月火「どういたしまして、お兄ちゃん」(958)

暦「火憐ちゃん、ごめん」前編
暦「火憐ちゃん、ごめん」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1365139513/)

暦「月火ちゃん、ありがとう」後編
暦「月火ちゃん、ありがとう」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367036973/)

の続編となっております。

明日のお昼頃に第一話投下致します。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368608077

こんにちは。
第一話、投下致します。

それと量ですが、前編後編よりは少なくなると思います。
まだ全て書ききってはいないので、なんとも言えませんが。

変だ。

何が変かって言うと、お兄ちゃんの様子がおかしい。

それが昨日、私が夜遅くに家に帰ってからベッドの中で思っていた事。

私自身、昨日の事はあまり覚えていないんだけど。

でもその時は確かに思っていたんだ。 朝起きればまたいつも通りに……なんて能天気でいたんだ。

しかし結局、朝になってもお兄ちゃんは元通りにならなかった。

そんな朝の事を少し、思い出そう。

以下、回想。

月火「……火憐ちゃん、おはよー」

まだ完全に目が開かない状態で、目を擦りながら朝の挨拶。

火憐「おう、月火ちゃん。 おはよう」

火憐ちゃんは完全に覚醒。 っていった感じ。

見ると程よい具合に体が温まっている様だった。

月火「またジョギング? 毎日大変だねぇ」

火憐「またジョギングだよ。 大変っつうか、好きでやってる事だしなぁ。 楽しいって感じかな?」

月火「元気だねー」

火憐「月火ちゃんも今度、一緒に走らない? 朝の運動は気持ち良いんだぜー」

月火「うーん。 私はインドア派だから。 遠慮しておくよ」

火憐「ふうん、そっか。 まあ、たまには体を動かした方が良いと思うよ。 健康第一だしな」

月火「大丈夫大丈夫。 頭の中でいっつも動いてるから」

火憐「イメージトレーニングって奴か。 さすがは月火ちゃんだ」

どこがさすがなのか……ちょっと分からない。

まあいつもの事なので、私も一々それを聞き返したりしないけど。

月火「そんな感じかな?」

といった感じに、とりあえずは肯定したりする。

火憐「おっし。 じゃあ月火ちゃん、ちゃっちゃと顔洗って、兄ちゃん起こしに行こうぜ」

月火「うん。 りょーかいりょーかい」

いつものパターン。 それが結構、好きだったりする。

火憐「あたしはここで待ってるから、あんまり遅いと一人で行っちゃうぜ」

まだ完全に起きていないのもあり、私は火憐ちゃんに言われるまま洗面所へと向かった。

月火「……ふわぁ」

あくびが出る。 まだ眠いなぁ。

そういえば昨日は大分、夜遅くに寝た気がする。

……あれ。 そういえば私って昨日、何であんな夜遅かったんだろ?

それに、お兄ちゃんも一緒だったし。

昨日は確かに出掛けた。 お兄ちゃんと一緒に帰ったのも確かだ。 その辺りは覚えている。 それは間違い無い。

けど、具体的に何をしていたのかが思い出せない。

……うへぇ。 もしかして、ど忘れって奴なのかな。

この年にしてど忘れって、笑えないよ。

まあ、多分。

大方、私が何かに怒って、家を飛び出したのだろう。 それをお兄ちゃんが迎えに来たとか、そんな感じだと予想を立てて置く。

それが一番ありえそうだし。 一番可能性が高そうだから。

月火「ひっ」

水が冷たかった。 いつも顔を洗うのにはお湯派なんだけれど、まだお湯にはなりきっていなかったみたい。

月火「……今日の運勢、チェックしておかないと」

多分、血液型占いでも星座占いでも、下位になってそうである。

テンション下がるなぁ。

月火「よいしょ」

キュッ、キュッ。 と蛇口を閉め、顔を拭く。

綺麗さっぱり。 ようやく目も覚めてきた。

タオルを片付けて、再びリビングへ。

火憐「お。 お目覚め月火ちゃんだ」

月火「うん。 すっきり月火ちゃんだよ」

火憐「さっぱり月火ちゃんだぜ」

月火「しゃきっと月火ちゃんだよ」

火憐「だな。 んじゃあ行こうぜー」

火憐ちゃんのノリにも大分付いていけている。 うん、目覚めたな、私。

月火「お兄ちゃんは相変わらず、朝に弱いなぁ」

火憐「んまあ、昨日は帰りが遅かったらしいし。 まだ寝かせてあげても良いんだけどな」

月火「駄目だよ火憐ちゃん、そんな甘やかしたら。 朝は朝。 夜は夜だよ」

火憐「うんうん。 確かにそれを言ったら、月火ちゃんも帰りが遅かったしな。 なのに月火ちゃんはちゃんと起きている訳だし」

月火「そうだよ。 私がしっかり起きているのに、お兄ちゃんだけ寝ているなんて許せない!」

そうだそうだ。 私がちゃんと起きている以上、お兄ちゃんも起きなきゃ駄目だ!

で、火憐ちゃんと私とで、お兄ちゃんの部屋の前。

火憐「兄ちゃん、入るぜー」

そう言い、火憐ちゃんがドアを開ける。

月火「お兄ちゃん、入るね」

私も言い、火憐ちゃんの後へと続く。

火憐「あれ? 兄ちゃん?」

ん? どうしたんだろ?

先を行った火憐ちゃんが、何故か足を止める。

月火「どしたの? 火憐ちゃん」

火憐ちゃんの背中に向けて、問い掛ける。 部屋のすぐ入り口で火憐ちゃんが立ち止まるから、どうにも奥の様子が掴めない。

火憐「いや、てっきり寝てると思ったんだけど。 兄ちゃん起きてるみたいで」

嘘だぁ! あのお兄ちゃんが起きているだなんて、殆どあり得ないよ!

それこそ正しく、奇跡みたいな確率だ!

そう思って、火憐ちゃんの後ろからなんとか顔を出し、お兄ちゃんのベッドを確認。

月火「あれ、お兄ちゃん?」

ふむ。

どうやら、確かに起きている……のかな?

ベッドの上に座り込んで、膝を抱えている。

もしかして、新しい寝相なのだろうか?

……こう言っちゃあれだけど、何だか新手のお化けみたい。

火憐「おーい。 兄ちゃん」

火憐ちゃんが少しだけ声量を上げて、お兄ちゃんに言うと、やがてお兄ちゃんは反応を示した。

暦「……起きてるよ」

とだけ、ぽつりとお兄ちゃんは漏らす。 私達の方には、顔も向けず。

火憐「んだよ。 そうならそう言ってくれよ」

暦「……悪いな」

何か、様子がおかしい。

というか、昨日の夜からだ。

そうだ。

私はそれを忘れようとしていたんだ。

朝になったら、元に戻っていると思って。

思おうとして、昨日は寝たんだ。

火憐「元気ねえなぁ! 朝だからってテンション下がりすぎだろ!」

火憐「そんなんで敵が来たらどーすんだよ! 兄ちゃん!」

月火「ちょ、ちょっと火憐ちゃん。 来て来て」

恐ろしく空気が読めていない火憐ちゃんを引っ張り、私は部屋の外に出る。

火憐「な、なんだよ月火ちゃん。 どうしたんだよ、そんな慌てて」

等と言う火憐ちゃんを少しだけ無視し、リビングまでぐいぐいと引っ張る。

やがて、到着。

火憐「おいおい。 本当にどうしたの?」

月火「……何かさ、変じゃない? お兄ちゃん」

火憐「うーん。 まあ、そう言われればそうかも」

月火「絶対おかしいよ。 まず、あのお兄ちゃんが起きてるって事自体がおかしいよ」

火憐「……何かあったのかな?」

火憐ちゃんもようやく分かったみたいで、少々深刻な顔付きとなる。

お兄ちゃんが起きているって事でそこまで深刻な顔をするのは少し、お兄ちゃんに失礼だと思うけど。

月火「ううん……分からない」

月火「けど、様子がおかしかったのって、昨日からなんだよね」

火憐「昨日って言うと……月火ちゃんと兄ちゃんが、一緒に帰ってきた時からって事? あたしはその時寝てたから、良く分からないけど」

月火「そうそう。 その時から、ちょっと様子がおかしいんだよね」

火憐「……何でだろ?」

月火「……何でだろうね」

と、いくら話し合っても結論は出ず、とりあえずは一度、一人にしておいてあげようとの対策案を出し、ファイヤーシスターズ会議は終了。

回想終わり。

それで、今はとりあえずお風呂。

湯船の中で、考える。

何故、お兄ちゃんの様子がおかしいのか。

こう言ってはあれだけど、これまでに何回か似たような事はあった。

でも、それは似たようなってだけで、同じという意味では無い。

それに比べると、今回のはちょっと異常だ。 お兄ちゃんの部屋に入って、お兄ちゃんの姿を見て、一瞬でそれは理解できたのだ。

むう。

末っ子として、なんとか兄妹関係の改善をしなくては。

まずは、何から調べようかなぁ。

月火「……うーん」

月火「とりあえずは、原因が分からないとどうしようも無いよね」

独り言。

月火「様子がおかしい原因を調べて。 って言ってもなぁ」

その原因が、どんな種類の物かさえ分からない。

友達関係なのか、恋の悩みなのか、人生の悩みなのか、ただの不眠症なのか。

それとも、家族の悩みなのか。

例を出したら、キリが無い。

月火「一個ずつ、潰して行くしか無いかな」

それが正攻法だとも思う。 しらみつぶしに、一個ずつ。

けど、あまり時間を掛けるのは気が進まない。 一刻を争う事態かもしれないし。

最低でも一週間。 夏休みが終わる前には、なんとかしないと。

月火「あーもう!」

顔を湯船に沈める。 いい案が出てこない。

勿論、お兄ちゃんに直接聞くなんて愚直な選択肢はあり得ない。 当人に気付かれず、悩みを解決しなくては意味が無いんだから。

それに、私が動いていると知ったら、お兄ちゃんに余計な負担を掛けそうだし。

だから、ばれずにやる。 これは最低条件だ。

月火「ううううう」

ぶくぶくぶくと。 湯船に泡が出来る。

月火「ううう」

また少し、ぶくぶく。

月火「……」

もうちょっと。

月火「……ぷはっ!」

危ない。 溺死する所だった。 朝から私は何をやっているんだろ。

そんな事を一人でやっている時、ガラガラとドアが開かれる。

火憐「よ、月火ちゃん」

月火「あ、火憐ちゃん。 いらっしゃい」

そうだそうだ。 一人で悩んでいても仕方が無いじゃないか! 困った時は火憐ちゃんだ。

火憐「やっぱ朝風呂は良いよなぁ。 月火ちゃんもそう思うだろ?」

火憐ちゃんが髪の毛を洗いながら、後ろに居る私へと話し掛ける。

月火「うん。 そだね」

湯船に浸かりながら、火憐ちゃんへ向けて。

月火「ねえ、火憐ちゃん」

火憐「んー?」

月火「お兄ちゃん、どうしたんだろうね」

火憐「……さあ。 わっからねぇ」

月火「やっぱそうだよね。 私達、どうすれば良いんだろ」

火憐「あたしは月火ちゃんみたいに、頭の回転が良くないからなぁ。 正直、月火ちゃん頼みにしてる部分もあるよ」

月火「うう。 責任重大だ」

火憐「ま、月火ちゃんなら何とかなるって。 あたしにして欲しい事があったら、言ってくれよ」

火憐「もしも悪い奴がいるなら、ぶっ飛ばす! 月火ちゃんの邪魔をする奴もな」

そんな事を言いながら、火憐ちゃんは私に拳を向ける。

格好良いなぁ。 火憐ちゃんは。

月火「うん。 もしもそんな風になった時は、すぐに教える」

火憐「おう!」

やがて、火憐ちゃんも体を洗い終わり、私が入っている湯船へと入る。

火憐「ごめんな、力になれなくて」

そんな事を言いながら、私の頭をぽんぽんと撫でる火憐ちゃん。

月火「良いって良いって。 いっつも火憐ちゃんには活躍してもらってるし」

火憐「つってもさぁ。 大体は、月火ちゃんのおかげだろ?」

月火「そんな事無いよ。 私と火憐ちゃんだから、色々出来るんだよ」

火憐「そう言われると、なんか照れ臭いな」

月火「火憐ちゃんが居なかったら、私は駄目だし」

火憐「月火ちゃんが居なかったら、あたしは駄目だしな」

顔を見合わせ、笑う。

月火「だからさ、一緒に頑張ろうよ。 とりあえずは別行動で調べて、後で結果報告って感じでさ」

火憐「おっけーおっけー」

月火「よし、なんかやる気出てきた!」

お兄ちゃんの為だけじゃない。 火憐ちゃんの為にも、私が何とかしないと。

そうだよね。 まだまだ作戦は始まったばかりなのだから、こんな序盤の序盤、RPGでいうと最初のスライムで投げ出す様な物だ。

飽きやすい私だけど、これはそういう問題じゃないんだ。

それにそんな最初で諦めちゃ駄目。 もし、仮に私が諦めるとしたら。

エンディング直前で、ゲームデータを消される位の事が無ければ、諦めない。

火憐「ところで、月火ちゃんはさ」

月火「ほい?」

火憐「兄ちゃんの事、好きか?」

ぶはっ!

ちょ、いきなり何を聞くの!

出鼻を挫かれた気分だ!

大ダメージだよ。 一撃必殺を食らった気分だよ。

月火「な、ななななにを言ってるのさ。 火憐ちゃん!」

火憐「お、落ち着けよ月火ちゃん。 別に変な意味じゃないから!」

月火「って、言われてもさぁ。 いきなりさぁ!」

落ち着かない。 落ち着いていられる訳が無い!

火憐「で、どうなんよ?」

うう。

月火「……そりゃ」

月火「どっちかって言うと」

月火「……好き、かな」

火憐「やっぱりかぁ。 ちなみにあたしも好きだ」

ずばっと言える火憐ちゃんは、やっぱり格好良い。

月火「一応言っておくけど、お兄ちゃんには絶対に言わないでね!」

火憐「分かってるよ。 言わない言わない」

月火「ほんとに?」

火憐「ほんとほんと。 でもあたしは好きだって事言っちゃうぜ?」

いやいや、そんな宣戦布告みたいに言われても。

月火「良いんじゃないかな。 火憐ちゃんが伝えたいなら」

火憐「本当に良いのか? 月火ちゃんは伝えなくても」

月火「良いんだよ! だからちゃっちゃ伝えちゃえば良いよ」

一応、勘違いが無いように。

私と火憐ちゃんが話しているのは、あくまでも家族として、兄弟として好きか? と言う事です。

絶対に、間違い無く、天と地が引っくり返っても、例え宇宙人が襲来しようとも、男女的な感じで好きって訳じゃないです。

火憐「そっか。 後悔するなよー」

月火「……しないって」

火憐「そっかそっか、後悔しないかぁ」

そう言い、火憐ちゃんは私の頬を突付く。

月火「……火憐ちゃんの意地悪」

火憐「んー? 何か言ったか?」

月火「何でもなーい」

もう。

やっぱり、どう足掻いても火憐ちゃんは私のお姉ちゃんで、それは変わらない。

どうにも、火憐ちゃんとお兄ちゃんだけには勝てそうに無いなぁ。

まあ別に、勝とうとも思って無いけどさ。

月火「よし!」

自分の頬をぱちんと叩き、気合いを入れる。

火憐「お? どうした月火ちゃん。 兄ちゃんに告白する気になったか?」

月火「ちっがーう! お兄ちゃんの悩み解決作戦だよ!」

火憐「ああ、そっちか。 わりわり」

絶対にわざとだろー!

月火「とりあえず、動かない事には何も変わらないからね。 あまり良い案じゃないけど、しらみつぶし作戦をまずはやってみるよ」

月火「まずは初手。 友達関係からだね」

火憐「おお、了解だぜ。 あたしも一応、兄ちゃんと繋がりがありそうな所に当たってみるよ」

月火「うん。 って言っても、お兄ちゃんの様子がおかしいって事は、ばれないようにね」

火憐「だな。 余計な心配も、周りに掛けたくねーし」

よっし。

それじゃあ私は、実際に歩いて潰して行こう。

なんだか、響きが怖いかな……

ま、いっか。

作戦その壱、しらみつぶし作戦スタート。


第二話へ 続く

以上で第一話終わりです。

乙ありがとうございます。

こんにちは。
第二話、投下致します。

歩く。

立ち止まる。

歩く。

立ち止まる。

休憩。

疲れた。

まずは私の友達でもある、せんちゃんの所に行こうとしたのだけれど。

こんな遠かったっけ、あの子の家。

いや、違う可能性。 私の体力が無くなっているという説もある。

この歳で体力の衰え。 考えたく無い!

多分、せんちゃんの家が遠くへ移動しているのだ。 日々少しずつ。

私はそう思う事にした。 実に奇妙な光景だとは思うけど、気にしない。

そうそう。

お兄ちゃんは朝ご飯になっても、結局一歩も部屋から出て来なかった。

今日の朝は火憐ちゃんが部屋までご飯を運んだらしい。 その時、会話は無かったとか。

はあ。 全く、世話が焼けるお兄ちゃんだよ、本当に。

でも、本当に一体どうしたのだろうか?

お兄ちゃんはポジティブと言えばポジティブだし、あそこまで塞ぎ込んでしまうとなると、多分よっぽどの事があったのだろう。

そんな事を考えながら歩いている時、聞き覚えのある声がした。

「そうなんだ。 じゃあ真宵ちゃんも大変なんだね」

と。

ええっと、この角かな?

角から顔を出して、そこに居る人を見ると、やっぱり私の知っている人だ。

月火「羽川さん?」

羽川「あれ、月火ちゃん。 こんにちは」

うーん? 誰かと話していると思ったんだけど、一人だけ?

月火「今、誰かとお話中だった?」

羽川「あー。 そっか、月火ちゃんには見えないのかぁ」

私に見えない? 何だろう?

私が少しだけ怪訝な目を羽川さんに向けていると、羽川さんは微笑みながら、口を開く。

羽川「ごめんごめん。 こっちの話だよ。 それで、月火ちゃんは何でこんな所に?」

月火「私は、今は作戦展開中って感じかな。 大事な作戦中」

羽川「そうなんだ。 何か手伝える事とかある? ばれたら阿良々木くんに怒られそうだけど」

くすくすと笑いながら、羽川さん。

月火「うーん。 でも、その作戦の中心がお兄ちゃんなんだよね。 お兄ちゃんの為の作戦中」

羽川「ふむふむ、なるほどね。 何かあったの?」

月火「ううん。 そうじゃなくって、なんて言えば良いのかなぁ」

月火「お兄ちゃん、最近様子がおかしかったりってありました?」

我ながら、随分とストレートに聞いた物だなぁ。

火憐ちゃんにばれないようにって言っておきながら、私がこの有様じゃ駄目じゃん!

羽川「うーん。 阿良々木くんはいつも通りだと思うけどなぁ。 少なくとも、私が最後に会った時はいつも通りの阿良々木くんだったよ」

羽川「さっきも、阿良々木くんの友達と話していたんだけど、その子も特に変とは言ってなかったかな?」

ふむう。

月火「……むう」

羽川「阿良々木くんの身辺調査って感じ? 協力しようか?」

月火「いや、大丈夫大丈夫。 これはファイヤーシスターズの任務だから」

羽川「そっか。 じゃあ、頑張ってね」

月火「うん。 ありがとう、羽川さん」

羽川「平気だよ。 それじゃあ、ばいばい」

さすがに、羽川さんを巻き込む訳にはいかない。

お兄ちゃんが、一番恩を感じているって言うくらいだし。

頭を下げ、元々の目的地でもあるせんちゃんの家へ。

羽川「あ、それと月火ちゃん」

何だろう?

そう思って、振り返る。

月火「はい?」

羽川「月火ちゃんは、お兄ちゃんの事が大好きなんだね」

何で! 何で! 何でそうなるのさ!

納得いかない!!

別に、羽川さんが悪いって訳じゃない。

そう見えているって事に、納得が行かない!

何でだー!!

と心の中で叫んでも、無駄だけど。

そりゃ、私も一応はお兄ちゃんの事が好きだけれども。

それは別に「大」って文字が付くほどじゃない!

むしろ、私達兄妹は世間一般から見たら、仲が悪い方だろうし。

それはお兄ちゃんも良く言っているし、私も思っている事だ。

なのに、そんな事言われたら。

さてさて、そろそろ見えてくるかな? せんちゃんの家。

ここの角を曲がってー。

真っ直ぐ行けばー。

見えてきた。

私が考えた可能性の一つ、せんちゃんの家が少しずつ離れて行っているという奇妙な現象は、とりあえず起きていないらしい。

だとするとやはり、私の体力が落ちているのかもしれない。 か弱くなっているんだね、女の子だし。

今日は一応、日曜日だけど。 確か、せんちゃんのパパとママって日曜日も働きに出てたはず。

なら、そうだ。 ちょっと驚かせよう。 ちょっとだけ。

まずはインターホン。

ピンポーンと小気味良い音が響く。

で、少しした後に。

「せ、千石でしゅ!」

噛んでるし。

ほんっとに、大丈夫かな。 この子。

この子の両親も、よく留守番を任せられるよね。

私だったら月火ちゃんみたいに賢い子にじゃないと、任せられないなぁ。

さて。

勿論、ここで普通に反応したらつまらない。

だから敢えて、無視。

「……あ、あの」

ふっふっふ。 怖がってる怖がってる。

「……あのお」

まだ反応しないよ。 私はそんなにぬるく無い。

……

……

……

五分、いや十分程たったかな?

インターホンはどうやら、まだ切られない。

おのれ、せんちゃん。 意外としぶといな。

むうう。

よし、飽きた。 仕方ないから私の方が折れてあげよう。

月火「月火ちゃんだよー」

ガチャリ。 と音がした。

どうやら、切られた様である。

うん?

なるほどなるほど。

むっっっっっっかついたー!!

なんなの!? 出た瞬間切るっておかしくない!? 非常識だよね!?

ピンポンピンポンピンポン。 連打連打連打。

「……千石です」

お、今度は噛まなかった。 やればできるじゃん。

月火「月火ちゃんだよー」

「ららちゃん? 今、行くね」

あれ? 普通通り?

もしかして、さっきのは私の勘違い?

まあ、今行くって言ってくれたし良いか。

気にしない気にしない。

それから数十秒待つと、せんちゃんが玄関のドアを開ける。

月火「久し振りだね」

千石「……うん。 久し振り」

月火「さっきはびっくりしちゃったよー! いきなり切られちゃったからさ!」

千石「わ、私もびっくりしたよ。 ……十五分も無言なんだもん」

月火「十五分も経ってたんだ。 せんちゃんの為にそんなに使っちゃったかぁ!」

月火「ん? ていうか十五分も無言って、やっぱりせんちゃんさっき私が出た時、一回切った?」

千石「な、なんの事かなー」

月火「……とぼけてる?」

千石「と、とぼけてないよ! 」

千石「丁度私が切った時と、ららちゃんが出た時とが一緒になっちゃったんだよ。 きっとそうだよ!」

月火「……うーん」

月火「ま、いっか」

月火「で、感想は?」

千石「……ど、どう考えても嫌がらせだよね」

月火「そういえばびっくりしたって言ってたっけ? なら成功だ。 そういう作戦だったんだよ」

千石「……私の話聞いてないし。 というか……陰湿な作戦だね」

月火「何か言った?」

千石「う、ううん。 何も」

いやぁ。 良かった良かった。 やっぱり私の親友だよ。 てっきり悪口でも言われてるのかと思っちゃったじゃん。

千石「……ここで話すのもあれだしさ、私の部屋、行こ」

月火「せんちゃんの家に来るのは久し振りだなぁ。 何十年ぶりだろ?」

千石「ららちゃん、まだ私達そんな年老いて無いよ……」

月火「何? 私が老けて見えるって言いたいの?」

千石「そ、そんな事言って無いよ。 ららちゃんは若いよ!」

月火「本当に? せんちゃんより?」

千石「私なんかより全然だよ! す、す、すっごく若い」

月火「いやいやぁ。 そんな褒められても困るって。 ま、早く上がって上がって」

千石「……もうやだ。 しかも私の家なのに」

月火「ほら、早く早くー」

時間経過。

どうしてか、せんちゃんと話すとちょっといじりたくなっちゃうんだよね。

私の本質的な性格がこんなのでは無いって事だけは、理解しておいて欲しいけど。

千石「……それで、ららちゃんはどうして急に?」

月火「ああ、そうそう。 危うく本来の目的を忘れる所だったよ」

月火「最近、せんちゃんはお兄ちゃんに会ってる?」

千石「お、おおおお兄ちゃんって、ここここっここ暦お兄ちゃん?」

動揺しすぎでしょ……

というか、これだけ分りやすいのに気付かないお兄ちゃんって。

月火「私にお兄ちゃんはその暦お兄ちゃんしかいないよ」

千石「そ、そっか! そうだよね!」

月火「うんうん」

千石「……だよねぇ」

月火「……」

千石「……」

月火「私の質問に答えろおおお!!」

千石「ひっ!」

月火「なあに黙ってるの! 私が最初にした質問を忘れたのか!」

千石「こ、答える! 答えるから……殴るのをやめて」

月火「せ、せんちゃんちょっと待って。 私今殴って無いよね? 何であたかも、今現在私がせんちゃんの事を殴りつけている様に言ったの?」

千石「そ、それは。 多分、言葉の綾って奴……かな」

月火「……ふむ」

月火「ま、良いや。 それで?」

千石「切り替え早いなぁ……」

千石「ええっと、それで、暦お兄ちゃんに会ってるか。 って話だったっけ?」

月火「そうそう。 どうなの?」

千石「さ、最近は会って無いよ。 最後に会ったのは、この前遊びに来た時くらい、かな」

ふむむ。

となると、お兄ちゃんは最近、せんちゃんには会って居なくて……

それで、羽川さんと、ええっと……まよいちゃん? って子には会ってはいる物の、様子がおかしいとかは無かったらしい。

前に友達は五人って自信満々に言っていたし、残す所は後二人かぁ。

……改めて考えてみると、友達少なすぎだよね。 たった数時間で、お兄ちゃんの友達の過半数を調べ終わっちゃったよ。

千石「ら、ららちゃん?」

月火「へ? ああ、ごめんごめん。 ちょっと考え事」

千石「……そう。 暦お兄ちゃんに、何かあったの?」

せんちゃんが少し、泣きそうになりながら聞いてくる。

よし。

ちょっとだけ、物凄く軽い冗談でも言ってみようかな。

月火「……落ち着いて聞いてね、せんちゃん」

千石「う、うん」

月火「お、お兄ちゃんは。 その、死んだの」

千石「へ、へ?」

月火「今日の朝、階段から転げ落ちて……打ち所が悪くて」

千石「う……うそ。 そんなの、うそだ!」

月火「本当だよ。 私も、未だに信じられないもん」

千石「そ、そんな……」

せんちゃん泣きそうになってる。 というか泣いてる。

そろそろマズイな。 いくら私でも、泣かそうとは思っていなかったのに。

本当だよ?

月火「なーんて。 嘘でしたー」

千石「へ、う、うそ?」

月火「そうだよ。 ちゃんと生きてるよー」

千石「ひ、酷いよ……」

月火「ごめんごめん。 悪気は無かったんだけどね」

千石「どう見ても悪気の塊だよ……嘘月火だよ……」

月火「やめて。 せんちゃんそのあだ名で呼ぶのはやめて」

千石「今、その頃の片鱗が見えてたよ。 嘘月火の片鱗がしっかり見えてたよ……」

月火「せんちゃん、この話はもうやめよう! 終わり終わり!」

千石「う、うう」

月火「な、仲良し中2コンビ、イエーイ!」

千石「い、いえーい」

よし、これ以上私の印象が悪くなる前に、さっさと帰ろう。

月火「それじゃあせんちゃん、またね」

千石「う、うん。 またね」

立つ鳥跡を濁さずとは、こういう事だろう。

時間経過。

私の株が上がったか下がったかで言えば、上がった方になるのかな? 多分。

まあ、私はそんなの気にしないけどね!

帰りながら、そんな事を考える。

まだ時刻はお昼過ぎ。 調査はまだまだ続けられる。

えーっと。 五人の内、三人は確認済みだから……残るは二人か。

その片方は、多分火憐ちゃんが尊敬している人だ。 確か名前は神原さん、だっけかな?

私の方は面識が無いし、そっちは火憐ちゃんに任せよう。 恐らくはもう、聞きに行ってるだろうし。

ってなると、私の方はもう一人の方か。

……誰だろう?

うーん。

記憶を少しずつ、掘り返す。

うう、なんだろ。 何か頭が痛い。

でも、思い当たる人が一人居た。

確かあれは、なんだかお兄ちゃんが格好良かった日の事だ。

とは言っても、お兄ちゃんの前じゃ絶対に言わないけど、お兄ちゃんは基本的に格好良いんだけどね。

そんなお兄ちゃんが、言っていた事。

「夏休み明けにさ、僕の彼女を紹介してやるよ」

なるほど。

つまりはあの時、お兄ちゃんは自分の彼女すら、友達として一旦はカウントしていたのだろう。

他に友達が存在するよりも、そっちの方がよっぽど考えられるし。

……寂しいお兄ちゃん、可哀想に。

よし。 じゃあ、とりあえずはその彼女とやらに突撃してみようかな。

色々聞きたいし。

健全に付き合っているのかとか。

お兄ちゃんに変な事はしてないかとか。

お兄ちゃんに貢がせていないかとか。

後は、いつ別れる予定なのかとか。

ううーん。

そうだね。 まずは一旦家に帰ろう。

火憐ちゃんの報告も一度聞きたいし、それからその彼女さんと連絡を取る手段はいくらでもあるし。

と、着信。

着信音で、電話だと分かる。

誰だろ?

画面も見ずに、通話ボタンを押し、耳に当てる。

月火「はい、もしもし」

「お、月火ちゃん。 あたしだけど」

月火「火憐ちゃん? 何か進展でもあったの?」

「いやぁ。 進展って言ったら微妙なんだけど、妙な噂を聞いてな」

妙な噂? 何だろう。

月火「それは、今私達が進めている事と関係あり?」

「勿論。 大ありだな。 兄ちゃんの友達にも当たってみたんだけど、そっちは駄目だったんだ」

「けど、帰り際にここら辺に住んでる友達に会って、んでちょっと気になる事を聞いた」

月火「ふむふむ」

「あたしは一旦帰るからさ、月火ちゃんはこれからどっか行くの?」

月火「いや、丁度私も帰る所」

「そっか。 なら家に集合だ。 その時に話すよ」

月火「ほいほい。 じゃあ今から帰るね」

「うん。 それじゃ、また後で」

ツーツー。 との音を聞いて、電話を鞄に仕舞う。

ふむむ。

妙な噂かぁ。 あまりそう言うのには、最近は触れてなかった気がするかな。

あのおまじないの一件も、妙な噂と言えばそうかも知れないんだけど。

とにかく、一度家に帰って話を聞かない事には何も分からない。

何かの手掛かりになればいいんだけど。

そう思い、私は少しだけ足早に家へと向かう事にした。


第三話へ 続く

以上で第二話、終わりです。

乙ありがとうございます。

おっつー
今回の終わったらまた何か書く?
ファイヤーシスターズ系で

おっつおっつ
原作読んだことないからわからんのだが
月火と千石ってこういう絡み合いなのか

>>111
多分書きます。
書きたいネタも結構あるので。

>>112-113
絡みは原作でもあまり無いですね。 囮物語くらいだったと思います。
偽物語のコメンタリーを参考にしてます。
偽物語→囮物語
までの間で呼び方が変わっているらしいですね。

それでは、第三話投下致します。

私と火憐ちゃんの部屋。

ここは大体の場合、ファイヤーシスターズ的活動をする際には、会議室となる。

その時々によって、どう動くか? 何を目的とするか? 作戦はどうするか? とかを決める為に。

で、今はその会議室を使用中。

月火「そっかぁ。 火憐ちゃんの友達にも、何かを知っている人は居なかったって事だね」

火憐「その言い方からすると、月火ちゃんの方も駄目だったみたいだな。 で、友達関係じゃないとすると」

月火「その火憐ちゃんが言っていた「妙な噂」ってのが、少し気になるね。 やっぱり」

火憐「うん。 あたしもそう思う。 それで、その内容なんだけど」

火憐「月火ちゃんは多分、身に覚えがある事だぜ」

月火「私が? 何だろ?」

私に身に覚えがある、妙な噂?

うーん。

考えてみても、全く思い当たる事が無い。

おまじないの件はもう終わっているし、最近友達と連絡を取っていないって訳でも無いから、何か変な噂があれば耳に入ってくるはずだけど。

火憐「うし、じゃあ話す」

そして、火憐ちゃんはゆっくりと話し始める。

その友達から聞いた、妙な噂を。

火憐「兄ちゃんってさ、自身は気付いていないけど結構な有名人だろ?」

月火「うん。 確かにそうだね」

何でも、ファイヤーシスターズの黒幕だとか言われいてるというのは、聞いた事がある。 後なんだっけ、ファイヤーブラザーだっけ。

安直すぎるとは思うけど、私達ではどうしようも無くなった時は必ず手助けをしてくれるので、間違ってはいないと思う。

火憐「で。 最近噂になっていたのがさ、兄ちゃんが何かに焦っていたらしいんだよ。 その何かってのは、分からないんだけど。 まあ、あたし達が知らない時点で、当たり前の話なんだけどな」

火憐「そんでさ、そんな兄ちゃんが月火ちゃんと良く一緒に居たとかなんとか」

火憐「ぶっちゃけた話……最近まで月火ちゃんって、兄ちゃんと一緒に出掛けたりって無かっただろ?」

月火「うん。 そりゃまあ、殆ど無いと思うけど」

火憐「でも、最近はちょくちょく一緒に出掛けてたよな?」

月火「何回か、あると思うかな。 確か」

確か。

あれ? 確か、なんだっけ。

月火「……多分、お兄ちゃんの用事に引っ張り出された、のかな?」

火憐「えらく曖昧だな」

月火「うーん。 なんか、ちょっとはっきりとは覚えて無いんだよね」

火憐「そっか。 で、昨日は確か夜に出掛けてたよな?」

月火「そうだね。 帰ってきたのは夜中だったけど」

火憐「それで、その時神社に行ったか?」

神社? ここら辺に神社って、あったっけ?

それに、夜に神社って。 初詣でもあるまいし。

ましてやこんな時期に神社なんて怖くて絶対行けない。 例えお兄ちゃんが居たとしても、よっぽどの事が無きゃ行かないはず。

月火「……行って無いと思うけど」

月火「それが、どうかしたの?」

火憐「言ってたんだよ、その子が」

火憐「兄ちゃんと月火ちゃんが、夜中に神社に行くのを見たって」

嘘だ。

真っ先に頭に浮かんできたのは、その言葉だった。

というか、何で私とお兄ちゃんが夜中にそんな所へ行かなきゃいけないの?

ええっと。

ここで、一番考えられる可能性は。

月火「見間違え、じゃないかな」

火憐「そっかそっか。 でもさ、月火ちゃん。 本当に行ってないのか? 神社じゃなくても、神社っぽい所って事は?」

なんだろ。 今日の火憐ちゃん、何だかおかしい。

月火「ごめん。 火憐ちゃん、何が言いたいの?」

火憐ちゃんは言い辛そうに、言う。

火憐「……兄ちゃんは、月火ちゃんと出掛けて帰ってきた時から、様子がおかしかったんだ」

火憐「こうは思いたくねーけどさ、もしかしたら……」

火憐ちゃんが言いたい事。 なんとなく、分かってしまう。

姉妹だから、私のお姉ちゃんだから。

月火「私が原因って、言いたいのかな。 火憐ちゃんは」

火憐「決め付けてる訳じゃねえよ。 あたしも違うと思いたい」

火憐「でも、月火ちゃんはさ、 はっきり覚えて無いんだろ? 昨日の事とか、最近の事とか」

火憐「なら、やっぱり」

なんで、どうしてそんな事を言うの。

私が原因で、お兄ちゃんがああなる事なんて。

それに何で今になってそんな事を言うんだ。

火憐ちゃんだって、私とお兄ちゃんが出掛けていたのは知っているじゃん。

今日の朝にだって、それは言えたはずじゃん。

ああ、駄目だ。 頭に血が昇ってきている。

月火「わっけ分からない! 私の所為な訳無いじゃん! 火憐ちゃんこそ、何かしたんじゃないの!?」

火憐「あたしがそんな事する訳ねえだろ? 何言ってんだよ、月火ちゃん」

月火「そっか、なら火憐ちゃんはこう言いたいんだよね。 自分はそんな事はしないけど、私だったらするかもしれないって、そう言いたいんでしょ?」

火憐「……いや、そこまでは言って無いけどさ。 可能性がありそうってだけの話で」

月火「結果的には一緒じゃん。 私は知らない。 そんな事に心当たりは無い。 満足した?」

火憐「だから、それを信じたいからさ。 月火ちゃんと兄ちゃんが昨日何をしていたか、教えてくれよ。 多少は覚えてるだろ?」

月火「って事は、今の私は信用できないって事だよね。 私がしっかりと昨日した事を言わないと、信用できないって事で良いんだよね?」

火憐「……まあ、そうなる」

月火「じゃあ良いよ、信用しなくても。 私は私でやるから、火憐ちゃんは火憐ちゃんでやれば良いじゃん。 私は一人でも平気だから」

火憐「いや、だからさ月火ちゃん。 思い出せないって言うなら、思い出せるようにあたしも協力するから」

月火「良いよもう! 火憐ちゃんなんて知らない!」

そう言い、目の前に居た火憐ちゃんを突き飛ばし、私は部屋を飛び出す。

知らない知らない。

酷いよ。 なんで私を疑うの。

私がそんな事、する訳無いのに。

それだけで、良いじゃん。 何で分からないんだ。

良いよ。 一人でやってやる。

私一人だって、問題無いし。

もう、火憐ちゃんなんて知らない!

時間経過。

はあ。

飛び出したは良いけど、行く所なんて無い。

目的地も決めていなかったので、仕方ないんだけどね。

せんちゃんの家に行こうかと一度は思ったけど、こんな状態じゃ、逆に心配させてしまいそうだし。

せんちゃんもせんちゃんで、結構心配性というか、お人好しというか、そういう部分があるからなぁ。

月火「……これからどうしよ」

そんな事を呟きながら、適当に徘徊。

まさか家にすぐ帰る訳にもいかない。 それは嫌だ、絶対に!

……なんか負けたみたいだし。 嫌だ。

それにしても、火憐ちゃんも火憐ちゃんだよ。 そりゃ、疑うのは分かる。 分かるよ。

でも、私が知らないと、分からないと言っているのに、それを追求してもどうしようも無いじゃん。

あーもう!

作戦開始一日目にして、仲間を失ってしまった。

なんだか、半身が無くなってしまった気分。

……落ち込むなぁ。

火憐ちゃんと最後に喧嘩したのって、いつだったっけ。

少なくとも中学に入ってからは、一回も喧嘩してない気がするなぁ。

そんな事をつらつらと考えながら歩いていたら、やがて川が見えてきた。

ちょっと疲れたし、土手にでも座って休んでいこうかな。

月火「よいしょ」

一人で寂しく座り込む。

いつまでも悩んでいたって仕方ない。

なっちゃった物はなっちゃったんだし、これから先を考えないと。

それに、今はやっている事もあるんだ。

……とりあえず、状況を整理しよう。

お兄ちゃんの様子が変な理由。 不明。

お兄ちゃんの友達は、どうやら何も知らないらしい。 最後に会った時は普通だったと言うくらいだし、様子が変になったのは最近の事。

それは私も知っている。 昨日、お兄ちゃんが私をおぶって帰っている時から、なんだか様子が変だったから。

可能性として考えられる事は。

可能性。 私が原因。

火憐ちゃんが言っていた事だ。

……無いと思う。 多分。 無いと思いたい。

でも、私と話している途中で、段々とそれに拍車が掛かっていたのは事実。 これは認めないと。

その前に何があったのかは分からないけど、私との会話がそれのきっかけだった可能性も……ある。

少し思い出そう。 昨日、お兄ちゃんとどんな話をしたか。

うーん。 何だっけ。 確か。

お兄ちゃんが見た夢の話、だったかな。

お兄ちゃんには大切な人が居て、その人の為に戦ったとか、なんとか。

夢物語みたいな話だなぁ。 いや、夢って言ってたから夢なんだろうけどさ。

しかし、その大切な人とは誰だろう?

大切な人って聞いて、すぐに連想する人は。

やっぱり、彼女さんかな。

む? 彼女さん?

ああ! そうだ! すっかりその人に確認を取るのを忘れていた!

私とした事が、失敗失敗。

まずはそうだ。 その人に確認を取らないと。

善は急げ。 早速電話。

とは言っても、勿論私はその人の携帯番号なんて知らないから、電話をするのはあの人。

知っている事は知っている、羽川さん。

電話帳から名前を呼び出して、通話。

二、三回程のコール音がして、電話は繋がった。

月火「もしもし、羽川さん?」

「月火ちゃん? 珍しいね、月火ちゃんから電話だなんて」

「もしかして、ファイヤーシスターズ的活動のお手伝いかな?」

鋭い! さすがは羽川さんです。

月火「まあ、今はシスターって感じなんだけど」

月火「その一環、かな。 ある人の事を聞きたくて」

「何かあったんだね。 けど深くは聞かないでおくよ。 二人の問題だろうしさ」

「それで、うーん。 ある人っていうのはこの場合だと……阿良々木くんの彼女さん、で合ってる?」

ある人ってだけで分かっちゃうの!? いやあ、お兄ちゃんの友達って、数は少ないけど質はとても良い。

……こんな事、お兄ちゃんの前で言ったら「失礼な事言ってるんじゃねえ!」とか言われてしまいそうだけど、事実だからなぁ。

月火「は、はい。 彼女さんって事は、最近お兄ちゃんと会っているだろうし」

そりゃ、そうだよね。 いつかは別れる彼女だとしても、現時点では一応付き合っている訳だし。

「そっか。 なるほどね。 でもごめんね、月火ちゃん」

謝る? 何でだろ?

月火「……へ?」

「その彼女さんなんだけど、今帰省しているんだよ。 だから最近は阿良々木くんとも会っていない筈なんだ」

なんと!

うーん。

えーっと。

手詰まり?

月火「……なるほど。 羽川さん、ありがとう」

「いえいえ。 力になれなくてごめんね」

通話終了。

さて、どうしよう。

その彼女さんが、最後の頼み綱とも言えたんだけど。

ってなると、やっぱり友達関係って事は無さそうかな?

まさか、一日でお兄ちゃんの友達全員を調べ終わっちゃうなんて、お兄ちゃん友達少なすぎ!

月火「だーめーだー」

寝転がる。

服が汚れちゃうかもだけど、別に良いや。

今日はなんだか、色々あって疲れちゃったよ。

空はとても綺麗に澄み渡っているけど、気分はどん底。

……最近、私何していたっけ。

お兄ちゃんと良く出掛けていたのは覚えてる。

とは言っても、一昨日と昨日……くらいだっけかな?

出掛けたのは覚えているんだ。 けど、その肝心の内容が思い出せない。 思い出そうとしても、すぐに別の事を考えてしまう。

それは私が一点の事について考えられないって話じゃなくて、何故か……いつの間にか別の事を考えてしまっている。

最近の事。

恐らくは何か目的があったんだと思うけど。 そうじゃなきゃ、お兄ちゃんが私と二人で出掛けるなんて、宇宙人が地球に侵略してくるくらいあり得ない。

そして昨日の、あの帰りの時の記憶もなんだか曖昧。

確か、お兄ちゃんは何か大事な事を言っていた気がする。

お兄ちゃんにとっては、ただの言葉だったのだろうけど、私にとってという意味で。

……。

「それで最後に僕はお前の---------よ」

駄目、やっぱり思い出せない。

おかしいなぁ。 記憶力は、悪い方じゃないはずなのに。

うーむ。

よっし仕方ない、諦めよう!

勿論、今回の作戦をって意味じゃない。

思い出すのは、諦めよう。 一旦。

思い出せない以上、時間の無駄だし。

とりあえず。

まずは、お兄ちゃんが良く行く場所に当たってみるしか無い。

あまり期待はできないけど……こうしてよく分からない場所でぼーっと考え事をしているよりは、確実にマシだし。

む?

あれ、今何かおかしい事を思わなかった? 私。

繰り返してみよう。

こうしてよく分からない場所でぼーっと考え事を……

えっと。

よく分からない場所で。

つまり。

月火「……迷子になった?」

マズイマズイマズイマズイ。

中学二年生にして、迷子になってしまった!

起き上がり、辺りを見回す。

周辺地理には詳しい筈なのだけど、全く見覚えが無い場所。

……多分。 予測を立てるとするならば。

普段は目的があってこの町を歩いているのだけど、今日に限っては感情的になって、思うままに進んだからなのだろう。

何回か似たような事はあったけど。

その時は必ず、お兄ちゃんが迎えに来てくれた。

けど今はそれも、無いだろう。

改めて周りを見渡す。

もしかしたら、私の知っている町では無いかもしれない。

でも、でもでも!

一応は自分で歩いてきたのだから、同じ様に徘徊すればきっと戻れるはずだ。 間違いない。

うんうん。 さすがは月火ちゃん。

時間経過。

日が少し傾いてきた。

足は大分、棒になってきている。

服もなんだか、さっき寝転がった所為なのかもしれないけど、しわくちゃ。

そして。

川の音が、平和的。

月火「……元の場所じゃん」

一時間? 二時間? それくらい歩き回ったのに、振り出しって。

人生ゲームでゴール直前に、スタートに戻るとか、そんな理不尽なマスを踏んだ気分。

ゴール直前では無いかもしれないけど。

うううう。

……火憐ちゃんに、来てもらおうかな。

駄目駄目駄目! それは駄目!

あれだけ大見得を切っておいて、今更「迷子になっちゃったから迎えに来て」だなんて口が裂けても言えない!

こんな時、お兄ちゃんが居れば。

なんて思ってしまう。 情け無いなぁ。

さて。

とりあえずは、さっきまで寝転がっていた所に再度寝転がろう。 疲れたし。

いつかは着く着く。 大丈夫大丈夫。

……だよね?

考えても仕方ない。 何かしらの行動を起こさないとなんだけど。

不覚にも、適当に歩き回った所為で足が動くのを拒否しちゃってる。

うー。

空は今尚、綺麗に澄み渡っていた。

私がこれだけ苦労しているのも知らずに。 なんかムカツク。

いや、空に腹を立ててもどうしようもないけどさ。

でも、そんな私を馬鹿にするように綺麗な空を見ていると、なんだか気持ちが落ち着いてくる。

川沿いという事もあって、風が気持ち良いなぁ。

この辺りは殆ど何も無い田舎だし、空気も綺麗。

……何だか、少し眠くなってきてしまった。

少しだけ、少しだけ目を瞑るとしよう。

多分、起きたらいつも通りの光景が。 なんて事は無いだろうけど。

とにかく一度、体を休めよう。


第四話へ 続く

以上で第三話終わりです。

乙ありがとうございます。


続きが気になるところで終わったな
ひたぎさんとの絡みはなかったか……

>>164
ネタバレしますと、ひたぎさんとの絡みは今回書いて無いです・・
ですが、ひたぎさんも書いていて楽しいキャラなので、また違うSSで書くかもしれません。

こんばんは。
第四話、投下致します。

夢を見た。

その夢が私には何故か身に覚えがあって、現実にあったんじゃないかと思うほどはっきりとしていた。

けれども多分、目が覚めた時には忘れているだろう夢。

しばらくは私のそんな夢のお話。

以下、回想?

お風呂に入ろうと、扉を開ける。

火憐ちゃんが入っているとは知っているけれど、それは問題無い。 私達は結構な頻度で一緒に入っているから。 だから問題無しなんだ。

そう思って、お風呂の扉を開けたんだけれど。

目の前には、火憐ちゃん。

うんうん。

そして、何故かお兄ちゃん。

……?

そしてそしてそしてそして。

火憐ちゃんが、お兄ちゃんに抱きついていた。

月火「あ?」

なんて声が、気付いたら漏れている。

結果。

それから少しの間、とりあえず私は火憐ちゃんに怒って、お兄ちゃんに怒って、結局お兄ちゃんと一緒にお風呂に入る事になった。

なんで!?

いやいや、そりゃ言い出したのは私だけどさ。 お兄ちゃんもお兄ちゃんで断れば良いのに。

そうすれば、私も一人でゆっくりと入れるというのに。

暦「つ、月火ちゃん。 僕、そろそろあがりたいんだけど」

はい?

前言撤回。

私が入った瞬間に、そろそろあがりたい? ふざけるな。

月火「火憐ちゃんとはお風呂に入れて、私とは入れないって事かな? お兄ちゃん」

お兄ちゃんが言っている事って、要はそういう事だよね?

暦「いえ。 そんな訳ありません」

ふむ。 なら良し。

月火「そう。 じゃあまだ入っていられるね」

って事になる。

で、それから一言二言三言? くらい話した後、お兄ちゃんが入っている湯船に私も浸かる。

月火「ふう」

気持ち良いなー。 丁度良い温度。 極楽だぁ。

お風呂へは一日に何回も入るけど、お兄ちゃんが作るお風呂は普段より気分が良い。 落ち着くから。

多分、温度の関係だとは思うけど。

ていうか、そんな事より何か忘れているような。

……あ! そうじゃん! お兄ちゃんが何故、火憐ちゃんとあんなに仲良く抱き合っていたのかを聞かなければ!

おのれお兄ちゃんめ。 お風呂の温度で私の怒りを冷まそうとするなんて、姑息だ。 姑息ではあるけれど、逆転の発想とでも言うべきお兄ちゃんの策略、恐るべし。

で、早速事の成り行きをお兄ちゃんに聞いたら。

暦「いや、火憐ちゃんと勝負しようってなってさ、それでなんか成り行きで……」

なんて、言い訳がましい事を言う。

……ふむ。

はぁあああ!? 成り行きで!? どんな成り行きよそれ!

いや、冷静になるんだ。 落ち着け、落ち着け私。 ここで怒っては駄目。 私はおしとやかな月火ちゃん。

月火「どうせ、火憐ちゃんに押し切られたんでしょ。 お兄ちゃんの事だしさ」

よし。 ナイスおしとやか。

おしとやかの意味を大分履き違えているかもしれないけど、そんな事は気にしない。

私は言いながら、お兄ちゃんの顔を見る。

……見続ける。

なんで黙ってるのさ。 というか視線逸らすくらいしなよ。

一旦、状況を整理しよう。

お風呂場で兄と妹が一緒に湯船に入りながら見つめあっている。

一行で整理できてしまった。

整理しておいてあれだけど、何だか恥ずかしい。 早く喋るなりしてよね。

で、私が顔を逸らそうか悩んだところで。

暦「……まあ、そうなります」

と、お兄ちゃんが言った。

とりあえず、喋ったのは褒めてあげよう。

でも、褒めるのはそれだけ。

そうなりますって何さ! 否定する場面でしょ、それ。

月火「ふーん」

何だか気持ち穏やかじゃない。 お兄ちゃんの顔を見るのも嫌だ。 結局私の方から顔を逸らしてしまったし。 ふん。 もうお兄ちゃんとは話してあげない。

……数秒後にはまたお兄ちゃんと話していた。 気持ちの切り替えって奴だよ? 別に私が感情の起伏が激しいだとか、そういう事では無いと信じてもらいたい。

そして、それからは大分くだらない話をして。

唐突に、突然に、お兄ちゃんがこんな事を言う。

これはもう、全く予想していなかった。

お兄ちゃんが絶対に言いそうに無い言葉。

暦「月火ちゃんの彼氏って、どんな奴なんだ?」

……ほい?

うーん?

月火ちゃんの彼氏って事は、私の彼氏って事だよね。

で、今お兄ちゃんはその人について「どんな奴か」と私に尋ねてきていると。

避難。

避難といっても、突然逃げ出す訳にはいかないので、湯船の中に顔を沈め、避難。

目を瞑りながら、急いで考える。 いつも以上に考える。

考えるというよりは、混乱って言った方が正しいかもしれないけど。

いやいや、おかしくない? おかしくない? おかしくは無い? いやおかしいよ!

だってあのお兄ちゃんがだよ? 私の彼氏も、火憐ちゃんの彼氏も、両方ストーカー扱いしているあのお兄ちゃんがだよ?

ありえないありえない。 それはもう火憐ちゃんが実は男の子でしたというくらい、ありえない。

つまり私は今、火憐ちゃんが実は男の子でしたと言われた時と同じ位の衝撃を受けているという事だ。

今更になって、何でそんな事を聞くの?

もしかしたら、お兄ちゃんもついに彼氏の存在を認めるって事?

いや、そうだとしたら、それはまあ嬉しいんだけど。

……なんか、変な気分になってしまう。 何でだろ。

お兄ちゃんにはいつまでも、そういうお兄ちゃんで居て欲しかった……のかな?

分からない。 自分の気持ちがちょっとだけ。

それに、今更そんな事を言うなんて、何だかお兄ちゃんが変わってしまいそうで。

嫌、かな。

だから私は、いつも通りに対応する事にする。 そうしよう。

ちなみに、ここまで約十秒です。

ふう。

とりあえずは、どんな奴かを話す事となってしまった。

それが嫌って訳では無いけど、いざ話すとなるとやっぱり少しだけ、恥ずかしい。

でも、話さない事には終わりそうにないし……

ええい。 やってやる!

月火「顔は、まあ、普通……かな」

うん。 お兄ちゃんみたいに。

月火「性格は、うーん。 良い人だよ」

そうそう。 お兄ちゃんみたいに。

月火「そ、それに、正義感が強い……かな?」

ふふん。 お兄ちゃんみたいに。

月火「私の事は大事にしてくれるし」

勿論、お兄ちゃんみたいに?

ん?

暦「えっと、月火ちゃんはそいつの事が好きなんだよな」

月火「……うん」

お兄ちゃん、みたいに……?

あれ?

何で私、最後にお兄ちゃんみたいにって付けてるのさ! も、もしかして声に出してた? マズイ? ブラコンだと思われる?

けど、お兄ちゃんが「駄目だ! やっぱり認められねえ! 今すぐ別れろ!!」なんて怒り出したので、多分声には出していなかったのだろう。

……助かったぁ。

やはり駄目だ。 今日の朝というか、ついさっきお兄ちゃんにも言われたのだけど、私は少し変なのかもしれない。

そりゃまあ、私の彼氏はお兄ちゃんに似ている人だけども。

けど、だからと言ってお兄ちゃんの事がそこまで好きって訳では無い!

好きか嫌いかどっち? と聞かれたら、私はこう答える。

四十九対五十一で、好きな方です。 って。

接戦だ。 いつ逆転してもおかしくないくらいの接戦だ。

つまりは好きと嫌いの狭間に居る訳だ。 私のお兄ちゃんは。

ちなみに勝ち越している分は、私の優しさから来ている。 その優しさを抜いたら、逆転してしまうだろう。

なんだかこう考えると、お兄ちゃんには感謝して欲しい物だよね。 今度何か奢って貰おう。 断られそうだけど。

暦「おう、行ってらっさる」

と、いつの間にかどうやらお兄ちゃんは出掛ける事になっていたらしい。

いや、勿論話した内容は覚えているのだけど。

そうして私はお兄ちゃんを見送った後、お風呂場の扉を見つめながら口まで湯船に沈める。

はあ。

……一人になっちゃった。

一人で居る事は、結構苦手だったりするんだよね。

火憐ちゃんとは殆ど毎日、一緒に行動しているし。

だから、今日もお風呂に火憐ちゃんが居るであろうタイミングで入ったのだけど。

まあ、結果的には人は居た訳だから、良かったといえば良かったのかな。

そんな私だけど、今日は一人で出掛ける予定。

火憐ちゃんと一緒に服を見れたり、そういう女の子っぽい事が出来れば最高なんだけど。

生憎、火憐ちゃんはあまりそういうのに興味が無いらしい。 女の子らしく可愛いというよりは、男の子っぽく格好良い感じだしね。

たとえ一緒に服を見に行っても、火憐ちゃんは別の物に興味が惹かれるし、そんな火憐ちゃんを無碍にする事が出来ず、ついつい火憐ちゃんの後に付いて行ってしまうのだ。

いや、無碍にするとは少し違うかな。 正しくは、私が寂しいだけだ。

一緒に行ってから、一人になるのは少しばかり耐えられないのだ。

だから最近は初めから一人で行ったりする。 それもそれで、結構寂しいんだけども。

まあ、とにかく。

今日も一日頑張るぞー。

と、自分自身に気合いを入れたところで、何やら声が聞こえた。

「つ……ちゃん」

へ? 何やら声が聞こえた? なんで?

だって、ここは今お風呂場で。

私は、お兄ちゃんとさっきまで話していて。

「月火ちゃん!」

回想? 終わり。

目が覚めた。

そうだ。 私は寝ていたんだ。

休もうと思ったら、いつの間にか眠っていた。

夢の内容は、思い出せない。 見ていないかもしれないけど、それとは少し違う。

なんだか、靄がかかっている感じ。

でも、それよりも目に入ってきた光景に私は驚いた。

月火「……火憐、ちゃん?」

目の前には火憐ちゃんが、私のお姉ちゃんが居たから。

火憐「やっと見つけた。 帰ろうぜ、月火ちゃん」

何で、だろ。

あれだけ酷い事を言ったのに。 火憐ちゃんはいつも通り。

まさか、あれも夢だった?

いや、そんな訳無い。 だったら私がこんな知らない場所まで、一人で来る訳無いのに。

けど、火憐ちゃんはいつも通りの笑顔で、私に手を差し出している。

火憐「もう暗くなり始めてるしさ。 帰ってご飯食べようぜ」

月火「……私、酷い事言ったのに」

私がそう言うと、火憐ちゃんは頭を掻きながら、口を開く。

火憐「そりゃ、お互い様じゃねえの? あたしもあたしで、月火ちゃんに酷い事言ったしさ」

でも、それでも私が違う対応をしていれば、こうはならなかったでしょ。

火憐「月火ちゃんが家を出て行った後、急いで追いかけたんだけど見つからなくて」

すぐに追いかけたんだ。 火憐ちゃんらしいなぁ。

火憐「そこら中ずっと探し回ってて、んでその途中でずーっと考えたんだよ」

もう夕方じゃん。 私が家を飛び出したのなんて、まだお昼丁度くらいだったのに。 だから汗でびっしょりなんだ、火憐ちゃん。

火憐「どうやったら月火ちゃんと仲直りできるかーとかさ。 どうやった分かって貰えるのかなーとかさ」

そんなのは。

火憐「そんで、怒らせちゃったなぁ。 って、少しだけテンション下がっちゃって」

火憐「そんな事をだらだらと考えてたんだよ。 月火ちゃんを見つけるまで、ずっと」

月火「……私も、色々考えてたよ」

火憐「やっぱりそっか。 それでさ」

火憐「月火ちゃんを見つけて、月火ちゃんの顔を見たら、全部どーでも良くなっちまった」

笑いながら、火憐ちゃんは言う。

火憐「あたしは月火ちゃんが傍に居てくれれば、それで良いやってな」

私も、そうだ。

目が覚めて、火憐ちゃんの顔を見たとき。

すごく、安心できた。 すごく、嬉しかった。

月火「一緒だよ。 私も一緒」

月火「……ごめんね、火憐ちゃん」

月火「ごめ……んね……ごめん」

気付いたら、何故か泣いてしまっている。

火憐「わりいな、迎え遅くなって」

いや、違うよね。

何故かじゃない。

火憐ちゃんは、私が一人を嫌うのを知っているんだ。

だから多分、家を出て行った後すぐに探しに出たのだろう。

いくら喧嘩しても。 火憐ちゃんは一番私の事を知っている。

それが、嬉しくて。

火憐「それにこっちこそ。 ごめんな、月火ちゃん」

二人で笑い。 二人で手を取り合う。

私達には、それだけで充分だった。

その後、二人で並んで座って少しのお話をした後、帰る事となる。

火憐「しっかし、月火ちゃんもよく歩いたなぁ。 ここ、家から結構距離あるぜ」

月火「火憐ちゃんは知ってるの? この辺」

火憐「うん。 ジョギングする時によく通るし」

そっか。 私が知らなくて、火憐ちゃんが知っている事もいっぱいあるんだろうな。

火憐「月火ちゃん、疲れてるだろ? 肩車してやるよ」

月火「良いよ良いよ。 火憐ちゃんずっと走って探してたんでしょ? 倒れちゃうよ」

火憐「あたしを舐めるなよ、月火ちゃん。 まだまだ全然走れるぜ」

そんな事言われても、迷惑掛けちゃうし。

火憐「遠慮すんなよ? 気にする事でもねえし。 あたしは一応、月火ちゃんの姉ちゃんなんだぜ」

そう言われて、それもそうだなと私は思うのだった。

一応なんかでは無くて、お姉ちゃんだ。 火憐ちゃんは、私のお姉ちゃん。

火憐「あー。 つっても、あたし汗だらけだしな……」

月火「良いよ。 何の問題も無いよ」

火憐「服、汚れちまうぞ? 今日のって、結構気に入ってる奴じゃなかったっけ」

月火「気にする事じゃないよ。 服なんて、洗えば良いしね」

火憐「はは、そっか。 んじゃ、帰ろうぜ」

月火「うん。 帰ろう帰ろうー」

こうして、少しだけ長く感じた一日目は終わった。

一日目。 結果報告。

お兄ちゃん元通り作戦……進展無し。

少なくとも、友達は何も知らない様子だった。

これについては、明日以降に対策を練る。 対策と、対応と。

勿論、途中放棄はありえない。 それは無し。

現在考えられる事としては、やはり、私の記憶。

お昼の時は、ついつい熱くなって、火憐ちゃんにああも言ってしまったけれど、冷静に考えればそれが怪しいというのは当たり前の事。

所々飛んでいて、曖昧な記憶。

とりあえずはそちらから、埋めていくのが正解かもしれない。

との訳で、明日は街中を火憐ちゃんと一緒に散歩予定。 時刻と散歩に使う時間は未定。

以上が本日の報告。

……。

書き忘れ。

火憐ちゃんと仲直りをして、一緒に家に帰った。

これが多分、本日一番の成果。

夜ご飯はハンバーグだった。 火憐ちゃんが「あたしの半分やるよ」と言って、半分くれたのだけれど「それじゃ悪いから、私のも半分あげるよ」と言って半分あげた。

意味ないね。 と二人して、笑ったのを覚えている。

だけど、やはりお兄ちゃんが居ない食卓は少し寂しい。 火憐ちゃんも多分、同じ気持ちだと思う。

だから私は、この作戦を諦める訳には行かない。

最終目的決定。

お兄ちゃんを食卓に引き摺り出す事。

上記が成功次第、作戦終了としよう。

それじゃあ、次の報告では良い事が書けると信じて。

おやすみなさい。 お兄ちゃん、火憐ちゃん。


第五話へ 続く

以上で第四話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんにちは。
第五話、投下致します。

二日目、朝。

窓から日差しが差し込んできて、意識がはっきりとし始める。

今日も忙しい一日になりそうだなぁ。 なんて事を早速思う。

でも、それはそれでやる事が無いよりかは、良いんだけどさ。

それに、この作戦に中断や失敗は許されないんだし。

で、目を開けると。

目の前には、床。

床?

月火「うぉおおおお!」

ベッドから体が半分はみ出していた。 落ちていてもおかしくなかった。 危ないじゃん!

というか。

私は一応、寝相とかは良い方だと思っていたのに。 軽くショック。

今までこんな事は一度も無かったはずなのに。

……いや、違う。

昨日もそうだったんだ。 昨日の朝も、ベッドから落ちそうになっていたんだ。

ここ最近の疲れの所為なのかなぁ。

火憐「おーい。 大丈夫か? 叫び声が聞こえたけど何かあった?」

と、火憐ちゃんがベッドの上に来て、尋ねてくる。

月火「う、ううん。 大丈夫。 ちょっとベッドから落ちそうになってて」

火憐「月火ちゃんが? 珍しい事もあるんだなぁ」

月火「うー。 不覚だよ、一生の不覚」

火憐「あたしなんてほぼ毎日床で起きるんだから、気にすんなよ」

そうそう。 火憐ちゃんは寝相が悪い。 だから私が二段ベッドの上っていうのもあるんだけど。

半分寝ながら部屋の外に出ようと歩いていると、火憐ちゃんを踏んでしまう事が結構な頻度であるのだ。

しかし、こう今までに無かった事が二日連続で起きるなんて。

幸先悪いなぁ。 本当に。

時間経過。

火憐「んじゃあ、今日はどうしよっか?」

月火「どこをどう周るか、だよね」

会議室にて作戦会議。

ただ行く当ても無く歩いても良いんだけど、それよりはしっかりとした目的地やルートを考えて歩いた方が、効率は良いだろうし。

火憐「とりあえずの目的は、月火ちゃんの思い出探しって事で良いんだよな?」

月火「うん。 そうなるね。 昨日はああ言っちゃったけど、やっぱり繋がりが絶対に無いなんて言えないし」

思い出探しって言い方は火憐ちゃんが言い出したのだけれど、なんだか恥ずかしいから止めて欲しい。 それを火憐ちゃんに伝えたら。

「んじゃあ、トラウマ探し?」なんて言うものだから、結局は最初の方で決まってしまった。

火憐「ってなると、月火ちゃんの記憶が曖昧な時、どこに行っていたかって事だよなぁ」

月火「それについては大丈夫だよ。 昨日の内に調べておいたから」

火憐「調べる? えっと、どうやって?」

月火「私の友達にメールしておいたんだよ。 「ここ最近、私を見ていたら場所と時間を教えて」って」

火憐「すげえ質問だな、それ……」

月火「まあ、皆は何かの遊びだと思っていると思うよ。 返事は来てるから」

皆が不審がらなかったのは、もしかすると私がそういう奴として見られているという事なのだろうか。

だとすると、どこでどう間違えたのか問い質したいけど。

火憐「おし。 それならとりあえずはそれをリストにしようぜ」

月火「ほいほい。 じゃあ纏めるけど」

近所のデパート。 四日前、午前十時頃。

夜中の町中。 四日前、午後十一時時頃。

廃墟付近。 二日前、午後九時頃。

神社の近く。 二日前、午前零時頃。

月火「みたいな感じらしいね」

火憐「らしいって事は、全部覚えが無いって事?」

月火「全部が全部って訳では無いかな。 デパートに行ったのは覚えてるし」

火憐「なるほどね。 つっても、あたしが覚えている月火ちゃんが家に居なかった時間とは合う感じだなぁ」

火憐「四日前の町中ってのは覚えが無いけど、確かその時あたしは寝ていたんだっけ」

火憐「あれ、ちょっと待てよ」

何かに気付いたのだろうか? いつになく真剣な顔付きの火憐ちゃん。

火憐「……そういや、その日って兄ちゃんと月火ちゃん一緒に寝てたよな!?」

ええ? それですか? 思い出さなくて良いのに。

しっかし……そんな事も、あったっけかなぁ。

何故寝る事になったのかとか分からないけど、朝起きたらお兄ちゃんが横に居て、火憐ちゃんに怒られたっていう経緯はなんとなく、覚えている。

うん、ちょっとだけからかってみよう。

月火「ふふん。 火憐ちゃんがモタモタしている内に、先回りって感じだよ」

火憐「なんだと!?」

月火「実はあの夜……いや、こんな事はとても私の口からは言えないよ。 お兄ちゃんとあんな事があったなんて」

火憐「おい! 言えよ! 何があったんだよ!?」

火憐ちゃん、私の肩を掴んでぐわんぐわん揺らしてくる。

月火「……ごめんね、火憐ちゃん」

火憐「謝るなー!!」

っと、話がずれた。

火憐ちゃんの誤解を解くのに少し時間を使ってしまったじゃないか。

まあ、とりあえず。 こんな時はアレを使おう。

閑話休題。

便利な言葉。

月火「そうなると、見間違えの可能性も低いって事かぁ……」

月火「なら、やっぱり私で間違い無いよね」

とは言っても、自分が知らない所で自分を目撃されているというのは、正直言って気味が悪い。

でも、そう考えていても事態は変わらない訳だし、この不思議現象の理由とかを調べないと駄目だ。

火憐「んじゃあさ、今日は神社に行ってみるか? あたしの友達も、月火ちゃんをそこで見たって言ってたし」

月火「私も同意見だよ。 でもさ、火憐ちゃん。 この廃墟ってのはどこか分かる?」

私がそう訊くと、火憐ちゃんは首を傾げながら答える。

火憐「んや。 わりぃ、あたしも分からねえや」

ふむ。

なら、この町の中では無いのだろうか?

とにかく一度、ここを訪ねる時は場所の再確認って所かな。

まずは今日の事だ。 神社へと行こう。

それで何か分かるのを期待して。

時間経過。

火憐「なあ、それはそうとさ月火ちゃん」

私の横を逆立ちで歩きながら、火憐ちゃんが話し掛けてくる。

月火「どしたの?」

火憐「この前、兄ちゃんとチューしそうになってたよな?」

月火「ぶほっ!」

なんでそんな痛々しい話を掘り返すのさ! そりゃあまあ、そうなんだけどさ!

火憐「あれって、どうして?」

月火「な、なになに火憐ちゃん。 どどどどうしたのさ急に」

火憐「いや落ち着けって……」

月火「わ、私は落ち着いてるよ。 これでもかってくらい、平常心」

火憐「月火ちゃんがそう言うなら良いけどさぁ。 んじゃあもう一回聞くけど、あれってどうしてああなったんだ?」

月火「あ、あれは。 その」

月火「……成り行きで」

お兄ちゃんと同じ言い訳をしてしまった。 したくも無いのに!

火憐「成り行きかよ! てっきり、兄ちゃんと月火ちゃんはそういう関係だと思ってたぜ。 この前一緒に寝てたのもあったし」

月火「そ、そういう関係ってどんな関係?」

火憐「暇があったらチューしてる兄妹。 みたいな?」

月火「そんな兄妹はあってはならない!!」

と、なんだかとても恥ずかしい話をしながら歩いていたら、いつの間にか目的地へと到着。

あれ? そういえば私、いつお兄ちゃんが「成り行きで」と言い訳したのを聞いたのだろう?

火憐「着いたみたいだな。 どう? 何か思い出す?」

横に居る火憐ちゃんが、私の方に顔を向け、訊いて来る。

その質問で、さっき感じていた違和感も霧の様に消えていってしまう。

月火「……特には思いださないかな。 けど」

火憐「けど?」

月火「何だか、嫌な感じがするね。 ここ」

火憐「ふうん? オカルト的な奴か。 あたしには全然分からねえなぁ」

火憐ちゃんはそう言っていたけど、確かに私はそう感じるのだ。

嫌な感じ。 私はここで何をしていたんだろう。

私はこの場所で-------、------。

火憐「おーい。 月火ちゃん?」

月火「え? 私、今……」

火憐「何だかぼーっとしてたぜ。 大丈夫?」

月火「う、うん。 大丈夫」

火憐「そっか、なら良いんだけどさ。 んで、どうする?」

月火「どうするって言うのは?」

火憐「この階段登って、鳥居とかの所まで見に行くかどうするかって話だよ。 聞いてなかった?」

月火「ごめんごめん。 うーんと、何かあるかもしれないし、行ってみよっか」

との訳で、私と火憐ちゃんはとりあえず、この神社の一番上まで登っていく事にした。

で、この滅茶苦茶長い階段を登り出した時点で、予想はしていたんだけど。

月火「か、火憐ちゃん。 ちょっと待って」

体力が持たなかった。

か弱い女の子なんです。 月火ちゃんは。

火憐「ちょっと辛かったか。 んじゃあこっからはおんぶだな!」

火憐ちゃん、実はおんぶするの結構好きだよね。

肩車をするのも好きだけど。 何かしら自分に負担を掛ける事が好きなのかもしれない。

月火「申し訳無いけど、頼むよ」

そして私も、火憐ちゃんにおんぶされるのは結構好きだったりする。

こういう小さい事でも、火憐ちゃんはしっかりとお姉ちゃんしているんだなぁ。

いつもは猪突猛進で、私もそれに便乗させてもらっているけれど。

お兄ちゃんとも喧嘩ばかりだったけどね。

けれど本当はお兄ちゃんの事も、私の事も、とても大切に思っていてくれてるのは知ってる。

火憐「お、見えてきたぜ。 月火ちゃん」

そんな声が聞こえ、火憐ちゃんの頭越しから奥に視線を移す。

月火「おお、到着だー」

そのまま、火憐ちゃんは一歩一歩進んで。

歩いて行き。

月火「うーん。 なんというか、寂れた場所だね」

火憐「そうだな。 しばらく人も来て無かったんじゃねえの?」

月火「っぽいよね。 こんな所に、私が本当にき」

その時だった。

途中まで出した言葉が止まる。 そうせざるを得ない状況に陥ったから。

つまり目の前に、奥の方に人が見えた。

あの人は、確か。

火憐「ん? どうした、月火ちゃん」

視界がぐらぐらと揺れる。

頭が、痛い。

月火「か、火憐ちゃん。 駄目、ここは……駄目」

火憐「あん? 駄目って、どうしたってんだよ」

月火「分からないけど、とにかく駄目なの。 今すぐ離れて、この神社から」

何故だろうか。

分からないけど、とにかく早く離れないと。

また、私はあの人に蹴られる。 殴られる。

それは、いやだ。

だから。

月火「逃げて! 火憐ちゃん!」

無我夢中で、火憐ちゃんにそう叫ぶ。

火憐「お、おう! 良く分からねえけど、分かった。 事情は後でだな!」

火憐ちゃんは言うと、進行方向を変え、来た道を戻ろうとした。

しかしそれは戻ろうとしただけで、戻る事ができなかった。

何故か。

目の前に、あいつが居たからだ。

月火「ひっ……!」

嫌だ嫌だ嫌だ。

やめて、やめてよ。

……助けて、お兄ちゃん。

そこで、私の意識が途切れてしまった。

以下、回想?

その日は確か、夜に物を買いに出掛けたんだ。

いや、それは言い訳。 ハンドクリームが切れているとお兄ちゃんに言って、一人になりたかったんだ。

いつもは一人は嫌いなのだけど、今日に限ってはそうでもなかった。

お兄ちゃんと一緒に居ると、一人で居る時よりもずっと辛いから。 だから今は一人の辛さの方が良い。

最近になって、特にそれを感じる。

具体的に言えば。

今日の朝、服を買いに行った時に、あのお化けと会ってから……かな。

以下、回想。

服を買いに行く途中。

デパートから家までは、結構な距離がある。

そこら辺はさすがは田舎町というか、寂れているというか、そんな感じ。

で、ただ馬鹿正直に進んだら、私の体力ではぶっちゃけもたない。

そこで普段の情報が意外と役に立ったりする。 情報、デパートまでの裏道。

これを使えば、普通に行くよりは全然楽。 時間も結構短縮できる。

そしてそんな裏道を使おうと、路地裏に入り込んで私は進んでいた。

やっぱりそういう細かな情報でも、活用しないとね。

その時。

前方から人影が見えて来た。

おかしいな。 この道は私と火憐ちゃんとその友達くらいしか、知らないはずなんだけど。

だとすると、私達の友達だろうか?

とか思っていたら、段々とその人影が歩いてきて。

顔が次第にはっきりと見えてくる。

え。

何、これ。 今目の前に居るのって。

嫌というほど見覚えがある。

というか、毎日見ている。 一日必ず一回は。

つまりは。

私じゃん。

月火「……へ?」

「こんにちは」

……いきなり挨拶された。

月火「えーっと」

もしかして、私って双子だったのか。

いや、無いでしょ。

なら、何これ。

「混乱しちゃってるかぁ。 まあ、無理も無いけどさ」

「私は阿良々木月火であって、そうじゃないんだよ。 ただのお化けだと思ってもらえれば、良いかな」

月火「え、ええっと」

「もう、落ち着いて落ち着いて。 別に取って食おうって訳でも無いんだし」

月火「に、逃げた方が良い?」

「なにも逃げなくても良いじゃん……」

「っていうか、それを私に聞くの?」

月火「……それもそうだね」

月火「なら、あなたは何者?」

それにしても、随分と落ち着いてるな、私。

驚きすぎて、一週回って落ち着いている感じなのだろうか?

それか、この不思議現象の原因を知りたいのかも。

「聞いた事無い? いや、私は私だから、ある筈だよね。 ドッペルゲンガー」

ドッペルゲンガー。

都市伝説的な話で、何回か耳にした事はある。

確か、ドッペルゲンガーと出会った人は、死ぬ。

月火「わ、私死んじゃうの!?」

「死なない死なない。 死なないから」

月火「で、でも……」

「私はさ、あなたの為に来たんだよ」

「あなたの願いを叶えてあげる」

目の前の私は、私に向けて、そう言った。

月火「な、なら今すぐ消えて!」

「何それ酷く無い!?」

ツッコミまで私そっくりだった。 気持ち悪い!

月火「だ、だって気味が悪いし」

「いや、それもそうかも知れないけどさぁ。 何か他に、無いの?」

月火「私に頼む事なんて無いよ。 別に、悩んでいる訳じゃないし」

「そう? なら私には会えないはずなんだけど」

月火「そうなの? うーん。 って言われてもなぁ」

「誰にも言わないからさ。 ほれ、言ってみ」

聞く側に回って初めて思ったけど、喋り方がうざい! 私自身だけども!

月火「何でも良いの?」

「基本的にはね。 超能力者になりたいとかは、さすがに無理だけど」

月火「なんだ、万能って訳じゃないんだ」

「そりゃそうだよ。 私はドッペルゲンガーだし」

いやいや、それ何の説得力も無いけど。

月火「うーん。 それならどうしよっかな」

「あ、一応先に言っておくけどさ」

「今から私が私に言う願いと、あともう一つ叶えるんだよ」

私私うるさいな。 月火ワンと月火ツーで良いじゃんか。

月火「もう一つ?」

まあ、そんな事を言える訳も無く、仕方なく聞き返す。

「そ。 私が私に口に出した願いと、心の奥で願っている事」

「その二つを叶えてあげるって化物なんだよ。 私は」

なんだか信憑性に欠ける話だなぁ。

月火「……物は試し、って事かな」

で、そんな訳で一人納得し、とりあえずは一つ、願ってみる事にした。

月火「絶対に、言わない?」

「言わない言わない。 私を信じてよ」

月火「本当に、何があっても?」

「うんうん。 何があっても言わないから」

月火「その何があっても言わないって事が願いになっていて、今から私が言う事は叶えてくれないとか、そういうオチでは無いよね?」

「いいからさっさと言え!」

やっぱり、うざい。

それにやっぱり、自分自身にツッコミされるのは気持ち悪い!

月火「うう、分かったよ。 お願い、だよね」

月火「私は」

月火「お兄ちゃんと、一緒に居たい」


第六話へ 続く

以上で第五話、終わりです。
乙ありがとうございます。

全部で十二話+後日談となりそうです。
今週中には完結できるかも。

一応、余ったスレで短編的な物をいくつか書く予定ですー

乙ありがとうございます!

こんにちは。

第六話、投下致します。

回想終わり。

そう、願った。

だけども、私は分かっているんだ。

心の中で、お兄ちゃんと早く離れたいと思っている事に。

お兄ちゃんだけじゃない。 火憐ちゃんも、そうだ。

けど、火憐ちゃんに思っている事と、お兄ちゃんに思っている事は違う。

お兄ちゃんは高校三年生で、もうすぐ、その時がやってくる。 少なくとも、火憐ちゃんよりも先に。

そりゃそうだ。 いつかはお兄ちゃんだって、家を出て行く。

それは大学へ行ってからかもしれないし、働き始めたらかもしれない。

今はまだ、いつか何て分からないけど。

時間が経てば、そうならざるを得ないから。

勿論私だって、いつまでもあの家に居る訳じゃない。

けどそれよりも先にお兄ちゃんが居なくなって、火憐ちゃんが居なくなって。

一人っきり。

だから、それを早く済ませたい。

嫌な事は、早くに終わらせたいから。

その時までずっと、こんな気持ちを抱いていたくないから。

今済ませてしまえば……その内、気には無くなるだろう。

時間の経過というものは、結構残酷だったりする。

その時はとても辛くても、次第にその傷は癒えていく。 お兄ちゃんと今すぐに離れられれば、数年経てば私も楽になると思う。 それが、唯一の手段。

自己中だよね。 本当に。

けど、私には何よりそれが辛くて辛くて、仕方ない。

毎日毎日、火憐ちゃんと一緒に居て。 お兄ちゃんとくだらない話をして。

私は一応、二人の前では普通で居られる。 いや、意識してやっている訳では無いんだけど。

よく、ずる賢いだとか気持ちの切り替えが早いとか言われるけども。

私はこう思う。 それは多分、中途半端なだけなんじゃないかって。

お兄ちゃんと一緒に居たい。 勿論、火憐ちゃんとも一緒に居たい。

けど、一緒に居たくない。 思えば思うほど、気持ちは重くなっていく。

そうしていつまでも悩んでいたら、やがてその時は来るだろうし。

それまでに、何度こんな気持ちになるのだろうか。 何度悩まなければいけないのだろうか。

……いつもそうだ。

最後に残るのは、決まって私。

一人になるのは、決まって私。

取り残されるのが、私だ。

それが末っ子なんだから。 と言われればそれまでかもしれないけどさ。

でも、だからこそ。 私は一人というのを嫌っているのかもしれない。

なんて、難しい事考えていても仕方ないよね。

もう少しだけ夜風を浴びたら、家に帰るとしよう。

こうしてだらだらと歩きながら考えていたら、お昼に会ったお化けも、なんだか性質の悪い夢の様な気がしてきた。

いや、だってそりゃそうでしょ。 いきなり願いを叶えるだなんて。

まあ、一応は願っておいたんだけど。

でも、最後にあのお化けは「頑張ってね」とか言っていたなぁ。

はて。 何をどう頑張れば良いのやら。 私には全く分からない。

うーん。 なんだか分からない事だらけだ。

これからどうすれば良いのかなぁ。

家に帰っても、辛いだけだよね。 いつまでもこうしている訳にはいかないけど。

……はあ。 落ち込む。

って、溜息ばかりじゃん!

溜息をつくと幸せが逃げていくとは良く言った物で、実際は幸せが逃げていってるから溜息が出るんでしょ?

まあ、そんな誰が最初に言い出したか分からない言葉に怒っても、仕方無いか。

というか、やっぱり一人は何だか寂しい。 家に帰ろう。

少しの間でも、皆と一緒が良いし。

矛盾、しているよね。 私。

辛いけど暖かくて、楽だけど寂しい。

どっちもどっちなんだろうな、きっと。

誰にも、気付いて貰えないんだろうな。 きっと。

月火「……まあ、良いや」

自分に言い聞かせる様に、呟く。

さて、本当にそろそろ帰らないと心配されてしまうかもしれない。

とりあえずは家に帰ろう。

そう思い、来た道を戻ろうと振り返る。

今まで何も居ない筈だった空間。 そこには、人が居た。

一体、いつから居たのだろうか? まるで気付かなかった。

「やあ」

挨拶される。 知り合い、では無いよね。 こんなおっさん、私は知らないし。

それに、こんな田舎町でも髪を染めてるなんて。 って事は、この辺りに住んでいる人では無い。 つまり余所者。

月火「すいません。 私帰るので」

結論、関わらない方が良い。

そして、その得体の知れないおっさんの横を通り過ぎる。

否、通り過ぎようとした。

「いやいや、僕は君に用事があったんだからさ。 逃げないでよ」

言われ、腕を捕まれる。

月火「は、離してください。 私には用事なんて無いです」

「離すのは断る。 けど少しくらい話してくれてもいいだろ?」

月火「大声、出しますよ」

「良いよ、構わない」

この野郎。

どうせ、私が声を出せないとでも思っているのだろう。

なら、やってやる。

月火「……っ!」

息を吸って、声を出そうとしたその時。

お腹に、そいつの拳がめり込んでいた。

いきなり、暴力って。

月火「げほっ……げほ……!」

痛い。

咽る。 吐きそうだ。 気持ち悪い。

お兄ちゃんにも何度か殴られた事はあるけど、そんなのは冗談混じりでやっているだろうし、本気で殴られた事なんて無い。

いや、あったかもしれない。 お兄ちゃんは結構酷いから。

けど、それとは全然違う。

大人だからか、それともこの人が鍛えているのか分からないけど。

こんなにも、痛いのか。

「ああ、ごめんごめん。 構わないよって言うのは、君がどれだけ傷を負おうと構わないって事なんだ。 勘違いさせたみたいだね」

月火「……し、しね! 人でなし!」

精一杯。

声を絞り出して。

「はは、残念ながらそれは聞けない。 まあ、人でなしってのはこの場合、悪口では無いんだけど」

「それじゃあ、行こうか」

そう言い、私を肩に担ぎ、そいつは歩く。

暴れようにも、動けない。

叫ぼうにも、声が出ない。

どこに、行くんだ。

私は、どうなるのだろう。

痛いよ。

怖いよ。

お兄ちゃん、火憐ちゃん。

ごめんね。

今日はちょっと、帰れないかもしれない。

やがて、見覚えが全く無い神社へと私は連れて来られた。

これから、何をするつもりだ。 こんな所に連れてきて。

……あまり、良い想像は出来ない。

まさかこんな田舎町で、こんな誘拐事件が起きるとは。

「君さ、ドッペルゲンガーって知っているかい?」

唐突に、そいつが私に話し掛けてきた。

ドッペルゲンガー。 このタイミングで、その単語。

嫌でも昼間の私自身を思い出す。

こいつは、何を知っているんだろうか。 少なくとも、あのお化けの事は知っている様だけど。

「知っている顔だね。 なら、君の所為でこうなってるんだよ」

月火「わ、私の……所為?」

「そうだ。 君が願ったドッペルゲンガー。 そいつが僕の所へ来て、願っていったんだ」

ドッペルゲンガーが願った? 何故?

それに、昼間のあいつがこいつの所へ行った?

「ああ、言い忘れていたけど、僕もドッペルゲンガーなんだよ」

しばし、思考。

そういう事か。

つまりは、ドッペルゲンガーがドッペルゲンガーに願いをしたって事、だよね。

「んで、君が願ったドッペルゲンガーから願われた」

「阿良々木くんを殺してくれってね」

「一応言っておくけど、阿良々木くんってのは君が大好きなお兄ちゃんの事だよ。 それくらいは分かるだろ?」

お、お兄ちゃんを殺してくれ? そんな、なんで。

月火「私はそんな事、願ってなんかいない!」

「そうかいそうかい。 で、それがどうかしたのかい?」

月火「ど、どうかしたって。 だって、あなた達は願いを叶えるって」

「僕達にも色々あるんだよ。 けど一々説明も面倒だなぁ」

「うーん。 そうだね。 この場合、手っ取り早く済ませる方法としては」

「あれは嘘だ。 本当は願いなんて叶えない」

月火「そ、そんな! でも、だからってお兄ちゃんを殺すだなんて!」

「あー。 そんなショックを受けるなって。 願いは願いで叶える事もあるんだしさ。 まあ、今回は色々と複雑なんだよ」

「君はただ、運が悪かったとでも思って置けば良いさ」

運が、悪かった。 だと?

それで、全部諦めろって?

お兄ちゃんがお前に狙われるのを見てろと?

冗談じゃない。 そんな事で、私はお兄ちゃんが殺されるのを良しと出来る筈が無い。

月火「死ね、化物」

「全く、君は本当に口が悪い。 ま、どうでもいいんだけど」

「けど、あんまり元気でぺらぺら喋られても困るし。 どれ」

そう言いながら、その化物は私のお腹を蹴り上げる。

容赦無く、手加減無く。

月火「ごほっ! ……ううう」

痛い。

体も痛いけど。

それよりも、私一人だけだという事が、近くに誰も居ないという事が辛い。 辛くて、痛い。

あんな夜遅くに家を出るんじゃなかったとか、せめてお兄ちゃんと一緒に居ればとか。

そんな後悔をしても、遅い。

誰も、こんな所に来る訳が無い。

私はこのまま、死ぬのだろうか。

「ほら、ちょっとそっちに行ってくれよ」

そう言われて、首を捕まれて、柱の影へと投げられる。

「そろそろだしさ」

そろそろって、何だろうか。

お腹が痛い、思考がうまくできない。

そして、それから少しして。

「忍野、来たぞ」

声が聞こえた。

私が、良く知っている声。

でも、どうして?

こんな所、分かる筈が無いのに。

なら、そうだ。 多分、幻聴か。

「それで、月火ちゃんは?」

また聞こえた。

程なくして化物が私の首を再び掴み、柱の影から移動させる。

目の前を見ると、暗くてはっきりとは見えなかったけど。

お兄ちゃんが、居た。

だとしたら、さっきまでの会話も幻聴じゃない……?

だとすると、この化物とお兄ちゃんは、知り合い?

訳が分からない。

お兄ちゃんにそれを聞いたら、返事は無かった。

何故か、私を見る目もどこか、冷たい気がする。

どうしてだろう。

……。

会話を聞いて、考える。

忍野、と言ったか。 この化物は。

そして、私をドッペルゲンガーにしようとしている?

お兄ちゃんを騙して、私がそうだと信じ込ませようと、しているのか。

それが分かり、お兄ちゃんに向け、私は必死に叫んだ。

怖くて、悲しくて、寂しくて。 涙が止まらない。

お兄ちゃんは私を見て、今もまだ動かない。

怖いよ、お兄ちゃん。

また叫ぼうか、そう考えた時。

本日何度目かの蹴りがお腹に入る。

意識はもう、殆ど残ってない。

そこに更に、何度も何度も蹴りが入る。

薄っすらと見える先に、お兄ちゃんが立っていた。

動かないお兄ちゃんを怒っている訳じゃない。

ただ、もしかしたら最後の言葉になるかもしれないから。

せめて、別れの言葉くらいは伝えないと。

月火「……お、おにい……ちゃん」

さようならとか、今までありがとうとか。

月火「た……すけ、て」

あれ、おかしいな。 そんな事言おうと思った訳じゃないのに。

勝手に、助けを求めていた。

お兄ちゃんに。 私が多分、この世で一番信頼しているであろう人に。

……結局、最後の最後でも私は強くはなれないんだな。

もし。

もし次の機会があったなら。

私も今以上にお兄ちゃんを信じて、もう少しだけ強くいよう。

回想?終わり。

目が覚めた。

というか、最近なんだかこのパターンが多い。

いや、まあそりゃ寝て起きては毎日している訳だから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

にしても不思議なのが、夢の内容を殆ど覚えていない事。

けど決まって、どこか暖かい気持ちになっている。 何故かは分からない。

火憐「おーい、大丈夫か?」

火憐ちゃんの顔が、視界に入ってきた。 すごい、これもまた二日連続だ。

月火「火憐……ちゃん。 えっと、ここは?」

火憐「さっきの神社だよ。 月火ちゃん、気付いたら寝ているからさ、びっくりしたぜ」

火憐「それによー。 人見知りもそろそろ卒業しないと駄目だぜ、月火ちゃん」

月火「へ? 人見知り?」

火憐「うん。 知らない人がいたからって、逃げろーとか言ってたじゃん」

月火「……私、そんな事言ったっけ?」

火憐「……あれ? あたしの聞き違いだったかな?」

私が覚えているのは、神社の上に着いたまでの記憶。

その後どうしてか、気付いたら今のこの状態という訳で。

「大丈夫かい? 大分混乱している様だけど」

私の記憶に無い、知らない人がそこに居た。

月火「え、ええっと」

「ああ、ごめんごめん。 先に自己紹介だったね。 僕の名前は忍野メメ」

忍野「宜しくね。 妹ちゃん」

いやいやいや。

全く以って状況が分からない。

まず、誰ですかこの人は。

見た目的に、この辺りに住んでいる人で無いのは確かだけど。

火憐「んな堅苦しい挨拶なんていらねえよ、忍野さん」

火憐ちゃんは火憐ちゃんで打ち解けてるし!

月火「あ、えっと。 初めまして? 忍野さん」

とりあえず挨拶。 まさかとは思うけど、遠い親戚とかじゃないよね。

忍野「はは。 初めまして」

忍野「ま、今回は出会いが最悪の形だったかな。 僕の影響ってのが、大きすぎたのかもしれないなぁ」

忍野「……それも仕方ないか。 酷い目に会わされているんだから」

忍野さんが言っている言葉の意味は、分からない。

しかしそれよりも、この状況の方がよっぽど意味が分からない。

月火「あの、とりあえず状況が全く分からないんですけど」

火憐「ん? ああそっか。 月火ちゃんは寝てたんだっけか」

火憐「あたし達でこの神社に来たのは覚えてるだろ? んでさ、忍野さんが先に居たんだよ」

火憐「で、どうやらあたし達の事を待っていたらしい! 以上だ」

ごめん火憐ちゃん、全然分からない。

月火「……忍野さんと私達は、どこかで繋がりとかあるんですか?」

月火「それに、待っていたって事は、私達が今日ここに来るのを知っていたんですよね? それは、どうしてですか?」

忍野「うん。 まずは一つ目の質問だけど」

忍野「繋がりはあった。 って言うのが正しいね。 君達二人とも知らないだろうけどさ。 そんな小さな繋がりだよ」

忍野「で、二つ目の質問だ」

忍野「今日、って訳じゃ無いけど、ここに来るのは知っていたよ」

忍野「もっともそれは、君に言われた事なんだけど」

月火「私に、言われた?」

忍野「ああいや、それは気にしなくて良いよ。 とにかく僕は妹ちゃん達に用事があるんだ」

気にしない方が、無理だと思うけど。

というか、今、妹ちゃん『達』と言ったよね? それは少し、妙だ。

月火「忍野さんはもしかして、お兄ちゃんと知り合いですか?」

私の質問に、驚いた表情を見せ、忍野さんは答える。

忍野「あっはっは。 さすがはちっさい方の妹ちゃんって事かな。 まあそうだよ。 僕は阿良々木くんを知っている」

忍野「色々とあったからね、彼とは」

これは、思わぬ進展だ。

もしかしたら、忍野さんはお兄ちゃんが今の状態になっている理由を知っているかもしれない。

その可能性は、ある。

それも少しでは無く、大いに。

月火「……あの」

月火「今、お兄ちゃんが変なんです。 理由、知っていますよね?」

忍野「……ふむ。 どうして、そう思うのかな? 僕が理由を知っていると」

月火「そうじゃなければ、忍野さんがここに居る理由がありません。 それに、私達に用事があるって事は知っている可能性が高いと思って」

忍野「なるほどなるほど。 隠すつもりも無いし、答えちゃうけど」

忍野「理由は知っている。 けど教える事は出来ない」

忍野さんは、笑いながらそう言うのだった。


第七話へ 続く

以上で第六話、終わりです。

乙ありがとうございます。

おはようございます。

第七話、投下致します。

月火「教える事が出来ないって……ふざけているんですか?」

理由を知っているのなら、それを教えてくれれば解決できるかもしれないのに。

私達が頼り無さそうだから? 理由が言えない程に、深刻な事だから?

それとも、他の理由があるのだろうか。

忍野「ふざけてはいない。 大真面目さ」

忍野「ただ、約束したからね。 それを絶対に教えないって」

月火「……約束? お兄ちゃんと、約束したって事?」

忍野「いいや、違う」

忍野「教えたら駄目。 それを教えてしまったら、私達は何も学ばないと思うから。 彼女はそう言っていたよ」

忍野「彼女にも、考えがあるんだろうね」

彼女って事は、女の人だろうか。

それに「私達は何も学ばない」とは、どういう意味だろう?

まず、聞くべき事は。

月火「その人は、誰?」

忍野「それもまた教えられない。 けど」

忍野「君も、でっかい方の妹ちゃんも、良く知っている人だよ」

忍野「どっちかと言うと、君の方が知っているかもね」

忍野さんは私の方を見ながら、そう言った。

私の方が知っている、人。

私が知っていて、お兄ちゃんが知っている人。

そう考えると、予想できる人は結構絞れるけど。

でも、そうなると「私達は何も学ばない」という言葉が引っ掛かる。 一体、どういう意味だ。

火憐「……難しい事はちょっと分からないけどさ」

必死に答えを探そうと考えていた私の耳に、火憐ちゃんの声が入る。

火憐「はっきりさせようぜ。 あんたはあたし達の敵か、味方か。 どっちなんだよ」

あれ。 火憐ちゃん、少し怒ってる? さっきまでの打ち解けた感じは消えていて、まさにいつでも戦える様な、戦闘モードに入ってしまっている。

こうなったら、私にもちょっと止めるのは難しい。

まあ、それも無理の無い話かもしれない。 なんせ、お兄ちゃんに関わる事なんだから。

忍野「分からないのも仕方ない事さ。 んで、敵か味方かって質問だけど」

忍野「僕としては、そのどちらでも無いつもりだよ。 けど君が僕を敵として見るって言うのなら、まあそれもそれで構わないけどさ」

……何だろうか。 この人は、とても強い。

ただ、力が強いとか頭が良いとか、そういう問題じゃなく……強い。

火憐「あたしも別に、敢えて敵として見ようって訳じゃないさ。 まだどっちかは分からないしな」

火憐「その話は一旦置いておくよ。 で、敵か味方かどっちでもないおっさんは、何をしにここに居るんだよ」

忍野「おっさんって、自分で言うのは別に良いんだけど、人に言われると傷付くなぁ」

忍野「ま、良いか。 何をしにここに居るか? だっけ」

忍野「渡す物があるってだけだよ。 これもまた、その約束した人に頼まれた物だ」

そう言うと、忍野さんは懐から一枚の紙を取り出す。 小さく切られた、紙切れの様な物。

月火「……それは?」

忍野「メッセージ、って感じかな。 これを君にと頼まれていてね」

忍野さんは私に、その紙切れを手渡す。

不審に思いながらもそれを開き、内容を確認。

『灯台下暗し』

たった一つの言葉。 それだけが、書いてあった。

月火「……何ですか、これ」

忍野「さあ? 僕にも意味は分からないよ。 けど、それが何かのヒントになってるのは間違い無いと思うけど」

火憐「っつう事は、この紙で何か分かるのか?」

忍野「それは僕にその紙を託した人に聞かないと分からないさ。 まあ意味の無い物だとは思わないが」

忍野「それも、君達が考える事だ。 僕が頼まれていたのはこれだけだからね」

忍野「ん。 ああ、もう一つメッセージもあったか。 これはその紙とはまた違うメッセージだよ。 直接伝えてくれと頼まれていてね」

忍野さんは笑いながら口を開く。

忍野「阿良々木月火は阿良々木暦とあまりいちゃいちゃしないように。 だってさ」

……へ?

な、な!?

月火「いちゃいちゃなんてしてない!」

時間経過。

結局、忍野さんから聞く事が出来たのはそれだけだった。

最後にあの人は「僕と会った事は阿良々木くんには言わないでね。 言ったら言ったで、状況はもっと悪くなりそうだし」との言葉を残して去って行った。

月火「……どうしよっか?」

火憐「……どうすっか?」

これは進展無しと言っても問題無いだろう。 得られたのは紙切れ一枚と、誰かも分からない人からのお兄ちゃんといちゃいちゃするな。 なんて言葉だけなのだから。

月火「とりあえず……帰ろっか」

火憐「んだな。 いつまでもここに居たって、仕方無いし」

うーん。

疲れ損?

火憐「そういや月火ちゃん、ここに来て何か思い出した事とかあるか?」

ああ、そうだったそうだった。 当初の目的はそれだったんだ。

でも、そう言われてもなぁ。

月火「特には無い、かな。 見覚えが無い場所だし」

火憐「そっかぁ。 じゃあ本格的に進展無しって事になっちゃうよな……」

そうなっちゃうんだよねぇ。

ここに来て私がした事と言えば、気付いたら意識を失っていて、知らない人に会って、変な情報を貰って。

そんな感じだし。

ん?

いや、ちょっとおかしくない?

気付いたら意識を失ってたって、大分おかしくない?

月火「ねえ、火憐ちゃん」

月火「火憐ちゃんは、気付いたら寝ていたとか、急に意識が飛んじゃう事ってある?」

火憐「ん? あんまねえかな。 授業中とか気付いたら寝ている事はあるけど」

それもそれで問題だ!

こう言ってはあれだけど、火憐ちゃんは何だか、段々とお兄ちゃんと同じ道を辿りつつあるんだよね、最近。

月火「授業中に寝ちゃ駄目だよ。 怒られちゃうよ?」

火憐「いや、それが案外大丈夫なんだよ。 あたしが寝てても誰も起こさねーもん。 先生も」

先生さえスルー!? それって多分「触らぬ神に祟りなし」って奴だ……間違い無い。

いや、神ってのは大げさかな?

というかそれ、明らかに大丈夫じゃないでしょ。

火憐「で、どうしたってそんな質問を?」

月火「ん、えーっとね」

月火「さっき神社に入った時さ、気付いたら意識を失ってたんだよね。 何でか分からないんだけど」

火憐「意識を失っていた? それって、急に眠くなって寝たとか、そういう事じゃないよな」

月火「……うん、違うと思う」

火憐「うーん」

火憐ちゃんは少しだけ考える様な素振りをみせ、口を開く。

火憐「疲れているんじゃねえの? 昨日も今日も、色々あったしさ」

火憐「頻繁になっている訳じゃないんだろ?」

月火「確かに、そうだけどさ。 どうにも気になるんだよね」

火憐「気にするなって。 まあ、それもちょっと難しいか」

火憐「気楽に考えよーぜ。 な?」

とは言われてもなぁ。

確かにそう考えたいけど、引っ掛かるんだよね。 どうにも。

火憐ちゃんには、分からないのかな。

私がそんな考えに行き着こうとしたところで、火憐ちゃんが口を開く。

火憐「あたしもさ」

火憐「そう考えないと、参っちまうよ。 さすがに」

火憐「次から次へと訳分からない事があるし。 だからって、月火ちゃんの事がどうでも良いって訳じゃないぜ?」

まだ沈む気がさらさら無い太陽の方へ、片手を伸ばしながら、火憐ちゃんは言う。

火憐「……あーあ。 もうちょっと単純に進まないもんかなぁ」

そっか。 そう、だよね。

火憐ちゃんも、辛いんだ。

当たり前の事じゃん。 お兄ちゃんがあんな風になってしまって、私とも喧嘩して、それで今日は訳分からない人が来て。

それで、何も思わない方がどうかしているんだ。

月火「……火憐ちゃん」

いつに無く、弱々しい顔付きの火憐ちゃん。

それを見て、声を掛けないなんて出来ない。

月火「よっし! 分かった、分かったよ火憐ちゃん」

火憐「へ? どうしたんだよ、急に」

月火「単純に終わらせよう! 帰ったらお兄ちゃんの部屋に突撃だ!」

火憐「いや、つってもさ、大丈夫なのかよ、それ」

月火「知らない! 考えるのは一旦止めて、お兄ちゃんに突撃するしかない!」

火憐「ははは。 何だか、今日の月火ちゃんはあたしみたいだな」

月火「そう? でも、それもそうでしょ。 姉妹なんだし」

火憐「そうだよな。 それもそうか」

火憐「よし、分かったぜ月火ちゃん。 帰ったら兄ちゃんの部屋に突撃だ」

月火「これで解決すれば笑い話になるしね!」

火憐「んだな。 おーし、じゃあとっとと帰ろうぜ」

作戦その弐、いつも通り作戦開始です。

時間経過。

結果報告。

まずは先陣を切って、火憐ちゃんが部屋に突撃するも粉砕した。

結果報告終わり。

火憐「どうしよっか」

結局振り出しじゃん! いや、まさかこれで解決するとは思っていなかったから、期待を裏切られた感は無いけどさ。

月火「火憐ちゃんでも駄目となると、私じゃ絶対無理だね。 元気の良さで、火憐ちゃんに勝てるとは思えないし」

火憐「ああ、同意だな。 あの部屋やべえよ、負のオーラが満ちているぜ」

どんなオーラだろう。 というか実の兄の部屋を「やべえ」と言うのもどうかと思う。

月火「でもさ、首を吊ったりしてなかっただけ良かったと思おう」

火憐「凄くプラス思考だな! 首吊ってたら事件じゃねえか!」

月火「前向きに行かないとねぇ。 作戦その壱は失敗だし、作戦その弐も失敗かぁ」

火憐「まあ、そうなると……うーん」

火憐「次の作戦は、考えてある?」

月火「ふふん。 私を誰だと思ってるのさ、火憐ちゃん」

火憐「つまり、考えがあるって訳だな。 どんな作戦なんだ?」

月火「作戦その参だね」

月火「……気分を変えるんだよ、お兄ちゃんの」

火憐「えっと、気分を変える? どういう意味?」

人の気分は、結構その時々によって変わる物。

朝、気持ち良く起きれたら気分が良いし。 嫌々起きたら当然気分が悪い。

なんとなく、今日は良い日だと思えば気分が良いし。 どうしようも無くそう思えなくて、気分が悪い時もある。

そして、いつもと違った光景というのは、人の気分を変えるのには十分なんだ。

つまり。

月火「私達の家をリフォームだ!」

ってな訳で、まずはリビング。

とりあえずは、この洋風な感じの部屋に消えてもらおう。

テーブル、撤去。

椅子、撤去。

壁にある飾り、撤去。

ソファー、撤去。

テレビ、撤去。

壁紙は、まあさすがに撤去できないから、仕方なくそのまま。

月火「とりあえずは、こんな所かな」

一応、撤去した物は火憐ちゃんに頼んで物置にしまってもらった。

さすがに本当に捨てるのはマズイしね。

火憐「おお、中々すっきりしたな。 夜逃げ前の家みたいだ」

月火「もっと違う表現にしようよ」

火憐「うーん。 じゃあ新築?」

月火「良いね、新築!」

火憐「だろ!?」

二人して喜ぶ。

私と火憐ちゃんの暴挙を止める人は、この場にはいない。

火憐「んで、この後どうするんだ? 兄ちゃんがこれを見たとしても、引越しでもするのかと思うくらいじゃね?」

月火「ふふふ。 その後もしっかり考えてあるよ。 ずばり」

月火「家を和風にしよう作戦だね!」

そう。

お兄ちゃんは多分、この洋風な家が気に入らないんだ。

そりゃ、日本人だもの。 和風の方が良いに決まっている。

火憐「なあ、それって月火ちゃんの趣味じゃ……」

月火「よし! んじゃあちゃっちゃとやっちゃおう!」

火憐ちゃんが何か言っていたが、聞こえない聞こえない。

聞こえたけどね。 でも私の趣味って事は、お兄ちゃんも多分受け入れてくれるでしょ。 兄妹だし。

趣味とか考え方とか、似てくるのは仕方ないんだって。

そうそう、だからお兄ちゃんも和風の方が良いに決まっている。

月火「これで恐らくお兄ちゃんは「おお、なんだこの新しい家は、お前ら良くやってくれた」とか言うに決まってるよ」

火憐「……そうか?」

月火「そうだよ!」

火憐「……そうだな!」

うまい事火憐ちゃんを乗せる事が出来た。 これでようやく私のしたかった家に出来る。

いや、お兄ちゃんの望んでいる家に出来る。

火憐「で、具体的にはどうすんの? 今のままじゃ、やっぱり洋風に見えるぜ」

月火「そうだね。 大体は考えてあるから、それをやりながら考えていこうか」

時間経過。

家族が囲って団欒する食卓は、掘り炬燵(さすがに掘る事は出来ないので、ダンボールを積み重ねてそれっぽくした)に。

壁一面には掛け軸(火憐ちゃん作)が。

キッチンのコンロ等は全て外して、七輪に。

部屋の灯りは全て提灯。

月火「うん。 良い出来だね」

満足する私。

火憐「……何かの宗教にはまった家みたいだな」

率直な感想を述べる火憐ちゃん。

月火「壁一面の火憐ちゃんの文字が、良い味を出してるよ」

良い所を探し、教える私。

火憐「お札みたいになってるけどな」

第三者視点から物を言う火憐ちゃん。

月火「キッチンの七輪もそうだけど、提灯が良い感じだよね」

リフォームに満足の私。

火憐「儀式が行われるみたいだ」

火憐ちゃんもとても嬉しそうだ。

よしよし。

私も火憐ちゃんも、大成功だと思っている様で、とりあえずは良かった良かった。

月火「さて、お兄ちゃんを呼びにいかないとだけど……」

月火「敢えて、ここはお兄ちゃんに気付かせよう。 自分から」

火憐「自分から? つっても、殆ど部屋から出てこないぜ?」

月火「夜中はリビングとかに来ているみたいだよ。 物音するし。 多分、お風呂にでも入ってると思うんだ」

月火「その時なら必ず、ここを通るでしょ? だから、自ずと気付くって算段だね」

火憐「なるほど。 そこまで計算済みとは、さすがだぜ」

火憐「んじゃあ、兄ちゃんが見た時に私達がやったって事が分かった方が良いよな?」

月火「うん。 そうだね。 横断幕でも付けておこう」

火憐「おっけーおっけー。 さっすがは月火ちゃんだぜ」

月火「でしょでしょ。 それじゃあ休憩しよっか。 ちょっと疲れちゃったし」

火憐「おう。 一風呂浴びるか!」

月火「良いね良いね。 働いた後のお風呂は最高だよ」

との訳で、肉体労働を終えた私と火憐ちゃんは、一緒にお風呂に向かうのだった。

二日目。 結果報告。

疲れた。

リフォームした後に、パパとママが帰ってきた。

パパとママは、私と火憐ちゃんの頭に手を置き、すぐに元に戻せとの命令を告げた。 例の横断幕の所為で、私と火憐ちゃんの仕業という事がばれてしまったのだ。

まあ、あれが無くてもばれていたとは思うけど。

しかし、そんな命令を受けてしまっては仕方ない。 渋々、泣く泣く部屋を元に戻す作業に時間を割かれたのだった。

そして、ようやく戻し終わった後に説教。

そんなこんなで、もうこんな時間。 時計は三時を指している。

今日は本当に疲れた。

昼間は昼間で、変な人に遭遇したなぁ。

名前は、忍野メメと言っていたっけ。

あの人はお兄ちゃんが今、こんな状態になっている理由を知っているらしい。

結局それを聞き出す事は出来なかったのだけど、何かのメッセージが書かれた紙を手に入れる事が出来た。

忍野さんは多分、悪い人では無い。

それはなんとなくだけど分かる。 だから、本当にお兄ちゃんがマズイ状態なら、理由は教えてくれたはずだ。

そう考えると、まだ大丈夫ということだろうか? いや、それはあまりにも軽く見すぎている。

まだ、お兄ちゃんの様子がおかしくなってから二日目。

……しかし、そうは言っても時間はそんな残されていない。

紙に書かれていたメッセージ『灯台下暗し』とはどういう意味だろうか。

言葉その物の意味は当然分かるけど、それが何を指しての言葉なのかが分からない。

このメッセージ自体、何の意味も持たない物かもしれないし。

それにしても、書いた人も書いた人だよ。

もっとこう、すぐに分かる様な事を書いてくれれば良いのに。

私はこう予想を立てよう。 書いた人は捻くれている。

今日で二日目なので、残す所は後五日。

明日の予定は……無し。

作戦をするにも、残念ながら雨の予報。

雨の中だと色々な制限が出来てしまうし、火憐ちゃんとの会議で一日を使うことになりそうだ。

そして、少しだけ面倒な事に残りの五日中、三日間は雨の予報。 明日から三日間、連続の雨だ。

ついて無いよね、本当に。

最悪、雨の中外で活動する事になるだろうけど。

作戦の進行度はどのくらいだろうか。

まだ、動いてすらいない気がしてならない。

……あまり、後ろ向きでは駄目だよね。

あくまでも前向きに、いこう。

さて、そろそろ今日は寝るとしよう。

さすがに疲れちゃったから。 ていうか、作戦を始めてから常に疲れている気がする。

これは成功した暁には、お兄ちゃんに何かご馳走して貰わないと割に合わないかな。

とにかく。

今日はこれにて、報告終わり。

次の報告では、多分……良い事が報告出来る様に願って。

おやすみなさい。 お兄ちゃん、火憐ちゃん。

結局、この次の日も、その次の日もそのまた次の日も報告を書く事は無かった。

書く事が無い。 というのが正直な所。

敢えて書くとするならば、私の寝相が相変わらず悪い事であったり(しかも決まって床に落ちそうになっている)色々と試行錯誤しては試して、全部空回りだったり。

そのくらいしか、無い。

残す所は後二日。

それまでには、成功させなければならないのだけれど。

お兄ちゃんは以前、変わらずに様子がおかしいままだ。

もういっその事、羽川さんに頼んでしまおうかとも思ったけれど。

まだ、大丈夫なはず。

まだ、私達で何とかできる範囲内のはず。

一応、その辺りの計算はしっかり出来ているはずだから。

だからまだ、大丈夫。

……そんな訳、無いよね。

もうとっくに、私達ではどうする事も出来ない状態なんて事、分かっている。

けどそう思いたい。 解決できると思いたい。

これはもう、意地なのかもしれない。

妹としての、意地。

果たして答えは一体、どこにあるのだろうか。

まだ、それは分からない。

もしかすると私達の手の届かない所にあるのかもしれない。

もしかすると『とても身近に落ちている』のかもしれない。

とにかく今言える事は一つ。

私は絶対に、諦めない。

それだけだ。

普通だったら、今までの私だったら。

多分、どうしようも無い状況に絶望していたかもしれない。

けど、だけども。

何故、だろう。

いつだったかは忘れた。

すごく昔の事かもしれないし、すごく最近の事かもしれない。

自分自身に? それとも、誰かと?

分からないけれど。

誓った気がするんだ。 私はお兄ちゃんを信じると。

信じて、私自身も強くいるんだと。

そして。

お兄ちゃんを救うんだと。


第八話へ 続く

以上で第七話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんばんは。

午後の部投下致します。

夢のお話。

昨日と一昨日は全く見なかったのだけど。

いや、とは言っても見た事を覚えていないから、正確に言えば見ていないになるのだろう。

しかし、今日は覚えがある夢だった。

確実に、私の記憶にある夢。

目が覚めても、覚えているであろう夢。

そんな、夢のお話。

以下、回想。

服を買い終わり、家に帰る。

お兄ちゃんは今日の朝出掛けると言っていて、帰ってくるのは夕方頃だと言っていた。

つまり、今家に居るのは火憐ちゃんだけだろう。

だからこそ、なるべく早く帰らなければならない。

火憐ちゃんが一人で留守番というのは、何があってもおかしくないのだ。

もし家が跡形も無く消し飛んでいても、それはそれで不思議じゃないくらいに。

もし玄関が崩壊していていも「ああ、火憐ちゃんか」と思うくらいに。

で、そんな事を考えている間に気付いたら家の前。

特に変わった様子は無い、かな?

良かった。 今日も阿良々木家は平和だね。 うんうん。

月火「ただいまー」

言いながら、家の中へ。

あれ?

玄関に入り、まず目に入ってきた物。

お兄ちゃんの靴がある。 もう帰ってきていたんだ。

帰るのは夕方だと言っていたのに、随分と用事が早く終わったのかな。

月火「ただいまー?」

そして、返事が無い。

いつもだったら、誰かしらがすぐに挨拶を返す(その殆どは火憐ちゃん)のに、今日はそれが無い。

何故だろう。 ひょっとして、やっぱり何かあった?

少しだけ急ぎ足で、リビングへ。

で、私の目に入ってきた光景。

お兄ちゃん、火憐ちゃんの肩を掴み「好きだよ、火憐ちゃん」と幸せそうに。

火憐ちゃん、お兄ちゃんの肩を掴み「好きだぜ、兄ちゃん」とこちらも幸せそうに。

ふむふむ。

月火「ただいま」

二人の間に入り、挨拶。 笑顔で。

暦「つ、月火ちゃん」

火憐「お、おかえり」

月火「よし、火憐ちゃん。 部屋に行こうか」

火憐「あ、えっと」

火憐「……うん」

素直でよろしい。

月火「お兄ちゃんは部屋で待っててね。 勿論」

月火「一歩でも外に出たら、跡形も残らないと思ってね」

との約束をして、私は火憐ちゃんを部屋に拉致した。

拉致じゃない。 仲良く二人で部屋に戻った。

時間経過。

火憐ちゃんへの説教も終わり、次はお兄ちゃんに説教。

とは言っても、言いたい事を火憐ちゃんに全部ぶつけた後でもあるし、なんだか頭も冷えてきてしまった。

さて、どうした物か。

まあ、とりあえずはお兄ちゃんの部屋に行こう。 ちゃんと待っているかも気になるし。

月火「お兄ちゃん、入るよー」

言いながら、部屋の中へ。

……返事が無い。 まさか逃げた?

ああ、違う。 ちゃんと居た。

居たというか、寝てるし。

月火「……もう」

お兄ちゃん、こう見えて結構寝相が良いんだよね。

ベッドから足だけ投げ出す姿勢で、綺麗に寝てるし。 座って何かしている内に、寝てしまったのだろうか。

にしても。

なんだかこうして寝顔を見ていると、あれを思い出す。

私が寝ている時に、キスをしていったお兄ちゃんの事を。

仕返ししてやろうかな。

月火「……よし」

決めてからは早い。 お兄ちゃんにキスした。

けど。

月火「起きないし!」

むっかつく!

どうしてやろうか! 取って食ってやろうか!

可愛い妹のキスで起きない兄なんて、死んで良しだ!

月火「……もう一回」

なんて、いつの間にかもう一度キス。

しかし、起きないお兄ちゃん。

月火「……んー」

ちなみにまだキスをしたまま。

舌でも入れてやろうかな。

……いやいや、さすがにマズイよね。

月火「もう!」

キスで起こすのは諦めよう。 仕方ないので普通に起こそう。

で、体をゆっさゆっさと揺らすのだった。

すると、程なくしてお兄ちゃんは起き上がる。

暦「あ、あはは。 おはよう」

苦笑いをしながら、挨拶をするお兄ちゃん。

……ま、いっか。

それから何度か言葉を交わし、話題はいつの間にかキスマークの話。

というか、お兄ちゃんが火憐ちゃんとお風呂になんて入らなければ、そんな事にならなかったじゃん。

私に責任転嫁なんて、許せない!

まあ、教えたのは私なんだけど。 本当にやるなんて思ってなかったし。

で、何々?

キスマークが付いた状態で、彼氏の前にいけるかどうかって話?

いやいや、正直な話行ける訳無いよね。

そう答えても良かったんだけど。

月火「ほれ、どうぞ」

なんて私はいつの間にか言っていた。

お兄ちゃんもお兄ちゃんで、迷わず私の首にキス。

全くもう、どんな兄なの本当に。

でも、それでも。

……あれ。

なんか、マズイ。 変な気分になってきた。

その前までは、もし本当にキスをしてきたらすぐに振り払おうとか思っていたんだけど。

それが、出来ない。 なんだか、体が熱い。

月火「ん……」

嘘嘘嘘だ! 私の声じゃない!

しかし、それを聞いたお兄ちゃんはすぐに私から離れる。

……ちょっぴり残念。

そして、また少しの会話。

けど頭がうまく回らない。 いつもの様にうまく考えられない。

気付いたら。

月火「よし。 じゃあ次は私の番だ」

とか言っていて。

また気付いたら。

お兄ちゃんの首に、キスをしていた。

暦「ちょ、ちょっと待て月火ちゃん! 何してんだ!」

そんな事をお兄ちゃんが言う。 別に良いじゃん。

月火「何って。 お兄ちゃんにキスされたから、仕返しだよ」

やられたらやり返すのは当たり前でしょ? 何を言っているんだか。

それにしても、頭が随分ぼーっとする。

体もさっきより、随分熱くなっている。

まあ、良いや。 なんだか気分が良いし。

それで、もう一度お兄ちゃんの首にキス。

鼓動が凄く早くなっているのが分かった。

これは私なのだろうか。 それともお兄ちゃんなのだろうか。

暦「……月火ちゃん」

そう言い、お兄ちゃんは私を抱きしめる。

暖かい。 安心する。

それに、ドキドキする。

お返しと言わんばかりに、私はお兄ちゃんの首を吸い上げる。

火憐ちゃんのキスマークだけなんて、許せないし。

もう、何が何だか分からない。

暦「ちょ、ちょっと一回離してくれ」

けれども、お兄ちゃんの言葉ははっきりと聞こえる。 それには素直に従おう。

私はお兄ちゃんの首から唇を離し、お兄ちゃんの顔を見つめた。

月火「……お兄ちゃん」

もう本当に、体が燃えているんじゃないかってくらい熱い。

意識も随分と朦朧。 ふらふらするし、ふわふわしている。

ぐるぐると、頭が回る。 ゆらゆらと、視界が揺れている。

それに、何だかとても気持ちが良い。

けど、これだけは言いたい。

言わないと。

月火「キスしよ、お兄ちゃん」

良かった。 言えた。

お兄ちゃん、断らないでね。

これで断られたら、どうにかなっちゃいそうだから。

だから、お願い。

暦「う、うん」

頷いてくれた。

凄く、嬉しい。 こういうのを幸せと言うのだろうか。

普段なら、というかさっきもキスをしたんだけれど。

こんな気持ちにはならなかった。 何でだろう。 分からない。

とにかく。

もうそれだけで、その言葉だけで私には充分だった。

私の体はそのまま、お兄ちゃんの首の後ろに手を回す。

お兄ちゃんは私の頭を支えてくれる。

目をゆっくりと瞑る。

後、どれくらいだろうか。

目を開ければ、どれ程かは分かるだろうけど。

それすらも、億劫になってしまう。

なすがままに。 流れのままに。

そこで、頭に衝撃が走った。

なんというか、鈍痛。 引っ叩かれたの?

月火「……いったあ!」

目を開けると、床だった。

ここ最近、何度か見た光景。

何度かというか、起きたら必ずと言って良いほど、見ていた光景。

しかし、いつもとは違う。

どう違うのかと言えば、床との距離が近かった。 もうそれは目の前と言っても過言では無いだろう。 だって本当に目の前にあったし。

つまりは今日、ついに。

ベッドから落ちたのである。

月火「……酷いオチだよ」

ベッドから落ちただけに。

……夏のはずなのに、寒気がするのは気のせいという事にしておこう。

まあ、そんな文句を言っても仕方ないか。

というか。

何なの、あの夢は。

確かに、そういうのもあったけどさー。

でもさー。

一時期の気の迷いというか、状況が状況だったんだよ。

だから仕方なかったというか、成り行きというか。 そんな感じ。

第一、お兄ちゃんがしっかりと私を拒否していればあんな事にはならなかったんだし。

うん。 私は悪くない。

とにかく、夢の事は一旦置いておいて。

時計に目をやると、まだ朝とは程遠い時間。

外は真っ暗。 火憐ちゃんは熟睡。

こんな時間に、目が覚めてしまった。

寝ようにも、あんな夢を見た所為で眠気なんてどこかに飛んで行ったらしく、非常に冴えてる。 この場合は、非情にの方が良いかな。

それに、体中が汗でベタベタしているし。 なんだか少し、ドキドキもしているし。

うーん。 お風呂にでも、はいろっかな。

そう思い、はだけている浴衣を直す。

月火「……はぁ」

頭がまだ痛い。 あの高さから落ちたのだから、ちょっとはコブになっているのかと思ったけど、摩ってみると何ともなっていなかった。

昔から体は丈夫な方だと思っていたけど、ここまでとは。

私って意外と、不死身なのかもしれないなぁ。

やめよやめよ。 くだらない事なんて考えていないで、とにかく一度、お風呂に入ろう。

汗を流して、すっきりしたいし。

次の行動を決め、立ち上がり、部屋の外へ向かう。

それはそうと、夜中の家の中って少し怖くない?

変に怖がる所為で、床に落ちている物だとか、洗濯機のランプだとか、家が軋む音だとかが、余計に怖く感じるんだけどね。

ちなみに私はホラーがあまり好きじゃない(お兄ちゃんはよく、面白い映画があると言ってホラー映画を見せてくる。 無理矢理)ので、本当は夜中に部屋の外には出たく無いんだけど。

まあ、でもだからと言ってこんなベタベタの体で再度寝ようなんて思いにはならないし。

その辺りは割り切るしかないかぁ。 ただ着替えるだけというのも、ありっちゃありなんだろうけど。

どうせなら、少しくらいの恐怖は我慢して、体を流してすっきりしたいから。

で、そんな事をつらつらと考えながら部屋から外に出る扉へと手を掛けて。

ゆっくりと、開ける。

当然の如く、廊下は真っ暗。

勿論、物音なんて一つもしない静かな家で。

よし、大丈夫大丈夫。

そう思った瞬間、ガチャリと音がした。

月火「……っ!」

嫌だ嫌だ。 お化け? こんな夜中に? いや、夜中だから?

どうしよう。 どうしようか。 逃げる? どこに?

そもそも、お化けから逃げるのって、意味がある?

なんて考えに考えたのだけれど。

少し考えれば当然の事。

目の前に居たのは、お兄ちゃんだった。

目の前というよりかは、部屋から出てきた所を目撃しただけ。

そう言う訳で、勿論向こうは気付いていない。

こんな夜中に、まさか私が起きているとは思っていないだろうし。

月火「……お」

呼んで、どうする?

声を掛けて、どうする?

私に何か出来るの?

今まで、五日間もずっとこうして何も出来なかったのに。

悩みの原因すら、未だに分からないというのに。

それに、お兄ちゃんはこんな夜中にどこへ行くのだろうか。

お風呂? お手洗い?

そんな考えをしている間にも、お兄ちゃんは部屋の外へと一歩一歩進む。

そして、見てしまった。

お兄ちゃんの横顔と、その瞳を。

当然、それを見た私には声を掛けるなんて真似が、出来る訳なかった。

ばれない様に、気付かれない様に、部屋へと戻る。

扉を閉めて、その場に座り込んだ。 足に入っていた力が、一気に抜けて。

月火「……う、ううう」

体が震える。 怖い。 怖い。

何があったら、あそこまでになってしまうのだろうか。

何もかも、全部が壊れている。

お兄ちゃんの顔を怖いと思ってしまった。

恐ろしいと、思ってしまった。

一体、どうしたらあんな目を出来るのだろうか。

月火「わ、私は……どうすれば」

何がお兄ちゃんを変えてしまったのか。

分からない。

果てして私は、それを分かっても良いのだろうか。

分からないままでいた方が、良いのだろうか。

考えれば考える程に、涙が溢れてくる。

月火「うっ……うう……」

怖いし、恐ろしいし、今すぐにでも逃げ出したい。

人は、何があればああなるのだろう。

月火「……いやだ、いやだよ」

自分の手で、自分の肩を掴み、震える。

指にいくら力を入れても、震えは止まらない。

そして。

胸が、苦しい。

月火「わ……わたし、は」

今まで、何をしていた。

想像以上に、事態はマズイのかもしれない。

いや、そうとしか思えない。 私や火憐ちゃんが思っている以上に、事態はマズイのだろう。

月火「……」

何でだろう。

どうして私は、こんなにも悲しいのだろう。

どうして私は、こんなにも苦しいのだろう。

どうして私は、こんなにも辛いのだろう。

それには、理由を付けることはできる。

お兄ちゃんが好きだから、好きだからこそ、こんな気持ちになるのだろう。

家族だから、私のお兄ちゃんだから、そんなお兄ちゃんがあんな目に会っているというのに、何も出来ていない私が許せないのかもしれない。

しかし、それだけでは説明出来ない気持ちもある。

どうして。

どうして私は、罪悪感でいっぱいになるのだろうか。

……私はやっぱり。

この状態を変えなければならないんだ。

それだけは強く、確信できる。

恐らく、誰かが私に託したのだ。

お兄ちゃんを変えられる、元に戻せると信じて。

元に、戻す……か。

果たして、それは良い事なのかな。

今の状態が、なるべくしてなった事ならば、それは戻して良いのだろうか。

例えば、お兄ちゃんの自業自得だったとしたら、どうだろう。

それは、お兄ちゃんが責任を持たないといけない事だろうけど。

けど、違う。 違うんだ。

私は、やらないといけない。

何故そう思うのかとか、何故そう確信できるのかとか。

そんな事は、分からない。

分からないけど、やらないと。

今まで、どこか楽観的に見ていた部分はあるのだと思う。 時間がお兄ちゃんを癒してくれると、そうどこかで思っていたのかもしれない。

決して、そんな軽い気持ちで行動していた訳じゃないけど。

だけど、今の今まで状況なんて全く変わっていないじゃないか。

何をやっているんだ。 私は、何をやっていたんだ。

お兄ちゃんの様子がおかしいというのを私は、どこか遊び的に思っていたのか。

遊びじゃないにしても、遊びの延長。

そんな気持ちで、やっていたんじゃないか。

絶対に、そんなはずは無いのだけど。

けど、物事は結果が全てとまでは言わないけど。 どんな事でも、どんなに経過が素晴らしくても、バッドエンドなら意味が無いんだ。

逆に経過が泥臭くて、惨めで、情けなくても。

最後には笑って終われるハッピーエンドにするべきなんじゃないだろうか。

そして、私にはそれをする事が出来るのか。

いや、出来るのかじゃない。 するんだ。 やってやるんだよ。

私が、変えてやる。

真っ暗の部屋の中。

誰も私に気付いていなくて。

誰にも助けてもらえなくても。

一人っきりだけども。

そして、例え。

------------------例えあの化物がまた来ようとも。


第九話へ 続く

以上で第八話、終わりです。

乙ありがとうございます。

おはようございます。
第九話、投下致します。

六日目。

お風呂の中で、思考していた。

あの時思った事。 確かに思った事だ。

……化物。

姿は分からない。 声も、話し方も、雰囲気も分からない。

けど、確かに私は会っている気がする。 会ってしまっている気がする。

夢なのか、現実なのかも分からない。

火憐「朝から随分と深刻な顔してるな、月火ちゃん」

不意に、横に居る火憐ちゃんが私に話し掛けてきた。

月火「そ、そう?」

火憐「まあ、無理も無い話だとは思うけどさ」

月火「……うん」

火憐「あたしじゃやっぱり、何にも考えられないよ。 最終的には、殴って無理矢理にでも治そうかと思ってるくらいだし」

荒療治だ。 余計に悪化する気しかしない。 もしそれが実行されそうになったら、なんとしてでも止めないと。

月火「けどさ、そうは言っても私も一緒だよ。 これだけ考えても、分からないし」

火憐「そうか? あたしは一緒じゃねえと思うけどなぁ」

月火「えっと、どうして?」

火憐「だってさ」

火憐「考えるのと考えないのじゃ、全然違うじゃん」

火憐「そうやって何があっても、ちゃんと考える事が出来るってのは凄い事だと思うぜ」

そうは言われても、所詮は考えるだけ。 答えが出せないのなら、意味が無いじゃん。

月火「だって、私にはそれくらいしか出来ないから」

月火「火憐ちゃんは少し短絡的な部分もあるけどさ、頭は良いじゃん。 それに、力も強いし」

火憐「何だか褒めてるのか褒めてないのか分からない台詞だな、それ」

月火「褒めてるんだよ。 火憐ちゃんのそういう部分、凄いと思うしね」

月火「けどさぁ。 私にはそういうのって無いじゃん? さっき火憐ちゃんが言っていた事だって、それだけの事だし」

火憐「だったらさ」

火憐「あたしだって、それだけの事だよ。 あたしは月火ちゃんのそういう部分が凄いって思うんだ」

火憐「月火ちゃんがあたしの事を凄いって言うなら、そんなあたしが凄いって言っている月火ちゃんは凄くねえのかよ?」

火憐「違うだろ? それとも月火ちゃんはあたしの言う事が信じられねえか?」

月火「それは……」

どこまでいっても、やはり火憐ちゃんには敵わない。

火憐ちゃんには火憐ちゃんなりの考え方があって、私には私なりの考え方があるんだ。

火憐ちゃんは私の事を凄いと言ってくれて、私は火憐ちゃんの事を凄いと言った。

とどのつまり、それだけじゃないのだろうか。

だから、私は並んで歩けるのだろう。

火憐ちゃんは私の事を引っ張っていく訳でも無く、道を教えてくれる訳でも無く。

ただただ、一緒に歩いてくれる。

並んで、横に居てくれる。

だけど、どうしようも無く迷う時だってある。

それもそうだ。 いくらファイヤーシスターズとか言われようと、正義の味方と言われようと、私達は中学生。 子供なんだから。

私達では手に負えない状況になったり、私達同士ですれ違う事だってある。

その時に必ず、手を差し伸べてくれたのはお兄ちゃんだった。

私が家を飛び出す事はそれなりにあるのだけど、以前飛び出した時は夜通しで私を探してくれた事もあった。

最近の話だと、あの詐欺師の一件に私達が首を突っ込み、痛手を食らった時はその詐欺師の元まで行って、話を付けて来てくれた。

そして今は、どうしようも無く迷っている。

私達がじゃない。 お兄ちゃんが、どうしようも無く迷っているんだ。

この話の主人公は私達ではなく、あくまでもお兄ちゃんなのだ。

だから、手を差し伸ばさなければならない。 今度は、私達がお兄ちゃんに。

……そうだ。

何か私は大事な事を勘違いしていたんだ。

これは正義の味方としての行動では無い。

お兄ちゃんから言わせれば、正義の味方ごっこと言うのだろうけど、そういう意味でも無い。

ファイヤーシスターズとしての活動では無く。

これは、ただの妹としての行動なんだ。

恩返しとか、感謝の気持ちだとか、そういうのでは無いだろう。

私達は、お兄ちゃんの妹として、家族として、手を差し伸ばすべきなんだ。

火憐「おーい、月火ちゃん聞いてる?」

月火「うぃ?」

また考えに集中しすぎてた。 何にも聞いて無かったよ。 それに、返事で噛んだし。

火憐「いや、だからさ」

火憐「あたし達は、過去とかじゃなくて、これからの事も考えないといけねえのかなって」

月火「これからの、事?」

火憐「ああ。 絶対に何とかしてやるって気持ちは変わらないけどさ。 もしも兄ちゃんがこのままだったら、あたし達も立ち振る舞いを考えないといけないだろ」

火憐「だから、これからの事」

つまりは、先の事。 今と、これから。

月火「……そう、かもね」

反論をしたかったが、私の口からはそれしか出なかった。

火憐ちゃんの考えは、分かる。

いつまでもどうにかしようとしていたら、私達がいつまで経っても泥沼にはまる様な物だから。

お兄ちゃんが居たからこそ、私達は思うが侭に行動できた部分はある。

それを自覚していたか、無自覚だったのかと問われれば、恐らくは前者。 自覚していた。

私達も、いつまでも立ち止まっている訳にはいかないとは思う。

思うけど、それでも私は……

火憐「ごめんな。 テンション下がる様な事言ってさ」

火憐「……だけど、それも考えておかないと」

本当は火憐ちゃんも、こんな事は言いたく無かったのだと思う。

私も、どこかではそういう考えはあったけれど、決して言葉にしなかった。

……違うか。 言葉に出せなかったんだ。 それが怖くて。

それを言葉に出せる火憐ちゃんは、やっぱり強い。

月火「そうだよね。 うん」

月火「いつまでも、頼ってばかりじゃ駄目だよね」

それもまた、選択の一つなのかもしれない。

今のお兄ちゃんを受け入れる事こそが、正しい選択なのかもしれない。

月火「……頭に入れておくよ、それも」

変えなければならないとは、今も強く思っている。

何かの使命感が私にはあるし、それを絶対に果たさなければならないとも。

だけど結局は、今のお兄ちゃんを受け入れる事も、変化なのかもしれない。

お兄ちゃんを変えるのではなく、私達が変わる。

それもまた、見ようによってはハッピーエンドじゃないだろうか。 私達がお兄ちゃんを受け入れて、お兄ちゃんもそれを望んでいるのだとすれば。

……お兄ちゃんが、それを望んでいる、か。

火憐「ふう。 あたし、ちょっくらまた走ってくるわ。 気分転換がてら」

湯船から立ち上がり、顔を掻きながら火憐ちゃんは言う。

月火「うん。 気を付けて、行ってらっしゃい」

多分、日が暮れるまで火憐ちゃんは帰って来ないだろう。

火憐ちゃんが言う気分転換は、ぶっちゃけるとかなり長いから。

火憐「あいあい」

そう言い、火憐ちゃんは扉を閉めようとする。

月火「ねえ、火憐ちゃん」

火憐「ん? どうしたよ」

月火「もし、もしもだけどさ」

もしそうだったとしたら、根本的に私達の行動は間違いだった訳だけど。

それでも、火憐ちゃんならなんて答えるのだろうか。 それが、少しだけ気になった。

月火「今の状態をお兄ちゃんが望んでなっているのだとしたら、火憐ちゃんだったらどうする?」

火憐「望んで、か。 難しい質問だなぁ」

火憐「まあ、そうだとしても何とかしようとは思うよ」

月火「それは、どうして?」

火憐「決まってるだろ、あたしがそんな兄ちゃんを見ていたくないからだ」

月火「お兄ちゃんが、余計なお世話だと思っていても?」

火憐「うん。 あたしは結構わがままだからさ。 そんなのは知らねー」

火憐「それに、家族にそんな遠慮してどーすんだって話じゃん?」

月火「……そう、だね」

月火「私も、もしそうだったとしてもなんとかしようと思う」

月火「兄妹だしね、私達」

火憐「ああ、そういう事だ」

火憐「まあ、それでもどうしようも無かったら、変わるべきはあたし達って事だろうな」

言いながら、火憐ちゃんはお風呂場を後にした。

月火「……さて」

どうしようか。

一応、今日と明日は本気で頑張ろう。

気分は最悪だけど、とは言っても火憐ちゃんのおかげで、少しは調子を取り戻せた。

とりあえず、何か行動を起こさないと。

その何かが今の今まで何の成果も生んでいないけど、それでもじっとはしていられない。

あー。

そういえば、今日のお昼ご飯は自分達で作れとのお達しを受けているんだった。

火憐ちゃんは何かの栄養剤みたいなので済ませていたし、私は私で自分の分を用意しないと。

それと、お兄ちゃんの分もか。

時間経過。

正直言って、私は料理が上手くない。

とは言っても、絶望的って程ではない。 あくまでも、上手くないというだけで下手な訳では無いのだ。

普通に作れる分には作れるし。 むしろ、十四歳という年齢しては出来る方なんじゃないかな。

今日は私の分とお兄ちゃんの分。 二人分を作らないといけないのだけど……

過去に一度だけ、いや二度かな? もしかしたら三度かもしれない。

とにかく、お兄ちゃんに料理を作った事がある。

あの時は今よりももっと険悪な仲で、言葉を交わせば喧嘩と言った感じだった。

そんな仲では少しマズイと思い、私が料理を作る事によって、少しは兄妹仲が良い方向へ動く事に期待して、料理を作ったんだ。

今から一年くらい前の話になるけど。

何を作ったんだっけかな……

えっと確か、オムライスだった様な気がする。

あの日はパパもママも帰りが遅くなり、夜ご飯として私が振舞ったのだ。

で、火憐ちゃんとお兄ちゃんの分を作って、三人で仲良く食べて、皆笑顔。

になれば良かったんだけど、現実はそうも甘くない。

火憐ちゃんは「美味しい美味しい」と言って食べてくれたんだけど、お兄ちゃんは「何だこれ、どこで売ってたの? 賞味期限大丈夫かよ」とほざいていた。 いや、仰っていた。

勿論、それを聞いて私は大泣き。 その一部始終を見ていた火憐ちゃんは激怒。

もう、鬼神の如く怒り狂っていたのは覚えている。

お兄ちゃんは急に怒り出した火憐ちゃんに、訳が分からないといった顔をしていたんだけど、その数秒後には吹っ飛んでいた。

何かの比喩とかじゃなくて、文字通り吹っ飛んでいた。

思えばお兄ちゃんのマジ泣きというのを見たのは、あれが初めてだったかもしれないなぁ。

ていうか、妹に殴られてマジ泣きする兄って、どうなんだろう。

結局、最終的には仁王立ちをする火憐ちゃんの前で、お兄ちゃんが泣きながらオムライスを食べて「美味しいです」と言わされていたんだけど。

それを見ていた私は、なんとも言えない気持ちになったのは確かだ。

そして、あの時は少し多く作り過ぎたんだっけかな。 私とお兄ちゃんと火憐ちゃんと、一人一食分では無く、後三皿くらい余っていた気がする。

自分で作っておいてあれだけど、お兄ちゃんがああ言っていたのも無理は無い。 自分で食べて、美味しくは無いと思ったから。

その余ったオムライスの処分には大分困ったんだけど、次の日には無くなっていた。 パパとママが一皿ずつ食べていたのは知っているけど、残りの一皿は恐らく、捨てられてしまったのだろう。

まあ、それが別に悲しかった訳じゃないんだけどね。 だって本当に不味かったし。 なんというか、私も残そうかと思ったくらいだったし。

目の前で火憐ちゃんがガツガツ食べていて、お兄ちゃんも泣きながらだけど食べていて、それで私が残す訳にもいかなかったというのも事実だ。

って訳で、今日はオムライスを作ろう。

今度こそ、お兄ちゃんに美味しく食べてもらう為に。

火憐ちゃんに無理矢理食べさせられるのでは無く、普通に食べてもらう為に。

あれから料理もちょくちょく作ってるし、大丈夫大丈夫。

月火「よし」

さすがに浴衣のまま料理をする訳にもいかないので、エプロン装備。

なんだか、浴衣にエプロンというのも意外と斬新かもしれない。 今度茶道部でファッションショーをやる時の参考にしよう。

さて。

まずは料理本をチェック。 開かれたページには「鳥でも作れるオムライス」と書かれていた。

本当かい。 鳥に作れるのだったら、そりゃもう誰にでも作れるじゃん。 まあ、そういうのを含めて書いてあるんだと思うけど。

で、まずは表題にもなっている鳥肉を切る。 食べやすい大きさに。

塩こしょうで味付けをしてー。

ええっと次は、玉ねぎか。 涙出ちゃうんだよね、私。

何でも目を保護すれば涙が出ないらしいけど、そこまでするのも面倒だし。

それに二人分だ。 そこまで気にしなくても問題無いでしょ。

との事で、着々と料理を続ける。

時間経過。

よし、完成だ。

さすがに料理本の見た目通りって訳にはいかなかったけど、それでも結構な見栄えになった。

なんだか、お兄ちゃんにあげるのは勿体無いくらいだ。 いや、あげないと意味が無いんだけどさ。

ふむ。

しばし、料理を見つめる。

なんだか、これだけじゃつまらないかな?

お兄ちゃんの事だから、どうせ「冷凍食品かよ」とか思うのだろう。 失礼な兄だな! むかつく!

よしよし、なら私にも考えがあるね。

近くに置いてあったメモを一枚取り、手紙を書こう。

まあ、手紙と言っても簡単な物だけど。

お兄ちゃんへ。

私が作りました。

お兄ちゃんは覚えていないかもしれないけど、私が前に作った時は「賞味期限大丈夫かよ」と言っていましたね。

私はあの時の事を忘れた事がありません。 むしろトラウマです。

そんな私が今日、また料理を作りました。 一年越しのオムライスです。

別に毒を盛ったりはしてないです。 安心してね。

美味しくは無いかもしれないけど、元気出して。

月火より。

なんだか、恨み節みたいになってしまった。

まあ、照れ隠しという事にしておこう。 我ながら可愛い照れ隠しだなぁ。 全く。

さて、それじゃあそろそろ持って行こう。

料理が冷めてもつまらないし、何よりお昼時を少し過ぎちゃってるし。

今日はこの後、どうしよっかなぁ。

火憐ちゃんもいないから、部屋で考え事でもしようかな。

また、考え事。

ううん。 やっぱり外に出よう。

たまには、火憐ちゃんらしく気分転換だ。

月火「……そういえば」

一つ、まだ行っていない場所がある。

火憐ちゃんの友達が私を見たらしい廃墟。

あそこには、まだ行っていない。

そんな所に何かがあるとは思えないけど、そう決め付けて放置しておくよりは良いだろう。

場所は……メールで確認って事で。

今日はなんだか、長い一日になりそうだ。

六日目。 結果報告。

一つだけ、分かった事がある。

この数日間、何も分からないで居たけど、一つだけ分かった。

あの廃墟へ行って、それを確信した。

私が見るべきは、過去の事じゃなかったんだ。

火憐ちゃんの言う通り、今。 これからの事を見るべきだった。

今からするべき事は決まった。

とにかくこれで、全てが終わる気がしている。

なんとも長く感じた一週間だったけど、それも後もう少しで終わり。

同時に、この作戦も最終日になると思う。

良い方向か、悪い方向かは分からない。 やってみないと。

とにかく、一旦寝よう。

明日は良い報告が出来るように、信じて。

これを書いている今は日が昇ってきて、もうお昼時もとっくに過ぎているけど。

それでも、構わない。

昼夜逆転はお肌に悪いのに。

それでも、良い。

さて。

次の報告がハッピーエンドになっている様に願って。

おやすみなさい。 お兄ちゃん、火憐ちゃん。

……。

そうだ。 書き忘れ。

お兄ちゃんは、お昼ご飯を全部綺麗に食べてくれた。

あの頃からしたら、お兄ちゃんもちゃんと成長しているのだなと、少しばかり親気分。

いや、料理の腕が上がったという事だから、成長しているのは私かな?

まあ、私もお兄ちゃんも成長しているだろうけど。 あれから一年くらいは経つしね。

手紙も一応読んでくれたみたいで、下の空いていたスペースに小さく文字が書いてあった。

実の兄と手紙で会話だなんて、なんだかおかしな話だなぁ。

まあ、それは良いとして。

小さくだけど、しっかりと。

美味しかったと、書いてあった。


第十話へ 続く

以上で第九話、終わりです。

乙ありがとうございます。

乙!
いいなあ、こういう兄妹って
なぜ俺の妹はこうじゃない

そういえばですが、暦物語で阿良々木さんの誕生日が四月になっていた……
どこかで見た十一月ってのは間違いだったみたいです。

前に書いた短編は、脳内補完でお願いします。



>>511
現実の妹は本当にどうしようもないんですよね。
私も火憐ちゃんや月火ちゃんの様な妹が欲しい。

妹いるだけありがたいと思えよ…

こんばんは。
第十話、投下致します。

>>513
物語シリーズのDVDを見せて「あのアロハ服のおっさんが居ないとつまらん」っていう妹で良ければ

夕方、と言うのにはまだ少し早い時間。

お兄ちゃんにお昼ご飯を作って、出掛ける準備をして、火憐ちゃんに少しだけ気分転換で出掛けるとメールで伝えた私は、廃墟へと来ていた。

どうやら、友達の話によると学習塾が前に入っていたらしい。

いつ無くなったのか、むしろいつ頃あったのかは分からない。

いくら中学生のみの情報網といっても、それなりに量や質に関してはあるんだけど、それでも私の耳には今まで入ってこなかった情報だ。

この廃墟の存在も、ここ一週間でようやく知れた訳だし。

そう考えると、薄気味悪い場所だなぁ。 誰かは気付いたのかもしれないけど、恐らくこの廃墟に気付ける人なんて、数はかなり限られるのじゃないだろうか?

それに塾が入っていたなんて、到底思えないんだけど。

床とか所々穴が開いてるし、何かの怪物が暴れまわったみたいだ。

多分、誰かと誰かがバトルをしたのかもしれない。 それもかなりの勢いで。

そんなくだらない事を考えながら、歩く。

月火「……怖いなぁ」

まさかこんな所に人が居るとは思えないけど、もし居たらびっくりして気を失ってしまいそうだ。

まだ太陽は全然元気に活動しているし、幽霊なんて出ないと思うんだけどさぁ。

それでもやっぱり、怖い物は怖い。

恐る恐る、一歩ずつ、確実に探索。

一階、特に何も無し。

二階、同じく何も無し。

三階、無し。 帰って良いかなぁ。

四階、特に無し。

一応は屋上も見たのだけど、特に変わった物等は無い。

むう。 どうやら無駄足に終わったらしい。

まあ、それもそれで良かったと言えば良かったのかな。

こんな所で幽霊なんて出てきたら、それこそ来なきゃ良かったと後悔するだろうし。

月火「……かーえろ」

少しの間の探検も終わりだ。 早めに帰って火憐ちゃんを待とう。 他の方法を考えないといけないし。

そう思って、屋上から降りる。

四階の階段は、あっちだっけ。

足早に、階段へと向かう。

無事に、三階に下りる階段発見。

発見といっても、先程通ったばかりの場所だから、無くなっていたらそれこそホラーなんだけどね。

そして、下りの階段に足を掛けた瞬間。

私の肩に、手が置かれた。

月火「ひっ!」

ゆっくりと、振り返る。

背が高く。 私を見下ろしている。

……人が居た。

いや、人な訳が無い。 こんな所に人なんて、居る訳が無い。

つまりこれは、お化けだ!

月火「いやあああああああああああああ!!」

咄嗟に蹴り。

見事に命中!

蹲るお化け。

さあ逃げよう。 こんな所に居るなんて、相当頭がおかしいお化けに違い無いし。 悪趣味にも程があるよ全く。

あれ、でもお化けだからこそ、こんな所に居るのかな?

そうだとしたら、至極真っ当なお化けということになる。 これは失礼しました。 ごめんなさいお化けさん。

いやいや、そんな場合じゃない。 早く逃げないと。

で、階段を下りようとお化けに背中を向けた時。

何かが聞こえた。

このお化け野郎が、何かを喋っている?

ぶつぶつと、良く聞こえないけど。

あり得るとしたら。

……大方、呪いの言葉だろう。

どうしよう。 どうしよう。 私呪われてる? 呪われたらどうなるの?

月火「このっ!」

もう一度蹴ってやろう。 黙らせてやる!

今度はその頭だ!

時間経過。

私に呪いを掛けていたのは忍野さんだった。

正確に言えば、呪いじゃなかったんだけど。

何でも、私がそろそろここに来るんじゃないかと思って、待っていたらしい。

前にも聞いたけど、そのそろそろここに来る。 なんてどう予想しているのだろうか。 ファイヤーシスターズの参謀としては、そっちの方にも結構興味があったりする。

月火「あの、すいませんでした」

とは思っても、この状況でそれを問い質すのは違うと思うから、一応の謝罪。

多分、大分適当に頭を下げているんだろうな、私。

言い訳させてもらうと、少しばかり……本当にちょびっとだけびっくりしたのがあり、それに対してイライラしてたからだ。

忍野「良いって良いって。 気にしないでくれよ」

忍野さんは私に蹴られた脛を摩りながら、笑っている。

蹴られて笑ってるって、とんだ変態だ。 恐ろしい。

まあ、もしかしたら私の方にも落ち度はあるかもしれないかな?

でも、いきなりびっくりさせる様な行動を取った忍野さんも忍野さんだよね。 両成敗って事で。

月火「それで、私に用があった……で、いいですよね?」

忍野「うん。 何でも困っているらしいし、手伝えるんじゃないかって思ってね」

月火「……この前は、全然意味が分からない事を言っていたのに、ですか?」

忍野「いやいや、あれもちゃんとした情報のつもりだぜ」

忍野「僕は例の人に言われた通り、やっているだけだよ」

忍野「まあ、もっとも僕には協力する義理も無いんだけどね。 それでもまあ、君のお兄ちゃんとは色々とあったからなぁ」

忍野「友情出演的な感じだと思ってくれれば良いさ」

忍野さんとお兄ちゃんが友人なのかは微妙だけど。

少なくとも、お兄ちゃんと反りが合いそうには見えない。

……もしかしたら、何か脅されて無理矢理お兄ちゃんは付き合わされているんじゃないだろうか。 この人柄悪いし。

月火「お兄ちゃんをいじめないでください」

忍野「いじめてなんかないさ。 むしろ僕がいじめられる方だぜ?」

月火「え? そうなんですか?」

万が一そうだとしたら、正義そのものの私としては許しがたい事態だ。 火憐ちゃんにも相談しなければならない案件だろう。

忍野「そうそう。 いっつも毎日毎日誰かさんの悪口を延々と聞かされているんだよ、僕は」

月火「誰かさん?」

忍野「うん。 確か背はこのくらいで」

と言いながら、私の頭のてっぺんくらいに手をやる忍野さん。

忍野「で、すぐに怒るって言ってたかな」

ふむふむ。

忍野「それで「僕よりチビなんだよあいつ。 笑えるだろ」ってのが阿良々木くんの挨拶なんだ。 いや、最早あれは挨拶というよりかは口癖だね。 僕の顔を見る度に行って来るから」

ほほう。

忍野「それと、和服が好きでいつも家では浴衣を着ているらしいね」

私じゃねえか!

よし、帰ったら殺そう。

忍野「まあ、冗談なんだけどね」

……。

ダメダメ。 怒らない様に。 話を変えよう。

切り替え切り替え。

よし。

月火「友情出演、ですか」

月火「分かりました。 それで、用件は?」

忍野「本題だね。 良いよ、話そう」

忍野さんは煙草を咥えながら、続ける。

忍野「君はさ、阿良々木くんを元に戻そうとしている。 これは間違い無いかな?」

月火「はい。 お兄ちゃんの様子がおかしいので、間違い無いです」

忍野「それは、正しいと思うかい?」

忍野「今の状態でも、阿良々木くんは阿良々木くんだ。 それには違い無いだろ?」

月火「……そうですね。 そうかもしれないです」

月火「正しいか正しくないかは、分かりません。 でも、私にはお兄ちゃんが必要なんです」

忍野「今の阿良々木くんでは無く、前の阿良々木くんがって事か」

忍野「けどさ、結局それは君の都合なんじゃないか?」

忍野「ファイヤーシスターズ、だっけか。 そんな活動をしているんだろ?」

忍野「それの後始末をしてくれるお兄ちゃんの方が、都合が良いから戻って欲しいんじゃないか?」

月火「……多分、そうですね」

忍野「はは、正直者だね。 で、自分の為に阿良々木くんに戻って欲しいと。 そういう事かい」

月火「それは、少し違います」

私の為ではある。 けど、少し違うんだ。

忍野「……違う?」

月火「私と、火憐ちゃんの為にですから」

月火「それに、お兄ちゃんの為でもあると思ってます」

忍野「ははは。 そうかそうか」

忍野「だけども、阿良々木くんはそれを望んでいないかもしれない。 だとしたら、どうする?」

やはり、それを聞いて来るか。 大体予想は出来ていたけども。

それに対する答えも、私の中では出ているんだ。

月火「決まってますよ。 そんなの」

月火「殴って、無理にでも望ませます」

忍野「暴力か」

月火「愛情です」

忍野「……なるほどね」

月火「私は、何度もお兄ちゃんに助けられていますから」

忍野「違うよ。 それは君が勝手に助かっただけだ」

月火「なら……助かる手助けをしてもらっています」

忍野「……そうかい」

月火「だから、今度は私が手を伸ばさないと」

月火「別にお兄ちゃんが望んでいなくても、望んでいても。 関係無く」

忍野「それに、理由はあるのかい? 君の為だとか、阿良々木くんの為だとか、そういうのじゃなくてさ」

忍野「手を差し伸べられた事があるから、恩返しだとか。 それとも、ファイヤーシスターズの正義感からとか、そういうのでは無くて」

忍野「はっきりとした理由だ。 メリットデメリットじゃなくて、何が君をそこまで動かすのか」

月火「決まってますよ」

月火「お兄ちゃんの、妹ですから」

お兄ちゃんだったら、なんて言うんだろうな。 こんな時。

「僕の家族だからだ」 「僕の妹だからだ」

そのどちらも、言いそうだけど。

「恩返しでも、感謝でも、正義感でもねえよ。 僕には必要だから、そうしているんだ。 僕がそうしたいから、そうしているんだ」

やっぱり、これかな。

何ていうか、私も同じ気持ちだから。

だからこそ、分かるんだ。

忍野「……よし」

忍野「オッケー。 君の意思は分かった。 どこまでも君たち兄妹は似ているよ。 びっくりするくらいにさ」

忍野「阿良々木くんも随分と妹ちゃんを大事にしていたけれど、それと同じくらいに彼も大事にされていたって事か」

忍野「欲を言うなら、君の様な妹ちゃんが僕にも一人は欲しかったよ。 そこで提案だ、僕の妹になるかい?」

月火「嫌です」

忍野「はは。 そこは冗談でも、はいって言ってくれたら嬉しかったんだけど」

月火「もし、そんな話をするならお兄ちゃんにしてください」

忍野「やだよ。 殴られるのは御免だ」

忍野「さて」

忍野「それじゃあ話を戻そう。 阿良々木くんがおかしくなってしまった原因」

忍野「もっとも、僕もあそこまでになっちゃうとは思っていなかったよ。 それほど、彼にとっては君たちが大事だったって事なんだろうけどさ」

忍野「結局は彼の自業自得なんだけどね」

月火「……お兄ちゃんが何かをしたって事ですか?」

忍野「そうだ。 やってはいけない事をしたんだよ。 その結果が、今って訳だ」

月火「そうですか。 でも」

忍野「それでも正しいと思う。 かい?」

まさに、今言おうとした言葉を先回りで言われる。

お兄ちゃんのする事は、いつも正しい。

でも正しいからこそ、危ないんだ。

そしてその正しさは、自分自身を傷付ける。

月火「教えてください。 何があって、どうなったのか」

忍野「ああ、良いよ」

忍野「勿論、直接的な理由は述べられない。 強いて言うなら、それは君が自分自身で気付く事だ」

忍野「まあ、そう言っていたのも例の人なんだけどさ。 それが君の意思でもあるんだろうね」

月火「私の、意志?」

忍野「うん、だけど気にしなくても良いよ。 どうせこっちの話だ。 それに君が原因を知れば、自ずと分かる事だしね」

忍野「で、その原因の調べ方」

忍野「そのくらいなら教えても良いと、僕は勝手に判断した」

忍野「今のままじゃ、平行線だろうしね。 何よりフェアじゃないんだよ」

忍野「って訳で、調べ方なんだけど」

忍野「過去を見るより、今を見るべきだ」

月火「過去より、今……」

忍野「そうだ。 君はこの数日間、過去の自分を探していたんじゃないか?」

月火「え……は、はい。 まあ、そうですけど」

考えが、行動が全てばれている様な、そんな気さえしてしまう。

なんだかこの人は、私や火憐ちゃん、それにお兄ちゃんとは全然違う種類だ。

読まれてしまっている様で、お兄ちゃんは苦手としそうなタイプ。

忍野「それも必要な事だろうけど、それよりも今を見た方が良い」

忍野「僕が渡した紙切れだとか、伝言だとか、それにまだ君が知らない情報も、過去には無いんだから」

忍野「あるとしたら今、現在も進んでいるこの時間の中に、あるんだろうよ」

過去には無くて、今にある。

どういう意味?

月火「それって、つまり」

月火「過去を探さずに、今とその先を探せって事で良いですか?」

忍野「まあ、そうなるね」

月火「でも、一体どこを探せば良いんですか? それが分からなくて、私と火憐ちゃんは過去を探すしか無かったのに」

忍野「おいおい、君のその天然っぷりも、阿良々木くんとそっくりみたいだ」

月火「……む」

天然って。

私は断じて天然キャラじゃない。 言うならば秀才キャラだ。

けど、お兄ちゃんとそっくりって言われるのに嫌な気はしないよね。

忍野「はは。 その怒りやすさだけは、違うっぽいけど」

忍野「君が持っているメッセージは、今僕が話した事だけじゃないだろ?」

忍野「この前にも、僕は君に伝えてあるはずだけど?」

この前、忍野さんが私に託したメッセージ。

月火「お兄ちゃんといちゃいちゃすれば答えが出るんですか」

忍野「わざとだと信じたいけど、もう片方の方だよ」

強ちわざとでも無かったんだけど。

月火「ええっと、確か『灯台下暗し』でしたっけ」

忍野「そ。 それと繋げて考えてみなよ」

月火「……繋げて」

今を見る事と、このメッセージを繋げる事。

忍野「それがしっかりと繋がれば、君には分かるはずだよ」

月火「……」

忍野「過去に起きた異変じゃなくて、今起きている異変を考えれば良い」

忍野「普通とは違う事って言った方が良いかな」

忍野「阿良々木くんがおかしくなってしまった日からの事だ。 妹ちゃん、君はこの一週間を見てはいないだろ?」

確かに、そうだ。

私はお兄ちゃんが変になった原因がその前にあると思っていた。 いや、それは合っているんだ。 正しくは。

原因を知る答え。 になるのだろう。

しかし、その答えは過去には無い。

あったとしても、私じゃ見つけられないと忍野さんは言いたいんだと思う。

そんな私でも、見つけられるとしたら。

それは今を見る事。

この一週間を見つめ直す事。

この『一週間の中で起きた異変を探す』事。

それが、お兄ちゃんの悩みの原因を知る答えになる。

そういう、事なんだろう。

月火「分かりました」

月火「見つけます、答えを」

忍野「そうかい」

忍野「……阿良々木くんは本当に、周りの子達に恵まれてるよ」

月火「そうですか? 私はこう思いますけど」

月火「お兄ちゃんがああだから、そういう人が集まるんじゃないかって」

忍野「かもね。 まあ、今回の事は僕の計算違いでもあるからさ」

忍野「阿良々木くんが助かる手助け、宜しく頼んだよ」

月火「はい。 分かりました」

時間経過。

そして、私は家に帰る。

ベッドの上に体を投げ出し、思考する。

やるべき事。

探すべき事。

答えを見つける事。

この一週間を思い出す。

お兄ちゃんが変になり。

火憐ちゃんと喧嘩もした。

家をリフォームしたり。

火憐ちゃんと二人でいつもより沢山話し合った。

お兄ちゃんに料理を作ったりもした。

手紙を書いたりもした。

多分。

これは全部、違う。

異変では無く、全ては日常という言葉に当てはまる。 つまりは普遍的な物。

お兄ちゃんの様子がおかしいというのは、それが全ての始まりであって、今ではない。

過去の原因によって、そうなっているのだから。

それ以外の、もっと単純な事があるはず。

考えろ。 考えろ。

普段じゃ起きないからこその、異変だ。

単純な事。

朝起きて、ご飯を食べて、お風呂に入って、出掛けて、帰ってきて。

日常の中の、異変。 普段とは異なる事。

つまり、違和感。

月火「……」

ゆっくりと、体を起こす。

引っ掛かる事が一つあった。

一つと言うよりかは、一塊と言った感じだろうか。

今までに一度も私に起こっていなくて、ここ最近……一週間の内に何度も起きていた事。

ベッドに手を付け、目を瞑る。

そうだ。

どうしてこのベッドは『不自然に傾いて』いるのだろう。

どうして私は『何度もベッドから落ちそうに』なったのだろう。

今までそんな事は『ただの一度も無かった』のに。

この一週間になってから起きている事。 つまりは『異変』だ。

まるで『誰かがいたずらをした』ように。

まるで『何かを知らせる』ように。

僅かではあるけれど。

『ベッドは確実に床の方へ向けて傾いて』いた。

しっかりと確かめなければ分からない程の小さな傾き。

まるで。

まるでそれは。

ベッドの下に『何かがあるのを教える為に』傾いている。

そして、あのメッセージ。 忍野さんが私に渡した紙切れのメッセージ。

それを繋げて、出る答えは。

時間を確認。

一時。 夜中ではあるけれど、そこまで遅い時間では無い。

火憐ちゃんは寝てしまっている。 物音はあまり立てない方が良いと思う。

私はゆっくりと、音を立てないように、ベッドのマットレスを持ち上げた。

そこにあったのは。

大量の。

数にしたら多分、十くらいはあるかもしれない。

誰かが意図的に置いた様に積まれている、ノートだった。


第十一話へ 続く

以上で第十話、終わりです。

乙ありがとうございます。

これ終わってもまた何か書くよね? 書くよね?

こんにちは。

>>573
短編的な物は多分いくつか書きます。
長編的な物も、一応ネタはあるんですけど、時間がががが。
投下間隔が一週間に一度程になりそうですが、まったり進行で何かしら投下すると思います。

勿論、ファイヤーシスターズネタで!


という訳で、第十一話、投下致します。

月火「これって……」

間違いない、私のノートだ。

何故、こんな所に置いてあるんだろう。

誰かが置いた? 置いたとしても、何の目的で?

置ける可能性がある人は、火憐ちゃんくらいだろうか。

だけど、火憐ちゃんがそんな事をするのかな。

……今はとりあえず、誰がという疑問は置いておこう。 考えるより先に、見た方が早い。

そう思い、十冊のノートをベッドの下から引っ張り出す。

マットレスを戻して、寝転がり、ノートの束を並べる。

見た感じ、古い物では無いみたい。

しかもこのノートには一応、見覚えはある。

確かこれは、最近買ったノートのはず。 最近まとめて買ったのは覚えている。 夏休みの、前だと思うけど。

でも、どうしてそんな物がベッドの下に?

まずは、一冊ずつ確認。 そうする事で、何か分かるかもしれないし。

表紙には『作戦ノート その壱』と書いてある。 他のノートにも同じ事が書いてあり、違いと言えば数字が弐、参、と増えていっているだけだ。

だとすると、中身はどうなっているんだろうか。

順番的に考えると、壱から見るべきなのかな。

どっちにしろ全てに目を通すつもりだけども。

私は疑問を抱きながらもノートの壱を手に取り、ゆっくりと開く。

そこにはびっしりと文字が書かれていて、パラパラと捲ると、どうやらノートの最後までそれは書かれている様だった。

同様に他のノートも確認。

数分かけて、軽く流し読む。

……どうやら、全てのノートに文字が書き込まれている。 それも、隙間無くびっしりと。

そして、もう一つ気付いた事。

間違いなく、これは私の字だ。

書いた覚えなんて全く無いのに、間違いなく私の字。

……少しだけ気味が悪いけど、一体何が書かれているんだろう。

また最初のノートを手に取り、開く。

一番最初の文には、こんな事が書かれていた。

「私から私へ」

私から私?

つまりは、今読んでいる私に向けての私からのメッセージ。 って事?

それくらいしか考えられないけど……

でも、私はこんなノートにこんな文字を書いた覚えは無い。

しかしそうだ。

これは『異変』だ。 間違いない。

日常とは異なって、普段の事と変わっている。

忍野さんの言っている事が正しいならば、これが私の求めていた答えを見つける切っ掛けになるかもしれない。

なら、読むしか無いだろう。

もしかすると、何も分からない可能性だってある。

けど、読まない事には始まらないから。

そして一ページ、一ページ。

丁寧に、見落としが無いようにゆっくりと読んでいく。

そこに書かれている物は、まるでどこかのおとぎ話の様な物語だった。

火憐ちゃんが居て。 私が居て。

お兄ちゃんが居て。 忍野さんが居て。

……化物が居て。

無我夢中で読み漁る。

夜更かしなんて気にせず、読み続ける。

パズルのピースがしっかりとはまるみたいに、記憶も段々とはっきりしていくのが分かった。

ぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が、解ける様に謎が消えて行く。

そのノートに書かれていたのは、切っ掛けでも何でもない。

そのノートに書かれていたのは、私の三日間の事で。

そのノートに書かれていたのは、ただの答えだった。

私が化物に出会い、お兄ちゃんに助けられ。

いや、違うかな。 忍野さんから言わせれば「私が勝手に助かっただけ」なんだろうけど。

色々、あったんだ。

怖かったり、泣いたり、笑ったり、驚いたり。

三日間の、記憶だ。

お兄ちゃんは私の所為で現れた化物と戦って。

私に必死に手を差し伸ばしてくれたんだ。

あの神社にも、行ったんだ。 それもまた、思い出した。

私が化物に連れて行かれて、どうしようも無く怖くて。

怯えて、寂しくて。

そんな時に、お兄ちゃんは来てくれた。

私が「助けて」と言った瞬間、お兄ちゃんの顔付きが変わったのを覚えている。

多分、怒っていたんだろうな。 私のお兄ちゃんは、そうだから。 もしも私が本物の私で無くても、お兄ちゃんはただ見ているだけなんて出来ないだろう。 だから私は、お兄ちゃんが好きなのだ。

その後、そこで化物と戦って、お兄ちゃんは酷くやられて。

それでも最後まで、自分の事は二の次に私を守ろうとしてくれた。

ボロボロになっても、必死に私の前に立って、化物と戦っていた。

私はしっかりと、全部見ていたんだ。

目を逸らすなんて事、出来る訳が無かったから。

全部、しっかりと見ていた。 忘れまいと、見ていたのに。

……そして、その時は結局忍野さんが来て、化物は一旦退いて行った。

それから。

それからお兄ちゃんにおんぶされて、一緒に帰って。

私は寝た振りをしていたんだっけかな。 なんだか恥ずかしかったから。

……服を脱がされて体を拭かれていた時は起きそうになったけど。

ソファーに私を寝かせて、お兄ちゃんは一先ずお風呂へと入ったようで。

そこで、私は考えたんだ。

お兄ちゃんは多分、悩んでいたんだろう。

私がどう思っているか、分からなかったんだろうな。

そんな、顔をしていたから。

帰ってる途中、ばれない様に見た横顔はとても悲しそうな物だったから。

私がその時に言えば良かったのに、言えなかった。

私の所為で、その状態になっていて。

そんな私がいくら言っても、気休めにしかならないんじゃないかって思った。

そして、お兄ちゃんがお風呂から出てきて。 私はそれでも寝た振りをしていて。

お兄ちゃんは私を抱えて、ベッドまで連れて行ってくれて。

その後、私は起きて……とは言っても、元々寝ていなかったけど。

それから、私のベッドの上で少しお話をして。

お兄ちゃんの雰囲気が、変わったのを覚えている。

どこか安心した様な、嬉しそうな、そんな顔をしていたっけ。

私も多分、同じ様な顔をしていたと思う。

思っている事は違ったかもしれないけど、とても心が落ち着いたのを覚えている。

どこでどう一人になろうと、お兄ちゃんは来てくれるんだなと、感じたから。

信じようと、思ったんだ。

だけど、あの時お兄ちゃんが「自分の事を話すと約束する」って言った時、私の目を見ていなかった。

だから、それは嘘だと思ったんだ。 お兄ちゃんは自分で気付いていなかったみたいだったけど。

けど、それで良いとも思った。 お兄ちゃんがそれを正しい事だと信じているのなら、私もそれを信じようと。

その後は確か、私が先に言ったんだっけかな。 お兄ちゃんとその日は一緒に寝る事になって。

そして、お兄ちゃんは寝る前に、ひと言だけ私に伝えてくれた。

ああ、そういえばその時の返事もまだしてなかったっけ。

しっかりそれも、伝えないと。

……次の日は、お兄ちゃんと神社の所でお話しをしたんだ。

一人で待っているのは怖かったけど、お兄ちゃんの慌てる姿が少し見たかったのかもしれない。

予想通り、お兄ちゃんはすぐに来てくれて、他愛の無い会話をしたんだ。

それから、私が化物に願った事を話して。

いや、話す前にお兄ちゃんに当てられたんだよね。

びっくりしたけど、ちょっと格好良かったなぁ。

帰りは自転車に二人乗りをして、とは言っても私が漕がされたんだけど。 それは今でも、納得がいかないけど。

途中で火憐ちゃんと会って、お兄ちゃんが殴られていたっけ。 思い出したら、なんだか笑えてきちゃった。

その後、三人で自転車に乗って家まで雑談をしながら帰って。

とても、なんだか安らぐ時間だった。

そうじゃなかったら、私の方法なんて絶対に反対されていただろうし。

お兄ちゃんは多分、自分が死んでも私や火憐ちゃんを守るから。

けど、けどさ。 お兄ちゃん。

そんなの、私だって一緒なんだよ。

次の日は、二人で廃墟へ向かったんだよね。

忍野さんの住んでいる、廃墟に。

私の考えた作戦を話して。

採用してくれて。

それで、お兄ちゃんの顔を私は見た。

そこで、初めて気付いた。

お兄ちゃんが何かを考えていると。

私にも知らせない何かしらの方法を考えていると。

それから、私は隣の部屋に移動して。

考えた。

お兄ちゃんは、私に何をしようとしているのかと。

性格とか、今までの事とか、行動とか。

自分の事を話さない理由は? 方法は?

お兄ちゃんの性格からして、私が迫るのを拒むのは無理だ。 お兄ちゃんの体の事を問い質せば、いつかは絶対に口を割る。

だからつまり。

私がお兄ちゃんの体の事に興味を失くせば良い訳で。

その方法で考えられるとしたら。

今までの、常識を一旦全て外して、出せる答えは。

そういうのを含めて、考えた。

そしたら、案外すんなりと答えは出てきたんだ。

お兄ちゃんは、今回の事を無かった事にしようとしているんじゃないかって。

方法とか、具体的に何をするかとかは分からなかったけど。

だから、私は残した。

お兄ちゃんのことだから、どうせ後になって後悔するんだろうなって思って。

それに、私を除け者にしているのにちょっとだけ腹が立って。

お兄ちゃんは多分、すっかり忘れているだろうけど。

私は言う事を聞くけどさ、守らないんだよ。 そんな事。

そうして、私はこのノートに書いたんだ。

その三日間にあった事を全部。

ノートは家に着いた時に、このベッドの下に隠した。

だからそこまでしか書かれていないんだけど。

そこまで思い出せれば、十分だ。

後の事は自然と思い出す。 あの後は。

神社へ行って、お化けとお兄ちゃんが戦って。

正直、お兄ちゃんはやっぱり弱かったけど。

いや、強いのかな。 お兄ちゃんは多分、強すぎるんだ。

だからこそ、弱いのかもしれない。

それで私が、お兄ちゃんごとあの化物を刺して。

お兄ちゃんは気を失って、私は泣いて。

今度は廃墟へまた戻って。

最後に。

最後にお兄ちゃんとキスをして、お兄ちゃんは私の記憶を。

消したんだ。

私はその時、賭けには勝ったと思っていた。 私も私で、ノートを残すという選択を取っていたから。

それに忍野さんにこっそりと渡したメッセージも、しっかりと私の元に届いている。

こうして、ベッドの下のノートにも気付けた。

しかし、誤算が二つ程あった。

一つは、時間が掛かりすぎてしまった事。

あの時の私は、この計画は二、三日で終わると思っていたんだ。

だけど、一週間も掛かってしまった。

……もうちょっと分かり易いメッセージにすれば良かったかな。

そういえば、忍野さんが渡してくれたメッセージ。

あれを見た私は「これを書いた人は随分と捻くれている」なんて思ったけど。

まさか自分の事だったとは。 客観的に見たら、私って捻くれているのだろうか。

そしてもう一つ。

予想以上に、お兄ちゃんの受けたダメージがでかかった事。

私は何にも分かっていなかった。

無理にでも断っていれば、こうはならなかったのかもしれない。

あそこで、お兄ちゃんの意見に反対していれば、変わったのかもしれない。

でもそれは出来なかった。 お兄ちゃんの意思を無駄にする事が、出来なかった。

第三者から見ればそれを強さというかもしれないけど、私はどうしようも無い弱さだと思う。 他人任せにしてしまった、自分の弱さ。

……いや、他人ではないか。 家族なんだから。

私は信じすぎて、信じるから頼るになっていたのかもしれない。

けど。

思い出せた。

時間は掛かったけど、どうしようも無く遠回りだったけど。

こうして、思い出せた。

今すぐにでも、お兄ちゃんの部屋に行って話をした方が良いんだろう。

しかしどうにも情けない事に、睡魔には勝てない。

化物にも、お兄ちゃんとの賭けにも勝って、睡魔に負けるなんて。

なんだか情けない限りだけど。

時計に目をやると、既にお昼過ぎ。

うっそ。 ずっとこうしてノートを読んでいたというのか。

火憐ちゃんも声を掛けてくれれば良いのに。

そう思い、二段ベッドから下を見る。

ああ、声を掛けるのは無理だったみたい。

火憐ちゃんは床で寝ていたから。

昨日は結局、帰ってきたの夜だったし。 疲れていたんだなぁ。

私はこのまま、この状態で無理にでもお兄ちゃんの部屋に行っても良かった。

今すぐにでも話したいという気持ちはある。

けど、私はやっぱり一度寝よう。

気持ちを整理して、頭を整理して。

それで、お兄ちゃんとは向き合いたいから。

今のお兄ちゃんには、こんな状態で話しても逆効果になってしまうかもしれないから。

私も一緒。 忍野さんと一緒だ。

忍野さんも、お兄ちゃんがあそこまでになるとは考えていなかったはず。 現にそう言っていたし。

私もそう、お兄ちゃんがああなってしまうなんて事は、思っていなかった。 あの時の私を叩いてやりたい気分だ。

それはつまり、私達がそれだけ、大切にされているという事だろう。

それだけ、お兄ちゃんにとって私達は、大事なんだろう。

自意識過剰でも、自信過剰でも無く。 そう思わなければいけない。

それは結局、私達も自覚を持たなければいけない事だから。

同じくらい、お兄ちゃんの事を大切にしなければならないから。 大事にしなければならないから。

だから、中途半端な状態では会いたく無い。

それが私の為にも、お兄ちゃんの為にもなんだと思う。

しっかりと向き合って、話さなければならない。

私が思う事も、お兄ちゃんが思う事も。

もう絶対に、すれ違いたく無いから。

お兄ちゃんも、私達から見れば、それこそヒーローみたいにも見えてしまう。

けど、それ以前に人間だ。

笑いもするし、怒りもするし、泣きもする。

怖がることもあるし、照れる事だってある。

そういう、どこにでも居る人間なんだ。

そして。

私の、お兄ちゃんだ。

私は私らしく。

最後の最後まで捻くれてやる。

それが、この物語を変えるのに必要なこと。

忘れ物は、全て回収し終えた。

後は考えを纏めて、十分に休んで。

エンディングを迎えるだけ。

完。 って文字が見えるまで何が起きるのかは分からないけど。

だけど絶対に、ハッピーエンドにしてみせよう。

それしか私は、認めない。

さて、そろそろ一旦寝ないと。

丁寧にベッドの横に「起こさないで」と書いた張り紙を貼り付けて。

間に合ったなんて言葉は絶対に言えないけど。

私は私なりの、一週間を歩んだ。

そしてようやく、答えを見つけた。

私以外の人なら、もっと見つけるのは早かったかもしれない。

たとえば羽川さんだったり、彼女さんだったり、他のお兄ちゃんの友達だったり。

その人たちなら、私とは違う方法で答えを出していたのかもしれない。

けど、それでもこの答えは私の物だから。 私がしっかりと決着を付けるべきなんだ。

私が見つけた、私だけの忘れ物だ。



だから、ごめんなさい。

もう少しだけ待っていて、お兄ちゃん。


第十二話へ 続く

以上で第十一話終わりです。
乙ありがとうございます。

一応明日、第十二話と後日談にて完結予定となっております。

こんばんは。
第十二話投下致します。

七日目。 深夜。

今日で、作戦開始七日目。

とは言っても、昼夜逆転したのもあり、何だか時間感覚がおかしいけど。

起きたとき、床に落ちそうになっている事も無く。

また、変な夢を見る事も無かった。

もやもやとした気分でも無く。

気持ちはすっきりと、落ち着いている。

話すべき事の整理もした。

頭の回転も、大丈夫だろう。 恐らくはいつも通りだ。

火憐ちゃんには、一度だけ私に全部任せてくれないか。 と、伝えてある。

そうしたら火憐ちゃんは「始めから似たような物だろ? 頼んだよ、月火ちゃん」と言ってくれた。

だからこそ、落ち着けたのかもしれない。

火憐ちゃんはもう寝てしまっているから、ここからは何があっても私一人でやらないと。

もう寝てるって言っても、普段なら私も寝ている時間だし、当然なんだけどね。

それにしても。

一週間、短いようで長かったなぁ。

ハッピーエンドにしても、バッドエンドにしても。

今日で、終わりだ。

行くべき場所は、お兄ちゃんの部屋。

起きているのは確認が取れている。 先程、リビングから部屋に戻って行く音が聞こえたから。

お風呂にでも入っていたんだろう、きっと。

さて。

そろそろ行こう。 私と火憐ちゃんのお兄ちゃんに会いに。

ゆっくりと、扉を開く。

部屋に入ると同時に、声を掛けて。

月火「お兄ちゃん、入るよ」

そう言いながら、部屋に足を踏み入れる。

中は相変わらずの真っ暗。

開かれたカーテンからの月明かりだけが、部屋の中を照らしていた。

月火「電気も付けないで、気分が落ち込んじゃうよ」

いつも通りで、歩み寄る。

いきなり全部思い出したとか言って、混乱させてしまうのは嫌だから。

月火「本当に、大丈夫?」

一歩一歩、お兄ちゃんに近づいて行く。

暦「……悪い、出て行ってくれ」

お兄ちゃんは冷たく、私に向けてそう言った。

私はそれを受け、一旦は足を止める。

けど、それも本当に少しの間だけ。

再度、足を動かす。

もう、迷うのはやめた。

月火「でも、毎日そうやってるのに、放って置けないよ」

だって、私はお兄ちゃんの事が好きだから。

迷惑掛けて、助けてもらって、心配してもらって、信用してもらって。

なのに、見過ごせないよ。 歩み寄るな。 なんて言われても、無理な話だよ。

暦「頼むから、出て行ってくれ」

私の顔を見る事もせず、お兄ちゃんは言う。

こんなにも、傷付いてしまっていたのか。

私はお兄ちゃんをここまで、傷付けていたのか。

月火「断る。 お兄ちゃん変だよ?」

私は、何を言っているんだ。

そんな理由、分かりきっているのに。

そうさせたのは、私だと言うのに。

結局は、認めたく無かったのかもしれない。

自分の所為で、お兄ちゃんがこんな事になっているのを。

とことん捻くれている妹の様だなぁ、私は。

そしてゆっくりと、またお兄ちゃんに近づいていく。

月火「たまには外に出ようよ。 どっか遊びに行く?」

ベッドの上にあがり、お兄ちゃんに更に近づいて。

暦「……出て行ってくれ」

頑なに、私の方を見ないお兄ちゃん。

いつまで顔を背けているのさ。 なんだか少し、むかつく。

月火「お兄ちゃん」

そして顔を覗き込むように、私は言う。

お兄ちゃんとの距離は近かった。

壁に背中を預け、ベッドの上に座り込むお兄ちゃんの目の前まで、私は来ていたから。

お兄ちゃんもようやく、私の方に顔を向ける。

多分それは、つい。 と言った感じだろうけど、私の方をやっと見てくれた。

だけども。

暦「出て行けっつってんだろ! 早く出て行けよ!!」

お兄ちゃんは怒鳴り、私を突き飛ばす。

そんな事は当然予想していなかった私は、何も身構えていなくて、体が宙に浮かぶのが分かった。

驚く間も無く、床に叩きつけられる。 さすがに壁までは飛ばなかったけど、それでも少し……痛い。

だけど、そんな体の痛みよりも、お兄ちゃんをこんな状態にしてしまった私自身が、どうしても許せなかった。 胸が苦しかった。

月火「……お、お兄ちゃん」

ごめんなさい。

なんて事は言えない。

言おうとしても、言える訳が無い。

謝っても、どうにかなるなんて段階は、とっくに過ぎてしまっているから。

それに、ここで謝るという事は、それはつまり退くという事と同じだ。 それは、嫌だ。

……よし。

とりあえず、一旦ぐだぐだと考えるのはやめだ。

思った様に、感じた様に、行動しよう。

なんだか今ので、全てが吹っ切れた。

……ていうかだよ?

私としてはさ、ここでお兄ちゃんが「月火ちゃん……お前って奴は」みたいな展開になるのを期待していたのに。

まずは、そうだ。

何このお兄ちゃん野郎は可愛い妹を突き飛ばしているんだ。

折角、可愛い妹が心配してベッドの上にまであがって可愛い顔を見せたと言うのに、とんだ恩知らずお兄ちゃん野郎だ。

はああ。

むっかつくむっかつく! 月火ちゃんちょっと、怒っちゃいましたよーだ。

暦「……ごめん。 出て行ってくれ」

はあ!?

ごめんで済んだら警察いらないし! てか顔も見ずに何言ってるんだ!

そこは優しく手を取って一緒に寝る場面じゃん! 違うかもしれないけど!

と、に、か、く。

すっごく、むかついた。

立ち上がり、お兄ちゃんに近づいていく。

どうやらこの馬鹿お兄ちゃんは、私が部屋を出て行く為に立ち上がったとか思っているのだろう。 ふん、そんな訳あるか。

ベッドの上までジャンプであがり、お兄ちゃんを無理矢理仰向けにする。

で、その上に馬乗り。

月火「ごめんで済むと思ってるの!? 私の事を突き飛ばしておいてさ!!」

顔を両手で抑え、無理矢理に私の方に顔を向けさせる。

月火「ばーかばーか!」

月火「私が、私がどれだけこの一週間頑張ったと思ってるの!? お兄ちゃんがそんなんだから、私も火憐ちゃんも大変だったんだから!」

月火「火憐ちゃんとは喧嘩もしたし! パパとママには怒られたし! お兄ちゃんにはご飯も作ったり! 家の中を色々いじったりさ!」

月火「なのに、お礼の一つも無いなんて許せない! とんだ馬鹿お兄ちゃんめ!」

お兄ちゃんは呆気に取られ、何も言わない。 いや、言い返せないのかもしれない。

私はそんなのは気にせず、続ける。

月火「お兄ちゃんの為に色々頑張ってさ、どうやったら戻ってくれるのかって火憐ちゃんと話してさ」

月火「……それで、全部失敗しちゃってさ」

月火「でも、それでも最後に私は見つけたのに」

月火「なのに! こうして部屋にまで来た私を突き飛ばすって、火憐ちゃんが男の子でしたってくらいあり得ないよ!!」

月火「お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんて!」

大っ嫌い。

そう、言おうと口を動かそうとしたんだけど。

月火「……大好きだよ」

勝手に、そう言っていた。

勝手にじゃない……よね。 これは、私が思っている事だ。

私は、大好きなんだ。 お兄ちゃんの事が。

なら、全部伝えよう。 私は、思うように口に出そう。

この一週間、ずっと想ってきた事を。

月火「好きだよ……お兄ちゃん。 だから、そんな顔はもうしないでよ」

月火「私、しっかりと出来たからさ」

月火「また一緒にお風呂に入ったりさ。 お話したりさ。 お兄ちゃんの部屋で変な空気になっても、私は嫌じゃないからさ」

月火「だから、また一緒に遊ぼうよ。 お兄ちゃんがいないと、どうしようも無くつまらないんだよ」

月火「全部……全部、思い出したから」

気付けば、私は泣いている。

涙がぼろぼろと、溢れている。

暦「つき……ひちゃん?」

お兄ちゃんがやっと、私の名前を呼んでくれた。

月火「お兄ちゃん、もう大丈夫だから」

暦「お、お前。 思い出したって……何、を?」

月火「全部だよ。 あの化物と戦った事も、お兄ちゃんと一緒に寝た事も、お兄ちゃんと一緒に戦った事も」

月火「怖かった事も、笑った事も、泣いた事も」

月火「お兄ちゃんが、私の記憶を消した事も、全部だよ」

私は精々笑っている様に見せ、言った。 そんなのなんとも思っていないとでも言うように。

暦「そ、それって」

目を見開き、お兄ちゃんは私の顔を見る。

月火「待たせてごめんね、お兄ちゃん」

暦「つ、月火ちゃん……僕は、僕は……う……ううう!」

私がそう言うと、お兄ちゃんは泣き出してしまった。

それからしばらくの間。 多分、一時間くらいの間。

私は泣いているお兄ちゃんをずっと、抱き締めていた。

暦「ごめん、ごめん。 本当に、ごめん」

さっきからずっとこんな調子だ。

お兄ちゃんは私に謝り通し。

月火「もう謝らないでよ。 私の作戦勝ちなんだからさぁ。 だから言ったじゃん」

月火「ファイヤーシスターズの参謀を侮らない方が良いよって」

月火「お兄ちゃんの秘密も、しっかりと聞いてあげるからね」

暦「そうだったな……月火ちゃん。 本当に、ごめん。 許してくれ」

未だに泣きながら、お兄ちゃんは私に向けて言ってくる。

月火「だから良いって。 確かに一週間大変だったけどさぁ」

月火「私も、お兄ちゃんに頼りすぎちゃってたし」

暦「そんなの、当然じゃねえかよ。 僕は……月火ちゃんの」

暦「ああ、いや」

月火「何で黙るのさ。 お兄ちゃんだからって言いたいんでしょ? だったら私はお兄ちゃんの妹だから、だよ」

月火「……まあ、けど」

月火「難しく考え過ぎてたのかもね。 頼るだの、頼らないだの」

暦「……ああ。 どうしようも無く、その……兄妹、だからな」

月火「あのさぁ。 さっきから兄妹って言葉を使うとき、なんで言い辛そうにするのさ」

暦「そ、それは。 なんつうか、お前に酷い事したしさ」

暦「……気軽に、言えないっていうか」

月火「ばーか!!」

月火「私のお兄ちゃんはお兄ちゃんしかいないんだから、しっかりしてよね、もう」

月火「言ってたじゃん。 私の兄で居る事を諦めないって」

月火「なのに、そんな簡単に諦めちゃって……見損なった!」

暦「……ごめん」

月火「だから謝るなー! 別に見損なったとは言ったけど、それが嫌だとかお兄ちゃんの事が嫌いだとか、そういう意味じゃないし」

月火「元々、お兄ちゃんになんて期待してないよ!」

暦「そう……だよな」

あーもう!

なんでこうクヨクヨしてるのさ。 むかつくなぁ!

月火「よし、お兄ちゃんこっち向いて」

暦「え? 何だよ、急に」

言いながらも、こっちを向くお兄ちゃん。

いくぞー。

パチン。 と部屋中に響き渡る。

思いっきりビンタしてやった。 ざまあみろ。

月火「どう? 気合い入った?」

暦「いってえええええ!! お前! 本気でやるんじゃねえよ!」

月火「いやいや、だって大丈夫でしょ。 お兄ちゃん不死身なんだからさー」

暦「お前ら姉妹は本当に似てるよな! まずは僕をサンドバッグにする辺りとか!」

月火「で、どう? 気合い入った?」

私が聞くと、お兄ちゃんは叩かれた頬を押さえながら、呟くように言う。

暦「……気合いというか、気持ちは伝わったよ。 月火ちゃんの」

月火「そっか。 なら良かった」

暦「あのさ、月火ちゃん」

月火「ほい?」

暦「本当に、悪かったよ。 ごめんな」

月火「はーもう。 お兄ちゃんってやっぱり、直接言わないと駄目だよね」

だってそうしないと、何にも分かってないんだから。

私が言って欲しい言葉も、なーんにも分かってない。

まあ、それがお兄ちゃんらしくて、良いんだけどね。

月火「もっと違う言葉があるじゃん。 それを当てる事が出来たら許してあげるよ」

私は笑いながら、お兄ちゃんに言う。

暦「違う、言葉」

お兄ちゃんもすぐに気付いた様で、泣きながらも笑い、口を開く。

暦「ああ、そうだった。 そうだったな」

そう言って、私の方に向き直った。

やっと分かったか、この馬鹿お兄ちゃんめ。

一週間、長かったなぁ。

いや、短いって言った方が良いかな?

不思議な一週間だったよね。 これだけ体を動かしたり、頭を使ったのってどのくらい振りだったんだろ。

けど、そんな一週間も終わり。

学んだ事はいっぱいある。 考えさせられた事もいっぱいある。

何度も迷ったりもしたけども。 何度も駄目かと思ったけど。

それでも、道を見つけられた。

多分、お兄ちゃんと火憐ちゃんが居るから、私は弱くなってしまうんだろう。

二人に、頼りすぎてしまうから。

だけども、お兄ちゃんと火憐ちゃんが居るから、私は強くなれるのだろう。

二人の為になら、何にでも向き合えるから。

時に喧嘩もするけど、それでも私達は兄妹なんだから。

当たり前だけど、何よりも強い関係なんだろうな。 きっと。

暦「月火ちゃん」

月火「ほいほい」

お兄ちゃんは涙を零しながら、口を開く。

暦「月火ちゃん、ありがとう」

いつか私に言ったその言葉。

あの時は何にも返せなかったけれど。

今なら返せる。 だから私は言う。

月火「どういたしまして、お兄ちゃん」

それと、ありがとう。

少しだけ長かった夏休みのお話。

私達はきっと、これからは並んで歩けるのだろう。

忘れ物は、もう何も無い。

お兄ちゃんが居て、火憐ちゃんが居て、私が居て。

どこでどう一人になっても、絶対にどこかで繋がっているのだから。

それが家族、兄妹。

決して、切れない絆なのだろう。

だから私は、今が楽しい。

それは多分、これからも。


第十二話 終

以上で第十二話、終わりです。

少し時間置きまして、後日談投下致します。

こんばんは。
後日談、投下致します。

今回の後日談。

翌朝、お兄ちゃんはいつも通り私達に起こされる。

「もう少しだけ」とか「後ちょっと」とか言っているのを聞いて、私と火憐ちゃんは顔を見合わせて笑った。

その後、お兄ちゃんが起きてからは火憐ちゃんにも謝って、お礼を言って、火憐ちゃんは一回の肩パンで済ませたらしい。

なんか、物凄い音がその時聞こえたんだけど、骨とか大丈夫なのかな。

まあ、それは良いとして。 いや、その日からしばらくお兄ちゃんが肩を抑えてたのは言わない方が良いとして、という意味。

なんだか火憐ちゃんは肩パンにはまっているらしく(はまる物がちょっと良く分からない)いつか私もその毒牙に掛かる日がやってきてしまうのだろうか。 なんて思ってしまう。

ああ、それと。

それとしばらくの間、お兄ちゃんは私と火憐ちゃんに頭が上がらなかったのは書いておこう。

これはもう、これから先何十年も残しておきたい記録だよね。

たとえば。

三人でご飯を食べている時、私が独り言の様に「水欲しいな」と言えばすぐに取ってきてくれる。

火憐ちゃんが独り言の様に「あー、風呂入りてえな」と言えばすぐにお湯を沸かしに行ってくれる。

こんな感じ。

うーん。 実に気分が良い物だ!

気分は良いと言ったけれど、違和感もある。 けれど、お兄ちゃんがそれで良いなら良いのかな?

とは言っても、いつまでもそんな状態だったら、さすがに困るんだけどね。

困る、か。

ああ、そうだ。 それで一つ思い出したよ。

困るといえばそうだ。 お兄ちゃんがデレた。

いやいや、本当に気持ち悪いくらいに。 くらいじゃないや、はっきり気持ち悪い。

例を出すならば……

私がソファーでごろごろとしていると、お兄ちゃんがやってくる。

で、開口一番「なあ、月火ちゃん。 キスしよう」とか言ってくるのだ。 どんな兄だ。 普通に考えてあり得ない!

いや、それもあの時に私が「お兄ちゃんの部屋で変な空気になっても嫌じゃない」とか言ってしまった所為かもしれないけど。

でも、限度があるでしょ!

火憐ちゃんは火憐ちゃんで、そう言われると「おお、良いぜ兄ちゃん」とか承諾しちゃってるし!

それを止める私の苦労も分かって欲しい。 大変なんですよ。

……一応。 別に火憐ちゃんとお兄ちゃんがキスをするのが、気に入らないって訳じゃないから。

で、他にも色々とある。

お風呂に入っていれば何事も無いように入ってくるし。

ご飯を食べていたら「火憐ちゃん、月火ちゃん、あーん」とかしてくるし。

気付いたら私達の部屋に来ているし。

朝は毎日「行ってらっしゃい」って玄関前で行ってくるし。

帰ると必ず「おかえり」と玄関前で挨拶してくるし。

その辺りは、どんだけ暇なのだろうと思ってしまう。 数少ない友達関係に、ひびを入れてなければ良いけど。

それからそれから。

「今日は何して遊ぶ?」と当たり前の様に聞いてくるし。

最近ではその所為で、ファイヤーシスターズに一人新たに加わった。 とか噂されてしまっている。

いい迷惑だ!

で、後もう一つ。

これが、どう考えても一番酷い。

時間的に、そろそろだろうか。

ガチャ。 と部屋の扉が開かれる音が聞こえた。

うわ、本当に来たよ。 今日もなのか。

暦「よう、火憐ちゃんに月火ちゃん。 まだ起きてるか?」

夜の二十三時頃、お兄ちゃんが部屋にやってきた。

火憐「ん? 兄ちゃんか、どうしたんだよ」

暦「ああ、ちょっとお前らに用事があったんだよ」

はあ。

火憐ちゃんも火憐ちゃんで、毎日起こるこの強制イベントを忘れてしまっているし。

だからこそ、こうなっているんだと思うけどさぁ。

月火「で、お兄ちゃん。 一応聞いてあげるけど、その用事って?」

暦「そんなの決まってるだろ」

暦「僕の部屋で、三人で寝ようぜ」

出たよ。 シスコンお兄ちゃん。

そして、この展開になった時点でオチは決まっているんだ。

火憐「良いなそれ。 一緒に寝るか!」

火憐ちゃんも火憐ちゃんだよ、全くもう。

月火「あのさ、お兄ちゃん。 いくら兄妹でも毎日一緒に寝るのはどうかと思うよ。 一応私達ってそれなりに年頃なんだしさ」

暦「んだよ。 じゃあ仕方ない、火憐ちゃんと一緒に寝るよ」

火憐「だな。 行こうぜ兄ちゃん」

で、二人は部屋を去っていく。

……。

……。

月火「私も行くから!」

火憐ちゃんが心配なだけです。

放っておけないんです。

ブラコンって訳じゃないです。

お兄ちゃんの事は好きだけど、一緒に寝たい訳じゃないです。

で、今日もまた三人で一緒に寝る事になるのでした。

めでたしめでたし。

こんなオチで、本当に良かったんだろうか。

まあ、どっちにしろ。

私のお話は、これにて終わり。

私が行き遭った怪異(ああいう化物の事をそう言うらしい)と、お兄ちゃんのお話。

ただの兄と、妹の物語。

馬鹿正直な兄と、どうしようも無く捻くれた妹の物語。

これにて、完。

七日目、結果報告。

作戦終了!

今日は沢山泣いた。 沢山笑った。

お兄ちゃんの気持ちを聞いて、私の気持ちを話して。

思い出話も沢山した。

約束通り、お兄ちゃんの体の事も聞かせてもらった。

お兄ちゃんはお兄ちゃんで、大変だったんだろうな。

とにかく。

最後にこうして、良い事が書けて良かった。

次にこの結果報告を書く事は、無いと信じて。

私やお兄ちゃんには、もう必要の無い物だから。

だけど、このノートは残しておこう。

嫌な事も、良い事も。

それは等しく、思い出なのかもしれない。

前向きだなと言われれば、そうですねと返す。 それで良いと思うから。

少なくとも、後ろ向きには考えたくない。

だってさ、後ろなんて向いていたら、次に進めないじゃん。

私やお兄ちゃんもまだ子供なんだから。

お兄ちゃんは、もう殆ど大人だろうけど。

でも、だからこそ。

前に進まなければいけないんだと思う。

先へ、未来へ向けて。

これからどんな事があっても、それは私の思い出になる。

少なくとも今日の事は一生、忘れる事は無いだろう。

たとえ、誰かさんに記憶を消されたとしても……ね。

それじゃあ、お兄ちゃん、火憐ちゃん。

おやすみなさい。

それと、ありがとう。

最後に、どういたしまして。


つきひミッション 終了

以上で、つきひミッション完結となります。

最後にもう一つだけ、後日談。

後日談というか、今回のオチ。

僕は、月火には一生謝り通しても謝り切れない。

それだけの事をしたという自覚はあるし、今回の件に全く関わりが無い第三者が見たとしても、同じ意見だろう。

だからといって、月火はそれを望んでいない様だし、僕も無理に謝り続けようとも思わない。

これからはもっと、火憐とも月火とも向き合っていかなければならないのだが、そんな事には迷いなんて、もう無かった。

僕の想っている事も全てぶつけて、月火が想っていた事も全てぶつけてくれたから。

こいつはどうやら一週間、僕の為に東奔西走していたという。

火憐とぶつかりあったとも、言っていた。

こりゃ、どうやら火憐の方にも頭を下げないといけないなぁ。

まあ、別にそれくらいの事なら何回でも、何百回でもしてやると今の僕は思っているけども。

してやる。 では無いか、させてもらう? 少し違うかな。

とにかく、そんな感じ。

どんな感じだよと、自分でもツッコミを入れてしまいたくなるが、僕のこの気持ちは僕だけが分かっていれば、それで良いのだろう。

月火がもし、あのまま何も思い出さなかったら、正直ゾッとしない結末になっていたと思う。

その分を考えれば、月火の言っていた事は正しかったのかもしれない。

謝るのでは無く、もっと別の言葉を使えと。

そうだな。

僕は二人に、火憐にも月火にも感謝をしないといけない。

二人が「もう良いよ」と言うまで、それは毎日続けてやろう。

いや、もう良いよでは駄目だな。 うーん……「やめてください」と言うまでにしておこうか。

それが良い。

さて。

先程まで泣いたり笑ったり忙しかった月火は、今は僕のベッドですやすやと寝ている。

月火の話では、起きたばっかりとの事だったが、夜という物はどうにも強制的に睡眠をさせてしまうのだろうか。

或いは、ただこいつがよく寝るだけってのも考えられるけど。

しかしここは、一週間の疲れが一気に出た。 というのが正しいかな。

これからは多分、今よりももっと厄介ごとに巻き込まれるのだろう。

全てを話してしまった今、それはもう仕方の無い事なんだけど。

あれだけ痛い目を見ておいて、未だに僕はこれが正解だったのかが分からない。

月火が聞けば、間違い無く怒りそうな想い。

もしかしたら、共感してくれるのかもしれないけど。

まあ、それは考えるだけ無駄って物だ。 僕はこの想いを心のどこかに仕舞っておく事にしたから。

そして、忍の事も全て話した。 僕が今も尚、半分吸血鬼になっている事も。

火憐は確か、その話をした時に「兄ちゃんは兄ちゃんだ」と言っていた。 あいつ自身、怪異の所為でそれは忘れてしまっているけれど。

月火も同じ様な事を言うのかな、と思っていたのだが……現実は少し違う。

月火は「良いね。 半分化物のお兄ちゃん、憧れるよ!」なんて事を嬉しそうに言っていた。

憧れてどうするんだよ。 つうかなんでそんな嬉しそうなんだよ。

まあ、それに対する僕は「はは、もしかしたら月火ちゃんも化物になる日が来るかもな」と笑えない冗談を言ったのだけれど。

んで、もしそうなったとしても、僕はいつだってお前の兄だよ。 とも言っておいた。

多分、いつの日か、その日はやってくるのだろう。

月火が自分の正体に気付いて、どうしようも無く迷う日が。

それはもしかしたら明日かもしれないし、寿命を迎える直前かもしれない。

そんな時は、今度は僕が道案内をするべきなのだろう。

人はいつだって、誰かに道を教えて貰いながら歩いている。

人生に正しい地図なんて無いし、その人生は支えられて、教えてもらって、歩む物だから。

僕が今回、月火に道案内をして貰った様に、その時は僕が教えてやろう。

……いや、僕達の場合は少し違うかな。

僕も火憐も月火も、人に道を教えてあげられる様な出来た人間じゃねえし。

一緒に歩く。 が正しいだろう。 この場合は。

そうなると今回、足を止めたのは僕の方だろうな。 或いは、火憐と月火とはぐれた。 と言った所か。

さておき。

僕には一つだけ、やり残している事がある。

月火とこのまま仲良く寝ても良いのだけど、そのやり残している事だけは先に済ませておきたい。

善は急げ。

『少しだけ出掛ける。 心配する様な事はしないから、もし起きても気にするな。 軽い散歩とでも思ってくれれば良い』

との書置きを残し、僕は家を出る。

向かう先は、北白蛇神社。

賽銭箱に小銭を入れ、二礼二拍手。 手を合わせ、願い事。

確か正しい作法だと、鳥居に対しても一礼するんだっけか?

それとこれはかなり一般常識になると思うけど、参道のど真ん中は歩いてはいけない。 とは有名な話だ。

まあ、思い出したのが今……つまりは賽銭箱の前に居る時点で、大体の予想は付くと思うけど。

後悔先に立たずということだ。 もうそれは過ぎてしまった事だから。

まあ別に、この神社で本当に願い事が叶うとは思っていないし、願掛けみたいな物だと思っておこう。

そんな失礼な僕が、何を願ったかというと。

「世話になったな。 忍野と、忍野の姿をした化物野郎」

「僕は、僕の道を歩くよ。 妹達と一緒に」

最早、願いとは言えないか。

それに、あの化物がここで死んだからと言って、ここに残っている訳でも無いだろうに。

今思えば、あの化物は僕の考えを全て理解していたのでは無いか、とも思えてきてしまう。

月火が考えたあの作戦、あれも見透かされていたのだとしたら。

だってそうだろ。 あの化物は忍野の記憶すら持っているんだから。 当然、あの花粉があったことも知っていたはずだ。

そして、それを受け入れたって事は……つまり。

あの化物もまた、お人好しだったって訳にもなるのかな。

……いや、僕如きがこんな予想を立てたところで、それを証明する奴はいないし、ましてやあの化物が僕を殺そうとしたのは事実だ。

最後まで余計な事は考えずにいた方が良いか。

それともう一つ、本物の忍野は別に死んで無い。 少し祭り上げたくなっただけだ。

さて。

あまり長居してもあれだ。 いくら書置きを残してあると言っても、月火が起きてしまっていたら、帰ってから説教されそうだ。

一番怖いのは忍野でもドッペルゲンガーでも無く、月火なんだから。

そろそろ夜も明けるだろうし、僕は僕の家に帰るとしよう。

明日はとりあえず、火憐に謝って、お礼を言って、しばらくの間はあいつらの言いなりになるのも悪くは無い。

幸い、明日で夏休みは最終日な訳だし。

勿論、あいつらの行動を全て肯定する訳では無い。

命知らずというか、無鉄砲というか、そんな部分もあるからなぁ。

……ま、それは僕も一緒か。

そりゃそうか、兄妹なんだから、当然だ。

だからこそ守られるし、守ってもやらないとな。

そうして、僕は神社を後にする。

その帰り際、空を見上げると名残惜しそうに輝いている月が見えた。

危ない危ない。

肝心の挨拶を忘れる所だった。

月に向かって僕は一礼し、手を合わせる。

何を願ったかというと。

これは、秘密ということにしておこう。

これもまた、僕だけが知っていれば良い気持ちなのだから。

ちなみに、僕がこれから家に着いて、自分の部屋に入って、最初に見る光景はベッドの上で正座をしている月火な訳だけど。

それはまた別の話という事で。

ぐだぐだと長くなって申し訳ない限りだが、そろそろ纏めるとしよう。

全てが終わり、僕は家に帰る。

夏が終われば秋が来る。

それと同じ様に、一日が終われば一日が始まる。

問題ごとが一つ終われば、また問題ごとが一つやってくる。

色々と忘れ物が多かった今回の話だけども。

僕の忘れ物は、しっかりと思い出せた。


つきひドッペル 完

以上で完結です。

全三作、お付き合い頂きありがとうございました。

それと、乙ありがとうございました。

スレにまだ残りがあるので、短編を三本程書く予定です。
時系列的には、今回の話よりも前の話と後の話、後は阿良々木くんがこの後家に帰ってからの話となります。

それでは、一旦失礼します。

明日投下出来れば、明日の投下となります。

こんにちは。
短編投下します。
今回の話から一年前くらいのお話です。

今更ながら、一年前の事を語ろう。

今から大体一年前。

僕が高校二年生で。

火憐が中学二年生で。

月火が中学一年生で。

そんな時の事を今更ながらに語ろうと思う。

僕のくだらない発言と、火憐の暴力的な行動と、月火の感情的な行動を。

この話には、山も無ければ谷も無い。

あるとするならば多分、ただの平野だけだろう。

その平野にある石ころに躓いた、ちょっとだけ面白おかしい話。

怪異が絡んでいる訳でも無く、何かしらの事件が絡んでいる訳でも無く。

絡んでいるとするならば、僕と妹達の想いだけだ。

あの日は確か、日曜日。

この話は、そんな日曜日の朝から始まる。

暇で暇で仕方ない、友達なんて一人も居なかった頃の話。

ましてや、あの吸血鬼とも知り合う前の話。 怪異と関わりなんて持っていなかった頃の話。

ただの一日で、ただの休みの日。

あいつらとは仲が悪く、険悪とまでは言わないまでも、日常的に言葉を交わさない日も多かった。 とは言っても、僕の方から避けていたのだからその原因は大いに僕にあるのだろうけど。

話し出せば普通に話せるし、おはようと言われればおはようと返す。 そのくらいの関係は築けていた。

今思えば、あの日の僕の行動は随分と酷かったと思う。

いや、火憐も火憐で大分酷かったっけか。

唯一まともだったのは、今では考えられないけど月火のみだったかもしれない。

そんな一日の事を今更ながらに語らせてもらおう。

朝、目が覚める。

だが、自然と起きた訳では無い。 妹達による目覚ましによってだ。

こいつらは学校のある無しに関わらず、僕を毎朝叩き起こすのだ。 殆ど話なんてしないのに、これだけは義務の様に毎度毎度、こなしている。 それはそれで助かっている部分もあるのだが、正直に言うと迷惑している部分の方が多いだろう。

火憐「おう。 やっとお目覚めか」

月火「休みだからって寝すぎ。 早く準備してよ」

そんな事を言いながら、僕が起きたのを確認した後、妹達は部屋から出て行く。

全く。 休みくらいゆっくり寝かせてくれない物だろうか。

まあ、とは言っても時刻は既に十一時。 十分にゆっくり寝かせてくれた方か。

つうか。

月火が言っていた「準備」ってのは何だ? 一体こんな休みの日に何の準備をするのやら。

暦「……まあ良いや、寝よう」

考えても仕方ない。 思い当たる事なんて無いし、あいつの勘違いという事にしておこう。 それで解決。 オールオッケー。

こんな昼前に起きたって、特にする事も無いし。 別に二度寝したって、あいつらにばれなきゃ良いか。

って事でおやすみ。 マイシスターズ。

時間経過。

腹部に衝撃が走る。

暦「……ぐっほ!」

火憐「おう、起きたか」

暦「お、お前! なんで……僕の上に立ってるんだよ……」

目を開けると、火憐が僕の腹部の上で仁王立ちしていた。 いや、僕の腹部は仁王立ちが出来る程に幅広くは無いので、仁王立ちをしている様な錯覚を与えるプレッシャーを出しながら立っていた。 分かり辛いから仁王立ちで良いだろう、やっぱり。

それにしても、すげえバランス感覚だな。 そんな褒めている場合じゃないけど。

火憐「何でって、兄ちゃんが二度寝とか舐めた事するからだろ? あん?」

文字通り、僕の事を見下しながら火憐は言う。

暦「……別に用事は、ねえだろうが。 というか、早く僕の上から……降りろ!」

僕の腹部を踏みつけている足を掴み、バランスを奪っても良いのだが、そんな事をしたらこの怪物の様な妹は次に何をするか分かった物では無い。 あくまでも予想だけど、そのままくるりと回転して、今度は僕の顔を踏みつけたとしても不思議では無いのだ。

火憐「ああ、悪い悪い」

そう言い、僕の上からようやく降りる火憐。 僕の腹部を足場だと理解しているのだろうか、こいつは。

火憐「で、用事ならあるんだな。 これが」

暦「僕にはねえんだよ。 僕を巻き込むな」

火憐「はあ? 昨日約束したじゃねえか。 覚えて無いの?」

暦「……約束?」

火憐「そーだよ。 本当に覚えて無いのか? 頭殴ってやろうか」

暦「良い、殴らなくて良い。 何で朝からお前と喧嘩をしないといけないんだよ。 で、その約束ってのは一体なんなんだ?」

火憐「今日はパパもママも居ないから、兄ちゃんがあたしと月火ちゃんをデパートに連れて行くって話だよ」

何だそれ。 マジで覚えが無いんだけど。

暦「デパートって……何でだよ。 お前らだけで行って来いよ」

暦「それに、それっていつした約束だ? 僕の記憶にはそんなの無いぞ」

火憐「ん? 昨日の夜だけど」

暦「昨日って。 つうか昨日はお前らと話した記憶すらねえぞ」

火憐「ああ、兄ちゃんが寝ている時にあたしと月火ちゃんで話し掛けたんだよ。 そうしたら兄ちゃん「分かった」って言ってたじゃん」

暦「寝てる時に勝手に約束するんじゃねえ!」

火憐「おいおい兄ちゃん、男に二言は無しだぜ。 約束守れよ」

暦「つうか、さっきも言ったけどさ……。 お前ら二人で行って来れば良いじゃん。 仲良いんだし」

火憐「だからだよ。 普段は仲が悪い兄ちゃんと、こうして距離を縮めようと努力している妹の気持ちが分からねえのか?」

暦「僕はそんなの望んで無い。 むしろ迷惑だ」

暦「こう見えてもだな、僕はとにかく忙しいんだよ。 だから勝手に二人で行って来いよ」

火憐「あん? あたしとの約束を破る気か?」

指をパキパキと鳴らしながら、火憐は言う。

これもうさ、頼みとか約束とかじゃなくて、ただの脅しじゃね?

暦「一応聞くけど、約束を破ったらどうなるんだ?」

火憐「そりゃ、まあ……」

火憐「兄ちゃんの命は今日までって事になるだろうよ」

こいつとの約束は何千回も破っているのだが、今日ほど威圧的な態度も珍しいな。 何か企んでいるのかと疑ってしまうじゃないか。

まあ、こいつの企みなんて本当にくだらない事だろうから、別に良いけど。

今考えるべき問題はそこでは無いのだ。 その約束を破る事によって、僕の命が今日限りという事実を考えなければなるまい。

ていうか、デパートに行かなかっただけで死ぬのか、僕は。 どれだけ軽い命なんだよ。 こいつには道徳という概念が無いんだろうな。

暦「あーくそ。 分かった分かった。 じゃあ準備するから、下で待ってろ」

で、僕は結局折れるんだけれども。

断ったら断ったで、僕の体の色々な部分が折れるので、どっちにしろ折れるという訳だ。 それなら痛くない方が良いだろう。

火憐「おう! 早くなー。 あんまり待たせると、月火ちゃんが乗り込んでくるぜ」

そうかよ。 じゃあなるべく早く準備しないと。

……ったく。 何が楽しくて、ただでさえ嫌な休日を嫌いな妹達と過ごさなければいけないんだか。

全く本当に面倒な事になってしまった。

けどまあ、なってしまった物は仕方ない。 嫌々だけど、付き合ってやるしかないだろう。

はぁ。 こんなんだったら、まだどこかで化物に襲われた方がマシという物だ。

その後、僕は出来るだけ早く着替え、準備を済ませる。

二十分ほどで準備は終わり、火憐と月火が待っているであろう、リビングへ。

暦「終わったぞ」

火憐「おう、んじゃ行くか」

月火「出発出発ー!」

暦「ん? おいでっかいの、お前今日もジャージなの?」

火憐「別に良いだろ。 兄ちゃんには関係無いし」

言いながら、火憐は玄関の方へ先に向かって行く。

ふうん、ま良いや。

月火「私の服はどうかな? お兄ちゃん」

そんな事を言いながら、どこかの雑誌に載っていそうなポーズを取る月火。

暦「ふむ。 まあ僕はファッションとかには詳しく無いし、気の利いた事は言えないけど」

暦「もうちょっと背が高ければ良かったかもな」

火憐と僕は既に、大体同じ身長になりつつあるのだが、火憐も一応女子だ。 こいつはその内止まるだろう。 妹に身長を抜かされるなんて屈辱、絶対に味わいたく無いし。

で、月火。

こいつはかなり小さい。 将来の見込みも無いだろう。 可哀想な奴。

月火「うっさいボケ!」

月火の蹴りが膝の辺りに入る。 痛くは無いけれど、腹が立つ。 このチビが。

暦「おう、なんだやるのかこら」

高校二年生の僕が、中学一年生の妹にマジギレである。

で、月火の首でも絞めてやろうか、軽く頭でも叩いてやろうか。 みたいな事を考えながら、距離を詰めている時。

火憐「何してんだ、兄ちゃん」

横から声が掛かった。 いつの間にか、火憐が戻ってきていた。 何を察知してんだよ。

月火「火憐ちゃん! お兄ちゃんが私に暴力を振るおうとしているんだよ!」

暦「違う! 僕は月火ちゃんの頭を撫でてやろうとしただけだ!」

月火「いいや嘘だね! 明らかに私の首を絞めようとしていたか、頭を叩こうとしていたかのどっちかだよ!」

暦「僕がそんな事をする訳無いだろ! 誤解だ火憐ちゃん!」

月火「お兄ちゃんの言う事を信じるの? 火憐ちゃん」

暦「何言ってるんだ! 最初に暴力を振るってきたのはお前だろうが!」

月火「あれはツッコミだよ。 暴力じゃないよ」

暦「だったら僕のしようとしてた事もツッコミだ! 暴力じゃない!」

火憐「あん? 兄ちゃんやっぱり月火ちゃんを叩こうとしてたんじゃねえか」

暦「……ん?」

暦「ち、違う! 言葉の綾って奴だ! 誤解だ!」

結論。

阿良々木家、兄妹間ピラミッドの頂点は僕の妹、火憐。

次点で僕、続いて月火。

だけど、僕と月火の場合はほぼ同レベルと言っても良いかもしれない。

ああそうそう。

ちなみに、火憐には殴られた。 いじめっ子と暮らしている気分である。

時間経過。

暦「で、デパートに来たのは良いけどさ。 お前ら欲しい物とかあんの?」

火憐「いや?」

月火「特には無いよ」

暦「だったらどうして来たんだよ。 目的も無いとか」

月火「女の子の買い物なんてそんな物だよ。 来てから決めるんだ。 まずはウィンドウショッピングだね」

ウィンドウショッピングね。 僕もたまに学校サボってやってるけど、本当にただの暇潰しなんだよな。

僕のが暇潰しだとすると、こいつらのは趣味って感じか。

火憐「だよなぁ。 実際に見て決めたいし。 見てる分にも楽しいし」

お前の場合はどうせ格闘技の本だとか、スポーツウェアだとか、そんな物だろ。 デパートなんてお前が来るところじゃねえんだよ。

とは言えない。 言ったら殴られるだろうから。 痛いのは嫌いだ。

暦「んじゃあ、お前ら好き勝手に行って来いよ。 僕は本屋で適当に立ち読みしてるから」

月火「何言ってるのさ。 お兄ちゃんも一緒に行くんだよ」

暦「は? 何でだよ。 僕は別に欲しい物だとか、見たい物なんてねえんだよ」

火憐「おいおい、兄ちゃん。 もしあたしと月火ちゃんが暴漢にでも襲われたらどうするんだよ。 そんな危険から守るのが兄ちゃんの役目だろ?」

お前が言うのかよ、それ。 絶対お前と月火のコンビより、僕一人の方が暴漢に襲われた時、危険だと思う。

つうか、僕としては火憐と一緒に居るだけで守られている気がするんだけども。

暦「断ったら殴るってか?」

火憐「んだよ、そんな事で殴ったりしねえよ」

暦「お? そうなのか。 ならことわ」

火憐「殴りはしねえけど、蹴る」

暦「一緒に行くか」

なんだろう、一度で良いからこいつは風邪でも引いて寝込めば良いと思う。 高熱にうなされれば良いのに。

それでもこいつの事だから、普通に動き回りそうだけどな。

って事で。

嫌々、渋々、仕方なく。

ただでさえ嫌な休みの日。 ただでさえ嫌な妹達と。

何の意味も無い買い物に付き合わされる事となった。

買い物開始十分。

月火「お兄ちゃん、これどうかな?」

暦「僕に訊かれてもな。 返答に困る」

月火「良いか悪いかくらいは言えるでしょ。 で、どう?」

自分の体に服を合わせ、僕に尋ねてくる月火。

暦「良いんじゃねえの?」

いや、つうかそれよりもさ。

暦「なあ、それより火憐ちゃんはどこ行ったんだ?」

月火「さあ?」

さあって……心配じゃねえのかよ、こいつ。 まあ、僕も心配している訳では無いんだが。 ただただ面倒だなと思うだけだ。

月火「火憐ちゃんが一人でどっか行っちゃうのはいつもの事だしねぇ。 気になるなら探してくれば?」

と、月火は言う。

確か火憐は「月火ちゃんから離れるなよ」と言っていた気がするけど、どうしたもんか。

暦「うーん。 それもそれで面倒なんだよ。 今度はお前がどっか行きそうで」

月火「だーいじょうぶだって。 私はここに居るからさ」

暦「そうか。 んじゃあ探してくるかな」

ま、良いか。

月火「ほいほい」

さてと。

こうして、迷子になった火憐探し。

あいつが行きそうな所って、どこだろう。

スポーツショップだとかに居るとは思うけど、ちょっと遠いな。

ああ……何だか既に疲れてきた。 まだ探し始めて五分ほどだけど。

と、そんな時丁度良く本屋が視界に入る。

よし、とりあえず本屋へと行こう。

火憐探し断念。 適当に時間潰して、探しに行けばいいや。

時間経過。

さて、そろそろあいつらと合流するかぁ。

つうか、気付いたらあれから二時間も経っている。 少し本を読むのに集中しすぎていた。

んで、さっきまで居た服屋に行ったんだけども。

暦「いねえし……」

あー面倒だ。 デパート全部探さないと駄目か、これ。

とりあえずは適当に歩いて、探すか。

その内会えるだろうし。

で、それから更に三十分ほど辺りを徘徊。

このフロアには居ないかなぁ。 なんて結論に行き着こうとしたところで、見覚えがある後ろ姿を見つけた。

暦「ん。 おーい、でっかいの」

そう声を掛けると、後ろ姿は立ち止まり、振り向く。

火憐「お、兄ちゃんか。 探しちまったぜ」

暦「探してるのはこっちだ。 どこいってたんだよ、お前」

火憐「色々だな。 まあ良かったよ、兄ちゃんと月火ちゃんと合流できて」

暦「あ? 月火ちゃんなら居ねえよ。 どっか行っちゃったみたいでさ」

僕がそう言うと、火憐は目を見開き、僕の肩を掴む。

火憐「は? おい、居ないってどういう事だよ」

暦「いや、だから月火ちゃんとは別行動だったんだよ。 で、今探しているって訳だ」

火憐「一人にしたのかよ、月火ちゃんを」

暦「あいつがそう言ったからな」

火憐「っ! 馬鹿野郎!」

僕の肩を掴んでいた右手を離し、火憐はそのままの勢いで僕の顔を殴り飛ばした。

暦「いってえ! 何すんだてめえ!」

火憐「月火ちゃんを一人にするんじゃねえよ!」

暦「元はと言えばお前がどっか行くからだろ!」

火憐「あたしは兄ちゃんを信じてたんだ、けどもう良い」

火憐「そんなんだから、兄ちゃんは」

何だってんだよ、意味の分からない奴だな。

すげえ理不尽な暴力じゃね? これ。

火憐の信じていたって言葉がどれほど信用できるかは置いといて、僕としては火憐の行動に納得出来ないんだけども。

暦「……分かった。 二手に分かれて探すぞ。 見つけても見つけられなくても、三十分後にここに来てくれ」

まあ、それでも。 ただでさえ広いデパートなのに、僕と火憐で喧嘩していても仕方ない。 何より僕は早く家に帰りたい。

火憐「良いよ、あたし一人で探す」

暦「僕が悪かった、ごめん。 だから一緒に探させてくれ」

火憐「兄ちゃん……」

火憐「分かったよ。 あたしも殴って悪かった。 三十分後に、また」

そう言い、火憐は走り去る。

さて。

僕も探さないとな、月火を。

だから嫌なんだよ。 こういう面倒事がこいつらの場合必ずと言って良いほど絡んでくるから。

しかしまあ、さすがに放置して帰る訳にもいかない。 一応は、僕の妹な訳だし。

んで、どこから探そうか。

なんて思っても、実は大体の見当は既に付いている。

こういう場合、あいつは多分、どこか休憩できる場所でゆっくりしているだろう。

確かこの階のすぐ上の階に休憩所はある。 そして、二階下にもある。

服屋から近いのは階段のみ。 エスカレーターやエレベーターは無しか。

なら、そうだな。 下の階に居るだろう。 あいつは階段を上るだけで、体力を使い果たしてしまいそうな感じだし。 それならたとえ二階下であっても、降りる方を選択しているだろうから。

全く、最初から真面目に探していれば良かったと今更後悔。

そうしておけば、あの暴力妹から殴られる事も無かっただろうに。

……いや、月火を一人にした時点で、殴られるのは確定していたかもしれないけど。

それでもやっぱり、あいつ自分の事を棚上げにしてるよなぁ。 そんなに心配だったら火憐が一緒に居てやれば良かったのに。

まあ、とにかく向かおう。 恐らく月火はそこに居る。

居た。

丁度、自販機の目の前。

ベンチに座ってぼーっとしている月火を見つけた。

暦「勝手にどっか行ってるんじゃねえぞ」

月火「……あ、お兄ちゃん」

暦「でっかい方がえらく心配してたぞ。 集合場所は決めてるから、今度ははぐれるなよ」

月火「火憐ちゃんが、かぁ。 お兄ちゃんは心配してくれた?」

暦「あ? 僕は別に」

暦「まあ、あいつの十分の一くらいには心配してたさ」

月火「そっかぁ。 んじゃ、行こうか」

暦「つうか、どうして勝手にどっか消えたんだよ。 服屋に居るって言ったろ?」

月火「いやいや、だっていくら待っても来なかったんだもん。 待ってるのに飽きたんだよ」

ああ、そういや本屋で本読んでいたんだった。 ばれたら殺されるんじゃないか、これ。

それにしても、待ってる事に飽きたってすごい言葉だな。 名言だろ。

暦「ははは、そうだな。 まあ無事でよかったよかった」

作り笑いをしながら、僕がしていた行動がばれないように、取り繕う。

月火「ふうん?」

暦「んだよ」

月火「別にー」

月火も月火で、深入りはしてこない。 いつもの距離感。 これが今の、僕と妹達との距離感。

それがやはり、僕には丁度良かった。

で、その後無事に火憐とも合流し、ようやく帰宅。

家に着く頃には、既に時刻は夕方となっていた。

僕は帰るなりすぐに風呂に入り、今日の疲れもあり、ベッドで現在は休憩中。

火憐「おい兄ちゃん、入るぞー」

暦「もう入ってるじゃねえか、用件は何だよ」

火憐「喜べ、ご飯だ!」

別にそんなご飯大好きキャラじゃなくね? 僕って。

しかも今日は適当にどっかで買ってくるパターンだったじゃん。 そんなご飯に期待なんて出来ないんだけれども。

暦「ああ、分かった。 行くよ」

とは言っても、お腹が空いているのは事実だし、他に断る理由も無く、火憐の後ろに付いて行った。

食卓。

並ぶのはオムライス。

見た目、なんか不味そう。

匂い……なんだこれ、お酢の匂い? どんなオムライスだよ。

まあ、良いか。 それにどっかで買って来たのなら、さすがに食べられないって訳じゃなさそうだし。

月火「ふふん」

月火が何故かこっちを見ながらニヤニヤしている、正直気味が悪い。

普段は僕と視線が合うだけで、テーブルの下で足喧嘩が始まるというのに。

ちなみにこの足喧嘩、最終的には火憐の足に僕の足が当たり、僕がしばかれるのだ。 月火は毎度、うまく回避している。

で、まあ。

暦「いただきます」

火憐「いっただっきまーす!」

うるせえ、横で大声出すんじゃねえ。

火憐「おお、美味いな!」

一口食べ、火憐がそんな声をあげる。

へえ、火憐がここまで声を出して「美味い」というのは結構珍しいな。 何だか少し期待してしまうではないか。

よし。

んじゃあ、僕も一口。

暦「……」

やっべえ。 マズイ。 信じられないくらいマズイ。 つうかなんだよこれ、腐ってるだろ。

パッサパサだし、なんか酸っぱいし、味も濃いし。

暦「な、なあ。 これって誰が用意したの?」

月火「私だよ?」

って事はなんだ、月火がどっかで買ってきたって事か。

もしくはさっきのデパートで買っておいたって事か。 こんな物を食べ物として販売して良いのだろうか。

暦「何だこれ、どこで売ってたの? 賞味期限大丈夫かよ」

これがまずかった。 いや、オムライスがまずかった訳では無い。 この発言がまずかった。 どのくらいかを表現すると、先程食べたオムライスよりもまずかった。

言った瞬間、場の空気が凍るというのを経験したのだから。

火憐の動作が止まり、月火は先程までのニヤニヤした顔のまま固まる。

暦「……え、なに。 どうしたのお前ら」

カチャン。 と、横で火憐がスプーンを食器の上に置く音が聞こえる。

月火「う、う……」

月火はというと、いつの間にか目に涙をいっぱい溜めていて。

月火「うわあああああああああああん!!」

まるで、いつもヒスる時の様に、それが泣くという行為に変わった様に、突然月火は泣き出した。

暦「へ? おい、マジでどうしたの。 何が起きてるんだ」

僕もさすがに何かがおかしいと思い、席を立ち上がる。

立ち上がった直後、横に吹っ飛んだ。

火憐「立てやコラぁアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

どうやら、鬼に殴り飛ばされたらしい。

いや違う、妹だった。 でっかい方の鬼、違う。 混乱している。

でっかい方の妹、だ。

暦「ま、待てよ! 一体何が起きているんだ!」

火憐「いいから立てっつってんだろうがああああああああ!!」

駄目だ、火憐はもう手に負えない。

色々と手遅れな火憐だけど、それとは違う意味でもう手遅れだ。

暦「おい! 月火ちゃん!」

月火「うわああああああああああああああん!!」

修羅場だ。 これ以上無いってくらい修羅場だ。

落ち着け、状況を整理しよう。

まず、火憐の怒りの原因と、月火が泣き出した原因、これは恐らく共通するはずだ。

火憐「おらっ!」

そして、火憐の怒りが僕に向いている事から考えるに、その原因は僕にあると結論を出せる。

火憐「おらっ!」

つまり、月火が泣いたのは僕の何かしらの行動が原因で、火憐が怒っているのは月火が泣き出したからと言う訳で。

火憐「ふんっ!」

僕が今、最優先で取るべき行動は。

暦「わ、悪かった!」

ちなみに、この結論に至るまでの数十秒間、ずっと火憐に殴られていた。

マジで顔がボコボコになっている。 明日学校でなんて言われる事か。

ああ、それは大丈夫か。 また僕の良く分からない噂が一つ増えるだけで、それ以外に害なんて無いか。

火憐「あん? あたしに謝ってどうすんだよ。 おい」

僕の髪の毛を掴みながら、言い放つ火憐。

お前将来ヤクザになれるよ。 割と本当にさ。

暦「つ、月火ちゃんごめん!!」

月火「……うっ……うっ」

暦「僕が悪かった! 許してくれ!」

月火「……うん」

やっと泣き止んだ。 というか、兄が姉にぼこぼこにされているというあり得ない光景を見て、逆に落ち着けたのかもしれない。

暦「な? だから、火憐ちゃんそこをどいてくれないか」

火憐「良いけど、ちゃんと全部食えよ?」

暦「食えって、あの、オムライス?」

火憐「当たり前だ。 残した米粒の分だけ、あたしの鉄拳制裁だ」

マジかよ。 何百発殴られるんだよ。 僕が原型留めなくなるなるじゃん、それ。

んで。

僕は泣きながら、火憐が見る目の前で、オムライスを完食する事となった。

美味しいです、美味しいです。 と言いながら。

人に見られてなくて良かった。 月火も月火で衝撃的な光景に目を丸くしているけど。

なんとかオムライスを食べ終えた僕は、現在自室に戻ってきている。

それにしてもマジ泣きしたのって、どれくらい振りだろうか。 まさか妹に殴られてそうなるとは思わなかったけどさ。

というか、マジで痛すぎるから。 まだ痛いもん、体のあちこち。

そしてどうやら、あの化学兵器は月火が作った物だったらしい。

なるほど、だから月火は大泣きをして火憐はぶち切れたのか。 納得だぁ。

僕にも一応、悪気は無かったんだけども。 まあでも、結果的には僕が悪いんだろうな。

しっかし、火憐も火憐であそこまで怒る事も無いだろうに。

ふと、時計に目を移す。

今は夜中。 火憐も月火も両親も、全員寝静まっている。

……仕方ない。 一応の埋め合わせとして、コンビニでお菓子でも買って、明日あげるか。

そうすれば機嫌も直るだろ。 単純な奴だし。

別にそんなのは気にせずに放置しても良いんだけど。 さすがに罪悪感が残ってしまうし。

これは月火の為ではなく、僕自身がすっきりとした気持ちになりたいからだ。

それになんだか小腹も空いた。 夜食ついでの埋め合わせと考えれば、そこまで面倒な事でも無いだろう。

との結論を出し、コンビニへ。

最悪だ。

何が最悪か、だって?

そんなの決まっている。 月火の分のお菓子は買えた。 これは問題無い。

が、僕の分の夜食を買い忘れた。 本末転倒である。

いや、それは多分、僕が心のどこかでそのお菓子の方をメインと捉えていたから、こうなったのかもしれないけど。

暦「あーくそ」

何か冷蔵庫に入っていないかな。

漁る漁る。 簡単な食べ物で良いんだけども。

冷蔵庫の中は殆ど空。

唯一残っていたのは、僕が先程涙を飲んで食べきったオムライスだけだった。

暦「一体いくつ作ってるんだよ、あいつは……」

ええっと、確か両親は食べていたはずだ。 冷や汗を掻きながら。

で、それでも未だに一皿残っているのか。

しかし。

これは多分、誰も食べないんだろうなぁ。

火憐もああは言っていたけれど、結構顔が青ざめていたし。

暦「ばれない様に捨てとくか」

それが多分、皆が幸せになれる方法だろう。

結論を出して、冷蔵庫からラップに包まれたオムライスの皿を取り出す。

んで、それをゴミ箱に。

暦「……はあ、今日は本当についてねーや」

捨てる事は、出来なかった。

結局は、そうだ。

捨てたとしても、僕がこれを食べきったとしても、一緒じゃないか。

そのどちらでも、月火は月火で気分が落ち込む事も無いだろうし。

なら別に、僕が食べる方の選択を取っても問題ねえよな。

それに、小腹が空いているのを埋めるのには丁度良い。

なんて、そんな理由付けをして、僕はオムライスを食べる事にしたのだった。

ケチャップを少し多めに使えば、食べられないって事も無いし。

もし、今度同じ様な事があったら、その時はしっかりと美味しかったと伝えよう。

……いや、実際このオムライスは決して美味しいとは言えない代物だけども。

ま、今日みたいな事があったから、どうせそんな事は二度と無いだろうが。

後日談というか、今回のオチ。

とにかく。

残ったオムライスも食べ終え、これで今回の件は一件落着だ。

明日体調を崩していない事を願いつつ、今日は寝るとしよう。

本当に、全くとんでもない厄日だった。

これから先、もし化物に襲われても、今日の事を思えば笑い飛ばせるという物だ。

こうして、一年で一番最悪な日は終わりを迎えたのだった。

ああ、そうそう。

火憐がデパートで月火と別行動を取っていた理由。 それもしっかりとあった様だ。

なんでも、付いてきてくれた僕にお礼として、美味しそうなデザートを買っていたと言っていた。

ちなみに僕は、それが何なのかは知らない。 先程月火を泣かせた所為で、どうやらそれは没収となったから。

やっぱり、理不尽でしかないよな。 それとこれとは別問題だろうに。

そして最後に。 これは本当に補足というか、蛇足というか、そんな事なんだけども。

次の日、僕はお腹を壊し、体調不良で学校を休む事となったのだった。


こよみライス 終

以上で短編終わりです。
乙ありがとうございます。

明日か明後日に、二本目投下致します。

こんにちは。
短編二本目投下致します。

僕は家に帰る。

願い事も終えて、これでやり残した事は無い。

いや、こんな言い方をすると、僕がこれから死ぬみたいな感じだが、そんな事は無いと言っておこう。 念の為。

そうして歩くこと数十分。

やっと着いた。 家から出発してから時間はそこまで経っていないだろう。 月火が起きていない事を願って、僕は自室の扉を開ける。

状況整理。

僕、自室の扉を開ける。

月火、僕のベッドの上で正座をしている。

以上。

暦「……はは」

月火「お帰りなさい、お兄ちゃん」

作法の様に、丁寧な動作で頭を下げる月火。 お前そんな事出来たのかよ。

暦「い、言い訳して良いか?」

月火「うん、良いよ。 どうぞ」

正座をしたまま、頭を上げて、にっこりと微笑みながら月火は言う。

暦「ちょっとだけ、やり残した事があってさ」

月火「へえそうなんだ。 そのやり残した事って?」

暦「今回ので、色々と思うところがあってだな。 それで、挨拶っつうかそんな感じの事を済ませてきたんだよ」

月火「ふうん。 そっか」

僕が必死に説明すると、月火は以外にもあっさりと怒りを収めた様で、正座の体勢を崩す。

暦「……悪かったよ。 まさか起きるとは思ってなくて」

月火「別に良いよ。 けどさ」

月火「あんま心配させないでよね。 本当に」

……心配、か。 そうだよな、僕はこの一ヶ月で、どれほどこいつに心配を掛けた事か。

その言葉は、僕にとっては果てしなく重い。 重くて、思わされて、想わないといけない。

暦「ああ。 分かったよ」

暦「それじゃ、寝ようぜ。 月火ちゃん」

月火「はいはい」

時間経過。

暦「なあ、月火ちゃん」

横で寝転がる月火に僕は声を掛ける。

月火「うん?」

天井を見たまま、月火は返事をした。 やはりさっきまで寝ていたのもあり、声はいくらか眠そうな声。

暦「月火ちゃんってさ、将来の夢とかあるのか?」

月火「なんだ、夢の話?」

暦「まあな、僕はもうすぐ高校を卒業してさ、大学に行く訳だけど……そうしたら嫌でも、将来の事も考えないといけないし、何かの参考になるかなって思って」

月火「大学に行けるとはまだ決まって無いじゃん」

と、不要な前置きをして、月火は続ける。

月火「にしても、将来の夢かぁ。 あんまり考えたことって無いんだよね」

聞いといてあれだが、僕がそれを聞いて最初に思った事は。 そうだろうなという、素直な感想。

月火ははっきりとした目標は持っていなさそうだし。 まあ、十四歳って年齢でそんな話は無理だとは思うけど。 こんな話を切り出した僕でさえ、未だに靄が掛かっている感じなのだから。

暦「何でも良いよ。 やりたい事とか、現実はこうだろうとか、無いのか?」

月火「うーん。 無いっていうか、まだ考えたく無いってのが正しいかな」

暦「考えたくない?」

考えられないでは無く、考えたくないか。 僕にもまあ、その気持ちが理解できなくもないけど。 けど必ず、嫌でも考えなければならない時は来るはずだ。 僕が今、悩んでいる様に。

月火「そ。 今は今で楽しみたいからねぇ。 それにまだ中学生だしさ、そんな先の事なんて分からないや」

中学生が言う台詞かよ、それ。

暦「まあ、そりゃそうか」

やはり、駄目か。 何年後の自分がどうなっているかなんて、大人になってもそんなのは分からないのだし。 この世に夢を実現できる奴なんて、何人居る事か。

月火「お兄ちゃんには無いの? 将来の夢」

暦「僕、か」

先に質問をしといてあれだが……果たして、僕はそんな事を考えて良いのだろうか。

どうしようも無く、日常からずれた道を歩いてきた僕は、これから普通に出来るのだろうか。 普通に夢を持って、良いのだろうか。

その点で言えば、月火も月火で苦労しそうだけども。

暦「今、ぱっと思いつくのは……今の彼女と一緒に居たいって事くらいかな」

月火「ほほう。 純粋だね」

意地悪そうに笑いながら、月火はそう言った。

暦「悪いかよ」

月火「悪いとは言ってないよ。 お兄ちゃん」

月火「けどさ、燃え上がる恋ってすぐ冷めるとも言うじゃん? だからどうなのかなって思って」

おいおい、決して僕と戦場ヶ原の間には燃え上がる恋なんて無いぞ。 あるとするならば多分、極寒だけだろ。 年中氷河期だ。

暦「へえ。 そんな事を言うお前はどうなんだよ。 彼氏と」

月火「へ? 私の彼氏の話?」

暦「うん。 そうだけど」

月火「うーん。 改めて聞かれると困惑するね……」

暦「んだよ、僕に語らせておいて、自分は言わないのか?」

月火「分かったよ。 仕方ないなぁ、もう」

いや、別に僕もそこまで気になるって訳じゃないけどさ。 そんな渋々言われると、僕がどうしても気にしているみたいな感じじゃないか。

で、僕が次に聞く言葉。 吸血鬼でも驚いて固まるほどの衝撃だった。

月火「最近の話なんだけど。 というかつい数日前なんだけど」

数日前? っていうと、月火が僕の為にあれこれやってた時だよな。

月火「別れたんだよ」

暦「マジで!? 別れたの!? やったあ!!」

月火「……最低だ!」

いけないいけない。 条件反射的に喜んでしまった。

暦「ああ、ええと」

わざとらしく咳払いをして、僕は続ける。

暦「……なんでまた?」

月火「やっぱりさぁ。 一人の方が気楽なんだよ」

月火「それに、お兄ちゃんと一緒で最近色々とあったしね。 考えさせられたんだ」

ふうん。

暦「まあ、お前が決めた事なら間違い無いんだろうよ。 僕はそう思う」

月火「そりゃありがとう。 それで、お兄ちゃん」

暦「ん?」

月火が僕の方へ顔を向けてきたので、僕も月火の方へと顔を向ける。

月火「今から多分、私はお兄ちゃんが驚く事を言うと思うけど、大丈夫かな」

暦「あ? お前が彼氏と別れた話以上の驚きなんて、多分無いと思うけど……まあ、良いぜ。 聞いてやるよ」

月火「そっか。 なら言うけど」

月火「好きです。 私と付き合ってください」

……は?

待て、落ち着け。 聞き間違えの可能性がある。 くっそー。 吸血鬼もどきになると耳が悪くなるおまけが付いてくるのか。 忍野の奴めー。 言ってくれれば良い物を。 全くとんだ捻くれたおっさんだぜ。 やれやれ。

暦「えっと、月火ちゃん。 よく聞こえなかったんだけど」

月火「……二回も言わせないでよ」

暦「へ、ああ。 はは、ちょっと待て」

えーっと?

二回も言いたく無いって事は、なんだ。 つまりはそういう意味だよな。

って事はあれだ、聞き間違えでは無かったって事になる。 ええっと、そうなるとすると……どうなるんだ?

月火が僕に好きと言った。 うん、まあここまでは別に良い。 普通だ。 普通。 妹と兄の兄妹愛だろう。 美しいなぁ。 本当に。

で、問題はその後だな。 うん。 確か月火ちゃんは付き合ってくださいと言っていたな。 それはまあ、言葉通りの意味だと思う。 それしかないし。

って事はだな。 簡単に纏めると。

月火が僕に告白した。

うわー、すげえ簡単。 分かり易いなぁ。

ってそんな場合じゃねえよ!

暦「あ、ああっと。 その、月火ちゃん」

暦「一応、だけどさ。 一応っつうか普通にだな。 僕と月火ちゃんは兄妹な訳じゃん? 家族な訳じゃん?」

暦「だから、その。 つまりだな。 僕と月火ちゃんは普通というかそういう関係はあれというか……って事じゃん?」

月火「って事じゃんって。 なにそれ」

少々苛立ちを見せる月火。 そんな顔されても。

暦「いや、あれだよあれ。 だから……」

どう説明した物か。 なんとも難しい。 けどそれ以上に混乱してしまってどうしようもない。

月火「あはははは!」

そんな慌てている僕が面白かったのか、突然月火が笑い出す。

暦「……な、なんだよ」

月火「いやいや、お兄ちゃん慌てすぎだって。 冗談に決まってるじゃん」

暦「じょ、冗談?」

月火「うん。 冗談。 本気な訳無いでしょ」

暦「あ、はは。 そうだよな、そりゃそうだ。 いやいや、僕もそう思っていたさ」

……普通に本気にしかけていた。 マジでどうしようかと思った。

お前、将来立派な詐欺師になれるよ。

ていうかこの分だと、さっき月火が言っていた「彼氏と別れた」というのも嘘の可能性が出てきた。 恐ろしい妹だ。

月火「けどさ、お兄ちゃん」

月火「こういう時は、はっきりと断った方が良いよ。 曖昧な返事じゃ駄目だと思うなぁ」

暦「……まあ、そうなんだけどさ」

月火「お兄ちゃんは、言い寄られたら誰でもオッケーだもんね」

暦「んな訳あるか! 僕はそんな不真面目じゃねえよ!」

月火「あはは。 でも、さっき私が冗談で言った時も、はっきりしてなかったじゃん。 それはどうして?」

どうして、って言われても。

暦「それは……月火ちゃんを傷付けたくなかったっていうか、お前には迷惑掛けたのもあるし……そんな感じかな」

暦「もし、もしも月火ちゃんが本気だったなら、どうしようかってのもあったし」

月火「でもさ、そうはっきり言わない事で、余計に傷付く子もいるんだよ?」

月火「言った子も、それはそれで相当な勇気が必要なんだから、それにはしっかりと答えてあげないと」

月火「それに、迷惑掛けたとかそういうのは関係無いでしょ。 それはそれ、これはこれなんだから」

暦「ああ……そうだな。 肝に銘じておくよ」

まあ、とは言ってもこれから誰かに告白される事なんて、まず無いだろうけど。

この話が杞憂……とまでは言わない物の、そんな真剣に悩むほどの事では無いだろう。

唯一の問題は、もし事が起こった時に、戦場ヶ原が僕を殺すか殺さないかの二択だ。

月火「って訳で、しっかりと今の彼女さんの事も断らないと」

暦「どうしてそうなるんだよ! 僕は別に嫌々付き合ってる訳じゃねえからな!?」

結論はそれかよ……。

月火「ふうん。 ま良いや」

月火「で、これって何のお話だったの?」

暦「お前が言うのかよ。 僕だって実の妹と恋バナするなんて思ってもいなかった」

月火「良いじゃん良いじゃん。 たまにはさ。 って訳で次の話題だー」

暦「え? まだ続けるの?」

月火「そりゃそうだよ。 一週間お話してなかったんだから、今日はその分いっぱい話す予定なんだよ」

ああ、そうだったか。 そういや、月火とこうして話すのも何だか随分と懐かしい。 やはり、というか。 月火と話すのは楽しいな。

暦「そういう事なら、仕方ないな」

僕も、月火とは話したかったし。 それこそ、くだらない話でも真面目な話でも。

月火「よし。 それじゃあ次は何について語ろうか。 お兄ちゃん」

暦「ん。 あー、そうだな。 それじゃあ、どうして地球は回っているのかって話でもするか」

月火「何で急に壮大なスケールになったの!? さっきまでただの恋バナだったのに!」

暦「それなら、どうして人は働くのかについて語るか」

月火「……それもそれで壮大な話だね」

暦「月火ちゃんはどうしてだと思う?」

月火「そして、その話を続けるんだね」

月火「まあ良いか……ええっと、何故人は働くのか。 だっけ?」

良いのかよ。 話を振っておいてあれだけど、そこまで真面目に話し合う必要があるのだろうか、この話。

月火「それはさ、お金の為でしょ。 やっぱり」

暦「……お金の為か、いきなりずばっと解答って感じだな。 けど、改めて聞くと嫌な結論だよな、それ。 月火ちゃんの口からそんな言葉が出るなんて」

月火「お金以外の物なんて不要だね。 私の将来の夢はお札のお風呂に浸かる事なんだよ」

暦「やめろ! それ以上僕の傷口を広げるな! お前さっきまで夢は無いとか純粋だったじゃん!」

月火「まあ、それは冗談だとして。 実際のところ、お兄ちゃんはどう思うの?」

暦「あん? ああ、さっきの話か」

暦「僕は、人類全員が無償で働いて、無償で物を提供すれば、お金なんて不要だと思うんだ。 それに、今のこの働く事が生きること、みたいな雰囲気もなくなるんじゃねえかってな」

月火「なるほどね。 まあ一理あるよ」

暦「だけど、そりゃ無理な話だよな。 人間には、欲があるから」

暦「ただで貰える物を沢山貰う奴が居るみたいに、さっき僕が言ったように無償の世界になったら根こそぎ持っていく奴が出るだろうよ。 なんか無償の世界って火憐が好きそうな言葉だな」

月火「だからこそ、お金があるんだろうね」

月火「面白い話だなぁ。 人の欲を抑える為に、お金があるだなんて。 そしてそのお金が、欲を曝け出しているだなんて」

金。 その言葉を聞くと、真っ先に思い出すのはあの詐欺師だ。 あの男……貝木泥舟。

あいつは、金の為に詐欺をしていると言っていた。 人を騙すのは、金の為だと。

しかし、そこには欲が感じられなかったのだ。 金に執着こそしている物の、無欲。

果てして、あいつの真意とは一体何なのだろう。 分からないというよりは、分かりたくない……だな。

そして、僕的には最後の言葉にツッコミを入れて欲しかったのだけど、月火的には多分スルーするべき場所だったのだろう。 難しい奴だ。

暦「結局はそうだろうな」

暦「僕が勉強をサボりたいって思うのも欲だし、火憐ちゃんが自分を強くしたいって思うのも欲だし、月火ちゃんが僕に胸を揉まれたいって思うのも欲な訳じゃんか」

月火「訳じゃんか。 じゃねえ!」

月火が体を浮かせ、横で寝ている僕の腹部に肘を叩き込んできた。 体重が乗っているだけあって、さすがに痛い。

月火「なんで私がお兄ちゃんにおっぱいを揉まれる事を望んでいるみたいに言った!」

暦「え? 違うの?」

月火「当たり前だー!」

暦「じゃあ悪かった、言い方を変える」

暦「月火ちゃんが僕に、キスしよ? って言ってくるのも欲じゃんか?」

月火「確かに、確かに言った事はあるかもだけどさ。 なんでそんなたとえを出すのさ! それにその似てない物真似すっごくむかつく!」

プリプリと怒る月火。 本当に忙しい奴だ。 まあ忙しくしている原因は僕なのだが。

それに僕としては、月火の物真似は結構似ているつもりなんだけどな。

暦「落ち着けって、月火ちゃん。 話がずれているぜ」

月火「ずらしたのは、どう考えてもお兄ちゃんだよね。 なんで私がずらしたみたいになっているんだろ」

暦「僕としては、普通にそのまま滞りなく会話は進んで、この瞬間にはもう、おやすみって言い合っているはずなんだけど」

月火「進む訳ないでしょ。 要チェックだよ。 一歩も先に通す訳が無いじゃん」

暦「訳が無いじゃん、じゃねえ!」

言いながら、先程の月火の様に、僕は月火の胸を揉んでみた。

月火「なにすんじゃあああ!」

暦「だから落ち着けって。 そういう振りだと思ったんだよ。 普通そう思うだろ?」

月火「思わない! というか先程の月火の様にって言ってるけど、私は別にお兄ちゃんの胸なんて揉んで無いからね」

暦「地の文を読むんじゃねえよ……」

暦「でもさ、月火ちゃんが僕のお腹に肘を入れるのと、僕が月火ちゃんの胸に手を置くのと、それほどの差異がある様には思えないんだけど」

月火「いや、確かに並べてみるとそれほど違いは無いようにも見えるけどさ。 常識で考えてよ、お兄ちゃん」

月火「いきなり胸を揉んでくる兄って、どんな兄なの!」

暦「え? 他の兄妹って、もっと色々やってるだろ?」

月火「……なのかな?」

暦「だと思うけど……」

月火「ふむ、なら良いのかな?」

暦「うん」

僕も月火も、ただの世間知らずなのである。

で、数秒考える素振りをした後、月火は口を開く。

月火「それじゃあお兄ちゃん。 ほれ、触ってみ」

どの様な経緯でその結論に至ったのかは分からないが、それに対する僕は。

暦「……いや、なんかそう改めてやられると、嫌だな」

月火「えええ、じゃあどうしろって言うの?」

暦「僕的には、うーん。 月火ちゃんが予想できないタイミングで触りたいんだよ」

月火「……つまりそれって、私が驚いているリアクションを見たいって事?」

暦「うん。 まあ、そんな感じかな?」

月火「ふむ。 確かに今触られても、驚きはしないよね」

暦「だからさ、僕は最近なんだかマンネリ感を抱いているんだよ」

月火「マンネリ感?」

暦「予想できないタイミングだとしても、月火ちゃんがその胸を揉まれるっていう行為自体に対して、耐性みたいなのができちゃっててさ」

暦「前だったら、それこそ立派なツッコミを入れていたはずだけども、今となっては「ああ、またか」みたいなノリでツッコミをしている感じがするんだよな」

月火「そ、そんな事が……」

暦「まあ、それも仕方の無い事なんだろうけどな。 勿論、胸以外も触るべきだとは思う。 それでも基本的には胸が良いんだよ」

暦「だから、僕もやり方に気を配らないといけないのかなって考えてるんだ、最近」

月火「うう、なんだか気を遣わせているみたいだね」

月火「私の方も気をつけるよ、ごめんね」

暦「ああ、良いよ別に」

……何だろう。 何だか勢いで月火に謝らせてしまったが、果たしてこれで良かったのだろうか。

物凄く間違った方向に進んでいる気しかしないけれど、まあ今更話題を根本的な部分から引っくり返すのもあれだ。 だからこのままで良いか。

閑話休題。

暦「さてと、そろそろ寝るか」

月火「だね。 さすがにそろそろ眠くなってきたし」

暦「さっきまで寝てたのに良く言うよ。 つうか月火ちゃん、寝すぎじゃねえのか」

月火「疲れてたんだから仕方なーい。 お兄ちゃんも明日は大変なんだから、ゆっくり休んでよね」

明日は大変、か。 全く以ってその通り。 火憐の方にも、謝罪と感謝だな。

暦「ったく、人の心配ばっかしてるんじゃねえ。 んじゃあそろそろ寝るぞ」

月火「ほいほい」

暦「ああ、そうだ。 一つ聞いておきたい事があるんだ」

月火「うん?」

暦「さっき言ってた、彼氏と別れたってのも嘘……っていうか、冗談だったのか?」

月火「あーあれね」

月火「本当だよ」

は、はは。

今日は多分、良い夢が見られそうだ。

後日談というか、今回のオチ。

翌朝。

夏休み最終日。

僕は、月火によって叩き起こされた。 起こし方にも色々あると思うけど、今日はコップに入った水を顔に浴びせられ、起きる事となった。

ベッドまで濡れたじゃねえかよ……。

しかし、朝から水浴びする羽目になるとは思いも寄らなかった。 まあでも、同時に戻ってきたと実感も出来たのだが。 この起こし方に感謝こそはしない物の、迷惑とは思えないよな。

で、とりあえずは済ませる事を済ませておかないと。

暦「火憐ちゃん、ちょっと良いか」

僕は、火憐と月火の部屋を訪ねる。

エアロビクス……とか言っていたっけ。 多分それをやっていた火憐は、僕の姿を見てすぐさま駆け寄ってきた。

火憐「兄ちゃん! 何だどうした寂しくなったか?」

と言いながら、火憐はこれでもかというくらいに、にやけている。 分かり易い奴だなぁ、本当に。

暦「その、色々悪かった。 迷惑掛けたみたいで」

暦「それと、ありがとう」

僕はそう伝え、火憐に肩パンをされる事となった。 ええ、どうしてそうなったんだよ。 経緯が分からないんだけども。

ちなみに。

この肩パンで、僕はどうやら脱臼していたらしい。 普通なら病院に直行だけど、幸いにも吸血鬼体質のおかげで、そこまで大事にはならなかった。

らしいと言うのも、忍に聞いただけなのだが。

まあ。

こんな感じで、そんな感じで。

今回の話は終わりである。

高校三年生の夏休み。 妹達との思い出話。

ただの家族で。

ただの兄妹で。

ただの子供で。

ただの夏休みの話。

僕と火憐と月火の、何の変哲も無い普通の一般的な日常は、こうして幕を閉じたのだった。

道草を少々食いすぎた、そんな良くある話である。

僕達は、並んで歩く。


こよみホーム 終

以上で短編二本目終わりです。

乙ありがとうございます。

話の都合上(今回のとこれからの)蝋燭沢くんには消えてもらいました。

こんにちは。
短編三本目、投下致します。

これにて短編最後となります。

この話は、唐突に始まって突然に終わる。

それだけ分かっていればいい。

最初に話したこの事だけを分かっていれば、それでいい。

さて。

今回はそれに習い、唐突に始めよう。

この話は火憐と月火の話が終わって、少し経った後の話。

一つの大きな転換点。 それとも終着点か。 はたまた、ただ躓いただけかもしれないけど。

とにかく、それが終わってから一ヵ月後の話だ。

九月も終わりが見えてきて、まだまだ夜は寝苦しいけれど、段々と秋が見えてきた。 そんな時期の話。

そしてもう一つ。

あの一連の事件の後から、僕はどうにも火憐と月火と離れるのが嫌で(別にシスコンって訳じゃない。 危なっかしいし、何かあったらすぐに動けるようにだ)毎日一緒に、三人仲良く寝ているのだけども。

それをやめようと思った、一つの出来事の話だ。

あの日は確か、平均的に見たら暑い日の事だったと思う。

いつも通り、僕が学校を終えて家に帰り。

火憐は道場に向かっていき。

月火は茶道部で帰りが遅くなる。

そんなありふれた、有り余った、日常という枠にきっちりと収まる話。

……正確に言えば、僕だけが今回の話の真相を知っている事になるけど。

まあ、こんな話は妹達には絶対に出来ない。 むしろ、戦場ヶ原にでさえ出来ない。

忍にさえ、出来ない話。

いや、そもそも忍は全ての事実を知っている可能性があるけれど、敢えて僕にその話題を振らないという事は、そういう事なのだろう。

僕自身、進んでこの話題には触れたくないから、それはそれで大助かりだ。

勿論、羽川にだって絶対に出来ない。

あいつがたとえ、頭を下げて頼んだとしても、僕は断ると思う。

胸を好きなだけ揉ませてあげると言われたら、その時は折れよう。

……冗談だ。 僕にはそんな度胸は無いし、羽川も本気でそんな事は言わないだろう。

つまりは、この話は僕だけが知っていればそれで良い話。 ましてや好んでする様な話でも無いのだ。

ていうか、結局前置きが随分と長くなってしまった。

冒頭で唐突に始まるとか言っておきながら、このザマである。

ま、良いか。 それについては文句を言われたら、返す方法も考えてあるし。

「あれは嘘だ」

どこかの詐欺師よろしくな。

九月二十四日。 夕方。

僕は玄関で正座をしていた。

一応断っておくが、誰かの指示という訳では無い。 勿論、戦場ヶ原の命令という訳でも無い。

あいつもまさか、僕の家での行動を命令はしてこないだろうし。

いや、するか。 普通にするな、あいつなら。

けど、今回は違う。 自分の意思での行動である。

時間的に、そろそろだとは思うんだけど。

なんて事を丁度考えた時、玄関の扉が開く。

月火「ただいま……ってまた居るし!」

暦「おう、おかえり。 待ってたぞ」

月火「待たなくて良い! ていうか毎回毎回言ってるけどさ、待つなら待つで電気付けてよ! 怖いんだから!」

暦「ああ、次から気をつける」

ちなみに、月火のこのリアクションが見たくて毎度真っ暗の中で待っているのは秘密だ。 それと月火の怖がりを治してやろうという、優しさなんだなこれが。

この妹達を待つという行為が日課。

こうして、二人の妹の帰りを待つという行為が日課でもあり、日常でもあるのだ。

とは言っても、毎日何時間もこうして正座している訳では無い。

僕にも僕でやる事があるし。 勉強とか。

で、こいつら二人が帰ってくる大体の時間は把握しているので、それに合わせてこんな感じで待ち構えているという訳だ。

月火「それ、前回も聞いた台詞だけど……」

暦「そうだったか? 悪いな、全く覚えて無い」

月火「駄目じゃん……次回も絶対に忘れているパターンだよ、それ」

暦「まあまあ、それは良いとしてだ。 火憐ちゃんは?」

月火「私としては全く良くない」

と、一瞬だけ怒りそうになった月火だったが、すぐにそれを収め、口を開く。

月火「……えっと、火憐ちゃんももうすぐ帰ってくると思うよ」

月火「道場自体は一時間前に終わってるし、火憐ちゃんが走っていればそろそろじゃないかな?」

暦「ふむ。 なら僕はもう少しここで待っているとしよう」

月火「いや、別に私と火憐ちゃんはそれを望んではいないけどね」

暦「お前達の意思など知らん! 僕は僕が思うようにやるだけだ!」

月火「格好良い様に聞こえるけど、実際の行動はとっても格好悪いよね」

苦笑いしながら、月火は言う。

こいつの苦笑いって、結構なんだか胸に来る物があるんだよな。 実際。

まるで、本当に哀れまれていそうで。

月火「もし良かったら、お茶とか淹れてこようか? 正座も辛そうだから、座布団持ってくる?」

哀れまれていた。

暦「別に僕は反省しているからこうしている訳じゃないんだぜ、月火ちゃん。 それに必要なら自分で盗って来るから問題無い」

月火「盗んでくるの?」

暦「誤字だ」

月火「ふむ、なら良し」

何が良いんだか。

ちなみに、これは言っておくべきなのかは分からないが、うちには座布団なんて無い。

暦「つうか月火ちゃん。 お茶で思い出したけど、そういやお前茶道部だったんだよな。 うっかりしてるとその設定は忘れてしまいそうになるぞ」

月火「妹の部活を忘れないでよ、お兄ちゃん。 今日も部活帰りの月火ちゃんだよ」

暦「ふうん。 つうか前々から少し気になったんだけどさ、茶道部って何してんの?」

僕がそう聞くと、月火は首を傾げながら答える。

月火「うーん。 特に実のある内容では無いかな」

暦「正座しながら、お茶を淹れたり?」

月火「いやいや、正座なんてしないよ」

暦「え? 正座しないのか?」

月火「そりゃそうだよ。 足痺れるじゃん」

足痺れるじゃんって。

いや、そりゃそうかもしれないけどさ。 だったら何してるんだよ、その茶道部。

月火「皆で寝そべって、お茶を飲んで、お茶菓子をつまみながら談笑って感じだね」

暦「茶道部のイメージじゃねえ!」

月火「テレビでもあれば良いんだけどねぇ」

暦「お前は休日のおっさんか!」

月火「雑誌を見ながらぐだぐだしてるよ」

暦「大分手遅れだな!」

いやはや、これは多分、月火だけの所為では無いのだろう。

最早、茶道部全体がそういう雰囲気になっているからこそ、今の状態って訳だ。

こりゃ、着物ファッションショーの件は月火だけが原因でも無さそうだ。

月火「それじゃ、私はお風呂入ってくるね」

暦「おう」

月火「入ってこないでね?」

暦「おいおい、月火ちゃん。 一体いつ、僕がお前の入っている風呂に入ったと言うんだよ」

月火「毎日」

そうだった。

暦「……まあ、今日は行かないよ。 安心しとけ」

月火「安心しとけって言う辺り、自分の行動が嫌がられているってのには自覚があるんだね」

暦「ああ、一歩でも動いたら忘れるけども」

月火「いつか、お兄ちゃんを歩かせない方法を実行しないといけない様だ」

暦「……恐ろしい方法しか思い浮かばない」

月火「あはは」

笑いながら、月火は風呂場の方へと向かって行った。

その笑顔が恐ろしい。 明日、僕は無事でいられるのだろうか。

なんて、そんな事を危惧していた時。

火憐「たっだいまー! おお、兄ちゃんじゃねえか! 毎日ご苦労さん!」

元気良いなぁ。 一時間走ってきたとは思えない程の元気さだ。 忍野でも引くレベルの元気の良さだよな。

あいつだと多分「元気良すぎだよぉ。 良い事でもあったのん?」とか言いそうだな。

なんとなく、忍野をお姉キャラにしてみたんだけど、ただ気持ち悪いだけだな。 やめよう。

暦「お帰り。 火憐ちゃんも火憐ちゃんで、月火ちゃんとは違ったリアクションで飽きないなよなぁ」

火憐「んん? って事は月火ちゃんは帰ってきてるのか。 おーい! 月火ちゃーん!」

暦「今は風呂に入ってるぞ。 一歩遅かったな」

火憐「なーんだ。 んじゃあ、あたしも入ってこようかな」

暦「いや、それはやめた方が良い」

火憐「そうなのか? くだらない理由だったら殴るぞ」

なんで僕が殴られないといけないんだよ。 人格に問題ありすぎだろ、こいつ。

暦「月火ちゃん自身が言っていたんだよ。 入ってくるなって」

火憐「へえ。 でもさ、それって兄ちゃんに言ったんじゃねえの?」

ご名答。 間違いなくあれは僕に対して言った言葉だろう。 僕じゃないとすると、月火は見えない何かに話しかけているという、大分可哀想な子になってしまうから。

……ああ、でも八九寺に会った時の僕は、戦場ヶ原から見たらそういう風に見えていたのだろうが。

暦「かもしれない。 でも違ったらどうするんだ?」

火憐「違ったら……」

暦「月火ちゃんは怒るだろうよ。 なんで入ってくるなって言ったのに入ってきたんだ! って」

火憐「確かに……それは嫌だな」

暦「だろ? だったら月火ちゃんが出るのを待っていた方がいいぜ」

勿論、あれは僕に対して言っただけだから、火憐が入っても何も問題無いだろうけど。

ただ、僕をここまで正座させて待たせた火憐に意地悪がしたくなっただけである。

そもそも僕が正座している事自体が、僕の意思だとさっきは月火に言ったけれど、あれはもう忘れた。

過去の事である。 水に流した。

過去の事は水に流そうじゃないか。

火憐「分かった。 でもそうだとすると、ここで待つしかねえよなぁ」

暦「まあ、汗だくだしな、お前」

火憐「ってな訳で、語ろうぜ兄ちゃん! 水入らずならず、汗入らずってか! はははは!」

いやつまんねえよそれ。

どんな風に繋がっているのかが謎だしな。 確かにお前の汗はいらないけども。

暦「語るつっても、何を? 何か語るような事ってあったっけ」

火憐「あるだろあるだろ。 もうありすぎて、水増しされてるんじゃねえかってくらいあるぜ。 いや」

暦「やめろ。 お前、どうせ今度は「汗増し」とか言うんだろ。 やめておけ」

火憐「おお、さすがだな兄ちゃん。 あたしの考えた事が分かるなんて、第六感的な何かか?」

暦「別にそんな物には目覚めちゃいない」

火憐が考えそうな事が分からない奴なんて、むしろ少ない方だろ。

暦「んで、語ろうって言ってたけど何を語るんだよ?」

火憐「そうだったそうだった。 そんな話だったな」

火憐「ずばりだな。 あたしが語ろうと思うのは」

火憐「兄ちゃんの弱さについてだ!」

なんだこいつ、喧嘩売ってるのか。 いやいや、確かに僕は弱いけども……。

けど、だからと言って単純な力勝負とかなら、まだ火憐にだって負けて無いだろ。

暦「それは何だ、精神的な弱さとかか?」

火憐「いやいや、ちげえよ。 あたしが言ってるのは肉体的な弱さだ。 つまり喧嘩が弱いって事だ」

暦「はん。 何を言うかと思えばそんな事か。 それって、力が無いとも言いたい訳だよな?」

火憐「うん。 そうそう」

暦「上等だぜ、火憐ちゃん。 腕相撲をしよう」

火憐「お、良いぜ。 兄ちゃんの弱さを分からせる手っ取り早い手段だな。 望むところだ」

暦「吠えろ吠えろ。 お前じゃ僕には勝てねえよ」

火憐「おっし、行くぜ。 準備は良いな?」

ふはは。 この馬鹿な妹に現実を教えてやる良い機会だ。

なんて言ったって、僕は今もまだ吸血鬼もどきなんだぜ? そんなのに勝てる訳が無いだろうが。

暦「おう、いつでも来い」

それでは、勝負開始。

負けた。

秒殺と言うよりは、瞬殺だった。

火憐「おいおい、まさかあたしが腕一本なのに対して、兄ちゃんは腕二本だったのに負けるとはな」

暦「言うんじゃねえよ! そんな説明口調じゃなきゃ表に出なかった事実だろうが!」

火憐「まあ、別にあたしは不公平な勝負だっと言いたい訳じゃねえよ? むしろ、勝つ為には手段を選ばない兄ちゃんのやり方は、ありだと思うぜ」

火憐「中には卑怯って言う奴も居るだろうけどさ、全力を出さないで負けて言い訳する奴よりかは、全然卑怯じゃねえよ」

どこまでも格好良い僕の妹だった。

なんだか兄として、大事な物が全て無くなって来ている気さえしてくる。

そんな事を思い、僕が落胆している時、背中から声が掛かった。

月火「あれ、火憐ちゃん帰ってきてたんだ。 おかえり」

声の方を見ると、頭にタオルを巻いた下着姿の月火。

暦「お前、一応玄関なんだからさ、服は着とけよ」

月火「誰も来ないって、こんな時間に」

そうだろうか。 玄関ぶっ壊されても知らないぞ。 キメ顔のお譲ちゃんとかに。

月火「それにしても、何してるの?」

火憐「え? いや、あたしは風呂に入りたかったんだけどさ、月火ちゃんが入ってくるなって言ってたって兄ちゃんが言うから、こうしてここで暇潰しって訳なんだよ」

月火「私がいつそんな事を言った。 お兄ちゃん」

暦「すまん、一歩動いたから忘れてしまった」

月火「……言い逃れ?」

暦「そんなのはどうでも良いけどさ、月火ちゃん。 ちょっと頼みがあるんだ」

月火「どうでも良いって……え? 頼み? 頼みだなんて、もう仕方ないなぁ」

あれ以来、月火は頼みがあると言うとやたら嬉しそうにする。 それを都合良く使う僕は大分賢いと思う。

ずる賢いが正解かもしれないけど。

暦「簡単な事だよ。 僕と腕相撲してくれ」

月火「お兄ちゃんと? 別に良いけど」

よし、勝負開始だ。

勝った。

暦「いよっし!」

これで兄の威厳は保たれた。 生涯安泰である。

火憐「大人げねえな……」

暦「悪いが僕はまだ子供だ。 ギリギリな」

月火「ま、別に腕相撲で勝てても何も貰えないし。 お兄ちゃんがやりたいならいくらでもやってあげるけど」

どうやら月火が一番、大人だったらしい。

月火「それにしても、なんでこんな場所で腕相撲なんてしてるのさ」

暦「ん? それについては、さっき火憐ちゃんが説明してただろ?」

月火「いやいや、そうじゃなくって。 腕相撲の理由だよ。 どうして腕相撲?」

火憐「あー。 それはだな、月火ちゃん。 兄ちゃんが弱くないと思い込んでるから、思い知らせてやったって事なんだよ」

月火「ふうん?」

月火「けど、私に勝って勝ち誇ってる時点で、全然強くは無いよね」

暦「あ? なんだよ月火ちゃん、負け惜しみか?」

月火「違う違う。 単純な理由だよ」

暦「単純な理由? 何だよそれ」

月火「だって、私の方が年下じゃん。 それに、女の子だし」

そうだった。 もうそれは地球が回っているだとか、空は青いだとか、人間は呼吸をするだとか、そのレベルでの話だったんだ。

つまり、僕は月火に。

月火「勝って当たり前でしょ。 なのに嬉しそうだなって思っただけだよ」

……寝ようかなもう。

月火「でも、そんなお兄ちゃんでも私は応援してるから、頑張ってね」

月火は言い、僕に微笑みかけるのだった。

時間経過。

夕食も食べ終え、風呂にも入り、自室で勉強をし、気付けば寝る時間。

あの一連の事件から、僕は毎日火憐と月火と一緒に寝ている。 勿論、今日も例外には漏れず、その予定だ。

で、火憐と月火の部屋へ行き、いつも通り二人を呼ぶ。 最初こそ月火の方には色々と理由を付けられて反対はされたものの、今では素直に僕の部屋に来るようになっている。

火憐はまあ、性格通り単純な奴なので、最初から何の疑問も持たずに僕の言うとおりだった。 いや、別に何かを企んでいるって訳では無いけども。 そこまで信頼されてしまうと、些か罪悪感が沸いて出てくるのは否めない。

しかし、僕がそうしているのにはきちんとした理由があるのだ。

つまりは、怪異。

火憐にこそ、まだこれらの事は秘密にしているのだけど、月火は全てを知ってしまっている。

それはどういう意味か。

一度怪異と関われば、怪異と関わりやすくなってしまうのだ。

その点で言えば、火憐も月火も二人共に怪異とは関わっている。 が、火憐は一連の事については何も知らない。 怪異という存在を認識していない。

しかし、月火は認識してしまっている。 そうならざるを得なかった。 いや、それは僕が望んだ結果なのだろう。 望ましい結果では、無かったけども。

だから僕は、何かがあった時の為にも、二人と一緒に居られる時は一緒に居ると決めたのだ。 勿論、学校にまで一緒に行く訳にはいかないので、そう考えると穴だらけの予防策ではあるが。

やらないよりはマシ。 出来る事は全てやる。 大体、そんな感じ。

火憐「しかしよー、兄ちゃん」

暦「ん? 何だよ」

右隣で寝そべる火憐が、唐突に口を開く。 寝ている物だとばかり思っていたけれど。

火憐「こうして一人用のベッドに三人ってのは、さすがにこの時期だと暑いよなぁ」

暦「……まあな。 クーラー付けても良いんだけど、風邪引いてもあれだしな」

タイマー設定とかしておけば良いかな。 それなら多少は、寝心地が良くなるだろうし。

火憐「ああいや、そこまでしてもらわなくても良いよ。 悪いし」

なんだ、やけに低姿勢だな。 いつもなら「早く付けろよ、ぶん殴るぞ」くらい言ってそうな物だけど。

まあ、本人が言うなら良いのかな。

月火「お兄ちゃん、もう少し向こうに詰めてよ」

と、今度は左隣から声が掛かる。

暦「つってもな、もうかなりきついんだけども」

月火「私がベッドから落ちたらどうするの。 一生恨まれるよ、私に」

暦「ベッドから落ちただけで!?」

そりゃ、恐ろしい。 一生恨まれるのは遠慮しておきたいので、仕方ない……少しずれるか。

気持ち程度、ほんの少し、右に詰める僕。

月火「あんま変わらないかも」

暦「んだよ。 折角詰めてやったのに」

月火「まー、元々無理があるのかもね。 一人用のベッドに三人だなんて」

だな。 最悪、僕が床で寝るって選択肢も無くは無いけど。

それだと結局一緒に寝てるとは言えないし、怪異の予防策としての一緒に寝ようってのは、口実にならなくなってしまうだろう。

月火「うーん。 じゃあ仕方ないか」

ん? 何か案でもあるのか。 いやあ、さすがは月火。 ファイヤーシスターズの参謀なだけあるぜ。

結果。

僕が真ん中。 それは変わらない。 不動の位置である。

火憐が右隣。 それもまた変わらない。 こいつは寝相が案外良いので、起きても同じ位置だろう。

で。

月火が何故か、僕の上に覆い被さる様に寝ている。

暦「おい、月火ちゃん? 月火ちゃん?」

月火「なあに、お兄ちゃん。 どうかしたの?」

暦「いや、どうかしたっていうか、どうかしてるっていうか、むしろどうにかして欲しいんだけども」

月火「何で? スペースは広がったでしょ?」

暦「まあそりゃそうだけどな。 けどだからと言って」

月火「もう、もしかして照れてるの?」

状況を整理しよう。

僕。 ベッドで寝そべっている。 上半身はシャツ一枚、今日は暑かったので下は下着一枚。 そして布団代わりに下の妹、月火が覆い被さっている。

月火。 僕の上に覆い被さっている。 いつもの浴衣を着てはいる物の、もぞもぞと僕も月火も動く所為で、若干はだけている。 上は下着を付けていない。 下は着けている。

なるほど、そういう事か。

いや、月火の体なんてもう何度見たか分からないくらい見ているし、胸だって揉んだ事はあるし、別に変な気持ちには断じてならない。 そう、いつもなら。

だが、だけども、今は?

今は、夜。

明かりなんて当然、消しているから真っ暗だ。

強いて言うならば、窓から差し込む月明かりくらいで。

それがなんだか、変な雰囲気を醸し出している。

月火「どしたの? お兄ちゃん」

首を傾げながら、月火は僕に問い掛ける。

……ああ、これあれだ。

正直に言おう。 マズイパターンだ。

だけども、まだ初期段階。 まだ大丈夫。 いやこんな風に考える時点で大丈夫じゃないけども! それでもなんとか出来る。 そうだ、出来る事は全てやっておかなければ。 そして、今出来る事は。

暦「か、火憐ちゃん。 起きてるよな?」

火憐「あん? 起きてるけど、なんだよ」

良かった。 救世主は起きていた。 この状態を見て、火憐が何か言わない訳が無いんだ。 そう、だから今の今まで気付いていなかっただけで。

そんな事を思いながら、僕は救世主の方へと顔を向ける。 体ごとは月火が上に乗っている所為で向けられないので、顔だけ。

んで、目に入ってきた光景。

暗くてはっきりとは見えないが。

いつも寝る時は着けている下着を着ておらず、裸の火憐だった。

暦「な、なんで裸なんだよ! お前!」

火憐「なんでって。 暑いからだよ、兄ちゃん」

にっしっし。 といつもの様に笑う火憐。 うるせえ馬鹿、笑い事じゃねえ!

暦「暑くても脱ぐんじゃねえよ! だったらそうだ、クーラー付けようクーラー。 それで良いだろ?」

火憐「いーよ。 付けたら付けたでまた下着を着ないといけないじゃん。 面倒だし、このままで良いぜ」

暦「お前は良いかもしれないけど、僕が良くねえんだよ!」

月火「あーもう、うるさいなぁ」

と、左側から声がする。

いや、左側というのは間違いか。 僕が右を見ているから左から聞こえた訳で、つまりは上から聞こえた様な物だ。 上というよりかは、前? そんなのどっちでもいいわ!

暦「なんだよ、月火ちゃん。 うるさくなるのも仕方が」

言葉を途中で区切る。 区切るっていうよりも、区切らされた。

最後まで言えなかったという事だ。 まあ、要するに。

月火が僕に、キスをしてきた。

暦「……っ!」

何してんだよこいつ馬鹿かよマジでアホかよおいおい。

しかも、長げえし!

月火の肩を掴み、無理矢理にでも引き剥がそうかと思ったその時。 本当に予想外の事が起きた。 いや、こんな状態になるなんて事も予想外といえば予想外なんだけども。 そんな物なんて軽くどうでも良くなるくらいの、予想外が起きたのだ。

月火「んっ……」

あろうことか、この馬鹿妹の月火が僕の口の中に、舌を入れてきたのだ。

舌というのはつまりは舌で、下を入れてきたという物語の上下巻みたいな感じでは断じてない。 こんな事に物語性があってたまるものか。 舌、つまりはベロ。

暦「……ぷはっ!」

さすがに焦り、慌てて急いで早急に迅速に素早く大急ぎですぐさま素早く引き剥がす。

焦りすぎである。 何回同じ意味の言葉を使ったのだろうか。 案外僕も辞書に登録されている言葉が豊富かもしれない。

暦「何すんだよ月火ちゃん!」

月火「何って、キスだよ?」

暦「そんなのは分かってる! 分かってるから聞いているんだ!」

火憐「んだよ、キスなんていつも兄ちゃんがしてるじゃねえか。 なあ、月火ちゃん」

月火「うんうん。 なのに、どうしてお兄ちゃんがそんなに焦るのか、訳が分からないかなぁ」

暦「僕はキスをした時に舌を入れた事なんて一度も無い!」

確かに、キスをする事自体はままあるのだが、だからと言って、今月火が僕に対してした様な事は断じて一度も無いはずだ。

火憐「え? 月火ちゃん舌まで入れたのかよ」

さすがの火憐も、やっと事態に気付いたらしい。 僕もようやくこれで助かる……。

訳が無かった。 この話はそんな簡単に終わらせてはくれないらしい。

火憐「よっし、んじゃあたしもー」

火憐は言い、僕の顔をがっちりとロックする。 手で押さえただけなのだろうけど、普通に反抗できない。

で。

迷わず、火憐は僕にキスをしてきた。 マウストゥマウスで。 いや違うか、普通のキスではない。 頭にディーが付く感じのキス。

たとえるならば。

月火のは優しくて、ゆっくりとした動作の、油断していたらとろけてしまいそうな。 そんなキス。

火憐のは荒々しくて、だけどもなめらかで、こっちまでもが燃え上がってしまいそうな。 そんなキス。

って、そんな妹のキスの感想を述べている場合じゃねえ! この状況をどうにか打破しないと、本格的にマズイ!

既にこの時点の話が外部に漏れてしまったら、間違いなく僕は外を歩けなくなってしまう。 むしろ家族とさえ、縁を切られてしまう。 下手をしたら社会的に抹殺されてしまう可能性すらある。

だから、これは無かった事にしなければならない。 なんとしても、絶対に。

ふと。

ふと、頭に過ぎる。

つい、一ヶ月前の事が。

僕は、あの時同じ様な事をして、失敗したんだった。

無かった事にしようとして、後悔したんだ。

なのに、僕は今回の事を無かった事にしても……。

月火「火憐ちゃんずるーい。 そろそろ代わってよ」

火憐「おお、悪い悪い。 どーぞ」

いや良いだろ。 これを無かった事にしなくてどうするんだよ。

で、結論が出たところでどうする。

こう考えている間にも、今度は月火が僕にキスをしている訳だけども。 正直、そろそろ限界なんだけれども。

最終手段は、忍か。

……ああ、でも待てよ。 忍がこの時点で、僕に何もコンタクトを取っていないという事は、つまりは見捨てられたという事かもしれない。 あるいは見限られてしまったか。

暦「ちょ、ちょっと待て!」

月火「どしたの?」

火憐「兄ちゃん、用があるなら早くしてくれよ」

暦「一応言っておくけどな、僕達は兄妹だ。 家族だ。 だけどな」

暦「そう言う風に、ベタベタされて、キスされて、ああもうぶっちゃけるけど」

暦「僕が、僕が我慢できなくなる可能性があるんだよ!」

言ってしまった。 ああ、もうどうにでもなれ。 これでこいつらがドン引きしてくれれば、もうそれで良い。

ちなみに、これは嘘偽り無い本心である。

火憐「なんだ、そんな事かよ」

月火「そんなのは最初から分かってるよ、お兄ちゃん」

暦「は? え、えっと?」

戸惑う僕に、火憐が僕の右耳に口を寄せ、囁く。

火憐「兄ちゃんとなら良いって意味だよ、分かるだろ?」

続いて、月火が左耳に口を寄せて、囁く。

月火「むしろ、こうなるのを前提でやってたんだから。 お兄ちゃん」

ああ。

なるほどね。

つまりはドッキリか! なるほどなるほど。 んだよ、驚かせやがって。

暦「あ、あはははは。 随分と性質の悪いドッキリだなぁ。 びっくりしちまったよー」

火憐「折角ここまでしてるのに、ドッキリで済ませようとするなよ」

火憐「……あたしだって、恥ずかしいんだからさ」

確かに。

火憐がいくらノリで生きていると言っても、悪ふざけでここまでするだろうか。 ここまでの事を冗談だと言うだろうか。

……言わない。 こいつは嘘を付くのがとことん苦手だから、今の言葉が嘘で無いという事は分かった。 分かってしまった。 つまり、火憐は本気だ。

だとするならば、月火は?

月火「ねえ、お兄ちゃん。 この前の事覚えてるでしょ? お兄ちゃんの部屋で、私がお兄ちゃんの首にキスした時の事」

月火「あの時も、結構本気だったんだよ。 だけど、今日はそれ以上に本気だから」

目を逸らすことなく、月火は言う。

なんて事だ。

月火も、本気だ。

だけど、だけども。 なんだってこんな状況になっているんだよ。 どうすりゃいいんだ。 僕は。

僕にも彼女が居る訳だし、ましてや妹達とこんな状態なんて!

浮気だなんて問題じゃない、普通に事件だ。 分かってる、頭ではそんな事は分かっているんだけど。

暦「か、火憐ちゃん。 月火ちゃん」

もう無理だ。 ずっと抑えてきたけども。

暦「……分かったよ。 お前らの気持ち。 僕も、今したい事はお前らと一緒だ」

火憐「……兄ちゃん」

月火「……お兄ちゃん」

こうして、僕は妹達と一夜を過ごすのだった。

後日談というか、今回のオチ。

いや、まあ説明すると。

要するに、夢オチという物である。 我ながら、とんでもない夢を見てしまった。

なんというか、最低というか馬鹿というか、こんな夢を見ていただなんて話、絶対に誰にも出来る訳が無い。

したら多分、僕は一生軽蔑されてしまうだろう。

しっかし、なんであんな夢を見るかなぁ。

……原因として考えられるのは、毎日一緒に寝ている所為だよな。 絶対に。

仕方ない。 仕方ないという事にして、もう一緒に寝るのはやめるしかないだろう。 あれがもし現実になったらと思うと、どんな怪異より恐ろしいという物だ。

忍は多分、僕が見た夢を知っているだろう。 知っていて、敢えてその話題は口に出さないのだろう。

……気遣いが、心に来るよなこれ。

変に現実味がある夢だった所為で、翌朝起きた時は随分と動揺した物だ。 妹達にもかなり不審がられたし。

かと言って「いやぁ、実はかくがくしかじかで」なんて説明をしたら、僕は今頃息をしていないだろうけど。

本当に、もう二度とあんな夢は見たくない。 朝はかなり落ち込んだ物だ。

今はもう朝食を食べて、いつもなら勉強をしている時間なのだけど。

どうにも勉強って気分にならない。 これもあれも全てあの夢の所為だ。 馬鹿にしやがって……くそ。

なんとなく、夢に対して怒ってみたのだけども、謝罪の言葉がある訳無かった。

火憐「兄ちゃん、入るぜー」

月火「お兄ちゃん、入るよー」

息を合わせ、妹達が同時に部屋へと入ってくる。 蹴破ったりしなくなったけど、ノックくらいはしろって。

暦「んだよ、二人揃って。 用事か?」

火憐「用事というか、意見というか。 そんな感じ」

月火「むしろお兄ちゃんの意見を聞きに来たって感じだよ。 暇でしょ?」

暦「暇っちゃ暇だけどもさ。 まあ、良いか。 んでそれは?」

火憐「なあ兄ちゃん」

月火「ねえお兄ちゃん」

二人は息を合わせて、言う。

「キスをした感想を聞かせて」

なんて。

はは、いやいや。 まさかね。

僕が忍に土下座をして、実際に起こったのはキスだけで、一線は越えていないという事を教えて貰うのは、もう少し後の話だ。

その時点で大分一線を越えてしまった気しかしないけども。

教えてもらったのは、後の話。

後の話、か。

そう、それは確か『夢の話』だった。

火憐が魅せられた……いや『魅せられてしまった夢』と、月火が『夢見た夢』の話。

この時はまだ何も知らなかったけども。

確かそれは、肌寒くなってきた十二月の話である。

一年の終わりがもうそろそろとなってきた、ある日の話だ。

夢を見て、魅せられて、逆転した火憐と。

夢を見て、見てしまって、儚い夢だった月火。

いや、今はまだその話はしないでおこう。 また時間がある時にでもという事で。

そんな訳で、こんな冗談みたいな夢オチで申し訳ない限りだが、一旦はここで締めさせて貰おう。

これにて、おしまい。


こよみドリーム 終

以上で短編全て終了となります。

長らくお付き合い頂きありがとうございました。

おつ
しかし勝手に盛り上がってしまったオレの妖刀心渡をどうしようか

続編あります。
来週辺りから投下始められると思いますが、投下ペースが一週間に一度程になりそうです。


>>924
それ、毒刀 鍍ですよ!

すいませんちょっと諸事情により遅れそうですすすすす

次回予告的な物だけ、明日か明後日に投下しておきます。

スレ立てる際はこちらのスレにてURLとスレッドタイトル貼ります。

こんにちは。
次回予告的な物だけ投下しておきます。

人は誰でも夢を見ている。

小学生の頃には誰でも夢を見ていたんじゃないだろうか。

スポーツ選手だとか、俳優だとか、幸せに暮らしたいだとか、宇宙に行きたいだとか。

そんな夢を見ながら、成長していく。

年を重ねて、学んで、挫折して、遊んで、落ち込んで、努力して。

そういった経験を積んで、いつか気付く時がくるのだ。

それが叶えられない夢だという事を、大抵の人は思い知る。

いや、だけど結局は実現できるであろう事を夢として、叶えてしまう奴も中には居るだろう。

目標を低くして、自分の能力の範囲内に収めてしまい、叶える奴も。

だが、それで本当に夢を叶えたと言えるのだろうか?

目標を果たしたと、言えるのだろうか?

僕は別に、目標を高く持てだとか、夢は大きくだとか、そういう教師じみた事を言うつもりは無い。

ただ、それで本当に本人は満足しているのだろうかと、気になっているだけなんだ。

話を戻そう。 夢について。

夢。

それは前に月火と話した将来の夢であったり。

それは日常的な、何々をこうしたいという事であったり。

はたまた、夜寝ている時に見る夢であったり。

夢という言葉にも、色々な捉え方があると思う。

しかし、僕には明確な夢、目標みたいな物は無い。

火憐は多分、今この瞬間、地に足を付けて歩いている事自体が、夢を叶えているのだろう。

あいつは夢を実現させながら歩いているのだから。 火憐のそういった部分は本当に尊敬するし、羨ましいとも思う。 明確な目標を持っているあいつは、強い。

だが、同時に危なっかしいとも僕は感じる。

火憐に「夢はあるのか?」と聞いたとしたら、多分あいつはこう言うだろう。





「兄ちゃん、あたしにとっては今この時がそうなんだよ。 今を生きて、明日を生きる。 それが夢なんだ」



如何にも言いそうな言葉だと思う。 果たして本当にそう言うのかは、分からないが。

つまり、要するにあいつは馬鹿なんだ。

どうしようも無く馬鹿だけど、それ故に。

真っ直ぐで、そして強い。 火憐はそういう奴なのだ。

そして月火、あいつには何が見えているのだろうか。

夢が無いといっても、それが本当かは分からない。 僕にだって、全部が全部を話してくれる訳では無いのだから。

ふわふわと生きている月火にとって、夢とはどういう響きなのだろう?

くだらない言葉なのか、それとも素晴らしい言葉なのか。

まあ、あいつの兄としては、月火に夢が見つかれば良いとは思うのだけれど。

いや、もしかしたら。 夢を見つける事自体が、あいつにとっての夢なのかもしれない。

……無いか。 そんなロマンチストじゃねえしな、あいつ。

そして僕達もいくら兄妹だと言えど、それぞれが目指すそれぞれの目標は違う。

僕なんかは明確に見えていないし。

火憐は今日この時その物が、昨日見ていた夢なのだろう。

それに比べると、月火は夢を探している最中、と言った所か。

僕の場合。

僕の場合だ。 もしもそんな僕が、はっきりとした夢を見つけた時、果てしてどの様な感情、想いが押し寄せるのだろうか?

もしかしたら、そのまま進むかもしれない。 その目標、夢に向けて。

はたまた、引き返してしまうかもしれない。 その目標、夢が遠すぎて。

そしてこうも考えられる。

その夢が矛盾していた場合、僕は一体どうするのだろうと。

火憐の場合。

あの恐ろしく強い妹の場合。 進行形で夢が叶い続けている彼女が、もしも地に足が着かない状態になったら、果たして火憐はどうなってしまうのだろうか?

常に歩いているはずの場所や居場所を失った場合、火憐だったらどうするのだろうか。

当たり前の様な夢が無くなった時、火憐はどの様に対処していくのか。

あいつは、そこで諦めてしまうのだろうか。

それとも、新たに足場を作り出してしまうのだろうか。

もしかしたら、その状態こそを足場としてしまうかもしれない。

しかしこうも考えられる。

その状態で見つけたその足場が、道筋が。 そんな火憐の夢が最悪の結末に向かっているとしたら。 それをあいつが知ったとしたら。 火憐らしくも無く引き返すのだろうか? と考えてしまうのだ。

月火の場合。

月火の場合はどうだろう。

あのずる賢い妹の場合だ。

あいつは、夢は無いと言っていた。 だが、そんな月火にも叶えたい夢が見つかった時、あいつはどう行動するのだろうか?

夢が無いと言うのも、年相応の考えといえばそうだろう。

しかし、そんな月火に夢が見つかった場合、あの諦めが悪い妹の事だ、なんとしてでも叶えようとするのだろう。

月火は月火で、火憐以上に想いの強い部分があるのだから。

それが果たしてどんな夢なのかは、想像が付かないけど。

もしもそんな夢が見つかったら、あいつはどんな手段で叶えるのだろうか? それに少しだけ、僕は興味があるのだ。

だけど、こうも考えられる。

もし、その夢が絶対に叶わない夢だったとしたら、月火はどうするのだろうか? と。

しぶとく叶えようとし続けるのか。 それとも潔く諦めるのか。

それとも、そんな物は全て引っくり返して叶えてしまうのだろうか?

僕如きでは、全然想像も予想もできないけれど。

だけどそれでも、あいつの出す答えには興味があったりする。

そして。

今回は、そんな夢の話をしようと思う。

夢という名の足場を無くした火憐と。

叶わない夢を叶わせようとした月火と。

そんな二人の夢を見て、知ってしまった僕の話だ。

十二月から一月にかけての物語。

在り来たりな。

日常的な。

そんな話。

さてと。

それではそろそろ、始めよう。

とは言っても、初っ端の語り手はどうやら僕では無いらしいけど。

まあとにかく、そんな感じで。

夢を見て夢を知って夢に魅せられて夢を叶えようとした、僕と妹達の物語だ。

以上で終わりです。

まだ正確な時期は分かりませんが、近い内に投下致します。

一応、スレッドタイトル
夢物語
の予定です。

変更、スレ立て完了しましたら、再度こちらのスレにてタイトルとURL貼らせて頂きます。

夢物語
夢物語 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1370409941/)
スレッド立てました。

一週間程時間を置きまして、このスレッドはHTML依頼出します。

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