鑢七実「ここは………どこかしら?」布束砥信「学園都市よ」(953)

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私は明日、死ぬだろう。

ヒトとして生かされるが、人間として殺され、最終的には焼却処分されてしまうだろう。

これは私の意志とは全く関係なしで実行されるだろうし、誰も罪とは思わない。

そればかりはいくらなんでも変わる事のない決定事項。

私が2万ものとある中学生の超能力者のクローンの思考回路を創造したと同じで、彼ら私を解剖して研究しる者たちも、それと同じ心境だろうに違いない。


そう、これは学園都市の闇の日常なのだ。


だから誰にも止められないし、誰も止めようともしない。まぁ、とある無能力者の高校生なら憤慨して突っ込んできそうだが、あてにするような事項ではないなと一笑した。

そういえばその高校生は第一位の超能力者を拳一つで殴り倒したらしい。全く、世の中は何があるのかわからないものだ。

さて結局、いくつ度か考えても状況は全く進行しない。ましてや処刑台へ登る日が段々と近づいてくるように思えた。

そう、私は明日死ぬのだ。この事実は微動だにせずそこにある。


ところで、もう私が腰を落ち着かせているこの空間に嫌気がさしてきた。白い椅子、白い机、白いベッド、白い壁紙、白い天井、白い蛍光灯、白いトイレ、そして白い服を纏った私…。

何もかもが白で埋め尽くされたこの部屋は防音で外の音は全く聞こえないし、中の音も全く響かない構造になっている。

もう頭がおかしくなってきそうだった。

そもそも、この部屋は人の人格を歪ませる効果があるから当然の事か。

ああ、いっそ死んでしまいたい。2、3mもない距離にあるトイレの陶器を割って、その欠片で喉元か手首を掻っ切ってやりたいが、残念な事にあの便器は割れにくいプラスチック製だった。

上の服を脱いでそれをドアノブに掛けて首を吊ろうとも考えたが、ドアノブと言う物は無かった。ついでに自分の手が届く所にはドアノブの代わりに作用点になる突起物は無い。首を吊るにも吊る物が無ければ首は吊れないのは不幸だった。

その他にも自殺する方法は考えた。でもパッと考え出した案はどれも不可能か未遂に終わるものばかりであった。

結局、私は人として殺されるままで、自分でこの命を絶つ事は許されないのであった。

なんと悲しい事なのだろうか。

しかしそれほど私は罪を犯した。人の頭を弄繰り回して実験動物として殺させたのだ、十分すぎる報いじゃないか。


でも、この死に方は空しすぎる。


ただ、無残に殺されるその前に“ヒーロー”と呼ばれる人間が助けに来てくれたら……。

いや、ヒーローじゃなくてもいい。神様か仏様か天使か天女かが………ああいや、私はそんな胡散臭い宗教なんか信じる人間じゃなかった。でも人間、どんな無宗教の者でも生命の危機に陥れば神を信じるものだ。しょうがないか。

とにかくヒーローか、それとも小さな子供の頃に読んだお伽噺の様に王子様が白馬に乗って助けに来るのを願ってみようか、とボーっと考えて、なんとなく適当に口に出してみた。

そして、その時だった。


本当に助けがやって来た。

だが、ヒーローとも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でもなく――――――――







―――――――――爆発と白い煙共に、髪の長い美人な尼さんが現れた。






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とある魔術の禁書目録×刀語 第参弾

~あらすじ~

麦野沈利が『ゼロ次元の極点』で遊んでいたら偶然にも鑢七花を召喚してしまった事から物語は始まる。

七花は麦野を倒し(殺してはいない)脱走→VS絹旗最愛→VS白井黒子→VS御坂美琴と連戦に続く連戦でついに力尽き、警備員に捕まってしまい、木原数多に人体実験の実験台にされるかと思ったが、麦野が七花を救出された。

麦野は七花を元の世界に返そうとするが失敗。その代り『毒刀 鍍』を召喚してしまって四季崎に憑依されしまい、四季崎によって学園都市に完成形変体刀十二本と七花がかつて戦った敵…そして奇策士とがめを、『ゼロ次元の極点』で召喚される。 そして刀の毒で麦野は意識不明の重体に陥ってしまう。

七花はとがめと再度契約し、絹旗らアイテムと共に変体刀十二本を蒐集することを決定し、結標淡希が持つ『千刀 鎩』を蒐集。(前々スレ)

そしてとがめは『斬刀 鈍』を有する無能力者狩り組織を、お得意の奇策によって潰し、『斬刀 鈍』を無事に蒐集し、『賊刀 鎧』の所有者、駒場利徳がリーダーを務める武装無能力者集団と同盟を結んだ。

さて、完成形変体刀十二本を個人的に集めようと、そして学園都市の者でない人物を排除しようとしている土御門元春は、巨大なマナを察知し、否定姫を単独で排除しようとするが返り討ちにあい、義妹である舞夏を人質に取られてしまって否定姫の軍門を下される。

さてさて、無能力者狩りに拉致された吹寄制理と佐天涙子は、助けてくれた恩人である敦賀迷彩に弟子入りし、一方禁書サイドの主人公上条当麻が無能力者狩りとの戦いで深手を負った結標淡希とキスしている所を、御坂美琴に目撃されたのであった。

その翌日、鑢七花と奇策士とがめが潜伏するアイテムの、その一人である絹旗最愛の自宅に『闇組織限定運動会』の参加状が送られた。

当然奇策士とがめはそれに参加しない訳はない。なぜなら―――――景品は『微刀 釵』だからだ。



そして、牢屋に囚われた布束砥信の目の前に、鑢七花の実の姉、鑢七実が現れる―――――。



果たして七実は一体どうなるのか!? 布束の運命はどうなるのか!? 上条と結標と美琴との三角関係は!? 七花へ恋心を抱く絹旗の今後は!? 今回の奇策士とがめの華麗なる奇策とは!? つーか闇組織限定運動会ってなんだ!?



適当な作者が気分気儘にお送りする、ハチャメチャハイテンションバトルラブコメディ!!

まさかまさかの禁書×刀語クロスSS第参弾!! はじまりはじまり~♪





――――――――登場人物紹介――――――――

上条SIDE

上条当麻:主人公の一人。相変わらずの不幸の人。ただし、原作と違うのは結標淡希にキスされたと言うリア充になってしまった事。

結標淡希:木原くンに捕まる所を上やんに助けられ、その後に説教を喰らって重度の上やん病に罹った人。元『千刀 鎩』の所有であるが、今は『鎩』の元になった一本を持っていて、能力を使っている。

御坂美琴:未だに上条への恋心をわからぬ女の子。原作通りの強さとツンデレです。

インデックス:一応ヒロインの筈。同居人の否定姫に魔術を教えたばっかりに無自覚に操られ、利用される。

土御門元春:皆が知っての通りの上条のクラスメイト必要悪の教会の一人として否定姫と対峙するが返り討ちに合い、強制的に奴隷にされる。



否定姫SIDE

否定姫:現『王刀 鋸』の所有者。インデックスの記憶を読取り、その毒は全て『王刀 鋸』の特殊効果『解毒』で打消して魔神となった。禁書目録と土御門元春を操りる。現在は上条家に居候になっている。

左右田右衛門左衛門:否定姫の忠実なる僕。スペックは刀語原作の通り。否定姫の為、潜入捜査や暗殺から炊事洗濯まで何でも完璧にこなす凄い人。当然否定姫もいるから上条家で寝泊まりしている。(つーか上条さんちは一体何畳だ?)



彼我木SIDE

彼我木輪廻:第十九学区で敦賀迷彩と共に住む仙人。四季崎には鑢七花の敵を強くする為に送り込まれたらしいが、個人的には学園都市内の争いのベクトルを変換させる為に動く。学園都市のあちこち周っているとか。

敦賀迷彩:第十九学区で彼我木輪廻と共に静かに住む(住みたい)巫女。スペックは刀語原作通り。最強の護身術である千刀流の達人である。

吹寄制理:上条のクラスメイト。無能力者狩り事件の被害者の一人。自分の無力さを思い知り、それを克服する為、敦賀迷彩から千刀流を学ぼうとする。因みに彼我木輪廻の存在は知らない。

佐天涙子:美琴の友人。初春のクラスメイト。吹寄に助けられてたばかりで自分を恥じ、敦賀迷彩に弟子入りする。因みに彼我木輪廻は知らない。




七花・アイテムSIDE

鑢七花:主人公の一人。スペックは刀語原作の通り。超能力者<レベル5>並みの戦闘力を持つ。奇策士とがめと共に世界に散らばった完成形変体刀十二本を集める。絹旗最愛と毎日稽古をつけているが、虚刀流を教えている訳ではない。

奇策士とがめ:知っての通り『虚刀 鑢』の所有者である。性格・スペックは刀語原作以下略。完成形変体刀が世界に影響を与えない為、十二本全てを集めようと奇策を練る。

絹旗最愛:知っての通りアイテムの一人。原作と違和感がある人は、原作の毒が少し抜けた感じがするだろう。七花と毎日稽古をつけて貰っている。

麦野沈利:『毒刀 鍍』の毒によって重体だったが、目覚めたらしい。無論、原作とスペックは変わりない。

滝壺理后:アイテムのメンバー。

フレンダ=セイヴェルン:アイテムのメンバー。


真庭忍軍SIDE

真庭蝙蝠:真庭忍軍の一人。武器が全く無い状況ながら、前スレでナイフや拳銃などを大量に手に入れた。

真庭川獺:真庭忍軍の一人。

真庭人鳥:真庭忍軍の一人。無能力者狩り事件で佐天と初春と面識がある。

真庭狂犬真庭忍軍の一人。過去に憑りついた戦士、全員二千人が召喚された。一人一人が狂犬で、それぞれ意志が疎通している。




雲川SIDE

雲川芹亜:学園都市統括理事会の一人、貝積継敏のブレーン。完成形変体刀十二本を蒐集しようと企む。

貝積継敏:学園都市統括理事会の数少ない人格者。

八馬光平:オリキャラ。前スレの無能力者狩りの元メンバーで生き残りの一人。大能力者で野球選手が付けるグラサンがトレードマーク。仲間の為に雲川の部下になった。好きな物はカロリーメイト。嫌いな物はふしだらな女。

笹斑瑛理:オリキャラ。雲川の部下であるが、同時にアイテムの下っ端工作員である強能力者。嫌いな物は黒いG。好きなタイプは実父実母実兄実弟実姉実妹実息実娘実祖父実祖母義父義母義兄義弟義姉義妹義息義娘義祖父義祖母双子未亡人やもめ先輩後輩同級生女教師男教師幼なじみお嬢様お坊ちゃん金髪黒髪茶髪銀髪ウルフヘア長髪男子五厘刈りスキンアフロドレッドショートドレッドロングドレッド辮髪丁髷ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛学ラン長ラン短ラン応援団服特攻服はっぴ和服洋服中華服スカート女装ランニングシャツジャージセーラーブレザー体操服ブルマ柔道着弓道着コーチ執事料理長見習いバイト下っ端歌手ダンサーマジシャンオタク保母さん看護婦さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレチアガールスチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格王様王子様女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の麗人女装の怪人メガネ目隠し眼帯包帯競泳水着ロングロングスパッツスパッツブーメランスクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊宇宙人獣耳娘男の娘という究極の変態である。(前スレ>>768より)


以上。今後次々と出して行きます。まぁオリキャラはもう殆ど出ないでしょうね。あとは禁書と刀語のキャラで頑張ります。つーかオリキャラって使いやすいけど処理が難しいのが厄介です。そして………どーしてこーなった……って、後悔してます。

こんばんは。しばらくサイトにアクセスできなかったので心配かけたかと思いますす。

さて、書き溜めたのを投稿します。

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布束を助けに来たのはヒーローでも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でもなく、尼さんだった。

神様か仏様のように落ち着いた、天使か天女のような美貌を持った尼さんが、ヒーローか王子様のように助けに来たのだ。………いや、今の状況からしてヒーローか王子様のように格好よくとじゃないが、今は別にどうでもいい。

虚刀流

それは何なのかはわからないが、ともかく鑢七実という人間は途轍もなく強い人間だということが分かった。

あの能力は何なのだろうか? 指先を鋭利な刃物にする能力だろう。パッと思いつくのは念動力。しかも強度は大能力者以上のクラスだと考えられる。

しかしこの監獄には『AIMジャマー』が張り巡らされている。AIMジャマーとは能力者が発生させる特殊磁場『AIM拡散力場』を乱反射させ、能力を阻害する代物だ。よって鑢七実という人物は超能力は使っていない。

ともかく、布束砥信の前に現れたのは曲がりなりにもヒーローでもあり神様であり仏様であり天使か天女でもあり王子様であるのだ。これを利用しない訳はない。すぐにでも彼女と共にこの牢獄を出よう。

布束は座っていた椅子から立ち上がり、七実が開けた大穴へと足を向かわせる。


「さて、ここからでましょうか」

「あら、先程言ってた事と違うのでは? ここから出たら、ここがどこだか教えると仰ってたじゃありませんか」

「be different,『この監獄から出たら』よ」

「ああ、これは失礼しました」


と、七実は暢気にペコリと頭を下げる。 そう、暢気に。

その頭を下げた七実の頭上ギリギリを、銃弾が一発通り過ぎたのだ。弾は壁の断面を砕く。

のんびりと七実は振り返る。20mほど向こうの曲がり角に2,3人、武装した看守たちが銃をこちらに向けて立っていた。看守と言っても映画で見るような軍服もどきではない。本物の軍隊と変わらない装備を整えた兵だった。

恐らく、壁を七実が壊したのを監視カメラで目撃した彼ら(もしくは見張り)が慌てて武装してやってきたのだろう。因みに、彼らも教育者もしくは研究者のの端くれである。
「まぁ、“ここから生きて出られたら”だけどね?」

「………もしかして、ここから出たらいけなかったのでは?」


と七実は悪い事をした子供を咎める顔をした。布束は肩をすくめて答える。


「まぁね。でも、あのままじゃあ私、毒ガスで死んでいたんだもの。もちろんあなたもね」


実際は毒ガスではないが、説明をするのが面倒だったのでちょっと改竄した。


「そうですか、だったら致し方ないですね」


と七実はため息を一つ。

それと同時に銃弾がもう一発飛んできた。今度は七実の頬を掠めた。白い肌に紅い線が敷かれる。


『そこの不審者。直ちに両手を上げて投降しろ! さもないと頭がザクロにしちまうぞ!』


下品な笑い声が拡声器を使って投げかけられた。

七実は『なんだろう?』と振り返る。

そこには一丁のライフルを右肩に担ぎ、左手で拡声器を持った30~40代の男が立っていた。不細工な顔でこちらを見てる。

「彼は?」


七実は布束に訊いた。しかし気が付いた時から牢屋の中にいた布束は知る由もない。


「さぁ、わからないわ」

「そうですか、だったら訊きましょうか。本人に」

「聞いてくれるかしら」


また暢気なことを……。きっと彼らは布束を拘束し、七実を抹殺しようとやって来たのだろう。


「申し訳ありませんが、あなた達はいったいどちら様でしょうか………。あ、申し遅れました、私は鑢七実と申します」


とぺこりと頭を下げた。礼儀正しいのは良いが、今の状況ではあまりにも場違いな態度だった。

その場違いな七実の足元、指先数cm前の地面に弾丸が叩き込まれる。


『頭に手ぇ上げてこっち来いっつっただろうがボケナス。さっさとしねぇと鉛玉ぶち込むぞ!』

「…………なぜ彼は私に対して怒っているのでしょうか?」

「That said, あなたの態度は明らかにおちょくっているとしか思えないわね」

「…そうでしょうか……失礼の無い様にしているつもりだったのですが……。残念です。どうも無人島暮らしだったので他人との接し方と言う物が苦手で……。どうしたら良いのでしょうか」


七実は残念そうに、困った顔で溜息をつく。


「(なるほど、無人島暮らしか。通りで何かずれていると思ったら常識が欠如しているのか。)とにかくここから出ない事には何も始まらないわよ?」

「あの方たち、通してくれるでしょうか」

「…………それは無理だと思うけど…」

「………時に布束さん」


そう七実は布束の方を向くと、拡声器を持った男がライフルを構えた。赤い点が七実の後頭部で止まる。


『おいお前、俺の話聞いてんのかぁ!?』


男はそう言った。七実は彼の言っている事を聞こうかなと考えたが、布束への質問を言う事を優先させた。


「一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか」


すると、いい加減に苛立ちが限界を突破した男は、ライフルの引き金を迷わず引いた。

それでも、七実は布束の方を向いたまま彼女に質問を投げる。

コンクリートでできた壁を砕き、人間の頭を簡単にザクロで出来るたった一つの鉛の塊が、一直線に七実の頭部へ走った――――――。


「さっきからあの方たちが飛ばしてくる鉄のような玉が―――――」



―――――――――――が、七実は首を曲げて回避した。




「―――――もしものこと私に当たったらどうなるんでしょうか」


髪の毛が一本、七実の足元に落ちた。七実はそれを見る。その後に前を見て、弾丸が当たった壁を見た。

そして布束は七実の質問に答えた。


「of course,紅い血を撒き散らして無残に死ぬわ。だって彼ら、私たちを殺しに来たんですもの」


その言葉を聞いた七実は、


「ああ、なるほど。通りで躊躇がないと思いました。殺気がなかったので気づきませんでした。そうですか、私を殺しに来たのですか」


納得したように口に手を当てていた。

まぁ彼らは七実や布束の事を的当ての空き缶程度にしか思わずに、ただ平然と引き金を引いているのだろうから殺気がないかもしれない。

モルモットに劇薬毒薬を大量に投与する研究者らしいと言えばらしい。生き物を生き物と呼ばない思わないのだろう。

布束はそう思った。七実もそう考えているのだろう。

そして、



「だったら致し方ありませんね、――――――――――――じゃあ殺すしかありませんか」



七実は消えた。



いや、そう感じたのは一瞬であった。

気づいたら彼女は七実を殺そうとした男の首を刎ねていたところだった。


「…………………え?」


布束は息を詰まらせた。

首のない死体の向こうにいた兵二人もそうだった。まだ固まっている。

そして躊躇なく、七実はその二人を手刀で、右の兵は右手で、左の兵は左手で斬殺した。


「な………」


布束ようやく、現状を把握した。

七実は、一瞬であの男まで移動したのだ。ただ、移動したのだ。そして空手家の大山倍達が手刀でビール瓶を割るように、虚刀流の鑢七実は男の首を刎ねたのだ。

見ていれば、簡単な作業だった。

これが、虚刀流。まるで日本刀じゃないか。
七実は、返り血を一滴も浴びずに振り返る。


「どうしたのですか?布束さん。来ないのですか?」

「え? え、ええ、行くわ」


布束は駆け足で七実の向かう。真っ赤に染まった床を裸足で進むのはネチャネチャしてて非常に気持ち悪い。

そんな布束をよそに、七実は男が持っていたライフルを手に取った。それを宙に向かって構える。


「なるほど、こう構えるのね。そして引き金を引く事によって中に入っている鉛玉が勢いよく出てくる。、興味深い武器ね」


七実は試しに一発、引き金を引いてみる。パシュッ!とライレンサー付きの銃口から銃弾が発射された。


「っんと、結構反動がくるわね。面白いわね………けどまぁ、いらなけど」

七実はそう呟いてライフルをポイッ死体の上に放り投げて、殺伐とした廊下の向こうへ足を進める。


「さて、さっさとここから出ましょうか」

「…………とりあえず、ここがどこで出口がどこなのか知ることが第一ね。それがなかったら迷走して捕まって銃殺よ」



とりあえずどこかの部屋に立て籠もって、隙を見てコソコソと移動しながら脱出を図るしかない。

布束は七実にそう言うと、そんなことなど知ったことじゃないかのように、こう口にした。







「面倒ね、だったらいっそ殲滅させて占拠しましょうか」








それは、短絡的かつ簡単かつ効率的で、最も最悪な方法だった。









「それで良いですわよね? いえ、悪いのかしら?」






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短いですが、以上です。ありがとうございました。執筆が久々だからなんだがぎこちないです。

こんばんは、書き溜めた物を投稿します。

自転車を全力で漕いでたら、チェーンがぶっ壊れました。ケツを強打した上、コンビニで買った杏仁豆腐を地面にぶちまけました。298円でした。

あと、布束さんの台詞、超ハイパーウルトラメガテガスペシャル面倒臭いです。そうです、ワタクシ高校の時の英語の点数、平均30点いってません。英語なんて消えてなくなればいいんだ。

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ぞくっ。

布束は背中に氷の塊を突っ込まされたような感触を感じた。

彼女の目の前にいる七実は、

――――――――――ニヤリ。

不気味に両目と口が細くなっていく。悪そうな、いや悪いネットリとした笑みを浮かべた。これが布束が戦慄した理由だった。

一瞬で動けなくなる。両足が床に絡まれて微動だに出来ない。手足が空気に捕まえられ、頭を天井に押さえつけられている錯覚に陥った。



その瞬間である。


「おい!―――――――」


遠くから声が聞こえた。


「――――――そこで何をやっている!?…………って、ぎゃあああああああああああああああ!!」

そして悲鳴が聞こえた。

目の前にいた筈の七実は、もういない。


「……………あら? 布束さん。布束砥信さん?」


悲鳴が聞こえてきた場所から、七実が自分を呼ぶ声がした。

しかし、相変わらず固まって布束は動けなかった。そこに、


「布束さん? ついて来ないと置いて行ってしまいますよ?…………あら?」


七実が一瞬でやってきた。


「どうしたのですか? 汗びっしょりじゃあございませんか」


七実はそう慌てて裾から手拭いを取り出し、布束の額の汗を拭いた。関係ないが、七実と布束の身長差は20cm以上離れているので、七実は少し背伸びしている。

その時、布束は気づいた。七実の頬から首にに、紅い返り血がベットリとついていたことに。


「――――――――――――ッッ!!」


布束は目を見張る。その表情を取ってからか七実は頬に手を触れた。


「なんでしょうか布束さん、私の顔に何かついているので………ああ、申し訳ございません。見っとも無い物を見せてしまいました」


と恥ずかしそうに手拭いで自分の顔を上品に拭き取る七実。

返り血を拭き取り、肌を綺麗な雪の白色に戻した七実は、代わりに真っ赤に染まってしまった手拭いを畳んで袖に仕舞おうとしたが、血の汚れは洗濯しても落ちないと思いだし、残念そうな顔をした。


「ああ、この手拭い結構気に入ってたのに……」


七実は『まぁ雑巾にすればいいわよね』と呟いて袖にしまった。


「さて、さくさくと進みましょうか。布束さん」


ぽんっと七実は布束の肩を掴んだ。その時、やっと布束を縛っていた呪縛が解き放たれた。


「………ハッ、あ、ええ」

「でもまぁ、……もう遅いようですね、囲まれたようです」


ガシャガシャガシャ………と何人かの兵たちが集まっているだろう音が、自分たちがいる廊下の双方から聞こえた。

もう、逃げ場わない。


「どうするの?」


布束は一応、聞いてみる。だが、帰ってくるだろう回答は一つしかない。

七実は当然のように、こう返した。


「もちろん、皆殺しです」




七実はきっと無双状態だろう。そう布束は予測した。


予測は全くその通り的中する。


七実は、


「布束さん、しばらくそこにいてくださいな。なるべく弾が当たらないよう、頭を低くして……。大丈夫、すぐに終わらせてきます」


と言い残し、まずは距離的に近い廊下の左側の方向の敵へ駆けて行った。いや、『駆ける』と言うより『飛ぶ』の方がいいか。それくらい七実の移動速度は速かった。一瞬で銃口を構える15人前後の敵たちの目前に顕現する。

その戦場は布束から25m~30mほどの距離だった為、よく見れた。


「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」


まず一人、人が斬り殺された。あまりにも速すぎる七実に虚を突かれた兵だった。顎から額を下からの手刀で両断された。血潮が銃声と弾丸の暴風の開幕の合図となった。


七実がいる場所から数々の音が聞こえた。銃声と弾丸が飛ぶ音とそれが壁と味方に当たる音、そして野太い悲鳴の合唱。

そして布束の目には飛ぶ銃弾を何ともなく避け、軽々と兵という兵を情け容赦など微塵も無く、手刀と足刀で叩き斬っている光景が映し出された。

七実と対峙する兵は、始めは闘志と対抗心と仲間を斬り殺された復讐心でに燃えたような顔で銃の引き金を引いていたが、あっという間のその表情は恐怖に塗り替えられ、その表情のまま、七実に斬り殺されていった。


「おい、どうした!? 何が起こっている!?」

「ダメです! A班との通信、とれません!」

「ちぃ、始まったか!」


反対の右方向の兵が騒ぎ始めた。開幕の合図に出遅れたのか、まだ戦闘が始まったのにわかりきっていなかったようだ。

しかし、彼らはもう戦闘が始まっているのに気づいてしまった。


「戦闘開始! 直ちに殲滅せよ!!」


その隊の隊長だろう中年らしい声の兵が、他の兵たちに命令した。

まずい。今は七実が片方の敵と戦闘中なのに、別方向から銃撃されたら布束は文字通り蜂の巣か穴開きチーズになってしまう。

―――――――――ここまでか。

布束は目を閉じた。

しかし――――トンッ、と誰かが胸を押すのを感じた。


「―――え?」

「お待たせしました。時間を取らせて申し訳ございません―――」


七実だった。

七実は、“両の手が血で真っ赤っかになった状態”で布束を曲がり角へ押し込んだのだ。

そのまま彼女は、銃口をこちらに向ける敵へ飛んだ。


「――――――ひぃっ!」

「――――虚刀流『牡丹』」

「ぐぼぉっ!」


さっそく一人斬った。短い悲鳴を遺言とした兵だった。声が甲高かったから、女たろう。

七実の腰の回転を乗せた後方回し蹴りを彼女の胴に入れる。口と鼻から血を吹き出して倒れた。そのまま横にいた敵に、全身を使った逆方向への胴回し回転蹴りを叩き込む。


「―――虚刀流『百合』」

「げほっ!!」

「ひぃ!」


今度は臆病風を吹かせて逃げようとした兵だった。背中からバッサリと袈裟斬りをした。

と、何かが目の隅で動いた。手榴弾だった。

それは一人の兵が手榴弾のピンを引いて投げたものだった。が、すっぽ抜けて見当違いな所に飛んでしまい、不発に終わった。


「ああっ!」

「うわっバk……ぎゃあッ!!」


手榴弾は爆発し、それで何人かが破片と衝撃はの餌食となった。その手榴弾の攻撃範囲は広くなく、七実は人の影にいたので無事だった。

勿論その兵は七実によって、影になった兵諸共斬り殺される。

もし手榴弾がすっぽ抜けなかったら仕留められた筈だろう。いや、こんなところで手榴弾のピンを抜く馬鹿はいない。味方諸共餌食になるからだ。それだけ彼はパニックを起こしていたのだろう。


「へぇ、その丸いのは引き金を引くと爆発するのですか」


七実は、近くにいた兵をまた斬った後、腰に携帯されていた手榴弾を取り出し、ピンを抜いて少し離れた場所にいた兵の顔に投げた。ポイッと放る程度の動きだったが、手榴弾は不気味なことにプロ野球の投手の剛速球のような速度で兵の鼻っ面をグシャリと音を立てて潰した。

その直後、ドカンッと爆発した。悲鳴が三つ聞こえたから、彼の隣には3人仲間がいたのだろう。



「ぅあああああああああああああああああああああ!!」


怯えた声が布束の耳に突き刺さった。


「く、来るなぁあああああああああ」

「じゃあその……なんていうのかしら、その武器……」

「一応、広い意味では『銃』と呼ばれるものよ」


布束はそう助言した。彼女は七実の数mの所まで歩いてきたのだ。


「そうですか、ありがとうございます。…って、布束さん危ないじゃありませんか。その、『銃』という物で殺されますよ?」


七実は怯えまくる兵の頭を膝蹴りで潰した。



「大丈夫よ。だって、敵はもうあなたが殲滅したじゃない」



そう、七実の周りには真っ赤な15体の死体と真っ赤な死体しかなかった。

「あら、本当。うっかりしてたわ、いけないいけない」


七実はニヤリと悪く笑った。それで布束はまたもゾクリと背中を振るわせる。


布束は七実に対して恐怖と畏れの感情しか覚えなかった。

こんなことを言ったらおかしいのだが。七実は『惨い女』だと思った。いや、おかしくはない。これが正常な考え方なのだ。

自分を生きたまま解剖し、紙屑のように焼却処分しようとした彼らを、つい哀れんでしまうほどに。


(…………really stupid,何を言ってるやら……。2万人の“人間”をモルモットのようにしか思ってなかった人間が何を言ってるの、ばかばかしい。彼らも私も、同類じゃない)


布束は自分が持つ咎を見て、自分の憐みの心を嘲笑した。

さて、七実はふと、あることを考え出した。


「そういえば『銃』って『完成形変体刀十二本』の中にあったわね……。でも、こんなの刀じゃないし………」


指を小さな紅色の唇に当てて、う~んと考えていた。

すると、隙あり、と一人の兵がどこからか躍り出た。マシンガンを乱射する。


「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


錯乱した兵(声が若いから20代前半だろう)は、マシンガンに装填された銃弾が空になるまで撃ち続け、カカカッと音が鳴るまで引き金を引いた。

銃弾が床を砕き続けたせいか、砂埃が兵の前の視界を遮る。

煙から何も音はしない。やったか。


「どうだぁッ!! 参ったかバケモノめぇ!! あはははははははは」


と、鬼でも狩ったかのように高らかに笑いだす若い兵。

そうしていると徐々に砂埃は晴れていき、段々と視界が晴れてゆく。

そういえば敵はどんな人間だったのだろう。女のように見えたが、さてどんな風に転がっているだろう。これは予想だが、紅い血と肉片を周囲に撒き散らして転がっているだろう。

兵はマシンガンについていたマガジンを取り外し、予備のマガジンを装填した。弾切れしたら付け替えろと訓練時代に叩き込まれた癖だった。

ついでにこれも癖で、マシンガンの銃口を死体が転がっているだろう場所を向ける。

ちょうど、砂煙が晴れた。





そこには、死体があった。――――――――――仲間の死体のみだったが。



「―――――――――――――――………………………ッッッッッ!?!?!?!?」



七実も布束の姿はいなかった。


(―――――――――どこだ!? どこに消えた!? どこだどこだどこだどこだ!?)


小さな…いや大きな錯乱状態だった。蒼白な顔でキョロキョロと上下左右を見渡す。しかしターゲットの姿の『す』の字もない。






「――――――何を探しているのですか?」




ふと、鈴を鳴らしたような、澄んだ綺麗な声が聞こえた。





「――――――あ、もしかして私たちですか? もしそうだったなら、そんなに探さなくても結構ですよ」




なぜなら、




「――――――あなたのすぐ後ろにいますから」




後ろにいたからだ。


兵は振り返る。


その瞬間、七実は兵の首を左の腕で押さえ、左側の壁に叩きつけて押し付けた。


「……んガハッア!!」


男は口から血を吐き出し、七実の袖を汚す。

七実はそんなこと気にしないようで、ただ淡々と貫手で胴を貫こうとした。

と、彼女は思い出したように、


「あ、いけない。ここはどこだか吐き出させるのを忘れていたわ。いけないいけない」


慌てて兵の頭の高さを自分の顔の位置と同じにした。


「と、言うわけであなたを少々拷問したいと思います。黙って死ぬか喋って死ぬか、どちらかを選んでくださいね」

「…………ッ!!」


兵は怯え、目は涙で濡れていた。許してください。ごめんなさい、許してください。ごめんなさい。ごめんなさい………と、必死になって目で訴えている。

そんなもの、声を上げて話せばいいのだろうと布束は思ったが、なるほど、口をパクパクとしているからに喉がイカレてしまったか。

それを七実も気づいていた。


「あら、喉が潰れてしまっているのですか。だったらしょうがないですね、あなたに生きている価値はありません。お詫びに、楽に殺してあげましょう」

「……………………ッッ!!」


七実は左手を首から首根っこの布の部分を掴み、右手の貫手で兵の左の胸を突き刺した。


「―――虚刀流『蒲公英』」


兵は、ビクビクッ!と痙攣を起こした後、動かなくなった。



「………さて、布束さん」


七実は、兵から右手を抜き血で紅くなった手を斜め下に軽く振って布束へ歩み寄った。時代劇が人を斬った後、刀の血を払う時を連想させた動きだった。それと同じように、床に血が払われる。


「何かしら」

「次、いきましょうか」

「そうね、今度こそここがどこだがわかるといいわね。その前に服が欲しいわ。私の服は囚人服だし、あなたの服はいささか目立つし血で汚れているもの」


布束はそう言って、近くにあった部屋を開けた。誰もいない部屋だったが、何着が服があった。

その一着に、奇跡的にも長点上機学園の制服があった。


「………………。」


他にも、『常盤台中学』『霧ヶ丘女学院』『繚乱家政女学校』………等々。数々の(女子用のみの)制服がハンガーに無数に掛けられていた。

ここはいったい何なのだろう。捕まえた女学生たちの制服を保管しているのだろうか。

布束はそう一瞬考えを巡らせるが、答えはそうではなかった。

部屋の隅に大量の布と大きなミシンがドスンと置いてあった。そしてミシンには制作途中の制服が一着、いつになっても帰ってこぬ作り手を待っていた。


「…………I see, 逆ね」


ここは監獄から出ていく人たちに着させる制服を作る場所か。

しかし、なぜこんなものがある?

と、布束は考えていると、七実が部屋に入ってきた。


「あら、ここはなんてお部屋なのですか? あらあら、変わっている服ですね……。でも可愛い」

「一般的な女子の制服よ?」


そう布束は来ている白い囚人服を脱ぎ、制服を着始めた。

因みに囚人服の下は裸だ。素肌の直に着ると違和感がある。



しかし、鑢七実という人間はいったい何者なのだろう。

殺される直前、爆発とともに姿を現した彼女。今は自分を助ける代わりに現在位置の情報を教えるという条件で助けてもらっている。

しかし、彼女は異常だった。異常すぎるくらい異常だった。

向かってくる兵たちを尽く叩き伏せ、斬り伏せ、捻り伏せたのだった。その兵たちを完膚なきまで退けさせ、そして斬り殺し、殲滅させていったのである。淡々と、ただ淡々と。

虚刀流とは、一体なんだったのだろうか?

あたかも剣士が敵を刀で華麗に斬り倒しているようにしか見えない。

が、彼女は生憎と日本刀は持っていない。素手である。なのにマンガのようにバッタバッタと死体の山を築き続けている。

何かの超能力の一種か?ここは何が起こっても可笑しくはない学園都市だ。

しかしAIMジャマーがある。いや、AIMジャマーがたまたま故障して停止中だったという線はないか?

いやそれはあり得ない。

警備員をはじめとする超能力を持つ大人たちが一番恐れているのは、超能力を持った子供たちが、自分が持つ能力を使っての暴力。簡単に言うなら授業崩壊。拡大するならクーデターともかく、彼らが最も怖いのは子供なのだ。

だから大人たち、警備員は対能力者用のハイテク兵器を持ち、日ごろ警備をしているのだ。この学園都市で一番臆病なのはそんな大人だというのも、過言ではない。

よってAIMジャマーも、一つが故障で使えなくなった時の為に予備の機器もあるずだ。たとえばAIMジャマーがもう一機だとか、(布束はまだ外の世界にいる時は制作途中だった)キャパシティダウンだとか。

ともかく、彼女は能力者じゃない事は確かだった。

じゃあ彼女は一体………?


もういい、考えるのは後にしよう。今はここから出るのが先決だ。……まぁ七実はここにいる人間を殲滅して占拠しようと考えているが。


「布束さん? 準備は良いですか?」

「year, 早速」


二人はそうして部屋を出た。

そして、また地獄のような殺戮が始まるのである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。ありがとうございました。

『蒲公英の詰め合わせ』は、ゆうつべにある奴を勝手ながらお借りしました。

さて、今後の展開に頭を悶々させつつ、今日は終わりです。

こんにちわ。今日も書いて行きます。

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「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!」

「ああ、またここも全滅させてしまったわ。まったく、これでよくもまぁ今日まで警備が務まったものね」


結局、布束砥信を助けに来たのは、ヒーローでも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でも、尼さんでもなかった。

確かに神様か仏様のように落ち着いていて、天使か天女のように美しく、ヒーローか王子様のようにカッコ良くても、彼女はそんな甘っちょろい物じゃなかった。


「…………あ……が……」

「あら、そこの雑草、なぜ私の足首を掴んでいるのです?」

「…ひぃっ」

「話しなさい。草が」


布束は、だんだんと鑢七実という人間を理解してきた。

伊達に人の記憶と精神を研究してきた“天才”科学者兼高校生じゃない。

まったく、なんて人間なんだろうと、今更ながら思う。



「草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が、草が」



彼女はくどいが、ヒーローでも神様でも仏様でも天使か天女でも王子様でも尼さんでもない。



魔王だ。悪魔だ。死神だ。鬼だ。




淡々と、ただ淡々と人の命をその手で狩ってゆく。まるで庭に生えた雑掌を毟っているかのように、人を斬り刻んでゆく。

証拠に今、すでに死した兵の背中を文字通り『お腹と背中がくっ付く』まで踏みつけていた。

奇しくも比喩とかぶっているのは、襲ってくる人が雑草のように無尽蔵になってやってくることだ。

七実はそれも淡々と狩る。狩る。狩る。


鑢七実は、魔王のように冷淡で、悪魔のように残忍で、死神の鎌のような手と足で、鬼のように命を狩る。まさにそれだ。


これらを連想させると、魔王が死神の鎌で淡々と悪魔か鬼のように雑草を刈るというシュールな絵になるが、実際は地獄絵となんと変わりはない。

彼女が通る道は紅く染まる。死体の山が築かれる。

この紅い道はどこぞの豪邸の廊下の赤絨毯のようだった。

ああ、将来そんな豪邸に一度は住んでみたいものだ。そこで白いサモエド犬を飼い、一人でひっそりと平和に暮らしてみたい。

布束はそんな『赤ばかりの景色』にいい加減嫌気がさしてきて、そんなどうでもいい事を間に挟まないと頭がおかしくなりそうだった。もう、紅い物なんて見たくなくなるくらいに。



そういえば、結局彼女は法衣を身に纏ったままだった。

彼女曰く、


「だってまた血で濡れる訳だし、折角作っていた人に申し訳立たないじゃありませんか。それに、もう三十路間近の私がそんなもの着れませんよ」

「…………ああ、そうですか」


意外だった。そうか、七実は布束より一回り年上の人だったのか。若く見えたのと低い身長のせいか、自分と同年かと思っていた。

布束は長幼の序をわきまえる人間だ。すぐに敬語に切り替える。


「あら、なんですか? いきなり改まって」

「sorry,年上と思わなくて」

「私はそんなの気にしませんよ。時に布束さんはおいくつで?」

「今年で17になりました。高校2年生です」

「そうですか、じゃあちょうど10歳差ですね」


と、七実は布束と楽しそうにお喋りをする。むろん、布束を背にして“人を斬りながらだ”。彼女はもう面倒くさくなったのか、両手をただ振り回していただけであった。だが、それだけで面白い様に兵が血を出しながら斃れてゆく。

と、まるでタクシーの運転手と客のように笑いながら会話をしている二人。


「やっぱり変ですね。何かこっちが申し訳ないような気分になってきました」


七実は逃げる兵の肩を掴み、背中を貫く。


「やっぱり敬語はやめてくださいませんか? なんだか調子が狂いますので……」

「…Once it was,条件があります」


布束の提案、いったい何なのだろう。七実は“誰もいなくなった”廊下で、振り返った。


「なんでしょうか?」

「『あなたもそのかしこまった話し方をやめたら』です。こっちも10も歳が上の人に下手に出られるのは、あまりすぎじゃないので」

「そう、だったら呑むわ。これで良いでしょう?いえ、悪いのかしらね。それともどっちでも良いのかしら、いいえ、悪いのかしら」


ふふふ、と笑う七実。


「じゃあさっそく行きましょうか」


と、七実は前に体を向き戻し、足を進めた。

あの牢屋から結構歩いた。その分、死体の山脈を築いてきたのだが、さっきから白い廊下、鉄の扉という同じような形の空間がず――――ッと続いている。

一体ここはどこなのだろう。そろそろ何か大きな部屋についてもいいころではないだろうか。

そもそも、この鑢七実は本当にどこへ向かっているのだろうか?

それと、いい加減に殲滅し終わらないだろうか。もうかれこれ100人以上は斬ったと思う。

七実の手も足も紅くなり、布束もあの衣裳部屋で拝借した革靴も床の血でべっとりだった。

そう布束はウンザリしていると、七実はふと呟いた。


「あ、いけないわ」

「どうしたの」

「布束さん、こればっかりは御免なさい」

「?」

「私、忘れていたわ」


布束は首を傾げる。


「私、極度の方向音痴だってこと」

「」


目の前には、最初に七実が首を落とした兵の死体が転がっていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。でもまた書くかも。ありがとうございました。

夜分遅くにこんばんわ。書き留めできたので投稿します。

「『脳内記憶操作研究計画』よ」


「……………なぁに?それ」



七実と布束は大きな機械がある部屋にいた。先程までいた部屋はこの空間全体を見渡せる位置にあった。


「通称『MO計画』。人の記憶を操作する実験よ。成功すれば、記憶の改竄と精神操作が出来ることになる。例えば今日食べた昼ご飯はカツ丼だとして、その記憶を丸々消したり、カレーにすることが出来きるの。これらを応用すれば、他人に自分の、自分に他人の記憶を移植することが出来たりすることが出来たりできる」

「便利なのね、学園都市って場所も」






彼女は、鑢七実は『学園都市』を知らなかった。場所や住所どころじゃない。彼女は学園都市そのものを知らなかった。

それどころか、この世界の『常識』と言う物もいくつか欠落していた。

言葉や行儀と言う物ではない。たとえば『江戸幕府13代目将軍は誰だ?』とか『日本にある世界遺産はいくつあるか』などの知識ではなく、『今は西暦何年か?』とか『今の年号は?』とか、まったく持ってわからないのだ。

そして驚くべき事実を彼女は言った。


『私は、弟に殺された』


と。いや、彼女が言うには『殺してくれた』だそうだ。詳しくは訊かなかった彼女には殺してほしい理由があったのだろう。

とにかく、彼女は何者かがわからないが、学園都市と言うものを説明した。

少年少女が超能力開発に勤しんでいる事。能力を使えるためには学校である程度の時間割り(カリキュラム)をこなさなければならない事。そして能力者の犯罪、外部からの侵入者などを取り締まる二つの組織、『風紀委員(ジャッジメント)』と『警備員(アンチスキル)』がいる事。

細かい事は抜きにしたが、簡潔にして伝えた。

そして、230万人の学生の中で七人の最高レベルの超能力者<レベル5>がいて、軍隊一師団とまともに勝負できる戦闘力がある事。






「で、それがこの大きな機械ってことかしら?」

「ええ、そうよ」


その巨大な機械は、図太い円錐に人間が1人入れる『学習装置(テスタメント)』によく似たベッドがグルリと囲むように張り付いている。

そして円錐の隅に小さく、この機械の銘があった。


『-MENTAL OUT-』



「実験の原点になったのは、学園都市最強の七人の超能力者の一人、食蜂操祈の能力『心理掌握(メンタルアウト) 』。『心理掌握』とは記憶の読心・人格の洗脳・念話・想いの消去・意志の増幅・思考の再現・感情の移植などの、精神に関する事ならなんでもござれの十徳ナイフのような能力で、それを持つ食蜂は七人の内でもっとも厄介な能力者の一人よ」


食蜂操祈は常盤台中学の超能力者の片割れで、何十人もの女子生徒を引き連れているとか。彼女たちには女王様』と呼ばせているから、ロクでもない悪女なのだろうと、布束は容易に想像できる。。

この奇怪な機械はそんな女のように作られているようだ。ロクでもないと言ったらありゃしない。


「なるほど、この装置が完成したから私の意味記憶だけを抜き取って、別の誰かに植え付けようとしたのね。なるほど、あくどいわね。人を人と思わなければやっていけない実験よ」

「へぇ、そうなの」

「………どうも興味が無い風に見えるわね」

「だって実際、どこの誰だか知らない人の得意技を聞かされても、そうとしかわからないわ。で、ここはどこなの? どうも、私が知る『死後の世界』ではないようだけど」

「unfortunately,ここは列記とした此岸よ。ここは死後の世界じゃないわ。よかったわね、死ななくて」

と布束は紙コップの紅茶を啜る。実はこの研究室に入る前、給仕室にあったものだった。因みに七実は緑茶だ。

彼女らは『-MENTAL OUT-』に腰かけている。


「さて、私はここまで、細かい所は長くなるから抜きだったけど懇切丁寧に説明したわ。今度はそちらの事を教えてもらいましょうか。鑢七実さん」


彼女たちの周りには、紅い血を咲かせた死体が5、6個転がっていた。


「まずは虚刀流と言うものを詳しく。それとあなたのその強さと残忍さの秘密もね」

「私ってそんなに残忍かしら」

「ええ、とっても。残忍じゃなかったら、ここまで淡々と人は殺せないわ」


そう、七実はそう言って天井を見上げた。高い天井だった。


「私、父に言われたのよ。確か6歳か7歳のころだったかしら、『例外的に強い』って」

「例外的?」

「そう例外的」


布束は首を傾げた。例外的にとはどういう意味だろうか。

その前に、七実は虚刀流について説明し始めた。


「虚刀流とは、戦国時代に開祖の鑢一根が開いた、無刀の剣術の事にして、最強の剣術」

「strange,剣術は剣があってこその剣術じゃないの?」

「そうなんだけど、初代は剣術を使えなかったそうで、しかし当時は戦国の世、刀無しでは生きてはいけない。因みにその才能の無さは代々受け継がれているわ。………そこで初代は開き直って無刀の剣術を創り、やがて英雄になった。因みに歴史に名を残した虚刀流の剣士は二人。その初代と私の父である六代目の六枝のみ。父は幕府が統治した世で起こった内乱を沈めた英雄だったのよ」

「stop!ちょっと待って」

「何かしら」


七実は話をいきなり中断されてムッとした。

布束は黙って考え込む。


どうも話が見えない。

大体、自分が知っている限り、戦国時代の英雄の名には『鑢一根』という名はない。

そもそも、戦国時代が七代前、自分の父が幕府の内乱を沈めたというのは、あまりにも時代背景が古すぎる。まるで彼女は時代劇の設定を喋っているようだ。

普通なら15代目とか20代目とかならだ。たとえば某フィギアスケーターはあの第六天魔王から数えて17代目である。

そのことから、もしかして………


「タイムスリップしてきた……?」

「なんですか? 布束さん『たいむすりっぷ』というのは」


それと、『無刀で英雄となった』というのは聞いたことがない。もしもだが、時の統治者が以前の歴史を否定し、歴史の改竄を働かせたというシナリオなら考えられるが、今までの日本史からはそんなことは考えにくい。

では、もしかすると………。


「But suddenly,質問いいかしら。 七実さん、七実さんが生きていたころの幕府はどこにあるの?」


布束は一つ、聞いてみた。

七実は当然が如く、当たり前のようにハッキリとこう言った。




「なにを言っているの? “幕府は尾張にあるに決まってるじゃない”」




これですべての謎は解けた。

なるほど、そういう事か。強引な仮説だが、これなら筋は通る。

布束はまるで、化石を見ているようだった。

「七実さん。仮説だけど、あなた、この世界の人じゃないわ。 of course,文字通りの意味でね」

「?」


七実は首を傾げる。

布束は足を組んで質問した。


「時にあなたはこの世界の……Aa…七実さん『パラレルワールド』って知ってるかしら」

「いいえ、聞いたことも見たことも」

「別名『並行世界』。たまに『並行宇宙』や『並行時空』とも呼ばれる、別世界の事を言うの。まぁ架空の世界の話なんだけどね。たとえば、あなたは今、お茶を飲んで私の話を聞いている。それが今の世界。でも、もしもお茶を飲んでいなかったらの世界があるとするなら? いえ、もしかしてあなたはさっきの戦闘で死んで、私も死んでいる世界があるとするなら? そもそもあの牢屋であなたは私と一緒に毒ガスで死んでいたら? そして、あなたが私の前に現れなかったら? それだけ未来は変わっていたはず。そしてあそこで死んでいる彼らも、今頃なら私をあの機械にかけて記憶を抜き取っているかもしれないし、私たちが飲んでいるお茶だって、別の誰かが飲んでいるかもしれない。それだけ無限大に世界が横に広がってこと」

「それがその、パラレラ……並行世界というのかしら?」


七実はぬるくなった緑茶を飲み干して、要約する。


「たとえば、二択の内一つを選べば二つの世界が、三択の内一つを選べば三つ。それがまた各々が二択の内一つ選べば四つ。三択なら六つ。このように、確立した別々の世界があり、それがネズミ算式で増えるから別世界が無数に広がる………と言いたいのかしら?」

「That's right,あたまの回転が速くて助かるわ」

「どうも…。しかし興味深いわね。で、どうして私がそんなところに?」

「それはわからないわ。ただ言えるのは、あなたがその別世界の“過去”の人だという事」

「………またわからないわね。過去の人っていうのはどういう意味?」

「これも仮説なんだけど、よく聞いて。―――――私が住んでいるこの世界の戦国時代は“500年くらい前の話”なんだもの」

「…………………え?」


七実は驚く表情を見せた。手に握られた紙コップが落ち、コロコロ…と布束の爪先に当たる、

驚愕の七実の顔を見て、布束はニヤリと笑った。


「やっと面白い顔になったわね」

「………それは一体どういうことかしら、布束さん。 なんで500年も未来になるの?」


七実は声を低くして睨む。


「それは私に聞かれても答えようがないわ。natural,そちらの世界では戦国時代がもう500年も続いていたらそうではないけど」


と布束は肩をすくめる。

「well,次へ話を進めましょう。歴史の中の斜め上の世界の人」


布束は紅茶を飲み干し、七実の紙コップを拾った。


「さて、さっそく質問なんだけど。あなたはなぜこうも強いの? どうしてここまでして人を殺せるの? 因みにこれが私の最後の質問ね」


七実は布束にそう聞かれ、深く溜息ををついた。この世界の説明の事は諦めたか。


「なんでこうなるのかしらね、頭が痛くなるわ。あなた、楽しそうね、歴史上の斜め下の世界の人」

「それは、研究者故の性ね。研究心が私の心を熱くするのよ」


精神科の専門家である布束はそう語る。


「じゃあ詳しく教えてちょうだい」


七実はため息をついて、どれから話を始めようか顎に手を当てて考えた後、口を開いた。


「さっきも言ったけど、私、例外的に強いの」

「さっきも気になったけど、私、例外的に強いって意味が分からないの。それ、教えてくれる?」

「……………六歳か七歳の時、ちょうど父が島流しにあって家族諸共無人島に住み始めた頃。父が『お前は例外的に強いから、虚刀流は継がせられない』と言ったの。その時の父の眼は、私を娘とではなく“化物”のように見ていたの」


七実は遠い目で言った。

布束は先の虐殺を思い出す。


―――――――バ、バケモノめぇ!!


「…………」


あの時の兵の内の何人か、七実を『バケモノ』と罵っていた。彼らの眼、七実の父もその眼だったのだろうか。それとも……。




「あ、ちょっと話を折っていい?」

「なんでしょうか? 布束さん」


と、布束は重大な事を思い出した。



「…………忘れていたことが一つ」

「?」


布束は立ち上がった。


「look,こんな、人間を人間としてみない研究所なんだから、私と同じ境遇の子もいる筈よね。because,その子たちを助けに行きましょう」


性ではないが、たまにはボランティアもいい。確か、精神科ではボランティアは人間の自律神経に変化を与え、健康になれるという研究データがある。折角だ、たまにはいいだろう。


「あなたの強さの訳は、歩きながら聞きましょう」


と、布束は歩きだし、


「わかったわ。疲れるけど、まぁそれなら良いでしょう。面白い事も聞けたし」


七実も後を追った。


鑢七実の強さの正体。それは一体何のだろうか。あれほどの戦闘力は学園都市最強の超能力者に匹敵するかもしれない。

布束砥信はそう、隣に並ぶ怪物に少しの期待感と緊張感、それと冷や汗交じりの危機感を感じながら牢屋があるはずのフロアを目指し、ドアを潜った。

と、その時――――――――





「―――――――――待ちな」



「ッ!」


男の声が聞こえた。若い、まだ十代か。

布束の体に緊張が走る。この感覚は、覚えがある。

そうだあの時、MNWを使って妹達に『恐怖の感情』を入力しようとした時だった。『アイテム』のメンバーの一人に捕えられた時の感覚に、良く酷似していた。


「なんなの?」


布束は静かに訊く。


暗い。なぜか蛍光灯の電気が全て消えて、前と後が何も見えない真っ暗な闇。

この闇の中に、若い男の声がしたように聞こえた。



「誰かしら、姿を現さないってことは、かなり容姿に自信がないのね」


布束は挑発した。すると……、


「ムカついた」


またさっきの男の声が聞こえた。研究室の向かいの部屋だった。


「そこね」


七実はドアを押す。ゴバァッ!とドアが吹き飛び、破片がそこにいるだろう若い男に襲いかかった。そして七実は追撃に手刀を一つ繰り出し、男を斬る。


「おっと、そう身構えなくてもいいぜ? 俺はお前と闘く気はないからな」


しかし、七実の手刀は男に避けられてしまった。


「なんつったって、俺はお前らの敵じゃないからな」


また、声が聞こえた。上からだった。

天井には外から打ち破られたかのような大穴が開けられていて、丸い太陽が神々しい光を室内に浴びせている。


その太陽光が、その男を照らす。天使のように。





いや、天使だった。六枚の白い翼を生やした天使が、太陽の光を背にして舞い降りてくる。






「むしろ俺の仕事を代わりにやってくれたからよ。ありがとうと言っておくぜ、尼さんよ」


口の悪い天使は、周囲に天使の羽を撒き、翼を羽ばたかせ、ふわりと華麗に、布束の横に着地した。



尼さんの次は天使か。布束はそう、ツッコんだが腹の中に飲み込む。ツッコんだら瞬殺される相手だからだ。なぜなら、彼は学園都市最強の超能力者であり、未知の物質を操る『二番目の最強』を誇る男であるからだ。

天使のような男と、魔王のような女に挟まれる位置に立ってしまった布束は、深い溜息を静かにした。


「さて、布束砥信だな?」

「yes,そうよ。何か用かしら?」

「お前を迎えにきた」

「あなたのような色男に言われるとついコロリと言ってしまいそうになる台詞だけど、登場がベタね。and,名前は知っているけど、初対面の人にはまず名乗りを上げるのが礼儀でしょ?」

「ムカついた。けどまぁ正論だわな」


男の背中から生えていた羽毛はすぅっと消え、布束と七実に名乗った。




「垣根帝督だ。名前は知っているだろう? よろしくな」




垣根帝督。明るい茶髪に赤系のカーディガンの上に白いシャツと緑の上着とズボンを着た、まるでチンピラとホストを足して二で割りましたらこうなりました的な男だった。

その垣根は布束に手を差し伸べた。握手のつもりか。布束は、どこぞの夢の国のアトラクションの如く登場した彼にまた溜息をつき、手を取った。


「布束砥信よ。どうぞよろしく」


布束との握手をし、彼女に素朴な問いを投げた。


「時によ、お前を助けた奴らはどーした? パッと見て二人であの警備のヤツらをぶっ殺しまくったってオチとは思えねぇが」


どうも垣根はここの研究所の警備が七実だということは知らないようだ。それに七実が一人で皆殺しにしたとは慮外の事だろう。無理もない、布束は戦闘力ほぼ無しの頭脳労働専門。実行犯である七実は体型が小柄で手足が枝のように細い。第三者がいて当然と考えるのが筋か。

まぁ、いいか。垣根は布束の後ろに隠れている(七実自身は隠れているつもりではない)尼にヒョコッと顔を出した。


「こんにちわ、と挨拶しておくべきか。それともありがとうか。どうやって布束を救出したかはわからねぇが、こちらの仕事がラクできた。一応名前聞いとこう…か……な………」


垣根は、固まった。

しかし暢気な七実は


「こんにちわ。私は鑢七実と申します。以後、お見知りおきを――――」


なぜか?

恐怖感、緊張感、危機感、絶望感、焦燥感………ではない。


「鑢…七実さんって言ったな」

「はい。どうかいたしましたか?」


(小柄な体躯、白くきめ細かい肌、整った顔立ち、長くて綺麗な髪、そして奥ゆかしい落ち着いたその姿勢。ざっと19~24歳と適年齢。しかも!和服の下だがカップはDと見た!! ド真ん中の150㎞/hストレートォッ!!)


垣根帝督は、背後に主審が『ットラィークッ!』と右手を突き出してコールするのを確かに聞いた。



「あんた……綺麗だな」

「……………はぁ」

「なぁ今日この後、ヒマ? お茶でもしない?」

「え、あの………」

「いいじゃん別に。ヒマなんだろ? 俺、お姉さんの話、聞きたいな」


いきなり口説き始めた垣根。流石はチンピラだなと布束は今日何度目かの溜息を吐く。当人の七実は少々困惑の色を出すが、


「興味ないので、ご遠慮させていただきます。またの機会があれば誘ってくださいな」


と断る。

が、そこで引き下がるほど垣根帝督は甘くない。


「えぇ。いいじゃん、別に。ささ、行こう行こう」

「えっ、ちょっと………」


垣根は七実の手を握った。

布束は『eventually,私はいないモノ扱いか……』とちょっと落ち込むが、別に垣根に気がある訳じゃない。蚊帳の外に出されてちょっとヘコんでいるだけだ。

垣根という男はそういう人間なのだ。七実を強引に連れて行って、押して押して最後には落とす気か。人間観察を得意分野としている布束はそういう人間をいやほど見てきた。

垣根はそのまま、そそくさと七実をエスコートするように歩き出す。

「じゃあ七実さん、実は第四学区で美味しいカフェがあるんだけど、そこのケーキ美味しいんだ。きっと気に入ると思うぜ。外に車待たせてあるから、さっそく行こうか」

「ちょ…垣根さん……っ!!」


全く七実の話を聞かない垣根は、なんと七実にボディタッチを実行。腰のあたりに手を添える。


そこで、七実の堪忍袋の緒が切れた。


「……………垣根さん、その手を放してくださいって言ったでしょう」

「………ん?」


布束はその瞬間、


『………終わったな(・ー・)』


直感した。そうか、学園都市第二位の超能力者は、女をナンパして死ぬのか。なんて下らない死に方なんだろう。


七実の右手は幸いにも自由だった。そこで七実は。

体を垣根に向け、左足を垣根の体の前にして爪先を前に、右足を後ろにして右に開き、腰を落とす。虚刀流一の構え『鈴蘭』である。

そこから繰り出されるのは、虚刀流の七つの奥義の一つ。『鏡花水月』。

七実は、それを躊躇なく繰り出す。







―――――――――――――――――――その前に、垣根の足と足の間にぶら下がっているモツが、ハイヒールによって蹴り上げられた。






「――――――――――ふぐぅッ!!」



七実は右手を瞬時に止めた。

垣根の背後を見る。そこには一人の少女が立っていた。片足を垣根の背中を蹴り飛ばす。



「なーにタカってんのよバカ」



2mほど転がって、垣根は悶絶して叫んだ。


「…………ッテーな馬鹿野郎!!」

「私は女よ」

「いや、そうじゃなくて! 俺のタマ蹴るんじゃねーよッ!一生使い物にならなくなったらどーすんだッ!!」

「いいじゃない、地球が平和になるわ」

「俺は悪の怪人かッ!!」

「あ、ごめんなさいね、この“バカ”が迷惑かけてしまって」

「無視かよッ!! つーかバカってなんだ!! なんでそこだけ強調すんの!?」

少女は七実に頭を下げた。 七実は、


「ああ、いえいえ。お構いなく」


と何もなかったかのように言った。が、七実は少女の服装を珍しそうに眺める。

現代風に言うと、少女はドレスを着ていた。肩甲骨が全て見えるほどに背中があけられているタイプのもので、古風な七実からすると露出が多い恰好だというのが感想だった。

他は、髪は金髪。軽くカールしていて、旋毛の少し後ろの所で束ねられている。

歳は14、5と若く見える。そのくせ化粧をしていて、紅い口紅が色気を出していた。


「ならありがとうね。失礼だけど、名前を伺ってもいいかしら?」

「鑢七実と申します。ところで、あなたは………?」

「ああ、私は―――」


少女は七実に自己紹介しようとするが、


「ウォォォォオオイイ!! 無視すんなやゴラァ!!」


と叫ぶ男が一匹。


「あ、失礼……」


少女は七実に断りを言って、タマを元の場所に戻そうとトントンとジャンプしている垣根に近づき……。


「うるさい」


と一蹴。それどころか耳をつまんで引き寄せた。


「イデデデデデッ!」

「男でしょ。我慢しなさい」

「ちょ、理不尽!」


垣根が叫ぶ。『えぇい』と少女は口を彼の耳に寄せ、







「―――――――――――――あなた、私が来なかったら死んでたのよ?」





小さな声で神妙に告げた。垣根も顔が仕事の顔になる。


「わーってるよ、そんなの。とんでもねぇ殺気だった」


条件反射だったのか、それとも故意なのか。垣根の背中には小さな翼が生えていた。無論その翼には十分すぎるほど殺傷能力がある。

垣根の翼。七実の『鏡花水月』。どっちが相手の体を速く貫いただろう。



「さっき監視カメラのビデオ見たんだけど、ここの警備、全部あの人が殺ったのよ」

「…………だ、ろうな。アイツから俺たちの同じ匂いがプンプンしやがる」


垣根はハッと笑った。


「まったくトンデモねぇ女だ。尼さんが寺から遥々やってきて葬式でもしてくれるってか? 仕事熱心だなぁオイ」

「で? なんでその尼さんを口説こうとしたの。彼女にでもする気だったのかしら?」

「いや? あれは男として見過ごせないなと思って」

「………………バカ。あんたには常識ってモノがないの?」


「この俺に、そんな常識は通用しねえ」


「……………なにカッコつけてんのよ。バカみたいよ。つーかバカ」

「いいだろう? 俺が昨日考えた決め台詞だ。カッコイイだろ?」

「せいぜいぶっ放されて、冷蔵庫にでも入ってなさい」

「ムカついた」


そう垣根は鼻で笑って、少女の頭をポンポンと叩きながら七実に振り返った。


「いやぁごめんな、七実さん。さっきのは謝るよ。許してくれるかい?」


少女は『まったく謝っているようには思わないわね』と呆れた。

忘れられていた布束もそうだった。布束は『七実に斬られるかな』と思った。

がしかし。


「ええ、いいですよ。特別に許してあげましょう」


意外にも、許された。

少女と布束は驚き、垣根はニコニコと笑って、



「それは本当か?」


と訊いた。

七実は笑ってこう答える。




「―――――――――ええ、とっても面白い物を見せてもらえましたし」



と、三人からすれば意味が分からなかったが、布束は違った。


(――――あの笑みは………!)


一方垣根は、


「そうか、なら良かった良かった。――――じゃあ外に車があるから、外に出ようか」


そう言って流し、七実と布束を外へと案内した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
迷路のような廊下を歩ききり、大きくもなく小さくもない、研究所らしい大きさの玄関を潜ると、日の光が照らす、布束からすれば何か月ぶりのお天道様だろう。

眩しくて目を開けられない。


少しして目が慣れて来たのか、周りの景色が見えてきた。

まず、ここは街の郊外だった。研究所を囲んでいる塀の向こうには、大きな建物がいくつか見える。

しかしその街並みは凛とした透明感のある造りで清潔感があった。しかしそれは教育者が言えばの話で、子供にすれば生活感が薄く、道路や建設物のデザインはほぼ一定と言った面白みのない、つまらない空間であった。

布束砥信はこの風景を知っている。

ここは第十八学区である。布束が所属している長点上機学園がこの学区にある。

と言っても布束の場合は、もう戸籍上この世にいない存在となっているかもしれないので、『所属していた』と言った方が正しいのかもしれない。奇跡的にもまだ在籍中ならラッキーなのだが。


四人は研究所の外にある駐車場へ足を運び、そこの隅にある一台の白色のワゴン車を見つけた。

垣根はドアを開けて颯爽と中に入る。と、彼の後ろにいた七実はふと立ち止まった。


「……………」

「Say,どうしたの?」


布束は不思議そうに車を見つめる七実に訊いた。


「いえ、本当に未来に来たのだなと思って」


と七実は切実に答え、さっさと車に乗り込む。


「………」


布束は彼女を、遠い所へ来てしまった彼女を思った。

と、布束の後ろでドレスの少女が痺れを切らした。


「ちょっと、後ろが閊えてるんだけど」

「sorry,今乗るわ」


布束はそう短く言って乗り込み、ドレスの少女もそれに続いた。

ワゴン車の席は3列。2-3-3と計8人が乗れるタイプのものだった。後部座席の6席は向かい合うようにされていて、4人は広々と使った。

席順はこうだ。前の席には垣根、ドレスの少女。後の席は七実、布束となっている。

前の運転席と助手席は席が埋まっており、助手席には頭にクグリと土星の輪のようなゴーグルをかけている少年がいて居眠りをしていた。

運転席には下っ端組織のごつい男が車のキーを回していた。

環境に優しい電気自動車なので、エンジン音は一切ない。そのままスーッと車は動きだし、道路に出て走り出した。

タイムスリップ(?)してきた七実にとっては車に乗るのは初体験である。よってその感想は、


「………不思議な感覚ね」


七実はそう呟いた。


「そうかい? 普通の車なんだけど」


垣根は言った。そこで布束は口を挟んだ。


「well,私になんの様かしか? わざわざ学園都市最強の超能力者様が直々にくるなんて」

「いや、それはこっちの事情じゃなくて、依頼があったからよ」


少女が答えた。


「あそこの研究所所長、名前はなんていったかしら…まあいいわ。『何を血迷ったか、学園都市に有益な人材を殺してその脳の情報を他者に写そうなんて』って思った人間が依頼を出してきたのよ」

「それはどこの誰?」

「それは―――――――――よ。よかったわね、立派な研究者の道が出来て」

「なるほど、それはありがたいわね」


と布束は溜息をつく。これは安堵の溜息だった………。


「訊いてもいいかしら」

「どうぞ」

「私の身柄の引き渡しは今日なのかしら?」

「いや、いつでもいいそうよ。どうしたの?」

「一つだけお願いがいいかしら」

「どうぞ」



「少しだけ、ほんの少しだけ、鑢七実の事を観察したいの」



「…………理由は?」

「simplify,ただ、彼女が知りたいのよ。研究者としてね。………勝手な話だけど、いいかしら?」


布束は七実に訊く。

七実は、


「ええ、別にどうということはないわ。けど、観察って言い方は酷いわね」


と快諾した。

「なるほど、どうする垣根」


少女はとなりの垣根に訊く。


「俺は別にどうでもいいさ。ただし条件がある」

「どうぞ」


「その観察。俺も参加していいか?」

「…………理由は?」

「至極単純。七実さんの事をもっと知りたくてね。そこんところの心理はお前と同じだよ布束さんヨ」

「そう。………あなたはどう思う?」


布束は七実に再度訊いた。


「ええ、別にどうということは……………いえ、やめておきましょうか」


「え、なんで?」


垣根はズルッと肩を傾ける。


「そうね……と、時に垣根さん、これはなんでしょうか?」


七実はドアのポケットに入っていた一枚の封筒を手にした。

封筒には差出人はいない。ただ、あて先は『垣根帝督様』と書かれていた。そうか、『カキネテイトク』とはこう書くのか。

封筒の中には紙が一枚三つ折りにして入っていた。


「読んでもよろしくて?」

「ああ、お好きに」


その封筒の中身の紙を取り出した。そこに書かれていたのは――――――――――――――――。



七実は一通り目を通し、そして笑った。



「垣根さん。突然なのですが―――――――――――――――――――――はあなたが?」

「ああ、苦労したんだぜ? なんつったって―――――――――――――――――――――――――――だからよ」

「そうですか…………。いいでしょう、先程の件、許可します」

「本当か?」

「ええ、ただし、条件があります」

「…………なんだ?」

「はい、それは――――――――――――――――――――――――――――――――――――です」

「………………………………いいのか、それで」

「ええ、私、この街がとても気に入りましたので………。ここはとても良い街ですね。それとも悪い街でしょうか」



七実は、そう言ってまた笑った。悪そうな、いや悪い笑みだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今夜はここまでです。メルヘン野郎とその嫁一号が半ばキャラ崩壊してますけど、今更どういわれてもしょうがないですね。キャラ崩壊のオンパレードなんですもの、この話。

さて、まさかの七実が『スクール』の仲間になるとは思いませんでしたけど、これでやっと七実が話のレールの上に乗ってくれます。


次回から、やっと前回の続き。絹旗ちゃんとやっと会える事が救いです。

ああ、布束の喋り方メンド臭かった。辞書を繰りながらの作業はつらいです。メンドクサイです。

よって間違えている所があったら脳内補正は前々回からのお約束で御座います。


P,S

メルヘンの嫁は初春と心理定規。それ以外は認めない。

時に、ショタになった垣根が初春の部屋に居候するってスレがあったはず。

それと、十年後の話で麦野が帝蔵庫になった垣根の冷凍精子で子供を産んで、それが学園都市に誘拐されて助けに行って、その子を佐天さんに預けるという話があったなぁなんて。

前者は今でもやってます。後者は、今は二話目に入ってます。面白かったのですが、途中で断念しました。PCの見過ぎで目が痛くって痛くって。


オリキャラが生息するこのスレならヘットギアも登場しますよね?
しゃべり方は香焼くんみたいな「~ス」見たいな感じで。

       ミ\                       /彡
       ミ  \                   ../  彡
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            \  ミ         彡  /
              \ミ         彡/

ふと思い出したけど鑢一根の声優って熱膨張と同じだよな

>97渋いよね、なんというか喋る度に哀愁が漂って来る
刀語の声優全員好きやけどトップは銀閣
>98あの後原作見て逆に感動したわ

>97渋いよね、なんというか喋る度に哀愁が漂って来る
刀語の声優全員好きやけどトップは銀閣
>98あの後原作見て逆に感動したわ

まっとうな感覚からしたらファッションが編☆隊やな

魔術師は刀使うんすか?

すいません。ちょっと手直しをしていたら遅くました。投稿します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日の天気は晴れだと、朝のニュースでやっていた。

今日は絶好の運動会日和…否、大覇星祭日和と言った方が正しいか。フレンダ=セイヴェルンはそう、ふと思った。

ただし、自分たちにはその天候というものは関係ない。

なぜなら、周りは真っ暗な室内空間を天井の無数のライトが明るく照らしているのだ、雨だろうが飴玉だろうが槍だろうが降ってきても問題ない。

ただ、フレンダは少々、いや多々後悔していた。

今、別室に案内された。別室というか、別の建物というべきか。廃ビルだった。

フレンダは今、玄関に立っていた。フレンダの他にも多くの男たちが息を荒くして手首を鳴らしている。


『みなさん準備はよろしいでしょうか』


スターターだろう女の声が廃ビル内にあるスピーカーから聞こえる。


『それでは、位置について~。よ~い、ドーンッ!』


一斉に男たちが走り出した。

確か、この廃ビルの屋上にある宝石を一番早く獲った奴が優勝だとかどうとか。

しかし、フレンダは走らなかった。走れなかった。

なぜなら―――――――



「ぎゃあああああああああ!!」「うわあああああああああああああ!!」「ぎぇぇえええええええええええ!!」


目の前で、先程走り出した男たちが、突如壁から突き出た巨大な刀剣によって真っ二つにされたからだ。


「…………………。」


フレンダは固まる。

ああ、なんでこんな目に合っているのだろう。つーか、ここは………




「一体、どこのデッドマンワンダーランドって訳よ」




フレンダは、そう弱々しくツッコんだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

時は随分と遡る。

昨日の事だ。フレンダが所属している学園都市の暗部組織『アイテム』のメンバーは第七学区のとある病院にいた。ここに入院している『アイテム』のリーダー麦野沈利は意識不明の重体である。しかし昨日の夜、目覚めたという連絡を受け、彼女のお見舞いにやってきたのだ。

それと、もう一つ理由がある。とある人間と待ち合わせしているのであった。

武装無能力者集団(スキルアウト)のリーダー駒場利徳。

実は彼と昨日の無能力者狩りの事件の件で同盟を組んだのだった。

その彼を、とある事情でこの世界にいある奇策士とがめは待っていた。

お互いを攻撃しないという不可侵条約とも呼べるその同盟の条件として、とがめ側は『駒場たちの目的が達成できたら彼らが所有する四季崎記紀が造りし完成形変体刀の内の二本をこちらに渡すこと』、駒場側は『とがめが知っている完成形変体刀の情報を余すことなく話すこと』だった。

今日はその駒場らの条件を実行する日である。

待ち合わせ場所はこの病院の中庭にあるベンチだ。自動販売機の前につけられた、二つ並んだベンチ。木製のそれはお年寄りや障害者の人でも座りやすい様に設計されていて、昼になると杖を突いた爺さんがここで日向ぼっこしているのをとがめは良く知っている。

そこにとがめは座っていた。

時刻は午後1時を回ったところ。

とがめが所有している刀である鑢七花はいない。『アイテム』のメンバーである絹旗最愛と一緒に地下で組手をしている。もう一週間を過ぎた。彼女はメキメキと強くなっているのをとがめは勿論、七花は直に感じていた。

七花曰く、『もう俺の動きに着いて行けるようになってきた。まじですげぇよ』との事。

とがめの奇策は思った以上に早く花を咲かせそうだ。さて、彼女についてはもう一段階踏ませようかな。

七花にはもう一つ強さの度合いを上げさせ、絹旗には少し面白い事をさえてみよう。………いや、彼女自身がすでにやっているかもしれないな。


と、とがめは腕を組んで今後について考えていると………。



「………待たせたな」



背後から声が聞こえた。この陰気な声の持ち主を、とがめは一人しか知らない。


「まったくだ。一体どれだけ待たされた事やらと言いたいところだが、今日は私が呼んだのだ、あまり気にしてはいないと言っておこう」


とがめは振り返りざまにそう言った。悪態にもほどがある言い回しだが、声の主は気にはしなかった。

ゴリラのような巨大な体躯、黒いジャケットを着た大男、駒場利徳。第七学区の武装無能力者集団のリーダーを務めている男だ。


「と、連れがおったか」


とがめは立ち上がる。駒場の後ろには一つ、影があった。その帽子を被った男の名は……。


「たしか……そうそう、半蔵とか言ったな」

「あんときはどーも」


半蔵は手を差し伸べる。とがめはその手を取って握手をした。駒場もそれに倣い、手を差し伸べた。


そのあと、第一声を放ったのは性格が軽い半蔵だった。


「しかしまぁ、あんた、すっげぇカッコウしてんな」

「んなっ!?」

「恥ずかしいと思わねえのか?」


とがめの恰好とは、いつも通りの豪華絢爛の十二単もどきである。現代人からすれば目立つったらありゃしない。


「これはだな、私なりの女子のお洒落心と言う物だ」


とがめは言い返すが、


「お前、内心ちょっと変だと思っているだろう」


半蔵に先手を打たれた。


「ちょ、ま………っ!」


確かに、自分がいた時代なら、周りが似たような服だからあまり気にはならなかった。むしろポリシーが変形したようなものだったから当たり前だったし、何より裕福の証であるため、自慢の一部である。

だが、今は平成の時代である。

和服を着て往来する者は殆どいないどころか存在自体が天然記念物になり、自分の時代では珍しかった洋服がこの時代ではごく当たり前の服装となっていた。

そんな世の中で、いまどき和服、しかも十二単。目立つったら目立つ。いやでも目立つ。

そういえば一昨日、潜入するために現代の服を買ったときもこの目立ちすぎる衣服が原因であった。まぁ自分で買った服は高いわ目立つわ悪趣味だわと絹旗に散々ケチ付けられて、最終的には絹旗がチョイスした安物ブランドの地味な服になってしまった。


もう、長年愛用してきた愛着のあるこの十二単を、脱ぐときなのだろうか。


いや、それ以前に自分のお洒落の感覚を馬鹿にされた。


「…ズゥー………………ン」


暗い顔でとがめは俯く。と、


「………こら半蔵、失礼だろう」


駒場は半蔵をいさめる。


「………失礼した。とりあえず話を聞こうか」


と、彼はそう言い、とがめは表情をすぐに仕事の顔に戻し、


「そうだな、立ち話もなんだから座ろうか」


目の前のベンチを指さした。


「教えよう、私が知る四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の全てをな――――――――――――――――――」





「―――――――――――――――とまぁ、これが私が知る四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の全てだ」


読者諸君は言わずともご存じだろうから省略したのは悪しからず。

とがめはこの世界の住人である駒場と半蔵に『四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の全ての情報』の、刀一本一本の特性とその刀を四季崎はどうやって打ったかを教えた。

温くなった、自動販売機で買った緑茶を啜ったとがめに駒場は難しい顔で唸る。とがめは当然のようにそれに応える。


「………なるほど、それは奇妙な話だ」

「だろうな、いきなりこんな夢物語を聞かされても現実味が湧かんだろう」

「でもよ、あり得るのか? 未来からの情報を逆輸入して刀を造るってのは」

「私もその話を聞いた時は、そなたと同じような気持ちだったよ。だがしかし、当時はそうとしか筋が通らなかったからな。そうとしか思えなかった。それに四季崎の家は代々占い師の家系だ、未来を占いで見ていても不思議と言う事ではない」

「………予知能力者…と言う事か。この学園都市で言うならば」

「そういえば四季崎は刀を打つ際に陰陽道や錬金術も使っていたという話があったなぁ。……まぁ今は関係ないが、それも未来の技術だったという事だ」


とがめはそう一人でぼやいているが、一方の巨大な体躯の駒場は顎に手を当てていた。


「………『絶刀 鉋』『斬刀 鈍』『千刀 鎩』『薄刀 針』『賊刀 鎧』『双刀 鎚』『悪刀 鐚』『微刀 釵』『王刀 鋸』『誠刀 銓』『毒刀 鍍』『炎刀 銃』か…。そのうち、所在が分かっているのは幾つだ?」

「六本だ。『絶刀』と『賊刀』は言われずともわかるだろう。こちらとしては『斬刀』と『千刀』は所持しており、『毒刀』は木原数多とかいう男が持っておる。そして―――」


と、とがめは袖から一枚の用紙を取り出した。


「『微刀 釵』。今回の標的だ」



それは、一冊の冊子だった。連想させるのは何かの競技大会で配られるプログラムで、何枚もの用紙を挟んでいる黄色い厚紙に書いてある文字は、こう読めた。



『闇大覇星祭』



「ちょうど明日からだな、大覇星祭とやらは。これも同時進行で行われる」


大覇星祭。それは学園都市中の小中高の学校が合同で行う体育祭である。年に二回行われる大きなお祭りの片割れで、学園都市の外からの観光客が大勢やってくる。

その中には当然、VIPと呼ばれる人物たちも多々いるそうだ。


「ちょうど景品もあるし、今年は国内外の政治家や企業家などがやってくるそうだ。当然、大きな声では言えない連中もな」


因みにこれは絹旗曰くの話だ。


「それに景品が景品だ。研究材料には持って来いの品だから参加者が湧くわ湧くわ」


とがめは冊子のとあるページを開いた。そこには………


「これが、『微刀 釵』か?」


半蔵が訊いた。とがめは間髪入れず答える。


「そうだ」

「これのどこが刀だってんだよ。フツーの人形じゃねーか」



とがめの開いたページにはカラーの写真が載っていてた。黒い足、細い腕がそれぞれ四本ある、木製の昔ながらのただの日本人形だ。不審な点があるとするならば、黒い布で目隠しされている点ただ一つ。

半蔵は…駒場もだが、とがめの話に聞く『人間を見た瞬間に斬りかかってくる刀』から想像したものとは随分とかけ離れている。

もっとゴッツイ険しい表情の鎧武者かと思ったが、これは小柄な若く美しい女性の人形が丈の高い下駄を履いて立っている風にしか見えない。


「見た目などどうでもいい。いや、よくないか。この造形は四季崎がただ一人愛した女を模して造られている。先程も言ったが、この刀の特徴は『人間らしさ』。ただの人形に見えても致し方あるまい」


先程も言ったとは言ったが、それは省略中での話だ。


「これは太陽の光を燃料として動く殺人機械だ。しかも四季崎の手によって制作されてから数百年以上一時も止まることなく動き続けたと聞く。いくらこの学園都市が未知なる文明文化を有しているとしても、ここまで働き者の機械を造るのは不可能だろう」


簡単に言えば、『微刀 釵』とは『太陽光発電で動きで、しかも体中に刀剣を忍ばせていて、ヘリコプター並のパワーで空を飛ぶ事もできる、半永久的に人間のみを把握して無差別に斬り殺すロボット』なのだ。

普通のロボットなら…いや、現代の学園都市の最新鋭のロボットでは太陽光発電は出来るロボットもいれば、所々に武器を装備しているロボットもいるし、ヘリコプターのように空を飛べロボットも、人間のみを察知するロボットもいる。

しかし、それらの機能を全て完璧に搭載した、半永久的に人間のみを把握して殺人をするPCを持つロボットは流石に作れないだろう。第一、『釵』は『テールローター』や『テールファン』の機能が無くて、どうやって飛べるのだろうか。

機械というのは使い続けたら壊れるのが世の常だ。

実際、年中無休で動き続ける自動車や電車だって、十何年、何十年と使い続けたらポンコツになってしまう。

しかし、『微刀 釵』という完成形変体刀は数世紀以上、不良も故障も一切せずに動き続けた。もっとも、故障したら自分で部品を見つけて修復するという機能があるというのはあり得るが、それを造る事それこそ現代の工業科学では無理難題の極みというべきか。

読者諸君は知っていると思うが、刀語本編での微刀の動きは生身の剣士そのものであった。(……口から剣が出てくるのは剣士には出来ないが。メイド忍者なら出来るけど)

四季崎記紀という刀鍛冶は一体、いつの時代の技術を逆輸入してきたのだろう。


「そんな機械人形、学園都市の研究者なら『研究したい人はいるか』と訊けば、必死にこぞって手を挙げるだろうな。勿論、闇組織なら敵アジトに放り込めば勝手に掃除してくれるという便利な道具な訳だ。その手の組織も欲しい所だろう」


そんな訳だ。ととがめは言って冊子を閉じた。そして駒場に渡す。


「そんな景品欲しさと賞金で参加者は過去最高人数だそうだ(絹旗談)。もっとも、私たちも出場する。誰にも渡すつもりはないさ」

「賞金?」

「その冊子のルール説明を読め」

「――――――――――――………なるほど、そういう事か。時に今わかっている出場者数は幾らだ?」

「今わかっているので、4000人。大小合わせて200組だ。学園都市の組織は勿論だが、外からの出場者もおる」

「………そうか」


駒場は半笑いして冊子を閉じる。

そこで、とがめは提案した。


「どうだ? そなた達、これに出たいと――――」

「………断る」

「――――思わんか……って、私は何も言っておらんぞっ!」

「………貴様は、俺たちと協力して『微刀 釵』と大金を獲ろうと言いたいんだろ?」


どんぴしゃりだった。とがめは少し言葉を詰まらせたが、持ち直してこう言った。


「だったら話は早い。そしてそれ相当の対価として賞金は山分けで払おう。それに微刀も頼めば貸そう。どうだ? 悪い話ではないだろう。敵の殿としても役に立つし、敵の殲滅にも大助かりだ」

「………確かに良い話だ」


駒場は立ち上がる。


「………だがしかし、俺たちには俺たちの事情と言う物があるし、状況と言う物がある。しょうがないのだ」


それと、と駒場はもう一つ、


「………俺たちはただ、この街の無能力者を不幸な日常から守りたいだけだ。そして、無能力者に仇名す奴らを一人残らず、“この手でぶん殴らなければ、俺たちがここまでしている意味はない”。―――――もっとも、どこぞの上位能力者団体のように『力を手に入れすぎたから滅ぼされた』などのヘマはしたくないからな」


上位能力者団体とは、先の無能力者狩りの事だろう。


「調べておったのか」

「………諸葛孔明も言っていただろう。『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』とな。ぶん殴る敵を知らずに特攻かましてどうする。と言っても、あいつらの過去の事実を知ったのは全てが終わった後のだがな」


行くぞ、と駒場は半蔵の肩を叩いて去って言った。そして去り際に、


「………ともかく、この件は申し訳ないが下させてもらう。俺たちはあまり『闇』とは関わりたくない。それと、情報の提供には感謝する。面白い話を聞かせてもらった。そして最後に、今回の件については協力できないのは残念だ。また声をかけてくれ」


そう言って病院の中庭から姿を消した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おい、いいのかよ駒場のリーダー」


半蔵は、奇策士とがめの案はあながち悪くないと思っていた。しかし、リーダーの駒場はそれを蹴ってしまった。


「俺たちには金が必要だ。何せあんな兵器を手に入れちまったからな。それの修理費と維持費、それと弾代もに金がかかる。保管するにしたっても金が要る! いい儲け話じゃねぇか」


駒場たちが持っている兵器とは、駆動鎧をはじめ、大型戦車や装甲車などの軍隊並みの兵器たちである。

それを持ってしまったせいで学園都市の闇からは目をつけられっぱなしで、大きな行動は起こせなくなった。大きな金稼ぎが出来ない状況に、彼らは陥ってしまったのだ。


「なんで蹴ったんだ!?」

「………いいか半蔵」


溜息をついた駒場は立ち止まって空を見た。空き抜けるような晴天であった。


「………今後、大きな行動を慎むことにする」

「ッ!? ………どういうことだよ」


半蔵は問いただした。


「やり方によっちゃあアイツらを利用できるはずだ。今なら遅くない。なんなら、俺がアイツらの完成形変体刀を奪ってこようか?」

「………やめておけ、最強の番犬に斬られることになるのがオチだ」


その番犬とは、ご存じのとおり虚刀流七代目当主鑢七花その人である。


「………それに、俺たちにはあの兵器がある。あれ以上力はいらない。そもそも、あれらは俺たちにすれば荷が勝ちすぎる程だ。あれ以上荷を重くしたら俺たちは潰れてしまう」

「力はあればあるほどいいと思うが」

「………俺たちは無能力者だ。確かに力はあればあるほどいい。だがしかし、それは俺たちが攻められる理由にもなるんだ。それが、昨日学んだ教訓だ」


俺たちも、あんなふうに死にたくないからな。と駒場は呟く。

「………それはそれで、俺たちにはやるべきことが山積している」


半蔵は首を傾げた。

そんな半蔵を見て、駒場は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。


「………こいつらだ」

「だれだ?」

「…………俺もわからん。だが一つだけいえることはある」


その写真には、変わった形の忍び装束を着た集団の写真だった。路地裏での写真で、そこには4人が写っている。

一人は黒い忍び装束を纏った大きな黒めの男。一人は犬のような被り物の忍び装束を着た男。一人は全身に青い刺青を入れた人相の悪い、露出の多い忍び装束を着た美女。一人はペンギンのような忍び装束を着た小柄な少年。


「………正確にはわからん。しかしこの学園都市にいると聞いた。アイツらは異世界からやってきた異物。当然変体刀もだ。その他にも、どこかにそれらがいる」


駒場は足を前に進めた。


「………実は、数日前から学園都市の各地に色々と不審者の目撃情報がある。『忍び装束を着こんだ集団』に『巫女装束を着た女』それと『法衣を着た女』だそうだ」


駒場と半蔵は知らないと思うが、真庭獣組と敦賀迷彩と鑢七実は読者諸君は重々ご存じだろう。

しかしわかっておられると思うが、二人は彼らを知らない。が、彼らがどこから来た人間かは予測できた。


「………奴らと奇策士はお互いによく知っている仲だ」

「なぜそう言い切れる? 赤の他人かもしれねえんだぜ?」

「………匂いだよ」

「においぃ?」


素っ頓狂な返答をした半蔵。駒場はふんと笑ってそれに応じる。


「………服装。あと雰囲気や第一印象が奇策士や虚刀流と近い感覚がする。もっとも、赤の他人、というのも可能性としてはあるんだがな」


駒場はそう笑って写真をポケットにしまった。


「………時に半蔵」


話の流れを代える。


「………やりたいことが、あるんだ。半蔵にぜひとも作戦を考えてもらいたい」

「なんだ」

「………なに、俺たちの存在意義の証と、これまでの集大成を示すのにな」


それは、至極簡単な事だった。


「………―――――――――――――」

「――――――なるほど、そーいう事か。あいわかった。考えてみよう」

「…………ついでに、この者たちの事も調べておこうか」


この者たちとは駒場が持っている写真に載っている者たちである。


「それは各学区のスキルアウトの連絡網で調べさせみよう」

「………任せる。悪いな、仕事押し付けてしまって」

「いいよ、これが俺の得意分野で何より仕事だ」

「………さぁ、馬鹿共をぶん殴るための準備をしなければだな」


駒場は、無能力者への差別に異議を唱える者の先頭者は、野望と野心に燃える目で、前を見据える。

昼過ぎの太陽はそんな彼を明るく照らし、秋風は大きな背中を強く押し進めようとしているように感じだ。

そうだ、俺たちの戦いはこれからだ。まだ、始まってすらいない。











「――――――――――つーかよ、その写真の奴ら、奇策士に直接訊いた方が早いんじゃね?」

「………あ、」

「………あ?」

「………………」

「………………」


一間。


「………………おい、忘れてただろ」

「………面目ない」

「お前ホンット決まらねぇな! バカだろ、お前バカだろ!!」


半蔵がそうツッコんだのは、彼らが回れ右して元来た道を戻る三秒前の事だった。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「………ダメだったか…」


奇策士とがめはそう、溜息をついていた。


「頭数が多ければ多いほど賞金が手に入る可能性があったのになぁ……。まぁしょうがない、少数精鋭で行こうとするか」


と、年寄臭く独り言を吐き散らしながら立ち上がり背伸びをする。


「あ~、にしても絹旗の奴のせいで昨日は散々な目にあった。おかげで全身フニャフニャのヘニャヘニャだ」


そう悪態をつくとがめに、二つの影がやってきた。

絹旗最愛とフレンダ=セイヴェルンである。


「とがめさん、私が超何をしたって言うんですか?」

「どうだった? 結局ダメだったって訳?」

「その通りだフレンダ。こちらにはこちらの事情があるのだと」


ま、危険人物は暴れるより大人しく黙ってる方が安全か。暴れまくって挙句に力尽きて倒れるよりも、力を蓄えて一気に行動を起こすのが得策か。


「それよりどうしたのだ。麦野とかいう、お前らの頭の見舞いは済んだのか?」


とがめはそう訊くと、フレンダは残念そうな顔で花束をとがめに見せた。色とりどりの花々が香りを放っている。


「こちらも超ダメだったです。面会謝絶の文字がドアにありました」

「そうか。だったら致し方あるまい。時に絹旗、七花はどうした? それよりそなた、七花と組手をしているんじゃなかったのか?」

「それだったんですけど、七花さん、急に先生に呼び出されて一旦超休憩ってことになっているんです」

「そうか。時に絹旗よ、今日はどこまで行った?」


どこまでか。それは『七花の動きに着いて行けたか』『七花に一本でもダメージを与えたか』と言う事である。

確か、一昨日は七花に蹴りを入れたかどうかだった気がする。だが、その直後に七花に蹴り返され、KOされてしまったんだとか。


「それがですねッ!!」


絹旗の眼が一瞬で輝いた。とがめはいきなりの事で面喰う。


「七花さんに膝を付かせたんですよッ! スゴイでしょ、超スゴイでしょう!?」


なんと、この小娘は七花に膝を付かせたか。なんという成長ぶりだ。まぁ、本人は喜んでいるが七花が本気でぶつかっていた訳ではないだろう。七花の悔しそうな顔が目に浮かぶが、油断した方が悪い。

「凄いな。お前の怪力なら七花と同等前後の力だと踏んでいたが、正直こんな短期間でここまでやるとは思わなかった。さすが大能力者だな」

「エヘヘ、超どうもです」


とがめはそう褒めると、横からフレンダが思い出したように頼まれたことを話した。


「ああそうそう、先生がとがめを探していたよ。今すぐじゃないけど今日には言っておきたい事があるんだって」

「そうか、了解した」


とがめはそういうと、絹旗の尻を叩く様にこう言った。


「ほれ、もう七花の用事が済んだころじゃないか? そろそろ地下に行った方がよいぞ」

「あ、そうですね。じゃあとがめさん、この超花束差をし上げます」

「え、ちょっと待て………」


絹旗は大きな花束をとがめに押し付け、颯爽と駆け出した。


「これをどうすればいいのだ!?」


とがめは叫ぶ。が、もう彼女はいなかった。


「しょうがない。フレンダ、お前がも………って、もういない」


煙か、あいつは。そもそも存在をたまに忘れる時があるのは私だけだろうか。作者もだろうか。

とがめは溜息を一つつき、ベンチに座る。


「それにしても、今日はいい天気だな。猫も散歩しておる」


とがめの視線の先には、一匹の黒猫が茂みから顔を出してこっちを見ていた。

にゃーと鳴くその小動物は、後ろ足で首の後ろをクイクイッと掻いている。前々から思っていたのだが、猫のこの動きはいったい何なのだろう。

まったく、そんなことを考えてしまっているのか私は。すべてはこの陽気のせいだ。


「……………しかしまぁ、今日はいい天気だ。そうは思わんか―――――――――左右田右衛門左衛門殿よ」


とがめは、独り言のようにそう、確かに訊いた。

ただの独り言だ。聞いていたなら誰もがそう思っただろう。だがしかし。



『いつから気付いていた、奇策士殿』



猫が、ハッキリと男の声で喋った。

しかし、猫は太古の昔から知っての通り人の言葉を解さない。だが確かに、低音のハッキリとしたその口調で日本語を口にした。そしてその声と口調に、奇策士とがめは確かに聞き覚えがあった。


「お宅のお姫様はご機嫌如何かな? あの女の事だ、この世界が肩身狭くて苛々しておるのだろう?」

『不及。そのような気使いには及ばんよ奇策士殿。不本意だが、腹の立つ小童の部屋に居候として過ごしている。なに、毎日日頃常に日常を楽しんでおられる』

「だろうな。しかし残念だ。あの女の退屈そうな顔を想像していたのだがな」

『それは残念だったな。 時に奇策士殿、最初に訊いた質問に答えてもらおう。いつから私の存在に気づいていた?』

「初めからだよ。あの勇敢なる少年らが登場する前からな。誰かの視線があると思い誰だろうと記憶を手繰っておったら、こんな芸当をできる心当たりがあるとするなら一人しかおらんよ」


とがめは猫、改め、右衛門左衛門に近づき、抱っこする。

「『相生忍法・声帯移し』」

『………なぜそれを知っている? 奇策士殿に見せた事は無いと記憶しているが』

「無論、私は初めてだ。ただし、私の刀は違うがな。七花に教えてもらったよ」


なるほど、右衛門左衛門は唸る。

とがめは右衛門左衛門(猫)をベンチの上に乗せた。


「時に右衛門左衛門殿は何の御用だ? 否定姫の命令か?」

『不当。当たってはいないぞ、その答えは。私は貴様に対して用は無いが、ただ見かけたからふと見に来ただけだ』

「そうか。だったらいい。時に右衛門左衛門殿」

『なんだ奇策士殿』

「少々あの女に言伝を願いたいのだが」

『不断。断らんよ。別に断る理由がないからな。言ってみろ』

「今はそなたに敵対する意思と意義はないと言ってくれ。それだけだ」

『承知した』

「ああそれと、この花束はあの女への気持ちだ。貰い物だが別に構わんだろう」


とがめは持っていた花束を上に掲げる。三秒後にパッと煙のように消えた。


『もう行っていいか?』

「ああいいぞ。というか行ってくれ。このままでは猫と会話をしている異常者として見られてしまうではないか」

『それは失敬した―――――』


ふぅっ!と突風が吹く。とがめの白い髪はサラサラと、目の前の木の葉と同じように揺れた。

そして、それ以降右衛門左衛門の声は聞こえなくなった。

代わりに、猫の可愛らしい鳴き声が耳に届き、とがめが見下ろすとただの黒猫が太腿に顔を寄り添っている。



「まったく、どいつもこいつもこの病院になんの様なのだ………私もそうだけど」


とがめは背もたれに全体重を預けて背を反らす。と、そのまま後を見た時。


「なにをやっているの? とがめ」


世界が逆さまになった光景の中に、滝壺理后が両手に果物を沢山詰めた紙袋を持って立っていた。


「ああ、滝壺か。どうした」

「きぬたはとやすりさんの様子を見に来た」

「ああそうか。で、その大荷物は?」

「餞別。一つどうぞ」


と、滝壺はとがめに林檎を一つ手渡す。なかなかの色合いと甘い香りが漂うその林檎は熟していてさぞかし美味だろう。


「じゃあとがめ、私、地下に行くから」


滝壺はそう言って手を振って歩き出した。


「ああ、二人を応援しておいてくれ」

「わかった」


とがめは滝壺が見えなくなるまでボケーと座っていた。が、このままでは本当に年寄りの様だ。どこかに行こう。

そう自分の老いに嫌気がさした。立ち上がり、背伸びをする。

と、またとがめに来客がきた。

再び駒場と半蔵だった。


「………なんだ。」

「いや、言い忘れてたことがあってよ」


半蔵が応えた。

駒場は胸のポケットから一枚の写真を取り出してとがめに見せる。


「………この者たちを知らないか?」


とがめはその写真を一目見た後すぐに駒場に返した。


「知っているも何も、私たちと同類だ。この世界には居てはならない異物だよ」


その写真の者たちは………。


「この者たちは真庭忍軍十二棟梁。私の世界の“忍”だ」


忍。その単語に半蔵の顔が一瞬だけ揺らいだ。


「そしてこいつらは、真庭獣組。十二人のうちの3人だ。……と、もう一人いたか。黒いのは真庭蝙蝠。緑のは真庭川獺。青いのは真庭狂犬。そして一人のちっこいのは真庭人鳥。どいつもこいつも面倒な奴らばかりだ。獣組は蝙蝠、川獺、狂犬の三人で、人鳥だけは鳥組の一人だったと記憶しておる」

「こいつらは強いのか?」


半蔵は真剣な目付きで質問を投げる。


「こいつらの特徴は? どんな技を使う? それと………」

「ちょっと待て半蔵。一気にそう一気に質問攻めするな。びっくりするではないか」

「…すまん」

「なんだ? そなた忍者に興味があるのか?」

「いや、そういう事でなくて」

「まあいい、その質問に順々に教えてやろう」


私の親切心に感謝するのだな。ととがめは咳払いを一つ。


「まず、真庭忍軍は文字通り忍者の軍隊だ。その中でも最強と謳われる者たちが十二棟梁で、それぞれ強力な忍術を使用する。あまりにも強い力を有する故、奴らは絶対に集団では戦闘をしないのが全体としての特徴だ」


じゃあ次に一人ずつ特徴と忍法を教えよう。とがめは腕を組んだ。


「奴らの忍法は異常だ。普通ではない事は承知してくれ。まずは真庭蝙蝠だが――――――」



ここからは皆が知っている事なのでカット。面倒なのでご了承ください。



「―――――――これで全員だ。どうだ?奴らの能力は大体理解できたと思うが」


駒場は顎に手を当てて考える。


「………奇妙な話だ。そして面白い話でもある。奴らの能力が若干、超能力に被っている者がいる」

「そうだな、蝙蝠の『忍法骨肉細工』川獺の『忍法記録辿り』蝶々の『忍法足軽』どれも超能力として存在していそうな忍法ばかりだな。きっと、真庭の里は現代の学園都市だったのかもな」


ととがめの弁。


「真庭忍法とはこちらの世界の超能力だったというならば筋は通る。真庭の里がやっていたのは超能力開発だったのかもしれん」

「となると、それなりの戦闘力を持つんだな?」

「となるもなにも、戦闘能力なら折り紙つきだ。決して半端な喧嘩ではない。『本物の暗殺・殺人専門の最強の忍者集団』だ。変体刀を持っているお前らだとしても敗れるかもしれん」

「お前の自慢の相方とどっちが上だ?」


半蔵は質問する。


「当然、七花の方が強いに決まっておる…………と、言いたいところだが、わからん。七花が倒した真庭忍軍は二人しかおらんからな」


その二人とは真庭蝙蝠と真庭狂犬の二人。毒刀を持った真庭鳳凰とは対峙していたが、あれは鳳凰ではなく鳳凰に憑りついた四季崎だった(かもしれない)のでノーカウントだ。



「………ともあれ、情報感謝する。奇策士」

「ああ、今後いつでもどこでも何度でも声をかけてくれても構わんよ」


とがめは駒場にそう言った。一方半蔵は考え込む表情だった。

そんな半蔵の顔をとがめは覗き込む。


「どうしたのだ半蔵」

「……へ、あ、いや、なんでもないなんでもない。どうしたんだ突然に」

「?……何か考え込んでいる風に見えたからな。………お、そうだ」


と、とがめは手に持っていた林檎を半蔵に手渡した。


「お、林檎じゃねえか。結構高そうだがどうしたんだ?」

「もらい物だ。丸齧りというのは性に合わんからな。どう食べるのか困っていたところだ。お前にやる」

「そうか、じゃあありがたく貰っておくよ。………じゃあ駒場のリーダー、行くか」

「ああ」


半蔵は駒場と林檎を手にしたまま、去って行った。










「――――――あ、いっけね忘れてた。」

「………どうした?」

「俺、虫歯だった。…………まぁいいや、浜面にあげよう」







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おせぇ」


路上駐車してる乗用車のボンネットに、上半身だけ寝っ転がった浜面仕上はそう呟いた。見上げる大空は青天である。高い青空と心地よいそよ風と暖かい日光で、ついウトウトしてしまう。

いけないいけない。今はあの二人に車番をさせられているんだ。居眠りしていて車上荒らしにあって中の荷物を盗られましたなんて言ったら即座に切腹ものだ。

もっとも、車に乗っているブツがブツだ。これを盗られたら組織の致命傷にもなる。

しかし、秋のこの陽気は流石に眠い。まだ秋の中ごろ、残暑が厳しいはずなのに、なぜか今日は心地よい気温だった。

ああ、眠い。

浜面は大きな口を開けてあくびをかます。


「たっく、いつまで話し込んでんだよ。駒場のリーダーも半蔵も。」


確か、昨日同盟とやらを組んだ『奇策士とがめ』とかいう人物に、この車の中にある”完成形変体刀十二本の内の二本の他の十本”とやらの情報を聞きこんでるそうだ。

しかしいつまでかかっているのやら………。

浜面はもう一つあくびをした。

駒場たちが来たら運転しなければならない。それを眠いのを我慢して頑張るのは、情けないが危ない気がした。

もういいか、二人が来るまで車の中で一眠りしようか。

浜面はボンネットから降り、ドアを開けて運転席に座った。そのまま席をぐぐぅっと下げた。

さぁ今から浜面グッドスリープタイムだ。このまま誰にも邪魔されず、眠りの谷の底までゆっくり落ちてゆく――――――はずだった。


「おいおい姉ちゃん可愛いねぇ。ちょっくらお茶でもしねぇか?」

「そんな大荷物持ってねぇでよぉ。なぁいーだろう?」



男の声が聞こえた。一人、いや三人か。


「あぁ?」


その異様に腹が立つ声で折角の浜面グッドスリープタイムが中断された。眠りの谷が掻き消された。

そよ風が入りやすい様に窓を少しだけ開けていたのが失敗だった。


「ほら、いいじゃん。ほら、荷物おいてさ」

「ほら、こっちきなよ」


と男二人の声が窓から入ってきやがる。おかげで眠りの淵から叩き起こされた。一回起きてしまったらもう寝れない。どうしてくれるんだ。どう落とし前付けてくれるんだ。

「どこのどいつだよ、一体」


浜面は状態を起こしてキョロキョロとあたりを見渡す。

と、さほど遠くない所で、男二人が壁と会話していた。


「ほ~。あいつらか」


いや、違う。男二人と壁の間に一人、女の子が挟まれていた。 ――――――ナンパだった。


「ほら行こうぜ」

「やめて………困まる………」

「何言ってんの。ほらほら」

「あ、」


男の一人が女の子の手を掴む。

と、女の子が腕で抱えていた紙袋から一個だけ、真っ赤な林檎が落ちて転がった。


「おいおい、こんな真昼間から何やってんだ? 発情期のサルかよオメーらは」


浜面は眠たそうな顔でそう言った。彼の手には先程転がった林檎が握られていた。


「ああ? なんだテメーは」

「人がセッカクお茶のお誘いをしているのに、他人は引っ込んでろ」


男は振り返る。

金髪にガングロにピアスと、まぁ漫画やテレビによく出てきそうな模範的な不良Aと不良Bだ。

だが、マジモノの不良、否、武装無能力集団のNO,2である浜面からすれば。しょーもないガキンチョに見える。


「黙れよキーキーキーキーと。お前らは小学一年生ですかコノヤロー」

「なんだとッ!?」

「舐めやがって」


模範的な不良たちは模範的なリアクションで模範的に近づいてきた。


「やんのかコォラ」

「ああさっさとかかって来いよこのガングロニホンザル」

「テメェッ!!」


さぁ、今ですよお嬢さん。俺がこの猿どもの相手をしている間に、あなたはお逃げなさい。と、浜面は目で女の子に逃げろとアイコンタクトを送る。

が、


「―――――――ッ!?」


浜面は思考を停止し、逆方向へフル回転させる。


(な、ちょ、なにこの子、スッゲェ可愛い。サラサラショートヘアに小さい顔、小柄な体型なのに結構グラマーだ! ジャージを着ているのは少し残念だけど、だがそれが丁度いい!! しかも第一印象からするにこの子は奥ゆかしい口数少なくてけなげなヒロインタイプだ!! なにこのど真ん中のストレート的な運命的感動的芸術的シチュエーションはぁぁぁあ!!?)


前言撤回予定変更軌道修正。今、このとき、この猿どもをカッコよく、尚且つカレイに倒し、この子を俺のものにする。

脳内議会所。議員の皆様、採決をどうぞ。…………満場一致。っつ―わけでレッツファイティング!!

「さぁ来いよサルヤマヤロー。この浜面仕上様が綺麗に簡単にパパッと手堅くやっつけてあげるかやよぉ………お………ぉー………」


思考、停止。


(え、ちょっと待って、ストップ、ストップ・ザ・マイブレーン。なにこの人たち、なんでこうも格闘技やってました的な構えで立っているの? ちょっと待って。まさか御仁二人とも格闘技経験者? ウソ、左の方はボクシングスタイル……しかもファイタータイプの構えじゃないですか。どこの幕之内先輩?つーか今にでもデンプシーかましにきそうなんですけど………。ってか右の方はムエタイッ!?世界最強の格闘技じゃねーですかいッ!!なんで!?いかにも不良を始めて一年もたってませ~ん的な雰囲気だしてたじゃん!!なんでこうも今更強いぞオーラ醸し出してんだ。お前らはどこのベジータだ!!このままじゃあ意気揚揚と勝負に挑んだ挙句ボロクソにやられたキュイになっちまうじゃねぇか。汚い花火になるじゃねぇかゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオイ!!)


「いい度胸だなテメー。俺たちにそこまで言うんだったら、お前もなかなか強ぇんだろ?」

「だったらよぉ…………」

(ひぃ……超逃げたい………)

「「覚悟は出来てるだろぉおなぁぁぁぁああああああああああああああ!!」

「ナムさぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああんッ!!!!」


ナミさんでもラムさんでもなく、南無三。可憐な少女がいる前での敵前逃亡は漢のプライドが許さなかった浜面仕上という勇敢なる漢(笑)は涙目になりながらも、不良Aと不良Bに拳を握って駆けて行った―――――。





ゴンガンドンバンガンギンドンガングシャ!!!!!! と。

直後に、原始的な暴力の音が連続した。(新約とある魔術の禁書目録3より)





「たっく、弱いくせに調子乗ってんじゃねぇっつーの。消えろカス。サルはオメーだ」

「サルっつーか馬だけどな」

「ハハッ、言えてる」


インファイターの不良Aと、キックボクサーの不良Bは、そう浜面の顔に唾をして笑って立ち去って行った。


「ふ……ご…………」


浜面は蛸のように真っ赤に腫れた顔を日光で熱くなった地面にべったりとくっつけていた。


ああ、これが母なる地球を抱いている感覚か………。


浜面は心の中で泣いた。

ああ、カッコ悪ぃ………。

このまま、地球ママの胸の中で泣かせてくれ。浜面の切実なる願いだった。

だが、その願いは叶う事は無かった。

ナンパ男から助けた少女が浜面の頭を持ち上げ、自分の膝の上に乗せたからである。


「だいじょうぶ?」


いわゆる。膝枕である。


(俺……頑張って良かったよ………)


浜面の心の中の涙腺は崩壊した。

と、大事な事を忘れていた。


「あ、これ、林檎」


浜面は拾った林檎を少女に渡す。


「あ、ありがとう」


少女はにっこりと笑って浜面の額に手を当てた。

ああ、幸せだ。幸せすぎる。男の夢。男の浪漫。男の野望。膝枕。

なんて柔らかい太腿だろう。なんて暖かい体温だろう。なんて甘い香りだろう。

男が一度は見る夢を、男が一度は憧れる浪漫を、男が一度は抱く野望を、膝枕を、浜面仕上はついにやり遂げたのである。


この太腿は、エベレストよりも高かった。


しかし、ここは世間民衆の眼がある歩道のど真ん中。幸運にもここは人気の少ない病院の前の道路で人の眼はあまりないが、彼女が変な目に見られるのは避けたい。いや、避けなければならない。これが自分に大いなる頂に頭を乗せさせてくれた恩人に対する礼儀であり感謝の現れである。

浜面は体を起こす。


「ありがとう……もういいよ」

「本当に大丈夫? 結構腫れているけど………。ここ、病院だからすぐに診てもらう?」

「いや大丈夫。俺、こういう怪我慣れているから」


よっと、と痛む全身に鞭を打って立ち上がる。

ふらつく彼の体を少女は支えてあげた。ああ、本当に健気だなぁ。てか、脇に柔らかいのが当たっているのがラッキーすぎる。


「じゃあ、私は用事があるから。本当に大丈夫?」

「ああ、大丈夫大丈夫。これでも丈夫なんだぜ?」


浜面は笑って見せる。少女もそれにつられて笑う。笑い合う時間がしばらく続き、少女は近くにあった時計を見た。


「あ、こんな時間。じゃあ私はここで」

「ああ、じゃあな。ナンパされたら俺を呼べよ。すぐに駆けつけてやっから」


ああ、もうお別れか。浜面は内心残念そうに感じだ。

そんな浜面の思わず出してしまった表情を取ってか、それとも思い出してか、気まぐれか、少女は浜面に、


「はい、これ上げる」


林檎を手渡した。浜面が拾ったものだろう。


「ありがとう」


そう言って少女は去ろうと走り出した。


「あ、ちょっと待って」


浜面は呼び止める。そしてこう呼びかけた。少女は立ち止まる。その距離は約3メートル。


「名前! 名前、教えてくれないかな」

「え?」


少女は、にっこりと笑って、


「私、たきつぼりこう。あなたは?」

「俺、浜面仕上!」

「うん。今日はありがとうね。はまづら」


滝壺理后は、綺麗な笑みで手を振りながら去って行った。

浜面仕上はそんな彼女を小さく手を振りながら見送っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「…………滝壺理后か……」


気持ち悪い。半蔵は直座にそう思った。

ウッフフフフ………とご満悦な表情でハンドルを回すその馬面男に舌打ちをする。

こいつ、ハンドルを回しながら頭の中でワルツでも踊っているのだろう。いや盆踊りか阿波踊りかそのあたりだ。こいつがワルツを踊っているのは流石に吐き気がする。


一方浜面はと言うと………。


ああ、滝壺って子、可愛かったなぁ。うっへへへへ。


とのご様子。

そんな様子で、信号待ちの時は、滝壺からもらった林檎を取り出して匂いを嗅ぐ。

そしてこう言い放つのだ。


「ああ、滝壺の香りがする………」


いや誰だよ。つーかキモッ。


「あ、そうだ。林檎と言えば………」


半蔵は思い出したように


「そうだ浜面。お前に土産があったんだ」

「んあ?」


浜面はバカな声で半蔵に返事する。


「おい馬面。テメー浮かれてねぇで前見やがれ。青になってんだよ運転しろよ」

「おっとソーリー」

「いっちょ前に英語使うなよ鹿面」

「ちょっと待って!? 何さっきから馬面だの鹿面だの。何言ってんの!? 馬とか鹿みたいな面って意味!?」

「そうだよ。馬鹿面」

「合わせての意味だった!!」

「いいから運転してくれ。事故ったらマジでシャレにならん」


半蔵はそう言い捨てると、持っていた林檎を浜面に見せる。


「林檎?」

「そうだよ。バラ科の落葉高木で、ヨーロッパで古くから果樹として栽培され、日本には明治初期に導入された林檎だよ。お前がさっきから信号待ちの時に匂いを犬みて―に嗅ぎまくっているのと同じのな」

「………詳しいんだな」


浜面はハンドルを持つ手の内、左手を放してその林檎を受け取った。


「なんで林檎?」

「貰ったんだよ。今日の話し相手にな」

「へぇ~」


浜面はそう言いつつ。その林檎を齧る。


「~~~~~~~~~~ッッ超ぉぉぉぉぉ甘ぇ~~~~~っ!! そしてウメェ!! なにこのジューシーな果汁は!! 超絶ウメェ!!」


「あまり美味い美味い言うな。虫歯であることを恨みたくなる」

「………」

「あ、駒場のリーダーは林檎嫌いだったな」


さっきから後部座席で会話に入ってこない駒場は、ちゃんとこの車内に存在する。

そんな駒場は置いといて、半蔵は質問を投げかけた。


「で、なんでお前も林檎持ってんだ?」

「貰ったんだよ。天使にな」

「………はぁ?」


素っ頓狂な素直な反応。半蔵は、


「そうか、とうとう性欲のリミッターが壊れて幻想でも見たか」

「幻想じゃねーよ!!」

「その幻想、誰かにぶち殺してもらえ」

「いやだよそんなの!!」

「………その林檎、喰わないのか?」

「喰わねぇ。真空パックに入れて永久保存する」

「キモッ!!」

「………さすがにキモイな」

「つーか何気にリーダーも会話に参加してんじゃねーか!!」

「………その林檎、ブレーキペダルの裏に入って行ったぞ」

「へ?」


キキッと浜面は赤信号の前でブレーキを踏む。と

グシャッッ!!と、何かが砕ける音がした。


「あ、」

「あ。」

「………あ」


「リコウぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「うるせぇっ!!つーか名前つけてたんかい!! てか林檎か名前かわからねぇややこしい名前つけるな!!」

「るっせぇええ!! 俺のガラスのギザギザハートにさらに傷をつけるなぁ!!」

「………馬鹿だ」


ギャーギャーワーワーと、そのあとも一台の乗用車はうるさく公道を突っ走って行った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日はここまでです。ありがとうございました。


浜面は書くのが楽しいです。なにせ馬鹿面ですから。今日はそこのところを書いているとこんな時間になってしまいました。また少しの色直しもあり、大変遅くなりました。ごめんなさい。



>>113
それはまた別のお話です。お楽しみに。

>>87
職人さんどーもですwww

>>86
名無しの土星君は、皆様が気にしなければ考えます。超電磁砲本編で出て来たら即座に参考にしますから、それを見てから決めますね。

>>93
第壱弾で同じような事を言ってた人がいましたww

>>99>>100
俺のトップはぶっちぎり七実姉ちゃんです。アルビノ美少女。最高じゃないですか。え? 27?………ハテ…?

>>106
wwwww誰うまwwww


明日か明後日かそれ以降か………また溜まったら投稿します。いや、今回のように一週間も開けるようなことはしないと思います。はい。出来なかったらごめんなさいですけど。

今日はありがとうございました。

そういえばねーちゃんの病気はどうなってるの
原作では虫組と戦ったせいで体が限界にだったから
実のように腐り落ちる前に七花にどうのこうのとか
そんな感じだったような気がしなくもないが

こんばんは、一週間過ぎる前に投降で来てよかったです。

自分の弱さに落ち込みつつ、今日も投稿したいと思います。


>>143
姉ちゃんの病気は初めて聴きました。なにせアニメのみで考えてますから………。
でもいずれにせよ今のところは問題ないと思います。何故かと言うと言えませんが。



さよなら絶望先生を見ていたら遅くなりました。
それのオマケ朗読コーナーをパロっていた勢いをそのままにして今日は書き上げました。

しかしなかなか上手く出来ないものですね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやぁ鑢くん、急にすまなかったね?」


カエル顔の医者はすまなそうに笑った。


「なんだよ、あんたのせいで絹旗に膝付かされちまったじゃねえか」

「いや実は、君に教えてもらいたいことがあってだね?」


カエル顔の医者、本名は知らないが、ある人はリアルゲコ太と呼び、ある人はオッサンと呼び、ある人は先生と呼ぶ人物であるが、本当の意味での彼を知る人物の多くは彼をこう呼ぶだろう。

――――冥土返し(ヘヴンキャンセラー)と。

例え仏様になる五秒前の患者を生き返らせるというこの男。そう、彼は冥土の淵にいる人間をこの世に引き戻させるただ一人の人間。いや、もう彼は人間というよりは神様に近い人間なのだろう。しかし彼はそれを笑って否定する人間である。

そんな彼は虚刀流七代目当主鑢七花に、とある用があってここに七花を呼んだ。

午後の部を控えた、冥土返しの診察室である。ナースセンターで休憩を取っている看護婦たちの黄色と緑色が混じった声が聞こえる。


「実はね? 君がかつて蒐集した、十二本の刀について、もう少し詳しい事を聞きたくてね?」

「? それならとがめに聞いただろう。一から十まで。それはもう詳しく細々と」

「いや、あれは彼女が彼女の視点からの変体刀の話で、今度は君から訊きたいし、聞きたい。君、虚刀流七代目当主から見て、四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本はどう映った?」

「どう……って? つーか聞いてどうすんだよ」


七花は逆に訊いた。難しい顔で。そんな彼にカエル顔の冥土返しは笑って答えるのだ。

今朝の事である。


「僕が君たちが集めた変体刀の『千刀 鎩』と『斬刀 鈍』を一応色々と調べたんだけどね? 紛れもなく、『鎩』は全てが全くの同じ刀で一本たりとも違った刀は無かったし、『鈍』は“何でも斬れる構造を持っていた”」


まぁ、これは君が一番知っている事なんだけれどね? 冥土返しはそう付け加えた。


「いずれも学園都市には『不可能』な技術が使われていた。いや、理屈はわかるし、どうやって出来たかはわかるよ? でも、“出来ないんだ”」

「出来ない、というと?」

「そのままの意味さ。たとえ設計図が出来ていても、それを造る技術が解らない。理解できないんだよ?」


わかるだろうか。一次方程式を習ったばかりの中学生が、高校で習う三次方程式を解いてみろと言われる気持ちが。『ああ、これは方程式なんだな』と理解できるが解き方がわからない。

確かに学園都市は未知なるハイテク技術に特化した街だ。

しかし、形も性質も何もかもが100%全く同じ製品を千も作れるはずもないし、刀身によって物質の分子結合を破壊する製品なんて物は巨大な精密機械になるはずだ。

奇策士とがめの話に聞く『完成形変体刀十二本』は紛れもなく、否応なく、この学園都市でも無理無体不可能不可思議な物体なのだ。

この世に絶対折れない刀は無いし、この世に向こうが透けて見える刀は無いし、この世にどんな攻撃も利かない刀は無いし、この世に誰も持ち上げることの出来ない刀は無いし、この世に自己再生を強要する刀は無いし、この世に人間のみを勝手に殺す刀は無いし、人間の性格を善にも悪にも曲げる刀はない。

理屈は理解できる。折れなければダイヤやカーボンナノチューブで造ればいいし、透けさせるのには薄いガラスで造ればいいし、重たい物質を圧縮して造ればいいし、刀に高圧電流を発電させればいいし、そういうロボットを造ればいいし、精神に何らかのアクションを入れる仕組みで造ればいい。

だが、その仕方が解らないのだ。しかし、方程式の解の二通りはこちらにある。ぜひとも、この完成形変体刀の秘密を暴きたい。


「たしか君は、変体刀の存在は一目見ればわかるんだよね?」

「ああ、なんとなくわかる」

「どんな感じ?」

「どんなって訊かれても、言葉では現せられねえよ。なんかこう………もわ~とつーかぴかーつーか」

「うん、わからないね」

「そうだろうと思った」

「まぁそうだろうと思ってたけどね?」

と、冥土返しは笑って、


「じゃあ話題を少し変えよう。なんで、君は変体刀の存在がわかるんだい?」

「それも言葉では現せられないなぁ」


七花は困り顔でそう言った。だがしかし、


「でも、正解とか思えないけど強いて言うなら………」

「うん?」

「俺と変体刀は兄弟みたいなものだからかな? それとも親? 家族? いや、でも家族は親父と姉ちゃんだけだし………」

「ようは同族、ってことなのかい?」

「そんなもんかな。そもそも虚刀流の開祖は虚刀流を四季崎と一緒に編み出したって話だからな。『虚刀 鑢』という完全無欠地上最強の刀は紛れもなく四季崎記紀が打った刀だよ」

「なるほど」


外国に行ったとしよう。例えばフランス。白人だらけの街の中で一人だけアジア系の人間がいて、いつも無意味に笑っていて、しかも前を通るときは右手をチョイチョイと出しながら通る。あ、この人は自分と同じ日本人なんだな。と感じる。

鑢七花も変体刀を見るとそう感じるのだろうか。いや、違うのか。結局、彼が感じている直感は彼にしかわからない。

ただ一つ確かなのは、四季崎記が造りし完了形変体刀『虚刀 鑢』は、同じく四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の末弟にあたるのだ。


「そうか。じゃあ今度は話題を大きく変えてみよう。君にはお姉さんがいるそうだね?」

「ああ、いるよ」

「とがめさん曰くの話だが、彼女。数多くの不治の病を幼少の時から患っていて、しかも君と闘うまでの27年間、平然と暮らしていたそうだね?」

「平然とじゃねえよ」


七花はムッとした。感情はあるが無意志な彼にも、家族を大事にする気はあった。


「姉ちゃんはいつも病気に苦しんでた。体を壊す日だって数え切れねえほどある。それを平然とだなんて………姉ちゃんを馬鹿にするな」

「それはすまなかったね? ごめんよ、とがめさんに聞いた話だったからね。ついそういう言葉になってしまった」


冥土返しは頭を下げる。


「いいよ。で、姉ちゃんがどうしたって?」

「いやいや、別に大したことじゃないよ?」


冥土返しの口がそう確かに言った。


「一つ。君に頼みたいことがあるんだ。」


それは、医者である彼にとっての心からの願いだった。



「鑢七花くん。是非とも君のお姉さんを、この僕に紹介させてもらえないだろうか?」



完全無欠地上最強の医者は頭を下げる。




「―――――――――――――彼女は、日本の、いや世界の医療の希望になる」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――――――ってな訳で、そんなことがあった」

「なるほどな」


鑢七花は主である奇策士とがめに、昼の事を説明した。

当然、今朝の冥土返しの頼みは彼一人では無理難題の事だ。しかし、とがめとならそれは可能になるはずだ。

彼女には奇策がある。


「そうか、なら都合がいいかもな。私たちも奴とまた敵対するのは正直、いや絶対に嫌だ。絶対に避けねばならぬ。二度とあのような卑怯な手は通用せん。戦う羽目になったら即座に回れ右して逃げるのが得策。だから逸早く七実を味方に取り入れなければならない」


とがめならやってくれる。――――そう、思っていた。


「しかし、その頼みは無理かもしれん」


そう、奇策士とがめは我が刀にそう言った。


「だってそうだろう。どこにいるかわからんあの七実を、あの地上最強最悪最恐の怪物鑢七実を説得して連れてこいだのと、無理難題を言ってくれるものだ」

「確か、世界の医療の希望がどうとか言ってたぞ」

「だろうな。七実は幼少の頃から不治の病に侵されていながら何不自由なく…まぁ不治の病に罹っている者から見たらだが、何不自由なく生活していた。しかも病は一つや二つではなく無数にだ」


その異常な回復力と生命力、なるほど、彼女の体を調べ、医療として転換させれば表彰物…いやノーベル賞も軽く超える偉業と言えよう。

冥土返しは、神になろうとしている。すでに神の如き両手を持っているのにだ。しかし彼はそれを手に入れたとしても神であることを否定するだろうが。 強欲か? いや、願望だろう。彼は一人でも多くの人間の願いを叶えたいだけなのだ。


「だが、例えそうだとしても、見つかったとしても、あの七実が聞くだろうか。あやつの性格だ。断る。絶対にだ」


あれは縛られることが嫌いだろう。縛ることは好きだろうが。


「それに、戦闘になったら絹旗と滝壺とフレンダの命が危ない。いくら七花だからだと言っても七実に勝てる可能性は低いかもしれん。だから、この話はあいつらには言わないでくれ。特に絹旗には顔を合わせたくない相手だ」


いや、七実には弱点がある。体力だ。だがしかし、そんな大きすぎる弱点を七実は補っていない訳がない。その弱点は無いと見た方が丁度いい。


「しかしまぁ、運が極上に良く、あやつの機嫌が良ければ奇跡的にすんなりと成功するだろうが。結局は七実を発見できなければ始まらん」

「さっきから思ってたんだけどとがめよ。人の姉ちゃんをあたかも珍獣みたいに言わないでくれよ」

「七実は珍獣ではない。猛獣だ。しかも質の悪い、凶暴で尚且つ小癪な頭脳と鋭い牙と爪を持った獣よ。いや、獣というよりは魔王と呼んだ方がいいな。そなたも、生爪を剥がされたのだろう?」

「………ッッ!! …………言わないでくれ。俺、やっと最近忘れかけてたトラウマなんだ」


七花の背筋が震える。その振動が彼の腹から背中に伝わる。



「ははは。七花にも怖い物があったか。………しかし七花よ、また体格が良くなったのではないか? どれどれ」


とがめは七花の脇に手を当てて………。


「うっわとがめ、こしょがしい………あはははははっ」

「こしょこしょこしょこしょ」

「こらとがめ……いい加減にしてくれ。さもないと……」

「あ、七花……あんっ!」

「こしょこしょこしょこしょ」

「あはははははあははははははっ やめろ七花。悪かった、私が悪かったから」

「こしょこしょこしょ」

「あはははははははははは」




――――――――――――――――――――バンッ!!




「ッ!」「ッ!?」


「超何やってるんですか。二人とも」




風呂場の浴槽の中で、七花ととがめが裸でじゃれ合っているのを、絹旗は冷めた目で見ていた。



夜である。

今日は冥土返しがいる病院へ、麦野の見舞いに行ったのだが面会謝絶だったので、そのまま地下で七花と組手をし、夕方前になって帰った。

明日は大覇星祭であるため、とがめは大事を取って早めに切り上げたのだ。今日はそのまま明日に備えて休む。

そして夕餉時である午後6時半。絹旗最愛は怒っていた。


「まったく、大の大人が超思春期真っ只中の中学生の家で超イチャイチャしないでください」


顔を真っ赤にした絹旗は今日のおかずのトンカツにソースを中濃ソースを掛ける。

なぜ今日はトンカツにしたかというとたまたまトンカツ用の豚肉の特売日だったのだ。決して『明日は勝つ』という古臭い願掛けもどきのダジャレだからじゃない。

絹旗は『よし今日は揚げ物に挑戦してみよう』と、横でもくもくと千切りキャベツを頬張る滝壺理后と一緒に揚げた。


「それはすまなかったと言っておろう」


とがめは両手を合わせる。

しかし絹旗は追撃を加えた。


「そもそも、未婚の男女が一緒に風呂に入るってのが、超おかしいです。超狂ってます」

「………う……言い返せん」


とがめは歯を食いしばる。

そう、時間は小一時間ほど遡る。絹旗が滝壺とトンカツ揚げている間、七花は絹旗に勧められて一番風呂を頂いた時だ。

ちょうど七花が風呂に入っている時、とがめはしばしおトイレに入っていた為そのことは知らず、そのまま『一番風呂貰うぞ』と風呂場に入って行った。

そのことを絹旗は料理の中で一番目の離せない揚げ物に集中していた為、気付けなかった。

そして、風呂に入るため一糸纏わぬ恰好になったとがめは浴槽に浸かる七花と鉢合わせしたのである。


普通なら。『キャーッ! 変態!!』と女の方が大声で叫ぶ。逆は無い。

だがしかし、いつも毎度どんな時も、七花ととがめは風呂に入る時は殆ど混浴だった。(史実でも江戸時代は、禁止と解放を繰り返していたが基本混浴だった。)

そのせいでお互いに羞恥心と言う物は毛頭無い為。『お、入っておったのか』『お、とがめ』『入っていいか?』『狭いけど良いぞ』『なら遠慮なく』と言った具合で、普通の浴槽に大男が入っている中に女がくっ付く形で入浴するという状況になった。

そのあと上の会話が発生し、絹旗が登場する。というのが流れ。

そして今、くどくどぐちぐちと絹旗は文句を垂らしていた。

そこに、擂ったゴマとソースを合わせたタレを垂らしたトンカツを齧る滝壺が口を挟む。


「きぬはた、その辺にしたら? 二人とも反省してるし」

「………滝壺さん。でも……」

「そうよ、いいじゃない。どうせあなたも二三年したら男と裸でベッドインするんだし。………しかしこのトンカツ美味しいわね。何か工夫した?」


笹斑瑛理がマヨネーズを掛けたトンカツをサクッと食べ、ウットリと頬に手を添えた。


「ああ、このトンカツは揚げ方にコツがあるんです。中温と高温の二つの鍋を使ったんです。中温はじっくりと、高温は仕上げに揚げて、油切れを良くしたんです。鍋は一つでも良かったんですけど、量が量でしたから二つ使いました。あと、胡椒と塩もいいの使ってい…る………って、えぇ? 笹斑さん!?」

「お邪魔してます。 そして全国の男子高校生ファンのみなさ~んこんばんわ~☆」

「なんで笹斑さんがいるんですか!?」

「チャオー☆」

「チャオーじゃなくて」

「チャワーワー☆」

「チャワーワーでもなくてッ!!」

絹旗はキレのよいツッコみを入れ、再三問うた。

彼女の名前は笹斑瑛理。闇組織『アイテム』の下っ端組織の一人で、彼女らの仕事仲間の人物の一人である。

日本人なのに金色に染めたセミロングの髪。豊満な胸、綺麗なクビレ、天然物の整った顔立ち。言われもなく誰が見てもどう見ても認めるしかない美少女だ。だが、ところがどっこい。彼女の正体はイケメンからブサメンまでショタからジジィまで男も女もSもMも分け隔てなく愛する多重性欲者なのだ。簡単に言うと変態である。

そんな笹斑が絹旗の隣で一緒に食卓を囲んでいた。

しかもちゃっかり自分用の茶碗を持ち込み白米を盛り、明日カツ丼にしようかと思っていたカツを平皿に乗せている。


「笹斑さん、なんでここにいるんですか!?」


そう指をさされた笹斑は周りを見る。

絹旗だけではない。とがめも七花も、隣にいた滝壺も両目を見開いていた。

さっきまでいなかったのに、どうしてそこにいるのだと。いつの間にそこにいるのだと。

笹斑はそうした視線の中、箸を置き、


「そうね、いきなり上がらせてもらってご飯を食べているってのも、おかしいわよね」


静かに、そして厳かに、笹斑は肘を机に乗せ、手を顎にあてる。




「今日は……――――――ちょっとした用事で来たの………」




笹斑が珍しく真剣な目をした。

砥がれた刃物のような鋭い双眼が絹旗の両眼とぶつかる。


「とても、重要な用事よ。―――――全く、大変なことになってね」

「……………な、なんですか?」


絹旗は箸を置く。滝壺もとがめも七花も、皆、思い詰めた表情の笹斑を真面目な顔で見る。

とても困ったように溜息をつく笹斑。

そこに絹旗は、


「どうしたんですか? まさか、大きな組織に狙われたとか?」

「いえ、それじゃないわ。―――――もっと重大な事よ」


シリアスな雰囲気が、暖かい食卓を冷たい空気に変える。

一同、生唾を飲み込んだ。一体、笹斑の身に起こった出来事とはなんだろうか。

シン…とした部屋の中はピリピリとして、肌が痛い。

そして、笹斑は口を開いた。










「――――――――お腹がぺこぺこで、晩ご飯食べに来ました☆」



ズゴー

一同一斉にズッコケる。


「いやぁ実は今日一日何にも食べてなくってぇ♪ ホントに貧血で倒れそうになったわ………ギャンッ!!」

「あンたって人はッ!!」


絹旗は笹斑に鉄拳の拳骨を叩きつけた。


「~~~~~~~~~~ったぁい!! 何すんのよ!!」

「じゃかしいわ阿婆擦れがァ!! ただウチにただ飯超かッ喰らいに来ただけかよォッ!!」

「ボケがボケなきゃ場が盛り上がらないじゃない!! つーか思いっきりぶったでしょッ!!」

「ィよォしわかったァ! 今度はそのパツキン頭を真ッ赤なザクロにしてやッから覚悟しろォ!!」

「絹旗、ちょと待て! それはちょっと待て。それは流石にやばいかと思うぞ」


マジギレモードの絹旗を七花は羽交い絞めして止める。


「どうどう」

「しちかさん。きぬはたは馬じゃない」


鼻息を荒くして怪力自慢の七花の腕を何ともせずにジタバタするのは、レース前の気性の荒い競走馬の如くだが。

一方笹斑はドデカイたんこぶを拵えて、箸で白米をつまむ。


「折角沈みっぱなしだったムードを盛り上げようとやってきたのに………酷い仕打ちよ」


と、涙目でボヤく。


「放してください七花さんッ!! ホントにこのアバズレクソヤローを超ブチ殺したいんですッ!!」

「絹旗、俺がつっこむのは変だが女の子がそんなこと言うもんじゃねえぞ。そして笹斑は女だ!」


ぐるるるるるッ! 獣のように唸る。滝壺よ、あいつは馬じゃない。猛獣だ。とがめはそう感想を後に溢したという。

仲裁役の七花はほぼ持ち上げる形で、絹旗の暴挙を必死に止めていた。



「まぁまぁ絹旗。そこら辺にしような? ほら、笹斑だって反省しているし。なぁ笹斑?」

「してますよ。イタイの、嫌いですから。最愛ちゃん、さっきは御免なさい。流石にふざけ過ぎたわ」

「な? そう言ってるだろ? なぁ、いい加減機嫌直してくれよ。絹旗」

「――――――――ッ!! ………………………」


と、七花の必死の説得が耳に届いたのか絹旗は動きを止め、大人しくなった。

そして静かにこう、七花だけに聞こえるように小さく呟いた。


「…………………………七花さんだって………謝ってください…………。」


フルフルと体を震えさせて絞り出したように呟いた12文字の言葉。しかし、その言葉は七花の耳には届いたが、よく聞き取れなかった。


「え?」

「~~~~~~ッ…………もういいです。」


絹旗は七花の腕から抜け出し、自分の席に着く。自分の茶碗の中の白米と平皿の上の料理を一気に飲み込むようにして平らげた。


「じゃあ、食べ終えたら流しに置いておいてください」


と、本人は体の内から溢れる感情を必死に堪えて静かに言ったつもりで立ち上がった。

ガシャンッ!!

だがしかし立ち上がる時、思わず卓袱台に強く手をついてしまったせいで食器が大きく鳴ってしまった。

冬でもないのに冷たい風が吹いたような、切ない気持ち。しかしそれのせいでどうも恥ずかしくなり逆に熱くなってしまった。

絹旗は急かされたように食器をまとめ、台所の流し台に食器を置き、少し水を流して茶碗に水が溜まったのを見て止める。


「…………ちょっと、外で頭冷やしてきます」


と急ぎ足で玄関へと向かった。俯いた彼女の表情は見えない。必死に何かを隠しているように見える。

そして、扉の前で立ち止まり、絹旗は両手を握りしめ、悪意と妬みを込めてボソリとこう言った。





「………………………………七花さんの………バカ………」





ボソリと、そう言った。

思いっきりの悪意と妬みを持って放たれたその言葉は、今度は七花の耳にしっかりと届いた。


「……な、ちょ、おい! 絹旗!!」


しかしこの状況を全く、七花は訳も分からずだった。七花は叫ぶ。が、絹旗は彼の呼ぶ声を聞かず、扉を乱暴に開けて走り去っていった。


ドンッ! ガチャッ! バンッ!


大きな音を出しながら扉の開け閉めされたせいで、室内の空気がさらに冷め切ってしまった。

それから約十秒。だれも動くことはしなかった。

十秒経って、いまだに佇む七花の背中。


「…………あーあ、泣かしたな」


そこに第一声を放ったは奇策士とがめだった。ジト目で七花を睨みながら白米を口に運ぶ。


「泣かしましたね」


次に第二声は笹斑瑛理だった。呆れた声で千切りキャベツにマヨネーズを掛ける。


「きぬはた、可哀そう」


続けて第三声は滝壺理后だった。無表情の中の微かに、七花を責めるような視線を送る。


「待て待て、俺が何をしたんだ?」


最後の第四声は鑢七花だった。困惑した表情で女子三人に現状の説明を求める。


「うっわ、わかってないようですよとがめさん」

「とがめ、教育不足」

「うるさいわ。自覚はある。まさか、こうなるとは思いもしなかったからな」

「どうなってんだよ」

「今でも遅くはないですよ。私に童貞を奪わせるというのが近道です」

「逆にトラウマになるからやめてくれ。あいつにトラウマは一つで十分だ」

「しちかさん、トラウマあったんだ」

「幼少の頃、実の姉に爪を噛む癖を止めさせるために、生爪を無理やりすべて剥がされたんだと」

「イタイイタイイタイイタイ!! 想像しただけでも痛い!! ……………でも、イイカモ」

「しちかさんのお姉さん、怖い」

「おい、無視すんなよお前ら」


七花は怒った表情で三人を睨む。

と、笹斑は行儀悪く箸で玄関を指した。


「追いかけた方がいいですよ。いえ、追いかけなさい。まったく、これだから恋する乙女の心情を知らない男は………」

「は? …………あ、ああ。わかった、追いかければいいんだな?」


七花はそう、恋愛経験豊富(?)な笹斑の言葉に従って、絹旗が走って行った玄関に向かう。が、


「やめておけ。今行ったらさらに話がややこしくなる」


しかし、それをとがめは止めた。


「今は夕餉の時間だ。礼儀正しく席に座って飯を食べろ。折角の料理が冷めてしまう」

「でも、きぬはたは?」


滝壺が訊いた。


「放っておけ。たまには女も一人でいたい時もあるものなのだよ。 あやつは私が話を付けておく。原因は私だからな」

「そう。だったら問題ない」


とがめの弁を聞いて、トンカツの最後の一切れを口に運ぶ滝壺。


「そういうことだ。七花もさっさと喰え。命令だ」

「……………了解した」


とがめの命令なら致し方ない。七花は渋々と席に戻り、箸を手に取り、白米にそれを刺す。


(………………絹旗、どうしたんだろうなぁ…)


と、心配そうにベランダへの窓を見た。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



夜である。ここに時計は無いが、腹時計が示すならば7時を回ったところだろう。

少し欠けた月と街の明かり、それとまだ僅かに残る夕日の名残りで出来た西の空の紺色の光が、とあるマンションの屋上を明るく照らしていた。

絹旗最愛は手摺りに腕を乗せてそこに口を埋めていた。目下の街明かりは綺麗に見える。そこからは夜だというのに明るすぎる街並みが望めた。

しかし、その光景を彼女は全く見ていなかった。


「………七花さんの……バカ………」


グズン……垂れる鼻水を啜り、袖の布を握りしめる。


(………超鈍感なのはわかってます。ずっと無人島育ちだったのは超知ってます。男と女を全く知らないのは超理解していました。…………でも、超ひどすぎます)


腕に顔を埋めてみる。が、この沈みきった心情と悲しい気持ちは全く変わりはしないし明るくならない。

全てはあの男は悪い。無神経にも程がある。


「なんですか、あのイチャイチャっぶりは。私の気持ちに超気付かないで」


まるで、あの二人はあたかも夫婦の仲のようにお互いを思い、毎日を過ごしている。………と、いう風に見える。

それを傍から見ている自分のことなんて、恋心を抱いている自分のことなんて、ミジンコほどにも考えていないんだ。


あまりにも、妬ましい。


それと、あの女、奇策士とがめも悪い。そもそも何を考えているのだ。


―――――昨日の深夜『私と七花は結ばれぬ』と超言っていたくせに堂々とイチャ付きやがって。 毎日毎日七花さんにベッタベッタベッタベッタ………。


七花は無人島暮らしで他人とのコミニュケーション能力を全く持ち合わせていない。そもそも他人の心理状態を把握する事どころか予想する事も全く出来ないのを、確かに絹旗は知っている。重々と知っている。

しかし、自分の気持ちに全く気付かず、知りもせず、見向きもしない。そんな馬鹿野郎の事が、とても腹立たしく思えたのだ。ハラワタが煮え返るくらいに。

そして、なぜかそれに激怒して涙を必死に堪えている自分にそれ同等かそれ以上、腹が立った。頭が熱くなりすぎて脳細胞が焼き死ぬほどに。

まるで自分は我が儘に駄々を捏ねているガキンチョの様だったのだ。いっそ、七花に自分の腹の内を全部ぶち撒けばいいのに。そうすれば自分が抱え込むジェラシーが軽くなるのに。


――――――でも、もしもそうすれば、なんちゃって師弟関係が崩れるかもしれない。


毎日が楽しかった。それは心の中から腹の底から骨の髄までそう言える。楽しかった。毎日、自分の目標にして想い人である彼と一緒に過ごし、追いつこうと強くなろうと必死にもがいて、苦しみながら修行を重ねてきた。実際に前とは段違いに強くなった気がする。いや、強くなった。

その関係が、なくなってしまうのはあまりにも嫌だ。嫌だ。嫌だ。彼が自分との関係に気まずくなって構ってくれなくなってしまったらどうしよう。

いや、そもそも彼の事だ。自分が言っている事を理解できないだろう。ふ~ん、そうなんだ。としか思っていないに違いない。

でも、少しの可能性だがそうでもない事もあり得ない事はない。いやあり得る。

だったら………。


「だったら、私はどうすればいいんですか」



このまま、身が焦がれるような嫉妬心と共に彼と一つ屋根の下で暮らすのか? それともその心の重みを脱ぐ為だけに全てを伝えるのか?

一体、どうすればいいのだ?


――――麦野………。


一瞬、鬼のようだが頼りになる姐御肌の麦野沈利の顔が浮かんだ。目覚めたとの報告があったが未だに再開していないリーダーはどう答えるのだろう?




「――――――簡単だ。 お前が七花を振り返させればよい」



ふと、後ろから声が聞こえた。しかし麦野の声ではない。

奇策士とがめであった。


「どんな手段でも使っても、どんな困難があっても、どんな競争相手がいても、意地でも自分に惚れさせる。……私ならそうするな」


「………とがめさん。――――――あ、」


そうだ。そういえばあの時、麦野も同じ事を言っていたような気がする。

その時は、自分が見たC級映画の話をしていた―――――


『麦野。映画の話なんだけど、例えば自分の男の師匠の事が超好きになってしまったんだけど、その人はとても超無神経で超鈍感。だからいっそその師匠に思いを超ぶつけようとするんだけど関係が壊れてしまう超危険性がある……って内容の映画だったんだけど、麦野だったらどうする?』

『だけどが多いわよ。………そうね。私だったらどんな手でも思いつく奴なら全部使ってあっちから好きになって貰うわね。それで私無しじゃあ生きられなくすれば100満点』

『………うっわ超エゲツナイですね』


因みにその映画のオチは師匠が女だった。なぜ、制作監督は麦野が言ったストーリーにしなかったんだろうと笑っていたから鮮明に記憶に残っている。

麦野が言っていた事を、ほぼ同じようにとがめは言ったのだ。


「すまなかったな。七花が無神経な事を言ってしまって」

「全くです。おかげで超傷つきやすい少女のガラスのハートに傷がつきました」

「それはすまなかったな。あの二人がこってり奴を絞っておる。お前が帰ってきたらあいつは土下座でもして待っているだろうな」

「でも、それが何でなのか超わからなそうですね」

「それはご最もだ」


そんな冗談で二人は吹きだした。

すっかり夜の帳が下された夜空とその下で真昼のように光る街灯ども。それの中で二人は笑い合う。


「あやつの鈍感ぶりには呆れきったものだ。それと、それを治すのを諦めたのは随分前だったなぁ」

「それを諦めてなければ今頃私は泣いていなかったのに」

「そう言ってくれるな。これから頑張るさ」

「私も手伝います。今日はこれで超痛い目に合いましたから」

「それはありがたい」

「いえいえ。これは超自分の為です」


絹旗は意地悪にそう笑った。


「すまなんだな」

「いいです。超どうでもよくなりました」

「言い訳ぐらいはさせてくれ。あれは文化の違いというやつだ。以後、あのような事は無いと誓おう」

「わかりました。以後、気を付けてくださいね」

「………思っていたよりも素直だな。どうかしたのか?」

「いいえ? ただ超吹っ切れたって感じですね」

絹旗は夜風が微かに吹く。

この屋上には誰もいない。いるのは絹旗ととがめのみ。

もういいかと思って絹旗はつぶやいた。


「…………私…」

「なんだ?」

「私、初めてなんです」


少女は夜空に浮かぶ一番星を見つけた。秋の空の一番星は木星だとかどこかで聞いたことがある。

そんなどうでもいいことをボーと考えながらそう言った。


「誰かを超好きになるの。初めてなんです」

「………」

「私は超捨て子なんですよね。そのせいで大きな声で言えない研究所に売りさばかれて脳を超改造されました。そんな場所です。普通の小学校みたいに初恋だの何だのと言っている場合では超ありませんでした」


改造とは、自分の脳に学園都市第一位の超能力者一方通行の思考パターンを無理やり移植するというものだった。絹旗は生まれながらにして13年間、人として扱われていなかったのだ。


「研究所にはTVやパソコンはありませんでしたが、研究が終わって私が表の世界にやっと出た時期、超思ったんです。『恋』ってどんな気持ちなんだろうって。そこでマンガとか小説とか超読んだんですよ。超恥ずかしながら」


一体、『恋』とはどんな気持ちなのだろう。


「小説の物語では、『恋』とは超心地よくてこしょがしいものだ。心が超痛むがなぜか超気持ちが良い。と主人公たちはそう言っていました」


しかし、


「でも、今の私………超ツラいです。超苦しいです。超痛いです。 小説とかマンガとかは嘘っぱちです。あんまりですよ。恋愛小説は嘘ばっかりです」


そう口にすると、心の中で溜まっていたものが溢れだし、目からどっと涙が流れた。

出したくもない嗚咽が出てしまう。止めろと命令しても涙は止まらない。


「どうして、こんなに超辛いのでしょうか。どうしてこんなに苦しいのでしょうか。どうしてこんなに痛いのでしょうか」


自分でも、変な事を聞いていると思っている。馬鹿馬鹿しくて恥ずかしくてやれない。今にでもこの屋上から飛び降り自殺を図りたい。

しかしとがめは変なの事とは思っていなかった。馬鹿馬鹿しくて恥ずかしい事だとは考えていなかった。もしも絹旗が手すりに足を掛けようとしたら微弱な力でも必死に止めるだろう。

とがめは一言、


「阿呆」


と笑った。そして踵を返した。


「そんなのみんな同じだ馬鹿もん。私だって若いころはそんな心境になった日は幾千何万とあった。だがしかし、それはこの世で生を受けた女たちの宿命なんだよ。………だから、たかがそんな痛みに負けるな」

「とがめさん……」

「ほら、もう良いだろう。そろそろ戻らんと七花が可哀想だ」

「あ、はいっ」


とがめはそういいながら足を進める。絹旗もそれを追うようにして駆けていった。


………ギィ……バタンッ





夜である。月明かりは街明かりに掻き消され、申し訳ないように少し欠けた月が天空に昇っている。

その下のとあるマンションの屋上には誰もいない。人っ子一人もいない。寂しく風が吹く。

そしてそこに、一羽の鴉が手すりに舞い降りた。



明日は大覇星祭である。

学園都市中の少年少女たちが待ちにも待った学園都市一大イベントの一つ。各々が戦いという戦いを一週間繰り広げる戦場。



そして、二つの大きな戦いが暗躍することになる。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


おまけ


とがめ「時に絹旗よ。お前が読んでいた恋愛小説とやらはどんなのだ?」

絹旗 「あ、それはですね。これです」

とがめ「なになに? 『あなたと私のコルボーネ』………なんだこれは」

絹旗 「それは鎖骨を骨折した男女が病院での恋愛劇を描いたものです」

とがめ「…………………(なぜ鎖骨?)」

絹旗 「他にも『譲二』『先生の看板』『わっちが・ポイした・オナ』『愛と蓮根のカーニバル』『恋愛チューバット』とかあります」

とがめ 「……………………………うん。まぁ、そうだな」


コルボーネとはcollarbone(鎖骨)をモジったものだそうです。

因みにこれらは絹旗が古本屋でやすかったものを買ったものだそうです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。ワタクシ、恋愛物は苦手で御座います。

こんばんわ。いや、もうおはようございますの方がいいでしょうか。

>>1で御座います。長らくお待たせしました、投下します。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

なんてことだろうか。

敦賀迷彩は頭をどつかれたような衝撃に襲われた。そして項垂れる


「すまない。本当にすまないが、さっき言った概要をもう少し砕いて言ってくれないか?」

「なに、簡単な事だよ。物凄く簡単だ」


彼我木輪廻という老人は笑って応えた。


「大覇星祭とか言う祭りに一緒に行こうと聞いているのだ。それ以上でもそれ以下でもない」


老人は飄々とそうした態度で徳利の中の酒を煽る。

溜息をついた迷彩は自分の徳利に肘をついて俯いた。

敦賀迷彩はあの鑢七花と同類の人間で、異世界から学園都市に召喚された。一つ違うのは死人という面である。因みに彼女を殺したのは誰でもない。鑢七花その人だ。

彼女は千刀流と呼ばれる護身術の達人で十二代目当主だった。そして四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本が一本『千刀 鎩』の所有者であった。しかし虚刀流に敗れて散る。

そして気が付いたらこの世界にいた。というのはあらすじだ。

そのため、迷彩の服装は現代の者とはいささか違う方向にある。

巫女装束のような着物に身を包み、足には足袋と草鞋が吐かれている。

だが腰の長さまである長い髪に、10人が言えば美人だと10人が言うだろう整った顔立ち。それの眼尻には赤い化粧が施されている。美人はどんな格好をしても許されるのだ。

付け加えるなら彼女は大の酒飲みで、いつも酒の入った徳利を手に持っている。

自分と一緒に酒を飲めばその人はみんな友達というほどの飲んだくれだが、彼女を知る者たちは迷彩はベロベロになるのを見たことがないとかどうとか。


そんな彼女の横にいる酒飲み爺は彼我木輪廻。職業は仙人と、なんとも今頃の小さい子供が口にしたら将来が危ぶまれる職業だが、正真正銘彼は仙人である。

証拠に彼の姿は普通は見えない……筈だ。筈だというのは迷彩は見えているようだが、今日の夕方やってきた弟子二人が姿を現すと交代するように彼我木は姿を消す。

姿を消すとは、逃げるの比喩だという意味ではない。隠れるのでもない。消えるのだ。雲か霧か霞か靄が如く。

そしてもう一つ理由がある。

それは彼の姿は本当の姿ではないのだ。

今の彼の姿は、迷彩が苦手意識を抱いている人間が集まった姿だ。

彼我木曰く、この姿はかつて迷彩が殺めた人間の…盗賊仲間と先代の敦賀迷彩の姿をしているそうだ。

関係ない話だが自分を殺した鑢七花とその主の奇策士とがめから見た彼我木輪廻は、今とは全く違う姿となるらしい。

外面的特徴は七花が苦手意識を持つ凍空こなゆきと鑢七実。年端のいかぬ少女と実の姉だとは聞かされて大変驚いた。

立ち振る舞いは同じく七花が苦手意識を持つ汽口慚愧と敦賀迷彩。自分が入っているというのは、少しだけ嬉しかったのは秘密だ。

そして内面的特徴はとがめが苦手意識を持つ飛騨鷹比等だそうだ。飛騨鷹比等は奇策士とがめの実の父とは一番の驚きだった。なるほど、彼女が刀を探すのは国家安寧という大層な事ではない。復讐だったのだ。とその時、納得した。

少し反れたが、彼我木本人が言うには自分の姿を簡単に言うと、自分の苦手な者を映す鏡だそうだ。全くその通りだ。ありがた迷惑極まりない。

そんな人間(?)が普通に一般人に見える筈がない。そもそもこの仙人は齢三百という長寿。

迷彩はこの男を物の怪か妖怪としか見ないようにしていた。


ああそうそう、先程のさらりと出てきたが迷彩には今、弟子が二人いる。とある二人の少女たちだ。名を、吹寄制理と佐天涙子と呼ぶ。吹寄の方は高校生。佐天は中学生だそうだ。

迷彩も彼我木もこの世界の教育の仕組みを全く知らなかったので、その単語が全く分からなかったが不思議がった本人から不思議そうに教えられた。

彼女たちはひょんな事から千刀流に弟子入りした。

しかしそんなことは今はどうでもいい。

ここより先は、長くなる為また後ほど………。


以上、説明終わり。ああめんどくさかった。

さて話は戻る。

迷彩は今、物凄く何を言おうか考えていた。はてさて、どう応えようか。


「彼我木……。お前が言ったことだと私の記憶がこう言っているのだが、たしか『この街に私たちを捕まえようと自警団が動いている』とかどうとか」

「ああ、確かに言ったな。正式には風紀委員と警備員と呼ばれる、子供たちと教師たちの同人たちじゃ。おもに街で起こった犯罪事件事故などの調査と防止と犯人の逮捕を生業としている」

「ああ、それは知っている。なにせお前から聞かされた事だからな。それと同時にさっきの事も聞かされた」

「ああ、確かに言ったな。鑢七花がこの街に来たとき、随分と派手に暴れてくれたらしいからな。奴を捕まえようと敏感に動いているだろうし、同類の儂たちの存在も掴んでいると思った方が良い」

「ああ、そうだったな。こういう事も言っていたな。私たちは彼らから見れば異物だ。異常な力を持った人間で、異端で異様で奇異な存在だ。完成形変体刀も含めて。それらが外から子供を預かっている形で成り立っている学園都市からすると危険なんだろうと」

「ああ、確かに言ったな。それらすべてを丸々嘘をつかずに。ああそうだ、明日からの祭りには警備員が街中で警備の任を任されているそうだ。常に街中で警備員がうろうろしておるじゃろう」


彼我木は徳利を傾ける。が、中身がなくなったのか少々残念な表情を見せた。


「例えば鑢七花が堂々と街を歩いて行けば、警備員に肩を叩かれてお縄にしょっ引かれることになるじゃろう」

「じゃあ、改めて訊く。なんでそんなわざわざ捕まりに行くような行動をしなくてはならないんだ? 虎の子なんていらないのに虎穴に入るようなもの。乗る理由がない。断る。行くなら自分一人で行けばいい」

「冷たいな。儂とて美人なおなごと遊びたいのじゃよ」

「それでよくも仙人になれたな。それに私はもう『おなご』と呼ばれる歳じゃない」

「冗談だ」


だと思った。


「とにかくこの話は蹴る。当然、警備員とやらに捕まりたくないし、そもそもお前と一緒に街を歩きたくないからな。じゃあ私はもう寝ることにする」

「それは残念だったな。じゃあしょうがなく儂は一人淋しくトボトボと祭りの見学とでも行くわい」

「ああ一人でどうか楽しくやってくれよ。私は私で一人で楽しく酒でも飲んでる」




――――――――と、二人で会話していたのは昨日の晩のことである。


今は次の日の夕方。

とある廃ビルの屋上で、暮れる夕日を背に汗だくになって息を整える弟子二人。

吹寄制理と佐天涙子は自分を磨くために今日から千刀流の門下生になった二人である。


先程も言ったが吹寄と佐天はひょんな事から弟子になった。

ひょんな事とは昨日の無能力者狩り事件である。上位能力者による女性無能力者誘拐事件であるが、二人はその被害者であった。

被害者の中でも無能力者狩りたちにつけられた傷は二人とも浅い。掠り傷のようなものだ。だがしかし、その掠り傷の痛みと恐怖の記憶は一生忘れないだろう。

そこでもう二度とそんなことにならないように。またもしも目の前であんな風にされている人たちがいたら助けられるように。二人は敦賀迷彩に頭を下げたのだ。

快諾した迷彩は早速翌日である今日の朝から稽古を命じた。しかし、佐天はともかく吹寄は大覇星祭の実行委員の一人である。吹寄は昼からの稽古だった。

まずは基本的な体力から見た。二人ともそれなりにはあったが、吹寄はともかく佐天は体力的に少々心配な面がある。が、千刀流を完全に教える事でもないので除外してもいい項目だ。

そのあとはざっと、簡単な“型”を教えた。

千刀流も虚刀流も、いやこの世に存在する全ての剣術柔術拳法などの武術にはそれぞれ型がある。

その型を基本としている。型とは一番効率的に人間を倒す為の構えであると言った方が簡単か。野球の素人と玄人のボールの投げ方を例に挙げるといいだろう。

これらは、先代たちが考えに考え抜いた技の最も大きい業績であると言っても過言ではない。………まぁ、最強の鑢七実はそれを真っ向から否定したのだが。

とにかく。

型は何度も反復して練習する。

不意に敵が攻撃してきてもとっさに自然と構えを取って相手を倒す為だ。卑怯な奇襲で死んじゃいましたじゃあ元も子もない。

今日はここまでだ。

明日からも稽古を付けようと思ったが、一週間の祭りがある。次回は一週間後ということになった。

そうだな。一週間後は何を教えようか。


と、迷彩が思いに耽っていたその時だ。

帰り支度を済まし、ジャージから私服に着替えた佐天涙子が飛びっきりの笑顔で迷彩に話しかけてきた。


「あ、師匠」

「師匠じゃなくて迷彩でいいよ。 なんだい?」

「はい師匠。明日ってヒマですか?」

「…………まぁ、ヒマだね」

「良かった! じゃあ明日の大覇星祭見に来てくださいね!」

「え?」

「あ、佐天さん、もうこんな時間。完全下校時刻すぎちゃう!」

「え゛ッ!? マジですか!? マジだ!! じゃあ師匠今日はありがとうございました!!」

「では先生。今日はここで失礼致します」

「……………あ、ああ。また来週な」

「じゃあ師匠!! 明日は絶対来てくださいねぇーー…………」


走り去る弟子。彼女が走りながら後ろに振り返って手を振り、颯爽と帰ってゆくにつれ、声が小さくなってゆく。


「……………どうしようか」


断れなかった。

あの佐天の穢れの無い真っ白な笑顔に押されてしまった。

もしも、もしもこの場面を彼我木に見られていたら…………。きっとニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら陰に隠れているだろう。

それが非常に腹が立つ。

しかし佐天の頼みをそのままにして放っておくと、何か嫌な予感がする。


「………どうしたものかね」


叶えてあげたいけど、ちょっと遠慮したい気持ちだ。

と、思ったその時。




「行けばいいじゃないか?」



「ッ!?」


声が聞こえた。後ろからだ。この声は彼我木のものだった。

迷彩はバッと先程弟子に教えたばかりの構えで振り返る。

が、誰もいなかった。


「………気のせいか」


いかんいかん。あまりにも参りすぎてを幻聴を聞くようになったか。

ふぅ。迷彩は息を強く吐く。やれやれ。額の汗を腕で拭く。

まあいいか。しょうがない。


「………頑張ってみようかね」


無論、警備員に捕まらないようにだが。

それにあの二人の身体能力を見る為に行くだけだ。一瞬だけ見て少し会話を交わしてから帰ろう。


そう東の空から月が出ていた。

今日も昨日に引き続き、良い月だな。迷彩は今日も月見酒でもしようかと考え、屋内へと入って行った。

すたすたと階段を下って行く音が、屋上で小さく響く。




と、隅で何か人影が動いた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


昼の事である。上条当麻は一人の少女の病室にいた。


「なぁ結標……」

「なぁに、当麻くん」


結標淡希はベッドの上で、上条が剥いた林檎を齧った。甘い果汁が口いっぱいに広がる。


「お前、これからどうするんだ?」

「どうするって?」

「どこに住むんだよ。今日退院だろ?」

「さあ、どこに行こうかしらね……。私が通っていた霧ヶ丘女学院も退学扱いしたって聞くから、学生寮使えないでしょうし」

「この病院もボランティア施設じゃねぇ。何日かしたら出て行かなくちゃならない。一応先生に頼んでみたけど、ダメだった」

「そう。ありがとうね、色々と駆け回ってくれて」

「いいんだよ。助け合いの精神だ」


上条は机に置いてあった林檎に手を伸ばし、100円均一のショップで買った果物ナイフで皮を剥く。

そういえばこの前ニュースであったが、今の日本人は上条のようにクルクルと林檎を回して剥く人が少なくなってきたらしい。まぁ、今はどうでもいいが。


「皿貸してくれ」

「はい」


上条は結標からさらを受け取り、その上に小分けした林檎を乗せる。


「はい」

「当麻くんも食べればいいのに」

「いいよ。お前の為に買ってきたんだから。それに、喰っちまったらウチの居候が噛み付く」

「居候? 当麻くんの部屋って二人部屋なの?」


結標は首を傾げる。


「あれ? お前………あ、いや、やっぱいいわ」

どうやら結標はインデックスや否定姫と顔を合わせていないんだ。そういえば、昨日インデックスが


『むすじめいなくなった! 修道女としてあるまじき過ちなんだよ!!』


って顔を青くしてウロウロしていた。

彼女には結標はこの病院にいるという事を伝えたら。


『あぁあ!!また当麻、変なことに巻き込まれたんでしょ!!』


と見事的中の回答を一発で当てられた。

『正解者ニハ拍手』という電子音がその時頭に響いた。

どうして学園都市でカリキュラムを受けてないのに超能力が使えるんだよと本当に考えさせられる。

これが俗にいう『女の勘』という物なのか。だとしたら染色体がXXの生命体はみーんな原石の超能力者だ。

しかし、そんなことなどどうでもいい。


「因みに、今の所持金は?」

「私のお財布の中身には一応1万円。それとキャッシュがあるけど、使えるかどうかはわからないわ」

「そうか………」


一万円か。そういえば今月の仕送りはもう一万円を切っていたな。たしかあと10日で仕送りが来るし、否定姫の懐にもまだ幾らかあるそうだ。頼み込んで出してもらおう。

そして、こんなことはどうでもいいのだ。

なぜこうも先程からどうでもいい余所事ばかりを考えてしまうのだろうか。

なぜこうも心がときめくのか。男の自分が言ってて気持ちの悪い表現だったのは自負している。だがしかし、この心がドクンドクンと唸ってしょうがない。

これが、恋と言う物なのか。

上条当麻は知っての通り記憶消失である。7月の27日以降の記憶が全くない。毛ほどもない。

昔、自分はこんな心情に囚われたかもしれない。しかし、この記憶消失の自分にとって、これは初恋なのか。

ではなぜ、結標淡希に恋をしたのだ?

昨日、初めて………きっと初めて、唇を交わした相手だからか?

それともこんな惨めで無力な自分に、こんなに愛してくれると言っているからか?

なんでだ? どうしてだ?

どうしてこんなに頭がクラクラする?


「………当麻くん? 上条当麻くん?」

「へ? あ?」

「聞いてる?」

「あ、ごめん。聞いてなかった」

「もう、当麻くんったら」


結標は笑う。上条も笑った。


「とにかく、私は財布の一万円でどこかの安ホテルに泊まるわ」

「おい、それは無理だろう。明日から大覇星祭だ。どこのホテルも満席だぞ?」

「あ……そっか…………」


今の上条の部屋には上条含め4人が生活している。(一人は姿を現さないが)。この現状でもう一人を住まわせるのはいささか問題がある。

スペースの問題もあるが、管理人の眼が怖い。一応学生寮は登録してある人物以外を住まわせるのは原則禁止。それに男子寮である。女人禁制は当たり前。一人でもご法度なのに3人も入れるわけがない。

しかし、今は結標が困っている。

ここまで慕ってくれる女の子に、手を伸ばさずに路頭を彷徨わせるのか?

出来るものか。

―――――――例え俺が何と言われようとも、コイツは守って見せる。



「よしわかった。結標、お前明日かr



「お困りの様だなッ!!」



a……………あ?」


ガラリッ! 病室のドアが勢いよく開けられた。それとほぼ同時に元気のよい声。少し掠れたようなこの声は………。


「―――つ、土御門!? なんでここに!?」

「ようお二人さんオッスオッス」

「あらあなたは」

「ぇえ!? 知り合いなの!?」

「上やんには関係ないにゃー」


土御門元春は上条当麻の同じ高校のクラスメイトである。金髪にグラサン。秋だというのにアロハシャツという180cm前後の長身の男である。

ニヤニヤと口元を吊りあげて歩いてくる土御門は、上条の横にあった椅子にどっかりと座った。


「お、いい林檎だな。1個貰い」

「あっ」


土御門の不意な横取りで、結標は膝の上に乗せていた皿の林檎の一切れをさっと奪われた。


「んほ~♡うめ~♡ 頬っぺたが落ちるに…」


にゃー、と言おうとした。が、それは阻まれる事になった。

なぜなら、


キンッ! と、小切れのいい小さな金属音が原因である。


「それは、上条くんが私の為に剥いてくれた林檎よ。勝手に食べないで頂戴。それと、人から物を貰う時は一言断ってからってお母さんに言われなかった?」


そしてもう一つ。結標が抜き身の日本刀を手にして剣先を土御門の喉仏に当てているからだ。

鋭い刃が、窓から入る太陽の光を怪しく反射する。

剣先が刺さっている喉仏の先頭からツーっと、紅い線が首元へ伸びた。


「謝りなさい。さもないと―――――――――――首、落すわよ?」


ぞくっ。 土御門は寒気を覚えた。上条もそうだった。結標の眼は『本気』だった。完全に人を殺す眼だった。

しかしこんな殺気などいくつも感じてきた多重スパイである土御門は笑っておどけてみせる。


「“上条くん”ねぇ……。随分と俺がいる時と上やんに対する態度が違うじゃないかにゃー」

「黙りなさい。首を落とす前にその耳障りな薄汚い雑音を出す喉、突き刺すわよ。よかったわね、ここが病院で。すぐに人口声帯の手術ができるわ♪ 一生雑音奏でてろ」

「安心しろ。学園都市の人口声帯はテノール歌手並の声域を出せるらしい。良かったよ、俺は明日からカラオケが苦痛にならなくなる。感謝感激だにゃー」


両者の双眼が衝突する。

平気で人間の首を飛ばす人殺しの結標の眼。

無数の修羅場を潜り抜いてきた土御門の眼。

一方は剣を持って。

一方はサングラス越しで。

火花を散らす……いや、両者、どうやってコイツを殺そうか本気で考えているだ。

間で固まっていた上条は土御門の右手には一本の拳銃が握られているのに気づいて、そう思い知らされた。


「ちょ、ちょっとストップ! 待て二人とも!! ここは病院だぞ」


と、ドラマでよくある台詞が自然と出てきたことに少し笑ってしまいそうになったがそんなことがどうでもいい。0,0005秒でイスカンダルまで遠投する。


「お前ら、一体どうしたんだよ。知り合いみたいだけど、ここでそんな物騒なモンだすな」


上条は右手で結標の日本刀を、左手で土御門の拳銃が握られている方の手を押さえる。

まったく、ちょうど今結標の同室の人達がみんな外に出かけていたから良かったものの、誰かに見られたら絶対にアブナイ人に見られただろう。……実際にそうなのだが。


「お前らいきなり誰かが部屋に入ってきたらどうすんだよ。結標はとにかく刀を収めろ」

「…………上条くんがそういうなら…」


と、結標は渋々刀を土御門の喉仏から引き、掛布団の中に隠してあった鞘の中に収めた。

「ほら、土御門もその拳銃どっかやってくれ」

「あ、上やん。これエアガンぜよ」

「なぬ!?」


土御門はそう馬鹿にしたような顔で拳銃のマガジンを取りだす。マガジンの中は白いBB弾が詰め込まれていた。


「なんだよ、脅かすなよ。 てっきり任侠映画みたいな修羅場が始まるのかと思った」

「と、思わせて暗殺用の改造エアガンだったりして」

「へ?」


上条は間抜けな声を上げる。


「まぁそんなどうでもいいことは置いておいて」


土御門は、ネジとエアーの出力を改造して破壊力を人間の皮膚を突き破る程までに跳ね上げさせ、BB弾の代わりにブドウ糖と毒素を一緒に固めて硬化させた弾を発砲し人を殺める暗殺エアガンの銃身を腰に入れた。


「結標よ。長い仲だ、お前に助け舟を出してやろうと思ってだ」

「確かに長い仲だけど、仲と呼べるほど付き合いないわよ。 だって喋ったのなんて一回か二回じゃない」

「まぁ聞け。お前がそんな大怪我負ったのは元を辿れば俺が上やんを巻き込んだのが原因ですたい。だからお前の身の安全は俺が保証する義務がある」

「馬鹿言ってる場合ですか。まさかあなたと一つ屋根の下で住めとか言ってんじゃないでしょうね。そもそも貴方と上条くんの関係って何? 上条くんはさっきこの男と私が知り合いだってことが意外そうだったけど、私も上条くんとこの男と関係があったなんて意外を通り越して衝撃よ」


衝撃よ。もう一度結標はそう強く言った。

それほどまで土御門と上条との関係を否定したいのか。いや、上条と学園都市の闇との関係か。


「まぁこれまた質問を続けて投げつけてきやがって。いいだろう、答えてやる」


土御門は太腿を叩いた。

一つ目。『まさかあなたと一緒な部屋に住めとか言ってんじゃないでしょうね』の答え。


「近い意味でそうだな」

「嫌よ。絶対に嫌。貴方と同じ家に住むなんて。たとえハムナプトラ2の虫の巣が君の家よと言われても、貴方と住むんだったら喜んで虫の巣に入るわ」

「あと、二つ目の質問の上やんと俺の関係は高校のクラスメイトで学生寮のお隣さんだぜぃ」

「話なら聞いてもいいかもね」


結標の眼の色が変わった。

上条は間髪入れずにツッコむ。


「ちょっと待てコラ」


しかし土御門はそれを完全に無視して続けた。


「そう来なくっちゃな」




「――――――――俺に提案がある」



土御門はにやりと笑って、グラサンを中指で叩いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「―――――――――これで良いのか?」

『ええ上出来上出来♪』


土御門はとある病院の病棟の休憩室にいた。テーブルに着き、ぐでーって窓からの日差しの暖かさの恩恵を授かっていた。

片手の携帯電話は耳元に当てられている。

相手は………。


「しかしまぁ、あれが完成形変体刀って奴か……意外と普通だな。―――――――否定姫」

『その名は出来るだけ出さないでね。そこには私と変体刀の存在を良く知っている奴らがいるから』

「了解。」

『後の事はわかっているでしょうね?』

「わかってる。とりあえず貴様の命令には絶対服従の身だからな、断りたくても断れない。そうしたら今度は兄妹の命の綱が断たれるからな」


言葉の声色では普段通りにしているが、彼の表情は心の底から軽蔑して罵っている表情だった。

それほどまでに、否定姫が憎い。恨めしい。今すぐにでも殴り殺したい。

しかし、叶わなくて歯がゆい。


「とりあえず、上やんと結標はちゃんと送り届ける」

『わかっているならよろしい』

「結標の診察は午後からだからしばらく待ってくれ。そうだな、2時にはそっちに着くだろう。それまでこっちで自由行動にとらせてもらう。………それと、結標が持っている『鎩』の事なんだが」

『なぁに? 私今日は機嫌がいいから何でも訊いて良いわよ?』

「あれがお前が最強最悪と豪語する完成形変体刀十二本が一本って奴なのか? 普通の日本刀じゃないか」

『「千刀 鎩」は例外よ。「鎩」の特徴は物量。刀は基本的に消耗品だからね。例えよく斬れても血と油で汚れるし骨で刃毀れする。そう言う風に扱っていくと当然斬れなくなるし折れてしまう』

「それで代用品千本造ったか…………なんとも単純な話だ」

『単純ね。でも、その刀の凄みはその千本中千本、まったく違う刀がないのよ』

「あり得るかよそんな話。今日の朝お前に聞かされた夢物語のような空想話信じるか」

『でも、そんな夢物語でもちゃんとした現実よ? あんた、目の前に見たら喉から手が伸びるほど欲しい代物があるかもしれないのよ? ねぇ~陰陽博士さま?」

「………………」

『いいわよ~♪ 完成形変体刀がどんなものか見学に行っても。ただ、泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』


ブツンッ―――………ツーツーツー


パチンッ。土御門は携帯電話を閉じる。

前にあるTVはつけっぱなぢだった。そして昼の報道番組で『今日の貴方の運勢は最高のラッキーデ―♪ 会いたいと思った人と会えるかもよ?』と流れていた。もう昼時だっていうのに、何をほざく。そもそも占いとか無縁のこの学園都市で占いなど、本職の人間からして呆れさせられる。

まぁそんなことはどうでもいい。土御門は立ち上がった。

日向ぼっこはここまでだ。ここからは暗部としての土御門の出番だ。


(…………一応、俺はアレイスターに大見え切ったからな)


しかし現実は残酷で、彼は今は苦汁をどっぷりと飲まされている。

昨日の晩の事である。

隣に住む上条家の部屋から異様なマナを感知し、それを辿って屋上に行ったら怪しい人物が魔術結界を張っているではないかと必要悪の教会の一員として銃を持って討伐しようとしたが、怪しい人物こと否定姫に返り討ちにあったというのが前回のあらすじだ。

その否定姫という女、その女はまさに“化物”と呼んでもおかしくない化物だった。

いや、彼女は化物ではないか。

化物だと言ってくれた方がまだ安心できただろう。


否定姫は“魔神”だった。


この魔術世界の古今東西すべての魔術を理解し扱う。そしてそれを応用して新たな術式を作り上げる者。まさに神の領域に一歩踏み出した人間だ。

彼女に土御門元春は敗北し、しかも義妹を人質に取られた挙句、否定姫の洗脳魔術によって嫌々でも働かされる羽目になった。

嫌だ。動きたくないと思っても、頭が勝手に思考を巡らし、体が勝手に動く。

しかし今は嫌だ嫌だと駄々を捏ねている暇はない。

奴を出し抜くためにはどうするべきか。

今回は上条当麻は使えない。これ以上は彼を危険な領域に踏み込ませる訳にはいかない。

しかし、どうすればいいのだ? 相手は魔神だ。常に自分と妹の安全を顧みなくてはならない。今日でもいきなり妹の首がシャンパンの栓みたいに飛んでしまってもおかしくはない。

だからと言ってこのままあの女狐にヘイコラ従っているほど土御門という男は安い男ではない。

だから、自分と妹の命のデッドラインギリギリまで、否定姫を出し抜く方法を探る事にした。

まぁ、そのことは彼女も見込んでいるだろうが、それは先の電話でそれは確信に変わった。

とりあえず、この病院にあるだろう完成形変体刀とやらを見つけなけよう。出来れば盗むが、無理なら深追いはしない手で行こう。


「(全く、冥土返しも困ったもんだ)」


そう心の中で吐き捨てて土御門は歩き出した。


「(こんな面倒な奴らを匿ってるんだからな。奴も何か案があるかもしれないが………)――――――…………と、」


土御門は背後に何かを感じた。


「(……視線? ………いや、これは)」


殺気か。


後ろを振り帰ってみる。しかし、そこには誰もいない。


「……………。」


土御門はそのまま行こうとした方向へ向きを戻し、足を進めた。

が、その足は一歩で止まった。

背後に左右田右衛門左衛門が現れたからである。


「どこへ行く。」

「そんなこと、貴様が知っても面白くないだろう」

「不面白。面白くないな、何せ姫様の障害になる行動を起こそうと貴様は動いているのだからな」

「わかっているなら訊くなよ。耳障りだ」


殺気が増す。右衛門左衛門は袖から一本の苦無を取り出し、土御門の背中越しにある心臓めがけて突き刺す。


「やめておけ。貴様でもここで面倒事を起こしたらそれこそあの女狐の障害になる」

「不成。成らない。貴様のような塵一つ、暗殺しても私を見る事も見つける事も出来んだろう。即ち、姫様の障害には決して成らない」

「それはどうかな? この俺が本気を出せば……まぁ貴様と同等には及ばないかもしれないが、傷物を付けさせることが出来るぞ?」


右衛門左衛門は下を、土御門の右の手を見てみる。

腰に回った右手には一丁の拳銃が握られている。それが右衛門左衛門の腹に当てられていた。


「不付。付けられはせんよ。その玩具の銃ではな」

「この時代を舐めるな爺が。例えモデルガンでも改造すればコンクリにめり込む程の威力はでるし、弾も仕込めば毒で人を殺せる程になる。――――――折角だ。お前で試してやろうか?」


一つの間。

三秒もないその間だが、一時間に感じるほど長かった。それほど緊張感と殺気が蠢く間。魔の間。

しかし二人とも汗一滴も流さない。

と、動きがあった。

土御門は笑って口を開いたのだ。


「やめようぜ。ここじゃあ人の目がある」


そう言って顎で曲がり角を指した。


「―――麦野、面会謝絶とは超ついてないですね」

「ホント、結局会えるのはまた今度って訳ね」

「明日は大覇星祭ですから超ムリだとして、明後日か明々後日ですね」


若い女子二人の声だった。段々とこちらに近づいてくる。

土御門はニヤリと笑う。


「さぁどうする」

「……………………。」


返事はなかった。その代り、右衛門左衛門は苦無を袖に戻し、殺気と共に消えて行った。


「………………ふぅ」


土御門は溜息を一つ。


「一難去ったか。全く心臓に悪い」

どっと堰が切られた様に汗が溢れ出る。正直、あんなバケモノとモデルガン一丁で立ち向かうほど土御門は勇者じゃない。


「(ハッタリが効いたのか、奴の気まぐれか。それとも考えがあっての事か。いずれにせよ、儲けものだぜい)」


目の前に女子が二人、白のニットのワンピースを着た茶髪の女の子と青い帽子を被った金髪の女の子が通り過ぎる。


「(そういえば第4位の『原子崩し』もこの病院で入院中か)」


土御門は頭の中であった情報を思い出した。

まぁどうでもいいか。

土御門は歩き出す。そうだな、まずは地下から探そうか。その完成形変体刀とやらを。

と、これからの隠密行動の計画を練っていたその時、


「―――さぁて、これから七花さんと超稽古の続きですか」

「よく続けられるね、あんなの。星一徹かっての。…………星一徹と鑢七花って名前似てない?」

「超似てないです」


先程通り過ぎた二人組からの一言だった。


「(――――――――鑢七花だとッ?)」


今日、ある程度否定姫から話は聞いていたが、その中に『鑢七花』というワードも入っていた。

虚刀流七代目当主鑢七花。またの名を、完了形変体刀『虚刀 鑢』―――――。







「――――――――――――…………………………なるほど、そういう事か」


土御門元春は呟いた。

彼は今、病院の地下にいた。誰もいないこの大きなこの部屋で、ただ一人だけそこにいた。

目の前には、無数の日本刀が頓挫していた。

本数は千本と一本。


これが、四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本の内の二本。『千刀 鎩』と『斬刀 鈍』である。


確かに、滑稽な刀だ。本当に千本ありやがる。

土御門はそのうちの一本を手に取って抜く。見事な刃だ。

陰陽師は儀式などで時折刀を使うことがある。何度も言うが土御門は陰陽師。しかも陰陽博士という座にいた。

そのため、色々と刀を見てきた。ある時は儀式。ある時は妖刀。ある時は憑物払い。ある時は聖剣。ある時は鑑定。

余談だが、陰陽道と刀というのはそれなりに関わりがある。

よく漫画などで出てくる『臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前』は『九字護身法』という密教の呪術から来ている。『九字を切る』とも言うが、それは『早九字護身法』と呼び、人差し指と中指を立てて親指と薬指と小指を畳む刀印と呼ばれる印で行う。

刀印のモデルは字の通り刀。陰陽師は千年前から妖や悪霊などをそれで斬るように払ってきた。

余談が過ぎた。

要は土御門元春はある程度、刀を見る目があるのだ。

『千刀 鎩』

一本のみでも歴史に残る程の名刀。万物を叩き斬る事が可能だろう刃と憑りつかれそうになる程の妖しい気をこの刀は孕んでいる。

手に持った『鎩』を収め、別の『鎩』を取って抜いた。先程の『鎩』と一寸狂いなく同じ物だった。


「これと同等…いや全く同じ物が千本。全く化物だな」


土御門は四季崎記紀をそう尊敬と憂慮を込めて吐き捨てた。

『斬刀 鈍』も同等な物だった。刃の表面に三角形のような模様があると思えば、それは斬れ味を格段に増すように、斬る対象を削り取るような構造になっていた。

そう言えば肉食恐竜の歯の化石にもこんな風な刃になっていた。

四季崎記紀。生きていたならば一回は見ておきたかった。こんな芸当、一人の人間が作れる訳がない。

先も言ったが否定姫から完成形変体刀十二本と完了形変体刀の事はある程度聞いている。が、それは本当に『ある程度』で、刀の形と特徴のみしか聞けなかった。それ以降は『自分で調べなさい』の一点張り。だから土御門は信じきれなかったのだ。こんな漫画の世界のような刀がある訳がない。

漫画の世界だろう刀はここにある。無数の刀と万物を斬り裂く刀。

もしもこれと同じ日本刀を打てるとならば、それは魔導書を繰らなければ作れないかもしれない。学園都市の最新鋭の技術など一本に付き一大プロジェクトが立ち上がる。

まるで聖剣エクスカリバーか機動戦士ガンダムでも造ろうというようなものだ。

いよいよ漫画の世界になった。

だがしかし、土御門元春にはそんなことなど興味はなかった。


「ま、俺は陰陽師であって剣士じゃないぜよ。無用の長物だにゃー」


『鈍』を収める。

そう、彼は魔術師であり陰陽師。魔術師の中でも神裂火織など刀剣を扱う物もいるが、土御門元春という魔術師はその類の人間ではなかった。

そのおかげか、刀の『毒』には当てられなかったようだ。

幾ら価値ある刀でも、土御門からすれば骨董品。まぁ魔術の術式には使えそうだが、普通に模造刀でも十分だ。あまり重大視しなかったし重要視もしなかった。

呪われた骨董品で身を固めて身を滅ぼした人間を沢山見てきている。医者の不養生と言う風に刀に呪われたくない。

「さてさて、もうそろそろオイトマさせていただきますかにゃー」


そそくさと部屋の出口へ素早く移動し、物音一切立てずに部屋を脱出し、そ~とドアを閉める。

が、


タタタタタタタタタタタタタタ………誰が駆け下りる音がした。目の前にある、一階へと登る階段からだ。


「っ!?」




「全く、先生も人扱い荒いって訳よ!」


フレンダ=セイヴェルンは慌てて鍵をカードキーを手に階段を駆け下りる。

実は先程カエル顔の医者から『すまないけど、武器庫の部屋の鍵閉め忘れたから閉めてきてくれないかい?』と言われ、急いで閉めに来たのである。


「早くしないと『そこまで言って委員ですかい』が始まるぅぅぅう!!」


フレンダはドアに付いている薄い溝にカードキーを差し込み、傍にある1~9の番号があるタッチパネルに指名された番号を並ばせた。

ピーピーッ! 音が鳴る。


『暗証番号確認いたしました』

「ヨッシャア!」


何にヨッシャアかわからないが、フレンダは足ふみをしながらカードキーを抜き取り、回れ右して颯爽と戻って行った。

タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタ…………フレンダは階段を駆け上る。

登った先の頂上部には一つのドアがあり、フレンダはそれを半ば体当たりのようにして抉じ開け、廊下を駆けて行った。


「ゥォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


待ってろたかじ~ん………。

フレンダの声がこだまする。駆けた彼女を見かけたナースは「廊下は走らな~い」と一応注意はした。

そのナースはフレンダが飛び出してきたドアを通り過ぎる。

その10秒後。

誰もいない事を確認して、土御門元春は姿を現した。


「いや~危なかったにゃー」


久しぶりに隠密行動のヒヤヒヤ感を満喫できた。

さて、土御門は実は物陰にヒッソリと身を隠していたのだが。そこが階段の影。ちょうど収納スペースとして使われるはずだったのだろう。人が4人ほど入る空間があった。そこに土御門は隠れていたのだ。

さて、アクシデントはともかく時間は有意義に使えた。

さてさて、これからも面白そうなのが色々とありそうだ。

否定姫が言っていた事は信じよう。

そう言えば、先程のあの少女は鑢七花と顔見知りだった。そして麦野沈利とその少女は知り合いらしい。まぁ別の麦野さんという事もあり得るが。それと麦野の主治医は冥土返しだったか。最後に麦野の知り合いの茶髪は『七花さんと稽古』とか言っていた。

鑢七花と麦野沈利と冥土返し。

この三つが何らかの関係性があるはずだ。土御門は脳内で色々とあり得る可能性を示唆しては消して行く。そして残った者を仮説として立ち上げる。

今のところは何にも言えない。だが、言えるのは麦野沈利は冥土返しが治療し、麦野の知り合いを鑢七花が鍛え、その場を冥土返しが提供している。

そうだ、もう一つあった。昨日の無能力者狩りの事件。吹寄制理が巻き込まれてしまったので、気になって経緯を調べた。そこで被害者の一人の証言の話を裏から手に入れた。

その証言者曰く、無能力者狩りのリーダーは『なんでも斬れる日本刀』を所持していたそうな。しかも鞘と鍔と柄は黒。『斬刀 鈍』と見ていいだろう。被害者は気絶してそれ以降は覚えていなかったそうだが、恐らく『斬刀 鈍』を鑢七花が奪取したと推測される。

鑢七花。一体どんな人物だろうか。


「見てみたいもんだな」


土御門は呟いて曲がり角を曲がった。

と、いきなり壁にぶつかった。


「おっとすまねぇ」


壁ではない。人だった。2m以上あるだろうか、髪の長い大男だった。


「ああ、こっちこそ、考え事してて呆けていたにゃー」

「にゃー?」

「いや、気に留める事じゃないぜぃ。口癖ぜよ」


と、腹を頭突きしてしまった男を見る。この時代に和服と奇怪な恰好をした男だった。しかも女物を色々とアレンジしている。変わり種と名高いロンドンの必要悪の教会にもこんな恰好をする奴はいない。

しかも、その男は全身傷跡だらけであった。頬に十文字と一文字、腹にも十文字。他に銃創が幾つもあった。

一体、この男の半生はどんな壮絶なものだったのだろうと半ば気になった。体つきからしてかなりの強者だということがわかる。


「こっちは急いでるもんで。すまなかったにゃー」

「ああ、こちらこそにゃー……じゃなかった、こちらこそな」


土御門は男と別れて足を進める。男もさっさと去っていった。

数歩あるく。と、白いニットのワンピースを着た女の子とすれ違った。

誰かを探しているようで、キョロキョロと辺りを見渡している。

そんな彼女が土御門が通った曲がり角を曲がった。

と、


「―――――あ、いたいた。七花さーん!」

「あ、絹旗。そんなところにいたのか」


聞こえた。確かに聞こえた。

七花と。


「―――――ッ!!」


土御門はとっさに振り返って曲がり角から様子を伺う。

そうだ、さっきの女の子はあの青い帽子の子と一緒にいた子ではないか。

彼女は鑢七花に半ば抱きつく感じで腕を取り、あの地下室へ繋がるドアへ入って行った。



『今日の運勢はラッキーデー♪ 会いたいと思った人に会えるかもよ?』


「…………学園都市の占いも捨てたものじゃないな」


は。

笑えたものじゃない。いや笑うしかない。陰陽師が科学の占いを褒めるなど。

ともかく。

あの雰囲気、どこかで嗅いだことのあると思ったら左右田右衛門左衛門と殆ど同じ匂いがした。―――――人殺しの匂いだ。


『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』


否定姫の言葉が頭で木霊する。


『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』

『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』

『泥棒とかと勘違いされて七花君に斬られないようにね~♪』


相手にすれば、一刀両断。と、あの女狐は思っているだろう。だが、伊達に陰陽博士の地位に立っていた訳ではない。

いつかは、アイツも否定姫も、出し抜いて見せる。

土御門はそう心に再度誓い、踵を返した。


「そろそろ、上やん達も終わっている頃だろうな」


病院は今から午後の診断が始まる為か人が増えてきた。

その中に、土御門はまぎれて見えなくなった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


この世界の夜というのは、気持ち悪い。

気持ち悪いというのは、まずは明るいということだ。街中が異様に光る。どこもかしこも明かりが大きすぎて月明りが全く無く、夜空にあるはずだった星々も殆どない。目を凝らして北斗七星が見えるぐらいだ。

まだ気持ち悪い事がある。それは人がごった返していることだ。

夜だというのに、若者がごちゃごちゃと練りまわっている。

ちらちらと男女二人組が仲睦まじく腕か手を組んでいるのがいる。

まだまだ気持ち悪い物がある。それはその男女の格好だ。男も女も髪を反物のように金か茶色に染め、獅子のような髪型をしている。それも、皆決まっているように殆どの男女がほぼ同じ格好だった。

その吐き気を真庭狂犬は煙管を吸って我慢していたが、どうも好きには慣れない。

何より自分が大好きで大好きでたまらなく愛していた月が、寂しそうに巨大な『びる』なる建造物たちの間に居座っている。いや、居座っていただいてますの方が表現として良いのか。

ともかく、真庭狂犬は怒っていた。

そこへ、同じ真庭の里出身で同じ真庭忍軍獣組の真庭忍軍十二棟梁が一人、真庭蝙蝠が大きな『びにーるぶくろ』なる透明な袋を持ってやってきた。隣に同じく真庭忍軍以下略、真庭川獺が蝙蝠と同じようにしてやってくる。


「よう狂犬。どうしたそんなに不貞腐れちゃってよ」

「いや、どうもこの世界が好きになれなくってね」

「そうか? 俺に取っちゃあ結構好きな方なんだがな」


川獺が言った。


「何せこの時代の子供は『占い』ってのを良く信じる。特に女だ。良く身に着けているものを渡させて俺の『忍法記録辿り』でそいつの人生をあてりゃあ金が入る。楽な商売だ」


しかし、蝙蝠は違った。


「いや、俺は嫌いだね。大っ嫌いだ。何せ殺しが出来ねぇ。しても岡っ引きが追っかけてくるからな。それに得物の調達もなかなかしにくい。こんなにも肩身の狭いのは嫌だな」

「私は夜が夜っぽくない所だね」


狂犬は……一応どの狂犬か言っておこう。髪が青く、胸が大きく尻も大きい狂犬である。狂犬が死してからひとつ前の体の狂犬という、読者にはおなじみの狂犬ちゃんである。

狂犬は先程思った事を言った。


「なんだそりゃ」


蝙蝠に笑われた。


「まぁお前はそうだわな。お前はそういう奴だ」


川獺には可哀そうな目で言われた。


「……うぅ…」

「まぁ唸ってもしょうがないぜ。とりあえず弁当だ」



川獺は袋の中から『こんびに』なる昼でも夜でも営業している店で売っている弁当を手渡した。

透明な蓋の表記には『唐揚げ弁当450円』と書いてある。


「しかしこの世界は不思議なもんだね。何もかもが摩訶不思議の空想絵巻だ」


狂犬はぼやく。


「まぁ俺たちがこうやって生きている、ってのがそもそも摩訶不思議の空想絵巻なんだがな?」

「きゃはきゃは、違いねぇや。まぁいいじゃねぇか、こうしてまたお前らと飯が食える」

「それはそうだね」


三人は割り箸を割って弁当の白米に箸を入れる。


「そういえば、人鳥はどうしたんだい?」


人鳥とは真庭人鳥の事である。真庭忍軍十二棟梁の中でも最年少で小さいから見つけにくい。いつもだったら三歩後ろについて来ているのだが、珍しく今はいない。

狂犬は心配そうな目でそう買い出し係の二人に訊いた。人鳥は彼らと一緒について行ったのだ。

真庭忍軍の至宝(現代風に言うとマスコット的な意味)である人鳥を、特に仲間の命を第一に考える狂犬は憂う気持ちで思っていた。

が、蝙蝠はそんなことなどどうでもよいと弁当をかっ喰らう。


「別にいいんだろうがよ。あいつももう自立心と言う物を持たせた方がいい」

「そうだぜ? 別にあのどもる言い回しが面倒だから書くの面倒くさいからじゃないから心配するな。 無事に帰ってくるよ」

「…………だといいんだが…」


さて、その頃の真庭人鳥は………。


「キャ―――!! 人鳥ちゃんにまた会えたぁ!!」

「うわっ!? や、やめてくださ………あああああああ!!」


偶然帰宅途中だった佐天涙子に、彼女の学生寮前で捕まって散々モフモフされた挙句、


「丁度良かった。ウチでご飯食べない? ほら初春も呼んでさ」

「ぇえ!? ちょ、や、やめてくださ………」

「じゃあ決まった事だしレッツラゴー!」

「ひ、人の話聞いて………く、くださ―――………」


決して拉致ではない。…………が、無事に戻ってくるのだろうか。

さて、話は戻る。



「時に狂犬よ」

「なんだい川獺」

「例の件。ちゃんと進めているだろうな」

「ああばっちりだよ。300人分きちんとばらけてある」

「ならいいぜ」

「ああ、そうだ二人ともよ」

「なんだ蝙蝠。下らない駄洒落だったらお断りだぜ?」

「今日、ひとっ殺し言ってきたんだけどよ」

「ひとっ風呂浴びてきたみたいに言うな」

「確かに返り血は浴びたけどな」

「飯中にそんなこと言うんじゃないよ」

「おっと失敬。 その組織がこんなもんを持っていてな?」

「なんだこりゃあ…―――――――――おい、これって」

「そ、そういう事」

「これは一大事だ。 黙っちゃあいられねぇ。なあ狂犬」

「そうだね。私も出ていいと思うよ?」

「決まりだな」

「ああ」

「いいぜ?」


蝙蝠はニヤリと気味の悪い笑みを作った。


「さてさて、明日の予定も決まった事だし、明日に備えるか」


夜は更ける。狂犬が嫌いと言ったこの明るすぎる夜も、だんだんと街灯は消え失せる。

そして、彼女が愛してやまない月明りが街を照らすのだ。


真庭獣組。

彼らの真意とは―――




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




ぱんっぱんっ




蒼天は果てしない天井が如く高かった。そこに花火が二発上がる、

鑢七花はうーんと伸びをした。

ああ、昨日は酷い目に合った。

急に絹旗は不機嫌になるは、とがめ達には怒られるはで、昨日の晩は何かがおかしかった。

いやはや、昔から感じていたんだが、本土の人間は、いや女という生き物は全く持って意味不明の謎だらけだ。

もしもとがめにこのことを言ったら彼女は『まだ昨日の事がこりとらんのか!』と罵られるのでやめておく。

昨日はやれ女心だやれ『じぇらしー』だでうるさくてたまらなかった。この時代の男たちは皆、女心とかいう物を知っているのだろう。自分の無知さが少々嫌になってきた。

だがその実、いつの世の男子はその意味不明摩訶不思議な『女心』とか『乙女心』というあるのかないのか全く分からない謎の物質に悶々鬱々しているのである。

よかったな七花、君一人だけじゃないよ? だが現実、ほとんどの男は七花やどこぞの第一級フラグ建築士のようににモテモテではないが。(リア充なんてタヒねば良いんだとか言ったらダメ)

さて今は下らない事を書いている場合ではない。

今日は大覇星祭の初日である。

この学園都市中の少年少女たちが各々で戦う日なのだ。

それは絹旗最愛も例外ではない。少年少女ではないが鑢七花もその中には入る。

朝の暖かい日差しの中、絹旗はマンションの玄関から姿を現した。


「おう、準備は良いか? 絹旗」

「ええ、超準備万端です。とがめさんとあとのみんなは?」

「滝壺とフレンダとで一緒に別行動とるってさ」

「そうですか。(………………とがめさん超ナイスです)」


絹旗は七花に見えないようにしてニヤリと笑う。よし、昨日の計画通りだ。


「今日は何時からだったっけ?」

「昼の2時からです。それまで私たちはブラブラとしましょうか。屋台が超出てるんですよ?」

「ふ~ん。まぁ細かい所はわからねぇから任せる」

「超ガッテン承知です。じゃあ行きますか」


絹旗は七花の手を掴んで歩き出す。

おっとと、七花は急に引っ張られるものだからつい転びかける。なんとか体勢を立て直し、一緒に並んで歩き出した。

そうだ、今日は大覇星祭。学園都市の少年少女が各々で戦う日なのだ。

そして絹旗も例外ではない。

彼女の今の戦いは、鑢七花をものにする。第一にそれだ。

そして今、彼女の戦い(ラブコメ)は始まったのだ。




(………しかし、昨日までぷんぷんだったのに、今日になるともう機嫌が直ってやがる。女ってもんは皆こうなのか?)



その戦いは、難局極まる戦いになるだろう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


オマケ

NGシーン

曲がり角、もしも土御門が七花ではなく、全力疾走で走ってきた絹旗とぶつかったら。


土御門「~♪」スタスタスタスタスタ

絹旗「わー!」ダダダダダ

土御門「~♪」スタスタスタ

絹旗「わー!」ダダダ

土御門「~♪」スタスタ

絹旗「わー!」ダダ

土御門「~♪」スタ

絹旗「わー!」ダ


ドンッ☆


絹旗「あ、ごめんなさい!」タックル!

土御門「ふごぉっ!?」メコォ!


ヒュンッ!

ぐぉっ!

ドガンッ!!


スロー再生※BGM『Brave Song』♪


絹旗「あぁぁ、ぅぐぉぉぉぉめぇぇえんぬぁぁぁぁすゎぁぁぁぃい」い~つもひと~り~であ~るいて~

メコォォォッ!

土御門「ぅぅぅぅふぅぅぅぅぅうごぉぉぉぉぉっ!?」こ~ど~くさ~え~あいし~わらってら~れるよ~に

ヒュン!

ドガン!!




七花「なぁ絹旗。この壁に開いた人型の穴は何なんだ?」

絹旗「ぅえ!? …………あ、えーと………知りません……」

七花「…?」



上条「………何やってんだ? 土御門」

土御門「………ずばんがびあん(すまん上やん)。びょうびんびばぼんべぐで(病院に運んでくれ)」

上条「…?」

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今日はここまでです。ありがとうございました。

エアガン云々の元ネタはスパイラル~推理の絆~って言うサスペンス漫画が元ネタです。一番好きなキャラはカノンです。知らないですよね、ごめんなさい。

さて、今回は土御門がその地位に立っている陰陽博士についてウィキで調べてみました所、禁書公式設定では『陰陽博士は最高位』と書かれていますけど、ちょっと違うみたいです。

元々陰陽師というのは奈良時代から明治時代にあった陰陽寮の職員さんみたいな人達の事を差します。

陰陽寮には大きく分けて四つの部署があり、それぞれ一人ずつ博士がいます。

陰陽師を養成する陰陽博士。土御門元春はこれに当たります。

天文観測に基づく占星術を行使・教授する天文博士。

暦の編纂・作成を教授する暦博士。

漏刻(水時計)を管理して時報を司る漏刻博士。

陰陽博士・天文博士・暦博士にはそれぞれでは学生と得業生が各自の博士の下で学びます。大学の研究室みたいなものですね。

これでも十分に博士の地位は高いですが、実は最高位ではないようです。

四博士の上には陰陽頭という寮の責任者がいて、幹部職です。他にも

帝から構わる官位も、陰陽頭は従五位下。一方陰陽博士は正七位下と差はあります。まぁ当時の民衆からすればどっちもいいんですけどね。

そんな陰陽寮。明治3年、一年前に死去した土御門晴雄の嫡男晴栄が幼い事を理由に、近代化を目指す政府に解体されました。

禁書の土御門は実は、解体された陰陽寮の残党の生まれだったんじゃないかな~と考えていたり。

それに土御門元春って言う名も、実は土御門元晴から転じたものだったりして。



さて、空が白んできました。

今日はもう寝ます。ああ、春休みっていいわ。

禁書4大黒歴史のコピペは笑ったが、
そもそも、二十二巻発売以前から東が右じゃないことを知ってた奴なんかいるのか。

以下コピペ


◆禁書4大黒歴史のひとつ ~世界の歪み編~


大人気ライトノベル『禁書シリーズ』を手がける鎌池和馬さん。
あるとき彼は重大なミスを犯してしまった。
それはなんと方角のミス。

「前巻で登場させた大天使たちの出現位置は
伏線も絡めた凝りに凝った設定だったのに!
なんだよ右って東じゃないのかよ!?
マズい……このままでは後の展開にまで悪影響を及ぼしてしまう……」

前巻はもう出版されていてやり直しが効かない。作家として絶体絶命のピンチである。
そんな彼の取った行動は、『最初から世界が歪んでいたから方角もおかしい』という後付け設定だった。

結局その巻は、

敵A「どうやら世界が歪んでいたようだな」
   ↓
敵B「そのようだな」
   ↓
黒幕「世界が歪んでいましたね」

こんな感じで進行し、黒幕直々に世界の歪みを修正という大幅な進路変更を余儀なくされた。

この事件は信者たちに「あの矛盾は世界の歪み!」という
免罪符的な言動を許してしまうことに。最も罪深い黒歴史と言えよう。

結構書留ました。

もうすぐでキリが良い所で切れますので、少し我慢してください。

………って思ってたけど、3/19って……もう投稿しようかしら。って思って占いサイトを見ました。結構よかったので投稿します。


禁書のアニメを見ながら書いたので、アニメを見てからか読むか、先にこっちを読んでからアニメを見ればいいと思います。


では、久々に投稿します。

そう言えば投稿って打つと登校って出ます。

久し振りの投稿は、なんだか久し振りに学校行くような感じでなんだが変です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ぱんっぱんっと花火が青空で弾ける。

今日はまさに大覇星祭日和そのもの。清々しいほどに晴れた今日この日には、たくさんの学生たちの父兄や観光客が街にごった返していた。

その中で、


『あと数十分で大覇星祭の開会式が始まります。ここ学園都市では父兄や見学者でいっぱいです』


とショッピングモールの巨大TVの中のアナウンサーがにこやかにそう言った。

言われなくてもわかっている。鬱陶しいほどゴチャゴチャしていている。360度、人、人である。

そんな人間の海の中、荒波を掛け分けるように掃除ロボの上に乗ったメイドが、


「あ~メイド弁当~。学園都市名物メイド弁当はいらんかね~」


と妙に言葉に波を立てながら売り子をやっていた。


「繚乱家政女学校のメイド弁当。より正確には見習いメイド弁当はいらんかね~」


メイドが首にかけている大きな箱には、『めし』と書かれた弁当箱と缶のお茶が幾つか入っていた。そこそこ売れているようである。

偶然それが目に入った上条当麻は彼女に声を掛けた。


「よう舞夏」

「お、上条当麻ー」


土御門舞夏はどうやってか掃除ロボを操って、10m離れた上条の元に飛んできた。


「精が出てるな」

「じゃあ精が付く物をやろうかー。有料で」


舞夏はそうやってスタミナ弁当を差し出した。


「いやいらねぇよ。どんだけだよお前」

「買ってよー。おにいちゃん」

「ヤメロ。マジデ揺ライデシマウ」


舞夏はハハハと苦笑い。


「冗談冗談」


と、彼女はあることに気が付いた。


「あれー? そっちの御仁はどなただー?」

「あ、すまねぇな。紹介が遅れた」


上条は謝る。上条の両の手は取っ手を握っており、それは車椅子の取っ手であった。


タイヤがハの字になっている、障害者テニス用の様な車椅子に座っているのは一人の女子生徒。彼女は上条が紹介する前に自分から名乗った。


「結標淡希よ」

「土御門舞夏だー」


舞夏は元気よく挨拶する。

と、結標はあるワードが頭に引っかかって首を傾げた。


「ん? 土御門?」


上条は彼女の疑問に気が付いてか、すぐにその解を出した。


「ほら、土御門元春の妹だよ」

「ああ」

「兄貴がお世話になってようだなー」


結標はニッコリと笑って舞夏に手を差し伸べた。


「しっかりした子ね。これからもよろしくね?」

「ああ、こちらこそよろしくなー」


舞夏は差し出された手を握り、笑い返す。

そのあと一言二言喋った後、


「……じゃあ、私は仕事があるからここでー。じゃーなー」


と手を大きく振るながら去って行った。

上条はそれを見送ると、『んじゃ俺たちも行こうか』と結標の車椅子を押す。


「しかし、あの金髪にも妹がいたなんてね。しっかりした子じゃない。どうやったらあんな兄が出来上がるのかしらね」

「義理の妹だってよ」

「どうりで似てない訳だわ。まさかあの男、妹に毎日ハァハァしていたりして」

「正解者には拍手」

「え? マジ?」


結標は驚き顔で振り返る。

今日の彼女はいつものサラシにブレザー姿だが、なぜ車椅子に乗っているかというと一昨日のダメージがまだ抜けきっていないからだ。

そして彼女は一本の日本刀を、『千刀 鎩』の最初の一本を持っていた。さすがに生身で持っていると銃刀法違反になるので、剣道部が竹刀を入れるあの袋に入れてある。

しかし、『鎩』以外を見てみればそこら辺にいる普通の女の子なんだなぁと上条はマジマジと見つめる。


こんな女の子が、ついこの間は自分を本気で殺しに来たのが今でも信じがたい。


まぁ今現在はそんな気など毛頭も無いようである。むしろ好感度がMAXなのだ。上条はそれに気づいていないほど馬鹿ではない。

彼女は一昨日、上条当麻という人間を『自分に生きる意味をくれた人』と言った。

しかし、上条にとって今はその彼女の気持ちをどう取っていいのかわからない。上条はこれからどうすればいいのだろうか。どう彼女の心に応えればいいのかがわからない。

上条は目を細めた。

と、結標が……。


「とととと、当麻くん/// そ、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしい……///」

「わ、わりぃ………///」


顔を赤らめてモジモジしていた。なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。


「…………//////」

「…………//////」


そのまま二人は黙ってしまった。

しまった。黙ってしまったら段々気まずくなる。


「……………//////」

「……………//////」


ヤバい。気まずい。重い。話し辛い。

ええい、こうなったら適当に何か言ってやる!!


「結標!」

「ふぇ!? ………な、なにかしら?」


結標も話しづらかったろう。どもっていた。

しかし、ノープランの見切り発車でアクセルを踏んでしまった上条は、何の話題をしようか戸惑っていた。

と、ちょうど奇跡的にも前方右45度20m向こうにあるクレープの屋台を発見。


「(しめたっ!)あ、あのな結標。あそこの………



「いよぉッス! 上やんご機嫌麗しゅう!!」



いきなり、後ろから抱きつかれた。


「ぶぉっ!?」


この掠れた声。背中に当たるがっちりした筋肉。180前後の体躯。

上条はこの男を知っている。


「つ、土御門ッ!?」

「正解正解大正解~パフパフ~」

「今までどこ行ってたんだ!?」

「野暮用だにゃー。いやいやすまなかったぜぃ上やん、あわきん」

「あ、あわきん!?」


結標淡希→淡希→あわき→あわきん

あわきんこと結標淡希は素っ頓狂な声を発した。


「お、クレープかにゃー。いいぜぃいいぜぃ、腹が減っては戦は出来ぬっていうからにゃー。てことで上やん。俺と結標はバナナクレープだぜぃ」

「なっ! 俺が買いに行くのかよ!!」

「いいからいいから」

「ちょっと、勝手に決めない…むぐぅっ!」


土御門は車椅子の後ろの上条のポジションを取り、結標の口を封じる。


「ほら、あわきんは俺が見てやるから」

「………しゃーねーな。テメェの分はちゃんと返せよ」


上条は渋々、土御門のパシリに使わされ、何十人くらいの行列に並んだ。
土御門はそれを見て、結標の口に当てていた手を放した。


「さ~てあわきん。上やんとの仲は進展あったかにゃー」

「あわきん言うな!」

「言ってくれるなよあわきん。作者だっていちいちメモ帳から貼り付るの面倒なんですよー? 確かに禁書の中で一番好きなキャラはあわきんでも、普通に『むすじめあわき』で出てこない名前なんて面倒臭いの一言他ならないぜぃ? だから読者一同馴染みのある相性で呼んだんですたい。ねぇあわきん」

「だからあわきん呼ぶなっ! そして色々と意味の解らない言葉を並べるなっ!!」

「ツッコミが神がかっているにゃー。さすがあわきん」

「だからあわきんと呼ぶな!」


あわきんは怒鳴るが、土御門は


「あーあーきこえなーいにゃー」(∩゚д゚)

「こらぁ! ってか地の文も何気にあわきんって呼ぶなぁ!!」


ぜぃぜぃぜぃ………いくらあわきんも流石に大声を出し続ければ息切れもする。

項垂れて力なく、


「………もう良いわよ、あわきんで。好きに呼びなさい」


諦めた。



「諦めてくれたならそれでいい。時に、『千刀 鎩』は持ってきてるか?」


………急に、遊びが抜けた喋り方になった。真面目な話か。


「ええ、ここに。…と言っても一本だけだけどね」


結標は手に持っている、袋の中に入っている『鎩』を土御門に見せた。

土御門はそれを確認すると、


「いい情報だ。実は、『鎩』の残り九百九十九本の所在が判明した」

「……………へぇ。一応聞くけど、どこかしら?」

「第七学区の、冥土返しがいる病院だ。昨日いただろ?」

「……………………あそこ? なんであそこにあるのよ」


結標は信じられないと声を荒げる。


「あるんだよ。 実のところ、鑢七花って男が絡んでいる。その男は……」

「知ってるわよ。鑢七花。虚刀流七代目当主鑢七花でしょ」

「知ってたのか」

「知ってるも何も。私の残骸を組み立てて新たな樹形図の設計者を造る計画をぶち壊してくれたのはあの男でもあるもの。忘れるものですか」

まぁ彼が虚刀流七代目当主だという事は、昨日耳にした。



昨日の夜の事である。

後ろの土御門元春に自分が寝泊まりできる案があると言われてついて行ったのが、上条当麻の寮だった。


『ちょっと待て土御門、ここで流石に5人はキツイ!!』


上条は慌ててツッコむと、土御門は笑って、


『上やんと仮面野郎はしばらく俺の部屋にくるにゃー。そうすればあっちは3人。こっちも3人ギリギリ行ける行ける』


その時は左右田右衛門左衛門はいなかったのが幸いだったと、上条は後にこぼす。

そのまま結標は上条の同居人であるインデックスという少女と否定姫という妙齢の女性とで泊まった。

どうやら否定姫は自分をものの見事に打ち砕いてくれた鑢七花と随分前からの知り合いらしい。



「で、その他にはなんていってた?」

「なんにも。訊いてみたけど軽々と流されたわ」

「そうか。 で、『千刀 鎩』はどうするんだ?」

「あれは私のよ。勿論取り返すわ」

「どうやって? あの否定姫曰く最強の番犬がいるんだぞ?」

「今は考えていない。 けど、いつかは必ず」

「で、樹形図の設計者を組み立てるのか?」

「当たり前よ。それが私の夢なんだから。…………と、一つ昔の私は言ってたけどね。今は違うの」

「と、言うと?」

「私はこの前の事件で色々な教訓を得たわ。その一つが『超能力はどこまで言っても超能力』だって事。私が弱かったから自分の能力も制御できなかったし仲間も助けられなかった。…………だから、私は『千刀 鎩』でやりたい事は別にあるの」


結標淡希がやりたい事。どうしても達成させなければならない願望―――――――


「私のせいで少年院に捕まった子たちを、この手で助けたい。これが今の私の願いよ」


彼女のその目は、強い決意を含んだ鋭い眼差しをしていたのだった。

土御門はその目を見て、ふと笑った。


「そうか………。お前も守るべきものがあるって事だな。 あわきん」

「最後のその一言で何もかもが台無しよ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「くっそ、結構混んでやがるなぁ」


上条当麻はぼやく。ざっと20人か、男女がずらりと並んでいた。因みにほとんどがイチャイチャと腕を組んでいるカップル共である。ちっとも進まぬ順番待ちのイライラはそのせいでどんどん悪化してゆく。

どうして親子連れが多いくせに、このクレープ屋だけがこうもカップルが多いのだろうが。みんなそれぞれ体操服を着ている事から、大覇星祭に出場する学生だ。上条だかが、独りだった。


「…………。」


上条は20m向こうにいる土御門と結標の姿を見る。二人とも何か会話をしていた。内容はわからないが、どうもマジメな話らしい。

まぁ、上条には関係ない話なのだが。

しかし昨日は本当にヒヤヒヤした。まさか否定姫と土御門は知り合いだったとは……。しかも何かあるらしい。まさか魔術師じゃないだろうな。どうか廊下でバッタリ会って知り合いましたと言う展開を強く所望したい。

と、グルグル考えている内にやっと順番が回ってきた。


「お待たせしました。ご注文をどうぞ」


にこやかな若い女性の店員だった。まぁ大体の店員はにこやかなんだが。


「バナナクレープ3つください」

「2400円になりまーす」

「はいはい2400円っと……と……と?」


上条のただ今の所持金。ジャスト2399円。


「………………………………いちえん」


今日この頃の切羽詰まった生活により節約に節約の毎日をクラス上条は1円に笑った事はなかった。なのに、なぜ1円に泣く羽目になるのか。


「………すいません、やっぱり2つで」

「はい、1400円になりまーす!」

「………不幸だ…」


上条は出て来ようよする涙を必死に堪え、千円札と百円玉三つに五十円玉と十円玉五つを店員に渡す。

なぜ、結標はともかく土御門にまで一個700円もするクレープを奢る羽目になるのだ。

こっちは相変わらずの極貧学生生活に対し、あちらはどうもそんな風には見えない。むしろカワイイ妹に飯を作らせてウマウマしているのだ。ゴチになるのはこっちだぞ。


「はーい、お待たせ致しましたー。バナナクレープ二つでーす」


家の台所事情など微塵も知らない店員はゼロ円のスマイルを提供しながら紙に包まれたクレープを手渡す。


「どーもでーす」


上条は泣く泣く、結標と土御門がいる場所へ歩く。と、急に携帯が鳴った。

電話である。液晶画面には土御門元春の名前があった。


「もしもし」

『あー上やん』

「なんだ今から行こうと……」

『すまないんだが、俺も結標もちーと用事が出来ちまったにゃー。ってことで開会式はボイコットするから小萌先生に言っといてくれぜよ。そしてくれぐれも吹寄には言わないでくれにゃー』

「はぁ!? テメー人がすくねぇ軍資金すり減らして買ってやったのにそれはねぇんじゃねぇか!?」

『だからすまないって言ってるにゃー。ちゃんと後で返すから』

「いったな? じゃあ利子付けてちゃんと返せよ!! さもないとテメーのベッドの下にあるメイド物のエロ本を舞夏に提出すっからな!!」

『んなッ!? ちょっと待て上や――――』


上条は土御門の悲鳴を聞かずに電話を切った。
もう我慢の限界である。堪忍袋の緒が切れた。先日から土御門が自分に対する態度とかが酷すぎるのだ。

遅刻ギリギリで走っている時に一人タクシーで先に走って行くし、何か都合が悪くなったらすぐにナイフ突き刺してくるし、勝手にそっちから提案してきたのに急にドタキャンするし。

もう嫌だ。ああ嫌だ。今度あの金髪シスコン野郎に仕返ししよう。そうだそうしよう。

そうだ、土御門のエロメイドコレクションを最愛の妹に見せびらかしてはどうだろうか? いやいや、こっそりサングラスの淵に接着剤を仕込ませて耳から取れなくしようか? それともサングラスのレンズを度ありにしてやろうか?


「…………ふふ、ふふふふふふふふふふ………」


上条…いやゲス条は怪しく、周りから変な目で見られているのには全く気付かずに盛大なる(しょーもない)嫌がらせの数々を脳の中で考えていた。

さて、そんな未来の事はさておき、結局食べる者がいなくなったクレープをどうしようか……。

普通のよりも少し大きめのサイズだ。


「………もしかしてカップルが一緒に食べる用に作られたもんじゃないよな」


少し向こうに一組のカップルがクレープを一緒に持ってそれぞれ両端から食べているのを、上条は知らない。

そんなことはどうでもいい。リア充なんて爆発すればいいんだ。

一人で食べるのもいいが、残念ながら今日は開会式の後すぐに棒倒しが始まる。あまり腹に物を入れたくない。


「んー。どーすっかなぁ」


上条が困っていると…。


「あれ、どうしたのよアンタ」

「あ、ビリビリ」

「ビリビリ言うな」


後ろから御坂美琴が現れた。やはり今日はいつもの常盤台中学の制服でなく体操服。あ、常盤台って体操服はフツーなんだ。と上条が感想を述べると…。


「アンタ、一体ウチの体操着どんなの期待してたの?」

「いやぁメッチャ有名ブランドが制作してて、超有名なデザイナーがデザインした、最高級の生地を使用した超高級品かなぁと」

「………。」

「だよな、んな訳ねぇよな。タハハハハ」

「正解者には拍手」

「って、そうなんかい!」


パチパチパチと目を丸くして拍手する美琴は、上条の両手に持っているクレープに目を留めた。


「あら、どうしたのよそれ」

「ああ、連れに買わされたんだけど用事で消えちまったんだよ。 でも一人で食べるのには多いから困ってたんだ」

「じゃあ買ってあげようか?」

「マジで!?」

「うわっ、どうしたのよ急に。まさかクレープ買うのに所持金ほとんど叩いちゃったとか?」

「………。」

「まさかね、そんな訳ないじゃない。アハハハハ」

「………正解者には拍手」

「って、そうなんかい!」


美琴は溜息を一つついてポケットからカエルのサイフを取り出した。


「ったく、しょうがないわね。いくら?」

「一つ700円です…………あ、いや、む、無料です」

「……なによ」

「中学生に金欲しさに集るほど、ワタクシ上条当麻は乏しくありません」

「いいのよ。そんなの私気にしてないんだから」


美琴は五百円玉と百円玉二枚を上条に突出し、ヒョイッとクレープを取り上げて一口齧った。


「あ、おいしい」


パクパクと食べて、あっという間に平らげてしまった。


「私実は今日の朝食べそこねて、何も食べてなかったのよ。いや~助かったわ~。ありがとう」

「……………そらどうも」


上条もクレープを齧る。うん。結構おいしい。

行儀悪いが、上条は食べながら足を進めた。もうすぐ開会式が始まる。さっさと会場に行かなければ吹寄制理に頭突きされる。


「んじゃあ俺はここで、もうすぐ開会式始まるからさ」

「わかったわ。じゃあ私も行くわね」


美琴もそう言って二人は別れた。


上条は歩く。スタスタスタ………。

美琴も歩く。スタスタスタ………。

上条は横を見る。

美琴も横を見る。

二人とも、一緒な方向を歩いていた。


「………って歩く方向同じかい!」


上条はツッコんだ。

尻ポケットから会場であるグラウンドへの道のりを地図を取り出す。


「会場どこよ」

「えっと……あ、ここよ」

「俺行くとこのすぐ近くじゃねーか。だったら一緒に行こうぜ」


何なんだこの茶番は。上条はぐったりとそう思った。

歩く間、会話も無しと言うのはいささか気まずい物で、上条はふと頭に出て来た話題を出した。


「…………でビリビリ、足は大丈夫かよ」

「足って? それとビリビリ言うな」

「一昨日の捻挫」

「ああ、あんなもの怪我の内には入らないわよ。一日ご飯食べて寝たら治るわ」

「何その男勝りな治療法」


確かに今の美琴は昨日は殆ど歩けなかった右足を何ともせずにしっかりと地面に足を踏みしめていた。一体どんな手を使ったのだろう。

それほどにも大覇星祭に力を入れているのかこいつは。

実際には右足首に電気ショックを与えて強制的に細胞を活性化させたのだ。学校の代表が道でコケて捻挫しましたテヘッじゃあ名門常盤台のメンツに関わる。全く学園都市に7人しかいない超能力者と言うのも面倒なものだ。


「お前どんだけ大覇星祭出たかったんだよ」

「良いじゃない私にも事情と言う物があるのよ」

「ん? そう言うって事は、私は嫌々大覇星祭に出ていますって事か? そうかだったら今年の常盤台は大したコトないな」

「…………なんですって?」


その上条の一言が、美琴の闘争心に火打石を鳴らす。


「いやだってそうだろ。 常盤台のエースがここまでヤル気無いって事はさぞかし下々はダルッダルなんだろうなって」


続けて繰り出したその言葉によって、美琴は完全に火がついた。


「いいわ。だったら勝負よ!!」


へ? と上条はストロングスピリットで熱く燃え盛った美琴の反応に、しばし戸惑う。


「負けたらタダじゃおかないわよ。罰ゲームよ罰ゲーム」

「ちょっと待て、そっちは全員強能力者の名門常盤台。こっちは大体のみんなが無能力者の平凡高校。絶対に敵いっこないだろ!?」


決して上条は『ウチの高校より順位が悪いだろう』ではなく『名門校同士だったら悪いだろう』の意味で言ったのだ。

しかし、美琴は前者の方と勘違いしてしまったのだ。それでも一回火をつけてしまったモノは燃え尽きるまで止まらない。

思いっきり嫌味をぶつけて、美琴は上条を煽った。


「あらあら? やっぱり私のように名門校とは違って普通で並の高校はやっぱりダメダメなのかしら?」



ぶちん。上条の額からそんな音が聞こえた。

上条は右手を握り締めた。売り言葉に買い言葉。こうなったら受けてやる。ああ受けてやるさ。


「あーいいぜ。もしお前に敗ける事があったら罰ゲーム喰らってもいいし。なんでもゆーこと聞いてやるよ」

「よーし乗った。何でもね何でも」

「その代り、お前も敗けたらちゃんと罰ゲームだからな」

「え、ちょ、そ、それってつまり……た、な、なんでも言う事を………」

「あれあれ~? ここで今放った大口には、それくらいの自信しかなかったのかな~?」

「いいわよ、やってやろうじゃない! あとで泣き見るんじゃないわよアンタァ!!」



二人はそう大声で言い合いながら一緒に並んで歩いてゆく。

そして人ごみの中へと入って、消えて行った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


当然。吹寄制理から頭突きを喰らった。理由は二つ。御坂美琴と言い合ってたら遅刻してしまい、しかも土御門のボイコットを述べたからだ。

なので頭突きは二発。一つはわかるけど、もう一つは理不尽だよ。上条は心の声を腹の中に仕舞った。

理不尽は続く。

開会式はサッカースタジアムだった。そこで校長先生のお言葉15連発とお喜びの電報50連発のコンボが待っていた。ずーっと立ちっぱなしだったので、何人かが貧血で倒れたそうな。

さて、すぐに始まる棒倒しに出る為、時間が余ったのでインデックスと一緒に出店を回り歩いた後、会場に向かうと不審な人物を見かけた。

真っ黒な忍び装束を着た男が、何かコソコソと路地裏に入って行ったのだ。


「…妖しいなぁ。ま、俺には関係ないか」


忍者のコスプレでもして街を歩いているんだろう。


「…? どうしたのとうま」

「いや、なんでもない」


上条はインデックスを連れて足を進めた。


「それよりおなかへった」

「はいはい、棒倒しが終わったらな」


何分か歩いて行くと、何とか無事に競技会場に到着した。無事にとあるが、実際にはガムを踏んづけたり空き缶を振んですっ転んだりと不幸な目に合っているが、それは日常茶飯事であるからスルーだ。


「じゃあインデックス、俺は選手入場ゲートに行くから、スタンドに行ってくれ」

「うん、わかった。すぐに終わらせてきてよ」

「へいへい」


上条はひらひらと手を背中にいるインデックスに振りながら去って行った。


「うぅ………おなかへったんだよ」


インデックスはトボトボとスタンドへ登る階段を歩く。空腹の体にはもの凄く長く感じる階段だった。歩くたびにテンションと気力が削ぎ落とされる気分だ。

それでもインデックスは階段を登り切り、フラフラと貧血気味の体を鞭打ってどこかのベンチに座った。

可哀そうな表現だが、この少女は朝食で茶碗に持った白飯を5杯もおかわりしている。上条家は農家ではない。米など100%学園都市製で1キロ2800円で購入しているため、下手すれば一週間で米袋を消費させられる上条にとってはいい迷惑である。

上条は自習の時間にぐちぐちと苦笑いの小萌にこぼしていたという。

小萌は『成長期ですからしょうがないじゃありませんか』と言っていたが、成長期真っ盛りの上条でもあんな食生活は異常である。無論小萌自身もあのブラックホール並の胃袋を危険視していた。

さて、インデックスの食事情など置いておいて、彼女は今すぐにでも腹に何かを入れなくては本当に餓死してしまいそうなほどに弱っていた。

上条から貰ったプログラムを見てみる。確かこの競技は『棒倒し』。競技開始は10時45分。ざっと競技が終わるのは11時だろう。これが終われば、これに耐えれば、インデックスはあの誘惑漂うジャパニーズフードにありつける。

しかし、インデックスの細やかで小さくも大きな希望は、壮絶に崩れ去ることになった。



インデックスの近くの時計によると、現在時刻は10時15分だからだ。あと、45分もこの空腹の状態でいなければならない。



インデックスは絶望し、崩れ去るようにベンチに倒れ伏せた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

御坂美琴はモヤモヤした気持ちでスタンドへの階段を登っていた。

一昨日の夜の、上条当麻と結標淡希が会話している映像がグルグルと記憶を巡っている。

上条と結標が唇を重ねて、顔を紅らめさせている二人。まるで、まるで二人は恋人のような―――――――――。


「いやいやいやいやッ! 違う! 絶対に違うんだから!!」


美琴はブンブンと頭を振る。しかしあの光景は頭から振るい落ちてはくれない。


「………………………なんなのよ。まったく」


結局それのせいで昨日も一昨日も眠れなかった。今日の朝食を食べ損ねたのはそのせいであった。

あの時生まれた針にチクチクと刺されるような心の痛みは、頭を痒くさせる苦しみは、いまだに癒えずにいる。

昨日、上条を一日尾行していた。そうしたら何と結標が入院している病院に行ったのだった、いや、怪我の当事者である自分も上条もお見舞いなんて当たり前なのだが。

その中で上条と結標の会話をずっと聞いていた。コッソリと壁に耳を当てて聞いていた。彼女のベットは壁に近くて本当に助かったが何人かの看護婦や患者にはヘンな目で見られたのは正直痛かった。その中には上条の知り合いの金髪グラサンもいたが、彼は『上やんには黙ってあげるにゃー。だから険しい恋路だけど頑張れ』を病室に入る間際に小さい声で言われ、逃げられた。電撃など叩き込む隙もなかった。

上条と結標の会話はなぜか腹が立つものだった。

上条が結標に林檎を剥いてあげて、それを美味しい美味しいとあたかも病人らしく(正真正銘病人なのだが)食べていた。

その光景を想像してしまうと、イチャイチャイチャイチャイチャイチャとラブラブな光景しか浮かばない。想像したくもないがなぜかこんな光景しか想像できない。

ビリビリと額から電撃を漏らしながらも怒りを鎮めるのが精いっぱいだった。

怒りの感情でいっぱいだった。あのサラシ女、何あの馬鹿を垂らしこんでいるのだ………。

しかし今思うと、当時はその感情のみではなかった気がする。むしろそれはごく一部で殆どはもっと別の感情だった。


悲しみと艶羨感である。


何かはわからない。何故だかわからない。ただ、心臓をナイフで酷く抉られるような痛みと悲しみと、抉った痕が燃えるように熱くなる感情が美琴の感情を塗り潰した。

乱入していって邪魔してやろうかと考えた。

しかし、上条の幸せそうな声を聴くと、その考えを押し留めるしかなかった。出来なかった。

その時ちょうど金髪グラサンがやってきて、美琴は寮に戻る決心がついたのだ。

帰宅する時は、ただただ心の中は文鎮に抑えられたように重く、誰にも小衝き回されていないのに打ちのめされた様にボロボロになっていた。

そのまま帰って、ルームメイトの黒子は入院中の為一人しかいない部屋でぼーっとし、夜になったら寝た。しかしあのキスシーンの光景がフラッシュバックし、結局は眠れなかった。

そして今日である。寝不足で思い頭を何とか叩き起こして街の中を歩いた。

誰かを、ましてや上条を探していた訳ではないが、どうしてか上条の顔を探していた。

偶然か奇跡か神の気まぐれか、上条を発見した。

彼女は自覚していなかったが、その時の彼女の顔を第三者が見ていれば、まるでずっと会いたかった恋人を見つけたようにパァァア!と弾けたような笑顔に見えただろう。

しかし、その笑顔は一瞬で、すぐにすーっと消えることになる。車椅子に乗っている結標淡希が上条と共に、恋人のように楽しく会話していたのだ。


ズキン


また、心臓にナイフが刺さった。

美琴は少し佇んだ。眉を寄せ、唇を噛み、拳を握りしめる。

また、か。

また、あの女か。

また、あの女と楽しそうに会話している。

また、また、また………。



いや、イカンイカン。な、なんで私はあの馬鹿は彼女とイチャついているのを欲望の眼差しでみなならないのよ。別にあの馬鹿が誰と付き合ったって私と関係ないし。


美琴は頬を叩いて正気に戻り、上条達と離れて歩こうと追い抜くようにせっせと歩き始めた。

が、それでも、美琴は上条の方をずっと目で追っていた。

途中で上条は舞夏に出会って話していた。なんだ、舞夏とも知り合いなんだ。どうもあの男は女の方の顔が広い。一方で舞夏は結標とは初対面の様で、お互いに自己紹介していた。

舞夏はすぐに二人と離れた。

と思ったら今度はこっちに近づいてきた。

『おお、美琴。弁当いるかー。繚乱家政女学校のメイド弁当。より正確にはメイド見習い弁当はいらんかねー』

朝食抜いた美琴にとって助け舟とはこのこと。すぐに買った。1200円のサンドイッチセット。お手頃価格で本当に助かった助かった。行儀が悪かったが舞夏と喋りながら立ち食いした。

サンドイッチを喰い終わるちょうどその時、舞夏は突然上条と結標の話題を持ちかけた。

チラチラと上条の方を向いているからだったのか。それより、どうして舞夏は美琴は上条と知り合いだという事を知っている?

舞夏はニヤニヤとこう言い放った。

『そう言えばさっき上条当麻を見かけたぞー。連れ添いの美少女を連れてなー』

ズキン

また心臓が痛む。

へ、へぇ、そうだったの。い、意外ね、あの馬鹿。

そう、言うしかなかった。

しかし舞夏は当然のようにこう言った。

『いや、私には普通だな。それよりもやっとかと思う』

え?

『いや、あの男は女と色々とフラグ立ててたからなぁ。いつかは彼女作るだろうと思ってたんだ』

ズキン!

今までで一番大きな痛みが心臓を突き刺す。

そ、そうとは限らないんじゃない? 瞳孔が開いていたかもしれないその目で美琴は言った。

『いやいや、あれを見ろよ。どう見ても付き合い始めた初々しいカップルみたいじゃないか?』

ッッ!!

その声を聴いて、自然と顔が機械のように速く上条を向いた。きっと怖い目をしていたのだろう、間にいた子供がびくっ!と怯えていた。

結構離れた位置に彼はいた。―――――――舞夏が言うように恋人同士のように、結標と顔を紅く染めながら見つめ合う上条を……。

ズキン!!

先程とは比べ物にならないほどの痛みが、ナイフが心臓を突き破ったような痛みが頭から全身に駆け上がる。雷が旋毛に叩きつけられたような衝撃だった。

目眩のようなふら付きを感じたが、一歩で踏みとどまった。

『御坂?』

いや、なんでもないの。なんでもないのよ。へぇ、あの馬鹿、彼女できたんだ。はははは。

美琴は自分でも不自然な笑い方だったと思っている。けど、その時はそう誤魔化すしかなかった。

………誤魔化す? 何を? 知らない。ただ、その時はただ何かを誤魔化した。

どうやら何とか誤魔化せたようだ。舞夏は『仕事あるからじゃーなー』と去ってくれた。

…………何やってんだ? 私。

自分でも嫌気がさしてくる。


美琴は上条の方を再度向いた。……いなかった。まぁしょうがないか、移動中だったしね。

しかし数十歩歩くと、上条を再度見つけた。クレープ屋の前だった。その向こうで結標は、なんとあの金髪グラサンに連れられてどこかに行ってしまったではないか。

上条は店員からクレープを受け取るが、電話で一緒に食べる人間がいない事を知り、困り果ててしまった。どうやら二つも食べきれないのだろう。

―――――――これは、チャンスだ。

結標はいない。上条一人。よし、しょうがないからクレープを食べてやろう。サンドイッチじゃあ腹は満たされなかったようだったからだ。それ以外の理由はない。


そうして美琴は上条と接触し、大覇星祭の順位がどっちが高いか勝負することが決定した。

勝った方は負けた方の言う事を何でも聞くと言う物。絶対に勝たなければ。いや、デートに付き合ってもらうとかそんなのではない。単に負けたくないからだ。

それでだ、この勝負は絶対に負けられない。

美琴は闘争心で心を燃やし、階段を駆け上った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


さて、こちらは少し離れた選手入場ゲートの近く。上条は項垂れていた。


「…………不幸だ」


上条の周りは死屍累々。クラスメイト達はだら~んと地面に寝そべっていた。

上条のすぐそばで寝ている青髪ピアス曰く、どうやって弱小校である自分たちが他の学校に勝てるかを争いに争ったら少ない体力をゼロになるまですり減らしたらしい。

棒倒しの対戦校は強能力者がゴロゴロいる中堅高校。一方我が軍は多くが無能力者と少数の異能力者。

よってクエストし始めたばっかりでレベルが1かそれくらいなのに、いきなりボス級の敵と戦う並に始めから無謀な挑戦。しかも強能力者集団にHP1/100の状態で戦わなければならない羽目になった。

エクスカリバーでもギュランダルでもない。ヒノキの棒か青銅の剣で立ち向かうのだ。しかもHP僅か1の状態で。勝てたらまさに大金星。横浜の二軍とソフトバングの一軍を戦わせるようなものである。

不幸である。まことに不幸である。公開処刑かこれは。勝てない勝負をボロボロになりながら挑むのか、俺たちは。

そこへ一人の女子がその場に到着した。

絶望的な光景を吹寄制理は目にする。


「なんなのこの無気力感は!」


彼女は運営委員の仕事で遅くなったのだ。もしも彼女がもう少し早く着いていれば、HPが真っ赤にならなくてもよかったのに。


「まさか上条、貴様が無暗にだらけるからそれが伝染して……」

「俺だって今やってきたとこなんだって」

「つまり貴様が遅刻したからみんなのヤル気がなくなったということね?」

「吹寄だって俺より遅れてきたじゃん!」

「私は運営委員の仕事よ! ばか!!」


吹寄は羽織っているジャージにある『運営委員会』の文字かある腕章を引っ張って見せた。


「もう放っといてくれ。不幸な現実に直面した上条さんはちょっと立ち上がれない状態なの!」

『不幸』その言葉に吹寄の眉が動いた。

一昨日の事件。自分より不幸な目に直面している子たちがいた。そんな彼女らに比べて、自分も上条も全然不幸じゃないのにこの男は!!

吹寄はむんずっと上条の首根っこを掴みあげ、男である上条を軽々と持ち上げて立たせた。


「それは軽い貧血状態よ。ほらスポーツドリンクで補給しろ」


吹寄は持っていたスポーツドリンク(学園都市のスポーツ科学専門の大学で作られた体の細胞に最も吸収されやすいとかどうとかTVで宣伝していたドリンク)をいれたプラスチックの容器を押し付けるように上条へ渡した。


「私はね、不幸とか不運とかを理由につけて人生に手を抜いている輩が大っ嫌いなの。貴様一人がだらけると皆のヤル気がなくなる。だからシャキッとしなさいシャキッと」


それを合図に吹寄はクドクドと上条に説教を始め、ズンズンと詰め寄る。上条は吹寄が一歩一歩詰め寄ってくるに合わせるように遠ざかった。


すると―――――いきなり、吹寄の頭上から水が降ってきた。

バシャンと水をモロに被り、全身びしょ濡れになってしまった。


「あ、あの………吹寄…」

「…………………………………………………………………………。」


どうやら、上条は無自覚に向こうで植木に水をやっているオジサンのホースを踏んでしまったらしく、近くにあったその蛇口が爆発して水が飛んできたようだ。

おかげで今日の黄色と緑のブラジャーが透けてまるみえになってしまった。


「…………………………………………………………………………。」


それでも、表情を変えない。態度も体勢も変えない。キャーの一言も言わない。こんな事でこんな奴に醜態を晒すのはプライドが傷つく。

申し訳なさそうに、透けた胸を凝視する上条に、吹寄は一言。


「何か文句が?」

「ありませんですッ! ハイ!!」


頭を深く下げる上条。

ああ、殴りたい。ボコボコになるまでこの顔を殴りたい。

………イカンイカン。ここで無駄に体力を減らしてどうする。それこそ周りのダラダラ星人どもの二の舞だ。

イライラを解消するには牛乳だ。カルシウムだ。

上条の顔を見ると本当にぶん殴りたくなるので直ぐに後ろを向き、念の為に持っていたムサシノ牛乳を取り出し、刺さったストローから牛乳を吸った。

ってか、もう向こうでクラスメイト達が水遊びしているし………。なんでこうもヤル気のない奴らばっかりなんだウチのクラスは。

そう吹寄はもう本気で一喝入れてやろうかと考えたところに、クラスメイトの姫神秋紗がやってきた。


「ねぇ」

「あら姫神さん」

「服。大丈夫? ビショビショのヌレヌレのスケスケだけど」

「ええ、これじゃあいけないわね」

「代えの体操着ある?」

「無論。今は5着ほど」


そう言って吹寄は羽織っていたジャージを着、チャックを閉めた。と、その時向こうで声が聞こえた。担任の月詠小萌だった。棒倒しで我が校と対戦する某高校。渡り廊下の下で口論…と言うか相手の高校の担任に小馬鹿にされていた。上条はそれを影から見ている。


吹寄もその声に耳を傾けてみる。


「生徒の質が低いから、統括理事会から追加資金が下りないのでしょう? フッ、失敗作を多く抱え込むと色々と苦労しますね」


「………~~~~~ッ!!」


ぶちんっ。頭の血管がブチ切れる音が確かに聞こえた。その台詞はまるで無能力者を馬鹿に…いやまるで商品価値のないゴミとしか見ていない台詞だった。

一昨日のあの事件のあの不細工な中年男を思い出す。無能力者である自分を、性欲を満たすだけのオモチャとしか見ていなかったあの男と!!


「~~~~~~~…………みんな、ちょっと来て」


吹寄は向こうで遊んでいたクラスメイトを手招く。

怖い顔で見るものだから、つい大人しく来たクラスメイト達。彼らに吹寄は小萌と某高校の教師の会話を見せた。


その教師の放った一言で酷く傷ついた小萌の表情を。


「生徒さんには成功も失敗も無いのです。あるのはそれぞれの個性だけなのですよ」


聞いてくれないだろう、無能力者と言う『失敗作』である自分たちを庇う言葉を。


「なかなか夢のあるご意見ですな。これから始まる棒倒し、お宅の落ちこぼれ達を完膚なきまでに撃破して差し上げますよ。フフ、フハハハハハハッ」

「…………………。」


何もかもを耳に貸してもらえず、途方に暮れる背中を。

そして…………。


「違いますよね。みんなは落ちこぼれなんかじゃ、ありませんよね………」


その目に浮かべて光る、一粒の涙を。

怒りに燃える吹寄の背中には、同様の気持ちで燃えているクラスメイトの盛る熱気が感じられた。


「おいみんな、もう一度だけ聞く」


目の前の上条が振り返り、一つ息を吐いてこう言った。


「本当にヤル気がねぇのか。」


上条の一言に、後ろで眉を吊り上げていたクラスメイト達は、


「んなわけあるかァ!!」

「そうだそうだ!!」

「舐めやがって! 無能力者根性思い知らせてやる!!」


青髪ピアスは剽軽な関西弁ながらも、珍しく怒りに燃えていた。


「そして何より、ウチらの小萌先生を泣かせた罪は重いで!!」

「そうだにゃー! ぜってぇ勝ってあのクソ担任教師に問い詰めてやるぜぃ!!」


土御門も真剣な眼差しだった。

最後に上条は、


「よしみんな、あのクソヤロウを叩きのめすぞ!!」

「「「「「「「「「「ゥおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」」」」」」


雄叫びを挙げるクラスメイト一同。

と、その声にビックリして小萌が飛び出してきた。


「ちょ、どうしちゃったんですかみんなぁ!」

「先生! 俺たち絶対に勝ちますからね!!」

「え!! どういうことですか上条ちゃん!?」

「絶対に勝ちます! 先生を悪く言う奴は、この手でケチョンケチョンにしてやります!!」

「フルボッコやで~」

「ぎゃふんといわせてやるぜぃ!」

「ちょっとみんな、暴力沙汰は……」

「だから俺たちがこの棒倒し! 絶対に勝って無能力者が落ちこぼれじゃないって事を見せてやるんです! なぁみんな!!」

「そうだそうだ!!」「小萌先生を泣かす奴は十倍にして泣かす!!」「あの糞リーゼント!! 見てやがれ!!」「いい年してリーゼントなんざキメやがって!!」

「って事です!! 先生、先生は救急箱でも持って俺たちの勝利を待っててください!!」


その上条の一言で小萌の眼からぶわぁっと涙があふれてきた。


「せ、せんせいはぁ……せんせいはぁ………」


嗚咽と鼻水が邪魔して上手くしゃべれない小萌、そんな彼女を微笑ましく上条は見て、


「じゃあお前ら! 作戦会議だァ!!!」

「「「「「「「「「「ぉっしゃああああああああああああああああ!!!」」」」」」」」」」

「あのリーゼント野郎ブッコロス!」「勝ったらぜってぇあのリーゼントをモーセの如く逆モヒカンにしてやる!!」「いやあえてモヒカンで行こう! トールギスかサンドロックみたいな頭にしてPTA総会と授業参観には出れなくしてやる!!」


クラスメイトを引き連れて広い場所まで去って行った。


「け、怪我は厳禁ですよー! 無茶はダメなのですよー!」


小萌は叫ぶ。しかし、一向に聞こうとしなかった。少年たちは少女たちは誰の為でもない。我らが担任である月詠小萌の為に戦うのだ。彼女の為ならこの命、捨てても構わない。

その熱気と覚悟は、小萌にひしひしと伝わった。そこに横から吹寄が声をかける。


「先生。月詠先生」

「はいです。ど、どうしたんですか吹寄ちゃん。みんな、どうしてあんなになるまで頑張ろうとするのですか?」

「そりゃあ、ムカついたからですよ。私たち無能力者を馬鹿にされた事に。何より小萌先生を泣かしたことに」

「み、見てたんですか!?」

「ええ、ばっちりと。 じゃあ小萌先生。私たちの応援頑張ってくださいね」


その言葉を残して、吹寄はクラスメイトが言った道を進み始めた。


「ちょっと待ってください吹寄ちゃん! 無茶は禁物なのですよー!!」

「出来るだけ怪我しないように頑張りますので――――………」


そう笑って吹寄は道を曲がった。最後の言葉は聞こえなかったが、何を言ったのだろうか?


「う…ぅうっ………どうして………どうして……………どうしてみんな私の為に………」


溢れる涙を、小萌は拭く。拭いても拭いても止まらない。

ああ、もしもあの子たちが無理が元で大怪我をしてしまったらどうしよう。………考えただけでも涙が出てしまう。


と、そこに、


「そこのお嬢ちゃん」

「あ、はい。お嬢ちゃんと言われる歳じゃないけどなんでしょうか」


後ろから声を掛けられた。小萌はとっさに涙を拭き、溢れようとする涙を必死に堪えて振り返った。


「あら、それは失礼したね。……と、泣いているようだけどどうしたんだい?」

「えっとこれはですね~……。そう、目にゴミが入ったんですよ!! で、なんですか?」

「……………えっと、棒倒しって競技の会場はここでいいかね」

「ええ、そうですよ。あそこへ行くとスタンドがありますから、そこから観戦できますよ?」

「そいうかい。ありがとう。泣かないでねお嬢ちゃん」

「だからお嬢ちゃんじゃないんですってば! 私の名前は月詠小萌ですっ! 列記とした高校の先生なんですよっ!!」

「じゃあ小萌先生。教えてくれてどうもありがとう」


と、道を訊いた人物はスタスタと去って行った。

しかし、あの人はとても不思議な人物だった。


「…………………なんで、巫女さんのようなカッコウをしているのでしょうか?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『第一種目 棒倒し 各校の入場です』


アナウンスが響き渡る。

御坂美琴は適当な場所に座るべくベンチが並ぶ階段を下っていた。


「よくやるわよね。勝てる訳ないのに………」


と、ふと横を見た。


「…………………………………………お腹へった」

「…………………。」


もしかして熱中症? 確かにちょっと熱くなってきたしその可能性はある。美琴は水を差しだすと………。


「ンッグンッグンッグンッグンッグ………………ぷっはぁ!!」


空間移動能力者なのかと勘違いする程のスピードで美琴の手にあったペットボトルを奪い取り、500mlあったいろはすを二秒足らずで飲みきってしまった。

しかしそれでも、


ぐぅ~~~。


「あんた、ホントにお腹が減っているわけね」


呆れた。


「短髪はここで何してるの?」


またそんな変な呼び名をする。私には御坂美琴と言う立派な名前が……って、これは100万回言い続けてきたきたから正直鬱陶しくなった。言うのをやめる。


「とうまの応援?」

「な、なんで私があんな奴の応援なんかしなくちゃいけない訳? 大体、どっちの学校が勝つか掛けしてるのよ?どうせ私が勝つに決まってるんだから」


意地っ張りな事をいう美琴。と、ある事に気が付いた。


「………あれ、もしアイツが勝っちゃったらどうしよう。なんでも言う事聞く…………」


悶々。

無駄に悶々しているとインデックスは上条当麻の姿を見つけた。


「あ、とうまだ!!」

「ッ」


その声に吊られるように美琴も顔を上げた。ちょうど入場した時だった。上条は集団の先頭に立っていた。そして、その姿は―――――――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「………おい。お前ら。覚悟は良いな?」


暗い影の中に、一つの集団が集まっていた。その中で一人の男はが闘志闘魂を燃やしている如き目で、集団を見据える。

男の問いに、一同は頷く。


「作戦は頭に入っているか? 自分の配置はわかっているか? 思い残す事は無いか?」


無言である。無しと男は解釈した。

そして最後に――――


「お前ら―――――――小萌先生の為に戦えるか?」


「「「「「「「「当たり前だァァァアアアアア!!!!!」」」」」」」」


「小萌先生を泣かせた奴を許せるか!?」


「「「「「「「「許せねぇェェェェエエエエエエ!!!!」」」」」」」」


「俺たちの小萌先生を傷つけた奴を放っておいていいかッ!?」


「「「「「「「「言い訳あるかァァァァァアアア!!!!」」」」」」」」


「小萌先生の為に命を捨てられるかッッッ!?」


「「「「「「「「上等だァァァァァァァアアア!!!!!」」」」」」」」


「強能力者が襲ってきても逃げねぇかッッッッ!!?」


「「「「「「「「かかってこいやァァァァァァアアアア!!!!!!」」」」」」」」









「テメェらいくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」





「「「「「「「「ゥぉおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」














円陣を組んだ40人の男女たちは、戦場へ行くスパルタの如く雄叫びを上げた。足を踏み鳴らした。地響きで空間が揺れる。




俺たちは戦いに来たんじゃない。勝ちに来たんじゃない。








そうだ、俺たちはあいつらを―――――――――――ぶっ潰しに来たのだ。









地響きで地面が大きく揺れる中、男は、上条当麻はすぅ――――と息を吸い、円陣の中央に向かって叫んだ。












「ぶっ潰すッッッ!!!!!!」


「「「「「「「「YAAAAAAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」









円陣の中心で拳を叩きあうクラスメイト総勢40名。

男女なんて関係ない。仲のいい奴悪い奴なんて知らない。無能力者と異能力者の柵なんてゴミの日に捨ててしまえ。

俺たちは、小萌を泣かせた奴をぶっ潰しに来たんだ。


「いくぞッ!!!」


「「「「「「応ッッッ!!!!!!」」」」」」」」



上条は振り返る。そこには明るい太陽の光が差し込む入場口。そこへ上条達は、戦士たちは戦場へと向かっていったのだった。





わぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ………………



歓声が会場を包む。それと壮大なBGMがさらに盛り上げを掻き立てる。

上条は仲間たちを引き連れ、芝生の大地を踏みしめた。

燃え盛る怒りと闘志と覚悟の炎。もう誰も逃げない。誰も臆さない。何が強能力者だ。何が無能力者だ。何が落ちこぼれだ。


――――誰だ。俺たちの小萌先生を泣かせた奴は……。


「………あいつらか」


上条は敵陣営を睨む。

厳密には彼らの担任の先生なのだが、そんなことは関係ない。あの戦争に勝てば、小萌先生を泣かせたクソヤロウに赤っ恥をかかせることができる。それだけで十分だ。

彼らの燃える魂を見たのか、観客はさらに盛り上がった。歓声のヴォリュームが3つ上がる。


「お前ら、準備は良いか?」

「良いわよ」


隣の吹寄が応えた。その他の仲間たちも頷く。


「じゃあ、とっとと始めるぞ!!」


上条は叫ぶのが合図となり、各地配置についた。





「……………な、なんだアイツら!?」


一方相手の某高校の陣営。一人の男子生徒が呟いた。


「あ、アイツら本気で俺たちを倒そうと……?」

「馬鹿言うなよ。俺たちは強能力者でアイツらは落ちこぼれのザコ集団。俺たちの圧勝に決まってるじゃないか」

「で、でもアイツら、本気で俺たちを潰しにかかってくるみたいで…」

「例えそうだとしても無理だよ。なにぜ前線には防御部隊が配置させてある。例え数が多くても蹴散らすだろうよ。奴らは烏合の衆。ただツッコんでくるだけだ。それを俺たちは待ち構えて、あたかも長篠の戦のよろしく落ちこぼれ共を一体一体潰していけばいい」

「だ、だな……」

「それに、こちとらもしも負けたらあのリーゼントに罰則食らわせられるハメになるんだ」

「わかってるよ」


男子生徒はハァと息を吐き、自陣が守る棒の周りにいるクラスメイト達を見る。

そうだ、俺たちは強能力者。無能力者如きに負けるはずがない。

と、思ってた。その時までは。










『それでは棒倒し。始めます』


審判だろうジャージを着た教師はスタート用のピストルを掲げる。



上条はそれを見て身構えた。


「……さすがに緊張するな」

「そうね、でも私たちならできるわよ」

「ああ」


吹寄は武者震いかそれとも怖がっているのか、フルフルと震えていた。それでも不敵に笑う。


「一番槍は任せなさい」

「……え?」




「よぉい、始め!」



パァンッ!


乾いた音が合図だった。堰を切ったように上条達は走り出した。


上条達がとった作戦は、40人を『敵の棒を倒す組』『自軍の棒を支える組』『土煙を上げて弾幕を展開する組』『念話能力で指示や号令を掛ける組』『敵の飛び道具を迎撃し攻撃する組』『吹き飛んだ味方を保護する組』に分かれさせて電撃戦を仕掛けると言う事。

先陣を『敵の棒を倒す組』。上条と土御門と青ピ。そして吹寄など、総勢20名。自軍の半分を使わせたのは強能力者に防御を取ってもすぐに破られる。そこで敵に攻撃の隙を与えず、こちらが数で押し切る為だ。その中には『土煙を上げて弾幕を展開する組』が存在する。彼らは念動力で砂の槍を作って弾幕を張り、グランドの土ごと捲り上げて煙幕にするのだ。

その後方に『敵の飛び道具を追撃し攻撃する組』がいて、彼らは飛んでくる敵の攻撃を各々の能力で対抗する。その後ろに『念話能力で指示や号令を掛ける組』『吹き飛んだ味方を保護する組』『自軍の棒を支える組』が続く。

土煙は両軍がぶつかる寸前に上げる物だった。狙いを定めずに撃つ攻撃など、狙われる事と比べれば怖くは無い。

だが、一つアクシデントが発生した。



吹寄制理が、上条らを差し置いて敵陣に突っ込んだからである。



「………え?」


スタートラインから敵陣までは大体50m。その間を7秒か6秒台で突っ切って行った。


油断して慌てたのだろうか。それとも能力で弾を撃つのが少し遅れたのだろうか。敵が撃った砲弾は吹寄のすぐ後ろに着弾した。

そしてあっという間に一人の男子生徒の懐に潜り込んだ。



「………ねぇ…知ってる? 私たちのような無能力者が有能力者に勝つたった一つの方法………」


男子生徒の答えを聞かずに、吹寄は右の肘で彼の顎を跳ね上げた。


「――――――それはね……能力を使う前に叩きのめせばいいのよ」


愕然。

吹寄の侵入を簡単に許してしまった。

今すぐ排除しなければ。

吹寄の両端にいた生徒たちは我に返って、慌てた。両者は右手を翳す。右の彼は風の砲弾を撃ちだそうと。左の彼女は真空の棍棒で殴ろうと。だがしかし、吹寄はそれよりも早く行動を起こした。右の彼の右手首を持って左の彼女の方へ引っ張った。ちょうど撃ちだすその瞬間だった為、謝って発射してしまった。


「きゃっ!」

「あ!」


声を上げてももう遅い。左の彼女は吹っ飛び、後ろにいた友人だろう女子生徒を巻き込んで倒れた。


「ダメでしょ、女の子に手を挙げちゃ」

「ぎぇ!」


首を左腕で巻き取り、鳩尾に膝を叩き込む。その彼を放り投げた。


「こ、このぉ!!」


数m先で男子生徒が炎を纏った右手で襲い掛かってくる。吹寄は昨日覚えたばかりの型を構えて待ち構えた。来るなら来いと吹寄は睨むと炎の生徒は襲い掛かって来る。


「ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


が、彼は右手の炎ごと上条の右拳で殴り飛ばされることになった。


「大丈夫か吹寄。無茶するな!」

「私は大丈夫よ。それより棒!!」

「わーってる!!」


上条は後方に続く味方に鼓舞した。


「吹寄に続けぇぇええええ!!!」

「「「「「ゥワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」」」」」


20人の軍勢が土煙を焚き上げて襲い掛かる。目の前が全く見えない敵陣営。それを背後に回って味方達は2対1で潰し、隙あらば棒を倒そうと押し寄せて行った。


「ぐあぁ!?」

「あぁぐ!!」


一人。また一人敵を潰し、また一人、敵の首筋に肘を入れた土御門が叫んだ。


「上やん!! 右の棒の方が手薄だにゃー!!」

「OK!!」


上条は早速大乱闘となっている敵陣営を掻き分ける様に進む。

戦争映画にある塹壕の中の戦いだ。銃なんて物は使えない。味方に当たるからだ。撃てたとしても味方に当たる危険性があって躊躇してしまう。狭い空間の中、自身の拳と肉体で勝負する大乱闘。確かに能力有るも無しもクソの関係もない。

その中で喧嘩慣れしていて有利にある上条は立ちはだかる一人を殴り飛ばして棒の根本までやってきた。


「ここは通させねぇぞ!!」

「ッ!」


いかにも格闘系のスポーツをやっていますよ的な大男だった。これは不味い。上条の戦闘能力は所詮喧嘩崩れでサシなら勝て、二人なら危うく、三人だったら絶対に逃げる。そしてマジモノの格闘技経験者は無理だ。

どうする? ここは格闘技に強い土御門に応援を要請するか?

手間と時間がかかるが、パッと見た限り敵の棒にいるのは目の前の男抜きで4、5人。少ない。もしかして混乱のせいか乱闘に巻き込まれたかで戦闘に参加したか。

だったら敵が戻ってくる前に棒を倒すのが得策。土御門を呼ぶしかない。だが、それでは他の棒を攻めている仲間に負担がかかる危険性がある。

全く不幸だ。

しょうがない。ここは腹を決めてこの男を倒す。

上条は少し怖気づきながらも、構える。

そんな彼の心を読んでか、男は得意げにこう言い放った。


「俺のレベル3の筋肉増幅(マッスルボディー)がある限り! 俺は倒れない!! いいか? 俺がこの能力に目覚めたおかげでヒョロヒョロだった体が一時的だけどムッキムキになるんだ!!」

「……………へぇ」


上条はニヤ~と笑った。

数秒後、上条の幻想殺しの前に倒れ伏せるヒョロヒョロの大もやしが一人出来上がった。

それでも4、5人棒の根本にへばりついている。一人一人倒している時間は無い。しかし仲間を呼んでいる遑はない。

ならばやるべきことは一つ。


「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


全力で走れ! 全力で駆けろ! 全力で飛べぇえええええええええええ!!!


上条は大地を蹴り、棒にへばりついている人たちの一人の肩を足場にして飛び越え、棒へタックルするように背中をぶつけた。へばりついていた人たちは悲鳴を上げながら傾く棒を支えようとする。

ダガァアン!!

派手な音と共にさらに土煙を巻き上げさせた。



「いちちちちちち………っ」


背中に棒が強打し、ひどく傷む。しかし、


「まずは一本!」


棒は大地に横たわる。

敵の棒を一本倒して見せたのだ。


「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


立ち上がり、拳を振るう。


「く、くそ! 無能力者に一本獲られた!!」

「この野郎ぉ!!」


すぐそばで一緒に倒れた敵が襲ってきた。手には氷でできたナイフ。


「なめんじゃねぇ!!」


それを幻想殺しで払って砕き、クロスカウンターを合わせる形で敵の顔面に拳をぶつける!


「ぐぉ!」

「まだだぁ!!」


今度は右方だった。電気系の能力者なのだろう砂鉄を固めた棍棒を武器に上条の頭を狙ってきた。

しかしそれも幻想殺しに食い尽くされることになる。


「ど、どどどっどどどどうしてだッ!? なんでこいつに能力が効かないn…ぎゃ!」

「寝てろ!!」


上条がそう叫ぶと同時に、敵陣営の棒がまた一本倒れて行った。

バタァン!!

味方の雄叫びが上がる。さて、もう一本だ。


「上やん!!」


青髪ピアスが泥だらけスリ傷だらけで上条を睨んでいた敵を蹴飛ばしながら寄ってきた。


「どうした!?」

「やばいわ。棒はあと一本になったけど、味方がもう10人もおらん!!」

「マジかよ!!」

「つっちーと吹寄はいるけど、さすがにこれ以上はしんどいわ!!」

「だったらすぐに片を付けるぞ!! こっちの陣営の棒が危ない!!」

そう言ったときはもう遅かった。


わぁああああああああ!! 後方50mにある我が校の陣営の棒が二本。ほぼ同時に倒れた。

下の『自軍の棒を支える組』が敵の能力の砲弾で吹き飛ばされたのだ。仲間たちが吹っ飛ぶのが見える。残りは一本。一番右端の棒だ。そこには姫神がいる。


「上条!!」


吹寄が敵のもう一人を背負い投げしてから怒鳴り込んできた。


「私に考えがあるの!!」

「吹寄!?」

「――――――――――――――――ッ。」

「…………それで行くしかない!!」


上条は近くにいた土御門に声を掛け、吹寄提案の作戦を伝えた。


「よしわかったにゃー」

「そうと決まれば………」


上条は仲間たちに叫んだ。


「全軍撤退!! すぐに自軍の棒を守ってくれ!!」

「ちょっと待てよ上条!! あと一本なんだぞ!?」


一人が反論してきた。


「俺たちで十分だ!!」


上条はそう言い返す。
そして横にいた『三バカデルタフォース』でトリオを組んでいる土御門と青髪ピアスを率いる様に走り出した。


「土御門! 青髪! 行くぞッ!!」

「おう!!」

「よっしゃ!!」


上条の掛け声で土御門と青髪ピアスは残り一本となった敵の棒へ全力疾走。

上条、土御門、青髪ピアスの順番に縦に整列するように並ぶこの陣形は………。



「「「ジェットストリームアタァァァァァァァァァアアアアアアック!!!!!!!」」」


奇跡的にも敵は自軍に向かって攻めていた。周りは殆ど敵はいない。しかし裏を返すと姫神がいる自軍の棒には敵が押し寄せているという事だ。

だから、この勝負にすべてがかかる。すべてをかける。失敗すれば即負けが決まる。いや、成功すれば即勝ちが決まるとしか考えるな!!

上条は雄叫びを挙げながら特攻をかました。



「わぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


だが敵も馬鹿ではない。戦闘の上条に向かって掌から繰り出す空弾魔弾真空弾など摩訶不思議な攻撃を一斉放射した。


「だァアッ!!」


それを上条は右手を翳し、能力を殺してゆく。威力は重かった。ビリビリと上条の背中に衝撃が突き抜ける。だが上条は足を止めなかった。

上条は走り続ける。ここで止まる訳にはいかない!! ここで立ち止まったら死ぬッ!!!


「ぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


上条はとうとう棒の根本にまで押し詰めた。前にいた敵に寄り掛かるように体を押し付ける。


「未だ土御門!! 青髪!!」

「ラジャ!!」「ナイスだ上やん!!」


土御門は駆けあがるように上条の肩に飛び、棒にへばり付いた。同じように青髪ピアスも上条の肩に乗って棒へと飛んだ。


「なにぃ!? 前のヤツを踏み台にしただと!?」


敵が叫ぶ。

だがしかし、


「甘いのだよ!!」

「がぁ!!」

「土御門!!」


土御門は敵の空弾に弾き飛ばされた。

そのまま地面へと落ちて行った。


「つ、土御門ぉぉぉぉおおおおおお!!!!」

「か、上やん!! ボクたちの棒が!!」

「ッッ!!?」


上条は後ろを見る。自軍の棒がもうすでに45度くらいか傾いていた。ゆっくりと傾いてゆく。今にでもバタンと倒れそうだ。


「や、ヤマズイ!!!」


ここまでか!? 上条はそう思ったその時!!



「上条ぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「吹寄ッ!!」



上条の後ろから吹寄の叫び声が轟く。


「上条!! レシーブ!!!」


「よし来た!!」


上条は敵に背中を預ける様にして振り返って屈み掌を重ねる。猛ダッシュで駆け抜けてくる吹寄はさらに速度を上げた!!


「こぉぉい!! 吹寄ぇぇえええええええ!!」

「ぅぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああ!!」


駆け抜ける吹寄は上条の掌に右足を掛けた。その刹那なタイミングで上条は彼女を、全ての奥歯が砕け散るほどに歯を食いしばって腕を引っこ抜くように後ろへ持ち上げる。


「ふぅんぎッッ!!」


弾丸のように棒へ飛ぶ吹寄。青髪ピアスの頭上の遥か高くを飛び、棒の先端部分に脇に挟んだ。

そのまま飛んだ速度と威力を殺さずに落下させる!!


バカァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!


二つの棒がほぼ同時に倒れた。

今までで一番派手な棒が倒れる音だった。


砂煙が二つの位置から立ち上がる。



「ど、どっちだッ!?」



上条は真ん中のラインにいた審判の教員を見た。

教員は少し迷った表情だった。四方にいる副審判の顔を見ていた。

呼吸が5つした時だった。ようやく決心がついたのか審判は赤と白の旗をギュッと握った。どちらかが挙がれば、挙がった方は勝利ということになる。赤は我が校。白は敵。挙がったのは―――――――










――――――――赤だった。











わぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!





歓声が今日最高のヴォリュームでグランドを轟かせた。


「ぅおぉおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「よっしゃぁあああああああああ!!!」

「やったぜ上やぁあん!!」


上条は雄叫びを上げた。土御門と青髪ピアスは上条に飛び込むようにして抱きついてきた。


「ぅあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

「信じらんねぇよ土御門!!」

「俺も信じらんねぇにゃー」

「奇跡やでぇ!!奇跡!! GReeeeNが頭ん中で流れとる!!」

「「「ィエエエエエエエエエエエエエエ!!」」」


三人はお互いの肩を抱き合い、グルグルと回る。

と、途中で吹寄が駆けてきた。


「上条!!」

「吹寄!!」


吹寄はいっぱいの笑顔で上条に抱き着く。


「ちょ、吹寄!?」

「やったやった! やったぞ上条当麻!! 貴様のおかげだ!! あはははははは」


ちょ、お、大きいお胸が胸に当たってらっしゃるのですが!?

と顔真っ赤になって吹寄に目で訴えるが、本人は全く気付いていない。

すぐそばで見ていた土御門は微笑みながら、


(上やん。これは一番頑張った上やんへのご褒美ぜよ。心行くまで堪能しろよ?)

(つ、土御門………。お前って奴は………)

(そうやで上やん。あとで吹寄はんのオチチの感触。感想教えておくれや?)

(青髪……)


上条b

土御門b

青髪b


こうして、上条の高校の大覇星祭は好調な滑り出しで始まったのである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



そんな壮絶な戦いの一部始終をただ見守る事しかできなかった小萌先生こと月詠小萌は、涙目になりながら救急箱を抱えて可愛い生徒たちを迎えた。

嬉し涙ではない。心配で心配で、とにかく心配だったから出た涙であった。

未だに立つ砂煙から肩を支え合って出てくる生徒たちに舌足らずの声で訴える。


「どうしてみんな、そんなになるまで頑張っちゃうのですか? いくら勝っても、そんなにボロボロになっちゃったみんなを見るのは、先生は…先生は………」


彼女の言葉を素通りし、生徒たちはゲートへ足を進める。決して彼女の言葉を聞いていない訳ではない。むしろありがたくて涙が出てきそうだ。

だがしかし、今はそれどころではない。



まだ、俺たちのやるべきことは残っているからだ。



上条は後方にいた姫神に声を掛けた。

因みにあの棒倒しの真の勝利の切っ掛けは彼女にある。味方の棒が倒れる時、姫神が倒れる棒を下敷きになるように数秒受け止めてくれたのであった。彼女がいなければ自分たちは敗者で、反対側のゲートでどんよりムードの某高校とは真逆の形になっていただろう。


「姫神、小萌先生を頼む」

「わかった。」


上条ら39人は歩く。

さぁ、あいつはどこへいる?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「くそ、なんてざまだ!!」


まさかあの落ちこぼれ共に負けるとは、我が校の恥だ。赤っ恥だ。永遠の黒歴史だ。

負けが決まった瞬間。グランドの隅で頭が真っ白になった事を思い出す。明日か明後日、同僚の教師に笑われてしまう。それを考えただけで顔が真っ青になってしまった。

トレードマークのリーゼントをくしゃりと握る。

帰ったらグランド100周だな。リーゼントは生徒たちへの体罰を考えつつ、あの憎き落ちこぼれ共をどうしようか考えていた。

こうなったらどんな手でも使ってでも一矢報いたい。いや、もうあの教師も生徒もめちゃくちゃになるほどになる事を……。


「ふふ、ふははははははは………」


と緑色の淵の眼鏡を中指で上げて不気味に笑っていると、


「あの~すいませ~ん」


肩を叩かれた。

リーゼントは振り返る。そこにあったのは、泥だらけの体操服を着たツンツン頭の……………。


先程我が校と戦っていた高校の生徒のツンツン頭の少年が、クラスメイトを引き連れて詰め寄っていた。


鬼の形相で。


「ヒッ!」


「いやぁ~。さっきの棒倒しありがとうございました。そちらの生徒さんによろしく伝えておいてください」


ツンツン頭の少年は、柔和な口調でそう言ったが、顔は1㎜も笑っていなかった。


「そして――――――」


目の前の生徒たちが、強能力者の軍団に勝った無能力者の集団が、一斉に口を開いた。




「「「「「「「「―――――――よくも、俺たちの小萌先生を泣かせたな………。」」」」」」」」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「だっはははははは!!」


笑い声が響く。

クラスメイト達がワイワイと騒いでいた。


「最っ高傑作だったな!! あのリーゼント『ヒィイイ! ごめんなさいごめんなさい!!』っていい年こいて涙目になってたぜ!?」

「ああ、小萌先生を泣かせた罰だよ」

「天誅だ天誅」

「でも凄かったよね~。まさかあの強能力者の高校にあたしたちが勝てたんだよ?」

「10回やって1回の確率ね。もう勝てないわよ」

「バァカ。俺たちの実力だよ。次の大玉転がしも勝つぞ!!」

「「「「オー!!」」」」


もう胴上げでもしようという風な雰囲気だ。

優勝にはまだ遥かに遠いし早いが、まぁ良しとしよう。

運営委員会である吹寄制理は、ふと自分の恰好を見て苦い顔をした。


「さすがにこんな泥だらけの恰好じゃあ人の前は歩けないわね………」


と一人の友人に学校へ戻って着替えに行くと伝えて走って去って行った。


「しかしまぁあの吹寄がにゃー。よっぽど嬉しかったんだろうぜぃ」

「そうやね。あのカミジョー属性完全ガードの鉄壁があんな風になってたんやさかい。そう遠くない日にコロッといったりして~」

「いや、逆だにゃー。まったく気が無いからこそ、あそこまでスキンシップできるんですたい」

「ん? なんだ二人とも」

「いやぁ? 上やんの事なんて全く関係ない話だにゃー。なー青髪ー♪」

「ね~つっちー。僕たちは上条クンの事なんてこれっぽっちも知りません~」

「……………まぁいいや。そんな事より俺、これからインデックスの所に戻るから。みんなに伝えといてくれ」

「ああわかったぜぃ」

「ええなぁええなぁ。何人ものオンナノコとイチャイチャイベントが建って~。俺も一回でいいから上やんと入れ替わりたいわ~」

「入れ替わるのはサイフの中でいいよ。じゃあな」


と、上条も一人去って行った。

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「お~い。インデックス~」


上条当麻は会場のスタンドにいた。連れの銀髪碧眼の少女インデックスを探してだ。だがしかし、彼女は見当たらない。競技の途中でチラリと姿を発見した彼女が座っていた場所に行ってみても見当たらない。(普通の人ならわからなかったが、あんなカッコウの人間は目立つからすぐに見つけることが出来たのだ)


「ったっく。しゃーねーなぁ」


上条は今朝渡した携帯電話に電話を掛けようとポケットに手を突っ込むが、携帯がない。


「あ、携帯………カバンか…」


携帯のカバンの中。流石に競技中は貴重品を持ち歩けないので学校、教室に置いて行ったのだ。

インデックスはここの近くにいるだろうが、探すのは手間がかかる。だが携帯を取りに学校へ行って戻るのはいささか面倒だ。


「………ま、インデックスがこの会場にいるとも限らないしな」


天秤にかけた結果、後者を選んだ。

上条はスタンドから出て、学校へ向かった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


さて、学校へランニングペースで駆ける吹寄はとある人物と出会った。

つい先日出会い、弟子入りを頼み込んだ、吹寄が師と仰ぐ人物。


「先生! 敦賀先生!!」

「ああ、こんなところにいたのか」


こんな時代なのに巫女装束と、現代離れした服装と雰囲気を漂わせている敦賀迷彩は、笑顔で吹寄に手を振る。


「見たよ。棒倒しだっけ? なかなか楽しそうだったね」

「いやいや、見ている方は楽しく見えてもやっている方は半ば命がけですから」


なにせ攻撃性を持つ能力者が本気で砲弾を無能力者に撃ち込んできますし。吹寄はそう付け加えておく。


「そうかな? そう言っているかもしれないけど、なかなか生き生きしていたように見えたけど」

「あははは。そう見えましたか」

「周りの声を聞いていたところ、大番狂わせだったそうだね」

「ええ、実は競技が始まる直前にウチのクラスの担任の先生が馬鹿にされて、それで全員に火が付いちゃって……」

「そうか、その先生は幸せ者だね」

「いえ、当たり前のことを下までです」


吹寄は笑ってそう言うと、自分がさっきまで走っていた目的を思い出した。


「あ、もう私行きます。応援ありがとうございました先生。次もよかったら見に来てください」

「ああ、そうさせてもらうよ」


吹寄は笑顔で走りながら手を振る。迷彩も手を振り返す。彼女が見えなくなると、迷彩はふと呟いた。



「…………誰も死なない戦争か……いいものだな」


誰も死なない戦争。

敦賀迷彩。彼女の人生を決定的に決めつけたのはやはり飛騨鷹比等が起こした反乱だろう。あの戦で彼女は家と家族と普通の人として生きる人生を失った。だから迷彩は思う。

戦は罪悪だ。人を殺しても正当化され、参加した者、巻き込まれた者は否応なく命の危機に貶められ、殺されてゆく。

そして勝った方は英雄として崇められ、敗者は永遠に敗者として人々に蔑まれる宿命を押さえつけられる。どっちも人殺しなのにだ。

ある人は戦という名の大量虐殺を正当防衛と正当化するだろう。ある人は自身が攻めなければこっちが滅ぼされると言い張るだろう。ある人は我が国を守るためと自国の民に伝えるのだろう。

だが、戦と言う物はどんな理由であれ、どんな正当防衛を謳うであっても、誇りを守るためと胸を張っていようが、人殺しは人殺し。戦の大義名分は虚言か戯言か狂言しかないのだ。

だから迷彩は心の底から思う。戦は下らないと。

だがしかし、この『誰も死なない戦争』は善い。1対1という、戦に似た方法で戦っているが誰も死なない。誰も悲しまない。いやこれは『演習』と言ったら正しいかもしれない。戦だけだろう、“『本番』の無い『演習』”ほど望ましいものはない。この世のどこにも。

そう考えを綴って、迷彩は自嘲したように笑った。『いやいや、もう良いのだ。この世界には戦争は無い』と。

迷彩は踵を返した。

さて、次は佐天の方か。

『実行委員』と書かれた腕章を付けた少年から『ぱんふれっと』とかいう紙を貰ったが、それによると佐天が出場する競技は少し歩かなければならない距離にあった。

まぁ、ものすごく歩かなければならないほどでもない。『でんしゃ』とか『ばす』とか言う奇怪な機械の乗り物を乗らなくてもよいのだ。

いや、別に金がないからという訳ではない。この世界の通貨を、どこから入手したかわからないが彼我木輪廻から受け取った。ただ今の敦賀迷彩の全財産壱萬五千円也。

ただ迷彩は、この世の『乗り物』はあまり好きじゃないのだ。なんというか、怖いというか気持ち悪いというか。

まぁバスの中に一人巫女さんがいれば十人見て十人は怪しく思うだろう。この街では目立ちたくはないのだ。警備員に職務質問されなくない。逮捕なんてもってのほかだ。

だから迷彩は(この時代的には)健康的にも徒歩で佐天がいる会場まで行く。これでも昔から足腰は強い健脚だったのだ。剣客だけに。


「えっと、ここを……『えー』だっけか?」


迷彩は彼我木から一応この世界の基礎知識をほんの少しだけ教わった。日本語は何とか読める。英語ならアルファベットをようやく掴んできた頃だ。

しかし今代の文章は読みやすくて良い。昔ながらの『~~候』的な文字ではなく、しゃべり言葉をそのまま文字にしたものだ。実に簡単で実用的。考案した者はきっと大層な偉人だろう。

迷彩は明治時代の小説家であった二葉亭四迷という、文学に理解を示さなかった父親に『くたばってしまえ』の罵られたのが筆名の理由である人物を褒めた。

どうでもいい。先へ進もう。


「この『えーげーと』を右に曲がって……そのまま真っ直ぐか………ざっと四半刻ほどだろう」


さて、さっさと行くか。

と、迷彩は二三歩歩くと、少し見覚えがある少年の顔を見つけた。

ツンツン頭の少年だった。弟子のひとりである吹寄が走って行った方向へ走って行って、そのまま見えなくなった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ガラリと戸を開ける。

吹寄制理は教室に入って、戸を閉めた。そして自分の席に行き、置いてあるバックを漁った。無論自分の所有物である。


「あ、あったあった」


そこから体操着の上下一式を取り出した。キッチリした性格なのでキッチリと畳まれている。

昨日の夜キチンとアイロンを掛けて来たのだ。人の価値は衣服で決まるとどこかの偉人が言っていたが、果たしてどうだろうかと疑問詞を浮かべたが何でかアイロンを掛けてしまった。全くな奴だと思ってしまう。

さて、吹寄はその真っ白でシワ一つない体操着を自分の机の上に置いた。


「……………しかし、今思うと物凄く恥ずかしい事をしてしまったな…」


恥ずかしい事とは、今から数十分前の棒倒しの勝利した時の事である。

大番狂わせで強豪校に勝利した時、あまりにも嬉しくて感極まって、思わず上条に抱き着いてしまった。わざとではない。サッカー選手がゴールを決めたときに抱き合うのと同じ原理だ。わかっていると思うが彼らは決してホモでもゲイでもない。

上条は物凄く嫌がってたのではないだろうか。苦しかったのではないだろうか? 今思えば顔を真っ赤にしていた。


「そもそも、なんでクールでしっかり者のキャラで通ってたのに、あれじゃあイメージ総崩れよ。キャラ崩壊も甚だしいわ」


いやいや、そんなことないですよ。むしろ可愛かったですよ?


「うるさい」


吹寄は頭を抱えて大きくため息をついてみるが悩みは消えない。

しょうがない。しょうがない。こうなったらしょうがない。イメージ総崩れがなんだ。キャラ崩壊がなんだ。原作設定無視がなんだ。


「忘れよう。こうなったら意地でも忘れてやる。どうせアイツも明日になったらケロリと忘れている」

吹寄は紅い顔をしながらヤケクソ気味になって上の体操服の裾を捲り上げる。


「―――ッ!!」


だがしかし、へそを過ぎて胸のあたりで急に手を止めた。

綺麗なへそだった。変に浅くもなく深くもない。綺麗に引き締まったウエストに備え付けられるような、そんな小さなへそだった。

綺麗好きな彼女である。へその手入れも欠かさないのだろう。ゴマ一つない。例え舌を入れて舐めても清潔だろう。そして何より日ごろ鍛えてあるため、無駄な脂肪は無く、細い。しかしそれであってバストとヒップは大きい。あえて言おう。ハナヂが出てきそうだ。

ただへそを見せただけなのにこの破壊力。いったいその体操服を脱いだらどうなるのだろうか。都市区画ごと破壊されるのではないか?

焦らさないでくれ。早くその続きを、早く裾を上げてくれ。

―――――――――――と、もしも幽霊か亡霊がいたら机をドラムのように叩いて訴えているだろう。

そんな非現実的、この学園都市には関係ない。

吹寄はある重要な点を考えてしまい、とっさに手を止めてしまったのだ。


「――――――…………まさか、上条がいきなり入ってこないわよね…」


ジト目で横の戸を睨む。が、とうとう本当に心配になって戸を開けて左右を見て姿がないか耳を澄ませて足音が聞こえないか確認する。

―――――――オールグリーン。大丈夫だ。心配ない。さぁさっさと続きをやってくれ。

そんな幽霊の言葉など全く聞こえていないが、吹寄は頷いた。


「…………よし」


吹寄は戸をピシャリと閉め、速足で元のポジションに着いた。

裾を捲り上げ、がばっと体操服を一気に脱いだ。

豊満な二つの乳房が柔らかく、上下に揺れた。大きい。その二つがたぷんたぷんと跳ねる。

―――――――ヤバい。本当にハナヂが出てきそうだった。

大きな桃かメロンの如き豊潤さ。100点満点だ。よくもまぁここまで育ってくれたものだ。

幽霊は涙を流しながらハナヂを堪える。

だがしかし、吹寄はそれだけでは終わらなかった。

吹寄は両手を、ズボンに掛けた。

―――――――ッッ!? 上下共に脱ぐだと!? いや、普通に考えて先に脱いだ方に服を着るモンだろう!! 上を脱いでから別の上を着てそれから下を脱ぐだろ!! それなのに一気に二つ脱いだだと!? 核弾頭二つ見せられつけた後にパンツだと!? コロニー落としか!! ふざけるな!! こっちの身が持たぬわ!!

女子のパンツとは、男子にとって永遠の夢なのだ。それを拝める人間は、幸運の女神が微笑んだどころかギュッと抱き寄せてもらったレベルの幸運なのだ。

パンツは、それとパイオツ(下乳でも可)は男の夢と浪漫なのだ。それさえ見られれば、この目でちゃんと見られれば、男として、一人の漢として死ねる。

神に会ったというべきか。そう言うレベルの感動なのだ。衝撃なのだ。破壊力なのだ。

その分、衝撃は脳細胞を消し飛ばすほどの威力となる。いくら幽霊だとて誰もいない教室で堅物委員長キャラだった美少女が勝手にストリップしてくれるまさにこの状況は、下手すれば頭と別の場所がパーンする危険性がある。


しかしこの世に幽霊など存在しない。

吹寄はお構いなしにズボンを下ろした。

水色のズボンから頭を出したのは純白のフリル付きのパンツ。可愛らしいリボンが下腹部に付いてあった。

股の小さな膨らみまで見えるようになると、吹寄は行儀悪かったが自分の机に腰を掛け、左足からズボンに足を抜き始めた。

白く程よく柔らかく膨らんだ太腿から、同じように柔らかそうな尻が正面から覗ける。パンツがチラリと見えた。スベスベとしたその太腿と尻。白いパンツ。

いや、それはそれでいいが、それよりももっと凄いモノがあった。もはや禁忌と言っていい。

二つのふわふわな太腿の間にある、逆三角形の頂点。白い膨らみ。

運動した後であろう。少し汗をかいた後だっただろう。

その白い膨らみが汗で湿っていて、その湿った部分のちょうど真ん中に微かに見える――――――――――………一筋の、線。

―――――――ゴッファッッ!! あ…あっぶねぇ………あ、頭がパーンしちまうところだった。もうパンパンだ。いや、頭だけじゃねぇ、下ももうパンパンだ。全く何をしてくれるんだ、俺を殺す気か!!

核爆弾二発とコロニー落としを何とか、幽霊は死に絶えた。血反吐を吐きながら耐えた。

我ながら良く正気が保ってられる。生前ならもう賢者モードだ。いやもう襲っているかもしれない。俺も幽霊なのに成長したんだなぁ。

幽霊は一人息を吐く。

だがしかし、くどいようだがこの世に幽霊などいない。

吹寄は存在しないものなど全く微塵も興味も確認も認知も頭から一切全然に完全にせず、自身の豊満な胸を見た。

その特大級の胸から何か違和感を感じ、吹寄は顔をしかめて黄色のブラジャーに下から手を当てた。重量感ありそうなそれだが、ふっくらとモチのように手に乗っかる。


「うっわ、ブラがびしょびしょ………。あの時か…」


あの時とは、上条に水を掛けられた時である。流石に濡れたブラでは気持ち悪いし、何より湿って白い体操服が透ける。


「しょうがない。こっちも代えるか……」


確か、ブラの代えもいくつか持ってきたような……。と、代えの純白のブラジャーを取り出すした。

脱いだ泥だらけの体操服は後ろの席、吹寄が向いている方向では前の席に置いた。

そして、両手を背中に回す。

カチャカチャ……と金具を外すような音がした。

―――――――………………ちょっと待て、待て待て待て待て。ちょっと待て。オイコラ、何をする気だ? まさかブラまで脱ぐつもりじゃないだろうな!? 待て待て待て!!

美少女が人前でブラを外した時。それは銭湯か恋人の前でしかない。

一方男が“生”でパイオツを拝めるのは、オギャーと生れてから乳児の時のお母さんの時か結婚した後の妻のみ!!

PCの画面の中のパイオツなど、幾千幾万と見てきた。だがしかし、この目で直に見るのは嫁さん以外では人生で一回あるか無いか。しかも美少女のものとすると彗星が現れる程の確率なのだ。奇跡なのだ!

目からパイという名の太陽の光に照らされて溶けた彗星の氷の水のように、涙を流す。

それほどまでに、着ている物は無い。着ている物があるならば、汗付パンツと白い靴下。ただそれのみ。

爆発する。己の頭が、体が、何もかもが熱く爆発する。

これはもう核爆弾とかコロニー落としとかいうしょっぱいモノではない。

これはアクシズだ。アクシズ落としだ。小惑星との激突によって大爆発が起こって、灼熱地獄に放り込まれるようなものだ。

―――――――絶対に生きては残れぬ。

やめろッ! 俺はもう十分だ! 俺はもう幸せなんだ! 下着姿で俺は満足なんだァアア!!!

本当にすまないが、何度も言うようにこの世には幽霊などいない。幽霊とか言うのは東洋人だけで、西洋人は幽霊を否定する。だからさっきから何か変なバカげた下らない地の文もとい厨二病患者の妄想怪文書は、幽霊と同じで無いことなのだ。

幽霊などこの世にはいない。よって生おっぱいパンツマン筋ひゃっほい云々論議が書かれた文章はこの世には無い。あったとしても気のせいだったと思ってスルーすればいい。

だから、吹寄制理は一切の躊躇も迷いもなくブラのホックをはずし、豊満で芳醇な二つの乳房をさらけ出した。

―――――――何かが、昇天する気がした。……………のは気のせいだろう。



「ふぅ……」


吹寄は一つ息を吐く。

窓の外ではワーワーと小さくだが遠くからの歓声が聞こえた。

すっきりとした感覚だ。身に着けているのはパンツと靴下だけ。

前を見る。いつもはクラスメイト達が座っている机と椅子たちが並んでいるが、クラスメイト達は全くいない。まるで自分一人が別次元の世界にいるような感覚だった。それにそれとは別の風が吹く。

いつも真面目に勉強しているこの教室で、クラスメイト達と一緒に過ごしているこの教室という空間で、自分がほぼ全裸だという事実。


ぞくっ………と背中に風が当たる。


恐怖ではない。快感だった。いや恐怖の中の快感。

自分の中の、開いてはいけない扉がその風によって抉じ開けられる。

それは禁忌。禁断の果実。風は蛇で、彼から果実を受け取って齧ってしまったらもう後には戻れない。

ああ、その果実を、甘い芳醇な果実を齧ってみたい。


「……………と、思うかっての、私は」


はんっ。鼻で笑う。

しかし背中に風が当たったのは事実だ。だが、それは些細な事だ。気に留める事ではない。

さてさっさと着替えて運営委員会の仕事に戻らなくては。

吹寄は傍に畳んでおいた新しい水色のズボンを手に取った。



ガラリッ



それは、教室の戸が開けられたのと同着の事だった。

びくぅっとはしない。したのは心の中だけで留めた。だが固まる。

一体誰だ。誰が入ってきた。姫神さんか? 小萌先生か? それ以外ならだれでもいい。女子であってくれ!! 男子だったら死んでも死にきれん!!

だがしかし、吹寄の願いは打ち砕かれるのであった。

そこにいたのは、上条当麻だったからだ。


「………………。」


ああ、なんだ上条か。上条なら別にいいか。

だって上条は襲わないし、そんな奴じゃない。何より“一度生で胸を揉まれたし、恥部を思いっきり目撃された”。

別に恥ずかしくない。


「………こ、これは迷子と合流するために携帯電話を取ってこようとやったことで、決して邪なあった訳では……」


別に恥ずかしくない………筈だった。でもやっぱり恥ずかしい。

表情を変えないように心拍数と怒りのボルテージを抑えつつ、汗ダラダラになりながら必死に脳内の辞書を繰って謝罪と弁解の文章を作成している上条の顔面に、傍にあった自分のバックを叩きつけた。



「…………いいからッ戸を閉めなさい!」


上条に見られるのは恥ずかしいが、何より通りすがりの人に見られるのが一番恥ずかしい。


「………ご、ごめんなさい」


上条は涙目になりながら、戸を閉めた。

吹寄のカバンを持ち、教室の中へ入って。


「――――――――どうして、そうなるのよ」

「へ? だって吹寄が戸を閉めろって」

「出てけッ!!」

「ひぃ!! そうでございましたか!! ごめんなさいぃいい!!」

と、上条は逃げるように戸を開けようとした。

が、非常事態が発生した。


「―――――――――ッ!! ちょっと待って上条当麻!!」

「へっ?」


吹寄は半裸のまま上条へ走ってゆき、彼の手を引いて教室の一番後ろにある掃除用具が入っているロッカーへ駈け込んだ。


「なっ、ちょ吹寄さん!?」

「しッ! 黙って」

「と言われましても!?」

「ええぃ黙れったら黙れって言ってるでしょ!?」


と、上条を黙らせるために自分の胸に押し込む。


「……………へ? ちょちょちょちょちょちょちょちょっと!? 吹寄女史!?」

「誰か来たから静かにして」

「ッ!」


上条はその言葉で一気に黙る。

それもそうだ。こんな場面を誰かに見られたら、それこそ人間の存在の危機だ。


――――何せ、上条の口のそばには、吹寄の豊満な胸の頂点にある突起………。


「(ふ、吹寄ッ!?)」

「(………ん/// ちょっと何やってるのよ、上条当麻)」


と小さな声でコショコショと話し合う。だがその吐息のせいで吹寄の体は敏感に反応してしまう。


「(あ、あんまりしゃべらないで…/// 鼻息だけでもこしょばいのに…/// あぁん///)」

「(じゃああんまり甘い声だすな。こっちまで変になっちまう。つーかなんでこんな体勢を選んだ?)」

「(これしかなかったのよ。貴様を黙らせるには声を籠らせるのには一番かなって/// でもこんなのは予想の範囲外よ)」

「(だったらこの体勢を解除しやがれ)」

「(狭くて無理っ。あ、誰か来た。 あ/// ………もう、黙って……/// ん///)」


ガラッ


扉が開いた。

廊下から姿を現したのは三つの影。


「いや~小萌先生はやっぱかわぇえなぁ~」

「そんなお世辞を言ったってなにも出ませんよ?」

「いやいや、そんな事ありませんって~。ボクが保証します。小萌先生は世界で一番カワイイです~」

「んもうっ、青髪ちゃんったら~」

「時に小萌。なんで今日はチアガール?」

「それはクラスのみんなを応援する為ですよ?姫神ちゃん」

「小萌先生に応援されるんやったらボク、もう死んでもええわぁ~」

「青髪ちゃん。そんな物騒なこと言わないでください」

「で、姫神ちゃんは探し物見つかった?」

「うん。大事なものだから。」


青髪ピアスと月詠小萌と姫神秋紗。三人は仲良く並んで教室にやってきた。



「(…………なんでこんな時に…)」


上条はボヤく。しかしそれ毎に吹寄の中にある何かのボルテージは上がってゆく。いや鼻息吐息でもう上がって行ってるのだ、加速してゆくが正しい。

頭がボーッとしていく。頭が真っ白になってゆく。下腹部が燃えるように熱い。


「(かぁ……上条当麻ぁ……/// しゃべ………んっ///)」

「(す、スマン吹寄……///)」


それは上条にとっても同じこと。柔らかい胸に顔を押し付けられて正常な奴が男である訳がない。

上条の中に流れる男という名の獣の血が騒いでゆく。


「(ハァ…ハァ…ハァ…///)」

「(か、上条/// だから息をそんなに/// ぅあん!)」


バカ!声が大きい! と上条が言いかける時だった。


「あれ? 何か声聞こえへんかった?」


青髪が感づいた。


「へ? そうですか? 私には何も聞こえなかったですけど……」

「私も。」

「いやぁ、どっかで聞いたことがある声が、喘ぐ声が………」


「「((ドキッ!!))」」


上条と吹寄の心臓は跳ね上がる。

どうか、ばれないでくれ。

上条は必死に天に仰いだ。顔は吹寄の胸の中だが。

だがしかし、上条当麻の代名詞は不幸。幸運の女神は微笑むどころか足蹴りし、不幸の神様はケタケタと笑う。


「あれ? こんなところに服が…」

「これは………吹寄ちゃんのですね?」

「……なんでこんなところに?」


しまった。吹寄は火照る頭で悔しんだ。

とっさに服は片すべきだった。それかすぐにブラなしで体操服を着るべきだった。ああ、なんでこんな風になっちゃたのだろう。

真っ赤に燃える顔の中の瞳にある涙は後悔の涙か、それとも火照った為か。

まぁ不幸の死神である上条と運命を共にしている時点で彼の不幸は彼女の不幸になるから、それはあきらめろ。

そして神は追い打ちをかける様に、


「おかしくあらへん? なんであのキッチリした性格の吹寄さんがこんな、脱いだ服をそのままにしてほったらかしにするか?」

「確かに…」

「そうですね」


三人が出した結論は………。


「「「何かに巻き込まれた?」」」


とんでもないものになった。なってしまった。


「まさかさっきの声は、この教室のどこかにいる吹寄さんがどっかに閉じ込められているとか?」


まさか暴漢に襲われていたり……と青髪はどこぞのマニアックなコミックの妄想ネタを引っ張り出した。


「こうしちゃおれん! この教室のどこかに吹寄さんは捕まって、あんなことやそんなことをされているのに間違いあらへん!!」


おいおい、事態はとんでもない方向へ行っているどころじゃなくなってきた。


このままじゃあ――――――――十中八九………見つかって人としての存在が死ぬ!


いや、その前に人としての尊厳と理性が弾け飛びそうだった。


「(………上条…とうまぁ/// 私、もうダメ…イっちゃう///)」

「(おい、待て………俺だってもう限界なんだぞ? もうちっとだけ我慢してくれ……///)」


吹寄の理性という名の堰はもう限界である。上条も然り。

そんな状況下で、こんな状況を青髪ピアスや姫神。ましてや担任の小萌に目撃されたら………。


『か、上条ちゃん!?/// そ、そこで何をやっているのですか!?///』

『こ、これは……』

『か、上やんと吹寄さんがS○Xしとる!!』

『……………二人ってそんな関係だったんだ。へー』


という事に。そして、口の軽い青髪ピアスの噂感染度はインフルエンザ並。学校中が大覇星祭中に教室プレイ。もう学校に行けない。そしてインデックスには『とうまって結局ケダモノだったんだね』と冷たい目で見られ、結標には『そう、あなたを心の底から軽蔑するわ。結局私ってあなたのなんだったんでしょうね』って言われるに違いない。


…………いや、これならまだ生ぬるい。もしも上の会話で吹寄が、


『か、上条当麻が私を犯そうとしました………』


つい先日、強姦されそうになったのに、鬼畜にも程がある。と学校中どころか学園都市中に批難を浴びる時の人に。御坂には『死ね』御坂妹には『その足と足の間にぶら下がっている物はいりませんね? とミサカは約1万人で押し寄せて見せます』白井には『古代中国には「宮刑」というものがあったのですよ? 罪名はケダモノの癖にお姉さまに近づいた罰ですの』と本気で襲ってきそうだ。

考えただけでも、寒気と絶望感で背中が震える。が、相変わらず体は熱い。いずれちょん切られるかもしれない箇所が硬くなっているのがわかる。


それを阻止する為、策を打って出た。



チャンスは一度きり。来るか来ないかの一回限りのチャンス。


青髪の妄想(少しあたり)がきっかけで、彼と小萌と姫神の三人は教室中を探し回った。そんな消しゴムを探すのではない。人間一人を探すのだ。机と机の間を探すバカはいない。

よって一番最初に彼らが突き当たるのは………。


「このロッカー。怪しい」


姫神は掃除用のロッカーの前にたった。

しめた。バカの青髪でも幼い小萌でもなく、常識人であり少しの話は乗ってくれる姫神だ。

上条の目線上にある横線のようなのぞき穴から、彼女の顔が臨めた。


「じゃあ、開けるよ?」


姫神は青髪と小萌にそう言って、ロッカーに手を掛けた。

その瞬間。上条は姫神にしか聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で……。


「(………ひ、姫神……聞こえるか?)」

「……………。」


姫神は黙った。その代り、ロッカーに掛ける手の力を緩めた。それが肯定と確認した理由だった。


「(青髪や先生には言わないでくれよ? いま、俺と吹寄が陥っている状況は、お前らには見せられないものだから、この教室から出て行ってくれないかな? 早くここから出たいんだ)」

「……………。」


姫神はまたも黙った。その代りに踵を返す。それが了解の合図った。


「小萌先生。このロッカー、誰もいないみたい。だから別の場所に行こう。」

「………そうですか? 全く確認していないみたいですけど……」

「そうやで? そこ中に吹寄さんがいるかもしれんのやで?」

「いいの。もう確認済み。」

「ちょ、ちょっと姫神ちゃん」

「姫神ちゃんどうしたんや?」

「いいからいいから。」


と姫神は二人の背中を押して、教室から出て行ってしまった。

それから、10秒が過ぎた頃だった。

ギィィィ……

上条はロッカーの扉をゆっくりを開け、誰もいないことを確認してから顔を出した。


「………………っぷはぁッ!!」


上条は倒れこむようにして飛び出した。

吹寄も腰が砕けて、倒れるようにロッカー地獄から抜け出した。


「……………ハァ…/// ハァ…///」


吹寄は顔を紅く染め、火照った体を冷ますように激しく呼吸をした。

もちろん上半身は裸である。大きな乳が呼吸するたびに揺れた。上条は目を背ける。それを見てしまうと、本当に理性が保たれなくなるからだ。

二三回深呼吸して、上条は吹寄の机にあった運営委員会のジャージを持ってきて、彼女に掛けた。

そして誤魔化すように笑って


「いやぁ、ひどい目にあったぁ」


ははは、と。

その一言は、吹寄を完全にキレさせる事になる。

キッ! と吹寄は上条を睨み。上条の顔面をぶん殴った。


「ごはっ!?」


何が起こったのかわからなかった上条は、殴り倒されてから殴られたことに気づいた。


「何がひどい目に合ったよ!! ひどい目に合ったのは私よ!!」

「っ………すまん。言葉の選び方を間違えた」

「…………私…穢された………もうお嫁にいけないわよ…」

「………すまん」


何言ってんだか。あんなところへ上条を引っ張って行ったのは、私なのに。吹寄はそう思ったが、今は頭の中がぐちゃぐちゃでどうなっているのか全く分からない。何を考えているのか、何をどうしたらいいのか、彼にどんな言葉を掛け、どんな風に謝ればいいのか、まったく思考が働かない。

ただ、暴言と罵声の文字が頭に浮かんできただけのことを音声ソフトのように口に出しているだけだった。

ああ、彼に謝ろう。私が悪いのだと。すべての原因はこの吹寄制理にあるのだと。そうだ、着替えなんか教室でなくトイレでやっていればよかったんだ。

そう言うつもりだった。が、その考えはあっけなく取り払われた。


「……………なに、ズボンにテント張っているのよ」

「あ…///」

「こんの…………バカッ!!」


吹寄はサッカーシュートで上条の股間めがけて蹴りを一ついれた。


「ごっふ!?」

「バカ不潔ケダモノ!!」



ズンズンと足を進めて、自分の席にある純白のブラジャーを取ってさっさと手際よく装着し、綺麗な体操服をさっと着て服の中に入った後ろ髪をバサッと外へ出した。

そして運営委員会のジャージを着て、カバンからムサシノ牛乳を二つ取り出し、一つは上条に投げ渡した。


「……………この事は忘れる事。ここでは何もなかった。私はトイレで着替えていていて、あなたは携帯を取りに来た。それだけ。わかった?」

「……………りょーかい」

「それ、あげるから。 暴力働いたこと許して」

「いいよ、俺が悪いんだし」

「……………いえ、これは私がすべて悪いの。私が勝手に貴様を振り回した罰ね………。じゃあ大玉転がしで」


と、吹寄は飛び出すようにして走って行った。いや、逃げて行ったの方が正しいか。

上条はゴロンと床の上で大の字になってみる。股間に痛みはない。彼女の優しさか偶然か、軌道がずれて腹に当たった。それに威力はそんなに強くはなかった。痛かったが。


「…………でも、あいつ泣いてたなぁ」


確かに見た。走って行く時、彼女の眼のあたりが光っていたのを。

あとで何かしてやらないと。

まったくなんて不幸だ。クラスメイトを、しかも女の子を泣かせるなんて男として最悪だ。

数十秒経って、上条のケダモノの血が収まった。さて、危機も去った事だし、さっさとインデックスを探しに行こうか。と、思った矢先。


「ねぇ。」

「よう姫神。さっきはありがとう」


事実上上条の救世主となった姫神秋紗は上条の顔を垂直に見下ろすようにしゃがんだ。つーかどこから現れた。………まさかずっと見ていたなんてオチはないだろうな。


「あまり詳しい事は聞かないけど。あんまり女の子を泣かせると痛い目合うわよ?」

「もうあってるよ。 あんな顔されたら嫌でも痛い」

「そう。懲りたなら気を付けてね?」

「心からそうするよ」


その言葉を聞いて姫神は立ち上がった。


「じゃあ私は私で吹寄さんにフォロー入れておくから。何か伝えたい事ある?」

「何か奢るよ。飯でも健康食品でも健康グッズでもな」

「そう。じゃあ伝えておく。薬膳料理フルコースにマッサージチェアに温泉旅行三泊二日の女子二人旅をプレゼント。」

「オイコラ。勝手に改造するな。っつーか温泉旅行はお前が行きたいだけじゃねーか」

「冗談。じゃあ伝えておくから、私はこれで………。」


姫神はそう言って去ってゆく。と、上条はあることを思いだし、彼女を止めた。


「あ、そうだ姫神。インデックスどこいったか知ってるか?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


姫神の情報によると、インデックスは棒倒しの会場にいるらしい。上条は会場のスタンドの階段を登った。

そしてそこに、インデックスはいた。


「いたいた、とうま!」


呑気にもニコニコと穢れない笑顔で上条へ駆けてくる。

と、インデックスは上条の異変を察知した。


「あれ? とうまなんで涙目なの?」

「……………お前、携帯は?」

「持ってるよ?」

「じゃあなんで出ないんだよッ!? ………ん? ………バッテリー切れ………」

「そんな事よりおなかへったよ。何か食べさせてよとうま」


人が大変な目に合ったのは、何を隠そう元を辿ればこの娘なのせいだが、上条は怒れなかった。

こうなるんだったら、あらかじめ集合場所を決めておけばよかった。

そこに見知った顔が現れた。


「あ、いたいた。当麻……上条くん!」


結標淡希だった。車椅子のタイヤを回しながらこちらへやってくる。

わざわざ呼び名を言い換えたのは、なぜだろうか。別にそんなことなど気にしなくてもいいのに。上条はやってくる結標にそう思った。

インデックスが彼女を見て、上条にこう言った。


「さっきまでむすじめといたんだよ。でもとうまがなかなか来ないから二人で探していたの」

「そうか、それはすまなかったな。集合場所を決めておくべきだった」


と上条は結標に笑った。


「それと、インデックスの子守ありがとな」

「ちょっととうま! まるで私が小っちゃい子供みたいに言わないでよ!!」


インデックスはそう不貞腐れた。と言っても、これだけお腹減ったお腹減った駄々こねるのは小学生のガキそのものだ。

そう言えば開会式の前、結標は土御門と消えたな。あれは何だったのだろう。


「えッ? あ、ああちょっと別用で………」


歯切れが悪い。何かあったのか?


「まぁ俺が口を出すのは違うか。でも何か困ったら言ってくれよ?」

「ありがとう。上条くんはやっぱり優しいのね」


そう言う結標も優しく笑う。その笑顔に、思わずキュンと来てしまった。


「あ、ああ、別に褒められたモンじゃねぇよ………」


上条は左下斜めに俯く。

そんな初々しい二人の様子を見て、インデックスはむぅっとして上条の服を掴んで引っ張った。


「とうま! 早く食べ物食べたい!!」

「おっ!?」


いきなりの事で少しびっくりする上条。そして苦笑いして、


「屋台エリアまで行きゃあ食べ物なんて山ほどあるだろう?」

「山ほど!?」


インデックスの目の中に星を輝かせてのリアクション。

そして自ら先頭に立って階段を駆け下りてゆく。


「じゃあすぐ行こ!! すぐにただちに迅速に!!」



と、希望に満ちていたのは数分前。

空腹の少女の目の前には看板が立ちはだかった。

『通行止め』

通行止め。ここから先は通行禁止。別に一方通行×打ち止めでも、一方通行×禁書目録×打ち止めでもない。

この看板の向こうにある道路には渡れないのだ。その道路を渡れば、屋台エリアは目と鼻の先。看板を立てた『警備員』黄泉川愛穂曰く、今からパレードが始まるらしく、しばらくは通行止めだ。と、言う事らしい。今すぐ向こうへ渡りたければ西2㎞ある地下街から行けば一番近いとのこと。

インデックスは今日二度目の絶望を味わった。


「手を伸ばせばすぐそこにあるのに………?」


涙声で呟く。

この道路はまるでサバンナの谷だった。向こう側にあるのは草が生い茂る草原。この何もない不毛の大地からあの天国に行く為には橋が必要だった。そしてそれはあったのだ。だが、たった今、それは黄泉川の手で無残にも打ち壊されたのだ。


「ぁぁああ………」


しおしおと萎れていくインデックス。黄泉川は申し訳ない様に手を拝みながら去っていく。


「まぁ仕事だからしょうがないじゃんよ。じゃあ私はこれで。次の大玉転がしも頑張れじゃんよー」

「どうもー」


手を振る黄泉川に上条は手を振り返す。


「しょうがない。次の大玉転がしまで我慢な」


後頭部を抑えながらそう言った。無理なものは無理。駄目なものは駄目。その言葉で、空腹で構築された少女の怒りと悲しみは一気に少年へと向かう。


「とぉぅううがぁぅううううううううう………」


それは人のものではない。もはや人の形をした獣。獣のような目で上条の頭蓋骨に狙いを定めている。


「………噛むなよ」


上条はそれを恐れて一歩下がった。まるで野犬を相手取った気分だ。インデックスロケットの発射準備は万端。あとは上条当麻の頭に噛み噛みロケットを打ち込むだけ。

ああ、もう遅いか。恐怖を受け入れ、覚悟を決めた。


と、そこに女神が現れた。


「ちょっと待って、インデックスちゃん」


結標淡希だった。あれ? さっき黄泉川に出会った時は座標移動でどこかへ移動したけど、すぐに飛んできた。


「こんな時こそ、私の出番よ?」

「へ?」


と、インデックスはロケット発射を中止して首を傾げた。

その瞬間、インデックスの姿が消えた。


「インデックス!?」

「ほえっ!?」


上条が叫ぶと同時に消えた筈のインデックスの声が道路の向こうの歩道から聞こえた。

結標が座標移動でインデックスを移動させたのだ。上条に彼女は誇らしげに微笑む。


「ね?」

「おぉ!! むすじめ凄いんだよ!! ただのヘンタイかと思ったけど見直すんだよ!!」

「え? 変態?」

「なっ! なにもないのよ!? なにも!!」


道路の向こうのインデックスは以前、夢の中で上条と何かをやっている結標が上条のベッドの上で布団を抱いて腰を振っているのを目の当たりにしたのだ。

結標はそれを昨日知り、食い物で釣って口止めしたのだが、こうも簡単にボロが出るとは。


「(あのチビ………)………さ、上条くんも……」


一緒に渡りましょ? と言う前だった。だが上条は申し訳なく、


「あ、俺は無理なんだ。この右手があるから座標移動は出来ない」


上条は約二か月前、白井黒子に空間移動をされたが、まったく反応がなかった。幻想殺しの能力の範囲内だったのだ。恐らく座標移動もそれと同じ道をたどる。


「あ、そうか………」

「俺は西3㎞にある地下街から行くから、結標はインデックスと一緒に屋台を回ってくれ」

「…………うん。………わかった」

「じゃあ、すぐに行くから」


上条は走り出そうと一歩足を進ませた。が、結標は静かな声で止めた。


「と、当麻くんっ」

「ん?」


結標は上条の手を取ろうとした。別に手を繋ぐ必要はない。ただ、繋ぎたかっただけだ。

今、この人と離れたくない。上条は大切な人で、大好きな人なんだから。



「すぐに……来てね……?」

「………結標…。」


潤んだ瞳でそう見上げられると、ついつい照れてしまう。ああくそ、なんだこの気持ちは。

上条は胸の動悸に困惑しつつ、結標が差し伸べた手を取ろうとした。





が、その手は虚空を切る事になった。





何者かが、上条の襟首を掴んで猛ダッシュで突っ走って行った。


「―――――――――――――――――――――……………………はい?」


結標は唖然と虚空を掴む。道路の向こうのインデックスも唖然と攫われた上条を見送った。

そこに、聞いたことのある女の声を耳が捉えた。






「っしゅあぁッッ!! 捕まえたわよ私の勝利条件!! あはははははははははっ!!」




この声は、この声は知っている。


「…………御坂、美琴………ッッ!!」


結標は曲がり角へ消えた美琴を鬼か般若のような顔で睨む。が、それは美琴には届かない。代わりに一部始終を目撃した全く関係ない女子生徒をビビらせ、腰を抜かせてしまった。

そんなことなど関係ない。あの女は私と当麻くんの時間を邪魔した。

脳内に血液が殺到する感覚がした気がした。フルフルと肩が震え、カタカタと物凄い握力で握られた車椅子のタイヤが揺れる。



「あぁんのぉ………泥棒猫がぁぁぁああああ!!!!!」



その咆哮を最後に、結標淡希は座標移動を駆使して上条当麻を攫った泥棒猫もとい御坂美琴を殺しに……失礼、追いかけて行った。

あまりの騒動に周辺は、一人の少年を争う美少女二人の攻防にあっけを取られ、ざわめいていた。

そして、


「…………………………………………へ?」


文字通りに置いてけぼりを喰らったインデックスは、今の状況が飲み込めなかった。

あれ? これから屋台に行くんだよね? それでご飯をいっぱい食べるんだよね? なんで、とうまとむすじめがどっかいくの?

因みにインデックスの所持金、零円也。

一文無し。

唯一この手に持っているのは子猫一匹。それ以外は全くの手ぶら。

そして、金ずる二人はもういない。

イコール………―――――――



「―――――――――――ご飯が食べられないんだよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



慟哭の修道女。

いや修道少女というべきか。というか何の映画のタイトルだ。

インデックスは涙を流し、崩れ落ちる。

空腹でもう歩けない。空腹で目が回る。

この空腹を治めるには食うしかない。焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、りんご飴、まるまる焼き、広島焼き、カキ氷、焼き鳥、じゃがバター、そしてイカ焼き………それらが食べられる屋台は、すぐ目の前のそこ。

しかし、食うためならば金を払わなければならぬ。焼きそばもたこ焼きも焼き鳥も。

だが、インデックスは金がない。所持金ゼロ。一文無し。

屋台からソースの香りが漂う。ああ、カゴメの香ばしい香りがさらに空腹を誘う。ああ、頭が回る。目がワルツを踊る。もう立てない。


そして、インデックスは完全に意識を断ち切られた。




「ん? なんじゃん? あの白い毛布…………―――――ッ!? おい上条の連れの……なんつったっけか!? どうした!? おい!? ああもう!!」


ピポパピポ


「あ、もしもし? 月詠先生ですか? それが―――――――」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




―――――――――また、アイツはあの女と一緒にいた。


御坂美琴はまた、心臓にナイフが針が刺さる痛みに見舞われた。

またか。

またなのか。

アイツは、あの馬鹿はまた、あの女と一緒にいる。あの女と、結標淡希と一緒にいる。


怒りか悲しみか、良くわからない感情が、美琴の背中を押した。


そして今……――――――


『―――――――――――――借り物競争。一位は常盤台中学御坂美琴選手です!』


あの馬鹿こと上条当麻の襟首を西部劇でよくやっている、首をロープに掛けて馬で引っ張り回す拷問のような恰好でゴールテームを切っていた。

御坂美琴は今、借り物競争の競技をしていた。因みに二位とは大層差を付けたらしい。上条は芝生の上で座っていた。


「………借り物競争」

「そ。第一種目で競技を行った高校生。アンタでも一応当てはまるでしょ?」

「………はぁ、そんな条件に合う奴なんて、そこらへんにいくらでも……」


…………なに、まさかあの女と一緒にいた方が良かったの?

イラッと美琴は腹の中で黒い火が灯った。八つ当たり気味に上条の顔にタオルを押し当てる。


「…ぅんぁっ!! 何すんだよいきなり!! ………………っ、ゲホゲホッ!! ゲホッゲホゲホッ!!」


上条は突然咳き込む。

あ、しまった。やりすぎたか。美琴は顔を青くさせた。

いや、実際はそうじゃない。美琴の速すぎる走りに付いてこれず、無理やり引っ張りまわされたので咽ているだけだ。結局は美琴のせいなのだが。

とりあえず、手に持っているスポーツドリンクを飲ませよう。

美琴は“さっき口に付けたばっかりのストロー付のボトル”を差し出そうとした。

………あ、これってもしかして関節キスになるんじゃね?

美琴は押しとどまる。

どうするか? 今も咳き込む上条に関節キスさせるか、それとも放置か。

苦汁の決断だったが、背に腹は返せぬ。

美琴は前者を選んだ。


「し、仕方ないから上げるわよ!!」


ボトルを上条の顔に押し当てる。


「ふんごっ!?」

「ふんっ!!」


そして顔を真っ赤にさせて立ち去った。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日はここまでです。ありがとうございました。 書き始めると時が経つのが速いです。もう午前の4時で御座います。
不摂生極まりない生活が始まってもうじき二月で御座います。もうヤバいです。でも止められないのはなぜでしょう。

あと壮大なBGMを出すタイミングをミスりました。ごめんなさい。

キリのいいとこって、メチャメチャ書いてんじゃんとか言わないでください。ワタクシも今気付きました。

実のところもう少し書いておきたかったんですが、まぁわがまま言ってもしょうがないですよね。

まさか40以上も書き上げていたとは思いませんでしたし。

殆どは深夜のテンションで書いてます。あの幽霊も思いつきで『どうでもいいけど書いちゃえ』と思ってオールナイトハイテンションで突っ走っちゃいました。

存在しない幽霊視点なんて、結構珍しいかも。とか言って、実のところ自分の趣味全開だったり。つーかあの幽霊はぶっちゃけワタクシです。さらにぶっちゃけて言うと前スレなんてワタクシの趣味丸出しなんですけどね。

性犯罪は2次元の中だけの特権です。

さらにさらにぶっちゃけて言うとワタクシは巨乳よりも貧乳寄りです。大体CかDあたりがど真ん中。時々エロマンガで見るHカップは気持ち悪いです。

そうです。ワタクシは変態です。男なんてみんな元を辿れば変態なんですよ。偉い人にはわからんのです。

こんなことを言うのも、オールナイトハイテンションの仕業です。ごめんなさい。

つーか男子率90%オーバーでしかもただ少ない女子は彼氏持ちかジュラシックパークみたいなのばっかですから、飢えるのもしょうがないです。

さて大学と言えば、昼夜逆転生活ももう終わりです。11日から授業が始まります。

ああ、もう二年生か。一年前が懐かしいようなこの前の様な。

そんな春です。

春は良いですよね、暖かいし。つい気が緩んじゃいます。

桜の木の下で桜餅とか食べたいですね。そしてフラフラと桜並木を歩くんです。

もちろん一人で。

え? 彼女? なにそれ美味しいの?



P,S

鏡を見ると何故かオッサンが映っています。これって心霊現象なんでしょうか?

クレープの計算が……
脳内補完できるからいいけど

>>286
あ、やっべ恥ずかしwwwww
一つ800円×3つで2400円ですwwwwwだから二つ注文で1600円の支払いとなりますwwww

きっとそこでいったん切っちゃったんでしょう。我ながら恥ずかしいです。小学生かヨwwww


よって訂正。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「バナナクレープ3つください」

「2400円になりまーす」

「はいはい2400円っと……と……と?」


上条のただ今の所持金。ジャスト2399円。


「………………………………いちえん」


今日この頃の切羽詰まった生活により節約に節約の毎日をクラス上条は1円に笑った事はなかった。なのに、なぜ1円に泣く羽目になるのか。


「………すいません、やっぱり2つで」

「はい、1600円になりまーす!」

「………不幸だ…」


上条は出て来ようよする涙を必死に堪え、千円札二枚を店員に渡す。

そして返ってきたお釣り400円を財布に入れた。財布の小銭入れがパンパンになり、その無様な形を見てさらに悲しくなった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


超おもしろいですね!

目指せ!アニメ化!!

長らくすいませんでしたです。

>>290
いえいえ、絵師さんが適当に書いてくれただけでも五体投地しますよw

あまり突っ込んでやるな・・・禁書はキャラと雰囲気だけを楽しむものだと思っている

こんばんは。書留め終えたので、投稿します。

最近、オリアナとオルソラを書き間違えないかハラハラしています。

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ちょうどその頃、御坂美琴のルームメイトである白井黒子は車椅子に乗って街を回っていた。車椅子を押しているのは風紀委員の同僚である初春飾利である。

黒子は病み上がりであった。実は一昨日、お姉様こと御坂美琴にスキンシップ(という名のセクハラ)をしたところ美琴の強烈な抵抗(という名の怒りの鉄槌)に会い、電撃を受けたのである。よって退院したばかりなのに入院に逆戻り。そして今日、退院なのだ。

病院には美琴お姉様ではなく、文字通りの意味で頭がお花畑の初春がやってきた。文字通りというのは、色取り取りの花が咲き乱れるカチューシャをしているからだが、本物の花ではない。すべて造花ということらしい。だが、以前に黒子が触った時は“本物の感触”がしたのだが……。そこは学園都市の技術なのだろうか。ホンモノに限りなく近い造花。

さて、彼女を説明及び紹介するにあたって最も重要な点がある。

彼女は地上最弱の人間であることだ。地上最弱と言っても、それは運動能力的な面である。腕立ても腹筋も一回もできないし、400mのトラックを2週しただけで志村けんのコントの如くフラフラになる。

ただし、天は情け深い方で、初春にも人より秀でる才能を与えた。

それはコンピュータや電気回路一般について常人より深い技術的知識と情報収集と処理能力。要はハッキング能力の才能。

彼女が属する風紀委員の支部のPCが学園都市の『書庫』よりも頑固に作り(噂であるが)、それに挑んだハッカー達は次々と彼女の前に屍となって倒れ伏せた。もとい警備員に逮捕された。

ついでに、それに加えて根性と腹の黒さには黒子も呆れるほどのものを持つ。

まぁそこのところは前スレを、それより前に原作かアニメを知っているから説明不必要だろう。

さて、初春は大覇星祭の合間を縫って風紀委員として風紀委員の仕事をしているのであった。只今の任務はパトロールである。

しかし一人で歩くのは些か癪だった。一人、大覇星祭に参加せずにいる暇人がいるからだ。彼女は今、風紀委員の仕事を休んでいる。

白井黒子だ。彼女は自業自得にも大覇星祭に参加できない。

初春は病院から退院する彼女を半ば強制的に仕事に巻き込んだ。



「いや~私達が炎天下の最中に白井さんが休養をとっている姿を想像していると居ても立ってもいられなくなっちゃって。お仕事、手伝って欲しくなったんですよ」



初春は…黒春はニッコリと笑う。


「ふふふ」


そんな彼女を黒子は障害者テニスの選手が使う車椅子に……奇しくも結標淡希と全く同じ車椅子の肘掛けに肘を置き、手を顎に乗せて呆れて浅い溜め息を付いた。


「素敵過ぎる友情をありがとうですわ」


全く、可愛い顔をして腹が黒い。


「で? なにか問題でも起きてますの?」

「今のところは」


だったら連れてくるなよ。

黒子は心の中でツッコんだ。

ああ、ヤル気がない。美琴お姉様となら例え火の中水の中どころかマグマの海の中だろうが強酸の泉の中だろうが針の山の中だろうが蟲の大群の中だろうが、どこまでも笑顔でついて行くのに。


「なんで初春なんですのよ」

「え? なにか言いました?」

「なんでもないですわ~」


黒春の視線が刺さったので誤魔化す。


「(さて、確かお姉様は今頃、借り物競争の真っ最中でしたわね)」


と心から敬愛し仁愛し深愛し渇愛する美琴のスケジュールを頭の中の記憶で確認する。ちなみに今日の美琴が出場する種目はすべて網羅している。何時何分何処で何を何種目目かをすべて。


そう、これが愛。


だがしかし、その中の一つである借り物競争は初春によって潰された。

まあいい。どうせ一位はお姉様だ。

黒子は心の底から美琴の勝利を疑ってはない。


と、その時―――――――――――――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「クソ、ここにもいないッ」


さすがに座標移動を連続しての移動は危険なため、車椅子を必死に漕いで追っていた結標淡希だったが、ついに御坂美琴を完全に見失った

どこに行っても人、人、人。ええい邪魔だ。いっそ座標移動で全員をどこかへ飛ばしてやろうか。

人の海の中を掻き分けて行く。人ごみの中で人探しとは、見つかるものも見つからない。それに付け加えて車椅子に乗車中のため人よりも視界が低い。それが更に捜索の邪魔をした。


「一体どこに行ったのよあの泥棒猫」


次あったら八つ裂きにして首を常盤台の校門前に供えてやる。

と残酷なことを考えながら車椅子のタイヤを回しているとちょうど――――――――――――――







「―――――――――…………なんで、あなたがいるのよ」


「―――――――――…………それはこっちのセリフですわ」








―――――――――――――結標は、白井黒子とバッタリ、再会してしまった。



上条でもなく、泥棒猫でもなく、よりにもよってこの女とは。

神様もひどいことをしてくれる。


「まさか、貴女に会うとは思わなかったわ」

「それもわたくしのセリフですの」


ピリッと空気が張る。が、黒子の後ろに立ってお花畑を栽培している少女、初春は呑気なもので、


「あれ? 結標淡希さんじゃありませんか」


ほわ~と笑う。

第一印象は『甘そう』。砂糖より蜂蜜より飴玉よりも甘い雰囲気を漂わせているイメージ。


「………だれ?」

「初春飾利です。白井さんとは風紀委員で一緒にさせて貰ってます」

「あらそう。なかなか可愛いカチューシャね」

「ありがとうございます。へへ、ありがとうございます」

「初春。世界はそれをお世辞と呼ぶの言うのですのよ」

黒子は冷めた目で結標を睨む。


「それより、なんですの? そのナリは。車椅子でご登場とは。一体どんなドジを働いてそうなったのですの?」

「それは貴女も同じじゃない。しかも、私と全く同じ車椅子とか………。同じ車椅子。同じ能力。同じツインテール………どこまで被らせれば気がすむのよ。このパクリ魔」

「あらあら。1つだけ一致しないものがありますわよ? わたくしには初春という連れがいますが、あなたはたったの一人。寂しいですわねぇ、寂れてますわねぇ」

「…………。」

「あら? うんともすんとも言わないのですの? いえ、言えないのでしょうねぇ。時に知ってますの? あなたのような人を今日の日常では『ボッチ』とか呼ぶらしいですわよ? 『独りぼっち』って意味なんですけど、まさにあなたのために作られた言葉ですわね」

「人のことを言えるのかしら? そういえばさんざん御坂美琴のことを付け回しているようだけど、貴女のような人間をこの世の中の人たちは大昔から『ストーカー』って呼ぶのよ? 知っているかしら?」

「…………。」

「あら全く応答ないのだけど、それって肯定って認識でいいのかしら」

「………喧嘩、売ってるのでしょうか?」

「そうよ? 絶賛発売中だけど何か?」


バチバチバチ……。結標と黒子の双方の眉間の間に火花が散る。


黒子は太腿からダーツを、結標は持っている竹刀袋の『鎩』を、それぞれ同時に手を触れた。


――――――――と、ちょうどその直後だ。ショッピングモールにある巨大なTV画面から声が聞こえたのは。

若いキャスターが大覇星祭の速報を伝えていた。



『一位を獲得した御坂美琴選手はゴール後訂正を崩すことはなく、まだまだ余力を感じさせる姿を見せてくれました!』



「「ッッ!!?」」


御坂美琴。たしかにそう言った。


二人は同時に、そのTV画面に顔を向ける。


途端に二人は顔を変える。

黒子はアイドルを見つけた追っかけの恍惚な表情。結標は獲物を見つけた鬼の形相。


全くの真逆をした表情の二人。そんな彼女らのリアクションに、


「あははは………」


と苦笑いの初春。

白井黒子は美琴を敬愛し仁愛し深愛し渇愛する一人の女。

そんな彼女は、画面の向こうで、カメラに向かって笑顔で手を降っている美琴の姿を見ただけで脳みそがとろけてしまいそうになる。


「お姉様! ああ麗しきお姉様!!」


美琴の姿を星が輝く目で見上げた。

一方、鬼の顔のままの結標は、


「………あの泥棒猫……ッ。一体あそこはどこなのよッ!!」


画面に映る風景をクワッ! と見て、その情報のみでどこの競技場かを考えながら手に持った携帯電話の地図を見る。


しかしその直後、二人の表情はまた切り替わることになる。


まず、黒子の表情は素っ気ないものになった。予想外の物体が姿を現したからである。


「へ?」


『一緒に走ってもらった協力者さんを労るところも、好印象でした!』


カメラは、しかとその姿を捉えていた。

協力者とは、男だった。それもツンツン頭の高校生。その頭を、黒子は嫌なほど知っている。


上条当麻だった。


そしてアナウンサー曰くの『労る』とは、美琴が上条に自分の首に巻いていたタオルを顔に押し付け、自分が飲んだジュースのボトルを手渡しするという行為のことなのだろうか。

黒子の表情が驚きに変わってゆく。

逆に結標は行方不明になった恋人の生存を見たかのように、喜びと感動でパァァと表情が明るくなった。思わず口と鼻を手で覆い隠してしまう。

いた。あんな所にいた。嗚呼、私の愛しき人。私が恋した人。彼の人があんな所に……。


「あははは………」


もう空気になってしまった初春もコロコロと変わる彼女らの表情にまた苦笑い。



だがしかし、結標の表情は何かを思い出したかのように曇ってきた。黒子も然り。

しかも曇ってきたのは雨雲ではない。雷雲だ。

コロコロとか可愛いものではない。

重く暗い。腹の底に響くような低音。それは虎の呻き声のような恐怖を孕む。



ゴロゴロゴロゴロォォォ………――――――――。



「………というか、なんであの泥棒猫は当麻くんと一緒に……しかもあんなにイチャイチャしているわけ?」

「………お姉様が……あの類人猿なんかに……首にお巻きになられたタオルを類人猿の顔に。それどころか間接キスという暴挙を……」

「………くっつかないでよ。厭らしい。当麻くんは私のものなんだから」

「………あの類人猿……いえ、もう猿で十二分。あの猿、お姉様の香りがするタオルを頬ズリしながら匂いを嗅ぎ、お姉様の唇を奪った」

「………あのアバズレから、当麻くんを守らなくちゃ」

「………あのエロザルから、お姉様を守らなくては」


ピッシャァアッ!! ゴロゴロゴロッ!!


2つの巨大な怒りの雷が鳴ると同時に、二人は宣言し。


黒子は上条当麻を。

結標は御坂美琴を。




「「殺すッッ!!」」




黒子は十指の間にダーツを嵌めて、結標は『鎩』を竹刀袋の中から取り出して、

お互いの能力で姿を虚空へと消した。


「ほぇっ?!」


置いてけぼりを食らった初春はポカン…と呆気に取られて、そのまま動けなくなってしまった。

おそらく彼女らはお互いの愛する人を守るため、邪魔者を排除しようと歪んだ愛情のままに動いて去っていったのだろう。

溜め息一つついて、初春は結局一人で歩く。

このまま殺人事件とかに発展しなければいいのだが……。

少しの不安を覚えつつ、


「ま、いいか」


初春は一人、中断していたパトロールを再開した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



上条は、やっと美琴に『インデックスと結標を待たせている』と言って、インデックスと結標と離れた場所へやってきた。

そういえばあの時、御坂はなんで寂しそうな顔をしたのかなぁとボンヤリ考えていた。

そんなことはどうでもいい。すぐにでもインデックスに飯をやらないと本気で噛み付いてくる。それか食い逃げか万引きとかの犯罪を犯しかねない。

しかし、その場所には銀髪シスターの姿は見えなかった。サラシブレザーもいない。

陽気な音楽が大音量で流れている。黄泉川の言う通りパレードが始まっているのだろう。だがしかし道路両脇にある人の壁で全く見ることはできない。

少し横へ走ってみる。

インデックスはどこだ? せめて結標だけでも再開したい。

…………もしも結標しか見つけられなかったら……。彼女と二人っきり………。

イヤイヤイヤイヤ。ともかくインデックス。インデックスを放置したら後で偉いことになる。


「すっかりはぐれちまったけど、大丈夫か? インデックス」


犯罪ならまだいい所だ。行き倒れだったらどうしようもない。


「………ん?」

と、上条はとある人物を発見した。

インデックスでも結標でもない。まさかの姫神でもない。まして女ではない


「………あいつは…」


ステイル=マグヌス

咥えタバコに燃えるような赤髪に耳にはピアス。極めつけは右目の下にバーコードのような刺青を掘っている。凶悪そうな相貌だが、服装は神父服。

そう、彼は神父なのだ。本場イギリスの列記とした神父。

そしてイギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』。あの禁書目録の同僚であり、『魔術師』である。


この科学の城である学園都市に最も対極した世界の住人であるのだ。彼は。


そんな彼がどうしてここにいるのだろう?

ステイルは、同じく『必要悪の教会』の同僚で学園都市のスパイである土御門元春と何か会話している。

ふと気になった。

もしかして学園都市に魔術絡みの事件が起こっているのか?

上条は彼らがいる方へ、足を向けた。



そこから、上条当麻が非日常へと誘われる物語が始まる――――――――――――――――――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



オリアナ=トムソンは、学園都市のとあるホテルの一室にいた。

全裸である。

誰もいない密室の中で背徳感と羞恥心からの開放という快感を感じながらオリアナは歩く。

さっきまでシャワーを浴びていたので、濡れた髪や白人特有の白い肌を柔らかいタオルで拭いているのだ。

ベッドの上には着替えを…作業着と一枚の紐パンツ。身長が高い彼女では些か小さいサイズの物だったが、彼女は何も疑問に思わず手に取る。

パンツに白くて長い、妖艶な足を通す。と、同時に着替えの横に置いてある単語帳から破かれた、英単語が書かれた紙切れが光った。


『調子はどうでしょうか?』


オリアナはふっと笑う。


「調子? 好調よ、絶好調。このままベッドインしても夜まで腰が振れるわ」

『卑猥な表現を慎みなさい』

「あらヤダ。私、そんな意味で言ってないわよ? もしかしたらベッドの上でエアロビックスかもしれないわよ。リドヴァイア?」

『………今は構いませんが、外では本名で呼ぶのをやめてください』

「あらそうですか………と、できた」


着替え完了のオリアナは横の姿見鏡で服装を確認する。

作業着のズボンは腰の所でベルトもファスナーもせずに開き、今にもズレ落ちそうな位置にあった。そしてブラジャーも付けずに肌の上から直接に作業着の上着を着て、第二ボタン“のみ”を締めている。大きな胸が弾けてそうだ。いつ、ついボタンが飛んでいってしまってもおかしくない。


「どう? 似合うかしら」

『この通信は映像ではありませんから、全くわかりません。 ただ、あまり露出の多い格好は止してください』

「あら? どうして? これも作戦に支障がきたすのかしら?」

『単に風俗の問題です。みっともないですよ』

「“風俗”? まさかリドヴァイアというお人が、そんな……」

『“娼館”の意味の風俗ではありませんよ?』

「……………。」

『……………。』

「リドヴァイアのえっちぃ」


ビキッ……リドヴァイアの額に青筋が出来る音が聞こえた気がした。


『………………で、そちらの役割はわかっていますか?』

「わかっているわよ。肝に銘じて重々承知よ。学園都市の連中を引っ掛け回せばいいんでしょ? 得意分野よ」


オリアナはすぅ~…と息を吸って。


「私の今日の荷物は『刺突杭剣(スタブソード)』って言う剣で、これはどんな強力な力を持つ聖人でも剣先を向ければ一撃で刺殺することができる霊装。これを受取人に渡すのが今日の私のお仕事………ってことになっているけど、ネタバレすると実は荷物は『刺突杭剣』じゃない…っていうか『刺突杭剣』という霊装はこの世に存在しなくって、本当の霊装の名は『使徒十字(クローチェディピエトロ)』っていう霊装。それはどんな所でも、例えペンギンと白熊が住んでいる南極でも、世界で一番高いエベレストの頂上でも、その地に刺してしまえば完全にローマ正教の支配下になってしまうトンデモない効果を発生させる代物で、私はリドヴァイアが使徒十字を刺す時までの時間稼ぎが今日の仕事。ヤッコさんはてっきり、こちらが『使徒十字』…というか『刺突杭剣』を持っていると思っているから本当に仕事がやりやすくていいわ。リドヴァイアの情報操作のおかげよ」


『……………………わかっているならよろしいのです………。では、予定通りに…』


と、通信は、リドヴィア=ロレンツェッティとの通話は途切れた。


オリアナは、


「お嬢さんね、まったく」


そうリドバイアを笑う。


「修道女様ってみんなこうなのかしら?」


リドヴァイア=ロレンツェッティ

確かローマ正教の修道女であった。二つ名は『告解の火曜(マルディグラ) 』。どんな困難でもどんな無理難題でも好んで引き受け、完璧に乗り越える。

たとえ遥か彼方の異宗教が盛んの地でも、彼女は布教活動に明け暮れ、あっという間に『ローマ正教式のキリスト教』を広めて信者を増やす。しかも善人でも悪人でも問わずだ。―――――――いや、悪人が殆どだったか。

オリアナはそんな彼女の仕事を見学したことがある。だからわかる。

リドヴァイア=ロレンツェッティは仕事を愉しんでいる。

『楽しむ』じゃない。決して“楽(ラク)”じゃない。どんな苦痛でも、どんな屈辱でも、どんな絶望的状況でも彼女は“愉しんでいる”。

『俺、仕事大好きなんだよね。そん時さえイェー』みたいな仕事バカの清々しい感じなど毛ほどもない。


どんな苦痛も、どんな屈辱も、どんな絶望的状況も、自分のこの手で、この両の手で引っくり返して成功と平和を掴む。

時に、とある精神学者が言った。『幸せとは、身分の位や金や名誉の数ではない。過去と現在。現在と未来の、状況の向上の差である』と。

まるで登山だ。地表から最大8848mの高さへ登った時と同じだ。

だから彼女も、登山家が山の頂に登った時の感覚と似ているモノを感じ取っているのだろう。

リドヴァイアという女は、地の底で絶望の苦汁と辛酸と煮え湯を“好んで”飲み、苦味と辛さと熱さに“好んで”悶え苦しんだ後の、絶望から頂点に君臨する瞬間に駆け巡る『達成感』に伴う快楽…“麻薬”に溺れたジャッキー<麻薬中毒者>なのだ。


“狂気”


彼女を表す言葉は、この二文字に尽きる。

ケタケタと笑い、ニヤニヤと口の両端を吊り上げながら仕事をする女。


―――――――――ああ、早くあの瞬間が来ないか。あの感覚を味わいたい。


リドヴァイアとはそういう女。

そういう、魔術師――――。


オリアナは流石に、そういうイカれた女と組むのには抵抗を覚えていた。失敗すれば大きな大無返しがやってくる。

だがしかし、それだからこそ成功率は高い。あの女は失敗を許さない。



オリアナは念入りに何処か不備はないか服をチェックする。

よし。今日も完璧だ。


「………よし。じゃあ行きますか」



オリアナはベッドの上に置いてある単語帳を手にとって胸の谷間に忍ばせた。

それとベッドに雑把に置かれた2つのブツ。それを腰のベルト…ではなくズボンの中へと、曲がった所が頭を出すようにして入れる。

これはアメリカで発掘された重要文化財……の様な物らしい。彼らが言うには厄災の象徴というか全ての元凶の象徴というか。

発掘した、アメリカのとある魔術結社から物資の受け取りの時に代金代わりだと受け取った物で、彼らは『高値の代物だけど、俺達が持っても持ち腐れだから姉チャンにやる』と言って押し付けられた。

彼らがこれの事を『筒』と呼んでいた。彼らにとって『筒』は忌み嫌う存在だったのだろう。だからといってオリアナも持っていても持ち腐れには変わりない。

そして金じゃないのかとオリアナは残念がり、渋々それを持って帰っていったのは数日前。

それを今“もしも”の時の最後のカードとして持ち歩くことにした。


「………よし。じゃあ行きますか」


オリアナはカードキーを手に部屋を出た。


オリアナ=トムソン。魔術名『Basis104(礎を担いし者)』


彼女もまた、魔術師である。

そしてローマ正教から『運び屋』として雇われたのであった。

別名『追跡封じ(ルートディスターブ) 』。絶対に追手の追跡から逃げると言う事から付けられた、運び屋の中の運び屋。


彼女の魔術は仕掛けとしては非常に簡単なものだが、それとは打って変わって大きな力を有する。

あの単語帳の正体は『速記原典』。オリアナが書いた簡略版魔導書である。

これは魔道書の持つ魔法陣としての側面に特化したもので、語帳のページ一つ一つが全て速記原典であり、それぞれに別の魔術が書き込まれている。

要は、単語帳のページの数ほど使う魔術があるという事だ。


そんな彼女は、最強の運び屋は美しい花のように廊下を歩く。甘い蜜に誘われて、ほいほいと蜜蜂はこぞって寄ってきてしまう。





「さぁ、仕事の時間よ。時間内までキッチリ楽しみましょ♫」




日本語ではない。イタリア語だった。それでも日本語しかわからない日本人の男を惑わす魔力がある。すれ違ったホテルマンは思わずドキッ!と顔を熱したヤカンののように紅く染めてしまった。

すぐにロビーへ行ってチェックアウトをすませる。そして、一枚の巨大なボードを受け取った。

ダミー『使徒十字』である。正体はただのアイスクリームの文字か書かれているだけのボード。これに釣られる魚の事を考えるとゾクゾクしてくる。

美しく、そして妖しく、オリアナは笑いながらホテルを後にした。



















―――――――――――――――――――――――――と、格好良く決まっていたはずだった。


「もしもし? こちらオリアナ=トムソン。聞こえてる?」

『本名は慎みなさい。あなたの肉声そのものは周囲に聞こえているのでしょう?』

「それより、ちょっとトラブルがあってね。お姉さんが使っていたあの術式、破られちゃったみたいなの」


あのツンツン頭の高校生と握手した時、ガラスを打ち破られるような感覚と同時に追跡阻止の術式を破られた。


『原因は?』

「わからないわ。―――――――――――――でも、なんか興奮しちゃう」


自分の体を、服の中に手を入れて触れられるような…そんな感覚と快感。ああ、ぞくぞくしてきた。

オリアナはつい舌で唇を舐めてしまう。


『卑猥な表現は慎むように!』


先ほどと同じようなセリフをはくリドヴァイア。しかしあの時と比べて威圧的だ。


『対応策は?』

「そうね…。まずは、後ろにいる坊やを撒かないといけないわね…」


そうオリアナが目だけで後ろを振り向いた時、ツンツン頭の高校生―――――――オリアナの術式を壊した少年がチラリとこちらを見た。


しばらく歩く。今まで歩いていた人が多くて狭い道から、広々とした道に出た。両端にはガラス(?)の壁。上にはモノレールか電車か何かのレールが走っている。デザイン的なこの地面はこの風景と絶妙に一致していた。

わかる。彼の、追跡してくるあの坊やの視線が背中にあたっているのを。

そんなぞくぞくとした感覚を感じ、オリアナはタイミングを図っている。

無論、逃げるタイミングだ。逃げ道などさっきからいくらでもある。


と、坊やがポケットから何かを取り出した。


携帯電話だ。



―――――――――――……仲間を呼ぶ気ね。


「………~~~~~~………~~~~~~~っ」


坊やは何かを誰かと話している。

―――――――――――全く、お姉さんのいない場所でお姉さんの事を言わないで。聞きたいけど、周りの人の声と実況放送しているのかな、そのTVの音で全く聞こえないわ。

オリアナは坊やの会話を盗み聞きするのを諦めた。

―――――――――――……いいじゃない。お姉さんにも教えてほしいわ。

心のなかで肩をすくめてみる。


―――――――――――あ、坊やに動きがあった。携帯を耳から話して何か操作している。電話の相手にこの場所を教える気か。


増援が来る前に逃げなくては。

すぐそこの曲がり道。

そこへ走る。

……………と、そんな内容の幻術を掛けることにした。


オリアナは胸の谷間から単語帳を取り出し、口で千切る。そこから文字が浮かび上がった。そして曲がり角を曲がるふりをして、その紙切れを曲がり道へポイッと捨てる。


すると、同時にオリアナが二人に分身した。

いや、分身してはいない。一人は幻術で構成された偽物で、それが曲がり角を曲がる。本物である自分はまっすぐ走る。

タネは、蜃気楼のように、空間を歪ませて光の反射を変える。そうするとまっすぐ走っている筈のオリアナは、まるで曲がり角に曲がって走っているように見えるのだ。

ちなみにあのツンツン頭の坊やがオリアナの後を追いかけると空間を歪ませる魔術は消えてしまうだろう。

しかし心配することはない。たとえ姿が消えてしまっても彼はそのまま突っ走っていくだろう。

まぁ、彼に『魔術を打ち消す何らかの力』があるとするならばだが。

もしもその力がなく自分の姿が彼の目に映しだされていたら、そのまま彼は幻像をずっと追い続けるだろう。

どの道、詰みだ。



それでも、もしもの為を考えてオリアナは70mほど向こうにあった階段を降って、洋風の店が立ち並ぶ開放感溢れる場所についた。


「―――――――………っと、危ない危ない」


オリアナは立ち止まって、とっさに建物の影に隠れる。

金髪でグラサンを掛けている少年と共に走っている大男の姿を捉えたのだ。知り合いではない。ただ、わかるのは宗教関係の人物だということ。彼は神父服を着ていたのだった。


「ま、普通に考えると、イギリス清教の『必要悪の教会』でしょうね………」


もしかしたらあの坊やの仲間なのかもしれない。

だったら早くここから立ち去るのがベスト。

彼らは立ち去ると、オリアナは物陰から脱出し、再度走りだした。

一応、学園都市の地理は頭に叩き込んでいる。小さな道の行く先から電車の各路線や各駅の時刻表まで。

しかし、そこで珍しいことにオリアナは凡ミスをしてしまった。

視界の隅で、あのツンツン頭の少年を発見したのである。右方60m。あ、彼に見つかってしまった。


「―――――――――………ぅ…我ながら赤点ものね」


そう悪態をついてしまってもしょうがない。


先程あの坊やは金髪グラサンの少年と神父と接触した。

やっぱり仲間だったか。

オリアナは曲がり角を曲がる。

走る。走る。どんどん走る。追手が諦めるまで走る。

が、そうは行かせてもらえないようだ。

オリアナは後ろを振り返る。


(…………あの二人、プロね)


あの神父どころか、あの金髪少年もだったか。


(街なかじゃあ手は出せないって話だったけど、甘くはできてないわね)


まったく世の中は甘くない。前にTVの取材か何かのロケでできた野次馬たちが立ちはだかったのだ。

阻まれたオリアナはどうしようか左右を見る。その隙にも追跡者は迫ってくる。


(………あそこね)


オリアナはニヤリと笑って左手にあるとある建物へ向かった。




――――――――――いいわ、かかってきなさい。楽しい楽しい鬼ごっこの始まりよ。 もしも捕まえることができたなら、お姉さんがちょっと過激なご褒美をプレゼントをしてあげる♫



その建物とは――――――――――――バスの整備場であった。



中へ入る。何十台ものバスが右にも左にも並ぶ。

そこに幾つものトラップを仕掛ける。

オリアナは単語帳から一枚、紙を唇で千切った。英単語が浮かび上がる。

英単語が浮かび上がった面とは反対の面を、切手を貼る時のようにぺろりと舐めた。………こんな何気ない一動作なのに、なぜか色気が感じられる。それを切手のようにどこかしこに貼る。

それを何回も繰り返し、その数だけ別々の場所にトラップを仕掛けた。

さて、ここでトラップ達を紹介しよう。

追手が侵入してきた時に、追手を焼き殺す青白い光線。

それでもその攻撃を回避したとして、追手を蜂の巣にする豪速球の針の球。

それでも回避し侵入したとして、今度は業火の炎球。と、同時に炎球の着弾点の左右から発射するように設置した冷凍肉が簡単に真っ二つになる風の刃。

そして侵入者を脳天から潰すように、天井から落下してくる四つの尖った巨大な氷の塊。

トラップの設置を素早く済ませた後、逃げるように外に出る。


「あと、これはオマケね?」


もしも無事にあのトラップ地帯を抜け出せたとして、追い打ちを掛けるようにもう一枚紙切れを千切って舐め、バスを洗浄する機会の柱に貼りつけた。

と、そこにツンツン頭の坊やと金髪の少年が整備場から出てきた。


――――――――――へぇ、あのトラップを潜り抜けたの。なかなかやるじゃない。


まぁ、あの坊やのおかげかもね。と、オリアナは考え、脱兎のごとく逃げる。兎にすればあまりにも色っぽいが、バニーがよく似合いそうだ。―――――そんなことはどうでもいい。



「じゃ、最後のオマエをプレゼント♫」


途端。二人の少年に向かって、砂でできた中くらいのビルなど飲み込んでしまいそうな大きさの巨大な大波が襲いかかる。

それなど見向きもせずに走った。そして少し離れた所にある廃墟の窓を割っていき、マンホールを開け、建物内へ続くドアを開けて、その廃墟とは全く関係ない方向へと去っていった。


「――――――――――――――――これで、いっちょ上がりっと♫」


余裕綽々。オリアナは鼻歌交じりで流して走り、心拍数が60になったところで足の動きを走るから歩くに切り替えた。

後ろを振り返る。

よし、誰もいない。とりあえずは撒いたようだ。

と、その時、腹に衝撃が走った。


「…………ぁあっとっ?!」


短い悲鳴を色っぽく上げてしまった。

二三歩下がる。


「す、すいません」


どうやら『玉入れ』とか言う日本の運動会の定番の競技の一つだとか。

オリアナはその籠の柱にぶつかってしまったのだ。

籠の方を持っている男子生徒が謝った。イケメンでもないしブサイクでもない。まぁ普通のモブキャラである。


「大丈夫ですか………あ、」


日本人は『性』については慎重な方だと見ていたが、どうやらこの国の男も野生はあるようだ。男子生徒はオリアナの胸を見て紅くなって口を開けている。


(これは好機……ね。ついでに悪戯でもしてあげましょうか。お体が燃えるように火照ってしまうような。すぐにイッてしまいそうなくらい強力なものを)


案を一つ閃かせ、オリアナは男子生徒に柔らかい笑顔を送る。


「いいえ? こちらこそごめんなさいね」


オリアナは単語帳を胸の谷間からから取り出し、一枚、唇で千切って舐めた。

と、オリアナは大きな胸に熱い視線を送っている男子性徒の頬を両手で包み込み、


「あらあらヨダレが出ていますよ? 拭いてあげましょう」

「へ?」


キスするほどの距離まで顔を近づけた。掌から男子性徒の顔が熱いのがわかる。彼の口から垂れていたヨダレを、彼女は親指で拭いてあげる。


「…お詫びにこんなことしか出来なかったけど……………キスのほうが良かったかしら?」

「ッッ!!???」


男子性徒はビックリしたように見開き、


「ハイ!! キスのほうがいいです!!」


そういえばあのツンツン頭の坊やも同じ事言ってたなぁなんて数分前のことを思い出した。


ニコリと笑い、オリアナは男子性徒の唇に自分の唇を近づかせた。そして、


「じゃあ………」

「ほ…ほほぉぅっ……」


鼻息の荒い男子性徒の唇……ではなく、右頬にチュッと唇を沿えた。


「ディープキスのやり方はまた今度あったらね♫」

「ほ、ほい……」


男子性徒は真っ赤になって固まってしまった。そんな彼を非難する声が上がる。

籠の足の方を持っていた男子性徒二号である。


「て、てめー羨ましいぞコノヤロー!」

「じゃあ、君も」

「ほぇ?」


彼には左の頬へキスをした。先ほどの彼と違い、唇から近い場所にした。


「………っ!」

「じゃ、お姉さんはここで」

「「…………はい…」」


イ、イイ体験ヲシタナ。 ア、アア……。 マタ、出会エルトイイナ。 ……アア。


オリアナは立ち去る。

二人の男子性徒、それと一本の籠付きの棒と……それに貼り付けられた一枚の英単語が書かれた紙切れを残して………。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今日はここまでです。ありがとうございました。

ワタクシには嫌いなものが幾つかあります。

それは五月蝿いアパートの隣の住人とか、人のことをバカにしているだけのヤツとか、ネタバレしてくるアホとか。

高校時代によくいました。

ワタクシはジャンプを土日に読む人で、毎週毎週楽しみにしているのに、月曜日の教室で大声でネタバレしてくる大馬鹿野郎。

ナルトとかBLEACHとかONE PIECEとかの山場をしゃべる奴なんて死ねばいいんだと思いながら月曜日の朝を耳を押さえながら耐えてました。

ああそうそう、エースの死に様なんて登校直後に知らされましたからね。感動もくそもありませんよHAHAHAHAHAHAHA!!

だからこの世で一番嫌いな人間は誰ですか? ってTVの取材を受けたとき、絶対にこういいますね。

『ジャンプのネタバレをするヤツ』

って。

とっても悲しくなるから。

もう叫びたくなるくらい。


世界の中心で哀を叫ぶ。

世界はそれを哀と呼ぶんだぜ。

哀 戦士―――。

乙 オリアナとオルソラはよく間違えるわ
そしてとりあえずこのコピペを読めばあのシーンの感動がかなり薄まるから安心しろ!



エース「俺の部下である黒ひげが仲間を殺したんだァ!
隊長の俺が責任を持ってぶっ[ピーーー]!」
周り「やめろ!」「黒ひげは追わなくていい!」「早まるな!」
エース「黙れ黙れ、俺が責任を取って黒ひげを倒すんだー!」

エース「ゆくぞ!黒ひげー!」
黒ひげ「ヤミヤミフルパワー全快!!」
エース「ぐぎゃー、やられたー!」

エース「みんな止めたのにこんなことになってゴメン」
白ひげ「俺は行けって言ったはずだぞ」
周り「そうだそうだ!エースに手を出すな海軍どもめー」
エース「ううう...」

白ひげ「エースを助けにいくぞー!」周り「おー!」
周り「うぎゃー」「痛ぇ!」「死ぬー!」「いやだ、しにたくな…」
ドッカンバッキン
エース「皆……すまん!!」

ルフィ「やった!!ついにエースを助け出したぞ!!」
周り「ばんざーい!ばんざーい!」
赤犬「お前の父ちゃんバーカ」
エース「んだとコラァ、もっぺん言ってみろ焼き[ピーーー]ぞ!!」
赤犬「はいはい、マグマパンチ!」
エース「ぐぎゃああああああああ!!」


ホントカス・D・エース焼死

こんばんわ。今日も難産でした。ごめんなさい。

昨晩はAAをどうやったらできるのだろうかと思い、書きました。

てか、AAってどうやって書くんだよ………。

さて、書留た分を書いていきます。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



さて、あちらも魔術師ならば、追跡術式の一つや二つ用意しているだろう。


リドヴィア=ロレンツェッティ はホテルのロビーのソファーの上で天井を眺めていた。豪華な作りである。こんな自分には不釣り合いな隠れ家だが、今は建物の豪華か貧相かは関係ない。

リドヴィアは今、学園都市の外部にいる。

外部からオリアナ=トムソンと魔術で定期的に通信を行いながら指示を送っていた。

まぁ彼女は一流の魔術師であり一流の運び屋である。殆ど…というか丸々彼女の自由にしてある。

訂正しよう。リドヴィア=ロレンツェッティはオリアナ=トムソンのサポート役とも言っていい。

彼女に情報と資金を提供したもの彼女だし、何よりこの作戦を考えたのは誰でもなくリドヴィアだ。

オリアナの行動が作戦通りに進んでいれば何も問題ない。時が来るまで…『午後6時30分』――この夜の帳が降ろされるその時、リドヴィアはあの茶番劇の舞台に一人昇り、終止符を打つべく『使徒十字』を壇上へ突き刺す。同時に長年繰り返されてきた茶番劇は閉幕(カーテンフォール)を迎え、入れ替わるように、科学の街に賛美歌を歌う天使の奇跡の物語が始まる。

ああ、早く、早く時は立たぬのか。こうして首を長くして待っていると、本当に長くなってしまう。日本の『Youkai』のろくろ首の用になってしまうではないか。

しかし焦ってはならない。

焦りは順調な物事を崩壊させ、失敗を招き寄せる。

ここは我慢我慢…辛い時こそ我慢だ。

今までそう耐えてきた。耐えて耐えて、耐えのいて勝者の冠を頭に着けてきた。いつもどおり、いつもどおりの事をすればいい。

さて、疑問は最初の一文に戻ろう。


魔術師…それも必要悪の教会の魔術師なら追跡術式も使ってくる。当然、オリアナも運び屋ならその対策など片手でできるだろう。

だが、果たしてどうだろうか?


「まぁ、私は彼女を信じで待っているしか出来ないのですから………考えても無駄ですわね」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ちょうど、オリアナは天空から視線を感じた。魔術的な視線だった。まるで雲の上から見られているかのような感覚………。

恐らく、あの追手の三人の内の誰かが追跡術式を発動させたのだろう。

そのために使われたのはきっと、オリアナが使用した『速記原典』の1枚。それしか考えられない。

何を手がかりに掴んだのか?

それは、すぐに分かった。


 IITIAW  H A I I C T T P I O A
「風を伝い、しかし空気ではなく場に意思を伝える―――――――……ねぇ」


周囲から見ると、ただ『綺麗なお姉さんがひとりごとをつぶやいているだけ』だろう。だが、オリアナは追跡術式を使用した魔術師個人の魔力に反応して自動的に術者に“燃えるような痛みと苦しみ”を与える迎撃術式を発動した。

焼死とは、人間が一番苦しむ死に方である。まぁ本当に殺すわけではない。が、ショック死でもしてしまったらしょうがない。

そういえば魔術を使ったのに『速記原典』を使わなかった。

いや、とうの昔に使っている。

あの男子性徒たちと(オリアナが)遊んでいる時。

オリアナは『速記原典』から一枚紙切れを唇で千切り。

その二人が持っていた玉入れの籠の柱に―――貼りつけたのだ。

あのツンツン頭の坊やがいるなら、もうその苦痛からは解放されているだろうが、その魔術師は、


「『生身一つで生命力の探知、解析、逆算に応用、迎撃までやってのけるとは……さすが「追跡封じ」……』とか言って、悔しがってたりして。 お姉さんを視姦するなんて、十年早いぞ☆少年たち♫」


と、男っぽい声でモノマネしながら笑い、大きなボードを片手に街を歩く。

もしももう一度さっきの追跡術式を使おうとしても…ないしは別の追跡術式を使おうとしても、個人の魔力を辿ってダメージを与える為、再度焼き殺される苦しみを味わうこととなる。

そして、それなら別の人間が追跡術式を代わりにやればいいじゃん。なんて甘い考えをさせるほどオリアナは手緩くない。

きっちり三人分。三人分の魔力を記憶するようにした。三人使えば三人とも苦しむことになる。すなわち全滅。

それをわかっていてかわからずか、ヤッコさんは追跡術式の使用をやめたらしい。一向にそれの気配はない。

今頃、彼らはどこにあるかわからない魔術の根源である『速記原典』を探して、右往左往しているのだろう。

そのぶん、オリアナとしては動きやすくなった。


しかし、このダミーの『使徒十字』……じゃなかった『刺突杭剣』を持っての鬼ごっことは、リドヴィアもウケない茶番劇を考えるものだ。でもこれが学園都市に、この世界に自分の理想郷を作ることができる一番早い道なのだ。

オリアナは歩く。少しでも追手から逃げるために。理想郷を創るために。

と、その前にとある事に気がついた。

ああ、そういえば結構『速記原典』を使ってしまったな。

Un pezzo…Due pezzi…Tre pezzi…
.

頭の中で使った魔術の回数を数えてみる。まだ枚数はあったが、暇な内に書き足しておこうか。

オリアナはキョロキョロとあたりを見渡す。

人気はあまりない。

この通りを歩いているのは見える範囲で一人か二人。いや、結構離れた所にもう一人。目撃者は少ないと考えてもいい。

そしてすぐ近くには路地裏がある。


(………あそこで『速記原典』を書きますか。―――――――ふふっ、まるでこっそり自慰行為するような心境ね)


近くの喫茶店のテラスで優雅に書くのもいいが、通りすがった追手にバッタリ見つかるというカッコ悪すぎるドジを防止するため、オリアナは裏路地に入った。

さっき目に入ったのだが、ここの両隣の建物は『格闘レストラン-鉄軒-』と『KITCHEN & CLEANING 石崎』と書かれた看板がある限り、きっと飲食店だろう。………きっと。




さて、今まで使った『速記原典』は6枚前後。

あまり大きな数ではないが、弾切れを考えると暇なうちに補充をしたほうがいい。

オリアナは入った路地裏をひと通り見渡した。

路地裏は意外と結構な広さだった。車が一台は楽に通れる。だが、飲食店に挟まれた場所なので、丸く青いゴミ箱と膨らんだビニール袋がいくつか転がっている。横たわったゴミ箱からは生ゴミがこぼれていた。生ゴミ特有の嫌な匂いがし、顔を歪ませる。

倒れたのはついさっきだろう。オリアナはそう推理した。

学園都市には随時、路上の清掃を命じられた全自動掃除ロボが徘徊しているらしい。現にこの街にはそれがゴロゴロいた。こんな路地裏も例外ではない。こんなゴミなど、ロボにすぐに見つかって吸い取られていくだろう。

と、そんな事を考えていると掃除ロボがやってきた。ドラム缶のようなフォルムで、底にはモップが回転しながらゴミを吸い取る。そうしながら前進する姿は、小さい頃に見たアニメの映画に出てきた巨大な蟲を思い出させた。世界中で大ヒットだったからよく覚えている。あの王蟲の群れは気味が悪かった。

ものの見事に清掃を終え、ロボは去ってゆく。地面のタイルはまるで張り替えたかのように新品同様輝いて見えた。


(科学の技術も悪いところばかりじゃない。このように人々に恩恵を与える存在になる……。魔術も同じ。科学も魔術も、どっちも人間の幸せを願って作られたのに………)


オリアナは学園都市を憎むリドヴィアを思い出した。

なぜ彼女は学園都市を攻めこむのだろう。いや、彼女だけではない。この地球にいる魔術師の多くは学園都市を憎んでいる節がある。魔術と同じ、幸福を願った同士なのに。


(………………ま、お互いやりすぎて無関係の人を不幸にさせるんだけどね)


―――――――――――私はそれが、憎い。


オリアナはダミーのボードを立て掛けた。そして何も書かれていない真っ白な単語帳を10枚ほどと5本の蛍光ペンをポケットから取り出し、壁を机代わりにして当てる。ゴツゴツとして机としてはあまり好ましくない壁だが、書くのは厚い紙とマジックだ。問題ない。

スラスラと色とりどりのペンを使い分けて英単語を書いてゆく。

記入した英単語は五つ。

炎の象徴『Fire Symbol』。水の象徴『Walter Symbol』。土の象徴『Soil Symbol』。風の象徴『Wind Symbol』。空の象徴『Void Symbol』の五つ。

色は『Fire Symbol』は赤。『Walter Symbol』は青。『Soil Symbol』は緑。『Wind Symbol』は黄。『Void Symbol』は黒。

色と文字の象徴を掛け算と唇で千切る時の角度で発動させる魔術を発動させるこの術式。一枚一枚で使える魔術は強力だが一瞬で朽ちる。だがそれと引き換えに術の数は多く、このように補充すれば術の数は無限大にある。オリアナはその性質故に“一度使った術は二度と使わない”というポリシーを掲げていた。

さて、今度はどんな術を作ろうか。あの黒赤黄の三人をどうやって引っ掛け回してやろうか。自分の足が地面を踏み締める度に地面が水田の泥になってしまう術なんてどうだろうか。もう二度と追いつけまい。そんな悪戯心を擽らせながら青のペンを『Void Symbol』と滑らせる。



その直後だった。

いきなり突風がオリアナの金色の髪を靡かさせた。同時に、オリアナが肌に来ていた作業着の裾がパタパタと音を出す。その時、腰に刺していた『筒』が姿を現した。


「……痛っ…」


飛んできた砂か自分の長い髪かが目に入った。とっさに風上に背を向ける。


と――――――――――――――。



「かいいとっょち。んゃち姉」



いきなり、背後から怪奇文章を口から出す青年が声をかけてきた。


「………?」


オリアナは振り返る。

そこには口にした怪奇文章よりもますます奇怪奇抜な怪しい男が立っていた。フラミンゴよろしく片足立ちで立っていた。


「…………」

「かのんていつかんなに顔のれおのこ。よなんす顔な変」


服装は全て白。上から下まで真っ白。しかも髪の色までも白という極め付き。唯一日本人らしい肌の色と意外と一致していた。まぁその黄色人種である日本人からしても肌白なのだが。

彼の双眸の瞳は黄色は、オリアナを見つめている。――――――――やっぱり日本人ではないかもしれない。日本人の瞳の色は全員黒だ。

さすがに歩く18禁ことオリアナも、こんな不審者には身構える。


「よえねゃじもんいし怪はれお。よなるえ構身うそ。ふっふっふ」

「…………見るからに、その喋り方は怪しいでしょ」

「んゃち姉よなう言うそ」


逆さ喋りの白の変質者は自己紹介を始めた。


「だ鷺白庭真、人一が領頭二十軍忍庭真は名のれお」


――――――――真庭白鷺。

逆さ喋りの白の変質者はそう名乗った。

白鷺―――――――確か日本にいる鳥で、サギの一種だ。なるほど、白鷺のような白い格好をしている。白い服装はその鳥をモチーフにしたのか。

その服装をよく見ると、イタリアやイギリスやロシアとかで日本の二次元から変に影響された『ジャパニーズニンジャ! I'ts CoooooooooooL!!』と叫ぶ痛い大人たちが着ていた服装に似ている。

彼は、もしかして『忍者』と呼ばれる人間なのだろうか? その答えは白鷺本人から聞かされた。


「るいてっやを事えねきで真似はに鬼餓うもはれそ。よていてしを者忍はれお、うそ隠を何」

「忍者?」

「者忍、うそ」


本当に忍者だった。何をほざいているのだ、この不審者は。


逆さ喋りの白の不審者…もとい、真庭白鷺は両手を広げ、


「ぜるか助てくないが敵売商分のそとるえ考に逆もで。えねがうょしてくし寂あゃちしとれお。ないしらたし滅絶は『び忍』はに在現代現のこ今」


忍びが着る装束……忍び装束は首から口を覆い隠していて、口がどんな動きをしているのかがわからなかったが、やけに嘘を言っているようには聞こえなかった。

だがしかし、オリアナの耳には『痛い夢見がちな大人の戯言』としか聞こえなかった。


「私、あなたのお遊戯に付き合っている暇はないの。ま、今すぐホテルへ行こうって言うなら考えてあげるけど」

「け行てい聴は話あま。だんえなは暇なんそ憎生、がだんいたき行へ宿でん喜らなるけ抱をんさ嬪別ないたみたんあもれお」


鷺は右手を、制するようにオリアナに向けた。


「ぜるなに為は話の時ういうこ。だ話おるわ終にぐす、にな」

「そ、すぐに終わらせてね? お姉さんだって忙しい身なんだから」

「知承点合」


ああ、なんだろうイライラする。ほらこう、全く要らない商品を永遠と語るセールスマン的な感じを連想させる。

そもそもなんでいちいち逆さ喋りで会話するのか理解しがたい。しかし、最も理解しがたいのはなぜ逆さ言葉をオリアナが理解できるのかだが、それは今はどうでもいい。

白鷺は3つ呼吸を開けた。



「るあが名つ二いしろそっおはにれお、に後最の介紹己自てさ」

「へぇ、じゃあどんな二つ名なのかしら。 お姉さんどんなのか気になっちゃう」

「――――は名つ二のれお。なく驚てい聞?かいい。よなる焦になんそ、いおいお」


目が微かに笑う。そんなに自信満々に名乗る物なら、さぞかし立派な二つ名だろう、とオリアナは思った。白鷺は不敵な口調で高らかに誇らしげに二つ名を名乗る。




「だんーつっ鷺白のり喋さ逆」


「そのまんまじゃない」




思わず冷静にツッコむリアナ。そしてとうとう我慢の限界を迎えた。


「まったく、なんなのよさっきから。お姉さんを馬鹿にするのもいい加減にして」

「よなる努になんそ」


白鷺は嬉しそうに両手でオリアナをとまぁまぁ制す。

なにをそんなに嬉しがっているのだ? もしかして本当に馬鹿にしてきただけか?


「…………いくら心が広いお姉さんでも、コケにされるのは嫌いなの。勝手にイかれる事よりも嫌い」

「なるすりかりかうそ」

「………誰のせいでこんなにイライラしていると思っているのかしら?さっきも言ったわよね、お姉さん今、忙しいって言ってるでしょ」


オリアナは壁に立て掛けたボードを持ち、怒りを込めた口調で踵を返した。ああ、もう嫌だ。要らない時間を割いてしまった。もうそろそろ追手が術式を解く頃だろう。


「だからもう私、あなたのつまらない漫談には付き合うつもりわないわ。じゃあね逆さ喋りの白鷺さん。もう二度と会いたくないわ」


逃げるように彼から離れていくと……。

白鷺がオリアナの前に行き、通せんぼした。


「……………なにかしら?」

「てさ―――るやてせ見をのもい白面?ろだたっ言。よナアリオ、なるげ逃うそ」


白鷺は嬉しそうに。本当に嬉しそうに溜息をついて、たった一言を呟いた。



「――――――――もう、そろそろだな」





逆さ喋りの白鷺こと真庭白鷺は、なんと急に逆さ喋りを止め、普通の日本語を使い始めた。

まるで今までアラビア語をしゃべっていた外国人がいきなりイタリア語を喋ってきたように思えた。(オリアナ=トムソンはイタリア国籍のイギリス人である)

くそ、本当にこの男は馬鹿にしてきただけか。

ああ、もう嫌だ。もう頭にきた。


「…………あなたッ普通に喋れるじゃ……な……い…………――――――――――え?」


オリアナは怒りの声を飛ばそうとするが、その前にあることに気がついた。


――――――――――――あれ? そういえば、白鷺が普通に言語を口にする直前、自分の名前を言わなかったか………?


それに気づいた時には遅かった。


刹那、オリアナの世界が“歪んだ”。


カランカラン………持っていたボードが腕から滑り落ちる。

いや、『歪んだ』…という表現が正しいのかは微妙だった。

なにせ、オリアナの目に映っている世界は“殆ど変わらない”。しかし、何かが違う。

いや、別にどこかが痛いとか苦しいとかではない。身体には何も異常はない。ただ、一つの違和感を除けば。

なんだろう。この感覚は初めて覚える。

まるで、体の中心にある芯を別のものに変えられた感じだ。体のバランスが取りづらい。感覚としては本当に気持ちが悪い。毎日乗っている愛用の自転車ではなく、全く乗ったことのない別の自転車を乗っている感覚に近いかもしれない。

体の操作が追いつかない?

そしてついに、バランスが完全に崩れ、思わず片膝を付いてしまった。


「………何をしたの?」

「なに、おれの話を聞いてくれたお礼におもしれえことをしてやったのさ」


面白いこと? くそ…こんなことに時間を食っている遑はないのに。オリアナは歯を食いしばってフラ付く足を抑えながら立ち上がる。が、謎の攻撃?でバランスを崩され、ペタンと尻餅をつかされる。


「………く…」

「大丈夫か? 姉ちゃんよ」

「何をした」

「ふっふっふ」


白鷺は嬉しそうに笑う。


「しゃあねえ。特別に姉ちゃんにおれの忍法と名前を教えてやろう。その名も――――――」





―――――――――真庭忍法『逆鱗探し』





「げきりん…さがし?」

「そう、逆鱗探し」


目が笑う。まるで久しぶりに成功したぜヤッホイと喜ぶように。


「あ? なんでこんなに嬉しそうなんだってか? そりゃあそうだろ。この忍法は『おれの逆さ喋りをきっちり400文字聴かせること』が発動条件なんだぜ? ぴったし原稿用紙一枚分の文章を読み聴かせるのがどんなに大変かお前にはわかるか?」


立ち上がろうと壁に手を付くオリアナを余所に歓喜喝采と天を仰ぐ白鷺。


「“生前”、宇練銀閣に斬られた時はたった262文字で一刀両断されちまったからなあ。久しぶりに成功してやったぜこの野郎」


と白鷺はふっふっふ……と笑って、


「それに、原作者に『めんどくさい』の一言で切り捨てられたこの忍法がやっとお披露目できるってのが、そして何よりおれがただのお膳立ての噛ませ犬じゃないかっこいい活躍を読者諸君に知ってもらうって言うのが一番嬉しい!!」


一体何をペラペラと喋っているのだろうこの男は。それよりもこの術は鬱陶しい。頭がクラクラする。


「………お、お姉さんに対するイタズラにも限度があるわよ……早く解きなさい」

「へっ、やなこった」

「………く……なんでお姉さんにこんなイタズラを………? ――――――ッ! ………まさか」


なぜこのような状況に陥るかわからなかったオリアナは一つだけ当てはまる項目にたどり着いた。


「学園都市が暗殺部隊を出したって言うの?」


馬鹿な。魔術師を学園都市の人間が殺したら戦争になってしまう。科学サイドも魔術サイドもそれを良しとしない筈。


「…………ばーか。おれはそんな学園都市とかローマ正教とかのくだらねえ喧嘩なんざ知らねえよ。おれたちは個人で好き勝手に動いてんだ………っと、つい嬉しくて口が滑っちまった」


――――――私がリドヴィア…ローマ正教の依頼で動いている事を知っている? それにこの白鷺って男の他にも仲間がいるの? あと、科学サイドじゃないってことは白鷺は魔術サイドの人間か?


「……そう、じゃあ訊くけど、お姉さんを襲う理由は?」

「あなた“達”がお姉さんを襲うのにはちゃんとした理由がある筈よね? ちゃんと聴いてあげるから言ってごらん?」

「いや、単にそうだな。おれたちの目的はただ一つ。“お前がもっているぶつをよこせ”」


オリアナは傍に落ちてある布に包まったボードを見た。

そうか、彼らの狙いは『刺突杭剣』か。オリアナが持っているのはダミーで、しかもこれは『使徒十字』で『刺突杭剣』はこの世に存在しない。だがもしも現存するとならば『刺突杭剣』は考古学的に価値が高い代物だ。欲しい人間はごまんといるだろう。

―――――バレてしまう可能性があるけど、ここはひとまずダミーを出そうか。白鷺が中身を確認する隙に逃げる。……どうせあの追手三人組に後で見つかっても『くそ「刺突杭剣」はもう取引されたのか!』となるから問題ない。



「『刺突杭剣』? いいわよ。この布の中に……」

「それじゃねえよ。――――――――お前がもう一つ持っている“重要なぶつ”だよ」

「―――――――――ッ!!」


その一言で喉が一気に干やがった。

――――――――マズイ。これはマズイ。非常にマズイ。“これ”を持ってかれると物凄くマズイ。

それともう一つマズイことがある。もしも“これ”の受け渡しを拒否すれば戦闘になる可能性がある。もしも白鷺がオリアナと同等かそれ以上のやり手ならば戦闘が派手になかもしれない。そうなると追手にここの居場所を知らせる羽目になる。それ以前に敵の正体不明の術に掛かった状態で戦うことになる。敗れでもしたら作戦は水の泡。自分もリドヴィアもイギリス清教の処刑塔に投獄されることになる。

背中に汗が一筋とおるのを感じた。しかしそれを顔には全く出さないのはオリアナのプロ意識なのかもしれない。


「……………なんの、ことかしら」

「惚けるなよ。―――――――まあ、しょうがねえ」


白鷺は強く口調で押したが、言っても無駄かと思ったのか肩をすくめて、




「―――――――――実力行使といくか」



「………くっ!」


やっぱりそうなるか。

オリアナ壁に手をつきながら立ち上がり、フラフラする足を何とか留めさせ、二本の足で立つことが出来た。

白鷺は忍者らしく、袖から苦無を取り出した。

オリアナも武器である『速記原典』を胸の谷間から取り出す為、右手を挙げた――――――つもりだった。



右手を挙げたつもりだった。そう、確かに右手だった。それなのに――――――――――――なぜか左手が挙がった。



「―――――――――――ッッッ!!!??」


目を見開くオリアナ。白鷺はそんな彼女の驚き様を見てニヤニヤと目を細める。


「なッ――――――――」


慌てて左手を挙げる。が、意思に反して右手が挙がってしまった。

その手を左右に振ってみる。しかし左から右ではなく右から左に振ってしまった。

その時、右手で右頬を触れる。しかし、感覚は左頬に感じた。

首を右に曲げて右方を見る。だが、風景は左方へと移動していった。

右足を右横に移動させる。だがしかし、左足が左横に動いてしまった。


「キャッ!」


そして体のバランスが崩れてまた倒れてしまった。



「………な、なに? なにこれ?」


頭がぐちゃぐちゃになる。今、今何が起こっている?

と、その時、オリアナはある光景を目にした。絶対にありえない光景だった。それは白鷺の背後にある飲食店の看板だった。


『格闘レストラン-鉄軒-』と『KITCHEN & CLEANING 石崎』と書かれていた筈なのに『崎石 GNINAELC & NEHCTIK』『-軒鉄-ンラトスレ闘格』と書かれてあった。




左と右が全く逆だった。





「――――――こ、これは、まさかッ!?」

「ふっふっふ。ようやく気が付いたか。おれの真庭忍法『逆鱗探し』!!」


右手を挙げようとすれば左手が挙がり。左足を動かそうとすれば右足が動く。看板の文字が全くの逆文字になる。右が左に。左が右に。まさに――――『左右逆』



「そう、おれの真庭忍法『逆鱗探し』は簡単に言えば、『自分の逆さ喋りを400文字聴かせることによって、相手の感覚と相手の見る世界を逆にさせる』ことができる」



まるで鏡の中の世界だ。

読者諸君はあるだろうか。毎日の日常の些細な事だ。

いつもの見慣れた自分の部屋の中で鏡を見たとき、その鏡の中に映った自分の部屋が“自分が知っている部屋とは全く違う、別の部屋のように感じる”ことが―――。

オリアナはそう感じた。『初めて鏡の中の世界に入った気分だ』と。

良く耳を澄ませるとそれがよくわかった。

例えば、路地裏の外にいる通行人の会話が『けっだんな技競の次、えね』『よだ争競物害障の年3とっえ』『ようろボサあゃじ』『よだメダ』『んーゃじいい?ええ』と聞こえた。

しかも、その通行人の後ろから抜き去る自転車のベルが『ンーリャチンリャチ』。空を飛ぶカラスの鳴き声が『ッーカーカ』。彼女の肌を撫でる風の音は『ーュビーュビ』。


この世のすべての『音』が逆に聞こえる。


ありえない。オリアナは文字通り耳を疑った。


「因みにおれを除いて他の人間にはお前の声は逆さ喋りに聞こえているぜ?」

「聴覚からの幻術か。厄介な魔術ね……」

「魔術じゃねえ。忍法だ。」

「………くっ」


白鷺がカッコよく言った台詞をすらりと流し、オリアナは混乱する脳内を落ち着かせ、現状を整理する。

今の私の世界は『左右逆』。ならばその左右逆の鏡の世界と同じルールで行動すればいいだけ事。

――――要は右手を動かしたければ左手を動かせばいい。

オリアナは左手を挙げるつもりで右手を挙げ、外に払うつもりで内にある胸の谷間に手を突っ込んで『速記原典』を掴みとった。



「ほお、結構器用なことするじゃねえか」

「お姉さんはベッドの上のテクもだけど、こんなテクも上手なのよ?」


と言ってもこれは想像以上に難しい。自分の手を使えばいいのに、わざわざロボットを操作して食事をするようなものだ。


「そらご苦労なこった」


白鷺はへへっと笑う。

きっとそのことについて笑っているのだろう。オリアナはカチンときて強がる。


「笑ってられるのは余裕があるからかしら? お姉さん、もうその真庭忍法『逆鱗探し』ってしょうもない技、克服しちゃったわよ? 次に会うときはお姉さんをもっとイかせてくれる術を用意しておいてね?」


オリアナは『速記原典』を唇で(もちろん逆の動作で)千切ろうとした。しかし直前、白鷺が余裕をもって、

























































白鷺のその一言で、垂直の向きで口に添えようとした手が“勝手に下へと口から離れていった”。


「―――――――――――――ッ!!?」


オリアナは思わず下を見る……が、なぜか“上を向いてしまった”。

当然、白鷺の忍法である。


「上下も逆だ!!」


白鷺はそう叫びながら低い位置にあるオリアナの頭に目がけて爪先を蹴り上げた。

運び屋という戦闘をバリバリする職業についているオリアナは条件反射でその襲い掛かる黄色いカーブがかかったデザインの爪先を両腕をクロスさせてガードする。

が、『上下逆』のルールも存在する世界の中では、オリアナの両腕は“顔の前ではなく、へその前をガードする事になる”。


「顔面がら空き!!」

「げふっ!」


爪先が顎を捕える。細い脚をしている癖にその片足の蹴りだけでオリアナの体を浮かせ、3m蹴り飛ばした。

頭に星が回る。クソ、モロに食らってしまった。

地面に転がり青天を仰ぐオリアナは白鷺を見る……が、“目玉の向く方向も逆に向いてしまった”。この場合は白鷺とは逆の方向を見る事になる。

しまったッ。すぐに『上を見よう』と行動するが、足がある方向に敵がいると思うとどうしてもその方向を見てしまう。長年培ってきた『敵を見逃さない』というスキルが仇になってしまった。

その一瞬の隙が命取りとなる。

オリアナが何とかして白鷺の姿を捕えたときには、彼はもう目の前にいた。


「カハッ!!」


白鷺の左足がオリアナの腹にめり込む。肺の空気が一気に口から吐き出された。反射的に腹を腕で抱え込もうとするも例の忍法によって腕が腹にやってこない。それどころか体が“丸くなる動作とは逆に、反り返ってしまう”。

そして彼は止めにと手には苦無を取り出した。手に馴染んだ苦無を手慣れた手つきでクルクルと回し、逆手で振りかざす。そしてオリアナの腹へ向かって走ってきた。

オリアナは脳を一気に活性化させ、手足の力と体幹の力をくまなく使って跳んだ。後ろに跳ぶか前に跳ぶか横に跳ぶかは適当だった。だが、奇跡は起こるもので体は後ろに転がり、股3cm下に苦無が突き刺さる。間一髪。ゴロゴロと自然の力に身を任せるように転がって距離を置く。

一方、白鷺はそんな彼女をニヤニヤと見ていた。

が、コンクリートに鉄は刺さらない物だ。そういう物だ。ビーーーン………と白鷺の右手が痺れる音がする。だがそんなの全く痛くないと言うように、彼は笑って立ち上がった。


「……痛ってぇな。避けるなよ」


やっぱり痛かったのか。手をフルフルと振る。


「ふっふっふ。さて、おれの絶対的有利になってしまったから、お約束の真庭忍法『逆鱗探し』の能力と効果を教えよう。お約束だからな! ふっふっふっふっふ!!」

「………ぺっ」


右か左かはわからぬ膝を付くオリアナは唇をさっきの蹴りで口の中を切ってしまったので、その血を吐いた。


「いいねえ。水も滴るいい男って言葉があるけど、血も滴るいい女って感じだな。ま、おれは蝙蝠みたいな殺人きちがい…いや、殺人鬼ちがいな趣味じゃねえがな」


白鷺は上機嫌なのか、いや上機嫌なのでつい口が走る。


そして、自分の忍法についても説明し始めた。


「おれの真庭忍法『逆鱗探し』はさっきも言ったがおれの逆さ喋りを400文字聴かせることで発動することができるおっそろしい忍法だ。実のこと、おれは常時朝から晩まで『おはよう』から『おやすみなさい』までが逆さ喋りだ。何故だかわかるか?」

「…………。」


わかるかそんなもん。と捉えたのだろう白鷺は間髪入れずに口を開く。


「―――――おれの世界は常に、すべてが逆様だからだ。」


―――――――声も、音も、体の動かし方も、見ている風景も、『逆様』

どんな人間の声だって逆さ言葉に聞こえ、どんな猫の鳴き声だって逆さ鳴き声に聞こえ、どんな絵が描かれていようと逆さ絵にしか見えない。


彼は地上最強の天邪鬼な男だった。


人が右と言えば、白鷺には左に見え、人が上だと答えれば、白鷺は下だと反論する。これは彼が生まれた時から変わらぬ光景。変わらぬ音。変わらぬ声。変わらぬ世界。

よって彼は年少の頃から文字通り天地逆転の世界で生きてきた。当然、逆さ言葉で会話し、逆様の光景を見るが、それを他人が理解する訳がない。理解されぬ相手にされぬ、辛い事など何万回と経験してきた。

そして自分の知る世界が逆様だと理解した時から、例えどんなに左に見えていてもそれは右と見ることにしてきた。


「ああ、思い出したら泣けて来たぜ。……でも、それのおかげで真庭忍軍十二棟梁が一人に登り詰めたんだ……。と、無駄話をしちまった。そんな感じのおれの世界だ、慣れてない人間が体験すれば、さぞかし迷惑極まりない苦痛だろうな。目の前の情報が全てあべこべだ。立っているのもままならねえ」


逆に言えば、白鷺がその『呪い』を解かれれば、今のオリアナのようにほぼ戦闘不能に陥る。

白鷺は天を仰いで右手で顔を覆う。

そしてその手を離した。


「あれこれ言ってもわからねえと思うから簡単に言う。――――――真庭忍法『逆鱗探し』とは、逆さ喋りを400文字聴かせることによって“聴かせた相手をおれが住んでいるそんな糞喰らえな世界に引きずり込む忍法”だ」


実際、この忍術だからこそ居合斬りの達人である宇練銀閣に勝負を挑んだのだ。術中にはめれば、たとえ一万人斬りの子孫だろうが居合のしようもない。苦無を投げて『斬刀 鈍』を蒐集してハイ終了。まあ、その以前に262文字で一刀両断されたのだが。

その際、上半身と下半身が斬り離され、口がある上半身は頭から落ちて逆様になった時は普通に喋れたのは読者の知っての通り。逆様の逆様、反対の反対は通常であるのは常識である。

この件はオリアナは知らない所での話なので、今は置いておく。


「お前、おれの逆さ喋りを難なく聞き取れただろ? それは単におれが『聞き取りやすい逆さ喋り』を喋っている訳じゃねえ。お前の頭が、聞き取ろうと頑張って理解した結果だ。褒めてやれよ、お前のために必死こいて働いた脳みそをよ」


最初は誰でも理解できない言葉でも、いくつか聞き取ってゆくと徐々に理解していく。そしてそのたびに相手を逆様の世界に引きずり込む忍法…『逆鱗探し』。


そのことを理解したオリアナは世界中の苦い飲み物を凝縮させた汁を飲んだ顔をした。


(どうする? こんな状況じゃあ逃げられない。だからと言って戦えることなんてできるわけがない。逃げ道は―――!?)


考えろ、考えろ―――。


だがしかし、真庭白鷺という忍者はオリアナに思考を巡らせる暇を与えない。

苦無をもう一本取り出して襲い掛かってきた。


「くっ!」

「オラオラオラオラオラ!!」


獲物を所持している相手に素手で応戦するのは不利。しかもすべての視覚情報と聴覚情報、身体の動作のすべてが全くの逆様だ。普通の戦闘が出来ない分、余計に不利になる。

迫ってくる苦無の情報が『すべて逆』という事を前提に捉え、紙一重で避ける。

髪が何本か斬り落ちた。美しい金髪が土色のコンクリートの上で輝く。


――――逆様――――左右逆―――――上下逆―――――


(ダメ、苦無を避けるのに集中していて考えられない!)


と、その時、オリアナの鳩尾に白鷺の肘が入る。


「………ぶっはッ!!」


衝撃で胃液が口から出て来た。

追い打ちをかけるかのように回し蹴りが飛んできて、オリアナを再度吹っ飛ばす。


(………あんなに華奢な体なのに…どこからそんな力が…?)


白鷺の体はサギのように細い。手も足も胴体も。だがきっと、鍛えて来たのだろう。力が弱いという弱点を補うため。

例えば、体の力を効率良く発揮させる体術。

例えば、細い体でも強靭な肉体を作るための体力づくり。



「………さあ、大人しくおれに殺されてくれ。それが嫌だったらぶつを渡せ」


……………さぁ。どうする?

偶然か必然か奇跡か、オリアナの手にはまだ『速記原典』が中にあった。

この状態で『速記原典』を使うのも手だ。

しかし、この術式は唇で千切ったときの角度も術式の一つである。何もかもが真逆のこの世界で扱うのは暴走の危険性がある。不安定な術式を、さらに不安定にさせるのは綱渡りしている人の横から巨大扇風機を掛けるようなものだ。



(――――――――――――…………………賭けるか?)




目を瞑る。


――――――――――……………腹を括るしかない。


オリアナは目を見開き、暴走の危険がある諸刃の剣を口に咥えた。

一か八か。半か丁か。――――――いざ!


ピッ!


単語帳の一ページを千切った瞬間。そのページから文字が浮かび上がった。

赤い蛍光ペンで描かれた『Soil Symbol』の文字が―――――――――――。

これは勝利への光か、それとも敗者へと雷か。


「あ? 何してんだ?」


勝者を気取っていた白鷺はニヤニヤと笑っていた。

この一手に賭けたオリアナは一言、


「逆様なあなたにお姉さんからのプレゼントよ。体の芯まで燃え無い様に気を付けなさい!」


赤い文字の『Soil Symbol』――――――その役は『対象物を焼き殺す』。【Soil】は土を現す。そして土とは人を現す。神は人を土で創ったという伝承からだ。それを火の象徴である赤で書けば『人を焼き殺す術式』が出来上がるのである。

赤い文字は見えた。術は発動したはずだ。千切ったときの角度が思っていた通りの角度であれば、白鷺は文字通り焼き鳥になる。しかし失敗すれば何も変化なしか、下手すれば暴走する。

オリアナは神に祈った。………が、



「なーにをしてんだお前」



白鷺の体は、まったく燃えていなかった。



「…………クソ。失敗した。」

「何を繰り出すかと思えば、何か変な紙切れを千切るだけじゃねえか。なんだそれ」


白鷺はすーはーと一回深呼吸して、もう一度息を吸った。









「!!!!!!ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁらご !!おおぉぉぉぞえぇねゃじんて舐」










「ッッ!?!?」




いきなりだった。白鷺は突然怒鳴りだしたのだ。

あんなに白かった顔を炎に当てた鉄のように真っ赤にし、全身の血液が沸騰するかもしれない程に憤怒し激昂した。

オリアナはあまりの豹変ぶりに一瞬戸惑う。


と、その時、ある異変に気付いた。



「あ、逆さ喋りに戻ってる」


「…………………。」


真っ赤になっていた白鷺はその言葉を聞いて、一瞬で元の白色に戻って、


「…………たっまし、あ」


なぜかは知らないけど、真庭忍法『逆鱗探し』破れたり。

この千歳一隅の好機を逃さない手は無い。

オリアナは『速記原典』を千切った。


「さぁて、散々お姉さんに乱暴してくれたお礼をしてあげなくっちゃね」

「っぇて待とっょち、ょち」

「待ったなし!!」


次の瞬間。白鷺の周りに合ったコンクリートが、畳み返しのように彼の周りを囲み、閉じ込めた。しかも、硬いはずのコンクリートの地面が砂になり、蟻地獄のようにコンクリートごと白鷺が沈む。


『ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああゃぎ!!』


白鷺はコンクリートの箱の中で絶叫を挙げる。


「お姉さんをイジめた罰よ。」



土で出来たアイアン=メイデンに閉じ込められるように、白鷺は姿をくらませ、とうとう生き埋めに……


―――――が、そこで、オリアナは殺気という名の気配を察知し上空を仰いだ。


とっさに後ろへ跳ぶ。


ゴガァァァアアアアアアン!!!


一秒前にいた場所が何者かによって砕かれた。破壊されたコンクリートによって砂埃が立つ。

オリアナは目を腕で覆う。地面が砕かれる前、オリアナは見た。白鷺を閉じ込めたコンクリートの箱がオリアナを襲った者と同一人物によって破壊されたのを。


「仲間か」


オリアナは短く呟いた。

オリアナは上空を見る。ビルの屋上だった。


「いいですねえ、いいですねえ。貴女のようなお美しい方と一戦交えるのはいいですねえ。特に貴女のようなお強い方だと尚の事」

「だれ? お姉さんに用があるなら、まずは自己紹介をするべきじゃない?」

「ああ、申し遅れました。私は真庭忍軍十二棟梁が一人、真庭喰鮫でございます」


偉く行儀のいい口調の男だった。自己紹介の途中でも笑顔を絶やさなかった。だがしかし、どんなに笑顔を見せても、彼の凶暴そうな顔は拭い切れなかった。まるで海の中で獲物を喰らう鮫のような第一印象だった。名前負けしない見事な凶暴さを孕んでいた。

その眼はギラギラとしていて、笑顔の口からは鮫のように強靭そうな尖った刃が綺麗に並んでいた。

手には二本の日本刀が握られていて、それらは両腕の肘の所にまで鎖で繋がれていた。そして、その鎖に巻かれて、真庭白鷺がぷらーんとぶら下がっていた。


「………鮫喰うとがりあ」

「礼には及びません。今はあなたと私は一蓮托生。運命共同体です。お互いここで死にたくないでしょう?」

「なだうそ」

「では、オリアナ=トムソンの相手が私が引き受けましょう」


喰鮫は白鷺に巻いた鎖をほどき、彼を屋上に置いて飛び降りた。

ストン…と華麗な着地を披露し、喰鮫は社交辞令のようにお辞儀をする。


「改めましてオリアナ=トムソン。私の名は真庭喰鮫。またの名を『鎖縛の喰鮫』と申します。以後、お見知りおきを……」

「そ、お姉さんを知っているってことは、どこかの組織に依頼されて『これ』を取りに来たの?」

「いいえ? 私たち“が”『それ』が欲しいのですよ。」


喰鮫は頭を上げながらそう言った。


「まぁ確かに、学園都市とは全く関係のない存在である私たちは、あなたの暗殺を依頼されて前金を貰ってきたのですが………その依頼人はもうこの世にいないので実質的には私たち個人で動いている事になりますね」

「そ、」


どうやらこの男は、金を貰った後すぐに依頼人を殺したようだ。オリアナはそれを理解した上で短く答えた。

真庭喰鮫は両手を伸ばし、鎖を持つ。

オリアナはそれと先程の攻撃を見て、彼は鎖鎌ならぬ鎖刀使いと見た。


「お姉さんにその刀を投げて攻撃するのかしら?」

「いいえ? 私の真庭忍法・渦刀はそんな陳腐なものではありませんよ………―――――――――」



その瞬間。



両隣にあった『格闘レストラン-鉄軒-』と『KITCHEN & CLEANING 石崎』という二つのレストランがあるビルが一斉に崩壊した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



オリアナ=トムソンは走っていた。いや、逃げていた。


「………はぁ……はぁ……」


あれから何m…いや何km走っただろうか。後ろを振り返る。いや、振り返るな。あの忍者たちは振り返ればそこにいそうな気がする。

まったくとんでもないな、ジャパニーズニンジャは。

オリアナは走った。

走りながら使った魔術の回数を…消費した『速記原典』の数を数えた。

あの喰鮫とかいう男、容赦のない戦い方をする。あの鎖刀をあんな狭い路地で思う存分に振り回すとは思わなかった。360°に展開された鎖が防御となって喰鮫を守りつつ、先端の刀で切り裂く攻撃方法は厄介だ。

と普通の人間なら言うだろうが、オリアナはそんな彼に互角に渡り合った。………と言っても防戦一方だっただが。なにせ攻めようともその隙を与えてくれなかった。


あの攻撃を躱しつつ相手を倒すためには、『あの縦横無尽に襲ってくる鎖と刀の中に飛び込み、飛んでくる刀を持って喰鮫を斬り殺す』くらいの体術が必要だ。

まぁ、飛んでくる攻撃を敵がいる方向に跳ね返すカウンター術式もあったが、それを使う機会が訪れずのまま逃げてしまった。

倒せない敵ではないが、2対1は不利。三十六計逃げずにしかずと兵法が言う通り、あの場合は逃げるしかない。

唯一幸運だと思ったのは、ダミーの『刺突杭剣』を回収する事が出来た。逃げる際には防御術式の『速記原典』を貼り付けて盾代わりにしてきた。

よって使用した『速記原典』は計45枚。弾切れが起こる前に補充しなければ。


それに、あのツンツン坊やの魔術を打ち消す力の対策も考えたいし。


とにかくオリアナは走る。


走る。


走る―――――――――――――――――――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「逃げましたか……。致し方ありません。今日のところは見逃してあげましょう」


真庭喰鮫は瓦解したビルから少し離れたビルの屋上に立っていた。


「この鎖刀を改良しなければ……」


喰鮫は刀を見る。刃がボロボロに刃毀れしていた。あの女、妙な技を使った。あの大きな板に紙切れを貼り付けたかと思えば盾にしたのだ。この真庭忍法・渦刀を舐められたものだと、全力の力を使い、遠心力の力で板ごと女の体をコナゴナにしようとしたが、刀は看板によって弾かれた。

それでついムキになってしまって、何度も攻撃したが、どうしてか通じず、結局刃はボロボロになってしまった。


「………まぁ良いでしょう。いえ、良いですね。ちょうど敦賀迷彩に敗れて死んだ時からこの武器とはおさらばしようかと思ってましたし。いっそ改良するどころか改造する方がいいですね。いいですね、いいですね。強く速く、そして数多くの人間を殺せる武器を造るのは」


と、そこで喰鮫は、


「さて、私の事はそういう事で良しとして………白鷺さん?」


後ろを振り返った。屋上の隅で白鷺がビクッ!と肩を振るわせている。


「いい加減、あなたのその弱点丸出しの忍法も改良すればどうでしょうか? もしくは改造をするとか」

「れくてせた持えれぐドイラプのいらくれこ。だんたんあに梁棟二十軍忍庭真でけだ術忍のこはれお、お」


「プライドも何もないでしょう。確かにあなたの真庭忍法『逆鱗探し』は逆さ喋りを400文字聴かせれば何もかもが逆様のあなたの世界に引きずり込ませます。 その対象の人数の上限はありませんし、術にはめれば半永久的に相手から術を解くことはできません」


しかし、と喰鮫は強く否定した。


「“いったんあなたが激怒すると一瞬で解けてしまう”忍法なんて不便極まりないです。それに『逆鱗探し』という名前自体が駄目です。それじゃあ弱点を教えているとしか思えませんよ。………それに、いちいち400文字も逆さ言葉を聞く人間なんてそうそういません」


白鷺は押し黙る。反省しているのか、鳥なのに背中を猫のように丸くしていた。


「確かに真庭忍軍十二棟梁は名誉な称号です。だがしかし、真庭忍軍はたかが真庭忍軍。200年前の実力などもう風化し、あなたも私も無残に死にました。しかも、虚刀流と対戦する人間の噛ませ犬として」

「。………」

「もう薄々感づいているのでしょう? もう真庭忍法など古いと。あれはもう改革せねばならぬ過去の枷だと」


喰鮫は両手を見る。この手で何百人もの人間を刀で斬り殺してきた。鎖で殴り殺してきた。だが、それでも弱い。弱すぎる。所詮は噛ませ犬でしかない存在。

だからこそ、こんなクソッタレな運命を強いられる存在から脱出しなければならないのだ。

そしてその為に、もう一度この世界に現れたのだと、もう一度生きるチャンスが現れたのだと、喰鮫は考える。


「生前の私たちは真庭忍法を習得するだけで満足していました。それが私たちの敗因………いや、死因なのです。 だから、私たちは明日を生きるために強くならなければならないのですよ」


その時、喰鮫の懐から電子音が聞こえた。

薄いフォルムの携帯電話だった。実は、彼らを匿っている人物から譲り受けた物だ。


「……はいこちら喰鮫です。……はい、失敗しました。………はい、申し訳ありません。はい、幸か不幸か通行人は全くおらず、戦場になったビルは喜ぶべきか悲しむべきか無人でした。よって二つの意味で奇跡的も死者どころか怪我人も一人もいません。……はい、では警備員への隠蔽はそちらでよろしくお願いたします。」


相手が一言二言話す。それに喰鮫は頷く。


「…………はい、はい。………わかりました。ありがとうございます。はい……では直ちに帰還いたすます」


そして電話を切った。

表示された液晶画面にはその電話相手の名前が記されていた。

その記されている名は―――――――――――――――――――」

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今日はここまでです。ありがとうございました。

今週のめだかボックス。

昨日、完全院さんの400のスキルを全て読むことを諦めました。

皆さんも同様に、ワタクシの誤字脱字を気にすることを諦めてください。

同時に、白鷺おじさんの逆さ言葉のようなワタクシの怪奇文章が嫌になるのも諦めてください。

このSSまだ更新してないじゃん。逃げたか久米田の野郎。とか言って読むのを辞めるのを諦めてください。

そうすれば、病理おばさんみたいになれます。


あ、そういえば一周年とっくに過ぎてましたね。


諦められなかった読者の皆様、一年間ありがとうございます。これからもどうか諦めず、このSSの応援、よろしくお願い致します。

なんか「刀を擬人化するスキル」とか「性別を変化するスキル」とかあっんですけど
俺は「スキルを使いこなすスキル」が欲しい

皆は何のスキルが欲しいですか

こんばんわ。書き留めた分を投稿します。

最近…なかなか時間が捕れなくてごめんなさい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


もうそろそろで、昼時かな。

少し向こうにある時計を見ると、そこの前を疾走した金髪の女を見つけた。


「………ん?」


オリアナ=トムソンが疾走する姿を、偶然にも鑢七花は目撃した。

身長が塔のように高い彼である。人ごみの中でも彼女の姿を捕えることが出来た。と言っても、黒い髪の集団の中に金髪頭がいれば、全体を見れる人間なら誰でも目に付く。

いや、オリアナの存在を七花は全く知らなかったのだが、彼はそんな視覚的情報からよりも、彼女が漂わせている異様な雰囲気を感じ取って彼女の姿を捕えた。

まぁこの空間では、和服に傷だらけの長身に長髪という姿の彼よりも雰囲気的に目立っている人間はいないのだが。


(………なんだ? あいつ。まるで何かに追われているような………)


と、七花は金髪女の姿を目で追っていると急に手を引かれた。


「七花さん! 次はあそこですっ! 超いい洋服があったんですよっ!!」

「ぅおっ……絹旗、急に引っ張るな」


引っ張ったのは絹旗最愛だった。

ウキウキワクワク。

きっと犬の尻尾があったらフリフリと振っているだろう。彼女はそんな風なテンションだった。

だが、七花は何故そんなに機嫌がいいのだろうと首を傾げているのは、まだまだ彼が女心など全く理解できていないからである。

七花は後ろを振り返る。


あの金髪の女は一体、どこへ行ったのだろう。

七花はいくつか思考を巡らせたが、とうとう面倒臭くなって、


(ま、いいか。)


と絹旗と共に人ごみの中に消えていった。



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敦賀迷彩はその時、早めの昼食を取っていた。

弟子の一人である、佐天涙子に誘われてだった。近くの公園のベンチで『さんどいっち』なる食べ物を食していた。

『ぱん』とか言う蒸餅のような甘くて薄いものに肉や野菜などを挟んだものだ。

これを素手で食べるらしい。

佐天曰く、中世の西洋の貴族が札遊びしながら食事できないかと考案された物だそうだ。なるほど、これなら手軽だ。それに美味である。

いささか行儀が悪い面があるが、元盗賊の迷彩には何とも思わなかった。むしろ盗賊時代を顧みると今の方はよっぽどお行儀がよろしい。

そんなサンドイッチの一つを飲み込んで、佐天涙子は嬉しそうに、


「師匠。師匠。迷彩師匠」

「師匠はやめてくれって言っているだろう? …………なんだい?」

「見に来てくれて、ありがとうございました。師匠を見たら張り切っちゃって……おかげで勝つことが出来ました」

「ははは、私がいなくても頑張っておくれよ」

「へへへ………。そうだ、時に師匠」

「なんだい?」

「私を見て、どう思いました?」

「………と、言うと?」

「……私が師匠みたいに強くなれるかなぁって思って。素質があるかなぁって。ほら、私、吹寄さんみたいに運動神経良くないし。………普通だし」


先程の競技……確か『綱奪い』だったか。二つの女子中学生が両サイドに並び、ちょうどその真ん中に置かれた綱を合図とともに一斉に奪いに行くという競技だ。自分の陣地に多く入れは方が勝利である。

だが、炎弾魔弾が飛び交う大覇星祭では、無能力者が活躍できるわけがない。吹寄の高校は例外だが、佐天涙子という無能力者も然りであった。

しかし彼女の今日の運勢は良く、勝敗を決定づける一本の綱を自分の陣地にいれたのは彼女である。

能力のぶつかり合いで爆風が飛び、綱が佐天の足元にポトリと落ちたのだ。佐天はそのあと能力者から的にされて集中砲撃を喰らうが、アメフトのランニングバックよろしく何とか砲弾を掻い潜り、見事タッチダウンを決めたのである。

爆風に飛ばされながら、頭から突っ込んだ時、大怪我もおかしくない形だったためヒヤリとしたが、この通り何ともなくて安心した。


「…………どう、ですかね」


佐天は恐る恐る訊く。

………ああ、いやしい質問だなぁ。佐天は少し後悔していたが、昨日からつっかかっていた心の濁りをさらけ出した。

吹寄はここにはいない。だからこそ、言える事なんだ。

佐天は迷彩の眼を見る。

そして、その心の内を迷彩は察していた。

迷彩はニッコリと笑う。


「そう気に病むんじゃないよ。大丈夫。すぐに上手くなるさ。誰だって下手だし、誰だって最初は失敗する。そうやってみんな強くなっていくんだよ」

「師匠!」


佐天はパァァア!と顔を明るくする。


「ありがとうございます!! これでこの一週間は乗り切れます!! はい!!」

「それはどうも」



迷彩の手を握る佐天は上機嫌になってサンドイッチをもう一つ掴む。迷彩もサンドイッチをつまんだ。


「さて、じゃあ今度はこっちが質問していいかい?」

「ええ、なんでも」

「じゃあ…………さっきから気になっていたんだが……」


迷彩は佐天を……佐天の膝の上にいる影を見た。


「………そこの少年は誰かな?」

「ああ、紹介し忘れてました! 真庭人鳥ちゃんです!!」


佐天はぎゅぅううっと後ろから人鳥を抱きしめる。人鳥はそれに驚いて悲鳴を上げた。


「ひぎゃッ!」

「この前知り合ったんですよ! この子、めっちゃくちゃ可愛いです!!」

「ははは、少年が困っているからやめてあげなさい」


ああ、やっぱりそうか。この忍び装束からもしかして…と思っていたら、真庭忍軍だった。確か虚刀流七代目当主曰く『まにわに』。


「可愛い! 何度見ても可愛い! このままモフモフしたい!!」

「ひィイイ!!」


良く見ると人鳥は少し憔悴しているようだ。


「昨日、人鳥ちゃんは私の部屋で泊まったんですよ」


なるほど、昨日一晩中この様子だったのか。この少年も、あと5年ほど歳を食えば良かったのになぁとほののぼ迷彩は思った。

しかし生前、男どもに弄ばれた女たちを匿っていた巫女であった迷彩は、男と女が逆だが何だか可哀そうに思えてきて、人鳥に助け舟を出した。


「佐天のお嬢ちゃん。喉が渇いたから、これでお茶かって来てくれないかな?」

「あ、はい喜んでー!」


佐天は人鳥を膝の上から下し、迷彩から渡された2千円札を持ってダッシュで50mくらい離れた自動販売機へ走って行った。

やっと解放された人鳥はぐったりした表情で、


「…………れ、礼は言わない」

「いいよ、別に。私は君たちに恨まれて当然の人間だ」


人鳥は迷彩を睨む。


「……………く、喰鮫さんの事か」


真庭喰鮫。迷彩が生前、三途神社にいた頃に襲撃してきた真庭忍軍の忍びの名だった。彼の風貌は異様なものだった為、よく覚えていた。

そして、喰鮫を……、

迷彩は淡々と言った。


「ああそうだよ。真庭喰鮫は私が殺した」

「………………そ、そして、ま、真庭喰鮫を殺した敦賀迷彩は、鑢七花に殺された」

「…………。」


迷彩は人鳥を見る。無表情で人鳥を見下す。


「………に、睨んでも怖くないぞ」

「別に睨んでは無いさ」


迷彩はそう言ってふっと笑った。どう見ても怯えているとしか思えない人鳥の頭をぽんぽんと軽く叩く。


「別に虚刀流の坊やを恨んでいる訳ではないさ。無論、奇策士のお嬢ちゃんもね。私は三途神社の巫女たちが安全に暮らせていればそれでいいんだよ」

「こ、この世に、み、未練はないと?」

「そうだね。 ま、少なくとも私が生きていた世とは、結構風変りしたようだがね。もはや別物だよ」

「………じ、じゃあ、な、なんで弟子なんか、と、とった?」



いきなりの変化球で迷彩は回答に少し戸惑った。


「…………質問の意図が読めないね」

「あ、あなたはさっき、この世に未練はないと言った。だ、だ、だけど弟子は取った。この世に未練はないのに。も、もしかして、あなたは千刀流をこの世界に広めようとしているのか?」

「見当違いだよ。そんな大層な野望はないさ。それに、確かに千刀流は最強の護身術だが、あくまでたかが護身術。本当の意味で殺しの作法を学ぼうという酔狂な奴はいないさ。彼女らはそうじゃない」


ま、私はそんなこと教えるつもりなど毛頭もないんだけど。と迷彩は付け加えた。


「あともう一つ理由がある。………そうだね、楽しい……からかな」

「た、楽しい……?」

「そ、人を育てるって事が。とある人物に人を育ててみないかって言われてね。嫌々だったけど意外と面白いよ。……私の父もそうだったのかね。才能ある人物を見ると本当に楽しいよ。彼女たちは強くなる」



迷彩はそう言った。

が、


「い、いや、あ、あ、あなたは本当の事を言っているのか?」


人鳥はそう反論した。


「………ほう? なぜ?」

「………じ、じゃあ、あ、さ、さ、佐天涙子に才能があるのか?」


人鳥はビクビクとしながらそうはっきりと言ったその言葉に、迷彩の眉がひそかに動いた。結構離れた場所にいる自動販売機で何を飲もうかうんうんと考えている佐天を見る。

この少年は、ビクつきながらしっかりと発言する。




「………」


迷彩は黙った。

人鳥はそれを見てから続けた。


「な、ない。全くない。か、皆無と言っても、いい。むしろ、そ、そういう道には進んではいけない気がする。それに気づかない、あなたじゃない」

「……………。」




武の才能。

その才能が無ければ、戦場では真っ先に死ぬ羽目になる。

人を殺す才能は、自分が生き残る才能でもある。佐天涙子にはそれがないと、小さな少年は言い切ったのだ。


「あなたは一体、まったく才能の無い娘をどうして危険極まりない武の世界に誘い込もうとする?」

「…………。」


迷彩は黙り込んだままだった。

人鳥は迷彩を睨む。


「き、き、きっと、あ、あの人はあなたと、も、もう一人の弟子の才能に、お、押し潰されて、じ、自分の非才に絶望する。―――才能の無い人間は脆いんだ」


最強の幸運と言う名の忍の才能を持ち、忍であるのにもかかわらず優しい心を持つ人鳥は痛いほどわかる。自分の才能に負けて潰れていったいった者たちの心情が。

この世界で一番最初に出来た友人を、なぜ辛い道に誘うのかが理解できなかった。


「ぼ、僕は異例的に、こ、この歳で真庭忍軍十二棟梁になった。そ、その分、ほ、本気で目指していた、ぼ、僕よりうんと年上のな、仲間の忍たちに嫌な目を向けられた事がある」

「…………。」

「だ、だから、お、お願いだ。えっと、あ、あんな明るいあの人を、これ以上、僕たちの世界とは関わらせないで、ほ、欲しい」

「…………………。」


迷彩は腕を組んで、三つほど呼吸をした。

目の前を、露出の大きい作業服を着た金髪の美女が大きな布にくるまれたボードを持って駆け抜けていった。

その後、ふっと息を吐いて、迷彩はこう切り出した。


「そうだね。………なんて言った方がいいかね。――――放っとけなかったからかな」

「……な、」


人鳥はその迷彩の答えに『何を?』と返したかった。しかし、それを遮るように迷彩は立ち上がる。


「さて、私はここでお暇させてもらうよ。佐天の嬢ちゃんによろしく伝えておくれ」


そのまま、人鳥からか佐天からか逃げるように、疾風の如き速さで去っていった。


「ちょ、ちょっと待って!」


人鳥はベンチから飛び降り、手を伸ばす。が、その手の先には迷彩はいない。

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今日はここまでです。ありがとうございました。

佐天「凡人が天才にかなわないなんて道理は無い!!!
いくぞ日本最強!!技の貯蔵は十分か!!!」

七実「花のように散らしてあげる!!」

固有結界・無限の千刀[アンリミデッド・ブレイドワールド]!!!

TAKE 2

上条「最弱が最強にかなわないなんて道理は無い!!!
いくぞ第一位!!バッテリーの貯蔵は十分か!!!」

一方「三下アアアアアァァァァァァァァ!!!!!」

こんばんわ。久しぶりに一週間で書けたので、投稿します。

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真庭狂犬はとあるビルの屋上で肉を齧っていた。

青い刺青。青い忍装束。凶悪な顔……。そして女なのに男らしく豪快に肉を頬張っていた。

少し離れたの屋台にあった牛串焼きである。口一杯に肉汁が溢れ出て、胡椒の丁度いいくらいの刺激がさらに旨味を引き出していた。


「ああ、私たちの時代よりも随分と美味い物を食うようになったね。この時代の人間は」


狂犬は今、四季崎記紀の召喚によって今まで乗っ取ってきた体すべてがこの世界に存在している。

今まで乗っ取ってきた体の数、およそ2000。

全員が青い刺青をしていて、どんな美貌でもどんな年子でも通用して凶悪な表情になるのが特徴というべきか。

要は、この学園都市に青い刺青をした凶悪な顔をした女が2000人いるのだ。

そして、ここで牛肉(学園都市産)を食している狂犬は、幼少の姿をしている。


「あ~美味かった美味かった」


目を瞑って柔らかい肉から溢れ出る肉汁を堪能しつくして、腹を摩りながら狂犬は固いコンクリートの上に転がる。

『食った後に寝ると牛になるぞ』と昔から良く言うが、どちらかというと彼女はその名の通り犬であった。

ゴロンと寝っ転がったその姿はまるで、日向ぼっこをしている子犬のように愛くるしい。だが、その愛くるしさも凶悪な表情でものの見事に打ち消されているのだが。

竹で出来た串を狂犬は加えて、岩鬼正美の葉っぱよろしく小さく振ってみる。因みに狂犬はドカベンを知らない。


「今日はいい天気だねぇ」


誰もいないビルの屋上、人がいる場所では思いっきり言えない独り言を張った声で言ってみる。

絶好の昼寝日和だ。この秋の、風は涼しいが陽は暖かいという陽気が心地よくてつい転寝をうってしまう。というか、もう寝てしまおう。

そう決意し、狂犬は目を閉じた。

心地の良い、甘美なる睡魔に抱かれるような感触は、この世の人間、いやすべての生物が大好きだろう。

うっとり、うっとり、うっとり、狂犬はその睡魔の手招きにふらりふらりと吸いよられるように睡眠の闇へと落ちていく。そして、それを加速させようとしているのか、ひゅー…と涼しいそよ風が狂犬の体を撫でた。


だがその刹那――――――近くのどこかから大爆発が起こった。


「ふにゃぁっ!?」


犬なのに猫のような短い悲鳴を上げる狂犬は跳び跳ね起きる狂犬。

なんだ? なんだ? 何が起こった!?

狂犬はあたふたと慌てたように首を左右回して周囲を見る。


(さっきのは明らかに爆発音……。どこのどいつよ、人が折角気持ちよく昼寝していたのに!)


爆発はどこから起こったのか爆発音と鼻につくコンクリートか何かを焦がす臭いを頼りに探す。


「そこか」


狂犬は走り、ビルから飛び降り誰もいないことを確認しながら路地裏へ入った。そして100mほど走った所にあった爆心地を見つけ、物陰に隠れながら様子を伺う。

そこには、一台のバスが丸焼きにされていた。おびただしい炎に覆いつくされ、文字通りバスは火の車と化していた。

鉄がガソリンに焼かれる嫌な臭いが狂犬の人より利く鼻を刺激する。思わず鼻を腕で押さえてしまった。

と、その時、いきなり炎に包まれていたバスが、何と車内から溢れだした大量の水によって一瞬で消火された。水は水蒸気となって霧散する。


「ッ!?」


狂犬は目を疑う。

その消火されたバスから漂う水蒸気から、金髪の美女が一枚の紙切れを吐き出しながら登場してきたからだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ちょうどその頃、真庭蝙蝠は蓋が少し開いたマンホールから頭を出した。


「………よし、誰もいねえな」


蝙蝠は注意深く周囲を見た後、音もなく、かつ素早くマンホールから飛び出す。続いて真庭川獺がよっこらせとマンホールの梯子に足を掛けてゆっくりとマンホールから出ようとする。と、


「何やってんだい! ちんたらしていると尻に苦無刺すわよ!」

「わっ! びっそうなことやめてくれ!」


川獺の足元から張りのある女性の声が聞こえた。いかにも姐さん的な口調のそれを聞いて、川獺が悲鳴を上げながら飛び出る。

そのあとから真庭狂犬が先に出た二人よりも一段と素早くマンホールから飛び出した。むろん音は一切出ていない。


「忍者たる者、いかなる時も音は無く、素早く行動せよと餓鬼の頃から言っていたじゃない」

「す、すまん狂犬」


真庭狂犬は腕組みをして川獺を宥めた。この狂犬の特徴は大胆に忍装束から素肌をさらけ出し、胸や腹や太腿などはもうほとんど隠していない。

歳は二十代。しわなど一つもない美貌だった。

女性らしい豊満な胸と細い腰と大きな尻が全面的に目立つ体型で、この時代的な表現の仕方では『ぐらまー』と呼ぶらしい。

読者諸君がよく知っているあの、彼女が死ぬ時から一つ前の姿だ。

男が100人いれば100人振り向く、そんな彼女の『器』。しかし、どうしても拭い切れない彼女の凶悪な表情によって器の美貌は青黒い絵の具で塗り潰すかの如く打ち消されていた。しかもがさつで男勝りで女の要素など、彼女の魂には欠片も残っていなかった。

ただ、蝙蝠が子供の頃からずっと変わらずいるその女は、真庭忍軍十二棟梁の一柱として存在していた。

それどころか、何百年も前から存在すると言い張る彼女は、もはや人ではない。彼女にはある意味寿命がないのだ。

そのせいか、真庭忍軍十二棟梁の中でも人一倍、忍びらしくなく『仲間の命』を最も重んじる人物だ。

その狂犬は川獺の事はまぁいいかと許した。

それよりも、感心したようにマンホールを見下ろす。


「しかしまぁ、こんなところによくも地下への道を造ったものね」

「ま、そうだろうよ。普通の建物だったら税金やら土地代やらがかかるし、何より全く無関係な馬鹿が迷い込む可能性がある。それを考えるなら、深ーい穴を掘って、そこに秘密の地下施設に繋げれば穴掘り代しかかからねえ」


蝙蝠はマンホールの蓋を閉めながらそう言った。それを聞いて川獺は、


「だな。マンホールなら一般人には全く目立たないし、下水道の業者たちは最初からマンホールの位置は地図の上に乗っているのしか知らねえ筈だ。よって、この“偽物のマンホール”の存在なんて毛ほども気づいていない。この世界っぽく言うと、いわば秘密基地へのワープポイントなのさ」


“偽物”。川獺は確かにそう言った。

さて、話が分からないだろうか。では、彼らが現れたこのマンホールの中はどうなっているのか見てみよう。

マンホールの蓋を開けると、そこには真っ暗な暗闇が広がり、側面に銀色に光る梯子がその闇へ繋がるたった一つの道しるべのように続いている。

その梯子に足を掛け、一歩一歩、決して足を滑らせて転落しないよう下へ下へと降ってゆく。

一歩、一歩、一歩、ず―――っと、一歩ずつ足を下の手すりに掛けてゆく。

そして、その足が地下、数十mへ達した時……。



今日から始まる、暗部組織限定の『闇大覇星祭』の会場が姿を現すのだ。



そう、このマンホールは『闇大覇星祭』の出場者を含む、学園都市の暗部に所属する者のみが知る秘密の地下への道。

当然、一般人は普通のマンホールにしか見えないし、蓋を開けようとも思わない。

「なんで、普通の人間がマンホールを開けないと?」


狂犬は訊いた。蝙蝠が応える。


「ああ、そうりゃあ、日本人が最も嫌う害虫がうようよいるからだよ」

「は?」


蝙蝠は口を大きく開け、手を突っ込んだ。そして一本の涎でべったべたのスプレー缶を取り出し、やけにダミの効いた声で、


「てれてれってれ~ん、ごーきーじぇっとー」

「…………。」

「…………なんだ、それ」


川獺は引き攣る顔で質問。


「この前、盗んだ『てれび』で青い狸が出てくるやつを見ていたらやってたぜ」

「あ、そ。」

「っと、そんなことはどうでもいい。こいつを普通のマンホールん中にぶっ掛けると世にもおっそろしい光景が拝めるぜ?」


蝙蝠は『ゴキジェット』と書かれたスプレー缶をぶしゅーと地面に向かって吹きかける。嫌な臭いが立ち、狂犬は顔をしかめる。

そしてそのスプレー缶を蝙蝠は狂犬に投げ渡した。吸い込まれるように狂犬の手に収まる。


「ま、それは一人の時にやった方がいい。あとのお楽しみにして取っておけ」

「………? あ、ああ」


実際にやってみたら、2000人もの狂犬が一斉に各地で悶え苦しみ、脳裏に叩き込まれたその光景がトラウマとなるのは、また別の話。

さて、ではなぜ蝙蝠たち真庭忍軍獣組が地下に潜る事になったのか?

それは、裏大覇星祭に出場する為、地下で出場受付にエントリーシートを提出してきたのだ。

まったく、ご丁寧に梯子から降りた所の近くに『出場受付こちら→ Go to!』と妙にフザケタ文体で書かれた紙が壁に貼られていたのには驚いた。なんだこの軽々しさは。

蝙蝠は正直、この大会は学園都市暗部のもので、さぞかし陰気臭いものと思っていた。

だがしかし、歩いてやってきたそこは清潔な広い廊下。その空間には、いくつものLEDが燦々と明るく照らしていた。

そしてあろうことか、


『お、お兄さんたち、これ買わんかね。安いよ』『これいいもんだから、買ってけ』『姉ちゃん。あんたに似合いそうなもんがあるんだが』『見ていくだけでいいから寄って寄って~』


屋台が幾つも並んでいた。

そこで蝙蝠たちを客引きする声がいくつも重なった。

しかも、殆どが的屋……ではなく、銃屋。

それらの店頭には小型拳銃からミサイルポットまで、数多くの武器火器がずらりと所狭しに並んでいた。他にも船が漁船から駆逐艦や潜水艦までもが『大安売り!』と売られていて、プラモデルが代わりに値札を張られて置いてあった。

一般人なら、夏祭りや縁日で見かけるあの屋台と外面は何の変色もない様子だと感じるが、『チョコバナナ』や『ベビーカステラ』、『かき氷』とか『アイスキャンディー』とか『焼きトウモロコシ』とかが書かれているはずの文字がそれではない。

『チョコバナナ』ではなく『チャカバナナ』、『かき氷』ではなく『火器と檻』、『アイスキャンディー』ではなく『アイス』、『焼きトウモロコシ』ではなく『焼き土下座セット』。………一体最後は何に使うのだろうか?

売っている人間は、一般的なお祭りにいる鉢巻きをした優しいおじさんやおばさんではなく、絶対に何かヤバい事をしているだろう人間しかいなかった。まぁ一部は普通の人間がいるが、目が虚ろだったり、腕に注射痕が無数にあったり、小指の根本にぐるりと傷跡があったり……。ようは地の底まで堕ちてしまった人間たちだった。

そう言うところに、暗部という空気があった。

そうそう、どの店の店員もなぜか皆ぴりぴりしていた。どうもこの日が稼ぎ時らしい。顔を包帯と絆創膏で化粧でもしたかのように固めていた『雑貨稼業』と名乗る男にそう言われた。


関係ないが、飲食系もあった。

だが、それも変わった者ばかりが売るもので、よーく名札を見ると『パンダマン』とか『ゴリ煮』とか『しま馬刺し』とか『蒲の佃煮』とか、変な名前の商品名の物ばかりだった。

因みに全部肉である。正体はご想像にお任せするが、ただ、普通ではありえないだろう値段で売買されていた。

そしてなぜか飲食店なのに、横には何十もの獣の毛皮が、まるで『こっちがメインです!』と大々的に並べらべられ、堂々と売られていたのは今でも謎だ。

蝙蝠たちはそんな色々な意味でヤバめの屋台を素通りし、スーツ姿の美人なお姉さんに誓約書を渡されて証明され、最後に親指で血印を押された。

そして何も買わずに地上に戻ってきたのだ。


「………なぁ、やっぱパンダマンって気になるんだが、戻って買いに行っていいか?」

「止めとけ。逝って戻れなくなるぞ」


蝙蝠は、好奇心旺盛な川獺を止めた。狂犬もそれに加わる。


「そうだよ。あんなもん喰ったら十中八九腹壊すから…………――――――っと、二人とも、ちょっといいかい?」


狂犬がいきなり、真面目な顔で……いや、どこか面白そうな成分も入ってる表情で話題を変えた。

表情に気づいた蝙蝠がニヤニヤと質問する。


「なんだ? なにか嬉しい事でもあったのか?」

「いや? そんな事ではないさ。 たった今、“別の私”がとある場面を目撃していてね。―――――実は戦闘が行われている」

「………ほぅ…」

「こりゃ楽しそうな事がわかったなぁ、蝙蝠よ」

「ああ、そうだな川獺。どうやらこの街で何かめちゃくちゃ面白そうな争いごとが起こっているらしいな。で、狂犬、それはどこだかわかるか?」

「ここから離れたところだが、私たちが走ればそれほど掛からない。北北西に二里ほどかね」

「そうかい。じゃあさっそく行ってくる。全く、今日は祭りだからやけにはしゃいじまうぜ」

「近くに行くと私がいる。ほら、ガキの成りしたヤツ」

「やっぱり人数がいると便利だな。じゃ、未の刻ちょうどにここ集合な」


そう蝙蝠が言い、第一歩を踏み出した。と、その前に、


「ちょっと待てよ」

「あ?」


川獺が止めた。蝙蝠の肩を掴む。


「今回は俺が行く。お前はついこの前大暴れしただろ? 今日は俺だ。お前ばっかに良い思いはさせねえ。結構訛ってきたし、ちったぁ運動がしたい」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



さて、少し休憩がてら時間軸が別の時の話をしよう。

学園都市最強の七人の頂点に君臨する男、一方通行は苦虫を噛んだ顔をした。


「ま、少しは運動した方がいいかもね?」


すぐ近くにいるカエル顔の医者からそう言われた。彼の名を一方通行は知らない。通称なら知っている。『冥土返し』だそうだ。

寝起きで(もう昼過ぎだが)、寝癖でボッサボサになった頭でベッドの上にいた。確かに能力を失ったせいである程度の運動能力が必要となったが、爽やかに運動していい汗を掻く気は毛ほどもない。それより、そんな自分の絵面はぶっち切ってキモチワルイ。

そんな悪態をついた一方通行は苦虫を二匹も三匹も噛み砕いた極悪の人相になってしまった。もともとがカタギの人相でないので、もしも小さな子供が見たら泣き叫ぶだろう。

そこで一方通行は百万の文句を、たった一言の言葉で表した。


「…………メンドクセェ」

「その言葉、口にするのは良いけど、彼女の前だという事を忘れてないかい?」

「…………」


一方通行は冥土返しのその質問に答えず、チラリと自分のすぐ横にいる茶色い毛玉を見下ろす。



「ねぇねぇ! ミサカも大覇星祭行きたい! ってミサカはミサカはお願いしてみたり!」



茶色い毛玉…もとい、彼女の名前は打ち止め。または最終信号とも呼ばれる。

一方通行と同じ学園都市最強の超能力者の一人、御坂美琴の軍用クローン『妹達』の最後の一人である。ようは語尾に『ミサカミサカ』と付ける集団の末妹だ。

茶色い髪。茶色い瞳。幼く小さい体を覆う衣は青色のワンピースに男物のYシャツ。そのコロコロと可愛らしい体躯からして歳は10代前半で、普通にランドセルを担いでいてもおかしくない年齢だろう。……が、彼女は最近培養器から出たばかりなので未だに0歳であるった。

二万人の姉たち…普通の妹達なら培養器に出た直後『学習装置』で普通の妹達のような機械じみた感情の無い雰囲気になるのだが、どうしてか彼女は色々と思考が幼い。

そんな彼女がまさに子供らしく駄々を捏ねていた。一方通行の裾をグイグイと引っ張りながら地団太を踏む。


「ミサカも行きたい! お祭りなんだよ!? 年に一度の!!」

「うっせェな。黙ってろクソガキ。行きたきゃ勝手行ってろ。俺は寝る」


と、布団を被る一方通行。打ち止めはそれを見て、


「それ! 完璧にかつ完全にニートのセリフ!! ってミサカはミサカはあなたの将来性を心配したり! ねぇねぇ、行こうよ行こうよ」



とうんしょうんしょとベッドに登り、寝太郎の布団を剥ぎ取って一方通行の体を揺らす。


「それぇ! ってミサカはミサカはずっと前にあなたにされたことをやり返してみたり! ねぇねぇ、大覇星祭行こうよ! ねぇねぇねぇねぇ」

「………」

「ねぇねぇねぇねぇ……」

「………」

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!」

「………」

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇね!!」

「…………」

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!!」


ぶちんっ


「うるせェ!」


びくっッ!と打ち止めはいきなりの叱責に臆した。


「ねェねェねェねェ、お前はヤギか何かか? あァ?」

「ヤギはメェメェだよってミサカはミサカはツッコんで……」

「………ッ。」

「ごめんなさいってミサカはミサカはものすごく怖い顔で睨むあなたに謝ってみたり」


確かにキーボードのnとmは間違えやすい。あ、いや、そんなことはどうでもいい。

一方通行は打ち止めの襟首を掴んで冥土返しに摘まんで放り出そうとした。……が、一方通行のか弱すぎる腕っぷしでは打ち止めは持ち上げられず、結局はゴロンと彼女の体を冥土返しの前に転がすことしか出来なかった。だが、打ち止めをベッドから叩き落とすことには成功した。

そして一方通行は冥土返しに、


「このクソガキをどっかにやってくれ」


と言って再度布団に包まった。

だが、冥土返しはニッコリと笑って残酷にこう言った。


「………だが断る…って言ったら?」

「ブチ殺す」


短くそう返す一方通行。

布団から顔を出して睨む。

「ダメだよ? 君がそんなんじゃ、この子が可哀そうじゃないか」

「……本当にブチ殺すぞテメェ」

「君、ここに入院してきてから殆ど外に出てないじゃないか? ………まぁ一回だけ深夜外出したけど」

「いいだろォが、人の勝手だ」

「そう言う、悪い方向の人の勝手を正してあげるのも医者の仕事だよ?」

「………そうかよ。だったら他ァ当たりやがれ」

「それは出来ない相談だね。大体、そこまで運動不足だといずれか太るんじゃないのかい? 君は小食の方だけど、きっとこの先そんな生活だったら体内に脂肪がどんどん溜まっていって、いつかは達磨のようにゴロゴロと転がりながら生活する事になるよ?」、

「………ンなバカみたいな話あるかよ。 つーかよォ、俺の能力は新陳代謝の向上くらいはお手の物だっつーのォ」

「確かに理論上可能だけど、体中がサウナに入っているように熱くなるから、結構しんどい作業だと思うよ? それに、体中の脂肪を燃やし尽くすのは結構時間がかかるんじゃない?」

「一日十分で十分だァ」

「まるで深夜の通販にあるダイエットマシンの歌い文句みたいだね?」

「黙れ。肉団子にして大玉転がしに出場させっぞコラ」


と、まるでテニスのようなラリーを見ている打ち止め。そんな彼女を冥土返しは脇を抱えて、一方通行の目の前に見せるように持ち上げる。


「じゃあ君は、この子一人にあの広い広いあの街を彷徨えと?」

「………」


そう来たか。一方通行は布団の中で今日何匹目かの苦虫を噛み砕く。


「別にいいだろォが。俺みてェな陰険なクソヤロウよりはよっぽど良い選択だ」

「そんな事ないよ! とミサカはミサカは自分の恐怖の顔面にコンプレックスを抱いているあなたを慰めてみたり。 大丈夫、ミサカは何にも思ってないよ!」

「本ッ当にブッ殺すぞクソガキ!!」


堪忍袋の緒が切れた。一方通行は起き上がり、牙を剥ける。が、そこに冥土返しが立ちはだかった。




「いいのかい? こんなに可愛くて愛くるしい女の子を、たった一人で孤独にあの街に出しても。たった一人で孤独に」

「………なぜに二回も言ってンだ」

「今は大覇星祭。外からの来場者はたくさんいるから街は文字通り人でごった返しているだろうね?」

「何が言いてェ」

「そうだね………。たとえば、可愛い女の子…それもまだ幼い女の子に特殊な感情を抱いている人たちが……この子を狙っていたら、どうする?」

「…………。」

「きっと……この子は酷い目に合うだろうねぇ? 一生の深い傷になるかもしれないねぇ? …………もしかしたら、もう戻ってこれなくなったりするかもねぇ?」

「……………本当にブッ殺すぞ。」

「たとえば、の話だよ? 本気にすることじゃないさ。――――でも、そんなことはあり得ない話じゃないよね?」


冥土返しはそろそろ腰が痛くなってきたのか、抱えていた打ち止めを降ろした。


「……だから、そのあり得ない話じゃない話が万が一に起こってしまわないように、事前に防ぐことが必要だね? 一番いい方法は、彼女を一人にしない事だ」


冥土返しは打ち止めの肩をぽんと叩く。何かの合図だろうか、打ち止めはその意を理解し、一方通行に上目遣いでお願いするように手を組んだ。


「一人じゃ寂しいの。だから、あなたも来てくれる? ってミサカはミサカはお願いしてみたり」

「………。」


一方通行は、いままで噛み砕いてきた苦虫を全て吐き出すように、大きく長い溜息を吐いた。

もう、断れなェじゃなェか。

諦めの溜息だった。


「わーったよ。行ってやる」

「ヤッター! ってミサカはミサカは大喜びしてバンザイしてみたり! バンザーイ!」

「ただし、少し見たらソッコー帰るからな」






と、そんなやり取りがあったのはおよそ一時間前。


「って、もォはぐれてやがるじゃねーか」


何が一人にしない事だ。何が一人じゃ寂しいのだ。もうどっちも一人だっつーの。


「ッたく、どんどん一人で進みやがって。こっちの都合も考えやがれってンだクソッタレ」


遅い足の原因の杖を突きながらそう悪態ついても誰もいない。いや、人ならいる。彼の周りには大覇星祭の見物客たちがわんさかと。ただ、


『ねぇねぇ、あの人チョー怖くない?』『わー絶対にアブナイコトやってるよね絶対』『もう目が逝ってるよね』『ねぇーねぇーおかーさーん、なんであの人は髪が白いの? 目ん玉赤いの?』『シッ! ダメでしょ、近づいちゃ。』


だから外は嫌なんだ。特にこういう外の一般人がクソみたいに溢れ出る今日は。外の人間には、彼のなりや恰好は異形の物と差支えない。

白い髪、白い肌。そして血走った赤い瞳。か弱い女のような華奢な体の癖に、何もかもを見ただけで殺せるような威圧感を漂わせている。これが、学園都市の頂点か。

一方通行はざわざわと後ろ指を指してくる耳障りな愚民の声が心底嫌になって、耳を塞ぎたい気持ちになった。それなら能力で音を反射すればいいが、かつての自分は出来ても今の自分では少し支障がきたす。

今は、この耳障りな気味の悪い声を我慢するしかない。

と、そこにこんな声が聞こえた。


『ゼッテェ何人か人殺してるって』


その名前も知らない奴に一方通行は、


(正解者には拍手。)


ま、正確には一万と三十一人。正確に覚えている殺した“人間”の数だ。“人形”ではなく“人間”。それを何人かというレベルじゃない。何万人かというレベルだ。


(より正確には一万三十一人“以上”なんだがな。妹達以外は全く数えてねェし)


これが、咎か。

これが、罪か。

これが、人を殺めた人間…いや、人間モドキへ下された宿命か。確かに、あれだけ人を殺せば人を殺してきた人相になるし、雰囲気にもなるようだ。

この両手は血に染まっているが、今は白に近いただの肌色。だがしかし、人間は本能的にこの手が赤色と認識できるらしい。

一方通行は人ごみに疲れた顔をして、


「…………あのクソガキ、見つけたらブッ殺す…」


そう物騒な独り言を言ってみると、どうやら周りにも聞こえていたようで、さらにざわついた。

ああ、ウザったい。じれったい。邪魔くさい。

一方通行はとうとう我慢できなくて立ち止まり、周りの愚民どもを蹴散らすように睨みつけた。


「…………なんだァ? 用があるなら言って来いよ」


その一言で、通行人たちは全員怖気づき、一斉に目を背けて速足で一方通行から離れていった。………のだろうか。彼の周りは、まるで何事も無かったかのように通行人たちは過ぎ去ってゆく。

川の流れのように人々は、一方通行を見向きもしないで通り過ぎる。―――まるで自分は、小川の石ころの様だった。ぽつんと取り残され、一歩も前に進めない、小石。

あたかも、さっきま耳に聞こえていた声が幻聴だったかのように、人の流れは一方通行を置いて流れてゆく。

幻聴か、それとも現実か。


軽く息を吐いて一方通行は耳を小指でほじる。


「…………ったく、メンドクセェ」


結局、曖昧なまま一方通行は足を進めた。


ここまで違い過ぎるのか、人と自分は。

臆す人、臆される自分。怯える人、怯えられる自分。陰口を叩く人、陰口を叩かれる自分。…………孤独な、自分。

自分だけ毛並みが違う。それだけで幼少より毛嫌いされてきた。

まるで童話にある『みにくいアヒルの子』の様だ。アヒルの群れの中で叩かれ続けて生きてきた主人公と自分をかぶせてみる。

まぁ、あっちは白く美しい白鳥で、こっちは真っ赤な醜い人間モドキだ。最終的には醜いまま堕ちてゆく。現実はそんなに甘くできていない。

ハンス・クリスチャン・アンデルセンの名作物語は所詮、現実離れした空想劇だ。

結局、みにくいアヒルの子は終始一貫みにくいアヒルなんだ。白鳥なんかになれはしない。

絵本の中の物語は、ただの幻想にしか過ぎないのだから。

過去現在未来延々と、一方通行という人間モドキは人でありながら人の道を歩めず、不格好に藪の道と茨の道を歩む。それが、宿命。

重罪人である一方通行に与えられた罰であり咎である。


(ま、そンな事、ずっと前から百も承知だけどな)


と、自嘲してみる。

この俺に、日の光が似合う訳がない―――と。



しかしその中で、一方通行は一人の少女の姿を思い出した。



じゃあ、なんであの少女はこんな自分にあそこまで愛想をつく?



必死になって藪と茨の道から人の道へと引っ張り出そうと顔を真っ赤にさせて自分の裾を引っ張っている。

白い目に見られるから止めろと、お前には関係ないと、どんなに言っても突き返しても諦めず、ずっとめげずに裾を掴む。


――――――――――………どうしてだ?


最後に見た、自分に早く追いついてよと笑う彼女の後姿が脳裏に浮かんだ。

あれは紛れもなく、自分に対する恐怖も嫌悪も憎悪も何もない、無垢な感情。真っ白で眩しすぎる背中。つい、目を細めてしまう笑顔。そして、耳を塞いでしまいたいほど幸せそうな声。


(もォ、あれからどれくらい経ったか。クソガキと出会ってから)


この約一か月で、一方通行にトコトコと付きまとう茶色い影に出会ってから、人生がガラリと変わってしまった。

いや、決定的に変わったのは、あの無能力者に敗れた時だろう。

普通に一か月前まで同じ顔をした人間を追い回して惨殺してきたのに、今じゃあ彼女らと同じ顔をした幼児に懐かれている。

今思い返したら奇怪な話だ。

だが、あの妹達は自分の事を一生許さないだろう。その姉の御坂美琴も自分の事を一生嫌悪し続けるだろう。

一万回も殺された人間とその姉に恨まれながら、一万回も殺してきた人間と同じ顔をした幼女に笑顔を向けられながら、一方通行は腹から滲み出る後悔と罪悪感に少しずつだが確実に毒されていくだろう。

これが罰と咎と宿命という名の―――呪いなのだ。








「―――――――と、君はそう思っているのか?」









その時――――声が、聞こえた。



「――――…………ッ!?」



いや、違う。後ろから問いただされたのだ、自分に。


しかし、一方通行はドキッと腹の中で何かが跳ね起きるのを感じた。



(――――心を、読まれた?)



一方通行は声がした方へ振り返る。

と、そこで彼は絶句する事になる。


「…………………な、」


目の前の光景が、ピタリと静止したのだ。

先程まで、ざわざわと騒がしく前後に流れていた人の波が、一斉に静止した。

右前にいる体操着を着た女子高校生は友人と話している最中で静止していた。手に持っていたアイスクリームが溶けて零れ落ちている。そのアイスも彼女と同様、空中に浮いているが如く静止していた。

上空を見てみる。どこかの子供が手放してしまったのだろう。一つの風船が空の中で静止していた。

あれだけざわついていた街並みが、静寂なる空間に変貌したのである。


「――――どうなってやがる」


いつからだ? いつ変わった?

そうだ、自分が振り返った瞬間だ。振り返った瞬間、自分以外の風景が青色に静止した。まるで写真の中に迷い込んだかのように。

こんなことをやってのけるのは、この学園都市の住人しかいない。だが、こんな時を止める能力なんて聞いたことがない。

しかし現実、世界が静止している。音も静寂のまま、黙り込んでいる。

動ける人間は、この世界で一方通行ただ一人。―――いや、もう一人。この現象を発生させた張本人だ。

考えられる可能性は―――……一方通行に対する攻撃。

報復か。それとも復讐か。はたまた意気上がった哀れな挑戦者か。


「時間静止能力か……。見たことも聞いたこともねェ能力だったもンでちっとばっかし驚いちまった」


一方通行はニヤァと口元を以上に吊りあげさせて、


――――面白い。



「ほォら、出てこいよォ。俺をあまりおちょくってっと、上空遥か彼方にブッ飛ばしてェ真ッ赤な花火にしちまうぞ?」


―――首にあるチョーカーに触れた。

と、そこに、また声が聞こえた。

先程問いかけられた声と同質のものと一方通行は認識する。


「そうだね、確かに今日みたいな運動会日和には花火は最高だけど、そんな汚い花火は場違いじゃない?」

「そうだと思うなら出てこい。俺に何の用だ」

「やれやれ、そうせっかちにならない方が今後の身の為じゃないかと思わないのか?」


声の主は、呆れたような声の表情で姿を現した。


「いやぁ、こんにちわ。」


静止した人間の間からヒョコッと、それは現れた。

その姿を見て、一方通行は眉をひそめる。


「…………女?」


そう、声の主は女だった。歳は一方通行と同じくらい。

身長はそれほど大きくは無かった。160cm前後か。

常にニコニコ柔らかそうな表情をしているが、どこか強い芯のある印象を持っている。整えられた顔立ちはどこか活発そうなところがあった。

腰まである長髪は頭頂部はツンツン、背中に流れるにつれてバサバサとしていて所々はねている茶髪だった。だが、元々の色が黒で、茶髪に染めたのだろう。染めてから時が経っているのか、頭頂部が黒かった。だがそれもどうしてなのかヘアースタイルとして成立している。

胸は大きく、どこか母性を感じさせる雰囲気があった。(まぁ彼にそんなものを感じる器官は無いのだが)

そして学生なのだろう。どこかの高校のセーラー服を着ていた。


「こんにちわー。君が一方通行くんで良いんだね?」

「あァ? それがどうした。俺の顔を知らずに襲い掛かってきたってェのか?」

「いやいやそんな物騒な事をしに来たんじゃないよ」


女はニコニコと右手を振った。


「君にある物を授けに来たのさ」

「はァ?」


一方通行は予想していた事態とは全く違う状況に持って行く彼女に、つい素っ頓狂な反応をしてしまう。


「……いらねェよ。なンだァ? 時間を静止させておいてキャッチセールスってか? 悪徳商法も大概ししやがれ」

「いや、君にお金を払ってもらうなんて考えてないよ。タダだよタダ。無料配布。そもそも、イチ学生にお金を巻き上げようなんてあくどいこと出来ないし」

「じゃあ貰っといてやるからさっさと差し出しやがれってンだ。俺には時間がねェ」

「大丈夫だよ。時間は止まっているから」

「………テメェ、言っただろ。俺をおちょくってっとホントに汚ェ花火す―――――」


と、一方通行は女に向かって駆け出そうとした。右足で地面をければ、軽くスポーツカー並の速さであの女を捕える事が出来る。


―――――が、その直前。


「しっかし、君にはこの姿が女に見えるんだねぇ」


駆けだそうとしたその時、女が一瞬で一方通行の鼻先に現れたのだ。


「―――――ッ」

「そんなに驚かなくていいよ。身構える必要もないよ。戦闘する意思はないから」


アハハハハハッ、と明るい笑顔で女は笑う。が、一方通行は地面をトンッと踏み込んだ。すると、ただ踏み込んだだけなのに、ゴォッ! とコンクリートは砕け、その破片が女を襲った。だがしかし、


「アハハハハッ、こっちだよー」


その破片は空振りに終わっていた。女が一方通行の背後にいたからだ。

一方通行は冷めた目で背後に腕を払う。が、それも空振り。今度は、女は近くにある街灯の上で腰を掛けていた。

女は高い位置から一方通行を見下ろす。


「なるほど、君は本当に臆病なんだね」


と、女は言う。一方通行は女を睨んだ。


「何のことだ」

「だってそうだろう? 人がこうやって親切に近づいてきたら、君はその人を殺そうとした。これを臆病と呼ばなくてなんと言う?」

「…………。」

「図星かい? まあしょうがないよね、常日頃から身の程も知らない不良に襲われる非常に危険極まりない生活を送ってきたり、いつもスーツを着た変態科学者がやってくる日常を送ってきたりしてきたからね。―――ま、後者の人に捕まったがゆえに、そうやって罪悪感に浸っているんだけど」

「…………。」

「自分にトコトコついてくるあの子が自分を恨む不良に襲われたらどうしようか。あの実験のようなことがまた起こってしまったらどうしようか。君は怖くて怖くてしょうがないんだ」

「………くきぃッ!!」


一方通行は地面を蹴った。ニコニコと笑う女を本気で殺す為、街灯へ一瞬で駆ける。


「オイ、最終勧告だ。テメェが何様かは知らねェが、イイ加減そのクソ生意気な口を閉じやがれ。」

「――――これも、図星だね」

「ブチ、殺す」


音速を超える右の毒手は女の血流を逆流させようと女の体へ直進する。が、女は後ろに倒れる様にそれを避けた。そのままスルリと街灯から抜け出し、真っ逆さまになって落ちてゆく。そしてくるりと回って華麗に着地した。


「まるで狂犬だ」


女は一方通行に微笑みながら諭す。


「怖いから噛み付く。怖いから壊す。怖いから殺す。あれ? 何が怖いかって? それはたった一つ。自分のせいで君の事がだぁい好きな女の子が不幸な目に合うことだ。自分の過去の清算があの子に降りかかってしまう。だから君は動くのさ、そうなる前に潰そうと。あの子の安全の為に。あの子の未来の為に」

「うるせェよ、その口閉じろッつただろォが」


一方通行は女に向かって落ち、流星の如き蹴りを食らわせようとした。が、着弾した時にはもう女はそこにはいない。


「聞けないね」


女はダンスを踊るようにくるくると一方通行のすぐ横で回っていた。



「あの子は君に無垢なる微笑みを与える。彼女にとってそれは君に対する“愛情”なんだけど、それは君にとっては眩しすぎる太陽だ。すぐに目を背けてしまっている。まるで日の光を浴びると灰になってしまう吸血鬼のようだ」

「イイ加減に黙りやがれってンだッ」


一方通行は机の上の物を腕で払い、ぶち壊すのように女へ腕を払う。が、それも空振り。体を反らされた。


「黙らないよ。君を見ていると、正直言って本当にイライラするからね」

「テメ…」

「そんなに怯えるなよ。そんなに臆するなよ。そんなに怖がるなよ。そんなにネガティブに考えるなよ。人生不幸な事ばかりじゃないぜ?」


女は一方通行に微笑みを与える。


「人間の人生、巧くできていてね。幸せと不幸は実は同じくらいあって、足すとプラスマイナスゼロになるようにできている。あれ? でも君は今まで不幸な人生を歩んできたよね? だったらこれからは超幸運な出来事がフルコースのように出てくるって事? ねぇ、君はどう思う? 君がこれから歩んでゆく人生は薔薇色か?」


女は一方通行の回答を全く聞かず、間髪入れずに正解を叩きだす。


「ところがどっこい。君の人生はこれからも永遠真っ黒だ」


ニコニコと残酷に強く言い放った女に、一方通行が吠える。そこは彼の逆鱗だったからだ。


「ッるっせェ。 なに人の人生語ってんだ。アァ? 勝手に人生相談始めてんじゃねェよ。インチキ占いはよそ行ってやりやがれ」


一方通行はそう低い声で地面を踏む。またコンクリートの破片の散弾が女を襲う。


「ああ怖い怖い。そんなに吠えなくても襲わないよ」


が、女は上空に飛び、一回転しながら一方通行を飛び越えて背後に回った。


「そう悲観するなよ。君の人生は真っ黒だが、それを薔薇色に塗り替えるのは君次第だ。―――知っているかい? とある精神学者は『人の幸不幸は過去から現在、現在から未来の状況の向上の差である』って言ったんだ。」


聴いているのか、聞いていないのか、一方通行は攻撃を繰り出した。女は笑いながら軽々とそれを避け続ける。


「例えば、街の食堂に行って『ああ、ご飯がマズイ。不幸だ』と嘆く事がよくあるだろう? でもね? アフリカやインドの貧困街に行ってごらんよ。“ご飯を食べることができる事が、涙を流すほどに幸運な事”なんだ。彼らは日常的に腹が減って餓死するし、日常的に疫病に罹ってもそのまま放置されて病死する。それどころかその死体もそのままほったらかしにされて猛獣の餌になってしまう事が多い。彼らは人としての人生を歩められないんだ。それなに君たち都会人はたかが飯の不味さに嘆く。それこそが、これ以上ない幸運だと地にひれ伏す人がいるのに」

「何が言いてェ」

「君はもうあの地獄から抜け出したんだよ? もう君は人を殺さなくて済む状況にある。それどころか異形の者になってしまった君を心から愛してくれている人がいる。そんな地にひれ伏し涙を流すほどの大きな“幸せ”を、君は“不幸”だと吐き捨てているんだ」


女のセリフが耳に届いたその時、一方通行の頭の中で血管が切れた音がした。


「テメェが俺に何語ってんだ!! テメェに俺の何がわかるってンだ!!」

「わからないね。ただ言いたい事は、イライラしているんだよ君に。―――君は地獄を抜け出し、やっと日の当たる人生を送れるというのに、それを不幸と呼んで道に落ちてある幸運を全く見向きもしない。 それを勿体なくて勿体なくて、居ても経ってもいられなくて、とうとう出てきてしまったんだよ」


女は笑いながら、繰り出され続ける彼の一撃触発にして必殺の攻撃を、うねうねと避け続ける。

そしてとうとう、一方通行の息は上がったのか、攻撃の手を止めた。

ハァハァと荒い息をし、額から滑り落ちて顎に溜まる汗を拭う。激昂してしまったせいで、少ない体力を減らしてしまった。

女はそれを見て、ニコリと笑って両手を広げる。


「君は今、『クソが、このどうしようもねェ悪党に、人の道が歩けると思ってンのか?』とか思っているだろ? いやいや、そんな事は無い。―――歩けるね。君が望むなら」

「だったら望まねェ。願いもしねェ。俺のような人間モドキが、あいつの横にいる資格はねェ。ただ、俺はアイツらに茶々入れるクソヤロウどもをブチ壊すだけだ」

「アハハハハハッ、だから君はいつまでたっても進歩がないんだ。」



女は笑い、


「いい加減ポジティブになろうぜ。素直になって見てみろよ。下を向いてばかりいるなよ。前を見て歩けよ。 君に憑りついているのは呪いじゃない。罪でも咎でもない。ただの自意識過剰な妄想だ。」


そう吐き捨てた。そして溜まっていたのか、口から次々と吐き出した。


「それを君は何を血迷ったのか自分に枷を付けてしまった。そして君は彼女を守るために常に警戒心を尖らせている。―――罪滅ぼしのつもりかい? いやいや、彼女は…いや彼女達は君に何も恨みは持ってないよ。むしろ後悔している。ところが君は、それを知っているのに押し返して、ぷいっと知らないふりをして罪人のふりをしている。」


女はすーっと息を吸って、溜息のようにただ一言、一方通行という学園都市最強の男をこう現した。



「――――――ああ、なんて幼稚な男なんだ」



「………なッ」

「だってそうだろう? 今まで散々殺しておいて、謝りもせずに勝手に守っておいて、殺してきた相手から守ってくれたお礼をしたいと言われても断固拒否して距離を置く。まるで頑固に駄々を捏ねる子供だよ、君がやっている事は。そんなに孤独が好きなのかい?」

「ふざけんなッ!」

「ふざけるなはこっちのセリフだね。 君がこのままなら、君は不幸なまま。彼女は全く振り向いてくれない君に絶望するかもしれない。ほら、君が味わってきた地獄とは別の不幸が訪れるよ」

「……………。」

「だったら大人になれよ。 彼女の愛情を甘んじて受け入れろよ。 道端に落ちてある幸運を素通りするな。柔軟に生きろ。いつまでも硬派を気取っているな―――――これが、君が学習するべき教訓だよ」


女はそう言って、なぜか黙っている一方通行にいつの間にか近づき、首のチョーカーに触れてボタンを押した。

一方通行は持っていた杖をギリッと握り、重い口を開いた。


「……テメェ、何モンだ」



女はニヤリと笑った。

そして柔らかく暖かい笑顔を彼に向ける。




「紹介が遅れたね。こんにちわ、彼我木輪廻と言います。正直信じないと思うけど、仙人です」





彼我木輪廻という仙人の出会いは、一方通行の人生においてもう一回の分岐点だった。





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今日はひとまずここまでです。ありがとうございました。
また書けたら投稿します。
ああ、やっぱり起ってしまったキャラ崩壊。読者の方々だけは怒ってしまわないでください……。

こんばんわ。投稿します。

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オリアナ=トムソンはその頃、街の中を歩いていた。

今の服装は、先程までの作業着とは全く違っていた。着替えたのである。先の戦闘で胸のボタンが飛んでしまったからだ。

腰に巻いてある赤い腰布から足首まで長く白い帯が簾のように垂れていて、腰布の上にふた昔前のアメリカ映画のようなベルトを巻いていた。そして上半身はチューブトップで豊満な胸を抑えるだけであった。

まぁ何とも露出が多い恰好な事だ。リドヴィアが見れば呆れ返るだろう。

だが、そんな事を言っているほどほのぼのしていられない。


(刺突杭剣の正体が使徒十字だってことがバレた今、今度は私がイギリス清教を足止めしなくちゃね)


この状況は予期していたが、油断大敵であることには変わりない。

うっかり敗れて、学園都市の外にリドヴィアと使徒十字がいる事を諭されてはいけない。

あくまで、“自分が使徒十字という霊装の設置場所を探している”と思い込ませなければならない。

これだけは決してバレてはいけない。決して気づかれてはいけない。

これはある意味ポーカーと似ていた。

自分が考えていることを、目的も、行動も、自分の素顔を見せてはいけない。

偽物の自分を見せつけ、演じ、彼らにポーカーフェイスを向けなければならない。

だが、『A pancia si consulta bene.(腹が減っては戦が出来ぬ)』と諺にもある通り、昼抜きで戦うのは正直辛いし得策ではない。

この時間帯なら、あの追手たちも作戦会議がてらの食休憩に入っているだろう。

そこで、オリアナも昼食をとることにした。

ふと見かけた喫茶店に入ることにした。

念の為、ドアに誰も入ってこないよう魔術を仕掛けて(店には申し訳ないが)ドアノブを捻った。

カランコロン…。

オリアナがドアを開けると、静かな空間に包まれた。古風な、そして温かみのある店内。

静かな雰囲気と、古いアナログレコーダーから優しいクラシック流れてくる。

客は一人もいなかった。ただ、歳は六〇代半ばの白髪と口髭が素敵なご老人がマスターなのだろう。ひっそりとグラスを拭いていた。

外の喧騒とは全く別の世界。

まるで、別の世界に迷い込んだような錯覚を感じた。

だがそれで、さっきまでの緊張感は上手く解れた。思わず笑みを浮かべてしまう。

オリアナは奥の窓側の席に座った。

日当たりが良い、しかしきつくない、お茶をするなら取って置きの席だった。

綺麗に並べられたテーブルの上のメニューを広げ、書かれてある料理を一通り見る。 すると、


「いらっしゃいませ。」


マスターは静かに盆に載せたお水をオリアナの前に置いた。


「御注文は何になさいますか」


丁寧な言葉使いだった。


「じゃあ、これちょうだい。それとコーヒーも。エクスプレッソね」

「かしこまりました」


マスターはそう一礼をして、静かに厨房へと向かった。


それを見送ったオリアナはメニューを閉じ、ふーっと息を吐く。

ここはリラックスできて良い所だ。また学園都市に来ることがあるなら、来てもいいくらいだ。

耳の片隅でクラシックが静かに肩を叩く。

おっと、こうやってただぼーっとしているだけで時間を終わらせる暇も尺もない。

オリアナは胸の谷間から単語帳を取り出した。それと、端に穴の開いた何も書かれていない紙切れと五色の蛍光ペン。

これまでに使った速記原典の補充である。

さて、あの三人を今度はどうやって引っ掻きまわそうか。ああ、それと、急に襲ってきた正体不明の忍者二人組も。

確か、『真庭忍軍』とか言ったっけ。

あの男、逆さ喋りの白鷺こと真庭白鷺はそう名乗った。

そう言えば白鷺の妙な術、『真庭忍法逆鱗探し』はどうして解けてしまったのだろう。あの男が激怒した瞬間になぜか解けた。まるで、彼の怒りが鍵だったかのように。

まぁ、そんなことを今考えてもしょうがない。


「…………それよりも、そのネタ頂き♪」


オリアナは紙切れの一枚にすらすらと英単語を書き綴る。それからも、次々と術式のネタを考えては書き続けていった。


「そう言えば、あのツンツン頭の坊や………一体何者なのかしらね」


あの右手は、オリアナが繰り出したあらゆる魔術をいとも簡単に打ち消してしまった。

イギリス清教の神父と行動を共にしている面から、きっと魔術となんらか関係のある人物なのだろう。

だが彼の行動は明らかに素人のそれだった。

尾行はヘタクソだし、自分を殴り飛ばした後、あっさりと油断して倒れた仲間の元へ行った。もしもオリアナが本気だったら後ろから殺している。

恐らく生粋の学園都市の生徒なのだろう。この血なまぐさい争いとは全く無縁の。

……なぜか魔術サイドに関わるだけかはわからないが、今は置いておこう。

彼の身体能力なら問題ない。第一敵ではないし、片手で相手できる。だが、問題はあの右手だ。あの右手がある限り、速記原典をいくつ重ねても打ち砕かれてしまう………。


「―――でも、お姉さんも馬鹿じゃないわよ」


オリアナはそう不敵な笑みを浮かべ、窓の外の空を仰いだ。

きっとあの少年もこの空を見ている。

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御坂美琴に付きまとう薄汚い猿を抹殺する為、白井黒子は車椅子を猛スピードで走らせていた。


「殺す殺す殺殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……………」


血走った眼で上条当麻を首を探すその様は、もはや鬼と化していた。

全身からゴゴゴ…ッと溢れだすその殺気に、すれ違った人間はたとえ大の男としても一瞬ビクつくほどだった。

彼女が通る道には、そうした気迫に圧倒された大人たちが彼女を怯えた目で見ている。

彼らの目からは、彼女の体には北斗の拳のケンシロウかガンダムのジュドーみたいなオーラ的なものがハッキリと見えていたのだ。

―――……きっと、ハマーン様もこんな気持ちだったのに違いない。

一人の男はそう確信した。

一方、黒子はそのことに全く興味が無いのか、そもそも気が付いていないのか、見向きもせずに車椅子のタイヤを高速回転させながら突き進む。

そしてまた一人、


「…ヒ、ヒィ!」


今度は実行委員会の高校生を危うく轢きそうになった。高校生は転がって避けたから無傷で済んだが、黒子は無視して真っ直ぐに走って行った。

そのまま数分走り続けたところだろう。

黒子は左へほぼ直角にカーブする曲がり角を速度をそのまま下げずに、『空間移動』で向きを変えながら曲がる。

ギュリギュリギュリィィィィ!!

あたかもドリフト走行の様だった。地面に二本のタイヤ痕を残し、黒子はそのまま何事も無かったかのようにひたすらタイヤを回す。

―――――と、ちょうどカーブを曲がり切った所だった。

見知った茶髪の少女の影を視界の隅で探知した。

道を走っている御坂美琴だった。


「―――――ッ!!」


ぐりんッ! と首を不気味に動かし、美琴までの距離を大きく見開かれた眼で図る。

およそ100m。

普通の人間ならその距離にいる人間の判別は難しいが、美琴お姉さまと愛の鎖で繋がれた白井黒子は、愛のお姉さまレーダーがある限り半径1kmなら探知など容易い。


「フッフッフッフ、そこにおいでにいらしましたか…………」


ああ、何という事か。あの麗しき御坂美琴お姉さまと再開出来ようとは。今日だけは神に感謝したい。

黒子の表情が美琴との再会の歓喜と一人の男への殺意で塗り替えられた。

当初の目的はあのツンツン頭のウニ猿の抹殺だったが、美琴の傍にいくのもまた一手だ。お姉さまの元にいれば排除対象の出現率は跳ね上がる。

ああ、それと、お姉さまは今、結標淡希というアンチクショウにお命を狙われている。

お姉さまを守らなければ、何がパートナーか。



―――――――ここは、命に代えても、


常にお姉さまに付き従い、常にお姉さまと共に行動し、常にお姉さまの為に存在する。

御坂美琴あれば白井黒子あり。

御坂美琴の傍に白井黒子あり。

黒子はどこかへ走っている美琴の背中へと、また車椅子の速度を上げた。

全ては愛するお姉さまの為。


―――――――お守りせねば。


「おね゛ぇえさまぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


だから彼女は、今日もいつもの如く愛の僕としてお姉さまの元へ駆けるのだ。



例え、どんなに否定され続けても。



美琴は背後から突進してくる黒子に気づき、猛スピードでやってくるその車椅子を華麗に躱した。

ドンガラガッシャーン!!

漫画のような破壊音が鳴り響く。

黒子はそのまま道の外の街路樹にクラッシュしてしまった。ド派手な音がしたが、果たして無事だろうか。

いや、そんな小さき事などお姉さまとの再会の喜びに比べたら屁でもない。

だが、


「直前に避けるとは酷いですわ………」


こんなに嬉しいのに、避けられた。……再開を分かち合いたかったのに。

そんな『心の痛み』で黒子は涙目になる。

しかし美琴はその一言を激突して痛いという『身体の痛み』と勘違いし、


「ごめん黒子。私急いでいるから」

「ど、どうされたのですのお姉さま!」


黒子は美琴の手を掴んだ。

一体、美琴は何に急いでいるのか……。


「ハッ、」


と、黒子の頭に一つ仮説が浮かび上がった。


「まさか、あの猿に何かされて……いや、それとも結標淡希に襲われて逃げている途中………」

「………は?」

「しかし! 今はこの白井黒子、弱力ながらもお姉さまをお守りいたしますの!!」

「ちょ、ちょっと黒子?」

「前々からそうだと思ってのですの、なんでこうもあの猿とお姉さまの遭遇率が高いと思っていたら、やっぱりあの猿がひょこひょことお姉さまに付きまとって………」

「あのー黒子ーもしもーし」

「ともかく!」


クワッ! と黒子は殺意に満ちた顔で美琴に迫る。


「はい!」

「お姉さまのお命と貞操は、この白井黒子がお守りいたしますので、どうぞご安心してください!!」

「あのー私、親にプログラムのー」

「よろしいですの!」

「あ、もうそれでいいや」


こうなった黒子はもう誰にも止められない。

黒子は美琴の手を放し、あたりを見渡す。


「さて、私がお姉さまを発見できたとすると、もうそろそろあの女狐も来るころでしょう……か。」

「黒子、女狐って誰?」

「結標淡希ですわよ。借り物競争の時のニュースで、お姉さまと猿が(気に喰わないが)戯れになられているのを見てお姉さまのお命を狙っていたのですの」

「戯れ…?」


美琴は借り物競争での上条とのシーンを思い返す………。


「………もしかしてあのシーン、流れてたの?」

「もちろん。学園都市中に流れていましたわよ」


美琴は顔が恥ずかしくなって紅くなっていくのを感じた。と、そんな美琴を他所に、黒子はとある人物を発見した。その途端、口がにやぁと歪む。


「ほぉ、おめでたなのですのね」


その一言に、美琴はへ? と黒子が見る方向へ首を向ける。

前方20mか銀髪碧眼のチアガールのお腹に抱き着く、上条当麻の姿があった。

それを見た瞬間。御坂美琴は鍛え抜かれた瞬発力を発揮するように上条へダッシュ。そして拳に全体重と電撃を込めて、未だに彼女の存在に気付かぬ彼の顔面にブチ込んだ。

見事に不意打ちを食らった上条は面白い様に吹っ飛ぶ。そしてずさずさずさ~~~~とアスファルトの上の少ない砂埃を立てながら転がった。


「ふん!」


美琴は百万の怒りを拳に代えても収まらない激情を、何とか抑え込もうとしていた。

これ以上やると体力の無駄だ。美琴はそう判断したのだ。


そんな彼女に、金髪碧眼の少女…インデックスが隠れるように身を寄せた。


「……ん?」


美琴はいきなりの事に驚き、インデックスの方を向く。そしてインデックスの顔が赤面している事に気が付いた。

その時、向こうから声が聞こえた。


「が…ぁ………な、何しやがるいきなり!」


大の字に地面に倒れる上条は叫んだ。

が、そこで彼は異変に気付く。右手に、何か輪っかのような布が握られていたことに。それはまるで女性が穿くスカートのように思えた。そう、チアガールが穿くような。

美琴はインデックスのスカートがあの男に無理やり剥がされたことを理解し、怒りのヴォルテージがMAXに到達した。

黒子も上条抹殺で動いている為、チャンスと思ったのだろう。足からダーツを取り出す。


「あ……あ………」


上条は美琴の怒りの迫力と黒子の殺意に、本能的に危険を感じた。

ヤバい。本当にヤバい。

ここで捕まったら、大覇星祭どころかオリアナ捜索までも出来なくなる気がする。

そして上条はいつもの口癖を叫ぶのだ。


「ふ、ふ、不幸だ――――――――――――――!!!!」


上条は脱兎の如く逃げだした。

後ろから美琴が放った電撃の槍と黒子が投げたダーツが飛んでくるのがわかる。本能的にわかる。NTでなくてもわかる。とにかく逃げなくてはやられる。いや、殺られる。

だがしかし、普通の人間はどんなにあがいても雷のスピードには勝てないし、ダーツの投げるスピードにも負けるのが物理的常識。どこかの聖人でもない限り不可能である。

上条は覚悟した。背中から電撃の槍で貫かれて感電死されると同時にダーツによって刺殺されるのを。

痛みに耐える為、目を瞑って走る。

が、どういう事か? いつまでたっても電撃もダーツも来ない。

だが、後ろを振り向いている暇はない。上条はそのまま全力疾走で走り抜けていった。








上条が逃げ切って見えなくなったところで、彼と入れ替わるようにとある人物の影が飛来して来た。


「危ないわね。 ええ、本当に危ないわ」


影は黒子と同様、いや同種の車椅子に乗っていて、カラカラとタイヤを回しながら美琴と黒子へと向かう。


「あなた達、超能力者と大能力者の癖に無能力者を虐めるのは、少し酷いんじゃない? 全く、空間ごと電撃と蠅を別の空間に飛ばさなかったらどうなっていたのやら……」

「…………あなたは。」

「こんにちわ、また会ったわね。 会いたくなんてミジンコほどにもなかったけど。この視界にも入れたくなかったわ。」


影は車椅子のタイヤを握って止め、立ち止まる。


「…………ねぇ、貴女達………あの人に何をしたかわかっているのかしら?」


丁寧な口ぶりだが、怒気と殺気が迫力となって言霊と共に彼女らの全身を覆う。


「ねぇ、訊いているの。……………あの人に………何をやったのかしら?」


影は女だった。しかも高校生。髪型はうなじから垂れる様にツインテール。ブレザーを羽織っていて、校章から霧が丘女学院の生徒だとわかる。そしてそのブレザーの下には胸を隠すようにサラシが巻かれていて、腰のベルトには軍用ライト。

そしてその手には――――『千刀 鎩』が握られていた。


「もう一度訊くわ。よぉく耳をかっぽじって綺麗にしてから聞きなさい」


結標淡希は、笑っていない笑顔のまま、背中からどす黒い何かで美琴と黒子を脅し倒すように、


「私の大事な大事な上条くんに何をしたの? 親切に私に言ってくれたら―――――ご褒美に首の頸動脈を斬るだけで楽に殺してあげる。」


鎩を鞘から抜いた。

見事な刀身の輝きが、天から降る太陽の光を反射して鏡のように光った。その光が、殺気と迫力によって身構えていた美琴と黒子の目に直撃した。


「う……眩し……ッ」


美琴は思わず目を腕で覆う。が、それが隙となった。

結標は座標移動で彼女らの背後に回ったのだ。


「は、速いッ」

「そりゃあ、空間移動系の能力者だもの。………あら?」


と、そこで結標は見知った顔と出会う。


「インデックスちゃんじゃない。 どうしたの? こんなところで」

「…………ヒャッ!?」


結標はインデックスと共に座標移動し、美琴と黒子から少し離れた場所へと飛んだ。

こんばんわ。 遅くなりましたが、投稿します。

すいませんでした。 色々と書いていると、長くなって投稿する暇がなかったです。…といってもいいわけにしかならないのですが。

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そんな頃、オリアナは追手の気配に気を配りながら、地下鉄から出る階段を登り切った。

敵はいない。その事を確認し、近くの人があまりいない雑木林が両サイドに生い茂る道を流しながら走る。

よし、ここまでくればもう追手はこないだろう。


「使徒十字の準備はまだ先でしょう。私はどうしようかな……」


恐らく、あの少年たちとはもう一戦交えるかもしれない。しかも、神裂火織も参戦する可能性が出て来た。それと、真庭忍軍とやらの動きも気になる。

白鷺と喰鮫……あれらともう一度見合ったら正直、逃げ切れる気がしない。

だが、白鷺はともかく喰鮫の鎖刀を破壊する事は出来た。恐らく…半々の確率であまり信じられないが、きっと、あの二人は撤退したと考えてもいい。あくまで恐らくの話だが。

残るは神裂火織……。


(対聖人用の術式の考案ってもの、面白いモノかもね………)


と、自分の発想と閃きと機転を探す為、思考を巡らせる。

追手はこない―――そう思っていたのが過ちだった。


ドッ!


脇に、衝撃が走った。


「ふぐぁっ……」


鈍い激痛が脳天に叫ぶように訴えてきた。右脇…ちょうどそこには人間の急所の一つ、肝臓がある。

綺麗にそこを叩かれた。

メキメキメキ……。肋骨の6番と7番が悲鳴を上げる。オリアナは激痛を堪え歪む目で右下を見る。

―――そこには、一匹の犬のような獣がいた………否、人だ。犬のコスプレをした一人の男が左肘をオリアナの脇にめり込ませていた。

『肝臓打ち(リバーブロー)』 …………確か、格闘技にそういう技があった筈だ。

オリアナは肺の中の空気を全て吐き出してしまった。


「カハァッ」


空気と一緒に、唾液と胃液が口の端から垂れた。食後だったせいか、吐き気が一気にこみ上げた。体がくの字に曲がる。足に力が入らない。男はオリアナのその隙を見逃さなかった。

――――やられた……!!

男はそのままオリアナの体を抱え込み、奥の雑木林へタックルするように押し込んだ。

ガサガサガサッと生い茂る草々の中へと連れて行かれた。相当力のある人間なのだろう。前へ流れてゆく草木たちが風のように過ぎ去ってゆく。

そして終着点は10mくらい先の一本の大きな木だった。そこに背中を思いっきり叩きつけられる。

今度は背骨が悲鳴を上げた。


「がぁっ………~~~~~~~ッ!!」

「おっす、ちょっとすまねぇな。 お前に一つ訊きたい事がある。そして一つ聞いてほしい事がある。」


衝撃でひらひらとゆっくり落ちてゆく木の葉たちは雨の様で、その中でコスプレ男は袖から苦無を一本取り出してオリアナの首に当てた。

メキメキメキ……アバラが軋む。何より息をする度に神経を刺されるような激痛がした。

――――――これは、アバラがイっちゃったかな……。

オリアナは顔を歪ませる。へへっ、と思わず笑みが出た。


そんな彼女の様子を見てないかのように、男は話を続ける。


「おれの趣味は散歩でよ。今日もあまりにも暇なもんだからお外に出てみたらよ、そしたら道端に落し物があったんだ。それをおれの“忍法”でどうにか人物は特定できたんだが、肝心要のその落とし主がどこにいるのかわからねぇ。んで、親切で心優しいおれがそれを持ってそいつを探して歩いていたら、偶然にもそいつがそこに歩いていたもんだから、つい嬉しくなってこうして飛び込んじまったってぇのが今の状況だが―――――――――なぁ、あれはお前の持ち物か?」


コスプレ男は苦無を持つ手とは違う手を横へ指差す。

そこには『Ice Cream Shop』の文字が描かれたボードが一枚、雑に置かれていた。あれは紛れもなくオリアナが刺突杭剣のダミーとして持っていた代物だった。

たしか、追手と戦っている時に捨てて逃げた筈。


「………わざわざ拾って来てくれたの? ありがとうね。 お姉さん、あなたに何かお礼しなくちゃね………。そうね、熱い口づけとか? 自分で言うのは何だけど、こんな美人なお姉さんと唇を合わせるのはなかなか出来ない体験よ♪」

「だな。確かにあんたは別嬪だ。100人中100人が振り向くだろうよ。―――だが断る。確かにそれは男としちゃあ放っておけないが、生憎と異人の女には興味がねえんだ」

「それは残念。じゃあ、何にすればいいのかしら? 今、私たちが取っている体勢は明らかに……あなたが私を襲っているとしか見えないんだけど……もしかしてそう言う趣味の人?」

「だな。こりゃあ明らかにおれがあんたを襲っている追剥にしか見えねぇし、脅迫しているとしか見えねぇな。――――実際におれは脅迫しているつもりだ」


オリアナは首元を見る。首に当てられた苦無を……だ。

その苦無には見覚えがあったからだ。 これは確か、真庭……


「おっとその前に、あんたにお礼を言わなけりゃあならなかったな。 どうも、白鷺と喰鮫がお世話になりました」

「……………やっぱり。 あなた、真庭忍軍って人たちね?」

「知っているなら話が早い。 でもまぁ、おれたちが何て集団かは知っているけど、どんな集団かは知らないよな?」

「へぇ、お姉さんに教えてくれるの? 優しいわね」

「いやいや、忍者は決して優しくないぜ? 特に、おれの親友はすぐに誰でも殺しちまう」


そうか、やっぱり真庭忍軍と言う奴らか。ホント、嫌なタイミングで出会ってしまった。 ここで戦闘をしてしまったら、追手に気付かれてしまうかもしれない。


「時に、あんたは実に摩訶不思議な技を使う。………あれはいったいなんなんだ? 優しい優しいおれに教えてくれよ。親切にさ」

「嫌よ。自分の名前も名乗れない人に、お姉さんの秘密をさらけ出せって言うの? そんなのを悦ぶのは凌辱願望アリの変態さんよ? その前に、あなたが何者なのか、どんな名前なのかをお姉さんに教えてくださいな♪ まずはあなたの全てをさらけ出してくれないと」

「そうか、そりゃすまなかったな」


男はそう言ってふぅっと溜息をつき――――――唐突に、何の前触れもなく、予告なしに苦無を持っている方ではない手を拳で固め、オリアナの腹部にめり込ませた。――――――――と、しようとしたが叶わなかった。―――――――――オリアナが拳を紙一重で躱し、しかも苦無を持つ男の手を取り、腕を絡めさせて関節技を極めようとしたからである。

蛇のような動きだった。滑らかで尚且つ素早い動きを持って男の背後に回り、肘を固定する。

――――――極まった―――――かと思われた。

しかし、男は一秒早く体を回転させて蛇の拘束から脱出する。そしてお返しをするかのように、脱出した動きのままオリアナの腕を取り、背負い投げを試みた。

が、オリアナは投げられる寸前に地面を蹴り、自ら跳んだ。 クルリと男の頭の上で回ってストンと着地する。その直後、オリアナは男の頭に鋭いナイフのような右足の蹴りが襲う。

背負い投げで全体重が前足に残ったままだった。よって移動での回避は不可能。足が男の鼻骨をグシャリと砕く音が――――しなかった。男は冷静に首だけを動かして蹴りを避けたからだ。ただ、皮一枚は犠牲になった。ススゥーッと赤い線が彼の頬に刻まれる。

オリアナの今の履物はブーツだった。 いくらどんな華奢な女の脚でも、その石のように固い靴底なら大の男でも頭はカチ割ることは容易である。

正真正銘、彼女の足は凶器だった。

オリアナはその凶器である右足を地に付かないまま、天高く掲げた。 長く美しく、そしてどんな男も虜にできる筈の脚は、今や戦棍。

その戦棍をオリアナはそのまま、男の脳天を胡桃のように砕き割ろうとするように全体重を込めて振り下ろされた。

だが男はその足の凶悪性を承知していないのか、それとも承知して尚なのか、涼しい顔で紙一重で躱していった。 背負い投げの体勢から立て直していて、体重がある程度後ろに戻ったからか、仰け反る様だった。

男はそのままバク宙して後退する。その最中、男はバク宙の遠心力を使って持っていた苦無をオリアナに投げた。動作の中に紛れる様に投げられたため、リリースの瞬間は全く見えず、そして普通に投げるよりも数倍速く、威力も倍加されたその投擲は一直線にオリアナの眉間へと走る。 が、オリアナはそれを完璧に見切り、右に上体を傾げさせて避け切った。苦無は後ろの木にガッと刺さる。

オリアナは不敵に笑った。が、髪の毛が二三本、はらりと落ちた。それを見てさらに口に笑みを作る。

それから3呼吸して、


「少し、ヒヤリとしたわ。いいモノもってるじゃない」


オリアナはふぅと息を吐いた。一方、男は頬に流れる血を手の甲で拭う。彼も口角が吊り上っていた。その表情から理解できる感情は、歓び。

オリアナ=トムソンを『好敵手』と見込んだのだ。


「………思ってたより、やるな」

「それはどうも。 お姉さんを甘く見ていると痛い目見るぞ♪」

「気が変わった。―――名乗ってもいいか?」

「ええ、大歓迎よ♪」

「ああ、じゃあそうさせてもらう」


男はオリアナに負けないような不敵な笑みで自らの名を語る。


「真庭忍軍十二棟梁が一人、真庭川獺だ。またの名を『読み調べの川獺』。 よろしくな」

「へぇ、川獺って言うんだ。 意外ね、てっきり犬の恰好をしているから『豆犬』とか『柴犬』とかだと思ってた」

「残念な事に、実のところおれの同僚に狂犬って奴がいてな」

「ふぅん……。 ねぇ、あなた達ってみんな動物の名前をしているの?」

「それは当たりだ。川獺、狂犬、白鷺、喰鮫………おれたちはみ~んな獣やら鳥やらの名前から取っている―――――って、なんでおれが質問に答えてんだ?」

「ふふふ」

「………まぁいいか。じゃあ、今度はこっちが質問だ」

「なぁに? 内容だけ聞いてあげる」

「お前が今まで使っていた摩訶不思議な力……ありゃあなんだ? 超能力とはちっとばかし色が違うように見えたんだが」

「ふぅん。………ま、聞いてあげるって言っただけで、教えてあげるなんて一言も言ってないわよ」

「だな。そうだと思った。でもそうでもいいぜ? おれが最も知りたいのは、これじゃねぇ」

「?」


オリアナは首を傾げた。 川獺が聴きたかったのは魔術の事についてじゃないのか?

一体なんだ? 何が知りたい?


「そう、例のように教えてあげないけど、一応聞いてあげる。 でもまぁ、お姉さんのスリーサイズなら教えてあげてもいいかな」

「それは残念な事ながらおれはあんた自身については毛ほども興味はねぇ。 おれが知りたいのは……――――――」


その瞬間。 二人が立つ空間に強い風が吹いた。草木が揺らめきざわめく。木の葉が舞う。そしてそれら、ざわざわとした彼らの合唱で、川獺の声が掻き消された。

ただ一人、オリアナのみが、その声をその鼓膜で捉える事が出来た。


「―――――――だ。」


風が鳴りやむ頃には、もう川獺の台詞は終わってしまっていた。

その代り、オリアナの表情が渋くなる。


「――――まさか、あなた………」

「ああ、それ以上は言わない方がいい。言ってしまったら何もかもがおしまいだ」

川獺は突き出した手でオリアナの言葉を遮った。


「………知りたいだろ?」

「ええ、それはもう。 この前から気になって気になって、しょうがなかったもの」

「だな。―――とりあえず、おれはおれで訊きたい事がある。あんたはあんたで知りたい事がある………。でも、情報交換はしたくねぇ」

「そうね。 て言うか、あなた私を拉致して無理やり聞き出すつもりだったでしょ?」

「御明察、だな。 確かにおれはお前を拉致って爪の一つや二つ引き千切りながら聞き出そうとしたけどよ、どうもそれは叶わぬ夢らしい」

「だから、そんな物騒な事考えている男の人に平和的交渉を持ち掛けられても、心底信用ならないわ」

「だな。いかに楽にかつ早く任務を遂行させるのがやり方だったんだが………それも叶わぬ夢になっちまった」

「原因はあなたよ?」

「だな。そんなこと、百も承知よ。 ――――――つーことで、しょうがない事に武力行使ってことになるけど、準備はいいか?」

「『Basis104』。覚えておきなさい。あなたを殺す女のもう一つの名よ」

「カッコイイな、それ」


川獺はそう笑いながら、袖から飛び出た苦無を二本、片手ずつ持って構えた。


「でしょ?」


オリアナも笑い、胸の谷間から速記原典を取り出し、その一枚を唇に添えた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「君はまず、自分の弱点と真正面に向き合うことが必要だね」




そう、仙人は言った。

この青く静止した空間のなかで、彼我木輪廻はぴょんぴょんと跳ねる。

一方通行はその彼女の仕草にいささか苛立ちを積もらせた。 常に上から目線だというのが原因であった。


「弱点だァ?」


苛立ちを噛み殺しながら、一方通行は自分より身長の小さな彼我木の旋毛を見下ろす。


「そ、弱点。今、思い当たる節がある筈だ」

「………。」


学園都市最強の男、一方通行の弱点。―――いや、唯一無二の弱点。 即ち、首にあるチョーカー。それの充電が尽きるという事は、彼という人間は立つことも歩くことも、それどころか人間としての思考能力を一切封印されるという事だ。

一方通行はそれしか思い当らなかった。


「あ、一応言っておくけど、能力とかチョーカーとかは抜きね」

「ハァッ?」


一方通行はガラにもなく素っ頓狂な声を発してしまった。一方通行は苦い顔をするが、もう遅い。彼我木がそれでニヤニヤしていた。変な声を出してしまった自分が急に恥ずかしくなってくる。

鼻で笑って赤くなりそうな顔を誤魔化す。


「ハッ、お前、俺をなめてンのか? 一応仮にも、学園都市一位の椅子に座っているこの俺に、それ以外の弱点があるとでも……?」

「ある。」


即答だった。


「自覚していないだけだよ。いや、見ようともしていないのかな? ほら、さっきも言っただろ」

「………あのクソガキか」

「御名答。 いや、近いかな。 ファールチップあたりってところじゃね? 少し難しかったようだから、ヒントをあげよう。君の精神面と行動面に大きく反映する人物だ。 まぁ、君がそう思うなら、それでもいいんじゃないのかな。 ………もしもの話をしよう」


彼我木は笑って、とある場所に腰かける。 静止した警備員の頭の上だった。


「ある夜、彼女がどこぞの研究者に捕えられて、人間のやる事とはかけ離れた酷い事をされそうになっている。 その場に居合わせた君はあたかも獣のようにその研究者に襲い掛かるも、返り討ちに合って、大事な彼女が連れ去られる。 そしてあーだこーだ探している内に自分はもう後戻りできないまでに罪を被ってしまって、彼女は救出に成功するも牢獄行きの目に合い、彼女とは離れ離れになってしまうのかもしれないかもしれない」

「ンな具体的な未来あってたまるか」

「いやいや、事実は小説よりも奇なりという言葉もあるんだから、可能性としてはあるだろ」


彼我木は「でもまぁ、あくまでもしもの話。 これはフィクションで、実際の団体や出来事とは全く関係ない事だから」と何やら意味ありげに笑った。


「その可能性は、君が彼女に苦手意識を持ってしまい、素直になれず、彼女を一人にしてしまったが故に起こってしまう可能性だと予想ができる。 あれ? もしかして君、占いとかやってんじゃね? とか思っている? いやいや、これはただの予想だよ。予想」

「…………なンか知っているようなそうな口ぶりだな」

「知らないよ」


一方通行は訳のわからない事を彼我木を睨んだ。それを、子供を見る親のような目で笑う。



「そんな怖い顔をするなよ。 まぁ、あんな説教じみた…いや、あんな説教をしてしまったし、こんな遠回しな言い方でヒントを言い続ければ、どんな人間でも怖い顔するね―――だからしょうがない。 甘い考えだけど、予定変更だ。 手始めに、彼女らと真正面から向き合って見る事。そこから始めるとしよう。 まずは初歩のLesson1だ。」

「アァ? ――――ッ!?」


と、その時、彼我木輪廻の体の輪郭が、TVの砂嵐のようにぼやけた。

いや、違う。

彼我木を中心に、“空間全てが砂嵐になった”。 そのまま数秒、砂嵐の空間は一方通行を包む。 その数秒が経った時、砂嵐は徐々に薄れ、視界が明快になってきた。


「な……ンだこりゃ………」


一方通行は絶句する。

無理もない。何故ならば、彼を取り巻く空間は、先程までの『時が止まった市街』ではなく『森』だった。

しかも、その森の中で一方通行が見たものは、明らかにこの世のものとは思えなかった。 やけに現実味のない草木。 絵に描いたようなキノコたち。そして、岩の上に乗る女子高校生。

女子高生…否、彼我木輪廻はニコニコと微笑む。


「さっきの場所ではゴタゴタしてたからね。場所を移させてもらったよ」

「どこだここは。 つーか、どうやって移動した? なンの超能力使いやがった? 答えろ、抹茶プリン頭野郎」

「抹茶プリン頭とは失礼だね。 “この姿になったのは君が原因だっていうのに”。 そして、そんな事どうでもいいでしょ。 そもそも、超能力なんて使わないし、第一超能力者じゃない。 あんな、不完全で不安定で未完成なもの、こっちから願い下げだ。脅されたって嫌だよ」

「………。」


一方通行は黙る。

―――………超能力じゃねェ? ンな訳ねェ。だったら、この異能の力はなンだ? 空間移動? いや、幻覚能力か? てか、不完全で不安定で未完成ってェのは、どォいう意味だ? それよりも、あのフザケタ身形は俺が原因だと!?

と、色々と思考を巡らせている一方通行は、次の瞬間、またしても絶句する事になる―――――。


「さて、そういう疑問は犬にでも喰わせておいて、さっそくレッスンを始めよう。 一応注意はしておくけど、これからやるのは、君にとっては苦痛としかない外道だ。――――――あまりのショックで心臓が止まらないように注意しろよ」


彼我木は涼しい顔で、言った。 体を変形させながら――――母性溢れる女子高校生の姿から、一方通行が嫌でも熟知している人間の姿へと。


「―――ッッッ!!???」


――――オイオイ、俺はァ今、夢でも見ているのか? どォ言う現象だ?

そう、あの、一方通行が良く知る、強い因縁がある、あの少女らと同じ姿。一方通行は口をあんぐりとさせて固まる。 普段の彼からは決して見られない面影だ。

なにせ、常盤台中学の制服で、頭には軍用ゴーグルをし、オリジナルの御坂美琴のクローンの癖に光の無い目をした少女が、クスクスと光の無い眼で笑うのだ。



「――――――と、ミサカは目の前であまりの出来事に絶句しているあなたの顔を見て、思わず吹き出します。ふふっ」

「て、テメー……は、『妹達』………。 ――――――~~~~~ッ!」


一方通行は妹達を睨みつける…いや、彼我木輪廻に怒りの矛先を向けた。

知らないとは言わせない。彼はどの世界の人間よりも、短気で、そして熱せられた真金の様に激怒する質である。


「テ…メェ………ッ!! 何様のつもりだァッ!!!! 幻覚能力かなンか使いやがって、からかってるつもりかァ? アァッ!?」


一方通行は吠えた。 その細身の体から一体、どこから声を発しているのだろうか。空間がビリビリと激しく揺れた。


「テメェ、あんまり俺を怒らせっと、マジで肉片にすっぞコラ」

「そう、言っている癖に、さっさと襲ってこないんですね、とミサカは言い返します。――――――いつもなら、躊躇も容赦も無しで私たちを殺してきたのに。 どうしたのですか?」

「なッ……」


『私たちは、一人だって死んでやることは出来ない』

とある日の少女の声が脳裏に浮かんだ。

――――そォだ、俺は決めたじゃねェか………。

一方通行は一寸の所で殺意を押し留める。 だが、目の前の少女は残酷に淡々と言葉を紡いでそれを悪意と憎悪の念を込めて、


「あなたにはわかりますか? 絶対に叶わない相手に挑み続け、その毎に殺され続ける苦痛が」


それこそ躊躇も容赦も無く叩きつけた。


「ただ家畜のように生産されて、肉食動物のエサとして生きることしか許されなかった悲壮感が。 歓びも希望のない、一閃の光もない真っ暗な闇の中に沈んでゆく恐怖が。 ――――あなたにはわかりますか? 理解できますか? 共感できますか? 同情できますか? もう一度訊きます。あなたにはわかりますか? あなたに対して抱く、ドクドクと湧き溢れ出る鮮血のような憎しみが」


いきなり、何を言い出すのか、一瞬一方通行は戸惑った。 が、さらに彼を困惑させる事態が襲う。


「目には目を、歯には歯を……という言葉がある様に、私はあなたに、私が受けた苦痛を一からあなたに知ってもらいます、とミサカは宣告します」


その言葉と同時に、彼女の体から、彼女が言った通りに血が溢れだした。

足から、膝から、太腿から、股から、腰から、腹から、胸から、背中から、指先から、肘から、腕から、肩から、首から、口から、鼻から、目から、額から、頭から―――全身から。

低く、暗く、重い、言霊と、血。

それら、彼女の体中から流れ出したそれらが、触手となって一方通行の四肢と胴に巻きつく。

脚へ、膝へ、太腿へ、股へ、腰へ、腹へ、胸へ、背中へ、指先へ、肘へ、腕へ、肩へ、首へ、口へ、鼻へ、目へ、額へ、頭へ―――全身へ。


「な、テメェ! 何しやがったッ!!」

「…………。」


妹達は全く答えない。 そんな事など知らないと、血が一方通行の体に巻きつく。

気持ちが悪かった。

生温く気持ち悪い感じなのに、哀しくなりそうなほどに冷たく、ねっとりとしていて離れない。吐き気がするほどに、臭く。 喉に詰まって息が出来ない。

全身に本物のどす黒い『なにか』が包む。体内にドクドクと入り込む。

そして、完全にその『何か』に取り込まれた時、一方通行は―――――――――――――



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ガン! ガン! ガキッ! ガキンッ!!


金属と金属を思いきり叩いているような騒音が、雑木林の中から響いていた。 そして、その雑木林の中で、目を凝らすとその金属が散らす火花が微かに見えた。

恐る恐る、雑木林の中へ足を踏み入れると、なんと、そこは戦場と化していた。

生い茂る木々の内、刀か何かで斬られたか、鋭く尖った銛で突かれたか、ギザギザの刃を持つ鋸で削られたか、ほとんどが酷く傷つけられていた。

森林保護団体が怒りを燃やしそうな光景だった。

その中で、一人の男と一人の女が、苦無と―――長い棒のような物を持って戦っていた。

長い棒…いや、短い槍と言った方が正しいか。いや、矛の方が一番近い。 金髪と青い瞳とその矛を光らせている女は男に向け、本気で殺すつもりで胴へ突き刺す。

が、それを足運びのみで躱した。 彼の代わりに、後ろにあった大きな杉の木が矛の餌食となる。ビィイイインと矛は振動を発している内に、男は矛が自身の体に向かってこないように苦無で矛を抑えながら、その苦無で女に襲う。 矛の上を滑るようにして進む苦無を、女は矛を持つ手を一本だけ離し、怪しく黒光る得物を持つ手を払って防いだ。

パシィッと小切れのいい男と同時に男の掌から苦無が零れる。

が、男もそれを予期していたのだろう。 苦無を犠牲した代わりに、足払いで女の足を蹴り、体勢を崩させ、もう片方の手にあった苦無で喉元をかっさろうとした。が、女の方が一瞬判断的にも身体能力的にも速かった。 足払いを足を上げて躱し、挙げた足で男の腹を蹴る。

ドスッと重たい音と同時に、


「げふっ」


男の肺の空気が一瞬で口から文字通り蹴り出された。 蹴られた衝撃は大きく、男はよろりと大きく仰け反って後退する。

―――――よし、今だ。

女はその隙を見逃さなかった。

とっさに矛と一緒に持っていた単語帳の一枚を口に当てる。

だがしかし、それを男は許さなかった。右の手に持つ苦無を、その口に投げつけた。


「ッッ!!」


ヒュゥーッ! と風を切って真っ直ぐに向かってくる苦無。 もしもそれがオリアナの口に当たれば………考えただけでもぞっとする。

女は紙切れを千切るのを諦め、とっさに首を曲げる。紙一重だった。スコンッ! と後方3mにある樫の木に刺さった。が、紙切れが犠牲になってしまった。 苦無が画鋲のように紙切れを木の幹に貼り付ける。


「させねぇよ」

「ぐぬ……ッ」


男は怯んだ女へ追い打ちを掛ける様に、ちょうど手が届く範囲で杉の木にささっている、さっきまで女が得物にしていた矛を逆手で抜いた。そしてそれをクルリと華麗に回して順手に持ち直し、両手でしっかり持って突っ込む。


「終わりだ」


が、


「残念。 それは出来ないって事になってるわ」


刹那―――矛は、風に流されるように霧散していった。


「―――ッ!」


そしてその霧散した今まで矛だった粒たちは、吸い込まれるように女の手に戻っていってしまった。掌からズズズッと武器の形を形成してゆく。 しかし、それは矛ではなかった。今度は彼女の胴ほどの長さの刀剣。片手でも両手でも使えるハンド・アンド・ア・ハーフ。いわゆる片手半剣という代物とよく似ていた。

得物を失った真庭川獺は急ブレーキをかけた。難しい顔で起こったオリアナの片手半剣を見る。


(――――へ、こりゃあまずった。 遠中距離戦だと勝ち目がないと思って接近戦に持ち込んで見たが、やっぱり格闘技をきっちりやりこんでやがる。 これじゃあジリ貧になってしまいに距離を放されちまう!)


一方、オリアナ=トムソンは苦しい顔をした。


(――――く、参ったわ。ここまで接近戦に持ち込まれたらたまったもんじゃない。 距離を取っても詰められて、速記原典を使わせてくれる暇をくれないわ。 今思えば、速記原典って発動する時はどうも隙が出来るのね。 このままチンタラしてたら追手に追いつかれてしまう!)


もしも追手がこの事態に気付き、駆けつけ来たら、最悪なら一対三で相手しなければならない。 あの黒髪と赤髪の二人は化粧がてら相手できるが、この忍者はそうはいかない。

雑魚に構っている隙を突かれてやられてしまうからだ。

オリアナは、ふと、ひとつ気になっていた要点を見つけ、川獺に片手半剣を向けて質問する。


「あの、白鷺と喰鮫みたいな術って『ニンポウ』っていうの? あれ、あなたは使わないの? あの二人のは、お姉さん結構苦戦したけど………。同じようなものを使うのでしょ?」


川獺はもう今日五本目になる苦無を取り出して構えた。


「おれはあいつらみてぇな、ど派手な忍法持っちゃあいねぇよ。 おれの唯一の忍法は『真庭忍法記録辿り』つって、それしかねぇ。 効果は命の無い物体が持つ履歴を全て見ることができるんだが……。戦闘中じゃあ馬鹿みたいに役には立たねぇんだ。だから、おれはこうした地味な殺り方しかできねぇ」


確かに、彼は白鷺の『逆鱗探し』や喰鮫の『真庭忍法・渦刀』などの戦闘系の忍法を所持していないし、狂犬の『狂犬発動』みたいな他人の体を乗っ取るような不死身の忍法や人鳥の『運命崩し』の様な幸運にも恵まれていない。

ある意味では、真庭忍軍の中で最も普通の忍者に近い忍者だったのではないだろうか。

派手な戦闘術は持たず、ただ、自身の生身一つで戦う真庭の忍び……。

故に、諜報・暗殺専門という常に命の危機に晒され続ける忍びの世界で生き残らなければならないという、極めて厳しい境遇だったからこそ、川獺は武術を極めたのではないだろうか?

そして、だから彼と同じ生身で戦う、『真庭忍法骨肉細工』という忍法しか持っていない真庭蝙蝠と仲が良く、ともに心身を鍛えあってい、お互いを友と呼ぶ間柄だったのではないだろうか?

人に化ける男と物を読む男。

真庭蝙蝠は潜入と暗殺の達人なら、真庭川獺は諜報と格闘の達人。

真庭蝶々には遠く及ばないものの、戦場を無事に生き残る為の格闘術を完全に習得している。

それに、『骨肉細工』は敵の背後から味方のふりをして暗殺する事が出来るように、『忍法記録辿り』も使いようがある。


例えば、情報。


相手の所有物の履歴を見ることで、予め戦う敵の戦闘スタイル、攻撃方法、防御の癖、今までどんな敵と戦って来たかなどの情報が手に入る。

無論、相手の愛用品であればあるほど、手に入る情報は増加するはずだ。

そして今の戦闘、オリアナの十八番の魔術『速記原典』の唯一の弱点ともいえるべき、『発動する前に攻め込み、発動させる隙を与えない』という攻撃方法を編み出した。

だが、それでもオリアナという城を攻め落とすのには苦しい展開が続いている。

オリアナも馬鹿ではない。 遠・中距離でしか本来の力を発揮できない自分の技の穴を補う為に、格闘技、剣術、槍術など接近戦のいろはも習得していた。

並大抵の人間なら、即あの世へ逝っているだろう。

それでも、真庭川獺は敗けられない。

それは忍びらしい任務やオリアナに恨みがあっての事ではない。 これは、興味なのだ。 自身の血管に流れる血が踊るように脈を打つのを、彼は止められない。

まったく、忍者失格だな。 川獺はそう自嘲した。だが、この心地の良い高揚感は、久しぶりの感覚だった。

あっさり敵を滅ぼすことよりも、敵と対峙し、敵が何を考えているのか想像し、敵のどの部分を突こうか思考を巡らせ、敵が動くと同時に動き、敵を滅し、敵に勝つ。

川獺はその事ばかり考えていた。

確かに当初は目的があったが、今はもうどうでもいい。 今は、この女に…いや、この強者に勝利したいという武人としての血が躍るのだ。

が、そんな事などオリアナにとっては迷惑だった。

もし川獺がそんなことを言えば、彼女は至極嫌な顔をするに違いないと言ってもいい。

オリアナは川獺を打ち破る事のよりも、撤退戦を取ろうとしていたのだ。

正直言って無益な戦いにも程がある戦いだ、これは。 追手から逃げているのに知ってか知らずか通せんぼしているという、嫌がらせとしか言いようがない彼の行動が本当に嫌なのだ。

オリアナは片手半剣を構えたまま、汗の玉を拭う。

これほどまでの緊張感は本当に久しぶりだった。

確かに、この男は強い。 もしかしたらオリアナよりも強いかもしれない。 高揚感は無いと言えば、嘘だと言われてもしょうがないだろう。 実際に血は高ぶっている。

だが、今はそんな事を強いる暇ないのだ。 油を売っているという故事がまさに当てはまる。

今すぐにでも背中を向けて逃げたい。 だがそうすれば川獺の苦無がオリアナの首筋に突き刺さるのは必至だろう。

しかし純粋な格闘でこの男を打ち破ることは難しい。 追手が到着するかもしれないし、もしかすると深手を負う可能性もある。 どうしてもそれは避けなければならない。

そんな中で、一番手っ取り早いのは速記原典を使う事。

結局この戦いで使ったのは一枚だけ。 黄色の『Soil Symbol』は土の武器を造る術だった。 と言っても、土と言っても砂と言った方がいいか。 砂とは鉱物が極小サイズになるまで削られ、小さくなった姿であり、それらの粒たちが固まって矛や剣になるのだ。

高圧によって押し固められて、鉄と同等の硬度を持っていると想像してもらったら僥倖だ。

その得物は、術者である自分手から離れ、敵に渡った瞬間、一瞬で砂に分解され、術者の手に戻る仕組みになっている。

その場合、いったん分解された得物の形は別のものとなる。先程の通り、矛から片手半剣となるように。 これは必要のない設定だが、オリアナの趣味であった。

さて、結局のところ速記原典は使えない。 どうするべきか?

決死の覚悟で背中を向けるか。深手を承知で追手が到着する手前で片を付けるか。追手の到着も想定して長期戦に持ち込むか。

………敗走は、無い。この敵は背中を見せたら迷わずに自分の命を絶ちにくる。 だからと言って背走で逃げられるほど、彼は甘い人間じゃない。 追い詰められるのがオチだ。

ならば選択しは残り二つ………。

オリアナは―――――



―――――――覚悟を、決めるしかない。




オリアナは腹のなかで覚悟を決め、キッ! と川獺を睨みつける。

やる気だ。川獺はニヤリと口元を緩ませる。

虎穴に入らずんば虎児を得ず…という故事成語があるが、オリアナの場合は虎に囚われている状態だ。

脱出する為に虎に捨て身で挑むつもりか。

まあ、相手は虎ではなく川獺であるが。


(これで終わりか。 良いじゃねーか。 面白ぇ。じゃあ、おれも本気を出すとすっか!)


チリッと糸を張るような緊張感が二人を包む。

呼吸は、一回、二回、三回、四回………と重ねられ続け、そのたびに緊張の糸が引っ張られ続けてキリキリと鳴り、呼吸が荒くなり、テンポが速くなってゆく。

そして、二十三回目回。

動いたのはオリアナだった。

出遅れた川獺は苦無を身構えて、一瞬で彼女の出方を見る。見るのは一瞬だ。 それで彼女の攻撃を見極め、カウンターで確実に殺す。

一方、オリアナは片手半剣を地面をすくうようにして斬った。

目くらましだった。 地面に散らばった無数の木の葉とその下の土が舞い上がる。


「ッ!?」


川獺は一瞬怯んだ。 そして身構える。一面に落ち葉と土が壁となって二人を阻んだのだ。

この土と落ち葉と空気で作られた、脆すぎる壁の向こうから、片手半剣を光らせたオリアナが斬りかかってくるかもしれない。………いや、そうに違いない。 剣の切れ味は木の幹に刺さる通り、人間の皮膚と肉など容易く絶つ事が出来る。

だが、例えどんなに斬れ味がいい名刀でも当たらなければただの鉄屑。

視神経を集中させ、壁から生えるだろう剣先を見つけて、太刀筋を読み、躱し、そのところを回り込んで苦無で肩の健を断ち、鳩尾を叩いて動きを止め、回り込んで頭を取って首を折る。

突きなら苦無で流させ、縦切りなら体を反転させ、袈裟がけに斬るのならしゃがみ込む。どれも相手の二手目を繰り出す間もなく懐に飛び込める。

しかし、もしもオリアナの奇策で、壁が囮で横や視界の外から攻撃してくるとしても、問題ない。

足音で判断できるからだ。

この地面に散らばる乾いた落ち葉は踏み込むごとにガサガサと音を立てるからだ。


(さぁ、来い。 すぐに決着をつけるぜ)


川獺は苦無を前に構えて待ち構える。

―――――が、それは一瞬で解除する事になる。

壁が自由落下で崩れる時、その隙から、“遠くで背を向けているオリアナを見たからだ。”


「―――――なっ!!?」


完全に虚を突かれた川獺は飛び出す様に彼女を追う。

―――――オリアナは、敗走を選んだのだ。

しまった、と川獺は顔をしかめる。 確かに、オリアナは追手から逃げている途中だった。だが、この自分から逃げられないと覚悟していたのだと思っていた。

あの、闘志に燃える眼は、ハッタリだったのか!?

高ぶった自身の血がどんどん冷めてゆく。 『くそ、おれらしくない』と川獺は歯ぎしりする。 わからない筈はなかった。そうだ、この女の最優先勝利条件は“逃げて逃げて逃げまくって、「必要悪の教会」とやらを引っ掻け回し、時間稼ぎする事”。

なぜ気付かなかった。 そこに着目しなかった。

オリアナ=トムソンは、真庭川獺と正々堂々戦う理由も義理も無かった事に!!

ああ、くそ、らしくなく勝負しようとした自分が嫌になる!!

あくまでこれは興味本位の遊びのつもりだったが、このまま逃げられるのは心底悔しい!!


「だぁ畜生!! いや、おれは畜生だけれども!! 逃げるのかよ!! この鬼畜野郎!!」


叫ぶ川獺。 逃げるオリアナ。 その距離15m。 よし、追いつけない距離では―――――――な、………い。


「あ、」


川獺は、一つ、失念していた事柄を思い出した。 いや、頭の中の暗闇から浮き出てきた。

この距離は、川獺にとって非常に危険な距離だと。

取られてはいけない距離だと。

なぜなら―――――、









オリアナが今、口に咥えている、速記原典の発動を妨害できず、術の発動を許してしまうからだ。









「――――あ、……しま、った……ッ!!」

「遅いわ」


オリアナは容赦も躊躇も戸惑いも無く、紙切れを千切った。

そこに浮き出てくる文字は―――――黒色で書かれた『Walter Symbol』。 そしてそれは、他の速記原典とは全く違った書き方であった。


――――文字が、反対文字で書かれていたのだ。


「んなっ!? こ、これは!!」




―――――――たんなに対反正が界世の獺川庭真、間瞬のそ。




「こ、これは、白鷺の――――」




オリアナの速記原典の特性の一つ―――『創造性』。

さまざまな魔術を強力に、それも容易く創造出来るのは、この魔術の専売特許と言っても過言ではない。

例え、あの決して敵にしたくない忍者の一人である真庭白鷺の『忍法逆鱗探し』でもだ。




上下前後左右全てが正反対になった世界で、川獺はバランスを失い、走っていた速度をそのままに倒れてしまった。

ズササササァァァアア!! と落ち葉と土に顔から突っ込む。

しまった。 川獺の顔が真っ青になる。

正反対になってしまった世界で、困難な体の順応ができるまで時間がかかる。 即ち、それまで、戦闘不能に陥ってしまう。 それは、大きな隙となって致命傷となる。

川獺は目玉を斜め右下に動かし、斜め左上を見る。 そこには、オリアナ=トムソンという勝者が立っていた。

殺られる。

川獺は腹をくくる。 いや、死ぬ覚悟は常に出来てた。 それどころか一旦死んでいる。

だが、あの冷たく、暗く、寂しく、辛い、“死”は正直言ってもう二度と経験したくないものだった。

だから、それをまた潜り抜く覚悟を決め、目を瞑る………。

が、

オリアナは、止めを刺さなかった。


「なっ?」


ただ、一言だけ、彼女は言った。


「ね事いなわ言かと郎野やてしま……かと畜鬼てし対に子の女なんそ ?よ子の女い弱いかはんさ姉お、ふふ」


と、言い残して、風のように去って行った。


「は……はぁっ?」


それをただ見送るしかできなかった川獺は、ただ、叫ぶことしかできなかった。


「ちょ、ちょっと待て。 ぇ、ぇえええええええええええええええええええええええええ!?」


見逃された驚き。 舐められた悔しさ。 恥を晒された憤慨。 川獺はその念を持って………叫んでいるのではない。

恐ろしかったのだ、彼は。


なぜなら―――――……一旦、『忍法逆鱗探し』に囚われた者は術者が解除しない限り、一生、その正反対の世界に囚われなければならないからだ。


そして川獺はまた叫ぶ。


せめて、離れた場所から出いいから術は解いてくれ、と。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


勿論、オリアナ=トムソンが真庭白鷺の『真庭忍法逆鱗探し』を扱えるわけがない。

ただ、それに近い魔術を創造し、再現したに過ぎないのだ。

コンセプトは、黒は『空の象徴』を司り、(と言っても実際に『空』は白色が象徴となっていて、白色は色がつかないので反転した色である黒色を代用している。 象徴を白色にするためには、切り絵のように黒の部分を切り取らせて白色の部分で文字がわかるようにしている)『空』とは空間を刺す。オリアナはそれを反対文字にして書いた。反対文字にしたのは、反対した世界を現す為に、今回咥えた工夫だ。 そして水の象徴の『Walter Symbol』は眼球中にある水分を現す。

結果としては、逆様になった世界を眼で見てしまうと、体も勝手に正反対になってしまうという術なのだ。

しかしそれは本家とは違い、効果はたったの20分。 一生の何万分の一だ。

その間に、すぐにこの場から離れなければ―――――。

オリアナはすぐ木々の隙間から見えた時計塔を見た。

…………なんと、川獺から襲われてからたった数十分しか経っていなかった。 軽く一時間戦っていたと思っていたのに。

それほどにまで集中していたという事か。

そう思うとなんでか疲労感が襲ってきた。

だが、休んでいる遑は無い。 今は1kmでも1mでも一歩でも半歩でも、前に進み、逃げなければ。

オリアナは雑木林から飛び出した。―――――――と、そこには、


「きゃあぁっ!!」


そこには、一人の少女が歩いていた。 幼い体が、オリアナとぶつかって後ろによろけた。


「あっ」


そして、指で弾かれたパチンコ玉のように背後にいた黒の長髪の、巫女装束が似合いそうな少女と激突した。それほど威力は無かったものの、黒髪の少女が持つ紙コップに注がれていたジュースが彼女の胸にぶちまけられる。


「…………やってくれたな。 小萌」

「ああ、姫神ちゃんがスケスケのミルミルに~!」


どうやら、オリアナのせいで姫神という少女の体操着がダメになったらしい。(まぁ体操着は汚れる為にあるのだが。)和服が似合いそうな彼女の胸の可愛らしいブラジャーがクッキリと姿をさらしていた。

魔術師や運び屋以前に、一人の女子であるオリアナは微笑んで彼女に謝る。


「あら、ごめんなさ―――…………い」


だが、その言葉は途切れてしまった。 それに、反対に比例するかのようにオリアナの表情が硬くなる。―――オリアナは見てしまったのだ。


姫神秋紗の胸にある、あのイギリス清教の者と証明するケルト十字を。



この姫神という少女は、イギリス清教『必要悪の教会』の魔術師―――――敵だ。

条件反射だっただろう。 それに、あんな激しい戦いの後だったからだろう。

オリアナの思考回路はそう結論付けた。

そしてその瞬間、オリアナはまだ握り締めていた速記原典から一枚を、唇で引き千切った。

それと同時に、姫神の腹と胸から、噴水のように溢れ出た。

その血を浴びた、連れの少女は表情を笑ったまま、動きが硬直する。

姫神が、白目を剥きながら斃れる様を、見ながら。



血の海に、沈む様を、見ながら―――――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



暗い。まるで夜中に墨汁の海の上に立っている様だった。

星も月も出ていない。……いや、そらも墨汁に塗り潰されたのか。 何も見えない。何もない。絶対に目の前に何があっても全く気が付かないほどの闇だった。

………否。一つだけ、見える物がった。 それに気づいたのは、あまりにも小さくうずくまっていたからだ。いや、気付いた原因は、それだけがなぜかハッキリと見えたからだ。

そして、それは何かというと、一人の少女だった。

小柄で華奢な体躯。茶色の髪。常盤台中学の制服。頭には軍用ゴーグル。そして、光の無い眼―――。


「―――あァ、」


あまりにも淋し過ぎる光景だった為か、彼らしくもない、 気まぐれか、それとも0,00001%程残っていた優しさからか、声を掛けようと一歩踏み込んだ。


バシャンッ!


くるぶしあたりで、水を蹴る感覚がした。


「ア?」


思わず、足元を見る。それは、真っ黒な墨汁だった。

いや、墨汁の癖にネチャネチャとベタつく。油か? いや、油はこんな臭いはしない。 こんな、“強烈な鉄の臭い”など―――――。


「鉄の…臭い………?」


一方通行はその臭いを、嗅ぎ覚えがあった。 それで、何かが判明した。

それは、血、だった。


「――――――~~~~~~~ッ、ア、ァァアアアアアアアアアアア!!!」



そこは、血の海だった。

一方通行は、驚愕の事実に驚き、つい、足を滑らせてしまう。 真っ赤な海に思いっきり尻餅をついた。紅い液体がズボンからパンツに染み込み、尻を生暖かく濡らす。

あ、紅い……気持ちの悪いほどに紅い。吐き気がする程に、紅い。 狂気の沙汰程に紅い―――――人間の死の象徴。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、」


尻餅をついた時に突いた手は、真っ赤に染まっていた。

幼い、小さな手だった。その手はまるで、殺人鬼が快楽殺人を実行した後の手だと連想してしまった。―――これが、俺の手?


―――ァ、ア? 俺の手、こンなに小さかったか?


その手は、一方通行の年の割には明らかに小さかった。幼い、小学生程の掌。

そんなことが気になっていると、ちょうどこの何も見えない暗闇にも目が慣れてきたようだ。 だんだんと、周りが見えるようになってきた。

見下ろしている血の海が反射する。鏡のように、自分の姿が紅色になって映っていた。


そこに映っていたのは、一人の少年だった。 小学校中学年程か? わからない。 ただ、ちょうど一方通行と瓜二つで、年頃もちょうど『一方通行』が目覚めたあの懐かしの日の頃のそれだった。

これは一体だれだ?

否、これは自分だ。 幼い姿の自分だ。一方通行は直感的にそう確信した。


「な、ぁ、なんだ? これ………」

自分のものとは思えないほどの、可愛らしく美しい、小鳥のような高い声。 まだ、狂気に取り込まれておらず、凶悪性など皆無の声色。

純白の髪、白妙のような肌、ルビーのような輝かしい瞳、そして真っ白の無垢な心。

――――――あの白濁した髪で、白熱しそうな肌で、血潮の様な不吉な目玉で、白狂して瓦解した心の自分とはまるで別人。いや、これからああなると言われても、絶対に信じられないような、両者。

それほどにまで、一方通行のかつての姿は美しかった。可愛らしかった。 例え、頬には血が撥ねたのだろう、紅い丸が二つ三つ付いていたとしても、ミートソースが撥ねたのだろうと微笑ましい勘違いをしてしまう程に。


――――――どうして、ここまで堕ちてしまったのだろう……。


改めて、一方通行は振り返える。



「―――――――――俺は……一体………。」



と、その時だった。


「ギャハハハハハハハハッ!! アハ、ギャハハハハハハハハハハハ!!」


汚い、狂るったような笑い声が耳を貫いた。大きな笑い声だ。不愉快すぎて吐き気がする。

一体誰だ? 一方通行は声がした方を向いた。

あの、さっきのうずくまっていた少女だった。 その傍らに、一人の男が歩み寄ってくる。

そして、サッカーのコーナーキックのように彼女の腹部を笑顔のまま、蹴る。また蹴る。また、蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。まだ、蹴る。

男は華奢な体だった。きっと少女よりも細い。だが、それなのに少女の体は面白い様に地面から離れ、落下する。

もうサッカーのリフティングの様だった。

その男は何が面白いのか、少女が口と鼻から血を流しているのに一向に止める気配を見せない。

一方通行は叫んだ。


「や、やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」


止めなくては、少女が死ぬ。 死んでしまう。 一方通行は男の暴力をやめさせるため、走り出した。 が、駆けだした足が動かなかった。足枷をされているようだった。

小さな一方通行の体は前に倒れる。

な、なんだ?

一方通行は後ろを振りかえようとする。が、そんな事などどうでもいい、今は少女の命が先だ。一方通行は前を向く。―――その時、男は、


「よォし、ンじゃあもォそろそろ仕舞にすッかァッ!!」


狂い笑いをしながら少女の頭を掴む。そして、――――――


「やめ――――――ッ」


林檎を握りつぶすかのように、彼女の頭蓋を握りつぶした。

ブシャァァァア!! と、紅い雨が男にだけ降る。いや、滴だけが一方通行の眼の中に入った。 右の視界が鮮血に染まる。


「アァ、さて、これで今日のブンは終わりだなァ………ギャハハハハハハハ!!」

「あ、ぁぁああ………」


許さない。決して、許さない。 怒りが一方通行の血を沸騰させた。誰だ、お前は一体、誰だ!? 顔を見た瞬間に走り、襲い、肉片一つも残らず殺してやる。

涙が少年の頬に伝う。

誰だ、こんな非道い事をするのは。悪魔だ。鬼だ。人間じゃない。


顔は、見えない。 だが、この笑い方には見覚えがある。 この黒と白の縞模様のTシャツには見覚えがある。そして、あの白濁した髪で、白熱しそうな肌で、血潮の様な不吉な目玉には、見覚えがあった。



「――――――――え?」



慣れた目が、ハッキリと、その姿を捕えた。

あの、男の姿を知っている。いや、知っているの何も、



「…………お、れ?」



頭の中で、何かが外れた気がした。


「あ、あ、アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


発狂した犬のように吠える一方通行は、血の水面を叩いた。 自分を殴っているつもりか?


「クソがァ! ンな事があるかよォッ!! ンな残酷なモンがあるかよォッ!! バカヤロォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


そのまま、何度も何度も何度も、一方通行は血に映る狂った顔の自分を殴る。殴る。また殴る。殴る。殴る。まだ殴る。

と、そこで、一方通行はあることを思い出した。


「そォだ、俺がすぐに止めてりゃあ、あいつは殺されなくて済ンだ。 済ンだンだ………。 なのにィッ!!!」


一方通行は振り返る。 そうだ、もしもあの時、この足枷が無かったら、あの少女は顔を失くさず、命も失くさずに存命していた筈なのに―――――。


「何だァ!! 俺の足を引っ張りやがるのはァァアアアア!!! ―――――――あ?」


一方通行は叫びながら、絶句した。

体の細胞の一つ一つが今の状況についてこれず、一時停止を余儀なくされた。

なぜなら、


彼の足首を掴んでいたのは――――人間の手だったからである。


「………あ、」


人間の手は、足首が内出血してしまう程に強く握っていて、離れない。その手は彼の足元にまで伸びていた。

一方通行はその腕の向こうを、見る。


「は。」


短く、息を吸った。 悲鳴の代わりだった。悲鳴は、その手の持ち主に向けてだ。

あり得ない現象が、目の前にいたのだ。


確かにさっき死んだはずの少女が、その手の持ち主だった。


ただ、その出で立ちは全く違っていた。

―――何も着ていなかった。一糸まとわぬ、そんな素っ裸で、死の海に染まりながら、彼女はそこにいた。茶色い髪で、光の無い瞳は見えないが、その髪の色は確かに彼女の物。


美しい人形の様だった。


「……痛ッ!」


一方通行は顔をしかめる。少女が、あまりの力で彼の足首を掴みからだ。


「な、ちょ、離せッ」


一方通行は痛がってその手を解こうと抵抗する。 が、子供の非力な握力では彼女の拘束を解く事は叶わなかった。


「い、痛いから、は、離せッ!! 離してくれ!!」

「……………。」


どんなに懇願しても、少女は耳を貸さない。いや、反応しないのか。

一体どうなっているのか、ますますわからず、パニックに陥りかけていたその時――――――――彼は目撃してしまった。


少女の左足が、太腿から消えていることに。


そして、彼女の顔にある筈の―――――左右にある筈の眼窩の中にある目玉が、なかったことに。


「ヒィッ!!」


短く悲鳴を上げ、手を放した。そのまま後ずさる。

そしてようやく、少女は言葉を発した。


「これは、あなたがしたものですよ」

「ち、違うッ! 俺はッ!!」

「逃げるのですか?」

「ち、違う! お、俺はァッ!!」


完全にパニックに陥った一方通行は、バシャバシャと浅い血の海を這いずる。1mでも逃げる為。 しかし、少女の手がそれを許さない。

そんな中で、誰かが一方通行の腕を付かんだ。

どこからだ?

横、右にもう一人、足を掴んでいる少女と同じ顔をした少女が、顔が半分なくなっていて脳が見えてしまっている少女が右腕を掴む。


「ァッ、ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア" ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


思わず左手で血をすくい、彼女にかける。少女は血をモロに浴びても、ピクリとも反応しない。抵抗にもならなかった。

全く反応なしを貫く彼女は、まるで死人のようだった。 しかし、その手の力は明らかに彼女の物。

自分の物だと思えないような叫び声が鼓膜を突き破った。

その瞬間、脳に直接言葉が叩き込まれた。







――――――怖い――――――



その声は、自分ではない。 腕を掴む少女の物。少女の声。震えている。耳にしただけでも絶対零度にまで凍えそうだった。

ぞぉっと、一方通行の全身から鳥肌が立ち乱れる。

途端、今度はもう一方の足を掴まれた。 太腿だった。肉が引き千切られるほどの怪力で握られる。


「は、ァ――――ア」


今度は、胸から下が巨大な鋸で切断されたように千切れている少女だった。勿論、顔は同じ。


―――――――嫌だ――――――


連続でもう一本の手が、肩を、肩甲骨を掴む。 顎がなくなっていた少女だった。


―――――――なんでこうなるの?――――――


―――――――死ぬのはいやぁッ!!――――――


今度は下からだった、衣服にぶら下がる様に引っ張る。


「下から?」


一方通行は、服を引っ張る手を、ミタ。 そして、その手が伸びている先も。


「あ、あ、あアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


下は、血の海。

その血の海から、手は生えていた。

いや、違う。

生えているのではない。

伸ばしているのだ。彼女は。

その、血の海の底から。彼を見上げて―――。


一方通行は、見た。

彼をじっと見つめている。

一万と三十一の、同じ顔をした少女たちの、死体の顔が、じぃっと。


「ひァ、」


これで何度目の絶叫だろうか。もう聞き飽きたから黙れと代弁しているように、一斉に何千本もの手という手が、一方通行の体へ襲い掛かった。


「あ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!! ―――――――――ンァあ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


ある手は細い首を、ある手は純白の髪を、ある手は細枝のような指を、ある手は小さい顎を、あるては可愛い耳を、ある手は宝石のような眼を、ある手はまだ小柄な睾丸を、ある手は誰にも触られていない肛門を、ある手は無垢な腹の中を、ある手はピンク色の腸を、ある手は食べ盛りの胃を、ある手は木の棒の太さの白い骨を、ある手は叩けば響きのいい音色を出す肋骨を、ある手は長い脊椎を、ある手は一切汚れていない肝臓を、ある手はまだ本格的に機能していない精巣を、ある手は希望で胸を膨らませる肺を、ある手は大好きなものをいっぱい食べてきたのだろう食道を、ある手は夢がたくさん詰まっている脳を、ある手は柔らかい肉を、ある手は美しい少女の歌声の様な悲鳴を発する喉を、ある手は穢れなき魂を――――――掴み、そして絶対に離さなかった。

巻き付くロープのように、手は、何重にも何十重、何百重、何千重にも絡まり、一方通行を蹂躙する。

まるで自分が欲しい物を奪い合っているようだった。椅子取りゲームのように小さな彼の体に殺到する。

そのたびに、彼女らの声が、幾つも幾重も脳内に叩き込まれた。 刷り込まれ、犯される。頭が割れる程の大音量の、黒く、暗く、寂しく、淋しく、悲しい、苦痛の声、断末魔。

―――――――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!――――――足がァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!―――――――眼が、眼が、眼がァァアアアアアア!!―――――――何も見えないよぉぉおおおお!!!――――――嫌だ、来ないでぇえっっ!!――――――あと、何回、こんな目に合わなくちゃならいのッ!?―――――――こんなのもう嫌だ!! 耐え切れない!!!―――――――私は所詮実験動物……人間じゃない――――――暗い……これが、死――――――あと何回死ねばいいのよッッ!?――――――もうぃゃぁぁああああああああああああああ!!―――――――誰か教えてよ!!―――――――ぐる゛じい゛ぃ゛……―――――――あ、あははははははッ!!―――――――明日は、今度は、私の番………―――――――怖くて、眠れない―――――――あ、あのアイスクリーム美味しそう。どんな味がするのだろう―――――――私たちは、あの楽しそうに笑う子たちと同年代に見える筈なのに―――――――ああ、羨ましい―――――――心の底から、羨ましい―――――――どうして、私たちはあのような祝福と幸福に満ち溢れた日々を送れないのだろうか―――――――どうして、私は生まれて来たんだろう―――――――当然、実験動物だから、虫けらのように死ぬ運命にある―――――――そんな運命なんて嫌だ!!―――――――そうだ、私は人間じゃない!!―――――――そんな訳がないだろう!!―――――――人間なら、もっとマシな生き方をしている筈だ―――――――そうだった。私たちは家畜―――――――馬鹿だな、人間のハズがない―――――――人間の形をした、牛。豚。鳥。マウス。モルモット―――――――単価18万円の、所詮は犬と同等の価値―――――――だから、私は人じゃない。命も無い。ただのモノ。者ではなく、物。―――――――私の在庫はあと1万と476あるから、まだ私という存在は、この世界からはどうでもいい事だ―――――――ただの、実験動物―――――――私は実験動物―――――――使い捨てのモルモットと同等の命―――――――でも、本当は人間で生きたかった―――――――では、なんでこういう目に?―――――――どうして?―――――――誰か教えて―――――――いや、教えてもらうまでも無い―――――――訊くまでも無い―――――――知っている―――――――私たちをこんな目に合わせた人間を知っている―――――――全ての元凶を知っている―――――――そうだ、私たちはみんな、あいつのせいでこんな目に合っている―――――――あいつのせいで―――――――あいつのせいで―――――――あいつのせいで、こんな地獄を歩かせられる羽目になった―――――――この痛みを、この憎しみを、どうすれば、報われる?―――――――この押し潰されそうなほどに重いこの感情を、どこへどうすればいい?―――――――このままずっと抱いてろとでも言うのか?―――――――もう、どこにもそれを抱く腕が無いというのに?―――――――それでも、まだ私に死ねと言うのか!!―――――――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!―――――――苦しい…溺れる…助けて―――――――助けて―――――――助けて―――――――たすけて――――――――たすけて―――――――たすけて――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテ――――――――タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ―――――――

そして、一方通行の体はその手たちによって血の海に引きずり込まれる。 ずず……ずず……と、ゆっくりと、だが、それでも彼の精神を破壊するのには十分過ぎた。


「イ、ヤ、嫌だ。怖い。怖い。 行きたく、な、い。行きたくない!! ヤメロ、放せ! 離せ! はなしてくれェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!」

しかし、少女たちは

―――――――そんな、私たちを見捨てるの?―――――――あなたしか、私たちを助けることが出来る人はいなかったのに―――――――逃げたな―――――――責任転嫁か―――――――それか責任放棄?―――――――こんなに、助けを求めている人間がいるのに―――――――あなたは怖くて震えあがっているだけ―――――――それどころか、聞いていないふりをして私たちを無残に殺し回った―――――――痛みも無く殺すのでなく―――――――散々痛みつけて、苦しめて、じっくりと焼くように―――――――生かすのでもなく、殺すのでもない殺り方で―――――――そして玩具に飽きたかのようにあっさり殺す―――――――生きたいと、心からそう思っているのに―――――――あなたは人間の命をなんだと思っている―――――――許さない―――――――この痛み―――――――この苦しみ―――――――この怒り――――――――許さない―――――――それでも、あなたはのうのうと生きている―――――――怨めしい―――――――殺してやる――――――――呪ってやる――――――恨んでやる―――――憎んでやる――――――忘れない―――――この、無念を消して忘れない―――――憎い――――憎い――――憎い――憎い―憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――彼女たちの手は、一方通行の眼を、顔を、腕も足も体も、全身を掴み取り―――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――そして、一方通行は、彼女たちに飲み込まれ―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――深い、深い、―――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――暗い、暗い、―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――真っ暗な闇しかいない―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――死の海にへと―――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――完全に―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎―――――――飲み込まれて、いった――――――――い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――ただ、彼の右手だけは、這い上がろうと足掻いたが―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――とうとう、それすらも―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――死の海へと沈んでいった―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――もう、彼は永遠に上がってはこれまい―――――――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い―――――――







―――――――憎いッッ!!―――――――








「ア、ワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」





絶叫する一方通行が次の瞬間に見た光景は、あの現実味のない『森』だった。

目の前には、妹達が全く人間味の無い表情で一方通行を見つめている。

どうやら白昼夢を見ていたらしい。

それも、この世のものとは思えない、悪夢。


「………ハァ……ッ………ハァ………ッ………ハァ………ッ」


一気に心臓が走り出す。動悸がアクセルをベタ踏みした車のように暴れだす。

ぐらり……。

そして視界が傾いた。いや、自分の体がふら付いて傾いたのだ。 思わず彼は膝に手を当てて体勢を立て直す。 が、どうしてか腕の力が入らず、片膝を付いてしまった。 それでも世界が歪む。

あんなに、妹達は、自分の事を恨んでいたのか。

妹達という事は、もちろん、打ち止めも――――いや、待て。待て待て待て待て。違う。何かが違う。何かが自分の記憶とはき違う。

………そうだ、そうだった。 これは彼我木と言う仙人の幻覚だ。決して現実であるはずだない。 なぜなら、『妹達』は学習装置によって現代の基本知識を習得しているが、『不の感情』を全くインプットされていない。それは妹達が恐怖のあまり実験を放棄しないためと、研究者の一部がクローンでも意思と思考のある“人間”であることに気付いてしまわないためだ。



――――これは、彼我木輪廻が見せている幻覚なのだ。 そう、全てが幻覚。



その事に気が付くと、体中を包み込んでいた触手はやっぱり幻覚だったらしく、どこにも血などなかった。


「あなたには理解できないでしょう。 いつの時代でも、強者は弱者の事など理解するどころか存在そのものを見ませんから、とミサカは淡々と述べます」


それでも続けるか。幻覚による妹達への贖罪は。良いだろう。これで、自分の罪が流されるなら。―――と、そういう風に受け止められるほど、一方通行という人間は出来た神経をしていなかった。

少女の言葉は確実に、そして深く深く、広く広く、長く長く、一方通行の精神に尽く刃を突き付けていた。

おかしなことだ。ここには本物のクローンはいないのに、ペラペラと口走っているのは彼我木のはずなのに………なぜか心が痛む。

鉈で切り刻まれるように、鎚で破壊されるように、原始的暴力で粉々になるまでに踏みつぶされるように、心がオカシクなるほどに痛い。

息が苦しい。辛い。悲しい。

出ない涙の代わりに、心臓が血を流しているようだ。


「あなたは実に取り返しのつかい事をしてしまいました。 何せ一万人という幼気な少女たちを愉快痛快に殺しまくり、死体という死体を弄り、貪り尽くし、背徳という背徳を、悪徳という悪徳を、閻魔様も怒りを覚えそうな程の悪の限りをつくしたというのですから、とミサカはあなたを心の底から侮蔑します」

「ンなモン………」

「え? 反省しているって? 罪悪感で胸が潰れそうだ? 馬鹿言ってはいけません。 私たちの方が、百倍も千倍も怖いを思いをしてきまし、辛い目に合いました。」

「ン、なコトなんざ、とうの昔から知ってるッ!!」

「詭弁ですね。 でも、私たちが受けた痛みと苦しみを、あなたは本当に理解していますか? その根拠は? 理由は? どういう程度に? どうやって? 知ってますよ、最終信号ですね? 彼女から、痛かったと、悲しかったと告白され、そしてあなたが抱える苦痛に気付かず申し訳ないと謝罪されたのですよね? とミサカは確認を取ります」

「…………やけに、良く喋るじゃねェか。オイ。 ―――――ああ、確かにそォ聞かされた。 だから俺はあのクソガキを救ってやったンだよ。あの日、天井のクソヤロウのウィルスコードからなァッ」

「ええ、今日の妹達は良く喋るのですよ。―――――確かにあの日の事は全ミサカ一同感謝しています……が、しかし、最終信号は確かに、あなたに謝罪をしました。あんな実験、もともと双方が同意してしまった時点で被害者であり加害者です、とミサカはあの地獄の日を思い出してみます。しかし、そんな事などどうでもいいです、とミサカはツカツカとあなたに近寄ります」


と少女は強く穿き捨てた。黒い何かを孕んだ声色だった。そのまま、手を伸ばせば押し倒せる程の距離になり、少女は一方通行の胸倉をつかんだ。―――あの時なら、絶対に掴むことなど叶わなかった胸倉だった。

あの狂ったように白く、男の癖にキメ細かい肌は、染めたかのように青かった。鳥肌が立っていた。そのくせ、呼吸は過剰な運動をしているかのように激しく繰り返されている。


「結局、力関係で見てみれば、どこからどう見ても私たちは被害者で、加害者はあなたでしょう? 私たちはただ、親(製造者)に命令されてあなたに殺されようと特攻していっただけで、あなたはそれをノリノリで口笛吹ながら私たちを虐殺していました。――――――なのに、私たちはまだ、あなたから詫びの一つも聞かされていません。 私たちの上位個体は頭を下げたのに、とミサカは激怒します」

『今まで散々殺しておいて、謝りもせずに勝手に守っておいて、殺してきた相手から守ってくれたお礼をしたいと言われても断固拒否して距離を置く。まるで頑固に駄々を捏ねる子供だよ、君がやっている事は』

静止した世界での彼我木輪廻の言葉が頭に響いた。


「…………。」


これは妹達じゃない。これは彼我木輪廻という仙人だ。仙人の幻術に踊らされているだけだ。

――――いや、果たしてそうか?

一方通行の回転が速すぎる脳が、そう訴えた。

普通に考えてみろ。 なんで、彼我木輪廻が妹達の心を知っている? 仮説を立てるなら、彼女は幻覚能力者。人の記憶を読む力は無いと見た方が正しい。という事は、今見ているのは全て、彼我木の妄想からなる産物。言わば偽物―――なのか? もしもそうなら、さっき見た幻覚は高度なものだ。五感を全て操るのは、パッと思い出すだけでも学園都市第五位くらいだろう。

よって、彼女が大能力者以上の能力者でないとすれば、これは彼女が生み出した幻術ではない。

しかし、そうこう考えている暇を与えてくれないようだ。

妹達が掴んだ胸倉から片手だけ放して、


「ちょっと、聞いているのですか? とミサカはあなたの頬を数回叩きます」


ペチペチと言う音が一方通行の思考を妨げた。


「そうだ、いいことを思いつきました。と、ミサカは悪い顔をしてみます。 あなたの罪には似合いそうな罰ですね。『殺した者(あなた)が殺された者(私たち)に一生逆らわない』というのはどうでしょうか、とミサカは胸を張って提案してみます」

「………………一応、聴いておいてやる」

「ありがとうございます。 そうですね、朝早くから晩遅くまで、血尿が止まらなくなるくらいに私たち九千九百六十八人の玩具として遊ばせてもらいましょう。 たとえ、歯を抜かれようが目を穿られようが、指を切断されて飴玉のように食べられようが、足を引きちぎられた状態で鬼ごっこを強制参加させられようが、貨物列車の下敷きにされようが、お尻に爆竹を詰め込まれたカエルのように体の中から爆発されようが…………どんなことをされたって文句は言わない。決してハイとしか言ったはいけない。反抗の意志を認めない。――――――たとえ死にそうになっても、その超能力者のベクトル操作ですぐに蘇生できるから大丈夫でしょう? とミサカは胸を高めさせます」

「そいつはァ、実に俺好みな人の壊し方だな」

「ええ、全てあなたにされた事です、とミサカはあなたへの復讐する過程を、本当に心の中から、腹の底から、骨の髄から楽しく計画します。 ああ、夏休みの計画表を書くときってこういう感覚なのですね。実に楽しいです」

「……………。」


一方通行にある疑問が浮かび上がった。

これが、本当に妹達なのだろうか。 あまりにも、雑味が多すぎる。 本来の彼女らは、もっと無垢だった。

まるで、墨で真っ黒に塗りつぶしたかのように思えた。


(この感覚………、覚えがある。そォだ、あの日………)




ふと、一方通行はある日の夜の事を思い出した。


一方通行はベッドの上で目が覚めるた。

夜中、午前3時半過ぎ。隣のベッドで打ち止めが天使の様な寝顔で寝息を立てていた。

しかし一方で自分は、爆走する心臓と狂ったように乱れる息と血走った眼で、天井を見上げていた。

―――その晩は悪夢を見たのだ。

どんな夢だったかは、その時は目覚めた瞬間で忘れてしまったが、今、その記憶の扉が開かれてしまった。


(そォだった。 あの時の夢は―――俺が、妹達に殺される夢)


殺されても殺されても、すぐに生き返り、そのたびに延々と殺されてゆく夢。


(確か、あの夢は、俺がやってきた事をそのままアイツらにそのまま返され続けていたっけか)


そうだった。まるで、先程妹達が言っていたような、そんな、夢。

まるで、あの夢の再現でもやろうという風な……そんな感じ。


では、何ゆえにこんな幻覚を見る?



こんな、一方通行自身しか――――




「―――――――あ、」



刹那、一方通行の脳が、ある事実に限りなく近い、仮説を打ち立てた。

いや、たった一つの答えだろう。





――――そうだ、これは、この幻覚は―――――、一方通行という一人の大罪人が見る、罪悪感から成る幻想なのだ――――――――と。






その意味をようやく理解し、一方通行は、全てを悟った。

いや、人間そんなに簡単に悟れるはずがない。 ただ、今までの彼とは全く違う感情が、心の隅で小さく、だが存在は大きく芽を出した。

妹達はそんな一方通行の異変など関係ないぞと言っているのか、恨み辛み憎しみという言葉の平手を一方通行の頬に叩きながら、彼の顎を親指と人差し指で挟むようにして掴む。


「さて、最初はどうしましょうか。 まずは銃で四肢から順番に撃ち抜いて行きましょうか。それとも――――――









「―――――そォか、みンな、俺が悪かったのか………すまなかった」








「…………………、」



ぽかん、と妹達はあれだけ動かしていた口がようやく止まった。 ぼそりと呟いた一方通行のその言の葉は、彼女の中の何かに当たった。


「は、ハハッ、な、何を言ってるのですか、とミサカはいきなり変な事を発した気持ち悪いあなたを心底馬鹿にしたように笑います。そうですよ、全てあなたが悪いのですよ、この人でなし!!」

「生憎、自覚はある。 俺ァ人間じゃねェ、ヒトを殺しまくった糞みてェな殺人鬼だ。 でも殺人鬼はこンな幻想は見ねェ。 俺は、人でもなければ鬼でもねェ半端モンだ。 だから、鬼になりきれねェ今だからこそ、言ってやる。 ―――本当にすまなかった」

「は、ははは。 そ、そんな簡単に許されるとでも思っているのですか? とミサカは困惑します」

「ンなコト、一万年と二千年前から知ってるッつーの。 だから、例えそれぐれェ掛かっても、俺はテメェらに謝る。 謝って謝って謝り続けて、十字架だろォが一生背負ってやる。 今、生きている妹達が一生、一生懸命笑えるよォに面倒見てやる。 これが、俺の罰だ。――――――――文句あるか」


その言葉に、妹達は怯んだ。


そして、笑みを浮かべる。満足したような、屈託のない笑顔だった。


「………ッ、そ、そんな事…言われたら、文句ないに決まっているじゃないですか。 いいですね、幸せですよ、そんなこと。――――――――――…………と、言うと思ったのですか?」


が、その笑顔は偽物で、一瞬で消え失せて真っ黒に切り替わる。

妹達は胸倉を握りしめる。今にでも沸騰しそうな眼から、涙の粒が、溢れだした。 確かに透明なはずなのに、なぜか血の色に感じた。


「それは“今、生きている妹達からの罰”です!! 報われるのは彼女たちだけです!! でも、私たちへ犯した罪への罰は!?」

「ゥぐッ!!」

「―――――でもッ、私たちは!? 殺された、もうこの世にいない私の、私たちのこの怨念は、恨みは、悲しみは、憎しみは、どうすればいいのですかかッ!? どこに持っていけばいいんですかッ!? とミサカは、掴んだ胸倉を強く揺さぶります!!」


華奢な少女の腕の癖に、何という力か。 あまりの力で息が出来ない。 揺さぶられて頭がガクガクと揺らされて脳が前後に揺れる。

怒りが頂点に達した彼女は、とうとう暴力を振り始めた。

胸倉を掴んだ手を引っ張り、彼女よりも華奢で軽い一方通行の体を地面に叩きつけた。


「がァッ!!」

「大地に接吻なさい、そして世界の人々に叫ぶのです。 私はどうしようもない、人間のクズだと!!」


顔面から固い地面に激突する。 鼻から紅い血がダラダラと流れ出、痛みで顔が割れそうだった。


「まずは私へ犯した罪の罰を受けてください」

「グァァアアアアアアッ!!」

「その痛みの一万倍の痛みを、私たちは一万三十一回も繰り返してきました。 あなたが悲鳴を上げる権利はありません!!」


その上から、彼女は一方通行の頭を固い革靴の靴底で踏みにじる。

それから何度も何度も何度も何度も、彼の後頭部を踏み続けた。 その度に、人間が石で殴られるような鈍い音が響いた。


「ハァ、ハァ、ハァ、どうですか、痛いでしょう。 これが、あなたが私にやってきた、事です。 勘違いしないでください、これはほんの一部なんですから、何千分の一スケールの本当に細かいサイズですから、とミサカはなぜか勝手に震える体を押さえます」

「……………、」

「………どうしたのですか? もしかして、気絶したのですか? と、ミサカはこの白毛むくじゃらを覗き込んでみます」


妹達は一方通行の白い頭髪をつかみ、大根のように持ち上げる。

悲鳴は無かった。痛いという単語は一切聞こえない。彼女の言葉に応える言葉は、


「――――い、てェ。痛ェ。 確かに痛ェ……………」

「なんだ、意識があったなら、応えてくださいよ。 うっかり殺してしまったのではないかと思ってしまいました、とミサカはこの穢わしい白い毛むくじゃらを放します」

「ガッ」


いきなり放すから、位置エネルギーの力で鼻っ面を地面に強打してしまった。

それでも、一方通行は抵抗しない。 むしろ、受け止めているようにも思えた。


「気ィ、済んだかァ………?」

「済みません」


即答だった。



「これで済むとは思わないでください。 私はあなたの体も魂もすべてをぐちゃぐちゃにして、それでも気絶も出来ないような痛みと苦痛を与えるように生かしながらいたぶって痛めつけてから殺すのを、それを千回繰り返してやっと許されるものです。 そのあと、あとのミサカに交代して、そのミサカが満足するまで同じような事をします」

「そォかよ。 だったら、気が済むまでやればいい」

「なんですか。 いきなりマゾにでも目覚めましたかマゾ太くん」

「そォじゃねェよ。 別に、俺は死なせてしまった……じゃなかった、殺してきた一万三十一人も絶対に見捨てねェ。見逃さねェ。 言っただろォが、テメェがそうしたければ、俺を罰せれば勝手にしろ。どんな刑罰でも甘ンじてやる」

「例え死んでもですか」

「ああ、別に構いやしねェ。―――――これが、俺の覚悟だ。わかったかクソヤロウ」


妹達はハハッ、と笑った。


「呆れました、とミサカは頭を抱えます。 敗けました。――――――でも、私の後にもまで、一万と三十一人があなたの後ろで行列を作って待ってますよ? 果たして、あなたはそれほどまでの怨念を抱え込めますか? とミサカは質問します。 あなたの覚悟はどれくらいですか?」

「ハンッ、一万とちょっとだろ? そんなモン、手の平サイズだ。 なぜだかわかるか?」

「続けてください」


「俺はキッチリ二万と一人を両手で抱えてンだよ。生きている奴も死んだ奴も。ホラ、死んだ奴はちょうど半分だから片手で持てる。 全員の面倒見てやるって言ってんだ。 生きている奴は勿論、死んでいる奴らもな。 幽霊仲間にでもそォ伝えておけ」


それは一方通行の決意だった。それはダイヤモンドよりも硬い覚悟だった。 そして、どんな宝石よりも輝いていたのは、


「……………………ふ、ふふふふ…ふは、あははははははははははははははははははははははは!!」


この瞬間に見せた、妹達の無垢な笑顔だった。


「なるほど、確かに私たちは片手で十分ですね。と、ミサカは珍しくあなたから出てきた頓智に思わず笑ってしまい、涙を拭きます。――――あーくだらない」

「どっちだよ。 ―――まァとにかく、俺はそォいう事だ」


ミサカは、今生きている妹達には絶対に見られない、普通の女の子の様な笑顔で、



「はい、確かに――――と、ミサカは、ミサカ×××××号は―――――――」







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――――――――ハッ」


ミサカの台詞は途中から途切れ、夢から覚める様に一方通行は目を覚ました。

どうやら、彼はこの森の中で立ったまま眠っていたらしい。そして目覚まし代わりに、ものすごく殺意の湧く明るい声が耳に刺さる。


「ハイおめでとう! Lesson1:『さぁ、お前の罪を数えろ大作戦』 クリアー!」

「……………。」


イラッ、一方通行はチョーカーのスイッチを入れ、能力者モードになってすぐ近くにいた、抹茶プリン頭の女子高校生で自称仙人の彼我木輪廻を襲う。


「………コロス」

「ぅわぁっ!」


悲鳴を上げながら、それでも顔は笑いながら彼我木はなぜに吹く柳のように躱す。そして躱しながらチョーカーのスイッチを押した。これで一方通行は無能力者モードに戻った。


「何なんだ? いきなり襲ってきて、危ないじゃないか!」

「………チッ」


そんあ彼我木の足元には、二枚の木材があった。薄く削られたそれは、元々一枚で、真っ二つに割れた人の大きさの人形のような印象を受けた。


「とりあえず、一皮剥けたね。」

「…………どォいう意味だ」

「弱点の話だよ。」


彼我木は意味ありげに低く言った。


「弱点とは即ち苦手意識を持つ所。そこを突かれると人間、誰でも簡単にコロリと倒れてしまう。だから弱点って言うんだよ。その一つを、君は少しは克服したんだ。 おめでとう。これで君は一つ強くなった」

「そォかい」


興味の無い様に一方通行は小指で耳の穴をかっぽじる。


「で、あの幻覚は結局なンだ? 一応仮説を立てたンだが、どォも正解かどォかわかンねェンだが」

「じゃあ、その仮説を聴こうか」

「あれは俺があいつらに対して抱いている罪悪感が産んだ幻想だ。 無意識かつ無自覚にビクビクしてっから、あンなクソみてェな幻を見た。違うか?」

「いや、正解だよ。百点満点だ。 やっぱり頭の出来がいいと説明が省けて助かる」

「それならいい」

「ま、それでも一応説明はするんだけどね」

彼我木はそう言うと、身長がぐぐっと伸びた。10cm程度か。胸が異常に膨らみ、髪は黒く伸びて一つに束ねられた。そして纏う衣は緑のジャージ。


「今度は黄泉川愛穂か」

「ほほう、驚かないのか? つまらないじゃん。 大抵の人間なら、眼が点になるほどビックリするんだけどねぇ」

「生憎、俺はそォ言うキャラじゃねェンだ。 それに、その姿も俺の苦手意識とやらが見せる幻想なら、対して驚くこともねェしな」

「あーあー、だから優等生は面白くないから好きじゃないじゃん」


また彼我木は姿を変えた。 今度は、髪は縮み、身長も少し低くなる。白衣を纏ったその姿は、いかにも、研究者。



「芳川桔梗ね。ハイハイ。同じネタを連投するな。」

「あら、天丼はお笑いの基本よ?」

「今は新喜劇やってる空気じゃねェだろ」


つーか天丼なってないし。

芳川は石を椅子代わりにして腰かけた。


「ねぇ、知ってるかしら? 童話で有名な白雪姫に登場する女王様は、自身が持つ魔法の鏡に『この世で一番美しい人間は誰?』って訊いたの。でも、帰ってきた答えは自分が最も嫌う人物の名前だった。ここは自分の名前を言ってほしいのに……。ねぇ一方通行、この童話の心は君にわかるかしら?」

「知るかよ、ンなもン。」

「頭が固いじゃん。 一方通行」


彼我木はまた、黄泉川に化けた。


「魔法の鏡と言っても所詮は鏡。鏡はどう転んでも正面に立つ人間しか映し出さないじゃん。 てことは、女王を映した魔法の鏡は女王しか映さない筈。なのにどうしてか大っ嫌いなヤツを映した。 これまで来たらわかるじゃん?」

「ッたく、教師だから教師面して授業じみた質問投げるな。これ以上メンドクセェ問答を垂れ流されるの心の底からウゼェから答えてやる。 “その女王ってェのはテメェの姿でも大ッ嫌いなヤツでも映したワケじゃねェ、テメェの嫌なモンを鏡に見せられた”ってコトだろォ」

「御名答!」


いつの間にか、あのセーラー服の抹茶プリン頭に戻っていた彼我木は、笑顔で手を叩く。


「そうだ。君が見ているのは鏡だ。 人間の形をした鏡だと思ってもらえればいい。 今まで見せた、妹達は勿論、黄泉川愛穂と芳川桔梗の姿も、君が苦手だと思っている人間の姿だ」

「………まァな、あいつらを見ていると正直ウザったい所があるのは確かだ」

「素直でよろしい。 片方は君を更生させようと、自らが母親のように振る舞おうとし、母性を与える。片方は君を異形の姿にしてしまった事を悔い、甘さを与えている。 そんな感情を真正面から直視した事がないから君は戸惑い、目を背けているんだ」

「………そンなコト、初めて聞いた」

「嘘だね。 見栄を張るのは止せよ。 君のような天才的に良い頭を持つ奴が気付いていない訳がない。 それに、だから君は白雪姫の童話の件を正解できたんだ」


一方通行は押し黙る。 と、視界の隅で何か黒い物が飛んできた。 手をかざすと、それは小切れのいい音で掌に押さまった。

缶コーヒーだった。

銘柄は某アイドルがCMをやっているヤツだった。赤いラベルが貼られたそれを見て、一方通行は顔を苦くする。


「ちょっと休憩だ。 君、大のコーヒー好き?」

「俺はブラックしか飲まねェンだが」

「しょうがないね。代えてあげよう」


と、彼我木は自分が持っていた黒いラベルの缶コーヒーを投げ渡した。 一方通行はそれを受け取ると、持っていた紅い缶コーヒーを彼我木に投げる。


「お、ありがとう」

「そりゃどォもだ」

「さて、君の人生の足跡は実に紅い。まるで高揚した紅葉の川の様だ。 だが、それは決して美しくない。穢れていて、醜悪で、吐き気がするほどに血の臭いがする。 本当に気持ちが悪い」

「コーヒーを美味そォに飲みながらサラリとひっでェコト言いやがるな」

「案ずるな。 それを見る人を魅了する一面が紅葉に埋め尽くされた幻想的空間に変換させるのは、君次第だ。 若いから今でも間に合う」

「まるでジジィみたいな台詞だな」

「そうだとも。こう見ても350年は生きている」

「」

一方通行は彼我木を凝視した。 そんな彼など余所に、彼我木は缶コーヒーを飲み切り、空き缶を岩の上に乗せて立ち上がった。

短いスカートなんて気にしないようだった。 一方通行はスカートの中に一瞬だけカエルを見た。


「さて、休憩終了だ。 さっき350年生きているって言ったけど、それは仙人になるための悟りを開いたからだけど………こんな君の目の前にいる、この彼我木輪廻という仙人は人の苦手意識を映す鏡だと、さっき言ったね? そこで、今から君が苦手意識を持つ人間を映し出そうと思う。 ―――いや、本当、甘いね。長年人間を見ているけど、ここまで甘く接している人間は珍しい」

「それは芳川のせいだ。 アイツの口癖は『私は優しくなく、甘いだけ』だからなァ」

「いや、それも百ある優しさの内の一つだよ」


彼我木はそうはっきりと言って、一方通行の目の前に立った。


「まずは妹達」


すると彼の目の前に常盤台の制服を着た少女が現れた。 当たり前だが、彼我木だ。


「次に黄泉川愛穂。芳川桔梗」


とんとん拍子で姿形を切り替えさせる彼我木は、芳川の顔と声で一方通行に、


「妹達は今は良いとして、あとの二人はこれから、君の事を実の子供のように大事に接するだろうから、君も彼女らの事を大事にしてあげなさい」

「どォしろってェンだ」

「ありがとうって言えばいいのよ」

「そのツラで言ってっと、自作自演でおねだりしているよォで気味悪ィ」

「それは失礼ね」


さてと、といったんセーラー服姿に戻る彼我木。


「さてさて、君の苦手意識はあと二人なんだが………一人は予想つくだろう」

「ああ、」


一方通行はあの自分の後ろに引っ付いて回るあの幼さが残る少女の面影を連想した。

と、その笑顔が、そのまま目の前に現れる。連想したものがそのまま映し出されたような感覚だった。

十歳くらいの少女が、ワンピースを着ていて、その上から男物のワイシャツを羽織っている所まで一緒だ。


「これが彼女だねってミサカはミサカは訊いてみたり!」

「ああ、確かにウザいな」

「ヒドイ! ってミサカはミサカは涙目になってみたり!!」


ああ、ウゼェ。 一方通行は溜息を深く着いた。


「で、こいつをどォしろってェンだ? 彼我木ィ」

「そう……だね。うーん」


と、打ち止めの容姿で人差し指を口に当てて考える仕草をする。

ああ、ダメだ。ウザイ。ウザすぎてイライラ……というかモヤモヤする。でもそれなのになぜか………。

一方通行は彼女に気付かれないように舌打ちをした。



「そうだ、あなたはこれから、ずっとずっと、傍で見守ってあげればいいと思うよってミサカはミサカは頷いてみたり!」


彼我木は、そう言う。 そのあと、打ち止めの姿から元の抹茶プリンに戻り、


「どうだったかい?」

「改めてウザってェって事実がハッキリ確認できた」

「ははは」


苦笑いした後、さて、と話の腰を曲げた。


「まとめに入ろう。 今、君がやるべきことあ三つ」


彼我木は指を三本立てた。


「一つ目は今まで犯してしまった罪を再認識し、正面から向き合う事。 そうだね、彼女たち一人一人に会って話でもすれば結構。」

「茶でも飲めと?」

「別にそれでもかまわないけど、出来るなら彼女たちに許しを請うのが一番手っ取り早んじゃないかな」


約一万人の被害者と真っ向から向き合えば、それでいい。 君と彼女の、血みどろな関係を水に流し、終止符を付ければ良好だねと、彼女はそう付け足した。


「二つ目は散々お世話になっている黄泉川と芳川に対してきちんと感謝の言葉を述べること」

「それはさっき言ったな」

「ああ。――――そして、最後の三つ目。 君が大切にしている子の事を一番大切に大切に見守ってあげる事。決して見逃さない事。 そしてちゃんと―――彼女の想いに真正面から向き合い、応えてあげること」


一方通行は、そう笑っている彼我木の言葉を聞いて、ふと、ある言葉が浮かび上がった。



「『自分に、果たして出来るのだろうか』――――――とか思ってないか?」

「ッ。」

「そこでだ。 そんな迷える子羊に、優しい優しい仙人がとっておきのお守りを授けよう」

「アァ?」


一方通行は怖い顔で彼我木を睨む。

が、そんな彼をほっぽって、懐から(制服の胸の間?から)、とある物体を取り出した。


「………ンだァ? この骨董品は」


それは黒い棒だった。だが、所々に花の装飾がされている。パッと見てみれば、ただのガラクタとしか思えないが、じっくり見ると、結構年季が経っているようにも思える。 いや、年季どころではなく、有形文化財クラスの年月が経っているように感じられた。

果たしてこれは何なのだろうか? 少し反っているという事は、何かの取っ手なのだろうか? いや、それはまるで……。

彼我木は、この骨董品の銘を教えた。




「これは、四季崎記紀が造りし完成形変体刀十二本が一本『誠刀 銓』だよ」



「…………なンだァ? そりゃ」

「最近よく聞かないか? 手に入れば、学園都市最強の超能力者にも勝てる刀があるって」

「そォいやァ、あのクソガキも言ってたなァ、確かァ『千刀 鎩』っつー刀がナンタラコータラ。 確かァ、どっかのバカがそれを持った雑魚にボロ雑巾にされたってヤツ」

「それもその一本だ。 この『誠刀 銓』は、そんな強力な力を有する十二本の中の一本だ。」

「すでにチート並の俺が、そンなモン持ってたって宝の持ち腐れもイイとこだぞ」

「いや、だからこそじゃないかな。 君が持つ力は確かに増大だけど、それを君は持って幸せか? 違うよね」

「………確かに、こンな能力、持ってて為になったこたァねェな」

「だから、君に幸せになって貰おうと、この“刀”を授けよう」

「これが刀だと? バカ言ってんじゃねェ。 これのどこが刀だ。刀身がねェ、あるのは柄と鍔だけじゃねェか」

「いや、これは正真正銘列記とした立派な刀だ」


彼我木はしつこくそう強調する。


「まぁ、詳しい事は尺がないから省くとして、この刀の特性を教えてあげよう」

「特性?」

「そ、特性。 十二本ある刀にはそれぞれ個性豊かな特性があって、例えば『千刀 鎩』は数の多さ。『双刀 鎚』は刀の重さ。このようにこれら完成形変体刀は一点集中的に特化されている。そして、この『誠刀 銓』の特性は誠実さ」


一方通行は彼女が言っている意味が分からない様で、難しい顔をする。

しかし彼我木はそのまま続けた。



「誠刀とは、己自身を銓る刀。人を斬る刀ではなく、己を斬る刀。己を試す刀。己を知る刀。だから刃無き刀。 だからその刀には刀身がない。“無刀”ということさ」


「己を、知る……?」

「そう。 そこで、君にやってほしい事が一つ。 ―――それは君自身がやりたい事を見つけてほしい」


やるべき事ではなく、やってほしい事。

彼我木はこの、柄と鍔しかない刀を一方通行に渡す様に、柄を彼に向けて手を伸ばした。


「君の人生は他人に振り回され続けている。 研究者に振り回され、その間、実験と言う名の殺人に振り回され、そして今はその罪滅ぼしに振り回されている。君は運命に振り回されているんだ。だから一人の仙人として、いや人生の先輩としてアドバイスしておきたい」


人生とは、ひたすら風に吹かれ続けながら長い長い道を歩き続けることかもしれない。 ひとたび風に吹き飛ばされれば、それは死を意味する。

だから人は飛ばされないように必死になって地面に足を縫い付けて一歩ずつ歩いてゆくのだ。

しかし、一方通行はその運命という風に翻弄される人生を送ってきた。

西風かと思ったら北風。北風かと思った南風。南風かと思ったら東風………四方八方から突風に煽られ、よろめき、道を踏み外して泥を被ってしまった彼は疲労でボロボロになり、今にでも吹き飛ばされそうだ。

だから、彼我木はその風を少し緩やかにしようとしているのだ。


「安心しろ! これからの君の人生は薔薇色だ! 好きに生きればいい!! 人に愛されるのもよし、愛すのもよし。好物を喰って太るのもよし。 なんなら好きな事をして馬鹿やってもいい! もう誰かに振り回されなくても済む!!」


その言葉を聞いて、一方通行は俯いた。

今までの人生を振り返ってみる。

確かに、確かに今までの思い出は誰かの指示で動いてきた。

幼少時代から教師の指示で特別クラスでただ一人過ごし、幾つもの研究施設で体を弄繰り回され、そして人を幾つ命を捧げても償いきれないほどの命を奪ってきた………。

いいのか。本当に。これで。

好きに、人生を歩んで行ってもいいのか?

誰かに振り回されなくてもいいのか?

もう誰も殺さなくてもいいのか?

この手を汚さなくても済むのか?

誰かの悲鳴を聞かなくてもいいのか?

あの路地裏の糞溜めに行かなくてもいいのか?


あの、太陽の様な少女と、真正面に向き合ってもいいのか?



「いいんだ。 そんな事。 君の人生だ」



その言葉で、一方通行の眼から何かが落ちた気がした。

それは、長らく彼の目を曇らせてきた、何かで―――――。


そして、彼は笑う。


「――――そォ、か」


ホッと、安心したかのよな笑みで。


「俺は―――――」



そして、彼我木輪廻が持つ『誠刀 銓』手に取った。

………何か、何かが自身の体の中に浸透する感覚を覚えた。

すーっとしかし心地がいい。 夏の日差しの中で、冷たい水面に浸かる感覚は、こういう気分なのだろう。

すぅと一回、深呼吸してみる。


「………なンか、変わったか?」


「いや、まだわからない。 でも、将来が楽しみだ」


彼我木はそう言うと、この現実味のない世界が段々と変わって行った。 まるで、一方通行の『何か』のように。

草木は水の中に浸されたかのように、溶けていった。 岩も、キノコも。

そして、彼我木も………。


「また、会う機会があるといいな」

「そォとは思わねェ」

「なぜ?」

「そン時教えてやる」


それを聞いて、彼我木は嬉しそうに笑った。


「そうかそうか。 だったらいいさ。 君が望ならどっちでも良いさ」


笑う彼我木。

だが、その体はもうほとんど見えなくなっていった。 いや、もう完全に消えただろう。

しかしそれでも、声が聞こえた。












「―――――素直に生きな、少年。 君の人生に祝福あれ。」







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



気が付くと、一方通行は喧騒の中にいた。

人々が通り過ぎる。 人の流れが、彼を追い越し、通り過ぎる。

全く、変な夢を見てしまった。

だが、それは夢ではない。

夢のようだが、現実だった。

なぜなら、彼の右手にはちゃんと『誠刀 銓』が握られていたからだ。


「……ああ、クソ」


我ながら、変なところを他人に見せてしまった。

恥ずかしいったらありゃしない。左手で顔を覆う。

もう、それはこれっきりだ。

一方通行は心にそう決意し、歩を進める。

ああ、そう言えば、あの迷惑極まりない茶色毛玉を探していたのだった。


「ッたく。メンドクセェ」


悪態をついて呟く。

まったく、どこに行ったのだ。 見つけたらただじゃあ置かない。

と、ちょうど後ろから、あの少女の声が、


「あ、いたいた! おーい!」

「………。」


一方通行は、あえてそれを無視する。

すると、その少女の声が焦燥した声で追いかけてきた。


「待ってよーってミサカはミサカは追いかけてみたり!」


その甲高い声で大きくしゃべるな。 良く響くから、耳元からじゃなくても耳が痛い。

一方通行は頭が痛くなって、少女を睨む。

きっと大の大人でもビクつくだろう目だった。 だが、少女は動じずにニコニコと彼に微笑みを与える。


「どォこ行ってたクソガキ。 あまり手間かけさせるな」

「いーじゃんってミサカはお土産を見ていただけなんだからってミサカはミサカは抗議してみる!!」


少女は、打ち止めはそう明るくて眩しすぎる笑顔で見上げてくる。

と、そこで一方通行は気付いた。

彼女の小さなその手に握られていた、ベビーカステラと書かれたオレンジ色の紙袋を。それも二つ。

どうやらこのバカはお小遣いの1000円をこれだけに使ってしまったそうだ。


「………金がなくなったなら、帰るぞ」

「ぇええ! ヤダヤダってミサカはミサカは駄々を捏ねてみたり。 勘違いしないでよね、ミサカはお小遣いの追加を要求しに来ただけだからねっ!」

「別にそれ、可愛くねェからな」



一方通行はぶっきらぼうに吐き捨てた。 と、打ち止めは一方通行が持っていた『誠刀 銓』の存在に気が付いた。
「おっ! なんですかこれは! ってミサカはミサカはこの刀身の無い、柄と鍔しかないヘンテコな刀を見つけて見たり! ねぇねぇこれ、どうしたの?」


一方通行はさっきまでの事を説明するのは面倒なので嘘をついた。


「射的で当てた」


とっさに出した嘘だったが、そのシーンを想像してみるとあまりにも場違いな構造だった為、こりゃバレるなと直感した。

が、しかし相手は相手を信じることなら天下一の打ち止めだ。


「えー! こんな高そうなものが射的で当たったの!? ってミサカはミサカはその射的屋さんに興味がわいてみたり!! で、どこにあったの?」


信じるのかよ。


「教えねェ」

「ケチ!」


打ち止めは一方通行の脇腹をドンドンと叩く。 対して痛くはないが、どうしようもなくウザったい。

だから、ちょうど目に入った屋台を見て、


「わかったからやめろクソガキ。 さもねェと焼き鳥を串ごと口ン中突っ込むぞ」


脅しのつもりだったが。


「わーい、焼き鳥~♪」


しまった。 一方通行は天を仰ぐ。冷静沈着の一方通行にしては珍しい失策。


「ネギま、つくね、かわ…ねぇ、あなたは何が欲しいの? ってミサカはミサカは訊いてみたり! と、言うかその前にお金がなかったら買えないんだけどってミサカはミサカはお小遣いの追加を請求してみたり!!」


ウザッテェ。

心底ウザってェ。

どうもこうも頭の中がモヤモヤする。 いや、イライラではない。なぜかモヤモヤとする。

イライラなら、こんな感情を抱かせた人間はすぐにゴミ箱行直行なのだが、なぜかモヤモヤする。 耳をふさぎたいほど。

この明るい声が、このはしゃぐ仕草が、この暖かい笑顔が――――と、―――――ふっと、一方通行は笑顔から彼我木輪廻の面影が浮かび上がった。

そして思い出した。自分の苦手意識が、彼我木輪廻という仙人の姿を現すという事を。あの、いつも一方通行に向け続けていたあの笑顔も。

この目の前の少女の笑顔は、なぜか彼我木とダブって見えた。


そうか、彼我木のあの笑顔はコイツの顔だったのか。


今思えば、日常で見る打ち止めの表情のほとんどは『笑顔』。

自分はこの笑顔が、苦手だったのか。 耳を塞ぎ、目を瞑りたいほど………。

彼我木の教えを思い出す。

この想いに、真正面に向き合って応えること……。

ハッ、やっぱりらしくない。

一方通行は嫌になって笑った。

その自嘲の笑みをすぐに消し、打ち止めを見下ろす。

「なァ」

「なぁに? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」

「……………オマエ、」


一方通行は、一言言って区切った。 打ち止めは頭頂部に?を浮かべる。

三秒間を置いて、唾を飲んで、息を吐いて、一方通行は小さく、重たすぎる口を開いた。


「………オマエ、今まで俺がやってきた事を、恨んでないのか?」

「……………。」


打ち止めの目が丸くなる。 当然だ。こんな唐突に重い質問を投げかけられたら誰だってビックリするに決まっている。

誰だって、言葉が詰まるに決まっている。

が、打ち止めは違っていた。


「どうして?」


即答だった。


「ミサカ、あなたの事を恨んでなんてちっとも思ってないよ?」

「ッ!」

「だって、ミサカもミサカ達も、あなたにはどんなことをやっても、お返しができないほど助けてもらったもん!! ってミサカはミサカは、初めて会った日の事を思い出してみる!! あと、一緒にお風呂に入ってくれたし、同じお布団で本読んでてくれたし、怖い変なオジサンに絡まれて助けてくれた!! それに、今日まで私たちがこの世界に存在できるのは、み~っんなあなたのおかげでなんだよってミサカはミサカは胸を張って…………」

「いや、もういい」

「へっ?」

「もうお前は黙ってろ。 さっさと帰るぞ」

「えー! 焼き鳥は!?」

「明日だバカヤロウ。 その前にその両手のモン喰ってからな。 つーか、喰ったら喰うだけ腹ァ出るだけだぞ」

「いいもん!! 成長期は良く食べた分、良く寝たら身長が伸びるようになってるもん!! しかもバストアップも望めるかもしれないってミサカネットワークで他のミサカが話してたってミサカはミサカは……!!」

「オマエ、今度オリジナルのまな板を見てから、言ってみろ」

「…………。」

「図星か」


一方通行は溜息をついて呆れる。

と、ごった返しているこの歩道で突っ立っているから、体の小さな打ち止めは通行人と肩がぶつかった。


「てっ!」

「ホラ、邪魔だから突っ立ってねェで帰るぞ。 ………手ェだせ」

「え、」

「チッ。……勘違いすンなよ。 オマエがまたどっか走りだすのを防止するためだからな」

「あ、いや……/// って、ミサカはミサカはまるで恋人みたいに手を繋ぐのを恥ずかしがってみたり」

「~~~~ッ!!」

「きゃっ! ちょ、まってよ~っ! 急に引っ張らないでってミサカはミサカは涙目で訴えてみたりぃ!!」

「ウルセェ!! 黙ってシャキシャキ歩けクソガキ!!」



こうして、二人は仲良く道を歩いてゆく。 こうして見てみれば、まるで兄妹だった。一方通行は兄。打ち止めは妹。 可愛い妹の為に兄が手を引くという、そんな絵…。

そしてそのまま、川の流れの様な人ごみの中を笹舟のように掻き分けてゆく。

二人は一言もしゃべらない。

少女の方は、なぜか顔が紅かった。 恥ずかしそうに俯く。

が、男の方は前をしっかり見ていた。

いや、今彼が歩んでいる道ではない。

彼が、今から歩もうとしている道だった。






(――――ああ、まったく。自分でも嫌になる)


なぜかネガティブに思考していた自分の弱い心を引っ叩く。

そうだ、だからこそ、それだからこそ、一方通行は心の底から誓ったのだ。

あの日、あの夜、殺してきた一万と三十一のクローン人間と同じ顔をした幼女を守り、頭蓋に銃弾を受けたその時から。



(決めたじゃねェか。あのクソガキと妹達を一生守ってやるってな)



罰がなんだ、咎がなんだ、宿命がなんだ。そんなクソのような現実、パンに塗って喰ってやる。

確かに、それが罪滅ぼしのつもりかもしれない。

それが、どんな修羅の道でも構わない。

どんなどんな地獄の針の道でも喜んで歩いてゆける。

それが、一方通行という男の覚悟なのだ。











(…………そォいやァ、彼我木のヤロウの、俺の苦手意識から出た姿、四人ッつたよな)



妹達、黄泉川愛穂、芳川桔梗



(あと一人は一体―――――――?)


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オリアナ=トムソンの視界に、一組の白髪の少年と茶髪の少女の兄妹?が映った。

が、それを全く気に掛けず、一枚、紙切れを千切った。

今は、そんな事に気を掛けている場合ではない。


一人―――――殺めてしまった。


通信魔術が繋がった。 相手の名を呼ぶ。


「ドリヴィア…」

「言いたい事はわかっています。 あなたが手に掛けた少女は、ただの一般人でした。」


やはり。

オリアナは、血の海に染まった少女を思い出す。

倒した後の、感覚。

それはまるで、細いの棒を折るような虚しさだった。

まるで手応えがない。いや、ありすぎて感じなかったのだ。人をあっさり殺す感覚は、それほどにまで虚しい。

この虚しさは、オリアナの心臓が鑿に彫られる感覚と良く酷似していた。

そしてその虚しさこそが、後悔という言葉である。

後悔は、冬の海の様な冷たさを持って小波と共に彼女を冷たくする。


「少女の名前は姫神秋紗。非常に重要な力を有しているものの、特に魔術師という訳ではありません。あのケルト十字は、その力を封じる霊装に過ぎず、攻撃性を一切持ちません」


その報告を聞いて、オリアナは手にした速記原典を…非力なる少女を殺めた凶器を握りしめた。……いや、凶器はこれを過って使った自分自身の心か。

その心はまさしく。


「………最低ね」

「ええ、最低です」


ハッキリと、しかし悲しくリドヴィアは頷くように応えた。


「我々は、本件に関係ない一般人を牙に掛けました。それも二度も。 彼女たちは我々が守るべき、迷い、救いを求める罪人です。 我々は二度と誤ってはいけません。彼女の為にも。使徒十字を使用し、学園都市を支配しなければならないのです」


なぜなら、使徒十字のおかげで、彼女らの犠牲は生贄の意味の通り、学園都市は『幸せ』になれるのだから。

だが、それは滑稽でバカげた、現実味のないお伽噺のように思えてしまった。

本当に、この女を信用していいのだろうか?

確かめる様に、オリアナはリドヴィアに尋ねた。


「本当に、これで何もかもが上手くいくんでしょうね。 学園都市を手中に収めることで、みんなが抱えている問題のすべてが…………」














その、オリアナのすぐ後ろの影で、誰にも姿を現さずにいた、彼我木輪廻は嘲笑した。 そして予期する。





無理だね―――――、と。





絶対に無理だ。この都市にいる全員の抱えている問題が、そういう風に綺麗さっぱり無くなる訳がない。

とある哀れな少女は才能のない自分を恥じ、とある白く狂ってしまった少年は才能が有り過ぎたが故に運命に振り回され、とあるこの世界とは異物となる小童は幸運に見舞われ過ぎたが故に自身の幸運を悔いている。

使徒十字の効果は“ローマ正教が都合がいい様に、勝手に幸せに感じる”だけで、根本的な事は変わらない。 まぁ、発動すれば大概の人間は騙されるが。

だが、それは発動すればの話だ。

今、とある黒髪の少年が怒りに燃えている。―――奇妙な運命に翻弄され続け、日常を不幸と読んでいてもめげずに今日も走り続けている少年が。

この、しょうもない大人たちの勝手な茶番劇の舞台作りに、怒涛の怒りを拳に変えてぶつけようとする少年が、この金髪の美女を追っている。

恐らく、この女たちの企みは潰えるだろう。

結果を予想すると、二人は失敗するも生き残るが、片方は敵と交渉し、命の自由を守りきる。 が、もう一方は捕えられ、まぁ牢獄へ直行だろう。

さて、もうこの物語も見届ける必要もない。

真庭忍軍獣組は時間的に引き上げた頃だし、真庭白鷺と真庭喰鮫も撤退して自身の武器と忍法の改良に着手したころだろう。



もうそろそろ、地下で祭が始まる。今度はそちらを見物しに行こうか。



さて、もう一人の主人公、鑢七花は今頃、何をやっているかな?








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今日はここまでです。ありがとうございました。

長らく書いていたら、投稿するタイミングを見失いました。 ごめんなさい。

さてさて、これで使徒十字編は終わりです。

え? 中途半端だって? だって尺が足りないんだもん。 つーか、これ以降の展開考えてないし。

ハッキリ言ってすぐに終わらせるつもりでした。でも400オーバーは考えてませんでした。 超焦りました。

こんなに書いたら次書く尺無くなるヨ!!

だから、後の展開は原作通りです。 原作通りに書くのはかったるいですから、そのまま裏大覇星祭編をお楽しみください。

さてさて、オリアナの魔術を考えるのは楽しいです。 色と文字の象徴の関連性を考えるのが特に。でも、角度云々は糞面倒くさいので、端折りました。 書いてないけどキッチリ角度は付けている設定です。

あと、時々イタリア語を交えましたが、それは誤翻訳で悪名高いエキサイト翻訳様から検索いたしました。

イタリア人の方、おりましたら正解をお願いします。

まぁ、腹が減っては戦が出来ぬは別サイトですが………。


さて、話は打って変わって今回の彼我木さんのファッションチェック(?)です。

予想してくれていた方々もいますが、殆ど正解です。


妹達・黄泉川・芳川・打ち止めの――――――――あ、誤字発見。

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>>460
(…………そォいやァ、彼我木のヤロウの、俺の苦手意識から出た姿、五人ッつたよな)



妹達、黄泉川愛穂、芳川桔梗、クソガキ…………。



(あと一人は一体―――――――?)
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↑修正版


さて、彼の苦手意識は五人。

妹達・黄泉川・芳川・打ち止め―――それと、上条さんです。

言われなくてもわかっていますよね。ごめんなさい。

当初は、外面的特徴は妹達。 立ち振舞いは黄泉川、打ち止め。内面的特徴は上条さんの設定。

その時はニート芳川は入っておらず、『あ、そう言えばそんな奴いたね』って事で今回付け加えました。

そしてある日、pixivで禁書のイラスト見ていると、あるジャンルでワタクシの背中に電流が走りました。

それは―――性・転・換。

男が女に。女が男になると言うご存知の奴ですが、禁書だと代表的なのが鈴科百合子です。

しかし、ワタクシめが一番のお気に入りなのが…………上嬢さん。

上条当麻.♀verの事です。

ちょ、なにこれ可愛い///

と、百合子ちゃん以上に電流が流れ、ワタクシは是非使いたいと心に決め、設定を一から書き直しました。

外面的特徴・立ち振舞い・内面的特徴をバランスよく、妹達・黄泉川・芳川・打ち止め・上条さんを足して割った様な容姿にしました。

だから、性別は女性が多い為で、長い髪と巨乳と教師面は黄泉川さんが、母性と優しさは打ち止め、髪の色と一方の妄想からの恨みは妹達、そして髪型と説教臭さは上条さん。

少しおちょくっているのは打ち止めの幼い悪戯心だと思ってください。

容姿は上嬢さんの髪型が頭頂部以外が茶髪になった感じで、セーラー服は上條さんの学校のです。

さて、あと一行になったので、今日はここまでにします。
――――――-P.S一方さんが海に沈む描写は、Fateのパクリじゃないです。 今週のを見てびっくりしました。 あと、そこでショタ一方さんのチンコをニギニギしたりアナルに指突っ込んだのは、ミサカ10033号でもミサカ20000号でもないですから悪しからず!! …………ま、そこんところは想像に任せます。

魔術の解釈が素晴らしい!

最近コメント減ったけどたまにはコメ拾ってね☆

こんばんわ。18日間も放ったらかしにしてすいませんでした。>>1でございます。
続きでございます。

>>465
コメントが減ったのは、もしかしてワタクシめが長らく開けて、それで20も長く書いたからでしょうか。

「おいおい、まだ書いてねぇのかよ!」
「……って昨日まで全く書いてなかったのに、今日になったらいきなり20も書いてやがる! こんだけ長かったら読む気なくなるぜ!」

…………だったら、ヤだなぁ。

ああ、あと、この前BLOO-Cの映画見に行きました。最高でした。

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「ぶぇっくし!!」



鑢七花は、盛大にくしゃみをした。

傍らで付き従っている絹旗最愛は、彼の腰の位置から塔のように背の高い彼を見上げる。


「風邪ですか?」

「いや、鼻がむずむずしただけだ」


絹旗は少し、本当に七花が風邪でも引いてしまったのではないかと心配した。

二人は大きな紙袋を両手に下げて、冷房が効いたショッピングモールの自動ドアを潜った。その直後、暑い風と日差しが一斉に襲い掛かる。

9月の中ごろと言ってもまだ、あの厳しい夏の過ぎ去ったその後の暑さは健在であった。 蝉はもう鳴いてないが、普通の人と比べ太陽に近い七花の頭にはヒシヒシと真昼の日差しが頭皮を焦がしていた。

しかしそれでも温度計が記せば、確かに一か月前からすれば涼しくなった。だがそれでも夏日の日だった。 どこの建物も冷房をガンガン掛けている。

冷房などない時代生まれの七花からすれば、あの屋内と屋外の激しい温度差は本当にこたえる。

どこの建物も室内設定温度は25度を切っているのが多い。

もしかしたら外で描いた汗が中で冷えて、それでくしゃみをしてしまったのかもしれない。

現代とは全く違う世界の人間は冷房は苦手なのだろうか。

しかし、もうすぐ秋だ。(いや、もう秋か)この暑さとはもうお別れだと、なんだか心細い何かが絹旗の心にあった。

まぁ、暑くも涼しい風がある昔の(今なら田舎の)環境で育った七花は、この悪魔のヒートアイランド現象によって拷問のように熱せられたコンクリートジャングルは地獄の窯と同意なのだが。

鑢七花はこうした灼熱地獄とそれと真逆の冷却地獄に挟撃されていた。

まぁ、これはただの絹旗最愛の心配による妄想なのだが、さて、七花はどう思っているのか。

しかしあの世に地獄もあれば天国もあるように、このコンクリートジャングルの中にもオアシスはある。

二人はとある公園にいた。そこは奇策士とがめと『アイテム』の残りのメンバーとの待ち合わせ場所だった。


「お、涼しい。 なんでだ?」

「ここの公園はヒートアイランド現象による超気温上昇を防ぐ実験として造られた公園です。 ほら、あそこに長い管があるでしょ?」

「ああ、本当だ」


公園には骨組みだけのテラスの雨よけ屋根の様な金属の柱の列がずらりと続いていて、それらが七花と絹旗を見下ろしていた。

その柱の上をモノレールのレールのように管は走っていて、公園を万遍なく周るように続いていた。


七花はそれを見上げると、絹旗は公園の時計を見て、


「もう、そろそろですね」

「? なにが………うわっ!?」


七花が驚いた。なぜならなんと、


「なんだ、冷てぇ」

「数分おきに、この管から超水が出てくるんです。 打ち水効果って奴ですね。これで体感温度を超下げているんです。あと、地面はあまり塗装されていませんから、コンクリみたいに熱を超蓄熱しないようにしているんです。 それと落葉広葉樹を超植えて、日陰を超多く作っているんですよ」

「良くわからんが、まぁ確かにここは街中よりは涼しいな」

「人口ですが湖もありますし、噴水もあります。 水がある場所は超涼しいですね」

「ああ、やっぱり俺は『くーらー』とかいう奴が苦手だ。 こっちの方がいい」

「過度な冷房は基本的に体に超悪いですからね」


そう、二人は仲良く並んで公園を歩く。 昼時なので、ちらほら辺に結構弁当を持っている学生がいた。

その隅の木陰の下にあるベンチを発見した絹旗は、


「とがめさんとの待ち合わせの時間までもう少し時間、超ありますからお昼にしませんか」


近くのベンチを指さして提案。


「お、いいな。ちょうど腹が減ってたんだ」


と七花はそれを承諾し、そのベンチに座る。だが、絹旗は座らなかった。


「私、飲み物買ってきます。 何がいいですか?」

「適当でいいよ。どうせ見てもわからないし」

「じゃあ超お茶にしてきますね」


そう言って、絹旗は駆け足で去って行った。

そしてたったひとりになった七花は、頭の上の無数木の葉の間から漏れる太陽を見上げる。この木陰は丁度良く、残暑の暑さを紛らわせてくれる。

しかし、やっぱり今日は暑い。朝はそんなに暑くはなかったが、昼になってから急激に温度が上昇していった。

夏を過ぎ、秋になれば涼しんでいくはずのこの空気を、七花は異様に思う。 まぁ、もうすぐすれば徐々に気温は下がり、すっかり秋らしくなる筈だ。それまでの辛抱だ。

ああ、暑い。

七花は目を閉じた。すぅっと息を吸い、長く吐く。遠くで噴水に足を入れて水遊びする子供の声がするのを今気付いた。そして、その明るい声が少しづつ、少しずつ、小さくなっていって……。

七花は、眠りの中へと沈んでいった。

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暑い。暑い。暑い。

あの夏の暑さとは、また別の暑さ。

あの七月の爽やかな暑さとは、また別の、禍々しい暑さが、いや、枉々しいと言ったほうが場景に似合うだろうこの暑さ。

確かにこの一件で、俺の人生は確かに枉げられたのだから。

いや、そもそも自分というこの存在そのものが、枉げられたが故に存在する異物だ。

暑い。

この焼けるような暑さは、何だ。あの七月の蝉が一斉に謳い続ける様なあの夏の暑さとは、また別の、痛々しい暑さが、いや、これは暑いというより……熱いの方がこの肌の感触に似合っている。

では、この熱さは何だ。

この、焦げるような嫌な臭いは何だ。

熱い。熱い。熱い。

熱い風が、俺の頬を触る。その手で、頬が火傷しそうだった。でも、そんな事などどうでもいい。目の前にいる、一人の人間は何だ。

熱い。

眼の奥が熱い。 幼いころ、悪い事をして、取り返しのつかない事になった時の感情とよく似ている。

この感情は何だ?

そして、この人間は何だ? 誰だ? いや、見覚えはある。というより、知っている。 この人は、俺が良く知っている人で、俺を良く知っている人だ。

姉ちゃんだった。

熱い。熱い。熱い。

姉ちゃんが、倒れていた。

熱い。

助けなければ。姉ちゃんは体が弱いんだ。すぐに助けて、医者に見せなければ。

なぜ?

当然だろう。怪我人を医者に見せない奴がどこにいる。


だから、なぜ? ―――――俺が、姉ちゃんを斬り殺したのに。


熱い。熱い。熱い。

身も心も、何もかもが燃え、炭となって崩れそうになる。

そうか、これが―――――。

この感情を理解した時、俺は姉ちゃんを見ていた。

この、燃え盛る鬼の形相をした仏の前で。 燃え盛る、姉ちゃんの体を。

あの雪のように白かった体が、炎に抱かれ、黒く燃えてゆく。

熱い。熱い。熱い。

その時、俺の中の大事なものが、ぽっきりと折れてしまった感覚がした。

俺はまだ、姉ちゃんを見ている。

そして、屍になって燃えている姉ちゃんは、首だけを動かして見上げて、微笑んだ。


「もうすぐよ。―――――七花」

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…………し………ち…………し…………しち…………か…………ちか…………。



誰かが、自分の声を連呼するのが遠くから聞こえた。いや、これは自分の意識が遠いから、声が遠く聞こえるだけだ。

そしてその声は、聴き覚えがあるような、耳に馴染んだ声で……。



「七花!!」


「おわっ!」


鑢七花は、奇策士とがめの叱責で、眠りの中から完全に覚醒した。だがおかげで耳鳴りが酷い。


「あれ? とがめ?」

「まったく、いつまでたってもぐぅすぴと寝よって」


七かの目の前で、両手を腰に当てていた奇策士とがめは溜息交じりでそう言った。


「すまんとがめ。 俺、どれくらい寝てた?」

「ざっと半刻と少しだ。 お前がどうしても起きないから、私たちで勝手に昼を食べたよ」

「ひでぇ。起こしてくれればよかったのに」

「何度も起こしたと言っておろう。 まぁ確かに昼を食べてしまった事については悪いと思っておる」


と、とがめは近くにあったビニール袋を取り出した。 よく見る何でも売っている店の、緑と赤の『7』の文字がそれに描かれていた。その袋の中に手を入れ、握り飯を三つ取り出した。そして七花に渡す。


「ほれ」

「ああ、ありがとう」


七花はそれを受け取り、最初の頃は開け方が全く分からず苦戦していた包装を器用に外し、もそもそと握り飯を頬張る。と、そこである事に気が付いた。


「あれ? 絹旗は?」

「ん」


七花はそうとがめに質問すると、とがめはジト目で指を刺した。指の先が示すのは七花の太腿。


「あ? なんで絹旗が俺の太腿を枕にして寝てるんだ?」

「さぁな。 私たちが来たときはもう貴様もこやつもこの状態だったよ」

「………とがめ、なんでそんなに強い口調なんだ? まるで怒っているようじゃね