暦「火憐ちゃん、ごめん」(883)

時系列的にはつきひフェニックス直後です。

とは言っても、平行世界的な感じなので、原作との食い違いがあると思います。(傾物語的な)

夏からのセカンドシーズンへ向けて、暇潰し程度に読んで頂ければ幸いです。

内容的にはファイヤーシスターズのお話となります。

拙い文章ですが、宜しくお願いします

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1365139513

火憐と月火。

栂の木二中のファイヤーシスターズ。

僕の妹達。

彼女達の事を語るのは少しだけ難しいかもしれない。

何故、と問われても、その質問にすら答えるのは難しい。

だけど、敢えて言わせて貰うと。

言いたく無い、と言うのが正解なのだろうか。

昔の思い出なんて物は、時間の経過によって記憶の奥底に封じ込められるのも仕方が無い物だ。

けど、絶対に忘れてはならない思い出もある筈なのだ。

例えば、戦場ヶ原に誘われた初めてのデート。

あの日の夜空を忘れる事は無いだろう。

例えば、八九寺と初めて会った日の出来事。

あいつとのやり取りは今でも僕の日課(実際には毎日会っている訳でも無いが、気持ち的に)である。

例えば、神原の左腕。

大事な後輩、変態ではあるが。

例えば、千石との再開。

形は望まれた物では無かったが、確かにあれは思い出なのだ。

例えば、羽川に助けられた事。

羽川が居なければ、僕は今頃。

例えば、忍との最初の出会い。

背負わなければならない、忘れる事なんて出来ない。

と、色々思い出して見た物の、怪異絡みの事が殆どである。 僕の青春って一体なんなのだろう。

まあ、そんな感じで忘れてはならない物と言う事は必ずある。

他にも色々とあるが、思い出していたらキリが無さそうなのでここらで一度、今回の話とは関係無い者の話は辞めよう。

そう、あくまでも今回は僕の妹達、火憐と月火の話だ。

これもまた、忘れてはならない話。

思い出、とは違う話。

付け加えて言うならば、シリアスな話。

蜂に刺された火憐。

不如帰の月火。

そんな二人の妹の、忘れてはならない物語。

正確に言えば、僕が忘れてはいけない物語。

その日は何故か、いつもより早く目が覚めた。

夏のせいか、はたまた先日までの戦いのせいか、それとも僕にも規則正しい生活リズムが身に付いたとか。

最後のはねえな。 不規則な生活を普段からしているのに、いきなり規則正しいリズムになれるんだったら誰も苦労なんてしないだろう。

羽川でもあるまい。

いや、そもそも羽川なら不規則な生活なんてしないか。

とにかく。

一応理由を付けるとしたら、たまたまと言う事になるのだろう。

それ以外に理由なんて見つからないし、そうするのが理に適っている。

つまり今日、僕は普段より早く目を覚ましたのだ。

さて、時計からするといつもより三十分は早く起きているらしい。 どうした物か。

寝起きですぐに勉強、って感じでも無いしなぁ。

いや、これは頭を動かすのが嫌とかでは無く、回らない頭を回しても却って逆効果になるんじゃないか、と言う僕の判断に寄る物だ。

だから勉強が嫌と言う訳では無い、決して。

さてさて、それならば何をしようか?

二度寝でもしようか。

時間がある時の二度寝程、気持ちが良い物は中々無い。 だが、それは止めた方がいいか。

いつもなら三十分後には妹達が起こしに来る筈なので、二度寝をしても目覚め方を最悪にするだけで良い案だとは言えないだろう。

ならばどうする?

たまには、妹達を出迎えるのも良いだろう。

とびっきり、優しく。

忍「おい、お前様よ」

暦「うわ、起きてたのかよ」

びっくりした、朝から心臓に悪い事をしてくれる吸血鬼だな。

心臓に悪い事をしない吸血鬼、と言うのも変な響きになるか。

なら、やっぱり心臓に悪い事をする吸血鬼。 こっちの方がしっくり来る。

忍「何をくだらない事を考えておるのじゃ」

暦「いやいや、忍も心臓に悪い事をする吸血鬼と心臓に悪い事をしない吸血鬼だったら、前者の方がしっくり来るだろ?」

忍「……お前様が何を言っているのか、儂にはちと分からんが」

忍「違うわい。 その今考えてる事より少し前の方じゃ」

少し前? 何か考えていたっけ、僕。

こんな言い方をすると、常に何も考えていないただの馬鹿に見えてしまうだろうから、何か考えていたのだろう。

僕は常に何も考えていないただの馬鹿では無いのだ。

暦「っとすると、羽川の事か!」

忍「……わざとやっておるじゃろ」

暦「おいおい忍、僕が人生に割く考え事の内、半分は羽川の事だぜ」

暦「つまり、忍が言っているくだらない事ってのも羽川の確率が五十パーセントなんだよ」

でも、羽川の事をくだらないって、例え忍だとしても許せない事態なんだけど。

忍「妹御の事じゃ」

僕に付き合うのが疲れたのか、忍はとっとと話を詰めてきた。

もう少し付き合ってくれても良いだろうに、付き合いの悪い吸血鬼も居たものだ。

暦「なあ、忍」

忍「なんじゃ、お前様よ」

暦「付き合いの悪い吸血鬼ってどう思う?」

僕がそう言うと、忍は凄惨に笑い、こう言った。

忍「一瞬で死ぬか、じっくりと死ぬか、どちらでも好きな方を選んでよいぞ」

どっちにしろ死ぬじゃねえか!

閑話休題。

つまり、忍の言う『くだらない事』とは、僕が考えた妹達を出迎える方法の事だろう。

その結論に素早く辿り着き、発言する事でなんとか死ぬのは免れた。

ぶっちゃけ、忍とガチバトルになっても僕が死ぬ事は無いと思うけどな。

暦「それで、どうしてくだらない何て思ったんだ?」

忍「前にも言った様に、お前様の感情の変化は儂に伝わってくるんじゃよ」

忍「その感情から察するに『ああ、どうせまたくだらない事を考えておるな』との結論に儂は辿り着いたのじゃ」

暦「随分と失礼な吸血鬼だな」

失礼じゃない吸血鬼と言うのも、面白いけど。

暦「なあ、忍」

忍「失礼じゃない吸血鬼はどう思う。 等と言ったら分かっておるな?」

暦「いやいや、全然そんな事は思ってないよ。 マジマジ」

暦「えっと、つまり」

暦「僕がこれからしようとしてる事は、くだらない事じゃないって事を言いたいんだよ」

忍「現在進行形でくだらない事をしておるがの」

忍の口から現在進行形、なんて言葉が出てくる方が個人的には驚きだ。

一体いつ、こいつは学んでいるのだろうか?

忍「まあ、お前様がそこまで言うからには……さぞ、くだらない事では無いのじゃな?」

忍「断言しておったからの、くだらない事では無いと」

忍「それこそ恐らく、妹御達の将来に関わるかもしれん程にな」

むむむ。

忍の奴め、無駄にハードルを上げやがった。

忍「ほれ、早く言ってみせよ」

僕の焦りが伝わったのか、忍は嫌らしくにやにやと笑っている。

暦「一応確認しておくけど、もしくだらない事だったらどうするんだ?」

忍「蹴る」

なんだ、それだけか。

今の忍は肉体的には八歳児と変わらないし、それならまあ、くだらない事と思われてもいいよな。

暦「起こしに来る妹達を驚かせるんだよ、何か罠を張って」

凄惨とは言えない物の、笑顔を作りながら忍に言った。

直後。 蹴られた。 脛を思いっきり。

暦「いってええええええ!!」

八歳児に蹴られて蹲る僕。 これはこれでありか?

忍「やはりくだらん事じゃったか。 聞いて損したわい」

忍「お詫びにゴールデンチョコレートを三つじゃ!」

なんだよそのお詫び。 というか、僕は、特にお前が不利益を被る事なんてしていないが!

忍「それで、具体的にはどう驚かせるのじゃ?」

ノリノリじゃねえか、この吸血鬼。

暦「なんだ忍、手伝ってくれるのか」

忍「手伝うと言うよりは、眺めておる感じじゃな」

暦「そうかよ、まあ期待はしてなかったけどさ」

暦「よし、それじゃあ早速取り掛かるとしよう」

と何か壮大な仕掛けをする様な感じで言ってみたが、僕が取った行動はとても単純な物である。

つまり。

クローゼットの中に、閉じ篭る。

忍「こんな所に隠れて、どうするんじゃ?」

暦「どうするって、それだけだよ」

忍「これのどこに驚く要素があるんじゃ、お前様よ」

何を言っているんだ、忍の奴。

驚く要素だらけで、挙げだしたら枚挙に暇が無いではないか!

暦「まず、あの妹達は僕を起こしに来るだろ?」

忍「その前提じゃよ、起こしに来なかったらどうするんじゃ?」

暦「いや、それは無い」

即断。 断言。

忍「……お主、よっぽどじゃな」

忍「まあよい、それで起こしに来たとして、その後は?」

分かってないなぁ、こいつ。

暦「考えてもみろよ、忍」

暦「居る筈の兄が居ないんだぜ? それがどれだけの驚き要素に溢れている事か」

暦「多分、あいつらは」

暦「『兄ちゃんがいない!』『お兄ちゃんがいない!』って顔を見合わせるんだ、最初に」

暦「それで、その後は泣き叫びながら家中を捜すんだよ」

暦「そこで僕が颯爽と登場」

暦「『どうしたんだい、火憐ちゃんに月火ちゃん』」

暦「『何か嫌な事でもあったのかい?』って感じで」

忍「今のお主、ドむかつくぞい」

ドむかつくってなんだよ。 新しい言葉を作るなよ。

忍「それに、最後の台詞も、あのアロハ小僧を思い出させて、むかつき度が増すのう」

別に、真似した訳じゃないんだけどなぁ。 自然にやった事が忍野に似ていると言われると、少しだけど嫌な気分になってしまう。

別に、忍野が嫌な奴って訳でも……あれ、あるか。

暦「はは、忍ちゃん。 元気良いね」

暦「何か良い事でも-----」

忍「ほれ」

暦「いってええええええええええええ!!」

台詞を言う前に蹴るなよ! せめて言い終わってから蹴れよ!

と言うか、ほれってそんな可愛い台詞と同時に出すべき蹴りの速度じゃなかったぞ!

暦「同じ場所を蹴るとは、成長したな……忍」

それに、よくあんな体制から蹴りを出せたな。

一応言っておくが、僕と忍はクローゼットに押し込まれている形である。

忍「予想以上にくだらんかったわい……もう一人で勝手にやっておれ」

そう言い残すと同時に、影の中へと忍は姿を消していった。

全く、勝手に計画に参加して、勝手にノリノリで、勝手に僕の脛を蹴って、挙句の果てには勝手に寝やがった。

ゴールデンチョコレートの数が三つから二つに減っているのにも気付かずに、馬鹿な奴め。

でも、よくよく考えたら奢らされる事が前提になっている時点で、馬鹿な奴は僕の方かもしれない。

閑話休題。

妹達を驚かせる為に、未だに僕はクローゼットの中で身を潜めたままだ。

忍との無駄なやり取りもあったせいで、そろそろ丁度良い時間なのでは無いだろうか?

携帯を開き、時刻確認。

あれ? おかしいな。

僕が言っている【おかしい】と言うのは、あまり時間が経過していなかった。 と言う意味ではない。

その逆。

【既に妹達が起こしに来る時間から三十分程過ぎていた】

おかしい、携帯の時計が狂っているのか?

いや、それも無い。 先程、部屋に置いてある時計と僕の携帯の時計が指している時間は一緒だった。

厳密に言えば、一分や二分くらいのずれはあったと思うけど、さすがに三十分はずれていなかった筈。

なら、何故?

すぐ頭に過ぎったのは、つい先日の事。

暴力陰陽師、影縫余弦。

そもそも、そもそもだ。

例外にしておく、とは言った物の、その言葉のどこに信用性があったのだろうか。

面倒臭いガキに付き纏われない為、嘘を付いた可能性だってある筈じゃないか。

なら、今。

二人は? 僕の妹達は?

月火は言わずもがな、狙われる危険性はかなりある。

そして火憐も、その場に居たとしても、あの陰陽師なら関係無く、やりそうである。

僕が取るべき行動は。

暦「火憐ちゃん! 月火ちゃん!」

気付けば、さっきまでの驚かせようと言うわくわく感は、焦燥感に変わっていた。

クローゼットの扉を勢いよく開け、続いて部屋の扉も壊れんばかりの勢いで開く。

階段を駆け下り、二人を捜す。

見当たらない。

両親が居ないのは、恐らく仕事に出ているからだろう。

けど、僕や火憐や月火は、夏休みの真っ最中である。

なのに、見当たらない。

と、ここでふと思い付く。

もし、ただ出掛けているだけだとしたら、僕の焦りっぷりは、それはもう滑稽なのではないか。

その思いから、半ば祈りながら玄関へと足を向ける。

二人の靴は---------あった。

つまり、家からは出ていない。

なら、どうして姿が見えないのだろうか。

まさか、まだ寝ているのか?

一度降りた階段を上り、火憐と月火の部屋の扉を勢いよく開ける。

ここで、二人が居れば僕はとても安心できたのだが……部屋はもぬけの殻だった。

暦「……くそっ!」

やはり、二人の身に何かがあったのかもしれない。

家の中は全て捜した……よな?

いや、一つだけ、一つだけ捜していない場所がある。

僕は思い出すのと同時、その場所へと足を向けた。

気付くべきだった。

『それ』をする前に、僕は気付くベきだったんだ。

その行為を指し示している物的証拠はいくつもあった。

火憐がいつも着ているジャージだとか、月火の部屋着でもある着物とか。

それにもっと早く気付いていたら、こんな事にはならなかったのに。

でも、言い訳をさせてもらうと、そこまで頭が回る状況じゃなかった。

勿論、それは僕だからではなので、この状況に追い込まれているのが、知っている事は知っている羽川であったり、頭の回転が異常に早い月火であったり、そういった奴なら『なあんだ。 そういう事だったのか』で済んだだろう。

しかし、僕はその二人では無い。

前置きが少し長くなってしまったが、結論から言うと、火憐と月火は見つかった。

本人達からしてみれば、何をやっているんだこの兄は? との感じだっただろう。

つまりは、火憐と月火は仲良く朝風呂に入っていたのである。

以下、回想。

僕が唯一捜していない場所。

阿良々木家の風呂。

脱衣所に入り、風呂場の扉へと手を掛ける。

中の電気は付いていたが、そんな事は気にもせず、勢いよく、僕は扉を開いた。

暦「火憐ちゃん! 月火ちゃん!」

すると、目の前には壁が広がっていて……

壁、とは言った物の、冷静に見ればそれは人だった。

もっと冷静に見れば、それは僕の妹だった。

でっかい方の妹、阿良々木火憐だった。

火憐「何しとんじゃ、こらあ!!」

一瞬だけ、ぽかんと効果音が出そうな表情をした火憐は、すぐさま鬼の形相(比喩ではなく、本当に鬼の顔だった)をし、僕の顔面を殴りつける。

効果音を付けるとすると、パチンとか、バチンとかでは無く、ドゴン! と言った感じだ。

エクスクラメーションマークが付くほどの、そんな感じの鉄拳制裁である。

僕のせいだと言っても、明らかに手加減無しの攻撃はぶっちゃけかなり痛い。

今すぐにでも泣き出して部屋に閉じこもりたかったが、あくまでも僕は火憐の兄であるので、それは情けなさ過ぎて頑張って堪えた。

暦「よ、良かった……無事で」

僕は薄れ行く意識の中で、最高に格好良い台詞を吐く。

月火「どうみても変態だよ。 お兄ちゃん」

そんな月火の優しい言葉を聞きながら、僕は文字通り意識を失った。

回想終わり。

そんなこんなで、現在、僕は自室のベッドへと横たわっている。

一応言っておくが、意識を失っている間に勝手に歩いて自分の部屋のベッドへと横たわったとか、今までのが全て夢だった、なんて事は無い。

最後の情けなのか、正義の心からなのか、火憐と月火が僕を部屋まで運んでくれたのである。

火憐「あははは。 兄ちゃん、死んだんじゃねえかと思ったぜー」

死ぬほどの攻撃を兄に加えるとは、末恐ろしい。

月火「でも、火憐ちゃんのストレートを正面から顔に食らって、何事も無いって凄いよお兄ちゃん! 誇っていいよ!」

妹に顔を殴られる時点で、誇れる気がしない。

と言うか、殴られた時に変な音したし、多分鼻の骨とか折れてたんだろうけどな!

全然何事も無くねえよ!

暦「にしても、どうして火憐ちゃんも月火ちゃんも、今日は起こしにこなかったんだ?」

話題を百八十度変える。

このままでは兄の威厳もあったもんじゃないからな。 ナイス方向転換だ。

火憐「んー、あー、あれ?」

最初に口を開いたのは火憐で、その口振りからして、どうにも僕が期待する答えは得られそうに無かった。

暦「月火ちゃん、どうしてだ?」

月火「んー、どうしてだろう?」

暦「どうしてだろうって、僕が聞きたいんだけど」

妹が起こしに来なかった理由を問い詰める兄。 責め立てる兄。

我ながら、なんて理不尽な奴なのだろうと思う。

思うだけであって、改めようとは思わないけど。

火憐「いやあ、あたしは何となく覚えてたんだけど」

言い訳、では無さそうだ。 どうやら本当になんとなくは覚えていたらしい。

月火「ええ、火憐ちゃん覚えてたの? 私、すっかり忘れてたよ」

月火「と言うか、覚えてたなら言ってよー」

火憐「悪りい悪りい。 でも、いっつも月火ちゃんの方から起こしに行こうーって言うじゃん? だからすっかり忘れてたんだよなぁ」

ふむ。

つまり、火憐はなんとなく覚えていて、月火は綺麗さっぱり忘れてた。 と言う事になるのか。

それにしても、火憐がいつもなんとなくでしか覚えていない事が軽くショックである。

暦「ま、いいか」

暦「次から気をつけろよ、我が妹達よ」

随分と上から目線。

火憐は「はーい」と気持ちよく返事はした物の、月火は「なんで上から目線なの? ねえねえ、お兄ちゃん、どうして?」との返事だった。

月火のは返事と言うより、文句と言った方が正しいか。

僕はその返事には返事を返さず、目を瞑って夢の世界へと旅立とうとした。

火憐「おい、寝ようとしてるんじゃねえよ兄ちゃん」

月火「そうだよ、私達の前で堂々と二度寝するなんて、ゴミも同然だよ。 お兄ちゃん」

どうやら、二度寝はやっぱり、不可能である。

僕はこの時、何故、微妙なズレに気付かなかったのか。

気付かないのも無理は無いのかもしれない。

だけど、それでも。

この時に気付けていたら、結末は変わっていただろう。

それが、良い方向か悪い方向か、どちらに行くかは分からないけれども。

別に、この日と限った訳でも無い。

最低でも次の日に気付けていたら、と今更後悔する。

そうすれば、僕の妹達は。

傷を負うことは無かった筈なのに。


火憐リーフ 開始

以上であらすじの様な第1話の様な感じで終わりです。

次回は来週のどれかの曜日に、投下します。

4月20日に高島トレイルします(笑)(爆)
詳しくはワタシのパー速に持ってる旅スレでo(^o^)o

【残雪】滋賀高島トレイル一気に歩く【あるかな】

期待

面白そう

乙乙

ファイヤーシスターズのss少ないから頑張ってくれ!

予定は常に前倒し。

第二話投下します

朝のやり取りはすっかり頭の隅に追いやり、僕は現在、街中を散歩中である。

いや、散歩中と言うのは語弊がある。 正しくは忍のドーナッツを買いに行く最中だ。

忍「もっと早く歩けんのか」

暦「別に走ってもいいけど、着く前に体力が尽きるから結果的に遅くなるぜ。 それでも

いいのか?」

忍「ならいっそ、吸血鬼化をして……」

こええよ! そんな簡単に血はあげたくねえよ!

暦「とにかく、別にドーナッツは逃げないだろ。 何もそんな焦らなくても」

忍「儂は我慢と言う言葉が嫌いなんじゃ。 今すぐにでも目の前に持ってこんか」

そりゃ、そうだろうなぁ。

なんといっても、伝説の吸血鬼なのだから。

五百年の中で、多分、我慢なんて一回もした事が無いんじゃないだろうか。

暦「とは言っても、今すぐと言うのは無理だから、後十分くらいは待ってくれよ」

忍「仕方ないのう……ならば、儂はDSでもやっておく事にするかのう」

そう言い残し、伝説の吸血鬼、もとい八歳児の幼女は僕の影の中へと姿を消して行っ

た。

僕の影の中、どんだけ快適空間になっているんだろう。

まあ、丁度良く一人になれた事だし、先ほど頭の隅に追いやった事を考えて見るか。

朝の出来事、妙な違和感は少しある。

だってそうだろう。

今まで一度だって、例外を除いて朝に起こしに来なかった事等、無いのだから。

火憐も月火も忘れている感じだったけど(火憐は若干覚えていたが)月火が忘れると言う事が妙な違和感だ。

もしかして、僕は知らない内に、あいつらに嫌われる事でもしたのだろうか。

うーん。

胸は揉んであげてるし、定期的にパンツは見てあげてるし、火憐に至っては歯磨きしてあげてるし。

特に嫌がられそうな事、無いんだけどなぁ。

「何をどう捉えたら、それが嫌がられない原因だと思うんですか。 阿良々木さん」

後ろからそんな声がする。 顔を見なくとも誰か分かる。 間違いない、僕の愛しの。

暦「はちくじいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

八九寺「やめてください。 変態がうつります」

いつにも増して、冷たい八九寺だった。

暦「と言うかお前、今僕の名前を噛んで無かったよな。 そうかそうか、ついにお前も」

八九寺「アレレ木さん、でしたっけ」

暦「もう手遅れだ。 さっきお前は、しっかりと僕の名前を呼んだんだからな」

八九寺「失礼、噛みました」

しかとだ、僕がなんと言おうといつもの流れに持って行こうとしている。

そのしかとっぷりは見事で、ついつい僕も流されてしまう。

暦「違う、わざとだ」

八九寺「ええ、わざとです」

暦「いつもの流れじゃなかったの!?」

どうにも、今日の八九寺は僕に対して冷たいようである。

八九寺「それで、アレレ木さん」

暦「もういいよ、アレレ木でいいよ」

八九寺「さっきの言葉を聞く限りですけど、妹さんに嫌われる理由ははっきりしているじゃないですか」

暦「何? 僕のどの行動が問題なんだ」

八九寺「全てです」

全否定かよ!

暦「いやいや、でもさ」

説明中。 朝からの一連の流れ。

暦「って訳で、その後の態度とかは別に普通だったんだよ」

八九寺「顔を殴られる時点で普通とは掛け離れていると思いますが……」

八九寺「ですけど、理由はなんとなく分かりましたよ」

暦「本当か八九寺! 是非教えてくれ」

八九寺「アレレ木さんはシスコンなので、嫌われて当然かと」

なんだよそれ、僕はシスコンじゃねえぞ。

それにアレレ木ってまだ続いてるのか。 まさか、一生って事は無いよね。

暦「百歩譲って……いや、千歩譲って僕がシスコンだとしよう」

八九寺「その場合、阿良々木さんは譲られる側と言う事になりますね」

良かった、阿良々木さんに戻った。

いやそうじゃない、譲られる側っておい。

暦「でも、それならもっとド派手に嫌われてもいいんじゃないか? って思うんだ」

八九寺「そこが駄目なんですよ、阿良々木さん」

八九寺「まずはソフトに、次第にハードになっていくんです」

八九寺「そうですね、例えるなら」

八九寺「一発殴るという行為を一年間繰り返し、ある日を堺にそれが十発に変わる」

八九寺「と言った感じですね」

暦「怖いよ! 僕の妹達はそんなんじゃねえよ!」

八九寺「だって、いきなり十発級の攻撃をしたら、阿良々木さん生きていられないではないですか」

八九寺「ここはそうですね、妹さん達の優しさに感謝するべきですよ」

暦「八九寺さん、八九寺さん、僕何か悪いことしましたっけ」

八九寺「悪いことの塊が何を言っているんですか」

暦「でもさ、でもさ」

暦「やっぱりそれにしても、前からずっとやっている事だし、いきなりってのは変じゃないか?」

八九寺「真面目に言いますと、それは私には分かりませんよ。 実際に会ったことは無いですしね」

八九寺「ですが、阿良々木さんにこう言うのは少し酷かもしれませんけど」

八九寺「知らずの内に、ストレスや嫌な思いと言うのは、貯まっていく物ですよ」

八九寺はいつになく真剣な顔つきで、僕にそう言った。

暦「ストレス、ねえ」

八九寺と別れ、本来の目的でもあるミスタードーナッツへと向かう。

真っ先に思い出されるのは、羽川翼。

障り猫。

あいつも、僕が気付かぬ内に、かなりのストレスを溜め込んでいた。

でも、火憐や月火に限って……ストレスねえ。

無い、と断言するのは簡単だけど、とてもそれは出来ない。

羽川の例があるし、案外そういった物は気付かれにくい物なのだ。

気付かれにくいし、気付きにくい。

暦「帰ったら一回、話して見るかなぁ」

とは思う物の、たかが朝起こしてくれなかっただけで話し合うと言うのは、何だか若干きもい。 我ながら。

火憐だったら多分「妹にいつまでも依存してんじゃねえよ、気持ち悪い兄貴だな」と。

月火だったら多分「何々、お兄ちゃんは私達に起こして貰えなかった事でそんなに悩んでいるの? 仕方ないなぁ、全く」と。

やはり、まだそんな深刻に考えるべき問題じゃないよな、これって。

八九寺にも言われたが、さすがにそこまで行くと、自分でもシスコンなのではと思ってしまう。

断じて、それは無いけれど。

一旦これらの問題は棚上げしておくことにする。 また明日からは起こしに来てくれるだろうし。

僕が変に考えていたら、逆にあいつらは正義のなんちゃらかんちゃらで絡んでくるに違いない。 いつも通りで居よう。

そう決意をし、ミスタードーナッツへと辿り着く為に、道路の角を曲がる。

丁度目の前に、人が一人。

それは僕が、よく見知ったシルエットだった。

暦「お、戦場ヶ原」

僕の彼女、戦場ヶ原ひたぎ。

暦「おーい」

手を振りながら声を掛ける。

戦場ヶ原「……?」

そんな僕を不審な目で見つめながら、少しだけ首を傾げていた。

おいおい、彼氏に対してその態度はちょっと酷くないか。

距離は少しずつ縮まっていく。

暦「おい、戦場ヶ原」

目の前まで距離が詰った時、僕はそう声を掛けた。

戦場ヶ原「ええっと、すいません。 どちら様でしょうか」

いつもの戦場ヶ原さんだった。

暦「さすがの僕も、そういきなり来られると心に込み上げてくる物があるんだけど」

戦場ヶ原「それは大変ですね。 それでは失礼」

ああ、そうですね。 失礼しました。

暦「おいこらあああ!」

僕の真横を通り過ぎ、このままでは本当に帰宅しそうな勢いの戦場ヶ原の肩を掴み、その足を無理矢理止める。

戦場ヶ原「あら、これはこれは。 ただの変人かと思えばただの阿良々木くんじゃない」

暦「ただの阿良々木くんってなんだよ、阿良々木くんにただのもただじゃないのもねえよ」

戦場ヶ原「そうね、ただの変人ね。 ごめんなさい」

暦「変人にもただのもただじゃないのもねえからな!」

戦場ヶ原「そう言われればそうね。 ではこうしましょう」

戦場ヶ原「変人の阿良々木くん、こんにちは」

暦「もう変人でいいです」

戦場ヶ原「それで、変人の阿良々木くんはどうしてこんな所に?」

暦「ん、ああ。 忍の奴にドーナッツを奢る約束をしててな、それを買いに行く途中なんだよ」

戦場ヶ原「ふうん。 ロリ奴隷に随分と優しいのね、変人の阿良々木くんったら」

戦場ヶ原「ああ、そうか。 変人だからこそよね。 ごめんなさい」

暦「言動を見る限り、どう考えてもお前の方が変人だからな」

戦場ヶ原「まさか、そんな事、ありえる訳無いじゃない」

暦「ああ、そうだな、そうですね」

暦「それで、戦場ヶ原は何でこんな所に?」

戦場ヶ原「私がいつ、どこに居ようと、勝手じゃない」

暦「……まあ、そうだな。 プライバシーって奴もあるしな」

戦場ヶ原「野暮用よ、野暮用」

戦場ヶ原「羽川さんに頼まれて、わざわざこんな街の郊外まで届け物を持って行って、今はその帰り道ってくらい野暮用よ」

暦「プライバシーも何もねえな!」

戦場ヶ原「ふふ、それより勉強は捗ってるのかしら?」

暦「ぼちぼちって感じかな」

戦場ヶ原「ぼちぼち? 私と羽川さんが教えてあげているのに、ぼちぼち?」

暦「あ、いえ。 ぼちぼちと言うより、ぶっちぶちって感じです」

戦場ヶ原「そう、ならいいわ」

ぼちぼちとぶっちぶちにどこまでの差があるのか、僕には少し分からない。

まあ、でも、戦場ヶ原がそれで納得したなら良いのだろう。

戦場ヶ原「あらいけない、そろそろ行かないといけないわ」

暦「ん? この後にまだ用事あるのか?」

戦場ヶ原「ええ。 暇人の阿良々木くんとは違って、詰め詰めのスケジュールなのよ、私は」

暦「そりゃあ、ご苦労様です」

そう言い、働き者の戦場ヶ原に敬礼。

戦場ヶ原「……一つ、聞きたいんだけどいいかしら」

暦「僕に答えられる事なら、どうぞ」

戦場ヶ原「阿良々木くんは、ど忘れとかそういうのって、ある?」

ど忘れ? んー、どうだろうか。

暦「まあ、あるんじゃないか? そう言われると、昨日の夜飯だってすぐに思い出せる自信も無いし」

戦場ヶ原「そう、ならいいわ」

戦場ヶ原「それでは、さようなら。 暇人の阿良々木くん」

戦場ヶ原は最後の最後まで戦場ヶ原だった。

閑話休題。

こうも知り合いに連続して会っていると、本来の目的を忘れてしまいそうである。

忍には十分だけ待てと言ったが、もう既に三十分くらいは経っているのでは無いだろうか。

暦「忍、起きてるか?」

影に向け、話しかける。

暦「……おーい」

忍「……なんじゃ、お前様なんてもう知らん」

いじけていた。 元怪異殺しの威厳なんて殆ど残っていない程に。

暦「悪かったって。 ゴールデンチョコレート五個にしてやるから、勘弁してくれないか」

僕がそう言うと、忍は両手の内側を僕に向ける。 降参のポーズの様だ。

暦「降参?」

と、聞くと。

忍「十個じゃ」

と、答えた。

くそう。 今月のお小遣い、もう殆ど残っていないのに。

また月火から巻き上げるか、仕方ない。

一応誤解があるといけないので、言っておくが、この巻き上げると言うのは、ただ単に借りると言うだけの事である。

普通に『借りる』と使うと、兄として些か情けないので『巻き上げる』と言う表現を使っているのだ。

暦「分かった。 ゴールデンチョコレート十個、それで手打ちだ」

忍「おっけーじゃ! さすがは我が主様、気前がいいのう!」

一瞬にして機嫌は回復していた。

吸血鬼ってのは、機嫌の回復も早いのだろうか。

ドーナッツを無事に(?)食べ終え、現在は帰宅途中。

話が変わるが、アニメやら漫画やらで、知り合いと連続して会う描写と言うのが結構あるのは分かるだろうか?

見ている側としては「いやいや、そんなのねえから!」と思うのだけれども。

特に何て言うか、友達すらほとんど居ない僕からしてみれば、その数少ない友達に偶然連続で出会う事なんて、それこそ奇跡みたいな物なのだ。

だってそうだろ?

日本の人口は確か一億人程だったと思う。 そこから偶然にも数人と連続して会うだなんて、奇跡以外の何物でも無いんじゃないだろうか。

日本全国、と言ったら少し大袈裟だったかもしれない。

しかし、町一つの人口としては約一万人程の筈である。

その中から友達に会うにしても、かなりの確率になると言う事だ。 計算は得意じゃないのでどんな確率かは分からないが。

羽川だったらこんな時、ずばっと確率なんて導き出してしまうんだろうな。 いやあ、さすが羽川さん。

まあ、それでも。

友達になれる程、近くに住んでいる者同士なら、ある程度の確率の上乗せはあるとは思うけど。

とにかく、どうしてこんな話をしたかと言えば、それはもうとても単純な物である。

単純明快。

僕に、その奇跡の様な確率が訪れたからだ。

忍野「やあ、阿良々木くん」

忍野メメ。

年中アロハ服のおっさん。

忍の名付け親。

人を見透かした様な奴。

専門家。

暦「……忍野? どうして」

忍野「まあまあ、積もる話もあるだろうね。 ただどうして居るのかって言われれば-----」

忍野「阿良々木くんなら、何故かは分かるんじゃないかな?」

僕が、何故か知っている?

忍野が戻ってきた理由?

暦「知らねえよ。 何か忘れ物でもしたとか?」

忍野「あはは、まあ、そうだね」

忍野「忘れ物と言えばそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

忍野「ただ、僕はいつでも中立さ。 そこのバランスを保つ為なら、そこに僕は居るんだよ」

忍野「分かるかな? 阿良々木くん」

暦「……さあな」

暦「つうか、僕に用事があったのか? それとも僕とは全く関係の無い用事なのか?」

聞いてから気付く。

僕と全く関係の無い用事だとしたら、忍野はわざわざ僕の前に姿を見せなかったんじゃないか、と。

忍野「あれ、おかしいな。 てっきり用事があるのは阿良々木くんの方だと思ったんだけど」

忍野「ま、いいや。 阿良々木くんがそう言うなら、そうなんだろうね」

暦「言ってる事が良く分からないぞ、忍野」

僕の方から忍野に用事? そんな物、ある訳無いのに。

むしろ、居ない時の方が用事があったと言うべきだろうに。

忍野「とにかく、さ」

忍野「僕はしばらく、あの学習塾廃墟に居させて貰うから、何か用事が出来たらいつで

もおいで」

忍野「出来たら、では無く……思い出したら、なんだけどさ」

忍野はそう言いながら、意味深な笑顔を作る。

暦「分かった。 色々お前と話したい事はあるけど」

暦「今は優先すべき事があるからな、暇な時にでも顔を出すよ」

忍野「そうかい、じゃあ待ってるよ。 暇人の阿良々木くん」

そう言うと、忍野は来た道を戻り、僕の前から姿を消した。

なんだろう、僕はそこまで暇人に見えるのだろうか。

暦「忍、起きてるか?」

忍「起きておるよ、会話も聞いておった」

暦「……そうか。 なあ、どう思う?」

忍「と言われてものう。 儂にもあいつの考えている事は分からんからのう」

忍野は何を思って、戻ってきたのだろうか。

こうもあっさり戻って来られると、あの別れもなんだか虚しく感じてしまう。

暦「今のが怪異……僕自身が生み出した怪異って可能性は、あるか?」

忍「まあ、そうじゃな……」

忍「人の形を真似る怪異は少なく無いが、今のがそうだとは思えんのう」

暦「やけにはっきり言うんだな。 どうしてそう思う?」

忍「怪異は、そこに居ると思うから居るんじゃよ」

忍「お前様は、心のどこかでアロハ小僧に会うのを望んでおったのか?」

暦「それは……無い、かな」

深層心理まで問われると、さすがに自信が無いけど、僕が思うに多分、別段忍野との再会は望んでいなかった筈だ。

忍「じゃろうな。 それならばあやつは怪異では無く」

忍「本物のアロハ小僧、忍野メメじゃよ」


第三話へ 続く

乙ありがとうございます。

次回はやっぱり、来週のどれかの曜日に投下します。

前倒しで明日になるかもしれませんが。


明日に期待

雰囲気いいな
期待してるぜえええ

もう来週ですね。
第三話投下します。

さておき。

忍野に問い質したい事は山ほどある。

具体的に言えば、貝木の事や影縫さんの事や、戻ってきた事や。

けれども、僕は先程も言ったように、優先すべき事があるのだ。

忍野との話し合いより、優先すべき事柄。

それは恐らく、他の何よりも優先しなきゃいけない事。

言いすぎか。

つまりは、僕の言っている優先すべき事とは。

月火からお金を『巻き上げる』事である。

忍のせいで、今月のお小遣いもほとんど吹っ飛び、財布はすっからかんである。

すっからかんとは言った物の、小銭は多少入っているのだが、それこそジュースの一本でも買えば文字通りすっからかんになるだろう。

それくらい、すっからかんである。

お金が無ければあんな本やこんな本すら買えない、つまり優先すべき事なのだ。

もし万が一にでも、僕の到着が一分遅れたせいで、月火の財布もすっからかんになっていたら、それこそ一大事だ。

大事な役目。 月火の財布をすっからかんにするのは、僕の大事な役目だ。

こう言うと聞こえはよくなるが、やっている事は妹からお金を借りようとする兄である。

そんな事を考えながら、やや足早へと自宅へ向かったのが功をなしたのか、気付けば目の前に阿良々木家が。

問題は、二人がファイヤーシスターズ的活動で外出中の場合だろう。

そうすれば僕には打つ手が無くなってしまう。 所謂、詰みの状態である。

この嫌な予感をすぐにでも払拭したく、玄関の扉を僕は開いた。

第一確認、二人の靴。

火憐の場合は、衝撃を吸収する所か衝撃を跳ね返すと言われている靴なので、見た感じはすぐに分かる。

月火の場合は、あいつは変に洒落ているので、無駄に保有している靴は多い。

つまりはこの場合、火憐の衝撃を吸収する所か衝撃を跳ね返す靴があれば、二人は在宅中と言う事になる。

あの二人、阿良々木火憐と阿良々木月火は良くも悪くも、二人でワンセットなのだ。

暦「火憐ちゃんの靴、火憐ちゃんの靴」

一応断っておくが、別に火憐の靴が好きなわけでは無い。

暦「お、あったあった」

無事発見。 何事も無く、火憐の靴は存在していた。

つまり、二人は今現在、家の中に居る。

一度、火憐の靴を手に取り、間違いないかを確認する。

念のため。

じっくり三十秒ほど確認し、間違いはどうやら無さそうだった。

その靴を戻す前に、一度匂いを嗅いで、再度確認。

暦「よし、大丈夫だ。 火憐ちゃんの匂いだ」

一応断っておくが、火憐の匂いを嗅ぎたかった訳では無く、ただの確認である。

確認作業。

証拠の示し合わせ。

と、ここで。

「……兄ちゃん帰ってたのか」

との声が聞こえた。

状況整理。

まず、声の発信源の特定。

この家の中で、僕の事を『兄ちゃん』と呼ぶ奴は誰か?

両親は共に、僕の事は名前で呼んでくる。 なので除外。

それに、兄ちゃんと言うからには恐らく、僕より年下の存在だ。

つまりは、火憐か月火。 そのどちらかになるだろう。

月火は僕の事を『お兄ちゃん』と呼ぶ。

しかし、さっき聞こえた声からすると、お兄ちゃんでは無く『兄ちゃん』だった。

つまり、月火も除外。

と、すると。

ゆっくり顔を上げ、声の主を確認する。

分かりきっている事だった。 目の前に居たのは阿良々木火憐。 でっかい方の妹だった。

暦「や、やあ、火憐ちゃん。 ただいま」

火憐「ん、おかえり」

火憐「つうか、玄関で何してんだ?」

暦「玄関? 何を言ってるんだ火憐ちゃん。 家の中に入るには、玄関を通らなければいけないだろ? そんな当たり前の事を言うなんて、どうしたんだい火憐ちゃん」

火憐「いや、あたしは玄関を使わない時あるけど」

マジかよ、じゃあお前、どこから家に入ってるんだよ。

火憐「二階の窓とか、使うだろ?」

いやいやいや。 そんな当たり前の様に言われると僕がおかしいみたいじゃないか。

むしろ二階の窓から家の中に入るってどんな状況だよ、空き巣かよお前は。

火憐「それより、兄ちゃんは玄関で何をしてるんだ? 見る限りだと、あたしの靴をまじまじと見つめている気がするんだけど」

暦「ん? ああー! これかこれか!」

暦「これはな、つまりは火憐ちゃんを守る為にやっていた事なんだよ」

火憐「おいおい。 兄ちゃんに守られる程に弱くねえぞ、あたしは」

暦「それでも守りたいって思うのが兄の役目だろ? 火憐ちゃん」

火憐「……まあ、兄ちゃんがそう言うならそうなんだろうけど」

暦「そうそう。 だから靴の匂いを嗅いでいたのも火憐ちゃんを守る為なんだよ」

火憐「え、兄ちゃん。 あたしの靴の匂いを嗅いでいたのか」

失言。 そこまでは見られていなかった。

暦「ん? ああー! 当たり前だろ、火憐ちゃん!」

暦「世界どこへ行っても、兄は妹を守る為に靴の匂いを嗅いでいる物なんだよ。 知らなかったのかい? 火憐ちゃん」

火憐「それは知らなかった! さっすがあたしの兄ちゃんだぜ」

僕の妹は馬鹿だった。

まあ、そのお陰で助かったんだけどな。

もし、この場に月火でも居たら、弁解の余地なんて絶対に無かった。

あれ、月火? 火憐と常に行動してる筈なんだけど、そう言えば先ほどから姿が見当たらない。

暦「火憐ちゃん、話は変わるけど、月火ちゃんは?」

僕がそう聞くと、火憐はあからさまに目を背け、小さく言った。

火憐「……しらねー」

余りにも素っ気無く、不審に思ったが戸惑ってしまった僕は、火憐が二階にある自室に向かって行くのを止める事は出来なかった。

暦「どうしたんだ、火憐ちゃんの奴」

とにかく、火憐が知らないと言うのなら、多分月火は家に居ないのかもしれない。

二人でワンセットのあいつらが別々に行動を取っているのは、それは大いに珍しいが……

まあ、あいつらもそろそろ別行動を取るべきだし、何も僕が口を出す事でも無いか。

月火の事だから、他の友達とでも遊んでいて、一人放置された火憐のご機嫌が斜め、と言った所だろう。

我ながら名推理である。

とは言った物の、いきなり別行動を取らされた火憐が少し、本当にちょびっとだけ可哀想ではあるので、後で久しぶりに遊んでやるか。

まあ、とにかく一度、風呂にでも入りたい気分なのだけれど。

そう思い、リビングへと足を向ける。

二人が別行動を取っているからには、僕の優先すべき事はどうやら達成困難な様である。

月火が遊びに行っていると言う事はつまり、今日辺りにでもあいつの財布はすっからかんになってしまうだろうから。

くそう。 月火の財布をすっからかんにするのは僕の役目であるのに!

と、思った直後。

目の前に、人影。

僕よりも小さい、人影。

和服に身を包んだ、人影。

月火だった。

暦「あれ? えーっと、あれ、何でだ」

月火「どうしたのお兄ちゃん。 暑さにやられた? それとも私の可愛さにやられた?」

暦「暑さにやられた」

月火「少しは悩んでよ。 プラチナむかつく」

まだ使ってたのか、それ。

いやいやいやいや、それよりだ。

暦「つうか、月火ちゃん、家に居たの?」

暦「てっきり、居ない物だと思ってたんだけど」

月火「はい? はいはいはいはい? 何々お兄ちゃん、私が家に居ちゃ駄目なの?」

暦「違う違う、違うから落ち着いてくれ月火ちゃん、とりあえずその手に持っているハンマーを置いてくれ」

月火「じゃあほれ、理由をどうぞ。 くだらない理由だったらこのハンマーで頭をコツンってしちゃうからね」

絶対にコツンじゃなくてゴツンだろ、それ。

暦「いやさ、さっき火憐ちゃんに会ったんだ。 ああ、家の中でな」

暦「その時に「月火ちゃんは?」って聞いたら「しらねー」って言うからさ、てっきり月火ちゃんは出掛けてる物だと思っていたんだよ」

月火「ふうん? でもさ、お兄ちゃん。 私達が別行動取ると思う?」

暦「思わねーけど。 でもそれなら、火憐ちゃんは教えてくれたって良いだろ? リビングに居るとかさ」

月火「まあ、そうだねぇ。 それにはちゃんとした理由があるんだよ」

暦「そうなのか?」

月火「うん、そうなのだよ」

暦「……」

月火「……?」

月火「どうしたのお兄ちゃん、黙っちゃって」

暦「その理由を言えよ! 今のは明らかに月火ちゃんが理由を語る流れだったからな!」

月火「もう、分かってないなぁ。 お兄ちゃんは」

月火「乙女の秘密を探るなんて、なってないよ。 なって無さ過ぎて死んだ方がいいよ」

暦「僕の命、大分軽い扱いだよな。 前から思ってるけど」

暦「まあ、そうか……つまり、あれか」

暦「女の子の日って奴か」

ドスン、と音が聞こえた。 僕の腹の辺りにハンマーがめり込んだ音だった。

暦「な、何するんだよ月火ちゃん……」

月火「普通、それ言わないからね。 私の前だからこれだけで済んでるんだよ? むしろ感謝して欲しいくらいの物だよ」

暦「そ、そりゃ……ありがとう」

妹にハンマーで殴られ、お礼を言う兄の姿がそこにはあった。

月火「それに、そう言う訳じゃないんだよー」

暦「あれ、違うのか?」

月火「うん、私も良く分からないんだけどさぁ。 お兄ちゃんが家を出て、ちょっと後からなんだけど」

月火「なあんか、機嫌が悪そうなんだよねぇ。 刺々してると言うか、そんな感じ」

よく分からないが、それがつまり、女の子の日って奴じゃないのだろうか。

でも、僕が家から出て少ししてからって事だから、違うのかな?

月火がそう言うなら、多分そう言う事なのだろう。

暦「ふうん? でもさっき会った時は、別に普通だったと思うんだけどなぁ」

暦「月火ちゃんが何かしたんじゃないのか?」

月火「ないない、あり得ないよ。 お兄ちゃん」

月火「私が火憐ちゃんと喧嘩すると思う? 冗談にもならない冗談だよ。 全くもう」

暦「まあ、確かに、そうだよな」

だとすると、だとするならば。

何があったのだろう、と思ってしまう。

月火にも原因が無く、火憐がそんな原因も無く月火の事を「知らない」等と言う訳も無い。

ファイヤーシスターズの片割れでもある月火にさえ、分からない原因。

僕にはとても、見等が付く筈が無かった。

暦「あれ、でもお前さ。 さっき理由を知っているみたいな雰囲気出してなかったか?」

月火「うん、それが?」

さぞ当たり前の事の様に、聞き返してくる。

暦「それがってな……知っているなら教えてくれよ、月火ちゃん」

月火「私が言っているのは心当たりまでだよ。 あくまでも予想って訳」

予想、ね。

暦「それでも良い、教えてくれ」

月火「仕方ないなぁ。 ま、でもお兄ちゃんの頼みだしね、教えてあげよう!」

やけに上から目線だな、このチビ。

月火「と言ってもさ、原因は少なからず……いや、多大にお兄ちゃんにあるんだけどね」

暦「僕に? それなら尚更聞かなくちゃいけないな、その月火ちゃんの予想」

月火「うん、じゃあ語ろう。 語りつくしてあげよう」

月火「私が予想するに、多分火憐ちゃんは」

月火「瑞鳥君に振られたんだよ」

暦「瑞鳥君? 誰だそれ」

月火「知っているでしょ、お兄ちゃん。 火憐ちゃんの彼氏を居ない物にしないで」

暦「いや、誰だそれ。 知らない知らない。 まず、それは人なのか?」

月火「人だよ、歴とした人だよ。 変態じゃない分、お兄ちゃんより人だよ」

暦「ああ、そうか。 その瑞島君って言うのが人なのは分かった。 後、僕は変態じゃない」

月火「分かり辛い間違え方しないで。 音が出るならまだしも文章なんだから、瑞島君じゃなくて瑞鳥君だよ。 後、お兄ちゃんは変態だよ」

暦「で、その瑞鳥君ってのは誰だ? 月火ちゃんの言葉からするに、どうやら火憐ちゃんのストーカーらしいけど」

月火「私の発言のどこをどう取ったらそうなるのか、一日掛けて問い質したいよ」

月火「瑞鳥君は火憐ちゃんの彼氏でしょ。 ちなみに私の彼氏は蝋燭沢君ね」

暦「そんなついでで、僕の精神に攻撃を加えるのはやめろ、月火ちゃん」

暦「納得したくないけど、ここは納得しておかないと話が進まないし、渋々納得するよ。 瑞鳥君の事」

暦「それで、その瑞鳥君がどうしたって?」

月火「ほんっとーに、私の話何も聞いてないよね、お兄ちゃん」

月火「その瑞鳥君が、火憐ちゃんの事を振ったんじゃないかって思ってるんだよ。 私はね」

月火「それで火憐ちゃんは機嫌が悪いんだ。 どう? この名推理」

暦「そうか、そう言う事か。 それはそうと月火ちゃん、その瑞鳥君の住所と電話番号を教えてくれ」

月火「両方とも知ってるけど、知ってどうするの?」

暦「僕の火憐ちゃんを傷付けた責任を取らせる。 死と言う形で」

月火「怖いよお兄ちゃん。 主に僕の火憐ちゃんって断言する辺りが恐ろしいよ」

月火「でもさでもさ、お兄ちゃんは火憐ちゃんに彼氏が居る事、納得してなかったんでしょ? なら今回の事は、大きな声で言えないけど、お兄ちゃんにとっては良いお知らせだったんじゃない?」

暦「確かにそうだけど、いや、これ以上無い程に良いお知らせだけど、それとこれとは話が別だ」

暦「火憐ちゃんは僕の妹だ。 泣かせるのは例え誰であっても僕は許さない」

月火「お、今のは少し格好良い台詞だね」

暦「もし瑞鳥君が本当にそんな事をしたら、僕は火憐ちゃんと付き合わなければならない」

月火「今ので台無しだ。 これ以上無いくらい台無しだ。 むしろ台すら無くてただの無しだ」

閑話休題。

暦「それで、月火ちゃんの言いたい事は分かった。 つまり、火憐ちゃんは振られたショックでああなったって言いたいんだな?」

月火「うん、そうだよ」

暦「でも、僕に多大な原因があるって言うのは、どういう意味か教えてくれないか」

月火「言わなきゃ分からないの? 全くもう、これだからお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。 全くもう」

月火「おっぱい揉んだり、キスしたり、歯磨きしたり、押し倒したり、してるからじゃないのかな?」

暦「あ、やっぱりそうか」

月火「自覚あったの!? それが今日一番の驚きだ、月火ちゃん的に」

月火「とにかくさ。 そう言うのがあったから、関係がギスギスしちゃったんじゃないかな?」

なんと、完全に僕のせいじゃないか。 むしろこれ、僕以外の誰にも責任無いじゃないか。

暦「でもさ、歯磨きはまだしも、おっぱい揉んだりキスしたり押し倒したりって月火ちゃんにもやってる事だぜ」

月火「すごい発言だね。 公共の電波じゃとても流せないよそれ」

暦「それなのに、月火ちゃんは別に、蝋燭君とギスギスしたりってのは無いんだろ?」

月火「人の彼氏を勝手に略さないで」

月火「ま、私は分別付くしね。 そこが火憐ちゃんとの違いだよ」

月火「なんだったら、お兄ちゃんが後十人居ても、蝋燭沢君とはギスギスしない自信があるんだよ。 私には」

ただの浮気性じゃないのか、それ。

月火「とにかく、今回の事はお兄ちゃんが原因だよ。 だからほら、ほらほら」

そう言い、月火が僕の背中をぐいぐいと押す。

こう言うと聞こえは良いのかも知れないが、実際はハンマーでぐりぐりと僕の背中を押しているだけである。

暦「え、何々。 家を出て行けって事?」

月火「お兄ちゃんがそうしたいなら、それでもいいけどさ。 その前にやる事あるでしょ?」

月火「悪い事をしたら、まず謝らないと。 言うのと言わないのとじゃ、全然違うんだからさ」

妹に諭されてしまった。

まあ、だけど、言っている事に間違いは無い。

僕は、火憐に謝る必要がありそうなのは確かだから。

暦「よし、分かった。 火憐ちゃんにしっかりと謝って、仲直りしてから正式に付き合うよ。 ありがとう月火ちゃん」

月火「突っ込み場所が丸で囲ってある感じだね。 敢えて突っ込まないけど」

月火「とにかくほら、頑張ってね」

よし、やってやろう。

僕も男だ。 取るべき責任はしっかりと取らなければ。

火憐と付き合うのは予想外だったけど、まあいいか。

まあいいか。 で済まされる問題なのかは分からないが、まあいいか。

暦「待ってろよ火憐ちゃん、責任は必ず取ってやるからな!」



第四話へ 続く

以上で第四話終わりです

乙ありがとうございます~

月火ちゃん可愛い


追いついた。
期待

明日って確かSS速報繋がらない日ですよね?

今の内に第四話投下します。

暦「火憐ちゃん、許してくれ!」

勢いよく扉を開け、勢いよく土下座。

火憐「あ? 何してんだよ、兄ちゃん」

暦「見ての通りだよ。 火憐ちゃん」

暦「僕のせいでお前が彼氏と別れる事になって、それに僕は責任を感じているんだ」

暦「だから、その責任を取らせてくれ。 火憐ちゃん、僕と付き合おう」

暦「勿論、火憐ちゃんが嫌ならそれまでだ。 僕は大人しくこの家を去るから」

畳み掛ける。 こう見えて、意外と火憐は押しに弱いのだ。

火憐「は? うーん?」

火憐「悪りい。 兄ちゃんが何を言ってるのか、さっぱり分からねーぜ」

火憐「でも、まあ兄ちゃんと付き合うってのは悪い話じゃねえな。 にしし」

と火憐は返し、僕に笑顔を向けてくる。

火憐「けど、あたしには彼氏が居るしなぁ。 さすがに浮気はできねえし、兄ちゃんには悪いけど断らせて貰うぜ」

暦「ん?」

火憐「ん?」

状況整理。

三十分掛け、僕と火憐は何故こうなったのかを話し合った。

火憐「ってことは、つまり兄ちゃんはさ、あたしが瑞鳥君と別れて、それが機嫌が悪い原因? って思ってたのか?」

暦「うん。 そうだけど……違うのか?」

火憐「あははは。 ほんと、兄ちゃんは面白いな。 全然違う、かすりもしてねえよ」

暦「なら、どうして火憐ちゃんは機嫌が悪いんだ? 少なくとも、僕のせいでは無さそうだし」

火憐「ん、ああ。 色々あってな、ちょっと虫の居所が悪かったんだよ」

暦「色々、ね」

暦「お前も色々悩む事ってあるんだなぁ」

火憐「兄ちゃんのそう言う発言が、色々の原因だったりするんだよ」

暦「なに? マジかよ。 じゃあやっぱり僕と付き合おう火憐ちゃん」

火憐「兄ちゃんが気を付ければいいだけだろ。 それに実の兄と付き合えるかよ! 今思ったけどさ」

暦「実の兄に処女を捧げようとした奴が何言ってるんだ。 説得力の欠片も無いぞ」

火憐「処女は良いんだよ。 それとこれとは話が別だろ?」

僕がおかしいのだろうか。 何をどう考えても処女の方が重いだろ、それ。

火憐「それはそうとさ、兄ちゃん」

暦「ん?」

火憐「虫の居所って言葉、やけに面白いよな」

暦「別に僕はそう思わないけど」

火憐「だって、虫がどこに居ようと関係ねえだろ? なのにそんな些細な事を気にするなんてどんな臆病者だ! って話」

暦「ことわざなんてそんな物だろ。 それを言ったら火憐ちゃん、猫の手も借りたいってことわざも随分な話だとは思わないか?」

暦「だって、実際に猫の手を借りたところで効率が落ちるだけだろ。 あいつら怖いし」

火憐「あたしは怖いとは思わないけどなぁ。 まあでも、効率が落ちるのは間違い無いね」

火憐「そう考えると、随分変な言葉だよな。 ことわざって」

暦「比喩が多いしな。 でも、それが良くもあるって事じゃないか?」

火憐「かもな。 それはそうとさ、今ふと思ったんだけど、才色兼備ってのはあたしの為にある言葉だろ」

思った事を言わずには生きていけないのか、こいつは。

少なくとも、その言葉がことわざでは無く、四文字熟語の時点で才は消え去るけどな。

火憐の奴、いつからこんな馬鹿になったんだろうなぁ。

火憐「なんか、兄ちゃんがあたしの事を馬鹿にしている気がするんだけど」

暦「ん? 僕が火憐ちゃんの事を馬鹿にするだって? 何を言ってるんだよ」

暦「僕が今まで、火憐ちゃんの事を馬鹿にした事あったかい? 生まれてこの方、ただの一度も無いぜ」

火憐「……そうだよな! 兄ちゃんは心にも無い事、言わねえからな!」

良かった、馬鹿で。

暦「しかし火憐ちゃん、才色兼備ってのは頭脳明晰で、容姿端麗でって事だぜ。 分かってるか?」

火憐「勿論分かってるさ」

何だよその疑いなき笑顔は。 火憐ってここまで自分が好きな奴だったのか。 まあ、意外と言えば意外だけど。

暦「ま、火憐ちゃんがそう言うなら別にいいけどさ」

火憐「兄ちゃんもそう思うだろ? なあなあ」

暦「お、思うから。 思うから頬擦りやめろよ! 本当にやめて!」

火憐「ちぇっ。 折角の妹からの頬擦りなんだから、もっと喜べよ。 殴るぞ」

気軽に暴力発言するな! もうそれ、脅しの領域だからな!

火憐「にしても、あたしが才色兼備だとすると、兄ちゃんは何になるんだろうな?」

まず、火憐が才色兼備かどうかを議論したい。 一分もあれば終わる議論だろうけど。

暦「僕か。 僕は何でもいいさ、そんな称号に拘る男じゃないんでね」

火憐「ふうん。 じゃああたし目線から勝手に決めるけど、いいか?」

良くねえだろ。 たった今、そんな称号には拘らないって言ったけど、火憐に決められるのは良くねえよ。

火憐「そうだな。 うーん」

そんな僕の考えは虚しくも届かず、既に火憐は僕に相応しい名誉ある称号を考え始めていた。

火憐「風前の灯かなぁ。 兄ちゃんにぴったりだ」

もう少し悩めよ。 絶対ふと思いついただけだろ。

というか。

暦「え? 何、僕もうすぐ死ぬの?」

暦「つうか、何でまたことわざに戻ってるんだよ。 四文字熟語の流れじゃなかったの?」

火憐「んー? どっちでもいいじゃん」

火憐「それに、火は消える前が一番燃えるだろ? 褒め言葉だぜ、兄ちゃん」

暦「そんな一瞬の輝きの為に僕を殺そうとするんじゃねえよ! しかも、風前の灯にそんな隠された意味なんてねえからな!?」

暦「もっと他のにしてくれ。 良い言葉なんて、他にいっぱいあるだろ」

火憐「んだよ、何でも良いって言ったのは兄ちゃんの方だぜ?」

むぐぐ。

確かにそうは言ったけれども、風前の灯って。

火憐「仕方ねえなぁ。 じゃあ他のにすっか」

暦「ああ、そうしてくれ。 火憐ちゃん」

火憐「とは言っても、既に考えてあるんだけどな。 兄ちゃんにぴったりの言葉」

やけに自信たっぷりに、火憐はそう言った。

いや、こいつはいつでも自信の塊みたいな物だけど。

どうせまた、思いつきなんだろうなぁ。

暦「ふうん。 あまり期待はせずに聞いてやろう。 その言葉とは?」

火憐「へへへ、兄ちゃんにぴったりの言葉、それは」

火憐「両手に花。 これしかねえな!」

ばーん。 と効果音が付きそうな感じで、火憐は腕組みをしながら、そう僕に宣言をする。

暦「火憐ちゃん、一応聞いてやろう。 仮にも名誉ある言葉を僕に付けてくれたんだしな。 火憐ちゃんが何故、その言葉を僕に付けたのか聞いてやろう」

火憐「ん、何だよ兄ちゃん、分からねえのか? 小学生でも分かる理由だぜ」

火憐「あたしと月火ちゃん。 両手に花だろ?」

暦「火憐ちゃんと月火ちゃんの事は分かるよ。 そりゃ、僕の妹達だしな。 でもな火憐ちゃん、それと両手に花って言葉にどう繋がりがあるんだ?」

火憐「物分りの悪い兄ちゃんだな。 あたしと月火ちゃんが花で、それを持ってるの兄ちゃんって訳だよ。 分かったか?」

暦「ごめん、全然分からない。 全く分からない。 むしろその式をどう解けば火憐ちゃんと月火ちゃん=花って答えになるのか教えて欲しい」

火憐「あ? あたしと月火ちゃんは花じゃないって言いたいのか? おい」

問い詰められた火憐が出した答えは単純な物だった。

つまりは脅し。 脅迫である。

暦「あ、ああ。 まあさ、火憐ちゃん落ち着けよ。 確かにそうかも知れない。 需要がある層から見れば、確かに僕は両手に花とも言えなくも無いかもしれなくも無い」

背後から首を閉めれらながら、妹のご機嫌を取る兄貴。

火憐「幸せだろ?」

暦「うん。 幸せ。 とてもとても幸せ。 僕って何でこんな幸運なんだろう。 僕一人でこれだけの幸運を使って良いのだろうかって位、幸せだなぁ」

こんな、威厳も何も無い兄貴なんて、探してもそうそう居る物じゃないだろうな。 鏡を見れば居るんだろうけど。

火憐「なんか白々しいぞ、兄ちゃん。 おりゃ」

殴られた。 結局肯定しても殴られた。 理不尽だ。

暦「すぐに暴力に訴えるなよ! お前の殴りって、冗談抜きで結構なダメージだからな!」

火憐「ああ、そうだったのか。 それは悪い事をしたよ兄ちゃん、ごめん」

んんん? てっきり、いつものノリで言ったんだけど。 思いの外、申し訳無さそうな顔を火憐がしている。

暦「まあ、何もそこまで落ち込まなくても……次から気を付ければいいしな」

火憐「うん。 次からは殴るのは止めるよ。 蹴る」

暦「結局暴力かよ!」

火憐「あはは。 やっぱ、兄ちゃんと話してると楽しいな」

火憐「てか、さっきのあたしが花ってのも冗談だぜ? 一応言っておくけどさ」

火憐「さすがのあたしも、花って感じじゃねえしな」

暦「ふうん。 けど、僕的には月火ちゃんの方が花って言葉は似合わないと思うけどな」

火憐「んー? あたしよりもか?」

暦「うん。 だって月火ちゃん、あんな女子女子してるのにあれだぜ。 花っつうより、爆弾だよあれは」

月火に聞かれでもしたら、それこそ爆発しかねない爆弾。

火憐「へえ。 あたしよりも似合わないって事は無いと思うけどな、それでも」

暦「そうか? そうは言っても、火憐ちゃんって意外と女子っぽい所とかあるじゃん」

火憐「は? へ? あたしが? 兄ちゃん頭でも打ったのか?」

暦「いや打ってねえけど。 だって、前に月火ちゃんの服を借りてた……火憐ちゃんが勝手に借りてただけだけどさ。 あの時は、結構見た目的には花って感じだったじゃん」

火憐「……なんか、兄ちゃんにそう言われると体がむず痒いな」

暦「なんだよ、褒めてるんだぜ。 火憐ちゃん」

火憐「そうなんだろうけどさ。 うーん。 まあ、そうだな」

火憐「こういう時は、あれだな」

火憐「ありがとう、兄ちゃん」

素直な分には、良い妹だよなぁ。 これが多分、僕が月火より火憐の方が花って言葉に相応しいと感じる要因なんだろうな。

火憐「兄ちゃんも、女子女子してて花って言葉、似合うと思うぜ」

ああ、僕の妹は結局馬鹿だった。 つうかこいつ、僕の事を逆に馬鹿にしてるんじゃねえか。 そう考えるとさっきまでの褒め言葉を返して欲しい。 利子付きで。

閑話休題。

暦「とりあえずさ、何か僕に出来る事があったら言ってくれよ。 暇じゃなければ手を貸すぜ」

火憐「ふうん? 兄ちゃんがそうやって言うのはかなり珍しいな。 いつもだったら何があっても手伝ってくれないだろ」

火憐「こう言うのはあれだけど、何か裏があるんじゃねえかって思っちゃうぜ」

暦「僕が? まさか。 火憐ちゃんの為なら火の中水の中、いつでも駆けつける兄だぞ? 僕は」

火憐「火の中水の中ね。 なら、兄ちゃん。 一つ頼みがあるんだよ」

暦「早速だな。 いいぜ、引き受けてやるよ」

火憐「内容も聞かずにか? 大丈夫かよ、兄ちゃん」

暦「この兄に任せて置け。 とは言っても、月火ちゃんを倒して来いとかは無理だけどな」

火憐「月火ちゃん、そうだな。 月火ちゃんか」

なんだろう。 火憐の出す雰囲気が、少しだけ暗くなった気がする。

しかし、ここまでシリアスな空気が似合わない奴も居ないよな。

火憐「兄ちゃん、あたしの頼みってのはさ。 月火ちゃんの事なんだよ」

暦「月火ちゃん絡みか。 それってやっぱり、火憐ちゃんがさっき言っていた『色々』ってのに含まれているのか?」

火憐「多かれ少なかれ、って感じかな。 勿論、月火ちゃんのせいでは無いと思うけど」

月火ちゃんのせいでは無い『と思う』か。

暦「ま、いいさ。 それで月火ちゃん絡みの頼みってのは?」

火憐「ああ、その話だったな。 実はさ、兄ちゃん」

火憐「月火ちゃん、何か悩んでいるっぽいんだよ。 だから、話だけでも聞いてあげてくれないか?」

暦「月火ちゃんもかよ。 ファイヤーシスターズは悩みが多いんだな」

火憐「まあな。 だってそりゃ、正義の味方だぜ!」

あまり関係ないだろ、それ。

暦「別にいいけどさ、それこそ火憐ちゃんが聞いてあげた方が良いんじゃないか? 僕と月火ちゃんより、火憐ちゃんと月火ちゃんの方が仲いいだろ?」

火憐「そうか? あたしから見りゃ、兄ちゃんと月火ちゃんってかなり仲良いと思うぜ。 けど、どっちの方が月火ちゃんと仲良いかって言われると……そうだな、あたしの方が良いんだろうけど」

ええー、マジかよ。 今度から気を付けよう。

火憐「でもさ、仲が良いから言えない事ってあるだろ? 変な感じになっても嫌だしさ。 だから兄ちゃん、ここは一つ、頼むぜ」

仲が良いから言えない事。

怪異。

吸血鬼。

至極もっともな話だった。

暦「分かった、火憐ちゃん。 その頼み、引き受けるよ」

と、ここで着信。

暦「あ、悪い。 出ていいか?」

火憐「確認する事じゃねえだろ。 兄ちゃんの電話を止める権利はあたしにねーよ」

ふうん、そっか。

僕は一度、部屋から出て、電話を取る。

説明。

電話主は戦場ヶ原ひたぎであった。

内容はどうやら「暇人の阿良々木くん、どうせ暇でしょ? 暇人なのだから暇よね。 そうと決まれば今から出かけるわよ」との事で。

暦「は? え? 今から? 何をしにどこに?」と聞き返すと。

「羽川さん絡みよ。 それに」と言い、少しの間があって、戦場ヶ原は。







「忍野さん絡みでもあるわ」と言った。

暦「火憐ちゃん、悪い」

部屋に戻り、開口一番、僕は火憐にそう言った。

火憐「ん? 別に話の途中で電話を取ったくらいで、あたしは怒るほど短気じゃねえぞ。 月火ちゃんでもあるまいし」

ひと言余計とはこの事か。 間違えても月火ちゃんの前では言わない方が良い台詞である。

暦「いや、まあそれも悪いとは思ってるけど。 そうじゃないんだ」

暦「火憐ちゃんの頼み、明日でもいいか? 少し用事が入っちまった」

火憐「ん、頼み? ああ、月火ちゃんの事か」

火憐「いいぜ、お願いしてるのはあたしの方だしな。 兄ちゃんには断る権利もある訳だし」

そうは言ってもな、お前。 断ったら間違い無く暴力振るうだろ。 お前の攻撃、結構洒落にならないからな。

暦「断らねえよ。 僕が断ると思うか?」

暴力を振るわれても、振るわれなくても、結局は断らないんだけれども。

火憐「あはは。 そうだな、兄ちゃんにもしっかりと正義の血は流れているんだしな」

嫌な血だな、おい。 それに、僕のは正義の血なんかじゃない。 僕に流れているのは。

ただの、吸血鬼の血だ。

暦「悪い。 それじゃあちょっくら出掛けてくるよ」

火憐「おう。 気を付けてなー」

との言葉を受け、扉を閉める。

正確に言えば、閉めようとした。

もっと正確に言えば、閉まる直前。

火憐「……大丈夫だよな、多分」

との声が、聞こえた気がした。

何か言ったか? と聞く事も出来ただろう。 しかし、生憎、僕にそこまで時間的余裕は無かったのだ。

なんといったって、あの忍野が僕と羽川と、それに戦場ヶ原まで呼び出すなんて、多分只事では無いのだから。

今までに一度も無かったパターン。 だからこその危機感。

だけれども。

この時、本当に僕が警戒しなければいけない事は別にあったのだ。

他にも、一度も無かったパターンがあったのに。

気付かなかった。

気付けなかった。

気付こうとしなかった。

誰に何て言われようとも、これは確実に僕の責任である。

今だから言えるけれど、その時の僕に、今の僕はこう言いたい。

「本当に馬鹿なのはお前だよ。 阿良々木暦」

第五話へ 続く

以上で第四話終わりです。

乙ありがとうございます。


次はいつ?
楽しみにしてます

>>154
明日は確か、引き落としで繋がらない日でしたよね?
もし繋がれば明日投下できると思います。

最近2~3日繋がらない事もあるみたいなので、木曜日か金曜日になるかもしれませんが。

阿良々木さん相変わらずの妹LOVEだな
だがそこがいい

話が動き出したね。
これは期待をせざるを得ない。
乙。

追い付いたぜ
ファイヤーシスターズ最高!

あれ、繋がりますね。

と言う訳で、第五話投下します。

忍野「やあ、久しぶりだ。 委員長ちゃんにツンデレちゃん」

忍野「阿良々木くんはさっき会ったから、さっき振りか」

僕と戦場ヶ原と羽川。 一度集まった僕達は、特に会話も無く、忍野の元へと向かった。

そして今、目の前には僕が知っている忍野メメが居る。

暦「忍野、何か用事があって集めたんだろ? 一体何の用事だよ。 一応、僕にもやらなきゃいけない事があるんだけど」

忍野「はは。 気が早いなぁ、阿良々木くんは。 そこら辺、変わらないよねぇ」

忍野「まあ、いいけどさ。 それじゃあ阿良々木くんのお望みどおり、用件に入るとしようか」

忍野「もっとも、委員長ちゃんは大体分かってるんじゃないかな? 君は頭良いしね、阿良々木くんと違ってさ」

余計なひと言である。

戦場ヶ原「羽川さんが大体分かっている? それは本当なの、羽川さん」

と、戦場ヶ原の問い。

羽川「うん。 大体、だけどね。 そんな難しい事では無いよ」

暦「悪い、僕には皆目見当も付かないんだけど」

忍野「そりゃそうだ。 阿良々木くんと委員長ちゃんじゃ頭の出来が違うしね。 でも、だからと言って阿良々木くん、何も思いつめる事は無いさ。 安心してくれ」

暦「忍野、ちょっと黙ってろ」

暦「それで、羽川。 その大体ってのは何だ?」

羽川「繋げるだけだよ。 まず第一に」

羽川「忍野さんが、何故ここに戻ってきたのか。 だね」

何故、と聞かれても。

僕は忍野じゃあるまいし、あいつの考えている事なんて分かる訳が無い。 いつだって。

戦場ヶ原「……なるほど、そう言う事ね。 思ったより厄介な事なのかしら」

どうやら、戦場ヶ原にはその『大体』と言う物が何か分かった様である。

僕の頭の回転が遅いってのもあるだろうけど、それでもこの二人と一緒に居ると、どうにも僕は惨めで仕方ない。

戦場ヶ原「あら、どうしたの阿良々木くん。 そんな惨めな顔をして」

その考えを読んだ様に、戦場ヶ原はとても楽しそうな顔で、そう言った。

暦「そこまで惨めな顔はしてねえよ」

戦場ヶ原「それは失礼。 元々だったわね」

暦「お前の言葉は殆どが余計な言葉だよな!」

戦場ヶ原「では、そんな惨めな阿良々木くんに優しい優しい私が教えてあげるわ」

戦場ヶ原「ヒントその壱・何故、忍野さんは私達を集めたのか」

暦「何故、って……忍野じゃないんだから、分からないだろ」

戦場ヶ原「まあ、それはそうね。 もし忍野さんがとんでもない変態だったなら、私達を監禁する為に集めたのかもしれないわね」

戦場ヶ原「それでも、阿良々木くんを呼んだのは趣味が悪すぎると言う事になるけれど……」

暦「もう何も言いません。 続けてください」

戦場ヶ原「ふふ。 それじゃあヒントその弐・忍野さんは何故戻ってきたのか。 これはさっき羽川さんも言っていたわね」

忍野が戻ってきた理由、それと忍野が僕達を集めた理由。 つまり、その二つは繋がっていると言う事か。

暦「でも、それなら別にわざわざ集めなくても良かったんじゃないか? 僕と忍野は昼間に会っているんだし。 なあ、忍野」

と忍野に聞いたが。

忍野「……」

話す気は無い様だった。

戦場ヶ原「それには何か理由があるんでしょうね。 それについては私も分からないわ。 羽川さんもよね?」

羽川「だね。 それは多分、本当の所を知っているのは忍野さんだけなんじゃないかな」

暦「ふうん。 そうか」

戦場ヶ原「それで、どう? そろそろ頭の回転が悪い阿良々木くんにでも分かったんじゃないかしら?」

暦「悪いな。 頭の回転が悪すぎて、全然分からない」

戦場ヶ原「だと思ったわ。 そんな阿良々木くんに、ヒントその参」

戦場ヶ原「忍野さんは、何の専門家?」







-------怪異。





暦「そう、か。 そう言う事か」

暦「忍野が戻ってきた理由。 僕達を集めた理由」

つまりは、そう言う事なのだろう。

暦「忍野、話してくれ。 今、何が起きているんだ?」

忍野「お。 やっと喋っていいのかな。 黙れって言われたから黙ってたんだけど、実際黙るって結構辛いよねぇ」

忍野「その分、忍ちゃんは尊敬するよ。 まあでも、今は随分とお喋りになってるみたいだけどさ」





-------怪異。





すいません、コピーミスです

暦「そう、か。 そう言う事か」

暦「忍野が戻ってきた理由。 僕達を集めた理由」

つまりは、そう言う事なのだろう。

暦「忍野、話してくれ。 今、何が起きているんだ?」

忍野「お。 やっと喋っていいのかな。 黙れって言われたから黙ってたんだけど、実際黙るって結構辛いよねぇ」

忍野「その分、忍ちゃんは尊敬するよ。 まあでも、今は随分とお喋りになってるみたいだけどさ」

一体、どこからそんな情報を仕入れて来るんだよ。 お前は。

忍野の前で忍が喋った事なんて、一回も無い筈だぞ。 それこそ、あのゴールデンウィークの時以来。

忍野「それじゃあ本題に入るけど、いいかな」

戦場ヶ原「はい。 むしろこのまま本題に入らないまま解散するかと思ったくらいですから」

どんな集合だよ。 ただの嫌がらせじゃねえか、それ。

忍野「っは。 ツンデレちゃんは相変わらずだね。 まあいいんだけど」

忍野「それじゃあ本題。 この町が危ない」

と、忍野は口調を変える事無く、そう言った。

暦「この町が危ない……? どういう意味だ、忍野」

忍野「そのままの意味さ。 とは言っても、さすがにこれは説明しないとね。 順を追って話すよ」

忍野「まず、この町に忍ちゃんがやって来て、ここら辺一帯が不安定なのは知ってるよね? さすがにそこから説明は面倒だし、知っていると思って続けるよ」

忍野「それが恐らくは原因だと思う。 んで、そのせいで呼び出しちゃったんだよ」

暦「呼び出したって、何をだ?」

忍野「怪異さ。 それも、とびっきり性質の悪い奴でね」

本当の所、忍野にはここで、とてつもなくくだらない事を言って欲しかった。

関わらないのなら、関わらない方が良い。 それが、怪異。

結局また、怪異か。 それに、とびっきり性質の悪い奴と来た物だ。

忍野「それと、ああ。 その前に、さっき阿良々木くんが言っていた事の説明をしようかな」

忍野「ええっと、何だっけ。 何で昼間会った時に、説明しなかったか。 だっけ?」

忍野「簡単な話さ。 その時はまだ、問題視するレベルでは無かった」

忍野「とは言っても、厄介なのには変わり無いからね。 今回のはバランスを著しく狂わせる。 そんな怪異さ」

忍野「だからこうして、戻ってきたって訳だよ。 分かってくれたかな?」

忍野「そして今、早く解決しないと、ちょっとマズイ事になりそうなんだ。 だから君達を呼んだって事さ」

戦場ヶ原「なるほど」

忍野の言葉を受け、戦場ヶ原が納得した様子で首を縦に振っている。

戦場ヶ原「つまり、その怪異を[ピーーー]為に、私達にも手伝えって事ね」

そう言う事か。 なるほど、それなら忍野が戻ってきた理由も、僕達を呼び出した理由も納得行く。

暦「ま、忍野には恩があるしな……手伝える事があるなら、手伝うよ」

僕がそう言うと、忍野は嫌らしく笑い、口を開く。

忍野「おいおい、ツンデレちゃんに阿良々木くん。 何を言ってるんだい? そんな元気良さそうにさ」

忍野「何かいいことでもあったのかい?」

戦場ヶ原「どういう意味ですか。 私達はあなたの……忍野さんの手伝いをするから、集められたんじゃないんですか?」

忍野「うん。 そうだよ。 それは間違い無い」

忍野「でもさ。 君達、勘違いしてるんじゃないかな」

暦「勘違い? どういう事だよ、忍野」

忍野「だって、君達がする手伝いってのはね。 僕に情報を与える役目って所なんだから」

暦「情報を与える? 僕達はそんな、与えられる情報なんて持っていないぞ」

忍野「今はまだ、そうかもね。 ただ、簡単な事だよ」

忍野「普通に生活して、普通に遊んで、ああ。 阿良々木くんは受験勉強中だっけ? なら前者の二つは無理か」

忍野「ま、阿良々木くんは除くとしてさ。 その中で何か『違和感』を感じる事があったら、教えてくれればいいんだよ。 それ以上でもそれ以下でも無い」

羽川「で、でも。 私達は怪異を知っています。 出会っています。 他にも、何か出来る事があるんじゃないですか?」

忍野「無いよ。 一つも無い」

暦「なら、何だよ。 僕達は忍野とお喋りする為に頑張れって言いたいのか?」

忍野「お喋り、ね。 面白い表現だなぁ。 やっぱ、阿良々木くんは面白いよ」

忍野「けどさ、もしかして阿良々木くん。 いや、ツンデレちゃんや委員長ちゃんも、かな?」

忍野「僕達全員で協力して、その怪異を倒すか[ピーーー]か消すか。 そう言う風に考えていたのかい?」

忍野「だとしたら、そうだね。 そんな君達に僕はこう言うだろう」

忍野「自惚れるなよ」

忍野「ってね」

暦「別に、そんなつもりはねえよ。 ただ、僕達はもっと手伝える事があるんじゃないかって思ってるだけだ」

忍野「それが自惚れてるって言うんだよ。 阿良々木くん」

忍野「君達はただの一般人だ。 まあ、阿良々木くんは中途半端に人間って形になるんだけど」

横で、戦場ヶ原の視線の鋭さが増した気がした。

忍野「それでも、今回はそれだけなんだよ。 君達に出来る事は」

忍野「まあ、もっとも。 僕は君達の意思を止める権利は無いけどさ」

忍野「でも。 これだけは言っておくけど、君達は死にたいのかい?」

そんな訳、あるか。

死にたくて死にたくて生きている奴なんて、居る訳無い。

それこそ、忍の奴だって、吸血鬼時代……最後は僕に助けを求めた。

皆、生きたくて生きているんだ。

忍野「返答が無いって事は、違うと受け取るよ」

忍野「それならこれが最後だ、よく聞いておいてくれよ」

忍野「何か『違和感』があったら僕に報告する事。 これは些細な事でも構わない」

忍野「次に、君達は多分、出会う事は無いと思うけど、もし会ってしまったら絶対に近づかない事。 死にたいなら別だけど」

忍野「それと最後。 これはツンデレちゃんや委員長ちゃんじゃなくて、阿良々木くんに対して言っておく言葉だ」

忍野「阿良々木くん、君さ。 かなりヤバイよ」

最後に忍野は、いつもの様に笑いながら、僕にそう言ったのだった。

その後、戦場ヶ原と羽川は先に帰らされ、僕は一人、忍野に呼び止められる事となった。

もっとも、戦場ヶ原は僕を連れ戻そうと、必死に忍野と言い争いをしていたけれど(とは言っても、忍野の性格からして、戦場ヶ原が言い合いで勝てるとは思えなかった)

そして忍野に色々と質問をされ、僕の方も色々と質問をして。

現在はベッドに横たわっている。

勿論、あの廃墟のベッド(ベッドとは名ばかりで、実際は机を繋げただけ)では無く、正式な、ちゃんとした阿良々木家のベッドである。

暦「にしても、あいつは説明不足にも程があるよな。 毎回毎回」

忍「あの小僧にも小僧なりの考えがあるのじゃろ。 儂にはさっぱりじゃがな」

暦「考えか。 まあ、そうなんだろけどさ」

暦「でも、忍野が教えてくれたのって、結局は僕に何かが起きるかもしれないって事だろ? その何かさえ分からないと」

忍「分かった所でどうこう出来るとは思えんがのう。 それこそ、結果が出てからじゃろ」

暦「そっか。 まあ、忍野にすら何が起こるか分からない程の物だし、忍の言うとおりだな」

暦「分かった所で、僕達の力じゃどうこう出来る物では無い。 その通りだ」

以下、回想。

暦「それで、僕がヤバイってのはどういう意味なんだよ。 戦場ヶ原達を先に帰らせて……余計、心配掛けるんじゃないか?」

忍野「かもね。 けどそれで良いんだよ。 そっちの方が阿良々木くんも嬉しいだろ? 心配して貰えるなんてさ」

暦「んな訳ねえだろ。 心配させたく無いんだよ、僕は」

忍野「ははは。 本当に優しいよね、阿良々木くんは」

暦「話を戻すぞ、忍野。 それで、僕に何が起きるんだ?」

忍野「阿良々木くんの方から話を逸らしたのに、酷い話だなぁ。 全く」

忍野「ま、いいんだけどさ。 それじゃあ二人っきりになれたし、本題に入ろうか」

忍野「ああ、正確に言えば、二人と一匹かな。 それこそどっちでも良いけど」

と忍野は言い、笑って僕に続ける。

忍野「ぶっちゃけて言うと……何がどうヤバイのかは分からないんだよ」

暦「……は?」

忍野「ただ、なんとなく嫌な空気を阿良々木くんが纏ってるだけって話さ。 自覚は……無いか。 その調子じゃ」

暦「別に、僕はいつも通りだぜ。 忍もいつも通りだ」

忍野「まあ、怪異なんて気付かなければそれまでだし、それもそれで良いんだろうけどさ。 けど、今回は話が別だ」

暦「……どういう意味だ。 何が起きてるか知ってるんじゃないか? 忍野」

忍野「いやいや、知らないよ。 だけどね、阿良々木くん」

忍野「嫌な予感ってのは大体当たるんだよ。 特に僕の場合はさ」

忍野「今回はそんなパターンだ。 だから阿良々木くんに警告しているんだよ」

警告。

忍野が言うと、確かに僕にとってはそれはもう、かなり重大な物に聞こえた。

忍野「巻き込むのは好きじゃないんだけどなぁ。 本当は阿良々木くんや委員長ちゃん、ツンデレちゃんが何も知らない内に終わってるのが一番だったんだけど」

忍野「まあ、そうもうまくは行かないらしい」

暦「なるほど。 頭の回転が悪い僕でも、大体の事情は分かったよ」

暦「それで、僕にどうしろって言うんだ? 何に気を付ければいけないのか分からないのに、ただヤバイってだけ言われても、嫌がらせとしか思えないんだけど」

忍野「ん? ただの嫌がらせだよ。 阿良々木くん」

暦「……」

忍野「ははは。 そんな怖い顔しないでくれよ。 冗談に決まってるじゃないか」

忍野「さっきも言った様に、阿良々木くんは何か気付いた事があったら教えてくれればいい。 それだけさ」

忍野「本当に些細な事で構わない。 いつもと違う事を教えてくれればいい」

いつもと違う事。

暦「……そう言われると、二つ気になる事があるんだ」

忍野「ふうん。 何かな?」

暦「まず、忍野。 お前が戻ってきた事だよ。 それがいつもと違うパターン」

忍野「あー。 確かにそう言われればそうだ。 お見事だよ阿良々木くん。 まあ、それは特に問題では無いんだけど」

忍野「僕は問題を解決しに来た側だぜ? まさかその僕が怪異だって言いたいのかい。 阿良々木くんは」

暦「そうとは言ってねえよ。 忍野がバランスを保持する為に来た事は分かっているさ」

忍野「そうかいそうかい。 ま、そうなんだけどね。 んじゃあその事は解決したとして、もう一つはなんだい?」

暦「まあ、これは別に気にする事でも無いだろうしさ。 ただ、いつもと違うっちゃ違うんだけど」

暦「毎朝起こしに来る妹達が、起こしに来てくれないんだよ」

忍野「そりゃ、大変だ。 嫌われちゃったのかい」

忍野「と言うか阿良々木くん。 朝くらい自分で起きなよ。 もしかしてシスコンなのかな、君は」

暦「シスコンでは無い。 だから言ったろ、別に気にする事でも無いって」

忍野「そうでもない。 些細な事で良いんだよ。 それはそうと阿良々木くん」

忍野「阿良々木くんにとってさ、その妹ちゃん達が起こしに来ないってのは、それほど異常な事なのかい?」

暦「そうじゃなきゃ、わざわざ言わない。 一応、今まで無かった事だしな」

忍野「……そうかい。 よく分かったよ、阿良々木くん」

暦「本当にこんな事で良いのかよ。 もし妹達が起こしに来ないのが怪異の仕業だったら、それこそ性質の悪い怪異ってのは納得だ」

忍野「はは。 僕には阿良々木くんを更正させる怪異と思えるけどな」

暦「ほっとけ」

回想終わり。


第六話へ 続く

以上で第五話、終わりです。

乙ありがとうございます。

乙乙!

グイグイ引き込まれる

>>1
こーゆー面白いの書けるのが純粋に羨ましい

乙~

予定としては何話予定なの?

乙!
いいね

>>193
予定としては20話程となります。
前編20話/後編20話の40話程の構成です。

と言う訳で第六話、投下致します

朝、目が覚める。

どうやら、今日も自然と起きれたらしい。

少しだけ期待しながら時計に目を移すと、妹達が起こしに来る時間はとっくに過ぎていた。

暦「……今日もか」

だが、今思えば。 あいつらはあいつらで悩んでいる事があるらしいし、それを考えると昨日と今日、起こしに来なかったのは納得できる。 とても、こんな物が怪異の所為だとは思えないし。

火憐の問題や月火の問題は、今日中に解決できるだろうか。 とは言っても、内容すらまだ聞いていないし、なんとかするとも言えないけれど。

というか、今までこんな風になった事は無かったと言うのもあり、僕もどうすれば良いのか分からないってのが正直な所なんだけどな。

とりあえず、でっかい妹……火憐とは昨日話したので、今日は小さい方の妹、月火と話さなければなるまい。

昨日の朝は随分と慌てたせいもあって、朝から大分手痛い攻撃を喰らってしまったからな。

だが、今日は違う。 妹達が起こしに来ない理由も分かってるから、二日連続の失敗等、しない予定である。

あくまでも予定。 念の為。

思い立ったが吉日。 まあ、火憐程の行動力は僕に無いので、大分ゆっくりした動作だったかもしれない。

暦「おーい。 月火ちゃん居るかー?」

階段を降りながら、月火の名前を呼ぶ。

少し待ってみたが、返事は無かった。

また風呂にでも入っているのだろうか?

一応の確認、玄関の靴。

暦「あれ、おかしいな」

一足見当たらない。 月火の靴は多分あるのだろうけれど(何足かあると言っても、そんなに大量では無いので、一応は把握しているつもりだ)火憐の靴が見当たらなかった。

うーん。 どうした物か。

と言うか、昨日との逆パターン(って言っても、実際には二人とも家に居たんだけどな)

月火が家に居て火憐が出掛けているって、あいつらが変な事に首を突っ込んでいるパターンじゃねえか。 本格的に厄介だぞ、それ。

とにかく、やはり一度、月火とは話す必要がありそうだ。

家には居るっぽいし、まずはどこから探そうか。

と考えた所で、リビングへと向かう月火の姿が見えた。

なんだよあいつ、さっき呼んだのが聞こえてなかったのか? 風呂に入っていた訳でも無さそうだし。

その月火の後を追う形で、僕もリビングへと入っていく。

いつもなら、ソファーにだらしなく寝そべっている月火だが、今日は意外にも、ちゃんと座っていた。

と言うか、やけに静かだな、あいつ。

一人でも騒がしい奴なのに。

暦「おーい。 月火ちゃん」

少々離れた位置から声を掛けてみる。

が、無反応。

何か考え事か? 似合わない似合わない。 柄にも無く、神妙な顔付きなんてしちゃって。

とは言っても、悩み事ね。 あいつの抱えてる悩み事ってなんだろうな。

僕が想像できる範囲だと、良い服が無いとか、後はそうだな……僕に構ってもらえないとかだろうか。

んー。 それにしてもだけど、こう、大人しい月火ってのも中々に珍しい。

表情もなんか、深刻そうと言うか、悩んでいると言うか、そんな感じ。

姿勢は正しいし。 正直な所、切り取った絵みたいな雰囲気だ。

あれ、でもこれってさ。 いつもがだらしないと言うか、うるさいと言うか、そんな感じだからそう思うってだけの話なのか。

なんだよ、僕の褒め言葉を今すぐ返しやがれ、月火の奴め。

と、理不尽な怒りを月火にぶつけた所で(ぶつけたと言っても、頭の中で。 実際に言ったら吸血鬼化していなければ多分危ない)少しいたずら心が働いた。

いつもやられている分、仕返ししようと。

具体的には、驚かせてみようと。

思い立ったが吉日。 便利な言葉だな、これ。

結論を出した僕は、月火に気付かれない様に後ろからそっと近づく。

音を立てない様に、そっと近づいていく。

月火の後頭部が目の前に迫った所で、僕は足を止めた。

つうか、よく気付かないよな。 どんだけ警戒心が無いんだよ。

んで、近づいた所で何をしようか。 驚かせようとは思った物の、内容までは考えていなかった。

んー。 まあ、とりあえず胸を揉んでみるか。

即決即断。

背後からそっと腕を伸ばし、一気に月火の胸へと手を伸ばす。

月火は結局、僕の手が胸に触れるまで、存在すら気付いていなかった様だ。

月火「え? なになになになに!?」

がばっと立ち上がり、後ろを振り返る月火。

暦「よう。 おはよう月火ちゃん」

爽やかな、朝の挨拶である。

月火「へ?」

月火「だ、誰? なんで私の家に入ってる訳? [ピーーー]っ!」

僕の爽やかな挨拶の返しに、月火がとった挨拶は、僕の顔を掌打で打ち抜く事だった。

つか、いきなり[ピーーー]とか。 火憐の貫手並にありえない。

ピーって・・

変換変えます

即決即断。

背後からそっと腕を伸ばし、一気に月火の胸へと手を伸ばす。

月火は結局、僕の手が胸に触れるまで、存在すら気付いていなかった様だ。

月火「え? なになになになに!?」

がばっと立ち上がり、後ろを振り返る月火。

暦「よう。 おはよう月火ちゃん」

爽やかな、朝の挨拶である。

月火「へ?」

月火「だ、誰? なんで私の家に入ってる訳? 氏ねっ!」

僕の爽やかな挨拶の返しに、月火がとった挨拶は、僕の顔を掌打で打ち抜く事だった。

つか、いきなり氏ねとか。 火憐の貫手並にありえない。

時間経過。

こんな感じで、なんとか二日連続の失敗は避けられたと言う訳だ。

僕の中では、こんなのは失敗に入らない。 本人が失敗だと思わなければ、それは失敗では無いのだ。

火憐の言っていた「自分が負けだと思わなければ負けでは無い」 みたいな。

暦「いきなり酷い挨拶だな。 月火ちゃん」

月火の攻撃だけあって、僕の回復は幸いにも早く、昨日みたいな事にはならない。

多分、火憐の攻撃だったら昨日の二の舞、もしかしたらもっと酷い事になっていたのだろう。

月火「よくそんな台詞が言えるよね。 棚上げってこう言う事を言うのかな。 勉強になったよ、お兄ちゃんありがとう」

暦「そんな今にも攻撃してきそうな体勢で、ありがとうなんて言われても全く嬉しく無い」

月火「にしても、いきなり何? 結構普通に驚いたんだけど」

結構普通にってどっちだよ、はっきりしやがれ。

暦「いやいや、月火ちゃんがあまりにも隙だらけだったからさ。 ついな」

月火「いやいや。 つい、で後ろからおっぱい揉まないでよ。 お兄ちゃん、どんだけ妹のおっぱいを揉むのさ」

暦「朝からおっぱいおっぱい言うなよ、下品だぞ」

月火「お兄ちゃん。 その台詞もう一度言ってくれるかな。 録音しておくから」

暦「え? 録音してどうするんだよ。 そんなに僕の声が聞きたいのか?」

月火「聞かせるのはお兄ちゃんだよ。 お兄ちゃん物覚えが悪そうだから、同じ事をした時に聞かせるんだよ」

暦「僕は自分のした発言についてはしっかり記憶しているぞ。 今まで忘れた事なんて無い」

月火「ふうん。 その発言すら忘れていたら、意味無いけどね」

月火「というかさ、誰のせいだと思ってるの? 未来の為に、お兄ちゃんはここで仕留めておくべきだよ。 やっぱり」

暦「まあまあ。 それはさておき、さ」

月火「私としては、たっぷり時間を掛けて話したいんだけど。 家族会議物だよ」

暦「お前ら、また何か問題に首を突っ込んでないか?」

月火「綺麗にスルーしたね。 まあいいけどさ」

良いのかよ。

月火「それより、問題って?」

暦「火憐ちゃんが居ないんだよ。 いつものパターンからして、大体お前らが問題事を抱えてる時だろ、これって」

暦「抱えてるっつうか、首を突っ込んでるって言うのが正しいんだろうけど」

月火「別に問題は抱えてないけど。 それよりも一ついいかな、お兄ちゃん」

暦「ん? どうした」

月火「火憐ちゃんって、誰?」

今、何て言ったこいつ。

暦「おいおい。 さすがに冗談がきついぜ、月火ちゃん」

暦「火憐ちゃんは火憐ちゃんだよ。 分かるだろ?」

月火「へえ。 お兄ちゃんの彼女?」

暦「な、何言ってるんだ。 僕の妹で、お前のお姉ちゃんだろ、月火ちゃん」

月火「知らないけど。 もしかして、お兄ちゃん。 脳内で妹を作ってるの? そんな酷い事になる前に私に相談してよ!」

月火「大体……あれ?」

月火「火憐ちゃん……そうだよね。 お兄ちゃんの妹で、ファイヤーシスターズで、火憐ちゃん」

月火がこめかみを押さえながら蹲る。

暦「おい……月火ちゃん、大丈夫か?」

その月火の背中を摩り、顔を覗き込み、様子を伺った。

顔色は、あまり良い様には見えない。

月火「うーん。 おかしいなぁ。 火憐ちゃんは火憐ちゃんだよね。 お兄ちゃんの妹だ」

暦「どうしたんだよ、月火ちゃん。 本当に大丈夫か?」

月火「ごめん。 何で忘れていたんだろ、私」

暦「忘れていた? 火憐ちゃんの事を?」

どういう事だ。 あんだけ仲が良いのに、忘れるなんて。

月火「うん。 最近、ど忘れって言うのかな。 多いんだよね」

月火「と言うかさ、正直な話だけどさ」

月火「さっき、お兄ちゃんが私のおっぱいを揉んだでしょ? 後ろからいきなり」

ただの朝の挨拶。 ただの朝のスキンシップをそう言われると、ただの変態みたいだな、僕。

月火「その時もさ、一瞬誰か分からなかった。 だから本当にびっくりしたよ」

暦「誰か分からなかったって、それってもう」

ど忘れって話じゃない。 明らかにおかしい。

病気? それとも、月火の体内に宿っている怪異のせいか?

いや、違う。

僕には心当たりがあるじゃないか。 それも昨日、忍野から聞いているじゃないか。

そう言う事としか考えられない。 これが、怪異の所為だとするならば。

でも、おかしくないか? 僕自身に起きる筈なのに、何で月火が。

暦「とにかく、月火ちゃん」

言っていいのか、駄目なのか。

迷っていられるかよ、くそ。

暦「そう言うのに詳しい奴が居るんだよ。 今からそいつと会ってくるから、大人しく待っててくれ」

月火「そう言うのってどういうの? お兄ちゃんの言ってること、ちょっと意味が分からないんだけど」

暦「ちゃんと説明する。 全部、しっかりと」

月火「そっか」

月火は短くそう言い、続けて何回も、小さく、小さく繰り返していた。

月火「…… じゃあ信じてみようかな」

暦「ああ。 お前のお兄ちゃんを信じろ。 なんとかしてやるから」

安請け合い。 本当に解決できるなんて、保証できないのに。

けれど、月火の暗い顔は見ていたくなかった。 そんな顔は似合わねえよ、お前。

月火の方も多分、あまり期待はしていないのだろう。

だが、信じると言ってくれた。 僕の事を。

ならそれだけだ。 やれるだけの事をやってやる。

それで何も解決できなかったのなら、月火の怒りは全部僕が受け止めてやる。

とにかく、今は急がなければ。 急いで、忍野の所へ。

暦「よし、じゃあ僕はちょっくら出掛けて来る。 すぐに戻るからな」

そう声を掛け、自転車の鍵を取り、玄関へと向かう。

その僕の背中に、月火から声が掛かった。

月火「私、やっぱり変だよね」

振り向き、僕は言う。

暦「いつも変だろ、月火ちゃんは。 だから別に気にする事なんてねえんだよ。 月火ちゃんはいつも通り、だらだら過ごしとけ」

月火「そっかそっか。 いつも変か。 でもそれを言ったら、お兄ちゃんも変って事になるけど、良いのかな」

暦「そりゃそうだろ。 なんつったって、僕達は兄妹なんだからさ」

月火「おっけーおっけー。 話は分かったら、早く行ってきなよ、お兄ちゃん」

月火「でも、なるべく早くしてよね。 私だって」

月火「お兄ちゃんとか火憐ちゃんの事、忘れたくないよ」

その言葉を受け、僕は一目散にあの廃墟へと向かう。

まだ、昼を少しだけ過ぎた所だ。 忍野が今居るかも分からないけれど、とにかく急いで報告をしないと。

自転車を必死に漕ぐ。

くそ、僕自身に何かが起こるかと思って油断していた。 まさか月火に影響が出るなんて。

必死に、必死に自転車を漕ぐ。

その時。

暦「うおっ!」

目の前に影が飛び出してきた。 急ブレーキを掛けながら、なんとか避けられたが。

暦「悪い! 大丈夫か?」

しかし、その影は僕の見知った知り合い。 いや、友達。

八九寺「危ないじゃないですか。 何を考えてそんな飛ばしているんですか。 阿良々木さん」

いつものネタは仕掛けて来なかったが、今、そう呼んで貰えたのは正直な所、嬉しい。

暦「は、八九寺か。 大丈夫か?」

八九寺「阿良々木さんに轢かれる程、鈍くさくはないです。 車には勝てませんが」

暦「重いよ! その自虐ネタ重過ぎるだろ!」

八九寺「これからはこれを持ちネタにしようと思っているんですよ。 ですので宜しくお願いします」

暦「返しが難しいネタを持ちネタにするんじゃねえよ。 普通にいつものネタでいいだろ」

八九寺「マンネリと言うのもありますしね。 いつまでも同じネタでは飽きられてしまいます」

暦「まだ公衆の面前で披露していないネタに、マンネリも何も無いと思うが」

八九寺「そういう油断が、一番危ないんですよ。 やはり阿良々木さんとはコンビを組めそうに無いですね」

暦「え? 僕達コンビを組む予定とかあったの?」

八九寺「うまく行けば、今年中にはデビューできた筈です」

暦「マジかよ。 じゃあそのチャンスをみすみす逃したって訳か」

八九寺「ええ。 残念ながら」

八九寺「ですが、まだ次のチャンスはあります。 ですので頑張りましょう! 阿良々木さん!」

暦「おう!」

閑話休題。

八九寺「それはそうと、阿良々木さん」

暦「ん?」

八九寺「随分と急いでいる様子でしたけど、何か用事でもあるんですか?」

暦「ああ、そうだった。 忍野に会いにいかないといけないんだよ」

八九寺「忍野さん、ですか。 でも、あの人はこの町から出て行った筈では?」

暦「それが昨日、ふらっと戻ってきてさ。 今はあの廃墟に居るんだ」

八九寺「へえええ。 あの人も随分と変わり者ですね。 わざわざ戻ってくるなんて」

暦「まあ、事情があるんだけどな」

八九寺「……あまり、良い事情だとは思えませんけれど」

暦「全く持ってその通り。 なんでも結構マズイ状況らしいぜ」

八九寺「なるほど。 それで相も変わらず、阿良々木さんはそれに首を突っ込んでいる、と」

暦「ま、そうなるな」

暦「お前も、変な奴とかに会ったらすぐに逃げろよ。 その辺、八九寺ならすぐに分かるだろ?」

八九寺「そうですね。 では、これから阿良々木さんと出会ったらすぐに逃げる事にします」

暦「言うと思ったぜ。 だから僕はこう返す」

暦「逃げる間も無く捕まえてやる!」

八九寺「ふん! 望む所です!」

と、よく分からない勝負の約束をした。

暦「んじゃ、僕はそろそろ行くよ。 急いで忍野と話さないといけない用事があるんだ」

八九寺「分かりました、それではまた……」

八九寺は、最後まで言い切る前に、言葉を打ち切る。

暦「おい、どうした? 別れの挨拶くらいしっかり言えよ」

八九寺「いえ、あの。 すいません」

八九寺「どちら様でしょうか?」

くそ、くそ。

あれから、何度も八九寺に話しかけたが、結局最後の最後まで僕の事を思い出す事は無かった。

僕と話した人間が、僕の事を忘れる?

いや、でも。 月火は僕の事を思い出してくれた。

それに、月火は火憐の事も忘れていたんだ。

既にもう、何がどうなって、何が起きているのか分からない。

あの時の八九寺の顔。

本当に、僕の事を忘れていた。

今まで話した事も全部。 跡形も無く。

人に忘れられる事は、こんなにも辛い事だったのかよ。

暦「……そうだ、戦場ヶ原」

あいつなら、僕の事を覚えている筈だ。

そりゃ、そうだろ。

だってあいつは、忘れる事を嫌う。

もしも、忘れる原因が僕と話す事だったとするなら、この行為は危ないかもしれない。

だけど、そうであろうと。

今は、僕の事を覚えている人と、話がしたかった。

自転車を一度止め、携帯電話を取り出す。

電話帳から戦場ヶ原の名前を呼び出し、通話ボタンを押す。

一回、二回、三回目のコールの途中で、電話は繋がった。

暦「もしもし、戦場ヶ原か?」

僕はこの時思い知る。

人との思い出すら、記憶すら、怪異の前ではなんの意味も持たない物なのだと。

戦場ヶ原「……すいません、どなたでしょうか? 携帯に登録されていたので、知り合いなのかもしれませんが、覚えが無くて」

なんて。

僕の彼女は、そう言ったのだから。


第七話へ 続く

以上で第七話終わりです。

乙ありがとうございます!

七話じゃない六話でした。


メール欄にsaga入れると変換出来るよ

乙したー

まさかの大 長 編だと?

いっちょつ

前後編って事は、前編が火憐ちゃんのお話で、後編が月火ちゃんのお話って事かな

どの道楽しみだ

おおお乙
いいね
更新ペースが安定してるだけでもいいのに内容もいい。
待ってるよ

>>232
ありがとうございます。 活用させてもらいます。

>>235
そうですね。 今投下しているのが火憐ちゃんのSSで、次に投下する予定のSSが月火ちゃんの物となります


それでは第七話、投下致します。

その後、羽川や神原や千石に電話をしてみた物の、結果は全て同じ。

つまり、全員が僕と言う存在を忘れていた。

どうすれば良いんだ。 忍野に会えば解決できるのか。 もう、皆の記憶は戻らないのか。

僕自身、多分相当焦っていた。

だって、そりゃそうだろ。 つい昨日まで、何事も無く話していた友達が、全員僕の事を忘れているんだから。

とにかく、とにかくだ。

まずは、忍野に会わなければ。

会って、話さなければ。

何が起きて、どうなったのか。

もう頼れる奴は、あいつしか居ないのだから。

忍「お前様よ。 少しは落ち着かんか」

暦「忍っ! 分かるか? 僕の事が分かるか?」

僕の影から忍が現れる。 迂闊にも、一番最初に確認するべき忍の事を僕が忘れていたなんて、とんだ皮肉である。

忍「何を言っておる。 儂を誰だと思っとるんじゃ。 お前様の事なら全て分かるわい」

暦「良かった……もう、どうにかなっちゃいそうだったんだよ。 忍が覚えていてくれて良かった」

忍「ふん。 たかが忘れられたくらいで慌てすぎじゃよ、お前様は」

暦「そうは言ってもさ。 いきなり前触れも無く、忘れられるなんて……結構辛いぞ」

忍「儂には分からん感情じゃな。 まあよい」

それもそうか。 忍も伊達に五百年生きている訳じゃない。

こいつに思い出とか、友達が居たのかは分からないけれど、そいつらは全員忘れていったんだ。 忍の事を。 死と言う形で。

忍「それより、今すべき事は分かるか? お前様よ」

暦「分かってる。 忍野に会う、だろ?」

僕がそう言うと、忍は溜息を付き、口を開く。

忍「馬鹿か貴様は。 本気で言っておるのか?」

暦「どういう意味だよ、忍」

そう聞いた僕の顔をじろりと睨み、忍は続けた。

忍「まず、おかしいと思わんのか? 何故、あの小僧は戻ってきたのか」

暦「そりゃ、あれだろ。 この町に怪異が出たから……」

忍「それだけだとは思えんのう。 この儂には」

忍「まあ、もっとも。 儂の予想が絶対に正しいとは言えんが」

暦「それだけじゃない、他の理由……」

暦「つまり、忍野が何かを隠しているって事か?」

忍「もしくは」

忍「あやつ自体が怪異。 と言う事じゃよ」

忍野自身が、怪異?

暦「でも、昨日……忍は違うって言ってただろ? あいつは正真正銘、忍野だ。 って言ってたじゃないか」

忍「確かにそう言ったのう。 だが、それはお前様が生み出した怪異。 と言うパターンに置いての話じゃよ」

暦「えっと。 って事は」

忍「他の誰かが生み出した怪異ならば、話は別じゃ」

暦「つまり、最初からずっと、あいつは怪異って事か? あのゴールデンウィークの時から」

忍「たわけ。 あの時は正真正銘、ただのアロハ小僧じゃよ」

ただのアロハ小僧って、すごい言葉だな。

忍「しかし。 こんな偉そうに言ってみた物の、今のアロハ小僧が怪異と言うのも、確定では無いがの」

暦「忍でも、分からないのか?」

忍「分からん事も無いが、この町はどうにも、その辺りの匂いが強すぎるんじゃ。 長い時間一緒におれば分かるが、大して一緒におった訳でも無いしのう」

暦「そうか。 そうだよな。 それに、昔程の力もある訳じゃないしな」

暦「それで忍、そういう怪異に心当たりは?」

忍「人の形を真似る怪異。 言い出したらキリが無い程おるよ」

忍「それに、その質問は愚問じゃよ。 我が主様よ」

忍「心当たりがあるから、儂がわざわざ出てきておるのが分からんのか?」

暦「はは。 それもそうだな」

忍「話を戻すぞい。 一番確率がありそうな奴……一番ありそうな怪異と言えば」

忍「ドッペルゲンガー。 これはお主も知っておるじゃろ?」

暦「ドッペルゲンガー? 随分と最近の話の気がするけど、そんな怪異も居るのか?」

忍「怪異は生きておるんじゃ。 噂になった時点で、存在するんじゃよ」

暦「……確かに、吸血鬼だとかもその類なんだよな」

暦「それで、そいつはどういった怪異なんだ?」

暦「僕が知っている限りじゃ、自分とそっくりな影がある日現れて、そいつと会うと死ぬってくらいだけど」

忍「ふむ。 そうじゃな、そういう説が一番流れておる」

忍「だが、怪異としての奴は違う」

忍「これもあの、アロハ小僧の受け売りじゃが」

忍「呪い。 呪いによって出てくる怪異じゃ」

忍「前髪娘の様な、の」

暦「呪い……か」

忍「そして、呪いが掛けられた対象の、もっとも苦手とする人物の姿で現れるんじゃよ」

苦手とする人物、か。 なるほど、それなら忍野の姿と言うのもかなり納得できてしまう。

忍「ドッペルゲンガーの目的は一つ。 呪われた対象を-----[ピーーー]事じゃ」

あれ変換できないじゃないですかー!ヤダー!
って思ったらsageじゃなくてsagaでしたね。
すいません。

忍「これもあの、アロハ小僧の受け売りじゃが」

忍「呪い。 呪いによって出てくる怪異じゃ」

忍「前髪娘の様な、の」

暦「呪い……か」

忍「そして、呪いが掛けられた対象の、もっとも苦手とする人物の姿で現れるんじゃよ」

苦手とする人物、か。 なるほど、それなら忍野の姿と言うのもかなり納得できてしまう。

忍「ドッペルゲンガーの目的は一つ。 呪われた対象を-----殺す事じゃ」

僕がそう思うのも無理はない。

ゴールデンウィークの時、僕がかなり苦労して、なんとか退けた吸血鬼ハンター達。

ドラマツルギー。 エピソード。 ギロチンカッター。

あいつらの攻撃を忍野は、一人で全て受け切ったのだ。

忍「少しは頭を使わんかい。 ドッペルゲンガーと言えど、その化けた姿や形だけでは無く、性格や趣味、そして行動から考え方まで、全て一緒なんじゃよ」

忍「唯一の違いと言えば、呪いを掛けられた対象を殺す。 と言う、明確な目的がある事。 じゃがの」

暦「なるほどな。 つまり、簡単に解釈するならば、忍野が本気で僕を殺そうとした時と、一緒の行動を取るって事か?」

忍「その通り。 理解が早くて助かるのう」

罵倒されたり、褒められたり、どっちなんだよ。

忍「じゃが、これもあくまで仮定にすぎん。 それだけでは説明できん事も起きておるしのう」

暦「説明できない事……皆の記憶喪失、か」

忍「とにかく、儂が言いたい事は一つじゃ」

忍「白と確定する前にあやつと会うのは危険。 と言う事じゃよ」

けど、ならどうしろって言うんだ。 忍野には頼れないとなると、僕はどうすれば。

本当に、忍野は怪しいか? あいつの言葉、どう考えても本物にしか見えなかったけど。

今起きている事。 僕自身に起きているとは、言えない。

暦「……分かった。 とにかく一度、家に帰る」

暦「月火ちゃんにはもう少し、我慢してもらおう」

暦「けど、一つだけ約束してくれ、忍」

忍「なんじゃ、お前様よ」

暦「あいつが怪異だとしたら、僕は間違いなく倒しに行く。 その時は、協力してくれるか」

忍「何を言っておるんじゃ、儂には断る理由など無い」

暦「そうだったな。 ありがとう、忍」

忍「カカッ。 礼には及ばんよ」

その時、匂いがした。

花の匂いの様な、そんな感じ。

今まで嗅いだ事の無い物だったけれど、なんとなく、僕にはそれが花の匂いだと『分かった』。

「……ん。 待て、お前様!」

それだけ言い、---は忽然と姿を消した。

そして、僕は家に帰る。

月火が待つ、家へと。

その道中、僕の知らない奴が、声を掛けてきた。

何やら大きな荷物を抱えて、まるで旅の途中の様な、そんな大荷物。

そして、随分と気さくに、そいつは言う。

「おいおい、-----。 どこに行くんだよ」

「つうか、どこから来てるんだ? あっちには面白い物なんてねえだろ」

「はあ? なんだよおい、喧嘩売ってるのか?」

ん。 なんだか焦っている、のか?

最近、世の中には変な奴が増えたよなぁ。

いきなり絡んでおいて、喧嘩売ってるのかって、僕は特に買いもしなければ売りもしない。

との事を言うと。

「そうかよ。 結局、皆そうなんだな。 -----も」

と言い、僕の前から姿を消した。

若干、顔が青ざめていたのが気になるっちゃ気になるが、それだけだ。

ここら辺は随分と治安が良いと思っていたけれど、案外そうでも無いかもしれない。

まあ、どこの町だってそんな物かもしれないが。

そのまま家に付き、玄関の扉を開く。

暦「ただいま」

月火「お、遅かったね。 それで、どうだった?」

暦「ん? どうって、何がだよ」

月火「あれ、何がだっけ?」

変な奴がここにも居たか。

暦「まだ寝惚けてるのかよ、月火ちゃん。 ちゃんと勉強しないからだぜ」

月火「はい? お兄ちゃんよりはしてるけど、それにお兄ちゃんよりは落ちこぼれていないけど? むしろ成績、上の方だしね」

暦「ちげーよ。 僕が言ってるのは人生の勉強の事だ」

月火「お兄ちゃんに人生の勉強を教えてもらっても、絶対役にたたないね。 むしろ逆効果だよ」

暦「ほう。 言っとくが、僕の話は参考になるぞ。 これは保証しよう」

月火「ふうん。 へえ。 そうなんだ。 で、どういう風に参考になるのかな? お兄ちゃん」

暦「そうだな、まずは妹とのスキンシップの仕方とか、そう言った事の参考になる」

月火「いや、どう考えてもそれ、参考にならないでしょ。 現在進行形で失敗の形として表れてるよ」

暦「分かってないな。 月火ちゃん」

暦「だって、月火ちゃんは僕の事、好きだろ? 結果は表れているじゃないか。 成功って形で」

月火「え、なになに。 よく聞こえなかったんだけど。 もう一回言ってくれるかな?」

暦「だって、月火ちゃんは僕の事、好きだろ? 結果は表れているじゃないか。 成功って形で」

月火「うわ、むかつく程にリピートしたね」

月火「で、なんで私がお兄ちゃんの事が好きなお兄ちゃんっ子みたいな扱いをされてる訳?」

暦「え、違うのか?」

月火「好きか嫌いかで言われれば、そりゃ好きな方にはなるけどさ。 でも、その度合いを数値で表すと」

月火「百が限界だとして、零が平均ね。 マイナスになると嫌いの方向になるとしてだ」

暦「うん。 八十くらいだろ?」

月火「自信たっぷりに言うその顔がむかつくよ。 ほどよくむかつね、その顔」

月火「私の中では、十四くらいかな。 お兄ちゃんなんてその程度だよ」

暦「ひくっ! いくらなんでも低すぎるだろ! せめて二十にしない? キリがいいしさ」

月火「そう? じゃあ十で良いかな。 四捨五入して」

暦「やめろよ! 無理矢理繰り上げて二十にしてくれ!」

無理矢理と言う言葉を使って、自分で少し悲しくなる。

月火「まあ、とにかくさ。 私の中でのお兄ちゃん好き度なんてその程度だよ。 分かったかな?」

暦「ぐぬぬ」

暦「で、でも待てよ月火ちゃん! それならどうして『毎朝僕を起こして』くれるんだよ」

月火「へ? 私がお兄ちゃんを起こす? いつ?」

暦「ん? んー。 あれ、無かったな、そういえば」

月火「そうだよ。 全くもう、私に起こして欲しいの? ならそう言ってくれれば良いのに」

暦「ん。 起こしてくれるの? やったー」

月火「うん、良いよ。 だからさお兄ちゃん、何か簡単な物でいいから、武器に使えそうな物、用意しておいてね」

暦「武器? どうしてまた、何か退治にでも行くのかい。 月火ちゃん」

月火「明日の朝から出動だよ。 お兄ちゃんの睡魔と戦って来るんだ」

暦「そ、そうなのか。 ああ、でもやっぱり月火ちゃん。 兄として妹に起こされるってのは少しあれだし、やっぱり自分で起きるよ」

月火「ふうん。 そっか、それは残念だ」

月火「ま、別にいいけどさ。 そろそろご飯だし、お風呂入っちゃってね」

暦「一緒に入るか?」

月火「絶対嫌。 お兄ちゃんと入るくらいなら、雨の日に外で体を洗った方がマシだよ」

そこまでかよ。

暦「そこまで拒否られると、さすがに傷付くぜ」

月火「どうせ傷の一つや二つ、増えても変わらないでしょ」

暦「まあ、それもそうかもしれないけど! 『たった一人の妹』なんだから、もう少し優しく接してくれよ!」

暦「一応言っておくが月火ちゃん、お前が今より更にチビだった時は、僕と一緒にお風呂とか入ってたんだからな」

月火「知ってる。 それが私の人生、最大の失敗だからね。 忘れられないよ」

最大の失敗かよ。 ならそうだな、その失敗を作ってあげたお兄ちゃんに感謝しろよ、月火。

だってそれが最大の失敗なら、この先もっと大きな失敗なんて無いだろ。

月火「とにかくさ。 ちゃっちゃとお風呂入っちゃってよね。 じゃないとご飯にならないし」

暦「はいはい。 分かったよ」

玄関先での随分と長い無駄話を終え、僕は一人、風呂場へと向かう。

月火「そーいえばさ、お兄ちゃん」

その背中に、月火が再び声を掛けてきた。

早く風呂に入れと言う癖に、僕と話したがる月火に免じて、渋々振り向く。

暦「んー?」

月火「今日、不審者に会ったんだよ。 それも家の中で」

暦「落ちが見えた。 僕は不審者じゃねえぞ」

月火「いやいや、そうじゃなくってさ。 真面目な話」

暦「へえ。 真面目な話ね。 月火ちゃんの口からそんな言葉が出た時点で、既に真面目な話だな」

暦「で、それはどんな不審者だったんだ?」

月火「その失言については見逃してあげるよ。 特別サービスで」

月火「それで、よく分からないけど、私の名前を知ってたんだよ。 お兄ちゃんの名前も」

暦「そりゃ、月火ちゃんの友達じゃねえのか? お前、友達いっぱいいるじゃん」

月火「多いけど、さすがの私も友達の顔なんて忘れないよ。 だから今日のは不審者なんだよ」

暦「つうか、マジで知らないんだったらやばいだろ、それ」

暦「何もされなかったのか? 月火ちゃん」

月火「されなかったって言えば、されなかったんだけど」

月火「でも、されたと言えば、されたって事になるのかなぁ」

暦「そっか。 大丈夫だった……んだよな? 何か変な事をされたりとかは、無かったんだよな」

月火「それは平気。 と言うか、お兄ちゃんの心配っぷりが恐ろしいよ」

暦「普通だろ? 知らない奴が家の中に居るとか、ホラーかよ」

月火「うーん。 まあ、そうなんだけどさ」

月火「その人、なんか怖くなかったんだよね。 よく分からないんだけど」

暦「僕だったら絶対叫び声あげてるぞ……」

月火「私もそうだよ。 叫びそうになったんだけど」

月火「何ていうか、必死……って感じだったんだよね」

暦「必死? 目的がわからねえな、そいつの」

月火「うん。 何を言ってるのか分からなかったし。 一応、私もかなり驚いてたから、ほとんど覚えてないんだけどね」

月火「でも、名前は覚えてる。 こう言うのもあれだけど、良い名前だったよ」

暦「そこまで話し合ってるお前が驚きだぞ。 僕としては」

暦「それで、何て言ってたんだ? 名前」

月火「えっとね」

月火「あららぎ、あららぎかれん。 そう、言ってた」


第八話へ 続く

以上で第七話終わりです。

乙ありがとうございます。

乙乙

ぺース安定してて最高

いちょーつ

なんだこれ泣ける
火憐ちゃん・・

おーいいな
会話のやり取りとか
再現性高くて引き込まれるわ

期待きたーい

乙ありがとうございます。

第八話、投下致します。

あららぎ、かれん。

どこかで、聞いたか?

いや、そんな訳無いだろ。 あららぎってのはつまり、阿良々木だよな。

珍しい苗字だとは思うし、聞いていたのなら僕が覚えている筈だ。 阿良々木かれん、なんて名前を『忘れる』訳が無いじゃないか。

直後。

頭痛。 激しい頭痛。

とてもやり過ごせる物じゃない、頭を押さえ、倒れそうになる。

倒れるのはなんとか回避できたが、とてもじゃないが立って居られない。

今まで経験してきた中で、多分トップクラスの頭痛だろう。

羽川のもこんな感じだったのだろうか?

羽川、翼。 頭痛?

なんで僕は『羽川に頭痛が起きたと思っている』んだ? そんなシーン、見たことも無いのに。

疲れているのか。 そう言えば、今日はやけに体がだるい。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 大丈夫?」

僕の肩を掴み、そう声を掛けてくる奴が居た。

月火「大丈夫? 頭痛いの?」

まるで、小さい子供に言うように話掛けてきていたのは、月火だった。

ああ、そうか。 僕は月火と話している途中だったのか。

暦「大丈夫、大丈夫だ。 月火ちゃん、僕は大丈夫」

月火「とてもそうは見えないんだけど、本当に?」

暦「ああ。 突然、頭痛がしてさ。 今はもう治まったから」

本当はまだ少しだけ痛むが、月火には余計な心配を掛けたくなかった。

このままでは、救急車をでも呼ばれてしまいそうだ。 もし、そうなったら僕の友達にも心配を掛けてしまうだろう。

月火「なら、良いんだけど。 疲れているんじゃない?」

暦「かもしれねぇ。 ごめん月火ちゃん、今日はちょっと寝る事にする」

月火「うん。 それが良いよ。 お兄ちゃんの事だから、一日寝ればすぐに治るから」

暦「もはや突っ込む気すらしないな。 まあ、僕は寝るよ」

月火「お大事に。 何か用があったら呼んでね」

月火「私に出来る事あったら、してあげるからさ。 貸しは高くつくけどね」

暦「そうか。 ありがとうな、月火ちゃん」

そう言い、未だに肩に手を置く月火の頭を撫で、立ち上がる。

頭を撫でるついでに、立ち上がるついでに、胸を揉んでおいた。

月火「……その自然な動作はすごいよ。 尊敬に値するね」

月火も慣れてきたのか、あまり面白いリアクションは見られない。

うーん。 もっと違う事をしなければ、これ以上面白いリアクションは望めないかもしれないな。

僕も、次に打つ手を考えておかなければ。

暦「言っておくが月火ちゃん、今のは貸しだぜ。 これで月火ちゃんには貸しが出来たという形になる」

月火「妹のおっぱいを揉む事によって、貸しを与える兄ってどうかと思うよ。 むしろ全世界探しても、ここにしか居ないと思う」

と、いつもの無駄なやり取りが始まりそうになった。

別に僕自身、既に頭痛は殆ど治まっていたので、始めても良かったんだけれど、月火の方が「それじゃあ、ゆっくり休んでね。 おやすみ」と言う物だから、渋々自分の部屋へと向かう事になってしまった。

さておき。

今は自室のベッドへ横たわっている。

特にする事も無く、したい事も無い。 なのだが。

ただ寝るだけってのも、案外辛い物なのだ。

部屋の中を照らすのは、窓から差し込む月明かりだけであった。

その明かりが、部屋に置いてある物に当たり、影を作り出している。

影。

暦「あれ」

気付けば立ち上がり、窓を背中に、自分の影を僕は見下ろしていた。

暦「おーい」

とか、言ってみたり。

まずいな、やはり僕は疲れているのだろう。

こんな、自分の影に向けて話しているのを月火にでも見られたら、多分あいつはこう言うな。

「うわ、お兄ちゃん。 友達が少ないとは知っていたけれど、まさかそんな、自分の影と話す程寂しかったんだね。 今度からは私が相手になってあげるから、言ってね」

とか言うだろうな。

けれど、幸いにも僕は今、具合が悪いのだし「熱でもあって、変になっているんだろう」とでも思われるのが関の山か。

つうか、そんな寂しい奴って訳でも無いのになぁ。

戦場ヶ原は僕の彼女でもあるし、羽川だって友達だ。

千石だって友達。 神原だって友達じゃないか。

四人も居るんだぜ、凄いだろ。

って月火に自慢でもしてやろうか。 あいつはその十倍以上居そうだけれど。

さすがは僕の妹って所か。 僕自身が反面教師として大活躍である。

さて。

それにしてもだ。 影に話掛けては見た物の、返答なんてのは当然無かった。

何を期待しているんだか。 これは本当に、そろそろマジで自分の体調が心配になってしまう。

いつまでもこうしていて、それこそ月火にでも見られたら嫌だし、今日は寝よう。

月火に言われたからでは無いが、一日寝ればなんとか治ってるだろうし。

と思い、再びベッドに体を投げる。

目を瞑り、睡眠体制。

その時、睡眠を阻害する音が部屋に鳴り響く。

ああ、どうやら僕の携帯の様だ。

渋々、仕方なく画面を見る。

発信者は、僕の彼女。 戦場ヶ原ひたぎだった。

さすがに気付いたからには無視できず、マナーモードにしていなかった自分を呪いつつ、通話ボタンを押す。

暦「どうした、こんな時間に」

戦場ヶ原「こんな時間? 阿良々木くんは小学生なのかしら。 まだ八時をちょっと過ぎた所じゃない」

そうだったのか。 時計なんて帰ってから見ておらず、まだそんな早い時間だったとは知らなかった。

暦「いや、ちょっと具合が悪くてな。 丁度寝る所だったんだよ」

戦場ヶ原「ふうん。 あらそう。 でも一つ勉強になったわ、阿良々木くん」

暦「勉強? なんの?」

戦場ヶ原「馬鹿でも具合が悪くなるって事よ。 阿良々木くんが身を持って証明してくれたわ」

暦「お前、それ病人に言う台詞かよ……それとな、馬鹿は風邪をひかないだからな」

戦場ヶ原「そうね。 今のは阿良々木くんに対するテストだったのだけれど、正解よ。 おめでとう」

戦場ヶ原「思ったよりも重症じゃないようで、安心したわ」

暦「いくら僕でも、そこまで馬鹿じゃねえからな!」

戦場ヶ原「違うわ。 私が言ってるのは阿良々木くんの体調の事よ」

戦場ヶ原「それだけ突っ込みが出来るのなら、大丈夫って事でしょう?」

それもそうか。 てかそういう事か。

こいつの心配の仕方には異論を呈したいが、その話はまた今度するとしよう。

暦「まあ、かもな」

暦「それより戦場ヶ原。 これは何の電話だ?」

戦場ヶ原「何の? 別に特に意味は無いわ」

暦「お前、意味も無く電話してくるなよ。 それこそ、学校とかで良いだろ」

戦場ヶ原「あら、恋人の声を聞きたいと思うのは駄目なのかしら」

突然、こいつは毎回毎回、突然にこんな事を言う。

それが良くもあるんだけど。

戦場ヶ原「好きな人の声を聞くのに、理由が必要なのかしら」

暦「……僕が悪かった。 ごめん」

戦場ヶ原「いいわ、私は優しいから、そんな事で一々怒ったりはしないのだからね」

暦「そりゃ、優しいな」

戦場ヶ原「ふふ。 まあそれでも、あまり長電話は迷惑でしょうし、そろそろ切るわね」

暦「ああ、悪いな。 治ったらまた、電話しよう」

戦場ヶ原「ええ。 それじゃあ-----」

戦場ヶ原が電話を切ろうとする。

僕は。

暦「なあ、戦場ヶ原。 一つ聞きたい事があるんだけど」

戦場ヶ原「? 何かしら」

暦「僕と戦場ヶ原って、どこでどう出会って、どう付き合ったんだっけ」

僕の口から出たのは、随分と失礼な質問であった。

発言している身からこう言うのもあれだが、結構驚いてしまう。

戦場ヶ原「さすがの優しい私でも、その質問は怒るわよ。 阿良々木くん」

暦「は、はは。 そりゃ、ごもっともで」

戦場ヶ原「仕方ないから、一から説明してあげる。 覚悟して聞きなさいな」

そう言い、戦場ヶ原は僕達の馴れ初めを語り始める。

戦場ヶ原「まず、そうね。 最初の出会いは、私が階段から落ちたのを阿良々木くんが受け止めてくれた事よ」

暦「……そうだな。 それが最初だった」

戦場ヶ原「それで、それから」

戦場ヶ原「……あれ」

と言い、戦場ヶ原は口を閉ざしてしまう。

暦「それから、どうした?」

戦場ヶ原「……何でも無いわ。 阿良々木くん、その。 ごめんなさい」

暦「え? マジでどうしたんだ。 戦場ヶ原」

戦場ヶ原「さっきはあんな偉そうな事を言ったのに、どう付き合ったのか覚えて無いのよ」

戦場ヶ原「多分、大事な事だったと思うのに。 覚えて無いのよ」

暦「いや、でも。 僕だって覚えて無いんだしさ。 何も戦場ヶ原が謝る事じゃないだろ」

戦場ヶ原「……そう、かしら」

暦「そうだよ、だから気にすんな。 大事なのは今だろ?」

戦場ヶ原「……超格好良い」

暦「んぐっ!」

本日二度目の、戦場ヶ原からの奇襲である。

暦「ま、まあさ。 そんな気にするなよ。 僕が言うのも変だけどさ」

戦場ヶ原「そうね。 阿良々木くんがそう言うのなら、分かったわ」

戦場ヶ原「それじゃあ、そろそろ本当に迷惑でしょうし、おやすみなさい」

暦「言うほど迷惑って訳じゃないけどな、おかげで元気も出てきたし」

戦場ヶ原「そう。 それは良かったわ」

戦場ヶ原は最後にそう言うと、電話を切った。

暦「僕、どんだけ変な質問してんだよ……」

我ながら驚いた。 そりゃ、もうかなり。

暦「寝るか。 今日はやっぱり、調子悪い」

独りそう呟き、ベッドの上で座る形になっていた体を三度、寝かせる。

目を瞑る。 今度こそ、僕の睡眠を阻害する物は無かった。

その日、辛い夢を見た。

右も左も、真っ暗で。

見上げても闇が広がっていて、足元にも闇が広がっていて。

僕は一体、どこを足場として居るのだろうか、とか。

ここは僕の部屋なのだろうか、とか。

そんな考えても仕方の無い事を夢の中で考えていた。

とにかく、その場から逃げ出したい。

逃げ出したいのだけれど、どこにどう行けばいいのかすら、分からない。

だって、そりゃそうだ。 全て真っ暗なのだから。

どれだけ歩いても、走っても、広がっているのは闇。

僕にどうしろって言うんだ。

何も知らない。 分からないのに。

もうこのまま、一生、僕はここに居ないといけないのか。

もしそうだとしたら、それはそれで貴重な体験なのだろう。

それを話す相手も、居ないのだけれど。

その時だった。 声が、聞こえて来る。 真っ暗な中、聞こえてきた。

それはもう、毎日嫌と言うほど聞いている声だ。

「兄ちゃん、兄ちゃん」

と。

その声が聞こえたからなのか、ただ単に僕が目を覚ましただけなのか、それとも気を失っていただけなのか。

ようやく、夢の世界から戻ってくる事が出来たのであった。

月火「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

なんだ、お前かよ。

でも、それにしては随分と声色が違った気がする。

鋭いと言うか、月火の声よりも力強さがあると言うか。

少なくとも、聞いたことのある様な、声。

暦「……月火ちゃん、どうしたんだ」

まだ完全に開かない瞼を少しだけ上げて、僕を起こしに来た妹に声を掛ける。

暦「というか、本当に起こしに来てくれたのか。 十パーセントくらい冗談だったんだけど」

月火「いいから起きて、お兄ちゃん」

月火「てかさ、十パーセントって。 それ殆ど本気だよ」

暦「まあ、折角起こしに来てくれたんだしな。 分かった、起きるよ」

そう言い、まだ暗い部屋の中で、僕は体を起こす。

あれ、まだ暗い部屋?

暦「……月火ちゃん、今何時だ?」

一応の確認の為、月火に問う。

いや、それは正直言って意味の無いことなのだけれど。

だって、時計はあるしな。 僕の部屋。

だからこれは、せめてもの可能性に賭けた結果である。

月火「今? 時計を見れば分かるでしょ。 三時だよ、三時」

暦「そうかそうか。 そうだよな、今は三時だ」

暦「にしてはやけに外が暗いなぁ。 あれ、もしかして、魔界とかからなんか攻めて来ちゃった感じ? それで暗い感じ?」

月火「そんな訳無いでしょ。 お兄ちゃん、頭大丈夫? あ、大丈夫じゃないか。 さっき頭痛が酷そうだったし。 今は夜中の三時だよ」

暦「あ! そっかー。 そりゃ、外も暗い訳だ! さっすが月火ちゃんだぜ」

ノリノリだ。 我ながら。

月火「でしょでしょ? だからお兄ちゃんは、私の事をもっと尊敬するべきなんだよ」

このチビも大分ノリノリだ。 いや、こいつは素で言っているのかもしれないけど。

そんな事を言いながら、なだらかな胸を張り、さも偉そうにする妹。

その妹の首に、僕は手刀を入れる事にした。

暦「夜中に起こすんじゃねえよ! 僕はどんだけ朝が早い人間だと思われてるんだよ!」

暦「まだそんな年老いてねえからな!」

僕の攻撃を受けた月火はと言うと、自分で吹っ飛んだんじゃないかって位、吹っ飛んで行った。

月火「ありえない! 折角可愛い可愛い妹が起こしに来てあげたって言うのに、その態度はありえないよ!」

倒れた体を起こしながら、月火はヒステリックに切れた。

つうか、可愛いとか自分で言ってるんじゃねえよ。

暦「夜中の三時に起こしに来る妹とかいらねえ! 思いっきり嫌がらせだからな!」

月火「はい? 嫌がらせって言うけど、そんな事を言うなら、お兄ちゃんが私にしてる殆どの事も嫌がらせだからね?」

暦「ほーう。 一体、いつ? どんな嫌がらせを僕がしたっていうんだ?」

妹に嫌がらせ? 笑わせるな。 僕はそこまで、人間として終わっちゃいねえんだよ。

月火「妹の胸を揉む。 キスをする。 お金を借りようとする。 入っているお風呂に入ってくる。 押し倒す」

人間として終わっていた。

暦「さておき、なんでこんな時間に起こしたんだ?」

月火「全然置いていい問題じゃないよ。 てか、自分が不利になったからって話を逸らさないで」

暦「いやいや。 だって、そうしないといつまで経っても話進まないだろ。 月火ちゃんとの会話って、無駄に長くなるし」

月火「関係無いね。 って事で話を戻そうお兄ちゃん。 語り合おう」

月火「それじゃあまずは、そうだね。 お兄ちゃんが、すぐに私のおっぱいを揉む理由から聞こうか」

やれやれ、困った妹だぜ。 全く。

暦「理由? そんなの分かるだろ。 そこにお前が居るからだよ」

月火「まるで、私が悪いみたいな言い方だね。 断言する辺り、すごいよお兄ちゃん」

どうも。

月火「んじゃあ次。 キスをする理由を聞こうか」

暦「それも分かりきっているぞ、月火ちゃん。 そこにお前が居るからだ」

月火「なるほど、なるほど。 そういう事だったのか」

月火「それじゃあ、お金を借りるのは?」

暦「そこにお前が居るからだな」

月火「お風呂に一緒に入ろうとしたり、押し倒したりするのは?」

暦「お前が居るから」

月火「それで良い? 理由はそれで良いのかな」

暦「ああ、むしろこれ以外の理由なんて皆無だ」

月火「私の所為にしてんじゃねえ!」

ベッドの上に座る僕に、月火のローキックが炸裂した。

なんだか、良い感じに入ってしまったので、ちょっとだけだが痛い。

僕は月火に蹴られた部分を摩りながら、口を開く。

暦「なんだよ、月火ちゃん。 本当は月火ちゃんも嬉しいんだろ?」

月火「お兄ちゃんが本当にそう思っているのなら、私は今すぐ縁を切りたいね。 それと島流しの刑に処したい」

暦「島流しとか、そんな事したら、誰が月火ちゃんの胸を揉んだりキスしたり、押し倒したりするんだよ。 少しは考えた方がいいぜ」

月火「あれ、これってさ。 私、脅されてるのかな。 全然そんな感じしないんだけど」

暦「とにかく、これで話は終わりだ。 僕はこれからもお前の胸は揉むし、押し倒すし、キスもする。 お風呂にも入る」

そう高々と宣言してやった。

暦「ああ、それと、勿論お金も借りる」

危ねぇ。 一番大事な事を言い忘れる所だった。

月火「最早、何も言えないね。 私の最大の失敗を訂正するよ。 お兄ちゃんの妹だった事が最大の失敗だよ」

なんとでも言いやがれ、お前がなんと言おうと、僕はこれからもずっと、お前のお兄ちゃんなんだよ。 ざまあみろ。

そう考え、僕は少し、自分が情けなく思ってしまうのだった。


第九話へ 続く

以上で第八話、終わりです。

乙ありがとうございます。

いちゅおちゅ

情けなさ過ぎワロタ

なんだか怖くなってきた

明日明後日、投下できるかが分からないので、第九話投下しておきます。

閑話休題。

暦「それで、本題に入ろうぜ。 月火ちゃん」

月火「私的にはさっきのも本題なんだけど。 なんなら繰り返してもいいんだよ」

暦「いや、やめよう。 今度なんか奢るから、本当にこのまま話が進まないとマズイ」

月火「もう、仕方ないなぁ。 でも、奢ってくれるならいいか。 うん」

物で釣られるとは、安い奴。

暦「それで、何だってこんな時間に起こしに来たんだよ。 怖い夢でも見たのか?」

そうだとすると、正直な所、こんな時間に起こされたのも許してしまいたくなる。

だって、怖い思いをして、兄に助けを求めてくる妹って可愛いじゃん。

まあ、怖い夢を見ていたのは僕もなんだけれど。

しかし、月火の口から出た言葉は、それを否定する物だった。

月火「違うよ。 そう言う訳じゃない。 第一さ、怖い夢を見たからってお兄ちゃんの所には来ないよ。 なんで二回も怖い物を見なきゃいけないの?」

僕は怖い物扱いかよ。 散々な扱いだな。

暦「それじゃあどうしてだよ。 まさか、本当に嫌がらせか?」

月火「違う違う。 なんて言うか……どう説明すれば良いのかな。 とりあえず、私の部屋に来てくれない?」

えー。 面倒だな。 二度寝したいんだけど、僕。

月火「早くしてよ。 私だって、お兄ちゃんを部屋に入れるのは苦渋の決断なんだからさ」

またまた。 そんな事言って「お兄ちゃん、一緒に寝よ?」とか言ってくるんだろ、こいつ。

可愛い奴だな。 本当に。

後ろを付いていく僕がそんな事を考えているとも知らず、月火は自分の部屋の扉を開く。

暦「良いよなぁ。 相変わらず広くてさ。 お前一人じゃ勿体無いだろ」

月火「私もそう思うんだよね。 なんでこんなに広い部屋なんだろーって」

暦「ふうん」

てっきり。

「お兄ちゃんと違って趣味が多いから」とか。

「友達が遊びに来るから」とか。

「服がいっぱいあるから」とか。

そんな事を言う物だと思ったんだが、意外にも月火は僕と同じ意見らしい。

暦「それで、わざわざ部屋に呼んでどうしたんだよ。 月火ちゃん」

僕がそう聞くと、月火は部屋の中をゴソゴソと漁り、目的の物を見つけたのか、僕にそれを突き出してきた。

月火「これ、何か分かる?」

そう言い、月火が僕に見せたのは、どこか見覚えがある『ジャージ』だった。

暦「ジャージ……? どこかで見た気がするんだけど、なんだろう」

月火「そっか、お兄ちゃんも見た気がするんだ」

月火「私もさ、どっかで見た様な感じなんだよねー」

僕と月火に見覚えがある物。

それは、当然と言っていいかもしれない。 だって、家の中にある物だし。

暦「月火ちゃんのでは、無いよな?」

月火「うん。 私がこんなダサいの着ると思う?」

暦「ダサいかどうかは知らないけど。 まあ、思わないな。 月火ちゃんにはあまり、似合いそうに無いし」

暦「ついでに言っておくと、僕のでも無い」

だけれども。 問題はそのジャージが家の中に、それも月火の部屋にあったと言う事だ。

暦「学校で、間違えて誰かのを持ってきたとかじゃないか?」

月火「そんな覚えは無いんだけど……なのかなぁ。 でもさ、なーんか引っ掛かるんだよ」

引っ掛かる。 その言葉には僕も同意だ。

何か、大事な物の様な……そんな感じ。

月火も恐らく、その気持ち悪さがあるのだろう。

そうでなければ、月火がこんな時間に僕を起こすなんて事、ある訳が無い。

暦「不思議な事もあるんだな。 じゃあ、そろそろ僕は寝ていいか?」

それがなんなのか解決はしたかったが、睡魔には勝てない。

明日また、この『ジャージ』については話し合うとして、今日の所はとりあえず、寝るか。

月火「はいはい。 ごめんね、わざわざ起こしちゃって」

月火は未だに、そのジャージを両手で広げ、食い入る様に見つめていた。

偶然だった。 本当に、偶然。

視界の隅に、見えた。

暦「月火ちゃん! それ、ちょっと貸してくれ!」

月火「え? いいけど、どうしたの急に」

月火からジャージを受け取り、広げながら確認する。

暦「確か、ここら辺に……」

あった。 やっぱり。

ジャージの裏地、そこに書いてある、小さな名前。

阿良々木火憐と。

直後、またしてもあの頭痛が僕を襲った。

暦「……ぐあっ!」

蹲る僕を月火が慌てて抱える。

抱えると言っても、体格差もあるので、気持ち程度の物ではあったけれど。

頭痛のせいで、どうにも思考が捗らない。 阻害されている様な感じだ。

だが、そんなの関係無い。

僕の顔を覗き込みながら必死に何かを言っている月火の声も、段々と聞こえなくなってきた。

考えろ、考えろ。

僕は何か、大事な事を忘れているんだ。

阿良々木、暦。

阿良々木、月火。

違うだろ。 違えんだよ。 そうじゃないんだ。

たった一人の妹、阿良々木月火?

何かがおかしい。

くそ! 今すぐにでも頭が割れそうな痛みだ。

つうか、もう割れてるんじゃないか、これ。

まるで、金槌で何回も、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も、殴られている様な。

月火の顔がぼやけて見える。

目の前は、赤く染まっていた。

あれ、血かよこれ。 どういう状況だ。

ああ、そうか。 眼から、血が出ているのか。

訳、分からねえぞ。

だけど、こんなので、この程度で、諦めては駄目だろ。

『あいつはもっと辛かった』んだから、僕が投げ出しては駄目だ。

あいつ、あいつだ。






暦「……火憐、ちゃん」




回想。

昨日の帰り道、僕は声を掛けられた。

あれは知らない奴じゃない。 僕の知っている奴、何より、僕の誇り。

火憐「おいおい、兄ちゃん。 どこに行くんだよ」

火憐「つうか、どこから来てるんだ? あっちには面白い物なんてねえだろ」

そう、火憐は僕に言った。

それに対し、僕は、僕は、僕は。

「すみません、どなたでしょうか。 人違いでは」

と、返したのだ。

その後、火憐は。

火憐「はあ? なんだよおい、喧嘩売ってるのか」

と言っていた。

今なら分かる。 火憐は、僕なら覚えているだろうと、期待したのでは無いだろうか。

火憐は大荷物を持っていた。 月火が言っていた不審者と言うのは間違いなく、火憐の事だろう。

僕と会う前に、恐らくは月火と揉めて、荷物を持って飛び出した所に丁度よく僕が通りかかったのだ。

そして、鉢合わせになったのだろう。

何が、何が、だろうだよ。 そんなんじゃない。 そうとしか考えられない。

そして、僕はそれを-------------------------裏切った。

その事実にすら気付かず、僕は火憐に、続けて酷い言葉を浴びせた。

「いきなりそんな事を言われても、売りもしませんし買いもしませんよ」と。

この馬鹿は、呆れた様に笑いながら、火憐に向けてそう言った。

対する火憐は。

火憐「そうかよ。 結局、皆そうなんだな。 兄ちゃんも」

と。

どんだけ馬鹿だよ。

妹の事すら忘れるって、そんな馬鹿いねえぞ。

小さい妹に忘れられ、それだけでも火憐はかなり傷付いていた筈なのに。

それに、更に追い討ちをかけるって、どこを探せばそんな馬鹿が居るんだよ。

全部、全部。





僕だ。



恐らく、少しの間だけ気を失っていたかもしれない。

月火の顔は、涙に濡れていて、僕がどんな状況だったかはすぐに分かった。

それに加え月火の奴、和服が僕の血塗れになってるじゃねえか。 なんだかホラー映画みたいだな。

暦「月火ちゃん」

月火「お、お兄ちゃん? 大丈夫? ねえ、お兄ちゃん」

暦「大丈夫だよ。 お前のお兄ちゃんを舐めるんじゃねえぞ」

月火「そう、そっか。 でも、死んだんじゃないかって思ってさ。 私」

暦「殺されても死なねーよ。 僕は不死身だからな」

月火「そうだよね。 うん。 私のお兄ちゃんだしね」

暦「ああ。 そうだ」

暦「なあ、月火ちゃん」

暦「僕、少し……いや、結構かもしれないけど。 出掛けて来るよ」

月火「出掛ける? 今から? と言うか、血だらけだけど、大丈夫なの?」

暦「出かけるよ。 今から。 血だらけなのは、大した問題じゃねえよ」

月火「でも、でもさ。 どうみたって大丈夫じゃないじゃん。 お兄ちゃん」

暦「かもしれないな」

月火「なら、休みなよ。 なんなら救急車呼ぶ?」

暦「月火ちゃんがこれだけ優しくしてくれているのに、こう言うのもあれだけどさ。 やらないといけない事があるんだ」

月火「なにそれ、訳分からない。 こんな状態のお兄ちゃんを外に出す程、私は冷たくないよ」

暦「ありがとう。 だけど、行かないと」

月火「……それは、大事な事?」

暦「ああ」

月火「自分の体より、大事な事?」

暦「当たり前だ」

月火「……はあ。 もう、分かった。 分かったよ、お兄ちゃん」

月火「でも、せめて、顔は拭いてよ。 近所で噂になってもあれだしさ。 今、タオル持って来るから」

暦「悪いな」

月火が部屋から出るのを見て、僕は一度、自分の部屋へと戻る。

すげえすっきりとした気分だ。 頭の中に引っ掛かっていた物が、取れた感じ。

手早く着替え、財布や携帯をポケットに押し込み、階下へと向かう。

ああ、ついでにあれも、拝借しておこう。

もう一つのそれをポケットに押し込んだ所で、丁度、月火がタオルを持ってきた。

月火「ほい、お兄ちゃん」

暦「サンキュー」

どうやら月火も着替えた様で、先程までのさながらホラー映画みたいな図では無くなっていた。

写真の一枚でも取っておくべきだったかな。 何年後かの月火に見せてやりたい。

そんな事を考えながら顔を拭く僕に、月火は声を掛けてきた。

月火「それで、何をしに行くの?」

拭き終わったタオルを月火に返し、玄関で靴を履く。

暦「大事な物を取り返して来る」

暦「僕の、大事な誇りを」

月火「ふうん。 正義の味方みたいだね、お兄ちゃん」

暦「はは、そう見えるか」

暦「でも、僕はそんな物にはなれないよ。 本物にも、偽物にも、僕はなれない」

月火「よく分からないけどさ、頑張ってね。 お兄ちゃん」

暦「ああ」

月火「いつにも増して格好いいね。 奢ってもらう約束もあるんだし、なるべく早く------」

言っている途中で、月火の目が虚ろになる。

これは見た事がある光景だ。

そう、八九寺もそうだった。

月火「あ、えっと。 なんで、私。 こんな所にいるんだろ」

なるほど、そういう事か。

つまりは多分、僕も火憐と同じ立場になったと言う事だ。

そもそも最初は、僕も忘れられていたのだし、驚きはしないけれど。

月火「えっと。 誰、ですか?」

おいおい、せめて「どなた」とか「どちらさま」って使えよ。 そんなんじゃ来客があった時、対応任せられねーぞ。

暦「必ず、帰ってくるよ。 僕の誇りも、月火ちゃんの相方も、連れてな」

最後にそう月火に言い、僕は外へと出た。

大分不審な目で見られてしまったが、夜も遅いこともあり、都合良く夢とでも解釈するだろう。

そうでなければ、ちょっと面倒だが。 まあ、そんなの全部まとめて片付けてやる。

そういや、月火の奴……火憐のジャージをダサいとか言ってたな。 ついでにちくっておこう。

火憐の前ではそんな事、絶対に言わなかったのに、心の中でずっと思っていたんだろうな。

そう考えると、火憐がちょっとかわいそうである。

けど、ジャージばかり着るってのもどうかと思うけど。

あいつも、月火みたいな服を着れば、結構似合うと思うんだけれどなぁ。

まあ、そんなのは本人の意思だし、僕が言う事でも無いか。

とりあえず、だ。

月火には後からいくらでも埋め合わせはするとして。

今、僕が最優先でやるべき事。

火憐を見つけて、この状況を変える手立てを見つける。

ほぼ百パーセント、怪異のせいだとは思うが。

正体が見えない以上、戦えるとも思えない。

何より、火憐も巻き込まれてしまっているのだ。 本来なら、僕がそうなるべきだったのに。

僕が近づく事で、火憐は僕の事を忘れてしまうかもしれない。

だけど、それだけだ。

多分、と言うか大真面目に、一年くらい僕は暗い男になりそうだけど、火憐がまたあの家に戻れるならそれでいい。

火憐には火憐の居るべき場所がある。

僕には僕の、居るべき場所がある。

化物にこそ、相応しい場所が。

とにかく、火憐が家を出て行ってから随分と時間が経ってしまった。

あいつは行動範囲が広いし、何より体力が半端無い。

正直な所、どこに居るか分からない火憐を探すより、フルマラソンを走れって言われた方が楽だろうな。

だけど、その程度だ。

なんなら町中を探してもいい。

見つからなければ、この県を探しきってやる。

それでも駄目なら、日本全国だ。

やってやるよ、それくらい。

もう一度、火憐の笑顔が見れるなら、それくらい。


第十話へ 続く

以上で第九話、終わりです。

乙ありがとうございました。

次回は明日明後日に投下できればしますが、できなかった場合は月曜日になります。

阿良々木△

あれ?ひたぎさんはあららぎくんのこと忘れてるんじゃ無かったっけ?

まぁいっか

とりあえず乙

その時はまだ火憐ちゃんの事を覚えていて、暦さんも火憐ちゃんの事を忘れたからガハラさんからも思い出されたって事じゃね?

暦さんの「つまりは多分、僕も火憐と同じ立場に??」って文からそう解釈してるが

新手のスタンド使いか!

>>352
その辺りは追々と言う感じで……
今は流しておいて頂ければプラチナ嬉しいです。

>>353
新手のスタンド使いか!


ワクワクするよ

1乙
超おもしろい!続き待ってますー

後、今更だけど、たぶん繋がらなくなる日は14日だった気がする。

いちょーつ

>>357
そうだったんですね。 ありがとうございます。


それでは、第十話を投下致します。

携帯を確認。

時刻は三時三十分。

夏とは言っても、辺りはまだ、大分暗い。

そりゃ、明るかったら逆に驚きだけれども。

まずは一旦、状況を整理しよう。

僕は確か、今日……いや、昨日か。

昨日の朝、月火と話して異変に気付いたんだ。

月火が火憐や僕の事を忘れている、と。

その時はまだ、月火は思い出してくれた。

正確に言えば、僕の事を忘れていたのは一瞬だったんだけれど。

それで僕は、その話を聞いて、異変を忍野に知らせる為、あの廃墟へと向かったのだ。

道中、八九寺とぶつかりそうになり、僕は急いでるのも忘れて、無駄話をしていたと思う。

今思えばそれもまた、僕の馬鹿っぷりが判るのだけれど、今更後悔しても仕方ない。

そして、八九寺は別れ際……僕の事を忘れていた。 否、その瞬間に忘れた。

それが僕にはあまりにもショックで、忍野と会う前に全員に連絡を取ったんだ。

一番最初に連絡を取ったのは、戦場ヶ原。

しかし、あいつも僕の事を忘れていた。 綺麗さっぱり。 跡形も無く。

……待てよ、でもあいつは。 僕と数時間前に話した時は、僕の事を覚えていなかったか?

戦場ヶ原と連絡を取ろうか。 とも思ったが、今はそれ所では無い。 また、忘れられている可能性だって、十分にあるのだし。

そして、その後。 羽川や神原、それに千石とも連絡を取ったけれど、結果は同じだった。

恐ろしくなり、怖くなり、一刻も早く、忍野の元へと向かおうとしている時に、僕の影から忍が出てきた。

忍……そうか、忍は?

暦「おい、忍。 起きているか? おい!」

月明かりによって作られる僕自身の影に、話しかける。

忍「なんじゃ。 儂の事を忘れおって、極刑物じゃぞ」

と憎まれ口を叩きながら、忍は影の中からすうっと出てきた。

暦「悪かったよ。 気付いたら、お前の事も……」

暦「忍、何が起きているんだ? 今、僕達に」

忍「別にいいがの。 それと、何が起きているか。 と言う質問じゃが」

忍「分からん。 儂にもどういう事なのか分からんのじゃ」

忍にも分からない、何か。

暦「そう、か」

暦「僕は、一体どうなっていたんだ?」

忍「そうじゃな、その辺りは儂にも分かる。 なので、まずはそこから説明するとしようかのう」

忍「お前様は、記憶を失っていた。 又は、記憶を改変されていた。 このどちらかじゃ」

忍「昨日、儂とお前様とで話していたのは、覚えておるか?」

忍「お前様が記憶を失う直前の事じゃ」

暦「ああ、覚えている。 と言うか、思い出した」

忍「ならば話は早い。 あの会話の最後、妙な気配を感じたんじゃよ」

暦「妙な、気配?」

忍「うむ。 お前様が、何かに絡みつかれるような、そんな感じが儂にも伝わってきたんじゃ」

僕と忍の体はリンクされている。

僕は全然気付かなかったけれど、忍はさすが。 その妙な気配と言うのを感じたのだろう。

そうか、それで忍は。

暦「異変を感じて、声を掛けてくれたのか」

忍「その通りじゃよ。 それに、お主の眼、大分虚ろになっておったしの」

まるで、迷子娘や先程の妹御、極小の妹御の様にじゃ。 と忍は続けた。

忍「しかし、結果は」

暦「間に合わなかった。 って事だな」

忍「さよう。 恐らく、お前様の儂に対する記憶も、全て失われておった筈じゃよ」

暦「でも、それでも僕の前に姿を出すくらいは、できたんじゃないか?」

僕がそう言うと、忍は呆れた様な顔をし、口を開く。

忍「お前様の馬鹿っぷりも、いよいよ拍車が掛かって来た見たいじゃな」

忍「怪異とは、気付かなければ気付かない物なんじゃよ。 そこにあるから、あると思うのじゃ」

そうか。 そうだ。

だから僕は、忍の事を忘れて、気付かなかったんだ。

そこに居ると、思わなくなったから。

忍「まあ、儂的にはあの時、本来の形に戻れたんじゃがの。 儂本来の姿に」

暦「本来の姿……そうなのか?」

忍「無論。 お前様との関係が切られたのなら、既にいつでも戻れたんじゃよ」

それはつまり、怪異の王。 吸血鬼。 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

それに、戻れたと言う事か。

暦「なあ、こう言うのもあれだけどさ、何で戻らなかったんだ?」

僕の問いに、忍は凄惨に笑い、答える。

忍「儂は、自力で戻って自力で死ぬ。 他の物の力なぞ借りて戻る等、却下じゃ」

忍「ましてや、他の怪異の力を借りて等、儂の名が廃る所の話じゃないわ」

暦「はは。 そうか」

暦「迷惑掛けるな、忍」

忍「ふん。 それに、あの姿に戻ったら、ゴールデンチョコレートともおさらばでは無いか……それは断じて却下なのじゃ!」

結局はそれかよ。

でも、まあ。

とんだ、お人好し吸血鬼も居た物だ。

暦「つまり、話が最初に戻るけど。 僕はあの時に記憶が入れ替わった。 もしくは失った。 そう言う事なのか」

忍「そうじゃな。 それが一番有力な解釈の仕方……賢明と言った方が正しいかのう。 とにかく、そう言う事じゃよ」

暦「そうか。 なあ、忍」

一呼吸して、僕は言う。

暦「やっぱり、忍野に会う必要はあると思うんだ。 例え、あいつが敵だったとしても、だ」

忍「奇遇じゃのう。 儂も同じ考えじゃよ。 我が主様よ」

暦「ありがとう。 それじゃあ」

暦「宜しく頼むぜ。 相棒」

忍「カカッ。 この儂を相棒扱いとは、随分と偉くなった物じゃな」

忍「まあ、悪くは無いがのう」

忍「だが、こう決意を固めたとして。 お前様には先に済ませなければならん事も、ある様じゃが?」

暦「ああ、そうだよ。 その通りだ」

暦「もう絶対に忘れてやらねえ。 例え、いつもみたいに土下座されてもな」

忍「うむ。 それがお主に出来る努力じゃよ」

忍「さて……」

忍「大体の場所は、既に見当は付いておる。 お前様、準備はいいか?」

暦「出来て無くても、今すぐ走って迎えに行くさ」

忍「承知したぞ、我が主様。 それでは、行くとするかのう」

忍は指差す。 あの先に、火憐が居る筈だ。

忍「距離はちと遠いが、歩いていけん距離でも無いかの」

暦「ああ、了解。 サンキューな、忍」

忍「礼には及ばんよ。 儂は言葉より、物の方が嬉しいのでな。 具体的に言えばゴールデンチョコレートじゃ。 と言うか、そんな事より」

忍「さっさと走らんか。 あの巨大な妹御はいつ動いてもおかしく無いんじゃぞ」

だから、巨大って言うほどでかくねーっつうの。

影の中へと入る忍を見送り、僕は先程、忍が指差した方向を見据える。

さて、行くか。

忍に何度か案内され、その場所に着いた時には、既に四時を回っていた。

案内された場所。

柄の木二中。

にしても、随分と分かりやすい場所に来たんだな。 あいつも。

これなら見つけてくれって言ってる様な物じゃねえか。

ああ、そっか。

見つけて欲しかったのか、火憐は。

部屋に残ってたジャージも、そういう意味だったのかもしれない。

つくづく、僕は何にも分かっていなかったんだろうな。

あいつが感じていた事も……メッセージも。 何も。

まあいいさ。 そんなの、これから分かれば良いのだから。

忍が言うには、恐らく火憐は屋上に居るとの事らしい。

夜中の中学校に入る事自体、初めてだけども(高校には何度か入った事がある。 校舎の中までとは行かなかったが)

しかし、あいつは良くこんな所に一人で来たな。

ましてや屋上だなんて。

正直言って、結構怖いぞ、ここ。

勿論、門が開いている訳も無いので、それを飛び越えて中に入る。

警備員や通りすがりの人に見つかれば、それこそマズイ事になりそうだ。

捕まったのが高校生となれば、尚更か。

そんな事を考え、若干びくびくしながら進んでいたら、忍が後ろから驚かせようと度々僕の妨害をしてくる。

この吸血鬼め。 お化け屋敷かよ。 もう既に、ゴールデンチョコレートの数がプラスからマイナスへと移行している事については、今はまだ黙っておこう。

幸いにも、警備員の姿等は見えなかった。 この町の治安を考えれば、納得だけれども。

そして。 それから程なくして。 すぐに。 すんなりと。 屋上へと繋がる扉の前へと、僕は到着した。

一度、扉の前で足を止め、目の前を見据える。

おいおい、内側から鍵が掛かってるんだけど。 マジで火憐が居るとしたら、あいつどうやって入ったんだよ。

あー。 でも、家に入るのにも二階の窓とか使う奴だし、不思議では無いのか。

まあ、家の二階と高さは随分違うけどな。

あいつ自体、生きる不思議みたいな感じだし、そんな感じの物だと思おう。

さて、どうするかなぁ。 なんて挨拶しようかな。 いやいや、まずは頭を下げた方が良いのかな。

つっても、妹に頭下げるのもなぁ。

うーん。 何かドッキリでも仕掛けてみようかな。 それか、壁をよじ登って、想像できない様な登場でもしてやろうかな。

等と考える。 無駄な事をつらつらと。

本来ならば、こんなどうでもいい事なんて考えずに、とっとと扉を開けるべきなのだろうけれど。

少しだけ、怖かった。

火憐に突き放されるのが、少しだけ。

少しじゃねえな。 かなりか。

僕って本当に、どうしようも無いくらいに馬鹿だよな。

全て、僕自身の都合だよな。

あー、くそ。

これが羽川だったり、千石だったり、八九寺だったり、神原だったり、それに戦場ヶ原だったりしたら、僕はここまで怖くなかったんだと思う。

あいつらの時は、自分の都合なんて考えずに、殆ど無理矢理、あいつらが助かるのを手伝った。

八九寺は厳密に言えば違うけれども。 しかし、方向性は違う……のかな。

友達に突き放されても、僕は多分、大丈夫だと思う。

いや、大丈夫では無いが。 ここまでじゃないって意味だ。

つうか、いつまで悩んでいるんだよ。 火憐に会いたかったんだろ? 僕は。

でも。

だから。

けど。

もうやめだ。

そんな自分自身に対する言い訳は、もうやめよう。

嘘を付くのも、止めだ。

火憐にも。

僕自身にも。

怖い。 火憐に突き放されるのが。

それがどうしたって言うんだ。 その時は泣いてやる。 あいつが引く位に泣いてやる。

それでも駄目なら。

その時はその時だ。

第一。

火憐はそんな奴じゃないから。

自分に言い聞かせる様に、思考する。

ぶっちゃけた話、そんな事はただの自分自身に対するハッタリでしか無いのだ。

だって、僕はあいつの事を分かってやれなかったのだから。

だが、今はそれでいい。 ハッタリでも何でも、今は。

よし、そうと決まれば。

鍵を外し、扉に手を掛ける。

大分錆付いてる様に見えたが、意外にも扉はすんなりと開いた。 音も立てずに。

開いたドアから、先程まで嫌と言うほど浴びていた風が入り込んでくる。

居なかったらどうしようとか、思っていたけれど。

どうやらそれも、無用な心配だったらしい。

僕の妹、阿良々木火憐は手を頭の後ろで組んで、屋上に大の字で寝転がっていて、空を見上げていたのだから。

こういった仕草が、一々男っぽいよなぁ。 つくづく思うけど。

暦「正義の味方が、夜の学校に侵入して良いのかよ」

僕はいつも通り、いつもの感じで、火憐に声を掛けた。

僕の誇りに。

僕の大切な妹に。


第十一話へ 続く

以上で第十話、終わりとなります。

乙ありがとうございます。


続きはいつ頃?

>>392
土日で投下できなかったので、本日中にはもう一話投下予定です。多分、夕方くらいになるかと。

基本、土日や祝日以外は一日一話ペースで投下できる筈です。

いちょーつ続きが気になってモンハンに集中出来ないお

1乙

私が>>357なのですが、昨日普通に繋がってました。
詳細確認せずに書き込んですいませんorz

>>395
あら、そうだったんですね。
どの道、土日の投下は厳しかったので、大丈夫ですよ。
わざわざありがとうございます。


それでは第十一話、投下致します。

火憐「遅せえよ、待ちくたびれたぞ」

火憐は僕の方には視線を向けず、そう呟く。

暦「さっき言ったろ。 正義の味方がこんな所に居るなんて、思わねえよ」

僕がそう言うと、火憐は「よっ」と言いながら、手を使わずに立ち上がる。 すげえな。

火憐「ここはあたしのテリトリーだからな。 だから、いつ居ても大丈夫なんだ」

やはり、僕の方は見ずに、火憐は言った。

繋がらないのは月に一回あったりなかったり
長い時は数日繋がらないことも
サーバー代金の支払いがカツカツでよく未納になるせいと聞いたことがあるけど本当かは知らない

暦「そうか。 それなら文句は言えないな」

火憐「おう」

少しの沈黙。

それに耐えかねたのか、五分ほど経った後、火憐が再び口を開く。

火憐「何しに来たんだ」

暦「迎えに来たんだよ」

火憐「兄ちゃんが知らない、赤の他人をか?」

暦「違う」

暦「僕の妹をだ」

火憐「言ってる事が違うよ。 兄ちゃん」

火憐「昼間、何て言ったか忘れた訳じゃねえんだろ?」

暦「ああ。 忘れていないよ」

火憐「そうか。 それで、今更何の用事だ?」

暦「最初に言ったろ。 迎えに来たんだって」

火憐「あたしに帰る場所はねえよ。 兄ちゃんは知ってるだろ。 月火ちゃん、あたしの事を忘れていた。 誰だお前って、言われたぜ」

暦「あるよ。 帰る場所はある。 月火ちゃんは僕が説得する。 あいつが思い出すまで説教だ」

火憐「そりゃ、月火ちゃんが可哀想だぜ。 兄ちゃんの説教は恐ろしいんだから」

暦「僕的には、火憐ちゃんの説教の方が恐ろしいけどな。 暴力が伴うし」

火憐「はは。 酷い言い方だなぁ。 あたしの暴力は、愛のある暴力なのに」

暦「そんな暴力、あってたまるかよ」

火憐「ま、いいけどさ。 それで、兄ちゃん」

火憐「なんで、あたしの為に、こんな夜中に汗だくで走ってきたんだよ」

火憐から僕の姿は見えない筈なのだけれど、気配で分かったのだろうか。 それが気配で分かるか分からないかさえ、僕には分からないが。

暦「さっきも言ったろ、火憐ちゃん」

暦「僕の、妹だからだ」

暦「それ以上でも、以下でも無いよ。 火憐ちゃんは僕の誇りで、僕の妹で、僕の家族だ」

暦「だから、夜中でも関係ねえ。 汗だくになっても、お前の為なら今から校庭百週でも何でもしてやるさ」

そう言うと、ようやく、火憐は振り向いた。

火憐「やっぱ、迷惑掛けるよな、兄ちゃんには」

火憐「ありがとう。 兄ちゃん」

久しぶりに見る火憐の顔は、こう言うのもあれだけど、ジャージなのを除けば、綺麗な物であった。

暦「やめろよ、僕にお礼を言われる資格なんて無いんだからさ」

火憐「良いんだよ。 あたしが良いって言うから良いんだ」

火憐「なあ、兄ちゃん。 頼みがあるんだけれど、良いかな」

その言葉を聞き、僕は笑いながらこう返す。

暦「いいぜ、引き受けてやるよ」

火憐「相変わらずだよな。 兄ちゃんはさ」

火憐「惚れるよ。 本当に」

火憐は笑い、そう言ってくれた。

火憐「じゃあ、頼みなんだけど」

火憐「抱きしめてくれねえか」

僕はそれを聞き、黙って火憐の元へと近づく。

ったく、図体だけでかくなりやがって。 別にいいけどさ。

そして、近づいてくる僕を見て、火憐がなにやら恥ずかしそうにしていた。

おい、やめろよ。 僕まで恥ずかしくなるだろうが。

まあ、かと言って、やめるって訳でも無いんだけど。

気が付けば火憐が目の前に居て、僕はそっと火憐を抱きしめた。

暦「火憐ちゃん、ごめん」

火憐「謝る事じゃねえよ。 確かに、良く分からない事が起きて、あたしも訳が分からなくて。 だけど、それでも兄ちゃんはこうして来てくれたんだから」

火憐「それだけで、充分だよ」

暦「でも、怒ってただろ」

火憐「あたしが怒ってたら、兄ちゃんはもう木っ端微塵になってるぜ。 だから怒ってないよ」

暦「そう、か。 ごめん、ごめん」

火憐「だから謝るなって、なんだかあたしが悪いみたいじゃねえか」

火憐「てか、何泣きそうになってるんだよ! なっさけないなぁ、兄ちゃん」

暦「うるせえ。 うるせえよ、火憐ちゃん」

暦「心配だったんだよ。 火憐ちゃんに何かあったらって思ったら、僕は」

火憐「大丈夫だよ。 あたしに何かするのは兄ちゃんしかいないし、あたしに何かするのが許されるのは兄ちゃんだけだ」

暦「……はは。 そりゃ、良い事を聞けた」

そして、僕と火憐はしばらくの間、そのままの姿勢で話し合った。

何分か経った後、ようやく僕と火憐は離れる。

と言うか、途中で何回かキスをしそうになって(一応言っておくが、ただのスキンシップだ)この雰囲気でキスをしたらヤバイって自制が働いて、なんとか堪えていたのだけれど。

そう何度も自制は効きそうになく、とりあえず一回離れようと言う事で抱きしめ合うのをやめたのである。

暦「なあ、火憐ちゃん。 僕からも一つ、頼みがあるんだ」

そして今は、二人で並び、座っている。

火憐「兄ちゃんから? 珍しいな。 言っておくけど、月火ちゃんを倒して来いってのは無理だぞ」

いつか僕が言った台詞。 多分、僕の真似なのだけれど、思いの他似ていた。

暦「あははははは!」

自分の真似をする奴を見て、ツボに入ってしまったのが悔しいが。

火憐「いつまで笑ってるんだよ。 そこまで面白いネタでは無いと思ったんだけど」

暦「あはは、ごめんごめん。 それで頼みなんだけどさ」

暦「僕の事、一発でいいから思いっきり殴ってくれ」

火憐「え? 良いの?」

なんで嬉しそうなんだよ。 そこは「兄ちゃんを殴る事なんて出来ないよ」とか言っておけよ。

暦「一発だけな、二発は許さないぞ」

火憐「おう、任せとけ!」

言うや否や、火憐は僕に向かって拳を掲げる。

暦「か、火憐ちゃん。 一応、少しだけ遠慮してくれよ。 なあ」

火憐「聞こえねえ!」

聞こえてるじゃねえかよ、おい。

との訳で、僕は綺麗に吹っ飛んだ。

つうか、マジで遠慮無しだった。

この前の風呂で殴られた時よりも本気だったぞ。

それで意識を失わない辺り、僕も殴られ耐性が出来つつあるのだろうか。

いらねえよ、そんな耐性。

火憐「うわ、大丈夫か? 兄ちゃん」

暦「……だ、大丈夫。 多分」

吹っ飛んだついで、先程入ってきた扉に頭を思いっきりぶつけた。 いや、マジで痛い。

火憐「どう見ても大丈夫じゃねえけど。 あたしが殴っといてあれだけどさ」

火憐「ってか、血でてんぞ、兄ちゃん」

暦「みたいだな」

火憐「舐めようか?」

なんで舐めるんだよ。 兄の頭を舐める妹とか色々駄目だろ、それ。

暦「いい、舐めなくていい。 むしろ絶対にそれだけはやめて」

暦「見とけ、火憐ちゃん。 これが僕だ」

そう言い、先程切った傷口を火憐に見せる。

狙いは、最初からこれだった。 もう、火憐に対しては嘘を付きたく無かった。

火憐「痛そうだなぁ」

と、火憐は最初言っていた物の。

火憐「あれ、兄ちゃん。 よく見えないから、もう少し見える様にしてくれ」

と言い。

火憐「……これ、塞がってるぞ。 傷口」

と、言った。

暦「いつかはさ、話さないとって思ってたんだ」

暦「火憐ちゃん。 今からする話、聞いてくれるか」

僕がそう言うと。

火憐「当たり前だよ、兄ちゃん。 兄ちゃんの言う事には絶対服従の火憐ちゃんだぜ」

と、僕の妹は笑顔でそう言ったのだった。

大分、長い時間話し込んでいたと思う。

辺りは少しずつ、明るくなっているのが見て分かる。

春休みに、僕の身に起きた事。

その全部を火憐に語った。

それを聞いた火憐は、と言うと。

火憐「へええ。 すげえな兄ちゃん。 じゃあさ、腕とか吹っ飛んでも、また生えてくるんだよな?」

と、それはもう嬉しそうに聞いている。

一つ気になる事と言えば、さっきから聞いてくる質問が殆ど。

「頭が吹っ飛んでも元通りになるの?」とか。

「骨とか全部折れても、戻るのかよ?」とか。

そう言う物騒な事ばかりってのが、気になってしまう。

こいつ、間違っても試そうなんて思わないと良いけど。

暦「前にさ、覚えてるかな。 貝木泥舟って詐欺師」

火憐「ああ、あいつか。 覚えてるよ。 兄ちゃんの誇りを汚した奴だ、許せねえ」

いや、その誇りってお前の事なんだけどな。 自分で言ってて恥ずかしくないのかな。

暦「あいつが火憐ちゃんにしたのが、それだよ。 怪異」

暦「囲い火蜂って言ってな。 その蜂に刺されると、体が火に包まれた様に熱くなる。 そんな怪異らしい」

暦「あいつはさ、催眠だとか、プラシーボ効果だとか言っていたけれど。 それだけじゃ説明出来ない事もあるしさ」

火憐「ふーん。 なんだ、てっきり馬鹿でも風邪は引くってのが実証されたのかと思ったんだけどな」

自覚あったんだ。 初めて知った。

暦「ま、そんな訳で」

月火の事も話そうか悩んだけれど、話すとするならば、本人も居る所でしっかりと話したい。

それに、あれは知らなくても良い事、なのだと僕は思う。

言わなくていいなら、言う必要なんて無いのだから。

暦「これが、僕だよ。 火憐ちゃん。 お前の兄ちゃんで、化物の話さ」

そう、僕が締めると、火憐はいつもみたいに笑って、僕にこう言った。

火憐「あはははは! 何言ってるんだよ、兄ちゃん」

火憐「兄ちゃん、あたしより弱いのに良く言えるよな。 そんな兄ちゃんが化物なら、あたしはどうなんだよ」

火憐「兄ちゃんは兄ちゃんだろ。 月火ちゃんの兄ちゃんで、あたしの兄ちゃんで、それだけだよ」

火憐「化物を名乗るなら、せめてあたしを倒してからにしやがれ!」

馬鹿だけど、本当に純粋だな。

純粋だし、優しい。

火憐「てかさ。 吸血鬼ってのも案外、大した物じゃねえんだな。 兄ちゃん程度に負けるくらいだし」

この余計なひと言さえ無ければ、もっと良いのだけれど。

暦「勝ったか負けたかって問題じゃねえけどな」

つうか、後で忍に何て言われるか、考えただけで恐ろしい。

「言っておくがな、火憐。 お前の発言によって、僕がドーナッツを奢らされるんだからな! 言葉を慎め!」

いや、言っておくとは言った物の、実際に言ったら殴られるので頭の中で考えただけだが。

暦「いつか絶対勝ってやるよ。 覚えとけよ火憐ちゃん」

火憐「へっへっへ。 いつでも受けて立つぜ。 寝てる時でも、飯食ってる時でも、風呂に入ってる時でも。 いつでもあたしは受けて立つ!」

暦「風呂に入ってる時はやめておくよ。 殴られて気を失うのは気持ちが良い物じゃねえからな」

火憐「んだよ。 折角そのまま篭絡して、一緒に風呂に入ろうと思ったのに」

どんな篭絡だよ。 こええぞ、それ。

との訳で、僕と火憐は仲直りする事が出来た。

久し振りに、本当に火憐とこれだけ砕けた話をするのは久し振りな気がして、とても楽しかったのを覚えている。

後悔は勿論ある。

思えば、始まりからおかしかったんだ。

火憐と月火が起こしに来なかった、あの日から。

色々と火憐とは話をして、大体起きている事は分かった。

火憐が抱えていた悩み。 やはり、月火が原因との事。

僕が出掛けている間、火憐と月火はいつも通り一緒に居たのだけれど。 月火の態度がいきなり、知らない奴に接するそれになったとの事だ。

火憐はそれに少しだけ怒り。 僕が帰って来た時に月火の事を聞いても、素っ気無い態度を取った。 との事。

当の月火は、その忘れた事すら忘れていたと言った感じで、火憐の態度の変化、その原因に気付く事が無かったのだ。

そして、昨日。

火憐は月火に、完全に忘れられた。

他人事の様には言えない。 僕も、忘れていたのだから。

そして、今。

僕はどういった立場なのだろうか?

僕の友達が覚えているかは分からないが、忍はどうやら、覚えている様だ。 そこら辺はさすが吸血鬼と言った所か。

その忍の話だけれども。

……火憐に僕の体の事を話す時に、忍の事も話さなければならなかったのは説明するまでも無い。 しかし、どうにもあいつは姿を見せない。

柄にも無く恥ずかしがっているのだろうか、変に照れるしな、あいつ。

それとも、さっきの火憐の発言で怒っているのだろうか。

まあ、その内出てくるだろう。

他人事の様には言えない。 僕も、忘れていたのだから。

そして、今。

僕はどういった立場なのだろうか?

僕の友達が覚えているかは分からないが、忍はどうやら、覚えている様だ。 そこら辺はさすが吸血鬼と言った所か。

その忍の話だけれども。

……火憐に僕の体の事を話す時に、忍の事も話さなければならなかったのは説明するまでも無い。 しかし、どうにもあいつは姿を見せない。

柄にも無く恥ずかしがっているのだろうか、変に照れるしな、あいつ。

それとも、さっきの火憐の発言で怒っているのだろうか。

まあ、その内出てくるだろう。

さておき、そんな後悔エピソードを思い出した所で、どうやら夜が明けたらしい。

後悔エピソードと言えば、前に月火とした話を思い出す。

そういや、あいつの後悔エピソードってあの時聞いてないな。 今度問い詰めてみよう。

でも、あいつの話なんて大体知っているしなぁ。 僕が知らない面白エピソードがあるならば別だけど。

んー。 火憐なら知っているのだろうか。 月火の面白エピソード。 今度時間がある時にでも、聞いてみる事にしよう。

つうか。 火憐と一緒に朝日を見るのは、意外にも始めてかもしれない。

火憐の横顔はどこか嬉しそうで、僕もまた、それを見て嬉しくなる。

一時はどうなるかと思ったが、まあ、結果良ければ全て良し。 と言った感じか。

と、急に火憐が僕の方に顔を向けた。

火憐「なあ、兄ちゃん」

暦「どうした、火憐ちゃん」

太陽に照らされた火憐の顔は、晴れ晴れとした物だった。

そして、火憐は僕にこう言う。

火憐「兄ちゃんが来てくれたのは嬉しいし、ぶっちゃけ付き合っても良いくらいなんだけどさ」

火憐「あたし達、これからどうするんだ」

付き合っても良いのかよ。 でも僕には戦場ヶ原が居るしなぁ。 いやいや、真面目に考える事じゃないだろ、僕。

てか、やべ。 火憐を見つけた後の事なんて、何も考えて無かったぞ。

うーん。

どうしよっか。

最終回的な雰囲気を出しといてあれだけど、どうやらまだ、この妹と僕の話は終わりそうにない。

とりあえず、まあ。

暦「よし、それなら火憐ちゃん、こうしよう」

暦「とりあえず、僕と付き合おう」

と、実の妹に告白をしてみた。 生まれて初めての告白である。

火憐「いいぜ」

火憐「だけど、月火ちゃんの許可が降りたらな」

どうやら、一生無理らしい。 と言うか、許可が降りる前に殺されると思う。

まあ、冗談だから良いんだけれど。

ああ、そういや、月火が火憐のジャージを馬鹿にしていた事をちくらなければ。

そうだな。 全部終わったら、ちくってやろう。

そして、もう少しだけ続けるとしよう。

化物になり損なった兄と、化物より強い妹の話を。


第十二話へ 続く

以上で第十一話、終わりです。

乙ありがとうございます。

おつ

縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠

おちゅん

すげえな、脳内再生が余裕すぎる
火憐ちゃんかわえええ

いちょーちゅ


ほんといいね
最近の一番の楽しみだわ

うおおお復活しましたね。 ありがとう管理人さん。

そういう訳で、一昨日と昨日と今日の分、三話投下致します。

暦「なあ! 火憐ちゃーん! おーい!」

火憐「なんだよー! 兄ちゃーん!」

暦「これー! もうそろそろ良いんじゃないかー!」

火憐「あたしもー! たった今同じ事思ってたぜー!」

朝っぱらから、大声で会話する僕と火憐。

それにはしっかりと理由があるのだ。

遡る事、約一時間前。

以下、回想。

火憐「どーすーるーかーなー」

横で歩く火憐が、そんな風に呟いて(呟くと言うには、些か声が大きいが)いる。 ちなみに、これでもう十回目だ。

暦「うーん。 甘かったと言えば、甘かったのかな」

火憐「忍野って人かぁ? 居ない物は仕方ねーじゃん。 探すのにも、気配感じねーし」

会った事も無い人間の気配を探れるのか。 いや、気配を探れるだけで十分凄いけどさ。

暦「だけど、本当にこれだと打つ手が無いんだよ」

火憐「うーん。 あたしは別に、これからずっと兄ちゃんと一緒でも良いけどな」

暦「月火ちゃんと一緒じゃなくても良いのか?」

火憐「それは……まあ、嫌だけどさ」

火憐「でも、その忍野って人に会えないとどうしようもねえんだろ? だったら気楽に行こうぜー」

能天気な奴だなぁ。

けど、言ってる事に間違いは無いのかな。

これは少し前の事だけど。

最後の望みを託して、僕と火憐の家に、つまりは月火の居る場所に行ったのだけれども。 月火は僕と火憐の事をやはり、覚えていなかった。

その後、火憐と僕とで、早朝(と言うか、ほぼ夜中)から知り合いと言う知り合いに連絡も取ってみたが、簡単に言えば全滅である。

そして、この行動によって、一つ分かった事がある。

僕もまた、火憐同様、関わりがあった全ての人間から、忘れられていると言う事だ。

それはそうと、僕が確認する時間は本当に数分、五分程で終わったのに対し、火憐は一時間近くも確認の電話を続けていた。

その辺りは、さすが有名人なのだけれども。

何故か負けた気分になり、兄として些か悲しかったので、電話を掛けている振りを僕はしていたのだ。 それは結局、余計に僕の情けなさに拍車を掛けるだけであったのだが。

そうして、少しだけ気分が落ち込んだ所で、あの廃墟へと向かったのだが……

忍野はそこにおらず、僕と火憐の期待は空振りだったと言う訳だ。

暦「とりあえず、なんかご飯でも食べるかぁ」

火憐「お、兄ちゃんの奢りか! 嬉しいな」

暦「何でだよ! って言いたいけど、どうせ火憐ちゃん、お金無いだろ」

火憐「あるっちゃあるけど、家に忘れて来たんだよ」

火憐「つまり、あたしは今……無一文だ!」

堂々と言うなよ。 格好良いけどもな。

暦「そんだけ大荷物を持っていて、なんで一番大事な物を忘れてるんだ!」

火憐「いやいや、前に財布持ってたらさ。 あの詐欺師野郎に小銭まで全部持って行かれたじゃん。 だから持ち歩かない癖がついちまってるんだよ」

財布の意味ねえな、それ。

暦「そういや、そんな話も聞いたな」

にしても、貝木の奴め。 今度会う事があったら、やっぱり一発くらい殴っておこう。 火憐の分として。

暦「まあ、安心しろ火憐ちゃん。 僕はそんな事もあろうかと、お金は大量に持ってきてるんだぜ」

火憐「ふうん」

暦「なんだよその期待していない眼差しは! 良いのかい火憐ちゃん、いいんだな?」

火憐「な、何がだ。 兄ちゃんの財布がすっからかんなのは知ってるんだぜ」

僕の強気な態度を不審に思ったのか、後退りをしながら火憐が僕に対して、そう言った。

ふふふ、馬鹿め。 お前は兄の偉大さを身を持って知るのだ。

暦「ほう。 これを見ても同じ言葉が言えるかな?」

と言いながら、火憐に僕の財布の中を見せる。

火憐「え、マジかよ。 壱……弐……参……百万くらいあるじゃねえか!」

暦「いや、そこまでは無いけどな」

参で数えるのやめるんじゃねえよ。 幼稚園児か。

暦「十万円だ、十万円」

火憐「じゅ、十万円……」

火憐「あたしが今まで持った事の無い数字だぜ……さすがは兄ちゃん、貯金してたのか」

暦「貯金? 僕がそんな事、出来ると思うのかい?」

火憐「正直、思わないけど……だからこそ、驚いてるんじゃねえか」

火憐が先程とは打って変わって、尊敬の眼差しを向けてくる。 こんな眼差しはしょっちゅう向けられているので、特に何も思わないけど。

そして、僕を神の如く崇拝して来る火憐に、僕は先程の火憐の様に、堂々と言い放った。

暦「実はこれ、家の生活費をこっそり貰ってきたんだよ」

火憐「うおりゃ!」

瞬間、火憐のローキックが炸裂。 狙ったのか、たまたまなのか、見事に太もものツボに入る。

分かる人には分かる、あの滅茶苦茶痛い場所である。

暦「いてえよ! 火憐ちゃん、今狙っただろ!」

火憐「不死身なんだろ? ならいいじゃん」

狙ってたのかよ、やめろよ。 お前の蹴りだけでも痛いのにさ。

つうか、なんて事だ。 これは非常にマズイ。

これからの生活、火憐の暴力に今より更に怯えなければいけないのか。

火憐にとって、不死身体質は良いサンドバック。

これが、今回の事から僕が得られた教訓だ。 とか、考えてみたり。

暦「良くない良くない。 絶対に良くない」

うわ言の様に呟きながら、火憐の事を見上げる。

ここで気を付けなければいけない事は、僕が蹲っていると言う事実である。

その為、火憐を見上げる形となっているのだ。

よく、巷では「火憐の方が僕より背が高い」等と言われているが、あれはあれだ。

僕の姿勢が悪いだけであって、決して! 絶対に! 火憐が僕より背が高いと言う事実は無いのだ。 多分。 恐らく。 だといいな。

火憐「まあまあ、良いじゃねえか。 あたしと兄ちゃんの仲だろ?」

そんな仲、僕は望んでいない。

暦「……言っておくが、火憐ちゃん。 ここで僕に逆らうと言う事は、お前の朝ご飯が無くなるって事なんだぜ。 分かるか?」

火憐「ぐっ」

火憐「け、けど。 あたしの正義がそれを許さねえんだよ。 兄ちゃんのやってる事は、泥棒と一緒だ!」

まあ、そうなんだけどな。

暦「おいおい、考えてもみろよ、火憐ちゃん」

暦「このお金は、確かに僕のでは無い。 それは認めよう」

暦「けどな、元はと言えば生活費だ。 僕や火憐ちゃんや、月火ちゃん。 それに両親のな」

暦「そのお金の僕と火憐ちゃんの分を持ってきた所で、問題は無いと思わないか? 悪い事に使う訳でも無いんだぜ」

火憐「そ……そう言われると。 確かに」

暦「だろ? それに、これだけお金があるとさ。 いくら紳士な僕でも、魔が差す可能性も否定できない」

暦「だから火憐ちゃん。 火憐ちゃんが僕の行動を監視して、何に使うか見ておかないと駄目だぜ」

暦「それが、火憐ちゃんの大事な役目なんだよ。 正義の役目だ」

火憐「正義の……役目」

火憐「……そうだな! 兄ちゃん、その通りだ!」

火憐「あたしが間違っていた……兄ちゃんの言う事に間違いはねえんだ」

火憐「よし、分かったぜ。 正義の役目だな、兄ちゃん! いい響きだ」

やっぱり、言い包めるのは楽だよなぁ。 月火と違って。

火憐「よし、そうと決まれば兄ちゃん。 その財布を寄越せ」

暦「え? 何でだよ、火憐ちゃん」

火憐「だってそうだろ? あたしは余計な物には使わない自信があるしな」

火憐「兄ちゃんに危ない橋は渡らせたくねえんだよ。 その財布を持っていなければ、余計な物を買う心配もねえだろ?」

暦「いや、待てよ、火憐ちゃん」

火憐「焦れったいな。 うりゃうりゃ」

僕の話に聞く耳を持たず、火憐は僕の体を抱きしめる。 抱きしめると言うか、ロックした。

暦「話し合おう! 話し合おうぜ、火憐ちゃん!」

火憐「つか、自信が無い兄ちゃんより、自信のあるあたしが持っていた方が良いだろ。 それだけじゃん」

そう言われると、僕にはもう、何も言い返せなかった。

閑話休題。

火憐「よっし。 じゃあ飯を食いに行こうぜー」

結果的に、火憐に財布を奪われ、僕は先程の火憐よろしく、無一文となってしまった。

折角、余ったお金であれやこれやを買おうと思っていたのに。 火憐め。

暦「つっても、無駄遣いは出来ないからなぁ。 いつまでこんな生活すれば良いのか、分からないし」

暦「手軽にコンビニでも行くとするか」

火憐「りょーかい」

とりあえずの行動を決め、僕と火憐は並んで歩き出す。

それにしても、火憐とこれだけ一緒に行動するのって、いつ振りなんだろう。

それこそもう、かなり昔の記憶でしか残っていない。

月火はいつも、こうして火憐と居るのかなぁ。

だとしたら、あいつ相当疲れるだろうな……

なんて、考えながら歩いていた時。

火憐「なあ、兄ちゃん。 ただ歩くってだけも、つまらなくねえか?」

と、横から火憐が話しかけてくる。

暦「なら別に、逆立ちしてもいーぜ。 今日くらいは見逃してやる」

優しいな、僕。

火憐「いや、そう言う訳じゃないんだよ」

僕の優しさを否定するな、この愚か者め。

暦「じゃあ、どういう意味だよ。 というか、普通に歩くのがつまらないって、これからどうやって生きて行くんだよ」

火憐「これからとか、そんな先の事なんて考えてられないだろ。 あたしは今を生きているんだよ」

こいつが言うと説得力あるよな。 だけど、今を生きていると言うより、その場の勢いで生きているって感じだが。

火憐「なんか暇潰ししようぜって事だよ。 兄ちゃん」

暦「暇潰し? 今この瞬間、この生産性の無いやり取りだけで、十分に暇潰しになっていると、僕は思うけど」

火憐「そうじゃなくってさ。 遊びながら歩こうぜ。 遊びながら」

暦「遊びながらか。 別に良いけどさ、肩車でもするの?」

火憐「それもしたいけど、あれやろうぜ」

肩車がしたいとか、どういう事だ。

少し、火憐の将来が心配になってしまう。

暦「あれって?」

火憐「じゃんけんだよ。 じゃんけん」

暦「必勝法の奴か? 言っとくが、僕はあれを認めていないからな」

火憐「違う違う。 違うんだ兄ちゃん」

火憐「あれだ。 ぐーちょきぱーでさ、勝った方が指の数だけ進めるって奴」

懐かしいなぁ。 小学生の時とか、妹達とやった物だ。

月火の奴は、ばれない様に少しずつ進むって反則をよくしていたけれど。 その辺り、じゃんけん必勝法の火憐と似ているよな。

と言うか。

暦「それは分かるけど、指の数じゃないからな」

グーで勝ったら、一歩も進めないじゃねえか。 チョキしか出さないだろ、そんなルール。

暦「グリコとか、チョコレートとか、パイナップルって奴か?」

火憐「あ、そうそう。 それだ」

火憐「やろうぜ!」

との提案で、まあ確かに、しばらくこんな事もしてなかったし、別にいいかなと僕は思うのだった。

時間経過。

暦「いくらなんでも弱すぎるだろ、火憐ちゃん」

開始一分。 既に十回やって、十回とも僕の勝ちである。

なんでも多分、進める数が多いとかで、チョキしか出さないんだと思うけれど。

チョキもパーも進める歩数的には一緒なんだが、それも多分、なんとなく多く進めそうだからとか、そんな理由だろう。

火憐の考えそうな事は、大体分かってしまうのだ。

そして、僕はグーでしか勝っていないので、合計三十歩進んでいると言う事である。

必死になる事も無いし、普通の歩幅で三十歩なのだが、少々声を張り上げないと届かない。 そんな距離感だ。

火憐「次は必ず勝つ!」

火憐は僕を指差し、堂々と宣言する。

暦「……仕方ねえな。 一回くらい負けといてやるか」

対する僕は、小さく呟き、次のじゃんけん。

僕はパーで、火憐はやはりチョキ。

火憐「いよっしゃあ! 勝ったぜ兄ちゃん。 勝った勝った!」

どんだけ嬉しいんだよ。 つうか六歩進んだ所で、どうにもならないだろ。

と、思っていた。 つい今の今まで。

火憐「よーし。 行くぜー」

火憐「チ!」

と言い、一歩踏み出す。

火憐「ヨ!」

と言い、更に一歩。

火憐「コ!」

と言い、あれ。

火憐「レ!」

と言い、言い。

なんでお前、僕の隣まで来れてるんだよ。

火憐「イ!」

と言い、僕を抜かして行った。

火憐「ト!」

と言い、更に僕を突き放す。

火憐「おっしゃー。 抜かしたぜー!」

暦「いやいやいやいや! おかしいだろ! なんだよそれ反則すぎるだろ!」

暦「何、何それ火憐ちゃん。 なんで僕の三十歩より、火憐ちゃんの六歩の方が大きいんだよ。 つうか一歩でお前、何メートル進んでるんだよ!」

火憐「おいおい、負け惜しみか? 情けないぜ、兄ちゃん」

暦「分かった、分かったぜ火憐ちゃん。 僕ももう、本気を出す」

暦「後で泣いてもしらねえからな!」

僕はそう宣言をして、じゃんけんをするべく、腕を構える。

火憐「上等だ! よーし。 行くぜ」

と火憐も啖呵を切り、僕と勝負すべく腕を構えた。

じゃんけん、ぽん。

僕が出したのは当然、グーで。

火憐が出したのは、パーだった。

おい、嵌めやがったなこの野郎。

回想終わり。

との訳で、火憐がそろそろ僕の視界から消えそうになってしまった所で、僕は火憐に声を掛けたのだった。

今はその遊びもやめて、再び並んで歩いている。

火憐「いやー。 楽しかったな、兄ちゃん」

暦「僕は火憐ちゃんに頭脳戦で負けた事が、今日一番のショックだ」

火憐「いいじゃんいいじゃん。 遊びなんだしさ」

火憐「兄ちゃんとこんな遊びするのも、大分前以来だよなぁ」

意外にも、火憐もそう思っていたのか。

暦「だな。 いっつも月火ちゃんと居たしな、火憐ちゃんは」

火憐「そうか? いつもって訳でも無いけど」

火憐「てか、月火ちゃんと一緒に居なくても、兄ちゃんが遊んでくれたとは思えないんだけど」

まあ、そうなんだけれど。

暦「僕が見る限り、一緒に居ない方が珍しいくらいだよ。 それこそ、厄介事に首を突っ込んでいる場合を除いてさ」

火憐「ふうん。 そっかぁ。 じゃあ、今もそのパターンだな」

暦「間違い無くそうだろ。 これからマジで、どうすればいいんだろ」

火憐「弱気になるなって。 何があっても兄ちゃんはあたしが守ってやるからよ!」

立場逆じゃん、これ。

さて。

……さて。

真面目な話、どうすればいいの、これ。


第十三話へ 続く

以上で第十二話、終わりです。

続いて第十三話、投下致します。

火憐「そんな怒るなって、もう終わった物は仕方ないだろー?」

朝の十時。

僕と火憐は仲良く、公園のベンチに隣同士で腰を掛けていた。

暦「別に、怒ってる訳じゃねえよ。 けどさ、火憐ちゃん」

火憐「ん?」

暦「確かに、ご飯は大事だよ。 一日三食、しっかり食べないと駄目だ」

火憐「そりゃそうだ。 それがどうかしたか?」

暦「けどさー。 だけどさー」

暦「なんで、朝飯代で既に五千円消えてるんだよ。 なあ」

火憐「うーん。 兄ちゃんが食べすぎたんじゃないか?」

暦「よくそれ言えたな! 僕が食べたのはおにぎり二個だけだからな!?」

火憐「だとすると……」

火憐が考え込む。 いつになく真剣に、答えを導き出す為に。

火憐「そのお茶が原因じゃねえのか?」

結論が出たのか、火憐は僕が片手に持っているお茶を指差した。

暦「おにぎり一個百二十円だろ。 で、二個で二百四十円だよな」

暦「どんだけお茶が高い計算なんだよ! もしそんな高いお茶なら、僕は公園の水で十分だ!」

火憐「そっかそっか。 うーん。 じゃあなんでだろうな?」

暦「はっきり言うぜ、火憐ちゃん。 お前食いすぎだ」

暦「そんな食ってたら、太るぜ?」

僕がそう言うと、火憐は不満そうに答える。

火憐「んだよー。 レディに対して言う言葉じゃねえぞ」

火憐「それに、ファイヤーシスターズは良く食べるんだよ」

なんだよそれ、当たり前の事の様に言ってるんじゃねえ。

暦「てかさ、前から思ってたけど。 何かとファイヤーシスターズのせいにしてるよな、火憐ちゃん」

火憐「あ? 文句あんのか?」

やべえ、怖い。

暦「いやあ。 火憐ちゃんが太るのとか見たくないからさ。 兄として? 見過ごせないと言うか、見ていられないと言うか。 そんな感じなんだよ」

火憐「だいじょーぶだいじょーぶ。 あたし食べても太らないから。 運動もしっかりしてるしな! にっしっし」

暦「そんな事を言えるのも今の内だぜ。 それより、既に少し太ったんじゃないか? 前より」

火憐「へえ。 なら試すか」

暦「あん? 試すって、体重計でも持ってくるのか?」

火憐「こうするんだよ。 とりゃ!」

そう言い、火憐が僕の方へと飛んできた。

いや、それはもう豪快に。

暦「待て、待て待て待て待て待て待て待て火憐ちゃん!」

飛びながら、火憐は笑顔で。

火憐「もう間に合わねえ」

と。

閑話休題。

火憐からの攻撃(本人からしてみれば、僕の上に覆い被さっただけ)を受けて、ほとんど一日分の体力を使い果たした。

火憐「どうだ? 軽かっただろ」

暦「いや……普通に苦しいから……」

火憐「あれ、おかしいな。 もう一回やってみるか」

暦「軽い、滅茶苦茶軽い。 ぶっちゃけ、火憐ちゃんの体重とか僕の前では重さじゃないくらい軽い」

火憐「そうか。 ならいいんだけど」

さておき。

暦「それより火憐ちゃん、真面目な話だけどさ。 これからどうしようか」

火憐「これからかぁ。 なんなら、月火ちゃんに討ち入りして、占領するか?」

占領って、あの家をだよな。 いつの時代だよ。

暦「まあ、それはやめた方がいいだろ。 今の時代じゃ、只の立て篭もり犯になっちまう」

火憐「そうか……犯罪は駄目だな。 駄目だ」

犯罪には厳しい火憐であった。 昨日の学校に入っていたあれも、犯罪だと言う事は伏せて置こう。

暦「うーん」

火憐「うーん」

同じタイミング、同じ発言、同じポーズ。

横で僕と同じ様に腕を組み、頭を傾げる火憐を見た。

真似するなよ、こいつ。

火憐「あ」

暦「お、何か思いついたか?」

火憐「兄ちゃんの言っている忍野って奴は、さっきの廃墟で暮らしているんだろ? なら」

火憐「その廃墟で待っていれば、忍野って奴も来るんじゃないか?」

火憐「元々はそこで暮らしていたなら、鳥が巣に帰るかの如く、戻ってくる筈だぜ」

あいつは鳥って感じでは無いけどな。

無理矢理にでも鳥って表現を使うなら、渡り鳥って感じか。

つうか、お前。 会った事すら無い人を相手に、何々って奴って言い方はやめて欲しい。 兄として変な目で見られそうだから。

暦「ふむ。 確かに、ありっちゃありだな」

口ではそう言うが、内心それしかないと思ったんだけれども。

暦「よし、そうと決まれば火憐ちゃん。 さっそく出発だ」

火憐「おう!」

火憐が元気良くそう言い、その場にしゃがみ込む。

僕はそれを見て、火憐の上に乗っかった。

火憐「よっと。 んじゃ、行くぜ。 兄ちゃん」

暦「おう」

出発進行。

あれ。

あれあれ。

なんか自然な感じで肩車してるけど、別にそんな話してなかったよな。

こえー。 火憐の背中を見たら、いつの間にかこの形になってた。 こえーよ。

つか、火憐の方は何の疑問も持ってないみたいだし。 余計に怖い。

でも、まあ。 楽だしいっか。

今は周囲の目だとか、近所の目なんて気にしなくて良いしな。

暦「なあ、火憐ちゃん」

火憐「んー。 どうした、兄ちゃん」

暦「真面目な話だけどさ、火憐ちゃんはあの後、もし僕が来なかったらどうするつもりだったんだ?」

暦「お金も無かったんだろ?」

火憐「うーん。 特に先の事は考えて無かったかな。 さっきも言ったけど、今を生きているんだ。 あたしは」

暦「ふうん」

火憐「でも、考えて無かったってのはあれだぜ」

暦「ん?」

火憐「兄ちゃんが来るって分かってたから。 かな。 なんとなくだけど、そう思ってた」

暦「また、気配がどうたらって奴か? すげーよな、火憐ちゃん」

火憐「違うよ、兄ちゃん」

火憐「多分、心のどっかで、そう信じていたんじゃねえかな。 兄ちゃんなら来てくれるって」

馬鹿だなぁ。

僕が、火憐の事を思い出さなかったら、どうするつもりだったんだよ。 本当にさ。

暦「お前も、少しは僕の事を疑えよ。 生きていけないぞ、この先」

火憐「兄ちゃんの事は疑わない。 そう決めてるから」

火憐「もし、あたしが兄ちゃんの事を疑う様な時が来たら、あたしは」

暦「……どうするんだ?」

火憐「死ぬ!」

重っ!

これから先、火憐に疑われそうな行動とかできないじゃん!

暦「まあ、けどさ」

暦「僕も感謝しているんだぜ、火憐ちゃんには」

火憐「はあ? あたしに?」

暦「うん。 正直言って、火憐ちゃんに突き放されるんじゃねえかな。 って思ってたんだ」

火憐「あははは! あたしがそんな事、する訳ねえだろ。 馬鹿なのか兄ちゃん」

うわ、自分で自分の事を馬鹿だと思うのはいいけど、こいつに言われると予想以上にむかつくな。

火憐「ま、全部終わった事だし、あんま暗い話は終わりにしようぜー。 結果良ければ全て良しって事だ!」

暦「その結果も、まだ終わってないけどな」

さておき。

そんな話をしている内に、どうやら目的地へと付いた様である。

火憐「しかし、こんな所で生活をしているなんて、よっぽど強いんだな。 その人」

暦「廃墟に住んでる人は全員強いのかよ。 火憐ちゃんの中では」

強ち、間違った答えでも無いんだけど。

忍野然り、影縫さん然り。

火憐「とりあえず、荷物置くかー」

てか、そうだった。 こいつ、めっちゃ大きな荷物を持っているんだった。

そんな大荷物を持った妹に肩車させているって、さっきは周囲の目とか気にしないとは思ったが、やっぱり気にした方が良かったと思う。

後悔先に立たずとは、なるほど納得。

暦「それより先に、僕が降りた方がよくないか?」

火憐「ん? ああ、そうだった。 兄ちゃんはあたしの上に居たんだったな。 危うく忘れる所だったぜ」

お前は今まで誰と話しているつもりだったんだよ!

火憐が僕の存在を思い出してくれた所で、ようやく僕は火憐の頭の上から地へと舞い降りる。

暦「とりあえずは、忍野がいつも使っている部屋があるからさ、そこを根城にしよう」

火憐「おっけー。 案内頼むぜ、兄ちゃん」

こうして、僕と火憐は忍野を見習い、廃墟をとりあえずの拠点とする事にしたのだった。

火憐「なんかこうしてるとさ、秘密基地みたいでワクワクするよなぁ」

暦「あー。 その気持ちは分からなくも無いな。 小学生の時とか思い出すよ」

火憐「懐かしいなぁ。 そういや、先月も」

暦「え、何々。 先月に秘密基地ごっことかやってたの?」

火憐「当たり前だろ。 月火ちゃんと一緒にさ」

暦「月火ちゃんも!? え、ってかさ。 さっき学校の屋上で「ここはあたしのテリトリー」とか言ってたのってそういう意味だったの?」

火憐「ああ。 あそこは血で血を洗う戦いの末に、勝ち取った所なんだぜ」

暦「なんだよそれ! そんな恐ろしい場所だったのかよ、あそこ」

暦「お前らファイヤーシスターズの活動内容を詳細に知りたいわ!」

火憐「じゃあ、今度一緒に行こうぜ。 あたしと月火ちゃんと、それに兄ちゃんだ」

暦「ああ、そうしてくれ」

あれ、何だかうまく篭絡された気がするぞ。

閑話休題。

暦「さて、僕は必要な物を買ってくるけど、火憐ちゃんはどうする?」

火憐「んー。 どうすっかな」

火憐「根城に侵入者がいない様に見張るのも大事だけど、兄ちゃんにパシらせるのも、気分が良い物じゃねえんだよな」

僕はお前にパシらせるのは非常に気分が良いのだが、それは言わない方が良いだろう。

暦「じゃあ、一緒に来るか? 火憐ちゃんも必要な物とか、あるだろ?」

火憐「ああ。 確かにそうだ。 持って来れなかった物とか、忘れた物とかあるし」

暦「んじゃ、行くかー」

と、話が纏まった所で、貴重品以外の荷物はその場に置いておき、僕と火憐は廃墟から外へと出る。

しっかし。 忍野の奴はどこに行ったのだろうか?

この廃墟に居ないとなると、どうにも探すのには手間が掛かりそうである。

残金だってそこまである訳でも無いので、見つけるにしても、早めに対策を立てないとなぁ。

火憐「兄ちゃん、何ぼーっとしてるんだよ。 置いていくぞー」

考え事を火憐の声が遮る。 しかし、ああ悪い悪い、今行くよ。 とはならない。

暦「ぼーっとしてたのは謝るよ。 悪かった。 でもな、火憐ちゃん。 そっち、逆だぜ」

僕がそう教えてやると、火憐は「あはは」等と言い、頭の後ろをぼりぼりと掻く。

火憐「ま、良くある事だな。 さっさと行こうぜ」

いや、そんな無い事だと思うけれど。 ましてや、地元だし。

等と考えている僕の横を火憐が通り過ぎる。 その際に舌打ちらしき物が聞こえたのは無かった事にしておこう。

時間経過。

必要な物を買い揃え、僕と火憐は廃墟へと戻っている途中である。

途中で火憐の目を盗み、僕が個人的に欲しい物を買おうとしたのだが、結局ばれてしまい、殴られた。

最早、殴られるのが当たり前になっている辺り、火憐とじっくりと話をしたいのだが、そうすれば更なる暴力に発展してしまうのだろう。

家庭内暴力とは、この事か。

そして、火憐曰く「兄ちゃんから、危険な気配がした」との事らしい。 お前やっぱり凄いよ。

そして───────────そして。

廃墟へ着く直前。

僕の目の前。

火憐の目の前。

忍野が、僕達の前に現れた。

忍野「やあ、阿良々木くん。 それに、そっちは妹ちゃんかな?」

暦「忍野……! お前、今までどこに行ってたんだよ」

忍野「野暮用だよ、野暮用」

忍野「妹ちゃんとは始めましてだね。 忍野メメと言います」

おどけた様に、忍野はそう言う。

火憐「あ、ええっと。 阿良々木火憐だ」

忍野「なるほど、君が阿良々木くんの言っていた、でっかい方の妹って訳か。 なるほどなるほど」

忍野「こりゃ、確かにでっかいね。 阿良々木くんよりも」

暦「うるせえ。 つうか、忍野。 僕が話したいのはそんな事じゃないんだよ。 お前に話さないといけない事も、あるしな」

忍野「そうかい。 それはさ、阿良々木くん。 今回の怪異についてかな?」

暦「当たり前だ。 それ以外に話なんて無いし、話せる事だってねえぞ」

忍野「なら、そうだね。 とりあえずは上に移動しようか。 ここで話しても、あれだしさ」

忍野「勿論、妹ちゃんもね。 君はもう知っているんだろ? 阿良々木くんの事」

火憐「……そりゃ、まあ」

忍野「あっはっは。 そうかい。 なら本当に話は早い。 付いてきなよ」

そう言い、忍野は僕と火憐をいつもの場所、いつも忍野が居た場所へと案内する。

そして、机の上に忍野は座り、対面する僕と火憐に対し、こう言った。

忍野「って言っても、大体は分かっているんだよね」

忍野「僕だって、ただ意味も無くぶらぶらしてた訳じゃないしさ」

忍野「うーん。 何から話せば良いのかなぁ。 こんな時って」

暦「何からって……最初からだよ。 忍野は全部、分かってるのか?」

忍野「僕が分かっているのは大体、までさ。 全部と似たような物だけれどね」

忍野「ま、いいか。 じゃあ、この話からするとしよう」

忍野「今回の一連の出来事に絡んでいる怪異の正体について」

忍野「はは、まあもっとも。 一番心当たりがあるのは……君だろ?」

忍野「阿良々木くんの妹ちゃん」


第十四話へ 続く

以上で、第十三話終わりです。

続いて、第十四話を投下致します。

何を言っているんだ。 忍野の奴は。

暦「おい、どういう意味だよ。 忍野」

忍野「そのままの意味さ。 ありのままだよ、阿良々木くん」

暦「それが、意味わからねえって言ってるんだよ。 何で火憐ちゃんに心当たりがあるんだ」

忍野「だからさ。 その妹ちゃんが原因で起こっている怪異なんだし、当然だろ?」

ちょっと、待て。

火憐が原因だと? 忍野の奴、ついにトチ狂ったか。

暦「冗談はよせよ。 つうか、僕はお前その物が怪異なんじゃないかって疑ってるんだぜ」

忍野「ん? それは前に否定しなかったっけ?」

忍野は若干呆れた様に、僕に向けてそう言う。

暦「お前の口から聞いても、信用できない」

忍野「ああ、確かに。 そりゃそうだ、 あははは。 これは一本取られたね、見事だよ。 阿良々木くん」

暦「認めるのか? 忍野」

忍野「え? はは、まさか」

忍野「簡単に僕が怪異かどうか、分かる方法なら一つだけあるよ」

暦「簡単に?」

忍野「うん。 本当に数秒あれば終わる事さ」

忍野「君だって、本当は分かってる筈なんだぜ。 阿良々木くん」

僕が、分かっている?

忍野が怪異かどうか?

暦「そうは思わないけどな。 それで、簡単に分かる方法ってのは?」

忍野「単純な方法だよ」

「--------------------忍ちゃんに、聞けばいい」

と、忍野は言い放つ。

僕の影に向けて。

元吸血鬼に向けて。

その言葉に答える様に、忍は僕の影から姿を現した。

忍「ふん。 いけ好かない小僧じゃよ。 全く」

暦「忍? お前、今までどうして姿を出さなかったんだよ!」

なんで、このタイミングで姿を出すんだよ。

それじゃあ、まるで。

忍「慌てるな、しっかり全てを説明する」

忍野の言っていた事が、本当みたいじゃないか。

暦「説明するって……お前、分からないって言ってたじゃないか」

忍「あの時はそうじゃった。 だが、今は違う。 全て分かったんじゃよ」

忍「全てと言っても、儂は専門家では無いのでな」

忍「儂にも説明できる事は限られておる。 儂の補足はそこのアロハ小僧に任せるが、いいかのう?」

忍野「勿論」

そして、忍は続けて口を開く。

全てを説明する為に。

忍「まずは、そうじゃな」

忍「そこのアロハ小僧の事じゃな。 儂が言っていたのは間違いじゃ。 奴は正真正銘、人間じゃよ」

忍野が、人間。

怪異では……無い。

忍「その辺りは上手い事、使われたと言うか……非常に不愉快じゃがな」

忍「そして、今回の怪異の事」

忍「……先程、アロハ小僧が言っていた通りじゃ」

忍は、火憐が原因との言葉は使わなかった。

その気遣いが、また少しだけ、辛くもあった。

忍「その辺りは、貴様の方が詳しいじゃろ」

忍はそのままの姿勢で、顔だけを忍野へと向ける。

忍野「オーケー。 じゃあ怪異の事を説明しようか」

忍野は座っていた机から降り、僕に向けて言う。

忍野「忘物草。 それが今回の不思議現象を起こしている怪異の名前さ」

忍野「比較的新しい怪異だよ。 その分、身近でもあるんだけどね」

忘物草。 物を忘れる、草。

忍野「分かるだろ? 名前そのままだよ。 阿良々木くん」

忍野「僕は結界を張っておいたから、影響は無いけどさ。 君の周りは違うよね」

暦「けど、それならどうして……どうして、火憐ちゃんが原因なんて言うんだよ」

暦「忍野は言ってたじゃねえか。 僕がヤバイ状況だって、言ってただろ」

暦「それで、火憐ちゃんは巻き込まれたんじゃないのか。 僕のせいで」

忍野「はっ! ははは。 確かに、僕はそう言ったね」

忍野「でもさ、阿良々木くんが原因だなんて、ひと言も言ってないよ」

忍野「阿良々木くんにも分かる様に、はっきり言った方が良さそうだ」

忍野「逆なんだよ、阿良々木くん」

逆。

それって、つまり。

忍野「そこの妹ちゃんが原因で、阿良々木くんは巻き込まれた側って事さ」

忍野「噛み砕いて言うと、妹ちゃんは加害者。 阿良々木くんは今回に限っては、被害者って事だね」

暦「なんだよ、それ。 冗談にもならないぞ、忍野」

暦「火憐ちゃんが、原因だと? あんな悩んでいたのに、苦しんでいたのに、加害者の訳がねえだろ!」

忍野「だからだよ。 阿良々木くん」

忍野「優しいよね、阿良々木くんはさ。 でも、その優しさが人を傷付ける事だって、あるんだぜ?」

忍野「そして、今回僕はその優しさを利用した。 って立場になるんだけどね」

暦「利用? 僕をか?」

忍野「うん。 その件については悪いと思っている。 言い訳をさせてもらうと、それが一番手っ取り早かったって所かな」

暦「……分かった。 説明してくれ」

とは言った物の、訳が分からない。 一体、何が起きていたんだ。

頭が痛く、吐き気もしてくる。

火憐が加害者で、僕が被害者。

いつの間にか、僕は忍野と火憐との間に壁を作る様に立っていて、火憐の表情は分からない。

けど、いつも元気なあいつがひと言も喋らないのが、逆に気持ち悪かった。

忍野「忘物草。 特性は呪い。 今、中学生の間で噂されているみたいだね」

忍野「もっとも、大分曲解されて伝わっているみたいだけど。 その辺は、妹ちゃんの方が詳しいんじゃないかな?」

忍野が火憐に向けて、そう言った。

火憐「……分かった。 説明する」

今まで押し黙っていた火憐は、あっさりと。 まるで、その言葉を待っていたかの様に、口を開く。

火憐「兄ちゃん、頼みごとだ。 聞いてくれるか。 あたしの話」

火憐は僕の背中に、そう声を掛ける。

僕は後ろを振り返り、こう答えた。

暦「いいぜ、引き受けてやるよ」

火憐は僕の言葉を聞くと、小さく笑い、語り始める。

一人の妹の想いと、一人の人間の想いを。

以下、回想。

ある日、火憐の蜂の話と、月火の不如帰の話が終わってすぐの事だったらしい。

とは言っても、月火の話は火憐にしていないので、火憐は「ダンプカーが家に突っ込んだ後」と言っていた。

そんな問題が終わったある日の事だ。

中学生の間では、ある噂が広まっていた。

なんでも。

「帰宅中に、突然目の前に一輪の花が現れて、それに願うと願いが叶うらしい」

と、中学生らしいと言えば中学生らしい、噂話である。

例えて言うならば、ある桜の木の下で告白すれば、その恋は実るだとか、その程度の話。

噂話。

しかし、それは繋げてしまった。

一つの怪異と、一人の人間を。

その噂を聞いた火憐は、真っ先に例の『おまじない』の事が頭に浮かんだと言う。

まあ、それもまた無理の無い話なのだろう。 貝木が去った次の日には、後始末的活動をしていたファイヤーシスターズなのだから。

が、火憐の予想は外れた。

それは本当に、ただの噂話でしか無く、貝木が広めた『おまじない』は絡んでいなかったのだ。

その結果に満足した火憐は、一人帰路に就いたと言う。

月火はその日、別件で駆り出されていて、火憐にはどうにも、首を突っ込んだら事態を更にややこしくしてしまう案件だったらしい。(大方、恋愛相談か何かだろう)

そして、図らずも、出会った。

出会ってしまった。

一輪の花と。 怪異と。

火憐は呆気に取られたと言う。

目の前に、アスファルトの地面から咲き誇った一輪の花に。

次に頭に浮かんだのは、昼間の噂話だった。

「帰宅中に、突然目の前に一輪の花が現れて、それに願うと願いが叶うらしい」

そして、火憐は願った。 条件反射的に、願った。

回想終わり。

暦「って事は、その火憐ちゃんの願いが、今回の怪異を起こしたって事か?」

火憐が、皆の記憶が無くなる様にと、願った?

火憐「違う! あたしは、そんな事は願っちゃいない!」

火憐は今にも泣き出しそうな顔をしていて、今までそんな表情を見たことが無かっただけあり、言葉に詰る。

だが、言わなくては。 無理にでも。

暦「……でも、それならどうして。 火憐ちゃんは、何を願ったんだ?」

火憐「それは……」

言い辛そうに、火憐が口を閉ざす。

それも、そうかもしれない。

願いなんて本来は、人には言いたく無い物だろうし。

忍野「阿良々木くん。 あんま責めたら可哀想じゃないか。 その辺りは僕が補足するからさ」

上辺だけの言葉だな。 とは思う。 他の誰でもない、忍野自身が語らせたのだから。

けれど、忍野を責めるのもまた、筋違いだろう。

暦「分かった。 忍野、話してくれ」

僕がそう言うと、忍野は一度頷き、口を開く。

忍野「まず、その怪異の噂話を正す所からになるかな」

忍野「そいつはそんな、有益な物じゃない。 怪異はあくまでも怪異。 それに、忘物草の特性は、呪いなんだぜ」

呪い。 人に対してかける、呪い。

忍野「そして、願いってのも少し違うかな」

忍野「忘物草の効果は、極めて限定的だ」

暦「限定的? 何でもって訳じゃないのか」

忍野「そうだよ。 考えてもみろよ、阿良々木くん。 何でも叶える草なんて、それはもう神って言った方が正しいだろ?」

忍野「それで、その効果なんだけど」

忍野「一人の対象に、忘れられなくなる」

忘れ『られなく』なる?

暦「待てよ、忍野」

暦「忘れられるんじゃなくて、忘れ『られなく』なるのか? それだと説明が付かないぞ」

忍野「どこにどう、説明が付かないのか説明してもらえるかな。 阿良々木くん」

暦「だって、そりゃそうだろ。 現に僕と火憐ちゃんは、忘れられているんだぜ? 戦場ヶ原達にも、同じ怪異である八九寺にすら」

忍野「そこだよ。 それが忘物草の特徴って言ってもいいね」

忍野「呪いはあくまでも呪い。 それだけって事さ」

忍野「一人の人間に忘れられなくなる、だけど」

忍野「他の人間からは忘れられる。 それも、全ての人間から」

……つまりは、呪い。

暦「けど、それでも説明が付かないだろ。 火憐ちゃんが何を願ったのか分からないけど、それで加害者扱いってのは、どうかと思うぞ」

忍野「はは、だからさ。 阿良々木くん」

忍野「君もここまで来れば、さすがに分かるだろ?」

忍野「いつまで、分かっていない振りをしているんだよ。 なあ」

僕は、火憐の願いを知っている?

忍野「妹ちゃんは願ったんだよ。 忘物草に」

忍野「阿良々木くんに忘れられたく無い。 ってさ」

火憐が、僕に? 忘れられたく無いと?

つまり……

火憐が願ったのは、僕の事?

暦「そうなのか、火憐ちゃん」

再度振り向き、火憐に問う。

火憐「……そうだよ。 あたしはそう願った」

……分かっていた。 心の奥底では、気付いていた。

でも、気付かない振りをしていた。

今までも、そして、今も。

暦「なんでだよ! そんな事しなくても、僕は忘れないぞ」

火憐「分かってる。 分かってるさ」

火憐「でも、なんとなく気付いてたんだよ」

火憐「兄ちゃん、高校を卒業したら、家を出て行くつもりだろ」

火憐は顔を伏せ、消え入る様な声で、そう言った。

暦「そりゃ、大学に行くし。 家から通うのも大変な距離だからな」

火憐「……それが、怖かったんだ」

弱々しく、火憐は続ける。

火憐「頭では分かっていたんだよ。 そんな事で兄ちゃんが、あたしの事や月火ちゃんの事を忘れる訳が無いって」

火憐「でも、あたしは」

暦「火憐ちゃん……」

結局、ここまで来ても。

火憐の想いに僕は、気付けなかった。

忍野の方に向き直り、僕は再度聞く。

暦「……仮に、仮にそうだったとしてもだ。 僕は火憐ちゃんの事を忘れかけていたんだぞ。 火憐ちゃんだけが、皆から忘れられていようとしたんだぞ」

暦「今は思い出しているけれど……それが、呪いって奴か?」

忍野「前者のは副作用みたいな物だよ。 後者の、阿良々木くんが今、妹ちゃんの事を思い出してるって言うのは、ぶっちゃけると、怪異自体も予想外だったんじゃないかな」

どういう、事だ?

火憐は、僕に忘れられたく無いと願って、それが叶って、僕は火憐の事を思い出したんじゃないのか?

忍野「まあ、それが僕にとっても、結構な驚きだったんだけどさ。 阿良々木くんならって可能性もあったからね」

忍野「とは言っても、本来は思い出さない物なんだけれど。 知ってるかい、阿良々木くん」

忍野「この怪異の目的は」

忍野「その対象を殺す事によって、一生の記憶にする事なんだから」

暦「殺す? ……それって」

続く言葉が出てこない。

つまり。

対象を殺す。 僕を殺す。

確かに、そりゃそうかもしれない。

呪いをかけた奴が、呪いをかけられた奴を殺す。

そして、そこで記憶は終わる。 最後の記憶として。

暦「待てよ。 待てよ忍野。 全然付いていけねえぞ」

暦「一旦、話を戻そう。 まず、忍野が僕を利用していたってのは、どういう意味なんだ」

忍野「うーん。 阿良々木くんはやっぱり、頭の回転が悪いね。 別にいいんだけど」

忍野「それじゃあ、まとめと入ろうか。 最初から、順を追って説明しよう」

忍野「頭の回転が悪い阿良々木くんでも、分かる様にさ」

忍野は笑い、僕にそう言った。


第十五話へ 続く

以上で第十四話、終わりです。

乙ありがとうございます。

祝 復 旧
やっと続きが読めたぜ
三話分の投下、お疲れ様ですっ

いちょーつ

おつ

乙乙
量と質両立してて素直に凄い

おおお
おもしれー
乙乙

ありそうな怪異だな

こんにちは。

第十五話、投下致します。

忍野が異変を感じて、ここに戻ってきた日。

やはり、目的があって僕の前に現れたらしい。

もっとも、その時点で僕が異変に気付いていれば、事はもっと簡単に終わったと言う。

最初の異変。

妹達が、僕を起こしに来なかった事。

もっとも、これは忍野には伝えたのだが。

僕が伝えたのは『妹達が起こしに来なかった』との話で、それを聞いた忍野は、火憐と月火を対象から一度、外したらしい。

そうだ。 僕はてっきり、二人ともが二人とも忘れている物だと思っていたんだ。

しかし、違う。

火憐は覚えていたのだ。 いつもと同じ様に、なんとなく、覚えていた。

そして、月火は完全に忘れていた。 兄と言う僕の存在を。 一瞬ではあるが。

僕はそれに気付かず、更に忍野の登場にも思う事はあったのだけれど、流してしまった。

当然だが、あの時、既に忍野は気付いていたと言う。

僕に呪いをかけた人がいて、僕に呪いがかかっている事を。

しかし、先程も言った様に、呪いをかけた人が誰かまでは、忍野でも分からなかった。

なので忍野は泳がせる事にした。 この僕を。

忍野から言わせれば、僕に忘れられたく無いと思う人間等、恐らくは僕と関係のある人間だと思った。 との事だ。

そして、そんな奴なら必ず、僕に接触してくる筈だ。 と。

その予想は、当たる。

僕に呪いをかけたのは、他でもない。 阿良々木火憐だったのだから。

だが、忍野にも予想外の出来事が起きてしまう。

怪異の効果が、想像を上回る速度で広がっていた事だ。

通常ならば、一ヶ月や二ヶ月、その位の時間を掛けて、徐々に広がっていく怪異との事らしい。

けれど、今回は違った。

忍がこの町に来たのが原因の一端とも言える。 しかし、それ以上に。

呪いをかけた人間の想いが、強かった。

そして、忍野はそれに対処するべく、僕や戦場ヶ原、羽川を呼び出したと言う。

主に呼び出したかったのは僕らしいが、戦場ヶ原と羽川は保険で呼び出したらしい。

頭が異様に良い二人にも話しておけば、何かきっかけとなる物を掴めるかも。 と踏んでの事だ。

それに異論を呈する訳にも行かないので、僕は黙ってその話の、忍野のまとめた話の続きを聞いた。

その後、一連の説明が終わり、忍野は最後に僕に言った。

僕が、ヤバイ状態であると。

そして、羽川と戦場ヶ原は先に帰らせ、二人が去った後の廃墟には、僕と忍野だけが残され。

もし、気付いた事があったら忍野に報告する様に、と警告した。

そう警告する事によって、僕が異変を自ら解決しようとして、動くだろうと考えての事だ。

読まれていたのは腹立だしいと言うか、気分が悪いと言うか、そんな感じなのだが。

この場合、完全に読まれていた方が良かったのだろう。

まとめると、忍野が予想出来なかった事が、三つある。

一つ目は、先程も言った様に、火憐の想いが予想以上に強く、怪異の広まる速度が速かった事だ。

そして、もう一つは。

僕が、火憐の事を思い出した事。

最後の一つは。

火憐が僕に近づくのでは無く、遠ざかる選択肢を取った事。

最初の一つはともかく、後の二つは結果的に、良い方に転んだと言えるかもしれない。

僕が火憐の事を忘れ、火憐が僕から距離を取った。

僕が火憐の事を思い出し、しかし火憐と接触しなかった。

この二つの場合は、それこそ最悪だったのだが、僕は幸いにも『火憐の事を思い出し、火憐と接触した』のだから。

忍野の目的は、この時点で達成されたとも言える。

僕が餌となり、呪いをかけた火憐を釣り上げた形だ。

そして、怪異。

忘物草は、呪いをかけた人間に憑き、対象の人間を殺すと言う。

この場合は火憐に憑き、僕を殺すと言う事だ。

呪いをかけられた対象は、呪いをかけた人物以外から、少しの間だけ忘れられ、その後、他の奴同様に、呪いをかけた奴の事を忘れると言う。

簡単に説明すると、火憐の立場と月火の立場。

僕は少しの間、火憐の立場に居て、次に月火の立場へと移った。

通常、この後数日を持って、怪異は僕を殺しに来ていたと言う。

しかし、僕は火憐の事を思い出し、再び火憐の立場に移った。

この場合、やはり同じく、怪異は僕を殺すのだけれど、対策が打てると言う。

つまり、火憐と僕が接触していなければ、成す術も無く殺されていたと言う事だ。

それを考えれば、僕が火憐の事を思い出したのは、不幸中の幸いと言ってもいい。

そして、本来ならば、忍野の様な専門家一人が居れば、その怪異を発見する事さえできれば、すんなりと解決できるとも言っていた(もっとも、予め対象を発見しておく事は必須らしいが)

が。

草は成長する。

雑草が水を吸う様に。 花が水を吸う様に。

忘物草は、人の想いを吸う。

そして、そのエネルギー源でもある火憐の想いは、非常に強かった。

当然、そのエネルギーを吸った怪異自体も。

既に、忍野だけでは手に負えないレベルだと言う。

出来る限り、被害が出ない様に、ここ数日は結界を張り巡らせていた。 との事だ。

なるほど、それで廃墟には居なかったって事なのだろう。

そして、その怪異を消す為には選択肢が三つ。 いや、四つか。

一つ目は分かり易い。 神原の時と同じ条件。 僕が殺される事。

二つ目はその逆。 火憐が死ぬ事。

三つ目は一番難易度が高い。 怪異の本体を炙り出し、戦って怪異のみ殺す事。

四つ目は。

「四つ目はあまりオススメが出来ないかな。 やり方は三つ目までと同じ、本体を炙り出すんだけど」

「この草というか、花というか。 まあ、どっちでもいいんだけれど。 弱点があるんだよ」

「てっぺんに咲いている一輪の花。 それをぶった切れば、怪異は死ぬ」

それだけか? と僕が聞いたら。

「いいや、妹ちゃんも『死ぬ』よ」

「妹ちゃんの姿のまま殺すか、怪異の姿をしている妹ちゃんを殺すか、どっちかって事かもね」

との事だ。

勿論、そんな案は却下である。

それを聞いた僕が出した結論は。

三番目。

戦って、怪異のみ殺す事である。

弱点である花を切らず、怪異のみを殺す。

忍の刀……心渡を使えば、大分楽になるとは言え、それでもかなり厳しい戦いらしい。

まあ、けど。

「忍ちゃんのブレードなら、勝率は大分上がるよ。 少なくとも、倍くらいにはなるね」

「そうか。 けれど、忍野。 僕は心渡を使わないよ」

「……正気かい? それで阿良々木くんが死んでも、責任は取れないけどなぁ」

「いいよ別に。 僕が死んでも、火憐ちゃんは元に戻るんだろ?」

「へえ。 体面的には、方法の三番目を取って、結果的には一番目を選ぶって事かな」

「違う。 忍野風に言わせて貰えば、一番目は保険みたいな物さ。 僕は三番目を選ぶ」

「なら、忍ちゃんのブレードを使わないのは、何でだい?」

「そんなの、当たり前だろ。 妹に、火憐ちゃんに刃を向けるなんて、論外だ」

「はは、あはは。 阿良々木くんらしいね。 まあ、別に僕はいいけどさ」

僕は、僕自身で火憐と戦う。

正直、あの化物みたいな妹に、更に化物の力が加わったら勝てる気なんてしねえけど。 それでも僕がやるべき事だ。

忍野曰く、火憐にはただ純粋な想いしか無かったと言う。

僕を想い、想ってくれた。

なら、その想いに答えるのも僕の役目だ。

人間としての、僕。

ああ、そうそう。 忍の話もしておこう。

あいつはどうやら、僕が火憐と出会ったその瞬間に、正体に気付いたらしい。

正確に言えば、ある程度成長した怪異に憑かれている火憐を見たら。 だ。

曰く。

「儂が出たら、必ずお前様には言ってしまう。 それは、避けたかったのじゃ」

「まあ、あのアロハ小僧が来た事によって、結果的に避ける事は出来なかったんじゃが」

「放って置いても、その内に怪異が出てきて、お前様が殺される事になったんだろうがのう」

との事。

本当に、お人好し吸血鬼である。

そして、今。

忍に血を吸わせるのも、僕は避けた。

いくら今回ばかりは忍野が手伝ってくれるとは言え、自殺するみたいな物だとも言われた。

けれど、やっぱり。

一人の優しい妹に対する僕は、多少でも、人間で居たかった。

分かっている。 これは僕の我侭だと。

僕は基本的に行動が馬鹿だし、要領も良くない。

勉強もできなければ、強くない。

妹達には偉そうな口を叩くけれど、自分の事を棚上げにしているだけだ。

我侭でもあるし、変な所で意地を張る。

性格だって良くないし、いつも失敗ばかりだ。

でも。

僕の誇りだけは、自慢できる。

誇りの一つも守れないで、何が人間だ。 何が兄だ。

それだけは、絶対に譲れないんだ。

暦「分かった、僕が選ぶの三番目だよ。 忍野」

忍野「そうかい。 一番きついのを選ぶなんて、ひょっとして、阿良々木くんってマゾだったりするのかな」

暦「かもしれねえな」

僕は笑い、忍野にそう言う。

結局、僕と火憐は似ているのかもしれない。 あんまり似ていても、嬉しい部分では無いけれど。

忍野「ま、いいよ。 阿良々木くんがそれを選ぶなら、僕は何も言わない。 今回に限ってだけど、僕も手伝うしね」

暦「悪いな。 迷惑掛ける」

忍野「気にしないでくれよ。 僕と阿良々木くんの仲じゃないか」

忍野「さて、それじゃあ僕は準備に取り掛かるけど。 妹ちゃんとお話は、良いのかな」

忍野「最後の話になるかもしれないしね」

忍野は僕に向け、そう言った。

僕はその言葉を悪いとも思わない。 事実なのだから。

これが、僕と火憐が話す最後の時なのかもしれない。

暦「火憐ちゃん」

忍野は空気を読んでくれたのか、ただ準備に取り掛かっただけなのか、部屋から姿を消していた。

火憐「なんだ、兄ちゃん」

暦「ごめん」

僕は火憐に向け、頭を下げる。

火憐「……何でだよ。 何で兄ちゃんが謝るんだ」

火憐「あたしの所為で、こんな事になってるんだろ? あたしが加害者で、兄ちゃんが被害者で」

火憐「謝るのはあたしの方じゃねえか。 そうだろ、兄ちゃん」

暦「確かに、火憐ちゃんの言う通りかもな」

暦「火憐ちゃんの言う事は、いつも正しいからさ」

暦「けど、僕は僕自身が許せないんだよ。 今回の事、もっと早く気付けた筈なのに」

暦「流してしまったんだ。 大して気にもせず」

火憐「そんなの、仕方ねえだろ。 兄ちゃんの所為じゃない」

暦「言ったろ。 火憐ちゃんが許してくれても、僕が僕を許せないんだよ」

暦「だから、必ずまた会おうぜ。 火憐ちゃん」

火憐「……勝てるのかよ。 兄ちゃんが、あたしに勝った事なんて無いだろ」

暦「そればっかりはやってみないとな、分からない」

暦「けど、火憐ちゃんより強いだとか、火憐ちゃんより弱いだとか、そんなのどうでも良いんだよ」

暦「それ以前に、僕は火憐ちゃんの兄ちゃんなんだからさ」

火憐「あはは。 格好良いよな、兄ちゃんはさ」

火憐「でも……本音を言うと、やめて欲しい」

暦「何でって、聞いてもいいか」

火憐「あたしがした事の責任は、あたしが取る。 今この瞬間にでも、あたしを殺してくれれば、全部終わるんだろ? だったらそうしてくれよ」

火憐「それで、全部終わるんだろ?」

暦「……忍野はそう言ってたけどさ」

暦「終わらないよ。 火憐ちゃん」

暦「お前が死んだら、誰が僕の事を毎朝起こしてくれるんだよ」

暦「月火ちゃんの面倒も、僕だけじゃ見切れないぜ」

暦「もしかしたら、月火ちゃんと無理矢理お風呂に入ろうとするかもしれない。 そんな時、止める奴が居なかったらどうするんだよ」

暦「それに、僕は月火ちゃんをいじめるぜ。 それの報復として殴り込んで来るのは誰だよ」

暦「肩車だってそうだろ。 僕を肩車してくれるのは一人しかいねえんだ」

暦「全部、火憐ちゃんじゃなきゃ、出来ない事だろ」

暦「だから、死ぬのは許さない。 僕の為に生きろ」

火憐「は、ははは。 すげえ言葉だな。 僕の為に生きろって」

火憐「……でも、兄ちゃんの命令なら仕方ねえな。 兄ちゃんの命令は絶対だ」

火憐「分かったよ。 兄ちゃん、また会おうぜ」

暦「おう。 任せておけ」

火憐「任せたよ、兄ちゃん」

僕と火憐は笑い、拳と拳をぶつける。

なんだか男同士の約束っぽいが、これでいいんだ。

暦「それじゃあ、忍野を呼んで来るよ」

そう言い、僕は部屋の外に出ようとする。

火憐「あ、兄ちゃん」

そこに、火憐の声が掛かった。

暦「ん?」

火憐「一つ、頼みがあるんだ」

火憐は僕に対し、笑顔を向けながら言う。

暦「いいぜ、引き受けてやるよ」

火憐もまた、笑い、答える。

火憐「あのさ。 全部、終わったらさ」

火憐「一日だけ、一緒に寝てくれ」

暦「前にも言ったが、火憐ちゃん。 妹の処女なんていらねえぞ」

火憐「違うよ。 そういう意味じゃない。 もっと純粋な意味でだよ」

暦「あはは。 分かってるさ。 冗談だ」

暦「月火ちゃんは、無しでか?」

火憐「おう。 月火ちゃんは無しだ」

暦「了解。 優しい優しい兄ちゃんが引き受けてやるよ」

火憐「……ありがとう」

その言葉を聞き、僕は部屋を出る。

さて、後は忍野と話を付けるだけか。

意外にも、忍野は部屋を出てすぐの所で待っていた。

忍野「やあ、お疲れ様。 ああ、今からが大変だし、まだ言うべきじゃなかったかな」

暦「妹のしたヘマの後片付けなんて、大変でもなんでもねえよ」

忍野「そうかい。 じゃあ一度、妹ちゃんも交えてお話しようか」

との事で、僕は先程、また会おうと格好良く別れた妹と数分間を置いて、再会する事になったのだったけれど。



第十六話へ 続く

以上で、第十五話終わりです。

乙ありがとうございます!

乙乙

乙乙乙

今週は明日、明後日投下できそうです。

アララギさんかっけー

こんばんは。

第十六話、投下します。

忍野「それじゃあ、説明するよ」

暦「ああ、頼む」

僕の言葉で、忍野は説明を始める。

忍野「まず、選択肢は三番目……つまりは、阿良々木くんは妹ちゃんに憑いている怪異と戦うって事だね」

忍野「これに関しては、異論は無いかな。 まあ、あったからってどうって訳でも無いんだけど」

火憐「ねえよ。 あたしもそれでいい」

暦「僕もだ」


忍野「そうかい」

忍野「というか、阿良々木くん。 一つ聞いてもいいかな」

暦「ん? どうした、忍野」

忍野「阿良々木くんの家ってさ、目上の人に対する言葉遣いとか、教えないのかい?」

暦「……ほっとけ」

忍野「ははは。 そこら辺含めて、そっくりだよ。 君達は」

火憐「そりゃそうだ。 あたしは兄ちゃん大好きっ子だからな」

自信満々に言うなよ、恥ずかしくねえのかよ。

暦「話を戻そうぜ。 それで忍野、その後は?」

忍野「ああ。 今回に限ってだけど、僕も阿良々木くんと一緒に戦ってあげるよ。 勿論、あくまでも協力って形だけどね」

暦「そりゃ、大分心強いな」

忍野「おいおい、僕はただのアロハのおっさんだぜ。 あんま期待されても困るな」

自分で言うのか、それ。 確かにアロハのおっさんだけれども。

火憐「……タダで、やってくれるのか?」

忍野「ん? ああ、お金かい?」

火憐「そうだ。 あたしの知ってる大人は、詐欺をしやがったんだ。 それで騙された奴が何人も居る。 あんたがそうだとは思わねえけどさ」

火憐「タダで手伝ってくれるってのも、なんだか気分が悪りい」

忍野「へえ。 酷い大人が居た物だね。 全く」

忍野「まあ、君がそれでいいならいいけど。 高く付くよ? 今回のは厄介だしさ」

暦「……いくらだ?」

僕の吸血鬼で、五百万だったろ。 一応あれも、かなり厄介なパターンだった訳だし、少なくともそれよりは。

なんて、僕はそう思ったのだけれど。

忍野「一千万。 それが妥当な金額かな」

暦「おい、おいおいおい。 待てよ忍野。 そんな金額、火憐ちゃんに払えると思ってるのかよ」

忍野「今すぐなんてひと言も言ってないさ。 払える時でいいよ」

暦「けどな! 一千万って、僕の時の二倍じゃねえかよ」

忍野「そりゃ、そうだろ。 阿良々木くん」

忍野「僕も今回、文字通り命賭けなんだぜ。 相場から言えば、大分サービスしてる方なんだけど」

暦「だけど!」

確かに忍野の言うとおりなのかもしれないけれど、それでも、そんな金額なんて、少なくとも簡単にどうこうできるって額でも無い。

僕が返済を手伝うにしても、だ。

火憐「いいよ、兄ちゃん」

火憐「払う。 一千万だな」

暦「お、おい。 火憐ちゃん」

火憐「大丈夫だよ。 あたしはこう見えて、働く女なんだぜ」

暦「だけどな……大体だ。 一千万ってどの位か分かってるのか?」

火憐「当たり前だろ。 とにかく、あれだ」

火憐「一万円がいっぱいって感じだろ?」

アバウトすぎるだろ。 確かに一万円がいっぱいだけれどもな!

暦「……まあ、いいよ。 僕も返済は手伝う」

火憐「駄目だ。 あたしの借金はあたしで返す。 これだけは譲れないぜ、兄ちゃん」

暦「つっても、お前一人じゃ返しきれないだろ。 二人でも返せるかどうかすら、分からないんだぜ」

火憐「なんとかする! だから兄ちゃんは気にするな」

暦「なんとかできねえって! 死に物狂いで働いてやっとだぞ!」

こいつ、本当に分かって無いんだろうな。

火憐「兄ちゃんはいいから黙ってろ! 殴るぞ!」

暦「あ、えっと」

やべえ。 妹に脅されてびびって黙ってしまった。


忍野「はは。 本当に仲が良いよね、君達は」

忍野「ま、兄妹喧嘩もそろそろ終わりにしてさ。 本題に入ろうか」

その原因を作ったのはお前だけどな、忍野。

まあ、助け舟を出してくれたのには感謝しておこう。

忍野「それで、僕が手伝い、見事に成功すれば」

忍野「妹ちゃんも元通り。 阿良々木くんも死なずに済んで、更には皆の記憶も元通り。 めでたしめでたし」

忍野「んで、阿良々木くんが死んだ場合」

忍野「この場合も、妹ちゃんは元通り。 けれど阿良々木くんは死亡。 この場合でも記憶は戻る。 怪異が目的を達成したって事になるけど、後味は悪いね。 それに、忍ちゃんもその場合は始末しなければ、まずい」

忍野「こんな所かな?」

そうか。

僕が死ねば、忍は今の状態では無くなり、本来の吸血鬼へと戻るのか。

なるほど、それなら僕は、余計に死ねない訳だ。

暦「分かった。 火憐ちゃんも、忍も、それでいいか?」

火憐「あたしは文句ねえよ。 てか、言える立場でも無いし」

忍「儂も構わん。 どうせ余生じゃからのう」

との事で、これで決まりの様である。

忍野「さてと。 それじゃあ、下で準備をしてくるよ。 妹ちゃん、行こうか」

火憐「ああ」

忍野「場所は、この前阿良々木くんが悪魔と戦ったあの場所だからね。 間違えない様に」

暦「どうやったら間違えるんだよ」

忍野「念の為だよ。 ああ、そうだ。 これも念の為に言って置くけど」

忍野「次に会う時は、妹ちゃんは化物の姿になってるからね。 そこら辺、分かってるのかい」

暦「……分かってるさ」

忍野「そうか。 ならオッケー。 じゃあまた、後で」

そう言い、忍野は部屋から火憐を連れて出て行く。

暦「火憐ちゃん、また後で」

僕は火憐にそう言い。

火憐「おう兄ちゃん。 また後で」

火憐は僕にそう言った。

そして、今に至る。

現在。

忍野の準備が終わるのを待ち、上の部屋で忍と二人で待機という訳だ。

忍「お前様よ」

暦「ん?」

忍「やはり、少しでも儂に血を吸わせておいた方が、確実に良いと思うのじゃが」

暦「そりゃ、そうかもな」

忍「だが、やらないと?」

暦「ああ。 一応、多少は普通より回復力があるし」

忍「まあよい。 いつ死ぬのか生きるのかを選ぶなんて、お前様の勝手じゃしな」

暦「迷惑掛けるよ。 お前にも、忍野にもさ」

忍「カカッ。 迷惑ならいつも掛けられておるわ。 いつか、お前様があの巨大な妹御に言った様に」

暦「そうか。 なら結局、僕はあいつと似ているのかな」

忍「そりゃ、そうじゃろ。 瓜二つじゃ」

どこら辺が瓜二つだよ。 双子でもあるまいし。

忍「だが、お前様はお前様じゃよ。 妹御は妹御。 似ているが、一緒では無い」

忍「お前様は、巨大な妹御の思っている事に気付けなかったのを酷く後悔している様じゃがな」

忍「似ているからこそ、気付かない事もあるんじゃよ。 距離が近すぎて、気付かないと言った所じゃ」

距離が近すぎて、気付かない。

なるほど。 僕達の場合は案外、そんな感じなのかもしれない。 今まで、そんな事は思った事も無かったけれど。

暦「けど、さっき火憐ちゃんとも話したけどさ。 これが終わったからと言って、全てが終わる訳じゃねえんだよな」

忍「ふむ。 怪異と一度でも関われば、関わり易くなる。 かのう?」

暦「そう。 火憐ちゃんも、僕みたいに次から次へと問題事を抱えるのかもしれない」

忍「なんじゃ、お主。 首を突っ込んでいたのが問題事だと、認識しておったのか」

暦「一応はな。 だけどさ、本当にこれで良かったのか。 とは思うよ」

忍「と、言うと?」

暦「気付けた事はいっぱいあったんだよ」

暦「最初の日の事だったり、火憐ちゃんが想っていた事だったり、今思えば、異変だらけじゃないか」

忍「先程も言った様に、お前様と巨大な妹御の場合は、距離が近すぎたんじゃよ」

暦「って言ってもさ、気付けなかったのは僕の責任なんだよ。 近すぎたとしても、分かる事なんて出来た筈なんだ」

忍「なるほどのう……お前様がそう思うのも無理は無い話じゃと思うが、後悔しても仕方ないじゃろ。 過去には戻れんしのう」

暦「……そりゃそうだな。 進むしか、ねえんだよな」

忍「それに今回、儂は一本道だったと思っておるぞ。 分かれ道の無い、一本道」

暦「そうでも無いだろ? 僕が気付くべき事に気付けば、事態は変わっていたんだろうし」

忍「それこそ、そうでも無い。 じゃな」

暦「どういう意味だ、忍」

忍「簡単な事じゃよ。 お前様と、妹御だったから、今回の事になったんじゃ」

忍「馬鹿と馬鹿だしのう。 選べる道なんて、最初から無い」

忍「それに、小僧と小娘じゃあ、分かれている道の存在にも気付かなくて当然じゃ」

確かに、そうかもな。

僕も火憐も、まだまだガキなんだ。

そんな二人が並んで歩いても、前しか見えないだろうし。

僕と火憐の性格的にも、か。

暦「忍にそう言われちゃ、返す言葉もねえな」

忍「だから、お前様が悩む事でも無いわい」

忍「お前様は、ただ妹に想われて幸せだなぁ。 とか感じておればいいだけじゃ」

暦「いやいや、それじゃシスコンじゃねえかよ。 確かに幸せだけどな」

僕がそう言うと、忍はこれ以上無い程に呆れた顔をして、溜息を付いた。 何やってんだこいつ。

忍「ま、お前様がそう思うのならこれ以上は何も言わん」

暦「? まあ、いいけどさ」

暦「とにかく、僕はまたあの家に帰る。 もう一人の妹も待っているし」

忍「そうじゃな。 今回、儂は殆ど無力と言っていい。 いくらあの小僧がおると言っても、油断はするなよ」

暦「はは。 随分とマジな兄妹喧嘩になりそうだな。 あいつ、強いからなぁ」

忍「儂も間接的にボコされておるしの」

ボソッと言うなよ、怖いから。

と、そんな話をしている時に、部屋の扉が開いた。

忍野「やあ、お待たせ」

忍野が戻ってきたと言う事は、つまり。

暦「準備が出来たって事か」

忍野「うん。 今は部屋を閉じてあるけど、開けて入ったら外には出られないからね」

忍野「その辺りは、あの悪魔の時と一緒って事だよ」

忍野「ただ、今回ばかりは誰も助けに来ない。 前みたいにツンデレちゃんが来る事も無いからね」

暦「分かってるさ。 それに、これは僕と火憐ちゃんの問題だ。 戦場ヶ原を巻き込む訳には行かない」

忍野「そりゃそうだ。 けど、あのツンデレちゃんは多分。 怒ると思うけどなぁ、本当の事を知ったらさ」

だろうな。 怒り心頭で、多分僕は海に沈められるか、切り刻まれるか、文房具で刺されるかのどれかだろう。

こえー。

暦「忍野、戦場ヶ原には絶対に言うんじゃねえぞ」

忍野「勿論、男と男の約束だ」

忍野は僕の方に拳を向け、親指だけを突き立てる。

ここまで信用ならない奴も中々いねえな、ほんとに。

忍野「それで、真面目な話だけどさ」

忍野はおどけた声の調子を変え、普段より更に、低い声で言う。

それだけで、僕はそれほど真面目な話だと、理解した。

忍野「一番最悪なパターンは、阿良々木くんが死に損ねる事かな」

暦「僕が死に損ねる? そんな事、あるのか?」

忍野「あるよ。 僕が先に死ねば、あの結界は破れる」

忍野「つまり、扉も内側から開くって事さ。 そこで阿良々木くんが逃げ出せば、死に損ねる」

忍野「そうなったら最悪のパターンだ。 あの怪異は、阿良々木くんが死ぬまで、花粉を撒き散らす」

暦「花粉? それって……」

あれだ。

僕が火憐や忍の事を忘れる直前に嗅いだ、あれの事か。

忍野「そ。 つまりは全員の記憶がぐちゃぐちゃになるって事さ」

忍野「ましてや、妹ちゃんが表に出ている時じゃなく、今は怪異その物が現れている」

忍野「その場合、阿良々木くんと関わりのある人間が標的になる可能性も、忘れないでね」

なるほど。 まあ、あまり関係の無い事だ。

だって、僕が命惜しさに逃げ出すなんて事は、無いのだから。

暦「その辺は心配いらねえよ。 もし死ぬ時は、潔く死ぬさ」

暦「まあ、最後まで諦める気も無いけどな」

忍野「そう言うと思った。 阿良々木くんは分かり易くて助かるよ」

暦「そうかよ。 なら無駄口を叩いてないで、さっさと行こうぜ」

忍野「はは。 元気良いね、阿良々木くん」

てっきり、いつもの言い回しを忍野はするのかと思ったけど、その後に続く言葉は無かった。

暦「どうしたんだよ。 いつもみたいに言わないのか?」

忍野「僕だって、良識は弁えているさ。 とてもじゃないが、良い事があった様には見えない阿良々木くんに対して、そんな事、口が裂けても言えないなぁ」

マジかよ。 お前、僕が良い事無い時でも、すげえ楽しそうに言ってたよな。

月火ではないが、録音して聞かせてやりたい位だ。

とまあ、思った物の、恐らくは忍野もそれ位本気って事だろうか。

いや、そもそも、こいつはいつも手を抜いている様にも見えるし、本気を出したらどうなるのかも分からないが。

そんな話をしている内に、着いた。

かつて、一度入った事のある部屋。

今は、火憐が中に。

忍野「最後に確認だ。 阿良々木くん」

忍野「忍ちゃんのブレードは、本当に使わないのかい?」

暦「ああ。 使わないよ」

忍野「相手は怪異だよ。 それも、かなり強力なね」

忍野の言葉に、僕は笑いながら、返す。

暦「違うな。 これはただの兄妹喧嘩だ」

暦「兄妹喧嘩に刀なんて取り出しちゃ、事件になっちまう」

月火はしょっちゅう、凶器を取り出しているけれどな。

それでも事件になってない辺り、あいつも意外と、歯止めが利くのだろうか?

……無いか。 それは僕がうまい事回避しているだけだ。 つっても、実際に刺されでもしたら、その時点であいつは、僕の体質に気付くのだろうけれど。

忍野「ま、それで良いなら、いいけどさ」

忍野「いくら阿良々木くんが妹ちゃんを庇っても、妹ちゃんは自業自得なんだぜ? その辺りは、分かってるのかい」

暦「僕もそう思う。 あいつの場合、殆ど自業自得だし」

暦「けど、忍野。 火憐ちゃんにはもっと似合う言葉があるんだよ。 四字熟語でな」

そうだな。 少なくとも、自業自得よりは、ぴったりだろうよ。

暦「才色兼備。 それしかねえ」


第十七話へ 続く。

以上で第十六話、終わりです。

乙ありがとうございます。


次回も待ってる

こんばんは。

第十七話、投下致します。

形容するならば、巨大な木。

最早、それは草とは呼べない程の、巨大な木だった。

ここからでは、その巨大な木によって、火憐の姿は見えない。 いや、あの木そのものが、既に火憐なのだろうか。

まるで、ゲームかなんかのボスみたいだな、と思う。

でかさ的には、どのくらいあるんだ、これ。

火憐を縦に並べて、五人分くらいか? って事は、十メートル近くはあるのだろう。

なるほど。 こりゃ、確かに巨大な妹御だな。

そして、その木を覆うように生えているのは草だった。

その一本一本が意思を持っているかの様に、蠢いている。

いや、草っつうよりはツタと言った方が正しいか。

忍野「阿良々木くん、見えるかい」

横に居る忍野がそう言い、木の上部を指差す。

忍野「あそこに生えている花。 あれがあの怪異の弱点と言うか、本体と言うか、それだよ」

ふむ。 確かに小さくではあるが、見える。 いくら弱点と言っても、あそこまで行くのにも苦労しそうではあるな。 それに、僕は。

僕の目の前に生えている木は、今にも攻撃しようと、無数にあるツタを蠢かしている。

それは火憐の意思では無く、怪異の意思だ。 ただの、呪い。

忍野「それじゃあ、行こうか」

いつの間にか、忍野が先行する形で歩いていて、僕はその後をゆっくりと付いて行く。

そして、何歩か歩いた所で忍野は止まる。

忍野「ここら辺かな」

忍野「阿良々木くん。 これより先に進めば、奴の範囲内だ。 つまりは」

忍野「これ以上進めば、戦闘開始って所だね」

すいません投下順ミス。

>>620-621の間抜けてました

暦「言っただろ、忍野。 僕はあれを斬ったりはしない。 火憐ちゃんを殺す訳には、いかない」

忍野「そうかい。 ま、一応って事で頭に入れておいてくれよ」

そうは言われても、僕は多分、本当に死にそうになったとしても、あれを攻撃する事は無いのだろうが。

暦「忍、お前は影の中に入っておけよ。 今のままじゃ、ただの幼児だからな」

忍「分かっておるよ、我が主様。 ただ、あまり無茶はせんようにな」

暦「どうだかな。 火憐ちゃんが暴力的じゃなきゃ、良かったんだけど」

暦「どうも、そう簡単には行きそうに無い」

僕の目の前に生えている木は、今にも攻撃しようと、無数にあるツタを蠢かしている。

それは火憐の意思では無く、怪異の意思だ。 ただの、呪い。

忍野「それじゃあ、行こうか」

いつの間にか、忍野が先行する形で歩いていて、僕はその後をゆっくりと付いて行く。

そして、何歩か歩いた所で忍野は止まる。

忍野「ここら辺かな」

忍野「阿良々木くん。 これより先に進めば、奴の範囲内だ。 つまりは」

忍野「これ以上進めば、戦闘開始って所だね」

おいおい。 まだ、あの木とは大分離れた位置なんだけど、どんだけ範囲が広いんだよ。

忍野「とは言っても、阿良々木くんは素手だから、うまい事あの木の懐に潜り込まなきゃ、勝機は無いよ」

暦「懐に? そこまで行けば勝てるのか?」

忍野「恐らくはね」

忍野「あの木の中に、君の妹ちゃんは居る。 だから、妹ちゃんを縛っている草を解けば、怪異は消えて無くなるよ」

木の中、ね。 火憐はつまり、あの幹の中にいるって事か。

確かに、遠目だからはっきりとは分からないけれど、隙間の様な物は見える。

……なるほど、あそこから中に入れって事か。 だが、そんな簡単で良いのだろうか?

暦「それだけか? なら、思っていたよりも簡単そうだな」

忍野「ははは。 それが大変なんだよ、阿良々木くん」

忍野「忍ちゃんのブレードも無ければ、今の阿良々木くんは殆ど人間だ。 攻撃してくるツタを斬る事も出来なければ、食らいながら無理矢理進む事も難しい」

忍野「僕も不死身体質なら、突っ込んで良いんだけどさ。 生憎、僕は一発食らったら終わりの人間なんだよ」

忍野「僕はここから、あいつの動きを妨害する事に専念する。 辛い役目は全部阿良々木くんだけど、良いかな」

暦「ああ、分かった」

妹の為だ。 こんなの、何でも無いさ。

忍野「そうだ。 忍ちゃん、ちょっと良いかな」

いつの間にか、忍野は僕の後ろに立っていた。 そして、僕の背中で忍と何やら会話をしている様だ。

さてと。

集中するかな。

目の前の怪異。 いや、火憐を見つめる。

ったく、本当に色々と、迷惑を掛けてくれる妹だな。

まあ。 今回に限っては、僕にも責任はあるのだけれど。

つうか、そんな風になる程僕の事を想うとか、お前はヤンデレかよ。

似合わねえな。 お前はさ、もっとあれだろ。

単純で、純粋で、馬鹿で、暴力的で、元気で。

そんな、奴だろ。

別に、良いけどさ。

全部終わらせて、帰ろうぜ、火憐ちゃん。

月火ちゃんも入れて、三人で話そう。

僕の身にあった事。 火憐の身にあった事。

家族だから、隠し事ってのもあるかもしれないけどさ。

言えない事ってのも、あるかもしれないけどさ。

少なくとも、僕の事はもう、言えない事じゃないぜ。

火憐ちゃんは僕の事を受け入れてくれたし、人間だと言ってくれた。

忍野みたいに、影縫さんみたいに。

月火ちゃんも、多分そうだよな。

なんつっても、こんだけ想われちゃ、嘘なんか付きたく無くなるっつうの。

腹を割って話そう。

今まで、火憐ちゃんの事は嫌いだ嫌いだって言ったけど。

今なら言える。 好きだぜ、火憐ちゃん。

忍野「阿良々木くん、準備は良いかな」

背中から、忍野の声が聞こえてきた。

忍との話は終わったのか、既に忍は僕の影の中へと消えている。

暦「ああ、大丈夫。 いつでもいける」

後ろは振り返らないまま、僕はそう言う。

忍野「そうかい。 じゃあ」

-----------------また会おう、阿良々木くん。

その言葉を聞き、僕は踏み出す。

踏み出すと言うよりかは、駆け出す。

一歩一歩、火憐に向けて。

ツタがそれに気付いたのか、僕の方へ向けて、飛んできた。 飛んできたと言うよりは、ただそのツタをしならせて、僕の方に攻撃をしてきただけなのだが、まるで飛んできた様な動き方だった。

速度はかなり速いが、避け切れない程でも無いか?

判断するのと同時に、目の前に迫ってきたツタを体を捻り、避ける。

胸の辺りを掠めるようにして、ツタは僕の後方へと流れて行った。

よし、これなら行ける。

これならまだ、避けられる。

これもまた、忍野のお陰だろうか。 つうか、動きを阻害してこれって、阻害しなかったらどうなるんだよ。

忍「お前様、後ろじゃ!」

突然、影の中から声が聞こえる。

忍か。

てか、後ろ? 後ろってお前、忍野が居るだけじゃねえかよ。

と思いながらも、振り返る。

ああ、そうか。

その光景を見て、僕は忍の言葉の意味をはっきりと理解した。

ツタは行ったら行ったっきりじゃねえのか。

それを引き戻す際にも、僕を攻撃できるのか。

暦「……っ!」

気付くのが遅れたのもあり、今度は完璧には避けきれない。

一本のツタが、僕の腕を切り裂いた。

けど、まだ、まだだ。

まだ、この程度。 掠り傷程度。

僕は再度、前を向き、走る。

距離はどのくらい縮まったのだろうか? もう半分ほどまで来ただろうか?

後ろを見ては走れないので、正確な距離は分からないが、確実に近づいているのは理解できた。

が。

次の攻撃で、僕は認識の甘さを理解する事になるのだけれど。

いや、忍野も分かっていなかったのだろうか?

それすらも、どうでも良い。

つまり、あの木は『本気で僕を殺しに来ていなかった』のだ。

今の、今まで。

暦「ぐあっ!」

文字通り、目に見えない速度で、ツタが僕の左腕を切り離した。

くっそ、マジかよ。 見えないって問題じゃねえぞ。 気付いたらって感じだ。

いてえな。 だけど、まだ腕一本だ。

春休み……あの地獄の様な日々のおかげで、大分痛みには我慢が効くようになっているのが幸いか。

僕は痛みを堪え、走る。

木には既に、大分近づいてきている。

あそこまで行けば、全部終わる。

また、火憐と月火と、馬鹿な事が出来る。

元通りとは言えないけれど、また戻れる。

忍野「阿良々木くん! 下がれ!」

後ろの方から、忍野の声が聞こえてきた。

おいおい、忍野。 もう少しなんだぜ。 後少しで、全部終わるんだ。

なのに今更下がれなんて、意味が分からねえぞ。

ああ、そうか。

このパターンって、良くあるあれか、僕が死ぬパターンか?

その考えは、見事に当たる訳で。

気付いた時には、右足が無くなっていた。

勿論、そんな状態で進める訳も無く、僕は地面へと倒れ込む。

暦「……っ!」

くそ、痛みすら、もう感じ無い。

次の瞬間には死んでるかもしれないな。 こりゃ。

だが、木は次の攻撃を仕掛けてこない。

火憐の意思?

違うか。 今、僕の目の前に居るのは、紛れも無く僕の妹の火憐ではあるけれど。

それ以上に、怪異なのだ。

想いを吸うとは言っても、それはエネルギーとして。

火憐の想い等、この怪異の前では意味の無い物だ。

恐らくは、飽きただけなのだろう。 放っておいても死ぬと、判断されたのだろう。

僕は、死ぬ。

結局、最後の最後まで、何も出来なかった。

火憐との約束さえ、どうやら守れそうにも無い。

あれだけ火憐の前では格好良い事を言っておきながら、このザマじゃあ、月火にぐちぐち言われそうだな。

所詮、一人のガキの我侭じゃあ、この程度だろう。

だからと言って、僕は心渡を持ち出さなかった事や、吸血鬼化していなかった事を後悔したりはしない。

そこに理由があるとするならば、僕の想い。

今の今まで、火憐に僕の想いをぶつけた事なんて、無かった。

だから、せめて最後くらいは、兄で居たかった。

火憐や月火から言わせれば、僕はいつでも兄なのだろうけれど。

まあ、でも。

暦「やっぱ、強いよな。 火憐ちゃんは」

なんて。

簡単な事だ。

僕は火憐に勝てない。

今みたいな、単純な勝負でも。

思えば、この怪異は火憐の想いを吸って、ここまでの怪異になったのだと言う。

それなら、僕は火憐の想いにも勝てなかったって事だろう。 当然か。

これで、火憐は元通りに戻れる。

兄として情け無いったらありゃしないが、後の事は月火に任せるとしよう。

あいつは意外としっかりしているしな、多分、僕以上に。

火憐の事も、うまい具合にストッパーにはなっている様だ。

いや、火憐も火憐で、月火のストッパーにはなっているのか。

良い具合に、二人が二人を吊り合わせている。

そんなあいつになら、任せられる。

暦「……そうだ、忍」

危ない危ない、忍の事を忘れる所だった。

忍「なんじゃ、我が主様よ」

忍は姿を出さず、影の中から僕に返事をする。

暦「悪いな。 どうやら、僕は死ぬみたいだ」

忍「ふん。 諦めが早い小僧じゃな」

暦「……悪い」

忍「まあよいわい。 お前様がもう駄目だと言うならば、そうなのだろうよ」

暦「弱音は、吐きたく無いんだけどな」

暦「でも、こんな状態じゃあ……僕は、無理だろ」

忍「今、この瞬間にでも、儂がお前様の血を吸えば、戦えるとは思うが?」

暦「……駄目だ、それだけは駄目だよ」

忍「……くだらん意地じゃな」

暦「そうだよ。 くだらない意地だ。 僕の我侭だ」

忍「まあ、別に良いがのう」

暦「……忍も、この後、忍野に殺されるだろうな」

忍「お前様が死ねば、そうなるじゃろうな」

暦「迷惑掛けるよ、本当にさ」

忍「さっきも言ったが、迷惑ならいつもの事じゃよ」

暦「はは、そうだったな」

暦「それじゃあ、忍。 さようなら」

僕は影に向けて、忍に向けて、言った。

ありがとう。 なんて言葉は言えないけれど、別れの挨拶くらいなら、別に良いだろう。

だが、忍は。

忍「ふは。 あははははははははははははははははははは」

と、笑う。

顔は見えないが、恐らく凄惨に。

忍「カカッ。 なんじゃ、儂がいつ、お前様との別れ話をしたんじゃ?」

忍「お前様が諦めたのかは知らんが、儂はまだ諦めておらんよ」

暦「……何を言ってるんだよ。 この状態じゃあ、無理だろ」

忍「そりゃそうだのう。 恐らく、儂が無理矢理にでも血を吸った所で、お前様は戦わない」

暦「分かってるじゃねえか。 なら」

忍「だが、それはお前様の事だろうよ?」

暦「……忍が、戦うって言うのか?」

忍「カカッ。 まさか、儂じゃあとてもじゃないが、お主と同じ末路じゃろうな」

顔は見えないが、恐らく忍は笑いながら、続ける。

忍「話が変わるが、儂には一つ、お前様には謝らねばならん事がある」

なんだよ、こんな時に。

忍「すまんのう。 我が主様よ。 儂はお主を騙した」

騙した? あの春休みの事か?

いや、それこそ、今するべき話では無い。

なら、忍は何を言っている?

忍「儂やお前様では無理でも、あのアロハ小僧なら終わらせる事が出来る」

忍「勿論、正面からでは無理じゃろうな。 だから」

忍「四番目の方法、じゃよ」

四番目? 僕が選んだのは、三番目だぞ。

忍「だから、騙したと言っておるんじゃよ。 儂とお前様は、最初から囮だったんじゃ」

囮? 僕と、忍が?

暦「ま、待てよ。 忍、僕は四番目なんて選んでいない。 それをやったら、火憐ちゃんが」

忍「くどいぞ。 我が主様」

忍「現にお前様は死に掛けているでは無いか。 これもまた、あの小僧は予想していたのじゃが」

忍「その格好でも、体の向きくらいは変えられるじゃろうよ。 後ろを向いてみい」

そう言われ、残された片方の腕を使い、後ろを向く。

そこには忍野が居て。

手には----------------------------心渡。

暦「お、おい、忍野。 何をしているんだよ」

僕の声は届いているのか、いないのか。

恐らくは聞こえていても、僕には忍野を止める事は出来なかっただろう。

なんつったって、この有様なのだ。

暦「やめ、ろ。 やめろ……忍野!」

腕を切られた所為か、足を切り飛ばされた所為か、うまく声が出ない。

そして、やはりそれにも聞く耳を持たず、忍野は駆け出す。

怪異は未だ、僕だけしか見ていない様で、忍野に攻撃が向く事は無かった。

そして。

忍野は跳ぶ。 木の頂上を目指して。

僕には顔を向ける事もせず、忍野は、僕の目の前で。

木の頂上に咲き誇る、一輪の花を斬った。


第十八話へ 続く

以上で第十七話、終わりとなります。

乙ありがとうございます。

おつ

いちょーつ

こっそりもう一話。

目の前に、忍野が降り立つ。

僕の方を見ないまま、背中を見せたまま。

その奥で、木が枯れて行く。

僕を殺しかけていた木は、あっさりと。

先程まで動いていたツタも枯れ、灰となっていく。

暦「てめえ! 忍野!」

殺された。

火憐が、僕の妹が。

結局、何も守る事なんて出来なかった。

許さねえ。 忍野。

殺す。 殺してやる。

這いつくばり、進み、忍野の足を掴む。

暦「ふざけるな、ふざけるなよ! ぶっ殺してやる、忍野!」

忍「ふん」

いつの間に影から出てきたのか、忍は僕の上まで来ると、自らの腕を引きちぎり、僕に血を浴びせる。

驚くほどのスピードで、僕の腕、足が元通りになった。

ありがとう、忍。

これで、忍野を殺す事ができる。

暦「てめぇええええええええ!!」

肩を掴み、顔をこちらに向かせ、殴る。

殴り、殴って、殴りつける、何回も、何回も。

忍野はやがて倒れ、僕はその上へ覆いかぶさった。

暦「よくも、よくも火憐ちゃんを!」

また殴る。 何発も何発も何発も。

勢いで殴った所為なのか拳はもう、完全にぐちゃぐちゃになっていた。

けど、関係ない。

僕は、この男を殺さなければ。

暦「……どうしてだよ、何で!」

気付けば僕は泣いていて。 その問いに忍野は答えない。

あくまでもこいつは、僕の顔を見たまま、何も言わない。

それがまた、憎くて。 僕は再度殴ろうと拳をあげる。

そして、その腕を忍が、掴んだ。

忍「もう良いじゃろ。 我が主様よ」

良い? 良いって、何が?

暦「邪魔するのか、忍」

そうだ。

なら、先に忍から。

忍「そんな眼をするな、我が主様」

忍「お前様の妹御は、生きておるよ」

いき、ている?

でも、忍野が、火憐を。

忍「おるじゃろ、そこに」

そう言い、忍は指をさす。

僕と忍野の先。

先程まで、怪異が居た場所を。

暦「火憐……ちゃん」

その先には、僕の妹が。 火憐が、横たわっていた。

時間経過。

結論から言えば、火憐は死なずに済んだ。

僕もまだ頭の整理が追いつかないけれど、その事実だけで、充分すぎたのだろう。

今は、忍野と僕と忍。 それに、火憐も。

忍野がいつも使っている部屋に集まっている。

もっとも、火憐は意識を失っており、寝ている様な物だけれど。

暦「って事は……火憐ちゃんは無事って事で、いいんだよな?」

忍野「まあ、無事って程でも無いけどね。 さっきも言った様に」

忍野は僕に殴られた顔を擦りながら、いつもみたいにどこかふざけた様子で、そう言った。

暦「けど、何で忍野は僕を騙したんだ。 四番目の選択は、火憐ちゃんも死ぬって、そう言ってたじゃないか」

忍野「おいおい。 阿良々木くん。 本当に僕の話を何も聞いていなかったのかい。 さっき説明したじゃないか」

ああ、そう言えば……さっき何か言っていたっけか?

マズイな。 火憐が無事だと分かっただけで、何も聞いていなかった気がする。

少し、順を追って思い出そう。

以下、回想。

暦「火憐ちゃんが、生きている?」

僕と忍は、火憐の元まで歩いて行き、見下ろす。 いつも元気が良い、僕の妹を。

忍「そうじゃ。 だから言ったでは無いか。 お前様を騙していた、と」

忍「そうじゃろう? アロハ小僧」

忍の声を聞き、忍野はゆっくりと体を起こす。

そして、口を開いた。

忍野「全く、阿良々木くん。 いくらなんでも殴りすぎだよ。 まあ、無理もないか」

忍野「……そうさ。 忍ちゃんの言うとおり、始めからこれが狙いだった」

忍野「騙したのは悪いと思ってるよ。 だから、その分のはさっき僕をボコボコにした事で、チャラって事にしといてくれ」

暦「お、忍野。 本当に、火憐ちゃんは生きているんだな?」

忍野「当たり前だよ。 君には妹ちゃんが、死んでいる様に見えるかい?」

その言葉を聞き、火憐の横に座り、様子を伺う。

……息もしているし、心臓も止まってはいない。

顔色も、とても悪い様には見えない。

暦「……生きてる、火憐ちゃんは、生きてる」

暦「忍野! じゃあ、どういう事なんだよ。 説明、してくれるよな?」

忍野「はは、勿論」

そうして、忍野は説明を始める。

どこから僕を騙していたのか、僕をどうして囮にしたのか。

忍野「まず、妹ちゃんは生きている。 これは事実だね」

忍野「そして、阿良々木くんを囮として利用したのも事実さ」

忍野「うーん。 どこから説明しようかな」

忍野「まずは、そうだね。 僕がいつ、忍ちゃんと話し合ったかは大体分かるよね?」

忍野と忍が、話すチャンス。

ああ、僕の背中越しで、話していたっけか。

この部屋に入って、忍野がここから先に行けば攻撃範囲だと教えてくれて、その時だ。

忍野「その時に、忍ちゃんのブレードを借りたのさ。 他にも斬る方法はあったんだけど、これが一番確実だった」

暦「なるほど、それで忍野は心渡を持っていたって訳か」

暦「けど、忍野がやったって言うのは、要は四番目の選択だろ? でも、それが一番楽なんだったら、僕にやらせるべきだったんじゃないか?」

忍野「そりゃあ、もっともな意見だけどさ。 阿良々木くんは恐らく、反対したと思うんだよ」

忍野「そうなると、もう本当にどうしようもなかったからね。 その辺りは諦めてくれよ」

僕が反対する?

暦「何故、反対するって思ったんだ?」

忍野「うん。 じゃあ次はそこの説明をしようか」

忍野「僕が言っていた妹ちゃんが死ぬって言うのは、例え話なんだよ」

暦「……例え話」

忍野「そ。 例え話」

忍野「妹ちゃんは実際に、本当に死ぬ訳じゃない」

忍野「死ぬのは、妹ちゃんの記憶。 だよ」

暦「記憶が、死ぬ……」

暦「それは、忍野。 自分が誰かとか、僕が誰かとか、そういう事を忘れるって事か?」

忍野「そこまでじゃないさ。 忘れるのは、今回の怪異に関する記憶だけだ」

暦「それって……」

忍野「つまりは、自分が何をしたかとか、阿良々木くんの正体だとか。 そういった事を丸っきり忘れるって事だね」

忍野「まあ、簡単に言うならば、今回巻き込まれた大勢の人の様に、都合よく解釈される。 ゴールデンウィークの時の委員長ちゃんみたいに、忘れた事を忘れているって感じかな」

忍野「阿良々木くんはさ。 色々と思う事があって、妹ちゃんに自分の事を話したんだろ?」

忍野「それすらも忘れられるって言うのは、多分、僕の予想だと阿良々木くんは拒否すると思うんだけれど、どうかな」

忍野「それに、妹ちゃんが自分でした事も忘れるって言うのはね。 阿良々木くんは許可しなかったと思うんだ」

そう、だろうか。

僕は、その案に賛成できたのだろうか。

ああ、そうだな。

暦「……だろうな。 忍野の言うとおりだよ。 僕は絶対に賛成しなかった筈だ」

忍野「それが聞けて良かった。 もし、賛成できたって言われたら、僕はとんだ馬鹿だったって事になっちゃうしね」

忍野「阿良々木くんと同じ扱いってのは、勘弁願いたいし」

暦「うっせ」

忍野「はは、元気良いね。 何か良い事でもあったのかい?」

忍野はそう言いながら、木が崩れ落ちた辺りにしゃがみ込み、何かを探している素振りを見せる。

忍野「ま、そういう理由だよ。 妹ちゃんは今回の事は全部覚えていない。 けど、生きている」

忍野「後遺症なんてのも、無いだろうね」

火憐は、それで良かったのだろうか。

いや、良い訳無いか。 あいつは、絶対それを良しとはしない。

……多分。

断言なんて、できやしない。

僕はあいつの事、全然分かっていなかったのだから。

つうか、それだと、本当に元通りって事、なのか?

これって、あまりにも。

暦「なあ、忍野。 一つ聞いてもいいか?」

未だにしゃがみ込む忍野の背中に向けて、僕は聞く。

忍野「うん。 良いよ」

暦「……あまりにも、一件落着って感じじゃないか? 元通り、振り出しに戻るなんて」

忍野「そうかい? 妹ちゃんには、罪の意識なんて無いんだよ。 それすらも、また罪なんだけれどさ」

忍野「この方法が本当に最善だったのかは分からない。 でも、少なくとも僕は、阿良々木くんが死んで、妹ちゃんが元通りになってって言う未来は、少し違うかなって思っただけさ」

忍野「んでも。 ま、そうだね。 妹ちゃんにとっては、一件落着だろうさ。 何も起きていないし、何も起こっていないんだから」

忍野「けど、阿良々木くんにとっては、違うだろ?」

僕にとって。

暦「……それは、そうかもな。 僕も今回、大分、自分の馬鹿っぷりを認識させられたよ」

暦「でも、まあ。 やり直せるのなら、やってやるさ」

暦「ありがとう。 忍野」

自分で言うのもあれだが、僕は珍しくそう言い、忍野に頭を下げる。

忍野「はは、礼を言われる程の事でも無いさ。 阿良々木くんには、大変な役目をやらせてしまったしね」

忍野「それに、阿良々木くん」

忍野「子供が分かれ道の存在に気付けるように、導いてやるのは大人の仕事さ」

忍野はいつもの様に、ふざけた風に、そう僕に言ったのだった。

そうしてその後、僕は火憐をおぶって、忍は僕の影に戻り、忍野は少しだけフラフラしながら(多分、僕が殴った所為だろう)いつもの部屋へと向かう。

忍野「そうだ、阿良々木くん」

前を歩く忍野が、僕の方に振り返り、口を開く。

暦「ん?」

忍野「お金の話なんだけど」

そんなのもあったな……つか、マジで払えるのかな。

だけれども、忍野は言う。

忍野「今回のはチャラでいいよ」

暦「チャラ? 理由を教えてくれよ」

暦「さすがに、僕を騙したからとか、そういう理由じゃねえんだろ?」

忍野「それは殴られた分でチャラになってるからね。 そうじゃない」

忍野「請求する筈だった阿良々木くんの妹ちゃんが、覚えてないじゃないか」

忍野「なら、そんな子から毟り取ろうなんて事、僕は思わないよ」

忍野「ま、覚えてたら良かったんだけど。 仕方ないかな」

暦「……そうかよ」

全く、こいつも本当に、お人好しだよな。

暦「僕に肩代わりとかはさせないのか」

忍野「はは。 阿良々木くんがそれで良いなら、いいけど」

忍野「僕が請求していたのは妹ちゃんだしね。 無しでいいよ、やっぱり」

忍野「その代わり、今度、阿良々木くんには何かご飯でも奢って貰えればいいかな」

忍野「それを手伝い料金って事にしよう」

暦「はは、お安い御用だ」

迷惑掛けるよな、忍野にも。

こいつは最初っから、多分、請求する気なんて無かったのだろう。

結局、全て忍野の計算どおりだったって訳なのかもしれない。

まあ、でも。

火憐風に言わせて貰えれば、結果良ければ全て良しって事か。

暦「そういや忍野。 さっき僕と話している時、あの木が枯れていった辺りを探している様に見えたんだけど、何をしていたんだ?」

忍野「ん、ああ。 これだよ」

そう言い、忍野は僕に一つの透明な袋を見せる。

暦「これは、粉?」

忍野「そ。 まあ、あの怪異の遺物って感じかな。 これはこれで、結構危険な物だからさ、僕の方で処分しておくよ」

忍野の柄もあり、なんだか危険な薬物を持っているおっさんみたいだな。 言わないが。

暦「危険……ねえ」

暦「それを吸うと、頭がおかしくなったりでもするのか」

忍野「まあ、ある意味ではそうかもしれない」

忍野「この粉は、正確に言えば粉っていうか、花粉なんだけれどさ」

忍野「ある一定の記憶を飛ばしたり、忘れた記憶を戻せるんだ」

暦「忘れた記憶を……戻せる?」

暦「っつう事は、火憐ちゃんの記憶も戻せるって事か?」

忍野「うん。 その通り」

忍野「どうする? 阿良々木くん」

忍野「これを使えば、妹ちゃんの記憶は元通り。 阿良々木くんが、最初に望んだ結末になるけど」

つまり、三番目の選択を選んだのと、一緒。

暦「……いや、いいよ。 それは忍野が処分してくれ」

忍野「そうかい。 やっぱり、阿良々木くんは変わらないね」

暦「それは、良い意味で? 悪い意味で?」

忍野「両方、って所かな」

暦「……そうか」

忍野「まあさ。 記憶が戻るってのは嘘だよ。 試す様な真似をしてごめんね」

暦「大体分かっていたさ。 記憶をどうこう出来る都合の良い物なんて、そうある訳無いしな」

暦「それに、それが出来るなら最初にそれを説明して、僕と一緒に、四番目の選択を協力してやる事だって出来ただろ?」

忍野「確かに、阿良々木くんの言うとおりだ」

忍野の表情は見えないが、多分、笑っているのだろう。

暦「にしても、後味が良すぎて、逆に気持ち悪いな」

忍野「ん。 ああ、そう思うのも無理は無いよ」

忍野「一番最初に言わなかったっけ?」

忍野「今回の怪異は、性質が悪いってさ」

忍野は笑い、僕に言う。

なるほど、確かにこれは、随分と性質の悪い怪異だ。

回想終わり。

暦「そうか。 火憐ちゃんは、忘れているのか」

忍野「うん。 まあでも、大好きな兄ちゃんの事は覚えているし、良いんじゃない?」

大好きとか言うなよ。 確かにあいつは言ってたけどな。

忍野「それより、早く帰った方が良いと僕は思うな」

暦「ん? 今日は泊まりだと思っていたんだけど」

忍野「おいおい、妹ちゃんが目を覚ましたら、なんて説明するのさ」

忍野「大好きな兄ちゃんと、アロハのおっさんと、幼女だぜ?」

……いやはや、至極もっともその通りである。

暦「分かった。 というか、今の僕と火憐ちゃんってどういう扱いになっているんだ?」

暦「まさか、急に消えて行方不明って事にはなってないよな」

暦「本人も、周りからの言葉で思い出したりってのも、あるんじゃないのか?」

忍野「うーん。 そうだね」

忍野「多分、実際にありそうな感じになっていると思うよ」

忍野「この場合だと……」

忍野「大方、その妹ちゃんが家出をして、それを阿良々木くんが探しに行ってるって感じじゃないかな」

はは、すげえありえそうなシチュエーションだな、それ。

暦「まあ、今の状態も似たような物だけどな」

忍野「そうかい」

忍野「ま、とにかく。 これにて終わり。 お疲れ様、阿良々木くん」

暦「ああ。 色々と迷惑掛けたな」

暦「……なあ、忍野。 また、会えるか?」

忍野「多分会えるだろうさ。 阿良々木くんには高級寿司を奢って貰う約束もあるし」

寿司? おい、寿司っつったか、今。 てっきりそこら辺のラーメン位の物かと思ったけど、寿司かよ。

暦「はは、そうだった。 じゃあ、またな」

忍野は僕の言葉に、軽く手をあげると、机を並べたベッドに横たわった。

さて、そろそろ帰ろうか。

長い家出も、ようやく終わりを迎えられる。

僕は火憐をおぶり、火憐が持ってきた荷物は一旦廃墟に置いて、家路へと就く。

三日間の物語も、終着点は見えてきたと言った所だろう。

にしても、火憐の奴、幸せそうに寝てやがるなぁ。

忍野では無いが、何か良い事でもあったのかい? と聞いてやりたいな。

いや、良い事なんてのは、きっと無い。

あったのは多分、いつも通りの事だけだ。



第十九話へ 続く

以上で第十八話終わりです。

明日、十九話と例の後日談にて、前編終了となります。

乙!

暦さんの締め方が雰囲気出てて良いな

乙乙

うーん
いいね
充分な読み応えだったけど、まだ前半なのね
楽しみだ

こんにちは。

第十九話、投下致します。

つうか、こいつやっぱり重いだろ。

普段なら、自転車で来ていた距離なので、特に遠い等とは思わなかったのだけれど。

今は徒歩であるし。 それに火憐をおぶった状態だ。

先程まで死にかけていたってのもあり、かなり辛い。 実際。

家に着く前に、僕は倒れるのでは無いだろうか。

あ。

そうだ、火憐は確か、あれを持っている筈だ。

僕が奪われた、例のアレ。

つまりは。

お金が沢山入った、財布。

よしよし、そうと決まれば、早速。

さっきまでの重かった感じはいつの間にか無くなっていて、偶然にも近くにあったベンチに早足で移動をすると、僕は火憐をそのベンチの上へと寝かせる。

いや、別に悪い事をするって訳じゃないぜ? だってほら、元々僕が持ってきた物だし。

それを火憐に取り上げられた形なのだから、元の持ち主である僕が奪い返すのは当然の権利だろう。

そのお金が、元々何のお金なのかってのは置いといてだ。

色々買ったけれども、まだ八万くらいは残っている筈。

八万あれば……それはもう、色々と大変だ。

何がどう大変かは置いておいて、とりあえず、大変だ。

ああ、そうだ。 忍野に奢らされる寿司とやらも、そこから捻出しよう。

なんだ、本当に後味が良い結末である。 やったね。

と、考え、火憐の着ているジャージを弄る。

傍から見れば変態だが、別にやましい事をする訳では無いので、心配はいらない。

弄る事、約五分。

暦「お、あったあった」

無事、発見。

だけども。

火憐「……ん」

どうやら、地獄の番犬を起こしてしまった様である。

暦「お、おう。 火憐ちゃん、おはよう」

火憐「……兄ちゃんか? 何してんだ」

暦「ん? 何って、何も?」

火憐「……うーん。 なんか、兄ちゃんから変な気配を感じるぜ」

暦「いやいや、それは気のせいだよ火憐ちゃん」

火憐「そうか? あたしの感知能力、結構当たるんだけどな」

怖い妹だ。 嘘発見器かよ。

暦「ははは。 じゃあ、試してみようぜ。 火憐ちゃん」

火憐「試す? あたしの能力をって事か?」

暦「おう。 僕が今から、嘘か本当か、どっちかの事を言う。 それをどっちか当ててくれ」

火憐「つまりは、勝負って訳だな。 いいぜ、受けて立つ!」

暦「じゃあいくぜ」

暦「その壱。 阿良々木暦は、阿良々木火憐の事が超好きである」

火憐「本当だな」

暦「その弐。 阿良々木暦は、阿良々木火憐がいないと生きて行けない」

火憐「それも本当だ」

暦「その参。 阿良々木暦は、阿良々木火憐に恋をしている」

火憐「ちょっと困るけど、本当だな」

お前、その能力不良品じゃねえか。

暦「残念だったな、火憐ちゃん。 外れだぜ」

火憐「ああん? 今の言葉の中に、嘘が混じってたって言うのかよ」

例の如く、凄む火憐。

暦「いや、そうでもあり、そうでも無いって言った感じだ」

なんか適当な事を言って誤魔化す僕であった。

ちなみに、特に含まれた意味は無い。

火憐「ふうん。 そっか。 ま、良いんだけどさ」

良いのかよ、なら凄まないでくれよ。

まあ。

その参以外は、強ち嘘でも無いんだけれども。

そう考えると、火憐の感知能力とやらも、意外と当てになるのかもしれない。

火憐「てか、なんであたし、こんな所に居るんだよ」

独り呟く様に火憐は言い、次いで僕の顔を見て、ハッとする。

火憐「兄ちゃん……さては、あたしを拉致しやがったな!」

暦「ちげえよ! する訳ねえだろ!」

火憐「あっはっは。 冗談冗談。 あたしが家出してるのを迎えに来てくれたんだよな」

うわ。

恐ろしい事に、忍野の予想通りって事か。

確かに、一番ありそうなパターンだったが。

暦「……ま、そんな感じだよ」

火憐「わりいな、兄ちゃん」

暦「いいさ。 火憐ちゃんが困ってる時は、駆けつけるぜ」

火憐「おう。 あたしも、兄ちゃんが困ってる時ならどこへだって駆けつけてやるよ」

暦「はは。 その時は宜しく頼む」

火憐「頼まれたぜ!」

そうして、僕と火憐は並んで歩く。

もう一人の妹が待つ、家に向けて。

ああ、そうそう。 財布の方は、火憐に回収された。 くそ。

暦「……ま、そんな感じだよ」

火憐「わりいな、兄ちゃん」

暦「いいさ。 火憐ちゃんが困ってる時は、駆けつけるぜ」

火憐「おう。 あたしも、兄ちゃんが困ってる時ならどこへだって駆けつけてやるよ」

暦「はは。 その時は宜しく頼む」

火憐「頼まれたぜ!」

そうして、僕と火憐は並んで歩く。

もう一人の妹が待つ、家に向けて。

ああ、そうそう。 財布の方は、火憐に回収された。 くそ。

火憐「しかしよー、兄ちゃん」

暦「んー?」

火憐「こうして、ただ歩くだけってのもつまらなくねえか?」

うお。 すげえ、全く同じ事を言ってやがる。

暦「そうか? なんなら面白い話でもしてくれよ」

火憐「面白い話ねぇ……うーん。 なんかあったかなぁ」

火憐の面白い話にはあまり期待できないけれど、まあ、暇潰しくらいにはなるだろう。

火憐「そうだ。 月火ちゃんの話でもするか」

暦「月火ちゃんの? 意外と期待できそうだな」

火憐「にっしっし。 月火ちゃんの事なら何でも知ってるぜー」

自信満々に言う火憐。 いつも一緒だからなのか、確かに月火に的を絞れば、何でも知っていそうだな。

暦「ほう。 それで、面白い話ってのは?」

火憐「そうだな、あたしが印象に残っているのはこの話かな」

火憐「あれは、確か兄ちゃんが自分探しの旅をしに行ってた時の話だな」

春休みの話か。 何か変なあだ名で呼ばれていたのを思い出す。

暦「お前ら、大爆笑だったけどな」

火憐「あー。 まあ、あたしはそうだったかな」

暦「月火ちゃんも、だろ?」

火憐「いやいや、実はそうじゃねえんだよ」

火憐「まあ、確かに最後は笑ってたけどさ」

火憐「そうじゃねえんだよ。 月火ちゃんには絶対に言うなって言われてるんだけどさぁ」

マジかよ。 それ言っちゃっていいの?

火憐「兄ちゃんさ、あの時、二週間くらい帰って来なかったじゃん?」

暦「まあ、そうだな。 自分を探しまくってたからな」

火憐「探しまくってたのかよ。 さすがだぜ」

最早、何がどうさすがなのか、僕には分からない。

火憐「んでさ。 パパもママも「どうせすぐ帰ってくるっしょー」みたいな感じだったんだけど、勿論、あたしも」

暦「そこまで心配されて無いと、僕も少し悲しくなってくる」

火憐「まあまあ。 それだけ信頼されてるって事じゃねえの?」

そうだろうか? 僕としては、逆の可能性の方が高いと思うんだけれど。

火憐「んで、皆そんな感じかと思いきや、月火ちゃんは違ったのさ」

暦「ほお? どんな風に?」

火憐「えーっと。 まあ、簡単にずばっと言うならば、泣いてた」

泣いてたの!? マジで!?

暦「え、何それ。 詳しく聞きたい」

火憐「さすがのあたしも困ったぜ。 「ねえ、火憐ちゃん。 お兄ちゃんを探しに行こう」って毎日言ってくるんだもん」

火憐「んで、あたしが断るとさ。 すっげー悲しそうな顔をして「そう、じゃあ一人で行って来るね」って」

暦「うわ、見たい見たい。 めっちゃそれ見たいぞ、火憐ちゃん」

火憐「ちなみに、夜の十時くらいの話だ」

暦「ちょっと怖くなってきた」

火憐「ま、さすがにそんな時間に一人で行かせる訳には行かないよな」

暦「そりゃあな……火憐ちゃんが引き止めないと、月火ちゃんも止まらないだろうし」

火憐「いや、引き止めはしなかった。 仕方ねーから、一緒に探したんだぜ」

暦「そこは引き止めろよ! 何流されてるんだよ!」

マジでか。

てか、見つかってなくて良かったよ、それなら。

暦「は、ははは。 今度から、行き先はちゃんと伝える様にしておくよ」

火憐「だな。 つうかその内、月火ちゃんに刺されそうだよなぁ。 兄ちゃん」

暦「こええって。 火憐ちゃん、その時は助けてくれよ」

火憐「おう。 任せろ任せろ」

かっけー。 頼れる妹だな。

暦「予想以上に面白かったな。 他にはなんか、無いの?」

火憐「うーん。 無くも無いけど、そんな面白い話じゃねえよ?」

暦「へえ。 例えば、どんな話だよ」

火憐「同じ春休みの話だけど、毎日月火ちゃんと一緒に兄ちゃんのベッドで寝てたくらいだぜ」

暦「何してんの!? 僕が知らない間にお前ら何してんの!?」

火憐「いやー。 落ち着くんだよ、兄ちゃんのベッド」

暦「僕は今の話を聞いて、心中穏やかじゃねえからな!」

何やってるんだよ、この姉妹は。

くそ、なんか負けた気分になるし、今度ベッドに潜り込んでやろうかな。

火憐「まあ、あたしのベッドに入り込んできたら、フルボッコだけどな」

感知能力恐ろしや。 思考すらも読むとか。

それに、火憐が言うと冗談に聞こえないんだけれど。 てか、フルボッコって。

暦「僕が居ないと好き勝手だな、お前ら……」

火憐「んー? そうかな?」

暦「話を聞く限りじゃ、そうとしか思えねえよ」

火憐「まー。 あれだよ、あれ」

火憐「月火ちゃんは兄ちゃん大好きだからな。 仕方ねえっちゃ仕方ねえんだよ」

暦「月火ちゃんがねぇ……僕はそうは思わないけどな。 まあ、でも。 火憐ちゃんが言うなら、そうなんだろうけどさ」

火憐「へえ? あたしの言う事を真に受けるって、珍しいな」

暦「たまにはって奴だよ。 少なくとも」

暦「……僕は、火憐ちゃんや月火ちゃんの事、全然分からないし」

本当に、何も。

火憐「なーに言ってるんだよ。 いっつも知った様な事ばっか言ってるじゃん」

暦「僕にも色々と考えさせられる事があるんだよ」

火憐「ふうん?」

暦「僕がさ、火憐ちゃんや月火ちゃんの事を知っている以上に」

暦「火憐ちゃんや月火ちゃんは、僕の事を知っているんじゃねえのかな」

火憐「うーん。 あたしはそうは思わないけどなぁ」

火憐が僕に答えたのは、言い終わるのとほぼ同時。 即答だった。

火憐「だってさ、兄ちゃん。 あたしだって、兄ちゃんの事をそんな知ってるって程でもねえよ」

火憐「勿論、月火ちゃんだってそうだろうしさ」

火憐「つうか、人の事が完璧に分かる人間なんて、居ないんじゃねえの?」

暦「でも、兄妹だぜ。 僕は、知らなさ過ぎるんじゃねえかなって思うんだ」

火憐「だから、それが当たり前なんじゃねえの? あたしはいっつもだけどさ」

火憐「兄ちゃんや月火ちゃんの事を知っている振りをしてるんだよ」

暦「知っている振り?」

火憐「そう。 振りだ」

火憐「んでさ、大体その知っている振りってのは、知っているに変わるんだぜ」

知っているに、変わる。

火憐「月火ちゃんなら、こう返されるのを期待しているだろ、とか。 兄ちゃんなら、こういうやり取りを期待しているんだな、とかさ」

火憐「まあ、さすがにそこまで計算してやっている訳じゃねえよ? ただ」

火憐「なんだろーな。 自然と、そうなるって言うのかな」

暦「自然と、ねえ」

火憐「兄ちゃんだってそうだろ? あたしに色々言う時だって、月火ちゃんとやり取りする時だってさ」

そうなのだろうか。 僕は、火憐や月火の事を知っている振りをしていて、その振りは大体が知っているに、変わっているのだろうか。

暦「……僕は、そんなんじゃねえよ」

火憐「はあ。 ったくよー。 物分りの悪い兄ちゃんだな」

火憐「なんかあったのか?」

暦「あったと言えば、あったかな」

火憐「ふうん。 ま、別に良いけどさ」

火憐「兄ちゃんは兄ちゃんだろ。 別に兄ちゃんがあたしと月火ちゃんの事を分かっていないからって、それが何か問題でもあるのか?」

火憐「あたしはそんなの気にしないし、月火ちゃんだってそうだよ」

火憐「兄ちゃんはいつもと一緒だよ」

火憐「妹を押し倒したり、おっぱい揉んだり、キスしたり。 それが兄ちゃんだろ」

改めて聞くと思うけれど、僕って結構やばいキャラなのかな。

暦「もっと他にもあるだろ! 勉強を見てくれるとか、くだらない話に付き合ってくれるとか、一緒に遊んでくれるとかさ!」

火憐「んー? んな事、あったっけ?」

まあ、無いんだけどな。

暦「つうか、そうだな」

暦「分かったからって、何かが起きるって訳でも、ねえんだよな」

暦「サンキューな、火憐ちゃん」

まさか、火憐に説教されるとは思わなかったけれど。

火憐が言いたい事は、僕にしっかりと伝わった。

火憐「気にするなよ。 あたしも実は、兄ちゃん大好きっ子なんだぜ」

暦「知ってるよ。 それくらいは、知ってる」

火憐「にっしっし。 さすがだぜ、兄ちゃん。 一応聞いておくけど、兄ちゃんもあたしの事、大好きだろ?」

暦「んな訳ねーだろ」

火憐はその言葉を予想していた。 そんな顔。

だから、僕は言ってやる。

暦「火憐ちゃんの事は、超大好きだぜ」

さて、そんな暇潰しの話をしていたら、どうやら家の前まで着いた様である。

短かった様な、長かった様な、そんな家出もこれにて終わり。

僕と火憐は家の扉を開ける。

「ただいま」

と、声を揃えて。

元気良く。

その声に反応して、二階からドタドタと階段を駆け下りる音がした。

さて、ここからまた一勝負か。

月火との勝負は、今までで一番辛い戦いになりそうである。

まあ。

僕はそれが、嬉しくもあるんだけれど。


第十九話 終

以上で第十九話、終わりです。

後日談的な奴を投下しまして、前編終了となります。

後日談というか、今回のオチ。

「兄ちゃん、朝だぞこら!」

「いい加減起きないと駄目だよー!」

翌日、もう懐かしくも感じていた二人の妹達による目覚まし。

久し振りに聞くそれは、やはり朝には少し辛い物がある。

けれど、このやり取りすら、幸せの内の一つなのかもしれない。

今まで当然の様にあった事が、ある日突然無くなる事によって、気付いたとでも言える様に。

僕の当然は勿論、この火憐と月火による目覚ましと言う事になるのだろう。

そんな当然も、やがて無くなる日はやってくる。 無限では無く、有限なのだから。

例えば、僕が高校を卒業したらどうだろう?

僕は家を出て行くつもりだし、まさか僕の新しい住居にまでこの妹達も押し掛けては来ない。

いや、でも電話くらいはしてくるのだろうか? あり得るな。

けど、例えば……僕がおっさんになったらどうだろう?

僕がおっさんと言う事は、つまりはあの今はまだ中学生の二人の妹も、それはもう大分良い年齢になっている訳だし。

それでも朝に「兄ちゃん、朝だぞこら!」「いい加減起きないと駄目だよー!」とやられたら、正直引く。

引くと言うか、怖い。 恐ろしい。 無いよな、さすがに。

まあ。

とにかく今は、この有限の目覚ましに感謝しよう、と。

僕も素直では無いので、改めてお礼なんてのは言えないけれど、心の中でくらい感謝しておこう。

ありがとう、火憐と月火。

それじゃあ、お礼も言った事だし寝るとするか。 おやすみ。

そんな良い事を思いながら二度寝をしようとした所、火憐の暴力により叩き起こされた。 冷静に考えて、理不尽じゃないか? この暴力女め。

その後、話を聞くと火憐はやはり、家出との扱いになっていた。

無論、火憐の方もそういう風に認識をしていた様である。

そして僕はというと、そんな火憐が心配で心配で家を飛び出した。 との事だ。

まあ、間違ってはいないので反論はできなかったが、それについては議論をしたいと言った感じである。

そして、本当に、何事も無く、丸く収まった……と言えればいいのだけれど。

生憎、人生そう上手くは行かない物である。

具体的に言うと、僕が生活費を持って行ったのがばれたのだ。 これはすっかりと僕の頭から抜け落ちていた事柄である。 ばれなかったという方が、難しいのかもしれないけれど。

その後、僕と火憐はそれはもうこっ酷く叱られ、一年間のお小遣い半分という制裁を食らう嵌めになる。

僕が生活費を持って行ったのだから、火憐が怒られるのは理不尽かもしれないけれど、連帯責任らしい。

そうそう、連帯責任。

この時僕は「はは、火憐も巻き込まれてやんの」くらいに思っていたのだが、どうやらその連帯責任の範囲は広いらしい。

この制裁に月火も巻き込まれたのだ。

そう、連帯責任。 マジかよ。

月火は当然、怒り狂って僕と火憐をノコギリを持って追い回した。 僕は春休み以来に死を覚悟した。

というか、一番被害にあっているのは火憐なのだろう。 僕が勝手に持ち出したお金で制裁を食らい、挙句の果てに月火に追い回されるとは。

その後、年上の二人が揃って年下の妹に長時間の土下座をする事で、なんとか許しを得れたのは幸いである。

ちなみに、火憐が持っていた残金の八万円程だが、両親はそれを受け取る事はせず、三人で使え。 と言ってくれた。 優しいのか厳しいのかどっちだよ。

まあ、結果的に一年間もお小遣いが半額なので、損なのだけれども。

そしてここが一番重要。 その八万円の行方なのだが、どうやら月火の私物に使われる様である。

僕と火憐は勿論、それには反論できず(とは言っても、火憐の場合はかなり仲が良いので、ある程度は優遇してもらえるのだろう)月火がお札を団扇にして仰いでいるのを眺めている事しかできなかった。

火憐は何かの可能性を見出したらしく「月火ちゃん、そのお札であたしを叩いてくれ」とか言っていたが。

……いや、ただの馬鹿か。

そして、僕が「あの、月火さん。 千円札でも良いので、一枚恵んでくれないでしょうか」と言ってみた所「何? 泥棒のお兄ちゃん。 え? まさか今、お金が欲しいって言ったの? 泥棒なんだから盗めばいいじゃん。 あははは」と、笑わずに言われた。

まあ、これもまた、仕方の無い事なのだろう。

それに、月火の奴は金を持ったら駄目な奴だったらしく、何かある事に僕と火憐にお土産を買ってきてくれる。 これは素直にありがたい。

その度に、僕と火憐は「おお、月火様がお帰りになられたぞ。 お疲れ様です月火様」なんてご機嫌伺いを行うのだ。

そんなこんなで、その後、数日の間は月火を崇拝する僕と火憐であった。

ああ、そうだ。 これも明記しておこう。

しばらくの間、月火は火憐の事を「家で火憐ちゃん」と呼んでいて(なんでも、家出の『で』が平仮名なのがミソらしい。 なんのミソかは全く不明だが)僕の事は「泥棒のお兄ちゃん」もしくは「ゴミ」とのあだ名が付けられた。

前者の方は、確かにその通りなので僕も何も言えないのだけれど、後者のは既に悪口でしかない辺り、文句は言いたい。 言いたいってだけで、言ったら更に下位のあだ名が付けられそうなので、決して言わないけれど。

さて、そろそろ纏めるとしようか。

結局、今回の事を覚えているのは、僕と忍、それに忍野だけだ。

それが良かったのか、悪かったのかは分からないけれど、思う所があるのは事実である。

なにはともあれ。

この数日間、物凄く疲れた。

今は自分の部屋のベッドに横たわり、何も無い天井をただ見つめているだけだ。

火憐と月火に僕の事を話そうかは悩んだのだけれど、一旦時間を置く事にした。

勿論、このまま嘘を付き続けるつもりなんて、無い。 あいつらにはもう、嘘を付きたくは無い。

今は僕もここ最近の出来事で疲れているし、うまく説明できるのかさえ、分からないし。

その為の、保留である。

言い訳なのかもしれないけれど、話すからにはしっかりと説明したいのだ。

そして、火憐の身に起こった事については、黙っておく事にした。

今回の物語は、僕が覚えていればそれでいい。

僕の事を想い、傷付いた火憐。

それに対する、せめてもの罪滅ぼし。

勿論、月火の事もそうだけれど、何かのきっかけで気付く事があれば、その時には話さなければならないのだろうけど。

その日が来る事は、望ましくは無い、かな。

さて、そんな事を考えている間に大分良い時間になってきた。

そろそろ寝るとしよう。

と、思った時。

コンコン、と部屋の扉がノックされる。

誰だよ。 火憐なら扉なんて蹴破るし、月火ならまず、ノックなんてしないだろう。

だとすると、両親のどちらかだろうか?

さて、そんな事を考えている間に大分良い時間になってきた。

そろそろ寝るとしよう。

と、思った時。

コンコン、と部屋の扉がノックされる。

誰だよ。 火憐なら扉なんて蹴破るし、月火ならまず、ノックなんてしないだろう。

だとすると、両親のどちらかだろうか?

暦「んー」

と、返事をする。 返事と言うか、呻き声みたいになっていたが。

その声が聞こえた様で、扉はゆっくりと開かれていった。

火憐「よう」

あれあれ。 こいつ、ノックしたよな、今。 人間の様な行動が出来る奴だったのか!

暦「火憐ちゃんか。 つうか、お前何か悪い病気にでも掛かったか?」

火憐「あ? 何でだよ」

暦「いや、だってさ。 ドアをノックするなんて、火憐ちゃんじゃないじゃん」

火憐「あたしだって、普通にノックくらいするよ」

さて、まあ驚いたのだけれど、用件は何だろうか。

火憐「なあ、兄ちゃん」

暦「んー?」

火憐「あたし、今から変な事言うけど、笑うんじゃねえぞ」

暦「何だよ火憐ちゃん。 僕が火憐ちゃんの事を馬鹿にした事が、今まであったか?」

多分、一日一回は馬鹿にしているだろうけど。

火憐「なんかさ、夢で見たっつうか。 良く覚えてねーんだけどさ」

火憐「兄ちゃんと、一緒に寝るって約束をした気がするんだよ」

そんな約束も、したっけな。

覚えている筈の僕が忘れていて、忘れている筈の火憐が覚えているとは、とんだ面白話である。

暦「……そっか」

火憐「やっぱ、あたしちょっとおかしいな。 疲れてんのかな」

独り言の様に呟き、火憐は扉を閉めようとする。

そんな火憐に、僕は。

暦「火憐ちゃん」

火憐「ん?」

いつもの顔。 いつもの雰囲気。 いつもの感じ。 いつも通りの僕で、いつも通りの火憐に、いつも通り、笑いながら言ってやる。

暦「いいぜ、引き受けてやるよ」



かれんリーフ 終了

以上で前編、終わりとなります。

沢山の乙ありがとうございました。

スレ自体は一週間ほど残し、HTML依頼します。

後編の投下日程が決まりましたら、こちらのスレにてお知らせします。

それでは、ありがとうございました。

おおおお
乙乙
良かったよ
綺麗にまとまって、次作が楽しみだ。

乙ー

投下速度も速いし、おもしろしで言うこと無しだった!

後編期待。


後編楽しみにしてるぞ

いちょーつ
なんか小さいホクロを弄ってたら欠けたんだがこれは怪異かな
残ったホクロに忍って名付けて可愛がるわ

ふと思い付いた短編あるので、ちょっと書きます

お昼過ぎくらいまでには、投下致します

後編の話ってもうできてんの?

>>755
構想は大体出来ています。
数話は書き終わっていますが、修正・加筆等している段階です。

できれば1日1話のペースを続けて欲しい

>>757
ある程度のストックを貯めて、と言った感じになるので、投下を始めてからはそのペースで投下する予定です。

後編は早ければ今週中に、遅くともGW中には投下始められる予定です。
まだ固まりきってはいないので、なんとも言えませんが・・

短編できました。

投下します。

時系列的には、これから書く後編の先のお話になります。
と言っても、後編のネタバレ的な話ではありません。

そろそろ一年の終わりも近づいてきた。

十一月に入ってから、もう一週間、二週間程は過ぎただろうか。

そんなある日。

休みの日。

日曜日。

こんな風に、何か思う時は必ず、厄介な事が起きるのだ。

そう、厄介な事。

いや、厄介な事は既に起きてしまっているので、先程の様に思っただけなのかもしれない。

つまり。

具体的に言うと、今年の八月のあの時と同様、妹達はまたしても僕の事を起こしに来なかったのだ。

暦「……なんかありそうだな」

真っ先に思い出すのは、今年の八月にあった事。

同じ失敗を繰り返したくは無い。

今年の八月は火憐や月火の件で大分、それらは学んだ筈だ。

かと言って、怪異の所為だと決めて掛かる訳にも行かない……よな。

どうするか。 僕が取るべき行動は?

考えても仕方ないな。 まずは何かしらのアクションを起こすとしよう。

そうと決まれば、とりあえずは二人に事情聴取だ。

今の時刻は朝の八時。

もう二人は起きている筈なので、僕はのそのそと部屋から這い出て、階下へと向かう。

暦「おーい、百合姉妹居るかー」

しーん。 と聞こえそうな程の静けさ。

うーん。

返答無し、ね。

さぁ、いよいよ面倒な事になりそうである。

てか、どうでもいいけれどさすがに朝は寒いな。 もうちょっと厚着でもするべきだったか。

と、恐らくは暖房がかかっているであろうリビングへと足を向けた所に、でっかい方の妹、阿良々木火憐が目の前に現れた。

火憐「ふん。 兄ちゃんか」

視線を向けると、火憐は仁王立ちに腕組み。 待ち構えてたと言わんばかりの姿勢だ。

暦「いやいや、何で朝から喧嘩腰なんだよ。 てか、起こしに来いよ」

起こしに来い。 とは随分偉そうではあるけれど、火憐の場合はこれでいい。

こいつはこう言えば「ごめん兄ちゃん、次から気を付けるぜ」とか言うのだから。

しかし。

火憐「嫌だね。 あたしは兄ちゃんを起こす道具じゃねえんだ」

お?

おおお?

ええええええええ?

今、え?

暦「え、えっと。 火憐ちゃん?」

火憐「ふん」

あれ、なんかこれ、マジで怒ってない?

暦「あー。 ええ、火憐……さん?」

火憐「わりいが、兄ちゃん。 あたしと月火ちゃんはもう起こしには行かない。 今日から兄ちゃんとは敵だ!」

阿良々木火憐、十五歳。 中学三年生の十一月のある日。 ぐれた。

マジかよ。

お前、何今更ぐれてるんだよ。

暦「……僕、何かしたっけかな」

独り言の様に呟く。 いや、実際独り言なのだけれど、火憐から何かしらの反応を期待していたのもある。

火憐「じゃあな」

しかし火憐はそれだけを言い、自分の部屋へと向かって行ってしまった。

なんだよこれ!

とりあえず、落ち着け僕。

まずは……これが例のアレなのかどうか、確認だ。

一応、火憐の逆鱗に触れないように忍び足でトイレへと向かい、電気を消す。

暦「……おい、忍、起きてるか?」

声を掛けると同時、忍から返答。

忍「朝から騒々しいのう……儂はこれから寝る所なんじゃが」

恐らくは僕の動揺の所為で寝れなかったのだろう。 まあ、無理もない。

暦「緊急事態なんだよ、聞いてくれ」

暦「……今、今っつうっか、今日か」

暦「火憐ちゃんの様子がおかしいんだけど、これって……あれって事か?」

僕が言うあれとは、つまりは怪異。

すぐに怪異に繋げるのもどうかと思うけれど、僕の火憐があんな風になるなんて……何かがあったとしか思えない。

忍「たわけ。 別に何も起きとらんよ。 本来はこうして、教えるのもどうかと思うんじゃが」

忍「生憎、儂は眠いのじゃ。 今回のは怪異では無い、以上じゃよ。 それじゃあ儂は寝る」

と忍は言い捨てた。 呆れた声で。

怪異じゃない……のか。

なら、火憐は何であんなぐれちゃったんだよ!

その後、忍に助けを求めようとしたが、それ以降影の中から返事が返ってくる事は無かった。

くっそ、どうするかな。

ああ、そうだ!

暦「月火ちゃんなら、何か知っているかもな」

ファイヤーシスターズの参謀担当。 それに火憐と仲がかなり良い月火に聞けば、何かしらは分かるだろう。

この家の中で火憐の事を一番知っているのは、間違いなくあいつだ。

との結論を出し、僕はトイレから出ると(一応、忍び足で)そのままの足でリビングへと向かった。

二階にある僕の部屋から出る時に、火憐と月火の部屋からは人の気配を感じなかったので、恐らくあいつはリビングに居るだろう。

そしてリビングへ到着。 所要時間、約三十秒。

暦「おーい。 月火ちゃん」

ソファーにいつもの様にだらしなく寝そべる月火を見つけ、声を掛ける。

月火は一度、僕の方に顔を向け……向けて。

『本当に心底嫌そうな顔をして、顔を逸らした』

うわー。

うわあー。

暦「あ、ええっと。 月火ちゃん?」

と、僕が月火の前に回りこみ、顔を覗き込みながら話し掛けると、月火はソファーから立ち上がり。

月火「……ちっ」

舌打ちをして、リビングから出て行った。

暦「……」

大変だ。

大変だ!!!!!!!

いやいや、大変すぎる。

なんて事だ。 これは、どうやら、あれだ。 あれ。

僕の妹達が『ぐれた』。

えーえーえー。

マジで!?

あのいっつも兄ちゃん兄ちゃん言ってる火憐が!?

お兄ちゃん、妹のおっぱい触り過ぎって言ってる月火が!?

暦「うわああああああああああああ!!」

意味も無く叫んでみたのだけれど、それに突っ込みを入れる妹達も、そこには居なかった。

時間経過。

僕は現在外出中である。

あのぐれた妹達とは、とてもじゃないが居辛いので。

ううむ。

なんとか元に戻ってもらいたい物である。

とりあえずは、今年の母の日に避難してきた公園に居るのだけれど、これからどうすっかなぁ。

つうか、火憐ちゃんはすげー分かりやすく怒ってたけど、月火ちゃんの切れ方怖すぎるだろ。

マジさ、あんな可愛い見た目なのに、あの舌打ちとか本当にびびるぜ。

それには多分、何か原因があるのだろうけれど。

しかし、こんな急にぐれる事ってあるのだろうか?

ましてや、あの二人だぜ。

兄大好きの、あの姉妹がぐれるなんて……

やばい。 僕はこれから、あの二人にびびりながら暮らさないといけないのかな。

いやいや、そんなマイナス思考では駄目だ。

そんな諦めの姿勢でどうするんだ、阿良々木暦。 これは多分、僕にしか解決できない事だ。

そうだ。 もっとプラス思考、前向きに考えないと。

とりあえずの案だけれど。

壱……妹達には、常に敬語で話す。

弐……お風呂は必ず先に譲る。

参……妹達が好きなおかずの時は、僕の分をあげる。

四……お金を貸してと言われたら、貸す。 というかあげる。

伍……妹達がイライラしている時は、僕で発散してもらう。

……後ろ向きすぎるわ!

どう考えても、前向きにならねえぞこれ!

暦「……はあ」

なんて。

溜息をついても、誰も助けは来ない。

今回のは多分、僕自身で何とかしろとの事だろう。 誰の意思かは分からないけれど。

つってもなぁ。

まず、するべき事を考えるかな。

うーん。

考えられるのは。 いや、真っ先に考えるべきこと、か。

それは勿論、原因が『何か』とか曖昧な物では無く、僕に原因があるんじゃないかって事だ。

その可能性が一番高い。 もっとも、僕自身には現時点で心当たりが無いのだけれど。

まあ、回想しよう。

よし、そうと決まればまずは昨日の朝の事を思い出す。

ええっと、今日は日曜日だから……土曜日か。

昨日の朝は確か、いつも通り起こしに来てくれたんだよな。

以下、回想。

妹達の目覚ましにより、僕は大分早い時間に起きれた。

その時間を上手く使う為、僕は勉強に励んでいたのだ。

んで、月火から「ご飯だよ、お兄ちゃん」って呼ばれて、家族全員で朝ご飯を食べた。

その後は、確か。

月火「ねえねえ、お兄ちゃん」

リビングで月火とテレビを見ていたら、横からそんな声がする。

発信源は勿論、月火である。

暦「ん?」

月火「ゲームしよう、ゲーム」

はあ? 何言ってんだ、こいつ。

暦「ゲームっつってもな、僕は一人用のゲームしか持って無いぞ」

月火「知ってるよ。 お兄ちゃん、寂しい人間だもん」

暦「月火ちゃんのその発言に対して、僕は大人だから何も言わないが、月火ちゃん」

暦「知ってるって事は、何か考えがあるんだな?」

ここで「え? 何も考えてないよ?」とか言ったら、胸を揉んでやろう。

あれ、僕ってこんな、妹の胸を揉むキャラだったっけ。 まあいいや。

月火「もっちろん! 月火ちゃんに任せなさい!」

自信満々に言う月火。

無い胸を張るんじゃねえよ。

けど、案を考えていたのは褒めてやろう。 優しいなぁ、僕。

暦「それで、月火ちゃんに任せてもまともな案が出ないとは思うけれど、一応は聞いてやろう」

僕の発言を待っていたかの如く、言い終わるのとほぼ同時に月火は口を開く。

月火「トランプ!」

暦「やだ」

それに返す僕の速度も、中々目を見張る物だった。

てか、何が楽しくて朝っぱらから妹と二人でトランプなんてやらないといけないんだよ。

しかも、月火の言うトランプってトランプタワーじゃん。 僕はそんな器用じゃねえしな。

月火「良いじゃん良いじゃん、やろうよ」

暦「……一応、トランプの何のゲームをするか聞いてやろう」

月火「ババ抜きだよ」

あれ、トランプタワーじゃないのか。 意外だな。

暦「まあ、やらないけどな」

月火「よし、分かった。 じゃあ、今からお兄ちゃんのエッチな本をゴミに出してくるよ」

暦「はは。 僕がお前に見つかる様な場所に隠すと思うか? ハッタリもいい加減にしろよ、月火ちゃん」

月火「……さ、さすがだね、お兄ちゃん。 私のハッタリを見破るだなんて」

月火は驚き、後ずさる。 うわー、白々しいリアクションだなぁ。

もうこの時点で、あまり良い未来に転びそうには無いんだけど。

月火「仕方ないから、机の裏に貼り付けてある本だとか。 後は辞書の中身をくり抜いて仕舞ってある本だとか。 そっちだけで我慢してあげるよ」

ばれてるじゃん!! 僕のプライベート丸分かりじゃん!!

暦「は、ははは。 し、しかたないなぁ。 月火ちゃんがそこまで言うなら、やってあげない事も無い……かな。 はは」

月火「いいよいいよ。 お兄ちゃん気にしないで、たかが妹の分際の私なんかの遊びに付き合わなくて良いんだよ」

暦「……すいませんでした、遊ばせてください」

土下座である。

月火「よろしい」

と、こうして僕は半ば強制的に、二人ババ抜きをする事になったのだった。

暦「それはそうと月火ちゃん、火憐ちゃんはどうしてるんだ?」

月火「よっ……え? 火憐ちゃん?」

暦「うん、火憐ちゃん」

うわ、ババだ。 にやけてるんじゃねえよ、このチビ。

月火「ジョギング中だよ、ジョギング」

暦「へえ。 この寒い中、あいつもよく走る気になるな」

月火「寒いからこそ、じゃない? 火憐ちゃんらしいよ」

そうだな。 火憐なら多分、そう思ってる所だろう。

お、ババを引いてったな。 ざまあみろ。

月火「まあ、私は暖かい家の中で、兄妹仲を暖かくする役目って所かな」

うまくねえからな。 それに、別に僕とお前の仲は暖かくなって等いない。

だって、一枚だけ飛び出させたり、一枚だけに集中して目線をやっていたり、やる事が姑息なんだもん。

そして、そんな罠に引っ掛かる僕でも無いがな!

暦「そりゃ、お疲れ様のありがとう」

真似してやった。 いつかの月火の真似。

月火「あ?」

月火は一瞬で表情を怒り、無表情、笑顔に切り替える。

月火「友達を作ると、人間強度が下がるから」

暦「僕が悪かった、月火ちゃん。 この話はやめよう」

お互いの為にも、それが賢明な判断である事は間違い無い。

そんななんとも言えない空気が場に流れた時、その空気を壊してくれる、なんとも有難い奴が来た。

火憐「たっだいまー。 っと、なんだ、トランプか?」

我が家で一番熱い奴、阿良々木火憐がジョギングから無事、帰還した様である。

暦「強制的にな。 火憐ちゃんもやるか?」

火憐「いやー。 あたしはいいや、後ろで見学させてもらうよ」

そう言い、火憐は僕の後ろへと座り込む。

見ておけよ、火憐。 お前の可愛い可愛い相棒がボコボコにされる所を。

と格好付けてみたのにも理由がある。

僕の手札は残り二枚。

月火の手札は残り三枚。

そして次は、月火がカードを引く番である。

僕の手札には、当然ババは無い。

つまり、圧倒的に僕の方が有利、と言う訳だ。 まあ、二人なのだから運が絡んでくる訳だが。

しかし、僕には作戦がある。 ふふん。

やがて、月火がカードを一枚持っていく。

当然、そのカードはペアとなり、月火の手札は残り二枚。

暦「ははは。 悪いが月火ちゃん、勝たせてもらうぜ」

月火「うぐぐぐ。 絶対負けない!」

そうして、僕はカードを引く。 月火の手札から。

……ババだった。

月火「はっはっは! 残念だったね、お兄ちゃん」

何勝ち誇ってるんだよ、まだ勝負は終わっちゃいねえぞ!

暦「まだ分からねーぜ、月火ちゃん。 お前が負ける可能性だって、十分にあるんだよ」

月火「ふふん。 じゃあさ、お兄ちゃん。 何か賭ける?」

ん、珍しいな。 月火の方から賭けを申し出てくるなんて。

暦「えらく強気じゃねえか」

暦「まあ、そうだな。 何を賭けるんだ?」

月火「おやつのケーキだよ。 お兄ちゃん」

暦「別にいいぜ。 僕は負けても、昨日の分も合わせてもう一個あるし、問題ねえからな」

月火「甘いね。 お兄ちゃんはその二個とも賭けるんだよ」

なんだその不公平な賭け。

暦「おいおい、そりゃあ理不尽だろ。 なんで僕だけそんなリスクを負わないといけないんだ」

月火「違うよ。 私もケーキを賭ける……確かにそれだけじゃ、理不尽だよね。 私は一個だけで、お兄ちゃんは二個なんだから」

そんな分かりきってる事を頭良さそうに語られてもな、反応に困る。

月火「だから、私は火憐ちゃんの分のケーキも賭けるのさ!」

火憐の分?

はあ? おいおい、こいつ本気かよ。

火憐がそれで、納得するとでも思っているのか。

と、思いながら後ろを振り向く。

火憐「ん? あたしは構わないぜ」

マジかよ。 意外だなぁ。

今日は月火の奴もなんか強気だし、火憐の奴も妙にノリが良い。

暦「オーケー。 その賭けは成立だ、月火ちゃん」

月火「よし、じゃあ負けた方が、相手にケーキを二つ献上。 成立だね」

ふふん。 馬鹿め。

先程も言った様に、僕には考えてある作戦があるのだ。

お前の性格なんて分かりきっているんだよ。 月火。

そう思い、カードを一枚飛び出させる。

この一枚、これこそがババである。

普通に持っている方のカードは当たり。 すなわち、こっちを引かれれば僕の負けだ。

月火の性格からして、恐らく僕の事は疑ってかかっているだろう。

それならば、ババかと思わせておいて、逆のカードが安全、けれど、その逆で……との答えに辿り着く筈である。

勿論、そんな短絡的な思考では無い。

が、最終的には、何回も何回も考えを巡らせて、こっちの飛び出ている方のカードを月火は取る筈だ。

それは月火と長い間一緒に居る僕だからこそ、分かるのだろう。

月火「んー。 なんだか、負ける気がしないよ、お兄ちゃん」

暦「ふっ。 それは勝ちが確定してから言うべきだな」

月火「もう確定している様な物だもん。 そりゃ言うよ」

月火「なんならお兄ちゃん、もしこの勝負にお兄ちゃんが勝てたら、一週間は私と火憐ちゃんのおっぱいを好きなときに、好きなだけ揉んでもいいよ」

暦「二言は無しだぜ、月火ちゃん」

月火「はいはい」

そう言い、月火は……普通に持っている方のカードを引いた。

月火「ほらね? ケーキありがとうお兄ちゃん」

な、なんだと。

おかしい、月火がそっちのカードを引くなんて。

暦「……マジかよ」

月火「どうしたの、お兄ちゃん」

落胆する僕の顔を覗き込み、月火が続ける。

月火「まあ、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら、もう一回やってあげてもいいんだけどなぁ」

暦「……く」

火憐「あっはっは。 兄ちゃん残念だったなぁ」

火憐がそう言いながら、僕の後ろで高笑いをしている。

ん?

僕の『後ろ』で?

ちょっと待てよ、こいつらもしかして。

暦「いやあ、負けたよ。 兄ちゃんの負けだ」

月火「潔く負けを認めるんだね。 まあ、ケーキは貰うけど」

暦「うんうん。 やっぱり強いよ、月火ちゃん」

月火「でしょでしょ」

暦「それに『火憐ちゃんも大活躍だった』しなぁ。 『二人』の『作戦勝ち』って言った所かぁ」

火憐「へへ、そうだぜ兄ちゃん。 あたしと月火ちゃんの策に、兄ちゃんは見事に嵌められたんだ」

暦「そうかそうかぁ」

月火「うんうん……ちょっと火憐ちゃん!」

馬鹿め、手遅れだ。

暦「ようし、じゃあそこの正義の味方さん共。 正座しろ」

こうして、僕は月火のケーキと火憐のケーキ、自分の分と合わせて四つのケーキを獲得したのである。

回想終わり。

なんつうか。

僕、悪くなくね?

いや、確かにあの勝負には負けたんだけれど、それでもあいつらが悪い訳だし……

後ろで火憐が目線で指示を出して、月火がそれをヒントにババを避ける。 見事な連携プレイだった。

ってなる訳が無い。 卑怯すぎる。

もうあいつら、正義の味方じゃなくて悪の味方じゃねえか。 卑怯シスターズってか。

けど、それならなんで、あいつらの態度があんな風になっているのだろうか。

まさか、これが原因って訳でも無いだろうし。

やべー。 本格的に分からないぞ。

あの後、トランプの後に何かあったっけ……

ええっと、そういやあったな。

確か、昼過ぎくらいに僕が勉強している時だったかな、火憐が部屋に来たんだ。

以下、回想。

火憐「兄ちゃん、入るぜー」

と同時に蹴破られる。 僕の部屋の扉をいじめないでくれ。

最近では少しマシになった物の、百回入る内の一回程しか普通に開くという事が出来ない様だ。 一パーセントじゃねえかよ。

暦「なんだよ火憐ちゃん。 見て分かる通り、僕は今勉強中なんだ」

火憐「知ってるよ。 さっきのお詫びも兼ねて、お茶を淹れて来てやったんじゃねえか」

お茶? 火憐が?

暦「マジで? お前、そんな妹っぽい事出来たの?」

火憐「あたしは歴とした妹だ!」

いやはや、火憐に突っ込まれてしまった。

暦「そうだった、そうだった。 ついつい忘れちゃうんだよな」

火憐「そりゃあ、やべえぞ兄ちゃん。 勉強のしすぎじゃねえのか?」

暦「そうでもねーよ。 僕なんてまだまだだぞ」

火憐「ふうん。 ま、勉強も程々にしとけよ」

暦「おう。 しかし火憐ちゃん、今日はやけに気が効くな。 というか、火憐ちゃんってお茶を淹れる事、できたんだな」

火憐「いや、できねーよ?」

さっきと言ってる事、違くね?

まあ、火憐の場合良くある事なんだけれど、なんだか話が噛み合わない。

暦「……ん? じゃあこのお茶って」

火憐「月火ちゃんが淹れてくれたんだぜ。 何かぶつぶつ言いながら、楽しそうに」

絶対何か入ってるじゃねえかよこれ!

暦「あー。 えーっと、火憐ちゃん」

暦「実は僕、今はお茶って言うよりはコーヒーの気分なんだよ。 折角持ってきて貰って悪いんだけどさ」

火憐「あん? あたしが持ってきたお茶が飲めないっつうのか?」

もうさ、実の兄を脅すのやめてよ。 怖いから。

暦「僕も、僕も飲みたいんだ。 けどな、火憐ちゃん。 実は僕」

暦「お茶アレルギーなんだよ」

脅された恐怖もあり、咄嗟にとんでもない嘘を付いてしまった。

でも、さすがにばれるだろ、これ。

第一、朝ご飯の時に美味しそうにお茶飲んでたし。

火憐「……」

火憐「そ、そうだったのか! 兄ちゃんごめん! 気付かずにいた、あたしのミスだ!」

うわぁ。 罪悪感がやべぇ。

というか、そろそろこの妹の馬鹿さ加減が心配になってきたぞ!

火憐「次から気をつけるよ。 悪かったな、兄ちゃん」

あ、あはは。

これ、ばれたらマジで月火に処刑されるな。

ま、まあ。 あんな話を聞いた後じゃそんなお茶なんて飲めねえし、仕方無いって事にしておこう。

棚上げ万歳。

回想終了。

これじゃん!

むしろこれしかねえよ!

あー、そういう事だったのか。

うわあ。

謝って済むのかな、これ。

うーん。

とりあえず、電話してみるかな……

即決即断。

僕は、恐る恐る、電話帳から月火の名前を呼び出し、発信する。

コール音が鳴る事もなく、電話は繋がった。

「お客様のご要望により、おつなぎすることができません」

いや、着信拒否されてた。

やべぇ。 本格的にやべえぞこれ。

帰ったら僕、殺されるんじゃねえの。 いやいや、マジで。

一応、一応火憐の方にも連絡を取ってみよう……

火憐の名前を電話帳から呼び出し、発信。

幸いにも、先程の月火の様に着信拒否はされておらず、コール音が鳴る。

数回鳴った後、電話は繋がった。

「はーい」

暦「あ、火憐ちゃんか? 僕だ」

「兄ちゃんか、何か用事か?」

「……ん? あ、やべ」

「敵が電話を掛けてくるなんて、良い度胸だなこら!」

何なんだよ! 最初普通だったじゃん……

暦「あの、火憐さん。 もしかして、昨日のお茶の事を怒ってたりします?」

「お茶? あー、月火ちゃんが睡眠薬入れてた奴か?」

え? 聞こえちゃいけない単語が聞こえたんだけど、今。

暦「え、睡眠薬いれてたの? あのお茶に?」

「あれ? 言ってなかったっけ。 まいいや。 んでそれがどうしたんだよ」

まいいや、で流すなよ。 火憐は大抵の事を「別に良いけど」とか「まあ、いいや」で流すのは分かってるけど、今のは流しちゃ駄目だろ!

暦「いや、僕があのお茶を飲まなかったから、二人ともぐれちゃったのかなぁって」

「ああん? あたしらがいつ、ぐれたんだよ。 それに、お茶を飲まなかったのは確かに月火ちゃんは悔しがっていたけど、別に怒ってはいねえよ?」

悔しがってたとか、それもそれでどうなんだよ。

けど、んー? あれ、違うのか。

ここはそうだな。 もう直接聞いちゃえ。

暦「じゃあ、何で二人とも怒ってるの? 僕、なんかしたっけ」

「自分の胸に聞きやがれ!」

と怒鳴られて、電話を切られた。

めんどくせえええええええええええ!

もうマジでめんどいんだけど!

せめて理由教えてくれよ!

くっそー。

やっぱりまだ、家に帰る訳には行かないよな……

他に何か、僕がした事……あったかなぁ。

うーん。

昼過ぎからは二人には会ってないし……最後に会ったのは、夜だっけ?

夜ご飯を食べて、んで……ああ、そうだ。

母親の方が、デザートだとか言ってプリンを買ってきたんだっけかな。

今更だけど、ケーキといいプリンといい、僕達兄妹はぶくぶくと太りそうである。

ああ、火憐はそうでもないか。 よく動いてるし。

まあ、そうだ。 その時の事を思い出そう。

もしかしたら、ヒントがあるかもしれない。

以下、回想。

夜ご飯を食べ終わり、現在は月火、火憐、僕と三人でソファーに並んで座り、テレビを見ている所だ。

月火「そうだ、お兄ちゃん。 トランプやらない?」

暦「なんで朝と同じくだりなんだよ! また嵌める気だろ!」

月火「へ? 私が? お兄ちゃんを? やだなーもう。 そんな事、一度だってした事無いじゃん」

着実に僕に似てきているよなぁ、こいつ。

火憐「んじゃあさ、プロレスごっこしようぜ」

暦「お前はやんちゃな中学生男子かよ! それにお前の場合、ごっこにならねえから!」

火憐「そりゃそうだろ、何て言っても、あたしは正義の味方だからな」

うるせーよ。 そっちはごっこだろうが。

最早、火憐にとっては前後の繋がりなんて不要なのだろう。 全てが正義の味方に繋がるのだから。

暦「とにかく、僕はゆっくりとテレビを眺めていたいんだ。 騒ぐなら部屋へ行けよ」

月火「はいはい、分かったよ……分かりましたお兄ちゃん。 火憐ちゃん、行こ?」

火憐「仕方ねえなぁ。 行くか、月火ちゃん」

そうそう、それで良いんだよ。

食後の一服くらい、ゆっくりさせろってんだ。

しっかし。

やけに素直だったな、あいつら。

素直、だったなぁ。

待てよ、あいつらが素直になる訳がねえ。

嫌な予感しかしないんだけど。

と、僕が考えていた所で、上から何やら声が響いてくる。

「うわ! お兄ちゃんこんな本読んでるんだ、火憐ちゃん、見てみ!」

「うわー! こりゃ引くぜ! いくら兄ちゃんと言ってもこれは引く!」

だよなぁ。

暦「何やってんだこらああああああああああ!!」

その時僕は、今まで出したことの無いタイムで部屋まで辿り着いたと思う。

くそ、ご飯直後だって言うのに走らせやがって。

んで、その最速タイムで僕の部屋を開けたんだけれど、火憐と月火は仲良くベッドに座っているだけであった。

月火「ほら、お兄ちゃんすぐに来た」

火憐「すげえな、やっぱ月火ちゃんの作戦はうまく行くよなー」

暦「おい、そこのゴミ二人。 嵌めたな」

月火「お兄ちゃん、まだ私が「ゴミ」ってあだ名を付けた事、恨んでるの? てかさ」

月火「人聞きの悪い事言わないでよ。 ただの女子中学生の会話じゃん」

暦「明らかに僕を呼ぶ為だったろうが! いや、そもそもそれ以前の問題だ」

暦「僕の部屋に勝手に入ってるんじゃねえよ!」

僕がそう言うと、月火は「やれやれ」と台詞が聞こえそうな位に腕を動かし、言う。

月火「やれやれ」

聞こえそうじゃない。 そう言っていた。 まあ、これはどうでもいいな。

月火「違うよ、お兄ちゃん」

暦「あん? 何が違うんだよ」

月火「私達が部屋に入ってるんじゃなくて、部屋が私達を入れてきているんだよ」

それを使われると、僕はもう何も言えないのであった。

時間経過。

暦「んで、火憐ちゃんに月火ちゃん。 暇なのか?」

月火「平和だからねぇ。 暇」

火憐「そうだなぁ。 兄ちゃん相手に戦いたいんだけれど、今日はあんま乗り気じゃなさそうだしな」

暦「いつもは乗り気みたいに言うな! 僕が乗り気だった事なんて、ただの一度も無いからな!」

暦「つうかさ、暇なら一つ、頼まれてくれよ」

既に自分の部屋に居るかの如く、ベッドに寝転び、リラックスし切っている火憐と月火に向けて言う。

火憐「お? 珍しいな。 兄ちゃんから頼み事なんて」

月火「へえ、お兄ちゃんが私達に? ついにファイヤーシスターズの偉大さが分かったのかな?」

断じてそんな事は無いのだけれど、ここは話を合わせておこう。

暦「まあ、そんな所だ」

暦「んで、頼みなんだけどさ。 ちょっくらコンビニ行って、ノート買って来てくれ。 さっき気付いたんだけど、もう残りが少なくってさ」

火憐「おっけーおっけー。 任せておけ、兄ちゃん」

大して悩む素振りも見せず、火憐は言った。

さすがは絶対服従と自分で言うだけはある。 良い返事だな。

月火「報酬は?」

ははは、月火の奴はしっかりしてるなぁ。

でもまあ、そのくらいだったら別に良いか。

僕も鬼では無いし。 中途半端に吸血鬼ではあるけれど。

暦「じゃあ、なんか好きなお菓子とか一つずつ買ってきていいぞ。 あくまでも常識の範囲内の金額の物にしろよ。 分かってるとは思うけど」

火憐「おう! んじゃあ月火ちゃん、行こうぜ」

月火「うまく使われてる気がするけど、まいいか」

こいつらも暇だったのだろう。 断る様な事はせず、承諾した。

そうして、火憐と月火は二人仲良く、コンビニへと旅立って行ったのだった。

ふう、これでやっと静かになったという物だ。

つっても、一人でする事もねえよなぁ。

……あ、そういやプリンが冷蔵庫にあるとか言ってたっけか?

暇だし食べておこう。 そうしよう。

僕は次にするべき行動を決め、一階へと向かう。

先程二階に駆け上がった速度は無いにしろ、早足で冷蔵庫の前まで行き、扉を開ける。

そこには三つのプリンが入っていた。

暦「なんだ。 あいつらもまだ食べてなかったのか」

その時は特に何も思わず、僕は自分の分のプリンを取り出し、ソファーに座りながらそれを食べたのだが。

ふむふむ。

意外とうまい。 というか、かなりうまい。

ううむ。

気付いたら、もう無くなってしまった。

そして、一つの考えが閃く。

なんだか、これをあいつらにあげるのは勿体ねえな。

なんて。

言い訳をさせてもらうと、魔が差したって奴だ。

思い立ったが吉日。 便利だな、これ。

さて。

冷蔵庫からもう一つのプリンを取り出し、ソファーで再びそれを食べる。

ふむふむ。

二個目でも全然いけるな。 うまいうまい。

あー。

もう無くなってしまった。

んー。

一個だけ残しておいたら、あいつら喧嘩になるんじゃね?

ならいっそ、最初から無かった事にしてしまえばいいんじゃね?

これは、せめてもの僕からの優しさである。

一日一回は思うけど、良い兄だなぁ僕。

時間経過。

結論。

僕は火憐と月火の分のプリンも美味しく平らげ、ばれない様に今は証拠隠滅中である。

見つかったら、文字通りおしまいだ。

自分で言うのもあれだが、あいつらの分とかを盗み食いとかするのは結構あるので、証拠隠滅作業は慣れた物である。

そして、その慣れた手つきでプリンのカップを他のゴミの奥底に入れようとした、その時。

火憐「いよっしゃあ! 最高記録!」

月火「すごいよ火憐ちゃん、やっぱ火憐ちゃんの背中は、どんな乗り物より早いね!」

なんて。

火憐「ん? 兄ちゃん、何してるんだ」

月火「お兄ちゃん、その手に持っている物は、何?」

暦「あ、ええっと」

その日の夜、僕は生と死の堺を彷徨ったのであった。

回想終了。

間違いない。

これだ。

もうヒントって問題じゃねえ、答えじゃんこれ。

そりゃ、怒って当然だよなぁ……

はあ。

まあ、悪いのは僕だ。

こんな所に逃げてきて、それもまた、あいつらの怒る原因になっているんだろう。

仕方ない。 帰りになんか、美味い物でも買って行こう。

さすがに僕も、今のままの状態が続いたら泣いてしまいそうだ。

あいつらの前では、滅多な事が無い限り泣かないけどな。

なんて。

変な意地を張っても仕方ない。

そうと決まれば、帰らなければ。

と思い立ち、公園から外に出る。

偶然。

必然。

いや、どちらでもないか。

ただの、普通の出会い。

目の前から、僕があまり会いたく無い人がやってきた。

あまり会いたくない。 文字通り、できれば会いたく無い人と言う事。

暦「えっと、こんにちは」

暴力陰陽師、影縫余弦。

影縫「おーおー。 誰かと思えば、鬼畜なお兄やん」

何してるんだよ、この人。

てか、相も変わらず、塀の上を歩いているんだな。

暦「えっと、何か用事でもあったんですか? この町に」

影縫「んー? そういう訳ではあらへんで」

なら、マジで何してるんだよ。

影縫「うちがどこに居ようと、勝手やろ? ちゅうか、おどれ、おどれは何しにこんな所におるねん」

確かにそうかもしれないが、この人が居るってのは、あまり好ましい状況で無いのは間違いない。

暦「あ、僕は……何と言うか、家に居辛いと言うか」

影縫「ほお。 まあよく分からんけれど、何か事情があるっちゅう事やな」

暦「そんな所です」

僕がそう言うと、影縫さんは塀の上で腕を組みながら、なにやら「ふんふん、なるほどな」等と呟いている。

影縫「ちょいちょい」

と、言いながら僕を手招き。

手招きするだけで、これほどの恐怖を与えてくる人ってのも中々いねえよな。

暦「は、はい」

無論、それを無視する事もできず、頷く。

僕は傍目から見て、すぐに分かるレベルでびびりながら、影縫さんの方へ歩いていった。

影縫「とりゃ」

影縫さんはそんな可愛らしい掛け声を掛け、僕の胸にストレートを放ってくる。

やべえ、死んだこれ。

とか思ったのだけれど、意外にも、本当に意外にも、それは人が普通に当てる程度の、そんな威力だった。

暦「え、えっと?」

影縫「ちーと、黙っとき」

そう言われてしまっては、僕は許可が降りるまで喋れない。 そりゃもう、一生。

しかし、幸いにもその許可が降りるまでは、三十秒ほどであった。

影縫「なるほどな。 大体の事情は分かったわ」

え、テレパシーか何か使えるのかよ。 この人。

影縫「まー。 うちから出来るアドバイスなんて、無いも同然やけど」

影縫「一つ言わせて貰いましょか。 おどれ」

影縫「ええ妹さん達の兄やんで、幸せやろ」

何を言っているのだろうか、この人は。

つうか、妹って単語を出された時点で、全部理解された様な気がして怖い。

暦「僕がですか? そりゃまあ、あいつらは悪い奴らでは無いですけど、何か今日は反応が冷たいと言うか、敵対心を丸出しと言うか」

影縫「かっかっかっ。 心当たりとかは、ないんけ?」

暦「……今日一日、あそこの公園で考えて、思い当たる事が一つありました」

影縫「ほお。 んで、それは?」

暦「昨日、母親が買ってきたプリンを僕が全部食べちゃったんですよ。 あいつらの分も」

影縫「くだらんなぁ……」

影縫さんは心底呆れ果てた様な顔をして、そう言う。

暦「だから、帰りに何か買って行ってやろうかなって。 それで、機嫌が戻るかは分からないんですけど」

影縫「まー。 その気持ちは大事やと思うで」

影縫「けどな、鬼畜なお兄やん。 おどれの妹さん達は、そんなの大して気にしてへんと思うで」

うーん。

気にしてなかったら、あんな態度にはならないと思うのだけれど。

影縫「ま、ええわ。 そろそろ日も暮れるしな、早めに帰ったり」

影縫「妹さん達も、おどれが帰ってくるのを待っとる思うで」

なーんて。 そんな事を影縫さんはさっき言っていたのだけれど、帰ったら即、殴られかねない。

まあ、でも。

いつまでも外でぶらぶらしている訳にも行かないよなぁ。

結局。

影縫さんと別れてから、僕は近くのケーキ屋でちょっと値が張るプリンを二つ買った。

埋め合わせになればいいのだけれど。

そんな事を考えていた所に、着信。

電話かと思って携帯を取り出し、画面を確認すると、メールの方であった。

ええっと。 うわ。 月火だ。

小妹:無題
本文
帰ってヨシ

どうやら、帰宅の許可は降りたらしい。

僕って、色々と許可が降りなければ行動できない人生なんだなぁ。

そう感慨に浸りながら、家を目指して歩く事にした。

当たり前ではあるが、これを無視したらもっと酷い事になるのだろうから。

つっても、今もかなり酷い事なんだろうけどさ。

はあ。

人間、楽しいと思う事は一瞬で終わってしまう物だ。

そして、嫌な事というのは長く感じる物である。

更に言わせて貰うと、嫌な事を待つ時間もまた、一瞬で終わるのだ。

こう考えると、その待つ時間は楽しい時間、という事になるのだろうか?

まあ、結論。

いつまでも続けば良いなぁ。 と思ったことは、即ちすぐに終わると言う事だ。

テストが始まるまでの間とか、面接までの待ち時間とか色々あるけれど、大体が嫌な事では無いだろうか。

そして、家に帰りたく無いと思っている時は、帰宅時間は本当に一瞬なのだ。

……はあ。

本日何度目の溜息だろう。 今年の分はもう使い果たした気分である。

僕の視界には、阿良々木という表札。

とりあえず、土下座しとくか!

とか、勢いで入れれば良いのに、そんなノリで果たして乗り切れるかどうか。

ノリだけに、乗り切れる。 くだらねえ。

てか、扉を開けた瞬間に包丁とか飛んでこないよな。

マジでありえそうで、怖いんだけれど。

もしその場合、僕は土下座をする暇も無いのだろう。

まあ、なんつうか、一番怖いのは、これからもずっとあんな態度を取られる事か。

なんて。

家の前で立ち止まり、そんな事を延々と考える。

周りから見たら、それはもうかなりの不審者だっただろう。

と。

着信。

うーん。

このタイミングって事は、多分。

小妹:無題
本文
早く入れ

こええよ、どっから見てるんだよ!

くそ、僕には僕のタイミングがあると言うのに。

まあ、多分僕のタイミングで入ったら、それこそ夜になっているだろうけれど。

先程も言ったが、そんな事を延々と考えていたら妹達の怒りはどんどん蓄積されていくだろうし、仕方ない。

阿良々木暦。 ここは腹を決めて、参ろう。

さようなら、僕の友達。 今までありがとう。

別れの挨拶を済ませ、玄関の扉に手を掛ける。

ガチャ。 と鳴り、扉が開かれた。

僕にはもう、その小気味良い音は死刑宣告にしか聞こえなかったのだけれど。

恐る恐る、中に入る。

目の前には、二人の妹達。

暦「え、ええっと。 た、ただいま」

挙動不審なんてレベルじゃない。 それと、文章だからこの程度だが、実際には「たったたたた、たたただいま」みたいな感じだ。

僕はどこかのラッパーかよ。

さて。

何を言おうか。

どう謝ろうか。

とりあえずはやはり、土下座だろうか。

と思ったとき。

僕には本当に、予想外の事が起きた。





「兄ちゃん、誕生日おめでとう」「お兄ちゃん、誕生日おめでとう」



そう、二人の妹は僕に対して言ったのだから。

暦「へ?」

誕生日? 誰が? 僕が?

ん?

あれ、そういえば、今日は十一日か? って事は、僕の誕生日?

火憐「おいおい、兄ちゃん。 まさか自分の誕生日を忘れてたのかよ」

月火「あり得るね。 だってお兄ちゃん、私達の行動を自分の所為だと思っていたみたいだし」

暦「ご、ごめん。 状況が、よく分からない」

いやいや、マジで。

お前ら、怒ってたんじゃないのかよ。

月火「だから、今日はお兄ちゃんの誕生日でしょ。 それを祝ってあげようって作戦だったんだよ」

火憐「まあ、基本的には月火ちゃんの作戦だぜ。 あたしと月火ちゃんで、兄ちゃんに冷たくしておけば、勝手に家を出て行くって」

火憐「悪いことしたなぁ。 とは、思ってるけどな」

えーっと。

つまり、火憐や月火があんな態度だったのは、僕を家から出す為?

月火「それで、お兄ちゃんが家を出ている間、こうして準備をしていたって訳だよ!」

確かに、色々な飾り付けがされている。 僕は謝る事ばっかり頭にあって、気付かなかったけれど。

火憐「兄ちゃん、勉強で大変そうだったからな。 友達にもまともに祝って貰え無さそうだし、あたしと月火ちゃんで一肌脱いだんだ」

それで、そんな事をしたのは僕にばれない様、準備を進める為?

月火「ほらほら、そんな所にいつまでも居ないで、リビングリビング」

火憐「そうだぜ、兄ちゃん。 あたしと月火ちゃんで、料理も作ったりしたんだからさ」

月火「火憐ちゃん頑張ってたんだよー。 そんな努力を無駄にするお兄ちゃんじゃないよね?」

暦「あ、うん。 勿論」

うまく返せない。

てか、こいつら。 そうだったのか。

火憐「んー? あれ、兄ちゃん涙目になってんぞ」

月火「ほんとだ。 感動したの? 可愛いお兄ちゃんめ」

なんて。

僕の妹達は。

暦「……うるせえ、泣くか、馬鹿」

月火「そうだよねぇ。 お兄ちゃんは強い強い」

月火の奴め、子供扱いしやがって。

火憐「いーからさ、さっさと行こうぜ。 兄ちゃん驚けよ、プレゼントまで用意してやったんだぞ」

こうして、僕の一年間の内の一日が終わった。

なんでも無い、普通の日。

僕すらも覚えていなかった、誕生日。

最悪な一日だと思ったその日は、最高の一日で。

その日は本当に、一瞬の出来事であった。



こよみデー 終了

以上で短編終わりです。

乙ありがとうございます。



ほっこりした


後編もよろしく

いちょーつ

乙乙
よかった
後半にも期待

すごく今更なんですが、第七話で抜けている部分が

>>248-249

この間抜けてました。

暦「殺す、事。 はは、まるでレイニーデビルみたいだな、それだと」

忍「似て非なる物と言った所じゃよ」

忍「レイニーデビルは対価を求めるじゃろ? 魂と言う名の対価を」

忍「それに、あの悪魔は何も殺す事だけが目的では無いしの」

忍「しかし、ドッペルゲンガーは対価を求めないんじゃ。 現代風に言うならば、無償の殺し屋、と言った感じかのう」

暦「でも、それならどうして、すぐに僕を殺さないんだよ。 ぶっちゃけ、忍野とやり合ったら勝てる気しないぞ」

↑この文が入ります。 すいませんでした。


後編ですが、土曜日頃には投下始められそうです。


楽しみに待ってる

乙乙!

追いついた
めっちゃ引き込まれてしまったなー面白い!

乙ありがとうございます。

投下予定です。

明日(というか今日ですが)のお昼頃に、後編の投下始めます。

スレッドタイトル
暦「月火ちゃん、ありがとう」
にて、あらすじと第一話を投下します。

前編同様で二十話編成となっていますが、まだ書ききれてはいないので減ったり増えたりするかもしれません。

一日一話ペースで投下をする予定ですが、連休の間は投下できたりできなかったりがあるかもです。

こちらのスレッドは日曜日辺りにHTML化依頼をします。

新スレを立てた際には、こちらのスレッドでURLの貼り付けもしておきます。

前編お付き合い頂きありがとうございました。

おっつおっつ
楽しみにしとります

スレタイが前編と対比になってて熱くなるな

暦「月火ちゃん、ありがとう」
暦「月火ちゃん、ありがとう」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367036973/)

スレッド立てました。

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