むなや。ちゃんと宮永さんもピンピンしとる」

和「そういう問題じゃないです!」


照「咲が私を撃った――?」

はやり「……」

今日分終了です

何か息抜きで書こうと思うので、もしよろしければネタやリクエストを出してもらえると嬉しいです
ほのぼの系でいこうと思います

このスレじゃなくて新しく建てるつもりです

>>696を見返してみて霞さん=宮永母の話は説明不足だった気がしたので
霞さんが母親で姫様が従姉妹のパラレルワールドではなく、原作の世界観で試合に出てるのを見て『え?お母さん……?』的な
まあ、採用されないなら意味ないんですけどねー

照咲が多いので照咲でいってみます

>>700
原作設定を根本から弄りだすと凝り性ゆえ投下までに非常に時間がかかるので、今回は見送らせていただきます
いつかその内容で一本書かせていただくかもしれません。ネタ提供ありがとうございます

自分が書く淡は例の通りアレなキャラが多めなので修正できたら参加させます


照「咲が日本にいるんですか?」


和「!?」

はやり「やっぱり」

和「て――、照さん!!」

和「私のことは、覚えてますよね!?」

照「和でしょ。原村和」

和「……ふぅ」ホッ

浩子「こういうの、私は専門外やから確かなことは言えんけど、……自己防衛みたいなもんやな」

はやり「うん、これでいい」

和「……ッ、こんなこと、」

はやり「照ちゃんは、撃たれたんだよ?」

和「でも生きてます!!」


照「……う」ズキ

浩子「麻酔切れてきたみたいやな。もっかい注射打つわ」

はやり「お願い」


浩子「ちょっと腕にプスりしますねー」プス

照「ん」

浩子「刺しとるとこ痒くなるけど、一瞬やから」

照「……」


照「……すぅ」

浩子「とまぁぱちこいて睡眠薬流しましたわ」

はやり「さんきゅ」

和「……もう、照さんは」

はやり「見て分かったとおり、咲ちゃんに対して興味を失ってる」

和「そんな……」

はやり「咲ちゃんもさ、こんなところに撃ちこんだってことは、半ば殺しにかかってたことだよね?」

浩子「せやなぁ。確かにピンポイントなら、だいたいの人は撃たれても致命傷にならない。やけど、生きてほしい人間に撃っていいところちゃう」

はやり「妙技って言ったよね。そんなに難しいの?」

浩子「まぁね。何の弾使ったんかは知らへんけど、多少なりとも衝撃で他の部位にダメージはいくやん。それがほとんないってのは……」

浩子「分かる限り、生きても死んでもどっちでもよかったんやろ。『次は本気で殺す』なんて警告じゃなくて、『死んでも良かった』、やな」


和「咲さんはそんなことしない」


浩子「目ぇ覚ませや。あんたもわけわからん外人連中に犯されとんのやろ?」

和「それは……! そうですけど、でも、」

はやり「もうね、これ以上マスコミに隠すのは無理なの。今回だってひろっちがいなかったら、大変な騒ぎになってたんだからね」

浩子「ま、もういろいろと取り返しのつかないことになっとるけどな」


はやり「照ちゃんに話すべきなのかな」

浩子「壊れるで」

はやり「……でもいつかは知ることになるよ」

浩子「弘世重工の……死体、出ててきたん?」

はやり「まだだけど、時間の問題だと思う」

浩子「大星淡の足取りも謎やし」

浩子「そういう意味では不幸中の幸いやな。木を隠すには森。麻雀プロが重症負ってようがそれ以上にでかい事故がおきてりゃそっちに目が向く」


ドンッ

浩子「おおう」ビク

和「お二人とも、よく冷静にお話ができますね」

浩子「事故なんて四六時中どこでも起きる。それをいちいち感傷してられへんやろ」

和「あなたも少なからず、弘世さんとは繋がりがあったはずです」


浩子「二年のとき、牌譜を漁ったなそういえば」


浩子「それだけやん」

和「それだけ?」

浩子「そ」

はやり「言いたいことはわかるよ」

和「人が死んでいるのに!」

浩子「他人の心配する前に、自分の身を考えたほうがええ」

はやり「和ちゃんの単独行動が回りまわって照ちゃんやうちのチームメイトに被害がくるかもしれないんだよ?」

和「……!」

浩子「あーせやせや、あんたら絹やヒロちゃんに近づかんといてな。親類に死神憑くのは勘弁や」

はやり「わかった約束する」

浩子「自分が思っている以上に、他人に迷惑かけてるもんやで。……甘ちゃん」





浩子「ほな、二人とも預かっとくわ」

はやり「悪いね。至り尽くせりで」

浩子「こっちも商売やから。それに戒能さんの紹介とあらば、断ることもできひん」

はやり「はは、やっぱり迷惑だった?」

浩子「そらまぁ、聞いてる限り、諸悪の根源やからなぁ」クイッ

はやり「その言い方はちょっとひどいかも……」


浩子「お医者さんごっこ始めて二年しか経っとらんけど、こんなめんどくさい客初めてや」

はやり「あ、あはは」

浩子「これからどうすんの」

はやり「あれだけ言えば和ちゃんも諦めるよ。それでこの件は終わり」

浩子「弘世菫と大星淡は?」

はやり「淡ちゃんのほうは、良子ちゃん頼ってみる」

浩子「……なんか隠してへん?」

はやり「ん?」

浩子「弘世の一件。事故にしては臭すぎやろ」

はやり「……」

浩子「事故る前から株価が値下 「ストップ」

はやり「無駄に知る必要はないよ」

浩子「せやか」


浩子「あんたも相当きてるわ」

はやり「そういうキャラですし」

浩子「あっそ。無理せんといてな。支払いまだなんやから」

はやり「おーけーおーけー」

浩子「ほなな」

はやり「……ありがと」

今日分終

船Qは医学部入って、一年のときやらかして退学、そんで親から勘当→闇医者のコンボという設定です


菫ファンタジーの続きってもう書かないん?

旅行にいくのでまた間が空きます

>>723
シズを主人公に終了直後からおまけの間の話を考えましたが、オチが思いつかないのでポシャりそうです

<>の会話分は外国語です

 
◇◆◇◆◇◆

別にどっちでもよかった。
頭部へ照準し、トリガーを引こうとしたとき、正面から強い風が吹いてとっさに目を閉じた。
わざと銃を握った腕で顔をぬぐって隙を作ったのに、目を開けばまるで動いていなかった。
私の顔をじっと見つめて、死ぬかもしれないのに震えてもいない。
腰が抜けているんじゃなくて、私の一挙一動を真剣に見定めていたのだ。

――なんで?

疑問が漏れる。
姉は、何も言わなかった。とぼけた老人のように半口を開けて、ただただ死を待っていた。

――死んじゃうんだよ?

最後のあがき。これ以上は弱みにつけこまれ、主導権を握られる。

――ねぇ。

消音機を内蔵した改造M93Rの先端が光る。
太ももに一発当てた。うめきもしない。
姉が流れる血の川を見て「赤い」と言った。

――血だからね。

今度は太ももと同じ側の腕に一発。
力が入らなくなった腕が重力に屈する。弾は貫通して勢いよく血が吹き出た。


姉は私から目を離さなくなった。
その両の瞳からは思考が感じられない。
そこで気がついた。こいつは既に破壊されているのだ。
私が壊したのか、それとも姉をとりまく環境がそうしたのかはわからない。

壊れる。つまり姉は精神を極限まで磨耗している。
七年前の夏に小鍛治から聞かされた言葉を思い出す。
「吸血鬼は眷属を欲しがってすぐ仲間を作るんだ」
仲間。
同属の者。それは小鍛治、戒能、私に続く精神を食い散らかす野蛮な能力者だ。

面白いと思った。



溢れる血も抑えず、朦朧とした表情の姉の顔を引き寄せる。



唇を合わせると、こじ開けるように舌を入れた。
歯の裏を舐める。
開発された際に戒能にやられたことをそのまま繰り返したまでだ。これがどんな意味があるかはわからない。
でも、冥土の土産にはいいだろう。
身体全体から力が抜け切った姉を、雨の中に乱暴に突き倒す。

――生きてたら、あなたも

心臓の上を狙った。
風船の破裂する音と同時に、姉の身体はビクリと跳ねた。

◇◆◇◆◇◆


売店で適当に買った経済新聞の一面は、昨日起きた弘世重工の“爆発事故"で埋め尽くされていた。
宮永照の文字は一つもない。三面から芸能情報までめくってみるが、それらしき記事は無かった。

咲「……」ヨミヨミ

 「サキ」

咲「ん」

 <そろそろ時間だ>

咲が顔を上げると、いかにもなその道何年の風貌を持つ青年が立っていた。

咲<うん>

 <この国も物騒になったな>

咲<新聞読めるの?>

 <BBCラジオで聞いた。ヒロセはこの国の顔なんだってな>

咲<弘世重工はそこまで外に顔が利くような企業でもない気がするけど……>

 <ともかく俺らが日本にいる間は絶対起きて欲しくなかった事故だ。帰りが今日で良かったよ>

咲<入国トラブルあったから最悪のタイミングかも>



『11時35分発、ミラノ行きのANA125便はご搭乗手続き、ならびに荷物のお預かりを――』



 <帰ろう。我が家へ>

咲<うん――

立ち上がり、新聞を鞄に放り込もうとして腕が止まった。

咲「……」

 <どうした?>

咲「この感じ、」


 <悪い、日本語はわからないんだ>

咲「ちょっと黙って」

 <……>ムゥ

咲<30メートル先、黒帽子の女>

 <ん?>

咲<携帯を耳にあてているのに、顎が動いていない>

 <こっちに背中向けてるのによくわかるな>

咲<たぶん、アレはカメラ>

 <……>

 <キにしすぎだ>

咲<そうかな>

 <そもそも、あんなところから監視する必要はない。国の人間なら適当な理由をつけて俺達をパクればいい>

咲<搭乗ゲート見て>

 <え?>

咲<別室前に構えている監査官が……多い>グイ

相棒の腕を掴んで搭乗ゲートとは逆を目指す。
二回りは大きい男を強引に引きずるほど咲の意思は強かった。

 <お、おい! どこ行くんだ>


咲<嫌な予感がするの>

 <仲間は全員出航した。あいつらが無事なら大丈夫だ! 飛行機を使う俺らよりもよっぽど捕まえやすいだろ!?>

二人以外の仲間達は今頃長い長い船旅の夜明けにうんざりしている頃合だ。
そいつらを差し置いて、咲達を捕まえるというのはずいぶんと器用でまわりくどい。

咲<私が目的なのかもしれない>

 <お前――やっぱり、お姉さんを、>

咲<殺したよ? 見たでしょ? その話もうやめて>

表情から感情の一つも見せず、早口で不快感を示す。

 <待て、待てまてまて。本当に次の便キャンセルするのか?>

咲<別ルートでこの国を出る。飛行機は手ぶらになるからダメ>

 <馬鹿言うな。お前のわがままで三日も日程を延ばしたんだぞ>

咲<私の直感を信じられないのか>

 <……だからって……>

咲<上司は私。従え>


咲<奥の階段へ>

 <なんで!?>

咲<一階のバスラウンジまで降りる。そこのトイレ窓を抜けて駐車場まで走ろう>

 <それで!?>

咲<適当に盗んで逃げるんだよ>





 <結局、何も起きなかったな>

ガチャガチャ

咲<黙って配線繋げて>

 <こんなオンボロ……、まぁこれだけ旧式じゃないとできないんだけど>

咲<トヨタの86知らないんだ>

 <日本車なんて興味ないな>

咲<あっそう。……流石にサンバイザーには鍵は置いてないね>

 <映画の見すぎだ。ターミネーターか?>

咲<シリンダーブロック禿げてる>

 <ああ、うるっせぇな>

カシャン ブロロロ

 <俺を褒めろ>

咲<すごいすごい>

 <ちゃんと心をこめて――あの女>

咲<女?>

 <あそこに立ってる美人、お前の知り合いか?>


助手席の咲が身を乗り出す。薄暗い地下駐車場の奥、出口方向へ影が動く。
50メートル先にライダースーツを着た女がいた。

見覚えのある顔。淡色の髪を後ろでまとめ、ラインが浮き出てわかるすらりとした身体と大きな胸。
――戒能良子。

報復という言葉が思い浮かぶ。
あの女は、咲の世界の属していながら不純な正義心を持つ中途半端な奴だ。照を撃ち殺し和を犯させた咲へ始末をつけにきたのだと、ほとんど被害妄想のような予感が走る。

咲<車出して! 早く!>

 <銃構えてんぞ! 頭下げろ!!>

咲<いいからっ>

戒能の構えた拳銃のマズルフラッシュと共に、後部座席のガラスが飛び散る。
咲は顔をあげてすぐさま周囲を見回す。戒能以外に誰一人いなかった。一般人からの通報を期待できず、丸腰の二人は反撃手段を持ち合わせていない。

 <撃ってきやがった……! くっそ>

セカンドスタートで急発進させ、シートベルトをしていなかった咲は横向きに座席へ押し付けられた。

咲「いっ!」

 <あいつを跳ね飛ばすぞ。ダッシュボードより頭上げるな>

ハンドルを切り戒能へ車の進行方向を合わせ、ギアをトップまで押し込む。


拳銃を構えたまま、戒能は動かなかった。
戒能の照準技術と左腕の制動力を持ってすれば、アクセルを踏み込む運転手の頭に弾を三発は入れられた。
だがそれでは計画はダメになる。安静時心拍数の差分3パーセントを保ち、持ち手を左手に変える。
迫りくる鉄箱の凶器を前に、戒能は脳内麻薬を分泌させ心臓の鼓動間隔を二倍まで早めた。

全てが遅くなる。
スロー再生をする世界に、まるで唯一人戒能のみが自分のスピードを保ち続けてるかのような錯覚に陥る。

距離18メートル。戒能は身体側面を標的に向けて肘を突き出し腰だめで構えた。
引き金に指をかけ――放つ。
超人の指裁きにより、1.22秒の間に5発の合成スチール弾を運転手側のタイヤからナンバープレートへ撃ち流したのだ。
ホイール、ステアリングギアを撃ち潰し、86は右前方を軸にスリップを起こす。
そこまでは予定通りだった。
だが勢いのついた86がそれでは済まなかった。リアを浮かせ、咲の乗る助手席側から横転したのだ。

戒能「!!」

ロフトを下に86はコンクリートの壁に激突するまで滑り続けた。

戒能「咲さん!」

行動のシメの甘さに舌打ちをして、裏返った86へ近づく。
万が一でもあれば……、

 <て、めぇ>

ひしゃげたドアが弾き飛ぶ。運転席から屈強な体格をした男が這いつくばって出てきた。

戒能「動くな。殺すぞ」

 <日本語わかんねーつってんだろ……!>

戒能<動くなと言ったんだ>


驚くことに男は身体から一滴も血を流すことなく、銃を向ける戒能を前に拳を前にファイティングポーズをとる。

 <咲ィ! 生きてるかァ!?>

咲「ん……うん」

戒能が表情を緩める。

 <今すぐ逃げるんだ! こいつは俺が>

言い終わる前に戒能の掌が男の胸部を打ちぬいた。二周りはある男をボールのように吹き飛ばす。
壁に叩きつけられ、ぐったりと横たわる。

戒能<救急車は呼んでやる>

肺の圧迫により一時的に声が出せなくなった男が必死に立ち上がろうとするが、末端までダメージの浸透した身体がそれを拒否する。
生物としての上位種前に身体が戦闘を拒むのだ。

戒能は窓から覗き込み、エアバッグに挟まれ身動きの取れない咲を確認してほっと胸をなでおろした。

咲「そいつには何もしないで」

戒能「オフコース」

咲「……目的は」

その質問に答えるつもりはなかった。
腹部プロテクタに取り付けられたユニットから麻酔銃を取り出す。

戒能「目を閉じて」

麻酔銃は着弾した瞬間のみではあるが、筋肉に接触した場合に激痛を起こすため、できれば使用を避けたかった。
だが窓から咲を引っ張り出すときに暴れられたら、無傷で抑える自信はなかった。

だから躊躇なく撃った。
咲は小さい悲鳴を上げて、血流に紛れたエトルフィンに抗う術も無く、ゆっくりと目を閉じていった。

今日分終

更新してなくてごめんなさい
九月から本気出します


◇◆◇◆◇◆

久「……ここかな」

ガチャ

久「牛乳、野菜ジュース、……なにこれ、プロテイン?」

久「まともな固形物がないじゃない。どんな生活してんのよ、良子」

久「お酒も置いてないし」

久「牛乳でいっか」

久「……」

久(利き手がないと、これだけ辛いんだ)

久「紙パックって、片腕の人のためには作られていないのね」カリカリ

久「開かないわね……」カリカリ

久「クソ!」ブン

グシャ

久「……何よ」

久「なんなのよこれ」


久「良子に謝らないと」

久「雑巾……」ヨロ

ガタン

久「――あっ」

ドスン

久「痛っ、……はは」

久「受身もとれないなんて」


久「ここでゲームオーバーか」


ガチャン

久「!」

戒能「ただいま」


戒能「久さん?」


久「おかえり」

戒能「牛乳……、ソーリー、片手で開けられるものを用意しておくべきでした」

戒能「何か拭くものは……」

久「それよりあなた、ご飯はどうしてるのよ」

戒能「ご飯?」

久「冷蔵庫に飲み物しか入ってないじゃない」

戒能「買ってきましたよ」ガサ

久「そうじゃないわよ。いったいどういう生活送ってるの。そもそもここはどこ?」

戒能「セーフハウスです」

久「セーフハウス……?」

戒能「秘密基地という意味です」

久「意味ぐらい知ってる。あなたにこんなものが必要な理由は?」

戒能「知っているでしょう? 私も咲さんや小鍛治プロと、似たようなものですから」

久「誰に命を狙われてるのよ」

戒能「いっぱい」


戒能「場所情報は教えられません。そのために玄関に鍵をつけて、窓の外に断光シールを貼って情報デバイスは全て取り除きましたから」

久「それって誰のため?」

戒能「あなたと私の安全のためです」

久「はっ」

久「ははは。笑っちゃうわ」

戒能「おかしいことなど何もありません」

久「あなた、私のためになぜそこまでするの」

戒能「味方ですので」

久「味方――?」

久「私はもう、そう思ってないわよ」

戒能「……、なぜ?」

久「だって、そうじゃない。あなたは小鍛治プロに協力したんだから」

戒能「それは取引です」

久「私を助けるため……ってこと?」

戒能「そのとおりで 「もういい」


久「私の最大の敵は、咲に直面する運命であり、そして小鍛治だった」

久「その片方に、しかもあなたはギリギリまで私と同盟を組んで小鍛治を潰す算段までしていた。なのに、」

戒能「久さん」

久「笑っちゃうわね。その裏でまだ小鍛治と繋がっていたなんて」


久「あなた、二重スパイのつもり?」


戒能「……っ!」

久「なによその顔。核心つかれて逆上?」

久「私を助けるのだって、協力する口実なんでしょ? 違う?」

戒能「……」

久「沈黙は肯定。あなたもそう言ってなかったっけ」

久「……ここから出して」


戒能「嫌です」

久「嫌って、」

戒能「あなたにはここにいてもらいます」

久「私がまた捕まるのを恐れてるの? あ、でも今度は大丈夫よ。舌噛んで死ぬから」

戒能「冗談でも笑えないです。それに治療もしないで、どこに行くと言うのですか」

久「治療って。もう腕は戻ってこないんだからどうでもいいわよ」

戒能「久さん」スッ

久「え?」

グイ

戒能「片腕のあなたに私を取り払うことができますか」

久「い、痛い痛い! 放して!」

戒能「失礼します」

ドサ

久「くっ……、馬乗りになって何するつもりよ」


戒能「先日、あなたと密室を過ごすことは勘弁してほしいと言いましたが、」

戒能「あれは嘘です」

久「は?」

戒能「照れ隠し、とでも言ったほうがいいかもしれませんね」

戒能「久さん、今からあなたを犯します」

久「……良子、あなた」

戒能「ここに居残るというのなら、私はあなたに手を出しません。しかし、それが嫌なら」グッ

久「やっ」

戒能「告白します」

戒能「私はあなたが好きです」

戒能「だから犯します」

久「ばっ……! 放しなさいっ!!」ブン

戒能「ここにいると言って下さい」

久「……良子、」

久「なんで泣いてるのよ……」


戒能「私は、あなたを助けるために小鍛治プロに協力した」

戒能「これは嘘じゃない。あなたに、死んでほしくなくて」

戒能「他に頼る人がいなかったから、でも、あなたに、」

戒能「っ、」

戒能「――私を嫌いにならないで……」

久「言ってることが無茶苦茶よ」

戒能「わかってます」

久「告白の前に『犯す』はないわ。……良子」

戒能「不器用なんです」

久「……別にあなたに犯されるのも悪くないかもね」

戒能「……っ」

久「好きにして」

戒能「……わかりました」

戒能「これで、わかってもらえると思います」

カチン


久「っ、……な、なにしてるの?」

戒能「私の秘密を、教えます」


戒能「私の左腕の二の腕から先は機械でできています」


久「は? あ、え?」


戒能「サイボーグってやつです」

戒能「日本国内であれば誰も知りえない情報です」

戒能「あの小鍛治プロも知らない」

戒能が手首をぐっと親指で押し込む。
すると皮膚は透過性を帯びていき、皮膚の向こう側が光沢を放つ。

灰色の筋肉繊維が鋼鉄の骨格にまとわりついていた。

戒能「これが、私です」

久「き、筋電義手……!?」

戒能「触覚媒体を16^2/cm^2まで再現したスーパークオリティです。筋力に油圧式と人工組織を盛り込んだハイブリッド機構」

久「神経再支配の技術を越えているわ。ナノロボットの支援ありきで――脳もいじってるの?」

戒能「はい、内蔵したサポートプログラムで私の認識と別系統で敵性排除の自動アタッカーを組んでいます」

戒能「意識がなくとも、私の瞼が開いていれば左半身の神経を乗っ取り、ホルスターから拳銃を引き抜いて、自動照準後トリガーを引きます」

久「……」

戒能「気持ち悪いですか?」

久「いや、」


戒能「抵抗したかっただけ」

戒能「私が小鍛治プロの呪縛から抜け出すためには、これしかなかったんです」

久「そのために、自分から腕を切り落として、義手を……?」

戒能「はい」ニコッ

久「っ、」ゾク

久「いつからなの?」

戒能「一昨年の、チームと契約更新で揉めたときに登録抹消されましたよね。あの四ヶ月間です」

久「……そうなんだ」

戒能「モルモットとして支援費があったとはいえ、それでも三億を出しました。……以上が、私の秘密です」

戒能「私についてきてさえもらえれば、あなたの腕は戻ります」

久「私にはそんなお金はない」

戒能「私が出します」

久「やめてよ、優しくされたら私――」

戒能「あとは、私に任せてください。あなたは頑張りました」

久「私はまだ……」

戒能「咲さんのことも、あなたの腕も、私がなんとかします」


戒能「私を頼ってください」


この五年、心から他人を頼ることをしなかった。
絶対に隙を見せず、勘定だけで仕事をしてきた。
ただそれは、後輩を助けるという本音を隠して、自らの人間性を押し潰してもなさなければいけない使命の代償だった。

戒能「咲さんはもう、私“達”の手中です」


久「捕まえたってこと……?」

戒能「ええ。そして今最終段階です。相手方との交渉を小鍛治プロが行っています」

久「……、それが上手くいっても、咲は拒否するわ。もう、和にあんなことしちゃったんだから」

戒能「記憶をいじるぐらい、わけないんですよ……」

久「方法は聞かないわ」

戒能「それでも最後の手段としてですが、ね」

久「もしも交渉が決裂したら?」

戒能「それは、賭けで決着させます」

久「まさか、麻雀でもするつもり?」

戒能「楽しみしておいてください。日本代表先鋒として、必ずやねじ伏せてきます」

久「……無理はしないでね」

戒能「無理しないですめばいいのですが」フフフ


戒能「それでは、そろそろ行って来ますね。……本当はもうちょっとお話したかったのですが」

久「帰ってからいくらでもできるでしょ」

戒能「そうですね」


戒能「次はもっと、おしゃべりしようね、久」

久「うん」


戒能が出て行った部屋は、再び久のひとりぼっちが始まった。
ドアを閉めたとき、戒能は鍵をかけなかった。久の意思を汲んだ戒能なりの配慮だった。
久はコップに注いだ野菜ジュースを見つめながら、ささくれの様な違和感を記憶から引き抜いた。
ひとつだけ、疑問がある。

――賭けで決着する

確かに戒能はそう言った。
間違いない。
相手が差し出すのは咲。ではこちらは?
……金。常識であればそれで事が済む。
億を動かす勝負師宮永咲の代償にいくら動く? それはトッププロとはいえ、堅気の人間が払える額なのか? それも小鍛治のバックアップ?
わからない。五年も闇雲に突き進んできて、ようやく核心へ踏み込んだと思っていたが、それでも小鍛治の腹へ触れることは叶わなかった。

あの小鍛治が組んだ勝負がただで済むのだろうか。






久の予感は的中する。
それから二度と、戒能良子に会うことはできなかった。

今日分終了。次回はいろいろデストロイです
戒能さんて咲で一番拳銃が似合う女だと思います

今週中に一回投下します。いろいろ遅れて申し訳ない

覚醒してから、かれこれ4時間が経った。
空腹具合から推測すると、12時間ほどか。ということは夜の19時。
狭い部屋に置かれたアナログ時計が刻一刻と針を回しているのに、一向に状況は変わらない。
壁一面灰色で、時計と、洗面台用の鏡に、半分食い込むように壁と一体になったテーブル、イス、そして芸能人が表紙を彩る週刊誌。おまけに隠す気もない監視カメラ。
咲はせめてもの時間つぶしにと、置いてあった週刊誌を手に取って、読んだページを切り取り正方形になるよう、筋をつけて手で切った。

まずは鶴。わざとヌードページを選んだせいで、羽根に乳首が生え頭部は陰毛が飾った。いくらなんでも下品すぎる。
エロティックな美術センスを咲は持ちあわせてはいないようだ。
自嘲して、握りつぶした。

──何をしているのだろう。

カエルを折りながら、失った記憶を手繰り寄せていく。
最後に見た戒能の優しい笑顔と、その前は相棒の太い腕がハンドルを切り、空港から逃走、帽子の女。それ以上はうまく思い出せない。
カエルの尻を上から押して離すと、紙の弾性でぴょこんと跳ぶ。
よく考えられたものだ。カエルの形でちゃんと跳ぶ力もある。もう一度尻を弾くと思いのほか遠くへ跳んでいった。
テーブルから落ちたカエルを探そうと身体を傾けた時、なぜか木の棒が欲しいな、と思った。
なぜだろう。漠然とした想起に疑問符が浮かぶ。
ただの棒ではなく、木の棒だ。軟さと硬さを併せ持つ表皮に、好き勝手伸びようと少々ねじ曲がった枝。
カエルに、木の棒。何かが思い出せそうな気がして、あと一歩で出てこようとしない。
目の前のカエルに伸びた手が止まった。こいつを今手に取ったら絶対に思い出せないような気がしたから。


「咲」


咲「え?」

ごん。

咲「痛ぁ……!」

テーブルに頭をぶつけた。古傷が開いていく感触があった。

咲「はぁぁ……」

ひどい幻聴だ。幽霊の声か。もちろんこの小さな部屋を見回しても自分一人しかいなかった。


頭頂部を触ってみたが血は大して出ていなかった。
もしも大量に出血していれば、あの目障りな監視カメラに助けを呼ぶこともできたが、いまさら自傷する気にもならない。
……いっそ破壊してしまおうか。
思い立ってから、咲は早かった。
イスを両手に持って、テーブルの上でフルスイング。一撃必殺とはいかずとも、首が折れ曲がり監視中を示す赤いランプは消滅した。

 『やめてください』

ドアの向こうから男の声がした。

咲「だったらここから出して」

 『できません。それ以上破壊を続けるのであれば、拘束することも辞さない、とのことです』

咲「これが拘束じゃなくてなんなの?」

 『両手足を拘束させていただきます』

咲「あ、そう」

どうせ破壊した監視カメラの他にもこの部屋を監視する機械は設置されているのだろう。
鏡が怪しい。マジックミラーの要領で壁の中に埋め込まれているはずだ。部屋を見渡す位置に不自然にかけてあるのが、その証拠である。

咲「わかった。大人しくするよ」

微塵もそんなことは思っていなかった。

イスの片足を鏡に打ち付ける。

 『やめろ!!』

咲「……」

中からカメラがでてきた。こちらはマイク機能はない。
そして、奥の電源プラグを抜いた。


外には二人、物音から判断して間違いない。

 『緊急です、入ります』

ノイズが聞こえ、それが無線から発したものだとわかる。
ははあ、なるほど。これで扉の向こうの男は相当な下っ端であることがわかった。
緊急なら間髪入れずに突入が当たり前だろう。取り決めをしていないから死ぬんだ。

素早くドアの覗き穴の死角へ回り込む。
勢い良くドアが蹴破られた。

 「おい、動くな──」

まずは一人、拳銃を向ける手を逆に引き込んで、手のひらに隠していたガラス片で喉首から頸動脈を断ち切る。
身長差を利用し懐に潜り込んで二体目を狙う。身体全体を使って力の限り突き飛ばし、隠れ蓑からガラス片を持った腕だけ出して胸に刺した。
そこから一人目の銃を奪い、ものの10秒で制した。

咲「聞こえる?」

拾い上げた無線からは、風をこする音しか聞こえない。

咲「一人、出血ひどい。あと二分以内に止血しないと死ぬよ」

首から桃色の泡立ち、肺から直接出て行く空気を無線機に聞かせてやる。

 「……てっ、ひゅ、ひっ、」

咲「ほら」

 「お願いだ、止血してやってくれ」

銃口を向けられた男が、仲間を思い涙を流して懇願する姿に、咲は少しだけ昔の自分を重ねた。

咲「それは上が決めること」

 『……』ザー

あいも変わらず無線機は無言だった。


 「そいつらはここにこない」

咲「なんで?」

 「ここにはいないからだ。なぁ、お願いだ、死んじまう!」

咲「……」

見てわかる、どうせもう助からない。

咲「じゃああなたが止血して。そのワイシャツで、ほら」

 「あ、ああ」

咲「質問を変える。ここはどこ?」

 「……それは」

咲「言えないの?」

 「言うなと命令されているんだ」

思い違いがあったようだ。
これからの処遇は処刑のみだと思っていた。だが男の口ぶりから、自分を生かした上で“何か”に利用するつもりだ。
今までこう思っていた。咲の所属するファミリーとはとうに縁の切れた小鍛治が、戒能を使って拉致。そして咲のスナッフビデオをイタリアに送りつけるものだと。

しかし、姉の殺害に親友の暴行は笑って済まされない。庭を荒らされたあの性悪女が、ただで返すはずはない。
ともかく、簡単に殺される未来は無くなった。

 「大丈夫、すぐ血が止まるから。ほらちゃんと呼吸するんだ、ちゃんと……」

咲「ねえ」


咲「ねえってば。その人、もう死んでるよ」

 「……くそ」

咲「ここから出るよ。立って」

 「お前、本当に悪魔なんだな」

咲「どういう意味?」

 「まんまだよ。人を殺して……平然としてやがる」

咲「銃持った人間は殺されて当然でしょ。撃つ気でいるなら撃たれる覚悟があるってことなんだから。イタリアじゃそうだった」

 「ここは日本だ」

咲「……それだから小娘一人にやられちゃうんだ」

これ以上このヘタレに構う必要はなかった。足手まといなら射殺するまでだが、まだ交渉の道具として価値がゼロじゃない。

咲「立ちなさい。5……4……3、」

 「わかった、う、撃つな!」

咲「前に立って」


咲「……ここ、本当にどこ?」


男二人が構えていた詰め所を抜けると、赤と緑の線が入った絨毯が敷かれた廊下に出た。
葺色のザラザラとした壁紙が永遠に続き、緩やかな弧に沿って荘厳な掛渕にはまった絵画が並ぶ。
ホテルだろうか。髪を梳く緩やかで温かい風を感じる。

 「だめだ」

見上げると、監視カメラがこちらを注視している。男の諦めが滲み出る半笑いが、情けなくレンズに映る。


咲「すっごい広いね」

 「のんきだな」

咲「あまりこういう場所こないし」

 「たっ、──痛」

咲「歩け」

 「引き金に指をかけるなよ」

咲「手は前に出して上げろ」

 「急にどうした」

咲「気が変わった。すぐここから出よう」
 
 「俺は無理だ」

咲「もしかして連れだしたら殺さたり? 今どきそんな古臭い組織があるの」

 「違う、契約なんだ。お前をここから出すな、情報を与えるなって」

咲「手遅れっぽいけど」

 「それに俺は従うしかない!」

咲「興奮しないでよ。もしかして頭のなかいじくられてんの?」

 「ひゃ」

男は首から上の筋肉が溶解したかのように、顎を落として白目を向いた。
不気味な感覚に咲は戦慄した。


咲「ちょっと……」

 「もうだめだめだめ。うんうんうんうん。まにあわないまにあわないまにあわない。そうそうそう」

咲「こいつ」

 「ぴすとるぴすとるぴすとるぴすとる。むけないでこわいこわいこわい」

まるで分裂症の患者だ。
これも小鍛治の行った施術の一つだろう。刷り込み、もしくは短期間で行う条件付けによる自我破壊だ。
咲もその経験があるからわかる。軽いストレスで一瞬で吹き飛んでしまいそうな、綱渡りのような日常に苦しめられた。

 「おまえおまえおまえおまえ。にげないでにげないにげないで。しんみょうしんみょう」

こいつはもう元通りには治らないだろう。
こめかみを二本の指で叩く姿に哀愁すら感じる。銃口を向ける手に抵抗を感じなかった。

快音が木霊した。
後頭部を割り、湖をモチーフに描いた抽象画に、べったりと血糊がついた。

咲「流石に、死んだほうがマシだよね」

病人全員が死ぬ権利を持っていると咲は思う。
自分でケツが拭けなくなってまで生きたいやつは多くはない。


健夜「いいね。撃つと思った」

その声に、奥底の獣が覚醒した。振り向くと同時に、対象の判別もせず銃を構えて引き金を引く。


小鍛治は無傷で、たじろぎもせず笑顔を続けた。透明な壁──おそらくは防弾アクリルが銃弾をヒビも入れずに弾いていた。

健夜「可愛くなったね」

咲「死ね」

無駄に高価そうな壺が座った置き台を持ち上げる。両腕には血管が浮き、咲の目には殺意の炎が揺らいだ。
はたき落とされた壺は破片に変わり、咲は全速力で健夜に詰め寄る。

咲「小鍛治ィ!!!!」

振り下ろした置き台は砕け散った。アクリルガラスはびくともしない。

健夜「まるで野獣。全然クレバーじゃない」

クレバーだと? 人生をぶっ壊したやつを前にして、理性なんか保てない。

健夜「侵入者兼火災時の防災壁なんだけど……、いやぁいい仕事するねぇ」

感心した健夜は中指でコンコンとアクリルガラスを叩く。
跳ね返った置き台の一部が咲の額を切っていた。垂れた血は右目に流れそのまま赤い涙が頬を伝う。

健夜「何年ぶりかな」

鬼の形相で咲は睨みつける。


健夜「ちょっと話があるんだ」


二人の間は1メートルもない。
小鍛治は屈託のない笑みで咲の反応を待った。

今日分終わり
約束全然守れてません、ごめんなさい
あと照咲なんですが、ほのぼのが思いつかないので手がついてない状況です。
ほのぼのがよくわからない


健夜「咲ちゃんはさぁ、」

バン!
跳弾などお構いなく小鍛治へ向けて撃った。

健夜「すこしぐらいは話を聞こうよ。私を殺したいのはわかるけど」

壁を挟んで声を通す、つまりこのアクリルは通路を完全に封鎖しているわけではない。
咲は見回し、音の穴を探した。

健夜「おたくンところのボスとケリをつけようと思う」

あった、──あったがそれは足元わずか5センチの小さな隙間だった。
舌を鳴らして悪態をつく。

健夜「ごめんね、今は我慢してほしいんだ」

咲「──ケリ?」

健夜「そう、不本意ながら、咲ちゃんのところのボスとは喧嘩別れでさ、色々貸し借りとか済んでないのに一方的に手を切られちゃったの」

咲「私が供物か」

健夜「供物は取引にはならないでしょ、違う。彼には土俵にあがってもらうんだ」

咲「あの人はこっちには来ない」

健夜「土俵ってのは賭け場だよ咲ちゃん」

咲「……?」

意味ありげに微笑む小鍛治は、咲の神経を逆撫でした。

健夜「麻雀やろうよ」


咲「は?」

健夜「麻雀でケリつけようよ。お互いいろいろ賭けてさ。勝ったほうが全部貰えるの。元来麻雀はそういうものでしょ」

咲「あんたに何一つ得はない」

健夜「それはさっき言ったじゃん。彼にお金やらなんやらで貸しがあるの」

咲「だったらお得意の兵隊でも使って蹂躙すればいい」

健夜「流石に地の利じゃあっちで勝つのは厳しい。損害を出さずにって意味ね」

咲「それで麻雀? ばっかみたい」

健夜「咲ちゃんもやったでしょ。原村さんをさぁ、ねぇ? あの子ズタボロにしてどうだった? 興奮した?」

咲「…………お姉っ──あいつ経由か」

健夜「麻雀て戦後日本でヤクザの代理戦争だったんだって。お金や人の命までもあの小さい卓の上で決したんだ」

健夜「先人に見習って、弱者にも勝機をもたらし、そして調子づいた弱者に欲望をそそのかして最後に貪りつくす」

健夜「いいゲームだよね」

咲「私が勝ったら?」

健夜「こちらは宮永咲の身柄及び現金50億円を渡す」

咲「……私が負けたら?」

健夜「宮永咲を好きにする権利と、純金で100億用意してもらう」


咲「生きたければ勝てってこと……。五年前と変わらないか」

健夜「違うよ。咲ちゃんは勝っても負けても生きる権利はある」

咲「どういう意味?」

健夜「そのまんま。解放されて終わり。あっちにはそうは伝えてないけど」

咲「はは、レイプされながらビデオにでもされんだと思った。……でもそれだとあんたを殺しに行くよ」

健夜「そんなことしないでしょ」

咲「人生めちゃくちゃにして、許されると思ってんだ」

健夜「咲ちゃん自身がブレーキをかけるんだよ。ようやく、家族が元通りになるんだからそれを無碍にしないはず」

咲「っ──!!」


咲「私はっ、」


健夜「どうしたの?」

健夜「ご両親と大好きなお姉ちゃんと四人で過ごせるんだよ? ……ああ、原村さんか。彼女も許してくれるはずだよ」ニコ

健夜「それでも、何か不安? あなたのところの組織には偽物のスナッフビデオ送りつけるから問題ないと、」

咲「私は、お姉ちゃんを殺したっ!!」

健夜「へ?」

咲「私はあの人の身体に三発も鉛を撃ち込んだ。もう後戻りなんかできない」

健夜「……そーれは知らなかったなあ。どーしよ困った困った」


咲「そちらの要求を呑む。麻雀で白黒つける」

健夜「まぁ、他に選択肢はないんだけど……。んー、でも本気で戦ったら負けちゃうしなぁ」

咲「……どうすんの」

健夜「いや、先方様にはそれで合意しちゃったからもう取り消せないや。もしかしてあっちの人たち、知ってたのかな。ってそりゃそうか」

健夜「くっそー負け戦かー」

咲「メンツは」

健夜「みすったなー」

咲「メンツはっ」


健夜「戒能良子」

咲「戒能……あと二人は」

健夜「私が入る。もう一人はこっちの人間」

咲「完全アウェーってわけ」

健夜「そうでもないけど。いちおーね、私ともう一人はアシストはなし。ただの人数合わせだと思って」

咲「……」

健夜「で、負けたらどうする?」

咲「好きにすればいい。ミンチにでもして東京湾に捨てちゃえば」

健夜「それいいかも。……うそうそ冗談。そんな怖い顔しないで」

健夜「……ま、お楽しみってことで」


咲「ねぇ」

健夜「なに?」

咲「発案者は?」

健夜「それを知っても意味ないと思うけどー」

咲「和ちゃんじゃないよね」

健夜「まさか。彼女はもっぱら自力で咲ちゃんを救出しようとしてただけだよ」

咲「……そう」

健夜「気にすることじゃないよ」

咲「そいつ、負けたらただじゃ済まないよね」

健夜「腹くくってるっしょ」

咲「……」

健夜「質問はもういいかな。決戦は明後日の夜七時。……その銃置いてもらっていい?」

咲「断る」

 「今からお部屋にお連れします」

背後には三人の男が立っていた。
気配を察知できなかったのは、つまり先ほどのマヌケ二人とは違うわけだ。
咲の胴回りぐらいありそうな二の腕は、軽く振りぬけば女の首の骨などたやすく折り曲げるだろう。
試しに拳銃を、一人の眉間に向けたが微動だにしなかった。

健夜「やめたほうがいい。引き金を引こうとしたらそれよりも早く、咲ちゃんの腕があさっての方向に向くことになる」

咲は拳銃を落とし、蹴った。


健夜「うん、命大事にだね」

咲「それ、あんたが言う?」

無抵抗をアピールするために両手を後頭部で組んだ。

 「楽にしてもらって結構です」

男はそう促すと、咲の前と後ろに感覚を開けて、逃げ場をなくすように歩き出す。

健夜「じゃ、英気を養っといて。せっかく真面目にヤルんなら全力のほうが楽しいから」

咲は何も言わなかった。







健夜「そっか咲ちゃん……照さん生きてるの知らないんだ」

小鍛治にしては珍しく、独り言を呟いた。
こつん、と額をアクリルガラスにあて、俯く。

健夜「面白い」

健夜は自分の脇腹に指を立て、肋骨をえぐるように痛みを与えた。
そうでなければ、咲にまで届くほどの笑い声が口から洩れてしまいそうだったから。

今回分終了

今月中には一回更新します…

すいませんもうちょっと遅れます

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