魔王「俺も勇者やりたい」 勇者「は?」(1000)


勇者「……いま何て言った?」

魔王「聞こえなかったか? 勇者をやりたいと言ったんだ」

勇者「んなこと言ったって、お前魔王だろ……?」

魔王「500年も続けて魔王やってるんだ。いい加減飽きた」

勇者「いや、だからって……」

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魔王「そもそも、魔王の仕事は退屈すぎるんだ」

勇者「はぁ……」

魔王「魔界の各地域の統治、人間界への侵攻、魔物の編成・訓練・管理……」

勇者「…………」

魔王「幹部たちとの作戦会議、デスクワークやら、弱小勇者の駆除などなど――」

勇者「って、こら! オレは弱小じゃねえ!」


魔王「そうか、弱小じゃないのか」

勇者「当然だ!」

魔王「ところで貴様、俺に挑戦するの何回目だ?」

勇者「17回目だぁっ!」

魔王「で、勝率は?」

勇者「全敗だぁっ!」

魔王「それを弱小と呼ばずに、なんと呼ぶんだ」


魔王「しかも、今回の戦闘もいろいろと不様だったな」

勇者「う……」

魔王「仲間は一人残らず戦闘不能。蘇生・回復アイテムも底を尽き、お前自身MP0、HP一ケタ」

勇者「うう……」

魔王「もはや詰みだろ?」

勇者「うぐぅぅ……!」


魔王「とにかく俺は、心底うんざりしているのだよ。魔物に司令を与え、人間を襲う毎日に」

勇者「…………」

魔王「噂の勇者も、もっと骨のある奴かと思っていたが、どうやら期待はずれのようだ」

勇者「…………」

魔王「というわけで、退屈で死にそうな俺に勇者をやらせろ」

勇者「断る! 魔王の言うことなんか聞けるか!」

魔王「そうか――」






魔王「ところで勇者、呪文と打撃なら、どちらでトドメをさされたいんだ?」

勇者「すんません。言うこと聞きます。何とぞご慈悲を」


魔王「よし、では今日から俺が勇者だ」

勇者(……腑に落ちない)

魔王「で、貴様は今日から魔王だ」

勇者「はあ!? なんで!?」

魔王「当然の対処だ。俺がいない間、誰が魔王をやるというんだ」

勇者「だからって無茶苦茶だろ! オレは嫌だぞ!」

魔王「そうか――」






魔王「ところで勇者、燃えて死ぬのと、凍えて死ぬのと、どちらが好みだ?」

勇者「喜んで魔王やらせて頂きます」


魔王「では、俺の前まで来い」

勇者「ん? ああ……」

魔王「よし、それでいい」

勇者「おい、いったい何を、――わっ!?」



  まおうは じゅもんを となえた!
  なんと、ゆうしゃは まおうに へんしんしてしまった! ▼



魔王(勇)「うわああ! なんだこれぇええええ!?」

魔王「うむ、これなら簡単にバレることはなかろう。さて、俺も……」




  まおうは じゅもんを となえた!
  なんと! まおうは ゆうしゃにへんしんした! ▼



勇者「まあこんなところか」

魔王「ああああ! 魔王がオレになったあぁあああっ!?」

勇者「うるさい。俺の姿で取り乱すな」

魔王「いだだっ! 痛い! 角を引っ張らないで!」


勇者「いいか、よく聞け。貴様には、俺の能力を半分与えてやった」

魔王「はぁ……」

勇者「適当に司令を出したり、悪事を働いていれば、まずバレないだろう。
    分からないことがあったら、側近にそれとなく聞くがいい」

魔王「あの……」

勇者「なんだ?」

魔王「……オレは、いつ勇者に戻れますか?」

勇者「さぁな、俺の気分次第だ」

魔王「……シクシク」

勇者「俺の顔で泣くな、まったく」


勇者「そうだ。一応これを渡しておこう」

魔王「……これは?」

勇者「魔王城の地図だ」

魔王「へー、でもなんで?」

勇者「ここは広いし複雑だからな。城で迷子にでもなられたら、手下どもに不審がられる」

魔王「あ、そうか」

勇者「トイレは各階に一か所づつあるから、早めに把握しておけ。くれぐれも廊下で漏らすなよ」

魔王「…………」じーっ

勇者「なんだ」

魔王「……魔王もトイレに行くんだな」


 ゆうしゃの こうげき!
 かいしんの いちげき! ▼


魔王「へぶしッ!」


勇者「う……」フラ…

魔王「ん、どうした? なんか疲れてるみたいだぞ」

勇者「ああ、どうやら変身魔法を使った際に、貴様のパラメータもコピーしてしまったようだ」

魔王「……それってつまり、MP0で、HP一ケタってこと?」

勇者「そういうことだ」

魔王「……ふーん(ニヤリ」

勇者「なんだその顔は」


魔王「死にさらせぇええ!!」

勇者「あ、しまっ――」



  まおうの こうげき!
  ゆうしゃに 109のダメージ!

  ゆうしゃたちは ぜんめつしてしまった…… ▼



魔王「……なにこれ超爽快」


  ~城~


勇者「……ん、ここは?」

王様「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない!」

勇者(……ああ、さっきので死んだのか)





勇者(確かにあれは、我ながら情けなかった……)


勇者(それにしても、これが人間の城か)

勇者(中からじっくり見るのは、初めてだ)

勇者(ふむ、煉瓦造りの壁に、貧弱そうな兵士ども……)

王様「どうしたんじゃ、勇者? 突然きょろきょろして」






勇者「いや、この程度の城なら、魔物が200体もいれば、半日とかからず
    制圧できるなと思って……」

王様「生き返って早々、ずいぶんな口を聞くようになったな、おぬし」


王様「くだらんことを言ってる暇があったら、さっさと仲間を生き返らせにいかんか!」

勇者(……なるほど、全滅したときに生き返るのは、勇者だけなのか)

王様「そなたにもう一度機会を与えよう! では行くが良い、勇者よ!」

勇者「はい」






勇者(……しかし、誰かから命令されるというのは新鮮だな)

勇者(普段は命令する立場だからな)



  ~城下町~


勇者(…………)

勇者(……行くが良いとは言われたものの、どこへ行くべきか)

勇者(…………)

勇者(あ、でも、自分が行きたい所を選べるのか)

勇者(魔王やってる時は、毎日が過密スケジュールだったからな……)

勇者(とにかく魔王の仕事以外のことができるのは、楽しみだ)

勇者(…………♪)






勇者「――それにしても、あの“弱小”は上手いことやってるだろうか」



  ~魔王城~


魔王「えーっと、魔王の間を抜けたら、左に曲がって……」

魔王「真直ぐ突きあたりまで歩いたら、階段が見えてきて……お、あった」

魔王「階段あがったら、今度は右に曲がって歩いて、そしたら十字路を左に……」

魔王「で、道なりに歩いたら、また上がる階段が前方に……」





魔王「……だぁああ! なんで一か所に階段つくってないんだよ、面倒くさい!!」


魔王(でも、魔王の姿だからか、魔物に襲われないのはありがたいよな)

魔王(極悪モンスターがはびこる魔王城を、こんなに楽々歩けるなんて……)

魔王(……これはこれで嬉しい)



魔物A「4階異常なーし」

魔物B「よーし、次のフロア行くかー」



魔王(……! 階段の上から声!? 見張りの魔物たちか!?)


魔王(どうする、どうするオレ!? なんか上手い事切り抜ける方法は……)



魔物A「あ」

魔物B「これはこれは魔王様」



魔王(降りてきた! そして、気づかれた!)

魔王(ええい、こうなったら、『魔王になりすましてやり過ごす大作戦』だ!!)






魔王「いやぁ諸君! 見張りご苦労っ!! わーっはっはっはっはっは!!」

魔物A(え、っええーー!? なにこのハイテンション!?)

魔物B(良く分かんないけど、魔王様、超ご機嫌!?)


魔物A「ま、魔王様どうなさいましたか?」

魔物B「な、何か良い事でもあったんですか?」

魔王(げっ、どうしよ。なんとか誤魔化せるか……?)



魔王「うむ、先ほど勇者どもをこてんぱんにしてきたのでな。気分爽快なのだ!」

魔物A「そ、そうですか」

魔王「というわけで、オレは少し休んでくるぞ! 引き続き見張りを頼む!」

魔物B「は、はい……、いってらっしゃいませ」

魔王「わーっはっはっはっはっは……!!」



魔物A「……」

魔物B「……」


魔物A「なぁ」

魔物B「なんだ」

魔物A「魔王様、大丈夫かな? なんかキャラ変わってたような……」

魔物B「さぁなあ、高貴な身分のお方の心理は、下々の俺等じゃ計りかねる」

魔物A「……ですよねー」

魔物B「ハイ、それじゃあ見張りの続きー。三階異常なーし」

魔物A「いやいやいや! 今のは異常ありだろ!?」



  ~魔王の部屋~


魔王「……ぜぇ、はぁ、やっとここまで来れた」

魔王「それにしても危なかったなー。一時はどうなるかと……」

魔王「お、魔王のベッドだ。でけー。うりゃー、ダーイブ!!」



魔王「……うーむ、思った通りふかふかベッドだ。さすが魔王だな」

魔王「ふぅー、疲れたぁー……」

魔王「……」



魔王(戦士、僧侶、魔法使い……。みんな無事かな)

魔王(……いつまでオレ、このままなんだろ)

魔王(……ねむ)



魔王「……zZZ」

本日はここまでです。
また今週来ます。


勇者「さて、そろそろ仲間でも生き返らせるとするか」

勇者「教会とやらに行ってもいいが、蘇生呪文を使った方が早いだろうな」

勇者「まずは……」



  ゆうしゃは じゅもんをとなえた!
  なんと! そうりょが いきかえった! ▼



僧侶「……ぅうん」

勇者「起きたか、僧侶」

僧侶「……あ、」






僧侶「ゆ゛うしゃさまぁ゛ああ~~~……」ボロボロ

勇者(……!? なぜ、こいつは生き返った途端、号泣するんだ!?)




勇者(……落ち着け魔王、この程度のことでうろたえるな)

勇者(こんな時、勇者だったらどうする。勇者なら……)




勇者「…………」

僧侶「ふぇ、……ぅうっ」

勇者「…………」

僧侶「うぅうーっ……ひっく」

勇者「……おい、いつまでも泣くんじゃない」

僧侶「はい、すみませ……ぐすっ、うっ」

勇者(……違うな、なにかもっと別の言葉を)


勇者「……何故、泣いているんだ?」

僧侶「だって……、ぅえ、また負けちゃって」

勇者「……」

僧侶「今度こそ、ぐす、勝とうって、でも…、」

勇者「……」

僧侶「私が、ぅう、不甲斐ない、ばかりに……ふぇえ」



勇者(……つまり、勝てなかったのは自分のせいと思っているのか)

勇者(その程度のことで泣くのか、人間は……)

勇者(……疲れる)


勇者「――そうだな、貴様は爪が甘すぎる」

僧侶「はい……、……ん、え?」

勇者「回復ばかりでなく、守備や素早さなどの補助魔法にも専念した方がいい」

僧侶「あっ、……。ごめんなさい」

勇者「勘違いするな。これは叱責ではない。助言だ」

僧侶「え……?」

勇者「つまり、次回から、そこを気をつければ、勝てるということだ」

僧侶「……」

勇者「勝ちたいんだろ? ならば、泣くより先にすることがあるんじゃないか?」

僧侶「……!」

勇者「早く涙を拭け、そして仲間を蘇生させろ。魔王に勝つためにな」

僧侶「(ゴシゴシ)……はい!」

勇者「よし、それでいい」


勇者「……」



勇者(……まてよ、)

勇者(まさか、勇者のやつ、毎回“これ”をやってるのか……?)



勇者(……案外、苦労してるんだな。あの弱小)




  そうりょは じゅもんをとなえた!
  なんと! せんしは いきかえった! ▼



戦士「はっ、おれは……!?」

勇者「目覚めたか、戦士」

戦士「お、勇者。久しぶり」

勇者(よかった、こいつは普通に生き還ってくれた……)ホッ…


戦士「悪かったなー。また、お前より先に死んじまったよ」

勇者「気にするな、いつものことだろ」

戦士「ああ……、え?」

勇者「貴様は魔法耐性が低いからな。装備を対魔法用に整えなければ、すぐやられるのは当然だ」

戦士「……?」

勇者「加えて、素早さも低いから先手を取られやすい。体力以外もいろいろ鍛える必要があるだろうな」

戦士「……???」

勇者「なんだ、その顔は。俺の話が理解できたか?」

戦士「なっ! 当たり前だろ! おれを馬鹿にすんなよ!」






戦士「要は、いつかは魔王に勝てるってことだよな!? なっ!?」

勇者「明らかに肝心なところが理解できてないぞ、貴様」




  そうりょは じゅもんをとなえた!
  なんと! まほうつかいは いきかえった! ▼



魔法使い「ふわぁ……。あら、勇者ちゃん。お早うー」

勇者「お早う、魔法使い」

魔法使い「ん? どしたの勇者ちゃん。いつもよりクールじゃない?」

勇者(……勘が鋭いな。迂闊なことは言えなさそうだ)



勇者「そうか? 気のせいじゃないか?」

魔法使い「あー、なるほどねー。気のせいかー。あるあるそういうの」

勇者(勘は鋭いが、深く考えるタイプではないようだな……)


魔法使い「にしても、この間の魔王戦惜しかったわねー」

勇者「そうだな」

魔法使い「んー、まだまだレベルが足りないのかしら?」

勇者「レベルの問題でなく戦術の問題だ」

魔法使い「……へ? どういうこと?」

勇者「いままでの戦術は、基本力押しだったろ?」

魔法使い「ん、まあね」

勇者「力押しは、長期戦に弱いんだ。加えて、アイテム補充もぬるいから、すぐにやられる」

魔法使い「ふーん……」

勇者「戦術さえあれば、レベルが多少低くても、勝利できるはずなんだがな」

魔法使い「…………」


魔法使い「……ねーねー、勇者ちゃーん」

勇者(しまっ……、感づかれたか?)






魔法使い「お腹空いたから、なんか食べに行こうよ」

勇者「貴様、恐ろしいほどマイペースだな」


戦士「あー。そういえば、おれもなんか腹減ってきたなぁ」

僧侶「あの、勇者様。もしよろしければ、私も少し休憩の時間がほしいのですが……」



勇者(しかも、何故、みんな便乗してくるんだ……?)



勇者(少人数精鋭だと、こういうのが当たり前なのだろうか……?)

勇者(いままでずっと、軍や大人数を相手にしてたから、いまいち扱い方がわからん……)

勇者(……だが、正体がばれないためにも、こいつらに合わせておいた方が無難な気がする)


勇者「……では、昼食がてらに、どこかへ食べに行くとするか」

魔法使い「きゃっほーい! 勇者ちゃん、大好きー!」

戦士「うーし、たらふく食うぞー!」

僧侶「ありがとうございます、勇者様!」



勇者「ところで魔法使い、志願したからには、どこか食べに行きたい店があるか?」

魔法使い「ん? あたしに選ばせてくれんの?」

勇者「『言いだしっぺの法則』というのは、よく聞く言葉だろ?」

魔法使い「なるほどねー、勇者ちゃん優しいー」


勇者(まあ、法則云々より、どんな店があるか知らないからという理由が大きいが……)

勇者(俺が知らないままに選ぶより、選ばせた方が自然だろう)

勇者(人間の食物が、口に合うかは不安だが……、人間の飲食店に入るのは、初めてだから楽しみだな)

勇者(…………♪)





魔法使い「じゃあ、お昼は、勇者ちゃんのお家で決ーまりっ!」






勇者「――なにっ!?」


戦士「おっ。いいねー、勇者の母上様の料理は最高だもんな」

魔法使い「でしょー。あたしも最近食べてないから、無性に食べたくなっちゃって」

僧侶「そういえば、近頃、勇者様のお母様に会ってませんからね」

魔法使い「ねー。たまには息子さんのお顔も見せてあげないとねー」



勇者「…………」



勇者(……まずい、まずいぞ)

勇者(交換初日から、勇者の肉親に顔を合わせる羽目になるとは……)

勇者(この状態では、ぼろを確実に出さないという可能性はかなり低い)

勇者(かといって、実の息子が、自分の家に帰りたくないと言いだすのも不自然だ)

勇者(ここは、合わせるしか……、ないのか……?)


魔法使い「というわけで、勇者の家にレッツゴー!」

戦士「おーーー!」

僧侶「おーー、です!」

勇者「…………」







勇者(退屈しのぎに、勇者をやってみてはいるものの……)



勇者(……なぜこんなにも早く、窮地が訪れるんだ?)


今日の分はここまでです。
また来週来ます。


 ~魔王城~


側近「魔王様、魔王様」

魔王「ぐがー」

側近「起きてください、魔王様」

魔王「ふごー」

側近「……」



  そっきんは じゅもんを となえた!
  まおうは めをさました! ▼



魔王「…ん、ふぁ……なに?」


側近「間もなく会議が始まります。準備してください」

魔王「……へ?」

側近「本日の議題は、北地区の魔物の配備と、西国の侵攻作戦です」

魔王「え、あの……」

側近「こちらが資料です。お着替えは、鏡台の前に用意しております。時間がないので、食事は後回しです」

魔王「ちょ、ちょっと待って」

側近「質問でしたら、手短にお願いします」



魔王「えーと、君だれ?」


側近「……大分お疲れのようですね。よもや、側近の顔を忘れるとは」

魔王「あっ、ああ! 側近か! いやあ、いつも御苦労!」

側近「労いのお言葉ありがとうございます。魔王様もお疲れのようですし、会議は午後からに致しましょうか?」

魔王「ああっ、そうだな! そうしてくれると助かる!」

側近「かしこまりました。その様に手配します」



  そっきんは へやを でていった…… ▼



魔王「……ふう、なんとかごまかせたみたいだぜ」






側近(……今日の魔王様、すっごく変)



  ~勇者の家~


勇者母「――あら」



戦士「どうもー、お世話になってます」

僧侶「こんにちはー」

魔法使い「御邪魔しまーす」

勇者「……」

魔法使い「ほら勇者ちゃん、なに黙りこくってんのさ。挨拶、挨拶」

勇者「あ、ああ……。ただいま……」

勇者母「ふふ、おかえりなさい」

勇者「……」



勇者(……つ、ついに来てしまった)

勇者(こんなに緊張するのは、何十年ぶりだ……?)


勇者母「それにしても、久しぶりに帰ってきてくれて、嬉しいわ」

戦士「すんません、なかなか来れなくて……」

勇者母「ふふ。でも、それだけ忙しくしてるってことでしょ?」

僧侶「え?」

勇者母「最近、魔王との戦いが大変なんですってね。王様から聞いてるわよ」

魔法使い「ああ、王様から」

勇者母「この子はお父さんに似て、がんばり屋さんだから」

勇者(…………)



勇者母「さあ、みなさん疲れてるでしょ? 今日は、うちで休んでってくださいな」


戦士「あ、いや。今日はそういうつもりではなくてですね」

勇者母「?」

僧侶「その、誠に申し上げにくいんですけど……」

魔法使い「勇者ちゃんのお家で、お昼御飯をいただきたいなーと思ったわけですよ」

勇者母「あらあら、そうだったのね。もちろん、お安い御用よ」

戦士「ひゃっほー! ありがてぇ!」

僧侶「ありがとうございます!」

勇者母「さて、みなさん何が食べたいですか? あまり手の込んだものは作れませんけど……」



魔法使い「だってさ勇者ちゃん。久々の家だし、好物の一つでも頼んどきなよ」

勇者(……!? お、俺が頼むのかっ!?)


勇者(こいつは、まずいぞ……)

勇者(昨日今日、勇者に成りかわったばかりの俺が、あいつの好物なんか知るわけがない)

勇者(そのうえ、人間の食べ物の名前だってろくに知らん……)

勇者(な、なにか良い受け答えは……)



勇者「…………」

勇者母「勇者、お昼なにが食べたい?」

勇者「……あ、……その」

勇者母「なーに?」






勇者「か、母さんが作ったものなら、なんでもいい……」


勇者母「あら……、そうなの。ふふ」

勇者「…………」






勇者(……な、なんだかよく分からんが、いま相当恥ずかしい事を言ってしまった気がする!)

僧侶「勇者様……? 首まで真っ赤になってますよ?」


戦士「おいおい勇者、遠慮することないんだぞ」

魔法使い「そうよー、自分の家なんだからさー」

勇者「…………」

勇者母「まあまあ。では、お昼ができるまで、皆さん、くつろいでてくださいね」



僧侶「あ、あの、なにか手伝うことありますか?」

勇者母「いいのよ。僧侶さんもお疲れでしょうから、休んでてくださいな」

僧侶「でも……」

勇者母「ありがとうね、心遣いだけでも嬉しいわ。すぐ出来るから待っててちょうだい」

僧侶「……はい」

勇者「…………」


勇者(これが、勇者の母か)

勇者(僧侶が疲れているのを見抜いて、あえて手伝わせなかったとは……)

勇者(……あの弱小とくらべて、なかなかの人格者らしい)





勇者母「あ、でも勇者は手伝ってほしいわ」






勇者(……なぜに俺なんだ!?)


勇者母「ふふ、勇者ったら、いま『どうして自分が?』って思ったでしょう?」

勇者「う……」

勇者母「決まってるでしょ。お客さんを手伝わせるわけにはいかないからよ」

勇者「…………」

勇者母「あなたが手伝ってくれたら、すぐにご飯ができるわよ。お願いね」

勇者「……仕方ないな」



戦士「ぅおーい、勇者ー! こちとら腹減ってんだから、頼んだぜー!」

魔法使い「せっかくの親孝行、ぬかりなくやるのよー」



勇者(こいつらが……、こいつらが、仲間でさえなかったら……っ!)

僧侶(ゆ、勇者様が、拳を震わせながら、般若のような表情に……!?)



  ~魔王城~


魔王(ああー、オレ本当に魔王やらされてるのかー)

魔王(まじで困る。今にもバレそうで本気で困る)

魔王(……もしバレたら、城中の魔物にボコボコにされちまうんだろうなぁ)



魔王「…………」






魔王(な、なにか魔王になりすますために、いいアイテムはないかっ!?)ガサゴソ



  まおうは ほんだなを しらべた。
  まおうは 「まおうのこころえ」を みつけた! ▼



魔王「おっ! いいもんみっけ! こいつは使えそうだぞ!」

魔王「なになに、『本書は全六章に分けて構成されており、』……」

魔王「『この本を読むと、魔王になったばかりの君も、困った時にどうしたらいいか分かります。』」

魔王「そいつはありがたいな! 今のオレに超必要な本だぜ!」



魔王「えーと、『なお、なるべく早く、魔王のいろはを身につけたいというあなたには……』」

魔王「『実際の場面と想定して、練習しながら読むことをお薦めします。』」

魔王「なるほど、確かに。練習って大事だよな」



魔王「よーし、じゃあこの花瓶と文鎮を、さっきの見張り達と見立てて、練習してみるか」


 『 第一章――「高笑いで出迎えよう」

   第一印象は大事です。
   初めて会った時から、魔界の王者としての威厳を見せつけるなら、
   出会ったばかりの相手も、あなたに屈服するでしょう。
   また、笑い飛ばすことで、あなたの緊張や不安も吹き飛ばすことができます。 』



魔王「なるほどー。笑って登場することは、そんなに大切だったんだな」

魔王「えーと、こんな感じかな?」






魔王「ククク……、ハーッハッハッハッハ! 誰かと思えば、見張りどもかっ!」


 『 第二章――「相手をほめつつ、けなしてみよう」

   あなたは魔王といえど、王様です。 
   目下の者とはいえ、相手のがんばったことを認めて、敬意を示してあげましょう。
   でも、褒めてばかりだと、魔王ではなく、ただの良い王様になってしまいます。
   ゆえに、適度に、毒や皮肉や罵倒を浴びせることを、忘れてはいけません。 』



魔王「へー、魔王でも誰かを褒めてやんないといけないんだな」

魔王「意外とためになる本だな、……どれ」






魔王「いつもご苦労だな、見張りども!」

魔王「ただし、万が一、子ネズミ一匹侵入をゆるそうものならば……」

魔王「貴様らの首は、職的にも物理的にも無いものと思え!」



魔王(……なんか、ちょっと楽しくなってきたぞ)


 『 第三章――「取引をもちかけてみよう」

   ここで高度なテクニックを紹介です。
   あなたは魔王なので、様々な権力や力を持っています。
   そこで、困った時は、相手に条件と、それに見合った報酬を突きつけ、取引をしてみましょう。
   取引は、いろんな場面で使えるテクニックなので、
   いざという時のために、マスターしておくと便利です。 』



魔王「ふむふむ、取引かぁ。ちょっと小難しくなってきたな」

魔王「えーと、どんな感じにやったらいいかな……」






魔王「もしも、貴様らが、勇者を追いかえすことができたなら……」

魔王「貴様ら二人に、魔王軍幹部の席を用意してやろう!」



魔王(よーし、だんだん、つかめてきた気がするぜ。この調子で、どんどん進めてみるか!)


 『 第四章――「力づくで何とかしてみよう」

   もしも、トラブルや問題がなかなか片付かなかったら、
   自分の力で解決してみましょう。
   魔王の力や威厳を見せつけるために、戦闘に持ち込むこともお薦めです。
   相手と自分の、圧倒的な力の差を見せつけてください。 』






魔王「何ぃっ!? 勇者を逃しただと!?」

魔王「馬鹿者どもめ! 役立たずな貴様らは、このオレが直々に懲らしめてくれるわ!!」


 『 第五章――「手強かったら、真の姿を現してみよう」

   ごく稀に、力技だけでは解決しないトラブルもあります。
   しかし、そんな時のために、とっておきの切り札があります。
   それは、あなたの真の姿を現すことです。
   魔王たる者、最初から全力で戦ってはなりません。
   何段階かに分けて変身し、本当の力を見せつけることで、
   相手に、絶望と恐怖を、幾重にも植え付けることができます。 』






魔王「ちぃっ、見張りの分際で、オレをここまで追い詰めるとはな……!」

魔王「だが、見張りどもめ、とくと見よ! そして絶望しろ! これが魔王の真の姿だ――!」


 『 第六章――「負ける時は、潔く負けよう」

   これが最終章です。
   もしも、あなたがどんな手を尽くしても、敵わないことがあったなら、潔く負けてください。
   ただし、相手の記憶にいつまでも残るように、美しくかつド派手に散ることが大切です。
   あなたは負ける時も、なお魔王なのです。 』






魔王「ば、ばかな……!」

魔王「この魔王が、たかが、見張りごときに……ッ!?」

魔王「う、ぐ……、ぎ、」

魔王「ぐぎゃぁああ、あああああーーーっ!!」


魔王「…………」

魔王「…………」

魔王「…………」



魔王「……なんか、途中から、話の流れが変だったような気がする」

魔王「どっかのページ飛ばしたかな……?」パラパラ


魔王「…………」パラパラ

魔王「…………」パラ…

魔王「……あっ!」






魔王「……いま表紙みて気づいた。これ『魔王の心得――対勇者編』だったのか」

魔王「なーんだ……。あいつが来るまで使えないじゃん、この本。ちぇっ」






側近(…………)

側近(……魔王様が心配だったから、少し様子を見に来てみたら、)

側近(さっきから、花瓶と文鎮どなりつけて、何をしてらっしゃるんでしょうか……?)

本日はここまでです。
読んで下さった方、コメくださった方、ありがとうございます。
また今週来ます。



  ~勇者の家~


勇者「……母さん、野菜切れたよ」

勇者母「ありがと、そこに置いといてちょうだい」

勇者「ああ」

勇者母「それと、洗いものもお願いね」

勇者「わかった」



勇者母「あら……?」

勇者「なんだ?」


勇者母「少し見ないうちに、野菜の切り方上手になったじゃない」

勇者「え?」

勇者母「厚さも均一だし、皮の剥き残しもないし……」

勇者「そ、そうか?」

勇者母「上達したわね。さすが我が息子よ」

勇者「…………」



勇者(……幼少の頃、魔王学を真面目に勉強しておいてよかった)

勇者(当時は、なぜこんなことまで学ぶんだろうと疑問に思ってたが、)

勇者(まさか、この場面で調理技術が役に立つとは……)


勇者「…………」

勇者母「…………」

勇者(……気まずい)



勇者母「……ねえ」

勇者「……! なんだ?」

勇者母「最近どう?」

勇者「……な、何がだ?」

勇者母「いろいろよ。旅とか、戦いとか」

勇者「ああ……、順調にやっているが?」

勇者母「そう、それは良かった」

勇者「…………」

勇者母「…………」



勇者(に、日常会話って、こんなに難しいものなのか……?)


勇者母「あのね」

勇者(……今度はなんだ?)

勇者母「お母さんはね、たまにとてつもなく心配になる時があるのよ」

勇者「…………」

勇者母「あなたのことを信頼していないわけじゃないけれど、」

勇者「…………」

勇者母「母親の“さが”なんでしょうね」

勇者「…………」

勇者母「だから、こうしてたまに顔を見せてくれると、心の底から嬉しいわ」

勇者「…………」



勇者母「魔王討伐、がんばってね」

勇者「……ああ」


勇者(…………、皮肉なことに)

勇者(今、隣にいる男は、息子でも勇者でもなく、その魔王本人なのだがな)

勇者(魔王と知らず、ここまで親切にされてしまうと、呆気にも似た同情を感じる)

勇者(まあ、母親にも関わらず、見抜けないのは問題だが……)

勇者(…………)






勇者(とはいえ、一つだけはっきりしたことがある)

勇者(魔族も魔物も人間も、どの種族でも、)

勇者(――母親は偉大なものらしい)


勇者母「はい、味見おねがい」

勇者「ああ、……」

勇者母「どう?」

勇者「……良いと思う」

勇者母「ふふ、よかった。じゃあ、みんなで食べましょうか」



勇者(……いちいち、いろいろと気恥ずかしいが、)

勇者(勇者の家は、これが普通なんだろうな……)

勇者(…………)



  ~魔王城~


側近「魔王様、魔王様」コンコン

魔王(ん、あの声は側近か……)



魔王「なんだ?」

側近「昼食のご用意ができたようです。お部屋までお持ちしてもよろしいでしょうか?」

魔王「ああ、ありがとう……。持ってきてくれ」

側近「かしこまりました」


魔王(……メシかぁ)

魔王(ちょうど腹減ってたから、嬉しいなーっと♪)



魔王(……けど、魔王って、何食べるんだろう)

魔王(どちらかというと、草食じゃなくて肉食だと思うけど)

魔王(……肉、か)

魔王(…………)



魔王(やっぱ人肉……!?)


側近「魔王様、魔王様。昼食をお持ちいたしました」

魔王「……あ、ああ! 入ってくれ!」

側近「失礼致します」



魔王「ガクガクブルブル」

側近「…………」



側近「……なぜ震えているのですか?」


側近「さて、本日のメニューですが……」

魔王(……やっぱ人肉か!? 人肉のオンパレードなのか!?)ガクブル



側近「魔界南瓜のクリームスープ。腐れ百合と黒トマトのサラダ。」

魔王「…………」

側近「メインは、鬼ヤリイカと朧六枚貝の魔性海鮮パスタ」

魔王「…………」

側近「デザートは、蠍苺のミルフィーユ、七色ジェラート添えです」

魔王「…………」



側近「……復唱致しましょうか?」

魔王「あ、いやいや、大丈夫!」


魔王(……なんか、すげえのが運ばれてきたな)

魔王(さすが魔王のランチ)

魔王(でも、変な名前のが多いような気が……)



側近「何か質問が御座いますか?」

魔王「ぅえっ!? な、なんで?」

側近「何か、聞きたそうなお顔をされていたので……」



魔王「あー、えっと、じゃあ、この食べ物の材料って、どこで手に入れたんだ?」


側近「野菜、魚介、果物、調味料……、全て魔界で獲れたものですよ」

魔王(魔界産なのか。道理で知らないわけだ……)

側近「魔界直送の食材をふんだんに使って、ここの専属シェフ達が腕を振るって作りました」

魔王「へぇ……」

側近「人間界の食材は、魔族にとって栄養価が低すぎますからね」

魔王「なるほど」

側近「その烏賊と貝も、今朝、魔界の海で獲れたものですよ」

魔王「そうか。あ、もう一つ質問」

側近「なんなりと」

魔王「……この飯、人肉とか入ってないよね?」


側近「入ってないですよ。だって、魔王様は人間の肉がお嫌いでしょう?」

魔王「ほっ、良かったー……。え、そうだっけ?」

側近「ええ。人間の肉は臭すぎるとか、嫌な味がするとか、いつも言ってるじゃないですか」

魔王「そ、そうなのか」

側近「実際は、高タンパク・高カロリーな素敵な食材なんですけどね。私も大好物ですけど……」

魔王(……人肉が、素敵食材。好物……)

側近「まあ、魔王様の高貴な舌には、合わない食材だったということでしょう」

魔王「……まあ、そういうことだな」



魔王(……助かった。魔王が偏食家で助かった……!)ドキドキドキ


側近「ささ、魔王様。冷めないうちに……」

魔王「あ、ああ……、いただきます」パク

側近「…………」

魔王「…………」モグモグモグ

側近「…………」

魔王「…………」ゴックン

側近「…………」

魔王「…………」






魔王「なにコレ美味すぎ!!」ガツガツガブガブ!

側近(……! 物凄い勢いで食べ始めた!?)


魔王「やっべー、超うめー! 側近、パスタとサラダのおかわり頼む!」

側近「はい、かしこまりました」

魔王「あ。それと、もう一つ頼みたいんだけど……」

側近「?」



魔王「厨房のシェフ全員に伝えてくれ。『すんげー美味い。ありがとうな』ってな」

側近「――!」






側近「かしこまりました。魔王様の仰せのままに……」


側近「…………」スタスタ

側近「…………」



側近(……ものすごく珍しい)

側近(あの魔王様が、お食事をお褒めになるだなんて……)

側近(普段だったら、『まあまあだな』とか、『悪くなかった』としか言わないのに)

側近(……しかも、シェフにまで伝言だなんて、ここ百数年なかったことだわ)

側近(というか、いつもより、全体的に雰囲気がくだけてる気がする……)



側近(……まさか、)






側近「あの魔王様は――」




  ~勇者の家~


戦士「うおお! すっげぇうめー!」

僧侶「最高においしいです!」

魔法使い「さすが勇者のお母様、おいしすぎですねー」

勇者母「ふふ、ありがとう。まだまだあるから、たくさん食べてね」

勇者「…………」

勇者母「どう? おいしい? 自分も手伝った料理のお味は」

勇者「…………」


勇者(……正直のところ、味が薄い)

勇者(料理の味付けがというわけでなく、素材の味が……)

勇者(城に取り寄せられる食材は、魔界の最高級品ばかりだったしな……)

勇者(やはり、人間の食物は、魔族の俺には合わなかったというわけか)

勇者(……だが、)



勇者「美味いと思う……」

勇者母「そう、よかった」

勇者「……おかわり」

勇者母「はいはい、ちょっと待っててね」



勇者(……別に、世辞でも嘘でもないぞ)

勇者(舌には合わなかったが、なぜか美味いと感じたんだ)


勇者母「はい、どうぞ」

勇者「……ありがとう」

勇者母「それで、みなさんは今日はこの後、何する予定なの?」



勇者「――!?」

勇者(しまった、まだ何も考えてなかった)



戦士「うーん、何って言われましてもねぇ……」

僧侶「決まってますよ! 魔王城です!」

魔法使い「えー、またー? 最近、通いづめで飽きちゃったよー」

勇者母「あらあら、どうするの? 勇者」



勇者(どうするの、と言われても……)


勇者(こんな時、勇者だったらなんて言うだろうか……)

勇者(……あの弱小単純馬鹿のことだ。即、「魔王城!」と答えるだろうな)



勇者(だが、俺としては、あまりそれは好ましくない)

勇者(せっかく魔王の仕事から離れられたのに、すぐに戻るのは気が進まん)

勇者(最低でも、もう2~3日、こうしていたいのが本音)

勇者(その理由を、上手くカバーできる言い訳は……)



勇者(…………)


勇者「――そうだな。当然、魔王城で魔王を倒すことが一番の目的だ」

勇者「しかし、現状を見る限り、何度立ち向かっても時間の無駄……」

勇者「となると、魔王を討つべく、万全に備える必要がある」



戦士「へー。で、どんな準備するんだ?」



勇者(……それを、今から考えようとしてたんだが)


僧侶「あ、じゃあ、勇者様! あそこに行ってみましょうよ!」

勇者「どこへだ?」

僧侶「以前、行こうと思ってて、なかなか行けなかった“古代の迷宮”です」



魔法使い「あー。そういえば、そんなダンジョンもあったねー」

戦士「なんだっけ、それ?」

僧侶「伝説の武具が封印されている古代遺跡ですよ」

魔法使い「ダンジョンは難解だし、魔王城並にモンスター強かったから、後回しにしてたのよねー」

勇者(……ほう)






戦士「なるほどな……。全く記憶に無いぜ!」

魔法使い「あんた洞窟に入るなり、強豪モンスターに瞬殺されたからね」


勇者(……伝説の武具か)

勇者(その昔、伝説の勇者が装備していたと謳われる最強装備……)

勇者(無論、それらの武具は勇者にしか装備できないという……)

勇者(興味が無いわけではないが、魔王の俺が勇者の冒険を進めてやるのは、何だか癪だな)

勇者(……まあ、単なる暇つぶしと思えばいいか)

勇者(適当な所で退いて、やはり魔王城に向かおうと言ってもいいわけだし)



勇者「決まりだな。では、“古代の迷宮”に行くとするか」

戦士 & 僧侶 & 魔法使い「賛成ーーー!」






勇者母「みなさーん、果物剥けましたよー」

戦士 & 僧侶 & 魔法使い「食べまーーーす!」



勇者(…………おい)

今日はここまで。
読んで下さった方&コメントくださった方、ありがとうございます。
また今週書きにきます。



  ~魔王城~


魔王「うめぇええっ! ミルフィーユ美味すぎ!」

側近「お気に召されたようで何よりです」

魔王「ジェラートも極上だな! ミルフィーユに乗せて食べると、さらに極上!」

側近「おかわりお持ちしましょうか?」

魔王「ああ、頼む!」

側近「かしこまりました」


側近「あ、そういえば魔王様」

魔王「ん、なに?」

側近「先ほど郵便受けを確認したところ、魔王様宛にお手紙が届いてました」

魔王「え、オレ宛に? 誰から?」

側近「差し出し人は、魔王様のお母様です」

魔王「えっ? ああ……、母さんか」



魔王(知らなかったー。魔王にも父さん母さんがいたんだなー)


魔王「何の手紙だろ。見せてくれないか?」

側近「はい、こちらになります」

魔王「どれ……」

側近「…………」

魔王「……ん?」

側近「……」



魔王「……白紙?」


側近「そうですね、白紙ですね」

魔王「……だよな。他に何も入って無いし……」

側近「ああ、それと魔王様」キラリ

魔王(……? いま 光っ、――刃!?)



  ……ガキィイン!!



魔王「くっ……!」

側近「そろそろ正体をお聞かせ願えませんかね。――偽物様?」


魔王(――気づかれた!?)

側近(惜しかった……)



魔王(一体、どの段階で!? 何かまずいことでも言ったか!?)

側近(殺気でも気取られたか? ナイフを、ギリギリ剣の柄で受けられるとは)



魔王(……まだ、誤魔化しが効くか? まあ、やってみるしかないよな)

側近(ばさりと斬り捌いて、虫の息にしてから、いろいろ聞き出そうと思ったのに――)






側近「なかなかの反射神経ですね、偽物様」

魔王「いったい、何のことだかさっぱり分からないぞ、側近」

側近「白々しい口を聞く偽物様ですね。もうあなたが魔王でないことは明瞭です」

魔王「は? どこにそんな証拠が――」


側近「手紙、ですよ……」

魔王「……?」

側近「あなたは届く筈のない手紙を受け取って、平然としていた」

魔王「……なにっ?」



側近「魔王様がご幼少のころに、――魔王様のお母様は、すでにお亡くなりになっているんですよ」

魔王「……!?」


側近「あの手紙は、私が用意したものです。あなたが、魔王か否かを知るために」

魔王「……偽の手紙だったってことか」

側近「ええ。本人であれば、手紙の存在を訝り、母親が死んでいることを必ず指摘するはずです」

魔王「……つまり、オレは謀られたわけだ」

側近「まさしくその通り。今朝方から、あなたの言動が怪しかったので、確認を取らせて頂きました」

魔王(……言い逃れはできそうにないな)






側近「さぁ、偽物様。――喉笛掻き切るお時間です」

魔王「……!?」


 ――キィン、ガキィン!


魔王(……! 流石は魔王の側近! 女とはいえ、戦闘力がかなり高い!)



側近「なかなかの手練れですね、偽物様」

魔王「おい、もうよせよ! オレの正体教えるから……」

側近「いいえ、やめません」

魔王「なんで!?」

側近「たとえ一時であれ、魔王を騙った下賤の者は、許すに値しません」

魔王「……!」



側近「全身の肉を、死なない程度に細かく刻んで、」

側近「泣き喚くことさえ、忘れるほどの、恐怖を植え付けて、」

側近「それからあなたの正体を、ゆっくり聞くことに致しましょう。ねぇ、偽物様?」


魔王「……っ!?」



魔王(……怖気が、)

魔王(魔物とまともに話すのは、今日が初めてだったけど、)

魔王(こんなに冷酷な奴ら、だったなんて――)



側近「フフフ、怯えてますね。偽物様」

魔王「……、あ!?」



魔王(……しまった! 壁際まで追い詰められた!?)


魔王「やめろ! 話を聞いてくれ!」

側近「もう逃げられませんよ。観念なさい」

魔王「オレは君と闘うつもりはないんだ! だからやめろって!」

側近「……いまさら命乞いとは見苦しい!」

魔王「いいから、とにかくやめてくれ!」

側近「問答無用……!」



魔王(……このっ、)






魔王『 ――オレがやめろと言ってるんだから、 や め ろ !! 』






側近「 !? 」


魔王「……?」

側近「はぁっ、はぁ……」



魔王(……あいつ、一瞬で退いた。あんな遠くまで……)

側近(い、今、何が起きた! 否、何をされた!?)



魔王(こっちは、ただ大声出しただけなのに、)

側近(怒声を浴びせられただけなに、全身の震えが止まらない! 呼吸が…、乱れる!)



魔王(あんなに青ざめた顔して……、そんなに怖いこと言ったか、オレ?)

側近(あの声を聞いた時、身体の全細胞が戦慄した……! その場に居たくないほどの恐怖を覚えた!)



魔王(……わけわかんねぇ)

側近(あいつ、あいつは、いったい誰なんだ!?)


側近「あ、あなたはいったい、何者なんだ!?」

魔王「いや、何者って、」

側近「あなたが放ったのは怒声だけじゃない! 威圧感も凄みも、桁違いだ!」

魔王「はぁ……」

側近「あなたが只者では無いことは分かった! だから、正体を教えなさい!」

魔王(……、最初にオレが正体言うって言ったのに、なんで命令し直されてるんだろう)



魔王「えーっとな、……オレは勇者だ」

側近「 は? 」


側近「そんなことが信じられるものかっ! そうだったら、魔王様は今どこにいるんだっ!?」

魔王「だぁああっ! 分かった分かった! 全部話すから最後まで聞けぇええ!」



 ――間。



魔王「分かったか? だから、オレはいま魔王をやらされてるんだよ」

側近「そ、そんなことが……」

魔王「うん。要は魔王の気まぐれに付きあわされただけ。むしろオレは被害者だ」

側近「魔王様が、よりにもよって勇者の一味と一緒に……」

魔王「だから、しばらくはこんな感じで、魔王のふりする予定なんだけど……」

側近「…………」

魔王「そのために、手を貸してくれないか?」

側近「……なに? なぜ、私が……」


魔王「あんた、オレが魔王じゃないかもしれないって、もう他の奴に話したか?」

側近「いえ、今回の件は、私の独断で動いたこです。私以外に、あなたを疑っている人はいないでしょう」

魔王「そりゃ、よかった。ところで側近、魔王が勇者のふりして冒険してるって聞いて、どう思った?」

側近「もちろん、そりゃあ……大ショックでしたね」

魔王「――なら、他の魔物にも、同じ気持ちを味わわせたいか?」

側近「……!?」


魔王「つまり、オレの正体がバレないことは、魔物の士気も下がらないことにつながる」

側近「…………」

魔王「むしろ、バレたりしたら、この城は大変な混乱になるだろうな」

側近「ええ、目に見えてますね」

魔王「だから、オレの正体がバレないように、いろいろと助けてほしいんだ。君の助けが必要なんだよ」

側近「…………」


側近「……私は魔王様の側近です」

魔王「…………」

側近「ゆえに、協力するかしないかというのは、愚問に等しい」

魔王「…………」

側近「期間限定ですが、この側近。偽物かつ勇者とはいえ“魔王様”のために、協力させて頂きましょう」

魔王「……! そうか、ありがとう側近!」






側近「では、手始めにデザートのおかわりを、自分で取ってきてもらいましょうか」

魔王「――えっ!? 協力するって言った直後に、その仕打ち!?」


魔王(ちくしょー、側近めぇ……)テクテク

魔王(「偽物魔王様が、城の地理を早く覚えるための策です」なーんて言ってたけど、)

魔王(もっともらしいこと抜かして、オレをこき使おうとしてるんじゃないか?)

魔王(……なんだかんだで肩身がせまいなぁ)



魔王「はぁ……」

魔王「お、ここが厨房か」

魔王「おーい、デザートのおかわりぃ……」



???「……来た! 来たぞ!」

???「今だ! 照明をつけろ!」

???「せーの……っ!」


料理人一同「「「魔王様!! どうもありがとうございます!!」」」



魔王「……へ?」

魔王「なにこれ、なんで厨房が誕生日パーティーみたいな内装に……?」



料理人A「我々の感謝の気持ちを形にしてみました!」

料理人B「魔王様から、料理のお褒めの言葉を頂けるなんて……!」

料理人C「我ら料理人一同、至極感謝感激です!」

料理人D「是非ともその旨を直接魔王様にお伝えしたかったので、」

料理人E「側近様に伝言をお願い致した所存に御座います!」



魔王「……あ、」

魔王(だから、側近のやつ、自分でデザート取りに行けって言ったのか……)


魔王「じゃあ、いわゆるサプライズってやつなんだな」



料理人A「はい! しかしこれだけではございません」

料理人B「魔王様のために、皆でこちらを調理しておりました!」

魔王「おおっ!?」


料理人C「季節の魔界フルーツ特盛りデコレーションケーキでございます!」


魔王「すっげぇーー! めちゃくちゃ美味そうーー!」

料理人D「ああ、またもやお褒めの言葉が……!」

料理人E「我々……、感動の極みにございます!」



魔王「ありがとうな! お前ら、最高の料理人だぜ!!」

料理人一同「「「おおおーっ! 魔王様万歳ーーー!」」」



  ~魔王の部屋~


側近「…………」


側近(てっきり他の魔物か、人間が魔王様に化けてるのかと思いきや、)

側近(まさか、勇者が魔王様に成りかわっていたなんて……)

側近(それにしても、あの時の勇者の声は何?)

側近(まるで聞く者を、否が応でも従わせるような、威圧に満ちた声は……?)

側近「…………」


側近(……考えても、答えが出なさそうね)

側近(まあ、いつか分かる時が来るかもしれないし、)

側近(ああ、そんなことよりも今は――)




側近「……魔王様」

側近「この側近、貴方様のお帰りを心待ちにしております」

本日はここまでです。
読んで下さった皆さま、どうもありがとうございます。
コメや乙は心の糧です、心底感謝です。
次回は、たぶん来週になると思います。



>>113 脱字発見

× 側近「いえ、今回の件は、私の独断で動いたこです。私以外に、~~」

   ↓

○ 側近「いえ、今回の件は、私の独断で動いたことです。私以外に、~~」



  ~フィールド~


戦士「おーい、僧侶ー。古代の迷宮まで、どんくらいかかるんだー?」

僧侶「そうですね……、このルートを使えば、夕刻前には到着するかと……」

魔法使い「僧侶ちゃーん。地図ばっか見てないで、ちゃんと前見ないと、転んじゃうよ?」

僧侶「あ、はぃ……、と、わわっ!?」コテンッ

勇者「……言ったそばから」

僧侶「い、痛いです……」

戦士「気をつけろよー。いやー、それにしても、昼飯マジ美味かったなー!」





勇者(魔王とはいえ、さすがに疑問に思う……)

勇者(……世界平和の旅が、こんなにゆるくていいのだろうか?)



勇者「……ん?」



  まもののむれが あらわれた! ▼


魔物A「シャギャー!」

魔物B「フシュルルル!」



勇者「魔物か……」

戦士「来たな! ちょっくら食後の運動に付き合ってもらうぜ!」

魔法使い「いいねぇ、ドンパチ派手に行きますか!」

僧侶「魔法使いさん、魔力は温存した方が……」




勇者(初戦闘か……)


勇者「…………」






勇者(よくよく考えてみると、俺が魔物と闘うということは……)


魔物A「ギシャシャー!」

戦士「うぉっ!? こいつらかなり手強いぞ!?」



勇者(……我が魔王軍の戦力が削られるということか)


魔物B「フシャー!」

魔法使い「きゃー! いったーい!」

僧侶「魔法使いさん、今回復します!」


勇者(俺が魔王に戻った時のために、無駄な被害は出したくないところだが……)


魔物A「グルルル…、シャギャァ!」

戦士「痛ててて、噛むな! このぉ!」



勇者(魔物に攻撃しない勇者というのは、さすがに怪しまれる気がする)


魔物B「フー……、フシュシャー!」

僧侶「あ、あれ……? なんか、眠く……zzZ」

魔法使い「げぇ! あいつ催眠呪文使えるの!?」




勇者(しかし、何も知らない同胞を傷つけるのも癪だ……)


勇者「……さて、どうしたものか」

魔法使い「勇者ーーー! ぼーっとしてないで加勢してーーー!」


勇者(……気がつけば、仲間がそこそこピンチに)

戦士「勇者ー! 僧侶が眠っちまったから、回復たのむー!!」

勇者「ああ……」パァアア…

戦士「ふう、助かったぜー……」

僧侶「……zzZ」

魔法使い「どうすんのよぉー、この展開」

勇者「そうだな……、ここは――」



勇者「逃げよう」

戦士 & 魔法使い「はあ?」


勇者(魔王軍を傷つけず……、かつこの状況を切りぬけられる方法となると、これしかない)

戦士「おいおい、なんだよそれ。腰ぬけな作戦だなー」

魔法使い「ちょっとがんばれば、倒せる相手でしょ、こいつら」



勇者「この後、ダンジョン探索が待っているんだろう? 体力を温存しておくに越したことは無い」

戦士「そりゃ、そうだけどよー」

魔法使い「なんか、らしくないねぇ、勇者ちゃん。いつもの猪突猛進はどうしたのさ?」

勇者「…………」






勇者「俺の命令が聞けないなら、酒場に帰ってもらうが?」

戦士「まじすんませんした」

魔法使い「もう文句言いませんから、なんなりとご命令を」

勇者「よし、それでいい」


勇者「では、行くぞ。戦士は僧侶を頼む」

戦士「あいよ」

魔法使い「うーん、かけっこは得意じゃないんだけどなぁ」

僧侶「……ZZZ」



魔物A「グルルル…(おい、見ろよ。あいつら逃げる準備してるぜ?)」

魔物B「フシュウ(まじかよ。噂の勇者一行も大したことねぇな。回りこんでやるか)」



勇者「今だ! 逃げろ!」

戦士「うぉおおおお!」

魔法使い「ひぇえええええ!?」


魔物A「シャギャア!(そうは行くか!)」

魔物B「フシュルァア!(逃がすわけねーだろ、アホ共め!)」



戦士「なっ!?」

魔法使い「うっそ! 回りこまれそうじゃん!?」

勇者「…………!」






勇者「Миногасе! Ореъа накамада!」






魔物A「……ギャ!?(えっ!?)」ビクッ

魔物B「……シュア!?(なにっ!?)」ビタッ



  ゆうしゃたちは にげだした……▼


勇者「……ここまで来れば、安心だな」

戦士「た、助かったー……! 危機一髪だったな!」

魔法使い「一時はどうなるかと思ったよ…! あーしんどー!」



戦士「にしても勇者よー、さっきの何だったんだ?」

勇者「さっきの……?」

魔法使い「なんか呪文の詠唱みたいなやつよ。あたし、初めて聞いたわ」


戦士「勇者のあの言葉聞いたら、魔物たち、ピタッと止まって追ってこなくなったよな」

魔法使い「あれって、古代魔法か何か? そのわりには、魔力を使った気配は無かったけど」

勇者(しまった、なんて誤魔化そう……)

勇者「ああ、あれか……。えーとな……」






勇者「……おばあちゃんの、とっておきのおまじないだ」

戦士「まじでーーーーっ!?」

魔法使い「おばあちゃん凄すぎ!!」



勇者(……馬鹿ばかりで助かった)


魔物A「…………」テクテク

魔物B「…………」スタスタ

魔物A「なー」

魔物B「うん?」



魔物A「さっきの勇者の言葉さぁ……」

魔物B「ああ、紛れもなく“魔族語”だったよな」


魔物A「魔界にしかない特殊言語……、それを人間が使えるなんてな」

魔物B「あの勇者、いったい何者なんだろうな」


魔物A「やっぱり気になるか?」

魔物B「ああ当然だろ? 魔族語で、あんなこと言われたら、な……」



魔物A「『見逃せ、俺は仲間だ。』――だっけか?」



魔物B「そうそう。あー、もう、わけわからーん」

魔物A「一応、指揮官殿に報告しとくか?」

魔物B「さんせー。それが一番楽だ」

魔物A「じゃあ、報告書頼むわー」

魔物B「こら! 押し付けるな! 自分でやれ!」



  ~古代の迷宮・入口付近~


僧侶「ん、……ふわぁあー。なんかぐっすり眠ってしまいました」

勇者「起きたか僧侶。迷宮は間近だぞ」

僧侶「え、いつのまに着いたんですか?」

勇者「貴様が寝てる間だ」

僧侶「あ、私……、そうか。戦闘中なのに、寝ちゃってたんだ……」グスッ

勇者「おい、もう泣くのはよせ。貴様に、してもらいたいことがある」

僧侶「ん……、え? なんですか?」





戦士「ぜへぇー……、ぜへぇー……」

魔法使い「もう、無理……、これ以上走れない……」


勇者「あいつらの回復を頼む」

僧侶「あ、はい」



 そうりょは じゅもんを となえた!

 せんしの たいりょくが かいふくした!
 まほうつかいの たいりょくが かいふくした! ▼


戦士「うぉおー! 疲れがふっとんだー!」

魔法使い「いやー、ありがとねー、僧侶ちゃん!」

僧侶「いえ……。それより、なんでそんなに疲れてたんですか?」



戦士「……僧侶が寝てる間に、あらゆる戦闘を逃げまくってきたんだよ」

魔法使い「ずっと走り詰めだったし、疲れるのは当然……」

僧侶「はぁ、なるほど」


勇者「軟弱だな。その程度で音を上げるとは」

戦士「俺はずっと僧侶運んでたんだぞ! 勇者は一度も手伝わないしよぉ!」

魔法使い「あたしだって、もともと体力ないんだからさ。長距離走はバテちゃうってば」

戦士「魔法使いはあれだろぉ? もう三十路だから、持久力が足らなく――」






魔法使い「――なにか、言ったかしら?」ギュウウウ

戦士「いたたた! ギブギブギブ!」



勇者(スリーパーホールド……、体力ないっていうのは、嘘じゃないか?)
  
僧侶(口は災いの元って、このことですね……)


勇者「さて、ここが“古代の迷宮”か」

戦士「げほっげほっ……。なーんか、只の洞窟みたいに見えるんだけど」

僧侶「洞窟の中に、古代の人々が造った地下遺跡が眠っているんですよ」

魔法使い「村人さんの情報によると、かなり難解なトラップが張り巡らされてるらしいわ」

勇者「なるほど……」

僧侶「さらに、興味深いことに、この遺跡には古代の魔術師が造った、人造の魔物が棲みついているそうです」

勇者「ほう……」

魔法使い「おおかた、伝説の武具を守らせるための、衛兵ってところかしら? 古代人やるわねー」



勇者(人間の造った魔物と、ダンジョンか……、興味津津だな)

勇者(それに、人造の魔物ということは、魔王軍ではない。つまり、俺も遠慮なく闘えるということか)

勇者(…………♪)



僧侶(……? 勇者様、なんだか楽しそう?)


戦士「まあー、よくわかんないけどさ! 要は、ダンジョン入って攻略しろってことだよな! なっ!」

勇者「……貴様は、もっと細かいことを気にした方がいい」

戦士「いいーじゃん、そんなの。だっておれ、あたま使うの苦手だし!」

勇者(ここまで高らかに馬鹿宣言されると、反応に困る)



勇者「まあ、とりあえず行ってみるか」

戦士「いえーい! テンション上がるー!」

僧侶「あの、何が待ってるか分からないですから、ここは慎重に……」

魔法使い「そうねー。仮にも伝説の武具のあるダンジョンだしねー」



???「グゴゴ……」

勇者「……む?」



  ~古代の迷宮~


 めいきゅうのゴーレムが あらわれた!



勇者「――! 人造魔物か!?」

戦士「げぇ、初っ端から、そりゃねーだろ!?」

僧侶「ゆ、勇者様ぁ!?」

魔法使い「あー、忘れてた。前に来た時も、迷宮入って一歩目で、こいつ出てきたんだった」



ゴーレム「グゴォオオ!」


 めいきゅうのゴーレムは いきなり おそいかかってきた!


戦士「ぐぁっ!?」



 めいきゅうのゴーレムの こうげき!
 つうこんの いちげき!

 せんしに208のダメージ!

 せんしは しんでしまった…… ▼



僧侶「せ、戦士さん!」

魔法使い「そうそう、前もこんな感じで戦士がやられてたような」

勇者(ゴーレムの癖に素早いな……、どうやら魔術で強化されているようだ)


僧侶「勇者様、どうすれば!」

勇者「僧侶、戦士を蘇生させろ。魔法使い、防御の強化呪文を――」

魔法使い「おっけー、任せな」



勇者「――さて、楽しくなってきたな」

今日はここまでです。
読んでくださった方、コメや乙くださった方、どうもありがとうございます。
また、明日か明後日に書きに来ます。



  ~魔王城~


魔王「いやー、満腹満腹。本当に美味い飯だったなー」スタスタ

魔王「それに、あのデコレーションケーキ……。味の芸術だった……」



魔王(にしても、魔王のやつ。毎食こんな豪華な飯食ってんのか……)

魔王(……羨ましすぎる!)



側近「あ、見つけましたよ。魔王様」

魔王「お、側近。ちーっす」

側近「ちーっす、じゃありません。あと7分で会議が始まります。一緒に来てください」ガシッ

魔王「うぇ!? ちょ、いたたた! 角引っ張らないで……!」



  ~魔王城・会議室~


側近「巨人様、翼竜様、暗黒剣士様、氷精霊様、海魔人様――、全員お揃いのようですね」



巨人「おぅよぉ。さっさと済ませて、人間喰おうぜぇえ」

翼竜「ほっほ、巨人の。相変わらず品性の欠ける発言じゃの?」

巨人「んなにをぉお!?」

翼竜「ふほほ、挑発に弱いのも相変わらずとは、愉快愉快」



魔王(……うわー。大きくて、強そうなやつらばっかりだ。こえー)


氷精霊「どーでもええけど、部屋暑すぎとちゃう? ウチ、溶けてまうわ」

海魔人「そうですね。湿度も高いし、僕も蒸されそうですよ」

氷精霊「湿度高いんは、自分のせいやろ? 海モンは、潮臭くて敵わんなァ」

海魔人「…………」イラッ



暗黒剣士「……側近、早く始めてくれ。このままじゃ、内戦が起こる」

側近「そうですね。魔王様も到着しましたし、さっさと会議を開始しましょう」



魔王(ていうか、なんで、こんなに喧嘩っ早いのばっかりなのさ)

魔王(しかも、魔王って、こんなやつらといつも会議してたの……?)

魔王(……魔王って、すげーやつだったんだな)



魔王(……ていうか、会議ってオレ何したらいいんだろ)


側近「…………」チラ

魔王「……ん?」


魔王(何、いまの側近の目線……。オレ見てから、机を見たけど……)

魔王(あ、資料読めってことかな?)ガサガサ

魔王(……お、最後のページになんか書き込まれてる)



  『 魔王様へ、


    本日の会議の進行の大部分は、私が行います。

    ゆえに、無理に発言する必要はありません。

    もし、意見を尋ねられても、即答しないで、相槌だけ打ってください。

    私が全面サポートしますので、安心して会議を聞いていてください。


                         側近より 』


魔王(側近、あんたってやつは……!)ジーン…


側近「――では、本日の議題は、北地区の魔物の配備と、西国の侵攻作戦です」



氷精霊「北地区はウチのテリトリーやな。なぁなぁ、北陸の方にもっと戦力欲しいんやけど」

側近「ですが、魔界からの援軍の到着は、来月以降になりそうです」

氷精霊「ええー、困るわー。んなトロトロしてたら、勇者のが早く来てまうやん」

側近「なので、現在地上で活動している魔物の、一時派遣案を検討しています」

氷精霊「あー、もう。それでええわ。北陸には伝説の武具があるんやから、死守せぇへんと……」



魔王(へー。地上の魔物って、魔界から来てたんだ)

魔王(てか、北陸に伝説の武具あんの? それ初耳なんだけど)


海魔人「そんな辺鄙なところより、海にも軍隊回して下さいよ」

氷精霊「はぁっ!? なんでアンタに、魔物分けなあかんねん!」

海魔人「勇者たちの船の移動が増えてるんです。それに、北陸への移動手段も船ですよ?」

氷精霊「う……」

海魔人「ですから、勇者に北陸に侵入されないように、ここは海の魔物を増やした方が……」



魔王(なるほど、頭いいなー)

魔王(ていうか、こいつらってボスクラスの魔物だよな)

魔王(……将来、オレこんな奴らと闘うのか)

魔王(…………ドキドキ)


海魔人「なので、どなたかから軍をお借り出来たらというのが、僕の意見ですが……」

巨人「それは構わねぇけどよぉ、海魔人」

海魔人「はい、なんでしょう」

巨人「おぉれの軍の奴ら、獣ばっかだから、たぶん泳げねぇぞぉお?」






海魔人「……あ」


暗黒剣士「我が軍も、陸上で活動できる戦士系や死霊系の魔物ばかりだ」

側近「陸上の魔物を、海上に派遣するには、せめて船がないとですね……」


暗黒剣士「だが、勇者を討つには、大型の船が少数あるより――」

側近「ええ。小型の船を多数用意した方が、勇者を迎えうてるかと」


翼竜「じゃが、そんな予算どこから捻出するんじゃ?」

暗黒剣士「……短期間で実行するには、現実味が無さすぎる案だな」




氷聖霊「ぶははは! だっさー! 盲点もええところやな、この海鮮物!」

海魔人「……貴様ら、僕をコケにしやがって……!」




魔王(……だから、なんで一瞬で、こんなに一触即発な会議になるんだよ!?)


翼竜「ほっほ、若いのは血気盛んじゃのぉ」

海魔人「……笑ってる暇あったら、軍貸して頂けませんかね」

翼竜「ほ? なにゆえ?」


海魔人「貴方の軍は、竜や鳥や、空を飛べるものばかりでしょう? ならば、海上だって……」

翼竜「いかにも。だが――、やなこった」

海魔人「なっ!」


翼竜「それが人にモノを頼む態度か、海の? わしの軍が欲しければ、手土産くらいよこさんかい」

海魔人「貴様ぁっ……!」

翼竜「ふむ、ざっと人間の小娘2000人ほど欲しいの~。なんせ、わしの竜軍は、大飯喰らいばかり……」






海魔人「頭に乗るなよ、老いぼれぇええっ!」

翼竜「そりゃこっちの台詞じゃ、ヒヨっ子めがぁ!」


巨人「ぎゃははは! 乱闘だぁああ!」

氷聖霊「マジウけるーー! なぁなぁ、剣士ぃ、どっちが勝つか賭けへん?」

暗黒剣士「興味が無い。どちらも沸点が低すぎるんだ」

氷聖霊「はン、つまらん男やな。遊びもせえへんようじゃ、女が寄りつかへんで?」

暗黒剣士「頭の軽すぎる女に寄られるのは、ただの迷惑だ。とくに、お前みたいな女はな」

氷聖霊「なんやて、この餓鬼ッ!」

巨人「ぎゃはははは! 面白すぎて腹いてぇええ!」



側近(……まずいわね。このままじゃ、会議もままならない)

側近(こんな時、魔王様だったら、こいつらを殴って魔法でねじ伏せて、軌道修正してくれるんだけど……)

側近(ここにいるのは、魔王のふりした勇者しか――)



魔王「…………っ!」






魔王『 ――いい加減にしろぉ! てめぇらぁっ!! 』






海魔人「……ひっ!?」

翼竜「むぉ!?」

氷精霊「ひゃぁ!?」

暗黒剣士「…………!」

巨人「ぎゃは?」



側近(……っ!? 勇者!?)


魔王「さっきから聞いてりゃあ、貶しあうわ、喧嘩寸前だわ……」

魔王「お前ら、今日、ここに何しに来たんだ? オレ達の目的はいったい何だ?」



海魔人「……そ、それは」

魔王「海魔人、言ってみろ」

海魔人「……勇者を倒し、人間界を我々のものにすることです」



魔王「じゃあ、そのためには、お互いのこと悪く言ってる暇なんか、無いって分かってるか?」

翼竜「…………」

氷精霊「…………」


魔王「みんなで力合わさなきゃ駄目なんだよ」

魔王「ただ集まるだけじゃ、何も達成できないんだよ」

魔王「仮にも、お前ら魔王軍幹部だろ?」

魔王「お前らは強いし、凄いんだからさ……」



魔王「――みんなで協力したら、現状より、もっと凄いことができるはずじゃないのか?」



海魔人「……」

翼竜「……」

氷精霊「……」

暗黒剣士「……」

巨人「……」


側近「…………」



側近(……これが、勇者か)

側近(力も魔法も使わず、わずかな言葉で皆をまとめあげようとしている)

側近(このリーダーシップは、天性のものか、それとも冒険を通して手に入れたものか……)



魔王「…………」ス……

側近「……? 魔王様、どちらへ?」

魔王「部屋に戻る。会議は、側近が進めてくれ」

側近「……か、かしこまりました」


  バタン……


側近「…………」


氷精霊「…………」

暗黒騎士「……おい」

氷精霊「うへぁ!? 何さいきなり!」

暗黒騎士「北陸に軍が欲しいんだろ?」

氷精霊「そりゃまあ、そうやけど……」

暗黒騎士「我が死霊軍の一部を貸してやる。霊魂なら、極寒の地でもなんなく活動できるだろうからな」

氷精霊「え? あ、ああ……、おおきに」


翼竜「のお、海の?」

海魔人「何ですか」

翼竜「そんな怖い顔しなさんな。さっきの手土産云々じゃが、無しにしてくれてもええぞ?」

海魔人「……!?」

翼竜「なぁに、ちょーっくら竜共を、北海に飛ばすだけじゃからな。なんのことはない」

海魔人「……」

翼竜「そのかわりと言っちゃなんだが、最近、久々に魔界産の地酒が飲みたくなってきてのぉ……」

海魔人「……分かりましたよ。近いうちに、樽で奢ります」

翼竜「ほっほ、話の早い若者じゃ!」



側近(…………!)


側近(……少しづつ、幹部たちがまとまってきている)

側近(こんな光景、魔王様のままだったら、見られなかったかもしれない……)



側近(……勇者の力は、まだまだ未知数ね)






巨人「おぉい、側近。今度おぉれらも、飲みにいこうぜぇええ♪」

側近「仕事で忙しいので、丁重にお断りさせて頂きます」



巨人「…………」ショボーン




  ~魔王の部屋~


魔王「…………」ガチャリ

魔王「…………」スタスタ

魔王「……ダーイブ」ボフッ



魔王(……超疲れたぁあああああ!)

魔王(会議ってマジ慣れない。ずっと緊張しっぱなしで、死ぬかと思った……!)

魔王(こんなん、いつもやってるなんて、魔王って大変なんだなぁ……)



魔王(……最後の最後で、苛ついてしゃべっちゃったけど、)

魔王(偽物だってバレてないといいなぁ……)

魔王(それより、気になったのは――)


魔王(会議室に入ってから、ずっと殺気みたいなのがあった)

魔王(……よくわかんないけど、オレ――おそらく魔王に向けられた殺気)

魔王(故意に隠してるのか、わずかな量だけだったけど、)

魔王(肌がチリチリするような、嫌な感じだった……)

魔王(でも、会議室はずっと剣呑な雰囲気だったから、)

魔王(誰が放ってたかは、まったく分からなかったんだけどな……)


魔王(……誰、だったんだ?)



魔王(………… … 誰……)






魔王「……zZZ」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。コメと乙も感謝です。
また、今週来ます。

コメってなんですか

>>173
コメント、感想のことでした



  ~古代の迷宮~


ゴーレム「グォオオオン!」

戦士「ちくしょう。かなり硬いぜ、こいつ……!」

魔法使い「僧侶ちゃーん! こっちも回復お願い!」

僧侶「はい! 只今!」

勇者「…………」



勇者(……しばらく、観察していて分かったことは)

勇者(こいつはただの雑魚ではなく、ボスクラスの魔物だということだ)



勇者(最初はただの模様だと思っていたが、こいつの身体中に刻まれている紋様は……)

勇者(力、素早さ、防御などを倍化する、魔法陣や呪文の詠唱のようだな)

勇者(……古代人め、粋なことをしてくれる)


勇者(……だが、幸い呪文無効化の陣は、書き込まれていない)

勇者(ならば、ここは……)



勇者「僧侶! ゴーレムに守備力低下の呪文を! 余裕が出たら、幻惑呪文もかけろ!」

僧侶「は、はい!」

勇者「魔法使い! 俺に、攻撃力倍化の呪文をかけろ! 次に戦士に頼む!」

魔法使い「あいあいさー!」

勇者「戦士は、俺と一緒にゴーレムを叩け! 痛恨の一撃に気をつけろ!」

戦士「おう! 任せろ!」



ゴーレム「ゴァアアア!」


  そうりょは じゅもんをとなえた!

  めいきゅうのゴーレムの しゅびりょくは 108さがった! ▼



僧侶「勇者様! 効いてますよ!」

勇者「よし、それでいい。そのまま続けろ!」



  まほうつかいは じゅもんをとなえた!

  ゆうしゃの こうげきりょくが 2ばいになった! ▼



魔法使い「こっちもOK! 調子はどうだい? 勇者ちゃん!」

勇者「ああ、すこぶるいいぞ。戦士! 俺に続け!」

戦士「あ―― 勇者、危ねぇ!」

勇者「!?」



ゴーレム「グゴァアアアアア!!」


 めいきゅうのゴーレムの こうげき!
 つうこんの いちげき!

 ゆうしゃに 198のダメージ! ▼



勇者「――がはっ」

戦士「勇者!」

魔法使い「勇者ちゃん!?」

僧侶「勇者様ぁっ!!」



勇者「………っ、ぅ」

勇者(……アバラが何本か、逝ったか? 血が、止まらな――)



ゴーレム「ゴゴゴゴゴ!」



勇者(……ふ、あの木偶の坊、笑ってやがる)


戦士「この野郎! よくも勇者を!」


  せんしの こうげき!
  かいしんのいちげき!

  めいきゅうのゴーレムに 206のダメージ! ▼


ゴーレム「ゴォオオオオ!?」

戦士「っしゃあ! 効いてるぜ!」

魔法使い「僧侶ちゃんの補助魔法のおかげね! このまま、押すわよ!」


勇者(……こんなに生々しい痛みは、久々だな)

勇者(魔王ではなく、人間の身体だからか? ずいぶんと脆い身体だ……)

勇者(勇者どもは、こんな粗末な身体で、今まで俺に立ち向かっていたのか……)


勇者(……それにしても)



僧侶「勇者様! 今すぐ、回復しますから……!」

勇者「……に、……な…」

僧侶「え?」






勇者「…、木偶が…調子に、乗るな」

僧侶「……っ!?」


勇者(この俺に、この魔王にこんな仕打ちを与えるとは……)

勇者(其れ相応の覚悟ができている、ということだな?)

勇者(……悔やむといい、貴様が生まれたことを)

勇者(……憎むといい、貴様を生み出した古代人を)

勇者(ああ、それにしても……)






勇者「――楽しくなってきたなァ?」






僧侶「……ゆ、う者、様?」


僧侶(勇者様が、笑ってる……? 瀕死の状態なのに?)

僧侶(それに、この禍々しい笑みは何?)

僧侶(まるで、魔物が人間を襲う時のような、邪悪な笑み……)

僧侶(なんだか、勇者様が勇者様じゃないみたいな――)



勇者「……僧侶、回復は?」

僧侶「え、あ! はい、只今!」



  そうりょは じゅもんをとなえた!

  ゆうしゃのHPは ぜんかいふくした! ▼



勇者「よし、それでいい」

僧侶「…………」


戦士「お、勇者! 傷は大丈夫か?」

魔法使い「勇者ちゃんの治療の間に、あいつにダメージ与えといたよ!」

勇者「ああ、ご苦労だった」

僧侶「…………」

戦士「勇者! 早く、次の指示を!」

魔法使い「呪文なら、なんでもバンバン打っちゃうよ!」

勇者「ああ、そうだったな……」



勇者「――全員、防御だ。できるなら、少し離れるか伏せてるといい」



戦士「は?」

魔法使い「え?」



勇者「あいつは、俺がケリをつける」

僧侶「勇者様……?」


ゴーレム「ゴゴ……ゴゴォ!」

勇者(……だいぶダメージが蓄積されているようだな。あいつら、良い仕事をしてくれた)

ゴーレム「ゴワァアアア!」

勇者(人間に造られながらも、素晴らしい性能だった。だが、それも今日で終わりだ)



  ゴーレムの こうげき! 

  しかし ゆうしゃは すばやくみをかわした! ▼



魔法使い「なっ!? ゴーレムの突き出された拳を、飛んでかわしたわ!」

戦士「しかも、そのまま拳に着地! 腕を駆けあがっていくぞ!」

僧侶(……勇者様の目当ては、ゴーレムの頭部!?)






勇者「さあ、泣いてを許しを乞うがいい――」


  ゆうしゃの こうげき!
  かいしんの いちげき!

  めいきゅうのゴーレムに 385ダメージ!



ゴーレム「――グギャァアアア!」

戦士「ああっ! 勇者のやつ!」

魔法使い「ゴーレムの目のとこに、剣を突き刺した!」

僧侶(それも、あんなに、深く……)



勇者「ははは、いいぞ。もっと喚け」ゴリッゴリッ

ゴーレム「ギャァアアアア!」



戦士「げぇっ! しかも傷を抉るように、剣を刺しっぱなしで動かして……」

魔法使い「ゴーレムのやつ、ご愁傷様ね」

僧侶(……勇者様が、また笑ってる)


ゴーレム「グゴ、ゴ、ゴゴゴゴォ!」


戦士「うわわっ、ゴーレムが暴れ出した!」

魔法使い「激痛で我を失ってるわ。だから、勇者ちゃん、離れろって言ったのね」


勇者「さぁ、そろそろ終わりが見えてきたな」

ゴーレム「ゴォオオオオ!」


勇者「貴様のようなやつと一戦交えられて、俺は満足だ」ス…

僧侶(勇者様が、ゴーレムの頭部に手を……)

勇者「最高に楽しかったぞ。こいつは褒美だ。受け取れ」

魔法使い(あの構え、それにあの詠唱は……、火炎魔法!?)



  ゆうしゃは じゅもんをとなえた!

  めいきゅうのゴーレムに 186のダメージ! ▼


魔法使い「頭部に直接、火炎魔法!」

戦士「火力も申し分ねぇな! いけるか……!?」



ゴーレム「ゴワァアア、ァア、ァ………!」



  めいきゅうのゴーレムを たおした! ▼



戦士「おおお! 倒したぁ!」

魔法使い「勇者ちゃん、やったねー!」



勇者「……フゥ」

勇者(久々にいろいろと動いたな。それにしても、楽しかった)


魔法使い「……いやー、にしてもびっくりだね。流石、勇者様ってことかしら?」

勇者「何を言ってるんだ。貴様らのサポートがなければ、こう上手くはいかなかっただろう」

戦士「へ?」



勇者「――礼を言う。よく戦ってくれた」



戦士「……へへ、仲間なんだから、当たり前だろ?」

魔法使い「こちらこそ、ありがとね。みんなーお疲れー」

僧侶(ゆ、勇者様に……褒められた)ジーン…

戦士「よーし、それじゃあとっととダンジョン攻略にいこうぜ!」



勇者「いや、今日はここまでだ」

戦士「へぁ?」


勇者「さっきの戦闘で、みんなかなり体力と魔力を消費しただろう」

戦士「うーん、そりゃあ……」

魔法使い「まー、そうだけど」

勇者「この状態のまま冒険するのは、あまり適切じゃない。一時帰還だ」

僧侶「なるほど、確かに……」

勇者「魔法使い、ここを出たら、移動呪文を頼む。それから宿に泊まろう」

魔法使い「ほいさっさー」





勇者(……というより、)

勇者(……一度でいいから宿屋とやらに、泊ってみたかったのが本音だが)ワクワク





僧侶(……勇者様、楽しそう?)

今日はここまで。たぶん次回は来週になります。
いつも読んでくださり、ありがとう御座います。



 ~魔王城~


側近「魔王様」

魔王「ぐががー……zZZ」

側近「魔王様、起きてください」

魔王「ふごごー……zZZ」

側近「…………」







側近「とっとと起きてください、魔王様」グイー

魔王「いっ、だだだ! やめて、角引っ張らないで! ひっこ抜ける!」


側近「なんだか、私が来ると、半分の確率で魔王様が寝てる気がします」

魔王「しょうがないだろぉ、慣れない事ばかりで、こっちは疲れてるんだよ」

側近「疲れたら、回復呪文を使えばいいじゃないですか」

魔王「MPの無駄遣いはあまりしたくないの! 冒険中にMP0になった時の、恐ろしさといったら……」グスグス

側近「あなた今、魔王なんですから、そんな心配は無意味ですよ。仕方が無い――」



  まおうのそっきんは じゅもんをとなえた!

  まおうの たいりょくが かいふくした! ▼



魔王「あ、疲れがとれた」

側近「回復魔法ぐらい、下々の者でも使えます。いつでも頼りにしてください」

魔王「そっか、……ありがとな」

側近「側近ですから当然です。ところで、魔王様、夕食の準備が出来たそうですが……」

魔王「おおおお! 飯ーー! 行く行く! 食べるーーーっ!!」

側近(……気のせいか、呪文かけた時より、元気が出てるような)



  ~村~


魔法使い「はーい、到着ー」

戦士「おー、もう夕焼けが」

僧侶「迷宮にいた時は気づかなかったですけど、けっこう時間が経ってたんですね」

勇者「ところで魔法使い。ここは、先ほどの街ではないようだが?」

魔法使い「ん? 宿に泊まるってだけだから、あたしの独断で移動先決めたんだけど」

勇者「……普通そういうことは、相談してから決めてほしいんだが」

魔法使い「まーまー、細かいこと気にしない」

勇者(適当すぎるというのも、難のある性格だな……)



魔法使い「ちなみにこの村、温泉が有名で、宿屋にも露天風呂がついてるってさ」

勇者「素晴らしい働きぶりだぞ、魔法使い」グッ

僧侶(勇者様が、真顔でサムズアップを……!)


戦士「にしても、なつかしいなー」

僧侶「この村に来た時は、冒険の中盤でしたっけね」

戦士「あ、そういう意味じゃなくてさ。おれ、この辺の生まれなんだよね」

魔法使い「あらそうなの、初耳ね」

戦士「ちょうど、この村の隣町に住んでたんだけど、もう町は無くなったんだ」

僧侶「え、どうしてですか?」



戦士「魔物の大群に襲われたんだよ」


戦士「おれが7つの時だから、20年前のことだったかな」

戦士「近くに住んでた大賢者が助けに来てくれたから、死傷者は少なかったけど、……」

戦士「町の9割は壊滅、毒を使う魔物が多かったから、戦闘で毒沼がいっぱいできちゃって……」

戦士「毒沼の埋め立ては、技術的にまだ不可能。だから、町の再建もあきらめて……」

戦士「生き残った人達は、おれを含め、別の所に引っ越していったよ」



勇者「…………」

勇者(20年前の襲撃作戦か。確かに、そんなこともあったな)

勇者(その時の生き残りが、こうして勇者の仲間になっているとは……)

勇者(偶然か、はたまた運命か……)



戦士「っと、辛気臭い話になって悪かったな。さ、宿泊まろうぜ、宿! 温泉ー!」


僧侶「戦士さん、ご苦労されてたんですね……」

魔法使い「……あー」

僧侶「でも、あんなに明るく振舞って……」

魔法使い「うーん……」

僧侶「あ、すみません、ちょっと涙が……」グスッ

魔法使い「……ってことはぁ」



僧侶「……魔法使いさん? 何をそんなに一生懸命考えてるんですか?」

魔法使い「――え? ああ、いやいやいや、べっつにー」



魔法使い(……まさか、ね)



 ~宿屋~


主人「一晩60Gですが、お泊りになりますか?」

勇者「はい」

主人「では、ごゆっくりお休みください」

魔法使い「あ、御主人さん。露天風呂は何時までやってますかー?」

主人「夜の間は何時でもどうぞ。うちは、朝食時に大浴場の掃除をしていますので」

魔法使い「ありがたいねぇ、どうもー」



主人「では、こちらお部屋の鍵になります」ジャラジャラ

勇者(……二つ?)

魔法使い「じゃあ、こっちのもーらい!」ヒョイ

僧侶「それでは、勇者様、戦士さん、また明日……」



勇者(……ああ、男女で部屋を分けてるのか)



  ~宿屋・男部屋~


戦士「っはー、疲れたー」

勇者(……質素な家具に、木造の床と壁。掃除はいきわたっているらしい)

戦士「夕日も沈んじまったなぁ。風呂入る頃には、星が見えっかな?」

勇者(ベッドのスプリングはいまいち。俺の部屋のに比べたら、遥かに硬い)

戦士「……勇者、なにシーツの匂い嗅いでんの?」

勇者(洗剤の匂いと、日に干した匂いがする……。洗いたてだが、手触りはそこそこか)



勇者(これらを踏まえ、この宿屋の総合評価は――)






勇者「5点だな」

戦士「え、何点中5点?」


戦士「しかも、何の点数だよ」

勇者「この宿の評価だ。10点中5点」

戦士「100点中じゃなくて良かった……。ていうか、露天風呂に入る前に、評価決めるなよ!」

勇者「そうか、そういえばまだ風呂に入ってなかった」

戦士「というわけで、一緒に行こうぜ勇者。いやー、楽しみだなー、温泉」

勇者「ああ、じゃあ身体洗うの頼む」

戦士「はぁ? なんで? しかも俺が?」

勇者「なぜって……」






勇者「風呂に入る時は、下々の者が身体を洗ってくれるのだろう?」

戦士「なんなのその王子様発言」


戦士「16にもなって甘えたことを抜かすな! 自分でやるんだぞ! いいな!」



勇者(……そうか、人間界ではそういうことになっているのか)

勇者(となると、こいつが身体を洗うところを見て、覚えるしかないな)

勇者(まさか、勇者と入れ換わって、こんなことを学ぶはめになるとは思わなかった……)



勇者(しかし、人間界の温泉は初めてだな)

勇者(魔界のはいくつか行ったことがあるが、さて、どれほどのものか)

勇者(…………♪)






戦士「お、着いたぜー」



  ~露天風呂・男湯~


戦士「おお、いいねぇ。岩風呂じゃん」

勇者(湯が、無色透明……)

戦士「さっさと脱いで、浸かろうぜー。お、ここに効能書いてある。泉質はアルカリ性単純温泉……」

勇者(硫黄の匂いが、魔界に比べてはるかに薄い。あのむせ返るような匂いが好きだったんだが……)

戦士「へー、疲労回復や美容、切傷とか擦り傷の外傷にも効くってよー」

勇者(……温度は、41~2度くらいか。ぬる過ぎる。湯どころか水じゃないか)チャプ

戦士「お、湯加減見てるのか? 勇者ー」

勇者(何より、最も納得いかないことが一つ……)






勇者「なぜ、溶岩風呂じゃないんだ……っ」

戦士「勇者、ここは地獄じゃねえぞ」



  ~宿屋・女部屋~


魔法使い「いやっほー! ベッドー!」ボフン

僧侶「魔法使いさん、乱暴に使ったらベッド壊れちゃいますよ」

魔法使い「いいじゃないのよー。無礼講ー」



僧侶「それにしても、一人15Gはけっこうしますね……」

魔法使い「でも、露天風呂つきと思ったら、けっこう安い方じゃない?」

僧侶「わざわざ露天風呂つきの宿屋に、泊まる必要はないような……」

魔法使い「たまには、こういうのもいいでしょ? 心身ともに疲れをほぐすみたいなさ」

僧侶「しかし……」

魔法使い「僧侶ちゃん、そんなお堅い頭じゃ、大好きな勇者ちゃんを振り向かせられないよ?」

僧侶「ぅひゃい!?」ビビクッ

魔法使い「ふむ、図星からの奇声とみた」


僧侶「そ、そそそそんなことありません!」

魔法使い「きゃはは、僧侶ちゃん、分っかりやすーい」

僧侶「私は神に仕える身です! そ、そのような不埒な色恋沙汰など……!」

魔法使い「でも、僧侶ちゃんが勇者を見てる時って、ザ・恋する乙女の眼してるよ?」

僧侶「はうっ!」

魔法使い「まあ、あたしは、かなり序盤で気づいてたけどね」

僧侶「そ、そんな昔から……!」

魔法使い「あははっ、僧侶ちゃん、顔まっかー」

僧侶「からかわないでください!」


僧侶「だいたい、なんでこんな時に、そんなことを……」

魔法使い「だって、もう魔王戦よ?」

僧侶「それとこれと、何の関係が……」




魔法使い「――魔王を倒せば、冒険が終わる」




僧侶「……!」

魔法使い「冒険が終わったら、このパーティーも解散よね。きっと」

僧侶「ゆ、勇者様と離れ離れ……!」

魔法使い「だからさ、離れる前に、自分の気持ちを素直に伝えた方がいいんじゃない?」

僧侶「…………」


魔法使い「まあ、確認したいことがあったら、事前に聞いておくのも手よ?」

僧侶「それは、つまり、例えば……?」

魔法使い「うーん、そうねぇ……」






魔法使い「『勇者様は彼女いますか?』とか」

僧侶「~~~~っ!? き、聞けるわけがありませんっ!」

魔法使い「えー、告白前の常套句でしょうに」


僧侶「もう! 私、お風呂入ってきますからね!」

魔法使い「はーい、いってらっしゃーい」

僧侶「……? 魔法使いさんは、行かないんですか?」

魔法使い「あたしはもうちょい、夜が更けてからでいいや。ちょっと済ませたい用事もあるし」

僧侶「……そうですか」



魔法使い「あ? 一緒に入りたい? 温泉に浸かりながら、恋の悩み相談でも……」

僧侶「け、けっこうです! 間にあってます!」


  バタンッ!


魔法使い「あーあー、行っちゃった。いやー、それにしても面白かったなー」

魔法使い「…………」





魔法使い「――さて、私も行かなきゃ」

もう今週来れないかなと思ったら、運よく来れました。
本日はここまでです。
読んで下さった方、コメント&乙くださった方、有難う御座います。
それでは、また来週。



  ~魔王城~


魔王「っはー、大満足だったー……」

側近「喜んでいただけたようで何よりです」

魔王「夕食はさらにボリュームがあったなー。あれなんだっけ? あのメインディッシュ……」

側近「暗黒牛のシャリアピンステーキ、真紅ワインソースですね」

魔王「そうそう、それそれ! あれマジ最高だった。肉柔らかすぎて、超感動」

側近「お気に召されたのなら、また次回作らせますよ」

魔王「おお! 頼む! あ、それとさ、側近」

側近「はい、何か?」

魔王「少し、気になったことがあるんだけど……」



側近「――なるほど、会議中の殺気ですか」

魔王「ああ、誰のか分かんなかったから、少し気になってて……」

側近「…………」

魔王「むしろ、なんで殺気持たれなきゃいけないのか分かんないし」

側近「そうですか。分からないのならば、説明をする必要がありますね」

魔王「うん……、ん?」



側近「――魔物の中には、魔王様の座を狙っているものが多数います」

魔王「……え?」

側近「分かりませんか? 上昇志向、支配欲、出世欲、功名心、野心ってやつですよ」

魔王「はあ……」

側近「魔物や魔族といった輩は、そういった願望が、ひときわ強いんです」

魔王「……」

側近「だから魔王様は狙われやすいのです。同胞である魔物や、魔族からも……」


側近「幹部ともなれば、そういう野望を心に抱えながら、仕える者もいるでしょう」

側近「なので、普段から用心をお願いしますよ、魔王様」

側近「魔王様の寝首を掻いて、のしあがろうと企む輩は二百といますから」

魔王「…………」



魔王(魔王の奴、そんな環境で魔王なんかやってたのか……)

魔王(どんくらい魔王やってるって言ってたけ、たしか500年?)

魔王(……なんか、可哀そうだな)

魔王(あいつの周りに、心から信じられる奴って、どれくらい居たんだろう……)



魔王「なぁ、側近」

側近「何でしょうか」

魔王「魔王はいつから魔王やってたんだ?」

側近「5歳ですよ」

魔王「へー、5歳……。……5歳っ!?」


側近「魔王様が5歳の時に、魔王様のご両親は人間に殺されました」

魔王「…………」

側近「なので、幼いとはいえ、止む負えず一人息子を、魔王にする必要があったのです」

魔王「……そうか」



側近「ところで、魔王様は、魔王に飽きたから勇者をやりたい、とおっしゃったんですよね?」

魔王「ん、ああ。そうだけど?」

側近「昼間に聞いた時は、びっくりしましたが、今なら納得できます」

魔王「……というと?」

側近「魔王様はきっと、魔王以外の生活がしたかったんだと思います」

魔王「……うん。5歳の時から魔王やってたら、そりゃ飽きるし、他の事したくなるよな」

側近「…………」



側近(……本当は、すぐにでも城に帰ってきてほしいですが、)

側近(魔王様の気が済むまで、羽を伸ばしてもらいたいのも、本心ね……)

側近(……魔王様、今頃どうしてるかしら?)



  ~露天風呂・男湯~


戦士「よーし、旅の疲れを癒すぞー」ザバッ

勇者(……なるほど、最初に頭から湯をかぶる、と)ザバッ

戦士「露天風呂だと、テンションあがるなぁ」

勇者(シャンプーを適量手にとり、手の平を擦り合わせて泡だてて……)

戦士「……勇者、さっきから何でこっち見てるんだ?」

勇者(……しまった、不審に思われたか。なんとか別の話に切り変えないと……)






勇者「……その、戦士はどうして、戦士になろうと思ったんだ?」

戦士「え、おれ? いやー、話すと長くなるんだけどさー」

勇者(……しまった、面倒くさいことを聞いてしまったようだ)


戦士「おれ、元々は戦士じゃなかったんだよ。城に仕えてた兵士だった」ワシャワシャ

勇者(指を立てて、泡だてたシャンプーで髪を洗う、と……)ワシャワシャ



戦士「子供の時から力自慢で、町のガキ大将みたいなこともしてたんだよ、おれ」ワシャワシャ

勇者(前髪、側頭部、後頭部、耳の裏……)ワシャワシャ



戦士「だから、こういう仕事合ってるかなーと思ったんだけど……」ワシャワシャ

勇者(……自分で頭を洗うと、人にやってもらう時ほど、そんなに気持ちよくないな)ワシャワシャ



戦士「上司と喧嘩しちまって、退職処分になったんだよね」ザバー

勇者(充分洗えたら、桶の湯をかぶって、泡を洗い落とす)ザバー


戦士「それからは、傭兵もどきでもやろうかなーって酒場に行ったんだけど」

勇者(次はリンスを出して……、リンスは泡立たないのか)



戦士「全然仕事来なくて、酒に溺れる生活になって……」ワシャワシャ

勇者(シャンプーと同じ要領で洗う……)ワシャワシャ






戦士「そんな時に、おまえに会ったんだよな」

勇者(よし、頭の洗い方をマスターしたぞ!)


 ――――――――――
 ―――――…

 ―……



    「なぁ」

戦士「……ん」

    「おっさん、飲みすぎはよくないぜ」

戦士「だぁれが、おっさんだー……。おれはまだ、27だ」

    「そっか、ちなみにオレは今日16になったんだ」

戦士「はっ、酒も飲めねぇ餓鬼が、酒場なんか来るなよ……。とっとと帰れ」

    「そういうわけにはいかないんだ」

戦士「あぁ?」






勇者「オレ、仲間を探してるんだよ。魔王を一緒に倒すために」


戦士「……するってぇと、お前が噂の勇者か」

勇者「ああ、そういうことだ」

戦士「世も末だなぁ。こーんな餓鬼に、世界を託すなんてよ」グビッ

勇者「だーかーらー、もう飲むなって。オレだって、一人じゃ無理だと思うから、仲間探してるんだよ」

戦士「一人でも百人でも無理なもんは無理だ。あきらめろ、餓鬼ぃ」

勇者「――まだ始まってもないのに、あきらめられるかよ」

戦士「…………」



勇者「オレだって、魔王と闘うなんて、正直怖いよ」

勇者「でも、誰かが闘わなきゃ、平和は訪れないんだ」

勇者「オレはこの世界に住むみんなを助けたい。でも、それは、オレの力だけじゃできない」

勇者「力を貸してくれないか? あんたみたいな強い人の力が、必要なんだ」



戦士「…………」


勇者「…………」

戦士「…………」

勇者「…………」

戦士「……」グビーッ

勇者「だからもう飲むなって!」

戦士「プハ……、そんな怖い顔すんなよ。こいつは最後の一杯だ」

勇者「へ?」

戦士「つまり、この酒場で酒に溺れる生活も、もうおさらばってことだ」

勇者「……ってことは」



戦士「行こうぜ、勇者。魔王を倒すんだろ?」

勇者「……! おうっ!」



 ―……
 ―――――…

 ――――――――――


戦士「……あれから2カ月かぁ。長かったような、短かったような」

勇者「…………」

戦士「なんにせよ、魔王を倒したら、もうこんな生活もおしまいだな」バシャァ

勇者「…………」

戦士「けっこう楽しかったんだけど、しゃあないよなー」

勇者「……おい」

戦士「ん、なに?」






勇者「リンスが目に入った時は、どうしたらいいんだ? 痛くて困る」

戦士「おまっ!? そういう時は我慢しないで、洗い流すんだってば!」バシャバシャ



  ~村はずれの小屋~


 ……コンコンコン



???「どうぞ」

魔法使い「ちわー、お久しでーす」

???「こんな夜更けに誰かと思ったら、貴女でしたか。大きくなりましたねぇ」

魔法使い「ざっと20年ぶりかしら。大賢者様もとい師匠も、元気そうで何よりね」






大賢者「ええ。すこぶる元気ですよ。それより、今宵はどのような用件ですか?」


魔法使い「近くまで来たから寄っただけよ」

大賢者「ああ、故意に近くまで来たんですよね。古代の迷宮から、呪文を使って……」

魔法使い「……何で知ってんのよ」

大賢者「各地に使い魔を飛ばしてるので」

魔法使い「のぞきは最低よ」

大賢者「老後のささやかな楽しみですよ。ご堪忍」



魔法使い「それより、まだ魔法で若作りなんかしてんの?」

大賢者「この姿だとけっこう便利ですから」

魔法使い「いい加減あきらめて、実年齢で生活したらいいのに」

大賢者「そう言われましても、わたし永遠の“ナインティーン”ですし」

魔法使い「“ナインティ”の間違いでしょ?」

大賢者「これは一本取られましたね」


大賢者「それにしても、本当に大きくなりましたね。あの頃とは見違えるようです」

魔法使い「20年も経ったら嫌でもそうなるわよ」



大賢者「あの頃……、あなたは確か10歳。泉の近くで泣きべそかいてたのを良く覚えてます」

魔法使い「どうかしてたね、私も。男の子との喧嘩に負けたーって大泣きして」

大賢者「そこを、わたしに見つかって、『仕返ししたいから魔法おしえて』ってなって……」

魔法使い「なんでそんなによく覚えてるのよ」

大賢者「これでも賢者ですから」

魔法使い「相変わらず、喰えないじじいね」


  シュンシュン……


大賢者「あ、ぐっどたいみんぐ。お茶が沸きましたよ」

魔法使い「私が来ると分かってたから、沸かしてたんでしょ。白々しくて腹立つわ」



  ……コポコポコポ


大賢者「……しかし、その時の男の子どうしてますかね」

魔法使い「…………」

大賢者「隣町に住んでた子でしたっけ。この村でも有名なガキ大将だったような」

魔法使い「…………」

大賢者「あの魔物達の襲撃以来、みんなバラバラに移動してしまったから、再会の見込みは薄いですね」


魔法使い「…………」


魔法使い(……どっこい、かなり近いところにいたんだけどね)

魔法使い(さっき意識して見るまで、気づかなかったわ。まさか、あんなにでかくなってるとは)






戦士「べーっきしょん!!」

勇者「どうした、戦士。風邪か?」


大賢者「はい、お茶どうぞ」

魔法使い「ありがと……。……あ、この匂い」

大賢者「わたしのオリジナルブレンドの薬草茶ですよ」

魔法使い「懐かしいわ。私が子供のときにも、出してくれたっけ」

大賢者「ええ。少々苦味が残るので、あの時はよく『不味い』と連呼してくれましたよね」

魔法使い「師匠って、本当に細かいことばかり覚えてるわよね」

大賢者「これでも賢者ですから。それで、お味の方は?」



魔法使い「美味しいわ。もう砂糖無しで飲めるほど、大人になっちゃったんだね、私……」


大賢者「それで、今宵訪問した本当の用件は何ですか?」

魔法使い「ああ、それね。どうしても大賢者で博識な師匠に、聞きたいことがあったのよ」

大賢者「わたしで助けられることなら、なんなりと。短かったにしろ、師弟関係でしたからね」

魔法使い「助かるわ」

大賢者「で、何を聞きたいんですか?」









魔法使い「――勇者が本物か偽物か、確かめる方法を、知りたいんだけど」









本日はここまでです。
いつも読んでくださり有難う御座います。
感想とか乙とかも書きこんで下さって、有難う御座います。
また今週来ます。



  ~露天風呂・女湯~


僧侶「…………」チャプ

僧侶「…………」


僧侶(……魔王戦が終わったら、勇者様と離れ離れ)

僧侶(……そんなの、さみしすぎる)ポロ…

僧侶「あ、駄目! 泣いちゃ駄目です、私!」ゴシゴシ

僧侶「…………」


僧侶(やっぱり、はっきりと言うべきでしょうか、私の気持ちを……)

僧侶(……でも、勇者様は私のことどう思ってるかな)

僧侶(……も、もし嫌いだったとしら……、すごく泣くんだろうな、私)

僧侶(でも、もし万が一好きって言われたら……!!!)



僧侶「……キャー…」カァアア



  ~村はずれの小屋~


大賢者「……それは、とどのつまり、どういうことなんですか?」

魔法使い「そのままの意味よ。今の勇者は偽物じゃないかと、私は疑っているの」

大賢者「偽物……? そこに至るまでの経緯を聞きたいのですが」

魔法使い「そういう、説明がめんどいところこそ、覗き見しといてよ」

大賢者「まあまあ、そう言わずに」

魔法使い「はいはい。――昨日の魔王戦以降、勇者の様子がおかしいのよね」


大賢者「具体的に、どんな風におかしいんですか?」

魔法使い「うーん、うちの勇者って、基本熱血系なんだけど。今日になって、かなり冷めてるのよ」

大賢者「ははあ。態度が激変したと」

魔法使い「うん。生き返って一言二言交わした時に、『変だなー』ってまず思ったわ」

大賢者「ですね。例えるなら、あなたが一晩で、完璧な淑女らしさをマスターしてるといったところですか……」

魔法使い「私をなんだと思ってるのよ」

大賢者「いやあ、そりゃあさすがに変とも思いますよねー」

魔法使い「なんで質問スルーしてんのよ」


大賢者「でも、それだけでは、疑う要素にはならないのでは?」

魔法使い「そうね。だからその時は、勇者には深くは突っ込まなかったわ」

大賢者「序盤でかまをかけておくと、あとあとが怖いですからね」

魔法使い「だから、当面、勇者を“疑っていない”ポーズをとることにしたの」

大賢者「潜伏からの真偽特定ということですか。考えましたね」

魔法使い「『疑ってませんよー』って雰囲気出してたら、向こうも油断すると思ってね……」



魔法使い「でも、何もしなかったら、向こうも簡単に尻尾を出さないだろうなーと思ってさ」

大賢者「ふむ……」

魔法使い「……せっかくだし、いきなり勇者のお母さんに会ってもらったわ」

大賢者「なるほど、身内の眼に頼りますか」

魔法使い「でも、特になんもなかった。お母さんもなんも言って無かったし」

大賢者「予想通りの収穫はなかったんですね」


魔法使い「さすがに、お母さんは気づいてくれると思ったんだけどね」

大賢者「切り札が一枚消えましたね」

魔法使い「うーん、勇者のお母さん、けっこうおっとり系だからなぁ……」

大賢者「気づいていなかったか、あるいは気づいてて言わなかったか……」

魔法使い「どちらにしても、勇者のお母さんって大物かもね」






勇者母「はっ……くしゅん!」

勇者母「あら大変、ポークソテーに胡椒かけすぎちゃったわ」


大賢者「しかし、勇者が本物だから、お母様が何も言わなかったというのも考えられるのでは?」

魔法使い「まっさかー、この短期間であんなに落ち付き払えるもんですか、あの勇者が」

大賢者「話を整理すると、その勇者とお母さんの件、四通りの答えがでる可能性がありますね」

魔法使い「四通り?」



大賢者「1・勇者は本物なので、お母様は何も言わなかった」

魔法使い「ふんふん」


大賢者「2・勇者は偽物で、お母様も気づかなかった」

魔法使い「ほうほう。あ、私は2派ね」


大賢者「3・勇者は偽物で、お母様は気づいていたけど、何も言わなかった」

魔法使い「3だとしたら、お母さんに聞きに行くのが早道かもね」


大賢者「でも、回答が4だとすれば、その選択は危険ですよ」

魔法使い「は? じゃあ、4って何よ」





大賢者「4・勇者は偽物で、お母様も “偽物” だから、偽勇者をかばって何も言わなかった」


魔法使い「     」




魔法使い「……ちょっと! 変な空想やめてよ! 鳥肌立った!」

大賢者「確率だけに焦点を合わせるなら、こんな仮説も作れるんですよ」

魔法使い「余計なことすんな! 今、勇者について話してるんでしょーが!」

大賢者「これは失敬。で、他に勇者を疑う要素はあるんですか?」


魔法使い「そうねえ、たとえば、戦闘中なのにボーっとしてることもあったし、」

魔法使い「いつもガンガン攻めろみたいな戦法のはずが、今日に限って『逃げる』なんて指示だすし、」

魔法使い「かと思えば、ゴーレム戦で、いつになく頭使った戦術も繰り出すし、」

魔法使い「その時使った火炎魔法の魔力も、勇者にしてはちょっと強すぎるし……」



大賢者「態度だけでなく、戦術や魔力にも変化が見られると? もはや別人ですね」

魔法使い「でしょ。外見は勇者そのものなんだけど、性格とか思考とかガラッと変わっててさ」

大賢者「さすがにそれは妖しすぎます」

魔法使い「ほんとにねー。あの勇者を疑ってないやつがいるとしたら、そいつ頭がどうかしてるわよ」







戦士「ぶぇっきしーんっ!!」

勇者「やっぱり風邪じゃないか、戦士」


魔法使い「でも、まだ決定打がないのよ。偽物だっていう証拠がさ」

大賢者「証拠ですか……」

魔法使い「それさえ分かれば、『貴様、偽物だな! 名を名乗れ!』って問い詰めるんだけど」

大賢者「確かに、わたしもその勇者が、本物かどうか知りたくなってきました」

魔法使い「ということでさ、なんか知恵貸してくんない?」

大賢者「……そうですねー」






大賢者「では、こんな案はどうでしょう」

魔法使い「お、何々?」


大賢者「あなた達は今、“古代の迷宮”を探索中ですね?」

魔法使い「うん、今日は入り口で帰ってきちゃったけどね」

大賢者「“古代の迷宮”には、勇者にしか装備できない伝説の武具がある。ゆえに……」

魔法使い「ゆえに?」





大賢者「――ダンジョンで見つけた伝説の武具を、すぐに勇者に装備させたらいいんですよ」





魔法使い「 ! 」

大賢者「勇者が本物なら、装備できます。勇者が偽物なら、装備できません」

魔法使い「さっすが師匠! 冴えてるじゃん!」

大賢者「これでも賢者ですから」

魔法使い「亀の甲より年の功とは、よく言ったもんだわ!」

大賢者「褒めてるつもりなんでしょうけど、嬉しくない発言ですねぇ」


魔法使い「ありがとうね、師匠! 頼れる師だわ!」

大賢者「どういたしまして、久々に弟子に会えたのは嬉しかったですよ」

魔法使い「よーし、こうなったら、明日にでも迷宮攻略して、伝説の武具をゲットしなきゃ!」

大賢者「気合いが入ってる弟子を見るのは、楽しいですね。あ、一つ質問が」

魔法使い「何よ」



大賢者「どうしてそんなに、勇者の正体を暴きたいんですか?」

魔法使い「え。もちろん、偽の勇者に、本物の勇者の居場所を聞き出して、勇者助けるのよ」

大賢者「……なるほど、ですね」

魔法使い「あいつがいないと、魔王が倒せないからね」

大賢者「それ以外に理由は?」

魔法使い「え?」

大賢者「頭脳明晰なあなたが、それだけの理由で動く人間とは思えません」

魔法使い「…………」


大賢者「あなた、幼いころから、そんなところありましたよね」

大賢者「自分の目的を達成するために、本心を隠したまま行動する」

大賢者「建前の理由を前面に出して、誰にも本音を伝えない」

魔法使い「…………」



大賢者「わたしに魔法を教えろと言った時も、そうでした」

大賢者「喧嘩した男の子に仕返しする、というのは建前」

大賢者「本音は、いつも危なっかい遊びをして、大人にさえ喧嘩腰だった、その男の子の身を案じて、」

大賢者「彼が大変な時に、自分が助けられるように、魔法の力を得たかった」

魔法使い「…………」



大賢者「今回もそうです」

大賢者「勇者を疑って暗躍を図りながらも、仲間の誰にもそれを伝えていない」

大賢者「今日、わたしの元に来たことも、どうせ誰にも伝えていないんでしょう?」

魔法使い「…………」


大賢者「師匠として言わせてもらいますが、あなたはもう少し、人を信頼した方がいい」

魔法使い「…………」


大賢者「そんな生き方していたら、いつか誤解の袋小路に立たされますよ」

魔法使い「…………」


大賢者「もっと、みんなに本音を話すようにしたらいいじゃないですか」

魔法使い「…………」


大賢者「でないと、本当のあなたを知らない人々が増えていくだけです」

魔法使い「…………」


大賢者「ちなみに、これは助言ではなく、予言です」

魔法使い「…………」


大賢者「何故そんな未来がわたしに分かるのか、聞きたいような顔してますね」

魔法使い「…………」



大賢者「あなた、昔のわたしにそっくりなんですよ」

大賢者「今のあなたは、過去のわたしで、今のわたしは、未来のあなたです」

大賢者「もう少し自分を出すようにしないと、こんな風に孤独に余生を過ごすことになりますよ」

大賢者「わたしは嫌いじゃないですけど、はっきり言って、こんな生活、あまりお薦めできませんね」






魔法使い「…………」


魔法使い「…………」ガタッ

大賢者「御帰りですか?」

魔法使い「…………」コクン

大賢者「夜道に気をつけてくださいね」

魔法使い「…………」ス…

大賢者「その包みは、お土産ですか?」

魔法使い「…………」コクン

大賢者「ありがたく頂戴しておきますよ。わたしの好きなお菓子、覚えててくれたんですね」

魔法使い「…………じゃあね、師匠」

大賢者「……ええ。いつでも、どうぞ。お待ちしてますよ」


  バタン


大賢者「…………」

大賢者「都合が悪くなると、黙り込んじゃう癖は、子供の時から変わって無いですね」

大賢者「……さて、お菓子でもいただきますか」


魔法使い「…………」スタスタ

魔法使い「…………」スタスタ


魔法使い(本音かぁ……)

魔法使い(うまく説明できないから、言いたくないだけなんだよね)


魔法使い(子供のころに、町を魔物に襲撃されて、大好きな村をめちゃくちゃにされて、)

魔法使い(こんな悲しみを、誰にも経験してほしくないから、勇者の仲間になった)

魔法使い(一日でも早く勇者と一緒に、魔王を倒して、)

魔法使い(もうどこかの町や村が、魔物に襲われないようにしたいだけ)

魔法使い(そのためには、本物の勇者が力が必要。ただそれだけ)


魔法使い(この場合、復讐ともとれるし、世直しともとれるし、)

魔法使い(自分の気持ちを素直に言うって、骨が折れるよなぁー)




魔法使い「あー、疲れたー。温泉入りたいー」スタスタ

今日はここまでです。
魔法使いと大賢者の会話がほとんどになってしまいました。

読んでくださってありがとうございます。
感想や乙もはげみになっております。嬉しいです。
また今週来ます。



  ~露天風呂・男湯~


戦士「いいかー、100まで数えるんだぞー」

勇者「……ああ」

戦士「のぼせそうになったら、『ギブアッープ!』って言ってあがるんだぞー」

勇者「……分かった」

戦士「そんじゃー、いーち。にーい。さーん……」

勇者「…………」



勇者(やっぱり、思ってたより熱くないな。なんだか、物足りない)

勇者(しかし、人間の身体としては、適温なんだろうな。身体がポカポカしてきた)

勇者(……気持ちいいな)チャプ



戦士「お、ちゃんと肩までつかるなんて、偉いなー」


勇者(それにしても、魔王城の方は大丈夫だろうか……)

勇者(たしか、今日も会議があったよな。あの弱小、上手くやってるだろうか)

勇者(こういう何も無い時間って、余計なことばかり、考えてしまうな……)



勇者(あいつ、この時間、何をしてるだろうか)

勇者(会議はとっくのとうに終わって、たぶん夕食も済んで……)

勇者(夜やることといえば、あとは風呂と寝る準備と……それと)

勇者(…………!!)






勇者「しぃまったぁあーーーー!」ザッパァ

戦士「おーい勇者ー、そこは『ギブアップ』だっつーに」



  ~魔王城・魔王の部屋~


側近「それでは魔王様、また明日来ますね」

魔王「ああ、いろいろとありがとうな。側近」

側近「寝間着は鏡台においてあります。何か欲しいものがあれば何時でも呼んでください。それと……」

魔王「それと?」



側近「寝る前には“魔王の記録”を、しっかりつけてくださいね」



魔王「……ん? 魔王の、記録?」


側近「ご存じありませんか?」

魔王「うん、知らない。つーか初耳」

側近「そうですか、ならば説明を。魔王の記録とは、とどのつまり日記みたいなものです」

魔王「はぁ」


側近「三代前の魔王様が、日々何をしたか、勇者の動向はどうか、などを記録しはじめて、」

側近「以来、先代魔王様、そして現魔王様が、毎日の記録を残しているのです」


魔王「三代前ってことは……、今の魔王のじいちゃん?」

側近「まあ、そういうことになりますね」

魔王「でもなんで、記録を?」

側近「さぁ、さすがの私も2000年前のことは分かりません」

魔王「そっか、それじゃあ仕方ないな」

側近「ちなみに、先代魔王様の話によると、『記録を残したら後世の魔王のためになる』とか言ってたような」

魔王「へーーー」

魔王(……あれ? 側近って今何歳?)


魔王「まー、なんていうか……、勇者風に言うと“冒険の書”みたいなもんか」

側近「そうかもしれませんね。ちなみに、魔王の記録は一番奥の本棚の左上にあります」

魔王「そっか。ちなみに、偽物の魔王も、記録書かないと駄目?」

側近「5歳から魔王に就任した魔王様も、毎日欠かさず書き続けてますよ」

魔王「律儀だなー、魔王って。分かった、一応書いておくよ」

側近「助かります。それでは、魔王様、また明日……」

魔王「おう、じゃな」



  ――バタン



魔王「…………」

魔王「…………」

魔王「……さァて」ユラリ…



魔王「魔王の日記かァ……。そんな面白ぇモンが拝めるとは、思ってもみなかったなぁ……」ニタァ



 まおうは ほんだなを しらべた。

 まおうは 「まおうのきろく」を みつけた! ▼



魔王「じゃじゃーん! ついに見つけたぜー!」

魔王「いやぁ、人の日記のぞくのって、なんでこんなに楽しいんだろうなー」ホコホコ

魔王「……お、これ一週間前の日付じゃん。どんなこと書いてあるのかなーっと」ペラ



 『  ……暦 д月ы日


  弱小勇者がまた魔王城にやってきた。

  事務処理の途中だったから、煩わしくて早々に片づけた。

  懲りない馬鹿が勇者になると心底面倒だな。 』



魔王「な、なにおうっ!?」


魔王「えっと、他の日付は……」パラパラ


 『  ……暦 д月л日


  会議で、勇者を倒すために、ダンジョン内のモンスターの強化について話し合った。

  海魔人と氷精霊が小競り合いを始めたから、激しい炎を吐いて黙らせた。

  結局、会議は終わらなくて、議決は次回に持ち越しになった。

  とはいえ、あの弱小勇者が相手だし、モンスターの強化しなくても、全然充分だと思うが。 』


魔王「こ、こいつ……!」


 『  ……暦 ц月в日


  偵察隊からの報告。勇者たちは、まだ最初のダンジョンで手こずってるようだ。

  予算を低めでこしらえた、罠も少ないダンジョンで、何度も迷い、魔物に全滅させられているらしい。

  正直言って、失望だ。大丈夫か、この勇者。薬草が切れた? なんで買い溜めてこなかったんだ?

  これほどまで、弱小な勇者は初めて見たぞ。相手は雑魚のはずなのに、こいつは雑魚以下の弱小だな。 』


魔王「……言いたい放題、言いやがってーーー!」


魔王「ん。……ここは、この記録の最初のページか」パラ…



 『  ……暦 б月ф日


  ついに勇者の一族から、新たな勇者が生まれたらしい。

  そいつは今日で16になったようだ。偵察隊の情報によると、酒場で仲間を集めているとのこと。

  これまで500年、様々な勇者を相手にしてきたが、骨のある奴はほんの一握りしかいなかった。

  こいつは俺を楽しませてくれるだろうか。魔王の仕事なんて雑務ばかりだから、いい加減飽き飽きしている。

  新しい勇者がどんな奴かは、まだわからない。

  だが、このつまらん生活が勇者の介入で、すこしでも面白くなるんじゃないか、と期待している。 』



魔王「…………」

魔王「あいつ……」

魔王「……相当退屈してたんだなぁ」


魔王「とりあえず、俺も書いておくか」カキカキ




 『  ……歴 д月зе日


  今日は昼飯と夕飯が超美味かった! 特にステーキ!

  それから、側近はちょっと怖いけど優しい奴だって分かった。

  魔王の仕事が、すげー大変だってのも分かった。

  仲間から魔王の座を狙われてるって聞いて、ちょっとショックだった。

  会議はかなり緊張した。なんであいつら、あんなに協調性ないんだろうな。なんだか心配だ。 』




魔王「……よし、こんな感じかな。上出来だぜ、オレ!」


魔王「じゃあ、魔王の記録をしまって……と」



   ――バサッ



魔王「ん、なんか落ちた?」

魔王「へー、古い本だなぁ。なんの本だ?」パラ…



  『  ○が つ  X にち


    おとぉ さんが あたらし ぃ まほお おしえて くれ た

  あまり じょぅずに できなかった

        でも おとおさ ん が がんばれ って いった から がんばる!! 』



魔王「読みづらっ! なにこの汚い字!」

魔王「どこのガキの落書き帳だ? えーと……」パラパラ


魔王「あ。」




  『  きょおは ぼく の 5さいの たんじょおび

         おとぉさん から この きろくしょ をもら った

    おとおさんは きょお まおおのきろく のこと おしえて くれた

  ぼく もいつか まおおに なる から  きろく お つけなさい だって

      きょお から まいにち かくって おとおさん と やくそく した』




魔王「……もしかして、もしかするけどよ」

魔王「これ、魔王のガキのころの日記……?」



魔王「…………」ニタァー



魔王「よーし読もう。全部読もう。舐めつくすかのように読み切ろう」パラパラパラ

今日はここまで。たぶん明日続き投下します。
読んでくださりありがとうございます。



  ~露天風呂・男湯~


勇者「うぉおおーーー! させるかぁあーーー!」

戦士「うわわぁあーー、勇者がご乱心だぁあーーー!」

勇者「絶対に触れさせんッ! 俺の過去を探らせてたまるかぁあっ!」

戦士「ちょっ、こら! ストップ! 落ちつけって!!」

勇者「あの弱小ぉお! 決して五体満足で帰さんぞぉおおおおーーーー!」

戦士「…………こぉのッ!」



戦士「――必殺! 戦士ラリアットォオオ!!!」


  ドグシャア!!


勇者「ごふぁっ!」ドサッ



戦士「ったく、公共浴場で暴れるなよ。他のお客様に迷惑かかっちまうだろうが」



  ザワザワ……


戦士「いやぁ、ご迷惑をおかけして、ほんとすんませーん」ヘコヘコ

勇者「…………」

戦士「おい勇者ー。何、黙りこくってんだよ。おまえも謝れって」

勇者「…………」シーン

戦士「え、もしかして気絶してる……? おかしいな、そんなに力こめたつもりは……ハッ」



----【戦士の脳内】---------------------------------------


 いま露天風呂

  ↓

 装備品全部外してる

  ↓

 勇者の守備力はその分下がってる

  ↓

 おれはもともと力自慢

  ↓

 手加減したつもりが、実は勇者のダメージ半端ない

  ↓

 勇者がのびちゃう ←今ここ

---------------------------------------------------------


戦士「ゆ、勇者ーーー! しっかりしろぉおーーー!」



  ~魔王の部屋~


魔王「さーて、早速魔王の恥ずかしい過去を漁っちゃうぜー」ペラペラ



  『   Γがつ  Πに ち


     おかぁさん と ぷりん お つくった 

   かたまるの まつ じかん が ながく て  まちくたび れた

     ぷりん は すごく おいしかった

        ぼく おかあさんの ぷりん だいすき!  』



魔王「……プククッ」

魔王「そぉーかー、まおう君はプリンが好きなのかぁー」ニヤニヤ



  『   Ψがつ α にち 


     きょお おとおさんの おしごとの へやに ないしょで はいってみた

   いろんな かみ が あった  で も  むずかしぃ じ ばかり で  よめなかった


       そしたら おとぉさんのそっきんに みつかっちゃった


     かってに はいっちゃ ダメだって さ    しかられちゃった

    でも おとおさん  には へやに はいったこと ないしょに してくれるって

        おとぉさんのそっきんは すご く やさしいんだよ  』



魔王「ははは! あのスカした魔王も、やんちゃ坊主だったんだなー! ウケるー!」

魔王「あー。でも、この魔王の父ちゃんの側近ってさー……」



魔王「……まさか、だよな?」



  『  Λがつ  Φにち


   きょおは あめが ふった

     おかあさんと きたのたに へ さんぽに いくよていだった から ざんねん

  でも おかあさん は かわりに えほん を よんで くれたょ

        ぼく の だいすきな どらごん がでてくる えほん だよ


      おひるねの とき おねしょ しちゃった

                  おかあさん ごめん なさい 』



魔王「……!! ま、魔王のやつがおねしょって……!!」バシバシ

魔王「駄目だ腹痛い! 面白すぎて腹痛い! 死ぬーーー!」


魔王「はー……、やっと落ちついた。次ーっと」


  『  νにち  Τがつ 


    あした おとおさん と おかあさん は にんげんかい にいくんだって

  ぼくは まだこども だから いっちゃ ダメだって さ

       おとおさんのそっきんと おるすばん だって さ
                                 つまんない

    でも おとお さんが あしたの ぶんも たくさん  あそんで くれた!

   ぼくも おとな だったら にんげんかい に いけたのかな

        はやく おとなに なりたいな

     きょおは おかあさんと いっしょに ねるんだ! うれしぃ! 』



魔王「……なんだろうね、この魔界のホームドラマ。マジ和む」

魔王「つーか、この日記。ニヤニヤ笑いが止まらねぇ」ニヤニヤ

魔王「……魔王のご両親さん、良い人たちだったんだろうな……」

魔王「えーと、次のページは……」




  『





          おとおさん と おかあさん が ころされた






                                            』







     魔王「…………え」






  『  

        もう おとおさん と おかあさん に あえない


    おとおさん とあそべない   おかあさんの ぷりんもたべれない


             なんで


                        いやだ   どうして


       たくさん ないた  まだ なみだが とまらない

                    
                 でも  そっきん が なぐさめてくれた



       まだ かなしい       おとおさん は おかあさん は どこにいったの


           だれが おとおさん と おかあさん を ころしたの

                    ゆるさない  そいつをころしてやりたい   』




  『  だれも おしえてくれなかった

    おとおさん と おかあさん を ころしたのは だれなのか

    どうして ころしたか        なにも

   そっきんも おしえてくれなかった

   でもそっきんは ぼくに おしえない りゆうを おしえてくれた


     ぼくが それを しったら “ ふくしゅう ” するから だって


    まおうを つぐ のは ぼくしか いないのに

   ぼくが ふくしゅうに いって もし ころされたら みんなが こまるからだって


  ぼくは もう まおうに ならないと いけないんだって

             ぼく は まだ こどもだけど まおうに ならなきゃいけない  』



魔王「…………!!」



  『  Τがつ гにち


   たくさん まおうがく の べんきょうを した

   あたらしい じゅもん を 23 こ おぼえた

   ごはんを たべる じかん と ねるじかん が まえより すくなくなった

   じかん が もっとほしい

   はやく おとうさんのような りっぱな まおう に ならなきゃいけない  』



魔王「…………」



  『  Τがつ зеにち


   さっき こわいゆめ を みた   こわくて ねれない

   おかあさんと いっしょにねれたら おかあさん は だきしめてくれて

   あんしんさせて くれたのに おかあさん……

   ねれないから べんきょう しよう  もっと たくさん べんきょう できるように

   むずかしい じ の べんきょう を しよう   べんきょう したら りっぱなまおうに なれるから 』



魔王「……おい」



  『  кがつ у日


   きょう も たくさん べんきょう した  でも さいきん ねむれない

   すごくつかれて ねむかったけど がんばった   そっきんが 心ぱい してくれた

   でもいいんだ  だって ぼくは ま王 にならなきゃいけない から

   あした は ま王ぐん の ぜんぶのめいぼ を あんき しなきゃ 』



魔王「……もういい」



  『  е月 ы日

   ま王軍 の かん部 と会って あいさつした

   少しきん張したけど 大じょうぶ だった

   そっ近 が かん部たちは みんな なかよくないから 気をつけてと おしえてくれた

   みんな を まとめるには 力が ひつよう だとおしえてくれた

                                         力がほしい 』


魔王「……もういいって」



  『  ф月 ф日


   だれかが ぼくの おやつに 毒を もった

   すぐ吐きだしたけど 、 のどが焼けるようにいたかった

   少し毒をのみこんでしまって、すごく苦しかった

   でも、こんなときのために、側近が毒けし草を もたせててくれてて、よかった

   すぐ毒けし草をのみこんだから、いのちは助かった。運がよかった。

      今日のおやつはプリンだった。 もう二度とプリン食べたくない  』





魔王「    」



  『  м月б日


   夜、かん部の一人が ぼくの首をねらって 攻げきしてきた

   側近が気付いて助けてくれなかったら、死んでたかもしれない

   話をきくと、プリンに毒をもったのも、こいつだと分かった

   かん部の動きを封じた側近は、ぼくがこいつを殺した方がいいと教えてくれた。

   この先、こういう裏切り者と戦う機会がふえるから、今のうちに慣れておけだって。

   覚えたばかりの火の魔法を、つかった。  かん部の さけび声が すこし怖かった

   一回じゃ死ななかったから、なんども呪文をとなえた。 かん部は たくさん 叫んだ

   8回目の呪文でやっと死んだ。

   側近はほめてくれた。殺したのははじめてだったから、ぼくは少しおかしなきもちだった

   でもこのきもちは、きっと戦闘のとき邪魔になるから、 早く殺すことに慣れないといけない  』



魔王「 頼む  もう やめ」



  『  т月w日


   父さんと母さんが殺されてから、一年が経った。僕は六歳になった。

   一年前より、いろんな呪文を覚えたし、強くなったと思う。

   父さんと母さんの墓参りに行ってから、側近が誕生日プレゼントをくれた。

   人間界に建てた魔王城だった。

   魔物たちが頑張って作ってくれたらしい。ここを拠点に、人間界を支配する予定だ。

   まだ子どもだけど、魔王になったから、特別に人間界に行かせてもらって、魔王城を見せてもらった。

   広かったしすごかったけど、作りが甘いと感じた。

   もっと道順を複雑にすること、塀を高くすることと、見張り台を作ることを注文して、魔界に帰った。

   一年経ったけど、僕はまだ父さんのような立派な魔王になれてない。早く強くならなきゃ。賢くならなきゃ。

   一日も早く、一時間でも早く、一分でも早く、一秒でも早く早く早く早く早く早く早く立派な魔王にならなきゃ』






魔王「  ―――もうやめろっつってんだろ! 馬鹿野郎!!」


魔王「ハァッ……ハァッ……」

魔王「…………」

魔王「何してんだろな、オレ……。日記ぶん投げたって、何もならねぇだろ」



魔王「……っ、……あ」

魔王「……くそっ」ゴシゴシ

魔王「なに泣いてんだよぉ、オレぇ……」



魔王「……畜生」


魔王「とりあえず、日記を……」ヒョイ

  ――パラッ

魔王「……あ」



  『 ――暦 ц月е日


   今日は勇者について学んだ。人間界には、魔王を討伐するために勇者という専門家がいるらしい。

   勇者は世襲制で、人間と平和を守るために、魔物や魔族と戦う存在のようだ。

   なにが人間のためだ。なにが平和のためだ。

   人間さえ良かったら、なんでもいいのか?

   魔物や魔族の平和は、どうでもいいのか?

   講義の間、胸糞悪くて仕方なかった。勇者なんか嫌いだ。気に食わない。  』



魔王「…………」

魔王「なんだろうな、ぐさっときた……」

魔王「……とりあえず、戻そう」ゴト


  :
  :
  :

魔王「…………」カキカキカキ

魔王「…………」カキカキカキ

魔王「…………」

魔王「……よしっ」



魔王「側近ーー。……って呼んだら、ほんとに来るのかな」

側近「お呼びですか魔王様」コンコン

魔王「うお!? まじで来たぁ!? えーと、呼んだからどうぞー」

側近「失礼します。ご用件は?」ガチャリ

魔王「あのー、側近は魔王の居場所分かる?」


側近「勇者一行には、常に偵察隊を向かわせています。ゆえに、場所の補足は造作もないことです」

魔王「じゃあさ、頼みがあるんだけど」

側近「なんなりと」

魔王「この手紙を、魔王に届けてくれないか? いま、勇者の姿してる魔王に」

側近「……かしこまりました」

魔王「あ、でもオレの仲間にはばれないように頼むぜ」

側近「承知の上ですよ、魔王様。私は変身魔法も使えますから、ご安心を」

魔王「おお、助かるぜ。いやー、頼りになるなぁ、側近は」

側近「頼りにならない側近がいたら、どうかと思いますけどね」


側近「それでは、行って参ります」ボムッ

魔王「おおっ、フクロウになれるんだな」

側近「無論、人間にも化けれますよ。それでは、魔王様。おやすみなさいませ」

魔王「おう。おやすみー」


  バサッ バサッ――


魔王「…………」

魔王「……ふぁ」

魔王「寝るか」






魔王「それにしても、いろいろ濃い一日だったなぁ」

魔王「一番恐ろしい事は、これだけいろいろあって、まだ一日しか経ってないことだよな」

魔王「はぁ……。これが、いったいあと何日続くんだよ……」



  ~露天風呂・女湯~


魔法使い「きゃっはーい! おんせーん!!」ガララッ

魔法使い「ん、あの人影は……」





僧侶「……ゆうしゃさまぁ」プシュー





魔法使い「そ、僧侶ちゃんっ!? あれから、ずっと温泉入ってたの!?」


今日はここまで
たぶんまた今週来れます
読んでくださりありがとうございます



側近「……」バサッバサッ

側近「……」バサッバサッ



側近(……偵察隊の情報によると、勇者たちはここからさらに北の渓谷を越えた村に潜伏中)

側近(この姿のまま行ったら、夜が明けちゃうわね……)



側近「……」バサッバサッ

側近「……せっかくですし、移動呪文でショートカットしちゃいましょう」バサッバサッ



 そっきんは じゅもんを となえた! ▼



  ~村~


側近「……ここが勇者一行の潜伏先」

側近「勇者たちのことだから、どうせ宿屋に泊ってるんでしょうね」バサッ

側近「あら、露天風呂ついてるのね。ここ」バサッバサッ

側近「……ん、あれは」



僧侶「……魔法使いさん、どうもありがとうございます」

魔法使い「いいってことよー。でも、弱めの冷気呪文で復活してくれてよかったわ」



側近(……勇者の仲間か。こんな時間まで、のんきに入浴とは……)

側近(しかし、何か有益な情報が得られるかもしれないし、聞き耳でも立てておこうかしら)

側近(あの木なんか、偵察にちょうどよさそうね。よし、あそこで――)バサバサ


魔法使い「それにしても、のぼせるまでつかってるだなんてねー」

僧侶「その、ちょっと考え事してて……」

魔法使い「へー、考え事ねぇ……」

僧侶「…………」

魔法使い「…………」



僧侶(……ずっと勇者様のこと考えてたなんて言えない)

魔法使い(どうせ、ひたすら勇者のこと考えてたんだろうなぁ、分かりやすい)



僧侶(な、なんで黙ってるんだろう。あ、私が黙ってるから……?)

魔法使い(なんか困ってる顔してるなー)

僧侶(なんか気まずい。どうしよう、なんかしゃべんないと……)

魔法使い(しょうがないなー。なんか別の話題……。よし、定番のアレでいこう)


魔法使い「ところでさー、僧侶ちゃんって、色白いよねー」

僧侶「は、はいっ!?」

魔法使い「うんうん、綺麗な肌してる。すべすべで羨ましいなぁー」

僧侶「ひっ! あ、あの! あまり触らないでください!」

魔法使い「いいよねー。十代のお肌はピチピチで……、羨ましぃなぁあぁぁ……っ」

僧侶「(……怖っ!) あ、その……、お好きにどうぞ」

魔法使い「さすが、僧侶ちゃん。やっさしーなー。では、お言葉に甘えてー」



側近(…………)


魔法使い「いやー、若い体は羨ましいねぇ」

僧侶「でも、魔法使いさんも、羨ましい体してるじゃないですか……」

魔法使い「ほー、例えば?」

僧侶「え、その大人っぽい体つきだなぁーって」

魔法使い「もっと具体的に」

僧侶「ええっ!? あ、だから、その、胸とか大きいなぁ……って」

魔法使い「ほほう、僧侶ちゃんは、胸の大きさを気にしてるわけなのね」

僧侶「だって、そんなに大きくないし……」

魔法使い「何言ってんの。どちらかというと、普通のサイズでしょ。もっと自信もって!」



側近(…………)

側近(……変身解除!)ボムッ

側近(…………)ペタペタ

側近(…………)

側近(……この側近が、あの二人に遅れをとるだと!)

側近(……なんなんだ、この敗北感は)


魔法使い「第一、女は胸の大きさで決まるもんじゃないわ!」

僧侶「…………!」

側近「…………!」



魔法使い「女は愛よ! 愛の深さが女を語るのよ!」

僧侶「……魔法使いさん」ジーン…

側近(……あの女、良い事を言うじゃないか)ジーン…






魔法使い「というわけで、今夜勇者ちゃんに告白するのよ! 僧侶ちゃん!!」

僧侶「うひゃいいいい!?」ビクーン!

側近(なん……だと!?)


僧侶「無理です! 無理です! 無理ですぅうう!」

魔法使い「なに言ってんの! 女は度胸よ!」

僧侶「さっき愛って言ったじゃないですかぁ!」

魔法使い「愛も度胸も、同じようなもんよ!」

僧侶「そんな無茶苦茶なぁ……!」






側近(……勇者は、いま魔王様。つまり、あの僧侶は、魔王様に告白するということになる)

側近(…………)ゴゴゴゴゴ

側近(……変身!)ボムッ

側近(一刻も早く、魔王様に危険を知らせねば!)バサバサ



  ~宿屋・外~


側近(魔王様は、いったいどの部屋に……)バサバサ

側近(……! あの窓ね、一人きりとは好都合)

側近(ベッドに入っているから、もうお休みかもしれないけど、緊急事態だから仕方ないわ)



勇者「…………」



  ……コンコン



勇者「……、う」

勇者「……何の音だ」ムク

勇者「なんだ? フクロウが窓に」ガララ


側近「魔王様!」ボムッ

勇者「……! 側近か!」

側近「魔王様、ご無事で何よりです!」

勇者「いや、あまり無事でもなかったんだが」

側近「え?」



勇者(まさか、風呂場で奇襲を受けるとは思わなかったからな……)


勇者「ところで、何の用件だ?」

側近「はい、実は魔王様に、早急にお伝えすべきことが!」

勇者「なんだ」

側近「魔王様! あの僧侶に気をつけてくださいっ!!」

勇者「…………」

側近「…………」

勇者「……え、それだけなのか?」

側近「はい! 諸事情により詳細には述べられませんゆえ!」

勇者「……そうか」


勇者「で、それを伝えるために、わざわざ魔王城からここへ?」

側近「ハッ!? 申し訳御座いません! それだけでは、ありませんでした!」

勇者「お前のことだから、そうだろうとは思っていたが」

側近「すみません、魔王様。これを……」ス……

勇者「……手紙か?」

側近「はい、勇者が魔王様にお渡しするよう命じたので」

勇者「あの弱小の手紙か」

側近「はい」

勇者「読まないで焼き捨てては駄目か?」

側近「駄目です」

勇者「そうか」


側近「それでは、確かにお渡ししましたからね」

勇者「ああ、いつもご苦労。側近」

側近「この程度のこと造作もありません。それと、魔王様……」

勇者「なんだ?」

側近「――私は、いつでも魔王様の御帰りをお待ちしておりますよ」

勇者「……そうか」

側近「それでは、魔王様。お休みなさいませ」ボムッ

勇者「ああ。おやすみ、側近」



  バサッ バサッ



勇者「…………」

勇者(ずいぶん久しぶりに、側近の顔を見た気がする……)

勇者「……さて、ロクなこと書いていないんだろうが、とりあえず読んでやるか」ガサガサ


勇者「…………」



 『  魔王のバカヤローへ 


  今日一日まじ散々だったぞ。魔王って大変なんだな。

  側近には殺されかけるし、会議とか、すっげー大変だったんだからな。

  でも、魔王城の飯は最高に美味かったぜ。

  すっげー超絶不本意だけど、魔王城の飯食えるから、しばらく魔王になってやってもいいぞ。

  全然早く帰ってこなくていいからな! お前の好きなとこ行って、好きな時に帰って来いよ!

  南の港町は遊覧船に乗れて楽しいぞ! あと、西にある村は地酒が美味いって、戦士が言ってたぜ。

  オレはまだ酒飲めないけど、お前飲めるんだったら、飲んでこいよ!

  こっちは全然心配しなくていいからな! 側近がいろいろ助けてくれるから大丈夫だからな!

  じゃあな、勇者生活楽しめよ! あとオレの仲間によろしくな!

                                        勇者より  』


勇者「……なんて頭の悪そうな文章なんだ」

勇者「やっぱりロクなこと書かれてなかったな……」

勇者「まったく、あの弱小。どういう風の吹き回しだ?」

勇者「早く帰ってこなくてもいいだなんて……」

勇者「…………」

勇者「…………」



勇者「まあ、言われなくてもそうするつもりだったしな」



勇者「…………」

勇者(……遊覧船か)




勇者「…………♪」



  ~宿屋・食堂~


魔法使い「わー、鰆の塩焼きおいしいー」

僧侶「煮物もおいしいですよ。おイモさんに、味がよくしみてて」

戦士「女将さん、おかわりー!」



魔法使い「ところで、戦士ちゃん。勇者ちゃんは?」

僧侶「…………!」ドキッ

戦士「ああ、それがさー、さっき風呂で……ハッ」



----【戦士の脳内】---------------------------------------


 露天風呂で張り倒したことを正直に言う

  ↓

 魔法使い「うわー、さいてー。仲間相手にそりゃないわ」

  ↓

 僧侶「戦士さん、そんな人だったなんて……。もう戦士さんは、回復してあげません!」

  ↓

 回復されないから、魔物にボコボコにされて何度も死ぬ

  ↓

 勇者「すぐ死ぬ役立たずは不要だ。酒場に帰れ」

  ↓

 酒場でまた飲んだくれ生活にリターン ← ここまで考えた

---------------------------------------------------------


戦士「…………!」


戦士「いやぁ! なんか風呂場で滑って頭ぶつけたから、今部屋で寝てるぜ!?」

僧侶「ええっ!? 大変じゃないですか! すぐ回復しないと!」

戦士「あ、あーっ! でも大丈夫! 薬草使ったし、さっき意識も戻ったし!」

魔法使い「そっかー、じゃあ今夜は勇者ちゃん休ませてあげないとねー」

僧侶(……ということは、今夜の告白は取り消し?)ホッ

魔法使い(戦士ったら、なーんか隠してる臭いけど、まあいいか)



戦士(……さすがのおれも、魔王戦直前で、リタイアしたくはないぜー)ドキドキ



  ~魔王の部屋~


魔王「…………」

魔王「…………」


   ――なにが人間のためだ。なにが平和のためだ

   ――人間さえ良かったら、なんでもいいのか?

   ――魔物や魔族の平和は、どうでもいいのか?


魔王「…………」

魔王「……どうでもいいわけねーだろ」

魔王「勇者は、“みんな”を助けるのが仕事だからな」

魔王「……ただ、魔物を倒すだけじゃあ、本当の平和なんか来ないんじゃないのかもな」

魔王「だとしたら、どうすれば……、みんな、幸せになれるんだ……?」



魔王「……ぐう…zzZ」



  ~宿屋~


勇者(…………)

勇者(……いろいろあったな、今日は)


勇者(少人数精鋭の戦闘は、意外と楽しかった)

勇者(指揮をとりながら、自分も戦う。臨場感があってよかった)

勇者(魔王はなかなか戦闘の最前線に出れないからな)

勇者(魔王軍にも、一組4~5体程度の精鋭部隊を作ってもいいかもしれん)

勇者(……っと、今は勇者だから、そんなこと考えなくても良かった)


勇者(……勇者か)

勇者(一時期、毛嫌いしてたこともあったが、もう遠い遠い昔の話だな)

勇者(嫌いだった勇者をやってでも、魔王の職務を離れたいと思うようになって、念願がかなったわけだが、)


勇者(案外、……楽しいじゃないか。こういうのも)


勇者「……zzZ」

今日はここまでです。ようやく一日目終了です。
読んでくださり有難う御座います。
また来週来ます。



  ~魔王城~


魔王「ふぁああー……」

魔王「あー、疲れとれてねぇ」

魔王「腹減ったなぁー……」


  コンコンコン……


魔王「誰だー?」

側近「側近です。魔王様、朝食の用意が出来てますが」

魔王「マジで!? ちょっと待ってて! すぐ着替えるから!」

側近「では、お待ちしております」



魔王(しかし、すげぇグッドタイミングだな。さすが側近)


側近「本日の朝食は、極楽鳥の卵のフレンチトースト。ダークハニーシロップでお楽しみください」

側近「それから、獅子豚の肉厚ベーコン。翡翠菜のシーザーサラダ」

側近「ドリンクは100%灼熱リンゴジュースでございます」



魔王「いっただっきまーす♪」マグッ



魔王「……うまっ! マジうまい!」ガツガツガツ

側近(……相変わらず、凄い食べっぷりだわ)

側近(子供みたいにあんなに喜んで……)

側近(…………)

側近(……魔王様は、いつも退屈そうな顔で食事をされてましたっけ)


魔王「うおお、ベーコンの肉汁すご! サラダも上品な味だなぁ!」

側近「お気に召されたようで何よりです」

魔王「……あのさ」

側近「はい何でしょうか」

魔王「……側近も、ずっと立ってないでさ。一緒に食べない?」

側近「…………」






側近「何をおっしゃゐませうか魔王様。不肖のような下賤な者と食膳を共にしたゐとわ」

魔王「え、なにその口調。動揺してるの? 動揺してるってことなの?」


側近「ゴホン……、ともかく。魔族の中でも、とくに高貴な血族の魔王様と、私では不釣り合いです」

魔王「そういうもんかなぁ」

側近「人間社会にもあるように、魔界にも身分の差を弁える文化があるのですよ」

魔王「でも、オレ魔王じゃなくて、本当は勇者だぞ?」

側近「でも外見は魔王でしょう? 誰かが突然部屋にでも入ってこようものなら、問題沙汰です」

魔王「そっかー……」モグモグ

側近「ちなみに、なぜそのようなお誘いを?」

魔王「いや、なんかさー……、一人で食べるのって寂しいなぁって……」

側近「…………」

魔王「ここ最近、ずっと仲間と行動してたからかな」



魔王「……みんな元気にしてるかなー」



  ~フィールド~


勇者「……よし、行くか」

戦士「今日こそ、ダンジョン攻略だ!」

魔法使い「はいはい、気合い入れていくわよー……ふぁ」

僧侶「魔法使いさん、眠そうですね」

魔法使い「あたし、低血圧だから朝弱いのよねー」

戦士「ははは! 黙って生きてたら、そのうち高血圧で悩むことに――」

魔法使い「おほほ、何言ってんのかしらね、この口は。んん?」ギリギリ

戦士「ぎゃーーー! ギブギブギブ!!」バシバシ






勇者(コブラツイストか……。いい型だ)

僧侶(戦士さん、一言余計なんですよね……)


魔法使い「ところで勇者ー。今日は逃げるなんて言わないわよね?」

勇者「ああ、無論そのつもりだ」



魔法使い(……おや、案外すんなりと。昨日のアレはどういう風の吹き回しだったのかしら?)



勇者「その代わり、今日はこいつを使う」チャプ

僧侶「あ、聖水ですね」

戦士「なんだ、やっぱり今日もダンジョンまで、体力温存かぁ」



魔法使い(結局、戦わない方針は継続なのね……)


戦士「それにしても、聖水なんか久々に使ったなー」

僧侶「魔物が出てこないと、道中が楽ですね」

魔法使い「こんな感じで、迷宮もサクサク進めればいいんだけどねー」

勇者「…………」






勇者(聖水か……。実際使うのは初めてだが、便利な道具があるんだな)

勇者(……こんな感じで、人間を寄せ付けない道具とか、作れないだろうか?)



  ~魔王城~


側近「それでは、魔王様。本日のスケジュールですけど」

魔王「うん」

側近「本日は、書類仕事だけです」

魔王「書類仕事?」

側近「ダンジョン建設企画書、魔王軍異動届、勇者一行偵察報告書、魔界からの書類も多数……」

魔王「けっこうあるなぁ」

側近「とりあえず、肘の高さまである書類が山脈作って溜まってます」

魔王「そんなに!? なんで?」

側近「昨日魔王様が、書類仕事片付けなかったからですよ」

魔王「えーーー!? おいおい何やってたんだよ、昨日のオレ!」

側近「寝てたり、食べたり、会議に出たり、私に殺されかけたりですね」


側近「書類仕事は簡単ですよ。書類に目を通して、読んだという証拠としてはんこを押せばいいだけです」

魔王「……でも全部読まないといけないんだろ?」

側近「はい、その通り」

魔王「無理だよ、そんなの!」

側近「そうですか、それもそうかもしれませんね」

魔王「ん?」

側近「我らが魔王様は速読が特技でしたから、難なく事務仕事を済ましていましたけど……」

魔王「……!」

側近「所詮勇者ごときには、魔王様の真似事など到底不可能ですよねぇ」

魔王「……何だとぉっ!? いいぜぇ、やってやろうじゃねぇか!」

側近「おや、そうですか」

魔王「魔王なんかに負けてたまるか! 書類仕事くらい、この勇者様が華麗にこなしてやらぁ!」



側近(……さすが勇者、ちょろいですね)


魔王「そうと決まったら! 側近、はんこ持ってこい!」

側近「無理です」

魔王「え、何で!?」

側近「魔王様のはんこは、大切なものなので、魔王様しか保管場所は知りません」

魔王「……ぇえええええええ!?」

側近「だから自分で探してくださいね」

魔王「なんという難題を残していきやがるんだ、魔王め!」

側近「まぁ頑張って下さいよ。そういうの得意でしょう、勇者なら」

魔王「なんでそうなるんだよ」

側近「偵察隊から、勇者は行く先々の村や町やダンジョンで、根こそぎ宝を持ちだしているとの報告が……」

魔王「あ、あれは! 冒険に役立ちそうなものがあると、つい……!」

側近「手癖の悪い勇者様ですね」


魔王「しょうがないなぁ……、はんこ探すかぁ……」

側近「頑張ってくださいね、魔王様」

魔王「ん? 側近は助けてくれないの?」

側近「私は私で別件の仕事がございますので、それは無理なご注文です」

魔王「えーーー!? 頼むよ、こんな時こそ側近の力が……!」

側近「自分で何とかして下さい。もとい、これを期に、はんこ以外の物の場所覚えてください」

魔王「……また、そんなこと言ってぇ」

側近「では、私はそろそろこの辺で」

魔王「あ、ちょっと……!」



 バタン……



魔王「おいてけぼりかよ、畜生……」

魔王「しゃあないなー……、自分で探すかぁ」


???(…………)

???(ククク……、側近は行ったか)

???(この時間帯、思った通り魔王が一人きりになったな)

???(これで、彼女の妨害を受けずに、魔王を仕留めることができる……)

???(……それにしても)



魔王「……うわー、箪笥の中、似たような服ばっかりじゃん」ガサガサ

魔王「しけてんなぁ。なんか、装備品の一つでも入れとけっての」ゴソゴソ



???(魔王のやつ、……なぜ朝っぱらか、部屋の箪笥を引っかきまわしているんだ?)

本日はここまでです。
いつも読んでくださりありがとうございます。
また今週来れると思います。



  ~古代の迷宮~


勇者「よし、行くか」

戦士「はっはー、楽しみだなぁ」

僧侶「……今日は、あのゴーレム出てきませんね」

魔法使い「この間の一体限りだったんでしょうね。ある意味ボスだったんじゃない?」

戦士「まあ、一番怖いやつはもういなくなったってことだよな! 楽勝だな!」

勇者「……そいつはどうかな」

戦士「へ……?」

勇者「見てみろ」


戦士「げぇっ! なんだありゃ!?」

僧侶「滑る床ですね。かなりたくさんあります」

魔法使い「端っこには落とし穴も見えるなぁ。一歩でも道順間違えたら、落ちるわね」

勇者「加えて、天井を見てみろ。魔封じの魔法陣だ。このすべる床地帯では、呪文は使えないようだな」

戦士「なんだそりゃぁああああ!!?」



勇者(古代人め、初っ端から複雑なトラップを仕掛けてきたな)

勇者(……退屈しなさそうだ)



  ~西の村・酒場~


老人「……っふーい、朝から飲む酒も格別じゃのぉ」



 ――ガチャ カランカラーン



老人「お、来たな? おーい、ここじゃここじゃ」

少年「…………」

老人「そんなに怖い顔するでない、ほれ、ここ座れ」

少年「……ハァ」

老人「そう、思いっきりノリ気じゃない顔するでないぞ。酒が不味くなる」

少年「……朝っぱらのせいか、私たちしか客がいないじゃないですか」

老人「その方が好都合じゃろ。無闇に人間に姿を見られずに済むしな」

少年「……翼竜、こんな辺鄙な村に呼び出すとはどういうことですか?」

老人「これ。変化中に名を呼ぶな、海魔人。なあに、ここの地酒は上手いと評判なんじゃよ」


少年「……ああ、奢ってほしいんですか?」

老人「それもあるの」

少年「じゃあ、お金だけあげますから、僕帰りますよ」

老人「待て待て。せっかくだし、お主も飲んでけ」

少年「こんな姿で飲めるわけないでしょう」

老人「うおおーい、マスター。わしの孫にミルクついどくれー。あと、地酒をもう二瓶!」

少年「勝手に注文しないでください! しかも、孫だなんて……!」

老人「まあまあ、そういう設定もいいじゃろ」



マスター「どうぞ……」ス…

老人「さすがマスター、早いのぉ」

少年「……ったく、付き合うのは、この一杯だけですよ」


老人「しかし、お主。なぜに、そんなちびっこの姿に化けたんじゃ?」

少年「しょうがないでしょう。海の魔物が、化けながら陸上に上がるのは、大変なんですよ」

老人「ははぁ、魔力温存のための省エネ化というわけじゃな」

少年「港町とかだったら、もう少し大きめに化けられたんですけどね」

老人「なるほど、海が近いからの」

少年「それが、こんな山奥に呼びだすだなんて……」

老人「仕方なかろう、ここの地酒はここでしか飲めぬのじゃ」

少年「つまり、貴方のおかげで、僕はこんな姿になるハメになったわけですね」

老人「いかにもその通りじゃ」



少年「じゃあ、これ飲んで、さっさと海に帰らせていただきます」グビーッ

老人「こりゃー! 一気飲みするでない! お主に話があるんじゃよ!」


少年「プハッ……、なんですか? 話って」

老人「お、聞いてくれるのか。実はな、面白い報告があったんじゃよ」

少年「……といいますと?」

老人「うちの軍で、昨日勇者と戦った奴がいてな、その時の報告なんじゃが」

少年「内容は?」

老人「勇者が戦闘から逃げる際、“魔族語”を話したそうじゃ」

少年「……魔族語!? 勇者が!?」ガタッ


少年「……確かに魔族語だったんですか?」

老人「おうとも、わしの部下が聞いたんじゃ。間違いない」

少年「しかし、魔界でしか使われていない魔族語を、人間が使えるはずが……」

老人「もちろん、ありえない。じゃが、実際に話したそうじゃ」

少年「でも、余程のきれものでもない限り、人間が魔族語を覚えるなんて、一生かかっても無理でしょう?」

老人「いかにも。なんともきな臭い話じゃが、事実なんじゃよ。海魔人」

少年「ちなみに、勇者はなんと言ったんですか?」

老人「えーっと、確かなぁ……」



老人「『見逃せ、俺は仲間だ。』……だったかの?」

少年「は? 仲間……? なに言ってるんですか、勇者のくせに」

老人「確かに、下手な冗談にしか聞こえんよな。――言ったのが“本物の勇者”だとしたらな」

少年「!?」


少年「翼竜……、貴方は何を言いたいんですか?」

老人「ふむ。わしも部下の報告しかもらっとらんから、憶測しかできんのじゃがの」



老人「おそらく今、魔界の者が勇者になりすましておる」

老人「原因、経緯は不明じゃが、魔族語を話せる時点で、そう思っていいじゃろう」

老人「そう思えば、捨て台詞の内容も納得がいく」

老人「そして、本物の勇者はどこか別のところにいるはずじゃ」



少年「……話だけ聞いてると、信じがたいですね」

老人「じゃが、もしこれが本当ならば、チャンスだとは思わんか?」

少年「なんのチャンスですか」

老人「無論、魔王の座を奪うチャンスじゃよ」

少年「……ほう」


老人「自力で、魔王を殺してしまうというのも手だが、人間界には専門家がいるじゃろ?」

少年「……勇者のことですね?」

老人「そこで、わしの計画はこうじゃ。まず、どこかにいる本物の勇者を見つけ出す」

少年「それで?」

老人「味方面して、一緒に魔王を倒そうと言って仲間になる。助けた恩もあれば、了承しないはずがない」

少年「なるほど。あの勇者の性格なら、可能な話だ」

老人「そして、勇者が魔王を倒した時に、隙を狙って勇者を殺す。そうすれば――、」

少年「……魔界どころか、人間界をも征服できる、ということですね」

老人「理解力が早い奴は、話が早くて助かるのぉ」


少年「ようやく、貴方が僕を呼んだ理由が分かりましたよ」

老人「むぅ?」

少年「貴方の狙いは、僕の持っている“しるべの宝玉”ですね?」

老人「おお! その通りじゃ!」

少年「以前、人間の船を襲って手に入れた宝玉。使えば、探し物や探し人の居場所が分かる効果があります」

老人「うむ。いいアイテムじゃから、勇者たちも欲しがるじゃろうな」

少年「しるべの宝玉があれば、伝説の武具の居場所も、すぐ判明するでしょうからね」

老人「そして、本物の勇者を探すこともできる。そこで提案じゃ、海魔人」

少年「何ですか?」



老人「――わしと同盟を組まぬか? 魔王と勇者を殺してしまえば、全世界はわしらのモノじゃ」

少年「相変わらず、悪だくみが得意ですね」

老人「だてに長生きしとらんからの」

少年「貴方のことは嫌いですが、貴方のそういうところは、評価してますよ」


老人「くくく、それでは、交渉……」

少年「ええ、――決裂です」

老人「なにっ!?」



少年「なに驚いてるんですか? 別に貴方と組む必要はないんです」

老人「おい、海魔人!」

少年「だって、僕が宝玉を使って、僕がその計画を遂行すればいい話でしょう?」

老人「しかし、わしは知恵を貸したぞ!?」

少年「知りません、そんなの。貴方が一方的に話してきただけですよ?」

老人「ぬぅうう!」

少年「情報量として、酒代くらいは奢ります。僕が世界を手にするのを、酔いながら見てるといいですよ」

老人「……この糞餓鬼がぁ!」

少年「そんなに怖い顔しないでくださいよ。では、僕はそろそろ行きますね」ガタッ


老人「……餓鬼が、ここから無事に出れるとは思うなよ?」

少年「え――っ」


  ――ヒュン ドスッ


少年「……ぐぁ!? ナイフ、だと……? あ、」グラッ

マスター「申し訳御座いません、海魔人様」

老人「ふぉーっほっほっほ! 海魔人め、お主が宝玉を素直に渡すとは、最初から思っとらんわ」

少年「……貴様! そのマスターは……!」

老人「わしの腹心の部下――毒竜じゃよ。こいつの毒はきっついぞぉー?」

少年(……駄目だ、立てない! 身体が、痺れ……)

老人「毒竜は優秀な部下でのぉ。あらゆる毒を作りだすことができるんじゃ」

マスター「ナイフに麻痺毒を塗らせていただきました。あと3分もすれば、自白作用も効いてくるかと」

少年(自白作用だと……! 翼竜のやつ……っ!!)

老人「宝玉のありかさえ教えてもらえば、お主なんか要らぬわ。爪が甘いのぉ、海魔人」


老人「さぁて、自白してもらった後は、どうしてやろうかの?」

少年「……!」

老人「細切れにして、竜どもの餌にしてやろうかの? いや、生臭くて誰も食わんじゃろうなぁ?」

少年「……っ……!」

老人「お主の領地は、ごっそりいただいて、お主の部下どもも、わしのモノになって……」

少年「……~っ!」

老人「お主の幹部の座は、この毒竜にでも継がせようかのぉ? ふぉーほっほっほ!」

少年「…き、……さまぁっ!」

老人「んーー? ほほっ! こりゃ愉快じゃ! 泣きべそかいてるぞ、海魔人が!!」

少年「この……僕に、こんな、恥を……っ!」

老人「悔しくてたまらんのじゃな? 分かりやすい顔じゃ。愉快愉快!」

マスター「翼竜様、そろそろお時間です……」

老人「おお、自白の時間じゃな。では、問わせてもらおうか。海魔人、宝玉のありかは――」



  ――ガチャ カランカラーン



少年「!?」

マスター「…………」

老人「何者じゃ!」





側近「――翼竜、後輩いじめもいい加減になさい?」





老人「側近じゃと!? 何故、この場所が分かった!?」

側近「貴方の悪企みについては、貴方の腹心の部下が、教えてくれたわ」

老人「なにっ!? 毒竜、貴様ぁ! 裏切ったな!?」

マスター「先に魔王様を裏切ろうとしたのは、貴方です。翼竜様」

老人「っぐぅ、今まで良い待遇させてやったのに、とんだ仕打ちじゃな!?」

マスター「自分は……、貴方の部下である前に、魔王様の部下ですから」

老人「ぬぅうううっ!」


側近「海魔人、これを……」

少年(毒消し草か……、助かる)



側近「翼竜、貴方を魔界軍法会議にかけます。魔界まで同行していただけるかしら?」

老人「……くっ! おのれぇ!」ボムッ!

少年(……変身を解除した!?)

翼竜「そうみすみすと、ついていく馬鹿がおるか! 今回は、退かせてもらうぞ!」バサァ

マスター「逃がさん」ヒュッ

翼竜「――ぅごっ!? ぁあ、」ドサ

マスター「海魔人様に放ったのと、同じ毒ナイフです」

側近「よくやったわ、毒竜」


翼竜「……くそ、ぅう」

側近「翼竜は私自ら、魔界に連行します。毒竜、海魔人の手当てをお願い」

マスター「了解しました」

翼竜「ぅ、ううっ、畜生ーーーー!」



  ――ガチャ カランカラーン



マスター「……翼竜様」

少年「なあ、毒竜」

マスター「海魔人様。……毒は、抜けましたか?」

少年「毒消し草が効いている。だが、さっきはよくもやってくれたな!?」

マスター「自分は、申し訳御座いませんと言いましたが?」

少年「口の減らない奴め、気に食わないな」

マスター「……本当に申し訳御座いませんでした、自分の上司のせいで」

少年「…………」


少年「それで、貴方はこれからどうするんですか?」

マスター「どう、といいますと?」

少年「何か裏があるんでしょう? 僕を助けた理由が」

マスター「…………」

少年「幹部席への昇進か、はたまた、君が宝玉を使って、翼竜の計画を遂行するか」

マスター「……自分は、曲がったことが嫌いなだけです」

少年「つまらない人ですね、貴方。実力があるのなら、のし上がればいいのに」

マスター「…………」

少年「まあ、それも良しとしましょう。今回は、助けてくれて、有難う御座います」

マスター「……いえ、自分は何もしていないです」


マスター「今回の件も、暗黒剣士様からご助言いただいたことですし……」

少年「……え? 何だって?」



マスター「翼竜様から、この件について聞く前に、暗黒剣士様から教えてもらってたんですよ」

マスター「回廊ですれ違った時に、翼竜様から計画を聞いているかと尋ねられて……」

マスター「何も聞いていないと答えたら、翼竜様が海魔人様を嵌めて、魔王の座を狙っていると聞かされ、」

マスター「自分のとこにも、話が行くだろうと暗黒剣士様はおっしゃいました」

マスター「そして、ただ上司の命令を聞くのではなく、自分が最も正しいと思う人に従えと、言われました」

マスター「だから、今回は翼竜様ではなく、魔王様についたのです」


少年「……暗黒剣士は、翼竜の計画をどこで聞いたと言っていましたか?」

マスター「酒場に同席した時に、翼竜様が酔った拍子に話したのを聞いたそうです」

少年「側近に、知らせるように伝えたのも、暗黒剣士でしたか?」

マスター「ええ、その通りです」

少年「そうですか、良く分かりました……」



少年「――暗黒剣士め! 僕らを囮に使いやがったな!」



マスター「え……?」

少年「分からないのか!? あの野郎は、魔王と側近を離すために、君に計画を話したんだ!」

マスター「……!」

少年「翼竜の計画を利用して、魔王を討つチャンスを意図的に作ったんだよ、あいつは!」

マスター「それでは、自分は……」

少年「踊らされたんですよ。貴方も、僕も、翼竜も、側近も」

マスター「そんな、まさか……!」


少年「今頃、あいつは魔王を殺しに行ってるはずだ。側近が魔界から帰ってくる前に」

マスター「……魔王様が危ない!」

少年「魔王はどうでもいい! それより、魔王の座が……、うっ」クラ…

マスター「海魔人様!?」

少年「くそっ、海から離れてるから、体力が……! 毒竜、海水持ってこい!」

マスター「……しかし」

少年「早く、暗黒剣士を止めに行かないと! おい、毒竜早くしろ!」

マスター「海魔人様、実は……大変、おっしゃりにくいんですが」

少年「なんだ!? 早く言え!!」






マスター「……自分、翼が生えてませんし、呪文も使えません」

少年「この役立たずーーーー!!!」

今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。
また来週きます。

>>379
日本語間違えてましたので訂正


×マスター「海魔人様、実は……大変、おっしゃりにくいんですが」

    ↓

○マスター「海魔人様、実は……大変、申し上げにくいんですが」




  ~古代の迷宮~


勇者「……道が入り組んでいるな」

僧侶「あれ、ここさっきも通ったような……」

魔法使い「えーと、さっきはどっちを通ったっけ? 右? 左?」

戦士「わかんねー時は、まっすぐ行きゃいいんじゃねーの?」

魔法使い「ばかねー、それで同じ道通っちゃったら、二度手間じゃない」

戦士「馬鹿っていうな! これでもおれは、考えてモノ言ってんだぞ!」

勇者(……ここまで、信憑性のない台詞も珍しいな)

僧侶「あ……、皆さん!」



 まもののむれが あらわれた! ▼



戦士「くそっ、またか!?」

魔法使い「数が多いわね。魔法で一網打尽にしてやるわ」

僧侶「勇者様! ご指示を!」

勇者「……戦士は俺とあの魔術傀儡を叩け。僧侶と魔法使いはあの合成獣に攻撃魔法を……」



勇者(意外と人造魔物が多いな……、倒しても倒しても出てくる)

勇者(罠も多いし、先ほどはパズルを解かないと開かない扉もあったし……)

勇者(古代人め、そんなに伝説の武具の元へ行かせたくないのか)

勇者(俺は別に勇者じゃないから、武具はどうでもいいと思っていたが……)






勇者(こうまで守りに徹されると、――俄然欲しくなってきたぞ)



  ~魔王の部屋~


魔王「こ……、こういう絵画の裏とかに……! ……ない」

魔王「じゃあ、ベッドの下! ……ない」

魔王「あ、分かった! 箪笥の裏にころころ転がったりしたんじゃ……! ふぬぬぬ……!」グググ…

魔王「駄目だー、一人じゃ動かせねぇ……。なんか細長いモノとか……」



???(……なにやら、先ほどから探しものをしているらしい)

???(まあ、ずっとここで眺めているのも、時間の無駄だ……)

???(早々に殺ってしまおう)



 ――キン ズバァッ


魔王「え……」


 ――ガラガラガラ


魔王「な、なんだ!? 突然、壁がバラバラに切れ……っ」

???「………!」ビュッ

魔王(誰か突っ込んでくる! こいつは!?)



 ――ガキィイイン!



???「ちっ、まさか剣で防御されるとは……」

魔王「お前は!?」

暗黒剣士「貴様の首を落としに来た者だ。魔王よ」


魔王(何て速さだ……! 壁際から、一瞬でオレの間合いに!)

暗黒剣士(初手で致命傷を負わせるつもりだったが、まさか防がれるとは)



魔王(さっき壁を粉々にしたのも、まさか剣で……!? すごい剣士だ!)

暗黒剣士(普段から、剣を振るう者でないと出来ない防御。だが魔王は、それほど頻繁に剣術を鍛えていただろうか)



魔王(とにかく――)

暗黒剣士(――まあいい)



魔王「いったい何のつもりだ、暗黒剣士!」

暗黒剣士「貴方を殺しに来たのだと、言ったはずだが?」


魔王「ていうことは、会議中に殺気を放ってたのはお前だったのか」

暗黒剣士「隠したつもりだったんだが、鋭い魔王だ」

魔王「とりあえず、聞かせろ。なんでオレを殺しに来たんだ!?」

暗黒剣士「貴方のぬるいやり方が気に入らない。ただそれだけだ」

魔王「ぬるいやり方……?」

暗黒剣士「ふん、ずいぶんと白々しい台詞を吐く」


暗黒剣士「そもそも、魔王軍による人間界の侵攻は、長きにわたって試みられている」

暗黒剣士「歴史上、貴方よりもずっとずっと前の魔王から、人間と魔王軍の戦いは繰り返されてきた」

暗黒剣士「特に貴方は、魔王の中でも強大な力を持っている」

暗黒剣士「ご両親の死を境に、幼少期から死に物狂いで力を求めた結果だろうな」



魔王「…………」



暗黒剣士「しかし貴方は、その力を持て余している」

暗黒剣士「侵攻は低レベルな魔物たちにばかり任せて、自分から大きく動こうとする気配など全くない」

暗黒剣士「あの勇者だって、その気になれば、骨も灰も遺さず焼き払えるはずだ」



魔王「…………」



暗黒剣士「何時まで、まどろっこしい手を使い続けるつもりだ、魔王」

暗黒剣士「――貴方が本気を出せば、脆弱な人間どもを殲滅する為に、二日も要らないはずだ」


魔王「……それがオレを殺す理由か」

暗黒剣士「そうだ、貴方が魔王でい続けたら、千年経っても人間界を侵略できない」

魔王「…………」

暗黒剣士「だから、魔王が変わる必要があるんだ。頂点が変わらねば、この状況も変わらん」

魔王「…………」

暗黒剣士「ゆえに、魔王の座を空けろ。無能の魔王め――」ヒュッ

魔王「いやだね!」ガキィン!

暗黒剣士「何故だ?」



魔王(……ここで勇者の姿だったら、「てめぇなんかに、人間界は渡さねぇ!」って言えるんだけどなー)


魔王「……理由は、お前と同じだ。オレもお前のやり方が気に入らない」

暗黒剣士「そうか。どうせ説得には応じないとは、思っていた」

魔王「壁切って登場した時点で、説得で解決するつもりなかったろ?」

暗黒剣士「まあな。それゆえ、容赦なく、死に至らしめることにしよう――」



 ――ズバッ キィン!



魔王(凄まじい剣さばき! こっちが、防戦一方になってる!)

暗黒剣士(魔法や息の攻撃を使ってこないな。好都合だが、なにゆえ……)


魔王(しかも、的確に急所を狙ってくる。……押されている!)

暗黒剣士(しかし、魔王はここまで剣術に長けていただろうか? なにか違和感が――)


魔王(もう向こうのペースに飲まれてるな。なんとか戦いの流れを……)

暗黒剣士(まあいい、確実に仕留めることが、最優先事項――)


魔王(……こんな時、魔王ならどうしてた?)

魔王(思い出せ、あいつとの戦闘を! あいつならどう戦う……!)

魔王(…………!!)



  まおうは こごえるふぶきを はいた!

  あんこくけんしに 139のダメージ!! ▼



暗黒剣士「ぐぉっ!?」

魔王「……へへ、思い出したぜ。確か、こんな感じだった」



魔王(オレや戦士が、近距離戦に持ち込もうとした時、)

魔王(魔王は、呪文や息攻撃で、オレ達を牽制し、近づけないようにしていた)

魔王(つまり、距離さえ稼げれば、あの剣士に勝てる!)



魔王(あいつに何度も負けた経験が、こんな風に生かされるとはな……)


暗黒剣士「……ふ、やはり一筋縄ではいかないか」

魔王「いつまでも押されっぱなしだと思うなよ? 仕切り直しと行こうぜ」

暗黒剣士「ああ、そうさせてもらおう」ス…



  あんこくけんしは おうごんのベールを つかった! ▼

  あんこくけんしのからだが きんいろのオーラに つつまれる!! ▼



魔王「……っ!? なんだそれは!」

暗黒剣士「黄金のベール。使えば、一時的に魔法ダメージや息の攻撃を、半分に抑えるアイテムだ」

魔王「いつのまに、そんなものを!」

暗黒剣士「この日のために、人間界の大神殿で奪ってきたんだ」





暗黒剣士「私がなんの対策もなく、魔王に単身挑むとでも思っていたか?」




  まおうは もえさかるかえんを はいた!

  あんこくけんしに 52のダメージ!! ▼



魔王(……たしかに、ダメージが減ってる)

暗黒剣士「分かるか? この程度のダメージなら、再び近接戦に持ち込むことも容易い」

魔王「……くっ!」

暗黒剣士「貴方がいくらあがこうが、戦況は変わることは無い」

魔王「ハッ、いつまでその虚勢が持つだろうな?」

暗黒剣士「それはこちらの台詞だ。――覚悟しろ、蹂躙してやる」






魔王(……確かに、一筋縄じゃいかなそうだな)

本日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。
また明日か明後日来れると思います。



  ~海辺の町~


マスター「――到着致しました」

少年「まったく、最初からこうすれば良かったんです」

マスター「よもや、移動呪文と同じ効果を持つアイテムがあったとは、存じませんでした」

少年「貴方って使えるのか使えないのか、よく分からない竜ですね」

マスター「自分……、不器用ですから」

少年「人間界の道具屋に劣る器用さというのも、称賛ものですよ」

マスター「左様ですか」



少年「……とにかく海辺に行きましょう。力の回復が優先です」


マスター「それにしても海魔人様、自分でお歩きにはならないんですか?」

少年「貴方、わざと言ってるんですか? 僕にナイフを突き刺したのは、どこのどなたでしたっけ?」

マスター「それは自分です」

少年「……ちなみに、なんでさっき道具屋行った時に、薬草を買ってくれなかったんですか?」

マスター「申し訳御座いません、失念していました」

少年「加えて、海から離れてたから、体力を消耗してるんです。これで自分で歩けってのは酷ってやつですよ」

マスター「なるほど、いろいろな理由で、ご自分でお歩きになれないということですね」

少年「3分の2は貴方のせいということですよ。いいから、早く海まで運んでください」

マスター「では、引き続きおんぶの体勢で、向かわせて頂きます」

少年「……いいから早くしてください! 人間に見られてるんですよ! むしろ走れ!!」

マスター「かしこまりました」



  ~海辺~


マスター「――到着致しました」

少年「くそっ、いろんな人間に見られて恥ずかしかった……」

マスター「申し訳御座いません。自分が飛べないばかりに」

少年「とにかく、海まで降ろしてください。回復したら、暗黒剣士を止めに行きます」

マスター「かしこまりました」


  ――チャプ


少年「……ふう、ようやく海に戻れた」

マスター「お疲れ様です、海魔人様」

少年「いい加減、この姿もやめにします」ボムッ

マスター「好都合なことに、ひと気のない入り江ですからね。では自分も……」ボムッ

海魔人「――やれやれ、窮屈な身体でした。次、地上に上がる時は、海水を携帯しないと……」


毒竜「道理で人がいないと思ったら、ここは遊泳禁止区域のようですよ」

海魔人「そうか、ずいぶん看板と鉄柵が多い入り江だと思ったよ」

毒竜「ここにもいくつか看板がありますね。……ん?」

海魔人「どうしましたか?」

毒竜「……『人魚出没注意――歌声に魅かれて、海に引きずり込まれないよう気をつけてください』」

海魔人「え、人魚ってまさか――」



  ――サパン



毒竜「……あれは?」


人魚「あーー! お兄様ーーー!」ザパァ!

海魔人「げっ! やはり妹!」

毒竜「なるほど、海魔人様には妹君がおられたのですね」



人魚「『げっ!』だなんて、ひどいお兄様ですわ」

海魔人「おい、地上まで顔出すなって言ってるだろ! 深海でおとなしくしてろって!」

人魚「だってお兄様、最近海底神殿にも帰ってこないし、ついつい心配で……!」

海魔人「だからって、駄目だ! ていうか、明らかに最近だけじゃないだろ、あの看板見る限り!」

毒竜「この看板、木の腐食具合から見て、立てられてから二年以上は経過してますね」

人魚「…………」



人魚「……ばれちゃった☆」テヘペロコツン

海魔人「かわいこぶって、誤魔化すなぁあああ!」


人魚「それよりお兄様! せっかく帰ってきてくださったんですから、一緒に遊びに行きましょう!」

海魔人「そんな暇は無い! 僕はこれから魔王城に行かなければ……!」

人魚「……また行ってしまうんですの? そんなの嫌ですわ!」

海魔人「駄々をこねるな! 大事な用事なんだ!」

人魚「私、これ以上寂しい想いをしたくありません!」

海魔人「こらっ、しがみつくなって! おい、毒竜! 黙ってないで、貴方も助け……!」






毒竜「――ああ、すみません。久々の海だったので、つい一人遊びに没頭してしまいました」

海魔人「なんだそのハイクオリティな砂の城は!? 蛇みたいな身体でよく作れたな、それ!!」


人魚「お兄様……、本当に行ってしまうんですの?」

海魔人「上目づかいするな! 諦めて海に帰れ!」

人魚「……お兄様、ひどい。そんなに辛く当られたら……」

海魔人「……?」

人魚「私、お兄様のこと嫌いになっちゃいそう……」グスン

海魔人「……!!」



海魔人「そ、そそそういえば、南の港町の視察をしなければいけないんだった。お前も来るか?」

人魚「……! お兄様大好きですわ!!」



毒竜(……女とは、かくも恐ろしい生き物ですね)


海魔人「ち、ちなみに、南の港町には遊覧船が走ってるらしいぞ。一緒に乗るか?」

人魚「もちろんですわ!」

海魔人「じゃあ、午後には出発できるようにしよう。身支度、整えておけよ」

人魚「分かりましたわ!」

海魔人(……とんだ邪魔が入ってしまった。暗黒剣士のやつは、勝手に失脚してくれるのを祈るしかないな)

人魚「お兄様とおでかけー♪」

毒竜「あ、海魔人様、ヒキガエルはおやつに入りますか?」





海魔人「……お前も行く気なのかッ!?」



  ~魔王の部屋~


魔王「……ぐっ」

暗黒剣士「大分、息があがってきたな」



魔王(くそっ……、ずっと剣振ってたらそうなるだろ)

魔王(しかも、慣れてない魔王の身体で、こんなに長く戦うのは初めてなんだ)

魔王(呪文や息攻撃じゃあ、掠り傷程度しか、ダメージを負わせられねぇし……)

魔王(でも、あいつもいつまでも、持久戦してるつもりなんかないはずだ)

魔王(……どこかで仕掛けてくるはず)



魔王(…………)



魔王(……あれ? なんかオレ、けっこう頭使って戦えてる気がする!)


暗黒剣士(……随分と長期戦になってしまってるな)

暗黒剣士(側近が帰ってくる前に、いい加減、ケリをつけたいが……)

暗黒剣士(……ここまで、相手がもつとは予想外だった)

暗黒剣士(こうなれば、休む暇も無く、相手が果てるまで、斬撃を浴びせるまで――)



暗黒剣士「――行くぞ」



魔王(――来るっ!)




 ――ガァン ギィイン ガカァン!


魔王(なんてスピードだ! こいつ、まだこんな力が……!)

魔王(息つく暇もないってやつだな。こんなに連続で斬りかかれるなんて……!)

魔王(――でも)


 ――ガキィイ ギャリッ キィンキィン!


暗黒剣士(大分疲労しているようだが、まだこの速さについてこれるとは……)

暗黒剣士(魔王を見くびっていたな。てっきり特殊攻撃にのみ長けていると思っていたが、)

暗黒剣士(剣術もなかなかの腕前だ……)

暗黒剣士(だが、いつまで耐えられるだろうな――!)



 ―― キィン ガァン 


魔王(……ずっと、あいつと剣を交わしているせいか、目が斬撃の速さに慣れてきた)

魔王(焦ってんのかな、あいつ。なんか、さっきより斬撃が粗くなってる)

魔王(こうして冷静に見ていると、あいつが次にどこを狙おうとしているのかも分かってくるな)

魔王(あいつの攻撃のパターンが読めてきた)


 ―― カキン ギィン


暗黒剣士(これはどういうことだ?)

暗黒剣士(先ほどより、魔王が剣で防ぐタイミングが早くなってきた)

暗黒剣士(この期に及んで、魔王の防御に余裕が出てきている……!?)


魔王(確かに、身体は疲れているけど、頭はこれ以上ないほど冴えてる)

魔王(普段、魔物と戦ってた時は、こんなことなかったのに……)

魔王(――魔王の身体だからか?)


 ―― キィン ギャリィ!


暗黒剣士(……なっ! 魔王が、防御の合間に、突きを繰り出してきただと!)

暗黒剣士(さっきから黙って守ってるだけかと、思ったら、)

暗黒剣士(魔王め、私の剣捌きを観察して、反撃の隙を狙っていたのか!)


魔王(冷静になれば、相手の狙いと戦法が見えてくる)

魔王(その反面、なにか得体の知れない“衝動”が、身体に湧いてきている)

魔王(身体の中に、熱が、それが、だんだん熱くなって、膨らんでいくような――)


 ―― ガキィンッ!


暗黒剣士(……なっ!?)

魔王(――ああ、そうか)






魔王( ――オレは、戦いを楽しんでいるのか )






暗黒剣士(こいつ、なんて笑い方をするんだ……!)


魔王「何、驚いてんだ? 集中しろよ――」

暗黒剣士(……速っ!?)



    ガキィイ―――ィン!



暗黒剣士(……馬鹿な、私の剣が弾かれた……だと!?)

魔王「……これで、もう剣は使えないな」

暗黒剣士「くっ……!」

魔王「暗黒剣士が、剣無しになったら、なんて呼んだらいいだろうな?」

暗黒剣士「……もういい。私の負けだ」

魔王「あぁ?」

暗黒剣士「……ひとおもいに殺せ」



魔王「……へ?」


魔王「いや、待てよ。なんで、そうなっちゃうんだよ」

暗黒剣士「当然のことだ。剣で負けた剣士など、生きるに値しない」

魔王「おいおい、何言って……、そんなこと出来るわけが」

暗黒剣士「それに今回の奇襲の件も、誰かに知られれば処刑ものだ」

魔王「マジかよ……、なあ、お前」

暗黒剣士「処刑台で不様に死ぬよりは、剣で負けた相手に首を落とされたい」

魔王「おい……、」

暗黒剣士「さっさと殺せ! これ以上、生き恥を晒したくは――!!」






魔王『 ―― う る せ え! ごちゃごちゃ喋ってねぇで、オレの話も聞け!! 』





暗黒剣士「…………!?」


魔王「……よーするにだ、お前は負けたからオレに殺してくれって言うんだな?」

暗黒剣士「そうだ……」

魔王「当然、却下だ」

暗黒剣士「なに!? 何故だ!」

魔王「だって、お前幹部だろ? 強いやつ減ったら困る」

暗黒剣士「だが、私は裏切りを――」

魔王「魔界じゃよくあることだろ? それに、お前は私欲ではなく、魔界のことを考えて、裏切ろうとした」

暗黒剣士「……しかし」




魔王「――こんな立派な魔王軍幹部、いなくなったら勿体なさすぎて、斬れねぇよ」




暗黒剣士「……!!」


魔王(……まあ、勇者的には倒しといた方が、後が楽なんだろうけど、)

魔王(いまのオレ的に、たぶんこいつ、側近の次に頼れる奴な気がするからな)

魔王(会議中も冷静だったし、なんか唯一常識があるというか……)

魔王(というわけで、いまは倒したくない)



暗黒剣士「…………」



魔王「今回のことは、誰にも言わねぇから、安心しな」

魔王「切れた壁も、適当に誤魔化しておくし、側近にも絶対言わない」

魔王「お前は、引き続き、魔王軍幹部としてオレを助けてくれ」



暗黒剣士「……魔王、様」



魔王「あ、あとさ。黙っとく代わりに、一つ頼みがあるんだけど」

暗黒剣士「……?」


魔王「時々でいいからさ、オレに剣の稽古してくれないか?」

暗黒剣士「……!?」

魔王「なんか、城に籠ってると、身体が鈍るような気がしてさ、時たますごく動きたくなるんだよ」

暗黒剣士「…………」

魔王「お前、すごく強いからな。いろいろと、学ぶことができそうだ」

暗黒剣士「……私のような者で良ければ」



魔王「よっし、交渉成立! なぁ、明日の早朝って、空いてるか?」

暗黒剣士「はい」

魔王「じゃ、城の裏庭でやろうぜ!」

暗黒剣士「了解しました」


魔王「そうと決まったら、お前は早く持ち場に戻ってろよ。怪しまれたら大変だ」

暗黒剣士「確かに……、ではお先に失礼します」

魔王「片づけはやっとくから、手伝わなくていいぞ」

暗黒剣士「あの、魔王様」

魔王「ん、なに?」



暗黒剣士「――無礼を働いてしまい、大変申し訳ありませんでした」

暗黒剣士「そして、我が命を助けてくださり、本当にありがとうございます」

暗黒剣士「無能と罵ってしまったことをお許しください」

暗黒剣士「貴方ほどの魔王の元で働けて、私は光栄です」

暗黒剣士「では、失礼します」



 ――バタン



魔王「…………」


魔王(……なんかこそばゆいこと、言われた気がするなぁ)

魔王(まあ、無駄な血を流さずにすんで良かった良かった)

魔王(しかし、魔王として褒められちゃう勇者って、いったい……)

魔王(いや、そんなことより――)


魔王(暗黒剣士と戦ってた時、妙な“衝動”が身体の中にあった)

魔王(なんていうか、戦いを楽しみたいような衝動が……)

魔王(さっき、剣の稽古を申し出たのも、その衝動がくすぶっていたからで……)

魔王(ああ、なんだか――)


魔王「――もっと、戦っていたかったなァ」









魔王「あーー、いっけねぇーーー! はんこ探しの途中だった!!!」

今日はここまでです。
読んでくださり、ありがとうございます。
また明日来ます。



  ~古代の迷宮~


戦士「……っしゃーー! 6つ目の像発見だ!」

僧侶「これで最後ですね!」

勇者「しかし、古代人も面倒な仕掛けを作ってくれたな」

魔法使い「壁のくぼみに、6つの像をはめないと開かない扉だなんてね……」



勇者(しかし、なかなかの骨のあるダンジョンだった)

勇者(人造魔物の強さ、トラップの難解さ、道の複雑さ……)

勇者(たまには、ダンジョンを探索する側になるというのもいいものだな)

勇者(新しいダンジョン建設の際に、いろいろと参考にさせてもらおう)


戦士「最後に、こいつをはめこんで……っと」


 ――ガチャ


勇者「錠が外れる音がしたな」

僧侶「やりました! 開きましたよ!」

魔法使い「それじゃあ、御邪魔させていただこうかしら?」

戦士「よし、開けるぜ」


 ――ギィイイイイイ


勇者「……ほう、あれが」




戦士「うわぁ、すっげぇ輝いてる」

僧侶「綺麗……」

魔法使い「思わず見惚れちゃうわね」



勇者(……扉を開けば、大理石の床に突き刺さった一振りの剣)

勇者(刃の輝きは、一級品であることを誇示しているかのよう)

勇者(柄、鍔の装飾も素晴らしい。特に、刃の中央に埋め込まれた赤い石……)

勇者(魔宝石の一種だろうな。あれを中心に、ほとばしる魔力が放たれている)

勇者(それもただの魔力ではなく、魔の者を寄せ付けないような、神聖な魔力が……)

勇者(これが、魔王を唯一殺せる武具――)



勇者「――伝説の剣か」


戦士「ついに見つけたぜーーー!」

僧侶「……やりましたよ! 勇者様!」

魔法使い「長い道のりだったわねー」

勇者「ああ……」



勇者(確かに、長かった。二日がかりだったしな)

勇者(しかし、問題が一つ)


勇者(――魔界の者は、伝説の武具を手にとることができない)



勇者(以前、どこかの村にある伝説の兜を、魔物達に奪いに行かせたことがあるが)

勇者(魔物達は――、伝説の兜に触れた瞬間、粉微塵になって消し飛んだ)

勇者(伝説の武具に、聖なる力に満ちているからだろうな)



勇者(魔王の俺なら、そこまでダメージは深刻ではなさそうだが、)

勇者(腕一本吹き飛ぶ覚悟は、しておいた方がよさそうだ)

勇者(以前、魔族に奪わせようとしたら、半身が吹き飛んだらしいからな)



勇者(……ここは、戦士にでも持ち帰ってもらうことにして――)







魔法使い「――じゃあ、勇者ちゃん。早速、装備してみてよ」









勇者「  え  」





戦士「そうだな! やっと見つけたもんな!」

僧侶「勇者様、是非!」

勇者「いや、お前達ちょっと待て」



魔法使い「あら、どうしたの勇者ちゃん? このタイミングで、何を待てっていうのさ」

勇者「その、心の準備ってやつが……」

魔法使い「あら、この期に及んで、怖気づいちゃったってわけ?」

勇者「…………」

魔法使い「伝説の武具は、勇者にしか装備できないんだから、大丈夫よ。何を心配しているのさ」




魔法使い「だってあんた、――勇者なんでしょ?」




勇者(……こいつ!)


勇者(いまの目……、完全に俺を疑っている目をしていた)

勇者(やられたな。たぶん、あの魔法使い、かなり前の段階から、俺を疑っていた)

勇者(そして、この状況を待っていた――)



勇者(俺が勇者か、勇者でないか、はっきりする局面を……!)






魔法使い「ほら勇者ちゃん、さっさと装備してよ。早く脱出呪文で、帰りましょ?」

戦士「そうだぜー、おれも早く宿屋に行きてぇなー」

僧侶(……勇者様、なんだか表情が険しいような)



勇者「…………」


勇者(……そういうことなら、俺も容赦せんぞ)

勇者(たとえ片腕を吹き飛ばされようとも、本当の姿を現わせば、)

勇者(勇者のいない勇者一味など、ものの五分で片づけられる)



勇者(こいつらを全滅させて、魔王城に戻り、)

勇者(魔王城にいる勇者をなぶり殺して、元の生活に戻るだけ)



勇者(ただ、それだけだ)

勇者(二日も特別休暇をもらったんだ。もう充分だろう、魔王に戻っても)

勇者(…………)






勇者(……遊覧船は、また別の機会に乗ることにするか)


勇者「……いいだろう。装備してやる」

僧侶「……勇者様」

戦士「お、ついにこの時が来たな!」

魔法使い「伝説の武具を装備する瞬間ね。胸が熱くなるわぁ」



勇者(ふん、女狐め。よくもこの魔王をハメたな)

勇者(だが、覚えてろ。剣を引き抜いたら、真っ先に臓物を引きずりだしてやる)



魔法使い(……気のせいだといいなー。なんだか悪寒がするわぁ)


勇者「…………」



勇者(……間近に近づけば、さらに魔力を強く感じる。身体がバラバラになってしまいそうだ)

勇者(これに触れて、俺は生きて帰れる保証があるのだろうか?)

勇者(……考えてもしょうがないな。もう引き下がれないんだ)





勇者(――勝負だ、伝説の武具よ。貴様の聖なる力で、俺が倒せるか?)





 ――ガッ






  ~魔王の部屋~


側近「……魔王様、この惨状はいったいどういうことでしょうか?」

魔王「…………」

側近「壁は、粉々に斬り砕かれ、調度品は倒れ、床も傷ついて、」

魔王「…………」

側近「いったい、私がいない間に何をしてたんですか?」






魔王「……超頑張ってはんこを探してました!」

側近「もう少し、頑張りを抑えることは、できなかったんですか?」


側近「で、そのはんこは見つかったんですか?」

魔王「……まだです」

側近「そうですか。それも当然ですね」

魔王「え?」

側近「あら、申し上げませんでしたっけ?」





側近「魔王様は、魔界にある『真・魔王城』にはんこを保管しているんですよ」

魔王「な、なにぃいい!?」


魔王「おい、一言も聞いてないぞ、そんなの! てっきりこの部屋にあるんだとばっかり……!」

側近「はい。魔王様なら、そんな勘違いもするだろうと思って、とってきました」

魔王「と、とってきたって何を!?」

側近「もちろん、はんこですよ。今日はちょうど魔界に行く用事があったので」

魔王「で、でも、魔王しかはんこの場所しらないんじゃ……!?」

側近「あれは嘘です」

魔王「え、嘘……?」



側近「私も一応、場所を教えてもらってたんですよ。先代の魔王様から」

魔王「へ、へぇー……」

側近「おかげで、先代が急死された時に、現魔王様にはんこの場所を教えることができました」

魔王「なるほどー」

側近「もし隠し場所を変えられてたら、私もお手上げでしたけど、まだ同じ所に隠してあったので、」



側近「運よく、はんこを手に入れることができました」


側近「というわけで、頑張って書類仕事なさってくださいね」

魔王「……釈然としない」

側近「どの辺がですか?」

魔王「だって、なんで、オレに嘘ついたんだよ側近!」

側近「ですから、お部屋の中の物の場所を覚えてもらおうと思いまして。壁を壊されるのは予想外でしたけど」

魔王「あと、なんではんこ取ってきてくれたんだよ!?」

側近「それは……、魔王様がお命じになったからですよ」

魔王「……オレが?」

側近「だって……」



側近「――こんな時こそ、側近の力が必要なんですよね?」

魔王「……!」


側近「では、そろそろ失礼します。書類仕事、頑張ってくださいね」

魔王「……おう」



 ――バタン



魔王「…………」

魔王「……側近の奴、たまーに嘘つくけど、やっぱり優しいんだな」

魔王「さーて、気を取り直して、仕事仕事。はんこさえあれば、こっちのもん……」パラ……


魔王「…………」

魔王「……えー」

魔王「あー……」

魔王「ぅおー…」

魔王「…………」



魔王「……駄目だ、勝てる気がしねぇ」ガクッ

魔王「活字と数字って、こんなに強敵だったのか……。灰になりそう」プシュゥウ……



側近(……やっぱり勇者、撃沈してる)

側近(……あとで、料理人達に言って、甘い物を用意してもらおうかしら)スタスタ



  ~古代の迷宮~



戦士「ゆ、勇者……!」




僧侶「……あ、ぁあっ!」






魔法使い(……なんてことなの)








勇者「 ………… 」






  ゆうしゃは でんせつのつるぎを そうびした。 ▼





戦士「うぉおおーー! おめでとだぜ、勇者ーー!」

僧侶「な、なんて神々しい……! 勇者様がついに、伝説の剣を……!」ブワッ!

魔法使い(……ちょっと師匠ぉ。どういうことよ、これぇ)


勇者「 ………… 」

勇者「 ………… 」

勇者「 ………… 」





勇者( 馬鹿な )



勇者( ……俺は魔王だ )

勇者( 変化の呪文で姿を変えていようとも、俺は魔王だ )

勇者( 姿が変わっただけで、装備できる武具が変わるわけではない )



勇者( どういうことなんだ )

勇者( なぜ、俺は伝説の剣が装備できたんだ? )

勇者( この剣が偽物なのか? )

勇者( それとも、俺が―― )グラ…



戦士「……っと、勇者!?」ガシッ

勇者「       」

戦士「おいおい、突然よろけてどうしたんだ? 危ないだろ?」

勇者「       」

戦士「……勇者?」



  ( 俺は魔王だ )

  ( 魔王のはずなんだ )



  ( 俺は魔王だ )

  ( なぜ伝説の剣が、装備できたんだ )

  ( 俺は勇者じゃない )



  ( 俺は魔王だ )

  ( 俺は魔王だ )

  ( 俺は……… )





  (  俺 は 誰 なんだ ?  )





  そうりょは じゅもんを となえた!

  ゆうしゃの たいりょくが かいふくした!! ▼



勇者「……!?」

僧侶「あ、大丈夫ですか? 勇者様」

勇者「……僧侶」

僧侶「あの、その、顔色が悪かったので、回復呪文を……」

勇者「ありがとう……」

僧侶「…………」



僧侶(……体力は回復したけど、顔色は悪いまま)

僧侶(……勇者様)



魔法使い「とーにーかーくっ!!」

僧侶「わっ!? 魔法使いさん……?」

勇者「…………」



魔法使い「もう、帰りましょうよ。勇者ちゃんも、具合悪そうだし」

戦士「そうだなぁ、もうここにも用は無ぇしな」

僧侶「そう……、ですね」

勇者「…………」コクン



魔法使い「そうと決まったら、脱出して、どっかの街に行くわよ」

勇者「…………」

魔法使い「ねえ、勇者ちゃん。どこ行く?」

勇者「……?」

魔法使い「こういう時は、相談してから行き先を決めるんでしょ?」

勇者「…………」






勇者「……南の港町に向かってくれ」



魔法使い「りょーかい! みんな、あたしに捕まってて!」





  まほうつかいは じゅもんを となえた! ▼




本日はここまでです。
読んでくださり有難う御座います。
週末に家を空けるので、次回更新は来週になります。



  ~魔王城~


料理人A「なんと私、魔王様のお部屋まで、デザートをお持ちせよと、側近様からご命令頂きました」

料理人A「料理人風情の私、魔王様のお部屋のドアをノックする価値も御座いませんと、」

料理人A「側近様にお断り申し上げたのですが、魔王様きってのお願いと聞き、」

料理人A「極度の緊張感プラス喜び勇んで、魔王様のお部屋に向かっているわけで御座います」



料理人A「……ここが、魔王様のお部屋」ゴクリ…

料理人A「魔王様、魔王様。料理人です。ケーキをお持ちいたしました」コンコン



魔王「ケーキッ!?」ガチャバタン!



料理人A(なんと、コンマ二秒で出て来られるとは……!)


料理人A「本日のケーキは、ナイトメアベリーソースのレアチーズケーキで御座います」

魔王「おおお! 美味そう! いただきますっ」パクッ

料理人A「…………」ドキドキ

魔王「……ん~、美味~い! このほどよい甘酸っぱさ、最高だな!」モグモグ

料理人A「なんと、この料理人、感動で御座います!」

魔王「頭使った時は、甘い物に限るよな。うん!」

料理人A「ああ、そういえば、いま事務仕事がんばってるんですよね、魔王様」

魔王「お、おう……」

魔王(……まだ、三枚しか終わってないけどな)



料理人A「我々も応援してますよ! がんばる魔王様のために、とびきり美味しいご夕食を用意しますね!」

魔王「ほ、ほんとか! よっしゃー、がんばるぜー!」



魔王(やべぇ、俄然やる気がみなぎってきた……!)



  ~南の港町・遊覧船~


  ……ザザァン


僧侶「いい風が吹いてますねー」

魔法使い「気持ちいいなー」

勇者「…………」

僧侶「勇者様?」

魔法使い「勇者ちゃん大丈夫?」

勇者「……ああ」



魔法使い(……全然大丈夫そうな目してないんですけど)

僧侶(迷宮にいた時よりは、落ちついたみたいですが、まだ暗い顔を……)



勇者(……俺は)


僧侶「……。勇者様、見てくださいよ。海が綺麗な色ですよ」

勇者「そう……だな」


魔法使い「それにしても、港町に来るなり、遊覧船に乗りたいだなんて、勇者ちゃんも男の子ねぇ」

勇者「……船が好きなんだ」

魔法使い「……ふーん」






勇者「…………」



 ――――――――――
 ―――――…

 ―……


  ザザァン……


   「――初めての船は楽しいか?」

   「うん、楽しい! ねぇ、おとうさん。船って、はやいんだね」

    「ああ、最新型の船だからな。嵐や渦潮もへっちゃらなんだ」

    「すごーい。あ、おさかなさん!」

    「ああ、あれは地獄鮫だな」

    「じごくざめ?」

    「鉄をも噛み砕く歯を持っている凶暴な鮫だ。人間の船を群れで襲って、木端微塵にしてしまうんだぞ」

    「つよいんだなー、じごくざめ。おとうさんって、何でも知ってるんだね」

    「ふははっ、当然だろ?」



魔王「なにせ俺は魔界の王――魔王だからな」


    「すごいなぁ、おとうさん。ぼくも、おとうさんみたいな、まおうになりたい」

魔王「なれるさ、お前なら。何て言ったって、俺の息子だからな」

    「ほんとに? ぼく、まおうになれる?」

魔王「ああ、お前が頑張った分だけ、立派な魔王になれるよ」

    「じゃあ……、ぼく、がんばる!」

魔王「よし、それでいい。お父さんも、お前が物凄い魔王になれるよう協力するぞ」

    「ありがとう、おとうさん」

魔王「それじゃあ、明日は、新しい呪文を教えてやろうかな?」

    「わーい、ぼくがんばるよ!」

魔王「その意気だ。魔王への道は険しいが、お前なら絶対なれるぞ。俺が保証する――」


  ザザァン……


 ―……
 ―――――…

 ――――――――――


勇者(……結局、父と船に乗ったのは、あれを含めて3回だけだったな)

勇者(その後も、魔王の職務の関係で、何度か船に乗ったが、)

勇者(仕事の一環だったから、心を休める時間など当然皆無)



勇者「…………」



勇者(久々に……、落ちついて船に乗ることができた)

勇者(甲板で味わう海風は、港で感じるそれとは段違い)

勇者(よく見ると、人間界の海の方が、色が薄いんだな)

勇者(だが、透き通っていて、波がきらめいていて綺麗――)






戦士「ぅおぇえええええ……!」

勇者「……なぜ、このタイミングで嘔吐するんだ戦士」


僧侶「せ、戦士さん! 大丈夫ですか!?」

魔法使い「まったくだらしないわねぇ」

戦士「しょうがねぇだろ。おれ乗り物駄目なんだよ……うぷ」

勇者「……じゃあ、なぜ一緒に船に乗ったんだ。港で待ってればよかっただろ」





戦士「だっておれ――ぉげえっ、船大好きだもんッ!」

勇者「胃液を吐きつつ言う台詞じゃないな」


僧侶「戦士さん、少し中で休みましょうか?」

戦士「ふぐぅ、かたじけない……」

魔法使い「ひっどい顔色だね。こっちまでもらいゲロしそうだよ」

僧侶「勇者様、戦士さんは私たちに任せてください」

魔法使い「こいつの世話は、私たちがしておくから、もすこし海でも眺めてなよ」



勇者「……ありがとう、そうさせてもらおう」



  ……ザザァン


少女「お兄様ー、海の色がきれいですわー」

青年「そうだな。船から眺める海っていうのもオツなもんだ」

従者「自分、船に乗るのは初めてです」

少女「あら? お兄様、見てください」

青年「ん?」




僧侶「戦士さん、もう少しですから、がんばってください」

戦士「げぇえ、この浮遊感にも似たふらつきが、きくぅうおえええ」

魔法使い「ああ、もう吐かない! 船員さんのデッキ掃除の範囲が増えるでしょうに!」




少女「ほらほら、かわいそうな人間がいますわー」

青年「……いいか、妹。こういう時は、指さしたり凝視しないのが、人間界の礼儀なんだぞ」


青年(しかし、いまの奴ら……勇者一行では?)

従者「海魔人様、あちらをご覧ください……」ヒソヒソ

青年「ん……?」





勇者「…………」





青年(――勇者!?)


青年(間違いない、あいつは勇者だ……)

青年(……しかし、翼竜の話によると、いま魔界の者が勇者に成り代わっているはず)

青年(いっそ、ここで確かめておくべきか?)



青年「毒竜、妹を連れて船内に入っていてくれ」ヒソヒソ

従者「かしこまりました」ヒソヒソ



従者「妹君、しばらく中で休みましょうか」

少女「ええー、嫌ですわ。まだ外にいたいもの」

従者「兄君が、船内の売店で好きなもの何でも買ってあげる、とおっしゃられてますが」

少女「まあ、ほんとですの!? 早く選びに行きましょう!」



青年(なんで僕が、おごることになってるんだ。毒竜……、覚えてろよ……!)

青年(ともかく、妹は行ったか。……さて)



  ……ザザァン


勇者「…………」

勇者「…………」






青年「Умига Киреидесуне?」







勇者「……!?」バッ

青年「おや、分かりますか、魔界語が。やはり噂は本当だったんですね」


勇者(……こいつ、人間の格好をしているが、魔界の者だな)

勇者(なぜ、俺に魔界語で話しかけた? それに噂とは……?)




青年「表情を見る限り、多少なりとも混乱されてるようですね」

青年「では、混乱を解くために、僕から簡単に自己紹介をさせて頂きましょう」

青年「僕は、魔界の海から来た者です。いま、魔王軍で働いている身で、今日は人間界の視察に来ました」




勇者(……魔界の海から来た者で、人間に化けれるやつといえば、海魔人辺りか?)

勇者(よく見れば、顔立ちに面影があるな……)


青年「あるきっかけで、いま勇者は魔界の者が成り代わっているという噂を聞きました」

青年「戦闘の際に、勇者が魔界語をしゃべったという報告があり、真偽を確かめたかったのです」



勇者(なるほど、昨日の一件が上層部に伝わったということか)

勇者(こんなことなら、迂闊に、魔界語をしゃべらなければよかったな)



勇者「それで、貴様の目的は何だ?」

青年「せっかちな人ですね。とりあえず、ここではない別の所でお話を続けたいです」

勇者「ほう」

青年「貴方にも連れがいて、面倒でしょう? 今晩、二人きりで会うことは可能ですか?」

勇者「…………」


勇者(……話ぶりや、仕草からして、十中八九こいつは海魔人だな)

勇者(お話という名目で、魔王軍の近況を聞きだすことができるかもしれん)

勇者(こいつの目的は不明確だが、まあ付き合って損はないだろう)




勇者「いいだろう。どこで会えばいい?」

青年「そうですね。では、夕方六時に、遊覧船の波止場でいかがでしょうか?」

勇者「分かった」

青年「くれぐれも一人で来られるように。尾行とかされないように、気をつけてくださいね」

勇者「ああ」

青年「では、僕はこれで。また夕方に会いましょう」スタスタ…

勇者「…………」


青年(あの勇者、やはり魔界の者が化けているとみて正解だな……)

青年(変身呪文が使えるということは、魔族か上級魔物だろうか?)

青年(しかしあいつ……、これでもかというくらい、覇気がなかったな)

青年(まるで、なにかショックな出来事の直後みたいな、落ち込みぶりで……)

青年(それほど上の身分ではなさそうだ。没落魔族とか、その辺の出か……?)



少女「あ、お兄様ー!」

従者「遅かったですね」






青年「……何故、中身が溢れそうな買い物カゴを5つも持ってるんだ、妹よ」

本日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。
また今週来ます。


>料理人A「側近様にお断り申し上げたのですが、魔王様きってのお願いと聞き、」

いくらなんでも、これはないだろ。
きって、じゃなくて、たって、だし。
目下の使用人に、お願いする馬鹿がおるかよ。つか、伝言役が翻訳してでも伝えねーぞ、「まおうのオネガイ」なんて。

>>524
ご指摘ありがとうございます
確かに「きって」と「たって」の用法間違えてました
すみませんでした


 × 料理人A「側近様にお断り申し上げたのですが、魔王様きってのお願いと聞き、」

      ↓

 ○ 料理人A「側近様にお断り申し上げたのですが、魔王様たってのお願いと聞き、」



あと、まおうのお願いの件ですが、 補足説明というかヒントというか

1.魔王(勇者)は、一人で食事をすることを心細く感じていた(>>344
2.1を察した側近が、嘘もとい方便で、料理人にその旨を独断で伝えた
3.側近曰く、「たまには私以外の人が食事の場にいたら、寂しい気持ちが紛れるんじゃないかしら」

という感じです
描写不足申し訳ありませんでした


では、投下します



  ~魔王の部屋~



魔王「オレはやれば出来る子、オレはやれば出来る子、オレは……」ブツブツ



側近(……心配になって様子を見に来てみれば、意外とはかどっているご様子)

側近(やはり、食べ物で釣ったのが効いたみたいですね)

側近(次は、夕食に呼ぶ時にでも、様子を見に来ましょうか)ス…



魔王「よーし、大分さばけてきたな。次の書類は、と……」



 『 ……歴ц月における 魔物狩猟家の横行と被害報告書 』



魔王「……これは?」



  ~遊覧船・波止場~


僧侶「戦士さん、大丈夫ですか?」

戦士「おう……、もう揺れてない地面の上だからな」

魔法使い「でもヘロヘロじゃん。だらしなーい」

勇者「みんな、少し聞いてほしいことがあるんだが……」



僧侶「へ?」

戦士「んん?」

魔法使い「なに?」


  :
  :

戦士「……自由行動ぉ?」

勇者「そうだ。夜10時まで各自、自由行動の時間とする」

魔法使い「珍しいじゃん、パーティーじゃなくて個別行動OKにするなんて」

勇者「たまにはこういうのもいいだろう。良い息抜きになるんじゃないか?」

僧侶「あの……、どこでも行っていいんですか?」

勇者「10時までに、宿屋に戻ってくるならどこへ行こうと構わん」



戦士「よーし、せっかくだから酒場でも行ってくるか!」

僧侶「私は……、どうしようかな……」

魔法使い「あたしはお土産でも買ってこようかなー」

勇者「では、ここで解散だ。宿屋はとっておくから、好きなところへ行くといい」

戦士&魔法使い「了解ー」

僧侶「…………」


魔法使い「というわけでさ、勇者ちゃん。お小遣いおくれー」

勇者「む?」

戦士「そうだぜ、文無しじゃ酒飲めねぇ」

僧侶「あ、私も少し欲しいです……」



勇者(個別行動にすると、こういう弊害も出てくるのか……)

勇者(まあ、仕方ないか。背に腹は代えられん)



勇者「では、一人200Gだ。これで足りるな?」

魔法使い「わーい、ありがと。勇者ちゃん」

戦士「サンキュー。一杯目は、何にすっかなー」

僧侶「充分すぎるくらいです。ありがとうございます」



勇者「ちなみに、釣り銭が余ったら、返すように」

魔法使い(ちぇっ、変なとこしっかりしてるなー……)


勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「……みんな行ったな」



勇者(しかし、夕方までまだ時間があるな……)

勇者(……何してよう)

勇者(ひとまず、宿屋をとって、部屋で休憩でも……)



勇者「…………」

勇者「…………」

勇者「…………」





勇者(いや……、その前にもう一周遊覧船に乗っておこう)ワクワク



 ~南の港町・宿屋~


少女「きゃー! 私、宿屋初めてですわー!」

青年「こら、妹。走り回らない」

主人「一晩36Gですが、お泊りになりますか?」

従者「はい」

主人「では、ごゆっくりお休みください」



少女「見てみて、お兄様ー。この宿屋、お魚もお泊りできるみたいですわ!」

青年「いや、その魚は水槽で飼われてるだけで、宿泊してるわけじゃないぞ。断じて」


少女「宿屋って広いんですねー」

青年「そうだな」

少女「あ、窓から海が見えますわ!」

青年「港町だからな」

少女「まあ、さっきの遊覧船がまた走ってますわー。すてきー」

青年「…………」






青年「毒竜、ちょっと……」

従者「何ですか、海魔人様」


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  :

従者「なるほど、では夕方六時には、勇者に会いに行くということに」

青年「ええ、ですからそれからの時間、妹を見ていてほしいんです」

従者「かしこまりました」

青年「日付が変わる前には戻ります。こんなことばかり頼んで、申し訳ありませんが……」

従者「自分は構いません。今朝、貴方を刺してしまった詫びにしては、足りないくらいです」

青年「……そうですか」



従者「六時までは、まだ時間がありますね? では、自分は市場でも見て参ります」

青年「え? 僕らと一緒にいないんですか?」

従者「せっかくの兄弟水入らず。妹君と二人きりで、楽しんであげてください」

青年「……すみませんね、気を遣わせてしまって」

従者「無理言ってついてきたのは、自分ですから。では、これにて……」スタスタ


少女「あら、お兄様。毒竜様はどこへ行かれるのですか?」

青年「市場に行くんだってさ。夕方にはまた戻ってくるよ」

少女「そうですか」

青年「それより、これからどうする? 久々に一緒になれたわけだが」

少女「そうですわねー。また、お外に出てもいいんですけど……」






少女「その前に、お兄様に髪をとかしてほしいですわ!」

青年「ん、わかった」



  ~南の港町・市場~


商人A「安いよ安いよー!」

商人B「今朝あがったばかりの鮮魚ばかりだぞー!」



魔法使い「さすが港町。魚介類が多いわねぇ」

魔法使い「でも生鮮食品だと、腐るのが怖いし……」

魔法使い「スルメとか干物とかでいいかな?」



従者「そこの『おさかなさんクッキー』ください」

商人C「はいよ、15Gだ」



魔法使い「おさかなさんクッキーとなッ!?」


従者「……何か?」

魔法使い「い、いえ別に」

魔法使い(良い年した大人の男が、おさかなさんクッキーって……普通にウケるんですけど!)



商人C「お、姉ちゃんもいるかい? 魚の形したクッキーだぞ」

魔法使い「あー……。じゃ、じゃあ見てみます」

従者「ふむ、美味ですね」バリボリ

魔法使い(店の前で早速食べてる……。大物だわね、こいつ)


魔法使い「……へー、いろんな魚の形があるのね。これは、クジラかな?」

商人C「あたりですよ。全12種類の魚を模し、バター味、チョコ味、イチゴ味の三種の味の詰め合わせ!」

従者「チョコ味が美味しいです」ボリボリ

商人C「さらに、お子様に優しくカルシウム配合! 加えて、DHA配合で、骨も頭もよくなるクッキーだ!」

魔法使い「むう、なかなかやるじゃない」



魔法使い(……もっと港町ーって感じの探そうかとも思ったけど、)

魔法使い(まあ、こういうのって“あの人”好きそうだし……)



魔法使い「じゃ、お一つください」

商人C「まいどあり! 15Gだぜ!」

従者「自分も、もう一つください」

魔法使い(もう食べ終わってる!? 21枚入りなのに!)



  ~魔王の部屋~


側近「魔王様、側近です」コンコン

側近「…………」

側近「……返事がないとは、珍しいですね」



側近「魔王様、失礼します」ガチャ



魔王「…………」

魔王「…………」



側近「魔王様……?」


魔王「あ……、側近か」

側近「どうしましたか、魔王様。顔色が優れないようですが」

魔王「いや、ちょっと胸糞悪いもん読んじまっただけだよ」

側近「といいますと?」

魔王「これだよ、これ」



側近「……ああ、魔物狩猟家の被害報告書ですか」


魔王「……魔物を罠にかけたり、襲ったりして、毛皮とか爪とか角とかをはぎ取ったり、」

魔王「子供の魔物が大人数で襲われて、連れ去られたり、」

魔王「しかも攫われた魔物は、闘技場や見世物で使われてるらしいな」

魔王「なかには、競売にかけられて、富豪に飼われたり、兵士の特訓相手にされたり……」

魔王「新しい武具や道具を作るために、実験材料に使われることも……」



側近「…………」

魔王「なぁ……、人間ってこんなことばかりしてるのか……?」

側近「ええ、遠い昔から行われてる日常です」

魔王「!!」

側近「そうやって、人間は進化してきたのですよ。魔物を倒して強くなり、魔物を材料に武器を作る」

魔王「…………」

側近「しかし、こういう物騒なことが増えたのは、数千年前からのことですかね」

魔王「…………」

側近「魔物から身を守るためでなく、魔物を使って私利私欲を満たすようなことが始まったのは……」


魔王「……汚ねぇな」

側近「分かりましたか? 魔王として生活するということは、こういうことなんです」

魔王「なに……?」



側近「戦闘では最前線には出ませんが、人間と戦う以上、奴らの本性を目の当たりにする」

側近「気をしっかり持ってください。書類で見ることはまだ序の口です」

側近「魔王生活がまだ続くなら、これよりひどい惨状を知る機会もあるでしょう」



魔王「……オレは」

側近「……?」

魔王「いつまで、魔王をやればいいんだ……?」

側近「……私には分かりかねます。どうぞ魔王様にお聞きください」


側近「それと、魔王様。もうすぐ夕食の支度ができますよ」

魔王「……わかった」

側近「失礼します……」



  ――パタン



側近「…………」

側近(食事の話をしても、あまり喜ばなかった)

側近(……それなりにショックを受けてるってことかしら)


魔王「…………」

魔王「…………」




   ―― 人間さえ良かったら、なんでもいいのか? ――




魔王「……オレは、」






   ―― 魔物や魔族の平和は、どうでもいいのか? ――






魔王「……一体、誰を守ったらいいんだ?」

本日はここまでです
読んでくださりありがとうございます
また今週来ます



  ~貧民街~


僧侶「……っしょ、っと」

僧侶「移動呪文が使えない身ってのは辛いですね……」

僧侶「でも、アイテムで補えるから良しとしましょう」

僧侶「帰りの分も買いましたし、綺麗なお花も買えましたし、」

僧侶「お小遣いをくれた勇者様に大変感謝ですね」



僧侶「…………」

僧侶「…………」

僧侶「……久々に来たなぁ」



僧侶「あ、いけない。こんなとこで、ボーっと立ってる場合じゃありませんでした」タタタッ



  ~貧民街・墓地~


僧侶「…………みなさん、やっとお墓参りに来れました」

僧侶「勇者様の旅に加えてもらってから、一度も来れてませんでしたね」

僧侶「墓標もこんなに汚れて……、きれいにしてあげないと」パシャン

僧侶「あとお花も添えて……」

僧侶「ふう、きれいになりました」



僧侶「ねえ……、聞いて頂けますか? あれから、勇者様の仲間にしてもらえたんですよ」

僧侶「おかげで、こっちにはなかなか来れなくなってしまったんですけど、」

僧侶「もうすぐ、魔王を倒せそうなんです。そしたら、平和な世の中になりますよ」

僧侶「…………」

僧侶「…………」グスッ

僧侶「あ、泣いちゃ駄目です」ゴシゴシ



  ~南の港町・海の上のレストラン~



勇者「まさか、波止場の桟橋の先にこんな店があったとはな」

青年「一応、この町の観光スポットでもあるんですよ。料理も眺めも素晴らしいとのことで」

勇者「詳しいんだな」

青年「僕の拠点から、もっとも近い町ですからね、ここは」

勇者(海底神殿か……、少し距離はあるが、ここからなら確かに近い)

青年「ちなみにここ、個室もあるんですよ。だから……」

勇者「他人に聞かれたくない話をするのに、うってつけということか」

青年「話が早くて助かります」


  :
  :

勇者「ほう、個室からの眺めもいいものだな」

青年「二階ですからね。丁度、夕日が落ちる時間に来れてよかったですよ」

勇者「……綺麗だな」

青年「そうですね」



勇者「それで、話とは?」

青年「ああ、いくつかお聞きしたいことがあったんですよ」

勇者「なんだ?」

青年「貴方は何者なのか、なぜ勇者に身を変えたか、勇者はどこにいるのか、こんな感じですね」

勇者「聞きたいことが多いようだな」

青年「他にも聞いてみたいことはあるんですけど、それはまた思いついた時にでも……」

勇者「ちなみに、俺からも聞きたいことがあるんだが、」

青年「構いませんよ、お好きな時に質問してください」


青年「それでは、最初の質問。貴方は何者ですか?」

勇者「…………」



勇者(……当然、魔王だということは伏せるべきだな)

勇者(昨晩、宿屋に側近が来たことで、側近が俺の正体に気付いたことはわかった)

勇者(側近は、口が固いから信用できるが、海魔人等の幹部や軍の者には、)

勇者(依然知らせないべきであろう。余計な混乱を招くだろうからな)

勇者(……嘘でもつくか)



勇者「……下流魔族の末端の者だ。一族の名は伏せさせてくれ、口にする価値もない」

青年「なるほど」

青年(やはり魔族か。覇気がなかったのも、下流だからといえば納得できる)


勇者「そういう貴様は、何者だ?」

青年「魔王軍幹部海域担当、海魔人です」

勇者(読み通りだな……。このまま軍の近況でも聞いてみるか)



勇者「ほう、魔王軍の者に会ったのは久しぶりだな。軍の皆はどうしている?」

青年「……なぜ、そんなことをお聞きになるんですか?」

勇者(いい質問だな……。俺と魔王軍の関連性を、探ろうとしている)



勇者「ずいぶん昔に、魔王軍で働いていたんだ。今はもう引退した身だが」

青年「なんと、魔王軍のOBでしたか。ちなみに、どの部隊に?」

勇者(いちいち、細かいことを聞く奴だな。現時点と今後の会話で、不自然にならなそうなところは……)



勇者「……魔王軍人事部だ」

青年「これは失礼……。オフィスの所属だったんですね」

青年(魔族なのに、隊長でも将軍でもなく、室内勤務だなんて……。確かに、一族の名を伏せたくなるわけだ)



  ――コンコン


ウェイトレス「お食事をお持ちしました」

青年「どうぞ」

ウェイトレス「失礼いたします」ガチャ



ウェイトレス「シーフードピラフと、タラとムール貝のアクアパッツァのお客様」

勇者「はい」

ウェイトレス「海藻スープと、6種の新鮮海藻サラダのお客様」

青年「はい」



ウェイトレス「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

青年「ええ」

ウェイトレス「ごゆっくりお召し上がりくださいませ」


  ――パタン


青年「ところで、人間界の食物は、お口に合いましたか?」

勇者「……いや、魔界のものと比べて、極端に味が薄い上に、栄養価も低そうだ」

青年「ですよね。故に、人間界で行動する魔物や魔族は、主食が人肉となる」

勇者「しかし……、ここの料理はなかなか美味いな」

青年「そうですか。たぶん、新鮮な素材だからですよ。幾分かはマシといったところですかね」



勇者「……ところで、貴様なぜ海藻ばかり食べてるんだ?」

青年「知らないんですか? 僕の一族は、海藻が主食なんですよ」

勇者「ああ……、知らなかった」



勇者(幹部連中と食事を共にしたこと自体、少ないから無理もない)

勇者(酒宴の席も、配下の者達とは離れていたし……)

勇者(……そもそも、いつも一人で食事していたからな)


青年「ところで貴方、なぜ勇者に身を変えていたんですか?」

勇者「…………」



勇者(……退屈だったから、という本音で通るだろうか、ここは)

勇者(だが、下流魔族の身分なら、勇者になる以外にも、退屈をまぎらす方法はありそうだし……)

勇者(……どうしたものか)



青年「あ、もしかして」

勇者「?」

青年「勇者に身を扮して、魔王を倒し、魔王の座を狙っていたとか?」

勇者「…………」



勇者(……もういいか、そういうことで)



勇者「まあ、そんなところだ」


青年「やはり。下流の出とはいえ、出世欲はそれなりにあるみたいですね」

勇者「これでも魔族だからな」

青年「勝算はありますか? 魔王に勝つ策は……」

勇者「いや、皆目見当がつかない。そもそも力の差がありすぎるからな」

青年「下流魔族と、魔王ではね。もしよかったら、僕も手を貸しますよ?」

勇者「……何?」



青年「僕も魔王の座を狙う者です。協力すれば、勝率は上がるかもしれませんよ?」

勇者(……やはりこいつも、野心があったか)

勇者(むしろ野心が無い奴の方が珍しいからな……)

勇者(…………)



勇者「助け手を差し伸べてくれるのは嬉しいが、その必要はない」

青年「え?」


勇者「諦めようと思うんだ。やはり俺なんかでは、魔王は倒せない」

青年「……なるほど」

勇者「近日中に、本物の勇者も解放するつもりだ」

青年「貴方はその後、どうするおつもりで?」

勇者「人目に触れないように隠居するよ。というか、元の生活に戻るだけだ」

青年「残念ですね、せっかくのチャンスをみすみす手放すだなんて」

勇者「いいんだ、これで。俺はひっそりと静かに生活するのが、性に合ってるんだ」

青年「…………」



勇者(そんな生活、一日たりともしたことないけどな……)

勇者(性に合うかは不明だが、憧れているのは確かだ)

勇者(いつか、誰にも煩わされず、誰も煩わさないような、静かなとこへ……)



勇者(……どうせ、当分無理だろうけどな)


青年「それでは、本物の勇者の居場所は?」

勇者「言う必要はないだろう? もうすぐ解放するんだから」

青年「……それもそうですね」



青年(これじゃあ、翼竜の作戦は使えそうにないな)

青年(そもそも、漁夫の利を狙うような卑怯な手段だったし……)

青年(魔王になるんだったら、やはり自分の手で魔王の首を落とさないと、)

青年(他の者たちも、ついてこないだろうからな)

青年(今回の策は、潔く諦めよう……)



青年「ところで、貴方の方から聞きたいこととは?」

勇者「ああ、魔王軍の連中は元気にしてるか? 何か変わったことは?」

青年「そうですねぇ……。さして変わりは……、あ」


勇者「……何かあったのか?」

青年「……はい、ありました。それも今日あがったばかりの、新鮮なネタが」

勇者「聞かせてくれないか? どうせ、俺は孤立している身分だ。他人に漏らすことはない」

青年「それもそうですね。では、これはトップシークレットですよ?」



青年「魔王軍幹部の翼竜が、裏切りを働いたため、魔界軍法会議にかけられています」

勇者「……翼竜が?」

青年「判決はまだ出ていませんが、しばらく幹部の席が一つ空くことは確かかと」



勇者(翼竜……。老齢だが、経験値の豊富さと、したたかさは幹部勢でもずば抜けていた)

勇者(それゆえに、裏切りを企む頭脳もあったというわけか……)

勇者(……このタイミングで、翼竜を失うのは痛いな)


青年「しかし、幹部の空席は誰に埋めてもらうべきですかね」

青年「翼竜の部隊と配下は、幹部の中で最も多い」

青年「それだけの数の管理を、今いる幹部に掛け持ちさせて管理するのは到底不可」

青年「しかし、幹部代理が務まる奴もいるかどうか……」

勇者「…………」

青年「ちなみに、貴方はどうお考えですか? 元人事部さん?」

勇者「……そうだな」






勇者「毒竜に任せてみたら、どうだろうか」

青年「げっ、毒竜!?」

勇者「なぜ、『げっ』なんだ?」


青年「だって彼、協調性無いし、死ぬほどマイペースだし、呪文使えないし、飛べないし……」

勇者「確かに、少し癖のあるやつだが、責任感や忠実さ、戦闘技術はなかなかのものだぞ」

青年「んー、まあそうですけど」

青年(仮にも、僕や翼竜に一撃喰らわせたやつですからね……)



勇者「幹部には力不足かもしれないが、幹部代理なら務まるかもしれん」

勇者「うまく行けば、これを期に伸びるかもしれないしな」



青年「なるほど、……一理ありますね」

青年(でも、あいつと一緒に会議席につくのか……。かなり複雑な気分だ)

青年(まともに会議出来んのかな、あいつ……)


  :
  :

ウェイトレス「ご来店ありがとうございました」



勇者「久しぶりに魔王軍の者と話せて楽しかったよ。ありがとうな」

青年「こちらこそ、わざわざお時間作ってくださり、大変感謝です」

勇者「気をつけて帰れよ」

青年「貴方こそ、お気をつけて」

勇者「ああ……」

勇者「…………」






勇者「……行ったか」


勇者(しかし、いろいろ知ることができて良かった)

勇者(翼竜の埋めあわせは、早急に手配しなければ……)

勇者(それに、幹部達と翼竜の配下にも連絡をいれないと……)



勇者(…………)

勇者(…………)

勇者(…………)

勇者(……つまりは、潮時だな)








勇者(――明日、魔王城に帰還しよう)




今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。
次回更新は来週になります。

>>1です
たぶんこれから、週一か週二の投下になると思います
以前より、ペースが遅くなります
すみません



  ~村はずれの小屋~



魔法使い「ちょっと師匠ーーー! どういうことなのよーーー!」バターン

大賢者「いきなり何ですか。もう夜ですよ」

魔法使い「夜も昼も関係無いわよ、事件よ事件!」

大賢者「勇者が『伝説の剣』を装備したのでしょう?」

魔法使い「え、何で知ってんの!?」


大賢者「各地に、使い魔を飛ばしてますからね」

大賢者「ダンジョン内部までは使い魔は侵入できませんけど、」

大賢者「出てきた時には、勇者は『伝説の剣』を装備してましたから」



魔法使い「……なるほどねー」



大賢者「……しかし、偽物と踏んでたはずの勇者が、伝説の武具を装備できたとなると」

魔法使い「いったいどういうことなのよ。私じゃもうよく分かんないわ」

大賢者「勇者はやはり本物だった、あるいは……」

魔法使い「あるいは?」



大賢者「勇者の素質を持つ者が、本物になりすましていた」

魔法使い「え、なによ。勇者の素質って」


大賢者「では、ここで質問です」

魔法使い「私が質問したのに、なんで師匠が質問するのよ」



大賢者「勇者とは、どうやったらなれるでしょうか?」



魔法使い「ええ!? ……そりゃあ、なりたくてもなれるもんじゃないでしょ」

大賢者「なぜそう思いますか?」

魔法使い「だって、転職できるとこに行っても、勇者にはなれないじゃん?」

大賢者「そうですね。勇者は、普通の人ではなれません」

魔法使い「じゃあ、どうやったらなれるのさ」

大賢者「いや、それをわたしが聞いてるんですけど」

魔法使い「降参降参、ぎぶあっぷー」

大賢者「しょうがない弟子ですね、あなた」






大賢者「勇者になるには、――勇者の血を引いていないといけません」





魔法使い「え?」

大賢者「わかりませんか? 勇者は血統によってなれるのですよ」

魔法使い「いやー、わからん」

大賢者「血統というか世襲制というか、つまり勇者と血のつながりがあれば、勇者になれます」

魔法使い「いや、そういうのは分かるけど、根本が分からん」

大賢者「といいますと?」


魔法使い「なんで、勇者の血を引いてたら勇者になれるの?」

魔法使い「そもそも、勇者の血っていっても、最初に勇者になった奴はどうだったの?」

魔法使い「一番最初の勇者は、どうやってなったの? 何の血を引いてたの?」



大賢者「…………」

大賢者「…………」

大賢者「…………」



魔法使い「おーい師匠ー」

大賢者「……大賢者でも分からないことはたくさんあります」

魔法使い「今、回答から逃げたでしょ」

大賢者「鶏と卵はどちらが先なんでしょうね?」

魔法使い「たしかにその類の問題と、似たような難解さを抱えてるけどさ」


魔法使い「じゃあ何? 師匠は、あの偽勇者が勇者の血を引いてると思ってるわけ?」

大賢者「そうです。伝説の武具は、勇者にしか装備できませんからね」

魔法使い「そこも不思議なんだけどね」



大賢者「伝説の武具は、特殊な金属でできています」

大賢者「伝説の武具は、装備する者が、真の勇者か見極めることができるんです」

大賢者「まるで武具自身が意思を持っているかのようにね」



魔法使い「……なんか曰くつきの品みたいな言い方ね」

大賢者「言い得て妙かもしれませんよ? 勇者にしか装備できないという呪いがかけられた装備品」

魔法使い「伝説を呪い呼ばわりとは、師匠やるわね」

大賢者「年寄りのたわ言です」


魔法使い「しかしあの偽勇者はいったい……。勇者のお父さん、隠し子でも作ったのかな……?」

大賢者「もっと前の世代かもしれませんよ?」



魔法使い「……なんにせよ、あの偽物のことをもっと知らないとだね」

大賢者「しかし、どう尋ねたらよいか……。皆目見当つきません」

魔法使い「さすがの師匠もお手上げかぁ……。まあ、一緒に旅してたら分かるでしょう」

大賢者「おや、今回はあっさりと引き下がるんですね」

魔法使い「偽物とはいえ、勇者の素質があるからね。魔王が倒せりゃ、私はそれでいいわ」

大賢者「そうですか……」


魔法使い「あ、そうそう。これあげる」

大賢者「おや、お土産ですか?」

魔法使い「南の港町で買ったの。おさかなさんクッキー。師匠、こういうの好きでしょ?」

大賢者「はい、好物です。可愛らしいフォルムですね」

魔法使い「ドコサヘキサエン酸配合だから、食べたら頭よくなるってさ」

大賢者「DHAですね分かります。じゃあ、これを食べながら、今回の勇者の件について考えることにします」

魔法使い「また困ったら、遊びに来るわ。じゃ、私はそろそろ行くわね」


大賢者「あ、ちょっと待ってください」

魔法使い「なによ」



大賢者「――次にここへ来るときは、あなたのお友達も、全員連れてきてくださいね」



魔法使い「……!!」

大賢者「なんですか、その顔は。なにか不服でも?」

魔法使い「えー、だって気がすすまない」

大賢者「なぜです?」

魔法使い「だって、師匠と話してると素が出ちゃうんだもん」

大賢者「といいますと?」

魔法使い「勇者たちと一緒にいる時は、キャラ作ってんのよ私」

大賢者「知ってますよ。使い魔から聞いてますから」

魔法使い「この性悪……」

大賢者「あなたが他の人の前で、少しでも本当の自分が出せるように、鍛えてあげたいんですよ」


魔法使い「いつまでも、師匠面しないでほしいな。私はもう一人前よ」

大賢者「そうですか。まあ、いつでも遊びに来てください。わたし暇なんで」

魔法使い「そう言われると、むしょうに行きたい気持ちがなくなる……」

大賢者「お茶ぐらい入れてあげますよ。あ、もし良かったら、これどうぞ」

魔法使い「なにこれ?」

大賢者「わたしのオリジナルブレンドの薬草茶の茶葉です。お仲間さん達と、一緒にどうぞ」

魔法使い「あら、良い匂い。ありがとね、師匠」

大賢者「クッキーのお礼です」

魔法使い「じゃあね、師匠。また来るわ」

大賢者「ええ、楽しみにしてますよ」



 ――パタン



大賢者「……さて」

大賢者「まずは、どれから頂きましょうか……。あ、これはマンボウですね」

短いですけど今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。
また今週来れたら来ます。

八月いろいろと立てこんでいて、なかなか来れなくて申し訳ありませんでした
少しですけど、投下します



  ~酒場~


戦士「っはー! うめぇええー! じゃんじゃん持ってこーい!」

船乗りA「ヒュー、あんちゃん、すげー飲みっぷりだな」

戦士「あたぼうよぉ! 瓶じゃ足りねぇ! 樽ごと持ってこい!」

船乗りB「あんた、この町の奴じゃねえな。 どこから来たんだ?」

戦士「あー、どこからって……。まあ旅してるんだよ、仲間とな。おかわり!」

船乗りA「なるほどね。ていうかペース速すぎやしないか?」

船乗りB「あんまり無茶すると、痛い目みるぜー」

戦士「はっはっは! おれが酒に呑まれるもんかよ!」



船乗りA「すげえ自信だな、あんちゃん。でも、思わずげろっと行くかもしんねぇぜ?」

船乗りB「あー、げろと言えばさ。今日の遊覧船酷かったよな?」

船乗りA「ああ、午後のだっけ。どこのどいつかしんないけど、甲板に盛大にぶちまけやがって」



戦士(……ギクッ)



船乗りB「あの掃除大変だったよなぁ。臭いもひどいし、量もひどいし」

船乗りA「掃除に時間かかって、次の出港も少し遅れたし」

船乗りB「まったく、誰の仕業だろうな」

船乗りA「いずれにしろ、相当、乗り物に弱い奴なんだろうぜ」



戦士「…………」ソロリソロリ



船乗りA「お、あんちゃん帰るのか?」

戦士「えっ!?  ああ、まあな! 仲間待たせてるからよ!」

船乗りB「お仲間さんによろしくなー。気をつけて帰れよー」

戦士「おうよ! じゃあなー!」


  :
  :
  :

戦士「いやー、罪悪感半端なかったなー。思わず酔いも醒めるほどに」

戦士「……あと一軒くらい寄ってから帰るかな」



  ~宿屋・女部屋~


魔法使い「ただいまー」

僧侶「あ、おかえりなさい」

魔法使い「おや、僧侶ちゃん早かったね。どこ行ってたの?」

僧侶「えーと、少しお墓参りに……」

魔法使い「あら……、そう。なんか暗いけれど、流石は僧侶ちゃんってとこかな?」

僧侶「そういう魔法使いさんは、どちらへ?」

魔法使い「知人に会いに行ってあげたのよ、お土産も買ってさ」

僧侶「そうですか」



魔法使い「あ、そういえば、僧侶ちゃんさー」

僧侶「はい?」

魔法使い「勇者ちゃんには、もう告ったわけ?」

僧侶「!!?」


僧侶「ななな、ななんで……!?」

魔法使い「おや、忘れたとは言わせないよ。前回の宿では有耶無耶になったけどさ」

僧侶「で、でも無理です! 私には無理ですぅ!」

魔法使い「何言ってんの。恋愛沙汰は当って砕けろが基本姿勢よ。恐がらないで行く!」

僧侶「いやぁああ、だってぇええ!」




魔法使い「僧侶ちゃん、腹括りなさいな。ここで動かなかったら、きっと一生後悔するよ?」




僧侶「――!?」

魔法使い「勇者ちゃんは、伝説の剣を手に入れた。決着の日は近いわ」

僧侶「…………」

魔法使い「もう一緒にいられる時間は秒読みよ。そんなに後悔したいの? 僧侶ちゃん」



僧侶「……わ、私は」


魔法使い「とりあえず、勇者ちゃんに会いにいったら?」

僧侶「え?」

魔法使い「告白する気がないなら、しなくてもいいよ。したくなったらすればいいし」

僧侶「…………」

魔法使い「会って話して、何気ない言葉を交わして、少し気持ちを整理したら?」

僧侶「……はい」



魔法使い「まあ、あたしはこれでも一応、僧侶ちゃんを応援してるからね」

僧侶「……本当ですか? 面白がってるだけじゃないですか?」

魔法使い「ギクッ……そんなこと、ないわよー」

僧侶「なんで眼を反らしてるんですか?」


僧侶「はぁ……。じゃあ、行ってきますね」

魔法使い「健闘を祈るー」

僧侶「うう、気が重い……。あ、魔法使いさん、先に寝ててもいいですからね」

魔法使い「らじゃー。そのまま朝まで帰ってこなくてもいいのよ?」

僧侶「!!? なんてこと言うんですか! もう!」バタンッ



魔法使い「あー、行っちゃったー」

魔法使い「相変わらず、僧侶ちゃんは面白いなぁー」ケラケラ

魔法使い「…………」



魔法使い「僧侶には悪いけど、――これで勇者が尻尾でも出してくれればいいんだけどね」



  ~宿屋・男部屋~



勇者「…………」

勇者「…………」



勇者(……『伝説の剣』。やはり、本物のようだ)

勇者(海魔人との食事の後に、武器商人に見てもらったが、本物に違いないと言われた)

勇者(剣が「本物」ということは……)


 コンコンコン……


勇者「入れ」

僧侶(ビクッ……!)

僧侶「…………、し、失礼します」ガチャ

勇者「僧侶か、何の用だ?」


僧侶「え、あ、その……用という用はないんですけど……」

勇者「そうか、ならば自分部屋に戻れ」

僧侶「え!?」ガーン



僧侶(どどどどうしましょう魔法使いさーーーん!)



  
----【僧侶回想中】--------------------------------------------------------------------



  魔法使い「何言ってんの。恋愛沙汰は当って砕けろが基本姿勢よ。恐がらないで行く!」


  
----【僧侶回想終了】-------------------------------------------------------------------




僧侶(……そ、そうだ! 怖がっちゃ駄目だ!)

僧侶(砕けるのは嫌だけど、とにかく当たってみよう!)


僧侶「いえ、そういうわけにはいきません!」

勇者「なぜだ?」

僧侶「勇者様にお話ししたいことがあったんです!」

勇者「そうか、では言ってみろ」

僧侶「うひゃい!?」ビクッ!



僧侶(しししまったー! 何話せばいいか、考えるの忘れたーーー!)

僧侶(どうしよう! あ、でも魔法使いさんは、何気ない話でもいいって言ってたし……)

僧侶(勇者様と……、何気ない話……。あ!)


僧侶「あの、勇者様……。最近、悩んでいることとかありませんか?」

勇者( !? )

僧侶「その……、伝説の剣を手に入れてから、勇者様元気がないなと思って……」

勇者「…………」

僧侶「もし、悩んでいることがあるなら、話してくださってもいいんですよ……?」



勇者「…………」

勇者(……人間ごときに、そんなことを悟られるとは、俺も堕ちたもんだな)

勇者(どうする、いっそ言ってしまうか? どうせ明日には、魔王に戻る身分だ)






勇者(――万が一話し過ぎてしまった時は、適当に口封じすればいい話だ)




今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。
また明日か、今週来ます。



 ~魔王の部屋~


魔王「えーと、今日の分の魔王の記録を……」カリカリ



 『  ……歴 д月зф日


  今日は朝から魔王のハンコ探しする羽目になった。

  途中いろいろトラぶったけど、なんとか収拾がついた。

  デスクワークとかまじハード。魔王って大変なんだな。

  明日の朝は、暗黒剣士と剣の稽古があるから、早起きしないと……。

  ……最近、ちょっと考えてることがある。でもどうしたらいいか分からない 』



魔王「なーんか適当になった気がするけど、まあいっか」

魔王「はー、みんな元気かなー……」

魔王「…………」

魔王「――あっ!?」ガタッ


魔王「側近ーー! 側近ーーーー!」

側近「何用でしょうか、魔王様」ガチャ

魔王「うぉ、相変わらず早いな。なあ、この手紙を魔王に届けてほしいんだけど」

側近「またですか? 私は郵便屋ではありませんよ?」

魔王「だって、こんなこと頼めるの側近しかいないし、大事なことだから伝えないといけないし」

側近「……まあ、分かりました。しかし、次からは自分で行ってもらいますからね」

魔王「ありがと! ほんとに助かる!」



側近「それでは、行ってまいります。おやすみなさいませ、魔王様」パタン

魔王「ああ、側近もおやすみ」



魔王「…………」

魔王「あー、いま気づいて良かった……」

魔王「魔王のやつ、きっと『冒険の書』のことなんか知らないだろうからな」



  ~宿屋~


勇者「そうだな、では俺の悩みを聞いてもらうことにしよう……」

僧侶(どきどき……)

勇者「まず言っておかなければならないことがある。――俺は勇者ではない」

僧侶「はい……」

勇者「…………」

僧侶「…………」

勇者「…………」

僧侶「…………」



僧侶「――え?」



勇者(……たっぷり8秒の間が空いたな)


勇者「聞こえなかったか? 俺は勇者ではない」

僧侶「え、え、でも、だって……???」

勇者「だって……、何だ?」

僧侶「その、貴方、勇者様の姿をしてるじゃないですか」

勇者「呪文でそうしているに過ぎない」

僧侶「じゃあ、伝説の剣は……?」

勇者「そこはよく分からんが、俺は勇者じゃない」



僧侶「…………」


僧侶「…………」

僧侶「……あの」

勇者「なんだ?」

僧侶「……ほんとうに、勇者様ではないんですか?」

勇者「そうだと言っているだろう。何度言わせる気だ」

僧侶「だって、俄かに信じられなくて……」

勇者「そうか、聞くだけでは信じないか。ならば僧侶、窓を開けろ」

僧侶「え? あ、はい」カララ……



  ~宿屋・外~


戦士「はー、満足満足。たらふく飲んだなぁ」

戦士「宿に戻るには、ちっと早いけど皆帰ってるかなぁ」

戦士「おっ。おれと勇者の部屋の窓、明かりがついてら。勇者、先に帰ってるな」



  僧侶「――? ―、――」カララ……



戦士「んん? ありゃ僧侶か? おれ達の部屋になんの用だ?」

戦士「あー、中に引っ込んじまったよ。おーい、僧……」



 ――ビヒョオォオオオ!!



戦士「うぉぁあっ!? なんだなんだ!?」

戦士「なんで、部屋から突然、吹雪が……」

戦士「……酔ってんのかな、おれ。酔い覚ましに、歩きまわってから帰ることにしよ」



  ~宿屋~


 ゆうしゃは こごえる ふぶきを はいた! ▼



僧侶「ひっ――!?」

勇者「ふむ、まあこんなもんか」



勇者「さて僧侶、お前の知っている勇者は、こんな芸当ができたのか?」

僧侶「い、いえ、できません」

勇者「ならば、俺が偽物だと納得したか?」

僧侶「……はい」

勇者「よし、それでいい」



僧侶「あの、勇……。貴方に、いくつか質問があるんですが」

勇者「答えられる範囲なら答えてやってもいいぞ」


僧侶「では、まず一つ。貴方が偽物なら、貴方は本当はだれなんですか?」

勇者「あえて、今は正体は伏せさせてもらうぞ。どうせ明日になれば分かることだ」

僧侶「……そうですか。あの、本物の勇者様は、どこにいますか?」

勇者「それも答えるまでもないな。どうせ明日には其処へ行く」

僧侶「……。ちなみに、貴方はどうして勇者様に成り替わろうと思ったんですか?」

勇者「退屈で死にそうだったからだ」



僧侶(……なんか、まともに答えてもらってない気がする)

勇者(釈然としない表情っていうのは、こういう顔のことを言うんだろうな)



僧侶「……でも、ちょっとだけ納得しました」

勇者「ほう、何に対してだ?」

僧侶「薄々、最近の勇者様は、もしかしたら別人かもと思ってたので……」

勇者「そうなのか、何を根拠にそう思ったんだ?」


僧侶「だって、勇者様、いつもと雰囲気が違いましたし……」

勇者「…………」

僧侶「勇者様が、お母様と話す時も、いつもよりぎこちなかったし……」

勇者「…………」

僧侶「古代の迷宮でゴーレムと戦った時も、ちょっと怖いなって思ったし……」

勇者「…………」

僧侶「フィールドの魔物と闘うのも避けてましたし……」

勇者「…………」

僧侶「伝説の剣を装備した時も、様子がおかしかったし……」

勇者「…………」



勇者(……ずいぶんと不振がられていたんだな俺は)

勇者(ここまで一辺に並べられると、なんだか悲しくなってくる)

勇者(それにしても……)


勇者「僧侶」

僧侶「はい?」

勇者「俺が偽物かもしれないと思いながら、なぜ俺の指示に従い続けたんだ?」

僧侶「え、それは――、だって」



僧侶「貴方は、ちゃんと勇者様として、冒険してくださいましたから」



勇者「…………」

僧侶「それに、貴方はあまり表には出しませんけど、きっと優しい方なんだろうなと思って」

勇者「ふん……」

僧侶「あ、あの、すみません。何かお気に障るようなことでも……?」

勇者「気にするな、なんでもないことだ」



勇者(魔王が「優しい方」か……。不名誉極まりないな)


僧侶「それより、そろそろお聞かせ願えませんか?」

勇者「なにをだ?」

僧侶「もちろん、貴方のお悩みですよ」

勇者「ああ、それか……」



勇者(割と話し込んだものの、ここから本題に入るというのも億劫でたまらんな)

勇者(そもそも、俺の気持ちの整理もついていないし……)

勇者(……聞いてもらうのは、諦めてもらうことにしよう)


勇者「いや、それはいい。些細な問題だ」

僧侶「え?」

勇者「相談するまでもないことだ、数日も経てば、きっと忘れ……」

僧侶「そんなこといけません!」

勇者「え?」


僧侶「だって、貴方は今も苦しそうな顔をしてます」

勇者「…………」

僧侶「何日もそんな顔でいられて、私や仲間たちが心配しないとでも?」

勇者「…………」

僧侶「お願いします。私、どうしても貴方の力になりたいんです」

勇者「…………」

僧侶「私が勇……、いえ、貴方を助けるには――」



  ~宿屋・外~



側近「……」バサッバサッ

側近「……」バサッバサッ



側近(ようやく着いたわね。魔王様、まだ起きてるといいのだけれど……)

側近(あ。あの窓の開いている部屋、魔王様がいらっしゃるわ)

側近(ん、でも、もう一人いる――あいつは、僧侶!)




  僧侶「私が……、貴方を……には――、貴方のお気持ちを聞く必要があるんです!」




側近(――!?)


側近(いま、あいつ何と言った!?)

側近(お気持ちを聞く、だと!? なんの気持ちのことだ!?)

側近(まさか、あの僧侶。既に告白を終えて、魔王様の是非を聞く段階なのか!?)





側近(…………)

側近(…………)

側近(…………)ゴゴゴゴゴ







側近( あ の 小 娘 !! )ゴゴゴゴゴ







更新遅くなってしまい申し訳ありませんでした
今日はここまでです
読んでくださりありがとうございます
また今週来ます



  ~宿屋・女部屋~


魔法使い「ひーまーだーわー」

魔法使い「お風呂も入っちゃったし、寝る前のスキンケアも終わっちゃったし、」

魔法使い「寝てもいいけど、寝るには早いし……」

魔法使い「……僧侶、うまくいったかなあ」



魔法使い「……ハッ! 閃いた!」



魔法使い「師匠からもらった薬草茶を淹れて、二人に持って行ってあげよ!」

魔法使い「様子も見れるし、お茶も飲めるし、一石二鳥ね」

魔法使い「というわけで、お湯沸かしにいこー」



  ~宿屋・男部屋~


僧侶「きゃあああ! 助けてーー!!」

???「クルッポーーー!」バサバサ

勇者(こいつ、突然、開いた窓から入ってきただと!?)

僧侶「鳥! 鳥がぁ! ああ、やめて! つつかないで!」

???「ポーーー!」ツンツンツンツン

勇者(あのフクロウ、間違いない……側近!?)



勇者「僧侶! 早く部屋から出るんだ! こいつは俺がなんとかする!」

僧侶「あ、はい! すみません!! 失礼しました!」



  ――バタン


勇者「…………」

???「……」ゼエハア

勇者「……おい」

???「……!」ビクッ

勇者「なんのつもりだ? ――側近」

???「…………」



側近「……申し訳御座いませんでした」ボムッ

勇者「何を勘違いしているんだ?」

側近「え……?」



勇者「俺が求めているのは謝罪ではない。状況の説明だ」



 ※側近解説中

   :
   :
   :

勇者「……つまり、あの弱小勇者からまた手紙を預かったので、」

勇者「フクロウに変身してやってきたら、俺と僧侶のただならぬ会話を聞き、」

勇者「俺を守ろうと無我夢中で、開いた窓から侵入して、僧侶を攻撃したと……」



側近「仰る通りでございます」

勇者「気持ちは嬉しいが、叱るべきかも良くわからんから、正直複雑だ」

側近「申し訳御座いません……」

勇者「しかしあんなに動揺する側近は初めて見たな」

側近「は? 何のことですか?」


勇者「貴様、フクロウの鳴き声は知ってるよな?」

側近「ええ、まあ……。一般的には、ホーホーですよね」

勇者「さっきのクルッポーは、むしろ鳩の鳴き声だと思うんだが」

側近「…………!?」

勇者「貴様らしかぬ凡ミスだな」

側近「お、仰る通りで御座います……」



勇者(消え入りそうになるほど赤面する側近も、初めて見たな……)






勇者「ところで、弱小の手紙はどうした?」

側近「あ、はい、こちらに……」

勇者「……どれ」ガサガサ



 『  魔王のボケナスへ 


  よお、元気か? みんなも元気にしているか?

  今回、超大切なこと伝えるから心して読めよ!

  お前、「冒険の書」って知ってるか? どうせ知らねーだろ。

  王様のとこに行って、王様に話しかけたら、今までの冒険の記録をつけてもらえるんだぜ。

  だから、今日は夜遅いからいいけど、明日の朝一に城に行って、冒険の書、書いてもらえよ!

  絶対だぞ! オレだって、「魔王の記録」つけてんだから、お前も冒険の書ちゃんとやるんだぞ!

  あと、今日お前の代わりに、書類仕事やってやったぞ。感謝しやがれ。

  オレってば、超絶スゲー勇者だから、デスクワークなんか全然大したことなかったぞ!

  じゃあな、オレの仲間にもよろしくな!

                                        勇者より  』


勇者「……相変わらず、頭の悪そうな文章だった」

側近(魔王様が眉間にしわを……。勇者のやつ、いつも何書いてるのかしら)


側近「それでは、私はこれで」

勇者「まて、まだ戻るな側近。勇者に返事を書く」

側近「え? 魔王様がお返事を?」

勇者「ああ、短く済ませるがな」カキカキ

側近「そうですか」

勇者「それと側近、貴様にも吉報を伝えてやろう」

側近「なんですか?」




勇者「――明日、魔王城に帰ることにした」




側近「……!!?」


側近「そう……ですか、それは本当に良かったです」

勇者「また退屈な日々に戻るのかと思うと憂鬱だがな。まあ、充分息抜きはできた」

側近「…………」

勇者「よし、返事が書けた。頼んだぞ、側近」

側近「かしこまりました。それでは、おやすみなさいませ。魔王様」

勇者「ああ、おやすみ側近」



 ――バサッバサッ



勇者「…………」

勇者「さて、僧侶の様子でも見に行くか」

勇者「余計なことは言うなと、口止めし忘れたしな」



  ~宿屋・女部屋~


勇者「確か、この部屋だったかな。おい、僧――」


  僧侶「……、…… ――」


勇者(話し声? 誰か部屋にいるのか?)


  僧侶「……神よ、私の祈りをお聞きください」


勇者(いや、ただ祈っているだけか……)


  僧侶「世界に平和が訪れますように、またそのために、ちっぽけな私に力を貸してください……」

  僧侶「みんなが幸せになれますように、また苦難に遭っている人に救いの手が差し伸べられますように……」

  僧侶「いまこの場にはいない勇者様の身が、何事もなく安全でありますように……」

  僧侶「……グスッ、……うぅ」

  僧侶「また、……勇者様でない勇者様の、悩みや苦しみが和らぎますように……グス」





勇者(…………)

勇者(人間の祈りは初めて聞いたな)

勇者(知らなかった……、人間とは泣きながら祈る生き物なんだな)



勇者「……僧侶、一人か?」コンコン

僧侶「え!? は、はい!!」


勇者「扉は開けなくていい。言い忘れたことがあったから、伝えに来ただけだ」

僧侶「な、なんでしょうか?」





勇者「いいか? 今日聞いた話は、誰にもするんじゃない――」




僧侶「……ッ!? ……はい」

勇者「よし、それでいい。おやすみ僧侶」

僧侶「……おやすみなさい」



僧侶「…………」

僧侶(……怖かった。ドア越しなのに、殺されるかもって思った……)

僧侶「……彼はいったい、誰なの?」


勇者「…………」スタスタ

魔法使い「あっれー? 勇者ちゃん、何してんの?」

勇者「別に、なんでもない」

魔法使い「あっそー、聞くだけ無駄でした的な?」



勇者「それより、何を持ってるんだ?」

魔法使い「これ? 薬草茶よ。知人にもらったの」

勇者「…………」

魔法使い「欲しい? なんなら、一杯あげるよ」

勇者「では、もらおうか」

魔法使い「はい、どうぞー」


勇者「いい匂いだな……」ゴクッ

魔法使い「でしょー、お味はどう?」



勇者(――!? これはっ!?)



魔法使い「なに? びっくりするほど美味しかった?」

勇者「……魔法使い、これを作ったのは誰だ?」

魔法使い「えー、誰って知り合いだってば。昔なじみの知り合い」

勇者「……今度、そいつに会いに行くことはできるか?」



魔法使い「げえっ」

勇者「なんでそんなに嫌そうな顔をするんだ」


魔法使い「まあ、それはあれよ、いろいろとあってね」

勇者「できることなら、なるべく早く会いたい。嫌なら住んでる場所だけでも教えろ」

魔法使い「んー、ものすごく気が進まないけど、住んでるとこは、この間の温泉の村の郊外よ」

勇者「そうか、ありがとう」

魔法使い「それより、僧侶ちゃん見なかった?」

勇者「…………」



魔法使い(あー、めっちゃ警戒されてる目だわ、こりゃ)


勇者「……見たが、それがどうかしたか?」

魔法使い「んー、僧侶ちゃんにも薬草茶あげようと思ったんだけどね」

勇者「なら、僧侶は部屋に戻っているぞ」

魔法使い「おーけー、教えてくれてありがとー。あ、僧侶ちゃんとなんか話した?」

勇者「他愛もない話をしただけだ」

魔法使い「あ、そう。じゃあねー、おやすみー」

勇者「ああ、おやすみ」スタスタ



魔法使い(……タイミングずれちゃったか。残念残念)

魔法使い(もう少し早く気付けば、会話を拾えたかもしれないのにねー)

魔法使い(まあ、悔やんでもしょうがない。明日もなんかアクションしてみよ)



  ~宿屋~


勇者「…………」スタスタ

勇者「…………」ピタッ



勇者(あの薬草茶とやら、俺は以前飲んだことがある……)

勇者(知ってる味だった。確か、幼い頃だっただろうか)

勇者(それも、人間界ではなく、魔界でだ……)

勇者(つまり、これを作った人物は――)






戦士「うぇっほほーい、勇者ー! 飲みすぎちったぁー! たっだいまぁーーん!!」フラフラ

勇者「……殺意の湧くタイミングと、テンションで帰ってきたな戦士」



  ~魔王の部屋~


魔王「…………」

魔王「……んー」ゴロン

魔王「んあーー」ゴロン

魔王「だめだー、全然寝付けねえ」

魔王「まったく、魔王のやつ。あんな手紙よこしやがって……」





 『  明日、魔王城に帰る。

    心して待て。

             魔王より  』




魔王「だぁあーー! 寝れねぇーー! 明日早起きしないといけないのにー!!」

今日の分はここまでです
更新遅くなってもうしわけありませんでした

読んでくださりありがとうございます
次回から佳境に入るかも……?
また来週来ます


 ――――――――――
 ―――――…

 ―……



 「おとーさん」

 「なんだ?」

 「ゆーしゃって、なにする人なの?」

 「いい質問だな。おまえはどう思う?」

 「え? んー……、わかんない」

 「字を見たらよくわかるぞ。勇者は「勇ましき者」と書いて、勇者だ」

 「いさま……し?」

 「勇気があるってことだよ。勇気があると、恐れないで危険や困難に立ち向かえるんだ」

 「へえー」

 「相手が魔物だろうと、魔王だろうと、みんなのために恐れず戦う――それが勇者だ」

 「ねえ、おとーさん。オレもおとーさんみたいな、ゆーしゃになれるかな?」

 「んー、そうだなぁ……」

 「……」ドキドキ


 「……正直、分からん!」

 「えっ!?」

 「確かに、おまえには勇者になる素質があるよ。勇者の血を引いているからな」

 「じゃあ、なんでわからんなの?」

 「素質だけじゃあ勇者にはなれないんだ」

 「どういうこと?」



 「“血”だけじゃなくて、“心”が勇者じゃなきゃ、勇者にはなれないんだ」



 「こころ……?」

 「おまえにはまだちょっと、難しいかな。あ、そうだ、久々に剣の稽古でもつけてやろうか?」

 「うん! おけいこする!」

 「よし、じゃあいくか。母さーん、ちょっと出かけてくるぞー。夕飯までには戻るからなー」


 
 ―……
 ―――――…

 ――――――――――




  ~魔王城・裏庭~



 ――キィン ガキィン!



暗黒剣士「なかなかの腕前ですね、魔王様」

魔王「あんたもやっぱり強いな。一太刀ごとの重みが違う」

暗黒剣士「お褒めの言葉、有難く頂戴します。――ハァッ!」

魔王「うぉっと!? いいね、そうこなくっちゃな!」


  :
  :


暗黒剣士「魔王様、手合せ有難うございました」

魔王「おう、オレも楽しかったぜ。ありがとうな」

暗黒剣士「では、私はこれから持ち場に向かいます」

魔王「ああ、ご苦労さん。……ふぁあ」

暗黒剣士「眠そうですね、魔王様。大丈夫ですか?」

魔王「いやー、昨日ちょっと寝れなくてさ。ま、大丈夫だろ」


暗黒剣士「そうですか、あまりご無理をされないように」

魔王「そうするわ。心配してくれてありがとうな」

暗黒剣士「いえ、礼を言われるほどのことでは……、あ、魔王様」

魔王「なに?」

暗黒剣士「次回の特訓は、いつになさいましょうか?」

魔王「あー、……そうだな」




 『  明日、魔王城に帰る。  』




魔王「……とりあえず、今後の予定もわからんし、また気が向いたら頼むわ」

暗黒剣士「かしこまりました。それでは行ってまいります」

魔王「おう、じゃな。がんばれよ」




魔王「…………」


魔王「……あー、今日で魔王城ともおさらばと思うと、なんか寂しいな」

魔王「二日しか経ってないのに、いろいろあったなぁ」


魔王「…………」

魔王「あいつら、いつこっち来るのかな」

魔王「せめて、昼飯食ってから帰りたいな」


魔王「…………」

魔王「あ! そんなことより、朝飯が先だ! あさめしあさめしー♪」





魔王「…………」

魔王「……はあ」



  ~城~


王様「よくぞ来た勇者よ! そなたらの旅の成果を、冒険の書に記録してもよいかな?」

勇者「はい」

王様「しかと記録したぞよ。ではゆくがよい! 勇者よ!」

勇者「はい」



勇者(あの弱小が強く勧める割には、案外あっさりしてたな)

勇者(しかし、二回しか来ていないのに、この貧弱な城も見納めとなると、どこか感慨深い)



戦士「なーんか、久々にお城に来た気がするなー」

僧侶「二日ぶりなんですけどね」

魔法使い「それにしても、妙だねぇ」

勇者「何がだ、魔法使い」

魔法使い「見てごらんよ」


学者「資材はこちらでよろしいですか?」

宮廷魔導士「ああ、確かに。では、あの梱包済みのやつを一階に降ろしてもらえるかい?」

学者「かしこまりました。直ちに」

兵士「隊長! 馬車と馬の手配、もう少し時間がかかりそうです!」

隊長「遅いぞ! あと40分後には出発なんだ! 何が何でも間に合わせろ!」

兵士「はっ!」



勇者「……ずいぶんと慌ただしいな」

僧侶「みなさん、走り回ってて、お忙しそうですね」

魔法使い「ね? お城っていつもこんなんだっけ?」

戦士「えー、いつもこんなんじゃなかったっけ? おれ、以前ここで働いてたけどさ」

魔法使い「戦士ちゃんが言うと、頼りになるはずのセリフも、頼りなくなるねえ。信憑性的な意味で」



勇者「……興味がわいた。少し探るか」

魔法使い「んー、では行きますか」


勇者「おい、そこの」

宮廷魔導士「おや、これはこれは勇者様。ご機嫌麗しゅう」

勇者「これから何があるんだ? ずいぶん賑やかな様子だが」

宮廷魔導士「いえ、勇者様がお気になさるようなことでもありませんよ」

魔法使い「でも、珍しくないかい? 学者さんも兵士さんも、どたばた走り回ってさ」

宮廷魔導士「我々としては、極秘任務ゆえ、外部の人間には、あまり口外したくないんですけどね」

魔法使い「そこをなんとか」

宮廷魔導士「困りますね」



勇者「魔法使い、その辺にしておけ。とりあえず、極秘任務ということは分かったんだ」

魔法使い「ちぇ、了解ー。あきらめが早いなぁ、勇者ちゃん」

勇者「誰があきらめると言った?」

魔法使い「え?」

勇者「みんな、ついてこい」



  ~城・研究室~


戦士「相変わらず、ここは本が多いなー」

僧侶「こちらの方々も、忙しそうですね」

魔法使い「なるほど、上位の人間が口を割らないなら、他へってことか」

勇者「そういうことだ。……おい、そこの」



老学者「ほえ? おおお勇者様、わざわざこんな所まで足を運んでくださるとは」


勇者「一つ質問がある。今日なにかあるのか? 城内がやけに騒がしいが」

老学者「うーむ、他の者にはあまり言うなと言われとっての。なんといったらよいか……」

勇者「言える範囲でいい。少し気になっただけだからな」

老学者「ふむ、そういうことなら、――実は、研究中だった魔導具が先日ついに完成しましてな」



戦士「魔導具?」

魔法使い「魔力の籠った道具のことね。使うと、魔法を使った時みたいな効果が表れる」

老学者「左様。試験運用も上々、ゆえにこれから城外で、実際に使ってみようというわけでして」

僧侶「それで馬車の手配があったんですね」



老学者「まあ、わしから言えるのはこのくらいかのぉ」

魔法使い「ありがとー、おじいちゃん。参考になったわ」

勇者「世話になった……、ではそろそろ、――!?」

戦士「ん、どうした? 勇者」

勇者「少し待ってろ」



  ゆうしゃは ほんだなを しらべた。
  ゆうしゃは 「ゆうしゃのけっとうとでんしょう」を みつけた! ▼



魔法使い「『勇者の血統と伝承』? へえ、面白そうな本じゃない」

僧侶「かなり古い本ですね」

老学者「確かもう廃版になっとる本じゃぞ。もう出回っとらんから、入手困難で希少な本じゃ」

勇者「じいさん、この本、借りて行きたいんだが……」

老学者「ふぉっほ、勇者様のお頼みとあらば、お断りできんとも」

勇者「ありがとう、助かる」


戦士「さーて、冒険の書も記録したし、そろそろ行くか?」

勇者「いや、まだだ」

僧侶「といいますと、どちらへ?」

勇者「まだ、充分なアイテム補充をしていない。少し買い物にでかけるぞ」

魔法使い「そうねー、古代の迷宮でけっこう使ったしね」



勇者「そのあとは、母さんに挨拶してから、魔王城に行く」

魔法使い「お、えらいぞ。ちゃんと顔見せに行くなんて」

勇者「この間、そう言われたからな」





勇者(……それに、実質これが最後になるかもしれないからな)





勇者「というわけで諸君、まずは買い物だ」

戦士 & 僧侶 & 魔法使い「おー!」

本日の分はここまでです。読んでくださりありがとうございます。
ちょっと遅れてしまい申し訳ないです。週一更新がんばります。
目標木曜、あるいは今週中にまた来ます。



  ~魔王の部屋~


側近「本日の朝食は、魔獄高原の採れたて黒イモのポタージュとおかずパンケーキです」

魔王「……ん」

側近「パンケーキは、添えてあるトマトソースでお召し上がりください」

魔王「……おう」

側近「……魔王様、大丈夫ですか?」

魔王「んへ!? な、なにが!?」

側近「あまり元気が無さそうでしたので」

魔王「あー……」


魔王「なんていうかさ、もうすぐ魔王帰ってくるんだよな?」

側近「そうですね。そのように聞いております。何とも嬉しいことです」

魔王「……そうか、側近は嬉しいか」

側近「まお……、勇者様はどのように感じておいでですか?」



魔王「うーん。正直、……複雑」

側近「へえ、意外ですね。てっきり勇者様も喜んでいるのだとばっかり」

魔王「そりゃあ、仲間とかに会えるのは嬉しいよ。二日ぶりだけど、やっぱり嬉しい」

側近「では、なぜ複雑な心境に?」

魔王「なんて言ったらいいんだろうな……」


魔王「たった二日だけど、いろんなことがあったよな」

側近「はい」

魔王「短いなりに、魔物や魔王軍のこととか少しだけ見れて、ちょっと勉強になった」

側近「まあ、魔王として生活できる勇者なんて、ごくまれかつ希少に違いありません」

魔王「勇者としてこれから何ができるのか、考える機会にもなったけど……」

側近「けど?」




魔王「魔王城から離れるのがさ、なんだかさみしいんだ」

側近「…………」


魔王「情が移ったっていうのとは、ちょっと違うと思う」

魔王「愛着が湧いたっていうのは、近いけどやっぱり違う」

魔王「側近にもたくさん世話になった。勇者なのに、魔王軍のみんなと知り合えて良かった」

魔王「だからかな……。離れるのがさみしい」



側近「…………」



側近「魔王様、一つ質問があります」

魔王「ん、なに?」

側近「貴方は誰ですか?」

魔王「え? 勇者だけど?」

側近「なら、何も問題ないではありませんか」

魔王「なんで? なにが?」


側近「貴方は勇者です。ゆえに、いつでも魔王城にお越しください」

側近「我々魔王軍精鋭部隊が、全力をもっておもてなし致します」

側近「要は、いつでも会いにきてよろしいということです」

側近「当然、魔王の顔ではなくなるのですから、立場は変わるでしょう」

側近「しかし、仲間に隠れて、心のうちで密かに懐かしむくらいは、できるのではないですか?」



魔王「…………」



魔王「ありがとうな、側近。んじゃあ、お言葉に甘えて、ときたまお邪魔させてもらうよ」

側近「ええ、いつでもどうぞ。全兵力を用いてねじ伏せますから」

魔王「容赦ないなぁ」

側近「さ、魔王様。早くお召し上がりください。せっかくの料理が冷めてしまいます」

魔王「ああ、そうだな。いただきます」


側近「それから、魔王様。食後には、外出の準備をお願いします」

魔王「え? なんで?」

側近「二泊三日、魔王をがんばったご褒美として、ある場所を見せてさしあげます。その代り……」

魔王「その代り?」



側近「本物の魔王様には、――内緒ですよ?」

魔王「!? お、おう。分かった」






魔王(……側近に、ウインクされた)

魔王(あれ? なに、なんでオレドキドキしてんの?)



  ~勇者の家~


勇者母「……そう。これから魔王城に」

勇者「ああ、アイテムの補充もすんだ。もう少ししたら発つつもりだ……」



戦士「うめえ! ケーキまじうめえ!」

僧侶「勇者様のお母様って、お菓子作りも得意なんですね」

魔法使い「いやー、これは士気が上がるわ。もう最高ー」



勇者(……こいつら)

勇者母「ふふ。まだまだあるから、たくさんどうぞ」


勇者「では、俺はしばらく部屋にいるぞ」

戦士「おー、いきなりどうした?」

勇者「調べたいことがあるんだ」

勇者母「あら、魔王戦の前にお勉強だなんて感心ね」

勇者「というわけで、行ってくる」

魔法使い「ほいほい、いってらっしゃーい」

僧侶「…………」



  ~勇者の部屋~


勇者(そういえば、弱小の部屋に入るのは初めてだな)

勇者(至って普通の部屋だな。面白くない)

勇者(長期間空けている割に片付いているのは、母親の仕業と見て間違いないだろう)

勇者(この部屋を物色するのも一興かもしれないが、今はもっと興味をそそるものがある)



勇者「……さて」



  ゆうしゃは 「ゆうしゃのけっとうとでんしょう」をつかった!

  ゆうしゃのいちぞくの きげんについて かかれているようだ…… ▼



 『  ****歴、人間は種としての窮地に立たされていた。

    魔界から魔王と魔物たちが侵攻してきたためだ。



    当時は充実した武具も、強力な魔法も数少なく、魔物と戦える人間はほとんどいなかった。

    人間たちは魔物たちにおびえ、逃げ隠れるしかなかった。



    そんな中、「伝説の勇者」が現れた。

    戦闘力に長け、勇猛果敢に魔物と戦う「伝説の勇者」は、まさしく人々の希望であった。

    「伝説の勇者」は、人間界に建てられた魔王城へ攻め入り、魔王を討伐した。

    それだけでなく、魔界へ退却した魔王を追い、たった一人で魔界へ向かった。  』




勇者(****歴というと、……今から2000年ほど前だな)

勇者(単独で魔界に行くとは、「伝説の勇者」と言われるだけあるな。なかなか骨のある奴だ)



 『  ……数か月後、あまりにも唐突に、世界に平和は訪れた。

    人間界にやってきた魔物が、魔界へ戻り、姿を消したのだ。

    「伝説の勇者」が魔王を倒したに違いない、と人々は確信し、歓喜した。



    ――しかし、「伝説の勇者」は、帰ってこなかった。



    世界に平和が戻ったものの、人々は嘆いた。

    あの勇敢な若者が、帰ってこないのはなぜなのか。

    「伝説の勇者」の友人や身内の者は、必死の捜索を行った。

    しかし、どれだけ力を尽くしても見つからず、とうとう魔界へまで探索の手を伸ばす者も現れた。

    魔界へ向かった者も、帰ってくることはなかった。



    だが、人々の望みが失われた頃、奇跡は起きた。

    ――「伝説の勇者」が、満身創痍で魔界から帰ってきたのだ。  』



 『  「伝説の勇者」は、魔王を倒し弱った隙を狙われ、魔王軍の残党に捕らわれたそうだ。

    残党は、魔王軍の再建のために、人間界にいた魔物を呼び戻したらしい。



    残党曰く、新たな魔王が選出された際には、

    その祝儀にて、「伝説の勇者」の肉を、魔界中の魔物の前で、魔王に喰わせるつもりだったそうだ。

    傷も癒えず、力も魔力も封じ込まれた「伝説の勇者」は、独力で脱走することは叶わなかった。

    幽閉されて、しばらく経ってから、「伝説の勇者」に救いの手が差し出される。



    なんと、勇者捜索のために、魔界へ向かった者が、助けにきたのだ。



    その者は、封印と牢獄の鍵を破り、「伝説の勇者」の手当をした。

    しかし、二人で魔界から逃れようとする道中、

    「伝説の勇者」を魔物の攻撃からかばって、その者は命を失った。

    このようにして、「伝説の勇者」は生還したのだった。  』



 『  「伝説の勇者」は傷が癒えてから、

    自身の装備品を、ある高名な鍛冶屋と呪術者のもとへ持ち込んだ。




    鍛冶屋に依頼したことは、

       「 魔界で手に入れた“幻の金属”を使って、装備品を鍛えなおすこと 」


    呪術者に依頼したことは、

       「 自分の血を引く者以外は、この武具を装備することはできないという呪いをかけること 」




    魔王や強靭な魔物を倒すという、あまりにも危険な宿命を、

    他の者に継がせたくなかった、と勇者は語る。



    これにより、「勇者」という職は、世襲制となり、

    「伝説の勇者」の血を引く者だけが、勇者となることができるのである――。  』


勇者(…………)

勇者(「伝説の武具」は、“幻の金属”が使われているのか)

勇者(そして、呪術がかけられていると……)



勇者(つまり俺は、「伝説の勇者」の血を――)



  ――コンコンコン



勇者「入れ」

勇者母「お茶淹れてあげたわよ。お勉強ははかどっているかしら?」

勇者「まあまあだな」

勇者母「あら、ずいぶん古い本を読んでいるのね」

勇者「城で借りてきたんだ」

勇者母「ふーん……」





勇者母「そんなに熱心に、勇者一族について調べるなんて、どういうことかしら?

    ――私の息子の顔をした“どこかの誰か”さん」




勇者「  !?  」




本日はここまでです。
読んでくださってありがとうございます。
また来週来ます。



勇者「…………」

勇者母「…………」



勇者(まさか、このタイミングでバレるとは……)

勇者(いや、以前から気づいていたのを、今になって口に出されただけか?)

勇者(相手はどこまで感づいている?)

勇者(俺が魔物であると――、否、魔王であることすら気づかれているのか?)

勇者(もしそうだとしたら、“事”だな)




勇者(――弱小には悪いが、最悪の場合、口封じをする必要すら出てくるやもしれん)




勇者(とにかく、まずは現状の把握だ)

勇者(焦るな、落ち着いて処理すればいいだけの話だ……)


勇者「いつから気づいていた?」

勇者母「この間、お昼を食べに来てくれた時よ」


勇者「なぜ、気付いた?」

勇者母「だって、うちの子と大分雰囲気が違っていたから」


勇者(……やはり、初対面でバレていたのか)

勇者(それはそれでショックだな)

勇者(だが、気付いたのなら、なぜその時点で尋ねてこなかったんだ?)

勇者(仲間にも何か告げた様子はなかったし……)





勇者「なぜ、皆に黙っていた?」

勇者母「え、皆とっくに気づいているものだと思って……言うまでもないかなーって」



勇者「…………」

勇者母(あ、ちょっと泣きそうな顔してる)


勇者「……まあ、貴様の言うとおり、確かに俺は勇者ではない」

勇者母「そうよね、でもそうだとしたら大したものだわ」

勇者「何がだ?」

勇者母「だって、あなた呪文を使って変身しているでしょう?」

勇者「ああ、それがどうした?」



勇者母「普通の変身呪文じゃあ、短い時間しか変身できないわ。でもあなたは違う」

勇者母「こんなに長い時間、変身を継続できるなんて、誰にでもできることじゃない」

勇者母「高名な賢者でも難しいことを、事もなげにこなせるあなたって……」

勇者母「いったい誰なのかしらね?」



勇者「…………」



勇者母「ほらほら、そんなに警戒しないで。とりあえず、お茶でもどうぞ」

勇者「……いただこう」


勇者「……ちなみに」

勇者母「うん?」

勇者「貴様は、俺が誰だと思っているんだ?」

勇者母「そうねぇ……」

勇者(あ、この茶、意外と美味い)





勇者母「人間業とも魔物業とも思えないから、……魔王とか?」





勇者「 !? 」ブフォォッ


勇者母「あら、当たりなのね」

勇者「ゲェッホ、ゲホッ!! ゴホォ!!」

勇者母「むせたのね」


勇者「なぜバレた……」

勇者母「んー、そうねえ。女の勘?」

勇者「そんなのでバレたのか? 納得できん」

勇者母「じゃあ、もうちょっと説得力ある説明しましょうか」

勇者「是が非でも」

勇者母「百聞は一見に如かず。というわけで、これちょっと借りるわね」スゥ……

勇者「……? おい、その剣は――」




 ゆうしゃのはは は でんせつのつるぎを そうびした! ▼




勇者「な、なにっ!?」

勇者母「んー、久々に持つけど、やっぱり手に馴染むわ」


勇者「馬鹿な! 伝説の武具は、勇者にしか装備できないはず!」

勇者母「ふふ、だからそういうことなのよ」

勇者「どういうことだ!」



勇者母「――20年前、私は勇者として冒険した」



勇者「!?」

勇者母「伝説の武具は、“伝説の勇者”の血を引く者が装備できる。私も勇者一族の一人」

勇者「だが待て、20年前に俺に深手を負わせた勇者は、男だったはずだ……!」

勇者母「わけあって、男の振りをしていたのよ。男装って言った方が分かりやすいかしら」

勇者「なぜそんなことを」

勇者母「女が勇者だと何かと馬鹿にされることが多くてね。それが嫌だったの」

勇者「……そうだったのか」


勇者母「覚えてなかったみたいだけど。私とあなたは、以前会ったことがあるのよ」

勇者母「だから、先日会ったとき、息子じゃないとすぐに分かったけれど、」

勇者母「あなたとは、どこかで会ったことがあるって、既視感を覚えたわ」

勇者母「なんとなく影がある雰囲気とか、憂いのある表情とか……」

勇者母「あなたたちが、“古代の迷宮”に向かった後に、思い出したの」

勇者母「もしかしたら、息子の振りをしてるのは魔王なんじゃないかって」



勇者「…………」


勇者母「20年前、相当な深手を負わせて、魔界へ退却させたけど、あの後は元気にしてた?」

勇者「傷の治癒には10年かかったが、今はこの通りだ」

勇者母「そう。元気そうで何よりだわ」

勇者「しかし、勇者としてその発言はどうなんだろうな」

勇者母「だって、後遺症とかが残ってたら悪いなーって思って」

勇者「ずいぶんと優しい勇者だな」

勇者母「ううん、あなたじゃなくて息子によ」

勇者「?」



勇者母「だって、勇者してるなら、最高のステータスの魔王と戦ってほしいじゃない」

勇者「……さすが勇者の母と言っておこうか」

勇者母「褒め言葉として受け取らせてもらうわ」


勇者母「それにしても意外だったわね。まさか、魔王が“伝説の勇者”の血を引いてるなんて」

勇者「俺はまだ信じていないぞ。だからこうして、いろいろ調べているんだ」

勇者母「まあ、あなたなりにがんばるといいわ。そんなことより――」ヒュッ

勇者「――!」






勇者母「わたしのかわいい息子は、どこにやってくれたのかしら――?」






勇者(――なんて速さだ。見えなかった。一瞬で、剣が首元に突き付けられた)

勇者(この女、勇者としての力は、いまだに衰えていないな)


勇者「……安心しろ。あの弱小は、いま魔王城にいる」

勇者母「ということは、幽閉とかしてくれちゃってるのかしら?」

勇者「いや、俺の姿に変えて代役をやらせているんだ。魔王の代役をな」

勇者母「あら、それ面白い。危ない目には遭わせてないでしょうね?」

勇者「たぶん大丈夫だ。定期的に手紙を受け取っている」

勇者母「それなら安心だわ」



勇者「……これから魔王城に向かうんだ。奴を迎えにな」

勇者母「それじゃあ、この茶番も今日限りということね?」

勇者「そういうことになるな」

勇者母「なら良かった。久々に息子の顔が見れるわね」ス……

勇者(ようやく伝説の剣を引いてくれたか。嫌な汗をかいた……)


勇者「……そろそろ、出発させてもらおう。剣を返してもらっていいか?」

勇者母「ええ、どうぞ」

勇者「それと、興味本位で2~3質問したいことがある」

勇者母「いいわよ、さすがにもう一回は会わないと思うし」




勇者「貴様の夫、勇者の父は誰なんだ?」

勇者母「20年前、一緒に冒険してくれた戦士よ」

勇者「しかし、家には姿が見えないが……?」

勇者母「いくら勇者とはいえ女より弱いのは示しがつかんって言って、武者修行に出てるわ」

勇者「ほう……」

勇者母「あの人、まだ一度も私に勝ったことないのよね」

勇者「…………」




勇者(もしや、弱小が弱小なのは、父方の遺伝か……?)


勇者「もう一つ、貴様が使っていた“伝説の剣”は、なぜ『古代の迷宮』にあったんだ?」

勇者母「私があなたを倒してから、あのダンジョンの人造魔物が剣を引き取りにきたのよ」

勇者「なに……?」

勇者母「そういうシステムなのかもしれないわね。勇者が現れるまで、あそこは剣を保管する場所みたいな」

勇者「それはそれで興味深いな」

勇者母「似たような経緯で、ほかの武具も、元の場所に返したり、引き取られたり……」



勇者「なぜ一か所に留めておかないんだろうな」

勇者母「それしたら、絶対楽なのにね。でも、“伝説の武具”ってそういうものなのかもしれないわ」

勇者「というと……?」


勇者母「きっと、勇者の手の元にしか、一か所に集まれないのよ」

勇者母「それでいて、勇者が勇者でなくなったら、伝説の武具も役目を終えて、散り散りになる」

勇者母「あなたも実際に振るってみたら、分かるかもしれないわ」




勇者「……まあ、そんな機会ないかもしれないがな」

勇者母「今日までだものね。質問タイムはもうおしまい?」

勇者「ああ、いろいろと世話になった」

勇者母「じゃあ、私からも質問一つだけ」

勇者「なんだ?」


勇者母「勇者やってみて、楽しかった?」

勇者「……ああ、思ったより楽しめたよ」

勇者母「そうよかったわ。うちの息子に会ったらよろしく伝えてね」

勇者「どうせすぐ会うじゃないか」

勇者母「それもそうだったわ。じゃあ、いってらっしゃい」

勇者「――いってきます」



  ――バタン



勇者母「……ふふ、なんか懐かしかったなぁ。青春を思い出すわー」

勇者母「たまになら、遊びに来てもいいわよ、って言ってあげればよかったかしら?」


勇者(……調べもの、勇者の母の話)

勇者(なにかつかめた気がするが、肝心のものを得られなかったような……)

勇者(これはこれでムシャクシャするな)

勇者(仕方ない、あの弱小をこてんぱんにのして、このモヤモヤを発散することにしよう)



勇者「おいみんな、そろそろ出発――」



魔法使い「こーこーでー、まさかの革命! 革命返しないね!? 6のダブル!」

戦士「ぎゃああああ! なんてタイミングでしかけるんだああああ!」

僧侶「あ、じゃあ5のダブル」

魔法使い「う。まさか返されるとは……。パス」

戦士「無理無理無理! ダブルなんかない!」

僧侶「では、8切りからの11のトリプルであがりです」

魔法使い「うっそ! 早いよ僧侶ちゃん!」

戦士「どうすんだよ、この手札……。絶対あがれねぇええ……!」



勇者「…………」




勇者「おい。それ終わったら、魔王城行くぞ」


戦士 & 僧侶 & 魔法使い「 はーい 」



今日はここまでです。読んでくださりありがとうございます。
なんか大富豪のルールを間違えた気がします……。
また来週、運が良ければ今週来ます。



  ~魔物の隠れ里~


魔王「側近、ここは……?」

側近「――魔物の隠れ里。魔王様が、人間界の森林地帯深奥部に作った、魔物の居住区です」

魔王「へえ。ぱっと見、木に囲まれたのどかな村って感じだな」

側近「位置的には、魔王城と、勇者様のご自宅がある城下町の、中間地点にあたります」

魔王「けっこう離れてるのか。移動呪文で一瞬で来たから分かんなかったけど」

側近「ええ、ここは魔王様にとって、人間界で一番大切な場所なのです」

魔王「魔王城より大切なのか? でも、なんで……」

側近「それは……」


子供A「あ、まおうさまだー!」

子供B「まおーさまー!」

子供C「いっしょにあそんでー!」



魔王「え!? なにこいつら! 魔物の子供!?」

側近「ここに住んでいる魔物たちですよ。住民の半分以上が子供です」

魔王「なんで!? なんで子供ばっかりなの!? うわあ囲まれた!」


エルフ「まあ、お久しぶりです魔王様! 来てくださってありがとうございます」

ハーピー「魔王様のおかげで、子供たちも寂しがらずに人間界で暮らせていますわ」

魔王「え? ええ!?」



子供A「ねーねー、まおうさまー! かくれんぼしようよ!」

子供B「だめ! おままごとがいい!」

子供C「まおうさまー! たかいたかいしてー!」

魔王「えええ!? ちょ、ちょっと待った! タイムタイム!」



魔王「そ、側近ー。これどういうことだ? 状況把握できんから、解説頼む」

側近「仕方ないですね」


側近「魔王様は、定期的にこの隠れ里を訪問しているんです」

魔王「え、なんでだ?」

側近「ここの子供たちを寂しがらせないように、一緒に遊んであげるためですよ」

魔王「あの魔王が子供と!? でも、どうして……」



側近「――ここにいる子供のほとんどは、片親か親なしです」

魔王「 !? 」



側近「事情は様々、人間に親を殺された者、魔物同志の縄張り争い、育児放棄、病など……」

側近「親なしになった魔物の子供は、よほどの素質でもない限り、魔界にいれば捕食されるか、野垂れ死んでしまう」

側近「そこで魔王様は、魔界よりも比較的安全な人間界に、彼らを隔離することにしたのです」

側近「憐れな子供たちを守るために……」

側近「言ってしまえばここは、ある種の孤児院みたいなものなんですよ」



魔王「…………」


魔王(てことは、あのエルフさんたちは、孤児院の職員的な立場なのかな?)

魔王(人間界にこんな場所があるなんて、知らなかったなぁ……)



魔王(……そういえば、魔王の奴も、両親を亡くしてるんだよな)

魔王(なんだか、この姿になってから、魔王のこと見直す機会が増えたな)

魔王(自分も苦労してるのに、同じ境遇の子供たちを……、大した奴だよ、あいつ)

魔王(それに比べて、オレの方は両親健在。勇者やってるけど、魔王も倒せず非力も同然……)

魔王(情けないなぁ、オレ……)



子供A「ねーねー、まおーさまー。遊ぼうってばー」

魔王「……ん、ああ、そうだったな。ごめんよ」

子供B「…………」


子供B「……まおーさま、げんきないよ? おなか痛い?」

魔王(……! 驚いたな、子供ってけっこう見てるっていうか、鋭いな)



魔王「いや大丈夫だよ。心配してくれてありがとな」

子供B「ほんと? まおーさま、げんきだしてね」

魔王「おう、ありがとな」

子供C「まおーさま! たかいたかい!」

魔王「よし、任せろ! おりゃー、たかいたかーい!」

子供C「きゃー!」

子供A「あー、ずりい! 次、おれの番ー!」

子供B「わたしもー!」

魔王「分かった分かった! 順番な!」


エルフ「ふふふ、みんな楽しそうですね、魔王様も」

ハーピー「魔王様も、最近は、うかない顔をされていましたからね」

側近「…………」



側近(……魔王様に言ったら怒られるかもしれないけれど、)

側近(やはり勇者をここに連れてきて良かった)

側近(子供たちの為にもなったし、おそらく勇者の為にもなった)

側近(魔物と人間の関係について悩んでいたようだから……)



側近(もしかしたら、今回のことで、より悩むかもしれないけれど、)

側近(彼にはこうして懸命に生きる魔物の姿を、見せる必要があった)

側近(それでも魔物と戦うかどうかは、勇者が決めること……)



側近(それにしても……)

側近(あんなに一生懸命子供の相手をしてくれるなんて、さすが勇者と言ったところかしら)


魔王「うっし、次なにして遊ぶ?」

子供A「缶けりー!」

子供B「あー、やりたい!」

子供C「ぼくもー!」

魔王「じゃあ、缶見つけないとな! これより缶の捜索に向かう! 総員続けー!」

子供ABC「あいあいさー!」

魔王「へへ……」



魔王(きっと、魔王が人間界を支配しようとしているのは、この子たちの為でもあるんだろうな)

魔王(人間界の領地を手に入れたら、こういう奴らをもっと助けられるだろうから……)

魔王(…………)





魔王(なんとか、人間も魔物も平和に暮らせる方法ってないのかなぁ……)











      ――ドォオオオオン!!









魔王「 !? 」




子供A「わぁーーーー!?」

子供B「きゃーーーーー!」

子供C「ひっ!? うぇええええん!」



側近「今の爆発音は!?」

エルフ「わかりません! 里の入り口からのようです!」

ハーピー「私見てきます!」バサァ!



魔王(なんだ? 何が起こった!?)

魔王(あの爆発音……、呪文とは違う感じだった)

魔王(人為的な何か――大砲とか、そんな感じ……)

魔王(一体、誰が……?)


子供A「まおーさまー!」

子供B「ううう、こわいよお……」

子供C「ふぇええ、ままぁ……」

魔王「みんな安心しろ、大丈夫だ。オレが守ってやるから」



子供A「……ぅ、うん」

子供B「ふぇ、ぐすっ……」

子供C「…………」ギュゥ

魔王「そうだ偉いぞ。泣くの我慢したな。怖がらなくていいからな、オレがついてる」



魔王(何が起きてるかは、まったく分からないけれど……)

魔王(オレは勇者だ。そして……、いまは魔王の代役なんだ)




魔王(何が起きようとみんな守ってやる――!)



本日はここまでです。
読んでくださってありがとうございます。
また来週か、運が良ければ今週来ます。



  ~フィールド~



戦士「よーし、今日も張り切っていくぞー!」

魔法使い「伝説の武具をもっての魔王戦かあ。いやー、心強いことこの上なし」

僧侶(……本物の勇者様には、ちゃんと会えるかな)

勇者(…………)



勇者(……短い旅だったが、それなりに楽しめた)

勇者(これからは、また魔王としての生活が待っているのか……)



勇者「…………」

勇者「……はぁ」



僧侶(勇……、あの方、まだ元気がないみたい……)









      ――ドォオオオオン!!







戦士「うわわっ!? なんだ今の音!」

僧侶「きゃぁあああ!」

魔法使い「なになになに!? 爆発!? どこで!?」

勇者「……!?」


勇者(あの方角、煙が上がってるあの位置は……!)

勇者(間違いない! 魔物の隠れ里だ!)

勇者(何が起こっている……? まさか敵襲か!?)



勇者「おい、行くぞ!」

戦士「ちょっ!? 魔王城はいいのか!?」

僧侶「ああ! 勇者様、待ってください!」

魔法使い「寄り道は別に良いけど、そんなに急がないでよー!」





勇者(頼む、みんな無事でいてくれ……!)






  ~魔物の隠れ里~



ハーピー「魔王様! た、大変です!」バサァ

魔王「どうした!? 敵の正体はつかめたのか!」

ハーピー「それが……」



ハーピー「人間です! 人間の兵隊が、攻めてきました!」

魔王「 ! 」



側近「人間が!? ありえない! 隠れ里には、強力な結界が張り巡らされてるはず!」

ハーピー「その結界を破壊されたのです! なにやら特殊な大砲のようなものを使って……!」

エルフ「そんな! 他の子供たちは!?」

ハーピー「人間たちに捕えられつつあります! 急がないと、みんなが――!」




 ヒュン――、ドスッ!



ハーピー「ぁ……!」ドサ

エルフ「ハーピー!!」

ハーピー「う、ごけ、な……」

側近「この矢……! おのれ、毒か!」



魔王(いったい、どういうことなんだ?)

魔王(人間が、攻めてきただと……?)

魔王(でも、どこのだれが……。ん、あれは――!?)



魔王「みんな、一旦隠れるぞ!」

子供A「え、わ、わかった!」

子供B「ほら、こっちよ」

子供C「うん」


エルフ「さあ、ハーピー。私に掴まって」

ハーピー「すみ、ま、せ……」

側近「これを……、毒消し草よ」

ハーピー「ぅ……。側近様、ありがとうございます」



魔王(みんな隠れたな……。それにしても、さっき一瞬見えたあいつは――)



隊長「……ふん、毒矢で一発か。他愛もないな」

兵士A「隊長、順調に魔物の捕獲が進んでおります!」

隊長「いいぞ、その調子だ。どんどん馬車に積み込め」



魔王(やっぱりだ! あいつ見たことある! たしか国王の城にいた奴だ!)


兵士B「いいか、確実に毒矢を当てるんだぞ! 子供とはいえ、魔物だ! 油断するな!」

兵士C「見つけたぞ! さあ、こっちに来い!」

兵士D「ちっ、泣きわめくな! おとなしく歩け! 殴られたいのか!?」



子供A「ああ、みんなニンゲンに捕まっちゃうよ……!」

子供C「……こわい」

子供B「まおーさま、わたしたちも捕まっちゃうの……?」



魔王「…………」



子供B(……!? まおーさま、こわい顔してる。おこってる……?)



魔王( あいつら、絶対許さねぇ )


宮廷魔導士「それにしても、新作の魔導具の成果は、なかなかのものですね」

宮廷魔導士「強力な結界すらも、魔力を一瞬で霧散させ、消し去ってしまうとは」

宮廷魔導士「この魔導具――いえ、魔導兵器は素晴らしい威力ですよ」



魔王(……あれが結界を消したという大砲か?)

魔王(ということは、呪文の効果を消し去るみたいな力を持ってるのか……)

魔王(――ん?)


魔王(  え  )




魔王( おい、嘘だろ? )






魔王( あれは――! )








王様「確かに、中々の威力だな。長い歳月と高い費用をかけた甲斐があったわ」

宮廷魔導士「ええ、魔法効果を消すだけでなく、物理ダメージも与えられるなんて」





魔王(なんでだ? どうして、こんなところに王様がいるんだよ!?)

魔王(ということは、ここにいる奴らは、国王軍!?)





魔王(だめだ、何がどうなってるのか、何も分からねぇ)

魔王(なんで国王軍が、魔物の村を襲ってるんだよ――!?)



子供D「うう、助けて……」ガサ



側近「あれは、逃げ遅れた子供か……?」

エルフ「大変、あの位置じゃ、人間たちに見つか――」



王様「おっと、あんなところに魔物が」

宮廷魔導士「見たところ、ウェアウルフの幼児のようですね」

隊長「フン、生け捕りにしてくれる」ギギギ……

子供D「ひっ!? ニンゲン!!」

側近「まずい――! あいつ、また毒矢を!」




 ヒュン――、



            ドスッ!




隊長「……なに!?」


宮廷魔導士「馬鹿な……!」



王様「貴様は――!?」





子供D「あ……、」






  魔王「――危なかったな、もう大丈夫だぞ」






エルフ「魔王様!?」

側近「まさか、子供をかばって自らが毒矢の餌食に……!」



子供D「まおーさま! 矢が! 痛くない!?」

魔王「こんなん痛くもかゆくもねーよ。お前は怪我はないか?」

子供D「……うん、。でも、ごめんなさい。僕のせいで……」

魔王「謝るなって、オレは平気だからな」



魔王(とはいえ、ちっとばかしきついかな)

魔王(背中に刺さったこの毒矢……。たぶん、麻痺毒)

魔王(魔王の体だから、そこそこ動けるけど、反応が鈍る感じかな……)


王様「信じられん……! なぜ、魔王がここに!?」

魔王「そいつはこっちのセリフだ。人間がこの村に何の用だ?」

王様「ふん、魔物に答える義理などないわ。魔導士!」

宮廷魔導士「――言われなくても、装填完了ですよ」フィイイイ……



魔王(あいつ、あの大砲、使う気か!?)

魔王(でも、この子供を抱えて避けたら、後ろに隠れてるみんなに、被害が――)

魔王(攻撃しようにも、相手は人間だし、それに麻痺毒が……)

魔王(くそっ! いちかばちかだ――!! オレが盾になるしかない!)

魔王(もってくれよ、オレの体力!)





宮廷魔導士「魔導兵器――、発射ッ――!!」














      ――ドォオオオオン!!








戦士「おいおいおい! またあの音だぜ!」

僧侶「いったい、何が……」

魔法使い「ド派手な音だねー。まるで戦争だよ」

勇者(くそっ……、間に合え! 間に合えッ!!)



  ォオオオオオ……



側近(砂埃と煙が巻き起こって、視界が悪い……)

側近(魔王様は、大丈夫なの? なんて無謀。あの直撃をくらうなんて……)



王様「どうだ? 仕留めたか?」

宮廷魔導士「分かりません。念のため、再装填を開始します」

隊長「おい見ろ、煙が晴れて……」




   「……さすがに、効いたぜ」




王様「 !? 」


隊長「なん……だと……!」

宮廷魔導士「嘘だ……、まやかしだ! こんなこと、ありえない!」



   「おい、なんて顔してんだよ。こちとら一気に体力削がれて……」



側近(しまった、やられた――!)

側近(あの兵器の効果は、きっと、かけられた呪文や魔力の効果を消し去るというもの)

側近(そんなものをまともに喰らったら――)



王様「なぜお前が、其処に立っているのだ!? 勇者ァッ!!」






勇者「 ――え? 」





また来てしまいました。今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。

魔導兵器の効果は、作中で何度か書いてますけれど、
イメージ的には、「いてつくはどう+物理ダメージ」みたいなものと思っていただければ幸いです。

また来週来ます。目標は今月中です。

こっそり生存報告。お待たせしてしまってすみません。
今後の展開に合わせて伏線+プロットを構築中です。
書き溜めが区切りのいいところまで行ったら、また更新に来ます。

一か月もお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
待っててくださった方々、ありがとうございました。

これより投下します。



  ~魔物の隠れ里・入口~



戦士「うわっ……、ひでぇなこれ。村の入り口がめちゃくちゃじゃねえか」

僧侶「奥の家屋まで半壊して……、火の手が回ってないのが、せめてもの幸いでしょうか」

魔法使い「畑も道も踏み荒らされてる。……けっこうな人数が攻めてきたみたいね」

僧侶「それにしても勇者様、この村は……? 初めて来ましたけど」

勇者「      」

僧侶「……勇者様?」





勇者( だれが、こんな―― )





???「うわぁああああああああ!」

勇者「!?」


子供E「ゆ、ゆうしゃだ! おまえも、村をおそいにきたのか!?」



勇者(生存者がいたのか! それにしても、おまえ「も」だと――?)



戦士「なんだあいつ! 魔物の子供か?」

僧侶「ということは、ここは魔物の村……?」

魔法使い「ちょっと君ー、お姉さん達に教えて欲しいことあんだけど……」



子供E「うるさい! ニンゲンなんか、信用できるか! よくも村をメチャメチャにしてくれたな!」



 まもののこども は じゅもんをとなえた!

 せんしに 34のダメージ! ▼



戦士「うわわっ!? あいつ冷気呪文使えるのか!」

魔法使い「小さくても魔物ってわけね」

僧侶「あの! 落ち着いてください! 私たちに敵意はありません!」

子供E「うるさーい! ニンゲンなんかだいっきらいだーーー!」



勇者(気が動転して、攻撃的になっているようだな。説得が通用するか不安だが……)


勇者「よせ! 俺は、お前たちの味方だ! ここを襲いに来たわけではない!!」

子供E「ふざけんな! ニンゲンの……それも、勇者の言う事なんか信じられるもんか!!」



勇者(やはりか……。こうなったら……)

勇者(変身、解除――!)カッ



子供E「え!?」

戦士「うぉっまぶしっ!?」

僧侶(勇者様の体が、輝いて――!?)

魔法使い(どういうこと!? 勇者を中心に、凄まじい魔力のうねりが……!)





   「……久々に、元の姿に戻ったな」




戦士「な、なにっ!?」

僧侶「そんな……! まさか……!」

魔法使い「――マジ?」

子供E「あ、……あぁっ!!」



魔王「さて、我が同胞よ。――この姿を見て、まだ疑うつもりか?」



子供E「 まおーさま!! 」

魔王「よし、それでいい」


僧侶(これは、現実なの?)

僧侶(あの方の正体が、魔王だったなんて……!)

僧侶(それじゃあ、本物の勇者様はどこに!?)



魔法使い(師匠ー、師匠ー。助けて師匠ー)

魔法使い(私、自分のかしこさに自信はあったけど、さすがにこの展開は……ねぇ)

魔法使い(読めなかったし、ついていくのに一苦労だわー)

魔法使い(ていうか、魔王よね、あれ。それじゃあ、なんで――)

魔法使い(なんで、あの時、伝説の剣を装備できたの……?)



戦士(し、知らなかった……!)

戦士(勇者と魔王って同一人物だったのか!!!)

戦士(え、じゃあ、魔王城で戦ってた魔王は……?)

戦士(まさか、影武者ッ!!?)


子供E「よかった! まおーさまが来てくれたら、ニンゲンなんか怖くないや!」

魔王「ああ、安心しろ。それより、この隠れ里を襲ったのは誰の仕業だ?」

子供E「ニンゲンだよ! ニンゲンが大勢で攻めてきたんだ!」

魔王「そうか人間か。わかった、そいつら一人残らず皆殺しだな」



戦士「待て待て待てーい! 年端もいかぬ坊ちゃんと物騒な話をするんじゃない!」

僧侶「あの、えっと、魔王様にいろいろお聞きしたいことが!!」

魔法使い「なんで勇者のフリなんかしてたのさ! 本物はどこよ! ってか、ここどこなわけ!?」



魔王「少し黙ってろ、俺はいまこの子と話しているんだ。貴様らの相手は後だ」



僧侶(意外……。魔王様って子供にやさしいんですね)


子供E「でも、まおーさま。さっき、そっきんさまと広場に行ったよね。どうして戻ってきたの?」



魔王「 なに? 」



魔王(それは、つまり――)






魔王(勇者もここに来ているのか?)






魔王(だとしたら、奴は今頃人間共を相手に――)

魔王(だが、奴が大勢の人間を前に、里の魔物たちを守りながら、十分に戦えるだろうか)

魔王(……否、だな)

魔王(俺が行くしかないようだ)


魔王「広場に急ぐぞ!」

子供E「あ! 待って、まおーさま!」



戦士「うおーい! 待て待て! おれ達を置いていくなっつーの!」

僧侶「魔王様、まだお話の途中です!」

魔法使い「質問ぐらい答えなさいよ、こらーー!」



魔王「走りながら話す! ついてきたければ、ついてこい!」

魔法使い「もー! 今日ずっと走りっぱなしじゃんよー!!」



  ~村はずれの小屋~



大賢者「…………」コポコポ

大賢者「…………」ズズズ…

大賢者「……うん」

大賢者「今日の薬草茶は格段と美味――」





大賢者「――――――――」












大賢者「 産声が、 聞こえる 」




  ~魔物の隠れ里・広場~



勇者(……そうか、オレ、元の姿に)



子供A「ねえねえ、そっきんさま! まおーさま、いなくなっちゃったよ!」

子供B「まおーさま! まおーさまはどこにいったの!?」

子供C「あのひと……、ゆうしゃ?」



側近(……今更、変身呪文をかけ直しても遅いか。到底、ごまかしきれない)

側近(私やエルフが助太刀に行ってしまったら、この子達を守る者がいなくなる)

側近(この子達が、無事でいられるか、この隠れ里が、守られるかは、)

側近(全て、勇者次第――)


隊長「魔導士……、奴は一体……!?」

宮廷魔導士「それはこちらのセリフです。さっき、城で会ったはずの勇者様がなぜここに……」

王様「……貴様、本当に勇者なのか?」



勇者「…………」



勇者「信じてもらえないかもしれないけれど、正真正銘、オレは勇者だ」

勇者「訳あって、魔王の呪文で姿を変えられていたんだ」

勇者「だから、ここ最近王様達が会ってた勇者は、呪文で姿を変えた魔王だったんだよ」



隊長「俄かに、信じがたいな……」

宮廷魔導士「しかし、確かに先ほど出会った勇者様は、いつもと雰囲気が違ったような……」

王様「そもそも、なぜお主と魔王は、お互い姿を変えていたのだ?」



勇者(……魔王曰く「暇つぶし」だけど、これ言ってもいいのかなぁ。魔王の名誉的な意味で)


勇者(…………)

勇者(まあ、一応伏せておくか)



勇者「理由はオレにも分からない。そんなことより、オレにも聞かせてほしいことがある」

勇者「王様たちは、この隠れ里に何の用があってきたんだ? なんで突然、襲撃なんか……」



宮廷魔導士「理由は、大きく分けて、二つですね」

宮廷魔導士「一つは、この魔導兵器の威力のテストです」

宮廷魔導士「長年の研究の末、最初は図面でしかなかった兵器が、ようやく形となったのです」

宮廷魔導士「代々、城内の研究者や学者、魔導士に継がれて、実に500年の歳月を要したのですよ」

宮廷魔導士「そして、ついに完成の時が来た。だから試した」

宮廷魔導士「他に、何か不明な点が?」



勇者「ある!」

宮廷魔導士「では、どうぞ仰ってください」


勇者「兵器のテストまでは分かる。けど、なんでこの里を狙ったんだ!」

勇者「ここにいる魔物たちは何も悪さしていないだろう? それに子供ばっかりだ」

勇者「どうしてここを……」



王様「愚問だな。――魔物は、非常に利用価値がある」

勇者「!?」



王様「魔物は、魔術の実験材料にもできるし、武具の材料にもなる」

王様「捕えて研究すればするほど、我々は魔物に対して有利な立場になれる」

王様「お主らが普段使っている装備品も、全てではないが、魔物の皮や骨、角、牙などを活用して作られている」

王様「この完成したばかりの魔導兵器だって、強力な魔物を素材に造られている」

王様「そして、成体の魔物よりも幼体の魔物の方が、はるかに捕えやすい」

王様「加えて、この里には、そんな幼い魔物が山ほどいる」

王様「あとは、もう分かるな? なぜ我々が、この里を襲ったかは」



勇者「……ッ!」


側近(……さしずめ、この里の場所を教えたのは、魔物狩猟家でしょうね)

側近(結界が張られているから、侵入はできないものの、王国に報告だけした……、そんなところかしら)

側近(まさか、このタイミングで襲撃してくるなんて、思ってもみなかったけれど……)



王様「さて、お互いの疑問が解消したところで、勇者――」

勇者「……なんだ?」



王様「わしらに協力してはくれんか? まだ魔物の残党がいるはずだからな」



勇者「……!?」


勇者「ふざけんな! そんなこと出来るわけないだろ!!」

王様「なぜだ? 魔物を捕えれば、強い武具が作れるやもしれんのだぞ?」





勇者「オレが、魔物の子供を材料に使った武具を、喜んで使うとでも――?』





王様(うっ……!?)

隊長(……こいつ! なんだ、この殺気染みた威圧感は)

宮廷魔導士(勇者の奴、あんな目ができたのか――?)



王様「まあいい、魔物ごときに、なぜそこまで肩入れするかは理解に苦しいが……」

王様「勇者よ、何か勘違いしてはおらぬか?」

勇者「何をだ?」


王様「お主は、わしらを目の敵にしているようだが、貴様にも責任の一端があるのだ」

勇者「どういうことだ!」



王様「もしもお主が、さっさと魔王を退治していたなら、この里を襲撃する必要は無かったということだ」



勇者「なっ……!?」



王様「お主がノロノロしているせいで、魔王は未だに我がもの顔で、魔物をこの地に蔓延らせておる」

王様「お主が、早く魔王を倒してくれたなら、わしらも武具や兵器を作る必要はなかった」

王様「この強力な魔導兵器は、多少の心得さえあれば、誰でも作れる」

王様「大量生産すれば、この兵器で魔王を倒すことも容易いだろう」

王様「進歩の遅い勇者は頼りにならん。だが、魔導兵器や武具を強化すれば、勇者よりは頼りがいがある」

王様「まだ分からぬか?」

王様「この里の惨劇を引き起こしたのは、勇者――貴様が弱いせいでもあるのだ」




勇者「     」



   ( なんだよ、それ )

   ( オレが弱いせいだって? )

   ( 魔物の子供たちが泣いているのも、里が破壊されているのも、 )

   ( オレが弱くて、まだ魔王を倒せていないから――? )


  
   ( じゃあ、オレはどうすればいいんだ )

   ( 強い勇者になれば、世界は救われるのか? )

   ( だが、それじゃあ、魔物の平和はどうなる )



   ( 人間を守ろうとすれば、魔物の平和が乱れる )

   ( 魔物を守ろうとすれば、人間の平和が乱れる )




   ( オレは…… )

   ( オレは…… )

   ( それなら、オレは―― )



王様「さあ、勇者。分かったのなら、我々に協力を……」






勇者『 断る 』






王様「ぬぅ!?」

隊長「あいつ、また……」

宮廷魔導士「不可解、ですね」

側近(……勇者?)



勇者『オレは、お前らなんかに、協力しない』


勇者『強くなるためだからって、弱い魔物の子供を狙うゲス共に、誰が協力するもんか』



勇者『オレが守りたかったのは、お前らみたいなゲスじゃない』






勇者『オレが守りたかったのは、弱き者や小さき者、何よりも――』








勇者『 平 和 を 守 り た か っ た ! 』








側近(これは――!)

側近(勇者を中心に、ほとばしるほどの魔力が渦巻いている……!)

側近(それも、なんて力強い魔力! まるで――、)




勇者『もう、勇者なんかやめだ』

勇syあ『そんなことしても、世界は平和になんかならない』

mユusyお『だから決めたぜ。オレはこれから、この愚図だらけの世界を再建する』




王様「い、いったい、何が起きている!?」

兵士A「見ろ、勇者の姿が変化していくぞ!」

兵士B「ああっ! 勇者の頭から、二本の角が!」

兵士C「角だけじゃなく、……牙まで生えてきたぞ!」

兵士D「信じられん、体格まで、一回り大きく……!」



側近(魔力に合わせて、あの姿はまるで――魔族。否、むしろあれは――!)



王様「お前は、お前は……、いったい何者なんだ!?」


mAyぅ王『ははは、見て分かんねぇのかぁ?』








魔王『 ――オレは、魔王だ 』








今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございます。

また来週か、再来週に来ます。



  ~村はずれの小屋~




大賢者「魔力の、胎動を感じる」



大賢者「…………」



大賢者「聞こえますか? 使い魔の皆さん」



大賢者「ええ、あの夥しい魔力の出所を、いち早く知らせてください」



大賢者「どうやら、狭い小屋で腐るのも、そろそろ終わりみたいです」






大賢者「わたしも、いい加減、動くことに致しましょう――」



  ~魔物の隠れ里・広場~


隊長「ばっ、馬鹿な……! あり得ない!!」

宮廷魔導士「信じられん、只の人間が、魔の眷属に変貌するなんて――ッ!」

王様「魔王だと……! ふざけるのも大概にしろ勇者ぁッ!!」



魔王『ハハッ、アンタらには、これがふざけてるように見えるのか?』

魔王『残念ながら、正真正銘、嘘偽りなく、――オレは本気だぜ』



王様「ぬぅううッ!」


魔王 ((それにしても、不思議な感覚だ。底知れない力が、湧いてくる……))

魔王 ((妙に頭も冴えているし、心も体もすっきりしてる))

魔王 ((まるで、体のなかの使い古したものが、ごとりと新品に変わっちまったみたいだな))

魔王 ((毒矢の麻痺の効果も消えたみたいだ。楽に動ける……))

魔王 ((……今更すぎるが、オレの体に何が起きてるんだ?))



魔王『……ふはは』



魔王 ((まあ、どうでもいいか))








魔王 ((  だってオレ、もう勇者じゃないし  ))




側近「       」



側近(声が、うまく、出てくれない)

側近(……こんなことが、あっていいのか?)

側近(勇者が、魔王に変貌しただと!?)

側近(一体何が原因で……!? そもそもあいつは、なぜあんなことを言い出した!?)

側近(お前は勇者のはずだろう? なぜ突然、魔王などと――)



子供B「……そっきんさま」

側近「……不安がる必要はありません、きっと大丈夫」



側近(もはや、私では手に負えない……。魔王様……、今何処に……?)


魔王『さーて、気分一新すっきりしたところで、そろそろ攻守交代といくか?』



隊長「ふん、勇者の力量などたかが知れてる。もう10発ほど、毒矢を浴びていくか?」キリリ…

宮廷魔導士「変身したところで、この魔導兵器に敵うと思わない方が賢明ですよ、勇者様」フィイイイイ…



魔王『……わかってねぇな、お前ら』



  たいちょうは さみだれうちをはなった!

  ミス! まおうはダメージを うけない!
  ミス! まおうはダメージを うけない!
  ミス! まおうはダメージを うけない!
  ミス! まおうはダメージを うけない! ▼



隊長「な、なにぃ!?」

宮廷魔導士「全ての矢を剣で叩き落としただと!?」


魔王『別に全部避けても良かったんだが、なにせ、すこぶる調子がよすぎてな……』

魔王『――剣を振り回したくて、しょうがないんだよ』ニタァ



隊長(うっ……!)ゾワッ

隊長(このおれが、恐怖で動けなくなるだと……!?)

隊長(奴め、なんて笑い方しやがる……!)



宮廷魔導士「隊長殿、お下がりください! 装填が完了致しました!」

隊長「く、頼むぞ魔導士!」



魔王『そう何度も、撃たせてたまるかよ――』



  ――シュッ


宮廷魔導士「――え」

魔王『よお、お隣失礼?』

宮廷魔導士(い、いつの間に!? 速すぎて見えなかった!)

魔王『お前が兵器を操ってるんだよな? ほら、どいてろ』バシッ

宮廷魔導士「うぐぁっ!」ドサッ

隊長(く、いまのは足払いか……。なんて無駄のない動きだ……)



魔王『さーて、あとはこいつだな』チャキ…





魔王『覚悟しろ、鉄くず。よくも、里をめちゃくちゃにしやがったな――?』





  ――ヒュッ ――バキャァッ!!



隊長「な、なにぃ!?」

宮廷魔導士「馬鹿な! 魔導兵器を一刀両断しただと!?」

王様「ば、化け物……ッ!」



魔王『ははは! 思いっきりやるのはいいもんだな! 清々しい!』

魔王『さーて、お次は――』




魔王『 お前らが、“こう”なってみるか? 』




隊長「――ッ!?」

宮廷魔導士「うぁあ……!」

王様「ひぃ! た、助け――!」







   「待て――――ッ!!」







王様「!?」



側近(今の声は!)



魔王『あぁン?』






魔王「この場にいる全員に、答えてもらう」

魔王「我が同胞の里で、好き勝手しているのは、どこのどいつだ――?」





王様「なにぃ!」

隊長「なんてことだ! 魔王だと!」

宮廷魔導士「もはや、なにがなんだか――」



側近( ! )

側近「エルフ、子供たちを頼む!」

エルフ「……!? 了解しました、側近様!」



魔王 ((……へぇ、ずいぶんと久しぶりに会うな))



側近「魔王様! ご無事でしたか!」

魔王「側近か。お前も無事で何よりだ。なにがあった?」

側近「それが――」




戦士「うぉおおお! なんじゃこりゃああ!」

魔法使い「うそ! なんで王様いんの!? ていうか、え、まさか――」

僧侶「勇者、様? ……そのお姿は、いったい」




魔王『よお、みんな。元気そうで良かった』



戦士「あれ? 勇者、お前、角なんか生えてたっけ?」

魔法使い「……なーんか、しばらく見ない内に、変わったわねぇ。特に、魔力の量が……」

僧侶「勇者様……、いったい何があったんですか?」



魔王『……話すと、長くなるんだよな』

魔王『だから、オレが言いたいことだけ言うわ』






魔王『悪いな、みんな。――オレ、勇者やめることにした』







戦士「は……?」

魔法使い「……?? なに、それ、」

僧侶「…… 、 うそ 」


魔王「――勇者をやめた、だと? 貴様、どういうつもりだ?」

魔王『えー、分かんねーのか? じゃあ、分かりやすく言い直してやるよ』




魔王『オレさ、勇者なんか真面目にやっても、世界は平和にならないことが分かったんだ』

魔王「…………」




魔王『そんなことしても、下衆同然の人間はいなくならないし、魔物の平和は保障されない』

魔王「…………」




魔王『魔物や魔王を倒しても、真の平和は訪れない。それなら、世界を変えるしかない』

魔王「…………」



魔王『そこで、お前に頼みがある』

魔王「…………」





魔王『 このオレに、魔王をやらせろ 』




魔王「 ――そいつは、聞けぬ頼みだな 」




長らくお待たせしてしまいすみませんでした。
今日の更新はここまでです。
いつも読んでくださり、有難うございます。

近頃、月一更新になりがちですが、
なるべく2週に一度のペースを目処に、執筆できるよう努めます。


それでは皆様、メリークリスマス。














             ――パキン



勇者母「あら……」

勇者母「いやだわ。あの子のお気に入りのカップ、取っ手がとれちゃった」

勇者母「…………」



勇者母「今頃は、みんな魔王城に着いてる頃かしら?」

勇者母「あの子、魔王城でも元気にしてるといいんだけれど」

勇者母「…………」





勇者母「無事に、――帰ってきてくれるわよね?」



  ~魔物の隠れ里・広場~



魔王『…………』

魔王「…………」

魔王『…………』

魔王「…………」



僧侶(二人とも、睨みあったまま動かない……。怖い……)

僧侶(それより、勇者様。なぜ魔王になんかなろうと……)

僧侶(……勇者様、どうして)グスッ


魔法使い(あーあー、下手に口出しできない空気が漂ってるわー)

魔法使い(真の平和がどうたら言ってたけどさぁ、それって、魔王になれば解決する問題なの?)

魔法使い(……なーんてツッコミも、まともにできなさそうな雰囲気。やだなー、息がつまりそう)



戦士(…………)

戦士(…………)

戦士(……なるほど、そうか)

戦士(……そういうことだったのか)

戦士(ようやく、分かったぜ)ニヤリ



戦士(どうやらこの現状――、おれが考えたところで、どうにもならないらしい!!)


側近(誰もが、固唾を呑んで、見守っている)

側近(人間の王も、兵士たちも、勇者の仲間も、里の者たちも……)



側近(魔王様は、どうなさるのだろう?)

側近(勇者が、万が一にでも魔王になったら、魔物や魔界はどうなるのだろう?)

側近(そして、魔物の私が、心配すべきことなのか疑問だが、)



側近(この世界は、一体どうなってしまうんだ――?)


魔王『…………』

魔王「…………」

魔王『……ふっ』

魔王「……?」



魔王『ははは! やっぱりそう来るよなぁ!』

魔王「何がおかしい?」

魔王『いや、あまりにも予想通りの反応でさぁ。こうも見事に速攻拒否られるとは』

魔王「当然だろう。貴様が魔王になったところで、俺になんのメリットがあるんだ?」

魔王『馬鹿かお前。オレがいつ、損得の話なんかしたんだ?』

魔王「なに?」



魔王『思い知らせてやるぜ。これが取引なんかじゃねぇってことを――!!』ダッ!



魔王「……要は、力づくってことか。魔王にしては、短絡的だな」

魔王『んん? オレに勇者やらせろって言った、どっかの誰かさんも、同じ手を使ってなかったっけ?』




魔王(剣を突きの型で構えての猛進――。勇者だった頃よりも、足が速くなっている)

魔王 ((あいつ、剣に手をかけない、か。となると狙いは、回避してからカウンターだな?))



魔王(真っ直ぐに突っ込んでくる馬鹿は、横に避けて、軽く小突――!?)



 ――ズシャァ!



魔王(飛び込んでこない!? 目前で急ブレーキだと!)

魔王 ((オレが突進をやめたせいで、案の定、回避のタイミングを失ったな))

魔王(どういうことだ? 今までの弱小の動きと違う!)

魔王 ((暗黒剣士と、特訓しててよかったぜ。さぁて、一泡吹かせてやろうか――))


魔王『――オラァ!』

魔王「っぐは!?」



隊長「勇者の奴! 剣でなく蹴りで攻撃だと!?」

宮廷魔導士「剣は囮。本命の膝蹴りが、綺麗に鳩尾に入りましたね」


側近(本命は膝蹴り? いいや違う。勇者の狙いは――!)




魔王『ああ……、頭に詠唱が流れ込むッ!! ――喰らいやがれ、魔王!!』




  『まおう』は のろいをかけた!
  まおうは のろわれてしまった!! ▼




魔王「!!?」

側近(蹴りでひるませてから、呪いで動きを封じること! ――魔王様!!)


魔王『おー。初めてやったのに、案外うまくいったな』

魔王(迂闊だった……! 弱小め、いつのまに呪術なんか……!)


魔王『なんかこの姿になってから、面白いんだぜ。体は軽いし、知らない特技や呪文も使えるようになるし』

魔王(か、体が動かない……! 舌も……! これでは呪文が使えない!)


魔王『さーて、これで魔王様は、抵抗も口ごたえもできなくなったわけだ』

魔王(魔王であるこの俺に呪いをかけるとは……、生半可な魔力では到底できないこと……)






魔王『まあ、はじめから、お前の返答に従う気なんてなかったけどな』

魔王(まさかこいつ……、本当に、『魔王』になってしまったのか――?)





魔王『その目……、理解したな? そうだ。――今日から、オレが魔王だ』




側近「魔王様!! 今、呪いを解きま――」

魔王『させるわけねぇだろ、側近』ガシッ

側近(なっ! ――いつの間に、背後に!?)

魔王『お前には、オレと一緒に魔王城に行ってもらう。新魔王として、全魔物にご挨拶しなきゃいけないからな』

側近「ッ! 手を離せ! 私は魔王様を助けなければ――!」

魔王『聞こえなかったのか?  今 日 か ら オ レ が 魔 王 だ 』



側近「……!!」

側近(あの時と、同じだ。初めて、刃を交わした時と。ああ、全身に怖気が )


魔王『つーわけでみんな。王様。それから元魔王――』

魔王『オレはオレのやり方で、世界を平和にしてみせる。刃向う奴はタダじゃおかねえ』

魔王『それじゃあな。楽しみにしてろよ。この理不尽な世界を着々と変えてやる――』




 『まおう』は じゅもんをとなえた! ▼




僧侶「ああっ! 勇者様ぁーーー!!」

魔法使い「移動呪文か……。それも、里の魔物も全員一緒に……!」

戦士「おー……。おれ今、びっくりするぐらい、なにもわっかんねーわ」



魔王(…………)

魔王(……、なんてことだ)

魔王(このままでは、魔界が。それに、側近も……)




王様「今じゃあーーー! 魔王と勇者の仲間をひっ捕らえろーーー!!」

兵士たち「「「ハッ!!」」」



戦士「ん? え? なに?」

僧侶「え!? えええ!? イヤぁ! こないで!!」

魔法使い「ちょっとちょっとー! なんであたし達、捕まえられないといけないのよー!」

魔王(……!?)


隊長「決まってるだろう。貴様らには、事情を説明してもらう」

僧侶「そんな! 私たちだって、なにも知りません!」



宮廷魔導士「貴方達は、仮にも魔王と旅し、勇者をやめて魔王になった彼とも旅をしてたわけです」

魔法使い「それがなんだっていうのよ!」

宮廷魔導士「事件の重要参考人として、城に連れ帰るのは、当然の対処ということですよ」

魔法使い「普通、参考人を縛り上げたりするものかしら?」

宮廷魔導士「途中で逃げられるのも面倒ですからね」



戦士「なぁにすんだぁあああああ! おれ達は無実だあああああああああああ!」

兵士A「うるさい! 少しは静かにしてろ!」

戦士「やなこったああああああ!! 縄を解いてくれたら静かにするぜえええええええええええええ!!」

兵士B「おい、猿ぐつわ噛ましとけ。いくらなんでもうるさすぎる」

兵士A「了解」

戦士「あ! てめっ卑怯な――ぅ゛っ! モガー!モガー!」


王様「やれやれ、うるさくないのは、魔王くらいじゃな」

魔王(…………)

王様「城の呪術師に、貴様の舌にかけられた呪いだけ解かせよう。その後は分かるな?」

魔王(…………)

王様「何故こんな馬鹿げたことが起きたのか、洗いざらい話してもらうぞ……?」

魔王(…………)




魔王(そんなの、俺が聞きたいくらいだ)

魔王(なにが起きているんだ)

魔王(なぜ、弱小が魔王に……。いや、そんなことより、)





魔王(魔界や魔物たち、魔王軍、そして――)



魔王(俺はこれから、どうなってしまうんだ?)




長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。
いろいろと忙しくしていて、なかなか来れず、すみませんでした。

今日の更新はここまでです。
読んでくださった方、コメントくださった方、どうもありがとうございます。

また来月来ます。



  ~勇者の家~


勇者母「…………」

勇者母「もう、すっかり暗くなっちゃったわね」

勇者母「大丈夫かしら、あの子達」



 ――コンコンコン



勇者母(!! ……あの子かしら!?)

勇者母「はい、おかえりなさ――」ガチャ



勇者母「……?」



勇者母「あの、どちら様で?」


大賢者「どうも初めまして、わたしはとある村のはずれに住む大賢者です」

勇者母「あら、ご丁寧にどうも。勇者の母です」

大賢者「勿論、存じてますとも。今宵は、突然お邪魔してしまいすみません」

勇者母「いえいえ、構いませんわ。ところで、大賢者さんが、何の御用事で……?」




大賢者「単刀直入に言います。――貴女の息子さんを助けるために、力を貸して頂きたいのです」




勇者母「……!?」



  ~城・取調室A~


魔法使い「だーから、あたしらは何も知らないって言ってんでしょー!!」

宮廷魔導士「まあまあ、そうカッカせずに」

魔法使い「これで怒らない方がどうかしてるわよ! さっきから、何遍も同じ質問して!」


宮廷魔導士「取り調べとはこういうものなんです」

宮廷魔導士「質問を何度も繰り返し、少しでも違った返答・反応があったら、徹底的に追及する」

宮廷魔導士「話の矛盾や、つじつまの合わない部分というのは、たいてい嘘であることが多いですからね」

宮廷魔導士「お分かりいただけましたでしょうか?」


魔法使い「お分かりどころか、最初から知ってるわよ、そんなもん」

宮廷魔導士「でしょうね。さすが頭脳明晰。では、気をとりなおして続けましょうか」

魔法使い「あーもー、うんざりする……。早く終われー……」



  ~城・取調室B~


老学者「えーと、次の質問。勇者の挙動が怪しいと思ったのは、いつからかの?」

僧侶「…………」グスッグスッ

老学者「…………」

僧侶「……ぅ、ふぇ」グスン

老学者「のう、お嬢ちゃん。泣いてばかりでは、こっちも困るんじゃが」

僧侶「だって、勇者様が、魔王様に……! 私、これからどうしたら……、ぅ、うぁああああん!!」


老学者「泣き虫という噂は聞いておったが、まさかこれほどまでとはの……」

僧侶「ぇええええん!」

老学者「かれこれ二時間、この調子か……。城中のちり紙が無くなってしまうわ」



  ~城・取調室C~



兵士A「な、なぁ……」

兵士B「あ? なんだよ」



戦士「…………」ゴゴゴゴゴ…

隊長「…………」ドドドドド…



兵士A「さっきからなんなんだよ。あのヤバい空気」

兵士B「え、お前知らないの? あの戦士、二か月前までこの城で兵士やってたんだぜ」

兵士A「まじで?」

兵士B「でも、あの隊長と物凄い喧嘩してクビにされたんだと」

兵士A「あー、それで……、あんなに火花が散ってるわけか」

兵士B「良く言う『会ってはならない二人が出会ってしまった……!』ってやつだな」


戦士「…………」

隊長「…………」



戦士「ばかあほまぬけー! あんぽんたん!」

隊長「うっさいゴミが! この役立たず!」

戦士「相変わらず、人の風上にもおけねぇ隊長様だな! もはや見損ないすぎたぜ!」

隊長「馬鹿同然の貴様に言われても痛くもかゆくもないわ! 愚図め! 木偶め!」

戦士「おれ知ってるぜー、お前みたいなやつ『れーけつ』って言うんだぜー?」

隊長「無能の分際で、塵にも劣る語彙を披露してくれるとは、礼も言いたくないな?」



兵士A「う、うわぁ……」

兵士B「醜い争いとは、まさにこのことだな」


戦士「ほんと最低なやつだよな、あんた! 仕事好きすぎて、人間的な心はどーこにポイしてきちまったんですかぁ?」

隊長「そういう貴様は自分が仕事できなさすぎてることを自覚しろ! 勇者のとこに行っても、役立たずとは嘆かわしい」

戦士「あーっと、あんたが好きなのは、仕事っていうか権力だったな? そんなに偉くなりたいですかー、たいちょーさまー?」

隊長「高い目標をもって何が悪い。貴様はもっと賢さをあげる努力をしろ!」

戦士「王様に尻尾ふって毎日楽しいですかー? さっきから、好き放題言いやがって、ぶん殴ってやるから覚悟しやがれ!」

隊長「力だけが取り柄の力自慢が、おれに敵うとでも? あの日の決着つけてやろうか!?」



兵士A「うわぁああ、隊長ーー! ストップストップ! やめてくださーい!」

兵士B「つーか、取り調べしろよ」



  ~城・地下牢~


魔王「…………」



魔王(……幾重にも巻かれた鎖。呪いのせいで、引きちぎることは不可だな)

魔王(こんな鉄格子、呪文さえ使えれば、粉微塵にしてやるのに……)

魔王(あれから、どれくらい時間が経ったのだろう。窓もないから、知ることすら叶わん)

魔王(この呪いも、いつ解けるのやら……)

魔王(…………)



魔王(早く、魔王城に帰らねば……)

魔王(あの弱小に、好き勝手される前に……!)



  ~魔王の部屋~


側近「……命令通りに、人間界にいる全ての魔物を招集しました」

魔王『おう、ご苦労さん』

側近「ただし、広間には全ては入りきらなかったので、大多数は城外で待機しております」

魔王『外の奴らにも、オレの声が届くようになっているか?』

側近「ええ、音波を操る魔物達に、要請済みです」

魔王『相変わらず、仕事が早いなぁ、側近』

側近「…………」



魔王『側近?』

側近「あ、はい、なんでしょう?」


魔王『側近がぼーっとしてるなんて、珍しいな』

側近「申し訳ありません、少し考え事を……」

魔王『どうせ、あっちの魔王の事だろ?』

側近「……!?」

魔王『図星だな。側近は、魔王様のことが大好きだもんなぁ』

側近「…………!」



魔王『まあ、あいつも邪魔するようなら、容赦しないけど……なっ、と』バサッ


魔王『っし、着替え完了。ちょうどいいサイズがあって良かったぜ』

側近「……魔王様のお古ですけどね」

魔王『似合うか?』クルッ

側近「そう、ですね……。生えた角や牙も相まって……、外見は十分、魔王です」

魔王『ははっ、そうか。無性にワクワクしてきたな』



魔王『さーて……、ちょっくら就任演説といきますか』


側近「……皆、一様に驚くでしょうね」

魔王『まあ、顔は勇者の時のままだからな。びっくりされて攻撃されるかも』

側近「可能性は無きにしも非ず」

魔王『だな。とはいえ、そんな奴いたら返り討ちだけど』

側近「…………」

魔王『そんなあからさまに、心配そうな顔すんなよ。半殺し程度にしとくからさ』

側近「……左様ですか」

魔王『オレが、みすみす戦力を減らすような真似すると思うか? じゃ、行ってくるわ』

側近「……どうぞ、お気を付けて」



 ――バタン



側近「…………」

側近(……演説は、一時間程度。この隙に、魔王様の元へ――)


魔王『おい、側近』ガチャ

側近「!? な、なんですか?」

魔王『お前のことだから、どうせ魔王様のとこに行きたいんだろ?』

側近(考えが、読まれていたか……!)

魔王『行くのは構わないけどさ、演説終わってからにしてくれないか?』

側近「……かしこまりました。そのように……」

魔王『良い子だ。じゃ、今度こそ行ってくる』

側近「行ってらっしゃいませ。私も後ほど――」



 ――バタン



側近(…………)





側近(……魔王様、どうかご無事で)



また来月くると言って、今日まで遅れてしまいすみませんでした。
今日の更新分はここまでです。
読んでくださった方、どうもありがとうございます。

>>980まで行ったら、次スレを立てようと思います。
それでは、また来週を目標に書き溜めてきます。



  ~魔王城・広間~


 ――ザワザワ ガヤガヤ


氷精霊「……っはー、それにしてもえらい数やなー」

巨人「おぉよ、人間界中の魔物が集まるなんて、初めてだもんなぁああ」

暗黒剣士「広間に入りきらない魔物は、外で待機か。魔王様は一体、何を……」

海魔人「なんにせよ、何か大がかりなことが始まりそうですね」

氷精霊「んー? そういや翼竜のじっちゃんの姿が見えへんで。どないしたん?」

海魔人「あー、それは……」






毒竜「――魔王様に裏切りを働いたとのことで、軍法会議にかけられております」

氷精霊「うわっ、びっくりさせんなや! 誰やあんた!?」

海魔人(なぜ、わざわざ気配を絶って背後に立つんだ毒竜……)


毒竜「お初お目にかかります。翼竜様の部下、毒竜と申します」

巨人「おぉう、よろしくなぁ」

暗黒剣士「翼竜の……。今回の件、大層難儀だったな……」

毒竜「お気遣い感謝。しかし、魔界ではよくあることです」

氷精霊「せやかて、翼竜んとこの軍って、かなり大きいやろ? 大丈夫なん?」

毒竜「無論、しばらく混乱は、治まりませんでしたね」

巨人「翼竜がいなくても、やっていけそうかぁ?」

毒竜「まだ何とも言えませんが、翼竜軍の上層部で話し合って、現在は自分が翼竜様の代理をさせて頂いてます」



海魔人(魔王から指示を受けるまえに対応をとるとは、さすが翼竜軍といったところか……)

海魔人(……そして、ますますこいつが、幹部代理に抜擢される可能性があがったわけだ)

海魔人(憂鬱だ……)



毒竜「海魔人様、自分が代理をやると何か不都合でも?」

海魔人「おまっ……!? 読心術でも体得してるのか!?」

毒竜「いえ、顔にそう出てましたので」


海魔人(全く、こいつは……。不都合極まりないに決まってるだろ……!)

海魔人(昨日の酒場の件で、僕も魔王への裏切りを考えていたことを、こいつは聞いている)

海魔人(告げ口されようものなら、僕だって翼竜の二の舞になりかねない)

海魔人(なんとかして、懐柔しておかなければ……)



毒竜「ちなみに自分、酒や女より、甘味の方が好みです」

海魔人「いちいち僕の顔を読むな! あと賄賂を要求するな!! ふてぶてしい奴め!」

毒竜「チョコとか焼き菓子が、特に好きです」

海魔人「ガマガエル喉に詰まらせて死ね!!」



氷精霊「なしてド突き漫才しとるんや、あんたら」


暗黒剣士「おい、お前たち。魔王様が来られるようだぞ」

氷精霊「しゃーないなー。はいはい、そこなお二人さん、お黙りやー」

海魔人「ん、ああ、もう始ま――」



魔王『…………』



巨人「んぇ?」

氷精霊「はぁあッ!?」

暗黒剣士「――!?」

海魔人「馬鹿な……!!」

毒竜「……あの顔、まるで」




全員「 勇者!? 」


巨人「おぉい、わけわかんねぇぞ? どういうことだぁあ?」

氷精霊「信じられへん! なんで勇者が魔王になっとるんや!?」

暗黒剣士「確かに、勇者だな……。角や牙が生えているが……」

海魔人「一体なんのつもりだ! あんな恰好で、魔王城に侵入するとは……!」

毒竜「覚悟は……、できてるんですかね? この数の魔物の前に、身をさらすなんて――」



      ザワザワ

            ドヨドヨ


   ガヤガヤ



側近(……やはり、混乱は免れないか)

側近(一部の魔物は攻撃体勢に入っている……)

側近(この状況、どうするつもりかしら、勇者――)



魔王『…………』





魔王『――шизумаре, орено ханасиwо кике』




全員「 !!? 」




側近(まさか、勇者が、魔族語を……!?)

側近(魔界の者にしか扱えないという言語を……、あの、勇者が)

側近(これも、体が変わった影響なのかしら……)




魔王『よーし……、全員おとなしくなったな』

魔王『お前たちの言いたいことは、だいたい分かる』



魔王『なぜ、勇者が魔王になった?』

魔王『どうして、勇者のくせに魔族語が使えるのか?』

魔王『本物の魔王はどうなった?』

魔王『ざっとこんなもんだろ』



魔王『お前らの疑問には答える。経緯も話す』

魔王『なるべく手短に済ますつもりだから、最後まで聞いてくれ』


魔王『そもそも、オレと魔王は二日前から入れ替わっていた』

魔王『あいつは、魔王の仕事に退屈したから、勇者やりたいとか言ってたぜ』



巨人(二日前ぇ? 何してた日だったかなぁあ?)

氷精霊(つーことは、あの会議の日からか……。たしかに、ちょっと雰囲気違うてたもんな)

暗黒剣士(では、昨日殺しに行った魔王も、勇者だったと……?)

毒竜(入れ替わってたとなると、港町でみかけた勇者は、魔王様ということに――)

海魔人(クソッ、なにが下流魔族だ。とんだ茶番だったわけだ……)


魔王『最初は、ただの代役をやってたんだけど、あることを起因に、オレの体は変貌した』

魔王『どういう仕組みでこうなったかは、よくわかんねぇけど、オレの体は魔界の者のソレになった』



魔王『姿形がこんなにも変わった』

魔王『魔王に匹敵する力と魔力を手に入れた』

魔王『呪文も呪術も、ソツなくこなせるようになった』

魔王『魔族語だって、話せるし、読めるし、聞けるし、書ける』

魔王『見た目も力も、魔王そのものになったわけだ』



魔王『本物の魔王は、どうなったか分かんねぇな』

魔王『たぶん、オレの仲間たちと一緒にいるんだろうけれど……』

魔王『けっこう強めの呪いをかけてやったから、しばらく身動きとれねぇぜ』


魔王『さーて、とりあえず必要なことは話したかな』

魔王『質問は、全部話し終わってから受け付けるから、そのつもりで聞いてくれ』

魔王『ここからが、本題だ。なんで、オレがこんな恰好で前に出たのかを、話す』



魔王『と、その前に、ここにいる全員、――いや』

魔王『オレの声を聴いているみんなに質問がしたい』



側近(…………)








魔王『――なぁ、おまえたちは、「こんな世界は嫌だ」って思ったことあるか?』








  ~勇者の家~


勇者母「――そうですか、あの子が、そんなことに」

大賢者「ええ。お辛かったでしょうが、全て聞いてくださり、ありがとうございます」

勇者母「いえ、大事なことを教えてくださって、こちらこそお礼を言わせてちょうだい」

大賢者「わたしも、事の大きさを知った時、まず貴女に伝えなければと思ったんですよ」

勇者母「光栄だわ。もう現役じゃあなくなったと思ってたのに」



大賢者「では、奥様……」

勇者母「ええ、お返事でしょう? もちろん、協力させていただくわ」

大賢者「本当に、有難うございます。わたし一人では、どうしようもできない事態でしたので」

勇者母「これでも、元勇者だもの。困ってる人を、何より――」





勇者母「――道を踏み誤った息子を、見捨てるなんてできないわ」


大賢者「それでは、早速向かいましょうか」

勇者母「ええ、でもちょっと待って、装備を整えていくわ」

大賢者「おや、これは失礼。では、わたしは外で待機してますね」

勇者母「ごめんなさいね、すぐ済ますから」



 ――パタン



勇者母「…………」



  ~勇者の家・外~


使い魔「カァ」バサ

大賢者「おや、待たせてしまってすみませんね。偵察ご苦労」

使い魔「カァカァ」

大賢者「……そうですか、城内はそんな事態に。うちの弟子も、大変そうですねぇ」

使い魔「カー」

大賢者「なるほど、伝説の剣は、地下倉庫ですか。どうもありがとうございます」

使い魔「カーカー」

大賢者「ふむ、強固な錠がついてると……。まあ、開錠呪文で一発でしょうね」




大賢者「うちの弟子には悪いですけど、まずは伝説の剣の入手を優先しないと……」

使い魔「カーカーカー」

大賢者「なに、人でなし? 失敬な。一応、悪いなーとは思ってますよ。一応ね」


使い魔「カー……」

大賢者「急がなくていいのか、ですって? まあ、確かにある種、一刻を争う事態ですが……」







大賢者「――母が、子のために涙する時間ぐらい、とってあげるのが人情というやつでは?」



勇者母「…………」

勇者母「…………」

勇者母「…………」

勇者母「…………」



勇者母「……っ、……」ポロ

勇者母「……ぅっ、ふ、」ポロポロ



勇者母「……待っててね、わたしのかわいい子」







勇者母「――お母さんが、必ず助けてあげるからね」

今日の投下はここまでです。
いつも読んでくださりありがとうございます。
コメントや乙も、大変励みになっております。

前回も言いましたが、次スレは>>980に到達したら建てます。

それでは、また来週きます。

早く続きが読みたい

とりあえず、生存報告です。
忙しくしてなかなかこれなくてすみません。
新スレはそのうち建てますので、建てたら誘導いたします。

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