初春「私に任せてください、垣根さん」(687)


・垣根×初春

・もしも垣根が無事だったら

・ただし垣根は記憶喪失


二人があれやこれやを乗り越え幸せになるまでのお話。
よろしくお願いします。



 始まりは偶然だった。



 初春がその日、とある路地裏に足を踏み入れたのは本当にたまたまだ。
 最近寒くなってきた。そうだ、自販機でいちごおでんを買って飲もう。
そう思って財布から出した硬貨を取り落とし、転がるそれを慌てて追いかけたのが、全ての始まり。

(うう、まだ夕方なのに薄暗いです……)

 十円玉は闇に紛れて探しづらい。必死で視線を走らせて、初春は水溜まりに浸かった硬貨を見つけてほっと息をつく。
 近付いて、屈んで硬貨に手を触れて。
 そして気付いた。

(……あれ? なんで水溜まり?)

 初春は知っている。ここ数日、学園都市は曇り続きではあったものの、雨なんて降っていないということを。

(なんで……)

 初春は知っている。この、鼻腔をかすめる鉄の臭いは、十円玉のものとは明らかに違うということを。

(なんでこの水溜まり、赤いんですか……?)

 初春は、知っている。




 触れた硬貨から伝わる、ねちょ、とした感覚。
 視線をおそるおそる上げ、路地裏の暗闇に目を凝らした、その先に。

「――――っ!」


 服の色も分からないくらい血まみれになった人がひとり、倒れ伏していた。


 悲鳴が出そうになるのをすんでのところで堪えた。『風紀委員』としての使命が、かろうじて初春を動かしていた。
 震える声で救急車に電話をかける。幸いにもここは病院の目と鼻の先だ。大丈夫。
何があったかはまったく分からないが、きっと助かる。そう自分に言いきかせる。

「も、もうすぐ救急車がきますから! しっかりしてください……!」

 聞こえていないだろうことも構わず声をかけた。血にひたってぴくりともしないその人は、
よく見ると病院の検査服のようなものを着ているようだった。所々血で固まった毛先を払い、
顔に付いていた赤を指で優しくぬぐって、


「っ! ひ、」


 今度こそ、悲鳴が漏れるのをとめられなかった。

(この、人は)

 忘れもしない。
 あの日。あの、十月九日の喫茶店での出来事。


『失礼、お嬢さん』

『こういう子がどこへ行ったか、知らないかな。最終信号って呼ばれているんだけど』

『そうだね。その前にもう少し自分で捜してみる。ありがとう』



『テメェが最終信号と一緒にいた事は分かってんだよ、クソボケ』



「――――――、ぁ、っ」

 かつて圧倒的な力で初春を蹂躙した人間。
 学園都市の序列第二位、『未元物質』を操る『超能力者』。

 垣根帝督。

 この時はまだ名前も知らない彼の命を救ったことで、全ては動きだす。
 救急車のサイレンの音を追いかけるように、雨が降ってきていた。
 
(……こんなことって、)

 初春はその場に立ちつくし、目の前の彼のものであろう血が、ゆっくりと血で薄まっていくのをただ茫然と眺めるしかなかった。




 風紀委員の少女と暗部の少年が再び交差するとき、物語は始まる。


こんな感じです。
ずっと追いかけてた帝春スレが夏に落ちちゃって悔しくてたてました。
なので既視感あったら影響されまくってますすみません

見てくださってありがとうございます。



頑張れ

乙なんだよ!


期待してる

おつ
待ってます

ミサカはミサカは乙って言ってみたり~

帝春スレは大好物です
ブクマブクマ~♪

レスありがとうございます! ひとりぼっちじゃなかったヤッター
冷静になって見返すと流石に短すぎましたすみません

今日のぶん投下していきます




「それにしても、物凄い偶然だね?」


とある病院の一室で、初春はカエルのような顔をした医者と向き合い話をしていた。
成り行きで救急車に同乗することになりずるずるとそのまま居残ってしまった初春に、医者は深々と頭を下げる。

「ありがとう。君のお陰で、僕の患者を助けることができた」

「い、いえいえ! 私は電話をかけただけで……!」

内心で、ああ彼は助かったのか、と少しだけ安心した。
あんな傍目にも酷い傷を負って、果たして本当に大丈夫だろうかとも思ったが、ともかくもほっと一息つく。

(……よかった)

初春は基本的に平和的な思考の人間だ。非日常な危害を加えられれば勿論怖いと感じるし、
あの日の痛みは未だに思い出して身震いする。
冷たい視線と、一切迷いなく右肩を踏み潰した脚の動きはトラウマだった。

けれど、憎くはない。
怖いだけだ。肩の傷はとっくに、完治していた。


「えっと……あの人は、なんで……?」

「うん? 気になるかい?」

「あ、その、……」

守秘義務。そんな言葉が頭の中を駆け巡る。


「……前に会った時とは、ずいぶん様子が違っていたので……」

思わずぽろりとこぼれた言葉に、医者は驚いたような顔で言った。

「君、彼の知り合いだね?」

「えっ、あ、その」

「様子が違うのも仕方のないことだと思うね? なんせ……彼は記憶を失っているんだから」

「…………!?」

「驚かせてしまったね? すまない。彼は……ひと月ほど前に大きな手術をしてね。
成功はしたんだが、後遺症で全て忘れてしまっている。でも、あくまで一時的なものだ。
『ああいうの』はちゃんと治せるものなんだよ?」


カエル顔の医者はそこで少しだけ寂しそうにし、けれど力強く「治してみせるさ」とまた言った。

どうやらあの日、先月の九日からずっとこの病院に昏睡状態で入院していたらしく、
今朝初めて目を覚まし――――そして脱走した。何があったのかは知らないが、数時間後、
血まみれの状態で初春に発見され、後は彼女も知る通りだ。


「記憶を失って混乱していたんだろうね? 正直言って……普通に出歩ける状態じゃないはずなんだ、
リハビリもまだだしね? おまけにまた傷を作って帰ってくるなんて、久々にこんな無茶を見たよ」

「……………………」

「そうだ、知り合いなら彼と話をしてくれると嬉しいね? 記憶の戻る助けになるだろう?」

「え――――、」

「まあ、今日はもう遅い。後日にでも考えてみてくれると僕としては申し分ないね? きっともうすぐ、目を覚ますよ」

「……は、はい……」



とっぷりと日が暮れて、病院の一室。
初春は帰る前に一目、あの少年の無事を確認しようとそこを訪れていた。

(……どうしよう)

ぐるぐると考えるがまとまらない。率直に言えば、かなり怖い。
本来なら知らん顔で帰っても誰にも非難はされないだろうし、そうしてしかるべきなのだろう。
だが、初春飾利という人間はそれをするにはあまりにも善良で、優しすぎる少女だった。

何より、先ほどのカエル顔の医者の言葉が、頭にこびりついて離れない。



『誰も来ないんだよ……彼の病室。意識はなくてもきっと、寂しい筈だね?』



「…………今日だけです。今日だけ」

あまりにも殺風景な病室で一人ごちる。意識が無いなら何も、酷いことはされないだろう。そう自分を励ました。

綺麗な寝顔だ。改めてとっくりと眺めてみると、かなり整った顔立ちをしているのが分かる。
初対面の時は肩の辺りまであった気がする明るい茶髪は、何故だか今見ると首筋くらいまで短くなっていた。
血がとれなかったのだろうか。

見た目を観察するだけで割と楽しいなんて、綺麗な人は得ですねなどと内心呟いた。

そうは言ったもののやはり手持ち無沙汰で、「……あの時の仕返しですよー、ばーかばーか」血の気の失せた頬をつつく。
やわらかい。なんだか楽しくてくすりとした。
しばらくふにふにと感触を楽しんでいたのだが、彼の瞼がかすかに震えたのに驚いて手をひっこめる。

(うわ、わ、どうしよう!? 起きちゃう……!?)

男性にしては長い睫毛。ゆっくりとそれが持ち上がって、黒い双眸が見える。
何度かのまばたきの後、その視線がゆるりと初春を、向いた。

「……………………、ぁ……?」

「! ……、」

本当に何も覚えてないんだ。何故だか初春はそのことに安心して、不思議そうに自分を見つめる彼の手をとる。


「は、はじめまして」

「目が覚めて、よかったです」

「えっと、あなたが道に倒れていたからここに……わ、私はただ電話しただけなんですけどっ」

「あの、どこか痛くないですか? 大丈夫ですか? ん、と、えっと……」

まったく要領を得ない言葉。相手が記憶喪失とはいえ嘘をついてしまったことに罪悪感が生まれる。
しどろもどろになった初春は、握る手に力を込めた。
彼の手の指はほっそりとしていて、ひどくひどく、冷たかった。


「あ――――あなたが無事で、安心しました」


思わずそうこぼしていた。言葉はちゃんと届いただろうか。顔が見られなくて、俯く。
正直少しだけ怖かった。初春はあの、暴力的で理不尽な彼しか知らなかったから。

冷たいてのひらから、少しだけ自分の手を握り返された気がして初春ははじかれたように顔を上げる。
ぼんやりと黙ってベッドに横たわる彼は、ふ、と何の前触れもなく目元を緩め、


「……あ、りがと」


(――――!!)

初春の五感が正しければ。その時彼は確かに柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」と、うまく動かないのであろう舌を必死に動かして。


(なんで、そんな)

ぎゅう、と心臓が締めつけられたような気がした。あまりにもその笑顔が穏やかで、心がざわつく。

(なんでそんな……あの時と全然違う顔、するんですか)

ずるいじゃないか、と思う。そんなのは、ずるい。

(これじゃあ私、どうやったってあなたのこと、嫌いになれないじゃ、ないですか)

気付いた時には彼の目は再び閉じられていた。まだ意識が朦朧としているのだろうか。
初春は手をそっと放して、席を立つ。



「……また来ます」 

静かに呟いた。無駄に広い病室に、いやに響く。

「今度はお見舞い持って……また、来ます!」

開き直って声を張った。個室だ、問題ないだろう。
ベッドに横たわる彼の眉がわずかに寄った気がして胸がすっとした。直後に申し訳なくなって
「ご、ごめんなさい。おやすみなさいっ」と慎重に扉を開けて病室を出る。


(あ、そういえば十円玉……)

結局財布に戻しそびれたお金を思い出したが、その思考はすぐに、『どんなお見舞いを持ってこようか』
という悩みに取り替えられたのだった。



キリがいいので今日はこれで
改行位置がいまいちつかめないのですが、読みづらくはないでしょうか

見てくださってありがとうございます。

乙!
改行はちょうどいいと思う

乙乙!



『今度』は意外と早くやってきた。


「初春、支部に病院から電話が入っていましたわよ」

同僚の白井黒子からそう言われたのは三日後のことだった。
いつも通り学校帰りに支部に寄り、いざパソコンをつけようとしたところに声がかかったのだ。
書類の束をまとめていた白井は、ツインテールを揺らして言う。

「時間がある時でいいのでまた話をしてくれると助かる、みたいな内容でしたわ」

「ええっ、本当ですか?」

「なんでも、この前の事件のことでもう少し詳しく話を聞きたいそうですの。
あなた、第一発見者なんでしょう?」

「調書はとったんですけどねえ……」

「病院で知りたいのは事件の犯人についてじゃなく患者さんについてですのよ、きっと」

「……なるほど」

「こちらはわたくしがやっておきますから、初春は早く病院にお行きなさいな。
あのお医者様にはお世話になっていますし」

「そうですね。ありがとうございます白井さん」

「はあ、わたくしも早く終わらせてお姉様にお会いしたいですの!」

「頑張ってくださいー」



そんな会話ののち、第一七七支部から出た初春は立ち止まって若干思案する。

(流石にもう意識は戻ってますよね……? やっぱり寄った方がいいかなぁ)

話をしてくれると助かる、ということらしいが、あれは間違いなく二重の意味だろう。
寧ろこちらの方が本命かもしれない。

(お金あったかな。食べ物……は、好き嫌いが分からないですし、
何より食事制限があったら即アウト……やめた方が無難ですかね。うーん、思ったより難しいです)

てくてくと歩き始めた初春は自分の記憶を掘り返してみた。
病院。個室。あまりにも殺風景で真っ白な、そこ。ひとりぼっちの、彼。

(……よし! 決めました、ここはセオリー通り花がいいですね! 綺麗なものを見たら元気になりますよ!)

喜んでくれるだろうか。またあの笑顔が見られるだろうか。
初春は元々、尽くすタイプである。人の為に、人が喜んでくれそうなことを考えたりしたりするのが好きだ。
それは今回も例外ではない。
おまけに、相手は記憶喪失の怪我人。いくら初対面の印象が最悪だったからと言って、
それで相手を無下にできるような性格でもなかった。

花屋に寄って、目当ての花を購入する。数がなくとも雰囲気が華やぐような、綺麗なもの。
足取りは不思議なほど軽い。初春の認識では、既にベッドの上の彼とあの日の彼とは別人だった。
というか、一緒にする方が無茶だろう。あんなに優しく笑えるなんて知らなかった。
あの日の笑顔は、胡散臭いなあ、ぐらいに思ったのに。

(か、髪ハネてないかな……花はバッチリですね!)

病室の前でスカートの裾をぱたぱたと払って、「失礼します」とノック。
どきどきしながら扉を開ける。




「あ? 誰だテメェ」



部屋を間違えたかと思った。
開口一番凄みのある声を投げつけられ、初春は思わず腕の中の花をぐしゃりと抱き潰してしまう。
鋭い視線に足がすくんだ。声が、出ない。
三日前のアレは夢か幻かと泣きそうになって、彼がベッドの上で首をかしげているのにようやく気付いた。

「……何してんの? 入んねえの? ……部屋、間違えたのか」

「! い、いえ! 入りますよっ間違えてません!」

一瞬だけここに来たことを後悔してしまった自分を恥じた。初春が部屋に足を踏み入れた瞬間、
彼があからさまにほっと息をついたのが分かったからだ。

(そっか……そうですよね)

きっと、彼も不安なのだ。
何も分からず、誰も分からず、ひとりで。


「あの、怪我は大丈夫ですか?」

恐る恐る聞くと、「超痛てぇ」と即答される。それもそうか、と考えなしな質問を反省する初春。
どうして怪我をしていたのか、とか、どうしてあんなところで倒れていたのか、とか、
気になるところは沢山あったもののそちらについての質問も控えることにした。
ほぼ初対面だ。そっけない受け答えなのも当然だし、仕方ないとも思う。けれど。


それにしても「誰だテメェ」は無いだろう、普通に無い。

「この前はあんなに天使みたいだったのに……!」

「はぁ? 何言ってんだアンタ」

「なんでもないですよ……っていうか、私は三日前にもあなたと会ってるんですけど。覚えてません?」

「まったく記憶にねえな。……ああ、もしかしてアンタが『第一発見者』ってヤツか?
災難だな、今日も病院から呼ばれたんだろ」

聡い、と初春は驚く。記憶を失っていても基本的なスペックは他との比にならないのだろう。
けれど、どこかずれているのもまた確かだ。

「それもありますけど、お見舞いがメインですよ、今日は。
お花を持っている時点で気付いてください。私はあなたのお見舞いに来たんです」

「へえ、この病室に見舞い客なんざ初めて来たぜ」

「……えーと」

「んだよ、同情でもしてんのか? 何も思い出せねえけど、
こんな大怪我で個室にブチこまれてるってどうせロクな人間じゃねえだろ」

「そ、そんな風に言わなくてもいいじゃないですか」

「『事故』じゃなく『事件』だって聞いた。つまりはそういうことだ。
別に誰も来なくても……構わねえよ」

「…………」


(うそつき)
そんな寂しそうな顔で、よくもまあそんなことが言えるものだと初春は唇を噛む。
自分の元を訪れる人間全てを疑ってかからなければいけないというのは、どれだけ辛いことなのだろうか。
先ほどの警戒心の強い瞳を思い出した。


「……初春飾利」

「は?」

怪訝そうな顔をする彼に、初春は構わず続ける。
普通にまた、始めればいいのだ。
確かに最初は少しだけ、間違ってしまったかもしれないけれど。
それでもまだ、きっとやり直せるだろうから。

「私の名前です。初めての春を、飾る利益、で初春飾利」

「……その自己紹介はどうかと思う」

「分かりやすいでしょう。ほら、あなたの番ですよ」

「…………」

「実感が無くても、口に出すのって大事です。自分の名前なんですから」

促すと、しぶしぶといった風に口を開く。

「……垣根。垣根帝督……っつーらしい。下の名前は、帝国の帝と監督の督」

「はい、分かりました! よろしくお願いしますね、垣根さん」


そういえば本当に初対面だったあの日に、一方的に自己紹介をされたような気が今更したが。
名前なんて痛みで全て吹っ飛んだのでまあノーカンでいいだろう。
初春は割と適当な少女だった。そんなことより雰囲気を大事にしたい派だ。

そして、まだまだ言いたいことも沢山あった。


「私がお見舞いに来ますから」

「……? 何言ってんだ、今日は病院から呼ばれて来たんだろ?」

「もう、あなた本当に人の話聞いてないですね。
だからお見舞いがメインイベントだって言ってるでしょう……じゃなくて」

初春はにっこりと笑う。
まるで迷子のような彼を、少しでも安心させられたらいいな、と思いながら。

「今日で終わりじゃありません。また何度だって来ますから、垣根さんはちゃんと、
リハビリ頑張らなきゃだめですよ? そしたら美味しいものとか買ってきてあげます」

「お、おい、アンタ」

「そうですねぇ、私だけじゃ寂しいならアテが少しはありますし。
ちょっとうるさいし変な人たちばかりですけど楽しい友達ですよ。楽しみにしててくださいね!
あ、少し動けるようになったら病院の外にも行きましょう。まあちょっと寒いですけど、
今の季節は美味しいものいっぱいありますし……病院食ってなんか味気ないイメージありません?」

「……っ何言ってんだよさっきから! 訳分かんねえ――――」

「私がいくらでも会いにきます。だから、自分がロクな人間じゃないとか、周りに誰もいなくてもいいとか、そんな」



「そんな悲しいこと、言わないで」



ゆっくりと紡ぐ。こんなにも、この人としっかり目を合わせたのはもしかしたら初めてかもしれない。
初春は揺れる瞳を見つめて、また笑った。


垣根は暫く黙って、視線を初春からふいっとはずす。
ごにょごにょもごもごと口の中で何やら呟いたようだったがあいにく初春は読唇術など使えない。
「なんですか?」と問いかけてみると、垣根はなんとも言えない表情でぼそっと言った。

「……ありがとな」

「はい?」

「はい? じゃねえんだよなんなんだよアンタわざとやってんのか?」

「冗談ですってば。怒らないでくださいよ、短気ですね」

「……。アンタがいなかったら、俺は死んでた。アンタのお陰で生きられてるから。
ありがとう。……さっきは悪かった、ヒネたこと言って」

「…………わ、ちゃんと謝ったりお礼言ったりできるんですね。驚きです」

「喧嘩売ってんのかコラ」

口の端を引きつらせる垣根は目つきも相当悪かったが、数分前と比べるとまったく怖くなかった。
それがなんだか、とても嬉しい。

堪えられないとでも言いたげに目をそらす垣根はなんだかかわいいと思った。
口に出したら怒られそうなので黙っておこう。そこまで考えて、
初春は腕の中で若干しおれている花にようやく意識がいった。

「あ、あああああ! せっかく買ったのに! ちょ、垣根さん花瓶どこですか!?
お花がぐったりしてますよ!」

「うるせえ奴だないきなり! 大体それテメェが握りつぶしたから……」

「どっかの寂しがりやさんが『誰だテメェ』とか威嚇してきたからでしょう!」

「ばっ……誰が寂しがりだ訂正しやがれこのガキ!」

「もういいです自分で探しますから! あと、私はガキじゃないです初春です!」

ぎゃんぎゃんとわめく二人。個室じゃなかったら確実に苦情が出ていたであろうヒートアップぶりだったが、
幸か不幸か止める者はいない。

学園都市の上から二番目が参加しているとは思えない低レベルな言い争いに終止符が打たれるのは、
よい子はもう帰りましょう、みたいな音楽がどこからともなく流れてくるのを聞く頃であった。
初春は小ぶりながらも趣味のいい花瓶にご満悦だ。


「じゃあ、また近いうちに来ますね。甘いものは好きですか?」

「もう勝手にしろよ……多分嫌いじゃねえけど」

「それはよかったです! えっとですね、
 この季節だとマロングラッセとマロンクリームと生クリームのクレープが美味しくて……」

「……アンタ、クレープ持って病院に入ってくるつもりか……?」

「あら。意外と常識的なんですね。まあそれは垣根さんが外に出られるようになったら、ということで! じゃあ、」


扉の前に立つ。ちょっとだけ悩んで、手を振った。
初春の動作を黙って見ていた垣根は、いつまでたっても手を振り続ける初春に眉をひそめる。

「おい……?」

「見て分かりませんか? さよならのあいさつをしているんですよ、私は」

「いや、だから」

「……垣根さんはやってくれないんですね、私悲しいです」

途端に苦虫を噛み潰したような顔をする垣根。初春は涼しい顔で手を振っている。
そろそろ疲れたなー悪ふざけしなきゃよかったなー、と初春が腕の乳酸に後悔し始めた辺りで、
観念したように小さな声と、僅かに上がる左手。



「…………またな、初春」

ひらひら、と二往復して、ベッドの上に手が落ちる。

「はい、また今度!」

満足そうに顔をほころばせて、初春は花を揺らし病室を後にした。
静かになった病室で、暫く閉ざされた白い扉を見つめて、独り言ともつかない呟きを漏らす。


「変なやつ……」


その表情はとても、柔らかかった。


投下終了です。改行このままいきます、ありがとうございます。
初戦は初春の勝ち。黒子は後々もっと出てくる。

乙!
楽しみにしてます!

乙なんだよ!

やぱい大好きです
>>1乙頑張って完結まで行ってください

初春ちゃんマジ天使
乙。


 病室から出た後に、初春は医者と短い会話を交わした。


「――――じゃあ、彼がなぜ血まみれでいたかは分からないんだね?」

「はい。私が見た時はもう……意識もなかったみたいで」

「そうかい……ああ、彼の病室に行ってくれたんだろう? ありがとう」

「最初はすごく警戒されちゃいましたけど、なんとか自己紹介してきました」

「君みたいな人がいてくれるととても助かるよ。彼には自分が重体患者だっていう自覚が足りてなさそうだからね?」

「リハビリ頑張ってくださいね、ってつい言っちゃったんですけど、そんなにすぐよくなるものなんですか?」

「月並みな言葉だけど、彼の頑張り次第というところだよ? ちょっとの間は車椅子を使うことになるだろうね?」

「あ、私一時期車椅子を押してたことがあるので、お散歩とか一緒に行けたらなって思うんですけど」

「病院は退屈だろうしね。うん、数時間なら外出も大丈夫だね?」

「食事制限はあったりしますか?」

「今、点滴から流動食に戻している最中だよ。もう数日したら固形物でも構わない。でも、刺激が大きいものは避けてほしいね?」

「分かりました! 意外と元気そうでよかったです」

「君は……彼と仲がよかったのかい? 知り合いだと言ったって、それにしてもずいぶんと気にかけてくれているね」

「えっ……と、……困った人を助けるのが、『風紀委員』のつとめですから!」

「心強いね。じゃあ、これからもよろしくお願いしても構わないかな?」

「はい! 近いうちにまた来ます!」



 初春はきっと、このとき『風紀委員』という言葉で結論を先送りしたことを、後悔することになるだろう。
 それが分かるのは、まだ大分先の話である。



 次に会った時は、凄まじい質問攻めを食らうことになった。
 記憶がすっぽり抜け落ちてしまっている垣根は、初春が丁寧に話す内容を興味深そうに聞いていた。
 お医者さんからは何も聞いていないのだろうか、と初春は疑問に思ったがすぐに会話に集中する。

「何か思い出せました?」

「いや、さっぱりだな。……あのカエルみてえな医者からちょろっとは聞いたが、第二位? とか言ってたか」

「はあ……凄いですね、雲の上って感じですよ」

 どうやら自身の基本情報に関しては聞いていたらしい。学園都市の序列第二位である『超能力者』。
 この世に存在しない物質を操る者。
 初春にはさっぱりである。原理を説明されても分からないだろう。

「素粒子だの何だの、単語の知識は残ってるみてえだが。……いやいや、これありえねえだろ。常識的に考えて」

 知識と記憶の祖語に戸惑っているのだろう。
 垣根は、以前の彼からすると信じられないような台詞を言ったりしているのだが気付かない。



「自分がんなスゲェ力使ってるとこ想像できねえし。っつーか、今も実際使えてねえじゃん」

「ええ!? 使えなくなっちゃったんですか!?」

「うわっなんだよ大声出すんじゃねえよ、びっくりすんだろうが」

「で、でも……」

「多分アレだ、『自分だけの現実』? の問題じゃねえの。
 ありえないことをどれだけ自分の現実として捉えられるか、ってやつ」

「想像力不足ですか」

「医者はテキトーなこと言ってはぐらかしやがる。ムカつくぜ」

「どういうことですか?」

「超能力なんて使えねえぞっつったら、『昨日の夕飯は忘れても、自転車の乗り方は忘れない』だと」

「……体が覚えてるから、勘を取り戻せば大丈夫、って感じでしょうか」

 さあな、と割とどうでもよさそうに返す垣根は、ベッドの上の体勢を少し変えて初春の方に向き直る。


 打って変わって楽しそう、と表現しても差し支えなさそうな様子に初春は首を傾げた。
 そんな初春に構わず、垣根は僅かに身を乗り出して、

「なあ、アンタは何ができるんだ?」

 そう言った。

「え?」

「アンタも能力が使えるんだろ? 見せてくれよ」

 うぐ、と初春は言葉に詰まる。
 学園都市の半数以上は『無能力者』なのだが、初春は微弱ながらも能力と呼べるものを持っている。
 『定温保存』という、物の温度を一定に保つ能力だ。はっきり言って、見栄えも何も無い。

 しかし目の前の垣根ときたらどうだ。なんかすごい目がきらきらしている。
 魔法使いを見る子供の目だった。火とか水とか出すのかなわくわく、みたいな感じだ。

 なるほど記憶が無いということは、彼は人生で初めて超能力を見るということになるのだろう。
 知識として頭の中にあるものと、実際に見るものは違う。それは初春にもなんとなく分かる。

(でもよりによって……私の能力見せたらすごくがっかりさせちゃいそうです……)

 それはなんとなく、「サンタなんて本当はいないんだよ」という台詞を子供に言うような心境に似ていた。
 夢、ブチ壊しである。
 そして初春は心に誓う。次はどうにか頼んで白井にも来てもらおうと。
 是非とも、垣根の目の前でテレポートしてもらおうと。

 ええいままよ。もうどうにでもなれ。そんなやけっぱちな心境で初春は手を伸ばす。
 手近なところにあった垣根の手を握った。


「? なんだよ」

「……これが私の能力です」

「は? ……『握った手が離れなくなる』的な?」

「いやですよそんなの! っていうか垣根さんはそれでいいんですか」

「困る」

「でしょう。……っと、私の能力は『手に触れたものの温度を一定に保つ』っていうやつです」

「…………早い話が魔法瓶か」

「やめてください! やめてくださいその例え傷つきます!」

「あ、でも飯がいつでも美味いじゃねえか。便利だなそれ」

「そんなへたくそなフォローしてくれなくてもいいんですよ……」

 いやフォローじゃねえし、と垣根は真顔で言った。視線を自身の右腕に向ける。
 眉間に困ったように皺を寄せて、左手でそこを撫でた。

「俺、右腕の損傷が特に激しかったらしくてよ。なんかまだ違和感があるんだよな。右利きみてえだし、
 飯が食いづらくて仕方ねえ。ようやく重湯から解放されたってのにすぐ冷たくなりやがる」

 だから割と便利じゃねえの? と初春を見上げる。
 言葉が見つからず、初春は思わず吹き出してしまった。
 なに笑ってんだよと不満げな垣根に慌てて謝罪する。


「ふふ、ごめんなさい……なんというか、平和だなーって」

「ほう……? 俺の貧相な飯事情がそんなに面白いか、この性悪」

「そういう意味じゃないですって! 性格悪いのはどっちですか、もう。深読みしすぎです」

 ようやく笑いをおさめて、初春はひとつ提案をする。

「じゃあ、今日は私が食べさせてあげましょうか」

「はあ!?」

「冷たい食事はおいしくないんでしょう? 病院の夕飯って時間が早いですし、私は大丈夫ですよ」

「流石にそれは勘弁しろよ、介護じゃねえんだ。俺にもプライドってもんが……」

「そんなやっすいプライドいらないでしょう。おいしく食べないと作ってくれた人にも失礼じゃないですか!
 っていうか、女子中学生の手ずから食事できることを喜ぶべきです」

「そこまで人間廃業してねえよ! どんな変態だそれ!」

 心底嫌そうに叫んだ垣根は、最近の中学生ってやつはみんなこんななのかよ、
とかなんとかぶつくさ呟いている。
 話してみると案外普通だ、なんて初春は思ってみたりして、
ますます目の前の彼の認識があやふやになっていた。暴力の世界にいた彼と、今、ここにいる彼と。

(出会う場所が違っていたらこうだったのかな)

 もしもの話をしてもしょうがないと、分かってはいるけれど。



(……私、嘘ついて、騙してるんですよね)


 不思議なほどに、あの日が空事に思えるほどに、垣根の態度は初春に対して柔らかいものだった。
 何も分からない世界で、医者以外、一番初めに接したのが初春である。
 記憶が無いところに付け込んで、刷り込みのようにして彼の生活の一部になっているのだという事実。

 未だにこの病室に訪れる一般人は初春ただ一人なのだ。
 タイミングを逃し続けているのだと、言うのは簡単なことだが。

(もうちょっと、だけ)

 はじめまして、と確かに言った。
 どうして本当のことを言えなかったのかは分からない。
 でも、きっと。

(被害者……で、ありたくなかった)

 かつて傷つけられた存在としてではなく、普通に接してみたかった。
 それは彼女の、幼いが故の残酷な良心であったのかもしれない。
 良心の呵責を枷にして、後ろめたさを糧にして。


 それでも、彼とすごす時間はとても、楽しかった。






「おい、もう暗くなってんじゃねえか。さっさと帰れ」

「そ、その言い方は流石に酷くないですか!?」

「……。いや、アンタさ。ちゃんと言わねえと分からないとかほざく気か?」

「はい?」

「…………心配するだろ。俺はアンタを家まで送っていけねえんだからよ。察せよそこは」

「ぬっふぇ!? えっ、えええ、……っ」

「焦りすぎだがきんちょ。子供は帰って早寝しろ」

「……! か、からかいましたね!? 垣根さんのばか! タラシ! ホスト崩れ!」

「おいやめろ! 誤解を招く発言を大声でするんじゃねえ!」

 日が落ちるのが格段に早くなっていた。
 制服の上に重ねた学校指定のコートは、あまり防寒の役には立っていない。
 ここにいると時間を忘れる。
 今が夏ならよかったのに、と初春は治安が決していいとは言えない夜の学園都市に内心ため息をついた。

 いつものように、「また来ますね」と手を振って病院をあとにする。
 次に来たときは何をしようか。
 今度はどんな話をしようか。

 いつの間にか垣根と会うことが楽しみになっている自分がいて、なんとなくそれがくすぐったいような気分だった。


投下終了です。そろそろ外に出してあげたいですね。
レスありがとうございます。初春マジ天使、だけど花が描きにくいよなこの子……

おつ。
初春ばっか描いてると他キャラ描くときに頭に物足りなさを感じる。

おつ!
帝春最高


しかし色々と悪いフラグを残していったな

otu



「最近、初春の付き合いが悪くなったような気がしますの」

 ツインテールに三つ折りソックス、超名門校である常盤台中学の制服に身を包み、
初春と同じく『風紀委員』第一七七支部に所属する白井黒子はそう呟いた。
 それに応じるのは、頭に控えめに花飾りをつけた黒髪ロング、膝丈のセーラー服。
 佐天涙子。白井と同学年だが学校は違う。

「そうですか? 初春は『風紀委員』の仕事で忙しいんだと思ってたんですけど」

 二人は、寒空の下を並んで歩いていた。支部の近くの自販機で飲み物を買うために。
 コーヒーや紅茶など、一通りの飲み物は支部にもあるが。たまには変り種が欲しくなる時もある。


 珍しく情報処理の仕事が立て込んでいる初春を残し、白井と佐天は小銭を手におつかいだ。
 白井一人でも構わなかったのだが、遊びにきていた佐天(あまりいい顔はされないが、懲りずに来る)と
固法の分を考えるといささか手に余る。

 じゃあ私も、と立候補したのが佐天だったというわけだ。彼女としては、
いつも支部に入り浸っているので少しでも恩返しというか、ポイントアップを図っているのだろう。
 そんな道すがら。そういえばこの面子で二人きりというのはなかなかに珍しいかもしれない。

「いえ、勿論忙しいのはその通りなんですのよ。
 でも、ほら、非番が被ってもなかなか予定がつかないことが多いんですの」

「あー、そういえば最近あんまり遊びに行かないかもですね。どうしたのかなぁ」

「なんだか楽しそうにしているのであまり心配はしていませんが、ちょっと」

「寂しいですねぇ」

「……そう、ですわね。ちょっと寂しいですの」

「でも意外でした。白井さんってほら、いつも御坂さんと一緒にいるイメージあるから」

 硬貨を投入し、ぴ、とボタンを押す。
 出てきた缶を白井にリレーしつつ佐天は目をくりくりと動かす。
 自分も缶を二つ持って、先ほど来た道を戻った。

 風は冷たい。思わず首をすくめる。


「なんていうか学校も違うし、あたしなんて支部に遊びにいかなきゃこうしてちょっと喋ったりもできないし」

「確かにお姉様とすごす時間は、他の誰よりも長いですの。でも勘違いしないでくださいまし。
 だからと言って初春とすごす時間が短くなって何も思わないほど、わたくしは薄情じゃありませんのよ」

「なるほど、それもそうですね」

 白井は、省エネを心掛けて暖房を控えめにしている支部への扉を開ける。
 あ、おかえりなさい白井さん。そんな声を聞きながら、彼女は更に付け加える。

「わたくし、お姉様とのショッピングは本当に好きで好きで仕方ないですけれど。
 ……佐天さんや初春と一緒に甘いものを食べに行くのも、同じくらい好いているんですの」

 こういうのも勿論楽しいですわ、と白井が言った次の瞬間、手の中にあった缶がひとつ忽然と消える。
 こちらに駆け寄ってきていた初春が、空中に現れた缶とぶつかった。


「わひゃあ!? 白井さん危ないですよ!?」

「あら、ちゃんとキャッチできたんですのね。反射神経がよくなってきているようで何よりですの」

「私の足が速かったら缶が体に埋まってましたよ!」

「そんな単純な計算を誤るほど、わたくしの能力はお粗末じゃありませんわ」

「ってか初春、相変わらずそんなハズレ臭のするもの飲んでるんだ……」

「美味しいじゃないですか、いちごおでん」

「あたしはココアだよー! 白井さんはホットレモンですよね?」

「割と飲みますのよ、なかなか見ませんけど」

 かしゅ、とプルタブを開ける白井を後目に、固法へとホットミルクを届けた佐天が初春にすり寄る。

「ねーえ初春、最近さ、いいことあった?」

「はい?」

「なんか機嫌よさそう。放課後にふらっといなくなること増えたよね? あと、携帯の電源入ってないことが多くなった!」


 初春はぎくり、と固まる。
 病院では、あまり携帯を出さないように、電源も落としているのだ。
 確かに友達を連れていくと垣根に言った気がするし、近々頼んでみようかと思ってはいたが。

 なんだか、よろしくない誤解をされている気がしてならない。

「白井さんも寂しがってるよー!」

「!? ごほっ……佐天さん何をおっしゃいますの!?」

「えっ、白井さん本当ですか?」

「……否定はしませんの!」

「ほらほらぁ、あたしも寂しいよ。初春が楽しそうなのは嬉しいけど妬いちゃうなー、
 さては彼氏か? 彼氏ができたかー!?」

「ち、違いますよぉ! そんなんじゃないです!」

 ぶんぶんと全力で首を振る。おでんのせいだけでなく体が温まっている。顔が熱くなってきた。


「赤くなるなんて怪しいなー! 白状しろっ楽になるぞー」

「ああもう、佐天さんってたまに面倒な絡み方しますよね!?」

「二人とも、少し静かにしてくださいまし。注意されたら佐天さんを追い出さなくてはならなくなってしまいますの」

「あちゃー、ごめんなさい白井さん」

「すみません……」

 しょんぼりと肩を落とす二人に、白井は慌てて「そ、そこまで落ち込まなくてもいいんですのよ」とフォローを入れる。
 白井と佐天は、友達の様子が気になるだけなのだ。別に問い詰めたいとか、付き合いが悪いのを責めたいとか、そういうのは一切ない。
 大切な友達が、気になるだけ。

 初春もそれにはきちんと思い至った。だから決心する。
 いい機会だ、と手に持つおでんを握りしめ、口を開いた。


「えっと……二人に、お願いがあるんですけど、聞いてくれますか?」



 そうして初春は二人にほぼ全てのことを打ち明けた。
 事件の第一発見者になったこと。
 被害者が記憶喪失になっていること。
 医者に頼まれ、少しだけ話をしてみたら楽しかったということ。
 その被害者との交流がなんだかんだで今も続いているということ。

 入院している彼は本当に知り合いが一人も分からない状態で退屈しているので、
一緒にお見舞いに来てくれるととても嬉しい、ということ。

 初春がこれまで重ねてきたお見舞いの様子も若干交えつつ説明をする。
 しかし、初春がかつて負った怪我の原因が実は彼である、ということは結局言えなかった。

 友達想い。
 その事実を知ったら二人は怒ってくれるだろう。
 分かるからこそ、知ってほしくない。

(わがまま、ですね……)

 二人のことは大好きだし、大事だ。
 けれど、今は。
 病室で自分のお見舞いを待ってくれているであろう、彼のことも大事だった。

 彼が傷つくであろうことを、慮ることができるくらいには。


「記憶喪失かぁ……なんかドラマみたいだね。えっと、男の人? なの?」

「はい。多分、私たちより四つくらい年上だと思います。見た感じですけど」

「高校生の方ですのね。学校は大丈夫なのでしょうか……」

「しばらくは入院みたいですし、休学じゃないですかね?
 ああでも、頭がすっごくいいみたいなので勉強は心配いらないって……」

「うわ、なにそれ羨ましいー! もしかして能力も凄かったりしちゃうの?」

「あー……それは……」

 初春はここで初めて言いよどんだ。そういえば、何も考えずにぺらぺら喋ってしまったが大丈夫だろうか。
 職業柄、そして趣味柄、初春は情報通の部類であったが『学園都市の超能力者』の話題はあまり見ない。
 あったとしても都市伝説レベルの眉唾話だ。

 ちょっと悩んで、第二位であるということだけは伏せることにした。


「そっちも凄いらしいですけど、記憶喪失の影響で今はうまく使えないんだとか」

「超能力というものについても忘れてしまっていた、ということですのね。
 ある意味入院しているのが安全かもしれませんわ、もともとが強力な能力者であったのなら特に」

 逆恨みで襲われることが無いとも言えない。白井はそう結んだ。
 無能力者の武装集団であるスキルアウトや、自身の能力を振りかざし横暴をはたらく能力者。
 どっちもどっちだが、狙われたりしようものならたまったものではない。

 以前の垣根だったらどうということはないのだろうが、今だと不安しかない。
 一人ではまだ、支えを使って十数メートル歩くのが精一杯なのだ。

「そんな訳で……えっと、明後日とかよかったら一緒に来てくれませんか?
 日曜日ですし、気温も今の季節にしては暖かいらしいですし」

「お見舞いって何がいいんだっけ? 甘いもの?」

「病室にお一人の時間が長いのでしたら本もよろしいかと思いますの」

「そっか、それなら長い間楽しめますね! あたしってば食べ物か花くらいしか思いつかなかったや」

「まあ、こういうのは気持ちが大切ですし……食事制限はなさってない方なんですのよね?」

「ようやく重湯から解放された、って喜んでたのできっと食べ物は嬉しがりますよ。大丈夫です」



 食べ物なら日持ちするもの、いや、消化にいいもの。いやいや、やっぱりこっちも捨てがたい。
 何がいいか、と二人があーだこーだ議論しているのを初春は温かい気持ちで眺める。

(優しいな)

 願わくば、垣根が喜んでくれるといい。



「あ、そうだ初春、ひとつ聞いていいかな」

「? なんですか?」

 話が一段落したのだろう。佐天は缶に入ったココアの残りを一気にあおる。
 そして、スカートの裾をはためかせ大げさに振り返った彼女はいかにもゴシップを好みそうな、少女らしい表情で問うた。


「その人って、かっこいい?」


 白井が呆れ顔をしているのが見える。初春はしばし、黙った。
 整った顔をしている、と言っていいはずだ。血の気のない白かった顔色もよくなって、
今風に色を抜いた茶髪は僅かに不良っぽいがおそらく女子受けはいいだろう。
 そして、これは初春の主観だが。

 笑った顔は、とてもかわいい。


「……佐天さん」

「な、なに初春、そんな顔して……あのね、ちょっと気になっただけで別にだからどうって訳じゃ――」

「期待してて、いいと思います」

「あ、そう……って、ええ!? 初春マジで言ってんの!?」

 てっきり悪ふざけが過ぎると叱られると思っていたのだろう、佐天は驚愕のまなざしで初春を見る。
 主観混じりの事実でいいなら、と申し訳程度に付け足した初春に、横で静観していた白井もとうとう笑った。

「珍しいですわね、初春がそういう話をするのは」

「そうですかね?」

「初春がそこまで言うならすっごい期待しちゃおっかなー」

「後で私に文句言わないでくださいね、佐天さん」

「だーいじょーぶだって! ブラウン管の中のアイドルとかじゃないんだから。あたしだってそれくらいは分かってるよぉ」

「前々から思ってはいましたけど、佐天さんは割とミーハーなところがありますのね」

「白井さんは御坂さん一筋だからじゃないですかね? あたしはほら、感覚が普通じゃないですか」

「わたくしも普通の部類ですのよ……」

「……白井さんの自己認識に震えあがります」

「初春! なんですのその言い方は!」




 結局この後三人まとめて固法に注意を受けることになるのだが。
 兎にも角にも、日曜日の予定が決定した。

 行先は病院。
 目的は、お見舞いである。


投下終了です。女の子みんなかわいい。
レスありがとうございます。これからどんどん外との繋がりが増えるとイイナー

乙!!!

乙!

おつ!

良スレ発見。
やっぱ帝春はいいなあ。
帝督にとって初春は文字通り“初めての春”なんだろうな

乙にゃんだよ!

待ってる


 そして日曜日の朝は、あっという間にやってきた。
 初春は平日よりもゆっくりと起きて、顔を洗い朝食を済ませる。歯磨きをしながら花飾りを整えて、
唐突に気付いた。

(……あっ、今日は私服なんだ)

 白井は休日の服装も校則で定められているので制服で来るのだろうが、初春や佐天はその限りではない。
 どうしよう、と少しだけ悩んだ。いや、別にその必要は無いのかもしれないが、
なんと言っても異性に会いにいくのである。目的が何であれ、多少は身支度に気を遣いたいと思うのは
思春期の女子として当然の心理だ。

(で、でもでも。気にしてるのがバレたらそれはそれでからかわれそう……!)

 垣根だけなら手心を加えてほどほどにしてくれるかもしれないが、今日は佐天がいるのだ。
 歯ブラシをくわえたまま唸っている初春に構わず、時計の針は着々と時を刻んでいる。
 結局あまり気合いを入れるのも恥ずかしく、くちびるの荒れを防ぐための薬用リップを塗るのが精一杯の初春であった。



「失礼します。垣根さん、今大丈夫ですか?」

 ノックして数秒、「どーぞ」と投げやりな風にも聞こえる声に招かれて、挨拶と共に三人は個室へと入った。

「こんな早くから珍しいな、初春――――っと、あれ? 友達?」

 先頭の初春と、それに続いて佐天、白井。佐天は初春よりもいくらか身長が高いので、
後ろに並んでいてもよく見えたのだろう。垣根が視線を向けて直後、僅かに目をみはった。 
 病院の個室には場違いなくらい明るい声が発せられたのは、佐天の口から。

「こんにちは! あたしたち、初春の友達です。この子に誘われて今日はお見舞いに来ました。
 えっと……これ、よかったら!」

 食べてください、と後ろ手に持っていた箱を差し出す。フルーツの盛り合わせとか用意できたら
よかったんですけど、こっちの方が食べやすいかなって。そう言って佐天は笑う。
 中身は某有名店のフルーツゼリーだ。青果よりいくらか長持ちするし、消化にもいいだろうと三人で決めた。
 そこに、白井が苦笑して言葉を引き継ぐ。

「お一人では食べきれないと困るかと思いましたので……ああ、佐天さん、わたくしたちまだ
 名乗ってすらいませんでしたわ。失礼いたしました」

「あ、そっかごめんなさい! こういうのあんまり縁がなくって……
 あたし、佐天涙子っていいます。初春と同じクラスです」

「わたくしは白井黒子と申します。『風紀委員』で初春と一緒に仕事をしておりますの」

 初春の話から想像していたよりもお元気そうでいらっしゃって、安心いたしましたわ。白井はふわりと、
いかにもお嬢様然とした優雅さで微笑む。



 最初のうちは少しだけ警戒していたらしい垣根も、二人が笑ったのに気持ちがほぐれたのか
少しだけ顔をほころばせた。 
 そして、まだ午前中のうちからの訪問に得心がいったのだろう。申し訳なさそうな表情を見せる。

「あー……休みの日なのにわざわざ悪いな。外、寒かっただろ」

「今日は案外暖かいですよ? それにですね垣根さん、そういう時は『ありがとう』です!
 ごめんなさいは悪いことしたときでしょう?」

「え、ああ」

 戸惑ったように頷く垣根。そんな彼に、
「悪いことしたら謝らなくちゃだめですけど、嬉しい時は『ありがとう』です」と初春は付け足した。
 そして二人の会話のなかに、白井と佐天はそれぞれ話しかける糸口を探っている。

「垣根さん、とおっしゃるんですの?」

「あたしたちも『垣根さん』って呼んでいい感じですか?
 あたしのことはどうぞご自由に呼んでください! 白井さんは?」

「わたくしもご自由に。まあ……普通に呼んでいただけるのが一番ですわね」

「垣根さんも『初春』って呼んでるんですね、あたしたちと一緒!」

 話題がくるくると移り変わっていく。女子特有の会話の運びは彼には印象的に映ったらしい。
 女が三人集まれば姦しいと言う。にぎやかになった病室に、垣根は今度こそ相好を崩した。


「自己紹介がまだだったな。垣根帝督、って名前だ。好きに呼んでくれていいぜ。
 あと……今日は来てくれて、ありがとう」


 まだ少しぎこちないものの、確かに唇が弧を描いた。慣れてきた筈の初春だったが僅かにたじろぐ。
隣では佐天がおお、とかなんとか言って初春を見る。白井がひとり冷静に唇に手をあてた。

 女子中学生は比較的、まだまだ素直な生き物である。
 プライベートで女子中学生との接点を多く持ってしまったせいで、そしてそれ以外との接点が皆無なせいで、
若干ではあるが性格が素直に矯正されているらしい垣根であった。

 昔の知り合いに会おうものなら十中八九『気持ち悪い』で切り捨てられるであろう変化だったが、
それを憂うることのできる人間はあいにくこの場にはいない。

 とりあえず今のところは、この変化はプラスである言うことができた。



「……初春」

 ひそっ、と佐天が初春に耳打ち。

「……なんですか佐天さん」

「極上」

「ですよね」

「すごい」

「ですよね」

 ほぼ単語での会話が終了する。本人を目の前にしていたので思い切り不審がられたが
気にする佐天ではない。
 極上だか特上だか寿司ネタのような扱いをされたのを知らない垣根は尚も首をかしげている。

 白井だけが、やはり呆れたように傍観者の役割を果たしていた。やがて、
「それ、今すぐ召し上がらないのでしたら冷蔵庫にお入れいたしますの」とゼリーの箱を指す。

「あっ、そうだ忘れてました、今日は白井さんにテレポートしてもらおうと思ってたんです!」

「? どういうことですの?」

「垣根さんが超能力を見てみたいって、ほら、空間移動系の能力者はすごくレアですし
 見てて楽しいじゃないですか。もしよかったらお願いしようかなーと」

「あら……別に構いませんが、何を……」

「白井さーん、こっちこっち」

 佐天の声に反応しそちらを向くと、彼女は冷蔵庫の扉を思いきりオープンしていた。


「そのゼリーこっちにくださーい!」

「垣根さん、そこからちゃんと見えます?」

「ん? ああ、大丈夫だ」

「準備万端ですのね。では失礼して」

 垣根が持っている箱に手を添える。まばたきの後、その箱は忽然と姿を消した。
 小さく「うわっ、」と感嘆の声があがる。『テレポート』という、名前だけなら大変馴染みのある能力だったが
やはり実際に見るのとは違うらしい。

「……今日はなんだか調子がいいですわ」

 冷蔵庫の中に視線をやった白井が満足げに言った。ゼリーの入った箱は寸分たがわず冷蔵庫の下段に収まっている。
 サービス、とばかりに自身の体を転移して、先程まで居たのとは反対側のベッドの隣へと現れた。

「お楽しみいただけまして? 垣根さん」

「!? あ、そうか、自分が触れたものを移動させられるんだもんな。
 自分が起点で支点なんだろ? スゲェよアンタの能力」


 突然隣に出現した白井に僅かに肩を跳ねさせたものの、楽しそうに能力を分析してみせる。
 二目で自身の能力の特性を看破した垣根に彼女は驚いたようで、思わず不躾な視線を送ってしまう。

 初春はというと、白井さん凄いなー垣根さん凄いなー、と両者にニュアンスの異なる感想を抱いていた。
 佐天は佐天でなかなか見ることのできないハイクラスの能力に「いいなー」となっている。


 随分と頭の回転が速い、というか、場慣れしている風な垣根の思考回路に若干の違和感を白井は覚えた。
 普通、白井が持つような能力を見せられたら多くは驚くばかりで分析・解析などもってのほかなのだが、
彼はどうも一般人離れしているように思える。

 それは、近しい人間のなかだと、そう、同じ『風紀委員』の固法に少しだけ似通っている部分がある。
 瞬時に相手の能力を見極めるという、必要性。緊急性。
 危険と隣り合わせの状況。



 まるで――『敵』と対峙することを前提としているかのような。




「――ぃ、おい? 大丈夫か?」

「っ! も……申し訳ありませんの、少しぼんやりしてしまいましたわ」

「ならいいんだけどよ……具合悪いならちゃんと診てもらえよ? ここ病院だし」

「お気遣い感謝いたします。でも大丈夫ですからご安心くださいな」

 違和感を振り払って白井は笑う。そういえば初春の話によると高位能力者らしいので、
そこまで気にすることでもないだろうと考えすぎな自分に少し呆れた。
 記憶喪失という普通とは異なるシチュエーションのせいでなんでもないようなことが気になるのかもしれない。

 そう結論付けた白井の内心に気付いたわけでもないのだろうが、垣根は何とも形容しがたい表情になる。
 敢えて表現するなら、『心配はしてるけど心配することに慣れてないからどうすればいいのか分からない』
といったところだろうか。

 記憶を失い、性格が若干矯正されたところで本質的なパーソナリティは変わらない。

 どこまでも、彼の持つ他者との関係性は希薄だ。

 とある少女なら『人望が無いのよね』と呆れたように笑うかもしれない。
『なんていうかアレっスよ、暴君? 邪魔したら殺す、邪魔しない分には勝手にしとけ、
 って感じじゃないっスかね』と言う者もあるだろう。

 従えることはできても、隣に並ぶことはできない。能力のせいでも、性格的な問題のせいでもあった。

 普通に生きていれば『当たり前』に抱き得る感情は、以前の垣根にとっては未知のものだ。
 高位能力者であれば多かれ少なかれ経験している。学園都市というシステムは年端もいかない子供に
大量破壊兵器を持たせているのと同義であり、そんなものが子供たちの情操に一切影響を与えないかと言えば、
そんな訳はない。


 だからこそこの状況は稀有で、貴重だ。



「白井さん大丈夫ですか? ごめんなさい、なんか無理言ってしまって」

「もう、初春まで何を言い出すんですの。わたくしは大丈夫です。心配ご無用ですわ」

「あ、滅多に見られないんだからムービーとっとけばよかったなぁー。惜しいことしちゃった」

「……そう簡単に手の内を明かすべきではないんですのよ、本当は。今回は特別です」

「初春の頼みですもんねぇ」

「そういう訳では……まあ、いいですの。喜んでいただけたようですし」


 ふう、と白井が一息つく。十一次元上の演算は、彼女ほどの能力者といえど――いや、
彼女ほどの強力な能力者であるからこそ、繊細で気を張る演算が必須なのだ。
 それを合図にしたように、佐天がまた明るい口調で言った。

「ねえ、そろそろお腹すきません? ちょっと早いけどお昼にしましょうよ。あたし、白井さんと何か買ってきます!」

 だから初春は垣根さんと待っててね、と続いた一連の台詞に一同は、思い思いの返事をする。


「垣根さんはお食事が配給されるのではありませんの?
 食事制限は解除されているようですけれど……ええと、お医者様に言えばよろしいのでしょうか」

「二人だけじゃ大変じゃないですかね?」

「アンタたちだけでも行ってくればいいんじゃねえの? 俺は別にそれで」


「もー! こういうのは全員で食べるっていうのが大事なんですってば!
 初春が一緒にいればその間垣根さんも暇しないでしょ? 適当にチョイスしてきますんで、
 食べられないものがあったら言っておいてください。で、あたしは食後に冷蔵庫の中のゼリーが食べたいです!」

「佐天さん……それ、お見舞い……」

 思わず『ですの』を忘れて呆れ顔をする白井。確かにキリがよかったのもあり
箱の中には四つのゼリーが入っているが、見舞いの品を自分で食べる見舞客というのはいかがなものだろうか。

 そう言おうと口を開きかけて、隣の初春が冷蔵庫をちらちら見ているのに気付く。
 どうやらこちらも甘味欲に負けそうになっているらしい。

 あからさまなその態度に気付いたのは勿論白井だけではなかったようで、
思わずといった風な笑い声がベッドの上で跳ねた。


「っくは、なんだよアンタら……結局自分たち用のオヤツ買ってきただけじゃねーか。
 俺にもひとつ残しといてくれよ」

「それは勿論、一番おいしそうなのを譲りますよ! ね、初春?」

「ふえっ!? え、あ、当たり前じゃないですか!」

 冷蔵庫から視線を外し不自然なほどに首を大きく振る初春。それを見た佐天は満足げに笑って、

「じゃ、あたしたちはちょっくらいってきますねー! お留守番よろしくお願いします!」

 最後に何やら、初春へと耳打ち。
 残りの二点ってなんですか、という白井にしてみれば謎だらけな初春の相槌に、
佐天はにんまりと笑ってやはり初春にしか聞こえないように言葉を返す。


「…………。……!? さ、佐天さん!? 何言ってるんですかもう!」

「あはは! 照れるな初春、かっわいいー!」

「ば、ばかぁ! 佐天さんのいじわる!」

 話は終わったと言わんばかりに彼女は白井の手を引いて病室をあとにする。
 残された二人はなんとなく顔を見合わせて、やがて顔を真っ赤にした片方が
視線を明後日の方向にさまよわせた。



 沈黙に耐えられなくなったのか、もう片方がぽつりと言う。



「……なあ、あいつに何て言われたんだ?」

「お、教えません。ダメです、絶対ないしょです!」



 そこにはひたすら首を傾げる少年と、何やらままならない様子で耳まで赤くなっている少女がいるばかりだった。






『垣根さん、いい人だね。初春の言った通りすっごいカッコいいし。きゅーじゅうはってん、かな』

『? 残りの二点ってなんですか、惜しいから気になるんですけど』

『それはほら、――――どう見ても初春がフラグがたててるから、でしょ?
 二人っきりにしたげるんだから気合いいれるんだぞ、ファイト』

『…………。……!? さ、佐天さん!? 何言ってるんですかもう!』


 佐天涙子は先ほどの会話に一人、思い出し笑いをする。


「春がきた、かな?」


 本気とも冗談ともつかないその呟きを拾う人間はいない。
 彼女が初春をただからかいたいだけだったのか、実際に応援するつもりであんなことを言ったのか。
 正解は、彼女のみぞ知る。


投下終了です。なんかすごい勢いで放置してましたごめんなさい
いつもレスありがとうございます 一年生組すきなのでつい長く書きすぎました……

乙。

乙!

やはり素晴らしい

┌─────┐
│い ち お つ.│
└∩───∩┘
  ヽ(`・ω・´)ノ

乙乙


「…………なあ」

「………………」

「おい」

「…………」

「おい! いい加減にしろよいつまで黙ってんだコラ、何か言え」

「……垣根さんのばか」

「言うに事欠いてそれか……喧嘩売られてるって解釈でいいんだな? 買うぞ?」

「うう……いえ、ごめんなさい。垣根さんのせいではないんです。
 佐天さんが変なこと言うからいけないんです」

 わけわかんねえ、とベッドに倒れ込む垣根。昔の彼なら長い茶髪がシーツに散らばっていたのだろうが、
首筋を擽る程度にとどまる。髪が短くなったことで不良っぽさやら若干の胡散臭さやらが軽減され、
爽やかと表現しても詐欺ではない程度の変身を遂げていた。

 初春としては有難い。一緒にいて、まだこちらの方が違和感が無いからである。あのホスト崩れ、
かつヤクザあがりな垣根の外見で、セーラー服着用の自分と並ばれるとどうなるか――想像しただけで
初春はうすら寒いものを覚えた。

 悪目立ちする。それは、嫌だ。

 まあ本人にしても(比べる対象である過去を覚えてはいないのだが)視界がひらけて割と快適そうに
しているので、よかったのは初春だけではないのかもしれない。

「佐天さんはいっつも私のことをからかうんです。す、スカートも、やめてって言ってるのに……」

「仲良しこよしでいいじゃねーか。少なくとも交友関係がゼロの近似値叩き出してる俺よりはマシだから安心しとけ」

 スカートがどうのというくだりは聞こえなかったのか敢えてスルーしたのか、なおざりにリアクションする垣根。
 短時間話をしただけだが、彼女たちが気の置けない関係性を築いているというのを彼はよく理解したようだ。

 しかし佐天と白井がいなくなったと言わんばかりに喋り方や対応が適当になっているというのが
初春はなんとなく面白くない。あの二人にはもうちょっとまともな優しい相槌をうっていた気がする。ずるい。
 初春はぐぬぬと可愛らしく唸る。

 いや、あしらわれているのが嫌とかではなく。……子供扱いが嫌とかではなく。
 彼女は案外に負けず嫌いであった。



「……垣根さんって猫かぶりですね」

「あ? どこがだよ」

「本気で言ってるんですかそれ……まあぶっちゃけた話、自覚のほどは」

「ある」

「あるんじゃないですか!」

「愛想よくして物事が都合よく進むならそっちの方がよくねえ?」

「そうですね。失敗することもあるでしょうけど」

 私の時とか。そう初春が心の中だけで付け足したのに垣根は気付くはずもなく、
「ま、見破れる奴は相当に見込みがあるな。いればの話だが」と暢気なものだ。

 記憶を失っても自然体で実践しているということは、昔から日常的に、恒常的にこういうことを
するのが身についていたのだろう。もしかすると彼なりの処世術だったのかもしれない、
と初春は少しだけ、垣根の過去に陰を見た気がした。

 そんな彼女は気付かない。
 態度がなおざりだとか、いい加減だとかいうこと以前の問題に。自分が垣根にとって
『取り繕う必要がない』枠の中にいるということに。それがどれほどの意味を持つかということに。


「っていうかさっきの台詞は聞き捨てなりませんね垣根さん。交友関係がゼロって、
 私までカウントしないつもりですか!」

「あん? 何だよ、カウントしてほしかったのか?」

「そ、それは……だってほら、一緒にお喋りしたりご飯食べたり、
 なんかすっごく仲良しって感じですよ?」

「……いや、アンタがそれでいいならいいんだけどな? 外聞悪いだろ、どう考えても」

「がいぶん?」

「もっと勉強しろ、中学生。……いくら見舞いだっつっても、素性の知れねえ男のところに
 足繁く通うってのはどうなんだよっつーハナシ。彼氏が嫉妬するぜ?」

「か、彼氏!? かれし……!」

 顔を一瞬で沸騰させて、初春はうろたえる。
 化学反応ばりの様子が面白かったのか完璧にからかい倒す態勢になった垣根が、
かなり饒舌に言葉を続けた。

「オコサマにはまだ早かったか? そりゃあ悪いことしちまったな、
 今度から中学生向きの話題を用意しといてやるから許せよ飾利ちゃん」

 ニヤニヤといかにもな悪役笑いをしているが、初春はそれどころではなくテンパっていた。
 それは『彼氏』という言葉にもだが、もうひとつ。


(お、男の人に初めて! 下の名前を! こんな状況で!)

 それは女子中学生的にはかなりがっかりなシチュエーションだった。もっとこう、
雰囲気とかを大事にしたかったのに。初めてだったのに。そんな、口に出したら
誤解を生みそうな叫びが胸の内から湧き出てくる。

 それでなくとも初春は『白馬に乗った王子様』に素で憧れているような女の子である。
 少女漫画にしか出てこなさそうな歯の浮くような台詞も、彼女にとっては夢なのだ。

 ささやかな夢をあっさりぶち壊した垣根の罪は重い。が、しかし、名前を呼ばれた相手が
垣根であったことに関しては取り立てて不満を挙げようと思っていない辺り、もしかしたら
ほんのちょっぴり嬉しかったのかもしれない。

 顔だけはいいのだ。顔だけは。

 素直に認めるのも癪だったので、初春はとりあえず文句を言ってみる。
 それすらすぐ雲散霧消するのだが。

「な、なんなんですかもうなんなんですか! 突然フレンドリーにならないでください!」

「真っ赤だぜーお嬢さん。このマセガキが」

「うぅ、垣根さんやっぱり意地悪です……!」

「仲良しなんだろ? 俺たち」

「極端すぎます! ……あっ、でも仲良しだと思ってもらえるのは、あの、嬉しいです」

「…………。アンタはほんと毒気抜かれるっつーか、平和な頭してんだろうな、全体的に」

「い、今すごく失礼なこと言われた気が……」


 もう意地悪は終わりですかと恐る恐る聞いた初春に、垣根は「そそられない」と一言で返す。
 どうやら思っていたよりも嫌がられなかったのが期待外れらしい。

 心底失礼だと思ったがそこをつつくとまた何か言われそうだったので、
無難にやぶへびを回避した。ふと思い立って話題を戻してみる。

「それでいいんですよ」

「……は?」

「べつに愛想よくしなくたって、垣根さんはちゃんと友達できますから。っていうか、
 本性誤魔化すと逆に仲良くなりにくいですし! 多少性格悪くてもあの二人は気にしません。普通でいいんです」

「おい。俺の性格が悪いって言いたいのか」

「少なくとも純粋で清らかって感じじゃないでしょう」

「まあ、違いねえが」

「私はちょっと意地悪でもなんだかんだ優しい垣根さんと仲良くしたいです」

「言葉のチョイスのせいでいい台詞も台無しだな。『なんだかんだ』ってアンタ、それはねえわ」

「褒め甲斐がないですねぇ、もっと喜んでくださいよ」

 背もたれも何も無い丸椅子に座り、足をぶらぶらとさせながら唇をとがらせる。
 垣根は何やら考え込んでいる様子で、無意味にベッドの上をごろごろしていた。
 決して邪魔ではない長さのはずなのに鬱陶しそうに前髪を払うのは、彼の癖だろうか。


 やがて小さく、ぽつりと呟く。

「普通に、ねえ……」

 その呟きを追いかけるように、二人分の軽い足音が廊下から聞こえてきた。
 おそらくあの二人だろう、と初春が思ったのも束の間。
 垣根の表情に少しだけ、本当に気を付けて見ていないと分からないくらい僅か、不安の色が走った気がした。
 驚いて、やがて納得する。

(……あ、そっか)

 考えてみれば簡単なことだった。それこそ普通のことではないか。
 嫌われるのは、誰だって怖いだろう。

(なんというか……結構普通の感性してるんだなぁ。自分で言っておいてなんですけど)

 ギャップが激しいし、感情のハイロウが激しい。
 なんてことはない、学園都市第二位と言ったって高校生なのだ。高校生くらい
初春があと三回春を迎えたらなっている。

 思っていたよりもずっと近い場所に彼はいた。遠くはあるが、見えないほどではない。


 それに気付いて、嬉しかった。

ちょっと短いですが投下終了です。次が長い。
レスありがとうございます。個別にお返事するタイミング逃しました。全部嬉しいですすみません。

乙!
帝春最高!!

おつおつ
いいフラグも悪いフラグも立ってるな
そのせいでどっちに転ぶか全く検討がつかないところが素晴らしいよね
文章力も凄いけどストーリーの構成にも感動した

長文スマソ、次の投下も舞ってる

舞ってます

乙春

乙です

乙ですな!

乙ですの

この二人の相性は異常。
胸キュンが止まらない。




「ただいま帰りましたー! 二人ともちゃんと留守番できましたか?」

「お待たせいたしました。これでも結構急いだんですのよ」

「途中から白井さんのテレポートで来ちゃいましたよ。いやー感動ですねこれ!」

「佐天さんがレジ前で十分も悩んでいるからですの」

 ビニール袋を揺らして部屋に入ってくる二人は、外の冷気にあてられていたせいか僅かに頬が赤くなっている。
 袋を持つ指先も赤く、初春はなんだか申し訳ない気持ちになる。
 一方でそんなことを気にもとめない佐天は、サイドテーブルに袋の中身をあけようとして、
大量にある食料のその危ういバランスに悪戦苦闘していた。

 そんな和気藹々とした空気に、違和感がひとつ。
 それに最初に気付いたのは初春で、同時に物凄く嫌な予感も覚える。
 垣根がこれでもかと白井を見ていたのだ。見ようによっては喧嘩でも売っているのかとすら思うが、
おそらく違うだろうと初春は断ずる。


 きっと、それ以上にろくでもない。



「…………」

 押し黙り、真剣な表情で白井をじっと見つめる垣根。
 五秒ほど目を合わせて白井は残る二人に視線で助けを求めた。事態が把握できていないからだが、
そんなもの二人も把握できていない。
 ――――垣根の薄い唇が静かにひらく。
 そして。



「……アンタ、学校じゃ『オセロ』ってあだ名だろ」



 真顔で発せられた言葉に白井が一時停止。
 一瞬遅れて思わず噴き出した佐天を初春が思い切り小突く前に、白井の手は動いていた。

 学生が入院するにしては上等な、おまけに個室ともなると備品は充実している。
 冬用の分厚い羽毛布団と毛布。合わせればそれなりの重量になるそれが、瞬時に垣根の頭上へと『空間移動』した。


「ぎゃあぁぁぁあ!?」

「わあああ!? 垣根さーん!?」

 当然のように重力に従って落ちた布団に潰される垣根。もっふもっふと布団に埋もれるさまを見て
溜飲が下がったのか、白井は少しだけ口の端を引き上げた。

「……ほぼ初対面の殿方からこのような辱めを受けたのは初めてですわ」

「うわあ、能力の無駄遣い……」

「佐天さん、貴女も埋もれたいんですの? 人の名前を笑うなんて失礼すぎませんこと?」

「ま、まあまあ落ち着いてくださいよ! 笑っちゃったのは別に悪気があったわけじゃなくてですね、
 つい! 我慢できなくて!」

「笑うってことはアンタもそう思ってたんじゃねーの? げほっ……あークソ、めちゃくちゃしやがって」

 ようやく布団を押しのけた垣根は懲りずに憎まれ口を叩いている。佐天は再びぷるぷると肩を震わせているし、
初春としてはやっぱり極端すぎると思わざるを得なかった。取り繕わなかったらこうなるのか、と。

「か、垣根さん? ほら、やっぱり名前とかそういう、個人じゃどうしようもないものを馬鹿にするのは
 よくないですよ。白井さんだって傷付いちゃいます」

「…………」

「ちゃんと謝ったら許してもらえますよ。ね? 白井さん」

 振り向くと、咳き込む垣根に流石にやりすぎたと思ったのか気まずそうな表情をしている白井が見えた。
 もうひと押しだろうか、と初春が口を開きかけたところで、声が割り込む。


「……悪かった」

 小さく一言。
 ぶっきらぼうだが確かに、謝ったのだ。

「オセロはちょっと、駄目だった。悪い」

「え、あ……いえ、わたくしこそ手荒なことをしてしまいましたの。許してくださいまし――」

 初春は二人の様子にほっと息をつく。まだそんな風に安心するには早いとも知らずに。
 全てが丸くおさまると思っていたのに。
 やはりここでも垣根は垣根だった。



「オセロよりパンダの方が可愛いもんな」



 ぴきっ、と。今度こそ確かに、空気の凍る音がした。


「あ、あなたは……一体どこまで人を馬鹿にしたら気が済むんですのー!」

「素直に読んだらホクロだからまろやかに表現してやってんだろ。
 寧ろ感謝してくれて構わねえぜ?」

「意味が分かりませんの!」

「っつーかその語尾も何事だよ。一体何を狙ってんだ」

「狙うとか狙わないとかあなたこそ何をおっしゃっているんですの!?
 わたくしのことが気に食わないんですの!?」

「俺が気に食わねえのは落ちてきた布団だけだボケ。もっと有意義なことに使えよその超能力」

「名前とか能力とか、どうしてあなたはそう今更変更できないものにいちゃもん付けるんですの!
 あなたも自分の能力を馬鹿にされたら嫌でしょうに!」

「はあ? 自分の能力なんざ何も覚えてねえんだよこっちは! 知識だけ残ってても
 使えなきゃ意味ねえだろ! アンタはちゃんと使えるんだからそれだけでもうなんか
 羨ましいんだよ! なんだテレポートって! すげえじゃねーか!」

「……や、八つ当たりしないでくださいまし……そうでした、あなたの病状を
 失念しておりましたの。気に障ったのでしたら、申し訳ありません」


 相手がヒートアップすると同調して声を大きくする人間と、逆に冷静になって
クールダウンする人間とがいるが、どうやら白井は後者だったらしい。

 意識を回復したその日から『凄い能力を持っている』とだけ言われ実際には何も
起こらないことが、周りが思っている以上に垣根のフラストレーションを高めていた。
その結果がこれである。

 白井の能力は希少価値が高い。しかし、日常生活で『お姉様』を捕捉する為や
『お姉様』の衣服を剥ぎ取る為に使われる『空間移動』は、確かに他人の目から見ると
とてもじゃないが有意義とは言えないかもしれない。垣根がそれを知る由もないが。

 先程からやや置いてきぼりになっていた佐天が何やら神妙な顔で深く頷いているのは、
理由が何であれ能力が使えないことに親近感を覚えたからだろうか。


 まあ、垣根は能力が使えたら使えたで羽が生えたりソーラービームを放ったりと
やりたい放題目立ち放題なので、今だけ限定の仲間意識ということになるだろう。寧ろ彼は
『魔法瓶』だとか言われていた初春に似た境遇に落ち着くに違いない。

 何せ、『似非天使』だの『似合わない』だの『ビジュアルだけは子供向け』だの散々なことを
周りから言われてきたのだから。しかも、彼の報復は布団を落とすなんて可愛らしいものではなく、
ビルの一室を非常に風通しのよすぎる空間に変えるレベルの大暴れだ。

 粉々の窓ガラスが泣いている。陥没した床も。因みに仕事仲間は笑っていた。


「えっと……ほら、冷めちゃうからはやく食べましょう? 二人とも仲良くなったみたいでよかったです」

「……初春は一体何を見ていたんですの?」

「でも、白井さんもこっちの方がよくないですか?」

「まあ……変に取り繕われるよりは好感が持てますわね。あまりに失礼すぎる気もしますけど」

「よかったですね垣根さん、白井さんもこう言ってくれてますよ」

「別に取り繕ってなんかねえし。んな気遣いしてねえし」

「はいはい。分かってますからご飯食べましょうねー」

「あれ? 結局垣根さんの食事って大丈夫だったの? 初春」

「ああー!? わ、忘れてました! 聞いてこないと……」

「……へえー、割と時間あったのに聞いてなかったんだ? 何してたのかな? あたしたちが買い物に出てる間何してたのかなー?」


 ニヤニヤと詮索してくる佐天に初春は言い返せない。

 お喋りするのが楽しくてつい忘れちゃってました、なんて、とてもじゃないが言えない。おまけに
本人の前でだなんて。そんな恥ずかしいことは。



「ちょ、ちょっとこれから急いで聞いてきますから!
 垣根さん、お腹すいてるかもしれないですけど我慢しててくださいね!」

 佐天の魔手から逃れるべく早々に戦線離脱を決意した初春は、三人が止める間もないまま
白い扉の向こうに消えた。
 元々それ以上追及する気は無かったのだろう。「あーあ、逃げられちゃったかー」と残念そうに、
しかしいたずらっぽく佐天は微笑む。

 その代わり、今度はターゲットを変更するつもりらしい。
 彼女の心底楽しんでいる様子に、白井がこっそりと垣根へ合掌した。たまに餌食になっている
ルームメイトのお姉様のことを思い浮かべているに違いない。


「垣根さん、初春とどんなお話してたんですかー?」

「ん? あー、彼氏の一人もいねえなんてガキだなっつー話をした、かな」

「!? な、なんか想像してたのよりずっと面白い話してる……!? 次はあたしもまぜてください!」

「おう、まざれまざれ」


 年上の余裕とでも言うのだろうか。やはり、初春を相手にするのと同じようにはいかないらしい。

 随分と相槌が適当になっていた垣根だったが、佐天も先程までの会話でこちらが素なのだと
十分に分かったようだ。雰囲気と喋り方にちょっと違和感あったけどこのせいかー、となかなかに鋭いことを
言っている辺り、最近の中学生は勘がいいのかもしれない。


 まあ、ただ単に垣根の演技が外見をカバーできていないだけとも言えるが。


 そしてふと、佐天は語調を変える。
 雰囲気までがらりと変わった気がする病室で、彼女はほっとしたように言った。


「……でもよかった」

「?」

「正直あたし、今回のことちょっと心配してたんですよ。ほら、初春って普段ぽやっとしてるとこあるし、
 ただ道を歩いてるだけなのに躓いたりするし、危なっかしいし。それなのになんかよく分からない人と密会してるなんて!
 もう、騙されてるんじゃないの初春!? って思ってました。……まあイケメン情報で一時は目がくらみましたけど!
 でも、今日来てみてほんとに普通のお見舞いで安心したんです」

「……あー」

「っとと、今はまったく問題ないですからそんな顔しないでください。すみません、垣根さんがどうこうって訳じゃないんで、
 怒らないでほしいなー、とか……直接会って垣根さんがとってもいい人だって分かりましたし!」

「いや、アンタは正しいだろ。俺でも止めるわ、んなよく分かんねえ奴と軽々しく会うなんざ」

「ううん、よく考えたら初めから分かってたことでした。止める必要なんてありません」

「あん?」


「人のこと見る目は一流なんですよ、初春って。なんといっても『風紀委員』ですから!
 あの子が垣根さんに懐いてるのが一番の判断材料です。ね、白井さん?」

「そうですわね。運動はからっきしですけれど、その分いい『目』を持っておりますの。
 まあ……向こう見ずに突っ走るところもありますが」

「そうそう! それに、初春がここに来始めてからまだ一ヶ月くらいでしょう? 珍しいですよぉー、
 あの子が男の人と、しかも全然知らないような年上の人とこんな元気に喋ってるの。妬けちゃうなー」

「……あいつもかなり花畑な頭してっけど、アンタたちも相当だな。いつか悪い奴に騙されるぜ」

「あたしの頭はあの子ほど盛ってないですけどね」

「別に照れなくてもいいんですのよ? あなたも嬉しいのでしょう、お見舞い」

「色々とそういう意味じゃねえよばーか。……まあ、見舞いは、……嬉しいけどよ」


 素直じゃないなあ、と柔らかく笑って、佐天は白井に目配せする。未だに納得いかなそうにしている垣根は、
しばらく何か言いたげに二人を眺めていたがやがて背中をベッドに預けた。

 人が多かったので疲れたのかもしれない。けれどそれは、垣根にとっては不思議と心地のよい疲労感だった。


 と、そこに、医者のところへ行っていた初春が控えめの小走りで帰ってくる。



「ただいま帰りました! 食事、大丈夫みたいです。……って、あれ? どうしたんですか垣根さん、疲れちゃいました?」

「おかえり初春。垣根さんねぇ、お見舞い嬉しいって言ってくれたんだよ。よかったじゃん初春」

「そ、それを何故私に!?」

「だって一番頻繁に来てるの初春だし。面と向かって言うの恥ずかしいからって伝言ね」

「おい待てコラ人の発言を捏造すんじゃねえよ。っつーかせめて俺のいないところでそういうことは言え」

「佐天さんの話はかなり脚色がつきますのね……よく覚えておきますの」


 なんて、軽口を叩きつつ。
 それからは和やかな食事タイムの始まりだ。




 途中、あまりにも早く垣根が「悪いもう無理。残り任せた」とリタイアしたことで、

「うっわ嘘!? 男の人だから絶対食べる量多いと思ってたのに……!」

「いや、最近流動食から固形に戻したばっかだぞ。食細いんだよまだ」

「ど、どうしようこの量……! 初春まだ頑張れる!? 白井さんは大丈夫ですか!?」

「デザートなら入りますよー」

「わたくしもそろそろ遠慮しておきますの」

「うわー! そうだゼリーもあるんじゃん!」

 なんて会話が繰り広げられたりして、なかなかに賑やかな病室であった。
 因みに、胃が小さくなってはいたもののジャンクフードが割と好きであることが判明した垣根が、
昼食の残りを夜に持ち越すことで話は落ち着いた。

 ジャンクフードが好きというよりは、舌に馴染みがあると言った方が正確だろうか。
 どうせロクな食生活でなかったのだろう。そもそもキッチンで自炊する垣根はまったく想像できない。

 病院食で少しは改善されているのだろうか、と初春はまるで母親のような心配をしつつ、
随分と血色のよくなった垣根にまた安心もした。


 元気なのは、とてもいいことである。

投下終了です。ちょっとだけ打ち解けました
乙とか舞ってるとか嬉し恥ずかしですね ありがとうございます

次はもっと早くきます

>>1
ために乙の舞いしとくわ

乙春。

おっつおつ!
楽しみに待ってます。

定温物質万歳

乙です!早く帝春のイチャラブが見たいぜ……!!

乙なんだよ!



 その後は、ゼリーを食べたり他愛のない話をしたり、まるで学校がある日の放課後のような、
そんな和やかな会話が続けられた。

 例えば、宿題がまだ終わってないから帰ったらやらなければ、とか。
 クレープ屋さんに新しい味が出たから食べに行きたい、とか。
 明日の『能力開発』の授業が憂鬱だ、とか。

 『外』にもありがちな普通の女子中学生が持つ話題から、学園都市特有のものまで、
沢山話をした。未だに病院の敷地外を自由には歩くことのできない垣根に言ってきかせるように。

 いつの間にか西日が差し込む病室は、ふと会話が途切れるととても静かになる。
 その無言がなんだかおかしくて初春たち三人が顔を見合わせて笑い、つられて垣根も少しだけ、笑い声をこぼした。

「そろそろ帰った方がいいと思うぜ。ありがとな、今日は」

「わ、なんだかんだ結構いましたね」

「五時間弱……お昼食べてた時間とか抜きにしても三時間以上は話してたんだ」

「まあ、ファミレスにいるのと同じようなものだと思えば案外と短いのではありませんの?」

「こっちは個室ですしねー」

 名残惜しいけど宿題やらなきゃほんとヤバイんだよなぁ、と佐天が伸びをする。

 能力は発現していないが授業だけでも、と努力家である彼女は頑張っているのだが、
やはり人には向き不向きがあるのだろう。成績はゆるやかにしか上がっていかないらしく、
焦っても仕方ないと思ってはいるが逸る心は如何ともしがたい。

 それでなくとも数学や理科が難しくなってきている気がするのだ。もうすぐ二年生。重要単元の殆どが
集まると言っても過言ではない学年である。



「あーあ、先生に聞くのもなんか緊張するし、誰か勉強教えてくんないかなー……」

 ぐいーっ、と両腕を天高くあげて、そんなことを言い。
 ふと横を見て一時停止する。

「…………? んだよ」

 不自然な格好で固まった彼女の視線の先には、垣根がいる。佐天はいっとう最初に
初春から、垣根について聞いたことの記憶の糸を手繰り寄せていた。何か、とても
重要なことを言っていた気がする。いや、イケメンがどうこうではなく。

 それも重要ではあるけれどもっと他に。

『しばらくは入院みたいですし、休学じゃないですかね?
 ああでも、頭がすっごくいいみたいなので勉強は心配いらないって……』


 すっごく頭がいいみたいなので。
 頭がいいので。
 勉強は心配いらないって。
 勉強。


「…………先生!」

「はあ!?」

 佐天は一瞬で硬直を解き(中学生にしては豊かに育った胸を強調するようなポーズだったのだが、
本人はまったく気にしていなかった)垣根に詰め寄ると、椅子に座ったまま器用にベッドへと三つ指をつく。

 それはとても美しい土下座のような姿だった。というか土下座にしか見えない。


「よかったら勉強教えてください!」

 ゲームだったら『デデーン』と効果音のひとつでもつきそうな気迫だが、彼女はRPGの主人公ではないし、
故に戦闘も発生しない。生まれるのは沈黙のみであった。

「…………え、どういうことだこれ。おい初春」

「そこで私に振るんですか!?
 ちょ、佐天さん、いつものことですけど突然思いつきで暴走するのはやめてくださいよー」

「えー、初春も教えてもらえばいいじゃん。最近授業難しくなってきたって言ってたでしょ?」

「そ、それはそうですけど……迷惑ですよ、やっぱり」

「うっ、……そうだよねー」

 勝手に盛り上がって勝手に意気消沈している佐天が可哀想になったのだろうか。そんな様子を
見ていた垣根が「別に俺は構わねえけど」と若干遠慮がちに言う。ぱぁっと笑顔を見せる佐天に続けて、
「俺は病院から出るのはまだ無理だから、アンタがここに通うことになるぜ」と付け足す。

 足労だろうと垣根は思うのだが、今日び女子中学生の行動範囲は彼が想像するよりも随分と広い。



「それは全然! 大丈夫です! わああ初春やったよー! 垣根さん優しい!」

「よ、よかったですね……私も時々教えてもらおうかな」

「ぶっちゃけ垣根さんが頭いいっていうの全部初春情報だからよく分かんないけど、
 高校生なら何でもスラスラ解けるんだろうなー」

「アンタもいつかなるんだぞ、高校生。あんま夢みてるとがっかりするかもしんねえぜ?」

「えへへ。でもほんと、ありがとうございます。
 こういうの、クラスの子に聞くのも恥ずかしいんですよね……年上の知り合いってあんまりいないし」

 真っ先に思いつくのは御坂美琴という名のひとつ年上の友人だったが、彼女は何かと多忙そうな
イメージがある。そもそも接点があまり無い。学校が違うと、普通に生活しているだけでは
滅多に会うことなどできないのだ。

 ジャッジメントの支部に入り浸っている関係で白井や固法といった面子とはよく顔を合わせるが、
一様に仕事中であるのを邪魔だてするほど佐天は非常識な少女ではなかった。


 それに、勉強を教えてもらうだけが目的ではない。


「あ、お見舞いの一環ってことで来るんで、欲しいものあったら言ってください!」

「は?」

「初春だけじゃ、毎日来るわけにもいかないじゃないですか。
 誰も来ないと寂しいでしょ? あたしを繋ぎにしてくださいね! 大分紛れると思いますよー」

「……そこまで気ィ遣われるとなんかな……っつーかどこまで俺は一人じゃ駄目な感じに
 なってんだよ、アンタたちのなかで」

「えー、誰だって無理ですよ。なんかお化けでそうじゃないですか? 夜の病院」

「科学の街に住んでるくせに何言ってんだ」

「だからこそです! っていうか、あたしも一人暮らしなんで気兼ねなく押しかけられるとこ
 あると嬉しいですし。冬に日が落ちてから一人で自分の夕飯作るこの……なんて言うんですかね?
 虚しさと言ったら!」


 初春も白井さんもルームメイトいるんですよ。楽しそうですよね。そう言ってからりと笑う佐天。

 中学生の身空で一人暮らし。それがどういうものなのか垣根にはいまひとつ想像できなかったが、
底抜けに明るいと思っていた彼女のイメージが少しだけ変わった。ふざけた口調だが、
実際には寂しいのかもしれない。いや、そもそも親許を離れてこの歳で、寂しくないわけがないのだ。

 垣根は後に、彼女が学園都市にやってきた経緯や身につかなかった能力について
聞く機会も得ることになるのだが。


 それでなくとも、現時点でなんとなく協力したくなるものが佐天にはあるようだった。
 一人でいる時にふと、虚しくなるのだと、その言葉が琴線に触れたのかもしれない。


「……暗くなる前に帰らせるからな」

 うまいコメントが見つからずそう述べる。難しい表情をしている彼に佐天は笑って、
やっぱり優しいですね、となんでもない風に言った。



「それに、ジャッジメントの支部は最近ばたばたしてるしね。邪魔するのもアレだし」

「佐天さんも一応考えてたんですね、そういうの」

「なんでそういうこと言うのさ初春ぅー! スカートめくられたいの?」

「はい!? なんでそうなるんですか!」

 きゃあきゃあとじゃれ合い始めた彼女たち。それを見て、やっぱり元気じゃないかと
心配して損した気分を味わう垣根。

 そして友人の社交性(それはある種、図々しいと表現しても間違いではない)にため息をつくのは白井だ。
 一番弁えていて年齢に似合わない遠慮を持つのは彼女である。愛しのお姉様絡みでなければ一番の良心で常識人なのだ。



 入院中の人間に家庭教師をさせるなんて、と思ったものの、おそらく本心は『初春だけじゃ寂しいでしょ』に
集約されている気がして何も言えない白井だった。



「あーもう、お前らほんと帰れ。今ならまだ日が出てるから」

「っととと、流石に病院で騒ぎすぎちゃいましたね、ごめんなさい」

「白井さん門限大丈夫ですか?」

「わたくしは大丈夫ですの。いざとなったら『空間移動』しますので」

「やっぱ便利ですねそれ……だって寝坊しても遅刻しないんでしょう」

「寮住まいだと遅刻のしようがないですのよ」

「いいなあー! うう、宿題頑張ろう……」

「じゃあ垣根さん、また来ますね。あったかくして寝なきゃだめですよ?」

「大きなお世話だっつの。自分の宿題の心配でもしてろ」

「か、かわいくない……!
 素直じゃないですねあなたはどこまでも! 笑って『ありがとう』ですよ普通だったら!」

「アリガトーゴザイマス」

「初春、笑顔どころか目が死んでますの。もう駄目ですの」

「なんだおいこのオセロが」

「まだそれを引っ張るんですの!?」


 じゃあね、と言ってからが長いのは女子にはよくある話なのだが、結局三人が垣根の病室を後にしたのは
それから実に十五分以上を雑談に費やしてからのことだった。


 次はいつ、とは敢えて口にしない。
 友達なら、約束しなくてもちゃんと会えるものなのだから。








「っはー、なんか予想以上に楽しかった!
 病院にお見舞いってなんか暗いイメージあったけど、こういうのいいね」

 帰り道。
 茜色の空に雲が鮮やかに染まって、アスファルトに伸びる影は長かった。
 まだ人通りも多い道を歩きながら、少女たちの会話は続いている。


「確かに私が予想してた以上に馴染んでましたよ佐天さんは」

「あっという間に仲良くなっていましたの」

「白井さんだってすごく楽しそうだったじゃないですかー、
 別に喋るの嫌じゃありませんでしたよね?」

「別に理由もなく人を嫌うことはありませんのよ、わたくし」

「あれっ。男の人、嫌いなんじゃなかったですっけ」

「そ、それはわたくしがお姉様に倒錯しているからという……?」

「それ以外にないですけど」

「確かにお姉様の露払いを自称しておりますけれど……流石に場所は弁えますわよ、しかも怪我人相手に」


 垣根さんはそもそも、お姉様とは面識がございませんもの。と世界の中心がお姉様な彼女はごちる。
 友人が構成するあまりに酷い自分の人間像に、少し自重してみようかと本気で考える白井だった。



 そんな中初春はふと、佐天の方を向き申し訳なさそうに言う。

「でも佐天さん、お見舞い、ほんとにいいんですか?
 無理しないでくださいね、私からお願いしておいてなんですけど」

 成り行きで通わせるような事態になってしまって、誘った初春としては佐天の負担にならないか気にしてしまう。
 そんな初春の背中をばしっと小気味よく叩いて、佐天は目を細めた。

「なーに言ってんの! 勉強教えてもらえるんだもん、寧ろこっちがお願いしますだよ。……それにさ、」

「はい」

 首を傾げ相槌をうつ初春に、佐天はおかしそうにきゃらきゃらと声をあげる。


「帰れ、とか言いながらあんな寂しそうな顔されちゃ、また来なきゃなーって思うじゃん?」


 あの人なんかかわいいよねぇ、と白い歯を見せて笑う。どうも彼女は一人でいる人間を放っておけないタチだった。
 いつだったか、オリエンテーリングで班を作りそびれた初春を笑顔で引っ張っていった佐天らしいと言えばらしいだろう。

 大勢で楽しく過ごすのが好きで、だから周りの友人たちにも楽しく過ごしてほしいのだ。世の中には一人が好きだと言い
敢えて一人を選ぶ人間もいるにはいるが、垣根はおそらく『そっち』ではないと佐天は感じていた。

 強がって孤独ぶる人間だっている。どちらかと言うとそのタイプだと思う。

 あんな広い個室に一人、ぽつんと過ごすというのは自分ならとても、寂しい。
 佐天はそう考えて、空を仰ぐ。一つ心配があるとすれば迷惑がられていないかどうかだが、
それが察せないほど思いやりは欠如していないはずだ。


 また来ますね、と言った初春の言葉に、少しだけ嬉しそうに笑ったあの表情を信じてもいいだろう。


「あっ、そういえば得意教科聞いてなかったや」

「多分理系ですよ、垣根さん」

「そうなの?」

「素粒子とか詳しいんじゃないですかね……物理ですっけこれ」

「そりゅうし……高校で習うかな」

「随分と面白い分野が得意ですのね、垣根さん」

「あ、そういえば白井さん、お見舞いに本ってどんなのがいいと思いますか?
 言ってましたよね、本がおすすめって」

「ええ、お一人では時間を持て余しますのよきっと。
 わたくしも経験がありますけど、短期間の入院でもかなり暇ですわ」

「あたしは多分ちょくちょく通うんで、持って行こうかなって。初春だとコケて道にばらまきそう」

「そ、そんなことないですよ!」

「あはは、まあそれは半分冗談だけど」

「半分だけですか……」

 そのまま、暇を潰すにはどうすればいいだろうかという議論に発展する佐天と初春。
 その様子を横目に、白井は暫く何事か考えていたがぽつりと呟いた。



「……わたくしも何か、選んで持って行きますの」


 途端、きょとんとしている友人二人に「……何を呆けているんですの?」と白井は問う。

「う、初春……白井さんが御坂さん以外の人にわざわざ会いにいこうとしてるよ……!?」

「佐天さん落ち着いてください、夢かもしれません」

「失礼ですわね貴女たち。下着だけ飛ばされたいんですの? 飛ばしますわよ?」

 右手を怪しく動かして恐ろしいことを言う白井に、二人はおののきながらも「だって……!」と一歩も引かない。

 目の前であれだけ次の見舞いについて話をしておきながら、まさか白井だけは頭数に入れていなかったというのだろうか。
 そこまで人でなしではないと白井は憤る。仕事柄病院には色々な意味で縁があるし、移動時間など
彼女にとってはあってないようなものだ。負担に感じる暇もないだろう。

 それに。

 払拭しきれなかった垣根についての違和感がどうにも気になっていた。話を聞く限り初春の
昔からの知り合いというわけでもなし、初春は出会いのきっかけを詳しくは話さなかった。

 余計なことに首をつっこむことは趣味ではない。が、こういう勘は案外と当たるものだということも彼女は経験上
よく知っている。彼の言葉の端々に感じる不安があった。ほんの少しだ。ほんの少しでも、見逃すにはあまりにも大きい。




 彼は一体『誰』なのだろう。


 高位能力者という話だ。そのチカラはどんなものなのか? 在籍校は? そもそも、何故記憶喪失に?
 学園都市の『書庫』に検索をかけるにしても、現時点では職権乱用だ。『風紀委員』としてそれはできない。

 なんて、白井は心の内でこっそり思う。おそらく純粋に垣根を心配して彼を見舞うのであろう二人には
とてもではないが言えないことだ。いや、怪我を負って入院している彼が心配だと思うのも白井にとって
また事実なので、複雑な気持ちだった。

 今はただ、自分の隣を歩く友人たちが万が一にでも、危険に巻き込まれたりしないのを祈るばかりだ。

「じゃ、じゃあ白井さんも時々お見舞いに……」

「行かせていただきますの。わたくしでは喜んでくださらないかもしれませんが」

「そんなことないです! 白井さんと話してる時が一番いきいきしてましたよ、垣根さん」

「それはそれで不本意ですの……あんな会話で」

「白井さんも勉強教えてもらうんですか?
 常盤台だと勉強も難しいんでしょうねー……なんか研究とかしてそう」

 超エリートを擁するお嬢様学校に過剰なイメージをふくらませている佐天たちに、
白井は少しだけ黙る。「……いいえ、わたくしは」やがて、お嬢様というよりはいくらか歳相応に、
愛くるしく微笑む。普段の彼女では到底言わないような冗談を、風に乗せた。


「ボードゲームでも持参することに致しますの。……オセロがとてもお好きなようですしね、あの殿方は」


 学園都市の『闇』に少しだけ深く関わった所為かいささか心配性が過ぎる白井や、
その本心を知ることなく平和に騒いでいる佐天と初春。三者三様に色々なことに思いを巡らせつつ、
夕暮れの街を歩く。



 日が、落ちようとしていた。



投下終了です。話の進みが遅いのは許してください
まっててくださってありがとうございます 次はまた初春とのきゃっきゃうふふに戻りますので

早く帝春のイチャラブをお届けできるように頑張ります

乙乙乙


三人とも可愛すぎる

おつおつ。
最近帝春分が不足しているからここにはすごく期待している。

いいスレを見つけた!
これからも楽しみにしてます。

サクサク読み進めるうちに追い付いちゃったぜ…
次も期待してます



 その日の夜。
 初春はベッドで携帯とにらめっこしていた。かちかち、という音は意外と耳に残るものだと感じながら、
メール画面を操作する。

『あ、垣根さんメアド教えてくださいよ! 宿題持って行くときはメールしますんで!』

 そんな佐天の一言で赤外線を使うまでとんとん拍子に事が進んだのだ。初春がこれまでなんとなく言い出せず、
ためらっていたことをあっさりとやってのける彼女に、初春は羨望めいたものを抱く。

 メールアドレスなんてそんな個人的なことを聞いてしまったら、なんとなく、この一方的に続いていた行為が
意味を持ってしまいそうで踏ん切りがつかなかったのだ。元々がそんな、仲良しこよしから始まった関係では
なかったから尚更。佐天からは、あれだけ足繁く通っていてまだそんなこともしていなかったのかと言われてしまったが、
要は怖かっただけなのだろう。

 だって、連絡先を知っているということは、いつでも連絡できるということではないか。話ができるということではないか。
 そんなの、怖い。

 垣根は、記憶が戻ったときアドレス帳に登録された初春の名前を見て、一体何を思うのか、と。そう思ってしまう。
 初春がぐずぐずしている間に、佐天はその悩みを一蹴するかのごとく自然に『繋がり』を作ろうとしている。
 それが彼女の周辺に友人を多く集める所以なのか、生来の性格がそうさせているようだった。


 メールアドレスを教えてくれと、これに対する垣根の答えは簡潔で、自分の携帯はどうやら壊れたらしい、ということだった。
 不便じゃないですかそれ、とすぐさま問いかけがあったが、そもそも怪我で行動範囲が極端に狭い垣根のこと、
あまり不自由はしていないらしく、この病室に限ったことならそれこそナースコールで事足りると言う。

 しかし、携帯が無いという訳ではない。垣根はそう続けた。

 医者が気をきかせたのか、自分が以前使っていたらしいものとまったく同じ携帯が用意されて棚に入っている。しかし、
勿論自分の携帯なんて覚えていないし、昔の携帯のメモリーまで再現できる筈もないので電話帳に登録されているのは
この病院の番号だけなのだと。



『おっ。じゃああたしたちが一登録番最初ってことですか? ほら、初春携帯出しなよ』

『え?』

『一番は初春に譲る! ね、それでいいですか? 垣根さん』

『あ? あー、うん』

 あれよあれよと言う間に赤外線通信が成立して、これでは少しでも悩んでいた自分が馬鹿らしくなってしまうほどの
あっけなさだった。

 かちかち、と音が響く。
 ディスプレイの光は暗闇では目に悪いだろうと思ったが構わない。布団の中はとても温かかった。


 文面を五分ほど悩んで、かなり簡素な言葉になってしまった文面を眺め、初春はどきどきしながら送信ボタンに手をかけた。






【From】初春
【Sub】 こんばんは
-----------------------------
起きてますか?


【From】垣根さん
【Sub】 Re:こんばんは
-----------------------------

どうした?


【From】初春
【Sub】 Re:Re:こんばんは
-----------------------------
折角教えてもらったのでメール
してみました


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:こんばんは
-----------------------------
宿題は終わったのか?


【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:こんばん
-----------------------------
終わってますよ!
まあ、割とギリギリだったんで
すけど……


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:こんば
-----------------------------
そりゃよかった
あんま夜更かししねえで寝ろよ



【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:こ
------------------------
垣根さんってお母さんみたいな
こと言いますね
今度はクレープ食べに行きませ
んか?


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
おう いいぜ
つーか、お前のメール色気ねえ
のな


【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
どういうことですか!


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
いや、色気っつーか
女子のメールってもっと絵文字
が多いと思ってた


【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
相手に合わせるんです
それと、私は顔文字派ですね、
どちらかと言えば


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
ふーん
なんかかわいい顔文字つかえよ



【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
垣根さんっ(*・ω・´ *)
クレープ食べたいので今度おご
ってください☆~(ゝ。∂)


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
星やめろ


【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
(*>_<。*)ひどいです


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
さっきから頭の花忘れてるぞ


【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
なんのことですか?


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
こええよ 早く寝ろ
明日学校だろ



【From】初春
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
数学があるんですよー
おやすみなさい(うωと)


【From】垣根さん
【Sub】 Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
がんばれ初春
おやすみ










 ぱちん、と携帯を閉じる。

(き、緊張したぁー……!)

 男子とメールなんて滅多にすることがない初春である。たまにするとしても、それは『風紀委員』の事務連絡くらいだ。
 ましてや遊びの約束なんて。初春飾利、中学一年生。人生初だった。



(垣根さんは、メールだとなんだかクールというか、冷めてますね)

 外見はちゃらちゃらしているけれど、性格はそうでもないようだ。どうも劇場型というか、観客がいれば演じる、
というタイプらしい。

 一人きりだとおとなしいのだ。人は見かけによらないな、と改めて思う。

 勿論、記憶を失っているせいで身の置き所が分からないでいる部分も多いのだろう。パーソナリティが不安定で、
揺らぎがある状態。自分が彼を見舞うことで少しでもその不安が解消できるならと、初春は携帯を握りしめた。


 緊張が解けたからなのか、とろとろと瞼が落ちてくる。
 温かい布団の中で、初春はゆっくり目を閉じた。心地よい眠気が体を包み込む。ちいさな約束が嬉しい、と思った。
楽しみで、一人、含み笑いをする。


 彼も自分と同じように、楽しみにしてくれていればいいな、と、思った。


投下終了です。そんなわけでクレープ食べに行くことになりました
本当に嬉しいレスばかりです 嬉しいです 見てくださってありがとうございます

おつ。
舞ってたかいがあった初春かわいーよ初春。

なんなんだ…。
この甘酸っぱい感じは…

乙!
メールのやりとりが可愛いなあ


青春してやがんな

冷めてる…かな?
がんばれとかつけちゃう垣根かわいい




 この病院は、個室なら携帯の使用が許可されている。
 重体ではあったが、今は精密機器を必要としていないので問題無いと、垣根は医者から聞いていた。

 病院の番号だけが登録された携帯電話は、果たして持っている意味があるのかどうか疑わしいと
感じてしまったけれど。

 どうやらまだ使い道はあったらしい。垣根は新しく増えた、たった三つのアドレスを画面に一覧表示して
眺めていた。三人の少女たちは本当に屈託なく笑うもので、もしかしたら妹がいたらこんな感じだったのかも
しれない、と思ってみたりもした。


 家族。


 相変わらず記憶の戻る兆しもない垣根だったが、生来の勘のよさ、察しのよさで自分の境遇というのは
おぼろげながら分かってきたらしい。

 とある『事件』に巻き込まれたらしい、ということ。おそらく、『被害者』という括りには入らないのではないかということ。
 そして、彼のことを元から知っている人間が、一人も訪れないという事実。

(なんつーか……寂しい人生送ってたんだな、俺)

 親すら現れないとはいかがなものか。心が覚えている、なんて美談が勿論あるはずもなく、まったく何も
思い出せないまま日々が過ぎていく。『学園都市の第二位である超能力者』という実感の湧かない肩書きも、
正直、嬉しいとは思わなかった。


 感覚で分かるのだ。特別扱いは、決して、この街ではいいものではないだろうということが。


 能力によって奨学金が決まるというのは、なかなかどうしてえげつないシステムである。

 一般的な、学力の高い生徒には奨学金を付与、あるいは学費を免除するというものと
似ているようにも思えるがそれは違う。

 どこが違うか説明しろと言われたら垣根はおそらく困ってしまうのだろうが、少なくともこの制度が、
生徒たちの能力の向上を促すかといえばそうではないだろう。

 全生徒の、実に半数以上が『無能力者』。それが全てを物語っている。


(ああ、そういやそのお陰で手術費とか、そういうのは気にしないでいいっつー話だったか)

 記憶を失くそうが第二位である。比喩ではなく、金は有り余るほどであったのだと医者は言っていたか。
 まあ、治療を対価に法外な請求をするような医者ではないのでそこは元々心配いらないことなのかもしれない。


 携帯と同じように医者から渡された黒く重厚に光るカードは、あまりにも現実離れしすぎていた。

 使う機会もなく無造作にしまわれているそれが日の目を見るのはもっと後の話だ。高位能力者は奨学金の他に、
様々な実験に協力することによって莫大な報酬も得られるという。脳ミソ切り売りしてるようなもんだな、と
皮肉交じりに医者へと吐き捨てると『それで助かる命もある』となんとも医者らしい言葉が返ってきた。


(あの日は……確か、かなり天気が悪かったな)


 あの日。すなわち、垣根が記憶を失ってから初めて目を覚まし、そして病院から脱走した日だ。

 垣根はゆるりと首を回してベッドに倒れ込んだ。
 靄がかかったように、記憶は垣根の手をすり抜けるばかりだ。何故だろうか、自分が病院を脱走した時のことを、
あまり覚えていなかった。大事な部分ばかりが抜け落ちているような気がする。目覚めたばかりで
混乱していたのだろうと医者には言われた。

 医者の言うことはもっともであったが、垣根はあのカエル顔の医者が苦手だ。
 人を食ったような喋り方、というか、色々と見透かした風に喋るのだ。そのくせ、話の内容といったら
当たり障りのないものばかり。


 何か知ってるんじゃないのか。
 尋ねたら、掴みどころのない笑顔だけを返された。

 一人の時間が多いと余計なことを考えてしまっていけない。もしかすると、元々あまり明るい性格ではないのかも
しれないな、と垣根は出口の見えない思考にため息をつく。

 もっと楽しいことでも考えよう。例えば――そう、最近増えた、見舞い人のこととか。

 一応、垣根のなかで彼女たちの来訪は『楽しいこと』に分類されていた。なんだかんだと憎まれ口を叩いたりもしたが、
結局は嬉しいのだ。素直に認めるのが癪なだけ。素直に認めるのが恥ずかしいだけである。

 まさか休日を潰してまで来てくれるというのは彼にとっても予想外で、あまりのお人よし具合に少し、心配になった。
お門違いもいいところ、かつ、『休日を潰してまで』とやはり後ろ向きな表現をしてしまうあたり、垣根はあまり
気持ちの切り替えがうまくできない人間らしい。


 と、棚に無造作に置きっぱなしになっていた携帯が突然震えた。

 びくりと少しだけ肩が跳ねて、病室に一人きりだというのに肩の跳ねを誤魔化そうとする垣根はやけに大げさな身振りで
震えるそれを手に取った。
 チカチカと瞬く小さな光に目を細める。

 受信メールが一件。差出人の表示は『初春』となっている。赤外線で通信をして三人が帰ってしまった後、
あまりにも暇を持て余したので電話帳に登録されている彼女たちの名前の表示だけ変えたのだ。

 因みに白井のことは『オセロ』、佐天のことは『涙子ちゃん』と登録している。特に深い意味は無い。なんとなく、
名字とあだ名と名前でバランスがとれているんじゃないかと垣根が一人で満足した電話帳となっている。

 登録人数が増えた時のことは何も考えていないようだ。彼女たち張本人に見られたらひと悶着起きそうな
登録名だったが、垣根以外が見る予定も無いだろう。



 初春はなかなかにメールを打つのが速かった。待たせては悪いという気持ちばかり先行してしまって、
素っ気ない文面になる自分のメールに垣根は少し、申し訳なくなる。

 決して垣根が携帯の操作に慣れていないとか、打つのが遅いとかいうことはないのだが、いかんせん
初春の打鍵はかなりのスピードだ。実は彼女の方も、かなりの緊張で気が急いているだけなのだが
文面からそれが伝わることはない。

 つい考え込んでしまい、指の動きが遅くなる垣根とは対照的だ。
 返信に間があいた時ほど文が短いのはそのせいだった。


 クレープを食べに行こうと、その誘いは初めて病室で会ったときにも初春が投げかけてきた言葉だった。

 そんなに甘いものが好きなのか。垣根はそう思って、少しだけ笑みを深めた。そういえば彼女たちには
何かと世話になってばかりで、だからせめて次に会ったときは何か、こちらから奢るべきだろう。そして、
おそらくクレープ屋の屋台ではカードなど役立たずだ。

 あのカエル顔の医者が教えてくれた、自分のものであるらしい口座を一度は見ておいた方がいいかもしれない。
つらつらと流れる彼の思考回路は、先程までの沈んだ気持ちを忘れさせた。



 次の日が学校であろう初春をあまり夜更かしさせるのもよくないだろうと意識的に早く切り上げたメールを、
垣根は僅かに名残惜しく思う。
 今の世界は閉鎖的だ。リハビリに精が出るのはいいのだが、退屈でいることにも嫌気がさす頃合いだった。


 そして彼は決意する。周りが何も教えてくれないなら、何もきっかけが無いのなら、自分で作ってしまえばいいと。
 過去の自分を知っている人間を捜しに行こうと。

 今の生活は、あまりにも少数の人間に頼り切りでよくないと垣根は思う。受動的でいるのはもう飽きていた。
 リハビリは、右腕のぎこちなさを無視すれば概ね順調だ。きっともうすぐ外出許可も出るに違いない。


 狭い街である。
 怪我人の足でも、歩けば知り合いにぶち当たるだろう。


 実際にはまだ長時間歩くことはできないので車椅子を使用することになるだろうが、立派なリハビリにもなる。
 手始めに、初春にクレープを奢ってやろう。冬の寒さもいよいよだが、陽射しの暖かい日を狙えば問題無いはずだ。

 垣根は携帯をサイレントモードにして布団を引き上げる。
 色々なことがあって少し疲れたけれど、また明日からしばらく退屈なのだから余韻を楽しもう、とひとつひとつの会話を
思い返しながら、彼は静かに目を閉じた。



 『次』があるということが、なんだか無性に嬉しかった。




投下終了です。女子中学生って冬もクレープ食べるんですかね
レスありがとうございます 近いうちにこいつらいちゃいちゃさせにまたきます

乙!
早くイチャイチャが見たい!

>>163
おつ!
あいつら多分毎日食ってるぜ……

おつ
ホントリアルゲコ太は大物だよな……

おつ
デート編期待

おつおつ
この無意識に相手に依存していく感が堪らない

おつおつおつ



 垣根の決意は、あっさりと挫かれることとなった。

「付き添いがいるならまだしも、一人で遠くに行こうだなんて自殺行為だね? もう少し、自分が重体患者だったという
 自覚を持つべきだと思うよ?」

 食い下がってはみたものの見事に突っぱねられてしまい、
「患者に必要なもんを用意するのがアンタの仕事じゃなかったのかよ」と苦し紛れに呟くと
「今の君に必要なのは十分なリハビリと療養だね?」とさらりと返ってきた。

 それ以上反論もできず、垣根はおとなしく病室のベッドでごろごろしている。確かにリハビリが順調であるとは言っても
まだ長時間の歩行は困難で、近くに人がいた方が安心できるのは本当のことだ。けれど垣根は、初春たちがいるそばでは
なんとなく昔の知り合いを捜す気にはなれなかった。

 よく考えたら外に出る服も無いな、と無理やり自分を納得させようと試みる。目を覚ましてすぐは患者用の入院着でも
まったく問題なかったのだが、もうそれだけでは寒い季節だ。この病室を代わる代わる訪れる三人が車椅子を押してくれることも
あったにせよ、それも病院の敷地内だけの話。流石に入院着の人間が街中を歩いていたら、好奇の視線は避けられないだろう。
それはそれで嫌だ。


 そんな訳で、ここ数日の垣根はもっぱら病院内を徘徊するのが日課となっていた。我ながらとてつもなく
不審者だと思ったが、こうでもしていないと退屈で退屈で仕方がない。

 見舞いの品として持ち込まれた本はそれなりの量があったのだ。ひとつ誤算があったとすれば垣根の読書スピードが
速すぎたということだろう。
 選り好みできる立場ではない垣根だ。初春たちが持ってきてくれた本の類はきちんと全てに目を通しているのだが、
いかんせん女子中学生との感性の差は埋めがたいものがあった。

 佐天はジャンル関係なく、世間で一度は話題になっているもの(おそらく私物である)を貸してくれる。
 これは素直に嬉しい。問題は初春だ。金銭的に新しく本を大量に仕入れることはできないと垣根も分かっているし、
わざわざ新品を買うことを強要したくはない。そこまで気を遣ってほしくはない。これ以上負担にも、なりたくない。

 だから彼女たちが元々持っているものの中から選んで持ってきてくれるという現状はかなり理想的なのだが、その内容が
ベッタベタのラブストーリーだったりするのは勘弁してもらえないだろうか。しみじみ思う。


 一度なんてオセロゲームを持参してきた白井に、

「……そういう趣味がおありなんですの? お顔に似合わずメルヘンチックですのね」

とかなり失礼なことを言われてしまっている。似合わないのは自覚していた垣根なので何も言い返せなかった。


 どうして恋愛モノの恋人たちはどちらかが不治の病だったり、やたら相手の名前を叫んでいたり、
ささいなことがきっかけで気持ちがすれ違ったりするのだろう。


 そんなムードも何もないことを考えながら今日も今日とてリハビリをこなす垣根。
 隣には、いつものようにカルテを持ったカエル顔の医者がいた。



(そういや、こいつ以外の医者あんま見たことねえな……担当が決まってんのか?)

 相当に腕のいい医者らしい。そのあまりの腕前から、巷では『冥土帰し』と呼ばれているとも聞く。
そこまでの腕前を持つ医者がこんなリハビリごときに付きっきりなのはおかしいというか、勿体ないと思ったが、
垣根がそれ以上深く考えることはなかった。

 もう少し思考を重ねれば、勘のいい彼のことである、何か察することができたかもしれない。しかし今は、
どうも脳が平和ボケを起こしているようだ。

 昔の同僚に知られたら心底呆れられそうな有様だが、今、彼の近くにあるのは『平穏』そのものだった。



 そう、こんな風に。


「垣根さん、今日は私ですよー。こんにちは!」

「ん、初春。学校はどうしたんだよ、まだ昼過ぎだぞ」

「土曜日じゃないですか。午前授業だったので来ちゃいました」

「ふうん」

「やっぱり、夕方からだと平日は一時間もいられませんし……あ、本は面白かったですか?」

「面白かった、んだけどよ……なんつーか、恋愛に夢見すぎ。胸焼けするかと思った」

「ええー……女の子はみんな夢見がちなんですよ?」

「男の方がロマンチストだろ」

「結局、みんな夢みてるんですねぇ」

「そうかもな」

 なんでもない掛け合いが楽しかった。最初のころは遠慮がちというか、こちらを怖がっているような
そぶりすら見せていた気がする初春だが、今となってはその面影もない。

 垣根はというと初対面でも怯えられるような外見だろうかなんて一時期は少しだけ落ち込んだりもしていたが、
安心したようだ。ふと彼は窓の外を眺める。時刻は午後二時過ぎ。一番気温が高くなる時間帯で、今日は風も凪いでいる。


 何より、街までのんびり歩けばちょうど、おやつの時間だ。



「初春」

「なんですか?」

「外に出たいんだけどよ、ついてきてくれるか?」

「お散歩ですね。いいですよ、行きましょう!」

 いそいそと部屋の隅に横付けされている車椅子を引いてくる初春。
「垣根さんからこういうこと言うなんて珍しいですねー」となんだか嬉しそうだ。

 普段はあまり外に出たがらない垣根が自分から散歩を提案したからだろうか。

 別に垣根が出不精という訳ではなく、自分一人の時以外に昔の知り合いに出くわすかもしれないことが
なんだか嫌だったと、そういう理由があってのことなのだが、彼はそれを彼女たちには話していない。

 一人でなら、寧ろ出歩くことは多い方だ。相変わらず病院の外へは出られないが。


「ささ、どうぞ!」

「ん、どーも」

 腰掛ける。すると、初春は車椅子から離れ、何やら鞄を漁っている。取り出したのはふわふわしたマフラーだった。
淡いパステルピンクのそれを見せびらかすように広げて、初春は楽しげな声をあげた。

「今日もお庭を散歩しますか? 寒いですし、私のマフラー貸しますよ!」

「いや、それは遠慮しとくっつーかやめろ。……今日は、ちょっと遠くまで行きたい」

「だったら尚更防寒しなきゃです! ちょっと待っててください!」



 ピンクのマフラーなんて巻いてたまるかとささやかな抵抗を試みるも初春はまったく意に介さない。
ベッドの隅に重ねられている膝掛けやらブランケットやらで垣根の脚を覆い、肩を覆い、これでもかと
着膨れさせた挙句にマフラーを巻き付けた。

 途中から諦観でされるがままになっていた垣根は、自分を客観的に見つめた結果外出する気を瞬く間に
消え失せさせる。ありえない。この格好は無い。これなら入院着オンリーで寒い思いをした方が数倍マシだ。

 せめて膝掛けだけだったらよかったのに、とショールのように巻かれたブランケットを複雑な気持ちで握りしめた。
いかにも女の子なマフラーでとどめを刺され、散々である。


 それに、マフラーが初春のものだというのがまた困る。
 彼女は佐天に対するのと同じようなノリでやっているのだろうが、もう少しよく考えればいいのではないだろうか。
危機感を持てとまでは言わないしこっちにそのつもりも毛頭無いが、ここまでくると呆れを通り越して少しだけムカつく。


 襲うぞコラ。
 と、思わなくもない。いや、やっぱり思わない。


 幼児体型に心ときめく変態ではないのだ。初春などはあまりにぺったんこすぎて憐れみすら覚えている垣根であった。
確実に自分の方が胸囲があるではないか、可哀想に。


 そんなことを考えていたバチが当たったのだろうか、気付いた時には初春の手で車椅子が進み始めた後で、
あっという間に正面玄関を抜け公道に出る。

 もうどうにでもしてくれとまな板の上の鯉のような心境で、垣根はおとなしく全てを初春に委ねたのだった。

投下終了です。長くなったから分割
レスありがとうございます 初春は絶対、看病とか甲斐甲斐しくしてくれるタイプ

おつ
おもしろいよぉ

でももう垣根じゃねえな

>>179
いやいや、垣根の闇の部分削ぎ落としたら案外こんな感じかもよ?

おつ
次も待ってます

おつ

初春に看病……いいなぁ……

otu-

やっぱり注意書きが必要でしたかね
話の性質上、垣根を15巻のままの状態で描写するわけにはいかないので
キャラ崩壊を不愉快に思われる方も少なくなかったと思います。申し訳ないです

あいにく、展開も結末も一切変わらないですし垣根も記憶が戻るまではこんな感じで続くので
ご容赦ください >>1に書いておけばよかったと今更

遅ればせながらこれを謝罪及び注意喚起に代えさせていただきます
ここで言うのも不謹慎ですがそれだけ垣根が愛されてるってことでかなり嬉しいです

いや、別人感はあまりないと思う。うまく言えないが、きちんと垣根帝督だと思う。
だから引き込まれるんだし。
ただ、原作より伝説の某帝春作品に無意識に引っ張られてるのは自分でも否定できないし、初春との相性の良さが抜群すぎるのも大きいと思うけど。

全然違和感ないから頑張ってください。
そもそもていとくんキャラそこまで確立されてないしね。だからこそSSで人気なんだと思うけど。

>>184
> 記憶が戻るまでは
一応記憶が戻る予定はあるのねwktk

まだかな?

まだかなー

まだかな

まだかなぁ

まだかなー

まだかなぁ



 初春は浮足立っていた。
 外界との接触があまりない垣根のことは純粋に心配だったし、それ以上に勿体ないと思っていたのだ。活動範囲が広がれば、
楽しいことも沢山ある。

 医者や看護師とはとっくに顔見知りになっていたので、「ちょっとお散歩にいってきます」とナースセンターにいる一人に言うと、
「気を付けて」そう笑顔で送り出してくれた。

「遠くまで、って言ってましたけど、どこに行きます? 行きたいところ決まってますか?」

 ブランケットぐるぐる巻きでぶすくれていた垣根に初春は明るく声を投げかけた。流石にピンク色は嫌だったかな、
と思う彼女は、そういう問題ではないということにおそらくこの先も気付くことはないだろう。

 かっこつけたい男の心理なんて理解しろと言う方が酷だ。特に、まだまだ子供な彼女には。
 なかなか返事がこないのを訝しく感じ垣根の表情を窺う初春。垣根は尚も黙っていたが、やがて観念したのかぼそりと言った。

「……クレープ」

「クレープ?」

「食いに行きたいって言ってただろ。……だから」

「……垣根さん、それでわざわざ? 覚えててくれたんですか?」

 メールでちょっと言ってみただけなのに、と初春がはにかむように呟くと、「初めて会った時も言ってた」と垣根は返す。

 彼のなかで自分の言葉がそこまで記憶に留まっていたのかと初春はむず痒い気持ちになる。あんなちょっとした、ささやかな、
なんてことはない言葉を覚えていてくれたことは素直に嬉しかった。同時に垣根の「初めて会った時」という台詞がちくりと
胸を刺したが、それに気をとられるにはあまりにも彼の態度は初春にとって喜ばしいものであった。


「えへへ……ありがとうございます、垣根さん」

「別に大したことじゃねえよ」

「あ、でも私、お金」

「俺から誘ってんのに金払わせるわけねえだろ、馬鹿にすんな」

「ええ!? で、でも……」

「奢れっつったのはどこのどいつだ。年下なんだから遠慮してんじゃねえ」

 三人揃った時でもよかったんだけどメールでまで催促してくる奴がいたからな、と笑った垣根に初春は赤面する。
 そんなに食い意地が張った女だと思われていたのか。今度から気を付けよう。そんな脆い決意をたちまち吹き飛ばしそうな、
甘い匂いがいつの間にか辺りに漂っていた。

 学生が多いということが要因のひとつなのだろうが、しっかりと腰を落ち着かせて食べるような店よりも、外販、移動型の
出店形式の方が重宝がられるのが学園都市だ。値段の手頃さも人気のひとつだろう。今の季節には無いが、夏になれば
アイスクリーム専門の店もあちこちに見ることができる。

 初春は、佐天たちとよく来るクレープ屋へと歩を進めた。フルーツを使った定番のものからどういう経緯で生まれてきたのか
問いたくなるようなキワモノまで様々なメニューがあるが、初春はやはり苺のクレープを選ぶことが多い。

 たまに変り種も選ぶのだが、だからこそ最後は原点に帰ってくる。彼女にとってはその原点が苺なのだ。


 もう顔見知りになっている店主と軽い挨拶を交わす。今日は新顔がいるねと柔らかく表情を崩した店主ははたして
蓑虫のような垣根を見て何を思ったのだろうか。

(……兄妹とかに、見えるかな?)

 思わずくすりとした初春。垣根は、車椅子に座っていることでちょうどいい位置に見える小さなショーウィンドウを眺めていて
気付いていないようだ。
 メニューのなかに『おでんクレープ! 冬はやっぱりおでん!』という文字列を見つけ「……常識が通用しねえ」と戦慄していた。

(そっか、クレープ屋さんも初めてなんですね、垣根さんは)

 改めて、記憶喪失というものの特殊性を再認識する。クレープのことは『知っている』だろうし、このような店があることも
知識として保有はしているのだろうが、誰と来たとか、何を食べたとか、そういうことは覚えていないのだ。

 記念すべき初回の体験に立ち会えたというのは喜んでもいいだろうか。
 初春がそんなことを考えていると、一通りメニューを見終わった垣根が後ろを仰ぎ見る。

 そして言った。



「初春。お前はどうする?」

「……え?」


 反応が遅れた。驚いたから。

(……今、『お前』って言った)

 じわりと、胸に温かいものが広がっていく。垣根は訝しげに初春を見ているが、気付いているのだろうか。
 自分が彼にとって気安い存在になってきたのだと、実感して嬉しくなった。
 最初は懐かない猫を見ているようだった。全身で威嚇してくるさまに足が竦んだことも、覚えている。

 でも確かに、こうして距離は縮まっているのだ。

 その事実が嬉しい。初春は小さな変化にとても、勇気づけられた。迷惑がられていないかとか、ちゃんと
楽しんでもらえているかとか、やはり不安に思う部分は多かったから。彼女は思わず口元をほころばせて、
心もち大きくなった声で返事をする。


「私はイチゴチョコカスタードがいいです!」


 たちまち慣れた手つきの店主から出来立てのクレープを渡された初春は、若干無理があるものの危なげのない体勢で
代金を支払った垣根を、塞がった両手と見比べてわたわたしていた。

 平気だっつの、と呆れ顔をされたので、温かいクレープを頬張る。苺の酸味が幸せだ。いつもは生クリームなのだが
今日はカスタードにしてみた。

「お前、ほんと苺好きだよな。飽きねえの?」

 病室にいちごおでんを持ち込むことも少なくないので、彼女の苺好きはとうに垣根にも知れている。差し入れも、
自分が食べたいという気持ちが多分に含まれるせいで苺系のものが多くなってしまうのだ。バレバレである。

「旬はもう少し先ですけど、今は栽培技術も進歩してますからねぇ……いつ食べても美味しいです!」

「そうかい。顔にクリームついてんぞ、間抜け面」

「うぇえ!? ど、どこですかどこですか!」

「ここ」

「うぅ?」

「ばーか、逆だ逆。こっち」

 一体どこに持っていたのか、口元をティッシュで丁寧にぬぐわれる。顔がいつもよりずっと近くに見えて、
特に意味のある行動ではないと分かっていても初春は緊張してしまう。

(わ、私だけが意識してるみたいで恥ずかしいです……! うう、垣根さんは何も感じないのかな……)

 男のわりに長い睫毛が、まばたきで震えるのまでよく見えた。繊細そうで目を惹くものがある。入院生活が長く続いていて
おまけに最初の方は寝たきり状態だったことも手伝ってか、随分と線が細く感じられた。

 不安になる。
 記憶が戻った時のことが。いつか訪れるかもしれない時のことが。彼の暴力的な面影をあまり感じられなくなっていることで
余計に、初春の不安は増長していた。


「なに呆けてんだよ。口が半開きだぜ」

「ふぁ! すみません!」

「別に謝ることじゃねえだろ」

「は、恥ずかしいんですよ……」

「あっそ。気にすんな、カワイーカワイー」

「繰り返したことで言葉の信憑性が薄れちゃってますね」

「いや、こっちで照れろよ。お前の恥ずかしいポイントが分かんねえ」

「だって垣根さん、冗談ですぐそういうこと言うから」

 何の気なしに放った言葉だったが、垣根は少しだけむっとした表情になる。
 しかし怒っているのではない。

(これは……拗ねてる?)

 初春は内心首を傾げた。

「……そんなに俺が言ってることは嘘っぽいかよ」

「え? そういうわけじゃなくてですね、ほら、垣根さんいっつも私のことからかうじゃないですか」


 どうしてへそを曲げるのだろう。そんな要素がどこにあったのか。
 少しだけ自分なりに推測してみて、即座にその可能性を打ち消す。流石にこれはない、と思いながらも、場をもたせる為に
初春は自ら進んで地雷を踏みにいくことになった。

「っていうか垣根さん、もしかして本気で言ってるんですか? 可愛いとか」

「は? …………何言ってんだお前まだガキのくせに」

「そっ、そんな風に言わなくてもいいじゃないですか! どぉーせ私はガキだし可愛くないですよ! バカ!」

 ふん! と体ごとそっぽを向く初春。垣根が何やら言いたそうにしていたが気付くことはできない。

 そりゃあ垣根さんは美人な女の人をとっかえひっかえできそうなくらいかっこいいから私なんて云々、とクレープを頬張る。
垣根はというと、その優秀な脳味噌を言い訳を考える為にフル活用していた。無駄なことこの上ない。

 初春の機嫌を損ねてしまったらしいことが気まずいのか、その口から軽い台詞はもう出てこなかった。

 自分からあれこれ言う分には(それこそ『かわいい』など相手への好感を示すような言葉でも)さらりと言ってのけるのだが、
いざ改まって聞き返されたり言葉を求められたりすると気恥ずかしさが先行してしまう。垣根はそんな面倒臭い性格をしていた。

 相手のペースに巻き込まれるのが嫌なのだ。
 自分がイニシアチブを握っているうちはいい。要するにかなりの自分勝手、ということである。

 初春はまだ分かっていないようだが、これではバレるのも時間の問題と言ってよかった。

 そんな彼女はというと一度は不機嫌なポーズをとってみたもののやはり甘いものの力は偉大で、苺のクレープに大層ご満悦だ。
おまけに奢ってもらっているから余計に美味しい。たちまち笑顔に戻り「垣根さん! これすっごくおいひいれふよ!」なんて
言っている。面白いくらいに舌が回っていない。


(……あれ? なんでこんな、垣根さんから言われることが気になるんだろう)

 一瞬だけそんなことも思ったのだが、今はまだクレープやら苺やらに圧勝される程度の感情であった。
 切り替えの早い彼女に、垣根も胸をなで下ろす。あまり気にしていないようでよかった、と。どこまでも噛みあわない二人である。

「あれ、垣根さんは頼まないんですか?」

「いや……なんか思ったよりも大きかったんでな。残すと悪いしまだ胃に重いからパスだ」

 あっさりとそう返す垣根に、初春は手元のクレープと目の前にいる彼を交互に見る。

「こんなに美味しいのに勿体ないですね……あ、」

 そして、ちょうど自分の手元の辺りに位置する彼の口元に、特に深い考えもなくクレープを差し出した。


「食べます? ひとくちどうぞ!」



 初春としては気遣いというか優しさというか、善意百パーセントからの行為だったのだが。
 生憎、休日の午後、路上販売のクレープ屋の前でというシチュエーションは垣根にとってタチの悪い羞恥プレイ以外の何物でもなかった。

「え、っと……」

 言葉が続かない。だって今の今までスルーしていたが周りがカップルばかりなのだ。隙あらば甘ったるい空気をまき散らし
見せつけるようにいちゃいちゃしているのだ。これの仲間にカテゴライズされるなんて垣根はまっぴらごめんだった。

 もしかして初春は気付いていないのだろうか。こんな恥ずかしいことを恥ずかしい場所で、何も思わないのだろうか。
中学生だからだろうか。

 そんなことをぐるぐる考えて固まってしまった彼に、初春は首を傾げる。純粋な疑問がその瞳に浮かんでいるのを見て、
垣根は諦めた。色々なものを。

「お前それ、わざと?」

「? 何がですか」

「誰にでもそうなのか」

「はい?」

「……そういうことは他の奴とやれよ、彼氏とか」

「え、…………。……ええっ!? あっ、ちがっこれは! これは違います!」

 たちまち真っ赤になってしまった初春に、垣根は呆れ顔でため息をついた。
 なんだか調子が狂うし、居心地も悪い。
 うろうろと視線をさまよわせて、初春はクレープにまた口をつける。


「……あぅー」

「…………」

「あの、……ごめんなさい」

「あ?」

「いや……でした?」

「はあ?」

「……私なんかとこういうことするのは、……嫌でしたよね」

 俯いて、分かりやすくしょぼくれている初春に垣根は苦い顔をする。そういう解釈に走るところがよろしくない。
まるで彼女が自分に対して好意を持っているようではないか。おそらく佐天や白井とはこうしてクレープを食べさせあうことも
多いに違いないのだが、自分とやるのではまったく意味合いが変わってしまうだろうに。

 それなのにこんな、悲しそうな顔をされるのは困る。


 そんな顔、する必要なんてないだろう。




「……別に」


 小さく呟かれた台詞に、初春は俯けていた顔を上げる。彼女の視線の先で垣根の瞳は明後日の方向に逸らされた。
 なんだかひどく困ったような顔をして、言いにくそうに、歯切れの悪い口調で彼は言う。

「別に嫌じゃねえ、よ……」

 変に間ができてしまって、ありったけの後悔を刹那の間にする垣根。何故こんなにも恥ずかしい台詞を自分が吐かなければ
ならないのかと理不尽な怒りすら沸いてきた。しかしその怒りの矛先は決して初春ではない。全てこの妙な空気がいけないのだと
彼は場のもたなさを誤魔化すように足元にあった小石を蹴った。車椅子に乗っていたのでかなり頑張って足を伸ばさないと
蹴ることができなかった。

 気を取り直し、再び口を開く。

「折角奢ってやってんだ、もっと楽しそうに食え。ばか初春」

 できるだけ尊大な態度を心掛けて言うと、初春はへにゃりと情けない笑顔になった。
「とってもおいしいですよ。ありがとうございます」そう言って笑う彼女に、「それでよし」と短く返す。


「……あー、その、なんだ」

「?」

「ひとくち寄越せ」

「ひえっ!? え、あ、どどどうぞ!」

 すごい勢いで差し出されたクレープを控えめにかじる。やはりというかなんというか、垣根には少し甘すぎた。クリームも、
この妙な雰囲気も。

 初春がクレープを食べ終わったらすぐ帰ろう即帰ろう急いで帰ろう、と垣根はマフラーの端をぎゅっと掴む。
 実際に車椅子を動かすのは初春なので、その裁量は全て彼女任せなのだがそんなことはお構いなしである。

「お、おいしいですか?」

「……まあまあ」

「あ……それなら、よかったです」

 ほっとしたようにまた笑った初春を見て、ようやく空気が元通りになったのを垣根は感じた。
 とりあえず、一件落着だ。




 やがて食べ終わった初春が、そろそろ戻りますか? と車椅子を押し始める。

 次はここに居ない二人も一緒に来ることができたらいい、なんてことを垣根は思っていた。
 認めよう。楽しいのだ。こんな一言で表してしまうには勿体ないと感じるくらい、彼女たちの来訪は嬉しかった。

 皆が帰ってしまうのが惜しいと思う程度には。
 時間が経つのを残念に思う程度には。

 勿論垣根は、そんなことは素直に口にはできないしする予定もない。しかしこうやって、言葉でなく行動でアピールができるなら
それはとてもいいことだろう。態度で示せばいいのである。

 もっとも、その分かりにくい感謝の気持ちを汲み取ってくれそうなのは三人のなかでは白井くらいのものかもしれない。
 そんな失礼なことを思いながら、垣根は後ろにゆっくりと流れる景色を目で追っていた。

 実を言うと彼の態度は割合分かりやすいので間違っても伝わらないということはないのだが、そこは自分に関してあまり認識が
しっかりしていない垣根だ。仕方のないことだろう。



「なあ初春」

「なんですか?」

「……お前、楽しかったか?」

 独りよがりではないだろうか。少しの勇気で口にした言葉に初春は間髪入れず応える。

「楽しかったし、おいしかったです。それに、今だって楽しいですよ!」

 垣根の視線の先には、笑顔があった。
 それだけで十分だ。





 帰り道は他愛ない話をした。途中、初春が猫につられて足をとめたり花につられて進路を変更したりと時間はかかったが、
それも『楽しいこと』のひとつだった。

 冬でも咲く花があるのだと垣根は不思議な気持ちでそれを眺めていた。目線が低くなって、気付けるようになったことも沢山あった。
きっとそれは、記憶を失う前には感じることのできなかったものだ。

 失ったものと新しく得たもの。記憶のない垣根にはその失ったものの重みを実感することは難しかったが、今確かにここにある日常は
とても、居心地がいいものだと素直に思う。


 やがて見慣れた白い建物が視界に入る。
 珍しいことに、カエル顔の医者が病院の庭に出ているところだった。多忙な彼は酷い時には一日中病院に缶詰めでいることもあるのだが、
今日は短い休憩をとれるくらいには余裕があるらしい。

 まあこれも、傍から見ると分からないだけで仕事の延長なのかもしれないが。



「散歩は終わったのかい?」

 ふと医者が初春たちに気付き声をあげた。
 どうやら散歩に出ていたことも把握していたようで、あまりの仕事ぶりに垣根は思わず内心で舌を巻く。

 いつかバレないように一人で病院を抜け出そうと思っていたのに、出し抜ける気がしなかった。それでなくともただでさえ
脱走前科持ちなのだ。監視の目はそこそこ厳しい方である。監視と言っても、他より頻繁に巡回に来られるというくらいのものだが。
 この病院はなんだか自分に対して過保護である気がしてならない垣根であった。

「はい! えっと、クレープ食べてきたんですよ」

「そこの彼もかな?」

「垣根さんはまだちょっと、胃に重いって言って……」

「そうか。まあ近いうちに、今度は一緒に食べられるようになると思うよ?」

 そこで言葉を切り、カエル顔の医者は初春から垣根へと視線を移す。すぐさま垣根は医者から目を逸らしたが、
それを気にする様子もない。
 簀巻き状態でもっこもこに着膨れた垣根を見てくすりと笑い、彼はいつもの人をおちょくったような口調で言った。


「そろそろ、服も必要になる時期かもしれないね?」


投下終了です。言い訳できないほど遅くなりましたすみません
代わりに砂糖増量しておいたので 次は、まだかなって言われないうちに頑張って来ます ありがとうございます

うわっほー
乙!ていとくんかわゆす

やっときたか乙。

乙ー 二人ともかわええ

こんなにかわいいていとくん久々
乙ー

乙!二人とも可愛いなぁ。つか、まだかなオンパレードワロタww

おつ
垣根退院間近か、これからの展開が楽しみ

乙です!


最高に甘いな。

うん、いいねこういうの( ̄ー ̄)

凄い乙です!


「そ、そんなに急がなくてもいいじゃないですかー!」

「お前もちんたらしてると帰るのが遅くなるだろうが。それでもいいのか?」

「そういう問題じゃなくてですね……もう、垣根さんってば!」

 早く戻ろう、と垣根が急かすので、医者との会話もそこそこに初春は病院内へと車椅子を押した。何故だか分からないが、
垣根はあのカエル顔の医者を苦手としているらしい。

 目をきちんと合わせることもしたがらない。命を助けてくれた恩人に対してその態度は少し失礼ではないかと初春は
心配してしまうのだが、医者は楽しそうに笑うばかりなので、初春が余計なことを思ってしまっているだけなのかもしれなかった。


 と、そんなことを考えながら気もそぞろでいたのがよくなかったのだろう。初春は、受付ホールから続く廊下の途中で誰かに
ぶつかってしまう。車椅子を押していると咄嗟の方向転換がうまくいかないのだ。少しだけよろめいて、慌ててその『誰か』の方を向く。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 ぶつかった相手は初春を見て華やかに微笑んだ。歩いていた時は真っ直ぐ見据えられていたに違いない視線が初春を捉える。
 まだハイティーンにも届かないであろう幼さを残す顔に似合わない、優雅な笑顔だ。

 そして笑顔を浮かべた彼女は、車椅子を押してる人にぶつかっちゃうなんて駄目ね、ごめんなさい、と頭を下げた。
「こっちも不注意だったのよね」年齢不相応な大人びた表情で続ける。


「ちょっと人を探してて急いでたから……」

 彼女の髪が揺れる。
 初春に向けられていた視線がふと車椅子へと動き、垣根を捉え。

「――――!!」

 途端、先程まで笑顔だった表情が硬く強張った。
 すぐにその顔には笑顔が貼り付く。一瞬だった『それ』を初春は見逃してしまっていた。




「……? なんだよ」

「――――、……いいえ、なんでもないわ。あなたもごめんなさい。車椅子、揺れちゃったかしら?」

「別に」

「それなら……いいんだけど」

 少しだけ目を細めて、それはまるで値踏みするような視線だった。垣根は、不躾に見つめられ不愉快なのを隠そうともしていない風な
態度で相手を眇める。

「……おい、まだ何かあんのか」

「そんな怖い顔しないでよ。ごめんなさい、って言ってるじゃない」

 目つきが悪い垣根に睨まれるのは初対面だとかなりおっかなく見えるはずなのだが、彼女は何も気にする様子はない。初春は少しだけ
尊敬と、疑問を抱く。

 なんとなくだが、一種の『気安さ』のようなものが彼女から感じられた気がしたからだ。もしかしたら垣根の知り合いか、と考え、
それなら自分から言い出すに違いないと初春は可能性を刹那で否定する。それに彼女は自分にも砕けた口調で話しかけてきた。元々が
そういう口調なのだろう。


 しかしそういうことを垣根は汲み取ろうとはしていないらしい。聡い筈なのにどこか、好んで愚鈍な振りをし喧嘩をふっかけている
節がある。それにしても妙につっかかるような声音だが、どうしたのだろう。

 このままでは彼がまた不機嫌になって(既に割と危ない)何か言い出すかもしれないから、と初春は垣根とぶつかった彼女の間に
わりこむようにして口を開いた。


「あ……あの、お見舞いですか? なら受付で聞けば一番早いと思いますけど……」

「ああ、気にしないで。ありがとう、あなた優しいね」

「いえ、そんな」

「お見舞いっていうか、一目見て笑ってあげようかしら、って勝手に来ただけなんだけど。
 そもそもお見舞いを喜ぶような人じゃないしね。追い返されるのが関の山よ」

「……? お見舞いは嬉しいと思いますよ。口に出さなくても、喜んでるはずです」


 垣根もそうだった、とまでは言わなかったが、彼女が探す患者も、彼のように素直でない人なのかもしれないと初春は想像してみる。
 お見舞いに来て相手を笑ってやろうという発想も相当にひねくれていたが、似た者同士なのだろうか。


 そんな初春は気付けない。悪い冗談ね、と目の前の彼女がかすかに呟いたことに。その後、再び垣根を見ていたずらっぽく笑ったことに。



「じゃ、本当にごめんね。そっちの車椅子のあなたも、お大事に」

 踵を返し、受付には見向きもせず出入口へと歩く彼女に初春は慌てて声をかける。

「あ、あれ? お見舞いは……」

「ご心配なく。もう見つけちゃったわ。でも――」

 ふわり。服の裾が翻る。



「――――まだ眠ってるみたいだから」



 また今度ね、と。
 彼女はやはり愉しげに目を細めた。




 カツ、カツ、と小気味いいヒールの音が完全に遠ざかって、垣根から舌打ちの音がする。

「おかしな奴だったな」

「お見舞い、本当によかったんですかね?」

「ああ? ありゃ見舞い客じゃねえよ。見れば分かる。手ぶらにも程があるし、それ以前に……」

 確かに彼女は場違いだった。結い上げた色素の薄い髪は、首から鎖骨にかけて光る装飾品も相俟って病院には相応しくない
艶やかさが滲んでいたし、もうひとつ、決定的なこともある。

 それ以前に、と口にした垣根は少しだけ言葉を選んだ様子で、もう姿の見えない彼女のことを、まるですぐ近くにいるかのように
小さく語った。



「あんな真っ赤なドレス、シュミ悪すぎんだろ、あいつ」



投下終了です もうちょっとで色々と動く
レス本当にありがとうございます 近いうちにまた来ます

帝春、未元定規はいくつか知ってるけど、この3人が直接絡む話は知らないから非常に楽しみです

番外個体、一方通行、打ち止めの3人で番外通行止めだけど、この3人だとさしずめ、心理未元保存かな

乙です

おつ。定規ちゃんきちゃったかー
次も期待してます

恋の鞘当て

赤いドレスって血ですか(・д・)!?
なんか怖いっす(・ω・`;
まぁもともとのデザインなのかもしれませんが、
伏線のように垣根が言っていたんで気になった・・・

ともかく乙です^,-)ミ☆

>>229
顔文字キメェ
コテ外せ
原作読め
空気も読め

>>229
半年ROMってろ

乙っ!

>>229
>>229
>>229
>>229
>>229
>>229












>>229

>>233
1週間前だから黙ってろよ

>>229です・・・

すいません。
初春のmailを意識してコメントを書いてみたのですが、
見た方は不快な思いをしたようですね。

>>230
「派手なドレス」って表記じゃありませんでした?
勘違いならすいません。

本当にすいませんでした。



「そういえば、垣根さんの退院はいつ頃の予定ですの?」

 『風紀委員』第一七七支部。いつもは外回りがメインの白井も、こうして定期的に書類の整理をすることになっている。
 オンラインでのデータ管理を行う初春も、今日は一緒だ。

「うーん……リハビリ終了次第、って感じなんじゃないでしょうか。あ、でも記憶が戻らないと自分のお家も分かりませんね」

 難しい顔で考えこんでしまう初春に、白井は書類整理をする手を止めないまま言う。

「住民票を取り寄せることになるかもしれないんですのね、そしたら。……ご家族とは離れて暮らしていらっしゃるようですし」

 垣根の身内の人間をこれまで一度も見たことがない故の言葉だったのだが、なんとなく、責めるような響きが含まれてしまった
気がして白井は顔をしかめた。部外者が干渉することではない。プライベートな部分だ。
 そもそも学園都市は基本的に部外者を歓迎していない。保護者といえども容易には訪れることができない街であるのは白井も
重々承知している。

 しかしこんな、記憶喪失なんてただでさえ日常生活に支障をきたす病状を抱え、その上歩行すらリハビリを要する人間を
ほったらかしにするなんてと思う気持ちが彼女の中にあるのは確かだった。


「ああ……そうですね、垣根さんは」

 初春も同じような感情を持っているのか、台詞を言いよどむ。


 ここで、もしかしたら天涯孤独な身の上なのかという発想がなかなか出てこないのが彼女たちの『表』たる所以だろう。
 身寄りのいない人間は学園都市に数多く存在する。その大多数が何らかの超能力開発に関わる実験の対象であり、酷い時は
戸籍も存在しないまま使い捨てられることもあるのだ。
 過去に何度か『裏』を垣間見る事件に出くわし知識が無いわけではなかったが、咄嗟には可能性として選択できない白井たちであった。

 そうは言っても身寄りがいないことより何より悲惨なのは、『身寄りがいるのに会いに来る人間がいない』という状況だが。

 そういう学生も、いないではない。
 最初から、親が子を放棄するために学園都市を利用することもある。『置き去り』と呼ばれる子供たちだ。

 他にも、特に高位能力者の身内に多いのだが、人を殺傷できるほどの『異能』を恐れ、遠ざけようとする人間も確かに存在する。
 こんなことになるとは思わなかったと、こんなおかしな街に行かせるのではなかったと、そう言って。



 白井はシャープペンシルの頭で机をコツコツと叩く。
 言葉を選びながら、慎重に口にした。

「わたくしたちの訪問が少しでも入院の慰めになればいいのですが……病院に一人でいるのは心細いですの」

 かつての怪我――それは周りが評価するなら名誉の負傷と言ってもよかったが、彼女にとっては苦い思い出だ――と
入院生活を思い返し溜息。その様子を見た初春がすかさず口を開く。

「白井さんもあんまり無茶しないでくださいね? 九月の時みたいな大怪我、みんな心配するんですから」

「ご心配どうもですの。でも貴女に『無茶をするな』と言われたくありませんのよ、初春」

 すまし顔で、しかし滲む感情は隠しようがなく、白井は初春へと視線を向けた。



「……肩はもう、大丈夫なんですの?」

 隠そうとしたのは、不安だ。




「え? あ、大丈夫ですよ! もうすっかり治ってます!」

「…………」

「……? 白井さん?」

「……もし見つけられたなら、わたくしがぎったんぎったんにのしてさしあげますのに」

 同じ『風紀委員』として忸怩たる思いだった。もし自分が傍にいれば、相手を撃退とまでは言わずとも初春を安全圏へ『跳ばす』
くらいのことはできたのではないかとずっと悔やんでいた。

 かつて、銀行強盗の手から初春を逃がしたのと同じように。



「…………えへへ。白井さんは昔から、優しいですね」

 白井の心境をある程度察した初春ははにかむように笑う。

 不謹慎かもしれないが、怪我を心配されるのは少しだけ嬉しかった。当然、心配をかけてしまって申し訳ない気持ちが殆どではある。
 けれど、自分のことをそこまで思ってくれているのだというのが分かり口元が緩むのは仕方ないだろう。

「からかうのはよしてくださいまし。気恥ずかしいですので」

「そんなんじゃないですよー」

 このままではなんだかよろしくない展開になりそうな予感がして、白井は話題の変更を試みる。咄嗟に出てきたのは先程までも
会話にのぼっていた垣根のことだった。


「ええと……ところで垣根さんのことなのですが、」

 初春の気を逸らすために利用するのは少しだけ申し訳ない気持ちになったが、直後、オセロだの何だのの失礼すぎる垣根の発言を
思い出し寧ろ積極的に使っていこうと考えを改める白井であった。

 狙い通り、初春はきょとんとして彼女の言葉を待っている。さて、何の話をするべきか。実は名前を出してみただけで詳しいことは
考えていなかったのだ。

 不自然でない程度に沈黙し、白井はふと気になっていた些細なことを言ってみることにした。


「――垣根さん、前に比べると随分髪が伸びていましたわ。欝陶しくないのでしょうか」

 切っている様子も見受けられない。そんな白井の台詞に、初春は「ああ、」と声をあげる。


 首筋を隠すくらいまで伸びた後ろ髪と、僅かに瞼に触れるようになった前髪。それでも以前の彼に比べるとまだ短いのだが、
過去を知らない白井の感覚では長く思われたのだろう。

 彼女の『空間移動』は高い集中力を必要とするので、目にかかる、目の中に入るような前髪はすぐに切る派なのだ。
 緩くウェーブのかかったロングヘアはいつでも清潔に纏められている。他人のものであっても気になるのかもしれない。


「確かにあの前髪は邪魔そうですよね。……まあでも、垣根さんって元々髪が長いですし」

「そうなんですの?」

 知らなかった事実に僅かばかり目を丸くする白井。それに対して、初春は更に情報を重ねる。

「はい。確か肩につくかつかないかくらいだった気がしますよ。ちょっと髪にクセがありますから、実際はもう少し長いかも」

 御坂さんより少し短いくらいですかね、と想像するようなそぶりを見せる。

「手術の時にでもお医者様が切ってしまわれたのでしょうね、きっと」

「そうですね、最初、血まみれでしたし……」

「ああ……、ということは垣根さん、貴女よりも髪が長いんですのね」

「そうなりますねー。私も髪伸ばそうかなぁ」

 外ハネしている耳元の髪に触れながら言う初春。白井は小首を傾げてから、書類への文字の記入を再開する。

「あら、イメージチェンジでも?」

「長いと髪型がバリエーション豊富で楽しそうじゃないですか。白井さんみたいなツインテールとか」

 ふわふわの長い髪は、いかにも女の子が憧れそうなものだ。
 流石お嬢様学校の生徒と言うべきか、高級感溢れるシャンプーと艶やかさを演出するリンスの香りは他とは違うものがある。



「貴女は結うよりも留めるだけの方がいいと思いますわよ。大きめのバレッタを使って」

「バレッタですか……佐天さんはポニーテールがすごくよく似合うんですよ。いいなぁ」

 三つ編みもかわいかったです、と初春が思い出し笑いをする。
 その様子を横目に、初春の言葉で意識がそちらに向いた白井はふと支部の入口へと視線をやった。

「そういえば今日は佐天さんの姿が見えませんわね」

 佐天があまりにも頻繁に支部を訪れるため、いないことに寧ろ違和感が生じてしまっているのだ。部外者の存在をなくすのは
大切なことであるはずなのに、彼女はそこまで一七七支部に馴染んでいるらしい。

 白井がそのことに気付き形容しがたい表情になる。それには構わず、初春はマイペースにキーボードを叩きながらのんびりとした
口調で言った。


「ああ、佐天さんなら……」



「なんでも小テストの出来がすっごくよかったとかで、垣根さんに自慢――じゃなくて、報告に行くって言ってましたよ。
 多分そろそろ、病院に着いてるくらいの時間じゃないですかね――――」




 巻き込まれたのは佐天だ。

 鞄の中には、自分でも驚くほどの高得点がつけられた小テスト。一刻も早く御礼を言いたい、そしてあわよくば褒めてもらおうと
うきうき気分で病院を訪れた佐天は、思ってもみない歓迎を受けることになる。

 彼女はその日病室に着くなり、「服買いに行くぞ」と垣根にせっつかれ急遽セブンスミストまで足を運ぶことになった。

 ここ二、三日、隙あらば脱走してやろうと画策していた垣根だったが、いつもあとちょっとのところで邪魔が入りなかなか目的を
果たせずにいたのだ。カエル顔の医者が服を用意してくれるつもりでいるということは垣根にも分かっていた。何でもかんでも
あの医者の施しを受けるのが癪だと幼稚な反発心を抱いていたのである。


 何故同伴に佐天を選んだのかといえば、彼女の服装センスが一番まともそうだったからということにつきる。初春は見るからに
男物の服を見立てられるようなタイプではないし、白井に至っては常に制服着用なのでファッションに対する感性がどのようなものか
分からない。

 垣根としてはとりあえず着られれば何でもいいのでマネキンを飾っている服を一式まとめ買いするのでも一向に構わないのだが、
もし横から何か言われるにしても服装に関して安心感のある人間の方がいい。


 とりあえず何でもいいから服が欲しい、といきなりの無茶振りにも快く応対できる佐天のおかげで、今現在二人は第七学区の
洋服店『セブンスミスト』の中にいた。


「一緒に来るの、初春じゃなくてよかったんですかー?」

「アンタはなんでそう……あのな、別にあいつはそんなんじゃねえっつの」

「ふふ、まあそういうことにしといてあげちゃいます!」

「あーハイハイ勝手に妄想してろ」

 テストの点については報告済みだ。「へえ、呑み込み早いじゃねえか」と想像以上の素直な称賛をもらって心躍る佐天であった。
 車椅子を押しながらスキップでも始めそうな彼女を、垣根は少しだけ心配そうな眼差しで見ている。

 若者の街と言っても科学技術の最先端、車椅子だから感じる、というような不便さは無い。勿論電車賃などは全て垣根持ちである。

 ただでさえ自分の用事で連れまわすのだから当然だ。佐天の車椅子の扱いはなんというか、スーパーのカートを押すような感じで
いささか不安もあるのだが楽しそうだからいいか、と投げやりに許容する。


 一番最初に目についた店で、一番最初に目についたマネキンが着ているものをまとめて買おう。

 そう自分の考えを口にした垣根に佐天は、
「折角お金払って買ってるのにそんな勿体ないことしちゃ絶対にだめですありえない! ありえない!」と声をあげひとしきり
お金の大切さについて、その少額のなかやりくりする大変さについて説いた後、車椅子の上で一切身動きのとれない垣根を連行して
セブンスミスト内を巡り巡った。

 流石、彼女は置いてある服の傾向や価格設定によるターゲット層などかなり詳しかったが、垣根は彼女の帰宅がどんどん遅く
なっている件に関して内心穏やかではなかった。初春の時のようにまだ昼間と言える時間であったのとは訳が違う。

 この街はとても、治安が悪いらしいのだから。


 結局最後は、一体どっちが買い物に行きたがったのか分からないくらいの状態になっていた。

 垣根が大分頑張って佐天を説得しどうにか買い物を終えた頃には、あと三十分もすれば完全に日が沈んでしまうだろうという時間。
 ずっと車椅子の上にいたはずなのに疲労困憊の垣根だった。女という生き物は買い物をすると兎角長いしはしゃぎすぎる。

 試着の時も佐天は「えっ垣根さん男なのにパンツの裾上げしなくていい人ですか!? うわああこれだから格差社会は!」と
よく分からない奇声を発していた。彼女の胸も周りの同年代からしたら十分な格差なのだがそれとこれとは話が別らしい。


 タグを切ってもらった服一式は袋に入れて膝の上だ。着て帰らないのかと聞かれたが垣根はそれを断った。これは大事に
とっておかなければならないものだから。

(……棚の一番下に隠しておくか)

 何事も準備が肝要である。
 お陰で物凄く寒かったし若干震えていた垣根だった。しかし、またあんな簀巻きになるくらいなら風邪をひくことを選ぶのは
当然の選択だろう。彼のように元々の矜持が高い人間なら、特にだ。



 相も変わらずのカートさばきで危なっかしい蛇行運転をしていた佐天だったが、人がまばらなこともあり迷惑をかけることはない。
強いて言うなら垣根が軽い乗り物酔いを起こす可能性が万に一つくらい用意されているということくらいか。太陽は暮れかけており、
まだ秋の色を残していた街路樹の見頃も終わりを迎えようとしている。

 佐天は確か一人暮らしだと言っていた。病院に半拘束されている身の垣根としては彼女が無事に帰宅するまで見守るなんていうことは
不可能なので、やはり自由外出の権利をもぎ取る必要があるなと決意を新たにする。

「悪いな、遅くまで付き合わせちまって」

「いえいえ! っていうか最後の方は寧ろあたしの方が引っ張り回しちゃいましたし」

「遅くまで出歩いてると危ないんじゃねえの?」

「あー、まあ確かにこの街はあんまり治安よくないですけど、……でも」

 ここでふと、佐天の表情が陰る。それに垣根が気付く前に、彼女は続きを口にした。


「昼間でも危ないことは多いみたいだから……一緒かなって」


 ここで初めて垣根は佐天を見上げる。
 先程までの明るい雰囲気から一転、沈痛そうな彼女の面持ちに垣根は少しだけひるんだ。
 
 一体今の言葉の何が彼女のスイッチだったのか分からない。分からないが――きっとよくないスイッチであることは、確信できた。



「……なんか嫌なこと思い出させちまったみてえだな」

「あ、いや、ごめんなさい。嫌なことっていうか……初春が」

「初春?」

 脈絡なく出てきた人物名に首を傾げる垣根。佐天は少しだけ口ごもり、しかしはっきりとした口調で語りだす。

「ほら、初春と白井さん、『風紀委員』じゃないですか」

「……ああ」

「二人とも凄いんですよ。白井さんはあの能力を使っていつも現場の最前線で仕事してます。初春は、あの子運動苦手なのに
 毎日トレーニング頑張ってて……いつもは支部で仲間のバックアップを任されてるんです。ほら、パソコンが得意なのでそれで」

 初春のタイピング見たことあります? すっごく速いんですよ。とまるで自分のことのように嬉しそうに話す佐天の様子は、
本当に、友人たちのことが大好きで誇らしくて仕方がないというような様子だった。


「あたしはそんな二人を尊敬してるし応援もしてるんですけど、たまーに無茶やって大怪我して帰ってくることがあるんですよね」


 ふ、と遠くを見るような表情をして。
 彼女が思い出しているのは、そう。――――他でもない、『あの日』のことだ。



「……あの時も確か、まだ全然明るくて、人もいっぱいいる時間帯だった」

 当時、肩を脱臼して通院を余儀なくされていた初春の、生活面での補助を少なからず請け負っていた彼女である。
 ギプスに固められた肩は、学園都市の最新技術であまり目立たないものではあったが十分に痛々しかった。誰よりも
近くで見ていたから、余計に鮮烈な思い出となって佐天を揺さぶる。

「あの子、戦闘能力なんてほぼ無いに等しいのに、もしかしたらあたしの方がまだマシなくらいなのに……
 小さい女の子を庇って、肩に大怪我したんです」

「……、怪我……」

「脱臼だって言ってました。パフェ食べてる途中だったのにひっくり返されちゃった、
 ってあの子は笑ってましたけど、きっとすごく怖かったんだろうなって」


 体中に青痣作ってきたこともあるし、と佐天は俯いた。初春だけでなく白井も、九月の半ばに立って歩けなくなるような
大怪我を負っている。そのせいで大覇星祭に参加できなかったほどだ。

 しかし、『空間移動』という強力な能力を持ち常日頃から最前線で不穏分子の相手をしている白井と、PCスキルの一点突破
により『風紀委員』となった後方支援型の初春とでは危険の度合いが違う。白井の方が危険に晒されることは多くとも、一度
巻き込まれれば手遅れになる可能性が高いのは初春の方なのだ。


 自分は黙って待つことしかできない。気付くのはいつも、全てが終わってしまってからだ。
 佐天は身近な友人が怪我をして帰ってくるたび、そんな気持ちにさせられた。



「まあこんなこと言っても仕方ないんですけど! あたし、『風紀委員』で頑張ってる二人が好きなので。
 でもハラハラさせられるこっちの身にもなってほしいですよねぇ」


 ぐん、と車椅子を押すスピードが増した。長い黒髪がふわりと風に舞って、シャンプーの甘い香りが僅かに鼻腔をくすぐる。

 佐天はきっと無理をしているのだろう。彼女が『無能力者』であるということも理由のひとつなのだろうが、
『取り残される』とか『おいていかれる』とか、そういうことに恐怖を覚えているようだ。

 仕切りなおすような明るい語調は寧ろこの場では不自然だったが、それをいちいち口にするほど垣根は野暮でも、ましてや
無神経でもない。


 ちくりと刺し込むような痛みを頭に感じた。


「なんかごめんなさい。暗い話になっちゃいましたね」

「いや、構わねえよ。…………、」

「垣根さん大丈夫ですか? やっぱりコートだけでも着た方がいいんじゃ……ちょっと顔色悪くありません?」

「平気だっつの。少し……」

 沈みかけた太陽に目を細める。彼は言う。自覚はないのだろうが、何故だか重たい声音だった。





「――――頭が痛いだけだ」





投下終了です。レスありがとうございます
原作と乖離している部分は伏線だったり妥協だったり勘違いだったりするので
なんというか、どうぞよしなに……すみません

乙!

次の更新はいつ頃かな

待ってましたああああ!乙!

投下乙
佐天さんと垣根っていう取り合わせもなかなか良いですね

投下乙。

乙です!



 それは、あまりにも突然すぎる転機だった。




 初春たちは、佐天が垣根とセブンスミストへ赴いた数日後、再び三人で病室を訪れていた。
 ここ最近、『お見舞い』が三人の交流を深める共通の要因にもなりつつある。自然と集まり、とりとめもなく喋り、
帰路につく。行動範囲の微妙に噛みあわない彼女たちには、これまで周りが思う以上に難しかったことだ。

 その日も前と同じように垣根を交えた女子トーク(人数比の問題でどうしても話題は偏りがちになるのは仕方ない)
をしていると、ふと空気が変わる。

 佐天が相変わらず殺風景な個室に意見を呈したのだ。



「それにしても、ここって本当に何も無いですね……暇じゃないですか? あたしじゃ一日耐えられるかどうかって感じですよ」


 花や食べ物の類は初春たちが持ち込んでいるので花瓶のある辺りや冷蔵庫の中身はそこそこ賑わっているのだが、いかんせん
圧倒的なまでの娯楽の欠如具合である。
 まあ、垣根が一人でやるにはトランプも人生ゲームもあったところで役には立たないが。


「そりゃ暇だけどよ……今んとこリハビリくらいしかやることねえんだよな」

「本、流石にあたしたちが持ち込むのだけじゃ厳しくなってきましたよね。垣根さんが本屋に行って自分で選べるといいんですけど」

「あー……でも俺、まだ一人じゃ外出許可出ねえかも。前に言われたし」

「だったらわたくしたちが一緒に行けばよろしいのでは?」

「いいですね! えっと、お医者さんに言って……あ。垣根さん、今日も寒いと思うんですけど、もうブランケットは嫌ですか?
 着替えは無いんですっけ」

「……あの後医者が用意してくれたのがそこに入ってる」


 僅かな沈黙は、いつかの簀巻き状態を思い出したからだろうか。

 垣根が指差したのはベッド横のサイドテーブル。テーブルの上にはプリペイドカードのようなものを使って観るテレビが
備え付けられており、その下は観音扉つきの収納棚になっている。どうやら初春が知らない間に、カエル顔の医者は服まで
用意してくれていたらしい。

 テレビの横にリモコンが無造作に置かれている辺り、彼はあまりテレビを好まないようだ。こんなことならもっと早いうちに
本でも何でも持って来ればよかったかもしれない、と初春は一人、反省しきりだった。


 実はというか当然ながら、垣根の沈黙は簀巻きが原因ではない。黙ったのは意識が一瞬、自分で買った服に向いたからだ。
 彼がこっそりと一式揃えた服は、とりあえず一人で外に出られた時用のものなので大事に隠してある。
 洗濯をすれば医者にバレるし、服装を知られてしまっては入院着から着替えての脱走もやりにくい。

 佐天にも(脱走するつもりだということは決して悟らせないよう)しっかり口止めしておいた。
 用意周到に病院を抜け出したせいで近いうちに彼はまたひと悶着起こす羽目になるのだが現時点では知る由もない。


 初春はそんなこととは露ほども思わずにひたすら医者の配慮に感謝したり内省したりと忙しかったので気付くことはできなかったが。
 やっぱりずっと入院着は嫌だろう。と素直に垣根に共感していた。

「じゃああたしが失礼して、っと……勝手に開けちゃいますけどいいですかー?」

「いいぜ。悪いなわざわざ」


 佐天たちの会話をBGMに初春は更に考え込んでしまう。
 打ち解けることに必死だった。
 なんだか恥ずかしくなる。空回りしていないだろうか。変に思われていないだろうか。


 だから彼女は、佐天が棚から引っ張り出した服に反応するのが遅れてしまった。


「おおー……なんかスーツ? っていうか学生服っていうか……」

「お医者様の好みの色なのでしょうか、この赤」

「……! あ、」


 初春は忘れもしない。
 その服は、垣根があの日確かに着ていたものだった。



 実際は一方通行との戦闘で色々なものにまみれてしまったので、今あるのは実際に着用していたものではなく、
同じ型のものをカエル顔の医者が用意しただけなのだが彼女に分かるはずもない。

 垣根が洋服について自分の着ていたものと同じらしいと説明しているのも耳に入らなかった。
 ただ、佐天が「とりあえず着てみます? その間にあたしたち、外出許可が出るか聞いてきますよ!」と言っているのが鼓膜に届く。


(……それ、は)


 嫌だ、と思った。反射的に。
 だってそんなの、まるで『あの日』のようではないか。
 その服を着て、彼は自分を、まるで――道端の石ころのように、




「ちょ――ちょっと待ってください!」



 咄嗟に出た声は思いの外大きかった。
 三人分の視線が初春に集まる。出てしまった言葉は戻らない。初春は少しだけ喉をつまらせながら言う。

「あ……えっと、ほら! それってどう見ても今の季節じゃ寒すぎると思うんですよ!」

「ん、それもそっか。シャツに……セーターと上着はあるけど、冬にはちょっとね」

「でも、この患者着でしたって薄いことに変わりありませんわよ、初春」

「そこまで気ィ遣う必要ねえよ、俺は別に……」

「だめですよ! 風邪、ひいちゃったらどうするんですか?」

 初春は嫌な汗をかいていた。どうしてここまで焦っているのかよく分からない。分からないが、このままでは
よくないということは、理解できる。

 必死だった。

 彼女は普段あまり、人が話している最中に割り込んだり、会話を遮ったりするようなタイプではない。佐天と一緒の時は
聞き役の方が多いということもままある。「わ、私――――」そんな初春が垣根の言葉を遮って言った台詞。それはあまりにも、
空々しいもののように彼女には聞こえた。




「私に任せてください、垣根さん」




 渇く口内をどうにか湿らせて、初春は口の挟む余地を作らないように続ける。

「すぐ行って、お医者さんに聞いてきますから。『患者に必要なものを用意する』のが仕事だって前にも言ってましたし」

「そ? じゃああたしたちも……」

「それくらい私だけでも大丈夫ですよ! 垣根さんが一人になっちゃうので、二人はここで待っててください」

「おい、それだと俺が一人じゃ駄目みてえに聞こえるんだが」

「入院中の人が何言ってるんですか。無茶はしちゃいけませんよ?」

「まあ、初春もこう言っていることですしわたくしたちはここで待つことにいたしましょうか」

「うん。じゃあ、遅くならないようにね初春ー」

「急ぎすぎてこけるなよ?」


 ばかにしないでください! と言って病室を出る。精一杯の虚勢だった。一歩廊下に踏み出した瞬間、
その足取りはとぼとぼと重くなる。



(……私は)

 もしかしたら誰よりも、垣根自身のことを尊重できていないのかもしれない、と思い知った。
 こんなにも、『本来の彼』を彷彿とさせるものが怖い。

 初めて病室で見たときから、その姿は記憶とかけ離れたままだったから。髪はどうしてか短くなっていたし(とは言っても
男子の平均からすると長い部類に入るのだろうが)服装もまったく違っていた。初春が訪ねるたびに彼が見せてくれる表情も、
ずっと柔らかいものだったから。


 甘かった。
 彼の手助けをしているつもりで、この病院に通っていたのに。
 佐天と白井にも相談したのに。


 果たして初春飾利が気にかけているのは誰なのだろう。
 『垣根帝督』とは、一体どの彼のことを指してそう言っていたのだろう。


 ため息がこぼれた。流石にこれは、落ち込む。

 初春はまだ中学生で、だからこれはそこまで責められた話では無い。真っ当な感情である。
 自分に危害を加える人間に対して恐怖するのは生理的な現象で、しかしこの心理状況を彼女が許せないのも子供故の潔癖さからだ。

 彼女がもう少し幼かったら、感情のままに垣根を突っぱねることもできただろう。彼女がもう少し大人だったなら、
清濁併せのむことを覚えていたかもしれない。


 不安定に揺れる初春の心はそのどちらも選べない。
 暴力をふるう人間は好きになれない。
 でも、今病室にいる彼のことは大切にしたい。


 こんな人間に一体何が任せられると言うのだろう。どうして、任せておけだなんて言えたのだろう。

 板挟みのまま、初春は足を進める。
 今日も誰かの命を救っているであろう、医者のもとへ。


投下終了です。レスありがとうございます
次は一週間以内に来ます これまでスローペース貫きすぎててすみませんでした

スレタイ回収キタか!
>>1乙です


ベッドで戸惑う提督を必死にリードしようとお姉さんぶる初春のセリフじゃなかったのか

>>1
乙でーす!
今度はもう少し早めにお願いしますね。

>>269
思考がエロいです…



 メールの受信を知らせるバイブ音が鳴ったのは、佐天が宿題を終わらせ、さてこれから何をしようかと机の前で
背伸びをした瞬間だった。

 携帯を開くと差出人として表示されたのは本日見舞いを共にした友人で、佐天は慣れた手つきで携帯のボタンを操作し
受信メール画面を表示させる。


 そこには簡素な一行メール。

『今日の初春、少し様子がおかしいように感じましたの。何かご存知ではないですか?』

 ふむ、と佐天は思案する。彼女も白井と同じ疑問を感じていたからだ。今日の初春はどこか上の空だったように思う。
 そしてそれは、佐天の想像が正しければ――病室を出る前、初春が医者の所へ垣根の服について聞きに行こうとした辺りからだ。


(どうかしたのかなあ。悪いことじゃなければいいんだけど)


 佐天と初春は、俗に言う『親友』といった関係であると表現できたが、お互いに過干渉なわけではない。
 二人ともそれぞれの交友関係があり、そのことに口を挟むような必要性は感じていなかったし、これからも
ずっとそうだろうと思っている。

 勿論、遊びに誘うことも誘われることも頻繁でそんな時には思い切り楽しく遊ぶのは確かだったが、互いに
互いが全てではないことをちゃんと知っていた。

 癒着していない。そう表現すればいいだろうか。

 一番仲良くしているという自覚も自負もあり、相手の友人たちに対するほんのささいな、可愛らしい嫉妬
のようなものも時折抱くことはあるのだが。いざ顔を合わせれば、そんな気持ちは霧消する。


 だからこそ佐天は、親しい友人との距離感には気を遣っていた。
 気が置けないことと無遠慮は違うし、心配と無神経も程遠い。


(聞いても『なんのことですか?』って言われそうだしなー……だったらもっと上手く隠しなよ、初春)

 プライベートな悩みなら、無理に聞くこともない。初春が話したくなった時に自分から教えてくれるはずだ。
 話してくれた時に、『あんまり心配させないでよね』と笑ってやればいい。逆に、本人が言いたくない時は
どんなに聞いても意味がない。意地でも話そうとはしないだろう。


 初春は見た目がぽやんとしているので誤解されがちだが、あれで相当に頑固なのだ。決めたことは意地でも
貫こうとするし、熱暴走もしやすい。おまけに向こう見ずなところがある。
 そのせいで怪我をこさえて帰ってくることもしばしばなのだが本人に改める気は無いのだから困る。

 後方支援がメインのはずなのに、PCスキルの一点突破で『風紀委員』になったはずなのに、実戦部隊もかくやという
危機にいつの間にか巻き込まれているのだ。


 そう。日常生活で起こり得る程度の悩みならいい。
 また自分の知らない間に、何か大変なことに巻き込まれていたら。佐天はそれだけを懸念していた。

(でも白井さんがメールしてくるくらいだよ? ……明日まだ変な感じだったらちょっと聞いてみようかな)

 軽くでいい。『初春、なんか今日元気なくない? まーたパソコンやってて寝不足か~!?』とでも。
 初春がいつものように、慌てて反論してくれれば、それでいい。




 今まで、気付けないことばかりだった。
 次があるなら、気付けるだろうか。
 気付いて助けになれるだろうか。




 そんなことを考えながら返信を打つ。明日学校で、それとなく聞いてみる、と。五分ほどでまた携帯が震えた。

『ありがとうございます。少し気になったものですから』

 白井もむやみに干渉しないタイプなのでわざわざ佐天を経由するという回りくどい方法をとったのだろう。
 そしてそれは正解にほど近い選択に違いない。
 返信に間があいたことで手持ち無沙汰になっていた佐天はそのメールを確認してぱちりと携帯を閉じた。



(あー……いっそ垣根さんに恋煩いとかなら安心できるんだけど)

 初めて垣根の病室を見舞った時、ついいつもの調子で初春を茶化してしまったが。今にして考えると案外、
まんざらでもなかったようにも思う。こうして足繁く通っているのがいい証拠だ。

 恋煩い、は半分冗談にしても、垣根の病室を訪れる前はいつもと変わらないように見えたので、何かしら
垣根に関係のあることなのではないだろうかと首を傾げた。しかし垣根が特に変わったことをしていた訳でもなし、
考えれば考えるほどよく分からなくなってしまう佐天であった。




 そして初春はこの日を境に、垣根がいる病院へと足を向けなくなる。

















 これは大きなチャンスだった。


 垣根は病院のベッドの上から、腹筋の力だけで上体を起こす。巡回の看護師は少なくともあと三十分は来ない。
 おまけに今日、あのカエル顔の医者は患者の定期健診を行っているという。

 今日作戦を決行せずいつするのか。垣根は大事に隠し持っていた服を念のため、個室の入り口から死角になる
水道の近くで着こむ。コートも羽織り、どこからどう見ても入院患者ではない様相に満足気に鏡を見た。


 この日の為にリハビリと、落ちてしまった筋力を取り戻す個人的なトレーニングもかかさずやってきた。
 筋肉は使わないとすぐ衰える。勿論学園都市は科学の最先端なので外より高度な医療技術も有しており、
筋肉に適切な電気刺激を与えることで筋力低下を抑えるといったことも行われていたが、やはり実際に動かすと
効果は段違いだ。

 もう車椅子はいらないだろう、と垣根は冷静に予測する。欲を言えば杖くらいは欲しいところだが、若者の街に
溶け込むには不要と言わざるを得ない。なるべく自然に、いかにも見舞客のていでここを出なければならなかった。


 病院はとても多忙な場所だ。

 基本的に医者たちは患者以外に割く意識はあまり持ち合わせている余裕が無い。
 なので、『患者である』という記号をこうして全て取っ払ってしまえば脱出は案外に簡単なのだ。
 健康体の人間並みに動ければ、という前提は必須だが。

 さて早く逃げ、いやいやここを出よう、と扉に向かった垣根の足がふと止まる。彼は少しだけ悩むような仕草をして、
踵を返した。ベッド横、サイドテーブルの上に短くメモを残す。


『ちょっと出てくる。三十分くらいで戻る』


 心配をかけたいわけではない、と垣根は心の中で言い訳をした。迷惑はかけてしまうかもしれないが、こればかりは
譲れない。このメモさえあれば一時間は不在にしていても大丈夫だろう。
 それに垣根は、このメモが誰かに見つかるであろう前に病室に戻るつもりでいたのだ。まだこの時は、だが。

 箱庭のような場所で過ごすのはもう勘弁してほしかった。知りたいことが、山ほどあった。



(今日は初春も……来ねえだろうしな)


 ふ、と表情に僅かに陰が差す。最近、彼女はどうも忙しくしているらしい。佐天や白井と三人で病室を
見舞ってくれた日から一度も顔を合わせていない。『風紀委員』が忙しいのだろう、怪我をしていなければ
いいのだが、と垣根は思考する。

 彼女と同じ支部に属する白井はあの通り、移動手段において圧倒的なアドバンテージを有している上、
現場で動くことが多いのも手伝ってか面会時間は短いものの病院で顔を合わせることは結構多かったりするが、
初春はそうもいかないのだろう。


(…………、)

 垣根には、初春が本当に『風紀委員』で忙しくしているかどうかは分からない。しかしそれ以外の理由を
挙げるとなると余計に思いつかず、自分がまた何か気付かないうちにやらかしたのかと思っても
原因を突き止めるところまで至らない。

 そういえば少しだけ、あの日の初春には違和感があったように思う。どこか無理をしているというか、
そんな感じがした。勘違いだと言われればそこまでだが気になったのは事実だ。

(……考えてても仕方ねえか。うん)

 問い質すのは趣味ではない。言いたくないことだったとしたら更に困る。
 自分が聞いたところでどうにもならないことだったら、話させるだけ負担になってしまうかもしれないのだ。



 垣根は、思考を振り切るようにしてサイドテーブルから離れた。

 今度こそ個室は無人になる。しかし彼は気付いていない。メモを残す時に一旦テーブルの上に
除けておいた、携帯電話と財布がすっかり忘れ去られぽつんと置かれ続けていることを。

 連絡手段、無し。金も無し。おまけにこの街は、慣れていない人間にとってはちょっとした
迷路と言って差し支えない。何故だかその表情を次々と変えていく、不思議な街だ。

 つまりどういうことかというと。




 垣根には、迷子になる道しか残されていなかった。




投下終了です。レスありがとうございます。
街で誰かに出くわします エロいことはしません では次も一週間以内に

乙。
来週は学園都市第二位のうっかり迷子回か…。胸熱。

うっかり迷子…だと…
なにそれすてき乙

乙枯れ様です。
ま、迷子だと⁉
まぁ第二位の頭脳を使えば、
そんなに問題があるわけでもなさそうだな~。
基本的な知識は失ってないわけだし。



 第二位が生きているらしい。
 そんな話を持ってきたのは仲間内では最年少の少女だった。
 ざっくりと編まれたニットのワンピース。丈の短いそれからのびる脚を絶妙に組んで言う。

「――――って感じで、超まことしやかに囁かれているんです。
 まあ十中八九デマでしょうけど。都市伝説の類ですかね」

 その言葉を受け、それまで耳にあてていた携帯をパチンと不機嫌そうに畳んだ――こちらは随分と大人びた風な
少女、は応答する。

「ふうん。大して面白くもない噂ね」

「噂のわりに、ここのところ超急に話題にのぼるようになった話なので気になるんですよね、私としては」

「もし本当に生きてたとしたら、私は間違った情報を流しちゃったってことになるのかしら?
 脳ミソ三分割とか、笑えないわよね」

 小さく舌を打った。電話の相手の笑い交じりの声に苛立ちが募っていたのだ。
 いつからこの組織は遅刻欠席がまかり通るようになったんだと脚を組み直した『リーダー』に、
横からおっとりとした声がかかる。


「でも、ロシアで軍事利用されてたのは確かに『未元物質』だったと思うよ、むぎの」

 ぼんやりと半目でストローを咥えている黒髪の少女は眠そうに言った。

「分かってるわよ。でもまあ、ムカつく奴だったけど惜しいわね。ロシアのアレは多分、本人にしてみれば
 ふざけんなって感じよ。自分の能力を一番的確に使いこなせるのはやっぱ能力者本人じゃないと格好つかないし」

「大丈夫だよ、私はむぎのだけの『原子崩し』を応援してる」

「ありがと滝壺。でも、滝壺のサポートは格別だからね。いつも助かってるわ」

「滝壺さんの能力、安定してきて超よかったです。最近は顔色も健康的ですし」

「うん。ありがとう」

 和やかな、一見すると女子会か何かに見えなくもない情景。それを裏切るように少女たちの口から発せられる、
『未元物質』や『原子崩し』といった普通ではなかなか出てこない単語。

 そして。



「にしても浜面は遅いですね。一体どこで超油を売ってるんでしょうか?」

「ドリンクバー取りに行くのに何分かかってんだ……あのバカ」


 戻ってきたらブチコロシ確定、と。
 よく通る落ち着いた声が、溜息と共にこぼれ落ちた。






 少女たちがそんな会話を交わしていた頃、浜面はというとドリンクバーで絡まれていた。

 絡まれると言っても、おいおいニーチャン金貸してくれよ、的なものではない。
 女ばっかりはべらせやがって生意気な、というものでも勿論ない。

 だがしかし、彼にとってはそちらの方がいくらかマシだったかもしれない。


「適当に歩いてたら道分かんねえしおまけに金も携帯も無いことに今気づいたんだけど、どうやって帰ればいいと思う?」


 世紀末帝王浜面は、どう見ても自分と同じくらいの年齢の迷子に絡まれていた。


「ええええ……なんだこの状況……」

「ったく、なんでこんな訳分かんねえ作りしてんだこの街……あと高層ビル多すぎだろ、目印が無いんだよクソが」

「えっと……ええ? なんでわざわざ俺に声かけてきたんだアンタ……交番行けよ……」

 浜面は同年代のその少年に言う。長めの短髪(こう表現するのが一番しっくりきた)は自分のものとは系統が違う
明るい茶髪で、目つきは少し悪いもののいかにも女子うけのよさそうなこざっぱりとした服装をしていた。

 パーカーやらジャージやらを適当に着ている自分との違いに若干落ち込む。おまけに、どちらもジーパンを
着用しているというのに脚の長さの違いが一目瞭然だった。横に並びたくない。
 それに。なんだか既視感があるのだが気のせいだろうか、と浜面は内心首をかしげた。


 少年は立ち去ることなく浜面を見ている。
 適当にあしらうつもりが、予想外にも諦める様子はなさそうだ。



「交番すら見つからねえんだよ。だからアンタが道を教えてくれるとかなり助かる。
 あと、そろそろ同性と会話がしたかった」

 さりげなく羨ましい発言をしてくる相手(浜面自身も結果だけ見れば同じような状況だが、
役得とはどう頑張っても言えない)をジト目で見つつ浜面は更に問いかける。

「なんで金が無いくせにファミレスに入ってきてんだ」

「歩いてる奴は急いでたら無視されるかもしんねえだろ。その点、こんな真昼間っから
 ファミレスで駄弁ってる奴は暇人確定だ。なら迷惑をかけても罪悪感が軽減される。
 アンタはその中でも圧倒的暇人オーラを放ってたから声をかけた」

「心底失礼だ! ……っつーか、アンタは一体どこに行きたいんだ?」

「病院」

「……病院?」

「俺はこう見えてもつい最近まで意識不明の重体患者だった。今も病院の個室に入院中で
 定期的に検査がいる状態だ。よって、ここでアンタに蔑ろにされると死ぬ。すぐ死ぬ」

「うおおおおい!? いきなりヘビーな話になったな!」


 じゃあ早く戻らなきゃやばいだろ、えっと道はそこを真っ直ぐ行って、と丁寧に
道案内をしようとする浜面。

 寧ろ送り届けるべきなのだろうか、と戦争を乗り越えヒーローとして成長した少年は
更なる親切心を発揮する。案外と面倒見のいい帝王であった。


 しかしその親切心を華麗にスルーするかたちで、一方の迷子少年も彼なりに浜面を気遣っていた。
 浜面の手元のコップを見て、昔から比べると大分短くなった髪を揺らして言う。


「っつーか席に戻らねえでいいのか? それ、ドリンクバー待ってる奴がいんじゃねえの」

「うっわやべ忘れてた!? ちょ、麦野にどやされる……!」

「おい、道案内忘れんなよ」

「ああもうちょっと待ってくれ! マジで! これはマジで!」


 コップを両手に持ち、少年は嘆く。
 ああ、変なのに絡まれてしまった、と。








 最初に反応したのは麦野だ。

「はーまづらぁー、遅いんだよ一体いつまで――――」

 ゆるく巻いた髪の毛を弄っていた麦野が、浜面の陰で隠れ気味の人物に、焦点を合わせる。
 その顔にピントが合った時点で、彼女は既に立ち上がっていた。

「っ! テメェ……ッ」

 つられて少女たちが一斉に浜面の後ろを、見る。
 一人は驚愕の表情を浮かべ、もう一人は何度かぱちぱちとまばたき。


「『未元物質』……っ!?」


 『アイテム』のリーダー、『原子崩し』の麦野沈利。彼女は、未だに苦々しい記憶として残る一戦を
克明に思い出しながら、最早目の前へと迫ったその『脅威』の名を呼んだ。




「!? ……あ、ああ!? あの時の!」

 ワンテンポ遅れて浜面がようやく叫ぶ。絹旗はそんな彼に盛大な舌打ちをして、いつかの日と同じように
能力を発動させた。

 あの日は机だった。そして、周りには邪魔な一般人もいなかった。

 しかし今はそうもいかない。彼女は咄嗟に、机の上にあった未開封のサバ缶を投げつける。
 せめて目くらましになれば、と。能力の補助はあれど周りの被害などを考慮したせいか、学園都市の第二位相手に
それは気休め以下の行動であったが。




 当然と言えば当然の結果。
 今となっては突然攻撃される理由も分からず、なおかつ予想もしなかった垣根は、一言も発せないままサバ缶を
モロに脳天に食らいぶっ倒れることになった。


「…………えっ、超予想外です……」


 呆然とその様子を見届けて、絹旗は若干凹んだサバ缶と床でノックアウトされている垣根を見比べ。

「……絹旗……他人の空似の一般人を手にかけるなんて……」

「大丈夫。私はそんなきぬはたでも応援してる……」

「え、えええええ!? なんか私超まずいことやっちゃいましたか!? どうすればいいんですか超死んでるんですけど!」

「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ! おい大丈夫か!? おい! しっかりしろー!」



 結局垣根は病院への道を聞く前に、訳の分からないまま介抱されるという双方どちらにとっても
迷惑極まりない状況と相成ったのであった。


投下終了です。レスありがとうございます
女子が髪切ったかとか全然分からない派です アイテムやっと出せましたヤッター

アイテムと遭遇きたー!
これからどうなるのか楽しみだ

他人の空似www似すぎだろw
乙です!

アイテムと垣根は気まずいよなww




 ずっと、冷たい場所にいた。






 最初に見えたのは黒い、全てを塗り潰すほどに闇色をした何かだった。その黒の中心には、油絵のように澱んだ白濁。
 べたべたと、何度も上から塗り直したかのような白色が何であるのか、それも分からない。

 ただ、殺戮のための力の塊がそこにはあった。

 何故だか右腕は地面に落ちていた。機械でできた鉤爪つきのグローブのようなもので覆われているからか、断面の酷い
損傷からすると不思議なほどに綺麗な形を保っている。

 叫んでいたような気がする。
 気がするだけかもしれない。

 気付けば周りは血だらけで、その血は一点を中心に広がり続けていた。体中の血管が切れているような感じがした。
 あまりの情報量に、少しだけ頭が痛かった。



 一体何を、知ったのだったか。

 それを手繰り寄せるよりも早く。深層の記憶の底の彼は、圧倒的な力に対して、ただ蹂躙されるのを待つことしかできず
意識を簡単に刈り取られる。




 ずきり、とこめかみの少し上に感じる痛みに、垣根は意識を浮上させた。

(……っ)

 何か、夢をみていた気がするのだが思い出せない。
 ぼんやりと、視界の端に小さな頭が映っている。「あ! よ、よかった超目を覚ましました……!」ういはる、と
呟きかけて完全に意識が引っ張り上げられた。彼女の髪はこんなに色素が薄くないし、何より花が見当たらない。


 それに気付いた瞬間、体を起こすよりも先に手が出た。


「テメェは……一体俺に何の恨みがあるってんだぁ……!?」

 茶髪のショートカットの頭を鷲掴みにし、ぎりぎりぎりと力をこめる。ぎゃあああ痛い痛い超痛い! と
あまり痛くなさそうな悲鳴があがった。

 どうして最初、初春だと思ったのだろうか。垣根は内心で首を傾げながら手を離す。起き上がるとどうやら、
ファミレスのソファに無理やり寝かされていたらしい。上背のある垣根にはどう頑張っても長さが足りておらず、
妙に捩れた体勢になってしまったことで腰が痛かった。
 あの病院のベッドは寝心地がかなりよかったのだなと比べてみて新発見である。

 あんなに抜け出したかった病院に帰りたくなった。

 なんとなく、足の向くまま気の向くままに歩いていたら、謎の路地裏や明らかに人通りの少なそうな道を
するする通り抜けてきてしまったのだ。
 行き止まりの道が無かったことになかなかの運のよさを感じた垣根だったが、適当に歩いていたせいで
気付いた時には病院の方角すら分からない状態になっていた。

 どうして無駄に入り組んだ道ばかり選んでしまったのかと悔やんでも後の祭だ。路地裏の中で迷わなかっただけ
マシだと思いこもうとしていたのだが。


 まさかサバ缶を投げつけられるなんて予想外である。


「あ……あの、超すみませんでした、大丈夫ですか……?」

 ち、と軽く舌打ちをした垣根に絹旗は、小さな体を更に小さくしてぺこりと頭を下げる。
 あまりに恐縮そうにするので少しだけ良心が痛んだが、それ以上に頭が痛い。垣根と絹旗の間に挟まれた浜面が
いたたまれなさを全身で表現しているが、誰も気にとめることはなかった。


「っかしいわねー、絶対にあの野郎だと思ったんだけど……あ、でも死んでるんだっけ。やっぱ人違いだわ」

「声もそっくり」

「そう? そんなちゃんと聞いてなかった。滝壺、アンタ記憶力いいのね」

「私もはまづらもきぬはたも、結構長く話したからね」

 能天気に会話を続ける滝壺と麦野。そんな彼女たちを横目に、サバ缶を机の端に追いやった絹旗はニットワンピの裾を
引っ張りつつ、すすす、とドリンクバーのジュースを垣根に差し出した。絹旗最愛、『アイテム』に浜面が加入してから
これが初の自身によるドリンクバー往復であった。

 因みにオレンジジュースである。お詫びのつもりなのだろうか。それならホットコーヒーの方がいいんだが、と垣根は
のんきなことを考える。


 彼女はそのまま、もにょもにょと口の中で謝罪の言葉を転がす。

「えっと……ちょっと仲が悪かった人とですね、あまりにも似ててですね……超不注意です。ごめんなさい……」

「私からも謝るわ。元はと言えば私の発言が紛らわしかったのよね」

「むぎの、早とちりだから……」

「ほんっとすまねえ! ちょっと腫れてるみたいだけど、店の人に氷もらったからこれ使ってくれ。
 病院までの道もちゃんと案内する!」

「あー……とりあえずそっちの馬面のアンタが一番謝り慣れてるっつーのは分かった」


 垣根は生来気の長い方ではない。寧ろ短気だ。記憶を失っていても基本的な性質は変わらないが、怒り狂うことなく
話をしているのは兎にも角にも頭が痛いからと、最近一緒にいる少女の気質にあてられたというか、影響されたからでもあった。

 一緒にいると似てくるのだ、人間というものは。


 とは言っても先程はつい絹旗の頭を鷲掴みにしてしまったが、それくらいはまあ彼も許されてしかるべきか。


(……に、しても)

 垣根は思案する。これはもうビンゴだ。確実に『記憶喪失以前の垣根帝督』を知っている人間だろう。
 確かに適当に出歩けば一人は知り合いに出くわすだろうとは思っていたが、こう早々に見つかるなんて奇跡に等しい。

(『死んでる』とか物騒な単語が聞こえた気もしたが……生きてるよな? 名前、っつーか能力名、同じみてえだし)

 最年長らしき、麦野と呼ばれた彼女が垣根を見て発した言葉。『未元物質』。この街には二人といないはずだ。
 学園都市のシステム上、そして学園都市第二位ということを考えれば自明である。


 つまり――他の誰でもない自分が、顔を見た瞬間物を投げつけられるような人間だと、いうことだ。

 
 出会い頭に攻撃されるなんて、やはり自分はロクな生き方をしてこなかったのだろうなと他人事のように考え、口を開いた。



「別に人違いじゃねえと思うから、謝る必要はないぜ」

「……? 言ってる意味が超分かりません」

「垣根帝督。……俺の名前だ。聞き覚えがあるんじゃねえの?」

「!? え、だって、さっきの」

 何の抵抗もせず攻撃を受けて倒れたところを見てしまっている(おまけに原因は自分である)絹旗は不審げに垣根を見つめた。
 麦野も警戒心を濃くその整った顔に浮かべ、滝壺は「……信号、一緒だ」と小さく言う。

 そしてそれを眺めて軽くため息をついた彼は、目を覚まして初めて自ら自身のおかれた状況を他人に説明すべく、語り始めた。


投下終了です。レスありがとうございます
次の投下はちょっと量が多くなってしまうかもしれません アイテムかわいいです

乙です!

絹旗にジュース持ってきてもらうとか…うらやましい!!!



これから楽しみ



ますます面白くなってきたー!




「――情報を超整理しますね。まず、『記憶がない』。『能力は使えない』。
 滝壺さん曰く、『AIM拡散力場に異常はない』。そして」

「迷子だ。病院に連れていってくれ」


 ファミレスの一角、その窓際の席で。
 現状を堂々と言い放った垣根に、麦野は深く頷き口を開いた。



「よし、こいつ殺そう。絹旗手伝って」


 垣根の正面に座った麦野は、斜め前、一番通路側の席に座っている絹旗に視線を向ける。

 真実を語っているとは限らないかつての敵を前に、偶然にも都合のいい席順となっていた。騒ぎが大きくならないようにと
軽い脳震盪で倒れた垣根を一番窓際に押し込んだのははたしてよかったのだろうか、一番危険な対面に麦野が座っている。

 麦野の隣には、その身の安全が最優先される滝壺。その正面は垣根の隣、やられても一番損失が少ないであろう浜面。
 垣根と絹旗に挟まれ、扱いに涙が出てきそうな浜面であった。


 そんな不憫代表浜面はというとリーダーの発言に目を剥いて思わず大声を出している。



「おぉおおぉい待て待ていきなり物騒だな!? 麦野落ち着け!」

「だってこいつ今『無能力者』も同然なんでしょ? 私の序列が三位になるのね……感慨深いわ」

「麦野!? 麦野さーん!? 戻ってこい! ……あとアンタは俺の服を掴むのやめような!? 俺じゃ盾にはならねえぞ!」

「チッ、役立たずじゃねえか」

「そんなかきねは応援できない……はまづら、早く離れて」

「っつーかテメェ浜面! マジで脳ミソ無いんじゃねえのか!? なに面倒事持ち込んでんだ分かるだろ普通!」

「いや髪が短くなってたし服装も全然違うし……それにあの時はこいつよりぶっちゃけ麦野の方が恐ろし」

「ああん?」



 濁点が付いてもおかしくない地を這うような声と共に睨まれて、すみませんっしたー! と平身低頭する浜面。
 奴隷根性が染みつきつつある。




「そんな訳でせっかく知り合いを見つけられたと思ったら『殺す』とか言われちまった
 俺の気持ちが分かるか。サバ缶よりそっちを謝れ」


 謝れも何も、過去に彼はこの場にいる四人全員を殺しかけた前科があったりするのだが
当然覚えてなどいない。

 覚えていないというのはある意味強みだ。そういう意味で、垣根帝督はこの場の誰よりも
強かった。遠慮も何も無い。
 もう全面的に被害者面である。彼のなかでは、何故だか初対面で一方的にサバ缶を
投げつけられて頭が痛い、という認識だ。



 薄々気が付いている事実から目をそらしているのも確かなのだが。


(あいつはこのこと……知ってる、わけねえか。知ってたらあんな風に通ってきたりしねえよな)

 だとしたら、自分はあの少女のことを騙しているということになるのだろう。
 確かに何も思い出せないが、状況証拠がこうも豊作だとやるせない気持ちになる。

 あんなきらきらした笑顔で、いつも一生懸命に話しかけてきて、自分のことを何かと
気にかけてくれている彼女は。


 こんな、出会った瞬間殺し合いに発展する関係を着実に構築しているような人間を見て、
何を思うだろうか。



(……バレたらもう来てくんねえかもな。自覚はねえんだけど)


 最近はあまり見ることができていない花飾りと、柔らかい笑顔を思い出した。
 あの笑顔を向けてもらえなくなるかもしれない。確かな実感を伴ってそばにある可能性を憂える。

 それすら自業自得なのだ。どうしようもない。
 垣根は握りしめていた服の裾を離す。皺になっていたがまあいいかと勝手に納得をして周りに視線を配った。


 このひと月弱で、花飾りの少女に言われてきたことを思い出しながら。


「……悪かった」

「…………はい?」


 突然謝られて絹旗はきょとん、と歳相応の幼い表情をしてみせた。
 凄まじいスピードでサバ缶を投球していたが、もしかしたら初春と同じくらいの年頃かもしれないなとぼんやり思う。


「いや、正直何も覚えてねえけど……アンタは俺に、出会ったら問答無用で攻撃したくなるくらいのことされてるんだろ?
 覚えてねえのに謝られるのもムカつくかもしんねえが、黙って謝られてくれ。ごめんな」

「えっ、えっと、いや、その認識は超間違ってはいないんですけど、…………」

「俺が記憶戻ったときアンタに謝るかどうかは確約できねえが、少なくとも今の俺にアンタに対する害意はねえよ」



「…………あなたは、」

 絹旗が何か言いかけたのを、垣根は目で制した。ゆるりと首を振って言う。

「あー……、俺のこと、教えてくれる奴近くに誰もいなくてな。知り合いがいねえのかロクな知り合いがいねえのか、
 まあ後者だとは思ってたんだが」

「…………」

「自分が何してたのか、どんな人間だったのか、今もよく分からねえ。……クソ野郎だったっつーのはもう、確実っぽいけどな」


 なんとなく覚悟はしていてもやはり落ち込むのだな、と苦笑する。サバ缶を投擲されたせいだけではなく、
なんだか頭が痛かった。ちくちくと、刺すような痛みだ。何か、よくないもので張りつめた被膜をつついているかのようだった。


 記憶を取り戻したら、もしかして自分は後悔してしまうだろうか。垣根はそんなことを考えた。



 絹旗はそんな彼の様子にしばし沈黙する。
 俯いたまま、その表情は分からない。





「……、フレンダ……」


 ふ、と。吐息のような声が絹旗の唇からこぼれた。


 それはかつての仲間の名前だ。

 怪訝そうな顔をする垣根に絹旗は唇を噛んだ。この男は本当に何も覚えていないのだ。
 かつての抗争も、その過程で一度、バラバラになってしまった『アイテム』のことも。


 仲違いをすることになってしまった原因が、今更何を。絹旗は血がふつふつと煮えるような
感覚を持て余していた。今言っても意味は無い。ただの感傷、八つ当たりだ。分かってはいても、
勝手に口は開かれる。



「……っ、あなたのせいだ……!」


 隣で聞いていた浜面が、ぎょっとしたように絹旗の方を向いた。「お、おい絹旗……!」
制止の声を振り切り、絹旗は尚も続ける。

「あなたのせいだ! あなたの……っ、『未元物質』! なンでそンな超平気な顔、してるンですか……っ」

 身を乗り出して垣根の胸倉を掴む。辛うじて能力は使わなかったが、それでも垣根が僅かに顔を顰めたことに
昏い気持ちが湧きあがった。 



 今なら、殺せる。





 敵が討てる。あんなに居心地の良かった場所をぶち壊した張本人を、自分の手で。
 この男が悪いのだ。こんな無防備な、何も知らないような顔でのこのこ自分たちの前に
表れるのが悪いのだ。殺してくれと言っているようなものだ。だったら殺してやればいいではないか。

 ぐるぐると思考が巡る。今更謝られても何もかも遅い、と中身のない謝罪に苛立ちは募るばかりだ。


 何も覚えていないくせに。
 何も知らないくせに。


 垣根が本当に申し訳なさそうな顔をしてみせたものだから余計に悔しかった。そんな顔を今されたら、
ようやく過去と折り合いをつけようと必死に生きている自分たちが馬鹿みたいだ。

 ずっと悪役でいてほしかった。憎む対象であってほしかった。話なんて通じない、
別次元の何かであってほしかった。

 なのに、そんな顔もできるなんて。



 まるで人間のようではないか。





「やめな、絹旗」


 静かに声が落ちた。声の主は――かつての『アイテム』の決別を決定的にした、麦野沈利。その人である。

「む、麦野……」

「赤の他人に八つ当たりするんじゃないわよ。恥ずかしいでしょ?」

「で、でもっ! こいつは『アイテム』を……!」

「絹旗」

 ぴしゃりと強い語調で麦野は仲間の名を呼ぶ。
 身を竦ませて、おずおずと自分を見上げる絹旗に麦野ははっきりと言った。



  ・・・・・・
「それは私のよ」



 机の上に乗った拳は白くなるほどに握りしめられている。一転、優しく穏やかな、子供に言い聞かせるような声。


「それは私が背負うモノなの。勝手に――横取りさせないでよね」


 かつて彼女が、自身で背負うと決めたもの。自分の行いと、もたらされた結末。失われたものの重み。その全て。
 麦野沈利は、それらを独り占めするのだと心に誓っている。誰にも邪魔はさせない。横取りなんて以ての外だ。
 それは仲間が相手でも譲るつもりはないし、絶対に譲ってはいけない。




「…………超落ち着きました。もう……大丈夫です」

「そ。ならよかったわ」


 絹旗も本当は分かっている。

 仮に、『アイテム』が過去に奪った誰かの命について糾弾されたとして。
 おそらく彼女たちは謝ったりしない。
 何故なら、それが彼女たちの覚悟であり、この闇の世界で生きるための矜持であるから。
 自分が生きるために、仲間と生きるために、大切な人を護るために。


 かつて『スクール』に所属する人間を、急ごしらえの人材も含めれば三人、彼女たちは始末している。
 一人と、三人。数の問題ではない。けれど、一方的に責めるようなことが言えるわけでもない立場であることは確かだった。




「……『未元物質』」

 絹旗は静かに呼びかける。俺のことかと言いたげな表情の垣根に、
「あなた以外の誰だって言うんですか、超いい加減にしてください」と追撃した。


「あなたには……大切な人が、いましたか」

「は……?」

「記憶が超全部ぶっ飛んでるあなたに聞いても意味が無いかもしれないですけど。
 ……あなたにも、もしかしたら大切な人がいたんですか」


 それは例えば、絹旗にとってのフレンダのような。



 垣根は即答できない。大切な人も何も、彼は自身のことすら周りから教えてもらわないと分からないのだ。
 過去に何があったかなんてことは、垣根の頭の中には存在しない。

「俺……は、」

 だから彼は小さな声で言う。



「分からねえよ。そんなもん、こっちが教えてほしいくらいだっつの」

 流れるように紡がれる言葉は、彼がずっと考えていたことだからなのか途切れることなくその場に落ちていく。

「――リハビリはクソかったりいし、殆ど外出禁止だしよ。おまけに主治医がムカつく奴ときてる。
 いつまで個室にブチ込まれてりゃいいんだって話だ」

 少しだけ笑って、続ける。


「脱走したはいいが財布も携帯も忘れてきちまったし、知り合いかと思ったらよく分かんねえガキが
 きゃんきゃん吠えてきやがるし、いきなりサバ缶が脳天に向かって飛んでくるし」



 垣根帝督は、他人から突然攻撃されてしまうだけの理由を持つ人間である。
 それだけ恨みを買っていて、そのくせ何も覚えていなくて、だから謝罪する権利すらきっと無いのだろうと思う。
 でも。それでも。
 ここで正直に答えたら、誠意と代えられるだろうか。

「んな状況で、大切な奴とか言われてもなあ、……」

 大切な人がいたのかと目の前の少女は問いかけてきた。
 答えは決まっている。そんなもの、分からない。

 しかし、こう問われたらどうだろう?


 あなたには今、大切な人がいるのか――と。


 答えはやはり、決まっているのだ。




「……今は、いる」



 ほんの偶然、なんてことはない接点だけなのにもかかわらず、あの寂しい病室まで来てくれるような
優しい人間が彼の周りには確かにいた。大切にしたいと、尊重したいと思えるような、そんな『誰か』が
今の彼にいるとするならばそれは、きっと彼女たちだ。


 自分が怪我をしたら、きっと少しは心配してくれるだろうし、もしかしたら悲しんでくれるかもしれないし、
ひょっとすると原因に対して怒ってもくれるかもしれない。

 随分と自惚れ交じりかと思ったが、それでもよかった。今は、それだけでよかった。



 だからアンタには悪いが、俺はちゃんと無傷で、あそこに帰る。
 先程よりも幾分はっきりとした語調で絹旗を見据えて、垣根は静かに言い切った。




 垣根の言葉は、絹旗に迷いを生じさせた。


(……こんなの、超ただの人間です)


 掛け値なしに化物だと思っていた。そうであってほしかった。
 けれど、少なくとも『今の』垣根帝督は、そうではないのだろう。


 そう区別した瞬間、不思議と心は落ち着きを取り戻した。
 絹旗は僅かに考え込むそぶりを見せた後、吹っ切れたようにきっぱり口を開く。



「……あなたがどんな人かなんて、私は超これっぽっちも知りません」




 ほんの顔見知り程度か、それ以下でしかない関わりの人間のことなど知るかと絹旗は続けた。
知りたくもないと畳み掛ける言葉の強さを浜面が見かねて麦野へと目配せするが、麦野は器用に
小さな音で舌を打つ。黙って見ていろ、と。口を挟むなと。

 垣根が黙りこくってしまったのでぴりぴりとし始めた空気を、絹旗は意に介さない様子で僅かに口元を緩めた。



「でも、こういうことで超謝ってもらえたのは私、初めてです」

「…………?」


 意味を掴みかねている垣根に詳しく説明する気はないのだろう。彼女は独り言のように紡ぐ。

「『こういうの』は弱い方が悪いんです。力が無いとどうしようもない世界なんです。
 私は昔からそういうものだと思って……超死にもの狂いで生きてきました」


 そう。暗部の世界なんてそんなものだ。弱いから殺される。生きるためには、強くあるしかない。
 弱い『敵』を蹴落として生きることに誰が文句を言えるだろう。経緯はどうであれ、絹旗たちが
そのフィールドを選び生き残れているというのはつまり、そういうことだった。


 明日には今日と立場が逆になっているかもしれない。踏みにじられて、死を目の前にしているかもしれない。


「私、こう見えてこの世界では超長い方です。……色々と、ありました。きっとこれからもなくならないでしょう」

 でも、と彼女は続ける。

「昔とは違います。今は大事な仲間もできました。麦野たちと一緒にいられるのが嬉しいんです。
 『アイテム』は拠り所で、私の唯一でした。
 敵を蹴散らして仲間を護って、私の周りは『仲間』か『敵』か、超それだけだったから」


 最後に周りの仲間をぐるりと見回して、静かに言った。



「かつての敵と和解するなんてそんな、超C級アクション映画にありがちな展開……正直言って、ちょっと憧れてました」




 なんなんですかね、ラスボスをうっかり味方陣営に引き入れちゃった時のあのタブーな感じ。あれですよ。
 映画だったらラスト十五分くらいに来ると熱いんです。と。

 きっと彼女以外にはよく分からない例えなのだろうが、それでもなんとなく、想像できることがある。


 殺しておかないと後で殺されるかもしれない。そんな世界で、まさかの事態に絹旗も驚いているのだ。
 敵が敵のままでなくなるということ。『味方』『敵』以外の関係性。自主制作のご都合主義。



「これだからC級は、超最高なんです。やめられません」

 かつての仇、学園都市の第二位をC級映画のようだと言い切った彼女の瞳は強かった。
 このご都合主義に乗っかってやろう、と絹旗は手をゆっくりと差し出す。記憶喪失だなんてそんなの余計に、
C級の匂いがぷんぷんするではないか。疑問符を飛ばしている垣根を生意気な表情で笑い、一転彼女は真面目な顔で言った。





「……いきなりサバ缶投げてごめんなさい。私のことも、超許してくれるとうれしいです。仲直り――しましょう」




投下終了です レスありがとうございます
アイテムについてはまあ追々 期間限定でちょっとだけ風当たりが弱くなりました


あとメールの辺りでもミスってますが今回もレイアウト崩れてしまって
お見苦しいものお見せしましたすみません 専ブラ導入を検討します

乙乙

絹旗ちゃんつよいこ


うーん、重いからいちゃいちゃした奴が見たくなってきた

まってる



 初春飾利は、先程から携帯を握りしめたまま唸っていた。

(あああどうしよう……! こういうのは先延ばしにすればするほど気まずくなっちゃうのに……)


 もう、しばらく顔を見せていない。
 気まずいも何も彼女が勝手にそう思っているだけなのだが、どうやら決断をするには与えられた時間が
短すぎたようだ。せめてメールでも、と携帯を取り出したはいいが先程からもう十分近く唸り続けている。

 時間が経ってみると、どうしてこんなことをしてしまったのか後悔するばかりだった。

 自分が勝手に気まずく思っているだけだというのは頭の中では分かっている。分かっているのだが、
表情は違えど、初春の前にかつて立ち塞がった人間と同じ顔で、同じ格好でいられると嫌でも思い出す。
鮮烈な痛みも、冷たいあの目つきも。


 どうでもいいものを見るような目だった。
 進行方向に小石があって、邪魔だから蹴り飛ばしてしまおうと、ただそれだけの意味しか持たない視線だった。



(垣根さんと同じ顔で……そんな表情、しないで)


 とても酷いことを、考えている。
 何も覚えていないなんてずるいと思ってしまった。

 最初、病室の中ひとりぼっちで、あんなに不安そうな顔をしていたのを、忘れたわけでもないというのに。


 どうするべきか分からずに、ここのところずっと上の空だったのだ。
 ちょうど『風紀委員』の仕事があったのを言い訳に顔を合わせるのを避けていたのだが、昨日はいよいよ固法に
ここ最近の集中力の欠如ぶりを指摘され、どうにかしなければならないと危機感を持ったのである。

 学校からそそくさと帰宅し、着替えることすら後回しで携帯とにらめっこ。はたから見るとかなり怪しく、
春上にまで怪訝そうな目を向けられてしまう。



 携帯電話がけたたましい着信音を鳴らしたのはその時だった。


「ぬっふぇえう!? わ、わっ……」

 危うく取り落としそうになった携帯を大事に抱え込み、発信相手を見る前に慌てて通話ボタンを押した。
 万に一つでも、もしかしたら垣根からの電話かもしれないと思ってのことだ。

 何故そう思ったのか彼女には分からない。垣根はちょっと顔を見せなかった程度でどうこう言うような性格ではないし、
言えるような性格でもないはずだ。

 だから初春が何故そんなことを思ったのかと言うと、彼女自身が垣根に連絡を取らなければと考えていたからだろう。
 自分から行動できないのを、直視したくなかったせいだろう。

 
 しかし、電話口から聞こえてきたのは予想外の声だった。




『初春飾利さんの携帯電話で合っているかな?』

「えっ? え、あ、はい!」


 それは紛れもなくあのカエル顔の医者の声。

 最初こそ『風紀委員』第一七七支部を経由した病院からの連絡であったが、直通の方が何かと都合がいいだろうと
一応番号を教えておいたのだ。まさかかかってくるなんて思わなかった、と初春は少しだけ緊張しながら返事をする。

 鼓動が速くなっていた。病院からの電話。それが意味するのは何だろう。初春は嫌な予感を振り払う。


 ――病院から電話がかかってくるのは、往々にして患者の身に何かよくないことが起こった時ではないだろうか。


 まさかそんな、と思いながらも、初春は初めて病室を訪れた時のあの蝋のような顔色を頭に浮かべてしまい、
口の中が厭に乾いているような感覚を持て余す。唇を舐めた。『ちょっと聞きたいことがあるんだけどね――』
息をひそめて、医者の言葉の続きを待つ。



『君の近くに、垣根帝督クンはいるかい?』

「――え?」

『……。……やれやれ、困った患者だね、彼も』


 脱走は二回目だね? と呆れたような語調の医者に、初春の止まっていた思考回路が動き出す。だっそう、と
言葉の意味を咀嚼して、彼女は思わず叫んだ。

「だ、脱走!? 垣根さんいなくなっちゃったんですか!?」

『困ったね、君も彼の居場所を知らないのかい? 彼、なんとも絶妙なタイミングで逃げ出してくれたよ。
 何もこんなことに頭を使う必要は無いだろうにね?』

「な、なんでそんな」

『外出許可をいつまでも出し渋っていたのが逆効果だったんだろうね? にしても凄まじい行動力だ。
 車椅子も置いたまま、僕の用意した服はご丁寧に畳まれて棚の中。随分前から計画をしていたのかな?
 財布も携帯も置きっぱなしなのは心配だね、連絡がとれないから』


 初春は混乱していた。一人で歩き回れるようになっていたことにも驚いたし、わざわざ一人でいなくなってしまった
ことにも驚いた。最近自分が見舞いに行っていなかったせいで外出の回数が減って、もしかしたらそれでストレスが
溜まって逃げ出したのだろうか、と意味のない予想をする。


 心臓は落ち着くどころかますます速く脈打つ。脱走は二回目だ。その一回目は、初春が路地裏で
垣根を見つけた時のことではなかったか。

 血まみれで、今にも雨に解けて消えそうなくらい体を冷たくさせていたのではなかっただろうか。



「……っ、私、垣根さんを探しに行きます!」

 
 返事も聞かずに走り出す。電話口から少しだけ、珍しく焦ったような声が聞こえた気がしたが、
靴を大慌てでひっかけ玄関を飛び出した頃には、そんなことはどうでもよくなっていた。

 未だ着替えずにいたことは僥倖だったろう。寒さに身を竦める暇も無い。

 さっきまではメールのために指先を少し動かすことすら躊躇っていたのに、気付けば花瓶のように
盛った花が乱れるのにも構わず、久しぶりの全力疾走をしていた。








 ようやく見つけたと思った知り合いは垣根の敵だったようだ。

 そのことに落ち込む暇もなく、絹旗の言葉は彼にとってかなり容赦なかった。おそらく過去の自分に
相当辛酸舐めさせられたのだろうとなんとなく予想してみるものの、実感は無い。きっと落ち込む資格
なんてものも自分には無いのだと、深く沈んでいるところにそれはまさかの言葉だった。

 仲直り。
 元々仲が良かったわけでもないのに仲直りと言うのは少しおかしかったが、そんなことは些末なことなのだろう。
 絹旗最愛が垣根帝督に対して、歩み寄りを見せたのは確かなのだから。
 『敵』のままでいなくてもいいと許容したのは、たとえ記憶喪失の期間限定であったとしても、事実なのだから。


 ならばここでやるべきことは、自分が覚えていないような過去に対する空っぽな謝罪などではなく。




「あ――、っと、俺も、いきなり頭掴んで悪かった。ごめん」


 ごめんなさいとありがとうは使い分けるべきなのだと、言われたことがある。
 嬉しいときはありがとう、と伝えるべきで。
 悪いことをしてしまったら、人を悲しませてしまったときには、素直に謝ることが大切だと。
 そして、もし許してもらえたら、その時は。

『その時は、笑顔でお礼を言うんです。そしたら相手もきっと、笑ってくれます』

 どうして初春がそんなことを言う状況になったのかは覚えていない。
 きっと彼女にとってそれはあまりにも当たり前でありふれていて、自然にできることだ。
 そして垣根は、そういうことができていなかったに違いないのだ。

 変わりたいと思うことはいけないことだろうか。
 自分はまだ、許されるだろうか。



「……和解成立ですね」


 にやりと悪戯っぽく笑む絹旗は、まだ手を差し出したままでいる。不思議に思っていると呆れたように
手をひらひらさせてため息をついた。

「こういう時は握手をするのが超セオリーですよ、あなたも意外と世間知らずみたいですね」

「……んだよそれ」

「笑って握手して、次に会った時は超友達になってる、ってのが王道の展開です」

「…………。笑って握手……」

「どうせ一度もやったことないんでしょう。超分かりやすい人ですね」

「は? るっせえよチビ」

「なっ! 私はこれから超成長期に入るんですからそういうことを言わないでもらえますか!」


 小型犬のようにきゃんきゃん騒ぎ始める絹旗。ほっと息をつく浜面と、ため息をつく麦野。その全ての様子を見て
にこにこと楽しそうなのが滝壺だ。

 ややあって、未だ躊躇いがちに垣根も手を差し出す。絹旗が出したのは右手だったので余計にその手の動きは
たどたどしい。途中で焦れたように絹旗が垣根の手を、半分叩くようにして握った。


「私のこと、超許してくれますか」

「おう。超許すぜ」

「私もです。あなたのこと、超許してあげます」


 貸し借り無しです、と不敵に笑った絹旗に自然と表情が綻びる。必死で背伸びしているさまがよく分かって
微笑ましいと思う。必死で自分を許そうとしてくれるのが痛いほど分かって、嬉しいと思う。垣根は無意識に口を開いた。


「――――ありがとな」


 精一杯柔らかい表情を向けたつもりだった。手本は勿論、あの花飾りの少女。鏡が無いから、どんな顔になっているかは
分からなかったけれど。ぎこちなく強張っているかもしれないけれど。


 少しは上手に笑えているだろうか。垣根はもう一度確かめるように、目元を優しく緩めたのだった。






 隣で見ていると胃が痛くなってくるな、と浜面は冷や汗をかいていた。
 垣根に体ごと向けて相対していた絹旗はぎょっとしたように硬直して、こちらまで丸聞こえなひそひそ声で早口に喋りだす。

「賭けましょう。『実は双子の弟だった』を超推します」

「じゃー私は『第二位量産計画が実は極秘に進行中だった』で」

「おいおいおい聞こえてるからね!? お前らほんっともう、空気読んで!」

「はまづら、気遣いの達人みたいでかっこいい……」


 現段階で一番空気が読めていないのは間違いなく滝壺だったが、そんなものは恋人補正でなんとかしてしまうのが浜面である。

 絹旗は敢えて、記憶を失った垣根に対し自分たちとの因縁を詳しくは話さなかったようだ。なら、彼女の選択を尊重して
自分も黙っておくべきだろうと浜面は思案する。
 きっと、オブラートに包まずあの日のことを伝えたらよろしくない事態になってしまう。

 別に記憶喪失である垣根が事実を知ってショックを受けようが何をしようが知ったことではないが、浜面も空気は読める方だ。
 きっと話しかけられても誰だか分からなかったのは、雰囲気ががらりと変わっていたからだろう。暗部に生きる人間特有の
所作というか、そういう色が感じられなくなっていた。


 垣根は何かしら自分の人となりについて感付いているようだが、それでも全て忘れて幸せに暮らしているとしたら
とても皮肉なことだな、と浜面は余計な思考を重ねる。関係のない話だ。



 浜面はこれまで様々な困難を潜り抜けたとは言ってもむやみやたらと過去の敵まで庇う人間ではないが、
今となっては目の前に突然現れたこの人物に対して、色々と思うところがあったりもする。


 例えばそれは体晶について。
 例えばそれは、滝壺の体の限界について。


 最悪の状況で、最悪の敵だったが。

 確かに、教えてくれたのは垣根だった。
 今思い出しても心底ムカつくし機会があれば一発ぶん殴ってやりたいと思っている。そしてそれは今なら
簡単にできてしまいそうな選択だ。
 それでも、彼に教わった。本人にそのつもりは毛頭なかっただろう。事実を事実として口にしたという、それだけの話。


 だが純然たる結果がそこにある。滝壺理后の限界を正しく指摘したのは、味方ではなく敵の垣根だ。



 だからどうした、と言われたらそれまでだ。垣根に滝壺を救おうなんて意志は無かったのだろうし、
浜面も特別彼に恩義を感じている訳ではない。

 あの時、生かすか殺すかの二択をあまりにも軽い調子で扱った垣根には感謝の言葉なんて言いたくはなかった。
 浜面にも意地がある。あまりにも狭くはあるが、自分の周りの世界を守ったという自負がある。故にただひとつ
指摘するとしたら、こういうことになるだろう。


 何も知らずにいた浜面には、垣根がもたらした事実だけで十分だった、と。


 思えばあのことが後押しになったのかもしれない。
 滝壺を守るという選択を得るきっかけのひとつであったのかもしれない。
 『体晶』。使い続けたら、死ぬ。
 もし知らないままだったら。もし聞かずに終わっていたら。


 浜面にとっては、考えたくもないことだ。




 昔、『アイテム』は組織だった。
 今は仲間で、友達である。
 幸い、自分もその枠に入れてもらえているようだ。
 浜面は感慨深く思ったが、それは少女たちのかしましい発言によりさらーっとぶち壊される。


「うわっ、今更思いました。超録音しておけばよかったです勿体ない」

「あー、確かに今なら第二位相手に謝ってもらえるのよね。ちょっと『未元物質』、ほら、土下座とかしてみない?」

「滝壺さん滝壺さん! 超カメラ! カメラですよ!」

「私、携帯のカメラしか持ってないよ?」

「こ、こいつらマジか……信じらんねえ性悪だ……」

 割と感動シーンだっただろうが。浜面はそう思わずにはいられない。
 垣根はというと軽く引いていた。
 同情する。麦野が異様に楽しそうなのが更に怖い。


 そういえば麦野は、垣根とサシでやりあって二度負けていたのだった。
 問答無用で能力をぶっ放さないだけ彼女も丸くなったのかもしれない。にしても土下座はねーよ、と
面と向かって言えるはずもないツッコミを心の中だけで入れる。


 そもそもこちらだって垣根を殺す気でかかっていたのだからそれこそお相子である。浜面はそこまで考えて複雑な気分になった。
 今思えばあの時『アイテム』が壊滅寸前までなったのは、垣根が原因の一端ではあるかもしれないが直接的には仲間割れのせいだ。
 まあ、あれがあったから現在の『アイテム』もあるのだが。

 珍しく真面目に思考している浜面をよそに麦野は満足げにため息をつき(因みに垣根は土下座なんてしていない)、流石に
これまでの発言は冗談の類だったのだろう、優雅に脚を組みなおす。




「にしてもアンタ、マジで何も覚えてないの? 『心理定規』のことも?」

「……?」

「精神感応系の能力者ですよ、いつもヒラヒラ派手な格好した」

「まったく記憶にねえが、心を操るとかそんなんか。ふーん、色々と種類があるんだな、超能力」

 垣根はふとここで、『派手な格好』という単語にひっかかりを覚える。そう、あれは確か――――と、
彼は記憶の糸を手繰り寄せようとした。
 しかし、その思考は絹旗の次の台詞で綺麗に霧散する。

「麦野なんてビーム超出すんですよ!」

「ビーム!? すげえな!」

 ビーム。ビームである。全ての男子の夢と言っても過言ではない。そんな素敵フレーズを耳にした垣根は
ひっかかりをそのまま放置してしまった。
 このことは後々彼に結構な影響を及ぼすのだが、過ぎてしまったことは仕方がない。


 垣根の興味が麦野の能力へと移ったのを受け、滝壺が僅かに嬉しそうな顔で言葉を引き継ぐ。すると、話は
更に意外な方向へと転がっていった。



「むぎのの破壊光線はすごいよね」

「機械もコンクリートのビルも金魚すくいのアミ扱いだもんな……」

「はーまづらぁ、何か言った?」

「何も言ってないですすみませんでした!」

「はー……『超能力者』って冗談みてえな奴らだな」

「それをあなたが超言っちゃうんですか……」

「かきねの能力の方が序列は上だよ。ふたつくらい?」

「ムカつくことにね。ああ、でも今は使えないんだっけ……ねえ滝壺、アンタの能力でどうにかできたりしないの?」

 それは、当然と言ったら当然な会話の流れだったかもしれない。
 滝壺は実際に、垣根の『未元物質』という能力を、彼のAIM拡散力場を介することで乗っ取ろうとした前例がある。
 結局成功はしなかったが。
 今ならどうだろう、と彼女たちがそう思ったのは無理もない話だ。


 ただ、結果を予測できていれば麦野は数秒前の自分をはり倒していたであろうということは想像にかたくない。


「かきね、試してみてもいい?」

「? 何するんだ?」

「ごちゃごちゃ煩いわね男のくせに。滝壺のチカラに殺傷力は無いから大丈夫よ。黙って聞け」

「テメェの言い方じゃ逆効果だって気付けよ? あー、じゃあよく分かんねえけど、別にいいぜ」


 本人はというと、そんなほいほい許可しちゃっていいの!? と他人である筈の浜面が心配してしまうくらいの適当さである。

 AIM拡散力場は、いざとなったら乱れを直す専用の機器が存在する。どうにかなるだろう、と少女たちは結論づけ
(実際は好奇心が大半の理由であった)滝壺を注視した。

「とりゃー」

 そんな掛け声でいいのか、そもそも掛け声なんているのか、と色々と口出ししたいのを必死に堪える浜面をよそに、滝壺は
台詞に似合わず真剣な顔を見せている。
 手に触れる。脈を測るような仕草だ。一秒、二秒、と無言のまま時が過ぎる。やはり対象に近い方が干渉もしやすいのだろうか。



 しかし、この辺りで滝壺も気付くべきだった。
 彼女も自身の能力の新しい側面を、完璧に使いこなせるようになったという訳ではない。ロシアで麦野を相手にしてみせたような
『能力の軌道を修正する』程度の干渉ではなく、力を丸ごと引きずり出そうとしたらどうなるか。


 おまけに、麦野のように長年共にいた訳でもない、何も考えていない(つまりこれは『協力的でない』ということだ)人間相手に
やらかしてしまった結果どうなるか。




 詳しくは割愛しよう。結論から言うと。
 白っぽく僅かに発光する物質が、凄まじい質量を伴って垣根を中心に溢れだした。





 彼が自身の能力として振るう翼の形はとっていなかったが、その得体のしれなさは確かに超能力だ。
 麦野以外は初めて目撃するそれに驚愕の表情を浮かべる。と言っても一番驚いていたのが本人なのだから世話はない。
 途端に騒がしくなる店内と垣根を一瞬で見比べて、


「っあああもう! やっぱりこんな奴拾うんじゃなかったわクソ野郎がぁっ!!」


 実際拾ってきた浜面の肩代わりをするかのように、学園都市の第四位、麦野沈利は思う存分後悔のシャウトをしたのだった。
 部下の失敗は、上がフォローするものである。


投下終了です。レスありがとうございます。お待たせしてしまいましたすみません……
滝壺の能力でAIM拡散力場を制御したとして、演算能力の差はどう埋めるんでしょうかね?

次はおそらく五日以内には

投下乙! 待ってたぜ



次も待ってる

おつおつ

「とりゃー」

爆笑してしまったwwww

一おつです!

>>363
そこでよくある「演算を初春にもやってもらう」ですよ~。





 この後、事態を収拾するのにひと悶着あったのだが(まずファミレスの中で能力を発動させてしまったせいで
目撃者が多すぎた)どうにか事なきを得た。怪我人が出なかったのが一番の要因だろう。

 平日の昼さがり。夕飯にもまだ早い。そこまで混雑していなかったのは、不幸中の幸いと言うほかない。



 麦野は滝壺を避難させ、絹旗は小柄な体で素早く逃げ出し危険を回避。

 不運にも隣にいたせいでダイレクトに打撃攻撃を食らった浜面だけが、半泣きで這いつくばっている。
 威力なんてロクに無いはりぼて状態の能力でよかったね、といったところだ。見た目は派手だが本人に攻撃意志が
皆無だったことも手伝ってか、浜面以外はちょっと机が日焼けした程度。大したことはない、と言い張る。

 滝壺が能力を解除したことで芋づる式に光の放出も止んだのだが、こんなに容易く暴発じみた現象が起きてしまった
ことに関して、彼女は普段とろんと眠そうにしている目を見開いて驚いていた。


 今の垣根は簡単に言うと、ストッパーのない状態に等しい。記憶があった頃は対処できていたことも、心の抵抗力が
失われているせいか影響をダイレクトに受けてしまう。安全装置の失われた兵器ほど恐ろしいものはないのだ。
 『アイテム』の四人が無事だったのはいよいよ奇跡的なことだったかもしれない。



 因みにどうにか平穏を取り戻した今現在、当の本人の感想はというと。


「アンタ怖すぎ」


 だった。因みに滝壺に対しての言である。
 いやお前の能力だよ自覚持てよ、と浜面は内心思ったが口には出せない。冬だというのにこんがりと
いい感じに日焼けしていた。



「が……学習した。大丈夫、私はもうこんなこと、しない……」

「やっぱ私の時とは訳が違うか。ごめんね滝壺、余計なこと言っちゃったわ」

「むぎののせいじゃないよ。でも、大したことなくてよかった」

「うわ、浜面ってば超涙目じゃないですか。キモいです」

「やめて! これ以上俺に追い打ちかけないで!」

「むぎのは……かきねの能力の完全版を見たことがあるの?」

「私もよくは見てないんだけど、とりあえず光ってた。一方通行と戦った時は本気出してたみたい」

「アクセラレータ? なんだそれ、外人か?」

「うっわ、もうコイツの前で新しい単語出すのやめよう、説明がめんどくさい」

「かきねのもういっこ上の序列の、学園都市で一番強い超能力者だよ」

「学園都市最強の超能力者――要するに超チートです」


「おい、あんま新しい情報詰め込みすぎると混乱すんじゃねえの? 何も知らねえんだろ」

「心配しなくてもアンタの数百倍、万倍は頭の出来がいいんだから問題無いわよ。
 っていうか比べるとコイツに失礼すぎる」

「そこまで!?」

「せめて高校レベルの勉強が完璧にこなせるようになってから超ほざいてください、浜面」

「中学生相当であろう奴に勉強面で馬鹿にされた!」


 盛大に嘆いてみるが、『大能力者』以上の人間に囲まれたこの空間では圧倒的に不利な浜面であった。
 がっくりと肩を落としたその直後、ふと気付く。からんからん、と来客を知らせるベルに続いて、
慌ただしい足音が近付いてきていることに。




 そして。



「垣根さんっ!」



 息をきらして、肩を上下させて。
 花飾りを武装した『風紀委員』が、『能力者がなんか暴走したっぽい』と連絡のあった現場に、到着する。






 垣根が視線を上げると、初春飾利がそこにいた。

「ど――どこに行ってたんですか! まだ怪我もちゃんと治ってないのに一人で、心配するじゃないですか……!」

 走り回ったのだろう、寒空の下だというのにこめかみを汗が伝っていた。それに何より、今にも溢れそうな
目尻の涙に垣根はうろたえる。


 初春はといえば、どこを探すかアテもなく走り回っていたところに、支部から白井の緊急連絡を受けたのであった。
 高位と思われる能力者が暴走したらしいと。外にいるなら、気を付けた方がいいと。

 場所を聞くと彼女がいた所からほど近い。それがいけなかった。彼女の性格からして、一般人が危険に晒されて
いるかもしれないのを放っては置けない。それは『風紀委員』として彼女が曲げられないことだ。


 たとえ垣根を後回しにした、と受け取られてしまうとしても、そこだけは妥協してはいけないのだ。



 そんな思いで、走ってきたというのに。

 いざ到着してみたらどうだ。探し人がそこにいる。
 暴走した能力者なんて、どこにもいなかった。



「もうっ……ばか! 垣根さんのばかっ! 迷子とか! ばーかばーか!」

 力なくぽかぽかと垣根を叩く。暴力とは無縁のその仕草に彼は場違いにも和んでしまった。まったく痛くない。

「わ、悪い……ちょっと道が分かんなくなっちまって」

「っ……携帯、ちゃんと持って行ってください。お願いします。私の足じゃ、遠くまで行けないんです」

 ばか、ともう一度ちいさく呟いて、初春は顔を上げる。

「はいこれ。ちゃんと持っててくださいね。ほら、せっかくアドレスと番号、登録したでしょう?」

「……ん、」

 初春が差し出した携帯電話を受け取る垣根。心配をかけた自覚があるのかおとなしい。
 病院と、医者と。初春を筆頭に、増えたのは白井黒子と佐天涙子。
 記憶と共になくした繋がりは、昔とは大分その形を変えて、それでもまた生まれ続ける。

「今度は、一緒にお散歩しましょうね。約束です」

 ぎゅ、と垣根の服の袖を握りしめて、先程までの勢いはどこへやら縋るような目をしている。
 その瞳はまだ、潤んでいた。



 泣いてほしくなかった。
 こんな、泣きそうになるまで自分のことを探して走って、心配してくれる人がいるということが。
 ひどく痛い。


 いつものように笑ってくれないだろうか。そうさせる術を持たない垣根は黙り込むしかない。
 分からないことが苦しかった。どうすればいい。思考だけが浮かんでは消え――垣根は初春の髪に触れる。

 花飾りが乱れていた。


 そして滝壺だけが気付く。垣根の指先、淡く光をたたえる白い花びら。
 指摘するか迷って、彼女は口をつぐんだ。
 黙って見守る。


「――――ごめん、初春」

「……はい。一緒に帰りましょう、垣根さん」


 ふわり、と微笑む。たったそれだけの変化に垣根は心底ほっとした。何故だか、きちんと謝れたことにとても、
大切な意味があるような気がしてならなかった。

 初春はそのまま視線を横にずらし、ぺこりと頭を下げる。


「あの、この人と一緒にいてくれてありがとうございました。お騒がせしてすみません」

 麦野もつられて笑った。初春の腕章を見てなんとなく大まかな事情を察した彼女は、これでどうにか
誤魔化しきれると内心少しだけほっとしている。


 それにしても、暴走した能力者がいると通報を受け駆けつけた人間が第二位の知り合いだったとは。
 世間は狭い、と麦野は鷹揚に返事をした。


「いいわよ別に。結構楽しかったし、面白いものも見られたしね」

「まったく、彼女に超心配かけるなんて男として最低ですね」

「ぬっふぇえ!? いやいやそういうアレではなくてですね! 私は! そうじゃなくて!」

「……この子かわいいね、かきね」

「なんで俺に振るんだよ。っつーか彼女じゃねえし。誰がこんな乳臭いガキ」

「うわ、そこで同意のひとつも超言えないなんて甲斐性なしすぎますよ」

「そ、そそそそんっ、そんな……! 垣根さんは別にそういうんじゃ、あの、」

「……何この子超カワイイじゃん。思わず意味不明な口癖を借りたくなるくらいには」

「ちょっと! その意味不明な口癖ってのは超私のことですか!?」

「超お前だろ、自覚あるなら何よりだけどよ」

「うるさい黙れ超浜面っ!」

「理不尽!?」



 年上のお姉さんにもみくちゃにされて頬を真っ赤にしていた初春だったが、はっと我に返ると姿勢を正す。

「あのっ! みなさん全員お友達ですか?」

 きょとん、とする『アイテム』。代表して麦野が、「……まあ、そんなトコかな」と答えを若干濁した。
 一つのカテゴリでは括れない関係がそこにはあったが、それこそ『風紀委員』の少女に明かすことでもない。


 麦野の判断は至極まっとうなもので、だからこの少女が何故そんな質問をしてきたのか、その意図が
よく分からないまま五人は彼女の次の言葉を待つ。

 折り目正しくお辞儀をし、だがその手はしっかりと垣根の手を掴んだまま。


「ちゃんとお礼をしたいので、よければ連絡先教えてください!」


 未だにほてる顔を持て余しつつも、彼女はしっかりとそう告げた。

ちょっと短いですが区切りがいいのでこれで レス嬉しいです 待っててくださってありがとうございます
今日夏コミ行かれた方はお疲れ様でした。

また近いうちに来ます 次の次くらいでまたいちゃいちゃし始める予定です

乙ー

ニヤニヤ止まらねー!!!!
>>1乙です!!!!!




 セオリー通り、最初、麦野はこれを丁重に辞退した。


 当然だ。むやみやたらと一般人に教えていいものではない。暗部が解体されたと言っても、である。
 しかし初春は頑固だった。もしあなたたちみたいに親切な人じゃなかったら垣根さんは今頃どうなっていたか、と
やや妄想過剰な心配を並べる。

 学園都市の第二位がこんな、普通の女子中学生に心底気遣われているのは何かがおかしいと『アイテム』勢は皆
もれなく思っていたが口にはしない。それは精一杯の(垣根に対する)優しさである。



 別にいいわよいいえ駄目です私の気がすまないです、といった会話を三往復して、
横目に見ていた絹旗が根負けしたように口を開いた。


「分かりました、分かりましたから超落ち着いてください……じゃあ、C級映画のおすすめがあれば是非教えてほしいです」

「その要求は酷だろ……お前以外にそんなの観てるヤツいないんじゃねえか?」

「浜面のくせに私に楯突くなんていい度胸です。バニーを要求する浜面よりは超マシでしょう」

「はまづら……」

「いやしないよ!? 犯罪だよ!?」

「ったく私抜きでなに勝手に話進めてんの! あーもう、じゃあ私はシャケ弁で」

「中学生に物質的な負担を強いるなよ……」

「黙れ浜面。バニー要求するド腐れ野郎よかマシだっての」

「お前らの俺へのイメージ! 酷い!」


 浜面が謎の風当たりの強さにおののいている間に、絹旗がひょこりと麦野の横から飛び出してくる。
 そのまま垣根に接近し、その手に握られた携帯を指差した。


「あ、いいこと思いつきました。ほらあなたも携帯超貸してください。ついでに登録してあげますから」

「は? なんで俺が」

「こんな美少女のアドレスをゲットできるなんてついてるでしょ。もっと喜べば?」

「あ、オイ! 何すんだテメェ!」

「……登録数超少ない!? ここまでのレベルだと流石に同情しちゃいますね」

「いーち、にー、ホラ、今日で一気に四人も増える。よかったわね」

「え、俺も人数にカウントされてんのか!?」

「はまづらは嫌?」

「……嫌じゃねえけどさ……お前らよくそんなフランクにできるな……」

「過去に固執しまくってる浜面キモいです、超がっかりです」


 お前が一番派手に対立したくせによく言うよ! と浜面は己が身に降りかかる理不尽を涙を飲んで耐え忍んだ。
 そして芋づる式に、いつぞや必要に迫られてアドレスを交換した学園都市最強の第一位について思い出す。

 学園都市の『超能力者』の第一位と、第四位。これで第二位のアドレスもゲットだ。もしかして第三位のアドレスを
ゲットしたら某ゲームみたいに四人まとめて消えたりするのかな、と現実逃避に走る。



 四人が最早アドレス交換とは関係ない言い合いに突入する頃、数分前の初春と同じくもみくちゃにされていた垣根を
引きずり出すかたちで、初春は少し離れた場所へと脱出する。

 そして、すっかり涙も乾いた笑顔で言った。



「垣根さん、友達できたんですね。よかったです!」

「いや、これは絶対友達とかじゃねえよ……」




 そんな訳で。

 麦野沈利。滝壺理后。絹旗最愛。浜面仕上。
 新生『アイテム』四人のアドレスが、この日垣根の携帯に追加された。

 垣根は目の前のいさかいにげんなりした顔を隠そうともしなかったが、それでもやはり携帯の画面を見る瞳は少しだけ楽しげだ。




 ただし、電話帳の女子の比率が凄まじいことになっているのには気づかないふりをした。








 そして、帰る間際の一波乱。


「じゃ、帰りましょうか! 垣根さん、ちゃんとお医者さんに謝らなきゃいけませんよ? 勝手に脱走したりして」

「本当はもっと早く帰るつもりだったんだがな……色々と予定外だ」

「入院中ってマジだったんだな、お大事に」

「超安静にしてるといいですよ!」

 まだぎこちなさげに手を振る浜面と、下手をすると垣根の視界に入れるか怪しい絹旗のコンビに「ん、ありがとな」と
頷く垣根。
 ワンテンポ遅れて「お大事にね、かきね」と言う滝壺にも同じように対応し、なんとなく最後に残ってしまった麦野が
ぎこちなく言葉を選ぶ。



「あー……まあ、記憶がちゃんと戻るといいわね」

 かつて敵対し二度負けた彼女にとってそれは精一杯の譲歩だった。せいぜい全て思い出してからこの馴れ合いに後悔しろ、
くらいに思っていたかもしれない。
 けれど彼女も少しだけ、人に優しく生きていくことができていた。


「……ああ、ご心配どーも」

 そんな麦野に思うところがあったのだろう。垣根は少しだけ黙って、浜面たちに対するのよりもうちょっと余分に言葉を添える。
 それは本人にしてみれば、珍しいくらい素直に感謝の気持ちを伝える台詞だ。
 しかし麦野にとっては余分というか、かなり余計な一言だった。


「おねえさんも、色々ありがとな。もし次があれば……シャケ弁? 用意しとくから」


 たった五秒。これだけで。
 綺麗にサヨナラ、とはいかなくなった。







「いやぁ……こ、怖かったですね……」

「…………」

 帰り道。二人でゆっくりと歩みを進めながらぽつりと声を出す。
 垣根はというと無言のまま。気を抜くと先程向けられた鬼のような形相がフラッシュバックしてしまいそうだ。


『テメェにっ……お姉さん呼ばわりされるような歳じゃねえんだよゴルァァアアァア!!』


 麦野の怒りを集約した台詞である。彼女も年ごろの花も恥じらう乙女なのでショックだったのだろう。

 まあ、花も恥じらう乙女は『このクソ野郎! 殺す! やっぱここで蒸発させてやろうかぁ!?』などと言って
仲間から必死に取り押さえられたりしないかもしれないが。女子大生だと思ってた、とすんでのところで言わなかった
垣根は身の危険をびしびし感じていたに違いない。


 現時点で麦野は、垣根が危険視する人物堂々の一位にランクインしている。次点で滝壺。そうは言っても
一位と二位の間には圧倒的な壁があったので実質麦野の一人勝ちだ。

 因みに『アイテム』のなかでは、握手までしたからなのか絹旗が一番接しやすいらしい。先程もさっそくメールで、
『あなたのことは超フォローしておきました。すみません、麦野は自分の外見を割と気にしてるんです』と慰められていた。



「許してもらえる気がしねえ……」

「だ、大丈夫ですよ! 悪気があったわけじゃないんですから許してくれます! ……多分」


「っつーかあの女、ありえねえよ。なんだよアイアンクローって。女の使う技じゃねえぞ……」

「凄かったですねあれ……」

 麦野沈利という少女は、自称アスリート並のトレーニングを日々こなしている浜面を相手に、徒手空拳で
一歩も引けを取らない体術を持つ。下手をすると圧倒すらできる。そんな彼女に、未だ足元の不安な垣根では
まともに相対すらできなかったのも当然である。

 かなりがたいのいい浜面さえもその細腕でやすやすとぶっ飛ばすことができるのだ。それより大分線の細い
垣根へのアイアンクローなどお茶の子さいさいだった。


 垣根も途中から「いだだだだ痛い痛い痛いっつってんだろこのクソボケぶっ殺すぞテメェェェェ!」と
昔を思い出したかのように元気よく応戦していたので(ただし効果はあまりなかった)もしかしたらこれも
記憶を戻す呼び水になるかもしれない。



 直後、そんなこと言っちゃだめじゃないですか! と初春に窘められ、物凄く不本意そうな顔で謝る垣根が
いたとか、いないとか。





 近道しましょうよ、超ショートカットです。と絹旗に言われるまま路地裏を抜けていたアイテムは、やがて
人通りの少ないひらけた道に出た。

 自然と全員で横に並ぶような歩き方になったのだが、ふと絹旗がいないことに麦野が気付く。「絹旗?」
振り返ろうとした彼女を、軽い衝撃が襲った。


「う、わっ!? ちょ、絹旗? なに……」

 途中まで言いかけて麦野は口をつぐむ。絹旗は麦野の背中に勢いよく突っ込んでそのまま腕を絡ませるように
腰へと回し、そこでようやく停止していた。

 麦野が立ち止まったことで先を歩きかけていた滝壺と浜面も振り返る。麦野の陰に隠れるようにして腕に力を
込めている絹旗は、まるで顔を見られたくないとでも言いたげだった。



 麦野は背中に感じる体温に一瞬だけ目を伏せて、絹旗の腕を優しく解くとすぐに彼女の方に向き直り、正面から
抱えるような姿勢になる。そして。



「――よく頑張ったわね」


 アンタは偉いわ、と。絹旗の濃い栗色の髪の毛を、細い指で掻き回した。
 鼻をすする音が聞こえた気がしたが、きっと彼女は気のせいだと言って認めたりはしないだろう。
 それが分かるからこそ、麦野も何も聞かない。



「……私は、もっともっと強くなります。超期待しててください」

「勿論よ。アンタに私の背中を任せてもいいのよね?」

「それくらい超楽勝です」

 くぐもった声。ゆったりとした足取りで近付いてきた滝壺が絹旗の背中を撫でる。浜面は少しだけ離れた位置から、
その様子を眺めて。

 傾きかけた太陽が伸ばす四人の影は、寄り添うような形をしていた。







「垣根さん」

「あん? どうした」

「はい」

「?」

 短い言葉と共に差し出されたのは小さな手。
 なんだこれデジャヴ、と垣根が何も言わないでいると、初春は頬を膨らませて言った。

「手、繋いでください」

 思わず立ち止まった垣根は、思考を整理するのに時間がかかったのか僅かに間をおいて叫ぶ。

「……はあ!? なんで俺がんなことしなきゃなんねえんだよ」

「目を離したらまたどこかに行っちゃうつもりでしょう! だめですよ! 絶対だめですからね!」


 どうやら迷子対策ということらしい。垣根は頭が痛くなる。前々から感覚がどこかズレているとは思っていたが
まさかここまでとは。
 いつだったかクレープを食べに行った時のくだりで懲りたのではなかったのだろうか。三歩歩いて忘れる性格を
しているとは思えないのだが、と垣根が黙っていると、初春の手がここぞとばかりに伸ばされる。


 ちいさくて柔らかい手をぐいぐいと押し付けられそうになり必死にそれを避ける垣根。非常に奇妙な光景であった。


「ったく、もう脱走はしねえっつーの! 体力残ってねえんだよこっちも!」

「なんで病み上がりで無茶するんですか信じられない!」

「あああうるせえ!」

 垣根が初春から差し出された手を意図的に視界から外し数メートル歩いた辺りで、初春も自身の手を
華麗に無視されたことにこめかみをひくつかせる。普段は温厚温和で通っている彼女だが、散々好き勝手に
行動してきた垣根が初春の心配を顧みないような態度をとったからか流石にむっとしたらしい。

 ファミレスの中ではあんなに素直に話を聞いてくれたのにどうして、と言いかけて、ふと気付く。
 とても自然に、垣根と接することができていた。


(あんなに……迷ってたのに)

 ほんの数時間前までメールを送ることすらためらっていたというのに、案ずるより産むがやすしとは
よく言ったもので実際に会ってみると言葉がいくらでも出てくる気がするから不思議だ、と初春は思う。


 一体何がそんなに心配だったのだろうか。もしも記憶が戻ったら。もしもこれまでのような関係が
終わってしまったら。たらればの話ばかりで、簡単な事実を忘れてしまっていた。


 垣根は確かにここにいて、呼べばちゃんと応えてくれる。

 たったそれだけのことだった。今だって、煩いと言いながらも決して初春のことを邪険にはしないし、
表情だって柔らかい。それにひきかえ自分は起こってもいないことを心配してあまつさえ連絡を一方的に
やめてしまって、一体何をしていたのだろう。初春はそんな風に考え、そしてくすりと笑みをこぼした。


 心配しなくても大丈夫だ。前方を行く垣根は、初春がいつまでもついてこないことに気付いたらきっと
振り返るだろうし、初春がきちんと追いつけるように、立ち止まりはしなくても歩調を緩めることは、するだろう。


 だから初春は、こんなことだって言えてしまう。



「……もしかして恥ずかしいんですか?」


 ぴたり、と垣根の足が再び止まる。ぎくしゃくとした動きですぐに足を動かし始めるが、歩みは遅い。


 初春は小走りで垣根に追いつくと、口元をふやけさせながらできる限りおちょくるような口調で続けた。

「え、垣根さん恥ずかしがってるんですか? 私相手に? 乳臭いガキ相手に? そんなわけないですよねえ?」

どうやら、ファミレスでの垣根の失礼すぎる発言はしっかりと根に持っていたらしい。人差し指でちょいちょいと
脇腹をつつくというオプションまで付けて、初春は笑う。

 因みにこの絡み方、何を隠そう佐天を参考にしているのだが、初春が普段彼女から受ける諸々が分かりやすく
想像できる結果となっていた。


 含み笑いプラス言葉だけなら黙っていた垣根だったが、自身の脇腹に魔の手が及んだ辺りで正当防衛に入る。
「ば、おい、やめろ」くすぐったい、と眉をひそめて僅かに身をよじる垣根に、くすぐったいなら笑えばいいじゃ
ないですか、とどこかずれた発言を続ける初春。

 傍目から見るとじゃれあっているようにしか見えないが本人たちにとっては至って真剣な攻防戦だった。


「誰がっ、お前みてえなガキ相手に恥ずかしがるかっつーの!」

「だったらっ! おとなしく病院まで私と手を繋いで帰ってくださいー!」

 とうとう互いの腕を掴んで硬直状態に陥った二人。フィジカル面では垣根が圧倒的に有利な筈なのだが、
怪我の具合や心配をかけた負い目や自分より年下の、しかも異性に対する遠慮が力関係を拮抗させていた。

 硬直が続く。
 やがて、初春がちょっとためらうようなそぶりを見せた後、意を決したように言った。


「お願いします。また、垣根さんがいなくなっちゃうのは……いやです」

 垣根は返す言葉に詰まる。ここまで言わせてしまっては、もう折れるしかない。年下にここまでのことを
させて、それで黙っているなんてどんな鬼の所業だろうか。

 敵わない。こちらの負けだ。垣根はやけっぱちな気持ちを消化しきれないまま叫んだ。



「っ……くそ、早く帰るぞ初春!」


 せめてもの抵抗で制服越しに手首を掴んだ垣根だったが、すぐさましっかりと手を繋ぎ直されてしまい、
いよいよ振り返ることもできず歩みを進めるしかないという有様で。


 直後、「あれ? 垣根さんそんなに急いで道分かるんですか? 迷子だったのに」という初春のあまりに
空気の読めない台詞に、「お前の足が遅いんだよばーか!」と年上らしからぬ余裕のなさを露呈させて
しまったのもまあ、仕方のない話かもしれない。




 因みに。

 ここは公道である。往来の真っ只中である。
 無自覚が災いし、面白いくらいに悪目立ちする二人組であった。


投下終了です。レスありがとうございます
お待たせしました、が常套句ですみません

暗部勢の年齢が気になる今日このごろです ではまた

乙乙!!

むぎのんは普通にかわいいおねぇさんだよ!!

乙!



絹旗…

乙!
くっそ可愛いな初春

まだかなまだかなー


 初春が変だ。
 どう変かというと、なんだか異様に機嫌がいい。

 佐天はこっそりと初春の座っている席を盗み見る。気のせいではなく上機嫌だ。頭に咲き誇る花も心なしかいつもより
鮮やかで、ぱっと色合いの明るいものであるように思えた。さっきの休み時間などは鼻歌まで歌っていた始末である。

 ここ最近ずっと心ここにあらずといった風だったのだが、一体何があったのだろう。佐天は首を傾げた。


 少し前、白井にメールで言われたこともあり初春に最近の調子を聞いたときは、やはりというかなんというか、
『風紀委員』の仕事が立て込んでいるのだと当たり障りのない返事をされた。『垣根さんと何かあった?』とは、
流石に聞けなかった。
 明らかに原因はそこにありそうだったが、聞ける雰囲気ではなかったのだ。


 初春は、そのくらい不安定になっていたから。

 彼女はとても真面目な性格をしている。そんな彼女が職務中になんだかぼんやりしている、と、つい最近は
固法ですら心配そうに声をかけたらしいことを白井から聞き、佐天は密かに心痛めていたのだ。

 これは重症だ。そう思い、どうにか元気を出してほしいと放課後ファミレスに誘ってみたりもしたのだが、
それでもどこか表情に陰があった。そんな状態の初春に面と向かって爆弾発言と予想できる言葉をかけられるほど、
佐天は向こう見ずにはなれなかった。


 初春の足が病院から遠のいているのは知っていた。白井など、『風紀委員』の仕事の途中で垣根と顔をあわせた
らしいのだが『はっきりとはおっしゃっていませんでしたが、ちょっと寂しそうにしていましたのよ』なんて
口にしていたのを佐天は聞いている。

 勿論これは初春には知らせていない。どんな顔をされるか分からなかったからだ。


 そんな初春が、今、ものすごく楽しそうにしている。鼻歌に合わせて体も揺れている。
 授業が終わってもう帰宅できるから機嫌がいい、というレベルでは最早なさそうである。もうすぐ冬休みなので
そのせいか、とも思ったがおそらく違うだろう。


「あ、佐天さん!」

「ひょおい!?」

「え、ど、どうしたんですか……大丈夫ですか?」

 考え事をしているところに、突然振り返った初春に呼ばれ奇声をあげてしまう佐天。大丈夫ですかなんて寧ろ
こっちが聞きたい、と気を取り直して返事をする。

「ちょっとびっくりしただけ! で、どうかした? 駅前のカフェの新作スイーツの話?」

「え、新作出たんですか! 知らなかったです……今度一緒に行ってください!」

「うん、行こう! ……っじゃなくて、初春どうかしたの?」

 すぐに脱線しかける話題を修正し問いかけると、初春はあまりにもあっさりその言葉を口にした。


「今日、垣根さんのところに行くんですけど、佐天さんもどうですか?」

 久しぶりに甘いものでも買っていこうかなと思って、折角だから一緒に食べたいじゃないですか。
 そう笑って続ける初春。「白井さんは警らがあるので、残念ですけど三人で行くのはまた今度にでも」初春がそこまで
言ったところでようやく、佐天は大げさに反応した。


「え……あ、うん! 行く行く! あのさ、病院の近くに洋菓子屋さんあるでしょ? あそこのお菓子おいしいんだよー!」

「……佐天さん」

「ん? なに?」

「白井さんにもなんですけど……あの、心配かけちゃってましたよね? ごめんなさい」


 ぺこり、と小さく頭を下げる。佐天はその様子を笑い飛ばすように手を振った。

「もー、やだなあ初春改まっちゃって! 別にいいよ、だってもう大丈夫なんでしょ?」

「はい! 今日も元気いっぱいですよ!」


 満面の笑顔を向けられて、その表情に無理が透けて見えないことに佐天は安心を覚えた。もう大丈夫だ。
 後でメールしておこうか、と佐天はここにいないもう一人の友人に思いを馳せる。今頃彼女は、あの腕章をつけて
颯爽と街を歩いているだろう。

 実はあのツインテールの彼女による電話で奇跡的な巡り合わせが発生したのだが、初春以外はそれを知る由もない。


 結局詳しい原因を話してくれることはなかったが、初春が自分の力で立ち直れたならその方がいい。
 佐天はそう結論付け、すっ、と静かに初春の傍へと移動した。


「? 佐天さん?」

 荷物を片付け終わったらしい初春が椅子から立ち上がる。小首を傾げて佐天を上目に見る様子は、いつもの彼女だ。
 それを見て、深く頷く。 


「うんうん、元気そうで安心した! ってわけで……」


 佐天は初春の進行方向を塞ぐような位置に仁王立ちした。とてもいい笑顔を浮かべながら。
 ここまできてようやく初春は、佐天を取り巻く不穏な空気に気付く。慌てて後ずさるが、何もかも遅い。




「恒例行事いくかーういはるぅー!」


 ばっさー! と。何度も繰り返すうちに神業の域に達したスカートめくり、それを行う佐天の両手が
初春の膝丈スカートをたやすく捉えた。

 巻き起こる風。簡単に捲れ上がる布。ふともものきわどいところまで丸見えになり、肌色とスカートの
裏地の紺色が絶妙なコントラストを醸し出していた。
 パステル調の、淡いピンクのしましまパンツはどうやら佐天自身の体で衆目からガードされたようだったが、
当然ながら目の前でスカートをめくった本人には余すところなく見えている。


 初春は一瞬の硬直の後、みるみるうちに顔を赤く染め、スカートを押さえながらあらんかぎりの声で叫んだ。



「いやぁぁああ!!! なにするんですか佐天さんのばかぁぁああぁあ!!!」





 初春がスカートを御開帳している頃、垣根は病院のベッドの上でそれはそれは分かりやすくふてくされていた。

 二度目の脱走騒ぎを起こしてから数日ののち、もはや恒例となり始めたカエル顔の医者による診療で、
検査結果が概ね良好であることを伝えられた垣根。医者は口をへの字に曲げている垣根を見て穏やかに笑う。


「君のフラストレーションに気付けなかったのは僕の責任だから、申し訳なく思っているよ?
 そんな顔をしないでくれると嬉しいね?」

「……アンタに先に謝られたら俺の立場がねえだろうが」

「うん? つまり、君も悪いと思ってくれているということかな?」

「いちいち口に出さねえでいいっつーの!
 ……悪かった。迷惑かけねえつもりしてたんだが、結局騒ぎになっちまって」

「まあ、その言葉は君を実際走り回って探してくれた彼女に散々言っただろうからよしとしようね?」


 最近の患者はアクティブな子が多いみたいだね、と笑い交じりの医者の言葉に、居心地悪そうな様子で視線を逸らす垣根。
どうも、とことん相性が悪いらしい。それはおそらくカエル顔の医者が垣根を『患者』かつ『子供』として扱っているからで、
守るべき存在として考えているからだ。

 医者である彼の生き様に基づき発せられる言葉は垣根のような人間には馴染みが薄い。


 怒られるならまだしも心配されるのは具合が悪いな、とぼんやり思う。

 はたしてこれまでに、他人からこうも心配されたことがあっただろうか。記憶を失っていて明確なイメージは湧かないが、
学園都市の上から二番目、強大な力を持つ超能力者。そんな、放っておいても一人で勝手に生き残れるであろう人間を顧みる
誰かが、いるだろうか。


 周りの厚意が有難く、しかし、どう対応すればいいものやら分からない垣根であった。
 返す言葉に迷っていると、廊下から軽い足音が複数聞こえてくる。同時に、聞き覚えのある声も。助かった、と
垣根は体を個室の入り口の方へと向けた。カエル顔の医者がまた僅かに笑ったのは無視をする。


「――ところで、記憶の方は最近どうかな?」

「あ? あー……いや、」


 それは世間話のようにふとした言葉。僅かに喉を詰まらせる垣根に、医者は「無理はしなくていい」と
意味ありげに目尻の皺を深めた。




「垣根さーん! こんにちは!」

「今日は二人で来ちゃいました……って、あれ? 診察中でした?」

「いいや、今終わったところだから僕は戻ることにしようね? 君たちもいつもありがとう」

 初春と佐天が笑顔でぺこりと会釈して、カエル顔の医者がカルテ片手に去っていくのを、垣根はじっと見つめていた。
 佐天がケーキか何かが入っているらしき白い箱を掲げ「どうかしました?」と問うてきたので、垣根は黙って首を横に振る。



 二度目に脱走したあの日以来、頭の中に妙な映像が流れることがあるのだとは、何故だかその時の彼には言えなかった。


投下終了です。いつもレスありがとうございます、嬉しいです
なんと佐天さんが一度もスカートめくりしていなかったので今回頑張ってもらいました



ついに記憶が…


待ちくたびれたぜ

つーかフレンダ殺したの麦野だろ、フレンダは保身から情報を話したしそのあと逃がしたし
怨む筋はねえだろ、おかしい
それに少なくとも最初は麦野よか垣根のほうを評価してたし、浜面

おもしろーーー

まだかな

まだかな

きたいたいき

アタシ…舞ってるから…!!

     ...| ̄ ̄ | < 続きはまだかね?
   /:::|  ___|       ∧∧    ∧∧
  /::::_|___|_    ( 。_。).  ( 。_。)
  ||:::::::( ・∀・)     /<▽>  /<▽>
  ||::/ <ヽ∞/>\   |::::::;;;;::/  |::::::;;;;::/
  ||::|   <ヽ/>.- |  |:と),__」   |:と),__」
_..||::|   o  o ...|_ξ|:::::::::|    .|::::::::|
\  \__(久)__/_\::::::|    |:::::::|
.||.i\        、__ノフ \|    |:::::::|
.||ヽ .i\ _ __ ____ __ _.\   |::::::|
.|| ゙ヽ i    ハ i ハ i ハ i ハ |  し'_つ
.||   ゙|i~^~^~^~^~^~^~

まだかな

あと6日で落ちる

すっごく好きな雰囲気の帝春だから、どうか落ちないでくれ…!
作者さん待ってます



 麦野沈利は『超能力者』だ。
 学園都市に七人しかいない『超能力者』、その第四位。『原子崩し』の麦野沈利。『アイテム』のリーダーであり、
いくつもの死闘を繰り広げてきた。先の大戦では浜面たちとの決別にも、向き合った。



 そしてそれよりももっと前、十月九日の暗部抗争。彼女は仲間だった少女を一人、殺している。





「むぎの」

「滝壺? まだ寝てないなんて珍しいわね」

「……大丈夫?」

 最近元気ないね、と。滝壺のその言葉に、麦野はそっと息を吐いた。
 いつも眠たそうで、どこを見ているか分からないとろんとした瞳。その双眸は、周りが思っている以上に
多くを見ているし、察している。

「大丈夫よ。今更……色々あったからって、」

「…………」

「……絹旗はさ、」

 ちらりと閉じられた扉に視線を向ける。おそらくもう寝ているであろう仲間の名前を舌の上でころがす。
 ほんの数日前、ファミレスでの出来事は麦野の優秀すぎる脳味噌に深く刻み込まれてしまった。かつての敵に対して
激昂した少女。大事な仲間だと、そう言い切ってみせた、その表情。



「絹旗は――優しいからね」


 いつから溜め込んでいたのだろう、とあの日の帰りに思った。C級映画の話をしながら、なんてことない風に
平気な顔をして、いつからあんなことを考えていたのだろう、と。


 本当だったら、それは自分にぶつけられるべき言葉だったのだ、と麦野は目を細める。

 絹旗が垣根に掴みかかったとき、浜面は声をあげた。絹旗の行為を止めようとした。止めるべきだと結論づけた。
 つまりは、そういうことだ。


 別に、絹旗が暗部として未熟な訳ではない。寧ろその逆で、彼女はキャリアだけなら麦野よりも幼い頃からこの街の
『闇』に身を置いている。仕事中は誰よりも割り切った考え方をするし、切り捨てるべき部分を断ずるのも兎角早い。

 けれど、裏切りを決めた浜面と滝壺の逃走を見て見ぬふりできる程度には、情も深い。

 口ではいくらでも憎まれ口を叩けるが、要するに身内に対して多少なり盲目的なのだろう。ロシアから帰った
浜面たち三人を迎えたのは他ならない彼女である。色々なものを呑みこんで、それでもいいと今の場所を選んだ
絹旗はきっと他の誰より、一人だった。


「ほんと、今更すぎるわ」

「むぎの……」

「なんて顔してんのよ滝壺。私、何かおかしいこと言った?」

「……ううん。むぎのは、後悔してるんだね」

「えー? それこそ今更何言ってんのって感じでしょ、これ」


 フレンダが死んで、初めて知ったことがある。

 フレメア=セイヴェルン。どうやら妹がいたらしいということ。フレンダによく似ていて、口癖もそこはかとなく
通じるところがある、成長したらますますフレンダそっくりになるであろう、おそらく唯一の血縁。
 きっと護りたかったのだろうと、瞬時に察せた。

 そして、残されたフレンダそっくりな少女はおそらく麦野を憎んでいた方がいいだろうということも、
彼女自身思ってしまった。


 憎む対象が明確であった方がいいだろうと思ったのだ。恨みつらみをぶつけることのできる対象が、きちんと
目の前にあった方がいいと思った。手前勝手な感情である。何も知らないでいる幼い少女が無邪気に笑っている
ところを見るには、麦野はあまりにも『闇』に慣れすぎてしまっていた。

 断罪されたかったのだろうか、と麦野は冷静に考える。

 感情ばかりが先行してしまい、だからフレンダとそっくりな少女に会った時、ああいう風に口走ってしまった
のかもしれない。浜面が止めてくれたことが、今となってはよかったと思える。


 こんなことを考えてしまうのは劣化である、と麦野は断言できる。お優しい性格をしているわけでなし、
人格者というわけでもなし。

 麦野の周りには呆れるほどにお人よしが多く、彼女もそんな周りに救われたのは確かだがそれだけでは
やっていけないということも同時によく分かっている。


 優しいものに囲まれたら優しくなれるかもしれないなんて考えは幻想だ。麦野は『狩る』側で、『殺す』側の人間である。
 この肩書きはずっと付き纏うだろうし、そこから解放されることも望みはしない。





 だから、後悔なんて。
 後悔なんて――そんなもの、しているに決まっている。




 いくら開き直っても、向き合っても、納得したつもりでも決着をつけたつもりでも、少しも振り返らずに
いるのは、無理だ。
 だから絹旗の怒りは嬉しかったし痛かった。『仲間』だと、そう思っているからこそぶつける先が
分からなくなってしまった感情を知ることができたのは、この上ない僥倖である。







 ぎゅっと目を閉じた。
 今でもありありと思い出すことができる。金糸のようなふわふわとした髪も、青い瞳も、小柄な体躯も
ストッキングに隠れた脚もソプラノで響く声だって、


 全て、麦野がその手で刈り取ったものだ。




「――滝壺、もう遅いから寝ようか」

「……そうだね。むぎのも……おやすみ」

「うん。……おやすみ」


 ゆるゆると目元を細めて、滝壺は微笑む。必要以上に深入りも追及もせず、ただ心配してくれる彼女のありようが
今はとても有難い。
 滝壺が去った後の室内で、麦野はそっと窓際に歩み寄る。カーテンを義手である左腕でそっと捲ると、真っ暗闇のなかに
ぼんやりと、道を照らす街灯の光が見えた。


 まるで希望のようだ、と思った。頼りなく、近いようでいて届かない。


 冷気に触れた体が震える。パジャマの前を掻き合わせ、麦野は窓から視線を逸らすとベッドへ向かった。
 自分には分不相応に温かい居場所へと。



+



「うわ、マジでいた」


 その日垣根の病室を訪れたのは、彼の見も知らぬ人物だった。

「あ? アンタは……」

 突然扉が開いたのに驚き入口を仰いだ垣根の視線は、たちまちブロンドの髪をなびかせた少女を捉える。
 柔らかそうなロングヘアに、外国人であることがよくうかがえるはっきりとした顔立ち。僅かに不自然な
歩き方の彼女は――気を付けて見てみると、どうやら両の足が義足であるらしいということが分かる。


 少女は垣根と目が合うと、「やっほー『未元物質』」と言って手を振った。垣根が返事できないでいるのに
少しだけ笑って、病室の中まで入ってくる。

「……誰だ?」

「あ、やっぱ分かんないんだ?」

 これ借りるわねと丸椅子を引き寄せ、座る。きしっ、と僅かに金属が触れ合う音がした。

「なんていうか……久しぶり? って言うのも結局、おかしいって訳なんだけどさ」

 義足の少女は、僅かに唇で弧を描く。
 焦らすようにゆっくりと、口を開いた。



「復讐しにきたって訳よ、『未元物質』」


投下終了です。レスありがとうございます 非常にすみません次はもっと早く来ます
最新刊の内容とか超電磁砲2期とか色々あって嬉しいやら不安で仕方ないやらです

ええと、ではまた一週間以内には

うおおお、久しぶりだーー! 投下乙!!

来てくれてありがとう!
乙!

久々の投下おつ。

投下キター

乙なんだよ

ちくしょー
最近とげ回避下手になったな

タイミングが分からなくなってきた

ああ、すまん
マリカスレから誤爆したwwwwww

とげ回避のタイミングたまに分からなくなるよね。

フレンダ復活ktkr

垣根×初春のラブストーリーというより、
性格が丸くなったていとくんが学園都市の面々と仲良くなる
ほのぼのストーリーといった感じだな。
もちろん今の雰囲気も好きだけど。

乙です
次も楽しみにしてますねー



 見つめ合い、数秒。
 真顔で垣根がナースコールに手を伸ばし、親指がボタンにかかりそうになったのを
「わー! ストップストップ! アンタ冗談通じない訳!?」と少女がとどめる。

 また面倒そうなのが来たな、と思える程度には余裕な垣根である。彼も、相手が本気かどうか分からないほど
勘を失っているわけではないようだった。例えば、そう、少し前に期間限定で和解した絹旗は、もっと鋭く
凍てつくような視線を持っていた。



 ブロンドの少女が身じろぐたびに彼女の足元からきしりきしりと音がする。学園都市の義足といえど
完全に無音という訳にはいかないのか、静かな病院の個室ではそれがいやに響いた。


 垣根は胡散臭そうな表情こそ崩さなかったものの、とりあえずナースコールを元の位置に放り
その西洋人形じみた青い瞳を見る。少女はそれを受け、通報される心配がなくなったと思ったのか
やや大げさに、華奢な腕で汗をぬぐうような仕草をした。

 今は冬の始め。汗なんてかくような環境ではないので、つまりはそういう『ポーズ』なのだろう。
 垣根と同じく、演技派のようだ。


「アンタは……じゃあ、俺のこと知ってるのか」


 ベッドに備え付けられた食事用の折り畳みテーブルに頬杖をつき、垣根は品定めするような視線を少女に向ける。
 彼女はゆったりとした、装飾の少ないワンピースタイプの衣服に身を包んでいた。義足と生身の境目が見えない
ことから、脚の大部分が義足なのだろうと冷静に観察する。

 元『アイテム』の一員だと言った彼女は、軽く首肯し目を猫のように細めた。


「垣根帝督、学園都市第二位の超能力者、『未元物質』。……ま、これくらいなら知ってるって訳よ。
 私たちの世界じゃ名前よりも能力名とか、序列で呼ぶことの方が圧倒的に多いんだけどね」

 そういえば自分を見て真っ先に声をあげた麦野も能力名を叫んでいただろうか、と垣根は回想する。

「……なるべくなら名前で呼んでほしいもんだな」

 なんとなく、色も素っ気もない感じがしてそう口にする。
 同時に、チリッ、と僅かな痛みを頭に覚えた。何故だろう、この台詞を口にするのは初めてではない気がする。
 そんな筈は、ないのだが。僅かに眉を寄せた垣根に、少女は勢いづいて昔の仲間の名前を出した。

「あ、それ結局、前に麦野も同じようなこと言ってたかも!」

 痛みも失せ、垣根は声の方を仰ぎ見る。


 ファミレスで偶然『アイテム』と出くわした件を話すと少女は大層驚いていた。細かい経緯は省いたが、
絹旗との間に起こったいざこざなどもさらりと告げておく。

「まだファミレス使ってるって訳なの……結局、飽きないのか疑問に思うわ」なんて昔を思い返すように
少女が遠くを見ていたので、彼女たちの関係性に少しだけ興味が湧いたが、しかし垣根はというとそんな
興味を大切にできるわけもなく、つい最近知った人間の顔と名前を一致させる作業で忙しくしていた。

「麦野……あいつか。あの凶暴な」

「聞き捨てならないって訳よ!? アンタあのワガママボディを見て何も思わないって訳!?」

「はあ?」

「美人だしおっぱい大きいし、麦野はコンプレックスに思ってるみたいだけど
 あの脚だってむちっとしてて最高にそそるって訳じゃない?」


「……外見のよさが性格で帳消しっつーか、寧ろマイナスだろ」

「んなっ! け、結局アンタのその言葉、麦野に言いつけてやるんだから!」

「俺が麦野だったらまずアンタを殴るけどな、この場合……」

 大して親しくもない男相手に、自分の胸がどうだの脚がこうだの友人から力説されていたら怒るに決まっている。

 確かにあの場にいた『アイテム』の少女たちのなかでは麦野のルックスが一番好みだが、と垣根は思ったが
それを口に出すほど自殺志願ではない。
 そもそもあの日のアイアンクローで完全に苦手意識を植え付けられてしまったので、目の前の少女に素直に
同意できるはずもなかった。


 というか、『そそる』なんて言葉を女に使ってほしくない。なんとなく嫌だ。


「ん……アンタは今でも麦野たちと仲いいのか?」

「え? なんで?」

「いや、言いつけるだの何だの、頻繁に会うみてえな言い方だしよ」

「あ。あちゃー……結局、しくじったわ。ここ数ヶ月会ってないし、これから会う予定も特には無いって訳よ」

 余計なことを話してしまったと言わんばかりに人差し指を唇に添え、オフレコでよろしく、などと茶化す。
 直後、もう私は戻れないしねと少しだけ寂しそうな顔をしてみせた彼女の事情が気にならないと言えば嘘だったが、
部外者が聞いていいことでもないだろうと垣根は口をつぐむ。

 フレメア大丈夫かな、とぼそっと呟かれた名前には覚えがなく、『アイテム』は目の前の少女といい
大幅な人員整理でもあったのだろうか、とまた新たな疑問が次々に湧いてきた。

 少女はそわそわと落ち着きがない。相当近しい仲だったのだろう。


 このまま黙っているわけにもいかないので仕方なく、話題の転換を試みることにする。
 こういう時は流してしまうのが一番だ。

「……そういや、アンタはなんでこんなとこにいるんだ?」

「病院にいるって患者かお見舞いかどっちかでしょ普通。私は結局、前者だけど」

 入院している、との言葉に入院着はどうしたと言いたげな垣根。垣根の言わんとしたことを察したのか、
笑顔で「脱走用!」と返ってきた。やっていることに既視感がありすぎてなんとなく嫌な感じだ。

「怪我はその脚……か?」

「脚と、あとは内臓もねー。ちょっと前まで真っ二つだったから、私」

「はあ?」


 色々あって入院が長引いているのだと少女は言った。ふわりと目元を緩め、金属製の義足を撫でる。
 首を傾げている垣根に片目をつむって、

「ふふふ、これ以上はトップシークレットって訳よ。知りたかったら結局、サバ缶一年分を献上しなさい! ってね」

「レートがふざけてやがるな……」

 どうやら少女はサバ缶を好物としているらしい。そういえば、絹旗が以前自分に向かって投擲してきたのも
サバ缶だったかと思い出す。


(……ん? じゃあ、あのサバ缶こいつのなんじゃねえか……?)

 あの扱いからして絹旗自身のものではなさそうであったし、あの場にいた他の誰かのものかと言われても
なんとなく違うような感じがする。

 ひょっとすると、この少女の帰る場所は、今でもきちんとあるのではないか。
 サバ缶は用意されたまま、食べてくれる人間を待っているのではないか。

 そう思ったが、やはり、彼はそのことを口には出さなかった。



「……で、アンタはどうして俺がここにいるって知った?」

「聞かれると思った。なんていうかまあ、医者の情報開示の義務が偶然を引き起こしたっていうか……」

「はあ?」

「カエルみたいな顔した医者、分かる?」

「……あー」

 主治医である、とは言わない。ついでにその『情報開示の義務』がどう自分に引っかかってくるのか
彼は理解しないまま頷いている。

「アンタの病室を見つけたのはほんとに偶然。
 でもまあ、こっちも色々知ってることはあるって訳。詳しくは言えないけど」

「ふうん」

「あ。あの医者がアンタの居場所を喋ったとか、結局そういうんじゃないからね?」

「分かってるっつーの」



「っていうかアンタ結局、本当に何も覚えてないって訳?」

 疑わしげな顔をする少女に、垣根はもう何度繰り返したか知れない台詞を返す。

「何か知ってるなら教えてほしいくらいに覚えてねえよ」

 最近たまに起こる頭痛や、見たことのない景色がフラッシュバックすることは予兆なのだろうか、と
思いながらも未だに決定的なものは得られていない。
 垣根のそんな視線を受けて、首を傾げつつ少女は言う。

「何かって……アンタも私も暗部の、それぞれ違う組織にいたの。それで一時期敵対してたって訳。それだけね」

「暗部……ってのは」

「そっからぁ!?」

 ちょっと嘘でしょ、と悲鳴じみた声をあげて少女は体勢を崩す。僅かに音量を落とした声で、前かがみに語りだす。


「えーと……暗部っていうのは、学園都市の裏側、非公式で活動してる人間のこと。私たちみたいなのは、
 名目上は治安維持活動って扱いな訳ね。表の世界に出せない、『風紀委員』じゃ取締できないような
 奴らをこう、ドカーンと……まあ結局、私らも私らでかなりエグいことするんだけどさ。
 ……そんな感じだから、たまーに目的が一緒だと衝突しちゃうっていうか」

 流石に『殺し合う』と直接的な単語を使うのは避けたのか、奥歯に物が挟まったような喋り方をしている
彼女に垣根は頷いてみせた。

「……ああ、だから」

「そ。結局、絹旗がそんな感じだったのは仕方ないって訳。だって前の時はアンタにズタボロにされたんだし」

「…………あ? 絹旗?」

 絹旗は確かに怒っていたが、絹旗自身に対してどうこうという話はしていなかっただろうと首を傾げる垣根。
 確か、誰かの名前を苦しそうに呼んで、あなたのせいだと言って、その『誰か』がどうなったのかは
聞けなかったがまだ何かあったというのだろうか。

 これ以上どんな悪逆非道な行いを重ねているのだ過去の自分は、と表情を引きつらせる。そんな垣根に構わず
義足の少女は神妙な顔で続けた。


「絹旗だけじゃなくて『アイテム』はみんな、アンタに一回は叩き潰されてる。それくらいは知っててもいいかもね?」

「……麦野も?」

「麦野も。アンタは第二位で、麦野は第四位。ここらへんの力の差はどうしようもないって訳よ。はっきり言って、
 超能力者のなかでも一位と二位は図抜けてる。……たまーに、ビギナーズラックはあるみたいだけど」


 それは聞いてなかったんだ、と呆れたような顔をする少女。
 自分の恥をわざわざ口にするタイプではないから仕方ないか、などと勝手に納得しているが、ふと口をつぐむ。

 青い目が垣根の双眸を捉える。
 突然黙った少女に、そしてその瞳があまりに青く深いことに垣根は言葉を詰まらせた。じっと、無音で数秒。




「……ねえ、ほんとに記憶ないんだよね?」



 ねがいごとをするような声音で、ぽつりと一言。垣根が眉根を寄せ、けれど黙ったまま頷くと
彼女は囁きほどの小さな声でこぼす。


「結局、私の話を聞いてほしいって訳、なんだけどさ」

 へにゃっと情けない表情で笑った彼女の、熱を持たない脚がきしりとまた音をたてた。



投下終了です レスありがとうございます
初春はもうちょっとしたら出てくるけどまだまだアイテムのターンです

>>1

もう来てた!! 投下乙!! フレンダ!!

アイテムと垣根の邂逅とか俺得すぎる
息を呑む展開だ、乙

投下乙

良い雰囲気だ
こういうのマジで好き、頑張ってくれ

初見だがいいなこれw期待する

麦野が罪を忘れないために、フレンダはもう姿を現さないほうが良いのかなぁ

今日このスレを偶然見つけた自分に乾杯

すごい面白い、>>1さんのペースで頑張ってください




 それは、垣根にとって要領を得ない話だった。

 様々なところを迂回して、ぼかして、無理に外枠だけなぞっているのだろうか。そのせいで
分かりにくいことこの上ない。そこまでして無理に話す必要性を僅かに疑問に感じたが、
目の前にいる少女の口は止まらなかった。

 どこか遠いところで起こった話だと思ってくれればいい、と、そんな前置きの後に語られたのはひとつの物語だった。

 例えば、とても仲のいいグループが、あったとして。
 それが別のグループと、敵対しているとして。

 敵対しているグループに一人が捕まった。敵は言う。
『仲間の居場所を教えろ』『そうすれば、お前は無事に帰してやろう』。仲間と自分を天秤にかけるその取引を、
捕まった人間は呑んだ。その結論に至るまでにどのような紆余曲折があったのかは詳しく語られることはなかったが、
とにもかくにも、その人間は最終的に仲間を裏切って自分の身を守ろうとした、らしい。


 そうして仲間の居場所と引き換えに敵のもとから逃げおおせた彼ないし彼女、は、
しかし無事では済まなかった。もう仲間のところへは戻れないからと移動していたが、
そこへ仲間だったうちの一人がやってきて。


 始まったのは『粛清』であったと言う。


 裏切り者は大怪我を負い、敵に居場所を特定されたかつての仲間たちもバラバラに空中分解。
 全てが壊れ、そして終わった。


「どう思う?」

「……どう、って」

「私はさ、やっぱね、……裏切るなんて最低だよねって、思う訳なのよ」

 少女は疲れたような顔で笑う。
 誰の話だと聞けば内緒だと返ってきて、実際にあった話かと聞けば秘密だと返ってきた。


「わっけ分かんねえ話だなオイ。もうちょっと分かりやすくまとめろよ」

「アンタ頭いいんだから結局、自分で補完してほしいんだけど」

「んなこと言ったって、その敵対グループとやらの情報は一切無しじゃねえか。各々事情があんだろ、たぶん」

 言いつつ、垣根は思考する。大まかな流れしか分からず、そんな状態で色々言っていいのか
判ずることはできないが、まあ心理テストのようなものだと思って気楽に答えろとの言葉に
素直に従ってみることにした。

 仲間を売った裏切り者と、かつての仲間で裏切り者を『粛清』した人間と、敵。結論が出るのは案外と早かった。


「……まあでも、敵は強かったんだろ?」

「んー……うん。全員でまとめてかかっても勝てない敵だと思ってくれればいいよ」

 それなら話は簡単だ、と垣根は軽い気持ちで口を開いた。


「だったら、その敵ってのが悪いだろ。
 色々な意味で相手が悪かったっつーか……まあ、裏切ったヤツは謝ればいいんじゃねえの」


 裏切った奴は確かに悪い。が、裏切らせた奴が諸悪の根源だ。この話はどうやら『裏切り者』サイドの視点である
ようだし、敵の情報がまったく分からないのでこんなものだろう。

 きっと、強さとは理不尽と同義だ。本人が何を思って力を使ったところで、必ずどこかの視点からは理不尽な暴力に映る。
 『正しさ』なんてものは、ないのだ。


 垣根の言葉に、少女は勢いよく顔を上げる。予想外だと顔に書いてあった。「あ……謝る、の?」
 ピンク色をした唇が僅かに震えた。何をそんなに驚くことがあるのかと、垣根は呆れたような顔をしてみせる。


「その裏切った奴、生きてんだろ?」

「え、あ。……そう、みたい」

「大怪我ってアレか、植物人間みたいな感じ?」

「ううん。どんな奇跡か結局ちゃんと意識あるし喋れるし、歩けるようにもなった」

「問題なさそうだな。生きてるならいいじゃねえか。謝って許してもらえよ、『仲間』だったんだから」


 裏切りはよくない。自分がその組織の責任者だったと仮定して、垣根としては『粛清』に関して批判する気持ちは
起こらなかった。しかしまあ、自分よりも大きな力によって無理やり裏切らせられたという点が情状酌量、怪我も
しているのだしそれでとんとんだろうか。

 昔だったらこのような思考回路は辿らなかったに違いないのだが、なんとなく、初春なら謝るべきだと言うだろうし、
謝ったら笑って許すことができる気がするな、と、そんな風に垣根は思ったので口にしてみたのであった。

 当事者たちがそれで納得するかどうかは不明だが、ここでifの話をするだけなら構わないだろう。
 初春が優しく語るような夢物語を望んでみるのも悪くない。


 実際に許してもらえるかどうかは正直怪しい線だなとしかつめらしい顔で考え込む垣根。
 信用もなくしていることだろうし、『裏切り者』にしたって、自分を大怪我させた人間に対して
何も思うところが無いわけがない。


 途中から深刻そうな顔で考え込んでしまった垣根に何を思ったのか、少女は思わず失笑する。


「『仲間』だったし、……『友達』、だったって訳よ」


 少なくともこの話に出てくる裏切り者は、そう思ってた。小さく付け足して、脚を揺らす。きいきいと金属音。
 ブランコの音を薄めたみたいな音色だなと垣根は目を細めた。


「……友達と喧嘩したら、普通はすぐに謝って仲直りするらしいぜ」

「そっか……うん、そうだよねぇ」

「握手するとより効果的だ」

「結局、どこの受け売りよそれ」

「『アイテム』のちっちゃい奴」

「……絹旗?」

「分かってんじゃねえか」


 まあ俺はあいつと友達じゃねえけど、とサイドテーブルに置きっぱなしの携帯をちらりと見る。
 『アイテム』の四人の顔を順番に回想し、最後にまた目の前に座る少女――正確に言えば少女の脚、に
視線を戻して。彼は唐突に思い至った。


「……やっぱさっきの訂正させてくれ」

「え?」

 複雑そうな表情で、言いづらそうにしながらも。垣根はやけにはっきりと断言する。




「やりすぎだ。お互い謝っとけよ、『粛清』した奴も、裏切った奴もな」






 実は垣根自身誰よりも『やりすぎる』タイプなのだが、今ここで議論されるべきことではない。
 垣根が何に思い至ったのか、それが果たして真実なのかどうかもこの際置いておく。彼の言葉が
気遣いの結果だったのか、も棚上げしよう。

 ただ、義足の少女がおかしそうに、「よりによってアンタがそういうこと言っちゃうの?」と
言ったことはまぎれもない事実であった。



「あー……なんかすげえ嫌な想像しちまったんだが。責任とれよコラ」

「冗談。なんか気が抜けちゃったわ……結局、つまんない話聞かせちゃってごめん」

「別に問題ねえよ。どうせ暇してんだ」

「ねえ、今度はアンタも話聞かせてよ。
 結局さ、私も麦野たちのこと気になるって訳なんだけど。あ、アホ面した男はまだいた?」

「んー? ああ、アイツか。ピンクのジャージのなんか怖ぇ能力の奴といちゃいちゃしてた」

「ええええ!? ちょ、それは初耳なんだけど……!?」



 っていうか怖いってどういうこと!? と半ば悲鳴のような声をあげる少女にうるさそうに耳を塞ぐ垣根。

 女子トークというやつにはここ最近慣れたつもりでいたが、一対一でやられると精神的な消耗が激しいことは
否定できない。

 仕方がないのでそこから先は口を挟む暇もないくらいにまくしたてた。特に麦野の凶暴さを重点的に。
 アイアンクローの恐ろしさを集中的に。少女が「あー……」と微妙な表情で半笑いしていたので予定の半分で切り上げた。


 そして一通り話し終わった後。少女は何を思ったのか、垣根に向かってこんなことを言ってきた。



「アンタさ、多分もっと気をつけなきゃヤバイって訳。あんまふらふら外歩いてたら結局、死んじゃうんじゃない?」


 こっちの世界じゃ有名人なんだから自覚持たないとねぇ、と肩をすくめる。
「どうやら絹旗にも危うく殺されかけたみたいだし」垣根にとって触れてほしくない部分にさっくり斬り込む少女であった。


「雰囲気が大分違うからぱっと見は分かんないけど、結局、AIM拡散力場から辿ったら一発じゃん。
 危機感なくしてるし荒事できなくなってるみたいだし、今なら私でも殺れちゃいそうって訳」

 手をピストルの形にし、ばーん、と撃つ真似をする。「まさか拳銃で超能力者を殺せる日がくるなんて」そんなことを
言う少女。AIM拡散力場を辿る、という少し特殊なことを思いつくのは、彼女の仲間だったであろうピンクのジャージの
能力者の影響だろうか。

 私も舌先三寸でだいぶやってきたけど、あながちハッタリでもない訳よ? と、立てた人差し指を左右に振った。


 そんな彼女に、垣根はふと疑問を感じて問う。

「……なんでアンタは、そういうことを教えてくれるんだ?」

「え?」

「え? じゃなくてよ。アンタらは俺に恨みがあるんだろ、んなアドバイスしちまっていいのか?」

 『元』だと言ったにもかかわらず少女を『アイテム』の一員として括り会話する垣根に、彼女は一瞬だけ
その青い瞳に感情を浮かべた。しかし、それがどんな想いに起因するか彼女自身が判ずる前に熱は失われる。


 代わりに、少しだけ悩むそぶりを見せ、自らの気持ちを確かめるようにして口を開いた。



「えーと……結局これって完璧私の都合で、アンタの人格とかそういうのはまったく関係なくて、
 勿論私、記憶喪失前のこともあってアンタのことは正直あんまり好きになれそうにないんだけどさ、」


 好きになれない理由は勝手に察して、と丸投げしてくるので唸るしかない。それを見て心底おかしそうに笑い、
少女はそっとこぼした。




「――それでも、勝手に死なれちゃ困るって訳なのよね」




 空気を震わせた音は、軽い溜息と共にとけて消える。

 そしてふと少女は垣根が何かしらの言葉を返すより早く、どこから取り出したのか手のひらで掴めるほどのサイズの、
ずっしりとそれなりに重みのある缶をベッドの上の垣根に放る。僅かに反応が遅れたものの、危なげなく空中で缶を
キャッチする垣根を少女は口笛でも吹きたそうな表情で見た。


「私の常備品なんだけどさ、あげる」

「どんだけサバ缶好きなんだよ……」

「愚問すぎ。因みにおすすめはカレーね、カレーが最高」


 にこっ、と笑みを浮かべる少女。「好きになれそうにない」と称した人間へ向ける表情にしてはちぐはぐな印象が
あったためか、垣根は神妙な顔をしている。



「アンタってこうして見ると案外まとも?
 まあ結局、前の時も死ぬほど性格悪かったにしても話の通じないやつじゃなかったけど」

「喧嘩売ってんのかテメェは。今ここで記憶戻ったらどうすんだ、無事じゃ済まねえかもしれねえぜ?」

「うわ、冗談にしても趣味わっる……。じゃ、記憶が戻らないうちに私は逃げるって訳よ。バイバイ」


 丸椅子から立ち上がり、すたこらさっさという擬音でも聞こえてきそうな感じで扉の方へと移動する。
 生身よりはぎこちないながらも、義足によるものとは思えないなめらかな上体移動に垣根は僅かに目をみはった。


「また会うかもしんないけど、ま、その時はよろしくー」

「あ、オイ」


 まだアンタの名前を聞いてない、と言おうとしたが、少女は既に閉じかけた扉に隠されてしまった後だった。
 サイドテーブルに魚のプリントされたチープなデザインの缶を置き、垣根はベッドに背中から倒れ込む。



(…………結局、訳わかんねえ……とか、な)

 少女の奇妙な口癖を半端に少しだけ真似してみて、彼はベッドの中でもぞりと寝返りを打ったのだった。


投下終了ですレスありがとうございます 結局、フレンダはかわいい

スレ立ててから一年経っていました いつも読んでくださってありがとうございます
折角なので可能なら本編とは関係なく帝春とか書いてみたいですね 小ネタとかで……

乙乙!フレンダかわええ
小ネタも楽しみにしてる

見所は帝春パートだけではないね。どこも面白いわw

日付かわってますがいつものメンツで短い話
本編の流れとはあまり関係ないですが、お見舞いに通ってるどこかの時間軸だと思っていただければ。





「ういはるー、これは流石にないわ」

「え?」

 佐天の言葉に不思議そうに首を傾げて、初春は振り返った。佐天は、分厚い表紙で通常よりもかなり大き目の本を持っている。
 表紙には勝気そうな少女と、醜い獣の絵が描かれていた。

「これ童話だしおまけに絵本じゃん……男の人に持ってくる本じゃないでしょ」

「あれ? おかしいな……適当に袋に入れてきたんで、混ざっちゃったのかもしれないです。でも袋の外に出してるってことは……」

 垣根さんこれ読みました? と初春が視線をベッドの上へと向けると、垣根は短い返事と共に頷く。

「一応な。暇だし」

「わわ、なんかすみません。間違えて入っちゃったみたいで」

「構わねえよ」


 申し訳なさそうにする初春に垣根は、気にしていないと言ってベッドを揺らした。
 ひょっこりと佐天の肩越しに本の表紙を見た白井が、呆れたような声をあげる。

「『美女と野獣』……ですの?」

「はい。私これ好きなんですよね。絵も綺麗ですし」

「あ、分かる。内容もロマンチックだよねー」

 三人がしばし童話トークで盛り上がっているのを蚊帳の外で眺めていた垣根だったが、その表情が
なんとも言えない感じであるのを初春が目ざとく見つける。そんなに長い間ほったらかしにしていた
つもりはないのだが、と慌てて声をあげた。

「どうしました? すみません、私たちだけで盛り上がって」

「ん? あー、いや、女子ってそういう話が好きなのか?」

 垣根は首を傾げている。
 やはりこういうものには馴染みがないだろうか、と思ったのも束の間、「食器が喋るのはいいと思う」と
なんともメルヘンな言葉が返ってきた。


 その言葉尻を捉えた白井が、きょとんとして口を開く。

「食器が喋るの『は』というと……垣根さん、あまりこの話はお好きではないんですの?」

「嫌いってわけじゃねえけど……」

 煮え切らない返事である。そもそもこういう子供向けの話に好き嫌いが表れるものなのかと三人が考えていると、
あーだのうーだの唸っていた垣根がようやく言う。

「なんつーか……」

 どこか遠くを見つめて呟く。



「結局喜ぶんじゃねえか、って思わねえ?」




「え?」

 声をあげる初春に、首を傾げる佐天と白井。ちょっと本貸して、と言われて佐天は素直にずっしりとした本を
差し出した。自分の言葉足らずを自覚しているのか、垣根はぽつぽつと言葉を選んでいるような調子で続きを口にする。
 それは子供向けの童話には似つかわしくない響き含んでいた。

「やっぱりこの未来のお姫サマも、野獣より人間の姿の方が嬉しいんだろ。ここで喜ぶってことは」

 本の挿絵には、呪いが解けて若く美しい男の姿へと戻った王子と、王子に今にも抱きつかんとする少女の姿が
描かれている。二人はこうして結ばれるのだ。疑う余地なく、ハッピーエンドである。

「なんだろうな。……やっぱ化物よりも、『普通』の方がそりゃいいよなあ」

 最後に淡い色合いの挿絵を華奢な指先で撫でて、垣根は本を閉じた。
 少女の愛で呪いが解けて、二人は幸せになりました。そんな一文では終わらせられない何かを、彼は見ているようであった。


 三人の少女は暫く黙っていたが、やがて一人が口を開く。

「……暗っ」

 思い切り顔をしかめてジト目で言ったのは白井だった。「おい今なんつった!?」という垣根の言葉にも動じない。

「暗い、と言ったんですの。童話にここまで後ろ向きな解釈できる人ってなかなかいませんわよ、根暗にも程がありますの」

「いやほっとけよそれは! 個人の自由だろうが!」

「確かにそうですが。辛気臭いですの景気悪いですの。やめてくださいまし、こっちまで気持ちが沈みますので」

「ちょ、白井さーん。若干言い過ぎですよ」

「そう言う佐天さんはどう思われます?」

「え? えーと、……垣根さんってネガティブの才能にあふれてるかも!」


 うるせえよばーか! といよいよへそを曲げてしまった垣根をフォローしようとしてできない初春であった。
 解釈は人それぞれだが、基本的にこれは壮大な愛の物語のはずである。

「というか、どんな姿してたって『その人』を好きになったんだよーっていう解釈じゃだめですかね?
 子供の夢ブチ壊しですよぉ」

「佐天さんのように素直に捉えればよろしいですのに……本当に、人は見かけによりませんの」

「お前は俺の外見から何を察せるっつーんだ」

「見た目だけなら、遊んでそうで不真面目そうで不誠実そうで女心を平気でもてあそぶ軽そうな人間に見えますが」

「おっま……マジか……」

「少し脚色致しました」

「おい!」

「初春の話だと、垣根さんは本来もう少し髪が長かったようですし……それを加味してみましたの」

「いや知らねえよ……お前の言うこといちいち刺さるんだよやめろよ……」

「あら。ということは自覚がおありで?」

「ねえよ!」



 まさか童話ひとつでここまで話が発展するとは思っていなかったのか、苦々しげに白井を見るが
彼女は涼しそうな顔をしている。勿論さっきまでの言葉の数々はこれまで散々からかわれてきた分の
可愛い仕返しのようなもので、半分冗談である。もう半分は本音だが。

 初春は、普段自分たちのなかでは一番大人びている白井の珍しい一面に思わず噴き出して、
話題を収束させるべく引き継いだ。 


「多分、姿が戻ったから喜んだんじゃないんですよ、この女の子は」

「は?」

「王子様の呪いが解けて、それで王子様が喜んだから。だから、女の子も嬉しかったんです」

 王子が『化物』である自分に苦しんでいるのを察していたからこそ、少女は姿が戻ったことを誰よりも喜んだのだ。
 相手が喜んでいることが、自分も喜ばしい気持ちにさせたのだ。

「……っていうのは、どうですか?」



 微笑む初春に、垣根は一瞬だけ目を伏せた。

「……ま、それもアリか」

「ふふ、気に入ってもらえたようで嬉しいです!」

 てのひらを合わせて嬉しそうにしている初春と、珍しく自分優位で会話が進んだことに満足げな白井と、
どうにか話がまとまったことにほっとしているらしい佐天。そんな勢いのままに好きな童話は何かという話で
また盛り上がり、その日の病室は大いに沸いた。

 ふと、白井が垣根に視線をやる。また何か言われるのかと軽く身構える彼に「そんな反応をされては傷付きますの」と
心にもない台詞をぶん投げ、次いで問いかけた。

「垣根さんはどんな話がお好きですの?」



 記憶はなくても知識はある。垣根は唇に手の甲を軽く当てて逡巡し、返す。


「……お菓子の家ってロマンだよな」


 ですよね! と初春が食い付いたのも束の間、うわーメルヘン、と他二人に真顔で言われ、垣根の機嫌がまた傾くのも
すぐそこだった。

 どうやら、こういう類の話は鬼門であるらしい。



短い話は終わりです。ありがとうございました。
打ち止めのあの童話の解釈は、結構好きです ではまた

垣根がかわいいww 乙ー

絹旗もフレンダも可愛いけど、やっぱ初春が一番可愛い。

このお話のフレンダの脚って今どうなってるんだろうね。

真っ二つになったはずだからウエストから下が全部機械なのか、
学園都市の最新再生医療で損失部分が少しずつ生えてきてるのか、
泣き別れた下半身を繋げたはいいけど、脚の大半は使い物にならなくて切断してしまったのか


乙ぅうう すごく面白かった
シリアスなのも甘いのもいい!

個人的には 誰にも悲しんで欲しくないって訳よ……

追い付いた
最初、なんで最近のなのにこんなに下にあるんだと思ったら、1年前だった
こんなスレに出会えて嬉しい



 真っ二つだった。確かに、自分は上半身と下半身で切り分けられた。


 そんな自分を生きながらえさせ、おまけにここまで復元してみせるのだから現代医学には悪魔的な力が
あるのかもしれない。少女――フレンダは、垣根の病室を離れた後そう思いを馳せる。

 高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない、と言う。
 この街では、高度に発達した科学が、『超能力』なのだ。


 医者から聞かされたのはひとつだけ。回復には、とある能力者の助力があったという、それだけの情報だった。

 治療法は、患者が尋ねれば答える義務が医者にはある。能力名などは明かせないと言われ、どうやらそこは
臓器移植のドナー扱いのような感じであるようだと納得した。存在は知らされるが、個人情報は与えられない。

 しかし、とフレンダはそこで疑問を持った。

 最初に考えたのは能力提供者が『肉体変化』の能力者である可能性だ。だがこれはすぐに脳内で否定される。
 あの種の能力で治癒に特化したものが果たしてあっただろうか。それも、他人の身体に直接干渉できるほどの能力が。

 フレンダは更に考えた。時間だけならいくらでもあったのだ。自分は死んだことになっているだろうし、正直言って
今でも生きていることが信じられない。そんな人間の動向をいちいち気にする人間などいなかった。彼女も、伊達や酔狂で
暗部に身を寄せていたわけではないのだ。情報を集める方法など、いくらでも持っている。



 可能な限り探った結果、有力な仮説が得られた。
 おそらく自分の内臓には、垣根帝督の『未元物質』による人体構築が流用されている。


 少し深部に潜ってみれば出るわ出るわ、あの学園都市第二位に関する情報はよくもまあここまで、という内容ばかり。

 人体を創るだなんて神のような所業を一瞬で成し遂げるなんてのはそこらの能力者では役者不足だ。しかし第二位の
化物なら、と信じられない気持ちながら腑に落ちた。その腑こそが『未元物質』なのだが。


 おそらく体のいい実験台だったのだろう。あの傷では普通の方法で手を尽くしても死んでいたのだ。一か八かで、
まだ実験段階にあった技術を使った。脚だけ義足のままなのは、拒絶反応を少なくするためだろうか。フレンダ自身、
自分の体の約半分が垣根帝督の『未元物質』だなんてのはぞっとしないので有難いが。


 実を言うと、フレンダが目を覚ましたのは怪我を負ってしばらくしてからのことだった。

 十月九日。あの日の被害は甚大で、死亡者も怪我人もおびただしい数が出た。フレンダはその中でもかなり
重体な部類である。彼女が調べたなかに、垣根の脳味噌を三分割にして云々、というなんとも趣味の悪い話も
あったのだが彼女もそう変わらない身の上であることに違いはなかった。

 最低限の生命維持のために特殊な培養液の中に放り込まれ、その間に『未元物質』による肉体再生の可能性が誕生した。

 おそらく上層部は、垣根帝督を回収した時点で『未元物質』の新たな活用法について目途が立っていたのだろうと
フレンダは予測する。ちょうどよく生死を彷徨う人間が沢山出たからそれで実験してしまおう、ということだ。


現に、無事生還したフレンダにまったくの音沙汰がないのは、存在が抹消されても表向きの記録に残らない暗部の人間なら
誰でもよかったという意味なのだろう。


 どうやら、『未元物質』の人体構築について自身の身体を実験台にしていた命知らずの研究者もいたらしいが、
そちらはあまり詳しくは分からなかった。もしその実験において不具合などがあった場合、自分の身に降りかかる
ことかもしれないので知っておきたかったのだが仕方がない。


 しかし自分を診てくれた『冥土帰し』との異名をとる医者は、そんなことは関係なくただ患者を救いたかった
だけのような気もする、ともフレンダは思った。
 掴みどころのない笑顔は最初のうちは気味悪さすら感じたものだが、根気のいるリハビリのメニューを組み
義足まであつらえてもらっては感謝の方が先に立つ。

「君の身体の治療は、彼の助力あってのものだね?」と、自分の技術をひけらかすでもなく事もなげに笑う様子が、
余計に彼が死の淵から救い上げてきた命の膨大さを物語っているようであった。


 そう、『彼』だ。
 彼とは『未元物質』、垣根帝督でまず間違いないだろう。




 当初は、自分がこの病院で処置を受けたのだから、能力の有効範囲を考えた場合そう遠くにいるはずがない、と
フレンダは推測していた。

 ロシアで『未元物質』が軍事用に加工され使われていたのを後から知り、その常識外れの効果範囲に驚いたものである。
 もしかすると能力の特異性もあってか他の能力者とは性質が一線を画するのかもしれない。『未元物質』が生み出された後、
垣根帝督の制御下を離れてもその存在を維持し続ける理由はフレンダには分からなかった。


 ともかくも、手がかりはなし。自分の行動範囲も広くはない。
 これでは見つけることなど困難だろう、と思っていたのだが、彼女は実に運が良かった。



 まさに、灯台下暗し。

 垣根帝督は、フレンダがリハビリを行っているのと同じ病院に入院していたのだ。一度、あまりに無防備な様子で
廊下にいるのを見かけて息が止まりそうなほどに動揺した。髪は短くなっていて雰囲気もなんとなく、険がとれていた
気がしたがその時点で詳しい事情は掴めてはおらず。

 おそらく個室で、あまり人目につかない場所。

 病室に当たりをつけ、知り合いのふりをして看護師に尋ねてみた。容体はどうだろうか、と。自分のことがバレて、
今更無いとは思うのだが再び生きるか死ぬかの二択を迫られるのは避けたい。
 もたらされる情報によっては一度この病院を脱出する必要があるとすら思っていたのだが。返ってきたのは、
「まだ、記憶は戻らないみたいね」という予想外の言葉だった。


 嘘をついているようには見えず、垣根がそのような演技をする必要性も不明だったので、分のいい賭けのつもりで病室を訪れた。
 個人的に気になることもあり、もしかしたら何か、万が一の時のための取引材料になるかと思って。


 収穫は、ありすぎるほどだった。



 フレンダは自分の病室のベッドの上で思考する。
 つい気持ちが高ぶって、言わなくていいことまで話してしまった。もしも記憶が戻ったらどうしようか、と
嘆息するが考えても仕方がないと気持ちを切り替える。

 話していなければ、気持ちの整理をつけられないままでいただろう。自分の中で消化したつもりでも、やはり
誰かに聞いてもらうのは違うなと思う。


 謝るなんて、そんな簡単なことでいいのだろうか。もっと決定的な溝があって、少しのヒビの間から水が漏れるように、
もう取り返しのつかないことだと思っていたのだが。


 間に『スクール』とのいざこざがあったとはいえ、フレンダの直接の仇は麦野である。

 今も、あの日のことを夢にみるのだ。けれど彼女は、垣根の病室で話した通り、それを自業自得と思っている部分が
強かった。目が覚めてすぐは怒りを覚えたこともあったのだが、心の底ではきちんと分かっている。

 裏切り者には死を、だ。

 機密を持ち逃げされたらたまったものではない。おまけに味方の居場所を売ったのだ。どうしようもないことだった。
 それでも、フレンダはあの場で殺されるわけにはいかなかった。
 だって、誰よりも護りたい家族が自分にはいたのだから。


 もしあの時のことをやり直せたとしても、きっと自分は同じ判断をするだろう。



 それが、彼女が冷静に導き出した結論だった。自分の力不足を呪っても、自分の不運を恨んでも。
 家族を見捨てるなんてできない。
 フレメアの笑顔を曇らせるわけにはいかない。



 でも、とフレンダは思う。
 かつての仲間が一人も欠けず生きていたことは、素直に嬉しかった。ありがとう、とお礼を言いたいくらいだった。

 自分勝手に仲間を売って、それでも死んでほしいなんて考えたことは一度もない。
 フレンダが意識を取り戻して一番最初にやったことは、フレメアと『アイテム』の生存確認だったのだから。





 絹旗はまだ幼いのにしっかりしていて、でも時々甘えたになるのが可愛かった。
 滝壺は何を考えているか分からないことが多かったけれど、落ち込んでいる時には一番最初に気付いてくれた。
 浜面は短期間しか接することができなかったけれど、今もまだあの三人と一緒にいるということは、覚悟のある『強い』人間なのだろう。


 そして何より。


 麦野はすぐ手が出るし物凄く怖かったけれど、暗部にしか居場所がない『アイテム』全員に、とても優しくしてくれた
頼りになるリーダーだった。






 自分のしたことははたして許されることだろうか。
 顔を見せた瞬間、また攻撃されるのではないか。
 つらつらと考えていると鼻の奥が痛くなってきた。首を振って耐える。

(会いたい)

 フレメアが現在、『アイテム』の庇護下にあることは分かっていた。
 もう一度家族に会いたい。かつての仲間に会いたい。許されるなら、あの日のことについてきちんと頭を下げたい。
 そして自分ができなかった、家族を守るということを成し遂げてくれたみんなに心からお礼を言いたかった。


 だってフレンダは生きている。

 あの日、麦野の攻撃を目の前にして。彼女は後悔ばかりだった。
 捨てられたと思っていた命をまた拾ってもらえたのだから、今度は後悔しないようにしたい。


 せめて電話ができればな、と思った。
 『ありがとう、ごめんなさい』とせめてそれだけ、伝えることができればと思った。
 昔なら数歩の距離だったのに、今はこんなにも遠い。


「……ごめんね、みんな」


 ぎゅっと唇を噛んで、その言葉は誰にも届くことなく、消えた。




+




 俯いたままのフレンダは、気付かれないようにそっと深く息を吸い込んだ。
 何気なく、窓に向けていた視線を個室内に巡らせて、逡巡。

 いつまで経っても動かない、扉の前に立っているであろう人物に話しかけた。


「……結局、いつになったら出てくる訳?」

「あら。バレてたの?」

 あまりにもあっさりと返事がきて、最初から細く開いていたのであろう扉がスライドする。


 姿を現したのは、派手なドレスを身にまとった少女だった。フレンダは僅かに驚く。何故ここでこいつが
出てくるのか、と。動揺を悟られないよう、不遜な態度で口を開いた。


「馬鹿にしないでほしいんだけど。
 ってか結局、どういうつもりで私の前に姿を現したのか気になるわ。私、アンタのこと好きじゃないよ」

「分かってるよ、でも殺されるのは嫌。その時は能力を使わせてもらうわ」

「……精神感応系でしかも他人の心に直接干渉できるタイプ。前から思ってたけど結局、ゲスいよね」

「それも分かってる。別にあなたに危害を加えにきたわけじゃない、お礼を言いに来たの。
 あの人と色々喋ってくれてありがとう」


 カツン、とヒールを鳴らしてベッドから数歩分の距離をおいたドレスの少女は、両手を顔の横まで挙げて
武器を持っていないことをアピールする。露出の多いドレスだ。武器を隠すような場所もなさそうではあったが、
フレンダは慎重に声をあげる。

「真意が読めなくて不気味って訳なんだけど……」

 年下の、しかし恰好だけならフレンダよりもよほど大人びている少女を警戒しつつも、フレンダはベッド横の
ボタンを操作し上体を上げる。


「……アンタ結局、どういうつもりな訳?」

 戯れに聞いてみれば、ドレスの少女はゆるりと手を下げる。「私はただ、元通りにしたいだけ」と言った。

「あの日からずっと、地道に情報集めてきたんだけど……。
 なんか、見ない間に随分変わっちゃったみたいなんだよね、私のとこのリーダーは」

「もう『スクール』は解体されてるじゃん」

「……酷いこと言うよね。泣いちゃうよ?」

 首を可愛らしくかしげるドレスの少女に「やめて。気分悪いから」とフレンダは即座に切り返す。


「お礼と言ってはなんだけど、『アイテム』の人たちの連絡先教えましょうか?」

「……なんでアンタがそんなこと」

「あ、そっちの方は知らなかったんだ。十月九日に主だった暗部組織は大分ダメージを受けて、
 再起不能なのもいたからね。臨時でチームが仮編成されたのよ。私は『アイテム』に組み込まれてる。
 ヤドカリみたいなものかしら? まあ、……行動を一緒にすることはないんだけどね」


 くすくすと蠱惑的に笑って、ドレスの少女は携帯電話をちらつかせる。
 フレンダは吐き捨てるように言った。

「……アンタなんかに頼らなくても、私は大丈夫って訳よ」


「そ。まあいいわ、私はあの人の記憶が戻ればそれで」

「随分とご執心って訳ね。もしかして恋人? だとしたらご苦労様だけど」

 その言葉にドレスの少女は、初めて不快そうに唇を尖らせた。拗ねたような表情にも見えるそれは歳相応で、
それなのに何故かアンバランスだ。


「やめて。そういう冗談は嫌いなの。
 ……あなたも暗部にいたなら分かるでしょ? 私は、少しでも生き残る公算が高い方に賭けるのよ」


 歓迎されてないみたいだし帰ることにするわ、と華奢な脚を動かしてベッドから離れていく少女。
 フレンダは呼び止めることなく、その背中が扉の向こうに消えるのを凝視していた。

投下終了です。いつもレス嬉しいです。このスレを見つけてくださってありがとうございます。
『アイテム』とドレスさんはかなり出張りますが、趣味です。

あ、あと新約6巻表紙出ましたね……ではまた次回

乙でした

乙です

投下乙です!

このスレのフレンダと垣根のやりとりや心情描写が本当に素敵だ
どう転ぶかわからなくて続きが気になるよー
乙!

きてたのか、投下乙

まだかな

     ...| ̄ ̄ | < 続きはまだかね?
   /:::|  ___|       ∧∧    ∧∧
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  ||:::::::( ・∀・)     /<▽>  /<▽>
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  ||::|   <ヽ/>.- |  |:と),__」   |:と),__」
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\  \__(久)__/_\::::::|    |:::::::|
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.|| ゙ヽ i    ハ i ハ i ハ i ハ |  し'_つ
.||   ゙|i~^~^~^~^~^~^~

まだかな

マダー

助けてカブトムシさん!!

帝春が足りません!
新刊のていとくんと初春が見てみたい←

           ミ\                      /彡?
           ミ  \                   /  彡?
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    ミ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\  |  |  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄彡?

     ミ____        \  |.  .| /        ____彡?
           / ̄ ̄\|´ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄`i|/ ̄ ̄\?

          /   / ̄|               || ̄\.   \?
        /   /   |〕   帝凍庫クン   .||   ´\   \?
       /    │   ..|              ||    |     \?
     /    /│    |___________j|    |\.     \?
     彡   /  │  ./..|   -―- 、__,        |ト、  | ´\    ミ?
      彡/   │ ../ |   '叨¨ヽ   `ー-、  || \ |    \ ミ?

            │ / ..|〕   ` ー    /叨¨)  ..||   \|     ?
    r、       |/   !         ヽ,     || \  \      ,、?
     ) `ー''"´ ̄ ̄   / |    `ヽ.___´,      j.| ミ \   ̄` ー‐'´ (_?
  とニ二ゝソ____/ 彡..|       `ニ´      i|  ミ |\____(、,二つ?
             |  彡...|´ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄`i| ミ |?
             \彡 |               .|| ミ/?
                      |〕 常識は通用しねぇ  ||?
                  |             ..||?
                  |___________j|?

カブトムシの笑えるAA誰か作ってくれねえかな……

                       ,.  ´ ̄ ̄ `ヽ
                         /             、
                      , '
                   /   /            、
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                 /,イ /  |癶弋戈ト、\ ィ弋戈癶   ヽ \
                // :! / :/ 从 ヽ  ヽ\|\! \N } i  } ト、ヽ   私に常識は通用しません
            /イ/ j/ j∧ 八     {i      八ハト、 人| `ヽ
                 //  // /{. \  、   _,. /     \ ヽ
              { { /| :! / Vjr‐\    ,.イヽ \ \  :|\}
             ヽ{  ヽト、! //  |. `ー< | \ \|\|\| ノ
                    / / ,、〈j     /  V\
                     // // 冫 ヽ   〈,.-、_ヽ | \
                 / /   i  〉 ̄ヽ /´〉  |  ヽ  `ー 、
             /|    \  | /\____〈   !   \   ハ
              | :!     \ |/|\_____V  |   /  / i
              |        / ! :!       i   ! <    /  :!
            /  i    /  :ト、!     |   |   \ /   |
             /  |  〈    | ヽ    |   :!    / |    |
            |  :|  | \   |  i     !   |   / :!   :|
            |   V/ :!  \ :|  |    :|   :!  /   :!   :!
            /!   V :!     〉   |     !   | :/   :!    |

  俺    の    未     元     物     質    に            
 常     識    は     通     用     し     ね    え

                      ,.、 ,.、
                      ヽ'::':/
                       }:::{
                       l:::|
                      i:yァ|:::l
( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\.       l:(.ノ:::l    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)
 (/(///// ̄\\   ,.r:::'':::!:::ヽ゚;~  .// ̄\\\\\)\)
   (/////// ̄\ .〈;;;:::::::::::::::゙:i,,/ ̄\\)\)\)\)
    ..(////// ̄_//~:::y'''::::-:::〈   ̄\\\\\\)

      (/(/(/(/(_//::::::/:::::::::::::〈:、\)\)\)\)\)、)
          (/(// / ./:::::/:::::::::::::/ ヘ \)\)\)
            (/V..,:'!::::/:::::::::::::〈:、 \)Vヘ)

        .      〃ゝ〈_:::;;;:::ノ .l:l  ヽ、
             _〃         l:!
             ´          ヽ、
   、

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  /ノi|lli; i . .;, 、     .,,                    ` ; 、´:.\ilil;:;,il||iγ
/  ∧__/::. |li||,;,.il|  ; . ., ,li:.        .       .;     ::;;||i;.:;.\:;(゙

 (^(・Д・;)^)i|l|li  .i|il;i:ii,..,.i:;  ; .;,.. .il `,  ;.,   .ii||i::,i|;.,l;:,  .||l||i|lii゙ゝ. \
  `ヽ    (゙゙´`  ;.l||||il|||li||;  .;i;;;,,|i;,:,i|lii;ilii;li;liil;  :;ilill|||ii||l;..     .       \
    ヽ   ,、 `   ´゙`゙⌒ゞ;:  ;li|llii:;゙|lii|||||l||ilil||i|lli:. ,iliil゙ι´゚゙
    (__,ノ `ー


帝凍庫クンAAの初春ver下さい!

帝凍庫クンAAの初春ver下さい!

     ...| ̄ ̄ | < 続きはまだかね?
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結局このスレもぶん投げられたか

帝春スレには期待するだけ無駄なのかね…

結局このスレもぶん投げられたか

帝春スレには期待するだけ無駄なのかね…

結局このスレもぶん投げられたか

帝春スレには期待するだけ無駄なのかね…

あと3日・・・いや、実質あと2日か

あけましておめでとうございますというかもう二月ですお久しぶりです
新約6巻の内容が咀嚼しきれなくて遅くなってしまいました……すみません
歩みが遅くて非常に申し訳ないです

新刊の垣根は機会があれば書くこともあるかもしれませんが、書いたとしても本編とは
まったく関係ない単発になります。ご了承ください


そして以下、個人的なお願いなのですが
このスレの更新速度がとても遅いというのは自覚していますし、いつも音沙汰なしで落ちるギリギリまで
更新していないのはこちらが全面的に悪いので、そのことやこのスレの内容にでしたら批判やご意見全て有難く頂戴したいと思っています
しかし、他の帝春スレにまで言及していると思われる表現で、それを貶めているととられてしまうレスはおやめください
このスレに関することでしたら、どんなことでもご自由に。寧ろご意見お願いしたいです

まあ、更新速度をもっとあげればいいだけの話で、原因を作っているこちらからこのように申し上げるのも心苦しいのですが。
ご理解いただけたらな、と思います

長々とつまらない話をすみません。不快な思いをされた方にはお詫び申し上げます。
よければこれからも読んでいただけると嬉しいです
















「佐天さん、クリスマスの予定はありますか?」

 ここは柵川中学校に続く道すがら。登校中に偶然前方を行く初春を発見した佐天は、駆け足で彼女に追いついた。
 ゆったりとした歩調の初春に追いつくのはそう難しいことではなく、ほどなくして隣に並んだところ、初春の口から
放たれたのはもう目前に迫ったクリスマスの予定を尋ねる言葉だった。

「ん? んーと、特に予定はないよ。どうして?」

 流石にクリスマスを一人で祝う気にはなれないので、誰かを誘って遊びに出かけようかと思っていた佐天である。
 そんな佐天の返答に対して、初春は僅かに表情を明るくした。

「よかった……! 実はですね、ちょっと提案があるんですよ」


 この辺りで佐天には既に次の台詞がある程度予想できていたが、黙って聞いている方が面白そうなので
初春が続きを喋るのを待つ。それで? と笑顔で促すと、初春は寒さで鼻を赤くしつつも楽しそうに話しだした。


「クリスマス、せっかくだから垣根さんのところでケーキ食べたり、そういうことしたいなって」

「おっ、いいねー! 垣根さんのとこ個室だし、ちょっと煩くしても聞こえないし、
 あたしたちが行ってパーティーするくらいなら大丈夫じゃない?」

「えへへ、佐天さんの予定もつくみたいで安心しました」

「んー? 二人っきりじゃなくていいのー?」

「も、もう! そういうんじゃありませんよ!
 だ、第一垣根さんだって人がたくさんいた方が喜んでくれるに決まってます!」


 佐天のちょっとしたからかいの言葉にも真っ赤になって慌てる初春は、
「白井さんにも聞いてみようかなって思ってるんですけど、もしかしたら学校の方が忙しいかも……」と
ごにょごにょ呟いている。
 佐天などはそんなことを考えているよりも先にメールをしてしまうたちなのだが、初春はなかなか
考え込む性格をしているらしい。

 そんなところが可愛らしいな、と自分とは違う部分に佐天は好感を持つ。接する人が大切になればなるほど、
それだけ深く思いやってくれるのが初春だ。それこそ、こちらも気付かないようなところにまで。

 友人の何気ない優しさに自然と口元をほころばせながら、佐天は自分なりにクリスマスへと思いを馳せる。
 楽しいことは好きだ。そして、楽しんでもらうのも、もちろん好きだ。

「ねえねえ。折角だしさ、プレゼントとか買っちゃう?」

「垣根さんに、ですか?」

「そ! クリスマスと言ったらプレゼントでしょ。内緒にしててもいいんだけど……でもまあ、
 一緒に選ぶ方がいいかな? 形に残るものってなるとどうしても好みがあるしね。毎回お菓子ってのも色気ないし」


 初春も、あたしたち共同のプレゼントって風にすれば渡すいい口実になるでしょ? と佐天は
悪巧みをする悪童のような笑みを浮かべる。

「なっ……なんで佐天さんはすぐそういう方向に持っていきたがるんですか!?」という初春の必死の叫びを
余裕の表情で聞き流し、「どんなのがいいかな? っていうか垣根さん、まだ長時間外出できないかな?」と
人差し指を唇に当てる。

 バリアフリーがいくら普及していると言っても、やはり徒歩と同じようにはいかない。そんな心配をする佐天に、
初春は慌てて言う。


「あ! あの、もう、殆ど怪我する前と同じように歩き回れるくらいには
 回復してるみたいなんです。だからお出かけは問題ないと思います」

「え、もうそんなにリハビリ進んでたんだ。あれー、意外だったなあ」

 車椅子に乗ってるイメージが強かったんだけど、と首を傾げる佐天。彼女の疑問ももっともである。それもこれも、
垣根が脱走しやすくするために用意しておいたブラフだ。まだ十分に歩ける筋力が回復していないと見せかけるため、
彼は人目のあるところでは極力車椅子での移動を心掛けていたのである。

 しかしそんなことなど夢にも思っていない佐天は、ただただ垣根の回復力に驚いていた。


「だから……どうしよう、寒そうですしマフラーとか」

「あー、確かに垣根さん寒そうだよね。お医者さんが用意してくれた服も首元が……」

 と、佐天はそこまで言いかけてふと黙り込む。

「話は全然変わるんだけどさ」

「はい?」

「垣根さんが、お医者さんに用意してもらった服着ようとしたときあったじゃん?」

「え……はい」

 初春にとってはあまり思い出したくない光景だったが、とりあえず佐天の話の続きを待つ。
 佐天は深刻そうな顔で、ぼそっと言った。



「なんでセーターを先に着ようとしてたの……? なんでシャツが上なの……?
 聞くタイミング逃したんだけど、あれは何!? 垣根さんのこだわりなの!?」


「えええ!? 何そんな観察してるんですか佐天さん!」

 だって絶対おかしいよあれ教えてあげた方がいいかな!? と声のテンションをどんどん上げていく佐天に、
初春は思わず笑ってしまう。あの時は色々と余裕が無かったが、今はこうして、僅かにしこりは残しつつも
それを笑うことができるくらいにまではなっていた。そのことに初春はとても安心する。

 その後、おかしなスイッチが入ってしまったのか尚も

「なんでセーターが下なの……ちくちくするでしょ……
 っていうかあんな着方してるせいで首元ががら空きなんじゃないの……?」

 とぶつぶつ呟いている佐天をなだめながら、初春は学校の校門をくぐった。



+



 結局、白井に話を伝えるのは放課後になってしまった。
 『風紀委員』で外回りを終えた白井が支部に戻ってきたところに、初春は声をかける。


「はあ……クリスマス、ですの?」

「はい。白井さんもよければどうかなって……あの、常盤台の方で御坂さんと予定があったりするかなって思ったんですけど」

「お姉様とは夕方からご一緒する予定ですの。病院はあまり夜遅くまではいられませんし、日中なら十分参加できる時間ですわ」

「ほ、ほんとですか!」

「佐天さんも誘っているのでしょう? わたくしもご一緒致しますの。人数は多い方がいいでしょうし」


 なんだかとても久しぶりにお会いする気がしますの、と白井は笑う。それは、ここ最近初春が垣根の病室を
訪れていなかったことに遠因するだろう。既に佐天から、初春の気落ちは回復したようだというメールは
貰っているが、こうしてしっかり面と向かって話すとなるほど確かに実感も湧く。

「何かプレゼントを、というのは佐天さんの発案ですのね?」

「あ、そうです。毎回お菓子じゃ差し入れもワンパターンですし、クリスマスはちょっと奮発したいかなって」

「佐天さんは勉強もお世話になっていますものね。じゃあ、わたくしも……ええと、買い物はみんなで一緒に?」

「ですねー。『好みも何も前情報なしはギャンブルすぎ!』って佐天さん言ってました」

「ふふ、佐天さんらしいですの」

 はしゃぎながら力説する佐天の様子が音声付で想像できる。こういうお祭り騒ぎが大好きな友人なのだ。


「わたくしも、殿方の好みには明るくありませんのでその方が安心できますし……佐天さんのプランでいいかと思いますわ」

「了解です。そしたら、時間決まったらまたメールしますね!」

 ぱっ、と笑顔になった初春を見て、白井は呆れたように笑う。
「はしゃぎすぎて体調を崩さないように気を付けるんですのよ」と笑い混じりに口にした。
 やはり、初春には笑顔が一番よく似合う。



 かたかたかたかた、と軽快なキーボードのタッチ音に、初春が相当うかれているのを耳で感じる。

(ここまで人を一喜一憂させられるなんて……彼も罪な殿方ですのね)

 まあ双方自覚は無いようですけれど、と白井は傍から見ていてかなりもどかしい現状に嘆息する。
 佐天が色々と茶々を入れてしまう気持ちも分かるというものだ。特に初春などは、ここまで明確に
意識しているのが丸わかりだというのにどうして垣根が気付かずにいられるのか白井としては不思議なほどである。


 これまで、あまり異性と間近に接する機会がなかったに違いないのだ。それを加味すれば随所での慌てようも
納得いかなくもないが、それでも時折、そんな一言では説明しきれない何かを初春が抱えているような、
そういう雰囲気を白井は感じていた。


 単なる恋情、でもない気がしてしまうのは、邪推だろうか。


 品が無いな、と白井は自分の思考に慌てて首を振った。人の感情を勝手に憶測で語って、趣味が悪い、とも反省する。
 初春に心の中でそっと謝り、目の前の仕事に集中しようと気持ちを切り替えた。


(垣根さんはいい人ですから……まあ、初春がどのように転んでもきっと大丈夫ですわね)

 最後にそれだけ考えて、相変わらず高速で鳴り続けるタイピング音に耳を傾けつつ、白井は
書類の山に埋もれるようにしてペンを走らせた。



+



【From】初春
【Sub】こんばんは
--------------------------
今大丈夫ですか?


【From】垣根さん
【Sub】Re:こんばんは
--------------------------
おう、いいぜ


【From】初春
【Sub】Re:Re:こんばんは
--------------------------
よかったです
えっと、垣根さんはクリスマス
に何か予定はありますか?


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:こんばんは
--------------------------
え、厭味?


【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:こんばん
--------------------------
なんでですか!!



【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:こんば
------------------------
いや
クリスマスを独り寂しく過ごす
予定の俺への挑戦かと


【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:こ
------------------------
私はそのクリスマスを独り寂し
く過ごす予定の垣根さんを誘っ
て遊びに行こうと思っていたん
ですけど






 初春は、ベッドの上で携帯を握りしめ、先程から画面を凝視していた。

(へ、返信が来ないです……! 独り寂しくとか復唱しなきゃよかった……!)


 今更そんなことを思っても後の祭りだ。

 垣根さん怒っちゃったかな謝った方がいいかな続けてメール送ったら嫌がられるかな、と
とめどなく考えがあふれていっこうにまとまらない。
 布団にくるまり精一杯体を丸めて、気分は子宮の中の胎児である。

 せっかくまたちゃんとお喋りできるようになってきたのにー! とじたばたしていたらルームメイトから
ひどく不思議そうな顔をされてしまった。そもそも、まだベッドに入るような時間ではないのだが、なんとなく
何かに包まれていたりしないと不安でこのような籠城をしているのであった。


 そしてそのことからも、垣根があまりにも早すぎる眠りに落ちたというのは考えにくい。
 この時間は長い間拘束される検査もない。きっと、垣根はメール自体には気付いている。


(どうしようどうしよう……わ、私はただクリスマスを一緒に過ごしたいなあって……ぬっふぇ!?
 これだとなんか変な感じに聞こえますよ!? そ、そうじゃなくて、みんなで楽しくクリスマスをですね……!)

 一人脳内で愉快にコントをしていると、そんな初春に呆れたのか可哀想になったのか、携帯が震えてメールの受信を知らせた。
 ががががっ! とボタンを凄まじい速さで連打しつつメール受信画面を開くと、そこには。




『友達は?』



 そう、一言。


 初春は勢いに任せて起き上がり携帯をベッドにバウンドさせた。

「この一言に三十分って!!」初春、魂のシャウト。春上が二センチほど飛び上がったのにも気付かない。


 きっとこれは、『クリスマスなのに友達と過ごさなくていいのか』を縮めた『友達は?』なのだろう。
 いつになったら垣根は自身を初春の友達として認識してくれるのだろうか、と思わなくもないが、
今更性格の矯正などは望むまい。

 そしておそらく、初春の言い方が言葉足らずだったせいで佐天と白井の存在に思い至ってもらえていない。


(あ、でも。二人っきりって思った上で断られなかったのは嬉しいかも……?)

 メールの内容も、初春を心配する気持ちからくるものであって垣根自身の感情から応えるのを
先延ばしにしたわけではなさそうだ。
 と、そこまで考えて初春は顔を真っ赤にする。


(なっ何を考えてるんですかね私は!? もう、佐天さんが変なことばっかり言うから……!)

 親友に若干の責任転嫁をしつつ、入浴を済ませているのにこのままでは嫌な汗をかいてしまいそうで
ゆっくりと深呼吸。彼女にしては少し時間がかかったが、それでも五分ほどでメールを返信した。



【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
佐天さんも白井さんもいます
みんなで一緒にお出かけして、
帰ってパーティーしませんか?


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
お前らがいいなら 俺は嬉しい
けど


【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
じゃあ決まりですね!
病院まで迎えにいくので、ちゃ
んと待っててくださいね?


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
ガキじゃねえんだぞ



【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
いついなくなるか油断も隙もな
いじゃないですか


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
それは悪かったって……
なにお前、割とそういうこと根
に持つタイプなわけ?


【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
根に持ってるんじゃなくて心配
してるんです!


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
ごめん




【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
許しましょう(*・ω・´*)


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
.。*゚+.*.。(*´ω`*)゚+..。*゚+


【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
メール保護しました


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
おいやめろ



【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
垣根さんのお茶目なところが見
られたので佐天さんたちにも教
えておきますね


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
おい!


【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
冗談ですよ


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
……この性悪



【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
今日はいい夢が見られそうです


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
はあ……もういい
ゆっくり寝ろよ


【From】初春
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------
時間決まったらまたメールしま
すね!


【From】垣根さん
【Sub】Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:
------------------------

おやすみ初春




 受信したメールを眺めて、初春は口元が緩むのを抑えきれない。

 垣根が、おそらく今一番『素』を見せてくれるのが初春なのだと、彼女は気恥ずかしくもそれを自覚していた。
 自信過剰で自惚れだろうか。それでも、やはり他にはない気安さが感じられるような気がして仕方がない。

 ささいなやりとりが楽しい。
 濃やかな気遣いも嬉しい。
 全部、大切だ。

 初春は至極上機嫌で、ひょっとすると気付かないうちに鼻歌も歌っていたかもしれない。そんな彼女だが、
ふとメール画面に違和感を覚える。
 最後に受信したメールが、下に長くスクロールできるようになっている。


 初春は首を傾げながら、カチカチと画面を下へと移動させていき、そして。


「……! 垣根さん」

 最後まで辿りついた初春は、思わずにやにやと含み笑いをしてしまった。
 彼が何を思ってこのようにしたのか、次に会ったときに聞いてみるのもいいだろう。
 その時は、わざとらしく、あざとく。思い切りだ。
 最後の一行、初春の携帯には、簡素な一言が表示されていた。



『ありがとな』




+



 垣根は、一人ベッドの上でもだもだとしていた。
 初春とのやりとりの後時間差で、もしかすると自分は物凄く恥ずかしいメールを送ってしまったのでは
ないだろうかという気持ちが湧き上がってきたのだ。

 しばらくの間初春のメールを最初から順番に読み、いよいよ全部そらで言えるようになってしまって
自分で自分が気持ち悪くなった垣根は、初春とのメールの件を頭の中からシャットアウトすることにした。


 クリスマス、とちいさく口にする。
 その単語は未知の響きを多分に含んでいて、記憶をなくす前の自分もこのようなことには縁がなかったの
だろうなと思わず笑ってしまった。

(クリスマス……は、ケーキにチキンにイルミネーションに……サンタとトナカイ)

 垣根は自分のなかの『知識』を引っ張り出す。ふわふわとしていて多幸感に包まれた行事だ。


 自分などが参加していい行事だろうか、と僅かに心臓がちくちくしたが、嬉しいという気持ちが
それより遥かに勝っていた。あと何日、と幼い子供のように指折り数えてみる。またとてつもなく恥ずかしくなった。


 そしてふと気付く。そうだ、クリスマスならプレゼントがいるのではないだろうか。
 足繁く通ってくれている礼も兼ねて、何か贈るのはどうだろう。そう思ったものの。


(…………何用意すればいいのか分かんねえな。っつーか贈って大丈夫か? 重くないか?)

 気持ち悪がられたら立ち直れないかもしれない、と豆腐メンタルをいかんなく発揮して垣根は思う。

 十分ほどベッドの中に潜り込んで微動だにせず悩み、やがて新規メール作成画面を開いてカチカチと
文章を打ち始める。送り先は、つい最近連絡先を交換した、初春たちと同じくらいの歳の少女。



 垣根の打った長文の相談メールが『アイテム』のある少女のもとへと届き、それが『アイテム』女子陣を
爆笑の渦に巻き込むまで、あと二十分といったところだった。


投下終了です。読んでいただきありがとうございます。嬉しいです。お待たせしてしまってすみません
では、今度はできる限り近いうちに

>>1 乙です!
ゆっくりでも気にしないから自分のペースで頑張ってくれ


ゆっくりがんばってくれ

乙!
帰ってきてくれてよかった。

おかえりいいいぃぃぃ!!! 待ってたぜ!
投下乙です!!

.。*゚+.*.。(*´ω`*)゚+..。*゚+


自分のペースで更新してくださいな

乙でした

>>1乙。
女慣れしてない垣根で帝春って珍しいし、それがかえって面白いから戻ってきてくれて嬉しい。
次楽しみにしてる。

乙。あわわわ二人とも可愛すぎだ

あ、前に新約垣根と初春が~みたいなこと書いた者ですが元から本編に絡ませて欲しいとかではないので!
ちょっと見たいなーって感じだったので(笑)紛らわしいこと言ってごめんなさい

とにかくスレ落ちしなくて嬉しい

まだか

保守

ここは保守いらんぞ
その代わり下げてくれ

     ...| ̄ ̄ | < 続きはまだかね?
   /:::|  ___|       ∧∧    ∧∧
  /::::_|___|_    ( 。_。).  ( 。_。)
  ||:::::::( ・∀・)     /<▽>  /<▽>
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_..||::|   o  o ...|_ξ|:::::::::|    .|::::::::|
\  \__(久)__/_\::::::|    |:::::::|
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.|| ゙ヽ i    ハ i ハ i ハ i ハ |  し'_つ
.||   ゙|i~^~^~^~^~^~^~

まだか

まだか

まだか

まだか

まだか

まだか

同一人物なのかこれ?
黙って待ってろ

AOじゃん

応援してるように見せかけた粘着早漏埋め野郎なんだから触んな、喜ぶだろうが

まだか

まだ~

これだから帝春モノは嫌なんだ

面白くても結局完結せずに逃げられる
まともに大団円迎えたスレってあったか?

二度は言いません >>560に書いた通りです
投下が遅れていてすみません、一週間以内にきます

あんたが書けばそもそもそんなレスされないんですがねぇ

はやくしてくれよ…

>>615 >>617
お前ら黙って気長に待てよ・・・
それと>>615さん、古くてもいいのなら垣根「初春飾利・・・か」←こんな感じのやつがあったぞ
初春 花束 で検索かければ2スレ目が引っかかる

最後に>>1さん、気長に待ってますから納得いく出来でお願いします

>>615
なんで嫌なもん見に来てんの?マゾ???
そもそも帝春とか関係なしに放置なんて山ほどここにはあるじゃん
書く意欲もないのに生存報告()だけしてまた数ヶ月放置なんて此処では日常茶飯事

荒らしに反応するやつも荒らしだということがわかってないおバカさんがいる

楽しみに待ってるよ



「……寝不足じゃねえか」

 至極不機嫌そうな顔で、垣根は舌打ちした。
 ガリガリと頭を掻き、洗面台に向かう。結局、『アイテム』とのメールのやりとりがとてつもなく長くなり、
最終的にはどうしてメールをしているのか、何の相談をしているのか分からなくなってしまった。

 そもそも絹旗にメールをしたはずが、回答に「シャケ弁がいい。それか高いもの」だの
「プレゼントをくれるっていう気持ちが嬉しいから、あまり内容は気にしなくてもいいかも。
 よっぽど変なものじゃなければ」だのが含まれていた辺り、メールを回し読みでもされたのだろう。


 当の絹旗はというと、「オススメのC級映画百選とか超ハイセンスですよ!」と言っていた。彼女のセンスにはきっと誰も追いつけない。


 まったく収穫のない相談を終えた垣根は一晩寝てみてそれまでの考えを改めた。初春たちは、どうやら
街に出るらしいということも言っていたしこの際本人たちに選んでもらえばいいのではないか、と。
 そもそも一人での外出はまだあまりできない。許可は出るだろうが、これまで迷惑をかけてきた手前色々とやりにくかった。

「っつーか、やっぱ重いし」

 独り言に深く頷く。まあ普段の様子を見る限り、おいしいケーキで十分喜んでくれそうではあるのだが。
 ギリギリまで悩むことにしようと決めた。

 寝不足ではあったがなんとなく寝なおす気にもなれない。洗面台の蛇口をひねり、水を出す。顔を洗い歯ブラシを
口につっこんで、垣根ははたと動きを止めた。首を傾げる。扉の方に目をやり、言った。



「誰かいるのか?」


 疑問形ながらどこか確信を含んだ言葉の響きに、扉の陰から少女がひょこりと姿を現した。

「結局、なんで分かったの?」

「あ? いや、なんとなくだけどよ」

 少女――フレンダは、いつかの日と同じようにベッド横の丸椅子に腰掛ける。

「なんとなく、で見破られるとこっちも落ち込むって訳よ」

 視線の主が分かったことで洗面所へ引っ込み、シャコシャコと歯ブラシを動かすのを再開した垣根に
冗談めかしてそう言い、笑う。内心ではそう穏やかでもない気持ちだったがフレンダは隠してみせた。とても自然に、完璧に。


 フレンダは、疑問を解消するためにここにいた。


(……記憶が無いってのはたぶん、本当。だけど他人の気配にはやけに鋭い……で、
 その割に危機感みたいなのはなさそう。うーん、バランス悪いったら)


 気配や敵意に対する読みの鋭さは、記憶を失っていようと感覚や無意識下で働いているのだろう。
 垣根は、おそらく視界が広い。
 それは暗部に身を置く者なら誰でも、程度に差はあれど持つスキルだ。死角をなくすための目の動き。気配や敵意を読むのも
同様である。

 フレンダは詳しくは与り知らぬことだが、いつだったかファミレスで垣根が『アイテム』と遭遇したとき。最初に会ったのが
浜面以外の人間であったら、例え以前からの面識がなかったとしても僅かに違和感を覚えたはずなのだ。その独特な視線は
彼女たちと同じく、『闇』にしかないものだから。


 しかし垣根の場合、だからといってそれが避けるとか逃げるとかいうアクションに直結していないようであった。
 基本的に垣根は攻撃を避けない。並大抵の攻撃では彼に小さな傷ひとつつけられないからだ。
 避けるまでもないと、ただそれだけの話。危機感のなさはそのせいだろうか。


 絹旗に攻撃を受けて倒れたというのも、避けなかったから、なのだろう。




「……死んでないのが奇跡的だわ」


 口をすすぐ垣根に聞こえないようにそう言うとフレンダは黙る。キュッ、とやがて蛇口の締まる音がして、
垣根がベッドへと戻ってきた。するとフレンダはついさっきまでしていた真面目な表情など一瞬で消して、脚を行儀悪く揺らす。

「で、何の用だ?」

「んー? 結局ヒマだからさ、話し相手になってよ」


 何も気取られることのないように。心の内では複雑な思いを巡らせながら。


 今日はあの女の子たち学校だからアンタも日中ヒマしてるでしょ、と言うと、垣根は驚いたような顔をしている。

「なんで知ってるんだよ」

「きゃぴきゃぴした話し声が聞こえるの。廊下は音が響くからね、チラッと見ちゃった。
 流石にこの病室に入ってからは聞こえないから安心しなさい」

 随分仲よさそうだけど、知り合い? と、茶化す。垣根は少しだけ考えるようなそぶりをして口を開いた。

「いや、なんつーか……あの、花瓶みたいな頭した奴いただろ。
 あいつが、血まみれでぶっ倒れてた俺を見つけて救急車を呼んでくれたらしい。『風紀委員』なんだよ、あいつ」

「血まみれでぶっ倒れてたってアンタ……」

「そこらへんも記憶が所々飛んでるんだよな……大怪我してここにぶち込まれて、脱走してまた怪我して帰ってきたってあの医者が」

「なにそれただのバカじゃん」

「うるせえよ」


 言いつつ、フレンダは思考する。定期的に垣根の病室を訪れるあの少女たちは、見張りや監視の類ではないというのは
これで確定した。身分を偽るにしても『風紀委員』はない。それに、たとえ片足でもこっちの世界につっこんでいる人間は
どんなに隠そうとしたところで分かる。

 滲むのだ。

 純粋に厚意で通ってきているのだろう。記憶を失っているからこそ『表』側の人間と過ごしていられる。皮肉なことだと
フレンダは少しだけ笑った。奇しくもそれは、彼女が殆ど接する時間のなかった浜面仕上のものと同じ感想だった。


(……まあ結局、目下気になるのは『どうして』ってことね)



 どうして記憶喪失に――ではない。
 どうして脱走したのか、だ。



 多少の危険は危険と認識することすらしない垣根帝督がこの病院を離れようとした理由。
 そして、大怪我を負わされ見つかった理由。
 フレンダはそれが気になる。

 一度目の入院は、おそらくあの一方通行との戦闘が原因に違いない。情報が抹消されていたら面倒だったろうが、
幸いと言ってはなんだが目撃者が多すぎた。これは納得できる。この学園で唯一、垣根帝督よりも序列が上の能力者が
相手ならば大怪我も頷ける。


 しかし二度目はなんなのだ。


(追っ手がいたってこと? そいつらが『回収』する前にその『風紀委員』とやらに発見された……?
 じゃあ、今何も仕掛けてきてないのは……)

 フレンダが考えこんでいると、「おい」と思考を中断させられる。

「なにも黙ることねえだろ、うるさいとは言ったけどよ」

「……アンタ、平和そうね。頭が」

「オイコラ、なんで突然馬鹿にされなきゃならねえんだ?」


 不満そうな顔をする垣根にフレンダはため息をついた。フレンダとしても、内臓に『未元物質』が使われている以上、
垣根を気にかけないわけにはいかない。もしひょんなことで爆発などされては今度こそこの世とサヨナラする羽目になる。

 そうでなくとも垣根の能力には分かっていない部分が多いのだ。今は問題ないが、このまま垣根の記憶喪失状態が続いて
『未元物質』がきちんと働き続けるという保証もない。

「はー……アンタの頭ぶん殴ったら記憶元に戻らないかな?」

「壊れたテレビかよ」

「まあ私としては、今のアンタとの方が友好的関係は築けそうではあるわね」

 死なれては困る、といつだか言った。
 自分の命が惜しいからだ。
 けれどきっと、『今の』垣根帝督には、何の打算もなしに身を案じてくれる誰かがいるのだろう。



「……それが破綻しなきゃいいけど」


 かつて自分たちを圧倒的な力で蹴散らした、その学園都市第二位の超能力者が正しい姿を取り戻したときどうなるのか。
 フレンダはそれが待ち遠しくもあり、怖くもあった。


 記憶が戻って攻撃してこられても困るが、このままの状態が続くのも不安がある。
 もし垣根の記憶が戻るそぶりが少しでもあればすぐにこの病院から脱出してやろう、とフレンダは心に決めた。
 命あっての物種だ。とにかく生き残ることを第一に考えるべきだろう。

「……ん、何か言ったか?」

「いや別にー? っていうかアンタ、私があげたサバ缶まだ未開封じゃん。それは病室のインテリアじゃないんだけど?」

「今度から缶切りも置いていけよ」

「贅沢言ってんじゃないっての」



 当たり障りのない話をしながら、フレンダは先ほど小声でこぼした言葉を内心で反芻した。
 『それ』がもう目前に迫っているのだと、彼女自身知る由もないまま。


投下終了です。お待たせしてしまってすみません。待っていただきありがとうございます。
時間かかりすぎてて申し訳ないのですが、次は週末辺りにきます クリスマスまでもう少しです

おかえりいいいぃぃぃ!!! 待ってたぜ!
投下乙です!!

待ってたよおおおおおお
乙うううううっぅううっ
垣根の記憶ついに戻るのか……TOKIMEKI

乙でした

週末だぞ

>>640
日月火水木金土
↑     ↑
今    週末

だと思います

あとsageて下さい

>>640
残念、日曜は翌週の開始日だ
そしていつの週末かは言ってない

そういうのいいから

で、結局来ないっていう



 軽い言葉の応酬をしていたら、つい油断した。
 勿論完全に気を抜いていたわけではないのだが、この時間ならば誰も来ないはずだ、という先入観に
ついとらわれてしまっていたのだ。病室の前で軽い足音が止まったのにフレンダが首を傾げたときには、
既に扉はスライドしていた。


「垣根さん! こんにち、は……」

 頭に満開の花を咲かせた少女だった。意気揚々と入室してきたのにその言葉尻は何故だかしぼんでしまって、
心なしか咲き乱れた花もしょんぼりしているようにも見える。この少女が、おそらく先程垣根が言っていた
『風紀委員』だろう。

 しくじった、とフレンダは咄嗟に思った。あまりこちらの存在を認識されたくはなかったからだ。彼女たちが
『表』の世界の住人であるなら、尚更。
 しかし既に起こってしまったことは仕方ない。そう気持ちを切り替える。既にフレンダは、この場から自然に
離れる方法を考えていた。


「初春。どうしたんだよお前、学校」

「えっ!? え、えと、もう冬休みが近いので、早めに終わるんです。学校から直接来ちゃいました」

 照れたようにはにかむ様子が可愛らしいな、と思った。ういはる、という名前の響きもなんだか柔らかで、
雰囲気とぴったりだ。どうしてだか時折こちらを窺うようにちらちらと見てくるのが不思議だが。そんな風に
思っていると、飴玉を転がすような甘ったるい声が再び発せられる。

「あ、あの……! こんにちは、垣根さんのお友達、ですか?」

「は? え、私?」

 フレンダは思わず素っ頓狂な声をあげる。友達。そんな風に見えるのだろうか。
フレンダとしては勘弁してもらいたいところだが、ここで否定をしても怪しまれる。というか、確かに病室まで
押しかけて長々と喋っておいて無関係です、は苦しいだろう。

 ここまでくると知り合いも友達も変わらない。関係がある、ということは既にバレてしまっているのだから。


 それならもう、ここからはいかに自分の情報を与えないか、に尽きる。そのためには、相手に喋らせることだ。

「……まあ、そんなとこかな。『風紀委員』さんだよね?」

 初春はびくっとして自分の袖口を確かめたが、勿論今は『風紀委員』の腕章はつけていない。
「あ、悪い。俺が喋った」垣根がそう言ったことでようやくほっとしたように居住まいを正した。


「私の友達にもいるよ、『風紀委員』。第四学区の方」

「あ、そ、そうだったんですか。私は第七学区です。第一七七支部所属の初春飾利といいます」


 ぺこり、と頭を下げる初春に、フレンダは内心で舌を出した。なんて人のよさそうな人間なのだろう。そう会ってまもない人間に
自分の個人情報をぺらぺらと喋るものではない。
 なんてことはない顔で大嘘をついたフレンダのことを垣根が疑わしそうな目で見ているが知ったことではなかった。垣根にも、
フレンダに本当に『風紀委員』の友人がいるのかいないのか断言はできないはずだ。ハッタリはフレンダの十八番でもある。

 自分のフィールドでなら、気取られることすらそうないレベルで。


 フレンダは当然、十月八日のあの日に垣根と初春が出会ったときのことを知らない。初春が垣根の演技の裏側を見破ったことも、
その後無謀にも『超能力者』に対して立ち向かったことも、知らない。
 だからこそ、こんな風に言うことができた。


「お勤め大変じゃん、学校帰りにまで」

 善人である。怪我人を発見し、病院まで送り届けたのでその後の経過も見ているのだろう。優しい。この一言では収まらないほどに。
 そんな思考をするフレンダの予想は、初春の慌てたような言葉ですぐに否定された。


「ぬっふぇ!? いやいや違うんです、これは別にお仕事とかじゃなくて私が好きでやってることなんです!」

「……えっ、それ結局、冗談に聞こえないんだけど」

「冗談じゃないですよぅ……! あのですね、お友達なので、一緒に遊んだりお喋りしたりするんです。ね、垣根さん」

 やけに必死そうな初春の言葉に気圧されたように垣根が黙って頷く。胸の前で手をぱたぱたさせている初春を見て、
フレンダは逆に動きを止めた。
 とんでもなく、嫌な予感がしたからだ。


(この反応……いや、決めつけるには早計だけどでも結局、そうとしか見えないって訳よ……)



 仕事だと思われるのは嫌だ、ということだろう。
 そしてきっと、これが垣根の前でなかったらここまでの反応は見せなかったのではないだろうか。


 これは確証も何もない、強いて言うなら同性としての勘だ。
 『風紀委員』の仕事だとか役職だとか、そういうものは一切関係なく垣根に会いに来ているのだと。彼女はつまり
そういうことを言いたいのではないか。


 ただ、会いたくてここに居るのだと。


(ええ……何とんでもないものひっかけちゃってんのこいつ、記憶戻ったときマジでどうするつもりな訳……)

 ただの勘だ。例えば最初にここに入ってきたときにフレンダを見て声に元気がなくなったことや、やけにフレンダのことを
気にしているようなそぶり。

 予想が外れていることを祈ろうとフレンダは心の中で合掌した。フレンダもむやみやたらと、おまけにこんないたいけな少女を
こちらの世界に巻き込みたくはないのだ。


 まさか目の前の二人に、垣根の記憶喪失以前も接点があるだなんて知りもしないフレンダであった。
 さてここからどうやって退散しようかと暢気に考えて、突然病室に電子音が鳴り響く。

「ひゃっ!? わ、わわっ、すみません!」

 ガサゴソとその場で鞄の中を漁っているのは初春だ。この個室は携帯も使用できるが、それでも音だけは
切っているイメージだったのにとフレンダはぼんやりそれを見つめる。しかし、出てきたのは携帯電話ではなかった。


「あ、あわわわすみませんちょっと私、電波のいいとこに出てきます! 鞄置きっぱなしにしちゃいますごめんなさいっ!」

 止める間もなく駆けていってしまった初春を見送りながら、残された二人は互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 彼女が持って出て行ったのは携帯には見えない電子機器だった。なんだろう、一見ゲーム機のようにも見えたが
「電波のいいとこ」という言い方からして寧ろ通信機器、パソコン代わりだろうか。ボタンの数はキーボードには
言うに及ばず少ない、それが余計に彼女の持っていたそれをゲーム機のように見せているのだが。


「……結局あの子、どうしたのかな?」

「まあ『風紀委員』で何かあったんだろ。突然理由もなくこんな風にして出ていくような奴じゃねえし」


「ふーん、信頼してるのね。っつーかそしたら『風紀委員』って電脳戦もやってんの?」

 適当に言葉を返す。確かにあの鳴り響いた音は、まるで警告音だった。
 サイバーバトルとか燃えるよねえとまったく気持ちのこもらない感想を漏らした。と、そこで何かがひっかかる。



(……ん? 『風紀委員』の……電脳戦? パソコン……えーと、なんだったかなこれ)

 人差し指で唇に触れ、フレンダは立ち上がる。とりあえず、ちょうどいいので初春がもう一度戻ってくる前に
ここから逃げてしまおうと椅子を揺らした。


「帰るのか?」

「うん。この後検査もあるし」

「そうかい。お大事に」

「結局、アンタもね」


 名残惜しさなど少しも無い挨拶を交わして、フレンダはひらひらと後ろ手に手を振り病室から廊下へと出た。
 この区画には一般人は入院してこないため、辺りはしん、と静まり返っている。
 義足を危なげなく操り廊下を抜けて、自分の使っている個室へと辿りついた。扉についた取っ手を掴む。


「あ、思い出した」


 思わず独り言が漏れたのは、いつだったか絹旗がしていた話を脳が検索したからだ。



『これは超ただの都市伝説なんですが、『風紀委員』には凄腕のハッカーがいるっていう噂です』

『なんでも統括理事会にすらその存在を信じてもらえていないようで、
 そのせいでとある詰め所だけ『書庫』以上に強固な防壁を超築いているんだとか』

『いやー、いいC級具合だと思いませんかフレンダ! 『風紀委員』に存在する謎のハッカー!
 これは超心躍ります! 治安を守る『風紀委員』のなかにサイバーテロリストが存在するかも……!?』




 フレンダも、少しだけそういう方面のものはかじっている。能力がないならスキル勝負。他の部分で生き残るしかない。
 あれはいつだったか、ハッカーが何人も相次いで逮捕された時期があった。確かそれが件の『風紀委員』絡みではなかったか。

 とんとんとん、とあまりにも間をおかずにどのハッカーも逮捕されたので記憶に残っていたのだ。あの後辺りからだ。
最強のハッカーは『風紀委員』としてどこかに存在するとまことしやかに囁かれるようになったのは。噂自体はそれより前から
あったのだろうが、話の輪郭がよりはっきりするようになった。



 学園の治安を守る者のなかに、そいつはいる。
 その彼ないし彼女がいるとある詰め所だけ、他とは比べ物にならない強固な防壁を持っている。




 とある詰め所、だけ。


「ま、ただの噂だよねぇ」


 あっさりとそう切り捨て、フレンダはベッドに飛び込んだ。
 あの初春飾利とかいう少女が、また再び垣根の病室に戻ってきたときは。そのときは、笑顔でいられるといいな、なんて
柄にもないことを思いながら。 




+



「あうー……まさかこんなタイミングで侵入者なんて酷すぎます」

 数分前までボタンを必死でガチャガチャやっていた初春は、ようやく作業に一段落つけ溜息を吐き出していた。

 非番だろうとなんだろうとこういうことはある。特に初春の仕事の特殊さ故にその比率が上がってしまうのは
仕方のないことだった。あらかじめ組んでいたセキュリティを危なっかしくも迂回してきたハッカーを叩き潰し、

(似たような手法だけど、これなら前の人の方が大変だったかな?)

 なんて感想をしたためる。これは下手をすると報告書を書きに支部へ行かなければならないだろうかと
若干げんなりする初春であった。



 鞄を取りに病室へと向かいながら、初春は先程から心の隅にひっかかっていることを考えていた。

 それは、垣根の病室にいた、おそらく初春よりは少し年上だろう少女だ。入院患者か通院者なのだろう、
ちらりと見えた脚は金属製の義足だった。扉を開けた瞬間、ぱっと素早く上がった顔はひどく驚いたように
瞳が見開かれ、その拍子に揺れた髪はきらきらと光っていて。


(……なんでこんなに、もやもやするんだろう)


 柔らかそうな金髪に、ブルーの瞳。西洋人形のように整った顔をしていた。
 あの様子だときっと初対面ではない。何度か垣根と、ああやって話しているのだろう。初対面の初春にも
笑顔で話しかけてきたのが強く印象に残っている。別になんということはない話なのに、何故だか気持ちが重たい。


 いいことなのに。
 垣根に友達が増えるのは嬉しいことのはずなのに。

 なんとなく、悔しく思ってしまったのだ。
 自分の知らないところで、二人きりで会う人が、自分とその知り合い以外にいるのだと。そのことが、無性に悔しかった。
 理由を深く考えたくはなかった。考えたらいけない気がした。けれど初春の意思に反して、自然と言葉がこぼれ落ちる。



「――いやだ、なぁ」


 とられたくない、と、思わず口に出した初春ははっとして首を振った。そんな、人をとるだのとらないだの、
物扱いして最低だ。垣根は友達なのだし、訪れれば喜んでくれるし、一緒に出掛けてもくれる。約束したクリスマスも
目前なのだから自分がこんなことを考えていてはいけない。

 時折、佐天が昔から仲良くしているらしい友人たちと話しているのを見ると少しだけ羨ましく感じるのと似たような
ものだろう。初春はそう結論付けて目を伏せる。


 それに、考えても仕方ないのだ。
 この関係はずっと続くものではないのだから。


 垣根の主治医は、絶対に治すと言った。彼がそう言ったのだから、遠からず治るに違いない。そしたら垣根は
どうするだろうか。またあの日のように、初春などには見向きもしなくなるのだろうか。立ちはだかったら、
冷たい視線を向けられるだろうか。

 考えたら今まで通りに接することができなくなるかもしれない。垣根は悲しむのだろう。いつだったか、
記憶が戻らなければいいのにと思ったこともあった。今は、別人だったらよかったのに、と思ってしまっている。


 あの日初春の肩を思い切り踏み潰して殺そうとしてきた彼と、今病室で療養している、こちらが笑顔を向ければ
それを返してくれる彼と。まったくの別人だったなら、こんなことを考える必要もなかったのに、と。


 けれど、記憶を失ってはいても確かに同一人物なのだ。
 でもだったら、記憶を取り戻したとしてもあんな風に笑うことができるかもしれないのに。


 それを確かめるすべは現時点の初春にはなかった。
 病院の廊下は明るさに反して静まり返っている。足音がよく響き、一定のそのリズムは余計なことまで思考させてしまう。


(もうっ、クリスマス前なんだから! 楽しいこと、たくさんあるんだから!)

 自らを叱咤するように大股で歩を進める。大事なことを後回しにしているのだと、気付かないふりをした。
 決意をするようにして問題を先送りした。

 扉の前に立ち、手をかける。一瞬だけ、さっきの女の人はまだいるのかなと考えて、それを振り払うように勢いをつけて扉を開く。



「す、すみません! ただいま戻りましたっ」

 気が急いて前のめり気味に入室すると、垣根は初春が出て行ったときと殆ど変らない体勢でそこにいた。けれど、
さっきまでいたはずの金髪の少女は帰ってしまったようで垣根は一人だった。いけないと思っても心が少しだけ軽くなる。

 そして初春は、垣根の髪が、病室で自己紹介をした日から比べて大分伸びてきているということに今更気付いた。
 前髪はもう少しで目にかかってしまいそうで、首筋は跳ね気味の癖のある髪で隠れている。



 初めて会った日の彼に、近づいていた。


 鼓動が速くなる。どきどきと、脈を打つ。
 やっぱりやだなぁ、と、こっそり呟いた。
 心臓がちくりと痛んで、けれどその痛みは、「おかえり」と言って僅かに笑った垣根を見たらすっかり和らいで消えてしまった。


投下終了です。読んでいただきありがとうございます。
週末って言い方曖昧でしたね。申し訳ないです。よければ次も読んでいただけると嬉しいです

投下リアルタイム遭遇は初めてでした
投下お疲れ様です
自覚薄めに嫉妬してる初春かわいいっす
次回も待ってます

乙なんだよ
軽く嫉妬する初春が可愛くてニヤニヤする

乙春。
はぁ初春ちゃん…かわいい……

乙。週末でもなんでも
おちなければ大丈夫なんだよ!!

やっぱり帝春はいいなぁ
なんだか切ない

はよ

まだか

今までの投下ペースや>>1の発言を考えてレスしろよ
黙って待ってろ


毎回楽しみにしてる

ところで>>1の追ってた帝春スレって
初春「私があなたを助けます」ってやつ?
記憶喪失設定だったからさ

多分そうだな

まだかよ

まだかなぁまだかなぁ

期待

はあ楽しみだなぁ

楽しみなのは分かるがあげないでくれ………

     ...| ̄ ̄ | < 続きはまだかね?
   /:::|  ___|       ∧∧    ∧∧
  /::::_|___|_    ( 。_。).  ( 。_。)
  ||:::::::( ・∀・)     /<▽>  /<▽>
  ||::/ <ヽ∞/>\   |::::::;;;;::/  |::::::;;;;::/
  ||::|   <ヽ/>.- |  |:と),__」   |:と),__」
_..||::|   o  o ...|_ξ|:::::::::|    .|::::::::|
\  \__(久)__/_\::::::|    |:::::::|
.||.i\        、__ノフ \|    |:::::::|
.||ヽ .i\ _ __ ____ __ _.\   |::::::|
.|| ゙ヽ i    ハ i ハ i ハ i ハ |  し'_つ
.||   ゙|i~^~^~^~^~^~^~

もうすぐ2ヶ月になるな………
早く帰ってきてくれ!>>1!!

落ちてしまうぞ


まだかー?

大好きだから
落ちないで…

明日で二ヶ月なんだが

トリもないから他スレがあるのかもわからんしどうにも連絡の取りようがないな

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