キリコ「所詮、遊びだ」 セシリア「何ですって?」(839)

装甲騎兵ボトムズとISのクロスオーバー。
今回は他の溜めてるヤツの息抜きの為、書き溜め無しでやってくんでゆっくりめ。

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夢に塗られた人の街、その地を駆ける三つ目の棺。地獄の端を垣間見せ、一握の砂に消えてゆく。
砂は掌から零れ落ち、追憶の涙でさえ、その砂は固まらぬ。
この砂が、過去が地獄というのなら、これから行く地も地獄と変わる。今も、未来も、過ぎ去ってゆくしかないのだから。

惑星サンサ。俺の故郷であり、地獄の始まりの地なり――。




『クソッ、なんだあの兵器は!』 『ATなんかで太刀打ちできるシロモンじゃねぇぞ!』



ギルガメスとバララント、その両陣営は開戦の理由も忘れ、百年にもおよぶ戦争を続けていた。
そんな泥沼の戦争の末期、俺は第24メルキア方面軍戦略機甲兵団特殊任務班X-1、通称レッドショルダーに所属していた。
誰の目ともつかぬ視線に、監視されながら。


終戦間近と噂される中、俺はまた最前線に送りだされていた。
敵の兵器偵察及び破壊という重要任務。協定により使用が禁じられている、宙空での使用を想定に入れたATを凌ぐ性能を持つ兵器。
兵器について与えられた情報はそれだけだった。

そして、俺達はその兵器と対峙した。装甲から曝け出された女パイロット、生身では認識ほぼ不可能な機動力、そして圧倒的な火力。
その全てがATとかけ離れていた。一騎当千と謳われるレッドショルダーが、赤子の如くねじ伏せられ、屍を積んでいった。


「ふぉおおおっ!」


俺は捨て身の攻撃により、なんとか一体を墜落させた。だが俺のATも大破し、その兵器の前にうち捨てられた。
空を撫でるように忍び寄る兵器。悪魔に囲まれ、俺は絶体絶命の窮地に立たされた。
俺もついに死ぬ。そんな考えが俺の脳裏を駆けた。しかし――。




俺は無我夢中で、撃墜した目の前の新兵器に駆け寄り、起動を試みていた。



そして、俺はその兵器を起動させた。
それが、俺を新たな戦場に導く事を知らずに。


――



   第一話
   「邂逅」



――




「皆さん入学おめでとう! 私は副担任の山田真耶です」


俺は学園にいた。何の冗談かはわからないが、確かに今、学園と呼ばれる所にいた。

この前の作戦で俺は敵兵器を動かし、辛くも戦場から落ち延びた。
しかしそれが、この状況を招く原因になるとは知る由もなかった。
どうやらあの兵器は少し特殊なものだったらしい。

第三中立惑星地球の女にしか操作する事の出来ない兵器、インフィニット・ストラトス。通称IS。
それを他の惑星出身の男である俺が動かした。
当然、その奇異な事象を軍が見逃すはずもなく、俺は研究対象としてここに転属させられたのだ。


この学園という空気に、俺は馴染めていなかった。
軍基地のように、微弱に流れる緊張感も無ければ、閉塞感も無い。
ここにいれば絶対安全という、温い安息感がここにはあった。


俺はこの初めての感覚に、言いようのない安心感と違和感を、胸に湧かせていた。

「……」

山田「あ、あの~……」

「……」

山田「キ、キリコ君? 今皆で自己紹介してて、あから始まってカ行まで来たんだよね。自己紹介してくれるかな? だめかなぁ?」


教官と思われる人物も、この戦時にどこか平和ボケしている。
小うるさいだけで能の無い教官もいるが、それよりは遥かにマシか。



「……」

山田「えぇと……じ、自己紹介を、どうぞ……」

立ちあがり、辺りを見回す。女しかいない。当然か。

俺を取り囲む生徒の視線には、妙に熱っぽいものが含まれていた。
それは殺意や敵意というものでは無いが、妙に居心地の悪い視線だった。
こいつらがあの兵器を駆り、あのレッドショルダー部隊を壊滅させる程の兵士になるのか。
俺にはにわかに信じ難かった。



「キリコ……キュービィーだ……」


「「「……」」」ジーッ


キリコ「……」


(((こ、この沈黙……な、何を言いだすの!?)))


キリコ「……」


ゴクッ……

キリコ「……」スッ


「「「座るんかい!」」」


キリコ「……」


どうやら俺は、ここでも静かに生きる事ができないらしい。


「おい、貴様。まともに挨拶もできんのか」


キリコ「……名前は、言ったはずだ」

「家族構成、故郷、誕生日……話題にできる事柄ならいくらでもあるはずだが……相変わらず不器用な男だ」

キリコ(……相変わらず?)

「……私を忘れたか、キリコ」

キリコ「……?」

「誕生日は7月7日。嫌いな食べ物は、ホヤだったか?」

キリコ「……っ! あんたは……姉さんか?」

「あんたではない。ここでは織斑先生と呼べ小僧」

キリコ「……こんな所で、あんたと会うとはな……てっきり、死んだのかと思っていた」

千冬「貴様、よほど殴られたいらしいな……三度目は無いぞ。織斑先生と呼べ」

キリコ「……織斑先生、貴女はどうして、ここにいる」

千冬「私はここの教師だ。私が教師をしている事が気にくわんのか」

キリコ「……サンサで死んだはずだ」

千冬「死んでいないからここにいるのだ。数年会わなかっただけでそれもわからん程の馬鹿になったのか」

キリコ「……」

千冬「……後で話がある。私の部屋に来るように」ボソ

キリコ「……」


「キリコ君、千冬様の事を姉さんって呼んでたけど……」 「も、もしかして姉弟なのかな?」
「男でISを操縦できるのもそれが関係?」 「でも全然似てないよ?」


千冬「静かにしろ。山田先生がこれより学園に関しての諸注意をしてくれる。二度は言わんから、しっかりと聞くように」

山田「はい。この学校は全寮制、昼も夜も皆と一緒です――」




織斑千冬が生きていた――。封印したはずの、あのサンサの記憶が脳裏に浮かぶ。
俺の生まれ、家族、施設、爆音、あの手、炎――終わりの見えない螺旋階段のように、目まぐるしく記憶が廻る。
この閉ざされた不可侵域での再会が、一体何を意味するのか、俺には見当もつかなかった。

「あの人よ。世界で唯一ISを使える男性って」 「事故か何かで起動させちゃったんだってねぇ」
「大ニュースのはずなのに、テレビとかでは全然見なかったよねぇ」 「あれじゃない? きみつほじってやつ」
「今は戦争中だしねぇ……」 「ねぇねぇ話かけてみたら?」
「で、でも……なんかスゴイ空気まとってない? 孤高って感じ……」 「あの人、千冬様の弟さんらしいよ」
「あー、どうりでー」 「でも顔似てるかなー……でもカッコいいのは確かねぇ……」


見世物小屋というものを見た事は無いが、恐らくこういうものなのだろう。
奇異の視線を向け、見世物の少しの挙動で囁き合う。

この歳の女にどういう傾向があるのか、俺にはよくわからない。が、少なくとも俺とは相容れないようだ。


「おい」

キリコ「……」

「おいお前、聞いているのか」

キリコ「……なんだ」

「……ちょっといいか」

キリコ「……何の用だ」

「いいからついてこい」パシッ

キリコ「腕を掴むな。用は何かと聞いている」ブンッ

「わ、私が、わからないのか?」

キリコ「生憎だが、記憶に無いな」

「なっ……」

キリコ「……どこかで会ったか?」

「ほ、本当にわからないのか……」

キリコ「悪いが、俺に学生の知り合いはいない。誰かの間違いじゃないのか」

「っ……」

キリコ「……」

「……そうか」

キリコ「……で」

「……な、なんだ」

キリコ「俺に用があるんだろう。なんだ」

「あ、あぁ……そうだったな……」

キリコ「……」

「……お前と、話がしたい」

キリコ「……」

「……」

キリコ「話、か」

「……あぁ」

キリコ「……わかった、ついて行こう」

「……そうか。では、屋上に行くぞ」

キリコ「あぁ」

キリコ(なんなんだ、コイツは……)



……

キリコ「……何の用だ」

「……」

キリコ「用が無いなら、俺は戻るぞ。あの兵器について、色々お勉強とやらをしなきゃならないんでな」

「ま、待てっ」

キリコ「……」

「本当に……私を覚えていないんだな……」

キリコ「……あぁ。何度も聞くな」

「……そうか」

キリコ「……」

「……」

キリコ「……名前は」

「……な、名前?」

キリコ「お前の名前だ」

「……篠ノ之、箒だ」

キリコ「篠ノ之……」

箒「な、何か思いだしたか?」

キリコ「……どこで、俺とお前は会った」

箒「なっ……」

キリコ「どこで会ったかと聞いている」

箒「……サンサだ」

キリコ「サンサ、だと?」

箒「そうだ……惑星サンサの研究施設で、お前と私は出会った」

キリコ「お前は、地球人のはずだ……」

箒「私は……私達家族は、姉の研究の為にサンサにいた……」

キリコ「何の、研究だ」

箒「IS黎明期、他の惑星の住人でも起動ができるのかという、実験の為に……」

キリコ「っ……」

箒「お前もあの場所にいたんだ。あの施設に……その時私はお前と出会った!」

キリコ「やめろ……」

箒「だが……あのAT部隊のせいで……レッドショルダーのせいで、私達は……」

キリコ「やめ、ろ……」

箒「だが、あの時……あの時お前がいてくれたからっ! 私は――」

キリコ「うっ……ぐっ……」

箒「ど、どうしたんだ」

キリコ「やめろ……やめてくれ……」

箒「キリコ?」

キリコ「うぅっ……」ドサッ

箒「!? キリコッ!」

キリコ「あっ……ぐっ……」

箒「ど、どうした!?」

キリコ「うぅっ……」

箒「おい! キリコ! キリコッ!」



「ちょ、ちょっと!」 「ど、どうしたの!?」


箒「わ、わからない……突然キリコがっ!」


「と、とにかく、早く医務室に!」


箒「わ、わかった!」


キリコ「……」



――



トントンッ


千冬「……入るぞ」


ガチャッ


キリコ「……」

千冬「……突然倒れたらしいな」

キリコ「……何の、用ですか」

千冬「心配してわざわざこちらから来てやったのに、その言い草か……話があると言っただろう」

キリコ「……」

千冬「篠ノ之箒の事は、覚えていないのか」

キリコ「……」

千冬「……そうか」

キリコ「話は、それだけですか」

千冬「まぁ待て……」

キリコ「……」

千冬「……お前の経歴を見せて貰った」

キリコ「……」

千冬「18歳でメルキア軍曹長、その歳では中々異例の早さだな。その点は褒めてやろう」

キリコ「……」

千冬「だがな、あれはどういうことだっ!」バンッ

キリコ「何の事だ」

千冬「とぼけるな。何故レッドショルダーに所属していたか、その理由を話せ」

キリコ「……」

千冬「話せと言っているんだ。聞こえんのか」

キリコ「……理由など、無い」

千冬「理由など無いだと? あの日の事を忘れたとは言わせんぞ。サンサの……私達の両親が死んだあの日を」

キリコ「っ……覚えては、いる」

千冬「だが何も感じない、か?」

キリコ「違う! 俺は……」


バンッ


千冬「では何故レッドショルダーに魂を売った! 覚えているのなら、そんな所業はできるはずないだろう!」

キリコ「自分から入った、訳じゃない……」

千冬「……では何故入った」

キリコ「元は、ただの一兵士だった。だが突然、異動命令が来たんだ……俺をずっと監視していたヤツから」

千冬「……誰だ」

キリコ「……ヨラン・ペールゼン」

千冬「……レッドショルダー創設者、か」

キリコ「そうだ。俺はヤツの指名で、レッドショルダーに配属された」

千冬「ペールゼンなんてそんな軍のお偉方が、何故お前のような凡下を監視する必要があった。お前はただの一兵士に過ぎん」

キリコ「……」

千冬「何故、ヤツはお前を監視していた。話せ」

キリコ「……」

千冬「言いたくないか、或いはさっきのが言い訳だったか。どちらだ」

キリコ「……」

千冬「……見そこなった。昔のお前は、寡黙だが心優しい少年だった。私も、そんな少年が好きだった。本当の弟と思っていたさ……」

キリコ「……」

千冬「お前は、変わったな……戦争が、何もかも変えてしまったよ……」

キリコ「……姉さん」

千冬「……あの時死んだ父さんと母さんが今のお前を見たら何と言うか、よく考えることだ。もう部屋に戻れ、キリコ・キュービィー。
   軍人がその程度でくたばる訳は無いだろう」

キリコ「……」

千冬「……戻れと、言っている」

キリコ「……」

千冬「……戻ってくれ」

キリコ「……了解」


ガチャッ バタンッ


千冬「……理由を言ってくれても良いじゃないか……そんな、辛そうな顔をするくらいなら……」




――

山田「皆さんも知っての通り、ISの軍事利用はギルガメス・バララント両陣営での協定により禁止されています。
   元々は宇宙空間での作業を効率良くする為のものであり、軍事利用をしようものならば非人道的なまでの性能を発揮する為、競技用と定められました」

千冬「この星のとある科学者に開発されたが、技術の産出元はクエントだ。故に、未だによくわからない技術も多い。
   開発した科学者以外は、全くと言っていい程ISのコアを解析できないのが現状だ」

山田「よって、ISの研究をする為に、地球は第三不可侵宙域と定められました。
   アレギウム、サンサに次ぐ指定ですが、地球は建設的な方向で、不可侵宙域指定を受けた星なんですよ」

キリコ(よく言う……協定用とは謳っているが、戦場に放り込めば即戦力、前線を崩壊させる力もある……)

山田「では、ここまでで質問のある人ー?」

キリコ(武器もATなどとは格段に違う……あの時、パイロットを狙ったのにも関わらず傷一つ無かったのがいたが、
    あの防御機構が原因か……)

山田「えぇと……キリコ君。何かここまでで質問はありますか?」

キリコ「……何故、パイロットはむき出しなのに、傷一つ負わないんだ」

山田「はい。それはシールドバリアーのおかげです。ISは常に搭乗者を守る不可視のシールドを張っているんです。
   これはシールドエネルギーを使用していて、被弾するたびにエネルギーを消耗してしまいます。
   試合では、このエネルギーが無くなった方が負けとなります」

キリコ「……そうか。参考になった」

山田「えぇ。わからない事があったら何でも聞いて下さいね。何せ私は先生ですから」

千冬「……おい」

キリコ「……何ですか」

千冬「今お前が聞いた事は、基礎中の基礎だ。そんな事も知らないで、ここに来たのか」

キリコ「……ISについて、俺がむしろ何か知っているとでも思っているんですか」

千冬「参考書を渡しただろう」

キリコ「あのケガで、俺が読めるとでも」

千冬「あの後、敗血症、脊髄及び内臓損傷、爆破物の破片摘出も完全では無い状態だったと、カルテに書いてあったな」

キリコ「……」

千冬「だが、そのレベルのケガであれば、完治はおろか死ぬ危険もある。それがどうだ、お前はわずか半月足らずで回復した。
   あのカルテの記載ミス、そう考える他無いだろう。故に、お前は読める状態であったはずだ。違うか」

キリコ「……」

千冬「……まぁいい。後一週間で覚えろ、絶対にな」

キリコ「……あの量を、ですか」

千冬「でなければ謹慎だ。軍隊風に言えば、営倉入りか。まぁそれが嫌なら死ぬ気で覚えろ、良いな」

キリコ「……」


セシリア(一体なんなんですの、あの人は……ISの事を何も知らないなんて……)



……

キリコ(……こうして勉強というものをするのも、平和と言えば、平和なのかもしれないな)

セシリア「ちょっと、よろしくて?」

キリコ「……」

セシリア「……聞こえてますの?」

キリコ「……何の用だ」

セシリア「まぁ、気品のかけらも無い返事ですこと。レディに話しかけられたら、礼儀正しく応答するのが、男の役割なのを知らなくて?」

キリコ「構って欲しいなら他のヤツにしろ。俺はコイツを見るので忙しい」

セシリア「構っ……おほん。私に声をかけられるだけでも名誉だと言うのに、なんなんですのその言い方は。態度がなってなくてよ」

キリコ「お前は、俺の上官か何かか? 生憎だが、俺はお前が誰だか知らない」

セシリア「私を知らない!? セシリア・オルコットを? イギリス代表候補制であり入試主席のこの私を!?」ダンッ

キリコ「……よくわからない単語ばかり出すな」

セシリア「なっ……よく、わからない……」

キリコ「お前らの乗るISというものをよく知らなくてな。この星では常識になりつつあっても、惑星を転々としていた俺には夢物語みたいなものだ」

セシリア「成程……流浪の民、ですか。通りで礼儀がなっていない訳ですわね」

キリコ「……」

セシリア「まぁ、そういう事でしたら、色々と教えて差し上げますわよ? 下々の者の面倒を見るのが、貴族の務めですから。まぁ、泣いて頭を下げるなら、ですけど」

キリコ「……よく喋るな。ラジオでも胃に入っているのか」

セシリア「ぐっ……流浪人の分際で、中々上手いジョークを仰りますのね……」

キリコ「貴族の癖に、人との話し方もわからないようだったからな」

セシリア「……あまり調子に乗らないで下さる? 世界でただ一人ISを動かせる男性とお聞きして、少し試させて貰っただけですから……まぁ、とんだ期待外れでしたけど」

キリコ「そうか、結果がわかったのならどこかへ行け」


バンッ

キリコ「……」

セシリア「ただ男で唯一、ISを動かせるなんていう才能を持ってるだけで、自惚れが過ぎるんじゃなくって?
     ISの事を何も知らない貴方なんて、入試で唯一人、相手の教官を倒した私にかかれば一瞬で消し炭にできてよ?」

キリコ「それなら、俺も倒したが」

セシリア「……ビッグマウスも大概になさい。唯一人と、私は言ったのよ?」

キリコ「女ではというオチだろう。嘘と思うなら、確認すればいい」

セシリア「……」

キリコ「……」


キンコーンカンコーン


セシリア「……話の続きは、また今度キッチリとさせて頂きますわ」

キリコ「……好きにしろ」


「す、凄い空気だったね……」 「キリコ君って、何者なんだろう……」



――

妙な女に絡まれ、奇異の視線を浴びつつも授業をこなし、俺は自分に割り当てられた部屋に来た。
ここでの唯一の個人空間。同居人はいるようだが、少なくとも他所より落ちつけるのは確かだ。


トントンッ


キリコ「……入るぞ」


ガチャッ


キリコ(シャワーの音か……勝手にあがらせて貰おう)

キリコ「これは……」

キリコ(柔らかそうなベッド、明るい内装……全く別次元の扱いだ……)


キュッ


キリコ「ん?」

「ん……あぁ、私と同室になったのか。これから一年、よろしく頼む」

キリコ「……」


ガチャッ

「こんな格好ですまないな……シャワーを使っていた。私の名前は――」

キリコ「……部屋の中にシャワーもあるのか。本当に、良い扱いだな」

「篠ノ之ほう……き……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……」

箒「はぁっ……?///」

キリコ「早く服を着て来い。衝立がそこにある」

箒「キ、キキ、キリコ……」

キリコ「なんだ」

箒「な、何故お前がここにいる!」バッ

キリコ「ここは俺の部屋だ。二人部屋なのだから、お前だけの部屋じゃないのは当たり前だ」

箒「だ、だが……ここは私の……」

キリコ「どうやら、お前と同室らしいな。別に不思議ではないだろう」

箒「なっ……き、貴様!」バッ


パシッ


箒「たぁっ!」

キリコ「!?」



ブンッ


キリコ「くっ」スカッ

箒「この、避けるな!」ブンッ

キリコ「っ……人を、殺すような、勢いで、武器を、振るんじゃない」スカッスカッ

箒「黙れ黙れ!」ブンブンッ

キリコ「ちっ……」パシッ

箒「なっ」

キリコ「良い加減にしろ……一体、お前は俺の何なんだ……」

箒「な、何なんだとはなんだ……」

キリコ「お前は、俺の過去を知っている……俺の封印したはずの記憶を、お前は蒸し返そうとしている……」

箒「貴様こそ……どういうつもりだ……」

キリコ「何がだ……」

箒「私の事を覚えていないと言いつつ、私と同じ部屋に来るなど……偶然か? お前が希望したんじゃないのか」

キリコ「偶然だ。自分の嫌な事を知っている人間と、好き好んで同室にして貰う道理がどこにある」

箒「ぐっ……」ギリギリ

キリコ「くっ……良いから、この剣を降ろせ。落ちついて話もできない」

箒「……わかった。いいだろう」スッ

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……まだ、思いださないのか」

キリコ「何の事だかわからないが……思いだす必要は、無い」

箒「っ……」

キリコ「……お前もサンサに居たのなら、あの時起きた事を思い出したくもないはずだ。わかるだろう」

箒「あぁ、わかるさ……痛い程に……」

キリコ「……」

箒「だがな……あの日の出来事を、私は絶対に忘れない……お前が私にしてくれた事を、忘れる訳が無いだろう……」

キリコ「……」

箒「お前は、死んだとばかり思っていた……だが、生きていてくれた。こうしてまた、私の前に現れてくれた……。
  それが、私にはどれだけ嬉しかったか……お前にわかるか?」

キリコ「……」

箒「だが、お前は忘れてしまった。いや、思いだそうとしていないだけなのかも知れないが……」

キリコ「箒……」

箒「……一人に、させてくれないか」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……奥のベッドは、お前が使え。眺めが良いだろう」

箒「……」

キリコ「他の取り決めも、お前の好きなようにしろ。シャワーを浴びる時間なんかもな」

箒「……すまない」

キリコ「……」


キィッ…… ガチャンッ


キリコ「……」


キリコ(間違いない。アイツは、俺の過去を知っている。あの炎の記憶も……)

「あれ、キリコ君だ」 「そこの部屋から出てきたって事は……そこがキリコ君の部屋かぁ!」
「やったー隣じゃん!」 「同室の人っているのかなー」


キリコ「……」

「ねぇねぇ、そこがキリコ君の部屋ぁ?」

キリコ「……そうだ」

「ねっねっ、同室の人って誰?」

キリコ「篠ノ之箒だ」

「うわぁ、良いなぁ」
「箒さんと話してたらしいけど、知り合い?」

キリコ「……らしいな」

「らしいって、キリコ君は覚えてないの?」

キリコ「……」スタスタ

「ってあれ? どこに行くの?」

キリコ「トイレだ。探せば男用のくらいあるだろう」

「あ、あたしも行くー!」

キリコ「……」

「じょ……冗談です……」

キリコ「……」スタスタ


「ほへー……い、威圧感スゴイ……」 「まさに孤高だね……」
「噂じゃ軍人さんだったらしいよ」 「確か、軍曹さんだったっけ」
「偉いの?」 「偉い方だよ、あの歳で」



俺の知らない過去を知られている……この不気味な感覚。
俺はこの学園でも、何かに追われねばならないらしい。





――

激動の初日から数日。ようやく、俺はこの学園生活にも慣れてきた。同室の箒は、まだ何か言いたげにこちらを見てくるが……。
何も言わないのであれば、静かにしてくれているなら、俺はそれで良い。

あの記憶を、思い出させてくればければ。



千冬「これより、再来週に行われるクラス対抗戦に出るクラス代表生を決める。クラス代表生はまぁ言いかえるならクラス長だ。
   様々な行事などにも狩りだされ、委員会にも出る事になるだろう。自薦他薦は問わない。誰かいないか」


「はい! キリコ君が良いと思います」 「私もキリコ君を推薦します」


キリコ「……」

千冬「他にはいないのか? いないなら無投票当選でキリコが代表生だ」

キリコ(……俺は素人だ)

キリコ「……俺は」


「納得いきませんわ!」

キリコ「……」


セシリア「そのような選出は認められません! 男がクラス代表だなんて良い恥晒しですわ!
     このセシリア・オルコットに、一年もの間そのような屈辱を受けろと仰るのですか?」


千冬「ほう……」

セシリア「大体、この方はまともに会話もできない上に、ISの基礎知識さえ無いデクノボウですのよ?
     ISの厳しさも知らないそんな人間に代表を務めさせるなんて、言語道断ですわ!」

キリコ「……所詮、遊びだ」

セシリア「……何ですって?」

キリコ「所詮ISは遊びだと、言った」


ザワザワ

セシリア「あそ、び? 遊びですって? ISを、自らの命を危険に晒す事もあるこのISを遊びと、そう仰りました?」

キリコ「そうだ。協定に守られ、実戦もせずただのうのうと訓練をしているだけで良い。遊びと何が違う」

セシリア「のうのうと、しているだけ……」

キリコ「ATには、搭乗者を守る機構も無かった。ISのあの防御性能で、命を危険に晒すなんて言葉をよく吐けるものだ」

セシリア「AT? ハンッ、あんな鉄の棺桶の最低な乗り物と比較しないで頂きたいものですわね……。
     そう……その口ぶり、貴方ボトムズ乗りでしたの……人殺しの最低な人種とは、よく言ったものですわね」


「キリコ君がボトムズ乗り?」 「ほ、本当に?」


キリコ「命を懸けた事が無いお前と俺を、比較しないで貰いたいがな」

セシリア「……いい加減になさい」

キリコ「本当の事を言っているだけだ」

セシリア「いいですわ。そこまで言うなら、貴方と私の一対一で決闘しましょう。それでハッキリしますでしょう?
     どちらが優れた人種なのか、どちらが優れた兵器だったのか、ね」

キリコ「俺も使うのはISだろうが、良いだろう。その話のってやる」

セシリア「手を抜いたりしない事ですわ。もし貴方が負ければ、一生を私の小間使いとして生きて貰いますからね」

キリコ「……」

セシリア「……」

山田「お、織斑先生……」

千冬「いい、やらせておけ。オルコットにも、良い経験になるだろう」

キリコ「……ハンデは」

セシリア「は?」

キリコ「ハンデは、あるのか」

セシリア「あら、大口を叩いた割に、早速お願いですか?」

キリコ「お前はどれだけハンデが欲しいのかと、聞いている」

セシリア「……」


アハハハハッ


キリコ「……俺は冗談を言ったか?」

「キリコ君、それ本気?」 「この星で男が女に勝てるわけないじゃない」
「ISができる前だよ、男が女より強かったなんて」

キリコ「……」

「もしギルガメスとバララントじゃなく、男と女だったら、百年戦争なんて三日戦争になってるよ?」

キリコ「……そう簡単ならいいがな」

セシリア「私がハンデを負うべきくらいなのに、キュービィーさんはジョークセンスがやはりあるみたいですわね」

「キリコ君、今からでもハンデお願いした方が良いよ、絶対」

キリコ「……戦場でハンデなんて、付けて貰えた記憶は無い。いつも死ぬ思いで生きてきた。
    悪いが、同じISに乗れるなら、負ける気はしない」

セシリア「……」

キリコ「……ハンデは、本当にいらないのか」

セシリア「……いるものですか」

キリコ「……そうか」


「「「……」」」


千冬「話は纏まったな。では、勝負は次の月曜、第三アリーナで行う。キュービィーとオルコットは、各自準備をするように」

千冬(見させて貰うぞ……レッドショルダーの実力を……)



――

「応答しろ、篠ノ野博士」

『はーい、なんですかー』

「そちらの準備は整っているのか。それだけ返事をくれれば良い」

『まぁ整ってますよー、もう切っていいですかー』

「そうか、ならいい。期日はこちらが指定する。勝手な行動はしないようにな」

『はいはーい』


「……閣下、本当にあのような人物に事を任せてもよろしいのですか」

「問題は無い。仕事は確実にこなす人物だ」

「はぁ……」

「何が不安なのだ、ルスケ」

「……キリコは、明らかに異常です。試すまでも無く……それに、あの博士も……」

「あぁ、確かにキリコも篠ノ野も異常だ。まぁそれぞれ意味は違うがな。だが、だからこそ、この手に収めねばならない……」

「ですが……」

「無論、このシナリオの人選は選り抜きの者だけだ。それに得る物が大きければ、それだけリスクというものは発生する。
 が、それも計算の内だ。お前が心配する必要はどこにも無い」

「……そうですか」

「カースンが我々に流したあのファイルは、実に有益なものだ。全てを解明するには犠牲を弄したが、これを利用しない道理は無い」

「……例の二人の事ですね」

「……ふふっ、そうだ。既に事は動き出している。キッカケがあれば、流れが出来、そして物事は流されていく……流されやすい方にな」

「……」

「ペールゼン……キリコはお前には従わなかったが……ふっ、私は違う。毒蛇は、毒蛇を知る……」


「待っていろ……異能生存体……」


――

激情に駆られ、日常を潰し、非情を巡り、無常を知る。ローラーダッシュと共に、戦地は廻る。
装甲騎兵の記憶は、学園という白昼夢にも似た甘い時の中でも、色褪せる事は無い。
忌まわしき記憶の先に眠る、自分にも流れたあの日常。それと再会を果たしてもなお、断末魔が目を晦ませる。
家族も、友も、サンサも、この鉄の温もりには勝てぬ。

次回、「模擬決闘」

あの日を生きるか、明日を嘆くか。



――

今回はここまで
今更ですが、時系列をペールゼン・ファイルズにしてワンサマをキリコに入れ替えた感じでやってきます
死人はなるべく出したくないけどね

冒頭だからモノローグおおめで見にくいね、ごめんね

>>59

でも18歳という……こんな高校3年生そうそう居ないぞ


小ネタスレのやつか、ありがてぇありがてぇ、五臓六腑に染みる……もしかしてコブラとボトムズのクロス書いてた人?

>>61
そだよ
シュタゲの続きやってたら砂糖吐きそうになったから、血反吐吐きそうなのやりたくなったの

「これはこれは……レッドショルダー総司令、ペールセン殿ではありませんか……」

ペールゼン「……君が情報省次官フェドク・ウォッカムか。話は聞いている」

ウォッカム「おや、私の事を御存じなのですか。これは光栄です……」

ペールゼン「私に、何か用かね。ただすれ違うだけなら、私に頭を下げる理由にはならないと思うが」

ウォッカム「……RSに関する軍事裁判、貴方の見事な雄弁を拝聴させて頂きました。それに感銘を受け、こうして貴方と会話ができればと、思っただけです……」

ペールゼン「あの裁判にあげられた案件は、ほぼ全てが誇張されていた。例にあげればサンサの気象変化も、その一つだ」

ウォッカム「えぇ、存じております……しかし、議題に上がらなかった、貴方の所業もあるようですな……」

ペールゼン「……何の話だ」

ウォッカム「例えば、死なない兵士……」

ペールゼン「……成程。私の日記を盗んだのは、君だったのか」

ルスケ「日記にしては、莫大なデータ量がありました。しかし反面、中々読み応えのあるものでしたが……」

ウォッカム「ふふっ、その日記も全て見させて貰いましたよ」


ペールゼン「……それで、君はあの日記を見てどう思ったのだ」

ウォッカム「素晴らしい、この一言に尽きますな。異能生存体、そんなものが実在するとは、私は夢にも思わなかった」

ペールゼン「……所詮、あれは夢物語だ」

ウォッカム「あれ程の発見を、そんな言葉で片付けてしまうのですか?」

ペールゼン「私は、夢から覚めた。だから、私にはわかる。あれは、夢だったのだと」

ウォッカム「自身の画期的な発見を私に盗られて、遠回しの警告ですかな?」

ペールゼン「そこまで察しの良い君ならわかるだろう。キリコには近付くな、それが、君の為でもある」

ウォッカム「生憎、私は周到な人間です。勝算の無い事は、絶対にしない。どんな事でも、ね……」

ペールゼン「……どうやら、キリコにISを与えたのも君のようだな」

ウォッカム「いえ、あれは偶然でした。最初はヤツの異能さをIS相手に見せて貰おうと思ったのですが……予想外の結果でしたよ」

ペールゼン「異能生存体は機械に対して高い親和性を持つ上に、生き残る為なら利己的に、利他的に環境を変えてまで生き残る。
      キリコがISを操縦できるようになったと聞いても、私はさして驚かない」

ウォッカム「あれは必然だった、と……ふふっ、確かに、言われてみれば当然なのかもしれませんな」

ペールゼン「……キリコに、力を与えたか」

ウォッカム「最高の力、最高の能力……私はこれ程までに我を顧みず興奮した事はありませんよ……」

ペールゼン「……私は、失礼するとしよう。これから、色々と準備が必要なのでな」

ウォッカム「私もです……では……」



カツッ カツッ



ルスケ「……ペールゼンにも、情報は届いているようですね」

ウォッカム「ヤツは抜け目の無い男だ。それくらい知っていて当然だ」

ルスケ「……ヤツも、何か仕掛けてくるでしょうか」

ウォッカム「ふっ、さぁな。だが今更ヤツが出てきた所で、遅いさ……」




カツッ カツッ



(キリコは、誰にも従わない。ただ自分の居場所を戦場と盲信しているから、軍にいるだけなのだ)

(そんなヤツに力を与えるとなれば……ヤツは、神でさえ殺しにかかるだろう)

(ヤツは、神にすら従わない……)

(キリコは――)



――




   第二話
   「模擬決闘」



――

千冬「キュービィー、お前のISだが……準備に少し時間がかかる」

キリコ「……何故だ」

千冬「お前には、専用機が支給される事になってな。今急ピッチで調整しているそうだ」

キリコ「専用機?」

「専用機っていうのは、代表候補生や企業の人なんかの為にカスタムメイドされた機体の事だよ。政府からの援助も出るんだって」

「一年のこの時期に貰えるのは、すっごい事なんだよー」

キリコ「そんな大層なものを、俺にくれるのか」

千冬「お前はイレギュラーだからな。データを取る為にも、その方が良いそうだ」

キリコ「……エースの為の乗り物、か」

セシリア「それを聞いて安心しましたわ!」

キリコ「……事あるごとに突っかかって、お前はそんなに目立ちたいのか」

セシリア「ち、違います! お、オホンッ。クラス代表決定戦、貴方と私では勝負は見えていますけど……。
     私が専用機、貴方が訓練機ではフェアではありませんからね……」

キリコ「……お前も持っているのか」

セシリア「ご存じ無いのですか? ふっ、いいですわ。流浪人の貴方に教えてあげましょう」

キリコ(コイツも持っていると言う事は、さして凄くは無いんじゃないか?)

セシリア「私セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生、故に私は既に専用機、ブルーティアーズを持っていますの」

キリコ「……」

セシリア「世界に存在するISは467機、その中でも専用機を持つものは地球上60億、いえアストラギウス銀河総人口の中でも、
     エリート中のエリートなのですわ!」ビシィッ

キリコ「……そうか」

セシリア「……は、反応薄いですわね」

キリコ「さぁな……だが、467機しか無いというのは、本当なのか」

セシリア「そ、そうですわ。ISのコアは完全なブラックボックス、開発者の篠ノ之束博士にしか作成できないんですのよ。
     世代なんて風に言われてますが、結局、武装や機構を換装しただけで、悪く言えばマイナーチェンジのようなものしかできないでいますの」

キリコ「篠ノ之……」


箒「……」


「でも、その篠ノ之博士はコアを一定数作ったところで蒸発しちゃったんだって」

キリコ(同じ名前……)

千冬「どうだ、わかったかルーキー」

キリコ「……えぇ」

「先生」

千冬「何だ」

「篠ノ之さんって……もしかして、篠ノ之博士の関係者なんでしょうか」

千冬「……そうだ。篠ノ之はヤツの妹だ」


「「「えぇーっ!?」」」

箒「関係ない!」


「「「……」」」


箒「あの人は、関係無い……私は、あの人じゃない……」

キリコ「……」

箒「教えられるような事は何も無い」


「「「……」」」


キリコ(あいつが……開発者の、妹……)

千冬「……山田先生、授業を」

山田「あ、はい! えっと、それでは教科書の――」





まただ。またあの炎がちらついている。
俺の忘れかけていた記憶が、縺れた糸を縫って、点と点を結ぶように、このISという兵器を軸にして回っている。
俺は、知らなければならないのか。あの忌まわしい記憶を……。





――

山田「――つまり、ISは自分のパートナーとなる存在なんです。ここまでで質問はありませんか?」

キリコ(意識を持つ兵器……尋常では無いな。ミッションディスクのように、行動を簡易化してくれるというなら別だが)

「はい!」

山田「はいどうぞ」

「それってつまり、彼女彼氏みたいな関係ですか?」

山田「ど、どうでしょう……私はそういう経験がありませんから……ど、どうとも……」

「あはは、先生赤くなってるー」 「先生かわいい!」

山田「そ、そうです、かね……えへへ」

キリコ(これは、野次なのだろうか)

山田「え、えっと、そのですね――」




ISについて、ある程度の知識は見につけた。だが、実際に動かす機会が無ければ意味が無い。
このままでは、あのおしゃべりな黄色い髪に負けてしまう。それは明白だった。


キリコ(……篠ノ之)


ここで、ヤツに頼るのか。IS開発者の妹、それなりに覚えもあるはずだ。
贅沢は言っていられない。そして、ヤツを探る為にも……。



……

キリコ「箒」

箒「……」

キリコ「……篠ノ之」

箒「……」

キリコ「お前に、話がある。飯を食いながらでも構わない」

箒「……今更か」

キリコ「俺だけというのが嫌なら、他のヤツも誘えば良い。俺は構わない」

「なんだか良い話が聞こえたー!」
「ねぇねぇ、私達も行って良い?」
「お弁当あるけど、行きます!」

キリコ「……そうか(耳が良いな……)」

箒「私は、遠慮する」

キリコ「……遠慮される筋合いは無い」

箒「お、お前!」

キリコ「良いから来い。お前しか、頼れない」

箒「……嫌だ」

キリコ「……引きずってでも、連れていくぞ」

箒「やれるものなら、やってみろ」

キリコ「……」

箒「……」

「あ、あぁーキリコ君?」

キリコ「何だ」

「や、やっぱり私達、お邪魔みたいだから、やめるね?」

キリコ「……そうか」

「あ、あはは……またねー……」

箒「お前も、あいつらと食べてきたらどうだ」

キリコ「言ったはずだ。お前にしか、頼れない」

箒「……勝手だ」

キリコ「……来い」ガシッ

箒「なっ……手、手を握るな」

キリコ「俺には、時間が無い」グイッ

箒「う、うおっ」

キリコ「行くぞ」

箒「なっ、ま、待て!」


「キャーキリコ君だいたーん!」 「ちょ、ちょっと先越されちゃったよ!」
「手握ってるー!」


キリコ(……もう環境音と思うようにするしか無いな)

箒「は、離せ! 見られているだろう!」

キリコ「なら、俺の話を聞くか」

箒「き、聞く! 聞くから!」

キリコ「そうか」パッ

箒「あっ……」

キリコ「……どうした」

箒「……何でも、ない」

キリコ「……ここではなんだ、食堂へ行くぞ」

箒「……あぁ」

キリコ「……」

箒(私の手を握っても、思いださないのか……)



……

キリコ「お前は、他のヤツらみたいに、誰かと飯を食おうとは思わないのか」

箒「よ、余計なお世話だ」

キリコ「そうか」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……本当に、口の少ないヤツだな」

キリコ「……」

箒「それは、昔も変わらないが……」

キリコ「……」

箒「いや、何でもない。今言った事は忘れてくれ」

キリコ「……そうか」

箒「……」

キリコ「……」

箒「な、なぁキリ――」



「あいよ。日替わり二つお待ち」


キリコ「すまない」

箒「あっ……」

キリコ「……どうした、お前も早く取れ。後ろがつっかえている」

箒「あ、あぁ……わかった」

キリコ「このテーブルで良いだろう。座れ」

箒「あ、あぁ」コトッ

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……」モグモグ

箒「……話とは、何だ」

キリコ「そっちから聞いてくるとはな」

箒「お前が誘ったのだろう。飯を食う前に、いいから話せ」

キリコ「……ISについて、教えて欲しい」

箒「……私が、か」

キリコ「あぁ。このままでは、あのセシリアとかいうのに、負けるからな」

箒「……良いじゃないか、べつに。ヤツは代表候補生だ、負けても恥ではない」

キリコ「篠ノ之博士とやらの家族なら、何かISに覚えがあると思って頼んだ」

箒「……言っただろう、私はあの人じゃない」

キリコ「知っている」

箒「だったら……」

キリコ「……俺がこう言うのも何だが、お前と一緒に訓練していれば、もしかしたら俺の記憶が戻るかもしれない。
    お前にとっても、悪い話では無いはずだ」

箒「……心にも無い事を」

キリコ「……」

箒「……」



「ねぇ、君って噂の子でしょ?」


キリコ「……誰だ」

「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、でも君素人だよね? 私が教えてあげよっか?」

キリコ「いや、間に合っている」

「なっ……前評判通りの氷の応答……でも私めげないわよ」

箒「……人の良心を、無碍にするもんじゃない。良いじゃないか、教えて貰えば」

キリコ「俺は……」

箒「何だ」

キリコ「俺は、お前が良い」

箒「……」

「……」

箒「……はっ?///」

キリコ「お前でなければ、ならない」

箒「……え、えっと……」

キリコ「……ダメか」

箒「ほ、本気か?」

キリコ「俺が、冗談を言う人間に見えるか」

箒「うっ……」

「い、いやでも、この子一年でしょ? 私三年だし、この子よりもちゃんと教えられると思うけどなぁ……」

キリコ「少なくとも、あんたよりはあてになるさ。コイツは、篠ノ之博士とやらの妹らしいからな」

「なっ、なんですって?」

箒「……」

キリコ「だから、あんたは自分の飯でも食べていてくれ。時間を過ぎれば、懲罰だろう」

「ぐぬぬ……い、いいわ。それならしょうがないわね……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……」モグモグ

箒「……良かったのか」

キリコ「何がだ」

箒「その、本当に私で……」

キリコ「何度も言うのは面倒だ」

箒「……そ、そうか……そうか」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「食べないのか」

箒「い、いや……食べるさ……」

キリコ「お前も、早くした方が良い」

箒「わかっている……」

キリコ「……」

箒「……しかし、だな」

キリコ「何だ」

箒「上級生に対して、あんたはマズいんじゃないか?」

キリコ「あいつらと俺は、同い年だ。別にいいだろう」

箒「そ、そういえばそうだったな……二つ上だったか」

キリコ「あぁ。というより、お前らは二つ下なのか」

箒「そうだ。まぁ、お前は特例だし、それくらいの差異はあるだろう」

キリコ「……だろうな」

箒「……お前の場合10個上と言われても納得するが」

キリコ「何か言ったか」

箒「いや、何でもない。気にするな」

キリコ「……」

箒(私が、思い出させなければ……本当のキリコを、本当のあるべき姿を……)

キリコ「……やはり食わないのか」

箒「た、食べるから。お前は人を気にし過ぎだ……」

キリコ「……」モグモグ

箒「……はぁ」




――

箒「めーんッ!」

キリコ「くっ……」サッ

箒「……中々避けるじゃないか」

キリコ「こ、これは、ISの訓練になるのか」

箒「お前は元軍人だろう! そんなヤツが、私のような小娘一人捕まえられないでどうする!」ブンッ

キリコ「ちっ……」サッ

箒(しかし、素人の癖によく避ける。並の反射速度では無いな)

キリコ「ま、待て……」

箒「なんだ、まだ決着はついてないだろう。それに、お前も中々に動けている。まだやれるはずだ」

キリコ「はぁ……ISの訓練は、一体どうなった……」

箒「これで根をあげるようでは、それ以前の問題だ。さぁ構えろ!」

キリコ「……」


「キ、キリコ君大変だねー……」 「頑張ってー!」


俺は、どうやら頼みこむ相手を間違えたらしい。
期日までの間、俺はこうしてひたすら竹刀というもので互いに打突しあう競技に駆りだされる事となった。


……

箒「はぁ……」

箒(少し、きつくやり過ぎただろうか……)

箒(いや、あれくらいで良いのだ……私の事も、織斑先生の事も忘れて、ATなんかに乗っていたんだ、良い薬になる……)

箒(……もう、どれ程の時間が流れたのか……キリコが変わってしまう程の、それほどの時間が流れたのは確かだ……)

箒(私は、あの手の感覚を忘れた事は無い……キリコの、あの手を……)

箒(それなのに……)

箒「明日からは、特訓だ。そうすれば、そうすれば……キリコも……」

箒「……」

箒「いや、あいつ自身が思いだそうとしなければ、意味は無いのかもしれないな……」

箒(キリコ……一体、何があったんだ……)

箒「シャワーを、浴びるか……」



……

キリコ「はぁ、はぁ……」

箒「ようし、今日の訓練はここまでだ。中々物にするじゃないか」

キリコ「はぁ……」

箒「ほら、これでも飲め」ポイッ

キリコ「……あぁ」パシッ

箒「……」

キリコ「……」ゴクゴク

箒「……昔も、こういう事があったな」

キリコ「……その話は、長いのか」

箒「ま、まぁ聞け。あれは、私がお前と知り合っておおよそ半年経った頃の話だ」

キリコ「……」

箒「お前は里親と共に研究施設にいたんだ。基本外に出る事はあまりなかったが、たまに私とお前だけで外出していたんだ」

キリコ「……」

箒「そして、お前が初めて私の家に来た。その時に何をして遊ぼうかという話になったんだが、何を考えたのか、お前は竹刀に興味を持ってな。
  それなら、防具をつけて一回やってみるかと――」

キリコ「……やめろ」

箒「っ……ま、まだ話には続きが」

キリコ「やめろと、言っている」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……わかった」

キリコ「……」ゴクゴク

箒「なぁ、キリコ」

キリコ「……何だ」

箒「じゃあ、逆に聞くが……お前は、いつ頃軍に入ったんだ? それだったら――」

キリコ「さぁな、もう忘れた」

箒「……」

キリコ「先に言っておく。俺は幼少の時の記憶はほとんどない。姉さんを思い出したのだって、かろうじてのものだ。
    それ以外は、思いださないし、思い出したくもない」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……そうか」

キリコ「……お前が、悪いんじゃない」

箒「でも、私がまた過去の事を聞くと、この前みたいに発作を起こすのだろう?」

キリコ「……」

箒「だったら……私は、お前に近づかない方が良いのかもしれない……。
  私は、お前が……キリコが過去を思い出さなくても、生きていてくれるなら、それで良いから……」

キリコ「……」

箒「それに、おせっかいだったようだな……お前にとっては、赤の他人なんだから……。
  ずけずけと物を言われちゃ、たまらないよな……」

キリコ「……」

箒「……訓練相手も変えた方が、良いと思うぞ」

キリコ「そうはいかない」

箒「なっ……」

キリコ「俺は、過去は思い出したくない……だが、俺の中にある何かがこう言っている。
    お前と、離れてはいけない、と」

箒「……」

キリコ「これがどういう事なのか、俺は知らない。だが、俺は後悔はしたくない。
    だから、お前から離れる訳には、いかなくなった」

箒「……」

キリコ「……」

箒「そ、それは……」

キリコ「……」

箒「……それは、殺し文句か?」

キリコ「何の話だ」

箒「……い、いや、すまない。な、なんでもない……」

キリコ「……」

箒「……はぁ」

キリコ「……ほら」ポイッ

箒「お、おわっと……」パシッ

キリコ「お前も疲れただろう。飲むと良い」

箒「えっ、の、飲むと良いって……こ、これは……」

キリコ「それは嫌いか」

箒「え、えっと、その……」

キリコ「嫌いなものを、俺に勧めたのか」

箒「ち、違う! た、ただ……」

キリコ「この歳の女は人が飲んだのくらいで、どうこう気にするのか」

箒「……ま、まぁ、そんなところだ……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「俺は、別に気にしない」

箒「あっ……」



「えぇ? キ、キリコが口つけたの……」
「俺は、べつに気にしない。俺とお前の仲だから」
「そ、そっか……」

キリコ「何だ」

箒「……それ、前にも……」

キリコ「何がだ」

箒「前、にも……いや、何でもない」

キリコ「……そうか」

箒「……」キュッ

キリコ「……」

箒「……」ゴクゴク

キリコ「結局、飲むのか」

箒「う、うるさい。お前が勧めたからそれをくんでやったのだろうが」

キリコ「……そうか」

箒「あぁ……」ゴクゴク

キリコ「……俺は」

箒「何だ」

キリコ(俺は、レッドショルダーだ)

キリコ「……俺は、もう部屋に戻りたいんだが」

箒「あ、あぁ。そうだな、もう良い時間だ」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……帰るぞ」

箒「……あぁ」




――

そして、期日が来た。俺は、剣の振るい方といういつ使うのかわからない技量を身につけ、戦いに臨むのだった。


キリコ「……」

箒「どうした、緊張しているのか」

キリコ「いや……俺は、無駄に時間を過ごしたのかと、反省していただけだ」

箒「お、お前が頼みこんできたのだろうが!」

キリコ「それに、聞きたくもない思い出話も山ほどされたしな」

箒「っ……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「まぁ、軍にいた頃の体力は戻っただろう。おかげで、負ける気はしない」

箒「……そうか」

キリコ「感謝は、している」

箒「え?」

キリコ「……」

箒「……今、なんて」

キリコ「……感謝はしている、と言った」

箒「……」

キリコ「……何だ」

箒「……いや、何でもない」

キリコ「……笑顔に戻ってなによりだ」

箒「なっ、笑ってなどいない!」

キリコ「……そうか」

箒「ぐっ、ぬぬ……」

キリコ「……あれが、ヤツの専用機とやらか」

箒「くっ……あぁそうだ。遠距離特化らしい、気をつけろ」

キリコ「……遠距離、か。銃器の覚えはあるようだな」

箒「慣れたものじゃないのか?」

キリコ「……さぁな」

箒「ふっ……」


山田『キリコ君! キリコ君!』


キリコ「……」

山田『キリコ君の専用ISが来ました!』

箒「ついに来たか……」

千冬『キュービィー、すぐに準備をしろ。アリーナ使用時間は限られている。ぶっつけ本番でものにしろ』

キリコ「……了解した」



ガゴンッ


箒「!?」

キリコ「……」


姿を現したあの悪魔の兵器。それは、競技用という表の顔を否定するように、重く、鋭く、己の体を誇示していた。
一騎当千のレッドショルダーを屠った兵器。それが、俺に与えられた。

俺は柄に合わず、心臓を跳ねあがらせていた。


キリコ「これが……」

山田『これが、キリコ君の専用IS。セイバードッグです』

キリコ「……なんだ、その御大層な名前は」

千冬『この星のジェット戦闘機でセイバーという通称で呼ばれるのがあってな。そいつのバリエーションの中に、セイバードッグというのがある。
   どうだ、良い名前だろう。親しみやすくて』

キリコ「……良い皮肉だ、感謝する」

千冬『礼はいらんぞ。じゃあ、すぐに装着しろ。時間は無いから、フォーマットとフィッティングは実戦でやれ』

キリコ「……わかった」

箒「キリコ……」

キリコ(これは、兵器。それ以上でも、それ以下でも無い。俺の慣れ親しんだあの鉄の棺桶と、なんら変わりはない)

千冬『背中を預けるようにしろ。後はシステムが勝手にやってくれる』

キリコ(……動け)


ブゥン……


キリコ「起動完了した」

キリコ(これが、IS……初めて起動した時と、少し感じが違うな……)

山田『セシリアさんのISはブルー・ティアーズ。遠距離射撃型のISです』

キリコ「……そうか」

山田『ISには絶対防御という機能があって、どんな攻撃からも最低限搭乗者の生命を守れるようになっています。
   ですが、それはシールドエネルギーを大量に使うので注意が必要です。エネルギーが切れたらその時点で負けですからね』

キリコ「……ようは、当たらなければ良いんだな」

山田『そ、それは極論ですけどね……』

千冬『キュービィー、調子はどうだ』

キリコ「悪くは無い」

千冬『……なら、勝ってみせろ。あんな部隊にいたのだ、それ相応の動きを期待する』

キリコ「……」

箒「な、なぁ、キリコ」

キリコ「……なんだ」

箒「その、何と言うか……その耐圧服で良いのか?」

キリコ「あぁ。あんなISスーツとかいうのは、気密性やらが信用ならなくてな」

箒「だ、大丈夫なのか?」

キリコ「問題無い。それに、この戦闘でコイツでも大丈夫なのか試すのも良いだろう」

箒「……そうか」

キリコ「……じゃあ、俺は行く」

箒「あ、あぁ……勝ってこい」

キリコ「……」


カタパルトに乗せられ、俺は未知の相棒と共に戦いへと赴かんとしていた。
あの棺桶と同じ、硝煙と火炎の臭いを、こいつに感じながら。



ガシュッ


キリコ「……」キュィイイイイッ

セシリア「最後のチャン――」

キリコ「……」ズガガガッ

セシリア「スぅううううっ!」ヒュンッ

キリコ「バルカンセレクター……」カチッ

セシリア「い、いきなり撃つなんてなんですの!?」

キリコ「戦いに、いきなりもクソも無い」ダンッ

セシリア「ぐっ……」カキンッ

山田『な、なんだか強引ですね……本当の兵士さんはやっぱり違います』

千冬『実戦経験は並の兵士の比ではない。ただISに慣れていないというだけで、ヤツの兵士としてのポテンシャルは高い。
   あんまりゆっくりしていると、山田君もすぐ抜かれるぞ』

山田『そ、それほど……』

キリコ(通信遮断……)

セシリア「なんて卑怯な……成敗してくれます!」ガチッ


ズキュウンッ


キリコ「その程度の射撃なら、見えるぞ」


キュイイイッ


セシリア「なっ、なんて速いターン回避……」

キリコ(主武装はライフルか。だが、あの程度の武装ではあるまい)

キリコ「その隙が命取りだ」ガガンッ

セシリア「くっ……あれだけ大口を叩いただけはありますわね。このブルー・ティアーズに初見で真っ向から対峙するとは……」

キリコ「お前はまるで歯ごたえが無いがな。ATの方が強いくらいだ」




山田「すごいですね、キリコ君……あれが二回目の搭乗とは思えません……」

千冬「ヤツのISは、シールドエネルギーを少なくした分、回避動力機構に重点を置いたピーキーな性能だ。
   あいつの言う当たらなければ良いという言葉、そのまんまでなくてはあの機体は勝てんのさ」

山田「何と言うか、真正面過ぎますね……えぇと武装は、実弾系ばかりですね」

千冬「あぁ。ソリッドシューター、ヘヴィマシンガンが主武装だ。バルカンと二連装ミサイルも付いている。
   後は撹乱用のスモーク弾。近接戦闘では、殴った相手に腕で圧縮した空気をぶちまけるアーム機構もある。
   武装も大概のものと換装可能。近接から遠距離まで、何でもできる機体だ」

山田「……聞いた限りでは、あれですね……」

千冬「まるでATだ、レーザー武装もしないでな。まぁ、ヤツに合わせた機体なんだ、慣れた系統の方がよっぽど良いだろう」

山田「えぇ……」


セシリア「ふっ……これを見ても、その減らず口が叩けるかしら!」


シュンッシュンッ


キリコ(ヤツの装甲部がパージした……あれは何だ)

セシリア「さぁ、踊りなさい!」


バシュンバシュンッ


キリコ「!?」

キリコ(パージ部分からレーザーが出ただと……)

セシリア「これがブルー・ティアーズの名の由来であり真骨頂。相手の死角に素早くビットを回し、シールドエネルギーを削り取る……。
     さて、これを回避しきれるかしら?」

キリコ「くっ……」ヒュンッ

セシリア「逃げても無駄ですわ!」

キリコ「甘い……」ヒュンッ

セシリア「まぁ、よく避けますこと……でも、まだまだ序の口ですのよ!」バシュンバシュン

キリコ(この機体の回避性能は中々のものだ……だが、それでも回避には限界がある……)

キリコ(しかし、この複雑な機構。どこかに弱点はある)

キリコ「……」キュィイイイッ

セシリア「接近戦に持ち込もうという魂胆ですか……見え見えですわ!」シュンッシュンッ

キリコ(パージ部を戻した……防御の為か?)

セシリア「喰らいなさい!」ズキュゥンッ

キリコ「……」ヒュンッ

セシリア(距離を詰めようとして戻った……成程、このブルー・ティアーズの弱点を探しているのですね……)

キリコ「……」キュィイイイッ

セシリア「甘い甘い、甘すぎですわ!」シュンシュンッ

キリコ(複雑、故に俺の死角をつける。俺の死角を注意深く見て、あの複数機を使わねばならない。そして、あの時のパージ部回収……。
    弱点はわかったが、ヤツもそれは重々承知だろう。それに対する罠もあると見て間違いない)

セシリア「ほらほらほら! 先程から回避ばかりで、全く攻撃が来ませんわよ!」

キリコ(まだ、機会ではない)キュィイイイッ




箒「キリコ……」


山田「キリコ君、ピンチですね……」

千冬「まだヤツは一発も貰っていないのに、ピンチも何も無いだろう山田君」

山田「ですけど、それにも限界があります」

千冬「キュービィーとオルコットでは、戦場における経験が違う。ヤツはまだ、見極めているに過ぎんのさ。
   まぁ、落ちついて見ていろ」

キリコ「……」キュィイイッ

セシリア「また近づいてきますの! 来れるものなら来てみなさい!」

キリコ「……」ズガガガッ

セシリア「そんな遠くじゃ当たりませんわよ! ほらほら、もっと近くでお撃ちなさい!」

キリコ(うるさいヤツだ)

セシリア「さぁ、また私の間合いで踊りなさい!」シュンシュンッ

キリコ(来たか)

セシリア「ほーら! ATが恋しいなら棺桶に送ってあげますわよ!」バシュンバシュンッ

キリコ(口も案外悪いな。だが、確認する機会が訪れたようだ)

セシリア(さぁ、来なさい!)

キリコ「……」キュィイイイッ

セシリア(来た! この間合いなら当たる!)

セシリア「かかりましたわね!」ガシャンッ

キリコ(砲門……ミサイルか!)

セシリア「さぁ、墜ちなさい!」


バシュバシュッ


キリコ(少々深入りし過ぎたか……回避できるかどうか……)キュィイイイイッ

セシリア「今更逃げても遅いですわ!」

キリコ「……」キュィイイイッ

セシリア「さぁ回りなさい回りなさい!」

キリコ(くっ……追尾がキツイ……逃げられないか)

セシリア「捉えましたわ!」

キリコ「っ!?」


ドキュゥウウウンッ


キリコ「ふぉおおっ!」



箒「キ、キリコ!」


山田「キリコ君被弾! シールドエネルギー大幅低下!」

千冬「脆弱なシールドだ……」


セシリア「ライフルでトドメを刺してあげますわ!」ガシンッ

キリコ(距離を見誤ったか……あれ程の追尾機能だとは……)

キリコ(このままの回転落下体勢では、墜落する……)



ピピピッ ピピピッ



キリコ(……ん?)



フォーマット
フィッテイング
完了



キリコ(何だ……これは……)

キリコ(……機体が、変化しようとしているのか……)

セシリア「さぁ、惨めに地上へうちつけられる覚悟はいいかしら!」

キリコ(今なら……あれを、やれるか……)カチッ

セシリア「どこに銃を向けてますの! 素直にこの一撃で、お逝きなさい!」ズキュゥンッ



山田「……」

千冬「……さぁ、どう出る」


箒「キリコッ!」


キリコ「……今だ!」



キュィイイイッ
ズガガガガッ



山田「!?」

千冬「ふっ、そうくるか」



ヒュンッ



セシリア「はぁ!? 銃の反動であの体勢から回避した!?」

キリコ「……無駄な挙動は、しない」ズガガガッ

セシリア「くっ……む、無茶苦茶な!」




山田「じゅ、銃の反動と強引なターンで姿勢を戻した上に避けましたよ! 織斑先生!」

千冬「ブースタンド……姿勢制御と共に、そのまま攻撃に転じれる馬鹿みたいな技術だ。やるな、キリコ」


箒「キリコ……」



セシリア「くっ……」カキンカキンッ

キリコ「……」バシュンッ

セシリア「な、なんですの……これは、スモーク?」

キリコ「……」

セシリア「目くらましのつもりですの? これくらい、スラスターですぐに晴らしてさしあげますわ!」


ヒュンヒュンッ
ブワァッ……


キリコ「……」




山田「! こ、これはっ……」

千冬「……ほう」


箒「あ、あれは……」



セシリア「……な、なんですの……一体……」



爆音と煙霧の中、俺の機体は覚醒した。セイバードッグ。これが、俺の相棒。
濃淡の入り混じった緑、肩の鎧を血潮のような赤で染める。両肩に浮き上がるようなその赤。
この機体が目覚めた時、俺もまた息を吹き返したのだ。また、俺はあの部隊に戻ったのだ。
あの、忌まわしいレッドショルダーに。


セシリア「機体が、変形した……」

キリコ「……」

セシリア「ファーストシフト……今まで初期設定の機体で戦っていたというの……」

キリコ「……どうやら、今までのはこいつの本当の性能じゃなかったらしいな」

セシリア「ありえない……ありませんわ! あの状態で私のブルー・ティアーズと互角に戦っていたなんて……」


キリコ「……」ギラッ


セシリア「ひっ……」

セシリア(あの目……あの目は、何ですの……人殺し、いや、もっと上の何か……)

セシリア(先程までと違う人、違う、違う……誰……この人は誰なの……)

セシリア(わ、私を見ないで……なんで、なんでこんなに私は震えているの……)

セシリア(あの、あの赤い肩……あれは、あれが物語っている……あれが、あの人の浴びて来た血……)

セシリア(何人殺したの……何人殺せばそんな目ができるの……一体、どんな血を浴びて来たのっ……)

セシリア「み、見ないで……」



キュィイイイッ



キリコ「……」キュィイイッ

セシリア「ま、まだやるの……」

キリコ「セレクター……」カチッ

セシリア「もう、貴方と戦いたくない……ち、近寄らないで……」

キリコ「……」キュィイイイッ

セシリア「……あ、あっ……あぁああああっ!」ガシンッ

キリコ「……」

セシリア「あぁあああああっ!」ズキュンズキュゥウンッ

キリコ「……」キュィイイイイッ

セシリア「当たれ、当たれ! 当たってぇっ!」

キリコ「……」ヒュンッ ヒュンッ

セシリア「こ、来ないで……来ないでぇっ!」

キリコ「……」キュィイイイッ

セシリア「いやぁあああっ!」

キリコ「……終わりだ」カチッ




『そこまでだ!』



キリコ「……」シュゥウウン……

セシリア「はぁ……はぁ……」


千冬『アリーナ使用時間を過ぎた。時間による判定とはいささかあれだが……シールドエネルギー残量により、セシリアが勝者だ』


セシリア「わ、私が……」

キリコ「……」


千冬『両者早急に戻れ。次の使用者の邪魔だ』


キリコ「……了解」

セシリア「……」



千冬『オルコット』


セシリア「……」


千冬『オルコット、聞こえたか』


セシリア「りょ、りょうかい……」




時間切れによって、俺は試合に負けた。だが、俺は戦場での己の姿を取り戻していた。
何かを、引き替えにして。







セシリア(私は……触れてはいけないものに、触れてしまった……)

セシリア(あれが、本物の兵器……あれが、本物の戦い……)


セシリア(キリコ・キュービィー……)





――

山田「惜しかったですね、時間切れなんて」

キリコ「……そうだな」

千冬「……お前の機体、ファーストシフトが完了したようだな」

キリコ「あぁ」

千冬「……赤い肩、か……」

キリコ「……」

山田「あ、あはは……何だか、見た目も相まって、あのレッドショルダーって部隊みたいですね……」

箒「……」

千冬「……」

キリコ「……」

山田「あ、す、すみません……何でもないです……」

箒「……先に、戻ります」


タタタッ

山田「あ、篠ノ之さん……」

千冬「いい。帰してやってくれ……」

山田「……すみま、せん」

キリコ「……」

千冬「……恐ろしいな、お前は」

キリコ「……」

千冬「人一人斬れば初段の腕、とはよく言ったものだ……お前は、何人葬ってきた」

キリコ「……好きでそうなった訳じゃない……」

千冬「よく言う。私があそこで止めなかったら、オルコットもどうなっていたか」

キリコ「殺す気は毛頭無い。それ以前にIS搭乗者は殺せない」

千冬「その言い方が、既に殺し屋の発想のそれだな」

キリコ「……」

山田「え? でもさっきは……」

千冬「アリーナを使用できる時間はまだあったさ。だが、あれ以上続ける訳にいかなかった」

キリコ「……」

千冬「あのオルコットの怯え様、尋常では無い。一体何をした」

キリコ「ただ、あいつを睨みつけただけだ」

千冬「それだけか」

キリコ「そうだ」

千冬「……お前は、立派な人殺しになったようだな……」

キリコ「言ったはずだ……好きでなった訳じゃない……」

千冬「お前の意志は関係無い、結果が全てだ……」

キリコ「……」

千冬「……シャワーでも浴びて今日は休め。結果で負けたとは言え、お前の腕は本物だ。教官でも勝てるものはそういまい。その点は誇って良い」

キリコ「……はい」

千冬「さぁ、もう行け。片付けがあるのでな」

キリコ「……失礼します」


カツッ カツッ


山田「……よろしかったんですか?」

千冬「……あぁ」

山田「……キリコ君は、一体何者なんですか?」

千冬「ただの、AT乗りだ。それ以上でも、それ以下でも無いさ」

山田「はぁ……」

千冬(あれは、間違いない……本物の、レッドショルダーだ……)

千冬(……私は、お前の生き方を……)

千冬(……)



――

箒「……」

キリコ「……待っていたのか」

箒「あ、あぁ。鍵を忘れてな。お前がいないと部屋に入れないのだ」

キリコ「……そうか」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……行くか」

キリコ「あぁ」

箒「……」

キリコ「……」



沈黙。いつもならその程度の事は気にも留めないが、今の俺にとって、何故かこれが苦痛に感じられた。
押し殺された空気、喉をつかずに消える言葉。隣にいる人間が、まるで逆方向に進んでいるように感じられたのだ。

箒「……」

キリコ「……」

箒「……なぁ」

キリコ「……何だ」

箒「お前のIS、強かったな。少し、見直した」

キリコ「……お前の稽古のおかげだ」

箒「皮肉のつもりか?」

キリコ「そんなところだ」

箒「クソ真面目そうな男が、よく言う……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……すまなかった」

箒「どうした、急に」

キリコ「俺の機体を見て、不快に思っただろう……」

箒「っ……」

キリコ「……俺も、ああなるのは知らなかったが、悪い事をしたな」

箒「お前が謝る道理がどこにある! あれは、ただ元々そういう彩色の機体だっただけだ!」

キリコ「だが……」

箒「開発者達の当てつけか何かだろう……元AT乗りだから、肩を赤くしてやろうだなんて……」

キリコ「……」

箒「私は、気にしていない……大丈夫だ……」

キリコ「……そうか」


彼女にあの事を言うのは、今は得策では無いだろう。人の心の機微に疎い俺でも、それくらいはわかった。
俺も、あの痛みがわかる人間なのだから。

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「明日からは……」

箒「ん?」

キリコ「明日からは、ISの訓練もしなければならなくなった」

箒「そ、そうだな……」

キリコ「……お前は、放課後という時間、空いているのか」

箒「……えっ?」

キリコ「お前無しでは、訓練出来ない。俺は、すぐたるみそうだから、監視するものがいなければならない」

箒「……」

キリコ「……嫌か」

箒「い、いやっ、そんなことは無いぞ! ただ……」

キリコ「ただ?」

箒「私なんかで、いいのか?」

キリコ「何度言わせる気だ……俺は、お前が良いと言った」

箒「あ……」

キリコ「……」

箒「……そうか、そうだったな」

キリコ「……」

箒「そこまで言うなら、私が見てやろう。言っておくが、私は厳しいぞ」

キリコ「軍に比べれば、さして差は無い。大丈夫だ」

箒「そこでそれを出されてもな……まぁいい」

キリコ「……」

箒「……そうか、そっか……」

キリコ「……」

箒「……ふっ」

キリコ「……これから」

箒「……え?」

キリコ「これから、よろしく頼む」

箒「……」

キリコ「……」

箒「相変わらず、お前は不器用だな」

キリコ「……お前も、そんな感じがするが」

箒「う、うるさい。あげ足とるみたいに言うんじゃない……」

キリコ「……」

箒「……ふふっ」

キリコ「……何だ」

箒「何でもない。ほら、早く部屋に戻ろう。そして、さっさと寝ようではないか」

キリコ「……そうだな」

箒「言っておくが、破廉恥な行為は慎むのだな」

キリコ「……俺の柄じゃない」

箒「色気の無いヤツよ……」

キリコ「……行くぞ」

箒「あぁ」



箒(キリコは、本質は変わっていなかった……薄い、仮面をかぶっていただけ……)

箒(そう、それだけなんだ……)



キリコ「……いつまでニヤついているつもりだ」

箒「だ、だれがニヤついてなど!」

キリコ「早く行くぞ。消灯時間が近い」

箒「ま、待て! 歩くのが速いぞ! 待たんか! こらっ!」






――




サァアアアアッ……


「……」

(私が、勝った? いえ、全然違う……彼に睨まれた時、私は既に負けていた……)

(本当の恐怖を、私は初めて味わった……あれが、あの人の言う戦場……)

(でも、おかしい……)

(私は、あの人を嫌悪していない……むしろ、惹かれている……)

(この気持ちは何? こんな、不可思議な気持ちは……)

(……わからない)

(……)



――




飼いならすには妖艶の、抱え込むには叫喚の、我に秘めたる内なる獣。
その灯は、暗闇に虫を集う火が如く、耐えがたい衝動と共に何者をも惹き付ける。
そしてまた一人。獣に惹かれし者が一人、過去を携えやって来る。
役者は集う。キャストは踊る。己の何かを内に秘め。

次回、「伏竜」

カーテンコールは、始まらない。



――

あ、ゴメン今日はここまで

このままだと死人何人か出るね、ちかたないね

ウォッカム「ルスケ、あのゴーレムの調子はどうだ」

ルスケ「はっ……ただ今、篠ノ之博士に調整をさせております。競技用という枠を超えた、完璧なる兵器に」

ウォッカム「そうか……」

ルスケ「……本当に大丈夫なのでしょうか」

ウォッカム「何がだ」

ルスケ「一機だけならまだしも、まさかゴーレムを三機も投入するなどと……あの機体の性能は、現状のISと一線を画すもので……」

ウォッカム「ルスケ、お前はこの実験の意味がわかっていないな」

ルスケ「……仰る意味が……」

ウォッカム「私が試したいのは、ヤツの腕では無い。死ぬか、死なないかだ。絶望的な状況を作りだし、そこをどうヤツがくぐり抜けるのか見たいのだ」

ルスケ「……成程」

ウォッカム「その他の下準備はどうなっている」

ルスケ「はい、我々の実働班がクラッキングを既に完了しております。いつでもシステムを乗っ取ることが可能です」

ウォッカム「そうか……なら、いい」

ルスケ「はっ……」

ウォッカム「それで死ねば、その程度の者だった。それだけの事だ。私の計画に支障は無い……」


ウォッカム「百年戦争は、終わる……」





――





「ここが、IS学園……」

「ふっ、どんなヤツがいるのかしらね……」


――



   第三話
   「伏竜」




――




「「「キリコ君、クラス代表生おめでとー!」」」


パーンッ パパーンッ


キリコ「……何の真似だ」

セシリア「そ、それは……私が辞退したからですわ」

キリコ「……何故だ」

セシリア「お、おほんっ……は、初めて乗った機体で、代表候補生である私をあそこまで追い詰めたのです。まぁ、試合には私が勝ちましたけれど……。
     しかし、十分クラス代表となるに相応しいと考えた末に、その座をお譲りしましたのよ?」

「さっすがセシリア、わかってるねー」 「男子がいるんだから、ここはクラス代表にしないとねー」
「でも試合見たかったなー」 「千冬様が見ちゃいけませんって言ってたからしょうがないよ~」

キリコ「……」

セシリア「……」

キリコ「……おい」

セシリア「ひっ……」

キリコ「……」

セシリア「あ、あ……えっと、な、何か、ご不満でもありまして?」

キリコ「……お前は、それでいいのか」

セシリア「わ、私ですか?」

キリコ「試合に勝ったのは、お前だ。お前が出るべきじゃないのか」

セシリア「い、いえ……その、何と申したらいいか……」

キリコ「……」

セシリア「あ、ほ、ほらっ! クラス対抗戦に出ると言う事は、すなわちレベルの高い戦いができるという事。
     つまり、密度の濃い訓練となって、ISの操縦技術も早く上がるはずですから、お譲りしようと……」

キリコ「……」

セシリア「あ、あの……な、何か、なりたくない理由でも、あるのでしょうか……」

キリコ「面倒な、だけだ」

「さすが氷の王子……」 「クールだわー」

箒「あのなぁキリコ、せっかく気を利かせて貰ったんだ。礼ぐらい言ったらどうだ」

キリコ「……すまない」

セシリア「え、あ、そ、そうですか……」

「あれー? セシリアなんでそんなにオドオドしちゃってるのかなー」
「もしかして、キリコ君と戦ってキュンッてしちゃったー?」

セシリア「えぇ!? そ、それは、ち、違うというか何と言うか……」

「その態度、あやしいですぞー」 「照れんな照れんなー」

セシリア「も、もう!」


「「「あはははっ!」」」


箒(あの試合を見ていた限り、ハートというか、心臓を掴んだ、というのは確かだろうな……)

箒「……しかし、人気者だな。キリコ」

キリコ「……らしいな」

箒「……はぁ」

箒(私の事は、思い出そうともしてくれない癖に……あんな、あんな事を言って……)


「お前と、離れてはいけない、と」


箒(あんな事を言って……コイツは、他の人を惹きつけて……)

箒(キリコは、確かに昔も好かれていたな……妙なカリスマ性があった……これは、彼の才能なのだろう……)

箒(誰かに好かれるなんて、良い事じゃないか……キリコは、戦争で疲れ切ったんだ。それが癒しになるなら……)

箒(生きていて、くれるなら……)



パシャッ



箒「ん?」



「はいはーい、新聞部でーす! 目線お願いしまーす!」


キリコ「……」


パシャッ


キリコ「……」


パシャッ


「いいねいいねー」

箒「こ、こらキリコ。少しは笑え」

「あははっ、いいのいいの。キリコ君は氷の王子様なんだから」

箒「お、王子様……」

キリコ(何が王子なんだ……)

「よーし、じゃあセシリアさんとのツーショットもお願いできるかなー」

セシリア「ふ、二人で、ですか?」

「そそー。イギリス期待の星と、世界初の男性IS乗り。前途有望な二人の男女。その先にあるはロマンスかー。
 うん、良いじゃない、良いじゃなーい」

セシリア「ロ、ロマンス……」

キリコ「……」

セシリア「い、いけませんわそんなこと……キ、キリコさんにそんな……」

「じゃあ、そうだねー……握手してみてー」

キリコ「……」スッ

セシリア「えっ?」

キリコ「……握手だそうだ」

セシリア「……」

キリコ「……」

セシリア「……はいっ!」


ギュッ

セシリア「あっ……」

キリコ「これで良いのか」

「サービス精神ありがとねー! はい撮るよー!」


パシャッ


「はーいサンキュー!」

セシリア「あ、あの、撮った写真は……」

「あははっ、ちゃんとあげるから大丈夫だよー」

セシリア「そ、そうですかっ。ありがとうございます」

「はーい。じゃあ皆、邪魔してごめんねー」

セシリア「……」

箒「……」

キリコ「……」

「じゃあ、食べよっかー!」 「早い者勝ちですよー!」

セシリア「あ、あぁ! 私が食べようと思っていたものが!」

「速さが足りない!」 「セッちゃん甘い甘いー」

セシリア「だ、誰がセッちゃんですの!」

キリコ「……」



俺は、妙な居心地の良さを覚え始めていた。
誰からも利用される事の無い、何かから身を守る理由も無い。痛みの無い、この白昼夢のような生活が良いと。
このぬるま湯に、馴染んでしまおうと、そう考え始めていた。

だが、内に獣を呼び戻したのを、俺は忘れていなかった。
自分でも、知らずのうちに巨大になる、あの獣を。
そして、あの手は――。



――

セシリア「……」

箒「……お前は」

セシリア「……あら、篠ノ之さん」

箒「奇遇だな」

セシリア「えぇ、そうですわね。キリコさんは?」

箒「トイレだそうだ。男子のは来賓用しかなくて、ここから遠いからな」

セシリア「そ、そう、ですか……」

箒「……」

セシリア「……」

箒「……少し、話がしたい」

セシリア「話?」

箒「……キリコについてだ」

セシリア「あら、先程のパーティで私がキリコさんと握手したのが、お気に障りまして?」

箒「真面目な話だ。茶化すな」

セシリア「……失礼致しました」

箒「……ヤツの事、どう思う」

セシリア「えっ!? ど、どう思うかと聞かれても……そ、その……」

箒「……怖いか?」

セシリア「……」

箒「……私は、あの試合を見た」

セシリア「そ、そうでしたの……」

箒「あぁ。キリコが機体をものにした時……あの時のお前は、死神でも見た様だった……」

セシリア「……えぇ。確かに、あの方は恐ろしいと感じました」

箒「……そうか」

セシリア「自分がどんな人物に戦いをけしかけていたのか、よくわかっていなかった証拠ですわ……」

箒「……」

セシリア「……ですが、もう恐怖の印象は、薄れました」

箒「何故」

セシリア「先程、握手をした時……あの方の体温を感じたからです」

箒「それは……当然だろう。あいつは人間だ」

セシリア「握手をするまで……私には、そうは思えませんでした」

箒「……」

セシリア「あの人の目を、見た事がありますか?」

箒「あるに決まってるだろ」

セシリア「……戦いの中で?」

箒「それは……」

セシリア「私は、見ました……あの時、私は本当に怖かった。死神というものが本当にいるのだと、あの方が言うように私は知らなかったんだと……。
     そう、思いました……」

箒「……ヤツは……」

セシリア「あれは、人のできる目じゃありませんでした。獣でも、殺人鬼でも無い。もっと、上の何か……私はそう感じました」

箒「……ヤツは、人間だ」

セシリア「……」

箒「あいつは……あいつは、無口で不器用だが、誰よりも優しくて……誰よりも勇敢な男だ。
  キリコは……死神でも殺人鬼でもない。例えボトムズ乗りだったとしても、あいつは最低じゃない!」

セシリア「わかっています……わかっていますわ。死神が、あんな温かい手をしてるはずは、ありませんもの……」

箒「……」

セシリア「寡黙で、でも時に減らず口を叩くような人ですが……私の手を握る力は、とても優しかった……。
     あの戦いで見たキリコさんの面は、全く感じませんでした……むしろ、安らぐような温かさでした」

箒「セシリア……」

セシリア「だから、私は……いえ、これは言い訳なのかも知れません。私はただ、あの強い雄に、惹かれているだけなのかも……」

箒「……あいつは、妙なカリスマ性があるからな」

セシリア「ふふっ、そうですね」

箒「……お前も、キリコに惹かれたか」

セシリア「貴女も、キリコさんの毒にやられたご様子で……」

箒「あいつは、やらんぞ。あいつには、私と過ごした時間を思い出して貰わないといけないからな」

セシリア「あら、そういえば幼馴染、というものでしたわね……」

箒「ふっ、まぁな。あいつとは、小さい頃からの仲だ」

セシリア「それにしては、あまり仲良くは見えませんけど……」

箒「錯覚だろう。だから、もう他人の出る幕は無いぞ?」

セシリア「あら、私もあの方にもっと知って貰えば良いだけじゃなくて? 隙はいくらでもあるようですけど……」

箒「言うじゃないか」

セシリア「貴女こそ」

箒「ふっ……」

セシリア「ふふっ……」

箒「……」

セシリア「……」


「何をしている」

箒「……キリコ」

セシリア「キリコさん」

キリコ「箒、また鍵を忘れたのか」

箒「ち、違う。今は、セシリアと話をしていただけだ」

キリコ「……お前らは、そんな仲が良かったのか」

セシリア「えぇ。とても有意義な会話をさせて頂きました」

キリコ「……そうか」

箒「……」

セシリア「……」

箒「さ、さぁて、戻るかキリコ」ギュッ

セシリア「なっ!?」

キリコ「……手を掴む意味は無いだろう」

箒「い、良いじゃないか。さっきセシリアにもしていたんだ」

キリコ「あれは、やれと言われたからだ」

セシリア「なっ……キ、キリコさん!?」

箒「ほう……なら私と手を繋げ」

キリコ「……拒否権は」

箒「無い」

セシリア「わ、私も御供しますわ!」

キリコ「お前は部屋が逆方向だろう。無理をするな」

セシリア「ちょ、ちょっとそっちの方向に用があるので、ちょうど良いんですの!」

箒「ほうら、あまり無理をするなセシリア」

セシリア「ぐっ、ぐんぬぬ……」

キリコ「……手を繋ぎたいなら、勝手にすれば良い」

セシリア「ほ、本当ですの?」

キリコ「騒がないならな」

セシリア「も、モチロンですわ!」

箒「お、おい……」

キリコ「俺が拒否すれば、どうせ騒ぐのだろう。面倒は御免だ」

箒「……はぁ。なんだそれは……」

セシリア「ささ、行きましょうキリコさん!」グイグイ

キリコ「……引っ張るな」

箒「あっ、おい!」




――




「もうすぐクラス対抗戦だね」
「キリコ君、調子はどう?」

キリコ「……普通だ」

「おっ、余裕ですなー」 「キリコ君の戦う所見てみたいなぁ……」
「キリコ君の機体って射撃主体だよね。凄いなぁ」

キリコ(……コイツらは、俺に群がって何が楽しいのだろうか……良いヤツらなのは確かだが……)

「あっ、そういえば……」

キリコ「何だ」

「二組の代表生が変わったのって知ってる?」

キリコ「変わった?」

「うん。この時期に中国から転校生が来たんだってー」

セシリア「ふふっ、私と一戦交えようなんて思って来たのかしら」

キリコ「中国、というのはどこだ」

「あ、そっか。キリコ君地球の人じゃないんだった」
「まぁでも、専用機持ちがいるのは一組と四組だけだし、大丈夫だよキリコ君なら」


「その情報、もう古いよ!」



キリコ「……」


「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には勝たせないから」


キリコ「……」


「……ん?」


キリコ「……お前は」

「……」

キリコ「……」

「……キリコ?」

キリコ「……あぁ」

「……り、鈴よ! 覚えてないの!?」

キリコ「……覚えている」

鈴「……キリコ……生きてたの」

キリコ「まぁな」

鈴「あ、あんた……あんたっ……」ワナワナ

キリコ「……」

鈴「キリコッ!」


ダッ


キリコ「っ!」

セシリア「なっ!」


「「「あぁっ!」」」

鈴「バカキリコ……今までなんで連絡もしなかったのよ!」

セシリア「ちょ、ちょっとアナタ! 何いきなりキリコさんに抱きついてますの!」

鈴「兵隊になるって言って、それっきり音沙汰も無くて……この甲斐性無しの碌でなし! 馬鹿! ウスノロ!」

キリコ「……別に、良いだろう。それに、最前線ばかりでそんな暇は無かった。それと、いきなり抱きつくな」

鈴「馬鹿……死んだと思ったじゃない……だから、これくらいいいでしょうが……」

セシリア「キ、キキ、キリコさん!? この方とはどういう関係ですの!?」

キリコ「……メルキアの難民センターで、だいぶ世話になった。コイツの家族にな」

セシリア「難民センター?」

キリコ「七年前くらい前だ。難民センターで、コイツの家族が食糧の配給をしていたんだ。そこで、俺は何故か良く目をかけて貰っていた」

セシリア「そ、そうでしたの……」

鈴「まぁ、ただの中華料理屋だったんだけどね。家の親が慈善活動で、駆りだされちゃったって訳。戦争激化してた頃だし」

セシリア「なる、ほど……」



箒「おはよう、キリ……コ……」


キリコ「……箒か」

箒「な、なな、ななな、何をしているんだっ!? キ、キリコ!」

鈴「むっ、誰コイツ」

キリコ「篠ノ之箒だ。この学園で、よく俺の面倒を見て貰っている」

箒「め、面倒……おほんっ、そうだ。私は篠ノ之箒、キリコと同じ寮部屋でな。よく一緒にいるのだ」

鈴「はぁっ!? 何ソレ!」

キリコ「偶然部屋が一緒になった。案外、住み分けもしてくれている」

箒「その通りだ」

鈴「ぐ、ぬぬ……あ、あんた何様よ!」

箒「一応、これでも幼馴染だが」

鈴「……ふーん、私と同じって訳」

箒「……何だと」

キリコ「……おい」

鈴「なによ」

キリコ「……そろそろ離せ」

鈴「嫌よ」

キリコ「……織斑先生が、そこにいる」

鈴「はぁ? どこに……」


千冬「……」ゴゴゴゴゴッ


鈴「ひ、ひぃっ!」

千冬「貴様、誰だ」

鈴「に、二組の転入生です! きょ、教室を間違えました!」

千冬「その割には随分とやかましかったじゃないか、えぇ?」

鈴「す、すみません! すぐに戻ります!」ピューッ

千冬「……はぁ。知り合いか、キュービィー」

キリコ「……昔の、恩人です」

千冬「ほう、お前にそんな者がいたなんてな。他人に興味が無いように見えたが……」

キリコ「……」

千冬「まぁいい、SHRをするぞ」

キリコ「……」

セシリア「むむむ……」

箒「……」



――

鈴「で、なんでアンタここにいるの?」

キリコ「……軍の、命令だ」

鈴「命令?」

キリコ「ISを偶然動かしたから、ここに異動させられた」

鈴「はぁ? マジで言ってんの? 地球人でも無いし、男だし、ISなんて動かせるわけないじゃん」

セシリア「オホンッ。動かせるから、キリコさんはここにいるんですのよ? 少し考えたらわかる事でしょう?」

鈴「ふーん、まぁそう言う事か。というか、本当に兵隊になったんだね……まぁ、相変わらず無口で安心した」

キリコ「……」

鈴「それで、どんな部隊に入ったの?」

キリコ「……さぁな」

鈴「何ソレ、まぁ良いわ。どうせ長ったらしくてよくわかんないし。それで、階級は? それくらいなら言えるでしょ」

キリコ「……曹長だ」

鈴「うわ、下士官最高位じゃない。よくなれたわね、アンタ他人に媚びる事とかしないのに」

キリコ「……どうでもいい事だ」

鈴「はぁ……まったく、相変わらず全てに対して無頓着ね……あんたが興味持つ事って何なの? お金? 食べ物?」

キリコ「……干し肉なら、好きだ」

鈴「そ、そうだったんだ……」

箒(わ、私も知らなかった……)

セシリア「あら、幼馴染とか言ってらっしゃったのに、そのくらいの事も知りませんでしたの?」

鈴「さ、さっきからうるさいわねアンタ。あんたはキリコの何なのよ」

セシリア「わ、私!? 私は、その……なんというか……」

キリコ「おい鈴、飯が来ている。早く取れ」

鈴「あ、ご、ゴメン……」

キリコ「……先に席でも取っていろ」

鈴「えぇー、キリコも一緒に来てよ」

キリコ「早くしろ。席が無くなる」

鈴「……」

キリコ「……何だ」

鈴「……なんか、やっぱり変わったね、キリコ。前はさ、困ったような顔しても、笑ってついてきてくれたのに……」

キリコ「……さぁな」

鈴「……席、とってくるね」

キリコ「……」

箒「……彼女は……」

セシリア「え、えっと……キリコさんとあの人は、ど、どんな仲でしたの?」

キリコ「……さっき、言ったはずだが」

セシリア「そうではなくて……もっと個人的な、関係ですわ」

キリコ「個人的?」

箒「ほ、ほら……どっちかがその、す、すす、好きだった、とか……」

キリコ「さぁな。ここの生徒のように、妙に俺に絡みたがるヤツだったが」

箒「……」

セシリア「……」

キリコ「短い間だったが、それなりには世話になった。感謝はしている」

セシリア「そ、そうですの……」

箒(私の事は、覚えていなかったのに……やはり、あの時が境になっているのか……)


「はーい日替わりだよ」


キリコ「すまない。俺は先に席に行く」

セシリア「……」

箒「……」




――

セシリア「キ、キリコさーん」

キリコ「……何だ」

セシリア「その……これから、お暇はありますか?」

キリコ「生憎だが、無い」

セシリア「うぐっ……そ、その、何か用事でも……」

キリコ「これから箒とISの訓練をする事になっている」

セシリア「篠ノ之さんと……」

キリコ「だからすまないが、俺はもう行く。箒を待たせているからな」

セシリア「お、お待ちになって!」

キリコ「……何だ」

セシリア「ISの訓練でしたら、私がお相手になった方が良いと思いますわ!」

キリコ「……お前が?」

セシリア「えぇ、私は専用機持ち。故に技量、経験共に専用機を持たない方とは雲泥の差。教えられる事は沢山あると思いますの」

キリコ「……」

セシリア「それに、私はキリコさんと同じ射撃型。相性もとても良いと思われますわ」

キリコ「……そうか」

セシリア「だから、これからは私と……」

キリコ「すまないが、遠慮しよう」

セシリア「なっ……」

キリコ「訓練は箒とで十分だ。それに、これは俺が頼んだ事だからな」

セシリア「で、ですが……」

キリコ「……別に、俺はお前達二人を相手にしても構わないが」

セシリア「っ……」

キリコ「どうする」



「……どうやら、今までのはこいつの本当の性能じゃなかったらしいな」


セシリア(あの目……)

セシリア「……すみません、キリコさん。私が僭越でした……」

キリコ「……そうか」

セシリア「お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」

キリコ「……気にするな。じゃあな」

セシリア「はい……」



カツッ カツッ



セシリア(二人を相手にして構わない……そう言われて、またあの目が浮かんでしまった……)

セシリア(私は、あの方を好きになったはずなのに……)

セシリア(私は、まだ……)



……

箒「遅い!」

キリコ「……すまない。少し、用事があってな」

箒「……そうか。今日の訓練もこれだ、防具はちゃんとつけるように」

キリコ「……おい」

箒「……」

キリコ「箒」

箒「い、言うな……IS使用許可がまだ降りていないんだ。仕方無いだろう……」

キリコ「……そうか」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……キリコ」

キリコ「……何だ」

箒「……すまなかった」

キリコ「……何を、謝っている」

箒「その……ISの訓練をしようと言ったのに、できないままで……」

キリコ「……気にするな」

箒「だが……お前も、ISの訓練をしたいだろう? もう代表戦までの日数も……」

キリコ「……どうした。今日は、幾分弱気だな」

箒「……さっき、セシリアに訓練へ誘われてるのを見た」

キリコ「見ていたのか」

箒「あいつは、専用機持ちだし、すぐにでもIS訓練ができるのに……なんで断ったんだ」

キリコ「……さぁな」

箒「さ、さぁなって……」

キリコ「……自分でも、理由はわからない」

箒「……それって」

キリコ「お前は……よくわからないが、そこまで気を使う必要が無いからな。俺は一々気を使いたくは無い。だから、断ったのかも知れん」

箒「はぁ……なんだそれは」

キリコ「それに、お前と訓練したいと言ったのは俺だ。それくらいの、甲斐性はある」

箒「キリコ……」

キリコ「……使用許可が降りてから、ISの訓練はすればいい」

箒「そ、そうか……」

キリコ「……代表戦が近い、さっさとやるぞ」

箒「……あぁっ! 私と特訓する以上、負けは許さんからな!」

キリコ「……そうか」

箒「よし、準備をするぞ!」




わからない。コイツに対してだけは、無意識に突き放すことができないでいた。
他人を、信用しきる事ができないまま、ズルズルと他人の温もりを享受し始めていたのだ。
また、利用されるのだと、心の奥底で思いながら。



――

キリコ「……」

キリコ(剣の振り方ばかり上達する……いつか、使う事があるのだろうか……)


「やっほ」


キリコ「……鈴か」

鈴「そっ。男子は誰もいない時間にロッカー使わないといけないから辛いわねぇ。というかキリコちゃんってば、剣道の練習なんてしてるんだ」

キリコ「……まぁな」

鈴「……あの、幼馴染の、箒って子と二人でやってるの?」

キリコ「あぁ」

鈴「ふーん……そう」

キリコ「何だ」

鈴「なーんでも。それより、はい飲み物」

キリコ「すまない」

鈴「良いってこと。私とあんたの仲じゃない」

キリコ「……」

鈴「な、何よ。何か言いなさいよ」

キリコ「……」

鈴「……ごめん、アンタに何か言えって言ったあたしが馬鹿だったわ」

キリコ「……相変わらず、減らず口は多いな」

鈴「それはお互い様でしょ? ったく、相変わらず根暗やってんだから」

キリコ「……」

鈴「まっ、前は愛嬌のある根暗だったけど、今は目も当てられない根暗よねアンタ」

キリコ「……」

鈴「ほら、何か悔しかったら言ってみなさいよ」

キリコ「……」

鈴「……軍で、何かあったの」

キリコ「……お前に言っても、意味は無い」

鈴「何よ、それ。久しぶりにあった友人が悩み聞いてんのに、それが返し?」

キリコ「……お前には、言ってもわからない」

鈴「そもそも、言われてもないのにわかる訳ないわよ。言葉に出さなきゃ、伝わる事も伝わない。小学校でやる内容じゃない」

キリコ「……」

鈴「あっ、ゴメン……キリコ、センターとか放浪してたっけ……」

キリコ「気にしていない」

鈴「……そっ。で、悩みの種は何よ」

キリコ「……」

鈴「……そんなに言えないものな訳?」

キリコ「……」

鈴「戦場で友達が死んだとか? 味方が裏切ってきたとか? 何度も死にそうになった、とか? 一体何よ」

キリコ「……そんなもの、日常茶飯事だった。もう、どうとも思わない」

鈴「っ……」

キリコ「……」

鈴「……大変だったんだね、キリコ」

キリコ「……さぁな」

鈴「またそんな口聞いて……」

キリコ「……」

鈴「……なんで、こんな変わっちゃったのよ」

キリコ「……」

鈴「こっちもさ、アンタがセンター出た後、前線の支援に行く、いやダメだなんて両親が言い出して……喧嘩してそれから離婚して、地球に帰って……」

キリコ「……」

鈴「戦争に踊らされてさ、バカみたい。それでこっちに帰って、少しでも自分の意志でなんかやってろうって勉強して、代表候補生になってさ……。
  それで、ここに来てみたらアンタがいてビックリして、嬉しくってさ……なのに、ソイツはまるで別人みたいになって……」

キリコ「……」

鈴「……本当に、馬鹿みたい……戦争のせいで、何もかも変わって……」

キリコ「……戦争は、そういうものだ」

鈴「偉そうに何言ってんのよ……だったら、前みたいに笑ってみせなさいよ……困ったみたいに、半笑いでも良いから……」

キリコ「……」

鈴「……どうせ、別れる直前に私とした約束だって、忘れてんでしょ……」

キリコ「……」

鈴「はぁ……ここまで薄情なヤツになったなんて、思わなかった……もう、帰るわ」

キリコ「……毎日は」

鈴「……えっ」

キリコ「……毎日同じメニューは……酢豚は、勘弁だ」

鈴「……覚えてるの?」

キリコ「……」

鈴「覚えてんのかって聞いてんの!」

キリコ「覚えているから、こう言っている」

鈴「……」

キリコ「……」

鈴「……そ、そう」

キリコ「……帰るんじゃ、なかったのか」

鈴「う、うるさいわね! というか、何よ! 勘弁って!」

キリコ「……」

鈴「き、聞いてんの!?」

キリコ「……」

鈴「わ、わかったわよ……違うのくらい、作れるわよ……」

キリコ「……そうか」

鈴「べ、別に……酢豚しか、作れない訳じゃ、ないんだから……」

キリコ「……そうか」

鈴「……」

キリコ「……」

鈴「……覚えてて、くれたんだ」

キリコ「……あぁ」

鈴「……そっか」

キリコ「……」

鈴「……この約束の意味、わかってる?」

キリコ「……意味?」

鈴「……何でもない。どうせアンタはこういう事にも興味無いんでしょうから……」

キリコ「……」

鈴「はぁ……まぁいいわ。今度の代表戦、当たったらコテンパンにしてあげるから、その気でいる事ね」

キリコ「お前も、専用機持ちらしいな」

鈴「ふんっ、まぁね。アンタのよりは性能良いでしょうけど」

キリコ「……そうか」

鈴「はぁ……本当に張りあい無いわ……」

キリコ「俺は……」

鈴「えっ?」

キリコ「……俺は、負けない」

鈴「……」

キリコ「俺は、負けないと言った」

鈴「……ふ、ふーん、何よ。案外言うじゃない。初心者の癖に」

キリコ「特訓をしている以上、負ける訳にはいかない。それだけだ」

鈴「特訓……あのもう一人の幼馴染とかいうのとの約束?」

キリコ「……そんなところだ」

鈴「……アイツ、一体なんなの? 部屋も同じみたいじゃない」

キリコ「……俺も、よく覚えていない」

鈴「その割には、大事そうにしてるじゃない」

キリコ「……さぁな」

鈴「……」

キリコ「……」

鈴「ふんっ、まぁいいわ。もし勝負で当たったら、賭けしましょうよ」

キリコ「賭け?」

鈴「そっ。負けた方が何でも一つ言う事聞くの」

キリコ「……どうする気だ」

鈴「ど、どうするって、訳じゃない、けど……」

キリコ「……」

鈴「……」

キリコ「俺に、メリットが無い」

鈴「い、良いじゃないっ。あたしを数日使いっパシリとかにしても良いからさ」

キリコ「……良いだろう」

鈴「い、良いんだ……ま、まぁ、こうとなったら、負けないからね。覚悟しときなさい!」

キリコ「……あぁ」

鈴「ふふんっ、じゃ、あたしは帰るわ。あんまり体冷やすと風邪になるわよ! じゃあね!」

キリコ「……」



思いだしても、痛みの無い過去。しかしそれさえも、今の俺の心を大きく動かす要因にはなれない。
他人は、俺を利用しようとする。それが、俺が戦場で知った事だ。

俺は、いつからこうなったのか。その問いは、誰にもわからない。




――

ルスケ「篠ノ之。これより作戦を開始する。早急に準備をしろ」

束『はいはーい。でも、本当にキリコちゃん死なないんですよねー』

ウォッカム「それを、お前に試して貰う」

束『えぇー。キリコちゃんはもう死なないってファイルで結論出たって言ったんだから、良いじゃないですかぁー』

ルスケ「あのファイルは、解読した。しかし、結果を実際に見なければ確証は得られん」

ウォッカム「安心しろ篠ノ之。キリコを試すだけだ。それに、ヤツの活躍する所を、お前も見てみたいだろう。
      お前の希望に見合う人物なのかどうか……」

束『十分見合うのは知ってますー。どうしてもやるんですかー』

ウォッカム「やらなければ、あの作戦は完追しない……」

束『ちぇー、わかりましたやりますよー。そんじゃ切りますねー』

ルスケ「お、おい! 篠ノ之! くそっ……」

ウォッカム「ルスケ、そう怒るな」

ルスケ「しかし、あの態度は閣下をも侮辱しています……」

ウォッカム「私はどうとも思っていない、気にするな」

ルスケ「はぁ……」

ウォッカム「私の興味は、今は異能生存体にしか無い。ヤツの態度など、仔細ない事だ……」

ルスケ「閣下が、そう仰るなら……」

ウォッカム「異能生存体は、死なないだけでは無い。機械への適応力、反射速度、治癒速度、それら戦士における資質も常人とはかけ離れている。
      しかし、それがどれ程のものなのかは、この目で見なければわからない……故に、今回のゴーレムがいる……」

ウォッカム「ゴーレム機は、人口知能機だ。動きにパターン傾向があるが、人間の反応速度を上回る機動力を持っている。
      それと、どう対峙するのか……見ものだな、ルスケ」

ルスケ「はっ……」

ウォッカム「さぁ、見せてくれ……異能生存体……」



――

そして、代表戦当日。箒にIS使用許可がなんとか降り、期日までの数日はISでの訓練を行えた。
感触は、もう身に着いた。この兵器は、もう手足と同然だった。



キリコ「一回戦から、鈴とはな……」

山田『あちらのISは甲龍。近接格闘型のISです』

セシリア「私と戦った時とは勝手が違います。どうか、ご注意を」

箒「短い期間だったが、私とのIS訓練を思い出せ。私が使っていたのも近接格闘型だ、ある程度対処はできるだろう」

キリコ「わかった……」

キリコ(……あんな彩色で、戦場のアドバンテージはあるのだろうか……)




『それでは両者、規定の位置まで移動して下さい』




キリコ「……行ってくる」

箒「……勝ってこい」

セシリア「応援していますわ」

キリコ「……」




ガシュッ
キュィイイイッ



キリコ「……」

鈴「地味な機体ねぇ……その赤い肩、なんかのオマージュ?」

キリコ「……」

鈴「ふん、すっかり戦争屋の顔になっちゃって……」

キリコ「……」

鈴「……ムカツク……ねぇ、あんた知ってる? 絶対防御が完璧じゃないのって」

キリコ「……あぁ」

鈴「シールドを貫通する攻撃力があれば、死なないけど、殺さない程度にいたぶるれるの」

キリコ「……その程度か」

鈴「あん?」

キリコ「……お前には、負ける気がしない」

鈴「……オッケー……徹底的にボコってやるから覚悟しなさい!」

キリコ「……」




『それでは両者、試合を開始して下さい』



鈴「見てなさい……」ジャキンッ

キリコ「……」カチッ


鈴「……」



箒「……」

セシリア「……」


千冬「……」

山田「……」




鈴「行くわよっ!」

キリコ「……」






――




戦場とは、運の無い者の死に場所である。
腕の立つ者、味方の血肉を喰らう者、逃げる者、泣き叫ぶ者、その全てがあの爆煙に溶けていった。
そして一人、全てを魅入らせる魔性の者が、己の命をベットする。
さぁ試せ。コインを投げろ、一天地六の賽の目を、己の運で捻じ曲げろ。

次回、「天賦」

回る目が、赤く淀んだ己を映す。



――

箒さん凄いかわいいんですけどアニメではどういう立ち位置なんですかね

今日はこの辺で終わり
早く水着回に行きたい……

>>243
そりゃあ勿論メインヒロインよ





鈴「行くわよっ!」ギュンッ

キリコ「……」キュィイイイッ




千冬「始まったか……」

山田「はい。この前のようにキリコ君が動いてくれれば、きっと勝てますよね」

千冬「……そう言いたいが、近接型との勝手はよくわからないだろう。インファイターなんてのは、AT乗りにはまずいないからな」

山田「そ、そうですか……」

箒「……」

セシリア「頑張って下さい、キリコさん……」

――


  第四話
  「天賦」



――


キリコ「……」キュィイイイイッ

鈴「ほらほら! どこへ行くつもりよ! 行かせないわよ!」

キリコ(こいつの速度に追いついてくるか……)

鈴「喰らいなさい!」ブンッ

キリコ「くっ……」ヒュッ

鈴「まだまだ!」

キリコ「……」ヒュッヒュッ

鈴「ちっ……そんな紙一重でいつまで避けれるかしら!」



千冬「押されているな」

箒「キリコ! 私との訓練を思い出せ! 相手の武器は大きいのだ、ある程度の予測をもって行動しろ!」

セシリア「地上ではなく空で戦って下さい! 逃げ場は360°、空の方が楽ですわ!」


キリコ(あれに当たったら、こいつのシールドではあっという間だな……)

鈴「よく避けるわねぇ……でも、これはどうかしら!?」

キリコ「あれは……」キュィイイッ

鈴「そうら、二刀流よ!」ジャキンッ

キリコ(面倒だな……)

鈴「ほうらほうら! みじん切りにしてあげる!」ブンブンッ

キリコ「ぐっ!」ガキンッ

鈴「銃でガードするんじゃないわよ!」ブンッ

キリコ「くっ……」キュィイイイイッ

鈴「待ちなさい!」



箒「キリコ……」

千冬「慌てるな。どうせ、アイツは見極めている段階なだけだ。すぐ反撃に移る」


キリコ(動きは撹乱も入れて真正面からは来ないが……それだけだ。さして複雑ではない……反撃に移れる)

キリコ「……」ズガガガッ

鈴「おっと! やっとやる気になったってわ――」

キリコ「……」ズガガガッ

鈴「おっと、おわっ! ちょっ、このっ……」

キリコ「……」ズガガガッ

鈴(くっ、マシンガンの癖に馬鹿に狙いが正確ね……どこが初心者よ……)カキンカキンッ

鈴「こんの、やってやろうじゃないの!」ギュンッ

キリコ(来るか……)

鈴「だぁーっ!」ガキンッ

キリコ(臆せず突っ込んでくるか……)


フィゥウウンッ……

キリコ「……」キュィイイイイッ

鈴(突っ込んで来た?)

キリコ「……」キュィイイイッ

鈴「良いわね、そっちの方が男らしいわよ!」



セシリア「無茶ですわ! 近接型に接近戦を挑もうなんて!」

箒「キリコ! 退け!」



キリコ「……」キュィイイッ

鈴(間合い、入った!)

鈴「貰いっ!」ブンッ


ガキンッ キュィイッ

鈴(なっ、ま、回った!?)スカッ

キリコ「……」フィゥウンッ

鈴(ヤバイ! 回り込まれた!)

キリコ「……」バキンッ ズドンッ

鈴「がはっ!」



箒「おぉっ!」

セシリア「まぁっ!」

千冬「突進を限界まで引きつけ、ターンピックで急回転、からのアームパンチか……すさまじい度胸だ」

山田「空中で戦っていなかったのは、地上でターンピックを使う為のブラフだったんですね……」


キリコ「まだだ……」キュィイイッ

鈴(くっ、懐に入るつもり……けど、この体勢なら下から上への切り上げくらいできる!)

鈴「てやぁっ!」ブンッ

キリコ「……」バキンッ

鈴「なっ!(あ、足の裏で止めた!)」

キリコ「甘いな」


バキンッ ズドンッ


鈴「かはっ……」



箒「す、凄い……近接型相手に、素手で押し切った……」

セシリア「ありえませんわ……」

千冬「まだ敵のシールドエネルギーは残っている。試合はまだ終わらん」

キリコ(あの巨刀が盾になって追撃は撃てないか……)

鈴「くっ……」

キリコ(一度退く……)キュィイイイッ

鈴「ふっ……や、やるじゃない、キリコ……」

キリコ「……」

鈴「ルーキーだと思って甘く見てたけど……ちょっと調子に乗らせ過ぎたみたいね」

キリコ「……お前は、まだそんなものじゃないだろう」

鈴「ふん、そうよ……私を本気にさせるなんて、中々良い兵士だったみたいね……けど……」




山田「ここからが本番ですね……甲龍の真打……」

千冬「だな……」


鈴「これじゃあ、どうかしら!?」


バキュンッ


キリコ「っ!?」ブワッ


ドキュウンッ


キリコ(何だ……何が起きた……)

鈴「今のは、わざと外したからね……」

キリコ(弾の軌道すら、見えなかった……今のは……)



箒「な、なんだ今のは」

セシリア「レーザー兵器じゃありませんわね……」

山田「甲龍の射撃武器、龍砲です。空気を圧縮、それ自体を砲弾として撃ちだす為、目には一切見えないようになっているんです」

千冬「お前のブルー・ティアーズと同じ第三世代型武器だ。全く、厭らしい物を積んでいる……」

箒「見えない、弾……」


キリコ(見えない銃撃、か……森などの閉塞空間なら敵に察知されにくいだろうが、開けている場所では普通の銃と変わらない……。
    弾というのは、元々人間の反射速度でどうこうなるものじゃない……落ちついて対処する……)

鈴「さぁて……何が踊りたい? コサック? ワルツ?」

キリコ「……」カチッ

鈴「ふんっ……じゃあフルコースね!」バキュンッ

キリコ「……」キュィイイイッ


ドキュゥウンドキュゥウンッ


鈴「逃げんじゃないわよ!」バキュンッバキュンッ

キリコ(……だが、隙が無いな……射出角もあらぬ方向から来ている……面倒だ)

鈴「そらそら! その普通の武器で応戦して見せなさいよ!」

キリコ「くっ……」キュィイイッ

鈴「捉えたぁっ!」バキュンッ

キリコ「ぐはっ……」ドキュゥウンッ



箒「くっ……なんて武器だ……キリコでも回避できんとは……」

山田「キリコ君、シールドエネルギー残り50%……」

セシリア「もうそんなに……」

千冬「……」


キリコ「くっ……」キュィイイッ

鈴「さっきのパンチの借りはまだ返してないわよ!」バキュンッ

キリコ(侮っていたな……近づくのはもう無理だ……)

キリコ「バルカンセレクター……」カチッ

キリコ(ミッションディスクが無い分……自分の腕でやるしかないか……)

鈴「そうら! 遠くに行っても変わんないわよ!」バキュンッバキュンッ

キリコ(一か八かだ……)

キリコ「……」キュィイイッ

鈴「馬鹿! そっちは壁よ!」

キリコ「……」キュィイイイッ

鈴「ケツ見せて逃げるの!? させるもんですか!」ギュンッ

キリコ(一瞬でも、俺から狙いを逸らせれば良い……)

鈴「待ちなさい!」バキュンッ

キリコ「……」キュィイイッ

箒「キリコ! 壁だ! ぶつかるぞ!」

セシリア「み、見ていられませんっ……」



キリコ「……」キュィイイッ

鈴(アイツが壁に向かって逃げてる……それはただ逃げてるだけじゃない……)

鈴(恐らく、上、横の方向に逸れる……)

鈴(射撃は下から上の物を狙うのは難しい、それくらいヤツは知っているはず……だったら、私が狙うのは……)

鈴「どこに行くかはわかってんのよ!」



箒「キリコッ!」



キリコ(……仕掛ける)



バキンッ キュィイッ


鈴(さ、さっきの急旋回のピック……横だったかっ!)バキュンッバキュンッ

キリコ「……ここだ」




ガキンッ ズドンッ



鈴(なっ!? 壁を殴った!)

キリコ「……」ギュウンッギュウンッ

鈴(ピ、ピックで軌道修正して、回りながらこっちに来てる!)



箒「なっ……」

セシリア「はいっ!?」

山田「えぇっ!?」

千冬「……曲芸師か何かか……」

キリコ「その隙が、命取りだ」カチッ

鈴(ヤ、ヤバイ! 止まれない! 龍砲の向きもっ……)

キリコ「……」キュィイイイッ



ズギュウウウウウンッ



キリコ「……」

鈴「……」




ドガァアアアンッ



キリコ「っ!?」

鈴「きゃあっ!」ブワッ

箒「な、なんだ!」

セシリア「て、天井が!」

山田「シ、システム破損! 何かが防護シールドを破って、入ってきたようです!」

千冬「……キュービィー! 凰! 今すぐ戻れ! 試合は中止だ!」



鈴「な、なな、なんなのっ!?」

キリコ「観客席が閉められたか……戻るぞ」

鈴「え? う、うんっ!」

キリコ「ん?」




『警告』



キリコ「……どうやら今来たISに、ロックされたようだ……所属不明機らしい」

鈴「しょ、所属不明!?」

キリコ「……俺が、応戦する」

鈴「ちょ、ちょっと! キリコ! 今確認したけど、敵は三体いるみたいよ! 一旦退きましょう!」

キリコ「……観客席に、まだ生徒がいる。誰かが、時間を稼がねばならない」

鈴「け、けど……」

キリコ「……お前は、どうする」

鈴「あ、あたし?」

キリコ「逃げるなら、今のうちだ」

鈴「に、逃げる訳ないじゃない!」

キリコ「……敵は、競技なんてやりに来た訳じゃない。ヤツらは、戦争をやりに来た」

鈴「……で、でも」

キリコ「……戦場で、俺はお前を庇う余裕なんてない。囮に使うかもしれない。それでも良いのなら、お前も応戦しろ」

鈴「……」

キリコ「……」

鈴「……囮にできるもんなら、してみせなさい! やるわよ、あたしは!」

キリコ「……そうか」

鈴「……」

キリコ「……」



震える少女と共に、俺は爆煙と対峙していた。競技とは違う、本物の火薬の臭いを発する敵。
突如訪れた戦場。あの熱風が、あの敵意が、あの懐かしい感覚が蘇る。
命を懸けた攻防が、この学園という似つかわしくない場所で行われようとしていた。
享受を捨てられる場所で、己に宿したあの獣を、取り戻したあの眼光を、研ぎ澄ませながら。

鈴「キ、キリ――」


ギュゥウウンッ


キリコ「鈴!」キュィイイッ

鈴「あっ――」

キリコ「くっ……」ガキンッ ズドンッ

鈴「ぐふっ」


ヒュウウウウンッ…… ズドォオンッ


キリコ「ぼさっとするな。戦うぞ」

鈴「たっ、助けてくれたのは良いけど、何も殴る事ないじゃない!」

キリコ「来るぞ!」

鈴「え?」


ギュゥウウンギュウウンッ

鈴「きゃあっ!」ギュンッ

キリコ「……」キュィイイイッ

鈴「くっ、本当に殺しにかかってるわね、あれ」

キリコ「気をつけろ。レーザー出力が予想以上に高い」

鈴「わかってるわよ!」




――

ウォッカム「どうだ。ゴーレムの調子は」

ルスケ「はっ。問題無く稼働中です」

ウォッカム「異能生存体は、観測者、周囲の環境にも影響を与えるらしい。ヤツは、何を変え、何を自分の盾にするのか……」

ルスケ「……閣下が止める可能性もあると?」

ウォッカム「ふんっ、それは今はありえん。しかし、今後の実験ではあり得るかも知れんな……」

ルスケ「はぁ……」

ウォッカム「それに、体の良い盾もいるようだしな……」

ルスケ「凰鈴音。まだ少女とは言え、代表候補生であり、それなりの戦力のようです」

ウォッカム「ヤツを助ける為に、コイツが捨て身の攻撃でも仕掛けるか……異能生存体の周囲への影響データも、集めねばならんからな」

ルスケ「……」




――

山田「キリコ君! 鈴さん! 応答して下さい!」

千冬「電子系が、全て乗っ取られているようだな……」

セシリア「そんな! どうにかならないんですの!?」

千冬「今三年と教員が総力を持って当たっているはずだ。うろたえるな」

セシリア「ですがっ!」

千冬「今この状況では何もできん。この部屋の扉も、ロックされたようだしな」

箒「こ、こんな扉ISで!」

千冬「その扉を壊しても、ピット部まで閉められたのだ。出るに出れん、無駄な力は使うな」

箒「くっ……」

千冬「……キリコなら、あいつらならやれる。黙って見守るんだ……」

箒「……キリコ……」



……

キリコ「俺が前に出て的になる。お前はその龍砲とか言うので削れ」

鈴「ま、的って……」

キリコ「あまり長引くと俺達が不利だ。一機を重点的に狙い、先に落とす。四の五の言わずやれ」

鈴「りょ、了解!」

キリコ「やるぞ」カチッ


キュィイイッ


鈴「くっ……無茶苦茶よ!」


ギュゥウウンッギュゥウウンッ


キリコ(……遮蔽物が無い。空中で応戦するよりないか)

鈴(凄い……あの数をちゃんと避けてる……)

キリコ「早くやれ!」

鈴「わ、わかってるわよ!」バキュンバキュンッ

キリコ(あの砂煙は薄いが、面倒だな。12連装ミサイルで、いぶり出す……)


ズババババッ
ズガガガガガンッ


鈴「煙から出てきたわ!」

キリコ「左のヤツをロックしろ。残りの二体はお前を狙わないよう俺がひきつける」

鈴「わかった!」バキュンッ

キリコ「……こっちだ」キュィイイッ


『ピピピピッ』


ズガガガガッ


キリコ(よし、釣れたか。こちらは回避に集中だ……)キュゥウンッキュゥウンッ

キリコ「バルカンセレクター……(マシンガンで陽動だ……)」カチッ ズガガガッ

鈴(よし、二機あっちに行った……作戦通り!)

鈴「喰らいなさい!」バキュンッバキュンッ

『……』シュンッシュンッ

鈴「デカイだけあってトロいわね! 見えんのよそれくらい!」バキュンッ

『……』ドカンッ

鈴「思い知りなさい!」バキュンッ

『……』ドカンッ

キリコ(よし、作戦は思いの外通用しているようだ……)


『『……ピピピピッ』』ピタッ

キリコ(……止まった? 俺についてきていないだと?)

鈴「タイマンだったら訳ないわよ! こいつで細切れにしてやるんだから!」ギュンッ

キリコ「よせ! 深入りするな!」


『『……ピピピピッ』』ガシンッ


キリコ(釣ったはずのヤツらが照準を変えた!?)

キリコ「鈴! 後ろだ!」

鈴「はぁっ!?」


ズガガガガッ


鈴「きゃあっ!」バゴンッ

キリコ「鈴!」


『ピピピピッ』ガシンッ ズガガガッ


キリコ「くっ……」ヒュンッヒュンッ

キリコ(さっきの二機がまたこっちに来たか……一機狙いは安易過ぎたようだ)

鈴「くっ……ちょっと! ちゃんとひきつけておきなさいよ!」

キリコ「すまない。どうやら読まれていたようだ」

鈴「あんた軍人でしょ! しっかりなさいよ!」

キリコ「……」

鈴「もう一度ちゃんとひきつけときなさい!」

キリコ「わかった」


『『……』』ズガガガッ


キリコ「ひきつけたぞ」

鈴「わかってるわよ!」バキュンバキュンッ

キリコ(……今度こそ……)ズガガガッ



『『ピピピピッ』』ズガガガッ


キリコ「またか……」

鈴「おわっ! ちょ、ちょっと!」ヒュンヒュンッ

キリコ「……」キュィイイイイッ

鈴「どうなってんのよ! まじめにひきつけてんの!?」

キリコ「あぁ。奴ら、俺の弾に被弾しているのに、俺の事よりもお前の方が好きらしいな」

鈴「こ、こんな時に冗談言ってるんじゃないわよ!」ヒュンッヒュンッ

キリコ(……この違和感は、なんだ……)

キリコ「……今度は、お前がひきつけろ」

鈴「はーいはい! あんたに任せてたら蜂の巣になっちゃうからね!」

キリコ(……この違和感を、確かめなくては……)

鈴「そうら来なさい!」ギュンッ



『『ピピピピッ』』ギュンッ


キリコ(……俺の予想では……)

鈴「ひきつけるくらい簡単じゃないの! ほらさっさとそっち片付けちゃいなさい!」

キリコ「……」ズガガガッ

鈴「このまま……」


『『……ピピピピッ』』ガシンッ


鈴「えっ?」

キリコ(来たか)


『『ピピピピッ』』ズガガガッ


キリコ「……」ガキンッ キュゥウンッ

鈴「ちょ、ちょっと! こっち狙いなさいよコイツら!」バキュンッバキュンッ



『『……』』ドカンドカンッ


鈴「なっ……無視してる……」

キリコ「これでわかったな」

鈴「な、何がよ」

キリコ「ヤツらの動きだ」

鈴「動き?」

キリコ「二体は簡単に釣れる。だがその後、残った一体に攻撃を加えると釣った二体はどんな攻撃も意に介さず、
    一体を攻撃したヤツを狙う」

鈴「うわぁっと!」ヒュンッ

キリコ「聞いているか」

鈴「き、聞いてるわよ! で! それじゃあ作戦変更すんの!?」

キリコ「……変更はしない。だが、二体ひきつけるのはお前だ」

鈴「はぁっ!? どういう事よ」

キリコ「……敵の動きが、パターン過ぎやしないか」

鈴「パターン?」

キリコ「攻撃を与えるとすぐに釣れた。しかし、一体だけを狙うと即座にそれを阻止しようとする。自らが攻撃を受けてもな」

鈴「……それって……」

キリコ「……奴らは、機械かもしれない」

鈴「機械……無人機って事!?」

キリコ「そうだ」

鈴「馬鹿言ってんじゃないわよ! ISは有人機! 常識よ!」

キリコ「そうとは、限らない」

鈴「はっ……兵士の勘とか言うんじゃないわよね!」

キリコ「……」

鈴「……だぁもう、わかったわよ。で? 無人機だとしたら、どうだってのよ」

キリコ「……今の作戦を続ける」

鈴「マジで言ってんの?」

キリコ「ひきつけるのはお前だ。そちらの方が、リスクは少ない。攻撃が俺に集中した所で、お前が二体を攻撃しろ」

鈴「わ、わかった」

キリコ「……やるぞ」

鈴「了解!」

キリコ(……やるしか、ない)

鈴「ほうら、こっちよ!」バキュンバキュンッ

キリコ「……」キュィイイイッ

鈴(これくらいの距離なら……)

鈴「キリコ!」

キリコ「……」ズガガガッ



『『ピピピピッ』』ガシンッ


鈴「よし来た! 削っちゃうわよ!」バキュンバキュンッ


『『……』』ドカンドカン


ズガガガガッ


キリコ「これくらいしか、芸の無い男だ……」


ガキンッ キュィイイッ
ヒュンヒュンッ


鈴「一発も貰わないなんて、やるじゃない!」

キリコ「どうやら、このパターンでどうにかなりそうだな」

鈴「ちょろいもんね!」

キリコ「だが、俺のシールドエネルギーはもうほとんどない。片付けるなら、さっさとしてくれ」

鈴「わかってるわよ!」

キリコ「……」




――

ウォッカム「どうやら、気付いたようだな」

ルスケ「はい」

ウォッカム「ミッションディスクのセレクターは問題無いな」

ルスケ「はい、万全です」

ウォッカム「そうか」

ルスケ「……どうされますか」

ウォッカム「勿論、キリコを狙え。あの小娘は、照準から完全に外すんだ」

ルスケ「了解しました」


カチッ


――

『『『ピピピピッ』』』



鈴「よーし、キリコ! もう一回いくわよ!」

キリコ「わかった」

鈴「ほうら! こっちに来なさい!」バキュンバキュンッ


『『……』』


鈴「あれ……動かない」


『『……』』ギュンッ


鈴「っ!? キリコ! そっちに行った!」

キリコ「何っ!」



『『ピピピピッ』』ズガガガッ


キリコ「くっ……」ヒュンヒュンッ

鈴「ちょっ、ほらほら! あたしが攻撃してんでしょ!? こっち見なさいって!」バキュンバキュンッ

キリコ「鈴、そのまま攻撃しろ」

鈴「はぁっ!?」

キリコ「どうやら、俺だけに的を絞ったらしい。お前はもう眼中に無いようだ」

鈴「ど、どういうこと……」

キリコ「さぁな。だが、むしろ好都合だ。お前は俺を気にせず攻撃しろ」

鈴「だ、だからって、その数の攻撃を、避け切れる訳ないじゃない! シールドも薄いんでしょう!?」

キリコ「いいからやれ!」キュィイイイッ

鈴「わ、わかったわよ!」バキュンッ



『『『……』』』ズガガガッ


キリコ「くっ……(予想以上に攻撃が厳しい……)」キュィイイッ

鈴「喰らえっ!」バキュンバキュンッ

キリコ(この攻勢……避け切れないか……)カキンカキンッ


『『『……』』』ズガガガッ


鈴「ちょ、ちょっとはこっち向くなり、ひるむなりのけぞったりしなさいよ!」

キリコ(シールドエネルギーが……もう……)


ドガァアアンッ


キリコ「ふぉおっ!」

鈴「キリコッ!」



『『『……』』』ギュンッ


キリコ「くっ……」

鈴(こ、このままじゃ、キリコがっ!)


『『『……』』』ガシンッ


キリコ「……」

鈴(このままじゃ……)


『『『ピピピピッ』』』


鈴「させるかぁっ!」

キリコ「よせ! 来るな!」


ズガガガッ


鈴(あたしは……あたしは……)

鈴(あんたをっ!)


バキンッバキンッ


鈴「ぐっ!」

キリコ「鈴っ!」


ズガガガッ

鈴「がっ! ぐぅっ!」バキンッバキンッ

キリコ「な、何をしている!」


『『『……』』』ズガガガガガッ


鈴「あたしがっ……盾に、なってる間に……逃げなさい、よっ……」

キリコ「いいからどくんだ!」

鈴「早くぅっ!」

キリコ「鈴……」

ウォッカム「邪魔だな。一旦そいつを退かせろ」

ルスケ「はっ」


カチッ




『ピピピピッ』ブンッ


鈴「きゃあっ!」バキッ

キリコ「鈴っ!」



ウォッカム「……」

ルスケ「障害は、取り除かれました……いかがなされますか」

ウォッカム「構わん、キリコを殺せ。ここで死んでのなら、それまでだったというだけだ」

ルスケ「……はっ」

ウォッカム(異能生存体というものが本当にあるのならば、この状況で見せてみろ……キリコ……貴様の異能ぶりを……)

ウォッカム「邪魔だな。一旦そいつを退かせろ」

ルスケ「はっ」


カチッ




『ピピピピッ』ブンッ


鈴「きゃあっ!」バキッ

キリコ「鈴っ!」



ウォッカム「……」

ルスケ「障害は、取り除かれました……いかがなされますか」

ウォッカム「構わん、キリコを殺せ。ここで死んでのなら、それまでだったというだけだ」

ルスケ「……はっ」

ウォッカム(異能生存体というものが本当にあるのならば、この状況で見せてみろ……キリコ……貴様の異能ぶりを……)




『『『ピピピピッ』』』ガシンッ


キリコ(機体の損傷が激しい……もう機能していない部分もある……)


『『『……』』』


キリコ「……ここまでか」


『『『……』』』


キリコ「……」


『『『……』』』


キリコ「……ん?」





ウォッカム「どうしたルスケ。何故ゴーレムは動かん」

ルスケ「そ、それが……ミッションディスクも正常に機能しておりますが……わかりません」

ウォッカム「何だと?」

ルスケ「突然、急停止しました……」

ウォッカム「……ほう」

ルスケ「い、いかがなされますか」

ウォッカム「……篠ノ之博士に連絡を取れ。今すぐにだ」

ルスケ「はっ……」


カチッ

束『はいはーい。なんですかー』

ウォッカム「先日、お前が調整したゴーレムだが、作戦行動中に突然停止した。どういう事だ」

束『えー、知りませんよー』

ウォッカム「貴様が、コアに細工をしたのか?」

束『まっさかー。コアなんていじったらそっちにバレちゃうじゃないですかー。そんな時間なかったですしー』

ウォッカム「ほう……では、どこをいじった」

束『だからー、弾薬の系統をちょちょいとチョロまかして、実弾依存にしたんでーす』

ルスケ「何?」

束『今までのはシールドエネルギーとかでも代替できる便利なヤツでしたけどー、実弾にしたんですよねー。
  だから予想より弾が早く切れちゃったんじゃないですかー?』

ウォッカム「……単なる、弾切れだと?」

束『そーじゃないですかー? 実弾の方が強いと思って変えたんですけど、弾持ち悪かったみたいですねー』

ルスケ「……」

ウォッカム「わざと、弾を少なくしたりも、したんじゃないのか?」

束『さぁー。その辺の細かい事は覚えてないですねー』

ウォッカム「……成程」

束『じゃあそういうことで、切っていいですかー?』

ウォッカム「……何故、キリコを助けた」

束『そっちはキリコちゃんは絶対死なない生きものなんだって言ってましたけど、でも、束さんの大事な人を不用意に傷つけられると困るんですよねー』

ウォッカム「……成程」

束『あんまりお痛をすると、怒っちゃいますよ』

ウォッカム「……互いにな」

束『はいはーい』


プツンッ

ウォッカム「……」

ルスケ「……どうなさいますか」

ウォッカム「帰還させろ。そろそろ学園の連中が扉をこじ開ける頃だろうからな。弾切れでは、太刀打ちできん。
      それに、篠ノ之の細工は、あれだけではないだろうからな……」

ルスケ「……了解しました」

ウォッカム「……」

『『『ピピピピッ』』』


ゴォオオオッ


キリコ「!? 何処へ行く!」


ゴォオオオオオッ……


キリコ「……」

キリコ(何故だ……あの状態で何故奴らは止まった……何故退いた……)

キリコ(そう言えば……)

キリコ「……鈴……鈴!」キュィイイッ



鈴「う……うぅ……」


キリコ「おい、無事か」

鈴「っ……何よ……その、素っ気ない、聞き方……」

キリコ「……」

鈴「アンタの、せいで……ボロボロだけどね……」

キリコ「……すまない」

鈴「何、謝ってんのよ……あれは……あたしが、勝手に射線に出ちゃった、だけなんだから……」

キリコ「……」


「キリコさーん!」

キリコ「……」

セシリア「キリコさん! 鈴さん! ご無事ですか!?」

キリコ「……俺は、なんともない。だが、こいつを早く手当てしてやってくれ」

セシリア「……ひ、酷い……すぐに救護班をお連れしますわ!」

鈴「ははっ……わか、った……」

キリコ「……」

鈴「……キリ、コ……」

キリコ「……何だ」

鈴「……気に、しないで? ね?」

キリコ「……」

鈴「……それ、だけ……」

キリコ「……鈴」





俺は、久しく忘れていた感情を思い出していた。
悲しみという、人として忘れてはいけない、あの感情を。
俺を庇った小さな少女を、見下ろしながら。





――

鈴「……」スースー

箒「内臓にダメージを負ったのと、脳震盪にはなったようだが、目立ったものと言えばそのくらいらしい。
  ISのおかげで致命傷を負わず、この程度で済んだ……」

キリコ「……そうか」

セシリア「その程度のケガで良かったですわね……」

箒「あの攻撃を、もしシールドエネルギーの少ないキリコが受けていたらと思うと……」

キリコ「……」

箒「……お前の方は、大丈夫なのか」

キリコ「……問題無い」

箒「……そうか」

セシリア「ですが……あのISは、一体なんだったのでしょうか……突如現れて、キリコさんと鈴さんを襲うだなんて……」

キリコ(違う……狙いは、俺だけだ……)



ガラガラッ


千冬「キュービィー。貴様も安静にしていろと言われたはずだ。大人しく寝ていろ」

箒「織斑先生……」

キリコ「……」

千冬「……気になるか、ソイツが」

キリコ「……」

千冬「……」

セシリア「あ、あの……織斑先生」

千冬「なんだ」

セシリア「あのISは、一体何処の国の物だったのでしょうか……」

千冬「目下調査中だ。が、あんな形式のIS、私は見た事が無い」

セシリア「それは……一体どういう……」

千冬「余計な心配はするな。お前らは、そこで寝ている凰の心配でもしていろ」

セシリア「……」

千冬「で、だ。キリコ、お前に伝えておく事があってな」

キリコ「俺に?」

千冬「あぁ。お前と凰のISだが、ダメージが酷くてな。最低一、二週間程修復に時間がかかるようだ。
   その間、使用は一切できんから、そのつもりでな」

キリコ「……そうですか」

千冬「凰が起きたら、お前から伝えろ。では私はこれで失礼する。あまり調子に乗って動くんじゃないぞキュービィー」

キリコ「……了解」


ガラガラッ

キリコ「……」

箒「キリコ、鈴がこうなったのは、お前のせいじゃない。敵の方が数が多かったんだし、何よりお前はISの複数戦の訓練を受けてなかった。
  だから……」

セシリア「そうですわ、キリコさん……」

キリコ「……」

箒「……キリコ」

キリコ「……席を、外してくれないか」

箒「……」

セシリア「キリコさん……」

キリコ「……」

箒「……わかった。お前がそう言うのなら」

セシリア「……わかりましたわ」

キリコ「……すまない」


ガラガラッ

キリコ「……」


「あたしがっ……盾に、なってる間に……逃げなさい、よっ……」


キリコ「……何故、盾になった。あの状況で、お前が盾になる必要があった……」

キリコ(俺が、ペールゼンの言う異能生存体だとしたら、俺は攻撃を受けても死ななかったはずだ……。
    オドンでグレゴルー達に襲撃された時のように、物理法則を変えてまで、生き延びたはずだ……なのに……)

キリコ「……」

鈴「……ん……」

キリコ「……起きたか」

鈴「……ここ、は……」

キリコ「医務室だ。お前が気を失った後、奴らは突如退き返した。そして、お前はここに運び込まれた」

鈴「……そう」

キリコ「……」

鈴「……キ、キリコ……」

キリコ「……お前のケガは、お前が思っている以上に酷い。あまり喋るな」

鈴「……ううん……今、言っておきたいの……」

キリコ「……何だ」

鈴「あたしが、こうなったのは……アンタの、せいじゃ……ないって、こと……」

キリコ「……」

鈴「平気そうな顔してる、けど……本当は、あたしのことを、気に病んでくれてるのは、わかってるから……」

キリコ「……」

鈴「だから……いつもみたいに……もっと、ムスッと、してなさい……キリコ」

キリコ「……何故だ」

鈴「……なぁに」

キリコ「何故、俺の盾になった」

鈴「……あたしと、あんたの……仲じゃない……あんたを、守るのなんて、当然よ……」

キリコ「……」

鈴「なに、驚いた顔してんのよ……」

キリコ「……それだけか」

鈴「え?」

キリコ「それだけで、人の為に命を張れるのか」

鈴「……当たり、前じゃない」

キリコ「……」

鈴「……」

キリコ「……そうか」

鈴「そうよ……はぁ……ごめん、またちょっと、疲れてきちゃった……」

キリコ「……お前が寝付くまで、ここにいてやる」

鈴「当然、じゃない……」

キリコ「……」

鈴「……じゃあ、ちゃんといなさいよ……」

キリコ「……あぁ」

鈴「……」



俺は、人としての感情を、本当に長い間封印してきた。
仲間というものを、信頼というものを、俺は久しく忘れていたのだ。
だが、この健気な少女によって少しだけ、俺の感情は氷解していた。

鈴「……」スースー

キリコ「……」



だが、それと同時に、監視者の目を俺は探していた。
戦場の霧の隙間から、俺を覗きこむ監視者の目を。
いつまでも付き纏う、あの影のような目を。



――

人殺し、吸血鬼、卑怯者、自分を罵る言葉はいくらでもあげられよう。
全てが真実ではないが、全てが嘘でもない。
他人が己をどう見せるかは、真実でも嘘でもない。そう見せているものが、己を決めるのだ。
真実を知りたがる者こそ、虚飾に塗れた者と猜疑せよ。

次回、「刺客」

己の存在こそが、ただ一つの真実なり。






――

今回はここまで。
やっとシャルの所や……シャルの所を楽しみにしとったんや……

「レッドショルダー部隊が、タイバスを落とした。実に素晴らしい活躍ですな、ペールゼン殿」

ペールゼン「いえ、この作戦には、私は兵を貸しただけの事。今回の真の功労者は、情報省でしょう」

「情報省……忌々しい事ですが、確かにそのようですな」

「情報省が作戦に関与した。終戦も間近ということでしょうな」

「最後に上手い汁を吸うだけ吸って、終戦後の地位を確保しておこうとしているのだ。全く、卑しい連中よ」

ペールゼン「……私は、これにて失礼します」


カツッ カツッ


ペールゼン(終戦も間近……それは軍部が既に感じとっている事だ。だが、何故ヤツはそんな時期にキリコを抱えようとするか……。
      ……言うまでもない。ヤツは、野心の塊だ。何をしようとしているのかは、容易にわかる……)


「これはこれは、また奇遇ですな」

ペールゼン「……ウォッカム君、君の作戦は、実に素晴らしい物だった。軍の上層部も、正式に感謝の意を表明するだろう」

ウォッカム「御褒めに預かり、恐悦至極です少将殿」

ペールゼン「だが、私に媚びを売りに来た訳ではあるまい……また、キリコの事かね」

ウォッカム「えぇ……キリコ……彼は実によくやっていますよ。彼が異能と呼ばれる理由の端を、垣間見せて頂きました」

ペールゼン「……それだけかね? 君のやりそうな事は、私にもわかる。あれを使う時が来たのだろう」

ウォッカム「あれ、ですか……さすがに、研究を成した御本人は御察しが良い……。勿論、使わせて頂きますよ」

ペールゼン「……やめておけ。あれも、失敗作に過ぎん」

ウォッカム「何故貴方はそうまでして否定するのか、わかりかねますな。人工的な異能生存体、その多角的アプローチは、
      実に素晴らしいものであるというのに……」

ペールゼン「実験した私が、失敗と言っているのだ。先達の忠告は、素直に聞くものだぞウォッカム君」

ウォッカム「確かに……ですが、閣下の言うような失敗は、既に我々が修正いたしました」

ペールゼン「……篠ノ之か」

ウォッカム「それは、お答えしかねます、が……我々は人工異能生存体を完璧なまでの調整を完了したのです」

ペールゼン「……そうか」

ウォッカム「種を蒔いた者が、その実りを得る事は少ない……それは、世の常ですな……」

ペールゼン「……」

ウォッカム「……では、私はこれで……」


カツッ カツッ

ペールゼン「……馬鹿者が……力に魅入られるが故に、自身の足元が見えていない。そんなこともわからんのか……」

ペールゼン(異能生存体のみの部隊……確かに、私は構想した。しかし、今はそんなものを考えていた昔の私が恐ろしい)

ペールゼン「生命は、死なねばならぬ。完璧な兵士はいても、完璧な生命は、いてはならんのだ……」

ペールゼン「……キリコ」


――



  第五話
  「刺客」



――

キリコ「鈴……もうケガは良いのか」

鈴「平気平気! 四日も寝たんだから、さすがに大丈夫よ!」

キリコ「……そうか」

箒「良かったな、鈴」

セシリア「えぇ……一時はどうなる事かと……」

鈴「あら、あんた達まで心配してくれたの?」

箒「ま、まぁ、そりゃ……キリコの知り合いだしな……」

セシリア「仲間を庇っての負傷……到底真似できるものではありませんもの。称賛に値しますわ」

鈴「そ、そう……なんか照れるわね」

キリコ「……で、だ」

鈴「何よ?」

キリコ「お前は、いつまで俺にしがみついているつもりだ」

箒「そうだ……さっきからあえて触れないでいたが……」

セシリア「キリコさんにべったりくっついて、どういうおつもりですか?」

鈴「あたしケガ人よ? 支え無いとつらいじゃない」

キリコ「なら、寝ていろ」

鈴「あ、あんたが否定するんじゃないわよ!」

箒「ほら、キリコもこう言ってるんだ。さっさと寝ろ病人」

セシリア「えぇ。これでまた大事に至ったら大変ですもの。だからちゃちゃっと寝ていて下さいな」

鈴「あ、あんたらの手の平ってモーター駆動かなんか? 別に良いじゃないこのくらい、減るもんじゃないし」

セシリア「減る減らないの問題じゃありませんわ!」

箒「そうだ!」

キリコ(本当に、うるさい連中だ……)

鈴「あ、そうだ。話変わるんだけどさキリコ」

箒「変えるな!」

キリコ「……何だ」

鈴「二組の友達とさ、一緒にご飯でも食べようかーなんて事になってるんだけど、キリコも一緒にどう?
  あんた根暗なんだし、どーせ一人でひっそり食べてんでしょいつも」

箒「キリコは、私と一緒にいつも食べている!」

セシリア「私もでしてよ!」

鈴「その割にはキリコが馴染んでないみたいだけど」

箒「な、何を言う! そんな事を言うなら、二組で食べる方がよっぽど馴染まないではないか!」

セシリア「そうですわ!」

鈴「一組の子達には慣れなくても、二組の子達なら、慣れるかもしれないじゃない? 友達の一人や二人、多くしといた方が良いってキリコ」

箒「余計なお世話だ!」

鈴「あんたには聞いてないでしょうが! ねぇキリコ?」

キリコ「……俺は、どちらでも構わない」

箒「なっ……」

鈴「ほうらご覧なさいよ」

箒「ぐんぬぬ……」

セシリア「くっ……」

キリコ「……どこに行けば良いんだ」

鈴「まぁ、二組行けば良いんじゃない? 私は購買寄らなきゃいけないけど、先行っとく?」

キリコ「……良いだろう」

鈴「オッケー、じゃあまた後で会いましょ」

キリコ「……」

セシリア「あっ、キ、キリコさん! お待ちになって!」


タタタッ

箒「……」

鈴「セシリアも元気ねぇ……さてと、あたしは購買行くかぁ」

箒「どういうつもりだ」

鈴「何がよ」

箒「キリコは、みだりに他人とは関わりたくないだろうと言うのに、引きずりまわそうだなんて……」

鈴「何ソレ。キリコがそう言ったの?」

箒「見ればわかるだろう。あいつは戦争で疲れきっているんだ。私だって、あいつが不快にならないように必要最低限だけ接しているのに……」

鈴「……はぁ」

箒「な、なんだ。何の溜息だそれは」

鈴「あんたさぁ……あいつより根暗なんじゃないの?」

箒「なっ……ど、どういう意味だ!」

鈴「戦争で疲れただかなんだか知らないけどさ、今ここじゃ戦争やってない訳じゃない。だったら、普通に接してあげるのが一番じゃないの?」

箒「そ、そんなことをしてもだな……」

鈴「それとさ、あんたもいつまでも昔のキリコの影追い回してんじゃないわよ」

箒「追い回す……だと?」

鈴「あたしだって、そりゃあいつが変わってビックリしたけどさぁ……でもさ、変わっても結局あいつはあいつな訳だし。
  いつまでも自分の過去を、あいつに押しつけるんじゃないわよ、ってずっと言いたかったの」

箒「お、押しつけてなど!」

鈴「だったら今のキリコを見てやんなさいよ。それが嫌なら、もっとあいつにお節介焼いて、人格変えるくらいの努力しなさいよ。
  そのどっちもできない癖に、キリコの事知った風な口聞いてると、ブッ飛ばすわよ」

箒「っ……」

鈴「はぁ……なんであたしが説教なんか……まぁいいわ。キリコ待たせてるから、そんじゃね」

箒「……」

箒(私は……キリコに押しつけていたのだろうか……私の、理想を……)

箒(私はただ、あの時の事を、思いだしてくれさせすれば……良いだけなのに……)

箒(今の、キリコ……か……)




――

キリコ「……」

箒「……」

箒(部屋に二人でいても、会話は基本的にあまりしない。話をするのは、ISの特訓に出掛ける時や、就寝時くらいだ)

箒(……キリコを、変える、か)

箒(……私に、出来るのだろうか……キリコを一度、あんな風にした私が……)


「やめろっ!」


箒「っ……」

箒(いや、やるしかない……やるしかないんだ。鈴の言う通り、私も努力をしなければ……)

箒「な、なぁ、キリコ」

キリコ「……何だ」

箒「い、いつもそうやってその銃を手入れしているが……きょ、許可は貰ったのか?(な、なんでこんな事を聞いているんだ……)」

キリコ「問題無い……部屋から持ち出しはしていない」

箒「そ、そうか……だが、今のお前には何処でも瞬時に着装できるISがあるじゃないか。そんな銃なんて……」

キリコ「……今のような、ISがあっても使えない状況もある」

箒「そ、そうだったな……まだお前のISは回復していなかったんだったな……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……少し、良いか」

箒「な、なんだ? なんでも聞くと良い」

キリコ「……気を遣わないでくれると、ありがたい」

箒「……な、何?」

キリコ「俺に対して、気を遣う必要は無い。そう言った」

箒「……へ?」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……何だ」

箒「いや……まさか、キリコからそんな言葉を、聞くとは……」

キリコ「……」

箒「いや、すまない……予想外で驚いただけだ。だが、気を遣うな、とは……」

キリコ「……前に、過去の事は話すな、と言ったな」

箒「……あぁ、そうだ」

キリコ「……あれは、過去の事を話さなければ、別に俺はお前を嫌いになったり、どうこうしたりする気は無いというつもりで言った」

箒「そ、それは、つまり……」

キリコ「……他の奴ら同様、お前も俺に好き勝手絡むと良い。むしろ、気を遣われる方が、絡まれるよりも息苦しい」

箒「……」

キリコ「あの時の事を、思い出させてくれなければ……それでいい」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……そうか」

キリコ「あぁ」

箒「……そうだったのか」

キリコ「……」

箒「……すまなかった」

キリコ「謝らなくて良い。俺の方こそ、気を遣わせていたのだからな」

箒「そ、そんな……」

キリコ「……」

箒「……わかった。これからはお前に対する態度を改めよう」

キリコ「そうしてくれると、助かる」

箒「そうか……」

キリコ「……」

箒「……じゃ、じゃあ、な」

キリコ「何だ」

箒「そ、その――」


トントンッ


キリコ「……誰か来たようだ」

箒「あっ……」

キリコ「……入れ」



ガチャッ


山田「こんばんわー。お二人にニュースを持って来ましたよ」

箒「ニュ、ニュース、ですか?(こ、こんな時に……)」

山田「お引っ越しです!」

箒「はい?」

キリコ「……」

山田「部屋の調整がついたんです。篠ノ之さんは、別の部屋に移動です」

箒「ちょ、ちょっと待って下さい! 今更部屋を変えろだなんて……」

山田「年頃の男女が同室だなんて、駄目ですよ。それに、篠ノ之さんも、落ちつかないでしょうから」

箒「そ、それは……正論ですが……(なんてこった……やっとキリコと少しだけ打解けたというのに……)」

山田「キリコ君もそう思いますよね?」

キリコ「俺は、どちらでも構わない」

箒「なっ……」

山田「ほら、キリコ君もこう言ってる事ですし、お引っ越しの準備をしましょう」

箒「キ、キリコ……」

キリコ「……お前は、この部屋にいたいのか」

箒「え?」

キリコ「お前がいたいと言うのなら、俺は構わない。だが、出ていきたいなら、出ていくと良い。俺も、一人の方が落ちつくかもしれない」

山田「ちょ、ちょっと、キリコ君……」

箒「……」

キリコ「どうする」

箒「……そ、そんな言い方しなくても……もっと引き止めてくれても、良いじゃないか……」

キリコ「……何だ」

箒「……」

山田「え、えっとぉ……」

箒「……山田先生。移動先の部屋はどこですか」

山田「え? あ、えっと、ここの真逆の所ですけど……」

箒「……すぐに移動します。変な事を言って、すみませんでした」

山田「い、いえ。大丈夫ですよ。移動先の子にも話はつけてあるので、今から荷物を運んでも大丈夫ですよ」

箒「……わかりました」

山田「あ、それと、キリコ君。ノックしたら、入れ、じゃなくて、どうぞって言わないとダメですよ」

キリコ「……了解」

箒「……今まで、苦労をかけたな」

キリコ「……気にするな」

山田「じゃあ行きましょうか」

箒「……カードキーは、ここに置いておく。スペアにでも、使ってくれ」

キリコ「……わかった」

箒「……ではな」


ガチャッ バタンッ

キリコ「……」

キリコ(一人、か……)

キリコ(……)

キリコ(……何だか、落ちつかないな)


トントンッ


キリコ「……どうぞ」


ガチャッ

箒「……」

キリコ「……」

箒「……その」

キリコ「……忘れ物か」

箒「ち、違う……その、だな……話が、あるんだ」

キリコ「……何だ、早く言え」

箒(このままでは、駄目だ……キリコに嫌われないようになんて、甘い事を言っていては駄目だ!)

箒「その……来月の、個人別学年トーナメントで、だな……」

キリコ「……」

箒「わ、私が優勝したら……その……」

箒(勇気を、勇気を出せ!)

キリコ「……何だ」

箒「わ、私と、付き合ってくれっ!」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……そうか」

箒「そ、そうかって……い、意味をわかっているのか?」

キリコ「お前の、恋人になれ、という事だろう」

箒「うっ……そ、そうだが……」

キリコ「……」

箒「……ほ、本当に良いのか?」

キリコ「……逆に聞くが」

箒「な、なんだ」

キリコ「……俺の、どこが良いんだ」

箒「え?」

キリコ「俺は、無愛想で人当たりも悪く、顔もさして良くない上に、干渉されるのを嫌う人間だ。こんな人間の、どこが良いんだ」

箒「そ、それは……」

キリコ「……」

箒「それは、違う……お前は、今だって人に興味が無いようにする癖に、他人の心配をしてくれたりする、優しい所もあるじゃないか」

キリコ「……俺が?」

箒「あぁ。さっきだって、私に気を遣うなと言ってくれた……あれはきっと、お前なりの優しさなんだ。
  そういう、不器用だが優しい所が……私は好きだ。今も、昔も」

キリコ「……」

箒「……と、とにかく……私が優勝したら付き合ってもらう! 私が……私が、キチンと前に一歩踏み出す為にも、お前と恋人になりたいんだ!
  お前を、変える為にも!」

キリコ「……」

箒「はぁ……はぁ……」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……もし」

箒「?」

キリコ「……優勝しなかったら、どうする気だ」

箒「えっ? あっ……そ、それは……」

キリコ「考えていなかったのか」

箒「う、うるさい! 私が優勝すれば良いだけの話だ」

キリコ「言っておくが、お前と俺が当たれば、俺がまず勝つ。それも、考えていなかったのか」

箒「うっ……」

キリコ「……馬鹿だな」

箒「……」

キリコ「……良いだろう。なら、優勝してみせろ。そうすれば、俺はお前の恋人にでも、何にでもなろう」

箒「ほ、本当か!?」

キリコ「……あぁ」

箒「そ、そうか……」

キリコ「……俺が優勝した場合は、どうすればいいんだ」

箒「し、知るか! 自分で考えろ!」

キリコ「……そうか」

箒「そうだ!」

キリコ「……」

箒「く、首を洗って待っておくのだな! 絶対に優勝してやる!」

キリコ「……消灯時間が近い。あまり騒ぐな」

箒「う、うるさい!」

キリコ「……」

箒「い、いや、すまん……うるさいのは私の方だったな……」

キリコ「……気にするな」

箒「……」

キリコ「……」

箒「え、えっと、キリコ?」

キリコ「まだ、何かあるのか」

箒「えっと……さっきあんな事を言っておいて、こんな事を言うのは順序がおかしいかも知れんが……」

キリコ「……何だ、早く言え」

箒「あ、明日……一緒に、食事をしてくれないか?」

キリコ「……そんな事か」

箒「そ、そんな事とはなんだ!」

キリコ「改まって言うような間柄じゃないだろう。食事くらいなら、別に良い」

箒「そ、そうか……良かった……」

キリコ「……そろそろ、見回りが始まる時間だ。早く帰れ」

箒「そ、そうだな……」

キリコ「また、明日……」

箒「……」

キリコ「……どうした」

箒「な、なんでもない! ま、また明日な!」


バタンッ

キリコ「……」




訳がわからなかった。彼女の行動では無い。自分の返事が、自分の予想しないものだったからだ。
恋人などという浮ついたものを、想像すらできないでいるのに、易々と返事をしてしまった。普通では考えられない事だった。
だが、断るという選択肢も、今の俺には考えられなかった。
あの篠ノ之箒の頼みを。

何故だかはわからない。彼女の記憶も、俺は思いだしていない。
だが、本能的に、彼女を傷つけてはいけないと、そう思ってしまった。

……俺は、少しだけだが、変わったようだ。




「聞いた?」 「聞いた!」
「これは……」

「「「大ニュースだっ!」」」




――

「ねぇねぇ、あの噂聞いた?」 「なぁに? この前のISの事?」

「あれは軍事実験の誤作動って話だったじゃん。今度は違うの」

「今度の個人別学年トーナメントで優勝すると、キリコ君と付き合えるんだって!」

「えぇ!? それ本当?」

「本当だって。そう聞いたもん」

「へぇー……でも、キリコ君と恋人かぁ……」

「キリコ君って、ああ見えても恋人にはすっごく情熱的に接してくれそうだよねぇ」

「わかるわかる! 二人の時だけは笑ってくれたり、後ろからそっと抱きしめて、愛してる……みたいな!」

「大人な恋愛だねー……」

「良いなーそれー……ちょっと燃えてきたわ!」

「あ、やる気だねー。もう今ここをもって、私達全員ライバルだからね!」

「上等!」


箒「……」

セシリア「び、びび、ビッグニュースですわよ!」

箒「……いい。知ってる」

セシリア「こ、今度のトーナメントで……って、知っているのですか?」

箒「……知ってる」

セシリア「ほ、本当に?」

箒「……知ってる」

セシリア「そ、そうですか……」

箒「知ってる」

セシリア「それはもう聞きましたわ!」



「……なんか、すっごい歪んで伝わってない?」
「……適当に言ったでしょ、あんた」
「そ、そうかなー……よく、わかんないけど……」



プシューッ


キリコ(……妙に騒がしいな……俺の席が集団に塞がれている……)

キリコ「……何を、盛り上がっているんだ」


「「「な、何でもないよ!」」」


キリコ「……そうか」

千冬「ほら、お前ら。さっさと席につけ、HRを始める」

キリコ「……了解」



……



山田「はい、皆さん! 今日はなんと、転校生が新しく入ってきました! ご紹介します!」


プシューッ


「お?」
「おぉっ?」
「おぉーっ?」


キリコ(……男?)

山田「はい、それでは自己紹介をお願いします」

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。皆さん、どうかよろしくお願いします」ニコッ


「お、男?」

シャル「はい。こちらに、僕と同じ男のIS操縦者がいると聞いて本国より転入を……」


「「「キャアーッ!」」」


シャル「……へっ?」


「男子! 二人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」


千冬「騒ぐな! 静かにしろ!」


「「「……」」」


シャル(す、凄い……一瞬で静かになった……)

千冬「今日は二組と合同でIS実習を行う。各人すぐに着替え、第二グラウンドに集合だ。それから、キュービィー」

キリコ「……はい」

千冬「お前は、デュノアの面倒を見ろ。同じ男子同士だ。では、解散!」

キリコ「……」

キリコ(どういう事だ……)



シャル「君が、キリコ君?」


キリコ「……そうだ」

シャル「……そう……」

キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「……何だ。俺の顔に、何か付いているのか」

シャル「あっ、ううん、何でも……僕シャルル、これからよろしくね」

キリコ「……あぁ。早速だが、ロッカーに行くぞ。教室は女子の着替え場所だ」

シャル「あ、そ、そっか。じゃあ、ついていくよ」

キリコ「……行くぞ」

シャル「うん」



プシューッ


「いいなー……」


箒「……」



……

キリコ「実習時は、毎回この移動だ。なるべく早く慣れてくれ」

シャル「う、うん……わかった」

キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「……なんだか、落ちつかない様子だが、どうした」

シャル「う、ううん。何でもないよ……」

キリコ「……そうか」

シャル(……何……この気持ち……キリコ君を見てると……)


「あっ! 噂の転校生発見!」
「しかもキリコ君と一緒!」

シャル「な、なに?」

キリコ「……」

シャル「う、うわ……すっごい人だかり……」


「キリコ君の鋭い眼光も良いけど、シャルル君の優しい目も良いね!」
「二人合わせて白と黒って感じ!」


キリコ「……こっちだ、行くぞ」

シャル「う、うん!」


「あっ! 逃げた!」
「せ、せめて写真だけでも!」
「あぁん、逃げちゃった……」

キリコ「……そこまで、追いかけては来ないようだな」

シャル「す、凄いね……なんで皆こんな集まるんだろう」

キリコ「お前と俺だけが、あのISとやらを動かせる男なんだ。物珍しさに、集まっているだけだろう」

シャル「えっ? ……あ、あぁうん! そうだったね……」

キリコ「……こっちだ」

シャル「わ、わかった」



……

シャル「ふぅ……なんとか着いたね」

キリコ「……」

シャル「ごめんね。来て早々迷惑かけちゃって」

キリコ「気にするな。男な分、お前といる方がまだ気がマシだ」

シャル「そ、そう……」

キリコ「……」

シャル「あ、そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったね。僕はシャルル・デュノア、シャルルって呼んで」

キリコ「……キリコ・キュービィーだ。好きなように呼べ」

シャル「じゃあキリコって呼ぶね、よろしくキリコ」

キリコ「……あぁ、よろしく頼む」

シャル「うん」

キリコ「……時間だ。着替えるぞ」

シャル「え?」

キリコ「……」バサッ

シャル「……」

キリコ「……どうした」

シャル(何、これ……まただ……キリコ君を見てると……胸が……)

キリコ「……おい」

シャル「……」

キリコ「おい、どうした」

シャル「なっ、なんでもない……ゴメン」

キリコ「……?」

シャル「き、着替えるから、あっち向いてて……」

キリコ「……男同士なら、気にする事もないだろう」

シャル「……お願い……ちょっとだけで、良いから……」

キリコ「……そうか」

シャル(お、落ちつかないと……落ちつかないと……ま、まずは着替えよう……)

キリコ「何でも良いが、急ぐ事だ。あの教員は、口うるさ……」

シャル「……な、なにかな?」

キリコ「……着替えるのが、随分早いな」

シャル「そ、そうかな? あはは……」

キリコ「……お前は、ISスーツを着るのか」

シャル「ISスーツを着るのかって……それが普通じゃない?」

キリコ「……そうか」バサッ

シャル「……その赤い服、何?」

キリコ「……耐圧服だ」

シャル「……そ、それでIS操れるの?」

キリコ「……あぁ。俺の専用機は壊れているが、訓練機もこれで動かせる。心配無い」

シャル「そ、そう……」

シャル(な、なんとかおさまってきた……さ、さっきのはなんだったんだろう……)

キリコ「……そのスーツは、他のより幾分マシに見えるな」

シャル「え? う、うん。デュノア社製のオリジナルなんだ」

キリコ「……お前のファミリーネームと同じだな」

シャル「父が社長をしてるんだ。一応、フランスで一番大きいIS関係の企業だと思う」

キリコ「(フランス? 国か)……御曹司か」

シャル「ま、まぁ、そんな感じ、なのかな……」

キリコ「……羨ましいな」

シャル「え?」

キリコ「気品もあり、人との接し方に厭らしさが無い。俺とは、大違いのようだ」

シャル「ほ、本当に?」

キリコ「……あぁ」

シャル「そ、そっか……」

キリコ「……」

シャル「キ、キリコ君も、僕は良い人だと思うけどな」

キリコ「……俺が?」

シャル「う、うん。僕は、そう思うよ。寡黙で、職人気質って感じで、カッコいいと思う」

キリコ「……そうか」

シャル「……」

キリコ「……よし、着替え終わった。行くぞ」

シャル「……うん」



――

箒「……確かに、私は一緒に食事をしないかと言った」

キリコ「あぁ」

箒「……だがな」

鈴「……」

セシリア「……」

シャル「あ、あはは……」

箒「なんで二人きりじゃないのだ!」

キリコ「別に、多くても俺は構わない」

箒「お、お前が良くてもだな……シャルルはお前が面倒を見ろと言われているからまだ良いとして、なんなんだこの二人は」

鈴「実習終わった後に誘ったのよ。まさか付録がつくとは思ってなかったけど」

セシリア「抜け駆けしようとするからですわ」

箒「ぐ、ぬぬ……」

キリコ「……俺は、弁当を持ってきていないが、良いのか」

箒「あ、あぁ。お前の分も私が作ってある、遠慮せず食べろ」

セシリア「私も同じでしてよ。我がイギリスの代表として、おいしい料理を是非キリコさんにごちそうしようと思いまして、朝早く起きて作ってきましたの」

鈴「あたしだってキリコの分くらい作ってきたわよ。あ、シャルルも食べるよね?」

シャル「え? 良いの?」

鈴「良いの良いの。この根暗キリコちゃんの友達になってくれるなら、いくらでも食べていいから」

キリコ「……」

シャル「ね、根暗って……」

セシリア「言い過ぎですわよ鈴さん」

鈴「えー、ホントの事じゃん」

キリコ「……で、俺は結局誰のを食えば良いんだ」

箒「わ、私のだ!」

セシリア「私のですわ!」

鈴「あたしのでしょ」

キリコ「……」

シャル「あ、あはは……キリコは人気者だね」

キリコ「……さぁな」

シャル「こ、ここは、皆のを平等に食べて貰えば良いんじゃないかな。キリコ君、元兵士だって聞いたし、それくらい入るでしょ」

キリコ「……あぁ」

箒「む……まぁ、キリコがそう言うのなら、仕方あるまい」

セシリア「ですわね」

鈴「シャルルは空気読めるわねぇ。どっかの二人と違って」

箒「なんだと?」

セシリア「何か言いまして?」

鈴「なんでもー」

セシリア「で、では! まずは私の料理からお食べ下さい、キリコさん! 自信作ですわ!」

キリコ「……そうか」

鈴「キリコ、気をつけなさい。セシリアの出身地は碌な料理が無い事で有名だから」

セシリア「な、何を吹き込んでますの!」

鈴「良いじゃない。用心に越した事ないわよ、ねぇキリコ。兵士は事前に相手の情報を知っておくものよねぇ」

キリコ「……あぁ」

セシリア「鈴さん!」

鈴「はーいはい。黙っとくわよ」

セシリア「ぐぬぬ……キリコさん! どうぞ! お食べになって下さいませ!」

キリコ「良いだろう」

箒(み、見た目は普通のサンドイッチだが……大丈夫なのか?)

シャル「わぁ、おいしそうだね」

セシリア「えぇ、私が作ったのですから当然ですわ」

キリコ「……では、頂くとしよう」

セシリア「はい。召し上がれ」

キリコ「……」モグモグ

シャル「……」

箒「……」

鈴「……」

セシリア「……」

キリコ「……」ゴクッ

セシリア「い、いかが、ですか?」

キリコ「……レーションの方がマシだな」

セシリア「なっ……」

箒「軍用携帯食以下……簡単なサンドイッチで、それは逆に凄いな……」

シャル(それを平然とした顔で食べてるキリコも凄い……)

鈴「あははっ! レーションだって! レーションより低いってどういう事よ!」

セシリア「そ、そんなはずは……」

キリコ「味見は、したのか」

セシリア「あ、味見なんてしたら量が減ってしまうではないですか」

キリコ「……味見はしろ。これは、あまり良い物じゃない」

セシリア「そ……そう、ですか……」

キリコ「……気にするな。次がある」

セシリア「は、はい……」

鈴「そーんじゃ、お口直しにあたしの酢豚食べてみなさい? ビックリするくらいおいしいんだから」

キリコ「……」モグモグ

鈴「……どうよ?」

キリコ「……旨いな」

鈴「でしょ? 難民センターの時はまだ上手く作れなかったけど、あれから猛練習したんだから。ほら、シャルルも食べて良いわよ」

シャル「わぁ、ありがとう鈴さん」

鈴「さんなんてつけなくていいわよ、面倒だし。呼び捨てで構わないわ」

シャル「う、うん……ん! これとってもおいしいよ!」

鈴「でしょ?」

箒「キ、キリコ!」

キリコ「何だ」

箒「つ、次は私の番だ!(鈴に負けていられるか!)」

キリコ「……そうか」

箒「わ、私のは……鈴程じゃないが、頑張ったつもりだ」

キリコ「……」

箒「……これだ」パカッ

シャル「わぁ、色が綺麗にまとまってるね」

箒「そ、そうかな……」

キリコ「……その、肉を貰おう」

箒「そ、そうか。これは唐揚げと言ってな、日本の伝統的な家庭料理だ」

キリコ「……そうか」

箒「……な、なぁ、キリコ」

キリコ「……何だ。これを取ってはダメなのか」

箒「い、いやそうじゃない……ただ……」

キリコ「……ただ?」

箒「わ、私が、食べさせてやっても……良いぞ?」

鈴「はぁ?」

セシリア「まぁ」

シャル「わぁ」

キリコ「……」

箒「……だ、ダメか?」

セシリア「だ、ダメですわ! 淑女として、そんなマナーの悪い行いは見過ごせませんわ!」

鈴「ちょ、ちょっとさすがにやり過ぎじゃない?」

キリコ「……何か、問題があるのか」

セシリア「あります! そ、そんな、そんな行為は、何でも無い男女間では許されませんわ!」

シャル「あぁ、僕知ってるよ。そういうのって、日本じゃあーんって言うんでしょ? 親しいカップルなんかがやるんだって」

鈴「そ、そうよ! 別にあんたらカップルでもなんでもないじゃない! やることないわよキリコ!」

キリコ「……何でも良いから食べさせてくれないか。腹ペコなんだ」

鈴「は、腹ペコ……あんたそんな単語使うんだ……」

キリコ「……」

箒「よ、よし。キリコがこう言っているんだ。じゃ、じゃあ、行くぞキリコ」

キリコ「あぁ」

箒「よ、よし……」プルプル

シャル(手が震えてる……)

キリコ「……」

箒「な、何をしている。口を開けてくれなければ、食べさせられないだろう」

キリコ「……わかった」

箒「よ、よしそれでいい……では、口に入れるぞ」

キリコ「……」

箒「……」プルプル

セシリア「……」ゴクリッ

鈴「……」

シャル「……」

キリコ「……」

箒「……え、えいっ!」ヒョイッ

キリコ「……」モグモグ

箒「……」

キリコ「……」ゴクッ

箒「ど、どうだ?」

キリコ「……あれだな」

箒「何だ?」

キリコ「……俺は、案外この食べ物を気に入ったかも知れん」

箒「そ、そうか!」

キリコ「……旨かった」

箒「っ!? い、今お前……」

キリコ「……何だ」

箒「少し……笑ったような……」

キリコ「……そうか?」

鈴「うん、今ちょっと確かに笑った」

セシリア「わ、私も見ましたわ。とても、優しい微笑みでした」

キリコ「……妙な、感想だが……本当か?」

シャル「うん。キリコはもっと笑ってた方が良いよ」

キリコ「……そうか」

箒「……良かった」

キリコ「……」

箒「お前が、笑ってくれて……」

シャル「……箒さん……泣いてるの?」

箒「な、泣いてなんかいない! め、目にゴミが入っただけだ!」

鈴(ベタな誤魔化し方ねぇ……まぁ、良いけど)

セシリア(私も、キリコさんが笑って下さる程の料理を作れるようにならないと!)

シャル(キリコは、良い人達に囲まれてるんだね……僕も、こういう仲間が出来たら……)

キリコ「……シャルル、お前も食べてみろ」

シャル「あ、うん! 箒さん、頂きます」

箒「あ、あぁ。まだあるからな、食べると良い」

鈴「あたしにも食べさせなさいよ。キリコちゃんが笑う程の料理なんて、よっぽどなんでしょうから」

セシリア「わ、私もですわ!」

箒「お、おい! お前達が食べたらキリコが食べる分が無くなってしまうだろ!」

鈴「良いじゃない、よこしなさいよ」

セシリア「そうですわ!」

箒「こ、こら!」

キリコ「……」



集団の中にいる心地よさ。こんなものを感じたのは何時以来か。
友と団欒を囲み、嫌な事を一切考えなくて良い、あの掛け替えの無いとまで言われる時間を。
俺は享受していた。自らが、赤の騎兵であるという事を忘却して。





――

千冬「……山田先生。調査の方はどうだ」

山田「はい……やはり、何者かのハッキングを受けたようです。あの時扉が開かなかったのも、そのせいかと」

千冬「……そうか」

山田「手掛かりは何も残っていませんでした……かなりの凄腕ですね」

千冬「だろうな。わざわざ足のつくような腕のヤツが、このIS学園をハッキングする事などまず無いだろう」

山田「あの三機のISと言い、かなりの技術力ですね……」

千冬「……あぁ」

山田「……どこかの、企業でしょうか」

千冬「……なら良いがな」

山田「え?」

千冬「不可侵宙域など、ただの取り決めに過ぎん……警戒を怠らないでくれ」

山田「は、はい」

千冬(……狙いは、ヤツか)



――

キリコ「……お前も、コーヒーを飲むか。もう消灯前だが」

シャル「う、うん。でも良かったぁ、キリコと同じ部屋で。知らない子と一緒だったら、緊張しちゃってただろうから」

キリコ「男は二人だけだからな。同じ部屋なのは当然だろう」

シャル「ま、まぁ、そうなんだけどね……」

キリコ「……できたぞ」

シャル「ありがとう……うっ、ちょっと苦いね」

キリコ「ブラックは、好きじゃなかったか」

シャル「えへへ……キリコは味覚も大人なんだね」

キリコ「……」ズズッ

シャル「キリコは、いつもISの訓練を放課後にしてるって聞いたけど」

キリコ「あぁ、俺は一応ルーキーらしいからな。まぁ今は、それもできないが」

シャル「どうして?」

キリコ「俺のISは、今復旧中だ。展開する事ができない」

シャル「そ、そうなんだ」

キリコ「……」

シャル「ぼ、僕も一緒にしてもらっていいかな? 専用機も調整を終えて明日届くから、役に立てると思う」

キリコ「……間に合ってるのかも知れんが、良いだろう。人数が多い方が、色んな状況での訓練ができる」

シャル「本当? 良かったぁ……」

キリコ「……」

シャル「うっ……苦い」

キリコ「……砂糖だ」

シャル「あ、ごめんねキリコ」

キリコ「……気にするな」

シャル「……ねぇ。キリコは、この時間帯って何をするの? すぐ寝ちゃう?」

キリコ「いや、銃の手入れをしたりしている」

シャル「銃?」

キリコ「これだ」チャキッ

シャル「ハンドガン……にしてはちょっと大きめだね」

キリコ「M571アーマーマグナムだ。一応、対AT用の武器だからな。サイズも、必然的に大きくはなる」

シャル「へぇ……ちょっと、触っても良い?」

キリコ「……良いだろう。だが、安全装置は外すな」

シャル「わぁ、ありがとう。へぇ、結構重いんだね。ISでしか武器を持った事無いから、新鮮だなぁ」

キリコ「……そうか。俺は、シャワーを浴びる。触り飽きたら、俺のベッドに放り投げておいてくれ」

シャル「うん、わかっ――」


ドクンッ

シャル「……」

キリコ「さて……」

シャル(まただ……またこの動悸だ……)

シャル(わからない……キリコとは会ったばかりのはずなのに……)

シャル(引き金を引きたい……キリコを、キリコを……)



シャル「殺し、たい……」


キリコ「?」


シャル「キリ、コ……」


キリコ「……俺に銃を向けて……何を、している」

シャル「わから、ない……わからないよ……」

キリコ「……銃を、下げろ」

シャル「キリコ……逃げて……」


パリィイインッ

キリコ「っ!?」

シャル「何っ!?」


ドサッ


キリコ(窓から、突入してきた?)

「……キリコ発見。直ちに射殺します」

キリコ「っ……シャルル!」


ズガガガッ


シャル「きゃあっ!」

キリコ「くっ……」



バキィッ


「ぐはっ!」

キリコ「無事か、シャルル」

シャル「う、うん……かすめただけ……」

キリコ「……その銃を返してくれ。ここから逃げるぞ」

シャル「う、うん……でも、逃げるって……」


カランッ……


キリコ「っ!」

シャル「えっ……」

キリコ(手榴弾か!)グイッ

シャル「うわっ!」


ドガァアンッ

キリコ「くっ……」

シャル「うわぁっ!」

キリコ「……無事か」

シャル「う、うん……キリコが抱えてくれたおかげで、なんとか……」

キリコ「……走るぞ」

シャル「わ、わかった!」


タタタタッ


「目標が逃走中。部屋を右へ出た。早急に道を塞げ」

キリコ「……」タタタッ

シャル「はぁ、はぁ……」タタタッ



俺以外に現れた男のISパイロット。そして、奇襲部隊。
偽りの平穏をいとも容易く破り、俺はまた戦場に引き戻されていた。
どこへ行っても地獄。俺は、平穏に慣れる事すら、できないでいた。




――

死神は、場所を問わず現れる。
平穏を、絹を切り裂くが如く蹂躙し、その音に狂喜する。
狂喜はやがて底に沈み、グラスを通る光を冷たく濁らせる。
だがこの男は違う。遺伝確立250億分の1。死なない兵士。異能生存体。
グラスの水を飲み干してもなお、渇きを埋めんと贄を欲す。

次回、「凶器」

しかし、死神でさえ孤独とは限らない。


――

寝ないで書いたから文怪しいな
まぁ休日返上で二話分投稿できて良かった
もう寝る

予告っぽい物も、PF意識してるつもりなんだけど、本編みたくなっちゃってるね
ISとボトムズ本編のDVDこれの為に借りてきたから、しょうがないね

修正部分だけ投下していく

キリコ「ここが、朝に使ったアリーナロッカーだ……俺達は基本、ここで着替える事になる。どうだ、もう施設の説明は良いか」

シャル「うん、ごめんね。わざわざ特訓終わった後に付き合わせちゃって」

キリコ「別に、構わない」

シャル「でも、今専用機動かせないんだよね? 訓練機を使って特訓してるの?」

キリコ「……いや」

シャル「? じゃあ一体何を……」

キリコ「……剣道だ」

シャル「け、剣道?」

キリコ「……そうだ」

シャル「剣道ってあの日本の、メーン! とかドーウ! とかいうヤツ?」

キリコ「あぁ」

シャル「成程……体力作りを大事にしてるんだね」

キリコ「そんなところだ」

シャル「やっぱり元兵隊さんは凄いなぁ……訓練とか沢山してたんでしょ?」

キリコ「……そうでもないさ」

シャル「あはは、キリコったら謙遜しちゃって」

キリコ「……」

シャル「……でもさ」

キリコ「なんだ」

シャル「えっと……剣道の時もその赤い服着てるの?」

キリコ「あぁ」

シャル「な、なんで?」

キリコ「あの道着とかいうのが、俺のサイズが無くてな。女性用しか無かったから、仕方が無いが。
    それに、わざわざ取りよせるのも、どうかと思ってな」

シャル「あぁ……肩幅とか、そういうのも含めて合うサイズなんて無いよね……大変だね」

キリコ「……お前は、女の服でも着れそうだな」

シャル「えっ!? え、あ、う、うん! 身長とかあまり無いから、一応着れるんじゃないかなぁ……あ、あはは……」

キリコ「……そうか」

シャル「……で、赤い服着てる時は……その物騒な銃もいつも下げてるの?」

キリコ「まぁな」

シャル「他の生徒が見たらビックリしちゃうよ……というか、なんでそんな物ぶら下げてるの」

キリコ「感覚を忘れないように、耐圧服を着ている間は持っていようと思ってな」

キリコ(今のは建前だが……この前のような襲撃が、いつくるかわからない状況で丸腰ではいたくないからな)

シャル「ガ、ガチだね……まさに戦場の兵士さんだよ……」

キリコ「……褒められたものじゃないがな」

シャル「へぇ……ねぇ、キリコ」

キリコ「なんだ」

シャル「ちょっと、持ってみてもいい?」

キリコ「……」

シャル「あっ、その……IS以外で武器持つ事なんてあまりないから、持ってみたいなぁ……だなんて」

キリコ「……」

シャル「ご、ゴメンね。まだ今日あったばかりなのに、図々しいよね」

キリコ「……」スッ

シャル「……え?」

キリコ「触りたいなら、触れば良い」

シャル「ほ、本当? わぁ、ありがとう……って、重い……」

キリコ「……ATの装甲を破れると謳った銃だからな」

シャル「で、デザートイーグルより二回り以上大きいよこれ……」

キリコ「……デザート?」

シャル「あ、ゴメン。地球にある銃の事だよ……へぇ、えっと……こうかっ」チャキッ

キリコ「……」

シャル「ど、どう? カッコ良かった?」

キリコ「……そうだな」

シャル「えへへ……」

キリコ「……」

シャル「でも、良かったなぁ……キリコが良い人で」

キリコ「俺が?」

シャル「うん……キリコを最初見た時はムスッとした顔だったから、ちょっと怖いなぁなんて思ったけど……。
    でも、こうやって僕の面倒を見てくれるし……」

キリコ「……鈴が」

シャル「え?」

キリコ「鈴が……お前は友人だとかなんとか、言っていたからな」

シャル「……」

キリコ「友人なら、物の貸し借りくらいの事は、普通するんじゃないのか」

シャル「キリコ……」

キリコ「……」

シャル「ふふっ……そっか、キリコと僕は、友達で良いんだね」

キリコ「……好きにすればいい」

シャル「じゃあ友達だ。これからよろしくね、キリコ」

キリコ「……あぁ」

シャル「うん……でも、あれだね……ショットガンじゃないのこれ?」

キリコ「……そろそろ、消灯時間だ」

シャル「え? あ、もうそんな時間なんだ」

キリコ「……それを」

シャル「あ、あぁこれね……うん、はい――」



ドクンッ


シャル(……あれっ?)

シャル(銃口が、キリコに向いてる……向いてるよ……)


「――この男が、キリコだ」


シャル(そう……キリコだ……)


「――この写真を見ろ」


シャル(見てる……)


「――銃をとれ……ようし、それでいい」


シャル(銃がある……僕は、あの写真を……あの顔を……)


「――さて、どうするか……わかるな?」





ズキュゥウンッ








「――完璧だ」


シャル「……」ドクンッ

キリコ「……どうした」

シャル「……」ドクンドクンッ

シャル(引き金を引けば……引けば……あの時みたいに貫ける……)

シャル(そうすれば……キリコは……死ぬ……)

キリコ「……どうした」

シャル(あの時? あの時っていつ?)

シャル(ま、まただ……またこの動悸だ……)

シャル(何これ……わかんないよ……体が、動かない……)カタカタ

シャル(なんで、こんな事……なんで、なんでこんな……)

シャル(殺したくなるの……)

キリコ「……おい」

シャル「キ、キリコ……はな、れて……」カタカタ

キリコ「……何のつもりだ」

シャル「わからない……腕が、勝手に……」

キリコ「……よこすんだ」

シャル「に……逃げて! わかんないんだよ! わかんないけど……キリコ! 君を……君をっ!」

キリコ「……お前」

シャル「に、逃げてぇっ!」


バキンッ

シャル「……」

シャル(ぼ、僕が……撃ったの?)


グイッ


シャル「うわっ!」

キリコ「静かにして、カバーしろ……」

シャル「ど、どうしたの?」

キリコ「……」


タタタタタッ

シャル(誰かの足音? しかも、大勢……)

キリコ「……何者かから、銃撃を受けたようだ」

シャル「……だ、誰から?」

キリコ「……先に、銃を返せ」

シャル「あっ……う、うん……はい」

キリコ「……」カチャッ

シャル「……」

キリコ「……敵は、十人は軽いといったところか」

シャル「一体、誰なんだろう」

キリコ「さぁな……だが、命を狙われているのは確かだ。銃にもサプレッサーをつけている。本気らしいな」

シャル「な、なんでこんなIS学園なんかに直接……」

キリコ「この前も、襲撃を受けた。その時、施設の制御系も奪取されたから、カメラを誤魔化し、見つからずに動くというのも容易いだろう」



ガコンッ フッ


シャル「あ、明りが……」

キリコ「……」

シャル「ど、どうしよう……ISも無いのに……」

キリコ「……」


ピシュンッ


シャル「わぁっ!」カキンッ

キリコ「こっちだ!」グイッ

シャル「う、うん!」


パパパパパッ


シャル「うわぁっ!」

キリコ「くっ……」




「目標が逃走中。ロッカールームを右へ出た。早急に道を塞げ」


キリコ「……」タタタッ

シャル「はぁ、はぁ……」タタタッ



俺以外に現れた男のISパイロット。そして、奇襲部隊。
そいつらは、偽りの平穏をいとも容易く破り、俺はまた戦場に引き戻されていた。
どこへ行っても地獄。俺は、平穏に慣れる事すら、できないでいた。



――

とりあえず修正はここまで
最近忙しくなってきたので、書き溜めもできておらず、更新速度が著しく下がります




ズパパパパッ


キリコ「くっ……(サプレッサー付きの銃か……)」

シャル「キ、キリコ! こっちが確か出口だったよね!」

キリコ「あぁ! そっちに走れ!」

シャル「わかったっ!」

キリコ「……」

シャル「くっ……」


ドンッ

シャル「痛っ!」

キリコ「どうした」

シャル「く、暗くて壁にぶつかっただけ……あれ、ここがそうだ! ここが出口だよキリコ」

キリコ「……開かないぞ」

シャル「えっと、どこかに手動で開けられるのが……あった」

キリコ「急げ」

シャル「わ、わかってる……」ピピピッ

キリコ「……」

シャル「だ、ダメだ! キ、キリコ! 隔壁でロックされてるよ!」

キリコ「何?」


ズパパパパッ


キリコ「こっちだ!」

シャル「う、うん!」

――


   第六話
   「凶器」


――

ウォッカム「作戦はどうだ」

ルスケ「はい。キリコ、デュノア両名逃亡中です」

ウォッカム「妨害対策は予定通りか」

ルスケ「アリーナに取りつけられた隔壁は、全てが対IS用の物です。キリコ達の逃亡ルートは予想通り。
    隔壁をそれに合わせ閉じている為、彼らは完全に檻の中、という訳です」

ウォッカム「ここまでは予定通り、か」

ルスケ「しかし、閣下……デュノアとキリコを、一緒にしてもよろしかったのですか?」

ウォッカム「人工異能生存体の性能及び洗脳の結果を見る良い機会だ」

ルスケ「ですが……」

ウォッカム「ルスケ。異能生存体の定義を忘れた訳ではあるまい。どんな過程を用いようとも結果的には生き残る。
      それが、奴らだ。異能生存体だ」

ルスケ「はい、それは心得ております……」

ウォッカム「完全に閉じられた環境の中での襲撃、それを兵士と子供の二人だけでどう生き残る。
      運か? 技量か? それだけでは無理だ。奴らが、死なない生命体でなければ、生き残る事など不可能だ」

ルスケ「……」

ウォッカム「私は見たい。ヤツがいかにして異能と呼ばれるかを……何を捻じ曲げ、何を糧にするのかを……」

ルスケ「……」

ウォッカム「ルスケ。お前も、そう思うだろう?」

ルスケ「……はい」

ウォッカム「ふふふっ……」


シャル「キ、キリコ! どうするの!?」

キリコ「……この先に、訓練機の格納庫があったはずだ」

シャル「そ、それを動かすんだね?」

キリコ「……が、普通に行けば扉は閉じられているだろう」

シャル「じゃ、じゃあ、どうすれば」

キリコ「……通れるかわからないが、道はある」

シャル「本当に?」

キリコ「……ついてこい」

シャル「うん!」



――

箒(……ふらっと、来てしまった……キリコの部屋に……)

箒(……この部屋の前に来るのも、そうなくなるのか……)

箒(いざこうなると、何か虚しいな)

箒「……」

箒(だが……キリコとの訓練も、もう習慣になった……ふふっ、良い事だ)

箒(……キリコも……笑ってくれるようになった)

箒(それに……)

箒「……」ゴクッ

箒(私の……こ、こ、告白も……真正面から受けてくれた)

箒(出会ってすぐの時は、会話すら碌に出来なかったというのに……)

箒(……少しは、心を開いてくれるようになったということか……)

箒「……うん」

箒(まだまだ一学期だ……これからキリコとは三年間は共にいる事になるのだからな……ゆっくり、焦らずいけばいい)

箒(そして、来月のトーナメントで勝ちさえすれば……)

箒(……)

箒(もう、過去は必要以上に追わない。今のキリコも、昔のキリコも、キリコなんだ。それは、変わらない)

箒(キリコさえ……いてくれれば……)

箒(生きてさえ、いれば……)

箒「……」

箒(……戻るか)



「あれ、あんた……」


箒「……ん? なんだ、お前達か」

セシリア「あら? 箒さん」

鈴「なぁに? こんな時間に散歩? 良い御身分ねぇ」

箒「私は訓練の後片付けをしていて、遅くなったのだ。お前達と一緒にするな」

鈴「まーたあの剣道ってヤツでしょ? キリコってAT乗りなんだから、剣なんて使わないんじゃないの?」

セシリア「そうですわ。キリコさんは精密な射撃の腕をお持ちですもの。剣道なんて野蛮なもの、必要無いんじゃなくて?」

箒「使わなくても、武の道はどれも同等に精神の頂に通じている。精神を極めれば、戦場でも大いに役立つだろう」

鈴「どうだか……」

セシリア「日本のブシドウというものでしょうか」

箒「そう解釈していろ。それで、お前達はこんな所で何をしてるんだ」

鈴「あたしら? あたしらはキリコの部屋行こうと思ってね」

セシリア「えぇ、そうですの」

箒「なっ……なんだと!?」

鈴「シッ。声デカイわよ」

箒「わ、悪い……いや、そうじゃない。なんでキリコの部屋なんかに行こうとしているんだ」

鈴「あのシャルルって子と仲良くやってるか不安で……良い子そうだけど、ちょっと気弱そうだから、キリコに気圧されそうじゃない?」

箒「ま、まぁ……そうだな」

セシリア「ですから、シャルルさんがキリコさんとゆったり会話できるようにと思い、こうして私達が紅茶やお菓子をお持ちして来ましたのよ」

箒「そ、そうか……」

セシリア(……お昼の挽回もしなければなりませんし……)

鈴「で? そっちも一緒にどう?」

箒「い、一緒に良いのか?」

鈴「こういうのって、人数多い方が良いんじゃないの? セシリアだけでも十分過ぎる程うるさいけどさ」

セシリア「だ、誰がうるさいんですの!」

鈴「それよそれ……もう夜なんだからトーン落としなさいよ」

セシリア「も、申し訳ありません……」

鈴「で、帰るの? それとも入るの?」

箒「……い、行くに、決まっている。お前達だけでは、心配だからな」

鈴「そっ。じゃあ決まりね」

セシリア「まぁ、どうしてもと仰るのですから、仕方がありませんわね」

鈴「アンタだってキリコの部屋行こうとしてあたし見つけて、無理やりついて来たんじゃない……」

箒「ほら、早くノックでもしろ。消灯時間まであまり無いからな」

鈴「はいはい」トントンッ

セシリア「こ、今度こそは……おいしいと言わせてみますわ……」

箒(……あの手に提げているヤツに入っているのは……また料理なのだろうか……)

鈴「……んー、返事無いわ」

箒「……あぁ、そう言えば……シャルルが特訓の後に、キリコと一緒にどこかへ行ったようだったが……」

セシリア「まだお帰りになられていない、という事でしょうか」

鈴「なぁんだ、案外仲良くやってんのか。まっ、まだちょっと時間あるし、ここで駄弁りながら待ってますか」

箒「いや。シャルルとキリコが仲良くしてるなら、その必要は無いんじゃないか」

鈴「アンタだって、あれが建前なのわかってんでしょ? あんな行動したのに、言わせんじゃないわよ」

箒「な、何の事だ」

鈴「ふーん……シラを切るんだ……」ニヤッ

セシリア「な、なんですの鈴さん。その含み笑いは」

鈴「まぁいいわ。あたしはあの噂の発端、知ってるからね」

箒「そ、それは……」

鈴「まっ、それでいいのよ。それで。ウジウジしてるの見るよりは、スパッと抜け駆けされるくらいの方が断然良いから」

セシリア「ぬ、抜け駆け!? ほ、箒さん!? 一体キリコさんに何をしましたの!」グワッ

箒「お、おいなんで寄るんだ……なんだこの臭いは!」

セシリア「臭いなんて知りません! 一体キリコさんに何をしたかと聞いています!」

箒「うぅ、臭い……わ、私は、別に何も、していない……」

セシリア「目が泳いでますわよ!」

鈴「はいはいはい、騒がない騒がない。イギリス淑女とかいうヤツは騒がないんじゃないのー普通」

セシリア「くんぬっ……」

鈴「しっかし、もうそろそろ消灯だってのに、ホント来ないわね。何してるのやら」


「おい、お前達。ここで何をしているんだ」


鈴「……げっ、この声は……」

千冬「何が、げっ、だ。この小娘」


箒「お、織斑先生……」

千冬「もう消灯時間だぞ。早く部屋に戻れ」

セシリア「そ、その……キリコさん達に用事が……」

千冬「明日でも良いだろう。それとも、何か急用か(なんだ、妙な臭いが……)」

鈴「きょ、今日の昼に、シャルルの歓迎会的なものをやっていて、その時にお弁当の交換してたんですけど……。
  わ、私の分が多すぎて、二人に後で部屋で食べてと渡したんですが……明日自分も使うので早めに返して欲しいなぁ、なんて……」

千冬「……」

鈴「あ、あの……えっと、何て言うか……その、金欠で、購買行く余裕もないんですよぉ……」

千冬「……はぁ、しょうもない。ここにマスターキーがあるから、私が入って取って来てやる。
   勝手に入るのは悪いだろうが、お前らにここに長居されても困るしな」

鈴「あ、あはは……すみません……」

セシリア「ちょ、ちょっと鈴さん。これじゃ結局帰る事になってしまいますわ」コソコソ

鈴「しょ、しょうがないじゃない。咄嗟に浮かんだのがこれなんだから……」コソコソ

千冬「……何をコソコソとしている」

鈴「な、何でもありません!」

千冬「……」

鈴「あ、あはは……」

千冬「……特徴は」

鈴「はい?」

千冬「その箱の特徴だ」

鈴「あ、えっと、なんてことない普通の弁当箱なんですけど……」

千冬「なんだその抽象的な……まぁいい。えっと、これがマスターキーだったか……」シャコンッ


ガチャッ


鈴「……」

箒「……」

セシリア「……」


ガチャッ

千冬「それらしきものは無かったぞ。部屋に二人ともいないし、どこか外でその弁当の残りとやらを食べているんじゃないのか」

鈴「そ、そうでしたか……」

千冬「全く、こんな時間まで外をほっつき歩いているとは……お前達もだ。早く自室に戻れ」

セシリア「そ、そんな」

千冬「何か……文句があるのか」

セシリア「め、滅相もございません……」

千冬「なら帰れ。これから私はここでキュービィー達を待ち、その後たっぷりグラウンドで鍛えねばならんからな」

箒(シャルル……初日から災難だな)

千冬「寄り道するなよ」

鈴「は、はーい。わかりましたぁー」

セシリア「は、はいっ(あぁ……せっかく丹念に作った料理が……)」

箒「わ、わかりました(まぁ、キリコにとって、グラウンド仕置きの方があの料理を食べるよりはマシか……)」



ハァ……コノオリョウリドウイタシマショウ
ネズミデモタベナイワヨソレ ハカマデモッテキナサイ
ナ、ナンデスッテ!?


千冬「……全く、騒がしい奴らだ」

千冬「……」

千冬(……キリコの友人、か)

千冬(あまり積極的に心を開こうとしないキリコだ……そういうものができないのではと心配していたが……杞憂だったな)

千冬(それどころか……友情を通り越して、恋愛感情まで抱かれるとは……どこでそうなったのやら)

千冬(……レッドショルダー、か……)

千冬(最強のAT部隊、吸血部隊……)

千冬(何故、アイツが……)

千冬「……」

千冬(……ペールゼン、か……)

千冬(……人と違う、という事は、疎まれ易い……)

千冬(しかし、同時にそれに魅入られる者もいる、か……)

千冬(……)

千冬「……遅いな」






――

「どこに行った!」
「観客席、確認完了。見当たりません」
「ロッカールームに戻れ!」



タタタタッ



キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「行ったぞ。音を立てずに進め」

シャル「う、うん……でも、こんなダクトを通るとは思わなかった……」

キリコ「……」

シャル「僕でも結構ギリギリなんだけど、キリコは大丈夫?」

キリコ「俺の心配より、先に進む事を考えろ。そして、あまり喋るな」

シャル「わ、わかった……」

キリコ「……」ゴソゴソ

シャル「……」ゴソゴソ



喋るなと言ったのは、単に敵に発見されるリスクを考えて言った訳では無い。
俺は、ただひたすらこの襲撃の理由を、沈黙に埋めて思索したかった。
狭く、暗く、息苦しい。奇妙な同居人と共に、そんな道を這いながら、狙われる理由を考える。
見当など、つくはずも無いのに。

シャル「……キリコ。次は、どっち」

キリコ「……上だ」

シャル「わ、わかった……」

キリコ「……昇れるか」

シャル「う、うん……出っ張りがあるから、なんとか」

キリコ「……そうか」

シャル「……んしょ」ゴソゴソ

キリコ「……」

シャル「よっ……と……昇っていいよ、キリコ」

キリコ「……」ゴソゴソ

シャル「ちゃ、ちゃんとついてきてる?」

キリコ「あぁ……もう後ろにいる」

シャル「わ、わかった……」

キリコ「……もうすぐだ」

シャル「うん……」

ウォッカム「キリコ達は、ダクトへ行ったか」

ルスケ「はい。どうやら、格納庫の方へ向かっているようです」

ウォッカム「妥当な判断だ」

ルスケ「……いかがなされますか。実行部隊に、連絡は」

ウォッカム「勿論しろ。そうでなくては意味が無い」

ルスケ「はっ……キリコ達はダクトを通り、格納庫へ逃走中だ。各人、ルートを確認し、キリコ達を射殺せよ」

ウォッカム「……」

キリコ「……もう少しだ」

シャル「う、うん……」


タタタタタッ


キリコ「……こっちに来た。一旦止まれ」

シャル「……」



「……撃て!」


ズパパパパッ
ガキンガキンッ


キリコ「!?」

シャル「キ、キリコ!? 凄い音したけど!」

キリコ「ダクトにいるのがばれたか、早く行け!」

シャル「わかった!」


「斉射!」


ガキンガキンッ


キリコ「急げ!」

シャル「わ、わかってるよ!」



ガキンガキンッ
ボコンッ


キリコ「っ!」

シャル「わぁっ!」


ドサッ


「音がしたぞ!」
「行け!」


キリコ「くっ……脆い場所に二人でいたせいで、抜けたか……」

シャル「いたた……キ、キリコ……大丈夫?」

キリコ「足を、捻ったようだ……」

シャル「そ、そんな」

キリコ「逃げろ。俺は置いていけ」

シャル「だ、ダメだよ! そんなこと!」

キリコ「他人を思って死ぬ事に、何の意味がある。早く行くんだ」

シャル「で、でも!」

キリコ「いいから行け。俺は丸腰じゃない、お前が格納庫に行くのか逃げるのかは知らんが、時間を稼ぐなり何とかしてやる」

シャル「……そ、そんなこと……」

キリコ「……もう敵が来る。急ぐんだ」

シャル「キ、キリコを見捨てていく事なんてできないよ!」

キリコ「……なら、後で格納庫で落ちあおう。今は急を要する。それで、文句は無いな」

シャル「……」

キリコ「……お前は、なるべく死なせたくない。ただの人間が、戦場で死に急ぐ事は、ない」

シャル「……わかった。死なないで、絶対に」

キリコ「あぁ」


タタタタッ

キリコ「……」


「ターゲットが単独で逃亡中だ」
「撃て!」


キリコ「……」バンッ


「がぁっ!」バシュッ

「一人隠れていたか」
「カバーしろ」


ズパパパパッ


キリコ(……弾は、残り三発か。どこまで時間を稼げるか)

キリコ「……やるだけだ」カチッ

シャル「はぁはぁ……」

シャル(キリコが時間を稼いでくれてる間に、急いで訓練機を取りに行かないと……)

シャル(キリコの持っていたあの銃の弾薬、絶対に少ないよ……)

シャル(いくら兵士と言えど、多勢に無勢過ぎる……)


タタタッ


シャル(たしか、あの角を曲がれば……)


タタタタッ


ブンッ


シャル(角からの待ち伏せ!?)



グワァッ


シャル(いや、見える!)

シャル(ここで、取って!)ガシッ

「っ!」

シャル(肘で腋の下を打ち!)バキッ

「ぐおっ」

シャル(懐に入って、投げる!)ブンッ

「ぐはっ!」


シャル(そして奪った銃で……)パシッ

「くっ……」


シャル(撃つ……)


カチッ


「……」

シャル「……」

シャル(撃つ? 撃つって何さ)

シャル(それじゃ、人殺しじゃないか……)

「こ、このっ!」

シャル「……」ブンッ

「がっ……」ゴンッ


ドサッ


シャル「はぁ……」

シャル(おかしい……普通だったらあんな事考えないのに……)

シャル(キリコを撃とうとした時もそうだ……衝動的に、キリコを撃ちたくなった……)

シャル(まるで……冷淡な獣が、自分の中にいるみたいな……)

シャル「……」


タタタタッ


シャル(お、追っ手が来た……今は、逃げないと……)

シャル「……」タタタタッ



――

鈴「はぁーあー……まさかあの先生に見つかるとは……頑固で融通利かない感じだから、苦手なのよねぇ……」

箒「仕方が無いさ。消灯時間直前まで、ほっつき歩いていたのだからな」

鈴「いいじゃんちょっとくらい……」

セシリア「規則を破る、というのは確かに悪い事ではありませんが、あまり固執遵守するのも人間らしいとは言えませんものね」

鈴「……何を突然真面目な事言ってるのよ。まぁいいわ、ちょっと歩きまわって、探してみますかー」

箒「おいおい。今さっき帰れと言われたばかりだろうが」

鈴「このままじゃ寝る気にもなれないわよ。それに、見つからないように動けばいいだけだし。これでもそういうのは自信あるのよ」

箒「だ、だからと言ってな……」

セシリア「もし見つかったらどうしますの?」

鈴「その時はその時よ。で、二人も来る?」

箒「わ、私は……」

セシリア「私は行きませんわ。それで後々、キリコさんにご迷惑をかけるのも、如何なものかと存じますので」

鈴「えー、せっかく料理作ったのに、セシリア帰っちゃうのかー。そっかー」

セシリア「な、なんですの」

鈴「このままじゃキリコにレーション以下の女ってレッテル貼られたまま日を跨いじゃうのかー。
  あたしだったらそんなの我慢ならないのになー」

セシリア「ぐっ……」

鈴「いやー、それは今後致命的だろうなぁー。料理出来ない女の人って、配点低いと思うんだけど、それ払拭しなくていいのかなー」

セシリア「い、行きますわ! このセシリア・オルコットが手塩にかけて作った最高の料理を携えて!」

鈴「それでこそイギリス淑女よ!」

セシリア「当然ですわ!」

箒「お、おい……せめて声は抑えろ……」

鈴「それで、箒さんは来ないんですかー」

箒「ぐっ……わ、私は行かん。無駄に長く起きていては、体調管理ができなくなってしまうからな」

鈴「つれないわねー。まぁいいわ、箒がいない間に、キリコ達と相当仲良くなっちゃうから、覚悟しときなさい」

箒「……わかった、行く。行けばいいんだろ」

鈴「そうそう。それでいいのよ」

セシリア「さっ、行きましょう鈴さん。時間が惜しいですわ」

鈴「(その料理らしきものじゃ、もっと酷くなるだけだと思うけど)まっ、じゃあそうしましょっか」

箒「どの辺にいるとかは、検討もつかんがな」

鈴「うーん……とりあえず、アリーナじゃない?」

箒「ふん……まぁ、それ以外行く所もあまりないだろうしな。だが、大きな場所だし、見回りもいるんじゃないか?」

鈴「平気平気、静かにして警戒してれば大丈夫よ」

箒「……」

箒(なんだろうな……妙な胸騒ぎが)

セシリア「箒さん。ボーッとしてますと、置いていきますわよ」

箒「わ、わかっている」

箒(……さっさと見つけて寝るか。そうしよう)

箒「……」



――

シャル「はぁはぁ……」タタタッ

シャル(キリコが言っていた場所は……ここだ!)

シャル「……」ドンドンッ

シャル(ダメだ、やっぱり開かない……)

シャル(ど、どうしよう……ロックの開け方なんて、専門じゃないし……)

シャル「……」キョロキョロ

シャル(……こうなったら……)

シャル「……えぇいっ!」


ガキンッ
ジジジジッ


シャル「……」

シャル(うわ、ロック壊れたけど開かない……)

「ヤツは格納庫の前にいる!」
「早く行け!」


シャル「やばっ」

シャル(ど、どこか隠れられる場所は……)

シャル「ん?」

シャル(……あの壁のでっぱり……登れそう)

シャル「……」スタタタッ


タンッ


シャル(壁をよじ登って……)


ガシッ


シャル(へりをつかめた……)

シャル「よっと……」グイッ

シャル(ふぅ……なんとか見られる前に登れた……)



タタタタッ


シャル「……」ドキドキ


「……」


シャル(ばれないで……)


「……はい……はい」


シャル「……」ゴクリッ

「……了解。あのへりの上だ」


シャル(なっ、ばれた!?)


ズパパパパッ


シャル「くっ……」

シャル(お、応戦しないと……)

シャル「はぁ……はぁ……」

シャル(撃てるの? 人を? 僕が?)



カキンッカキンッ


シャル「つっ……」

シャル(迷ってる場合じゃない……)

シャル(見ないででも良いから、銃だけ出して撃つなりしないと……)

シャル「……くそっ!」


ズパパパパッ


「カバーしろ!」


シャル「うわぁああーっ!」ズパパパパッ


カキンカキンッ


シャル「当たれぇええーっ!」ズパパパパッ



カチッ カチッ


シャル「はぁはぁ」カチッ カチッ

シャル(も、もう弾切れ……)


カキンカキンッ


シャル「くっ……」

シャル(マズイ……どこかに逃げないと……)


カランッ

シャル「……ん?」

シャル(い、今のは……グレネード、だ……)

シャル「マ、マズイ!」バッ


ドカァアンッ


シャル「ぐぅっ……」ドサッ

シャル(ば、爆風と破片は何とか避けれた……)


「こいつっ!」
「出てきたぞ!」


シャル「くっ……(い、今ので……か、体が……)」

「ダァッ!」ゲシッ

シャル「ぐあっ!」

「一名確保。いかがしますか」



ルスケ「……デュノアを、捕えました」

ウォッカム「是非も無い。殺せ」

ルスケ「はっ」



シャル「……」

「……」

シャル(ぐっ……なんとか、動かないと……)

「動くんじゃない……」カチッ

シャル「くっ……」

シャル(……なんで……)

シャル(なんで……なんでなの……なんでこんな、ISもつけてないのに……銃を向けられてるのさ……)

シャル(やだ……いやだよ……)

「……了解しました」

シャル(訳もわからないまま、襲撃されて……)

シャル(だ、誰なのかもわからない人達に、命を狙われるなんて……)

「……」
「……」
「……」

シャル(皆、僕を殺そうと、見てる……)

シャル(み、見るな……見ないで……)

シャル(こんな、こんなところで……)

「……」グイッ

シャル「ぐっ……」

「……お前は、ここで殺す事となった」

シャル「っ……(こ、殺される……)」

「悪く、思うなよ」

シャル(……僕が、何をしたっていうんだ……)

シャル(僕が……)

シャル「しに……たく、ない……」



シャル(死にたくない……)




シャル(死にたくないっ)





シャル(死にたくない!)

「……」ブンッ

シャル(自分の身体が、投げられてる……)

シャル(この体が、壁にぶつかったら……撃たれるのか……)

シャル(いや、それよりも早いのかも)

シャル(……なんだか……あっけなかったな)

シャル(ゆっくり……時間が流れてる……)

シャル(……嫌だ)

シャル(……嫌だよ)

シャル(こんなのっ……)




ドンッ……


シャル(……)

シャル(……このまま跳ね返って……)

シャル(撃たれて……終わるだなんて!)



シュウウウッ


シャル「くっ……」

シャル(……)

シャル(……あれ?)

シャル(まだ、僕、落ちてる?)

シャル(なんか……滑ってるような)


ドサッ

シャル「痛っ!」

シャル「……つつっ……」

シャル(あれ、ここどこ?)

シャル(少し明るい……外?)

シャル「……」キョロキョロ

シャル(……外だ……)

シャル「……そ、と……」

シャル「外だ!」

シャル「で、でも……なんで……」


シャル(ここは……ゴ、ゴミ捨て場か……)

シャル「じゃあ、今滑ってきたのは……ダストシュート……」

シャル「……」

シャル「は……ははっ……」

シャル(い、生きてる……僕は……生きてるぞ……)

シャル「……」

シャル(いや、まだ追ってくるかもしれない。早くここから逃げないと)

シャル(外に出たなら、助けも呼べる。早くキリコも助けないと)

シャル「くっ……体が、痛いな……」

シャル(……何か考えるよりも、早く行かないと……)

シャル「……待ってて、キリコ」



――

ルスケ「何!? 逃しただと! あの状況でか!」

「も、申し訳ありません……まさかあんな場所に、ダストシュートがあったとは……。
 暗視ゴーグルでも、同化していて見えませんでした……」

ルスケ「……ぬぅっ……閣下、如何なされますか」

ウォッカム(……成程)

ウォッカム「そろそろ、撤収を考えた方がよさそうだな。外に出たとなれば、必ず救援要請に行くだろう」

ルスケ「で、ですが……まだキリコの方が」

ウォッカム「わかっている。何か動きがあれば、即時撤収命令を下す。それまでは行動を続けさせろ」

ルスケ「畏まりました」

ウォッカム「……なる、ほど……」


――

箒「……おい」

鈴「何よ」

箒「何もこんな裏道通らなくても良いだろうが」

鈴「潜入の基本と言ったら裏道でしょうが」

箒「……何処の情報だそれは」

セシリア「見つかりにくい方に、越した事はありませんわ」

箒「まぁ、それはそうかもしれんが……」

鈴「コソコソってのが割に合わないと抜かさないでよ……うっ、なんか臭ってきた」

セシリア「……何か妙な臭いがしますわ……ゴミ捨て場でしょうか」

鈴(ゴミの臭いはわかるのに、自分で下げてるものの臭いはわからないの……器用な鼻ね……)

箒(……もはや、何も言うまい)

セシリア「うぅ……やはり、道を変えません事? こう臭いがしては……」

鈴「えぇー、アンタまでそんな事言うのー……」

セシリア「で、ですが……服に臭いがついてしまいますわ」

鈴「もうここに来る前から手遅れだと思うよ」

セシリア「はい?」

鈴「あぁー……もういい……」


ガサガサッ


鈴「っ! ヤバ、隠れて!」グイッ

箒「おわっ」

セシリア「きゃっ」



「……」


鈴「……見回りの先生? それとも用務員?」ヒソヒソ

箒「し、知らん。だがここはやはり一時撤退すべきだ」ヒソヒソ

セシリア「ど、どうしましょう」ヒソヒソ


「……だ、誰か……いるの?」


鈴「ヤバッ」タタタッ

箒「あっ! 一人で逃げるな!」

セシリア「お、お待ちになって!」


タタタタッ


「……」



……

鈴「はぁはぁ……まさか、人がいるとは思わなかったわね……」

箒「き、貴様……何故一人で逃げた……」

セシリア「は、薄情者、ですわ……」

鈴「しょ、しょうがないじゃない……あんなの……」


「何が、しょうがないんだ?」


鈴「そりゃ、見つかったらグラウンドを死ぬ寸前まで走らせられたりするからに決まってん……で、しょ……」

千冬「ほう……それが所望か、良いだろう」

箒「お、織斑先生……」

セシリア「こ、これは……その……」

千冬「ったく……キュービィーとデュノアが一向に帰って来ないから探しに来たら、お前達に会うとはな」

鈴「い、いやぁ……あたし達もちょうど探してる途中でして……お手伝いをと……」

千冬「あぁ?」

鈴「すいませんなんでもないです」

千冬「……はぁ、まぁいい。今日の見回りは私だけでな、お前らも手伝え。それからグラウンドを嫌という程走らせてやる」

箒「なっ」

セシリア「そ、そんな……」

鈴「け、結局走るんですか……」

千冬「当然だ。全く、お前らみたいな不良生徒のせいで苦労するこっちの身にもなってみろ……この広い校舎を一人で見回らねばならんのだからな」

鈴「はーい……」

セシリア「わかりました……」

箒「……ん?」

千冬「なんだ、何か文句でもあるのか」

箒「い、いえ……ただ、一人で見回りをしていると仰ったので……」

千冬「そうだ……まさかお前、何か邪な考えでも浮かんだか?」

箒「ち、違います。先程、アリーナ裏のゴミ捨て場付近で、その……人がいたようで……」

千冬「……人?」

箒「はい。先生一人で見回りをなされているのであれば、一体誰が……」

鈴「キリコ達じゃないの?」

セシリア「……確かに今思うと……あの声はシャルルさんのものだったような……」

千冬「ほう……それは本当か」

箒「は、はい」

千冬「……行くぞ。ついてこい」

箒「わかりました」

鈴「はぁ……」

セシリア「この料理……どうすればいいのでしょう……」

千冬(……この妙な臭いはあれからしているのか?)

千冬「……まぁいい。ほら、キビキビ歩け」

箒・鈴・セシリア「「「はーい……」」」


――

キリコ「……」


ズパパパッ


キリコ(足は何とか走れるようにはなったみたいだが……残弾を考えると、あまり長くは持ちそうにないな)

キリコ「……」カチッ


バンッ
カキンッ


キリコ(後二発……)

キリコ「……」タタタッ


「撃て!」ズパパパッ


キリコ「……」タタタッ

キリコ(シャルルは、逃げられただろうか……)

キリコ「……」ザッ

キリコ(……今は、関係無い。ここでまた、粘るだけだ)



カチンッ


キリコ「……」


カランッ


キリコ(グレネードか)


ビュッ
コロンッ

キリコ(2……)ダッ


ゲシッ
ヒューン……


キリコ「……」バッ

キリコ(……0)



ドカァアンッ

キリコ「……」

キリコ(やっては、いないか)


ズパパパパッ


キリコ「……」




この襲撃は何なのか。この前の事件と関係があるのか。
それとも俺だけではなく、あのシャルルも狙われているのか。
これも、観察の一部なのか。
思考が廻る。それでも、体は戦場に対し、適切な対応をとっていた。
命のやり取りではない、冷徹な作業のように。


キリコ「……」ダッ


「また逃げたぞ!」
「……上から行け。そこから叩くんだ」
「はっ」


キリコ「……」タタタッ

キリコ(……シャルルは、格納庫に着いたか、あるいは逃げたか。それとも……)

キリコ(……俺には、関係無い……)

キリコ(……自分の心配を、するしかないんだ)

キリコ「……」バンッ


「ぐお……」パシュゥンッ


キリコ(……キリが無いな)タタタッ


カランカランッ
ドゴォオンッ


キリコ「……」タタタッ

キリコ(……アイツが正直に待っているのなら、俺も格納庫に向かうしかないか)

キリコ(……こっちのはずだ)



ブンッ


キリコ「!?(上からか!)」


バキィッ


キリコ「ぐはっ……」

「くらえっ!」ビュンッ

キリコ「つっ……」バキィッ


「捕縛成功。射殺します」



ルスケ「……今度こそ、外す事は無いでしょう」

ウォッカム「……ルスケ……これから起こる事から、目を逸らすんじゃないぞ」

ルスケ「……先程のように逃げ場も完全に無い状態で、一体どうやって……」

ウォッカム「……見ているんだ」

ルスケ「……」




キリコ「……」


「手間を取らせやがって」カチッ


キリコ「っ……」


バキュゥウウンッ


「……」
「……」
「……」


カランッカランッ……


ルスケ「……」

ウォッカム「……」


「……」

ルスケ「……馬鹿な……」


「……おい」


ウォッカム「……これが……」


「何故だ……」

「何故、弾が外れている……」


キリコ「はぁ……はぁ……」


ルスケ「あ、ありえん事だ……」


「……」
「……し、指令……い、如何いたしますか」


ルスケ「も、もう一度撃て」


「了解……もう一度だ」ブンッ

キリコ「ぐっ……」ドサッ

「……」
「今度こそ殺せよ……この距離で外したなんて笑いもんだぜ」
「わかっているっ」

キリコ「……」



俺を見つめる銃口。
しかし、その視線は、俺を捉える事は無い。


バキュゥウンッ


死は俺に、触れようとすらしないらしい。


バキンッ

キリコ「……」

「っ!」
「!?」
「ば、馬鹿なっ……」


ルスケ「い、今のは……」

ウォッカム「……ルスケ、スローで巻き戻せ。画質も鮮明にするんだ」

ルスケ「は、はい……」カチカチッ

ウォッカム「……」

ルスケ「こ、ここからです……今まさに、発砲を……」


バキュゥウウンッ


ルスケ「……」

ウォッカム「……」


バキンッ

ルスケ「……まさか……」

ウォッカム「……あり得ん事だ……今の現象が……」




ウォッカム「異能……生存体……」



キリコ「……」


「……」
「お、おい……」
「な、なんだ」
「もう一度……撃たないのか」
「……」


ビーッビーッ


「ど、どうした!」
「撤退命令だ。どうやら、感づかれたらしい」
「くっ……だが、今度こそ……」
「……こいつには、触れない方が良い。こいつは、わからないんだ……理解できない」
「……そ、そう……だな」



キリコ「……」



俺を目の前にして突如撤退を始める奇襲部隊。奇襲の目的。
そして、この状況で生存している自分自身。シャルルの安否。
何もかもがわからなかった。


いや、一つは……知っている。
……ただ、わかりたくは、なかった。
それだけだ。



キリコ「……」


恐ろしく無味乾燥とした生の味を噛みしめた途端、俺の意識が溶けていった。
遠ざかって行く重苦しい足音と共に、聞こえるはずもない遠くの方から、小さな足音が聞こえたようなした。
まどろみの中、どこか聞いたようなその足音に安寧を覚え、俺は気を失ったのだった。



――



「ヤツらが来る!」
「ダメだ! この研究成果を……こんな所でヤツらに!」
「燃やせ! ヤツらの手に渡らないように!」
「うわぁっ!」
「せめて……せめて――だけは逃がすんだ! あの子だけは!」



「なんで……なんでよ……」
「もっと……もっと早くこれを完成させていれば!」
「これを……」
「……」
「お願い……――ちゃんと一緒に逃げて……なんとか、してみせるから」
「だいじょーぶ! なんてったってこの天才――」



「ほのおが、こんなところまで……」
「あ、あの音だ……あの、高い音……」
「――! 早くこっちに!」
「手を、はなさないで……」



「きゃあっ!」
「ダメ! ――ッ!」
「――ッ!」





「キリコォーッ!」




――



キリコ「っ!」ガバッ


「うわっ! キ、キリコ!?」


キリコ「はぁ……はぁ……」

箒「お、起きた……キリコが……」

キリコ「……」

箒「よ、良かった……本当に……無事に、戻ってくれて……」グスッ

キリコ(さっきの声は……一体……)

キリコ(……サンサの……あの時の……)

箒「だ、大丈夫か? 顔色が悪いが……」

キリコ「……ほう、き……」

箒「あ、そうだ……お前が起きたら知らせろと言われていたんだ。すまん、すぐに先生を呼んでくるからな」

キリコ「っ……待て」ガシッ

箒「……キ、キリコ?」

キリコ「……」

箒「……」

キリコ「……」ググッ

箒「い、痛っ……」

キリコ「……」

箒「痛いぞ……キリコ……」

キリコ「っ……すま、ない」パッ

箒「……」

キリコ「……」

箒「……えっと……」

キリコ「……突然掴んで、すまなかった」

箒「え? あ、いや、その……」

キリコ「……」

箒「……すまん……」

キリコ「……」

箒「……じゃ、じゃあ……皆を、呼んでくる、な?」

キリコ「……あぁ」

箒「……それじゃあ」


プシューッ


キリコ「……」


今見た夢は、何だったのか。
あの二人、あの女、そしてあの少女。顔はハッキリと見えなかったが、彼らは俺が会った事のある人物なのだろうか。
この夢は、あの時サンサで見た地獄の次章なのか。それとも――。

俺にわかる事は、また生き残ったという事だけだ。



キリコ「……箒」



――

それから、俺は話を聞いた。
また電子系システムが乗っ取られ、侵入者が入ってきた事。
その侵入者が、俺とシャルルの命を狙っていたという事。
そして、シャルルも俺も、無事だったという事。


それが、俺に知らされた全てだった。


キリコ「……」

セシリア「良かった……本当に、御無事で良かったですわ……」

鈴「本当よ! あたし達が……どれだけ心配したか……」

キリコ「……あまり、泣いたりうるさくはするな。隣で寝ているシャルルが起きる」

鈴「バカ! 他人事みたいに言ってんじゃ……ないわよ……」

箒「……」

千冬「……もう面会は終わりだ。コイツらの怪我は軽微なものだ、一日寝かせればすぐ治る。それからまた会えば良いだろう」

セシリア「で、ですが」

千冬「帰れと言ったら帰れ。あんまりうるさくされると、怪我も治らなくなるぞ」

セシリア「……」

鈴「……行こう」

箒「……あぁ」

千冬「……」


プシューッ

千冬「……」

キリコ「……」

千冬「……大変だな、レッドショルダーは……恨みをいくら買ったのか、自分でもわからんだろう」

キリコ「……」

千冬「……すまん、今のは失言だった」

キリコ「……別に、いい」

千冬「……心当たりは、何か無いのか」

キリコ「……ある事は、ある」

千冬「ほう……何だ、言ってみろ」

キリコ「……ペールゼン」

千冬「またそれか……」

キリコ「ヤツは、まだ俺を見ている。この俺を、異能だなんだと言って……」

千冬「……いいや。お前は、普通の人間だ。多少、有能なパイロットという事を除いてな」

キリコ「……しかし」

千冬「忘れるんだ。お前は、特別なんかじゃない。お前はただの人間だ」

キリコ「……」

千冬「……忘れろ。怪我をすれば血が出る、病気にもなる、お前は、そんな普通の人間なんだ」

キリコ「……」

千冬「ペールゼンなんて大物が、そんな普通の人間をいつまでも監視しているはずはない。それが、普通という事だ」

キリコ「……」

千冬「……それが、お前の為なんだ。わかったな?」

キリコ「……あぁ」

千冬「……私も、もう戻る。今日はこのままここで寝ろ。デュノアには、カウンセリングを受けさせるが……お前はどうする」

キリコ「……必要と、思うのか」

千冬「襲撃時の経験よりもそれ以前に、性格について言われるだろうな……まぁいい、ゆっくり休め」

キリコ「あぁ……」

千冬「……本当に、いらないんだな」

キリコ「……あぁ」

千冬「……そうか。ではデュノアは、引き続きお前が面倒を見ろ。ある程度、心配もしてやるんだ。わかったな」

キリコ「……わかった」

千冬(……ついでに、デュノアの秘密も、知れたしな……これがどういう意味なのかは、わからないが……まだ他の人間に教える訳にはいかんだろう)

千冬「……キリコ。あまり、デュノアの身体には触らんように。いいな」

キリコ「……怪我人に不用意に触る程、馬鹿じゃない」

千冬「……まぁ、それでいい。じゃあな」


カツカツッ

キリコ「……姉さん」

千冬「っ……何だ」

キリコ「……レッドショルダーには、望んで入った訳じゃない……これだけは、真実だ」

千冬「……」

キリコ「……」

千冬「……例え、それが真実だとしても」

キリコ「……」

千冬「……お前は最後のサンサ進行戦に出撃した。それも……事実だ」

キリコ「……」

千冬「お前は……義理なんて抜きにして、私の大切な弟だった……だが同時に……許したくない、相手でもあるんだ」

キリコ「……姉さん」

千冬「……学校では、織斑先生と呼べ」

キリコ「……」

千冬「……もう、寝ろ。キリコ・キュービィー……」


プシューッ

キリコ「……」

シャル「……う、うーん……」

キリコ「……」

シャル「……あれ……ここは……」

キリコ「……医務室だ」

シャル「……キ、キリコ……良かった……無事だったんだね」

キリコ「……お前もな」

シャル「あはは……うん……なんとか、ね……」

キリコ「……傷は、痛くないのか」

シャル「うーん、ちょっと打ったぐらいだから、平気だよ」

キリコ「そうか」

シャル「……うん」

キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「……怖かったか」

シャル「え?」

キリコ「……いや、何でもない。すまなかった」

シャル「……」

キリコ「……」

シャル「あはは……怖かったか、か……」

キリコ「……」

シャル「……怖かった」

キリコ「……」

シャル「怖かったよ……あんな経験した事なんて、無いんだもん……」

キリコ「……」

シャル「思い出すだけで……震える……あんな風に、完全な殺意なんて向けられた事……無かったから……」

キリコ「……」

シャル「理由もわからないで、銃を突き付けられて……いつも握っているはずのものが、全く別の物に見えて……」

キリコ「……いい」

シャル「なんで、なんで……って、考える事しか出来なくて……怖くて……」

キリコ「……もう、いい」

シャル「怖かったんだ……怖くて……」

キリコ「もう、喋るな……」

シャル「怖かった……怖かったよ……キリコ……」

キリコ「やめろ……それが、お前の為だ」

シャル「……」

キリコ「……すまなかった」

シャル「え?」

キリコ「俺が、もう少しお前の事を考えて行動していれば、こうはならなかったはずだ」

シャル「そ、そんなこと……ぶ、武器だって無かったし……」

キリコ「……だが、事実だ」

シャル「……違うよ。キリコはあの時、僕を庇って、逃がしてくれた。だから、偶然でも何でも、僕はこうして生きているんだよ」

キリコ「……あれは、俺が動けなかったそうしただけだ」

シャル「ううん。それでも、今の状況があるのはキリコのおかげなんだよ。だから、キリコには、感謝してる」

キリコ「……」

シャル「あの時のキリコは……凄く、頼もしかったんだ。あの時、もし僕だけだったら、本当に……」

キリコ「……」

シャル「だから、キリコは何も悪くない……自分を、責めないで? ね?」

キリコ「……そうか」

シャル「うん……」

キリコ「……」

シャル「……あ、あはは……なんか、夕日が眩しいね」

キリコ「……カーテンを、閉めるか」

シャル「あっ、う、ううん大丈夫……このままで、さ……」

キリコ「……」

シャル「なんか……今の景色を見てると、安心するんだ……生きてるって……」

キリコ「……そうか」

シャル「……」

キリコ「……」

シャル「……あの……ねぇ、キリコ?」

キリコ「……何だ」

シャル「そ、その……手を、握って貰って、いいかな……」

キリコ「……何故だ」

シャル「……人肌恋しい、って……いうのかな……ははっ……」

キリコ「……」

シャル「……お願い……生きてるって……実感したいんだ……」

キリコ「……わかった」ギュッ

シャル「……」

キリコ「……これで、いいのか」

シャル「うん……」

キリコ「……」

シャル「なんだろう、ね……良いね、これ」

キリコ「何が、良いんだ」

シャル「い、いやぁその……男の人の手って、こう……大きいけど、温かいというか……」

キリコ「……何を言っているんだ」

シャル「あっ……な、なんでもない! い、今のは、言葉の綾というか……」

キリコ「……」

シャル「あ、あはは……」

キリコ「……もう」

シャル「な、何っ?」

キリコ「もう、いいか。離しても」

シャル「あ、う、うん……ありがとう、落ちついたよ」パッ

キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「……早く、寝ることだ。織斑先生にも、そう言われている」

シャル「わ、わかったよ」

キリコ「……それと、お前の面倒を続けて見ろとも言われた。何か要望があるなら、さっきみたいに何時でも言え」

シャル「そ、そっか……わかった……」

キリコ「……」

シャル「お、おやすみキリコ……今寝たばっかりで、寝れないかもしれないけど……」

キリコ「……あぁ」

シャル「……」

キリコ「……」




人肌恋しい、などと戦場で誰が思うのか。
俺は、思えなかった。
だが、今まさに、俺もこの少年同様にそう思ったのだ。
ここは、戦場では無い。戦場では。






――

翌日、俺は怪我から回復した。シャルルも、まだ痛み等は残っているようだが、授業に出るようだ。
幸い、あの襲撃は俺の身内にしか知られておらず、俺とシャルルが医務室送りになったのも、
織斑先生の仕置きでの偶発的な事故、という扱いになった。
そして、俺とシャルルは何事も無かったように、教室に来ていた。




千冬「……」

山田「え、えっと……また、嬉しいお知らせがあります……今日も一人、転校生が来てくれました」


「また転校生?」
「この時期に二人も?」
「さすがに変じゃない?」


山田「お、お静かに……そ、それでは、ご紹介します。ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

ラウラ「……」

千冬「挨拶をしろ、ラウラ」

ラウラ「……はい、教官」

キリコ(……知り合いか、何かか)

ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」


「……」
「……」
「……」


山田「……え、えっと……以上、ですか?」

ラウラ「以上だ」チラッ

キリコ「……」

ラウラ「……貴様が……」

キリコ「……?」

ラウラ「……」カツカツッ

キリコ「……」

ラウラ「……」




パシンッ



キリコ「!?」

箒「!?」

シャル「!」

セシリア「!?」

ラウラ「私は、認めん……お前のような人間が、教官の弟であるなど……」

キリコ「……」

ラウラ「認めんっ……」



強烈な挨拶と共に現れた転校生。
その小さな少女に自分と似たものを感じつつ、俺は何か得体の知れないものを感じていた。
見えないピアノ線が誰にも気付かれず張りめぐらされ、この学園が、何かに変わろうとしているのだ。
俺が知り得る、最もおぞましい、何かに。




――

ルスケ「……閣下、あのような事が……現実に起こるとは……」

ウォッカム「だが、あれが事実だ。キリコは、それを成し遂げた」

ルスケ「……未だに信じられません。よもやこれ程とは……」

ウォッカム「……弾道を、曲げる……か」

ルスケ「明らかに、発射後に弾が逸れています……キリコを避けているかのように」

ウォッカム「環境や物理法則を変える……デュノアも、解釈をつけるとすればこうだろう。
      偶然あった逃げ場に、偶然その目の前で捕まり、偶然相手の油断を誘い、そこから逃れた……。
      我々の精鋭があんなミスをするとは思えん、何らかの理由で、見落とすように出来ていたのだろう」

ルスケ「……ペールゼンファイルの言う通りでした」

ウォッカム「……」

ルスケ「……残りの一人。彼女にも、テストを……」

ウォッカム「それは追々やることだ。だが先に、一つの障害を取り除かねばなるまい」

ルスケ「……彼女を利用する、もう一つの目的ですか」

ウォッカム「そうだ。我々がこれから成す計画には、完全に人間を超えた兵士が必要なのだ。
      いくらキリコが死なないと言えど……精神が常人では、持たない」

ルスケ「……」

ウォッカム「一つ、彼のトラウマを除く手助けをしてやるのだ。そうすれば……ヤツは……」

ルスケ「生存能力、精神、共に最強の兵士になると……」

ウォッカム「如何にも……他の二名は、いじればどうにでもなる。単なる複製に過ぎんからな……。
      しかし、キリコ自身にそのような行為をしようものなら、我々が危ういからな……」

ルスケ「……」

ウォッカム「異能には異能を……ぶつけるよりあるまい……」

ルスケ「……はい」

ウォッカム「……順調だ。自分でも恐ろしい程にな……」

ルスケ「閣下の御力が……全てを手にする時も……」

ウォッカム「……近い……」



ウォッカム「異能の……遺伝子……因子達によって……」


――



ミッシングリンク。己のルーツを探すその果ての無い旅路は、自身の存在を明確に証明する。
過去から未来へ、生命の営みを肯定するその大河は、脈々と流れてゆく。
しかし、炎を使う者にとってその証明は、答えを持たぬ悪魔の証明に過ぎないのだ。
目に見えるものが全て。これだけが、自分を癒す答えでしかない。

次回、「遺伝子」

伝えてはならない、物もある。



――

今回はここまで。
まだ六話だったのに自分で驚いた。
まだ予定の半分も行ってないわ

「ふっふふーん……」カタカタッ

「ふぅ……」

「いやー……もうちょっとで完成だー」

「キリコちゃんの機体も、本当はもっと改造してあげたかったんだけどなー。
 まぁでも、このまま計画が上手く行けばすぐそれもできるし、いっか」

「あの銀色がキリコちゃんの本気出したデータ取ってくれるらしいし、カスタマイズはそこからかなー……」

「こっちの二機も、納得行く感じになったし……」

「……」

「あれから、もうちょっと経ったら十年かぁ……」

「あぁーあー。早くキリコちゃんに会いたいなー」

「ちーちゃんと、箒ちゃんにも会いたいなー」

「……」

「……赤が二つに、白が一つ、かぁ……」

「……ふっふふーん……」カタカタッ

――



   第七話
   「遺伝子」



――

キリコ「……」

箒「ここでこう来たら、ズバッとやってガキンと弾いて、ズバババンという感じだ!」

鈴「えぇ? わかんない? アンタ腕あっても知識無さ過ぎなのよ……いい? もっかい言うからね?」

セシリア「シールドエネルギーが少ない為に、回避に徹しないといけないと言えども、絶対に攻撃は当たってしまうものです。ですから……」

キリコ「……」

鈴「ちょっとー、聞いてんのー!?」

キリコ「……一つ、いいか」

箒「なんだ」

キリコ「同時に全く違う事を色々と言われて、理解できる人間がいるとお前達は思っているのか?」

箒「何を言っている、わかるはずだ! あっちのアリーナは使用禁止になって、こっちしか使えないんだから時間も短い! 一発で覚えろ!」

鈴「そうよ! ちゃんと聞きなさいよ!」

セシリア「もう一度ご説明して差し上げますわ!」

キリコ「……」

箒「だから、ここが……」

鈴「ここがこうで……」

セシリア「そこが、そうしたら……」

キリコ「……」


ISの機能も完全回復し、久しぶりの訓練に赴いた所、この有様だ。
どうして、こうもお節介を焼きたがるのかよくわからないが、完全に裏目に出ているのは確かだろう。
彼女達が何を言っているのか、全く理解できない。


シャル「あ、あはは……大変だね、キリコ」


キリコ「……シャルルか」

鈴「ん。あら、シャルルじゃない。それ、もしかして貴方の専用機?」

シャル「うん、そうだよ。やっと届いたんだー」

セシリア「言うまでも無く、デュノア社製ですわね」

シャル「一応カスタマイズしてあるから、かなり融通の利く機体になってるんだ」

箒「ほー……」

キリコ「……」

シャル「あ、そうだ。キリコ、今時間ある?」

キリコ「何だ」

シャル「ちょっとIS動かすのにスパン空いちゃったから、射撃訓練をしたいんだ。でも一人だと味気ないし、ちょっと勝負してみようよ」

キリコ「勝負?」

シャル「うん。まぁすごく簡単に言うと、射的だね。的を撃って、ポイントを競うの。どうかな?」

キリコ「……良いだろう」

箒「ちょ、ちょっと待てキリコ。まだ私の説明は終わってないぞ!」

セシリア「そうですわ!」

キリコ「今度、実戦形式で教えてくれ。動かさないと、俺にはわからりそうにない」

セシリア「じ、実戦……ですか……」

鈴「……はぁ、わかった、後で良いわよ。その代わり、その勝負見させてもらうからね」

セシリア「り、鈴さん!」

箒「おい鈴!」

鈴「良いじゃない良いじゃない。シャルルの為でもあるんだからさぁ」

箒「そ、そう言われると……」

セシリア「……仕方ありませんわね。シャルルさんも、機体の調整をしてみたいでしょうし。私達は拝見いたしましょう」

箒「……そうだな。たまにはそれも良いか」

シャル「な、なんかゴメンね……邪魔しちゃったみたいで……」

鈴「気にしなさんなって」

キリコ「……で、どうすれば良いんだ。シャルル」

シャル「あ、うん。えっと……たしか、これで操作して……よし、準備完了。
    カウントダウンが始まったら、ドンドン的が複数個同時とかで出てくるから、それをなるべく速く、正確に撃つんだ」

キリコ「……そうか」

シャル「じゃあ、どんな感じなのかっていう説明も含めて、僕が先攻やるね」

キリコ「あぁ」

鈴「フランス代表候補生の、お手並み拝見ねぇ……あ、二人はどっちが勝つのに賭ける?」

セシリア「キリコさんで、賭け事なんてしません」

鈴「えぇ!? アンタそれでもイギリス人なの!?」

セシリア「どういう意味ですの!?」

キリコ「……」

シャル「あの、えっと……や、やってもいいの、かな?」

キリコ「コイツらを一々気にしていたらキリがない。やれ」

シャル「う、うん……じゃあ、行くよ!」


ピピーッ

シャル「……」バンッ


パリーンッ
バンッ パリーンッ
バンッ パリーンッ


セシリア「精密でいて速い……中々の熟達者ですわ」

箒「あぁ……顔に見合わず、だな」


バンッ パリーンッ
ププーッ

シャル「ふぅ……ざっとこんな感じかな」

鈴「おぉー、中々高得点叩きだしたわね。やるじゃない」

箒「そ、そうなのか。それは凄いな」

セシリア「お見事でしたわ、シャルルさん」

シャル「い、いやー……なんか、照れちゃうな……」

キリコ「……次は、俺の番か」

シャル「うん。僕の得点に勝てるかな?」

キリコ「……頼む」

シャル「よーし、じゃあ……レディー……」

鈴「キリコ、ファイトー!」

箒「負けるんじゃないぞー!」

セシリア「頑張って下さい! キリコさん!」

シャル(直接戦ったら……またあの発作みたいなのが起きるかもしれない……)

シャル(間接的でもいいから、キリコの調査をしないと……)

キリコ「……」


ピピーッ

キリコ「……」バンッ


パリーンッ


キリコ「……」ババンッ


パリーンッ パリーンッ
バンッ バンッ
パリーンッ パリーンッ


シャル(なんて無駄の無い……それに、正確だ……)

セシリア「キリコさん! 凄いですわ!」

鈴「集中力乱すから静かに見なさい」

セシリア「はい」

箒「……」

キリコ「……」バンッ


パリーンッ
ププーッ

キリコ「……終わりか」

シャル「……」

キリコ「……シャルル、記録は」

シャル「……あっ、き、記録は、っと……う、うわぁ……せ、生徒記録のハイスコア出しちゃったよ……」

セシリア「さ、流石キリコさんですわ!」

鈴「はぁー……前戦った時確かに射撃上手いとは思ったけど、ここまでとはねぇ……」

箒「せ、凄絶、と言うべきだな……」

キリコ「……そんなに、凄いものか」

シャル「し、新記録だよ! そりゃ凄いに決まってるよ」

キリコ「……そうか」


「ほう……腕の無いただの能無しだとばかり思っていたが、中々できるヤツだったとはな……」

キリコ「……誰だ」

「……以前、貴様にも名乗ったはずだ」

シャル「……確か、ラウラさん、だったっけ。何か用かな?」

ラウラ「キリコ・キュービィー……貴様も専用機持ち、そして兵士ならば……私と勝負しろ」

キリコ「……」

シャル「人を馬鹿にしておいて、いきなり勝負を挑もうだなんて。礼儀がなって無さ過ぎると思うんだけど」

ラウラ「第二世代型しか乗りこなせない凡愚は、会話に入って来る資格も無いと思うがな」


セシリア「あれが……ドイツの第三世代型機……ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒの専用機……」

鈴「仰々しいわね……」


シャル「派手なの装備してるみたいだけど、未だに第三世代型の量産に踏み込めてないのは、見た目ばっかに気を取られてるから、
    量産にコストとかかかってできてないんじゃないの? なんか安定もしてなさそうだし」

ラウラ「……貴様、部外者の癖にほざくか」

シャル「うん、いくらでもほざいてあげるよ……」

キリコ「……」

ラウラ「……ふっ、まぁいい。貴様はどうでもいいのだ。キリコ、勝負を受けるのか、受けないのか」

シャル「言う事なんて、聞く事無いよキリコ。無視しちゃおう」

キリコ「……俺は、戦わない」

ラウラ「何故だ。怖気づいたか」

キリコ「……そういう事で、構わない」

ラウラ「……成程。あくまでも、私と戦う意思が無いと、言いたいのだな……」

キリコ「……そうだ」

ラウラ「そうか……そういう事ならば、仕方あるまい……」

キリコ「……」

ラウラ「ならば、無理やりにでも戦って貰うぞ!」ジャキンッ

キリコ「!?」

シャル「キリコ!」バッ

ラウラ「死ねっ!」ズキュゥウンッ

シャル「くっ……」ガキンッ


キュゥウウンッ……
ドカァアンッ


シャル「御挨拶はまだ済んでなかったみたいだね! ドイツ人は挨拶の最後に発砲するんだって、スッカリ忘れてたよ!」ジャキンッ

ラウラ「貴様……邪魔立てするか!」



『そこの生徒! 何をしている!』


ラウラ「……ちっ」

シャル「……」


『すぐに戻りなさい! それ以上は、罰則を科す!』


ラウラ「……運が良かったな、AT乗り。それと、そこの凡骨……」シュインッ

シャル「小悪党の捨てゼリフだね……さっさと帰りなよ。第三世代型所有でも、先生は怖いと見えるからね」

ラウラ「……ふんっ」スタスタ

シャル「……」

キリコ「……」

シャル「はぁ……なんとか帰ってくれたね……」ヘナヘナ

セシリア「キリコさん! シャルルさん!」

鈴「だ、大丈夫!?」

箒「怪我は無いか?」

シャル「う、うん……僕は大丈夫。キリコも無傷だよ」

キリコ「……」

箒「くそ、アイツッ……いきなり撃ってくるなんて……」

セシリア「全く、不作法にも程がありますわ!」

鈴「そうよ! 今度見たらコテンパンにしてやりましょう!」

キリコ「……」

シャル「あ、あはは……心強いね」

セシリア「本当に、どこにも御怪我はありませんか?」

キリコ「無事だ」

鈴「いやぁ、とっさに弾いたシャルルは凄かったね」

箒「な、なぁ……そういえば……」

鈴「何よ。何か気になる事でもあった?」

箒「……アイツ、なんでキリコがAT乗りだった事を知っていたんだ?」

鈴「あ、確かに」

セシリア「まだ転向した翌日ですのにね……」

キリコ「……」

シャル(まぁ、僕も入学する前から情報は聞いてるんだけどね……)

シャル「そ、そっか……キリコはAT乗りだったんだ……兵士だったって言うのは聞いてたけど、どうりで機械慣れしてるわけだ」

シャル(彼女も、何か諜報活動を兼ねてるかもしれない。気をつけないと)

キリコ「……まぁな」

セシリア「はぁ……せっかく皆さんで楽しく訓練をしていたというのに、散々ですわね」

箒「あぁ、全くだ」

鈴「じゃあ景気付けに、セシリアの料理をキリコにふるまってあげたら、イイトオモウナー」

箒「ばっ、やめっ……」

セシリア「まぁ! 良い考えですわね!」

キリコ「……シャルル、急いで食堂に行くぞ。腹に何も入らないようにするんだ」

シャル「あ、う、うん! そうだね! お腹空いたからついてくよ!」

セシリア「あっ、お待ちになって! この前の雪辱を! 晴らさせて下さいませ!」


アッ、キ、キリコ! ハヤイヨ! オイテカナイデ!
オマチニナッテー!

鈴「……あぁー、やっぱり面白いわー」

箒「……オモチャが増えて嬉しいか」

鈴「そりゃあもう。ねぇ?」

箒「……いつか、痛い目に会うぞ」

鈴「知ったこっちゃないわよ。さっ、あたし達はあたし達で、帰りますか」

箒「はぁ……そうだな」

鈴「それとも……箒はキリコの所に、行きたい?」

箒「う、うるさい」

鈴「もっと自分に素直になりなさいって。わかってんでしょ? キリコは、そういう感情を無碍にはしないって事」

箒「……」

鈴「アイツも、なんだかんだ言って、完全に拒否しないしさ。絡まれるのも嫌じゃないんだと思うよ、あたしは」

箒「そ、そうかな……」

鈴「……あー……それとも」

箒「……な、なんだ」

鈴「今度のトーナメントに向けて、あたしと訓練しちゃう?」

箒「はぁ?」

鈴「勝たなきゃいけない理由があるんでしょー。知ってるって言ったじゃない、この前」

箒「ぐっ……」

鈴「……アンタだって、今のキリコを追おうって決めたんなら、覚悟見せなさいよ」

箒「……」

鈴「……どうする」

箒「……頼む」

鈴「りょーかい。言っておくけど、友達だからって手は抜かないからね」

箒「当然だ」

鈴「そんでもって、あたしが優勝したらキリコは貰うからね」

箒「なっ、それはズルイぞ!」

鈴「何がズルイのよ。校内では、もうそういう風潮になってるし、便乗しちゃっても良いじゃない」

箒「ぐっ、この……」

鈴「それが嫌なら死ぬ気でかかってきなさーい」

箒「くっ……い、今からやるぞ! 訓練機を借りてくる!」ダッ

鈴「はーい。じゃあ待ってるからねー」

箒「ど、どこにも行くんじゃないぞ!」タタタッ

鈴「わかってるわよー」フリフリ

鈴「……」

鈴「はぁ……敵に塩送って、何やってんだか……」

鈴「……まっ、いっか。あたしも結果的に訓練できる訳だし」

鈴「よぉーし……やる気出てきた。トーナメントであのいけすかない黒いヤツもついでに倒して、優勝もしてキリコを掻っ攫ってやるわ!」


――

キリコ(……なんとか、まいたか)

キリコ(……)

シャル『キリコ! ぼ、僕が押さえておくから先に!』

キリコ「……」

キリコ(……仕方が無い、犠牲だった)


「教官! 何故です!」


キリコ「……ん?」

ラウラ「何故あのような輩が……この学園にいるのです!」

千冬「さぁな……私も詳しい事は知らん。強いて言うなら、ISを動かせるからここにいるのだろう」

ラウラ「ですが……ヤツがどの部隊に所属していたか、教官もわかっているはずです! 教官の、義理であれ弟であるというのに!」

千冬「……おい」

ラウラ「そもそも、教官が能力を半分も引き出せないような極東の教育機関にいる事自体、私は許せないのです!
    それに加えて……あんなっ……」

千冬「……私がどこで何をしようと私の勝手だ、図に乗るな。少し、黙れ」

ラウラ「っ……」

千冬「……一つ、聞く」

ラウラ「は、はい。何でしょうか」

千冬「……アイツが私の義理の弟、という情報は広まっているだろう。そこらの生徒にも周知の事実だ」

ラウラ「はい」

千冬「……だが、キリコの配属先を、何故……貴様が知っている……」

ラウラ「……そ、それは……」

千冬「……」

ラウラ「ここに来る前に、とある人物から聞いたのです」

千冬「……誰だ」

ラウラ「……わかりません……この学園に来る直前、突然私への連絡が入り、変声機越しの声がそう私に教えたのです」

千冬「……それを、安易に信じた、と」

ラウラ「……恥ずかしながら……ですが、教官の反応を見て、これは真実だと確信しました」

千冬「……」

ラウラ「……私は、あの男を許せません。例え、教官に何を言われようとも……」

千冬「……」

ラウラ「……失礼します」

千冬「……あぁ」


タタタッ


千冬「……」

キリコ「……」

千冬「……そこに隠れている男子」

キリコ「……全て、聞かせて貰った」ガサッ

千冬「盗み聞きか。良い趣味とは言えんな」

キリコ「……俺の過去を知っている時点で、お互い様だとは思うが」

千冬「……ヤツの事か」

キリコ「何故あいつが、俺に突っかかって来るのかはわかった」

千冬「……前に、各国同時のIS軍事演習でヤツに出会った。アイツは、能力の伸び悩みに直面していた。
   そこで、私が短い間だったが、徹底的に指導したんだ。それが原因かはあまりわからんが、アイツは能力を開花させた。
   それ以来、妙に懐かれてな。その時に、少しだけアイツに昔話をしたんだが……それが仇になったようだな」

キリコ「……そうか」

千冬「アイツは、良くも悪くも純粋な人間だ。許せんのだろうな、自分の事のように」

キリコ「……」

千冬「……私個人としては、この件については何も言わん」

キリコ「……そうか」

千冬「……だが、生徒を預かる人間として、一つ言っておく」

キリコ「何だ」

千冬「アイツには、気をつけておけ。アイツ自身だけではない。もっと、おぞましい何かに」

キリコ「……了解」

千冬「……もう行け、そろそろ夕食の時間だ。友人達が、待っているんじゃないのか」

キリコ「……」

千冬「……返事ぐらいしろ、問題児」

キリコ「……失礼、します」

千冬「……あぁ」

千冬「……」

千冬「……お前が、本当に自分があの部隊に染まっていないと言うのなら、証明してみせろ」

千冬「アイツを……」



――




ガチャッ


キリコ「……」


サァアアッ……


キリコ(シャルルは、シャワー室か)

キリコ「……」

キリコ(……銃の整備でも、しておくか)

キリコ「……」ボフッ

キリコ(ヤツが転校初日に俺を引っ叩いた理由はわかった。しかし、更に謎は増えた)

キリコ(……何故、ヤツは俺の過去を知っている)

キリコ(何者かが教えた、だと? 一体誰が俺の過去をばらして利益を得る……)

キリコ(……二度の襲撃を起こした人物と見て、間違いは無いだろうが……)

キリコ(ペールゼンか……または、別の……)



思考の堂々巡り。目印の存在しない樹海を歩かされるように、何度も何度も、同じ場所を行き来する。
交錯する謀略の中、身を守る術を持たぬ羊のように、俺は迷走していた。
俺の、何を試そうとしている。俺は、普通の人間だ。
何の変哲も無いメルキアAT部隊を経て、レッドショルダーという忌々しい部隊に入ったが……それだけだ。
俺に、何をさせたい。監視者達は、一体何を。

キリコ「……」

キリコ「……ん?」

キリコ(……整備用の布がない……)

キリコ(……洗面所の水道管にかけたまま、か)

キリコ「……」

キリコ(同じ男だ。遠慮をする事は無いか)

キリコ(仕方ない)スクッ


トントンッ

シャル「な、何?」

キリコ「入るぞ」ガチャッ

シャル「え、えぇっ!?」

キリコ「その辺に雑巾みたいな布……が……」

シャル「……」

キリコ「……」


サァアアッ……


そこに立っていた人物は、俺の知っている人間であって、全く違うものだった。
俺と共に襲撃を切り抜けた男に、無いはずのものがあった。


キリコ「……誰だ」カチッ

シャル「ひっ」

キリコ「貴様、シャルルじゃないな。誰だ、アイツを何処へやった」

シャル「ぼ、僕だよ! シャルルだよ!」

キリコ「アイツは男だ。お前は、どこからどう見ても女にしか見えない」

シャル「お、落ちついて! じゅ、銃は……向けないで……」

キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「……ドイツ人は」

シャル「え?」

キリコ「ドイツ人は、挨拶の最後に何をする」

シャル「え、し、知らないよ」

キリコ「やはり……」カチッ

シャル「ひっ……あっ……」

キリコ「……答えろ」

シャル「……あ、あれか! 発砲だって言ったはずだよ! うん! で、でも、あれは売り言葉に買い言葉みたいなもので……。
    ドイツの人はもっと気さくな人達だと思うよ! うん! ビール飲んでるし!」

キリコ「……どうやら、本物らしいな」スッ

シャル「……はぁ……良かった、信じて貰えて……」ヘナヘナ

キリコ「疑って、すまなかった」

シャル「も、もう……そういう銃は向けないでね……ちょっと、何か妙に怖くて……」

キリコ「……悪かった」


サァアアッ……


シャル「……」

キリコ「……」

シャル「……あっ(何か、忘れてると思ったら……)」

シャル(い、今僕……は、裸だ……)

シャル(か、体隠さないと!)バッ

キリコ「……そういえば、雑巾のような布を知らないか」

シャル「い、いや! 今の状況でそれを聞くの!?」

キリコ「……あぁ……そうか。後で来る」

シャル「え、あ、うん。そうしてもらえるとありがたいです」

キリコ「……」バタンッ


サァアアッ……


シャル「……」

シャル(う、うわぁああああ!)

シャル(キ、キリコに……見られちゃった……)

シャル(一番、ばれちゃいけない人に……)

シャル(……)

シャル(ど、どうしよう……)



……

キリコ「……」

シャル「あ、あがったよ、キリコ……」

キリコ「……あぁ」

シャル「……うん(よ、横になってくつろいでる……)」

キリコ「……」

シャル「……」ボフッ

キリコ「……」

シャル「あの、その……」

キリコ「……水でも飲むか」

シャル「え?」

キリコ「何か知らんが、あれだけ長く入っていたんだ。水分を、摂った方が良い」

シャル「あ、うん……そう、だね……」

キリコ「待っていろ」

シャル「……うん」

キリコ「……」キュッ コポコポッ

シャル「……」

キリコ「……」スッ

シャル「あ、ありがとう……」

キリコ「……」

シャル「ん……」ゴクゴク

キリコ「……」ゴクゴク

シャル「……ふぅ」

キリコ「……少しは、落ちついたか」

シャル「う、うん……ありがとう……」

キリコ「……」

シャル「……あの……」

キリコ「……聞く事は、わかっているだろう」

シャル「……うん」

キリコ「何故、性別を偽っていた」

シャル「……実家から、そう言われたんだ」

キリコ「……この星の、大企業だったか」

シャル「うん……僕の父親が、そこの社長でね。その人に、こうするようにって、言われたんだ」

キリコ「……」

シャル「……僕ね、キリコ……父の、本妻の子じゃ、ないんだ……」

キリコ「どういう意味だ」

シャル「元々は、別々に暮らしていたんだ。でも、二年前に引き取られた。お母さんが、亡くなった時……会社の人が、迎えに来たんだ」

キリコ「……」

シャル「それで、色々検査する過程でIS適性が高い事がわかって……非公式のテストパイロットなんかもしていたんだ。
    でも、父に会ったのは……たったの二回……話をした時間も、一時間に満たないと思う」

キリコ「……そうか」

シャル「その後……デュノア社の経営が芳しくなくなったんだ。経営危機……いつの間にか、そんな事態になっていた」

キリコ「それなりの、大企業と聞いたが」

シャル「そうだけど……結局、リバイヴは第二世代型なんだ。今世界の主流は、第三世代型の開発。
    でも、デュノア社の第三世代開発が、難航していてね……このままだと、IS研究権限を、剥奪されかねないんだ」

キリコ「……複雑だな」

シャル「あはは……そうだね……複雑だよ」

キリコ「だが、それとお前が男のフリをしているのと、何の関係があるんだ」

シャル「簡単だよ。僕は広告塔なんだ、注目を集める為の。キリコみたいな、男でISを操れるなんて希有な人、いないから。
    そういう人間を抱えてるって事にすれば、世間の目は自然と集まるから。それに……」

キリコ「それに?」

シャル「同じ男子なら、キリコに警戒されず、本人と機体のデータを調査できるって、踏んだからかな」

キリコ「……」

シャル「……つまり、僕は、スパイだったんだよ。君のデータを盗む為に送りこまれた、スパイ……」

キリコ「……」

シャル「自分で友達だなんだって言ってた癖に、笑っちゃうでしょ? 一番胡散臭い人間のこの僕がさ……」

キリコ「……」

シャル「友達って言った癖に……最低だ……」

キリコ「……」

シャル「はぁ……ごめんね、重い話しちゃって。でも、凄く楽になったよ。本当の事、話せて……」

キリコ「……」

シャル「聞いてくれて、ありがとう……それと、今まで嘘をついて、ゴメン……。
    こんな僕を、友達って言ってくれて、ありがとね」

キリコ「……そうか」

シャル「……」

キリコ「……」

シャル「あはは……もう、ここにもいられないな……このまま牢屋行きか、どうなる事か……」

キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「……それで……」

シャル「ん?」

キリコ「それで、良いのか」

シャル「え? どういう……」

キリコ「お前は、恩もさして感じていないような相手に人生を振りまわされて、それで良いのか」

シャル「……」

キリコ「他人に干渉されて、そのまま従うのか」

シャル「……だって、しょうがないよ……こうなったら、逃げ場なんて無いもん……」

キリコ「……本学園の生徒は、その在学中において、あらゆる国家、企業、団体に帰属しない。この学園の特記事項だ」

シャル「……そ、それって……」

キリコ「この学園にいれば、外からは誰も手だしは出来ない。言い換えればそうだ」

シャル「……」

キリコ「ここにいれば、少なくとも……三年か? 三年の間は、捕まる事も無い。俺も、お前が女だと言う事は他言しない。
    そうすれば、ここで静かに暮らせるはずだ。何かそのうちに、対策でも考えれば良い」

シャル「……」

キリコ「だから、ここにいろ。シャルル」

シャル「……キリコ……」

キリコ「……」

シャル「……ふふっ……特記事項なんて、50個くらいあるはずなのに、よく覚えてたね」

キリコ「……俺にとっても、重要な項目だったからな」

シャル「……そっか……そうだったね」

キリコ「……お前も、俺の過去を、知っているのか」

シャル「……うん、少しね」

キリコ「俺が、ここに来る前に配属されていた部隊も、か」

シャル「……うん」

キリコ「……そうか」

シャル「でも、僕は気にしてないよ。キリコは、仲間思いの良い人だって、わかってるから」

キリコ「……俺は、糞真面目なだけだ」

シャル「キリコにそういう自覚が無いだけだよ。皆、優しい人だって言ってるよ?」

キリコ「……そうか」

シャル「うん、絶対そうだよ。こうやって、僕を助けようとしてくれてる訳だし」

キリコ「……」

シャル「……ねぇ、キリコ?」

キリコ「何だ」

シャル「……庇ってくれて、ありがとう」

キリコ「……庇ったつもりは、無い」

シャル「……もう、こういう時くらい、もうちょっと柔らかい笑顔とか見せてくれても良いと思うんだけどなぁ……」

キリコ「……柄じゃ、無い」

シャル「でも、箒に対しては笑ってたよ?」

キリコ「そうだったか」

シャル「そうだよ」

キリコ「……そうか」

シャル「……」

キリコ「……」

シャル「そ、その……」

キリコ「まだ、何かあるのか」

シャル「えーっと……あのね? あ、あの時……その……」

キリコ「……」

シャル「……僕の、は、裸……見た?」

キリコ「……その事か。さぁな、よく覚えていない。それ以前に敵と認識していたからな」

シャル「そ、そう……」

キリコ「……それだけか」

シャル「い、いや……その……キリコだったから、別に見られても良かったような……ガッカリしたような……」

キリコ「ガッカリ?」

シャル「いや、何でもない! うん! い、今のセリフこそ、忘れて! ね!」

キリコ「……わかった」

シャル(あぁー……僕何言ってるんだぁー……恥ずかしい……)

キリコ「……」

シャル「……え、えぇっと……も、もしかして……本当はキリコ……見た――」


トントンッ


シャル「!?」

キリコ「……誰だ」



「キリコさーん! セシリアです! 夕食をまだとられていないようですが、お加減でも悪いのですか?」


シャル「あっ……ど、どど、どうしよう……今の格好見られたら女だってバレちゃうっ」

キリコ「ベッドでくるまっていろ……」

シャル「う、うん!」


「入ってもよろしいですかー?」


キリコ「あぁ、入れ」

セシリア「失礼致します」ガチャッ

キリコ「見ての通り、俺は何ともない」

セシリア「そうでしたか……お顔が見受けられなかったので、心配になって来てしまいました……」

キリコ「が、シャルルが少し体調を崩してな。今寝付かせた所だ」

セシリア「あ、あら……そうでしたの……」

キリコ「……お前の作った料理に当たったんじゃないのか」

セシリア「ち、違います! た、確かに……あれを食べた時のシャルルさんの様子は、あまり良いものではありませんでしたが……」

キリコ「まぁ、この所の疲れが溜まって、今頃表に出たのだろう。あんな事があったんだからな」

セシリア「……そうですわね」

キリコ「そっとしておいてやってくれ」

セシリア「わかりました……あ、あの……キリコさんは、今大丈夫ですか?」

キリコ「……俺は、別に大丈夫だが」

セシリア「そ、そうですか……あの、ご一緒に夕飯をいかがでしょうか……私も、偶然、とっていないので……」

キリコ「……」

セシリア「そ、それとも……シャルルさんの、看病のお手伝いをいたした方がよろしいでょうか……」

キリコ「いや、一人で寝る方が、コイツも落ちつけるだろう。俺も、飯に行こう」

セシリア「ほ、本当ですか?」

キリコ「あぁ……ついでに、コイツの分もとってきてやりたいしな」

セシリア「えぇ、そうしましょう。では、こちらに」ギュウッ

キリコ「……あまりそう引っ張るな」

セシリア「うふふ、殿方がレディをエスコートするのが当然ですのよ? これから先は、キリコさんがエスコートして下さいね?」

キリコ「……そういうものか」

セシリア「はいっ」

キリコ「そうか」

セシリア「では、行きましょう」

キリコ「……あぁ」


ガチャッ


シャル「……」

シャル「……あ、危なかった……」

シャル「……」

シャル(あんな風に……人に心から心配されたの……いつ以来だろう……)

シャル「……本当に、ありがとう……キリコ……」



――

箒「……何を、している……」

セシリア「あら箒さん、偶然ですわね。これから私達、一緒にっ、夕食ですのよ?」

箒「だ、だからと言って! 腕を組んで密着する理由がどこにある!」

セシリア「あら、殿方がレディをエスコートするのは当然の事ですわよ?」

キリコ「俺にそんなものを、求められても困るのだが」

箒「ほら見ろ。キリコが迷惑しているじゃないか」

セシリア「キリコさん? 地球では、これが普通なのです。郷に入っては郷に従え、ですわ」

キリコ「……そうか」

箒「納得するな! それなら、私だって行ってやる! さっきの特訓のせいで、今日の夕飯分では、物足りなくなってしまったからな!」

セシリア「あらあら、箒さん? 食べ過ぎは、体重を増加させますのよ? それに、必要以上の食事をとるのも、どうかと思いますし」

キリコ「コイツは、よく運動している。少し増やした所で、さして問題無いだろう」

箒「ふふっ、わかっているなキリコ。セシリアとは言う事が違う」

セシリア「ぐぬっ……で、ですが、先に約束をしたのは私ですのよ!?」

キリコ「箒なら、別に良いだろう。基本いつも一緒にいるからな」

箒「……そ、そうだ。元はと言えば、お前の方が後から知り合ったのだからな」

セシリア「くぬっ……キ、キリコさん。少し箒さんには優しくありませんこと?」

キリコ「……さぁな」

箒「よ、よし……では、行くか」ギュウッ

セシリア「まぁっ! 箒さん! 一体何をしていますの!」

箒「レ、レディをエスコートするのが普通なのだろう? だったらこれも普通のはずだ」

キリコ「……」

セシリア「キ、キリコさんが困ってらっしゃいますわ!」

箒「それはお前のせいだろうが」

セシリア「何ですって?」

箒「ふんっ……」

キリコ「……で、行くのか、行かないのか」

箒「勿論行くとも。さぁ、キリコ。エスコート頼むぞ」

セシリア「わ、私のエスコートをお願い致します! 箒さんではなく!」

箒「見苦しいぞ!」

セシリア「そっちこそ!」

キリコ「……静かにしないなら、どっちも離れろ」

箒「……」

セシリア「……」

キリコ「わかったか」

箒「す、すまん……」

セシリア「も、申し訳ありません……」

キリコ「……早いヤツならもう寝ている頃だ。あまり、声をあげるなよ」

箒「そ、そうだな。失念していた」

セシリア「私としたことが……申し訳ありません」

キリコ「……行くぞ。早くしないと、食堂が閉まる」

箒「そ、そうだな」

セシリア「えぇ、行きましょう」

キリコ(……結局、腕は離さないのか)


――

箒「すみません、定食はまだ残ってますか?」


「残ってるよー、ギリギリだけど。あと四人分くらいだね」


キリコ「……全部、貰っていいか。病人の分もある」


「あら、そうなの。じゃあ持ってきな」


キリコ「……すまない」


「良いのよ。アンタ、以外と仲間思いじゃない。見なおしたよ」


キリコ「……そうか」


「はい、定食ねぇ。バラバラだけど、好きなのとってきな」


箒「ありがとうございます」

セシリア「すみません、こんな遅くに」

キリコ「すまない」


「良いのよ。はい、とっとと食べな」


箒「はい……さて、今ならどこででも食べれるぞ」

セシリア「あの席に致しましょうか」

キリコ「……」コトッ

箒「ふぅ……さて、じゃあ食べるか」

セシリア「えぇ、そう致しましょう」

キリコ「……」モグモグ

箒「こらキリコ。いただきますくらい言えないのか」

キリコ「……いただき、ます……」

箒「よろしい」

キリコ「……もう、良いのか」

箒「あぁ、好きなだけ食べろ」

キリコ「わかった」モグモグ

箒「あぁこらキリコ、箸の持ち方はそうじゃない。中指は、えっと……」ギュッ

セシリア「あっ!」

箒「ほら、その形のまま使ってみろ。これでだいぶ安定するはずだ」

キリコ「……確かに」

箒「この前教えただろう? 全く……」

キリコ「……だいぶ、この食器にも慣れたな」

箒「ふふっ、そうかそうか」

キリコ「慣れれば案外、器用な事ができるものだ」

箒「あぁ、そうだな」

キリコ「……」カチャカチャッ

箒「……」

キリコ「……ぐっ」カチャカチャッ

箒「……魚、食べにくいか?」

キリコ「あ、あぁ……」

箒「どれ、貸してみろ」

キリコ「……」

箒「いいか、こうやって真ん中を箸ですっ、とやってな……」

セシリア「まぁ……綺麗に取れていきますわ」

箒「どうだ。これで食べられるだろう」

キリコ「……すまない」

箒「お安い御用だ」

キリコ「……」モグモグ

セシリア「……はっ(か、感心してる場合じゃありませんわ。今の一連の状況は明らかにおかしいですわ!)」

箒「ん、どうしたセシリア。進んでないぞ」

セシリア「……な、なんですの、今の……しれっとキリコさんの手を握ったり……」

キリコ「どうした。食べないのか」

箒「食べないのに来たのか?」

セシリア「い、いえ。何でもありません……い、いただきます……(機を逸してしまいました……)」

キリコ「……」モグモグ

箒「いやぁしかし、残っていて良かったな」

セシリア「(いえ、ここは前向きに攻めるのです)……えぇ。それに、こうして人の少ない、静かな場所で食べるのも中々良いものですね。
     特に、そういう雰囲気の似合う殿方と御一緒ですと、尚更……」

キリコ「……そう言えば、箒」

セシリア「……」

箒「ん、何だ?」

キリコ「特訓と言っていたが、誰と特訓していたんだ」

箒「あ、あぁ……それか。鈴と、ちょっとな」

セシリア「……り、鈴さんと特訓ですか。やはり、今度のトーナメントに向けて、ですのね」

箒「ま、まぁ……そう、だな。少しくらいは、か、勝ちたいしな……」

セシリア「はっ、白々しい。本当は優勝したいのでしょう? 優勝すれば……」

箒「ん゛んっ! ごほっ! ごほっ!」

セシリア「あぁ、あぁ。そんな露骨に反応しなくても……」サスサス

キリコ「……どうした」

箒「い、いや……ごほっ……なん、でもない……」

キリコ「……これを飲め」

箒「あ、あぁ、すまない……」ゴクゴク

セシリア「……もうよろしくて?」

箒「あぁ……もう良くなった……」

キリコ「……優勝、するのか」

箒「ん……ま、まぁ……やるからには優勝を目指す。難しくてもな」

セシリア「理由はともあれ、ですか?」

箒「……そうだ」

セシリア「では、私も、優勝を狙いますわ」

箒「き、貴様……やはり……」

セシリア「えぇ、勿論……狙いますわよ」

箒「……そうか」

セシリア「えぇ……」

箒「……」

セシリア「……」

キリコ「……早く食べろ。食堂の職員も、片付けがある」

箒「……ふっ、そうだな」

セシリア「えぇ……早く食べてしまいましょう」

キリコ「……」モグモグ

セシリア「……」モグッ

箒「……」モグモグ

キリコ「……そう言えば」

箒「何だ」

キリコ「校内で、妙な噂が流れているようだな」

セシリア「噂? も、もしかして、この前の事件が誰かに漏れていたとか……」

キリコ「いや。あのトーナメントで優勝すれば、俺が景品として貰えるとか何とか」

箒「なっ……し、知ってたのか!」

キリコ「あれだけ異様な視線を受けて、あれだけ大声で喋られれば、嫌でもわかる」

セシリア「お、おほほ……わ、私は、そんな邪な考えではありませんのよ? ただ単純に、優勝しようと……」

キリコ「……どうやら、お前があの時言った言葉が、曲解して回ったようだな」

箒「ば、馬鹿! 言うなっ……」

セシリア「な、なんですの! やはり、箒さんが絡んでいたのですね!」

箒「ち、違う! 私は何も言っていない!」

キリコ「……安心しろ。俺は、誰の物にもなる気は無い」

箒「へっ?」

セシリア「はい?」

キリコ「俺は、品物じゃない。俺が負けたとしても、突っぱねればそれで済む」

箒「そ、そう、だよな……」

セシリア「ま、まぁ……当然、ですわよね……」

キリコ「……」モグモグ

箒「……」

セシリア「……」

箒・セシリア「「はぁ……」」

キリコ「……それに、箒」

箒「?」

キリコ「お前以外の人間と、約束した覚えは無い。俺は、お前との約束だけを守ればいい」

箒「……キリコ……」

キリコ「……それだけだ」

セシリア「はい? な、なんですの?」

キリコ「……」モグモグ

箒「そ、そうか……そうだよな! あぁ! 勿論約束は守って貰うとも!」

セシリア「な、何の話ですの!」

箒「さぁセシリア! ご飯を早く食べようじゃないか! なぁ!」

セシリア「な、何をそんなご機嫌になってますの! なんですのこれは!」

キリコ「……」モグモグ

箒「よし、大会の為にも食べねば!」モグモグ

セシリア「……も、もう! 少しくらい話してくれても良いじゃありませんか!」

キリコ「早く食べろ。冷めるぞ」

セシリア「くっ……もう!」

キリコ「……こいつは、何を怒っているんだ」

箒「さぁな。まっ、ほっとけ」

セシリア「ぐぬぬっ……お、覚えてらっしゃい箒さん!」モグモグ

箒「おぉおぉ、食え食え。体力でもせいぜいつけていろ」

セシリア「きぃいっ……」

キリコ「……元気だな」

箒「ふふっ……」モグモグ

キリコ「……」



……

セシリア「……では私はこちらですので、これにて……」

キリコ「あぁ」

箒「またな、セシリア」

セシリア「はい、また明日……箒さん、もうキリコさんに妙な事をしないように!」

箒「だ、誰がするか!」

セシリア「それでは、お休みなさいキリコさん」

キリコ「……またな」

箒「全く……」

キリコ「……」

箒「……さて、私も途中までだが行くか。早くしないと、シャルルの分が冷めてしまうぞ」

キリコ「そうだな」

箒「……」

キリコ「……」

箒「な、なぁ、キリコ」

キリコ「……何だ」

箒「その……この前は、悪かったな」

キリコ「……この前?」

箒「いや……この間のお前が回復した時に、その……手を振り払っただろ?」

キリコ「……そうだったか」

箒「そうだ。その、すまなかったな……突然の事で、驚いたのもあったんだ……」

キリコ「……そうか」

箒「……それに、その……逃げるように外に出てしまったし……」

キリコ「……」

箒「……絶対に、振り解いてはいけないものなのに……よくわからないが、怖くなって……」

キリコ「……」

箒「……本当に、すまなかった」

キリコ「……何を、そこまで謝る必要があるんだ」

箒「いや、その……ただ、どうしても謝らなければと、思って……」

キリコ「……そうか」

箒「あぁ……」

キリコ「……」

箒「……わ、私はっ……」

キリコ「箒」

箒「……キリコ?」

キリコ「……俺は、気にしていない。そこまで気に病むこともない」

箒「い、いやしかし……」

キリコ「……謝らなくても、いい」

箒「……」

キリコ「……わかったか」

箒「……わかった」

キリコ「それで、いい」

箒「……」

キリコ「……」

箒「……な、なぁ、キリコ」

キリコ「何だ」

箒「い、今なら、別に……手を繋いでも、良いぞ?」

キリコ「……このトレイはどうする」

箒「あ、いやすまん……い、今のは無しだ、無し……」

キリコ「……さっきは腕組みもしたから、いいだろう」

箒「あ、あれは、その……何と言うか……弾みで……それに、その時はセシリアもいたじゃないかっ」

キリコ「……そうだったな」

箒「……」

キリコ「……」

箒「じゃ、じゃあ……」

キリコ「……」

箒「こ、今度……手を、繋いでもいいか?」

キリコ「今度?」

箒「あ、あぁと……トーナメントが終わって、忙しくなくなった後で良い。そ、その時に……二人だけで外出してくれないか。
  そ、その時に……ずっと……手を、だな……」

キリコ「……やけに、真っすぐに言うな」

箒「つ、ついこの間……お前に……こ、ここ、告白をっ、したばかりだろ……私がお前をどう思ってるのか、知ってるはずだ」

キリコ「……そうだったな」

箒「……なぁ」

キリコ「何だ」

箒「……お、お前は、どうなんだ?」

キリコ「……俺か」

箒「……」

キリコ「……俺は……」

箒「っ……い、いや、やはりいい。それを聞いたら、今度のトーナメントの意味が無くなる」

キリコ「……そうか」

箒(はぁ……情けない。周りの連中を見ていて、私の腕と、キリコの私に対する気持ち、その両方が不安だと思うだなんて……)

箒「……」

キリコ「……おい」

箒「な、なんだ?」

キリコ「もう、俺の部屋だ」

箒「も、もう着いていたのか。すまん、呆けていた」

キリコ「……大丈夫か」

箒「へ、平気だ。問題無い」

キリコ「……そうか」


箒「……ん、そう言えば」

キリコ「どうした」

箒「その定食、シャルルには食べづらいんじゃないか? ほら、焼き魚だろ」

キリコ「……確かに」

箒「わ、私が手伝ってやろうか?」

キリコ「何?」

箒「い、いや。お前の箸裁きを見ていて不安だったから……」

キリコ「……そうか、そうして貰えるなら助かる」

箒「そ、そうか。なら私も行こう」

キリコ「……シャルル、いるか」

箒「ん? 鍵を忘れたのか」

キリコ「……そんなところだ」



「う、うんいるよ! どうしたの!」


キリコ「飯を持ってきた。箒も一緒だ。だから、先に着替えろ」


「……あっ、そ、そうだね! ちょっと待ってて!」


箒「シャルルの容体はどんな感じだ?」

キリコ「単なる疲労だ。もう大丈夫だろう」

箒「そうか……まぁ、色々あったからな」

キリコ「……あぁ」


ガチャッ


シャル「ゴメン、遅くなって。入っていいよ」

箒「邪魔する……部屋の様子は、さして変わってないみたいだな」

シャル「あ、あぁうん。あんまり荷物無かったから。そういえば、箒が前の同居人だったんだっけ」

箒「まぁな」

キリコ「……シャルル、定食だ」

シャル「わぁ、ありがとうキリコ……あ、あれ……もしかしてこれって……」

キリコ「あぁ、箸を使って食べるものだ」

シャル「う、うぇえ……」

キリコ「嫌いか」

シャル「ち、違うよ! け、けど……箸が苦手というか……」

箒「ふふふっ、安心しろシャルル。その為に私が来たのだ」

シャル「箒……そっか、箒は日本人だもんね」

箒「あぁ。これくらい任せておけ」

シャル「あはは、頼もしいな」

箒「えっと……よし……」スッ

シャル「へぇ……そうやるんだぁ……」

箒「シャルルは箸の練習をしてるのか?」

シャル「え? あぁ、うん。ここは日本な訳だし、慣れなきゃなぁって思ってやってるけど、難しくって」

箒「ははっ、まぁ難しいだろうなぁ。日本人でも間違えてるのがいるくらいだ」

シャル「へぇ、そうなんだ」

箒「キリコのも見てやってるんだが、アイツは呑み込みが早いな。もう大概はできるようになった」

シャル「よし、じゃあ僕もキリコに負けないようにしないとね」

箒「……あれ、キリコは?」

シャル「……あれ、いない」


サァアアッ……


シャル「……シャ、シャワーか(女子が二人もいるのにお構いなしなのは、さすがって感じだね……)」

箒「そう言えば、キリコがいつもシャワーを浴びる時間だったな」

シャル「へぇー……キリコの事、本当によく知ってるね」

箒「と、当然だ。この学校では私が一番付き合いが長いのだからな」

シャル「鈴もそんな話をしてたような気がするけど」

箒「あ、アイツはまた別だ」

シャル「そっか。でも、いいなぁ……幼馴染ってヤツでしょ?」

箒「……あぁ、そうだな」

シャル「そういう、気を許せる人がいるっていうのは羨ましいな」

箒「そ、そう、かな」

シャル「ねぇ、昔のキリコってどんな感じの子だったの? やっぱり、今みたいに無口?」

箒「ま、まぁそうだな……だが、今よりはもっと喋っていたし……笑ったりもした……」

シャル「……そっか」

箒「……」

シャル「キリコが子どもの頃かぁ……全然想像できないや」

箒「……すまん、シャルル」

シャル「何?」

箒「さっき言ったのは嘘だ」

シャル「嘘?」

箒「一番付き合いが長いと言ったが、実際は……キリコにとっては、鈴の方が長いだろう。キリコは、私との思い出を持っていないんだ」

シャル「……どういう事?」

箒「……」

シャル「……何か、大変な事があって……キリコは忘れちゃったって事?」

箒「……そんな所だ」

シャル「……そっか……それは、辛い事だね……」

箒「……何だろうな……辛いというより、虚しいよ。もう会えないと思っていたのに、また会えて……でも、私との思い出は無くて。
  しかも、それを思い出させようとすると……拒まれて……」

シャル「……」

箒「……すまん、こんな話をしたら飯がまずくなるな。ほら、もう身は取れたから、食べていいぞ」

シャル「……うん、ありがとう箒」

箒「お安い御用だ」

シャル「……うん、おいしいよ。お腹空きっぱなしで、もう少しでお腹が背中にくっついちゃう所だったんだ」

箒「そ、そうか。ちょっと長居し過ぎてしまってな……もっと早く来ればよかったな、すまん」

シャル「謝らなくていいよ。わざわざ持って来てくれたんだもん。こっちが謝らないといけないくらい」

箒「そ、そうか……」

シャル「うん。だから気にしないで」

箒「……」

シャル「あっさりした味で、おいしいね」モグモグ

箒「……お前は」

シャル「ん?」

箒「お前は、良いヤツだな」

シャル「へ?」

箒「なぁ、シャルル。お前に頼みがある」ガシッ

シャル「な、なにっ?」

箒「キリコの事を、大事にしてやってくれ。お前は気も利くし、人との距離のとり方も不器用な私より遥かに上手いし、アイツもきっと気楽に付き合えるはずだ。
  それに、お前はISの腕もある。アイツの友人として、良い好敵手として、アイツに接してやってくれ」

シャル「ほ、箒……」

箒「突然だし、訳のわからない事を言ってるのは自分でもわかっている。だが、聞いて欲しい」

シャル「……」

箒「今のキリコも十分良いヤツだ……だが、やはり私は、昔のようにもっと笑うキリコが見たい。
  だから、その為にも……シャルル、お前に……キリコにとって良い友人であって欲しいんだ」

シャル「……」

箒「勝手な言い分かもしれない……だが、お前にしか頼めないんだ……」

シャル「……」

箒「……」

シャル「……わかった。頑張ってみる」

箒「……本当か!」

シャル「うん、本当だよ」

箒「……あぁ、ありがとうシャルル」

シャル「あはは。それに、頼まれなくても僕はキリコと仲良くなりたいと思ってるから、心配いらないよ。
    この調子で友達増やして、キリコの笑う姿をもっと拝みたいし。ね?」

箒「……シャルル……」

シャル「ふふんっ、僕に惚れちゃっても良いんだよ?」

箒「な、何を言ってるんだっ」

シャル「あははっ、冗談だよ。箒は、キリコにゾッコン? だもんね」

箒「なっ……も、もうちょっと表現のしようがあるだろう……」

シャル「だって、これ以外に良い表現が見つからなかったんだもん。恋に真っすぐ、そんな感じだ」

箒「くっ……さすがフランス人か……」

シャル「あ、あんまり関係ないかなぁ……」

箒「……あ、あまりキリコとか、他人とかには言わないでくれよ?」

シャル「わかってるわかってる。僕も僕なりに、応援するからさ」

箒「……すまん」

シャル「さて、じゃあこの話はお終い。キリコもそろそろお風呂から出るだろうし」

箒「そ、そうだな」

シャル「……頑張ってね、箒。臆病にならないで、真っすぐ行くんだ」

箒「……あぁっ」

シャル「ふふっ……あ、そう言えば、そろそろタッグトーナメントのタッグ希望を聞かれるらしいね。箒はどうするの?」

箒「あ、あぁ……そう言えばそうだな……」

シャル「僕は一応キリコに頼むつもりだけどね」

箒「ま、まぁそれが妥当だろうな。二人のあの射撃技術なら、怖いもの無しだろう」

シャル「まぁ、キリコ一人でも千人力あるだろうし、僕はお荷物にならないように頑張るよ」

箒「そんなことないさ、あれだけの腕があるんだ」

シャル「あはは、ありがとう」

箒(しかし……そうか、タッグの相手か……すっかり失念していた)

箒(セシリアや鈴には……頼めないしな。万一優勝したら喧嘩になる)

箒(……あ、案外問題だな、これは……)


ガチャッ

キリコ「……食べ終わったか」

シャル「あ、キリコ。あがったんだ。もうちょっとで食べ終わるよ」

キリコ「そうか。食べ終わったら俺が片付けに行く」

シャル「えぇ? それは悪いよ。片付けぐらいは僕が行くよ」

キリコ「……お前は、疲れているんだ。だから、俺が行く」

シャル「……そ、そうだったね……じゃ、じゃあお願いするよ」

箒「もう自分で平気だと思った所が一番危ないからな。私達に任せておけ」

シャル「う、うん」

キリコ「……別にお前まで来る必要は無いが」

箒「い、良いだろう別に……そ、それに……」

キリコ「何か、ついでの用事でもあるのか」

箒「お、お前と……話す時間ができるし……」モジモジ

キリコ「……」

シャル(ふふっ……早速頑張ってるね、箒)

キリコ「……そうか。なら、ついて来ると良い」

箒「ほ、本当か?」

キリコ「……あぁ……妙な話を、しないならな」

箒「……そ、そうか」

シャル「……ふぅ、ごちそうさま。おいしかったぁ」

キリコ「……食べ終わったか。なら、これは下げるぞ」

シャル「うん、ごめんね手間かけさせちゃって」

キリコ「気にするな、もう寝ていろ」

シャル「うん、そうするよ」

箒「早く本調子に戻ると良いな」

シャル「うん。じゃあお先にお休み、二人とも」

キリコ「……あぁ」

箒「お休み、シャルル」


ガチャッ バタンッ

シャル「……」

シャル(人を騙したり、妙な発作を持ってる人間に好きになられるよりは……こっちの方が断然良いよね……)

シャル(はぁ……好きになったばっかりなのに、もう遮られちゃったか……)

シャル「……」

シャル「……お休み……箒、キリコ」



……

キリコ「……今日も、旨かった」


「はーい、いつもありがとねー」


キリコ「……帰るか」

箒「そ、そうだな」

キリコ「……別に、ここまでついて来る事は無かったんだが、本当に大丈夫なのか」

箒「い、いや。さっきも言ったように、私はこうしていたいから、ついて来ているだけだ」

キリコ「……そうか」

箒「あ、あぁ……」

キリコ「……」

箒(はぁ……いや、いつもキリコは意識しているんだろうが……こう、明確に言われた後だと……落ちつかないな……)

キリコ「……箒」

箒「……」

キリコ「おい」

箒「な、なんだ」

キリコ「……上の空、と言った感じだったが、何かあったのか」

箒「……いや、大した事じゃないんだ。気にしなくていい」

キリコ「そうか」

箒「……」

箒(いや、違う……臆病になってどうする……さっきシャルルに言われたばかりだろうが)

箒(キリコとこうして会えた、しかしそれだけに甘んじていては先には進まない……)

箒(……私には、もう一緒にいれる、家族なんて呼べるものはいない)

箒(あの炎に、消えていった……)

箒(……キリコまでそうなりかけた……)

箒(……もうそんな事にならないように、あの時私はキリコに思いの丈を打ち明けたはずだ)

箒(キリコだって、絡まれるのが嫌いじゃないらしいし、そもそも私がへたれてはいかん)

箒(……今更、何を恐れる事がある。貪欲になれ、篠ノ之箒!)

箒「……な、なぁキリコ」

キリコ「……何だ」

箒「……さっき、な? 今度、手を握ってくれとか、言っただろう?」

キリコ「……そうだな」

箒「……い、今じゃ、ダメか?」

キリコ「……」

箒「い、いや……今なら人も外にそうそう出ないだろうし、夜だから雰囲気もあ……いや何を言ってるんだ私は……」

キリコ「……」

箒「す、すまん……帰って寝た方が良いなこれは」

キリコ「……」スッ

箒「ん……な、なんだ、その手は」

キリコ「……お前が、言ったんだろう」

箒「……」

キリコ「……」

箒「つ、つまりこれは……そ、そういう意味か?」

キリコ「あぁ」

箒「……そ、そうか……ほ、本当に、良いんだな?」

キリコ「……何を躊躇っているのかわからんが」

箒(い、いいのか? これは……い、いいんだな?)

箒「……わ、わかった」

キリコ「……」

箒「……え、えいっ」ギュッ

キリコ「……」

箒「……う、うぅ……」

キリコ「……何を、固まっているんだ」

箒「う、うるさい! 何でもない!」

キリコ「……行くぞ」グイッ

箒「……お、おっと」

キリコ「これで、いいのか――っ!」




「手をはなすな」
「で、でも、お父さんが……お母さんが……あの中に!」
「俺は、お前を助けるように言われた……だから、手をはなさない。今は、俺がいっしょにいる。だから、ついて来い」
「……わかった」
「……はなすなよ」グイッ
「うん……」


キリコ「――っ」グラッ

箒「ど、どうした?」

キリコ「はぁ、はぁ……」

箒「だ、大丈夫か。どうしたんだ急に」

キリコ「い、いや……何でも、ない……」

キリコ(何だ、今のは……コイツの手を、引っ張った途端に……)

箒「……キリコ?」

キリコ「……大丈夫だ」

箒「……お前も、シャルル同様に疲れが溜まってるんじゃないか? 早く寝た方が良い」

キリコ「……そうだな」

キリコ(……これは、確実にあの時の記憶の断片だ……)

キリコ(……サンサ……)

箒「ほら、早く部屋に戻ろう。なんなら、肩も貸すぞ」

キリコ「……」

箒「おい、本当に大丈夫か?」

キリコ「……いや、このまま手を引いてくれれば良い」

箒「そ、そうか。じゃあ、行こう」

キリコ「……あぁ」

箒「ま、全く。兵士たる者、自分の体調管理くらいできなくてどうする。無理なら無理、そう判断せねばならぬ時もあるというのに」

キリコ「……すまん」

箒「はぁ……まぁ、お前も人間だ。不調の時ぐらい、頼る事を覚えろ。お前は、一人じゃないんだ」

キリコ「……」

箒「わかったな?」

キリコ「……あぁ」

箒「よろしい(よ、よし。なんとかいつも通りに戻ったぞ。このままふつーに、ふつーにいけば良い……緊張する事は無い)」

キリコ「……」スタスタ

箒「……」スタスタ

箒(う、うぅ……今更だが、こう実際にやってみると……やはり恥ずかしい……)

キリコ「……」

箒(あぁーっ……こういう時はどうすればいいんだ……何かシャルルに聞いてくれば良かった……)

キリコ「……」

箒(キリコは喋らないし、沈黙が気まずいし……)

キリコ「……」

箒(それに……い、今思うとこれ凄い状況だな……好きだと知られてる人間と、手を繋ぐというのは……。
  い、いや落ちつけ。こういう心理状態の時こそ一番ヘマをしやすいんだ)

キリコ「……」

箒「にゃ、にゃあキリコ」

キリコ「……何の鳴き声の真似だ?」

箒「ち、違うっ……か、噛んだだけだ」

キリコ「……そうか」

箒「そ、それでな、キリコ。い、今こうして手を繋いでる訳だが……」

キリコ「あぁ……」

箒「こ、これはあれだ、その……こ、今度外出する時の予行も兼ねているからな。適当にやるなよ」

キリコ「……あぁ」

箒「……え、えっと……」

キリコ「……」

箒「……な、なぁ」

キリコ「何だ」

箒「その……さっきは、その……セシリアとも腕組んだだろ?」

キリコ「……あぁ」

箒「その……そ、そういうのは、良くないと思うんだ」

キリコ「何故」

箒「い、いやぁ……私はこうやって約束という手順を踏んでいるからいいが……その、若い男女がそう易々と体を密着させるのは、
  良くないと思うんだ(な、何を言い始めているんだ私は……)」

キリコ「そういうものか」

箒「そうだ。そ、それに、お前は私の告白を受けている最中なんだ。よって、他の女に現を抜かすのも褒められたものじゃない」

キリコ「そうか」

箒「だ、だから、その……私との約束がちゃんと完了するまで、そういう事は控えろ」

キリコ「……そうか」

箒「そ、その間……お前の手を引いて良いのは私だけだ。良いな」

キリコ「……」

箒「き、聞こえてるか?」

キリコ「……わかった」

箒「よ、よし、それでいい(ど、どさくさにまぎれてトンデモない約束をしてしまった……)」

キリコ「……それで、お前が満足するなら、それでいい」

箒「……あぁ。大満足だ」

キリコ「……そうか」

箒(や、やった……暴走気味の会話だったが、なんだか良い約束を取り付けられたぞ……こ、これで少しは鈴やセシリアに……)

キリコ「……箒」

箒「……」

キリコ「……聞こえてるのか」

箒「な、なんだ」

キリコ「もう俺の部屋だ」

箒「あ、もう着いたのか」

キリコ「さっきも俺の部屋の前に着くと呆けていたが、やはり何かあったのか」

箒「い、いや違うんだ。少し考え事をしていて……」

キリコ「……そうか」

箒「……じゃ、じゃあ、今日はここまでだな」

キリコ「あぁ」

箒「少しは自分の体も労るんだぞ。良いな?」

キリコ「わかった」

箒「……よ、よし。それじゃあ、また明日な」

キリコ「……あぁ」

箒「お休み、キリコ」

キリコ「あぁ」

箒「や、約束は、守るんだぞ!」

キリコ「……お前もな」

箒「わ、わかっている! は、早く寝ろ!」

キリコ「……じゃあな」

箒「あ、あぁ……」


ガチャッ バタンッ


箒「……」

箒「はぁ……まだ心臓がドキドキ言ってる……」

箒(……)

箒(よし、よしよし、よしっ!)

箒(やればできるじゃないか篠ノ之箒!)

箒(やったぞ、やってやった! 私はやったぞ!)

箒(やった……)

箒(……)

箒「はぁ……」

箒「もう、寝るか……何だか、気張りすぎたようだ」



……



ガチャッ


キリコ「……」

シャル「あ、おかえりキリコ」

キリコ「……あぁ」

シャル「ねぇねぇ、どうだった?」

キリコ「……」

シャル「……あれ、キリコ?」

キリコ「……」ボフッ

シャル「どうかしたの?」

キリコ「……いや」

シャル「そ、そう? なら良いんだけど……」

キリコ「……俺は、もう寝る」

シャル「わ、わかった。おやすみ、キリコ」

キリコ「……あぁ」

シャル(な、何か仕出かしちゃったのかな、箒……)

キリコ「……」




地獄の景色が、俺が受け入れようとしていたこの甘い時間の中に、サブリミナルとなって現れる。
業火、人、あの兵器、逃がし方、あの手……記憶の断片が不気味なノイズを伴い、飽和した耳鳴りのように響く。
しかし、以前のような苦しみは薄れつつあった。
理由は、わからない。ただ漠然と、俺は箒の事を思い出していた。

彼女は、俺の何なのか。俺の思い出したくない過去を知り、そして俺に好意を正面から見せる彼女は。
彼女を無意識に突き放す事ができないでいたのは、過去に何かあったからなのか。
彼女を知れば、俺はあの苦しみの過去から解き放たれるのか。

いくら考えても、知らない事について答えが出るはずはない。
問いに見合う答えすら、無いのかもしれない。

深い思考と共に、俺は眠りについた。
この甘く、温い、地獄の中で。




――

ラウラ「……」

ラウラ(憎い……)

ラウラ(憎い、憎い)

ラウラ(あの戦争の犬が……憎い……)

ラウラ(教官の家族でありながら、悪魔に魂を売り、レッドショルダーとなったヤツが……)

ラウラ(夜風に当たっても……この感情は冷える事はを知らない)

ラウラ(教官に仇なす、あの男……キリコ・キュービィー……)

ラウラ(汚点だ。一点の曇り無き教官の、唯一の汚点。それが、ヤツだ)

ラウラ(……私の存在意義が、教官に会えてから得られたものだとするならば、私はやらねばならない)

ラウラ(ヤツを……)

ラウラ「ヤツを、殺す……キリコ・キュービィー……」




――

我が生は、異者の血で洗礼された。
救いを求め神を崇めるならば容易い。況してや、異端者を屠る事すら忌憚しない。
我が身をして剣となり、その敵を穿てるならば、空を切り裂く十字の下で殉じよう。
この身に流れる血すら、神に愛されてはならぬものなのだから。

次回、「殉教」

しかし、死ぬ事すら、神が与える権利だとしたら。



――

はい、今日はこの辺で
なんか話数進むたびに一話ずつの物理的容量増えてる……
次スレ確定とは思わなんだ……

シャル「……」

キリコ「……」スースー

シャル「はぁ……」

シャル(だから、ここにいろ……かぁ……)

シャル(キリコにそういう気が無いのは知ってるけど、一歩間違えれば告白みたいなものなんだけどなぁ……)

シャル(……うーん、やっぱり……相手が悪いかなぁ……幼馴染だし、もう吹っ切れちゃってるみたいだし……)

シャル(……ううん。僕はもう、応援するって決めたんだから。未練がましくしてちゃダメだ)

シャル(二人の事応援して、戦争で傷付いたキリコを癒してあげないと)

シャル(きっとキリコを癒すその役目は、箒にしかできないんだから……)

シャル「……」

キリコ「……」スースー

シャル(はぁ……この寝顔も箒が独占かぁ……)

シャル(なんだか惜しい――)


ドクンッ


シャル「……」

キリコ「……」スースー

シャル「……」ドクンドクンッ

シャル(……おかしいな……)

シャル(この前から発作は来てなかったはずなのに、また妙な感じがする……ただ、キリコを眺めてただけなのに……)

シャル(箒にあんなアドバイスした後で、この発作が来るなんて……)

シャル(……キリコが、あんな事言ってくれた後に、この発作が……)

シャル(……)

シャル(つ、衝立をしておこう……そうすれば、キリコを直視しないで済む。きっと、発作も無くなる)

シャル「……」スッ

シャル(音を、たてないように……)

シャル「……」ピクッ

シャル(あ、あれ……これは……)

シャル(は、鋏か……あはは……ど、どうしてこんな所に置いてあったんだっけ……)

シャル(……鋏、か……)

シャル「……」パシッ

シャル(……ど、どこかにしまっておこうね……誰かを、刺したりしないように)

シャル(……)

キリコ「……」スースー

シャル「……」



カサカサッ


シャル「っ!」


ザシュッ


シャル「はぁっ、はぁっ……」

キリコ「!?」カチャッ

シャル「はぁ、はぁ……」

キリコ「……何を、している」

シャル「……」

キリコ「……」

シャル「虫が……」

キリコ「……」

シャル「虫が、出たから……鋏で、刺したんだ」


パチッ ブゥーンッ……


キリコ「……どうやら、本当のようだな」

シャル「……うん。悪い虫だったら危ないから、ね……」

キリコ「……」

シャル「……」

キリコ「……早く、寝ろ」

シャル「う、うん……わかった。あ、それと……きょ、今日から、衝立立てても良いかな? す、少し、恥ずかしい、なんて……」

キリコ「……構わない」

シャル「あ、ありがとう……」ガララッ

キリコ「……」

シャル「お、おやすみっ。キリコ」

キリコ「……あぁ」

シャル「……」

シャル(……マズイな、これは……)

シャル「……」



――


   第八話
   「殉教」


――

箒「……」スタスタ

キリコ「……」スタスタ

箒(この沈黙も慣れてきたか……)

箒(キリコは元来寡黙だが、私に向けるこの沈黙は……やはり少し他とは違うような気がする)

箒(他の者と歩いてる時は、なんかこう歩調が早いが……今は、私に合わせてゆっくりと歩いてくれている)

箒(……私の、こじつけかも知れないが……あまり、気を遣わなくても良い相手、くらいには認識してくれてはいるはずだ)

箒(……最初は、つけ放されそうなくらいだったが……ちゃんと、関係は修復できている)

箒(欲を言うなら……あの、記憶を……)

箒「……ふぅわ~……」

箒(い、いかん……ここ最近、鈴と訓練したり、キリコの弁当を作ったり、他にも色々して寝不足だな……)

キリコ「……箒」

箒「な、なんだ?」

キリコ「今日は、弁当は持って来ているのか」

箒「べ、弁当か……ちゃんと持って来ているぞ」

キリコ「……そうか」

箒「あぁ。きょ、今日のは、少し自信があるんだ。ちゃんと昨日の夜から下準備をしてるからな」

キリコ「……そうか」

箒「あぁ」

キリコ「……箒」

箒「なんだ」

キリコ「……別に、俺の分まで作らなくてもいい」

箒「……え? そ、それは、どういう……」

キリコ「……」

箒「も、もしかして、おいしくなかったか? それとも単に迷惑だったとか……」

キリコ「そうじゃない」

箒「じゃ、じゃあ何だ?」

キリコ「……ここ最近のお前は、少し時間が無さそうに見える。トーナメントに向けての訓練もやっているのだろうから、
    俺の為に時間を裂く必要は無い」

箒「な、何だ、そういう事か……馬鹿を言え。一人分も二人分も、作る労力はさして変わらない。所詮自分の分を作る延長なんだ。
  だから、心配しなくてもいい」

キリコ「……」

箒「……私がしたくてしている事だ。やらせてくれ」

キリコ「……わかった」

箒「……」

キリコ「……」

箒「な、なぁ」

キリコ「何だ」

箒「い、いつもちゃんと味は聞いてるが……ほ、本当に私の作る料理は旨いんだよな?」

キリコ「……あぁ」

箒「そ、そうか。安心した」

キリコ「……」

箒「……良かった」

キリコ「……」

箒「……」

箒「……あっ」

箒(……い、今は周りに誰もいない……)

箒(キ、キリコと二人きり……)

箒(い、今なら……また、手を繋いでも……)チラッ

キリコ「……」

箒「……」ドキドキ

キリコ「……」

箒(ま、前にだってあったじゃないか、こんな事……あ、あの時は二回ともセシリアがいたが……)

箒(……)

箒(……よ、よし……)

キリコ「……」

箒(き、気付かれないように……)

箒(そぉっと……そぉっと……)ソロー……

キリコ「……」

箒(も、もう少し……)ドキドキ



鈴「おっはよー二人とも」


箒「ひゃあっ!」ビクッ

鈴「? 何ビックリしてんのよ」

キリコ「……鈴か」

鈴「おはよ、キリコ」

箒「あ、あぁっ! お、おはよう鈴!」

鈴「お、おはよう箒……どしたの? 朝からうるさいけど」

箒「い、いやぁなんでもないぞ! 今日は調子が良いから、なんとなくな!」

鈴「そ、そう……調子良いのはわかったけど、溢れすぎよ。少しトーン下げなさい」

箒「あ、あぁ……すまん」

鈴「はぁ……トーナメントまでまだまだあるけどさ、なんかこうあれね。皆もちょっと気合い入ってきたって感じ。
  今のアンタ含めてね」

箒「あ、あぁそうだな。IS訓練の授業は、皆真剣さが増しているように見える」

鈴「……やっぱ、あれよね。原因」

箒「まぁ……だろうな」

鈴「あれさ、シャルルも巻き込まれてるらしいわよ」

箒「あぁー……そんな事を聞いたような……」

キリコ「……」

鈴「モテる男は辛いんじゃないのぉ? キリコちゃん」

キリコ「知った事じゃない」

鈴「相手はそう思ってないんだって……あれ、そういえばシャルルは?」

キリコ「俺が出た時には、まだ寝ていた」

鈴「ふーん。夜更かしでもしてたのかしら」

キリコ「最近、俺が夜に部屋に戻る頃にはアイツは既に寝ている。それは無いだろう」

箒「ふん……ロングスリーパー、とかいうヤツじゃないのか。睡眠時間が人より長いとか言う話を聞いたぞ」

キリコ「……さぁな」

鈴「まぁ、シャルルも特訓とかで疲れてるんでしょ。案外、あの噂もシャルルの耳に入ってるのかもね」

箒「……ぞっとしないな。おっと、もう教室だ。またな鈴」

鈴「えぇ、また昼頃にね。あ、キリコ。ちゃんとシャルルも呼んどいてね。セシリアは、まぁ……ご自由に」

キリコ「……わかった」


プシューッ

セシリア「あ、おはようございますキリコさん、箒さん」

箒「あぁ、おはようセシリア」

キリコ「早いな」

セシリア「えぇ。早寝早起きは、美容の基本ですから」

箒「む……そ、そうか」

セシリア「箒さんも、女性ならそれくらいも気を遣うべきだと思いますわ? 強かに、妖艶で柔らかな物腰を持つ。それが淑女の礎でしてよ?」

箒「よ、余計なお世話だ」

セシリア「それでですねキリコさん」ズイッ

キリコ「何だ」

セシリア「今日はキチンとレシピを参考にして料理をしてみましたの。まぁ、少し私流のアレンジを加えてはいますが……。
     本に書かれていたものよりもとてもおいしく仕上がってるはずですわ!」

箒(アレンジをするからダメなんだと思うが……)

キリコ「……」

セシリア「この前のお詫びも兼ねて、シャルルさんにも是非食べて頂きたいのですが……ま、まずは、キリコさんに食べて欲しくて……」


プシューッ


シャル「お、おはよー皆(わざと早寝遅起きするのも大変だなぁ……)」

キリコ「シャルル、セシリアがお前に料理の事で話があるそうだ」

シャル「え、えぇ? ぼ、僕ぅ?」

セシリア「ち、違います! きょ、今日のは自信作ですので、キリコさんにまず食べて頂きたいのです!」

キリコ「……」

セシリア「男性なら誰もが好きであろうハンバーグを作って来ましたの。レシピも簡単でしたし、これならばきっと!」

キリコ「……そうか」

セシリア「はい!」

キリコ「……シャルル、今日の昼はいつも通り屋上に集合だ……セシリアもな」

セシリア「了解しましたわ!」

シャル「う、うへ~……」

セシリア「何か言いまして?」

シャル「な、何でも無いです」

セシリア「この雪辱、はらさでおくべきではないですの……」


プシューッ

「朝からうるさい事だな。品の無いヤツらだ」


キリコ(またコイツか)

セシリア「……まぁ、ラウラさんじゃありませんか。お早いですのね。よっぽどやる事が無いご様子で」

ラウラ「ふん、妙な種馬に群がるセンスの無い女郎には、私の忙しさはわかるまい」

セシリア「……何ですって?」

ラウラ「いや、金魚のフンか。そこの下等なボトムズ乗りの後をぷかぷかと追う、な」

セシリア「……もう一度、言ってご覧なさい」

シャル「ちょ、ちょっとセシリアっ。落ちついて……」

セシリア「これが落ちついていられますか……私の事は我慢できるとして、キリコさんを……」

箒「セシリア、挑発に乗るんじゃない」

キリコ「……」

ラウラ「ふん……類は友は呼ぶな。この男の周りには、程度の低い人間しか集まらん」

キリコ「朝から人を煽るくらいしかやる事が無い奴とは、良い勝負だとは思うがな」

ラウラ「……ほう」

キリコ「……」

ラウラ「どうした。もっと何か言ってやりたいんじゃないか? ん?
    自分がひた隠した本性のままに、罵ってみたらどうだ。キリコ・キュービィー」

キリコ「……何の、話だ」

ラウラ「ふっ、しらばっくれるな。貴様、――」


プシューッ

千冬「おはよう諸君……ん、どうした。妙に険悪な空気だが」

ラウラ「……」

キリコ「……」

セシリア「……」

千冬「はぁ……ったく、また面倒事かキュービィー」

キリコ「……あぁ」

千冬「配布物があるから少し早めに来てみればこれだ……ほら、喧嘩などしないで、これを配る手伝いくらいしろ」

キリコ「……了解」

千冬「ラウラ、お前もだ」

ラウラ「……はい、教官」

千冬「仲良くやれんなら、互いに喋らない事だ。お前は得意だろキュービィー、そうしていろ」

キリコ「……」

千冬「返事をしろ」

キリコ「……あぁ」

千冬「はいと言え」

キリコ「……はい」

ラウラ「ふん、良い気味だな」

千冬「今言ったのが聞こえなかったか。互いに喋るなと言った」

ラウラ「申し訳ありません、教官」

キリコ「……」

千冬「はぁ……私は会議に戻る、じゃあな」


プシューッ


ラウラ「……」

キリコ「……」

セシリア「先生は怖いようですねぇ。ラウラ、さん」

ラウラ「吠えていろ、アバズレ」

セシリア「……ふんっ」

シャル(はぁ……険悪だよぉ……)

箒「……」



――

箒「はぁ、全く……何なんだ一体……」

箒(……あの、ドイツの転校生……)

箒(転校初日にキリコを叩き、それ以降もキリコにくってかかる……)

箒(よほどAT乗りに恨みがあるのか、キリコ個人が気にいらないのか……)

箒(そういえば……織斑先生の事を、教官と呼んでいたな……キリコは、織斑先生の義弟……)

箒(何か関係がある……)

鈴「おーす箒。時間通りねぇー」

箒「……」

鈴「もしもーし」

箒「ん……あ、あぁ鈴か。すまん」

鈴「考え事?」

セシリア「……あぁ……少し、な」

鈴「あぁ……あのラウラって子について考えてたでしょ」

箒「……まぁな。妙にキリコを目の敵にしていて……」

鈴「うーん、アンタと同じで、キリコについては難民センター以降の事は知らないからなぁ……どっかで恨みでも買ったのかしらね」

箒「キリコに限ってそんな事……」

鈴「キリコは戦争に出てたんだよ。それくらい、日常茶飯事でしょ」

箒「……」

鈴「ま、アンタが気にしてもしょうがないって。当事者達に任せないと、さ」

箒「そ、それはそうだが……」

鈴「まっ、とやかく考える暇があるなら、アタシと戦って腕でも上げなさいよ」

箒「……そうだな」

鈴「よし、じゃあ優勝目指して邁進しましょう」

箒「……あぁっ」

鈴「そう来なくっちゃねぇ。ま、手加減はしないけど」

箒「ふっ、当然だ」

鈴「まっ、ISに関してはアタシが上って事、しっかり見せておかないとね……」

箒「ふんっ……訓練機と言えど、機体の性能に依らない腕で、お前くらいは倒せるさ」

鈴「キリコみたいに煽っても無反応より、アンタみたいに良い反応するヤツの方が相手し易いわ」

箒「そりゃどうも……」


キュイイインッ……

鈴「やってやろうじゃないの……」

箒「さぁ、どこからでも……かかって来い」

鈴「……」

箒「……」


ダッ


箒「だぁああっ!」

鈴「はぁああっ!」



ズギュゥウンッ


鈴「っ!?」

箒「!?」


ドカアアンッ


鈴「な、何!?」

箒「横から不意打ちとは……何者だ!?」



ラウラ「……よう、金魚のフン共……」


箒「き、貴様は!」

鈴「あら、この前喧嘩売ってきた子じゃない? 何か用? 今見ての通り忙しいんだけど。
  それとも、ボコられたいって口で言う代わりにぶっぱなして来た訳?」

ラウラ「ふん、中国の甲龍か……実物は大した事無いな。
    データで見た時の方が、まだ強そうだったが……パイロットのせいか」

鈴「ホント、とんだ構ってちゃんねぇ……わざわざドイツくんだりからやってきて、惨めにやられたいだなんて。
  別にそういう趣味持ってても良いけどさ、どこでもひけらかすもんじゃないわよそんな変態趣味」

ラウラ「ふんっ。訓練機しか相手にできない臆病者に言う資格があるのか?
    その訓練機のパイロットも、機体と同様のつまらん腕なのだろうがな」

箒「ほう……貴様、言うな」

鈴「困ったヤツねぇ……ジャガイモの皮むきくらいしかやる事がなくて、頭に来ちゃった?」

ラウラ「ふっ、全く……ISも落ちたものだ。数くらいしか取り柄の無い国はパイロットの人選ミス。
    人に頭を下げる事しか能の無い国では、訓練機のパイロットしかいないと来た」

鈴「……ねぇ、箒」

箒「……何だ、鈴」

鈴「……ちょうど、最近欲しいものができちゃってさぁ……アンタの機体スクラップにして売ったら儲かりそうじゃない!」ジャキンッ

箒「ふっ、あんなもの二束三文にもなりそうにないが、まぁ邪魔になるよりはどかした方がいいだろうなぁ……」シャキンッ

ラウラ「……下らん。あんな碌に会話もできん根暗の男を追いかける無様な雌に、私が負けるとでも?」

鈴「……今、アタシの中で切れちゃいけないものキレたんだけど……」

箒「あぁ……奇遇だな……私も、俗にいうプッツンという状況だ……」

ラウラ「……四の五の言わずに、二人掛かりでもなんでもかかって来るがいい。アバズレ共」

鈴・箒「「このっ!」」


……

セシリア「ほ、本当に申し訳ありません……」

キリコ「……」

シャル「はい、キリコ……胃腸薬だよ……」

キリコ「……あぁ、すまない」

シャル「うぅ……食べた時はまだ味がおかしい程度だったけど、放課後になって腹痛になるとは……」

セシリア「……その、何と言ったら良いか……」

シャル「こ、これからは鈴か箒に頼んで、料理を教えて貰うようにして……こ、これはさすがに擁護しようが無いよ」

キリコ「……そうだな」

セシリア「は、はい……」

シャル(セシリアは凄く良い子なんだけどなぁ……でもこれから毎日こういう事があると思うと僕死んじゃうよ……)

キリコ「……」

シャル「……そ、それで……今日も特訓する? 鈴と箒は別でやりたいとか言ってたから……セシリアも一緒にさ」

セシリア「わ、私ですか?」

キリコ「あぁ」

セシリア「え、えぇと……その……私は、見ているだけで良い……かと……」

シャル「えぇ? 実際に試合やる方が良いと思うけど」

セシリア「そ、その……今日は調子が悪くて……」

キリコ「……そうか」

シャル「……」

シャル(……セシリアも、何故かキリコと模擬試合やろうとしないんだよねぇ……)

シャル(何かこう……妙に怯えてるというか……)


タタタタッ


「第三アリーナで、代表候補生が模擬戦やってるって!」
「早く早く!」


シャル「……何だろう……」

セシリア「……もしかして、鈴さんとラウラとかいう子では……」

キリコ「……行くぞ」

シャル「う、うんっ」

セシリア「はいっ」


タタタッ

シャル(何だか、嫌な予感がする……)

キリコ「……」

セシリア「第三アリーナはこちらの道の方が近いですわ」

キリコ「あぁ」

セシリア「……まさか、私闘……」

シャル「……そうじゃない事を祈りたいよ」

キリコ「……ここか」


ドガアァアンッ


シャル「あっ……」

セシリア「こ、これは……」

箒「くっ……」

鈴「いたた……」



鈴「鈴と箒だ!」

キリコ「箒……」

セシリア「やはり……」



ラウラ「どうした、膝を地面につけて。よほど地べたが好きなのか? ならば戦場の蛭にでもなったらどうだ」

鈴「ふんっ……まだ始まったばっかじゃないの!」キュィイイッ


バキュゥウンッ


ラウラ「ふっ、無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな!」



キュウウウンッ
バシュウンッ……


鈴「なっ……」

箒「鈴の龍砲が、止められた……だと?」


セシリア「あ、あれは……」

シャル「AICだ……」

キリコ「AIC?」

シャル「シュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器。慣性停止能力の略だよ。
    対象、特に実弾や相手機体の動きを任意に止める事ができる。言わばバリアーみたいなものなんだ。」

セシリア「あれがあったから、避けようともしなかった……」

キリコ「……そうか」

セシリア「これはマズイですわ……」

シャル「……鈴、箒……」

キリコ「……」

鈴「くっ……」バキュンッ バキュンッ

ラウラ「ふんっ」キュウウンッ


バシュウンッ……


鈴「な、何よあれ……相性悪過ぎよ……」

ラウラ「さて、こちらの番だ……これは避けられるかな?」ガキンッ


ヒュンヒュンッ


鈴(くっ、アンカーか)ヒュッ

ラウラ「そうら避けろ避けろ!」


グルグルッ


鈴「しまっ……」

ラウラ「そうら捕まえたぞ……しかし、この程度の仕上がりで第三世代型を名乗るとは、片腹痛いわ!」グイッ

鈴「きゃあっ!」


「てやぁあっ!」



ビュンッ


ラウラ「おっと……」スカッ


箒「私を忘れて貰っては困るな!」ジャキンッ


ビュッビュッ


ラウラ「ふん、中々良い太刀筋だな。しかし、当たらんぞ!」ヒュッヒュッ

箒「でやっ」ビュッ

ラウラ「ふんっ……」ヒュンッ


ゴォオオオッ


ラウラ(まぁまぁ動けるな、あの訓練機……だが、振り切るのは容易い!)

箒「逃げるな!」


シュンシュンッ


ラウラ「馬鹿め。この私がいつまでも馬鹿正直に避けているとでも? このAICがあれば!」キュウウンッ

箒「く、くぅっ……(か、体が動かない……だと?)」

ラウラ「ふっ、墜ちろ!」ジャキッ


ズキュウウゥンッ


箒「くっ……(刀でガードするしか……)」


ガキィインッ
ドガアァアンッ


箒「ぐぁあっ!」

ラウラ(ふっ、かち合わせた爆風が良い目くらましだ!)

ラウラ「そうら、おともだちを返してやるぞ!」グイッ

鈴「きゃあっ!」

箒「なっ……」


バゴンッ
ドガァアンッ



セシリア「あぁっ!」

シャル「これは、マズイね……一点に集められた」

キリコ「……」

箒「……くっ……」

鈴「いったた……」


ラウラ「ふんっ、もう終わりか」ヒュンッ


箒「!」

鈴「ちっ……」キュイイインッ

ラウラ「悪あがきか……甘いな。この距離で発射までに時間のかかる空間兵器など……」ジャキンッ


ズキュウンッ


鈴「きゃあっ!」バゴオオォンッ

ラウラ「チェックメイトだ」キュィイイッ

鈴「くぅっ……」

箒(っ……一か八か……)

ラウラ「くたばれ、雌犬ども」

箒「(あの砲門を潰す!)当たれっ!」ビュンッ

ラウラ「なっ……」


ズドォオオンッ




キリコ「……」

シャル「ど、どうなったの?」

セシリア「……か、間一髪で敵の砲門を潰したようですわ」

キリコ「……」



鈴「……」スゥウッ……

箒「はぁ、はぁ……」

鈴「ありがと。間一髪だったわ」

箒「……剣士として、刀を投げるという行為は、あまりしたくは無かったんだがな……」

鈴「戦場じゃそうも言ってられない……なんてキリコなら言うと思うけど」

箒「……そうだな。まぁ、これでヤツには少しくらいはダメージを……」



ヒュンッヒュンッ


箒「な、何だ!」グルグルッ

鈴「こ、このアンカーは……まさか!」グルグルッ


ラウラ「ふふふっ、中々驚いたぞ……だが、所詮訓練機は訓練機、出来る事がつまらんなぁ……」


箒「くっ、微塵もダメージを受けた様子が無いだと……」ギリギリ

鈴「ぐっ……は、離せ……」ギリギリ

ラウラ「ふんっ……そうだ、足掻け足掻け……」グイッ

箒「ぐあっ……」

鈴「ぐぅっ……」

ラウラ「ほうら、まずはさっきのお返しだ!」ブンッ

箒「がはっ」バキィッ

ラウラ「だぁっ!」ビュッ

鈴「がっ……」バゴンッ

ラウラ「そらそらそらっ!」ブンッブンッ

箒(ぐっ……シールドエネルギーが……)

鈴(こ、こいつ……)



シャル「ひ、酷い……もうシールドは切れるはずなのに……止める気すら無い」

セシリア「もう生命維持機構警告だって出ているはずなのに……」

キリコ「……」

シャル「あのままじゃ、ISが強制解除されて、二人の命に関わる!」

キリコ「……」



ラウラ「どうした! もっと抵抗してみせろ! 嬲るだけじゃつまらんぞ!」

箒「くっ……」バキインッ

鈴「つっ……」バゴォンッ



シャル「も、もうISの装甲が……」

キリコ「……」



キュィイイインッ


シャル「え、何……キ、キリコ!? 何IS装着して……」

セシリア「キリコさん!?」

シャル「ま、まさかバリアーを……」

キリコ「……」ジャキッ


ズキュウンッ
バゴォオオンッ



シャル「うわぁっ!」

セシリア「きゃあっ!」

キリコ「……」キュィイイッ

シャル「キ、キリコッ!」


ラウラ「来たか……」

ラウラ(ようやく挑発に乗ったな……この最低野郎が!)

キリコ「……」ジャキッ


ズキュウンッ
ズキュゥウンッ


ラウラ「ふんっ、実弾などこのAICの敵ではない!」キュウウゥンッ


パスパスッ……


ラウラ「ふっ……つまらん……」

キリコ(分が悪いな……)


シュウウンッ
ドサッ


箒「う、うぅ……」

鈴「……」


キリコ(二人は拘束から開放できたが……少し離さねばならないな)

ラウラ「ふんっ、中々の性能だと聞いていたが……やはり敵では無いな。このシュヴァルツェア・レーゲンの前では!」

キリコ「機体の性能ばかりに頼っているパイロットの隙を突くくらいなら、容易いがな」

ラウラ「何をっ!」

キリコ(スモークで目暗ましをし、あの二人を奪回する……)バシュウッ……


モワァアアアッ……


ラウラ「ちっ……スモークか……だが、その程度でどうにかなるとでも思っているのか!」

キリコ「……」キュィイイイッ

ラウラ「そこかぁっ!」ヒュンヒュンッ

キリコ(……アンカーか。厄介だ)キュィイイッ


ヒュンヒュンッ


キリコ「……」ザッ ヒュッ

ラウラ「ちっ、ちょこまかと避けおって……」



パシッ


キリコ(よし、二人を回収した。後は逃げるだけだ)

ラウラ(元よりあの二人を逃がす為だけに来たか……小賢しい!)

ラウラ「逃がすかぁ!」ヒュンッヒュンッ

キリコ「くっ……」キュィイイッ

ラウラ「ちっ……(一旦アンカーを戻して……)」

キリコ「……」キュィイイッ

ラウラ(見ていろ……煙と煙の間、一瞬でも貴様が見えれば……)


キュィイイイッ


ラウラ「……」


キュィイイッ


ラウラ「! そこだぁっ!」ヒュンッ

キリコ「っ!」


ギュルギュルッ
ビュンッ


キリコ「し、しまった!」

キリコ(ほ、箒がっ!)

ラウラ「ちっ……釣れたのはコイツか……」

キリコ「……」ヒュゥウン……

ラウラ「ふっ……味方の血肉を喰らってきたお前が、こんなヤツを盗られただけで動きを止めるとは、嗤わせる……」

キリコ「……箒を、放せ」

ラウラ「放して欲しいか?」

キリコ「……」

ラウラ「ふっ……ほら、起きろ」

箒「う、うぅ……」

ラウラ「ほうら……愛しの雄が、貴様を助けようとしているぞ……何か言ってやったらどうだ」

箒「キ、キリコ……」

キリコ「箒……」

ラウラ「このままこの女を逆さ吊りにしておくのか? キリコ・キュービィー……」

キリコ「……やめろ。箒に触るな!」

ラウラ「ふっ……良いものだなぁ、貴様の狼狽した顔は……」

箒「こ、コイツに構うな……早く、逃げるんだ……」

キリコ「……」

箒「キリコッ!」

ラウラ「もういい、黙っていろ」ジャキンッ

箒「くっ……」

キリコ「やめろっ!」

ラウラ「ふっ、ブレードを出して目の前にかざしているだけじゃないか……何をそんなに声を荒げる必要がある?」

キリコ「……放せ」

ラウラ「ならば真正面から私と戦え! 来い! 貴様のような人間、私が一思いに捻り潰してくれる!」

箒「や、やめるんだ……キリコ……」

ラウラ「黙れ、と言ったはずだが?」ブゥウンッ

箒「っ……」

キリコ「……」



スッ


キリコ(すまない、鈴……)

ラウラ「ふっ……そうだ。中国女なんて妙な荷物はその辺に置いて、かかって来い……」

箒「キリコ……ダメだ……」

キリコ「……戦ってやる」

ラウラ「やっとその気になったか……」

キリコ「まずは……箒を放せ」

ラウラ「ん? あぁ、コイツか……良いだろう、放してやる……」

キリコ「……」



クルッ


キリコ「っ!」

ラウラ「そうらっ、取りに行けっ!」


ビュッ


箒「うわぁっ!」

キリコ「箒っ!」キュィイイッ

ラウラ「ふっ、はははははっ!」

ラウラ(そうだ、怒れ……己の本性をさらけ出せ……)

ラウラ(女を侍らせ、どいつもこいつも自分に興味を持たせるように仕向ける……虫唾が走るぞっ……)

ラウラ(この、レッドショルダーがっ……)


箒(か、壁が……)

箒「くっ……」



「たぁあっ!」


ボスッ


箒「っ……」

箒「……」

箒「……あれ?」



「ふぅ……なんとか間一髪間にあったみたいだね」


箒「……シャ、シャルル……」

シャル「箒、大丈夫?」

箒「わ、私は……」

セシリア「箒さん! ご無事ですか!?」

箒「セ、セシリア……」

シャル「もう大丈夫。僕らもちゃんといるんだからね」

箒「……」

セシリア「何て酷い……許せませんわ!」

ラウラ「ちっ……雑魚共が……有象無象で集まりおって……」

キリコ「……」

ラウラ「ふっ……どうした根暗。俯きおって……」

キリコ「……」

ラウラ「私は相手が三人だろうと、負ける気はしない……所詮、貴様の仲間なのだからな」

キリコ「……」

ラウラ「さぁ、かかって来い……キリコ・キュービィー……」

キリコ「……」

ラウラ「どうした! こっちを向かんか――」






キリコ「……」




ラウラ「――」

ラウラ(……だ、誰だ……)

ラウラ(こ、こんな目をしたヤツ……わ、私は……知らん……)

キリコ「……」

ラウラ「……」



「貴様ら! 何をしているっ!」


千冬「キリコ・キュービィー! ラウラ・ボーデヴィッヒ! 貴様らだ!」

ラウラ「……はっ(わ、私は今何を……)」

キリコ「……」

千冬「妙な騒ぎがあると聞いて駆けつけてみれば……何だこの状況は……。
   ISスーツを着て気絶した者もいれば、アリーナのバリアも壊され……」

ラウラ「きょ、教官……これは……」

千冬「模擬戦は大いに結構……だが、度を越したものを黙認する事はできん……教師としてな。
   この戦いの決着は、今度のトーナメントにまで取っておけ。それまでは一切の私闘を禁じる、良いな?」

キリコ「……」

千冬「いつまで怖い顔をしている……返事をしろ」

キリコ「……あぁ」

千冬「ラウラ、お前もそれで良いな」

ラウラ「は、はい……教官がそう仰るなら」

千冬「はぁ……ったく、これだからガキの相手は疲れる……。
   今のを破ったなら、強制的にトーナメントから除外する。肝に銘じておけ」

ラウラ「はっ」

キリコ「……あぁ」

千冬「教師には、はいと答えろ、馬鹿者……」

キリコ「……」キュィイイッ

千冬「おいっ! どこへ行く!」



ヒュゥウンッ……


キリコ「……シャルル、箒は」

シャル「キ、キリコ……うん、なんとかキャッチした。大丈夫だよ」

キリコ「無事か、箒」

箒「あ、あぁ……すまない……私が非力なばかりに……」

キリコ「……」

シャル「セシリアは、鈴を介抱しに行ってあげて」

セシリア「わ、わかりました」

キリコ「……もう少し早く、俺が出ていれば……」

箒「ふっ……気にしないでくれ……全部、私が悪いんだ……」

キリコ「……」

箒「うっ……」ガクッ

キリコ「ほ、箒!」

シャル「……大丈夫。気を失っただけだよ、キリコ」

キリコ「……」

シャル「……医務室に連れて行こう」

キリコ「……あぁ」

シャル「……」



――

鈴「……」

箒「……」

シャル「はぁ良かったぁ……二人共無事で……」

セシリア「えぇ……本当に良かったですわ……」

キリコ「……」

鈴「はぁ……自分で自分が情けない……」

箒「あぁ……」

シャル「あれは完全に二人共相性が悪かったから、しょうがないよ……」

セシリア「AIC……ですわね……」

鈴「あぁー! イライラするっ! 何よあれ、卑怯レベルよ!」

キリコ「……」

箒「本当にすまない……三人にも迷惑をかけて……」

シャル「喧嘩を売ってきたのはあっちだよ。完全にあっちが悪い、だから二人は悪くないよ」

セシリア「そうですわ!」

箒「そ、そうか……」

鈴「くぅ……ったく、あのまま逆転してやろうと思ってたのに……」

箒「あぁ……」

キリコ「……」

シャル「……ふふっ」

鈴「な、何よシャルル」

シャル「二人共、気にしなくても大丈夫だよ」

鈴「な、何がよ」

シャル「好きな人には、カッコ悪いとこ見られたくないもんねぇ」ボソボソ

箒「うぐっ……」

鈴「ち、違うわよ……そんなんじゃ……」

キリコ「……」

セシリア「はい?」

鈴「はぁ……そうかもね」

箒「……そうだな」

シャル「ふふっ……そっか」

キリコ「……」

シャル「はぁ……もう、キリコ? さっきからずっと怖い顔してるけど、二人に対してはもうちょっと柔らかい顔見せてあげなよ」

キリコ「……」

シャル「もしもーし、キリコー?」

キリコ「……セシリア」

セシリア「は、はい? 何でしょうか」

キリコ「お前の機体も、第三世代機だったな」

セシリア「は、はい……そうですが……」

キリコ「……あのビットも、相当な集中力を使うらしいな」

セシリア「え、えぇまぁ……それが、何か?」

キリコ「……そうか」

セシリア「?」

シャル「ど、どうかしたの?」

キリコ「……セシリア、お前に頼みがある」

セシリア「わ、私に?」

キリコ「……これからトーナメントまでの間、俺の特訓に付き合ってくれ」

箒「……はぁ?」

鈴「ちょ、ちょっとキリコ?」

キリコ「お前にしか、頼めない。頼む」

セシリア「キ、キリコさん?」

鈴「ちょ、ちょっと待ちましょうよ! それなら私だった第三世代機よ!」

シャル「鈴はダメだよ。ISの損傷が激しいから動かしちゃダメだってさっき言われたばっかでしょ。
    それにそもそも、二人はトーナメントまでにケガが治るかも怪しいんだから」

鈴「くっ……」

箒「わ、私は!」

シャル「箒? これ以上自分を傷つけても、キリコが悲しむだけだよ?」

箒「そ、それは……」

シャル「……二人はまず、怪我を治す事に専念する。先生にもそう言われたでしょ? わかった?」

箒「……」

鈴「……はぁ……わかりましたよ」

箒「あぁ……わかった」

シャル「はい、よろしい。それで……何の話だっけ」

キリコ「……アイツを倒す為の糸口を、セシリアから学ぶ。ある程度、どこかに共通する弱点があるはずだ」

シャル「成程……」

キリコ「その為に、何度かセシリアと模擬戦をしたい。俺の見立てでは、腕自体は劣らないはずだ」

セシリア「わ、私が……ですか」

キリコ「……頼む」

セシリア「……」

セシリア(キリコさんと、模擬戦……)

セシリア(いえ、模擬戦になんてならない……この前だって、そうだった)

セシリア(……あれは、命のやり取りを想像せずにはいられない……)

セシリア(ま、また……あんな目に会うのですか……)

キリコ「……」

シャル「……」

セシリア「……私は……」

シャル「セシリア」

セシリア「……はい」

シャル「僕からもお願い」

セシリア「……シャルルさん……」

シャル「友達があんな風になってるのに……黙ってなんか見てられない。それに……」

セシリア「それに?」

シャル「キリコ、相当怒ってるみたいだけど……僕がなるべく訓練の時にストッパーになれるようにする。
    だから、怖がらないで……キリコの訓練に付き合ってあげて」

セシリア「ど、どうして、それを……」

シャル「キリコと模擬戦しようって話になると、いつも濁してたから……もしかして、前に模擬戦してキリコと何かあったのかなって」

セシリア「……」

キリコ「……そうだったか」

セシリア「……そ、そう……ですわ」

シャル「やっぱり。でも、僕もキリコも、退く訳にはいかないんだ」

セシリア「……」

シャル「だから、どうかお願いします……」スッ

セシリア「シャ、シャルルさん」

キリコ「……俺も、頼む」スッ

セシリア「……」

セシリア(私は……何に怯えていたのでしょう)

セシリア(私は、想い人に対して、恐怖を抱いていた……恥ずべき事ですわ……)

セシリア(その想い人が……私に頭を下げてまで頼んでいる……そして、大切な友人も……)

セシリア(私は……)

セシリア「……御二人共、頭をあげて下さい……」

キリコ「……」

セシリア「……」

セシリア(……私は、もう逃げません……)

セシリア(この方の……人殺しの目を持った、キリコさんから……)

セシリア(キリコさんの過去に何があったのか、私は知らない)

セシリア(しかし、それがどうであれ、私は立ち向かわなくてはならない)

セシリア(これは、キリコさんとシャルルさんだけの戦いでは無い)

セシリア(私が、真にキリコさんと向き合う為の、私の戦いでもある)

セシリア(……)

セシリア「……わかりました。このセシリア・オルコット。大切な友人を傷つけられて黙ってみていられる程、愚鈍な人間ではありません。
     トーナメントまでの間、私が全力でお相手して差し上げます」

シャル「ほ、本当?」

セシリア「はい。私に、二言はありません」

キリコ「……すまない」

セシリア「……いえ……これも、キリコさんと、私の友人の為です」

鈴(ヒューッ……ちょっとクサイ事言ってくれるじゃないの……)

箒(セシリア……)

シャル「と言う訳で、しっかり特訓して僕達がちゃんと二人の仇を討つから、心配しないで」

箒「……あぁ、任せたぞ」

鈴「負けたら承知しないわよっ」

シャル「うんっ。任せてよ」

キリコ「……箒」

箒「な、何だ」

キリコ「……待っていろ」

箒「……あぁっ」

鈴「ちょ、ちょっとちょっと。あたしには何か言ってくれない訳!?」

キリコ「……ラウラと戦っていた時、お前を置いて戦おうとして、すまなかった」

鈴「そ、そう……そっちか……そっちなんだ……」

キリコ「……」

鈴「はぁ、まぁ良いわ。頑張って勝って来なさいよ、あのいけすかないヤツの鼻へし折って、土産にでも持ってきなさい」

キリコ「……あぁ」

シャル「そ、それはちょっと物騒かな……」

セシリア「では、早速明日の放課後から始めます。御両人共、体調を万全にしてお越し下さい」

シャル「……うん」

キリコ「……あぁ」

セシリア「それでは、私も調整等をしてきますので。ごきげんよう」

セシリア(私は、立ち向かう。あの人に……)


カツカツッ
プシューッ


シャル「……セシリアも、やる気になってくれたね」

キリコ「……あぁ」

箒「……」

鈴「……」

シャル「僕たちも帰って準備しようか。本腰入れて、頑張らないと」

キリコ「そうだな」

シャル「……またね、二人共。怪我、早く治ると良いね」

箒「あぁ……またな、キリコ、シャルル」

鈴「たまには見舞いに来なさいよ」

シャル「あ、あはは……できるだけ、ね」

キリコ「……」



プシューッ


箒「……」

鈴「……」

箒(……キリコ……)

鈴「キリコちゃん、相当怒ってたわね」

箒「ん……あぁ、そうだな……あそこまでわかりやすく感情が見えるのは、珍しい」

鈴「誰の為に怒っていたのやら……」チラッ

箒「……?」

鈴「……はぁ……何でも無い」

鈴(……なんだかなぁ……)





――



翌日、俺とシャルルはコンディションを整え、訓練へ向かった。
未だ冷めあらぬ激情が、ヤツを倒せとざわめいていた。
俺の柄では無いだろう。しかし、俺は燃えていたのだ。
戦場のあの炎よりも、輪郭を持った業火の如く。





シャル「キリコ、準備できた?」

キリコ「あぁ。後はセシリアが来るのを待つだけだ」

シャル「うん……でも、本当に二対一で良いのかな? セシリアはそれで良いって言ってたけど……」

キリコ「……今度のトーナメントはタッグマッチだ。この方が俺達の連携練習にもなる」

シャル「で、でも……」

キリコ「あのラウラとかいうヤツは、タッグマッチでも相方を差し置いて行動してくる事だろう。
    それに、セシリアの機体は一対複数でも動ける機体と見て間違いない。むしろ、その方が真価を発揮するかもしれん」

シャル「……うーん、そうかな……」

キリコ「……最初はこの形態で訓練をして、それでも不安であれば誰かに頼んで、タッグ形式にすれば良い」

シャル「……まぁ、それで良いかな」

キリコ「……納得したか」

シャル「う、うん。それよりキリコ」

キリコ「何だ」

シャル「セシリアに真っ先にお願いをしたって言う事は、もう既に何らかの対策が頭にあるって事だよね」

キリコ「……あぁ」

シャル「一体、どんな作戦なの?」

キリコ「……実戦で見せる。まずは、俺とシャルルの連携能力を上げよう。シャルル、一応聞くが、複数での戦闘経験はあるか」

シャル「い、一応少しは……」

キリコ「そうか。なら、練習すればトーナメントまでにできるようになるだろう」

シャル「……そうか……僕も、頑張るよ」

シャル(あの発作が出ても……なんとか堪えられるように、ね……)

キリコ「あぁ……」

シャル「それにしても、セシリア遅いね」

キリコ「……」



……

ラウラ「ふっ……」

ラウラ(ヤツら、懲りもせずに訓練をしているか……)

ラウラ(どうせ、私とシュヴァルツェア・レーゲンを倒す策でも労しているのだろう……無駄な事だが)スッ

ラウラ「……」

ラウラ(あの目は……何だったんだ)

ラウラ(私の兵士としての本能、いや、生命としての本能が震えた、あの目……)

ラウラ(自らの顔が、死線を浮かべて脳裏を過った……)

ラウラ(アイツが一瞬、誰なのかわからなくなった……)

ラウラ「……」

ラウラ(……関係無い)

ラウラ(ヤツが如何なる気迫を纏おうと、圧倒的な機体差は埋められない。これは確かだ)

ラウラ(ATとISは違うのだ……戦地でよく生き延びたとは言え、それも運に過ぎん)

ラウラ(ISは、本人の能力、そして機体の性能がものを言う世界)

ラウラ(ATなどと言う脆弱な兵器は一瞬で勝負が決まるだろうが、ISは違う。一人を相手に何倍も集中せねばならない)

ラウラ「量産された棺桶とは、訳が違うのだ……」



「……ラウラ・ボーデヴィッヒ」


ラウラ「……」

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ。聞こえていますか」

ラウラ「……私に、何か用か」

「少し、相談が」

ラウラ「……貴様と話す事は無いと思うが」

「……」

ラウラ「……はぁ……良いだろう、聞いてやる」

「……」


――

キリコ「……」

シャル「……いよいよだね、キリコ」

キリコ「あぁ」

箒「キリコ、調子の方はどうだ」

キリコ「悪くは無い」

鈴「はぁ……なんか頼りない返事ねぇ……しゃっきりしなさいよ、しゃっきり!
  あたし達結局怪我がどうだーなんて、うるさく言われて出れないんだからさ!」

キリコ「……わかっている」

シャル「特訓は上手くいったよ……後は、ラウラと当たるまで気を抜かないで戦い続ける事だね」

キリコ「……そうだな」

箒「それで、一緒に特訓したセシリアがいないみたいだが……どこに行ったんだアイツは……」

鈴「自分で作った料理に当たったんじゃないのー」

箒「い、いやぁ……こんな大事な日に限ってそれは無いだろう……」

鈴「まぁそれもそっか」

シャル「……それにしても、来賓も沢山来てるね」

キリコ「そのようだな」

シャル「三年にはスカウト、二年は一年の成果を見せる機会、一年は目星を……そんな感じだろうね」

鈴「政府のお偉いさんに、企業の重役……授業参観かっての……」

箒「いや、むしろもう企業の面接のようなものが始まっているんだろう。それだけに、皆必死だ」

キリコ「……」

鈴「まっ、キリコちゃんには関係ないか」

シャル「……ギルガメスとバララント、それぞれの陣営からも視察が来るみたい。不可侵宙域だっていうのに……」

キリコ「……」

箒「ギルガメス……キリコが前所属していた軍か」

鈴「あら、関係あった」

キリコ「……」

鈴「ここで良いとこ見せたら、士官とかになれちゃうんじゃない?」

キリコ「……興味は無い」

鈴「あらら……本当に欲無いわねぇ……」

キリコ「……」



監視者も、この場所に来ているのだろうか。
ならば、見せつけてやる。俺は、貴様に従う気は無いと。
貴様の送った刺客など、俺の敵では無いと。

例え神にだって、俺は従わない、と。



……

ウォッカム「……」

「これはこれは、情報省からの視察ですか」

ウォッカム「えぇ。これも職務の一つですが、偶には戦争から離れ、ゆっくりと競技を見るのも一興でしょう」

「貴方の活躍により、我々とそちらの陣営での戦争にも、そろそろ区切りがつく。それ故の余裕ですかな」

ウォッカム「私一人の業績ではありません。ギルガメスとバララント、両陣営が歩みを寄せ、同調した事により実現するのです」

「ふふふっ……そうですか……」

ウォッカム「……」

「まだ何か、お考えで?」

ウォッカム「いえ。今日の対戦表は何時発表されのかと、少し……」

「成程……そういえば今年は一人、ダークホースがおりますな」

ウォッカム「あの、男性IS操縦者の事ですかな?」

「御名答。男でありながらISを操り、なおかつ腕も立つという。中々期待できますな」

ウォッカム「えぇ……」

「……その男は、以前ギルガメスのメルキア軍にいたらしいですが……本当はそれを見に来たのでは?」

ウォッカム「ふふっ……まぁ、それもありますな……しかし、協定により戦争で使えない兵器を操る兵士を観察しても、何の意味があるのやら……」

「……さて、それはどうでしょうか……」

ウォッカム「……おや、どうやら対戦表が発表されるようですな……」


ピュインッ
ザワザワ……


「……ほう、噂をすれば……最初から、面白い対戦があるじゃありませんか……」

ウォッカム「……えぇ、実に、面白い……」


……

シャル「こ、これって……」

鈴「どういう……」

箒「事だ……」

キリコ「……」


『第一学年、第一回戦。キリコ・キュービィー、シャルル・デュノア組対――』


キリコ「……」

シャル「……こ、これ……何かの間違いじゃ……」

キリコ「……いや……」



『ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット組』


シャル「セシリア……な、なんでセシリアがラウラと!」

箒「……裏切ったのか?」

鈴「ば、バカ言いなさいよ! セシリアがそんな事する訳……」

シャル「……なんで……」

キリコ「……セシリアが、ヤツと組んだのか」

シャル「一体……どういう事なんだろう……」

キリコ「……」




開幕初戦、俺達はラウラ、そしてセシリアと当たった。
倒すべき敵と、それに相反するはずの仲間。その両方が今、俺の目の前に立ち塞がっていた。
言い表せぬ、気迫を纏って。





――




かつて、カインは殺しを犯し、大いなる秘密の主となった。
ユダは主を裏切り、窮極の罪によって行為を悔いた。
裏切り、謀略、信念。その全てが血飛沫となって秘密を濡らし、死と言う深淵に埋もれる。
鮮血に輝く秘密こそが最も美しく、餌を引き寄せるとも知らず。

次回、「邪曲」

その深淵は、どの灯よりも生を惹き付ける。



――

今日はここまで
GWまでには終わりたいねぇ

次の話投下終了したら、次スレ立てるわ
スレタイ違うのにするかも知れんが、まぁキリコって名前入れりゃすぐわかるはずだが



グレゴルー「フリーで入ったら、さんざん待たされたあげく地雷嬢かよ!」

バイマン「これも運命ってもんよ」

遊びを甘く見るとこうなるな...

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