鳴上「『ToHeart2』?」(375)

鳴上「『ToHeart2』?」

陽介「おうよ! この前ゲーム貸すって言ってただろ? あれだよ、あれ」

鳴上「ああ、それは聞いてたが……予想と違ってて」

陽介「聞けば、悠はこういう『恋愛ゲーム』ってやったことないんだろ? 確かにお前は老若男女みんなにモテモテだが、やっぱこういう経験も必要だと思うんだ。個人的に」

鳴上「は、はぁ」

陽介「とにかくっ! 健全な男子高校生ならみんなが通る道なんだっ! 朝起こしに来てくれる健気な幼馴染! キッチンにはおいしそうな食事を作ってくれるかわいいメイドロボ! 果てには人妻から小学生まで惚れている! そんな夢のようなハーレム、お前も経験したいよな! 夢見るよなっ! なっ!」

鳴上「いや、小学生は犯罪――」

陽介「お前が言うかっ!」

>今日の陽介はどこか必死だ


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1349708619

鳴上「ま、まぁ、俺も『幼馴染』はいないから、あこがれる……かな?」

陽介「そんな寂しい貴方に! この『ToHeart2』だ! 本当はPC版を貸したいところだが、ここは悠にこのゲームを知ってもらう&好きになってもらうため、PS3版のDX Plusを貸すぜ!」

鳴上「俺、PS3持ってな――」

陽介「俺のを貸すっ! これも、タマ姉ファンを増やすため、そのためだったらいくらでも『AQUAPAZZA』を我慢してやるさ……っ!」

鳴上「……陽介の本気さは分かった。よし、ならばやってみるか」

陽介「よっしゃー! お前ならそう言ってくれると思ったぜ! 安心しな、ヒロインの可愛さは俺が保障する! さぁ、レッツギャルゲ!」

鳴上「お、おう」

―――
――


【堂島宅】

鳴上「と、陽介の気迫に押され借りたのはいいが……こういう恋愛ゲームなんてやったことがない。大丈夫なのだろうか?」

鳴上「まずは、説明書を読んでみるしかなさそうだ。ふむ……」ペラッ

鳴上「キャラ紹介か。確かに可愛いキャラが多いな。幼馴染……この子か。ヒロインの大半は高校生なんだな。現役としては少し複雑な気分だ……」

鳴上「……はっ!」

鳴上「――少しドキッとしてしまった。まさか菜々子と同じ名前のヒロインがいるとは。しかも小学生、それにどことなーく髪型がかぶってるようなないような……」

鳴上「……陽介、もしかしてこの子がいるからこれを貸した?」

鳴上「いや、考えすぎだろう、多分……うん」

鳴上「それにしても、ヒロインが多すぎないか? 19人もいるなんて。ゲーム自体は文章を読んで、行動選択するだけの簡単なゲームだが……完全攻略となると、少し腰が折れそうだ」

鳴上「けど、陽介、あの様子だと全員攻略しないと返却を受け付けないような気がする」

鳴上「……やってはみるが、あくまでゆっくりやっていこう。うん」

鳴上「夏休みの間はここにずっといるわけだし、ゆっくりでも大丈夫だろう。明日もジュネスで手伝いがあるし、早めに寝るか」

ガサゴソ タッタ パチンッ

鳴上「……zzz」

―――
――


鳴上「……」

pipipipi pipipipi

カチッ

鳴上「……っうん……はぁ」

鳴上「もう朝か――あれ?」

鳴上「……ここ、どこ?」

鳴上「俺の部屋って、こんなに広かったっけ? そもそも……あれ?」

鳴上「……夢か。寝よう」

―――
――


ピンポーン

鳴上「ん……」

ピンポーン

鳴上「……なんだろう、陽介あたりか――」

鳴上「目が覚めてない……」

ピンポーン

鳴上「多分、俺、なんだよな、呼んでるの。様子を見るに、家には誰もいないようだし」

鳴上「……夢だとしたら、これを応対しないと何も始まらないような気がする。仕方ない」

タッタッタ

ガサゴソ

タッタッタッタ

ガチャッ

このみ「おはよーゆうくん!」

鳴上「あ、ああ……おはよう」

鳴上(……誰?)

このみ「もう、反応が遅かったよ。またお寝坊さん?」

鳴上「まぁ……そういうところ、だな」

このみ「起床時刻はとっくに過ぎているでありますよ。あがっていい? ぱぱっと作っちゃうから」

鳴上「えと……」

このみ「おじゃましまーすっ」

タッタッタ

鳴上「……誰だっけ?」

―――
――


鳴上(……夢、にしては変だ。実感があるし、なんというか、こう、説明出来ない感覚がちゃんとあるというか)

鳴上(そして驚いたのが、新聞の日付が3月になっていることだ。俺がいたのはまずこの家でもないし、寝たときは夏休みの真っただ中だったはず)

鳴上(しかし、この家の名字は鳴上、しかも俺の名前も悠。ここに鳴上悠は存在する)

鳴上(俺の知らない家に住む鳴上悠、俺の知らない鳴上悠を知っている女の子。……夢であってほしいのだが)

このみ「もう、ゆうくんまた寝ぼけてるの?」

鳴上「うぉっ」

このみ「さっきからこのみが呼んでも反応なかったし、寝不足気味?」

鳴上「そうかもしれない」

このみ「だめだよ~、いくら親が海外にいるからって夜遅くまで起きちゃ。じゃあこのみの朝ごはんで目覚まししなくちゃっ」

鳴上「……さっき台所から香ばしい香りが流れてきたと思ってたのだが、コーンフレークと牛乳?」

このみ「あ、あはは、失敗しちゃった……」

鳴上(なるほど、焼き魚が炭素の塊になったわけか)

鳴上「俺は気にしてないさ。ありがとうな……えと、このみ?」

このみ「えへ~、どうってことないでありますよ」

鳴上(この女の子の名前はこのみ、と……とにかく、この事態に関しては俺にも理解不能な今、慎重に動いてみるしかなさそうだ)

―――
――


鳴上(学校まで一緒に来てくれて助かった。学校までの道のりを知らないからな)

このみ「もうすぐ卒業式か~。あんまし実感が湧かないかも」

鳴上「その気持ちは分からなくもない。実感がわくのは、案外高校に入ってからあったりするし」

このみ「そうなんだ。えへへっ、ゆうくんと一緒の学校っ」

鳴上「そんなにうれしいのか?」

このみ「当たり前だよ~。わざわざ同じ学校を選んだんだもん」

鳴上(……うらやましいぞ、こっちの鳴上悠)

このみ「あっ! ゆーじんだ! おーい!」

雄二「ん? おう、また夫婦そろって仲良く登校か?」

このみ「も、もう! だからからかわないでってば~」

雄二「ははは、すまんすまん。って、どうした、悠?」

鳴上「ん? 何がだ」

雄二「いや、いつもだったらいち早くそっちが突っ込んでくるはずなんだが……あれか? 夫の方は満更でもねぇってか?」

このみ「へ?」

鳴上「いや、今のはそっちが俺達を見て少しだけ垣間見せた嫉妬の一言かと」

雄二「ちげーよ! な、なんだぁ? お前、このみに変なものでも食わされたのか?」

このみ「そ、そんなことして、ないよ?」

雄二「疑問形かよ」

鳴上「ああ、ちょっとCの塊を食わされかけただけだ」

このみ「ゆ、ゆうくん、ちょっと辛辣だよぉ」

鳴上「す、すまない」

雄二「ははは! なんだなんだ、急に夫婦漫才始めちゃって。とにかく、少し急がないと厳しいぞ? 早く学校に行こうぜ」

―――
――


このみ「じゃあねー! また後でー!」

雄二「あいよー」

鳴上「気をつけてな」

タッタッタ

雄二「ふぃ、ちょいとギリギリってところだな」

鳴上「そうだな」

雄二「……にしても、悠」

鳴上「なんだ?」

雄二「お前、今流行りのイメチェンってやつなのか?」

鳴上「イメチェン?」

雄二「伊達にお前の友人を十年来やってないんでな。今日のお前、少しだけいつもと違う、間違いない」

鳴上「……そうかな」

雄二「ああ。……まっ、気のせいかもしれないが。早く行こうぜ」

鳴上「ああ」

鳴上(少しだけ……ということは、基本的には俺と同じということか。こっちの鳴上悠も、鳴上悠なのだとすると、何が違うんだろうか?)

―――
――


【教室】

雄二「……お前、ほんとにどうした?」

鳴上「いや、どうにもしないとは思うけど」

雄二「そんなわきゃねぇ! いつもは授業で指名された時はおどおどしてたお前が、動揺せずに完璧な答えを出す。体育の時間では超人的な記録を叩き上げる。さらにはその何とも余裕な風格! 勉強も運動もその他もろもろはいたって普通の下だったお前が、なんで一日にして女子からの人気をかっさらっていくんだよ! 化け物かよ!」

鳴上「化け物呼ばわりとは、心外な」

雄二「うるせいやい! 昔はモテない男同士、傷をなめあってたじゃねぇか。あの輝かしい友情の日々は何処に?」

鳴上「……女の子にもてたいのか?」

雄二「あったりまえよ! そうは思わない高校生男子なんているはずがない!」

鳴上「俺の女装で我慢してくれ」キリッ

雄二「なんでそうなるんだよっ!」

鳴上「なんとなく」

雄二「はぁ……お前、そんなに天然ボケかますような奴だったけか?」

鳴上「天然? 俺は天然なのか?」

雄二「もういいや、なんか疲れた……」

鳴上「次はLHRだぞ」

雄二「わーってるよ」

―――
――


愛佳「――と、言うわけで。図書室の本を借りる場合は――」

鳴上(小牧愛佳。このクラスの委員長……正確には副委員長なのだが、現在は委員長が入院中のため代理で委員長を務めているらしい)

鳴上(休み時間の様子を見るに、人の頼みごとを断れない性格。なんというか……ちょっとそこに親近感を感じた。ちょっとだけだが)

ガララッ

「ハロー、諸君! 元気にしていたかね?」

愛佳「へ?」

「あっ! モノホンの委員長じゃん!」

真委員長「ははは! いやいや、車にひかれそうになった少女を助けたと思ったら、いつの間にか病院送りさ。けど、こうして不死鳥のごとく舞い戻ってきた!」

「ついこの前の噂だと、助けたのは猫だったような……」

「その前はおばあちゃんじゃなかったか?」

愛佳「委員長! お怪我は大丈夫なんですか?」

真委員長「問題なし! と、言いたいところだけど、見ての通りさ。利き腕が使えないのは思ったより不便でね」

愛佳「でも、退院しても大丈夫、ということなんですよね?」

真委員長「最低限はだけど。……でも、困ったことに、これじゃあまともに委員長として動けないなーはははは」

愛佳「そうですよね……え?」

真委員長「ということで! 残りの任期、愛佳さんを委員長に委任したいと思う!」

愛佳「……えー!?」

鳴上(様子を見るに、委員長になるのは嫌らしい。困ってるな……)

愛佳「え? え? でも――」

真委員長「任期っていっても、二週間前後だし、大丈夫でしょ? みんなはそれでいい?」

「あたしはそれでいいー」

「むしろ、小牧さんの方がよっぽど委員長ぽかったし、今までと変わらない感じ?」

「さんせーい、委員長より真面目だったし」

「よっ! 新いいんちょー!」

愛佳「へ? へ? そ、そんなぁー!?」

鳴上(……これじゃあ、小牧さんのこと、言えないな)

ガタッ

鳴上「あのー」

愛佳「ど、どうしたの? 鳴上君――」

鳴上「俺が委員長じゃ、駄目かな?」

―――
――


【帰り道】

このみ「ゆうくんが委員長?」

雄二「ああ。びっくりしたぜ。あいつ、普段は前に出たがらない性格だったはずなのに、ホントに何があってあんなこと言い出したのか」

このみ「で、放課後早速仕事してるわけなんだ……」

雄二「元々委員長なんて面倒な役職、押しつけたもん勝ちなところがあるし。元委員長も面倒くさがりで、即決しちゃったしな。それに、何より悠の押しが強かったのもある」

雄二「小牧さん、一応悠の奴を止めたんだけど、小牧さん自身が委員長をやりたくなかったのと、あいつの押しの強さあって、結局小牧さんは副委員長のまんま、悠が委員長の大抜擢されたわけ。まぁ、残り二週間ぐらいだから、そこまで大変じゃねぇとは思うが……」

このみ「一緒に帰れないのは、ちょっと残念かも……」

雄二「仕方ねぇよ。終業と卒業式が近い今、クラス委員の忙しさはピークを迎えてるわけだしな。今頃あいつ、仕事の多さにひーひー言ってるんじゃね?」

このみ「お、お尻から火が出る、っていうあれかな?」

―――
――


【教室】

鳴上「掲示板は整理し終わったから、この古いプリントの処理お願い」

愛佳「は、はい!」

――


鳴上「クラスの分のプリントアウトはこれ。男女分けてくれると嬉しい」

愛佳「わ、分かりましたっ」

――


愛佳「あの、先ほどの会議で渡されたプリント――」

鳴上「広報用にもう原稿は出来た。二度手間で悪いけど、こっちもプリントお願い」

愛佳「は、はいぃ!」

―――
――


鳴上「お疲れ様……えと、大丈夫?」

愛佳「は、はいぃ、なんとか。でも、ちょっとだけ……何せ、一週間分の仕事を一日で終わらせたので……」

鳴上「遅くなっちゃったね。別に最後まで付き合わなくてもよかったんだけど……」

愛佳「そ、そういうことにはいきませんっ。一応副委員長なんですし。それに、鳴上君、今日からいきなり委員長になったので、何かアドバイス出来たら――って、一応思ってたんですけれど」

鳴上「ありがとう。おかげで助かった」

愛佳「お礼を言うのはこちらです。あそこまでテキパキやってくれて、おかげで当分は楽出来そうですし。ほんと、最初から委員長でもよかったのでは? って思うってしまうぐらい」

鳴上「そうかな?」

愛佳「ええ。っと、では、私はこれで……」

鳴上「ああ。お疲れ様」

愛佳「お疲れ様でした。今日は本当にありがとうございました。……そ、その、委員長になってくれたことも、ありがとうございます」

鳴上「大したことはしてない。それに……」

愛佳「それに?」

鳴上「困ってたし、小牧さん」

愛佳「え……?」

鳴上「あれ? もしかして、違った? それとも迷惑だった――」

愛佳「い、いえ! そういうわけではなくてですね! え、えーと……」

鳴上「?」

愛佳「あ、ああ、あの……で、では! 今日はこれで! お疲れ様でしたーっ!」

ダッ

シーン……

鳴上「……スクカジャ並みの速さだった」

―――
――


【鳴上宅前】

鳴上(……ほんと、以前の俺では考えられないな。自分から委員長に立候補するとは。まぁ、豪傑並みの勇気があるから問題なかったけど)

鳴上(多分、小牧さんが困ってたから、だろうな。うん。……でも、これで確定したことがある)

鳴上(まず、今の俺と、この世界の俺には、徹底的な相違点がある。それが何かは分からないけど、こっちの俺の親友である雄二曰く『ボケたり、前に自分から出たりしなかった』)

鳴上(別にボケている気はないのだが……そこはいい。『自分から前に出ることはなかった』……のは、今の俺より勇気がなかった、ということ)

鳴上(それもそうだ。この豪傑並みの勇気も、タフガイな根気も、あのテレビの中での戦いがあってこそ――そうか!)

鳴上(確かに徹底的な相違点はあるが、雄二からは『イメチェン』と捉えられたのはなぜか。それは『基本的なところは俺と同じ』ということ)

鳴上(しかし、今の俺のような勇気や知識、根気を持っていない……これらから推測されるに――)カッ

鳴上(この世界の俺は、あの事件の前の俺。時系列も、現時点で一年生の終りだったから、まさに引っ越す直前の俺だということ。あのまま、無気力に生きているだけの俺、というわけか……)

鳴上(けれど、なんで俺はこんなところにいるんだ? なんで俺が呼ばれたんだろうか? ……そもそも、大事な何かを忘れているような気がするんだ。この事態を理解するための、何かが――)

「ゆうく~ん!」

鳴上「ん? ああ、このみか」

このみ「ゆーじんから聞いたよ。委員長になったんだって?」

鳴上「まぁな。……ところで、こんな時間にどうしたんだ?」

このみ「えとね、ゆうくん、まだ帰ってないようだったから、ここで待ってたんだ」

鳴上「気を遣わなくてもよかったのに。いくら春でも風邪をひくぞ?」

このみ「大丈夫だよ~。あとね、今日のゆうくんの夕食、母さんが作ってくれたんだ! 今日はすき焼きだよ~」

鳴上「わざわざ? それじゃあ、後でお礼を言わなくちゃな」

このみ「母さん心配してたんだよ? ゆうくん、親の海外赴任で一人になってから、食生活偏ってないかって。でもゆうくん、ウチに泊まる? って聞くと、すぐ断っちゃうし」

鳴上(親公認か……にしても、いくら親公認でも娘と同じ屋根の下に年頃の男を泊まらせてもいいものなのか?)

鳴上「何、要は衣食住をしっかりすれば問題ない。……夕食は食べたのか?」

このみ「え? ううん、ゆうくん待ってたし」

鳴上(……この幸せ者め)

鳴上「なら、ウチで一緒に食べるか?」

このみ「え?」

鳴上「……迷惑だったか?」

このみ「ううん! やたー! ゆうくんとご飯~」

撤退
次回は後日

東鳩知らないが期待

>>1はけいおん!の人か?
違ったらごめんなさい

>>39
あれか
残念ながら別の人
あれは面白かった

―――
――


【鳴上宅】

鳴上「……確か、この時間に迎えに来るって言ってたよな」

鳴上「……来ない」

鳴上「仕方ない。このみの家に行ってみることにしよう」

鳴上(それにしても、俺も一日でなじんでしまうとは……まぁ、もともと鳴上悠はここにいたわけなんだし。それに、一回引っ越しを経験したのもあるだろうな)

鳴上(……陽介達がいてくれれば、それはそれでこの奇妙な生活も楽しくなるのだろうが。ないものねだりしても仕方ない、か)

―――
――


【柚原家】

ピンポーン

タッタッタ

ガチャッ

鳴上「どうも、鳴上です――」

春夏「あっ、やっぱりゆうくんだったのね」

鳴上「え? あ、ああ、はい……」

鳴上(多分、お姉さんかな? 随分このみに似てるし)

春夏「ごめんなさいね~、あの娘、さっき起きたばっかりで……このみー!」

このみ「はわわ! い、今着替えたよ、お母さん!」

鳴上(お母さん!?)

――


バタバタ

このみ「お、おまたせ~……」

春夏「まったく。ごめんなさいね、わざわざ迎えにきてもらっちゃって」

鳴上「気にしてません。それに、いつも迎えに来てもらうのも悪いので」

このみ「いいんだよ、私は好きでやってるんだし」

春夏「それ、ゆうくんに迎えに来てもらった人のセリフじゃないわよ」

このみ「はう~」

鳴上「まあ、学校に遅れるわけじゃないんだし。……ところで、朝ごはんは?」

このみ「え? まだだけど……」

春夏「それもそうよ。今から作るところだったもの」

鳴上「それじゃあ、昨日の夕食のお礼に、朝食は俺が作っていいですか?」

このみ「え!? ゆうくんが料理?」

鳴上「あ、ああ。ダメならそれで――」

このみ「だ、だって、ゆうくん、料理なんてしたことあるの?」

鳴上「一応、基本的なメニューは出来る、つもり」

春夏「へぇ。ついにゆうくんも主夫デビューか。いいわ、大歓迎よ。私もゆうくんの料理食べてみたいわ」

鳴上「どうも」

―――
――


鳴上「どうぞ。ほんとに簡単なものですけど」

このみ「すっごーい! ほんとにゆうくん、料理できたんだー」

鳴上「……そんなに、驚くことか?」

春夏「そうねぇ。料理を作るイメージはあまりなかったかしら?」

鳴上(そういえば、料理を作るようになったのは、八十稲羽に来て、弁当を作るようになってからだっけか)

春夏「ふむふむ。卵焼きにウィンナー。茹で野菜のサラダにコンソメスープか」

鳴上「ほんとに簡単なものですけれど」

春夏「ううん、充分すぎるくらいよ。少なくともこのみよりは出来てるみたいだし」

このみ「あぅ、ゆうくんにもついに追い抜かれちゃった……」

春夏「それじゃあ、いただきます」

このみ「いただきまーす」

パクッ

このみ「この卵焼き甘くておいし~い!」

鳴上「このみは甘い方が好きか」

春夏「ふむふむ……うん。ウィンナーもちゃんと焼けてるし、それにこのサラダのソース、多分手作りね」

鳴上「あ、はい。さすがに簡単にしすぎたと思ったので、ちょっとガーリックソースを」

このみ「すごーい! これは追いつくのが大変かも……」

鳴上「えーと……精進、あるのみ」グッ

春夏「う~ん……」

鳴上「どうかしましたか? 何かまずかったとか」

春夏「いえ、どれも充分。……ゆうくん、恋人でも出来た?」

鳴上「……え?」

このみ「ええー!? で、できちゃったの!?」

鳴上「いや、その表現は誤解を生む」

春夏「それも……小学生の」

鳴上「えっ!?」

このみ「ゆ、ゆうくん!? それは犯罪だよ! 偉い人に怒られちゃうんだよ!」

鳴上「いやいや! その前に恋人いないし!」

春夏「さっき、お弁当作ったって言った時、私がお弁当の内容聞いたじゃない?」

鳴上「え、ええ。料理中の時の話ですね」

このみ「びっくりしたんだよ~、ハンバーグとかミートボールまで作れるなんて」

春夏「そう、それなのよね~」

鳴上「?」

春夏「朝食の甘い卵焼きにウィンナー。お弁当のハンバーグにミートボール。内容的に、なにか思わない?」

このみ「小学校の遠足とかで、入ってたらすごくうれしかったよね~、ハンバーグとか」

春夏「そう。内容的に、小学生の子供を持つ親のお弁当なのよ。男子高校生のお弁当の定番とは少し違うし、何より手作りってゆうくんが言ってた。わざわざ、なんで手間のかかるミートボールとかを作ったのか」

このみ「なるほど」

春夏「なにより、このガーリックソース。ガーリックソースって、もう少しスパイスが効いて、少し辛くてもいいもの。でも、このソース……」

このみ「そういえば、なんだか甘いソースだったような……」

鳴上「炒めた飴色玉ねぎをふんだんに混ぜてます。ガーリックとかのスパイスの量も少なめです」

春夏「それに基本的にみんな薄味……でね、この食事を食べた時に思ったの。これは、小学生ぐらいの妹とか弟を持ってるお母さんの食事だってね」

鳴上「!」WEAK!

春夏「子供の舌に合うよう、甘めのソースにしたり、子供が喜びそうなおかずを作ったり……うんうん。私も小学生のころのこのみのお弁当を作る時は、そうやっていつの間にか同じメニューや、同じような味付けになっちゃったりしたわ。今ではすっかりレパートリーも増えたけど」

鳴上(そうか。夏休みの間、菜々子にお弁当をねだられることが多くて、いつの間にか菜々子のおかず=俺の料理のレパートリーとなっていた。このガーリックソースも、菜々子に『ちょっと辛いかも』と言われて菜々子の味覚に合うよう工夫した特製。……さすがベテラン、それを見抜くなんて)

春夏「でも勘違いだったようね。ごめんなさい。料理にケチをつけたような感じで。そういうわけじゃなくて、料理は本当においしかったわ。ありがとうね」

鳴上「い、いえ。こちらこそ」

このみ「ゆうくんすごいね~」

春夏「そうね、このみもゆうくんから教えてもらったら?」

このみ「うぅ~ん……それも考えた方がいいかも」

鳴上「むしろ、俺はお母さんに教えてほしいです」

春夏「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない。でも……レパートリーは増やした方がいいかもしれないわね、色々と。まずは、作れるソースの種類を増やしましょうか」

鳴上「え?」

春夏「朝からにんにくっていうのは、ちょっと難ありだと思うわよ?」

鳴上「……あっ」

このみ「そ、そういえば、ガーリックだったんだよね? はわわ、早く歯磨きしてこなきゃ!」

鳴上「しまった……」

春夏「うふふ、やっぱり、ちょっと抜けてるところはゆうくんらしいわ」

―――
――


【通学路】

鳴上「それにしても、あれだな……」

このみ「あれって?」

鳴上「いや、このみのお母さんは、若いよなって思って」

このみ「そうかな? 確かによっちとかにはそんなことよく言われるけど……」

鳴上(よっち? あだ名かな)

ソロソロ コソコソ

鳴上(……それにしても、さっきから視線と気配を感じる。この感じ、まるで背後を襲うシャドウだ)

このみ「お父さんも、『春夏が美人でよく同僚に自慢してる』とか言ってるし――」

バッ

鳴上「そこかっ!」カッ

「うわぁっ!?」

「!」

鳴上「うぉっ……っと、女の子?」

「うっひゃ~、こっちがびっくりしちゃったッスよ~」

このみ「あっ! よっち、ちゃる、おはよ~!」

ミチル「おはよう、このみ」

チエ「おっはよ~ッス。先輩もっ」

鳴上「あ、ああ」

チエ「いやいやぁ、にしても驚きモモの木ッスよ~。いつもなら先輩、まるで『背中に飛びついてください』って感じでいるのに、今日に限ってかわされちゃって」

鳴上「すまん、つい条件反射で」

鳴上(背中から飛びつくのが日常的なのか……油断できないな)

ミチル「なかなか興味深い動きだった」

このみ「わ、私にはよくわからないけど」

ミチル「それに、真新しい反応も見れた」

チエ「そうそう! あたし見た瞬間、『女の子?』って! センパ~イ、ついにあたしの魅力に気づいちゃった系っすか~?」

鳴上「だって、女の子だし」

チエ「……へ?」

鳴上「それに、あまり男に過激なアプローチはやめたほうがいい。かわいい女の子にひっつかれて、変な気を起こさないとは限らないし」

チエ「へ? ……へっ? か、かわいぃ……」

ミチル「よっち陥落確認」

鳴上「あっ、ごめん。変なこと言っちゃったかな? いやだった?」

チエ「ち、違うッスよ! そのその、あれッス! センパイ、なんだかいつもと違う感じがするな~って思って、そのっ」

このみ「はわわっ、こ、これが噂の口説きってものなのかな?」

ミチル「このみにはまだ早い」

鳴上「そう……かな?」

チエ「そうッスよ~! そもそも、あたしとちゃるのコアラアタックを避けるなんて、センパイらしくないっす! 巷で噂の怪しい通信教育でも受けたんスか?」

鳴上「一体何の話だ?」

ミチル「よっち、学校」

チエ「え? って、やばっ!? うぅ、なんか納得できないッスけど……それじゃ御先にッス! このみ、またね!」

ミチル「センパイも、また」

このみ「う、うんっ。またねー」

鳴上「気を付けてな」

タッタッタ 

鳴上「色々と、楽しそうな子だな」

このみ「それはゆうくんもよく知ってるでしょ? でも、ゆうくんちょっと様子が変かもってのはなんとなくわかるような……」

鳴上「おかしいか?」

鳴上のパラメータプリーズ>>1

このみ「う~ん、絶対におかしいよ! ってわけじゃないんだけど……なんだろう、一回り大きくなったというかなんというか……」

鳴上「人間、いつ成長するかわからないものさ。ほら、俺達も学校に行くぞ。雄二も待ってるわけだし」

このみ「うん。……でも、そうか……もうすぐ卒業かぁ」

鳴上「そうか、このみは……そういえば、このみはあの二人と行かなくていいのか?」

このみ「ううん、あの二人は日直だから。そうそう! よっちがね、もうすぐ卒業だから、思い出づくりに何かしてみたいって言ってたんだ」

鳴上「卒業前の思い出づくり……よくあるのだと、寄せ書きとかかな」

このみ「それはそれでやるんだって。でもよっちは、何かクラスの皆でやれるようなことをしたいって」

鳴上「クラスのみんなで、か……」

このみ「それにはこのみも大賛成なんだ。よっちもちゃるも寺女に行っちゃうし……」

>>118
アニメ終了時点
つまり全パラメータカンスト

鳴上「寺女……すぐそばの女子高か」

鳴上(長い間この町に住むことになりそうだったから、地理を調べておいて正解だったな)

このみ「すごく離れるわけじゃないし、会おうと思えば会える。卒業してずっとわかれるわけじゃない、そういうわけじゃないんだけど……」

鳴上(……この前の春、八十稲羽から離れる時も、こんな感じに考えた時もあったけかな)

鳴上「このみ」

このみ「なに?」

鳴上「このみにとって、あの二人はどんな存在だ?」

このみ「あの二人って……よっちとちゃる?」

鳴上「ああ」

>>1はどっちのゲームもプレイ済み?

>>123
両方プレイ済み
『P4G』も『TH2 DX Plus』もプレイ

このみ「友達、ううん、親友だよっ! ゆうくんより付き合ってる時間は短いけど、でもこのみの大事な大事な親友!」

鳴上「だったら、心配ない」

このみ「……でも」

鳴上「友情に距離は関係ない。それが本当の友情だったら特に。目に見えないところにいても、あの二人も、このみをことを思ってる。ほら、お互いに繋がり合ってるじゃないか。だから、大丈夫」

このみ「……うんっ! そうだよね、このみがよっちやちゃる、それにみんなのことを思ってたら、うん、そうだよ」

鳴上「それに、卒業は一つのステップアップだ。お互い、選んだ道を進むことを応援すればいい」

このみ「……ゆうくんは、さ」

鳴上「ん?」

このみ「ゆうくんは、このみのこと、遠くからでも思ってくれる?」

鳴上「……」

鳴上「……ああ」

このみ「そっか。えへ~、このみも、ゆうくんのこと、ずっと思ってるから!」

―――
――


【教室】

鳴上「……」

このみ『このみも、ゆうくんのこと、ずっと思ってるから!』

鳴上(今になって妙に気恥ずかしくなってきたぞ……くっ、これが嫉妬か。まさか鳴上悠に嫉妬することになろうとは)

愛佳「鳴上君」

鳴上「……ん? ああ、小牧さんか」

愛佳「えと、この後ってお時間ありますか?」

鳴上「この後?」

鳴上(そういえば、今日はこのみは卒業式の予行練習で迎えに来ないらしいし……)

鳴上「特にこれといって。委員会の仕事?」

愛佳「い、いえ、そういうのではなくてですね――」

―――
――


【書庫前】

鳴上「そんな、お礼なんていいのに……」

愛佳「いえいえ、そういうわけにもいきません。昨日の仕事もほとんど鳴上君の活躍で終わったようなものですし、その……助けてもらった、ので」

鳴上「大したことはしてないのだが……」

愛佳「私にとっては、すごくありがたかったのです。お礼とはいっても、本当に軽くなので」

鳴上「そいうことだったら……まぁ」

愛佳「そうですか? よかった~」

鳴上(それに、小牧さんもいつもと違ってなんだか本心からわくわくしている様子だ。なんだろう、見せたいものでもああるのか?)

愛佳「それでは、ようこそいらっしゃいませ」

ガチャッ

鳴上「ここは……本ばかりだ」

愛佳「図書室の蔵書が保管されている書庫です。私の秘密基地でもありますっ」

鳴上「へぇ。日当たりもよくて、くつろげる場所もあるのか。くつろぐのにはもってこいだな」

愛佳「そうですよね? 私も窓際が気にいってて。あっ、そうそう、お礼でしたね。よければそこでゆっくりしていってください。お礼に、お茶でもてなそうと思ってて」

鳴上「それはありがたい。ぜひゆっくりさせてもらうよ」

愛佳「少しお待ちくださいね? すぐに準備してくるので」

タッタッタ

鳴上(……この部屋に入った瞬間から、口数が多くなったような気がする。秘密基地、か。ここは小牧さんにとって第二の家みたいなものなのかもしれないな)

撤退

―――
――


愛佳「お待たせしました~」

鳴上「ありがとう」

愛佳「いいんですよ、だってお礼なんですから」

鳴上「そっか。それじゃあ、まず一口……」

愛佳「後、お茶菓子も」

鳴上「これは……確か、タルトタタン、だったかな?」

愛佳「ご存じでしたか。初めて作ってみたんですけど、予想よりもよく出来たので」

鳴上「うん、確かにおいしそうだ。じゃあ、まずは一口……」

ズズー

愛佳「……」チラッ

鳴上(……少し不安そうな様子だ。お茶でもてなすことが初めてなのだろうか。けど――)

鳴上「では、これも」パクッ

愛佳「ん……」ゴクリッ

鳴上「……うん。おいしい。紅茶もちゃんと香りが出てるし、このタルトも、しっかりおいしいキャラメリゼが出来てる」

愛佳「ほんとですか! よかったぁ~」

鳴上「うん、紅茶とも合ってるし。……ところで」

愛佳「は、はい?」

鳴上「いつまでそこに立ってるんだ?」

愛佳「へ? あっ。あ、あはは~……」

鳴上(緊張のし過ぎか。もしかすると……少し、男が苦手なのかもしれないな。人づきあいが苦手ってわけでもなさそうだったし、やっぱり俺と二人っきりなのが原因か)

――


鳴上「ごちそうさま」

愛佳「お粗末さまです。もしよろしかったら、残りのタルト、お持ち帰りしますか?」

鳴上「いいのか?」

愛佳「はい。自分で食べるよりも、他の人においしいって言ってもらいながら食べてもらった方が、やっぱりうれしいので」

鳴上「それじゃあ……うん、いくつかもらうよ」

愛佳「はい。……」

鳴上「……」

鳴上(……話が続かなくなってしまった)

愛佳「え、えーと、ですね……」

鳴上(小牧さんは話題を探しているが……そうだ)

鳴上「一つ質問、いいかな?」

愛佳「え、ええ! 構いませんよ?」

鳴上「ここって、図書室の蔵書を保管する場所なんだよね? こういう場所って、普通の生徒とか入れないような場所だと思うんだけど……」

愛佳「あ。は、はい、そうですね」

鳴上「図書委員だったら納得できるんだけど、小牧さんは学級委員。小牧さん、ここは秘密基地だ、って言ってたけど、先生とかに頼んで借りてるのかなって、なんとなく」

愛佳「はい。えと、なんといいますか……」

鳴上(返答に困っている? 話したくない理由でもあるのだろうか?)

愛佳「……昨日のLHRで、私が話した内容は覚えていますか?」

鳴上「ああ。確か……図書室の本を借りる際の識別にバーコードリーダーを使うことになったから、それでうんぬんだったかな?」

愛佳「はい。図書室の本にバーコードが張られたのですけれど……それは図書室の本の話であって、すべての本にバーコードが張られたわけじゃないんです」

鳴上「すべてじゃない……そうか、この書庫にある本は読まれなくなって仕舞われた本」

愛佳「はい。私はこの書庫の本にバーコードを張って、データ入力をする作業をしているんです」

鳴上「図書委員に頼まれたから?」

愛佳「いいえ。これは私が自分からやってることで……その代わりに、ここを私的空間としてある程度使ってもいい、と言われていて」

鳴上「ナルホドナー」

鳴上「……本、好きなのか?」

愛佳「はい! 小さいころからよく読むもので」

鳴上「本が好きじゃなかったら、この量の書物全部を捌こうとはしないし」

愛佳「変、でしょうか?」

鳴上「いや。立派だと思うぞ」

愛佳「あ、ありがとう、ございます」

鳴上「なるほど、納得がいった」

愛佳「何がでしょうか?」

鳴上「委員長の仕事をしたくなかった理由が。委員長になったら、ここの整理をする時間がなくなるものな」

愛佳「あ、その……はい。放課後の時間を使っているので、どうしても。だから、失礼ながらも……鳴上君が委員長を名乗り出た時、内心すごくほっとしたところもありまして……すみません」

鳴上「気にしてない。そのために自己推薦したんだから」

愛佳「……鳴上君、優しいのですね」

鳴上「そうかな?」

愛佳「ええ。誰に頼まれたわけでもないのに、自分から動く……すごいことだと思います、本当に」

鳴上「そういうものかな?」

愛佳「はい。そういうものです」

鳴上「そういうものかな? よくわからないけど……ちょっと散策してみてもいい?」

愛佳「構いませんよ。鳴上君も本を読むのですか?」

鳴上「う~ん、目について本ならじっくり読む。最近呼んだのだと……弱虫先生シリーズとか?」

愛佳「あっ! 鳴上君も読むんですか!」

鳴上「知ってるの?」

愛佳「ええ。第一シリーズからのファンです!」

鳴上「そうだったのか。あれはいいものだ。こう、読むと自分の中にある器が大きくなるというか」

愛佳「わかります! あれを読むと、自分の心が広くなって――」

>小牧愛佳と数分ほど、弱虫先生について語った。

――


愛佳「――それにしても意外でした。鳴上君が弱虫先生のファンだったなんて」

鳴上「あれは俺の同年代の人はなかなか読まないようなものだから」

愛佳「そうなんですよ。私の周りにも読んでる人がなかなかいなくて……妹にもおススメしたのですけど、ちょっと合わなかったみたいで」

鳴上「妹?」

愛佳「あっ。えと……一つ年下の妹がいまして」

鳴上(少しどもったな。……妹、か。一つ年下ということは、もうすぐ高校生か)

鳴上「ここの学校に入学するのかな?」

愛佳「……えと、ですね……」

鳴上「あっ、話したくないなら別にいい。ごめん、家族の事情にこっちがむやみに突っ込んじゃって」

愛佳「い、いえ……すみません」

鳴上(少し込み入りすぎたか。話題を変えよう)

鳴上「そういえば、この書庫の整理をしている、って言ったよね?」

愛佳「え、ええ」

鳴上「一人で?」

愛佳「はい。実は、ここにお客さんよしてきたのは鳴上君が初めてなんですよ?」

鳴上「そうだったのか。……大変だろ? 一人でこの量を整理するのは」

愛佳「そうでもないですよ? 本をジャンルごとに小分けして、バーコードデータを入力して印刷、後はぺたっと張るだけですし」

鳴上「その作業を始めたのは?」

愛佳「本格的にやり始めたのは去年の秋ごろからでしょうか」

鳴上「それで今の進行状況は?」

愛佳「……およそ15分の一、というところです」

鳴上「……単純計算でも、全部片付けるには一浪はしないと思うんだが」

愛佳「あ、あはは……」

鳴上「……決めた」

愛佳「え?」

鳴上「書庫の整理、俺も手伝うことにした」

愛佳「……へっ!?」

鳴上「お茶のお礼がしたい。タルトまでごちそうになったし……駄目か?」

愛佳「そ、そんな、お茶は気にしなくていいんですよ? 紅茶もタルトも、委員会の仕事をやってもらったお礼なんですし!」

鳴上「……駄目か?」

愛佳「だ、だって! 鳴上君、私のために委員長になってくれたのに、私の手伝いまで……」

鳴上「……どうしても?」

愛佳「え、えっと……」

鳴上「ここの整理は一人じゃ大変過ぎる。量が量だし、小牧さんだって、この学校に居るウチに全部整理しておきたいだろ?」

愛佳「それは、そうですけど……」

鳴上「俺も、ここの本をこのままこの空間にくすぶらせるのもちょっと、って思ってさ。たとえ少数でも、ここにある本を読みたいって思う人は絶対いるはずなんだ。だから手伝いたくなった」

愛佳「私も……同じく」

鳴上「じゃあ、質問を変えよう。ここにたびたび、お茶を飲みに来てもいい?」

愛佳「それは構いませんよ! 鳴上君だったら、喜んで歓迎します」

鳴上「じゃあ、そのついでに書庫の整理をしてもいい?」

愛佳「え? え、え~と……あぅ」

鳴上「俺がお茶を飲むそばで、女の子が重い本を持ってせっせと一人で頑張ってるのは、さすがに男として面目ない。だから」

愛佳「……分かりました。こっちの負けです」

鳴上「勝った」

愛佳「鳴上君って、案外強引なところもあるんですね」

鳴上「何、俺もどこかの誰かみたいにちょっとおせっかい焼きなだけだよ」

愛佳「……その含みが少し気になるんですけど」

鳴上「そっとしておけ」

愛佳「はぁ。で、でもですね! ほんと、たまーに、でいいんですよ! ほんとたまたま、すっごく暇で、死にそうなほど暇な時でいいんですよ?」

鳴上「俺はそんなに暇人に見えるのか?」

愛佳「い、いえ! そういうわけではなくてですねっ。鳴上君要領いいし、昨日の学級委員の仕事もそつなくこなしちゃうからですねっ!」

鳴上「落ち着け。冗談だって」

愛佳「はぅぅ……鳴上君、思いのほか意地悪ですぅ」

鳴上「ごめん。……それじゃあ、今日はお開きかな。もう時間だし」

愛佳「そういえば、もう下校時刻ですね」

鳴上「お茶とお茶菓子、ありがとう。また明日」

愛佳「はい。その……色々と、ありがとうございます」

鳴上「気にしなくていいよ。それじゃ」

―――
――


【通学路】

鳴上(最近このみも忙しそうだな。今朝も朝早くに学校に行ったし。卒業式か……)

鳴上(そういえば、俺の学校ももうすぐ卒業式じゃないか。学級委員は問答無用で働くことになるだろうし。俺も忙しくなってくるな)

ガァァァ!

「どいてどいてどいてー!」

鳴上「ん? ――うぉっ!?」

「うわぁぁっ!?」

ガッ!!

ヒュゥーン

ドカーンッ!

鳴上「な、なんだ?」

鳴上(後ろの坂からすごい勢いで自転車が下ってきたと思ったら、急ブレーキをかけて運転手が飛んで行った……多分、俺がいたからかな)

鳴上「で、その運転手は――」

「~~! ――! ――!!」

鳴上「……」

鳴上(ゴミ箱に頭から突っ込んで、下半身だけを晒しているこの姿……すごいデジャヴュを感じる。懐かしいような……)

「――!? ~~!!」

鳴上(しかもスカート、ということは女の子。幸いスカートの中身は晒してはいないものの、女性としてはあるまじき姿だ)

>そっとして――

鳴上「――は、おけないよな。……少し体、触るぞ」

ガシッ!

「――!!」

ゲシッ!

鳴上「ちょっ! あ、あまり暴れないで――おあっ!?」

ズテーンッ!!

鳴上「――ってて」

由真「っぶは! な、生ごみに殺されるところだった……」

鳴上「大丈夫か?」

由真「大丈夫か? とは、随分と殊勝なあいさつじゃないの――って、ああ!?」

鳴上「ん? ――ああ……」

鳴上(道路に横たわる無残なマウンテンバイクの姿……さすがにあの斜面を盛大に転がったらボロボロにもなるよな)

由真「ああぁ……修理に出してからまだ1週間も経ってないのに」

鳴上「その……気を落とすな」

由真「!」キッ!

鳴上「っと」

由真「なに言ってんのよ! これも全部アンタのせいじゃないの!!」

鳴上「な、なんの話だ?」

由真「アンタが曲がり角からいきなりぬっと出てきたおかげで、あたしが急ブレーキを踏んで、で! こうなったわけじゃない!」

鳴上「いや、安全確認はしっかりしよう。そもそも下り坂を自転車でいっきに下るのは危険じゃ――」

由真「弁償してよ~! あたしのMB!」

鳴上「じ、自転車は、その、ご愁傷様です」

由真「ま、まだ、まだ修理してから1週間しか経ってないのにぃ~!」

鳴上「こまったな……」

>ここは言霊使い級の伝達力とオカン級の寛容さで事態に取り組むしかなさそうだ。

>いかにこの事態で相手に原因があるかを説明し始めた……。

―――
――


由真「た、確かに、曲がり角から出てきたアンタに気づかなかったのはあたしだけどさ……」

鳴上「今回の事故、原因は説明したとおりそちらに決定的な要因がある。分かってくれたか?」

由真「でもぉ、でもさぁ……」

鳴上「自転車はまた修理すればいい。それよりも、怪我はなかったか?」

由真「ああ、危うく生ごみと接吻することになりそうだったけど――はっ!?」

鳴上「どうした?」

由真「あたしって、引き上げられるまでどんな格好だった!」

鳴上「……ゴミ箱から人間の下半身が生えている、シュールな光景だった」

由真「も、もしかして! す、す、スカートの中身は……」

鳴上「それは心配しなくていい。俺も見てない」

由真「はぁ……でも、どっちにしても恥かいたぁ……」

鳴上「様子を見る限り、怪我はないようだな。安心した」

由真「……そういえば、あんた、あたしを引き揚げるときに、腰に手を――」

鳴上「勘違いしないでくれ! それは君を助けるために仕方なく。決してやましい思いはなかった!」

由真「……痴漢」

鳴上「なっ!?」

由真「MBについては、こっちがスパッと反省するわ。けど……痴漢した、覚えておきなさいよ?」

鳴上「そんな……」

由真「女の子の体に無断で触れた当然の裁きよ。って、ああ!?」

鳴上「こ、今度はなんだ?」

由真「時間よ時間! これ、遅刻寸前じゃないの!」

鳴上「そういえば、かなり時間が経っているはず……」

由真「今から走って! あっ、けど、MBの亡骸が……」

鳴上「……君は先に走れ」

由真「へ?」

鳴上「俺もこの事故に巻き込まれてしまったからには、最後まで付き合ってやるさ。自転車は俺が運ぶ」

由真「け、けど……」

鳴上「じゃあ、自転車を運ぶから、これで今回のことは許してほしい。これでいいか? これでも、身体能力にはちょっと自信があるから」

由真「……はぁ、変な奴」

鳴上「最近よく言われるよ」

由真「……アンタ、名前は?」

鳴上「鳴上悠だ」

由真「ふ~ん、鳴上悠、ね。あたしは……十波由真、由真よ」

鳴上「そうか」

――


由真「はぁ……はぁ。ギリ、セーフ……って、ところ、ね」

鳴上「ふぅ……」

由真「あ、あんた、ほんとうに人間? 自転車運びながら、あんな足速いなんて」

鳴上「言っただろ。少しだけ運動には自信があるって」

由真「化け物レベルじゃないの」

鳴上「十波もそういうか。心外だな」

「あれ? 由真? それに鳴上君も」

鳴上「ん?」

由真「へ? ――はっ! ま、愛佳!」

愛佳「随分と遅かったようだけど、何かあったの?」

由真「な、なんで愛佳が、ここに?」

鳴上「すまない。今朝の駐輪場清掃に参加できなくて」

愛佳「いえいえ。充分人手も足りたので。それに、いつも仕事を早く片付けてくれるので、たまにはこうして私も頑張らないと」

由真「えと……愛佳、こいつの知り合い?」

愛佳「そうですよ。ほら、この前教えた委員長さんです」

由真「へぇ……あんたが」

鳴上「俺が委員長だ」カッ!

愛佳「……ほぇぇ」

由真「ん? な、なによ、そのいぶかしげなまなざし」

愛佳「いや、由真が男の人にそんなに打ち解けてるなんて、珍しいなぁって」

由真「は、はぁっ!? 誰がこんな痴漢魔なんかに!」

鳴上「それ、まだ続いてたのか……」

愛佳「へっ!? な、鳴上君、由真を襲ったんですか!?」

鳴上「そして自然に話を誇張しないでくれ! いや、そもそも根本の話から色々と誤解が――」

>言霊使い級の伝達力と、タフガイ級の根気の無駄遣いによって、なんとか誤解は免れた。

―――
――


【商店街】

鳴上(よく春夏さんが弁当とか作ってくれるけど、やっぱり自給自足が基本だよな。たまにはこうやって買い物して、自分でご飯を作らないと)

鳴上(……菜々子、お弁当どうしてるのかなぁ)

鳴上「……ん?」

鳴上(ゲームセンターで激しく動き回っているあの後姿は、もしかすると……)

「あ~! 随分とすばしっこいやつ! この、このっ!」

鳴上「調子はどうだ?」

由真「ひゃあぁっ!?」

ヴォォォ ガシッ!

由真「しまっ――」

ガブッ!! グチャッ!

『GAME OVER』

由真「いやぁぁ!!」

鳴上「最近流行っているシューティングゲームか。よくあるゾンビものの」

由真「や、やっとラストステージまで行けたのに……」

鳴上(こ、これは……俺の直感が、やばいと告げている)

由真「な、る、か、みぃ~?」

鳴上「ちょ、いや、これは偶然が重なった事故で。もう一度ラストに行けば――」

由真「責任とれ~!! この痴漢魔~!!」

鳴上「だからまだ言うか!」

ヒソヒソ ガヤガヤ

鳴上「というか、こんな人の多いところで、そんな誤解を招くような発言はするな!」

由真「うるさいうるさ~い! 今回ばかりは言い逃れは出来ないわ! さぁ! せ・き・に・ん!」

鳴上「わ、わかった! 体で、しっかり払うから! こんなところで騒がないでくれ!」

――


由真「ふぅ~ん、アンタ、料理とか出来るんだ」

鳴上「出来ないように見えるのか?」

由真「いや、ただなんとなく、この年代の男子は料理しないイメージがあってね」

鳴上「まぁ、わからなくもない」

由真「……ところで、ほんとにそれでいいの? 武器」

鳴上「俺は銃より刀だ。なんとなくだが」

鳴上(責任をとる、ということでクリアまでシューティングゲームに付き合うことになってしまった。だが、武器に刀があったのは助かったな)

由真「ほんとに変な奴。……あたしの邪魔だけはしないでよね」

鳴上「心配ない」

由真「それじゃ――」

鳴上「参る!」

♪―Rearch and to the truth ~インストver~―


由真「ったく! 相変わらず序盤から敵が多いこと!」

鳴上「だが、まだ動きは読める!」

パァン! パァン!

由真「そっちに来たわよ!」

ズバッ!!

鳴上「わかっている」

――


由真「ここから動きが急に――」

グォァァ!!

由真「なっ! そんなところから――」

ズバッ!! ズバァッ!!

ゴォァァァ

鳴上「うかつだな」

由真「あ、あんたいつの間に……」

鳴上「ラスボスは近いぞ。タイムアタックだ」

由真「……ふんっ! 言われなくても、礼は言わないわよ!」

鳴上「まったく……」

―――
――


♪―I'll Face Myself -Battle-―


鳴上「来たな」

由真「ふぅ……アンタ、どんな侍よ。刀なんていうマイナー武器でこんなに早くラスボスに来たの、あんたが初めてじゃない?」

鳴上「それは名誉だな」

由真「間合いの取り方が尋常じゃないぐらいうまいし……でも、次はそう言ってられない。ラスボスの怖いところは、半端じゃない範囲攻撃。けど回避に専念してると、タイムオーバーで即死攻撃が飛んでくる」

鳴上「なら、早く勝負をつければいい」

由真「簡単に言ってくれるけどね。あたしだって9回戦ってどれも負けてるのよ?」

鳴上「だが、刀の利点は複数回ヒット判定によっての大ダメージ。短期決戦も夢じゃない」

由真「そんなに言うなら、やってやろうじゃないの!」

ゴゴゴゴゴゴ

由真「きたっ!」

ゴォォォォ

鳴上「でかいな」

由真「だから当たり範囲には困らないってわけ!」

パァンッ! パァンッ!

由真「うっわ、相変わらず体力の減りが微々たるものだわ」

鳴上「なら、これならどうだ!」

ズバァッ! ズバァッ!!

ゴォォォォ

由真「すごい! 結構減ってる!」

鳴上「図体が大きい分、複数回ヒット数も多いんだ。これなら……」

由真「やれる!」

――


鳴上「ボスの攻撃回数が増えてきた!」

由真「くっ! これじゃあ近寄れない」

鳴上「射撃範囲は?」

由真「ダメ! 撃ってもここからじゃ着弾しない!」

鳴上「何か、相手に接近したいが……これは!」

由真「ど、どうしたの?」

鳴上「刀の説明欄を見てくれ」

由真「へ? えーと……へぇ、タイミングと位置さえぴったり合えばガードが出来るんだ。でもこんなの無理――まさか!」

鳴上「やってやる。相手の攻撃ごと、叩き斬る」

由真「ばっかじゃないの! そんなの、出来るわけ――」

鳴上「動体視力には、自信がある。心配ない」

由真「……はぁ。こっちでサポートしてあげるから、ちゃっちゃと斬っちゃいなさい!」

鳴上「助かる!」

由真「このあたしがおぜん立てしてあげるんだから、失敗したら承知しないわよ!」

鳴上「それは怖いな……行くぞっ!」

―♪Rearch and to the truth―


鳴上「うぉぉ!!」

グォォォ

パァン! パァンッ!

ゴォォォ

由真「やらせないわよ!」

鳴上「そこ!」

カァンッ! カァンッ!

由真「本当にガードできちゃってるし……! 鳴上、そこ!」

鳴上「道が見えた!」

カァンッ!!

鳴上「ペルソナァァ!!」

ズバァァッ!!

ゴォォォォォッ!!

――


由真「はぁ……お、終わった?」

『GAME CLEAR』

鳴上「……どうやら、そのようだ」

由真「……いやったぁー!!」

鳴上「おめでとう」

由真「しかも見て! 全国タイムアタック9位よ! これは学校で自慢――」

パチパチパチ

由真「――へ?」

鳴上「な、なんだ? こんなに人が多く……まさか、野次馬?」

由真「は、はわ、はわわ」

「姉ちゃんすっげー!」

「お兄ちゃん刀でクリアしちまったよ!」

鳴上「これは……なんというか」

由真「う、うわぁぁっ!!」

ダッ!!

鳴上「ちょ、十波! 待ってくれ!」

―――
――


【喫茶店】

由真「はぁぁ……恥ずかしかったぁ……」

鳴上「お疲れ様。よかったな、クリア出来て」

由真「ま、まぁ、当初の目的は果たされたわけだし、なにせ全国9位だしね! あたしは、まぁ、満足よ」

鳴上「それはよかった。あっ、すいません。紅茶二つとチーズケーキ」

「かしこまりました。紅茶おふたつとチーズケーキですね?」

鳴上「はい」

由真「へ? あんた――」

鳴上「ちょっとしたお祝いだ。……コーヒーの方がよかったか?」

由真「う、ううん! まぁ、元はと言えばアンタがあたしに不意打ちしたのが事の発端なんだし、これぐらいはおごってもらうわ!」

鳴上「はいはい」

――


ズズー

由真「ふぅ。チーズケーキなんて久しぶりに食べたわ」

鳴上「口に合わなかったか?」

由真「まさか。あたしはショートケーキよりチーズケーキ派よ」

鳴上「なるほど」

由真「……それにしても、アンタ、剣道とかでもやってるわけ?」

鳴上「いや? なんでだ」

由真「あの異常な運動神経に、刀の手慣れた扱い方、なによりあの超ムズガードを使いこなした動体視力。どうもただの高校生とは思えないのよね~」

鳴上「いや、帰宅部だし、剣道はおろか、運動部の経験も……いや、一年間ほど部活をやってただけだぞ?」

由真「なんの部活よ?」

鳴上「サッカー部にバスケット部に演劇部に吹奏楽部」

由真「……は?」

鳴上「な、なんだ、その疑り深い視線は」

由真「アンタばっかじゃないの! 4つの部活掛け持ちですって!? 常識範囲内で嘘をつきないさいよ!」

鳴上「ほんとだ。この4つの部はどれも週3回ほどの活動だから、なんとか両立できてたんだ」

由真「はぁ……なるほど、やっぱアンタ規格外だわ」

鳴上「いや、人間頑張ればなんとかなる」

由真「頑張ってもなんとかなんない人間もいるのよ。あんたほど器用だったら、もう少し悩まずに生きれるのにね……」

鳴上(……何か思いつめている様子だ)

>十波由真は悩みを抱えているようだ。豪傑並みの勇気と言霊使い級の伝達力によって悩みを聞き出せそうだ。

鳴上「俺は、器用なんかじゃないよ」

由真「なによ、余裕ぶっちゃってさ。んぐ……」モグモグ

鳴上「人は、一人で出来ることがあまりにも少なすぎる。それは俺だって同じだ」

由真「一人、で?」

鳴上「ああ。……だから、何か悩みを抱えているようなら、誰でもいい。話してみたらどうだ?」

由真「……あたし、悩み抱えているように見えた?」

鳴上「否定はしない。少し人の心に敏感なんだ、俺」

由真「どこのカウンセラーよ……アンタ、『夢』ってある?」

鳴上「夢?」

由真「そう。高校卒業したら、無理やりにでも一応の進路は決めておかないといけないじゃない。アンタはどんなふうに考えてるの?」

鳴上「進路、夢……なんだろうな。一体どうなるか楽しみだ」

由真「なによそのちゃらんぽらんな返答」

鳴上「このぐらいの心がけがいい。未来に希望を感じるのならともかく、未来に不安を感じちゃいけないと思うんだ」

由真「……なるほど。結構いいこと言うじゃない」

鳴上「どうも」

由真「未来に不安……ああ、そうか、不安感じちゃってたんだ。だからこんな質問したんだ。はぁ……」

鳴上「見えないものに不安を感じるのも仕方ない。けれど、見えない霧の奥に不安を感じて、歩かないままだったら、それはもっとダメなことだと思う」

由真「……あたしね」

鳴上「ん?」

由真「あたし、からっぽなんだ」

鳴上「……」

鳴上(からっぽ、か)

由真「運動、それほど得意でもない。勉強、どちらかというと残念。趣味、せいぜい人並み、役に立つとは漠然と思えない。人並みに生活しているあたし、周りはすごい人ばっかり」

鳴上「そうなのか?」

由真「ええ。ちょっとした家の付き合いでね、かなり偉い人の知り合いが多いんだ。けど、その人とあたし、見比べてみたらどうよ? あたしはすぐに埋もれてしまう」

鳴上「それは、そう思ってるだけで――」

由真「そうね、普通の人は大抵そうよ。けれど、あたしの周りはそれを多分求めてない。人並みなあたしを求めてない。昔は無邪気にがんばってた気がする。周りはあたしを可愛がってくれた。だからそれにこたえようと、必死に『望まれるあたし』を演じてた。けど、演じてただけ」

鳴上「……演じてた?」

由真「そうよ。本当のあたしじゃない。本当のあたしは――」

鳴上「それは違うと思うぞ」

由真「……え?」

鳴上「お前はからっぽなんかじゃない。それは、自信を持って言える」

由真「なによ、藪から棒に」

鳴上「いや、絶対にそう言える。……俺も、同じような悩みを持ったことがある」

由真「……あんたが?」

鳴上「『自分はからっぽだ』。そう、思い悩んだこともあった。自分は一体なんなのか、多分、今まで真剣に考えてなかったからだと思う。だから、その言葉が目の前に立ちはだかった時に、俺は強い衝撃を受けた」

由真「……」

鳴上「……十波。お前は『今の自分は求められていない』って言ってたよな」

由真「ええ」

鳴上「その悩みも、俺の知り合いに同じような悩みを持った子がいた」

由真「……あたしと、同じ」

鳴上「求められている自分と、自分が求めている自分のジェネレーションギャップ。それに伴う環境の変化。昔の、求められていた自分は捨てた。さっぱり捨てたはずなのに……その子は、泣いていた。嫌な自分を捨てたのに、泣いていたんだ」

由真「なんでよ? だって、嫌な自分と決別できたんでしょ? やっと、自分がなりたい自分になれたのに」

鳴上「……簡単だよ。そんな嫌な自分も、『本当の自分』だったからだよ」

由真「……本当、の」

鳴上「みんなの期待にこたえようと、演じていた自分も、他でもない本当の自分だったんだ。本当の自分と言っても、たった一つなんかじゃない。うれしい時の自分も、飾らない自分も、着飾って笑顔を振りまいている自分も、虚構なんかじゃなかった。それに気づいたんだ」

由真「……分からない」

鳴上「気持ちはわかる。俺も、『自分がからっぽじゃない』って気付くのに、時間がかかった。けど、やっと気づけたんだ」

由真「なんで?」

鳴上「それに気づかせてくれる、仲間が居た」

由真「……友達じゃなくて?」

鳴上「かけがえのない仲間だ。そいつらが言ってくれたんだ。『お前は一人なんかじゃない』って」

由真「……」

鳴上「それを聞いた時、すごく安心したんだ。俺は一人なんかじゃない。絆はそう簡単に消えるものじゃないって。だから……いくらでもお前に教えてやる」

由真「え?」

鳴上「強情張りな十波も、自転車の無残な姿になく十波も、シューティングゲームでムキになる十波も、ゲームをクリアして心から喜んでいる十波も、チーズケーキを言葉には出さないもののおいしいと思いながらがっつく十波も、全部十波なんだ」

由真「あ、あたしそんな顔に出してた!?」

鳴上「チーズケーキを口にするたびに、妙にうれしそうだった」

由真「……ぁ~」

鳴上(別にからかうつもりじゃなかったのだが……)

鳴上「十波は、小牧さんと親しいんだろ?」

由真「……ええ。中学からの知り合いよ」

鳴上「だったら、小牧さんにその悩みを打ち明けてみればいい。そしたら、同じような答えを返してくれるだろうから」

由真「……なーんか、一人でうじうじ悩んでたあたし、馬鹿みたいになってきた」

鳴上「その調子だ」

――


【帰り道】

由真「自分と向き合うのって、難しいのね……」

鳴上「俺の知り合いも、同じようなことを言ってたよ」

由真「……案外、みんな、同じような悩みを持っているのね」

鳴上「だから、悩むことは恥じゃない」

由真「ふ~ん……じゃあ、あたしはこっちだから」

鳴上「ああ。またな、十波」

由真「……由真」

鳴上「ん?」

由真「由真、って呼んで。名字で呼ばれるのは、どうもむずがゆいわ」

鳴上「……そうか。またな、由真」

由真「ええ。また」

鳴上(由真の顔はどこかすがすがしさを感じる。助けになったようだ)

由真の設定を見るとペルソナキャラに見えてしまう
撤退

―――
――


【通学路】

このみ「タマお姉ちゃんが帰ってくる?」

雄二「ああ。しかも……一時的なものじゃなくて、どうも完全にここに戻ってくるらしい」

このみ「ほんと! やた~!」

鳴上(……知らない人物だ。おそらくは、昔からの知り合いか?)

雄二「……ん? どうしたんだ、悠」

鳴上「何がだ?」

雄二「いや、あまりにも無反応だったからな。お前なら『あのタマ姉が!?』とかの反応をくれてもいいような気がするんだが」

鳴上「あ、いや、その……タマ姉が帰ってくるなら、なにかサプライズとか仕掛けるのもいいかもしれない、と思っていただけだ」

このみ「お帰り会とか? それすっごくいいかも!」

雄二「ほぉ、またらしくない考えだな。でもまぁ……いっつも振り回されている俺らがサプライズ、か。なかなかいいかもしれん!」

鳴上(なんとか話をそらせた。話を聞く限り、リーダー的な立場なのだろうか。破天荒というか……)

このみ「じゃあ、ケーキとか、ごちそうとか作ったりして!」

雄二「そういえば、小さい頃落とし穴に落とされたこともあったから、今度はこっちが落とし穴を掘って――」

このみ「なにかプレゼントとかもいいかな。そうだ! この季節はお花見でも――」

雄二「桜の木から虫のおもちゃの大群を落とされてちびらされたこともあったなぁ。確か姉貴、犬が苦手だったな。このみのとこの毛むくじゃらを連れて消え、背後からがばっ! っと――」

鳴上(雄二が語るに、かなり癖のある人物なのかもしれない……)

鳴上「……ん?」

雄二「どうした? 悠。あっ! お前も姉貴を貶める手段を思いついてくれたか!」

鳴上「いや……道端に、こんなものが落ちていたのだが」

このみ「巾着?」

雄二「いやいや、小さすぎるし。それに、これはティーパックみたいだぞ」

鳴上「これは……」

>生き字引級の知識によって物体の正体が判明した。

鳴上「確か、ポプリのサシェ、だったはず」

このみ「さしぇ?」

鳴上「香草や花をこうやって持ち運んで、香りを楽しんだりするんだよ。ほら、かすかだけど、香りがするだろ?」

雄二「ほぉ。なんというか、リンゴみたいな、そうじゃないみたいな香りがするな」

このみ「これ、寝る前とかに嗅いだらいいかも~」

鳴上「中身はドライポプリ。花を乾燥させたやつだな」

雄二「へぇ。随分と詳しいな」

鳴上「本でかじっただけだ。落ちてから時間も経ってない。多分今朝落したんだろうけど……このまま地面に戻すのも忍びないな。持って帰るか」

このみ「あっ! このみ欲しいかも!」

雄二「おいおい、いいのか? 落し物ねこばばしちまって」

鳴上「ここは学校の通学路でよく歩かれる道だ。もしかしたら、ウチの学校の生徒のものかもしれないし」

雄二「落とし主が見つかるとは思えねぇけどな」

このみ「それにしても、ほんとにいい香りだね~。えへ~」

雄二「犬はお前は」

―――
――


【教室】

雄二「あ~、体育だり~」

鳴上「汗を流すのもいいことだ」

雄二「はいはいわかってますよ天才サッカー少年。先日の試合ではハットトリック決めてましたですね」

鳴上「あれはたまたま――」

鳴上(……この、かすかにただよった香りは、香水? いや、それにしては弱い。それに、この香りは間違いなく今朝のと同じ。今通りすがった子って。もしかすると……)

鳴上「すまん。先行ってくれ」

雄二「は? お、おい、なんだ着替えもせずに――」

――


【廊下】

ガララッ

鳴上「保健室……」

トントン

「は、はい……」

鳴上「失礼します」

ガララッ

美緒「へ? あ、えと……鳴上、君?」

鳴上「ああ。……同じクラス?」

美緒「い、一応……。あ、えと、私は貧血で欠課してるから。先生にはちゃんと――」

鳴上「あ、いや。そういう用で尋ねたわけじゃないんだ」

美緒「?」

鳴上「いきなりの質問で不躾だけど……君、ポプリとか作ってるかな?」

美緒「へ!? へ?」

鳴上「あっ、ほんとにいきなりでごめん。実は、これの落とし主を探してているんだ」

美緒「あ。これ、失くしてたサシェ……」

鳴上「学校に行く途中の道に落ちてたんだ。多分ここの生徒のものかなって思って持ってたんだけど、君がすれ違った時、これと同じ香りがしたから」

美緒「そ、そうだったんだ。うん、それ、私のサシェだよ」

鳴上「よかった。ちゃんと持ち主に返せて。はい」

美緒「あ、ありが、とう……」

鳴上「それじゃ、お大事に」

美緒「え? あ、あの――」

パタンッ

美緒「――行っちゃった。それにしても……ポプリ、って知ってたよね? 詳しいのかな……」

―――
――


【体育館前】

鳴上「――保護者席の不足分は倉庫から補給。来賓席のテーブルを一つ追加して」

「わかりましたー!」

鳴上「ふぅ……これでひと段落、かな」

愛佳「お疲れ様です、鳴上君」

鳴上「やっぱり、委員長も楽じゃないな。こうやって、卒業式には問答無用でかりだされるし」

愛佳「そうですね。それに鳴上君、式の委員より働いているような気がしますし」

鳴上「事前に椅子が不足したり、不備があるのはどうかと思うのだが……しかし、来ないな」

愛佳「誰がですか?」

鳴上「いや、さっきから生徒会長の姿が見えないらしい。とはいっても、俺も誰なのか知らないんだけど」

愛佳「そ、それって、結構一大事なのでは」

鳴上「……校舎内は他の人が探しているらしいし、俺は校舎外を探そうと思う。時間が押してるし。それまで現場の指揮、頼めるか?」

愛佳「は、はい! ……へ?」

――


鳴上(あの混乱した現場を頼むのは気が引けたが……すまん、小牧)

鳴上(話を聞くに、学校には来ていたらしいけど。なにかの用事で時間に気づいていないのか?)

鳴上「校舎裏にいるとも思えないし……」

ヒラヒラ

鳴上「――ん?」

パシッ

鳴上「……写真? しかも破かれている……どこから?」

鳴上(いや、この上からしか考えられないのだが……空から? いや、屋上から風で流れてきたのなら)

鳴上「……屋上か?」

――


バタンッ

鳴上「……いない。だが、おそらく写真を破いて、ここから落したはず」

鳴上「この日にこの学校にいる生徒は限られている。そして、その限られた中で、さらに他の人から独立して行動をしている人」

鳴上(……姿を見せてない生徒会長)

鳴上「写真はちょうど真ん中で破かれている。笑顔で誰かと手をつないでるところだな。それをまるで切り離すかのように……」

鳴上「……持ち主に返したいのは山々だけど」

鳴上(ここ最近、どうも落し物の縁があるな)

鳴上「……一端戻ってみよう。もしかすれば生徒会長とやらも戻ってるかもしれないし」

―――
――


愛佳「お疲れさまでした」

鳴上「お疲れ様。これで今期の仕事は大体終えた感じかな」

愛佳「はい、無事に終えてよかったです。生徒会長も戻ってきてくれましたし」

鳴上(……やはり、時間的にも、屋上に行ったのは生徒会長なのだろうか)

ブォォーン!!

愛佳「……ほえ? な、なんだか、あのタクシー、つっこんできていませんか?」

鳴上「い、いや……気のせいじゃないかもしれない」

キッキーッ!!

愛佳「た、退避~!」

鳴上「あれ完全にスピード違反じゃ――」

キキィーッ!!

……ボンッ!

「ほいおっちゃん! 釣りはいらねぇぜ!」

「し、死ぬかと思った……」

まーりゃん「途中で警察も追ってたしね。あんたいい腕してるよ☆ その腕で、ぜひサツからも逃げ切ってくれ」

「理不尽だぁー!」

愛佳「……な、なんでしょうか?」

鳴上「俺にもさっぱりだ」

まーりゃん「あ~、ちみちみ!」

鳴上「……俺?」

まーりゃん「いえす、けすとれる! もしかしてのもしかして……卒業式、終わっちゃった?」

鳴上「え、ええ。2時間前ほどに」

鳴上(この学校の制服……身体的には高校生に見えないが、もしかして……)

愛佳「あー!?」

鳴上「ど、どうした?」

愛佳「も、もしかして! 前生徒会長さんじゃないですか!」

まーりゃん「にょほほほ! いや~、俺もちったぁ有名人になったものよ。我こそは! 天下のお祭り女! まーりゃん先輩だぞえ~」

鳴上「……」

鳴上(クマより性質が悪いかもしれない)

愛佳「ということは……あれ? 卒業生ですけど、もしかして……」

まーりゃん「遅刻しそうになってタクシー飛ばしたんだけどさ。いやぁ~、家の時計全部ずれてたね、こりゃ」

愛佳「そ、それって、すっごぉくやばいような……」

まーりゃん「こりゃあまたチーチャーに怒られちゃうなぁ。なんて言い訳しよう。アマゾンでカピバラと戦ってきたとか?」

愛佳「カピバラって、怒らせるとすごい怖いっていいますしねぇ」

まーりゃん「実はカバってよく人を襲う動物筆頭だったりするしにゃー」

鳴上(……だが、どこかで見たような顔……そうか!)

ペラッ

鳴上(間違いない。この写真の人物だ)

まーりゃん「――ん? ちょいと失礼」

鳴上「うぉっ」

まーりゃん「――少年。これ、どこで拾ったぞね?」

鳴上「今日、裏校舎で落ちてきたんです」

まーりゃん「……そっかそっか。ふむ、なるほど」

鳴上「あの……この写真の持ち主に、心当たりはありませんか?」

まーりゃん「あるかないかって言うより、だってあちき映っちゃってるし」

鳴上「それもそうですね」

まーりゃん「それに、多分ちみも心当たりついてるんじゃないかね?」

鳴上「……」

鳴上(……この人は読心術でも会得しているのか?)

まーりゃん「……うん、これも何かの縁だ! そこのおっとり妖精!」

愛佳「……え? わ、わたしですか?」

まーりゃん「ちょいとこの男借りていくぞ☆ いざいかん! 無限の彼方へ!」

鳴上「え? いや、ちょ――」

ダダダダダ

愛佳「……えーと、この場合、どうしたらいいのでしょうか?」

撤退

―――
――


【公園】

まーりゃん「缶コーヒーでよろしいかい?」

鳴上「あ、どうも」

鳴上(強制的に公園に拉致されてしまった……この人ほど手強い相手は見たことない)

まーりゃん「で。まぁ、少年も分かっているだろう。ここに来てもらったのは、例の写真についてだ」

鳴上「あの写真は、あなたのものですか?」

まーりゃん「いんや、あげたもんだ。君が察しての通り、その破かれたもう片方に映っているであろう子にね」

鳴上「……おそらく、これは生徒会長のものだと思われます」

まーりゃん「その根拠は?」

鳴上「実は式の開始直前、生徒会長が姿を一時的に消しまして。時間帯と条件を考えるならば、屋上からこの写真を落とすことができるのも生徒会長ぐらいしかいない、かと」

まーりゃん「多分、落した、じゃなくて、捨てたね。そっか、さーりゃんは結局へたれてしまったわけだ」

鳴上(さーりゃん……生徒会長の名前は久寿川ささらだからか)

まーりゃん「いやな。君に実はお願いがあるんだ。……その写真、持ち主にばれないように処理してほしいんだよ」

鳴上「……なぜですか?」

まーりゃん「この写真をもう一度見たら、さーりゃん罪悪感に押しつぶされちゃうからにゃ~。精神的に参ってるはずだし、今はそっとしておきたい」

鳴上「……返す、という選択肢は――」

まーりゃん「ない。だって、捨てたのはさーりゃん。さーりゃんがそう決めたからね」

鳴上「……」

まーりゃん「君が予想しているとおり、破かれたもう一方には俺が映っているんだ。校門の前で無理やり引っ張り上げて撮った記念写真。でも、その二人を引き離した……それがさーりゃんの意志」

鳴上「あなたと、決別したかった……」

まーりゃん「本格的に振られちまったわけだぜ。うぃ~、失恋した後のコーヒーは身にしみる」

鳴上(……気のせいか、酔っ払っていないか? コーヒー、だよな)

まーりゃん「あちきだってがんばったしゃ! でもよぉ、その女は振り向いてくれなかったんだ。あちきの純情ははかなく散ってしまったわけだじょ! うぃ~」

鳴上(これは……デジャヴュ! まさか場酔い!?)

――


まーりゃん「うぃ~、ひっく! 酒だ! 酒を持って来い!」

鳴上「あんた、飲みすぎよ。これでもう10本目じゃないかい」

まーりゃん「うっせーやい! こうしてないとやってられないんだよぉ!」

鳴上(このノリでもう缶コーヒー10本買わされてしまった。財布が氷河時代を迎える前に、なんとかしなければ)

鳴上「……あなたには、『どうにかしたい』という願望はないんですか?」

まーりゃん「……願望?」

鳴上「生徒会長はあなたち決別しました。でしたら、復縁したいとか……」

まーりゃん「……少年、俺は今年で何歳だ?」

鳴上「そうか、(一応)卒業生……」

まーりゃん「いずれ別れる運命だったのだよ。だから、後腐れない方が俺にはお似合いだじぇ」

鳴上「……本音じゃないですね」

まーりゃん「どうしてそう思った?」

鳴上「自分、人の心の動きには少し敏感なんですよ。……あなたは、他の心配ごとがあるはず」

まーりゃん「面白い少年だ」

鳴上「どうも」

まーりゃん「……現生徒会長の二つ名を知ってるかい?」

鳴上「確か……『副長』でしたっけ」

鳴上(その厳格さと、人を寄せ付けない様子から、新撰組の鬼の副長、土方歳三からその名前を付けられた、とか)

まーりゃん「誰も寄せ付けず、孤独を貫く。本来なら他の生徒会員がいるはずである生徒会を一人で切り盛りしている、プライベートがまったくの謎のミステリアスレディ。……さーりゃんは、『流氷』なんだよね」

鳴上「流氷……」

まーりゃん「冷たい海の上で、たった一人で冷たい体を抱えながら、誰にも交わることなく、人知れず海に消える。……さーりゃんは、このままだと氷のように溶けちゃう」

鳴上「それが、あなたの心配ごと」

まーりゃん「そう。俺があの学校にやり残してしまった仕事だ。今のさーりゃんには、さーりゃんをつなぎとめるものがない。ぷかぷか宙に浮いちゃってる。けど、触れようとすると風船のように破裂してしまう」

鳴上「……難儀なものですね、人の心は」

まーりゃん「随分と実感がこもってるな」

鳴上「人の心に向き合う機会が多かったもので」

まーりゃん「……うん、君になら、その一大事業を任せられるかもしれん」

鳴上「……どういうことでしょうか?」

まーりゃん「特命委員長! 君に重要な依頼を課そう」

鳴上「と、特命?」

まーりゃん「君の任務は、ただちに生徒会へと潜入し、なにげな~く生徒会長をアシストすること! 俺の代理、俺の代替としてな」

鳴上「……なぜ俺なのでしょうか?」

まーりゃん「……さーりゃんの心はガラスの十代どころじゃなくて、もう砂漠の砂のようにもろい。そんなデリケートな心を大切に出来る人がいいんだよ。そして君はどうも、人の心に敏感で、機敏で、しかも人の心を動かす素養まで持ってるときた。ここまで適切な人材はほかにない」

鳴上「……」

まーりゃん「――変なお願いだとは十重承知だ。けど、こればっかりは放っておけない。なんだったら、俺のこの貧相な体も払ってやる。……お願いだ」

鳴上「――その人は、困っているんですよね?」

まーりゃん「困っている、というよりは、不安だ。……正直、見ていてこっちが心配になっちまうんだよ。周りの人に素直じゃなくて、誰よりも自分に対してうそつきなさーりゃんがね」

鳴上(……自分に対して嘘つき、か)

鳴上「……そこまで聞いてしまったら、やらないわけにもいかないじゃないですか」

まーりゃん「やってくれる?」

鳴上「はい。……任せてください」

まーりゃん「ひーほー! さすが御大将! そこにしびれるあこがれるぅ! んじゃさっそく」

ドンッ!

鳴上「うぉっ!?」

まーりゃん「にゅふふ~、さぁさぁ、すべてをさらけ出すのです」

鳴上「ちょ、な、なにをしているんですか?」

まーりゃん「何って、件の礼☆ 言ったではないか、体で払うって」

鳴上「い、いいですよ礼は! 後、この時間帯に公園でレディが男に馬乗りなのは、青少年健全育成法案に引っかか――」

まーりゃん「法律がなんじゃ~い! その一方的な規制によって、一体何人のもののふ達が涙を飲んだか知らないのか!」

鳴上「や、やめてくれ! これ以上ズボンはー!」

まーりゃん「よいではないかよいではないか~☆」

――


まーりゃん「ひ、ひどうぃ……なにも、寝技をかけなくてもいいではないか」

鳴上「やらなかったらやられてましたから」

まーりゃん「てか、君の身体能力が化け物か? あちきでさえ反撃出来なかった」

鳴上「少しばかり自信はあります」

まーりゃん「まっ、とにかく商談は成立だ。……俺の名前は出来るだけ出さない方針で頼む」

鳴上(相手は先輩と決別した。それも当然、か……)

まーりゃん「少女の未来は君にかかっている! ……あれ? もしかして俺、君の名前聞いていない?」

鳴上「そういえば……悠、鳴上悠です」

まーりゃん「なるへそ、ふむ……じゃあなーりゃんでいいにゃ~。……俺の分まで、とは言わない。だから……よろしくな」

鳴上(……大切なんだな。その人のことが)

鳴上「尽力します」

―――
――


マーガレット「――久方ぶりでございます。お客様」

イゴール「改めまして。ようこそ、我がベルベットルームへ」

マーガレット「なぜ、我々はあなたとこうして接触できるのか。疑問はいくつかお持ちでしょうが、それらは今お話することではありません。ご了承ください」

イゴール「さて、我々があなたをここにお呼び立てしたのは、他でもありません。あなたが現在置かれている状況についてです」

マーガレット「現在あなたは、いくつもの世界の岐路、そのうちの一本の道に紛れ込んだにしかすぎません。それも、まるで誘われたかのように」

イゴール「そして、偶然か必然か。あなた様が今いらっしゃる世界では、大いなる影が迫りつつあります」

マーガレット「光あるところに影はあり、闇あるところ光は生まれる。いずこにも闇はあり、いずこにも光はある。たとえどんな世界にも」

イゴール「希望に満ち溢れた世界に生きる少年少女たち。ですが、影には許容できぬ闇もあることを、お忘れなきよう」

マーガレット「なにより、あなたにはその世界で培った『力』がある。――輝きをもたらす『太陽』のアルカナ。――未来への活路へ走る力強き『戦車』のアルカナ。――すべてを包容する優しき『法王』のアルカナ」」

イゴール「ふっふっふ。やはりあなたは素晴らしい客人だ」

マーガレット「それでは、ご健闘と御武運をお祈りします」

柚原このみ:太陽

小牧愛佳:法王

十波由真:戦車


現時点では一番戦車のコミュニティがレベル高いです。
撤退。

―――
――


【生徒会室前】

鳴上「――ここか」

コンコン

「……どうぞ」

鳴上「失礼します」ガララッ

ささら「……あなたが、生徒会入会希望者ですか?」

鳴上「はい、鳴上悠です」

鳴上(生徒会長、久寿川ささら先輩。前情報通り、どこか冷たい感じがするな。けど……この感じ、俺は知っている)

ささら「……まずは、そちらにお掛けになってください」

鳴上「どうも」

どうでもいいけど
reach out to the truth
だよ

ささら「――単刀直入に質問させてください。あなたの意図は?」

鳴上「と、言いますと?」

ささら「季節の移り変わり目に生徒会に入会するのはまだ納得できます。ですが、あなたが生徒会に入会して発生するメリットが予想付きません」

鳴上「詳細に聞かせてもらっても?」

ささら「まず、あなたはクラス委員長であるにも関わらず入会を希望してきた。それも副会長としてです。この役職を兼ねるのは実質困難。さらに……あなたは、私の意向を知っているはずです」

鳴上「はい。単独で生徒会を切り盛りしていて、他の役員を雇っていない」

ささら「追記するならば、私の校内評価も良好ではない。そんな場所に、自分から希望して入ってくるなど……なんのつもりですか? 冷やかしなら結構、ただちにお帰りください」

鳴上「冷やかしなんかではありません。絶対に」

ささら「はぁ……そもそも、学校側も学校側です。校則を無視してまで役員候補を送り込んでくるなんて」

鳴上(もともとこの学校の校則では俺は生徒会に入会できない。生徒会長の指名がなければ役員になれないのだ。だが、生徒会入会の希望を聞いた先生たちが、校則を特例的に無視する形で俺を役員に仕立て上げた。学校側も、たった一人の生徒会には考えさせられるものがあったらしい)

>>220
(首が折れる音)

and って何……
脳内補完をしていただければ幸いです

ささら「……ですが、最終人事決定権は私にあります。判断期間は1週間。それまで、よろしくお願いします」

鳴上(『それまで』……鼻から俺を生徒会に入れるつもりはないと見た)

鳴上「こちらこそ。尽力させていただきます」

鳴上(委員長の兼ね合いで先生にも気を遣わせてもらったわけだし、何より……頑張らないとな)

ささら「では……まずは資料整理と、配布物製作を。資料は学期末の重要な資料です。委員長として経験はあると思いますが、くれぐれも紛失はしないように」

鳴上「了解です」

ささら「配布物は『駐輪場の配置換え』についてです。この資料を参考にして、原稿を仕上げてください」

鳴上「初日から仕事が多めですね」

ささら「これで根を上げているようでしたら、今すぐ立ち去って下さい」

鳴上「いえ、仕事はこなしますよ。迅速に」

鳴上(委員長で一応こういう仕事の経験者だから、試しにかかってるのか? それとも潰しに来ているのか……少し嫌われているようだ)

――


ガララッ

ささら「ただいま戻りました」

鳴上「あ、お疲れ様です」

ささら「進行状況は?」

鳴上「資料整理のバインダーはこちらに。配布物の原稿もつい先ほど」

ささら「……本当、ですか?」

>有り余る知識と優れた伝達力によってばっちり仕事をこなした!

ささら「チェックさせてください」

鳴上「どうぞ。そちらにまとめてあるので」

パララ パラッ

ささら「……斜め読みしてみても、不備はありませんね」

鳴上「それはよかった。……久寿川会長は、確か正面玄関前の備品の修繕をしてきたんですよね?」

ささら「え、ええ」

鳴上「では、俺は校舎内の備品の修繕を行いたいと思います。先ほどリストを見つけたので。事務関連は他に?」

ささら「い、いえ。あれが今日のすべてで――」

鳴上「わかりました」

タッタッタ

ささら「……」

―――
――


【校門そば】

ささら「……」タッタッタ

鳴上「――わかりました。検討してみたいと思います」

「よろしくお願いします」

鳴上「では」

ささら「……鳴上さん?」

鳴上「っと、どうも。お帰りですか?」

ささら「え、ええ」

鳴上「少しお時間よろしいでしょうか?」

ささら「生徒会関連でしたら」

鳴上「先ほど理科部の部長から報告がありまして。第二理科室の椅子がいくつか損傷しているようで……」

ささら「活動に支障は?」

鳴上「実験の際に少し。それで、考えてみたんですけど……第二理科室の椅子は改築前の木製のままだったはず。この際に、第二理科室の椅子をすべてプラスチック製のものに入れ替えるのはどうでしょうか?」

ささら「……そればかりは、予算との相談だと思います。費用がかかりますし」

鳴上「わかりました。後は校内の備品に問題はありませんでした」

ささら「わかりました。それでは」

鳴上「どうも。また」

ささら「……」

タッタッタ

鳴上「……敵意は消えず、か。道は遠いな」

「あれ? 鳴上君?」

鳴上「ん? ――ああ、小牧さん」

愛佳「どもども。お話、聞きましたよ?」

鳴上「何の?」

愛佳「生徒会の副会長になった、っていう話。びっくりしましたよ~。しかも委員長と掛け持ちだなんて……」

鳴上「委員長、とはいってももうすぐ任期満了だし。忙しい時期は過ぎたから」

愛佳「す、すごいですね。やっぱり器用です、鳴上君」

鳴上「器用貧乏じゃないといいんだけど」

愛佳「器用貧乏じゃないところもまた器用なんですよ」

鳴上「はぁ……」

愛佳「そうそう。後、昨日はありがとうございました」

鳴上「昨日……ああ、書庫整理か。いいよ、昨日もおいしいお茶菓子もらっちゃったし」

愛佳「いえいえ、こちらこそ、お礼を言っても言いきれなくて……あっ! で、でもですね! これから生徒会の仕事が忙しくなるでしょうし、無理してお手伝いしなくてもいいのですよ? ただでさえ副会長の仕事で――」

鳴上「俺は、小牧さんのお茶菓子、食べたいんだけど……」

愛佳「ふぇ?」

鳴上「お茶もうまく淹れてくれるし。ダメか?」

愛佳「い、いえ! こちらも、ファン? がついてくれるのはうれしい他ないですし」

鳴上「そうか。大丈夫だ、俺も無茶しない程度にがんばるだけだから」

愛佳「そ、そうですか……では。お疲れさまでした」

鳴上「小牧さんもお疲れ」

愛佳「……ん~?」

鳴上「どうしたの?」

愛佳「今朝、由真と会っていましたよね?」

鳴上「ああ」

愛佳「鳴上君、由真のこと呼び捨てで呼んでいましたよね?」

鳴上「由真からそう呼べって言われたからな」

愛佳「……私のこと、いつも『小牧さん』って呼んでますよね?」

鳴上「……ああ!」

鳴上(そういえば、由真のことも前は十波って呼んでたのに、小牧はなんでか呼ぶ時つい『小牧さん』って呼んじゃうんだよな。……雰囲気か? なんとなくだけど)

愛佳「……私って、そんなに遠い存在なイメージなんですか?」

鳴上「い、いや。ただつい呼んでしまうというか、なんというか」

愛佳「……まなか、で」ボソッ

鳴上「どうした?」

愛佳「い、いえ! せ、せっかくですし、顔見知りだけの関係でもないので、その……小牧、って呼んでほしいな~、と。な、なんとなくですよ!」

鳴上「そうだな。小牧」

愛佳「は、はい?」

鳴上「……そっちの方が慣れてないようだが」

愛佳「あ、あまり名前で呼ばれないものですから」

鳴上「そうか、みんな委員長って呼んでるもんな。そっちの方がいいか?」

愛佳「いいえ! 小牧、でお願いします!」

鳴上「お、おう」

鳴上(なんだか必死な様子だ)

愛佳「で、では! 私はこれで失礼します! また明日」

鳴上「ああ。帰り道、気を付けてな」

愛佳「ありがとうございます」

タッタッタ

鳴上「……さて、これから忙しくなってくるぞ」

―――
――


【商店街通り】

鳴上「お好み焼き屋『ハナ』、ここか……」

ガララッ

鳴上「失礼します」

「いらっしゃいませー!」

タッタッタ

ハナ「お客様おひとりでしょうか?」

鳴上「あ、いえ。先日お電話させてもらいました鳴上です」

ハナ「鳴上――ああ! 表の張り紙見てバイトしたいっていう子かい?」

鳴上「はい」

ハナ「ふんふん。お客さんも丁度引き時だし、さっそく面接終わらせちゃおうかい。適当に座っておいてくれ」

鳴上「失礼します」

――


ハナ「はいはい、へぇ、あの学校の生徒か」

鳴上「ええ」

ハナ「志望動機は?」

鳴上「バイトをする必要が出たので。飲食業は経験もありましたし」

ハナ「へぇ。バイトの経歴は?」

鳴上「封筒貼り、翻訳、学童保育、皿洗い、病院の清掃、家庭教師、後少し短いですけどファミレスのバイトも。ボランティアで折り鶴、は関係ないですね。あ、でも、大型スーパーのフードコーナーで料理の手伝いも」

ハナ「おお、即戦力じゃないかい! 鉄板は扱えるのかい?」

鳴上「鉄板料理が多かったですね。粉ものも少々。とはいっても、付け焼刃みたいなものですが」

ハナ「いやいや、経験者が来てくれるのはありがたいってもんさ!」

鳴上「どうも」

ハナ「だったら文句なしだね。態度もいいし、うん。採用だよ」

鳴上「ありがとうございます。よろしくお願いします」

鳴上「時給のほどはどのような感じに?」

ハナ「時給は表の張り紙通り、っていうところなんだけど、鉄板も扱えるらしいから、ちょちょいよ焼き方を教えて、厨房担当になってくれたら時給アップするかもしれないってところ」

鳴上「がんばらせていただきます」

ハナ「いい返事だ。そういう男、嫌いじゃない。夕食は食べてきたのかい?」

鳴上「いいえ、これからですが……」

ハナ「じゃあウチで食べてきな! ちょっとした仲間入り記念ってことで。ウチのおごりさね!」

鳴上「いいんですか?」

ハナ「若いもんが遠慮しない!」

鳴上「それじゃ、遠慮なく」

ハナ「はい毎度!」

ガララッ

ハナ「はいいらっしゃ――お嬢!」

「ハナ、今いい?」

ハナ「もちろんです! ささ、そちらの方に」

「ん。……センパイ?」

鳴上「む? あ、確か、このみの」

ミチル「ミチルです。どうも」

鳴上「えと……ミチルもお好み焼きを?」

ミチル「後もんじゃ焼きもちょっと」

ハナ「お嬢、その子と知り合いで?」

ミチル「私たちのセンパイで、このみの幼馴染の人。たまに話してる」

ハナ「ああ! あんただったのかい! こんなところで巡り合うとは、世界ってのはせまいねぇまた!

鳴上「ミチルはハナさんと知り合い?」

ミチル「ちょっとした親しい仲」

ハナ「よく夕食とかに食べに来てくれるんで。お嬢、ロクたちは確か――」

ミチル「ん。今頃仁義なき闘争中」

ハナ「喧嘩と火事は江戸の華ってね。せっかくですから、知り合い同士でテーブル囲んで話してくださいな」

ミチル「ありがと」

鳴上「どうも」

ミチル「ふぅ……センパイも夕食?」

鳴上「今はそう。本来の用事はもう済んだところ」

ミチル「用事?」

ハナ「その坊や、ここでバイトすることになったんですよ!」

ミチル「……そう?」

鳴上「ああ。一応飲食業のバイトは経験あるし、バイトする必要が出たから」

ミチル「……経験?」

鳴上「どうした?」

ミチル「このみから、センパイがバイトをしたという話を聞いたことがない」

鳴上(しまった! こっちの鳴上悠はバイトしているはずもない、か……俺もあっちに来てからだったから)

鳴上「夜の仕事が多かったから。後、このみには秘密にしてたからかな。内職も多めだったし。このみの誕生日プレゼントのためのお金とかに使うためためることがあったんだ」

ミチル「……なるほど」

鳴上(ふぅ……伝達力が高くてよかった)

ミチル「質問、もうひとついい?」

鳴上「いいけど?」

ミチル「バイトを始めた理由は? このみの誕生日はまだ遠い。だとすれば親の誕生日だったりするけど、このみから、センパイの両親は海外に行っていると聞いた。……生活費に困っている?」

鳴上「いや、生活には困っているわけじゃないんだが……この話、このみにはしばらく内緒にしてくれるか?」

ミチル「内容による」

鳴上「助かる。……このみ、もちろんミチル達も、もうすぐ卒業だろ?」

ミチル「式、今週の金曜日」

鳴上「それで……このみとミチル達に、卒業旅行をプレゼントしようと思って」

ミチル「……興味深い」

鳴上「高校受験で疲れただろうから、季節が季節だけど、温泉旅行をプレゼントしようと思ってて。ちょっとしたサプライズをと思ったんだけど」

ミチル「だから、内密にすることを頼んだと」

鳴上「そういうことだ」

ハナ「はぁ~! あんたも粋なことするねぇ~!」

鳴上「ど、どうも」

ミチル「わかった。それなら協力する」

鳴上「ありがとう」

ハナ「けど、あんた旅館の予約は取っておいたのかい?」

鳴上「いえ、まだお金が準備できていないものですから」

ミチル「……春休みを利用する?」

鳴上「そのつもりだ」

ミチル「そういう風に考える人は結構いる。しかも春は桜温泉で旅館に客も多い」

鳴上「……しまったな」

ミチル「……ハナ、冬にいつもみんなで行く旅館、声をかければ部屋を空けられる?」

ハナ「う~ん……ああ! 確かあそこ、ご隠居専用の部屋があって、誰も客が入らないはず」

ミチル「……センパイ、旅館なら提供できる」

鳴上「それって、つまり……」

ミチル「旅館の部屋なら心配ない。移動手段もなんとかなる」

鳴上「ほんとうか! 代金はどれくらいになる?」

ミチル「センパイからお金を取るのも悪い。そういうことなら、いらない」

鳴上「だ、だが……それは俺が許せない」

ミチル「……じゃあ、バイトがんばって」

鳴上「ミチル……」

ハナ「けど、確かお嬢、春休みの間はお嬢は忙しくて……」

鳴上「いけないのか?」

ミチル「仕方ない。家の用事だから」

ハナ「けどお嬢……」

ミチル「私たちにくれるなら、よっちとこのみで。後、センパイも来てくれればうれしい。このみがよろこぶ。もちろんよっちも」

鳴上「だが――」

このみ『友達、ううん、親友だよっ! ゆうくんより付き合ってる時間は短いけど、でもこのみの大事な大事な親友!』

鳴上「――いや、やっぱりミチルも一緒じゃなきゃ駄目だ」

ミチル「……」

鳴上「このみはミチルを置き去りにして旅行してもうれしくないと思う……いや、うれしくない」

ミチル「……断言できる要素は?」

鳴上「このみ自身だ。ミチルも、このみの友達なら分かるはず」

ミチル「……」

鳴上「無理なお願いだとは分かるが、どうにかできないか? せめて一泊二日だけでも」

ミチル「けど……」

ハナ「行ってきてくださいな、お嬢」

ミチル「ハナ……」

ハナ「ご隠居だったら、話せばわかってくれますって! それにロクたちも大いに賛成だろうし。どうか、いい思い出話を聞かせてください」

ミチル「――うん」

鳴上「そうなれば、後は俺が頑張るだけだな。このみに教えるのは卒業式が終わって直後にしたいと思う」

ミチル「楽しみ」

鳴上「それはがんばりがいがあるな」

ハナ「っていうことになれば、後はビシビシ働いてくれよ!」

鳴上「頑張ります」

ミチル「センパイ……」

鳴上「ん?」

ミチル「……ありがとう」

鳴上「いや、お礼を言うのはこっちの方だよ。結果的に、俺からのプレゼントってことにはならなかったし」

ミチル「んん……このみのこと、考えてくれて」

鳴上「……何、せっかくの卒業旅行なんだしな」

ミチル「このみ、本当に幸せ者」

鳴上「こっちも、放課後に迎えに来てくれたり、世話になってばっかりだよ。ミチルもありがとうな。このみによくやってくれてるらしいし」

ミチル「このみはみんなから愛されてるから」

鳴上「違いない」

ハナ「ちょっと! 新人、来てくれないかい? 制服のサイズを合わせたいんだ~!」

鳴上「わかりました!」

ミチル「がんばれ、新人」

始まってから一週間でこの濃さである
番町の生活は過酷である

ゆっくりでごめん、撤退

※現時点で3月8日

―――
――


【桜並木道】

鳴上(――最近落し物だったり、認めたくはないが女の子にばかり縁があると自覚はしていた。だが……)

女の子「……」スゥ……スゥ……

鳴上「女の子の落し物(?)に遭遇するとは思わなかった」

鳴上(道の真ん中で寝そべってたものだから焦ったが、眠っていただけなのでひとまずは安心……なのか?)

鳴上「もしもし?」

女の子「ん……」

鳴上(よほど眠いのか、それとも体調が悪いのか。服が少し汚れてる……行き倒れ? こんな女の子がか?)

女の子「……」グー……

鳴上「……腹の虫。なんとなく理由はわかったような気がする」

鳴上(空腹で倒れてるなら……なんとかできなくはないな)

―――
――


【お好み焼き屋『ハナ』】

ガララッ

ハナ「はいはーい! おう、今日もバイトに来てくれた……か?」

鳴上「どうも」

女の子「……」

ハナ「……なんだなんだ? 女の子を背負って出勤とは、あんたも憎い男だねぇ~」

鳴上「あ、いや。いきなりすいません」

ハナ「で、どこの女だい? アンタの彼女?」

鳴上「色々と複雑でして、これが」

――


ハナ「行き倒れかい。あんな可愛い子がねぇ」

鳴上「事情は分かりませんけど、空腹ならここで食事をさせれば、と思って」

ハナ「通勤二日目から、随分と生意気なことやってくれるじゃないの」

鳴上「すいません」

ハナ「冗談冗談! 人助けはいいこった」

鳴上「そういってもらえるとありがたいです。……完成、と」

ハナ「しっかしほんとありがたいよ。まさか一日で焼き方をマスターするなんてさ。これでウチも少しは客が回るようになるってもんよ」

鳴上「物覚えはいい方なので」

ハナ「ああそうそう。あとそのお好み焼きの分給料差っ引いとくからねぇ」

鳴上「わかってます」

ハナ「……冗談だよ?」

鳴上「わかってますって」

女の子「――んっ」ピクッ

ハナ「おや? 食いもんのにおいで起きるとは、よっぽど腹が減ってたみたいだ」

鳴上「起きても大丈夫か?」

女の子「……」

鳴上「いきなり連れこんで済まない。あのまま放置するのも忍びなくて。覚えてるか? 道の真ん中で倒れてたんだ」

女の子「……※?」

鳴上「――ん?」

女の子「※※※※##$$&#%&!」

鳴上「……何語だ?」

ハナ「見た目からしてって思ったけど、やっぱり外国人か。日本人にしては肌が白すぎたしねぇ」

鳴上「日本語は通じるか?」

女の子「――※※#$%&%$」

トントンッ

女の子「――翻訳機が不調だったらしい。疎通出来ているか?」

ハナ「おお、日本語しゃべれるんじゃないかい」

鳴上「それはよかった。……色々聞きたいところだけど、まずはこれで元気になれ」

女の子「……なんだこれは? 見たところ、でんぷん質の塊を加熱したものに見えるが」

鳴上「知らないのか? お好み焼きって言うんだ」

女の子「――背に腹変えられぬか」

鳴上「毒なんか入ってないって」

女の子「……」

パクッ

女の子「――るーっ!」

ハナ「ご満悦ってところかな?」

女の子「るー!」

パクパクパクパク

鳴上「よっぽど食事が恋しかったんでしょうか」

ハナ「まぁ、ここまで豪快に食べているさまを見ると、気分がいいってもんよ」

女の子「るー」

鳴上「お粗末さまでした」

るーこ「うーの食事は初めてだったが、これはなかなかのものだった。褒めてつかわす」

ハナ「よかったじゃないなかい」

鳴上「客に出せるもので安心しました」

るーこ「『おこのみやき』と言ったな。これはるーの星でも文化振興の一端として取り入れることを進言しよう」

鳴上「それはうれしいな」

鳴上(るーの……星?)

るーこ「これは礼だ。代金だと思ってくれていい」

ガサゴソ

るーこ「るー」

鳴上「る、るー」

鳴上(……マッチ棒? それも一本だけ。まぁ、そのお礼の気持ちだけでありがたい)

鳴上「ありがとう」

るーこ「るー。――しかし、何故私を拉致したのだ?」

ハナ「拉致?」

るーこ「るー? るーは、るーの星の情報を仕入れるための捕虜で、おこのみやきとやらはそのための誘導ではないのか?」

鳴上「拉致するもなにも……君は、多分空腹で倒れてたんだよな?」

るーこ「そうだ。予想外な攻撃を受け、情けないながらもあの場所で力尽きてしまったわけだ」

鳴上「そういう君を助けたかったから……じゃあ、駄目かな?」

るーこ「――面白いうーだな。疑いというものを知ったらどうだ?」

ハナ「疑う時は疑うけど、仁義は別もんってね」

るーこ「仁義?」

鳴上「重んじる道徳、というか。礼儀だったり義理だったり……今回の場合は、空腹に困ってた君を助けたことかな」

るーこ「ふむ、るーの思想にも通ずる考えだな。うーにもそのような文化が息づいていたとは、非常に興味深い」

ハナ「で、腹が膨れたところでちーと聞きたいところがあるんだけどね」

るーこ「何用だ? やはりるーが把握している機密情報に関してか?」

鳴上「……そんな風に見えるのか?」

るーこ「二人とも、それ相応の戦闘力があると見える。覚醒した直後は逃走も考えたが、取り押さえられる可能性も歪めなかったので今回はおとなしく従っただけだ」

ハナ「そりゃまた心外だよ。ウチが腕をふるうのは男だけさ」

鳴上「それもどうかと思われますが……君をどうこうしようっていう気はない。ただ、君は道の真ん中で倒れてたんだ。最悪警察沙汰になるかもしれないし――」

るーこ「るー!」

鳴上「ど、どうした? 急に身構えたりして――」

るーこ「お前たち、やはりうーの犬だったか!」

ハナ「犬?」

るーこ「るーは聞いたぞ! うー達はるーのような外来人を毎日のように捕えては、文字通り体の隅々まで解剖すると! うー達もるーを捕まえて、国家に献上するつもりか!」

鳴上「うーって、多分俺達か?」

るーこ「そうだ。うーはうー。そしてるーはるーだ」

ハナ「――じゃあ分かった! 警察には何も言わない。これでいいだろ?」

鳴上「……いいんですか?」

ハナ「よくよく考えれば、ウチがサツに会っちまえば色々とめんどくさいわけだしねぇ」

鳴上(うすうすは感づいていたが、やはりこの店、ヤがつく人達の店だったか……昨日の夜の客、よく見るとそれっぽい人達ばっかりだったし)

るーこ「……その発言、信じていいのだな?」

ハナ「おっ、物わかりがいいじゃないかい」

るーこ「うー達にはおこのみやきの恩があるからな。るーは受けた恩を忘れない高貴な種族だ」

鳴上「それはよかった。――それで、さっそく質問なんだけど、なんであんなところで倒れてたんだ?」

るーこ「先に説明したとおりだ。何者かによる攻撃によってるーは墜ちた」

ハナ「誰かに襲われたってことかい?」

るーこ「その可能性が高い」

鳴上「君の生まれは?」

るーこ「るーはるーだ」

鳴上「あ、いや。君がうまれたところを聞きたい。あるいは生活している場所を」

るーこ「るーはうーで言うおおぐま座47番星第3惑星それが『るー』だ。私の故郷はそこであり、私はそこで生を全うするつもりだ」

ハナ「ってことは……宇宙人かい? おいおい、そりゃあ随分と話が突拍子過ぎやしないかい?」

鳴上「47番星……太陽系に近い恒星だな」

るーこ「るーはこのうーでとある調査をするためにやってきた。その矢先で襲撃を受けたわけだ」

鳴上「……その『うー』というのは?」

るーこ「うーはうー。お前たちが住んでいる星……つまり『ここ』だな」

鳴上「日本語が通じるのはなぜだ?」

るーこ「翻訳機を使って意志疎通を図っている。だからるー自身はうーの言語を話していない」

ハナ「お嬢さん、ちょいといいかい?」

るーこ「るー?」

ハナ「確かに面白い話ではあるんだけどもさ。ウチらから見たら、アンタはどこから見ても地球人にしか見えないんだよ。だから、いきなり『我々は宇宙人だ』なんていわれてもねぇ」

鳴上「……」

るーこ「ふむ……要は、るーがるーの民であるという証拠を見せればいいのだな?」

鳴上「手っ取り早い話はそうなるな」

るーこ「うーとの差異……では、うーの力では不可能な事象を起こしてみればいいのだな?」

ハナ「手品かい?」

るーこ「仕掛けなどない。何か言ってみせよ、それをるーが叶えて見せよう」

鳴上「……それじゃあ、今から俺がイメージする何かの人形を出してみてくれ」

るーこ「ふむ、イメージからの物体創造だな。人形……うーで一般的なものでいいのだな?」

鳴上「ああ」

るーこ「では、さっそく取り掛かろう。うーのイメージをくみ取る必要がある。るーの手に手をかぶせてくれ」

鳴上「それでいいのか?」

るーこ「これが一番簡単だ」

鳴上「それじゃあ……」

鳴上(誰もわからないようなのがいいよな……それじゃあ、これか?)

るーこ「把握できた。時間はかからない」

ポンッ

鳴上「うぉっ!?」

ハナ「ど、どこからそれ出したんだい?」

るーこ「創った」

鳴上「つ、つくった、って……」

鳴上(成形前の粘土みたいな塊だな)

るーこ「るー……」

鳴上「ふ、触れてない……」

ハナ「気のせいかい? 粘土が一人でに動いているように見えるんだけど……」

鳴上(それに、この形はやっぱり――)

るーこ「着色――成形――終了した」

鳴上「ほ、本当に出来てしまった……」

るーこ「名称は確か『ジャックフロスト』でよかったのか?」

鳴上「知ってるのか!」

るーこ「いや、うーのイメージと一緒に流れてきた情報をくみ取っただけだ」

ハナ「はぁ~よく出来てるねぇ。あまりこういったのは詳しくないけどさ」

鳴上(ジャックフロストはこの世界に存在しない……けど、この子はあるはずのないキャラの人形を作って、しかも名前まで――)

るーこ「これで証明になったか、うー」

鳴上「――信じざるおえない、ってところかな」

ハナ「宇宙人かどうかは別として、これは純粋にすごいねぇ」

鳴上「それじゃあ、話をまとめるに……君はおおぐま座からやってきた宇宙人で、この地球にとある用事でやってきたけど、なにかアクシデントがあってあそこで倒れていたと」

るーこ「るー」

鳴上「それじゃあ……これから、行くあてはあるのか?」

るーこ「質問の意図を聞きたい」

鳴上「どこか厄介になれる人がいるかってことだ。このまま根城もないまま放浪するわけにもいかないだろう?」

予想外の撤退

るーこ「うーは異邦の地、未開の地だ。うーの推測する通り、私は仲間の救助を待つまでこの地ですごさなければならない。根城がないのも事実だ」

鳴上「それって、かなり危機的状況のような気がするが……」

るーこ「心配ない。緊急用にうーの通貨は持ってきてある」

鳴上「どれぐらい?」

るーこ「ドル換算で丁度1000ドル。それを基準に各国の通貨を持参している」

鳴上「円換算で……8万円ぐらいか。救助はどれくらい待つと思う?」

るーこ「それに関しては不確かだ。だがるーは絶対に仲間を見捨てない」

鳴上「また不安が残る返答だな……戸籍は、あるわけないよな」

るーこ「うーの個人情報か? その気になれば解決できなくはないが、後処理が面倒になる」

鳴上「家もないだろうし……その所持金じゃウィークリーマンションも厳しい」

るーこ「るー。心配するな。あくまで現地通貨はそれしかないが、るーにはこれがある」

ハナ「これって……マッチ棒?」

るーこ「私はるーの族長、その娘だ。その気になればこれほど用意ができる」

鳴上「……マッチ棒が通貨だったよかったのだが」

るーこ「どういうことだ? これほどあれば、家はやすやすと買えるぞ?」

鳴上「言いにくいのだが……地球、うーではマッチ棒はまったくの価値がない」

るーこ「るー?」

鳴上「マッチ棒一本じゃ、家どころか水すら買えないんだよ」

るーこ「なんだと? それは真か?」

鳴上「残念ながら」

るーこ「るー……これがうーの言葉で言う『ジェネレーションギャップ』というものか」

鳴上「違うような気がするが……けど、本当にどうするんだ? 滞在期間が不明瞭な以上――」

るーこ「狩る」

鳴上「……へ?」

るーこ「あまり現地人に危害を加えたくはなかったのだが、うーの言葉で言う『弱肉強食』。安心しろ、罠のいろはは習得済み――」

鳴上「待て待て! まさかそこらへんにいる人を取って食うつもりじゃないんだろうな!」

るーこ「駄目なのか?」

鳴上「駄目だって! そうなると宇宙人うんぬん関係なく警察に連れて行かれるから!」

るーこ「る~……警察に捕らえられるのはお断りだ。仕方ない」

鳴上(あ、危なかった……もしかして、あのまま放置していたら謎の殺人事件が発生していたかもしれん)

るーこ「――よし、るーは決めたぞ」

鳴上「何をだ?」

るーこ「うーの家に滞在することにした」

鳴上「……うー?」

るーこ「うー」

鳴上「……俺?」

るーこ「るー」

鳴上「えーと……一応聞いておくけど、理由は?」

るーこ「うーには恩がある。行き倒れたるーを助けた恩と、おこのみやきの恩だ。るーは受けた恩を絶対に返す。礼として、るー直々に家事手伝いをしよう。感謝するがいい」

鳴上「あー……気持ちだけでいい。ありがとな」

るーこ「ならうーの家に――」

鳴上「はっきり言うぞ。お願いだ、それはやめてくれ」

るーこ「どうしてだ? 遠慮する必要はない」

鳴上「遠慮ではなくてだな。その、今俺の家は親が不在なんだ。つまり俺の独り暮らしだ。そんな環境に女の子一人を突っ込むわけにはいかない」

るーこ「なんだ、るーの操の心配をしているのか? 安心しろ、るーは一時の情に流されるほど――」

鳴上「そういうことじゃなくて、いや、そういうこともだけど……とにかく、それは――」

ハナ「いいんじゃないかい?」

鳴上「は、ハナさん!?」

ハナ「この子は困ってる、アンタに礼がしたい。どっちも解決するいい考えじゃないかい。生活費は……そうだ! ウチで働いてもうらおうかね~! 丁度看板娘が欲しいところだったんだ。何せウチの店、男共ばかり入り浸ってるからさぁ」

鳴上「い、いや、そこまでしてもらわなくても――」

ハナ「これも人助けってね。ウチにおいてってやれるスペースなんかありゃしないし。それに、家事手伝いをしてくれるならアンタもありがたいんじゃないのかい?」

鳴上「それはありがたいですけど……」

ハナ「じゃあ決まりだっ! 大丈夫、この件に関わった以上、ウチも責任取るからさ」

るーこ「うーはなもそういってくれている。決まりだな」

ハナ「うーはな? ははは、随分とかわいらしい二つ名付けてくれちゃって」

鳴上「……どうしてこんなことに」

ハナ「アンタが拾った騒動の種だ。まぁ、男ならどーんっ! と、責任とってくれや。アンタも、自分から厄介に突っ込んでいったんだからさ」

鳴上「それもそうですが……」

鳴上(この世界に来てから、出来事が多すぎるよ……)

るーこ「して、うーはなの店でする仕事とは? かんばんむすめ、とはなんのことだ?」

ハナ「いろはにほへと、一から仕入れるよ! びしばし行くからね!」

るーこ「るー!」

鳴上(……こころなしか、楽しそうに見えるのは気のせいか?)

―――
――


ワイワイガヤガヤ

ロク「へぇ、お嬢のセンパイがバイトをねぇ」

ハナ「しっかり働いてくれるからほんとありがたいよ~」

ロク「しかも今日から若い嬢さんもいるし……こっちは安心して任せられるってもんよ! あ、豚玉いっちょ!」

鳴上「はい、豚玉一つですね。ありがとうございます」

ロク「おうおう、男は黙って馬車馬のごとく働くことに意義があるってもんよ! なははは!」

ハナ「……あんた、最近酔うの早くなったんじゃないかい?」

るーこ「うー! 豚玉焼きあがったぞ!」

鳴上「よし、パスだ!」

ロク「……パス?」

ハナ「ああ! ウチの新名物――」

るーこ「るー!」

ヒュンヒュンヒュン

鳴上「見えた!」

パシィッ!

ハナ「『空飛ぶお好み焼き』ってね。あの看板娘が随分と器用な子でねぇ! 面白いからやってみようってなったんだ」

ロク「な、なんだありゃ?」

鳴上「フライングお好み焼きです」キリッ

ロク「は、はぁ。最近の野郎っ子は随分とアグレッシブなんだなぁ。――んん! うめぇうめぇ! 一日でちゃんとこの味を出してるなら、めっけもんだ! いい奴雇ったなぁ」

ハナ「『ハナ』だけに、『華』が増えたから、こちらはありがたいってもんさ」

鳴上「御後がよろしいようで」

るーこ「うー! ミックス3つ行くぞ!」

鳴上「こい!」

鳴上(やっぱりるーこもどこか楽しそうだし……まぁ、いいのかな?)

撤退

>>276>>277の間



るーこ「――なるほど、猫のポーズをして、うー達を誘惑すればいいのだな?」

ハナ「そうそう! 最近の流行ってね」

鳴上「ハナさん、何を吹き込んでるんですか……」

ハナ「何って、ほら、招き猫?」

鳴上「語感を聞くと別の意味に聞こえるのは気のせいでしょうか……えと、るーさんでいいのかな?」

るーこ「るーはるーだ。だがるーと呼ばれるのはどうも紛らわしい。るーの名前は『るーこ・きれいなそら』だ。うーの名前は?」

鳴上「鳴上悠だ。好きなように呼んでくれ」

るーこ「ふむ、ではうーよ。さっそくのれんを構えることにしよう」

鳴上「結局その呼び方なのか……にしたって、偏った方に日本になじみすぎじゃないか? またハイカラな言葉づかいを……」

るーこ「はいから、とはなんだ?」

鳴上「う~ん……昔の言い回しで、『かっこいい』とかっていう意味でいいかな」

るーこ「なんとなくだが、語感が気に行った」

鳴上「それはどうも」

―――
――


【帰り道】

鳴上(るーこのおかげか、それとも例のパフォーマンスが功を奏したのか、今日は随分とお客さんが多かったような気がする。それ相応に働けてこちらはうれしい限りなのだが……)

るーこ「るーるーるー。るーるーるー」

鳴上(るーこはどうしたものか……生活費には困らない。だが、男の独り暮らしに女の子が一人だなんて……世間体が。いや、問題は山積みだ。見た目は同年代、つまり学校に行ってないことを勘ぐられる。高校生だからまだいいものの、周囲にはどう説明したものやら。特に――)

「ゆうく~ん!」

鳴上(噂をすれば、か)

このみ「ゆうくんお帰り~。また生徒会の仕事? お疲れ様~」

鳴上「あ、ああ」

るーこ「るー? せいとかい、とはなんだ?」

鳴上「あ、後でじっくり説明する」

このみ「え、えと……どちら様ですか? ゆうくんのお友達?」

鳴上「そのだな、あの――」

るーこ「うーと同棲することになったるーこ・きれいなそらだ。よろしくたのむ」

鳴上「なっ――」

このみ「……えっ!?」

春夏「なるほど~、最近帰りが遅いと思ったら、そういうことだったわけか」

鳴上「って、春夏さんも!? いや、これは多大なる誤解でして!」

るーこ「何が誤解なのだ? うーでは男女の共同生活の生活形態を『同棲』というのだろう? 相違ないではないか」

鳴上「使い方の問題なんだ」

春夏「ふっふ~ん。親が居ない間の一軒家に女の子を連れ込むなんて、ゆうくんもついに男になってしまったのねぇ。私寂しいわ気もしちゃうわ」

このみ「そ、そっか。そうだよね、ゆうくんももう、男の人なんだもんね。大人だものね……おめでとう!」

鳴上「だ、だから! せめて状況を説明するチャンスをください!」

春夏「夜が遅かったのも、その子と夜な夜な町の裏通りに遊びに行ってたってとこかしら?」

このみ「裏通りに夜でも遊べる場所なんてあったっけ? ゲームセンターも閉まっちゃってるし」

春夏「このみもいつかお世話になる時が来るわよ」

るーこ「地理情報を検索した。あそこには大規模な休憩施設が集合していて――」

鳴上「……まずはみなさん、俺の家に上がって下さい。話はそこでいたしましょう、はい」

―――
――


このみ「へぇ、ルーマニアからやってきた留学生なんだ~。すっごい! 本物の外国人さんだ!」

春夏「大変ねぇ。ホームステイ先が火事になるなんて」

るーこ「るー」

鳴上(るーこはルーマニアから来日した留学生で、俺の遠い親戚の家にホームステイするはずだったのだが、ステイ先が先日火事にあってしまい、ステイ先がなくなってしまったるーこを俺が見かねて俺の家を代わりのステイ先にした――という設定にした。ここまで必死にいいわけを考えるのは金輪際この先あってほしくない。大規模な嘘ほど気を使うものだ)

春夏「ゆうくんの親に相談して了承してもらったなら問題ないわね。私は隣の家に住んでいる柚原春夏よ。何か困ったことがあった時は遠慮なく頼ってね」

このみ「ゆ、柚原このみです! な、ないす・とぅ・みーちゅー?」

鳴上「このみ。ルーマニアの公用語はルーマニア語だぞ」

るーこ「ウミ・パレ・ビネデ・クノシュティンツア。よろしく頼むぞ、うーこのにうーはる」

鳴上(なしくずし的にだけど、このみ達はなんとなかったな。……だが、留学生と言ってしまった以上、学校に行ってないのもおかしくなってしまった。どうすればいいのやら)

このみ「それで、学校はどこに行くの? 寺女とかかな?」

るーこ「るー? 寺女とはなんだ?」

春夏「あら? 知らないってことは、もしかしてゆうくんと同じ学校かしら」

るーこ「ふむ……ああ、その通りだ」

このみ「ということは、このみとももうすぐ一緒になるね!」

鳴上「――るーこ。学校とかはなんとかなるのか?」ボソボソ

るーこ「うーの生態調査もしておきたいところだ。この際、やっておかないことはない」

鳴上「だが、戸籍がない以上どうにも――」

るーこ「手を回す。安心しろ、うーには迷惑をかけない」

鳴上「そういう問題ではないのだが……まぁ、そこはるーこに任せるしかないか」

春夏「でも、そっか~。あのゆうくんが女の子と……このみ」

このみ「何?」

春夏「このままだとそのままゆうくんを取られちゃうわよ! これからはアプローチを多くしなさい! お母さんからの恋のアドバイス」

このみ「か、かあさん! 何言ってるの! もぉ~」

るーこ「ところで、うーこのとうーの関係はどういったものなのか? ただの隣人か?」

鳴上「いや、小さい頃からの幼馴染だ」

このみ「そーだよ! 家がお隣さんだから、物ごころついたときからずっと一緒なんだ」

るーこ「ふむ、なるほど。恋仲か」

このみ「えっ!?」

鳴上「ど、どうしてそうなった」

るーこ「うーではそういった関係を『恋仲』というのではないのか?」

鳴上「う~ん……まぁ、近い仲ではあると思うけど。それとはまた違うんだなこれが」

このみ「そ、そうだよ~! お互いよく知り合ってる間だけど、そ、それとはまた違うのでありますですよ~」

春夏「あらあら、顔赤くしちゃって」

このみ「う~……」

――


このみ「またね~!」

春夏「おやすみなさい」

るーこ「るー!」

鳴上「それでは」

ガチャン

鳴上「――ふぅ。さて、時間が時間だからもう寝る準備をしないとな」

るーこ「就寝か」

鳴上「その前にお風呂――そういえば、風呂はどうする?」

るーこ「ふろ?」

鳴上「ああ、説明が必要か。汚れた体をお湯で洗うんだ。一日動いて汗をかいたり、どこか汚れたりしただろ?」

るーこ「なるほど、体の衛生状況の維持活動か。それなら心配ない、るーの体はうーの体と少し違う」

鳴上「だが、服は汚れてるぞ?」

るーこ「るー……仕方ない。今回だけだぞ」

鳴上「無理やり入らされるみたいに言わなくても……じゃあ、先に入ってくれ。入り方は教えるから」

るーこ「るー」

―――
――


るーこ「るー! 身体の洗浄というものが、快楽になるとは思いもしなかったぞ」

鳴上「そうか、るーこは風呂が好きか。入った後に冷えた牛乳を飲むとこれがまたいいんだ」

るーこ「うむ、これだからうーの文化は面白い。うーも悦に浸ってくるといい」

鳴上「悦……ああ、お風呂のことか。そうさせてもらう。テレビを見たい時はここのスイッチを押してくれ。寝る場所は、階段を昇ってすぐ左の部屋にベッドがあるから、そこを使ってくれ」

るーこ「了解した……さっそくだが、牛乳を飲んでも構わないか?」

鳴上「冷蔵庫の右側だ。コップはそこな」

るーこ「るー」

―――
――


【お風呂場】

鳴上「ふぅ……やっと休めたような気がする」

鳴上(いきなり知らない世界に放り出されたと思ったら、これまた知らない人と知り合いになり、挙句には宇宙人、か。普通なら信じられないことだが、目の前でフロスト人形を作られては信じるしかないわけで)

鳴上「八十稲羽もそうだったけど、俺の周りは異常事態によく縁があるみたいだな」

タッタッタ ガサゴソ

鳴上「ん? 物音? るーこか?」

るーこ「るー」

ガララッ

鳴上「ぶっ!?」

バシャーン!!

鳴上「い、いきなり! な、なんで服を脱いでるんだ!?」

るーこ「なんで、とは愚問だな。うーが言っていたではないか。入浴する時は服を脱ぐものだと」

鳴上「それはそうだけども! お、俺がいるのにいきなりぜ、全裸は問題ありだ! しかも、俺が入っていることは分かっているのに、なんで入ってきた!」

るーこ「るーが入浴して分かったのだが、体を洗浄する際、どうも背中の方の洗浄が困難だ。これは第二者の手助けが必要だと感じてな。それでるーが背中を洗う手助けをしようとしたわけだ。感謝するがいい」

鳴上「き、気持ちはありがたいが! それに関しては大丈夫、大丈夫だから、今すぐ服を着てリビングに戻ってくれ」

るーこ「るー。言ったではないか。るーは受けた恩を返す高貴な種族だ。だから恩を返すためにこうして手伝いをしようとしている」

鳴上(これは……おそらく、言っても退かないパターンか。――仕方ない)

鳴上「じゃ、じゃあ、条件がある。そこにバスタオルがあるだろう? タオルで体を巻いて、体を隠してからにしてくれ」

るーこ「るー」

――


鳴上(こ、これは……)

るーこ「るーるる。るーるる。るーるーるー」

シャッ シャッ シャッ

鳴上(男たちのあこがれではある。可愛い女の子に背中を洗ってもらうこの状況。だが、経験者は語る。……生きた心地がしない)

るーこ「るーるーるー」

鳴上「も、もういいぞ。ありがとう」

るーこ「いや、完全洗浄まであと86%だ。しばし待て」

鳴上「何を基準にそう言えるんだ……」

鳴上(恩を返そうという姿勢は非常にありがたくはあるが……これは、色々と気まずい。様子からしてるーこはそういうそぶりを見せてないが)

るーこ「――ふむ、完璧だ」

鳴上「ご満悦そうで、なによりです……」

るーこ「今日ので大体の要領は得た。これで明日からの作業は効率化が計れるだろう」

鳴上「……ん? 待て、もしかして明日もやるのか?」

るーこ「当たり前だ。こうした作業は積み重ねというものが大事なのだ、うー」

鳴上「ま、マジか……」

鳴上(菜々子……俺は生きられるのだろうか)

撤退

―――
――


鳴上「――ん。朝か……なんでだろう、朝なのに一日の終わりみたいなこの疲労感は」

鳴上「お風呂の後も、いつの間にかベッドの中に入り込んでて『添い寝だ、感謝しろ、うー』なんて言ってきたし……ハナさんお願いですから『THE メイ道』なんて本を押しつけないでください。思いっきり影響受けたじゃないですか」

鳴上「でもあの後はおとなしく寝てくれたらしいし……時間も早いから、まだ寝てるかな?」

――


タッタッタ

トントン

鳴上「るーこ? 起きてるか?」

鳴上「……反応なし、か。まだ寝てるのか?」

ボンッ!!

鳴上「ん!?」

鳴上「ば、爆発音……下か!」

ダッダッダ!

バタンッ!

るーこ「む? うーか。ブナ・ディミニヤツァ」

鳴上「な、なにがあったんだ!」

るーこ「るー。私は今、うーの食事を作っていたのだが、この調理器具が故障してしまってな。困っていたところだ」

鳴上「調理器具って……電子レンジが大変なことに……」

るーこ「ふむ、これはレンジというのか。加熱する器具だとは分かっていた。だから加熱処理をしようと鶏卵を入れてスイッチを押したのだが……」

鳴上「それだ!」

るーこ「るー?」

鳴上「ま、まぁ。俺のために料理してくれたのはありがたいが……ひとまずはそこに座っていてくれ。俺が作る」

―――
――


るーこ「調理用素材が爆発するとは、欠陥品ではないか」

鳴上「るーこからみれば欠陥品かもしれないが、地球では重宝するんだよ。……まぁ、これで学習はしたな」

るーこ「うむ、レンジに入れてはいけないものは理解した。そもそもすべて欠陥品に任せようとしたるーにも部がある。おとなしくガス調理に専念しよう」

鳴上「……使い方、わかるか?」

るーこ「るー、そこまであなどられるとは心外だ。スイッチをひねり、鉄板とヘラで加熱処理すればいいのだろ?」

鳴上「……やっぱり、俺が教える。このままだとお好み焼きしか出ないような気がする」

るーこ「るー? うーの食事はおこのみやきが主ではないのか?」

鳴上「やっぱりそう思っていたのか……」

―――
――


るーこ「ふむ。このフライパンが鉄板で、菜箸がヘラの代わりなのだな」

鳴上「感覚的には近いけど……まぁ、最低限ガスの扱い方を知ってくれれば、まぁ」

るーこ「任せろ」

鳴上「心配だ……」

るーこ「そうだ。うー、ここ周辺の、どこか広い場所を知らないか?」

鳴上「広い場所?」

るーこ「そうだ。障害物もなく、大気圏から見ても見える程度の広さの土地だ」

鳴上「そこまで大きいのはどうもな……何をするんだ?」

るーこ「るーの仲間とコンタクトを取る」

鳴上「なるほど……方法は?」

るーこ「簡単だ。メッセージを地に描けばいい。後はそのメッセージをるーがキャッチすれば解決だ」

鳴上(……案外、ナスカの地上絵とかも本当に宇宙人の仕業なのかもしれない)

鳴上「う~ん……多分、それは無理だな」

るーこ「なぜだ?」

鳴上「土地は誰かの所有物だから。勝手にメッセージを書いたりしたら多分、警察に捕まる」

るーこ「るー……また警察か。うーは随分と住みにくいのだな」

鳴上「それはちょっと否定できないかもな。……他に方法はないのか?」

るーこ「後は、るーが直接るーとコンタクトをとるしかない。だが、それはるーの仲間がうーの近くを通りかかった時でないと不可能だ。それが出来る可能性は低い」

鳴上「そうか……そういえば、これからはどうするんだ?」

るーこ「質問の具体的な意味は?」

鳴上「これから、ここでしばらくは生活するのだが……昨日言っていた学校とか、その仲間とのコンタクトとか」

るーこ「学校には行くぞ、今日から」

鳴上「……えっ! け、けど、事務処理とかは――」

るーこ「それも今日済ませる。よろしく頼むぞ、うー」

鳴上「い、いや、いきなりだな本当に……」

るーこ「仲間とのコンタクトは、後に考えることにしよう。私には、うーに来た目的があるからな」

鳴上「目的……?」

るーこ「気にしないでほしい。これはるーの仕事だからな。るー」

鳴上「あ、ああ」

鳴上(るーこの仕事か……それもそれで気になるが、るーこがそう言う以上は気にしないことにしよう)

―――
――


【教室】

雄二「おいおい、どうしたんだ?」

鳴上「な、何がだ?」

雄二「なんだか今日に限って妙にそわそわしてるじゃねぇか。あまり表情を顔に出さないお前にしちゃらしくない。カバンにエロ本でも詰め込んでるのか?」

鳴上「そういうことではないのだが……まぁ、色々と考えることがあるんだよ、うん」

愛佳「そういえば、鳴上君は例の噂知ってますか?」

鳴上「噂?」

雄二「ああ。なんと! このクラスに今日から留学生がやってくるんだ! こりゃあおちおち寝てられないぜ!」

鳴上「そ、それは、すごいな……」

愛佳「どこの国の人なんでしょうね~?」

鳴上(これって、あれだよな……他のクラスに来るよりはましだろうが)

―――
――


担任「え~、みんなも噂で知っているだろうが、実は今日、この学校に仲間入りする新しい子が外国からやってきた。入りたまえ」

ガララッ

トットット

るーこ「るー」

ガヤガヤ ザワザワ

担任「え~、ルーマニアからやってきた……」

カキカキ タンタン

るーこ「るーこ・きれいなそらだ。よろしく頼むぞ、るー」

パチパチパチ

鳴上(自己紹介は普通……しかし、どうも不安が拭えん)

――


「るーこさんはルーマニアのどこから来たの?」

るーこ「首都のブカレストだ」

「るーこ日本語上手だよね? 実は昔日本に来たことがあるとか?」

るーこ「ホームステイすることになった直後から、日本語学校に通った。日本の知り合いに教えてもらったのが大きい」

雄二「るーこさん肌白いよね? さすが外国人ってところかな?」

るーこ「るーは昔からの白人家系だ」

「ルーマニアって魔女の国って言われるけど、本当?」

るーこ「今でも魔女という職業がある。まじないや占いで生計をまかなっているので、日本でいう占い師と同じ感じだ」

鳴上(ルーマニア語にしろ今にしろ、どこからあの知識を引っ張りだしてくるのやら……)

「ホームステイしてるって言ってたよね? いつから?」

るーこ「一週間前ほどに」

「どこに住んでるの? 学校の近所とかかな」

るーこ「うーの家だ」

「うー?」

るーこ「うーはうーだぞ。そこにいるであろう」

愛佳「へ!? な、鳴上君ですか!?」

鳴上(こ、これはやばい!)

雄二「でも確か、あいつの家って今親がいなくてあいつ一人――まさか!」

鳴上「ま、まて! これには深い事情があってだな! 誤解をしないでくれ!」

愛佳「な、鳴上君……ふけつ? です!」

鳴上「違う! るーこ、事情を説明してくれ! 今すぐ!」

るーこ「るーはうーと同棲しているのだ。家事手伝いもしているぞ」

雄二「完全にカップルじゃねぇか! この裏切り者!」

鳴上「待て! これには深い事情があると――」

愛佳「鳴上君……お幸せに!」

鳴上「待ってくれー!」

>事情(嘘)の説明に、言霊使い級の伝達力を無駄遣いした……。

―――
――


鳴上(同じクラスの生徒会副会長兼委員長、ということでるーこの学校案内をすることになった……なぜか雄二もくっつてきたが)

鳴上「あそこが来年度からコンピュータ室になるんだ。……あまり使われることはないと思うけどね」

るーこ「るー」

雄二「にしても、悠」

鳴上「なんだ?」

雄二「お前、ほんっとうにるーこさんとはそういった関係じゃないんだな?」

鳴上「しつこいぞ……」

雄二「うるせいやい! だって、一つ屋根の下であんな可愛い女の子と同居なんだぜ! むしろそうならない方がおかしい! こっちは春から恐ろしい姉貴がやってくるってのに、この差はなんなんだ、ちきしょー!」

るーこ「騒がしいぞ、発情期か?」

鳴上「るーこはそういった単語を軽々しく言わない」

るーこ「るー」

雄二「そうだぜ。この年の男の子はみんな獣なんだから。もちろんこいつもな」

鳴上「……そういう発言をしているから、女の子が近寄らないのでは?」

雄二「な、何気にとげがあること言うなよ……」

るーこ「うー」

鳴上「ん? どうかしたか?」

るーこ「あの部屋はなんだ? 見たところ、あまり人の出入りはないようだが」

鳴上「ああ。あそこは書庫だ。図書室においていない本は大体あそこの仕舞われてるんだ」

るーこ「入ってもいいか? うーの書物には少し興味がある」

鳴上「いや、あそこは一般生徒は入れないのだが……ちょっと待ってくれ」

―――
――


るーこ「――ふむ、うーの哲学というものはなんとも興味深い」

鳴上「済まないな、無理を言って」

愛佳「いえいえ! るーこさんに日本の書物に興味を持ってもらってうれしい限りですし」

雄二「へぇ。小牧さん放課後よくここに来てたんだ。初耳だな」

愛佳「ええ、ちょっとした用事で」

るーこ「るー? これは……情報端末の一種か」

鳴上「ああ、これはパソコンっていうんだ。情報を調べるだけじゃなくて、色々なことができる」

るーこ「ふむ……少し触ってもいいか?」

愛佳「あ、構いませんよ。あまり変な操作さえしてくれなければ」

るーこ「るー」

――


るーこ「――ほう、うーの『いんたーねっと』という文化は非常に興味深いな。様々な情報がここまで雑多に並んでいる。退屈しない」

雄二「はぁ、ウチもパソコン欲しいんだけどなぁ」

鳴上「ダメなのか?」

雄二「ウチの家って古臭い考えのまんまでさぁ。ネットばっかりやってたら頭が悪くなるってさ」

愛佳「電子画面だったり、テレビを見ていたりすると目が悪くなるとも言いますしね」

鳴上「あれって、実は確定的な根拠はないらしいよ」

愛佳「そうなんですか。物知りなんですねぇ」

鳴上「ちょっとした雑学にしか過ぎないけどね」

――


るーこ「ふむ。これで情報を読み取るのか」

鳴上「ああ、このバーコードはあそこのプリンタで印刷して――」

愛佳「そして、本の裏表紙にこうやって……ぽんっ、と」

るーこ「随分とアナログな方法なのだな。機械化は出来ないのか?」

雄二「ははは、学校の中じゃそりゃ無理だな」

愛佳「でも、こうやって本の一冊一冊に目を向けられるいい機会だと思いますよ。――そうそう! 実は今日、アップルパイを持ってきてるんです。ちょっと作ってみたのですけど……よろしければみなさん、どうでしょうか?」

雄二「マジか! いいんちょの手作りなんて、食べる以外の選択肢なんてありえねぇって!」

るーこ「ふむ、西洋菓子の一種か。食べてみよう」

鳴上「それはありがたい」

撤退

――


るーこ「るー!」

愛佳「る、る~?」

鳴上「『これはとても美味だ』らしい」

雄二「ルーマニアの何かのスラングか? てかお前、意味分かるんかい!」

鳴上「なんとなくでだけど」

愛佳「そういえば、動物の言葉も感じでなら分かるって言ってましたものね」

雄二「何者だよお前……」

るーこ「これほど美味なものに遭遇出来るとは。これだからうーの食文化は興味深い」

愛佳「気に行ってもらえて何よりです~」

雄二「ほんっとこれうめぇよ! お菓子作りも出来るとは、さすがいいんちょってところだな」

愛佳「それって、委員長関係あるのでしょうか……?」

鳴上「うん、おいしい。よく勉強している感じだ」

愛佳「じ、実は先日、ここの本棚でお菓子作りの本を見つけたんですよ。それで少し勉強して。このアップルパイも、それのメニューを参考にしています」

鳴上「雄二じゃないけど、さすがは小牧といったところだ」

愛佳「そう言ってもらえると恐縮です」

雄二「……悠」

鳴上「なんだ?」

雄二「お前さん、いつからいいんちょのこと『小牧』って呼んでた?」

愛佳「あっ! え、えとですね! これは私がそう呼んでほしいな~って頼んだからでして」

雄二「ふ~ん、ほぉ~、はぁ~ん」

鳴上「な、なんだ。その視線は」

雄二「いや。少々へたれ気味だったお前も、男としてやっと一人前になってきたなぁと」

鳴上「お父さんみたいなことを言う奴だ……。ん? るーこ、どうしたんだ?」

るーこ「パソコンとやらを調べていた」

愛佳「パソコンに興味がおありで?」

るーこ「これは非常に奥深い。先ほど少しばかり触れただけでは、完全に理解はできなかった」

鳴上「要は、もっとパソコンをいじってみたいってことか」

るーこ「るー」

鳴上「パソコンだったら家にもある。それを貸すよ。それに……もうこんな時間だしね」

愛佳「あっ。もう下校時刻ギリギリですね」

雄二「そんじゃ、そろそろ解散ってところだな。ごちそうさん」

愛佳「お粗末さまです」

鳴上「俺達も帰る。今日は色々ありがとな」

るーこ「るー」

愛佳「いいんですよ~。私もるーこさんに少し興味があったものですから。そうそう、るーこさん。日本の書物を読みたい時は、いつでもこちらにどうぞ。私が居る時は歓迎しますので」

鳴上「いいのか?」

愛佳「はい。るーこさんも、日本の文化に触れていきたいでしょうから」

るーこ「感謝するぞ、うーまな」

―――
――


【鳴上宅】

鳴上「どうだった?」

るーこ「学校のことか?」

鳴上「ああ、地球の学校てのは、宇宙人からみてどう映るのか気になってな」

るーこ「言葉にすれば、まさに未知との遭遇。知識の開拓。うーの生態も少しばかり垣間見れて、るーは満足だ」

鳴上「それは何よりだ」

るーこ「特に食文化の独特さには特筆すべきものがある。これは要報告しなければならない重要案件だ」

鳴上「……つまり、地球の食事が気にいったと?」

るーこ「るー!」

鳴上「るー。――っと、それじゃあ、着替えてハナに行こうか」

るーこ「うー。今日は昨日、うーはなと考えたおこのみやき三連星を試してみたいのだが」

鳴上「な、なんだ、その名前で予想がつくパフォーマンスは……」

―――
――


【校舎屋上】

るーこ「――ふむ、人影はなしだ」

鳴上「それじゃあ、俺は待ってるから」

るーこ「世話をかけるな」

鳴上「元から覚悟はしてたさ」

るーこ「――るーるる。るーるる。るーるーるー」

鳴上(るーこの仲間とのコンタクトはどうしようかと考えた結果……こうして、夜中の時間帯を狙って、学校の屋上で行うことにした)

鳴上(幸い、校舎の鍵は生徒会関係の仕事でよく使うから、難なく借りることができたし。……なんとか仲間とコンタクトが取れればいいのだが)

るーこ「るーるーるー」

鳴上「なぁ、るーこ「

るーこ「なんだ?」

鳴上「俺も、手伝えないかな?」

るーこ「……うーにも出来なくはないが、うーにそこまでしてもらう――」

鳴上「俺はるーこの環境をよりよくしてみたい。そのためには仲間と会うことが大切だろ? だったら、俺も手伝いたい」

るーこ「――うーは随分と『おひとよし』なのだな」

鳴上「そういう言葉ばかり覚えるんだな」

るーこ「何、るーの見識では『おひとよし』は大変素晴らしいものだと思っているぞ。では、私に続いて、真似をするのだ」

鳴上「あ、ああ」

るーこ「るーるる。るーるる。るーるーるー」

鳴上「るーるる。るーるる。るーるーるー」

るーこ「るーるーるー」

鳴上「るーるーるー」

>タフガイな根気と言霊級な伝達力をフル活用した!

撤退
明日に

―――
――


【生徒会室】

鳴上「すみません。生徒会の見学なんて無理を聞いてもらって……」

ささら「遠方からの留学生ですから、こういった日本の教育に触れる機会は必要でしょう。問題ありません」

るーこ「ふむ、ここがこの学校の最高権力機関の本部……にしては、警備が手薄過ぎはしないか?」

鳴上「ここはみんなが話し合っていろんなことを決定する場所だから、最高権力機関というわけではないんだよな」

るーこ「そうなのか? 民主制は線引きが明瞭ではないから、、いまいち要領がつかめんな」

ささら「あの……よろしければ、ルーマニアの話を聞かせてもらえないでしょうか?」

るーこ「興味があるのか?」

ささら「ええ、その……外国、というものに興味がありまして」

るーこ「いいだろう。ルーマニアは知っての通り――」

鳴上(……これは予想外の反応だな。知り合ったばかりの人物は自分から寄せ付けないはずなんだが……自分から積極的に話を聞きにいっている。そこまで外国に興味があるのだろうか)

カサカサカサカサ

鳴上「……ん?」

カサ……

鳴上「……気のせい、か?」

鳴上(いや、この徐々に迫ってくる感じ……まるでシャドウ。いや、もっと面倒な何かが――)

るーこ「――ヨーロッパに住む日本人はまだ少ない。アメリカとなればそれも別だがな」

ささら「アメリカ……」

カサカサ

るーこ「……む?」

ささら「どうかなさいましたか?」

るーこ「――来たっ! アイツだ」

ささら「アイツ……?」

サッ!!

パチッ

ささら「え? ……きゃあっ!?」

鳴上「会長! 大丈夫――」

ささら「こ、こちらを向かないでください!」

鳴上「は、はい!」

カサカサカサカサ

るーこ「まさかこんなところで相まみえてしまうとは予想外だったぞ」

鳴上「な、何の話だ? 一体、なにが起こってるんだ?」

「何が起こってるんだ、とは愚問よの~。なーりゃんや」

鳴上「その声って……」

カサカサカサ!

「ひとーつ! 人の世に~。ふたーつ! きゃっきゃうふふな酒池肉林。みっつー! みんな大好きハーレム三昧!」

シュタッ!

まーりゃん「ひほほほほ~! 今日も今日とで大収穫よの~!」

るーこ「出たな、まーの使い。まーの気配をかすかに感じ取ってはいたが、まさかこんな場所で遭遇するとは……」

まーりゃん「そりゃあこっちのセリフだっての。まさかお偉いさんの娘っ子さんがわざわざ来ているとが思ってなかったにゃ~」

鳴上「え、ええと……るーこ、知り合いなのか?」

るーこ「るーがこのうーに来た理由の一つだ」

まーりゃん「まぁ、とある有名少年漫画でいうなら、野菜王子とゴクーみたいなものだな。切ってもきれない関係なのだよ」

鳴上「すごい分かりやすいたとえだ……」

まーりゃん「むふむふ。と・こ・ろ・で~。君が例の新入り君かにゃー?」

鳴上「え? あ――」

鳴上(そうか、一応俺とまーりゃん先輩は知り合っていない……設定なのか)

鳴上「はじめまして、鳴上悠です」

まーりゃん「うん知ってる。事前情報って大事だよね」

鳴上「はぁ……えと、前生徒会長さん、ですよね」

まーりゃん「ほほほ、あちきも有名人になってしまったものですにゃ~」

るーこ「まさか、この学校がとうの昔にまーの手に犯されていたとは……無念」

鳴上「まぁ、ある意味毒されている感じではあるかも……うん」

まーりゃん「時すでに時間切れ☆」

鳴上(相変わらずつかみどころがない人だな……そこに関してはるーこといい勝負だが。まーりゃん先輩とるーこはどういった知り合いなんだ? 後で聞いてみるか)

鳴上「ところで、前生徒会長さんが何の用でしょうか? 卒業したはずなのに――」

まーりゃん「卒業してないよ」

鳴上「……え?」

まーりゃん「もともと単位足りなくてさ~☆ しかも卒業式にもおもいっきし遅刻しちゃったわけだし。おかげさまで現在進行形でありがたーい補習授業のフルコースを堪能中でござんす」

鳴上「……がんばってください」

まーりゃん「それだけかよぉ! ほらほら、前生徒会長様だじょ? OGだじょ? ジ・OGなんだじょ? もちっと後輩からのエールが欲しいところだにゃ~って」

鳴上「……がんばってください」

まーりゃん「冷たい! 今年の後輩妙に冷たいよ! 昔はよかった……先生たち、先輩達と後輩たちの心と心が通じ合ってた……貧しい時代だったが、心は富んでいた」

鳴上「用がないのでしたら、どうぞお帰り下さい」

まーりゃん「スルーするの? そこスルーしちゃうの?」

鳴上「なんとなく、あなたの扱い方がわかってきましたから……それで、要件は?」

まーりゃん「へいへい。何、ただ生徒会の新入り君にあいさつをしておこうと思ったんだ。なにせ天下のジ・OGであるからな。ここの冠詞が重要なんよ、覚えておくよーに」

鳴上「そうですか……」

るーこ「……まーの使いよ。この学校で何をするつもりだ?」

まーりゃん「何もせんよ。ただ退屈を持て余すだけじゃい」

るーこ「……」

まーりゃん「おお怖い怖い。ちょいと俺、目の敵にされてるみたいだから早々と退散しちゃうわ。ちゅうわけで! ほいっ!」

鳴上「え?」

パサッ

まーりゃん「俺からの新入り祝いだじぇ! ほんじゃな~☆」

鳴上「え? いや、あの――」

カサカサカサカサ

鳴上「……どうやったら天井を歩けるんだ? そしてなんだこれは――」

ささら「そ、それはっ――」

鳴上「ぶふっ!?」

るーこ「形状を見るに、一般的に呼ばれる『ブラジャー』だな。フロントホック式だ。フロントホックは比較的に外しやすい。まーはおそらくかすかな隙を突いて奪取したのだと――」

鳴上「わわわっ! か、会長! お返ししますっ!」

ささら「い、いや、結構です! って、そうじゃなくて、早く返して下さい! あっ! こっち向かないでください!」

鳴上「す、すみません!」

鳴上(そういった理由はノーブラだったからか!)

鳴上「へ、部屋から出ます!」

ささら「はい! ではなくて、早く返して下さい!」

鳴上「す、すみません!」

ささら「きゃっ!? こっち向かないでください!」

鳴上「はいっ! ではなくて、これでは返せない――」

るーこ「いたちごっことはこういうものか、るー」

―――
――


鳴上「……」

鳴上(白だった……)

ささら「よ、よろしいですよ」

鳴上「あ、はい……」

ガララッ

ささら「……」

鳴上「……」

ささら「……今日起きたことに関しては、現時刻を持って忘れるように」

鳴上「……はい」

>気まずい生徒会活動をこなした……。

るーこ「最近のものはロック式のフロントホックもある。それをおすすめしよう」

>るーこはいつも通りだった。

>……まーりゃん先輩に頼めば、ブラ外しの技を教えてもらったりできるのだろうか。

休憩
数刻後再開

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