八幡「青春ラブコメの主人公」(955)


『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』スレです。(以下俺ガイル)
今最も勢いのあるラノベ、俺ガイルのSSが増える事を願って投下。



・既刊読了(4巻まで)が前提です。
・なるべく設定は原作準拠ですが相違はスルーしてお願い。
・ネタ元等、各方面の方々ごめんなさい。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1341157107(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

第一話「鴉鳴いてわたしもぼっち」



色々あった夏休みが終わり、二学期に入ってからもちらほらと平塚先生によって舞い込んでくる依頼もとい命令をそれなりに、おざなりにこなしていた。

雪ノ下との勝負にはいつの間にか由比ヶ浜も加わっていて、現在勝負は一進一退の膠着状態に陥っている、らしい。

勝負とか何でしたっけ、俺すっかり忘れてたんだけど。ねえ誰かこれ覚えていた人いんの? 

そもそもなんで勝負しているのかもわからない。由比ヶ浜はともかく、雪ノ下と戦って勝てる事なんて殆ど無いに等しい。

痛い目や辛い目を見るのは必至である。常に敗者の俺は陽の目を見ない。ついでに言えば雪ノ下は俺の目を見ない。

しかし、殆どないということは逆に言えば少しはあるということである。

容姿端麗成績最高スポーツ万能県議会委員の娘で帰国子女の雪ノ下に勝る俺。

俺SUGEEEEEEEE! どのくらいかって言えば魔法科高校のお兄さんくらい。

過去の痛い勘違いなら雪ノ下なんて目じゃないぜ! なにそれよけい辛い。

ちなみに一位を争っているのは雪ノ下と由比ヶ浜のようだ。俺はたいてい見てるだけ。もしくは呼ばれもしない。

いや、だってほら、あれだよ。最近のあいつら超仲良いからね。俺の入り込む隙間なんて1ミリもないからね。

入る気なんてもとから無いからいいんだけど。いやもうほんとこれっぽちもないし。ほんとほんと。

まぁ夏休み中に何かあったのだろうが、それはあいつらの問題であって俺がとやかく言う事ではない。

由比ヶ浜にとって雪ノ下は、空気を読みまくって維持しなくてもいい関係を教えてくれた大切な存在なのだろう。

雪ノ下にとって由比ヶ浜は、唯一と言っていい理解者だ。最近は小町も雪ノ下に毒されてきているが。

だが雪ノ下、お前に小町はやらん! なんなら誰にもやらねえ! 小町には一生養ってもらうんだからねっ!

きっと小鳥遊さんちの泉さんならわかってくれるはず。あの人はいろいろと完成されている。

小町に一生養ってもらうことも視野に入れている俺だが、当の小町は現在受験生である。

普段家事は専ら小町が担当していたが、最近は俺が代わりにやり勉強にあてる時間を増やしている。

というのも、志望校、つまり俺が通っている学校への進学は学力的に厳しいのだ。

夏休みにほぼ付きっきりで教えた甲斐もあって多少は良くなったが、元がアレなのでまだ難しいだろう。

ちなみにほぼ付きっきりというのは割と厳密な意味で付きっきりだった。風呂とトイレ以外は、とかそういうレベル。

これは兄妹の絆がそうさせるのであって、重度のシスコンだからだとか、全く出かける予定が無かったからとかではない。

ついでに言えば、たまに嫉妬した親父も混ざってきたので家族の絆と言えなくもない。

と思ったが親父は俺に対して各種嫌がらせをしただけなのでやっぱりそんな絆はなかった。

まぁ小町関連ならなんてことはない。深夜に痛チャリで秋葉原から帰宅は余裕だし、なんならアメリカに連れ戻しに行くまである。

だからこうして休日である日曜日にはるばる夕食、夜食の買い出しに行く事は当然であり、むしろ誇らしい。近所のスーパーだけどな。


さすがに近所なだけあってダラダラ歩いていてもすぐに着く。

どこにでもある普通のスーパーで、あまり特徴はない。半額弁当を狙った狼もでないし、小さい虎を連れた凶悪目つきの竜も現れない。

不定期に行われる魚やら野菜やらの詰めにくい詰め放題と、微妙に安いらしいタイムセールがあることが特徴といえば特徴か。

自動ドアをくぐり、カゴだけ持つ。今回の目当ては野菜の詰め放題である。

昨日の夜、リビングで勉強している時、小町が『夜食にサラダバーとかあったらもっと勉強はかどるのになー』と言っていたからだ。

兄として当然聞き流すことなどできない。小町其処に在り、故に比企谷家在り。比企谷家の家訓だ

次の開催時間までには少し間があるので、それまで適当に回りぽいぽいと品物を放り込む。

調味料は買う機会が少ないのでついつい忘れがちになる。しかし今日は忘れてはいけないのは醤油だ。

もちろん銘柄は世界に名だたるソイソースメーカーのキッコーマン。千葉県野田市に本社がある。

というか野田市は醤油工場しかない。一部の人からは醤油の聖地と呼ばれているくらいだ。

あの市で寿司や刺身を食べるときは、空気中に醤油分が豊富にあるので空中にくゆらせて食べるのがマナーになっている。

正しい作法を知りたければ、もの知りしょうゆ館での工場見学の後に亀甲仙人から学ぶことが出来る。そんなわけあるか。


時間が近づいてきたので、詰め放題が行われる場所に向かう。

詰めにくいことに定評がある詰め放題だが、地味に混んでいる。

なんでも、高度な空間把握能力と創意工夫を求められるドM仕様が逆に人気を集めているらしい。

わからなくもない。ついついキャサリンをいきなりハードモードで始めてしまうあの感覚である。ツィゴイネルワイゼンはもうトラウマ。

まぁ、この前来た時のように、晩白柚とかいう巨大な柑橘系の何かとか、やたらでかい大根やゴボウといった巨大シリーズで攻めてきて、

用意された小袋どころかカゴよりもでかいという、詰めにくいどころかそもそも無理ゲーな場合も多々ある。店長マジオチャメ。

無理ゲーの時は、やりたい放題な店長のドヤ顔に苦笑して帰るしかないが、それでも以降の参加者数が減らないのはある意味凄い。

毎回違ったコンセプトで行われる高難易度のイベントは、なんらかの中毒性があるのだろうか。

そんな好き者達の僅かな隙間を縫うようにして良いポジションに潜り込む。人間関係界の隙間産業と呼ばれた俺には造作もないことだ。悲しい。

だが隙間産業は上手くやれば大成功できる可能性を秘めている。良い隙間を見極め、それを有効に活用すれば良いのだ。

周りを見渡せば、チャンスもとい隙間はいくらでも転がっている。

そう、俺自身が教室の隙間であるように。もうやめたげて。

独り地雷処理をしているところで、店長が出てきた。

手には詰め放題が開催中である事を記した立て看板を持っている。

でかでかと書かれた文字は、『盛ってっけ! もぎたてprettyちゃんす』。

おい店長。

マクロス好きでアルカナ勢な店長は立て看板を置くと、一度バックヤードに戻り、野菜や果物の乗ったワゴンを運び込んでくる。

積まれた物をぱっと見る限り、どうやら今日は巨大シリーズではないらしい。

一番上のものは普通の野菜のようだが、もちろん全てがそうであるはずがない。

良く見てみれば、捻じれたキュウリにやたら細長いジャガイモ、妙にエロい大根など普段店に並んでいる野菜とは明らかに形が違う。

いわゆる規格外、あるいは規格落ちというやつだろう。

まったく、嫌な言葉だ。

それらは規格品と比べて味、栄養共に劣る事は無くむしろ優秀である事が多い。

にも関わらず、見た目が悪い、運搬の効率が悪いというだけで廃棄されてしまう。

枠に納まるものしか受け入れず、はみ出すものは容赦なく排除する。まさに社会の縮図だ。

個性を育むと言いつつ、結局は自らのコピー品を作ろうとする教育となんら変わりない。

ラテラルシンキングで傷物を有効活用した特等添乗員を見習って欲しいものだ。

その点ここの店長は好感が持てる。また参加しようという気にもなるものだ。

思えば、行儀よく並んだ野菜は欺瞞に満ちた紋切型の青春を謳歌するリア充どもと似ている気がしてきた。

つまりイライラしてきた。もう今日は我が道を行く自由奔放な野菜しか買わない事にしよう。

ぼっち万歳!


決意を新たにしていると、店長がようやくワゴンを運び終えた。ワゴンは俺達が待機している場所から5メートル程離れている。

溜めに溜めるうっとおしい店長に焦らされつつ開始の合図を待つ。

無駄に上手いGガンの司会者のモノマネで合図された、その瞬間、わっと走り出す群衆。

というわけもなく、急ぐことなく普通に歩いて行く。成果は殆ど各個人の能力次第なのでその必要がないのだ。

最初のポジション取りもいち早く袋を取ることが出来る以外にあまり意味はない。

ひたすら自らの能力と向き合うこの競技は、無理やりねじ込みたがるおばちゃんを除き、

常連達の間では慌てず騒がずスマートにこなすという不文律の紳士淑女協定が結ばれている。

だが一人、空気を読まずに突貫する者がいた。

ダッシュでワゴンの傍まで行くと、慌ただしい様子で小袋を手に取る。

見るからに娘を溺愛していそうな眼。

友好的な女を見たら美人局だと思えと言う口。

娘と仲の良い息子を追い払う手足。

つまるところ、俺の親父である。

なにしてんだよ……。

呆れた視線で親父を見ていたら目が合った。

親父は俺を見てニヤリと笑い、再び猛烈な勢いで様々な野菜を小袋に詰め込み始める。

ワゴンには野菜だけでなく果物もあるのに、ひたすら野菜のみを詰めている。

……どうやら親父も昨夜の小町のつぶやきを聞いていたのだろう。

ときおり挑発するようにこちらをチラ見してくるのがその証拠だ。うざい。

しかし、なぜわざわざ詰め放題に来るのか。

その理由は明白である。

普段、親父は殆ど自分の買い物をしないようだ。ときおり幸せの壺や絵画を買わされるぐらいである。

そのせいか小遣いが元々少ない上に、頻繁に小町に貢ぐものだから財力は俺と同等かそれ以下だろう。

ゆえに金に物を言わせて買い込む事ができないのだ。

小町の為に出来る限りのことをするのは比企谷家の人間にとって当たり前のことである。

その点のみにおいて、親父は尊敬できる人物である事は確かだ。

しかし、親父に小町の親としての矜持があるように、俺にも小町の兄としての矜持がある。

負けることはできない。

恥も外聞もなく、遅れを取り戻すようにワゴンに飛びつく。

視線に敏感な俺は周囲の人間が言外に非難するのを感じ取ったが、そんなことはどうでもいい。

紳士淑女協定? 知るかそんなもん。


小袋を手に取り、頭の中でルールを確認する。

この詰め放題は、商品が一部でも小袋の中に入っていれば良い、と言う事になっている。

あとは商品に傷を付ける事と小袋以外の道具を使う事が禁止されているぐらいで、ほぼ何でもありだ。

小袋は何枚でも使用していいし、上下に組み合わせて包んだり紐状にして商品を結ってもいい。

しかし、価格は小袋一枚又は一部分につき算定されるので使い方を誤るとかえって割高になってしまうので注意が必要だ。

ルールを再確認した後は大まかなプランを立てる。

今回の目的はサラダバー用の材料を確保する事だ。種類はそんなに多くなくていいだろう。

勉強しながらでもつまめるもの、ということを考えると自ずと材料と量が限定されてくる。目安は3袋程度だろうか。

条件を確認し、のびのびと自由気ままに育った野菜達と向き合う。

奇怪な形をした野菜同士を組み合わせ、なるべく直方体に近い形にしたあと細長い円筒状にまとめる。それを繰り返し、徐々に円周を大きくしていく。

小袋の直径と同じくらいになったところで中に入れ、まだ入りそうなが隙間あればそこにもどんどん詰め込む。

盛るぜ~盛るぜ~、超、盛ってやんぜぇ~。

親父への闘争心、もとい敵愾心からか、いつもより調子が良い。

この調子なら負けることはないだろう。なんなら千年パズルを解くまである。闇八幡が出てきたらどうしよう。

雪ノ下あたりに『罰ゲーム!』とか言ってみたいが、どうせ『あなたの人生が罰ゲームみたいなものでしょう?』と言われるのでやめておこう。

あ、今日はこの台詞で練習しよう。雪ノ下のモノマネはもはや日課だ。

ちなみに、逆にきれいな八幡とか出てきたら超絶リア充になるだろう。ググったら詳しく分かるかもしれない。

しばらくすると親父は絶好調な俺を見て不安を感じたのか、途中からわざとぶつかったり俺が取ろうとしたものを横取りしたりと露骨に邪魔してきた。

全く持って陰湿である。

卑怯な行いなど断じて許すことは出来ない。

仕返しに足を踏みながら突き飛ばしたり、袋にこっそり穴を開けたりしてやった。

卑怯な行いなど断じて許すことは出来ない。


ある程度時間が経つと詰めやすいものは少なくなるので難易度が跳ね上がる。

やはり今回も順調だったのは最初だけで、どうにかこうにか目標である3袋を詰め終えた。

後半は殆ど邪魔してこなかった親父が気になったので様子を窺ってみる。

なんと親父は限界まで密度を高めた状態で5袋も完成させていた。

対人関係、特に女関連の詐欺に弱いだけで、基本的にはハイスペックであることを忘れていた。

俺が見ていることに気がついた親父は、かなりむかつく表情をして鼻で笑う。

そしてワゴンに殆ど野菜類が残っていない事を確認すると、意気揚々と去ってく。

だが、それは間違いだ。

親父のカゴに入った袋を見て、俺は勝利を確信した。


詰め放題コーナーを後にし、必要なものを買って回る。

野菜コーナーでぼっち化していたキンバーライトさんを救出した以外は予定通りの品物を揃えた。鐘が響くぜ。

小町の頭のことを考えれば、冬月先生ばりのマグロの目玉ゼリーとかの方が良いのだろうが、あらゆる面で非現実的だ。

そもそもマグロの目玉なんて売っている所はあるのだろうか。わたし、気になります。

店員に聞いてみようか。だが気遣いの出来る俺はもちろん仕事中に声をかけるなんてまねはしない。やらなくていいことならやらない、だ。

ちなみにこの野菜達は農薬等で奇形になったのではない。そこは生産者並びに各方面に確認済みだ。

放射能の影響とか馬鹿馬鹿しいデマに流されていはいけない。

少なくとも千葉県のピーナッツは影響ないからどんどん買うべきだ。むしろ買え。みそピーは世界観変わるレベル。

まぁ、アヤシイ食材の安全を確認するのは専業主夫を目指すものとして、なにより小町の健康を預かる者として当然の義務である。

日々向上していく俺の主夫スキル。働かない為なら努力を惜しまないぜ。


レジを抜け、カゴからエコバッグに商品を移していく。

隣のおばちゃんのエコバッグはたぶん海外からの輸入品だ。

資源を節約するための物を空輸。なにこの自家撞着。

欺瞞を横目に淡々と作業をこなし、店を出た。


俺がもし物語の主人公であれば、どこかへ出掛ければ知り合いに偶然会ったりしただろう。

近くに住んでいて、料理が趣味であるはずの――断じて『特技』ではない――由比ヶ浜あたりが妥当だろうか。

しかし、現実はこの通りだ。出掛けたところで誰にも会わず、俺は物語の主人公ではなくただのぼっちだ。

それが悪いことだとは決して思わない。

ただ、もし、俺が。

暮れかけた空を背に鴉が一声鳴く。


野菜がたっぷり詰まったエコバッグの重みを感じながら歩く。

レジ待ちで結構並んでいたので、親父は既に家に着いているはずだ。

喜々として小町に戦利品を見せていることだろう。

しかし、小町が言うサラダバーとはサラダ=salad=野菜、バー=bar=棒で野菜スティックの事なのだ。

量を優先して詰めやすい葉物ばかり狙ったのが親父の敗因だ。

親父は小町の理解度が低い。まだまだだね。小町の英語の理解度も相当低いが。

……あいつ本当に合格できるのか?

やっぱり今後も付きっきりで教えてやるしかないだろう。

夕飯の手順と勉強のメニューを考えつつ、俺は家路を急いだ。





つづく

第一話というかプロローグ終了です。

つづきは一週間以内を予定しています。

それでは、また。

第二話



教室において窓際とは、主人公の定位置である。

漫画やアニメでは殆ど間違いなく主人公は窓際の席にいる。

光溢れる窓際。若々しく瑞々しい青春を象徴するのは、やはり光だ。

輝く汗。溢れる涙。それらは光を受けてキラキラとさんざめく。そう、青春は光を受けてこそ青春たり得るのだ。

ゆえに当代随一の真リア充である葉山隼人が席替えで窓際になるのは当然と言うよりもはや必然だろう。

そして主人公の隣か前後にはヒロインがいるのも定番である。

ご多分にもれず葉山を中心に、前に海老名さん、右隣に三浦、後ろに由比ヶ浜と、クラスの一軍リア充女子で固められている。

作為的なものを感じないでもないというか確実に何らかの力が特に三浦あたりに働いたのだろうが。

作為的と言えば、中学生時代俺の隣の席になった女子はみんな急に目が悪くなって前の方に行ったんだけどアレ何?

若林さんメガネしてたけど度が合ってなかったのかな。

前の席が埋まってもう移動できないと悟ったときの彼女の泣きそうな表情は忘れられない。

分かってないと思うけど一番泣きたいのは俺だからね? それ以降俺はあらかじめ一番前の席に固定されたし。

おかげで授業に集中できたけどな!

その点、最近の席替えはかなりマシになった。

隣になった女子は俺をチラ見しただけで直ぐに自分の所属するグループに行く。もしくは携帯を弄り始める。

居ても居なくてもいい奴、どうでもいい奴としてのポジションを確立した賜物だ。

意識しなければ存在すら忘れられている。思い出すのはそれこそ席替えや英語の授業のペアを組む時ぐらいだろう。

もはや忍者である。世が世なら立身出世も夢ではない。忍者的に考えて俺マジ半蔵。

ただし専業主夫に出世はないのでやっぱりただの夢だった。というかそもそも出世に興味がなかった。

席替え直後は教室が騒がしいのはどこも同じだろう。

幸い今はSHRなので、騒ぐ相手もいない俺はさっさと帰り支度をして教室の出口に向った。

動いても誰も気付かない、気にしない。やっぱ忍者になろうかと本気で検討しながら廊下を歩いていると、いきなり背中を突つかれた。

隠密行動中の俺に気付くとは!

「なにやつ!?」

「うわっ!?」

バッと素早く颯爽と振り返ると、驚いてわたわたしている由比ヶ浜がいた。

「きゅ、急に振り返らないでよ! あと、今のキモい」

「あ、あぁ……、悪い」

アホな妄想をしていたせいで言動が変になってしまっていたようだ。

「それで、何の用だ? 三浦あたりとわいきゃい無意味にはしゃいでなくて良いのか? 猿みたいに」

「言い方に悪意があるよ!? キモいって言ってごめん!」

「いや別に気にしてない」

由比ヶ浜結衣、ちゃんと謝れる子である。今の場合悪いのはたぶん俺だろうし。

「う、うん、そっか。あ、あのさ、ヒッキー今日も部活行くよね?」

「まぁな。進級がかかってるからな」

正直帰りたいのはやまやまだが。

「したらさ、あたしこの後優美子達とちょっと話あるから遅れるんだけどさ……、ヒッキーにも話あるから、その……、帰らないで待ってて欲しいんだけど……」

何が言いにくいのか、由比ヶ浜は視線を下に向けて胸の前で合わせた指をいじいじしている。

「……ああ、わかった。どうせ本読んでるだけだしな」

俺が答えるとぱぁっと顔を輝かせて、次いでほっとしたような表情をする。

「そっかぁ! じゃあ待っててね! 絶対だよ!」

「おう」

由比ヶ浜は一度にっこり笑って手を振ると廊下を駆けて行った。

なんとなく見送った後、昇降口に向かって歩き始める。

「さて、……帰るか」


「待ちたまえ」

歩き始めて数歩も行かないうちに襟首を掴まれる。この万力のような力は……

「ひ、平塚先生!」

「たった今待つと約束をしたばかりなのに何故帰ろうとするのかね?」

「聞いてたんですか!?」

「偶然通りかかってね。と言うより、天下の往来であんな青春していたら注目を集めるのは当然だろう」

ぎりぎりと肘関節を決めながらガッチリホールド。

「違うんです! それが誤解なんです! 今日は、今日だけは見逃して下さい!」

「誤解?」

「そうです誤解です! あれは青春なんかじゃないんです……」

この流れには覚えがある。

教室の端でうっとおしく盛り上がるリア充達。そしてその輪から抜け出し、俺に近づいてくる女子。

羞恥で泣きそうな顔を真っ赤に染めながら俺に嘘告白をする女子。

そう、いわゆる罰ゲームというやつだ。

もし受けたら気持ち悪さで泣かせてしまい、勘違いナル谷扱いされ地獄に落ちる。

断ったら断ったで屈辱で泣かせてしまい謝罪のシュプレヒコールで地獄に落ちる。

イベントが発生した時点で既に不可避なのだ。

「だからその前に逃げるしかないんです! わかって下さい先生!」

説明しつつ必死に説得を試みる俺。

「トラウマを掘り返しつつ涙ながらに懇願するな……さすがに憐れになる……」

「だからその悲劇を繰り返さないためにも、ここは

「だがな比企谷、由比ヶ浜はそのような真似をするような人物だと、本当に思っているのか?」

「……っ」

「私には、以前の彼女ならともかく今の彼女がするとは思えないがね」

「それは……そう、ですが……」


しかし、自己防衛の基本は逃避にある。

暴言や罵倒は聞き流して避け孤独感からは妄想で逃げる。優しさはまず疑ってかかり、疑わしきは逃げろ、だ。

ぼっちはそうやって強くなっていくものだ。ならざるを得ない。

世間ではそれを弱さと呼ぶかもしれない。雪ノ下なら間違いなくそう断言するだろう。

だが、世間での評価などそれこそぼっちには何の影響もしない。

その強さの根底を覆しても良いのだろうか。

「ふむ、どうせ君はまたろくでもない理屈を並び立てているのだろう。それはまあいい。しかし、私との約束を忘れたわけではないだろうな?」

部活に行かなければ留年&私刑というアレである。

「あれは約束と言うより脅迫じゃ……いえなんでもないです」

肘がゴリッと嫌な音を立てた時点で屈服した。痛いの怖い。強さとかそんなの超どうでもいい。

「よろしい。ではさっさと行きたまえ」

「はい……」

背中を押されというか突き飛ばされ、とぼとぼと歩き始める。

「後で確認しに行くからな。私に自慢の拳を使わせるなよ」

先生……スクライド好き過ぎだろ……。

結局逃げることも出来ずに部室に着いてしまった。


戸を開けると、いつものようにいつもの場所に雪ノ下がいた。

「よう」

俺が声をかけると、雪ノ下は本を閉じ顔をこちらに向ける。

「…………こんちには、比企谷君。……はぁ」

「おい、今の間はなんだ。あとお前かよ的な溜息やめろ」

「そうね、なんで比企谷君なのかしら」

「俺に聞くな。傷付くだろ。っていうかこの流れ前にもやったろ……。由比ヶ浜はなんか遅れるらしいぞ」

「そう」

「ってかお前、来るの早いよな。いつも一番にいるし」

「比企谷君に遅れを取るなんて、それがどんなことでも耐えられないもの」

「はっ、珍しく弱気だな。俺ごときに耐えられないだなんて」

「あなたは変なところで強気ね……」

一通り挨拶を終えて俺もいつもの席に着く。

鞄を開いて本を取り出したところで、雪ノ下がまだこちらを見ていた事に気がついた。

「な、なんだよ……」

そんな真っ直ぐな目で見つめるなよ……。怖いだろ。

「いえ、どうして比企谷君は比企谷君なのかしらと思っただけよ」

「お前どこのジュリエットだよ。何? 俺の事好きなの?」

雪ノ下は無言でスッと目を細める。やばい、俺死んだかも。

「……もし、あなたが比企谷君じゃなかったら私達が出会うことはなかったわ」

……良かった。ただ完全に無視されただけで済んだ。伊達に普段から発言どころか存在すら無かった事にされてないぜ。

「いやに感傷的だな。急にどうした?」

「別にどうもしないわ。ただ、ここ数ヶ月間の事を思い返して、この私にも大切に思える人が出来た事に驚いたのよ」

「俺はお前がそんな事言ったのが驚きだよ……。ってかその言い回しは完全に中二病だな。材木座と仲良くしたらどうだ」

「今まで私が受けた中で最大級の侮辱だわ……」

柳眉を逆立てて肩をわなわなと震わせる雪ノ下。

あまりにも意外な事言うものだから、思わず命の危険とか考えずに発言しちゃったじゃねーか。というかこの雪ノ下本物? どう考えても偽者だろ。

ちらりと雪ノ下の方を見てみると、引きつった笑みを浮かべて辺りに吹雪を撒き散らし始めていた。だめだ、本物だ。今度こそ死んだかも。

「い、いやほらあれだから。材木座とすら仲良くできる雪ノ下さんマジ天使って事だから。材木座的に考えて雪ノ下さんマジウリエル」

「火であぶって欲しい、ということかしら?」

今度は背後に黒い炎が立ちこめる。火であぶるどころじゃ済まないだろ。

てか天使の役割とか中二病じゃないと知らないよな、普通。雪ノ下はやっぱり中二病だ。

つまり俺は間違っていない! 謝るなんてことしないからな!

「ごごごごめんなさい!」

頭を机にこすりつける勢いで下げる。さすが俺、プライドとか無いぜ!

「……はぁ、話が進まないようだから今は不問ということにしといてあげるわ」

雪ノ下は、こほんと咳払いすると改めて話を始める。

「どこまで話したかしら……あぁ、比企谷君が屑だったから私達は出会えたわ。半分は平塚先生のお陰だけれど」

断罪しないだけでやっぱ根には持ってんのか……。後が怖い……。

「それで、話の本題なのだけれど、一般的には仲の良い人達は名前で呼び合うじゃない。やはり私達もそうした方が良いのかしら?」

今まで仲の良い人とか出来た事が無いぼくに聞かれてもですね……。

けどまぁ、

「別に気にする必要ないだろ。お互いわかってりゃわざわざ演出する必要はないんじゃね」

よくリア充様は名前で呼び合うがあんなもん演出でしかない。

本物の友情はそのような演出など必要としないだろう。友達出来た事ないから知らないけど。

というか雪乃だなんて恥ずかしくて呼べないですし。あ、ゆきのんは論外な。

「そう……、そう、かしらね」

納得したのかしてないのか、雪ノ下は首を捻っている。

首を捻るって言葉、雪ノ下と組み合わせるとなんか猟奇的に聞こえる。どうでもいいか。どうでもいいな。

「そういや、由比ヶ浜の誕生日パーティー?してたときに名前で呼ぶってなったけど、結局うやむやになったよな」

「だから今その話をしているじゃない」

……え?

………………。

っあぁー! そういうことですかー! 『私達』って雪ノ下と由比ヶ浜だけの事だったんですねー!

なにこの勘違いトーク。どこのアンジャッシュだよ! い、いや、ししし知ってたし! 勘違いなんてしてなかったし!

なんなら一人なったときに「うわあぁぁぁぁぁっ」て叫ぶまである。なにこれ超勘違いしてる。

「比企谷君とは、その演出とやらも遠慮したいわね」

取り乱している俺を見てその理由を悟ったのか、いやにイイ笑顔で追い打ちをかけてくる雪ノ下。こいつ性格悪すぎだろ……。

「私は始めから由比ヶ浜さんのことを話していたつもりだったのだけれど……。勘違いさせてしまったのならごめんなさいね」

「頼む、もうやめてくれ……」

「それと、これは言っておきたいのだけれど、人を弄んで喜ぶような趣味は持ち合わせていないからそれは勘違いしないでちょうだい」

……雪ノ下が言った事は本当だろう。こいつは人を弄んだりしない。ただ俺の傷を見つけては塩をすり込むだけだ。どっちにしろ性格悪い。

「まぁ、あなたの意見も参考にさせてもらうわ。どうもありがとう、比企谷君」

「……どういたしまして」

こうして日常的にトラウマは出来ていくものである。

しかし呼び方か……。

せっかくだし想像してみよう。

雪ノ下が笑顔で『ヒッキー♪』。

対する俺も爽やかに『ゆきのん♪』。

………………………………なるほど。

確実に血を見るな。

俺は雪ノ下をそんなふうに呼ぶくらいなら死を選ぶし、雪ノ下は俺を殺すだろう。

なにそれどっちにしろ俺が死んじゃうのかよ。


不毛かつ不愉快な想像をしていたら、部室のドアがガラッと開けられた。

「やっはろー」

頭の弱そうな挨拶をしたのはもちろん由比ヶ浜だ。

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

由比ヶ浜は挨拶を返した雪ノ下のもとに駆け寄ると、がばっと抱きつく。

「ゆきのん! 会いたかったよ~!」

「あまりくっつかないでくれるかしら……」

おい雪ノ下、そう言いながらも頬染めてんじゃねえよ。

「いや、会いたかったって土日挟んだだけだろ」

目の前で繰り広げられる百合百合な光景にぶっちゃけ引いた。

なにお前ら、そんなに会ってどうすんの? 会えないとふるえんの? どこ野カナ?

なもり先生どうにかして下さい。

「だって昨日二人で遊ぶ予定だったのに、サブレが調子崩しちゃって流れちゃったし……」

「大事には至らなかったのね」

「うん。なんか変な物食べただけっぽい」

「そう、それは良かったわ」

「でねでね、病院行ったら…………」

話し始める由比ヶ浜達を見て、俺は読書することにした。

由比ヶ浜が入部してからは一人と二人になるのが当たり前になっていた。

専ら俺は邪魔にならないようになるべく存在感を消している。ここでも俺の忍者スキルが有効に活用されているのだ。

忘れられているだけ、とも言う。


忘れられて早数時間。

ひとしきりいちゃついて満足した由比ヶ浜は携帯を弄り、雪ノ下と俺は読書といういつもの光景に落ち着いている。

今日も今日とて誰も来ず、日も暮れかけたところで雪ノ下が本を閉じた。

いつもの合図を機に、銘銘が帰りの支度を始める。

「って忘れるとこだった!」

突然の由比ヶ浜の大声に驚いたのか、びくぅっと跳ねる雪ノ下。

ちょっと可愛い反応だったが、その後直ぐに睨んできたのでやっぱり可愛くなかった。っていうか何で俺?

「……いきなり大声を出さないでくれるかしら」

「ご、ごめん、ゆきのん。……でさ、ヒッキーさっきの話覚えてる?」

「んあ? ああ、夕食の食べ残しを喰ってお前んちの犬が病院送りになったことか? ほんと気をつけろよ。
ネギとかニンニクとかマジで死ぬからな。あと、お前の料理も」

「う、うん気をつける。……って最後が余計だ!」

「植物毒は基本的に体重に左右される上に、そもそも個体差があるから量を考えればニンニクは有効な食材らしいけれど」

「へぇー、そーなんだ。ゆきのんペットいないのによく知ってるね」

「……ちょっと知る機会があったのよ」

……猫だろうな。公園とかの野良猫に餌あげてそうだな、こいつ。

「さすがゆきのん、もの知りだね」

ほへーっと感心しきりの由比ヶ浜であった。

「……じゃなくてっ!」

憤慨した様子でぶんぶんと鞄を持った手を振り回す由比ヶ浜。危ねえな。

「ヒッキーに話しあるって言ったじゃん! もしかして忘れてた!?」

「いや忘れてたのお前だろ」

俺はちゃんと覚えてた。むしろ今か今かとビクビクしながら待ち構えてたまである。

「覚えてたし! ちょっと言うのが遅れてただけだし!」

「一般的にはそれを忘れてたと言うのよ、由比ヶ浜さん」

「ゆきのんまで……」

雪ノ下に指摘されてしゅんとなる由比ヶ浜。飼い主とその犬っぽい。

「まあ、話ってなんだ?」

「う……。え、えっとさ、最近文化祭シーズンじゃん? 優美子達から面白そうな学校があるって聞いてさ……。
でさ、もしよかったら……一緒に行かない? あ、べ、別に深い意味は無いって言うかゆきのんもいるし二人でとかじゃなくて……」

先の廊下での時のように、またしても胸の前で合わせた指をいじいじし始める。後半になるにつれ声も小さくなっていった。

お前はあれか、外国人にいきなり道を聞かれたときの俺か。ちゃんと喋れちゃんと。

とにかく、文化祭のお誘いのようだ。こういう場合はどうするか。やることはひとつ。

そう、周囲の確認である。三浦達と話していたという事は今のは罰ゲームである可能性も否定しきれない。

骨の髄まで染みこんだ習性はもう条件反射レベル

「あ、や、ヒッキー違うよ。罰ゲームとかじゃないから! そりゃ昔はまわりの空気というかやむをえずにというか……やったことはある、けど……さ」

「何を気持ち悪くキョロキョロしているのかと思えば、そんな心配をしていたのね。でも、あなたは今由比ヶ浜さんと話しているのでしょう?
ちゃんと目を見て……いえ、それはいいわ。由比ヶ浜さんが気の毒だもの」

「ねえお前罵倒とセットじゃなきゃ注意できないの?」

マックでもそんなセット販売してねえよ。チーズバーガーとご一緒に罵りの言葉はいかがですかぁー? なにこのドM仕様。

「まさか。比企谷君だけ、特別よ」

嬉しくねえ特別だな……。というかキラキラ笑顔で言うなよ、余計イラッとするわ。

「安心なさい、由比ヶ浜さんにそんな恥辱を味わわせる輩がいたら私が叩き潰しているわ」

そうですかーぼくと話すのは恥辱なんですかー。

「っておい、それ由比ヶ浜の事も馬鹿にしてないか?」

「してないわよ、由比ヶ浜さんの事は」

「その倒置法いらねぇから。わかってるから」

「そう。私もわかっているわ」

oh……この女……。

「ちょ、ちょーっとストーップ! 二人ともあたしを置いてけぼりにしないでよ! ……それで、ヒッキーどう? 行かない?」

正直俺もどうしたいのか分からん。今までなら念のため断っておくんだが……。

とりあえず、今の段階では『やだね』とか言ったらだめだろうか。

「ふむ、今の話、聞かせてもらったぞ!」

ヒーロー漫画のサブキャラ的な発言と共に現れたのは平塚先生だった。そういやこの人俺が逃げてないか確認しに来るって言ってたな。

「比企谷、行きたまえ」

「出てきていきなり命令ですか!?」

「なに、そろそろ先の合宿と同様に別のコミュニティとの関わりを持ってもらおうと考えていたところだ」

「先方と何かツテでもあるんですか? 俺は行き先すら知らないですけど」

「そうだな、由比ヶ浜、どこに行くつもりなのかね?」

「あ、聖クロニカ学園ってとこですけど」

「なるほど、無いな」

「無いのかよ!」

「そもそも聞いたことすら無い」

あまりの適当さに思わずドン引いていると、先生は俺の方を向いて真剣な顔をする。

「いいか、比企谷。時には全く別の、それこそ人種が違うコミュニティと渡り合っていかねばならん時がある。前にも言ったように、うまくやる術を身につけてくるのだ。
このままではいつか、同じ目的を持ったもの同士の集いに参加した際に追い出されることになりかねんぞ。あそこには全く方向性の違う者しかいないからな」

「それって先生が参加して追い出された婚活パー

「俺の拳が真っ赤に燃えるぅ!」

「ごごごごめんなさい! 何でもないです!」

ゴッドフィンガーかよ自慢の拳じゃないのかよ。そういう痛々しい行動してるから結婚できないんじゃないだろうか。

「まったく、どうして比企谷は比企谷なんだろうな」

「それはもういいです」

なにはともあれ、文化祭に行くのは既に決定事項のようだ。

こうなっては今更俺がじたばたしたところでどうにもならない。なんなら始めからどうにもならない。

聖クロニカ学園か……。

なんとなく、残念な人達と残念なことが起きる、そんな予感がした。





つづく

第二話、終了です。

なんかクロスものになりました。

つづきはそのうち。

それでは、また。

どうもお久しぶりです>>1です

更新とめてしまって申し訳ありません

万が一、待ってくれている方がいたのなら更に申し訳ありません

不慮の事故により、危うくSSどころか人生エタるところでした

と言いますのもぼっち登山で(中略)牛乳を飲み続ける乳飲生活を(中略)手の甲に毛が(以下略)

そんなこんなで今週末あたりには少しでも投下したいと思いますがんばります

どうもこんにちは>>1です

俺ガイルの原作は5巻が発売されていますが、設定元は変わらず4巻までとします

はがないも同様に7巻までとします

では、投下します

第三話 前編



時は過ぎ、土曜日。

いつもの小町シフトの休日なら、一通り家事を終えた後は小町の勉強に付き合っているのだが、あいにく今日は予定がある。

例の約束の日だ。

自分で作った朝食を取り、準備を終えた後は時間までゆっくりしていようとリビングでぼーっとしていた。

しばらくすると、スリッパをパタパタ言わせながら小町がやってきた。

「おはよーお兄ちゃん。今日は涼しいねー」

そう言って食卓に着く小町の姿は下着の上に夏前にあげたTシャツ一枚というかなりの軽装。

Tシャツの裾から伸びる白い足が目に眩しい、なんてことは思わず、ただ風邪を引かないか心配なだけだ。

「おはよう。これからどんどん気温下がるっぽいから、寝る格好気を付けろよ」

「分かってるよー。お兄ちゃんは心配性だなぁ。ってかやけに早起きだけど、どしたん? どっか行くの?」

「ちょっと予定があってな。なんとかって学校の文化祭に行く」

「ふーん。……小町も行きたいなー」

小町はいつものおねだりの表情をする。この表情には弱い俺だが、今日は簡単に折れてやるわけにはいかない理由がある。

「勉強はどうした、受験生」

そう、小町は受験生だ。一日だって無駄には出来ない身分なのだ。

「大丈夫! 一日やらなかっただけで落ちるくらいなら始めから受からないよ!」

自信満々になんてこと言いやがるんだこの妹は……。

「それは普段からやってた奴だけが言える台詞だ」

「えぇー、小町最近がんばってるじゃん……」

唇を尖らせて拗ねる小町。正直可哀想だと思うが、これも小町のためだ。

大抵の場合、誰だれのためという言葉はほぼ間違いなく自分の為だが、こと小町に関してだけは本物だ。

世の中には、本物の気持ちというのは確かに存在する。

だからここは心を鬼にしてでも連れて行くべきではない。俺は厳しい兄でなくてはいけないのだ。

「……けどまぁ、夏休み頑張ったからな。今日一日くらいはいいか」

やっぱり妹には激甘な俺だった。小町マジ天使。

「やったぁ! いやー、話の分かる兄で良かったよ」

「うぜぇ……」

偉そうな言い方と共にぽんぽんと肩を叩かれて若干イラッとしたが、嬉しそうにむぐむぐとトーストを頬張る姿を見てしまっては怒る気にもなれない。

そそくさと朝食を終えた小町は、「着替え持ってくるー」と言って自分の部屋に引っ込んでいった。

しばらく捕食後のパンダのパンさん並みに何もしないをしていると、下着姿で小町が戻ってきた。

「お前なぁ、ちゃんと着替えてから来いよ……。時間はまだまだあるんだし」

「小町は着替え持ってくるって言ったよ?」

「それはそうだが、ならせめて何か着とけ」

「まぁまぁ。ってかお兄ちゃん! こっちとこっち、どっちがいいかな?」

小町は右手と左手に持った服を付き出してくる。

「どっちでもいんじゃね」

「うわー適当だぁ」

「いや妹の服装とかどうでもいいし」

「もー、お兄ちゃん、可愛い妹が一人ぼっちで出掛けるはずだった兄のためにおしゃれして行こうって言ってるんだよ? あ、今の小町的にポイント高い!」

「それほんとうぜぇな……。っていうか一人って決めつけんな」

「あはは、まっさかー」

妹にすら完全にぼっち認定されている俺であった。普段の自分を振り返ると否定のしようもないのが更に痛い。

俺が何も言わずにジト目で小町を見つめていると、恐るおそるといった感じで小町が口を開いた。

「……え? マジ?」

「お前それすげえ失礼だからな? 泣かすぞ」

「だってお兄ちゃんと誰かが文化祭に行くなんて、小町、罰ゲームくらいしか思いつかないよ!」

「お前それすげえ失礼だからな? 泣くぞ」

さすがマイリトルシスター、トラウマをしっかりおさえていらっしゃるぜ。

「いや小町はお兄ちゃんと行きたいよ? でも他に誰が……あ! わかった、戸塚さんだ!」

「戸塚かぁ……。戸塚は今日は部活の連中と別の学校の文化祭行くんだってさ……」

「お兄ちゃん泣かないで……。キモいから」

「ばっかお前、戸塚が他の男とデートしてんだぞ!? これが泣かずにいられるか!」

「あぁー、確かに戸塚さんと男子が文化祭行ってたら普通デートだって思うよね」

「やめろよほんとにデートだったらどうすんだよ。滅多なこと言うんじゃねえよ」

「自分で言ったじゃん……」

「それはそうだが……」

けど、冗談で言ったつもりでも誰かに同意されると急に不安になることってあるよな。

例えば、中学生の頃に好きな子が他の男と楽しそうに喋っていて「あいつら付き合ってたりしてな」とか呟いたら、

誰かが聞きとめて皆言い始めて結局それがきっかけで付き合ってなにこのキューピッドってなったりするとか。

ないか。ないよね。でもあるんだよ!

「まぁ冗談はさておいて、やっぱ結衣さん?」

「あー、まぁ、そうだな。由比ヶ浜だけじゃねえけど」

「おお、そっちのパターンか」

うむうむ、と一人で何やら楽しそうに頷く小町。

どっちのパターンだよ。そんな何通りもルートねえよ。あるとしたら誘われないぼっちルートくらい。

「ふーん、へぇー、そっかー」

小町は何やら妖しげな光を灯らせた目をして、ニタニタ笑いを浮かべながら俺を見てくる。

「やっぱ小町行くのやめる!」

「……別に俺はどっちでもいいけど。行かないってなると勉強することになるぞ?」

「うん、勉強するよ。受験生だし。お兄ちゃんと一緒の学校行きたいもん」

「はいはい、ポイント高いな」

「もー、それ小町の台詞だよー」

纏わりついてきてぶーぶー文句を言う小町。お前もうさっさと勉強しろよ。というか服着ろ。

「そんなことよりお兄ちゃん! もっとおしゃれで爽やかな格好しなきゃ! せめて格好だけでも!」

「最後の一言はいらねえだろ。目の方はもうどうしようもねえんだから」

「それだけは自分で言っちゃだめだよ……」

そうは言っても、腐ってなかったらマズイだろ。きれいになったら大変なことになるぞ、主に雪ノ下が。

結局小町に身ぐるみを剥がされ、おしゃれで爽やかになりました。

ついでとばかりに「遅刻は絶対ダメだからね!」と言われ家を追い出された。

小町曰く、『ごっめーん、まったぁ?』『好きで待っていたんだよ(キリッ』が昨今のテンプレらしい。

ソースはヘブンティーン。相変わらず頭が空っぽな内容らしい。ぺっ。

気分を変えようと空を見上げる。

今日の天気は晴れ。先日まで荒ぶっていた残暑は鳴りを潜め、秋らしい清々しい空気に包まれている。

……たまには散歩も良いか。

俺は駅に向かってゆっくりと歩き始めた。

しかし、この調子だと集合時間よりかなり早く着くだろう。

まあ暇つぶしなら携帯がある。

携帯がある時代に生まれてよかったぜ。



集合時間の5分前、雪ノ下がやってきた。というか、気付いたら俺から10メートルくらい離れたところに立っていた。

俺が見ていると雪ノ下もこちらに気付き、離れたまま声をかけてくる。

そんなに俺と並ぶのが嫌なのかよ。まあ別にいいんですけど。

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

「まだ集合時間前だし、気にすんな」

「待ってくれていたようだけれど……、ごめんなさい」

「それだと俺がお前と一緒に行きたがっていてしかも断られてるみたいだろ。わざわざ言い直すな」

「そうかしら。それは被害妄想よ、比企谷君は大変ね」

ああ大変だよ、朝からお前の相手をするのは。

なんてもちろん口には出さない出せないダメ絶対。

そんな事を口に出すのは、台風の日にちょっと京葉線見てくるとか言うのと同じレベルの死亡フラグである。

「それと、携帯を弄りながらニヤニヤするのはやめなさい。とても気持ちが悪いわ」

「だからその位置なのな」

どうやらまた一人でニヤついていたらしい。これからは邪神が出てくるラノベだけではなくギアスのSSも外で読むのを止めよう。

ナナリーの扱いの酷さに思わず笑ってしまう。イヌリーでまともな方ってどういうこと? 面白いからいいんだけどさ。

「にしても、ちょっと離れすぎじゃないか? 誰かが近くに来ればさすがに一人笑いは控えるし」

「私が隣に立ったら比企谷君が通報されてしまうでしょう? 私なりの気遣いよ」

「気遣いが斜め下すぎる……。言ってくれりゃいいだろ。……まぁ、助かった」

「通報される可能性は否定しないのね……」

「そりゃそうだ。俺は美少女といる男を見かけたら即座に通報できるよう常に準備を整えているからな」

「っ……、あなたは本当に性根が腐っているわね」

一瞬言葉を詰まらせたが、相変わらず俺のことを罵倒してくる雪ノ下。

だが、今の会話のポイントはそこではない事に気がついた。

重要なのは目は腐っていると言わなかったところ……あとは分かるな?

頬を僅かに染めて髪を払う雪ノ下を今朝の小町のようにニタニタ眺めていると、横目でキッと睨まれる。

「その笑顔まがいの醜い表情、やめてくれるかしら。アレルギー反応を起こしそうだわ」

……さっくりとアレル源扱いされた。瞬時に思い起こされる数々のトラウマ。

っていうか笑顔が醜いとか酷過ぎじゃないですか?

雪ノ下をからかうのは面白いが、もうやめよう……。代償が大き過ぎる。

由比ヶ浜がなかなか来ないので、冷たい目線でチラ見し合うというなんとも不毛な勝負(?)を繰り広げる。

一度捨て猫のようにいたいけな目と表情をしてみたら雪ノ下は本気で嫌そうな顔をしてさらに10メートルほど離れた。

そんなこんなで集合時間の5分前になった頃、携帯が震えた。

メールが届いていて、差出人は『☆★ゆい★☆』。スパムかと思い削除した直後に由比ヶ浜だと気付いた。やべっ。

だが消してしまったのはどうしようもないので、もう一度送ってくれと送り返す。

由比ヶ浜から瞬時に再び届いたが、今度はバッテリーが切れてしまった。

……朝早くからずっと使っていたとはいえ、さすがに早過ぎないですかね、リンゴさん。

まあ集合時間になっても来ていない事を考えると、遅れるとかそんな所だろう。詳しくは雪ノ下に聞けばいい。

とりあえず雪ノ下の元へと向かうと、雪ノ下もこちらにやってきた。

案の定、同様のメールが届いていたようだ。

「由比ヶ浜さんは遅れるみたいね。動物病院に行っているようだから結構時間かかるみたいだけれど、待つ?」

「あー、俺はどっちでもいいけど。まあここで待っててもあいつの事だから恐縮するだろ。どうせ待つなら現地で待とうぜ」

「そうね、では行きましょう」

改札を抜け、タイミング良く到着した電車に乗り込む。

車内の席はほぼ埋め尽くされていたが、ちょうど二人分空いていた。

迷うことなく座り、雪ノ下も隣に腰を下ろす。

もし隣にいるのが雪ノ下以外の女子か戸塚だったらかなり緊張しただろう。

だが、こいつは別だ。

特別だ。

雪ノ下といえども嘘を付くが、自分の言動に不誠実ではない。

付いたら付いたで、その嘘を本当にしようとする。

その姿勢は、自覚する事無く周囲や自分自身でさえも騙そうとするその他大勢と比べて遥かに好感が持てる。

俺は雪ノ下の事を誰よりも高く評価し、信頼さえしていた。

だから、安心して他人でいられる。

あまりの眩しさ故に、存在そのものの違いを自覚し続ける事が出来る。

電車に乗っている間中、俺と雪ノ下は一言も会話を交わさなかった。



電車は目的の学校の最寄り駅で降りた。

本来なら駅からはバスで向かうらしいのだが、

歩いて行けば時間も潰せて由比ヶ浜とちょうど良く合流できるかもということで歩くことになり、見知らぬ初秋の町を練り歩いていた。

そして駅を出発して30分、今に至る。

振り返ると200mくらいのところにさっき降りた駅が見える。

「おかしいわね……」

「ああ、おかしいな。お前の方向感覚はおかしいな」

歩き出す前に駅前の地図見て『よし』とか言ってたけどあれなんだったの? 自信満々に一人でずんずん進んでたけどあれなんだったの?

雪ノ下が真性の方向オンチだということを忘れていた。

「おかしいわね……。駅と学園の座標関係はちゃんと覚えているはずなのに……」

「ああ、おかしいな。それだけで辿り着けると思っているお前はおかしいな」

考えに没頭している雪ノ下に俺のツッコミは届かない。

埒が明かないので尚も何かぶつぶつと呟いている雪ノ下に提案する。

「なあ、せっかく駅の近くに戻ってきたんだし、もうバスで行こうぜ」

「それは私に降参しろと言っているのかしら? 舐めないで頂戴」

「なんでそうなる……。……なら、せめて人に聞こうぜ」

「嫌よ。人に聞いたら負けだわ。自力で着いてこそよ」

お前はドライブデートで迷った時の男かよ……。

どうやらどこかで負けず嫌いさんのスイッチが入ってしまったらしい。

こうなってしまってはもう手遅れだ。ほとぼりが冷めるのを待つしかない。

まあ時間に余裕が無くなってきたら流石に雪ノ下も折れるだろう。由比ヶ浜を待たせるわけにはいかないだろうし。

それまでは傍観者を決め込もう。

「駅を原点Oとすると学園は第一象限だから……」

第一象限ね、知ってる知ってる。範囲系の心意技だろ。

AWといいSAOといい最近超売れてるよな。電撃勢は相変わらず売れ行きが好調だ。

それに比べてガガガ文庫ときたら……。

ガガガ文庫はこの先どうなるのだろうか。人類はよくわからない方向に衰退してしまったし、飛行士は映画で爆死した。

有望な新人が望まれるところだ。一瞬、材木座に期待してやろうかと思ったが、作品の質は置いておくにしてもあいつの性格上間違いなく電撃に出すだろう。

いずれにせよ完成すればの話だが。

まあ材木座の話はどうでもいいか。

「……なるほど、わかったわ。比企谷君、こっちよ」

雪ノ下は自信満々に左に向かって歩き出す。

……右だと思うんだけどなぁ。



「……比企谷君、ひとつ聞いていいかしら?」

更に1時間ほど歩いていたら、雪ノ下が唐突に口を開いた。

「なんだ?」

「……ここはどこかしら?」

「知らねえよ……」

「そろそろ着いてもおかしくないと思うのだけれど……」

だいぶ前から雪ノ下は地図を表示させた携帯を片手に持っていた。

往生際悪く地図をくるくる回して現在地を確かめようとする。それが駄目なんだっての。

「なあ、もう満足しただろ? そろそろ誰かに聞こうぜ」

そろそろ時間もなくなって来たし、何より歩いて疲れた。

体力ゼロの雪ノ下に至ってはフラフラしている。

とは言っても辺りを見渡せばあるのは田園と山ばかり。

刈り入れは既に終わっているようで人影は無い。

「……とりあえず、携帯貸してくれ。地図見たい」

雪ノ下は渋々、といった感じで渡してくる。

まずは現在地の確認をしないとな。シャカシャカと操作し、画面に現在地を表示させる。こいつ全然違う場所見てたんですけど……。

思わず雪ノ下を見ると、一瞬バツが悪そうな顔をしたがすぐにフイと目を逸らす。子供かよ……。

ガキのんはほっといて地図を見てみると、なぜか俺たちのいる場所と駅とのちょうど中間辺りに学園がある。

……地図を持ってこの状況とかもう方向オンチってレベルじゃねえ。

この先こいつと結婚する猛者がもし存在するのなら、牛乳を買いに行って迷子になってそのまま失踪した雪ノ下を探す羽目になりそうだ。

とにもかくにも、ざっくりと道を確認して歩き始める。

かなり距離があるようだが、動き始めないことにはどうしようもない。

せめてバスがどこを走っているかを誰かに聴ければいいのだが……。

と、そこに救いの神が舞い降りた。

後ろの方からビーっと原チャの音がする。知らない人と話すのは緊張するが、会話の目的が明確な場合はその限りではない。

振り返って手を振って「すいませーん」と声を上げる。

近づいてきて止まった原チャに乗っていたのはフルフェイスのメットにシスター服の少女だった。

すげえ画だな……。

シスター服の少女は原チャを止めて「どっこらしょ」と降りる。

メットを外すと、下から現れたのは超絶美少女だった。なんかもう雪ノ下レベル。

銀髪で、明らかに日本人ではない造形の顔。フランクな感じに修道服を着こなす見事に整った体型。

澄んだブルーの瞳を少し爛々とさせていて、成長途中の狼のようなイメージを受ける。

見れば見るほど完璧な造形に思わず見蕩れてしまう。

そして銀髪美少女はその形の良い唇で音を紡いだ。……尻を掻きながら。

「どしたん? 迷える子羊ちゃんたち」

……随分砕けたシスターだな。っていうか尻を掻くな尻を。

「いやーずっと座ってるとケツがムズムズすんだよねー」

俺の視線に気がついたのか、銀髪美少女はカラカラと笑いながら言う。

美少女がケツとか言うなよ……。

俺がげんなりしていると、雪ノ下が銀髪美少女の奇行を無視して尋ねた。

「聖クロニカ学園というところに行きたいのですが、関係者の方でしょうか?」

「ん、そうだよ。あ、もしかして迷子ちゃんかな? こりゃ本当に迷える子羊ちゃんだねえ」

なにが楽しいのか銀髪美少女はニコニコとしている。

「うちの学園にはこの道を通ってるバスに乗れば行けるよん。結構距離あるから歩くのは大変だからねー。あと本数少ないから逃すと大変だよー」

「そうですか。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

雪ノ下に倣い、俺もお礼を言う。

「なんのなんの。それじゃ、わたしはここでドロンさせてもらうよ」

手を『ドロン』の形にしたあとメットをかぶり、去っていく銀髪美少女。

てかドロンて。おっさんかよ……。

道を進むこと5分。雪ノ下は既に疲労困憊でかなり歩くのが遅くなっているが、遠くにバス停が見えたのでまあ安心だ。

銀髪美少女の言う通り、ここの道はちょうどバスの路線だったようだ。

しかし、どのくらいの本数が走っているのだろうか。少ないとは言っていたが、田舎にありがちな朝に1本、昼に1本とかだったら目も当てられない。

まあ学園に繋がっているのだし銀髪美少女の口ぶりからするともう少しあるだろうが、それでも乗り遅れる訳にはいかないだろう。

乗り遅れる訳にはいかないが、後ろから不吉な音が聞こえた。

案の定、振り向くと遠くにバスが見える。

「おい、雪ノ下! やばいぞ!」

雪ノ下も振り返り、事態を察知する。

「急ぎましょう」

判断は早い。早足で歩き始める雪ノ下。

しかし当然バスの方が速く、ぐんぐん近づいてくる。

「そんなんじゃ間に合わねえって! ほら走れ!」

俺は思わず走り出す。つられて雪ノ下も走り出すが、みるみる失速していく。

「比企谷君、待って、今、走るのは、ちょっと……」

息も絶え絶えといった様子で訴えかけてくる。しかし休んでいる時間などあるはずもない。

「もう少しだから頑張れ!」

雪ノ下の腕を掴み、体を支えるようにして走る。

「やっ、ちょっ!?」

何か言った気がしたが無視。足をもつれさせながらもなんとか走り、ぎりぎりでバスに乗り込むことが出来た。

ぐったりしている雪ノ下を座席に座らせ、その隣に座る。

「強引なのね……」

頬を上気させ、はあはあと荒い息をしながらそんなことを言う雪ノ下。

……。

少ししてようやく落ち着いてきた雪ノ下が口を開く。

「比企谷君、私のこと責めないの? 私のせいで迷って、しかも私の体力のなさで迷惑かけているのに」

「なにお前、責めて欲しいの? ドMちゃん?」

雪ノ下は無表情になり、ふざけた事言うなら黙れと目だけで語る。やめて超怖い。

「でぃゃってほら、責めてぃぇもどうにもなんないだろ。結果的にはバスに乗れて由比ヶ浜を待たせることもなさそうだし」

恐怖のあまり前半噛んだが、何とか最後まで言う。

実際あれだ。ぼっちは基本的に人を責めない。自分の事は自分でどうにかし自分に関することに限り全ての責任は自らが負う、というのが熟練されたぼっちの標準的な思考だ。

逆に言えば、自分に関わりのないことは全て他人の責任であり、だいたいそれを呪っているんだけどな。

まあ今回の事は雪ノ下について行くと決めたのだから雪ノ下だけが悪いとは思わない。

「……でも、私の勝手な行動に付き合わせてしまったのは謝らせて頂戴」

隣に座っている雪ノ下は体をややこちら側に向け頭を下げて「ごめんなさい」と言う。

「気にすんなって」

俺は正面を向いたまま努めて無表情を保つ。

雪ノ下が頭を下げた拍子に髪からふわりといい匂いがして超ドキドキしているのは秘密だ。


しばらくバスに揺られていると、再び雪ノ下が口を開く。

「比企谷君、少し眠らせてもらっても良いかしら」

「ああ、いんじゃね」

さっきからこくりこくりと船を漕いでいても我慢していたようだが、ついに眠気に耐えきれなくなったらしい。

「そう。では学園に近づいたら起こして頂戴」

「わかった」

と返事をして直ぐに隣から寝息が聞こえてきた。

寝るの早っ! お前のび太君かよ。けどあやとりと射撃が得意な俺の方がのび太君だからな!

何この無駄な一人相撲。


ぼーっといつまでも代わり映えのない風景を眺めていると、肩にコツンと何かが当たった。

そちらを向くと、姿勢が崩れたのか雪ノ下が頭を乗せてきていた。

ふさふさまつげの目を閉じ、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てている。雪ノ下の長い髪が腕にさらさらとかかってくすぐったい。その髪からは相変わらずいい匂いがする。

どどどどうしよう!?

驚いて思わずビクッとしてしまい、雪ノ下が「んんっ」と小さく呻く。

ごくり。

いや待て、落ち着け。

雪ノ下は特別で、ただの他人だ。今はこんな状況だがこの先関係が変わる事もないだろうし期待もしていない。

しかし人生で最も女子と接近しているのもまた事実。しかも超絶美少女。そんなこと言っている場合じゃない。

こんなときはあれだ。素数だ……素数を数えて落ち着くんだ。素数はぼっちのための数字。俺に勇気を与えてくれる……。

1、2、3……あれ1って素数だっけ? 駄目だ数学苦手だから余計混乱してきた! 素数使えねえ!

結局どうしていいかわからず、やたら姿勢良く硬直することしかできなかった。

車内に俺みたいな奴がいなかったのがせめてもの救いだ。俺だったら確実に通報していただろうからな。


「そろそろ起きろ。もうすぐ着くぞ」

相変わらず肩に寄りかかったままの雪ノ下を揺り起こす。

「……んぅ?」

まるで荷馬車のわっちちゃんのように甘い声を上げる雪ノ下。……あの場面のケモナー行商人の気持ちを深く理解した。

目を覚まし、そのままの姿勢で顔を上げた雪ノ下と至近距離で目が会う。

……。

…………。

雪ノ下はスッと離れると、コホンと咳払いした。平静を装っているがみるみる顔が赤くなっていく。

正面を向いたまま頑としてこちらを見ようとしない。

思いっきりからかってやりたい衝動にかられたが、命は大事なのでやめておこう。

程なくして学園前に着き、バスを降りてお祭り気分満載の過度に装飾された校門をくぐる。

そこかしこに飾りやポスターが貼り付けられていて、その傍で宣伝や客引きが声を張り上げている。学園内は文化祭特有の雰囲気に満ちていた。

「とりあえずどうすっかな」

「由比ヶ浜さんと合流するまでは見て回るのはやめておきましょう。今回の発案者は彼女なのだし」

雪ノ下が携帯を確認したところ、由比ヶ浜からの連絡はないようだ。まだ到着していないらしい。

「そうだな。じゃあどっか適当に休める場所でも探すか」

校門でもらったパンフを見る。

「礼拝堂があるみたいだな。ここなら休めそうじゃないか?」

「そうね。ではそこに行ってもいいかしら?」

「ああ、行ってこい。俺はここで由比ヶ浜を待ってるから」

「……わかったわ」

わかったと言いつつも雪ノ下は歩き出そうとせずに手元のパンフをじっと見つめている。

そして軽く嘆息し口を開いた。

「……あの、比企谷君……」

うっすらと頬を染めて何かを言い淀む雪ノ下。

まあ何かっていうか何を言いたいのかはわかるんだけどな。それを俺に言おうとしているという事は驚きだが。

放っておいて迷子になった雪ノ下を探すのは面倒だし、俺から言ってやるか。

「……あー、雪ノ下、やっぱ俺も少し休みたいから行くわ」

「そ、そう。……では行きましょう」

俺たちはゆっくりと歩き出した。

歩きながら改めてパンフを見ると、敷地がかなり大きい事に気付いく。礼拝堂までは意外と距離がありそうだ。

「……気を遣わせてしまったようね。ごめんなさい」

疲労のせいか、屈辱のせいか、雪ノ下の声は消え入るように小さい。

「気にすんな、嫌ならしねえし」

「……でも、……いえ、あなたがそう言うのならいいわ」

それきり俺と雪ノ下は無言で歩く。

道は屋台やその客、各団体の宣伝をする人などで賑わっている。

ここの文化祭は敷地の広さを活かし敷地中に模擬店やステージがあるようだ。

しばらく歩くと、前方に奇妙な集団が見えた。

先頭を歩く金髪の女子の後ろにぞろぞろと連なる男共の列。

おお、さすがミッション系の学園。あれが司祭とその他大勢ってやつか。うん、違うよね。

近づくと会話が聞こえてきた。

「あんたたち、付いてきてんじゃないわよ。散れ散れ」

「セナサマ、またあのような場所へ行くのですか!?」

「セナサマ、おいたわしや!」

男共は口々に「セナサマーセナサマー」と言っている。あ、やっぱりちょっと宗教っぽい。

まあなんだっていいのでさっさと通り過ぎようとしたが、いきなり怒声が響く。

「ちょっとあんた! 今の台詞聞き捨てならないわね。『あのような場所』ってどういう意味よ!」

「い、いえ……それは……」

「いい? あんたごときがあいつらを馬鹿にしたら承知しないわよ!」

「セナサマ、そのようなつもりでは……」

「黙りなさい。……ほら、あんたたちもさっさと消えなさい」

金髪がそう言うと、男共はすごすごと散り始める。

騒ぎに驚いていた俺と雪ノ下も再び歩き始めた。

集団と擦れ違うとき何となく横を見ると、人垣の向こうから蒼い眼がこちらを見ているような気がした。

にしても、すげえ迫力だったな……。取り巻きに囲まれてほとんど金髪の姿は見えなかったのに、その存在感はばしばし伝わってきた。

あの金髪にとって『あいつら』ってのはよっぽど大切なんだろうな。

「どうしたのかしら? 比企谷君」

斜め前で雪ノ下が振り返る。隣を歩いていた雪ノ下といつの間にか数歩の差が出ていたようだ。

「いや、なんでもない」

そう言って隣まで追いつく。

「そう。では行きましょう。次の角を右だったかしら?」

「真っ直ぐだろ……」

ついてきて完全に正解だったな……。

ツッコミつつ呆れていると、後ろからかなりアブナイ匂いのする叫びが聞こえてきた。

「くっ、黒髪ロングの美少女キターーーーーーーー!!!! 黒髪ロングぺろぺろ! 黒髪ロングクンカクンカスーハースーハー!! デュフフ……」

……やばいのがいる。

雪ノ下も身の危険を感じたのか歩く速度がかなり速くなり、俺を盾にするように若干前に回り込む。やめろよ俺だって怖ぇよ。

絶対に関わってはいけない気配を背に、俺たちはほとんど走るような速度で礼拝堂に向かった。



つづく

中編か後編に続きます

次回投下の締め切りは一応一週間程度とさせて下さい

それでは、また

みなさんレスありがとうございます

思わずニヤニヤしてしまうほど本当に励みになります

只今絶賛社畜中なので次回投下は日曜になりそうですがんばります

ただいま住処に戻りました

社畜はつらいよ

日付をまたぐ頃には投下したいと思いますがんばります

遅くなりました

若干量は少ないかもですが投下します

第三話 中編



アブナイ人物は追ってくる様子は無く、どうにかこうにか無事に礼拝堂に着いた。

扉は開かれていて、中ではミサっぽい何かが行われている。

「これ中に入ってもいいのか?」

「礼拝の最中のようだけれど、入っても特に問題は無いわ」

問題は無いと言われても宗教施設特有の何となく入りづらい雰囲気はあるのでこそこそ人目に付かないように歩き、礼拝堂の中ほどの長椅子に座る。

「……硬いな」

長椅子は硬い木製で、背の部分が座面に対して90度なのでかなり座り心地が悪い。

「文句を言っては駄目よ。礼拝堂としては間違っていないわ。誤用の方の意味だけれど、清貧という言葉があるくらいだもの」

「清貧か。……お前にぴったりの言葉だな」

本来の意味通り、私欲に負けず常に正しくあろうとし、ついでに言えば清々しいほどの貧nyゲフンゲフン。……まさに雪ノ下のための言葉だ。

「なぜかしら。今、比企谷君がとても不愉快なことを考えている気がするわ」

「べべべべつにそんなこと考えてねえし!」

か、顔に出てたのか!? ……いや待て、もしそうだったら俺は既に息をしていない。視線には気をつけたし、外見からじゃ分からないはずだ!

おそらく、ただ単純に鋭いだけだろう。それはそれで恐ろしくはあるが。

「そ、そんなことよりあれだ、由比ヶ浜はいつ着くって?」

全力で誤魔化しにかかった俺を見ても、雪ノ下は「はぁ」と軽く溜息をついただけでちゃんと質問に答えてくれる。

「……そろそろ着くとは言っていたけれど、正確な時間まではわからないわ。確認してみるから少し待っていて頂戴」

携帯を操作し、メールを打つ雪ノ下。

雪ノ下が動きを止めて1、2分もしないうちに携帯が震える。もう返信が届いたようだ。

「あと10分程で着くようだわ」

「そっか。なら……」

ふとそこで嫌な予感がよぎりなんとなく後ろを向くと、礼拝堂の入り口の向こうに先程の金髪が見えた。

「さっきの黒髪ロングの子どこに行っちゃったのかしらハァハァ」

荒い息をして辺りをキョロキョロしながら礼拝堂に向かってくる。

恐ろしいまでの変態オーラだ……。

「おい雪ノ下隠れろ!」

「っ!?」

咄嗟に肩を掴み雪ノ下を背もたれに隠す。

「比企谷君!? いきなりなっ

「黙ってろって!」

小声で言い、口を手で塞ぐ。暴れないようにもう片方の手で雪ノ下の両手を押さえる。

座る位置をずらし雪ノ下を通路側から見えなくすると、程なくして金髪がぶつぶつと呟きながら横を通り過ぎる。

「こっちの方に来てたわよねハァハァ……後で探してみようかしらハァハァ……」

金髪は座面に伏せた雪ノ下には気付かずに奥まで進むと、横の扉を開けて入って行った。

「……ふぅ」

ひとまず安心、か。

まるでスプラッターものの映画の登場人物のような気分だぜ……。

雪ノ下から手を離しほっと胸をなで下ろしていると、さっきよりも強烈な悪寒が横からする。

恐るおそるそちらを見ると、うっすらと涙を浮かべ顔を紅潮させた雪ノ下が柳眉を逆立てている。

全然安心できねぇ!!

「『ふぅ』ではないわ、比企谷君」

「い、いや……さっきのはだな

「大体の状況は理解しているわ。でも、やり方というものがあるでしょう? あれでは本当に通報されても文句は言えないわよ?」

そう言う雪ノ下の手元をよく見ると、携帯にとても覚えやすい3ケタの数字が並んでいる。

「あなたは保身第一の小悪党だから女性に乱暴狼藉を働くような人間ではないと思うけれど、性犯罪、特にセクハラは受け止め方によってはいつでも成立してしまうのよ」

「は、はひ……」

「わかったのなら二度とさっきのような真似はしないで頂戴」

「でもさっきの場合は緊急避難的な

ピッ、と通話ボタンを押す雪ノ下。

「ごめんなさい二度としませんごめんなさい!」

やや唇を尖らせ、横目でこちらを睨みながらも武器を収めてくれる。

「……では、ここを離れましょう。いつまた出て来るとも限らないし」

「ひゃ、ひゃい」

ブルブルしながら椅子から立ち上がり、雪ノ下を先に歩かせやや距離をとるようにして歩く。今のあいつに近づきすぎると通報されかねない。

まるで例の金髪とその取り巻きのような位置関係だ。

「由比ヶ浜さんも到着するのだし、校門まで行きましょう」

「ひゃい」

「……その気持ちの悪い態度もやめないと通報するわよ」

どうすりゃいいんだよ……。

俺が何も言わないでいると、先を歩く雪ノ下は入り口のあたりでくるりと振り返る。

「はぁ……、先程の話はもう終わったのだから、いつも通りにすればいいでしょう?」

「そ、そうか」

それだけ言うとすぐに歩き出す雪ノ下。

こいつは根に持つタイプではあるが、物事のけじめには相変わらず厳格なようだ。

神経質な完璧主義者だが他人にそれを強く求めることはしない。正しくあれと促し、それ以上は踏み込まない。

……それは周囲への絶望だろうか、それとも優しさだろうか。

仮に絶望していたとしても、だからこそ彼女はその優しさ故に救いを求める手を掴まずにはいられないのだろう。

奉仕部なんてものが存続しているのは、ひとえに彼女の優しさの賜でしかない。

由比ヶ浜も彼女の優しさに救われ、それに惹かれているのだろう。

……まぁ、所詮こんなのは俺の穿った見方でしかない。

実際に聞いたところで違うと言われればそれまでだし、そもそも『本当の誰それ』なんてものは知る必要もない。

人は見たいものしか見ない。たとえ対象が自分自身だったとしても。

俺たちは自分自身ですらまともに見ることができないのだ。

だから、何も見えていない俺が礼拝堂から出たときに真横から来た人が見えなくてぶつかってしまうのも仕方のないことだろう。

雪ノ下に追いつくために小走りになっていたのだからなおさらだ。

結構派手にぶつかってお互い尻餅を着いた状態である。

街角でパンを咥えた女の子とぶつかる古典的ギャルゲイベントのシーンを思い浮かべてくれれば概ね正しい。

パンツが見えていて『何見てんのよっ』と言われればもう完璧である。

しかし悲しいかな、今回の相手は男だ。

見えるのはパンツではなく、裾をまくったズボンからでている足と、染めるのに失敗したであろう黒が混じった金髪。

そして何より虎連れ竜もびっくりの狂乱の目つき。

「うわっ! なにここ津田沼駅のロータリー!?」

思わずそんな言葉が口を衝く。

「……初対面の人をいきなり不良扱いするのはやめなさい。それに、柏駅よりはマシよ」

「突然の千葉県縦断ウルトラクイズに答えられるとかお前どんだけ千葉好きだよ……」

確かに柏よりマシだ。噂によればもはや天然記念物レベルのカラーギャングが未だに棲息しているらしいし。

以前、柏市は「千葉の渋谷」と述べたが、一部の柏市民は『東の原宿』と言い張っている。『ウラハラ』と同じノリで『ウラカシ』もあるようだ。

むしろ柏自体が裏だが。

まあどちらにしろ渋谷とか原宿とかじゃなくてスラム街と言った方が正確だろう。ちなみに木更津市はゴーストタウンで松戸市は天外魔境。

閑話休題。

ウルトラクイズに正解した雪ノ下は当然、とばかりに片眉を上げる。が、それも一瞬の事ですぐに冷たい表情に戻った。

「話を逸らさない。見た目で人を判断してはだめよ、比企谷君」

「いや驚いただけなんだけど……」

まあ、悪いと思ったのは本当なので素直に頭を下げる。

「あ、ああ、慣れてるから大丈夫。け、ケガとかしてませんか?」

失敗金髪ヤンキー風の彼はそう言ってくれる。

「そ、そっか。いや、大丈夫、です。ケガとかしてない」

立ち上がりつつお互いに苦笑いしながらぎこちないやり取りをする。

やっぱ初対面の人と話すのは緊張するな……。初対面じゃなくても緊張するが。

次の会話を探りさぐり視線を交わしていると雪ノ下が割り込む。

「そもそも、あなたのように腐った目をした人間が人を評価するのなんておこがましいわ」

「「注意してんのそこなの!?」」

意図せずハモりながらのツッコミになってしまった。

チラリチラリとお互いを窺う。

先程のやりとりといい、真リア充の葉山みたいに「ハモったな」とかどうでもいいことを気さくに言わないあたり、

コミュ力的にこの失敗金髪ヤンキー風の彼もぼっちである確率が非常に高い。

俺のぼっちセンサーが反応していることに当然気付くこともなく、雪ノ下は話を続ける。

「もちろん、行為自体も褒められたものではないわ。そんなことをされた相手がとても不愉快な気持ちになるのは当たり前でしょう?
その手の輩は、外見から勝手に自分の都合の良いように内面を想像して、それが違っていたら相手を糾弾する。
挙げ句にはあることないこと周りに言いふらすのよ。ソースは私」

「お前の話かよ……」

「一緒に帰るのを断っただけで、佐川さんはどうしてあそこまでできるのか理解できないわ」

雪ノ下はそう言って薄く微笑んだ。佐川さんチェーンメール以外にもなんかやったのか……チャレンジャー過ぎだろ。

「別に佐川さんだけではなくて、あの頃誰かと一緒に下校した事なんて一度もないのだけど」

「自分で地雷を踏み抜くのはやめろ」

さらりとぼっち宣言をする雪ノ下であった。

しかし雪ノ下は気にする様子もなく、

「それもそうね。では1973年の手賀沼のように濁った目をした比企谷君が悪い、という事でこの話は終わりにしましょう」

「お前それ水質汚濁の全盛期だろ! これから27年間無双状態じゃねえか! ってかなんで俺!?」

「……仕方ないわね。印旛沼と好きな方を選らばせてあげるわ」

「結局ワースト5位圏内の常連さんじゃねえか! 一時期はチャリが浮いてたレベルだぞ!」

「あなたも本当に千葉好きね……」

失敗金髪ヤンキー風の彼は、繰り出される千葉ネタに全くついて行けてない様子だった。

「え゛え゛っと! …………文化祭を見に来たんDEATHか?」

唐突にどう聞いても恫喝しているようにしか聞こえない謎の発声をしたあと、質問するまでもない事を聞く失敗金髪ヤンキー風の彼。

突然のことに雪ノ下はビクッと一歩退き、失敗金髪ヤンキー風の彼はそれを見て恐ろしい目つきのまま少し悲しそうな顔をする。

だが、俺にはわかる。

ぼっちは急に喋ろうとすると変な声が出ることがままある。初対面となればその確率は倍増する。

更に言えば会話のネタも無難なものしか選択できないので当たり前の事を聞きがちになるのだ。

俺は彼がぼっちである事を確信した。

まぁそれがわかったところでどうということはないんだけどな。

真のぼっちはぼっち同士のつながりがないからこそぼっちである云々。

という訳で会話は雪ノ下に任すことにした。

目で促すと雪ノ下はこちらを一瞥した後、失敗金髪ヤンキー風の彼の方を向く。

「ええ、友人とその他とこの学園の文化祭を見に来ました」

しっかり俺をその他扱いしつつ質問に答える。

「そ、そうDEATHか……。た、楽しんで下さい」

「はい。ありがとうございます。では」

なんとも無難そのものの会話だったが、きっと失敗金髪ヤンキー風の彼はこのあと普通に会話出来た事を喜ぶのだろう。俺ならそうする。

雪ノ下に続き俺も軽く会釈して校門の方に向かおうとした。

「きゃはぁぁんっ! こんな所にいたのね黒髪ロングたん!」

突然の奇声にまたしても雪ノ下はビクッとしてそちらを向く。

見れば猛然と駆けてくる例の金髪がいた。瞬く間に俺たちのところまで来るとその勢いのまま雪ノ下に迫っていく。

が、寸前のところで失敗金髪ヤンキー風の彼がなんとか羽交い締めにして止めることに成功した。

「落ち着け星奈! ここは二次元の世界じゃない!」

……なんて残念な説得なのだろうか。

「離しなさいよ! あんなにきれいな黒髪ロングはゲームでもアニメでもあんまりいないんだから! きっと二次元の世界からあたしに会いに来てくれたのよ!」

……なんて残念な主張なのだろうか。てか怖ぇよ。

関係のない俺がこんなに怖いのだから雪ノ下は当然もっと怖いはずだ。

だから既に早足で歩き出しているのは責められないだろう。……いや待てよ置いてくなよ。

「ああっ、待って! あたしはただ仲良くしたいだけなの!」

慌てて追いかけていると、その言葉を聞いて雪ノ下がはたと足を止め振り返る。

「仲良くなって、ちょっとぺろぺろできればいいだけなの!」

おい。

驚愕に目を見開き、顔を青ざめさせて後ずさりをする雪ノ下。

「あなた……自分が何を言っているのかわかっているのかしら? とても人間が言う言葉とは思えないわ……」

「そんな……ひどい……。あたしのこと嫌いなの!?」

「いや嫌いというか純粋に怖いんだろ」

あまりにもぶっとんだ思考回路に思わずツッコんでしまう。

そこで初めて俺の存在に気付いた金髪はこちらを向く。

ようやくまともに見ることが出来たが、かなりの美少女だ。

金髪碧眼で蒼い蝶の髪飾りをしていて、迷子中に出会った銀髪美少女と同様、日本人離れした白人系の顔の造りをしている。

が、なんとなくビッチっぽい。

それはきっとメガ盛りMAXの巨乳のせいだろう。

恐らくそう感じるのは俺だけでは無いはずだ。金髪+巨乳=ビッチはもう数学の公式にしてもいいレベル。

完全にラノベやアニメの影響なんですけどね。

まあとにかく、失敗金髪ヤンキー風の彼に羽交い締めにされているので只でさえ主張の激しい胸がさらに強調されている。

しかし俺は大きさにそこまで価値を感じない。

故に目を奪われるということなど断じてない。み、見てないからな! ホントだぞ!

「この下衆……」

横から絶対零度の視線をばしばし感じるのは気のせいだと信じたい。

金髪ビッチは俺と雪ノ下のそんなやりとりには意を介さず、さっきまでの態度とは打って変わって凶暴な目つきで睨んでくる。

「はぁ? 愚民ごときが何あたしに話しかけてんのよ。さっさと失せなさい」

「ごめんなさいなんでもないです」

反射的に謝ってしまう俺。 だって超怖いんだもん!

「……比企谷君、あなたにはプライドとかないのかしら?」

「いや……あったら外歩けねぇだろ」

「あなたは本当に……まあいいわ、もう行きましょう」

……ん? さっきまでこいつ怯えていたのに今はなんかピリピリしていないか?

とにかくここを離れるのは賛成だったので並んで歩き始める。

しかし、というか当然というか、後ろで金髪ビッチが叫ぶ。

「待って、せめてお名前だけでも教えて! まずは自己紹介から始めましょ! あたしは2年3組の柏崎星奈。星奈って呼んでね!」

雪ノ下は振り返り、金髪ビッチを数瞬眺めてから口を開く。

「私は雪ノ下雪乃。あなたと同じ2年よ」

「雪乃ちゃんね! よろしくね!」

「ええ、よろしく柏崎さん。あなたと友人関係になることは未来永劫ないからそのつもりで」

初対面でこの対応とか雪ノ下さん流石です! 出会ったばかりのことを思い出すぜ……。

「えっ!? じゃ、じゃあ……恋人とかは?」

……マジかよ本物かよこの女。ここまでいくともう逆になんか凄い。

「無論、ありえないわ」

律儀にも否定する雪ノ下。

そして俺に目で語りかけてきた。わかってるっつーの。

「比企谷八幡だ。雪ノ下とは一応同じ部活に所属している」

「あんたのは聞いてないから。あたしたちの間に入ってくんじゃないわよ」

……まあこうなるだろうな。

予想通りの反応だったので特別何も思うところはなかったが、雪ノ下はとても不快そうに眉根を寄せている。

険悪な空気を察知したのか、失敗金髪ヤンキー風の彼が続いて自己紹介をする。やはりぼっちは空気を読むスキルが高い。

まあここまで露骨だと誰でも気付くだろうが。

「俺は……小鷹、羽瀬川小鷹だ」

小説等でよくある、何故か名前から始まる自己紹介をドヤ顔でする失敗金髪ヤンキー風の彼。なんかちょっと悦に入っている。

駄目だこいつ空気読めてねえ!

確かに何となく一度はやってみたいことではあるが、それをこの状況でやるとは……。

失敗金髪ヤンキー風の彼はその勢いで続ける。

「星奈とは同じ『隣人部』って部活に入ってる。活動内容がちょっと特殊で……」

「特殊とはなんだ。わかりやすくかつ真っ当な目的だろうが」

唐突に横から新しい人物が割り込んできた。

セミロングの黒髪でどことなく中性的な顔立ちをしているが、間違いなく美少女にカテゴライズされるであろう造形。

涼しげな目をしていて黒髪美人と言う表現がぴったりだが、表情や喋り方がどうにも鬱っぽいので色々と台無しにしている。

「それで? これはどういう状況なのだ?」

黒髪鬱美人は当然の疑問を発する。

羽交い締めにされた金髪ビッチを見て、その視線の先の雪ノ下を見ると再び口を開く。

「いや、やっぱり説明はいい。どうせ肉が突然発狂したのだろう。BSEは潜伏期間が長いからな」

……肉、って金髪ビッチのことか? 的確だがひどいあだ名だ……。まあ心の中で金髪ビッチ呼ばわりしている俺も人の事は言えないか。

「ちょっと夜空! 人を狂牛病扱いしてんじゃないわよ!」

「黙れ肉」

どこから取り出したのか、黒髪鬱美人はハエ叩きで金髪ビッチの額をペチペチ叩いている。

この状況で羽交い締めにしているのは流石にやばいと判断したのか、失敗金髪ヤンキー風の彼は腕を放す。

「ちょ、やめなさいよ!」

自由になった金髪ビッチはハエ叩きを掴む。

「何をするのだ。せっかく私が海綿状態になった貴様の脳みそを心配して叩いて固めて治そうとしてやっているのに」

「えっ、心配してくれてたの……? じゃ、じゃあいいけど……ってそんなわけないでしょ!」

「当たり前だ。貴様の心配などする暇があるならその辺のミミズさんの心配をした方が遙かに有意義だ」

「ミミズなんかどうだっていいでしょ!?」

「貴様は馬鹿か? ああ、馬鹿だったな。汚物製造器の貴様とミミズさん、どちらが重要かなど考えるまでもないだろう」

怒濤の言葉責めを繰り広げる黒髪鬱美人。なんというか、汚物製造器はひでえ。金髪ビッチも涙目になっちゃってるし。

同じ言葉責めを得意とする雪ノ下もかなり引いているのだから凄い。

「比企谷君、今のうちに行きましょう」

雪ノ下が耳打ちし、失敗金髪ヤンキー風の彼も申し訳なさそうな顔(目付きは除く)をして手振りで、『行ってくれ』と示す。

「……そうだな、行くか」

残念なイベントをこなして、俺たちはようやく校門に向かうことが出来た。





つづく

後編に続きます

次回投下も次の週末を締め切りとさせて下さい

それでは、また

小町の次回予告のコーナー!

はーい! みんな☆だいすき★小町だよっ!

このコーナーも十回を超えてすっかりおなじみだけど、始めた当初はまさか中二さんがあんなことになるなんて思いもしなかったよねー。

あれほどお兄ちゃんがやめろって言ってたのにねー。

まー、そんなことは置いといて、次回予告!

お兄ちゃんを文化祭に送り出した小町に届いた一通のメール!

それは生徒会長からのメールでした。土曜日といえども生徒会のお仕事はたくさんあるのでたまにお呼び出しがかかるのです。

小町は渋々学校へ向かいながらも、次々と降りかかる問題をちぎっては投げちぎっては投げの大活躍!

そんな小町の前に突然現れた謎の仮面の男! 

この人物によって会長が……。

仮面の男の正体の手がかりは会長がお弁当を食べていた机に遺されたダイニングメッセージだけ!

小町はこの難事件を解決できるのでしょうか!


次回、生徒会探偵小町 第7話『涙の価値は一セント』乞うご期待!

見てくれたら小町的にポイント高いかも!?


鵺の鳴く夜はおそろしい……

こんばんはどうも>>1です

只今帰宅しましたのでこれから書きます

投下は夜中にはできると思いますがんばります

第三話 後編・上



道中も、校門に着いてからも、雪ノ下はどことなく不機嫌だった。

何故不機嫌なのか考えられるパターンは何種類かあるが、原因をわからないままにしておくのは不安なので当たり障りのないところから探ってみよう。

「何もしていないのに絡まれるってのは本当にあるんだな」

「そうね、何もしていないわね。比企谷君はただ今日会ったばかりの女性の胸を凝視していただけ……だけだもの」

はい、原因判明しましたー。

「けだものを強調するな。同意のフリしてなじるのはやめろ」

夏の一件以来、雪ノ下の胸に関することは禁忌になっているが、どうしてもおちょくりたい俺ガイル。

でも本当に危険なのでここはスルーが正解。

「あら、自覚があるからそう聞こえるだけよ、変態」

「やっぱりフリだけでもして下さい……」

無表情かつ冷静な口調で言われると本当に俺は変態なんじゃないかと思ってしまう。

金髪ビッチが羽交い締めにされている時、金髪ビッチの後に安心安全の雪ノ下を見たのが間違いだったのだろうか。

俺はただ冷静になろうとして雪ノ下の慎ましさを……ってあれ? これってやっぱり変態じゃね?

いやいやそんな馬鹿な。ハハ……。

とにかく、ちょっと視線が痛いが雪ノ下の不機嫌の理由が胸の件で良かったぜ。

……。

…………。

由比ヶ浜よ、早く来てくれ。

願いが通じたのかどうなのか、バスが到着する。

そのバスからは文化祭目当てであろう人たちが十数人降りてきて、その中に由比ヶ浜がいた。

由比ヶ浜は辺りをキョロキョロし、雪ノ下を見つけるとぴゅうっと慌てて駆け寄ってくる。

「ゆきのん遅れてゴメン! ヒッキーもゴメン!」

開口一番、両手を合わせて謝ってくる。

「気にしなくていいわ。あなたが原因というわけではないもの」

「ああ、実際そんな待ってないからな」

雪ノ下と俺がそう言うと、由比ヶ浜はやや窺うように俺を見ながらも、「ごめんね、ありがとう」と言った。

「では、どこから回って行きましょうか? パンフレットは……貰っていないわね」

「あっ、ごめんすぐ貰ってくる!」

「別にわざわざ貰いに行かなくてもいいわ」

雪ノ下はパンフレットを配っている校門に向けて駆け出そうとする由比ヶ浜を止めた。

そして少し照れながら言葉を続ける。

「私のを一緒に見ればいいでしょう」

「ゆきのん……」

以前の雪ノ下からは考えられない台詞を聞いて由比ヶ浜が嬉しそうにしながら傍まで行く。

一緒にの部分が特に驚きである。

「えーっと、じゃあどこから行こっか? 普通の学校じゃあんまりないような部活が多いって話だけど」

パンフを覗き込みながら会話をする二人。

完全に蚊帳の外の俺は、ぼーっと辺りを見回す。

山、校舎、人……。

見るともなしに全体を見る。どうやらこれが『見る』ということらしい……。

「では、特に目的を定めずに全体的に見て回りましょうか」

「うん、そうしよっか」

「比企谷君」

脳内で対胤瞬戦を繰り広げているうちに方針は決まったようで、雪ノ下が声をかけてくる。

「あいよ」

遠足や修学旅行で慣れたもので、3人以上で行動するときは黙って待っていればいい。

いざ目的が決まったら大和撫夫になるだけ。

ちなみに2人で行動するときは、そもそもその状況にならないように動くのが肝心である。

いざ歩き始めようとしたところで由比ヶ浜がくいくいと袖を引っ張ってくる。

「……ヒッキー、待たせちゃってごめんね。怒ってるよね……? でも、メールに書いたこと、本当だから……」

「は? 別に怒ってねえけど?」

俯きがちの由比ヶ浜は唐突に訳のわからないことを言い始めた。

「だって、さっきから全然喋ってないし……」

「喋ってないのは部室でお前と雪ノ下が話してるときと一緒だろ」

「そうだけど、メールも返してくれなかったし……」

「あー、悪い。携帯バッテリー切れなんだわ」

「へ? じゃ、じゃあ怒ってる訳じゃないの?」

「そう言ってるだろ」

「そ、そっか。よかったぁ……」

叱られている子犬のようだった由比ヶ浜はようやく表情を明るくする。

「で、なんてメール送ったんだ?」

「はっ!? や、そ、それは……」

「それは?」

「なんでもない! 充電したら読まずに消して! ってか絶対読んじゃダメだから!」

「お、おう」

剣幕に圧倒されながらも頷く。まあ、確実に読むんですけど。

むしろこう言われて読まない奴はどうかしている。黒山羊さんだって読むレベル。

「絶対だかんね?」

「任せろ」

読まないと聞いて由比ヶ浜は安心して顔をほころばせる。

こいつ将来簡単に騙されそうだな……。

「話は終わったようね。では行きましょう」

「あ、うん。校舎内から行ってみよっか」

「そうね」

雪ノ下たちは校舎に向かって歩き始める。半歩遅れて俺も付いて行った。

昇降口で靴を入れるビニール袋と来客用のスリッパを貰う。

1階から適当にプラプラとうろつくことになった。

由比ヶ浜が言うように確かに参加団体は多く、またジャンルも多岐にわたるようだ。

ミッション系だからかは知らないが、割とおとなしめな学風なのか土星のコスプレをするようなぶっとんだ人はいない。

コスプレといえば、各団体のテーマに合わせたものは散見する。

定番の甚兵衛や浴衣、メイドはもちろん、ハロウィン風やディーラーっぽい服装をした人などは見かけた。

貸し出しコスプレ屋なんてものあるらしい。

まあ一番コスプレっぽいのはリアルシスターの修道服であることは間違いない。

基本的に俺は黙って付いて回っているだけだが、たまに由比ヶ浜が俺にも話を振ってくるのが修学旅行とかと違う。

少しでも参加している感があるせいか、いつもこの手のイベントはうっとうしく感じるのに今日は違って見えるから驚きだ。

俺ですら少し楽しくなっているのだから、小さい子供がはしゃぐのは当然だろう。

ちょうど先程まで入っていたお化け屋敷的な教室から出たところでも、子供が二人ドタバタと何か言い争っていた。

通行の邪魔になっているようで、若干人だかりができている。

片方は修道服を着た銀髪で、来る途中に会った銀髪美少女を幼くしたような感じだ。恐らく小学生で年の頃は十歳程度だろう。

もう一方は金髪でゴスロリファッションに身を包み、青と赤のオッドアイという厨二街道まっしぐらの外見。

二人共が年相応に可愛らしく整った顔立ちをしており、俺がロリコンだったら垂涎ものであろうレベルだ。

何を言い争っているのかと耳を傾けてみる。

「オバケはいないのだ! お化け屋敷なんてうんこ高校生どもがオバケの振りをしているだけなのだ! ワタシはおりこうさんだからしってるのだ!」

どうやらオバケやら幽霊やらの存在の有無で言い争っているようだが、ここでしていい発言ではない。

しかしお化け屋敷の受付の男は怒る様子もなく若干よだれを垂らしてニヤニヤと二人を見ている。

おまわりさんこいつロリコンです!

男の様子に気が付いた雪ノ下と由比ヶ浜が子供二人を隠すように立つ。

男は高校生の美少女二人を前に、とても不快そうな表情をして「この年増どもがっ」と小さく呟いた。

おまわりさんこいつ真性のロリコンです!

……後で学園の自治組織あたりに通報しておこう。

突如、金髪ゴスロリは意味不明なポーズを決める。

「……ククク……貴様は我が何者であるかまだ理解してないようだな。我こそは吸血鬼が真祖にて闇の主、レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌であるぞ!」

外見だけじゃなくて中身までバッチリ邪気眼だったか……。

「吸血鬼はオバケだったのか!? でもどっちにしろ神の力の前には無力なのだ!」

銀髪少女、いや言いにくい、銀髪幼女は議論が面倒になったのか首から下げた十字架を手に持つと、そのまま殴りかかった。

「いだっ! 何するんじゃアホ! ……ククク、我を怒らせたようだな!」

……今一瞬地が出たな。

銀髪幼女を押しのけたゴスロリ邪気眼は何事もなかったように演技を再開し、再び例のポーズをとる。

「来たれ! 我がしもべよ!」

そう言ってキョロキョロと辺りを見渡し、俺と目が合うと「見よ!」と指差した。

銀髪幼女と人だかりが一斉に俺を見る。

「あやつは我が最も下級のしもべ、グールぞ!」

……視線が痛い。さらに痛いのは言うまでもなくゴスロリ邪気眼だが。

てか千葉村のときといい、小学生の間でグールって流行ってるんですかね。

「あれで最下級なのか!? 目の腐り方がもの凄いのだ!」

真に受けた銀髪幼女が驚く。素直というかなんというか、アホの子だった。

「あんなキケンな奴を召還するなんてやっぱり吸血鬼はぶっ殺すのだ!」

またしても銀髪幼女が十字架で殴りかかり、ゴスロリ邪気眼も負けじとペンダントで殴り返す。

「ふんぎゃー! 百倍返しじゃ! もっと痛いのしちょるばい!」

言い争いが取っ組み合いになり激しさを増す。

見かねた由比ヶ浜が慌てて止めに入る。さすが『みんななかよく』がモットーの由比ヶ浜だ。

雪ノ下も由比ヶ浜を手伝うように止めに入った。

俺はもちろんそんなことはしない。今の時代、何してもセクハラとかロリコンとか言われるからな。世知辛いぜ。

「ちょっとキミたち、暴力はダメだよ」

「うるさいのだ! 邪魔するななのだこのビッチが!」

「び、ビッチじゃないし!」

突然の暴言に面食らう由比ヶ浜。てか誰だよこんな言葉教えた奴……。

「巨乳の女は全員ビッチだって夜空が言っていたのだ! ビッチじゃなかったらリアルダッチワイフなのだ!」

ひでえ。

なんてことしてくれてんだよその夜空とか言う奴! こんなんじゃ世の中にドMロリコンが増えちゃうだろうが!

「あなた、そんなことを言うのはやめなさい。それはとても恥ずかしい言葉よ」

雪ノ下は銀髪幼女に向けて言ったのだろうが、何となく俺に言っているような気がしてならないのは何故だろう。

「は、恥ずかしい言葉なのか!?」

「ええ、そんな言葉を使うのは変態だけよ」

「変態!? それは『小鳩ちゃんぺろぺろ』とか言うのと同じくらいなのか!?」

「そうよ」

バッサリと切り捨てられた銀髪幼女は、

「は、はは……そうかー。ワタシは星奈と同じ変態だったのかー」

と魂の抜けた顔で呟いている。

「キミも、自分の言動を省みた方が良いよ。今のうちに直しておかないと、後で恥ずかしい思いをするのはキミなんだから」

今のはゴスロリ邪気眼に向けてのお言葉なのだろうが、何となく前例を見て言っているような気がしてならないのは何故でしょうか由比ヶ浜さん。

「うぅ……あんちゃんにおんなじことゆわれた……」

結局二人は喧嘩をやめ、どちらからともなく手を繋ぎトボトボと去っていった。

……なんだかんだでやっぱり仲がいいんだろうな。

ちょっと微笑ましい光景だった。

幼女二人が角を曲がるのを見送った後、由比ヶ浜が言う。

「やー、可愛い子たちだったねー。二人ともちょっと言ってることとかはアレだったけど」

「『中二病』とやらは男女共通で疾患するもののようね」

「けど、あれだけの見た目であれば多少の欠点はむしろ良く見えるだろうな」

実際に、人間とラノベは見た目が9割である。中身が大切、なんてのは嘘だ。もしくはただの希望や幻想でしかない。

つまりいいイラストを描く絵師はもっと敬られるべきだ。ぽんかん⑧神しかり、ブリキ神しかり。さぁ、祈りましょう……。

まぁ真面目な話、いかに中身がしっかりしていようが外見が残念であればその中身を知るまでいかないだろう。

外見が良ければ大抵の事はまかり通る。某福山さんはエロエロでも格好良く、某エリカ様は不機嫌でも許される。

ただし某斉藤、お前だけは許さねえ。あの茶番以来、種島社の本は買っていない。一人不買運動は今も継続中だ。テーマは『命』です(キリッ

「どうしたのヒッキー? いつもよりちょっと目が腐ってるよ?」

由比ヶ浜が心配そうに顔を覗き込んでくる。これでも本人は本気で気遣っているつもりなんだろうな……。

「いつもよりちょっと、ってなんだよ。別にいつも腐ってるわけじゃねえよ。主に人と接してる時だけだ」

「それほとんどいつもじゃん!」

「違うわよ由比ヶ浜さん。比企谷君はいつもは一人よ」

「あー、や、ごめん……」

雪ノ下のツッコミを受けてマジで謝ってくる由比ヶ浜。なにこの子? 狙ってやってんの?

「とにかく、さっきの金髪ロリがいくら可愛くても、戸塚や小町の方が可愛いけどな」

「小町ちゃんはともかく、さいちゃんの評価そんなに高いんだ!? 確かに可愛いけど男の子だよ!」

「関係ないだろ。小町は世界一可愛い妹で、戸塚は世界一可愛い」 

「か、関係ないのは可愛さの評価だけだよね……? 色々と超えちゃってたら、うん、ちょっとそーゆーのは……無理」

海老名さんが聞いてたらブチ切れそうな台詞を吐いたところで、突如誰かの声が会話に割り込んできた。

「ちょっと、そこのキミ」

そのとても綺麗な声はさほど大きい声でもなかったのに、不思議と騒々しい廊下でも耳を引く強さを持っていた。なんとなく聞き覚えがある。

だがまぁ、あれだ。全てのクスクス笑いやヒソヒソ話は俺をバカにしていると思ってしまうくらいの自意識過剰な俺は騙されない。

今のはきっと罠だ。うっかり振り向くと『うわなにこいつ勘違いしてんの? キモッ』とか言われる。ナル谷君は学習できるのです。

しかし学習したところで『ホントは聞こえてんじゃないのー?』と笑われ、最終的には『聞こえないふりしてんじゃねーよギャハハ』とバカにされる。

マジ不可避。

なにはともあれ、声をかけられたであろうリア充を呪いつつ歩き去ろうとした。

が、腕を掴まれる。

えっ!? ホントに俺だったの!? でもこれどうせ美人局か幸せの壺売りの類だろ!?

やめて! やめて離して! ヘンティカン! ヘンタイ!

動揺しまくってる俺をよそに、俺の腕を掴んだ手は焦れた様子でぐいぐいと引っ張ってくる。

あまりに強引な行動にびっくりして驚いた。振り返った。

腕を掴んでいるのは迷子中にお世話になった銀髪美少女だった。

そして銀髪美少女は目を爛々とさせ攻撃的ともとれる声音で言う。

「うちのマリアの方が可愛い」






つづく

後半の下に続きます

ね、眠……

来週末はもうちょっと頑張ります

それでは、また

ゆきのんはどんなコスプレならしてくれるだろうか

やっと帰宅しました……

今週は休ませて下さいごめんなさい

こんにちはどうも>>1です

ご声援とご寛容なお言葉ありがとうございます

お待たせしてしまって申し訳ありません……

どうやら夢の21連勤のようで……只今北にドナドナ中です……

移動中等、空いた時間を見つくろって少しずつ書いてはいるので、

ある程度溜まったら投下したいと思いますがんばります

お待たせしておりますどうも>>1です

どうやら今週の日曜は休めそうなので投下出来ると思います……

もうしばらくお待ちくださいますようお願い致します

第三話 後編・中



「うちのマリアの方が可愛い」

銀髪美少女は世迷い言を言ってのけた。

その馬鹿な発言を聞いて思わず鼻で笑ってしまう。

「なんだい? その反抗的な態度は? なにか文句でもあるのかい?」

あぁん?と四街道の田舎ヤンキーを彷彿とさせる、下からえぐり込むような絡み方をしてくる銀髪美少女。

「いやいや、文句があるわけじゃねえよ。ただ、ちょっと、間違ってる部分があるなって」

言ってみろ、と目で促される。

「小町より可愛いってのはありえない。なぜなら、小町は無条件で世界一可愛い妹だからな」

「はっ、ねーよwwww」

先程俺がしたように鼻で笑われた。馬鹿にしきった表情のおまけつきで。

おおう、ちょっとイラッとしちゃったぞ。

だがまあ、意地を張った子供に腹を立てるのも大人げないからな。

ここは冷静に諭してやるべきだろう。

「確かに、お前の言い分にも一理ある。美少女であるお前の妹は、なるほど可愛いのかもしれない。
それだけの見た目でなおかつ妹であれば、一番可愛いと思ってしまうのも無理のないことだろう。
でもな、それはお前が小町を知らないから言える事なんだぜ?」

「キミだってマリアを知らないだろう!」

「いや、さっき見た。10歳くらいで金髪ゴスロリと一緒にいるやつだろ」

「それは確かにうちのマリアだけど……。つまり、キミはマリアを見た上でそう言ってるのかい?」

「ああ。まあ所詮いつだって確認作業でしかないが、小町の方が圧倒的だな」

「はぁ? 目ぇ腐ってんじゃねーの!?」

唸り声が聞こえてきそうな表情で迫ってくる銀髪美少女。

「おいおい、事実を指摘されたからってキレるな……って噛み付き攻撃はやめろ!」

「キレてないんだよ! わたしをキレさせたら大したものなんだよ!」

「言動が一致してねえ! てか別のシスターとかいろいろ混じってんぞ!」

ガウガウと噛み付いてくる銀髪美少女をなんとか引き剥がす。

ラノベや漫画ならここでラッキースケベ的なイベントが発生したのだろうが、実際は本当に痛いだけである。

現実は厳しい。

「……どうやら話は平行線のようだね」

「平行線もなにも、初めから結論は出てるだろ」

俺はただ当然の事を述べているだけなのに、ヒクッと顔を引きつらせる銀髪美少女。

まったく、感情的なやつだ。

「そうだね、もちろんマリアの方が可愛いもんね。見ただけで知ったような顔をする閉じた世界にいるキミにはわからないだろうけどね」

「く、くくく……言ってくれるじゃねえか! だったら俺の妹とお前の妹、どっちが世界一可愛い妹なのか決闘だ!」

「その勝負、受けて立つ! 結果は見えてるけどね!」

感情的なのはもちろん俺もだった。

「じゃあわたしから行かせて貰うよ!」

言うやいなや、服のそこかしこから写真を取り出す銀髪美少女。

「ふふふ……これを見て冷静でいられるかな?」

取り出した写真をチラッと自分で見てデレデレしている。いやまずお前が冷静になれよ。

とにかく相当自信がある代物なのだろう。

「さあ、恐れおののくがいい!」

銀髪美少女は、バッ、ババッと霧江さんのような謎ポーズをとってから写真を見せつけてくる。

「マリアのベストナデポシーン10選集!」

「なにっ!? ラノベファンタジーの一つ、ナデポだとっ!?」

現実でも有り得たのか!?

見れば礼拝堂で遭遇した金髪ヤンキー風の彼に頭を撫でられ幸せそうかつ気持ち良さそうな顔をしている銀髪幼女が写っていた。

こ、これは凄まじい破壊力だ! 妹属性と幼女属性との組み合わせで攻撃力が2乗になっている!

しかも隣にはぐぬぬ顔の金髪ゴスロリがいる。

あまりの衝撃に直接体にダメージを受けたようにのけぞってしまう。

あ、危ねえ……。俺がロリコンだったら今ので膝をついていたかもしれない……。

だがな、

「俺はロリコンではなく、シスコンだ!」

「くっ、なんて濃密なシスコンオーラ……! さては強化系シスコンだな!?」

「そう言うお前は変化系だな? この明らかに盗撮された写真を見れば一目瞭然だ!」

「ふん、わたしは普段シスコンだということを隠しているからね。そう大っぴらには撮れないさ。そのおかげで盗撮はうまくなったけどね!」

確かにこの写真の銀髪幼女は撮影者の存在を全く意識していない、限りなく自然な表情をしていて盗撮スキルの高さがうかがえる。

だが、それが間違いの元凶になることに気付いていないとは……。

「ふっ……、甘いな」

思わず呟いてしまう。

それを耳ざとく聞きつけたのか、銀髪美少女は剣呑な目つきをして聞き咎めてくる。

「なにがだっ!?」

「わからないのか? 確かにその写真の破壊力は凄まじい。お前の妹は可愛いということもわかる。だが、お前はひとつ致命的なミスを犯している! それは……」

「……それは?」

「それはな、写真を持ち歩いたら痛む、と言う事だ! ここを見ろ! ちょっと皺が寄っちゃってるだろう!」

「えっ!? うわホントだ!」

今初めて気が付いた様子の銀髪美少女は必死に皺を伸ばそうとする。

「たとえ写真であろうと妹を傷つけるお前はその時点で負けている!」

ビシィッ、と効果音が付いてもおかしくない勢いで指を突き付ける。

「くぅっ!」

今度は銀髪美少女がダメージを受けてふらつく。

「さらに言えば写真などという媒体を使う事自体が浅ましい!」

「じゃあキミはどうやってキミの妹の可愛さを証明するんだい!?」

「そんなもの、俺が経験した妹萌えシチュエーションを並びたてるだけで十分だ」

「そ、そこまで言うなら聞いてやろうじゃないか!」

「言ったな。……いろいろと思い知ってもらおうか!」

ウェヘン、と仰々しく咳払いをする。

「まず一つ、俺の着古したTシャツを既に勝手に着ているにもかかわらずこれ頂戴とねだる小町!」

「なっ!? ……ふん、やるじゃないか。でもまだまだその程度じゃ納得なんてできないね」

その余裕、いつまで持つかな?

「次! おちょくるつもりで俺の残念エピソードを他人に語るもついつい小さい頃からの惚気話をしてしまう小町!」

「羨ましい! ……くなんてないし。ぜ、全然ないし!」

銀髪美少女は思わず発してしまったであろう言葉を必死でごまかす。

「おいおい、もうメッキが剥がれてきたのか? まだまだあるぜ」

「う、うるさい! まだ負けを認めたわけじゃない!」

「じゃあ、とっておきを行くぜ……!」

「ふ、ふん……どうせたいしたことはないさね」

「さあ、聞いて驚け!」

脳内で勝手にドラムロールが鳴る。

┣¨┣¨┣¨┣¨ ┣¨┣¨┣¨┣¨ デデン!

「下着姿でも厭わずに俺に接する小町!」

「………………それはただ男として見られてないだけなんじゃないのかい?」

「……そう思うか?」

「思うね。はっ、それがとっておきだなんて笑わせるよ」

やれやれといった様子で両手を広げて首を横に振る銀髪美少女。

「……やはりお前は何もわかっていないな。お前の言うとおり、俺は男として見られていない。だが、男として見られていないということは……」

そこで一度言葉を切り意味ありげに銀髪美少女を見やる。

銀髪美少女は若干首を傾げていたが、数瞬後にハッとした表情をした。

「ま、まさか……!?」

どうやらやっと気付いたようだな……。

「そう! つまり俺は、小町にとってどこまでも『兄』なんだよ! 妹を持つ者にとってこれ以上の悦びなんてあるか!」

「な、なんという完成された兄!!」

銃で撃たれたように胸を押さえ、へなへなと崩れ落ちた銀髪美少女は膝を付きこんなふう→orzな体勢になる。

「妹は兄や姉といてこそ最高の可愛さを発揮する……。完全で純粋なお兄ちゃんであるキミといる小町ちゃんはさぞ可愛いんだろうね……」

「そうとも、俺は小町の兄だからな」

格好良く捨て台詞をキメて、くるりと銀髪美少女に背を向ける。

「ま……負けだ……。わたしの、負けだよ。ゴメンな、マリア……うぅっ……」

後ろから嗚咽が聞こえてくるが、振り向かずにゆっくりと歩き出す。

勝者が敗者に向ける言葉などない。それがどのような言葉であっても、傷口に塩を擦り込むことにほかならないからだ。

だが、その逆は許されても良いだろう。

「小町ちゃんのお兄ちゃん……わたしが、わたしが完全で純粋な姉になったら……また、勝負してくれるかい?」

顔だけで振り返り、肩越しに超格好良く返事をする。

「……ふっ、返り討ちにしてやるぜ」

銀髪美少女はぐしぐしと袖で涙を拭い、スッっと立ち上がる。

「わたしは高山ケイト。いつかキミを倒す姉だよ」

「俺は比企谷八幡。お前に勝ち続ける兄だ」

お互いにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「それじゃあ、八幡君。……覚えてろよ!」

もはや定番過ぎて逆に誰も使わない捨て台詞を言い残し、銀髪美少女もとい高山ケイトは走り去って行った。

「覚えてろよ、か……」

高山ケイトが言い残した言葉を反芻する。

言われなくても今日の事は恐らく覚えているだろう。

勝者は敗者に対して責務を負う。勝てば勝った分だけ打ち倒してきた相手の想いも引き継ぐことになるのだ。

ゆえにこれからも俺は兄として恥じない生き様を貫かなければならない。

小町のためにも、今日出来たライバルのためにも。

ちょっと格好良くまとめてみたが、つまるところ何が言いたいかというと小町マジ天使、ってことで。

ちなみに雪ノ下と由比ヶ浜は俺が噛みつかれそうになっているあたりでどこかに去っていた。

不思議。

高山ケイトと熱い戦いを繰り広げているうちにさっくり置いて行かれた俺だが、こんな事は慣れっこである。

別に雪ノ下や由比ヶ浜といなければならない理由はない。むしろ俺が邪魔ですらある。

俺には戸塚さえいればいいとつかわいい。

だがその戸塚も今日はいない。戸塚には戸塚の友達がいるのだから仕方がないが。

コミュニティというものは大概において形成された時点で既に完結している。

外に開かれたそれも当然存在するのだろうが、こと高校生に限ってはほとんど無いだろう。

クラスにしても部活にしても、闖入者を白眼視する傾向が強いのは明らかである。

自分が所属していないクラスの教室は妙に居心地が悪いのもそのせいだろう。

俺にとっては自分が所属しているクラスも居心地が悪いのだが。所属していると言えるのかすら微妙である。

しかし、部活は居心地が悪いと言うわけではない。

部室では専ら雪ノ下と由比ヶ浜が色々と深め合っているだけで、俺が入り込む余地も必要もない。

あいつらの関係は、相手を化かし合い自分すら欺く俺が憎悪するそれなどではない。

まさに本物と呼称するに相応しい関係だ。

そんなところに俺のような不純物が混ざることなど許されないだろう。なにより俺自信が許せない。

俺が奉仕部に所属しているのは、平塚先生の脅迫もあるが、嘘偽りのない関係を近くで見ていたいだけなのかもしれない。

なにはともあれ、出先ではぐれた際はどうすべきか。

答えは簡単だ。行きも帰りも必ず通る場所、つまりこの場合は校門にいればいいのだ。

常に行動を先読みし、最も効率の良い選択をする俺マジ合理的。

ちなみに遠足や校外学習ではぐれた場合は、バスにいればいい。

そして班が帰ってきたときに俺が居ないことを完全に忘れ去っていた様子の連中と目が合って気まずく逸らすことになる。ソースは俺。

実際ははぐれたのではなくハブられただけなのは言うまでもない。

まあ過去の話は置いといて、待っている間はさしあたりやることもないので人間観察でもすることにした。

校門に着き人間観察を始めてしばらくすると、校舎の方から雪ノ下が一人でやってきた。

雪ノ下もこちらに気付き、近づいてくる。

「由比ヶ浜はどうした?」

近くに来るのを待ってから声をかける。

「……。さっき廊下でまた例のアレに遭遇してしまって、撒いている最中にはぐれてしまったのよ」

「で、校門にいればそのうち来るだろうと思ってここに来たわけか」

「ええ、学校行事で団体行動の際は大抵そうしていたから」

自分以外の人間から聞くと悲しくなる台詞だな……。俺も同じ穴の狢なんだけど。

「で、連絡は取ったのか?」

「それが……携帯のバッテリーが切れてしまったのよ」

「あれだけ長時間起動してればな……」

迷子中は常に地図を表示させていたのだから、バッテリー切れを起こしても不思議ではない。

「つまり、由比ヶ浜がここに来るためにはあいつが自発的に思いつくしかないのか」

「そういうことになるわね」

「それは無理だろ」

恐らく今頃は電話が通じなくてわたわたしているといったところか。

「ええ、私もそう思うわ。とりあえず比企谷君と合流しようと思って来たのよ」

「さっきは置いていったのにわざわざ来たのか」

「……あれは比企谷君が楽しそうにじゃれているのを邪魔してしまっては悪いと思ったからよ」

さいですか。

「まぁ、なんだっていいか。とにかく捜しに行くしかなさそうだな」

「そうね。では早速行きましょう」

「ああ」

由比ヶ浜の性格からして、恐らくはまだ校舎内を捜し回ってうろついていることだろう。

雪ノ下も考えていることは同じなようで迷いなく校舎の入り口へと向かっていた。





つづく

後編・下に続きます

半休ではこのくらいの文量が精一杯でした

次回更新は次の週末を予定しています

それでは、また

ごめんなさい金曜からずっと畜っていました

今後の予定ですが、新刊が出るまでには終わらせようと考えています

どこで終わらせるかが悩みどころです

一応はがない編でも区切りはいいのですが……

兎にも角にも今週末は必ず投下します

と、自分を追い込んでおきますがんばります

第三話 後編・上の壱



二人そろって校舎に入る。

本来ならここで集合場所を定めてから二手に分かれて捜す方が効率が良いのだが、雪ノ下がアレなのでその方法は使えない。

運に任せて適当にうろつくしかないだろう。

廊下を見渡せば、先程よりも多くの人がいる。今が最も人が多くいる時間帯のようだ。

なかでも目を引くのは、学園の生徒、一般客を問わず様々な種類のコスプレをした人達だ。

どうやら貸し出しコスプレ屋は大盛況らしい。

ミクさんは当然として、紫ナコルルとかコアなやつまでいる。どこのコミケだよ。

「ものすごい光景ね……。いくらお祭り気分だからとはいえ、恥ずかしくないのかしら……?」

雪ノ下が感嘆したような、呆れたような声を出す。

「ほんと、せめて京葉線とか武蔵野線内だけにして欲しいよな。総武線でもまだ耳つけてるとか痛過ぎだろ」

「ネズミの国の話はやめなさい。相手が強大過ぎるわ」

おっと、確かに今の発言は危なかった。誰がどこで聞いているかわからないからな。

害を及ぼした者はもれなくキャストにされるという噂もあるくらいだ。

「まぁアメリカネズミは置いといて、コスプレならお前も何回かしてただろ。メイドとか、雪女とか」

「別に行為自体を否定しているわけではないのよ。必要があればその手の格好をするのに抵抗はないわ。ただ……」

途中で言葉を切った雪ノ下の視線を追うと、着るだけで必然的に胸が強調されるデザインをした某喫茶店の制服や某選挙学校の制服を着た女子がいる。

……こいつ完全に胸にコンプレックス持っちゃってるじゃねーか。

全ては合宿のときの三浦のせいだ。

……奴だけは絶対許さねえ!

被害に合うのはなぜかいつも俺だからな!

とにかくこの場はなるべく当たり障りのない言葉を選んで切り抜けるしかない。

雪ノ下の胸には何も当あたりも触りもしないが。

あ、こういうこと考えてるから被害に合うのね。

納得。

雪ノ下がばら撒いた地雷を注意深く回避しつつ由比ヶ浜の捜索を続ける。

廊下には看板やら受付用のテーブルやらが置いてあり、ただでさえ狭いのに人が多くてさらに歩きづらい。

雪ノ下が教室を覗きその間俺が廊下を見張る、という分業制で捜しているが、やはりどうしたって効率は悪い。

もし由比ヶ浜が同じ方向に進んでいたら見つけるのにはかなり時間を要してしまう。

はぐれている時間が長ければ長いほどあいつはより自分を責めるだろう。

ただでさえ遅れて来た事に負い目を感じているはずだ。

そんな必要は全く無いというのに。

俺はそもそも時間に無頓着なので責める気は毛頭無いし、雪ノ下だって今日のように正当な理由があれば同じだろう。

あいつには、雪ノ下に気を使って欲しくない。

「比企谷君、ごめんなさい。私が迂闊だったわ」

唐突に謝ってくる雪ノ下。

「は? 謝られるようなこと何かあったか?」

「私がもう少し気を付けていれば、こんなことにはならなかったわ」

「別に雪ノ下が謝るような事じゃ無いだろ」

「でも、焦れているようだったから」

む、態度に出ていたようだ。気を付けなければ。

「そんなことないから気にすんな」

「そう……。わかったわ」

雪ノ下は納得していなさそうな様子だったが、とりあえず引き下がってくれたようだ。

歩みは遅いがどうにか1階を回り終え、2階へと上がる。

階段を登り切り廊下を見渡すと、1階と同じくらいの人がいた。ざっと見た限りでは由比ヶ浜はいないようだ。

人の多さにややうんざりしていると、その人混みが妙なざわつきを見せる。

直後、廊下にいた人たちは慌てて両脇に寄り、人ごみの中からモーゼのように二人の人物が現れた。

先程礼拝堂付近で出くわした失敗金髪ヤンキー風の彼と黒髪鬱美人だ。

確か名前は、羽瀬川とか言ったか。

羽瀬川は若干悲しげな表情と凶悪な目つきで辺りを見回していた。

「小鷹が一般人どもを蹴散らすから歩きやすくて良いな」

「……これ結構精神的にキツイぞ? 夜空も常に避けられてみればわかる」

両脇に寄った人々は息を殺しているので会話が漏れ聞こえる。

夜空が、小鷹が、と名前を呼び合い親しげに話している。……仲良いなあの二人。

「ぼっちでも名前で呼び合うような人はできるんだな」

やっかみ半分、感心半分で呟く。いつか俺も名前で呼び合う人は出来るのだろうか。

だが、俺は本当に親しいと思っているか本当に親しくしたいと思う人しか名前で呼びたくない。

「あなたに親しい人はいないし、これからも出来ないからそれは杞憂よ」

雪ノ下は当然のように思考を読んできたが、これは予測できた。

「言うと思ったぜ」

俺の反応に、例によってイイ笑顔をしていた雪ノ下はむっとした表情になる。

そんな表情されてもな……。

ふと横を見ると、羽瀬川がこっちを見ていた。

その目と俺の目とが合う。

彼は俺達がさっき会った二人だと認識したようで、戦慄のうすら笑いを浮かべながらこちらに近づいてくる。

うおぉ、すげえ迫力! いざとなれば俺を即座に使い捨ての盾として扱えるように、雪ノ下が若干移動したレベルだ。

「こ、こ゛ん゛に゛ち゛はぁ゛!?」

俺たちのそばまで来ると、どう好意的に解釈しても恐喝しているようにしか聞こえない挨拶をした。

俺と雪ノ下はビクッとして一歩下がる。羽瀬川は苦笑いし、黒髪鬱美人はそんな彼を見てやれやれといった表情をしている。

このままでは意思疎通が困難だと判断したのか、黒髪鬱美人が口を開く。

「ちょっと聞きたいんだが、ビッチっぽい金髪の女を見かけなかったか?」

ビッチっぽい金髪の女とは間違いなく雪ノ下に入れ込んでるアブナイ奴のことだろう。どうやら彼らも人捜しのようだ。

「さっきこの校舎で追い回されたわ。撒いたから今どこにいるかはわからないけど」

本人は確実に否定するだろうが、未だに俺を気持ち盾にしながら雪ノ下が答える。

「そ、そっか。悪かったな、うちの部員が迷惑かけて」

怖がられていることがわかっているのか、精一杯優しげな声を出そうという努力が伝わってくる。もちろん怖いままだが。

「いえ、貴方が謝ることではないわ」

淡々と答える雪ノ下。冷たく感じるが、別に雪ノ下は責めているわけではないだろう。

あいつが人を責めるときはもっと嬉々として責めるだろう。俺の時だけかもしれないというのは考えてはいけない。

「で、もし見かけたら『部活の事で話があるから部室に戻れ』と伝えてくれないか?」

黒髪鬱美人が俺に向かって言う。

「ああ、わかった。……会話が通じればな」

「それは……そうだな。とりあえず言っておく、という程度でいいからよろしく頼む」

「まあ、それでいいなら言っとくわ。ところで、俺たちも人を捜しているんだが、明るめの茶髪でお団子頭をしたちょっとバカっぽい女子を見なかったか?」

「微妙に抽象的だな……。……私は心当たりは無いな。小鷹は?」

「……俺もたぶん見かけてない。えっと、携帯で連絡は?」

「事情があって、長時間使用していたら電池が切れてしまったのよ」

羽瀬川の問いに雪ノ下が答えた。ってか事情ってお前ただ迷子になってただけだろ、とはもちろん言わない。絶対言いませんので睨むのやめて下さい。

「比企谷くんは?」

「彼には何も期待しない方が賢明よ」

俺が問いに答える前に即座に雪ノ下がバッサリと切り捨てた。

「おい、頭ごなしに決めつけるな」

全く失礼な奴である。当然抗議する。

「あら、何か役に立った事はあったかしら? そんなに記憶に無いのだけれど」

「情けは人の為ならずって言うだろ。俺は時と場合を選んでいるだけだ。ちゃんと役に立つこともある」

「つまり、見返りが確定している場合のみ手を貸す、ということかしら」

「そうだ」

「はぁ……意味を正しく理解した上で使っているあたりが本当にどうしようもないわね」

「うるせ。ところで、そっちこそ携帯は繋がらないのか?」

羽瀬川に話を振る。

「ああ、電話してみたんだが部室に置きっぱなしでな……」

「ぼっちは携帯不携帯でも問題ないからな」

羽瀬川の言葉に補足した黒髪鬱美人が自嘲気味に笑う。

「そうね、私も最近までは調べ物にしか使わなかったわ。比企谷君は今も、でしょうけれど」

「いちいち俺を槍玉に上げるな。……別にいいんだよ、携帯は暇つぶし機能付きの時計なんだから」

「私もカラオケを探すくらいにしか使っていなかったな」

……なにこのぼっちあるある。

「ま、まあとにかく、星奈は何かと目立つから見かけたら頼むわ」

暗くなりかけた空気を察知した羽瀬川が話を戻す。

「そうだな、肉は自分の事を神だと言い張って何かと面倒事を起こすからな」

神か……すげえ自信だな……。ってかミッション系の学園でそれはまずくないか?

「そう言えばうちの学校にも神がいたわね。ねえ? 名も無き神さん?」

「おいやめろ。それだけはやめろ」

なんで覚えてんだよ忘れろよ。というか忘れたい。あと、ほんとにやめて下さい。マジで。

「比企谷くんもだったのか……」

羽瀬川は戦慄の表情を浮かべる。

「比企谷君の過去のことは触れないであげて。いっそのこと存在そのものにも触れないで。これ以上彼を傷つけないでちょうだい。……もう、手遅れなのよ」

俺が痛い過去の痛い記憶にさいなまれている横で、雪ノ下は嗚咽を堪えるように口元に手を当てて俯く。

「現在進行形で傷ついてるんですけど。それもお前のせいで」

「そう、致命傷だといいのだけれど」

顔をあげて、ふふん、と満足そうな顔をする雪ノ下。

はい、出ましたー。うまいこと言ってやったぜの表情頂きましたー。雪ノ下さん超楽しそうー。ふざけんな。

ドヤ顔をしている雪ノ下はほっといて話を変える。

「部活って確か隣人部って言ったか? どんな部活なんだ?」

俺が聞くと羽瀬川は少し困ったような表情をして隣の黒髪美人をちらりと見る。

「どんなって言われてもなぁ……目的は友達づくりらしいんだが」

……本当にどんなだよ。活動目的悲しすぎるだろ。

「実際はゲームしたり、合宿や夏祭りに行ったり、映画作ったりしてて目的不明だけどな」

羽瀬川は、ははは、と怖い顔で苦笑する。だが怖くても突っ込まずにはいられない。

「それ完全に友達じゃねえか」

「え? なんだって?」

「隣人部でやってることは友達同士で遊んでるようにしか聞こえないんだが」

この距離で聞こえなかったという事もないだろうと思いながらも、今度は黒髪鬱美人にむかって言う。

「ど、どうしてそう聞こえるのかわからんな。目だけではなく耳も腐っているのか?」

……やっぱ目は腐ってるのか。けど初対面の相手に言うことじゃねえだろ……。

それはともかく、誰がどう聞いてもそう思うだろうが本人たちは認めないようだ。

羽瀬川は押し黙り、黒髪鬱美人は気まずげに目を泳がす。

……まあ、こいつらの考えには共感できる。

世の中にぼっちは俺一人だけでなく、無数にいる。それぞれが痛かったり黒かったりする歴史をもっていることだろう。

彼らだって無闇に他人に近づいて現実に打ちのめされた事は一回や二回じゃないはずだ。

だから、結局傷つくくらいなら中途半端な関係のまま何となく絡み何となく離れる。そういう方針のコミュニティがあってもおかしくなんてない。

だがしかし。

その中に先へ進もうとする者がいたらどうするのだろうか。

邪魔をするのか、逃げるのか。それとも他に何か方法があるのか。

不意に頭の中に由比ヶ浜の顔が浮かんできた。

慌ててそれを振り払い、誤魔化しついでに提案をする。

「……ところで提案なんだが、適当に集合場所を決めて二手に分かれてお互いの捜している人を捜さないか?」

「た、確かにその方が効率が良いな。だが、私と小鷹はどんな人を捜せばいいのか正確にはわからないのだが」

同じく直前の話題を誤魔化したかった様子の黒髪鬱美人が答える。

「そうね……では、比企谷君と羽瀬川君、私と貴女の二組に分かれるのはどうかしら」

「俺は別にいいぞ」

「そうだな、それでいいんじゃないか? 俺と夜空は連絡取れるんだし」

雪ノ下の案に俺と羽瀬川が頷く。

「わ、私は……できれば、小鷹と一緒の方が……」

「え? なんだって?」

「……っなんでもない! ……動線を考えると、校舎を回ってから体育館に集合するのが効率的だな」

「じゃあそうしよう。見つけた場合はその場で夜空に連絡するから」

「……わかった」

「では、比企谷君、また後で」

「ああ」

男と女が二人ずついて、男二人、女二人に分かれる。これが現実というものである。

ここで男女がペアになるなど、ラノベだけの話だ。

……そう信じたい。リア充爆発しろ。

余談だが仮にリア充が本当に爆発するとしたら、千葉市では真っ先に美浜大橋が崩壊する。夜景が見られる時間帯には100%の確率でカップルがいるからだ。

ちなみに美浜区の海は場所によってはなんかタプタプしてる。全く美しい浜ではないから注意が必要。

兎にも角にも、こうして俺と羽瀬川、雪ノ下と黒髪鬱美人の二組に分かれて由比ヶ浜と金髪ビッチを捜すことになった。





つづく

後編・上の弐に続きます。

久々の休みで体調崩しましたので今回はこれだけです。

それでは、また。

や やすみをくださ

かゆ うま

ご無沙汰しておりますどうも>>1です

更新とめてしまって申し訳ありません

まさかのJKT行きでした……

そして昨日戻ってきたにも関わらず今日はGNMー遠征

更新はそのうち余力があるときにさせて下さい

新刊楽しみです

6巻もう本当に最高でした

わたりんもぽんかん神も神化が止まらない!

俺ガイルほど好きになった作品は他に殆ど思い当たりません

好きすぎて書きたい気持ちが溢れてくるくるー




二組に分かれて由比ヶ浜と金髪ビッチを捜すことになったが、雪ノ下といたときと同様の手順で由比ヶ浜を捜す。

俺と羽瀬川が担当している範囲の捜索はかなり順調に消化していた。

なぜなら横にいるのが雪ノ下はではないからだ。

雪ノ下は何もしなくても人目を引き、それを離させない容姿をしている。必然、周囲の動きは鈍る。

うっとうしいことこの上なかった。

その点、現在同行している羽瀬川も人目を引く容姿はしているが、周囲の人間は目が合うことすら避けようとするので快適に進める。

ここまで露骨に避けられるのはなかなかダメージが大きいかもしれない。

事実、羽瀬川は少しだけ悲しそうに苦笑している。それが顔面の凶悪さに拍車をかけているのだが。

まあ、クラスにおいて存在ごと無かった事にされている俺からすれば、避けられているだけ救いがあると思ってしまう。

まだ認識はしてもらえているのだから。

いずれにせよ、所詮他人の話だ。

今日初めて会ったばかりで、紛う事なき他人である。

いつだったか雪ノ下が言ったように、俺にとってはいつだって何だって他人事なのだ。

そもそも羽瀬川も初対面の奴に解った気になられても不愉快なだけだろう。

お前が俺の何を知っているんだ、こう言われて終わりである。

見せかけの理解などでうわべだけ取り繕うぐらいなら始めから無視してくれた方がよっぽどいい。

故に俺は何も言わない。言うつもりもない。

正直、さくさく進めて超楽です。

「比企谷くん、さっきの雪ノ下さん?は彼女とか何か?」

この階の半分を捜し終えた辺りで、唐突に話しかけてきた羽瀬川。

「……いや、ただ部活が同じだけだ。部活メイトだ」

何かってなんだよ、と突っ込むのは心の中だけ。

「なんだそりゃ……」

「俺も知らん。とにかく雪ノ下の前でそういうことは言わない方がいいぞ。心に消えない傷を負わされるから」

「そ、そっか。なんか仲良さそうに見えたから……気をつける」

「ああ」


……。


…………。


………………。


…………。


……。


これはあれだ、あのパターンだ。

一度話しかけてしまった以上、何となく話を続けなければいけないような強迫観念にとらわれるアレである。

このままいくと、話題もスキルも無いのに無理矢理続けようとするから噛み噛みになったり意味不明な事を口走る。

そしてそれが恥ずかしくてまた黙り込むが強迫観念は残っているからまた口を開いてしまう。

どうやら羽瀬川はこの負のスパイラルにはまりかけているようだ。

甘いな。

高位カースト連中のような似非リア充はらいざ知らず、高度に訓練されたぼっちは沈黙をものもとしない。

羽瀬川はまだまだぼっちレベルが低いようだ。

それもそうだろう。初見でも解るほど明確で、中途半端な関係の中にいればぼっちのレベル上げなんて望むべくも無い。

避けられて、拒絶されて、最終的にはいないことにされる。

それでも心が折れないように進化を遂げたのがこの俺、ぼっちマイスター比企谷八幡である。

なにこの悲しい自己紹介。

にしても、中途半端な関係、か……。

「そっちこそ、あの黒髪の美人は彼女とか何か?」

今度は俺から質問した。何かってなんだよ。

「いや、クラスメイトで……部活メイトだよ」

……そんな無理矢理あわせなくていいから。ニヤリ笑いが怖いから。

「そ、そっか。なんか仲良さそうに見えたから……向こうはそうなりたいんじゃないか?」

「それはないだろうな」

やけにきっぱりと言い放つ羽瀬川。

「でも黒髪は羽瀬川と一緒が良いって言ってただろ」

「え? なんだって?」

……。

再び訪れる沈黙。

……。

用がない限り、沈黙が苦痛ではない俺が話しかけることはもうないだろう。

今のだって普段の自分を考えれば珍しいほどだ。

俺と羽瀬川は黙々と捜索を再開する。


捜索上必要な最低限の言葉のみ交わしつつ、順調に進む。

相変わらず羽瀬川が一般客どころか呼び込みの生徒まで蹴散らしてくれている。

それゆえ急いていた気が少し楽になり、ちゃんと周りを見る余裕が出てきた。

改めて周囲を見渡すと、前述の通り妙にコスプレした人が多い。

しかしレイヤーは多いが、お化け屋敷、コンセプト喫茶、縁日や演劇など、出し物としては一般的な学校と変わらないものも多いようだ。

一般的と言っても、俺が知ってるのは自分の高校の文化祭だけなので他はどうか知らないが。

他校の文化祭を直に見るのは今日が始めてでも、各種創作物ではお馴染みのイベントである。

ぼっち故に、必然的に読書が趣味な俺にかかればイメトレは完璧だ。

文化祭が中止の危機に追い込まれても、怪盗が現れても、舞台で人が潰れても、猫背のアインの襲来ですら問題ではない。

鍛え上げたぼっちスキルでどんな場合でも参加しないからな。

まあ、この手のイベントは容易に避けられる。

今日だって特別だ。由比ヶ浜に誘われて、それを目撃した平塚先生に脅されたから来ただけ。

でなければ学校行事というトラウマ名産地になど来なかっただろう。

だから、もし先生に脅されなかったら。

……脅されなかったら。

あの時俺はどう答えていただろうか。

やはり罰ゲームの可能性を警戒して断っていただろうか。

だが、由比ヶ浜はそういう行為をしない。

奉仕部に入ってから半年近く、クラスでの、部活での彼女を見て来た。

基本的に争いを好まず、波風が立たないように立ち回り、手当たり次第に気を遣いまくる。

みんななかよく出来たらいいと思い、同時にそれが不可能な事とだと知りながらも俺みたいなぼっちにまで気を配る、とても優しい女の子。

生々しい愛憎入り乱れるクラス内政治を常に最前線で見てきたであろう由比ヶ浜。

彼女の優しさの本質は、ある種の諦観にあるのだと思う。

だからこそ、その優しさに偽りがないのがわかる。

敵意に敏感で、善意には過敏な俺が言うのだから間違いない。

誰にでも優しい由比ヶ浜は、周りから見れば只のキョロ充であり八方美人どころか十六方美人である。

そんな彼女も、よく見れば控え目ながらもちゃんと自己主張はしている。

特に雪ノ下が絡むと驚くほどの芯の強さを見せ、意外と強情な面もある。

それが本当に、本当の由比ヶ浜かどうかは知る由もないが、俺は多少なりとも彼女のことを知っているはずだ。

知っていると言って良いはずだ。

だから言い切れる。今日の事は罰ゲームなどではない。

では、改めて問おう。

俺はあの時、由比ヶ浜の誘いを断っていただろうか。

答えは出ている。

恐らく、俺は、

「あ、ヒッキー!」

突然、頭の中を占めている人物の声がした。

考えるまもでもなく由比ヶ浜だ。俺をそう呼ぶのはあいつくらいだし。

ていうか廊下で大声とかやめて下さい。注目されちゃうだろ。

ほら、みんなこっち見て……すぐに逸らされちゃうだろ。

由比ヶ浜はもちろんそんなことはお構いなしにぱたぱたと駆け寄ってくる。

「ごめん、ヒッキー!」

すぐ傍まで来るなり、遅刻してきたときと同じようにまたしても両手を合わせて謝ってくる由比ヶ浜。

「なんか、凄いのに追いかけられちゃって、ゆきのんとはぐれちゃったんだ……ってかケータイ繋がらなくてどうしようかと思ったよ!」

案の定、校門に戻るという選択肢は思いつかなかったようだ。

「これからはぐれたときは最初のところに戻るようにしとけ。集団行動の鉄則だろ」

「ヒッキーに集団行動について諭された!?」

「ばっかお前、俺ほど集団行動中の単独行動を極めた奴はなかなかいねえから。なんなら本を出せるレベルだ」

「それ結構売れそうだな!」

黙っていた羽瀬川が急に食いつく。

……目がマジなのが残念でならない。

いや、売ってたら俺も欲しいけどね。

ここでようやく俺が一人ではないことに気が付いた様子の由比ヶ浜は、俺と羽瀬川を数回見比べてから俺の耳元に顔を寄せておずおずと小声で聞いてきた。

いや近いから。いい匂いしちゃうから。

「え、えと……ヒッキーの友達、じゃないよね。 誰?」

「おいなんで真っ先に友達の選択肢を外した」

「えっ!? 友達なの!?」

両手を口に当てて驚く由比ヶ浜。

おいおい、大げさ過ぎだろ。年収低過ぎる人みたいになっちゃてるぞ。

「違う」

「やっぱ違うんじゃん!」

ぷりぷり怒る由比ヶ浜をなだめつつ状況を説明する。

カクカクシカジカシカクイキューブ。

「じゃあ、ヒッキーもゆきのんもあたしを捜してくれてたんだ」

由比ヶ浜は始めは申し訳なさそうな顔をしていたが、今は遠くを見るような眼をして少し嬉しそうな表情で微笑んでいる。

その表情のまま、ポツリと呟く。

「……ありがと」

なぜかその表情の由比ヶ浜から目が離せない。

自然、目が合ってしまう。

慌てて由比ヶ浜に張り付いた視線を無理矢理引き剥がすように横を向き、「それは本人に言ってやれ」と、自分ですら意図の分からない発言をしてしまう。

これはあれだから。不意に人と目が合うとやましいことはなにも無いのになんか逸らさなきゃいけないようなごめんなさいなあれだから。

って誰に言い訳してんだ俺は。

「じゃあ、本人に言うね」

由比ヶ浜はキョドリ始めた俺を見てクスリと笑うと、身を屈めて逸らした視線の先に回り込む。

「ありがと」

……流石に回り込まれてしまっては仕方がない。1ターンはたたかわなければならないからな。

とは言っても俺に出来るのは「お、おう」と間抜けな返事をすることぐらいだった。

「仲良いんだな……」

俺と由比ヶ浜のやり取りを見ていた羽瀬川が生温か恐ろしい目を向けながら呟く。

「や、全然そんなことないし! ただのクラスメイトで部活メイトなだけだし!」

散歩中にクラクションを鳴らされた犬のように面食らった由比ヶ浜が必死に否定する。

だがそれは逆効果だったらしい。

羽瀬川はなおも生温かい、いや恐ろしい目をしている。

何となくその態度が気に食わなかったので当てこする。

「これで仲が良いってなんなら羽瀬川と黒髪もだろ」

「……」

羽瀬川からの返事はない。

……聞こえなかったようだ。

まあ、いいんですけどね。

「てか、羽瀬川くん、だよね。ありがとね、ヒッキーとゆきのんを手伝ってくれて」

不穏な空気を感じ取ったのか話題を切り替える由比ヶ浜。

今度はなぜか羽瀬川が驚く番だった。

口を半開きにして絶句している羽瀬川を見て、由比ヶ浜がまたぞろ慌て始める。

「どしたの? も、もしかしてあたしなんか変な事言った!?」

「いや……その、社交辞令でもお礼を言われたのはいつぶりだったかと思って」

「や、でも、社交辞令とかじゃなくて普通に感謝してるけど……」

「あ、ああ」

……。

しばし訪れる沈黙。

……。

「そ、そーだ! 自己紹介まだだったね! えと、由比ヶ浜結衣、です。ヒッキーとゆきのんと同じ部活の奉仕部ってのに所属してて……」

やはり沈黙に耐えられない様子の由比ヶ浜はどうにかこうにか話題を提供する。

「お、俺は……小鷹、羽瀬川小鷹。隣人部ってのに所属してる」

うわぁこいつこの自己紹介の仕方気に入っちゃってる!

相変わらずちょっとドヤ顔だし!

くそう、俺もやっときゃよかった!

思わずツッコミそうだったが、さすがにエアリードスキルがカンストしているだけあって、由比ヶ浜は華麗にスルーしていた。

「挨拶遅れちゃったけど、改めてよろしくね」

「あ、ああ、こちらこそよろしく……」

……。

会話続かねー。

助けを求めるように由比ヶ浜がこちらをチラチラ見てくるが、

俺や羽瀬川のようなぼっちを相手にするなんて由比ヶ浜も大変だなー、と完全に他人事モードの俺。

そもそも俺に会話スキルとか期待するのは間違っていると思います。

まあ日常会話は出来なくても仕事の話ならできる。

ビジネスライクな関係なら気が楽だ。

由比ヶ浜あたりが勘違いしそうだが、言うまでもなく、ビジネスライクとは決して仕事が好きという意味ではない。

決して仕事が好きという意味ではない。

決して仕事は好きではない。

「由比ヶ浜も見つかったことだし、一度連絡取った方が良くないか? 捜す対象が一人と二人とじゃ色々違うだろうし」

「……そうだな。わかったちょっと連絡してみる」

羽瀬川は携帯を取り出し、電話をし始めた。

由比ヶ浜と共にぼんやりと待っていると電話はすぐに終わった。

「なんかあっちもちょうど見つけたみたいだ。下の階で合流することになった」

「了解。じゃ行くか」

雑踏を蹴散らしつつ先行する羽瀬川について行く。

途中、由比ヶ浜が俺の肘をつつき話しかけてきた。

「にしても、ヒッキーが誰かと協力するなんて珍しいね」

「そうだな、俺もそう思う」

確かに今思い返せば普段の自分とは違うように感じる。それだけ速く早く見つけ出しかったのだろうか。

「まあ、ちょうど向こうも人捜し中だったからな、手は多い方が良い。お互い得をする、WIN-WINの関係だし」

「へ? 機械の関係?」

…………いや擬音じゃねえからな? 無理があるし、無駄だから言わねえけど。

と言うか思考をトレース出来た自分をまず褒めてあげたい。

とにかく由比ヶ浜のアクロバットなおバカ発言は無視して先に進むことにした。


階段を下り、次の階へと進む。

こう言うとなんかダンジョン系のゲームっぽい。

たいして欲しくもないのにどうにか店の品物を持ち去ろうと四苦八苦し、結局店主に頭突きされて死んだのはいい思い出。あ、パンの方は世代じゃないので。

それは置いといて、ダンジョンにいるのはモンスターと相場が決まっている。

合流地点である縁日風の模擬店で俺が目撃したのもモンスターと言っても過言ではないだろう。むしろ的確過ぎてちょっと怖いくらいだ。

そのモンスターとは、言うまでもなく金髪ビッチの事だ。

金髪ビッチはやはりというか何と言うか、雪ノ下に鬼絡みしていた。辺りには人だかりができている。

「ねえねえ雪乃ちゃん、この後あたしと二人っきりで文化祭回らない?」

「絶対に嫌」

「え~、いーじゃん行こうよ~。きっと楽しいからさぁ~」

「だから、絶対に嫌」

「はっ!? もしやこれがリアルツンデレ!? デレは!? デレはマダー!?」

「何を訳の分からないことを……それよりも離れてくれないかしら」

息を荒げて今にも掴み掛からんばかりの金髪ビッチに対し、雪ノ下は両手を突き出してぐいぐい押し返している。

「いい加減にしろ馬鹿肉。お前には二次元があるじゃないか。それで充分だろう?」

「うるさいわね! 目の前に三次元に舞い降りた黒髪ロングの美少女がいて冷静でいられるわけないじゃない! それにあたしは雪乃ちゃんと会話イベントの最中なんだから邪魔すんじゃないわよ!」

「こちらは会話が成立しているとは思っていないのだけれど……」

うんざりした顔で雪ノ下が呟き、

「私にとっては貴様の存在自体が邪魔だ」

と、黒髪鬱美人はハエ叩きで金髪ビッチをペチペチ叩いている。

……ひどい光景だ。

あまりのひどさに俺も羽瀬川も由比ヶ浜も声をかけるタイミングを失ってしまい、人だかりの外から遠巻きに見るしかない。

端から見れば美少女同士がじゃれ合っているように見えるかもしれないが、会話の内容を聞いてしまうともう残念と言うしかない。

てか会話イベントとかギャルゲーかよ。仮にそうだったとしても明らかに選択肢間違えてるだろ。

爆弾が爆発するレベルだぞ。ちょっと匠に電話してこい。

「黒髪ロングとやらがいいのならゲームの中に行けばいいだろう。いつも言っているではないか。ゲームの中に入れたらいいのにって」

「はぁ? 実際に行けるわけ無いでしょ!」

「えっ!?」

横から驚いたような声がした。

ここまでずっと見守っていた羽瀬川が驚いた顔をしている。

「気付いてたのか……」

……マジかよ。普段からギャルゲ脳でしかも諦められちゃうほどどハマリしてたのか……。

羽瀬川は驚いているようだが、黒髪鬱美人は不意に優しげな表情になる。

「諦めるな、肉。お前なら出来る。必ずゲームの世界に行けるはずだ」

「えっ……ほ、ホントに?」

「ああ。行って、その世界の住人になるといい」

「ど、どうしたら行けると思う?」

「そうだな……とりあえず、死ね」

「っ! あんたねぇ……」

ギリギリと歯ぎしりの音がここまで届きそうな鬼の形相で黒髪鬱美人を睨むちょっと涙目な金髪ビッチ。

金髪ビッチはぶっ飛んだ性格のわりには打たれ弱いのかな。どうでもいいけど。

「ふ、ふんっ! こんな性悪貧乳はほっといてあたしと雪乃ちゃんだけで楽しくお喋りしましょ!」

っあぁー! それ死亡フラグ!

「……別に三日月さんは小さくないわ。そもそも大きければ大きいほど良いというわけではないし、それに自身の意志や力だけではどうしようもないことをあげつらって貶めるのは人間として最低に属する行為よ。セックスアピールとして考えるのならば一考の余地はあるけれど、それだって結局は全体的なバランスを考慮した結果やはり大きすぎるのは不利と断じるしかないわ。機能的、経済的に考えても同様の事が言えるわ。スポーツはもとより、日常生活全般でも邪魔になるし、サイズがなくて可愛い下着は値段が高いものしかないと友人が言っていたもの」

その友人とは間違いなく由比ヶ浜のことだろう。

由比ヶ浜……お前っ、なんて残酷なことを言うんだっ……。

「こ、こっち見るなし! てか変なとこ見るなし!」

思わず由比ヶ浜、いや由比ヶ浜のを見てしまい頭をはたかれる。

視線を雪の下たちに戻すと、二人はいきなりまくし立て始め今も何か言い続けている雪ノ下に唖然としていた。

正直、見ていて居たたまれない。由比ヶ浜も同じ事を思ったのか「行こう」と囁きかけてくる。

羽瀬川にも目で促し、人だかりをかき分けていく。

「ゆきのん!」

人だかりを抜けると由比ヶ浜は、たたたっと駆け出し、がばっ、ひしっ。

「ごめんねゆきのん! もうはぐれたりしないから!」

先程のやりとりに色々と思うところがあったのか、いつも以上にスキンシップが多い由比ヶ浜。

「由比ヶ浜さん、暑苦しいわ」

口ではそんなことを言いつつも、若干頬を染めているのは見なかったことにしておいてやろう。

例によって睨まれているので。

「ゆきのん大丈夫だよ! ゆきのんの脚はカモノハシみたいな脚だもん!」

「カモシカのよう、と褒めようとしてくれてるのはわかるのだけれど……急にどうしたの?」

なるほど確かに、カモノハシの脚には人が死ぬレベルの毒がある。由比ヶ浜にしては上手いこと言うな。

「毒があるのはオスだけよ」

雪ノ下が半眼でこちらを睨みながら言う。なんでこんな的確に考えてることわかんだよぅ……。

エスパー? 魔女? 魔法少女ゆきのん? なにそれ超怖い。たぶん使うのは即死系の呪文ばっか。

「ちょ、ちょっとあんた! なにあたしの雪乃ちゃんに馴れ馴れしくしてるのよ!」

突然の闖入者に驚きつつも金髪ビッチが由比ヶ浜を威嚇する。

一瞬にして女×女×女の三角関係が成立した。なにこのガチゆり。だからなもり先生どうにかして下さい。

「ってか『ゆきのん』てずるい! あたしもそう呼んで良いよね? ゆきのん?」

「気持ち悪いからやめて」

心地良いほどにバッサリ斬り捨てる雪ノ下。

「そ、そんな……」

斬り捨てられた金髪ビッチはがっくりとうなだれる。

「ほら、星奈、もういいだろ。行くぞ」

大人しくなった隙に羽瀬川が金髪ビッチの腕を掴み、引いていこうとする。

しかし金髪ビッチはその手を振り払うと顔を上げ、由比ヶ浜をきっ、と睨み付け指を指す。

「決闘……決闘よ!」

「「「……は?」」」

俺、羽瀬川、黒髪鬱美人の声が重なる。

雪ノ下は冷たい目で見据え、由比ヶ浜は慌てた様子でキョロキョロしている。

「どっちが雪乃ちゃんの隣に相応しいか、決闘よ!」

「へ? それって意味あんの? ゆきのんが決めることじゃん」

これまた由比ヶ浜には珍しく、反論を許さない超正論だ。これを言われてはもうどうにもならないだろう。

「何? 勝つ自信ないの?」

だがどうにもならないことをどうにかしてしまうのが我らが雪ノ下さんである。

「由比ヶ浜さん、勝ちなさい」

「ゆ、ゆきのん……」

やっぱ煽り耐性ゼロだこいつ。ツイッターとかやってたらそれはもう毎日燃えまくるだろう。

由比ヶ浜ですら若干呆れているのだから相当だ。

まあ俺はツイッターやっても誰にもフォローされないから炎上なんてしないだろう。

燃えない主人公、比企谷八幡。

いや俺主人公じゃねえけど。あくまで奉仕部の主役は雪ノ下と由比ヶ浜だ。

ちなみに萌えないヒロインは桜小路さん。

おっと失礼、燃えない、だったのだ。

「ほら、雪乃ちゃん公認の決闘よ! 正々堂々、受けて立ちなさい!」

「そりゃあたしだって、ゆきのんの隣がいいけど……もし負けちゃったらあたしのせいでゆきのんが……」

あくまで渋る由比ヶ浜に雪ノ下がそっと身を寄せる。

「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。私が全力でサポートするわ」

雪ノ下を巡る争いで雪ノ下自身が手を貸しちゃ意味ないだろ。

……なんかもうこの闘いやる前から趣旨ずれてないですか?

「けど星奈、決闘と言ってもどうすんだ?」

「雪乃ちゃんがその女に手を貸すんだったら、いっそチーム戦にってのはどうかしら」

「私は構わないわ」

「ゆきのんがいいなら、あたしも」

「それならこっちは……小鷹、あたしと組みなさい」

「まあ、別にいいけどよ」

「ま、待て肉! そういうことなら私も参加してやろう! お互い人数は同じだし3対3の方が勝敗が明確だろう」

「……確かにそうね。夜空、脚引っぱんじゃないわよ!」

「はっ、誰に物を言っている? 貴様こそ無様な姿を見せるなよ」

俺を除いた5人がにわかに盛り上がりを見せる。

あれ? なんかもうこれやる方向で進んでんの?

なんでみんなこんなにやる気なの?

俺は何一つ聞かれてないんですけど。

やるんなら俺関係ないんでもう帰ってもいいですかね。

「比企谷君、もし帰ったら部長として平塚先生にあなたが部活をサボったと伝えなければならないわ」

「喜んで参加させて頂くであります!」

「そう、戦果は期待していないけれど」

くそっ、帰りてぇ!

ってかさっきから恐ろしいまでに心を読まれているのはなぜでしょう。

「ヒッキー、なんかごめんね」

由比ヶ浜が申し訳なさそうな顔で謝ってくる。

……退路は既に断たれてしまった。

だったら後はどうやって早く終わらすかだけを考えよう。答えは簡単、負ければいい。

でもきっと雪ノ下が許してくれないんだろうなぁ。

とりあえずルールを決める。

協議の結果、文化祭の出し物で勝負できそうなものを交互に適当に見繕って種目を決め、先鋒・中堅・大将の1対1の勝負で2勝先取すればその種目において勝利を収め1ポイント。

5ポイント先取で勝利、という一日使い切る気満々の勝敗条件になった。おうちが恋しい!

「じゃ、ちょうど縁日のところにいることだし、まずは的当てで勝負よ!」

ちなみに先に種目を決める権利は向こうにある。

「いっとくけど、あたしは勉強も運動もこの学園で一番成績いいから。もちろん見た目も一番だわ。まさに完璧な女神ね」

女神ときたか。

初戦を前に、大言壮語を臆面もなく言ってのける金髪ビッチ。

しかし雪ノ下はそれを無視して、こちらを向く。

「良かったわね、比企が……ヒキガエル君。こんなところに仲間がいたわね。二匹で仲良くしていたら?」

「なんであたしがそんなのと仲良くしなきゃなんないのよ」

どうやら金髪ビッチには伝わらなかったようだが、俺にはバッチリ伝わった。

「井の中の蛙、と言いたいのは分かるがわざわざ俺をダシにするな」

俺のツッコミを受けた雪ノ下はうまいこと言ったつもりなのか満足そうに頷いている。

嫌な以心伝心だ。

兎にも角にも、順番を決める。

俺はどこになろうがどうでも良いので、雪ノ下たちに任せることにした。

結果、先鋒・雪ノ下、中堅・由比ヶ浜、大将・俺、という順番になった。

これ完全に期待されてないね。

向こうの順番は始まるまでわからない。

まあなんだっていい。負けたって構わない。何があるわけでもなし。

的当て勝負のルールは、単純に景品を打ち落とした数が多い方の勝ちである。

どれもこれも等価で1点だが、いくつかの例外品がある。

主にプラモデル系の箱はおもちゃの銃で撃つにはあまりにも大きくて重い為か、箱を支えるいくつかの紙を全て打ち抜けば倒れる仕組みになっている。

箱を倒せば、支柱と同じ数だけの得点が得られる。注意しなければならないのは得点は最後に撃ち倒した者に入るということだ。

団体戦と言うこともあり、ある程度の戦略が必要となるが、そこは戦略レベル、戦術レベル共に最強クラスの雪ノ下がなんとかするだろう。

かくして、闘いの火蓋は切られたのである。

ああ、帰りたい。





つづく

お待たせしていましたどうも>>1です

俺ガイルのSSがなかなか増えないのはなぜでしょう……

次回更新は次の週末あたりに

それでは、また

こんにちはどうも>>1です

出掛ける前に投下しようと思いましたが、やっぱり無理でした

戻ってからの投下になるので夜中の3時くらいになると思います

それでは、また後ほど

まずは両陣営とも作戦会議に入る。

もちろん仕切るのは雪ノ下だ。

「二人とも、射撃の経験はあるかしら?」

現代日本社会においてゲームの画面内でならともかく、実際に射撃をする機会なんてほどんどないだろう。

だが俺は正直超自信がある。

中学生の頃、地域の祭に一緒に行く人がいなかったが小町に心配をかけたくなかった俺は射的屋で一日を潰した経験を持つ。

一人でずっと比企谷無双をしていたら出入禁止にされたくらいだ。

射撃は俺の特技のひとつで、あやとりの次に得意だ。

野比家のご子息とは良い酒が飲めそうだな。未成年だから酒飲めねえけど。

まあこう言うのは言わぬが花、である。

ちょっと控えめに言っておいて実は……的な方がかっこいい。

視線を明後日の方向に向けて、いつもより卑屈分を多めにブレンド。これで少し噛みながら言えば、自信のないボク、の演技は完璧である。

「俺のための競技だな!」

え? 控えめ? 無理無理!

得意なことぐらい得意って言って何が悪い!

戦力は正確に把握したいだろうしな!

「入れ込み過ぎ。期待出来なさそうね」

……結局期待されなかった。

「あたしは……ほとんどやったこと、ない……。あんま当たった記憶ないし……。ごめん……」

「謝らなくていいのよ、私がフォローすると言ったでしょう?」

「ゆきのん……」

はい、ここまでテンプレ展開。

お約束を終えた雪ノ下は会議を再開する。

「ざっと見たところ、的の数は40といったところかしらね。そのうち、相手に点を奪われる可能性のある箱物は10強で的の補充は無し。
さっきお店の人に聞いたのだけれど、弾数は10発。つまり、全員が百発百中だったと仮定すると三戦目である比企谷君は役立たずということね」

「異議あり! 表現に悪意を感じる!」

「例えばの話よ」

向こうから絡んできたくせにさっくりと流される。

おまけに、いいから黙ってろというような目をしてくる。

俺は全く悪くないはずなのにリアクションが面白くなかったのかと反省してしまう自分が悔しい。

「今回のルールだと前の人の戦果が直接それ以降の戦況に影響してくることになるわ。つまり何が言いたいかと言うと、この勝負で重要なのは早さ、と言う事よ」

「なるほど……」

どこにその要素があったのかは謎だが、しきりにこくこく頷いてる由比ヶ浜。

「つまり……どゆこと?」

うん、やっぱわかってなかったね。

てかお前どこの忍者だよ。ヒゲ書いてやろうか。

「由比ヶ浜さん……わからないならそう言ってくれていいのよ。ちゃんと説明するから」

「うう……ごめんなさい……」

縮こまる由比ヶ浜の頭を慈愛顔でぽふぽふ撫でて『いい子いい子』する雪ノ下。

学校の一部の奴らからは、クールビューティー(笑)と言われている雪ノ下だが、実は結構表情豊かだったりする。

ほら、今も俺の視線に気がついて睨んできてるし。きっと俺がされるのは『痛い痛い』だろう。

あと気付いていないと思うけどお前の睨み顔相当怖いからな?

怖いのが苦手な俺は視線を逸らす。しかし逸らした先にも怖いのがいた。

羽瀬川だ。

「なあ、さっき気付いたんだけど、的に限りがあるから合計点で勝敗を決めないか?」

俺に聞かれてもな。どうでもいいとしか。

雪ノ下に視線で問うと、数瞬の間を置いて答えが返ってくる。

「了解したわ。そのルールでいきましょう」

「じゃ、そういうことで」

無事に他人への連絡事項伝達という大任を果たした羽瀬川は颯爽と去っていく。

背中が頼もしすぎるぜ! ……悲しすぎるぜ。

「ねえねえ、ヒッキーはさっきのわかったの?」

ルール変更により作戦の練り直しをしているであろう黙り込んだ雪ノ下。

由比ヶ浜はそれを横目で確認して何がまずいのか雪ノ下には聞こえないようにこっそり耳打ちしてくる。

「わかったって、なにが?」

「ゆきのんが言ってたこと」

「ああ、そのことか。先鋒の雪ノ下が確実に速攻で的を減らすから、お前と俺の難易度が上がるってことだろ」

「そうね、端的にはそれで正解ね」

「ええ!? フォローしてくれるんじゃなかったの!? てか聞こえてたの!?」

後ろを振り向くと、雪ノ下がすぐ後ろにまで来ていた。

「……普段の私が悪いのでしょうけれど、別に怒ったりしないから直接私に聞いてくれた方が……ちゃんと教えられるし、その……、私も嬉しいのだけれど……」

てっきりカンニングじみた事をした由比ヶ浜を叱るのかと思ったが、意外なことに雪ノ下は多少の照れとほんの僅かの悲しみを込めたような口調で告げる。

「ち、違うの、ゆきのん! あたしはただ、あんましゆきのん迷惑かけちゃいけないと思って……」

なんだそんなことか。

だが、そうじゃないだろう由比ヶ浜。

「そう言う気遣いはいらねえだろ。お前らの仲なんだから」

「……え?」

「……へ?」

二人が目を丸くしてこちらを見つめてくる。

「ど、どうした?」

急に美少女二人にまじまじと見つめられて冷静でいられるような経験は積んでいない。冷たい目で、と言う言葉が付けばその限りではないが。

「ヒッキーこそ、急にどうしたの?」

「何か変な物でも食べたの? 頭でも打った? それとも心臓でも止まっているのかしら」

「おい雪ノ下、最後のは俺の歪んだ性格は死ななきゃ治らないって意味か?」

「……どうやらいつもの比企谷君のようね」

判断方法おかしくないですかね。

「ヒッキーがそんな事言うなんて、意外」

「……別におかしなことは言ってないだろ」

「そうね、おかしなことは言っていないわ。ただ、あなたがそれを言うこと自体がおかしいのよ」

「そうかよ」

そんなに不思議なことだろうか。

歪んで捻くれて拗くれた性根でも、いや、だからこそ、そうでないものがわかる。

真っ白な紙に付いた黒い点が目立つように、真っ暗闇から見る光は眩しいように、真逆の存在というのは目に付くものだ。

掃き溜めに鶴、とでも言えば理解しやすいだろうか。

「まあとにかく、比企谷君の言う通りよ。遠慮や気遣いは無用だわ、由比ヶ浜さん」

「うん、わかった。……ゆきのん、教えて?」

「もちろん、そのつもりよ」

こほん、と軽く咳払いする雪ノ下。

「早さが重要、というのはルール改変前の話だったけれど、改変後も変わらないわ。それどころか、個々がではなく全員で限られた点を奪い合うのだからより重要度が増したと言っていいわね。
例えば以前のルールだと、ある一人が9-10で負けるのと0-10で負けるのはほぼ同義だったけれど、今は違う。ここまでは大丈夫かしら?」

「うん」

「ではここで先程の、簡単なものから落とす、という事の理由を考えてみましょう。比企谷君が言ったように、先に簡単なものを落とせば難易度は上がるわ。
でも、ここでよく考えて欲しいのは、条件は常に相手も同じと言う事なの。相手の実力がわからない以上、論理的に考えてこちらに確実に点をとれる人が二人いる分、始めから相手の得点率を下げておいた方が有利になるのよ」

「なるほど……さすがゆきのん、ロンリテキだね!」

論理的の発音があやしい辺りその言葉自体を理解しているのか不安だ。

てか雪ノ下、お前しっかり俺のこと戦力扱いしてんじゃねえかよ。

「あれ? でもその作戦ならゆきのんの次はヒッキーの方がいいんじゃないの?」

「それは……そうなのだけれど、何か、癪だから」

うわぁ超感情論! 誰だよ論理的とか言ってた奴!

「あは、あはは……」

ほら、由比ヶ浜まで困った笑顔してるじゃねーか!

悪いのは雪ノ下、お前だ! ダブルスタンダード反対!

……糾弾するのはもちろん心の中だけ。怖いし。無駄だし。

「いずれにせよ、由比ヶ浜さんは自分が出来るだけのことをやればいいのよ。後は私達がなんとかするわ」

「そっか……、二人が手伝ってくれるなら、安心。何にでも勝てる気がするよ!」

「いや何でもは無理だろ」

「ヒッキーうるさい!」


その後、隣人部チームからお呼びがかかる。

「では、行ってくるわ」

「おう」

「ゆきのん、頑張って!」

雪ノ下は由比ヶ浜の声援を受けて僅かに微笑むと射的屋の前に向かう。

対して、向こうからは羽瀬川がやって来た。

「小鷹、最初なんだから負けんじゃないわよ!」

向こうの陣営からも激励が飛ぶ。

どうやら隣人部の先鋒は羽瀬川のようだ。

お気の毒に。

雪ノ下と羽瀬川が位置に付くと、金髪ビッチの一声によって審判と化していた射的屋の係が二人に銃を渡す。

羽瀬川は手持ちぶさたに銃をもてあましているのに対し、雪ノ下はやや体を開き頬付けと肩付けをしっかりこなしまるでクレー射撃でもするかのようである。

ていうかあいつ間違いなく経験者だろ……。ちなみに俺は中二病経験者故に各種銃火器の撃ち方は知っている。

「弾数は10発。ポンプアクションで連射は可能です」

「了解したわ」

「お、おう」

競技者の二人は理解しているようだが、隣の由比ヶ浜の頭の上にははてなマークが浮いている。

「ぽんぷあくしょん、って何?」

「あー、もの凄く噛み砕いて言うと弾を込める動作ってことだ。撃つ度にやる必要がある」

「ふーん。どうやんの?」

「まあ、雪ノ下を見てりゃわかる」

「わかった」

由比ヶ浜に基本的な事を教えている間に二人の準備は終わったようで、審判が手を挙げる。

「それでは、隣人部VS奉仕部先鋒戦……始め!」

いやにノリノリな審判から開始の合図が下される。

刹那、間断なく続く10発の発射音と命中音。

呆気にとられる周囲の人間を無視して、雪ノ下は審判に銃を渡すとこちらに戻ってくる。

「終わったわ」

えげつねえ……羽瀬川に狙う間も与えず10発落としやがった……。

しかもどれもこれも本当に狙いやすいものばかりで、残っているのは重そうだったり小さかったりするものばかりだ。

いつの間にか出来ていたギャラリーがざわついてくる。

そのざわめきにはっとした由比ヶ浜が雪ノ下に飛びつく。

「ゆきのん凄い! あたしなんか感動しちゃったよ!」

「そう、ありがとう。でも、別に……これくらい普通よ」

いつもの調子で由比ヶ浜を引き剥がしつつ答える。

「どう見ても普通じゃねえだろ……」

取り残された羽瀬川はといえば、ようやく撃ち始めるも無茶スペックの雪ノ下の後ではあまりにも空気が悪過ぎ、早々と撃ち尽くすと相手陣営に戻っていった。

得点数は6。決して悪くないスコアなのにギャラリーからは、そんなもんか……とか、しょぼ、という囁きさえ生まれていた。

あまりにもあんまりだ……。

とにもかくにも、現在のスコアは10対6。なかなかの出だしであることに間違いはなかった。


ちょっと修正点が見つかったため、続きは月曜か火曜の夜中に投下します

それでは、また

ごめんなさい思ったよりも難航しています

水曜の夜中には、必ず

「ほら、次は由比ヶ浜だぞ」

あまりにも早く自分の番が来てしまったせいか、由比ヶ浜はなかなか行こうとしないので声をかけて促す。

「えっ、う、うん」

ビクッとしておずおずと頷くが、やはり行くのは躊躇われるようだ。

由比ヶ浜は周りを取り囲むギャラリーを気にしている様子を見せる。

俺もぐるりと周りを見回してみると意外と多くの人がいて、今も徐々にその数を増やしている。

男率がやや高い事を鑑みれば、目当ては美少女×4だろう。

確かに、紛れ込んだ異物×2を除けば見た目のレベルは本当に高い。

俺もギャラリーがよかったなぁ。

俺が現実逃避をしている横では雪ノ下が由比ヶ浜に基本的な事を教えていた。

「由比ヶ浜さん、相手には構わず自分のペースを守って、当てやすそうなものから狙いなさい。狙うときはちゃんと両目でね。箱物は駄目よ」

「わ、わかった」

雪ノ下のアドバイスに背中を押されて、ようやく歩き始めた。

しかし衆人環視の環境に置かれているせいか、巣穴から出た小動物のようにビクビクしながら進んでいる。

あんなに緊張しちゃ当たるものも当たらないだろうな……。

雪ノ下が作った勢いに乗って勝った方が早そうだし、ここはひとつ声でも掛けてやるか。

「由比ヶ浜、気楽にな」
「由比ヶ浜さん、気楽にね」

……。

雪ノ下さん、その、うへぇ顔はやめてくれませんかね。意図してなかっただけに傷つきますので。

だが由比ヶ浜はそんな俺と雪ノ下を見比べると、

「うんっ! 頑張るっ!」

と満面の笑みを浮かべて答えた。

……まあ、あいつの硬さが取れたんならそれでよしとするか。

向こうからは羽瀬川と入れ替わるようにして既に黒髪鬱美人がやってきていた。

作戦を考えているのかカウンターの前で的を見つめている。

そんなことは全く気にせず、位置に付いた由比ヶ浜は教えられたことをうわ言のように繰り返していた。

「撃つ度にぽんぷあくしょん、当てやすそうなものから、両目で狙う、箱物はダメ。撃つ度に……」

その表情は真剣そのものだ。初心者丸出しかつ作戦だだ漏れなのはご愛嬌。

まあ実際ここまで露骨だと逆に罠だと疑ってしまうレベルだろう。

少なくとも俺が黒髪鬱美人の立場だったら確実に疑っていたし。

しかし、俺は由比ヶ浜の事を知っている。あいつは罠を仕掛けたりしない。

決して、しない。

なぜなら、バカだからだ。

「撃つ度ぽんぷ、当てやすそうな両目はダメ。撃つ度ぽんぷ、当てやすそうな……」

そうだね、目は危ないね。

……大切な事だ、もう一度言おう。

由比ヶ浜結衣は、バカなのである。

由比ヶ浜の恐ろしさを確認したところで諸々の準備が整う。

審判が再び手を挙げ、勝負開始の宣言をする。

「隣人部VS奉仕部中堅戦……始め!」

かしゃこん、と弾を装填し慣れない手つきながらも一生懸命的を狙う由比ヶ浜。

慎重に慎重に、こちらが焦れるくらい狙いをつけてから、意を決したように撃つ。

だが、やはり的中せず、弾はむなしく壁にぶつかるとポトリと落ちた。

それでもめげずに、その後も二回程同じように撃つが一向に当たらない。

隣人部の中堅である黒髪鬱美人は由比ヶ浜の様子を見てから対応を決めるようで、まだ一発も撃っていない。

それが余計に焦りに拍車を掛けているのか、由比ヶ浜が不安そうな顔をしてこちらを向く。

「大丈夫。私達は決して負けないわ」

間髪を入れず雪ノ下が言った。あたかも、それが確定事項であるかのように。

大見得を切った事でギャラリーがにわかにざわめきをみせる。

ついさっきとんでもない能力を見せ付けた雪ノ下の言葉だ。観客にとっては良い余興だろう。

その容姿とも相まって視線が雪ノ下に集中する。

なるほど……こういうフォローの仕方もあるのか。

人目に晒されるのを好まない雪ノ下がこんな事をするとはな。

注目度が減っている今のうちにやってしまおうとでもいうのか、

由比ヶ浜は一度だけ大きく深呼吸をすると先程とは打って変わってテンポ良く撃ち始める。

するとどうだろう、驚く事に連続で2つも的中した。

続く一発は外れてしまったが、動揺した素振りは見せずに変わらず同じペースで撃ち続ける。

静観するのはマズイと判断したのか、黒髪鬱美人も行動を開始した。

二人が撃つペースはほぼ同じで、まさに競うように的を狙い撃つ様子に再びギャラリーが熱を帯びる。

それでももう由比ヶ浜が動揺する事はなく、あくまで眈々と、かつ真剣に自分のやるべき事に集中している。

どちらかが的中させれば歓声が上がり、外れれば声援が飛ぶ。

盛り上がりは最高潮。縁日というテーマにふさわしく、教室の中はまさに祭の様相を呈していた。

「お帰りなさい、由比ヶ浜さん。上出来よ」

結果は3点。予想より遙かに健闘した由比ヶ浜を雪ノ下が労う。

もちろん予想は0点だった。

「なんとかまぐれで3つ当たったけど……あっちは凄かったね……。ごめんなさい……」

「お疲れさん。0だったら正直キツかったがそれだけ取れりゃ十分だ。まだ勝てる可能性はだいぶある」

「そうなの?」

「ええ。その為にあらかじめ点を取っておいたのだし。それに、あなたが点を取れたのはまぐれでは無いわ」

「……まぐれじゃないなら、ゆきのんのおかげだよ」

「そうかしら? 自分で言うのもなんだけど、的確なアドバイスは出来てなかったと思うのだけれど」

「確かにアドバイスはあんま活かせなかったけど、『私達』は負けない、って言ってくれたから……。ゆきのんにそんな事言われたら、情けない姿なんて見せらんないもん」

「由比ヶ浜さん……」

周りそっちのけで二人の世界入って行く由比ヶ浜達。

ぼく何でここにいるのかな?

完全にいらないよね?

まあ次はいよいよ、というかあっけなく大将戦である。

とりあえず、どうするべきかでも考えとくか。

黒髪鬱美人の結果は単品で3点、箱物で4点の計7点だった。

由比ヶ浜が先に撃ち切り、単独になってからはほどんど撃ち損じが無かったところをみると、なかなかの実力の持ち主だったようだ。

なにはともあれ、現在の総得点数は13対13で同点だ。

つまり勝敗は俺の双肩にかかっていて、勝負的には超おいしいポジションだ。

やっぱ控えめに言ってた方が良かったかな……。

まあとにかく、残りの的を確認しよう。

射的屋の棚を見ると、単品が5個、箱物が2つあり3点と5点だ。つまり取得可能な点数は合計で13点。

景品内容は単品の方が使いかけのフード消しゴムやレゴの部品というふざけたもので、

箱の中身は赤い魚介類っぽいMAとラムダ・ドライバを積んだM9の完成済みかつ欠損アリのプラモデルというこちらもふざけたものだ。

ちなみに支柱は紙でできた、それぞれの作品の関連キャラクターが勤めている。

どれもこれも的がかなり小さいが、俺にとってそれは問題にならない。

問題なのは、的が全て落とされる前提で行くと、少なくとも相手より1点多く取る必要があるから最低でも7点は取らなければならない事だ。

……状況はなかなか厳しい。

「比企谷君、やるべき事はわかっているかしら」

こちらの世界に帰ってきていた雪ノ下が尋ねてきた。

「ああ、真っ先に残った単品5つと3点の箱物を狙う。5点の箱物は無視。箱物はできれば横取り」

「よろしい。では……行ってらっしゃい」

「ヒッキー頑張ってね! 応援してるよ!」

「まあ、やれるだけやってくる」

口ではそう言いつつも、自信満々に歩き出しついでに周りを確認してみるとギャラリーは半分くらい去って行った。

おいおい、美少女じゃないからってそれはないだろう。目的露骨過ぎだろ……。

気持ちは超わかるけど。

カウンターに着くと、先に来ていた金髪ビッチと黒髪鬱美人が話をしていた。

「夜空、あんた7点しか取れなかったの? あっは! ヘタクソ!」

「あれだけ取れば十分だろう。そもそも勝負に勝ちたいのは貴様だけで、私は負けようがどうでもいい」

「あっそ。でも、あんたはこの後10点とるあたしに負けるのよ! この負け犬!」

「くっ……! 腐れ肉の分際で……」

訂正、口論をしていた。

口論はしばらく続いていたが、突然、挑発を続ける金髪ビッチを無視して黒髪鬱美人がこちらにやってくる。

「……おいお前、必ずあの駄肉に勝て。決して点を取らせるな。なんなら銃で撃つ……のは弾の無駄か。銃で殴ってもいい」

いきなりとんでもないこと言い始めやがった……。

「さすがにそれはダメだろ……」

「とにかく、絶対に勝て」

言いたいことだけ言って黒髪鬱美人はそのままどこかへ行こうとする。

が、俺の傍を通り過ぎる瞬間に、

「最後まで待て。奴は自滅する」

と小さく呟いてから去った。

何だったんだ今のは……。罠か?

審判から銃を受け取る。射的屋で扱われている一般的なもので、祭りで出入り禁止になったところでも同じ銃が置いてあった。

あの当時の感覚を思い出すように、いろいろと弄ってみる。

……これは運が向いてきたな。

「準備はいいですか?」

しばらくして審判が聞いてきた。

「ああ」

「いつでもいいわよ!」

「では、隣人部VS奉仕部大将戦……始め!」

比企谷八幡、狙い撃つぜ!

開始の合図が下された瞬間、1発目を放つ。的中。

次弾を装填し、狙いをつけて発射。的中。

再度装填、発射、的中。

俺の正確無比な射撃に残り少ないギャラリーが沸く。ふふふ……もっと俺を見ろ! もっと俺を褒めろ! 俺はフクちゃんタイプなんだ!

視界の端では金髪ビッチが慌てて撃つのが見えた。適当に撃ったようにも見えたが、残念ながら落とされてしまった。

だが次のは俺がいただく!

既に装填を終えていた俺は遠慮無く撃つ。見事、というか当然的中したが、一瞬遅れて別の弾も当たった。

ギリギリで俺の得点になったが、今のは危なかった……。

どうやら金髪ビッチは雪ノ下レベルの早撃ちが出来るようだ。さらに正確な精度をも合わせ持つ。

奴の大言壮語は伊達ではなく本当に実力があるようだ。

出だしは好調だが、決して油断は出来ない。

そして、本当の勝負はここからである。

現在の状況は17対14で奉仕部がリードしているが、残弾数は俺が6発で金髪ビッチが8発。

残りの的は3点の箱物か5点の箱物がそれぞれ1つ。

最後に落とした者が点を取れる以上、順当に行くとそれぞれ2つの支柱を残した状態で膠着状態に陥るはずだ。

残り2つの状態でどちらかが支柱を落としたら、すぐさまもう一人が最後の1つを撃ち落とすのは明白だからだ。

しびれを切らして先に手を出した方が負ける。

通常はそうだ。だが俺には秘策がある。

とっておきの、秘策が。

反掛け、と俺の中だけで言われている裏技をご存じだろうか。

比企谷無双の時に会得した崇高なる奥義である。

スライド部分をあらかじめギリギリまで引いておいて、撃った瞬間に引ききる事でほぼノーモーションでの2連射が可能になるのだ。

機構が適度に単純な射的屋用の銃だからこそ可能な芸当。

これを使えば、衝撃を重ねられるので通常倒せない景品を倒せたり、所定の弾数より少なかった言い張り、いちゃもんをつけて景品をおまけしてもらったりできる禁忌の技だ。

やりすぎるとばれて出禁になるから注意が必要だが。

とにもかくにも、俺は瞬間的にだがあの雪ノ下さえ凌駕する速射が出来るのだ。

通常の装填方法でも可能は可能だが、装填時に手がブレる以上どうしたって精度が落ちてしまう。

故に、残り2つの状態での俺は無敵。

さあ、後はその状況になるまでひたすら待たせてもらうぜ!

金髪ビッチは動きを止めた俺を見て少し考え込むそぶりを見せたが、5点の方に狙いをつけると素早く2連続で撃つ。

狙いは逸れず、正確に2つの支柱をはね飛ばした。

「今の得点はあんたたちが勝ってる。あとどっちかひとつでも取ることが出来たらあんた達の勝ちが確定するわね。
でも、残りを全部落とせばあたしたちの勝ち」

唐突に話しかけてきた金髪ビッチだが、今の俺は無双乱舞状態なので何があっても動じたりはしない。

「そうだな」

「あんたは今、残り2つになるまで待ってる。それは何か特別な事ができるからね?」

「どうだろうな」

どどどどうしよう!? ばれてる!?

何これ超動じてる。

……まあ、そうだとしてもやる事は変わらないんだけどな。

目論見がばれている以上、2つ撃ち落としたのは両方残り3つの状態にして俺に狙いを定めさせないため、といったところだろうか。

その程度はなんら影響ないが。

あくまでスカした態度を取ってやろう。

しかし金髪ビッチは俺の超むかつく態度を気にする風もなく、逆に鼻で笑われる。

「あんたは負けんの。これからあたしが存在の格の違いをわからせてあげるから。天才の雪乃ちゃんの傍にいられるのは同じ天才であるあたしだけよ」

自信過剰ともとれる発言だが、それなりの根拠があるのはなんとなくわかる。

こいつの能力は恐ろしく高い。

さらに先程の2連射はデモンストレーションという可能性もある。

警戒しておいて損は無いだろう。

だが現状としては奥義を持つ俺がかなり有利な状況だ。

3点でも5点の方でも、あと1発でも支柱を撃ち落としたのなら、即座に点を取らせてもらう。

点数差的にそれだけで勝ちが確定するのだ。

あとは金髪ビッチの動きに意識を集中させて、奴が撃ち、的中させた瞬間に行動を開始すればいい。

構える金髪ビッチ。

さて、どちらに来るかな。

静止すること約10秒、奴は弾を発射した。

一挙手一投足、その動向に注意し限界まで集中力が高まっていた俺にはスローモーションに見える。

金髪ビッチが発射した弾は、5点の方の支柱であるキャラクターにぐんぐん迫ると、その中央にめり込む。

ここだ!

即座に一発目を放つ。それとほぼ同時に残りの支柱へと照準を合わせつつスライド部分を引き絞り二発目を発射する。

弾は吸い込まれるようにそれぞれの標的へと向かって行く。

祭で培った経験をフルに活かした、人生におけるベストショットとも言っても良い。

完璧だ……。

しかし、俺の弾は虚しく空を切るだけだった。

「なん……だと……」

俺の弾より一瞬早く、別の弾が支柱をはじき飛ばしていた。

「ふふん。残念だったわね!」

勝ち誇ったような顔でこちらを見てくる金髪ビッチ。

奴は装填+狙う+撃つ+装填+狙う+撃つの動作を、反則気味の裏技を使った俺より早くこなしたというのか……。

しかも精度を落とすことなく。

まさか、これほどとは……。

これでお互いの得点は17対19。

まだ3点の方を落とせば逆転できるが……駄目だ。

あれが通じない以上、もうどうやっても勝てない。

俺が先に撃つのは論外だし、奴の3連射の最後を狙って割り込むように撃とうとしても、恐らく視認できない。

雪ノ下や由比ヶ浜の健闘に泥を塗るのは心苦しいが、無理なものは無理だ。

金髪ビッチの能力を呪うか、甘い考えをしていた自分を責めるしかない。

俺は銃を構えるのをやめた。

金髪ビッチは勝負を投げた俺を見て見下すように鼻で笑う。

「なあ肉、貴様にあれが落とせるのか?」

唐突に、どこからとも無く現れた黒髪鬱美人が3点の箱を指差して言う。

「はぁ? あんたさっき何見てたのよ。あたしにかかればどんなに小さい的でも、どんなに早く撃ったって百発百中よ!」

金髪ビッチは余裕たっぷりに狙いをつける。

「そうか、だがよく見た方が良いんじゃないか? 油断大敵だぞ」

「別に油断なんてしないわよ」

口ではそう言ったが、改めて構え直しているところをみると、一応アドバイスとして聞いているようだ。

再び狙いをつけた直後、はっとした表情をして銃を降ろす。

「あれって……ウニコーンガムダンのロミじゃない……」

黒髪鬱美人が一瞬だけニヤリとしたように見えたのは気のせいだろうか。

「なんだ? 自信をなくしたのか?」

青ざめた顔で呟く金髪ビッチに嘲笑混じりで黒髪鬱美人が問いかける。

「違うわよ! ロミはね、原作ではパパに撃ち殺されてアニメ版では戦闘中に主人公と和解したにもかかわらず七光りのクソ野郎にやっぱり撃ち殺されてるのよ! これ以上あの子を撃つなんて可哀想でしょ! これ作った奴どういう神経してんのよ!」

金髪ビッチは憤怒の形相で売り子でもある審判を睨む。なまじ整った顔の造りをしているだけに、とてつもなく恐ろしい。

「そうか。だが撃たなければ貴様の負けだぞ」

そんな金髪ビッチの感情はおかまいなしに黒髪鬱美人がふっかける。

「だ、だからってそんなことできないわ!」

「では貴様は初戦から負け、その上あれだけ挑発しておいて私にも負けた無様で惨めな姿を晒すと言う事だな?」

「それは嫌……でも、やっぱり無理っ!」

あくまで頑なに拒む金髪ビッチの耳元で黒髪鬱美人が囁きかける。

「よく見ろ、何のキャラかは知らんがあれはただの紙だぞ?」

「確かに紙だけど、あれはロミでもあるの!」

何故かだんだん涙目になってきている金髪ビッチ。

「何を迷う? 負けるのは嫌なんだろう?」

「負けたくないけど……負けるのは嫌、だけど……」

黒髪鬱美人の笑顔が妖しさを増し、なにやら抗いがたい魅力を醸し出す。魅力というよりなんかもう魔力っぽい。

「いいから、撃つんだ。何も心配する事はない。お前は全てにおいて正しいのだ」

「……いいの? 撃っても、いいの? あたし、まちがってない?」

黒髪鬱美人の妖しく優しい囁きを聞き続け正常ではなくなってきているようだ。紙とキャラを同一視するのは正常な発言だったのかは今は置いておこう。

「ああ、お前が、お前だけがいつも正しい」

金髪ビッチの腕がふらふらと上がり、標的に狙いを定め、そこに黒髪鬱美人がさらに甘言を叩きこむ。

「勝利は目前だぞ。お前は奴らにも、この私に勝つのだ。誰もが認める完全な、決定的な勝利だ」

「かつ……よぞらに……あたしが、かつ。うつ……あたしは……ロミを、うつ……」

うっとりとした表情で銃を構える美少女。やべえ超怖い。

「ほら、撃て、撃ってしまえ!」

黒髪鬱美人の声に押されて、ついに引き金を引く金髪ビッチ。

が、弾は出ていない。直前で止めたようだ。

「だめ……やっぱりだめなの……」

なんと金髪ビッチはぼろぼろと涙をこぼしていた。

マジかよ……。

「何をしている! 早く撃つんだ!」

「やだ……だめ……うてないよ…………うてませぇぇぇぇーーーーん!!」

「ちっ、貸せ!」

金髪ビッチから銃を奪うと黒髪鬱美人こちらを向き、撃て、と目で命令してくる。

その眼力に気圧された俺は反射的に撃ってしまう。弾は狙いを逸れずビシッと撃ち抜き、紙(ロミ)はぱたりと倒れた。

「あ…………ぁあ…………」

「ふ、哀しいな……」

泣き崩れた金髪ビッチと何かに浸っている黒髪鬱美人。

とりあえず、残りのを落としとくか……。

ギャラリーの目が痛いぜ。

結果、第一種目は20対19で奉仕部の勝利。1ポイント獲得。

「釈然としないわ……」

「あたしも何か勝った気がしない……」

「勝ちは勝ちだろ。良かったな」

おいおいお前ら、そんな目で俺を見られても困るぜ。

てか今思えば、黒髪鬱美人は始めからこれ狙ってただろ。

あのとき俺に呟いた言葉は確かに罠だったし。ただし、それは金髪ビッチを嵌める罠だったが。

的の前で考え込んでいたのは、どうやってさっきの状況に持っていくかの検討をしていたのだろう。

かなりの策士と言えるが、能力と努力があさっての方向を向き過ぎている……。

「はぁ、まあいいわ。次の勝負に移りましょう」

気を取り直した雪ノ下がパンフを開く。

「そうだな。先は長いんだからさくさく行こうぜ」

「うん……。次はあたしたちが決めるんだよね? 何が良いかな」

話し込む二人から少し離れて遠巻きに見る。

なんだかんだ言って参加してしまっているが、これは結局あいつらの勝負なのだから俺が口出しをするところではないだろう。

次の種目が決まるまで俺はただ由比ヶ浜達をぼーっと見ていた。





つづく

真夜中の投下でなんだか頭の中がハッピーに

次回更新は、そのうち

それでは、また

こんにちはどうも>>1です

今週末には投下できそうですがんばります

遅くなりましたどうも>>1です

三連休と思ったらまさかの三連勤でびっくりです

しかも徹夜中という

まあ作業は終わったので投下していきます

では、いざ

射的勝負が終わり、今度は奉仕部が競技種目を決める番だ。

由比ヶ浜と雪ノ下は二人してパンフを覗き込み、○○があるとか××も面白そうとか楽しそうに話していてなかなか決まらなかったが、

しばらくして由比ヶ浜がポツリと呟いた「おなかすいた」の一言でようやく決定された。

すぐ近くにあったイタリア料理店で早食いだ。

結果は隣人部の勝利。

詳細は省略。

2回戦のイタリアは飛ばされる運命にある。

続いての競技は、文化祭の出し物として定番と言って良いであろうお化け屋敷が舞台だ。

一人ずつ入り、出てくるまでの時間が最も短かった者がいるチームが勝利となる。

おどろおどろしく飾り付けられた壁には、ボロボロに裂けた服を着てちぎれた脚を引きずりながら杖を構える二人の少年と一人の少女が描かれている。

傍には血に汚れ折れた翼を振りかざす白フクロウがいる。

モチーフは世界的ベストセラーの魔法使いが主人公な物語のようだ。

懐かしいものを出してきたなぁ……。

「こんなことをして大丈夫なのかしら……。非営利かつ学業に準ずるから著作権的には問題ないのでしょうけれど……」

同じく壁を見ていた雪ノ下が言う。

確かにメインの三人以外は腸を撒き散らしたり腐れ落ちたりバラバラだったりと、CEROはZ指定間違い無しで洋ゲーもかくやの惨然たる状況だ。

まぁグロ方面の改変ならまだマシといえるだろう。

同じ題材で『ハミー・ポッターと賢者タイム』というエロパロを見かけたときには愕然としたものだ。

著者がJ・K・ロリというのだから手に負えない。続編の『ハミー・ポッターとヒ・ミ・ツの部屋』は良作だとか。

超どうでもいい。

「文化祭だしだいじょぶなんじゃないかな。てか、ゆきのんもこれ読んだ事あるんだ?」

「ええ、一応全巻読んだわ」

「……意外だな」

流行物だったし、個人的にはジャンルとしてはラノベと似たようなものだと思っていたので雪ノ下が読んでいたとは正直意外だった。

「原書、日本語版と読んだけれども、やはり原書の方が良いわ。『マーリンの髭』を削除した翻訳者には疑問を感じざるを得ないわね」

しかも原書厨でした。

お前ミサワかよ。

「両方読むなんて、そんなに好きなのか」

これまた意外だったので思わず聞いてしまう。

「いえ、別にそう言うわけではないのよ。初めに読んだのが原書で途中から日本語版にしたから少し戸惑って、それが印象に残っていただけよ」

「へぇ……、どうして途中から日本語版にしたんだ?」

「……英語の復習も兼ねていたのだけれど、クラスの女子に『気取っている』とか『やっぱりキコクシジョ様は凄いね(笑)』とか言われて隠されたり捨てられたりしたのよ。でも物語の途中で投げるのは癪だったから、仕方なく図書室から日本語版を借りて読んでいたの。本当に、人の足を引っ張るのが得意な連中だったわ」

雪ノ下が黒い笑顔でにっこりと笑う。

「そ、そうか……」

うっかり地雷を踏んでしまったようだ……。

というか、時間的にも文法的にも正しいのだが、『連中だった』と過去形になっているのが無性に気になってしまうのは俺だけでは無いだろう。

安否が気になるな……。

ちなみに俺は5巻あたりまでは読んだ。

これ見よがしに流行の物を読んでおけば会話のきっかけなったり、輪に加われたりできると思ってたからな。

途中で意味がない事に気付いてやめたが。

……あの頃の俺は若かった。

まぁ、読むのをやめたのはキャラの一人がどうしても好きになれなかったと言うのもある。

今となってはどうということはないが、当時の俺には決して許せないことをしでかしたのだ。

奴だけは許せなかった。

「あ、あたしも全部読んだよ! 色んな魔法があって面白かったよね! 凄いって思ったよ!」

あやしくなりかけた雲行きを察知した由比ヶ浜が小学生並の感想で空気を変える。

それに真っ先に反応したのは何故か少し離れたところにいた羽瀬川だった。

「お、俺も読んだな。魔法の闘いとかワクワクしたよな」

「えっ? う、うん。あたしも、結構したかも。羽瀬川くんはこのシリーズ好きなの?」

唐突にカットインしてきたにも拘わらず会話を繋げられる由比ヶ浜は凄いと思った。

「あ、ああ。こういうわかりやすいものは結構好きだ。読んでて疲れないし」

「へぇ~、そうなんだ。あたしもそういうのは読めるから好きかも」

聞いてもいないのに好みを話す羽瀬川に合わせられる由比ヶ浜は凄いと思った。

羽瀬川の奥にはふきげんそうな顔をした黒髪鬱美人と金髪ビッチがいて怖いと思った。

俺の後ろにはまだオソロシイふいんきを出している雪ノ下のけはいがしてふりむけなかった。怖いと思った。

何これ俺まで小並感。

「ふむ、私もこれは読んだ事があるな」

今度は羽瀬川に続いて黒髪鬱美人が参加してきた。

「ロヌが酷い目に遭うと胸がスカッっとする作品だったな」

「読み方がヒドすぎるよ!?」

さらりとクズ発言をした黒髪鬱美人に由比ヶ浜がつっこむ。

さっき初めて会ったばかりの人間にツッコミを入れられるなんて、こいつのコミュ力は恐ろしくさえあるな……。

しかし黒髪鬱美人は気分を害したのか、語気を強めて言い放つ。

「何を言うか。ぼっちに『だから友達が出来ない』なんて言う奴こそ最低だろう!」

「へっ!? あ、や、ごめん……」

いきなり怒り始めた黒髪鬱美人。

まあ奴の言わんとする事はわかる。

そう、それは物語の序盤にハミーの親友のロヌがまだ仲良くなる前のハームオウンニーに言い捨てた一言だ。

俺もこの台詞を見たときに本気でロヌが嫌いになった。先程の許せなかった奴とはもちろんロヌの事である。

いっそ死ねばいいとすら思う。

ていうか最後まで生き残んの?

「奴があの発言をして以降、いつ苦しみ抜いた上で無様に野垂れ死ぬのか楽しみにしていたのにハッピーエンドで終わらせた作者の底意地の悪さに驚きを隠せなかったぞ」

「俺はお前の意地の悪さに驚きを隠せねぇよ……」

「む、ふん……」

小さくなった由比ヶ浜のかわりに羽瀬川が言うと、黒髪鬱美人はさらに不愉快そうに眉を寄せる。

「ちょっと! いつまでも下らない話なんかしてないでさっさと順番決めるわよ!」

こちらはこちらで何故か不機嫌MAXの金髪ビッチの発言だ。

MAXと言っても缶コーヒーの話ではない。念のため。

「なんだ肉、仲間外れで寂しかったのか? だが安心しろ、貴様に初めから仲間はいない」

「別にそんなんじゃないわよ! ……こ、小鷹はあたしの味方よね?」

黒髪鬱美人に煽られて不安になったのか、金髪ビッチが羽瀬川に確認する。

数瞬間が空いてから口を開く。

「……星奈の味方って言うか、この場合は隣人部の味方だろ」

その答えに納得しなかった様子の二人は小さく呟いている。

「どうだか。さっきは自分からあの乳女に話しかけに行ったくせに……」

「あたし達を差し置いてね」

「え? なんだって?」

「「なんでもない!!」」

……またこの流れか。



「にしても、お化け屋敷かぁ……」

それぞれの部が作戦会議に入ったところで由比ヶ浜が小さく独りごちる。

「どうした?」

「う、うん、ちょっとね……」

「怖いのが苦手とかか? でも千葉村のときは夜の森でも割と平気そうだったろ?」

「や、あんときはだいじょぶだったけど幽霊とかはちょっと怖いかも。でも、お化け屋敷は人がやってるってのはわかるから平気なんだけど……」

「怖いと言うよりびっくりすると言う事かしら」

「それもあるんだけどさ……その、ちょっと言いにくい事なんだけど……」

言葉通りとても言いにくそうにしている由比ヶ浜。

その両手は自分をかき抱いている。

「由比ヶ浜さん、どうしたの?」

普段とは若干違う様子に雪ノ下が気遣わしげな声で尋ねる。

「その……、中って暗いじゃん?」

「そうだろうな」

「……だから、たまに触ってくる人がいるんだよね……」

「は?」

「酷いのになると脅かす振りして露骨に抱きついてきたりするのもいるって話だし、あたしも去年、む、胸とか掴まれたし……」

胸、と言うあたりで由比ヶ浜は僅かに頬を染めて俯く。そしていっそう強く腕に力を込める。

「実際に被害に遭う子って結構いるらしいんだけど、大事にするのは勘違いしてるみたいで恥ずかしいし、文化祭を台無しにしちゃうのも悪い気がしてほとんどが泣き寝入りしちゃうみたい……」

……そういうことか。

文化祭のこの手のアトラクションに入った事はないが、由比ヶ浜が言ったように中は暗いはずだ。

その上ゾンビとかに仮装している可能性が高く、更に言えば壁から腕のみ出したりと姿を見せないものも存在するだろう。

故に個人を特定する事は難しい。

加えて、ホラー系である以上悲鳴を上げる事は前提とされているので仮に触られた悲鳴であっても外からは判別は付かない。

物理的な条件が整い、心理的な要素を逆手に取ることができる。

確かにそう言った行為をするには絶好の場所だろう。

……不愉快な話だ。

「……不愉快な話ね」

俺の心の声とほぼ同時に雪ノ下が吐き捨てる様に言う。

「や、全部が全部そうって訳じゃないから! あくまで一部の話だからね?」

「でも、由比ヶ浜さんはそう思ってないのでしょう?」

「そ、そんなことないよ! あたしはだいじょぶだよ!」

明るい笑顔で取り繕う由比ヶ浜。

だが、

「無理すんなよ、由比ヶ浜」

「あなた、震えてるじゃない」

「っ!!」

雪ノ下の指摘にビクッとする由比ヶ浜。

こいつは隠し切れているようだったが、様子がおかしい事は見れば一発でわかるし、なにより話し始めてから自分をかき抱くその姿勢を全く変えていない。

「由比ヶ浜さん、あなたはこの勝負は棄権しなさい」

「でも、あたしが原因で始まった勝負だし……」

「バカかお前は……」

そんな責任を感じてたのか。

男の俺でさえ満員電車で近くのおっさんがはぁはぁ言ってるだけで怖いのに、暗闇で体を触られるのはきっと計り知れない恐怖だったろう。

それを押さえて、文字通り押さえつけてまで自らが思い込んだ責を果たそうとしていた。

これをバカと言わずして何と言おう。

「バ、バカって言うなし! ってかバカじゃないですぅー。バカってゆうほうがバカなんですぅー」

……お前はどこの金髪美少女だよ。

「いいえ、バカはあなたよ、由比ヶ浜さん」

「ゆきのんまで……!」

思わぬところからの攻撃に泣きそうになる由比ヶ浜。

「ついさっき、遠慮や気遣いは無用と言ったばかりじゃない。それをもう忘れたと言うのなら、バカとしか言いようがないわ」

言い回しこそ普段の雪ノ下だが、その表情は怒っているというより拗ねていると言った方が正しいだろう。

そんな雪ノ下を見て由比ヶ浜は若干ばつの悪そうな表情をする。

だが珍しく由比ヶ浜は引かなかった。

「ごめん、ゆきのん。でも、やっぱり迷惑はかけられないよ」

「……そんなに、私は信用がないのかしら」

俯いて哀しそうに軽く嘆息した雪ノ下だが、顔を上げた次の瞬間にはもう俺が奉仕部に入った頃の冷めた表情になっていた。

そして由比ヶ浜の方を見もせずに淡々と告げる。

「わかったわ。では私が最初に行って安全を確かめてくるから、その上で由比ヶ浜さんの出場の可否を決めるわ」

なんでそうなる……。

「バカかお前は……」

「……何を根拠にそんな事を言うのかしら。はっきり言って私が比企谷君に劣っている事は皆無よ。私は合気道の有段者だし自分の身くらい自分で守れるわ。出しゃばらないでくれるかしら」

雪ノ下は俺をギロリと睨むと、舌鋒鋭く無意味に罵倒してくる。

……お前でも余裕を失う事もあるんだな。

って結構あるか。由比ヶ浜関連だと。

「お前なぁ、自分も女だって事を忘れてないか?」

「……は?」

いやそんなキョトンとされてもな。

「正直、男の俺から言わせてもらうと、お前も由比ヶ浜も十分標的になるぞ。むしろ率先して襲うレベルだ」

「「……」」

二人は押し黙り、自然と顔を見合わせる。

沈黙が続き、何かとてもマズイ事を言ったような雰囲気が流れた。

いや実際マズイ事を言ったのだが。

「比企谷君、通報して欲しいの?」

「違えよ!」

確かに言い方が悪かったが慌てて携帯を取り出すのはやめてほしい。

てかお前それバッテリー切れだろ。

「ま、まぁ俺が言いたいのはあれだ、仮にこのお化け屋敷の奴らがセクハラを目論んでいたとして、相手もバレないようにそれなりの対策は施しているだろ」

「……それは、そうね」

「だったらまず危険度MAXのお前達より危険度皆無の俺が行くのが合理的だろ。お前の好きな論理的思考ってやつだよ。それに、どこに何があるくらいは調べられるし」

地の利を潰せばいくらでも対策が取れる。

最悪、雪ノ下たちが襲われた場合は隣人部巻き込んで全員で突入してやる。

恐らく金髪ビッチが先陣切って突っ込むはずだ。羽瀬川も相当な戦力になるだろう。

雪ノ下は目を瞑り、数呼吸間を置いてから答える。

「……わかったわ。それで行きましょう」

「んじゃ、向こうも準備できたようだし早速行ってくるわ」

「ええ」

二人に背を向けて入り口に向かう。

すると、後ろから声がかけられた。

「ヒッキー」

振り向くと由比ヶ浜がちらりと雪ノ下を見てから言う。

「ありがとね」

軽く手を挙げて答えて、再び入り口へと向かう。

礼を言われる事なんて何もしてないけどな。

入り口には羽瀬川がいた。

じゃんけんをして先攻後攻を決める。

俺の石のように硬いグーは羽瀬川の紙のようなパーに包まれて敗北した。

いつも思うけどこれグーの方が強くね? だって石は紙突き破っちゃうよ?

同じ理屈で猟師は役人より強いと思います。銃持ってるし。

なんにせよ先行は羽瀬川になった。

タイムトライアル形式ということで、道順を教えてもらえる後の人間が有利になる。

そして先程の話もあって、偵察の役目は大きいだろう。

俺の責任は重大である。

第一、セクハラごときがあいつらの関係にヒビをいれるなんて許せる事ではない。

今の俺はやる気に充ち満ちているッ!

そんな俺を尻目に、羽瀬川が中へと入っていく。

教室2つを使っているようなのでそんなすぐには出てこないだろう。

しばらくして、男の野太い悲鳴が短く上がった。

羽瀬川がこういうのが苦手だったのか、それともクオリティが高いのかはわからないが、これはしばらくかかりそうだな。

ほどなくして再び悲鳴が上がる。

女子の悲鳴が。

え?

続けざまにいくつもの叫びが聞こえ、そこからは阿鼻叫喚のおおわらわだった。

「や、やめてくれ!」だの「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」だの「おかあさぁぁぁぁん!」だの、男女問わず様々な悲鳴が巻き起こっていた。

そしてある瞬間を境に、ぱたりと悲鳴が止む。

呆気にとられていると出口がガラガラと音を立てて開き、引きつった笑みを浮かべた羽瀬川が出てくる。

不審に思った様子の受付が中に入り、数分後に出てきた。

そして手には看板を持っている。

『本日の営業は終了しました』

その看板を入口と出口の前に立てると、無言で去っていった。

……うん、掛ける言葉もねえ。

「お、俺たちの負けでいいわ」

なんとかひねり出した言葉が虚しく廊下に響く。

お化け屋敷の中からはもはや物音一つしない。

「……そっか。……悪いな」

なんとも言えない曖昧な表情をして羽瀬川は隣人部の元へ戻っていった。

俺も戻るか……。

「ヒッキー、おかえり」

「お、おかえりなさい」

「何もしてねえけどな……」

あれだけ息巻いていた自分が恥ずかしい。

たはは、と由比ヶ浜が力なく笑う。さすがに羽瀬川の事が気の毒になったのだろう。ついでにたぶんきっと俺の事も。

「雪ノ下、俺たちの負けって事にしたけど、それでいいか?」

「……ええ。続けられない以上、仕方ないものね」

これで1対2。まだまだ始まったばかりだというのにこの疲労感は何だろう……。

次はまた俺たちが種目を決める番だ。

出来るだけ楽なのが良い。

「で、次は何にするんだ?」

雪ノ下に水を向ける。

「それはこれから決めるわ」

「そっか」

「……その前に、その、……さっきはごめんなさい」

ぺこりと頭を下げて蚊の泣くような声で言う。

「……はぁ? なんのことだ?」

『さっき』に限定すれば謝られるようなことをされた覚えはない。

むしろ普段の暴言を謝って欲しい。絶対に許さないリストはもう2冊目を終えそうだ。

「……相変わらずなのね」

雪ノ下は顔を上げて少し不満そうな顔をした。位置関係的に上目遣いになっている事にあざとさを感じる。

恐らくというか確実に無意識なのだろうが。

「そりゃ、人はそうそう変わらねえよ」

思わず目どころか顔をそらして答える。

「ふふっ」

そんな俺たちを見て由比ヶ浜がくすくす笑っているのがなんとも無性に気恥ずかしかった。





つづく

つづきは年末年始あたりに

休めると良いな……

それでは、また

あけましておめでとうございのん

明日と明後日休みなので投下できそうです

休みってステキ!

がんばります

ゆきのん誕生日おめでのん

もう既に昨日ですが……

それでは投下開始します


「それで雪ノ下、負け越してるけど次はどうするんだ?」

「……そうね、これ以上負けが続くと士気にかかわるから、次は確実に勝てる種目にしたいわね」

「となると千葉県横断ウルトラクイズか」

「ヒッキー、千葉県の学校でもそんなの文化祭でやってないと思うよ……」

「大体それは由比ヶ浜さんの誕生日パーティーの後にやったじゃない」

「あぁ、確かにやったな。伊勢海老(キリッ)とか言ってたもんな。けどあんなんじゃまだまだ千葉の事は語り尽くせて無い!」

「ふうん。あなた、また負けたいのかしら?」

「はっ、平塚先生の年齢に合わせたあんな前時代的で古いバラエティ番組みたいなルールで勝った気になられてもな」

「それ平塚先生が聞いてたら危ないよ?」

「まぁ、どんなルールでも千葉の事で私が比企谷君に負けるなんてありえないけれど」

「おいおい、言ってくれるじゃねえか。なんなら今から再戦してもいいんだぜ?」

「望むところよ。では、交互に一問ずつ出していくというルールでいいかしら」

「二人とも千葉への愛が深すぎるよ!? ウルトラクイズの前にこっちの戦いを終わらせようよっ!」

由比ヶ浜に諫められてようやく冷静になる俺と雪ノ下。

いかんいかん、どうも千葉の事になるとつい熱が入ってしまうな。

それは雪ノ下も同じなようで、コホン、とごまかすように咳払いしている。

「では、気を取り直して考えましょう」

雪ノ下が言うのもおかしな気がするが、ここは黙っておこう。

「何かこれだけは負けない、ということはあるかしら

「千葉愛

「それはもういいってば!」

食い気味に即座に答えた俺に更にかぶせてツッコミをいれる由比ヶ浜。

こいつ、腕を上げたな……。

「なんだよ……。……じゃあ、学生生活における独りでの過ごし方、とか」

「独りになってる時点でなんか負けてるよ!」

「由比ヶ浜さん、それは少し違うわ。独りにならされているのなら負けているけれど、自ら進んでそうなっているのならその限りではないわ」

なんとも意外な事に、雪ノ下がフォローしてくれた。

さすがぼっちマイスターだぜ雪ノ下さん! 言ってやれ!

「比企谷君の場合は社会そのものに負けているのよ」

さすが罵倒マイスターだぜ雪ノ下さん! やめてくれ!

やっぱりフォローなんてされてなかった。

「おい雪ノ下、人を社会不適合者みたいに言うな」

「え? 違うの?」

「違えよ。社会の方が俺に適合していないんだよ」

「比企谷君、そのネタはもう使い古されているわ。やり直し」

「えっ!? やり直し!? なんかポイントずれてないですか!?」

ふむ、と呟き小首を傾げる雪ノ下。

その姿勢のまま目を閉じつつ頬に人差し指を当てて、何かを考えるそぶりを見せる。

「……」

珍しく子供っぽい仕草をしている雪ノ下はとても可愛らしく、思わず目を奪われていると、やがて目を開きまっすぐこちらを見つめてきた。

「比企谷君の場合は社会そのものに負けているのよ」

「本当にやり直す気なのかよ! さっきの間はなんだったんだよ!」

思わずつっこんだ俺の隣では由比ヶ浜が、ぷっと吹き出すと声を上げて笑い始めた。

「あははっ! ……もう、二人ともちゃんとやろうよ。……ぷふっ」

「……そうね。比企谷君、ちゃんとしなさい」

「そうだよヒッキー、ちゃんとしようよ」

「二人ともって言ってただろ……。てか今のは主に雪ノ下が悪いだろ」

何この理不尽に叱られる感じ。ハチマン、しっかりしなさい。

まぁ実際いい加減にしないと隣人部もそろそろしびれを切らしているところだろう。

ちらりと彼らの方を窺うと、しかしどうしてあちらはあちらで楽しそうに談笑中だった。

金髪ビッチが何か言い、黒髪鬱美人が混ぜっ返し、羽瀬川がつっこむ。

一見、金髪ビッチと黒髪鬱美人はいがみ合っているように見えるが、その実楽しんでいるのが透けて見える。

……仲がよろしいこって。

「で、雪ノ下、何やるかは決まったか?」

「……三人が三人とも得意なものがあればよかったのだけれど、そう甘くはないものね。だから、誰かに何か特化したものがあればそこに賭けるのが現実的ね」

なるほど、さっきの質問はそういう意図だったのか。

「なら、射撃はさっきやったから、あとはあやとりだな」

「使いどころの難しい特技ね……」

役立たずと素直に言わないのは優しさだろうか。たぶんきっと遠回しな当てこすりだろうが。

「特技かぁ……メールの返信には結構自信あるけど……」

「それは勝負には使えなさそうね」

「だ、だよねー……」

こんどはあっさり斬り捨てる雪ノ下。

判断基準がわからねえ……。

「そう言う雪ノ下はどうなんだ?」

「私は大体の事なら平均以上の事は出来るわ」

……確かに雪ノ下ならその言葉通り、大抵の事はやってのけるだろう。

ただそれを自分で言うのはどうかと思うが。

「……なら一人ずつ勝負していくものじゃなくて、全体で最も成績が良い者がいるチームが勝ちってルールにすればいいんじゃね?」

「さっきのお化け屋敷みたいな感じだよね?」

由比ヶ浜が確認してくる。

「そうなるな」

「では、そのルールを念頭に置いて考えてみましょうか」

そう言って二人は再びパンフを見始めた。


「比企谷君、これでどうかしら?」

数分後、雪ノ下がパンフを指差しながら聞いてくる。

「いいんじゃね?」

それをろくすっぽ見もせずに答えた。

さっきの形式であれば大概の事は雪ノ下がどうにかしてくれるだろう。

つまり、俺はおざなりになあなあでやっても良い事になる。

楽が出来そうで何よりだ。

「そう。では伝えてくるわ」

意気揚々と雪ノ下が隣人部の方に向かう。

その背中を見送っていると、つんつんと肩をつつかれ、そちらを見てみると由比ヶ浜が何やら微妙な表情をしていた。

由比ヶ浜は俺の左耳のあたりに手を当てると、顔を近づけ耳元で囁く。

「ねえヒッキー、ほんとにあの種目でよかったの?」

射的の時の反省を活かし、雪ノ下に聞こえないように最大限配慮しての事だろうが、どうにもこうにも近い。

てか耳がくすぐったい。

てかなんかいい匂いがする。

てかこいつの手柔らかいな。

てかいつまでそのポジションにいるの?

「な、なにがだね?」

思わず動揺して気持ち悪い答えをしてしまった。

ぼっちに不用意に近づくとこうなる。そこのところをこいつは理解すべきだ。

「ヒッキー、ゆきのんが選んだのって迷路だよ?」

……は?

「なんでお前止めないの? バカなの?」

「だってヒッキーも止めなかったし!」

それを言われたら何も言い返せない。

ちゃんと確認しなきゃ。

某消費者金融のCMが脳内で勝手に再生された。

最近あの人あんま見ないよね。あ、妊娠したんだっけどうでもいいな。

「とにかく、どうする?」

「そうだな……今日もこの学園に来るのですら迷ったのになんであいつがあんな自信満々なのかは知らないが、俺たちでどうにかするしかないだろうな……」

「うん、そだね。……あたしたちでなんとかしよう」

「ああ」

そうは言ったものの一体どうしたものかと考えていると、隣ではなぜか由比ヶ浜が嬉しそうにニコニコしている。

何がそんなに楽しいのか……。迷路で勝つための戦術なんて何も思いつかねえぞ……。

俺が頭を抱えているうちに雪ノ下が戻ってくる。

「どうしたの比企谷君。リストラでもされた?」

「馬鹿を言うな。俺がリストラされるわけないだろ。専業主夫になるんだからな」

「あら、専業主夫にだってリストラはあるわよ。離婚という名のね」

「ふっ、離婚されるような主夫にはならないぜ。養ってもらうために愛想尽かされない程度には家事をこなすからな!」

「相変わらず頭の痛い事を言う人ね……」

雪ノ下はやれやれと溜息をつくと、由比ヶ浜の方を向く。

「では由比ヶ浜さん、次の場所に向かいましょう。校庭にあるみたいよ」

「うん! ほら、ヒッキーも行くよ!」

雪ノ下は意図的に俺を除外したようだが、気にせず楽しそうに俺の手を引く由比ヶ浜。

「やけにやる気のようね。頼もしいわ」

……一番頼りにならない奴に頼もしいとか言われてもな。


現地に着いてみると、その迷路の巨大さに驚く。

学園の広大な敷地を活かしているようで、入口側から見える面の長さは約50メートルといったところだろうか。

こちら側からは奥行きはわからないが高さは目測でおよそ2.5メートル。

タイトルは『Minotauros』で結構まんまな命名である。

外観は薄汚れたコンクリート風に描かれているが、若干塗装が甘く下地の木が見えていることから察するに、恐らくベニヤ板だろう。

しかしその稚拙な感じが急に曇り始めた空と相まって逆に不気味な雰囲気を演出している。

完成度はなかなかだが、気になる事がある。

時折、中から獣のような雄叫びと人の悲鳴が聞こえる事だ。

迷路でそれはおかしいだろ……。まあタイトルを見れば大体想像はつくが。

ついでに言うと見た限り屋根がない。

屋外だし雨降ってきたらどうすんだこれ……。

疑問はさておき、受付に近づいてみると見知った顔がいる事に気がついた。

「やあ、お兄ちゃんたち。迷路をやりに来てくれたのかな?」

受付にいたのはシスコンシスター、銀髪美少女こと高山ケイトだった。

「ケイトか。じゃあここは教会の出し物なのか?」

羽瀬川が質問している。

「違うよー。有志の子たちがいてね、監督を頼まれたんだよ。規則はザルだけど、大規模のものだと一応形だけでも監督者がいないといけないらしいからね」

「そんなことより、ちょっと頼みがあんだけど」

会話に割り込んだ金髪ビッチは例のごとく、勝負中だという事を説明し便宜を取りはからうよう要請する。

この間、奉仕部の面々は少し離れたところで待つのが既に慣例化していた。

ところで、お兄ちゃんと呼ばれた羽瀬川と高山ケイトはまるで顔が似ていないが、そう呼ぶからには妹なのだろう。

もし義妹とかそんな感じだったら税を取るべきだ。義妹は嗜好品だとどっかのヤバめの文豪が言っていたし。

ていうか名字違くね?

……課税決定!

説明が奉仕部のあたりまで及んだのか、高山ケイトはこちらを見ている。

彼女は俺に気付くと、軽く手を振ってくる。

「おや、八幡君。また会ったね」

「……ああ、意外と早い再会だったな」

本音を言えば意外と早いどころか二度と会わないと思っていたのだが。

「知り合いだったのか?」

羽瀬川が意外そうな顔をして聞いてきた。

「まあな。と言っても、知り合ったのはついさっきだけどな」

「そうそう、熱い戦いだったよ。わたしは負けちゃったけどね。でも、次は負けないからね」

へへっ、と不適な笑みを向けてきたので俺も負けじと不遜な笑みを返す。

「ふっ、それはどうかな」

バチバチと視線が火花を散らす、と言う事もなく高山ケイトはその視線を逸らして微笑む。

「まぁ、今はそんな場合じゃないね。お兄ちゃんたちと勝負しているんだって?」

「成り行きでな。俺たちの勝ちって事にしてくれないか?」

俺の直截的な発言に苦笑する高山ケイト。

「それは駄目だよ、八幡君。どちらかと言えばわたしはお兄ちゃんの味方だからね」

それはそうだろうな。

ついさっき知り合ったばかりの人間よりかは、元々知っている方を応援したくなるのは当然の心理だろう。

程度の差こそあれ、人は知っているものに親近感を覚え、知らないものには嫌悪感ないしは恐怖感を覚えるものだ。

だから中学生のときに好きだったクラスの女子にメールアドレスを聞いて、

「まだ比企谷君のこと良く知らないし、もうちょっとよく知ってからでいいかな」

とやんわり明確に断られたのも当然と言えよう。

それ以来一向に会話もしなかったが彼女はどうやって俺の事を知るつもりだったのだろうか。

俺が過去の甘酸っぱいというか超酸っぱい思い出に捕らわれていると、横から呟きが聞こえた。

「なんかだいぶ仲良さげだし」

さっきまでの上機嫌はどこにいったのやら、由比ヶ浜は口を尖らせている。

それに気付いていない様子の高山ケイトは話を進める。

「とは言っても審判を頼まれた以上、公平にやらせてもらうからお兄ちゃんたちもそのつもりで」

その言葉に頷く隣人部。

「じゃルールの説明に入らせてもらうよ」

高山ケイトは抑揚たっぷりにモチーフから設定されているストーリーまで事細かに説明し始めた。

が、大部分は勝負に関係ない事なので省略。

要約すると、ルールは以下のようになる。

基本的な勝利条件はこちらが指定した通り、先程のお化け屋敷と同様に最も早く抜け出した者の所属するチームが勝利となる。

しかし他の客もいるため、それぞれのチームから5分おきに一人ずつ入るという形になった。

通常は同じ間隔で一つのグループを入れているようなので、これでもだいぶ配慮してくれている方だろう。

その他の点で特に留意する必要があるのは、ただ大きいだけの迷路では無いという事だ。

どういう事かというと、Minotaurosと銘打たれているようにこの迷路にはミノタウロスがいる。ギリシャ神話の半牛半人のアレである。

予想通り、そのミノタウロスがギリシャ神話よろしく迷路内を徘徊していて侵入者を発見し次第追いかけてくるようだ。

もし捕まった場合はゲームオーバー。強制的に外に連行される。

もう一つ何か仕掛けがあるらしいが、それは入ってからのお楽しみ、とのことだ。

ちなみに無事にクリアできたグループは今日でわずか4グループというかなりの高難易度に設定されていらしい。

以上のことを踏まえて作戦を立てなければならない。

それぞれ受付から少し離れたところで作戦会議に入っている。

とは言っても、全員がほぼ同時に入ってしまう以上、作戦も何もない。

最初に入る人と最後に入る人では10分の開きがあるが、難易度の高さを考えるとそもそもクリアできるのかが怪しいので大した意味は無い。

「順番どうするか? 正直あんまり関係なさそうだけどな」

雪ノ下も同じ事を思っていたのか、大きく頷く。

「出来る事と言えば、最初の分岐でそれぞれ別の方向に行くと言う事ぐらいかしら」

「だな。立体構造じゃなさそうだし、一応迷路の法則は使えそうだからな」

「何その法則って。そんなのあんの?」

まだ機嫌が直っていなさそうな由比ヶ浜が首を傾げる。

「ええ、いくつかあるけれど道具無しで最も簡単に実行可能なのは、左右どちらかの壁に手をずっと触れさせたまま進むという方法よ」

「効率は決して良くないが確実にゴールできる。ただ、ゴールが外周沿いに無い場合と立体構造になっている場合は逆に絶対にゴールできないが。
とは言っても、施設の運用を考えると内部にゴールがあるのはどうしたって不便だから考えにくい。そして高さ的に立体構造は不可能だ」

「地下が造られている可能性は否定しきれないけれど、見たところ元はただの広場のようだし文化祭程度ではこれも現実的ではないわ」

「えっと、じゃあその方法は使えるんだね」

「そう考えていいと思う。明かされていない仕掛けが気になるけれど、それは臨機応変に対応していくしかないわね」

「順番は雪ノ下、俺、由比ヶ浜でいいか?」

方針がまとまったところで、一瞬由比ヶ浜に目配せをしてから確認する。

「あたしはそれでいいよ」

どうやら意図は伝わったようで、間髪入れず由比ヶ浜が応えてくれた。

「私も異論はないわ」

「分担は雪ノ下が左壁沿い、由比ヶ浜が右壁沿い、俺は真っ直ぐがあれば直進してから左壁沿いで、無ければ左壁沿いに行って最初の分岐で右に移る」

「それもそれでいいわ」

もちろん意図があっての順番と采配だがそれに気付くことなく雪ノ下は頷き、由比ヶ浜がそれに続く。

「んじゃ、作戦も決まった事だし、さっさと行くか」

受付の前に行ったが、隣人部は先程の俺たちと同様に少し離れたところで作戦会議をしていた。

「八幡君、順番は決まったかい?」

「ああ。こいつが一番最初だ」

投げかけられた質問に答えつつ雪ノ下を見る。

「そっか。さっきも説明した通りリタイアする場合はいたるところに非常口があるから、そこから出てね。ミノタウロスを捜してわざと捕まってももいいけど、こっちはあまりオススメできないかな」

「了解したわ」

口ではそう言いつつも、リタイアするつもりなど毛頭無いのは明らかだ。

相変わらずの負けず嫌いさんである。

「ああ、それと、いろいろと作り込み過ぎちゃって結構精神に来るものがあるから、不安を感じたら早めにリタイアしてねー」

なにやら恐ろしい事を超カルい感じで言う。

精神に来るものってなんだよ。

その時、すぐ近くでミノタウロスとおぼしき唸り声と悲鳴が聞こえた。

「うおっ!?」

「うわっ!?」

由比ヶ浜と同時に声を上げる。

近くで聞くと結構迫力あるな……。

視界の端では雪ノ下も肩が跳ねていが、平然を取り繕っているのが見なくてもわかる。

「やー、また誰か殺られたみたいだね」

そんなことをニッコリ笑って言う高山ケイトも十分恐ろしかった。


続きの部分で修正したい箇所が多数見つかったため、今日はここまでとさせて下さい

週末あたりにまた来ます

それでは、また

こんばんはどうも>>1です

相変わらず社畜っていて事務所におります

ので、投下は月曜の夜中とさせて下さい

伸ばしてしまってすみません……

明日はきっと帰れると思うので……がんばります

ほどなくして隣人部も受付前にやってきた。

「よし、早速始めようか。最初の一人は前に出て」

こちらからはもちろん雪ノ下、向こうからは黒髪鬱美人が出てきた。

二人して入口前に並ばされる。

「わたしとしてはあんまり勝負に拘らないで純粋に楽しんでくれた方が良いんだけど。……そういうわけにもいかなそうだね」

雪ノ下のあまりにも真剣な表情を見て苦笑している高山ケイト。

「ゆきのん、無理しないでね」

「ええ、無理をするつもりはないわ。その必要が無いもの。私に任せて頂戴」

無根拠に自信満々な様子の雪ノ下だが、未だかつてこれほど頼りにならない場面があっただろうか……。

「それじゃあ、ごゆっくり」

高山ケイトはニヤリと笑うと、扉を開け放ち二人を押し込むとすぐにその扉を閉めた。

「さて、次までは5分あるからそれまでに準備しといてねー」

そう言って受付カウンターから這い出ると、交代の生徒を呼びどこかに行こうとする。

「わたしはこれからうんこしに行くからちょっと席を外すよ。頑張ってね、お兄ちゃんに八幡君」

「ケイト……人前でうんこ言うのはやめろよ……」

羽瀬川の言葉に尻を掻きながら適当に返事をしてそのまま去っていく。

……あんな美少女がうんこしに行くとか言うのはマジでやめてもらいたい。

「ゆきのんだいじょぶかな……?」

固く閉ざされた扉を見つめながら由比ヶ浜が言う。

「どうだろうな……」

正直、未知数としか言いようがない。

あいつは大抵のことに関しては突出した能力を発揮するが、迷子になることにかけては完全に他の追随を許さない領域にいる。

さらに彼女の性格上自主的なリタイアはまずしないだろうから、最悪の場合いつまでたっても出てこない事態も想定される。

携帯電話もバッテリー切れで連絡は取れないから打つ手が無い。

ミノタウロスさんに捕まってくれれば御の字、と言ったところだろうか。

しかし、もしかしたら迷うことが前提である迷路であれば逆になんか正解の道を選ぶ可能性が考えられない事もないというかむしろそうであって欲しい。

勝つためには最低でも一人はゴールしなければならないのだから、雪ノ下も無事に到達してくれればそれにこしたことはないからな。

まぁ、なんにせよ俺がゴールすることが出来れば勝つ確率は上がる。

「ちょっと俺行くとこあるから、順番待ちしといてくれ」

「うん、わかった」

やれることはやっておいた方が良いだろう。


5分というのは意外と短いもので、すぐに俺の出発時間が来た。

もちろん高山ケイトは戻ってきていない。うんこしているのだから仕方がない。

交代で入った受付の人は先程俺たちが受けたものと同じ無駄に長い説明を後続の待っている人たちにしている。

待ち時間の退屈しのぎという配慮かもしれない。

彼らはまだしばらく待つことになるが、出発を控えた俺には時間がない。

行く前にやっといた方が良い事がいくつかある。

「由比ヶ浜、行く前に一つ確認したいんだが」

「何?」

「お前自分がどっちに行くか覚えてる?」

「へ? ひたすら右沿いにいってればいいんでしょ?」

よし、ちゃんと覚えてたか。

由比ヶ浜は俺の表情から考えている事を読み取ったのか、軽く睨むような目付きをしてびしっと指差してくる。

「いくらなんでもそんくらい覚えてるよ!」

憤慨する由比ヶ浜を宥めつつ、追加の作戦を伝える。

「じゃ、その覚えているついでに入口の方向も覚えていた方が良いな」

空き時間を利用して軽く迷路の周囲を調べてみたところ、入口を正面として両側の側面には非常口がいくつかあるのみだった。

さすがに裏側には回れなかったが、必然的に出口は背面にあると言う事になる、ということを手短に説明する。

「とにかく入口との距離感を頭に入れておけば自分の居場所がざっくりでもわかるからな。気休め程度でしかないが」

「どっかいっちゃったと思ってたら一人でそんなことしてたんだ……」

意外そうな顔をした由比ヶ浜は、しかし次いでなぜかバツの悪そうな表情をする。

「てっきり受付の可愛い子を追いかけてヒッキーもトイレ行ってたのかと思ってた。なんかやたら仲良さそうだったし……」

「別に仲が良いって訳じゃねえよ」

てかたとえ仲が良かったとしても、連れションならぬ連れうんはないだろうに。

そもそも男女で連れうんは色々と問題だらけだ。

「でも、ヒッキーのこと名前で呼んでたし……」

「名前で呼んでたからって仲が良いってことにはならないだろ。例えばほら、たいていの人は織田信長のことを信長って呼ぶけど仲が良い奴なんて一人もいないし」

「でた屁理屈……」

「うるせ。俺は名前呼び=仲良しじゃないと言っているだけなのに、お前はそれは屁理屈だと言う。由比ヶ浜は、自分の意見は理論で他人の意見は屁理屈って言うような奴なのか? 酷い奴だな」

「ち、違うし! そんな酷いことしないし!」

「ほら、違うだろ。今お前が認めたように、名前で呼ぶのは仲良しこよしって訳じゃない」

「う、うん、そだね。 ……え? ……なんか違くない?」

ちっ、バレたか。完全に詭弁というか論点のすりかえだからな。

「まぁそんなことは置いといて、とにかくさっきの点に注意しといてくれ」

「……わかった」

まだ納得いっていなさそうな様子だが、強引に話を進める。

「それと、途中で雪ノ下を見つけたら合流しといてくれ。ほっとくと色々大変な事になりそうだからな」

「それは任せて。ゆきのんは別行動の方が効率いいとか言いそうだけど」

確かに超言いそうだ。まず間違いなく言うだろう。

「でもなんとか説得してみるよ。一人にしとけないもん」

……たぶん、お前のその気持ちをそのまま言えば大丈夫だ。

とは言わない。俺が言う事ではない。その必要もない。

由比ヶ浜は一人で楽しそうにというか嬉しそうに頷くとこちらを向く。

「ヒッキーもゆきのんが心配だったんだね」

……微笑みつつそんなふうに言われたんじゃどうしていいかわからない。

「……んじゃ、行ってくるわ」

微笑みが苦笑に変わったような気がしたが、背を向けてしまえばわからないので問題ない。

「うん、頑張ろうね」

後ろから聞こえる由比ヶ浜の声。

「……ああ、それなりにな」

……頑張ろう。

入口の前に立つと、金髪ビッチが横に立つ。

間髪入れず、受付の人が扉を押すと、ギギギギッっと軋みながら開いた。

「どうぞ、ごゆっくり」

先程の雪ノ下たちと同様に押し込まれるとすぐに扉が閉り始める。

完全に閉まるその一瞬前、扉の奥では並んだ由比ヶ浜と羽瀬川が何か会話をしていたのが目に入った。

だからどう、というわけではないが。

横では金髪ビッチが閉まったばかりの扉を憎々しい目付きで見ている。

だがそれも数瞬のことで、すぐに右奥の方へと突き進んで行った。

さて、俺も進むとしよう。

入口扉前は既に前方と左右に道が分岐していた。

俺が進むべきは前方の道だ。

壁は外壁と同様のペイントがなされていて、ところどころに継ぎ目があるにはあるが、模様から場所を特定するのは難しいだろう。

グループ客を考慮してか、幅は1.2メートル程度で二人くらいなら並んで歩くことは可能だ。

人生ソロプレイヤーの俺やもこっちにはなんの関係もないが。

とりあえず直進し、左の壁に触れる。

後はこの手を離さずひたすら歩き続けるだけだ。

ぜ、絶対離さないんだからねっ!

……よく考えたらこれって結構ヤンデレっぽい台詞だよな。

いやまあ、比喩なんだろうけどさ。


とりとめもない事を考えつつただただ進み続ける。

高山ケイトが言っていたように、作り込みは相当なものだ。

進んでも進んでも見えるのは全く同じグレーの塗装の壁のみ。

天井がないために空が見えるが、うまく高さ設定がされていて広場周辺に生えていた木々は見えない。

なおかつ曇っているために空でさえグレーだ。外観から推測した規模を考えても、しばらくはずっとこの光景を見せられ続けるのだろう。

いたるところに非常口があるとのことだったが、もう10分くらいは歩いていて相当数の分岐を潰しているはずなのにまだ一つも見ていない。

俺には壁に触れつつ歩き続けるという明確な指針があるからまだ良いが、これで何の目的も無くただ歩くだけになったり、本気で迷ったりしたら精神的な負担はかなり大きいだろう。

加えて、時折聞こえる雄叫びと悲鳴。

この状況で追いかけられたりしたらパニックを起こしてしまいかねない。

是非とも遭遇したくは無いものだ。


効率が悪い方法をとっているのはわかっている。

だが歩いても歩いても完全に同じ景色にいい加減にうんざりする。

きっともし俺が専業主夫になれなくて働くはめになったらこれと同じ光景を見るのだろう。

歩いても歩いても変わらない景色。

働いても働いても変わらない仕事量。

毎日毎日同じ職場に通い続け、同じ景色を見続け、やがては俺もその景色の一部になってしまうのだろう。

……絶対働かない。

ああ、情報量が少ない空間は駄目だ。

こうやって何も考えなくて良い空間に放り出されたら思わず自分を見つめ直しちゃうだろ。

目に映る光景はグレー一色だが、俺の歴史は真っ黒だからな。

白ヒゲガンダムが3、4体は発掘される勢い。


思考能力の一部が麻痺してきたところでようやく変化が訪れた。

件の非常口だ。

枠は黒と黄色の縞々にペイントされ、扉部分には赤い下地に黒い文字で『非常脱出口』とでかでかと書かれている。

見つけて思わずほっとしてしまい、実は俺もやや参っていた事に気付く。

ここでリタイアするつもりはないが、外の景色を見たい気持ちも相当にあったので、確認の意もこめて扉を開いてみる。

景色で大体の場所をつかめもするだろう。

だが、ノブを捻り手前に引いた俺が見たものは外の景色ではなかった。

見えたのはまたしても同じグレーの壁。顔だけ出して扉の外を見てみるが『→出口』との表示はあるが、一本道である事以外は全て迷路内と同じだった。

そういうことか……。

どうやら迷路全体をこのリタイア専用通路とも言えるもので囲んでいるようだ。

俺みたいにセコい真似をする奴への対策だろう。

さらに非常口はオートロックで迷路側からしか開かないと言う念の入れようだ。

本当に作り込んでるなぁ……。

とにかくチェックポイントともいえる目印を見つけたので一度頭の中を整理してみる。

ここは外周部であることと、かろうじて覚えている入口の方向とを照らし合わせると、恐らく入口から見て左側面の半分よりやや奥側といったところだろうか。

左側はおよそ半分程度制覇したと言って良いだろう。

そして俺が左の端部に到達したということは、歩くペースにもよるが、先に左側を攻めていた雪ノ下とそろそろ会うはずだ。

情報を交換し合う為にも、一度会っておくべきだろう。

壁に触れる手を右に切り替え、分岐を少し遡る。

いくらか前に通過した十字路まで戻り、まだ俺が通っていない分岐の前で立ち止まった。

壁沿いに歩き続けていれば合流できる箇所は必然的に限られてくる。まだ踏破していないところがある分岐がそれにあたる。

運が良かったのか悪かったのか、俺が通った道はほとんど全て分岐を潰せている。

おそらくはこの辺りで合流できるはずだ。


ほどなくして、雪ノ下がひょっこりと顔を出す。

「……比企谷君」

雪ノ下は俺を見ると、足早に近寄って来る。

「雪ノ下、遅かったな。待ちくたびれたぞ」

「待ってたの?」

実際はそれほど待ってもいないし、そもそも待ち合わせもしていないのだから待ちくたびれたはおかしいが、ただ単にアロハのおっさんの真似をしてみたかっただけである。

「いや、気にするな。……雪ノ下から見て左が俺が来た道だ」

「そう、了解したわ。では、次の分岐まで案内して頂戴」

「おう」

最低限の説明で言わんとしている事が伝わった。話が早くて助かるな。

歩き始めると雪ノ下がスッと隣まで来て並ぶ形になる。

「ああ、それと、非常口を見つけたから一応そっちも案内しとく。目印になりそうだからな」

雪ノ下は返事をせず、こくりと頷く。

ずっと歩いていたのだから疲れているのかもしれない。

少し歩くペースを遅くしてやるか。

こういう時間がとれるように雪ノ下を一番早く行かせたんだからな。

無論、迷子になって一番時間がかかりそうだから、というのもあるが。

非常口からはあまりはなれていなかったのですぐに着く。

「あれが非常口ね。確かに目印として使えそうね。入口と非常口それぞれとの距離関係を覚えていればおよその現在地がわかるもの」

「そうだな。で、入口はどっちだと思う?」

「あっちよ」

雪ノ下は非常口に背を向けて自信満々に真っ正面を指差す。

うん、まあ、そっちでいいや。

「じゃ、次の分岐に行くか。そこでまた別の道に分かれよう」

「……ええ」

目的の分岐に向かう道中、雪ノ下が口を開く。

「比企谷君、ミノタウロスは見た?」

「いや、まだ見てないな。何回か壁越しにすぐ近くにまできたっぽいが。雪ノ下はどうだ?」

「私もまだ出会っていないわ」

「なんか悲鳴を聞いてるとガチで怖いみたいだな。必死に走りまわる音がよく聞こえるし」

「そうね。出来ればこのまま出会わずにゴールしたいわね」

お前は走ると体力尽きそうだからな。

もし体力が尽きた雪ノ下を支えることにでもなったらそれこそ大変だ。

その状態で男子グループにでも出くわしたら全員ミノタウロス化して襲いかかってきそうで命がいくつあっても足らない。

むしろ須川君を筆頭としたFFFがやって来るまである。

「……本当に遭遇したくないな」

「対処方法が無い訳じゃないけれどね。逃げる以外の選択肢もあるわ」

「へぇ、そりゃ心強いな。じゃあもし出くわしたら何とかしてくれ」

「ええ、私も心強いわ。今は比企谷君がいるもの」

横目でちらりと見てくる。

「人を便利な盾扱いするのはやめろ」

「心外だわ。そんなことは思っていないのに」

「じゃあそのニンマリした腹の立つ笑顔は何だ」

俺が指摘すると、雪ノ下はわざとらしく表情を引き締める。

「比企谷君、決してあなたは便利な盾なんかではないわ」

じっ、と見つめてくる。

「な、なんだよ……」

「あなたは、使い捨ての盾よ」

そうかよ。

例によって雪ノ下は小さく拳を握ってドヤ顔をしている。

……まぁ、雪ノ下が楽しいんならそれでいいんですけどね。

いくらぼっちマイスターの俺でも精神と時の部屋並に何もない迷路で独りで黙って歩いているのはさすがに気が滅入るからな。

こうして歩くのも悪くはない、と思っている自分がやや意外だった。



今回はここまで

次回投下は時間を見繕ってします

おやすみなさい……

こんにちはどうも>>1です

たくさんのレスありがとうございます

控えているいくつかの作業を終わらせれば続きの制作に取りかかれそうなので、明日か明後日の夜中には投下できると思います

いましばらくお待ち下さるようお願い致します

やがて分かれるべき十字路に着く。

「俺は左に行くから、雪ノ下は右を頼む。これからは右側沿いに進んでくれ」

「……了解。次に会うときは、塀の外ね」

心なしかキメ顔で頷いた雪ノ下を確認して、背を向けて歩き出す。

なにやら囚人(俺)と面会者(雪ノ下)のような構図が一瞬脳裏にちらついたが気にしないでおこう。

より正確を期するなら囚人(俺)と刑事(雪ノ下)かもしれない。

それはさておき、このまま俺がこちらを攻略すればもしゴールが入口から見て左寄りにあればそう遠くない先に発見できるだろう。

逆に右側にあれば雪ノ下や由比ヶ浜が近くなる。

そして何より、あいつらが合流できる可能性が増える。

雪ノ下だけでなく由比ヶ浜まで勝負に拘っているが、本来の目的は別のところにある。

よくわからない勝負に巻き込まれてすっかり忘れていたが今日は文化祭に遊びに来ていただけのはずだ。

であれば、あの二人は別行動をするべきではない。

まあ、右に行かせたところで合流できるかはわからないが。

何となく後ろを見てみると、雪ノ下はちょうどくるりと背を向けて歩いて行くところだった。

さて、再び気の滅入る作業の開始である。

ここからは時間の問題ではあるが進んでやりたい作業ではない。

やりたい作業ではないが、やらなければいけないのであればちゃんとやろうとしてしまう自分の社畜根性が恨めしい。

このままでは将来養ってもらうつもりがなんだかんだで働いてしまいそうで怖いな……。

今から気を引き締めて、働かない道を歩み続ける決意を新たにする必要がありそうだ。

絶対働かない!

さあもう一度!

絶対働かない!

最初の角を折れると、俺の選んだ道は行き止まりだった。

……これは何かの暗示かと思ってしまうのは考え過ぎなんだろうな。

馬鹿な考えを振り払い、後ろへと引き返した。

先程雪ノ下と分かれた十字路を左に曲がる。

この道はやや長い真っ直ぐの道のようだ。

「比企谷くん」

振り返ると雪ノ下がいた。

「そっちも行き止まりだったのか?」

「ええ」

雪ノ下は答えると先に進む。

「そうか」

後ろからではその表情は伺い知れないが、やはり疲れているのだろうその足取りはやや重い。

俺はその背を追うように続いた。

「由比ヶ浜さんは大丈夫かしら……」

雪ノ下がポツリと呟いた。

単なる独り言のような気もするが、一応答えておく。

「由比ヶ浜っぽい悲鳴は聞いてないから、たぶんまだ無事じゃないか?」

「それはそうだろうけれど、何もミノタウロスに追われることだけの心配をしているわけではないのよ」

「……ああ、お化け屋敷の時の話か」

「由比ヶ浜さんは『走って逃げれるから大丈夫』と言っていたけれど……」

元々遅かった雪ノ下の歩調がさらに鈍くなる。

まぁ雪ノ下の言うことはわからないでもない。

まさかこんな場所でそんな愚行を犯す輩がいるとは考えにくいが、しかしあの話を聞いた後では心配にもなるだろう。

雪ノ下のことだろうから迷路で勝負することを決める際に考慮しなかったはずはない。しかし今更それを口に出すというのはやはり弱気になっているのかもしれない。

「……そんなに心配なら、会ったら一緒に行動すればいいだろ」

いくらかの間をおいて、雪ノ下が小さく呟く。

「……そうね。……そうよね」

前を進む雪ノ下。その後ろを歩く俺。お互い前を向いたまま言葉を交わす。

「比企谷くん、あなたは、一人でも大丈夫かしら」

「はぁ? 誰にものを言ってるんだ? 俺はぼっちで過ごすことにかけては一家言あるぞ。自伝をラノベにしたらこのラノで上位に食い込むのは間違いないな」

「……そう。……でも、もし比企谷くんも心配なのだとしたら、一緒に……」

さらに小さい声で言う雪ノ下。前を向いているのでさらに聞き取りづらい。

……聞こえないふり、というのも相等に魅力的な案だがそれはできない。

やってはいけない事だと今日気付かされた。

俺はこいつとの距離感を、奉仕部との距離感を正確に把握している。

であれば、俺は明確にその立場を示すべきだろう。

「必要ない。お前がついてりゃ大丈夫だろ」

「……わかったわ」

今雪ノ下がどんな表情をしているのかはわからない。それは考えても仕方のないことだ。

だから、俺はそのことについて何も考えはしない。

一人で歩くより時間は多少かかったが、やがて次の分岐に着く。

「では私は右に行くわ、比企谷く

振り返りつつそう言った雪ノ下の表情が固まる。

「どうした?」

「う、うしろ」

震える声で言い、震える手で俺の後ろを指さす雪ノ下。

……もう大体察しは付いている。

このままダッシュで逃げようとも思ったが、あの雪ノ下があれだけびびっているのだ。これが振り返えらずにいられようか。

意を決して後ろを向くと、3メートルくらい離れたところに化物がいた。

もう、本当に化物。

足下の蹄まで赤銅色の短い毛で覆われた体は恐らく2メートルを超える巨躯で、頭はもちろん牛のそれだ。

牛とは言っても、ゆめ牧場あたりでモーモー言いながらのんきに草を食っている可愛いアイツらではない。

顔周りだけ毛が無く、いわゆるファンタジー風の骨々しく荒々しい造形をしていた。

両側に伸びた角は中程でねじれ、前に立つ者を狙うように突き出している。

首回りは体毛と同色のやや長い毛をしていて、胸と腰には金属製の防具。

極太の血管が浮きでた両腕は鎧のような筋肉を纏い、その手には全長1.5メートルはあるであろう両刃斧が握られていた。

刃の側面に幾何学模様が刻まれ、鈍い光を放つそれは重厚な存在感を放っている。

日曜朝のヒーローたちや、夏と冬の祭典に集うコスプレヤーたちが持っているような、いかにもプラスチックじみたものではなく、本物の鉄のような質感が見て取れる。

そして、その斧や体のあちこちにべっとりとこびりついた赤黒い何か……。

「ひ、ひきがやくん……!」

あまりの威圧感、存在感に呆然としていた俺の袖を雪ノ下が引く。

それが引き金になったのか、こちらの様子を窺っていたミノタウロスはゆっくりと斧を構える。

数瞬後、大きく息を吸い込むように胸を反らした。

「ヴォロロルルヴァラアアアーーーーッ!」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

到底人間が出せるような声ではなく、まさに獣のような恐ろしい雄叫びを上げたミノタウロスはいつでも俺たちを叩き殺せるように斧を振り上げると、その姿勢のまま突進してくる。

俺と雪ノ下は同時に駆け出し、必死に逃げる。

雪ノ下は俺の袖どころか手首をつかんだままで、雪ノ下が本来の進むべき道とは別の方向に逃げてしまっているが、今はそんなことを言っている場合ではない。

今は方針も何も全て頭から吹き飛びひたすら逃げる事しか考えられない。

走りつつ後ろを確認してみると、ミノタウロスは斧が邪魔になったのか、通路に投げ捨てると速度を上げてガチャガチャと腰当てを鳴らしながら猛然と襲いかかって来る。

「捨てんのかよ!」

無意味とは知りつつもつっこんでしまう。

「な、なに!?」

息を荒げ、若干涙目になっている雪ノ下がびくっとする。

「なんでもないっ!」

無我夢中で逃げ回り、何度も適当に角を曲がる。

雪ノ下はもう体力が尽きかけているのか、俺の腕を引く力が強くなっている。

再び後ろを確認してみると、直線では速かったが曲がるのはそれほど得意ではないのかミノタウロスの姿は見えず、また音もしない。

まだ安心は出来ないが、どうにか撒いたようだな……。

「なんとか撒いたみたいだが、大丈夫か?」

立ち止まり、雪ノ下に問いかける。

だが彼女はそれに答えることなく、床にへたり込んだ。

俯いたまま左手を胸に当て、どうにか荒い息を整えようとしている。

……まぁ、今は安全そうだし落ち着くまで待つか。

しばらくしてようやく雪ノ下が顔を上げる。

「ごめんなさい、もう、大丈夫よ」

そう言ってヨロヨロと立ち上がる。

全く大丈夫そうじゃないんだが……。

……まあ、そっとしといてやろう。

「にしても、あれは作り込んでるってレベルじゃないだろ……」

「……ええ、あれ程とは思わなかったわ。もし捕まったらと考えるのも恐ろしいわ」

確かに恐ろしい。たとえいくら迷路で迷ったとしても、あれに捕まるくらいなら野垂れ死んだ方がマシだ。

「正直、出くわすまではたいしたことないだろうと舐めてたけど、もう無理だな。次にちらりとでも視界に入ったら俺は迷わず逃げるぞ」

「……同感。もう、ほんとにいや……」

心底怯えた声で言いながら、雪ノ下はしきりに逃げてきた方向を確認している。

「それで、どうしましょうか」

「……今どこにいるか完全にわからなくなったからなぁ、取りあえずあっちに進んで適当なところで別れるか」

俺も逃げてきた方向を確認しつつ、来た道から見て左の方向を右手で示す。

雪ノ下はこくりと頷く。

「んじゃ行くか……雪ノ下、逃げるぞ!」

ミノタウロスが角から姿を現わすのを見て即座に走り出す。

追いつかれたようだがミノタウロスは投げ捨てた斧の状態を気にしていたようで、こちらを見ていなかった。

もしかしたら気付かれていないのかもしれないが、離れているに越したことはないだろう。

またしても何度か無作為に角を曲がる。

先程とは違い全力で走っているわけではないから、雪ノ下の状態もそこまで悪くはなさそうだ。

「ここらへんで別々に行くか。二人とも同時に捕まるのだけは避けなきゃだしな」

「えっ? ……ええ、その通りね」

立ち止まってそれぞれが行く道を指さす。

一度現在地を見失った以上、やれることはもうほとんど無い。

あとは適当にうろついて偶然のゴールにかけるか、非常口を見つけてだいたいのあたりをつけるかぐらいしか選択肢はない。

「じゃ、行くか」

「わかったわ」

……。

いや、あの、このままじゃ進めないんですが……。

「……雪ノ下、俺は左の道を左手で壁に触れ続けて進む。お前は右の道を右手で壁に触れ続けて進むんだぞ」

「わかっているわ。……あっ」

雪ノ下は目にも止まらぬ早さで背を向けると、右の道に入っていく。

「では比企谷くんまたあとで」

早口でそう言い残し足早に去って行った。

心なしか取り残される様な形になった俺も、探索を再開する。

ミノタウロスが近くにいる以上、これからは注意深く進まなければならない

また遭遇してしまったらあまりに恐ろしすぎる故に冷静ではいられないだろう。

まぁ自分で投げ捨てた斧を気遣っている姿は若干コミカルではあったが。

てか結局斧拾うんなら捨てんなよ、とも思ってしまう。

だが、その無駄な行為のおかげで逃げられているのだからこちらとしては都合が良いことは確かだ。

もしかしたら発見された際の救済措置としてそういう演出がなされているのかもしれない。

とにかく、もう俺に出来ることはミノタウロスに出会わないように祈りつつひたすら歩く事しかなかった。



今回はここまで

次回投下については後日お知らせ致します

それでは、また

おはようございますどうも>>1です

今週の投下はできそうもありませんごめんなさい

いつから水曜の次は日曜になったのでしょうか

次回投下は次の土日あたりとさせて下さい

では、畜ってきまs

こんばんはどうも>>1です

お待たせ致しました

投下を開始します

ビクビクしながら迷路をひた歩く。

見通しが悪い故に常に耳を澄まして歩き、角を曲がる際には念のため様子を窺ってから進むようにしていた。

既に方向感覚が失われてから久しい。

ただでさえミノタウロスに追われて気が滅入っている上に、まるで代わり映えのない風景がさらに精神を圧迫してくる。

呼吸は浅く、鼓動がやけにうるさい。

俺は本当に進んでいるのだろうか。いや、そもそも迷路において進むとは一体何を指すのか。

俺は今、前進している。しかし、文字通り前に進んでいるだけに過ぎない。

隣人部の連中がミノタウロスに襲われたかは確認のしようもないが、俺と雪ノ下は遭遇してしまった。

その分時間を浪費している。

もしあれがなければ例の法則で今頃ゴールできていたかもしれない。

考えても仕方のないことではあるが、そうせざるにはいられない。

作戦上、こちらで機能しているのは既に由比ヶ浜だけだ。

俺はこんな状態だし、雪ノ下は体力が尽きるのは目に見えている。

このままでは負けてしまうかもしれない。

せめて、由比ヶ浜だけでも無事でさえいてくれれば。

しかしよくもまあ作り込んだものである。

その完成度は、一度でも現在地を見失ってしまったらのならもう二度と外には出られないのではないかと思ってしまう程だ。

正常な思考能力を奪う灰色空間、見る者に根源的な恐怖を抱かせるミノタウロス。

聞こえるのは、風に揺られた壁が鳴らすガタガタという音と、時折遠くから聞こえる悲鳴だけ。

こんな状況で非常口を見つけたら、出てしまうのも頷ける。

俺たちがとったのと同じ、割とポピュラーな法則を実践していればほぼ確実にゴールだけは出来るはずだが、到達できた数が少ないのはそういう理由もあるだろう。

かく言う俺も、目の前に非常口があったら危ない。

一瞬も躊躇わずに出る自信しかないからな。

とにかく、非常口を見つけるまでは出来る範囲で出来るだけのことをやろう。

……もう既にリタイア前提で動いている俺、嫌いじゃないぜ!

何度かミノタウロスをやり過ごし、迷路内を徘徊し続ける。

覚悟を決めてからは不思議と少し気が楽になっていた。

人間、目標を決めてしまえばある程度の苦痛には耐えられるらしい。

まあこの場合の覚悟とは後で雪ノ下になじられる覚悟だが。

それさえ腹をくくってしまえば後は問題ない。

ない、はずだ。

気が楽になったと言っても、警戒を怠ってはいけない。

この様な状況で調子に乗るのは死亡フラグでしかないからだ。

それを示すかのように、角を曲がった先の袋小路に惨殺現場があった。

そこは通路より広く、小部屋のようになっている。

まあ惨殺現場と言っても学祭だからだろうが、そのまま死体があるわけではない。

しかし、食い散らかされたのか壁や地面の至る所に赤黒い血や肉片のようなモノが飛び散り、ズタズタに引き裂かれ血に染まった服と折れた剣、何か骨っぽいものまで落ちている。

グロいよ……。

ここまでの演出はいらねえだろ……。

長居したい空間ではない。

早々に立ち去ろうとしたが、奥の方の壁に何か文字らしきものが書いてあるのを目の端で捉えた。

好奇心も高精度な死亡フラグではあるが、さすがに見過ごすことはできない。

近くまで行き目を凝らす。

凝、である。

いや念能力使えねえけど。

まあ、気分だ気分。

壁には血文字でこう書かれていた。

『テセウスは敗れた』

負けちゃったのかよ!

テセウスとは何か。

かなり有名な話なので知っている人も多いかと思うが、テセウスはギリシャ神話の登場人物でミノタウロスを倒した英雄だ。

そのミノタウロス討伐の際にアリアドネちゃんから渡されたアイテム、『アリアドネの糸』が迷宮の脱出に必須のものとされている。

ついでに言えばテセウスはイケメン王子様であり、美少女のアリアドネちゃんに一目惚れされていたにもかかわらず離島に置き去りにしてその妹と結婚する鬼畜系リア充。

……負けても仕方ないよね! よくやってくれたぜミノさん!

とにもかくにも、情報は得られた。

まぁまさか負けていたとは思わなかったが、ミノタウロスに関する逸話はこの迷路に入る前に高山ケイトから聞いていた。

割と短い間隔で繰り返し説明していたし、恐らく全員に聞かせてから入れているのだろう。

あの説明は設定厨のようにただ言いたいだけではなく、参加者の条件を平等にする為のものだったのだろうと今更気付く。

テセウスがミノタウロスの討伐に向かったところまでは神話と同じ。

しかし、彼は敗れている。

ミノタウロスを倒せる者はもはや存在しない。

つまりどういう事か。

……ええっと、詰み?

なにこの無理ゲー。

そんなわけあるか。

……ないよね?

だ、だって高山ケイトはゴールできた4グループがいるとか言ってたし!

その言葉を信じるのであれば、何か必ず脱出の糸口があるはずだ。

まあ何かというか、一つしか考えられないが。

テセウスはミノタウロスの討伐に向かい、敗れた。

その敗北した現場には血と肉片と装備以外何も残っていなかった。

肉体はミノタウロスが美味しく頂いたとして、足りない物がある。

アリアドネの糸だ。

恐らくそれは奴が何らかの形で所持しているのだろう。

そしてそれをどうにかして奪うのが脱出への一歩ということが推測される。

……やっぱこれ無理ゲーじゃね?

奪う方法は後回しにして、とりあえずミノタウロスを捜そう。

強奪するにしても、まずは何がアリアドネの糸とされているのかを確認しなければならない。

考え得るのは、最も直截的な物で言えば地図だろう。

次点でヒントが書かれた紙やそれに類する物といったところか。

あるいは更なるヒントへのヒントという可能性もあるがそれはやめて欲しい。

いずれにせよ、まずは確認、である。

にしても、あれだけ逃げ回っていたのにまさかこっちから捜すことになるなんてな……。

できれば由比ヶ浜や雪ノ下にこの情報を伝えたいところだが、まあ出会える望みは薄いだろう。

とにかくミノタウロスを見つけ出ださなきゃな。

捜し出す事自体は悲鳴を追いかければいいだけなのでそこまで難しい話ではない。

現に今も誰かが追いかけられている。

恐ろしい雄叫びが轟き、甲高い悲鳴が響く。

相変わらずミノさんは絶好調である。

いやミノさんとか言ってるけどマジで怖いからねこれ。

先に非常口見つかんないかな……。

悲鳴が上がった方へと進む。

襲われた人はどうやら撒いたようで捕まった気配は無い。

鬼畜リア充が食い散らかされたあの現場を見てしまった後では、捕まるとどうなるかは想像したくもない。

強制的に退場させられるとのことだったが、ひょっとしてこの世からの強制退場なんじゃ……。

あり得ないと思いつつも、奴はそれを完全に否定しきれないほどの迫力を持っているのは確かだ。

距離が近いようだし、念のため角でR1ボタンの覗き込み確認をする。

ダンボールさえあれば!

……大丈夫、いないようだ。

確認を終え、若干ホッとして角から身を出そうとしたその刹那、見覚えのある逞しい腕がチラリと見えた。

瞬間、全身が粟立つ。

無理矢理行動をキャンセルして咄嗟に壁に張り付いた。

まだ気付かれてないようで、ミノタウロスはカチャリカチャリと恐らく腰当てであろう金属音を鳴らしつつ近づいてくる。

その音が、気配が近づくにつれ全身から冷や汗が吹き出てくる。自然、心拍数は上がり聴覚に意識が集まる。

幸か不幸か、奴と俺との間を隔てているのは、壁一枚。すぐ近くにまで来ることが出来たようだ。

だが、ここからどうする?

このまま姿を晒して奴がアリアドネの糸らしきものを持っているか確認するか?

いや駄目だ! 正気の沙汰ではない!

そんなのは自ら死にに行くようなものだ。俺はまだ死にたくない!

落ち着け、あれは所詮中に人が入っている着ぐるみだ、と頭の中の冷静な部分が諭してくるが、もはやそんなレベルではない。

最初に遭遇した際に、既に恐怖は魂にまで打ち込まれている。

駄目だ。

無理だ。

あいつから何かを奪うだなんて不可能だ。

大人しく非常口を探そうか……。

息を殺し、どこかへ行くのを待つ。

しかし奴はこちらへと近づいているようだ。

このままでは見つかってしまう。

一旦離れようかと考えたところで、状況が変わる。

「ひっ!?」

誰かが小さく悲鳴を上げた。

位置関係で言えば、恐らくミノタウロスの後ろ。

もしその誰かを標的に定めたのなら、俺はミノタウロスの後ろを取れるかもしれない。

これは……チャンスだ。

タイミング的にも、精神的にも今しかない。

これを逃せば恐らく俺はもう二度と立ち向かわないだろう。

奪うとまではいかなくても、何か有益な情報を得るくらいのことはできるかもしれない。

ミノタウロスは毎度お馴染み獣の雄叫びを上げ、追跡を開始する。

今だ、覚悟を決めろ!

俺なら出来る!

諦めちゃ駄目なんだ、その日が絶対来る!

START:DASH!!

「や、やめろ! 来るな!」

追いかけられている人が叫んでいる。

来るなと言われて逆に興奮した訳でもないだろうが、ミノタウロスが短く唸る。

俺はその毛深い背中を見失わないようにギリギリの距離で追いかけていた。

この距離から目視する限りでは何かを持っている様子はなさそうだ。

もう少し近づくしかないか……。

例によって邪魔になった斧が投げ捨てられた直後、不意に追いかけっこ×2は終わる。

逃走者は行き止まりにあたってしまったらしい。

その人は振り返ると、へなへなと腰を抜かした。

ミノタウロスはゆっくりと近づいていく。

俺は直前の角から顔だけ出して覗いている。家政婦とかそんな感じ。

「待て、来るな……」

追いかけられていた人は腰を抜かしたままずりずりと後ずさる。

てかあれ、黒髪鬱美人だね。

彼女は目に涙を溜めながら必死に距離をとろうとしている。

「待って、待って……やだ……」

しかしミノタウロスとの距離どんどん近くなり、ついに壁際まで追い詰められパニックを起こす黒髪鬱美人。

「や、やだ! 助けて! 助けてよぉ! こだかぁ!」

髪を振り乱しながら壁を叩き、ここにはいない羽瀬川に助けを求めている。

……赤の他人とは言え、正直かなり心が痛む。

だが俺に出来ることはなにもない。状況は既に詰んでいるのだ。

せめて、せめて由比ヶ浜たちがここから抜け出す為の、あるいは奴を打ち倒すための情報を得なければ。

かなり近くにいるが、やはり奴が何かを隠し持っている様子はない。

あえなく黒髪鬱美人は捕まり、斧を回収した化物に連行されていく。

さすがに食われるとか裸に剥かれるとかそういったことはなく、縛られたりもせず普通に前を歩かされ、時折後ろから化物がどちらに行けと指示を出す。

その間ずっと黒髪鬱美人はえぐえぐとマジ泣きしていた。

……悪いな。

敵チームとはいえ、あまりの痛ましさになぜか心の中で謝っている俺がいた。


やがて、非常口に着く。

黒髪鬱美人はぺいっと放り出され、すぐに扉の向こうに消えた。

……彼女は犠牲になったが、そのおかげで重要なことがわかった。

恐らくこの迷路を脱出するにあたって、最も重要なことが。


得た情報を整理しよう。

一つ、この迷路は神話をモチーフにしている。

一つ、英雄テセウスがミノタウロスの討伐に向かうところまでは神話と同じ。

よって、テセウスはアリアドネの糸を所持していたことは確定的である。

ここまでは全員が事前に説明を受けている。

ちゃんと聞いてさえいれば、誰でもわかることだ。

これに俺が迷路内で得た情報を合わせて検証を進めよう。

例の小部屋の文字によると、テセウスは敗れた。

死体すら無く、残されたのは血まみれの服と折れた剣のみ。

だが化物は何かを隠し持っている様子はない。

にもかかわらず、ゴール出来たグループが存在する。

以上のことから、一つの結論と一つの脱出方法が導き出される。

今更ながらに、高山ケイトが雪ノ下と黒髪鬱美人、ひいては俺たちに言った「ごゆっくり」の意味を悟る。

……全く、これを考えた奴はなんて性格の悪さだ。

まあいい。

検証は終わりだ。次は行動に移そう。

もはや当初の作戦になんの意味もない。

まずは由比ヶ浜や雪ノ下――可能であれば両方――と合流しなければ話にもならない。

逆に言えば、合流さえすればなんとかなる。

あいつらには、この迷路をクリアした5グループ目になってもらおう。





つづく

今日はここまでで精一杯です

続きはまた次の日曜あたりには書けると思いたいです

それでは、また

おかしい……今週一回しか家に帰れてない……

これ家賃払う意味あんの?

というわけで更新は無理そうですごめんなさい


ところで、はがないアニメ2期がやっていることをつい最近知ったのですが、ちょうどいいタイミングなので宣伝()させて頂きます

一年以上前に書かせて頂いたものですが興味のある方はどうぞ

星奈「あたしたちはまだ友達が少ない」

原作準拠の範囲は6巻までだったと思います


……今週はこれで勘弁してくだs

こんばんはどうも>>1です

このまま行けば月曜は休めそうなので更新できると思います

今しばらくお待ち下さい


さて、どう合流したものか。

方法はいくつか思いつくがどれも実行したいものではない。

やはり場当たり的に走り回るしかないだろう。

あいつらが捕まってしまったらその時点で詰みだ。

出来るだけ急いだ方が良い。

得も言われぬ焦燥感に迫られつつ迷路を走る。

化物から離れる方向には進んでいるつもりだが、どこでどう繋がっているかわからないのが迷路だ。

安心は出来るはずもない。

直線は走り、角では立ち止まり耳を澄ますという行動を繰り返す。

奴の防具が鳴る音で彼我の距離は確認できるはずだ。

この点ひとつをとってもこの迷路はゴールできるように配慮されていることがわかる。

あの音は回避する際にも見つけ出す際にも有益な要素だろう。

精神的な疲労に加え普段の引きこもり系運動不足がたたり、すぐに息が上がってしまう。

広くもない通路で男が独りはぁはぁしているのは非常に気味が悪い。

海老名さん的な理由でのはご勘弁願いたいが、はぁはぁして許されるのは女の子だけ。

しかし全力坂は制作者の煩悩と下心が透けて見えてるから気持ち悪い。

「お前らこういうの好きだろ?」的な感じがとても腹立たしくちくしょう大好きだぜ。

高校生の頭の中の8割はエロい事でいっぱいなのです。

ちなみに中学生だとほぼ10割。

胸に手を当てて自分の過去を思い返して欲しい。

ちなみに『胸に手を当て』の部分に反応したあなたはまだまだ中学生でも通用します。通報します。

警戒しつつもなんとか息を整えようとしていると、ふと一つの疑問が頭をよぎる。

なぜこうも負けないように頑張っているのか?

俺はそこまで負けず嫌いではなかったはずだ。

というか千葉愛と妹愛についてを除いて言えば勝敗自体にあまり興味がない、はずだ。

無性にもやもやする疑問だったが、結論が出る前に突如思考を中断させる声が響く。

「あっ、無事だったんだ!? 良かったぁ」

声のした方を見れば、壁に右手をついている由比ヶ浜がいた。

「なんとかな。お前こそ……」

無事で良かった。

なんて言えるかコノヤロウ。

思わず口を衝きそうなった言葉をギリギリで飲み込む。

由比ヶ浜は「ん?」と首を傾げていたが、やがてにへらと相好を崩す。

……由比ヶ浜といい雪ノ下といい、なんか俺の内心筒抜け過ぎないですかね。

もうちょっと筒隠した方が良いかもな。半分くらいなら月子ちゃんに本音をあげたいくらいだぜ。

月子ちゃん月子ちゃん、俺の後輩になってくれない?ハァハァ

え? そういう本音じゃないって?

知るかよ!

……まぁ、あれだ。作戦の面から見ても無事で良かったのは本当なのでそういう事で。

「ねえ、ミノタウロスは見た?」

「見たと言えば見たな」

「あたしも見たけど、アレ超怖いよね……」

由比ヶ浜の台詞に反応したわけでもないだろうが、そこでタイミング良く化物の雄叫びが聞こえた。

俺も由比ヶ浜もびくっとしてそちらの方向を見る。

「誰か追われてるみたいだな」

「そうだね……ゆきのん無事かなぁ」

「わからん。まだ捕まってなかったとしてもそろそろまずいだろうな。一度会ったんだがそんとき追いかけられて体力尽きかけてたっぽいし」

「そっか、心配だなぁ……。でも、別々に行動した方が勝つ確率高いんだよね……?」

「まあ確かにそんな話をしたな。けどそれはあくまで入る前の話であって、今は状況が違う」

「じゃ、じゃあ一緒にいてもいいの?」

「当然だ。むしろその方が都合が良い」

まさに当然だ。作戦云々は置いておくにしてもこんな無意味な勝負さえなければ由比ヶ浜と雪ノ下が離れることはなかった。

そもそも別行動している事自体がおかしいのだ。

ここの迷路も由比ヶ浜あたりが入りたいと言い、なぜか自信満々の雪ノ下が先導してひたすら迷い、化物に出くわしては逃げ惑うという流れになるのが想像できる。

こんな灰色一色の精神空間でもきっとあの二人は楽しめていただろう。

それなのに今こいつらは別々に迷っている。

本来そうなるはずだった形と異なり、今が間違っているのなら、そんな意味のない事はさっさと終わらせるべきだ。

少なくとも俺は、俺はそう思う。

「と、当然なんだ……。そか、そっか」

何かを勘違いしているのかしていないのか、由比ヶ浜は照れた様子でしきりに手をもじもじさせている。

「そりゃ、お前と雪ノ下は友達なんだから一緒に遊んでても別におかしくはないだろ」

「へっ? あ……そ、そーだよ! あたしはゆきのんの友達だもん!」

慌ててわたわたし始め、大声で誤魔化す由比ヶ浜。

……うん、こいつ本当にわかりやすいなぁ。

まず表情に出過ぎ。次いで態度が感情を子細に説明する。

驚異のエアリードスキルを持っている割に感情だだ漏れ過ぎだろ。

爽やか王子に建前分けてもらえよ。

いや奉仕部に入る前のあのうすっぺらな笑みを浮かべていた当時に比べれば、こっちの方が断然魅力的なんだけどな。

やだ私ったら何考えてるのかしら! 破廉恥な!

……本当に何考えてんだ、俺。


「ヒッキーすごい!」

とりあえず得た情報と、一部は省略してあるがそれに基づく脱出案を伝えた後の、由比ヶ浜の第一声である。

そうだろうそうだろうすごいだろう。もっと褒めてもいいんだぜ!

なんてのは嘘です気恥ずかしくてドギマギしてマドマギしちゃうのでやめて下さい。なにそれ絶望しちゃう。

無視されたり罵倒されたりは慣れてるけど褒められるのは年に数えるほどしかない。

もっとあるかもしれないが、褒めそやす由比ヶ浜とセットでいる奴がその数十倍、いや数百倍の勢いで馬鹿にしてくるので俺の記憶領域を圧迫している。

だから俺が解き明かした攻略方法を説明する瞬間が待ち遠しくて仕方ない。

奴のぐぬぬ顔が楽しみだぜ!

「国語は学年3位って言ってたけど、ホントに頭良かったんだね!」

「お前まだそれ疑ってたのかよ……」

由比ヶ浜にジト目を向けていると、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。

ほとんど気にならない程度ではあるが、大降りになったら大変なことになる。

なにせこの迷路には屋根がない。

いくら今日は暖かいと言っても冬を目前に控えた時分だ。最悪風邪を引きかねない。

そう思ったところで、スピーカーが出すノイズが聞こえた。

『本日はMinotaurosにお越し頂きありがとうございます。雨が降ってきましたが、強くなるようなら当施設は一時閉鎖となります。その場合、係の者が即座に迎えに行きますので、その場を動かずにお待ち下さい』

どこからともなく聞こえてきた放送は同じ内容を繰り返してプツリと途絶える。

まずいな……時間制限が出来てしまったか……。

「とにかく雪ノ下を捜すぞ」

「でも、捜すって言ってもどうするの? ゆきのんのケータイはバッテリー切れだから繋がんないし」

「いや繋がってもどうにもならないだろ……。まあ、方法が無いわけでもないが……」

「じゃあそれやろうよ! きっとゆきのん一人で不安だろうし!」

「よし。じゃあ由比ヶ浜、叫べ」

「えぇっ!? なんで急に!?」

「目印が無く連絡手段もない以上、声で位置を確認し合うのが一番簡単で確実だ」

コマメちゃん的に言えば『イルカの気持ちになってお互いの距離と気持ちを確かめ合うの!』だ。

「や、なんか恥ずかしいし他の方法はないの?」

「恥ずかしくなんて無いぞ。他の方法はあるかもしれないが、俺はこれ以外思い付かない」

「で、でもなんて叫べばいいの?」

「なんでもいい。『うわーん助けてゆきえもーん!』でもいいし、『教えてユキペディアさん!』でもアリだ」

「どっちもナシだよ! ってかヒッキーがやっても変わんないじゃん? 思い付いてたんならヒッキーやってよ」

「馬鹿を言うな。仮に俺が雪ノ下を呼んでもあいつはむしろ遠ざかるだろ」

「確かにそれはそうだけど……」

叫ぶのは余程恥ずかしいのか、必死に食い下がる由比ヶ浜。

確かに、他人に叫べって言われる事なんてほとんど無いだろうからな。

気持ちはわからんでもないが、こいつにはやってもらわなければならない。

だって俺だって恥ずかしいし。

「うぅー、わかった……。あたし、やるよ」

無言で見つめ続けていると、ようやく由比ヶ浜が折れた。

「普通に『ゆきのん』でいいよね?」

「ああ、いいんじゃね?」

「じゃ、じゃあ……」

由比ヶ浜はくるりと背を向けると、大きく深呼吸する。

そして胸を反らして一際大きく息を吸い込み、今まさに叫ばんとする。

「ゆk

「恥ずかしいからやめなさい」

突然現れた雪ノ下に出鼻をくじかれた由比ヶ浜がむせ込む。

その背中をさすりながら詰問の視線を向けてくる雪ノ下。

「全く……あなたは由比ヶ浜さんに何をさせているのかしら」

「とりあえずお前と合流しようと思ってな。正直、聞いてるこっちも恥ずかしそうだから今来てくれて助かったぞ」

「やっぱ恥ずかしいって思ってたんじゃん!」

おっと、バレてしまったか。てへぺろすれば許してもらえるかな?

「由比ヶ浜さんも、あの男の口車に乗せられては駄目よ。一度目でも十分恥ずかしかったのだから」

そう言う雪ノ下の方こそ恥ずかしそう、というか照れた様子をしている。

「え? 一度目って?」

突然の雪ノ下の台詞に由比ヶ浜は目をぱちくりさせていた。

……あぁ、由比ヶ浜が誤魔化しついでに言ったあの台詞か。その声を頼りにここまで来たってことか。


雪ノ下にも先程由比ヶ浜にしたのと同じ説明をする。

彼女は時折口を挟みたそうにしていたものの最後まで黙って聞いていた。ちなみにぐぬぬ顔はしていない。

「ってな感じで、これが成功すればこの灰色空間ともおさらば出来る訳だ」

「確かに、成功すれば脱出は可能でしょうね。もっとも、比企谷くんが灰色の人生から脱出するのは不可能でしょうけれど」

「おい雪ノ下、一体いつから俺の人生の話になったんだ?」

「いえ、ふと思っただけだから気にしなくていいわ」

「ならそういうことは心の中だけにしておけよ……。大体、灰色の人生がつまらないものだなんてのは間違いなんだよ」

「でもその表現は雑誌とかであたしもよく見かけるけど? 『灰色からバラ色に変身しちゃおう!』とか」

「だからその、灰色=悪でバラ色=善っていう認識が間違ってるんだよ。いいか? そもそも灰色ってのは良い色なんだ。ハイイロオオカミやハイイログマは生態系の頂点だし、灰色の脳細胞はどんな難事件でも立ち所に解決しちゃうし、シンデレラに至っては説明不要だ。つまり灰色の人生を歩む俺は力強く聡明で健気であり、しかも大きな幸福を得られる道を歩んでいる事になる!」

「ねえねえゆきのん、灰色とシンデレラって何の関係があるの?」

「日本では灰かぶり姫と呼ばれる事もあるのよ」

「へー、さすがゆきのんもの知りだね。じゃあアリエルは日本だとなんて言うの?」

「デスティニー作品の事を言っているのなら、人魚姫でしょう?」

「あ、そっかぁ! うっかりしてたよ!」

「もう……ちゃんと考えてから発言しなさい。……私がいるところならいいけれど」

「ゆきのん……」

……。

なにこの放置プレイ。一分の隙もない完璧な灰色な俺カッコイイ理論の話題はどこに行ったんだよ。

ただの屁理屈だけど。

まあ経緯はともかくこれで全員揃う事ができ、ついに脱出の為の条件がそろった。

雨も降りそうだし、さっさと化物の追跡を始めよう。


今日はここまで

続きは書けるときに書きます

それでは、また

あれ……? もう朝?

おかしいな……

え? 月曜日!?


もう少し時間を下さい

連続勤務日数記録絶賛更新中!

年度末怖い

明日半休の予感

ワイ\(^o^ \)ワイ\(^o^)/ワーイ(/ ^o^)/


「そろそろいいか? 雨が降ってきたらまずいだろ」

未だにイチャコラしている二人に言う。

由比ヶ浜はハッとしてから恥ずかしそうに顔を俯かせ、雪ノ下は邪魔すんなというかのような視線を向けてくる。

なんかごめんなさい俺みたいな端役が話しかけてごめんなさい。なんなら生まれてきてごめんなさい。

「比企谷くん、私も例の小部屋を見たからあなたが導き出した推論は正解で良いと思う」

罵倒される心の準備をしていた俺にかけられたのはそんな言葉だった。

「じゃあさっさと実行に移ろうぜ」

返事を待たずに歩き始めると、由比ヶ浜も付いてくる。

せっかくここまで来たのに雨で無効試合ってのはやるせないからな。

だが、雪ノ下は会話を終わらせるつもりは無いようで、歩き出した俺たちを引き留める。

「待ちなさい。脱出案の方にはひとつ問題が、と言うか未解決の事項があるわ」

……やはりこいつは気付いたか。

「えっ? そーなの? あ、でも確かにどうやって何とかの糸を奪うかは聞いてないかも」

「そりゃ言ってなかったからな。けどまぁ、それはもう解決済みだ。対策は取れる」

「……そう。参考までにその対策とやらを聞いても良いかしら」

「奴を見つけ出してから話す。別に今じゃなくてもいい事だし、そう難しい話しでもないし」

「……わかったわ」

雪ノ下が頷いたのを確認して、俺も由比ヶ浜も再び進む。

後ろから付いてくる雪ノ下の足取りは重く、俺たちから一歩遅れた形となっている。

「比企谷くん」

「なんだ」

振り向かず返事をする。

「あなたの言いたい事は、わかったわ」

「そうか」

後ろから聞こえてきた声だけでは、彼女が何を思っているか読み取る事はできない。

……悪いな。

雪ノ下が俺の考えに賛同してくれたかどうかは知りようもないが、とりあえず反対はされていないようだ。

あとは由比ヶ浜を丸め込めば下準備は完了だ。

こいつは間違いなく反対するだろうから、先に言質をとってしまおう。

「由比ヶ浜、ちょっといいか?」

「ん?」

隣を歩いていた由比ヶ浜は体を傾け、ぐいっと顔を寄せる。

髪が揺れた拍子にふわりと由比ヶ浜の匂いが舞う。

……あの、近寄れなんて言ってないんですけど。

てか今日散々嗅いだせいでもうお前の匂い覚えちゃったじゃねーか。

街を歩いてるときに似た匂いを嗅いで思わず振り返っちゃったらどうしてくれる。

と思ったがそもそも街を歩く事自体が稀だから別にいいか。

「なに?」

由比ヶ浜は俺の男子高校生的逡巡に気付く由も無く、そのままの位置で先を促す。

「さっき雪ノ下が言っていた事なんだが……」

「どうやって奪うかの話でしょ?」

「そうだ。その件でちょっとやってもらいたい事がある」

「……そ、それって、あたしに頼んでるの?」

「この状況で他に誰がいるんだよ……」

1対1で話している上にこの距離だ。これで他の誰かに言っているように受け取られていたらもうどうしていいかわからない。

見えない誰かでもいるんじゃないかと思うほどだ。怖えよ。

あ、雪ノ下が後ろにいるけどあいつは論外だから。奴は俺が靴を舐めながら土下座して何かを頼み込んでも鼻で笑うだけだろう。

「ヒッキーがあたしに何か頼み事してくれるなんて……、頼ってくれてるなんて、なんか、嬉しいな……」

「……由比ヶ浜がどう思おうが勝手だが、別に頼るとかそんなんじゃねえよ。……ただ、俺たちでどうにかするって約束したからな」

言ってから、はたと気付く。

そうか……これか。これだったのか。

俺が、途中で投げ出さなかった理由、負けたくないと思った理由は。

……自覚してしまったのなら、誤魔化しちゃいけないよな。

そしてそうであるのならば、まだ説明していない例の作戦はなおさら俺がやるべきだ。

「ま、まぁとにかく、化物を見つけたらお前と雪ノ下はやりすごしてから逃げてくれ。恐らく雪ノ下はもう一人じゃそう長く走れないだろうから、支えてやって欲しい」

「うん、わかった! 任せてよ!」

由比ヶ浜は力強く頷く。

「ああ、頼む」

……きっとこいつなら、ちゃんとやり遂げてくれるだろう。

これで下準備は完璧だ。

「じゃあさっさと見つけて、さっさと終わらせるか」

少し考えれば、いくら由比ヶ浜がアホの子でも未説明の部分がある事に気付かれてしまう。

何か突っ込まれる前に行動に移してしまおう。

しかし、俺の思い通りには決してさせない奴がいる。そう、雪ノ下だ。

案の定、話しを切り上げた俺と由比ヶ浜の手が引かれる。

「比企谷くん、説明が足りていないのではなくて?」

雪ノ下は俺の袖を掴み、由比ヶ浜の手を握っている。

「あなたの案を、今ここで説明しなさい。でなければ、私は反対するわ」

くそう、雪ノ下め……。予想通りとは言え、こんなタイミングで邪魔してくるなんて……。

こいつはもう納得というか見逃してくれている可能性もあると思っていたがやはりそうでもなかったようだ。

……まあそれも当然か。俺の作戦はどうやったってこいつらに不快な思いをさせることになるからな。

確かに説明しないのも不誠実だろう。

だが、出来ればこのまま悪徳金融のごとく未説明で押し通したかった。

完全に俺の我儘でしかないのだから。

「本当にお前は律儀と言うか、生真面目だよな」

「あなたも、大概でしょう?」

不機嫌そうに言い捨てた雪ノ下は少し悔しげな顔をしている。

その理由は想像するしかないが、きっと俺が思っている事で間違いはないだろう。

そう言い切れる程には、俺は雪ノ下の事を知っているつもりだ。

だからこそ、この作戦が成り立つ。

「由比ヶ浜、これからどうやって化物からアリアドネの糸を奪うか説明する。だがその前に、さっきの約束を忘れるなよ」

「う、うん」

その返事さえあればいい。

ひとまずは安心と言ったところだろうか。

「作戦内容自体はそれほど難しくはない。まず、奴を見つけたらどこか適当な分かれ道にお前達が隠れる。次に俺が囮になって追いかけられるから、お前達が化物をさらに追いかける。このとき見つからないように注意してくれ。しばらく走ると奴は斧を投げ捨てるはずだ。それを回収したら直ぐさま反転して離れてくれ」

「なんで斧を拾うの? ってかそれだとヒッキー危ないじゃん! その後ヒッキーはどうするの!?」

「一度にいくつも質問するな。斧を拾うのは、それがアリアドネの糸だからだ」

有無を言わせない口調で説明を続けると、由比ヶ浜も取りあえずは口をつぐむ。

「俺が奴を追いかけているとき、何かを隠し持ってはいなそうだった。黒髪鬱美人が捕縛された後も何かを取り出している様子はなかったのに、迷うこともないどころか一度も立ち止まることなく非常口へと連行していた。しかし、どうやって? 完全に全ての道を記憶しているという事も考えられるが、自身も常に迷路内を徘徊していることも考えると、それは現実的じゃない。であれば、地図的な物を持っているか、あるいはどこかに目印があるかの二択になる。ここまではいいか?」

「……うん」

説明中、ずっと口を尖らせたままの由比ヶ浜だったが、話はちゃんと聞いていたようだ。

「二択にはなったが、後者である確率は相当低い。なぜなら、簡単に判断できるような目印だったらもっと多くのグループがゴールしているだろうし、逆に判断しにくい目印だったら立ち止まらずに連行するのは難しいだろう。実際、俺は結構注意して壁をや床を見ていたがそれらしきものは見つからなかった。なら、化物は地図あるいはそれに類する物を持っている事になる。そして隠し持っている様子はない。以上の事から、アリアドネの糸は隠すまでもなく持っている物、つまり、斧であると導き出される」

「だから、ヒッキーが囮になってそれを奪うんだね」

由比ヶ浜が呟く。そしてまたしても口をつぐみ、何かを言いかけてはやめるということを幾度か繰り替えす。

「……ダメだよ、やっぱりそんなのダメだよ! あたしたちでなんとかするって言ったじゃん!」

やはり、こいつは反対するか。

「そう言ったな。だからこれが最適の方法だ」

「じゃあ、あたしが囮になる! あたしがやってもおんなじでしょ!」

「いや、駄目だ」

「なんでよ!?」

「囮って言ってもただ逃げるだけじゃない。恐らく奴は一定距離を追いかけないと斧を捨てないだろう。お前は今歩いてきた道を覚えているか? 途中で行き止まりに当たらない自信はあるのか? 囮が途中で捕まったらそれで終わりだ。後は全滅する道しか残されない」

「っ……それは、覚えてないけど……言ってくれればあたしだってちゃんと覚えるし!」

「そうかもな。だが、今は時間が無いんだ。雨が本格的に降ってきたらこの勝負は流れる。みすみす勝ちを逃す事になるのは避けたいだろ?」

「でもっ、それでもっ、あたしはヒッキーを犠牲にしてまで勝ちたくなんてないよっ!」

由比ヶ浜のその言葉に雪ノ下の顔が強張り、俯いてしまう。

……違うぞ雪ノ下。お前の判断は正確だ。

体力が尽きかけている雪ノ下は囮に適さない。しかし斧を奪った後ではかなりの戦力になる。仮に新たな謎があったとしても、雪ノ下なら何とかするだろう。

由比ヶ浜では囮役を完璧にこなせない可能性がある以上、俺がやるのは勝つためにこの上なく正しい選択だ。

だから、お前は悪くなんて無いんだ。いつも通り、真っ直ぐ前を向いていればいいんだ。

そんな表情は、お前には似合わない。

「由比ヶ浜、約束は守るって言っただろ」

「言ったけど……言ったけど!」

ぐっと拳を握り、潤んだ目で睨み付けてくる由比ヶ浜。

まだ反対するのか……。なら最後の手段を使うしかない。

あの、伝説の言葉を言うしかない。

「ところで由比ヶ浜、一ついいか? さっきから俺がやられる前提で話しているが……別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「………………なにそれ」

超ドヤ顔の俺に対して、由比ヶ浜は気の抜けた顔をしている。

この隙に話をまとめてしまおう。

「まあ、そう言う事だ。よろしく頼む」

言い切った矢先に近くで悲鳴が上がった。

「……近いようだな。行くぞ」

返事を待たずに進む。

「あっ、待ってよヒッキー!」

由比ヶ浜が後ろで何か騒いでいるようだが、俺は歩みを止めない。

ほどなくして、標的が見つかる。

「よし、じゃあ予定通り俺が化物を引きつけて逃げるから、あとはさっき言った通りにしてくれ」

「……ヒッキー、あたしはまだ納得してないから」

「納得してくれなくても、やってもらわなきゃ困る」

由比ヶ浜の方は決して向かない。傲慢かもしれないが、俺がさせてしまっている表情は見たくない。

「……」

答えが無く、しばらく沈黙が流れる。

「……ねぇ、ヒッキー。……そんなことして、あたしたちのためだなんて、あたしたちが喜ぶだなんて思ったら、……大間違いだよ」

「わかってる」

俺だって、こんなことが、自己犠牲が他人のためだなんて、ましてや格好良い事だなんて思わない。

その行為はただ相手に自分自身を押し付けているだけに過ぎないのだから。

そして質の悪い事に、される側はほぼ不可避なのだ。

勝手に行動を起こされ、勝手にその結果を押し付けられる。受け手にとってみれば、自分の意志、意見が介入する隙間もない一方的な結果でしかない。

あなたの為にやりましたよと言われても、言われなかったとしても、不愉快極まりないだけだ。

今だって由比ヶ浜を怒らせて、雪ノ下に惨めな思いをさせている。

だが、それがわかっていても、俺は俺を押し付ける。

こいつらを負けさせたくない。

ただ、それだけの為に。

どうしようもないほど、俺だけの、為に。

由比ヶ浜達から離れ、一人こっそり化物の後を追う。

後ろ姿を見ただけでも足が震える。

正直今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、あの世界一カッコイイ死亡フrげふんげふんを立ててしまった以上、それは許されない。

それがなくても、いまさらその選択肢はあり得ないけどな。

ほど良く彼女たちから離れたところで、壁をコツコツと叩く。

奴は立ち止まると、ゆっくりと振り返る。

ディン!

頭上にエクスクラメーションマークが現れるのを幻視した。

ゲームのやり過ぎですかねあれ撃ち抜くと気絶するんですよねてか超怖いですふざけてないと恐怖で正気を失いそうでうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

奴の咆吼と共に実際に叫びながら何とか今まで歩いてきた道を辿り、なるべく長い距離を逃げようとする。

離れ過ぎても、撒いてもいけない。

でもやっぱり怖いので全力で逃げたいです。

ギリギリで理性を保ちつつ走りながらチラリと後ろを確認すると、ちょうど由比ヶ浜たちが斧を回収しているのが見えた。

よし、囮は終わりだ! もう道も覚えてないし!

俺は逃げ切る! 俺には希望に満ちたこれからのSomedayがあるんだ! いつの日か叶うよ願いは!


囮役は終わった。

ついでに俺の人生も終わった。

要するに行き止まり。

……まあ、あれだ。より確実にあいつらを逃がすなら、俺がここで捕まって時間をかけた方がより良い。

なんかもうここまで追い込まれると逆に冷静になる。

せっかくなので、気になっていた事を聞いてみよう。

演出なのかどうなのか奴もゆっくり近づいてきているし。

「……なあ、お前はミノタウロスじゃなくて、テセウスなんじゃないか?」

その言葉に化物は歩みを止め、短く唸る。

俺がそう思ったのにはいくつか理由がある。

まず、なぜミノタウロスはアリアドネの糸を持ち去ったのか。

アリアドネの糸の意味を知っていて、それを手にしたのならここから脱出しようと考えるのが普通だ。

しかし奴はまだここにいる。

なら、アリアドネの糸の効果を知らなかったと考えるのが妥当だろう。

なのに持ち去った。ここで矛盾が生じている。

次いで、『テセウスは敗れた』という文字が書かれていたこと自体がおかしい。

ミノタウロスは自分が闘った相手の名前など知らない。

テセウスがテセウスだと知っているのはこの迷路内では彼自身のみだったはずだ。

何に敗れたのかは知りようもない。己の心にか、殺戮への欲望にか。

それが何にせよ、あの文字を書くことはテセウス自身にしか不可能だったのだ。

メタ的な視点で言えばスタッフが書いたということもあり得るが、ここまで作り込んでおいてそれはないだろう。

血文字以外で書かれていたのならその可能性は決して低くはなかったが。

このいくつかの矛盾に気が付けば、連行現場を見なくてもあの化物が脱出の糸口になることは十分推測できたことだと今更思う。

さて、奴の回答はどうだろう。

しばらく動きを止めていた化物だったが、ゆっくりと右腕を上げ、親指を立てる。

おお、これは正解という事か!?

無意味な歓喜もつかの間、化物は立てた親指を下へ向けた。

うん、死ねってことね。

俺は死んだ。


非常口からぺいっと放り出され、真っ直ぐな道を歩く。再び非常口がありそこは外へ繋がっていた。

ちなみに化物がどうやって俺を非常口まで連行したのかというと地図も斧もないのに普通に辿り着きました。

どういう事でしょうか。

まあ今更考えても仕方ないので、受付近くまで戻り、近くにあったベンチに座る。上に木の枝がかかっているから雨宿りにもなるだろう。

ここであいつらの帰りを待とう。

近くには先に捕まっていた黒髪鬱美人の他に、同様に捕まったのであろう羽瀬川もいた。

黒髪鬱美人は泣き腫らした顔が恥ずかしいのか、ずっと顔を伏せている。

それでも、ぽつりぽつりと会話は交わしているようだった。


しばらく待っていると雲が厚みを増し、いよいよ雨が本降りになってきた。

受付の中の生徒達が慌ただしく動き始める。

まずい、時間切れか……?

あそこまでやって駄目だったのか? 由比ヶ浜や雪ノ下に嫌な思いまでさせて勝ちに拘ったのに、結局無効試合になってしまうのか?

ここまできてそれはないだろう。

頼む、もう少し待ってくれ。

……無意味かもしれないが直談判してみよう。

あいつらもきっと、中で頑張っているのだから。俺も出来るだけの事はしよう。

俺は雨の中へと進む。

「高山ケイト、雨が強くなってきたが、もう中止にするのか?」

「ああ、八幡君。そうだね、皆をずぶ濡れにするわけにはいかないからね」

「……少し待ってもらえないか? あいつらは既に糸を手にしている。もうすぐゴールするはずなんだ」

「……なるほど。八幡君はこの迷路のクリア条件を看破したんだね」

「ああ。考えた奴を一発殴りたい気分だ。ぼっちに厳しすぎだろ」

俺の言葉を聞いて高山ケイトはからからと笑う。

この迷路の脱出に必須である斧は、グループの誰かが囮になるか、あるいは他人をストーキングしてそいつが追いかけられている隙にこっそり拾うかしかない。

迷路内で他人と歩きたい奴なんているはずもないから、後者の実現はかなり難しいだろう。

いづれにせよ、絶対に一人ではクリアできないのだ。

高山ケイトはひとしきり笑うと、少しだけ表情を引き締め正面から俺を見据えた。

「でも、君は一人じゃなかった。だからこそ、今ここに君だけが、一人で待っている」

「……確かに一人じゃなかったな」

「本当は、お兄ちゃんたちにも気付いて欲しかったんだけどね……」

そう言って、チラリと羽瀬川たちのいる方を見る。

「まあ、そう言うことなら少し待ってあげようかね。でも、一応規則だからね。あと10分だけだよ」

「それでいい。ありがとな」

肩をすくめると、腕を組んでニヤリと笑う高山ケイト。

極度のシスコンであることを除けば結構いい奴かもな……。

はいそこ、お前もシスコンだろとか言わない。別にシスコンって言われてもむしろ誇らしいだけだけど。


刻一刻と時間は過ぎていく。

今ここに至って俺に出来る事は何もなく、ただ待つしかない。

待つだけというのが、こんなにも重苦しい気分になるとは思わなかった。

黒々と蠢いていた雲はいっそう厚みを増し、心なしか雨脚も強くなっている。

水気を含んだ空気が地面から立ちこめ、鬱陶しく纏わり付いてくる。

さらに悪い事に、雷まで鳴り始めた。

「八幡君、時間前で悪いけど、さすがに雷は危ないから終わりにさせてもらうよ」

俺にそう言いつつ、係の者にてきぱきと指示を出す高山ケイト。

「……いや、こっちこそ悪かったな、我儘聞いてもらって」

「あと少しだったろうに、残念だったね」

「仕方ないだろ。天気は

どうしようもない、と言おうとした矢先に受付のすぐ後ろの壁が内側から開く。

中からは出てきたのは、見間違えるはずもない、由比ヶ浜と雪ノ下だった。

「やっと出られたのね……」

「長かった……あ! ヒッキー!」

びしょびしょでくたくたの二人が近寄ってくる。

やっと外に出られた安心感と達成感からか、二人とも疲れた様子ではあるが明るい顔をしている。

しかし、慌ただしく撤収作業を進めているスタッフを見て次第に暗くなる。

「……もしかして、もう終わってた?」

「……ああ。もう少し引き延ばせれば良かったんだが……悪い」

「そんなぁ……隠し扉を見つけたり走ったりくぐったり乗り越えたり頑張ったのに……」

由比ヶ浜は心底残念がり、雪ノ下も言葉にはしないまでも徒労感たっぷりに溜息をついている。

……本当に、悪いな。

「おめでとう三人とも、ギリギリセーフだよ」

俺たちの様子を見ていた高山ケイトが言う。

「……いいのか?」

「いいも悪いも、わたしたちはまだ迎えに行ってないからね。君たちは自力で出てきた。だから、おめでとう」

高山ケイトが拍手し始めると、周囲にいたスタッフたちも拍手をしながら口々におめでとう、おめでとうと言い始め、某アニメの最終回の様相を呈している。

うわぁ、居心地悪い。

そもそも無事に脱出に成功したのは由比ヶ浜たちであって、俺じゃない。ここに俺がいるのは相応しくないだろ?

と言うわけで、この衆人環視から抜け出させて頂きます。

二人に気付かれないようにそっと背を向け、逃げだそうとする。

が、瞬時に襟首を掴まれる。

恐るおそる振り返ってみると、超冷たい目が4つこちらを見ていた。

ごごごごめんなさい!


「もう、こういうことは無しだからね」

自己啓発の輪から解放されてからの、由比ヶ浜の第一声である。

さっきからむすっとした表情を崩さない。相当トサカにきているようだ。

あ、でもトサカに来ていると言ってもこいつの場合雌鳥だからトサカ小さいしあんまり怒ってない感じになるのかな。

「ねえ、聞いてんの?」

「は、はいっ! 拝聴しているであります!」

未だかつて無いほどの怒気を発している由比ヶ浜の雰囲気に飲まれまくっている俺がいる。

「……はぁ、もう、ほんとにヒッキーは……」

気分を落ち着けるためにか、由比ヶ浜はふーっ、っと大きく息を吐く。

「約束」

「な、なんでしょう?」

「もう、絶対にあんなことしないって約束して。自分が犠牲になればだなんて、絶対に思わないで」

「……すまん、悪かった」

本当に悪いと思っていたので素直に謝る。

だが、由比ヶ浜は謝った俺を見てさらに語気を強めた。

「違う。謝るんじゃなくて、約束」

常にはない威圧感に圧倒され、思わず唯々諾々と従ってしまう。

「わ、わかった、約束する」

「なら、よし」

ここでようやく、ふっと表情を緩める由比ヶ浜。

ああ、よかった……マジで怖かった……。こいつは雪ノ下とはまた違った恐ろしさを秘めているな……。


やがて今後の戦いについて隣人部と協議していた雪ノ下が戻ってくる。

「次の種目からは、屋内の種目に限定する事になったわ」

「そりゃ雷雨の中やるわけにもいかないからな」

「ええ。それで、次に移る前に彼女の厚意で着替えを貸してもらえる事になったわ」

雪ノ下は少し離れたところにいる高山ケイトを視線で示す。見られている事に気がついたのか、高山ケイトはこちらを見やりひらひらと手を振る。

ありがたい申し出だ。俺も由比ヶ浜も雪ノ下も全員ずぶ濡れだ。隣人部も同様で、特に迷路のスタッフに回収された金髪ビッチが酷い。

風邪を引く前に着替えた方が良いだろう。

軽く手を挙げて高山ケイトに礼を述べる。

「助かる。ありがとな」

「いいってことよ。迷える子羊ちゃんの世話はシスターの本懐だからね」

なんとも鷹揚な台詞の後、付いてこいと身振りで示す。

高山ケイトが歩き始めたのを見て、奉仕部と隣人部はぞろぞろと後を追う。

ちなみに由比ヶ浜たちは斧を回収した後どうしたのかというと、斧の刃の部分にあった幾何学模様の暗号を解き、柄の部分から偏光フィルターを取り出したらしい。

それを使って、壁にあった肉眼では見えない目印を辿って隠し扉を見つけたようだ。俺の推測外れまくりですね。お恥ずかしい。

なにはともあれ長い長い迷路戦は終わり、現時点で2対2。勝負は振り出しに戻る。

何故か途轍もなく長い間迷路にいた気がするのは気のせいだろうか。

「さあ、ここだよ。好きなのを選ぶといいさね」

高山ケイトが示したのは本日大盛況の貸しコスプレ屋である。

「とは言っても、人気のあるものは大体捌けちゃってるから残り物になるけどね。まぁわたしはまだ仕事があるからなんかあったらスタッフにでも聞きんさい」

なにやら不安な言葉を残し、飄々と去っていく高山ケイト。

何となく見送っている、廊下の角の曲がり際にこちらに向けて大きく手を振る。

「お兄ちゃんに八幡君、また会ったらよろしくね~。ばーい、はどそん! ぶははっ!」

……ああ、なんて残念な去り際なのだろうか。

高山ケイトが去った後も、俺たちはなかなか店に入れずにいた。

「ねえ、ゆきのん、ここって……どう見てもコスプレの衣装しかなさそうだよね?」

「……貸してもらう身だもの。贅沢は言えないわ」

「だ、だよねー。……はぁ、せっかく今日は気合い入れてきたのに……」

ちろり、と俺の方を見る由比ヶ浜。

「なんだよ」

「……別に?」

言いたい事があるなら言えよ。……言いたい放題言われるのは色々と困るが。

「……八幡君、かぁ」

由比ヶ浜がポツリと呟く。

「……あっちはみんな名字じゃなくて名前で呼び合ってるよね。シスターちゃんだってなんかヒッキーの事名前で呼んでるし」

「そうだな」

だからと言って俺たちまでそうしなきゃいけないってことはないだろ。

……言おうとしたはずの言葉はなぜか出てこない。

「前にさ、誕生日パーティーしてくれたときにあたしのことは名前で呼んでくれるって言ってたのに……誰も呼んでくれてないよね……」

後半になるにつれてどんどん声が小さくなっていき俯く由比ヶ浜。

そのとても小さな声は、その哀しそうな仕草は、俺の胸を強く打つ。

雪ノ下も同様だったのだろう、僅かに顔を歪めると、取り繕うように言った。

「ゆ、由比ヶ浜さん、それは私も気にしていたのだけれど、どうしても踏ん切りがつかないというか……今までは例外なく全員名字で呼んでいたから……。
もう少し、待ってくれると、その……ありがたいのだけれど」

「ゆきのん……。……うん。待つよ。あたし待ってる」

見つめ合って頷き合う二人。ああ駄目だまた二人の世界には入り始めちまった。

最近もうガチ百合化が激しすぎてぼくもうついて行けないです。

というか初めからついて行く気は毛頭無いです。ぼく男の子ですし。

とにかく居場所も無く居る必要も無いのでさっさと着替えに行こう。

男子用のブースに入ろうとすると、後ろからがしっと襟首を掴まれる。

なにこれ最近由比ヶ浜たちの中で流行っているんですかね。結構苦しいのでやめて下さい。

「……ヒッキーも、あたしのこと、名前で呼んでね?」

……まぁ、今の場合は顔を突き合わせなくて済むから、流行ってて良かったかもしれない。

「……そうだな。そのうち、適当にな」

そう遠くないうちに、きっとな。





つづく

こんばんはどうも>>1です

大変お待たせしました

そして大変お待たせします

次回は確実に来年度になりますがんばります

今出てる分読み終わりましたが、面白いです!
特に、
千葉市立稲毛高等学校(総武高校モデル)
~岐阜県長良公園(聖クロニカ学園モデル)
まで、
新幹線で約3時間30分 12000円
+バスで30 分かかるところが。

この様子だと今週の日曜日は休めそうです

休み大好き愛してるばんざーい!


由比ヶ浜たちと分かれ貸しコスプレ屋に入る。

教室に入ると中は二つに分割されており、黒板側のドアは男子ブース、逆側のドアから入ると内部廊下を隔ててから女子用ブースに繋がっている、らしい。

覗き対策とのことだが、まあ別にどうでもいい。俺は決して覗きなどという下衆で下品で下劣な行為はしない。

「小鷹」

俺と羽瀬川が男子用ブースに向かうと、羽瀬川が後ろから呼び止められる。

「覗くんじゃないわよ」

金髪ビッチが羽瀬川を軽く睨んでいる。

「覗かねぇよ……」

「絶対覗くんじゃないわよ?」

呆れた様子で言い返す羽瀬川に念押しする金髪ビッチ。

……あれってフリなの? 押すな押すな的な? なにその羨ましいフリ。絶対許さない。

もしくはラッキースケベ的な前科があるとか? 念押ししたくなるほど何度も? どっちにしろ絶対許さない。

そのやり取りを見ていた由比ヶ浜が俺に向けて言う。

「ヒッキーも、覗くとかあり得ないかr

「当たり前だ由比ヶ浜。そういうのはチャラ系高位カーストの連中が気心痴れた女子にやるからギリギリ笑い話で済む話であって俺のようなぼっちがやるとマジで洒落にならないからな」

「リアクションが早過ぎる上に何やら余計な憎悪が滲んでいるわね……。まぁ、あなたの場合近くに居ただけで疑われてしまうのだから実行するのはそもそも難しいでしょう?」

「ねえなんで雪ノ下は俺の中学生時代のエピソードを知ってんの? お前うちの中学いたの?」

「比企谷くん、表現は的確にしなさい。うちの中学、ではなくて、通っていた中学、でしょう?」

「いや確かにそんなにというかまるで帰属意識無かったけどよ……」

なんなら本当に通っていたのかも疑わしいレベル。主にクラスメイトの視点から見て。

まあ、雪ノ下が言ったように女子更衣室の前を歩いただけで疑われた過去を持つ俺にしてみれば、覗きなんてしてしまったら良くてDEADENDである事はもはや自明の理である。決して出来る事ではない。そもそもやろうとも思わないが。

だからたまたま通りがかっただけで「ねえ……あいつ覗こうとしてたんじゃない?」「やだ、マジきもいんですけど……」とか言うのは本当にやめて欲しい。

ていうか男子更衣室隣にあるんだから前を歩くのは仕方ねえだろ。

あとあれだな、女子更衣室から何か物がなくなると真っ先に俺が疑われるとかあったな。んで結局教室に忘れてたとか言うオチなんだぜ、あれ。しかも誰も謝らねえし。

俺の心が広くなかったら大変な事になってたからな? 校長の首が飛ぶところだったよ? でもいじめは存在しなかったよ!

……まあ、なんだかんだで笑って許せちゃう正確には笑うしかない海のように俺の心が恐ろしい。海のひろさは未だおわりがみえない。

つまり海未ちゃんは不朽。

……無理があるな。

「真面目な話、比企谷くんはその辺りは弁えているだろうから心配は無いのではないかしら」

「そうだね、テニスのときだってわざとじゃなかったんだろうし」

……あぁー、ありましたねそんなこと。ばっちり覚えてます。

「忘れなさい?」

俺が懐かしくも鮮明な記憶を振り返っていると、雲間から差す光芒のように輝く笑顔をしながら雪ノ下が言う。

「ててて、てにすってなんのことですか? ぼくぜんぜんしらないです」

「そう、ならいいわ」

口ではそう言いつつも去り際に笑顔のまま一睨み効かせていく雪ノ下。

危なかった……。俺の危機回避能力がフルで発揮されなかったら今まさにDEADENDするところだったぜ……。

覗きの疑いから避けるために絶対に女子更衣室の前を通り過ぎないように回り込んで男子更衣室に入っていたのは伊達じゃないぜ!

しかしこの対応は時間かかるし間に合わないからって体育の度に一番に教室を出ていたら「誰もペア組む相手いないのになんでアイツあんなやる気なのwww」「きもwww」とか言われるようになるから注意が必要。もうどうしろってのさ。


いざ、男子用ブース。

掛けられている衣装をざっと見渡してみると高山ケイトが言っていた通り、残っているのはなるほどマイナーなものばかりである。

人気作品の地味キャラちょいキャラであったり、世代的に今の高校生は知らないであろうキャラの衣装もある。

チバテレビの懐かしのアニメを見続けていたおかげで割と知識はあるはずの俺ですら何のキャラかわからないものがほとんどだ。

しかし、それは逆に言えばコアな層に受ける品揃えであるとも言える。

由比ヶ浜を捜しているときに見かけた紫ナコルルを出していたのはきっとこの店だろう。

作ったのかなんなのか、ぼのぼのやポクテなどの往年の作品の着ぐるみ?系まで取りそろえている。

その他にもオカリンかと思ったら則巻千兵衛だったりキュゥべえかと思ったらポン太だったりと、なんでそっち?と思わせてくるものも多い。

ところで浅野先生、俺のところにシアンちゃんはいつ来ますか?

それはさておき、一体何にするかが悩みどころだ。

そもそも男のコスプレ自体が誰得である。

京介お兄ちゃんみたいに楽しむ事が出来れば話は別だが、俺自身さして興味があるわけでもない。だって黒猫と知り合いじゃないしマスケラ無いし。

まあ考えるのも面倒だし当たり障りのない適当なものに決めてしまおう。

「何を選んだらいいか悩むな……」

暖かそうなものを探していると、ボソリと羽瀬川が呟いた。

構わず探し続けていると何やら視線を感じる。……あ、俺に向けて言っていたのね。

てっきりぼっち特有の独り言かと思ってたぜ。なんせ俺もさっきから独り言言いっぱなしだからな。

しかしまあどう返したものか。

授業や課題やその他やらなければならないものについては、目的がはっきりしているから仮に話しかけられたとしても対応は出来る。

だがどうでもいい話、いわゆる雑談というものは存外難しい。

スクールカースト最底辺の人間においては、思わずこぼれてしまった、たった一言が最終的に学級裁判という名の公開処刑にまで発展する事がままある。

裁判中は被告人である俺に発言は許されず、蔑視の台風にさらされつつも必死に耐える田んぼのカカシさながらの忍耐力で凌ぎきり家に帰ってから布団の中で泣くしかない。

だから盗んだの俺じゃないからね? ちゃんと鞄の中とか体育館とかグラウンドとかは確認した? ほら、やっぱりあったでしょ?

という感じで事の顛末までわかりきっており、もはや未来予知と言っても良いくらいだった。

むしろあのまま裁判が続いてたら未来予知できるカカシとしてとある島に運ばれて鳩を守っちゃうまである。

閑話休題。

今回の場合は相手が他校の生徒でありかつ似非ぼっちであることを考慮すると別に発言に気を遣う必要はないな。

ここまでおよそ2秒の思考。

話す相手がいないと自然、思考速度が早くなる。ソースは俺。あと雪ノ下。

人間の基本となるスペックに差なんて実際はそんなに無いと思う。全ては環境の差だろう。

なんてちょっと真面目な事を考えてみたり。

いやいや、いい加減反応しないとさすがに悪い気がしてきた。

さあ対応を考えよう。

今日会ったばかりの他人には禍根も印象も残さないのがベストである。

その対応の代表的な例として以下の方法が挙げられる。

その一、オウム返し。

相手の言った事をそのまま繰り返す事で考える事を放棄し、相手に決断もとい責任を押し付けられる最もお手軽かつポピュラーな方法である。

さらに連続で使うと相手はめんどくさくなりもう話しかけられなくなるという追加効果付きだ。

その二、「……うーん」と悩んだ振り。

この方法で重要なのは少し間を空ける事である。その少しの間で、ちゃんと考えてますよー話聞いてましたよーという空気を醸し出す事が出来る。

これは別の事を考えていて話を聞いてなかったときにも重宝する対応である。

その三、「えーと、じゃあアレはどうっすか? アレアレ。えーっと、アレ。……あれ?」と何かを言おうとはしているが結局何かわからないままうやむやにする方法。

これを言われた相手は非常に疲れるので以後意見を求めてこなくなる。

バイトとかで使うと居場所と仕事が同時に無くなってとても便利。そのまま二度と行かなくなるまである。

さて、今回はオウム返しでいこう。

「確かに、何を選んだらいいか悩むな……」

「そうだな……」

……。

……。

……。

予想通り会話終了。

よし、さっさと着る物を選んでしまおう。

と、そこで俺は信じられない物を目にした。

まさか、まさかこんなものがあるなんて……!

それは、一つの伝説。

それは、ラノベの新人賞史上最も知名度が低く最も売れなかった作品。

かの存在はもはや幻(どこの店舗にも置いていない的な意味で)である。

そのあまりの売れなさっぷりは著者の精神と出版社の経営に大ダメージを与えたとされている。

今でこそコアでディープでマッドな一握りの僅かな層にはネタとして語り継がれているが、当時は担当の顔が背表紙よりも青くなったと言われていたとかなんとか。

その名は、あやかしがたり。

全く、びっくりするほど全く売れなかったこの作品ではあるが、内容は中々どうしてとても面白いのである。

売れなかった理由は販売戦略のミスと、いわゆる売れ線のストーリーと絵ではなかったことであろう。

という訳で、『俺だけが知っている面白い作品』が欲しい斜に構えた高二病の諸君は今すぐ秋葉原の有隣堂に走るかアマゾンでポチって下さい。2、3点在庫あり。ご注文はお早めに。

とにもかくにもこれを見つけてしまった以上選ばざるを得ない。理屈ではなく何か見えない力が働いているようだ。

濡れた服を脱ぎ、試行錯誤しながら着替えた後共有スペースに出る。

袈裟と篠懸に身を包み、頭にはバンダナ風の頭巾を巻いている。腰布に懐刀をこっそり忍ばせて錫杖や念珠をじゃらじゃらと鳴らすと気分はもう拝み屋って奴でさぁ。

京介お兄ちゃん、コスプレ楽しいよ! でもネタスレで晒されたらぼくもちょっと泣いちゃうよ!

由比ヶ浜たちを待っている間、ひとしきりコスプレを堪能する俺だった。


飽きた。

錫杖重い。頭巾蒸れるし、念珠とか超邪魔。天狗下駄とか歩けねえよ。

もういいや、置いて行こう。

基本的な服だけ残し装身具の類を外していると、ようやく女子用ブースの扉が開いた。

まず出てきたのは金髪ビッチ、続いて黒髪鬱美人だ。

二人とも同じ格好をしていていわゆる乳袋系メイド服を着ている。

同じ格好をしているはずだが、何とは言わないが格差社会が現れていた。なんかもう金髪ビッチの方は破れそうというか溢れそうなくらいパツンパツンだし。

しかしまあ二人とも似合っているのは確かだ。あれでメイド喫茶で接客したらそれはもう売り上げ倍増間違い無しだろう。関係ないけどね。

その二人と言えば羽瀬川の方に行くと、金髪ビッチは自信満々に、黒髪鬱美人は照れまくりながら感想を聞いている。

……なんだろう、あの光景は。端的に言うと、爆発しろ。

「ひ、ヒッキー……」

「あん?」

不愉快なものを見て若干苛ついたそのままに振り返る。

そこに居たのは由比ヶ浜だった。

「な、なんか機嫌悪い? 待たせちゃった?」

「い、いや……」

思わず目を逸らしてしまう。

由比ヶ浜の申し訳なさそうな表情とコスプレを見られた恥ずかしそうな仕草が相まって色々とヤバイ。

しかし何よりヤバイのはその格好である。

彼女はましろだった。パンツ履けない方でもなく、狐の方でもなく、猫のましろ。

これでピンと来る人はほぼいないだろう。むしろ真っ先にこのキャラを思い浮かべる人を捜し当てるよりツチノコを見つける方が簡単なレベル。

白い小袖に黄色い帯、首には鈴がくくりつけられた赤い布を巻いていて、アップにした髪の上にはネコミミ。

さすがに原作通りでは露出度的に問題があるので襦袢と麻布っぽいスパッツが追加されている。

まあ原作通りではないのがもう一箇所ある。これもどことは言わないけどね。

「しかしよくあったな……そんなもの」

「え、これって何のキャラか知ってるの? なんか中で着替え手伝ってくれたスタッフの人も知らなかったけど」

……準備した側も把握していないなんてさすがあやかしがたり! もはや存在があやかし。

「まぁ、なんでもいいだろ。……似合ってるし」

「えっ!?」

……い、いや、今のはあれだから。キャラ的にアホっぽい感じが原作のましろっぽくて似合ってるって意味だから。なにこれ誰に言ってんの?

「そっ、そっか……ありがと」

照れているのかなんなのか、俯きがちに上目遣いでお礼を言う由比ヶ浜。うわぁあざとい! というか計算でやってなさそうなところがあくどい!

きっと今誰かに見られていたら俺も爆発している。

「ええ、とても似合っているわよ。質感もいい出来だわ」

唐突に雪ノ下の声が聞こえた。と言っても実はさっきから居ることには気付いていたが。

あまりに真剣な様子で由比ヶ浜の頭に付いているネコミミをふにふにしていたのでとりあえず放っておいた。

「あ、ありがとゆきのん」

由比ヶ浜を褒めているのかネコミミを褒めているのかはよくわからないが、由比ヶ浜は戸惑いつつもお礼を述べると、雪ノ下は穏やかに微笑む。

「ゆきのんも似合ってるよ。 普段大人っぽいから、そういうちょっと小さい子っぽいのが新鮮だし!」

褒められたら褒め返す女子社会の恒例行事かとも思ったが、その雪ノ下と言えばアイヌっぽい柄の和服にケープのようなものとでも言うしかないものを羽織っており、

正直とても表現しにくい衣装に身を包んでいるのだが、雪女の時といいなんだかんだでやっぱり和装が無駄に超似合う雪ノ下である。やはり黒髪ロングは正義なのか……。

「……そう。……ありがとう」

まあ俺が言いたい事は別にある。

真っ先に思ったのは、そっちかよということだ。この流れならお前はくろえだろ……と思ったが、大は小を兼ねるけどその逆は無いし無理だな、うん。

すくねで正解。

「……なにか?」

俺がこっそり憐憫の目を向けると、とても冷たい声と視線が返ってきた。

「いいいやぁなんでもないですよ」

世の中には色んな人がいるし、きっと小さい方が好きって人もいるし別に俺は大きくなくてもむしろ小さめの方がおっとこれ以上はやめておこう。

南無南無。

あぁそうだ、羽瀬川がしているのは手乗りタイガーの相方(クリスマスパーティー仕様)っぽい。たぶん。どうでもいい。

ちなみに今まで着ていた服はシスターたちが洗濯して乾かしてくれるらしい。まさに天使。

「それじゃ、全員揃ったことだし次の種目を発表するわよ!」

メイド服の乳袋を揺らしながら金髪ビッチが高らかに宣言する。

「待て肉、何故貴様が仕切るのだ。そもそも何の相談もされていないが?」

「なぁに? 泣き虫夜空ちゃんは相談されなくて寂しかったの? ごめんねぇ」

先程の迷路で泣き腫らした顔をしている黒髪鬱美人を嬉々として揶揄する金髪ビッチ。

「くっ……貴様だっていつも泣きながら部室を飛び出しているだろう? 今時小学生でもあんなに無様に泣き逃げることなんてしないだろうに」

「べ、別にそれは今関係ないでしょ!」

「まぁまぁ、夜空も星奈も抑えろよ。向こう待たせちゃってるだろ」

「む……」

「……わかったわよ」

羽瀬川は盛り上がり始めた二人の間に割って入ると、話をまとめる。

「と言うわけで、ちょっと相談するから少し待っててくれ」

とだけ言うと、隣人部は何やら相談を始めた。

……さすがに手慣れているなぁ。きっと今の流れは一度や二度じゃなかったのだろう。激高する美少女たちの間に入るなんて芸当、そんじょそこらの奴にはできる芸当ではない。

事実、奉仕部でもたまに由比ヶ浜と雪ノ下がなんとなく険悪な雰囲気になることもあるが、その度に俺はいつも以上に気配を消す事ぐらいしかできない。だって怖いし。

まぁ俺が何をしなくても勝手に仲直りするんだけどな。雨降って地固まるというやつだ。むしろ今は雨降って地鉄筋コンクリート、と言えるくらいまで硬くなっている気がする。

「なんでも言い合える関係ってなんか良いよね」

「そうだな。それは必ずしも仲が良いとは限らないが」

「ヒッキー、後半の部分はわざわざ言わなくて良いと思うよ……」

「でも比企谷くんの言う事も一理あるわ。だって私は言いたい事言っているけれど、比企谷くんと特別仲が良いつもりはないわ」

「そりゃ大抵の場合お前が一方的に俺をなじってるだけだからだろ……」

「そうかしら。でもそれはあなたがなじられるような要素を余りに多く持っているからでしょう?」

雪ノ下は優しく諭すように微笑みつつ淡々と述べる。

くそう……、言われっぱなしじゃ癪だ。反撃してやろう。

「ふっ、意外だな。お前ともあろう奴が何もわかっていないとはな」

腕を組み、鼻で笑った後超意味ありげに顔ごと目を逸らし口角を上げる。実際には何も考えてなどなく、ただひたすら鬱陶しい態度を取っているだけである。

しかしこれだけで雪ノ下は釣れる。

案の定、むっとした声が返ってくる。

「……なにかしら?」

フィーーーーッシュ! 相変わらず驚くほど簡単に釣れるなぁ。

……さて、これからどうしよう。ついつい衝動的に釣ってしまったものの、この後の処理を間違えると大変な事になる。

こんなときはあれだ、丸投げだ。

「ほら、言ってやれ、由比ヶ浜」

「うぇ!? あたしに振るの!?」

突如強制的に参加させられた由比ヶ浜はわたわたと焦り始める。雪ノ下を怒らせると怖いという事は俺よりも彼女の方がよく知っていることだろう。

「……由比ヶ浜さん」

「え、えっと……あー……その……ぅぅー」

じりじりと雪ノ下に詰め寄られている由比ヶ浜はおろおろして話を振った俺を睨みながら小さく唸る。

「由比ヶ浜さん」

「あ、や、ゆ、ゆきのん待って……」

「……」

無言でさらに距離を詰める雪ノ下。

その圧力に耐えきれずついに由比ヶ浜が涙目になると同時に、雪ノ下の動きがピタリと止まりその表情が和らぐ。

「ふふっ……なんてね」

「へ……?」

「冗談よ、由比ヶ浜さん」

悪戯っぽい笑みを浮かべながらよしよしと由比ヶ浜の頭を撫でる。

「え……? あ……も、もうっ! ゆきのん!」

なすがままにされつつも頬を膨らませて怒る由比ヶ浜。しかしその実なんか嬉しそうでもある。

「ふふっ……ごめんなさい」

雪ノ下は楽しそうに笑うとこちらを向く。

「比企谷くん、いつまでもそうやすやすと挑発に乗る私ではないわよ」

「……お、おう」

いや驚いた。驚いて間抜けな返事しかできなかった。

何が驚いたってまさかこんな百合展開になるとは思いもよらなかったからな……。


「決まったわ。次の種目は『退出ゲーム』よ」

「退出ゲーム? 柏崎さん、それは何かしら?」

雪ノ下に問われ、猫なで声で答える金髪ビッチ。

「えっとね、雪乃ちゃん。ある状況を設定して、それぞれのチームの誰か一人でもその設定上の空間から退出できれば勝ちってルールなの。即興劇の一つね」

「なるほど。了解したわ」

え? 今の説明でわかったの? 俺全然わかんなかったんだけど……。

由比ヶ浜も同じなようで首を傾げている。

「えっと……どゆこと?」

「はぁ? あんた何聞いてたの? もしかしてあんた頭悪い? そんなんじゃ雪乃ちゃんとまともにお話も出来ないんじゃないの? プークスクス」

そんな由比ヶ浜に対しては超攻撃的。いやぁブレないねこのアマ!

「貴様はお勉強が出来るだけの低脳だろうが」

かなりむかつく感じに嘲笑している金髪ビッチに黒髪鬱美人が言う。

「なに? あんたあたしに成績で勝てないからって嫉妬してんの?」

「成績……か。いや、嫉妬も何も憐れんでいるだけだ。可哀想な奴だな」

「なんであたしが憐れまれなきゃなんないのよ!」

「それに気づけないとは……。可哀想な奴だな」

ちらり、と一瞬こちらに視線を向ける黒髪鬱美人。

……なるほど。

「そうだ! なんて可哀想な奴なんだ……!」

舞台に出る役者のように大仰な手振りを加えつつ俺も参加する。

「ああ……肉ほど可哀想な奴はいない!」

それに呼応するかのように黒髪鬱美人の口調に熱がこもる。

「ちょっと、別にあたしは可哀想なんかじゃ……」

「自分を偽るのはよせ! 貴様は誰よりも可哀想だ!」

右手を胸に当て、左手を大きく広げて訴えかける黒髪鬱美人。

「ち、ちが……あたしは違う!」

既に若干涙目になっている金髪ビッチだが、俺も止まらない。

「そんなに強がらなくても、いいんじゃないかな?」

いつかの葉山必殺の言葉をたたみ掛ける。あの場合倒されたのは葉山だが。

「「可哀想だな、ああ、カワイソウダナー」」

よくわからない高揚感に浸りつつ黒髪鬱美人と交互にひたすら憐れみ続けると、金髪ビッチはいまにも溢れ出さんばかりに涙を溜めている。

「やめて……やめてよぉ……」

……あー、ちょっとやりすぎたな。

同じ事を思ったのか黒髪鬱美人も動きを止める。

そして彼女は金髪ビッチに近づくと優しげな声で囁く。

「肉、大丈夫だ。貴様はきっと……」

「よ、夜空……?」

金髪ビッチは救いを求める子犬のような表情で黒髪鬱美人を見詰め、黒髪鬱美人はそれに応えるように慈愛顔で頷く。

「安心しろ。貴様はきっと、世界中の誰からも憐れまれるからな!」

「うぅ……よ、夜空のバーカ!! アホーーーー!!」

うわーん、と叫びつつどこかに走り去ってしまった。

「ふぅ……なかなかの仕事だったぞ」

「……なんか後味悪いけど、あれ大丈夫なのか?」

「気にするな、いつもの事だ。どうせすぐ戻ってくる。今のうちにルールを確認しておくといい」

そう言って黒髪鬱美人は満足げに羽瀬川の下へと行った。

俺も戻るか……。

「比企谷くん、やりすぎよ」

やはり雪ノ下が糾弾してくる。確かに罪悪感を感じるような結果になってしまったのだから甘んじてそれを受け入れよう。

「ああ、さすがにちょっと反省してる……」

「気持ちはわかるけれど、やるのなら一言で斬り捨てなさい」

あ、それならいいのね。ってそれもどうだろうか。

苦笑していると、くいくいっと袈裟の裾が引かれる。

「……ごめん」

振り返ると、小さな声が聞こえた。

……こりゃ完全に失敗だったな。俺がこいつから謝られてどうする。

「別にあなたが謝る必要はないのよ」

……代弁ありがとう、雪ノ下。

「私たちが勝手にやるだけだもの。……これからもね」

その言葉を聞いて、どう反応していいかわからないようで困った様子でもじもじする由比ヶ浜。

まぁ、空気を変えるか。

「で、雪ノ下。『退出ゲーム』ってどんなルールなんだ?」

「そうね……場所と立場を設定して、それに矛盾しない、無理のない範囲の発言でその場所から外に出られれば勝ち、というものよ」

「えーっと、わかるようなわからないような……」

雪ノ下から説明を受けても相変わらず首を傾げる由比ヶ浜。まぁ俺も理解できていないが。

「どう説明したらいいのかしら……。例えば、銀行強盗と行員の二手に分かれて、一人でも先に逃げた方が勝ち、と言えばわかるかしら」

「……ああ、そういうことか。強盗側なら警察が来ないだとか抜け道を知っているだとか言えば良いってことだな」

「その通りよ。逆に行員側である場合は人質の解放だとかで外に出られるようにすればいい。もちろん相手側からの反駁はあるでしょうけれど。由比ヶ浜さんはわかったかしら?」

「うん、オッケーだよ」

「そう、よかったわ。あとは詳細なルールの設定があると思うけれど……」

「それは後だな」

「ええ、そうね」

とりあえず話はまとまった。後は金髪ビッチが戻ってくるのを待つばかりである。


会議が終わった瞬間、いきなり羽瀬川の声がした。

「由比ヶ浜さん、さっきは星奈が悪かった。でも、あいつはあれで悪い奴じゃないんだ」

「えっ!? や、全然へーきだよ! あれくらい全然気にならないし、羽瀬川くんも気にしないで!」

突然後ろから声を掛けられて驚きつつもしっかり反応出来ている由比ヶ浜。すげえな……。

「そ、そっか。ま、まあ、悪く思わないでくれ」

「う、うん」

……なんと言うか、律儀な奴だな。金髪ビッチに悪印象を持って欲しくなかったのだろう。

しかし誰かをフォローすることは必ずしも全員にとって良い結果に終わるとは限らない。

なぜなら、黒髪鬱美人が由比ヶ浜を超睨んでるから。いや怖えよ。

羽瀬川はタイミングを窺っていたようだし、もしかしたら由比ヶ浜に謝りに行くために会話を切り上げられたのかもな……。

彼女は間違いなく羽瀬川を意識しているだろう。金髪ビッチを追い払ったのも二人きりになるためだったとしてもおかしくはない。

金髪ビッチも同様だろうし、これってもしかして三角関係? わあ大変。ご愁傷様。


ほどなくして本当に金髪ビッチが戻ってきた。何事もなかったようにけろっとしている。メンタル強いな……。

また面倒が起こると話が進まないので雪ノ下を送り出し協議してもらう。

数分後、雪ノ下が戻ってくる。

「詳細が決まったわ。まず、誰かの発言は必ず肯定から入る事。こうしないと破綻してしまうわ」

「うん、わかった」

「次に、今いる場所そのものを破壊ないしは消滅させることは禁止ね。収拾がつかなくなるもの」

「了解」

「あとは殆どなんでもありよ。宇宙人が攻めてきても良いし、未来の謎の技術で比企谷くんが生き返っても良い」

「なんで俺既に一度死んでる設定なの?」

「いえ……。あ、じゃあ、目の話で」

「あははっ! いくらなんでもそれは無理だよゆきのん!」

「そんな謎技術でも諦められちゃってるのかよ……てか、じゃあってなんだよ」

「とにかく、ルールは把握できたかしら」

流されちゃいました。

俺の事など全く気にせず頷く由比ヶ浜。

いや別にいいけどさ……。

「あと、言い忘れていたけれど、小体育館の仮設ステージでやるみたいよ」

「ええっ!? ってことはやっぱり観客がいたり!?」

「いるでしょうね。でも大丈夫よ。もともと演劇部が用意した出し物で、今までにも何度か行われていたみたいだから特別注目されることは無いと思うわ」

「そ、それなら、安心……かな?」

いや全く安心できないと思うけどな。間違いなく注目されるだろうし。

もともと美少女揃いな上にコスプレまでしているし。総武高校で行われたのなら俺は100%見に行く。そもそも文化祭自体に行っていない可能性の方が高いが。

まあ今更言ってもどうにもならないだろう。

「ところで雪ノ下、お題はどうするんだ?」

「それは現地で指名した観客に出して貰うそうよ」

「そうか……無茶振りが怖いな」

「そうね、でもいくらでもやり様はあると思うわ。……公序良俗に反しない限りね」

そう言って薄く微笑む雪ノ下を見ていると何やら背筋に冷たいものが走る。くれぐれも良識に乗っ取ったお題を出して欲しいものだ……。

「もう質問はないかしら? ……では、行きましょう」


ぞろぞろと連れだって歩くこと5分、目的の小体育館に着く。

幸い出演予定っぽいグループはおらず、今回も金髪ビッチが話を通しすぐに順番が来る。

ステージの上に立ち、辺りを見渡すと館内に設けられたパイプ椅子は既に半分以上が埋まっていた。

奉仕部、隣人部の全員がステージに上がると、演劇部員と思わしき女子生徒がやけにノリノリな調子で改めてルールを説明し、各員を勝手に紹介し始める。

もちろん俺はさらっと流され、その分雪ノ下と由比ヶ浜の時間が長めに取られる。

まあ流されたと言っても羽瀬川よりはマシだろう。彼の紹介は「は、羽瀬川小鷹く……羽瀬川小鷹さんです」だけで終わった。どんだけ怖がられてるんだよ……。

それを除けば司会の流れるような話術により事は面白おかしく進み会場が適度に温まった頃、お題を出す人を指名するために雪ノ下にマイクが渡される。

人前に出ても全く動じず超然とした佇まいにその容姿も相まって、観客たちの視線は自然に雪ノ下に引き込まれる。

男女問わず、誰しもが今か今かと期待と緊張の入り交じった表情で雪ノ下の指名を待っている。

僅かな間をもって、雪ノ下の唇が音を紡いだ。

「では、そこのあなた。お題を出して頂けないかしら」





つづく




こんばんはどうも>>1です

お待たせしてしまい申し訳ありませんでした

一度くらい安価というものをやってみたく僭越ながら挑戦してみる次第です

しかし、はまち安価スレの方のように即座に面白いものを書く事は能力的に不可能なので次回投下は次の日曜あたりになると思います

それって安価の意味あるの? という意見は受け付けません

気持ちの問題です

という訳で、公序良俗に反しない限り何でも構いませんので『退出ゲーム』のお題を出して頂けないでしょうか




↓3


了解しました

そのお題で書いていきますがんばります

おかしい……あの流れだと今日は休みのはずだったのに……

今日投下すると書きましたが無理ですごめんなさいだって可能性感じたんです

ちょろちょろと書いてはいるのでそのうち投下すると思います……

気長にお待ち頂けたら幸いです

こんにちはどうも>>1です

もぎゅっと出勤中ですが、連休中のどこかに休みがありそうな予感がします

もう少しおまちくだ さい

こんにちはどうも>>1です

いつも言っている気がしますが、お待たせして大変申し訳ありませんでした

もう何連勤とか数えるのはやめました

只今勤務中ですが次の会議まで時間があるので行けるところまで投下したいと思います

では、いざ

演劇部の司会がするすると流麗な字でスタンドに付けられた紙にお題を書いていく。

書き終えた彼女は、再びマイクを手に取ったその流れでこちらに向き直るとアドバイスをしてきた。

曰く、退出ゲームはあくまで劇であり、観客を味方に付けることこそ肝要である、とのことだ。

展開に無理があろうが無かろうが、全てを判断するのは観客である。つまりはそういうことらしい。

それだけ言うと、打ち合わせの時間も与えられずに開始の合図が下された。

雪ノ下に指名された人が出したお題は『別々に拉致されて密室に閉じ込められた2つのグループ』

これから俺たちはこの設定に基づき、どうにかして密室から退出もとい脱出しなければならない。

なんか迷路といい密室といい、脱出してばっかだな。

ちなみに制限時間は10分らしい。なにそれ初耳。

ステージの上には6人。中2階に設置されたスポットライトが俺たち一人ひとりを照らす。

既に劇は始まっているのだ。

しかし決められている状況は断片的であり、何故拉致されたのか、その方法は何か、そもそもここはどういう状況の密室なのかも不明である。

全てはこの後の展開次第、ということになる。

故に、最初に発言するものは大きなイニシアチブを得る事が出来る。

どちらかに不都合な発言があった場合、それを覆す為にはその発言に依って限定された状況の中でしか動くことができなくなってしまうからだ。

ここは先制するべきところだ。

とは言っても、自分たちのみが有利になるような状況にすることなど俺には考え付かない。

先程由比ヶ浜にしたように、今回も丸投げしよう。

「なあ雪ノ下、今は一体どういう状況なんだ?」

俺が問いかけると、少しは自分で考えろとでも言いたげな視線を送ってきた。

しかしこちらも負けじと、俺が勝手に決めてもお前怒るだろ?と濁ったジト目で反論する。

仕方ないわね……という声が聞こえそうな表情で髪を払うと、僅かに考える素振りを見せてから、俺と由比ヶ浜から離れ観客の方を向く。

「今の状況は、全員同じ部屋にいて、窓のない完全な密室であり唯一の出口である扉には鍵が掛けられていて開かない。他にあるものと言えば、壁にある時計くらいね」

雪ノ下が喋り終えると、司会がお題を書いた紙に設定を追加していく。観客及び俺達が設定を忘れないようにとの配慮だろう。

ほとんどお題をなぞる形であり、こちらだけが有利な設定ではないがそうそう都合良くいきなり思いつくものでもない。

恐らく雪ノ下の意図はとりあえず全員を全くの同じ状況にするということだろう。

であれば、今後は臨機応変に動いていくしかない。

「確かに鍵が掛かっているな。だが、実は私はさっきここで鍵を拾っていたのだ」

黒髪鬱美人がしかけてくる。やはり隣人部で最初に動くのはあいつか。

俺と同じでいちゃもんつけたり屁理屈をこねたりするの得意そうだもんな。

これまでの勝負で俺と似たような匂いを感じている。

「そうね、鍵を落すなんて間抜けな人ね」

はい、間抜けなの部分でわかりました。……わかったからそんなにこっち見なくていいから。

「それ俺の鍵だわ」

雪ノ下が視界の端で頷くのを確認しつつ、黒髪鬱美人の方に手を差し出す。

ちっ、と小さく舌打ちして彼女は鍵を俺に渡した。無論、実物があるわけではないので演技である。

彼女の舌打ちも演技であると願いたい。

「そもそもここの扉は電子ロックだから、例え落ちていた鍵がそこの間抜けさんのでなくても通常の鍵では開かないわ。加えて言えば、既に試したのだけれど拉致された私たちには正しいパスコードの入力は不可能みたいね」

駄目押しとばかりに雪ノ下が言う。というかその設定にするならなんで俺に受け取らせたんだよ……。

結果として無意味に罵倒されただけである。

うん、司会の人もそこは『扉は電子ロックである』だけでいいよね?

『比企谷八幡は間抜けさんである』とか書かなくていいから。さん付けが逆に余計に腹立つから。観客もくすくす笑うな。

あ、でも月子ちゃんが言う変態さんはアリだと思います。先輩は変態さんですねとか超言われてみたい。

俺が現実から目を背けていると、金髪ビッチが一歩前に出る。

「あたしは見ての通り美少女でしかもお金持ちだし、身代金目当てとかでいつ誘拐されても良いように色々と準備していたわ。だから壁を壊す道具も常に持っているの」

「ああ、いつも持っていたあれか。あれなら壁を壊せそうだな。だが忘れたのか? 拉致された際に身体検査を受けて凶器や私物は没収されていただろう」

「ちょ、夜空!? なんであんたが反論してくんのよ!」

金髪ビッチの言うとおりである。おかげで手間が省けて楽ではあるが。

「自分で美少女だなんて恥ずかしくないのか。見ろ、観客も失笑しているぞ」

「はぁ? 別に事実なんだからいいじゃない。不細工どもの嫉妬なんてどうでもいいわよ」

うわぁすげえ発言。完全に司会のアドバイス無視してんな。

観客を敵に回してどうする。まあ、勝つ気がないならそれでもいいかもしれないが。

「ねぇ、ヒッキー……あたしはどうすればいいの?」

未だ口論している二人をよそに、由比ヶ浜が小声で話しかけてくる。

そういえば羽瀬川もそうだが、こいつは始まってから一度も発言していない。

隣人部の攻撃への対応は雪ノ下に任せるとして、俺と由比ヶ浜は相談して攻めた方がいいかもしれない。

「正直、俺もどうすればいいかわからないが、大抵のことは雪ノ下が反論してくれるだろうから俺たちは脱出の方法を考えるぞ」

「……でもあんまり下手に動くとダメだよね」

「確かにな。基本的に向こうの反論を見越しておかなきゃならないし」

二人してうむむと首を捻って何か良い手はないかと考える。

しかしあまり時間はかけられない。由比ヶ浜も同じことを思ったのか、お題・設定の紙を指し示した。

「なんかどんどん設定追加されてるし早くしなきゃ……!」

俺もそちらに目をやると、紙にはいくつか文が追加されていた。

曰く、全員普通の人間であり、目からビームは出ない。

曰く、見た目は普通だが壁や床、天井その他部屋の物は全て宇宙超合金(?)で出来ており物理的な破壊は不可能。

曰く、隠し通路等は存在しない。あくまでも出入口は扉のみである。

曰く、比企谷八幡の職業は引きこもりである。

なんだよ目からビームとか宇宙超合金って……てか最後のは確実に雪ノ下の発言だな。引きこもりは職業じゃねえだろ……。

ちょっと目を離した隙にこれである。

多少粗があっても、ここは完全に動けなくなる前に何かしら行動は起こしておくべきだろう。

ぱっと思いついた作戦を由比ヶ浜に簡単に説明しようと思ったが、既に雪ノ下に何事かを吹きこまれている最中だった。

「……う、うん。わかった。やってみる」

話は終わったようで、こちらに近づいてくる。

「ヒッキー、ゆきのんが死になさいだって」

「いきなりであんまりじゃないですかね……」

なにこのカミングアウト。人づてってあたりが余計傷つくんですけど……。

「由比ヶ浜さん、私はそんなこと一言も言っていないのだけれど」

「はっ、そうだった! 死んだフリだったね」

「正確には病気のフリよ。……私が相手の退出を防ぐから、よろしく頼むわよ」

「うん、任せてっ!」

「……本当に、よろしくね」

若干どころかかなり不安そうな素振りをしつつも隣人部を待ち構える為に舞台の中央に向かう雪ノ下。

まあよく考えたら死ねだなんて言うはずがないよな。

雪ノ下は罵倒や暴言に関しては数限りなく吐くが、あいつに直截的に死ねといわれた事は一度も無い気がする。

もっと上品な言葉で的確に僕の心のやらかい場所をいつでも刺し続けてくるのが雪ノ下雪乃という人間だ。

「で、由比ヶ浜。俺はどうすればいいんだ?」

「とりあえず、ヒッキーは倒れるだけでイイって」

「わかった。後は任すわ」

「うんっ」

雪ノ下に頼まれごとをされたのが余程嬉しいのか、やる気に満ち満ちた様子だ。

由比ヶ浜はアホだが空気を読む事にかけては他の追随を許さない領域にいる。

雪ノ下のプランに沿って動けばそうそう間違えることはないだろう。

先の発言通り、後は任せる事にしよう。

「じゃあ、ヒッキー、倒れて」

「あいよ」

せいぜい病人に見えるように演技してやるか。

つまりこのまま横になるだけでオッケー。俺の腐った目は負の方向においては万能である。

ごろり。

ライトで照らされていたせいか、ステージの床が冷たくて気持ちいい。

椅子に座った観客と視線の高さがほぼ一緒で思いっきり目が合うが、瞼を閉じて仰向けになってしまえばなかなか快適な場所である。

その観客の方から「あの人急にどうしたの?」とか聞こえるが、そんなこと言われても俺自身どうしたのかわからない。

このまま寝てもいいですかね。

不意に頭の上から「よし」と何やら意を決したような声が聞こえる。

ふわふわりと本日4度目の由比ヶ浜の匂いを感じた直後、ふわふわると頭を柔らかい感触が包んだ。

「た、たいへん! ヒッキーがしんじゃうよ!」(棒)

スピリチュアルな副会長もびっくりの棒読みに観客席から笑い声が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。

重要なのは今俺が置かれている状況だ。

冷たい床に付けていたはずの俺の後頭部は今や温かくて柔らかい何かに乗せられている。

右肩と額に手が乗せられている事を鑑みるに、これは俗に言うアレである。

状況を理解してしまった以上、絶対に目を開ける事は出来ない。

ただでさえ後頭部から伝わる感触だけで顔が熱くなっているのに、今目を開けてしまったらひとつのモノしか目に入らず、理性など木端微塵に爆散するのは明白。

そのまま社会的に死ぬまである。

マジでこういう行動はやめて欲しい。真意の程は考え始めるとドツボに嵌るから後回しにするとして、今は自分を抑えないと色々ヤバい。

「はやくちりょうしないと!」(棒)

由比ヶ浜は由比ヶ浜で棒化が酷いが、それでも演技を続けるようである。とにかくなるべく意識を後頭部から離そう。

「由比ヶ浜さんの言う通りね。目的がわからないとはいえ、拉致した側の人間としてはみすみす死んでしまうのを見過ごすはずは無いわ。きっと扉を開けてくれるはずよ」

雪ノ下が由比ヶ浜に合わせる。さっきの打ち合わせ通りなのだろう。しかし、これでは……。

「それはどうかな。一人くらい減ったところで犯人は気にしないだろう」

予想通り、黒髪鬱美人から反駁される。

適性があるのか、はたまたこういう演劇が好きなのかは知らないが、隣人部からの反論は彼女からされる事が多い。

「それに、医者ならここにいる」

「そ、そうだ。俺は医者だ。診せてくれ」

急に振られたようだが、なんとか流れに乗る羽瀬川。

……俺もあいつも流されるままである。若干シンパシーを感じないでもない。

「でも待って、医者は医者でも精神科医でしょう? あなたでは比企谷くんの治療はままならないわ」

雪ノ下の発言に困った顔で動きを止める羽瀬川だが、今度は金髪ビッチからの援護が飛んでくる。

「大丈夫! 小鷹ならやれるわ! だってそいつ引きこもりからくる精神病だし!」

ひでえ。

観客も「ならしかたないな」とか「確かに病んでそう」とか賛同しちゃってるし。

「……そう、ならお願いするわ。彼の病気を治してあげて」

雪ノ下もこの攻め方ではここまでと見たのか、話題を打ち切ってしまった。

間抜けと罵倒され、いつのまにか引きこもり扱いされ、そして精神病患者にされる。

そろそろ泣いてもいいですか。

「ゆきのん、ダメだったね……」

どうやら治療されたらしい俺が半身を起こすと、えらくしょんぼりした様子の由比ヶ浜が立ち上がりつつ言う。

ちょっと名残惜しかったりするのは秘密だ。

「そうね」

「そうそう簡単にはいかないだろ。俺でも反論を思いつくぐらいだったし」

「あら、そうかしら。まあ、今回は比企谷くんの出番はほとんど無いから、あなたはそこでそうしてるといいわ。むしろいいと言うまでそのまま寝てなさい」

「なにもしなくていいのならそうするが……やけに自信満々だな。何か策があるのか?」

俺の質問には答えず、雪ノ下は微笑むと隣人部の方を向く。

どうやら任せろという事らしい。まあ、あいつがそう言うならいい。

無責任な信頼などしていないが、過去の例を鑑みるに雪ノ下があの表情をしたときは実際なんとかなっている。

だからここは全力でサボらせてもらおう。由比ヶ浜の攻撃で変な汗かいて疲れたしな。

……まあ、例え失敗したとしても由比ヶ浜や俺が加わってフォローすればいいだけだ。

「由比ヶ浜さん、拉致された際の状況は覚えているかしら?」

「えっと、ゆきのんと街を歩いていたら急に意識が遠くなって、きがついたらここにいたよ」(棒)

……由比ヶ浜の演技力はもうちょっとどうにかならないのか。普段学校生活で演技しまくって得意なはずだろ。

「そう、あなたたちはどうかしら?」

隣人部は雪ノ下の問いに即答をしようとはしない。

無理もない、由比ヶ浜の様子をみれば打ち合わせ済みなのは瞬時にわかる。罠を警戒するのは当然だろう。

「私は、小鷹と歩いていたら捕まったな。肉は知らん。その辺に捨てられていたのを拾われたんじゃないか?」

「あたしは捨て犬か! あたしも小鷹と一緒にいたわよ!」

「そうね、三日月さんは柏崎さんが身体検査を受けていた事を知っていたのだし、羽瀬川くんと一緒にいたと言うのであれば三人で同じタイミングに拉致されたということになるわね」

「む……まあ、そうだな」

「では三日月さん、捕まった時に犯人の顔は見た?」

質問を繰り返す雪ノ下をやはり不審に思っているのか黒髪鬱美人はまたしても即答を避ける。

「……いや、後ろから襲われた上に目隠しされていたからな。見ていない。だが、犯人は背の高い男だったのは覚えている」

恐らくその答えで正解だ。見たと答えてしまえば犯人にとっては大問題となる。雪ノ下なら犯人に黒髪鬱美人を撃ち殺させるくらいはするだろう。

加えて、数多くの設定が追加された今ここから出る事が出来るのは拉致された人間以外、つまり犯人しかいない。

隣人部全員が被害者だと決められてしまった以上、俺たちが犯人であるという道を潰しておかなければ不利になる。

「そう、私たちも先に述べたように気を失っていたからわからないけれど、確かに背の高い男だったわ。手口から見て同一犯と考えてよさそうね。では、犯人の目的はなにかしら?」

「お、お医者さんがいるし、みのしろきんもくてきなんじゃないかな?」(棒)

……由比ヶ浜が棒演技をしている? つまり雪ノ下が描いた流れ通りにきているということか。

だが何が目的かは俺にはわからない。下手に口出しはしない方がよさそうだな。

「羽瀬川くんは医者、柏崎さんはお金持ちの美少女。確かに身代金目的というのは可能性としてはありそうね。では、三日月さんは何者かしら?」

「雪乃ちゃんそんな美少女だなんて……その通りだけど嬉しい……」

「肉、貴様は黙っていろ。私は……そうだな、小鷹の嫁だ」

「はぁ!? あんた何言ってんの!?」

「なんだ肉、これは所詮劇の設定でしかない。それでも何か不都合があるのか? あるなら言ってみろ。今、ここで」

「ぐっ……べ、別に、ないわよ! ……てか小鷹はどうなのよ!」

「い、いや星奈、夜空が言うとおり劇の設定なんだからなんだっていいだろ? それよりどうやってここから出るか考えようぜ」

……あのー、ラブコメ街道まっしぐらですけど、衆人環視の真っただ中というのを忘れてませんかね?

ほら、そこかしこから怨嗟の声が聞こえてますし。外で出くわしたセナサマ教信者の方々ですかね。

とは言っても雪ノ下はそんな空気など完全に無視するのだが。

「三日月さんは羽瀬川くんの配偶者ということでいいのかしら」

「ああ、いいぞ。……そう言う貴様たちは何者なのだ」

首肯し、誰何する黒髪鬱美人を見て一瞬ほくそ笑む雪ノ下。

「私たちは同じ学校の学生よ。そうよね? 由比ヶ浜さん」

「うん、そうだよ。どうきゅうせい」()

……雪ノ下、あいつ何か罠に嵌めたな。巧みな誘導尋問で俺のトラウマをほじくり返すときと同じ表情をしているし。

彼女があの表情をするときは何かを企んでいる時だ。ソースは俺の実体験。

たまに由比ヶ浜が部室に来ない日があるが、最近ではそういった日はほとんど一言も喋らないか、お互いの傷をえぐり合うかの二択になっている。

おかげで雪ノ下トラウマ検定2級くらいの実力になったが、俺はそれに倍する量を披露しているので結果としてのダメージは俺の方がでかい。

まあ実際は誘導尋問と言うよりはほぼ自爆なんですけどね。

代償は大きかったが、ある程度奴の表情を読む事は出来るようになったのは収穫と言っていいだろう。

雪ノ下はしばしば地雷をばら撒くのでいちいちそれを踏み抜いていたら身が持たないからな。

ただでさえ古傷ばかりの身なのだ。新しい傷を負わされてはたまらない。

閑話休題

雪ノ下が発言を再開する。

「どうやら被害者である私たちでは外に出るのは難しそうね」

「そうだな、だが外からは開けれられるだろう。実は私は拉致されたときに手掛かりを残しておいたのだ。直に助けが来るだろう」

「どこに連れ去られるかわからないのに、どんな手掛かりを残しておいたのかしら?」

「そ、それは……いざという時のために発信器を……」

「でも、取り上げられているわよね。当然ここに来るまでの間に捨てられているわ」

「……」

ばっさりと切り捨てる雪ノ下。

その後も隣人部が発案したその全てにケチを付けていく。

どれもこれも一応筋が通っているのが非常に質が悪い。

……。

もはや発言しようとする者は誰もいない。

あれだけ理詰めで否定されまくるのだ。自ら嫌な気分になろうという者はいないだろう。

スポットライトの光に照らされた5人。

その光の間はただただ埃が舞うばかりである。

ちなみに俺を照らしていた光はいつの間にかなくなっていた。

暗くて快適。

完全に空気が悪くなってしまっている。

ただでさえ、奉仕部、隣人部共に手も足も出ない状況なのだ。

そのうえ冷え切ったこの空気で発言するのは冷遇に慣れているはずの俺でさえ躊躇ってしまう。

だが躊躇しているこの間にも刻一刻と残り時間は減っていく。

観客もしらけ始め、見かねた司会が何か言おうとした矢先、唐突に雪ノ下が口を開いた。

「この通り、拉致された私たちでは外に出る事はできないわ」

静まり返った館内に響く、透きとおるような声。

開始前と同様に、観客の視線が雪ノ下一人に集まる。

「でも、一人だけ、たった一人だけそれが可能なの」

そう言って未だに暗がりに寝転がったままの俺を指差す。

えっ? 俺ですか!?

雪ノ下が一身に集めた視線が彼女の人差し指を伝ってそのまま俺に集中する。

照明係も俺の存在を思い出したのか、視界が一瞬にして白くなり、やがて橙色に落ち着く。

「彼ならあの扉を開ける事が出来るわ」

スポットライトの光がじりじりと肌を炙り、集った熱視線が身を焦がす。

やめろよお前と違って俺は侮蔑とか軽蔑の視線にしか慣れてないんだよ。

「いや、それはおかしい。不可能だ!」

蛇に睨まれたヒキガエルの如く身を硬直させていると、黒髪鬱美人が反駁してくる。

「先程貴様が言ったように、私たちが扉を開くのは状況的に既に不可能だ。詰んでいると言ってもいい」

「確かに、私たちには不可能よ。でも、お題をもう一度よく見て頂戴」

そう言われて見ない奴はいないだろう。

司会も空気を呼んで声に出して読む。

「お題は『別々に拉致されて密室に閉じ込められた2つのグループ』です」

「どうも。ご覧の通り、私たちは別々に拉致されて、密室に閉じ込められているわね」

雪ノ下は司会に会釈をし、内容の確認をする。

無論、再び言われるまでもなく全員が理解している事だ。

だが彼女はお題に注目させた。そこに意味が無いはずは無い。

恐らく答えは出せるはずだ。

俺が脱出の鍵というのであれば、隣人部よりも早く理解しなければならない。

雪ノ下が組み立てたこのチャンスを無駄にしないためにも。

俺は半分以上寝ていた脳味噌を叩き起こす。

迷路の時と同様、条件は全て示されており、あまつさえヒントまで貰っている。

これで正答できなければ頭脳派ぼっち失格だ。

いやそんなこと一度も言ってないし思ってもいないけど。

設定や状況を脳内に羅列し、必要な情報のみを取り出す為に吟味していく。

最も重要なのはお題であるが、その後追加された全ての設定とも矛盾してはいけない。

多少の穴はこの後の対応でなんとかなる。

まずは雪ノ下の意図する事を理解するのが先決だ。

……。

……なるほど、そういうことか。

気付いてしまえば至極単純なことだ。

論理の強度に不安が残るが、場の空気をうまく使えばゴリ押しできるだろう。

というか、時間も無いしそうするしかない。

まあピエロになるのは得意分野だ。

上手くやってくれよ、雪ノ下、由比ヶ浜。

さあ、雪ノ下雪乃プレゼンツ比企谷八幡再生プロジェクトを始めようか。



そろそろ会議が始まりそうです

ちょうどキリも良いので続きは夜中あたりに投下したいと思いますがんばります


退出ゲームはもともとは即興劇であるらしい。

だが、これから俺と雪ノ下たちが行うのは即興劇ではない。もっと馬鹿馬鹿しい何かだ。

端的に言えば、茶番である。

「雪ノ下、俺は外に出られるのか?」

この質問で俺が回答を導き出したことを理解したのか、雪ノ下は満足げに微笑する。

「ええ、比企谷くん。あなたはもう外に出られるわ」

「そうか」

俺は立ち上がると、あたかもそこにあるのかのように見えない扉に向かって歩き始める。

「ちょ、ちょっと待て! だから扉を開けるのは不可能と言っているだろう!」

慌てた様子で黒髪鬱美人が止めに入る。

「確かに三日月さんや私では無理よ。でも彼には出来る」

「何故だ!」

「なぜなら、彼は拉致されたのではなくて、始めからここにいたからよ」

「……は?」

尚も食い下がる黒髪鬱美人が目を白黒させる。

彼女と同じ反応が観客席のところどころでも見受けられたが、幾人か「……そういうことか」と気付いた者もいるようだ。

「思い返して欲しいのだけれど、私たちは外を歩いているときに拉致されたわ。あなたたちは三人とも同時にだったわね」

「それがどうした。私の記憶が正しければ、今も使ったように貴様は何度も『私たち』という言葉を使っている。当然その言葉にはその男も含まれるはずだ」

「一般的にはその通りね。ただ、今回はその限りではないわ」

そこで一度、雪ノ下は言葉を切る。

そして充分間を取ってから再び口を開く。

「だって、彼は引きこもりじゃない。外にいるはずがないわ」

しん……と館内が静まり返った。

数瞬の間をおいて、誰かが言った「引きこもりなら、しょうがないな」という台詞を契機に、観客席は笑い声で包まれる。

ああ、笑われてる笑われてる。俺笑われてるよ。

この感覚はあれだ、あの時と同じだ。

中学校に入りたての頃に同じ小学校だった奴らに……いや、今はそれはいい。

場が納まらないうちに、雪ノ下は理屈をさらに畳みかける。

「彼がここにいたと示すものはまだあるわ。三日月さんは最初、ここで彼の鍵を拾ったでしょう? それっておかしい事だと思わない?」

「別に鍵ぐらい落ちていても……」

言いかけて、はっと気付く黒髪鬱美人。

「そう、落ちているはずは無いのよ。なぜなら、拉致された際に私物は全て取り上げられていたはずだもの」

ぐっ、と唸る黒髪鬱美人の横では金髪ビッチが何故かキラキラと目を輝かせている。

「雪乃ちゃん凄い! あったまいいー! ああん凄いわ! 可愛くて頭も良いなんてまさにあたしにピッタリね! 雪乃ちゃん、一緒になろ? ね? ハァハァ……」

いや怖ぇよ。由比ヶ浜が雪ノ下かばうように前に出るくらい怖ぇよ。てか息を荒げんな。

とにかく金髪ビッチも理解した様子である。

「か、彼の私物である鍵がここに落ちていたということも、拉致された人ではないという事を示しているわ」

怯えながらも気を雪ノ下は取り直して解説を続ける。

「そもそもお題には、別々に拉致されて密室に閉じ込められた『2つの』グループと書かれている。私と由比ヶ浜さん、それにあなたたち。もうこの時点で2つのグループは拉致されてしまっているわ」

「それに、ヒッキー一人じゃグループって言わないよね。引きこもりだし」

おい由比ヶ浜。今の台詞は演技じゃなくて本心で言っただろ。棒読みはどうした。

俺の脳内ツッコミはもちろん誰にも聞こえず、由比ヶ浜の発言で観客はさらに沸く。

図に乗った観客から好意的な、あくまで好意的な野次が飛び始める。「一人でも頑張れ引きこもりー!」とか言った奴誰だ。今まさに超頑張ってるっつーの。絶対許さない。

「じゃ、じゃあなぜ私たちはなぜ引きこもりの部屋に拉致されたのだ? 養育費とかに困ったあげくの身代金目的なら別の部屋でもいいはずだ。そもそも貴様らただの学生を拉致する理由が無い」

黒髪鬱美人が最後の最後で鋭い反論をする。

やるな……この部分が最も設定と論理に隙のある部分だ。

だが、観客という空気を味方に付けた以上、多少の道理には引っ込んでもらおう。

「それはもちろん身代金目的ではないからよ。柏崎さんが言ったように、彼は精神病だったの。その治療が目的」

「それはもう俺が治したって訳か……」

諦めたように羽瀬川が言う。

「その通りよ。私や由比ヶ浜さん、柏崎さんが拉致されたのは……まあ、犯人が、恐らく彼のご家族がただ面食いだったというだけよ」

おいおい、ほとんど勝ちは確定しているとはいえ投げ遣り過ぎませんかね雪ノ下さん。あと勝手に人の家族を犯罪者にするな。

特に親父は絶対に刑法に問われる犯罪なんてしないぞ。むしろ美人局とかに引っかかる方。……どっちでも駄目だ。

「とにかく、羽瀬川くんの言うとおり彼の病気は治った。そしてここには食べ物はおろか衛生設備も無く、およそ人間が生活出来る環境ではない。家の中は日常的に行き来していたはずよ」

「そうだな、俺はその電子ロックのパスコードを知っている」

「でも、それだけではいけないわ。比企谷くん、あなたを止めるものはもう何もないの。外の世界に出ましょう」

「そうだよ、ヒッキー! 一緒に行こうよ!」

雪ノ下が背中を押し、由比ヶ浜が手を引く。

もう既に腹はくくった。せいぜい道化を演じてやろう。

「ああ、行ってみるよ。外の世界に」

観客席からも「そうだ! こっちにこいよ!」「頑張ってー!」「応援してるよー!」などの声援がそこかしこから飛んでくる。

……皆ノリ良過ぎだろ。というか司会者、お前はそこに混じっちゃ駄目じゃね? しかも率先して煽ってるなあの人。

まあいいや。

この勝負は奉仕部の勝利で戦況は3-2。ようやく勝ちが見えてきた。

流れは完全にこちらに来ている。この調子で連勝してしまおう。

『かくして、一人の引きこもりは万雷の声援と拍手をその一身に浴び、まるで生まれ変わるような心境で、部屋からの、己の殻からの第一歩を踏み出したのであった』

いや別にナレーションいらないから。引きこもりじゃないから。





つづく


今回はここまで

趣向と能力の不一致が招いた結果です

でも路線変更はしません

次回更新は可能な範囲で早くきたいと思っていますがんばります

こーたーえーなーいーやー


すみませーん! キンクリ使ってるの誰ですかァァァァ!?


と、いうわけで気が付いたらこんな日にち

とうとうスレ立てから一年が経とうとしています

待たせてしまっている方は申し訳ありません

完結させる気概だけはあるので、一ヶ月に一度くらい覗いてみるノリでお願いします

今のビックウェーブを乗り切ったら投下しますがんばります

どうもこんにちは>>1です

今週末(金曜は含まないものとする)、数ヶ月ぶりの全休がありそうです

あと少しで投下出来そうですがんばります

どうもこんばんは>>1です

これより投下を開始します

大喝采を背に、ステージから遠ざかる。少し異常とも言えるほどにノリの良い観客たちは未だ興奮冷めやらぬ様子だ。

そのテンションの高さで勝ちを得た身としては何も文句はないが、あそこまでいくとやはり異常である。

特に司会者が。

「また来いよー!」と大きく手をぶんぶん振り回す彼女はいったいどこに向かっているのだろうか。

名前も知らない他学校の生徒の行く末を案じていると、くいくいと袖が引かれた。

「ありがと、ヒッキー。ヒッキーも頑張ってくれたおかげて勝てたよ!」

そう言われても俺がしていたことと言えばほぼ寝ていただけである。

「それは皮肉か?」

「や、そんなつもりじゃないけど……」

反射的に卑屈ってしまった俺の肩に、ぽんと手が置かれる。

「ありがとう、比企谷くん。あなたのおかげで勝てたわ」

「それは皮肉だな」

ホントにそのやけにイイ笑顔やめてくれませんかね。可愛いだろが。あと不用意に触るのもやめて下さい。

思わず身をすくませたが噛まずに返せたのはここ半年ぐらいのいじられ訓練の賜物。おかげで皮肉や罵倒に対して体が勝手に反応するようになった。

嬉しくない。

まあ実際のところ、本来なら作戦を考え実行した雪ノ下こそ称賛や喝采を受けるべきだ。

こいつはそんなものは求めちゃいないだろうが、やり返しついでに礼のひとつでも言っておくか。

「ありがとな、雪ノ下。お前のおかg

「やめてくれないかしら」

言葉と同時に出した、肩に置こうとした手もぱしっと払われる。

……お前からやってきたんじゃないかよぅ。


「次はどうしようか? あたしたちが決めるんだよね?」

「ええ、このまま連勝したいところね」

例によって、次の種目を策定中だ。

前回までは由比ヶ浜たちが決めるに任せていたが、勝ちに行くと決めた以上、俺も真剣に考えなけらばならない。

勝つためにはこれまで雪ノ下がしていたように、それぞれの特技、持ち味を活かした戦いをするのが定石だろう。

パンフレットを確認したところ、俺が得意とする射撃系の競技は先の縁日の他にはないようだ。

また、クイズやなぞなぞ等それらに類するものも今日は開催されないらしい。

あやとりが活かせる場面は想像できない。他には一人ジェンガとかルービックキューブ、よくわからない川柳を考えるのも得意と言えば得意か。

後は……折り紙は鶴が折れないレベルだし、一人じゃんけんは左が強い。

どうやら俺に有利な競技はもうないようだ。

雪ノ下たちを見てもその様子からして同様である。

考え方を変えよう。

現状を鑑みると3対2とリードしており、俺たちは1回分のマージンを持っていることになる。

ということは次の一戦をその後の布石に使うという選択肢もあるだろう。雪ノ下は連勝したいと言っていたが。

ここはひとつ、その路線の提案もしてみるか。

「由比ヶ浜、この前料理の練習してるって言ってたよな?」

「うん。毎日ママが料理してるとこ見てるよ」

「……そうか」

予想通りとはいえ頭が痛くなる回答だ……。横で溜息をつく雪ノ下の普段の苦労が察せられる。

「見学、という言葉もあるけれど、それは練習に含まれないわ……。前にも言わなかったかしら……何度も」

雪ノ下のぼやきが聞こえたが、まあ今はそれはいい。何も言うまい。むしろ好都合だ。

「じゃ、次の種目は料理対決にしないか?」

「……あなた、何を言っているの? 正気? 気は確か? ついに目の腐敗が脳に達したのね。残念ながら現代医療ではもう手遅れなの。空気感染する前に早めに処理して頂戴」

「一応疑問形にしているならせめて返答の余地を残してくれないか? あと病原菌扱いはホントやめて下さい」

「ゆきのん、それはちょっと言い過ぎだよ。ヒッキーだって頑張ってるんだからさ」

「フォローはありがたいが、むしろお前の方が馬鹿にされてたぞ」

「へ?」

「……いや、わからないならいい」

時々思うが、由比ヶ浜のアホ返しは攻撃にも防御にも回避にも使えるある意味万能なスキルだな……。

「で、どうだ?」

「どうもこうもないわ。わざわざ勝ち目の薄い種目にすることはないでしょう?」

由比ヶ浜に気を使ったのか、顔を寄せて小声で喋る雪ノ下。

「大体、あなたは私の体力の無さをわかっているの? 長引けば長引くほど私の能力は下がっていくわ」

「それは今日で改めて思い知ったが、自信満々に言うな。自覚があるなら鍛えろ」

「もちろん目下努力中よ。戸塚くんの依頼があった頃から」

マジかよ……。努力が実を結ばな過ぎだろ……。あれからだいぶ経ってるんですけど……。

こいつが努力してると言えば確かにしているのだろうが、たぶんきっとリハビリレベル。

平塚先生じゃあるまいし、年齢的には普通に生活していればある程度の体力はありそうなものだが……。

よく漫画やラノベであるように学校が坂の上にでもあったら自動的に少しは鍛えられそうだが、あいにく千葉市には坂自体がほぼ無い。

土地の大半が埋立地であるため当然と言えば当然なのだが、その平坦さはまるで雪ノ下のむnおっと話が逸れた。

……危ない危ない。雪ノ下は時折り驚異的な洞察力で胸囲的な思考を読んでくるからな。

もしバレたら話だけでなく大事な骨まで逸らすことになる。

「何を考えているの?」

「も、もちろん勝つための事に決まってるろ!」

「……無策での発言ではないのでしょう? という意味だったのだけれど、その焦り様を見ると本当に何を考えていたのか興味が出てきたわ」

「いや大丈夫だから。大丈夫大丈夫。うん、大丈夫」

まるで女の子ビデオに出演する男のように大丈夫を繰り返す。

あの手の大丈夫の大丈夫じゃなさは異常。ダイジョーブ博士の改造手術くらい大丈夫じゃないまた話が逸れた。

「た、確かに考えはある。雪ノ下の体力の無さを考えると、いたずらに時間をかけるのは利敵行為に近い。敵に塩を送るようなものだ」

体力が無いと言われた雪ノ下がむっとした表情をする。

さっき自分でに言ったくせにそう不満げな顔をするなよ……。言い返さない程度の自制心はあったようだが。

構わず話を続ける。

「だが、今回のこの状況に限っていて言えば、料理対決は負けることを前提にしてでもやる価値はある」

「私たちが敵に送るのは塩ではなく、毒、と言うことね」

……うん、まあ、そういう事だけど。

今だいぶ酷い事言ったからね? 俺ですら流石にオブラートに包んだ表現にするつもりだったのに。

お前がそんなこと言うから、いつの間にか横に寄ってきていた由比ヶ浜が「ど、毒かぁ……」とかショック受けてるだろ。

まあ、異論は全く無いが。

「比企谷くんの言わんとする事は理解したけれど……やはりその案、私は反対だわ」

流石は一を説明すれば十どころか、百あたりまで知る雪ノ下。察しの良いことで。

なんならマイナス十あたりまで察して俺のトラウマをほじくり返してくるまである。

「そうだろうな。まぁ只の提案の一つだ。別のを探そう」

「やけにあっさり引くのね」

「そりゃ、お前が嫌いそうな方法を提案したからな。却下されるのは織り込み済みだ」

「なるほど、それは私に喧嘩を売った、という理解でいいかしら?」

「んなことしねぇよ。……察しが良いのか悪いのかわかんねぇわ」

実際そんなことする訳が無い。何の準備もせずに雪ノ下に喧嘩を売るなんてただの自殺行為でしかないからな。

最低限退路は確保したい。

雪ノ下相手では用意した道ごとぺしゃんこにされるのがオチだが、あると無いとでは気持ちが大分違う。

例えばあれ、枕が変わると寝られないとかと一緒。

結局のところ眠けりゃ寝るだろうが、馴染みの枕があるに越したことは無い。気の持ちようとは意外と大事なのだ。

つまり旅行にも関わらず枕を取りに帰ったことりちゃんは許されて当然である。かわいい。

「あたしは、別に料理大会でいいと思うよ! 言われっぱなしはイヤだし!」

むくれた由比ヶ浜が言う。

ぷりぷりご立腹の様子である。おこなの?

いやまあ、そりゃ料理を毒扱いされたら誰でも怒るだろうが。

しかしこいつは小麦粉で木炭を錬成した実績というか前科持ちだ。しかも見てただけで練習したとか言い出す始末。

俺が半ば呆れた目で由比ヶ浜を見ていると、雪ノ下が口を開く。

「あなたがそう言うのなら私は構わないわ。お手並み拝見、と言ったところね」

「二人がやるって言うなら、俺には特に言う事はないな」

多数決であれば既に決定しているし、そもそも今日はここに遊びに来ているのだから、やりたいということにわざわざ水を差さなくていいだろう。

意図せず雪ノ下と目が合い、どちらからともなく頷き合う。

今考えなければならないのは、どうにかして由比ヶ浜の料理を食べなくて済むルールを考える事だ。

そう難しい話ではない。種目とそのルールの決定権は共にこちらにあるのだ。奴らにはたっぷりと由比ヶ浜の料理を堪能してもらおう。

演劇部主催のステージを後にし、次の会場へと向かう。

目的地は調理室。料理部が開催している料理大会、その名も『お米のはなし』。うん、一時期話題になったよね。一時間くらい。水で800円とられるのかなぁ。

にしても、奇妙な集団である。

よくわからない和装の三人とメイド×2+ヤクザ。

あの時はテンション上がっていたから気が回らなかったが、よく考えてみれば相当に恥ずかしい格好である。

隣人部の連中は置いておくにしても、あやかしがたりは流石に無い。ガイジンがいたら写真撮られちゃうぞ。

まぁガイジンがいなくても、雪ノ下と由比ヶ浜、金髪ビッチと黒髪鬱美人はそろいも揃って美少女なので時たま携帯で撮られそうになっているが、それぞれ雪ノ下と金髪ビッチが目で黙らせている。

あやかしがたりも、ましろやくろえの替わりにもっと市場に則したキャラにすればあるいは大賞の名に相応しい売れ行きになったかもしれない。

それは既にあやかしがたりではないが。

いや、だって3巻あたりから完全にヒロイン男だったからね。つまりそのコスプレをしている俺がヒロイン。

やだ困っちゃう! いや本当に困るわ。

到着。

ドアを開けてみると、既に結構な人数がいた。

ルールについては主催側の意向もあるので、雪ノ下も交渉に送り出す。

とは言っても、そもそも定員を超えていたら参加すら出来ないのだが。いつでもどこでも金髪ビッチの権力が通用するというわけでもないだろう。

待っている間は例によってすることがないので、辺りを何となく眺める。由比ヶ浜はもちろんご立腹中である。

ここは廊下や他の教室と違って、そこまで文化祭仕様になっているわけではなかった。

通常の調理室と違うのは、教卓の前にちんまりと食材が盛られた篭がいくつかあるくらいだった。

調理場という機能の性格上、あまり無茶な事は出来ないのだろう。

近年、保護者のモンスター化と共に食中毒や校内のその他諸々の危険について学校側が過敏になっていることも影響しているだろう。

千葉県の高校でも、食品を扱う模擬店を禁止している学校が続々と現れている。

こういった不特定多数が食品に触る催しが行われるのは既に少数派であり、ある程度自由がきく私立ならではというところか。

実際、珍しい催しなのか学園の生徒のみならず、一般客と思われるギャラリーも数多く見受けられる。

実習教室であるにもかかわらず、室内がやや狭く感じるほどだ。

その原因の一端というかほとんどを担っているのが、中央の調理台に陣取った三人の人物のようだ。

一人は端正な顔立ちをしていて、艶やかな黒髪を三つ編み+お団子ヘアーというよくわからない髪型の美人で、生徒会長と書かれた腕章をしている。

隣の女子と話すその立ち居振る舞いはいかにも豪放磊落であり姉御肌っぽくその手のマニア受けがよさそうだ。

その生徒会長と話しているのは、赤みがかったウルフヘアをした小柄な女子で、いかにも活発でロリロリしくその手のマニア受けがよさそうだ。

残りの一人は副会長と書かれた腕章をしているボーイッシュな美人であり、その手の(ry

要するに、ギャラリーの殆どはその手のマニアということになる。

何ここ魔窟?

「他校の女子ばっか見てて、随分と余裕そうだね」

横を見れば完全にへそを曲げた由比ヶ浜がいた。

確かに見てはいたが、俺はその手のマニアではないため心外である。

「別に見とれてたってわけじゃねえよ。敵情視察の一環だ」

実際は負けを見込んでいるので、被害者の確認と表現した方が正確だが。

彼女ら生徒会役員には悪いが、運が悪かったと思って諦めて欲しい。

ちなみにもう一つ参加グループがあるようだが、彼らに特筆すべき点はない。被害者D以下2名で十分。

「それより、お前こそ大丈夫なのか? 料理だぞ?」

「ふん、あたしだっていつまでも料理下手ってわけじゃないから!」

「そうかい」

今のところ上達してそうな要素一個もないけどな。

まあやってみればわかる。なんならやらなくてもわかる。

食べる、つまり被害に遭うのはあいつらなんだし、どっちでもいいしな。

話し合い、並びに参加登録は終わったようで、雪ノ下が戻ってくる。

結果を言う前にちらりとこちらに目配せをしてきた。……どうやらうまく行ったようだな。

「無事に参加出来る事になったわ。ルールは団体戦で、各チーム一人一品、合計三品作り、その後自分のチーム以外の料理を全員で試食したのち、料理部の5人が結果を発表するというものよ」

「なるほど。じゃ総合力で評価するってことだな」

「ええ。だから由比ヶ浜さん、あなたも大切な戦力なの。練習したというのならその努力の成果を見せて頂戴。無論、私は一切手助けしないけれど」

「任せてゆきのん!」

大切な戦力とか言われてあっさり機嫌を直す由比ヶ浜。こいつ……ちょろいな。

「頑張れよ」

「何その上から目線。上手くできてもヒッキーには食べさせてあげないから」

ちょろいのは雪ノ下に対してだけでした。

「で、誰が何を作るんだ?」

「そうね……とりあえず由比ヶ浜さん、あなたがメインディッシュを作りなさい」

まあ順当だろう。やる気の面でも、隣人部に毒を盛る面でも由比ヶ浜がその役割を担うべきだ。

「私と比企谷くんはあなたの作るものに合わせるわ」

「わかった!」

「では、作るものを決めて頂戴」

「ええっと……何がいいかな……」

考え込む由比ヶ浜。ここから見た限り、基本的な食材はあらかたありそうだし作ろうと思えば何でも作れるだろう。

つまりどんなポイズンクッキングが来ても対応できてしまうという事だ。

それはともかく、由比ヶ浜が悩んでいる今のうちに雪ノ下と俺の役割を決めておこう。

今回は勝ちを捨てているから適当にやっても良いだろう。

あまり凝ったものを作ってしまっては由比ヶ浜が気にするだろうし、そもそも俺自身普通に作れると言うだけであって、それほど料理が上手いわけでもない。

こういうのは普段の積み重ねが大事であり、慣れない事を慣れない環境でやってもその結果がどうなるかは火を見るよりも明らかである。

であれば、大人しく身の丈にあった行動を選択するのが最善である。

つまるところあれだ。

楽をしたい。

「俺は無難にサラダでいいか?」

「……内心が透けて見えるけれど、今回に限ってはそれでいいわ。ただ、役割分担はしっかりしましょう」

「それはそうだな」

「では、由比ヶ浜さんは食材を確保したらとにかく料理に集中。私は添え物を作りながら、食器の用意。比企谷くんは自分の料理を作る以外に食べ物の処理とその他雑務、ということでいいかしら」

「うん、みんながそれでいいなら」

「俺も構わない」

っと、由比ヶ浜につられて俺まで即答してしまったが、雑務ってなんだろう……。一応確認しておいた方がいいか。

「雪ノ下、雑務って今決めた以外に何かすることあるのか?」

「さあ? あるかもしれないし、ないかもしれないわね。それを雑務というのよ」

「……さいですか」

どことなく腑に落ちないが、まあいいだろう。そうおかしな事にはならないはずだ。

そうこうしているうちに、開始の時間が近づいてきた。

今回の主役、由比ヶ浜は頭を抱え込んでしまっている。

「まだ悩んでるのか」

「……うー、だって何作っていいかわかんないし……」

「んなもん適当に肉焼いてあとは白飯があればなんとかなるだろ」

「それだと何か普通じゃん!」

「いいんだよ普通で。普通ってのはアレだ、言い換えればおふくろの味ってやつだ。普通という言葉はいつも通りって事だろ? ならいつも食ってるものが普通って事になる。大体の家庭では飯を作ってるのは母親だ。よって普通の料理=おふくろの味ということになる。こう言えばなんか聞こえいいだろ?」

「納得しかけちゃったけど最後ので台無しだよ!?」

こんなんで納得しかけたのかよ。……本当にこいつの将来が心配だ。

「と、ところでさ、さっきのがヒッキーにとってのおふくろの味なの?」

「まぁそうだな。かーちゃんが時間のあるときに超適当に作るやつだけどな」

「そ、そっか」

「んじゃ、もうそれでいいか? そろそろ取りに行ってもらわなきゃだし」

「ううん、別のにする! それはまた今度ね!」

「いや、今度はもうないと思うぞ」

こういう状況でなければ俺も雪ノ下も全力で回避するし。

雪ノ下もこくこくと頷いてるし。

そんな俺たちの事は露ほども気にせずにやる気を再燃させた様子の由比ヶ浜。

「よーし、じゃあ……パスタにする! あたしでも出来そうだし、なんかオシャレだし!」

「まぁ、いいんじゃないかしら。種類が多いから簡単なものも多いし……」

「その分難しいものも多いけどな」

「当初の目的としてはそれはそれで好都合でしょう? あくまで目的は毒殺なのだから」

「いや殺しはしないから。流石に死にはしないだろ」

「そもそも毒じゃないし!」

話にひと段落ついたところで、ちょうど開始時間となった。

「では由比ヶ浜さん、食材を頼むわ。比企谷くんが持つから、好きなのを好きなだけ選んできなさい」

おいおい。早速雑務の登場かよ。もしかしなくてもこれ一番働くポジションじゃね?

「じゃ、ヒッキー行こっか」

有無を言わさぬ連携プレーはこいつらの十八番である。俺に拒否権などあるはずもない。

素直に連れられて篭まで行く。

由比ヶ浜はさして悩む様子もなく食材を選んでいく。

いやいや、本当に好きなもの選びすぎだろ。桃はいいから。果物とかパスタに使う場面無いから。てかなんでこの季節にあるんだよ。

一事が万事この調子でもはやつっこみが追い付かない。

しばらくしてようやく満足したのか、うんうんと頷く由比ヶ浜。

ところで由比ヶ浜さん、肝心のパスタ忘れてますよ。

しかし彼女は気付くことなく自身の腕にも食材を抱えて戻ってしまった。

……なんか食材に申し訳なくなってきた。パスタを持っていく替わりに必要でなさそうなものは置いていこう……。

帰り際、同じく食材を取りに来ていた黒髪鬱美人がどこかを憎悪の眼差しで睨み「毒でも盛ってやろうか……」と呟いているのが目に入った。

うん、なんかガチな雰囲気出てて怖いです。

割り当てられた調理台に戻る。

「あれ? なんか随分減ってない?」

「ああ、数に限りがあるから持っていける量に制限があるんだと」

無論、嘘である。方便である。

「ふーん。……ってやば、パスタ忘れてた! まだ取りに行ってもだいじょぶかなぁ!?」

意気込み虚しく、早くも犯した失態に慌てている。

これ本当に雪ノ下はいつも苦労してるんだろうなぁ。

「ほれ」

わたわたし始めた由比ヶ浜にそっと差し出す。

「ひ、ヒッキー!」

よほど焦っていたのか、俺の手ごと掴む由比ヶ浜。

「あっ、ご、ごめん……あと、ありがと……」

しかし、次の瞬間にはぱっと離されてしまう。

「い、いや、別に……」

さっきの不機嫌はどこへやら、手をもじもじさせつつチラチラと上目遣いでこちらを見てくるせいで、なんかこっちまで変な感じになってきた。

ま、まぁ別に? 女子の手なんて小町で慣れてるし? どうってことはないな! どうってことはないぞ!

「二人とも、準備が出来たわ。位置につきなさい」

見計らったように雪ノ下から声がかかる。渡りに船とばかりに俺も由比ヶ浜も指示された場所に行く。

なんかもうアレで、けっこうアレだが、そんなこんなで大分ぬるっとした感じで料理大会は開催された。



今日はここまで

料理大会のオチまで書きましたが納得いかないので後半は書き直します

次回更新は、次に投下したときです

では、また

どうもこんばんは>>1です

今週末(但し金曜はryどっちか一日休めそうです

今しばらくお待ち下さ



かゆ うま

どうもこんばry

続きを投下します

「さて、由比ヶ浜さん。お湯を沸かしている間に少しクイズをしてみましょう」

「なになに?」

雪ノ下と二人で由比ヶ浜の動向をぼんやりと観察していたが、唐突にクイズが開始される。

由比ヶ浜の慣れた感じを見ると、こいつらの間では頻繁にある事なのかもしれない。

「まず最初に料理の心構えから。味見をすることの他、失敗しない為には次のうちどれをする必要がある?
1、レシピ通りに作る
2、余計なアレンジを加えない
3、無闇に桃を入れない」

「……実質一つじゃねえかよ」

「あはは……も、桃は今回はやめておくね。答えは全部で」

「正解。続いて次の問題。通常、パスタを茹でる際にお湯にある調味料を入れるのだけれど、それは?」

「塩!」

「正解。塩だけでなくオリーブオイルを入れる場合もあるわね。ではカルボナーラを作る場合、パスタを茹で始めたら次は何をする?」

「えっと、……具を炒める!」

「正解」

……一切手伝わないとか言っていたくせに。作り方教えてんじゃねえか。

ま、雪ノ下らしいな。思わず笑みがこぼれる。鬼教官の雪ノ下がそれでいいのならそれでいいだろう。

さて、こいつらがいちゃついている間に俺は自分の作業でもしようかな。

とりあえずベーコンでも切っておこうか。

「なかなかやるわね」

まだまだクイズという名の料理教室は続くようである。

「では、この調理器具の名前は?」

そう言って雪ノ下が取り出したのは、すりこ木。

「う……えと……、ぼ、ぼ

「ちなみに、棒ではないわ」

「だ、だよねー。知ってた知ってた」

いやお前、明らかに棒って答えようとしてただろ。

そんな由比ヶ浜の妄言には耳を貸さず、無情にも答えを促す雪ノ下。

「そう、では、答えをどうぞ」

「あー、その……こ、棍棒デース!」

なんでカタコトなんだよ……。イギリス生まれなの? 時間と場所を弁えれば触っても良いの?

「はずれ。正解は、すりこ木。ちなみに今ので同じ問題を累計4回も間違えているわ」

「きょ、今日はそれ使わないからいいの!」

確かに、由比ヶ浜が言うように使い方さえ知っていれば良く、必ず名前を覚えなければいけないというわけではない。

が、棒で覚えると用途が不明なのでやっぱりちゃんと覚えるべきだ。

「クイズもいいが、そろそろ沸騰してきたぞ」

「そのようね。続きはまた今度にしましょう」

「うん。ところで、ゆきのんたちは何を作るの?」

「あなたがカルボナーラを作るのなら、私は汁物系にしようと思っているわ」

「あー、じゃあ、おみそ汁とか? うん、意外と合いそう!」

「は? ……カルボナーラにみそ汁?」

「ま、まぁ、アサリとかにすればあるいは……」

いやいやいや雪ノ下さん、いくらなんでも無理があるだろ。最近ちょっと由比ヶ浜に対して甘すぎませんかね。

MAXコーヒーだってそんなに甘くは無いぞそれは言い過ぎたな。

あれはもう甘いとか甘くないだとか、既にそういうレベルではない。

MAXコーヒーは『甘い』という概念そのもの。概念は防げない。

故に最強。相手は死ぬ。死んじゃうのかよ。

それはともかく、食べ合わせも重要な採点基準だから流石にその組み合わせはちょっと……、

と思ったが負けが前提だったか。うん、別にいいな、どうでも。

どうでもいいものは本当にどうでもいいので適当に流してしまおう。

大天使のように好奇心の猛獣というわけでもないのだ。

「それでいいんじゃね?」

「じゃあゆきのんはおみそ汁ね!」

「はぁ……別にいいけれど」

反対はしていなかった雪ノ下も特に抵抗する素振りは見せない。

こうしてなし崩し的に雪ノ下の作るものは決定された。

「あ!」

何事か閃いたのか唐突に大声を上げる由比ヶ浜。

部室でしばしば見かけられる光景だが、大抵碌な事ではないし、碌な事にならない。

嫌な予感に思わず雪ノ下と顔を見合わせる。

そんな俺たちの様子は気にも留めず、キラッキラした目で朗らかに言い放つ。

「これでヒッキーが中華料理作ったら、みんなで和洋折中だね!」

「……は?」

何言ってんだこいつという目で由比ヶ浜を見るが、こいつはこいつで何故俺がそんな反応をするのかわからなかったのか、キョトンと目を丸くしている。

「……一般的に、和洋折中に中国は含まれないわ」

こめかみに指を当てるどころかほとんど頭を抱えるようにした雪ノ下が日本語訳をしてくれる。

なるほど、由比ヶ浜的解釈だと、和=和風(みそ汁)、洋=洋風(カルボナーラ)、折=(折り合わせる?)、中=中華なのか。

……すげぇ。斬新過ぎて言葉もでねぇ。

絶句という言葉がこれほどぴったりな状況が未だかつてあっただろうか……。

「そ、そーなんだ! ま、まぁ、とにかく気を取り直して、がんばろー! おー!」

……。

止まる時間。流れる沈黙。

正面にいる由比ヶ浜は拳を突き上げたまま静止し、その隣では雪ノ下が由比ヶ浜とは逆方向に顔を背けている。

誰も動かない。いや、動けない。迂闊に動けば大けがするのは必至である。

この勝負……動いた奴が負ける……!

「うぅ……ごめん」

「あ、いや、うん。なんか、スマン」

「え、ええ……こちらこそごめんなさい」

結果、全員で謝り合うという謎の三人がそこにあった。

恐るべし、由比ヶ浜。

由比ヶ浜の自爆テロを経て、ようやく各々が調理に取り掛かる。

俺の担当はサラダ。

ヘルシーかつオシャレな料理をコンセプトに、オーガニックでナチュラルな一品にするつもりだ。

俺の料理に余計な添加物など必要ない。

素材自身が持つ、崇高な味や神秘的な瑞々しさを最大限に活かすだけでいい。

化学調味料はもちろん、ましてやドレッシングなんて冒涜でしかない。

タマネギの皮を剥がし、上下を切り取ってから薄切りにし、塩を振って放置。

次いでキャベツを玉から適当に引き剥がして水洗い。あとは手で適当に千切って皿に敷く。

おもむろにキュウリを取り出して斜めに薄切り。ばらまく。

なぜか由比ヶ浜が篭から持ってきていたパプリカを拝借して、処理を終えたら先のタマネギと共になんとなく混ぜながらキュウリの上に。

最後に手元にあった水菜をこれまた適当に切ってから一番上にそれっぽい感じで配置。

あっという間にかーんせーい。

まあ、なんだ、生野菜サラダってことで。

自分の作業を終えた俺は椅子に座り、ぼーっと由比ヶ浜たちが作業する様を眺める。

由比ヶ浜はぶつぶつと何事か呟きながらタマネギと格闘中で、時折り変に力が入ったのか、まな板を強打し周囲の人間を驚かせている。

危なっかしい作業に雪ノ下はハラハラし通しで自身の作業が一向に進まないようだ。お前は由比ヶ浜のかあちゃんか。

タマネギを倒しベーコンと一緒に炒め始めたことでようやく安心したのか、ふと我に返る雪ノ下。

俺が見ていた事に気が付くと、由比ヶ浜を見ていた慈愛の視線は彼方へ吹っ飛び、替わりに標準装備の冷たい眼差しが登場する。

「……なにかしら?」

「いや、別に……」

触らぬ雪ノ下に祟りなし、だ。

言葉を適当に濁して視線を斜め右上に流し、さも何かに気を取られたようにそちらを見続ける。

これで大抵の場合は会話をうやむやのうちに終わらせる事が出来る。教師とかバイトの先輩とかに何か頼まれそうになったときに重宝するから覚えておくように。

しかしその大抵の場合に収まらないのが雪ノ下雪乃という人間である。

俺の目の前にある、既に完成したフレッシュ&ヘルシーな力作生野菜サラダをちらりと見やり、ふっ、っと軽く嘆息したかと思えばじろりと俺を睨む。

「比企谷くん、暇そうね」

暇かと聞かれて「はい暇です」なんて答えようものなら何かしらの仕事面倒事を振られるのは明白。

遊びに誘われるなどはあり得ないので考慮する必要が無いため、ぼっちはこういうときに便利である。

もちろん、ぼっちは特に予定が無いのがデフォであるため、忙しいとも言い切れないのが辛いところだ。

結果、このような答えになる。

「暇ではないな」

妄想とか人間観察とかやる事はいくらでもあるし、嘘は言っていない。なおかつ誰が損をするわけでもないベストな回答だろう。

頼めなかった人が損をする、と思った人は自己中か社畜の素質があるので注意するように。

「そう、暇じゃないのね」

雪ノ下もさして興味があるわけではないようで、深くは追求してこない。

ふっ、勝ったな。

「では雑務、仕事を言い渡すわ」

「拒否権は無いんでしょうね……」

当然、とばかりに首肯する雪ノ下。

興味がないのは俺の都合だったらしい。なんの為の確認だったんだよ……。

だが俺は専業主夫を目指す身。この程度で仕事を回避できなければその未来は掴めないだろう。

故に俺は常日頃からこんなこともあろうかと一つの策を考えていた。

「待て雪ノ下、俺にだって他にやる事くらいある。奴隷働きなら他を当たれ」

「ふうん、やることね。言ってごらんなさい」

「俺は今、何もしないをしているんだよ。パンダのパンさんだって、何もしないをするだろ。これが通用しないんならパンさんは完全にニートになるぞ」

雪ノ下が溺愛しているであろう、パンダのパンさんを引き合いに出した秘策。

こう言ってしまえば、俺をバカにする事はイコールでパンさんをも貶す事になる。

雪ノ下は退かざるをえないだろう。

「……パンさんはニートではないわ」

僅かな逡巡のあと、そう答える雪ノ下。

俺が何もやっていないなど口が裂けても言えない様子だ。

さあ、胸を張って堂々と、何もしないをしよう。

「比企谷くん」

雪ノ下は言葉を切り、微笑みながらこちらを向く。その微笑みはいままでのどんなときよりも恐ろしい冷気を発している。

彼女の右手に握られた包丁が鈍く光った気がした。

「ひとつ、確認させてもらってもいいかしら」

「な、なんでしょう?」

「比企谷くんは今は何もしないをしているけれど、これからはずっと、もう何もできないをするのよね?」

「いやマジでスンマセンっした!」

「謝って済むのなら包丁はいらないわ」

「包丁!? 警察は!? たすけておまわりさーん!」

「あら、お輪廻りさんならあなたじゃない」

「いやそれ死んじゃってるから! 転生っちゃってるから!」

「次はミカヅキモからゾウリムシくらいになれるといいわね」

やったね植物性から動物性にランクアップだね! 結局単細胞生物には変わりないが。せめてもうちょっと細胞の数を増やして!

というか『もう何もできない』のあたりに明確な殺意を感じる。パンさんをニート呼ばわりされてこんなに怒るとは……。

菜箸で牽制しつつナベのフタを構え、さりげなく由比ヶ浜を盾にするように陰に隠れる。

雪ノ下は雪ノ下でフェイントを混ぜながら回り込もうとしてくる。

と、そこで手元に目線を集中させて一切こちらを見ずにいた由比ヶ浜が冷たく言い放つ。

「ヒッキー、それ結構最低な行動だからね? ゆきのんも刃物で遊んじゃだめ」

「ご、ごめんなさい……」

いきなり由比ヶ浜に叱られてびっくりしたのか、雪ノ下が素直に謝った。

こいつ……意外としっかりしたこと言うんだな。単に集中しているところを邪魔されて苛ついただけかもしれないが。

「これを一つ一つ剥がして頂戴」

「はい……」

由比ヶ浜に叱られ若干しゅんとしていたのもつかの間、雪ノ下さんは今日も元気に俺を使役しています。

そんな社畜ではないが舎弟と言われたら否定しきれない俺の目の前にはニンニクとジャガイモの合いの子ような、歪な形をした何かがゴロゴロ転がっている。

結局手伝わされているのは置いておくにしても、この物体は一体なんなんでしょうか。

謎の物体Xを手に取り眺めていると、横から手が伸びてきてそれを引ったくる。

「比企谷くん、こうやって一つの欠片ごとに分けるのよ」

「お、おう」

言いながら、ペリペリと剥がしていく雪ノ下。

その様子をほへーと眺めていた由比ヶ浜がまたしてもやらかす。

「なんか、ゆきのんがそーゆー細かい作業してると、指キレイだしすっごいキレイに見えるね! 白身魚みたいって言うんだっけ?」

……生臭そうだな。それにこいつは割と粘着質だから淡泊なイメージの白身魚は似合わないし。

とはもちろん口には出さない。口は災いの元という事はついさっき体験したばかりだ。

何事もなかったかのように押し付けられた作業をしていると、突然、手を顔の前に突き出される。

「生臭くなんてないでしょう?」

横におわしますのはにっこりとしている雪ノ下雪乃様。

「おい由比ヶ浜。お前がアホな間違いをするから俺が死にかけてるじゃねえか。正しくは『白魚のような』だ」

「あ、そ、そーなんだ。おしいね」

ああ、惜しいな。俺も命は惜しいからホント頼みますよ。

相変わらず思考を完璧に読んできた雪ノ下についてはもうノータッチの方向で。

ペリペリペリペリ、うんざりするほどペリって思わず開国しちゃいそうになるころ、ようやく全てを剥き終えた。

雪ノ下曰く、これは百合根と言うらしい。こんなに大量に用意しなくても、百合ならお前らで充分足りてるだろ、と言うのは流石に自重した。

面倒な作業はどうやらこれだけのようで、あとは雪ノ下一人でちゃっちゃか作ってしまうようだ。

由比ヶ浜の方はいよいよ佳境のようで、表情は真剣そのものだ。味も真剣レベルの殺傷力になっているのだろうか。

「……不安ね」

雪ノ下がこっそり耳打ちしてくる。

「そうだな……」

とは言っても今回は自分たちが食べる必要はないからそこまで警戒する必要は無いだろう。

「けど、前にクッキー作ったときは短時間で食えるレベルにしてたからなんだかんだ言って大丈夫だろ」

「その考えは甘いわ。確かに彼女の集中したときの成長は目を見張るものがあるけれど……時間は残酷なのよ」

「……忘れるのか」

「ええ。それはもう、さっぱりと」

答えた雪ノ下が遠い目をする。

「一月程前に作ってきたアレがクッキーだとしたのなら、私は煉瓦を食べることができることになるわ」

「……そうか」

詳細は聞かない方が身のためだな……。

「しかしまぁ、さっきのすりこ木といい、和洋折中といい、ここまでくるとなんかもう逆にどんなのが出来るのか楽しみになってきたな」

「そう……ね、そうよね。そう思わないとやっていられないものね。食べる人はやはり不憫だけれど」

「二人とも聞こえてるからね!? 出来たよ!」

突っ込みついでに完成を報告する由比ヶ浜。

周囲のグループもぼちぼち終えてきているようだ。

それぞれのグループの代表者が、食材の篭が乗っていたテーブルに料理を運んでいく。

「比企谷くん、お願いね」

「……わかってる」

無論、これは雑務である俺の仕事のようだ。

逆らったところで意味は無いため、唯々諾々と従う。

出だしが遅れたせいで俺が運び終えたのは最後だった。

並べられた料理を見てみると、その多くはいわゆる普通の料理で特筆するべきものはほとんど無い。

由比ヶ浜も例え見ていただけでも中途半端に上達しているようで、一見してわかるような正体不明のものは無いように見受けられる。

だからこそ、食べたときの衝撃が恐ろしいのだ。

この後すぐに被害に遭う憐れな隣人部たちを思うと胸が痛……くはないな。むしろ片腹痛い。

試食会の準備は着々と進み、代表者たちが料理部の前にそれぞれの作品を小鉢に取り分けていく。

当然審査員である料理部はちゃんと全ての作品を食す必要があるため、この後全員で分けて食べる皿とは別に用意されている。

その配膳が終わると今度は前のテーブルに置いた自分のグループの作品の前に立たされる。

雪ノ下から全く話は聞かされていなかったが、簡単なPRをする時間があるらしい。

もちろん「それは毒です」と言うわけにもいかない。かと言って他に表現のしようもない。

考えあぐねているうちに俺の番になった。

咄嗟に「一食即解」とだけ言って由比ヶ浜たちのところに戻る。二の腕に布でも撒いておけば良かったかな。

何がとは言わないが、本当にすぐにわかるはずだ。

とにかく嘘は言っていない。誰も俺を責めることはできないだろう。

そして生徒会長が無駄に熱く自分たちの料理を紹介し終えると、ついに試食会へと移行する。

さて、恐怖のカーニバル開幕である。





つづく



今日はここまで

誰ですか週末休みって言ったのは

普通に仕事でしたよ、責任取って養って下さい


次は休みがあったときに隙をみてまたきます頑張ります

小町の次回予告のコーナー!


はーい! ひまわり☆笑顔の★小町だよっ!

前回は予告ゲストに戸塚さんが来てくれたけど、反響がすごかったよ!

みんなのメールBOMBでサーバーが落ちたよ!

みんな戸塚さんが好きなのはわかったけどお兄ちゃんの嫁候補なんだから、めっ!


そんなこんなで次回予告!

とある土曜日、小町が塾に行くと何やら騒がしい教室。

なんと沙希さんお手製の大志くんのお弁当が盗まれたみたい!

犯人未特定のままその日は終わり、週が開けると今度は小町の学校でも忽然と消えるお弁当。

手口から同一犯と踏んだ小町は沙希さんポイントと内申点を稼ぐためにお兄ちゃんを頼ることに!

お弁当とお兄ちゃんの嫁を探す小町の運命やいかに!?


次回、生徒会探偵小町 第4話『ゆく年、狂おし』乞うご期待!

見てくれなかったら、小町ポイントマイナスしちゃうぞ!


真実はいつも人の数だけ!

こんばんはどうも>>1です

ごめんなさいお待たせしてます夏休みってなんですか

来週末(まで)には投下できそうですがんばりま

どうもこんばんは>>1です

スレを開いてびっくりしました

でも>>1はこんなノリが嫌いではありません

ネタを仕込んだ甲斐があるというものです(ただの脱字だったなんて言えない……)


それはともかく、投下していきます




日の下で生活する、あまねく生物は塩分の摂取が必須である。

一部の例外を除き、体内の塩分が不足すると時間の差こそあれ確実に死に至ってしまう。

無論、生物としては貧弱な部類に価する人類も当然そこに含まれる。

古代から近世に至るまで、山岳や内陸よりも海の傍に大都市が出来やすいのは塩の安定した供給が見込めるという面が大きいからだろう。

また、塩はその重要性から財産としての価値も非常に高い。

様々な製造法が確立された現代においては余り実感がないが、化学技術が発展していない地域や産業革命以前は特に、塩は貴重品であり高級品であった。

そのため多くの支配者は財源を確保するために塩の販売を取り締まり、独占した。

「比企谷くん」

彼らの大部分は基本的に貧困層の事などこれっぽっちも考えていないため、塩の専売はしばしば一揆や反乱にまで発展した例も少なくない。当然、密造や密売も横行した。

また、経済的価値が高い事は戦略的価値が高い事と同義である。

かの有名な『敵に塩を送る』という言葉は、駿河の塩留めに遭った甲斐とそれまでと変わらず塩の交易を続けた越後、という故事から成っている。

故事成語になる程に塩留めの効果は高く、もし越後の上杉家が今川・北条両家に賛同していたら武田家は戦わずして敗北していただろう。

軍の運用に際しても、古来よりあらゆる遠征軍は兵士それ自体ではなく、兵糧ひいては塩の輸送にこそ気を遣い、頭を悩ませたと言う。

「聞いてる?」

専売、密売が横行し、故事成語が存在するという面からも、如何に塩という物が重要視されてきたのかが伺えよう。

つまり、人類の繁栄は塩と共に築かれてきたと言っても過言ではない。

以上の事をふまえると、昨今の愚かな減塩指向など栄えある人類の歴史への冒涜であり侮辱であり涜職以外の何物でもない。

世界に対し、真っ向からそう主張するものがある。

しかし世界はそれを忌み、恐れ、恥じ、排除しようとするだろう。

だがそれでm

「比企谷くん」

冷たさと鋭さを内包した、聞き慣れた声が耳朶に響く。

その声は強めの口調で俺を現実、もとい地獄に引き戻す。

「現実逃避はやめなさい」

無理矢理現実へと引き戻された俺は、改めて周りを見渡す。これが最期に見る光景になるかもしれない。

広い調理室内、前方のテーブルの前には審査員である料理部。

彼らが審査の為に試食を始めてからしばらく時間が経過しているが、料理部は微動だにしていない。

ある者はテーブルに伏し、ある者は祈るように天を仰ぎ、また、ある者は俯いたままじっと瞼を伏せている。

この惨状を作り出したのは、たった一つのモノ。

それは、奉仕部が誇る戦術兵器。

一見なんの変哲もない、普段あまり料理をしない人が作ったであろう少し不格好なカルボナーラ。

もしこれが明らかに消し炭だったりやたら粘度が高かったり高い仄明るく光る何かに浸っていたりしたら食べる前にある程度予想も覚悟も出来るだろう。

なまじ見た目が普通であるため、食べた時に予想外の角度からの攻撃に襲われることになる。

その攻撃はヒトタイプにこうかはばつぐんのようで、料理部は一人残らず行動不能に陥っている。

かく言う俺も、まだほんの少ししか食べていないのに先程から手の震えと冷や汗が止まらない。たった一巻きでもう胸一杯お腹一杯である。にこまきならいくらでもウェルカムなのに。

眼前に鎮座するは名前を言ってはいけない例のあの料理。

おかしい。どうしてこうなった。



時を遡ること十数分。


各々の作品を運び終えた代表者たちがそれぞれ別のグループに試食させるために寄りわけていると、料理部はいつのまにか試食を開始していた。

退出ゲームの際の演劇部と違い特に決められた司会進行はいないようだ。

……別に料理部に小粋な演出とかは求めちゃいないがもう少し何とかならないのか。

まぁそろそろこの学園にいられる時間も少なくなってきたし、早く進むのであればそれはそれでいいか。

グダグダな空気に若干呆れつつも事の成り行きを見守っていると、唐突にゴトリと重たい物がテーブルにぶつかる音がした。

音のした方を見れば料理部の一人がうつぶせに倒れている。

周囲の怪訝な視線が集まる中、彼女の手からフォークが滑り落ちカラカラと音を立てる。

その隣に座っていた料理部員もにわかに震え始め、やがて動かなくなった。

……これは、やはりそういうことだろうか。

思わず雪ノ下の方を見ると、雪ノ下も俺の方を見ていて何やら目配せしてくる。

雪ノ下は哀しげに目を伏せ、ゆっくりと首を左右に振る。

……そうか……やっぱり駄目だったんだな。意外と普通の見た目だったから大丈夫かと思ったんだけどな……。

ある程度予測されていた結果とはいえ、料理部を巻き込む事は本意では無い。出来れば回避してほしかった。

しかし由比ヶ浜の奇想天外な料理スキルを知っている俺と雪ノ下ですらその危険性を看破出来なかったのだ。初見の料理部が気付かないのも無理はない。

料理スキルというか暗殺スキルが向上してんじゃねえかよ……。由比ヶ浜ならきっと100億円も夢じゃない。

なにはともあれ、元々その能力に疑問は合ったが、料理部の全滅により仕切る人が完全にいなくなってしまった。

調理室にはどんよりと重たく停滞した空気が蠢いている。

どうすんのこれ?

おそらく次は全員での試食会に移るのだろうが、いかんせん明確なプログラムを知らないために動きづらい。

俺を含めた前に出てる人たちは座らされた椅子から動けず周囲を伺い、手持ち無沙汰でいたたまれない状況である。

ここでおどおどしていてもどうしようもないので、とりあえずこれもう戻っていいのかな? と、試しに立ち上がってみると、ほぼ同時にもう一人立ち上がっていた。

そちらを見ると、立ち上がっていたのは生徒会長だった。

相手もこちらに気付き、目を向ける。自然、目が合ってしまい何故かニカッと爽やかに笑いかけられる。

その笑顔は可愛いと言うよりも魅力的と言った方がより正確な表現で、その手のマニアが生まれるのも無理はないなと納得してしまうような代物だ。

っていうか目が合っただけで笑いかけるとかここ欧米かよ。そしてハグからの頬キスに続くんですね。わかります。

まぁそんな笑顔をいきなり向けられても困ってしまう訳で、キョドリつつ顔をそむけるぐらいしかできないんですけどね。

どこからともなく、キモ、という呟きが聞こえたがその程度で傷つく俺ではない。由比ヶ浜後で泣かす。

生徒会長は自らの行動で一人のいたいけな男子生徒が傷ついたとはつゆ知らず、機能しなくなった料理部を見限り、場を仕切り始める。

人望があるのかないのか、いやそりゃ生徒会長やっているくらいなんだからもちろんあるのだろうが、周囲の人間がそれを自然に受け入れた事に驚いた。

彼女は茶目っ気混じりに不甲斐ない料理部を揶揄しつつ冷え切った空気をどうにかしようとしている。

色々と言いたい放題言うが、人が人なら嫌味や皮肉と捉えられてしまうような発言でも、彼女が言うと不思議とそういった負の方向には向かない。

スパロボにおけるロム兄さんのような存在なのだろうか、この人なら仕方ないと思わせる何かがある。人、それをキャラクター性と言う。

彼女の尽力により、完全にお通夜状態だった調理室内の空気は一新され、控えめながらも和気藹々としたそれになっていく。

朗らかに溌剌と場を取り仕切る彼女は、人心を捉えてやまないことだろう。

人々の中心に立ち周囲をあまねく照らす様は、それはもう太陽さながらである。

わぁ眩しい。

益体もないことをつらつらと考えながら事態の趨勢を眺めていると、やがて代表者を除いた全員で試食会を始めようという流れになった。

「勝敗は各グループの代表者が判定をするということでどうだろう」

「公平な評価が出来るのであれば、それでいいと思います」

生徒会長の発言に対して真っ先に雪ノ下が答える。

他の面々も特に反対意見はないようで事は順調に進んでいた。

かのように思えた。

思えば、ここが分水嶺だったのだろう。

試食会が終わり、各代表者が前に集められる。

既に雪ノ下に視線だけで命令されていて、奉仕部の代表者は俺という事になっている。無駄な抵抗はしない。

他の代表者はといえば、隣人部からは羽瀬川、生徒会は会長、よくわからないモ部からはモブ。彼は村人っぽいから便宜的にノリアキと呼ぼう。勲章ものだね。

審査ルールの大筋は当初と変わらず、自分のグループ以外の作品を全て食べて判定をするというものだ。

会長の提案により、それぞれ同時に同じものを食べるという項目と、モ部、隣人部、生徒会、奉仕部の作品の順で食べるという項目が追加されている。

前者の意図は読めないが、恐らく後者は可能な限り正常な状態で判定を出来るようにという配慮の結果だろう。

料理部の惨状を目の当たりにしてしまったため、先の試食会では当然ながら誰もアノリョウリに手を付けなかった。

強制的に食べさせられる羽瀬川以外の隣人部の毒殺は失敗に終わりそうだが、一人殺れるだけでも、思いつきで穴だらけの作戦にしては戦果は上々だろう。

由比ヶ浜に手順を教えていた事を鑑みるに、雪ノ下は初めから毒殺の意思はなさそうだったし。まあ、ちょっと教えたところでどうにかなるものではなかったようだが。

まずはモ部の作品から。

ノリアキがいるしアリーメン的なものを期待したが特に上手くもなく不味くもない。料理が得意だから参加したというわけでもないようだ。

文化祭の浮かれた空気が彼ら彼女らを浮つかせたのだろう。その代償は大きい。

続いて隣人部。

まず目に付くのは、焼いた肉の上に適当に色々なものが乗せられた大皿だ。料理名はわからない。あるのかもしれないしないのかもしれない。だぶんないだろう。

他にあるのは小鉢に乗せられた、やたら小奇麗な仕上がりの作品郡でオシャレな店で出ててもおかしくないレベルのオシャレ料理。これは副菜として一品と言うことか。

そして最後に、包丁すら使った形跡のないサラダ。サラダと言うよりむしろ草。例えるなら、小学生の頃学校で飼育していたうさぎにあげていた乾燥していない方の餌が一番近い。

誰が作ったのかは知らないが、このサラダからは若干シンパシーを感じる。省エネ万歳、素晴らしきは省エネ精神かな! ただの怠惰とも言う。

さて、実食に移ろう。最初はサラダらしい。

これはわざわざ食べるまでもない気がする。ヒッキー知ってるよ、これは草だって。

まぁ食べずに決めつけるのは食材にも作った人にも悪い気がするのでちゃんと食べますけどね。

生野菜が盛られた皿にフォークを入れると瑞々しい音がする。

もちろんドレッシングなんて洒落たものはかかっていない。

……うん、草だね。

もっしゃもっしゃと草を食んでいると、まるでうさぎになったかのような気分に……あれ、俺うさぎなの?

戸塚が好きな動物って確かうさぎだよね?

ということは、ということはだよ。

つまり戸塚は俺が好きって事でいいってことだよね!? ね!? 違うか。

戸塚への慕情は後で語るとして、次はお楽しみの副菜である。

食欲をそそる匂いに期待が高まる。昼食としてイタリアンを食べたには食べたが、なんだか相当前のような気がしていたところだ。

否が応にも高まった期待は実際に食べても裏切られず、箸が進む進む。

走り回ったり頭を使ったりで小腹が空いていた事もあり、割り当てられた量はすぐになくなってしまった。

さっきの試食会のときに隣人部のところに人が群がっていたのはこれが理由か。

この料理であればいくらでも食べたいくらいだ。ノリアキもむしゃむしゃ食べているし、会長も驚きに目を見開いている。

「これは相当美味いな。作ったのは誰かな?」

「あ、俺です」

羽瀬川が控えめに手を挙げて答える。

いるよね、言葉の最初に『あ』ってつけるやつ。俺です。

あれ勝手に出てくるしほんとになんなんだろうね。五十音の最初だし会話の開始としては相応しいのかもしれないけど。

サンスクリット語の阿も不滅とか無限とかの意味があるらしいしいやこれは意味わからないな。

今の羽瀬川の言葉に当てはめれば「無限、俺です」になるし。どういうことだよ。

「ふむ、これは君が作ったのか! 名は何と言う?」

「こだ……は、羽瀬川小鷹です」

……自重したか。流石に衆人環視であの自己紹介をやるほど剛胆ではなかったらしい。

俺は次にチャンスが来たら絶対やるけどね!

「なるほど、小鷹か! よし! 小鷹、生徒会に入らないか?」

「い、いきなり呼び捨てですか!?」

「おや、気にくわなかったか。そう言うのであれば控えよう」

「別に嫌ってわけじゃないですけど……」

「なら問題ないな! そうか生徒会に入ってくれるか! これで生徒会の食糧問題は解決だな!」

「いや入るなんて言ってませんけど!?」

「そうか? 入らないとも言っていなかったからな。てっきりもう入ったものかと」

「展開と勘違い早すぎですね!」

会長のパワーに圧倒されている羽瀬川。たじたじ、と表現してもいいかもしれない。美人に迫られているヤンキーの画がそこにあった。おいおいどこのギャルゲーだよ。

にしても、あの会長の近くにいたらツッコミスキルかスルースキルがカンストしそうだなぁ。

うちの学校にはいなくてよかった。いてもどうせ関わる機会はゼロに等しいだろうが。そもそも生徒会長が誰だか知らない。

「はぁ……。ヒナ、そこまでにしておけ。羽瀬川くんが困っているだろう」

溜息をつきながら副会長が会長へと近づき止めに入る。呆れ顔をしていることから、普段からこの調子だと言う事が伺える。気苦労が絶えなそうだ。

かくいう俺も横暴な部長と乱暴な顧問に悩まされているのだが。

きっとあの副会長とは美味いMAXコーヒーが飲める。今度会ったら一箱プレゼントしようと思う。確実に二度と会わないけど。

「すまなかったな、羽瀬川くん。ヒナもあれで悪気がある訳じゃ無いんだ。許してやってくれ」

「いえ……あれくらい別に構わないですけど……」

副会長の謝罪に気圧されている羽瀬川。たじたじ、と表現してもいいかもしれない。美人に迫られているヤンキーの画がそこにあった。おいおいどこのギャルゲーだよ。これ二回目。

まぁ羽瀬川はギャルゲー主人公に必須な2大スキルの片方を所持しているからな。きっと奴ならこなせるだろう。けっ。

「ははは、いきなりですまなかったな。だが小鷹、生徒会の門はいつでも開かれているからな!」 

あまり悪びれた様子もない会長がぽんと羽瀬川の肩に手を置く。

「はぁ……そうですか」

羽瀬川はいきなり触られて驚いた様子だったが、噛まずに答えられたのは素直に凄いと思う。

ぼっちはただでさえ他人との接触が少ないのに、いきなり美人に触られたりしたらそれはもう盛大にキョドる事だろう。

ソースは俺ではない。

何せ俺の周りにいる美人は言論暴力部長と暴力教師だからな。まず触られもしないし、触られてもそれは殴られるのとイコールなのだからキョドる暇もない。

とにかく、会長の暴走が静まった。この隙にさっさと次に進もうとこの会場にいる誰しもが思ったようだ。なんだろうこの無駄な一体感。

隣人部の最後の作品は肉料理。

この謎の肉料理は小皿に寄り分けるのが難しいようで、大皿の周りに集まって食べると言う形式になっている。端から見たら樹液に集まる虫のようだろう。

味は……別に不味くはない、といったところか。火もちゃんと通ってるし。とりあえず全部焼いてみました感が出ているのさえ気にしなければ問題なく食えるだろう。

会長も似たような事を言いながら羽瀬川に話しかけている。どうやら羽瀬川の生徒会への勧誘はまだ諦めていないようだ。

何かと話しかけては、羽瀬川を困らせ、副会長に諫められている。端から見ていると、十年来の既知の間柄のようなパターンが既に出来上がっているように思えた。



「……死ねばいいのに」


不意に、ぼそりと呟きが聞こえた。

大勢の人間がいる空間でも、ふと静かになる瞬間がある。

その瞬間を狙って示された明確な敵意。あるいは悪意。

発生源は、黒髪鬱美人。

その昏い双眸は何を見ているのか。


強い光はより強く陰を落とすものだ。

虐げられた者、負い目引け目のある者は、その陰へと追いやられ――あるいは自ら進んで――深みへと嵌っていく。

世間はそれを日陰者と後ろ指さし、なんなら前からも指す。

確かに危険人物も多いからある一面では理解できなくもない。

いつだったか、クラスの最低カーストに属する奴が火炎瓶の作り方とか調べてたし。

指さし確認は大切だよね。KY活動KY活動。くうきよめない、じゃないよ?

ともあれ、中には好きこのんでそこへ行く者もいるのだから一緒くたにするのは控えて欲しい。

むしろ俺レベルとなると暗くてじめじめしたところにいた方が能力を発揮できるまである。フ……やはり闇は心地好い……。

いやほら、あれだから。もやしも日光に当てると逆に細胞が貧弱になるのと一緒だから。中二病じゃないから。シャキシャキしないもやしに価値なんてないだろ?

まぁ俺の話はいい。

俺はもう日陰者とかヒカレガヤとか何と呼ばれようが構わないし、気にもしない。そういう事を冗談ではなく本気で言うような奴は、こちらが反応しなければすぐに飽きるからな。

だが、気にしてしまう者は。自ら陰へと沈んでいく者は。

日陰者だと自覚したことに傷つき、そんなことで傷ついた自分にさらに傷つく。

負の連鎖が続くうちにやがてその陰は凝り、敵意や悪意へと変貌し、最終的には害意となる。

その害意の対象がどこへ向くかは誰にもわからない。恐らく、本人でさえも。



一気に氷点下まで冷え込んだ空気を変えるように、副会長が次を促す。

そのおかげで、一応は進行は再開されたが、気まずい空気はそう簡単には払拭できない。

居心地が悪過ぎる。

さっさと食べてしまって早く終わらせたい。俺は生徒会のが終われば後は見てるだけだし。

もうおざなりにいこう。

一品目、抹茶。完全に粉をお湯で溶いただけ。作った(?)のは赤髪ロリ。まあ普通に美味い。ほぼ既製品だし。

二品目、どうして調理室で作ろうと思ったのか想像できないフライドポテト。作者は副会長。美人。

三品目、会長が作った、ネギやセリ、ミョウガにシソなどの薬味満載のお粥。誰か風邪引いたの?

以上、生徒会の皆さんでしたー。


ようやく奉仕部の番である。

俺はこの後必ず食べなければならないものは無いので、箸やフォークを脇に寄せておく。食器はもう片付けておこう。

最初に消費された俺のヘルシーナチュラルオーガニックサラダのことはいい。誰に対しても何に対しても何の影響もない。

雪ノ下のゆりゆりみそ汁は、やはりと言うか当然というか好評である。

美味い美味いと口々に褒められている雪ノ下は泰然としつつもどこか得意げで微笑ましい。

百合根に興味を持った会長が雪ノ下に調理のコツ等を2、3質問した後など、溢れんばかりのドヤ顔を俺に向けてきたぐらいだ。

たぶん雪ノ下の中では何かしらの勝負が繰り広げられていたのだろう。

だがそれですら単なる前座でしかない。

全ての流れは、加速度的に収斂して行く。





つづく


今回はここまで

次回は次の週末(まで)には出来ると思います

ちなみに、あと2、3回の投下で終わると思います


では、また

おはようございますどうも>>1です

今日は半休なため、夜中辺りに投下できると思いますがんばります

さて、皆さんお待ちかねの時間がやって参りました。

本競技のメインイベント、アノリョウリの審査式です!

どんどんぱふぱふ~と脳内で誰かの合いの手を妄想しつつ脳内実況を開始する。もちろん実際は何もしていない。というか何もする必要が無い。

後は勝手に各々が自滅していく様を見届ければいいだけだ。高みの見物とはこのことである。

不幸にも巻き込まれる事になった会長とノリアキに合掌。南無南無。

唯一の救いは試食会の分とは別に寄り分けて分配していたため、量が少ないということだろうか。

しかし料理部が一口で逝っているため、結局のところ完全にオーバーキルであることには変わりないのだが。

見えてる地雷を前に、流石の元気溌剌エネドリ会長でさえ顔が引きつっている。

ノリアキは露骨に嫌そうな顔をしていて、羽瀬川に至っては無表情だ。

誰しもが動くに動けず、膠着状態が続く。

その隙に、と言うわけでもないだろうがいつの間にか由比ヶ浜がすぐ傍に来ていた。

由比ヶ浜は後ろから俺の肘あたりを引っ張る。

俺はびっくりして驚いた。振り返った。

「ヒッキー、ちょといい?」

小声で話しかけてくる由比ヶ浜の顔が思いの外近くて更に驚く。なんでこいつはこうも距離が近いのか。

髪が触れそうな距離に図らずもドキドキしてしまう。動揺してるの? 緊張してるの?

「どうした?」

「このままじゃさ、なんか進まないっぽいからあたしのはもう食べなくていいんじゃない?」

どこか諦観にも似た表情を滲ませながら言葉を続ける由比ヶ浜。

「料理部のあの状態を見たら、今回もダメだったのはわかるし……」

「まぁ、それはそうだろうな」

恐らく、いや、確実に全員がわかっていることだ。

もはや暗殺、毒殺の体をなしていない。ここでやめることも選択肢としてはアリか。

ちらりと雪ノ下を窺うと、何事か察したのかはたまた聞き耳を立てていたのかは知らないが、こくりと頷く。

そもそも事の発端は完全に悪ノリであったのだ。これ以上由比ヶ浜にこんな表情をさせるのは筋違いというものだ。

「確かにこのままじゃ埒が明かないしな。奉仕部は棄権ってことにするか」

横の三人にも聞こえるように言う。

羽瀬川とノリアキはあからさまにほっとするが、会長だけは難しい顔をしている。

「待て、それでは『公平な評価』を下せないだろう」

……なんとまあ、律儀というか生真面目な人だな。

周囲の視線が自身に集まると同時に、会長は言う。

「私から食べよう。皆はその上で判断するといい」

……かっけぇ。やばい、この人、格好いいぞ。

「か、会長……」

羽瀬川もノリアキも憧れの眼差しを会長に向ける。

会長は頷くと、フォークを持ちアノリョウリへと手を伸ばした。

刹那、またしても冷めた声がする。

「偽善者め」

ピシリ、と空気が凍る音が確かに聞こえた。

「そんなゴミ、どうせ不味いんだから捨てればいいだろうに」

……あー、なんつーか、今更俺が言うのもなんだけどさ、ちょーっとそれは失礼なんじゃないですかね。

由比ヶ浜は薄い笑みを顔に貼り付け困ったような顔をしている。それを見て瞬時に、ほとんど反射的に決意が固まった。

「……おい、せめてそういう事は食ってから言えよ」
「三日月さん、よく知りもしないものを批判するなんておかしいと思わないの?」

俺の台詞とほぼ同時に雪ノ下が言葉を発する。

「ゆきのんっ!」

雪ノ下の助け船に歓喜し飛びつく由比ヶ浜。あれ? 俺も似たような事言ったよね? なんで俺には飛びつかないの? いや飛びつかれても困るんだけどさ。

うるさそうに身をよじる雪ノ下だが本気で嫌がっているようには見えない。……だからちょっと頬を染めてんなよ。

まぁ仲睦まじいのは結構なことだが、でもこれってあれだよね。あのパターンだよね。

「ちゃんと食べて、知ってから酷評するのが道理ではないかしら」

「酷評するのは確定なんだ!?」

いやいやお前驚いてるけど上げて落とすのは雪ノ下の常套手段だろ。俺の場合は上げられもせずに落とされっぱなしだけどな。

っていうか完全に俺の発言はなかったことにされてるな。

「そのつもりよ。あなたも言ったように、料理部の反応を見れば想像に難くないわ。……私は審査員ではないから私の評価になんの意味もないけれど」

言いながら一瞬だけ俺の方に視線を送る。

……なかったことにされてはいなかったらしい。

お前に言われなくても、そうするつもりだっつーの。

雪ノ下は由比ヶ浜を引き剥がすと、黒髪鬱美人を真正面に見据える。

「それでもちゃんと食べて、ちゃんと評価するわ」

「ふん、そうまで言うなら今食べてみろ」

黒髪鬱美人は若干たじろぎながらも対決の意志を見せる。

「ええ、もちろんよ」

雪ノ下はつかつかと俺の目の前まで来ると、机の端に置いておいたフォークを掴み、皿に手を伸ばす。

「ちょっ、雪ノ下、待て

俺の静止も聞かず、パクリと一口食べてしまった。

「それ……俺のフォーク……」

俺の呟きは誰にも聞こえず、ただただ空気に染みこむだけであった。


「由比ヶ浜さん……いくらなんでもこれは酷いわ……。今までで、一番酷い。最低、いえ、最悪ね」

近くの椅子に倒れ込むように座りながら、息も絶え絶えにそう評す。

「ご、ごめん、ゆきのん」

予想以上の酷評だったのか、ほとんど泣きそうになりながらも謝る由比ヶ浜。

「……だから、次は一緒に改善策を探しましょう」

「……うん!」

由比ヶ浜はまたしても泣きそうになりながら頷く。

そんな二人の姿を、黒髪鬱美人はただひたすら昏い目で見ていた。

事態は流れ続ける。

雪ノ下は幾度も由比ヶ浜の料理を食べていた経験からか、そこまで深刻なダメージを受けている様子はない。

対して俺は、体が思うように動かない。

覚悟は決めたものの、木炭クッキーのあの衝撃的な刺激を体が覚えていたらしい。

体が脳からの指令を拒絶している。

「ヒッキー……」

……ああもう、そんな子犬のような目で見るなよ。

「嫌だったら食べなくても……いいよ……」

「既に一杯食わされてるんですが……」

いたいけな視線といじらしい台詞に耐えきれず、軽口がついてでた。

「へ? まだ食べてないじゃん」

本気で訝しがる由比ヶ浜の横で、雪ノ下が一瞬クスリとしたが慌てて口元を引き締める。

努めて無表情を装ってはいるがまだ僅かに口の端が緩んでいるので内心ニヤついてるのはバレバレである。

「そうよ比企谷くん、何を言っているの? まだ食べていないでしょう?」

「お前はわかって言ってんだろ。この状況作ったのはお前なのに何食わぬ顔してんじゃねえよ」

ふい、と顔を逸らし目を瞑ってぷるぷると肩を震わせる雪ノ下。

ああ、そうなんですね。雪ノ下さんこういうの好みなんですね。ちぃ覚えた。

「……私は食べたわよ。そんな顔はしていないわ」

「それもわかって言ってるな。ホント、食えない奴だな」

「そ、それでうまいこと言ったつもりかしら」

「いや、どう考えてもまずいだろ」

アノリョウリを指差しながら言うと、雪ノ下はとうとう堪え切れずにぷっと吹き出す。

ツボに嵌ってしまったのか喉の奥でくつくつと笑い続けている。

よし、勝った! ……雪ノ下に謎の勝負に勝ったところでどうにもなりはしないんだけどね。そもそも勝負なのかもわからないし。

ひとしきり笑ってようやく落ち着いた雪ノ下は、取り繕いながらもきっちり命令してくる。

「んんっ……比企谷くん、訳の分からない事を言っていないでやるべき事をやりなさい」

君は、死ねと命じられたら死ねるか?

死にたくありませぇん!

俺が調査兵団に入団していると、すぐ傍から消え入りそうな声が聞こえる。

「まずいとか……わかってるけど……ヒッキーひどいし……」

……もちろん死にたくはない。

でも、死ななきゃいけないときもあるのかもしれない。

まぁ、元よりそのつもりだ。

それに昔から孤独な学校生活を送ってきていろいろな罵倒や顰蹙、軽蔑に嘲笑を受けても折れずに生き残ってきたのだ。

蠱毒的なノリで毒に耐性が出来ていてもおかしくはない。

なんだかんだ言っても一度由比ヶ浜の木炭クッキーを食べた事があるのだ。あの時と同じと考えればどうにかなるだろうそう考える事にしようよし覚悟完了!

「はい、比企谷くん」

ずっと持ったままだったフォークを差し出してくる雪ノ下。逃げるなってことですね。

てかそのフォーク……いや、今更言えない。気付かせたらたぶん俺が酷い目に遭う。

「へいへい。食べますよ、食べりゃいいんでしょ」

雪ノ下は超嫌そうに受け取る俺を見て柔らかく微笑む。何? 俺が苦しむところを見るのがそんなに嬉しいの? 性格悪過ぎだろ。

「初めから食べるつもりだったくせに」

少しだけ顔を寄せて、悪戯っぽく小声でそう言う雪ノ下。

「……俺をドMかなんかと勘違いしていないか? それはただの勘違いだ」

「あら、ではなぜお皿は片付けたのにフォークは残しておいたのかしら。しかも随分と取りやすい位置にあったけれど」

「……お前は日本文化を勉強し直せ」

「言わぬが花、と言いたいのかしら? 万事が万事そうとは限らないわよ。そうよね? 由比ヶ浜さん?」

「う、うん。……ヒッキー、ありがと。やっぱり優しいんだね……」

ぽしょりと呟いたその言葉は聞こえるか聞こえないかの微かなものだった。

だから、俺はこう答える。

「優しくは、ないな」

意を決して一口。

俺は塩の歴史へと想いを馳せ、そして雪ノ下に引き戻される事になる。

「おかしい、どうしてこうなった」

言うなれば、それは柔らかい岩塩。もちろん岩塩をそのまま食った事などないが、恐らくきっとたぶんもしかしたら確実にこんな感じ。

決意や覚悟だけではどうにもならないのが再確認された。再確認したところでそれを決意や覚悟でどうにかしなければならないのが現状でありしかしやはり決意や覚悟ではどうにもならない事は既に再確認されているがそれをどうにかするのが……

アカン、こんらんしてきた。

しかも何故か涙か出そうになる。汗も止まらない。体が塩分の排出を求めているのだろう。

こんなに泣きそうになったのはあれだ、金剛ちゃんが轟沈したとき以来だ。

というかあのときは本当にちょっと泣いた。2-4のボス強過ぎだろ。

でも大丈夫。俺ももうすぐそっちに、ヴァルハラにいくから。もう寂しい想いはさせないよ……。あと残り3口で逝くからね……。

逝きます! ファイヤー!

「な、泣くほどなのか……」

完食し、金剛ちゃんにまだ早いとヴァルハラから追い返された俺の横で、羽瀬川が呟く。

「……そうだな、泣くほどだ。……泣くほど上手いぞ」

食べた上での俺の評価。そもそもが主観である以上、事の真偽はどうでもいい。

重要なのは雪ノ下や会長の言葉を借りれば、『公正な評価』が出来るのは現状俺だけであるということだ。

つまりこれを覆すためには、必ず食べる必要があるということだ。

そして、食べたところで耐え切れるかは微妙であり、仮に耐え切れたとしても戦力低下が見込める。

どちらにせよ、奉仕部に有利な状況だ。

転んでもただでは起きない、むしろ一緒に転ばせる。下衆な作戦をとらせたら俺の右に出る者はいない。

たぶん今の俺は普段より20割は目が腐っている。え? 20割って言わない? 知ってたしってた。

雪ノ下が食べてしまったのは予定外であり想定外ではあったが、耐性があったため奉仕部としての損害はそう酷くない。俺は元から戦力外なので問題無し。

ここで羽瀬川を脱落させれば御の字、勝ちを得るだけでも雪ノ下の体力は消耗していないため結果的にプラスとなるのだ。

しばらく三人は無言での牽制をし合い、泥試合の様相を呈していた。

その横で俺は先程から水を大量に飲んでいる。お水おいしい!

「無理して全部食べなくてもよかったのに……」

「……別に無理はしてねえよ。本当に食えないような物だったら食わねえし。だいたいあれだ、出された料理を残すなんて将来誰かに養われたときに愛想尽かされちゃうだろ」

「ついに家事もしなくなったのね……。それもう完全にヒモじゃない……」

「あ、あはは……。でも、ヒッキー、ありがとね」

「やめろ。今回は本当に礼を言われる筋合いはない。むしろ悪かったのは俺だ」

「そうね……私たちが悪ノリしたせいであなたを晒すようなことになってしまって……。ごめんなさい」

「それでも、あたしは嬉しかったよ。だから、ありがとう」

「由比ヶ浜さん……」

またぞろ百合世界に突入する流れだなこれ……。お水おいしい!

「……ところで由比ヶ浜。一応聞いておくが、なんでこんなに塩を入れようと思ったんだ?」

「あ、それはね、たまごの泡立ちが良くなると思って。ふんわりしてたらおいしそうじゃん?」

得意げに言うなよ。その自信はどっからくるんだよ……。

「確かにメレンゲを作る際には入れることもあるけれど……どうしてこの子はピンポイントで必要性のない無駄な小技を知っているのかしら……」

「違うだろ雪ノ下。そこじゃないだろ。そもそもなんで泡立たせようとしたのかが問題だろ」

「いえ、そこを突いてしまったら深みに嵌るから。スルーが正解よ」

「そうですか……」

誰か雪ノ下に由比ヶ浜検定一級をあげて下さい。

事態は唐突に流れる。

最初に動くのはやはり、会長。

食べるといった手前引けなかったのだろう、ついにアノリョウリを口に運んだ。

口に入れた瞬間、一瞬肩が跳ねたがその後は目を瞑り静かに咀嚼を続けている。

彼女の細い喉がこくりと僅かに動き、嚥下運動が確認されたと同時に、得も言われぬ感動が胸の裡を走る。お水おいしい!

すげえ……流石だぜ会長……乗り越えやがった……。

だが、再び目を開けた会長にはさっきまでの闊達とした雰囲気は既にどこにもない。

無機質な声で「外の空気を吸いたい」と言い残し窓から出て行ってしまった。

え、窓から!?

副会長たちが慌てて追いかけると、その手のマニアたちもその後を追う。

とにかく、ここが一階で本当に良かった……。

生徒会がいなくなり、観客すらいなくなった。

再び流れが止まると思われたが、会長の様子を見て何か悟ったような顔をしたノリアキが後に続く。

彼は聖泉に呑まれ、星になった。

部員という名のイスラに運ばれて、世界の果て(保健室)を目指すのだろう。お水おいしい!

由比ヶ浜の毒殺スキルの百発百中で一撃必殺の壊れっぷりに驚きを隠せない。ここまできたらむしろ誇っていいかもしれない。

もちろん、当の由比ヶ浜は誇らしげな表情などはしていない。

……これで、残るは本来の標的である羽瀬川のみである。

「羽瀬川、お前で最後だぞ」

無性に早く終わらせたくなっていた俺は羽瀬川を促す。

「あ、ああ……わかってる」

羽瀬川も、もはや逃げ道はないと悟ったのか恐るおそる由比ヶ浜が作ったカルボナーラをフォークに巻き付けていく。

油の切れた機械のようにギクシャクとした動きを見て、由比ヶ浜が声をかける。

「羽瀬川くん、無理に食べなくてもいいんだよ? 食べなかったらあたしたちの勝ちになっちゃうけど……」

「い、いや、大丈夫だ。ちゃんと食べる」

そう答えたものの、なかなか動けずにいる。

無理もない。目の前で大量の人間が大なり小なりおかしくなっているのだ。致死率で言えば8割を超えているからな。

目を瞑って何度か頷いたあと、かっと目を見開き、ついに食べようとした。

食べようとした、その瞬間。

ぱしっ、とその手がはたかれる。

はたかれた手からフォークが飛び出し、はたいた手が慌ててそれを追うが、床に落ちる金属音がした。

次いで聞こえたのは、ぐちゃ、という何かが潰れるような音。

あまりの出来事に、誰もが固まった。

それを引き起こした、黒髪鬱美人自身ですら。





つづく



今回はここまで


>>1は決して夜空が嫌いなわけではありません。むしろはがないで一番好きです。念のため。

次回はまた来週に

恐らく最終回です

小町の次回予告のコーナー!


はーい! 今日も☆明日も★小町だよっ!

最近めっきり秋めいてきたねー

空が高くて、空気もひんやりきもちくて

遊んだりするのに適した季節だけど小町は受験生なのでもう少し我慢!

でも気分転換にお兄ちゃんとお散歩に行くからつまんなくはないかも!


そんなこんなで次回予告!

ある日の放課後、雪乃さんの携帯に届いた意味不明な一通の謎メール!

今日も今日とて依頼がなく暇な雪乃とお兄ちゃんは、なんとなくその謎を解く事に!

そこに隠された驚愕の事実とは!?


次回、生徒会探偵小町 第88話『電子メールは謎すぎる』乞うご期待!

見てくれなかったら小町ポイントマイナスってもうこれ小町関係ないよね!


小町は……比企谷小町。探偵さ……。

ねくす小町'sひーん!

『か く じょ し!』トゥウィートゥウィー


「夜空……あんた、何やってんのよ……」

金髪ビッチが呆れとも同情ともつかない声を出す。

「……三日月さん、それは、どういうつもりかしら」

次いで、雪ノ下の声がした。

怒りに震え、今にも飛び出して掴み掛かりそうな声音だ。

冷静な振りして意外と感情的な雪ノ下だが、あそこまで怒っているのは初めて見る。

かく言う俺も、今現在は冷静だとは言い切れないが。

「悪い! 俺の手が滑ったんだ!」

一触即発の雰囲気に慌てて取りなす羽瀬川の声。

それならいい。例えわざとだとしても、それだけならまだ許せた。

しかし、それだけではなかった。

「そう。ではなぜ、由比ヶ浜さんの料理が床で潰れているのかしら」

「ち、違う……私は、踏むつもりなんて……」

猛烈な怒気を孕んだ追及に戦きながら答える黒髪鬱美人。

その様子から察するに、はたくだけのつもりだったのだろう。踏んでしまったのは偶発的なことだったのだろう。

それでもやったことには変わりない。起きてしまった事は変えられない。

決して、変えられはしないのだ。

「謝りなさい」

「……」

「聞こえているでしょう? 謝りなさい」

「……」

「……謝る事も出来ないのね。あなたみたいに劣等感が人の形を成したような人間には幾度も出会ってきたけれど、ここまで下劣なクズは初めてだわ。
どうしてそんなふうに生きていけるのか理解に苦しむわね。したくもないけれど。ほんの僅かな知能と自尊心があれば絶対にあなたみたいには生きていけないのだけれど」

いつも以上に、そして過剰に口汚く罵る雪ノ下。

「雪ノ下、やめろ」

お前がそんな口を汚す必要は無い。何より、そんなお前を由比ヶ浜に見せたくない。

俺が止めに入ると、僅かに哀しそうな顔をして雪ノ下は矛先をこちらに向ける。

「比企谷くん……何故止めるの? あんなことを見て何も思わないの? ……クズだクズだとは思っていたけれど、ここまでとはね。ほんの少しでもあなたを信頼していた私が馬鹿だったわ」

「ゆ、ゆきのん! あたしは大丈夫だから! 気にしてないからそんなに怒らないで!」

「いいえ、怒るわ。大切な友人がここまで虚仮にされて怒るなと言うのは無理な話よ」

大切な友人。

そうだ。

あいつは、雪ノ下は由比ヶ浜の事をそう思っているからこそ、いつになく激高しているのだ。

なら、黒髪鬱美人は。

「なあ、なんでお前はそんなことをしたんだ?」

何を思って、何を感じて行動を起こしたのだろうか。そう考えたときには既に言葉を発していた。

流れを断ち切って放たれた質問に全員の視線が集まる。

その無言の圧力に、押し黙っていた黒髪鬱美人が躊躇いがちに口を開く。

「あの糞生徒会長やそこのビッチが小鷹にベタベタと馴れ馴れしくするから、妬ましくて……」

後半になるにつれどんどん小さくなっていく声。それでも、確実に聞き取れる程度の大きさだ。少なくとも、俺には聞こえた。

それなのに羽瀬川は。

「……え? なんだって?」

「小鷹……お前は……。……なんでもない……もういい」

羽瀬川の反応に、黒髪鬱美人の表情は抜け落ち、再び黙りこくる。

あんなことまでしでかしてしまった嫉妬心。純粋に羽瀬川を助けたいという気持ち。

それらは確実にそこにあったのだ。

それを、こいつは。

黒髪鬱美人に感じたものとは別の種類の怒りがこみ上げる。

「おい、羽瀬川。聞こえなかったんなら俺が言ってやる。三日月は、会長や由比ヶ浜がお前と仲良さそうに

「やめろ!」

俺の台詞を途中で遮るように叫ぶ。

やはりこいつは、わかってやっている。

中途半端な関係でいたいだけなのだ。

先に進もうとする黒髪鬱美人。

それをなかったことにする羽瀬川。

あらゆる変化を恐れ、認めず、選択もしない。

変わってしまったら、もう戻れない。得てしまったら、いつか失ってしまう。

起きてしまったことは変えられない。事実は動かせないし、発言も撤回できない。

その恐怖も痛みも理解できる。俺だってそれは怖い。

だが、それが嫌なら、怖いのなら遠ざければいい。遠ざけるのが無理なら、自分が遠ざかればいい。

逃げるのだって立派な選択のひとつだ。

俺は、逃げるのが不誠実な事だとは思わない。それが、相手からの行動を受けて、それに対する回答なのだとしたら。

こいつがやっているのはそうではない。

関係を動かす事実の抹消、先送り、引き延ばし。

相手が起こした行動そのものを無かった事にしているのだ。それは無視ですらない。

相手の感情も、自分の感情すらもなかったことにする、残酷で、不誠実で、不愉快極まりない最悪の行動。

……この感じ、なんだろうな。

きっと、こいつのやり方を認めてしまえば楽なのだろう。

それでも、こいつ様子を見ていると、なんかこう、もやもやするんだよ。

だってそれは俺が憎んだ詐欺で欺瞞な日常そのものじゃねえか。

表面上やってることは俺も大差ないのかもしれない。

俺もこいつら同じなのか?

違う。

違わなければいけない。

自分がそう思ってしまうのも、誰かにそう思われるのも、俺はごめんだ。

「……で、どうするんだ? 食うのか?」

羽瀬川に問いかける。

もし、由比ヶ浜の料理を食べれば黒髪鬱美人、いや、三日月の行為を、好意を無碍にする事になる。

逆に食べなければ、それを少しでも汲む事になる。

「選べるのか、お前に」

図らずも言葉が出てしまう。全く冷静ではない自分を自覚しながらも止められない。

「…………俺は、たべ

「食べなくていいわ」

答えかけた羽瀬川の言葉にかぶせて柏崎が言う。

「一勝くらいくれてやってもいいわ。ただ、今までは雪乃ちゃんに遠慮してたけど、今後は全力でいかせてもらうから」

「あら、手加減していたと言うのかしら。舐められたものね」

「だって、雪乃ちゃん負けず嫌いでしょ? 全力でやったらたぶんあたしが勝っちゃうし」

「……言ってくれるわね。いいわ、次の種目のルールはあなたたちだけで決めなさい。それでも私たちは負けないから。二人とも、それでいいかしら?」

柏崎の発言は気遣いなのか挑発なのかは定かではないが、もちろん雪ノ下は後者として受け止めたようだ。

「あたしは、ゆきのんがそれでいいなら。あたしだって、負けるつもりはないけど」

「最初の約束、忘れてないでしょうね。あたしが勝ったらあんたは雪乃ちゃんの前から消えなさい」

「由比ヶ浜さんは『あんた』ではないわ。気をつけなさい」

「ゆきのん大丈夫だよ。あたしは気にしてないから。それよりもちょっと落ち着こう?」

ますます激高する雪ノ下をどうにか落ち着けさせようと試みる由比ヶ浜。

それを見て、柏崎の目が嘲りの色を見せる。

「あんた名前ですら呼んでもらえてないのね。本当に仲が良いのかしら、由比ヶ浜さん?」

その言葉に、一瞬だけ僅かに顔を歪める由比ヶ浜。

……隣人部は、揃いもそろって、どこまでいっても俺の敵のようだ。

「呼び方だけが仲の良さの指針じゃねぇだろ。ギャルゲーと一緒じゃねぇんだよ」

「はぁ? うっさいわね。モブがあたしに意見するなんて何様のつもり?」

「モブ様に決まってんだろ」

まぜっかえして答えると、柏崎は苛立ちを見せる。

「で、あんたは雪乃ちゃんの案に賛成なの?」

苛つきながらも雪ノ下の意志にだけは沿うらしい。

「……俺もなんでもいい。お前が勝ったとしても恥ずかしくないルールならな」

俺の答えを聞くと、話は終わりだとばかりに鼻を鳴らして、雪ノ下に粘着質な視線を向けている三日月の方を向く。

「決まりね。移動するわよ」

調理室の片付けを終え、今は移動中である。

「ゆきのん、そんなに怒らないで。少し落ち着こうよ」

未だ怒り冷めやらぬ様子の雪ノ下に恐るおそる声をかける由比ヶ浜。

そんな由比ヶ浜を見て、雪ノ下は大きく深呼吸する。

「気を遣わせてしまったみたいね。ごめんなさい。もう大丈夫よ」

いくらか穏やかな声を聞いてほっと胸をなで下ろす由比ヶ浜。

「良かった。一応勝てたんだし、ホントにあたしは気にしてないからね」

料理大会は4グループの内、3グループが脱落・棄権したため、残った奉仕部の勝利となった。

現在の戦績は4対2。俺たち奉仕部が勝利に王手をかけている状態だ。

しかし戦況は有利に進んでいるとは言え、雪ノ下の残りの体力を考えると次で決めなければならない。

彼女の体力が尽きてしまえばジリ貧となり、恐らく、負ける。

つまりは、次が最終決戦となるのだ。

目的地は、体育館。

体育館となると、場所を取るもの、安直に考えればスポーツ系だろうか。

ぱっと思いつくのはバレー、バスケ、あるいはバドミントンあたりか。

バドミントンはともかく、前二つはちょっと自信ないな……。集団競技だし。

特にバスケは駄目だ。なんかリア充っぽいし、諦めの早い俺はすぐに試合終了しちゃう。

あとあれ、travelingもするな、絶対。

なんてくだらない事を考えていないと、先程の事を思い出して俺まで怒りに支配されてしまいそうだ。

怒るのは雪ノ下に任せて、俺は冷静で正確な状況判断に努めるべきだ。

無論、勝つために。

到着。

この学園の体育館は通常の学校に比べてかなり大きい造りになっている。

重たい鉄扉を開けると、思わず怒りも忘れて唖然としてしまった。

「これは一体、どういう状況かしら……」

「すごい光景だね……」

俺たちが見たものは、色とりどりに彩られた人、人、人。

中には人でないものまでいる。

夏と冬の某大型イベントもかくやという程のコスプレした人々。

それらが、飛んだり跳ねたり走ったりしている。応援している人ももちろんコスプレしている。

「ディスティニーランドだってここまでじゃねえだろ……」

「比企谷くん、一応言っておくけれど、パンさんたちはコスプレではないわよ? もちろんゲストの事を言っているのよね?」

「は、はい! もちろんです!」

多少落ち着いたとは言え、普段より遙かに不機嫌度が高い。そんな雪ノ下がにっこりと笑いかけながら言う様は有り体に言って、超怖かった。

パンフレットによると、ここは本日の目玉『コスプレ運動会』なるもののメイン会場だそうだ。

参加者は元より、観戦者までもがコスプレを強いられるという徹底ぶりに軽く引く。

校内の異様なレイヤーの数はこれが原因らしい。

広大な体育館内で行われているのは、予想していたバレー、バスケはもちろん、卓球やフットサルなどメジャーなものから、ペタンクやスカッシュ、超短距離障害物競走に半径5メ

ートルリレーなどマイナーであったり外でやれよというものまである。他にも意味不明なものが数多くあるが、ぬるぬる借り物競争や妄想騎馬戦などは無視していいだろう。むしろ

そうするべきだ。

これだけ多種多様な競技があるのだ。当然、人気のあるものとそうでないものが生まれる。

なかでも、隅に追いやられ、一際人気のないものがある。

10メートル程度の間隔で線が引かれ、その中央にポール付きの輪が立てられている。ポールの傍には篭に入れられた硬球とグローブがあった。

競技名は『キャッチボール』。

……まんまだな。これだけ適当過ぎんだろ。もうちょっとヒネってやれよ。俺の文化祭クラスTシャツかよ。

確かにこれじゃ他の競技に人が流れるのも納得だ。

だが、柏崎はこれに目を付け、隅へと歩いて行く。

「これにするわ」

全員首肯する。特に異論はないらしい。

「ここなら、注目されてないから雪乃ちゃんが恥をかかなくて済むし」

柏崎の台詞にひくりと雪ノ下の頬が引きつる。奴は奴なりに雪ノ下の事を気遣っているのだろうが、結果としては完全に挑発でしかない。

「……お気遣いどうも。けれど、あなたの保身のダシに使わないでもらいたいわね」

おーおー、キレてるキレてる。……いやマジでこれ以上挑発しないで下さい。本当に怖いんだよ……。

「……まぁいいわ。それで、ルールは?」

「えーっと、とりあえず必ず輪を通す以外は線から普通に投げ合って、3回取りこぼしたら勝ち抜き形式で交代って感じでいいんじゃないかしら」

「輪に当たって落ちた場合は?」

「その場合は無効ね。相手の投球からやり直しで」

「了解したわ」

ルールが決まり、全員にボールとグローブが行き渡る。

「では、こちらからは私が出るわ」

柏崎の挑発にまんまと乗せられている雪ノ下が確認もせず前に出る。

こうなることは俺も由比ヶ浜も予測していたので特に驚きはない。

「三日月さん、さっきから気になっていたのだけれど、何か私に不満でもあるのかしら。言いたい事があるなら聞いてあげるわよ」

「……聞いてあげる、だと? 傲慢な女狐め……」

「傲慢? あなたのその卑屈なフィルターを通せばなんでもそう映るでしょうね」

「貴様……」

「せっかくなのだし、この競技でケリをつけましょう」

「ふん、そんなことして私になんのメリットがあるというのだ。貴様一人で勝手に盛り上がっていろ」

「……やる気が無いというのなら、こういうのはどうかしら。勝った方が相手に何でも命令出来るというのは?」

「何でも、だと?」

「ええ、何でもよ」

雪ノ下の言葉に、ニヤリと邪悪に口の端を歪める三日月。

「そうか。そうまで言うなら勝負してやろう。ルールは先程肉が言っていたものでいいな?」

「交渉成立ね」

対する雪ノ下も、凄惨なまでに美しく微笑んだ。

「なんでも命令出来るって……ゆきのん、大丈夫?」

「何も問題は無いわ。ゆい……がはまさんは、私を信じてくれてればいいのよ」

「ゆきのん……。うん! もちろん信じてるよ!」

誰かに言われた何かを気にしていたのか何かを言いかけた雪ノ下。

由比ヶ浜ももちろん察しただろうが、あえてそこには触れないようだ。

……本当に、素直になれない奴だな。

「比企谷くん、気持ち悪いからニヤニヤしないでもらえるかしら。気持ち悪い」

「ちゃんと自覚してるから二回も言うな」

「自覚していたのなら改めなさい、この変態」

照れ隠しだからって変態はちょっと酷いだろ……。

「まぁともかく、気をつけろよ」

少し真面目な表情をしてから雪ノ下にそう告げる。

「三日月はかなり俺と近い匂いを感じる。ルールがザルな以上、確実に姑息な手を使ってくるはずだ」

対三日月戦で最も懸念される事だ。これまでの言動を鑑みるに奴はどんな誹謗中傷をも全く厭わずにやってくるはずだ。

それも最も効果的なタイミングに、最も悪辣な手段で。

正攻法では間違いなく雪ノ下に軍配が上がるだろうが、だからこそこいつは全く想像もしない事には比較的弱い。注意を促しておくべきだろう。

不安要素は他にもあるが、それらはわざわざ俺が言うまでもなくわかっているはずだ。

「ふむ、あなたがそれを言うと、とても説得力があるわね」

「含みのある言い方だな」

「ふふっ、そうかしら」

……楽しそうですね。

「ご忠告ありがたく受け取っておくわ。では二人とも。……行ってきます」

「うん! 行ってらっしゃい!」

「……ああ、行ってこい」

俺たちを残し、雪ノ下が位置へと向かう。

「ゆきのんったら『行ってきます』だって。しかもゆいって……へへ……」

「……だらしのない顔だな」

「ちょっ、それ失礼だし! そんな顔してないし! ……それにヒッキーだって……へへ」

「…………だらしのない顔だな」

「また言った! もう! ヒッキーまじキモイ!」

なんか懐かしいな、それ。普段から罵倒され過ぎてその程度じゃなんとも感じなくなってるな。

「ああ、それはもういいから。キモくていいから。始まるみたいだし静かにしてろよ」

「……なんか慣れちゃってるし。……複雑」

二人が位置に付き、相対する。

コイントスの結果、先攻は雪ノ下。

「始めに言っておくけれど、私は輪の中央にしか投げないわ」

「……どこまでも傲慢な奴め。……調子にのっていられるのも今の内だけだということを覚えておけ」

「肝に銘じておくわ」

不適な笑みを浮かべながらそう言い切ると、羽織っていたケープと脱ぎ捨て、次いで靴と脚絆も脱ぎ捨てると、やおら着物の裾をはだけさせる。

この世で最も美しい流麗な曲線だけを集めて構成したかのような、彼女の名のとおり雪のように真っ白に輝くその脚が、その太腿が、着物の隙間に見え隠れする。

柏崎の気遣い虚しく、いつの間にやら遠巻きに出来ていたギャラリー共がおおっとどよめく。

……野郎共が。美少女と見れば誰彼構わず集りやがって……。

誰かっ! 誰かここにレーザーポインタを持てぃっ!

まぁ、俺も凝視してるんですけどね。

雪ノ下は野郎共の歓声と不躾な視線にびくっと怯えたように身を震わせるが、それでも服を整えようとはしない。

ちらりと俺の方を確認しては目が合うと慌てて顔ごと逸らした。

「……みないで」

……そんな言い方されてもな。むしろ逆効果。

と思ったのも束の間、ぐりっと首を捻られる。

「ヒッキー、ゆきのんが、見ないでって」

「いやお前、下手したら今俺死んでたからね? ぐりっていいのは双子の野ねずみの青い方だけだ」

「何言ってるかわかんないし」

「とにかく手を離せ。雪ノ下のあの行動は不安要素の解消には欠かせないんだよ」

「……どういうこと?」

「見りゃわかんだろ。お前の裾の短い浴衣みたいなのと違って、雪ノ下の服装は着物ベースで運動に適していない。対する三日月はメイド服だ。あっちも本来のものからは改造されているだろうし装飾性を多分に付け加えられてはいるが、元々はメイド用、つまり軽作業をすることを前提に作られている。カルメルさんだって合理的な服装だって言っていたしな」

「カルメルさんっていうのが誰だか知んないけど……その差を少しでも埋めるためにああしたってこと?」

「そういう事だ。恐らくはその差こそがコスプレ運動会とやの醍醐味なんだろ」

「ふうん。でも、それとヒッキーが見なきゃいけない事になんの関係があるの?」

まぁ、関係無いんですけどね。

「それは、あれだ。……ほら、事態の趨勢を見極めなきゃいけないだろ。万が一って事もあるし。恐らく三日月は相当えげつないことを命令するぞ。お前は雪ノ下がそんな目に遭っ

てもいいと言うのか?」

「それはだめだけど……うゎひゃっ!?」

突然、乾いた音が鳴り響き手を離した由比ヶ浜が驚きの声を上げる。

見れば、苦悶の表情に顔を顰めた三日月のグローブからボールがこぼれ落ちるところだった。

「ふぅっ、まずは1ポイント先取ね」

「くっ……」

大きく息をつき余裕の笑みを浮かべる雪ノ下と、悔しげに呻く三日月。

完全に見逃していたが、初回の投球からポイントを奪ったのだろう。

「ふ、ふん、少し驚いてしまっただけだ。次からはこうはいかない」

「だといいわね」

負け惜しみに挑発を返す雪ノ下。その言葉を受けて三日月は可愛く言っても般若のような顔をする。

おいおい、曲がりなりにもお前も美少女なんだからそんな顔すんなよ……。怖ぇよ……。

「次は私の番だな」

捕りこぼしたボールを拾い、投球の構えに入る三日月。

その投げ方はオーソドックスなスリークォーター。

指先から放たれたボールは真っ直ぐ伸び、俺たちの方から見て輪の左側ギリギリを通過する。

コースを予測していた雪ノ下は危なげなくそれを回収。パシッ、と先程ではないまでも鋭い音が鳴る。

「コントロールには自信があるようね」

「……ふん」

その発言は暗に、それだけだ、と言っていた。

今日の雪ノ下は一味違う。

全ての言葉に刺と毒を仕込んで……まぁ普段からそうか。

「私の番ね。また中央に投げるわよ」

「いちいち言わなくていい。さっさと投げろ」

「そう……。では、お言葉に甘えて」

そう言った雪ノ下が二度目の投球に入る。

刹那、雷に打たれたような衝撃が走る。

それは、一度でも見逃した事を激しく後悔するようなものだった。

完璧なフォーム、完璧な体重移動、完璧な投球タイミング。完璧に、完全に、完成されたオーバースロー。

世界は止まり雪ノ下以外は真っ白な背景へと変わる。その止まった世界は彼女の為だけに存在し、彼女だけが眩いばかりの色彩を放つ。

その服装も相まってか、まるで崇高な儀式舞踊を目の当たりにしているかのような錯覚さえ覚える。

俺はそこまで野球に詳しいわけではない。ごく稀に独り野球をやるか、千葉ロッテの試合を暇つぶしに見るぐらいだ。

その程度の野球知識しかない俺でもわかる程に、彼女の姿は美しく、そして洗練されていた。

投げる、というより、射出すると表現した方がより正確だろう。

宣言通りボールは輪の中心を切り裂く様に通過し、腰だめに待ち構えていた三日月の左手に突き刺さる。

「ぐっ……」

呻き声をあげた三日月は、またしても捕りこぼすかと思われたがなんとか堪えきったようだ。

「すごい……きれい……」

由比ヶ浜が夢うつつな声を出す。

「あたし、野球とかよくわかんないけど……ゆきのんがすごいのだけはわかった……」

「そうだな……。ありゃ圧倒的過ぎるだろ」

これなら、長続きもしなそうだ。弱点である体力もこの調子ならそこまで心配する必要はなさそうだ。

三日月の後には雪ノ下と同等、もしかしたらそれ以上のスペックを持つ柏崎がいるのだ。

早めに終わらせるにこしたことはない。

……残った羽瀬川は問題にもならない。あいつは役立たずだ。

三日月が投げ返す。端を狙った相変わらず精密な投球だが、明らかに球速が落ちている。

捕球時のダメージが残っているのだろう。

捕球こそ失敗しないものの、さらに2往復したときに至ってはその精密さも失われ、輪に当たり跳ね返ってしまい、ぽとりとポールの傍に落ちた。

「くそっ!」

苛つき、悪態をつく三日月。

「輪に当たったときは無効、だったわね」

「……わかっている。ボールは拾ってやるから位置についていろ」

「それはどうも」

少し頬が上気しているが、未だ疲れた様子のない雪ノ下。

対して、ボールを拾った三日月は既に疲労困憊であり、左手などは上げる事すら出来ないようだ。

「受け取れ」

「どうも」

三日月からボールを投げ、それを受け取る雪ノ下。

ふと、何か違和感を感じた。

だが、その原因を特定できぬ間に流れは進む。

雪ノ下が幾度目かの投球モーションに入り、変わらぬ威力で射出する。

今回も狙いを違わず中央を通過し、三日月まで到達する。だが、その後が違った。

三日月はグローブをした左手を上げかけたが、咄嗟に身を引いてそれを避けた。

「……どういうつもりかしら」

「……反応が遅れたのだ。あれでは間に合わない」

「……そう。今ので2ポイント。リーチね」

「うるさい! そんなことはわかっている!」

よほど悔しいのか声を張り上げる三日月。後ろに流れたボールを取りに行く。

「いい気になるなよ! 勝負はこれからだ!」

「……そうね、これから終わるのよ」

訝しがりながらもきっちり皮肉を返す事は忘れない雪ノ下。流石です。

……にしても、やはり何かがおかしい。何かを見落としているような感じがする。それも、致命的な何かを。

脳内に警鐘が鳴り響く。まずい、このままではまずい。

「ヒッキーどうしたの?」

焦りが顔に出たのだろうか、由比ヶ浜が覗き込んでくる。

……そうだ。これはチーム戦だ。独りで考え込む必要はないのだ。

誰かを頼るなんて全く慣れないことだが、そんなことを言っている場合ではない。

「由比ヶ浜、何か違和感を感じないか?」

雪ノ下たちの方を見ながら尋ねる。

「何かって……何?」

「なんでもいい。気付いた事があったら言ってくれ」

「うーん……」

由比ヶ浜も俺と同じ方を見ながら首を捻り捻り考える。

「あ、そういえば、三日月さんさっきから全然左手使ってないよね。キャッチもしなかったし」

「あんだけ雪ノ下の球を受けてりゃそうなるのも無理は、ない……か?」

いや、そうだと確定したわけではない。いくら威力があったとしてもたった数回で上がらなくなる程なのか?

答えは、否。現に投球の際には上げていた。

「……それに、なんかすっごい感情的になってるよね。あんま知らないのにこうゆうこと言うのもなんだけど、なんか、キャラじゃ無いって言うか……。そりゃあんな何させられる

かわからない罰ゲームはあたしだって嫌だけどさ……」

「そうだな。それは俺も思ってた」

ちょうどボールを回収した三日月が再び位置に付く。負けを目前に、その顔はほとんど泣きそうになっている。

「じゃあ、それが原因?」

「かも、しれない……」

本当に? そうなのか?

「……違う、違うよヒッキー!」

悩み続ける俺を見ていた由比ヶ浜が急に大声を出す。

「ど、どうしたいきなり?」

「さっきのなし! きっと、もっと大事なこと見落としてる!」

「……なんでそう思う?」

「だって、ヒッキーがその顔してるとき、いつも大事な場面だったもん! るみるみの時だって、さっきの迷路の時だってそうゆう顔してた!」

「そ、そうなのか?」

「そうだよ! あたしいっつも見てるから、そーゆーのわかるの!」

「いつも見てたのかよ……」

「う、うん。見てた。……見てるだけだった。だから、今は、今度こそ一緒に考える」

「……わかった。じゃあ順を追って考える。恐らく時間がもうないだろうから俺がわからないところ以外は省略するぞ」

「うん。それでいいよ」

俺は雪ノ下のように一足飛びに思考を飛躍させる事は出来ない。

一つひとつ考えられる可能性を検証していく事しか出来ない。

当然時間がかかる。

だが、無い時間は思考を加速させる事で補えばいい。

大丈夫、いつもやっている事だ。

教室からの脱出、委員会業務からの逃亡、レクリエーショングループへの埋伏。それらはいつだって即応力が求められてきた。

時間が無くとも、警鐘がうるさくともまずは冷静になれ。

……よし。

始めにルールからだ。それ自体は単純であり、普通のキャッチボールに毛が生えた程度のものだ。

追加項目はコース制限に、投球場所と無効球の設定。それ以外は無し。

雪ノ下にも言ったように、このルールははっきり言ってザルだ。

ルールを言い換えれば、引かれた線から投げて輪を通せばいいだけ。それさえ満たしていれば何をしてもいい。

これを念頭にして考え、三日月が取った行動を振り返る。

まずは初球。雪ノ下は宣言通りに中央に投げたにもかかわらず、その投球を捕りこぼす。

これに何か意味はあるか。

現時点では、否。

コースがわかっていても、あの球速、球威では初見で捕れる方がどうかしている。

次、三日月の投球。

そのコースは輪の端ギリギリ。二回目の投球も左右が反転しているがほぼ同様のコース。

これらのことから、三日月は非常に高い制球力を持っている事が伺える。

その制球力をして何を狙うか。

「由比ヶ浜が仮に雪ノ下とあの競技で闘ったとして、お前ならどう攻略する?」

「……どうにかしてゆきのんを疲れさせるかなぁ。勝負事でゆきのんの弱点って言ったら体力ぐらいだし。それでも絶対に勝てないだろうけど」

「俺も全くの同意見だ。普通に闘ったらまず勝てない」

「うん。そうだね」

だが、それは雪ノ下の無茶苦茶なスペックを知っている俺たちだからこその意見だ。

その片鱗は見せているとは言え、敵は常識的な範囲内でその能力を想定していると考えるべきだ。

雪ノ下の体力の無さは致命的な弱点だ。敵にもそれは既に露呈している。

だからこそ雪ノ下は比較的消耗が大きくとも高出力のオーバースローで短期決戦を狙っているのだ。

それは三日月もわかっているだろう。球を左右に振ったのは少しでも体力を削るためと結論付けていいだろう。

雪ノ下が直球ど真ん中しか投げないのは周知の事実。三日月はそれに耐えればいいだけだ。

捕球では耐え、投球では削る。持久戦にさえ持ち込めば勝機はある。

それなのに。

……そうだ、違和感の正体はこれだ。

「球が輪に当たって落ちたとき、何故、三日月はわざわざそれを取りに行った? 無効球だとしても次に投げるのは雪ノ下だ。体力を削る意味でも雪ノ下に取りに行かせればいい」

「それは、単純に自分の方に落ちたからじゃん? ……ってこんなこと言うのもアレだけど、三日月さんはそーゆータイプじゃないよね……」

「そうだな。奴は俺とほぼ同族だ。そんな面倒な事はしない」

であれば、何か別の意図があったのは明白だ。

……何が目的だ。

考えている間にも試合は進んでいく。

冷静さを欠いた様子の三日月の制球は乱れ、再び輪に当たって落ちた。

ボールは雪ノ下側に落ちたので今度は雪ノ下が取りに行く。

今回は自分が取りに行くとは言わないようだ。

……まだ考えなければならない事はある。

つい先程の雪ノ下の攻撃は、球を捕ろうともしなかった。その理由は先の由比ヶ浜と交わした会話のものが最も思い浮かびやすい。

しかし投球の際には左手はあがっている。いましがた無効球になった三日月の攻撃のときも同様だ。

つまり上げる事は可能だったが、捕る事は不可能だった。

何故か。

疑問点はこの二点に集約された。何らかの意図があってボールを取りに行き、何らかの理由があって捕球を見逃した。

そして、今は雪ノ下にボールを取りに行かせている。

雪ノ下は今まさにそのボールを手にしたところだ。近くには、ポール、用具入れ。

っ!!

そういうことか!

「雪ノ下、しゃがめ!」

俺はようやく三日月が目論んでいたその真意に気付いた。

だが、一瞬遅かった。

既に三日月は投球モーションに入っている。それは、体をコンパクトに動かす、クイックモーション。

俺の必死な叫び声に驚きつつも、即座に落ちるように身を屈める雪ノ下。

速度はかなり遅いが、その体の数センチ上を同時に2つの硬球が通り過ぎる。

そして、次のモーションで投げられた3つめの球が通り過ぎようとする。

これを逃せば負ける。いくら雪ノ下でも、後ろから飛んできた球を捕る事は不可能だろう。

しかし、雪ノ下は超人的な動きでその球を追いかけるように飛び込み、かろうじて捕らえた。

が、飛び出した勢いのまま落下し、体育館の床と肌がこすれ摩擦で焼き付くあの独特の音がする。

「ゆきのん!!」

倒れ伏した雪ノ下の元へ由比ヶ浜が駆け出す。

「ふっ、よく取ったな。ここは素直に褒めてやろう」

雪ノ下を睥睨しつつねっとりと嗤い、のうのうとのたまう三日月の顔は、まさに悪魔そのものだった。





つづく



今日はここまで

最終回ではありませんでした

はがない編、もう少し続きます

もう一度言っておきますが、夜空は好きです、よぞぺろです


次回はまた来週あたりには来れると思いますがんばります



続きを投下します

「ゆきのんだいじょぶ!?」

由比ヶ浜が雪ノ下を助け起こす。

「……ええ。少し足をこすっただけだから、問題ないわ」

どこか異常は無いか各部をチェックしながら言う。

「そっか……なら、よかった……。けど」

言葉を切り、キッと三日月を睨み付ける由比ヶ浜。

その視線の先の女はなおも酷薄に嗤い続けている。

「三日月さん、自分が何したかわかってる?」

「もちろんだとも」

「……じゃあ、ゆきのんを狙って投げたって事? ヒッキーが気付かなかったら確実に当たってたけど」

静かな、けれど確かな怒気を放つ由比ヶ浜にも全く怯むことなく、それどころかさらに挑発的な態度を見せる。

「ふっ、人聞きの悪い事を言うな。投げたときにその女がたまたまそこにいただけだ。私はただルールに則ってボールを投げただけなのだからな。何も違反などしていない」

「ルール違反だよ! ボール取りに行かせて、後ろ向いたとこ狙って何個も投げるなんて!」

三日月の言葉に、普段は周囲を取りなすことを由とし穏和な由比ヶ浜も、とうとうブチ切れた。

「当たってたらケガしてたかもしんないんだよ!? 誰かにケガさせてまでして勝ちたいの!?」

「由比ヶ浜さん、落ち着きなさい。ルール違反ではないのよ」

「そんな、ゆきのん!」

思わぬ反駁に悲しげな声を上げる由比ヶ浜。

だが、残念ながら雪ノ下が言う通り、正しいのは三日月の方なのだ。

その行動の是非は倫理的な問題であり、ルール単体でみれば奴のしたことはなんの規則にも抵触しない。

奴はちゃんと決められていた通り、足下に引かれた線から投げ、輪を通した。

例えボールを拾いに行った際に用具入れからボールを多く取ろうとも、それを左手のグローブの中に隠していても、さらに相手が後ろを向いている時に何個投げたところで、それはルール違反などではないのだ。

与えられた枠と自らの能力を完全に把握し、それに基づいた戦術。追い詰められ取り乱した演技までしてみせてその下地を盤石なものとしていた。

三日月は裏を付くことに慣れている。

そして何より、それを思い付いた通りに実行する、実行できてしまう壊れた決断力を持っている。

一体何が彼女をそこまで歪めたのかは知りようもない。

わかるのは、彼女は間違いなく強敵だということだけだ。

「そういえば、罰ゲームをまだ言っていなかったな。私が勝ったら、貴様には全裸で校庭を一周してもらおう」

「そ、そんなことできるわけっ……!」

あまりの内容に由比ヶ浜が抗議の声を上げる。

「外野は黙っていろ。それともやっぱりなかったことにするのか? 貴様が今ここで土下座するのならば考えてやらん事もないが」

グローブを外し、使えなくなった振りをしていた左手をぴらぴらさせながら不遜に言う三日月。

「本当に下衆ね。虫酸が走るわ。比企谷くんだってそんなことは言わないわよ」

「……おい雪ノ下。俺を引き合いに出すな。それはちょっと傷つくぞ」

いやまぁなんでも命令出来る状況でエロ方面の気持ちが全くないと言えばそれはごにょごにょ。

「まぁ、いいでしょう。あなたが勝ったらその通りにしましょう」

「ふん、言ったな。その言葉、忘れるなよ」

「ゆきのん!?」

「……どうしたの? 由比ヶ浜さんは、私の事を信じてくれないの?」

「そういうわけじゃないけど……でも、もし

「大丈夫よ」

焦る由比ヶ浜を優しく遮り、穏やかな笑みさえ浮かべて見せる。

まるで戦場に駆り出される主人公と、それを見送るヒロインのようだ。

さもありなん。これ程主役が似合う人選もない。

映画化でもしたら内容がB級だとしてもキャストだけで爆売れ間違い無しだろう。

まぁB級映画のありがちな展開だと主人公である雪ノ下はこの後死ぬ事になるんだが。

そして穏やかな心を持ちつつも怒りによって目覚めた由比ヶ浜が殲滅エンド。なんか色々混じったな。

要するに、俺にはそれほどこいつらが眩しく見えたと言う事だ。

「大丈夫。私は勝つわ。勝って、私を信じてくれた由比ヶ浜さんの正しさを証明してみせる」

「ゆきのん……わかった。信じてるよ」

雪ノ下はこくりと頷き、言葉を噛みしめるように目を閉じる。

再びその目を開けたときには、先程よりも遙かに強い意志を内包していた。

「三日月さん、続けましょう」

「ふん、せいぜい注意しておけ。下劣と言われようが卑劣と言われようが、私は何だってやってみせよう」

「そう、なら私はあくまで中央を貫くわ」

……やはり雪ノ下は愚直と言える程、真っ直ぐなのだ。

その真っ直ぐさを他人に向ければ、それは容易く突き刺さる。

「あなたには決して出来ないやり方、正攻法でね」

「……黙れ!」

言葉が、あるいはその姿勢が逆鱗に触れたのか、未だかつて無い程の怒りを見せる三日月。

「何でもかんでも正攻法が通じると思うな! それだけで勝てるのは、それだけで生きていけるのは、貴様ら天才だけだ!」

「……全て天才の2文字で片づけてしまうようなあなたは、この先永久に成長も成功もしないわ。どうしてその裏にある努力を想像できないの?」

「……私だって努力くらいした! 持てる力を全て出し知恵をこらして全力でやってきた! それでも最後には貴様たち天才が全部持っていくんだ! 私の努力も想いも踏みにじって

、全部、丸ごと、何もかも!」

言いながら三日月は、雪ノ下を、そして柏崎を睨み付ける。

「貴様らがちやほやされて、大勢に囲まれて持ち上げられている頃、私はたった独りでやってきた! 疎まれても蔑まれても、誰にも頼ることも、縋ることすらできずに、たった一人で!」

「夜空……」

三日月の慟哭を受けて、柏崎の顔が曇る。その理由は、悲哀か、憐憫か、それとも他の何かか。

「そうとも! 私は卑劣な事しかできない! だけどそれが、それだけが貴様らに抵抗できる手段なのだ! 敵には毒を、正しさには猛毒を! これがこの腐った世の中での、唯一私

だけの真実だ!」

ほどんど泣き叫ぶように言う三日月。

それでも、雪ノ下は容赦なく言葉を浴びせかけ続ける。

「可哀想な人ね。被害者ぶるのもいい加減にしなさい。その敵はあなた自身が勝手に作り出しているものでしょう?」

「なっ……!」

「断言してあげる。生まれや才能、適性のみで結果が変わると思っている限り、あなたはずっと負け犬よ」

「黙れ……黙れ……」

三日月は力なく同じ言葉を繰り返す。

確かに、ある一面においては三日月の言う通りだ。

人は正攻法だけでは生きていけない。努力ではどうしようもない部分も確かに存在する。

言わずとも、誰もがわかっている事だ。

特に、人間関係においては。

これは想像でしかないが、あれだけ捻くれた性格で、あれだけ拗くれた人間関係に身を置いているくらいだ。今まで紆余曲折あったのだろう。

人と同じ道を行こうとして、失敗して。

我が道を行こうにも、その道は過ちと挫折と後悔だらけで。

それでも今更歩みを止める訳にもいかなくて。

それは奉仕部とて同様だろう。

中学生の頃は爆発した自意識による全能感に悩んだりもしたが、今はそれなりに現実を知っているつもりだ。

やって出来る事と、やっても出来ない事がある。

世の中は正しくなんて無く、どうしようもなく間違っている。

三日月の言葉は理解はできる。共感もできる。

自分を含めいつまでも間違い続ける世界に怨嗟の一つでも投げつけたくもなるだろう。

俺は逃避し、雪ノ下は貫き、由比ヶ浜は阿り、羽瀬川は抹消し、三日月は呪い、柏崎は隷属させてきたのだろう。

そこに善悪はない。

誰もが正しくて、誰もが間違っている。それ自体に糾弾される謂われはないのだ。

それでも、それでもあえて間違っていると言うのが雪ノ下雪乃という人間だ。

雪ノ下雪乃は、己を貫き、他人をも貫く。

それこそ間違いだという者もいるだろう。そんなのはただの押し付けに過ぎないという者もいるだろう。

……だが、俺は、雪ノ下雪乃の貫く正しさを信じよう。

もはや誤魔化しようもない気持ちがあった。否定しようもない想いがあった。

由比ヶ浜が阿ることをやめたように、俺も、逃避なんかせず、真正面から向き合おう。

「雪ノ下、勝てよ」

三日月を見詰め続ける雪ノ下の目が僅かに見開かれるが、すぐに不適な笑みを浮かべる。

ともすれば傲慢と取られかねない笑み。しかし、それは確かな自信と覚悟が含まれそれに裏打ちされた笑みだ。

……そして、願わくば、信頼も。

「あなたは誰にものを言っているのかしら?」

こちらを見もせずに答える雪ノ下の台詞に、思わず笑いがこみ上げる。

言わなければならない事はある。言われなければならない事もある。

三日月の性質に気付き、警告していたにもかかわらず助言が遅れてしまった事。

警告を受けていたにもかかわらず油断してしまっていた事。

それら全てをすっ飛ばした、短い会話。

それだけで、充分なのだ。

「そうだったな」

「ええ、そうよ」

その声音が、その眼差しが、何よりの答えだった。

「さあ、三日月さん。あなたのその腐った性根を叩き直してあげるわ」

「……はっ、やってみろ」

あくまでも大上段から振り下ろされる雪ノ下の台詞に、自棄を起こしたかのようにぞんざいに答える三日月。

自棄を起こした人間は怖い。強くはないが、怖い。

自らの事も相手の事もなんら考慮することなく、攻撃にその能力を全振りできるからだ。

爆弾を抱えて突っ込むようなその戦い方は多くの者を警戒させ、動きを封じるだろう。

相手が、雪ノ下雪乃でさえなければ。

仕切り直しの一球目を投げる雪ノ下。

未だボールを隠し持っていた三日月が、テニスで言えばドロップにあたる球を雪ノ下と同時に投げる。

それを予期していた雪ノ下は自身が投げ終わると即座に回収に走り、危なげなく捕る。いかにもつまらなそうに鼻を鳴らす事も忘れない。

対する三日月はと言えばボールを捕りこぼしそうになっていた。捕球時の音が先程までと明らかに違う。

……どうやら雪ノ下は、あれでもある程度セーブしていたらしい。

獅子のくせに全力で兎を殺す雪ノ下だ。手加減する事はありえない。恐らくはこの後に続く柏崎戦のために多少体力を温存しておいたのだろう。

本気になった雪ノ下は、まさに無敵だった。

同時投げ、複数投げ、由比ヶ浜狙いの危険球。三日月が繰り成すありとあらゆる姑息な手段を予見し、その全てを叩き伏せる。

幾多のやり取りを経て、三日月のその奇策、奸計は全て看破された。

「そんな……私は……負けるのか……?」

雪ノ下や俺たちを騙した演技とは違い、明らかに動きが鈍くなっている。

直前の捕球などほとんどまぐれだった。グローブからこぼれたボールをたまたま右手が取れたに過ぎない。

「あんなことまでして……無様に負けるのか……」

万策尽き、己の敗北を悟った三日月の球は弱々しく、その制球力も喪われている。それでも勝負をやめないのは、意地か、矜恃か。

それがなんだったにせよ、結果は変わらない。精神論だけで何とかなるのなら誰も苦労はしないのだ。三日月も重々承知していることだろう。

幕切れは、あっけなく、そして順当に訪れる。

三日月の投げたボールはポールにコツリと当たり、無効球となった。

先程の事があるため、念のために落ちたボールは俺が取りに行くことにしている。ボールを拾い上げ雪ノ下に投げ渡す。

そこで微かに、そして虚ろに呟く声が聞こえた。

「私だって、本当は……ヒーローになりたかったんだ……」

呟きは、誰にも届かない。

「それなのに、どうしてこんなことに……」

嘆きも、誰にも届かない。

次の瞬間、三日月は雪ノ下の攻撃を受けきれず、敗北した。

「では、罰ゲームを言い渡すわ」

両膝を付き項垂れている三日月に無慈悲な声がかかる。

雪ノ下が下すのは、正しくて、残酷な裁可。

「この敗北を噛みしめなさい」

それだけ言うと、柏崎と羽瀬川に次は誰かと目で問う。

「どこまでも虚仮にしやがって……」

絞り出すようにそう呟いた三日月は、ぼろぼろと泣き出してしまった。

僅かに残されたプライドが、泣き声を押し殺している。

見かねた羽瀬川がとりあえず立たせようとしたのか、手を貸そうとする。

突如その手を掴む三日月。顔はあげないままの姿勢で、羽瀬川に問う。

「お前は、なんでこんな私に手を貸そうとする。なんでこんなクズに優しくしようとするのだ?」

「それは……」

……。

……待てども待てども、その続きの言葉は何もなかった。

三日月は顔を上げると、ふっ、と感情を根こそぎ漂白されたような微笑みを浮かべ、掴んでいた手をぞんざいに振り捨てる。

独りで立ち上がり、そのまま何も言わずにとぼとぼとどこかへと歩いて行く。

声をかける者などいない。ましてや、追いかける者などいるはずもない。

周囲を囲んでいたギャラリーが自然と割れ、彼女の道を作る。

寄る辺のない、彼女だけの、独りぶんの道を。

だが、どこまでも孤独な背中が群衆の向こうに消えるその刹那、たった一人、叫ぶ者がいた。

「夜空!」

その声に、三日月の足が止まる。

「あんたの仇は、あたしが討ってあげる」

その声は、届いたのだろうか。

三日月は振り向くことなく、今度こそ本当にその姿を消した。

「ま、順当な結果よね。で、次はあたしが行くけど、いい?」

柏崎は、何事もなかったかのように勝負を続行させようとする。彼女の問いに羽瀬川が首肯する。

「こちらも問題ないわ。ルールに変更はあるかしら」

「んー、勝った方が何でも命令ってのはもうなしでいいんじゃない?」

「了解よ」

「あと、真ん中に投げなくてもいいよ。それじゃあたしには勝てないから」

「……ご忠告、痛み入るわね」

完全にイラッとしているのがわかる声音。

ただ、言われて止める雪ノ下ではないが今回ばかりは事情が事情だ。

雪ノ下とて柏崎のスペックの高さを目の当たりにしている。

己のプライドよりも由比ヶ浜との約束を優先するだろう。

「あたしの雪乃ちゃんに惨めな思いをさせるのは本意じゃないけど、なんか雪乃ちゃん、思ってたのと違うのよね。黒髪ロングの清楚系美少女はもっとこう、お淑やかであたしに尽くしてくれるはずだし。ツンデレキャラでもありだけど、そういうのでもないし」

「……比企谷くん、彼女は一体何を言っているのかしら?」

突然の二次オタ的かつギャルゲーマー的な発言に雪ノ下が困惑する。

「あー、アニメとかゲームとかではお前みたいな長くて綺麗な黒髪ってのは一つの記号になってんだよ。小説でも割と頻繁に登場するだろ?」

「そ、そうね……」

「まぁさっきのを意訳すると『お前が黒髪ロングを名乗るな、死ね』ってところだな」

「……そう」

「納得してないようだな。実際、あの界隈でのそのへんの事情は根深いからな。記号のイメージや記号同士の戦いってのは大抵血みどろで泥沼化するんだよ。黒桐戦争とかもう惨劇以外の何物でもなかったぞ」

「でも、それはあくまでゲームやアニメの話でしょう? 現実に持ち込まないで欲しいのだけれど」

「まぁその通りだ。結局二次元は二次元なんだよな。漫画や小説のキャラは所詮紙だし、ゲームに至っては実体のない単なる電子データでしk

パァン!

「危ねえ!」

いきなりボール投げてきやがったあのビッチ!

「それは我々が十年前に通過した議論だッ!」

物凄い音がしたので後ろの壁を見てみれば、顔があった位置のすぐ横に跡が付いている。

どんだけブチ切れてんだよ……。ていうかこの流れどっかで見たな。

美少女がしてはいけない形相で睨んでくる柏崎にビクビクしていると、隣から悲鳴のような、怒号のような声がした。

「い、今の目に当っていたら失明してたよ!?」

「はぁ? 当てるわけないじゃない。脅しに決まってんでしょ」

由比ヶ浜は柏崎の発言を無視してこちらに向き直る。

「ヒッキーだいじょぶ!?」

「あ、ああ、大丈夫だ。いざとなったら避けるし」

この勝負自体が自分自身せいで始まったと思い込んでる由比ヶ浜に重荷を背負わせるのは筋違いだ。ここは強がりを言っておこう。

また投げられたら確実に避けらんないけどな!

「ふふん、怖気づいちゃった? 今なら許してあげてもいいわよ? 雪乃ちゃんの次はあんたたちの番よ?」

「怖気づいてもいないし、許してもらわなくっても結構よ。あなたのその過信が取り返しのない事をしでかす前に、私が叩き潰してあげるわ」

挑発されてまたしても露骨にボルテージが上がる雪ノ下。

「それと、私をあなたの気持ちの悪い妄想に組み込まないでくれるかしら」

「……やっぱり、惨次元はダメね。昴ちゃんや由美子ちゃんならそんなこと言っても、裏ではその実あたしへの愛でいっぱいなのに!」

だから雪ノ下はそれをやめろって言って……まぁ、いいか。

「ま、さっさと始めましょ。もうなんかめんどくさくなってきたわ」

「ええ、こちらとしても早く終わらせたいのは同じよ」

「んじゃ、そっちからってことで」

急にぞんざいになった柏崎が雪ノ下にボールを渡す。

……柏崎は三日月と違って演技がそれほど上手くないようだ。

口ではあんなことを言いつつも、雪ノ下を舐め回すように見るその視線は変わっていない。

変わったのは優先順位だろう。

柏崎はもしかしたら、隣人部ではまだましな部類のなのかもしれない。

二次元と三次元をごっちゃにしている時点で人としては終わっているが。

雪ノ下対柏崎戦が始まる。

まずは雪ノ下の先攻。先程の三日月戦での消耗はそれほど深刻ではないにせよ、今回の相手は相当な強敵であることが予測される。

狙うのは無論、短期決戦。

雪ノ下は今度こそ最初から全力で潰しにかかる。

芸術的なオーバースローから放たれたボールは輪の上端近くを通る。恐らく、ボールと輪の隙間は僅か数ミリ。

針の穴を通すように正確無比であり、その威力は球速だけでポールを切り裂かんばかりだ。。

だが今回は相手もただ者ではない。

乳袋系メイド服の一部を大きく揺らしながら前方に駆け出し、弾かれたように跳躍すると、あっさりと雪ノ下の全力の球を捕る。

服のサイズがあっていないのか、やたらキッツキツな一部をぶるんとはずませて着地する様に、三日月の凄絶で卑劣な攻め方にどん引きしていた観客が大いに沸く。

胸がはずめば気持ちもはずむ。本当に、男という者はかくも愚かでどうしようもない生き物なのだ。

「ヒッキー、今何を見てたのかな?」

「な、なんでもないろ!」

女子は男の視線に敏感だと聞くが、それは自分に向けられたもの以外でも適用されるのか……。

まぁそれは外野だからこそ気付くだけであって、真剣勝負の真っ最中の柏崎は気にした様子もない。

もちろん雪ノ下も、そんな素振りなど一切見せずにこっちを睨んで……あ、超気が付いてますね。

全く、勝負に集中したまえ。

とまぁ、おふざけはここまでだ。

三日月の言葉を借りれば、これは天才同士の戦いだ。

今後どうなるかなど凡人の俺には想像も出来ないが、万が一に備えておくのは決して無駄ではない。

柏崎が線まで戻ると、投球に移る。投法は雪ノ下と同じオーバースロー。

彼女が放ったのは、全体重を乗せた豪快な一撃。コントロールなどまるで無視したかのような、ひたすらに威力だけを高めたいっそ潔い球だった。

直撃を受けた輪が軽くひしゃげる。めり込むようにして落ちた球がころころと転がっていく。

マジかよ……あれってどう見ても金属製だよね?

「そこのモブ」

柏崎は俺を見やると、拾えと顎で指図する。

……まぁ、こいつが三日月のような人間でないという保証はどこにもない。元々そのつもりだ。

あまつさえこいつは金属製の物まで破壊するような球を投げるのだ。警戒してもし足りないくらいだろう。

あの球が無防備な状態の雪ノ下に直撃することなど考えたくもない。

球を拾い、雪ノ下に手渡す。

「言うまでもないことだろうが、気をつけろよ。長引けば危ないぞ」

「……本当に、言われるまでもないわ」

なんだよ……なんか妙に不機嫌だな。そりゃ隣人部の連中を相手にしていて愉快な事など何もありはしないが。

俺の訝しげな視線に気が付いたのか、雪ノ下は顔を背けながら言い捨てる。

「球くらい自分で拾えるわ。唯々諾々と狗のように拾いにいかなくてもいいのに」

なんだ、そんなことか。

「言われたからってわけじゃねえよ。俺はただお前を万全な状態で闘わせたいだけだ」

「……どうして?」

今度は逆に雪ノ下が訝しんでくる。

「そりゃ、まぁ……」

「……はっきり言いなさい」

「わかってるっつの。まぁ、あれだ。その、……由比ヶ浜と、約束したからな」

「……そう。それなら、よかったわ」

あからさまに安堵の息を漏らす雪ノ下。

「私の為だなんて言われたら悪寒と吐き気で勝負どころではなくなるところだったわ」

「ひでぇなおい。吐き気は堪えろよ」

「催すこと自体は否定しないのね……。流石だわ……」

……どうやら、いつも通りの雪ノ下のようだ。

三日月のことをまだ引きずって冷静になれていない可能性もあったが、それは杞憂だったようだ。

「でも、そういうことなら尚更負ける訳にはいかないわね。私も比企谷くんも、由比ヶ浜さんと約束してしまったのだから」

「そうだな」

「そう、負けられない。私たちは負けられない」

……ああ、その通りだ。

俺と雪ノ下は闘う理由も違ければ、その目的も違う。共通するのはただ一つの事だけだ。

雪ノ下は、本来なら全く関わる事の無かった人物だ。仮に何らかの理由で一所に置かれたとしても、それは単に一人と一人であるだけだった。

どんなにぼっちを集めたところで、それは大量のぼっちがいるだけに過ぎない。

そんな俺と雪ノ下が、こんなよくわからない他校の文化祭で、一つだけ共通点を持った。

それだけで共闘するに足りる、たった一つの共通点を。

それ故に、俺は負けられない。

俺たちは、負けられないのだ。





つづく


どうもこんにちは>>1です

畜っており帰られそうもありません

次回投下はまた来週とさせて下さいごめんなさい


こんばんは>>1です

かなり少ないですが投下します


それは、死闘だ。

互いが全力を尽くし、どちらかが地に伏せるまで闘い続ける、まさに死闘。

雪ノ下は上下左右、あらゆるコースを投げ分けてはミスを誘う。

柏崎は兎にも角にも全力投球。一度を除き、コース外に外れる事こそないものの無効球が多い。だがそれを補って余りある威力を持っている。

そこに小細工など一切入り込む余地もない。やっていることはただのノーガードでの殴り合いのようなものだ。

それでも、いっそ神々しさすら感じる頂上決戦に魅せられ、初めこそ揺れる物体Xに大はしゃぎしていたギャラリーも真剣な面持ちで食い入るように観ている。

艶やかな黒髪が舞い、煌びやかな金髪が踊る。

折々に鳴り響く捕球音がその静けさを際立たせる。

二人の闘志が周囲を支配し、観客の熱気を取り込んでは拡大していく。

客が客を呼び、体育館の隅であるはずの会場はいつの間にか中心とも言える程の規模の観客に埋め尽くされていた。

間髪入れずに投げ合うその様は一見拮抗しているように見える。だがしかし、現時点でも僅かに柏崎が勝っているように見受けられる。

その理由は、恐らく単純な能力差だろう。

球の冴えとキレを武器とし刺すように鋭い球を投げる雪ノ下に対して、柏崎は鋭くも砕くように重い球を投げている。

金属製のフレームですらねじ曲げるしまう球を捕球する度に鈍い音が響き、雪ノ下は苦悶の表情を浮かべる。

アホみたいな高スペックを誇る雪ノ下でさえ、柏崎の無茶苦茶なその能力には一歩及ばないようだ。

加えて、致命的なのがその体力差だ。

今でこそどうにか保っているが、球は何十往復したかわからない。

雪ノ下は投げる度に荒い呼吸を繰り返し、その横顔や首筋には汗でべっとりと髪が貼り付いている。

既に普段からは考えられない程の粘りを見せていて、一度もポイントを与えていないのが不思議なくらいだ。

それもいずれは終わる。

このままでは、押し負ける。

雪ノ下がこのまま破れれば、奉仕部にもはや勝ち目はない。

多少の抵抗は出来るかもしれないが、イタチの最後っ屁にもならないだろう。確実に圧倒されて、飲み込まれる。

ただしそれは、真正面から闘った場合の話だ。

策なら、あるにはあるのだ。確実性に乏しく、正当性にも欠ける、奇策とも下策ともつかないものが。

正面突破の全力攻撃が大好きな雪ノ下にしてみれば、搦め手から攻めるような戦い方は好むところではないだろう。

あいつの意にそぐわない形で勝ってもそれは何の意味も成さない。俺だけが勝利しても仕方なく、迷路のときのように勝手な行動はできない。

だが、雪ノ下は言った。『私たち』は負けられないと。

そう、これは雪ノ下雪乃の闘いでもなく、比企谷八幡の闘いでもない。これは紛れもなく『俺たち』の闘いなのだ。

俺が雪ノ下の愚直なやり方を否定することがないように、今回ばかりは、雪ノ下も俺の小賢しいやり方でも拒絶はしないだろう。

わざわざ口に出したのはそういう意図なのだろう。

それがどういう意味を持っているのかはわかっている。

胸の裡で蠢動するこの感情を認めてしまえば、恐らく、もう引き返せない。

いつか俺が欲してやまなかった何かを手に入れ、あるいは手に入れる事すら出来ずに、それを喪ってしまうのだろう。

変わってしまったこと、進んでしまったこと、喪ってしまったことを後悔し、嘆き、呪いもするだろう。

それでも、事ここに至り既に覚悟は決まっている。

己の心にケリをつけたのなら、あとはこの勝負にカタをつけるのみだ。

「柏崎、お前は何のために闘っている」

ちょうど捕球し終わったタイミングに俺に問いかけられ、柏崎は不愉快そうに目をよこす。

「お前は、何のために闘っている」

再度同じ質問を投げかける。これは俺が聞きたいだけでなく、雪ノ下の体力を僅かでも回復させる時間稼ぎにもなるだろう。

まぁ聞かれたからと言って馬鹿正直に答える必要はない。今日会ったばかりの他人からの質問ならなおさらだ。

だが、人間の基本性質として質問には答えようとする心理がある。

「そ、そんなの……二次元キャラのために決まってるでしょ! 雪乃ちゃんをあたしのイメージ通りのキャラにして、二次元をバカにしたあんたをとっちめるのが目的よ!」

「……そうか」

思いの外、柏崎はちゃんと答えてくれたようだ。しかし、やはりこいつも、奴と同類なのか。

……いや、気を遣っているのだろうか。

例えそうだとしても、そんな気遣いすら無碍にする奴の罪科が増えるだけではあるが。

雪ノ下も柏崎もお互い譲れないもののために闘っているのはわかる。

雪ノ下は言うまでもなく由比ヶ浜のため。

柏崎は二次元キャラのためと言っているが、黒髪鬱美人のためであるのは想像に難くない。

俺というフィルターを通しているから隣人部の行動に悪印象を持ってしまうが、雪ノ下と柏崎が闘う理由としてはほとんど差がないだろう。

それでも、隣人部は偽者だ。紛い物だ。

仲間と楽しく遊んでいるくせに友達がいないなどと言う。

認めたくないことや都合の悪いことから目を逸らし、聞こえないふりをし、無論許容することもない。

いつまでもぬるい中途半端な関係に浸かり、関係を動かす事実を明確に認識しているくせに、それでも無視する。

もちろん、中途半端な関係自体が悪い事だとは言い切れない。有効な面も確実に存在する。それはそれでひとつの形なのだろう。

例えばクラスにおいても、葉山と戸部やその他、あるいは第二カースト等の関係は、俺が嫌いなだけであってその全てが悪ではないのだろう。

しかし奴らは自分の理想像、あるいは妄想する相手像を押し付け、それを強要し、自らも役割を演じる。

それを拒絶すれば空気が読めない奴扱いされて集団から排除され、迎合すればその瞬間から役割に縛られる。

そういった通過儀礼を果たしてようやくオトモダチとなるのだ。

クラスに存在するいくつかのグループも同様だ。

小学生時代、中学生時代と色々行動してきた結果、結局端から見ることになった俺にとってはお馴染みの流れ。

それは誰かが脚本でも書いているんじゃないかと思うほど喜劇じみていて、あまりの白々しさに薄ら寒ささえ覚える。

だが、あいつらは、雪ノ下と由比ヶ浜は違う。

ぶつかり合い、押し付け合い、誤解し合い、拒絶し合い、許容し合う。

相手の中の虚像と自分の中の実像とを擦り合わせていく。

互いを知る、とはそういうことを言うのだろう。

本物の友達、とはこのような関係を指すのだろう。

一緒に何々をしたから友達。仲の良い誰々の知り合いだから友達。そんなのはただの世迷い事だ。

友達とはなるものではなく、なっていくもの。

あいつらを見ていると心からそう思う。

この世の何よりも尊い、『本物』が、そこには確かにあるのだ。

「雪ノ下」

俺が声をかけると、雪ノ下は大きくふらつき肩で息をしながらもこちらに視線を向ける。

雪ノ下と視線がぶつかると今まで経験したことが無いほどの激情が体を熱くするのがわかる。

言うまでもなく疲労困憊だ。だが、絶対に勝つという意志が、覚悟がその視線から伝わってきた。

隣人部は選ばなかった。認めなかった。

そしてそれは欺瞞である。

故に、俺は選ぶ。認める。

選ばれずとも、認められずとも貫き続け、ついに由比ヶ浜結衣という理解者を得てそれを守ろうとする、雪ノ下雪乃の覚悟を。

その覚悟に信頼をもって応え、支えようとする由比ヶ浜結衣の想いを。

その覚悟が、想いが、周囲を欺き自分自身をも欺く、欺瞞に満ちた奴らなんかに負けるわけがない。

決して、負けさせはしない。

「雪ノ下、上を狙え」

声を出す程の余裕はどこにもないのか、返事はない。

こちらを向き、ただ荒い呼吸を繰り返しているだけである。

それでも。

言わんとしていることは、伝わってくる。

「ああ、負けはしない」

いなくなった三日月が言ったように、俺のような端役、凡人では天才に勝てない。

正攻法ではもちろんのこと、半端な奸計も通用しないのも先程雪ノ下が示した通りだ。

雪ノ下はこう言われるのを嫌がるだろうが、天才同士の闘いですら柏崎とはその能力に差がある。

その差を埋めるには、最小の動きで最大の効果を生む必要がある。

これから雪ノ下が、ひいては俺たちが行うのは、愚直に小賢しく、斜め下からの正面突破。

雪ノ下は、いつも独りで乗り越えてきた。

俺は、いつも独りで掻い潜ってきた。

そんな俺たちが手を組めば、何だって出来るのだ。

彼女は何も言わずこくりと一度だけ首肯すると、眼前に立ちはだかる強大な敵へ再び立ち向かう。





つづく



今回はここまで

いやあ短いなかなか最後までいきませんね休み下さい

続きは来週末を目指しますがんばります



こんばんはどうも>>1デース

つづきを投下します

雪ノ下は胸に手を当てて大きく深呼吸をし、肩を解すようにぐるりと腕を回す。

「……」

あくまでも無言ではあるが、決意にその瞳を煌めかせると素早く行動を開始した。

全身を鞭のようにしならせ、抉り込むように放つアンダースロー。

先程までと比べて威力は落ちてしまうだろうが、消耗が少なく、かつ角度を取れるアンダースローは現状として最適の投法だ。

流石に出来るとは思いもしなかったが、出来るのであれば好都合だ。より策が成りやすくなる。

投げられた球は輪の上端ギリギリを通り、最大角で上へ上へと昇っていく。

今までとは全く違う投球のタイミングに、常人では反応程度はできこそすれ確実に取りこぼすであろう角度と速度。

だが今回は相手が相手だ。

案の定、柏崎は素早く反応し高く跳躍。危なげなどまるでなく揚々とそれを捕る。

そして服の乱れを直しつつ位置に戻ると、嘲笑を浮かべて俺の方を見る。

「こんなんであたしを出し抜くつもり? さっきのが球速も球圧もあったけど? しょせんモブの浅知恵ね」

「そりゃどうも。けどな、モブが主役に成り代わることもある。注意しとけよ」

例えば某海賊漫画とかな。あれはもう海賊とか海軍とかよりも解説のモブの方が目立つレベル。

「あっそ。まあ確かに、この後あんたがあたしにやられるときくらいは目立てるかもね」

柏崎は鼻で笑い雪ノ下に向き直る。

「ま、あんたの時間稼ぎに付き合ってあげるのもこれで終わり。雪乃ちゃんも苦しそうだし、早めに終わらせてあげるわ」

それだけ言い捨てると、全力での攻撃を再開する。多少の疲労は見えるものの、未だにその底は見えない。雪ノ下はその攻撃をなんとか受けきった。

再び雪ノ下の攻撃。投法は、もちろんアンダースロー。本人は息も絶えだえだがその鋭さだけは失われていない。

そして柏崎が投げ返す。雪ノ下は今回もどうにかこうにかといった呈で耐えきる。

縦横無尽に暴れ回る柏崎の球を、あるときは腰だめに、あるときは飛びつき、またあるときは全身を使って押さえ込むようにして捕る雪ノ下。

繰り返される光景は誰がどう見ても完全に一方的なものだ。

それでも食い下がる雪ノ下は、ひたすら上へと投げ続けていた。


雪ノ下が投法を変えてから、既に五分が経とうとしている。

着物は乱れに乱れ、ボロボロでドロドロな見るも無惨な姿だが、本人は一切それを気にする素振りは見せない。

いや、気にする余裕がないのだ。外から見ただけでもわかるくらい、立っていることが不思議なほど消耗し切っている。

それでも捕球に失敗したのは一度だけだ。驚く程の執念を見せ、例え腕がはじかれようとも、例え脚が縺れようとも決してその動きを止めようとはしない。

あまりに痛ましく、あまりにいじらしいその姿に観客たちが盛大に声援を送る。

由比ヶ浜もほとんど泣きそうになりながらも叫ぶように応援している。

本当は今すぐにでも止めたいだろうに、それでも由比ヶ浜はここにいる。

ここから、応援しているのだ。

その声だけを支えにして雪ノ下は闘い続けているのだろう。

寄る辺の無かった彼女が得た、たった一つの安寧の地。その存在が限界を超える力を与えているのだろう。

今の瞬間の捕球も、それがなかったら不可能だっただろう。

……やっぱり、お前たちはすげぇよ。

心は得も言われぬ感情に埋め尽くされている。

だが、不思議と頭は冷たく思考はクリアだ。

今俺に出来る事は観察することだ。非情なようだが、雪ノ下は確実に負ける。

後の闘いに備え、柏崎の一挙手一投足を逃さず、周到に、狡猾に策を練る必要がある。

たとえ雪ノ下が負けようとも、俺が負けなければ、それは雪ノ下もまた負けていないと言う事なのだから。

延々とジャンプさせ続けられた柏崎も流石に疲労を隠せず、雪ノ下同様に激しく乱れた服を直している。

体力を削ることには成功したようだ。しかし、雪ノ下はもう持たない。雪ノ下が今見せているのは、最期の輝きだ。

元々光っていた恒星がその生涯の終わりに見せる、爆発する寸前の一際大きな閃光だ。

そしてその爆発は、今まさに訪れた。

雪ノ下は投げた瞬間大きく顔を歪め、声にならない呻きを上げると左手のグローブで右手を抱え込むように押さえ、ぺたんとへたり込んだ。

激しく咳き込む彼女の腕に、つつっと血が滴る。

「ゆきのんだいじょぶ!?」

思わずといった様子で由比ヶ浜が慌てて駆け寄る。

「だ、だい、じょうぶ……よ」

喘ぎ喘ぎ強がりを言うが、余程痛いのかその目にはうっすらと涙が滲んでいる。

答える間にもぽたり、ぽたりと血が流れ落ち続けていた。

「まだ……やれるわ」

言い終わるか終わらないかのうちに再び咳き込み始める雪ノ下。

非常事態に観客はおろか、柏崎でさえも心配そうに雪ノ下を見詰めている。

俺はゆっくりと雪ノ下に近づくと、そっとグローブを取り上げる。

一瞬抵抗する素振りを見せたものの、もはやそれすら叶わないのかグローブはいとも容易くその手から抜けた。

「……由比ヶ浜。保健室に連れてけ」

覗き込んだ由比ヶ浜が息を呑む。

中から現れたのは、血にまみれた右手と、無残に割れた爪。

「う、うん! ゆきのん、行くよ!」

由比ヶ浜は雪ノ下を無理矢理助け起こす。

「ま、待って。由比ヶ浜さん……待って……」

駄々をこねる子供のように嫌嫌と身をよじる雪ノ下。しかし由比ヶ浜は有無を言わさずに連れ出そうとする。

力なく抵抗するその姿は多くの観客の胸を打っただろう。俺だってそうだ。

「お願い、少しだけ、待って……」

抱えるように支えられている雪ノ下の弱々しい懇願に由比ヶ浜の足が止まった。

静まり返った会場の誰もが注目する中、背中を向けたままの雪ノ下が声を発する。

「……比企谷くん」

何かを求めるようでもなく、何かを命令するようでもない声音で、ただ俺の名前を呼んだ。

それが何を意味するかは、由比ヶ浜を除いては俺にしかわからないだろう。

俺は、少しだけ離れたところにいる、雪ノ下と由比ヶ浜を真っ直ぐに見詰めて答える。

「雪ノ下」

大丈夫だ。

お前はよくやってくれた。

「由比ヶ浜」

心配するな。

雪ノ下も俺も、お前との約束をちゃんと覚えている。

だから、後のことは。

「俺に任せろ」

返事はなく、振り向くこともない。返ってきたのは、すんっという音と、くすりという音だけだった。


二人が保健室に向かい、奉仕部は俺一人を残すのみとなった。

「選手交代だ」

雪ノ下から取り上げたグローブを左手にはめ、いつだったかのテニスのときの雪ノ下のようにそれを柏崎に突き付ける。

「よく見ていろ。この闘いは俺が決める」

ざわり、と観客がどよめき、一気に俺に注目が集まる。

そうだ。それでいい。射的のときのように観客に帰られては困るのだ。あのときとは違い、自らこの闘いに注目を集める必要がある。

その為なら群衆が好きそうなリップサービスだろうが何だろうが言ってやる。

「あっそ。じゃ、始めるわよ」

柏崎はさして興味を示すこともなく、俺が位置に付いたのを確かめると攻撃を開始した。

「……っ!」

ドスリ、と骨まで響くような衝撃が受け止めた左手に伝わる。

一瞬遅れて雷撃のような痛みが走る。

多少の疲労は見て取れるが、投げる球は相も変わらず殺人的な剛速球。

雪ノ下との闘いを見ていた為、多少は目が慣れている。

にも関わらず、反応はやや遅れる形となっていた。

改めて雪ノ下の凄さを痛感する。あいつはこんな球を何十球も受けていたのか……。

まぁ、多少予想以上ではあったが、俺のやる事は変わらない。

既に策の効果は確認済みであり、悩む必要などどこにもないのだ。

後は実行を続けるのみ。

意図は明確、狙いは一つ、だ。

確かに柏崎は俺よりも、というかこの場にいるほとんど全ての人間よりも遙かに優れた能力を持っている。

そして優れているが故に、その負荷は高い。

雪ノ下が人よりも体力が無いのは、基礎体力にも問題があるにしてもその高い能力からくる消耗の激しさにも起因しているだろう。

いくら本人自体が優秀でも、構造は変わらない。

跳躍の瞬間、着地の瞬間、投球の瞬間。ダメージは確実に蓄積される。

部活で恒常的に行っているのであれば対策はされているだろうが、隣人部はそうではないだろうことが推測される。

加えて、脊椎動物はそもそも二足歩行するような構造ではないように、元々がそれ用ではないのだ。

高すぎる身体能力に追従する下地が出来ていないはずだ。

俺が画策し、雪ノ下が与え、そして再び俺が引き継いだのはほんの小さなきっかけにすぎない。

だが、蟻の穴から堤も崩れるのだ。

俺はただ耐え続ければいい。

やがてそれが臨界点に達した時、柏崎は自壊するだろう。

「今度はこっちの番だな」

ややわざとらしくはあるが、不適な笑みを浮かべながら反撃に移る。

俺は雪ノ下のようにアンダースローなど当然出来るはずもなく、普通にスリークォーターっぽく投げることしか出来ない。

それでもやる事は一つ。ひたすらに、愚直に上に投げ続けるのみだ。

元々それほど高い威力を持っていないが、力を抑えてコントロールのみに意識を集中する。

球は狙いを違わず上端ギリギリを通る。柏崎は軽く飛び、パスッと音を立てて易々とそのグローブに収める。

雪ノ下と比べて明らかに弱々しいその球に観客から落胆したような声が上がる。

柏崎も嘆息すると、つまらなそうな態度を隠さずに話しかけてくる。

「……はぁ。雪乃ちゃんと一緒に遊ぶのも終わっちゃったし、あんたに興味はないし、さっさと終わらせたいからルールを追加するわ」

「……なんだ?」

「お互いキャッチしてから5秒以内に投げること。投げられなかったらその場で負け。さっきみたいに時間稼ぎはなし」

その言葉を聞いて思わずほくそ笑んでしまう。条件はクリアされた、とでも言ってやろうか。

「ああ、いいぞ」

時間制限は俺の策にとって必須事項だ。

可能性はあるとは思っていたし、実際にそう誘導してはいたが、本当に向こうから言いだしてくれるとは。

こちらから切り出さずに済んでよかった。どうしたって不自然になってしまう。

柏崎は脳みそ空っぽそうな糞ビッチのような見た目に反して、意外と頭がまわるようなので警戒されないで済んだのは僥倖と言えよう。

しかし続いて設定されたルールは俺にとってはなかなか厳しいものだった。

「あと、一球勝負ね」

「……わかった」

……まぁ、これくらいは飲まなければならないだろう。

これでも最悪のパターンではない。不利はそもそも承知済みだ。

さぁ、全ての下準備は終えた。

後は雪ノ下に倣い、ひたすら正面から殴り合うのみ。


視界が霞む。

両手は痺れ、脚が縺れる。

耳は見えない綿を詰められたように聞こえにくい。

口の中はカラカラに渇き、ともすれば咳き込んでしまいそうだ。

何より息が苦しい。吸っても吸っても全身が求める呼吸量にまるで追い付かない。

それでもなんとか、まだ体は言うことを聞いてくれる。

柏崎の投球モーションを視界の片隅で認めると、ほとんど反射反応と言って良いほどに自動的に脚が前に出る。

気が付いた次の瞬間には左手にボールが握られている。

観客が快哉を上げた気がするが、定かではない。

僅かに残った意識がボールを投げ返させる。

どのくらいの時間闘っているのかもわからない。

新たに設定された5秒ルールにより、ほぼ常に投げ合うようなかたちになっている。

霞む目を凝らしてみれば、膝に手を付き肩で息をする柏崎も相当疲弊しているように見える。

だが、それだけだ。疲れさせるだけでは奴は倒せない。

雪ノ下との闘いも合わせれば、柏崎の投球数は軽く100は超えているだろう。プロの先発投手だってとうに交代している。

それほど数多くの球を投げているにも関わらず、骨を抉るような重さは健在。

対してこちらはちょいちょい意識が飛び始める有様だ。

あと少し。

左手に球が突き刺さる。

勢いを殺しきれずにボールは横へとはじかれた。

倒れるようにしてそれを追いかけ、地面すれすれで捕球し、起きざまに投げ返す。

あと少し。

左足を大きく踏み込ませ、腕を目一杯伸ばして即座に投げ返された球を捕る。

衝撃を利用して回転し、こちらも間髪入れずに投げる。

あと少しのはずだ。

もうそれの限界は見えている。

それまで、どうにか、耐えるんだ。


幾度となく倒れ、それでもゾンビのように立ち上がる俺に業を煮やしたのか柏崎が苛立たしげな声を上げる。

「……っ、いい加減っ! しつこいわね!」

一際凶暴な表情をすると思い切りといった様子でボールを投げ付ける。

その大きな動作に、ブチッっと何かが切れるような音が、確かに聞こえた。

ここだ。

ついに、勝機が見えた。

そう思った瞬間にはボールは既に目の前に来ていた。

疲労により徐々に落ちていた球速が、急に初期のそれを取り戻していた。

「なっ!?」

――グローブでは間に合わない。

瞬時にそう判断し、即座に体を捻り左腕をはじくように当てる。

ゴッという鈍い音が響き、次いで慣性に従って交通事故にでも遭ったかのように体ごと左腕を後方へ持って行かれる。

それでも軌道を変えることには成功した。ボールは高く高く上へ昇っていく。



まだ、やれる。


幸いにも痛覚はほとんど麻痺している。痛みで動きを阻害される事はないだろう。

なんら難しいことはない。幾度となく捕ってきたただのキャッチャーフライだ。屋内故に風もない。

あれを捕って、投げ返せば、勝負は決まる。

雪ノ下は自身のことを顧みずに怪我をするまで闘い、由比ヶ浜はその雪ノ下が痛めつけられている様を耐えながら見守った。

その覚悟を、想いを、勝利という結果をもって肯定するのだ。

……だから、動けよ。


なんで俺はこんなところで寝てるんだよ。

まだ間に合う。

予測は正確に出来ている。

たかが2メートルも離れて無いだろ。

動けよ。

今すぐ立ち上がって、落下地点へ回り込むんだ。

僅かに残った気力を総動員して四つん這いになり、立ち上がろうとする。

立ち上がろうとしてはいるのだ。

それなのに、どうしてこの脚は言うことを聞かないんだ。

ボールは見えないが、もうすぐ落ちるだろう。


……ふざけるな。

ふざけるなよ比企谷八幡。

雪ノ下を怪我させるほど酷使して、由比ヶ浜に極度の心労を与えてまでして、あの強敵を、後一歩のところまで追い詰めたのだ。

その結末が、これか。

無様に這いつくばって、無意味な敗北を晒すのか。

お前はそれでもいいだろう。お前みたいな端役がどうなろうと誰も気にしやしない。

だが、あいつらはどうなる。

雪ノ下に約束を破らせ、由比ヶ浜の顔に泥を塗ることになるのだ。

雪ノ下を口だけの無能に成り下がらせ、由比ヶ浜を威を借る蒙昧な女にならせてしまうのだ。

ふざけるな。

この闘いの、俺の中の主人公は、あいつらなんだ。

俺のせいで負けて良いはずがない。

こんな馬鹿な話が、あってたまるかよ!

「うああああぁぁぁぁっ!」

奇声を上げて己を奮い立たせ、動かない脚を、腕を動かす。

顔を上げている余裕はない。ボールは今まさに落ちようとしているだろう。

這いつくばった姿勢のまま両足を蹴り込み、左前方へと飛んだ。

ポスッという間隔をグローブに感じ、それを強く握りしめる。

直後、肘と膝、それに左頬が床と接触しキュッと音を立てて焼き付く間隔を覚えた。

一瞬の間を持って、静まりかえっていた観客から爆発したような歓声が巻き起こる。

今はそれを認識する間も惜しい。

体中の筋繊維が千切れるのを錯覚しつつ無理矢理立ち上がり、投球の構えを取る。

今こそ、雪ノ下が打ち込んだ楔を引き抜く時だ。

投法は、アンダースロー。

舞う妖精さながらの美しさを纏っていた雪ノ下とは違い、見よう見まねの不格好なアンダースロー。

今なら、出来るはずだ。

雪ノ下の姿はこの目に、隣で応援する由比ヶ浜の声は脳裏に焼き付いている。

速度はなくて良い。優先するは、角度のみ。

球はノロノロと輪を通り、しかし寸分違わず柏崎の頭上めがけて飛んでいく。

……これで充分だ。

俺は投げ終わると同時に、再び倒れ込む。

投げ返された事に驚いていた柏崎だったが、すぐに意識を切り替えて高く跳躍する。

高く、跳躍した、その瞬間。

ブチブチィッと不吉な音がし、ついにそれは崩壊した。

そして着地の瞬間、重みに耐えきれなくなったそれは役目を放棄し、中身を露わにする。

観客の誰もが目を疑ったはずだ。そして半分くらいは凝視しているはずだ。

『元々がそれ用ではない』ために、それは弱いところ、過負荷なところから壊れていく。

常に受け続けていた内部圧迫に加え、繰り返し与えられた跳躍という外的要因にその耐久度は加速度的に失われていた。

ボールは余裕で捕られている。しかし柏崎には投げ返す事は不可能だ。そんなものは見なくてもわかる。

と言うかあんまり見ないようにしないとこの後が危ない。下手したら死ぬ。

そう、『元々が運動用ではないメイド服』は、高負荷だった胸部から破け、それどころか手でも引っかけたのか、へそが見える程はだけている。

「なっ、なによこれ!?」

必死に両腕でちらつく黄色い下着を隠している柏崎。

事態を理解した観客の、いや、野郎共の野太い歓声が大気を振るわせる。先程に倍する声量のそれは、ガラスを割らんばかりでもう狂気を感じるレベル。

変な宗教が出来る程に人気が高い柏崎だ。当然注目度は抜群だった。

「ちょっ、こっ、小鷹! こっち見ないでよ!」

「み、見てねぇよ!」

そして周りにいるのは、羽瀬川を含む年中発情期の男子高校生。

どれだけ高スペックだろうが、この状況では動けまい。

そして5秒は経過し、俺は勝利した。


会場はまさにカオス。

狂声を上げる野郎共とそれを白眼視する女子生徒たち。

泣きながら俺への呪詛を撒き散らしてどこかへ走り去る柏崎。

俺はと言えば、独り横たわって目を瞑り、この後確実に訪れる審判の時に備え必死で頭を巡らせ、言い訳を考えている。

で、でも、勝ったんだし、あれは柏崎が勝手に自滅しただけだし、きっと許してくれ……ないよなぁ。

まぁ、それは後で考えるか。

少し横になっていたおかげで、体はなんとか動かせる。

のそのそと立ち上がり、各部の動きを確かめるためにストレッチをする。

グローブの中の左手は確かめるまでもなく動かない。

それ以外は概ね動かせるようだ。球をはじいた左腕はなんかヤバイ色をしているが。

三日月が消え、雪ノ下は由比ヶ浜に付き添われて保健室に行き、柏崎が走り去った。

観客たちも男女間の温度差は絶望的であるものの、それぞれがもと居た場所へと戻って行った。

残されたのは、俺と、羽瀬川のみ。

誰も見ておらず、ましてや誰にも求められていない、一人と独りの、最後の闘いが始まろうとしていた。





つづく



今回はここまで

次回はとうとう最終回です

書き上がり次第投下したいと思いますがんばります

ごめんなさい>>1です畜っております繁忙期のようです

あと少しなのに……

がんばります

どうもこんばんは>>1です

お待たせしておりますごめんなさい現在新刊すら読めていない状況です

今月中には来るつもりなのでもうしばらくお待ち頂けたら幸いです

こんにちはどうも>>1です

ようやく仕事が納まってこれから帰りです

帰宅してからまとめようと思うので今日中、遅くとも元日中には仕上がると予想されます

本年もあと少し

頑張っていきましょう

あけましておめでとうございます>>1です

少し遅くなってしまい申し訳ありません

これより、最終回分を投下していきます

では、いざ




主役とは何か。

その物語において主要な役割を担うもののことであり、対象人物の歴史、足跡をなぞり思考を追うことでそれが形成される。

推理ものであれば主役は事件や謎に出くわしそれが収束するまでの経緯に焦点が絞られ、恋愛ものであれば主役の心の内を追うことになり、冒険譚であればその結果自体が主役となり得る。

主役たる彼、あるいは彼女は、その中で困難、災難に見舞われたり、ときには幸福を手にしたりもするだろう。

無論、主役の以外の脇役たちにも様々な経験をしてきただろうし、生きている限りはその後も経験していくはずだ。本人にとっては人生を変えてしまうような大きな出来事もあったことだろう。

しかし、それは主役とされた人物にとって直接関わりがない、または大して重要ではないがために脇役となるのだ。

つまるところ、観測者側が誰のどこにスポットを当てるかによって主役、脇役が決定されるということになる。

人は皆それぞれがそれぞれの物語の主役だという考え方もある上に、瞬間を切り取れば誰もが主役たり得ることもあるだろう。

それでも、今日この場において俺は一介の脇役である。

そして、そうであることを、誇りに思う。


観客も、奉仕部も隣人部も、互いに自分以外は誰もいなくなった。

いるのは、眼前の敵のみである。

羽瀬川は一度だけ柏崎が走り去った方を見ただけで、その後はずっと俺を睨むように見据えている。

柏崎をあんな形で敗走させたことに怒りを覚えているのか、その視線からは怒気を感じる。

無論、こちらはそれを覚悟でやった事だ。しかしそれを甘んじて受け入れる訳ではない。

羽瀬川は、何も認めないくせにさも当然かのような顔をして怒っているのだから。

俺だってあいつらに同じ事をされたら黙っているつもりなどない。

それはもう、あらゆる手を尽くして報復に出るだろう。もちろん秘密裏に、ではあるが。

この感情をなんと呼ぶかは理解している。認めることだって厭わない。

それが招くのは喜劇か、悲劇かはまだわからないが、どんな結果になるにせよ、俺はそれを受け入れよう。

それは、俺が求めてやまなかった『本物』の一部に触れることができた結果なのだから。

羽瀬川は未来の俺である。

雪ノ下と理想を押し付けたまま中途半端に互いを知ることになってしまった未来。

対処策を見いだせないまま由比ヶ浜に距離を詰められ追い込まれてしまった未来。

俺は、きっとああなる。

どんなに歯切れが悪く、気持ちの悪い関係でも、大切なものになってしまっただろう。

そして、また失敗する。

何よりも尊い『本物』を破壊して、滅茶苦茶にして、終わる。

まざまざとそれを見せつけられて何も感じないのは、いくら俺でも無理だ。

たぶんこれはきっと、変わった、ということではないのだろう。

人はそう簡単には変わらないし、変われない。常々思っていることだ。

恐らくこの感情は元から持っていたのだ。

猜疑心と自衛心、逃避と諦観とに埋め尽くされた心の、奥底の薄暗い片隅に、それは燻っていたのだ。

それが羽瀬川、ひいては隣人部という触媒を得て呼び起こされた。

俺は、次こそは失敗したくないのだ。

だからこそ、俺は俺の持てる力総てをもって羽瀬川の在り方を否定する。

「比企谷、お前は、何のために闘っている」

先程俺が柏崎にした質問を、そのまま俺にしてくる羽瀬川。

「……俺が思っている事を言ったところで、お前に理解なんてできやしねえよ」

「……そうか」

「だが、これだけは言っておく。俺はお前みたいな欺瞞に満ちた奴は、反吐が出る程嫌いだ」

「……欺瞞、か。そう言う奴がいるとは思ってた」

一度目を瞑って、言葉を切る羽瀬川。

「俺だってぬるま湯に浸かっていることくらい自覚してる。でも、誰かに気を遣うことが、人間関係を丸く収める行為がそんなに悪いことなのか? 俺はそう思わない。確かにお前が言うように、俺は誰かの気持ちを踏みにじってるのかもしれない。それでも、それがわかっていたとしても、みんなが前に進みたい訳じゃ無い。みんなが前に進める訳でも無い。今のこの関係が崩れたら、確実に壊れてしまう奴だっているんだ。今の関係が続くように努力している奴だっているんだ。ベクトルは違うかもしれないけど、隣人部に限らず、それはどこにでもあるはずだ」

再度話し始めた羽瀬川の口調は静かだが、内包されている感情は計り知れない。

だが、どんなに感情を込めて話そうが、それが相手に響くかはまた別の問題だ。

「価値があるとかないとかなんてのはどうでもいい。居場所があるだけでも、人は救われる。その居場所を作るのが下手な奴らが集まって、どうにかこうにかやっと手に入れた。例え自分本位の行動であっても、その結果救われる奴がいる。それを免罪符にするつもりはないし自分を正当化するわけでもない。けど、そんな努力をしている人の優しさまで『欺瞞』だなんて言葉で否定させはしない」

ギロリ、と一層苛烈に睨む羽瀬川。

「俺は、お前のように自前の理屈で他人に正しさを求めるよりも、ただ優しくありたいんだ」

「……はっ」

よりにもよって、優しさと来たか。

羽瀬川の言葉に、思わず乾いた嗤い声が出てしまう。相容れないのは既にわかっていたことだが、ここまでとは流石に予想していなかった。

俺が言う『欺瞞』を、まさか『優しさ』ととる奴がいるとは。

互いの顔色を伺い合って、黒くて汚い腹を探り合っているくせに上辺だけは関係を維持している奴らが優しいだと?

あまりにも思想が違いすぎてこれはもう嗤うしかない。

……ふざけんなよ。

そんなもんを優しさだなんて言わせてたまるか。

雪ノ下や由比ヶ浜の本物の関係こそ、それぞれが持つ『優しさ』の結果なのだ。

お前がそれを口に出すなどおこがましいにも程がある。

「羽瀬川の言う優しさってのは、随分と自分だけに優しいんだな」

ひとしきり嗤った後、皮肉をたっぷり詰め込んだ台詞に、羽瀬川の頬が引きつる。

「……お前とは、どうあってもわかり合えないな」

「よく言う。お互い初めからそんなつもりもないだろ」

「違いない」

羽瀬川は眼光はそのまま、口元だけで凶悪に苦笑すると左手にグローブをはめる。

議論は終了と言う事だろう。

俺ももう言いたいことは言った。これ以上はお互い不愉快な思いをするだけであり無駄なだけだ。

もはや言葉で主張をぶつけ合う段階は過ぎた。

ここまできても平行線のままであるのなら、残されているのはただ一つの道のみである。

さぁ、最っ高に素敵なパーティーしましょ!




ソロモンの悪夢、見せてあげる!

但し、悪夢を見ているのは俺である。

ルールは初期と同じ、所定の足下の線から投げ3ポイント先取で勝利となっているが、柏崎戦での消耗、負傷が思ったよりも深刻でなんだかもうヘロヘロした動きしかできない。

投げる腕には力が入らず、なんなら捕る腕にも力が入らないまである。

さっきはアドレナリンだばぁで痛みを感じなかっただけで、今はどこか1つ動かせば5箇所は痛むといった有様だ。

輪を通すのがやっと、掬うようにとるのがやっと、といった体で柏崎戦でも現れたゾンビの再来である。

それでも勝算はある。この闘いは完全勝利をもってこそ意味を持つのだ。

そのために、羽瀬川にはもうしばらくゾンビプレイに付き合ってもらおう。



アンデッド特有の粘りをみせ、尻は叩いていないが自分でも驚きの動きで無失点の膠着状態に陥っている。

まともな球を投げられない為、結果的にドロップばかりになったのが功を奏したのか、羽瀬川を消耗させることにも成功している。

観客もおらず時間制限もないため、倒しても倒しても蘇ってくるゾンビを相手にする羽瀬川の徒労感は相当なものだろう。

何度目かの幽体離脱をしかけたころ、やがてそれが訪れる。

ぱたぱたと駆ける、聞き慣れた足音が。俺にとっての、あらゆる意味での福音が。

小刻みに痙攣する左手からグローブをはずし右手へと持ち替える。

羽瀬川からはもう既にその姿が見えているだろう。

奴の目には、彼女はどう映っているのだろうか。

今日一日、折々で目の当たりにしたであろう彼女の行動は、どう移っていたのだろうか。

恐らく、俺が想像している事と大きく違わないだろう。

だからこそ、この作戦が成り立つのだ。

予測していた通り、彼女は駆けつけた。

信じていた通り、由比ヶ浜結衣は、文字通り駆けつけてくれたのだ。

羽瀬川の目を覚まさせてやろうなんて事は毛程も思ってなどいない。

誰かを頼ること、誰かと協力することが必ずしも正しい事だとも思っていない。

ただ単に、見せつけてやりたいだけなのだ。

羽瀬川がとろうとしなかったために、三日月や柏崎がとれなかったであろう行動を。

彼ら彼女らが得られる事が出来るかもしれなかった、その行動の結果がどういうものなのかを。

傷つきたくないのはわかる。

俺だって嫌だ。

でも、だからといって、自分が傷つきたくないかといって、それは他人を傷つけていい理由になどなりはしない。

他人を傷つけた代償は払わなければならない。そう遠くないうちに俺にもその時がくるだろう。

だが羽瀬川。

お前にとっては、今がその時だ。

断罪するのは由比ヶ浜結衣。

否、彼女の、その在り方自体が奴を裁く。

振り向き、息を弾ませている由比ヶ浜にそっとグローブを差し出す。

「由比ヶ浜」

どうやら腐っているらしい俺の目を、しっかりと見据えて、由比ヶ浜は強く微笑む。

俺も、今回ばかりは視線を逸らさずに、その瞳を見つめ返す。

「うん。わかってる」

彼女はグローブを受け取ると、そっと俺の肩に触れてから揚々と決戦の地へと向かう。

「……由比ヶ浜さんは、なんの為に闘うんだ?」

位置についた由比ヶ浜に、例の質問を同じようにする羽瀬川。

「……あたしは、一人じゃなんにも出来ないけど、いつもみんなと上手くやってきた。今だって、なんでも出来るヒッキーと、ゆきのんと、奉仕部のみんなで闘ってる。奉仕部のみんなの為に闘ってる。だから……絶対、あたしは負けない!」

雪ノ下から俺、俺から由比ヶ浜へと引き継がれたグローブを抱え意気込む由比ヶ浜。

その姿を見て、膝に手を突いて息を整えていた羽瀬川が眩しいものを見るような眼をして、どこか諦めたように呟く。

「……そうか」

もはや勝敗は決しているようなものだが、その呟きをもって由比ヶ浜対羽瀬川戦が開始された。

グローブごと役目を託した俺は、奮闘する由比ヶ浜を尻目に、げほげほと咳き込みつつ倒れ込みながらそのまま這いずって少し離れた位置まで離脱する。

ようやくの思いで観戦していた位置まで戻ると、随分前にも似たような事を聞いたことがあるような台詞が上から飛んできた。

「そうやって這いずっていると、斬新な土下座に見えなくもないわね」

見えねーよと、こちらに返事をする余裕などもちろん無く、もっと言えばするつもりもなかったので無視していると、ガッと腕を掴まれる。

怒らせてしまったのかとビクッとしたが、普通に助け起こされただけだった。

ビクついていたのを察したのか呆れたように溜息をつく雪ノ下。

「はぁ……あなたは人を何だと思っているのよ。別にその程度で怒ったりはしないわ」

今日散々キレまくっていた人が何を言っているんですかねぇ。

……まぁ、人の事は言えないか。

息が落ち着くまで助け起こされた状態のままだったが、雪ノ下の指は酷い怪我をしていた事を思い出す。

「指、大丈夫なのか」

「ええ。しばらく料理は出来ないけれど、その他の日常生活に支障はないわ」

「そうか……わr

「あなたに謝られる筋合いはないわ」

口をついて出そうになった謝罪に言葉をかぶせてくる雪ノ下。

「私は自分がしたいようにしただけよ。それとも、あなたが隠しているその左腕の怪我のことを謝れとでも言うのかしら」

「んなわけねぇだろ」

てかバレてたのかよ。本当に目端が利くというかなんというか……。もちろん、俺が失言するまで気付いてても指摘しないでいてくれた事も含めて、悪い気なんてしないけどな。

「でしょう? そういう事よ」

言いながら、ペットボトルのお茶を差し出しつつふっと優しく微笑む雪ノ下。

ありがたく受け取った瞬間、その表情に相応しく優しい声で次の言葉を紡ぐ。

「で、ここに戻ってくるまでに不思議な噂を聞いたのだけれど」

ギクリ、と今度こそ体が硬直する。死後硬直の予行演習かもしれない。

「噂によると『衣服が破けた状態の柏崎さんが泣きながら走っていた』ということらしいけれど、どういうことなのかしらね」

その表情と声音やめろよ怖ぇよだれかたすけて。

しかし怖がっていてもどうしようもない。生きて明日を迎えるために考えるんだ! 考えるんだはちまーん!


何も出ませんでした。

どんな言い訳をしたところで俺がしでかした事実に変わりはないので、もう素直に説明することにした。

そしてその説明が終わったにも関わらず、俺の生命活動はまだ終わっていない。

それどころか雪ノ下の方が由比ヶ浜の勝負を見守ることすら忘れて両手で顔を覆って懊悩している。

「碌でもない作戦だろうとは思っていたけれど、そんなことに手を貸していただなんて……」

しばらくそのままで時折唸ってもいたが、自分のなかでなにか決着がついたのかひとつ大きな深呼吸をすると、ようやく平常心を取り戻す。

「……元はと言えば、私の力量不足が招いた結果だものね。ごめんなさい、あなたを糾弾する資格は私にはなかったわ。私が負けさえしなけr

「違う」

俺自身が感じた程、思いの外強い口調に今度は雪ノ下が身を硬くする番だった。

「それは違うぞ、雪ノ下」

俺は由比ヶ浜と約束した。お前が困っていたら、手を差し伸べると。

そして俺自身も思った。お前を負けさせたくないと。

だからこそ、俺はお前と共闘することを選んだのだ。

「俺とお前は共闘し、柏崎に勝った」

固まったままこちらを見ている雪ノ下と目が合い、そこまで言ってなんだか急に恥ずかしくなる。

「だ、だから、お前も負けなかったんだよ、ゆきのsっごほっげほっ!」

照れ隠しに受け取ったお茶を飲みながら言ったため、気管に入ってしまった。若干キメ顔で言ってたのに……。

盛大にむせ始めた俺に驚いたのか、雪ノ下が目を見開いてフリーズしている。

しばらくして、俺が落ち着くのを待っていたように雪ノ下が口を開く。

「……そうね。あなたの最低な作戦のおかげで負けはしなかったわ」

もちろん自覚はある。我ながらなかなかのクズっぷりだと思う。やった事と言えば女子生徒を公衆の面前で下着姿に剥いただけである。

羽瀬川戦に至っては最終的に策とも呼べない人任せの丸投だ。罵倒も軽蔑もされるだろう。

だから、雪ノ下の次の行動は予測できなかった。

「でも、感謝しているわ。そ、その……ありがとう……は、八幡くん」

…………………………………………。

「は?」

「え?」

予想外の出来事に驚き、雪ノ下は驚いた俺を見て驚いている。

……あー、こいつあれか。さっきの勘違いしたのか。

察しの良い雪ノ下も間違いに気付き、はっとした表情をしたままみるみる顔を朱く染めていく。

痛々しく包帯が巻かれた手がわなわなと震え、顔の朱さが耳まで達し、あまりの羞恥からか若干涙目にまでなっている。

……まあ、わざわざ言う事でもない気もするが、今後のためにもここは一応言っておいた方が良いだろうな。

「いや違うから。お前勘違いし

「何が違うのかしら? 八幡くん」

「だから勘ちが

「何が? 八幡くん?」

勘違いを正そうとした俺に雪ノ下が言葉をかぶせてくる。

真っ赤な顔のままニコニコとし始めた雪ノ下はスッと目を細める。