幼「おとこくん! おままごと!」 男「……ん?」(215)

【幼稚園】


幼「ねえ! おーまーまーごーとー! やーろうよー」

男「おままごと、ねえ。あんまり好きじゃないんだけどな」

幼「えー」

男「と言う訳でそれは他の奴等でも巻き込んで遊んでほしいな」

幼「やだ」

男「即答するレベルか。そこまで僕を参加させたいのかい」

幼「うんっ。だって、おとこくんがいないと、およめさんが一人ぼっちになっちゃうもん」

男「つまり君がお嫁さん確定か……」

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幼「それでね、およめさんの……えーと」

男「お婿さん?」

幼「うん! それがおとこくんなの」

男「変更はできるかい?」

幼「だめっ」

男「やっぱりか」

幼「やっぱりだー」

男「……うーん」

幼「…………」ウズウズ

男「…………」

男「……はぁ。まあいいよ、やったげる」

幼「ほんと!?」

男「うん」

幼「やった。それじゃあおとこくんはね。えーと」

男「仕事から帰ってくるサラリーマンをやるとか」

幼「さら、りー……?」

男「ああ、ごめん。簡単に言っちゃうとお仕事をして働く人たちのことだよ。お婿さんの仕事。分かるかな?」

幼「んー……わかった」

男「うん、偉い偉い」ナデナデ

幼「えへへ、おとこくんにほめられた」

男「それじゃ早速始めよ……」



「あー! 女の子とあそんでるー!」

男「は?」

幼「……?」

モブ男1「うわー! 女の子とあそんでるー!」

モブ男2「わー、へんなのー!」

男「……ふむ」

幼「あう」

男(面倒だな。適当に幼と遊んで済ますつもりだったのにな)



男「あのさ、ちょっと今は」

幼「ねえ、どっか行って。今からおままごとするの」

男「ちょ、幼……」

男(言葉を遮られたと思ったら次の途端に喧嘩売り始めちゃったぞ。どうすんだこれ)

モブ男1「わっ、へんなのがしゃべった」

モブ男2「へんなの! へんなの!」

幼「ち……ちがっ」

モブ男1「女なのに男と遊んでるくせにー」

モブ男2「ぜったいおかしいもんねっ」

幼「お、おかしくない。おかしくなんかないもん……」

モブ男1「おかしいもん、そのくらいわかれよ」

モブ男2「へへっ、バーカ」

幼「……うぅぅ」

男「…………」

モブ男1「なー、おとこ」

男「ん?」

モブ男1「鬼ごっこやろうよ。人が少ないからさ」

幼「え……」



男「いや、先に幼と遊ぶって……」

モブ男1「いいじゃんあんなやつ。ほっとこうよ」

モブ男2「そーそ。女だしさー」

男「つってもねえ……」チラッ

幼「……」

幼「……ぅう」ジワリ

男(幼、泣きそうじゃんか。全くをあの餓鬼二人は……)

男(さて、どうするか)

男(……とか、考えなくても別に分かるわな。簡単か)

男(適当にあしらえばいいんだろ、どーせ)

男「……あっ、そういえば先生からお手伝い頼まれてるんだった」

モブ男1「えー」

モブ男2「ほんと?」

男「本当本当。だから鬼ごっこはできないや。ごめんね」



幼「………………」

モブ男1「じゃあ、またこんどね」

モブ男2「じゃあねー」

男「うん、また今度」



男「……さてと」

幼「…………」

男「…………」

幼「…………」

男「……幼? どうしたの?」

幼「ひうっ」ビクッ

男「驚きすぎだろう。ちょっと触っただけじゃんか」

幼「ぁぅ」

男「ま、いっか。それでさっきの続きはどうする?」

幼「さっきの、つづきって」

男「ん? 当然おままごとだけど。どうしたの?」

幼「だ、だって」

幼「……だっておとこくん、せんせいのおてつだいがあるって」

男「ああそれね。大丈夫、あんなのは冗談だから」

幼「……? うそ? なんで?」

男「そうでも言わなきゃあいつらどこか行ってくれなさそうだしさ。おままごと出来ないよ」

幼「……いいの?」

男「ん?」

幼「おとこくんは、いいの?」

男「いいのって、何がだよ」

幼「だって、わたしとあそんだらおとこくん、へんなのって言われちゃう」

男「あー、うん。大丈夫、俺はあんまりそういうのとか気にしないから」

男「というか自分のことが心配だからって他人との約束を破ることはしないよ、幼」

幼「……うん」

男「そっか、分かってくれたね。じゃあ」

男「おままごと、しよっか」

幼「……うんっ!」

~~~~~~


幼「ね、おとこくん」

男「……んー? どうしたのさ」

幼「あのね、おっきくなったら……その……」モジモジ

男「?」

幼「ぁう、あの、そのぅ」

男「はは、落ち着いて幼。大丈夫、どんなにゆっくりでもいいんだよ。全部聞いてあげるから」

幼「……う、うん」

幼「あのね。……おっきく、なったら」

男「うん」

幼「お……お……」

幼「お……およ……およ……め」

男「およ、め……」

男「……ああ、そういう」

幼「およめさんにね、なりたいの」

男「…………」

幼「だ、だめ?」

男「……んーとね」

男(お嫁さんかあ。幼と結婚したら色々と楽しそうだなー、多分)

男(ま、所詮は子供の口約束なんだろうけどさ。どうせ忘れるんだし、オーケーとでも)

男「いいよ。お嫁さんにしてあげる」

幼「っ、ほんと?」

男「ああ。嘘じゃないよ」

幼「じゃ、じゃあっ」ガシッ

男「うん?」

男「幼、この手は一体何なのかな? どうして僕の両腕が掴まれているのかな?」

幼「えへ、ふーふは、こういうこともしなきゃいけないって」ギリギリ

男「そうかそうか。でもそれは間違っているな。そもそも僕達は結婚する約束をしただけで、実際そういう関係になっていると言うわけではない」

幼「じゃあ、れんしゅう」ギリギリ

男「練習、そう考えれば君の行為も何らかの意味を持つのだろう」

男「しかしあまりにも一方的すぎる。幼、今から君が行う行動、おもむろに唇同士を重ねる行為、つまりキスと言うのは双方の同意があってこそ認められるものなんだ」

幼「きす? そうほーの……どーなつ?」ギリギリギリ

男「キスと双方の同意ね。キスはちゅーってこと、双方の同意は僕と幼が両方ともいいよって許すことなんだ」

幼「じゃあゆるして」ギリギリギリ

男「駄目だからこうやって抵抗してるの。離してくれ幼」

幼「だめ!」ギリギリギリ

男「……ああ、やっぱりかい」

男「そもそもねぇ幼、こういうことはもっと年齢を重ねる……言い方が難しいな。年を取ってからするものなんだ」

男「幼もちゅーなんてしたことないでしょ? ほら、まだ経験なんてないんだから、そういうのは大事にして……」

幼「すきありぃ」

男「ちょっ」


~~~~~~

男宅


男「……なに、今日幼が遊びに来るの?」

母「ええ、さっき電話があったの。昼の二時に来るらしいのだけれど、男くんは大丈夫かしら?」

男「ああ、別にいいさ。ちょうど本も読み終えたところだし、暇ができてしまったから」

男「それよりもさ。妹も容態はどうなってるんだい。今日は調子がいいの?」

母「え、ええ。久し振りにお散歩に出掛けたいって言うくらい……」

男「そっか。なら都合がいい。幼にも妹と遊んでもらおう。仲もいいことだしね」

母「……そう、ね」

母(どうして家の子はここまで園児っぽくないのよ。部屋を開けたら推理小説読んでる幼稚園児なんて聞いたことないわよ)

男「それじゃあ母さん、僕は部屋の片付けがあるから」

母「そう……って、一人で大丈夫? その分厚そうな辞書とか」

男「大丈夫さ。もっとも自分で散らかした部屋なんだ。僕自身が片付けず、母さんに頼ってちゃあいけないだろう」

母「いやでも、たまには……」

男「いいよ母さん。そっちはそっちで妹の世話とか家事とかで疲れてるんでしょう。ゆっくり休みなよ」

母(我が息子(5才)に心配された……ショック……)

母「……本当に大丈夫?」

男「ああ。他の子だってこれくらいはやってるよ、母さん」

母「そ、そう……それじゃあ」ガチャ

バタン

男「……っと。大体片付いた……な」

男(今は十二時三十分。後一時間半も余裕がある)

男(それまで退屈だが、まあ昼寝でもしていれば……)

「お兄様、お兄様」コンコン

男「ん?」

男(この声は……)

男「……今開けるよ」

ガチャ



妹(4才)「ああ、お兄様」

男「やっぱりお前か、妹」

妹「……? 何か不都合でもございましたか」

男「いや、ないよ。ただちょっと妹が珍しく俺の部屋を訪ねるものだから驚いちゃって」

妹「ふふ、今日は体の調子がいいんです。予備のお薬も飲まなくて済みそうなんですよ」

男「そっか。それは良かったな」

妹「はい」



男「っと、そうだ。立ち話もなんだから入りなよ。さっき片付けたばかりだから散らかってはないと思うんだ」

妹「別に、散らかっていても気にしないのですけれど。お兄様の部屋に入れるのですから」

男「……はは、そうなの」

妹「そうなのです」フフン

男「んで、用件って何かな」

妹「はい。……その、今日って幼さんが来るのですよね」

男「うん。一緒に遊ぼうか」

妹「はい。それについてなのですが、えと、私も……」

男「…………」

妹「…………」

妹「……先読みしないでください」

男「いや、下手に話が長引いても仕方ないし」

妹「……むぅ」

数十分後


男「……なあ、思ったんだけどさ」

妹「何ですかお兄様。まだ二時にはなっていませんよ」

男「いや、それが聞きたいんじゃない。下手に僕の真似しなくていいから」

妹「……ずるいです。お兄様だけ私のことが分かるなんて」

男「はいはい。で、本題だけどさ」

男「……あの、僕のことを『お兄様』って呼ぶのはどうかと思うんだけど」

妹「? 何か問題でも?」

男「うん。問題がありすぎるんだよね」

男「年相応に『お兄ちゃん』だとか。たいして年も離れてないから、呼び捨てで『男』とかでも」

妹「嫌です。『お兄ちゃん』はまだしも呼び捨てで『男』等と……私はそこまで落ちぶれてはいません」

男「呼び方ごときで人間は落ちぶれたりしないんだよ。ましてや僕達家族なんだよ」

妹「親しき仲にもなんとやら。そういうわけです」

男「それは親友同士で使う言葉であってね」

妹「その辺りは無視します」

男「おかしいよそれ……」

妹「おかしい……うーん。おかしい、ですか」

妹「別にいいじゃないですか。私達、最初からおかしいのですし」

男「……うん? おかしいってどういうことさ妹。いきなりシリアスモードかい」

妹「その通りだとしか言いようがありません。おかしいからおかしいんです」

妹「第一にですよ。まだ年齢が二桁になるまでまだ五年近くある私とお兄様が、どうしてこうまで小難しい言葉を使って会話をしているんです?」

男「そりゃまあ、本とか読んでたら勝手に覚えてたとしか」

妹「ですよね。私もお兄様の立場ならそう答えていました」

妹「でもそれがおかしいですもんね。普通の幼い子供が本を読んだだけでその内容を全て把握なんてありえませんものね」

妹「というか、そもそも読めるかどうかすらも分かりませんよ」

男「まあ、そうだけどさ」

妹「ですから私がこうやってお兄様に対してお兄様と呼ぶのは大丈夫なんです」

男「はぁ。僕がどう言ったって呼び方を変えないわけだな。分かったよ、これ以上話しても拗れるだけみたいだし」

妹「そういう訳……です」フラッ

男「な、妹? 大丈夫かよ」

妹「ふふ、すみません。今日のお散歩でちょっと疲れちゃったみたいです」

男「そっか。だったら時間までは結構あるし休んでなよ。どうせ幼が来たらはしゃぐんだから」

妹「そう、ですね」



妹「……あの、お兄様」

男「ん?」

妹「膝枕、してくださいな」

男「……もうベッド行けばいいんじゃないの?」

妹「や、です。お兄様の膝枕で寝てみたい気分なんです。早く早く」

男「はいはい……」


~~~~~~

男「……ん」

男(あれ? なんだ、僕も寝てたのか……)

男(妹は……)

妹「……おに……ぃ…………ゃ」

男(気持ち良さそうに寝てるな、うん)

男(さて、そんな妹を起こさないように、ベッドとかに移したいいかな。もうそろそろ幼も来るだろうし……)

男「って、あれ?」

男(もう二時過ぎて四十分。もう幼が来ても別にいいころ……)



幼「…………」ムスッ

男「……部屋の隅でなにしてんのさ、幼」

男「なぁ、幼って」

幼「…………」プイッ

男「拗ねてるの?」

幼「…………」

男「拗ねてるのか」

幼「……」

幼「ちがう」

男「お、喋った」

幼「っ」プイッ

男「あらら、元に戻っちゃった」

男「そのさ、ごめんね。ついつい寝ちゃってて。片付けとかで疲れちゃってさ」

幼「…………」

男「時間は遅れちゃってるけど、今から遊ぼうよ。ほら、まだ時間は十分に」

幼「ちがうもん」

男「え?」

幼「そんなのじゃないもん」

男「はあ、そうなの?」

幼「…………」コクコク

男「じゃあ何が」

幼「うわき」

男「…………」

男「……はい?」

幼「…………」ムスッ

幼「うわきは、だめなんだもん」

男「浮気、ってちょっと幼、僕が誰と浮気なんて」

幼「…………」ユビサシ

男「うん?」





妹「……にぃ…………へへ」

男「……うん。ちょっと、色々言いたいことがあるんだ」

男「まずね幼。今僕の膝でぐーぐー眠ってるこの子はただの妹だ。別に浮気とかそういうような関係じゃないんだよ」

幼「うそ」

男「嘘じゃないさ」

男「第一にだよ、幼。そもそも妹と僕じゃ結婚は出来ない。幼とならそりゃできるけれど、家族である妹とは決して出来ないんだよ」

男「それが分かってるんだ。わざわざ妹と浮気なんてする必要性が……」

男(……あれ? これだとまるで兄妹じゃなければ結婚してるみたいな言い方じゃないか)

男(ま、浮気じゃないって事さえ伝わればなんでもいいか)

幼「…………」

幼「でも、ずるい」

男「よし、セー……え、ずるいって何?」

幼「それ、ひざまくら」

男「ああ、これね。時間も来たことだしさっさと妹を起こして」

妹「だめ」

男「どういうことだい」

幼「そしたらおきちゃう」

男「さっきまで浮気浮気言ってたくせにこんどは何を言い出すんだ君は」

幼「…………」

幼「とにかくだめなの」

男「ああ、うん。なんか僕も疲れてきたからそれでいいや」

男「で、妹を起こさないんだったら一体僕は何を……」

幼「こうする」スッ

男「は? いや、いきなり立ち上がって何を」

幼「……」スタスタスタ

幼「……」ピタッ

男「?」

幼「……よいしょ」

男「…………」



幼「……ふふっ」

男「ねぇ、幼」

幼「なーに?」

男「二人膝枕ってのはちょっとやりすぎなんじゃないかな」

幼「わたしだけなかまはずれなの。そんなのだめ」

男「だからと言って君までこうする必要はないじゃないの。せっかく遊びに来たんだから……」

幼「えへー、おとこくんあったかーい」

男「話を聞く気がないと見た」

男「……あーあ、ただでさえ足が痺れかけてるのに」

幼「おとこくん、がんばれー」

男「痺れさせようとしてる張本人が何を言いなさるか」

幼「へへ……ぅん、おとこ……く…………」

幼「…………」スゥスゥ

男「寝るの早いだろう、おい」

男(こりゃ下手に起こせないな。ああ怠い。つかれるけど暫くは我慢するとしますか)


~~~~~~

男「というわけで僕の両足がオーバーヒートなのさ」

妹「それは災難ですねお兄様」

男「その災難の元凶である君に今すぐ頭を退けるよう言いたいんだが」

妹「ならば命令でもしたらどうです? 兄としての権限を用いて」

男「そうだね。じゃあ退いてくれ」

妹「嫌です」

男「ねえ、兄としての権限って一体なんなのさ」

妹「立派なハリボテとも言うべきでしょうか」

男「……無駄骨折らせて楽しいかい」

妹「ふふっ、お兄様の困った顔を見るのは楽しいですね」

男「……はぁ」

男「こうなったら強行突破だ」

男「今すぐ二人の頭を退かして……」

妹「あらあら、私の手が勝手にお兄様の足の裏へと」

男「えっ、ちょ」

サワッ












男「っっっッッッッ!!?」


妹「あら、予想以上の反応……」

男「おい、いも、うとっ」

妹「ふわぁ……ぁ、それではお兄様、私はもう一眠りさせていただきますね」

男「おい。おい……」

妹「…………」

男「……はぁ」

男「幼もどうせ起きないし、ずっとこのままか……」

幼「………………」

~~~~~~


 いつもいつも、こんな感じで日常が過ぎていく。

 それはまだ、無邪気な子供だった頃の話だ。今のように小難しいことを考えなくたっていい。周囲にはいつも誰かがいて、自分に対して声をかけたり、構ってくれたりする。

 一人ではなかった。決して、独りではなかった。

 毎日が、楽しかった。楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 いつまでもこんな日常が続けばいいとさえ思うほどだ。あの頃の自分がもし七夕の短冊に願い事でも書くとしたら、きっと『ずっとこのままでいられますように』なんて書いたりするんじゃなかろうか。

 でも、それはあくまでも願い事に過ぎない。

 どうしようもなく、時間は流れてしまうのだ。


~~~~~~

【小学校】


ピッ、ピッ

男「…………」

ピピピッ、ピピピッ

男「………………」

ピピピピピピピピピピピ

男「……………………」

ピピピピピピピピピピピピピピピピピ

男「……チッ」カチッ

男「なんだ、もう朝か……ふぁあ」

男「今は六時半……」

男「……まだ、眠れるな」

男「…………」

男「…………」

コンコン

「お兄様、お兄様ー」

「……入りますよ」ガチャ



妹「やっぱりまだ寝ていましたか。起きてくださいお兄様、もうそろそろ起きないと学校に遅刻してしまいます」ユサユサ

男「……んー」ゴロン

妹「寝返りをうって私から逃げようとしないでください。本当は私に気づいているのでしょう?」

男「……あい、どん、のう」

妹「私は知りません、て言っているのですか? とぼけては駄目ですお兄様。このままだと私まで遅れてしまうではありませんか」

男「…………」

妹「こうなったら強行突破です。今お兄様の被っている布団を容赦なく引き剥がします」ガバッ



妹「なっ……」

男「…………」ニヤ

妹「……二層構造って。お兄様、どれだけ布団から出たくないのですか」

男「……だって寒いし。俺の布団一枚一枚が薄いんだよ」

妹「いやこれ、かなり分厚いように見えるのですけれど」

男「備えあれば憂いなし。寒くもないし、こうやって妹に引き剥がされるのも視野に入れているのさ」

妹「…………」

妹「…………」ガバッ

男「うわっ、また剥がされた」

妹「ふざけていないで行きましょうよお兄様。もう諦めてください」

男「でもなあ」

妹「幼さんをまた待たせる気ですか?」

男「……はいはい、分かりましたよ」

妹「それでいいのです。それでは私は出ていきますので早く着替えてくださいな」

男「分かってるさ」

妹「それと二度寝ならぬ三度寝もいけませんよ」

男「……ひょっとかして妹、お前母さんよりも俺のこと詳しいんじゃないのか」

妹「ふふっ、だとしたらそれはそれで嬉しいですね」


~~~~~~

男「行ってきまーす」

妹「行ってきます」

母「はーい。車には気を付けてねー」

男「はいはい……」ガチャ

バタン

男「で、幼は……」

妹「いつもの公園ですよ。毎回毎回忘れてはいませんかお兄様」

男「うーん……昔からそう言う物覚えは極端に悪かったから」

妹「確かに。お兄様、文章等は一発で暗記できてもそういう写真とか風景とかは全くでした」

男「本当、何でだろうね」

妹「よく分からないですけれど。あまりお兄様は外出等する方ではありませんし……」

妹「どこかでそんなものは必要ない、なんて認識しているのではないのでしょうか」

男「だとしたらそれは相当アレだな……将来が心配だ」

妹「大丈夫ですよ。まだ成人するまでには九年もあるんです。ゆっくりと改善していけばいいじゃないですか」

男「ゆっくりねぇ……」

男「ん? そろそろだっけか、公園って」

妹「そうですよ。あそこに……あ、幼さんがいますよお兄様」

男「ああ、そうみたいだ」

幼「…………」

幼「……寒い」ブルブル



「幼さーん、幼さーん」

幼「ん……?」

幼「あっ、おはよう妹ちゃん。」

妹「おはようございます。今朝は本当に寒いですね」

幼「本当にね。手がかじかんで動かなくなってきちゃった。手袋つけてるのに」

妹「……ひょっとかして、結構待ちました?」

幼「え? いや、そこまでは……」

妹「ほら。やっぱり幼さん待たせてしまったじゃないですかお兄様」

男「ん? ああ……悪い」

妹「私に言わずに幼さんに言ってください。というかお兄様、挨拶すらしていないんじゃありませんか? しっかりしてください」

幼「いや、私はそこまでされなくても」

妹「いいのですよ。お兄様ったらまだ寝惚けているみたいですし、このくらいきつく言った方が眠気覚ましにもなるでしょう」

男「……というわけでさ。悪かったね、幼」

幼「う、ううん。私は大丈夫だよ」

妹「……なんかお二人方、物凄く堅苦しくありませんか」

男「別に」

幼「いつも通りだと思うけど……」

妹「…………」

妹「昔はもっとお二人ともベタベタしていたと思うのですけども」

幼「でも、それは昔のことだからで……」

男「その昔って言うのも幼稚園の頃の話だろう? あれから何年も経っているんだ、性格やら言動やらが変わるのは必然だろうに」

妹「確かにそうですけど……」

幼「……とりあえず、行こっか。急がないと学校に遅れちゃうよ」

男「ん」

妹「……それもそうですね」

男「あ、それと幼」

幼「……? 何かな」

男「なんかもう、遅くなって悪いけどさ」

男「おはよう」

幼「あ……」

幼「……うん。おはよう、男君」



妹「…………」

妹「うーん、やっぱり変ですね」

妹「お兄様の言う通りこれも必然、ということなのでしょうか」

妹「……うーん」


~~~~~~

校門手前


幼「あっ、それじゃあ私はここで……」

男「うん。じゃあね」

妹「…………」



妹「ねえ、お兄様」

男「うん?」

妹「どうして、毎回こんな中途半端な所で幼さんと別れるのですか? ここまで来たのだったらいっそのこと教室まで行ってしまえばいいのに」

男「まぁ、確かにそうだけどな」

妹「ではなぜなんです? やっぱりお兄様もクラスの男子から『うわーお前幼と付き合ってんのー』的な声をかけられるのが嫌なのですか」

男「ははっ、俺がそんなことを一々気にするとでも思うかい?」

男「むしろそんなことを考えるのは幼の方さ。あの子の方がよっぽどそういう事に敏感だ」

男「まあ、俺も幼も十一歳なんだ。早いやつはもう思春期に入ってたり、身体的な成長にも変化が見られたりする」

男「だから、人間と言うのは嫌でも以前までの自分とは違った自分に直面しなければならない。でも、心がまだ不安定だから上手く事が運びはしない」

男「だからこそ周りと違う自分を何よりも恐れて、人間と言うのは言動の全てを差し障りのないものへと強引に置き換えたがるんだろうさ」

男「そして、そんな普通の自分を演出している最中、誰かが集団の中の普通から外れた行動を取るものがいたとする。当然、普通じゃない変なやつを茶化したり笑い者にしたり、場合によっては虐めとかで排除しようとしたり」

妹「長ったらしいので省略しますと、周りから見ておかしいやつはどうにでもなっちまえーみたいな」

男「うん。大体そんな感じだと思う。自分でも言ったことあまり覚えてないや」

妹「……で、この場合のおかしいやつというのは異性と一緒に登下校したりして仲の良い子たちだと」

男「うん。以下同文」

妹「確かにお兄様はそんなこと気にしませんものね。騒ぎ立てられても煩いの一言で済ましそうです」

男「だろうなぁ」

男「と、くだらない雑談も終わったところでお別れかな。四年生は反対側の昇降口からだったもんな」

妹「ええ。……まさかそんなことまで忘れているとは思いませんでしたよお兄様」

男「ごめんごめん」

妹「はぁ。今更どうこう言っても直りそうにありませんね、その物忘れの激しさは……」

妹「ま、ともかくさようならです。また帰りに校門前で待っています」

男「ああ。分かってる」

妹「それは覚えていてくれたのですね。嬉しいですお兄様」

男「こればっかりは大事な妹との約束な訳だし。毎日一緒に登下校ってのは」

妹「ふふっ。それでは、今度こそさようなら」

男「はいはい」





男「……はぁ」

男「まーた、暇な一日が始まるんだ……」

五年生教室


男「…………」ガララッ

男「おはようございます、先生」

先生「あら男君。今日もしっかりしてるわね」

男「いえ……目上の方に対する挨拶は常識の更にまた常識です」

先生「そうだとしても、それを毎日続けられるというのは本当に凄いことよ」

男「はは、お世辞も過ぎると返って恥ずかしいだけですって……」スタスタ





「よっす! おはよう男!」

男「……?」

友「いや、どうして俺に誰だコイツ的な視線を送ってるんだよ。友だよ友、一年の時からクラスが一緒の友ですよー?」

男「…………」

男「……あっ」

男「……はよ、友」

友「うわ、何その本当に忘れてましたみたいな……ショックだわ……」

男「ああ、そうなの」ガサゴソ

友「まあいいけどさ。もう慣れたし」

友「ところで今日の宿題の算数プリントってやってきた?」

男「……やったと言えばやったけど」

友「マジ!? だったら俺に貸してくれない? 問題自体は出来ないことはないけど物量が半端な」

男「もう出した」

友「え?」

男「だからもう先生に出したって。と言うわけでお前に見せるプリントは既に先生の手の中だ」

友「う、うっそぉ……だってあれ土日使っての宿題で、既に出してるってことはつまり……」

友「えっ、プリント配られた日に速攻終わらせたってこと?」

男「……まあね」

友「嘘だぁ……そんな、だったらもう算数の時間に間に合うわけがない……」

男「仕方がないだろう。素直に反省でもしておくんだな」


友「うおぉぉおおぉぉん……」



男「……はぁ」

男「全く、いつもあの調子じゃないかあいつ」


~~~~~~

男「……で、俺の方は半分終わったけど。お前の方進み具合は?」

友「うう、まだ四分の一です……」

男「占めて八分の一か。進行速度が酷すぎるな」

友「ううっ……」

男「とりあえずまたお前の半分寄越せよ。適当に終わらせるから」

友「すまねえ、すまねえよお……あれ、その前にちょっといいか」

男「うん?」

友「お前の字って綺麗すぎてさ、俺が書いたものじゃないって疑われるんじゃ……」

男「ああ、その件なら気にするなよ。筆記体変えてお前のに似せてあるから」

友「やべえ……男さんマジヤベえよ……」ウルウル

男「はぁ……」

男(なんでこいつの宿題なんて手伝ってるのかな、俺)


~~~~~~

キーンコーンカーンコーン

先生「はい皆、席についてー」


男「……これでよし。残りは少ないしできるしいいな?」

友「イエス。本当にありがとうございます男さん!」

男「はいはい。次は忘れないようにな」

友「イエース!」



男「……」

先生「はい、これから朝の会を始めますねー」

男(……朝の会か。どうせ出席取って挨拶ぐらいしかやることないのに、よくもまあそんな名前を付ける……)

先生「えー、それでは……」チラッ

男「……?」

男(なんだ? 一瞬、先生がこっちの方を見てきた?)

先生「皆、大分前に募集した意見文のことは覚えていますかー?」

男(なんだっけか……人権について考えるとか、大層な事言って募集してたやつだっただろうか)

「先生、覚えてるよ」

「うん。あたしこの前それ出したもん」

先生「はい、皆さん覚えているみたいですね。それなら話が早いです」

男「…………」



先生「なんと、このクラスの男君が見事賞を取りました!」

男「……うん?」

先生「えーと確か……」

男「先生」

先生「そう、これこれ。先週通知が届いたのよ。しかも取れる賞の中でも一番いいものをだって。内閣総理大臣賞」

男「いや、あの」

「すっげえええ、やっぱ頭いいんだな男って!」

「本当になっ」

男「ちょっ、本当に待って。待ってください先生とか」





幼「…………」

幼「男君が……」

先生「それで、男君は……」

男「先生!」

先生「あら、そんなに声を荒らげて」

男「アンタのせいだ畜生……」

男「……まあいい、ところでその俺が取ったらしい賞? の事なんですけども」

先生「なになに?」

男「はっきり言いますと俺、そんなもの出した覚えがないんですが……」

先生「ん? 覚えていない?」

男「ええ。先程頭の中からその賞に関する記憶を引っ張り出そうとしましたけど、そんなものに全く覚えがないんです」

男「ひょっとかして他の誰かと間違えたとか、そう言うのはありませんか?」

先生「それはないわよ、男君」キッパリ

男「うわっ断言された」

先生「だって貴方、それこそ最初はこの賞取ることに興味は全くと言っていいほど無かったけれど」

男「はい」

先生「受賞すれば図書券が貰える、って聞いた途端に目の色変えて取り組んでたじゃないの」

男「…………」

男「……図書…………券?」

先生「そうよ」

男「……ああ」

男「思い出しました……」

先生「それならよかった」

男「俺としては全く良かないんですがね……」

男(……浅い考えだった)

男(適当に内容を詰めてればそこそこの賞イコール図書券は手に入るだろうと考えていたが、まさか一番になるとは思わなかった)

男(授賞式みたいな形でその文章を朗読しなければならないらしいじゃないか。面倒だ。投げ出したくなるほど面倒だ……)

友「男、やっぱりお前ってすげーんだなー」

男「……いきなり何かと思えば。なんだ、茶化しにでも来たのか」

友「違うって。やることないからここに来ただけー」

男「そう」

友「うん、相変わらずのローテンション……少しは喜べばいいのに。あんな凄い賞取ったんだぜ?」

男「別に。適当に送った文章なんだ、それが評価されたからって喜ぼうなんて思いやしない」

男(……適当な文章、ね)

男(そんな適当な文章で、俺はもてはやされなきゃいけないのか)

男(……これからも、このような事が連続していくのだろうか)

男(嫌になってくるな。確かに自分が周囲のやつらとは違った思考回路みたいなものを持っているのは否定しない)

男(だが、そいつのおかげで毎度毎度特別視されてかなきゃならないと言うのは我慢できない)

友「おい? どうしたんだよ男」

男「……ん? いや、何でもない」

友「本当か? ……いや、まあそれならいいんだけど。一時間目は音楽で移動しなきゃいけないし、早く行こうぜ」

男「ああ」

男(……まぁ、十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人と言うくらいだ。俺も今のうちは他と違ってても、十年後には大衆を成す一個人と変わりはなくなるだろう)

男(それまでだ。それまで普通に、普通に生きていけばいい……)

~~~~~~


学校終了後



妹「…………」

妹「……お兄様、遅いなぁ」

妹「何かあったのかなぁ」

ヒュウウゥ…

妹「……風、寒いです」フルフル



「……ちゃん、妹ちゃんっ」

妹「え? その声は……」

幼「はぁっ、はぁ……」

妹「幼さん? 何故貴女が」

幼「……男君に、頼まれて」

幼「用事が出来たから、先に帰ってろ、って伝えるように言われて、それで……」

妹「『出来れば一緒に帰ってやってくれ』……そのような事をお兄様が言ったのでしょうか」

幼「…………」コクリ

妹「……わざわざ私などのために、ありがとうございます」

幼「いいの。妹ちゃんは私の妹同然みたいなものだから」

幼「それよりも私に頼んだのは男君だから。彼にお礼を言った方がいいと思うよ」

妹「それもそうですね」

幼「うん。それじゃあ行こっか、妹ちゃん」

妹「はい」

~~~~~~


妹「……で、お兄様の作文が見事選ばれた、と」

幼「うん。凄いんだよ男君、とれる賞の中でも一番凄いものを取ったって」

妹「へぇ、そうなんですか」


幼「……あんまり嬉しくなさそうだね。もしかして説明の仕方、悪くて上手く伝わらなかったのかな」

妹「え? あ、いえ。嬉しいですよ。お兄様が誉められているのです、嬉しくないはすがありませんよ。幼さんの説明でしっかり伝わっています、ご安心ください」

幼「? でも、やっぱりなんか、そこまではって嬉しくは無さそうだけど……」

妹「いや、まぁ」

妹「……正直、言ってしまいたいのですけれど、宜しいでしょうか」

幼「うん。別に大丈夫だよ」

妹「……お兄様がそういった類のもので賞を受けるのは、ある意味当然の事なのです」

幼「当然、って」

妹「はい。当然です」

妹「これに限った話ではありません。お兄様はどんな分野のどんな課題を出されても、ほぼ満点に近い……いえ、満点と評価がつけられるものを生み出すことができるのでしょう」

幼「……本当かなぁ」

妹「ええ、本当です。少なくとも私の知るお兄様ならきっと」

妹「……きっと。以前と変わらないお兄様なら」

幼「以前と、変わらない……」

幼「…………」

幼「ねえ、妹ちゃん」

妹「はい、なんでしょうか」

幼「あの、私もハッキリしてなくて、よく分からないけどさ」

幼「男君って、変わったよね」

妹「変わった? お兄様がですか?」

幼「うん……物凄く頭が良くて、先生が悪ふざけで出した問題も、ものの数秒で答えを出しちゃうし」

幼「私には、どうやったって昔と同じ風には見えない。まるで別世界の人みたいに思えて……」



妹「…………」

妹「……いえ、幼さん。そんなことはありませんよ」

幼「え? でも、明らかに変わってると……」

妹「いいえ。お兄様は何も変わってはいません。むしろ変わったと言えるのは、私を含めるお兄様の周りの人間」

幼「……それって、つまり」

妹「はい」

妹「幼さん。貴女もその変わった人達の一人なのです」

幼「……っ」



妹「……まぁ、そこまで気にすることではないのですが。人が時を経る毎に変わっていくのは仕方のないこと……」

妹「殆どがお兄様の受け売りですが、正にその通りだと私は思います」

幼「男君は……変わってない……

妹「確かにお兄様の口調は少しだけ荒っぽくなりました。自分のことを僕から俺と呼ぶことに変えています」

妹「幼稚園の時と比べ、学校に行くのを極端に面倒臭がるようになりました」

幼「…………」

妹「でも、お兄様はお兄様でした。変わらず私に対して優しく接してくれます。気にかけてくれます」

妹「変わっていないのです。あの頃と変わらない、私の敬愛するお兄様と。何ら変わりはないのです」

妹「外側が多少変化しても、内側はあの優しいお兄様のまま」

妹「本質は何一つ変化していない。ずーっと、お兄様はお兄様」

幼「…………」

幼「ごめん、妹ちゃん。私には難しすぎるかもしれない」

妹「……そう、ですか」

幼「ごめんね」

妹「いえ、いいんです。私ですら、自分の言葉の意味に気づけてないのかもしれないのですから」

~~~~~~


 そう。時間の流れだけはどうしようもない。

 変化していく日常。変化していく幼馴染み。変化していく周りの視線。

 仕方のないことだ。

 そのうち、自分は子供ではなくなってしまうのだ。

 無邪気に振る舞い、素直に心の内を吐き出すこともできない。

 仕方のないことだ。

 思考が複雑化していく中、一番理解している自分のことさえも分からなくなっていく。

 そんな自分が、他人のことなど理解出来るものか。

 いつも傍にいてくれた人のことなど、分かる筈があるものか。

 仕方のないことだ。

 仕方の、ないことなんだ。


~~~~~~

【中学校】


教師「それでは、期末テストの返却をします」

「えー、やだなー」

「全然出来なかったんだけどー」

「なあ、点数勝負しようぜ!」



男「…………」

友「男さん男さん、今回の出来はどうですかい」

男「……別に」

友「っつーことはほぼ満点って事かー」

男「勝手に考えてろよ。後お前、もう呼ばれてる」

友「おっ、本当?」

男「…………」

男「……ふわ、ぁ、あ」

教師「男さん」

男「……俺の番、か」



男(毎回毎回、思うことがある)

男(教科書を読んでただ機械的に暗記するだけ。そんな単純作業に、一体何の意味があると言うのだろう)

男(……いや、人間の大多数にはきっと意味のあることなんだ。それこそ人生を左右するくらいの、それが)

男(だけど。俺にそんなものがあると言うのか? この作業から、価値ある何かを見つけ出すことが出来るのか?)

男(分からない。分かりたくもない)

男(分かったところで何もなりはしない。寧ろ毎日を生きていくための原動力をまた失うことになる)

男(学ぶことの、意味を。繰り返すだけの、意味を)

男(僕は、忘れたくなどない)

教師「はい、今回の答案」ペラッ

男「ありがとうございます」

男「…………」

教師「よく頑張ったね。私も今回は難しく作ってある筈なんだけども」

男(……三桁の数字が見えた)

男「……はい。この調子で頑張ります」

教師「ええ。頑張ってね」

男「…………」



友「よーっす、点数なんだったよ?」

男「三桁

友「おうおう、さん……」



友「……マジかよ」

男「…………」

友「何でこんなに点が取れるんだよ。今回の数学って相当難しくなかったっけ?」

男「…………」

友「って無視っすか……友さんは悲しいでござるよ」

男「……あっそ」

友「うわー、すげーうすぃーはーんのーう」

男「……かく言うお前も相当いいよな。91点だって」

友「おっ、気づいた? いやー今回は頑張ったんだよねー!」チラッチラッ

男「はいはい、俺の様子窺わなくていい」

友「えー、でもぉ」

男「黙れ」

友「あい……」

友「まあ、俺がどんな点数取ろうが、結局はお前の劣化にしかならないんだよなー」

男「……馬鹿言ってるなよ。結局評価されんのは点数じゃなくて内申点の数字だろうが」

男「俺もお前も同じ5の数字を取ってしまえば評価は変わらないんだよ」

友「いやいや、俺は態度とかも問題あるし」

男「…………」



男「……そろそろ、止めにしてくれないか」

友「え?」

男「……正直、疲れるんだよ。こちとらもっと餓鬼の頃からそんなありきたりの誉め言葉聞いてるんだ」

男「お前には悪いけど、そろそろうんざりだ」

友「…………」

友「悪い、そっちのこと考えず言い過ぎた」

男「……ああ。こっちこそ理不尽なこと言ってごめん」

~~~~~~


幼「…………」

幼(合計点は主要五教科で463……)

幼「うん、悪くない点数」

幼友「ちわーっす! 幼、点数どうだった?」

幼「え? あ、私は……」

幼友「何々? えーと……うわっ463点! すっごいじゃん、何でこんな頭いいの!?」

幼「別に、普段から予習復習をしっかりしてただけ。特に凄いことなんて……」

幼友「それだけでこんな凄い点数取れちゃうんでしょ? 凄いよ!」

幼「……ありがとう。でも恥ずかしいからもうちょっと声押さえて」

幼友「あいあいさー」

幼友「そうだ、頭がいいって言えばさ」

幼「?」

幼友「校内一の天才って言われてるC組の男! 今回も点数がヤバイらしいよ」

幼「っ」

幼「男、が……?」

幼友「うん。って幼、顔引きつってない?」

幼「……なんでもないわ。続けて」

幼友「うんうん。で、その男の取った点数が……えーと」

幼「…………」

幼友「そう! 五教科合計496点!」

幼「……え」

幼(男が……そんな……)

幼友「およ? 幼ったらどうかしたの?」

幼「え。あ、ごめん、ちょっと驚いちゃって」

幼友「うーん? 本当かなぁ」

幼「本当よ。本当、本当なんだから……」

幼(昔から頭がいいな、って思ってたけれど、まさかここまで……)



幼友「あっ、思い出した!」

幼「っ、何を思い出したのよ」

幼友「幼と男の関係。確か幼馴染みなんでしょ?」

幼「……ええ、そうだけど」

幼友「ふっふっ、なら幼友さんは気づいちゃったよ」

幼「気づいた、って」

幼友「ずばり気に」

幼「なってないわよ」

幼友「うへー……そくとーう」

幼「……はぁ」

幼「彼の取る点数なんてもう大分前から分かってたわよ。昔から頭を良すぎてたし、全教科で満点近く取るなんて予想もついてた」

幼「そんなことをわざわざ気にしてなんて……」

幼友「違う違う、あたしが言ってるのは点数のことについてなんかじゃないよ」

幼「……じゃあなによ」

幼友「おお、目線が怖い。まあ言っちゃうと異性としてどう思ってるのよさーってこと」

幼「異性、って」

幼友「だってさだってさ、普段から男に縁がないと言うか一方的に距離を置いている幼にとってその男って言うのは数少ない男友達な訳でしょ?」

幼「そうなるわね」

幼友「ふふふ、そんでよく知ってる男が勉強めちゃ出来てスポーツも出来てたりする万能君だったりするとさ、何か感じない?」

幼「……?」

幼友「あー、ほら。男性としての魅力とか? 単純に格好いいとか? 思っちゃわない?」

幼「…………」

幼「私は、別に」

幼「……そんなこと」

幼友「うん? どうなのどうなの? このあたしに言ってみんしゃーい!」

幼「何でそんなテンション高いのよ」

やっべえミスった
>>91の期末テストを中間テストに変えてください

~~~~~~


男「…………」

友「なー、男ー」

男「……なんだ?」

友「明日、修学旅行だなー」

男「ああ」ネガエリ

友「正直楽しいと思うか?」

男「さあ。歴史的な建造物見れるだけ俺はいいと思うけど」

友「いやそれって小学校の修学旅行と同じじゃん。古臭い神社見るなんて特に」

男「……ま、そう思う奴もいるわな」

友「おっ、何々男、自分だけは楽しみ方を知ってるみたいな言い種じゃないの。教えろ教えろー」

男「楽しみ方って言ってもな。本や教科書に載せられている建造物や名所、引いては物をその目で見れるだけいいだろう、って」

友「うーむ……社会なんてただの暗記物だと考えてる俺には共感できない話だった」

男「そうか」

~~~~~~


友「という訳で旅行先に到着だ」

男「…………」

友「起きろよ男、もう着いたぜ。宿泊先のホテルだ」

男「……、ぁ? 妹か?」

友「どこが妹だよ。なんで最近身長が伸びてより男らしくなったこの俺が、あの校内有数のお嬢様オーラをかもし出すお前の妹ちゃんと一緒に見えるんだ」

男「…………」ゴシゴシ

男「……いや、毎朝妹に起こされてたから。そんな流れかと」

友「うっわぁ。羨ましいよ畜生」

男「……んじゃ、行こうか」

友「……あいあい、りょーかいりょーかいっと」


~~~~~~

男「……そう言えば妹、今朝は元気が無かったな」

友「うん? なんでさ」

男「…………」

男「……あー」

男「分からないわ」

友「無駄に時間をかけたなおい」

男「……あ。そう言えば」

友「何かあるのか」

男「明日は修学旅行だわって言った途端、妹が隅っこに行って『お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様』って」

友「何それ? ブラコンなの? そして病んでるの?」

男「そんでもって慰めに頭撫でたら『三日分ください』って」

友「oh……」

男「人それをヤンデレと言う……んだっけか」

友「いや、その程度ならまだ物凄いお兄様思いで済むんじゃねーの? ハハッ、畜生本当羨ましいや。いいなぁ俺も可愛い妹と美人な幼馴染み欲しかったわ」

男「……幼馴染みって幼の事か」

友「そりゃあそうだろ。学校で可愛い子挙げてったら一番か二番目に来るほどだし。妹ちゃんもだけど」

男「……なるほど。と言うことは知らないうちに俺が嫉妬を買っていたのにも頷けるな」

友「ははは、嫉妬ってなんだ、クラスの男子からわーわー言われるのか? 俺の言うような位に」

男「いいや。分類すると虐めの類」

友「……は?」

男「……ふぁ、ぁ」

友「ちょっと待てよ男、お前今虐めって……」

男「よく漫画であるだろう? 美少女ヒロインに好意を抱いているやつが、その子と仲の良い主人公に嫌がらせを仕掛ける……いや、俺はそこまで大した人間ではないんだがな」

男「まだ可愛いものだよ。教科書は捨てる勇気がないのか何処かに隠されるだけで、一部のグループからは無視を決めこまれたり。実害は今のところゼロさ」

友「……違う、そんな目に遭ってる時点でマイナスだろうが」

男「慣れてみると面白いものさ。明らかに俺を嫌っている人間とそうでない人間に違いが出てくるから、そこを見極めたりするのがまた面白い」

男「教科書の隠し場所を探すのも楽しいぞ。ウォーリーをさがせみたいにな。奴等も隠す場所を毎回毎回変えるものだから尚更」

友「……どんだけ冷静に構えてんだお前は」

男「生憎とそのような性格に成り果ててしまったから。お前からしたら気の毒に思えるだろうが、俺にとっては人生を楽しむための……そうだ、スパイスみたいなものだろうな」

友「わっけわっかんね。もうおかしいんじゃねーのって思うぐらいだわ、お前」

男「なんだ、漸く気づいたのか」

友「気づいてるよ。でもそこまでとは思ってない」

男「頑張って慣れてくれよ。俺はいつでも俺のままだから」

友「はいはい、分かってますよ
ー……ったく」

~~~~~~


幼「んっ、着いたわね」

幼友「だね。空気もおいしーし、けっこう良いとこだねー。写真撮っちゃおうか」

幼「……先生の前なのよ、程々にしておきなさい」

幼友「はーい」

幼友「……って、あれ?」

幼「? どうかしたの幼友」

幼友「いや。あそこにいるのって男じゃない? ほらほら、幼の旦那さ」ベシッ

幼友「いったああぁ」

幼「……軽々しく言うものじゃありません、そんなこと」

幼友「ふぁい……しゅみましぇん」



幼「……まぁ、確かにいた……っ!?」

幼(う、そ……)

幼友「ん? ねーねー、どうしたのさー」

幼「……が…………そんな……」

幼友「うん? よく聞こえないなー、もうちょっとはっきりプリーズ」

幼(男が……そんな……)



男「……で…………さ」

友「えー……おま……」



男「……ははは」



幼「っ……! やっぱり……」











「なんで、笑ってるの……?」









一つ質問ですが、再開の合図とか何かって必要でしょうか? どなたかお願いします

いらね

一旦終わるときは言ってくれると助かる

>>115>>116 yes。と言うわけで終わるときにのみ言うことにします
それではある程度の所に進むまで、もう少しお付き合いを

~~~~~~
夜 ホテルの一室にて


男「…………」

友「ぐがーっ、ごおおおぉぉぉ……」

男「…………」イライラ

友「がががが、ぐごごおおお」

男「…………」

男「……チッ」

男「…………」ガバッ

男(友のいびきが凄まじすぎる。こんな中で寝るなんて不可能だ。本当に不可能だ)

男(その場の気分で買った缶コーヒーも予想以上に効いてやがる。不味いぞ、このままだとろくに睡眠も取れないまま明日のハイキングに突入することになる)

男(……とりあえず、外の自販機で何か飲み物を買って、それを飲んで落ち着こう)

男「…………」ノソノソ

男「……はぁ」ガチャ

バタン

男「あーだり、でも眠れないとか……」

男(何買って飲もうかな。炭酸は逆に眠気が吹っ飛ぶから無理、そもそもカフェインが入ってるから駄目だし)

男(やっぱ無難に果物とかのジュースか。それがいいか)

男(あ、そうだ。いっそのこと炭酸のも買って来て友にぶっかけてやろう。こんだけ被害被ってるんだ、それくらい……)

男「……ん? あれ、そういや」

男(最近のホテルってオ ー ト ロ ッ クだったよね?)



男「……あぁ」





男「……詰んだ」

~~~~~~


男「……はぁ」

男(やっぱ疲労してたんだな……あんな単純なミスをするなんてらしくない)

男(先生に声を掛けようにも、もう部屋に戻っている時間帯。と言うか部屋の場所が知らされていないので分かりません)

男(と言うわけで、当然夜中の見廻りも終わってる。オートロック解除の鍵なんて持っていないから部屋には戻れない)

男(……ここで時間を潰すしかないのか。せっかくの修学旅行なのに悲惨だこと)

男「…………」

男(……ま、いびきが無いだけここも十分に寝られる環境ではあるか。少々固いけれども椅子はある。その気になれば、まぁどうにかなる)

男「……って、眠気が来ない時点で、んなことは……」





「……誰?」

男「…………」

男「……うん?」

なんかあまり書けてはいませんが、ここまでにしておきます
ありがとうございました

フロント行きゃいいじゃん
ってツッコミは禁止か?

>>124 日頃ニート根性の男さんはそんな事を考えられなかったのでした

男「誰っても」

男(声を聞く限りは俺と同い年の女子? 反応しておくべきか、否か)

男(ま、ここで隠してたら変な疑いかけられるかもしれないし。別に話しちゃっても、ね)

男「C組の男。知ってる?」

「……男? 男、なの?」

男「うん? まあ、そうだけど」

「…………」

男(うわっ、無言のまま近づいてきましたか。怖い、割りとかなり怖いです。何、俺が何かしたか? え? 俺は女子から恨みを買うような事は断じて……)

男(……あ。そうか。つまりこの女の子も妹とか幼とかを狙ってたりするんだな。うんうん、同性愛と言うわけね。だから俺をここで痛めつけてあの子らを我が物にしようと)

男(いいよ、俺はそう言うのに寛容だから。存分にアプローチして堕としにかかるがよい。あの子達を。れっつごー)

男(……と言うわけなんで俺を見逃してくれたりして頂けないでしょうか。もうね、ビビって動けないんだよ。表には出さないけどもうリアル貞子みたいなのかと思ったもん)

男「……HAHAHA。大丈夫、別に俺は妹とか幼とかは別になんです。と言うわけであんまり痛いのとかそういうのは……」

「っ……別にって。ほ、本人の前でそういうことは言わないでもらえるかしら」



男「あはははそうです……ん? 本人? えっ、本人って?」

幼「…………」

男「…………」

幼「……分かった?」

男「……あー」

男「なんか、あれだよ。ほら、あれ。なんていうか」

バンッ

男「」ビクゥ

幼「はっきり、ね?」

男「い、イエス……」



男「あのさ、幼」

幼「…………」

男「ごめん。気づかなかった」

幼「……馬鹿」

~~~~


男「えーと……これとこれっと」ピッ ピッ

ガコン、ガコン

男「…………」



男「はいよ、これでいいんだったよな」

幼「……ええ」

男「…………」

男「買っといて今更なんだけど、本当にお茶なんかでいいのか?」

幼「駄目だったかしら」

男「いやいや。否定する気なんてさらさらない。……ただ味気の無いただの茶で喉を潤すと言うのもな。他にもラインナップはあるのに」

幼「いいのよ。もう夜中だからジュースなんて飲んでも虫歯になるだけだし、そもそも私甘いものは苦手だもの」

男「へえ。昔は俺の菓子奪い取るぐらいに食ってたと思うがな」

幼「…………」



幼「覚えて……いたのね」

男「昔から記憶力はいいんだよ。大体の物事は頭の中を探れば見つかるはず」

幼「そう」

幼「ところでだけど、あなたはここで何をしているのよ」

男「うん? ……あー。ちょっと部屋に入れなくなってね。オートロックとか知らなかったもんだから、閉め出されちゃって」

幼「あなたがそんなことをしでかすなんて、明日は台風でも来るのかしら」

男「プラスで竜巻もお願いしたいね」

幼「……そう」



男「……で、今度は俺からだけども、どうして幼はこんなところにいるんだよ」

幼「大体あなたと同じ理由よ。最も私は鍵のかからないよう間に物を挟んでたのだけれど、何かしらの拍子にそれが外れちゃったみたいで」

男「それは運の無い。不幸としか言いようがないな」

幼「…………」

幼「……そうかも、しれないわね」

男「なぁ、幼」

幼「なによ」

男「修学旅行、楽しんでるか」

幼「……それなりには」

男「そっか。ならいいんだ」

幼「変に含みのある言い方ね。そういうあなたの方は……どうなのよ」

男「……俺は?」

男「…………」





男「……聞く必要、あるのかよ」

幼「……」

幼「……ええ、少しだけ気になることがあって」

男「へえ」

幼「七年前、かしらね」

男「うん? 七年前って……お前」

幼「ええ。あの七年前よ。ちょうど今みたいに暑くもなくて寒くもなくて。言うのであれば涼しい日だったわ」

男「思えばそうだったな。しっかり布団を被っていないと翌日には風邪を引いて苦しかった」

幼「……私達は家族ぐるみの付き合いで、その頃はまだ一緒に旅行に行ったり、よく片方の家で集まったりして……時には煩かったり鬱陶しかったりしたけれど、それでも楽しい毎日だったわよね」

男「……そうかもな」

幼「そんないつもと変わらないある日事だったわよね。両方のお父さんと、私達と妹ちゃんで。いつも通りだったわよね」

男「ああ。そうだな」

幼「……近くの公園に遊びに行って。お父さん達はベンチに……座って話をしてて。私達は砂場で遊んでて」

男「だったなぁ。泥だらけ、って程じゃないけど結構遊んでた」

幼「お父さん達、自分達がだらだら話す口実を作るためにわざわざ私達を連れて、することがない私達は、適当な場所で、ずっと」

男「だよなぁ、本当にやることが無かった」



幼「……ねえ、ねぇ」

幼「……ね、え。男。私、言っちゃうよ。この先のこと、言っちゃうんだよ」

男「ああ。話の流れからしてな」

幼「おかしい。おかしいよ。どうして止めてくれないの。男は、ねえ、なんとも思わないの」

男「……思うって、何に対してさ」

幼「っ……!」



幼「おかしい、よ」

男「…………」

幼「だって、だよ? だって、だって」

男「……ああ」

幼「い……ぃなく、なっちゃったん、だよ?」

男「…………」

男(……まずい。やっぱり『また』こうなったか)

男「幼、一旦落ち着いて……」

幼「男君はしってる、でしょ? だって、一緒にみたもん」

男「幼。辛いだろう、もういいんだ」

幼「凄い音がして、煩くて」

男「幼。大丈夫だって幼」

幼「ぐちゃぐちゃになって。何かが広がってきて」

男「……やめろ幼。もういい、それ以上『思い出す』んじゃない。駄目だ」

幼「気づいたらね、居なくなっちゃったの」

男「幼、だから本当に」

幼「居なくなっちゃったんだよね」









幼「男君、二人とも、ねえ、もう、ずっと前に」

男「……幼」

ギュッ

幼「ふぁ……?」

男「……幼。いいから一回聞いてくれ、な?」

幼「男君、なんで、抱っこ」

男「昔はよくしてただろ。というか幼の方からねだってきてた」

男「まあともかくさ、とりあえずは安心するでしょ?」

幼「…………」

男「幼、今日はもう休もう。明日はきっと楽しいことがある。なんたって旅行中なんだからね」

幼「ぁ……」

男「ゆっくり、ゆっくりでいいんだ。目を閉じて、息を吸ったり吐いたりして」

男「頭も使わなくていい。空っぽにして、ずっとそのままで……」

幼「……男…………?」

男「喋らなくてもいい。とにかく静かに、落ち着いて……」

幼「…………」

幼「……うん……」

~~~~


男「…………」ナデナデ

幼「……ぅ……ん…………」

男「漸く落ち着いたと思ったら寝ちゃったのか。まるで子供みたいだな」

男「……いや、子供なのか。実際に幼は」

男「…………」

男(また、だ)

男(また、この子はあの日の事を思い出した)

男(前回思い出したのはいつだったっけか。うろ覚えだが、大体二ヶ月前の時だったような、そうではなかったような)

男(あれを思い出すには何かしらの切っ掛けが必要だ)

男(あの日の出来事は、それこそ幼の中にしっかりと刻まれてはいる。だが、それを思い出す度にこの子は異常なまでの反応を起こす。これまでに何度先程のような事態に陥ったことだろうか)

男(……まぁ、それも仕方のないことだ。あれだけの事が起きても尚平然としていられる人間なんて、よっぽどの屑か異常者か……)

男(……ああ。本当にそうだ。そんな人間だ)

男(……あれを思い出すには何かしらの切っ掛けが必要だ)

男(心の奥底に閉じ込めたそれを、一度現れたら幼の精神を削り取っていくそれを思い出すには、相応の何かが存在しなければならない)

男(忘却という手段を取ってまで拒絶したその出来事を思い出すには、何か決定的な何かが。何かが。何かが存在しなければ)

男(分からない)

男(分かりたくもない)

男(それでも分かりたい)

男(……矛盾してるけれど、それでも、どうしても、僕は)

男(僕は。僕は。僕は……)

男(……俺は、知らなきゃいけないのに)





幼「……ん、ぅ……?」

男「……起きたんだ、幼」

男「……」ナデナデ

幼「……ん、ぅ?」

男「……起きたか。幼」

幼「…………」

幼「……」

男「……」ナデナデ



幼「え?」

男「は?」ナデ…

幼「ちょ、え、この、あれ、うそ」

男「?」

幼「あれ、なによ、ちょ、どういう」

男「何を言ってるのか分からないよ幼」

幼「な、なんでこんな、たいせ、い……~~っ!!」

ガバッ

男「おおう、ダイナミック飛び起き……」

幼「どどどうし、てっ。膝枕なんか、あなたっ……!」

男「…………」

男「いや、いきなり幼がうとうとし始めてね。それで寄り掛かってきたもんだから起こそうと思ったんだけどさ」

男「ほら、夜更かしは肌の大敵とか言うらしいから。俺は別にそう言うのは気にしないけど、幼は違うかもって訳で」

幼「違う。私が聞きたいのは、どうしてあの、つまり、えと、体勢が」

男「あー、体勢が膝枕だった理由、って?」

幼「そう! 膝枕、ひざまくら……」

男「えーと、幼?」

幼「~~~っっっ!!」バタバタ

男「……落ち着いて幼。あんまり暴れられると色々と面倒なことに」

幼「うるしゃい!」

男「あ、噛んだ」

幼「…………」

男「…………」

幼「っ! ぅ、ぅぅぅぅうううううう!」

男「え? いやごめん幼、揚げ足取ったのは謝るからさ、その手に持った空き缶を投げつけるような姿勢はやめて……」

幼「……はぁ……はぁ」

男「お、落ち着いたんだよ、ね?」

幼「……」コクリ

男「……それならよかった、うん本当に」

幼「…………」

男「ごめん。いくら幼馴染みと言っても俺達は中学生になったんだったな。この年で男女が膝枕とかしてたら、そりゃ変に見えるよな」

幼「…………」

男「と言うわけでごめん」

幼「……別に。謝らないでよ私にだって問題が、あったのだから」

幼「……ごめんなさい」

男「いや、別にそこまで謝られても……」

男「……これ以上この話を続ける必要はないか。もう面倒だ」

幼「……」

幼「そうね」

男「あのさ、幼」

幼「……なにかしら」

男「さっき……と言うか幼が起きてるときに俺と何を話していたか。覚えてる?」

幼「私が? 起きてるとき……」

幼「いえ、あまり覚えていないわ」

男「へぇ、あまりってことは多少の事は?」

幼「そうみたい。確か……どうして私がここにいるのかを話してたのは覚えているけれど、その後の事はさっぱり」

男「…………」

男「そうか。それならばいい」

幼「何よそれ。勝手に自己完結はしないで、知っているのなら私に教えてよ。忘れたままなんて気持ちが悪いわ」

男「教えろ、ってもね。どうしたものか」

男「じゃ、こういうことにしよう」

幼「?」

男「俺たちそもそも何も話してま」

幼「す」

男「…………」

幼「…………」

男「……そこまで気にすることか」

幼「するわよ」

男「一体何でさ」

幼「単純に隠し事が嫌いなのよ」

男「あっそう。ならば克服して見せてくれ。この世界には隠蔽とかその他諸々が飛びかってる気がするから今のうちに治して置けば」

幼「知らないわよそんなこと」ガシッ

男「……うわあ空き缶の悪夢再び」

男「そう言えばだけど」

幼「何」

男「髪伸ばしたんだな」

幼「……そう」

男「ああ」

幼「…………」

男「…………」

幼「……ねぇ、ちょっと」

男「うん?」

幼「あの、もう少し何か言うこととか、ないの」

男「言うことって、ねぇ」

幼「……」

男「あ、そうそう。幼自身も髪型に合わせて雰囲気とか変わったなって」

幼「……そう?」

男「ん」

幼「…………」

男「…………」

男(やり辛い)

幼「貴方も、変わったと思う」

男「うん? あー、まぁね。時が経てば皆変わっていくって妹が言ってた」

男(本当は俺だけれど。多分)

幼「……どうせあなたが言ったんでしょう」

男「……三秒で嘘がばれた」

幼「幼馴染みだもの」

男「幼馴染みだったなぁ」

幼「……妹ちゃん、元気にしてるの」

男「良くも悪くもない普通。ますます俺には不釣り合いな妹になってきた。クラスの男子の視線が刺さるどころか貫通していく」

幼「表現がオーバーすぎるわ」

男「残念ながらオーバーじゃない。あいつが俺の体操着借りに来たときは死ぬかと思った」

幼「体操着? へぇ……そう……そうなの」

男「……え? ちょっと何だその汚物を見るような目は」

幼「……妹の着用した体操着で興奮する変態兄」

男「おい」

幼「いずれその欲望の対象は本物の妹へと」

男「ゲームのし過ぎか? ネットの浸かりすぎか? どっちでもいいから正直に話してみろ、先生怒らないから」

幼「いえ、知り合いが少しそういうようなことを言っていたと思うわ」

男「よしそいつを今すぐここに呼べ。……いや今は閉め出されてるな、後日でいい。とにかく絶対に許さない」

幼「……ふふ」

男「あ」

幼「ふふ……何?」

男「いや、別に」

幼「何よ」ガシッ

男「ヒッ……いや、その。幼も笑うんだなーと」

幼「私をなんだと思ってるのよ。こっちだって人間なのよ」

男「人間でも笑わない人間っているだろう? その部類のお方なのかとね」

幼「そう。なら認識変えた方がいいと思うわ」

男「そうみたい。……おかしいな、根拠はあって言ったつもりなのに」

幼「根拠?」

男「おう」

幼「何よ、それ。さっきから私聞いてばかりになってるじゃないの。あんまりその『俺は謎を抱えてるぜ』みたいな言い方はやめてほしい」

男「あ、はい……そうっすね、以後気を付けます」

男「ですからいい加減空き缶を置いていただけませんか」

幼「聞いてから、ね」

男「……だよな」

男「根拠なんて言っても簡単だよ、最近幼が一つも笑みを浮かべてなかったこと自体、その証明だろう」

幼「……笑ってなかったの、私」

男「うん。多分」

幼「…………」

幼「そう」

男「そう言うこと。でも……」

男(……昔は、よく笑っていたって?)

男(言えるかよ、こんなこと)

幼「……? どうしたの、男」

男「いや、別に。そこまで長ったらしく話すべき内容てもないのに間延びさせようとしてたから、口に出す前に止めたってだけ」

幼「無駄だったの?」

男「そういうこと」

幼「……分かった」

男「悪いね」

幼「ねぇ、男」

男「ん?」

幼「その、高校って。どこに行くのよ」

男「高校?」

男「……ああそうか。もう受験か。早いな」

幼「そうね」

男「うん。……まぁ、俺が行きたいって高校は正直ないんだけど……」

幼「強いて言うならば?」

男「……近場の『  』高校。そこそこ頭良くなければ入れないらしいからそこでいい」

幼「っ……そこそこって言うレベルじゃないわよ」

男「うん? ……ああ、そう。ごめん」

幼「…………」

幼「決めた」

男「決めたって何を」

幼「……言わない」

男「言わないって、散々こっちに吐かせておいてそっちはそれか。酷い酷い」

幼「…………」

男「……ま、いいけどさ。他人のプライバシー染みた事は聞かないでおくとする」

幼「ごめんなさい」

男「んー、別に」

男「…………」

男(この調子だと当分眠れないな。眠気なんか微塵にもないぞ、疲労は残っているが)

男「…………」チラ

幼「…………」

男(それになんと言っても話のネタが尽きた状態で幼と二人きりと言うのはどうにも息が詰まる。仮にも年頃の男子女子だったよ、俺たち)

男(とりあえず我慢して、眠気が来ればこっちの……)

トスッ

男「ちょ」

男(……突然幼が肩に持たれ掛けてきた)

男「幼?」

幼「…………」

男「……幼って」

幼「ん、ぇ。……あれ、わたし」

幼「……あっ、ごめんなさ……ぃ」スッ

男「……眠い?」

幼「別に、あまり眠くは……」

幼「…………」ボー

男「…………」

男「幼」

幼「……ぇ?」

男「肩貸すから。寝ててもいいよ」

幼「え、……」

男「頭を支えるものがないのに眠るのはちょっと危ないだろう、どこか角とかにぶつけるかもしれない」

男「ま、嫌なら嫌でいいんだけど」

幼「……いいの?」

男「ああ。俺は当分寝ないしから別に」

幼「…………」



幼「……」トスッ

男「じゃあ、おやすみ」

と言う訳で自分もおやすみなさい
ありがとうございました

~~~~~~


友「おい男」

男「……ん、?」

友「もう学校に着いたぞ。さっさと帰ろうぜ、修学旅行は終わりだ」

男「あぁ、うん。……あぁだり」

友「……あのさ、あんだけ寝ておいて怠いってどういう体内構造してんのお前?」

男「まーこういう構造だ」

友「うわぁ実に抽象的」

男「……」



友「なあ男」

男「どうしたよ」

友「会話が無いと辛いんだけど」

男「俺は大丈夫だけどな。すまないね」

友「……こう謝られると下手に反論とか出来なくなる」



友「じゃ、俺はここで」

男「ん、じゃあな」



男「…………」

男「……修学旅行、俺って何してたんだろう」

男「ま、いいか。思い出とかあまりなくていいや」

男「…………」

男「……あぁ怠い」

ガチャ

男「ただいまー」



妹「……あれ? お兄様?」

男「ん、妹か。ただいま」

妹「ふふ、お帰りなさい。荷物運ぶの手伝いましょうか」

男「別にいいよ。大丈夫」

妹「そうですか……あ、あとお母様がもうすぐ夕飯が出来ると」

男「へえ、ちょうど良い。一度荷物置いたらすぐに来るから」

妹「はい。それと……」

妹「……」

男「妹」

妹「はい」

男「……動けないから、さ」

妹「……」ギュッ



妹「三日分、なんです。その分だけこうしていたい」

男「…………」

妹「お兄様、どうかお願いです。当分外泊はなさらないでください。お兄様がいないと、一日でも会えないと私」

妹「……分からなくなっちゃいます」

男「…………」





男(ああ、やっぱり)



男「……また後でな」

妹「……はい」

~~~~


母「あら男、お帰りなさい」

男「ん、ただいま」

母「修学旅行はどうだった?」

男「いや……まあまあとしか。楽しめたとは思ってるんだけど」

母「…………」

母「……そっか。ならいいんだ」



男「ところで今日の晩飯は? 準備は出来てあるんだよね」

母「うん、今日は肉じゃがにしてみたの。妹も好きだって言ってたから」

男「そう言えば確かに……あ、妹は自分の部屋に戻って少しだけ片付けとかしてるから」

男「で、一つ聞きたいんだけど」

母「?」

男「……妹、この3日あたりで何回思い出した?」

母「…………」

母「……一度だけ。男が旅行に行って一日経ったときに突然リビングで」

男「結局、そうなったのか……」

母「あ、少し訂正するわ。正確に言えば思い出しかけただけよ。途中で収まってたもの」

男「途中で……まあいいや、それも一回にカウントした方がいい」

母「私もそう思う。……けれど二週間単位で来ていたのに今回は……」

男「…………」

母「ごめんね、男」

男「……いきなりどうしたのさ」

母「妹がまた思いだしかけたときに私、何もすることが出来なかったもの」

男「母さんのせいじゃない。妹があの日を思い出すのは仕方のないことだよ。どうしようもないんだ」

母「……そうかもしれない。でも私は。私は、あの子の母親なのに……」

母「私は何もしてやれない。支えにもなれなくて、ただ男にあの子を任せっきりで……」

男「……母さん、もういいから自分を責めないでくれ。きっと疲れてるんだ、とにかく落ち着いて」

母「……ごめんね。……ごめんね、ごめんね。みんな私が……ごめんね」

男「いいんだよ母さん。本当に誰も悪くないんだ。それに俺は兄であいつは妹なんだ、世話を焼くのは当然なんだから」

母「でも、それでも……」

男「母さんはしっかりしてるよ。俺達の為に働いてくれてるんだ。だから気に病む必要なんて全くない。むしろ自信を持って胸を張り続けてくれればいい」

男「俺も妹も母さんの事本当に好きなんだからさ。……そんな、自分のこと母親失格みたいに言うのはよしてくれ」

~~~~


男「ご馳走さまでした」

妹「ご馳走さまでした、お母様」

母「お粗末様でした」

男「……それじゃあ俺、食器片付けたら修学旅行の荷物とか出すから」

母「ええ、洗濯物があったら適当に出して洗濯機の近くの篭に出しておいてね」

男「はいはい、分かってるよ」スッ



妹「あ、お兄様」

男「うん?」

妹「私も手伝います。……宜しいでしょうか」

男「いいよ、別に。むしろ助かるな」

妹「はいっ。ありがとうございます」

男「ん、礼を言うのは俺の方なんだけどな」



男「……ん、これはそこに置いて」

妹「はい」

男「でこいつは……あそこの上に置いてくれるか?」

妹「はい。大丈夫ですよ」

男「ん、ありがと……ってああ、その上のことだけど結構物置いてあるから落とさないよう気を付けてな。ふづけて怪我だけはするなよ」

妹「大丈夫ですってお兄様。もう私はそこまで小さくはないんです」

男「…………」

男「……そうだな」

妹「むっ、今ちょっと考えましたかお兄様。そんなに私を信用できませんか?」

男「いや、そうじゃなくてな。ただちょっと……ん?」

今回はここまでで。色々と間が空いてすみませんでした
それでは

妹「どうかしましたか」

男「……ああ、思い出した」

妹「? 何をです?」

男「ほら、これだよ妹」スッ

妹「……?」



妹「キーホルダー、ですか? 随分と多いですね」

男「まぁ。あっちで何か見掛けたらとにかく買ってたから」

妹「ふーん、お兄様ってそういう物が好きなんですか?」

男「……いや、そうじゃないんだけどもね」

妹「あれですか。これらで変な陣形をつくってうぇひひひひひと」

男「おいどこでそんなの覚えたよ妹。とりあえず否定するぞ」

妹「そうです? じゃあ、どうして……あっ、これ可愛い」

男「あれだよ、お前にあげようと思って」

妹「私にです?」

男「ああ。……というかそういう目的じゃなきゃこんなマスコットとかのやつなんて買うかよ。基本的に俺はそういうの付けないタイプだ」

妹「あう。そ、そうだったのですか……うん……」

男「そ。だからこの中から好きなだけ持っていっていいよ。……そうだ、母さんにも何か持ってって。あの人こういう物嫌いじゃなかっただろ」

妹「はい。ありがとうございますお兄様」

男「ん」

妹「…………」



妹「ふふっ」

男「……? いきなりどうしたのさ」

妹「いえ、少し昔の事を思い出していたものですから」

男「昔?」

妹「 はい。……あの頃のお兄様と今のお兄様、とてもよく似ているように思えて」

男「……!」

男「……そうか。そんなに変わったのかな」

妹「はい。かなーり変わっています」

男「…………」



男(まずい。この流れは本当にまずい……)

男「……なぁ妹。ちょっと俺この部屋でやらなくちゃいけない事があるんだ」

男「これ、全部持っていっていいから。とりあえず話は置いといて、また後……」

妹「ねぇ、お兄様。覚えていますか」

男「……妹?」

妹「私、お兄様と一緒に遊園地へ行ったことがあるんです。覚えていますか?」

男「覚えている。覚えているけど、今この話は……」

妹「ふふっ、楽しかったなぁ。ずっとお兄様が手を繋いでいてくれて、メリーゴーランドとかコーヒーカップとか……」

妹「あ。ジェットコースターは私身長が足りなくて乗りませんでしたね。ごめんなさいお兄様、乗れない私に合わせて他のアトラクションばかりに付き合わせてしまって」

男「……」

男(……ああ)

男(……もう、妹は)

男(いや、違う)

男(……それでも、まだ)



男「ま、そんな昔のことだけど俺も結構覚えてる。それだけ楽しかったんだろうな」

妹「そうでしたか。……良かったです、今の今までお兄様が私の我が儘に付き合わされてうんざりしていた、なんて考えていたものですから」

男「そんな訳ないだろう。……お前を鬱陶しいとか邪魔だとか思ったことなんて一度もない」

男「……これからも、あるはずがない」

妹「…………」



妹「ね、お兄様」

妹「私、閉園間際にアイスクリームを買ってもらいました。チョコレートとバニラのミックスです」

妹「本当に美味しかったんです。多少記憶が美化されているせいかもしれませんが、本当に」

男「……」

妹「たしかお兄様もアイスクリームを食べていました。ストロベリーのミックスだったかな。うろ覚えですが、たしか私が食べたかったのが今あげた二つの味で、私が片方を選ぶとお兄様はもう片方を選んでくださったんですよね」

男「そう、だったかな」

妹「はい」



妹「……でもねお兄様。私、思うところがあるんです」

妹「どうして、あの時私たちは遊園地なんて行けたんでしょうか?」



男「……」

妹「分からないんです。その事だけがずっと頭から離れないんです。どうして思い出せないんですか? どうして私は覚えてないんですか?」

妹「行けるはず無いんですもの。あんな子供の時に行けるはずなんて絶対にない。有り得ないんです」

妹「ねえ、お兄様は知っているんですか? 誰だったんですか? ねぇ、誰、誰、誰……」

男「……」

男「……それは」

男(父、さん……だって…………)

~~~~


男「……泣き疲れたのか。ほんとに子供みたいだ」ナデナデ

妹「…………すぅ、……ぅん」



男「…………ごめんな、妹」ナデ…

男「やっぱり俺、なんにも出来ないんだ。苦しんでるお前を見ててもろくに声すらかけてやれない。母さんや幼にだってそう」

男「いつだって結果は同じなんだ。……俺なんかにはお前を助けることなんて出来ない。駄目な兄貴だよなぁ、本当」

男「どんなに頭が良くたってこの様じゃないか。こうやって謝ることしか出来ないじゃないか……」

男「……俺は、何をしてるんだろうなぁ、妹」




妹「…………ぃ」

妹「……おに、……ぃさ……ま」

男「っ……」



男「……畜生」

~~~~~~


 ただ、どうしたって変わっていないように思えるものがある。そうやって気づいたときには、どうしようもない脱力感と、絶望感に近いものが込み上げてきた。

 ……分かっている。それは自分達だ。あの時から時間は止まったままで、誰一人その時計の針を進めようとは思わない。

 いや、思っていたとしても出来なかったとか、そんな理由なのかも知れないけど。……それでも変わりなんてないはずなんだ。

 もし、踏み出すとしても先に待つのは一体何であろうか。

 底無しに続く黒い水溜まりか、身を裂くほどの針の山か。はたまた望んだ世界が確かにあるのだろうか。

 これも分かっている。どれだけ自分達に明日を予想する権利が与えられても、踏み出すことすら叶わないのだから、意味なんて存在しない。



 そんな中、一つだけ信じたくて堪らないものがあった。

 何かが動き出したのだ。時計の針に囚われずとも、自らの力でその歩みを進めたモノが確かに存在しているんだと。

 だったらそれは何だったのだろう。

 だったらそれは、何だったのだろうか。



 誰だったのか。


~~~~~~

【高校】


幼「……えーと」

幼「……」カチッ

ピーンポーン

『はい?』

幼「あっ。こんにちは、幼です。……男君は今いらっしゃいますか?」

『あー……はい。幼さん、ちょっと待っててください』

幼「え? 分かりました、けど」

幼「…………」

幼「インターホンの声、妹ちゃんだったかな」

幼「どうしよ、敬語なんて使わなくてもよかった……」


ガチャッ

幼「わっ……?」ビクッ

妹「……あ」

幼「…………」

妹「…………」



幼「ひ、久しぶりね妹ちゃん」

妹「え、あ、はい。こちらこそです、幼さん」

幼「うん。……それで男く……男は?」

妹「あー、おにいさ……兄さんは部屋に籠ってまして、いっそのこと直接渡していただければなーと」

幼「……また籠って」

妹「あははは、まあ、そんな感じでして。お手数をかけますが」

幼「いや大丈夫よ。私も男にちょっとした用件があるから……」

コンコン

妹「兄さん、兄さーん」コンコンコン

妹「……反応が無いです。睡眠中やもしれませんね」

幼「……そうね」ガシッ



妹「……ん? 幼さん? ちょっとドアに手を当ててどうなさ」

幼「えい」ドオオォォン

妹「ちょ」

幼「えい」ドオオオォォォン

妹「まっ」

幼「えい」ドオオオオォォォォン

妹「ストーーーップッッ!? ちょっと幼さん何やってるんですか!?」

幼「いえ、少しばかり爆音によって男を起こそうと」

妹「そんなことしなくてもいいです! ほらこれ十円玉で開くタイプですからね? 爆音なんて出す必要はありません!」

あいむすりーぴー
今回はさようならです

幼「あ。でも開いたわ」

妹「そりゃああれだけの音立てられて扉開けないのはよっぽどの難聴でない限り無理でしょうねえ……」

幼「入れればいいのよ」

妹「な訳ないでしょう?」



部屋のなか

男「……」カチカチ

妹「……兄さん?」

幼「……」ハァ

妹「あのー兄さーん? ちょっと、幼さん来てますよー……」

男「……」カチカチ

妹「あは。幼さん、兄さんは今お取り込みち」

幼「な訳ないでしょう?」

妹「……あい」

男「……」ピク

妹「あれ? 今兄さん動」

男「FOOOOOOOOO!!」

妹「わっ!?」ビクゥ

男「やったぜ妹ちゃん! 4V性格一致夢のイーブイ来たよ! しかも♀! めざパ無しエーフィでナットレイと時間稼ぎマゾプレイ出来るよ!」

妹「お、おおう」

幼「…………」

男「よーっしこれで友の奴も釣れるじゃんか。ヒャッフ……う?」



男「あれ、幼ちゃんいたんかい」

幼「……ええ。不本意ながらね」

~~~~


男「いやーごめんごめん、なんかゲームやってたら熱中しちゃったとか言うありきたりなパターンで」

妹「にしてはテンション高すぎだと思いますが」

男「んー? まあそこは気にしない」

妹「気にするんですけど……」

幼「…………」

男「ん、そういや幼ちゃん、用事ってなんなのさ? 何? 近所の幼馴染みがウザイ?」

幼「正解よ。ピンポイントすぎて逆に苛つくわ」

男「おおーう」

妹「…………」

妹「あ、あのう幼さん? そろそろ本題に入ってもらった方が」

男「ん。そーだねえ」

幼「どうしてあなたが答えるのよ……まあ、確かにそうだけれど」

男「はは、さーせーんさーせーん」

幼「今日はこれを見せるために来たのよ」スッ

男「うわスルーだ」



妹「あれ? これって……」

男「んー、生徒会の要項かね? 何故そんなものを俺に」

幼「回りくどい説明だったわね、もうはっきり言うわ」

男「……ほう?」

幼「私、副会長になったから」

妹「えっ、そうなんですか?」

幼「ええ。こちらとしては副会長として決定される前に伝えたかったのだけど、色々と遅くなって結果こうやって事後報告の形になってしまったのだけれど」

妹「そうなんですか……とにかく頑張ってくださいね。色々とお仕事大変でしょうし」

幼「……ありがと、妹ちゃん」



男「副会長……? ちょっと幼ちゃん、何で会長にならなかったのさ? これじゃあ立場的に中途半端じゃん、属性にもなりゃしねえよ」

幼「……この人は何を言っているのかしら」

妹「あはは、どうもすみません……高校生になってからいきなり変わっちゃいまして」

幼「変わりすぎよ、本当」

幼「……馬鹿みたい」


男「…………」

男「ま、なっちゃったからには頑張りなさいよ。途中で投げ出したりでもしたら男さん泣いちゃう」

幼「……明日にでも投げ出そうかしら」

男「うわっ、こいつSだぜ妹ちゃん」

妹「兄さんがふざけるからでしょう?」

男「……そうですね」

幼「…………」




幼「それじゃ。用も済んだし、私は帰るわね」

妹「あ、はい。分かりました。また明日」

男「んー、じゃあな幼ちゃん」

幼「ええ。それじゃあね妹ちゃん」

男「うん? ちょっと俺は?」

幼「…………」

男「うわぁ、徹底無視かよ」

男「うあー……どうしよ妹ちゃん、俺幼ちゃんに嫌われちゃったかねー」

妹「……あれだけふざけられたら流石の幼さんでも怒るんじゃないかと」

男「え? そこまで俺ふざけてた?」

妹「まぁ、それなりには」

男「ふむ」

妹「…………」



妹「あの。兄さん」

男「どしたん?」

妹「その。とても言い辛いのですけれど、えと……また昔みたい、に…………」

男「……昔?」

妹「はい」

妹「最近の兄さんは……元気がありすぎるように見えるんです」

妹「失礼かとは思いますが、現在は以前に比べて落ち着きがない……そう見えてしまうんです」

男「……別にいいんじゃないの? このままでもさ」

妹「確かにそうかもしれません。でも、何かが違うんです。ずっと引っ掛かってるんです」

妹「兄さんも、幼さんも、お母さんも、そして私も……」

男「……」



妹「……ねえ、兄さん」

男「何さ」

妹「……昔みたいにまた……兄さんじゃなくて、お兄様って呼んでも」

男「駄目だ」

妹「っ……」

ちなみに妹が男の事をお兄様と呼ぶのは少女漫画の読みすぎのせいという設定
美少女だから許されるんです、美少女だから

おやすみなさい

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